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地球生命研究所野村研究員がSPring-8関連の2つの賞を受賞

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本学地球生命研究所(ELSI)の野村龍一研究員が、SPring-8に関連する2つの賞「SPRUC 2014 Young Scientist Award」及び「SPring-8萌芽的研究アワード」を受賞しました。

野村龍一研究員
野村龍一研究員

SPring-8とは

SPring-8とは、独立行政法人理化学研究所が施設者の大型放射光施設です。国内外の産学官の研究者等に開かれた共同利用施設であり、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

SPRUC 2014 Young Scientist Award

この賞は、SPring-8の利用法や解析手法の開発に顕著な成果を創出した若手研究者、あるいは測定手法や解析手法は確立された方法であったとしても、SPring-8の特徴を活用し測定対象の分野にとって顕著な成果を創出した若手研究者に与えられる賞です。

SPring-8萌芽的研究アワード

将来の放射光科学を担う若手研究者の育成を目的とする「SPring-8萌芽的研究支援ワークショップ」において口頭による成果発表を実施し、選考される賞です。「研究テーマの新規性、独創性、発展性」「SPring-8利用結果の有効性」等を基準に審査されます。

野村龍一研究員の研究内容

ダイヤモンドアンビルセル

ダイヤモンドアンビルセル

野村研究員は、2014年3月に東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了し、同年4月からELSIでの研究活動を始めました。博士課程から理工学研究科地球惑星科学専攻の廣瀬敬教授(現ELSI所長)の研究室に所属し、高圧地球科学の実験的研究を行ってきました。

実験では、ダイヤモンドアンビルセルとよばれる直径5センチメートルほどの装置を使って、地球深部の圧力温度に相当する超高圧高温の環境を作り出します。地球の中心は約360万気圧、摂氏5000度にもおよびます。その状態を作り出すために、2つのダイヤモンドで試料をはさんで高い圧力を加え、レーザーをあてて加熱します。例えばよく行われている手法として、その上で試料をX線で観測し、結晶構造や体積密度から、その圧力温度状態に相当する地球がどんな様子なのかを予測します。

現在の地球は表面から、地殻、マントル、液体コア(外核)、固体コア(内核)の層構造をとっています。現在のマントルはほぼ全域が固体ですが、約46億年前に地球が誕生したときは、マグマオーシャンと呼ばれるドロドロに融けた液体岩石の海が地球表層から深部にかけてひろがっていました。その後、10億年ほど前まではまだ大量の液体が残っていたと考えられています。さらに地球が冷えていくに従ってマントルは固まり、現在の状態になりました。

野村研究員は地球の歴史、特に原始マントルの化学進化(固化)に注目し、マントル物質に圧力と温度をかけて融かし、従来のX線回折測定に加え、様々な化学分析を行いました。

マントルの成分は、鉄やマグネシウム、ケイ素などです。まず行ったのは、マントルの主成分である鉄とマグネシウム、ケイ素だけの試料に圧力を加えて、高温で融かす実験です。マントル物質を融かしていったところ、深さ1800キロメートルに相当する圧力付近で固体マントルの鉄成分が少なくなる一方、融けたマントル(マグマ)に鉄が入り込み、マグマが重くなる現象が起きました。このマグマは固体マントルよりも重く、マントルの底へと沈んでいきます。原始地球では、それがマントルの底に沈むマグマの海として存在していた可能性が高いことがわかったのです。このマグマの海が冷え固まることで、地震波観測から予想されていたマントル深部の化学不均質構造をうまく説明できます。この研究成果は2011年Nature誌に掲載されましたouter

さらに、実際のマントル物質により近づけた試料を使ったところ、マントル物質は予測されていた温度よりはるかに低い温度で融けはじめることがわかりました。現在のマントル最下部は固体であるため、そこでの温度はマントル融け始めの温度よりも低くなければなりません。この結果はマントル最下部やその下にある液体コアの温度が従来予想されていた温度より低いことを意味します。さらに、外核は液体であるため、コアの融点も予測より低いことを意味します。

野村研究員は、外核(液体コア)の融点低下は、コアに水素原子が入り込むことで実現できると考えました。その水素量は水に換算すると地球の海水の約80倍。大量の水素は、地球形成時に獲得したものと推定されます。この研究成果は2014年Science誌に掲載されましたouter

野村龍一研究員

野村研究員はELSIで、引き続きマントルやコアを中心に、原始地球の全球的進化について研究を進めています。大学院時代は鉄・マグネシウム・ケイ素といった主要成分で実験を行いましたが、隕石に含まれるような微量元素を新たに試料に足して実験を続けています。高圧実験が予言する原始地球内の微量元素分布と、ELSIの地質学研究チームが持つ情報と照らし合わせることで、実際に地球がどのような歴史をたどってきたのかを実証論的に解明することができると考えています。

なお、野村研究員は今年度、井上研究奨励賞と手島精一記念研究賞も受賞しています。

お問い合わせ先

地球生命研究所広報室
Email : pr@elsi.jp
Tel : 03-5734-3163


新型デジタル発振器を開発 ―電圧サブサンプリングにより低消費電力、低ジッタ実現―

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授と岡田健一准教授らの研究グループは、アナログデジタル変換器(ADC)[用語1]を用いた新方式のデジタルクロック生成器の開発に成功した。従来のデジタルPLL[用語2]に比べ、低消費電力かつ低ジッタ[用語3]で動作することを確認した。

位相同期を電圧差の検出によって行うという新たな発想に基づき、発振器出力を直接、標本化する電圧サブサンプリング技術により実現した。従来のデジタルPLLは位相同期のために時間差検出による帰還(フィードバック)制御を行っていたが、時間差検出の分解能を高くできないことが課題だった。新技術はこの課題を解決する成果である。

最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作した新型デジタルPLLは、2.2GHz(ギガヘルツ、1Gは10億)のクロックを生成可能であり、クロックの揺れが発振周期の0.08%と非常に良好なジッタ特性を達成した。消費電力は4.2mWと低い。この技術が実用化されれば、身のまわりのあらゆる電子機器に超小型バッテリーレスセンサーを組み込むことが可能となる。

研究成果は22日から米国サンフランシスコで開かれた「ISSCC (国際固体回路国際会議)」で、25日に発表された。

研究の背景・意義

クロック生成回路は、あらゆる電子機器に必要な基盤要素回路であり、低ジッタかつ低消費電力であることが求められる。デジタル回路用のクロックのほか、無線通信・有線通信やデータコンバータ用のクロックとして用いられる。クロック生成には、通常、位相同期回路(PLL : Phase-Locked Loop)を用いる。従来のアナログ方式のPLLでは、フィルタの面積が大きいことが問題であり、この問題を解決するため、近年、デジタルフィルタを用いるデジタルPLLが盛んに研究されている。

デジタルフィルタにすることで、フィルタ部分の面積が小さくでき、所望周波数に達するまでのロック時間を短くすることができる。デジタルPLLでは、発振器の出力を分周した信号と基準信号との時間差を検出する時間差デジタル変換器(TDC : Time-to-Digital Converter)[用語4]を用いる。

帰還ループをデジタル化することで、柔軟かつ堅牢な制御が可能である一方で、TDCの時間分解能があまり高くできないことが原因でジッタが劣化するのが問題点である。TDCの時間分解能が荒いと、帯域内位相雑音[用語5]が劣化し、結果として、ジッタが大きくなる。

研究成果

松澤教授と岡田准教授らはTDCの代わりに、ADC(Analog-to-Digital Converter)を用いることで解決を試みた。時間差を検出するよりも、電圧差の方が高精度で検出できることに基づく回路構成である。つまり、従来のデジタルPLLではTDCを用いていたが、新規デジタルPLLではADCを用いることにより、低ジッタかつ低消費電力な特性を可能とした(図1)。分周器を用いない電圧サブサンプリングにより実現した。

(a)TDCによるPLL(従来型)

(a)TDCによるPLL(従来型)

(b)ADCによるPLL(提案型)

(b)ADCによるPLL(提案型)

図1. デジタルPLLの校正

特徴:デジタル型位相同期回路(PLL)において、従来は時間デジタル変換器(TDC : Time-to-Digital Converter)が用いられていたが、提案型ではアナログデジタル変換器(ADC : Analog-to-Digital Converter)を用いることにより、非常に良好なジッタ特性の実現が可能である。

時間軸処理に対する電圧軸処理の利点は、(1)容量により電圧値をサンプリングできる、(2)正確に線形な電圧増幅ができる、(3)ジッタを減らすのに、余分な電力が不要、(4)ばらつきや電源電圧・温度変化などにより基準電圧範囲が変動しない、(5)抵抗ラダー(抵抗をはしご形に接続した回路)などにより容易に中間の電圧値を生成できることである。

これらの特徴により、電圧差による位相検出の方が、より高分解能かつ低消費電力な特性を実現できる(表1)。デジタルPLLにこのADCによる位相検出器を用いれば、非常に低い帯域内位相雑音かつ低ジッタ特性の実現が可能となる。消費電力も低くできる。

表1. TDC型デジタルPLL(従来)とADC型デジタルPLL(本技術)の特徴比較

特徴:位相比較器としてADC型では高い分解能および線形性を実現でき、PLLとして非常に低い帯域内位相雑音かつ低ジッタ特性の実現が可能。消費電力も低い。

 
(従来技術)
TDCを用いた時間差→デジタル変換
(本技術)
ADCを用いた電圧差→デジタル変換
線形性
悪い
非常に高い
分解能
普通
高い
高い
内部ジッタを抑えるために大電力が必要
低い

ADCを用いた新規デジタルPLLを、最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作した。図2にチップ写真を示す。表2にTDC型のデジタルPLLとの比較を示す。本開発品は、4.2mWの消費電力を用い、2.2GHzの周波数で発振する。帯域内位相雑音は-112dBc/Hzと非常に良好であり、クロックの揺れを表すジッタ特性は、RMS値で380fsであり、発振周期に対して0.08%と、非常に良好である。ジッタを消費電力で正規化したPLL FoM[用語6]特性において非常に良好な特性を実現した(低いほど良好)。

チップ写真

図2. チップ写真

特徴:CMOS 65nmプロセスにより製造した。

表2. 従来のTDC型PLLとの性能比較

特徴:ADC型は位相分解能が高く、帯域内位相雑音を低減できるため、低ジッタ特性を実現できる。消費電力も低い。 ジッタを消費電力で正規化したPLL FoM特性において非常に良好な特性を実現した(低いほど良好)。

 
本研究
C. Hsu JSSC'09
C.Yao JSSC'13
Chilara ISSCC'14
方式
ADC-based
TDC-based
TDC-based
TDC-based
周波数
2.2GHz
3.6GHz
2.7GHz
2.4GHz
RMSジッタ
380fs
200fs
230fs
1.71ps
帯域内位相雑音
-112dBc/Hz
-107dBc/Hz
-110dBc/Hz
-90dBc/Hz
PLL FoM
-242dB
-237dB
-240dB
-236dB
消費電力
4.2mW
47mW
17mW
0.9mW
面積
0.15mm2
0.95mm2
0.62mm2
0.20mm2

今後の展開

松澤教授と岡田准教授らが開発したADC型PLLは、従来、不可能であった低消費電力かつ低ジッタ特性を同時に達成するものである。無線機の小型・低消費電力化、マイクロプロセッサや専用LSIの大幅な低消費電力化・高速化・小型低価格化に威力を発揮する技術といえる。超小型バッテリーレスセンサーなどあらゆる機器に組み込むことが期待される。

発表予定

この成果は、2月22日~26日にサンフランシスコで開催された「2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference(ISSCC 2015): 2015年IEEE 国際固体回路国際会議」のセッション「Session 25 ? RF Frequency Generation from GHz to THz」で発表された。講演タイトルは「A 2.2GHz -242dB-FOM 4.2mW ADC-PLL Using Digital Sub-Sampling Architecture(ADCを用いたサブサンプリングPLL)」である。現地時間2月25日午後2時から発表された。

用語説明

[用語1] アナログデジタル変換器(ADC : Analog-to-Digital Converter) : 入力されたアナログ値をデジタル値に変換する変換器。

[用語2] 位相同期ループ (PLL : Phase-Locked Loop) : 集積回路中では正確な周波数基準が作れないため、水晶発振器による基準周波数frefを用い、それをN逓倍して所望周波数Nfrefの周波数の信号を得る。PLLには、位相周波数比較器、チャージポンプ、ローパスフィルタを用いるアナログPLLと、時間差デジタル変換器(TDC)とデジタルローパスフィルタを用いるデジタルPLLが知られている。

[用語3] ジッタ : クロックの重要な特性の一つで、クロック信号の立ち上がりまたは立ち下りタイミングが揺らぐ現象で、本来のタイミングからのずれが統計的にどれぐらいの幅を持つかで評価する。ジッタが小さいほど、クロックの揺らぎが小さい状況を示す。クロックを生成している発振器の位相雑音特性に大きく依存し、位相雑音が低いほど、ジッタも小さくなる。

[用語4] 時間差デジタル変換器(TDC : Time-to-Digital Converter) : 二つのデジタル入力信号の立ち上がりの時間差、もしくは、立ち下がりの時間差をデジタル値に変換する変換器。時間デジタル変換器とも呼ばれる。

[用語5] 位相雑音 : 発振器の重要な特性の一つ。必要な周波数の信号に対し,どれだけ不要な周波数のスペクトルを持つかを表す。

[用語6] FoM : FoM(Figure of Merit)の略で、消費電力で規格化したジッタ性能を示す。ジッタと消費電力はトレードオフの関係にあり、発振器の消費電力を増やすとジッタが減少し、消費電力を減らすとジッタが増加する。
FoMは、ジッタの標準偏差(σt)と消費電力PDCを用いて、以下の式で定義される。
FoMの定義式
ジッタ特性が同じでFoMが10dB小さければ、消費電力が10分の1であることに相当する。

論文情報

掲載誌 :
2015 IEEE International Solid-State Circuits Conference(ISSCC 2015): 2015年IEEE 国際固体回路国際会議
論文タイトル :
A 2.2GHz -242dB-FOM 4.2mW ADC-PLL Using Digital Sub-Sampling Architecture(ADCを用いたサブサンプリングPLL)
著者 :
Teerachot Siriburanon(博士課程学生), Satoshi Kondo(近藤智史:修士課程卒業生), Kento Kimura(木村健将:修士課程学生), Tomohiro Ueno(上野智大:修士課程卒業生), Satoshi Kawashima(川嶋理史:修士課程学生), Tooru Kaneko(金子徹:修士課程学生), Wei Deng(博士課程卒業生), Masaya Miyahara(宮原正也:助教), Kenichi Okada(岡田健一:准教授), and Akira Matsuzawa(松澤昭:教授)

