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ウエハにダメージが生じないステルスダイシング加工を実現 3次元積層半導体用の極薄ウエハ開発に貢献

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  • ステルスダイシングによる、ダメージが生じない極薄ウエハのレーザー加工技術を開発
  • レーザーダメージ評価用チップを開発し、ダメージの定量化に成功
  • 無駄の少ない加工によりチップ収量の向上を実現

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 異種機能集積研究ユニットの大場隆之特任教授は、WOWアライアンス[用語1]と共同で、ステルスダイシング[用語2]と呼ばれるレーザーダイシング加工プロセスを用いた、ダメージが生じない極薄ウエハ加工技術の開発に成功した。

現在、2次元半導体デバイスの微細化の限界を突破し、高性能化・低消費電力化を目指して、極薄ウエハを使った3次元積層半導体の開発が進められている。しかし極端に薄いウエハを分割すると欠けが増加するという問題があった。本研究では、レーザーダメージ評価用に微細配線を有するTEG[用語3]ウエハを開発し、ダメージ量とその発生位置の定量化に成功した。さらに今回開発したダイシング手法では、ダイシングストリート幅[用語4]を従来技術に比べて1/4に縮小できるため、チップ収率の向上にもつながることが分かった。

この成果はバーチャルカンファレンスとして6月3日(水) ~ 30日(火)に開催される半導体パッケージング技術に関する国際会議「ECTC2020」(主催: IEEE)で発表する。

背景

パソコンやスマートフォンに欠かせないCPUやメモリなどの半導体は、微細化により性能を向上させてきた。ところが、従来技術の延長線上ではこれ以上微細化できないという物理的な限界が迫っている。こうした2次元的な微細化限界を突破し、半導体デバイスのさらなる高性能化、低消費電力化を実現するために、ウエハをミクロンレベルまで薄くし、TSV[用語5]配線を用いた3次元積層の開発が急ピッチで進められている。

しかし、ウエハを元の厚さから1/10以下まで薄くしこれをダイシング(分割)すると、チッピングと呼ばれる欠けが増加する。またダイシングストリート幅によってウエハ当たりのチップの数が決まるため、チッピングがなく、ダイシングストリート幅ができるだけ狭いダイシング方法が必要とされる。このため、ステルスダイシング(SD)と呼ばれるレーザーダイシング技術がすでに実用化されている。

本研究では、デバイス面に生じるわずかなダメージの評価方法を確立すること、そしてステルスダイシングにおけるレーザー波長と照射方法を工夫することによって、ダイシングストリート幅を従来技術よりも縮小することを目指した。

研究成果

本研究では、ダメージ検出のための評価用チップとして、配線幅/スペースが1 µm/1 µm(Al/Ti)のTEGウエハを開発した(図1a)。このウエハでは、ダメージ感度を向上させるためにAlとTiの膜厚をそれぞれ30 nmとした(図1b)。ダメージ発生位置を検出するためのモニタリング配線は、レーザー加工ライン(ダイシングストリート)に対して平行に1 µmピッチで設計されている(図1c, d)。レーザー加工後に、測定パッドを通して各モニタリング配線の抵抗値変化率を計算することでダメージを評価した。

図1.TEG構造:(a)TEGウエハ、(b)配線構造、(c)配線の拡大図、(d)配線の断面構造図

図1. TEG構造:(a)TEGウエハ、(b)配線構造、(c)配線の拡大図、(d)配線の断面構造図

図1.TEG構造:(a)TEGウエハ、(b)配線構造

図1.TEG構造:(c)配線の拡大図、(d)配線の断面構造図

図1. TEG構造:(a)TEGウエハ、(b)配線構造、(c)配線の拡大図、(d)配線の断面構造図

このTEGウエハを用いて、薄化ウエハ用のステルスダイシングプロセスの一種であるSDBG[用語6]プロセスを想定し、ウエハ厚50 µmとしたときのダメージ評価を実施した。Siに対する波長透過率の影響を評価するために2種類のレーザー(1,099 nm, 1,342 nm)を用いた。このダメージ評価の結果を図2に示す。波長1,342 nmでは、加工中心近傍の配線抵抗が大きく増加し、この部分でダメージが発生した(図2a)。一方1,099 nmでは、配線抵抗値が増加してないことから、ダメージが発生しないことを確認した(図2b)。この新たな評価手法により、波長1,099 nmのレーザーによって、ダメージレスのステルスダイシングが可能であることが明らかになった。

図2.ダイシング後の配線抵抗値:(a)波長1,342 nm

図2.ダイシング後の配線抵抗値:(b)波長1,099 nm

図2. ダイシング後の配線抵抗値:(a)波長1,342 nm、(b)波長1,099 nm

このダメージレスのステルスダイシング法で必要なダイシングストリート幅を、従来のダイシング法であるDBG[用語7]と比較した。その結果、DBGでは60 µmであったダイシングストリート幅が、SDBGでは15 µmとなり、1/4に削減できることが確かめられた(図3b)。さらに、チップ面積に対する、ダイシングストリート幅の削減によるチップ収率の増加率を計算したところ、チップ面積が小さくなるほどストリート幅の削減効果が大きいことが分かった(図4)。

図3.ダイシングストリート幅:(a)概略図

図3.ダイシングストリート幅:(b)DBGとSDBGの比較

図3. ダイシングストリート幅:(a)概略図 、(b)DBGとSDBGの比較

図4.ストリート幅を60 µmから15 µmに削減したときのチップ数の増加率

図4. ストリート幅を60 µmから15 µmに削減したときのチップ数の増加率

今後の展開

今回開発されたステルスダイシング技術は、ダイシングストリート幅が従来技術より縮小し、チップ収率を向上させることから、ウエハ製造プロセスの効率化に貢献することが期待される。今後は、このダメージレスダイシング技術の実用化に向けて、波長1,099 nmレーザー専用の光学エンジンの製品化を目指す。

用語説明

[用語1] WOWアライアンス : 東京工業大学を中心に設計・プロセス・装置・材料など、半導体関連の複数企業および研究機関からなる研究グループ。薄化したウエハを簡単に積層することができ、バンプレスTSV配線を用いた3次元化技術を世界で初めて開発に成功した。

[用語2] ステルスダイシング : パルスレーザーをウエハ内部に集光し、制御した亀裂を生成することによってウエハを分割する手法。非接触加工であるため、チッピングを抑制しながら、高速加工が可能。従来手法に比べて加工品質・精度が改善できるため、薄化ウエハのダイシングに適用されている。

[用語3] TEG : Test Element Groupの略であり、ICやLSIなどの設計・製造上の問題を見つけ出すための評価用チップ。

[用語4] ダイシングストリート幅 : ダイシングにより分割するためにチップ間に設けられた削りしろ。チッピングやカーフ幅、プロセスマージンに基づいて設計される。

[用語5] TSV : Through-Silicon-Viaの略であり、シリコンウエハを貫通させ、埋め込み配線で上下チップチップを接続させる接続孔。最近では、シリコン材料以外にも配線するため、前工程における垂直配線(vertical interconnects)とした方が分かりやすい。

[用語6] SDBG : Stealth Dicing Before Grindingの略であり、元厚のウエハの裏面からステルスダイシングを行い、その後ウエハを裏面研削して、チップ分割するプロセスのことである。薄化チップの狭ストリート化とチップ強度の向上を実現する。

[用語7] DBG : Dicing Before Grindingの略であり、先にウエハをハーフカットした後、裏面研削によりチップ分割する技術のことである。チップ分割時の裏面チッピングを抑制できる。

論文情報

学会名 :
IEEE 70th Electronic Components and Technology Conference (ECTC2020)
論文タイトル :
Damage-Less Singulation of Ultra-Thin Wafers using Stealth Dicing
発表者 :
Natsuki Suzuki, Tomoji Nakamura, Yuta Kondo, Shimpei Tominaga, Kazuhiro Atsumi, and Takayuki Ohba

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 異種機能集積研究ユニット
秘書 沼澤文恵

E-mail : numazawa.f.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5866

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


ナノシート電極を用いた植物電位のライブモニタリングに成功 高大連携による研究成果 農業や学習キットへの応用に期待

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要点

  • 植物葉の電位を測定できる極薄電極(ナノシート電極、厚さ約300ナノメートル)を開発した。
  • 明暗切り替え測定に対応し、約340時間(約14日)以上の貼付でも変色を引き起こさない低侵襲性を実現した。
  • SDGsに絡む研究であり、農業をはじめとする一次産業や学習キットへの応用が期待される。
  • 著者の谷口広晃さんは、研究開始当時早稲田大学高等学院の高校生で、大学進学後に同研究内容を論文投稿。高大連携モデルとしての活用も期待される。

植物の生体電位を低侵襲に計測可能なナノシート電極

植物の生体電位を低侵襲に計測可能なナノシート電極

シート型電極の開発を行っている東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の藤枝俊宣講師(兼 早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・研究院客員准教授)、早稲田大学高等学院の谷口広晃さん(現 早稲田大学先進理工学部生命医科学科2年)、秋山和広教諭の研究チームは、植物葉の電位を測定できる極薄な導電性ナノシート電極(ナノシート電極、厚さ約300ナノメートル ※1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)を開発し、導電性高分子を用いた植物生体電位のライブモニタリングに世界で初めて成功しました。

本研究成果は、2020年6月5日午前10時(日本時間)に日本化学会が刊行する国際誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」のオンライン速報版で公開されました。

概要

本研究では従来の植物生体電位測定の課題点を克服するため、高分子ナノシートからなる生体電極を用いることでより低侵襲な植物生体電位[用語1]の測定を実現しました。測定システムの構築にあたり、導電性高分子[用語2]を用いて皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」outerを基盤技術とした、導電性ナノ薄膜電極(以下、ナノシート電極)を用いて、葉面上での設置位置などを検討しました。ナノシート電極は特徴的な物理接着性と柔軟性から、接着剤などを使用せずに葉面への貼付が可能で、微細な凹凸に密着していることを確認しました。比較対照のゲル電極では貼付して14日程度で葉面に変色がみられたのに対し、ナノシート電極の場合では変色は見られず、侵襲度の低さを顕著に示しました。また、光照射時に生じる植物葉の電位パターンの変化を本測定法によって確認しました。得られた電位パターンは従来の測定法によって報告されている電位変化と類似しており、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました。

本研究で提案したナノシート電極は直接果実等の可食部へ貼付が可能で生体電位測定の幅を大きく広げることができます。この技術は無人栽培や植物工場での人工栽培など農業をはじめとする一次産業での応用が可能で、これらはSDGsにおける貧困、気候変動、飢餓などの項目の解決に貢献することが期待されます。また、簡易的な電位測定システムとして中高生向けに生体電位や測定システムの学習をサポートするキットへの応用も期待されます。

第一著者の谷口さんは研究開始当時早稲田大学高等学院に在籍する高校生であり、大学進学後も研究を続け今回の論文投稿へ至りました。本研究は早稲田大学高等学院と母体の早稲田大学との連携を活かした好例であり、今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。

本研究は埼玉大学理工学研究科の長谷川有貴准教授、早稲田大学理工学術院の武岡真司研究室の協力のもと行われました。

研究の背景と経緯

2015年9月に国連本部で行われた「国連持続可能な開発サミット」にてその成果文書で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)では貧困や気候変動、平和的社会といった世界的な問題に対し17の目標と169のターゲットを掲げ国連加盟国すべてがそれを2030年までに達成することに同意しました。日本は国連加盟国として、また先進国としてもその目標を積極的に達成しなければなりません。特に気候変動や貧困、飢餓といった問題は早急な対策が世界中で求められています。植物工場と呼ばれる完全人工環境内で植物を管理、栽培する施設は外界の環境に左右されることなく安定した栽培が可能であることから近年注目されています。しかし、それには依然として課題が残されており、完全無人管理に向けては植物の生育状況をリアルタイムで確認、制御できる技術が必要になります。植物のライブ状況を把握する指標として個体の活動により発生する生体電位を測定する手法が存在します。生体電位は個体の活動状況を反映することから、その一種である筋電などは筋活動を観察するため人間工学的分野(医学研究やリハビリテーション)で広く使用されています。生体電位は植物にも存在することが知られ、その測定技術についていくつか研究がなされており、ゲル電極や針電極を使用したものが報告されています。しかし栽培を想定した長期間の測定では電極接着部に使用されたゲルや導電性ペーストによって葉面が変色するなど衛生面、安全面で、また電極の重さによる茎への物理的な負荷などの懸念がありこれらの改善が求められていました。本研究では、本研究チームの有するナノシート技術を用いてそれらを克服し、社会課題へ貢献する技術の開発を目指してきました。

研究成果

今回の研究では導電性ナノシートを用いることで、低侵襲で長期間可能なリアルタイム植物生体電位測定を可能にし、植物生体電位測定における新たな測定方法を開発しました。この導電性ナノシート電極(以下、ナノシート電極)は皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」outerを基盤としたもので、数百ナノメートルの厚さに対し数平方センチメートル~数十平方センチメートルの面積があることから柔軟性と物理接着性を有し、葉脈など微細な凹凸のある葉面にナノレベルで密着、追従します(図1)。

図1. 植物葉面上にナノレベルで追従したナノシート電極(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1dを改変の上転載)

図1.
植物葉面上にナノレベルで追従したナノシート電極(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1dを改変の上転載)

ナノシート電極は、剥離基材となるポリエチレンテレフタレート (PET)フィルム、導電性高分子ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)+スチレン-ブタジエン-スチレン共重合体(SBS)からなるナノシート層、水溶性ポリビニルアルコール(PVA)からなる支持層の3層で構成されたフィルムで製造されるため、測定対象に合わせて自由に大きさを変更でき、様々な植物を測定できるようになります(図2)。

図2. 基材となるPETフィルムからナノシート電極を剥離する前の3層構造(上)と、ナノシート層に用いられたPEDOT:PSSとSBSの2層構造を示した膜厚プロファイルデータ(右下)、および、より小さな植物葉に貼付した状態(左下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1a,3a,4dを改変の上転載)

図2.
基材となるPETフィルムからナノシート電極を剥離する前の3層構造(上)と、ナノシート層に用いられたPEDOT:PSSとSBSの2層構造を示した膜厚プロファイルデータ(右下)、および、より小さな植物葉に貼付した状態(左下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1a,3a,4dを改変の上転載)

PETフィルムから剥離したナノシート電極は、その軽さ(ナノシート本体約150マイクログラム+導線部約150ミリグラム)から、植物本体に負荷をかけることなく測定することが可能です。また、ゲル電極では粘着性ゲルを使用するため長期間貼付し続けると葉面が変色するのに対し、ナノシート電極は貼付時に接着剤を使用しないことから14日以上の長期間的な測定において葉面に変色等は認められず、従来の測定法と比べ低侵襲性を維持することを確認しました(図3)。

図3. ゲル電極とナノシート電極の葉面貼付状況の比較(上)及び貼付14日後の各電極による植物葉への影響の比較(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 4a-cを改変の上転載)

図3.
ゲル電極とナノシート電極の葉面貼付状況の比較(上)及び貼付14日後の各電極による植物葉への影響の比較(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 4a-cを改変の上転載)

本研究では測定対象にAngelica keiskei Koidzumi(アシタバ)を採用し、測定環境中でLEDライトの明暗条件をコントロールすることで光照射時と非照射時における生体電位の差異について確認しました。これは光合成などを行う際に通常と違う電位パターンを発生することを示し、生体電位が植物の活動を反映させるということを支持する1つの根拠となります。これまでにも同様の計測は、ヒトの筋電位を計測するためのゲル電極を用いて行われており、本研究でもゲル電極と比較したところ、ナノシート電極とゲル電極では遜色ない結果が得られ、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました(図4)。

図4. 構築した測定システムの模式図(上)とLEDライトによって30分おきに光条件を変更した際の植物生体電位図(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 2b,5cを改変の上転載)

図4.
構築した測定システムの模式図(上)とLEDライトによって30分おきに光条件を変更した際の植物生体電位図(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 2b,5cを改変の上転載)

今後の展開

ヒトの皮膚にも貼付可能なナノシート電極は、電極サイズを自在に変更できるため、植物葉だけでなく果実本体などへ直接貼付することも理論上可能であると考えられ、生体電位測定の幅を大きく広げることができます。農業などの一次産業への応用に向けて、ナノシートの構成分子を変更した環境にやさしいナノシート電極を開発することにより、幅広い分野への活用が期待されます。また、本研究の測定システムを簡易的に再現するキットにより、理数系科目や情報科目といった分野で中高生の学習をサポートする教材としての応用も見込まれます。

また早稲田大学高等学院に在籍する高校生であった谷口さんが本研究の実施に至った経緯として、大学正規授業を履修できる特別聴講制度や卒業論文の執筆、大学施設の利用など母体の早稲田大学との高大接続を活かしたプログラムを利用したことが挙げられます。本研究は研究内容とともに、近年注目を集める大学附属校における大学との連携を活かした好例として今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。

用語説明

[用語1] 生体電位 : 生体信号の一種であり、一般には動植物の生命活動によって発生する電位を示す。植物においてもその発生は膜輸送などイオンの出入りに起因するもので、直接的に植物の活動を反映している。周辺温度や光照射、ガスによって電位が変化することが従来の研究により既に確認されている。また植物生体電位は大きく表面電位と細胞電位に分類され、本研究では表面電位を測定する機器に関するため、表面電位を植物生体電位として扱っている。

[用語2] 導電性高分子 : 共役系高分子から構成される電気伝導性を有する高分子の総称。インク状にすることでPETフィルム上に塗布や印刷が可能である。力学的性質はプラスチックフィルムと同等に柔らかく、金属に替わる導電材料として注目されている。PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸)、ポリアニリン、ポリピロールが代表的な導電性高分子であり、タッチスクリーンや太陽電池の構成材料として実社会で利用されている。

論文情報

掲載誌 :
Bulletin of the Chemical Society of Japan
論文タイトル :
Biopotential Measurement of Plant Leaves with Ultra-light and Flexible Conductive Polymer Nanosheets (超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを利用した植物葉の生体電位測定)
著者 :
Hiroaki Taniguchi, Kazuhiro Akiyama, Toshinori Fujie
DOI :

研究助成情報

  • 研究費名: 文部科学省科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(研究総括:鈴森康一(東京工業大学 工学院))

    研究課題名: 「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成」

    研究者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学 生命理工学院)

  • 研究費名: 文部科学省卓越研究員事業

    研究課題名: 「次元制御に基づくナノバイオデバイスの創製と革新的診断・治療技術の開発」

    研究代表者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学 生命理工学院)

  • 研究費名:2018年度早稲田大学高等学院同窓会学術研究奨励金

    研究課題名:「超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを用いた植物葉の生体電位の測定」

    研究者名(所属機関名):谷口広晃(早稲田大学 高等学院)

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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

講師 藤枝俊宣

E-mail : t_fujie@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5712 / Fax : 045-924-5712

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

早稲田大学広報室広報課

E-mail : koho@list.waseda.jp

相同組換えを活性化するメカニズムを解明 ゲノム編集の効率化への貢献にも期待

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要点

  • 相同組換えタンパク質であるDmc1は単独では効率よく機能しない
  • Hop2-Mnd1複合体はDmc1のDNA鎖交換の開始反応を特異的に促進
  • Swi5-Sfr1複合体はDmc1の1本鎖DNAへの結合促進と共にDNA鎖交換を伸長
  • 二種類の活性化タンパク質の相乗的機能でDmc1によるDNA鎖交換反応促進

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの坪内英生助教、岩﨑博史教授らの研究グループは遺伝情報[用語1]の安定化および多様化の根幹をなす相同組換え[用語2]を活性化する二種類の活性化因子の役割を試験管内の再構成[用語3]により解明することに成功した。

坪内助教らは相同組換えタンパク質であるDmc1が生体内で機能するために必要な二種類の補助因子Swi5-Sfr1とHop2-Mnd1に着目し、これらのタンパク質を大腸菌で発現・精製し、Dmc1によるDNA鎖交換反応を試験管内で再構成した。その結果、Swi5-Sfr1とHop2-Mnd1は全く異なる機構でDmc1を活性化しており、この二つの補助因子が段階的に互いを補う様にDmc1のDNA鎖交換反応を促進することを明らかにした。

相同組換えは生物学的に極めて普遍性の高い重要な機構だが、いわゆるゲノム編集技術[用語4]が生体内の相同組換え機構を巧みに利用することによって実現されていることから、相同組換えを効率化するメカニズムを解明することは医学的にも大変重要と考えられる。

本研究成果は、2020年5月15日付の「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」の電子版に掲載された。

背景

DNA鎖が放射線などにより損傷を受けた際、相同組換えを用いることで相同なDNA分子を参照して損傷個所を復元することができる。つまり相同組換えは遺伝情報の安定的な維持に貢献している。一方で減数分裂期[用語5]においては減数第一分裂前期において父方と母方の遺伝情報が相同組換えにより活発に交換され、生物の遺伝的多様性の増大に貢献することが知られている。

