Quantcast
Channel: 更新情報 --- 研究 | 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all 2008 articles
Browse latest View live

大蒸発の果てに小さな衛星群が残る 天王星の衛星形成を再現する理論モデルを構築

$
0
0

要点

  • 天王星が軌道面から98度傾いて自転、衛星の軌道面も同様に傾いて回る謎。
  • 天王星への巨大衝突で大蒸発がおこることに注目し、質量、軌道分布を説明する衛星形成の新モデルを構築。
  • モデルは海王星や太陽系外の氷を多く含む惑星の新たな標準モデルとなり得る。

概要

東京工業大学 地球生命研究所の井田茂教授は、京都大学の上田翔士研究員(現・神戸大学 大学院理学研究科 学術研究員)、佐々木貴教助教、大学院理学研究科の石澤祐弥大学院生(博士後期課程2年)と共同で、天王星[用語1]の衛星の起源を理論的に研究し、新たな衛星形成モデルを作成することに成功した。

研究チームは、天王星への巨大衝突で大蒸発がおこって水蒸気円盤が形成され、その円盤が衛星の材料になる氷が再凝縮するまで冷却される過程を精密に調べることで、現在の天王星の衛星群の分布が見事に再現される理論モデルを構築した。これは、これまで議論されてきた地球型惑星や木星型惑星の衛星形成とは全く異なり、天王星のような氷惑星に対する新しい理論モデルである。

巨大衝突を考えると天王星の衛星の傾いた軌道は説明可能だが、これらが天王星から遠くまで分布し、総質量が天王星の1万分の1しかなく、大きい衛星が外側に偏っていることは、今までは全く説明できず、天王星衛星の起源は大きな謎とされていた。

研究成果は2020年3月30日付(英国時間)の国際学術誌「Nature Astronomy(ネイチャー・アストロノミー)」に掲載された。

背景

太陽系の多くの惑星では自転軸が軌道面にほぼ直立している。ところが、天王星は自転軸が98度傾いて、ほぼ横倒しである。天王星は5つの主要衛星を持っているが、これら衛星の軌道面も天王星の自転軸に垂直に傾いていて、天王星の自転と同じ方向(順行)に回っている。

大蒸発の果てに小さな衛星群が残る―天王星の衛星形成を再現する理論モデルを構築―

天王星は地球の15倍の重さで氷を主成分にした惑星だが、そこに地球質量の1~3倍の惑星が衝突すると、天王星を98度傾けることが可能である。その衝突の破片が再集積して衛星が形成するのが巨大衝突説である。一方で、天王星はその質量の10 %くらいの水素・ヘリウムのガスを纏(まと)っており、そのガスを取り込むときに一時的に形成されたガス円盤の中で氷が凝縮して衛星が集積するとする円盤説もある。巨大衝突説は地球の月形成、円盤説は木星のガリレオ衛星(ガリレオ・ガリレイによって発見された木星の4つの衛星)形成の標準モデルになっている。

巨大衝突説では、自然に98度傾いた軌道の衛星が形成される利点があるが、自身の10~20 %もの質量の原始惑星の巨大衝突では、地球の月の場合と同じように、本体の1 %程度の比較的大きな質量の衛星が形成可能な破片円盤が生まれる。ところが、天王星の衛星の総質量は天王星質量の0.01 %しかない。一方、円盤説では小さい衛星の形成が可能である。実際、木星のガリレオ衛星の総質量は木星質量の0.01 %で、その点は有利だが、98度傾いた順行軌道の衛星が作れない。

このように天王星の衛星たちがどのようにしてできたのかは大きな謎だった。

研究成果

研究チームは、天王星の主成分が氷であるため、衝突で作られるのは固体の破片円盤ではなく、完全に蒸発した水蒸気円盤であることに気づいた。この円盤は拡散して、広がりながら内側の水蒸気は天王星に落ち込んでいくが、水蒸気は熱がこもるので、その円盤で衛星の材料になる氷が再凝縮するには、円盤の半径が10倍も広がり、もとの円盤の99 %もの質量が天王星に落ち込まければならないことを精密な計算により発見した。

