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単分子抵抗スイッチを開発 ―機械的な力により1分子の抵抗を3段階に制御―

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科の藤井慎太郎助教と木口学教授、産業技術総合研究所の中村恒夫博士、物質・材料研究機構の杉安和憲博士の研究グループは、金属電極間に架橋した単分子の電気伝導度を、機械的な力で多段階かつ可逆的に制御することに成功した。

研究の背景

金属電極に架橋した単分子接合は単分子エレクトロニクス[用語1] への応用が期待されている。また、単分子接合は2つの金属―分子接合界面を有する低次元ナノ構造体であり、電極金属まで含んだ分子の新たな物質相として、孤立分子、結晶では発現しない革新的な機能の発現も期待され、現在、活発に研究が行われている。

研究成果

本研究では、電極金属と分子の接合界面の構造を機械的な力によって制御することで、電気抵抗を変化させる単分子スイッチの開発を行った。分子としては、チオフェン環[用語2] が4つ連結した被覆クオーターチオフェン分子(QT)を用いた。QT分子は、両端に電極との結合サイトとなる硫黄原子を対称的に2カ所ずつ有しているため、最大で3つの結合の仕方が可能となる。そして、中心部分を被覆することで、分子が積層してしまうことを防ぎ、接続箇所を規定している。

実験はQT分子を含む溶液中で走査型トンネル顕微鏡[用語3] を用いて、金(Au)の探針とAuの基板を接触、破断を繰り返すことで行った。基板との接触後、金属の接点が形成されるが、それを引き離すことでAuのナノギャップが形成され、分子がナノギャップ間にトラップされる。電極間距離を制御することで、架橋分子数、架橋様式を制御することが可能となる。QT溶液中でAu接合の破断過程における伝導度を測定したところ、3つの伝導度状態が観測された。それぞれの構造について、AuナノギャップのサイズおよびQT分子内の硫黄原子間の距離を定量的に評価することで、QT分子の電極への架橋位置に応じて、QT単分子接合が3つの伝導度を示すことが明らかとなった。

最後に、QT単分子接合が形成されている状態で、電極間距離を変調させ、接合の伝導度を観測した。その結果、接合の伝導度が3つの値を可逆的にスイッチする様子を観測することに成功した。

今後の展開

本研究では、機械的な力によって、電極間に架橋した単分子の電気抵抗を制御する革新的なスイッチについて報告した。このスイッチは金属と分子の接合形態を制御するという、新しい動作原理に基づく単分子素子である。本研究により、単分子接合に特徴的な物性を機能という形で具現化することが出来たので、今後、スイッチに限らず様々な機能を実社会に役にたつデバイスの形で応用することが可能になると考えられる。そのために、個々の素子の性能の向上、また特に集積化の技術開発がますます重要になっていく。

被覆クオーターチオフェン分子を用いた単分子スイッチ。金属電極間距離を変えることで、金属と分子の接合部位が変化し、3段階の伝導度変化をする。

図. 被覆クオーターチオフェン分子を用いた単分子スイッチ。金属電極間距離を変えることで、金属と分子の接合部位が変化し、3段階の伝導度変化をする。

用語説明

[用語1] 単分子エレクトロニクス : 1分子に素子機能を持たせて、電子デバイスを作る。この技術が実現すると、1素子のサイズを極限まで小さくすることが出来るので、従来の半導体デバイスと比較して桁違いの集積化、演算の高速化が可能になる。

[用語2] チオフェン : 硫黄1原子を含む5角形の環状分子。化学式はC4H4S

[用語3] 走査型トンネル顕微鏡 : 金属探針を導電性の基板上に極限まで近づけることで、流れるトンネル電流を利用した顕微鏡。探針の動きを圧電素子によって、高精度に制御することで、表面の構造を原子スケールで観測することが出来る。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文名 :
Single molecular resistive switch obtained via sliding multiple anchoring points and varying effective wire length
執筆者 :
M. Kiguchi, T. Ohto, S. Fujii, K. Sugiyasu, S. Nakajima, M. Takeuchi, H. Nakamura
所属 :
東京工業大学理工学研究科、産業技術研究所、物質材料研究機構
DOI :

問い合わせ先

大学院理工学研究科 化学専攻
助教 藤井慎太郎、教授 木口学
Email: fujii.s.af@m.titech.ac.jp, kiguti@chem.titech.ac.jp
TEL: 03-5734-2071 / FAX: 03-5734-2071


西森秀稔教授 第13回日本イノベーター大賞特別賞に選出

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西森秀稔教授(大学院理工学研究科)が、日経BP社が主催する第13回日本イノベーター大賞 特別賞を受賞しました。

日本イノベーター大賞は、「独創的なアイデアで新しい市場を切り開いた」「科学技術の分野で世界的に認められる功績をあげた」「基礎技術を画期的な商品やサービスに昇華した」など、日本独自の新しい価値を世界に発信し、日本に活気をもたらした人物に贈られる賞です。候補者は自薦の他、日経ビジネス誌の読者、編集部などの推薦によって幅広い分野から挙げられ、大賞・優秀賞・特別賞が選出されます。

西森教授は、グーグルやNASAが導入した量子コンピューター「D-Wave」の中核技術である「量子アニーリング」と呼ばれる原理を考案しました。量子アニーリングは、機械学習に関する課題や新薬開発などに応用できる「組み合わせ最適化問題」を量子力学的な効果を利用して計算する解法です。

西森教授のコメント

西森教授

量子アニーリングは、門脇正史さんをはじめとする歴代の研究室メンバーの大活躍によって考案し発展させてきた理論です。自由な研究環境を提供してくれてきた東工大に心より感謝するとともに、この分野が一般社会からも並々ならぬ注目を集めるようになってきたことを、極めて優秀な研究室の学生たちとともに喜びたいと思います。

大学発超小型人工衛星「TSUBAME」打ち上げ成功・運用開始

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概要

東京工業大学 大学院理工学研究科 機械宇宙システム専攻の松永三郎 連携教授(JAXA連携講座、JAXA宇宙科学研究所教授)と同基礎物理学専攻の谷津陽一 助教、および東京理科大学 理工学部の木村真一 教授らの研究グループは、先進的な天体観測・地球観測技術の宇宙実証を目的とした50キログラム級超小型人工衛星「TSUBAME」を開発し、2014年11月6日、日本時間16:35にロシアのドニエプルロケットにより打ち上げました。TSUBAMEはインド洋上空にてロケットから切り離された後、同日21時過ぎに東京上空を通過しました。東京都目黒区にある東工大地上局では、開発に携わった学生たちが見守る中、衛星からのテレメトリ受信に成功し、衛星システムの正常動作が確認されました。現在、TSUBAMEは4枚の太陽電池パネルを展開し、太陽方向に向けて姿勢を安定させつつあります。今後、衛星の初期機能確認の後、本格的な姿勢制御実験・可視光地球観測・ガンマ線天文観測を順次行っていく予定です。

研究の背景と意義

ロケット技術の進歩により人工衛星の大型化が著しい現在にあって、全質量100kg未満の超小型衛星は、低コスト・短期間で開発できるという利点から、最先端技術の宇宙動作実証や、新しい宇宙ビジネスの事業展開に期待され、全世界で活発に研究開発が進められています。そのような中にあって、東工大の超小型衛星チームは2003年に打ち上げられた世界初のCubeSat衛星 CUTE-I の成功以降、超小型衛星の開発で世界を牽引してきました。このチームは民生部品を用いた安価で高性能な超小型衛星バスの技術実証とそれを用いた科学観測を目標として、これまでに3機の超小型衛星の開発・打ち上げ・運用を行ってきました。

今回の研究内容

東工大チームとして4機目となるTSUBAMEは、これまでの技術を応用してさらに本格的なミッション運用を実現するために、衛星サイズが50kgにまで大きくなりました。TSUBAMEの目指すミッションは大きく3つあり、その一つ目は衛星バス自身の高機能化を目的とした高速姿勢制御技術の軌道上実証です。この衛星には多摩川精機と協力して開発した小型・軽量ながら高トルクを発生するコントロールモーメントジャイロ(Control Moment Gyro: CMG[用語1] )が4機搭載されており、衛星としては異例の毎秒6度角の旋回を実現します。この機動性を武器として、TSUBAMEにはさらにX線・ガンマ線天体観測装置[用語2] が取り付けられており、ブラックホール[用語3] が誕生する瞬間に発生する強烈なガンマ線閃光現象の硬X線偏光観測[用語4] を行います。そして、自在な姿勢制御を駆使して、災害監視・海上の船舶航行状況監視・気象観測・植生観察などを行うための、高解像度可視観測装置が搭載されています。

TSUBAMEフライトモデルと開発メンバー
ロケットに取り付けられたTSUBAME

図1:(左)TSUBAMEフライトモデルと開発メンバー (右)ロケットに取り付けられたTSUBAME

TSUBAMEの工学ミッション
〜小型・高性能高速姿勢制御装置の宇宙動作実証〜

TSUBAME の想像図。CMG による高速姿勢制御が突発天体の観測を可能にします。 図2: TSUBAMEの想像図。CMGによる高速姿勢制御が突発天体の観測を可能にします。

宇宙において人工衛星が姿勢を変更するためには、専用の機器(アクチュエータ)が必要です。姿勢制御用アクチュエータには、円盤の回転反動を用いたリアクションホイール(RW)、推進薬を噴射するスラスタ、地磁気と電磁石の相互作用を用いた磁気トルカなどが一般に使われています。TSUBAMEは瞬時に方向転換してターゲットを観測するために、軽量な衛星構体に高トルクなCMGを搭載しているところが革新的です。一般的に姿勢制御に使われるRWと比較して、同じ質量のCMGはおよそ10倍以上の大きなトルクを発生することができます。このため、CMGは国際宇宙ステーションの様な大型宇宙構造物に搭載されてきた実績があります。一方で、トルク発生原理が複雑であるため制御が難解であり、トルクが大きすぎるために繊細な調整が難しいという欠点もあります。そのため、これまでに小型衛星に搭載された例はほとんどありませんでした。松永研では制御の難しいCMGを軽量な超小型衛星に搭載するため、民生品の高性能演算装置を搭載することで複雑な制御を可能にしています。

宇宙用の姿勢制御装置開発が困難である原因の一つとして、地上再現実験の難しさが挙げられます。このため、TSUBAMEプロジェクトでは数値シミュレーションによる設計検証を重ね、制御アルゴリズムの開発、そして実機の発生トルクや衛星構体の質量分布を考慮に入れたTSUBAME専用の姿勢シミュレータを開発し、入念に検証試験を重ねてきました。衛星の出荷前に行ったCMGによる姿勢制御の検証実験では、磁気トルカを用いた場合に数時間もかかるような大角度姿勢変更を、ほんの数十秒以内に実現できることを確認しています。TSUBAMEの姿勢系制御コンピュータには複数の制御則が実装されており、実際の宇宙環境において様々な姿勢変更実験を行う予定です。これによりCMGによる姿勢制御技術を確立し、後述の天体観測ミッションや地球観測ミッションの成功を目指します。

TSUBAMEの科学ミッション
〜高性能の新型観測装置でブラックホール誕生の瞬間を狙う〜

TSUBAMEに搭載された硬X線偏光計 図3: TSUBAMEに搭載された硬X線偏光計

太陽の数十倍以上の質量をもつ大質量星が燃え尽きるとき、超新星爆発に伴ってブラックホール[用語3] が生成されると考えられています。これまでに、ブラックホールだと考えられている天体は数多く発見されているものの、その生成メカニズムはいまだ謎に包まれています。TSUBAMEはこの「ブラックホールが誕生する瞬間」の極限の物理現象を探るために、東工大の超小型衛星 Cute-1.7+APD 2号機にて世界初の宇宙動作実証に成功したアバランシェ・フォトダイオードや、浜松ホトニクスと開発してきた高感度な宇宙用マルチアノード光電子増倍管を使った、小型ながら高性能なX線・ガンマ線検出器[用語2] を搭載しています。

TSUBAMEのメイン・ターゲットは、「ガンマ線バースト(GRB)」と呼ばれるブラックホールが誕生する瞬間に見られるガンマ線の強烈な閃光現象です。現在では、星の爆発によるエネルギーが「ジェット状に細く収束し相対論的な速度の爆風として射出されている」というモデルで説明されているのですが(図4)、

  • 爆発エネルギーがどうして特定の方向に向いて収束されているのか?
  • どうやって加速されるのか?
  • そこからどうやってガンマ線が放射されているのか

という根本的な疑問に対する答えは依然として得られていません。

ブラックホール誕生の産声だと考えられている宇宙最大級の高エネルギー現象「ガンマ線バースト」の想像図(NASA GSFCから)

図4: ブラックホール誕生の産声だと考えられている宇宙最大級の高エネルギー現象「ガンマ線バースト」の想像図(NASA GSFCから)

これらの問題を解決するのが難しい理由の一つは、対象天体が数億光年から百億光年というきわめて遠い宇宙にあるために、小さすぎて直接構造を観察することができないことです。