相同組換えの根幹をなす相同性の検索とDNA鎖交換反応は、大腸菌の相同組換えタンパク質であるRecAおよびRecAファミリーに属するタンパク質[用語6]によって触媒される。真核生物の減数分裂期においては減数分裂期特異的に発現するRecAファミリータンパク質であるDmc1が中心的役割を果たすことが知られている。

一方、生体内でDmc1が機能するためにはいくつもの補助因子が必要であり、これらの因子が欠損するとDmc1が欠損したのと同等の相同組換え異常が減数分裂期において引き起こされる。しかしこれらの因子がどの様にDmc1を補助するのか、その詳細は不明だった。

研究成果

Dmc1が生体内で機能するために必要な二種類の補助因子Swi5-Sfr1とHop2-Mnd1に着目し、これらのタンパク質を大腸菌で発現・精製し、Dmc1によるDNA鎖交換反応を試験管内で再構成した。その結果、Swi5-Sfr1とHop2-Mnd1は全く異なる機構でDmc1を活性化しており、この二つの補助因子が段階的に互いを補う様にDmc1のDNA鎖交換反応を促進することが明らかとなった(図)。

図. 減数分裂期特異的な相同組換えタンパク質であるDmc1のDNA鎖交換反応が2種類の補助因子で活性化される仕組み

図. 減数分裂期特異的な相同組換えタンパク質であるDmc1のDNA鎖交換反応が2種類の補助因子で活性化される仕組み

Dmc1は切断を受けたDNAの末端に取り付き、その部分と相同性を持つDNA分子を探し出し傷害部位のDNAと相同DNAとの間でDNA鎖を交換する。その際Dmc1はDNA切断末端に形成された一本鎖DNAに螺旋状に結合し、その一本鎖DNAと相同性のある二本鎖DNAを探し出す。この段階でSwi5-Sfr1はDmc1が一本鎖DNAに効率よく結合し、螺旋構造を維持するのを手助けする。一方でHop2-Mnd1はDmc1が取り付いた一本鎖DNAを相同な二本鎖DNAに潜り込ませる過程を促進する。一度一本鎖DNAが二本鎖DNAに潜り込むとSwi5-Sfr1はHop2-Mnd1と協働してDNA鎖交換領域を拡張する。

今後の展開

相同組換えは普遍的な生命現象であり、その活性化メカニズムも多岐にわたる。本研究で明らかになった減数分裂期組換え機構の活性化に関してもその分子機構の詳細はまだまだ不明な点が多い。相同組換えタンパク質と活性化因子の協働性の詳細を分子レベルで明らかにしていきたい。

また、近年CRISPR/Cas9技術[用語7]を使ったゲノム編集が盛んに行われているが、正確なゲノム編集は結局のところ部位特異的なDNA二重鎖切断が誘発する細胞内の相同組換えに依存している。相同組換え活性化のメカニズムを解明することで、ゲノム編集技術の向上に貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 遺伝情報 : 生命の遺伝情報はDNAの塩基配列として記述されている。よってDNAの塩基配列を一定に保つことが生命機能を正常に保つ上で重要である。

[用語2] 相同組換え : 二つのDNA分子が相同性を有する際、その部分で分子の乗り換え(すなわち組換え)が起こり新しい分子が生じる現象を相同組換えと呼ぶ。相同組換えはDNAに二重鎖切断を導入することで誘導できる。

[用語3] 試験管内の再構成 : 生体内で起こっている現象を精製した材料のみを使って試験管内で再現することで、その現象の詳細を分子レベルで理解するアプローチ

[用語4] ゲノム編集技術 : 生命の遺伝情報の総体であるゲノムに意のままに変更を加えることを可能にする技術。

[用語5] 減数分裂期 : 遺伝情報を次世代に伝えることに特化した細胞である配偶子(ヒトでは精子と卵)を生み出す為の特別な細胞周期。一回のDNAの複製後二回連続して細胞分裂の起こる点が特徴である。特に減数第一分裂では相同染色体の分配が起こる点が、姉妹染色分配の起こる体細胞分裂とは大きく異なる。減数第一分裂前期では、相同組換えが高頻度で誘発され父方と母方の遺伝情報が活発に交換される。一方で、減数第二分裂は体細胞分裂同様に、姉妹染色分体が分配される。

[用語6] RecAおよびRecAファミリーに属するタンパク質 : 大腸菌RecAタンパク質はDNAが二重鎖切断を受けた際その末端に形成される一本鎖DNAに螺旋状に結合し、その部分と相同性のある二本鎖DNA分子を見つけ出し、一本鎖DNAを二本鎖DNAに潜り込ませる活性(DNA鎖交換活性)を有する。多くの真核生物では二種類のRecAファミリータンパク質であるRad51とDmc1を持つ。Rad51が体細胞分裂期と減数分裂期の両方で機能するのに対してDmc1は減数分裂期特異的に発現し機能することが知られている

[用語7] CRISPR/Cas9技術 : Cas9はプログラム可能なエンドヌクレアーゼである。Cas9はRNA(ガイドRNA)と複合体を形成し、RNAと相補的なDNA配列を認識してその部位を切断する。ガイドRNAの塩基配列をデザインすることでほぼ任意の場所にDNA切断を導入し、相同組換えを誘導することが出来るようになった。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America(米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル :
Two auxiliary factors promote Dmc1-driven DNA strand exchange via stepwise mechanisms
著者 :
Hideo Tsubouchi*, Bilge Argunhan, Kentaro Ito, Masayuki Takahashi and Hiroshi Iwasaki**co-corresponding authors)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

助教 坪内英生

E-mail : htsubouchi@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5149

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

超高真空中での電気伝導測定により単層セレン化鉄薄膜の高温超伝導を検出

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要点

  • 超高真空中での基板平坦化、薄膜成長、評価技術を駆使して実現
  • 単層セレン化鉄の超伝導を保護膜不要の直接電気伝導測定により検出
  • 高温超伝導の重要な追試であり、転移温度の議論に新たな知見を与える

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、平原徹准教授、物質理工学院 応用化学系の清水亮太准教授、一杉太郎教授らの研究グループは、単層セレン化鉄(FeSe)[用語1]薄膜の高温超伝導を超高真空[用語2]中の直接電気伝導測定により検出した。

基板の伝導性を抑制しながら原子レベルで表面を平坦化し、超高真空中で単層FeSeを成膜。さらに超高真空環境のまま基板の絶縁性が良く保たれている領域を見定め、独立に駆動する4つの探針を接触させて低温電気伝導を測定した。その結果、電流が薄膜中のみを流れており、かつ40ケルビン(-233 ℃)で明瞭な超伝導転移を示すことが明らかとなった。

超伝導体は強磁場の発生(リニアーモーターカー、MRIなど)から量子計算に至る幅広い応用が期待され、高温で転移する超伝導体の探索が続いている。FeSe単層の超薄膜を酸化物基板上に作製すると、基板からの電子供給によって高温超伝導が発現するが、これまでに報告された超伝導転移温度にはばらつきがあり、統一的な見解が得られていなかった。本研究はこの状況に一石を投じ、単層FeSeの高温超伝導の起源解明に重要な知見を与え、ひいては室温超伝導体の探索における新たな道筋を示すものである。

研究成果は6月3日に米国物理学会誌「Physical Review Letters(フィジカルレビューレターズ)」にオンライン掲載された。

背景

多くの金属は冷却すると、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる超伝導現象を示す。転移温度は通常、絶対零度(0 ケルビン、-273 ℃)に近い極低温だが、高温超伝導体と呼ばれる物質群では70 ケルビン(-203 ℃)以上の比較的高温において超伝導が生じる。この温度は液体窒素[用語3]のような安価な冷媒で到達できるため、革新的な高機能材料として期待されている。

高温超伝導体には銅酸化物系と鉄系の2大物質群があり、どちらも層状の結晶構造をしている。かつて、これらはバルク(塊)状の単結晶として作製されていたが、近年、超高真空環境での薄膜成長技術の進歩により、半導体基板上に大面積の超伝導薄膜を作製することができるようになった。

通常の超伝導体の場合は薄膜にすると転移温度が低下してしまう。しかし驚くべきことに、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)基板上に鉄系超伝導体の一種であるセレン化鉄(図1)を作製する際、最も薄い単層の厚さ(Se-Fe-Se=セレン・鉄・セレンの3層)とするとバルクの超伝導転移温度8 ケルビン(-265 ℃)と比べて30 ℃以上高温で超伝導になることが2012年に報告された。

図1. セレン化鉄薄膜の結晶構造の模式図。セレン化鉄と基板の界面付近において電子移動による高温超伝導が生じていると考えられる。

図1.
セレン化鉄薄膜の結晶構造の模式図。セレン化鉄と基板の界面付近において電子移動による高温超伝導が生じていると考えられる。

このような原子層薄膜はむき出しのまま超高真空装置から空気中へ取り出すと直ちに劣化してしまうため、超高真空から取り出さずに表面の電子の状態を調べる電子分光法[用語4]と、上から保護膜でカバーしたうえで空気中に取り出して電気の流れる性質を調べる電気伝導測定の主に2通りの手段によって研究されてきた。

これまでの研究により、FeSe薄膜と基板の界面付近において基板から薄膜への電子移動が起きており、それが高温超伝導を引き起こしていることはおおむね明らかとなっていた。しかし、電子分光法で測定した場合には65ケルビン(-208 ℃)以上の転移温度が繰り返し報告されているのに対し、保護膜をつけて電気伝導測定を行った場合には40ケルビン(-233 ℃)止まりであるなど、研究グループごとに報告された転移温度に相違があった。その原因が成膜前の基板の状態にあるのか、保護膜の有無によるのか、あるいは手法によって試料中の測定領域が違うためであるのかが明らかでなく、高温超伝導の詳細な起源解明が妨げられていた。

さらに2015年には中国のグループが109ケルビン(-164 ℃)での高温超伝導を報告した。これは、保護膜を用いずに超高真空中かつ低温で電気伝導を測定するという困難な実験であり、追試した報告はこれまでなかった。また、SrTiO3基板を流れた電流も同時に検出していたため、常伝導状態[用語5]の抵抗も低く、原子層厚さの薄膜が示す超伝導転移の特徴を明瞭に観測することはできていなかった。このように、足掛け8年以上にわたりSrTiO3基板上の単層FeSeの超伝導転移温度に関して、統一的見解が得られていなかったといえる。

研究成果

この状況を打開するために東京工業大学の研究グループは下記の3条件を設け、SrTiO3基板上のFeSe薄膜の研究を行った。

(1)
FeSeの成膜前に超高真空中で基板表面を原子レベルで平坦化する。
(2)
成膜したFeSe薄膜の超高真空中(その場)での電気伝導測定を行う。
(3)
FeSe薄膜の厚さを変化させ、超伝導特性の膜厚依存性を検証する。

上記の(1)と(2)は相反する要求である。この研究では絶縁性のSrTiO3基板を用いたが、平坦化のために熱処理を行うと酸素の欠損が生じ、基板が伝導性を持ってしまう。そこで本研究では、酸素欠損を基板の片方の端に集め、さらに図2aに示す「独立駆動4探針電気伝導測定装置」[用語6]を用い、酸素欠損が生じていない絶縁性の保たれた領域を選んで電気伝導測定を行った(図2b)。

(a)独立駆動4探針電気抵抗測定装置の写真。4本の探針をそれぞれ独立に動かすことができる。

(b)実際の電気伝導測定中の試料と探針の拡大画像。基板上で、左よりの黒ずんだ部分は酸素欠損が蓄積して導電性がある領域である。そこで独立駆動機構を用いて右寄りの領域で測定を行っている。この写真では2本の探針を試料に接触させており、先端の金線がよく見える。

図2.
(a)独立駆動4探針電気抵抗測定装置の写真。4本の探針をそれぞれ独立に動かすことができる。(b)実際の電気伝導測定中の試料と探針の拡大画像。基板上で、左よりの黒ずんだ部分は酸素欠損が蓄積して導電性がある領域である。そこで独立駆動機構を用いて右寄りの領域で測定を行っている。この写真では2本の探針を試料に接触させており、先端の金線がよく見える。

まず、常伝導状態で探針間の距離を変化させて測定を行うことで、今回の実験では電流が基板には流れていないことを確認することができた。そして液体ヘリウム[用語7]を用いて装置を冷却した。その際、熱収縮によって探針と試料の接触が変化する影響を、探針先端の材料として金を用いることで軽減した。その結果、図3に示すように40ケルビン(-233 ℃)で急激な電気抵抗の減少、すなわち超伝導転移が生じる様子を明瞭に観測することができた。

図3. セレン化鉄超薄膜(厚さ:単層、3層、5層)の電気抵抗の温度依存性。40ケルビンでの急激な抵抗変化が超伝導の発現を意味している。また、この転移温度は5層まで変化しないことがわかった。

図3.
セレン化鉄超薄膜(厚さ:単層、3層、5層)の電気抵抗の温度依存性。40ケルビンでの急激な抵抗変化が超伝導の発現を意味している。また、この転移温度は5層まで変化しないことがわかった。

2015年の中国のグループの報告では基板の伝導を同時に検出していたため超伝導転移による抵抗変化が小さく、再現性に疑問が持たれていたが、本研究では2キロオームに渡る明確な抵抗変化を観測した。これは酸素欠損の影響を十分に抑制し、基板の影響を排除できたことによる、より明確な超伝導転移の証拠である。さらにFeSe薄膜の膜厚を増やしたところ、膜厚が3層、5層でも転移温度が40ケルビン程度の超伝導を観測した。このように厚さによらず転移温度が一定であることは、図1のように高温超伝導がFeSeそのものよりもFeSeとSrTiO3基板との界面で生じていることを裏付けている。

今回の転移温度は40ケルビン止まりだったが、むしろこれまでの超伝導転移温度のばらつきの議論に重要な知見を与えている。先行研究と本研究の結果を俯瞰的にみると、転移温度は測定手法や保護膜の有無よりも基板の導電性に応じて変化している傾向があった。導電性基板では不純物ドーピング[用語8]により基板全体に電子が供給されているが、その電子が界面に蓄積し、転移温度の上昇に寄与している可能性が示唆される。

今後の展開

今後は高温超伝導の起源解明と転移温度の向上を目指し、「基礎を深める」一方、量子コンピューター[用語9]への応用へ「発展させる」研究も行っていく。超伝導状態を利用した量子計算はすでに世界的には実用段階であり、超伝導体の集積化による計算能力の向上が日夜行われている。本研究で扱っている超伝導体は薄く、高い転移温度を持つため、集積化に有利である。特にFeSeの場合、結晶中のSe原子をテルル(Te)原子で置換していくことにより「マヨラナ粒子状態」[用語10]が物質中に生じ、通常とは異なる方式の量子計算が可能であると考えられている。

同研究グループでは走査トンネル顕微鏡[用語11]による局所測定も併用することで、このマヨラナ粒子状態の検出と制御を目指している。そのためには平坦化によって出現する酸化物表面の構造をより精度よく制御する必要があり、他機関との共同研究を予定している。このようにして、超伝導のみならず、表面・界面の原子レベルの構造制御に基づいた原子層薄膜の新規機能の開拓を行っていく。

用語説明

[用語1] セレン化鉄(FeSe) : 2008年に東京工業大学の細野秀雄栄誉教授の研究グループが発見した鉄系超伝導体の中で一番単純な結晶構造を持つ物質で、高温超伝導の起源の解明に有用であると言われている。

[用語2] 超高真空 : 通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態のこと。魔法瓶の断熱などで真空は広く用いられるが、本研究で用いた超高真空状態では宇宙空間に匹敵するほど気体の密度が小さい。

[用語3] 液体窒素 : 冷却された窒素の液体のこと。水の凝固点(0 ℃)をはるかに下回る低温(-196 ℃)を維持することができ、工業的に大量に生産可能なので研究の現場に限らず広く用いられる寒剤である。

[用語4] 電子分光法 : 光などにより物質にエネルギーを与えることで電子を叩き出し、そのエネルギー分布(スペクトル)を測定することで、物質中の電子の状態を調べる手法。

[用語5] 常伝導状態 : 超伝導と対の意味で使われる言葉で、電気抵抗がゼロでなく有限である状態。超伝導体でも転移温度以上では常伝導状態である。

[用語6] 独立駆動4探針電気伝導測定装置 : 独立に動かすことができる探針を4つ備えており、試料表面に針を接触させ、異なる探針の間に電気を流すことで試料の電気抵抗を測定することができる装置。本研究で使用した、超高真空下で動作し、冷却できるものは世界的に見ても珍しい。

[用語7] 液体ヘリウム : 液体窒素と並ぶ寒剤であり、より低温(-269 ℃)まで冷却できる。物性研究において、特に超伝導体や高磁場を発生する電磁石の冷却のために用いられるが、近年世界的に需給が逼迫している。

[用語8] 不純物ドーピング : 結晶の性質を変化させるために少量の不純物を添加すること。特に半導体では重要な操作で、電子の濃度を制御することで輸送特性を大きく制御できる。

[用語9] 量子コンピューター : 超伝導のような量子状態の重ね合わせと量子力学的相関を利用して、超高速計算を実現するコンピューター。従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを数時間で解くことができる。

[用語10] マヨラナ粒子状態 : 粒子と反粒子が等しい粒子。非可換統計と呼ばれる性質を持つため、マヨラナ粒子同士の位置交換によって量子計算を行うことができると考えられている。

[用語11] 走査トンネル顕微鏡 : 鋭く尖った探針を物質の表面に近づけ、量子力学的なトンネル効果によって流れるトンネル電流を精度良く測定することで、表面の原子レベルの構造や電子の状態を測定する装置。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Interfacial Superconductivity in FeSe Ultrathin Films on SrTiO3 Probed by In Situ Independently Driven Four-Point-Probe Measurements
著者 :
Asger K. Pedersen, Satoru Ichinokura, Tomoaki Tanaka, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, and Toru Hirahara
DOI :
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東京工業大学 理学院 物理学系

助教 一ノ倉聖

E-mail : ichinokura@phys.titech.ac.jp
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神経伝達物質に応答する人工イオンチャネルを開発 水精製技術への応用や難治性疾患の治療法確立に期待

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要点

  • 生命現象の根幹を担うイオンチャネルと同様の機能を有する人工分子を開発
  • 神経伝達物質に応答して、イオン輸送のON/OFFを自在に切り替え可能
  • 細胞膜の表裏を認識し、その環境の違いに応じたイオン輸送を実現

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の金原数教授、東京農工大学 工学系研究院の村岡貴博准教授(研究当時:東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系助教)らの研究グループは、有機化学的手法によって非対称構造を有する交互両親媒性分子[用語1]を合成することで、細胞膜の表裏の違いを認識し、神経伝達物質[用語2]に応答してイオンを輸送する人工イオンチャネル[用語3]を世界で初めて開発した。

今回開発した人工イオンチャネルを利用することで、世界の水不足問題を解決する水精製技術への応用や、イオンチャネルが関係する難治性疾患の治療法確立に繋がることが期待される。

イオンチャネルは私たちの身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必要なイオンを運ぶ役割を担っている。しかし、その構造は極めて複雑であり、同様の機能を人工的に実現することは困難だった。

研究成果は英国の科学誌『Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)』に6月10日18時(日本時間)に公開された。

研究成果

本研究では生物の体内に実際に存在するイオンチャネルの構造から着想を得て、有機化学的手法により、非対称構造を有する交互両親媒性分子を合成した(図1)。この分子を細胞膜モデルである脂質二重層[用語4]に添加したところ、分子の向きが脂質二重層の面に対して一方向に揃うという現象を発見した。

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

図1. 本研究で開発した交互両親媒性分子の構造

さらにこの分子は神経伝達物質が脂質二重層を介して片側に存在する場合にのみ、神経伝達物質と結合し、イオン輸送を行うことが明らかとなった(図2)。また、異なる種類の神経伝達物質を加えることで、このイオン輸送を任意のタイミングで停止させることにも成功した。

図2. 神経伝達物質との結合によるイオン輸送能の変化。グラフ上でピークが現れている時間において、イオンが輸送されていることを示している。

図2.
神経伝達物質との結合によるイオン輸送能の変化。グラフ上でピークが現れている時間において、イオンが輸送されていることを示している。

さらに、生きたマウス細胞に本研究で開発した分子と神経伝達物質を加えることで、細胞内へイオンを人為的に輸送することにも成功した(図3)。

図3. マウス細胞内にイオンが輸送されていく様子。22秒の時点で交互両親媒性分子を、45秒の時点で神経伝達物質をそれぞれ加えている。細胞内の緑色が濃くなるほど、多くのイオンが存在することを示している。

図3.
マウス細胞内にイオンが輸送されていく様子。22秒の時点で交互両親媒性分子を、45秒の時点で神経伝達物質をそれぞれ加えている。細胞内の緑色が濃くなるほど、多くのイオンが存在することを示している。

背景

イオンチャネルは、私たちの身体を構成する細胞の表面に数多く存在するタンパク質であり、細胞活動の維持に必要なイオンを運ぶ役割を担っている。例えば、脳からの指令を伝える神経の電気信号は、神経細胞の細胞膜上に存在するイオンチャネルの働きによって伝達されている。そのために重要となるのが、細胞膜の表裏の違いを認識し、刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを切り替える機能である。