問い合わせ先

東京工業大学大学院理工学研究科電子物理工学専攻
准教授 岡田健一
Email : okada@ssc.pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2258
Fax : 03-5734-3764

TSUBAME e-Science Journal Vol.13を発行

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学術国際情報センターが、TSUBAME e-Science Journal Vol.13を発行しました。
TSUBAME e-Science は、東工大のスーパーコンピュータTSUBAMEを利用した研究成果を発表する広報紙です。
Vol.13には、TSUBAMEグランドチャレンジ大規模計算制度で採択されたouter挑戦的な大規模計算の研究課題を含む、3つの事例が掲載されています。

  • マルチフェーズフィールド法を用いた金属多結晶組織形成シミュレーションの大規模GPU計算
  • 量子モンテカルロ法に基づく振動状態解析の大規模並列計算
  • 個別要素法による粉体の大規模シミュレーション

ご希望の方には、日本語(前半)と英語(後半)を合冊して印刷した冊子を郵送いたします。
送付先の住所(学内の場合はメールボックス番号)、所属、氏名を以下のアドレスまでお知らせください。
宛先: tsubame_j@sim.gsic.titech.ac.jp

TSUBAME e-Science Journal Vol.13

TSUBAME e-Science Journal Vol.13

お問い合わせ先
学術国際情報センター TSUBAME ESJ 編集室
Tel: 03-5734-2085
Email: tsubame_j@sim.gsic.titech.ac.jp

鈴木啓介教授が日本学士院賞を受賞

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鈴木啓介教授が日本学士院賞を受賞しました。

授賞理由

鈴木啓介教授は、生理活性天然有機化合物の全合成、および、その基礎となる合成反応の開発に関する研究を行いました。動植物や微生物などが産生する有機化合物には種々の有用な生理活性を示すものがありますが、中には入手源や産生量の制約から、天然から十分な量が得られないものもあります。そのような場面では有機合成による供給が期待されますが、目的物の構造が極めて複雑な場合は、合成も容易ではありません。鈴木教授は、この観点から従来困難とされていた、多くの不斉中心や官能基を有する化合物の合成に関し、基礎化学の立場から新しい合成反応の開発や合成経路の設計を行いました。反応開発では高反応性化学種を活用し、斬新かつ有用な有機分子構築法や立体制御法を編みだしました。一方、合成研究では糖質、テルペン、ポリケチドなどの生合成の異なる部分構造が複合化した高次構造天然有機化合物を標的として、数々の全合成を実現しました。

日本学士院賞は、優れた業績を挙げた研究者に贈られる学術賞です。

鈴木啓介教授のコメント

鈴木啓介教授

鈴木啓介教授

身に余る光栄に、感激しています。多くの学生さん、スタッフの皆さんのおかげです。恩師、同僚、友人、そして家族に感謝します。

お問い合わせ先

広報センター
Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

細野秀雄教授が恩賜賞・日本学士院賞を受賞

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細野秀雄教授が恩賜賞・日本学士院賞を受賞しました。

授賞理由

細野教授は、独自の材料設計指針に基づき酸化物系の電子機能を探索し、以下の成果をあげました。

1.
鉄系高温超伝導体の発見
鉄化合物(オキシニクタイド)が高い臨界温度で超伝導を示すことを見出しました。
2.
透明酸化物半導体の分野の開拓
多くのp/n型、および両極性半導体物質を報告しました。また、透明アモルファス酸化物(TAOS)を設計し、それを薄膜トランジスタ(TFT)に用い、アモルファスシリコンより一桁高い移動度を実現しました。その一つIGZOを用いたTFTは、新型ディスプレイの駆動用に実用化されました。
3.
安定な電子化物の創製と物性の解明
石灰とアルミナから構成されるC12A7結晶を、絶縁体―金属―超伝導体への変換に成功しました。低仕事関数で化学的不活性という性質を見出し、これを利用し高性能なアンモニア合成触媒を実現しました。

日本学士院賞は、優れた業績を挙げた研究者に贈られる学術賞で、今回、細野教授は特に優れた業績を挙げた研究者に贈られる恩賜賞も合わせて受賞しました。

細野秀雄教授のコメント

細野秀雄教授

細野秀雄教授

1994年から本学で始めた研究テーマを、科研費、JSTのERATOや内閣府FIRSTプログラムで支援をいただき、恩師や多くの共同研究者、PDや研究室の卒業生らのおかげで、面白い物質・材料研究をやってこられました。お世話になりました方々に厚く御礼申し上げます。もう少し研究に集中して、新しい機軸でこれまでと違った世界をみてみたいと思います。

お問い合わせ先

広報センター
Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

不揮発性パワーゲーティングがCMOSロジックシステムの待機時電力削減に威力

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不揮発性パワーゲーティングがCMOSロジックシステムの待機時電力削減に威力
―不揮発性SRAMを用いた記憶回路で実証―

要点

  • 不揮発性パワーゲーティング(NVPG)とノーマリオフ(NOF)のエネルギー性能を定量評価。
  • 不揮発性メモリ素子である強磁性トンネル接合(MTJ)をSRAMに付加した不揮発性SRAMから構成される記憶回路で評価。
  • 不揮発性パワーゲーティングによって高効率の待機時電力の削減が可能。

概要

東京工業大学像情報工学研究所の菅原聡准教授、周藤悠介特任助教、山本修一郎特任助教らの研究グループは、公益財団法人神奈川科学技術アカデミー(KAST;カスト)と共同で、不揮発記憶を用いたCMOSロジックの待機時電力削減アーキテクチャとして期待されている不揮発性パワーゲーティング(NVPG[用語1])とノーマリオフ(NOF[用語2])について、そのエネルギー性能の解析を行い、NVPGの有効性を明らかにした。マイクロプロセッサやシステム・オン・チップ(SoC)に搭載される上位階層の記憶回路を想定し、不揮発性メモリ素子である強磁性トンネル接合(MTJ[用語3])とCMOSとの融合回路から構成される不揮発性SRAMについて高精度シミュレーションによるベンチマークを行った。その結果、待機時電力の削減効率は、不揮発記憶に要する過剰なエネルギーと動作上待機状態にならざるを得ないセル部分における待機時エネルギーとの拮抗によって決まるが、記憶回路へのアクセス回数が多いマイクロプロセッサやSoCへの応用の場合ではNVPGの方が圧倒的に有利になることを明らかにした。

研究成果は3月10日からフランス・グルノーブルで開催されたヨーロッパで最大級の集積回路に関する国際会議DATEで3月11日に発表された。

背景と研究の経緯

パーソナルコンピュータやサーバに搭載されているマイクロプロセッサや、スマートフォンなどの携帯機器に搭載されているシステム・オン・チップ(SoC)などのCMOSロジックシステムでは、トランジスタの微細化と高密度集積化によって高性能化を実現してきた。この一方で、トランジスタのリーク(漏れ)電流によってシステムの待機(スタンバイ)時に消費するスタンバイ電力が著しく増大し、重大な問題となっている。

このような待機時電力はロジックシステムにおける待機状態の回路ブロックへの電源供給を遮断することで削減できる(これがパワーゲーティングと呼ばれる技術である)。しかし、従来のCMOSロジックシステムでは電源遮断によってシステム内に存在する重要なデータ(情報)が失われるといった問題があるために、この方法を用いる場合には制約が大きく、効果はあるもののその本来の能力を十分に発揮できていない状況にあった。近年、不揮発記憶を利用して、ロジックシステムの電源遮断を効果的に行い高効率に待機時電力を削減する方法がいくつか提案されている。

その一つが菅原聡准教授らの研究グループが提案した不揮発性パワーゲーティング(NVPG)である。通常、CMOSロジック内で用いられる高速動作可能な記憶回路(SRAMやフリップフロップなどと呼ばれる双安定記憶回路)は電源遮断によって記憶内容を失ってしまうが、このような双安定記憶回路に不揮発性メモリ素子を付加することで、電源遮断を行ってもデータを保持できるようにできる。同研究グループの提案した不揮発性双安定回路[用語4]では、CMOSロジックが通常の動作を行っているときには、不揮発記憶は用いずに通常の双安定記憶回路として動作し、電源遮断を行うときにだけ不揮発記憶を行うところに特徴がある。これによって、通常動作には影響を与えず、高効率にエネルギーを削減できるNVPGが実行できる。

これとは別の待機時電力削減アーキテクチャとしてノーマリオフ(NOF)がある。これはデータの記憶に常に不揮発記憶を用いる。このため、通常は電源遮断しておき、必要なときにのみ記憶回路に通電して、可能な限り待機時電力を削減する。しかし、通常、不揮発記憶には従来のCMOS構成の記憶回路に比べて大きなエネルギーを要し、また、動作速度も遅いといった問題がある。したがって、情報処理量が小さく、待機時間が非常に長いマイクロコントローラなどに用いる場合にはメリットがあるが、マイクロプロセッサやSoCのように情報処理量が多く演算時間の長い応用には適していないと考えられる。しかし、現状では、これらのアーキテクチャの理解不足による誤った見解も多い。

この原因の一つは、それぞれのアーキテクチャがそれぞれ異なった不揮発性記憶回路を用いて提案されており、システマティックな比較・検討が行われていなかったことが大きい。また、不揮発性記憶回路の導入による効果を従来の揮発性の記憶回路の場合と比較してそのメリットを判断することも重要になるが、このような検証もほとんど行われていない(これには後に述べるBreak-even timeと呼ばれる指標を用いることが重要となる)。

同研究グループの提案している不揮発性双安定記憶回路は、どちらのアーキテクチャにも用いることが可能なことから、これを用いて高精度シミュレーションから二つのアーキテクチャに関する性能を従来の双安定記憶回路と比較し、定量的評価を行った。

研究成果

本研究グループが提案している不揮発性SRAM(NV-SRAM)を用いてNVPGおよびNOFのアーキテクチャを検討した。マイクロプロセッサやSoCにおける上位階層のキャッシュメモリを想定して、それぞれのアーキテクチャの特性を解析した。

図1に解析に用いたNV-SRAMセルの構造を示す。通常のSRAMセルにトランジスタを介して、不揮発性メモリ素子である強磁性トンネル接合(MTJ)を接続しているところに特徴がある。このトランジスタによって、通常動作時(不揮発記憶を用いない双安定回路のみの読み出し/書き込み動作時)にはMTJをSRAMから電気的に切り離すことが可能となる。また、NV-SRAMに接続されたパワースイッチでセルへの電源遮断を行う。このNV-SRAMセルを用いて、メモリアレイ(Mビット×Nライン)および周辺回路を構成してシミュレーションを行った。

NV-SRAMセルの回路構成

図1. NV-SRAMセルの回路構成

トランジスタを介してMTJを通常のSRAMセルの記憶ノードに接続してある。パワースイッチによってセルへの電源遮断ができる。

図2に評価に用いたNVPGおよびNOFのベンチマークのシーケンスを示す。NVPGでは電源遮断を行うときにだけ、MTJへの書き込みを行い、短い時間の待機時はスリープモードとした(双安定回路のデータが消えない程度に供給電圧を絞る動作。パワーゲーティングほどではないが待機時電力の削減に効果がある)。NOFでは、データの書き込みには常にMTJへの書き込みを行い、待機時および毎回の読み出し後と書き込み後電源遮断を行っている、比較のための通常のSRAMでは、待機時はすべてスリープモードを用いた(現在、SRAMにスリープモードを導入することは常套手段となっている。SRAMとの性能比較を行う場合、SRAMにはスリープモードによる待機時電力の削減の効果を含めておくことが重要である。スリープモードのないSRAMとの比較は実用上の意味を持たない)。

ベンチマークシーケンス

図2. ベンチマークシーケンス

NVPGではセルアレイの全ビットを読み出し/書き込み後、時間tSLのスリープモードを実行する。これをnRW回繰り返し、MTJに書き込み(ストア)してから時間tSDシャットダウンし、復帰(リストア)する。通常のSRAM(OSR)では、待機時はすべてスリープモード、NOFでは待機時および読み/書き後はすべでシャットダウンしている。

以上の回路構成とアーキテクチャを用いて、高精度の回路シミュレーションを行った。CMOSデバイスについては最先端のCMOSデバイスであるFinFET(立体的なチャネルを持つ高性能の電界効果型トランジスタ)のPredictive Technology Modelを、MTJについては同研究グループの開発した高精度マクロモデルを用いた。

図3に動作波形を示す。NVPGでは、通常の(双安定回路部のみの)SRAM動作と、MTJへ書き込みを行う不揮発記憶の動作を分離できる。したがって、NVPGにおける通常の読み出しと書き込みはSRAMと同じ速度で実行できる。一方、NOFでは、通常動作と不揮発記憶動作を分離せず常に不揮発記憶を用いる。このため、不揮発記憶の必要のない通常の書き込みにも不揮発記憶を実行しなければならず、動作速度が大きく劣化する。さらに、毎回の読み出し時にも復帰動作と電源遮断を行うため、動作速度が低下する。また、この余計な動作に要する電力も余分に消費している。NOFではこのような動作速度の劣化があっても頻繁に電源遮断を行うことによって、エネルギー的にメリットが生じると考えられているが、以下に示すようにこれは正しくない。

各アーキテクチャによるNV-SRAMとSRAMの動作波形

図3. 各アーキテクチャによるNV-SRAMとSRAMの動作波形

左図は図2のシーケンスにしたがって動作させた場合の波形。右図はその拡大図である。NVPGでは通常のSRAMと同じ速度で読み出しと書き込みが実現できる。NOFでは読み出しや書き込みの度に復帰およびシャットダウン動作するため、動作速度が劣化するだけでなく、リストアやストアに伴う余計なエネルギー消費を生じる。

図4にnCYC=1における消費エネルギーEcycの読み出し/書き込み動作サイクル数nRW依存性を示す(nCYC、nRWは図2参照)。ここでは、セルのシャットダウン時間tSD(図2参照)を零としている。この条件は、不揮発記憶動作(ストア動作)と電源遮断からの復帰動作(リストア動作)の影響を評価するのに効果的である。NVPGではEcycはnRWの増加とともに通常のSRAMのエネルギーに漸近することがわかる。すなわち、ストア、リストアの影響はnRWの増加とともに消失する。これは同研究グループの提案しているNVPGの特徴の一つである。

