要点
- チタン酸ストロンチウムの多結晶体に水素を取り込むことにより、低い熱伝導率と高い電気出力を両立
- 軽元素を含む化合物は熱伝導率が高くなると考えられていたが、水素の場合は逆の効果もあることを発見
- 結合力の強いTi-Oと弱いTi-Hが混在することにより、熱の伝搬が阻害される仕組みを量子計算により解明
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のホ・シンイ博士研究員、片瀬貴義准教授、神谷利夫教授(以上、研究当時。現 元素戦略MDX研究センター)、物質理工学院 材料系の野元聖矢大学院生(研究当時)、元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の多結晶体[用語1]に水素を添加し、高性能熱電材料に必要な「低い熱伝導率[用語2]」と「高い電気出力」を両立させることで、熱電変換[用語3]の効率を向上させることに成功した。
廃熱を電気エネルギーとして再利用するための熱電変換材料には、希少で毒性を有することの多い重元素が使われており、より安価で環境に優しい材料の開発が求められていた。一方、SrTiO3に代表される酸化物熱電材料は、無毒で豊富な元素で構成されるメリットがあるものの、熱伝導率が高いために変換効率が低い問題を抱えていた。
従来、軽元素を用いると熱伝導率を上げてしまうと考えられており、熱伝導率の低減には重元素を取り入れる手法が採られていた。それに対して本研究では、軽元素の水素を添加することでSrTiO3の熱伝導率を半分以下に低減できることを発見し、量子計算によりその仕組みを解明した。SrTiO3の酸素の一部を水素で置き換えたことにより、結合力の強いTi-Oと弱いTi-Hが混在した結果、熱伝導率が低下することが分かった。また、水素を添加したSrTiO3多結晶体では、結晶の粒界[用語4]で電子伝導が阻害されず、単結晶材料に匹敵する高い電子移動度[用語5]を示すことも明らかにした。これら2つの効果により、従来は難しかった「低い熱伝導率」と「高い電気出力」が同時に実現され、熱電変換効率が向上することが分かった。
今後、水素を添加する方法で、希少元素を使わずに優れた環境調和型熱電材料の開拓が可能になり、熱電変換技術の更なる普及が期待される。研究成果は「Advanced Functional Materials」誌に4月18日付(現地時間)で掲載された。
背景
近年、先進国では、消費されているエネルギーのうち約6割が未利用のまま廃熱として捨てられている。このような廃熱を電気エネルギーとして回収し、再利用することを可能にする熱電変換は、温暖化の抑制や省エネに寄与する技術として注目を集めている。
廃熱のほとんどは300度以下の低温熱であり、小規模かつ希薄に分散している事が多いため、大量の熱電発電素子を用いた電力回収が必要になる。これまで変換効率の高い熱電材料として、ビスマス・テルル化合物(Bi2Te3)などの金属カルコゲン化物が用いられているが、希少で、かつ毒性を有する元素を含むため、大規模な実用化への障害になっていた。そのため、この目的で利用される熱電発電素子には、安価で環境に害を与えない元素で構成されており、室温から300度の温度範囲において熱電変換効率が高い材料が必要である。
チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)に代表される酸化物熱電材料は、無毒で豊富な元素で構成される利点があるものの、金属カルコゲン化物と比べて熱伝導率が高いため、熱電変換効率が低いという問題がある(表1)。すなわち、酸化物の弱点である「高い熱伝導率」をいかに低減させるかが、熱電変換効率向上に向けた鍵になっていた。
これまでSrTiO3の多結晶体において熱伝導率を低減させるために、重元素を添加する、不純物を析出させるなどの方法が取られてきた。しかしながら、希少元素を用いる必要があったり、意図したとおりに不純物を析出させて熱伝導率を下げるためには複雑な作製工程を必要とするという課題がある。また、粒子サイズを小さくして、多くの粒界を導入することで熱伝導率を低減させることが可能だが、同時に電荷の移動を阻害してしまい、電気出力が低下する問題があった。上記のことから、低い熱伝導率と高い電気出力の両立を実現させることが、熱電変換の高性能化のために求められていた。
研究の手法と成果
1. チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)多結晶体への水素の添加
今回、研究グループは、重元素を添加する従来の発想とは逆に、軽元素の水素を添加する方法でSrTiO3の熱伝導率を低減させることを考えた。通常、水素は正の電荷をもつプロトン(H+)が安定だが、水素化カルシウム(CaH2)をSrTiO3粉体の還元反応に用いることで、負の電荷をもつ水素であるヒドリド(H-)を酸素位置に置換したSrTiO3-xHx粉体を作ることができる。SrTiO3-xHx中の水素は400度以上の温度で脱離するために、1,000度を超える高温の加熱を必要とする焼結体の作製が難しかった。そこで、SrTiO3-xHxの圧粉体を金属箔で密閉する工夫を施し、高温で焼結させることによって、高濃度に水素を含有した緻密なSrTiO3-xHx多結晶体(最大のxは0.216)を作製した。
2. 水素添加によるSrTiO3の熱伝導率の低減
図1は、SrTiO3-xHxの多結晶体(代表としてx = 0.068と0.216)について、格子振動(フォノン)による熱伝導率(κlat)の温度変化を示している。水素を添加していないSrTiO3多結晶体では、室温のκlatは8.2 W/mKと大きいのに対して、僅か2.3%(x = 0.068)の水素添加によってκlatが5.4 W/mKまで減少した。更に水素の濃度を7.2%(x = 0.216)に増やすと3.5 W/mKまで減少した。このようなκlatの低減は、室温だけでなく、高温の400度までの温度範囲においてもみられ、水素を添加するだけの方法でSrTiO3の熱伝導率を大きく低減できることが分かった。
- 図1.