そこで、この機能を人工的に模倣することで、生命現象への理解を深めるとともに、身の回りの生活に役立つ材料の開発に繋げようとする試みがなされてきた。しかし、天然イオンチャネルの構造は大変複雑であり、同様の機能を人工的に実現することは極めて困難だった。

研究の経緯

金原教授らは過去10年にわたり、天然のイオンチャネルの構造と機能を模倣した交互両親媒性分子の開発に取り組んできた。今回の研究では交互両親媒性分子の構造を非対称化することにより、分子の向きを脂質二重層の面に対して一方向に揃えることができた。この技術の開発がブレイクスルーとなり、天然のイオンチャネルが有する細胞内外の環境の違いを認識し、刺激に応答してイオン輸送のON/OFFを切り替えるという機能を人工的に実現することに成功した。

今後の展開

イオンチャネルは様々な物質が混ざり合った液体から特定のイオンのみを輸送するという性質を有している。そこで、今回開発した人工イオンチャネルを利用することで、例えば海水から塩を取り除き、精製水を得るための技術に応用することが期待できる。

また、私たちの体内のイオンチャネルに異常が起こることで、イオンチャネル病(チャネロパチー)[用語5]と呼ばれる様々な難治性疾患が生じることが知られている。そこで、今回開発した人工イオンチャネルを利用し、異常が生じたイオンチャネルの機能を代替することで、新たな治療法の確立に繋がることが期待される。

用語説明

[用語1] 交互両親媒性分子 : 水との親和性が高い部位と、水との親和性が低い部位が交互に並んだ構造を有する分子のこと。天然のイオンチャネルも同様の構造的特徴を有する。

[用語2] 神経伝達物質 : 神経細胞が他の細胞と接する箇所において、情報の伝達を仲介する物質のこと。本研究で用いた神経伝達物質は、この中のモノアミン神経伝達物質と呼ばれるものである。

[用語3] 人工イオンチャネル : 細胞膜を貫通した細孔を形成し、その内部でイオンを輸送する人工分子のこと。物質精製技術や疾患治療への応用が期待されている。

[用語4] 脂質二重層 : 脂質分子が向かい合うことで形成される、二重の層状の膜のこと。ほぼ全ての生物の細胞膜の基本構造でもある。

[用語5] イオンチャネル病(チャネロパチー) : イオンチャネルの異常により、神経や筋肉の機能が損なわれる疾患のこと。てんかん発作もチャネロパチーの一種である。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A synthetic ion channel with anisotropic ligand response
著者 :
Takahiro Muraoka, Daiki Noguchi, Rinshi S. Kasai, Kohei Sato, Ryo Sasaki, Kazuhito V. Tabata, Toru Ekimoto, Mitsunori Ikeguchi, Kiyoto Kamagata, Norihisa Hoshino, Hiroyuki Noji, Tomoyuki Akutagawa, Kazuaki Ichimura, Kazushi Kinbara
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 金原数

E-mail : kinbara.k.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5781 / Fax : 045-924-5836

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

永嶌鮎美助教が2020年JBC若手研究者賞を受賞

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永嶌助教の研究論文が表紙に採用されたJBC2019年2月15日号
永嶌助教の研究論文が表紙に採用された
JBC2019年2月15日号

米国生化学分子生物学会(The American Society for Biochemistry and Molecular Biology、ASBMB)が発行するジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(Journal of Biological Chemistry、JBC)は若い研究者の業績をたたえる2020年のJBCハーバート・テイバー若手研究者賞に東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の永嶌鮎美助教を選んだと発表しました。受賞対象は永嶌助教が筆頭著者の研究論文「植物においては転写制御因子が揮発性化合物を受容する」(Transcriptional regulators involved in responses to volatile organic compounds in plants、JBC2019年2月15日号掲載)です。この研究は、JBCの掲載号の表紙に採用されました。

JBCによると、JBCハーバート・テイバー若手研究者賞(JBC Herbert Tabor Early Career Investigator Award)は、1971年から2012年までJBCの編集長を務めたハーバート・テイバー氏の科学とJBCへの貢献に敬意を表すものです。テイバー氏は創造性と科学の優秀さに価値を見出しており、JBCはそうした価値の実例となるような新しい世代の研究者による革新と達成を顕彰します。テニュアをまだ取得していない研究員や学生などの若手研究者が対象で、前年のJBCに発表された優れた論文の筆頭著者に授与されます。受賞者は米国生化学分子生物学会の年次総会の特別セッションで講演するために招待されます。永嶌助教は2021年の総会で受賞講演する予定です。
JBCは1905年創刊の伝統と権威のある学術誌であり、多くの歴史的な論文が掲載されました。

永嶌鮎美助教のコメント

永嶌鮎美助教

この度、JBC Herbert Tabor Early Career Investigator Awardを賜り大変光栄に存じます。

近年、食害を受けた植物が放出する揮発性有機化合物によって、周囲の無傷な植物の遺伝子発現が誘導され、抵抗性が上昇するなど、植物における化学コミュニケーション機構の存在が明らかになってきました。しかし、揮発性化合物を受容する分子の同定をはじめとして、その分子機構は明らかになっておりませんでした。今回賞をいただいた研究では、植物の化学コミュニケーション関連分子の同定とその機能解析を目的とし、タバコ葉をモデルとして、ストレス応答によって放出される揮発性化合物とその受容因子を同定しました。

ご指導を賜りました東京大学 東原和成教授、植物の扱い方や有機合成の基礎から丁寧にご教示くださいました共同研究者の皆様、そして研究生活を支えてくださった多くの方々に心より感謝いたします。今回の受賞を励みに、植物における化学コミュニケーション機構の全容解明や、他の生物の化学コミュニケーション機構に関する研究に邁進してまいります。

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お問い合わせ先

生命理工学院 生命理工学系

助教 永嶌鮎美

E-mail : anagashima@bio.titech.ac.jp

髙柳邦夫栄誉教授が令和2年春の叙勲を受章

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令和2年春の叙勲において、東京工業大学の髙柳邦夫栄誉教授が瑞宝中綬章を受章しました。長年にわたる教育と研究への多大な貢献が評価されたものです。

髙柳邦夫栄誉教授
髙柳邦夫栄誉教授

経歴

髙柳邦夫栄誉教授(2012年6月称号授与)は、1972年に東京工業大学 大学院理工学研究科 物理学専攻の博士課程を中退後、本学 理学部助手に着任しました。1981年2月に同 助教授に昇任し、1988年4月から大学院総合理工学研究科の助教授として表面科学講座の担任を経て、同年10月に理学部教授となりました。1992年7月からは大学院総合理工学研究科、2001年4月からは大学院理工学研究科の教授を務めました。

2012年3月、任期満了により退職し、同年4月に名誉教授の称号を授与されました。その後も本学特任教授として3年間研究推進に携わりました。また、2003年に紫綬褒章、2012年に日本学士院賞を受章・受賞し、その研究業績や受賞が称えられ、本学栄誉教授の称号が授与されました。

この間、表面ナノ科学という研究領域を推進させました。特に、表面科学分野ではシリコン(111)表面の7×7再構成表面の構造決定、ナノ科学分野では金属細線の量子化電気伝導やナノチューブのカイラル構造を発見。また、超高真空高分解能電子顕微鏡や0.5Å収差補正電子顕微鏡の開発など、顕微ナノ科学の発展に寄与しました。

科学技術振興機構ERATOの研究責任者を務め、応用物理学会賞や日本結晶学会賞、日本顕微鏡学会賞、韓国真空学会賞、アメリカ真空学会(AVS)ゲーデ・ラングミュア賞等の学会賞や、日本学士院賞、江崎玲於奈賞、仁科記念賞、東レ科学技術賞等、数々の賞を受賞しました。また、日本表面科学会、日本顕微鏡学会の会長ならびに国際顕微鏡学会連合(IFSM)理事を務め、アメリカ物理学会(APS)フェロー、応用物理学会フェロー、日本表面科学会や日本顕微鏡学会名誉会員に選出されています。

髙柳邦夫栄誉教授のコメント

このたびの栄誉は、東工大という環境の中で学部時代から御指導頂いた故・本庄五郎先生、故・高木ミエ先生をはじめ、研究を共に進めて頂いた学生諸氏、ならびにERATO研究員やCREST研究員の皆様に感謝しております。また、研究の節目に助言・指導を頂いた国内外の諸先輩、同僚の先生方に感謝します。

「研究は“温故知新”と“幸運の女神”」という本庄五郎先生の薫陶に感謝しています。

シリコン半導体の7×7表面再構成構造の電子回折法による決定が出来たのは、“温故知新”の賜物です。この表面原子配置が分かるのは20世紀中では無理ではないかといわれていました。それを透過電子線回折法で解きました。そしてDAS模型(Dimer, Adatom, Stacking fault)と命名しました。このDAS構造の正しさは、その後になって、走査型トンネル顕微鏡(STM)の研究者らにより確認され、さらに多種の実験や理論的検証でも確認され、表面科学最大の構造問題を解決したと同時に、新しいナノ科学の時代への転換点(ティッピングポイント)となりました。

東京工業大学には学部入学したときから数えると50年間お世話になりました。その間、大岡山キャンパスの拡充、すずかけ台キャンパスの設立、国立大学法人化などと変遷しました。そこには、常に、自由・創造・開拓の闊達さが感じられました。本館の時計塔が昔の姿でいるように、自由・創造・開拓の気概にあふれた世界一のTokyo-Techに期待しています。

お問い合わせ先

総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

コンパクトな新奇中性子対の新たな証拠を発見 不安定核ビームを用いた実験と少数系理論により実現

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要点

  • 中性子数が過剰なホウ素同位体、ホウ素19(19B)の中性子ハロー構造を特定
  • 19Bの中性子ハローにコンパクトな中性子の対「ダイニュートロン」の証拠
  • ダイニュートロンは中性子星の構造を理解する鍵にもなる

概要

東京工業大学 理学院 物理学系のKaitlin Cook(ケイトリン・クック)日本学術振興会特別研究員(研究当時。現ミシガン州立大学アシスタント・プロフェッサー)、中村隆司教授、近藤洋介助教、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの大津秀暁チームリーダー、米田健一郎専任研究員、京都大学 理学研究科の萩野浩一教授らは、ホウ素同位体の中で最も中性子数が多いホウ素19(19B、陽子数5、中性子数14)に中性子ハロー[用語1]の構造を特定し、さらに中性子ハローを形成する2つの中性子がダイニュートロン[用語2]と呼ばれるコンパクトな新奇の中性子対であることを突き止めた。この成果は、理研の強力な不安定核ビーム[用語3]を用いた実験と最新の少数系理論[用語4]の共同研究により実現した。

本研究グループはクーロン分解[用語5]19Bの光吸収過程を調べ、中性子ハローの存在を決定づけるソフト双極子励起[用語6]を観測した結果、19Bの中性子ハロー構造を確定した。さらに少数系理論計算との比較から、ハローの2個の中性子が空間的に近接した中性子対「ダイニュートロン」であることも判明した。ダイニュートロンは40年以上前に予言されながら実験例が少なく、その存在が確立していなかった。

研究成果は5月27日に米国物理学会の学術誌「フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)」に掲載され、さらに同学術誌のEditors' Suggestion(編集者の推奨論文)に選ばれた。

背景

陽子と中性子からなる原子核は通常、陽子の分布と中性子の分布がほぼ等しい。しかし陽子数に比べ中性子数が2倍を超える短寿命の不安定核には中性子の分布が陽子の分布よりかなり大きく広がっているものが見つかっている。その代表的なものが「中性子ハロー」と呼ばれる構造である。

中性子ハローを外縁部にまとった原子核は中性子ハロー核と呼ばれ、その典型例11Li[用語7]の場合、図1のように、通常の原子核密度の9Liコアと、それを取り巻く低密度な中性子の広がりである中性子ハローでできた二重構造で特徴付けられる。また11Liの中性子ハローの広がりは重原子核208Pb[用語8]のそれに匹敵する。

図1. 典型的な中性子ハロー核の例:11Liは、9Liコアの周りに2個の中性子からなる外縁部「中性子ハロー」を持つ。

図1. 典型的な中性子ハロー核の例:11Liは、9Liコアの周りに2個の中性子からなる外縁部「中性子ハロー」を持つ。

11Liのような中性子ハロー核は「コア核+中性子+中性子」という3粒子系と見なせる。これはボロミアン核[用語9]と呼ばれる特徴を合わせ持つ。ボロミアン核とは、3粒子の内の2粒子「コア核+中性子」、「中性子+中性子」を取り出してもそれぞれは結合することができないが、「コア核+中性子+中性子」の3粒子になると結合できるという系である。

現在でもボロミアン核が結合できるメカニズムは完全には解決されておらず、こうした3粒子系の中性子ハロー核は11Liのほか、6He、14Be、17B、22Cの5例しか確認されていない。19Bについては、「17B+中性子」、「中性子+中性子」がギリギリ結合できず、ボロミアン核の条件を満たしているが、一方で中性子ハローの発達は抑制されていると先行研究で指摘されていた。

中性子ハロー核の形成メカニズム、特にボロミアン核の結合メカニズムを解明する上で、この2個の中性子がどのように絡んでいるか(相関)を理解することが重要である。一方、40年以上も前にミグダルによって、中性子対が原子核の表面で強い準束縛状態「ダイニュートロン」を作るという予言がなされている。

自由空間中では束縛しない2個の中性子が、密度の希薄な原子核の表面でコンパクトな対であるダイニュートロンを成すという予言であるが、実験例はほとんどなく、未だに確立していない。特に希薄な核表面である中性子ハローはダイニュートロンの候補の筆頭である。以前の中村教授らによる11Liの実験でダイニュートロンの兆候を見出しているが(Phys. Rev. Lett. 96, 252502 (2006))、他の中性子ハロー核の実験がほとんどなく、普遍的な現象なのかどうか解決していなかった。

研究成果

本研究グループは理化学研究所(理研)の重イオン加速器施設RIBF(ラジオアイソトープ・ビームファクトリー)において、不安定核ビーム19Bを生成し、RIBFの基幹測定装置SAMURAI(多種粒子測定装置)を用いて、19Bの光吸収過程を測定した。RIBFが誇る世界一の強度の不安定核ビーム、その能力を最大限活用する電磁スペクトロメータSAMURAIと、本研究グループが世界をリードして開発してきた測定手法「クーロン分解」を駆使して、これを実現した。この実験から、中性子ハロー構造に特有の光吸収過程「ソフト双極子励起」を観測し、19Bが「17B+中性子+中性子」という2中性子ハロー構造を持つことが判明した。

さらに、萩野教授の少数粒子系の理論計算をもとに実験データの詳しい解析が行われ、その結果、ハローを構成する2個の中性子がダイニュートロンを成していることがわかった。図2には実験スペクトルをよく再現する少数系理論に基づき計算された2中性子の密度分布を示している。2つの中性子のなす角度が25度程度と小さく、コンパクトな対となっていることがわかる。

図2. (左図、本成果の発表論文からの抜粋)本実験のスペクトルを再現する19Bにおけるハローの2中性子の密度分布。少数粒子系の理論計算で得られた。右図に示すようにθ12は17Bコアの重心から見た2つの中性子の開き角で、rはコアから中性子までの平均距離。右図は今回得られた実験と理論の結果をもとにした19Bの構造の概念図。

図2.
(左図、本成果の発表論文からの抜粋)本実験のスペクトルを再現する19Bにおけるハローの2中性子の密度分布。少数粒子系の理論計算で得られた。右図に示すようにθ1217Bコアの重心から見た2つの中性子の開き角で、rはコアから中性子までの平均距離。右図は今回得られた実験と理論の結果をもとにした19Bの構造の概念図。

今回の研究成果は中性子数が過剰になった極限状況で起きる新しい中性子対の構造を示したものである。原子や分子のスケールではボーズアインシュタイン凝縮[用語10]を起こす近接した原子対が知られているが、これよりサイズが4桁以上小さい原子核における類似現象の可能性を示した。極限原子核における新たな多体現象の出現を示しただけでなく高密度天体である中性子星の構造の解明においても重要と考えられる。

今後の展開

今回の研究から中性子ハローにおけるダイニュートロンの新たな証拠が示された。これは、密度の希薄な原子核の表面(ハローなど)において、中性子対の相関が普遍的に強くなることを示している。中性子星においても、その表面付近には希薄な中性子流体を成分にもつ層(インナークラスト)が存在すると考えられており、そこでもダイニュートロンが重要な役割を果たしている可能性が高い。今後、こうした研究への波及も期待される。

19Bは今回、新たに中性子ハロー核として確立したが、コアである17Bはそもそもハロー核であり、19Bが5粒子系(15B+4個の中性子)として存在する可能性もあった。今回の研究は5粒子系的ではないという結論だったが、ダイニュートロンを超える4中性子系や6中性子系などの多中性子クラスター[用語11] の研究も進みつつある。こうした多中性子系は、中性子過剰極限で原子核を結合させる「力」や中性子同士の絡み(相関)についての情報を与える。これは、さらに中性子星の構造やダイナミクスの理解にもつながる。

ダイニュートロンについては、今後、より直接的な測定、すなわち、放出される2中性子の相関を測定し、ダイニュートロンのサイズや運動を直に観測する実験も計画されている。実際、本研究グループは理研RIBFにおいて、26Oを用いたダイニュートロンの直接測定の実験を予定している。

謝辞

本研究は科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「量子クラスターで読み解く物質の階層構造」(18H05404)のほか、同 基盤研究A(16H02179)の支援を受けて行われた。また、K. J. Cook博士は日本学術振興会の外国人特別研究員の枠組みで支援を受け、東京工業大学で本研究を行った。

用語説明

[用語1] 中性子ハロー : 1個ないし2個の中性子が、通常の原子核の半径を超えて大きく広がり、密度の希薄な外縁部を作ることがある。この外縁部を中性子ハローと呼ぶ。中性子ハローを有する原子核を中性子ハロー核と呼び、密度の高いコア核(中心部)と中性子ハロー(外縁部)から成る二重構造を取る。中性子ハロー核は、中性子数が陽子数に比べ非常に過多な軽い中性子過剰核に見つかっている。中性子の結合エネルギーが非常に小さくなることでトンネル効果が働き、中性子の分布がコア核から染み出すことで中性子ハローが発達する。

[用語2] ダイニュートロン : 自由空間で2個の中性子を近付けても結合しないことが知られている(もし結合すると物質の世界は中性子だらけの世界になっていたことだろう)。ソ連(現ロシア)のミグダルは、2個の中性子を原子核の密度の薄い表面に持ってきた時、結合するような強く絡んだ中性子対のダイニュートロンが出現すると約40年前に予言した。しかし、直接的にダイニュートロンを観測する実験は難しく、現在でもその存在が確立していない状況であった。本研究はダイニュートロンの存在が中性子ハローに現れることを示す新たな証拠となる。

[用語3] 不安定核、不安定核ビーム : 天然に存在する約270種の原子核を安定核と呼ぶ。一方、中性子数または陽子数が安定核より多くなると不安定になり、有限の寿命で崩壊する。このような原子核を不安定核あるいは放射性同位体(RI)と呼んでおり、現在約3,000種が知られている。さらに、まだ見つかっていない不安定核の種類はその倍以上あると考えられている。不安定核には安定核より陽子数の多い陽子過剰核、中性子数の多い中性子過剰核がある。不安定核は、理研RIBFのような加速器施設で重イオンビームと原子核標的との反応によって生成でき、ビームとして取り出せる。これを不安定核ビームと呼び、不安定核ビームと標的核との反応を用いて、不安定核そのものの研究が可能となっている。

[用語4] 少数系理論 : 複数の核子からできている原子核を少数個の塊に分けて記述する理論手法。本研究では、19個の核子から出来ている19B原子核を、17Bと2つの中性子という3つの粒子に分けて考える3体模型が用いられた。

[用語5] クーロン分解 : 原子核を、光速の30 %以上の高速で重い標的付近を通過させると、この原子核は強いクーロン力のパルスを受ける。これは入射する原子核が光子を吸収する過程とみなせるため、中性子過剰核をビームとして使えば、その光吸収過程を調べることができる。光励起後に中性子過剰核が分解する場合をクーロン分解と呼ぶ。

[用語6] ソフト双極子励起 : 中性子ハロー核はエネルギーの低い光子を吸収しやすいという性質があり、これをソフト双極子励起と呼んでいる。ソフト双極子励起はハローを構成する中性子とコア核の間の運動に起因するため、ハローの構造を調べる上で有用である。

[用語7] 11Li : 陽子数3、中性子数8、質量数11で、リチウム同位体の中では最も重く中性子数が最も過剰な原子核。9Liでできた中心部(コア)と低密度で広がる2個の中性子(ハロー)の二重構造となっており、最もよく研究されている代表的な中性子ハロー核である。

[用語8] 重原子核208Pb : 典型的な重い原子核の例として用いた。原子核の半径は質量数の1/3乗に比例するため、通常であれば11Liの半径は208Pbの半径の1/2.7程度であるが、11Liのハローの広がりはほぼ208Pbの広がりと一致する。