このガンマ線バーストの爆心に迫るために有効だと考えられているのがX線偏光観測です[用語4] 。偏光(電波の場合は偏波)とは、光子ごとの電場ベクトルの方向が一様にそろっている状態のことを意味します。実はこの偏光の「度合い」と「向き」は、放射源の磁場に密接に関連しているため、逆に天体からの放射の偏光度を測定することで天体内部の磁場の情報を知ることができるという訳です。研究グループではGRBの爆心近傍でどのような現象が起こっているのかをこの偏光測定によって解明していく予定です。

GRBの観測が難しい更なる理由は、いつ・どこで起こるのか予測ができないことと、放射継続時間がとても短いという点です。TSUBAMEには偏光計の他にGRBの検出・位置決めを行う広視野バーストモニタを搭載しています。これらの装置と高速姿勢制御装置が協調して自律的に動作することにより、継続時間の短い GRB の偏光観測を瞬時に実現します。

超低コスト小型地球監視カメラ CANAL-1

近年、地震などの大規模災害や原子力発電所の事故など、人工衛星を用いた宇宙からの災害監視の関心が高まっています。こうした宇宙からの災害監視を非常に低コストで実現することができれば、多くの衛星を連携して連続して情報を取得するなど、より詳細な状況把握が実現できると考えられます。

東京理科大学 木村研究室では、デジタルカメラや携帯電話などに使われている安価で高性能な民生部品を宇宙で活用することで、低コストで高機能な宇宙用カメラの開発を行ってきました。こうした技術はJAXAが開発した世界初の「ソーラー電力セイル技術実証機 IKAROS」などでも活用され、IKAROSの膜面展開の様子を小型分離カメラで撮影することに成功しています。なお、この小型分離カメラのスピン分離機構を含むシステム設計、開発、試験には、東京工業大学・松永研が全面的に協力・実施しました。

今回、東京工業大学の超小型大学衛星 TSUBAMEの開発に参加することで、民生技術の宇宙利用に関する技術を地球監視技術に応用すべく、超低コスト小型衛星搭載地球監視カメラ CANAL-1を開発しました。今回は光学系のサイズに制約があるものの、本実験で実証された技術をさらに長焦点の光学系と組み合わせることで、さらなる高解像度の画像取得も可能となり、さらにCMGの高速な姿勢制御と組み合わせることで、任意の観測ポイントを自在に監視することを可能にします。この様なフレキシブルな運用はこれまでに例が無く、衛星からの地球監視技術に大きな変革をもたらす第一歩といえます。

CANAL-1外観図

図5: CANAL-1外観図

打ち上げ・運用状況

TSUBAME衛星はヤスネ宇宙基地のサイロ(地下発射装置)から、ドニエプルロケットの第3段の下部に組み込まれて打上げられました。TSUBAMEは打ち上げから約15分後、インド洋上空にてロケットから分離され、現在は高度約500kmの太陽同期軌道を周回しています。

TSUBAMEにはアマチュア無線帯の送信機が搭載されており、分離直後から衛星の動作状態をモールス信号で常に送信しています。宇宙システム用には、通常、大掛かりで費用が嵩む高信頼性の専用通信設備を構築しますが、超小型衛星の分野では民生に流布するアマチュア無線機器を用いた通信設備がよく使用されています。低費用である一方、都心では妨害電波に悩まされることや通信レートを上げられないという超小型衛星の大きな弱点の一つとなっていますが、これを補う目的でTSUBAMEチームは全世界のアマチュア無線家に衛星からの電波受信を呼びかけました。これに対し、国内外を問わず多くの無線家の方々が即座に対応してくださり、打ち上げから約2時間後にドイツ上空で衛星の動作が確認されました。その後、日本時間20:50には東京付近を通過し、東工大地上局で開発チームもモールス信号によるデータ受信に成功しています。取得したデータを解析した結果、衛星は分離後直ぐに太陽電池パネルを展開し、パネルを太陽に向けてほぼ安定した姿勢を維持していると予想されます。

電源電圧も正常であり、これまでのところ順調に機能していることが確認されました。

今後の展開

今後、数週間にわたり衛星の搭載装置に順次電源を入れ、全ての装置が正常動作していることを確認します。その後、本格的な姿勢制御実験や天体観測・地球観測を行っていく予定です。また、高レート受信を行うため、JAXA宇宙研の小型衛星管制局設備の使用も予定しています。

東工大運用局にてTSUBAMEからのモールス信号に聞き入るTSUBAME 開発チーム(11/6 21:00 JST)

図6: 東工大運用局にてTSUBAMEからのモールス信号に聞き入るTSUBAME 開発チーム(11/6 21:00 JST)

このページは2014年11月7日現在の情報に基づいて構成されています。

最新の運用情報はTSUBAME運用ブログouterにてご覧いただけます。

用語説明

[用語1] コントロールモーメントジャイロ(CMG) : 高速で回転しているコマの回転軸の向きを変えることでトルク(ジャイロトルクと呼ばれる)を発生する装置。サイズに比較して高トルクを発生できることが特徴であり、複数個組み合わせて、衛星の姿勢を迅速に制御できる。

[用語2] X線・ガンマ線 : 非常にエネルギーの高い電磁波の一種。電波や我々の目に見える光も電磁波の一種であり、可視光の約1000倍以上のエネルギーを持つ電磁波をX線、さらにエネルギーの高いものをガンマ線と呼ぶ。

[用語3] ブラックホール : きわめて高密度で大質量のため、重力によって光さえも脱出できない天体。有名な候補天体として はくちょう座のX線源Cygnus-X1などが知られている。

[用語4] 偏光 : 電磁波の電場および磁場が特定の方向にのみ振動する光のこと。X線偏光観測ではこの電場ベクトルの方向と偏りを測定することにより、放射源付近の磁場の状態に制限を与えることができる。

詳細情報
本ミッションに関する詳細情報は以下のWebページで公開されております。

TSUBAMEプロジェクトouter 主に衛星バスシステム

超小型 硬X線偏光観測衛星TSUBAMEの開発outer ガンマ線センサシステム

Kimura-Lab.netouter CANAL-1

TSUBAME運用ブログouter 最新の運用情報

お問い合わせ先

衛星バスシステム

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授
東京工業大学 大学院理工学研究科 連携教授
松永三郎
Tel: 050-3362-4879
Email: matunaga.saburo@jaxa.jp
Tel: 03-5734-3176
Email: Matunaga.Saburo@mes.titech.ac.jp

ガンマ線センサシステム

東京工業大学 大学院理工学研究科 助教
谷津陽一
Tel: 03-5734-2388
Email: yatsu@hp.phys.titech.ac.jp

地球観測用高解像度可視光カメラシステム

東京理科大学 理工学部 教授
木村真一
Tel: 04-7122-9546
Email: skimura@rs.noda.tus.ac.jp

辻二郎栄誉教授がエルゼビア社 2014 Tetrahedron Prize を受賞

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東京工業大学辻二郎(つじ じろう)栄誉教授が、スタンフォード大学の Barry Trost 教授と共同で、2014 Tetrahedron Prize を受賞することが発表されました。 本賞は有機・バイオ医薬品化学の分野において創造性に富んだ功績を残した研究者に授与されるものです。辻二郎栄誉教授は、有機合成化学の分野で広く利用されている「辻・トロスト反応」をはじめとする遷移金属触媒反応の開発と応用が評価されました。

授与式は2015年8月に米国化学会の秋期全国大会にて行われる予定です。

辻二郎栄誉教授のコメント

辻二郎栄誉教授

私の life-works であるパラジウムを用いる有機合成の研究成果が認められ、今回有機化学の国際賞として権威のある2014年度のテトラヘドロン賞 (2014 Tetrahedron Prize) を受賞することができ、たいへん幸いです。私は本年米寿を迎えましたが、幸い健康ですので、この受賞は引退のよき花道になります。

東工大に帝国データバンク社が共同研究講座を設置、ビッグデータ解析を用いた経営診断システムの開発を行う

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要点

  • 東京工業大学に帝国データバンク先端データ解析共同研究講座が設置された。
  • 東京工業大学と帝国データバンクは、日本企業100万社のビッグデータを用いた中小企業の経営診断システムの開発を行う。

概要

株式会社帝国データバンクが保有する全国の企業およそ100万社の財務データや取引データなどの「ビッグデータ」を解析し、中小企業の経営改善や地域経済の活性化に役立てるシステムの開発に、東京工業大学と株式会社帝国データバンクが共同で取り組むことになりました。経済物理学の視点から帝国データバンクが保有する企業活動のビッグデータを解析し、企業の設立から業績向上・合併・倒産などのライフサイクルを記述する基礎モデルを構築、天気予報のように企業、産業の将来を予測するシミュレーションの実現を目指した共同研究講座です。

経営状態を B to B の企業間取引、資本関係、株の持ち合い、銀行との取引などの多層ネットワークを利用して解析するこの研究により、個々の企業、地域産業、日本の企業全体がもつ脆弱性をあぶり出し、危機を回避して発展するためのシナリオ抽出や数理科学に基づく企業経営計画や産業政策の立案が可能となります。科学技術基本計画[用語1] や Basel III[用語2] などに基づくリスク管理の高度化が実現できるようになります。

企業多層ネットワーク概念図

図1. 企業多層ネットワーク概念図

研究の背景と意義

2011年より、帝国データバンクと東京工業大学高安研究室との共同研究が始まり、その中で、企業活動が複雑ネットワーク上での動的なモデルとして記述できるようになってきました。すでに成果は、2014年の中小企業白書、メガバンクでの連鎖倒産シミュレーションなどで利用されています。講座開設により、複雑ネットワークの数理科学として、さらに超多変数の中から因果関係を抽出する新しい手法を構築することにより、ビジネスへの応用として、経営診断システム構築へと発展させようと考えています。

今回の研究項目

    (1)
    企業多層ネットワーク構造の時間的変化を記述するモデル構築
    (2)
    企業多層ネットワーク上のお金・もの・サービスの輸送モデル構築
    (3)
    企業多層ネットワークの時間発展シミュレーションの実施
    (4)
    企業多層ネットワークのストレステストの実施
    (5)
    企業活動の統計的特性に基づく分類手法の開発(大・中・小企業の分類、類似企業の抽出など)
    (6)
    企業多層ネットワークの基礎方程式の大規模エージェントベースモデルによる理解

今後の展開

  • 起こりうる災害時の産業への影響を推定できるようになります。
  • 地域産業の衰退を回避するためのシナリオ、頑強で持続可能な産業の発展のシナリオをシミュレーションによって確認できます。
  • 様々な環境の変化による経済活動への影響を推定できるようになります。

用語説明

[用語1] 科学技術基本計画 : 科学技術基本計画は、平成7年11月に公布・施行された科学技術基本法に基づき、科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本的な計画であり、今後10年程度を見通した5年間の科学技術政策を具体化するものとして、政府が策定するものです。(文部科学省Webサイトouter より引用)

[用語2] Basel III : バーゼル合意とは、バーゼル銀行監督委員会が公表している国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率等に関する国際統一基準のことです。日本を含む多くの国における銀行規制として採用されています。バーゼルIIIは、金融危機の再発を防ぎ、国際金融システムのリスク耐性を高める観点から、国際的な金融規制の見直しに向けた検討が行われた結果、合意が成立しました。(日本銀行Webサイトouter より引用)

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻

准教授 高安美佐子
Email: takayasu@dis.titech.ac.jp
TEL: 045-924-5640

株式会社 帝国データバンク

(東京都港区・代表取締役社長 後藤信夫)
産業調査部産業調査第1課 北村・後藤
TEL: 03-5775-3161

経済分析におけるモデルの識別性検定の改良

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モデルの識別性検定は、多くの経済モデルにおいて、経済理論の正当性をテストするための重要な検定である。そのための標準的な手法として、一般化最小二乗法(GMM)という手法が使われてきた。

しかしGMMは、有限標本性質の点で問題があることが知られており、その一つとして仮説検定の実際のサイズが理論上の値と乖離してしまう場合が生じることが知られている。

東京工業大学情報理工学研究科の松下幸敏准教授とLondon School of Economicsの大津泰介教授は、モデルの識別性検定において、経験尤度法のバートレット補正に基づく新しい検定方法を開発した。

経験尤度法は、仮説検定のサイズの歪みの問題を扱うために有力な方法であり、松下准教授らはエッジワース展開という手法を用いることにより、補正によって検定のサイズの歪みを大幅に改善することが可能であることを示した。

モデルの識別性検定は経済理論の正当性をテストするために頻繁に利用される検定であり、この研究成果は経済実証分析の信頼性を高める上で重要な貢献となった。

各検定(サイズ5%)の棄却確率とサンプルサイズの関係

図. 各検定(サイズ5%)の棄却確率とサンプルサイズの関係

論文情報

論文タイトル :
Second-order refinement of empirical likelihood for testing overidentifying
掲載誌 :
Econometric Theory 29, 2013, 324-353
執筆者 :
松下幸敏、大津泰介
DOI :

