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二光子励起顕微鏡の病態診断応用に道 ―安価で操作性向上を実現する高性能色素の開発に成功―

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要点

  • ピレンを基盤とする新規色素開発、二光子励起蛍光顕微鏡の感度を大幅向上
  • 安価で操作性に優れたファイバーレーザーに対応可能
  • 二光子励起蛍光顕微鏡の医療現場での実用化を加速

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の小西玄一准教授、仁子陽輔研究員と山口大学大学院医学研究科の川俣純教授らの研究グループは、二光子励起蛍光顕微鏡 [用語1] の感度と操作性の大幅な向上、システムのコストダウンを実現する新規蛍光色素の開発に成功した。この色素は、多環式芳香族化合物であるピレン [用語2] に電子受容性基(アクセプター)を導入した分子で、「生体光学窓」と呼ばれる生体組織の光透過性のよい波長領域(650~1100 ナノメートル=nm)で強く光を吸収(色素を励起)し、高効率で発光する。

イメージングに用いると、従来の汎用色素と比べて20倍以上の感度が得られた。また、これまでの色素では不可能だった波長1050 nmのファイバーレーザー [用語3] を使用でき、現行のチタンサファイアレーザーを用いるシステムと比べて操作性が向上し、コストが削減できる。非侵襲的かつリアルタイムの病態診断法として期待される二光子励起蛍光顕微鏡の医療現場での実用化を大きく加速させる成果だ。

二光子励起蛍光顕微鏡は、生体組織の深部を観察するのに最も優れた性能を有している。しかし、蛍光プローブと光源の性能・種類に限りがあったため、観察能力の限界とコスト面の問題があり、実用化が足踏み状態だった。

研究成果は英国王立化学会のジャーナル・オブ・マテリアルズ・ケミストリーB(J. Materials Chemistry B)1月15日号に掲載され、同号の表紙を飾った。

研究の背景

近年、病気を迅速に予測・診断・治療し、さらに発病メカニズムが不明である種々の難病の調査に取り組むために、非侵襲的かつリアルタイムで実施可能な「分子イメージング技術」に大きな注目が集まっている。2014年のノーベル化学賞は、この技術に大きく貢献した、細胞内にある小器官の構造やタンパク質の移動の観察を可能にする「超高解像度顕微鏡」 [用語4] の開発に与えられた。

ノーベル賞の対象となったシステム以外にも、用途に応じていくつかの蛍光顕微鏡が開発されており、中でも二光子励起蛍光顕微鏡は、生体中での透過性が高い光(生体光学窓:650~1100 nm)による色素の励起と発光を利用するため、生体組織の深部を観察する場合、最も優れた手法である。たとえば、生きている動物の脳や臓器の内部を、手術によって切開することなく観察出来る。また、高解像な三次元画像を得ることにも優れており、さらに造影剤として有機蛍光プローブを用いることで、動物に対する毒性を抑えることも可能であり、X線やCTよりも安全な診断法になると期待されている。

しかし二光子励起顕微鏡の医療現場への普及が進まないのには、大きく二つの理由がある。一つは、観察可能な深さが未だ最大1ミリメートル程度であり、X線やCTなどに比べ劣ること。そしてもう一つは、光源のチタンサファイアレーザーが高価であり、かつ気温の変化や湿気に弱いため空調・温調の整備された部屋を要し、さらに光軸調整などメンテナンスにも多大なコストがかかることが挙げられる。現状の価格は、2億~3億円である。

こうした問題を解決するために(1)蛍光プローブ [用語5] 色素自体の性能向上(2)新たな励起光源として安価で操作性に優れたファイバーレーザー(発振波長1050 nm)の導入―が提案されている。特にファイバーレーザーは、低予算で通常の蛍光顕微鏡を二光子励起顕微鏡へとアップグレードでき、また空調設備やメンテナンスコストが不要になるため、システムを2000万~3000万円程度で市販できると試算されている。しかし波長1050 nmで励起可能かつ高効率な二光子励起発光色素はほぼ存在していなかった。

研究成果

ピレンを基盤π電子共役系とする新規A-π-A型蛍光色素の合成

仁子研究員らは、高性能色素の開発において、π電子共役系に対し電子アクセプター(A)を複合的に導入した「A-π-A型構造」と「中心対称構造」が有効であるという過去の理論および実験研究をもとに、π電子共役系発色団として多環式芳香族化合物であるピレンに注目した。ピレンは、これまで利用されてきたπ電子系発色団と比べて、高い吸光度と長波長領域の吸収を示し、図1に示すように、高い中心対称性を持つA-π-A型構造を構築できる。したがって、高い二光子吸収性だけでなく、1050 nmにも及ぶ二光子吸収波長の長波長化と、高効率発光が期待される。この仮説のもとに、色素PY(ピレン誘導体)を設計し、わずか3ステップによる簡便な合成法を確立した。

新規ピレンA-π-A型蛍光色素PYと一光子吸収・蛍光スペクトル及び二光子吸収スペクトル

図1. 新規ピレンA-π-A型蛍光色素PYと一光子吸収・蛍光スペクトル及び二光子吸収スペクトル

十分な水溶性と、生体光学窓中で高効率な二光子励起・発光を実現

高極性溶媒であるジメチルスルホキシド中で色素PYの一光子吸収及び蛍光スペクトルを測定したところ、それぞれ510 nm及び650 nmの極大吸収・蛍光波長を示した。PYの蛍光量子収率 [用語6] を測定したところ、80 %という高い値が得られた。さらに、二光子吸収ペクトルを測定したところ [注] 、二光子吸収効率に相当に相当する二光子吸収断面積は、950 nm付近で1100 GM、そして1050 nm付近においても、380 GMという値を示した(図1下)。

蛍光量子収率及び二光子吸収断面積から得られる「二光子励起発光効率」は、950 nm及び1050 nmでそれぞれ880 GM、300 GMであり、これらの値は既存の二光子励起発光色素と比較しても最高レベルの効率であり、PYは生体光学窓中かつ「高効率」に励起・発光が可能であることを意味している。

また、PYに近い性能を、アントラセンなど他の芳香族で実現しようとすると、複雑な分子設計を施した極めて巨大な分子になることが過去の報告からもわかっており、ピレンを用いたことで小さな分子径が維持できたことを示している(図2)。またPYはバイオイメージングへの利用が十分可能なレベルの水溶性を有していることも明らかになっている。

PYとアントラセン誘導体の比較(長いアントラセン誘導体は、水に不溶であり、バイオイメージングに適さない。)

図2. PYとアントラセン誘導体の比較(長いアントラセン誘導体は、水に不溶であり、バイオイメージングに適さない。)

実際の分子イメージング

今回合成した色素PYを用いてHek293細胞中 [用語7] のミトコンドリア [用語8] を、二光子励起蛍光顕微鏡によって観察した。PYの比較対象として、一般的にミトコンドリアを染色するプローブであるRhodamine(ローダミン)123(二光子吸収断面積:72 GM)を用いた。950 nmの励起光源を用いて観測を行ったところ、PYはRhodamine123と比べて10分の1未満のレーザーパワーで、同等のイメージングが可能であることがわかった(図3)。また、通常レーザーパワーと二光子励起発光効率は比例関係にあるため、仮にファイバーレーザーを用いた場合も10 mW以下でイメージングが可能ということもわかった。ファイバーレーザーの出力は1 W以上あることから、PYはファイバーレーザーにも十分適用可能であることが、原理的に実証された。

二光子励起蛍光顕微鏡を用いたHek293細胞のミトコンドリアイメージング(色素PYを用いることにより、従来法よりも低エネルギーの光照射で大幅な感度の上昇が確認できる。)

図3. 二光子励起蛍光顕微鏡を用いたHek293細胞のミトコンドリアイメージング(色素PYを用いることにより、従来法よりも低エネルギーの光照射で大幅な感度の上昇が確認できる。)

研究グループでは、色素のさらなる高性能化を進めるとともに、実際に1050 nmの光源を用いた顕微鏡システムの開発を行っている。1050 nmのファイバーレーザーは、すでにいくつかの日本の企業で実用化されており、日本のテクノロジーの英知を結集したシステムを完成させ、世界の医療現場に届けたい。

本研究は、掲載誌の表表紙に採択された。次頁論文情報に記載のリンク先から論文をダウンロード(無料)すると、その1ページ目に表紙が掲載されている。

(掲載誌の表紙)生体内で発光するピレン色素のイメージ。佐々木悠太氏(イラストレーター)製作。

(掲載誌の表紙) 生体内で発光するピレン色素のイメージ。佐々木悠太氏(イラストレーター)製作。

用語説明・注

[用語1] 二光子励起蛍光顕微鏡 : 2つの光子を同時に蛍光物質に与えて蛍光発光させることによりイメージングする顕微鏡で、細胞を傷つけにくく、深部の観察に適している。

[用語2] ピレン : 図1に示した構造式のコア部分の多環式芳香族化合物。

[用語3] ファイバーレーザー : 増幅媒質に光ファイバーを使った固体レーザーの1種。

[用語4] 超高解像度蛍光顕微鏡 : ノーベル賞の対象になったSTORMは、複数の蛍光画像から高精度に検出した蛍光色素1分子ごとの位置情報を重ねあわせることにより一枚の高分解能蛍光画像を作製する方法で、本研究の手法とは別のものである。

[用語5] プローブ : 何らかの目的の同定や定量のために使う物質。

[用語6] 蛍光量子収率 : 吸収した光子の数をn、発光した光子の個数mのm/nを蛍光量子収率と呼ぶ。

[用語7] Hek293細胞 : ヒト、腎臓、胎児腎細胞由来、アデノウイルス5型による形質転換株

[用語8] ミトコンドリア : ミトコンドリアは、真核生物の細胞に含まれる細胞小器官であり、電子伝達系による酸化的リン酸化によるATPの産生(ADPのリン酸化)に寄与する。

[注] Z-scan法という手法により定量した。

論文情報

掲載誌 :
J. Mater. Chem. B, 3, 184-190
論文タイトル :
Novel pyrene-based two-photon active fluorescent dye efficiently excited and emitting in the 'tissue optical window (650-1100 nm)'
著者 :
Y. Niko, H. Sugihara, H. Moritomo, Y. Suzuki, J. Kawamata, G. Konishi
DOI :

問い合わせ先

大学院理工学研究科 有機・高分子物質専攻
准教授 小西玄一
Email: konishi.g.aa@m.titech.ac.jp


シンポジウム「次のロボティックスはなにを目指そう?」 開催報告

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1月6日、大岡山キャンパス ディジタル多目的ホールにて、シンポジウム「次のロボティクスはなにを目指そう?」が開催されました。新しいロボットに挑戦している国内外の著名な研究者を招いて行った本シンポジウムに、企業や大学の研究者と学生含め約150名が参加しました。

これまでの金属製の骨組みで構成されるようなロボット工学はほぼ完成の域にあり、これからは大学・企業共に実用を目指した研究開発が期待されています。一方で大学としては10年後、20年後を見据えた次世代ロボット工学の構築を同時に進めることも重要であると考えています。本シンポジウムは次世代ロボット工学の可能性について議論する事を目的として開催されました。

辰巳敬理事・副学長の挨拶で始まった本シンポジウムでは、新しいロボティクス像の可能性について、ロボティクス分野において材料科学やバイオサイエンスなど幅広い視点で研究を行っている多くの研究者が講演しました。鈴森康一教授の「ジャコメッティロボティクスとソフトロボティクスの提案」では、多くの装備を取り付けるのではなく、彫刻家ジャコメッティの作品のような細く長いロボット像を提案するなど、様々な研究者から次世代のロボティクス像の考えが発表されました。各研究者の講演後には会場の参加者から熱心な質問が寄せられ、活発な議論が行われました。

講演内容と講演者

鈴森 康一 (東京工業大学)

ジャコメッティロボティクスとソフトロボティクスの提案

鈴森康一博士

鈴森康一博士

Just Herder (デルフト工科大学)

Towards structurally compliant robotics

Just Herder博士

Just Herder博士

細田 耕 (大阪大学)

構造的やわらかさを利用したバイオニックロボット

細田耕博士

細田耕博士

浜田 省吾 (コーネル大学)

DNAハイドロゲル:スライム型分子ロボットの実現に向けて

浜田省吾博士

浜田省吾博士

倉林 大輔 (東京工業大学)

生物アルゴリズムをのぞき見するロボティクス

倉林大輔博士(写真右)

倉林大輔博士(写真右)

有川 敬輔 (神奈川工科大学)

ロボット機構とタンパク質の運動学

有川敬輔博士

有川敬輔博士

Sangbae Kim (マサチューセッツ工科大学)

Learn from Nature: Innovation toward Future Robots

Sangbae Kim博士

Sangbae Kim博士

渡邉 政嘉(日本機械学会イノベーションセンター長/経済産業省)

ものづくり4.0 ~ゲームのルールを変えよう!