[用語9] ボロミアン核 : 2個の中性子をハローに持つ中性子ハロー核は「コア核+中性子+中性子」という3粒子系構造を持つが、例外なく、その内の2粒子「コア核+中性子」「中性子+中性子」は結合できず束縛系を持たない。つまり3粒子が集合して初めて結合した束縛系を作る。イタリア、ボロミオ家の紋章は3つの輪でできており、そのうちの2つの輪はいずれも絡んでいないが3つの輪になって初めて輪が絡んで離れなくなることから、こうしたトポロジーを持つ3つの輪をボロミアン輪と呼んでいる(図3)。2中性子ハロー核はボロミアン輪と同じ絡み方なので、ボロミアン核と呼ばれる。

図3. ボロミアン輪で表した19B。緑の輪(右の中性子)を切ると、青の輪(17B)と赤い輪(左の中性子)が繋がっていないことがわかる。どの輪を切っても残りの2つの輪が繋がっていない。つまり、2粒子は結合せず、3粒子になって初めて結合できるという2中性子ハロー核の特徴を表している。

図3.
ボロミアン輪で表した19B。緑の輪(右の中性子)を切ると、青の輪(17B)と赤い輪(左の中性子)が繋がっていないことがわかる。どの輪を切っても残りの2つの輪が繋がっていない。つまり、2粒子は結合せず、3粒子になって初めて結合できるという2中性子ハロー核の特徴を表している。

[用語10] ボーズアインシュタイン凝縮 : 自然界の粒子は、2つの粒子を入れ替えても波動関数が変わらないというボーズ粒子と、入れ替えに対して波動関数の符号が変わるというフェルミ粒子の2つに分類される。ボーズアインシュタイン凝縮は、巨視的な数のボーズ粒子が同一のエネルギー状態(通常は最低エネルギー状態)をとって凝縮する現象。フェルミ粒子でも対を作ることによって同じ現象が起きることがある。

[用語11] クラスター、多中性子クラスター : 原子核は中性子と陽子を単位としてできた複合粒子である。一方、炭素12(陽子数6、中性子数6)にはホイル状態と呼ばれる励起状態があり、3つのアルファ粒子の状態となっていてアルファクラスターと呼ばれる。原子核内で2個の陽子と2個の中性子が塊(クラスター)を作っているからである。複数の中性子が塊を作り、原子核を構成したものが多中性子クラスターである。ダイニュートロンはその一番小さいものであり、4中性子系(テトラニュートロン)、6中性子系などは未だによくわかっていない。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Halo Structure of the Neutron-Dripline Nucleus 19B
著者 :
K.J. Cook, T. Nakamura, Y. Kondo, K. Hagino et al.
DOI :
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東京工業大学 理学院 物理学系

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相同なDNA配列間でRad51リコンビナーゼによるDNA鎖を交換するしくみを解明 ヒトがん抑制の分子機構研究に弾み

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要点

  • DNA相同組換えの中心であるDNA鎖交換反応をリアルタイムで観察
  • 触媒のRad51リコンビナーゼが相同配列を見つけて、DNA鎖を交換するしくみを解明
  • DNA鎖交換反応の分子機構のシミュレーションに成功

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの岩﨑博史教授、伊藤健太郎研究員、同大学 生命理工学院 生命理工学系のTAKAHASHI MASAYUKI特任教授、国立遺伝学研究所の村山泰斗准教授、横浜市立大学の池口満徳教授、理化学研究所の美川務専任研究員らの研究グループは、DNAの相同組換えの中心的な反応であるDNA鎖交換の反応機構を明らかにした。

相同組換えは、DNA二重鎖切断[用語1]を正確に修復する生理機能であり、遺伝情報の維持や遺伝的多様性の創出にかかわる重要な生命現象である。その中心であるDNA鎖交換反応では、似た配列、すなわち、相同な配列を持つ2組のDNA間で鎖を交換する。この反応はRad51リコンビナーゼ[用語2]によって触媒されることが知られているが、Rad51リコンビナーゼが相同配列を見つけてDNA鎖を交換するしくみは不明であった。

今回の研究では、DNA鎖交換反応をリアルタイムで観察し、Rad51リコンビナーゼがDNA鎖を交換する反応過程の詳細を明らかにした。さらに、その反応の実際の分子構造をシミュレーションすることに世界で初めて成功した。今回の成果により、相同組換えによるヒトがん抑制の分子機構研究にさらに弾みがつくことが期待される。

この成果は、6月11日付けの『Nature Communications』に掲載された。

背景と経緯

私たちの体の中にあるDNAは様々な種類の損傷を、細胞1個あたり1日に約10万ヵ所も受けている。なかでもDNAの二重鎖切断は特に重篤な損傷であり、細胞死やがんの引き金となることが知られている。相同組換えはこのDNA二重鎖切断を正確に修復する生理機能であり、すべての生命に普遍的に備わっている。

図1. 相同組換えによるDNA二重鎖切断修復のモデル

図1. 相同組換えによるDNA二重鎖切断修復のモデル

相同組換えは多段階の反応が組み合わさって進行する複雑な生命現象である。そのなかで特に重要なステップが、Rad51リコンビナーゼによって触媒されるDNA鎖交換反応である(図1)。この反応では、Rad51リコンビナーゼがDNA二重鎖切断の末端に生じた一本鎖DNA上でらせん状に結合して、フィラメント状の核酸タンパク質複合体を形成する。そのうえで、無傷の二重鎖DNAを捕捉して、相同なDNA配列の検索を行う。相同配列が見つかると、二重鎖DNAが巻き戻されて[用語3]フィラメント中の一本鎖DNAと対合し(DNA鎖交換)、新たな二重鎖DNA (これを「ヘテロ二重鎖DNA」と呼ぶ)ができる。

こうしたフィラメントについて、10分子からなるRad51(白と灰色)が一本鎖DNA(緑色)に結合した場合の立体構造モデルを図2に示した。Rad51リコンビナーゼはDNA結合部位[用語4]を2ヵ所持っている。そのうち第1結合部位は、第1ループ(loop 1:青色の領域)と第2ループ(loop 2:赤色の領域)の2つのループで構成されており、第2結合部位(黄色のアミノ酸残基)は一本鎖DNAから少し離れた場所に位置している。注目すべきは、第1結合部位の2つのループが一本鎖DNAを挟み込んでいる点である。これまで様々な解析が行われてきたが、これらのDNA結合部位が、どのように相同DNA配列の検索とDNA鎖の交換を行っているかは不明であった。

図2. Rad51・一本鎖DNAフィラメントの立体構造モデル。
図2.
Rad51・一本鎖DNAフィラメントの立体構造モデル。Rad51単量体を、白または灰色の球を用いた空間充填モデルで表した。それぞれの分子の第1 DNA結合部位中のloop 1を青色、loop 2を赤色で表すと、一本鎖DNA (緑色)を挟む配置をとる。第2 DNA結合部位は黄色で示した位置にあり、一本鎖DNAからは少し離れていることがわかる。このモデルでは10分子からなるRad51が一本鎖DNA上にらせん状に結合したフィラメントを表しているが、実際の細胞内では数千個ものRad51分子が一本鎖DNAに結合し、フィラメント構造を形成すると考えられている。

研究成果

岩崎研究室では、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)[用語5]を利用して蛍光標識したDNA鎖の交換反応をリアルタイム解析し、反応機構を研究している。これまでに、Rad51リコンビナーゼによるDNA鎖交換反応が、次の3つのステップで進行することを見出していた。(1)Rad51・一本鎖DNAフィラメント複合体が二重鎖DNAを捕捉して、反応中間体C1を形成する。(2)相同配列が見つかると、DNA鎖が交換されて「ヘテロ二重鎖DNA」を持つ反応中間体C2に移行する。(3)反応中間体C2が解消されて反応が完了する。

今回の研究では、このFRETを利用した方法による、分裂酵母Rad51リコンビナーゼのDNA結合部位の変異体のリアルタイム解析から、上記の反応ステップにおける重要な素反応とDNA結合モチーフの役割を明らかにした。(1)Rad51・一本鎖DNAフィラメント複合体は、Rad51の第2 DNA結合部位を用いて二重鎖DNAを捕捉し、その結果としてC1中間体が形成される。(2)loop 1が二重鎖DNAと結合することによって、C1中間体が形成・安定化される。(3)相同DNA配列が見つかると、loop 2によってDNA鎖交換が促進され、C1中間体からC2中間体へ遷移する(図3)。

図3. DNA鎖交換反応におけるRad51リコンビナーゼのDNA結合モチーフの役割

図3. DNA鎖交換反応におけるRad51リコンビナーゼのDNA結合モチーフの役割

この結果に基づいて、DNA鎖交換反応における、活性中心を形成するアミノ酸残基とDNA鎖の動きをシミュレーションした(図4)。リコンビナーゼタンパク質内の活性中心で起こっているDNA鎖交換反応の実際の分子機構をシミュレーションしたのは世界初である。

図4. DNA鎖交換反応における、DNA鎖と活性中心を形成するアミノ酸残基のシミュレーション

図4. DNA鎖交換反応における、DNA鎖と活性中心を形成するアミノ酸残基のシミュレーション


R257はloop 1に存在する鎖交換活性に重要な残基、V295はloop 2に存在する鎖交換活性に重要な残基、site IIは第2 DNA結合部位を形成する2つの重要なアミノ酸を示している。Rad51の単量体をA、 B、 Cで表しており、「R257_A」は「AサブユニットのR257残基」を指す。最初に形成されるRad51・一本鎖DNAフィラメントが二重鎖DNA(青色と緑色の鎖からなる二重鎖)を捕捉し、最初のC1複合体を形成する。その後、鎖を交換してヘテロ二重鎖(赤色と青色の鎖からなる二重鎖)を含むC2複合体ができ、最終的に、一本鎖DNA(緑色)を放出して、Rad51・二重鎖DNAフィラメントが形成される。

今後の展開

相同組換えにおけるDNA鎖交換反応の分子機構は、Rad51の立体構造が決定されているにもかかわらず、不明のままだった。今回の研究成果は、バクテリアからヒトまで保存されているDNA鎖交換反応の根本的な分子機構を解明したもので、その普遍性から学問的価値が大きいといえる。

相同組換えの機能不全は、細胞死やガン発生の引き金になることが知られており、医学的にも重要な課題である。今回、分裂酵母Rad51リコンビナーゼによるDNA鎖交換の反応原理が明らかになったことで、相同組換えによるヒトがん抑制の分子機構研究にさらに弾みがつくことが期待される。

用語説明

[用語1] DNA二重鎖切断 : DNAは2本のポリヌクレオチド鎖(1本鎖DNA)がお互いに巻きついた二重らせん構造をしている。放射線や化学変異原に曝露すると、その鎖が切断されるが、切断箇所が近いと、両方の鎖が分断され、二重鎖切断となる。

[用語2] Rad51リコンビナーゼ : DNA鎖交換反応を触媒する酵素。バクテリアからヒトまで保存されている。すべての生物種に存在する。バクテリアの酵素はRecA、酵母やヒトなどの真核細胞ではRad51とよばれている。

[用語3] DNAの巻き戻し : DNAは2本の鎖が巻き戻されると1本鎖DNAとなる。1本鎖DNAに相補的な鎖があると、巻きついて再び二重鎖DNAを形成することができる。

[用語4] DNA結合部位 : タンパク質上の特定のアミノ酸残基がDNAと結合する。この部位をDNA結合部位という。

[用語5] 蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer:FRET) : 2つの蛍光分子が近接して存在している時、供与体となる蛍光分子から受容体となる蛍光分子へ励起エネルギーが直接移動する現象。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Real-time tracking reveals catalytic roles for the two DNA binding sites of Rad51
著者 :
Kentaro Ito, Yasuto Murayama, Yumiko Kurokawa, Shuji Kanamaru, Yuichi Kokabu, Takahisa Maki, Tsutomu Mikawa, Bilge Argunhan, Hideo Tsubouchi, Mitsunori Ikeguchi, Masayuki Takahashi & Hiroshi Iwasaki
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 岩﨑博史

E-mail : hiwasaki@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5168 / Fax : 045-924-5207

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 染色体生化学研究室

准教授 村山泰斗

E-mail : ystmurayama@nig.ac.jp
Tel : 055-981–6810

横浜市立大学 大学院生命医科学研究科

教授 池口満徳

E-mail : ike@yokohama-cu.ac.jp
Tel : 045-508-7232

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Tel : 055-981-5873 / Fax : 055-981-9418

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理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp

真田純子准教授ら3名が土木学会賞を受賞

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公益社団法人土木学会は5月14日、令和元年度土木学会賞受賞者を発表し、東京工業大学環境・社会理工学院 土木・環境工学系の真田純子准教授が出版文化賞を受賞しました。また、大町達夫名誉教授が功績賞を、坂井悦郎名誉教授が環境賞を受賞しました。授賞式は新型コロナウイルス感染症対策のため、行われません。

土木学会は1914年に設立され、会員数約3万9,000人の国内有数の工学系団体です。
出版文化賞は土木に関連する出版物で、土木工学・土木技術の発展に貢献し、あるいは読者に感銘を与えることにより、土木文化活動の一環となりうると認められた出版物を対象とし、その著者を表彰しています。
功績賞は土木工学の進歩、土木事業の発達、土木学会の発展に顕著な功績があると認められた者に授与されます。
環境賞の I グループは環境の保全・創造に資する新技術開発や概念形成・理論構築等に貢献した先進的な土木工学的研究が対象です。坂井名誉教授は「CO2排出量を削減しながら高い耐久性を確保できる低炭素型コンクリート『ECM(エネルギー・CO2ミニマム)コンクリート』の開発」により、受賞しました。

真田純子准教授 出版文化賞

真田准教授は「図解 誰でもできる石積み入門」(農山漁村文化協会 2018年刊)により受賞しました。

真田准教授は次のようにコメントしています。

土木学会の出版文化賞という栄誉ある賞をいただき、とてもうれしく思います。

2009年に初めて石積みを行ってから10年間で得た知識や経験を本に詰め込みました。最初はただ「経験しなければわからない」と思って始めたことで、研究になることも本になることも想像していませんでしたが、出版までたどり着いたことがまず、とてもありがたいことです。

石積みを始めた当初、農地にみられるコンクリートなどを使わない空(から)石積み技術は世の中から忘れ去られ、消えかけていた技術でした。しかしこの10年のうちに持続可能な社会やグリーンインフラへの注目という社会の価値観の変化も追い風となって、私たちの将来のための技術として注目され始めるようになりました。土木学会賞をいただいたことで、消滅の危機にあった空石積みの技術がはっきりと表舞台に出てきたような気もして、それもとてもうれしいことです。

普通の公共事業でも空石積みが使えるようになるまで、引き続き研究を進めてまいります。

真田准教授
真田准教授

受賞対象となった書籍『図解 誰でもできる石積み入門』
受賞対象となった書籍
『図解 誰でもできる石積み入門』

受賞理由

土木学会は真田准教授の受賞理由を次のように発表しています。

棚田や段畑に用いられている石積みの壁は、日本人なら誰しも一度は実物を間近に見た、あるいは写真やビデオ映像で見たことのある、伝統的な土木構造物である。しかしながら、それがどういうものであるかを、詳しく観察したり深く考えたりしたことのある人は、意外と少ない。

本書は、石積みに出会った著者が、自らの体験に基づき、その素晴らしさを広く伝えようとしたものである。「そもそも石積みとは何か」という話から始まるが、ふんだんなカラー写真によって本書の全貌をつかむことができ、すぐさま読者を高揚させる。それに続く、特有で伝統的な道具、床掘り、石の置き方や積み方の説明は、イラスト、写真、ケーススタディ、コラムもあって、土木の知識のない人にも親しみやすい。まるで石を一つずつ積みあげていくかのように丁寧で、漏れもなく、工事の安全性や効率にも触れている。積み石のかみ合わせやグリ石の層による排水など、構造や地盤の専門家もうなずく講義もある。結びの部分には特に、著者の思いがこめられている。石積みとの出会いに始まり、石積み学校での経験、日本やイタリアの石積みの現状が綴られ、これらは本書の余韻となる。

以上のように本書は、石積みの文化や景観の素晴らしさを広く啓蒙し、土木の原点を再認識させるものであり、これから実際に石積みをしようとする人にとっては数少ない示方書のような価値もある。よって、ここに土木学会出版文化賞を授与する。

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お問い合わせ先

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Tel : 03-5734-2975

有機トランジスタ用半導体の超高速塗布成膜に成功 プリンテッドエレクトロニクスの実用化に大きく前進

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要点

  • 液晶性有機半導体の特性を活用し従来に比べ2,000倍以上の成膜速度を達成
  • 10 cm角基板にボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ250個を試作
  • 素子間のばらつきの小さい高移動度(Ph-BTBT-10: 4.1 cm2/Vs)を実現

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の飯野裕明准教授、半那純一名誉教授、Hao Wu(ハオ・ウー)研究員(研究当時)らは、ディップコート法[用語1]液晶性有機半導体[用語2]を活用し、有機トランジスタ用結晶膜成膜の超高速化(2.4 m/分以上)に成功した。この成膜速度は溶液プロセスによる従来の成膜速度(10 mm/分以下)に比べ2,000倍以上早く、実用レベルである。

得られた結晶膜は基板全面にわたり均一で、これを用いたボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ[用語3]は素子間のばらつきが小さく、高い移動度(Ph-BTBT-10[用語4]:4.1 cm2/Vs、σ:18 %)を示した。さらに、10 cm角の基板上に形成した結晶膜を用いて作製した250個のトランジスタにおいても、同様の移動度を得た。

有機半導体膜の成膜の高速化は印刷技術を用いたエレクトロニクスの実用化の試金石であったが、今回の成果は溶液プロセスを用いて高速化が可能であることを実証したもので、低コストのRF-IDタグ[用語5]IoTトリリオンセンサー[用語6]などの実用化を大きく推し進めるものと期待される。

本研究成果は、6月22日に米国化学会 ACS Applied Materials and Interface(アプライド・マテリアルズ・アンド・インターフェイス)の電子版に掲載された。

研究成果

印刷技術を活用し、電子素子を簡便に、かつ、高速な生産を目指すプリンテッドエレクトロニクス[用語7]の実用化には、トランジスタに用いる有機半導体の高速成膜が不可欠で、その実現が鍵を握る。従来、トランジスタ用有機半導体結晶膜は、結晶粒界[用語8]による電荷輸送の阻害を逃れるため、単結晶膜[用語9]利用が必要と考えられ、成膜技術も単結晶膜の育成に必要な結晶核の形成 と成長の制御技術を中心に開発が進められてきた。しかし、単結晶膜の成膜は副次的な結晶核の生成を抑え、結晶を成長する必要があり、その結果、成膜速度を大幅に落とさざるを得ず、その速度は数十μm/秒、分速で数mm/分以下と、実用化に必要な数m/分から程遠いものであった。

飯野准教授らの研究グループでは高速で作製の容易な多結晶膜[用語10]に着目し、液晶物質が示す分子が自発的に配向した凝集相(液晶相と呼ばれる)を形成する特質を活用して、トランジスタの作製に応用可能な高品質な多結晶膜の開発に取り組んできた。

その結果、新たに開発した液晶性を示す有機半導体(液晶性有機半導体)Ph-BTBT-10 (図1参照)を開発し、結晶粒界による電荷輸送への影響を抑えた高品質な多結晶膜がスピンコート法[用語11]により作製できることを明らかにした。この方法で作製された多結晶膜は均一性、平坦性に優れ、これを用いたトランジスタは単結晶に匹敵する、10 cm2/Vsを超える高い移動度[用語12]が実現できる。

図1. 液晶性有機半導体Ph-BTBT-10の構造とディップコート法による半導体結晶膜の成膜

図1. 液晶性有機半導体Ph-BTBT-10の構造とディップコート法による半導体結晶膜の成膜

今回、この成果を元に、実用化に向けて、Roll-to-Roll形式[用語13](図2参照)による基板への有機半導体結晶膜の形成を視野に、図1に示すディップコート法による多結晶膜の形成とその高速化を検討した。その結果、単結晶の育成条件(0.3 mm/分)から成膜速度を増加させると、単結晶に類似した一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜(数 cm/分)、さらに、成膜速度を上げると、モザイク状の組織を持つ無配向の多結晶膜(2.4 m/分)が得られることを見出した。特に、モザイク状の組織を持つ多結晶膜は容易に基板全面に結晶膜が形成でき、均一性も高い。

図2. Roll-to-Roll法による半導体薄膜の連続成膜のイメージ図

図2. Roll-to-Roll法による半導体薄膜の連続成膜のイメージ図

SiO2/Si基板上に作製したこれらの結晶膜を用いて、ボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタを試作し、特性を評価した結果、図3に示すように、モザイク状の組織をもつ多結晶膜は、一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜とほほ同等の4 cm2/Vsの高い移動度を示すばかりでなく、配向性をもつ多結晶膜に比べて、移動度の異方性はむしろ小さく、トランジスタの集積化に好都合であることが分かった。