お問い合わせ先

大学院情報理工学研究科 情報環境学専攻
准教授 松下幸敏
Email: matsushita.y.ab@m.titech.ac.jp

ゲノムによって解き明かされた巨大硫黄酸化細菌の生理生態

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ポイント

  • 淡水湖沼に生息する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の完全長ゲノム配列を、メタゲノム解析により決定。
  • ゲノムから推定された機能が実際の生息環境で発揮されていることをタンパク質の解析で確認。
  • 環境に大きく影響する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の生態解明に向けた重要な手掛かりを提供。

概要

細胞内に硝酸イオンを蓄積する能力を持つ一群の硫黄酸化細菌は、バクテリアとしては非常に大きな体サイズを持ち、水界における炭素・窒素・硫黄・リンの循環に重大な影響を及ぼしていると考えられています。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は純粋培養が得られておらず、その生理学的特性は部分的にしか明らかになっていませんでした。本研究では、硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の一種であるThioploca ingrica(チオプローカ)を対象とした解析を行い、このグループの細菌として初めての完全ゲノム配列を得ることに成功しました。さらに、タンパク質を網羅的に解析することにより、遺伝子の解析から示唆された重要な機能のいくつかが、実際に湖沼の堆積物中で発揮されていることを確認しました。

なお、本研究は文部科学省科学研究費新学術領域研究「ゲノム支援」(代表:小原雄治)により、宮崎大学の林哲也教授、東京工業大学の黒川顕教授らとの共同研究として実施しました。

背景

細胞内に硝酸イオンを蓄積する能力を持つ一群の硫黄酸化細菌は,バクテリアとしては非常に大きな体サイズを持ち,水界における炭素・窒素・硫黄・リンの循環に重大な影響を及ぼしていると考えられています。特定の微生物の性質を詳しく調べるためには、目的外の微生物が存在しない状態で培養すること(純粋培養)が必要となりますが、これらの硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は純粋培養が得られておらず、その生理学的特性は部分的にしか明らかになっていませんでした。これらの中で唯一、淡水環境で安定した個体群を維持している種が、Thioploca ingrica(チオプローカ)です。チオプローカの生息は、琵琶湖などの限られた湖沼の堆積物中で確認されています。培養できない微生物の機能を探る手段としては、その生物が持つ全ての遺伝子を網羅的に検出、解析することが考えられます。

ある機能に関わる遺伝子を持つことは、潜在的にその機能を持つことを示唆しますが、実際に機能が発揮されるためには遺伝子の情報を基にタンパク質が合成されている必要があります。

研究手法

従来知見が欠けていた、淡水に生息する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の生理学的特性を明らかにするため、北海道千歳市に位置するオコタンペ湖で試料の採取を行いました。底泥堆積物から集めたチオプローカの試料を濾過滅菌した湖水で繰り返し洗浄することによって、他の微生物をできるだけ取り除いた上でDNAを抽出しました。このDNAを対象に、複数種の生物が混在した状態でのゲノム解析(メタゲノム解析)を行うことでチオプローカの全ゲノム塩基配列を決定しました。さらに、洗浄したチオプローカの試料からタンパク質を抽出した上で網羅的な解析を行い、ゲノム上の遺伝子が実際にタンパク質として発現しているかどうかを確認しました。

研究成果

洗浄したチオプローカ試料のメタゲノム解析により、このグループの細菌として初めての完全なゲノム配列を得ることに成功しました。これにより、チオプローカが持つ全ての遺伝子の配列が得られ、また近縁種で存在が示されていたいくつかの遺伝子をチオプローカが保持していないことが確認されました。存在の確認された遺伝子を解析することにより、生育に必要なエネルギーや細胞を構成するための材料(炭素・窒素・リン等)をどのようにして獲得しているのかを推定することができました。さらに、タンパク質の網羅的な解析により、遺伝子の解析から示唆された重要な機能のいくつかが、実際に湖沼の堆積物中で発揮されていることが確認されました。

今後への期待

今回確認されたチオプローカの着目すべき機能のひとつとして、硝酸イオンから窒素ガスへの還元(脱窒)が挙げられます。脱窒は、富栄養化の原因である窒素化合物を水界から除去する重要な機能です。チオプローカが実際に湖沼からの窒素除去にどの程度寄与しているかを解明することが、今後の課題として挙げられます。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は海洋において窒素をはじめとする諸元素の循環に大きく影響していることが知られています。その特殊な形態や硝酸イオン蓄積能力などからも注目されていますが、これらの特性がどのようにして生じているのかは、未だ解明されていません。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌全体の生態や生理学的な特性を探る上でも,本研究で得られた成果が重要な手掛かりを提供するものと期待されます。

本研究を実施したオコタンペ湖の様子。一般の立ち入りは禁止されており、調査は環境省並びに森林管理署の許可を得て行っている。

  • 図1.
    本研究を実施したオコタンペ湖の様子。一般の立ち入りは禁止されており、調査は環境省並びに森林管理署の許可を得て行っている。
  • オコタンペ湖の底泥の拡大写真。矢印で示した白い糸状のものがチオプローカ。

    図2. オコタンペ湖の底泥の拡大写真。矢印で示した白い糸状のものがチオプローカ。

    チオプローカの顕微鏡写真。チオプローカの細胞は、単体硫黄(S0)の顆粒を内包しており、これが連なって糸状体と呼ばれる構造が形成される(上段)。さらに、数本から数十本の糸状体が束になり、その外側をシース(鞘)と呼ばれる構造が覆う形で生育している(下段)。 シースは長さ数cmに達し,肉眼でも十分に捉えることができる。

  • 図3.
    チオプローカの顕微鏡写真。チオプローカの細胞は、単体硫黄(S0)の顆粒を内包しており、これが連なって糸状体と呼ばれる構造が形成される(上段)。さらに、数本から数十本の糸状体が束になり、その外側をシース(鞘)と呼ばれる構造が覆う形で生育している(下段)。 シースは長さ数cmに達し,肉眼でも十分に捉えることができる。
  • 論文情報

    掲載誌 :
    The ISME Journal
    論文タイトル :
    Ecophysiology of Thioploca ingrica as revealed by the complete genome sequence supplemented with proteomic evidence
    (完全ゲノム配列と網羅的タンパク質解析によって明かされた Thioploca ingrica の生理生態)
    著者 :
    小島久弥1、小椋義俊2、山本希3、富樫智章3、森宙史3、渡邉友浩1、根本富美子1、黒川顕3、林哲也2、福井学1
    所属 :
    1: 北海道大学、2: 宮崎大学、3: 東京工業大学
    DOI :
    公表日 :
    2014年10月24日(金)オンライン公開

    問い合わせ先

    東京工業大学 地球生命研究所
    教授 黒川 顕(くろかわ けん)
    TEL:045-924-5139 / FAX:045-924-5139
    Email:ken@bio.titech.ac.jp

    分子のカゴで毒を薬に ―癌の簡便な治療薬の開発につながる成果―

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    要点

    • ナノサイズの分子カゴによりガス分子の細胞内輸送に成功
    • 分子カゴに封じ込め無毒化した一酸化炭素により、癌の原因物質の活性制御に成功
    • 難しい医薬品製造を必要としない簡便な治療薬開発への応用に期待

    概要

    東京工業大学の大学院生命理工学研究科 上野隆史教授と藤田健太大学院生らは、細胞内に送り込んだ一酸化炭素(CO)をゆっくりと放出させ、癌(がん)の原因となる転写因子たんぱく質の活性を制御することに成功した。直径12ナノメートル(nm)のフェリチン[用語1] と呼ばれるカゴ状たんぱく質に、毒性の強いCO分子を閉じ込めるシステムの開発によって実現した。不明な点が多いCO分子の生体内での機能解明ばかりでなく、複雑で難しい医薬品製造を必要としない簡便な治療薬の開発につながると期待される。

    上野教授らは、生体中で鉄を貯蔵するカゴ状たんぱく質であるフェリチンに着目し、12nmのカゴの内部に、金属と結合したCOを閉じ込め、細胞内に送り込んだ後に、ゆっくりとCOを放出するシステムを開発した。その結果、従来の化合物に比べ、効率よくCOを細胞内で作用させることができ、癌の原因となる転写因子たんぱく質の制御に成功した。

    今回の成果は、内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援によるもので、化学分野において最も権威のある学術誌の一つである「Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)」のオンライン版で11月19日に公開される予定。

    研究背景

    ガス分子である一酸化炭素(CO)は体内の多くのたんぱく質と強く結合し、身体に悪い影響を及ぼすことが古くから知られている。同時に、近年ではCOとたんぱく質の結合は炎症や癌化を抑制する働きを持つことが明らかになり、次世代の医薬品として注目されている。そのため、生体内のCO分子濃度や、その分布を制御する研究が盛んにおこなわれているが、微量のCO分子を生体環境へ安定に供給するシステムはいまだに確立されていなかった。その理由は、COを輸送するには金属にCOを結合させた化合物が必要であり、その毒性と不安定性の克服法がなかったことに原因があった。

    研究の経緯(研究内容)

    上野教授らは、CO輸送化合物として使われている、ルテニウムカルボニル錯体[用語2] に着目し(図1a)、カゴ状たんぱく質フェリチンの内部へ集積することを試みた(図1b)。

    ルテニウムカルボニル錯体の化学構造(a)及びフェリチンのX線結晶構造(b)。

    図1. ルテニウムカルボニル錯体の化学構造(a)及びフェリチンのX線結晶構造(b)。

    フェリチンの内部に結合しているルテニウムカルボニルの様子はX線結晶構造解析によって明らかにした。さらに、生きたヒト胎児腎臓細胞(HEK293細胞)へ複合体を導入し、COを放出させることによって、従来のルテニウムカルボニル錯体と比較して、癌の増殖に関与する核転写因子NF-κB[用語3] をより効率的に活性化させることに成功した。

    1. 複合体の合成及びルテニウム結合部位の構造解析

    水溶液中でルテニウムカルボニル錯体分子とフェリチンを混和させることでCO放出フェリチン複合体1を合成した。X線結晶構造解析により、ルテニウムカルボニル錯体は、フェリチン内のGlu45とCys48[用語4] へ結合していることが分かった(図2)。このルテニウムが結合しているフェリチン内のアミノ酸残基を遺伝子工学的に改変することによって、さらにルテニウムカルボニル錯体の結合数を増加させた、複合体2を合成することにも成功した。

    CO放出フェリチン複合体1及び2のX線結晶構造及びそのルテニウムカルボニル結合部位の拡大図。(青:窒素元素、黄色:硫黄元素、赤:酸素元素、深緑色:ルテニウム元素)

    図2. CO放出フェリチン複合体1及び2のX線結晶構造及びそのルテニウムカルボニル結合部位の拡大図。
    (青:窒素元素、黄色:硫黄元素、赤:酸素元素、深緑色:ルテニウム元素)

    2. 複合体のCO放出挙動

    試験管内のCO放出実験からは、合成した複合体はルテニウムカルボニル錯体のみに比べ、18倍ゆっくりとCOを放出することが分かった。これは、CO放出の反応点がフェリチンの分子カゴに保護されているためだと考えられる。また、より多くのルテニウムカルボニル錯体を結合できる複合体2では、もとの複合体に比べて、COの放出量が2倍になっていることも分かった。

    3. ヒト生細胞内でのはたらき

    複合体をHEK293細胞へ導入し、NF-κBの活性化を評価した。従来のCO放出ルテニウムカルボニル錯体よりもCO放出フェリチン複合体は2.5倍、CO放出量の多い複合体ではさらにNF-κBの活性を4倍活性化する効果があることが分かった。

    これらの成果から、(1)CO放出速度を遅くすること、(2)より多くのCOを送り込むことが、NF-κBの効率的な活性化に重要な点であるということを新たに見出した。

    CO放出フェリチン複合体のHEK細胞への導入及びCO放出、NF-kBへの作用のイメージ図。

    図3. CO放出フェリチン複合体のHEK細胞への導入及びCO放出、NF-κBへの作用のイメージ図。

    今後の展開

    本研究で開発したカゴ状たんぱく質を用いた一酸化炭素の細胞内輸送法は、化学、生物学、医学など多方面において注目されているガス状分子による生理活性機能の調節に対して新たな潮流を生み出すばかりではなく、医薬品開発に従来と全く異なる概念を提供する可能性を有している。具体的には(1)いまだに不明な点が多い、COの細胞内の機能解明、(2)たんぱく質工学を利用した新しい薬物輸送法の確立、(3)癌などの重篤疾患を標的とした医薬品開発への貢献―により、ガス分子によるテーラーメイド型医療の実現につながると期待される。

    用語説明

    [用語1] フェリチン : フェリチンは24個の単量体から構成される外径12nmのカゴ状のたんぱく質であり、分子量は約480万である。生理学的な機能としては細胞内の鉄の貯蔵の機能が知られており、直径8nmの内部空間で数千もの鉄イオンをFeIIからFeIIIへ酸化し、酸化鉄ミネラルの状態で集めることができる。また、鉄以外の金属イオンや有機小分子もその内部空間に集積できることがわかっている。