渡邉政嘉博士

渡邉政嘉博士

多くの議論により、予定していた終了時刻を大幅に過ぎてしまうほどの盛会のうちシンポジウムを終了しました。参加者の中には次世代の研究を担っていく学生や若手研究者も多く、非常に有意義なシンポジウムとなりました。

懇親会での集合写真
懇親会での集合写真

お問い合わせ先

東京工業大学 次世代ロボティクスシンポジウム実行委員会
Email : symposium@robotics.mes.titech.ac.jp
TEL : 03-5734-3177

東京工業大学、TDKとの組織的連携協定の締結 ―磁性・磁石をベースとした先端的な共同研究開発を推進―

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東京工業大学とTDK株式会社は、1月21日に磁性・磁石技術をベースとした先端的な共同研究を含む組織的連携協定を締結しました。

フェライトを発明した加藤与五郎博士(左)と武井武博士(右)

フェライトを発明した加藤与五郎博士(左)と武井武博士(右)

東京工業大学とTDKとは、日本の独自発明の一つである磁性材料「フェライト」の発明と事業化において歴史的にも深い関係があります。フェライトとは、1930年に、東京工業大学の電気化学科に在籍した加藤与五郎博士と武井武博士の研究から生まれた電子材料で、日本の独創的発明の一つです。この「フェライト」を事業化するため、日本における大学発ベンチャー企業の先駆けとして、1935年12月7日にTDK(当時の社名は、フェライト発明の大学名および学科名から「東京電気化学工業」であった)が創立されました。
その後、世界に先駆けて日本の無線通信機やラジオなどに応用され、TVのブラウン管に使用される「偏向ヨークコア」や、電圧を変換する「トランス」など、あらゆる電子機器の進化に影響を及ぼしました。現在は、スマートフォン、タブレットPCの他、自動車分野では、ハイブリッド車、電気自動車にも幅広く使われており、最先端エレクトロニクス機器の重要な電子部品として、広く社会に貢献しています。このような功績が認められ、2009年10月に、東京工業大学とTDKは、「フェライトの発明とその工業化」について、世界最大の電気・電子技術者による学会であるIEEE(アイ・トリプル・イー)より、電気・電子技術分野の歴史的偉業に対する賞「IEEEマイルストーン」に認定されました。

今回、東京工業大学とTDKとの組織的連携のもと複数の共同研究の実施を通じて、磁性・磁石技術が持つ無限の技術革新の可能性を追求し、次世代のエレクトロニクス、ひいては日本の競争力向上につながる独自性の高い開発成果を目標に進めてまいります。

お問い合わせ先

産学連携推進本部
Email : sangaku@sangaku.titech.ac.jp
TEL : 03-5734-2445

TDK株式会社 広報グループ 大須賀
Email : pr@jp.tdk.com
TEL : 03-6852-7102

第3回生命理工国際シンポジウム 開催報告

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1月14日に、東工大すずかけ台キャンパス内すずかけホールにて、第3回生命理工国際シンポジウム「Innovative approaches to biological systems: light, motion, and small molecules」を、大学院生命理工学研究科と情報生命博士教育院(ACLS)とで共同開催しました。

このシンポジウムは、生命理工学研究科創設20周年を機に、特に若い研究者が、

1.
早い時期にトップレベルのサイエンスに触れる
2.
分野を越えたホットトピックに触れる
3.
国際的に活躍する研究者の研究スタイルを学ぶ

ことのできる環境を提供しようと、2012年度から始まりました。

今年度は、2名の国外招待講演者、3名の国内招待講演者、2名の学内講演者から、新しい切り口で生命現象を理解する研究、そしてそれを応用に結びつける最先端の研究について講演していただきました。

最初のセッションでは、Klaas J. Hellingwerf教授(オランダ・アムステルダム大)と太田啓之教授(東工大)より、糖や油脂といった有用物質生産を効率よく行う細胞の構築を目指した最先端の研究が紹介されました。

Klaas J. Hellingwerf教授

Klaas J. Hellingwerf教授

太田啓之教授

太田啓之教授

2番目のセッションでは、Jaebum Choo教授(韓国・漢陽大学)、中川秀彦教授(名古屋市立大学)と和地正明教授(東工大)より、細胞機能・腫瘍マーカーの検出や薬剤のスクリーニングを効率よく行う新しい技術開発に関して講演がありました。

  • Jaebum Choo教授

    Jaebum Choo教授

  • 中川秀彦教授

    中川秀彦教授

  • 和地正明教授

    和地正明教授

最後のセッションでは、松崎政紀教授(基礎生物学研究所)と野地博行教授(東京大学)より、脳神経の活動やタンパク質一分子解析を可能とする、最先端の実験技術・研究手法に関して講演がありました。

松崎政紀教授

松崎政紀教授

野地博行教授

野地博行教授

最先端の研究は時により、理学と工学、基礎と応用そしてミクロとマクロなスケールが混在します。今回のシンポジウムを通じて、参加者にはその点を感じてもらうことができたのではないかと思います。

参加人数は269名で、過去二回に引き続き大変盛況でした。生命理工国際シンポジウム組織委員会は、今後も質の高い国際シンポジウムを継続して開催し、特に若い大学院生や研究者に、国際的に活躍する第一線の研究者と交流する機会を提供していきたいと考えています。

シンポジウム後の全体写真シンポジウム後の全体写真

高村陽太助教が高柳健次郎財団研究奨励賞を受賞

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大学院理工学研究科 電子物理工学専攻中川研究室の高村陽太助教が、高柳健次郎財団の2014年度研究奨励賞を受賞しました。この賞は、電子科学技術の分野で将来性のある独創的な研究開発テーマに取り組んでいる研究者に贈られるものです。

受賞研究課題

垂直磁化MRAM用高スピン偏極率フルホイスラー合金薄膜の開発

PCやタブレット端末・スマートフォン等の次世代メインメモリとして、電源を切っても情報を失わず、消費電力を削減できる可能性のある垂直磁化型磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)の実現が期待されています。今回受賞した研究課題は、このMRAMの実現に向け、片方のスピンを持つ電子しか電気伝導に寄与しないフルホイスラー合金(Co2FeSiやCo2MnSi)の磁化の向きを膜垂直方向で安定化(垂直磁気異方性)させることを目的としたものです。

高村助教は、フルホイスラー合金と非磁性材料との界面に生じる磁気特性に着目し、Co2FeSiに対してはMgO接合構造、Co2MnSiに対してはPd(パラジウム)との人工格子構造を作製し、それぞれ垂直磁気異方性を付与することに成功しました。

高村陽太助教のコメント

授賞式での高村陽太助教(右)と高柳健次郎財団理事長の末松安晴栄誉教授(左)

授賞式での高村陽太助教(右)と
高柳健次郎財団理事長の末松安晴栄誉教授(左)

このような伝統ある賞をいただくことになり大変光栄に感じております。これからますます、研究道に精進して参ります。

「研究の種発掘」支援 採択者決定

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「研究の種発掘」支援とは、従来にない画期的なアイデア等を含む、きわめて斬新な着想による研究を支援することを目的として、本学の基金により研究費の支援を行うものです。過去の実績は問わず、科学研究費補助金の「挑戦的萌芽研究」等の外部資金に出す前段階にある基礎的・基盤的領域の研究で、いまだ誰も着手していない類の「研究の種」の発掘を目指します。

第3回目の今回は42件の応募があり、14件が選考されました。

平成26年度 「研究の種発掘」支援選考結果

所属
専攻
職名
氏名
大学院理工学研究科(理学系)
物性物理学専攻
助教
那須 譲治
化学専攻
助教
安藤 吉勇
大学院理工学研究科(工学系)
物質科学専攻
助教
石毛 亮平
有機・高分子物質専攻
助教
岩橋 崇
化学工学専攻
助教
田中 祐圭
電子物理工学専攻
准教授
小寺 哲夫
電子物理工学専攻
助教
岩崎 孝之
電子物理工学専攻
准教授
鈴木 左文
大学院総合理工学研究科
化学環境学専攻
助教
服部 祥平
資源化学研究所
助教
島田 友裕
助教
野本 貴大
助教
神戸 徹也
精密工学研究所
准教授
田原 麻梨江
助教
Tso-Fu Mark Chang

東工大基金

この活動は東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先
研究推進部研究企画課研究企画グループ 
E-mail : kensen@jim.titech.ac.jp

量子幾何とは何か?:ゲージ理論からのアプローチ

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概要

東京工業大学大学院情報理工学研究科の寺嶋郁二准教授とプリンストン高等研究所の山崎雅人研究員は、クイバー・ゲージ理論の4次元指数が2次元スピン系の分配関数と等価であることを示し、4次元指数の3次元分配関数への極限がトーラス図式に付随する3次元多様体の幾何的不変量の量子化と一致していることを導いた。

古典的な時空がより根源的な量子化された時空から導かれるべきであるという考え方は多くの支持を得ているが、実際に古典的な幾何学の量子化を定義することは現時点では非常に難しい。

今回の結果は、ゲージ理論のようなより確立された理論を用いて量子幾何学の情報を得るための手法であり、古典的な幾何学の量子化の概念を確立する夢に向けた一歩を与えた。

2次元トーラス(左図の四角)が道によって、黒・白・緑の頂点で表される領域に分けられる。右図は対応するクイバーをしめす。
2次元トーラス(左図の四角)が道によって、黒・白・緑の頂点で表される領域に分けられる。右図は対応するクイバーをしめす。

論文情報

論文タイトル :
Emergent 3-Manifolds from Four Dimensional Superconformal Indices(4次元超共型指数から出現する3次元多様体)
掲載誌 :
Phys. Rev. Lett. 109, 091602 (2012)
DOI :
著者 :
Yuji Terashima and Masahito Yamazaki

問い合わせ先

大学院情報理工学研究科数理・計算科学専攻
准教授 寺嶋郁二
Email : tera@is.titech.ac.jp

惑星形成環境の磁場強度に対する理論的制約の解明

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の奥住聡助教と竹内拓特任准教授、工学院大学の武藤恭之助教の研究グループは、惑星形成の母体である原始惑星系円盤[用語1]を貫く磁場の強度が、ある上限値を持つことを理論的に解明した。さらに、天文観測から示唆される原始星の磁場強度、および原始惑星系円盤から中心星へのガスの供給率が、本研究の理論的予言によって統一的に説明できることを明らかにした。

研究の背景

我々の住む地球をはじめとする惑星は、原始惑星系円盤と呼ばれるガス状の円盤(星雲)の中で形成されると考えられている。このような円盤がどのように形成され、どのように消失していくのかを明らかにすることは、天文学・惑星科学における重要な研究課題となっている。

近年の理論研究によって、原始惑星系円盤の進化を引き起こす主な原動力は、円盤ガスと星間磁場[用語2]との相互作用である可能性が明らかになってきた。しかし従来、円盤を貫く磁場の強さは観測的な制約が乏しく、磁場が円盤の進化を引き起こすという理論シナリオを検証することは困難となっていた。

研究成果

奥住助教らのグループは、磁場の円盤内輸送に対する「平均場モデル」と呼ばれる理論を用いて、原始惑星系円盤を貫く磁場の強度に対して、ある上限値が存在することを理論的に導いた。この理論モデルは1990年代に提唱されて以降、数学的に厳密な解が未知であったが、本研究ではコンピューターによる数式処理を駆使して厳密解を導くことに成功し、これが磁場強度の上限の発見につながった。

さらに、近年の円盤進化モデルを用いて、この上限値から予想される原始惑星系円盤のガス降着率[用語3]を算出したところ、天文観測から示唆されるガス降着率の範囲をよく説明することが明らかになった。磁場強度の上限値の存在は、若い星がその母体である分子雲コアに比べて非常に小さな磁束量を持つこととも調和的である。

今後の展開

本研究成果は原始惑星系円盤の磁場強度に対して具体的な予言を与えるものであり、惑星を育む原始惑星系円盤が磁場の影響によってどのように進化するかを解明するための重要な手がかりとなることが期待される。また、磁場を介して進化するガス円盤は、中性子星の周りや銀河中心核にも存在すると考えられており、本研究成果はこのような高エネルギー帯での物理現象にも応用が期待される。

用語説明

[用語1] 原始惑星系円盤 : 形成直後の若い星を取り囲む、ガスと塵からなる円盤。

[用語2] 星間磁場 : 星と星の間の空間に存在する磁場。典型的な強度は1~10マイクロガウス(1マイクロガウス=0.1ナノテスラ)。

[用語3] ガス降着 : 原始惑星系円盤から中心星へガスが流出する現象。円盤の消失を引き起こすメカニズムの一つと考えられている。ガス降着率とは単位時間あたりのガスの流出量を表す。

本研究で導かれた原始惑星系円盤の大局的鉛直磁場の最大値(実線)。赤線・青線・緑線は観測から示唆される最大の定常円盤ガス降着率をもたらすのに必要な磁場強度の理論値。星印は若い星の典型的な磁場強度を表す。

本研究で導かれた原始惑星系円盤の大局的鉛直磁場の最大値(実線)。赤線・青線・緑線は観測から示唆される最大の定常円盤ガス降着率をもたらすのに必要な磁場強度の理論値。星印は若い星の典型的な磁場強度を表す。

論文情報

論文タイトル :
Radial Transport of Large-scale Magnetic Fields in Accretion Disks. I. Steady Solutions and an Upper Limit on the Vertical Field Strength
掲載誌 :
The Astrophysical Journal 785, 127 (2014)
DOI :
著者 :
Satoshi Okuzumi1, Taku Takeuchi1, and Takayuki Muto2
所属 :
1東京工業大学理工学研究科地球惑星科学専攻、2工学院大学基礎・教養教育部門

問い合わせ先

大学院理工学研究科地球惑星科学専攻
助教 奥住 聡
Email : okuzumi@geo.titech.ac.jp
TEL : 03-5734-2616


高等植物の雄しべ発達過程を制御する植物ホルモン輸送体を発見

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要点

  • 高等植物の形づくりの過程で植物ホルモンが適切なタイミングで作用する
  • 高等植物の雄しべの正常な発達を制御する植物ホルモンの輸送体タンパク質を発見
  • 植物ホルモンによる花の発達過程の制御機構を分子レベルで明らかにすることが可能に

概要

東京工業大学生命理工学研究科の斉藤洸大学院生、生命理工学研究科/地球生命研究所の太田啓之教授らと東北大学、理化学研究所の共同研究グループは、高等植物の雄しべの正常な発達を制御する植物ホルモン[用語1] の輸送に「GTR1」という輸送体タンパク質[用語2] が関わっていることを発見した。

モデル植物のシロイヌナズナの遺伝子発現データ解析により植物ホルモン輸送体候補を選び出し、その輸送体の機能が失われた植物体を詳細に解析した結果、雄しべの形成不全が起こることを明らかにした。この植物体に外部から植物ホルモンを与えることで、雄しべの生育が回復することから、この輸送体は生体内で植物ホルモンの輸送に関わることを確認した。この輸送体は植物の食害・病害応答物質の輸送を行うことが知られていたが、植物ホルモンの輸送にも関わっていることが初めて明らかになった。

今後は、この輸送体が構造の全く異なる化合物を輸送する仕組みを分子レベルで明らかにすること、植物ホルモンによって雄しべの発達を適切に調節する仕組みの全容を明らかにすることが期待される。