消費エネルギーEcycのnRW依存性

図4. 消費エネルギーEcycのnRW依存性

ここではストアとリストアの効果を明らかにするためにtSD=0とした。NVPGのEcycはnRWの増加とともに通常のSRAMの場合に漸近するが(ストアとリストアによる過剰なエネルギーの効果はnRWの増加とともに薄れる)、NOFではこのような効果はない。

一方、NOFセルでは、このような依存性は見られず、しかも、消費エネルギー自体が通常のSRAMに比べて大きい。この特徴はシステムが電源遮断時に不揮発記憶を必要とする容量(プロセッサコアでは数K~10Kバイト程度)を変化させても変わらない。情報処理量が多く、メモリアクセスも極めて多い上位階層のキャッシュでは、NVPGのこの特徴は特に重要になる。まとまった演算処理の終了後に電源遮断を行うNVPGはマイクロプロセッサのコアやSoCのパワーゲーティングに有効であることがわかる。

図5に、Break-even time (BET[用語5])のnRW依存性を示す。BETは電源遮断によってエネルギーを削減できる最低の電源遮断時間である。NOFでは、nRWの増加にともない、BETが大きく増大している。これは、不揮発記憶と電源遮断を繰り返すことで、エネルギー削減の効果が小さくなることを示している(nRWの増加にともない、エネルギー削減のために、より多くの電源遮断時間が必要になる)。一方、NVPGでもBETはnRWに依存するが、その依存性は小さく、特にnRWの増加に伴うBETの増大は、NOFに比べてはるかに小さい。したがって、NVPGでは電源遮断によってより効果的にエネルギーを削減できる。さらに、NVPGでは我々の提案しているストアフリーシャットダウン(既書き込みのデータと同じデータは書き込まない不揮発記憶のアーキテクチャ)の導入によってBETはさらに大きく削減できる。したがって、細粒度のNVPGが可能となる。

Break-even time(BET)のnRW依存性

図5. Break-even time(BET)のnRW依存性

NOFではnRWの増加とともにBETは大きく増加する(最低限必要なシャットダウンの時間が延びる)。一方、NVPGでは、nRWの増加にとともなうBETの増大は緩やかである。NVPGは情報処理量の多いマイクロプロセッサのコアやSoCのスタンバイ電力の削減に有効である。

NOFにおいて、十分なエネルギーの削減効果を実現するためには、不揮発記憶に必要となる書き込みのエネルギーをSRAMより小さくすることが重要となる。今回の解析では不揮発性メモリ素子として用いたMTJは他の不揮発性メモリ素子に比べて、比較的に低エネルギーで書き込みが可能な素子であるが、SRAM以下に低減するのは容易ではない。MTJでは書き込み電流を小さくすると、スイッチングのエラーレートは増大する。また、マイクロプロセッサやSoCでは動作時のチップ温度はかなり高くなるが、エラーレートはチップ温度の上昇によっても増大する。さらに、トランジスタのバラツキ程度(小さくない)またはそれ以上にMTJの特性バラツキもあることを考えるとMTJの書き込みエネルギーをこのように小さく下げることは相当に困難であると考えられる。このことと、図4と図5に述べた特性を考慮すれば、マイクロプロセッサやSoCへの応用ではNVPGの方が圧倒的に有利であることがわかる。

今後の展開

現在のマイクロプロセッサやSoCの高性能化ではマルチコア化が必須の技術になっているが、今後はさらに大規模なマルチコア化(メニーコア化)が重要になってくる。この一方でダークシリコンと呼ばれる各コアの消費エネルギーのため同時に動作できるコアの数に制限が加わるという問題も発生する。このような問題では各コアの低消費電力化がより重要となるが、NVPGはこのようなメニーコアのプロセッサやSoCに極めて有効な待機時電力削減アーキテクチャとなる。一部に、コアでは従来のCMOS技術のみによるパワーゲーティングのみで十分であるという意見があるがこれは正しくない。従来技術のみではダークシリコンの問題は解決できない。従来のCMOS技術以上に細粒度で電源遮断することが可能となるNVPGが重要となる。

用語説明

[用語1] 不揮発性パワーゲーティング(NVPG) : マイクロプロセッサやSoCにおけるメモリシステムに不揮発の機能を付加し、高効率の待機時電力の削減が可能なパワーゲーティングを実現するアーキテクチャで、菅原准教授らの研究グループによって提案された。通常動作と不揮発記憶の動作を分離することで、コア内部まで不揮発化をすることが可能となり(コア内のすべての記憶回路を不揮発化する必要はない)、現状のパワーゲーティングでは実現できない最適な空間的・時間的粒度のパワーゲーティングを実行できる。このため、待機時電力の削減効率を極限まで高くできる。通常動作/不揮発記憶の機能分離によって、マイクロプロセッサやSoCの既存アーキテクチャとの整合性も高い。NVPGを実現するためには不揮発性SRAM(NV-SRAM)や不揮発性フリップフロップ(NV-FF)などの不揮発性双安定回路が必要であるが、通常動作と不揮発記憶の動作を完全に分離できる回路構成であることが必要となる。ロジックシステムに不揮発の機能を取り入れる発想は古くからあるが、パワーゲーティングに不揮発記憶を導入してパワーゲーティングの能力を極限まで引き出そうという試み(NVPG)は同研究グループによって初めて提案された。

[用語2] ノーマリオフ(NOF) : NVPGはノーマリオフ(NOF)としばしば混同されることがあるが、NVPGはこれとは以下に示すように全く異なる。NOFは不揮発性メモリを用いて、システムの電源遮断を頻繁に行い、またできるだけ高速に電源遮断状態からリブート(再起動)するアーキテクチャである(高性能化したインスタントオンともいえる)。オリジナルのアイデアではメモリシステムのすべてを不揮発化して頻繁にシステムのオン/オフ繰り返すアーキテクチャであった。したがって、システムのランタイムに待機時電力の削減の効果がなく、この削減のためにはパワーゲーティングを併用する必要があった。最近の構成では、メモリシステムの上位階層は不揮発化を行わないで、通常のパワーゲーティングを行うものに変更している。このシステムでは従来のパワーゲーティングの問題はそのまま残る。

[用語3] 強磁性トンネル接合(MTJ) : 薄い絶縁性薄膜(トンネル障壁)を2つの強磁性電極で挟んだトンネル接合構造の2端子素子で、不揮発性メモリMRAMの記憶素子に用いられる。強磁性電極の相対的な磁化状態が平行な場合と、反平行の場合で素子の電気抵抗が異なる。また、100nm程度以下に微細化されたMTJではスピン注入磁化反転と呼ばれる現象によって、磁場を用いることなく、MTJを流れる電流によって電気的に磁化状態を変化させることができる。

[用語4] 不揮発性双安定記憶回路(不揮発性SRAM(NV-SRAM)、不揮発性フリップフロップ(NV-FF)) : NV-SRAMやNV-FFなどの不揮発性双安定回路はこれまでにもインバータループに不揮発性メモリ素子を直接接続する方法がいくつか提案されてきたが、このような従来の方式ではインバータループに接続された不揮発性メモリ素子が、通常の双安定回路の動作に悪影響を与え、動作速度の劣化や消費電力の増大、さらにはバラツキ耐性やノイズマージンの減少など回路性能の劣化を生じる。このため、同研究グループが提案しているように通常動作と不揮発記憶の動作を完全に分離できる回路構成が必要になる。同研究グループの提案した不揮発性双安定回路は、インバータループ外にトランジスタを介して不揮発性メモリ素子を接続するため、インバータループと不揮発性メモリ素子を電気的に分離できる。したがって、通常のSRAM動作やフリップフロップ動作に影響を与えることなく、不揮発記憶/NVPG動作を実行できる。

[用語5] Break-even time(BET、損益分岐時間) : NVPGやNOFでは不揮発記憶を行うが、このとき大きなエネルギー消費を伴う。また、セルの構成によってはリーク電流なども従来の記憶回路に比べて増加していることがある。このような不揮発性記憶回路の導入に伴う余計なエネルギー消費があるため、闇雲に不揮発性記憶回路を用いると、むしろエネルギー消費を増大させてしまうことがある。“不揮発”=“低消費電力”といわれることがあるが、これは大きな間違いである。一般に“不揮発”≠“省エネ”であることに注意する必要がある。不揮発性記憶回路の導入に伴う余計なエネルギー消費をシャットダウンによって埋め合わすことができる最低限必要なシャットダウン時間がBreak-even time (BET)である。このBETは損益分岐時間と呼ばれることもある。BETを短くすることで時間的・空間的細粒度のNVPGやNOFが実現可能となる。BETの算出にはいくつか方法があるが、最も重要なものは既存の記憶システムと新しく導入した記憶システムとの比較から求めるBETである。新たに導入する記憶回路にどのような回路構成や駆動方式を用いていても、記憶回路であれば必ずBETを算出できる。例えばSRAMを不揮発性メモリMRAMで置き換えてもBETは算出できる。従来のCMOSロジックシステムにおいてはBETの概念はすでに用いられていたが、不揮発記憶を使ったパワーゲーティングにこの概念を導入したのは同研究グループが初めてである。

論文情報

掲載誌 :
18th Design, Automation and Test in Europe (DATE15), Grenoble, France, March 9-13, 2015, paper 7.7.3.
論文タイトル :
Comparative study of power-gating architectures for nonvolatile FinFET-SRAM using spintronics-based retention technology
著者 :
Y. Shuto, S. Yamamoto, S. Sugahara

問い合わせ先

東京工業大学 像情報工学研究所
准教授 菅原聡
Email : sugahara@isl.titech.ac.jp

東京工業大学 像情報工学研究所
特任助教 周藤悠介
Email : shuto@isl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5456
Fax : 045-924-5456

KASTの事業に関して

公益財団法人神奈川科学技術アカデミー
イノベーションセンター・研究支援グループ
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光通信デバイスに"透磁率"の概念を導入 ―メタマテリアルを実装した光変調器開発に成功―

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要点

  • InP系光通信プラットフォームに透磁率の概念を導入することに成功
  • 光周波数帯において電圧制御可能な特殊なメタマテリアルを実現
  • 光変調器のサイズを現在の1/100程度まで小型化可能

概要

東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センターの雨宮智宏助教と荒井滋久教授、理化学研究所の田中拓男准主任研究員、岡山大学自然科学研究科の石川篤助教らの共同研究グループは、インジウム・リン(InP)系光通信プラットフォーム[用語1]に “透磁率” [用語2]の概念を導入することに世界で初めて成功した。

具体的には、InP系マッハツェンダー光変調器をベースとして、デバイス内部に特殊なメタマテリアルを実装。電圧印加に伴う透磁率の変化を利用して、透過光の強度を変調することに成功した。ナノスケールの金属構造で構成されたメタマテリアルに3次元トランジスタの技術を組み合わせることで、光周波数帯において電圧印加による透磁率の制御を可能とした。

現在の光通信デバイスは“誘電率”[用語3]の制御によって、所望の動作を得ているが、そこに透磁率の概念を加えることで、既存技術を凌駕する小型かつ高性能なデバイスが実現可能となる。本技術は、光変調器に限らず光通信プラットフォームにおいて広く利用できるため、将来、さまざまなデバイスへの応用が期待される。

研究成果は3月23日 午前10時(英国時間)に、英国科学誌ネイチャー(Nature)姉妹誌のオンラインジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

研究の背景・意義

すべての物質は、その物質を特徴付ける何らかのパラメーターを持っているが、誘電率と透磁率の2つの概念は、電磁波(光)にとって特に重要である。しかし、一般的な光通信の教科書には誘電率の記述はあるものの、透磁率については一切登場しない。これは「光通信で用いるような高周波の光にとっては、すべての物質の比透磁率は1である」という純然たる事実が存在するためである。裏を返せば、現在の光通信では、本来であれば制御できる可能性のあるパラメーターをまったく利用していないことになる。

従来の光通信で用いられているレーザーや変調器、光スイッチなどの各種デバイスは、主にInP系の材料でできているが、このプラットフォームにおいて、前述した「透磁率一定」の制約を超えることは、大きな意味を持つ。特に以下の2点において、光通信の世界に新たなフロンティアを拓くことに寄与する(図1参照)。

1. 既存デバイスの大幅な小型化・高性能化

誘電率と透磁率、2つのパラメーターを同時に制御することで、本来、屈折率の可変幅が狭いInP系デバイス内において、極めて大きい屈折率変化を持たせることが可能となる[用語4]。これは、既存デバイスの大幅な小型化・高性能化に繋がる。

2. 既存技術の枠組みを超える性質を実装可能

誘電率と透磁率を適当な値に設定することで、負の屈折率に代表されるような従来技術の枠組みを超えた性質をInP系プラットフォーム上に作り出すことが可能となる。この応用先として、光メモリーや光無線アンテナなどが考えられる。

透磁率で拓く、光通信デバイスの2つのフロンティア

図1. 透磁率で拓く、光通信デバイスの2つのフロンティア

研究成果

同研究グループは、光通信で最も一般的なInP系プラットフォームにおいて、透磁率の概念を導入することに世界で初めて成功した。具体的には、InP系マッハツェンダー光変調器[用語5]をベースとして、デバイス内部に特殊なメタマテリアル[用語6]を実装。電圧印加に伴う透磁率の変化を利用して、透過光の強度を変調することに成功し、デバイスの大幅な小型化が可能であることを示した。

キーとなる主な成果は下記のトライゲート(Tri-gate)メタマテリアルとメタマテリアル集積型マッハツェンダー変調器の2つ。

  1. 1.トライゲート(Tri-gate)メタマテリアル: InP系化合物半導体上に浅い溝を掘り、その内部にナノスケールの金属構造を作りこむことで、電圧制御が可能な特殊なメタマテリアルの開発に成功(図2参照)。この構造では、上部から電圧を印加することで、半導体内のキャリア密度を変化させることができ、それに伴って金属微細構造の応答(=メタマテリアルの特性)に変化が生じる(キャリア発現の原理は3次元トランジスタと同一)。これにより、電圧印加の有無によって、透磁率の値を制御できることになる。
  2. 2.メタマテリアル集積型マッハツェンダー変調器: トライゲートメタマテリアルの技術を光通信デバイスへ実装することで、「透磁率制御によるメタマテリアル装荷型変調器」を実現(図3参照)。この素子は、マッハツェンダー干渉器の各アームにトライゲートメタマテリアルが一列に埋め込まれた構造となっており、素子上部から電圧をかけ、アーム部の透磁率を変化させることで強度変調を行う。
電圧制御が可能なトライゲートメタマテリアル