    [用語2] ルテニウムカルボニル錯体 : 一酸化炭素を配位子にもつ遷移金属錯体の一種。CO放出分子としての利用のほかに、化学工業的に触媒としても利用されている。

    [用語3] 核転写因子NF-κB(エヌエフカッパービー) : 転写因子の一種。アメリカのボルティモア教授(1975年ノーベル生理学医学賞受賞)らのグループによって発見された。細胞外からの刺激に応じて癌細胞内のNF-κBが活性化され、細胞機能維持のための種々のたんぱく質がつくられることにより癌細胞の増殖や転移が制御される。つまりNF-κBの活性制御機構の解明が、癌治療への有用な知見を与える。さらに近年ではNF-κBが活性化されることでのみつくられるたんぱく質の機能の重要性も注目されている。

    論文情報

    掲載誌 :
    Journal of the American Chemical Society
    論文タイトル :
    Intracellular CO Release from Composite of Ferritin and Ruthenium Carbonyl Complexes
    著者 :
    Kenta Fujita, Yuya Tanaka, Takeya Sho, Shuichi Ozeki, Satoshi Abe, Tatsuo Hikage, Takahiro Kuchimaru, Shinae Kizaka-Kondoh and Takafumi Ueno
    DOI :

    問い合わせ先

    大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻
    教授 上野隆史
    Email: tueno@bio.titech.ac.jp
    TEL: 045-924-5844 / FAX: 045-924-5806


    ガラスがゴムになる ―エントロピー弾性を示す酸化物ガラスを実現―

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    概要

    東京工業大学 旭硝子共同研究講座の稲葉誠二特任助教(現旭硝子)と伊藤節郎特任教授(元旭硝子)、応用セラミックス研究所の細野秀雄教授の研究グループは、ゴムのように伸び縮みする酸化物ガラスの作製に成功した。複数種のアルカリ金属イオンを含有するメタリン酸塩ガラス[用語1] が、ガラス転移温度[用語2] 近傍で、ゴム状物質に特徴的なエントロピー弾性[用語3] を示すことを見出し、実現した。

    研究グループは柔軟な長い直鎖状分子からなる有機ゴムに類似した構造を有する酸化物ガラスを検討し、直鎖構造を持つ混合アルカリメタリン酸塩ガラス「Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3」(Li:リチウム、Na:ナトリウム、K:カリウム、Cs:セシウム、P:リン、O:酸素)を、高温で引き伸ばし、直鎖を高度に配向させた後、加熱すると、エントロピー弾性に特徴的な吸熱を伴いながら、数十%もの巨大な収縮を生じて、元の無秩序な状態へ戻ることを確認した。

    室温では硬く割れやすい酸化物ガラスも、構造を工夫すれば高温でゴムのように伸び縮みする特性を発現できることを示したもので、有機高分子のゴムでは対応できない高温下や酸化性環境などでの応用が考えられる。研究成果は12月1日発行の科学誌「Nature Materials」オンライン版に掲載された。

    背景

    エントロピー弾性は、外力によって規則的に配列した分子が、エントロピー増大則に従って元の不規則な状態へ戻ろうとする性質である。これまでにゴム、シリコーン、ポリウレタン、硫黄などで確認されている。これらの材料に共通する構造上の特長は、重合度が高く、柔軟性に富んだ直鎖状の高分子が、物理的もしくは化学的結合により適度に架橋している点である。

    固体のガラス領域と液体領域の中間にあたるゴム状領域で引き伸ばすと、架橋点間の直鎖状分子が配列し、力を除くと配列が解け、元の不規則な構造へ戻りながら収縮する。この際、体積が変化しない、収縮時に吸熱するなどの特異な性質を示すことが知られている。

    窓などに広範に使われている酸化物ガラスは、通常、各原子が網目状に強固に連なった構造を有するため、ガラス転移温度Tg以上で引き伸ばすと、網目の切断や組み換えによって永久変形が生じ、力を除いてもエントロピー弾性によって形状が回復することはない。このようなゴム状物質との構造的な違いによって、これまでにエントロピー弾性を示す酸化物ガラスは見出されていなかった。

    研究成果

    今回の研究では、有機ゴム構造を参考に、重合度が高く、共有結合性の高い直鎖が互いに緩やかに引き合った構造を有するガラス組成を検討した。その結果、複数種のアルカリ金属イオンを含有する混合アルカリメタリン酸組成「Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3」において、直鎖の重合度が増し、直鎖間の相互作用力が低下し、柔軟性が大幅に増加した。

    このガラスは、室温では一般のガラスと同様に等方的で、硬く割れやすいが、ガラス転移温度Tg近傍で加熱し、引き伸ばした状態で冷却すると、図1に示すように、石英やサファイアと同程度の複屈折Δn[用語4] を示し、直鎖配向に起因した大きい異方性を発現することが分かった。

    本研究で開発した異方性Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスの偏光顕微鏡写真。試料の複屈折はΔn=|n2-n1|=0.0069。

    図1. 本研究で開発した異方性Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスの偏光顕微鏡写真。試料の複屈折はΔn=|n2-n1|=0.0069。

    また、図1の異方性ガラスをTg近傍で熱処理すると、図2(a)に示すように、複屈折の大きさに応じて長さ方向に最大35%程度収縮し、かつ収縮前後で体積がほとんど変わらないことが明らかになった(図2(b))。さらに、ガラスをはじめセラミックスや金属など多くの材料が、熱収縮する際に発熱を伴うのに対し、異方性ガラスは、図3に示すように、吸熱を伴いながら収縮することも明らかになった。

    以上より、有機ゴム構造を模擬したLi0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスは、図4に示すように、直鎖配向による大きな異方性を発現するとともに、エントロピー弾性によって吸熱を伴いながら元の不規則網目構造へ戻る際に、これまでの酸化物ガラスでは類を見ない大きな収縮を示すことがわかった。

    (a) 複屈折Δnの異なる6種類のLi0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスをガラス転移温度Tg+25℃の温度で15分間熱処理した際の形状変化、(b) 拡大写真:熱処理により長さ方向に収縮、太さ方向に膨張し、体積はほとんど変化しない。

  • 図2.
    (a) 複屈折Δnの異なる6種類のLi0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスをガラス転移温度Tg+25℃の温度で15分間熱処理した際の形状変化、(b) 拡大写真:熱処理により長さ方向に収縮、太さ方向に膨張し、体積はほとんど変化しない。
  • 異方性Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスを室温から一定速度で加熱した際の熱量変化(赤線)と収縮速度(黒線)の関係。Tg近傍以上の温度領域で吸熱反応を伴いながら急激に収縮する。

  • 図3.
    異方性Li0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスを室温から一定速度で加熱した際の熱量変化(赤線)と収縮速度(黒線)の関係。Tg近傍以上の温度領域で吸熱反応を伴いながら急激に収縮する。
  • (a) 複屈折Δnの異なる6種類のLi0.25Na0.25K0.25Cs0.25PO3ガラスをガラス転移温度Tg+25℃の温度で15分間熱処理した際の形状変化、(b) 拡大写真:熱処理により長さ方向に収縮、太さ方向に膨張し、体積はほとんど変化しない。

  • 図4.
    異方性ガラスと等方性ガラスの構造モデル。引張冷却により直鎖が配向した状態の異方性ガラスをTg以上の温度で加熱すると、エントロピー弾性により吸熱を伴いながら収縮し、直鎖がランダムに並んだ等方性ガラスになる。
  • 今後の展望

    室温では硬く割れやすい酸化物ガラスも、内部構造を工夫すれば高温でゴムのように伸び縮みする特性を発現できる材料であることを実証した。今回の結果は、有機高分子のゴムでは対応できない高温下、酸化性などの条件下での応用が考えられる。また、今回の研究が契機となって、より優れた特性のゴム状ガラスの実現とその科学の進展が期待される。

    謝辞

    本研究は、文部科学省の元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型 電子材料拠点>により一部支援を受けたものです。

    用語説明

    [用語1] メタリン酸塩ガラス : 基本構造単位であるPO4四面体の4つの頂点のうち、2つの頂点を介して直鎖状(もしくはリング状)構造を形成したリン酸塩系ガラス。下図参照。

    メタリン酸塩ガラス

    [用語2] ガラス転移温度 : 過冷却液体状態から固体のガラス状態へ変化する温度。この温度領域を境に粘度は大きく変化し、比熱や熱膨張係数は不連続に変化する。

    [用語3] エントロピー弾性 : 外力によって規則的に配列(結晶)した分子が、エントロピー増大則に従って元の不規則な状態(非晶質)へ戻ろうとする際に生じる復元力。ゴムの特徴的な性質。

    [用語4] 複屈折 : 異方性材料に光が入射したとき、二つ以上の屈折光が現れる現象。

    論文情報

    掲載誌 :
    Nature Materials
    論文タイトル :
    Entropic shrinkage of an oxide glass
    (和訳:酸化物ガラスのエントロピー収縮)
    著者 :
    Seiji Inaba, Hideo Hosono and Setsuro Ito
    DOI :

    問い合わせ先

    東京工業大学広報センター
    Email: media@jim.titech.ac.jp
    TEL: 03-5734-2975

    生体内のタンパク質の酸化還元状態を可視化 ―DNAを着脱自在にした修飾化合物を利用して総合的分析を実現―

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    要点

    • DNAをタンパク質の酸化還元状態を探るツールとして活用した新たな技術
    • タンパク質の構造形成に重要なシステインの状態を探る新たな技術の開発
    • DNAをタンパク質のシステインに着脱自在にした新規の修飾化合物

    概要

    東京工業大学資源化学研究所の久堀徹教授と原怜特任助教は、生体内のタンパク質の機能・構造に重要なシステイン[用語1] の状態を簡単かつ定量的に検出できる新ツール(標識化合物)「DNA-PCマレイミド」を開発した。この化合物を付加(修飾)したタンパク質を電気泳動[用語2] で調べると、明確な移動度の差が得られる。また紫外線でDNAを切断可能なため、抗体色素法[用語3] で、生体内のタンパク質の酸化還元状態などを可視化でき、タンパク質の状態解析の応用範囲を大きく広げることになる。

    近年、生体内で働く酵素タンパク質の酸化還元状態が、その生理機能を決定する重要な因子となっている。特にタンパク質を構成するアミノ酸の一つであるシステインは、酸化還元の影響を受けやすく、かつタンパク質構造の決定に重要な分子内の共有結合の足場にもなっていることから、その状態を知ることがタンパク質機能やその調節を明らかにする上で重要な情報となっている。

    久堀教授らは昨年、システインの状態を探るツールとして、DNAを化学修飾剤として用いる「DNAマレイミド」という化合物を開発した。この化合物は、還元状態のシステインにだけ反応してタンパク質の分子量を一定量変化させることができるので、変化量からシステインの状態を正確に知ることができる。しかし、DNAのような高分子が付いているため、抗体染色法には使えなかった。今回はこの欠点を紫外線照射によってDNA部分を容易に除去できる方法で解決し、抗体染色にも使用できるようにした。

    研究背景

    タンパク質分子を構成する20種類のアミノ酸のうち、システインのチオール基(SH基)[用語4] は、酸化によってスルフェン(SOH)やスルフィン(SOOH)になる、グルタチオン化やS-ニトロソ化されるなど、生体内で様々な化学修飾を受けている。近年、タンパク質分子のシステインが受けるこのような化学修飾が、そのタンパク質の生理機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。

    また、システインのチオール基は適当な距離に二つ存在すると、酸化条件下でジスルフィド結合[用語5] という共有結合を形成し、これがそのタンパク質の立体構造を決定する重要な要因にもなっている(図1)。システインの化学修飾やジスルフィド結合の形成は、生体内では生理条件下で起こっているため、この状態変化を知ることは、タンパク質の機能そのものや機能調節を理解する上で重要な情報である。

    タンパク質のチオール基の酸化還元と機能制御

  • 図1.
    タンパク質のチオール基の酸化還元と機能制御
    ジスルフィド結合の数によって酵素活性が調節されるタンパク質(A)や、酸化の種類によって酵素の機能が変化するタンパク質(B)がある。酸化されたチオール基の数や、その可逆性を知ることは、酵素の酸化還元制御を理解するうえで重要な情報である。
  • これまで、システインのチオール基の状態を探るツールとして、システインと特異的に反応するマレイミド[用語6] をもつ化合物が用いられてきた。例えば、4-acetamido-4'-maleimidylstilbene(4−アセトアミド−4'−マレイミジルスチルベン=AMS)は、分子量540ほどでチオール基と特異的に反応し、タンパク質全体の分子量を約500大きくするので、この変化を電気泳動時のタンパク質の移動度変化として検出することが可能である。

    しかし、分子量が3万を超えるタンパク質の場合には、タンパク質そのものの分子量に比べて移動度の変化の割合が小さすぎて検出が困難であった。この問題を克服するために、methoxypolyethylene glycol-maleimide(メトキシポリエチレングリコール・マレイミド=PEG マレイミド、通常使われるものは分子量約5,000)が用いられるが、PEG 分の化学的な性質の制約から、電気泳動時に付加した分子量に見合った移動度の変化を示さないので、移動度の変化量から反応したシステインの数を知ることができなかった。