この研究は東工大生命理工学研究科の佐藤(金森)美有大学院生と地球生命研究所の佐々木結子特任助教、バイオ研究基盤支援総合センターの増田真二准教授、東北大理学研究科の上田実教授、東北大工学研究科の魚住信之教授と浜本晋助教、理化学研究所環境資源科学研究センターの瀬尾光範ユニットリーダーらと共同で行った。研究成果は2月4日発行の英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」にオンラインで公開される。

研究の背景と経緯

高等植物が持つ複雑な器官が形成される過程は植物ホルモンによって厳密に制御されている。近年の研究から、植物ホルモンが作用部位に到達するためには、輸送体タンパク質による能動的な輸送が行われていることが明らかになってきた。

植物ホルモンであるジャスモン酸[用語3] とジベレリン[用語4] はいずれも花芽、特に雄しべの発達過程に重要であり、いずれかが欠損しても雄しべの発達に異常が生じ、雄性不稔となることが知られている。そのため、雄しべの発達過程でこれらの植物ホルモンが作用部位に輸送されると考えられるが、その輸送体の実体は知られていなかった。

研究内容

本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナの遺伝子発現パターンを解析し、ジャスモン酸の合成遺伝子とよく似た発現パターンを示す遺伝子に着目した。この遺伝子にコードされている輸送体「GTR1」は、アブラナ科の植物で生産される病虫害防御物質であるグルコシノレート[用語5] の輸送体であることが報告されていた。GTR1輸送体の機能を失った植物体(gtr1)を作成し花の発達過程を調べたところ、雄しべの発達に異常が生じ雄性不稔となっていること、gtr1に人為的にGTR1遺伝子を導入してGTR1の機能を相補すると、稔性が回復することが明らかになった(図1)。

野生株(左)と比較してgtr1(中)は稔性が低下しているため、莢(さや)は短く少数の種しか得られない。gtr1に人為的にGTR1遺伝子を導入した植物(右)では稔性が回復した。

図1.
野生株(左)と比較してgtr1(中)は稔性が低下しているため、莢(さや)は短く少数の種しか得られない。gtr1に人為的にGTR1遺伝子を導入した植物(右)では稔性が回復した。

次にGTR1輸送体によって運ばれる低分子化合物を明らかにするために、アフリカツメガエルの卵母細胞でGTR1輸送体を人為的に合成し、細胞の外から与えた植物ホルモンが細胞内に輸送されているかを調べた。その結果、GTR1はグルコシノレートだけでなく生理活性を持ったジャスモン酸とジベレリンをも輸送できることが明らかになった(図2)。

アフリカツメガエル卵母細胞を用いてGTR1輸送体が植物ホルモンを輸送するかを調べた。(a)輸送活性を調べるための実験の模式図。GTR1が存在する卵母細胞では、植物ホルモンが卵母細胞内に取り込まれる。GTR1が存在しない場合には植物ホルモンは細胞内に取り込まれない。(b)GTR1によるジャスモン酸とジベレリンの輸送活性。卵母細胞あたりどれだけの植物ホルモンが取り込まれているかを調べた。

図2.
アフリカツメガエル卵母細胞を用いてGTR1輸送体が植物ホルモンを輸送するかを調べた。(a)輸送活性を調べるための実験の模式図。GTR1が存在する卵母細胞では、植物ホルモンが卵母細胞内に取り込まれる。GTR1が存在しない場合には植物ホルモンは細胞内に取り込まれない。(b)GTR1によるジャスモン酸とジベレリンの輸送活性。卵母細胞あたりどれだけの植物ホルモンが取り込まれているかを調べた。

gtr1にジャスモン酸とジベレリンをそれぞれ処理して稔性の回復を観察したところ、ジベレリンを処理した場合のみ完全な稔性の回復が見られた(図3)。この結果は、GTR1輸送体がジベレリンによる雄しべの発達制御に重要であることを示している。以上の結果より、GTR1は花芽の発達の過程においてジベレリンの輸送体として機能すると考えられる。

野生株(左)とgtr1(左から2番目)の花芽の拡大写真。野生株では雄しべの伸長と葯(やく)の裂開が起こることによって正常な受粉が行われるが、gtr1では雄しべが十分に伸びず、裂開も起こらないため、受粉が起こりにくく、少数の種しかつけることができない。gtr1にジベレリンを与えると稔性が回復するが(右から2番目)、ジャスモン酸を与えても稔性の回復は見られない(右)。

図3.
野生株(左)とgtr1(左から2番目)の花芽の拡大写真。野生株では雄しべの伸長と葯(やく)の裂開が起こることによって正常な受粉が行われるが、gtr1では雄しべが十分に伸びず、裂開も起こらないため、受粉が起こりにくく、少数の種しかつけることができない。gtr1にジベレリンを与えると稔性が回復するが(右から2番目)、ジャスモン酸を与えても稔性の回復は見られない(右)。

今後の展開

今回ジベレリンの輸送体が明らかになったことにより、花芽の発達過程における植物ホルモンの挙動を分子レベルで解析することが可能になる。植物ホルモンの輸送は花芽形成時だけでなく、傷害・虫害・病害応答時にも重要な働きをすると考えられるため、葉や根においてGTR1が輸送する対象を明らかにすることも重要である。さらに、どのようにして1つの輸送体が構造の異なる化合物を輸送できるのか、その分子機構の解明を目指す。また、植物ホルモンによる形態形成制御機構は、複雑な器官を発達させた高等植物の進化の過程で重要な役割を果たしたと考えられるため、植物が進化的にいつ、どのようにして植物ホルモン輸送機構を獲得したかを知るためにも、重要な指標となる因子であると考えられる。

用語説明

[用語1] 植物ホルモン : 高等植物の体内で合成され、生理的機能を調節する化合物。形態形成、生長促進や抑制に作用する。

[用語2] 輸送体タンパク質 : 生体膜を貫通して物質を運ぶタンパク質。

[用語3] ジャスモン酸 : 果実の熟化や老化促進などを誘導する植物ホルモン、環境ストレスへの耐性誘導ホルモンとして知られる。

[用語4] ジベレリン : 細胞の伸長、種子の発芽や休眠打破を促進する働きを持つ植物ホルモン。

[用語5] グルコシノレート : キャベツなどアブラナ科の植物に存在する化合物。植物の病害や食害に対抗するための防御物質としての働きを持つ。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications, 6, Article Number: 6095
論文タイトル :
The jasmonate-responsive GTR1 transporter is required for gibberellin-mediated stamen development in Arabidopsis
著者 :
Hikaru Saito, Takaya Oikawa, Shin Hamamoto, Yasuhiro Ishimaru, Miyu Kanamori-Sato, Yuko Sasaki-Sekimoto, Tomoya Utsumi, Jing Chen, Yuri Kanno, Shinji Masuda, Yuji Kamiya, Mitsunori Seo, Nobuyuki Uozumi, Minoru Ueda and Hiroyuki Ohta
DOI :

研究グループ

東京工業大学、東北大学、理化学研究所

研究サポート

本研究は、東京工業大学・東京大学による日本学術振興会、グローバルCOEプログラム「地球から地球たちへ」の支援により平成21年度より開始された(グローバルCOEプログラムは平成25年度に終了)。また、上田教授を領域代表とする科学研究費補助金(新学術領域研究)「天然物ケミカルバイオロジーの研究」からの支援は研究推進に不可欠な役割を果たした。

東京工業大学地球生命研究所について

地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が平成24年に公募を実施した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所。「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、平成19年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入等の自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科
教授 太田啓之
Email: ohta.h.ab@m.titech.ac.jp
Tel: 045-924-5736 / Fax: 045-924-5823

広報センター(プレス担当)
Email: media@jim.titech.ac.jp
Tel: 03-5734-2975 / Fax: 03-5734-3661

新しい珪酸塩強誘電体の発見と機構解明

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概要

東京工業大学応用セラミックス研究所の谷口博基助教(現名古屋大学理学部准教授)と伊藤満教授の研究グループは、新しい4配位型珪酸塩強誘電体を開発しその強誘電性発現の原理を解明した。

研究の背景

現在、実用化されている代表的な強誘電体[用語1]はペロブスカイト型構造[用語2]を有するBaTiO3やPbTiO3をベースとする物質群である。70年以上前に発見されたペロブスカイト型酸化物における強誘電性発現のメカニズムは第一原理計算[用語3]や構造解析によりほぼ全容が解明され、ペロブスカイト型構造における金属元素と酸素間の化学結合の役割も明らかにされてきた。伊藤教授らの研究グループはペロブスカイト型強誘電体に関する研究結果を集約し、結果に基づき演繹的に新しい強誘電体を創出することを試みた。従来は強誘電体を作ることが難しいと考えられていた珪酸塩(シリケート)で強誘電性を得ることに成功し、想定していた強誘電性発現の機構も証明した。

研究成果

これまでの研究からABO3型ペロブスカイト型構造中でAサイトイオンの果たす役目について検討し、AイオンとBイオンの果たす役割を定量化し、Aと酸素Bと酸素の結合に着目して構成元素を選択し、ペロブスカイト型構造類似構造を持つ珪酸塩に着目した。図1左は強誘電体として有名なAurivirius型酸化物(Bi2O2)(An-1BnO3n+1)(n=1-8)のうちn=1、B=Wの場合、すなわち、Bi2WO6の構造を示す。この構造は(001)面の構造から明らかなように、Bi2O2層とWO6層が交互にc軸方向に積み重なった構造をしており、これに対してB=Siの場合、図1右に示すとおり、Bi2O2層とSiO4鎖が1次元的に伸びた構造からなっている。

両構造の差は明らかに2次元的WO6層と1次元SiO4鎖のみである。一般的に、SiO4四面体中でのシリコンと酸素との結合は強く、外場によりSiO4四面体の変形は難しく、特に、中心のシリコン原子を変位させて強誘電性を発現させることは難しいと考えられてきた。本系のように2種類の金属元素を含む酸化物の場合、酸素に隣り合う異なる2種類の金属と酸素との結合は競合する。電子の数は決まっているのでA-Oの共有結合性が強くなれば隣り合うB-Oのそれは弱くなる。つまり、共有結合性とイオン性の相補性により-Bi-O-Si-におけるBi-OとSi-Oの結合の性格が決まる。

強誘電体Bi2WO6とBi2SiO5の構造の比較

図1. 強誘電体Bi2WO6とBi2SiO5の構造の比較

Bi2SiO5において高温相は中心対称性、つまり常誘電性であるCmCmの空間群を有し、温度低下とともに673 K(400℃)で非中心対称、極性空間群Ccをもつ強誘電体構造へと変化する。この変化は図2に示すとおり673 K以下ではBiが酸素側に移動してBiのもつ6s電子と酸素がもつp電子との結合を強くする。このBiの移動によりBiとO間で電気の偏りが生じ、電気双極子が生じる。このBi-O層での構造変化に同期してSiO4鎖でもSiが中心位置から移動してSiO4からSiO3を単位とするような構造変化が生じ、ここでもSiの変位によって誘起される電気双極子が生じる。

300 Kと773 KにおけるBi2SiO5の構造の比較。(b)(d)における矢印はイオンの変位によって生じる電気双極子モーメントを示す。

図2. 300 Kと773 KにおけるBi2SiO5の構造の比較。(b)(d)における矢印はイオンの変位によって生じる電気双極子モーメントを示す。

図2(b)(d)から明らかなようにBi2O2レイヤーとSiO3レイヤーでは電気双極子モーメントの方向が逆方向を向いている。つまり、正確に表現すればこの物質はフェライトで代表されるフェリ磁性体と類似の双極子配列を持つフェリ誘電体[用語4]であることがわかる。構造解析と第一原理計算に基づく電気分極の値は25μC/cm2であり、この値は実用上最も重要な強誘電体の1つであるチタン酸バリウムとほぼ同じ大きさである。さらに重要なことは、相転移に伴って原子が一方向に一斉に変位して電気的な偏りが生じること(光学モードのフォノンの凍結)で強誘電性が発生するというメカニズムが、光学測定、精密構造解析、第一原理計算で矛盾無く説明できたことである。

図3(a)は第一原理計算により求められたフォノンの分散を示している。高温相の常誘電体CmCm相では負の周波数を持つ強誘電性ソフトモード[用語5]が存在し、低温の強誘電体相では振動数がゼロになる(つまり、非中心対称性の構造に変化する)。本系の強誘電性がBi-Oの共有結合性の変化で誘起されるSiO4中のSi-Oの共有結合性の不均一化に伴う結合間距離の長短化が鎖のねじれiで表現され、図3(b)で示す定常的に鎖のねじれが存在する場合が強誘電相であることがわかる。

高温相(CmCm相)と低温相(Cc相)におけるフォノン周波数の方向依存性(a)。上2つの構造に対するねじれ運動モードが(a)における光学ソフトモードに対応しており、このモードの振動数がゼロになる温度が強誘電相転移点に相当する(b)。

図3. 高温相(CmCm相)と低温相(Cc相)におけるフォノン周波数の方向依存性(a)。上2つの構造に対するねじれ運動モードが(a)における光学ソフトモードに対応しており、このモードの振動数がゼロになる温度が強誘電相転移点に相当する(b)。

今後の展開

従来、チタン酸バリウムを代表とするペロブスカイト型六配位酸化物が強誘電体研究の中心であった状況を、物質探索の枠を拡げるという観点からも本系のような珪酸塩でしかも4配位系で従来型の強誘電体に匹敵する分極の値を有する物質が見つかった意義は大きい。さらに、Bi2SiO5ではペロブスカイト型強誘電体と同様な変位型の機構で相転移することが重要である。本研究を契機として、化学結合を利用した非ペロブスカイト、非六配位、非酸化物系での強誘電体の新物質探索が現実的であることが理解され、物質から材料への橋渡しが可能になると考えられる。

用語説明

[用語1] 強誘電体 : 温度低下とともにキュリー温度で誘電率が発散して相転移を起こし低温相で自発誘電分極を有する物質。低温相では正負イオンが高温相から変位して中心対称性を有しておらず、強磁性体の磁化曲線に似た分極-電場曲線でヒステリシスを示す。大別して変位型強誘電体と規則-不規則型強誘電体が代表例である。前者にはBaTiO3、PbTiO3、LiNbO3、SbSIがあげられる。20世紀後半にペロブスカイト型強(反)誘電体としてPbTiO3、PbZrO3(反強誘電体)、Pb(Zr,Ti)O3が発見され研究された。実用に供せられている物質としてBaTiO3、Pb(Zr,Ti)O3が有名である。後者として東工大名誉教授沢田正三氏が発見したNaNO2が代表例としてあげられる。