- SrTiO3-xHxの多結晶体における、格子熱伝導率の温度変化(左)。SrTiO3はチタン(Ti)の周りに6つの酸素(O)が結合した構造を持っており、この酸素の一部を水素(H)で置き換えている(右)。
3. 単結晶並みに高い電気出力を両立し、熱電変換効率を向上
続いて、SrTiO3-xHxの多結晶体(x = 0.068)について熱電変換効率を調べた。図2(a)は、電気伝導度とゼーベック係数の積である出力因子(1℃の温度差から得られる電気出力)の温度変化について、SrTiO3-xHxの多結晶体と、ランタン添加SrTiO3(単結晶および多結晶)との比較を示したものである。ランタン添加SrTiO3の多結晶体は温度が下がると出力因子が下がってしまうのに対して、水素添加SrTiO3-xHxの多結晶体は温度が下がっても出力因子が増加した。その値は、粒界の無いランタン添加SrTiO3単結晶に匹敵するほどの高いものであった。
これらの出力因子の違いは、電子移動度の違いにより説明される(図2(b))。ランタン添加SrTiO3多結晶体では結晶粒界で電子伝導が阻害され、温度低下とともに電子移動度、すなわち電気伝導度が下がってしまうために、室温付近での出力因子が制限されてしまう。一方で、SrTiO3-xHx多結晶体では粒界散乱が殆ど寄与しておらず、室温でも単結晶と同等の高い電子移動度を示すために、高い電気伝導度と出力因子を実現できることが分かった。その結果、水素を添加したSrTiO3-xHx多結晶体では高い出力因子と低い熱伝導率(κlat)の両立によって、ランタン添加SrTiO3多結晶体や単結晶よりも高い熱電変換効率を示すことが分かった(図2(c))。
- 図2.
- SrTiO3-xHxの多結晶体における(a)出力因子、(b)電子移動度(重み付き移動度なのでドリフト移動度の約45倍の値になっていることに注意)、(c)熱電変換効率の温度変化。ランタンを添加したSrTiO3単結晶と多結晶の熱電特性を比較として示している。
4. SrTiO3への水素置換による熱伝導率低減メカニズムの考察
最後に、水素置換によってSrTiO3の熱伝導率が低減されるメカニズムについて、第一原理量子計算[用語6]による解明を試みた。
従来、熱伝導率の低減には重元素を添加するのが常識であり、置換した元素との質量差によって熱の伝搬を阻害してκlatを下げることを狙い、材料設計がされてきた。このことから本研究の初期には、SrTiO3の酸素の一部を質量が1/16と軽い水素で置き換えることでκlatを下げられると予想した。ところが、第一原理計算により水素の質量だけを重水素と酸素の質量で置き換えてκlatを計算したところ(図3左下の表)、質量差によるκlatの違いはほとんど無いことが分かった。
そこでチタン(Ti)と水素(H)および酸素(O)との結合の違いに着目した。水素と酸素では化学的性質が異なるため、水素を添加したSrTiO3では、結合距離の短い(結合力の強い)Ti-Oと、結合距離の長い(結合力の弱い)Ti-Hが形成されて混在する。今回用いたSrTiO2.75H0.25の構造モデルでは、全部で7通りの異なる水素配置が可能である。これらすべての水素配置に対応するκlatを計算したところ、水素配置によってTi-OとTi-Hの結合距離が異なり、結合長の差(偏差)が大きいほどκlatが小さくなることが分かった(図3右下図に、異なる水素配置をA~Gで示している)。つまり、水素を添加することでSrTiO2.75H0.25中のTi-(O,H)結合距離に差が生じた結果、熱の伝搬が阻害され、κlatが低減されることが分かった。
- 図3.