    AMSやPEGマレイミドのこれらの欠点を克服するために、久堀教授らはDNAを修飾剤として用いることにして、昨年、DNAマレイミドという化合物を開発した。使用したのは24塩基の一本鎖DNAで、システインを修飾すると結合DNAの数の分だけ電気泳動の移動度を変化させることができる。結合したDNAあたりの移動度変化が分かっているので、タンパク質分子の中で還元状態にあるシステインのチオール基を、電気泳動の移動度変化から逆算して簡単に見積もることができるようになった(図2)。

    タンパク質のチオール基の修飾による電気泳動の移動度変化

  • 図2.
    タンパク質のチオール基の修飾による電気泳動の移動度変化
    同じタンパク質に、異なる数のマレイミドで修飾し電気泳動の移動度変化を比較した。AMS(左)は移動度変化が小さすぎる。PEG-Mal(中)の場合は、結合数によって移動度変化が異なる。そのため、チオール基の数の決定には向かない。DNA-Mal(右)は、適度で一定な移動度変化であるため、移動度変化からチオール基の数を逆算できる。
  • 研究の経緯

    久堀教授らが開発したDNAマレイミドは、簡便にタンパク質のチオール基の酸化還元状態を知ることのできるツールではあるが、高分子量の化合物をタンパク質に付加するために起こる特有の問題があった。それは、生体内のタンパク質の検出によく用いられる抗体染色法に利用できないことである。

    抗体染色法は、電気泳動によって分離したタンパク質分子を、抗体染色法に用いるニトロセルロース膜などに電気泳動的に移動(転写という)させてから、膜表面で目的タンパク質と抗体と反応させる。ところが、DNAのような高分子を付加したタンパク質は、この高分子部分がおそらく邪魔をしてタンパク質が抗体染色用の膜の方に移動していかないことが分かった。

    そこで、DNAマレイミド分子のDNA部分とチオール基修飾部分であるマレイミド部分の間に光開裂基を導入して、紫外線照射によってタンパク質のチオール基に結合したDNAが離脱するように工夫した。この新規に作成した化学修飾試薬を、光開裂型(Photo-Cleavable)の頭文字を取って「DNA-PCマレイミド」と命名した。

    研究成果

    DNA-PCマレイミドは、これまでのDNAマレイミドと同じようにタンパク質のチオール基を修飾し、分子量変化を与えることができる。一方で、電気泳動後にゲルを紫外線ランプの上に10分程度放置するだけで光開裂反応が起こり、DNA部分がタンパク質から簡単に離脱する。タンパク質の電気泳動後にゲルを紫外線処理してから、抗体染色用の膜へのタンパク質の転写処理を行うと、DNAマレイミドで修飾していないタンパク質と同じ効率でタンパク質が抗体染色用の膜に転写するようになった。

    実用例として、HeLa細胞[用語7] を酸化剤、あるいは還元剤で処理した後に、細胞からタンパク質を抽出し、すみやかに DNA-PC マレイミドで化学修飾を施した。そして、抗体染色法を用いて特定のタンパク質の酸化還元状態を調べた。ここでは、分子内にシステインを3個持っているグリセルアルデヒド 3-リン酸脱水素酵素(GAPDH)の状態変化を調べた。

    細胞をジアミドによって酸化処理してから GAPDH の状態を見ると、酸化されたチオール基が2個となり、これを還元処理することですべて還元状態に戻ることがわかった。すなわち、ジアミドによる酸化処理で、GAPDH分子にジスルフィド結合が形成されたことが分かる。

    一方、細胞を過酸化水素で処理した場合には、酸化されたチオール基を1個もつタンパク質と2個もつタンパク質が得られた。これを還元処理したところ、2個が酸化された状態のタンパク質のチオール基はすべて還元状態に戻ったが、1個が酸化されたものでは、変化が見られなかった。すなわち、後者のチオール基はスルフィンのように容易には還元されない状態になっていることがわかった(図3)。

    GAPDHのチオール基の酸化状態

  • 図3.
    GAPDHのチオール基の酸化状態
    細胞内GAPDHは、ジアミドによる酸化では可逆的なジスルフィド結合を形成した。一方、過酸化水素の場合は、ジスルフィド結合に加えて、還元剤で還元できないスルフィンのような酸化を受けていた。
  • また、抗体染色法はシグナル強度でタンパク質量も見積もることができるので、細胞内のGAPDHがどのくらいの割合でジスルフィド結合を形成したり、スルフィンに酸化されたりしているのかも見積もることが可能になった。

    今後の展開

    近年、プロテオミクス技術[用語8] 、および、質量分析法[用語9] が急速に進歩し、タンパク質の状態変化はその構成アミノ酸の状態変化として詳細に記述することができるようになってきた。しかし、網羅的な解析を行うためには、状態の変化が見られるタンパク質を迅速に検出するためのツールの開発が不可欠である。

    今回、開発したDNA-PCマレイミドは、生体内のタンパク質の機能・構造に重要なシステインの側鎖・チオール基の状態を簡単に、かつ、定量的に検出できるツールであり、応用範囲は極めて広い。この方法で検出したチオール基の変化は、さらに質量分析法によって個々のアミノ酸レベルでの変化の解析に用いるための重要な情報となるはずであり、細胞内のタンパク質の酸化還元状態を網羅的に解析するレドックス・プロテオミクス[用語10] の重要なツールのひとつとなるものと期待される。

    久堀教授らが開発したDNA-マレイミド、および、DNA-PCマレイミドは特許化し、12月に株式会社同仁化学研究所から発売される。

    本研究は、久堀教授が代表を務める科学技術振興機構(JST)CREST「ハイパーシアノバクテリアの光合成を利用した含窒素化合物生産技術の開発」、および、附置研究所間アライアンスによる「ナノとマクロをつなぐ物質・デバイス・システム創製戦略プロジェクト」の支援を受けて実施した。

    用語説明

    [用語1] システイン : 生体内のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸のひとつで、側鎖に反応性の高いチオール基(SH基)を持っている。

    [用語2] 電気泳動 : 生体高分子の持つ固有の電荷の総和の違いを利用して、一定の電場の中で生体高分子を分離する技術。タンパク質や核酸を分離するのに用いる。

    [用語3] 抗体染色法 : 特定のタンパク質(抗原)に反応する抗体を用いて、電気泳動で分離したタンパク質を検出する技術。電気泳動ゲル中で分離されたタンパク質をニトロセルロースなどの高分子膜に写し取り、その膜表面で抗原抗体反応を起こさせる。特定タンパク質に結合した抗体は、さらにその抗体に特異的に反応する抗体(発色機能を持たせてある)で識別し、可視化することが出来る。

    [用語4] チオール基 : その分子式からSH基と省略されるが、反応性が高く簡単に酸化されジスフィド結合を形成する。酵素の活性中心や構造形成に重要な場所に見られ、酵素の機能に密接に関わっている。

    [用語5] ジスルフィド結合 : 二つのチオール基が酸化されることで形成される共有結合のこと。タンパク質の構造を規定する重要な結合になっている場合が多い。ひとつの分子の中で形成される場合には分子内ジスルフィド結合、二つの分子間で形成される場合には分子間ジスルフィド結合という。S-S 結合と略される。

    [用語6] マレイミド : マレイン酸がイミド化(環状化したイミノ基(NH)を持つ状態)したものをよぶ。

    [用語7] HeLa細胞 : ヒト由来の培養細胞。ヒト細胞のモデルとして一般的に使われている細胞である。

    [用語8] プロテオミクス技術 : 生体を構成する複数のタンパク質を網羅的に解析する技術の総称である。

    [用語9] 質量分析 : タンパク質の質量分析では、プロテアーゼ等で断片化されたペプチドの分子量を正確に測定する。これによって、ペプチドを構成するアミノ酸の同定や、側鎖の化学修飾を解明できる。

    [用語10] レドックス・プロテオミクス : タンパク質は酸化還元状態(レドックス状態)の変化によって機能調節されている場合が多い。どのようなタンパク質が酸化還元状態に応じてどのように化学修飾されているのかを網羅的に解析する手法である。

    論文情報

    掲載誌 :
    Biochemical and Biophysical Research Communications
    論文タイトル :
    Direct determination of the redox status of cysteine residues in proteins in vivo
    著者 :
    Satoshi Hara, Yuki Tatenaka, Yuya Ohuchi, Toru Hisabori
    DOI :

    参考文献

    掲載誌 :
    Biochim Biophys Acta. 2013 Apr;1830(4):3077-81.
    論文タイトル :
    DNA-maleimide: an improved maleimide compound for electrophoresis-based titration of reactive thiols in a specific protein.
    著者 :
    Hara S, Nojima T, Seio K, Yoshida M, Hisabori T.
    DOI :

    問い合わせ先

    東京工業大学 資源化学研究所附属 資源循環研究施設
    教授 久堀徹
    Email: thisabor@res.titech.ac.jp

    東京工業大学 資源化学研究所附属 資源循環研究施設
    特任助教 原怜
    Email: hara.s.ab@m.titech.ac.jp
    TEL: 045-924-5234 / FAX: 045-924-5268

    加速度を超広域・高分解能で検知可能なMEMSセンサを開発

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    要点

    • 複数の超小型・高分解能MEMS加速度センサを1チップに集積
    • 1G以下から20Gまでの超広域加速度を1チップで検出可能
    • センサ回路チップ直上に集積でき、小型化・汎用化適用領域の拡大を実現

    概要

    東京工業大学異種機能集積研究センターの益一哉センター長・教授、山根大輔助教、町田克之連携教授らは、東京大学先端科学技術研究センターの年吉洋教授、NTTアドバンステクノロジ(NTT-AT、花澤隆社長)と共同で、可動錘に金を用いることにより、同等な分解能のシリコンMEMS[用語1] 加速度センサと比較して、センサの寸法を約10分の1に小型化することに成功した。この技術を用い、複数の超小型・高分解能MEMS加速度センサを1チップに集積することで、1G(重力加速度)[用語2] 以下から20Gまでの超広域加速度のワンチップ検出を実現した。また、MEMS構造を微小センサ回路直上に集積可能な作製法を用いており、MEMSとセンサ回路が占めるチップ面積も大幅に縮小できる。

    医療・交通・インフラなどで必要なMEMS加速度センサには1G以下を含む広域な加速度の精密計測が求められている。今回の研究成果は特に医療用人体行動検知センサとして有用であり、今後、正確な人体行動解析に基づく医療診断や医療用ロボット開発へ向けた新デバイス・システムの開発につながる。成果は11月にスペインのバレンシアで開催された国際会議「IEEE SENSORS2014」で発表した。

    研究成果

    静電容量型MEMS加速度センサにおいて、加速度検出範囲は可動錘の寸法と質量に強く依存するため、単一錘による加速度検出範囲の広域化は困難だった。また、従来の高分解能シリコンMEMS加速度センサでは大きな錘が必要なため、異なる検出範囲を有する複数のセンサを1チップに集積できなかった。

    そこで、同研究グループは静電容量型加速度センサの分解能が可動錘の質量に比例することに着目し、錘材料をシリコン(室温時:約2.3g/cm3)から金(室温時:約19g/cm3)に置き換えることで、センサ寸法を約10分の1に小型化した。

    チップ写真

    図1. チップ写真

    電子顕微鏡写真

    図2. 電子顕微鏡写真

    これにより、複数の超小型・高分解能MEMS加速度センサを1チップに集積し、1G以下から20Gまでの超広域加速度を1チップで検出できるデバイス構造を実現した。

    錘の測長結果と容量-周波数特性により、集積した5個の加速度センサにおいて 82.4×10-9G√Hz ~ 1.11×10-6G√Hz の雑音実測値(室温時)を得た。これらは同サイズのシリコンMEMS加速度センサでは到達できない低雑音性能であり、従来の100倍以上の高分解能を達成した。さらに金の特徴として、半導体微細加工技術と電解金めっきを用いたデバイス作製法によりMEMS構造を微小センサ回路(CMOS回路[用語3] )直上に集積でき、MEMSとセンサ回路が占めるチップ面積の大幅な小型化も期待できる。また、金は他の高密度材料と比較して耐酸化特性があるため、従来技術と比較して、サイズだけでなく製造プロセスの面でもCMOSとの整合性に優れている。

    研究の背景

    現在、医療・交通・インフラなどの用途で必要なMEMS加速度センサには1G以下を含む広域な加速度の精密計測が求められている。従来の小型・量産可能な民生用加速度センサは、シリコンMEMS技術を用いているが、加速度検出性能は可動錘の寸法と質量に強く依存するため、センサ単体による加速度検出のさらなる広域化・高分解能化は困難だった。