巨大衝突では惑星のすぐ近傍に円盤ができる。地球の月は重いので、地球のすぐそばで集積しても、その後の45億年で地球との重力相互作用でだんだん遠ざかっていくが、天王星の衛星は軽いのでほとんど遠ざからない。つまり、衝突直後の円盤から衛星ができると、実際の衛星軌道より遥かに内側の天王星半径の数倍のところに衛星ができることになるので、これも大きな謎だった(下図参照)。特に天王星では重い衛星が外側(天王星半径の15~25倍)に偏っている。

大蒸発の果てに小さな衛星群が残る―天王星の衛星形成を再現する理論モデルを構築―

これに対し、研究チームは、円盤が薄く広がったあとに氷が再凝縮するので、氷の分布は現在の衛星軌道に一致することを発見した。円盤がある一定の薄さになったら氷が凝縮するので、最初にどのような蒸気円盤ができるのかにはあまり依存しないで、氷の分布が決まる。

予測した分布から微小氷天体群の衝突合体のコンピュータ・シミュレーションを行うと、実際の天王星衛星の分布に極めて近い衛星群ができることも示された。大蒸発の果てに残った1 %の物質から小さな衛星群が残るのである。

この理論モデルは、巨大衝突をもとにするのだが、地球の月形成とは全く異なる。地球は岩石を主成分とし、破片円盤は蒸発してもすぐに岩石は再凝縮し、月は最初の破片円盤の分布、つまり、どのような巨大衝突が起こるのかで決まる。しかし、氷衛星ではそうではなく、蒸発円盤がどのように冷えていって、どのように薄く広がるのかで決まることがわかった。これは地球型惑星や木星型惑星の衛星形成とは全く異なる、天王星のような氷惑星に対する全く新しい理論モデルで、海王星、太陽系外の氷を多く含むスーパーアース[用語2]など、氷を主成分とする惑星に一般的に適用できる衛星形成の新たな標準モデルとなり得るのである。

用語説明

[用語1] 天王星 : 太陽系の内側から7番目の惑星。内部は主に氷で構成され、中心に岩石のコアを持つ。惑星全体質量は地球の15倍程度。大気はそのうちの10 %くらいで、主成分は水素である。大気に少量含まれるメタンが赤色光を吸収するため、天王星は青色に見える。太陽系惑星の中で唯一横倒しで自転している。

[用語2] スーパーアース : 太陽系外惑星のうち地球の数倍程度の質量を持ち、かつ主成分が岩石、金属、氷などの固体成分と推定された惑星のこと。

論文情報

掲載誌 :
Nature Astronomy(ネイチャー・アストロノミー)
論文タイトル :
Uranian Satellite Formation by Evolution of a Water Vapor Disk Generated by a Giant Impact
著者 :
Shigeru Ida, Shoji Ueta, Takanori Sasaki and Yuya Ishizawa
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

教授 井田茂

E-mail : ida@elsi.jp
Tel : 03-5734-2620

京都大学 大学院理学研究科

助教 佐々木貴教

E-mail : takanori@kusastro.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-3892

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

E-mail : comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-5729 / Fax : 075-753-2094


高分子電解質のシャボン玉を使ってEUV(極端紫外線)発生に成功 コンパクトな量子線源となることを期待

$
0
0

要点

  • 高分子電解質の「シャボン玉」を鋳型にしてスズ薄膜球を作成、レーザーを照射してEUV発生に成功
  • EUV発生高効率化に不可欠な極低密度スズを信頼性高く、安価に合成
  • 現在の13.5 nm光だけでなく、次世代の6.x nm光や他の量子線発生にも適用可能なレーザー用ターゲット

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の長井圭治准教授、クリストファー マスグレイブ特任助教(現 ユニバーシティ カレッジ ダブリン)、庄司俊太郎大学院生の研究グループは、高分子電解質[用語1]を界面活性剤として用いたシャボン玉を鋳型として、レーザーの低密度ターゲットとなるスズ薄膜球を作成することに成功した。使用したスズの量は、シャボン玉1個あたり4.2 ナノグラムと少なく、原子数、サイズの制御性も高い。実際にレーザーを照射すると、金属スズと変わらない13.5 ナノメートル(nm)の極端紫外線の発光を確認できた。