[用語2] ペロブスカイト : 19世紀ロシアの科学者ペロフスキーによって発見された天然鉱物灰チタン石(CaTiO3)。ABO3型の複酸化物の総称。

[用語3] 第一原理計算 : 原子レベルやナノスケールレベルにおける物質の基本法則である量子力学(第一原理)に基づいて、原子番号だけを入力パラメーターとして、非経験的に物理機構の解明や物性予測を行う計算手法。

[用語4] フェリ誘電体 : 結晶が2種類の副格子からなり、それぞれ逆向きの電気双極子モーメントを有する物質。フェライトでは磁気双極子が同様な配列を有する。通常の強誘電体との区別は難しい。

[用語5] 強誘電性ソフトモード : 強く非調和的な低エネルギー光学フォノンであり、相転移温度に向かって振動数を減少(ソフト化)させ、最終的に凍結することで強誘電性相転移を誘起する。(一次相転移では、ソフト化の途中で相転移が生じて凍結しない。)このソフトモードの不安定化によって生じた強誘電性を有する物質は"変位型強誘電体"と呼ばれるが、ペロブスカイト型酸化物強誘電体にはこの型の強誘電体が特に多く、これまでに極めて多くの研究がなされてきた。しかしながらソフトモードが強誘電性相転移にまつわる諸物性を定性的ではあるが非常に良く説明する一方で、何故ソフトモードが存在するかという、"材料設計に応用できる形での"直感的な描像は未だ確立していない。

論文情報

論文タイトル :
Ferroelectricity Driven by Twisting of Silicate Tetrahedral Chains
掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition 52, 8088 (2013).
DOI :
著者 :
Hiroki Taniguchi1,2, Akihide Kuwabara3, Jungeun Kim4, Younghun Kim5, Hiroki Moriwake3, Sungwng Kim6, Takuya Hoshiyama7, Tsukasa Koyama7, Shigeo Mori7, Masaki Takata4,5,8, Hideo Hosono1,9, Yoshiyuki Inaguma10, and Mitsuru Itoh1
所属 :
1東京工業大学応用セラミックス研究所、2名古屋大学理学部、3(財)日本ファインセラミックスセンター、4公益財団法人 高輝度光科学研究センター、5東京大学大学院新領域創成科学研究科、6Sungkyunkwan University、7大阪府立大学、8理研播磨研究所、9東京工業大学元素戦略研究センター、10学習院大学理学部
論文タイトル :
Hierarchical Dielectric Orders in Layered Ferroelectrics Bi2SiO5
掲載誌 :
IUCrJ 1, 160 (2014)
DOI :
著者 :
Younghun Kim1,2, Jungeun Kim2,3, Akihiko Fujiwara3, Hiroki Taniguchi4, Sungwng Kim5, Hiroshi Tanaka6, Kunihisa Sugimoto2,3, Kenichi Kato2, Mitsuru Itoh7, Hideo Hosono7,8 and Masaki Takata1,2,3
所属 :
1東京大学大学院新領域創成科学研究科、2理研 放射光総合科学研究センター、3公益財団法人 高輝度光科学研究センター、4名古屋大学理学部、5Sungkyunkwan University、6島根大学、7東京工業大学応用セラミックス研究所、8東京工業大学元素戦略研究センター

謝辞

本研究は、文部科学省の元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型 電子材料拠点>により一部支援を受けたものです。

問い合わせ先

応用セラミックス研究所 教授 伊藤 満
Email : itoh.m.aa@m.titech.ac.jp
TEL : 045-924-5354
FAX : 045-924-5354

多糖類を用いて骨再生の蛍光検出を実現 ―MRIとのマルチモーダルイメージングプローブを開発―

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科の田中浩士准教授、高橋孝志名誉教授(元大学院理工学研究科教授)、放射線医学総合研究所の青木伊知男チームリーダーと京都大学再生医科学研究所の田畑泰彦教授らは、多糖類のデキストランを原料に用い、骨を対象としたマルチモーダルイメージングプローブの開発に成功した。マルチモーダルイメージングプローブは、複数の検出手法により対象部位の可視化を可能にするプローブであり、一つの検出方法では分析することが困難な病態を多角的に分析することを可能にする。今回、体内断層撮影を可能にするMRIと検出感度の高い蛍光検出が可能なマルチイメージングプローブの合成を達成した。

母体としたデキストランは、グルコースを構成糖とする多糖であり、食品添加物に利用されるなど人体に対する安全性が担保されているため、臨床応用に対するリスクも少ない。また、多糖を用いるイメージングプローブは、物性を大きく変えること無く、薬剤含有させることも可能であり、イメージングと治療を同時に行なうことも可能となる。

研究の背景

生体内現象を生きたまま可視化する分子イメージング技術は、病態を定量する次世代の診断技術として注目されている。病態の定量化は、適切な治療方針の決定だけでなく、医薬品開発候補品の効能の定量化にも繋がる。イメージングは、光学、核磁気および放射性などの原理に対応するモダリティー(検査手法)を用いて行なう。しかしながら、モダリティーには、短所および長所を含む特徴を有する。例えば、放射性核種を用いるPETやSPECTは、検出感度が非常に高いが、分解能が低く、また、放射性プローブの製造および取り扱いが難しい。

また、核磁気を用いるMRIは、体内の深部までイメージングでき、かつプローブの取り扱いは容易であるが、検出感度そのものが低く、多量のプローブを生体内に導入する必要がある。一方、蛍光検出は、感度が高くかつプローブの安定性も高いが、生体内におけるシグナルの減衰が大きいために、生体深部の測定には適していない。そこで近年、複数のモダリティーで検出可能な、マルチモーダルイメージングが注目されている。同手法は、それぞれの短所を補うことにより、より信頼性の高いイメージングが可能なると言われている。

生体適合性が高く、検出部位や組織認識部位導入の足掛かりとなる水酸基を多く含有する多糖は、イメージングプローブおよびドラックデリバリーシステム(DDS)のキャリアーの有望な基盤材料である。そのため、多糖を適切に修飾することができれば、有用なイメージングプローブになると期待できる。従来法では,反応時間、試薬の濃度および当量などを調整して、機能性部位の適切な導入量を調整している。

しかし導入する基質によりその反応性が、また、取り扱う物質量により撹拌効率等が異なるため、その都度の調整が必要となる。そのため、合成したプローブの再合成、およびそれを用いる機能性の再現性の確保が難しくなる場合がある。そこで、イメージングプローブの合成を指向した効率的かつ再現性の高い多糖の修飾方法が求められていた。

研究成果

今回の研究では、デキストラン多糖にアセチレンとアミノ基を導入したテンプレートに対するカップリング反応利用する骨のマルチモーダルイメージングプローブの合成を行なった(図1)。まず、あらかじめ適切な量のアセチレンとアミノ基を導入した多糖テンプレートを合成した。アセチレンはアジド基と、アミノ基はカルボン酸と水酸基存在下化学選択的にカップリングすることができる。そのため、同一のテンプレートを用いることにより、先に導入した官能基の量に応じた機能性部位を、それぞれ独立に再現性よく導入することができる。

今回はアジド基を有するビホスホナート(BP)を骨認識部位として、カルボン酸を有する検出部位カクテルをそれぞれ導入することに成功した。検出部としては、放射性金属や、MRI造影剤とした働く金属イオンを配位できる金属キレーター(DOTA)、数センチメータ単位では生体内を透過する近赤外蛍光を発光する色素(Cy5)を導入した。

多糖テンプレートを用いるマルチモダル骨イメージングプローブの合成
図1 多糖テンプレートを用いるマルチモダル骨イメージングプローブの合成

得られた化合物を用いて骨の等価体であるヒドロキシアパタイトに対する結合試験を行ったところ、骨結合部位であるビホスホナートの導入量が増えるとともに結合効率も向上した。さらに、下肢部に骨の再生モデルを移植したマウスを用いて再生部位のイメージングを行なった。その結果、蛍光イメージング法において、マウスの下肢部の再生モデルのイメージングに成功した(図2A)。さらに、Gdをキレートさせてプローブを用いて、MRIによる再生モデルの断層イメージングを行なった(図2B, C)。その結果、結合部の持っていないGd-DTPAと比較して、本イメージングプローブが再生部位により留まり、その部位の可視化を可能にしていることが示された。

A)マウス下肢部の蛍光イメージング B)MRI断層イメージング C)投与後におけるシグナル強度比
図2 A)マウス下肢部の蛍光イメージング B)MRI断層イメージング C)投与後におけるシグナル強度比

以上の研究成果により、多糖デキストランからなる新規テンプレートを原料としたマルチモーダルプローブの合成とそれを用いる骨の再生モデルのイメージングに成功した。本研究成果は、新たなイメージングプローブの開発に弾みをつけると期待できる。

今後の展開

本研究により開発したデキストラン誘導体は、さらに薬剤を結合させることにより、骨折の病態の診断だけでなく、患部への薬剤輸送を可能にすることにより、診断と治療を同時に行なうことを可能にする。また、本テンプレートを用いて様々な結合部位を導入することにより、他の診断プローブの開発に繋がると期待している。

論文情報

論文タイトル :
Synthesis of a Dextran-Based Bone Tracer for in vivo Magnetic Resonance and Optical Imagings by Two Orthogonal Coupling Reactions
掲載誌 :
RSC Advance 4, 7561 (2014).
DOI :
著者 :
Hiroshi Tanaka1, Sho Yamaguchi1, Jun-ichiro Jo2, Ichio Aoki2, Yasuhiko Tabata3 and Takashi Takahashi1
所属 :
1Department of Applied Chemistry, Tokyo Institute of Technology, 2Molecular Imaging Center, National Institute of Radiological Sciences, and 3Department of Biomaterials, Institute for Frontier Medical Sciences, Kyoto University

問い合わせ先

大学院理工学研究科応用化学専攻
准教授 田中浩士
TEL : 03-5734-2471
FAX : 03-5734-2884

系外惑星の深すぎる海と砂漠 ―地球のような惑星は低質量星のまわりではなく、やはり太陽型星のまわりにある?―

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東工大と清華大学(中国)の研究者のシミュレーションによると、惑星の含水量の観点で考えた場合、地球のような惑星は、観測的に現在注目されている低質量星のまわりではなく、太陽くらいの質量の恒星のまわり多く存在しそうだということがわかった。

生命が住める惑星(ハビタブル惑星)の探索は、現在、太陽質量の半分以下の質量のM型矮星と呼ばれる恒星に対して集中して行われようとしている。なぜならば、これらの恒星では、太陽と同程度の質量のG型矮星にくらべて、ハビタブル惑星を検出しやすいと考えられてきたからである。しかし、東工大の井田茂と中国清華大学のFeng Tianによるシミュレーションは、地球のような惑星を探すにはM型矮星は適していないであろうということを示す。

惑星が生命居住可能になるためには、その惑星の軌道が液体の水が表面に存在するのに温度が高すぎず低すぎずの軌道範囲(ハビタブル・ゾーン)に入っていることが必要になる。それに加えて、近年の研究は、海陸比が地球に近いことも必要ではないかということを示している。つまり、地球の場合の含水量程度(重量で0.01%程度)からあまり違ってはいけないだろうということである。たとえば、重量で1%を超えるような水を持つ惑星(陸がない「海惑星」)では気候が安定せず、栄養素の海への供給も制限されてしまう。一方、金星のような水に欠乏した「砂漠惑星」では生命は住めない。

太陽と同じくらいの質量の恒星であるG型矮星は、主系列に入る前の早期段階でほとんど明るさが変わらないが、M型矮星ではその段階で明るさが一桁以上も減少する。つまり、M型矮星をまわる、ちょうどいい量の水とちょうどいい距離を持つ惑星は、明るすぎる前主系列段階において海が干上がってしまうであろう。一方、海惑星はその大量の水を保持し続ける。

井田 茂とFeng Tian は、中心星が太陽質量の0.3, 0.5, 1.0 倍の質量の場合に、惑星分布をシミュレーションし、中心星の明るさの変化を考慮して水の蒸発過程を見積もった。彼らの計算結果によると、地球質量程度で地球くらいの含水量を持つ惑星の数は、G型矮星にくらべてM型矮星のまわりでは1/10~1/100しかなかった。彼らの結論は「地球のような惑星を探すならば、太陽型星で探すべきだ」というものである(注)

(注)
地球とは似ていないが、地球の生命とは異なる仕組みの生命が住む惑星は、M型矮星の惑星系にあるかもしれない。ここの結論はそのような可能性を排除するものではないことに注意。

背景

惑星形成シミュレーション

惑星は中心星の形成の副産物として形成される。星間雲中のガス塊の重力収縮が進行するにつれ、回転するガス塊は平たくなり、原始惑星系円盤を形成する。この円盤の中で、固体成分が合体成長して惑星ができる。

惑星形成ではいくつもの複雑なプロセスが同時進行する。形成される惑星の特徴は、円盤内の固体の初期分布、中心星の質量などのパラメータによって変わる。

いろいろな要素をとり入れたモデルが開発され、観測データと比較検討することで、どのような惑星が形成され、そのような特徴を持つのかが予言されるようになった。しかし、中心星の明るさの変化が、ハビタブル・ゾーンの惑星の表層環境(ここでは海の量)にあたえる影響についての解析は、これまで行われてこなかった。

系外惑星の観測

系外惑星の観測プロジェクトは、TESS、Platoなど、次々と計画されている。将来、惑星の平均密度の測定や多波長のスペクトル観測が行われれば、地球と似た水の量を持つ惑星は、海惑星や砂漠惑星と区別できるようになるであろう。

シミュレーション結果

太陽質量の0.3倍の恒星1,000個に対して計算したところ、69,000個の惑星が得られ、そのうちの5,000個は地球質量に近く、55個はハビタブル・ゾーンに入っていた。しかし、その55個のうち31個は海惑星で、23個は砂漠惑星で、地球と同じような含水量の惑星はたった1個しかなかった。