図3. 基板の引き上げ速度(A:1 mm/s、B:5 mm/s、C:10 mm/s、D:40 mm/s)と形成された結晶膜の光学顕微鏡写真、偏光顕微鏡写真、AFMによる表面観察像、作製したトランジスタの特性と移動度の分布(250個)

図3.
基板の引き上げ速度(A:1 mm/s、B:5 mm/s、C:10 mm/s、D:40 mm/s)と形成された結晶膜の光学顕微鏡写真、偏光顕微鏡写真、AFMによる表面観察像、作製したトランジスタの特性と移動度の分布(250個)

今回の成膜速度(2.4 m/分)は、現有のディップコーターの上限の成膜速度であるため、さらに成膜速度を上げることは可能と考えられる。さらに、Ph-BTBT-10 以外の液晶性有機半導体、例えば、C8-BTBT-C8(図4参照)を用いても、同様な結果が再現できており、C8-BTBT-C8を用いたトランジスタでは、 5.2 cm2/Vsの平均移動度を示した。この成果は、プリンテッドエレクトロニクスの実用化に立ちふさがる二つ目のハードルを解決するブレークスルーと位置づけられる。

図4. 液晶性有機半導体 C8-BTBT-C8(C8-BTBT)の化学構造

図4. 液晶性有機半導体 C8-BTBT-C8(C8-BTBT)の化学構造

背景

1987年にPentacene(ペンタセン)の結晶膜[用語14]を半導体材料に用いたトランジスタが液晶ディスプレーなどに実用化されているアモルファスシリコンを用いたトランジスタに匹敵する高い移動度を示すことが報告されて以来、有機半導体の結晶膜を用いたトランジスタの実用化を目指し、高移動度の新規な有機半導体材料の開発や、素子作製のためのプロセス技術の開発、それらを用いたトランジスタの応用などの研究開発が活発に行なわれてきた。有機半導体は、溶液プロセスを用いてプラスチック基板上に成膜が可能であることから、印刷技術を利用して簡便に集積回路の作製を目指すプリンテッドエレクトロニクスを実現するための最も有望な半導体材料と位置づけられている。

この20年余の研究開発の成果として、IGZO等の次世代のトランジスタ材料として期待される酸化物半導体に匹敵する高移動度(~10 cm2/Vs)を実現できる新しい有機半導体材料が開発されてきた。高移動度の有機半導体材料の開発は、プリンテッドエレクトロニクスの実用化のための第一の試金石であった。

しかしながら、その実用化には用途開発に加えて、半導体膜の実用的な成膜技術の開発が不可欠である。現状では溶液プロセスによる半導体膜の成膜は可能であるものの、その成膜速度(1 cm/分以下)は実用的に要求される速度(数m/分以上)に比べほど遠く、その技術開発が求められる。

研究の経緯

私たちは実用的な有機半導体材料の開発を目指し、高移動度に加え、溶解度や耐熱性、膜の均一性や平坦性などの実用材料として要求される諸特性を実現するための材料設計の基本技術として、液晶性[用語15]に着目し、液晶性を併せ持つ有機半導体(液晶性有機半導体)の開発を行なってきた。その成果の一つとして、液晶性を発現するPh-BTBT-10(図1参照)を開発し、この材料が高移動度(平均移動度:~12 cm2/Vs)に加え、耐熱性と成膜性を併せ持つ優れた有機トランジスタ材料であることを報告した。[引用文献1]

この材料は、その溶液を液晶相温度でスピンコートすることにより、従来の非液晶製材料では困難な、均一性と平坦性に優れた高品質の多結晶膜を簡便に作製することができる。研究グループはこの点に注目し、基板サイズの制限を受けないディップコート法による成膜を検討し、成膜速度と得られる半導体結晶膜の表面形状、均一性、結晶性、作製した結晶膜を用いたトランジスタの試作を通じて、得られた結晶膜の評価を進めた。

今後の展開

今回の成果を結晶膜の特性と成膜速度などの成膜条件の相関から、その支配因子を明らかにし、結晶膜の作製プロセスの工学的基礎を構築する。高速成膜された結晶膜を用いた集積回路の試作を通じて、その有効性をデバイスレベルで実証し、プリンテッドエレクトロニクスの実用化に向けた最後のハードルへのチャレンジを開始する。

用語説明

[用語1] ディップコート法 : 塗布したい物質を溶解させた溶液に基板を浸漬し、一定速度で引き上げることにより、成膜する方法。成膜は溶液の濃度や引き上げ速度により制御できる。スピンコート法とは異なり、基板のサイズに制限はなく、Roll-to-Roll形式[用語13]の生産にも適用可能である。

[用語2] 液晶性有機半導体 : ある温度領域で液晶相を示す有機半導体物質。液晶相を発現する温度領域では、分子が自己組織的に配向した液晶相と呼ばれる結晶よりもやわらかい分子凝集相を形成する。

[用語3] ボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ : トランジスタを構成するゲート絶縁膜と電流を流す電極が半導体層の下側(ボトム)に設置された構造を持つトランジスタ。作製が容易なことから、液晶ディプレーなどに用いるトランジスタとして広く用いられる。有機半導体の場合、電極と半導体層との電気的な接触が十分でないことが多く、半導体層の上に電極を配置したトップ型トランジスタに比べて特性が劣るのが一般である。

[用語4] Ph-BTBT-10 : 図1に示すBenzothienobenzothiophene(BTBT)骨格にベンゼン環と炭素10個からなる側鎖を結合させた分子で、高次の配向秩序を持つスメクチック相(SmE相)を発現するように設計された液晶性有機半導体。

[用語5] RF-IDタグ : 高周波の電波に感応し、応答する機能を持たせた素子で、個別の物品を遠隔で識別できることから、瞬時に、物品の在庫状況の把握や購買商品の支払い合計額の算出などに利用できる。

[用語6] IoTトリリオンセンサー : 「モノ」をネットワークに接続する際に、「モノ」に取り付けてその状況を監視・観測するために用いるセンサー。将来、その数は一兆(トリリオン)個を超えると言われており、トリリオンセンサーと呼ばれる。

[用語7] プリンテッドエレクトロニクス : 半導体素子の作製において、従来の感光性樹脂によるパターニングとエッチングによる材料の加工に代わり、印刷技術を用いて、パターニングと材料の形成を同時に行うことにより、簡便に半導体素子などの製造を行う技術をいう。これを実現するためには、材料のインク化技術や溶液プロセスによる材料の形成や低温化が求められる。この技術により、電子素子の低コスト、大量生産が期待されている。

[用語8] 結晶粒界 : 多くの結晶粒が寄り集まって形成される結晶(多結晶)において、隣接する結晶粒同士の界面をいう。無機半導体材料の結晶粒界は、未結合手や組成乱れにより、電荷の捕獲サイトとなる場合が多く、結晶粒から結晶粒への電荷の移動を阻害する作用がある。有機物の場合の結晶粒界は分子の配向の乱れに起因するもので電荷の深い捕獲サイトとはならないため、無機材料に比べて、電荷輸送に与える影響は小さく、結晶粒から結晶粒への電荷の移動は、原理的に可能である。

[用語9] 単結晶膜 : 結晶を構成する元素(有機物の場合は分子)が3次元的に秩序だって配置された単一の結晶からなる膜。複数の結晶粒が寄り集まった多結晶膜とは異なり、結晶粒界はなく均一である。

[用語10] 多結晶膜 : 単一の結晶からなる単結晶膜とは異なり、複数の結晶粒から構成される結晶膜。

[用語11] スピンコート法 : 回転させた基板に、塗布したい物質の溶液をたらし、遠心力により溶液を基板上に均一に塗布する方法。回転速度や溶液の濃度などにより、塗布される膜厚を制御できる簡便な方法であるが、基板を回転させるため、大型の基板への適用が困難である。

[用語12] 移動度 : 物質中にある電荷の単位電場あたりの移動速度を言い、cm2/Vsの単位を持つ。半導体として電気特性を評価する一つの指標となる。

[用語13] Roll-to-Roll形式 : プラスチック基板などのようにロール状に巻くことができる基材を用いて、基材を巻き取りながら膜の塗布や印刷などの生産方式をいう。連続的に基材の加工ができるため、大量生産に適する。

[用語14] Pentacene(ペンタセン)の結晶膜 : 図に示すペンタセン分子が基板上に垂直に細密に凝集した結晶からなる膜。

Pentacene(ペンタセン)の結晶膜

[用語15] 液晶性 : 分子が配向秩序を持つ分子凝集相(液晶相と呼ばれる)を自発的に形成する特性。形成される液晶相は、結晶に比ベると秩序性は完全ではなく、揺らぎを持つため、柔らかく、流動性を示すものもある。このため、液晶相は均一で平坦な膜を得ることが容易で、これを結晶膜の前駆体として利用することにより、均一で平坦な結晶膜を作製することが出来る。

引用文献

[1] H. Iino, T. Usui,andJ. Hanna, Liquid Crystals for Organic Thin-Film Transistors. Nat. Commun. 2015, 6, 6828.

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials and Interface
論文タイトル :
Scalable ultrahigh-speed fabrication of uniform polycrystalline thin films for organic transistors
著者 :
Hao Wu, Hiroaki Iino, and Jun-ichi Hanna
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 飯野裕明

E-mail : iino@isl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5181 / Fax : 045-924-5188

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細胞内の状態を可視化するセンサーの開発 新開発のタンパク質の色の変化でストレスのたまり具合を捉える

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要点

  • 酸化還元状態の変化で色が変わる新設計の蛍光タンパク質センサーを開発
  • 色の変化で細胞内の酸化ストレスのたまり具合や酸化還元状態がわかる
  • 代謝機能の異なる細胞内の酸化還元状態の変化の検出が可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の杉浦一徳研究員(研究当時。現・大阪大学 産業科学研究所 研究員)と久堀徹教授らは細胞内の酸化還元状態[用語1]をリアルタイムにモニターできる新しい蛍光タンパク質センサー[用語2]を開発し、動物細胞や植物細胞内の酸化ストレスのたまり具合、光合成に伴う酸化還元状態が変化する様子などを捉えることに成功した。

細胞内の酸化還元状態の変化を探るために様々なタンパク質センサーが開発されてきたが、今回、還元状態から酸化状態の変化によって青から緑に色が変わる新しいセンサーを開発した。環境の変化によって色を変えるアオガエルにちなんで、このタンパク質センサーを「FROG/B」と命名した。

生体内では酸素が過剰な電子を受け取ると反応性が極めて高い活性酸素種(一般にROSと呼ばれる)[用語3]が生成し、これがタンパク質や脂質を酸化して障害をもたらす酸化ストレスの原因になる。一方、光合成をおこなう生物では、光照射によって水が分解されて還元力が生じ、NADPH[用語4]という還元物質が作られる。このNADPHを利用して二酸化炭素が還元され、糖が合成されている(光合成反応)。また、水の分解で生じる還元力の一部は細胞内の様々な酵素の機能の制御にも使われている。多くの酵素は還元されると、活性が上昇、つまり、スイッチがオンの状態になる。したがって、細胞内の酸化還元状態を知ることは、光合成をおこなう細胞の機能制御のメカニズムを探る大切な情報である。

研究成果は6月23日付(現地時間)「Proceedings of the National Academy of Sciences, USA(アメリカ科学アカデミー紀要)」(電子版)に掲載された。

背景

生体内の酸化還元状態は様々な生体分子の機能を調節する極めて重要な細胞内環境因子である。例えば、動物細胞内で酸素が電子を受け取る(還元される)と反応性の極めて高い活性酸素種(ROS)が生成し、これがタンパク質や脂質を酸化することによって機能障害を引き起こす。これを酸化ストレスという。実際、抗がん剤の中には、ROSを積極的に生成させることによって、がん細胞を殺すものがある。

一方、光合成生物では光エネルギーを利用して水を分解し、酸素と還元力を得ている。この還元力のほとんどは還元物質であるNADPHとなって二酸化炭素の還元に利用され、糖分子を生成しているが、一部の還元力は光合成生物の細胞内の様々なタンパク質分子(酵素分子)の機能の制御にも利用されている。これを酸化還元制御[用語5]という。光合成生物では、ほとんどの場合、光が当たると、細胞内に生じる還元力によって酵素分子が還元され、活性化する。これによって光合成反応に関わる多くの酵素が働くようになり、光が当たっているときには活発に糖を合成する。夜になると、これらの酵素分子は酸化されて休憩状態に入る。このような制御が行われることで無駄な逆反応を防ぐことができる。

従って、細胞内の酸化還元状態を知ることは、動物細胞でも植物細胞でも極めて重要である。そのため、これまでも細胞内の酸化還元状態変化を知るためのセンサータンパク質が数多く開発されてきた。しかし、杉浦研究員や久堀教授らが以前開発したOba-QやRe-Q[用語6]など単一のGFP(緑色蛍光タンパク質)分子に変異を導入したものでは、その細胞内の発現量によってシグナル強度が変化してしまう。

roGFP[用語7]というセンサーは蛍光強度の比を取って測定を行うので発現量には依存しない代わりに、2つの励起波長で測定を行う必要があるためリアルタイムの測定が難しい。また、2種類の蛍光タンパク質をリンカーペプチド[用語8]でつないで作ったセンサーは、2種類のタンパク質の細胞内の安定性が異なるなど、それぞれに欠点があり、かならずしも使い勝手のよいものではなかった。

研究成果

杉浦研究員らは緑色蛍光タンパク質(GFP)にさまざまな変異を導入し、環境の酸化還元状態が変化したときに蛍光のスペクトルが変化するセンサータンパク質を分子設計した。このセンサータンパク質は、周辺の酸化還元状態が変化すると、2つのシステイン(Cys)[用語9]ジスルフィド結合[用語10]を形成したり解離したりすることで構造が変化する。さらに、発色団周辺に導入したアミノ酸変異により、タンパク質の構造変化が発色団を出発点とする励起状態の分子内プロトン移動(ESIPT(Excited state intramolecular proton transfer))[用語11]過程に変化をもたらすようなセンサータンパク質分子を設計した。

こうして、タンパク質の分子表面にある2つのシステインが還元状態にあるときには青色の蛍光、酸化ストレスが生じると緑色の蛍光を発するタンパク質を得ることに成功した。このタンパク質はこれまで作られたいずれのセンサータンパク質よりも簡便に細胞内の状態変化を調べることができる。そこで、この蛍光タンパク質センサーを「FROG/B(Fluorescent protein with RedOx-dependent change in Green/Blue)」と名付けた。

図1. ESIPT機構によるFROG/Bの蛍光色の変化の模式図

図1. ESIPT機構によるFROG/Bの蛍光色の変化の模式図

杉浦研究員らは、FROG/Bをがん細胞のモデル細胞であるHeLa細胞[用語12]に発現させ、細胞外から活性酸素種の一つである過酸化水素を与える、あるいは、活性酸素を発生させることでがん細胞を殺す働きをもつ抗がん剤Kp372-1を与えてみた。すると、細胞内が酸化されることを共焦点レーザー顕微鏡によって簡単に観察することができた。

このようにして誘導される酸化ストレスは、細胞内では結果的にグルタチオンという化合物の酸化を引き起こし、最終的にセンサータンパク質のシステインを酸化してジスルフィド結合を形成することが知られている。そこで、グルタチオンと還元力のやり取りを行うグルタレドキシン[用語13]という酸化還元タンパク質をFROG/Bに融合させたところ、HeLa細胞の酸化ストレスによって誘導される蛍光の変化の応答性が格段に向上することが分かった。

図2. Kp372-1とH2O2によるHeLa細胞内のFROG/Bの酸化シグナルの変化

図2. Kp372-1とH2O2によるHeLa細胞内のFROG/Bの酸化シグナルの変化


グルタレドキシン(Grx)を融合したセンサーの応答は圧倒的に速くなる。

次に、このFROG/B分子をシアノバクテリアAnabaena sp. 7120[用語14]の細胞内に発現させた。このシアノバクテリアは、細胞が数珠状に連なる糸状性の藻類であるが、培養液から窒素源を除くと数珠状に連なった細胞(これを栄養細胞という)の中に10~20個に1個の割合でヘテロシスト[用語15]という特殊な細胞を形成する。このヘテロシスト細胞内では、ニトロゲナーゼ[用語16]という酵素が大気中の窒素を直接アンモニアに変換する窒素同化反応を行うことができる。

ところが、ニトロゲナーゼの反応中心は酸素に極めて弱いため、ヘテロシストの細胞内は酸素濃度の低い特殊な環境に保たれている。栄養細胞とヘテロシスト、それぞれで発現したFROG/Bのシグナルの変化を明暗条件で調べてみると、光が当たったときには栄養細胞の方の還元が早く進むが、暗所に移した時にはヘテロシストの方が早く酸化されるなど、興味深い挙動を示すことがわかった。

今後の展開

このように、このセンサーの開発によって、細胞内の酸化還元状態の変化を簡単、かつ経時的に調べることが可能になった。従って、このセンサーをがん細胞に利用すれば、効果がある抗がん剤のスクリーニングが簡単にできるようになると考えられる。また、光合成生物では様々な環境の変化に対して、代謝系酵素の活性制御に直接影響を及ぼす因子の解析に研究をさらに展開できるものと期待される。

謝辞

本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」(計画班代表:久堀徹教授)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 酸化還元状態 : 生体内では、ある物質から電子が奪われる(酸化)と別の物質が電子を受け取る(還元)。両者は必ず対になるので、酸化還元という。この現象が系の外側からの要因によって引き起こされると、多くの物質が酸化されたり、逆に還元されたりすることが起こる。このように変化する生体内の状態を酸化還元状態とよぶ。

[用語2] 蛍光タンパク質センサーFROG/B : FROG/BはFluorescent protein with RedOx-dependent change in Green/Blueの略。本研究で新たに作成した酸化還元状態の変化を蛍光の色の変化としてモニターできるようにしたセンサータンパク質。

[用語3] 活性酸素種 : Reactive Oxygen Species(ROS)。酸素分子が電子を受け取ることで生成する反応性の高い一連の分子種。一重項酸素、過酸化水素、ペルオキシラジカルなどが知られている。細胞はこれらに対する防御機構としてROS消去系を備えている。

[用語4] NADPH : ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸。他の分子と電子のやり取りをすることで、酸化型のNADPと還元型NADPHの間で相互変換する。NADPHは光合成生物では、炭素固定反応の還元力供給源となる。

[用語5] 酸化還元制御 : 生体内の酸化還元状態に応じて、タンパク質分子の持っているジスルフィド結合の形成・開裂などを制御することにより、そのタンパク質の酵素活性を調節する分子機構。タンパク質の翻訳後修飾のひとつ。

[用語6] Oba-QやRe-Q : 杉浦研究員らがGFPに変異を導入して開発した酸化還元応答性の蛍光タンパク質。Oba-Qの蛍光はタンパク質を酸化すると消光し、Re-Qは還元すると消光する。

[用語7] roGFP : GFPの研究で下村脩博士と一緒にノーベル化学賞を受賞したRoger Yonchien Tsien(ロジャー・ヨンジェン・チエン)博士が2004年に発表した酸化還元応答GFP(緑色蛍光タンパク質)。分子表面にシステインを2個導入し、その酸化還元状態の変化によって励起スペクトルが変化する。

[用語8] リンカーペプチド : 2つのタンパク質を人工的につないで新しいタンパク質を作成するときに両方の機能を損ねずかつ適当な相互作用を誘導できるようにするアミノ酸配列。分子の機能によって短いもの(2アミノ酸)から長いもの(数十アミノ酸)まで用いられる。

[用語9] システイン(Cys) : cysteine(2-アミノ-3-スルファニルプロピオン酸)はアミノ酸の1つ。側鎖にあるチオール基(SH基)は反応性が高く、酸化されると他のCysが持つチオール基とジスルフィド結合という共有結合を形成するため、タンパク質の立体構造変化に直接影響する。また、チオール基単独でも、スルフェン基(SOH基)やスルフィン基(SOOH基)などに酸化される。

[用語10] ジスルフィド結合 : 2つのCysが持つチオール基がタンパク質分子内で適当な距離にある時に、酸化によって電子を奪われるとチオール基を構成するS原子が直接共有結合する。これをジスルフィド結合とよぶ。

[用語11] 分子内プロトン移動 ESIPT(Excited state intramolecular proton transfer) : 発色団分子のπ共役系の励起に伴いプロトンが脱離して電離型になる反応。非電離型のGFP発色団の場合、ESIPTが起きなければ、本来の青色蛍光を示すが、ESIPTが起きて電離型発色団になることで緑色蛍光を発する。

[用語12] HeLa細胞 : 1951年に子宮頸癌で亡くなった女性の腫瘍から分離され、株化されたヒト由来の最初の細胞株。現在も、様々な哺乳類細胞の研究に用いられている。

[用語13] グルタレドキシン : システインのチオール基をもつトリペプチドであるグルタチオンから還元力を受け取り、還元力を必要とするペルオキシレドキシンや他の化合物に還元力を受け渡す。