図2. 電圧制御が可能なトライゲートメタマテリアル

メタマテリアルを実装した光変調器

図3. メタマテリアルを実装した光変調器

透磁率を制御することで、本来、屈折率の可変幅が狭いInP系デバイス内において大きな屈折率変化を持たせることが可能となり、200 μmのデバイス長において約7.0dB(デシベル)の変調特性を得ることに成功した。誘電率と透磁率を両方使うことにより、さらなる高性能化を図ることができ、将来は、実用化されている既存デバイスと同じ性能を維持しながらサイズを1/100程度まで小型化できることが予想される。

今後の展開

現在のメタマテリアル研究の大部分は、物性物理学、あるいは基礎工学の領域で行われている。特に2010年ころまでは、「メタマテリアルの材料としての固有特性」に研究の重きが置かれていたが、現在はその多くがデバイス応用へ向かっている。実際、米国ではKymeta社、カナダではMTI社(Metamaterial Technologies Inc)などのベンチャー企業も立ち上がっており、いよいよ実用化へ向けて動き出している。こうした流れからも分かるように、今後、工学的な立場の研究がますます重要となってくることは明らかである。

今回の研究はレーザー・変調器をはじめとするInP系光通信プラットフォームで透磁率の概念を世界で初めて導入したことに特徴がある。光変調器に限らず、InP系光デバイスに広く利用できるため、さまざまなデバイスの小型化・高性能化・特殊動作化に寄与するものと期待される。

用語説明

[用語1] InP系光通信プラットフォーム : レーザーに代表される光通信デバイスの多くはInP基板上にインジウム(In)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)、ヒ素(As)、リン(P)などの所望の元素を組み合わせた化合物半導体を成膜して作られる。

[用語2] 透磁率 : 入射電磁波(本研究では光)に対して、物質の磁化のしやすさを表す定数(物質固有の磁気的性質を表す)。比透磁率とは、真空の透磁率との比をとったもの。

[用語3] 誘電率 : 入射電磁波(本研究では光)に対して、物質の分極のしやすさを表す定数(物質固有の電気的性質を表す)。比誘電率とは、真空の誘電率との比をとったもの。

[用語4] 「屈折率」と「比誘電率・比透磁率」の関係 : 屈折率nと比誘電率ε・比透磁率μの間には、屈折率nと比誘電率ε・比透磁率μの関係式という関係がある。比誘電率と比透磁率、2つのパラメーターを同時に制御することで、従来の比誘電率のみを用いる屈折率変化(比誘電率のみを用いる屈折率変化式)に比べて、遥かに大きい変化(比誘電率と比透磁率を用いる屈折率変化式)が望める。

[用語5] マッハツェンダー変調器 : 電気信号により透過光強度を変化させる外部光変調器の一種。2つの光路の干渉を利用することで、光の強度を変化させる。

[用語6] メタマテリアル : 「メタ」は「超越」、「マテリアル」は「物質」を意味する言葉で、メタマテリアルは人工的に作り出した「超物質」あるいは「疑似物質」といった意味になる。つまり自然界にはない性質を備えた人工の「物質のようなもの」。自然界の元素や化合物に固有の性質を変えるには化学的組成を変える必要があるが、メタマテリアルは原材料の物性はそのままに、超微細な形状パターン、つまりカタチによって性質を変化させることができる。今回の発表では、自然界では制御できないといわれていた透磁率をメタマテリアルによって制御可能にした。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Permeability-controlled Optical Modulator with Tri-gate Metamaterial: Control of Permeability on InP-based Photonic Integration Platform
著者 :
T. Amemiya, A. Ishikawa, T. Kanazawa, J. Kang, N. Nishiyama, Y. Miyamoto, T. Tanaka, and S. Arai
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 量子ナノエレクトロニクス研究センター

助教 雨宮智宏、教授 荒井滋久
Email : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp / arai@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555
Fax : 03-5734-2907

理化学研究所 田中メタマテリアル研究室

准主任研究員 田中拓男
Email : t-tanaka@riken.jp
Tel : 048-467-9341
Fax : 048-467-9441

岡山大学 大学院自然科学研究科(工)

助教 石川篤
Email : a-ishikawa@okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-8140

大隅良典栄誉教授が2015年ガードナー国際賞を受賞

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大隅良典栄誉教授

ガードナー財団(本部:カナダ・トロント)は、25日、2015年ガードナー国際賞を東京工業大学フロンティア研究機構の大隅良典栄誉教授に授与すると発表しました。ガードナー国際賞は生命科学・医学分野の賞として、最も著名な賞の一つとして知られ、受賞者の多くがノーベル賞を受賞しています。

大隅教授の受賞理由はオートファジー(自食作用)の仕組みの分子レベルでの解明です。オートファジーとは細胞内のタンパク質の分解と再利用の基本的な仕組みで、その機能に異常が生じると神経変性疾患、癌、感染症等の病気を引き起こすなど医療においてもその重要性が認識され始めています。

ガードナー賞メダル

大隅教授は細胞が自身の一部を分解したり、内部の不要物を除去し、侵入者を排除し、健全な細胞を維持するオートファジー現象を世界で初めて肉眼で観察することに成功しました。オートファジーは細胞のリサイクルシステムであり、体の恒常性を維持する機能を持っています。大隅教授は、オートファジーに関わる遺伝子群を明らかにし、その分子機構を解明しました。

オートファジーは、アルツハイマー病などの神経変性疾患、癌、加齢に伴う病気などを治療する医療への応用が期待されています。多くの研究者が、分子レベルのメカニズムのさらなる解明と、生理学上の重要性を明らかにするために取り組んでいます。

授賞式は2015年10月29日にカナダ・トロントで開催される予定です。

大隅良典栄誉教授コメント

ガードナー国際賞という栄えある賞を受けることになり大変光栄に存じます。27年間にわたって、酵母を用いてオートファジー研究に取り組んできましたが、このような基礎的な研究が契機となり、大きな研究領域が展開され、医療にまでつながる研究成果が生まれつつあることを大変嬉しく思います。分子機構はもとより、健康や病気との関連や生理学的意義についても、まだまだ分かっていないことは多くあります。現在では多くの研究者がオートファジー研究に取り組んでおり、一層の研究の発展を願っています。

三島良直学長コメント

大隅良典栄誉教授がガードナー国際賞を受賞されることを大変嬉しく光栄に存じます。大隅教授はオートファジーという生命科学の全く新しい分野の研究を先導してこられ、基礎的仕組みを解明し、医療への応用につながる大きな礎を築かれました。東工大は基礎から応用までの幅広い科学技術の分野で卓越した研究成果を生み出してきています。今回の受賞を機に、生命科学分野での世界最先端研究をリードできる体制をさらに強化し、全学を挙げて支援していきます。

ガードナー賞: ガードナー国際賞(Gairdner International Award)は、カナダのガードナー財団より、医学にたいして顕著な発見や貢献を行った者に与えられる学術賞。毎年、3名から6名に与えられる。賞金は10万カナダドル。医学に関する賞として、最も著名な賞の一つとして知られる。1959年から開始され、これまでの55年間において15か国320人が受賞、うち82人がその後ノーベル賞を受賞。

ガードナー財団: 実業家、篤志家など様々な分野で活躍したJ. A. ガードナー氏が50万ドルを寄付して1957年にカナダ・トロントに設立。自身も関節炎などに悩まされたことから医学分野での顕著な業績をもたらした研究者を称える賞を設置。

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975
Fax : 03-5734-3661


小池英樹教授らが国際会議で最優秀ショートペーパー賞を受賞

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大学院情報理工学研究科計算工学専攻の小池英樹教授らの論文が、3月9~12日にシンガポールで開催された、情報技術による人間の能力拡張に関する国際会議(6th Augmented Human International Conference)において、最優秀ショートペーパー賞(Best short paper award)を受賞しました。

賞状

賞状

この賞は査読を通過した12件の論文(8ページ)、15件のショートペーパー(4ページ)から、プログラム委員会が選定した最も優秀な1件のショートペーパーに与えられるものです。

受賞論文のタイトルは「LumoSpheres: Real-Time Tracking of Flying Objects and Image Projection for a Volumetric Display(空間型3次元ディスプレイのための空中浮遊物体の実時間追跡と画像投影)」です。

空間型3次元ディスプレイを実現するための基礎技術として、空中を浮遊する物体を実時間追跡し、映像投影する際に生じる遅延問題を、予測モデルによって解決するアプローチに関する論文です。

小池英樹教授

小池英樹教授

今回の受賞に関して、小池先生は以下のようにコメントしています。

SF映画などに登場する空間型3次元ディスプレイを実現しようという野心的なプロジェクトで、本研究はまだまだ基礎的な段階ですが、国際会議で一定の評価を頂いたことは嬉しいです。空間型3次元ディスプレイの実現に向けて本研究をさらに進めて行きたいと考えています。

TechTech ~テクテク~

2015年3月発行の広報誌 TechTech No.27にて、小池研究室の研究を特集しています。

広報誌 > TechTech ~テクテク~

請求方法

CONTENTS
P2. Labo 01 HCI 人間×コンピュータの相互作用 小池英樹教授

アンモニア合成の大幅な省エネ化を可能にした新メカニズムを発見

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ポイント

  • エレクトライド触媒は効率よくアンモニアを合成できる画期的なものだが、その反応メカニズムの詳細は分からなかった。
  • エレクトライド触媒を用いると、アンモニア合成で最も時間のかかっていた窒素分子の切断反応が速やかに進行していることが分かった。
  • アンモニア合成の省エネプロセス化と窒素化合物新合成法への応用が可能。

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学の細野 秀雄教授、原亨和教授、北野政明准教授らは、以前開発した常圧下で優れたアンモニア合成活性を持つルテニウム担持12CaO・7Al2O3エレクトライド[用語1])を触媒に用いると、強固な窒素分子の切断が容易になり、アンモニア合成で速度の最も遅い律速段階[用語2])が窒素分子の解離過程ではなく、窒素-水素結合形成過程となることを見いだしました。

アンモニアは、窒素肥料原料として膨大な量が生産されており、最近では燃料電池などのエネルギー源(水素エネルギーキャリア)としても期待が高まっています。これまでどの触媒[用語3]を用いても、強固な三重結合を持つ窒素分子の切断に高温、高圧の条件が必要であったため、アンモニア合成は多大なエネルギーを消費するプロセスとなっていました。

本研究グループは、同位体[用語4]を用いた窒素交換反応に計算科学を導入することで、この触媒上では窒素分子の切断の活性化エネルギー[用語5]が既存触媒の半分以下に低減し、その切断反応がアンモニア合成の律速段階ではないことを見いだしました。また、速度論解析[用語6]や水素吸蔵特性[用語7]を調べることで、エレクトライド触媒の水素吸蔵特性が反応メカニズムに大きな影響を与え、窒素-水素の結合の形成過程が律速段階であることを示唆しました。

今回の成果により、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に向けた触媒開発の有力な手がかりが得られたといえます。今後、この結果を利用したさまざまな化学反応への応用が期待できます。

本成果は、AccelプログラムにおいてPNNL(パシフィック・ノースウェスト・ナショナル・ラボラトリー、米国)のピーター・スシュコ博士らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2015年3月30日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ACCEL

研究課題名 :
代表研究者 :
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野 秀雄
PM :
科学技術振興機構 横山 壽治
研究実施場所 :
東京工業大学
研究開発期間 :
2013年10月~2018年3月

研究の背景と経緯

人工的にアンモニアを合成する技術は、ハーバーとボッシュによって初めて見いだされ、この技術(ハーバー・ボッシュ法、HB法)は、1912年代に工業的に完成してから約100年経った現在でも、人類の生活を支えるために必要不可欠となっています。また、アンモニア分子は分解することで多量の水素発生源となり、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素運搬物質としても期待されています。

HB法の鍵は反応を速やかに進行させる触媒であり、鉄やルテニウムを含む多くの触媒が開発されてきました。アンモニア合成反応では、窒素分子の三重結合が極めて強固で安定なので、それを切断するのに大きなエネルギーを要してしまい、その結果として、どの触媒を用いても窒素分子の結合を切断する過程が全体の反応の速度を遅くしていること(律速)が知られていました。

本研究で用いた触媒は、C12A7エレクトライドという細野教授らが2003年に開発した物質の表面に、ナノサイズのルテニウムの微粒子を担持させたものであり、従来の触媒よりも効率よくアンモニアを合成できることを2012年に報告していました。しかし、その反応メカニズムの詳細は明らかになっていませんでした。

研究の内容

本研究では、当グループが開発したエレクトライドを担体に用いた触媒を使うと、これまでのアンモニア合成用触媒と比較して、以下のように反応メカニズムが大きく異なることが分かりました。

1.
窒素分子の切断の活性化エネルギーがこれまでの半分以下に低減。
2.
その結果、窒素分子の切断反応はもはや律速でなくなり、
3.
代って、窒素解離の次に障壁の高い窒素―水素の結合形成過程が律速に変化する。

具体的には、窒素ガス(14N2、質量数28)と同位体窒素ガス(15N2、質量数30)が混ざったガス中で触媒を加熱すると、触媒表面上で窒素分子の切断反応と再結合反応が起こり、質量数29の窒素分子(14N15N)が生成します。この質量数29の窒素分子の生成速度をもとに、各触媒の窒素切断反応の速度を調べたところ、図1に示すようにC12A7エレクトライドにルテニウムを担持した触媒は、他のどのルテニウム触媒よりも低温での窒素切断反応に対する活性が高く、その活性化エネルギーは他の触媒の半分以下となりました。このことから、C12A7エレクトライドの強い電子供与能(電子を他に与える能力)によって、ルテニウム触媒の性能が大きく向上し、強固な窒素―窒素三重結合を効率よく切断できることが明らかとなりました。さらに、この速度論解析結果と量子化学計算を組み合わせることで、この触媒を用いたアンモニア合成反応の律速段階が窒素の切断過程ではないことが明らかとなりました。

さまざまな材料にルテニウムを担持した触媒を用いた窒素分子切断反応

図1. さまざまな材料にルテニウムを担持した触媒を用いた窒素分子切断反応

C12A7エレクトライドにルテニウムを担持した触媒が、他の触媒の半分以下の活性化エネルギーを示すことが確認できます。

C12A7エレクトライドにルテニウムを担持した触媒は、300℃以上の反応温度において水素の吸蔵と放出挙動を示し、他の材料ではこのような挙動は見られませんでした(図2)。また、320℃よりも高い温度と低い温度で活性化エネルギーが変化することも明らかとなりました(図3)。つまり、320℃を境に反応メカニズムが変化していることが分かります。C12A7エレクトライドは水素中で加熱するとケージ内に水素をH-イオンとして吸蔵することが可能であり、さらに取り込んだH-イオンは水素として再び放出することもできます。これらの結果から、300℃以上の反応温度において窒素切断の促進効果に加えて水素吸蔵効果も反応メカニズムに多大な影響を及ぼしていることが分かりました。