    研究の経緯

    同研究グループは多様なMEMSセンサを集積回路上に作製する独自技術を有する。今回は金の高密度特性を用いて高分解能MEMS加速度センサを小型化し、1チップ上に複数搭載することで、加速度検出において広域化と高分解能化の両立に成功した。

    今後の展望

    超広域・高分解な小型加速度センサの実現は、特に医療用人体行動検知センサにおいてブレイクスルーであり、今後、正確な人体行動解析に基づく医療診断やロボット開発へ向けた新デバイス・システム開発につながると期待できる。また近年、地上のあらゆるモノについて多種多量のセンサを適用する技術開発が盛んであり、動作検知の根幹となる加速度センサの高性能化に関わる本技術は極めて重要である。

    用語説明

    [用語1] MEMS(Microelectromechanical Systems:微小電気機械素子) : 半導体微細加工技術を利用して製造したマイクロメートル寸法の3次元電子・機械デバイスの総称。現在、民生用加速度センサの大半はシリコンを材料としたMEMS素子で作製されている。

    [用語2] 重力加速度 : 加速度は時間による速度変化の度合い。速度(距離/時間)を時間で割った単位がG。1Gは9.8m/s2

    [用語3] CMOS(Complementary Metal-oxide Semiconductor) : 金属酸化膜半導体電界効果トランジスタを相補形に配置したゲート構造。現在の微細集積回路で最も基本的な能動素子。

    問い合わせ先

    東京工業大学広報センター
    Email: media@jim.titech.ac.jp
    TEL: 03-5734-2975

    内藤聡教授、秋山泰教授が科研費審査委員の表彰を受賞

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    大学院理工学研究科(理学系) 内藤聡教授、大学院情報理工学研究科 秋山泰教授が、平成26年度科研費(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)審査委員の表彰を受け、11月19日に三島良直学長から表彰状と記念品が手渡されました。

    審査委員の表彰とは

    独立行政法人日本学術振興会では、学術研究の振興を目的とした科研費の業務を行っています。配分審査は、専門的見地から第1段審査(書面審査)と第2段審査(合議審査)の2段階で行われます。

    適正・公平な配分審査がおこなわれるよう、審査の質を高めていくことが大変重要とし、同会設置の学術システム研究センターにおいて、審査終了後、審査の検証を行っています。

    さらに平成20年度からは、検証結果に基づき、第2段審査(合議審査)に有意義な審査意見を付した第1段審査(書面審査)委員を選考し、表彰することとしています。平成26年度は約5,300名の第1段審査(書面審査)委員の中から170名が表彰されました。

    左から、辰巳理事・副学長(研究担当)、秋山教授、三島学長、内藤教授、吉野研究推進部長
    左から、辰巳理事・副学長(研究担当)、秋山教授、三島学長、内藤教授、吉野研究推進部長

    受賞者のコメント

    大学院理工学研究科(理学系) 内藤聡教授

    科研費の申請書を書くために研究者が多大な時間と労力を費やしていることは、自らの経験からも充分認識しています。そこで審査委員も審査の際には、申請者に引けをとらない努力で応えるべきだと考え、申請書類を熟読するように心掛けました。その努力を評価して頂き、大変有難く思っております。

    大学院情報理工学研究科 秋山泰教授

    科研費審査は、一つの研究、一人の研究者の運命を左右する行為ですので、常に緊張感をもって接して参りました。特に若手からの提案では、研究者の将来性や現在の支援状況を、調書や情報検索によって迅速に推測するよう心がけています。一件にかける時間は限られますが、応援するか批判するかを決意できるまでは関連研究を調査し、意見は鮮明に記述しています。今回このような表彰を賜り、たいへん励みになるとともに驚いております。優れた提案が公正に評価されるよう、今後とも微力を尽くします。

    お問い合わせ先

    研究企画課研究推進グループ
    TEL: 03-5734-3806
    Email: efund@jim.titech.ac.jp

    クッシング病の原因遺伝子と発症機構を解明 ―難病の治療薬開発に向け大きな一歩に―

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    要点

    • クッシング病を引き起こす脳下垂体腫瘍の原因遺伝子を発見
    • クッシング病の発症の分子機構を解明
    • クッシング病の治療薬開発に向けた分子標的を提示

    概要

    東京工業大学大学院生命理工学研究科の駒田雅之教授と東京都医学総合研究所の田中啓二所長、Medizinische Klinik und Poliklinik IV(メディツィニシェ・クリニック・ウント・ポリクリニックIV研究所、ドイツ)のマーティン・ラインケ所長らの共同研究グループは、クッシング病を引き起こす脳下垂体[注1] の腫瘍の原因遺伝子を発見し、その遺伝子(脱ユビキチン化酵素 USP8[注6] )の変異がクッシング病を引き起こす分子機構を解明した。

    クッシング病は厚生労働省の特定疾患および難治性疾患克服研究事業に指定された難病であり、その発症機構はこれまで未解明であった。今回の研究成果は、脳下垂体腫瘍を切除する以外に有効な治療法がなかったクッシング病の治療薬開発に向け大きな一歩となることが期待される。

    背景

    クッシング病は、脳下垂体[注1] の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)[注2] を産生する細胞の腫瘍により引き起こされる。ACTHは副腎からの糖質コルチコイド[注3] の分泌を促進するペプチドホルモンであるため、クッシング病の患者では脳下垂体の腫瘍細胞から過剰に分泌されたACTHが副腎からの糖質コルチコイドの過剰分泌を誘発する。その結果、満月様顔貌・中心性肥満・糖尿病・高血圧・骨粗鬆症などの合併症を引き起こす(図1)。

    クッシング病の発症機構

    図1. クッシング病の発症機構

    クッシング病は治療を行わないと死に至ることもある病であるが、有効な治療薬がなく、完治のための唯一の治療法は脳下垂体腫瘍の外科切除である。しかし、この手術は鼻腔や上歯茎から脳直下に内視鏡を挿入して行う高度な技術を要するものであり、患者にとって特効薬の開発が待ち望まれている。

    研究の経緯

    細胞増殖因子は、細胞表面の受容体タンパク質に結合して受容体を活性化し、様々な細胞応答を誘導する一群の分泌タンパク質である。活性化された受容体は様々なシグナル伝達経路を活性化することで、細胞分裂や遺伝子発現などを引き起こす。同時に、活性化された受容体はすみやかに細胞内に取り込まれ、エンドソームを経由してリソソーム[注4] に運ばれて分解される(図2A)。

    これは、活性化された受容体が過度に働くことで細胞の過剰応答を引き起こすことを防ぐための仕組みである(例えば、細胞の過増殖は癌などの腫瘍につながる)。この時、活性化受容体にはユビキチン[注5] というタンパク質が共有結合し、これが多様な細胞膜タンパク質の中から活性化受容体だけを選別してリソソームに運ぶための荷札となる(図2A)。

    駒田教授らは、エンドソームで働く脱ユビキチン化酵素 USP8[注6] が活性化された増殖因子受容体からユビキチン(リソソーム行きの荷札)を外して受容体を細胞膜にリサイクルし、その分解を抑制することを明らかにしてきた(図2B)。すなわち、USP8が受容体のユビキチン化レベルを調節してその分解速度を調節することで、活性化受容体から発信される化学シグナルの量を調節していることを解明してきた。

    ユビキチン化と脱ユビキチン化による増殖因子受容体の分解調節機構

    図2. ユビキチン化と脱ユビキチン化による増殖因子受容体の分解調節機構

    研究成果

    クッシング病患者から摘出した脳下垂体腫瘍の網羅的ゲノム解析の結果、患者17人中6人(35%)の腫瘍でUSP8にホットスポット変異(1アミノ酸の置換あるいは欠失)が発見された。これらの変異は14-3-3タンパク質[注7] に結合する6アミノ酸配列Arg-Ser-Tyr-Ser-Ser-Proに集中していた。

    変異USP8は14-3-3タンパク質結合能を失い、14-3-3結合配列の近傍で未同定のタンパク質分解酵素による切断を受けやすくなっていた。切断されて生じたUSP8断片は脱ユビキチン化酵素活性ドメインのみからなり、高い酵素活性を示した。そして、上皮細胞増殖因子(EGF)で刺激した細胞においてユビキチン化されたEGF受容体を過度に脱ユビキチン化した。

    その結果、"リソソーム行きの荷札"を外されたEGF受容体が分解されずに細胞表面にリサイクルされ、EGFのシグナル伝達の下流で働くタンパク質リン酸化酵素Erkの持続的活性化を引き起こしていた。この過剰なEGFシグナルは、ACTH産生細胞の過増殖(腫瘍形成)とペプチドホルモンACTHの過剰産生(遺伝子発現)のいずれか、あるいは両方につながると考えられた(図3)。

    USP8の遺伝子変異がクッシング病を引き起こす分子メカニズム

    図3. USP8の遺伝子変異がクッシング病を引き起こす分子メカニズム

    今後の展開

    遺伝子変異によるUSP8の過剰な活性化がクッシング病の原因となるという今回の発見は、USP8の働きを阻害することでクッシング病を治療できる可能性、すなわちUSP8がクッシング病治療薬の分子標的となりうる可能性を提示するものである。これまで存在しなかった有効なクッシング病治療薬の開発に向け、今後USP8阻害剤の探索を加速する必要がある。さらに、変異USP8が特定の部位で切断されて活性化されることが解明されたことから、その切断を阻害することによってもクッシング病を治療できる可能性が示された。そのような阻害剤の開発に向け、USP8を切断する酵素の同定も急務である。

    用語説明

    [注1] 脳下垂体 : 脳の直下に位置する小指の先ほどの大きさの内分泌器官。副腎皮質刺激ホルモンACTHの他にも甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、プロラクチンなどを分泌する。

    [注2] 副腎皮質刺激ホルモン ACTH : 脳下垂体で前駆体タンパク質プロオピオメラノコルチンとして合成され、限定分解されてACTHとなり分泌される。副腎からの糖質コルチコイドの分泌を促す。

    [注3] 糖質コルチコイド : 副腎から分泌されるステロイドホルモン。肝臓における糖新生を亢進し、血糖値を上昇させる。

    [注4] リソソーム : タンパク質をはじめ様々な生体高分子を加水分解する約50種類の酵素を含む細胞小器官。増殖因子受容体は細胞表面からエンドソームとよばれる細胞小器官を経由してリソソームに運ばれる。

    [注5] ユビキチン : 76アミノ酸からなる小さな細胞内タンパク質。C末端のカルボキシル基を介して様々な細胞内タンパク質のリジン残基にアミド結合で付加され(ユビキチン化)、それらタンパク質の機能を多様な様式で制御する。

    [注6] 脱ユビキチン化酵素 USP8 : 脱ユビキチン化酵素は、ユビキチン化されたタンパク質と付加されたユビキチンの間のアミド結合を切断する加水分解酵素の総称。USP8は、ヒトに約90種類存在する脱ユビキチン化酵素の1つ。

    [注7] 14-3-3タンパク質 : 様々な細胞内タンパク質に結合し、それらタンパク質の機能を様々に制御する調節タンパク質。

    論文情報

    掲載誌 :
    Nature Genetics
    論文タイトル :
    Mutations in the deubiquitinase gene USP8 cause Cushing's disease
    著者 :
    Martin Reincke, Silviu Sbiera, Akira Hayakawa, Marily Theodoropoulou, Andrea Osswald, Felix Beuschlein, Thomas Meitinger, Emi Mizuno-Yamasaki, Kohei Kawaguchi, Yasushi Saeki, Keiji Tanaka, Thomas Wieland, Elisabeth Graf, Wolfgang Saeger, Cristina L. Ronchi, Bruno Allolio, Michael Buchfelder, Tim M. Strom, Martin Fassnacht & Masayuki Komada
    DOI :

    問い合わせ先

    大学院生命理工学研究科 生体システム専攻
    教授 駒田雅之
    Email: makomada@bio.titech.ac.jp

    広報センター(プレス担当)
    Email: media@jim.titech.ac.jp
    TEL: 033-5734-2975 / FAX: 03-5734-3661

    「東工大挑戦的研究賞」授賞式実施―独創性豊かな若手研究者に―

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    平成26年度「東工大挑戦的研究賞」授賞式が11月10日に行われました。

    この賞は、本学の若手教員の挑戦的研究の奨励を目的としています。世界最先端の研究推進、未踏分野の開拓、萌芽的研究の革新的展開、又は、解決が困難とされている重要課題の追求等に果敢に挑戦している、独創性豊かな新進気鋭の研究者を表彰するものです。第13回目の今回は、13名が選考されました。なお、受賞者には支援研究費等が贈呈されます。

    プレゼンテーションの様子

    プレゼンテーションの様子

    授賞式では、三島学長から受賞者に賞状の授与及び今後さらなる活躍を期待する旨の激励の言葉がありました。ついで受賞者代表2名から、採択された研究課題についてのプレゼンテーションが行われました。