高分子電解質の泡は、いわば極めて安定なシャボン玉であり、大量の製造に適している。今回開発した手法は、原理的にはスズだけでなく、他の元素にも適用できるため、レーザー式では開発が困難と考えられている6.x nmの光源や、がん治療などに用いられている炭素イオンビーム用のターゲットなどにも展開が可能である。

近年、高強度レーザー[用語2]の開発が進む一方で、レーザーの標的(ターゲット)の開発が遅れており、特に極低密度で、大量製造が可能な、安価なターゲットが求められている。本手法はこれらの条件を満たすものであり、その発展が見込まれる。

本成果は2020年4月3日付の『Scientific Reports』電子版に掲載された。

背景

今世紀に入って、高強度レーザーの高出力化、高繰り返し化、低価格化が急速に進んでいる。こうした高強度レーザー技術を応用した量子線源の研究開発も盛んになり、EUでは大型レーザー施設の建設ラッシュが続いている。こうした高強度レーザーを集光して物質に照射すると、高温高密度状態を作ることが可能であり、この状態からは電子、イオン、X線などの量子線が高輝度に発生する。こうした方法は、レーザープラズマ方式と呼ばれる。レーザーのターゲットとしては、低密度材料の方が吸収の効率が良いため、軽石のように穴の多い多孔質材料がしばしば用いられる。

このような大型加速器のコンパクト化を目標とした研究開発の一方で、レーザープラズマ方式の初の社会実装として、これよりも出力が弱いレーザーを用いた、13.5 nmの光源による半導体集積回路の製造が始まった。13.5 nmという波長は、X線よりもやや長波長の極端紫外線(Extreme Ultraviolet)[用語3]の範囲にあり、昨年のSamsungのEUVリソグラフィーへのレジスト供給の問題でも記憶に新しい。

現在実用化されているEUV光源では、液体金属スズにプレパルスを照射して低密度化させている。開発段階では、この低密度化のプロセスで確実性の問題が生じ、光源開発が大幅に遅れた経緯がある。また次世代の6.x nm光源で用いられるガドリニウムは、高融点で液体金属化が困難であり、大型加速器によるリソグラフィーが提案されている。

こうした背景から、研究グループでは長年にわたり、レーザーターゲット用の低密度材料を開発してきたが、その製造コストや大量生産性に課題があった。

研究成果

本研究では、シャボン玉という、容易かつ大量に製造できる低密度構造に着目した。シャボン玉の界面活性剤として高分子電解質を用いることで、安定性を向上させ、これを鋳型とすれば、レーザーターゲットとなる極低密度材料の大量生産を低コストで実現できることを示した。

このシャボン玉にスズナノ粒子を被覆して低密度スズ膜を形成させ、さらに重ね塗りしてスズの被覆量を増やした。こうして作成したスズ薄膜球を乾燥させたのちに、ネオジムヤグレーザーを照射した。その結果、最新の半導体リソグラフィーに用いられている13.5 nmの発光を確認することができ、発光量についても、金属スズにレーザーを照射した場合と同レベルを達成できた。

図1.

図1. ダブルパルス法(左)と今回用いたシャボン玉ターゲット(右)

今後の展開

今回新たにシャボン玉を鋳型として作成された低密度スズ薄膜球のターゲットと、レーザーを組み合わせれば、コンパクトな13. 5 nmの光源ができる(ただし、リソグラフィーに用いるほどの高繰り返しには、デブリ除去などが技術的な課題である)。 さらに次世代の6.x nm光源の実現、さらに短い波長であるX線の高輝度化、がん治療用の炭素イオンビーム発生装置のコンパクト化も期待される。国内外の大型レーザー施設と共同研究も進めたい。

付記

本研究は、文部科学省の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出 ダイナミック・アライアンス事業」等の助成を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 高分子電解質 : 塩水や石けん水は電解質であり、電気を通す。これをプラスチック材料のような高分子にすると、薄膜化や固体化が容易となるため、多くの分野で応用されている。本研究では、シャボン玉の安定化のために高分子電解質を用いるため、LbLという技術を応用した。