さまざまな材料にルテニウムを担持した触媒の水素吸蔵と水素放出挙動

図2. さまざまな材料にルテニウムを担持した触媒の水素吸蔵と水素放出挙動

ルテニウムを担持したC12A7エレクトライドはアンモニア合成温度領域(300度以上)で水素の吸蔵と放出をすることが確認できます。

さまざまな温度でルテニウムを担持したC12A7エレクトライドを用いてアンモニア合成反応を行った結果

図3. さまざまな温度でルテニウムを担持したC12A7エレクトライドを用いてアンモニア合成反応を行った結果

320℃を境に活性化エネルギーが変化していることが確認できます。

以上の結果から既存の触媒との反応メカニズムの違いをまとめると(図4)、既存の触媒では、窒素分子の切断が律速段階であり、生成した窒素原子と水素原子が触媒表面上で反応しアンモニアが生成します。一方、C12A7エレクトライド触媒では、C12A7エレクトライドの電子がルテニウムのナノ粒子上に吸着した窒素分子に移動するために、窒素分子が原子に速やかに解離し、同時にルテニウム上で切断された水素が、C12A7エレクトライドのカゴの中にH-イオンとして収納されます。さらに、このH-イオンが原子状水素として放出され、窒素原子と反応することでアンモニアが生成されると考えられます。このようにアンモニア合成の律速段階が窒素分子の切断から窒素解離の次に障壁の高い窒素―水素結合の形成過程に変化することを明らかにしました。

既存触媒とルテニウムを担持したC12A7エレクトライド上でのアンモニア合成のメカニズム

図4. 既存触媒とルテニウムを担持したC12A7エレクトライド上でのアンモニア合成のメカニズム

C12A7エレクトライドは、カゴの中の電子がルテニウムに供与され、それが窒素分子に移動することで窒素三重結合(N≡N)の切断が容易となり、ルテニウム上で切断された水素はケージ内にH-イオンとして取り込まれ、原子状水素として放出され窒素原子と反応しアンモニアが生じます。

今後の展開

今回の成果により、穏和な条件でのアンモニア合成を実現するには、電子注入効果と水素吸蔵効果が重要な役割を果たしていることが明確になりました。従って、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に向けた触媒開発の有力な手がかりが得られたことになります。また、この触媒を用いると、安定な窒素分子の解離が速やかに進行することを利用できるため、アミンなど窒素を含む化合物を合成する化学反応への応用展開が期待されます。

用語説明

[用語1] エレクトライド : 電子がアニオンとして働く化合物の総称です。通常の物質の性質からは逸脱した性質を持つ物質として関心を集めていましたが、あまりに不安定なため、物性がほとんど不明のままでした。細野グループは、2003年に直径0.5ナノメートル程度のカゴ状の骨格が立体的につながった結晶構造をしている12CaO・7Al2O3を使って、安定なエレクトライドを初めて実現しました。このエレクトライドは金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示す。また、アルカリ金属と同じくらい電子を他に与える能力を持つにもかかわらず、化学的にも熱的にも安定というユニークな物性を持つ。

[用語2] 律速段階 : 化学反応において最も遅い反応段階であり、この反応速度が全体の化学反応の速度を支配している。

[用語3] 触媒 : 化学反応系に少量存在して、化学反応を著しく加速したり、特定の反応だけを起こしたりするが、それ自体は反応の前後で変化しない物質である。

[用語4] 同位体 : 原子番号が同じで、重さ(質量数)だけが異なる原子のことで、化学的性質は同等である。

[用語5] 活性化エネルギー : 反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能である。

[用語6] 速度論解析 : 化学反応の速度を解析することで、反応のメカニズムや化学反応の本質を明らかにするための解析手法である。

[用語7] 水素吸蔵特性 : 物質が、水素を物質内部に取り込む性質のことである。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Electride support Boosts Nitrogen Dissociation over Ruthenium Catalyst and Shifts the Bottleneck in Ammonia Synthesis
(エレクトライド担体がルテニウム触媒上での窒素切断を促進し、アンモニア合成の律速を変化させる)
著者 :
Masaaki Kitano, Shinji Kanbara, Yasunori Inoue, Navaratnarajah Kuganathan, Peter V. Sushko, Toshiharu Yokoyama, Michikazu Hara and Hideo Hosono
DOI :

問い合わせ先

C12A7エレクトライドについて

東京工業大学 元素戦略センター センター長
応用セラミックス研究所 教授
細野 秀雄
Email : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009
Fax : 045-924-5196

触媒反応について

東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授
原 亨和
Email : mhara@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311
Fax : 045-924-5381

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ACCELグループ
剱持 由起夫
Email : suishinf@jst.go.jp
Tel : 03-6380-9130
Fax : 03-3222-2066

報道担当

科学技術振興機構 広報課
Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404
Fax : 03-5214-8432

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975
Fax : 03-5734-3661

エネルギーミックス、電力平準化を目指すスマートグリッド"エネスワローver.3"を開発

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“エネスワローver.3”が制御する東工大・大岡山キャンパスのメガソーラーと各種分散電源

概要

東京工業大学は、エネルギーミックスと電力の平準化をおこなう独自のスマートグリッド“エネスワローver.3”を企業数社と共同で開発し、大岡山キャンパスで運用を開始しました。738kWの太陽電池、105kWのガスエンジン、96kWh(48kWh×2台)のリチウムイオン二次電池をキャンパス内に増設し、2012年に竣工した「東工大環境エネルギーイノベーション棟(EEI棟)」の650kWの太陽電池、100kWの燃料電池、排熱を利用する空調機器などのEEI棟エネルギーシステムとも連携して制御します。 今回の増設によって、大岡山キャンパスの太陽電池の発電容量は合計で約1.4MWとなり、メガソーラー発電所に匹敵する発電容量となりました。また、“エネスワローver.3”は、熱需要に応じた各分散電源の高効率運転をおこなうとともに、リアルタイムデータに基づく独自の電力予測式によってピークカット制御をおこないます。さらに、停電時には各分散電源が連携し、環境エネルギーイノベーション棟に電力を供給し、長期の停電時でも永続的に自立運転をおこなうことができます。“エネスワローver.3”は、高度制御および規模の点で世界初の技術です。

大岡山キャンパス太陽電池の増設図

大岡山キャンパス太陽電池の増設図

スマートグリッド“エネスワローver.3”の特長

大岡山キャンパスに増設された太陽電池:738kW(大岡山キャンパスの屋根に増設)、ガスエンジン:35kW×2台=105kW、リチウムイオン二次電池:48kWh×2台、およびEEI棟既設の太陽電池:650kW、燃料電池100kWの分散電源の運転を制御し、EEI棟および大岡山キャンパスの基幹電力データを集約化するシステムである。

  • ピークで大岡山キャンパス電力の約15%の電力(1/28 10:40では約12%)を太陽電池を主とする分散電源で供給可能となった。
  • エネスワローver.2では、キャンパス全体の太陽光発電量のリアルタイム取得を実現した。
  • エネスワローver.3では、ver.1、ver.2との相互連携、統合化が可能となった。
  • リアルタイムデータに基づく「1. 30分ごとの電力量予測」、「2. 数分後の電力予測」を独自開発した計算式で予測したうえで、ピークカット制御が可能となった。
  • 停電時には、各発電機(太陽電池、ガスエンジン、燃料電池)からの発電電力と空調・照明・エレベータなどによる消費電力の差を最小にする制御をおこない、2台のリチウム二次電池(48kWh×2)を使って長期の停電時でも永続的に自立運転をおこなうことができる。(この蓄電池制御構成は、2012年東工大から特許を申請済み)
エネスワローの管理画面1

エネスワローの管理画面1

エネスワローの管理画面2

エネスワローの管理画面2

スマートグリッド“Ene-Swallow ver.2, 3”の開発

基本設計・設計統括

東京工業大学 理工学研究科 伊原学研究室

情報システム設計

NTTデータ カスタマサービス株式会社
株式会社NTTデータビジネスシステムズ

ソフトウエア設計

シムックス株式会社

各分散電源設置工事統括・エネルギーデータ計測

東京工業大学 施設運営部
株式会社 関電工

太陽電池設置設計

パナソニックESエンジニアリング株式会社
パナソニック株式会社

ガスエンジン排熱利用設計

アズビル株式会社
ヤンマーエネルギーシステム株式会社

二次電池制御工事・設計

宝電設工業株式会社
株式会社 東芝

技術協力

株式会社 日本設計

問い合わせ先

大学院理工学研究科化学専攻 准教授
伊原 学
Email : mihara@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3337

コマツと東京工業大学が組織的連携協定を新たに締結

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コマツ(社長:大橋徹二)と、国立大学法人東京工業大学(学長:三島良直)は、研究開発のための組織的連携に関する協定を4月1日に新たに締結しました。1. 将来建機に求められる機械、電気、材料、情報通信などの分野における革新的技術、2. 現象解明につながる計測、分析、CAE(Computer Aided Engineering)などの先進的「見える化」技術、3. 将来の建設・鉱山向けソリューションビジネスを支える要素技術、の3つを主要な対象として、コマツおよび東京工業大学の双方から人材を集結し、積極的に研究に取り組むことで、建設、鉱山機械に関する革新技術の開発を進めます。

また同時に、東京工業大学大学院理工学研究科にコマツ建機革新技術共同研究講座を設置しました。共同研究講座ではトライボロジー技術の研究に取り組み、建機のキーコンポーネントである油圧機器の高性能化を目指します。東工大のトライボロジーにおける機械、材料、化学各分野の研究者とコマツの研究者による学際的な研究体制を構築しました。コマツと東工大が互いに協力してトライボロジー技術の発展と人材育成に取り組んでいきます。

なお、コマツの国内大学との協定は、横浜国立大学、大阪大学、金沢大学、東京大学に続き5校目、また、東工大の企業等との組織的連携協定は、15機関目となります。

トライボロジー技術 : 潤滑、摩擦、摩耗、焼付きなど摺動にともなう現象を扱う科学技術
コマツ 取締役(兼)専務執行役員CTO 髙村藤寿(左)と東京工業大学学長 三島良直(右)

コマツ 取締役(兼)専務執行役員CTO 髙村藤寿(左)と東京工業大学学長 三島良直(右)

共同研究講座の概要

名称
コマツ建機革新技術共同研究講座
場所
東京都目黒区大岡山2-12-1 東京工業大学大岡山キャンパス 石川台3号館
設置期間
2015年4月1日~2018年3月31日
大学代表者
岸本 喜久雄(東京工業大学大学院理工学研究科 工学系長)
会社代表者
住谷 明(コマツ 開発本部材料技術センタ 所長)
共同研究担当教員
大竹 尚登(東京工業大学大学院理工学研究科 教授)
京極 啓史(東京工業大学大学院理工学研究科 教授)
青木 才子(東京工業大学大学院理工学研究科 准教授)
共同研究講座教員
菊池 雅男(東京工業大学大学院理工学研究科 特任教授※コマツから出向)
田中 真二(東京工業大学大学院理工学研究科 特任准教授)
その他研究員2名

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email: media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

コマツ コーポレートコミュニケーション部

Tel: 03-5561-2616

小寺哲夫准教授が矢崎学術奨励賞を受賞

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大学院理工学研究科電気電子物理学専攻の小寺哲夫准教授が矢崎学術奨励賞を受賞しました。

この賞は、過去に公益財団法人矢崎科学技術振興記念財団から研究助成を受けた研究者の中から、優れた業績をあげた研究者が表彰されるものです。小寺准教授は2011年に同財団から、〈エネルギー〉、〈新材料〉、〈情報〉に関する分野で、独創的で成果が科学技術の進歩に大きく貢献すると考えられる研究を対象とした研究奨励助成を受け、研究を進めました。

受賞テーマ:量子ドット構造を用いたスピン情報素子の開発と高感度センサーへの応用

小寺哲夫准教授

小寺哲夫准教授

今回の受賞を受けて、小寺准教授は以下のようにコメントしています。

半導体中のスピンを情報の担い手として用いるデバイスの創製と物理の解明を目指して研究を行ってきました。特に、電子1個やスピン1つを扱うことができる量子ドット構造を実現してきました。超高速計算機として注目されている量子コンピュータの要素技術になると考えています。また、この量子ドット構造は、周囲の電荷やスピンの変化に敏感であり、高感度なセンサーとしての応用も期待されています。

今回、矢崎学術賞という光栄な賞をいただけたことを大変有り難く思います。これまでご指導いただいた先生方や、共同研究者の皆様、研究室のメンバーに大変感謝いたしております。今後、より一層研究に邁進し、実用化を目指した工学研究と数十年先を見据えた基礎研究の両方を推進してまいりたいと思います。

授賞式での講演
授賞式での講演

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email: pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

液晶性を活用した高性能有機トランジスタ材料を開発 ~高い耐熱性と酸化物半導体並みの高い移動度実現~

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概要

東京工業大学像情報工学研究所の半那純一教授、飯野裕明准教授らは、液晶性を付与した高性能な有機トランジスタ材料の開発に成功した。この材料は、均一で平坦な薄膜が容易に形成できる液晶薄膜を前駆体として用いて結晶薄膜を作製することにより、酸化物半導体(IGZO)並みの10cm2/Vsを超える高い移動度を実用性の高いボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタで実現できる。さらに、この材料は、低分子有機トランジスタの材料の問題点であった均一性と耐熱性を大幅に改善できることから、素子間のばらつきの小さい実用性の高い有機薄膜トランジスタの実現につながる成果といえる。将来、実用化が期待されるプリンテッドエレクトロニクス用半導体の材料基盤技術として期待される。

研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創製プログラム(堀池靖浩研究総括)」により実施した。研究成果は日本時間4月10日発行の英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」オンライン版に掲載される。

研究の概要図

研究の背景

近年、有機半導体を用いた電子デバイスの開発が進み、複写用の感光ドラム[用語1]に続いて、有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子が実用化された。さらに液晶や有機ELディスプレー、電子ペーパー等の画像表示を駆動するアクティブマトリックス[用語2]やRFICタグ[用語3]などへの応用を目的として有機トランジスタの開発が急ピッチで進められている。

