大学院理工学研究科物性物理学専攻上妻幹男教授らの研究グループは、単一のYb原子を、99.997%という驚異的な反射率をもつ二つの鏡の間にいれ、共振器QED効果を誘起することで、原子中の核スピンの状態を、高速かつ高効率で読み取ることに成功した。
量子計算機を実現する上で、もっとも理想的な量子ビットとして、核スピンがあげられる。核スピンは電子スピンに比べて、磁気モーメントの大きさが1/2000しかないため、迷走磁場の影響を受けにくく、長時間にわたって量子情報を保存することができる。 しかしながら、大きな利点は、ときに欠点となって跳ね返ってくることがある。核スピンが情報の擾乱を受けにくいという事実は、逆に情報を高速、かつ高効率で読みだすことが難しいというトレードオフを生んでいた。
上妻教授らのグループは、レーザー冷却と呼ばれる技術を用いて、あらかじめYb原子の温度を10uKのオーダーにまで冷やした。そして、光定在波によって作り出される周期的なポテンシャルの中に単一のYb原子をのせ、ベルトコンベヤーの要領で、原子を高反射率をもつ鏡によって構成された光共振器の中へと輸送した。また、図に示したように、核磁気共鳴(NMR)の技術を利用することで、原子中の核スピンの状態を自由に制御できるようにした。
研究グループは、原子の2準位をたくみに利用することで、核スピンの情報を読み出しの瞬間だけ電子スピンの情報にマップすることを計画した。これにより、核スピンがもつ長いコヒーレンス時間を保ったまま、情報の読み出しだけ、高速、かつ高効率で行うことを可能にした。具体的には、読み出し時間500μs、読み出し効率 98% を実現することに成功した。こうした高速の情報読み出しができると、量子トモグラフィーと呼ばれる手法を利用することで、核スピンの量子状態を完全に決定することが可能となる。その結果、行われた核スピン制御が、忠実度0.98、純粋度0.96という極めて理想的なものであったことが判明した。また核スピンがもつ量子情報が、T1 = 0.49 s 、T2 = 0.10 s という極めて長い時間保持されていることも明らかとなった。
これらは、大規模な量子計算を実現する上で十分な値といえ、今後、2次元光定在波ポテンシャル中に、碁盤の目のように原子をトラップし、それらの間に量子エンタングルメントを形成することで、量子計算を実現できる可能性がたかまった。
移動光格子を使って、冷却原子雲の中から、単一のYb原子を光共振器へと輸送する。共振器中の単一原子に励起光を照射すると、Purcell効果によって、原子は自由空間ではなく、共振器モードに光子を放出する。この光子を検出することで、原子の核スピン状態を読み取ることができる。さらに、共振器をとりまくコイルを使って原子にRF磁場を照射することで、核スピンの状態を自由に制御することも可能となる。
【論文情報】
Atsushi Noguchi, Yujiro Eto, Masahito Ueda, and Mikio Kozuma
" Quantum-state tomography of a single nuclear spin qubit of an optically manipulated ytterbium atom"
(光トラップされたYb原子中の単一核スピン量子ビットに関する量子トモグラフィ)
Physical Review A 84, 030301(R) (2011).
DOI: 10.1103/PhysRevA.84.030301
本件に関するお問い合わせ先: 上妻 幹男 (大学院理工学研究科 物性物理学専攻 教授)
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