[用語2] 高強度レーザー : レーザーはその原理上、無限小に集光することができる。世界的に進められている、レーザーの高強度化に向けた挑戦は、高強度に耐える材料が開発できるかどうかにかかっている。2018年には、パルス圧縮技術を発明したムル教授らにノーベル賞が授与された。またこれらの技術によって、レーザーの高出力化のみならず低コスト化も急速に進んでいる。THALESouter

[用語3] 極端紫外線(EUV) : 紫外線の中でもX線に近い短波長の光である。空気を含むほとんどの物質に吸収されるため、かつてはごく一部の研究者しか用いることがなかった。集積回路の微小化にともない、EUV光源の開発が久しく求められ、低密度のスズにレーザーを照射すれば良いことが、2003年ごろに明らかになったが、実用化するにはスズの低密度化とそのデブリ回収技術を成熟させる必要があった。昨年来、この低密度のスズターゲットが実用化され、半導体生産に本格的に用いられている。EE Times Japanouter

13.5 nm光源の次は6.x nm光源の開発が期待されているが、レーザープラズマ方式による6.x nm光の発生は原理実証段階にとどまっている。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Easy-handling minimum mass laser target scaffold based on sub-millimeter air bubble ―An example of laser plasma extreme ultraviolet generation―
著者 :
Christopher S. A. Musgrave, Shuntaro Shoji, and Keiji Nagai
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

准教授 長井圭治

E-mail : nagai.k.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5266

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

加藤雅治名誉教授が日本鉄鋼協会西山賞、中田伸生准教授が西山記念賞を受賞

$
0
0

一般社団法人日本鉄鋼協会は1月21日、東京工業大学の加藤雅治名誉教授に2020年の学会賞(西山賞)を、また物質理工学院 材料系の中田伸生准教授に2020年の学術記念賞(西山記念賞)を授与すると発表しました。授賞式および記念講演は、3月17日、日本鉄鋼協会第179回春季講演大会で行われる予定でしたが、新型コロナウイルス感染症対策のため中止となりました。

日本鉄鋼協会は1915年に設立された鉄鋼に関する学会です。学会賞(西山賞)は「鉄鋼に関する学術,技術の研究に卓越した功績のあった会員」を、また、学術記念賞(西山記念賞)は「鉄鋼に関する学術、技術の研究に多大の功績のあった会員」を毎年、表彰しています。ともに西山彌太郎氏(1893-1966、元川崎製鉄株式会社社長)の功績を記念した表彰であり、賞状およびメダルが贈呈されます。

学会賞(西山賞)加藤雅治名誉教授の受賞題目

金属材料の組織と力学特性の基礎研究

学術記念賞(西山記念賞)中田伸生准教授の受賞題目

鉄鋼組織の内部応力に関する研究

今回の受賞について中田伸生准教授は次のようにコメントしています。

学術記念賞(西山記念賞)を受賞した中田准教授
学術記念賞(西山記念賞)を受賞した中田准教授

この度、日本鉄鋼協会の学術記念賞(西山記念賞)を受賞させていただき、大変光栄に存じます。受賞題目である「鉄鋼組織の内部応力に関する研究」は東京工業大学に着任してから大きく前進した研究です。研究をご指導いただいた先生方ならびに一緒に実験に携わってくれた同僚、共同研究者、学生諸君に心から感謝申し上げます。

アイザック・ニュートンが、ペストの大流行から逃れるため、故郷への避難を余儀なくされましたが、そこで過ごした約20カ月の間に彼の偉業の大半を生みだしたことは「創造的休暇」として非常に有名な話です。

新型コロナウイルスの影響で学内外ともに「大変」な状況ですが、「大きく変える」チャンスと捉え、一層、教育・研究活動に邁進します。

鉄の中にナノスケールで微細に分散する炭化物の内部応力状態を示す実験結果とこれを模擬する原子シミュレーション

鉄の中にナノスケールで微細に分散する炭化物の内部応力状態を示す実験結果とこれを模擬する原子シミュレーション

<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

物質理工学院 材料系 准教授 中田伸生

E-mail : nakada.n.aa@m.titech.ac.jp

伊藤亜紗准教授が「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞 「真摯な探究心とやわらかく開かれた文章」に期待して