従来、このような応用に用いる半導体材料は、移動度[用語4]の点から、アモルファス(非晶質)シリコンや多結晶シリコン、あるいは最近、実用化された酸化物半導体(IGZO)などの無機半導体材料の独壇場だった。しかし、1990年代後半になり、ペンタセン[用語5]をはじめとする有機半導体材料の結晶薄膜を用いた有機トランジスタがアモルファスシリコンを超える、1cm2/Vs以上の高い移動度を示すことが明かにされて以来、こうした応用にも有機半導体の利用が注目されるようになった。

さらにもう一つ、有機半導体の利用が注目される背景には、プリンテッドエレクトロニクス[用語6]の開発がある。この技術は、従来、行われてきた真空プロセスによる製膜やフォトレジストを用いたパターニングを用いたデバイスに代わって、溶液プロセスや印刷技術を活用した製膜とパターニングを用いることにより、大掛かりな設備を必要とせず、安価にデバイスを作製することを可能にする。さらに、150℃程度の低温でデバイスの作製できれば、従来のガラス基板に代わって、安価で柔軟性に富むプラスチック基板が利用できるため、フレキシブルなデバイスの作製が可能になる。

プリンテッドエレクトロニクスを実現するためには、トランジスタも、溶液プロセスにより形成できる必要がある、さらに、熱に弱いプラスチック基板を用いるためには、従来の無機半導体材料では実現が困難な150℃以下の低温プロセスによりトランジスタが形成ができることが必須で、それを可能にする半導体材料が必要となる。その最も有力と考えられている半導体材料が有機半導体である。しかし、これまで多くの有機トランジスタ用半導体材料が合成されてきたが、トランジスタの信頼性や素子間のばらつきの抑制に不可欠な、均一性に優れた結晶薄膜の作製が困難であること、また、デバイス作製に不可欠な熱プロセスに対する耐熱性が100℃程度と低いという問題点を残していた。また、移動度も3cm2/Vs程度に留まり、実用的に必要なプロセス適性と高移動度を兼ね備えた材料は実現できていなかった。

有機トランジスタに用いる有機半導体材料には、大別すると低分子系材料と高分子系材料がある。低分子系材料は精製が容易で、高品質の結晶を得やすい半面、均一で表面平坦性に優れた結晶薄膜を得ることが困難で、また耐熱性が低いという問題がある。これに対し、高分子系材料は成膜性、耐熱性に優れる半面、結晶性が低く、高い移動度を示す薄膜を得るためには200℃を超える高温での熱処理が必要となる。それに加え、材料の精製、分子量分布の制御、合成の信頼性など高分子材料特有の問題点がある。

それぞれの材料の問題点の克服は実用的な材料の開発に不可欠だが、実際には、これらの長所と欠点はこの場合、トレードオフの関係にあるため、解決が困難なのが現実である。

研究成果

東工大の半那教授らはCRESTで行われた研究課題、「液晶性有機半導体材料の開発」に係わる基礎研究の成果をもとに、液晶性[用語7]をトランジスタ材料に付与することにより、低分子系材料の課題であった成膜性、耐熱性の改善を実現したばかりでなく、酸化物半導体に匹敵する10cm2/Vsを超える高移動度を実現する高性能な液晶性有機トランジスタ材料(Ph-BTBT-10)(図1)を開発した。

高次の秩序性をもつ液晶相を発現する新規有機トランジスタ材料

新規液晶性有機トランジスタ用材料 Ph-BTBT-10の化学構造

図1. 新規液晶性有機トランジスタ用材料 Ph-BTBT-10の化学構造

特徴

Ph-BTBT-10 はアルキル基がPh-BTBT骨格の片側だけ置換した構造をもち、結晶相への相転温度が冷却時と加熱時で結晶相/スメクチックE相転移温度が異なる。このため、一旦、結晶化した膜は、142℃まで結晶膜として振る舞う。

この物質は、「結晶に如何に揺らぎを与えて、高い秩序性を持つスメクチック液晶相を発現させるか」という考えに基づいて開発された分子設計の指針により、設計されたもので、狙い通り、142℃から210℃の温度領域で、結晶相にきわめて近いスメクチックE相[用語8]を発現する。この液晶相の発現により、結晶膜は温度が上昇して液晶相に転移したとしても、結晶に近い固体様の液晶相のおかげで、膜形状は保持され、温度が下がると再び、結晶薄膜に戻る。これにより、耐熱性が確保される。実際、この材料で作製したトランジスタは、スメクチックE相を発現する142~210℃の温度領域においても素子構造を保つ。このため、トランジスタを作製後、配線や素子の保護層の形成などに必要な熱処理プロセスに200℃まで耐えることができる。

この材料の溶液を用いて、結晶薄膜を作製する際、液晶相温度で製膜することによって、均一で平坦性に優れた液晶薄膜をまず作製。これを室温まで冷却することによって結晶薄膜を作製すると、均一性が高く、分子ステップ・テラス構造[用語9]が観測されるほど平坦な結晶膜が容易に得られることが分かった。(図2)成膜温度の低温化も可能で、溶媒の選択により、40℃までの低温化にも成功した。

110℃(液晶相温度)でスピンコート法により作製した多結晶薄膜

Ph-BTBT-10を用いて、110℃でスピンコート法により作製した多結晶薄膜の顕微鏡写真と共焦点レーザ顕微鏡(左)、および、原子間力顕微鏡により観察した多結晶膜の表面形状(右)
図2.
Ph-BTBT-10を用いて、110℃でスピンコート法により作製した多結晶薄膜の顕微鏡写真と共焦点レーザ顕微鏡(左)、および、原子間力顕微鏡により観察した多結晶膜の表面形状(右)

特徴

液晶相温度で製膜した均一で平坦性に優れた液晶膜(前駆体)を冷却することによって作製した多結晶薄膜は、液晶薄膜の均一性と平坦性を引き継いで結晶化するため、均一で、分子ステップが観測されるほどの平坦性に優れた結晶膜を作製することができる。

Ph-BTBT-10は、液晶性に由来するこのような優れた特性に加え、もう一つ優れた特性を示すことが見出された。この材料で作製した結晶薄膜は120℃、5分程度の短時間の熱処理により、移動度が約1桁向上する。この物質の単結晶のX線構造解析、相転移、熱処理に伴う熱容量特性や原子間力顕微鏡(AFM)による表面形状の観察から、熱処理に伴って、単分子層構造から、2分子層構造へと結晶構造が変化(図3)することが分かった。この移動度の大幅な向上は、結晶構造の変化に伴って、分子層内の分子配置が変化し、電荷の移動が改善されたことによるものと考えられる。

結晶薄膜の熱アニールに伴う結晶構造の変化

Ph-BTBT-10結晶薄膜の熱処理による推定される結晶構造の変化

図3. Ph-BTBT-10結晶薄膜の熱処理による推定される結晶構造の変化

特徴

120℃5分の熱処理により、結晶薄膜は単分子層からなる凝集構造から、2分子層構造をもつ結晶薄膜に変化する。

Ph-BTBT-10のトランジスタ材料としての高い可能性を実証するため、5枚の基板に多結晶薄膜を形成し、この結晶膜を用いて、より実用的な素子構造であるボトムーゲート・ボトムコンタクト型トランジスタ[用語10]を作製し、その特性を評価した。その結果、図4に示すように、一般に、すぐれた特性を示すボトムーゲート・トップコンタクト型トランジスタ[用語11]に劣らず、ボトムコンタクト型トランジスタにおいても、優れたトランジスタ特性を示すばかりでなく、酸化物半導体(IGZO)に匹敵する10cm2/Vsを超える高い移動度を示すことが分かった。トランジスタの平均移動度は11.2cm2/Vs(標準偏差1.17、最大移動度13.6cm2/Vs)で、均一性と再現性にも優れるばかりでなく、素子特性の点から見ても、Ph-BTBT-10 の結晶膜で作製したトランジスタは高い耐熱性(図5)を持つことを実証することができた。

ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタの優れた特性

Ph-BTBT-10の多結晶薄膜を用いたトランジスタの動作特性

図4. Ph-BTBT-10の多結晶薄膜を用いたトランジスタの動作特性

特徴

ヒステリシスもなく、安定したトランジスタ特性を示す。
ボトムコンタクト・ボトムゲート型にも関わらず、移動度は熱処理後で10cm2/Vsを超える高い移動度を示す。

作製したトランジスタの高い耐熱性

さまざまな材料にルテニウムを担持した触媒を用いた窒素分子切断反応

図5. Ph-BTBT-10の多結晶薄膜を用いて作製した、ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタの熱安定性

特徴

高次の秩序性を持つスメクチックE相を発現するPh-BTBT-10では、スメクチックE相の温度領域で加熱されても薄膜形状を保つことができる。200℃で、5分間加熱した後、室温で測定したトランジスタ特性は移動度の低下は見られるものの、3cm2/Vsを超える高い移動度を示す。

今後の展望

今回の成果は、三つの大きな意味がある。一つは、低分子系有機トランジスタ材料の問題点であった耐熱性と成膜性を高い秩序性を有する液晶相を発現させることにより解決したこと。この考え方は、分子構造が異なる他の低分子系トランジスタ材料についても普遍的に成り立ち、材料の一つの基盤技術として材料開発に活かすことが可能だ。

二つ目は、10cm2/Vsを超える高移動度を実用性の高い、作製容易な多結晶薄膜で実現したこと。従来、有機トランジスタにおいて、酸化物半導体に匹敵する10cm2/Vsを超える高移動度は有機トランジスタ用材料の単結晶薄膜でしか実現されていなかった。多結晶膜による高移動度の実現は素子の応用範囲を広げるばかりでなく、素子間のばらつきの大きい単結晶膜を用いる場合に比べて、特性のそろったトランジスタの作製を可能にする。高移動度を溶液プロセスによる多結晶薄膜で実現できることを実証したことは、有機トランジスタの実用化を進める上で、実現可能な高移動度の一つの目安を与えることになる。

三つ目は、今回、観測された結晶膜の2分子層構造への構造変化に起因する大幅な移動度の向上。これは、従来、高移動度を求めて、分子の化学構造の設計に終始するトランジスタ材料開発の取り組みに対し、新しい材料設計の可能性を示したもので、新材料開発の可能性が広がる。

今後、これらの知見を活用し、実用性を兼ね備えた高移動度の有機トランジスタ材料が開発されると期待される。プリンデッドエレクトロニクス技術の開発が進めば、将来、液晶(液晶性有機半導体)によって駆動される、安価で薄型・軽量、フレキシブルな液晶テレビや有機ELディスプレーの実現も夢ではない。

用語説明

[用語1] 複写機用感光ドラム : アルミドラム上に、絶縁性のポリマー材料と有機半導体からなる薄膜を形成した構造を持ち、複写機やレーザプリンタでコピーやプリントを作る際に用いられる。かつては、材料に無機半導体である非晶質のセレン薄膜が用いられたが、現在は、安価で作製が容易な有機半導体薄膜が用いられている。

[用語2] アクティブマトリックス : ディスプレーにおいて、画素の高速駆動と画素間の干渉を抑制するため、個々の画素にスイッチを設置し、画像のマトリックス表示を可能にする装置。スイッチング素子には一般に薄膜トランジスタ(TFT)が用いられ、その半導体には、アモルファスシリコン、多結晶シリコン、酸化物半導体が用いられている。

[用語3] RFICタグ : 無線(RF)を利用してICチップの中のデータを非接触で読み書きする素子で、データを記録するICチップと小型のアンテナで構成される。個々の「モノ」のタグを取りつけることで、非接触で「モノ」を識別することができるため、バーコードなどでは実現が困難であった「モノ」の管理や配送・集計業務の効率化が図れるため、低コスト化による普及が期待されている。

[用語4] 移動度 : 物質中で電荷が移動する際の移動のしやすさを表す物性値で、単位電場(1V/cm)当たりの電荷の移動速度のこと。単位電場(1V/cm=1cmあたり1ボルト)をかけた時の電荷(電子または正孔)の移動速度(1cm/s=毎秒1cm)。したがって単位はcm2/Vsで表す。半導体材料の電気的特性の優劣を判断する指標となる。

[用語5] ペンタセン :
ペンタセンの化学構造
有機トランジスタ材料として広く研究が行われている物質で、図のような化学構造をもち、真空蒸着法により作製される結晶薄膜をトランジスタの作製に用いる。移動度は~1cm2/Vsの値を示す。大気中で酸化されやすく、実用素子に用いることは難しい。また、溶媒に不溶なことから、溶液プロセスを用いたトランジスタの作製はできない。

[用語6] プリンテッドエレクトロニクス : 従来の電子デバイスでは、基板上にCVD法や真空蒸着法などの真空プロセスを用いて、半導体、絶縁膜、電極などを成膜し、レジストを用いてパターニングを行い、素子を作製するが、このようなプロセスに代わり、成膜とパターニングを同時に行うことができる印刷技術を用いて、半導体、絶縁膜、電極などを形成することを特徴とするエレクトロニクスをプリンテッドエレクトロニクスという。製造設備のコストが安価であるばかりでなく、素子の高い生産性と安い生産コストが期待される。

[用語7] 液晶性 : 一般の物質は、融点において、3次元的な長距離の秩序性をもつ結晶から、ランダムな分子凝集形態をとる液体へと転移する。有機物の中には、結晶から温度を上げると、結晶にみられる分子配向や分子位置に関する秩序性の一部が失われ、ランダムな凝集形態をとる液体に比べて秩序性をもつ凝集状態(液晶相)が自発的に形成されるものがある。このような凝集状態(液晶相)を発現する特性を液晶性という。液晶性は、芳香環などからなる棒状、あるいは、円盤状の分子構造に柔軟な炭化水素鎖を置換した構造を持つ分子にしばしば現れる。液晶相は多様で、液晶表示に用いられる配向秩序性のみを残し、液体性の強いネマチック相から、ここで取り扱う結晶にきわめて近い秩序性を持つスメクチックE相など、多数の液晶相が知られている。

[用語8] スメクチックE相 : 液晶物質が示す分子が層状に凝集した液晶相(スメクチック相と呼ばれる)の一つで、分子層を形成する分子が矩形の配置をとり、さらに、層間にも秩序性を持つ、極めて結晶に近い秩序性を持つ液晶相である。限定的ではあるが、ある程度、3次元の秩序性を示すことから、結晶学的には結晶相の一つ(Crystal E)として、取り扱われることもある。結晶に近い秩序を持つため、流動性はなく、分子結晶に近い様態を示す。