    平成26年度「東工大挑戦的研究賞」受賞者一覧

    氏名
    所属
    職名
    研究課題名( * は学長特別賞)
    大学院理工学研究科
    (理学系)数学専攻
    准教授
    低次元トポロジーと代数的組合せ論
    大学院理工学研究科
    (理学系)基礎物理学専攻
    助教
    突発天体のための超小型X線偏光計観測衛星の開発
    大学院理工学研究科
    (理学系)地球惑星科学専攻
    講師
    * 下部マントル鉱物の音速測定から探る地球深部の化学組成
    大学院理工学研究科
    (工学系)応用化学専攻
    助教
    電気化学トランジスタによる超伝導デバイスの実現
    大学院理工学研究科
    (工学系)電子物理工学専攻
    准教授
    超高効率ペロブスカイト・シリコンハイブリッド太陽電池の実現
    大学院生命理工学研究科
    生物プロセス専攻
    准教授
    アミノレブリン酸投与後のポルフィリンを用いたがん検診システムの開発
    大学院生命理工学研究科
    分子生命科学専攻
    准教授
    人工U1snRNAを用いた革新的遺伝子治療の開発
    大学院総合理工学研究科
    物質電子化学専攻
    講師
    微粒子の選択的多官能化と機能材料への応用
    大学院情報理工学研究科
    数理・計算科学専攻
    准教授
    * 高次元大量データにおける構造的学習の統計理論と計算手法
    精密工学研究所
    准教授
    弾性管の音響特性を利用した人にやさしい「たおやかな」触覚センサの開発
    応用セラミックス研究所
    セラミックス機能部門
    助教
    新規な水中機能触媒を用いた植物由来炭化水素からの必須化学品原料の環境低負荷合成
    元素戦略研究センター
    准教授
    電子ドナーとしての水素アニオン活用による新電子機能物質探索
    量子ナノエレクトロニクス研究センター
    助教
    紫外線硬化樹脂による光細線を用いたInP/Si ハイブリッド光集積モジュールの開発

    (所属順・敬称略)

    受賞者との記念撮影
    受賞者との記念撮影

    「東工大挑戦的研究賞」に関するお問い合わせ

    研究推進部 研究企画課 研究企画グループ
    TEL: 03-5734-3803

    生細胞中だけで発光する刺激応答型蛍光ナノ粒子を開発 ―蛍光造影による診断精度の向上や薬の放出を確認可能なDDS実現へ―

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    要点

    • 生細胞内で開裂する架橋剤を用いた新概念の刺激応答性蛍光ナノ粒子
    • 従来型の蛍光微粒子と異なり蛍光造影による診断のバックグラウンド補正不要
    • 薬が放出される場所や徐放速度を確認できるドラッグデリバリーシステム

    概要

    東京工業大学大学院理工学研究科の仁子陽輔研究員、小西玄一准教授らは、細胞外では発光せず、細胞に取り込まれると発光する新概念の蛍光性ナノ粒子を開発した。1分子で独立していると発光し、凝集すると消光する蛍光色素(ナイルレッド)を、界面活性剤を使って凝集、固定して非発光性とし、生細胞内の還元条件の刺激によって凝集を解いて強力な蛍光を発光させる仕組み。

    これを標的細胞のイメージング(診断)の造影剤に用いると、細胞外ではほぼ無発光のため、観察対象のみが色づけされる。これまでの蛍光微粒子とは異なり、バックグラウンド補正なしで観測が可能となる。またドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用も有効だ。生細胞中で微粒子が分解する様子が蛍光で観察できるため、発光と同時に起こる薬の放出場所や徐放速度が追跡可能となり、薬の処方量の低減や患部だけを狙った薬の開発に貢献する。

    近年、蛍光性のナノ粒子を用いたイメージングは、X線、MRIなどに替わる新手法として盛んに研究されているが、実用化の障害の一つとして、細胞内に取り込まれていないナノ粒子から発生する不要な蛍光により、診断したいサンプルの観察の精度が落ちるという問題があった。

    この研究はフランス・ストラスブール大学薬学部との共同で、欧州化学連合のジャーナルであるケミストリー・ヨーロピアン・ジャーナル(Chemistry an European Journal)に掲載された。

    研究の背景

    近年、医学分野では病気の迅速かつ正確な診断が求められており、リアルタイムで実施できる「分子イメージング」に大きな注目が集まっている。また生命科学分野では、細胞内で起きる現象の解明に、見たい部分だけを色づけして追跡する高精度な観察が必要とされている。2014年のノーベル化学賞は、細胞内にある小器官の構造やタンパク質の移動の観察を可能にした超高解像度顕微鏡の開発に与えられた。また、下村脩博士が受賞した2008年の同賞は、細胞内で起こる生命現象を可視化する緑色蛍光タンパク質が対象だった。

    近年、さらなる高性能化と実用化に向けたコストダウンが求められており、中でも蛍光性ナノ粒子(有機系のミセル、ナノ油滴、デンドリマーなど)の利用が盛んになっている。この方法は、(1)生体組織の非破壊的かつリアルタイムなイメージングが可能、(2)他のイメージング法(MRIやX線など)と比べ安価に実施できる、(3)ナノ粒子中に多数の蛍光分子を含むため、単一分子で染色する方法より高感度である、(4)無機系ナノ粒子(量子ドット)と比べ細胞毒性が小さい―といった利点がある。しかし、これまで知られている有機系蛍光ナノ粒子は、光安定性、安全性が十分でないものや、細胞に取り込まれていない粒子の発光による観察の阻害が起こるなど、実用に向けて改善・解決すべき問題が多数指摘されていた。

    研究成果

    細胞内で分解し強発光する刺激応答型蛍光ナノ粒子

    仁子研究員らは、これらの問題点を克服するために刺激応答型蛍光ナノ粒子というコンセプトを提案した。それは、細胞に取り込まれる前には発光せず、細胞内の環境中で分解して発光するという発光のon・off機能(刺激応答性)を有するナノ粒子である。この方法を使うと、観察対象の細胞だけを選択的にイメージング(染色)することができる。(図1)

    ミセルと蛍光分子の特徴を生かした刺激応答型ナノ粒子

    新コンセプトのナノ粒子は、ミセルと蛍光分子の特徴が巧みに組み合わされてできたものである。

    ミセルは、石鹸のように親水部分と疎水部分から成る分子が水中で会合して外部に親水部分、内部に疎水部分が揃った球状のナノサイズの集合体。ミセルは合成が簡便で、疎水性の薬を封入するのに優れておりドラッグデリバリーシステムへの応用研究が進んでいる。今回の研究では、すでに知られている生体適合性に優れたミセルを細胞内の還元条件下でのみ分解する架橋剤を用いて固定した刺激応答型ナノ粒子を作製した。

    刺激に応答して発光する材料の設計では、ある蛍光色素が一分子で独立していると発光し、凝集すると消光するという性質を利用した。蛍光色素を疎水部に導入した界面活性剤を水中に入れると、ミセルを形成し、内部で色素が凝集して発光しない。このミセルを細胞内で分解して色素の凝集を解くと、強発光性を示す。

    実際の分子イメージング

    今回はナイルレッドという赤色発光色素を用いて界面活性剤を作製、非発光性のミセルを作製した(図1(1))。次に、生細胞に内在する還元剤であるグルタチオンによって分解する架橋剤を用いてミセルを固定化し、非発光性のナノ粒子を得た(同(2))。実際に生細胞内に取り込まれると、分解が始まり、細胞をイメージングすることができる(同(3))。

    図2に示すように、細胞内でのみ発光することが定量的に示されており、細胞内に取り込まれていないナノ粒子から発生する不要な蛍光が観察の邪魔をしていない。この水準のイメージングになると、バックグランドの補正の必要がなく、精度の高い診断を行うことができる。

    刺激応答型ミセルの開発コンセプト

    図1. 刺激応答型ミセルの開発コンセプト

    還元剤の添加前後における蛍光ナノ粒子の発光オン・オフ挙動(左)とAFMによるAFM の画像(右)

    図2. 還元剤の添加前後における蛍光ナノ粒子の発光オン・オフ挙動(左)とAFMによるAFMの画像(右)

    薬の放出を観察することができるドラッグデリバリーシステムへの期待

    この蛍光ナノ粒子を、薬を患部まで運んでから放出するドラッグデリバリーシステムに応用すれば、薬が患部に到達していることの確認と薬の放出する様子をリアルタイムで観察することが可能になる。操作は簡単で、ナノ粒子を作る際にミセル内に薬を入れておき、架橋して封じ込めるだけだ。

    薬が患部まで届いていることの確認ができ、薬の放出速度を蛍光発光の変化から算出することができれば、薬の処方量が最適化でき、副作用を最小限に留めることができる。現在、研究は医学への応用へと進んでいる。

    この研究は、文部科学省の「研究大学強化促進事業」を活用した東工大の「国際的な共同研究推進のための派遣・招へい支援プログラム」および日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金(特別研究員)などの支援を受けて行った。

    論文情報

    掲載誌 :
    Chem. Eur. J. 20, 16473-16477
    論文タイトル :
    Disassembly-Driven Fluorescence Turn-on of Polymerized Micelles by Reductive Stimuli in Living Cells
    著者 :
    Yosuke Niko, Youri Arntz, Yves Mely, Gen-ichi Konishi, Andrey S. Klymchenko
    DOI :

    問い合わせ先

    大学院理工学研究科 有機・高分子物質専攻
    准教授 小西玄一
    Email: konishi.g.aa@m.titech.ac.jp


    火星に新しい水素の貯蔵庫を発見 ―火星の海はどこへ消えたのか?―

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    要点

    • 火星隕石の水素同位体分析により火星地下に新たな水素の貯蔵層を発見
    • 水素の貯蔵層は含水化した地殻か氷(凍土)として火星地下に存在
    • その存在量は過去に存在した海水量に匹敵する可能性を提示

    概要

    東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の臼井寛裕助教らは、火星隕石の水素同位体分析に基づき、火星地下に新たな水素の貯蔵層が存在することを発見した。水素貯蔵量は過去に火星表面に存在した海水量に匹敵し、現在は地下に凍土あるいは含水化した地殻として存在していることを突き止めた。

    水の主成分である水素の同位体組成[注1] は、惑星表層水の歴史を知る上で優れた化学的トレーサーだが、二次的変質や分析時の汚染の影響を受けやすいため、これまで信頼性の高い分析が行われていなかった。臼井助教は米航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターとの国際共同プロジェクトにより、二次イオン質量分析計を用いた低汚染での水素同位体分析法を開発、火星隕石の衝撃ガラス[注2] に含まれる微量な火星表層水成分の高精度水素同位体分析に世界で初めて成功した。

    火星はかつて液体の水が海として存在するほど温暖で湿潤な惑星だったが、その水が現在「どこに」「どのように」「どれくらい」存在しているかは惑星科学における大きな謎だった。火星の地下に現在でも大量の水素が貯蔵されているという研究成果は、将来の火星生命探査・有人探査計画の策定に強く反映されることが期待される。

    この成果は2015年1月15日付の欧州科学誌「Earth & Planetary Science Letters」に掲載される。また12月18日付(日本時間19日)でNASAもニュースリリースする。

    研究成果

    東工大の臼井助教はNASAジョンソン宇宙センターのサイモン(Simon)、ジョーンズ(Jones)両博士、米カーネギー研究所のアレキサンダー(Alexander)、ワング(Wang)両博士との共同研究により、過去の火星表層水の高精度水素同位体分析に世界で初めて成功した。

    臼井助教らは、火星表層水成分を含んでいる火星隕石中の衝撃ガラス(図1)に着目し、その表層水成分がマントル中に保持されている始原的な水(初生水[注3] )および火星大気中の水蒸気のいずれとも異なる、中間的な水素同位体比を保持することを明らかにした(図2)。

    火星隕石に含まれる衝撃ガラス(赤矢印)の電子顕微鏡写真。

    図1. 火星隕石に含まれる衝撃ガラス(赤矢印)の電子顕微鏡写真。

    火星の“水”の水素同位体図。重水素/水素比(D/H)を地球の標準海水(SMOW)からの千分率で示してある(δD)。衝撃ガラスに含まれる地下氷あるいは地殻中の水の水素同位体比(水色)は、マントルに含まれる初生水(オレンジ)や大気中の水蒸気(黒)とは異なる中間的な同位体比を示す。

  • 図2.
    火星の“水”の水素同位体図。重水素/水素比(D/H)を地球の標準海水(SMOW)からの千分率で示してある(δD)。衝撃ガラスに含まれる地下氷あるいは地殻中の水の水素同位体比(水色)は、マントルに含まれる初生水(オレンジ)や大気中の水蒸気(黒)とは異なる中間的な同位体比を示す。
  • 臼井助教らはこのような中間的な水素同位体が、液体の水の循環が活発であった頃(約40億年前)の水の水素同位体比を反映していることから、当時の水がその後、氷(凍土)か含水鉱物として火星地殻内部に取り込まれたというモデルを提示した(図3)。また、地下に取り込まれた水の貯蔵量は当時の海水量に相当するという計算結果も示した。

    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
  • 図3.
    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
  • 研究の背景

