Quantcast
Channel: 更新情報 --- 研究 | 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

鉄はレアメタルより強し 100 ℃の低温でアンモニアを合成する鉄触媒の開発に成功

$
0
0

要点

  • 100 ℃の低温で水素と窒素からアンモニアを合成する鉄触媒の開発に初めて成功。
  • 赤錆が原料の安価な開発触媒による低温アンモニア製造で、エネルギー消費とコストを大幅に(40~60%)削減。
  • 開発触媒により、鉄のアンモニア合成能が、ルテニウム、コバルト、ニッケル等のレアメタルの数百倍から数千倍を超えることを確認。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授らは、赤錆を原料とする安価な鉄と水素化バリウム(BaH2[用語1]の複合材料を触媒とすることで、100 ℃の低温で水素と窒素からアンモニアを合成することに成功した。

原教授らは、鉄には低温でのアンモニア合成に高い潜在能力があると考え、それを発揮させる方法を模索してきた。本研究では、鉄に強く電子供与[用語2]する水素化バリウムを複合することによってその潜在能力を引き出し、低温でのアンモニア合成を可能にした。近年、ルテニウムやコバルト、ニッケルといった貴金属やレアメタルを触媒とする低温アンモニア製造の研究開発が急ピッチで進められているが、本研究の開発触媒によって、鉄のアンモニア合成能力はこれらのレアメタルの数百倍から数千倍を超えることが確認できた。この研究成果は、アンモニア製造の大幅な効率化だけでなく、CO2フリーエネルギー実現への布石となることが期待できる。

本研究成果は米国化学会のフラグシップジャーナル「Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)」オンライン速報版に3月31日(日本時間)に掲載された。

背景

触媒を介して水素(H2)と空気中の窒素(N2)から合成されるアンモニア(NH3)は、人類が最も多く製造する化学物質であり、その需要は年間1億7千万トンに達する。現在、アンモニアの大部分は肥料として消費されており、その肥料が人口の70%の生命を支えているが、将来、アンモニアの需要は飛躍的に高まることが予想されている。それは水素エネルギーキャリアとして、アンモニアの大規模な製造・輸送・燃焼発電が計画されているためである(図1)。実際、我が国だけでも2030年には年間300万トン、2050年には年間3,000万トンのアンモニア導入を決定している。ここで鍵となるのがアンモニア製造である。

アンモニアは現在、100年以上も前に確立された、鉄を触媒とするハーバー・ボッシュ法[用語3]で製造されている。一世紀以上にわたって改良を重ねた結果、このプロセスは高い完成度に至っているが、400 ℃を超える高い反応温度と10 MPa(大気圧の100倍)を上回る高圧という条件が必要とされるにもかかわらず、アンモニア収率が30%程度と低い。これは100年以上解決できない問題であり、アンモニア製造のエネルギー消費やキャピタルコスト、ランニングコストを高止まりさせる原因となっている。この問題は、200 ℃以下の低温で水素と窒素からアンモニアを合成する触媒を開発できれば解決できる。この考えは「化学平衡[用語4]」という化学の根幹原理に由来する。このような低温でのアンモニア製造の開発熱が高まる中で、ルテニウムやコバルト、ニッケル等の貴金属・レアメタルが鉄よりも高いアンモニア合成触媒能をもつことが見いだされ、いつしか鉄は時代遅れの性能の低い触媒として扱われるようになった。

図1 アンモニア市場

図1. アンモニア市場

研究成果

1. 鉄の潜在能力

このような背景の下で、原教授らは、鉄の潜在的な低温アンモニア合成能はレアメタルに勝ると考えていた。アンモニアを合成できる鉄やルテニウム、コバルト、ニッケルといった元素は遷移金属であり、これらの金属上で窒素分子(N2)は窒素原子(N)へ(N2→2N)、水素分子(H2)は水素原子(H)へ(H2→2H)分解される。これらの窒素原子と水素原子が金属表面で反応することによってアンモニア(NH3)が生成するが(図2A)、効率的なアンモニア合成には、遷移金属表面に窒素原子と水素原子が吸着できる十分なスペースが必要である。しかし200 ℃以下の低温では、ルテニウムやコバルト、ニッケル等の貴金属・レアメタルは窒素原子が吸着するスペースを十分にもたない(図2B)。一方、鉄は低温でも窒素原子を吸着する十分なスペースをもつ例外的な遷移金属であり(図2A)、窒素原子吸着スペースの観点からは、鉄のアンモニア合成能は他の遷移金属を凌駕する。しかし、窒素分子を窒素原子に分解する鉄の能力は上記のレアメタルに比べて大きく劣っているため、その潜在能力を発揮することができなかった。そしていつしか鉄はレアメタルに劣る触媒と考えられるようになった。