[用語14] シアノバクテリアAnabaena sp. 7120 : 糸状性のシアノバクテリア(ラン色細菌)の一種。窒素飢餓条件でヘテロシスト(異型細胞)を形成し、ここで窒素固定反応を行う。窒素固定をおこなうニトロゲナーゼは酸素に弱いため、ヘテロシストの細胞壁は分厚くできており、外部からの酸素の侵入を防いでいる。

[用語15] ヘテロシスト : 異型細胞。糖脂質を主成分とする分厚い細胞壁をもち、酸素の侵入を防いで、ここで働くニトロゲナーゼを守っている。光合成電子伝達系のうち、酸素発生を担う光化学系IIを発現していない。

[用語16] ニトロゲナーゼ : 窒素同化を行う微生物が持っている酵素。分子上窒素(N2)を還元しアンモニアを生成する。作られたアンモニアはグルタミン合成酵素によりグルタミンに変換され、様々な代謝物に用いられる。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences, USA
論文タイトル :
Real-time monitoring of the in vivo redox state transition using the ratiometric redox state sensor protein FROG/B
著者 :
Sugiura K, Mihara S, Fu N, Hisabori T
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 久堀徹

E-mail : thisabor@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

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本倉健准教授が第19回GSC賞奨励賞を受賞

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公益社団法人 新化学技術推進協会(JACI)は5月25日、第19回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(略称GSC賞)奨励賞を東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の本倉健准教授に贈ると発表しました。

GSC賞奨励賞はグリーン・サステイナブル ケミストリーの推進において将来の展開が期待できる業績に対して贈られます。本倉准教授は「固体表面の多機能触媒作用による環境調和型ファインケミカルズ合成」により受賞しました。

新化学技術推進協会によると、同協会は、化学技術イノベーションに関する公共性の高い事業の推進を目的として活動しています。同協会はグリーン・サステイナブル ケミストリーを「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」と定義しています。日本におけるグリーン・サステイナブル ケミストリーの活動を効果的かつ強力に推進するために、グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク会議(GSCN会議)が同協会の中で活動し、GSC賞の表彰を行っています。

本倉健准教授のコメント

本倉健准教授

GSCとは、人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学と定義されています。化学反応を制御・加速するための高性能触媒の開発は、持続可能な物質生産を支えるために極めて重要です。私の研究では医薬品・高分子・機能性材料の前駆体となるファインケミカルズの合成において、複数の活性点を集積した固定化触媒が高い活性・選択性を示すことを見出しました。合成プロセスにおける省エネルギー化、貴金属使用量の低減、さらにはCO2等の多様な資源の活用につながる発見であると考えています。

今回の受賞に際して、これまでにご指導いただいた先生方と共同研究者の皆様、一緒に研究を進めてきた研究室の同僚・学生の皆様に、深く感謝いたします。GSCの目指す持続可能な社会の構築に貢献するために、触媒研究に邁進していきたいと思います。

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お問い合わせ先

物質理工学院 応用化学系

准教授 本倉健

E-mail : motokura@mac.titech.ac.jp

安藤真名誉教授が「電波の日」総務大臣表彰を受賞

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東京工業大学の安藤真名誉教授が6月1日の電波の日に第70回「電波の日」総務大臣表彰を受賞しました。
総務省によると、電波の日は1950年に電波法が施行され、電波の利用が広く国民に開放されたことを記念する日です。電波利用または情報通信の発展に貢献した個人および団体を毎年、電波の日に表彰しています。例年6月1日に開催される記念中央式典で表彰式を行っていますが、本年は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、式典を取りやめました。

総務省が発表した安藤名誉教授の「功績の概要」は次の通りです。

  • 安藤真 東京工業大学名誉教授
  • 「ミリ波をはじめとする高周波無線技術の発展に長年にわたり寄与するとともに、情報通信審議会委員や陸上無線通信委員会主査等として、我が国の電波利用の高度化に尽力し、電波行政の発展に多大な貢献をした」

安藤真名誉教授のコメント

安藤真名誉教授

この度、「電波の日」総務大臣表彰を頂き、大変光栄に存じます。
2018年に東京工業大学を退職するまで40年程「電波」に関わる教育、研究そして社会貢献に携わりました。
受賞対象である「ミリ波をはじめとする高周波無線技術への寄与」は、学部卒業研究以来続けている高周波回折理論や、2016年まで約10年間実施した「ミリ波帯アクセスネットワークの研究開発(ワイヤレスファイバープロジェクト)」など、本学で推進した電波の研究を評価頂いた感があります。話題となった「はやぶさ2(宇宙航空研究開発機構 (JAXA) で開発された小惑星探査機)」でも、本学後藤尚久名誉教授の発明によるミリ波帯の円形平面アンテナが2つ搭載され、ミッションの遠距離高速通信を一手に担っています。帰還が楽しみです。
次に「電波行政施策や標準化への社会貢献」では、情報通信審議会などの事務局員や専門委員など、さらに、社会実装の主役である産業界の皆様も含めたチームに対する栄誉と考えております。
これらの活動を協働、支援頂いた関係各位に厚く御礼申し上げます。
国内外の学会の運営を経験し、国連の持続ある開発目標、我が国のソサイエティ5.0への電波科学の貢献も模索してきました。気候変動、地震、ウィルス感染などの天変地異を立て続けに経験し、特に持続社会の実現へ向けて、電波が何をできるかを自問しながら、今後も電波科学の発展に尽力して参ります。

お問い合わせ先

総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

産学連携のチームによる陸・海観測超小型衛星プロジェクト 食料問題解決に貢献する宇宙ビジネスの実証を目指す

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要点

  • 産学連携チームによる、マルチスペクトルカメラを搭載した陸・海観測超小型衛星計画を提案。
  • JAXAの革新的衛星技術実証3号機の実証テーマとして採択され、2022年度に打ち上げ予定。
  • 漁業・農業分野でのデータ利用や環境モニタリングを通じ、世界の食料問題解決に貢献する宇宙ビジネスの実証を目指す。

概要

東京工業大学、株式会社アイネット、ウミトロン株式会社、株式会社ジェネシア、株式会社ディーウェイスペース、東京大学、東北大学、名古屋大学からなる産学連携の実証チーム※1は、50 kg級の陸・海観測超小型衛星計画を提案し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)革新的衛星技術実証3号機の実証テーマとして採択された。※2

本プロジェクトでは、学術利用を含む様々な観測対象に使える革新的マルチスペクトルカメラを、安価な超小型大学衛星に搭載して打ち上げる。さらに、この衛星の運用およびデータ利用サービスの提供体制を大学・民間企業の協力によって構築し、宇宙ビジネスにつながる宇宙システムの実証を行う。このシステムの応用例として、水産養殖業分野や、農業分野での利用などを検討しており、食料問題や環境問題などの持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献する。今後は衛星データビジネスにおいて協働できるパートナーを広く募集する予定である。

※1
プロジェクトメンバー
東京工業大学 理学院 物理学系 谷津陽一准教授、工学院 機械系 松永三郎教授、工学院 機械系中条俊大助教、株式会社アイネット 坂井満代表取締役、ウミトロン株式会社 藤原謙代表取締役、株式会社ジェネシア 武山芸英代表取締役、株式会社ディーウェイスペース 森惣平代表取締役、東京大学 情報基盤センター 下川辺隆史准教授、東北大学 大学院工学研究科 坂本祐二特任准教授、名古屋大学 宇宙地球環境研究所 石坂丞二教授
※2
テーマ名称:「超低コスト高精度姿勢制御バスによるマルチスペクトル海洋観測技術の実証」
提案代表者:東京工業大学 谷津陽一准教授
(参考)JAXAウェブサイト「革新的衛星技術実証3号機のテーマ公募」選定結果についてouter

プロジェクトの内容

国内には世界最先端の優れた宇宙技術を持つ企業が数多く存在しているものの、物量に優る欧米企業に隠れてしまっている。東工大は、これらの実力ある企業と大学を繋ぎ、それぞれがうまくかみ合うように機能させることで、宇宙ビジネスに関する革新的な産学連携ビジネスモデルを構築し、実証実験を行うプロジェクトを構想した。このビジネスモデルでは、人類共通の課題である持続可能な開発目標(SDGs)のなかでも特に、「世界の食料問題」の解決という目標を、人工衛星というグローバルな視点から達成することを目指す。

このプロジェクトのために、大学と民間企業からなる実証チームを組織し、プロジェクトの核となるマルチスペクトルカメラを搭載した陸・海観測超小型衛星計画を提案したところ、JAXAの革新的衛星技術実証3号機の実証テーマとして採択された。

実証チームは、東京工業大学のほか、株式会社アイネット、ウミトロン株式会社、株式会社ジェネシア、株式会社ディーウェイスペース、東京大学、東北大学、名古屋大学からなる。このチーム構成の意図は「宇宙と人の暮らしを繋ぐ」という点にあり、それぞれの強みを活かすことで、このチーム内で観測からサービスまでの一連の流れを実現できる(図1)。本プロジェクトでは、2022年度に予定しているJAXA革新的衛星技術実証3号機の打ち上げに向けて、革新的なマルチスペクトルカメラを搭載した超小型衛星を開発し、運用体制構築、データ解析技術の開発を行い、漁業・農業におけるデータ利用や環境モニタリングなどを通じて世界の食料問題解決への貢献を目指す。

図1. 本プロジェクトのチーム構成。参画機関のサービス領域を有機的に繋ぐことで、宇宙から人の暮らしまでを繋いだデータの流れを創る。

図1.
本プロジェクトのチーム構成。参画機関のサービス領域を有機的に繋ぐことで、宇宙から人の暮らしまでを繋いだデータの流れを創る。

本プロジェクトの参画機関の貢献と専門領域

東京工業大学(代表機関)
衛星開発、データ管理、学術利用(天文学)
(専門領域:宇宙システム、天文学、放射線物理学)
株式会社アイネット
衛星運用
(衛星システム設計・試験・運用、ITサービス)
ウミトロン株式会社
データ解析・養殖業へのサービス実証実験
(IoT機器、人工知能、衛星データ解析、ハイテク養殖)
株式会社ジェネシア
衛星搭載装置、マルチスペクトルカメラ
(光学設計、機構設計、センサシステム)
株式会社ディーウェイスペース
衛星搭載装置、マルチスペクトルカメラ
(エレクトロニクス、センサシステム)
東京大学
学術分野に向けたデータ配信、学術利用(ビッグデータ)
(スーパーコンピュータ、ビッグデータ)
東北大学
衛星通信、学術利用(宇宙システム工学)
(宇宙システム、通信・地上局)
名古屋大学
衛星データ解析・学術利用(海洋学)
(海洋学、リモートセンシングデータ解析)

(代表機関を除き五十音順)

今後の展開

本衛星は2022年度にJAXA内之浦宇宙空間観測所からイプシロンロケットによって打ち上げられる予定である。ミッション運用は2年間を予定している。

本プロジェクトは、単独の衛星打ち上げで終わるものではなく、今後事業を立ち上げて継続的に発展させていく。また、世界的な問題を扱う衛星ビジネスは日本国内にとどまるものではなく、海外の企業と協働することも必要になる。そのために、本実証チームでは協働できるパートナーを、海外も含めて広く求めていく方針である。

プロジェクトの詳細

本プロジェクトでは、“世界の食料問題解決”を実現できるキーテクノロジーとして、株式会社ジェネシア・株式会社ディーウェイスペース社のLCTF[用語1]TDI[用語2]マルチスペクトルカメラ[用語3]を使用する。通常のカメラが赤・緑・青の3色しか撮れないのに対して、マルチスペクトルカメラはさまざまな色を撮り分けられる。この撮像分光データからは、地表や海面の物質や植生など、通常のカメラとは別次元の利用価値の高い情報を抽出することができる。さらに、LCTFは観測する波長を電気的に自在に調整できるため、目的の異なる幅広いユーザーに柔軟に対応可能である。一方、TDI撮像装置は、従来のマルチスペクトルカメラより感度が数十倍高いため、明るい陸地と暗い海を同一のセンサで観測できる。つまり、一つのセンサで農業と漁業、すなわち食料問題全体を解決できる可能性を秘めている。こうしたアジャイルな観測装置は、食料問題はもちろん、土壌・森林等の環境モニタリングから、貨物船など船舶の識別、さらに衛星の姿勢制御と組み合わせれば、衛星軌道上を浮遊する物体識別にも適用することが可能であり、さまざまなリモートセンシングの潜在的市場を新たに切り開く「ビジネスを生むセンサ」といえる。しかも、これらの要素技術は既に衛星軌道上での機能実証が完了しており、本事業では応用実証を行うこととなる。

本格的なデータ利用を考えた場合、打ち上げた衛星の継続的かつ密な観測運用を行う必要がある。しかし衛星の運用は、人手やアンテナなどのリソースが必要なため、大学単独では実現が難しい。そこで本プロジェクトでは、国内外に地上局ネットワークを持つ東北大学と、人工衛星のシステム設計・開発や運用の実績を持つ株式会社アイネットと協力して、ミッションとサービスの運用を実現する。

一方、マルチスペクトルデータの解析には膨大な較正情報とともに専門的な解析技術・科学的知見が必要であり、これが衛星データユーザーにとって大きな参入障壁になっている。そのため、較正データベースの構築と、解析技術の確立こそが、さまざまな分野への衛星データ利用の鍵となる。本プロジェクトでは、名古屋大学とウミトロン株式会社が協力して、観測データからプランクトンや赤潮の分布など情報を抽出する観測・解析手法を確立し、養殖漁業などのエンドユーザーへ配信するサービスの構築・実証を行う。また、陸域の観測情報利用については、農業国であるハンガリーの衛星ベンチャーC3S社と協力して、植生情報の農業利用を検討している。これにより、海域漁場からのタンパク質の供給に貢献するとともに、陸域の農業アプリケーション(糖質等)と連携することで、陸と海の両面から食料問題全体の解決に取り組んでいく。

実際に、この衛星システムで取得したデータには、ビジネス以外にも、環境学、鉱物学、都市計画学を含む社会科学など、さまざまな研究分野からの需要が想定されている。本実証チームは、新しいユースケースを創出するためにも、学術目的での無償のデータ公開を予定している。このデータ公開は東京大学と協力して実現する。東京工業大学は、この枠組みの立ち上げと、衛星システムの設計・開発を担当するとともに、夜間時間を有効活用したライドシェアによる天文観測を行い、日本の将来を担う優れた人材の育成・宇宙科学を推進する。本実証チームは、ホステッドペイロード[用語4]の搭載、余剰マシンタイムの提供など、経済的対価では測れない、学術研究へ利益を還元する仕組みの構築も希求する。

なお、本プロジェクトの枠組みの構築は、平成30年度文部科学省 宇宙科学技術推進委託費 宇宙連携拠点形成プログラムの「新宇宙産業を創出するスマート宇宙機器・システムの研究開発拠点」(代表 松永三郎教授)における東工大・企業間の連携から生まれた成果である。

産学連携の必要性

衛星のデータを解析し、顧客に必要な物理量を推定することは極めて難しく、学術研究の領域ともいえる。宇宙ビジネスを創出するためには、この参入障壁を乗り越えなければならず、ここに産学連携の必要性がある。本プロジェクトでは、「リファレンスデータベースの構築」と「解析パイプライン開発」を目標に実施体制を検討し、データから価値を生み出すための基盤を構築することでビジネス創出を目指す新しい試みである。つまり、本プロジェクトにおいて衛星は要ではあるが、地上でのデータ解析環境の構築を通して、経済的利益だけでなく社会問題の解決に貢献していけることこそが真のゴールである。

本実証チームは、この挑戦的な課題を、大学などに蓄積されている個別の知見と、産業界のプレーヤーが有する固有ノウハウとを融合・連動させることで解決する。アカデミックな研究は単独では社会との接点が少ないが、本プロジェクトでは、個別の研究成果を、ビジネスゾーンの各接点に明確に位置づけることで、ひとつの輪を形成し、人々の生活に還元する(図 2)。社会的価値を生み出すことにより、この「輪」から着実に利益を獲得し、その一部を適切に教育・研究に還元する持続可能な産学連携の仕組みづくりを目指す。

図2. 「個別の知」と「固有ノウハウ」を繋いだ本実証チームでつくる「輪」。

図2. 「個別の知」と「固有ノウハウ」を繋いだ本実証チームでつくる「輪」。

プロジェクトの背景

本プロジェクトの発想の原点は超小型天文観測衛星である。しかし、小さくとも「マイ衛星」を打ち上げるには大変なリソースが必要であり、そこで、複数のユーザーがペイロードをシェアする「衛星のライドシェア」という形であれば、ユーザーのコストを削減できると着想した。さらに検討した結果、夜間観測する天文学と相性が良いのは、昼間観測する地球観測であることに思い至った。従来の衛星では例のないこの組み合わせは、観測時間が全く競合しないため、昼・夜それぞれのユーザーは、まるで自分の専用機のように衛星を自由に使えるというメリットがある。さらに、本プロジェクトで使用するマルチスペクトルカメラでは、LCTFによる波長自由度とTDIによる広いダイナミックレンジにより、観測対象エリア(海、陸など)や業種(漁業、農業、林業など)が異なる、多様なユーザーのニーズにも柔軟に対応できる。これにより、陸上でも海上でも価値のあるデータを供給する、生産性の高い観測衛星を実現することができる。
そして夜には、世界初となる超広視野紫外線突発天体サーベイ観測行い、重力波現象や超新星ショックブレイクアウト等の最先端の科学研究を行うouter

小型宇宙ビジネスはこれまで宇宙工学が主役に発展してきたが、衛星データを研究に使う理学とリファレンスデータがきちんと整備された衛星を実現する工学の密な連携がこのプロジェクトの基盤になっている。本実証チームはこの理工学連携から生じた「観測データのユーザビリティ向上」という新たな評価軸を導入することにより宇宙ビジネスを促進する。

用語説明

[用語1] LCTF(Liquid Crystal Tunable Filte、液晶波長可変フィルタ) : 液晶素子を組み合わせた透過波長を電気的に調整可能なフィルタ。グレーティング方式などに比べ、構造が単純であり、分光撮像を実現することができる。(下図参照)

LCTF (Liquid Crystal Tunable Filter(液晶波長可変フィルタ):液晶素子を組み合わせた透過波長を電気的に調整可能なフィルタ。グレーティング方式などに比べ、構造が単純であり、分光撮像を実現することができる。

[用語2] TDI(Time Delay Integration、時間遅延積分) : 人工衛星は衛星軌道上をおよそ秒速8 kmで周回しているため、1/1,000秒という短い露光であっても撮影された画像はおよそ8 m分ぶれてしまう。したがって、観測対象が暗い場合に積分時間を長くする場合、空間分解能を犠牲にせざるをえなかった。これに対し、TDI撮影は衛星の進行に同期してCCDの垂直電荷転送を行うことで、ぶれることなく露光時間を稼ぐことができる。この技術により、超小型衛星に搭載できる鏡筒サイズでも、数メートルという高い空間解能を維持しつつ、通常撮影の数十倍のSN比を実現することができる。

[用語3] マルチスペクトルカメラ : RGBだけでなく光の波長成分をさらに細かく分析できるカメラ。形状情報とスペクトル情報から、物質の識別や植物の状態診断などに応用できる。

[用語4] ホステッドペイロード : 有償あるいは無償で、衛星の余剰スペース・電力・通信リソース等を、他のアプリケーションユーザーに提供するサービスである。

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お問い合わせ先

本衛星計画

東京工業大学 理学院 物理学系

准教授 谷津陽一

E-mail : yatsu@hp.phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2224 / Fax : 03-5734-2224

新宇宙産業を創出するスマート宇宙機器・システムの研究開発拠点

東京工業大学 工学院 機械系

教授 松永三郎

E-mail : Matunaga.Saburo@mes.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3176 / Fax : 03-5734-2644

衛星運用・システム設計

株式会社 アイネット 宇宙・衛星ソリューション事業部

E-mail : info_space@inet.co.jp
Tel : 03-5480-3500

データ解析・養殖業へのサービス実証実験

ウミトロン株式会社 広報担当窓口

E-mail : pr@umitron.com

ウミトロン株式会社 サービス・事業連携窓口

E-mail : info@umitron.com

TDI/LCTFマルチスペクトルカメラ

株式会社 ジェネシア

E-mail : sales@genesia.co.jp
Tel : 0422-76-2773 / Fax : 0422-76-2774

株式会社 ディーウェイスペース

E-mail : mori@diiway.co.jp
Tel : 0466-52-7592 / Fax : 0466-52-7593

学術データ利用

東京大学 情報基盤センター

准教授 下川辺隆史

E-mail : shimokawabe@cc.u-tokyo.ac.jp
Tel : 080-9193-0699 / Fax : 03-5841-2708

東北大学 地上局ネットワーク

東北大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻

特任准教授 坂本祐二

E-mail : yuji.sakamoto.b4@tohoku.ac.jp

海洋学・リモートセンシングデータ解析

名古屋大学 宇宙地球環境研究所 陸域海洋圏生態研究部

教授 石坂丞二

E-mail : jishizaka@nagoya-u.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