    火星は地球から最も近い距離にある生命の存在条件を満たした惑星として、欧米を中心に数多くの探査研究が行われており、火星に関する我々の知見は近年、飛躍的に向上している。特に、約30億年より古い地質体を中心に多くの流水地形や多種類の含水粘土鉱物が広範囲に渡り相次いで発見され、火星はかつてその表層に液体の水が存在しうるほど温暖で湿潤な環境であったことが示唆されている。

    一方で、現在の火星は極域に少量の氷が発見されているのみである。生命の存在条件に支配的な影響を与える火星の水の歴史(「いつ」「どのように」火星表面から失われ、現在「どこに」「どのような形態で」「どのくらい」存在しているのか?)に関しては統一した見解が得られていないのが現状である。

    研究の経緯

    水の主成分である水素の同位体は、海や氷床の蒸発および水蒸気を含む大気の宇宙空間への散逸過程において顕著な同位体分別を生じることから、惑星表層水の歴史を知るうえで優れた化学的トレーサーである。その一方で、水素同位体は二次的変質や分析時の汚染の影響を受けやすいため、火星隕石をはじめとした地球外試料に関して信頼性の高い分析が行われてこなかったというのが現状だった。そこで臼井助教はNASAジョンソン宇宙センター、カーネギー研究所と共同で、低汚染での水素同位体分析法を開発した(Usui et al. 2012 EPSL[参考文献1] )。

    火星隕石には微惑星など小天体の落下による衝撃で形成された衝撃ガラスが含まれている。この衝撃ガラスには火星大気や表層成分が含まれていることが知られていたが、その表層成分に含まれる水素量が非常に少なく、従来の分析法では高精度な水素同位体分析が困難だった。今回の研究では、臼井助教らによって開発された分析法(Usui et al. 2012)を用い、世界で初めて火星隕石に含まれている過去の表層水成分の高精度水素同位体分析に成功した。

    今後の展開

    今回の研究で、一見すると乾燥した砂漠のような惑星である火星に、現在でも大量の水素が氷(H2O)あるいは含水鉱物(OH基)として地下に存在していることを示した。水素は重要な生命必須元素のひとつであるため、この地下の水素を利用した火星生命が、紫外線や宇宙線の影響を逃れるかたちで存在している可能性が示唆される。

    一方で、今回のような隕石研究では、地下水素の存在地域や存在量を厳密に特定することはできず、火星探査によるグローバルなリモートセンシング観測が必要となってくる。今後は火星サンプルリターンや火星有人探査といった、火星生命(あるいはその痕跡)の検出を第一目的とした探査が国際的に数多く計画されており、この研究成果がこれら探査計画の策定に強く反映されることが予想される。

    用語説明・参考文献

    [注1] 水素同位体組成 : 質量1の軽水素(H)と質量2の重水素(D)の比(D/H)。

    [注2] 衝撃ガラス : 衝撃ガラスとは、微惑星など小天体の衝突による衝撃で形成されたものであり、衝突の影響により火星大気・表土成分が混入していることが示唆されている。

    [注3] 初生水 : 約45億年前の火星誕生時に火星マントルに取り込まれた始原的な水。火星の初生水に関する臼井助教らの過去の研究により(Usui et al. 2012 EPSL)、火星の水は地球と同様、小惑星帯を起源とすることが明らかとなっている。

    [参考文献1] Usui et al. 2012 EPSL : DOI:10.1016/j.epsl.2012.09.008 outer

    論文情報

    掲載誌 :
    Earth and Planetary Science Letters, 410, Pages 140-151
    論文タイトル :
    Meteoritic evidence for a previously unrecognized hydrogen reservoir on Mars
    著者 :
    Tomohiro Usui, Conel M. O'D. Alexander, Jianhua Wang, Justin I. Simon, John H. Jones
    DOI :

    問い合わせ先

    大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻
    助教 臼井寛裕
    Email: tomohirousui@geo.titech.ac.jp

    玉置悠祐助教と野村龍一WPI研究員が第31回井上研究奨励賞受賞

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    大学院理工学研究科 化学専攻石谷・前田研究室の玉置悠祐助教と地球生命研究所の野村龍一研究員が、第31回井上研究奨励賞を受賞しました。

    同賞は、公益財団法人井上科学振興財団が、理学、医学、薬学、工学、農学等の分野で過去3年の間に博士の学位を取得した35歳未満(医学・歯学・獣医学の学位については37歳未満)の研究者で、優れた博士論文を提出した若手研究者に対し贈呈するものです。毎年4~9月に全国の関係大学長に候補者の推薦を依頼して選考を行い、12月に40件を決定します。受賞者には賞状、メダル及び副賞50万円が贈呈されます。贈呈式は2015年2月4日に開催される予定です。

    受賞者

    玉置悠祐 助教

    受賞対象となった研究テーマ

    「二酸化炭素をCOもしくはギ酸へと選択的に還元する新規超分子光触媒の開発とその高性能化に関する研究」

    玉置助教のコメント

    玉置悠祐 助教

    玉置悠祐 助教

    「近年、人工光合成システムの研究が盛んに行われています。私は、その中の重要なプロセスの一つである、二酸化炭素を光化学的に還元する触媒の開発と失活過程の解明に基づいた光触媒能の飛躍的向上を達成しました。今回、このような名誉ある賞を頂き、大変光栄に思っております。学部4年生から大学院博士課程まで6年間の私の研究を指導して下さった恩師である本学の石谷先生、共同研究者の方々、研究室のメンバーおよび家族にはこの場を借りて心より感謝申し上げます。本賞受賞を励みとして、今後も研究に邁進していきたいと思っています。」

    野村龍一 WPI研究員

    受賞対象となった研究テーマ

    「原始地球におけるマントル-コアの化学進化と成層構造」

    野村研究員のコメント

    「地球はどのようにして今の姿になったのか?原始地球はドロドロに融けたマグマに覆われていたと思われています。私はダイアモンドアンビルセルという装置を用いて、地球深部の超高圧高温極限環境を実験室で再現し、地球の冷却と化学進化の実験的解明を目指して研究してきました。今回はその一連の仕事を評価して頂き、名誉ある賞を頂いたことを大変光栄に思っております。博士課程の指導教員である廣瀬敬教授をはじめ、共同研究者の方々にはこの場を借りて深く感謝申し上げます。」

    野村龍一 WPI研究員

    野村龍一 WPI研究員(右から2番目)

    研究費不正使用防止の取組

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    東京工業大学は、大学院生命理工学研究科元教授らによる研究費不正使用の事案を真摯に受け止め、不正を生まない厳正な研究活動環境を構築するため、教職員一同さらなる研究費不正使用の防止対策を推進し、信頼回復に努めてまいります。研究費の不正使用防止のため、検収体制の強化など、以下の各取組を実施します。原則、平成27年1月から試行し、同年4月から本格実施します。

    架空納品等を行わせないため、検収センターの検収体制を強化

    • 納品物品自体に「シール」でマーキングを行う。
    • 検収センター等に納品台帳を備え付け、業者名・氏名・納品書番号等を納品業者自身が記入するとともに、納品書に検収印を押印する際、納品台帳と割印等を行う。【試行実施済】
    • 特殊な役務(データベース・プログラム・デジタルコンテンツ開発・作成、機器の保守・点検など)に関する検収について、作業前や作業中の写真の提出を義務付けるなどルールを見直す。
    • 取引業者に対し、出口管理を実施。

    発注理由等についての説明責任を明確化

    • 教員発注制度の見直し。
      • まずは、教員発注上限額を「100万円未満」から「50万円未満」へ見直すこととし、50万円以上は事務発注を行う。【平成27年1月実施】
    • 発注した予算詳細責任者(教員等)本人に、発注先選択の公平性・発注金額の適正性の説明責任及び弁償責任等の会計上の責任が帰属するということを明確にするため、発注簿・発注書の学内統一化を図る。
      • 発注簿については、四半期に1度、研究費の執行状況等を予算詳細責任者本人が確認し、署名等を行い予算責任者(部局長等)に提出する。
      • 業者に発注する際は、学内統一様式の発注書を使用する。その際、支払財源の特定及び予算詳細責任者の押印等を義務付ける。

    取引業者が不正へ加担することを未然に防止

    • 取引業者からの誓約書徴取要件及び内容等を見直す。
      • 徴取要件を現行の「1契約当たり100万円以上の業者から徴取」から「今後取引のある業者全てから順次徴取」に見直す。
      • 誓約書に盛り込む項目についても現行の「不正を行わない」という項目だけでなく、「大学の求めに応じて必要な書類の提出等に協力する」を追加するなどの見直しを図る。
      • 誓約書を提出しない業者については、取引を行わない。
    • 特定の取引業者への発注の集中が見られるなど不自然な取引が見受けられる場合には、取引業者に対し書類の提出や説明等を求める。
    • 不正に加担した業者への取引停止期間を現行の「最長9月」から「最長24月」へ延長する。【平成27年1月実施】

    物品等の適正な管理を実施

    • 消耗品(10万円未満)であっても、換金性の高いパソコンについては、物品番号を付して管理するなど少額備品と同様の管理を行う。【平成27年1月実施】

    本学は平成19年10月に検収員制度を導入し、1万円以上の物品について相互検収を開始、平成21年8月に検収センターを設置し、発注権限者と検収権限者の分離を更に強め、平成25年1月(本格実施:平成25年4月)からは全品検収に広げるなど検収体制を強化してきました。しかし今回の不正を見抜けなかったのは発注、検収、納品等の各段階におけるチェック体制がいまだ十分ではなかったことを示すもので、極めて重く受け止めています。

    今回の改革を実行することで、物品発注から検収、納品に至る業務フローをオープンで相互けん制が利き、公正で責任あるものにしていく所存です。

    引き続き、公認会計士、弁護士など外部専門家による客観的で厳しい点検、指導を受けながら、教育研究資金管理改革を実行していきます。

    谷口博基客員准教授が第9回日本物理学会若手奨励賞を受賞

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    元素戦略研究センターの谷口博基客員准教授が、第9回日本物理学会若手奨励賞を受賞しました。

    この賞は、将来の物理学を担う優秀な若手研究者の研究を奨励し、学会をより活性化するために設けられた賞です。今回の受賞は、ペロブスカイト型酸化物における強誘電性発現機構の解明と新規強誘電体設計原理の開発が評価されたものです。受賞講演は、来年3月に開催される日本物理学会第70回年次大会で行われる予定です。

    谷口博基客員准教授のコメント

    谷口博基客員准教授

    谷口博基客員准教授

    「役に立つ基礎物理学ということにこだわって、これまで研究を進めてきました。これからも物性物理学の立場から、快適で人に優しい社会づくりに貢献する新材料・新技術の開発に力を注いでいきたいと思います。この度の受賞にあたり、共同研究者の皆さまや、研究をご支援頂きました方々に感謝いたします。」

    お問い合わせ先

    谷口博基
    Email : taniguchi.h.aa@m.titech.ac.jp
    TEL : 080-9511-7799

    T2R2の論文公開件数が2500件を突破

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    T2R2システム(Tokyo Tech Research Repository)は、東工大の学術研究論文等の一元的な蓄積・管理・発信を目的としたシステムです。東工大所属の全ての研究者が執筆した学術研究論文等の書誌情報や、PDFファイル形式の論文本文を登録・保存・公開するための機能を備えています。また、T2R2システムに登録された論文・著書は、T2R2システムの検索サイトを通して、広く学内外の利用者による検索・閲覧が可能です。

    2014年10月28日、このT2R2システムにて学外公開されている論文等の本文ファイルが2500件を突破しました。
    今後もT2R2システムでは、本学の研究成果を世界へ向けて発信して参ります。

    2500件目の論文を登録した佐藤大樹准教授(応用セラミックス研究所 材料融合システム部門)に、T2R2で公開している論文について聞きました。

    論文名
    著者名
    佐藤大樹、長江拓也、大内隼人、島田侑、北村春幸、福山國夫、梶原浩一、井上貴仁、中島正愛、斉藤大樹、福和伸夫
    掲載誌
    日本建築学会構造系論文集
    巻号頁
    Vol. 75 No. 653 pp. 1217-1226
    佐藤大樹准教授

    佐藤大樹准教授

    論文の概要を教えてください。

    長周期地震動によって、80年代以前に建設された超高層建物に大きな被害が発生する可能性があります。本論文は、世界最大の振動台「E-ディフェンス」を用いて、80年代に建設された超高層建物の下層部を実大規模で再現した試験体に、長周期地震動による加振を行うことで、実際に発生しうる被害状況を検証し、さらに制振装置(ダンパー)による補強効果を示したものです。

    T2R2システムで公開されたファイルをどのような方々に読んでいただきたいですか?

    構造工学や地震工学の研究者だけでなく、他の分野の研究者や学生に読んでいただければ幸いです。

    今後の研究活動の予定を教えてください。

    南海トラフや首都直下地震など、巨大地震の発生が危惧されています。そのような状況の中で、人命だけでなく建物の機能を守り、地震直後からも利用できる制振構造や免震構造の研究に邁進したいと思っております。

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