太陽質量の半分の恒星1,000個の場合は、75,000個の惑星が得られ、そのうちの9,000個は地球質量に近く、292個はハビタブル・ゾーンに入っていた、そのうち60個は海惑星で、220個は砂漠惑星。地球と同じような含水量の惑星は12個であった。

太陽質量の恒星については、38,000個の惑星が得られ、そのうちの8,000個が地球質量に近く、407個はハビタブル・ゾーンに入っていた、そのうち91個は海惑星で、45個は砂漠惑星。大部分の271個は地球と同じような含水量であった。

この結果にある詳細な数には意味はないが、地球と同じような含水量を持つ、ハビタブル・ゾーンにある惑星の割合は、太陽質量の恒星にくらべて、小質量の恒星のまわりでは極めて少ないということは確実に言える結果であり、重要な結論である。ただし、惑星内部(たとえばマントル)にどれくらいの水が取り込まれ得るのか、どれくらいの量が後から表面に出て来るのかということを調べることが、地球と同じような含水量を持つ、ハビタブル・ゾーンにある惑星が、実際にはどれくらい存在するのかを知る上では重要であり、それは今後の研究課題である。

ここでは地球質量程度の惑星の含水量を軌道半径の関数としてプロットしてある。中心星が前主系列段階に入ってから(そのときに惑星形成も始まったとした)9000万年後の時点の惑星のデータ。一点一点が惑星一個一個を示し、1000個の恒星で作られた惑星を重ねてある。a-c(左列)はそれぞれ、中心星質量が太陽の0.3倍(上段)、0.5倍(中段)、1倍(下段)の場合の結果。d-f(右列)は中心星の明るさの変化と水の蒸発の効果を入れた結果。主系列に入ったときのハビタブル・ゾーンを青緑の影で示してある。

ここでは地球質量程度の惑星の含水量を軌道半径の関数としてプロットしてある。中心星が前主系列段階に入ってから(そのときに惑星形成も始まったとした)9000万年後の時点の惑星のデータ。一点一点が惑星一個一個を示し、1000個の恒星で作られた惑星を重ねてある。a-c(左列)はそれぞれ、中心星質量が太陽の0.3倍(上段)、0.5倍(中段)、1倍(下段)の場合の結果。d-f(右列)は中心星の明るさの変化と水の蒸発の効果を入れた結果。主系列に入ったときのハビタブル・ゾーンを青緑の影で示してある。

論文情報

掲載誌 :
Nature Geoscience 8, March 2015
論文タイトル :
Water contents of Earth-mass planets around M dwarfs
著者 :
Feng Tian and Shigeru Ida
DOI :

東京工業大学地球生命研究所について

地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が平成24年に公募を実施した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所です。

「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいます。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、平成19年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入等の自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。

問い合わせ先

地球生命研究所
教授 井田 茂
Email: ida@elsi.jp
TEL:03-5734-2620

地震工学論文誌の「最も引用された論文」に選出

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トロント大学のDeepak R. Pant研究員、東工大のAnil C. Wijeyewickrema准教授らが発表した論文が、地震工学の論文誌Earthquake Engineering and Structural Dynamicsで、2012年から2013年にかけて最も引用された論文の一つに選ばれました。Deepak R. Pant研究員は東工大で修士・博士課程を修了しています。以下はその論文の概要です。

RC造免震構造物の隣接構造物との衝突に関する応答の解析的研究

Anil C. Wijeyewickrema准教授

Anil C. Wijeyewickrema准教授

地震による構造物被害は多くの死傷者や経済的損失を生む。それゆえ地震工学では、そのような構造物被害を減らすような革新的な技術を開発する研究が行われてきた。免震技術は実績のある技術の一つであり、構造物基部にベアリングやアイソレータなどの装置を取り付けたものである。これらの装置は、地震による変形をベアリング部分に限定し上部構造物の損傷を小さく抑えるために、あえて水平方向に剛性が低く設計される。しかしこの技術は、大地震下での基部の変形により構造物が隣接する構造物と衝突する可能性をはらんでいる。このような衝突により、構造物は大きな損傷を受けてしまう。構造物の衝突は複雑な現象であるため、その数値シミュレーションは挑戦的な課題とされている。多くの先行研究では、構造物の弾性モデルとシンプルな衝撃力モデルを想定した簡易的方法を用いている。この研究論文は、RC造(鉄筋コンクリート構造)免震構造物の応答に対する衝突の影響が、衝突する構造物の違いと構造物間の間隔の影響を評価することにより調べられている。その目的から、基部に擁壁を有する典型的な四階建てRC造免震構造物と四階建てRC造耐震構造物の衝突挙動が、新たな衝撃力モデルを用いて調べられた。構造物と免震システムの非線形性を考慮した三次元の数値解析シミュレーションが、様々な地震動レコードを用いて行われている。この研究により複雑である構造物の衝突に対する洞察を得ることができ、また免震構造物の応答において構造物の衝突は重要な影響を持っていることがわかった。近接した耐震構造物との衝突では免震構造物に大きな損傷が見られないが、免震構造物と擁壁間のみの衝突では構造物の崩壊が起きることが示された。この研究論文の成果は、より良い免震構造物を設計するための次世代のガイドラインに有益な情報となるだろう。

論文情報

著者:
Pant, D. R. and Wijeyewickrema, A. C.
論文タイトル:
Structural performance of a base-isolated reinforced concrete building subjected to seismic pounding
掲載誌:
Earthquake Engineering and Structural Dynamics, 41: 1709-1716.
DOI:

高周波無線給電型の超低電力無線機で多値変調を実現

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要点

  • 5.8GHz帯、113μWで動作する無線送信機に、多値変調を適用
  • 「直交バックスキャッタリング回路」により32QAM,2.5Mビット/秒を実現
  • 無線機は高周波無線給電技術で生成した電源により動作

概要

東京工業大学フロンティア研究機構の益一哉教授と精密工学研究所の伊藤浩之准教授、ソリューション研究機構の石原昇特任教授らの研究グループは、高周波(RF)無線給電型の超低電力無線機で、多値変調による無線信号伝送技術を開発した。従来、ミリワット未満の低消費電力では周波数利用効率に優れる直交位相振幅変調[用語1] といった多値変調の実現が困難だったが、RFID技術[用語2] をベースとした「直交バックスキャッタリング回路技術」という新技術を駆使して実現した。

開発した無線機は最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作し、市販の無線機の10分の1未満である113μW(マイクロワット)という極めて小さな消費電力で32QAM[用語3] の信号伝送に成功した。また、この無線機はRF無線給電により生成した電源で動作させた。ワイヤレスセンサネットワークの大容量化・低価格化・端末小型化につながる技術である。

研究成果は22日から米国サンフランシスコで開かれる「ISSCC(国際固体回路国際会議)」で現地時間24日に発表する。

研究背景・意義

様々な社会課題の解決手段としてセンサネットワーク技術が重要になってきた。2020年頃までにはセンサの出荷数が年間1兆個を超えると予想されている。すなわち,我々の周辺に何百個ものセンサが存在するようになり、これらがネットワークにつながる時代が間もなく到来する。この時、多数のセンサ端末が無線通信するため、無線トラフィックが増加し電波資源の枯渇がより深刻な問題となる。さらにセンサ端末の数が膨大であるため、電池交換や充電といったメンテナンスに要するコストも大きな負担となる。

メンテナンスの問題に関しては、環境発電技術やRFID技術を用いて電池レスにすることで解決できる。ただし、これらの技術で生成できる電力はせいぜい百μW程度であるため、無線送信機は低電力化のために単純なアーキテクチャしか選択できず、OOK[用語4] といった周波数効率が悪い変調方式しか実現できなかった。したがって、将来のセンサネットワークにおいて不可避なメンテナンスと電波資源枯渇という問題を同時に解決できる技術が存在しなかった。

同グループはこれを解決するために,直交バックスキャタリング回路技術という新規の直交変調技術を開発した。デジタル回路で一般に用いられるシリコンCMOS集積回路として実装し、環境発電素子により得られる微弱電力で動作可能な113μWの超低消費電力と、周波数利用効率が高い32QAMという多値変調を同時に実現した。さらに、この無線機チップを搭載したモジュールを試作し、RF無線給電により生成した微弱電力で無線機を動作させ、無線信号伝送に成功した。

技術内容

無線給電で動作する低電力無線送信機としてパッシブタイプRFIDタグ技術があり、これは親機から供給する搬送波をRFIDタグで反射させるバックスキャッタリングによって通信を行う。この反射波の振幅あるいは位相はRFIDタグのアンテナ負荷インピーダンスを送信データに応じて変化させることによって変調される。変調器がスイッチなどの受動回路のみで送信機を構成することができるため、マイクロワットオーダーの低い消費電力で動作させることができる。

一方、RFIDタグで周波数効率が高い多値変調を行う場合、インピーダンスが異なる負荷素子が多値数分必要だった。従来技術ではサイズが大きい受動素子を多数使うことになるため、面積やコストが増加する問題があった。また受動素子の特性が製造時のばらつきや温度変動の影響を大きく受けるため、変調精度が悪く、32QAMといった高多値変調が困難だった。

携帯電話などで用いられている無線送信機では多値変調を実現できるダイレクトコンバージョン方式などが採用されている。しかし、この方式で必要な周波数シンセサイザといった高周波回路がミリワット以上の電力を消費するため、高周波無線給電技術と組み合わせて利用することが困難である。

そこで同研究グループはバックスキャタリング技術とミキサ技術を応用することで周波数変換と直交変調を行う「直交バックスキャタリング技術」を開発し、無線送信機において低消費電力と多値変調を両立することに成功した。この技術では,トランジスタの入力インピーダンスを時間的に変化させることで,反射波の周波数変換と振幅・位相の変調を行う。

図1に開発した無線給電型無線機の全体構成を示す。この無線機は電源回路、受信機(RX)および送信機(TX)の3ブロックからなる。電源回路では親機から送信される無線給電のためのRF信号を整流し、一旦キャパシタに電力を蓄える。キャパシタに十分なエネルギーが蓄えられた後、送信機および受信機を動作させるための安定な電源電圧を生成する。送信機および受信機に供給する電源電圧を0.6Vと標準の電源電圧の半分にすることにより、消費電力を削減している。

開発した無線機のブロック図

図1. 開発した無線機のブロック図

図2に開発した直交バックスキャタリング技術を実現する送信機回路を示す。この技術では従来のRFID技術のように親機が送信する搬送波を用いることで高周波の周波数シンセサイザを排除する。直交変調器(QMOD)はRF搬送波と中間周波数(IF)で動作するミキサ(IF Mixer)が生成する変調信号(I/Q信号)を乗算することで周波数変換し、5.8GHz帯の多値変調信号を実現する。

送信機部分の回路図

図2. 送信機部分の回路図

従来のRF送信機で用いられている一般的なミキサ回路では図3(a)のパッシブミキサのように、乗算したい2つの信号の入力と乗算出力が別の端子である。したがって,RFIDのように1つのアンテナを使って親機が供給するRF搬送波信号を受信し乗算に利用しながら、乗算結果を出力するという動作には適していない。従来のバックスキャタリング技術では図3(b)に示すように、親機が供給するRF搬送波信号の受信端子と乗算結果の出力端子を共有できるが、ミキサに入力する信号はデジタル信号である。

この回路では図3(c)に示すように、デジタル信号ではなくIF帯のアナログI/Q信号を入力する技術を開発することによって、RF搬送波信号を利用してIF帯から5.8GHz帯へ周波数変換を行った。この結果、バックスキャッタリング変調信号の多値化を実現し、さらにIFミキサとQMODをパッシブ型の回路で構成できるようになったことで、主な電力消費がIF帯ローカル信号生成・分配のみに抑えられた。

RFミキサ部における信号と伝達方向 (a)一般的なパッシブミキサ、(b)一般的なバックスキャタリング技術、(c)本成果の回路

図3. RFミキサ部における信号と伝達方向 (a)一般的なパッシブミキサ、(b)一般的なバックスキャタリング技術、(c)本成果の回路

開発した無線機は最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作した。図4にチップ写真を示す。回路部の面積は0.14mm2である。図5に送信機出力信号のコンスタレーションおよびスペクトラムの測定結果を示す。送信機は消費電力113μWで2.5Mb/sの32QAM変調を4.6%のエラーベクトルマグニチュード(Error Vector Magnitude: EVM)で実現した。このときの周波数効率は3.3b/s/Hzである。図6にこれまでに発表された低電力送信機の消費電力および周波数効率の比較を示す。今回の成果は低消費電力でありながら、32QAMという周波数効率が高い変調を実現した点が特徴である。

65nm Si CMOSプロセスにより製造したチップの写真

図4. 65nm Si CMOSプロセスにより製造したチップの写真

送信機出力信号のコンスタレーションとスペクトラム

図5. 送信機出力信号のコンスタレーションとスペクトラム

最新の超低電力無線送信機との性能比較

図6. 最新の超低電力無線送信機との性能比較

図7に開発したチップを用いた無線通信モジュールを示す。これを用いて温度センシングのデモンストレーションを行った。無線給電により生成した電力を利用して無線通信を行い、温度データを取得することに成功した。

開発したチップを用いた無線通信モジュール

図7. 開発したチップを用いた無線通信モジュール

発表予定

この成果は、2月22日~26日にサンフランシスコで開催される「2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2015): 2015年 IEEE国際固体回路国際会議」のセッション「Session 13 - Energy-Efficient RF Systems」で発表する。講演タイトルは「A 5.8GHz RF-Powered Transceiver with a 113μW 32-QAM Transmitter Employing the IF-based Quadrature Backscattering Technique(IF直交バックスキャタリング回路技術を用いた113μW 32-QAM送信機を有する5.8GHz帯RFパワード送信機)」である。現地時間24日16時45分から発表する。