- (左)SrTiO2.75H0.25モデルの水素Hを重水素Dと酸素Oの質量で置き換えた場合における格子熱伝導率(κlat)。(右)水素の配置が異なるSrTiO2.75H0.25構造モデルA~Gにおける、室温のκlatとTi-(O,H)結合距離の偏差の関係。
社会的インパクト
これまで、熱伝導率の低減には、希少で毒性を有することの多い重元素を添加するのが常識になっていた。それに対して本研究では、軽元素の水素を添加することでSrTiO3の熱伝導率を半分以下に低減できることを示した。この研究成果は、希少元素を使わずに、ありふれた元素で構成される高性能熱電材料の新たな設計指針となると考えられる。本コンセプトを応用した更なる材料開発により、従来の重元素材料の特性を凌駕する高性能熱電材料を創出することができれば、熱電変換が汎用的なエネルギー源として普及していくことが期待される。
今後の展開
本研究では、SrTiO3の多結晶体に水素を添加することにより、高性能熱電材料に必要な「低い熱伝導率」と「高い電気出力」を両立させることで、熱電変換効率を向上させることに成功した。現状におけるSrTiO3-xHx多結晶体の熱電変換効率は、室温で0.11、380度で0.22であり、Bi2Te3の変換効率0.8よりも低く、更なる熱電特性の向上が必要である。今後、水素置換により低熱伝導率化させる方法を様々な酸化物に展開することで、酸化物の熱電変換効率を更に向上させることが期待できる。
付記
この成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(JPMXP0112101001)、公益財団法人東電記念財団 研究助成(基礎研究)、科学研究費助成事業 基盤研究(B)(22H01766)により助成されたものである。チタン酸ストロンチウムの原料は堺化学工業株式会社から提供を受けた。
用語説明
[用語1] 多結晶 : 構成原子が規則正しく並んでいる結晶粒とそのつなぎ目にあたる粒界で構成される。粒界を挟んだ両側の結晶粒は結晶方位が異なっている。一方、単結晶は原子が規則正しく配列した単一結晶で構成される。
[用語2] 熱伝導率 : 物質の一端に熱エネルギーを与えた際に、どれだけの熱が物質中を移動するのかという、熱の伝わりやすさを示す指標。物質中の原子やイオンは互いに結合しており、熱を与えると激しく振動する。その振動が隣の原子やイオンに次々と伝わっていくことで熱が伝導する。物質の熱伝導率が高いほど多くの熱を移動させ、熱伝導率が低いほど熱を伝えにくい。熱電変換においては、熱伝導率が低いほど両端で大きな温度差をつけられるため、変換性能が向上する。
[用語3] 熱電変換 : 電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術。
[用語4] 粒界 : 多結晶体において結晶粒同士の境界に形成される。粒界では結晶粒内とは異なる原子配列が形成されており、結晶内部とは異なる特性を持つことが多い。
[用語5] 電子移動度 : 物質中で電荷の移動を担うキャリアである電子の動きやすさの指標。単位電界強度あたりの電子の速度で定義され、移動度が大きいほど電気伝導度が高くなる。
[用語6] 第一原理量子計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。
論文情報
掲載誌 : |
Advanced Functional Materials(アドバンスド ファンクショナル マテリアルズ) |
論文タイトル : |
Hydride anion substitution boosts thermoelectric performance of polycrystalline SrTiO3 via simultaneous realization of reduced thermal conductivity and high electronic conductivity (和訳:水素アニオン置換による多結晶SrTiO3の熱電性能向上:熱伝導率低減と高電気伝導度の両立) |
著者 : |
Xinyi He1, Seiya Nomoto1, Takehito Komatsu1, Takayoshi Katase1,*, Terumasa Tadano2, Suguru Kitani1, Hideto Yoshida3, Takafumi Yamamoto1, Hiroshi Mizoguchi2, Keisuke Ide1, Hidenori Hiramatsu1,4, Hitoshi Kawaji1, Hideo Hosono4 and Toshio Kamiya1.4,* (ホ・シンイ1、野元聖矢1、小松武人1、片瀬貴義1,*、只野央将2、気谷卓1、吉田秀人3、山本隆文1、溝口拓2、井手啓介1、平松秀典1,4、川路均1、細野秀雄4、神谷利夫1,4,*) |
所属 : |
1. 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 2. 物質・材料研究機構 3. 大阪大学 産業科学研究所 4. 東京工業大学 元素戦略MDX研究センター |
DOI : |
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- 研究成果一覧
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