このことは逆に、窒素分子を窒素原子に分解する能力を高めてやれば、鉄は極めて高いアンモニア合成能を発揮し、上述の低温アンモニア合成が可能になることを示唆している。そうした鉄をベースにした触媒による低温アンモニア製造は、アンモニア収率の低さという、上述したハーバー・ボッシュ法の100年来の課題を解決する。また、安価なアンモニアを大量に安定供給するには、地域偏在性のない安価で豊富な原料からアンモニア合成触媒をつくることが不可欠となる。その点では、鉄は価格や資源量、地域偏在性で上記の貴金属・レアメタルに大きく勝っている。そのため鉄触媒による低温アンモニア製造は、安価なアンモニアの安定供給も実現する。

図2 遷移金属表面でのアンモニア生成

図2. 遷移金属表面でのアンモニア生成

2. 鉄の潜在能力を引き出す

原教授らは、鉄の粉末に水素化バリウムの微粒子を載せることで、鉄の窒素分子を窒素原子に分解する能力を飛躍的に高めた触媒を開発し、鉄に潜在する低温アンモニア合成能を引き出すことに成功した(図3)。この触媒は、赤錆にバリウムを溶かした水溶液を混ぜ、乾燥・還元しただけで簡単に得られる。この触媒では、水素化バリウムが鉄に強く電子供与することによって、窒素分子を窒素原子に分解する鉄の能力をブーストしている。

図3 開発鉄触媒

図3. 開発鉄触媒

図4に開発鉄触媒の性能を示す。開発触媒は100 ℃でアンモニアを生成しており、その速度は温度の上昇とともに高くなる。この200 ℃以下でのアンモニア合成能は、開発触媒を使うアンモニア製造で大幅なエネルギー消費の削減が可能であることを示している(用語3「化学平衡」を参照)。一方で、既存の商用鉄触媒やルテニウム、コバルト、ニッケル触媒は低温でアンモニアを全く合成できず、低い反応温度での開発鉄触媒との比較ができないため、図5では高い反応温度での触媒性能を比較している。

図5は表面の遷移金属1個が1秒間に合成するアンモニア分子数を示している。開発鉄触媒は300 ℃、1秒で12個のアンモニア分子を合成できるが、ルテニウム触媒とコバルト触媒が合成できる分子数はそれぞれ0.013個と0.009個に過ぎない。さらに400 ℃でニッケル触媒は0.17個のアンモニア分子を合成できるが、開発鉄触媒は同じ温度で100個以上のアンモニア分子を合成できる。すなわち、開発鉄触媒は既存貴金属・レアメタル触媒の数百倍から数千倍以上の効率でアンモニアを合成できる。これは、鉄が窒素原子を吸着する十分なスペースをもつ例外的な遷移金属であることに由来している。

図4. 開発鉄触媒の低温性能
図4. 開発鉄触媒の低温性能

図5. 開発鉄触媒の反応効率
図5. 開発鉄触媒の反応効率

社会的インパクト

現在、水素をエネルギー基盤とする動きが加速している。しかし水素は貯蔵・輸送に難があるため、貯蔵・輸送が容易なアンモニアを水素エネルギーキャリアとして用いることが世界的に進められている。このとき、問題となるのが水素をアンモニアに変換するときに消費されるエネルギーとコストである。現在のハーバー・ボッシュ法ではCO2フリー水素をアンモニアに変換する際のエネルギー消費とコストが大きい。しかし、本研究成果によりそのエネルギー消費とコストを大幅(40~60%)に削減できる。

また、安価なアンモニアを大量安定供給するには、地域偏在性のない安価で豊富な原料からアンモニア合成触媒をつくることが不可欠となる。現在、ルテニウム、コバルト、ニッケルといった地域偏在性、価格が高く、希少な貴金属、レアメタルを使うアンモニア合成触媒の開発が主流になっている中、鉄を使う本研究成果触媒は価格、資源量、地域偏在性で上記の貴金属・レアメタルに大きく勝っている。

今後の展開

以上の結果は、窒素原子を吸着する十分なスペースをもつ鉄で窒素分子を窒素原子に分解する能力を高めてやれば、そのアンモニア合成能力は飛躍的に高まること、そして結果として、200 ℃以下でもアンモニアを合成できることを示している。200 ℃という温度は、アンモニア製造の消費エネルギーやキャピタルコスト、ランニングコストを大幅に低減する分水嶺である。現在、この研究成果にもとづいて、1,000トン/日以上のアンモニア製造プラントを視野に入れたさらに高性能な実用鉄触媒の開発が進められている。