論文情報

掲載誌 :
2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2015): 2015年 IEEE国際固体回路国際会議
論文タイトル :
A 5.8GHz RF-Powered Transceiver with a 113μW 32-QAM Transmitter Employing the IF-based Quadrature Backscattering Technique(IF直交バックスキャタリング回路技術を用いた113μW 32-QAM送信機を有する5.8GHz帯RFパワード送信機)
著者 :
Atsushi Shirane (白根篤史:博士後期課程,発表者), Haowei Tan (譚昊イ:修士課程), Y. Fang (方一鳴:修士課程修了生), Taiki Ibe (伊部泰貴:修士課程), Hiroyuki Ito (伊藤浩之:准教授), Noboru Ishihara (石原昇:特任教授), Kazuya Masu (益一哉:教授)

用語説明

[用語1] 直交位相振幅変調 : 互いに独立な2つの搬送波 (同相(In-phase)搬送波及び直角位相(Quadrature)搬送波)の振幅及び位相を変更・調整することによってデータを伝達する変調方式。

[用語2] RFID技術 : ID情報を埋め込んだ無線タグと電波などを用いた近距離の無線通信によって情報をやりとりする技術。

[用語3] 32QAM : 直交位相振幅変調の一種で、搬送波の振幅と位相を変調することで32の状態を表す方式。

[用語4] OOK : 搬送波の有無によりデジタルデータを表す変調方式。

問い合わせ先

フロンティア研究機構
教授 益一哉
Email : masu.k.aa@m.titech.ac.jp
TEL : 045-924-5010
FAX : 045-924-5022

「温めると縮む」新材料を発見

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「温めると縮む」新材料を発見
―既存材料の2倍の収縮、少量でエポキシ樹脂の熱膨張を相殺―

概要

東京工業大学応用セラミックス研究所の東正樹教授らは、中央大学、高輝度光科学研究センター、京都大学との共同研究により、室温付近で既存材料の2倍以上の大きさの「負の熱膨張」[用語1]を示す酸化物材料「BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)」を発見した。添加元素の量を変化させることで負の熱膨張が現れる温度域を制御できるほか、これまでの材料の問題点だった温度履歴[用語2]を抑制することもできる。

負の熱膨張材料は光通信や半導体製造装置など、精密な位置決めが求められる局面で、構造材の熱膨張を打ち消(キャンセル)したゼロ熱膨張物質[用語3]を作製するのに使われる。今回の新材料をエポキシ樹脂中に少量分散させることにより、熱膨張をゼロにできることも確認した。

共同研究グループは東工大の東教授のほか奈部谷光一郎、村松裕也、中野紀穂の各大学院生、北條元助教と中央大の岡研吾助教、高輝度光センターの水牧仁一朗副主幹研究員、肥後祐司研究員、原子力機構の安居院あかね研究主幹、京大の林直顕研究員、高野幹夫名誉教授(現一般財団法人 生産開発科学研究所 機能性酸化物研究室室長)。研究成果は、2月12日発行の米国科学誌「アプライド・フィジックス・レター(Applied Physics Letter)」オンライン版に掲載された。

研究の背景

ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になる。そこで、昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質によって、構造材の熱膨張を打ち消す(キャンセルする)ことが行われている。

だが、現状では負の熱膨張を持つ物質の種類が少なく、市販品では最高でも温度上昇1度当たり100万分の40(-40×10-6 / ℃)の負の線熱膨張係数(収縮)と、小さいことが問題だった。東教授が2011年に報告したBi0.95La0.05NiO3(ビスマス・ランタン・ニッケル酸化物)は温度上昇1度当たり100万分の82(-82×10-6 / ℃)という巨大な負の熱膨張を示すが、温度履歴が大きいことが問題だった。また、熱膨張抑制材としての実証もなされていなかった。

研究成果

今回の研究では、図1に示す「ペロブスカイト[用語4]」という構造を持つ酸化物BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)が、室温近傍の温度域で、温度上昇1度当たり100万分の187(-187×10-6 / ℃)という、Bi0.95La0.05NiO3の2倍以上の負の線熱膨張係数[用語5]を持つことを発見した。これにより、熱膨張抑制材として用いる量を半分に減らすことが出来る。

BiNi1-xFexO3の低温(左)と、高温(右)の結晶構造

図1. BiNi1-xFexO3の低温(左)と、高温(右)の結晶構造

大型放射光施設SPring-8[用語6]のビームラインBL02B2での放射光X線回折[用語7]による精密構造解析と、BL27XUでの放射光X線吸収実験[用語8]から、低温ではビスマス(Bi)の半分が3価、残りの半分が5価という、特異な酸化状態を持っているが、昇温すると、ニッケル(Ni)の電子が一つ5価のビスマスに移り、ニッケルの価数が2価から3価に変化し、酸素をより強く引きつけるようになることが分かった。

この際、ペロブスカイト構造の骨格をつくるニッケル(Ni)-酸素(O)の結合が縮むため、約3%の体積収縮が起こる。この変化は徐々に起こるので、広い温度範囲にわたって連続的に長さが収縮する、負の熱膨張が観測される。図2のように、X線回折実験で求めた微視的な格子定数[用語9]変化と、熱機械分析装置[用語10]を用いた巨視的な試料長さの変化の両方で、負の熱膨張を確認した。また負の熱膨張が起こる温度域を、ニッケル(Ni)を置換する鉄(Fe)の量を変化させることによってコントロールできることを突き止めた。Bi0.95La0.05NiO3(ビスマス・ランタン・ニッケル酸化物)ではLa濃度を増やした場合に70℃以上にもなってしまっていた温度履歴幅を、BiNi1-xFexO3(ビスマス・ニッケル・鉄酸化物)では組成によらず15℃以下に抑制できた。

X線回折実験で求めたBiNi1-xFexO3の体積の温度変化

図2. X線回折実験で求めたBiNi1-xFexO3の体積の温度変化

さらに、BiNi0.85Fe0.15O3の粉末をビスフェノール型のエポキシ樹脂に、体積にして18%分散させた図3のコンポジット(複合)材料を作成、温度上昇1度当たり100万分の80(80×10-6 / ℃)というエポキシ樹脂の熱膨張を相殺し、27℃から57℃の範囲でゼロ熱膨張を実現できることも示した。

18体積% BiNi0.85Fe0.15O3/エポキシ樹脂コンポジットの写真と、熱機械分析装置で測定した、エポキシ樹脂、BiNi0.85Fe0.15O3、コンポジットの試料長さ温度変化。エポキシ樹脂の大きな熱膨張がBiNi0.85Fe0.15O3の添加によって押さえられ、300-320K(27℃-57℃)の範囲で、ゼロ熱膨張が実現していることが分かる。
図3.
18体積% BiNi0.85Fe0.15O3/エポキシ樹脂コンポジットの写真と、熱機械分析装置で測定した、エポキシ樹脂、BiNi0.85Fe0.15O3、コンポジットの試料長さ温度変化。エポキシ樹脂の大きな熱膨張がBiNi0.85Fe0.15O3の添加によって押さえられ、300-320K(27℃-57℃)の範囲で、ゼロ熱膨張が実現していることが分かる。

今後の展開

今回、新たに発見された負の熱膨張材料は、精密光学部品や精密機械部品など、既存の負の熱膨張材料が担っていた様々な分野での利用が期待される。それに加えて、絶縁体-金属転移を伴うことから、長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する、高精度のセンサー材料への応用へつながることも考えられる。

付記

本研究の一部は、文部科学省・科学研究費補助金・新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓-材料科学の新展開 outer」(代表・田中功京都大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・若手研究B「巨大な正方晶歪みのもたらす特異的な物性の探索 outer」(代表・岡研吾中央大学助教)、「電界誘起の構造相転移を用いた巨大な圧電応答の実現 outer」(北條元東京工業大学助教)、日本板硝子材料工学助成会、ホソカワ粉体工学振興財団の援助を受けて行った。また、エポキシ樹脂はナミックス株式会社から提供を受けた。

用語説明

[用語1] 負の熱膨張 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

[用語2] 温度履歴 : 昇温時と降温時で試料長さに差が出ること。

[用語3] ゼロ熱膨張材料 : 温度を変化させても伸び縮みしない材料。ナノテクノロジーを支える精密な位置決めのために重要。正の熱膨張を持つ物質と負の熱膨張を持つ物質を組み合わせることで実現する。

[用語4] ペロブスカイト : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語5] 線熱膨張係数 : 温度を1℃変化させたときの、長さの相対的な変化量。

[用語6] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語7] 放射光X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語8] X線吸収実験 : 連続的なスペクトルを持つ放射光X線を、エネルギーを変化させながら試料に照射し、透過してきたX線の強度を分析することで原子の価数や電子状態についての知見を得る。

[用語9] 格子定数 : 結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。この変化が、物質の巨視的な長さの変化につながる。

[用語10] 熱機械分析装置 : 試料長さの温度変化を測定する装置。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters, 106 (2015)
論文タイトル :
Suppression of Temperature Hysteresis in Negative Thermal Expansion Compound BiNi1-xFexO3 and Zero-Thermal Expansion Composite
著者 :
K. Nabetani, Y. Muramatsu, K. Oka, K. Nakano, H. Hojo, M. Mizumaki, A. Agui, Y. Higo, N. Hayashi, M. Takano, and M. Azuma
DOI :

問い合わせ先

本研究全般に関すること

東京工業大学 応用セラミックス研究所
教授 東正樹
Email : mazuma@msl.titech.ac.jp
TEL : 045-924-5315, 5342
FAX : 045-924-5318

中央大学問い合わせ先

中央大学 理工学部
助教 岡研吾
Email : koka@kc.chuo-u.ac.jp
TEL : 03-3817-1922
FAX : 03-3817-1895

高輝度光科学研究センター問い合わせ先

高輝度光科学研究センター
副主幹研究員 水牧仁一朗
Email : mizumaki@spring8.or.jp
TEL : 0791-58-0802(内線3870)
FAX : 0791-58-0830

京都大学問い合わせ先

京都大学物質-細胞統合システム拠点
研究員 林直顕
Email : hayashi@icems.kyoto-u.ac.jp
TEL : 075-753-9773
FAX : 075-753-9761


平成26年度手島精一記念研究賞授与式

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2月17日に東工大蔵前会館のくらまえホールにおいて、 手島精一記念研究賞の授与式が行われました。三島良直学長、理事・副学長、部局長、事務局長、監事、元手島工業教育資金団役員、蔵前工業会常務理事・事務局長が臨席しました。

手島精一記念研究賞は、理工系大学における研究を奨励するために設けたものであり、特に優れた研究業績をあげた本学関係者に対して、賞状並びに副賞の授与を行っています。この賞は、東京工業大学の前身である東京工業学校及び東京高等工業学校の校長であった手島精一先生の功績を記念して、財団法人手島工業教育資金団の事業の一つとして行われてまいりました。この財団法人手島工業教育資金団は、手島先生の功績を記念するため、政界、財界、教育界の多数の諸名士の賛同を得て創設されたものです。2009年4月に同財団の解散に伴い、本学に事業が継承され今日に至っています。

今年度は、22件・計75名の受賞者に対し、学長から賞状と副賞が授与されました。

授与式に引き続いて、ロイアルブルーホールにおいて、受賞者を囲んで祝賀会が行われ、出席者全員和やかな雰囲気のうちに閉会しました。

授与式の様子
授与式の様子

平成26年度受賞者

研究論文賞(2件)

  • 庄子 良晃(資源化学研究所・助教)
  • 田中 直樹(総合理工学研究科・物質電子化学専攻・修士課程2年)
  • 巳上 幸一郎(東京大学大学院・薬学系研究科・JSPS特別研究員)
  • 内山 真伸(東京大学大学院・薬学系研究科・教授)
  • 福島 孝典(資源化学研究所・教授)

“A two-coordinate boron cation featuring C-B+-C bonding”

  • 堀 孝一(生命理工学研究科・生体システム専攻・産学官連携研究員)
  • 山本 希(地球生命研究所・産学官連携研究員)
  • 山田 拓司(生命理工学研究科・生命情報専攻・講師)
  • 森  宙史(生命理工学研究科・生命情報専攻・助教)
  • 佐々木 結子(地球生命研究所・助教)
  • 下嶋 美恵(バイオ研究基盤支援総合センター・助教)
  • 増田 真二(バイオ研究基盤支援総合センター・准教授)
  • 岩井 雅子(生命理工学研究科・生体システム専攻・産学官連携研究員)
  • 信澤  岳(生命理工学研究科・生体システム専攻・産学官連携研究員)
  • 井田  茂(地球生命研究所・教授)
  • 黒川  顕(地球生命研究所・教授)
  • 太田 啓之(生命理工学研究科・生体システム専攻・教授) 外38名

“Klebsormidium flaccidum genome reveals primary factors for plant terrestrial adaptation”

博士論文賞(14名)

数学関係部門

  • 小鳥居 祐香(東京大学大学院・数理科学研究科)

“On the Milnor invariant for links and nanophrase”

  • 正井 秀俊(東京大学大学院・数理科学研究科・特任研究員)

“Hyperbolic Volume, Fibered Commensurability, and Exceptional Surgeries, Theory v. s. Computation”

物理学関係部門

  • 田原 弘量(京都大学化学研究所・元素科学国際研究センター・PD)

「半導体に生成された励起子のコヒーレント過渡現象」

化学関係部門

  • 中住 友香(産業技術総合研究所・環境化学技術研究部門)

「単分子接合の光化学反応の探索」

地球科学関係部門

  • 五味 斎(地球生命研究所・研究員)

“Electrical and thermal conductivity of the Earth's core”

  • 野村 龍一(地球生命研究所・WPI研究員)

“Chemical evolution and stratification of the primordial mantle and core”

応用化学関係部門

  • 小川 敬也(フロンティア研究機構・日本学術振興会・特別研究員PD)

「酸高密度構造における高プロトン伝導性の発現と伝導機構の解明」

機械工学関係部門

  • 伊吹 竜也(理工学研究科・機械制御システム専攻・助教)

“Passivity-based Visual Feedback Pose Synchronization in Three Dimensions”

情報学関係部門

  • 井上 中順(情報理工学研究科・計算工学専攻・助教)

“Efficient and Effective Semantic Indexing for Large-Scale Video Resources”

  • 佐藤 賢斗(学術国際情報センター・研究員)

“Design and Implementation for Optimal Checkpoint/Restart”

建設関係部門

  • 石田 孝徳(総合理工学研究科・特別研究員)