[用語9] 分子ステップ・テラス構造 : 分子長に対応した段差構造(ステップ)と分子層からなるテラス状の構造をいう。結晶薄膜の場合、この構造は、分子スケールで膜が平坦であることを示す。この観察には、原子力顕微鏡や電子顕微鏡などが用いられる。

[用語10] ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタ :
ボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタ
電界効果トランジスタの素子構造の一つで、図の様に、ゲート絶縁膜上に、ソース、ドレイン電極を配置し、その上に半導体層を配置した構造のトランジスタ。素子の作製が容易で、溶液プロセスを用いてソース、ドレインの形成を行う場合、有機半導体層のダメージを防ぐことができるため、有機半導体を用いた実用素子の作製に採用されている。

[用語11] ボトムゲート・トップコンタクト型トランジスタ :
ボトムゲート・トップコンタクト型トランジスタ
電界効果トランジスタの素子構造の一つで、図の様に、ゲート絶縁膜上に半導体層を配置し、その上にソース、ドレイン電極を配置した構造のトランジスタ。有機半導体上に、真空蒸着などの手法により金属電極を形成すルため、一般に、有機半導体層と電極材料の電気的接触が良く、ボトムコンタクト型素子比べて、高い移動度が得やすい。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Liquid Crystals for Organic Thin Film Transistors
(有機薄膜トランジスタのための液晶)
著者 :
Hiroaki Iino, Takayuki Usui, Jun-ichi Hanna
(飯野裕明、臼井孝之、半那純一)
DOI :

問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 像情報工学研究所
半那純一
Email : hanna@isl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5176
Fax : 045-924-5175

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部グリーンイノベーショングループ
古川雅士
Email : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531
Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975
Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課
Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404
Fax : 03-5214-8432

東工大関係者5名が「科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞

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このたび、東工大教員等5名が、科学技術分野で顕著な功績があったとして、科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞しました。

科学技術分野の文部科学大臣表彰では、「科学技術賞」として「開発部門」、「研究部門」、「理解増進部門」などいくつかの部門に分かれて表彰されています。文部科学省より発表された今年度の受賞者に、日ごろの研究活動、研究成果を認められた東工大関係者2名が含まれています。

また、萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた若手研究者を対象とした「若手科学者賞」を3名の東工大教員が受賞しました。

本賞を受賞した東工大関係者は以下のとおりです。

科学技術賞(研究部門)

伊藤 満 応用セラミックス研究所 教授

受賞業績:「機能性酸化物新材料の創出に関する研究」

研究の概要とコメント

伊藤 満 応用セラミックス研究所 教授
伊藤 満 応用セラミックス研究所 教授

既存の物質・材料を改良して所望の性質を有する材料を得る従来型の物質・材料研究とは対照的に、本研究の特徴は全く新しい考え方でリチウムイオン伝導体、強誘電体、電気伝導体、磁性体、蛍光体等の新物質を作り出して、その物性・機能発現の原因を徹底して調べ上げたことにあります。考え方をまとめて体系化する過程で多くの学生、スタッフ、国内外の研究者の方々と直接実験を遂行し議論を交わすことができました。その結果を多数の論文として公表できたお蔭で本賞をいただけたと思います。改めて関係者に感謝いたします。今後も研究に集中してより重要かつ有用な新物質を報告してゆこうと思っています。

齊藤 正樹 名誉教授・特命教授 グローバル原子力安全・セキュリティ・エージェント教育院 院長

受賞業績:「平和と持続的発展に向けた軍事転用困難なプルトニウムの研究」

齊藤 正樹 名誉教授・特命教授 グローバル原子力安全・セキュリティ・エージェント教育院 院長
齊藤 正樹 名誉教授・特命教授
グローバル原子力安全・セキュリティ・
エージェント教育院院長

研究の概要とコメント

ウラン燃料を使用する原子炉で生成される従来のプルトニウムは、数千年に亘るエネルギー源と言われていますが、軍事転用可能であり、非常に機微で厄介な核物質の一つであります。

しかし、使用済み燃料に含まれるマイナーアクチニド(ネプツニウムやアメリシウム等の総称:これまでは、厄介な「核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)」として扱われてきましたが)を、ウラン燃料に少量添加し、中性子によって核変換すれば、軍事転用が困難な強い核拡散抵抗性を有するプルトニウムを生成することが可能であることが分かりました。また、その生成メカニズムを、国内外の2種類の研究炉を使って実験的に実証しました。

本研究により、マイナーアクチニドは、決して厄介な「核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)ではなく、プルトニウムの軍事転用を防ぐ貴重な物質「宝」あることが示されました。

この研究成果を活用すれば、今後の世界の原子力の平和利用に大きく貢献するのみならず、オバマ米国大統領の提唱する「核なき世界」の実現に寄与することが期待されます。また、「核のゴミ」も低減され、人類の持続的発展に寄与することが期待されます。

本研究に対して、平成27年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)に選ばれたというお知らせを頂きました。大変光栄であると同時に本研究を進めるにあたり素晴らしい研究仲間に恵まれたことに感謝したいと思います。また、これまでの研究を支えて頂きました東京工業大学に深く感謝を致します。

若手科学者賞

臼井寛裕 理工学研究科 地球惑星科学専攻 助教

受賞業績:「火星の水の起源および消失過程の研究」

研究の概要とコメント

臼井寛裕 理工学研究科 地球惑星科学専攻 助教
臼井寛裕 理工学研究科
地球惑星科学専攻 助教

近年の探査研究により、地球の隣を周回する火星にも、かつては液体の水(海・湖・河川)が存在していたことが明らかになりました。私は、火星生命環境と密接に関連する水の歴史を明らかにすることを目標に、2010年頃より本研究テーマに取り組んできました。

本研究の特色は、火星隕石に残された過去の水の痕跡(水素同位体比)を系統的に調べることにより、従来の探査研究では分からなかった、火星の「水の起源」と「海の消失過程」を明らかにしたことです。幸い、東工大大学院生を含む国内外の多くの共同研究者に恵まれ、研究を進める上で鍵となった化学分析法やデータ解析モデルを独自に開発することができました。この場をお借りして、改めて深く感謝の意を表します。

本研究成果は、生命の発生・進化に直結する水の歴史を明らかにしており、火星生命検出を目的とした将来探査計画の策定に強く反映されると期待しています。今後は、日本初の火星着陸探査および世界初の火星衛星サンプルリターン計画の成功を目指し、研究・教育活動に邁進していきたいと思います。

宗宮健太郎 理工学研究科基礎物理学専攻 准教授

受賞業績:「大型重力波検出器KAGRAの開発研究」

研究の概要とコメント

宗宮健太郎 理工学研究科基礎物理学専攻 准教授
宗宮健太郎 理工学研究科
基礎物理学専攻 准教授

重力波はアインシュタインが予言した時空のさざ波です。ブラックホールの振動や連星中性子星の合体など、大質量の変動を伴う天体現象が引き起こす時空の歪みが波となって地球まで伝わってきます。我々はこれまで検出されていない重力波の観測を目指して大型望遠鏡“KAGRA”の建設を進めています。

2017年頃には望遠鏡を完成させ、重力波を用いた新しい天文学の創成を目標にまい進していきたいと思っています。

今回の受賞は、200人を超えるKAGRAメンバー各位の協力があって実現したものです。私は、トンネル掘削からサファイア鏡の開発まで、多岐にわたるサブシステムの統合を担うシステムエンジニアとして、研究開発を進めていますが、各サブシステムの絶え間ない努力には日々感服しています。

私の研究室に所属した学生のみなさんには、望遠鏡の建設地である岐阜県神岡に滞在して開発に尽力してもらうなど、大変がんばってもらっています。

彼らの協力なしに本賞の受賞はなかったと思います。また、平成23年に東工大へ所属して以来、研究活動を支援してくださっている基礎物理学専攻、理学研究流動機構、テニュアトラック制度事務局の各位にこの場を借りて感謝の意を表したいと思います。

只野耕太郎 精密工学研究所 准教授

受賞業績:「空気圧駆動を用いた手術支援ロボットシステムの研究」

研究の概要とコメント

只野耕太郎 精密工学研究所 准教授
只野耕太郎 精密工学研究所 准教授

これまで、腹腔鏡手術を対象とした手術支援ロボットシステムの研究開発に取り組んで参りました。より直感的で安全性の高いロボット手術を実現すべく、患者腹腔内で作業を行う鉗子マニピュレータを空気圧駆動とし、その圧力情報から手先の外力を推定することで、術者への力覚フィードバックを実現しました。

この度は、本活動に対しこのような栄誉ある賞を賜ることができ身に余る光栄に存じます。これもひとえに学内外関係者の方々のご支援、ご協力によるものであり、この場をお借りして心より感謝申し上げます。これを励みにより一層精進して参ります。

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email: media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


刺激に対する脳神経の環境適応能力を解明―神経回路の過剰な興奮伝達を抑制―

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要点

  • 光を長時間ショウジョウバエに当て続けると視神経のシナプスの数が減少
  • 下流の神経(脳神経)が、上流の神経(視神経)にWNTというタンパク質を送り改変指令を伝達
  • 学習や記憶など経験による神経シナプスの改変能力の分子メカニズム解明

概要

東京工業大学の鈴木崇之(たかし)准教授らはドイツ神経変性疾患研究所(DZNE)の杉江淳(あつし)研究員らと共同で、外界からの継続した刺激に対し、脳の神経細胞がシナプス(神経細胞の接続部分)[用語1]の構成タンパク質を入れ替え、数を減らすことによって、環境に適応することを発見した。この適応能力は、シナプスの下流から上流に運ばれる「WNT」と呼ばれる分泌タンパク質が伝達役となっていることも突き止め、シナプスが柔軟に変化する分子レベルのメカニズム解明に成功した。

鈴木准教授らはショウジョウバエ[用語3]に3日間普通の強さの光を当て、自然環境に近い形で実験を行い、シナプスの構成タンパク質の変化とシナプスの減少を観察した(図1、2参照)。この環境適応能力は経験による学習や記憶などと類似のメカニズムと考えられ、脳神経系に無数にあるシナプス接続の柔軟な適応能力の分子メカニズムの全貌解明につながる。またこの能力は、過剰な情報伝達を抑制し、過剰な興奮による細胞死を抑制する自己防衛機能を反映していると考えられる。

ショウジョウバエのような寿命の短い動物ではシナプスを変化させる神経系はあまり見出されていなかったが、スピーディーな遺伝子機能解明に定評のあるショウジョウバエで見つかったことは、シナプス変化のカギを解く研究が加速することになる。将来はヒトの心の仕組みまで理解できるような主要な共通原理の発見、神経変性疾患や精神疾患の治療に役立つほか、記憶や脳機能の向上につながることが期待される。この成果は4月16日発行の米国の脳科学誌「ニューロン」オンライン版に掲載された。

ショウジョウバエの複眼に3日間光を当てると、WNTという分泌タンパク質が減少することにより視神経細胞のシナプスの数が減少することが分かった。
図1.
ショウジョウバエの複眼に3日間光を当てると、WNTという分泌タンパク質が減少することにより視神経細胞のシナプスの数が減少することが分かった。(作図:鈴木崇之)

研究の背景

ヒトは、見たり聞いたりしたことによって、ものを覚えたり、ものの考え方が変化したりする。それは外界からの刺激により、神経が興奮し、その入力によって神経の全体としてのつながり方が変化するからである。主に、神経と神経の接続部分であるシナプスという構造の特性が変化することで、それが行われていると考えられている。

このことを神経活性依存的なシナプスの可塑的な変化と呼ぶ。シナプス可塑性の変化は非常によく研究されている分野で、さまざまな動物の脳神経系において、さまざまな形の変化が起こっていることはよく知られている。

しかし、シナプスの可塑性において、後シナプスの変化の研究は比較的進んでいるが、前シナプスの活性部位の変化については、よく分かっていなかった。また、シナプス可塑性をコントロールする分子実体についてもよく分かっていない。特に前シナプスと後シナプスを行き来して相互の情報を交換する分子についてはほとんど分かっていなかった。

研究成果

今回は、その可塑的な変化の中でも、以下の4点を解明した。

  1. 1.前シナプスと呼ばれる構造の構成分子が再構成を起こすことが詳細にわかった。(図2参照)
  2. 2.生体内で、はっきりと一つ一つの神経のシナプスの数が数えられる状態での実験で、シナプスの減少が測定できた。(図1参照)
  3. 3.自然な強さの光を当てるという普通の刺激に対するシナプスの可塑的な変化を生体内で捉えることができた。(図1参照)
  4. 4.後シナプス側の神経活性が必要であるということが分かり、後シナプス側から前シナプス側に情報の伝達が行われる必要があることが明らかになった。その実体がWNTと呼ばれる分泌タンパクであった。(図1、2参照)

今後の展開

鈴木准教授らはショウジョウバエを用いて、長時間光に当てることにより、視神経細胞を通常より長く活性化し、シナプスの構成タンパク質の変化とシナプスの減少を観察した。(図1参照)この環境適応能力は、経験による学習や記憶などとメカニズムが類似であると考えられ、脳神経系に無数にあるシナプス接続の柔軟な適応能力の分子メカニズムの全貌を解明することにつながると考えられる。

また、ショウジョウバエという遺伝子探索・機能解析が得意である実験動物で、簡便な方法でシナプス可塑性をはっきりと観察できる系を発見し、確立したことが注目される。これによって、さらなる遺伝子発見と分子メカニズムの解明が進むものと期待される。

さらに、ヒトの心の仕組みまで理解できるような主要な共通原理の発見につながり、シナプスの挙動を理解して操作することにより、記憶や脳機能の向上につながることが期待される。

さらに言えば、今回発見されたシナプスの変化は、過剰な情報の伝達を抑制し、過剰な興奮による神経細胞死から守る自己防衛機能を反映していると考えられる。本研究で発見されたWNTシグナルを操作し、シナプスの変化を自在に操作することによって、神経回路を神経細胞死から守ることが出来るようになり、神経変性疾患や精神疾患の治療に役立つことが期待される。