付記

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られた。

日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(S)(18H05251)
研究開発課題名:「電子供与の増幅による低温作動アンモニア合成触媒の開発」
研究代表者:東京工業大学 科学技術創成研究院 原亨和
研究開発実施場所:東京工業大学
研究開発期間:2018年6月~2023年3月

用語説明

[用語1] 水素化バリウム(BaH2 : Ba2+陽イオンに2つのH–陰イオンが結合した、固体のイオン化合物。今回の研究では、低温でもBaH2が金属カリウムに匹敵する電子供与能をもつことを見いだした。

[用語2] 電子供与 : アンモニア合成最大の難関は窒素分子N2を窒素原子に分解する過程である。N2分子は強固な結合によって結ばれた2つの窒素原子から成る安定な分子。この分子を原子にまで分解するには鉄などの遷移金属から窒素分子へ電子を一時的に供与する必要がある(図6)。しかし、遷移金属の電子供与だけでは不十分であり、この電子供与をブーストするため、アンモニア合成触媒には金属に電子を与える物質、すなわち電子供与材料が組み込まれている。ハーバー・ボッシュ法で使われている既存鉄触媒では、酸化カリウム(K2O)がこの電子供与材料に当たる。これまでさまざまな電子供与材がアンモニア合成触媒に組み込まれてきたが、既存の触媒では100~200 ℃で電子を与える力が弱まり、この温度領域で作動しなくなる。このような背景の下、今回の研究では、水素化バリウムが100 ℃未満の低温でも金属カリウムと同等の電子供与能を発揮することを見いだし、鉄と水素化バリウムを複合することによって新たな鉄触媒の開発に成功した。

図6. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速
図6. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速

[用語3] ハーバー・ボッシュ法 : 独のフリッツ・ハーバー、カール・ボッシュ、アルウィン・ミタッシュが1906年に公表したアンモニアの人工大量製造法。現在まで大部分のアンモニアはハーバー・ボッシュ法によって製造されている。ハーバー・ボッシュ法では、鉄鉱石をベースにした固体の触媒を使い、窒素分子と水素分子からアンモニアを合成する。この製法の開発当時、ノーベル賞受賞者を含め、多くの専門家はアンモニアを人工的に合成することは不可能と考えていた。バーバーは大学教員であり、ボッシュ、ミタッシュはBASF社の社員であった。ボッシュは後にBASF代表となる。ハーバー・ボッシュ法は産学連携の大きな成果であり、20世紀以降の人類の発展に及ぼした影響は計り知れない。

アンモニア合成を通して人類を支えた研究者たち|東工大TOPICS|東工大について

[用語4] 化学平衡 : 生成するプロダクトの収率を決定する普遍的原理である。例えばアンモニアの生成は、窒素分子と水素分子からアンモニアが生成する反応(N2 + 3H2 → 2NH3)と、生成したアンモニアが窒素分子と水素分子に分解する反応(逆反応:2NH3 → N2 + 3H2)が平衡にある。どちらの反応が優勢になるかは温度と圧力に依存する。これを明らかにしたことにより、フリッツ・ハーバーは1912年にノーベル賞を受賞した。化学平衡の観点から、アンモニア収率は図7に示すように反応温度と圧力によって決まる。現在のハーバー・ボッシュ法の運転条件は反応温度が400 ℃以上である。これ以下の温度では既存鉄触媒は効率的に機能しない。例えば、450 ℃で5 MPaの圧力を掛けてアンモニアを合成した場合、アンモニア収率は17%であるため、5 MPa×17/100=0.86 MPaのアンモニアが得られる。しかしもし100 ℃で作動触媒があれば、1 MPaの圧力を掛けるだけで0.93 MPaのアンモニアを得ることができる(100 ℃、1 MPaのアンモニア収率は93%。したがって1 MPa×93/100=0.93 MPaのアンモニアが得られる)。すなわち、1/4未満の温度と1/5の加圧で投入エネルギーを大幅に削減しても、450 ℃5 MPaより多くのアンモニアを合成することができる。

図7. 反応温度―圧力―アンモニア収率の関係
図7. 反応温度―圧力―アンモニア収率の関係

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Low-Temperature Ammonia Synthesis on Iron Catalyst with an Electron Donor
著者 :
Masashi Hattori, Natsuo Okuyama, Hiyori Kurosawa, Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 原亨和

Email hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5311 / Fax 045-924-5381

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

Trending Articles