「軸方向と水平2方向の複合荷重を受ける角形鋼管柱の繰り返し劣化挙動」

エネルギー関係部門

  • 中瀬 正彦(日本学術振興会・特別研究員PD・日本原子力研究開発機構)

「テーラー渦誘起型液々向流遠心抽出システムの高度化研究」

人文・社会・外国語・保健体育関係部門

  • 田中 未来(東京理科大学理工学部・助教)

“Modeling techniques and algorithms on conic optimization”

その他境界領域的な関係部門

  • 大上 雅史(情報理工学研究科・計算工学専攻・日本学術振興会・特別研究員)

“Protein-Protein Interaction Network Prediction Based on Tertiary Structure Data”

留学生研究賞(4名)

  • Ariyakul Yossiri(King Mongkut's Institute of Technology Ladkrabang)

“Miniaturized olfactory display using electroosmotic flow and SAW streaming for instantaneous multi-component odor presentation”

  • Fu Jing(環境エネルギー協創教育院)

“Game Theoretic Approaches to Weight Assignments in Data Envelopment Analysis Problems”

  • 苗 陽(理工学研究科・国際開発工学専攻)

“Pattern Reconstruction for Deviated AUT in Spherical Measurement by Using Spherical Waves”

  • Pruethiarenun Kunchaya(理工学研究科・材料工学専攻)

“Comparative study of photoinduced wettability conversion between [PW12O40]3-/brookite and [SiW12O40]4-/brookite hybrid films”

中村健二郎賞(1名)

  • 坂東 桂介(社会理工学研究科・助教)

「学生最適ゲールシャープレイアルゴリズムにおける狭義強ナッシュ均衡の存在」

藤野志郎賞(1名)

  • 木口 学(理工学研究科・化学専攻・教授)

「金属電極に架橋させた単分子における新規物性の探索」

記念写真
記念写真

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課手島記念担当
Email : tokodai.tejima@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2016

「革新的イノベーション創出プログラム」COI拠点に採択

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東京工業大学の研究拠点が、このたび文部科学省・科学技術振興機構による「革新的イノベーション創出プログラム(センター・オブ・イノベーション COI STREAM)」のCOI拠点に採択されました。

「革新的イノベーション創出プログラム」は、ハイリスクではあるが実用化の期待が大きい異分野融合・連携型の基盤的テーマに対し、集中的な支援を行い、産学が連携する研究開発チームを形成します。

今回採択されたCOI拠点「『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点」は、東京工業大学が中核機関となり、企業および地方自治体の参画を得て、2013年11月よりCOI-T(トライアル)活動をしてきましたが、このたび本格拠点となりました。

社会の変化と課題を解決する未来の社会像(ビジョン)を全世代ハピネス共創社会とし、バックキャスティングにより開発すべき技術の方向を、最先端の知性通信技術(Intelligent Communication Technology)による『以心電心』と定め、参画企業とともに知性サービス、知性ロボット、知性通信の社会実装を進める計画です。

なお、拠点の概要を以下に示します。

拠点名
『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点
プロジェクトリーダー
秋葉重幸(株式会社KDDI研究所)
研究リーダー
小田俊理(東京工業大学)
参画機関
東京工業大学(中核機関)
(株)KDDI 研究所、日本電信電話(株)、ソニー(株)、富士ゼロックス(株)、(株)竹中工務店、(株)リコー、ラピスセミコンダクタ(株)、凸版印刷(株)、(株)ぐるなび、北陸先端科学技術大学院大学、(株)KDDI総研、(株)野村総合研究所、(公財)日産厚生会玉川病院、関東中央病院、東京都大田区、(公財)大田区産業振興協会、諏訪産業集積研究センター
概要
言葉の行き違いや空気の読み違いによるトラブルを未然に防止するコミュニケーション手段の整備により、全世代が、人口構造に依らずに若さと活力を向上できるハピネス共創社会の構築を目指す。文化・言葉・生活習慣・世代の相違や記憶力の低下等で生じる困惑を感知するハピネスセンサーや、超低消費電力でエネルギーハーベスト機能を持つウェアラブルデバイスを開発。それらをもとに次の行動・対応を瞬時に指南するコンシェルジェロボットを知性サービスとして提供。開発成果のプロトタイプは2020年のオリンピック・パラリンピックにおいて、世界中から来日する観光客へのおもてなしサービスとして活用する。

東京工業大学COI拠点の概要図
東京工業大学COI拠点の概要図

お問い合わせ先
産学連携推進本部
Email : sangaku@sangaku.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2445

超深海・海溝生命圏を発見 ―マリアナ海溝の超深海水塊に独自の微生物生態系―

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概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋生命理工学研究開発センターの布浦拓郎主任研究員らと国立大学法人東京工業大学、公立大学法人横浜市立大学、国立大学法人東京大学の共同研究グループは、世界最深の海であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵内の超深海(水深6,000m以深)水塊(水温や塩分などの特性が比較的均質な海水の広がり)中に、上層に拡がる深海水塊とは明瞭に異なる微生物生態系、即ち、独自の超深海・海溝生命圏が存在することを世界で初めて明らかにしました。

超深海の海溝環境における微生物調査の歴史は1950年代に遡りますが、これまでの研究は主に海底堆積物を対象としており、海溝内水塊は未探査の海洋微生物生態系として残されていました。このため研究グループでは、2008年6月、KR08-05航海にて、チャレンジャー海淵中央域(11˚22.25'N, 142˚42.75'E, 水深10,300m)において、海洋表層から海溝底直上(水深10,257m)までの海水試料を大深度小型無人探査機 「ABISMO」により採取し、分子生態解析、化学解析を展開しました。

その結果、海溝内超深海層と上方の深海層(水深4,000~6,000m)では、塩分、温度、栄養塩濃度等の物理化学環境からも、また微生物数にも明瞭な違いが見られないにも関わらず、超深海の微生物群集構造は、深海層の微生物群集とは明瞭に異なり、従属栄養系統群[用語1]が優占することが明らかになりました。このことは、超深海環境特有の有機物源に依存する微生物生態系が超深海で発達していることを示唆しており、海洋微生物生態系像に全く新たな知見をもたらすものです。

マリアナ海溝は他の海溝から独立しているため、他の海溝からの有機物流入など、上層水塊と完全に異なる有機物源の存在を考えることは困難です。従って、今回発見された海溝水塊独自の生態系は、いったん海溝斜面に堆積した有機物が、地震等による海溝斜面の崩壊に伴って放出される現象に支えられている、即ち、超深海・海溝生命圏は、海溝地形を形作る地球活動に支えられた生態系であると考えられます。

なお、本研究の一部は、日本学術振興会の科研費24370015outerの助成を受けて実施したものです。本成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Science」に2月24日付け(日本時間)で掲載されました。

研究の背景

超深海環境(水深6,000m以深)に棲息する微生物を対象とした研究は1950年代より開始され、主に堆積物や動物体内からの単離培養が行われてきました(Bartlett 2009)[文献1]。また、分子生態解析の普及当初には、無人探査機「かいこう(初代)」がマリアナ海溝底から採取した堆積物を対象とした解析が、JAMSTEC研究者により試みられています(Kato et al. 1998)[文献2]。また、近年では、JAMSTEC研究者を含むグループによる、マリアナ海溝底堆積物では近傍深海底に比べ微生物活動が盛んであるとする発見(Glud et al. 2013)(2013年3月18日既報)[文献3]や、小笠原海溝底での物質循環に関与する微生物活動が報告されています(Nunoura et al. 2013)[文献4]。しかし、超深海・海溝水塊の微生物生態研究は、依然として全く未踏の研究対象として残されていました。

一方、海洋水塊中の微生物生態系像は、近年、著しく変貌しています(図1)。従来の海洋水塊中の微生物生態系とは、海洋表層で珪藻やシアノバクテリア等が行う光合成により生産された有機物が、微生物や動物プランクトンに分解されつつ沈降し、最終的には深海域の生命圏を支えるというものでした。即ち、深海水塊に棲息する微生物の殆どは従属栄養生物であると認識されていました。ところが、近年の研究は、海洋表層で生産された有機物の分解等に伴って生じるアンモニアや硫黄化合物をエネルギー源として炭素固定[用語2]を行う微生物が、深海水塊中の微生物生態系において、相当程度優占することを示唆しています。即ち「暗黒での炭素固定」を行う化学合成生物群が深海水塊において重要な役割を果たしており、海洋表層で生産された有機物はただ分解されて沈降するのではなく、有機物の分解と合成を繰り返しながら海底に至るという新しい生態系像が構築されつつあります(布浦・木庭 2014a[文献5];横川 2014[文献6])。特に、炭素固定能を有す系統群の代表格であるアンモニア酸化アーキアは、深海水塊中微生物の数十%を占めることがあり、また、エネルギー源となるアンモニアの供給量に応じて各アンモニア酸化アーキア系統群が棲み分けていることも指摘されています(布浦・木庭2014b[文献8])。

従来の深海微生物生態系像(左)と、近年の知見を反映した深海微生物生態系像(右)の比較
図1.
従来の深海微生物生態系像(左)と、近年の知見を反映した深海微生物生態系像(右)の比較
現在の深海微生物生態系像では、有機物分解によって生じた還元的な物質(アンモニア、硫黄化合物等)をエネルギー源とする化学合成生物が重要な構成者として認識されている。

本研究では、この新たな生態系像を体系的に確認するために、海洋表層から海溝底直上までの海水試料について、無機化学分析を行うと共に、微生物群集構造を微生物・ウイルス計数、培養評価という伝統的手法と、分子生態解析技術を駆使して比較検討し、超深海・海溝水塊の微生物生態系を世界で初めて明らかにしました。

成果

本研究では、マリアナ海溝チャレンジャー海淵中央部(図2)において、海洋表層から超深海・海溝底直上(水深0-10,257m)まで50~1,000mおきに採水した試料を対象に、無機化学解析、微生物・ウイルス数計数、分子生態解析を展開しました。栄養塩濃度や微生物・ウイルス数には、深海層と超深海に違いが観察されません(図3)。しかし、微生物群集構造解析からは、中深層から深海層にかけて、炭素固定能を有す化学合成系統群が優占するのに対し、超深海水塊には、従属栄養系統群が優占することが明らかになりました(図4)。更に、有機物分解により生じるアンモニアをエネルギー源とするアンモニア酸化菌、アンモニア酸化で生じた亜硝酸をエネルギー源とする亜硝酸酸化菌とも、深海層と超深海層では、優占するグループに変化が生じることが示されました(図5)。これらの観察結果は、超深海・海溝内水塊に、上層の深海層とは異なる有機物の供給源が存在し、その有機物に強く依存した生態系が成立していることを示すものです。

マリアナ海溝チャレンジャー海淵の海底地形
図2.
マリアナ海溝チャレンジャー海淵の海底地形 赤丸が調査地点を示す。NOAAのデータを基にJAMSTECで作成
マリアナ海溝チャレンジャー海淵水塊の物理構造(A)、化学プロファイル(B)、微生物・ウイルス粒子量(C)

図3. マリアナ海溝チャレンジャー海淵水塊の物理構造(A)、化学プロファイル(B)、微生物・ウイルス粒子量(C)

マリアナ海溝チャレンジャー海淵上の微生物群集構造
図4.
マリアナ海溝チャレンジャー海淵上の微生物群集構造
SSU rRNA遺伝子タグ解析により示す。中深層から深海層ではアンモニア酸化アーキアを初めとする炭素固定能を有す系統群が優占するが、超深海・海溝水塊では、従属栄養系統群(Bacteroidetes、SAR406、Gammaproteobacteria)が優占する。
マリアナ海溝チャレンジャー海淵上における硝化菌(アンモニア酸化菌・亜硝酸酸化菌)群集の組成変化
図5.
マリアナ海溝チャレンジャー海淵上における硝化菌(アンモニア酸化菌・亜硝酸酸化菌)群集の組成変化
この海域から検出されたアンモニア酸化菌(アンモニア酸化アーキア系統群及びBetaproteobacteriaに属すアンモニア酸化バクテリア)、亜硝酸酸化菌(Nitrospina及びNitrospira属)について、遺伝子レベルでの定量解析を行い、それぞれの系統群の各深度における分布量を割合で示した。なお、エネルギー物質(電子供与体)に対するそれぞれの系統群の好みを高濃度側から並べるとアンモニア酸化菌では、Betaproteobacteria > Group D > Group A > Group Bの順に、亜硝酸酸化菌では、Nitrospira > Nitrospinaとなると考えられている。

深海への有機物供給には、(1)当該海域海洋表層での日光に依存した光合成による一次生産(炭素固定)に由来する沈降有機物、(2)深海の潮流により他海域から運ばれた沈降有機物、そして、(3)堆積物から懸濁された有機物が考えられます。マリアナ海溝は他の海溝からは独立している為、(2)のような超深海独自の潮流による有機物供給はありません。また、(1)の海洋表層からの沈降有機物に単純に依存するならば、海溝の沈み込み深度である水深6,000m付近を境界として、深海層と超深海・海溝とで異なる生命圏が存在していることの説明がつきません。従って研究グループは、他の状況証拠とも併せ(3)に示される海溝地形故に生じる地震等に起因する海溝斜面の崩壊と、それに伴う堆積物からの有機物放出が海溝内水塊中の微生物生態系を支えていると結論づけました(図6)。即ち、超深海・海溝生命圏は、海溝地形を形作る地球活動に支えられた生態系であると考えています。

超深海・海溝生命圏のモデル図

図6. 超深海・海溝生命圏のモデル図

なお、深海斜面における地崩れが深海水塊微生物生態系へ影響を及ぼす現象は、既に東日本大震災に伴う現象としても観察されており(Kawagucci et al.2012)(2012年2月17日既報)[文献7]、そこで観察された微生物相の変化も、今回、超深海・海溝生命圏で観察された微生物群集構造の変化と類似の傾向を示していました。このことも、今回提唱する超深海・海溝生命圏成立メカニズムに関する仮説を支持するものです。