分子レベルでどのようなことが視神経細胞内で起こっているかを解き明かした。(右上)ショウジョウバエの複眼部分の断面図。視神経細胞がびっしりと並び、軸索を脳の内部に伸ばしている(青)。(左上)視神経細胞の軸索は脳神経とシナプスと呼ばれる接続部分を形成する(緑の点)。(下)シナプスの拡大図。光を受けた視細胞のシナプスでは、活性部位を構成するタンパク質のいくつかが離散し、シナプスの数の減少が起こる。この変化は可逆的で、暗所に戻すと再びシナプスの数は元に戻る。
図2.
分子レベルでどのようなことが視神経細胞内で起こっているかを解き明かした。(右上)ショウジョウバエの複眼部分の断面図。視神経細胞がびっしりと並び、軸索を脳の内部に伸ばしている(青)。(左上)視神経細胞の軸索は脳神経とシナプスと呼ばれる接続部分を形成する(緑の点)。(下)シナプスの拡大図。光を受けた視細胞のシナプスでは、活性部位を構成するタンパク質のいくつかが離散し、シナプスの数の減少が起こる。この変化は可逆的で、暗所に戻すと再びシナプスの数は元に戻る。(作図:杉江淳)

用語説明

[用語1] シナプス : 神経細胞と神経細胞が接続している構造のこと。上流の神経が下流の神経に神経伝達物質[用語2]を放出して興奮を伝えていく。前シナプス構造とは、神経伝達物質を放出する側の細胞の構造。後シナプスとはその神経伝達物質を受け取る側の構造。

[用語2] 神経伝達物質 : 上流側の神経が興奮することによって、シナプスから放出され、受け取った神経の興奮や抑制を引き起こす化学物質。アドレナリン、アセチルコリン、ドーパミンなどが有名。

[用語3] ショウジョウバエ : 遺伝子の発見、機能解析に優れ、歴史的に他の動物の研究の礎となるような発見をいち早く行ってきたことで、実験動物としての高い評価がある。

論文情報

掲載誌 :
Neuron
論文タイトル :
Molecular Remodeling of the Presynaptic Active Zone of Drosophila Photoreceptors via Activity-Dependent Feedback.
著者 :
Atsushi Sugie, Satoko Hakeda-Suzuki, Emiko Suzuki, Marion Silies, Mai Shimozono, Christoph Moehl, Takashi Suzuki*, and Gaia Tavosanis*
DOI :

研究グループ

東京工業大学、ドイツ神経変性疾患研究所(DZNE)、国立遺伝学研究所、ヨーロッパ神経科学研究所(ENI)

研究サポート

本研究は、東京工業大学による「東工大挑戦的研究賞」のサポートを受けた。科学研究費補助金である「研究活動スタート支援」、東京医科歯科大学岡澤教授を領域代表とする新学術領域研究「シナプス病態」からの支援は研究推進に不可欠な役割を果たした。また、三菱財団(自然科学研究助成)、日本分子生物学会 若手研究助成 富澤純一・桂子 基金、住友財団、ライフサイエンス振興財団、伊藤科学財団、第一三共生命科学研究振興財団(海外帰国研究者研究継続支援助成)、東レ科学技術研究助成に研究の様々な推進段階において、多大な支援を受けた。さらに、国立遺伝学研究所の共同研究支援により、鈴木えみ子博士との共同研究を円滑に進めることが出来た。

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科
バイオフロンティア共通講座 生体システム専攻
准教授 鈴木崇之
Email : suzukit@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5796 / Fax : 045-924-5974

平成26年度「東工大の星」支援STAR 採択者決定

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平成26年度「東工大の星」支援(STAR:Support for Tokyotech Advanced Researchers)の採択者3名が決定しました。

(前列左から)稲邑朋也准教授、吉沢道人准教授、西山伸彦准教授 (後列左から)辰巳敬理事・副学長(3月31日付退職)、三島良直学長
(前列左から)稲邑朋也 准教授、吉沢道人 准教授、西山伸彦 准教授
(後列左から)辰巳敬 理事・副学長(3月31日付退職)、三島良直 学長

「東工大の星」支援とは、東工大基金を活用し、将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者や、基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者へ大型研究費の支援を行うものです。次世代を担う、本学の輝く「星」を支援します。

「東工大の星」支援の概要

目的

東工大基金を活用し、本学における優秀な若手研究者への大型支援を実施することにより、本学の中期目標である基礎的・基盤的領域の多様で独創的な研究成果に基づいた新しい価値の創造を促進し、もって、学長の方針に基づく本学の研究力強化に資することを目的とする。

支援対象者

公募によらず、様々な業績を勘案し、学長及び研究戦略室長の協議により選考する。

観点

  • 将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者
  • 基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者

役職等

  • 若手研究者は准教授以下(原則40歳以下)とする

第2回目の今回は、3名の「星」が学長及び研究戦略室長の協議により選考されました。

所属部局
専攻
職名
氏名
大学院理工学研究科(工学系)
電気電子工学専攻
准教授
西山 伸彦
資源化学研究所
准教授
吉沢 道人
精密工学研究所
准教授
稲邑 朋也
授与式の様子

授与式の様子

学長との懇談の様子

学長との懇談の様子

東工大基金

この支援プロジェクトは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課研究企画グループ
Email: kensen@jim.titech.ac.jp

動画で見る東工大研究 ~Tokyo Tech Research 『手術支援ロボット』

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東工大は、環境、情報、電気、生命科学など、幅広い分野で最先端の研究に取り組んでいます。そうした研究内容を、今後、動画で紹介していきます。

第一弾として今回取り上げたのは、精密工学研究所の只野耕太郎准教授が東京医科歯科大学と共同で開発を進める「手術支援ロボット」。開腹手術よりも患者への負担が少ない腹腔鏡手術に使用されるロボットです。最大の特徴は、医師の手に代わって患部を掴んだり引っ張ったりする鉗子(かんし)の動きが空気圧でコントロールされていること、そして鉗子にかかる力を数値で計測し、その力を医師が握る機器に伝えることにより医師が手元で鉗子先端の抵抗を感じることができる点です。動画ではその仕組みを説明しています。ぜひご覧ください。

光学的手法による異方的なキャリア輸送の可視化

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概要

東京工業大学大学院理工学研究科電子物理工学専攻の間中孝彰准教授と岩本光正教授は、有機単結晶中における異方的なキャリア輸送を直接可視化する手法を開発した。

研究の背景

キャリア移動度は有機デバイスの特性を決定する重要な指標であり、高移動度材料の開発や作製プロセスの研究が盛んに行われている。単結晶は高移動度を実現する上で有効ではあるが、キャリア輸送が単結晶特有の異方性[用語1]に支配されたものとなるため、実際にデバイスに用いるにあたって移動度異方性を評価する必要がある。

一般に、移動度の異方性は電気特性から評価するが、電極を多数用意する必要があり分解能に制限がある、接触抵抗などの影響を除去する必要があるといった課題があった。

研究成果

移動度を電気特性から評価する一般的な手法の課題に対して、間中准教授らは時間分解顕微光第2次高調波発生法(TRM-SHG)[用語2]と円形電極を用いて、有機半導体薄膜における移動度異方性を直接評価した。第2次高調波発生(SHG)信号は反転対称中心を持つ材料からは発生しないが、電界が材料に印加されることで発生するようになる。

材料に注入された電荷は、それ自身が電界の源となるため、電界の時間的変化をTRM-SHG法によって捉えることで、キャリア輸送の様子を直接観測することが可能となる。また、電極形状を工夫し、円形の単一電極を用いることで、電極の周囲全方向に同時にキャリアを注入・輸送させることができるため、キャリア輸送の異方性を直接可視化することができる。

Dip-coating法[用語3]によって得られたTIPSペンタセン薄膜[用語4]において、円形電極を用いて輸送特性を評価した結果を一例として図に示す。方向によってキャリアの進行距離が異なっており、輸送の異方性を画像として捉えることをできた。この結果からは移動度の最大値が2.1 cm2/Vs[用語5]、最小値が0.55 cm2/Vs、移動度異方性が約3.8程度と見積もられた。

今後の展開

TRM-SHGと円形電極による手法を用いることで、単結晶材料や配向した高分子半導体材料において、異方性を含めた移動度の評価が可能となる。特に、接触抵抗などがある場合においても、その影響を考慮した解析ができ、新しい材料開発への貢献が期待される。一方で、この手法の特徴は材料中の電界を直接評価できることにある。そのため、移動度だけでなく、デバイス中に存在するトラップなどの情報に関しても得ることができる。また、有機デバイスのみならず、無機の半導体デバイスの評価法としても有効である。

(a)TIPSペンタセンの単結晶グレインの偏光顕微鏡像(矢印の方向は消光位を示し、中心に電極が確認できる)。(b)~(d)TIPSペンタセンで観測されるキャリア輸送の異方性。時間経過にともなって、キャリアが電極から周辺に広がっていく様子を確認できる。

(a)TIPSペンタセンの単結晶グレインの偏光顕微鏡像(矢印の方向は消光位を示し、中心に電極が確認できる)。
(b)~(d)TIPSペンタセンで観測されるキャリア輸送の異方性。時間経過にともなって、キャリアが電極から周辺に広がっていく様子を確認できる。

用語説明

[用語1] 異方性 : 物体の物理的性質が方向によって異なること。移動度異方性はキャリアの移動する方向によって移動度が異なること。

[用語2] 時間分解顕微光第2次高調波発生法(TRM-SHG) : SHGとは光第2次高調波発生のことで、材料に光を入射すると、入射した光の波長の半分を持つ光が新たに発生する現象のこと。対称性の高い材料においては、このSHG光が材料にかかっている電界の2乗に比例するため、電界を計測する手法として用いることができる。このSHG測定を非常に速い時間スケールで行い、電荷の動きを捉える。

[用語3] Dip-coating : 有機半導体溶液に基板を浸漬し、それを引き上げることによって薄膜を形成する手法。

[用語4] TIPSペンタセン薄膜 : 6,13-ビス(トリイソプロピルシリルエチニル)ペンタセン。有機FETにおいて広く用いられる材料であるペンタセンを、溶液プロセスにより薄膜形成できるようにした材料。

[用語5] cm2/Vs : キャリア移動度の単位(cm=センチメートル、V=ボルト、s=秒)。単位電界(V/cm)をかけた時のキャリアの速さ(cm/s)を表す。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Express
論文タイトル :
Direct Observation of Anisotropic Carrier Transport in Organic Semiconductor by Time-Resolved Microscopic Second-Harmonic Imaging
著者 :
Takaaki Manaka, Kohei Matsubara, Kentaro Abe, and Mitsumasa Iwamoto
所属 :
Department of Physical Electronics, Tokyo Institute of Technology
DOI :

問い合わせ先

大学院理工学研究科 電子物理工学専攻
准教授 間中孝彰
Email : manaka@ome.pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2673 / Fax : 03-5734-2673

長時間咀嚼すると食後のエネルギー消費が増える

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概要

東京工業大学大学院社会理工学研究科の林直亨(はやし・なおゆき)教授らは、急いで食べる時に比べて、ゆっくり食べる方が食後のエネルギー消費量(食事誘発性体熱産生[用語1])が増加することを明らかにした。早食いと遅食いの消費量は食後のガム咀嚼(そしゃく)によっても埋められない程度の差であることも分かった。

合計621kcal(キロカロリー)の食事をできるだけ急いで食べると、その後、3時間の食事誘発性体熱産生は15kcalだった。一方、食塊がなくなるまでよく噛(か)んで食べた時には30kcalと有意に高い値だった。この結果は林教授らの先行研究(Obesity誌, 2014)を支持するものであった。食後15分間ガムを噛むと、6~8kcalのエネルギー消費量の増加が認められたが、食事の速さの違いに匹敵するほどの影響には至らなかった。

この成果は、ゆっくりよく噛んで食べることが良い習慣であることの裏づけとして、また咀嚼を基本にした減量手段の開発に役立つものとして期待される。

この成果は第92回日本生理学会で発表した。

研究の背景

早食いが過食をもたらし、それが原因で体重が増加する可能性が示唆されている。一定量の食事を摂取した場合にも、食べる速さが体型に何らかの影響を与えるかどうかについては明らかではない。

林教授らはこれまでに300kcalの試験食をゆっくり摂取すると、早く摂取するよりも食事誘発性体熱産生が増加することを示した。今回の研究では、通常の食事でも同様のことが起こるのかを確認し、また食後のガム咀嚼が、食事の早さを遅くすることに匹敵する効果があるのかについて検討した。

研究成果

被験者12名に安静状態での測定後、スパゲティ、ヨーグルト、オレンジジュース(合計621kcal)を与えた。食品をできるだけ急いで食べる試行と、できるだけゆっくり食べる試行とを行った。加えて、食事終了後に15分間ガムを噛む試行と、噛まない試行とを行った。安静時から摂食、摂食後3時間までの酸素摂取量を計測し、食事誘発性体熱産生量を算出した。

その結果、食後3時間のエネルギー消費量は、急いで食べた試行の場合平均15kcalだった一方、ゆっくり食べた時には30kcalと有意に高い値を示した。ガムを噛むことによってこれらの値は平均6~8kcal増加した。

急いで食べるよりも、よく噛んでゆっくり食べると、食後のエネルギー消費量が増えることが確認された。ガムを噛むことによってこの差は多少埋まることが示されたが、15分間のガム咀嚼では、食べる早さの違いを埋める程の効果には至らなかった。

早く食べた際(左)と遅く食べた際(右)の、食後3時間の体重1kg当りの食事誘発性体熱産生の個人値、平均値および標準誤差を示した。食べる早さは有意に食事誘発性体熱産生に影響した。ガム咀嚼も有意な効果を示したものの、食べる早さの影響には匹敵するものではなかった。

早く食べた際(左)と遅く食べた際(右)の、食後3時間の体重1kg当りの食事誘発性体熱産生の個人値、平均値および標準誤差を示した。食べる早さは有意に食事誘発性体熱産生に影響した。ガム咀嚼も有意な効果を示したものの、食べる早さの影響には匹敵するものではなかった。

今後の展開

ゆっくりよく噛んで食べることが良い習慣であることの裏づけとして、また咀嚼を基本にした減量手段の開発に役立つものとして期待される。今後は、咀嚼時間と咀嚼回数のどちらが食事誘発性体熱産生に影響を及ぼすのかについて検討する予定である。

用語説明

[用語1] 食事誘発性体熱産生 : 摂食後に起こる栄養素の消化・吸収によって生じる代謝に伴うエネルギー消費量の増加である。基礎代謝量の1割程度を占める。

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Physiological Science, 65 (1): S240 (2015)
論文タイトル :
Effect of postprandial chewing gum on diet-induced thermogenesis.
著者 :
HAMADA Yuka, HAYASHI Naoyuki

問い合わせ先

大学院社会理工学研究科 人間行動システム専攻
教授 林直亨
Email : naohayashi@hum.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3434 / Fax : 03-5734-3434

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