脱コロナ禍研究プロジェクトを発足

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東京工業大学科学技術創成研究院は6月5日、新型コロナウイルス感染症に起因する社会課題の解決を目指して、脱コロナ禍研究プロジェクトを発足させました。すでに「1個体、1分、1ドルで判定可能な診断装置」「低温プラズマによるウイルス不活化」「複数の会話の輪が存在できるビデオ会議サービス」など18の研究テーマに取り組んでいます。東工大の幅広い科学・技術の研究者が力を合わせ、新型コロナウイルスがもたらす前例のない危機の解決に向けて挑戦しています。

脱コロナ禍研究プロジェクトを発足

各国の主要都市を次々とロックダウンに追い込み、人類の生命を脅かす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が引き起こした感染症(COVID-19)による様々な社会的危機に、科学・技術でどのように対抗していくかは、まさに大学が取り組むべき喫緊の研究対象といえます。コロナ禍により生じた社会課題を解決するためには、焦眉の急となっているワクチンや治療薬の開発だけでなく、医療デバイスや将来予測、働き方、ニュー・ノーマル(新しい日常)への理解など様々な分野が対応する必要があり、科学・技術と人文・社会科学双方の力が求められています。さらに、「課題の本質」を考えることも極めて重要です。

そこで、科学技術創成研究院はCOVID-19に係る課題を取り上げた「脱コロナ禍研究プロジェクト」を発足させました。このプロジェクトには、18の研究テーマが含まれ、現在は、これらの研究テーマについて、テーマ間連携の模索、外部資金の獲得、企業との共同研究の発足・強化などの検討を進めています。また、新たな研究テーマの提案も並行して受け付けています。 18の研究テーマは「検査・抗ウイルス薬/ワクチン」「ウイルス除去・不活化」といったウイルスそのものを扱う分野から治療に役立つ「医療デバイス」、さらに「働き方改革」や「将来予測」といった今後の社会の姿を探る分野まで、多岐にわたっています。東工大ならではの異分野融合の取組が効果を上げると期待されます。

科学技術創成研究院では、今回の脱コロナ禍研究プロジェクトを実施モデルとして、今後、1年単位の短期集中、または、基礎研究に立脚した3年程度の中期的視点で、さまざまな社会課題に即応した研究を迅速に実施していく仕組みとして「社会課題即応研究機構(仮称)」を整備し、社会に求められる研究を推進していく計画です。

脱コロナ禍研究プロジェクトを発足

脱コロナ禍研究プロジェクトの主な研究テーマ

検査・抗ウイルス薬/ワクチン

  • 化学修飾型蛍光免疫センサー
  • 1個体、1分、1ドルで判定可能なSARS-CoV-2診断装置
  • MRI・NMRプローブによる生体検出法
  • SARS-CoV-2由来生理活性蛋白質阻害剤
  • SARS-CoV-2に対するイノベーティブRT-PCR検査法

ウイルス除去・不活化

  • 低温プラズマによるコロナウイルスの高速・非接触不活化
  • 高度構造を制御した多孔質カーボン材料と有害物質除去剤への応用
  • 高衛生DLCコーティングの検討
  • ボロフェンを利用した抗ウイルス性素材

医療デバイス

  • ECMO用磁気浮上式遠心血液ポンプとその多機能化
  • フレキシブル近赤外イメージセンサー

働き方改革

  • 複数の会話の輪が存在可能なビデオ会議サービス
  • テレワークの環境改善に資する技術

将来予測

  • コロナ感染拡散における社会・経済現象の観測とモデルによる将来予測

ニュー・ノーマル

  • ポストコロナ社会における人間のあり方と利他

お問い合わせ先

脱コロナ禍研究プロジェクト

E-mail : covid-19research@iir.titech.ac.jp

ニッケルを使った高性能アンモニア合成触媒を開発 貴金属を使わない新コンセプトによる触媒技術

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要点

  • 単独では活性を示さないニッケル(Ni)と窒化ランタン(LaN)を用いた高効率アンモニア合成に成功
  • ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成活性を実現
  • LaN表面の窒素空孔を反応場として利用する新コンセプトを実証

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授、同センターの叶天南(Tian-Nan Ye)特任助教、北野政明准教授らは、単独では活性を示さないニッケル(Ni)と窒化ランタン(LaN)を組み合わせることで、ルテニウムなどの貴金属触媒に匹敵する優れたアンモニア合成触媒を実現した。

これまでのアンモニア合成触媒は、高温・高圧下での合成には鉄が、温和な条件ではルテニウムが使われている。いずれの金属も窒素と強く結合するので、金属上で反応が生じていた。一方、窒素との結合がきわめて弱いニッケルは、窒素分子を活性化できないことからこれまで使用されてこなかった。本研究では、水素分子の活性化をニッケル上で、また窒素分子の活性化をLaN上の窒素空孔[用語1]でそれぞれ行うことで、きわめて高いアンモニア合成活性を実現した。これは、窒素空孔という新たな反応場を利用することで、単独では活性を示さない金属を用いて優れたアンモニア合成が実現できることを示し、従来の常識を覆す研究成果である。

近年開発された、温和な条件下で高いアンモニア合成活性を示す触媒は、いずれも貴金属であるルテニウムの担持が必要であった。本研究の成果は、希少で高価なルテニウムを用いない新触媒技術として重要であり、アンモニア合成プロセスの新たな可能性に繋がるものである。

研究成果は英国科学誌「Nature」に7月16日付(日本時間)でオンライン公開された。

ニッケルを使った高性能アンモニア合成触媒を開発

研究の背景と経緯

人工的にアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」は、1912年にハーバーとボッシュによって確立され、現在でも人類の生活を支えるのに必要不可欠な技術である。またアンモニア分子は、分解すると多量の水素を発生させ、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素を運搬する物質として水素社会を支えることも期待されている。

一方で、HB法には高温(400~500 ℃)、高圧(100~300気圧)の条件が必要であるため、より温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められている。そうした条件下で働く触媒としてこれまで、ルテニウム触媒の開発が盛んに行われてきた。しかしルテニウムは貴金属であることから、より豊富に存在する金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれている。一方、金属種がアンモニア合成に対して活性を示すには、その表面で窒素と強く結合することが必須であると考えられてきたため、窒素との結合力が弱いニッケルを使用することはこれまでほとんど検討されてこなかった。

研究の内容

本研究では、そうした温和な条件下で働く、貴金属を使わない触媒として、LaN上にニッケル(Ni)ナノ粒子を固定化した触媒(Ni/LaN)を考案した(図1)。この触媒上での反応を、同位体[用語2]ガスを使った実験と計算科学により実証したところ、ユニークな反応メカニズムを持つことが明らかになった。この触媒では、水素分子を解離する能力が高いNi上で水素原子が生成され、その水素原子がLaN表面の窒素種と反応することで、アンモニア(NH3)が生成される。この反応を詳しくみると、まずLaN表面に窒素空孔が形成される。この空孔に窒素分子が取り込まれることで窒素分子が活性化され、そこにNi上で生成した水素原子が反応する。これにより、強固なN-Nの結合が切断され、N-H結合が形成されて、最終的にアンモニアが生成される。このプロセスでは、LaN表面の窒素は、気相の窒素が空孔に入ることで再生されるため、反応が持続して進行する。

図1. 従来の触媒(左)と開発した触媒Ni/LaN(右)上でのアンモニア合成の反応メカニズム。VNはLaN上に形成される窒素空孔であり、赤の矢印が律速段階の反応過程。N2の解離は金属表面ではなく、LaN表面の窒素空孔で起こる。

図1.
従来の触媒(左)と開発した触媒Ni/LaN(右)上でのアンモニア合成の反応メカニズム。VNはLaN上に形成される窒素空孔であり、赤の矢印が律速段階の反応過程。N2の解離は金属表面ではなく、LaN表面の窒素空孔で起こる。

従来のルテニウムなどの触媒上では、窒素および水素分子が、活性金属種であるルテニウム表面上でのみ活性化され、強固な3重結合を持つ窒素分子の解離が律速段階[用語3]であることが知られている(図1)。一方、今回開発したNi/LaNでは上述した反応メカニズムにより、窒素分子が金属上ではなくLaN上の窒素空孔で活性化され、同時にNiからの水素により水素化されることがわかった。このために全体の活性化エネルギー[用語4]が小さくなる。律速段階も、窒素分子の解離ではなく、LaN表面の窒素種の水素化であることが明らかになった。

このNi/LaNの触媒のアンモニア合成活性を、さまざまなNi触媒と比較した(図2)。LaNやニッケルナノ粒子(Ni NPs)単独では触媒活性を示さず、触媒の担体として通常用いられる酸化マグネシウム(MgO)などの酸化物上にニッケルナノ粒子を担持した場合も、全く活性を示さなかった。さらに、高い電子供与性をもつC12A7エレクトライドにニッケルナノ粒子を担持した触媒(Ni/C12A7:e-)でさえも活性を示さなかった。一方、Ni/LaN触媒はきわめて高いアンモニア合成活性を示し、活性化エネルギーも約60 kJ mol-1であり、これまで報告してきたルテニウム担持エレクトライド系触媒と同等であることがわかった。さらに、高比表面積を有するLaNナノ粒子にNiを担持した触媒(Ni/LaN NPs)では、活性が2倍以上に向上することがわかった。

図2. Niを固定したLaNのアンモニア合成活性と他の触媒との比較(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧(青)、9気圧(赤))

図2. Niを固定したLaNのアンモニア合成活性と他の触媒との比較(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧(青)、9気圧(赤))

さらに、このNi/LaN触媒のアンモニア生成速度の時間変化を調べたところ、長時間にわたって安定した触媒活性を示すことも明らかになった(図3)。これは、上述した反応メカニズムによって、LaN結晶表面の格子窒素の消費と再生を繰り返しながら反応を進行させるためである。

図3. Ni固定化LaN触媒によるアンモニア合成の安定性(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧)

図3. Ni固定化LaN触媒によるアンモニア合成の安定性(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧)

今後の展開

今回の研究は、金属表面ではなく、窒素空孔という新たな反応場を利用することで、単独では活性を示さない金属種でもアンモニア合成の優れた触媒となるという、新たなコンセプトを提示したものである。これによって、温和な条件下で作動する、貴金属を使わないアンモニア合成触媒の開発の方向性が示されたといえる。今後は、このコンセプトをさらに発展させ、より優れた触媒の開発や他の触媒反応への展開を目指す。

用語説明

[用語1] 窒素空孔 : 窒化ランタン(LaN)はLa3+とN3-から形成されており、N3-が部分的に抜けた空きサイトを窒素空孔と呼ぶ。空孔ができると、電荷を補償するために電子が捕捉される。

[用語2] 同位体 : 原子番号が同じで、重さ(質量数)だけが異なる原子のことで、化学的性質は同等である。

[用語3] 律速段階 : 化学反応において最も遅い反応段階であり、この反応速度が全体の化学反応の速度を支配している。

[用語4] 活性化エネルギー : 反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能である。

付記

今回の研究成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No.JPMXP0112101001)、科学研究費助成事業(No.17H06153、JP19H05051、JP19H02512)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(No.JPMJPR18T6)、日本学術振興会 海外特別研究員(No.P18361)の支援によって実施された。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Vacancy-enabled N2 activation for ammonia synthesis on an Ni-loaded catalyst
(担持ニッケル触媒上でのアンモニア合成における空孔による窒素分子の活性化)
著者 :
Tian-Nan Ye, Sang-Won Park, Yangfan Lu, Jiang Li, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Tomofumi Tada, Hideo Hosono (所属はすべて東工大元素戦略研究センター)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

東京工業大学 元素戦略研究センター

准教授 北野政明

E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5191 / Fax : 045-924-5191

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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電子を抜くと透明な超伝導体になる物質を発見 世界初のp型透明超伝導体を実現

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要点

  • ヨウ素溶液の酸化作用で電子を抜きとった層状ニオブ酸リチウム薄膜を合成
  • 超伝導を示すこの物質が常温で高いp型伝導性と透明性を併せ持つことを発見
  • 二次元物質の新たな物理現象や機能の開拓に貢献

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の相馬拓人助教と大友明教授は、東北大学 多元物質科学研究所の吉松公平講師と共同で、低温で超伝導体[用語1]になる層状ニオブ酸リチウム(LiNbO2[用語2]が常温では優れたp型透明導電体[用語3]になることを発見した。

三段階合成法[用語4]を開発することにより、超伝導を示す層状ニオブ酸リチウムのエピタキシャル薄膜[用語5]を合成した。基板上に保持された薄膜状の物質をヨウ素溶液[用語6]に浸し、その酸化作用を利用して電子を抜きとると、高いp型伝導性と透明性が同時に発現することを見出した。

その理由はニオブ原子と酸素原子がつくる特殊な電子状態にあった。ヨウ素溶液を利用した酸化反応により、この電子状態をうまく調節した結果、世界初のp型透明超伝導体の実現につながった。この発見は新しい電子材料として様々な応用につながるだけでなく、二次元物質の新たな物理現象を開拓することにもつながる。

研究成果は米国の科学誌サイエンス(Science)の姉妹紙のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」で7月16日(日本時間)に公開された。

図1. 層状ニオブ酸リチウム(イメージ図)。ニオブ原子と酸素原子がつくる二次元層に起因して、超伝導体にもかかわらず高い可視光透明性を示す。

図1.
層状ニオブ酸リチウム(イメージ図)。ニオブ原子と酸素原子がつくる二次元層に起因して、超伝導体にもかかわらず高い可視光透明性を示す。

背景

「透明導電体」は透明性と電気伝導性を併せ持つ物質である。ガラスに代表されるように、透明な物質は基本的に電気を流さない絶縁体だ。しかし、ある種の材料では電気が流れることが知られており、酸化インジウムスズ(ITO)などが実用化されている。しかしながら、実用水準の材料はすべて電子が流れるn型であり、n型とペアになって多様な電子回路を構成しうるp型透明導電体は、n型に比べて性能が低く、まだ研究開発の段階に留まっている。

「超伝導体」は電気抵抗がゼロになる究極の電気伝導性を持つ物質である。核磁気共鳴画像法(MRI)や超伝導リニアで実用化されている超伝導体は常温で金属であり、不透明な物質である。そのため、これまでp型透明超伝導体は見つかっていなかった。

大友教授らの研究グループは、p型透明超伝導体の候補としてニオブ酸リチウム(LiNbO2)に着目した。この物質は30年前から超伝導体であることが知られていた。しかし、通常の手法では薄膜合成が困難であることから、透明性の詳しい性質まではわかっていなかった。

研究成果

同研究グループは三段階合成法を開発し、超伝導薄膜の合成に世界で初めて成功した(図2左)。最終段階であるStep 3ではヨウ素溶液に薄膜を浸すだけで電子を引き抜くことができる化学反応を利用した。ヨウ素溶液は薄めてうがい薬などにも使われているが、その殺菌消毒効果は物質から電子を奪う酸化反応そのものである。古くから知られるその効果と現代化学を融合することで、簡便でかつ精密な合成法の確立に成功した。

図2. 三段階合成法の詳細と作製した薄膜の写真(左)。各段階の透過スペクトル(右)。直接合成が不可能であった単結晶の層状ニオブ酸リチウムがStep 2で赤褐色の試料として得られる。ヨウ素溶液に浸し、電子とリチウムイオンを一部抜いたStep 3では可視光の平均透過率が50 %まで上昇する(基板の寄与を考慮すると77 %)。

図2.
三段階合成法の詳細と作製した薄膜の写真(左)。各段階の透過スペクトル(右)。直接合成が不可能であった単結晶の層状ニオブ酸リチウムがStep 2で赤褐色の試料として得られる。ヨウ素溶液に浸し、電子とリチウムイオンを一部抜いたStep 3では可視光の平均透過率が50 %まで上昇する(基板の寄与を考慮すると77 %)。

合成した薄膜の電気抵抗を測定すると、これまでに知られていた通り4.2ケルビン(マイナス269 ℃)以下の極低温で電気抵抗がゼロになり、超伝導体であることを確認した。一方で、ヨウ素溶液から取り出した薄膜は赤色から黄色へと劇的に変化しており、可視光の平均透過率が50 %に達する高い透明性を示した(図2右)。従来のp型酸化物透明導電体と常温における性能を比較すると、電気伝導性と透明性がともに優れていることが明らかになった(図3)。ヨウ素溶液に浸して電気伝導性を上げると透明度も向上するという、従来の物質とは対照的な結果が得られた。

図3. 常温における様々なp型酸化物透明導電体の性能。右上に行くほど性能が優れている。電気伝導性と透明性は相反する性能であり、従来の物質では電気伝導率を高めようとすると透明性が下がってしまう(オレンジ色の矢印)。それとは対照的に、LiNbO2ではホールを増やして(抜く電子を増やして)電気伝導率を上げると透明性も上がる、という正の相関がある(緑色の矢印)。

図3.
常温における様々なp型酸化物透明導電体の性能。右上に行くほど性能が優れている。電気伝導性と透明性は相反する性能であり、従来の物質では電気伝導率を高めようとすると透明性が下がってしまう(オレンジ色の矢印)。それとは対照的に、LiNbO2ではホールを増やして(抜く電子を増やして)電気伝導率を上げると透明性も上がる、という正の相関がある(緑色の矢印)。

同研究グループは詳細な物性測定と解析を行うことにより、物質内でニオブ原子と酸素原子が作る三角柱型の二次元層が重要な役割を果たしていることを見出した。この特殊な構造により、強相関電子[用語7]と孤立したバンド構造[用語8]というユニークな特徴が実現されていた。

これらの電子状態が協奏することで、近赤外と紫外領域の両方で高い透明性が実現されていた。さらに、ヨウ素溶液の酸化作用を用いて、それらの特徴をほどよく調整した結果、超伝導を発現しつつ可視光領域の透明性を向上できることが明らかになった(図4)。

図4. p型透明導電性の起源。三角柱型の二次元層に起因して強相関電子と孤立バンド構造が実現される。それぞれが近赤外領域と紫外領域のスペクトルを形づくる。透明な領域が可視光領域と重なることで高い透明性につながる。

図4.
p型透明導電性の起源。三角柱型の二次元層に起因して強相関電子と孤立バンド構造が実現される。それぞれが近赤外領域と紫外領域のスペクトルを形づくる。透明な領域が可視光領域と重なることで高い透明性につながる。

研究の経緯

グラフェン(2010年ノーベル物理学賞)の発見に始まり、二次元物質[用語9]の研究が近年注目を集めている。三角柱型の二次元層構造をとる二硫化モリブデンに代表される遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる物質群も二次元物質であり、現在、世界中で研究が加速している。一方で、本研究で着目したLiNbO2は、層状銅酸化物における高温超伝導の発見(1987年ノーベル物理学賞)に続いて、1990年に新しい層状酸化物超伝導体の一つとして見つかった。しかし、簡便な薄膜合成法がなかったため、これまでほとんど注目されてこなかった。同研究グループは、LiNbO2が二硫化モリブデンと同様に三角柱型の二次元層からなる酸化物であることに注目し、本研究を開始した。

ところが、当初は試行錯誤の連続だった。高温での直接合成の場合は、LiNbO2とは別の組成の結晶ができてしまった。そこで常温で組成を調整してから高温で結晶化するアイデアでこの問題を解決した。高温で結晶化する際に水素ガスを用いてニオブ原子を一度還元するが、超伝導体にするためには層状ニオブ酸リチウムの構造を保ちつつ再び酸化する必要があった。

そこで同研究グループは古くから知られるヨウ素溶液の酸化作用に着目した。ヨウ素溶液はうがい薬や外科手術の殺菌・消毒剤として利用されている。我が国におけるヨウ素の製造は幕末の西洋医学所に端を発し、明治期に入って本格的に始まった。我が国有数の製薬会社がまだ黎明期だった頃の経営者たちが工業化に関わった。東京工業大学出身の白川英樹博士は、ヨウ素を利用してポリアセチレンから電子を抜きとり、電気を流すプラスチックの合成に初めて成功した(2000年ノーベル化学賞)。

同研究グループが培ってきた薄膜合成技術を用いて、ともに古くから知られているLiNbO2とヨウ素溶液の酸化作用を組み合わせたことが今回のブレークスルーにつながった。

今後の展開

研究の成果はp型透明超伝導体の発見や新しい薄膜合成法の開発だけに留まらない。図3に示すように常温におけるp型伝導性と透明性を同時に高められる利点を明らかにしている。今後さらなる性能の向上が期待される。また図4に示すように高い透明性の起源を解明している。物質科学の視点では、このことを基軸に捉えた材料設計指針の検討がすでに始まっており、さらなる高性能化や新機能の開拓につながることが期待される。さらに、安価で環境に無害な酸化物で実用材料を開発することは、元素戦略の観点で社会貢献につながる。

用語説明

[用語1] 超伝導体 : 冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる物質。MRIや超伝導リニアだけでなく、電子回路に応用することで高性能化や省エネルギー化が期待されている。