今後の展望

今回観察された現象は、頻度を考慮すると、斜面崩壊等により堆積物から放出された有機物が、周辺相当程度の長期間、広範囲にわたり、ある程度物理的に隔離された海溝環境において水塊中の微生物生態系に影響を与えうることを示唆しています。超深海・海溝生命圏形成メカニズムは、自然現象だけでなく、海底資源開発等、人為的要素による海底環境攪乱に伴う堆積物からの有機物放出の深海環境へ与える影響の程度、範囲等を考える上で、非常に重要な知見であると考えられます。

研究グループでは今後、有機化学分析等を加えた更に学際的な研究により、今回の調査結果を検証していくことで、超深海・海溝生命圏が、堆積物から放出される有機物に支えられた生態系であることを、より直接的に証明する予定です。さらに、今回の調査で強く示唆された超深海・海溝生命圏を支える仕組み、そして微生物生態系が、海溝環境共通の現象であるのかどうか検証するため、マリアナ海溝だけでなく他の海溝環境においても調査・研究を展開していきます。

用語説明

[用語1] 従属栄養生物 : 生育に必要な炭素を得るために有機化合物を利用する生物を従属栄養生物といい、動物・菌類の全て、バクテリア・アーキアの多くもこれに属する。従属栄養生物は炭素を固定することができないので、他の生物が合成した有機化合物を得なければならない。これに対し植物は独立栄養生物である。

[用語2] 炭素固定 : 植物や一部の細菌が光あるいは化学エネルギーを用いて、取り込んだ二酸化炭素から有機化合物を生産(固定)すること。前者を光合成、後者を化学合成という。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Science
論文タイトル :
Hadal biosphere: insight into the microbial ecosystem in the deepest ocean on Earth
著者 :
布浦拓郎1、高木善弘1、平井美穂1、島村繁1、眞壁明子1,2,3、小出修1、菊池徹4、宮崎淳一1、木庭啓介2、吉田尚弘3、砂村倫成5、高井研1
所属 :
1独立行政法人海洋研究開発機構、2東京農工大学、3東京工業大学、4横浜市立大学、5東京大学
DOI :

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科および地球生命研究所
教授 吉田尚弘
Email : yoshida.n.aa@m.titech.ac.jp

細野秀雄教授が知的財産特別貢献賞(第2回)を受賞

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細野秀雄教授

細野秀雄教授がJSTの第2回知的財産特別貢献賞を授賞しました。

細野教授が発明したIn-Ga-Zn-O(インジウム・ガリウム・亜鉛からなる酸化物)を用いた半導体薄膜トランジスタ(以下、IGZO-TFT)は、技術ディスプレイ業界に一大センセーションを巻き起こしました。その産業界への影響の大きさからも画期的な発明として評価されています。IGZO-TFTは、高解像度・3次元・大画面のディスプレイのほか、スマートフォンやタブレット端末の新しいタイプの液晶として期待されているとともに、有機ELディスプレイへの適用も可能で、ディスプレイ分野の革新的技術として期待されています。

本賞は、大学や公的研究機関などの、真に独創的な研究成果に基づく知的財産の創造と活用を通して、日本の科学技術の発展に寄与し経済社会上大きな成果をあげた特に優れた研究者に対し、その業績を称え表彰するものとして、JSTが平成23年度に創設したもので、第1回は青色発光ダイオードの開発に寄与した赤崎名誉教授が授賞しています。

2月25日に、表彰式が行われました。表彰式には細野教授をはじめ、本学からは岡田清理事・副学長(企画担当)や細野研究室の関係者も出席し、細野教授の栄誉を称えました。

JST中村道治理事長から賞状とメダルが授与される

JST中村道治理事長から賞状とメダルが授与される

賞状とメダルと細野教授

賞状とメダルと細野教授

細野秀雄教授のコメント

1995年の第16回アモルファス半導体国際会議で初めて発表した移動度の大きなアモルファス酸化物半導体(TAOS)の設計指針を基に、1999年から開始したJST ERATO「透明電子活性プロジェクト」のなかでそのTFT応用の研究を行い、その成果を論文(Sciece誌とNature誌)と知財化しました。論文と特許が既に5,000回以上も引用されることになっただけでなく、実用化にも繋がり、良かったと思います。移動度の大きいIGZOなどの酸化物TFTは、有機ELの駆動を想定して研究を始めたもので、やっとここにも使われだしたようです。

野村研二博士(現Qualcomm)、神谷利夫博士(東工大)、平野正浩博士(元JST)、太田裕道博士(現北大)、折田政寛博士(元ホーヤ)など共同研究者の方々に厚く感謝いたします。また、故清水勇教授(当時、東工大TLO理事長)の紹介で、有益な共同研究を実施できたキヤノンの関係者の方々にも御礼を申し上げます。

引き続き、ジャンプを伴う研究成果の創出に精進したいと思います。

お問い合わせ先

広報センター
Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

ホットキャリアによるトランジスタ性能の劣化を回復 ―電気的な手法で出力電力の再生を実証―

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授と岡田健一准教授らは、パルス状の逆電圧を印加するという電気的な手法を用い、ホットキャリア注入現象[用語1]により劣化したトランジスタの性能を回復させる新技術を開発した。この回復機構をミリ波帯無線機に組み込み、低下した出力電力が回復できることを世界で初めて実証した。

製品出荷後のトランジスタはホットキャリア注入により経時的に劣化が進み、それが製品寿命を決める主要因の一つだった。劣化を高温ベークにより回復する方法はあったが、専用の装置が必要だった。新技術は回路に組み込むだけで性能を回復できる。

回復機構を組み込んだミリ波帯無線機を、最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル) のシリコンCMOSプロセスで試作し、出力電力の回復を確認した。この技術が実用化されれば、半導体集積回路の製品寿命を自由に調整することができるようになる。

研究成果は2月22日から米国サンフランシスコで開かれた「ISSCC(国際固体回路国際会議)」で2月25日に発表された。

研究の背景・意義

現在、ほぼすべての半導体集積回路で用いられるCMOS技術は微細化により、高速に動作する一方で、信頼性の問題が顕在化している。トランジスタのドレイン-ソース間の距離が短くなっている一方で、電源電圧はあまり下がっていないため、相対的にドレイン-ソース間の電界が強くなっている。キャリアがこの電界で加速され、稀(まれ)に非常に高いエネルギーを持つホットキャリアが生成される。このようにチャネル中で加速されたホットキャリアや、ドレイン近傍での高電界で加速され電離衝突により発生したホットキャリアは、ゲート酸化膜に注入され、そのまま浮遊電荷としてトラップされる(図1)。ホットキャリア注入(HCI : Hot Carrier Injection)と呼ばれる現象である。

CMOSトランジスタの断面

図1. CMOSトランジスタの断面

特徴:CMOSトランジスタが微細化されるほど、横方向電界が強まり、キャリア(n形の場合は電子)が過剰に加速され、ホットキャリア注入の発生頻度が高まる。

トラップされたキャリアは、しきい値電圧の上昇や移動度の低下を引き起こし、結果として電流値が減少する。デジタル回路では動作速度が低下し、アナログ回路では利得が減少するなどの問題を起こし、回路性能を低下させる。経時的に劣化が進んでいくため、最終的には所望の性能を満たせなくなり、動作不良を起こす。CMOSトランジスタの寿命を決める主要な物理現象の一つになっている。従来、高温ベークにより劣化を回復する方法があったが、高温ベークのための専用装置が必要だった。

研究成果

東工大の松澤教授と岡田准教授らは、ホットキャリア注入によるダメージを、トランジスタにパルス状の逆電圧を印加するという電気的な手法で回復させることに成功した。パルス状の逆電圧を印加することにより、ゲート酸化膜中にトラップされたキャリアを減少させ、ホットキャリア注入によるダメージからCMOSトランジスタを回復させることができる(図2)。

逆バイアス印加によるホットキャリア注入ダメージの回復

図2. 逆バイアス印加によるホットキャリア注入ダメージの回復

特徴:ドレインおよびゲート端子を接地し、基板電位を瞬間的に上げることで、トラップされたキャリアを抜き、ホットキャリア注入ダメージを回復する。

代表的な不揮発性メモリー(電源を切っても記憶を保持できるメモリー)であるフラッシュメモリーでは、順電圧・逆電圧を印加することにより、ソース・ドレイン間のチャネル領域から、ゲート電極の間に配置された浮遊ゲートへ意図的に電荷を貯めたり抜いたりすることで動作する。このフラッシュメモリーの動作に着想を得て、浮遊ゲート中の電荷だけでなく、ホットキャリア注入による酸化膜中の電荷を抜くことができないかと考えたのが、今回の技術開発の発端である。

最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作したトランジスタで試験した(図3)。トランジスタ単体のドレイン電流を測定すると、ダメージを受けていない状態(Fresh)から、ホットキャリア注入により徐々に電流が減少する(Damaged)。開発した技術を用いると、電流値を回復できる(Healed)ことを確認した。

ホットキャリア注入ダメージによる電流の減少および回復

図3. ホットキャリア注入ダメージによる電流の減少および回復

特徴:ダメージを受けていない状態(Fresh)から、ホットキャリア注入により徐々に電流が減少する(Damaged)。提案技術を用いることにより、電流値を回復できる(Healed)。

次に、回復機構を実際に組み込んだ60GHz(ギガヘルツ)帯ミリ波無線機を、最小配線半ピッチ65nmのシリコンCMOSプロセスで試作した。無線機で必要とされる電力増幅器は、出力電力を高くとるために、大きな電圧振幅が必要であり、特にホットキャリア注入によるダメージを受けやすい回路である電力増幅器としての動作と、回復のための逆電圧印加を可能とする新たな回路構成を考案した(図4)。無線機全体の回路図を図5に示す。図6にチップ写真および各部の面積を示す。非常に小面積で回復機構の実装に成功した。

電力増幅器への組み込み

図4. 電力増幅器への組み込み

特徴:通常の電力増幅器としての動作とホットキャリア注入回復動作を両立。

ホットキャリア注入ダメージ回復が可能な60GHz無線機のブロック図

図5. ホットキャリア注入ダメージ回復が可能な60GHz無線機のブロック図

特徴:ホットキャリア注入ダメージの回復技術(HCI healing)を組み込んだ60GHz帯無線機

チップ写真と各部の面積

図6. チップ写真と各部の面積

特徴:CMOS 65nmプロセスにより製造した。

無線機としての出力電力と変調精度(EVM)の実測結果を図7に示す。IEEE802.11ad規格[用語2]準拠のために、EVM<=-21dBの変調精度を満たす必要がある。EVM=-21dBの条件で、元々の出力電力が8.5mW(Fresh)であったが、HCIダメージ(電源電圧Vdd=1.5V, 出力電力17.8mWのストレス条件で40時間)により、出力電力が3.4mW(Damaged)にまで減少する。本技術により、6.0mW(Healed)まで回復できることを確認した。

従来、ホットキャリア注入によるダメージは経時的に蓄積し、製品寿命を決める大きな要因の一つであった。この技術が実用化されれば、製品出荷後においてもホットキャリア注入による性能劣化を回復でき、半導体集積回路製品の長寿命化が期待できる。

送信電力の回復

図7. 送信電力の回復

特徴:送信電力がHCIダメージにより減少する(Damaged)が、本技術を用いることにより、出力電力が回復できた(Healed)。60GHz帯ミリ波無線機ではIEEE802.11ad規格で規定されるEVM<=-21dBの変調精度を満たす必要がある。EVM=-21dBの条件で、元々の出力電力が8.5mW(Fresh)であったが、HCIダメージ(電源電圧Vdd=1.5V, 出力電力17.8mWのストレス条件で40時間)により、出力電力が3.4mW(Damaged)にまで減少する。本技術により、6.0mW(Healed)まで回復できることを確認した。

発表予定

この成果は、2月22日~26日にサンフランシスコで開催された「2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference(ISSCC 2015): 2015年IEEE 国際固体回路国際会議」のセッション「Session 19 - Advanced Wireless Techniques」で発表された。講演タイトルは「An HCI-Healing 60GHz CMOS Transceiver(HCI回復機能を実現した高信頼60GHz帯CMOS無線機)」である。現地時間2月25日10時45分から発表された。

なお、本研究は総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発」の一環として実施された。

用語説明

[用語1] ホットキャリア注入(HCI: Hot Carrier Injection) : トランジスタの寿命を決める主要な物理現象の一つ。MOSトランジスタのドレイン-ソース間電界により加速されたキャリア(ホットキャリア)がゲート酸化膜に注入され、トランジスタの特性が劣化する。注入されたキャリアは酸化膜中にトラップされ、経時的に増加する。トランジスタの電流値が減少し、回路特性が劣化する。

[用語2] IEEE802.11ad規格 : IEEE802.11ad規格は、IEEE802委員会下のIEEE802.11ワーキンググループが標準化を行った60GHz帯のミリ波を用いる次世代の無線LAN規格であり、最大約7Gb/s(プリアンブル含まず)の無線通信が可能である。現在市販されている2.4GHz帯や5GHz帯の無線LANに次ぐ、次世代無線LANとして実用化が進められている。

論文情報

掲載誌 :
2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference(ISSCC 2015): 2015年IEEE 国際固体回路国際会議
論文タイトル :
An HCI-Healing 60GHz CMOS Transceiver(HCI回復機能を実現した高信頼60GHz帯CMOS無線機)
著者 :
Rui Wu (博士課程学生), Seitaro Kawai (河合誠太郎:修士課程学生), Yuuki Seo (瀬尾有輝:修士課程学生), Kento Kimura (木村健将:修士課程学生), Shinji Sato (佐藤慎司:修士課程卒業生), Satoshi Kondo (近藤智史:修士課程卒業生), Tomohiro Ueno (上野 智大:修士課程卒業生), Nurul Fajri (修士課程学生), Shoutarou Maki (眞木翔太郎:修士課程学生), Noriaki Nagashima (永島典明:修士課程学生), Yasuaki Takeuchi (竹内康揚:修士課程卒業生), Tatsuya Yamaguchi (山口達也:修士課程卒業生), Ahmed Musa (博士課程卒業生), Masaya Miyahara (宮原正也:助教), Kenichi Okada (岡田健一:准教授), and Akira Matsuzawa (松澤昭:教授)

問い合わせ先

東京工業大学大学院理工学研究科電子物理工学専攻
准教授 岡田健一
Email : okada@ssc.pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2258
Fax : 03-5734-3764

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