[用語2] 層状ニオブ酸リチウム : LiNbO2ならびにLi1−xNbO2。Nb原子とO原子からなる二次元層の層間に位置するLi+イオンが抜けることで、同量の電子eも抜きとられる(LiNbO2 → Li1−xNbO2 + xLi+ + xe)。

[用語3] p型透明導電体 : p型伝導性を示し、可視光に対して透明な物質。電気を流す導電体には電子が流れるn型とホール(電子が抜けた穴)が流れるp型の2種類があり、電子回路に広く応用するには両方が必要。多くの透明導電体は、電子を抜いてしまうと化学結合が不安定になる傾向があるためp型の種類が圧倒的に少ない。

[用語4] 三段階合成法 : 真空・常温下でNbとLiを同量に調整した非晶質の薄膜を作製(Li−Nb−O、Step 1)し、その薄膜を水素ガス中高温下で結晶化させたら(LiNbO2、Step 2)、最後にヨウ素溶液に浸してLiを引き抜きながら望みの結晶性薄膜(Li1−xNbO2、Step 3)を得る合成手法。

[用語5] エピタキシャル薄膜 : 単結晶基板上に結晶軸の方位が揃うように成長した薄膜のこと。結晶性が良いため物質本来の性質を調べるのに適している。

[用語6] ヨウ素溶液 : ヨウ素を有機溶媒に溶かした溶液。本研究では溶媒にアセトニトリルを用いた。殺菌消毒剤であるヨードチンキやうがい薬もヨウ素溶液。物質から電子を奪う酸化反応(I2 + 2e → 2I)を利用して殺菌する。

[用語7] 強相関電子 : 各々が自由に振舞う電子とは異なり、互いに強く相互作用し合う電子のこと。

[用語8] バンド構造 : 電子のエネルギー準位がとる帯状(バンド)の構造。物質を構成する原子や結晶構造に由来して変わり、電子のふるまいを決定付ける電子状態を表している。

[用語9] 二次元物質 : グラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなど二次元的な構造や電子状態を有する物質。二次元性に起因した性質を示すため近年注目されている。

謝辞

本研究は、以下の研究課題の支援によって行われました。
文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)、特別研究員奨励費、基盤研究(B)、若手研究

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
p-Type transparent superconductivity in a layered oxide (層状酸化物におけるp型透明超伝導)
著者 :
Takuto Soma, Kohei Yoshimatsu, and Akira Ohtomo
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

東京工業大学 元素戦略研究センター (兼務)

教授 大友明

E-mail : aohtomo@apc.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2145

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

助教 相馬拓人

E-mail : soma.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2153

東北大学 多元物質科学研究所

講師 吉松公平

E-mail : kohei.yoshimatsu.c6@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5801

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室 (担当:伊藤)

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198

齋藤憲司教授が日本学生相談学会の2019年度学会賞を受賞

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日本学生相談学会は2019年度の学会賞を東京工業大学保健管理センターの齋藤憲司教授に授与すると発表しました。5月17日、オンライン開催された日本学生相談学会第38回大会総会で決定しました。学会賞は学会の発展・質の向上に顕著な功績を残した会員に授与されます。

日本学生相談学会によると、同学会は、全国の大学及びその他の高等教育機関の学生相談機関等に所属しているカウンセラー、アドバイザー、教職員など、学生の援助活動を行っている実践者・研究者の学会です。前身である学生相談研究会は1955年に結成され、1987年、日本学生相談学会が設立され、学術研究団体として認定されました。

齋藤教授が所属する保健管理センターは、医師、カウンセラー、保健師、看護師、薬剤師の専門職が学生・教職員の健康サポートを行っています。齋藤教授は、カウンセラーとして学生・教職員のこころの相談・カウンセリングを行うことに加えて、学生の講義や教職員への研修を通してこころの健康についてレクチャーしています。

齋藤憲司教授の受賞コメント

齋藤憲司教授

この度、日本学生相談学会より学会賞を受賞しましたことを本欄にて報告させていただくことは、喜びとともに少々気恥ずかしさを伴うものでもあります。理工系の各専門領域において世界に誇る研究成果を産出してこられた先生方の受賞記事に並ぶのはなんとも恐縮なのですが、カウンセラーとして、教員かつ研究者として貢献しようとしてきた一端を記させていただければと思います。
日本学生相談学会は心理学領域の研究を推進する学術団体であるとともに、大学等の高等教育機関においてカウンセリングや学生支援に従事する教職員の力量向上と相互支援という職能的な側面も有しており、個人会員約1,400名、機関会員約300団体を数える学会です。私は事務局長2期6年・理事長代行2回・理事長2期6年と昨年度まで計12年にわたって本学会の運営に従事し、我が国の学生相談の研究と実践を統括する立場にありました。それは必然的に「東工大の学生相談・学生支援」を1つのモデルとして全国に提示していく側面を有していたと言って良いかと思います。受賞理由として「教職員とカウンセラーが連携と恊働によって実現する新たな学生相談モデルの構築」と示されています。すなわち、学生の皆さんを支え育てていくために個別の相談対応の集積と、そこから紡ぎ出される数々の施策・活動をTeam東工大として形成してきたことが評価されたことになります。「学生相談・学生支援においてもトップクラス」の東工大を目指して、構成員の皆さまとともに努力を重ねてきたことが実を結びつつあるのだとすれば、何よりも嬉しいことと感じられてきます。
受賞理由には「著作や講演を通して後進の育成に貢献」とも記されています。この春に、学生の皆さんに向けた書籍※1と教職員の方々に向けた書籍※2を出版し、さらに本賞の受賞が続いて、何か区切りが着いたような気持ちになりがちなのですが、「臨床—研究—教育—社会貢献」というサイクルを描く学生支援における「東工大スタイルの確立」をさらに進め、まさに今、新型コロナウイルス感染症の影響で苦労を重ねている学生・教職員の皆様をサポートしていくべく、さらなる相談・支援活動を検討・展開していかなくてはと念じています。

※1
『大学生のストレスマネジメント—自助の力と援助の力—』齋藤憲司・石垣琢麿・高野明(著)有斐閣 2020.4.10刊
※2
『学生相談ハンドブック:新訂版』日本学生相談学会(編)・齋藤憲司・高石恭子・早坂浩志・高野明(編集幹事)学苑社 2020.5.10刊

お問い合わせ先

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Tel : 03-5734-2975

中性子で迫る宇宙創成の謎 大強度偏極熱外中性子で、原子核内での対称性の破れの増幅現象に迫る

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要点

  • 原子核が中性子を吸収する反応では粒子と反粒子の対称性の破れが非常に大きく増幅されることがこれまでに示唆されている。しかし、その詳細なメカニズムは完全には解明されていない。
    このメカニズムを調べるためには大強度かつ、スピンの向きが揃った(偏極した)エネルギーが高い中性子(熱外中性子)ビームを原子核に照射する必要があった。
  • J-PARCで開発した偏極装置をJ-PARCの大強度中性子ビームラインに導入し、偏極熱外中性子ビームを原子核に照射したことで、偏極した中性子を吸収した原子核から放出されるガンマ線の放出方向に偏りがあることを世界で初めて発見した。
  • この結果をもとに原子核内における対称性の破れの増幅現象のメカニズムの解明が期待される。この増幅現象は宇宙創成の謎に迫る、未知の物理現象の探索実験にも利用される。また、この結果は、今後の大強度の偏極熱外中性子ビームを用いた物性、工学などの様々な分野の研究を切り拓くものである。

図1. ガンマ線検出器の上流に設置した偏極装置(3Heスピンフィルター)

図1. ガンマ線検出器の上流に設置した偏極装置(3Heスピンフィルター)

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の藤岡宏之准教授と谷結以花大学院生、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学(総長松尾清一、以下「名古屋大学」という)大学院理学研究科の山本知樹大学院生、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という)J-PARCセンターの奥平琢也博士研究員らの研究グループは、スピン[用語1] の揃った(偏極した)中性子を原子核が吸収した時に放出するガンマ線を測定したところ、その放出方向に偏りが存在し、その偏りが中性子のスピン方向に依存して変化することを世界で初めて発見しました。

我々の住む宇宙は「物質」がほとんどで、「反物質」はほとんど存在しません。その理由として「CP対称性[用語2]の破れ」が提唱されています。しかし、物質世界を説明できる「CP対称性の破れ」を表す現象はまだ見つかっていません。
素粒子原子核反応では、P対称性[用語3]が破れていることが知られています。原子核が中性子を吸収する反応では、核子同士に働くP対称性の破れよりも100万倍も大きなP対称性の破れが実験的に観測されています。この非常に大きな「P対称性の破れ」は、原子核を構成している核子[用語4]間で働く小さな「P対称性の破れ」が原子核内で非常に大きく増幅された結果であるというモデルがあります。「P対称性の破れ」の増幅現象のメカニズムを明らかにすることで、「CP対称性の破れ」の謎の解明につながることが期待されます。

そこで本研究では、「P対称性の破れ」の増幅現象のメカニズムの検証のために、原子核の偏極中性子吸収反応に伴う、ガンマ線の放出方向の分布を測定する実験を行いました。
中性子の偏極には、J-PARCで開発した偏極装置(3Heスピンフィルター)を用いました。物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子ビームライン(BL04、ANNRI)で、偏極熱外中性子ビームを原子核に照射したところ、偏極した中性子を吸収した原子核から放出されるガンマ線の放出方向に偏りがあること、その偏りがスピンの向きによって変化することを世界で初めて発見しました。

この実験で得られたガンマ線の放出方向と、「P対称性の破れ」の増幅現象のメカニズムのモデルが予測する放出方向の偏りを比較することで、モデルの検証を行うことが可能となります。また、モデルの検証結果をもとに、原子核内での対称性の破れの増幅現象のメカニズムが解明されることが期待されます。
今後、「CP対称性の破れ」の増幅現象のメカニズムを解明することで、宇宙創成の謎に迫ることも期待されます。

本成果は、アメリカの物理学会誌「Physical Review C」のオンライン版に6月25日に掲載されました。

研究の背景と目的

私たちの体や地球は「物質」でできており、宇宙を見回してみても、「反物質」でできた星や物体などは今のところ見つかっていません。これは宇宙の初期で粒子と反粒子[用語5]の対称性(CP対称性)が破れて、粒子が多く生成されたことに由来すると考えられています。CP対称性の破れ自体は過去に発見されていますが、「物質」しかない宇宙の創生を説明するようなCP対称性の破れは見つかっておらず、未知の物理現象が存在すると考えられています。そのため、宇宙の粒子と反粒子の非対称性を説明するような未知の物理現象を探索する実験が世界中で行われていますが、現在の物質世界を説明するようなCP対称性の破れの発見には未だ至っていません。

粒子と反粒子の対称性であるCP対称性と密接に関わっている対称性として空間反転対称性(P対称性)があります。素粒子原子核反応ではP対称性が破れていることが知られており、陽子同士の反応では非常に小さいP対称性の破れが観測されています。一方、中性子が139La(ランタン、原子番号57)や131Xe(キセノン、原子番号54)などに吸収される反応では、陽子同士の反応に比べて100万倍大きなP対称性の破れが起きていることが実験的に知られています。この非常に大きなP対称性の破れは、核子同士に働く小さなP対称性の破れが原子核内で非常に大きく増幅された結果であるというモデルが定説となっています。しかし、この増幅現象のメカニズムのモデルは検証が十分でなく、明らかになっていない部分も多く存在します。

このモデルが正しいと仮定すると、もし原子核内にCP対称性の破れが存在していた場合、原子核の中性子吸収反応ではP対称性の破れと同様にCP対称性の破れも非常に大きく増幅されることが理論的に示唆されています。このCP対称性の破れが非常に大きく増幅される現象を利用することにより、感度良く未知のCP対称性の破れを探索する計画が名古屋大学を中心とした研究グループにより進行しています。この未知のCP対称性の破れを探索する実験を行うためには、まず対称性の破れの増幅現象のメカニズムを明らかにしておくことが重要となります。そのためには原子核が偏極中性子を吸収した際に放出されるガンマ線の放出方向の分布を測定し、理論モデルと照らし合わせる必要があります。

そこで本研究では中性子を偏極する装置を開発し、J-PARCで原子核の偏極中性子吸収反応に伴う、ガンマ線の放出方向の分布を測定する実験を行いました。

研究成果

本研究では139Laと呼ばれる原子核に着目しました。139La原子核は0.74 eVの中性子を吸収した際に共鳴状態を形成し、この状態で非常に大きなP対称性の破れが観測されているためです。この反応におけるP対称性およびCP対称性の破れの増幅現象のメカニズムを調べるためには、0.74 eVの運動エネルギーを持つ中性子を偏極させ、139La原子核に照射し、放出されるガンマ線の放出方向の分布を測定する必要があります。

1 eV程度のエネルギーの中性子は熱外中性子と呼ばれ、中性子源からの強度も弱く、熱外中性子を偏極させる技術の開発は今まであまり行われてきませんでした。しかし、近年J-PARCでは、3Heガスを用いて熱外中性子ビームを効率良く偏極する装置(3Heスピンフィルター、図2)を開発しました。

図2. J-PARCで開発に成功した3Heスピンフィルター。特殊なガラス容器の中に3Heとアルカリ金属が封入されている。このガラス容器に近赤外光レーザーを照射し、アルカリ金属のスピンを揃え、アルカリ金属が3He原子核とスピンを交換することにより、3He原子核のスピンを揃えることができる。

図2.
J-PARCで開発に成功した3Heスピンフィルター。特殊なガラス容器の中に3Heとアルカリ金属が封入されている。このガラス容器に近赤外光レーザーを照射し、アルカリ金属のスピンを揃え、アルカリ金属が3He原子核とスピンを交換することにより、3He原子核のスピンを揃えることができる。

本研究では3Heスピンフィルターを中性子ビームラインBL04中性子核反応測定装置 (ANNRI)に設置し(図1、3)、他の技術では偏極が難しい1 eV程度の高いエネルギーの中性子を偏極させることに成功しました。そして、139Laの中性子吸収反応を測定したところ、運動エネルギー0.74 eVの偏極熱外中性子を吸収した際に放出されるガンマ線の放出方向に偏りが存在し、その偏りが中性子スピンの向きによって変化することを世界で初めて発見しました (図4)。
この実験結果と、対称性の破れの増幅現象のメカニズムのモデルが予測する放出方向の偏りを比較することにより、モデルの検証を行うことが可能となります。したがって、この実験結果は原子核内におけるP対称性およびCP対称性の破れの増幅現象のメカニズムの解明のために重要な知見であり、この増幅現象を利用した、未知の粒子・反粒子の対称性の破れを探索する研究計画の進行に必要不可欠な成果です。

図3. ガンマ線検出器の上流に中性子偏極デバイスである3Heスピンフィルターを設置した。3Heスピンフィルターは非常に磁場均一性の良いコイルおよび磁気シールド内部に設置され、コイルがつくる紙面垂直方向の磁場により3He原子核の偏極を保持する。そこに中性子ビームを通すことで中性子を偏極させる。偏極中性子はガンマ線検出器の内部に設置されたLaの金属試料に照射され、139Laの中性子吸収に伴って発生するガンマ線の放出方向の分布を測定する。

図3.
ガンマ線検出器の上流に中性子偏極デバイスである3Heスピンフィルターを設置した。3Heスピンフィルターは非常に磁場均一性の良いコイルおよび磁気シールド内部に設置され、コイルがつくる紙面垂直方向の磁場により3He原子核の偏極を保持する。そこに中性子ビームを通すことで中性子を偏極させる。偏極中性子はガンマ線検出器の内部に設置されたLaの金属試料に照射され、139Laの中性子吸収に伴って発生するガンマ線の放出方向の分布を測定する。

図4. 139Laに0.74eVの偏極熱外中性子を照射し、放出されるガンマ線量をガンマ線検出器で測定した結果。上下方向に設置されているガンマ線検出器(図3)のうち、下方向の検出器のデータを表示している。ピークの中心付近で、スピンの向きが磁場と平行(赤丸)あるいは反平行(青丸)で放出されるガンマ線の量が変わっていることから、ガンマ線放出方向の偏りがスピンの向きによって変化していることがわかる。

図4.
139Laに0.74eVの偏極熱外中性子を照射し、放出されるガンマ線量をガンマ線検出器で測定した結果。上下方向に設置されているガンマ線検出器(図3)のうち、下方向の検出器のデータを表示している。ピークの中心付近で、スピンの向きが磁場と平行(赤丸)あるいは反平行(青丸)で放出されるガンマ線の量が変わっていることから、ガンマ線放出方向の偏りがスピンの向きによって変化していることがわかる。

今後の展望

この結果をもとに原子核内での対称性の破れの増幅現象のメカニズムが解明されることが期待されます。これに並行して、CP対称性の破れ探索計画が進行しており、宇宙創成の謎に迫る、未知の物理現象の発見に期待が高まっています。
今回、J-PARCの大強度偏極熱外中性子で世界初の科学的成果が得られたことで、大きな統計量が必要な素粒子・原子核実験での有用性が示されました。今後、物性、工学などの様々な分野においても偏極熱外中性子を使用した世界初の研究成果が創出されることが期待されます。

本成果はKEK 中性子共同利用S1型実験課題2018S12、科学研究費補助金JP19GS0210、JP17H02889の支援により行われました。

大強度陽子加速器施設 (J-PARC)

日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設。素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学等の学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。MLFでは、世界最高強度の中性子ビームなどを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まる。

研究グループ

  • 名古屋大学大学院理学研究科:
    山本知樹(大学院生)、遠藤駿典(大学院生)、清水裕彦(教授)、広田克也(特任准教授)、新實裕大(大学院生)、石崎貢平(大学院生)
  • 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所:
    北口雅暁(准教授)
  • 原子力機構(J-PARC):
    奥平琢也(博士研究員)、奥隆之(研究主幹)、酒井健二(研究主幹)
  • 東京工業大学 理学院:
    谷結以花(大学院生)、藤岡宏之(准教授)
  • 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所:
    猪野隆(講師)
  • 大阪大学 核物理研究センター:
    吉川大幹(大学院生)、嶋達志(准教授)
  • 原子力機構(原子力基礎工学研究センター):
    遠藤駿典(研究員・併)、木村敦(研究主幹)
  • 九州大学大学院理学府:
    古賀淳(大学院生)、高田秀佐(大学院生)、牧瀬壮(元大学院生)
  • 九州大学 先端素粒子物理研究センター:
    吉岡瑞樹(准教授)

<付記>

各研究者の役割は以下の通りです。

実験の実施: 山本、遠藤、新實、石崎、奥平、谷、吉川、木村、古賀、高田、牧瀬
データ解析: 山本
実験デザイン、解析結果に関する議論: 共同研究者全員
装置開発: 山本、奥平、奥、酒井
統括: 清水

用語説明

[用語1] スピン : 陽子や中性子、ミューオンなどの粒子はスピンと呼ばれる磁石のような性質を持っており、スピンの向きが揃うことを偏極と呼びます。

[用語2] CP対称性 : 粒子と反粒子が持つ性質の対称性。CP対称性が破れているとは粒子と反粒子の振る舞いが異なっているということを言います。

[用語3] 空間反転対称性(P対称性) : 物理現象を鏡に映した時にその物理現象が変化しないことを空間反転対称性があると言います。空間反転対称性が破れているとは鏡に映した世界で物理現象が元の世界とは異なっていることを言います。

[用語4] 核子 : 陽子と中性子のことです。

[用語5] 反粒子 : 反粒子と粒子は質量、スピンなどの性質は一緒で、電荷のみ反対の性質を持ちます。反粒子で構成された物体を反物質と呼びます。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review C
論文タイトル :
Transverse asymmetry of γ rays from neutron-induced compound states of 140La
著者 :
T. Yamamoto1, T. Okudaira2, S. Endo1,2, H. Fujioka3, K. Hirota1, T. Ino4, K. Ishizaki1, A. Kimura2, M. Kitaguchi1, J. Koga5, S. Makise5, Y. Niinomi1, T. Oku2, K. Sakai2, T. Shima6, H. M. Shimizu1, S. Takada5, Y. Tani3, H. Yoshikawa6, T. Yoshioka1
所属 :
1名古屋大学 2JAEA 3東工大 4KEK 5九州大学 6大阪大学
DOI :
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お問い合わせ先

研究内容について

東京工業大学 理学院 物理学系

准教授 藤岡宏之

E-mail : fujioka@phys.titech.ac.jp

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン
共通技術開発セクション

奥平琢也

E-mail : okudaira@post.j-parc.jp
Tel : 029-284-3383 / Fax : 029-284-3889

東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科

清水裕彦

E-mail : shimizu@phi.phys.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-3545

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

J-PARCセンター 広報セクション

リーダー 阿部美奈子

E-mail : abe.minako@jaea.go.jp
Tel : 029-284-4578 / Fax : 029-284-4571

東海国立大学機構 名古屋大学管理部総務課広報室

E-mail : nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-2699 / Fax : 052-789-2019

九州大学 広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

大阪大学 核物理研究センター 庶務係

E-mail : kakubuturi-syomu@office.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-8902 / Fax : 06-6879-8899

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