$
0
0

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長でリベラルアーツ研究教育院の伊藤亜紗准教授が、2020年の第13回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞したと、賞を主催する特定非営利活動法人(NPO法人)「わたくし、つまりNobody」が1月31日、発表しました。表彰式と記念講演会は3月3日、出版クラブ(東京都千代田区)で行われ、記念メダル「メビウスの輪」と副賞100万円が伊藤准教授に贈られました。

表彰式で「言葉と体」と題した記念講演を行った伊藤准教授 ©吉永陽一

表彰式で「言葉と体」と題した記念講演を行った伊藤准教授 ©吉永陽一

「わたくし、つまりNobody」によると、この賞は、日本語による「哲学エッセイ」を確立し、2007年に亡くなった文筆家、池田晶子さんの意思と業績を記念し、2008年に創設されました。賞の趣旨は「ジャンルを問わず、ひたすら考えること、それを言葉で表わし、結果として新たな表現形式を獲得しようとする人間の営みに至上の価値を置くものです。考える日本語の美しさ、その表現者としての姿勢と可能性を顕彰し、応援してゆこうとするものです」と説明されています。

NPO法人の会員が推薦した候補者や、自薦の応募者から、会員の選考メンバーが賞にふさわしい人物を毎年1人、選びます。

伊藤准教授の受賞理由(NPO法人「わたくし、つまりNobody」による)

「体」という「内なる他者」と、どう向き合うか。

肥大する情報空間の中で身体性が希薄化していく現在、ますます重要度が高まる問いです。

伊藤亜紗氏が近年取り組んでいるのは、障害ゆえに自らの「体」と独自の関係を作り上げてきた人たちの「言葉」を手掛かりに、私たちが自明と思いなしている「自分」とは何か、「世界」とは何かを、根源から問い直す試みです。

未知なる世界認識の可能性に向けて、真摯な探究心とやわらかく開かれた文章で迫る伊藤氏のさらなる展開に期待し、当賞を贈ります。

伊藤准教授のコメント

伊藤准教授
伊藤准教授

敬愛する文筆家、池田晶子さんを記念した賞をいただけたことは、これ以上ない光栄です。これまで一緒に研究をしてくれた障害のある方々や共同研究者、編集者のみなさんに、心からのお礼を言いたいです。体について研究をしてきた私なので、「わたくし、つまりNobody」ではなく、「わたくし、そしてEverybody」のつもりで、世界中のすべての人が当事者である体をめぐる問いに、少しでも貢献していきたいと思います。

賞の名前について

賞の名前について「わたくし、つまりNobody」は次のように説明しています。

この風変わりな賞の創設と名前は、2007年春にこの世を去った、文筆家・池田晶子とその一作品名「わたくし、つまりNobody」に由来します。

彼女は、いつも次のような考え方を示唆しています。

考えているその時の精神は、誰のものでもなくNobody。

言葉は誰のものでもないけれども、それが表現されるためには、誰かの肉体を借りるしかない、そうして現われてくる言葉こそが、人の心を捉え、伝わってゆく……。

大事なのは「誰が」ではなく、誰かによって発せられた「言葉」が、次の時代の人々に引き受けられて、我々の「精神のリレー」が連綿と続いてゆくことである、と。

この賞は、自身もそのように仕事を続けたひとりの文筆家の発想に始まっています

<$mt:Include module="#G-15_リベラルアーツ研究教育院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

科学技術創成研究院 未来の人類研究センター

E-mail : fhrc@ila.titech.ac.jp

NHK Eテレ『SWITCHインタビュー』に伊藤亜紗准教授が出演

$
0
0

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター センター長でリベラルアーツ研究教育院の伊藤亜紗准教授が、4月25日にNHK Eテレで放送予定の対談番組『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』に出演します。

落語家の柳家喬太郎さん(左)と伊藤亜紗准教授(右)

落語家の柳家喬太郎さん(左)と伊藤亜紗准教授(右)

伊藤准教授の対談相手は、若者にも大人気の落語家・柳家喬太郎さん。新作落語、古典落語のどちらも巧みに演じ、落語界きってのウルトラマン好きで知られる柳家喬太郎さんを、大岡山キャンパスに招きました。

『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』は、異なる分野で活躍する2人の“達人”がクロストークを行う番組です。前半と後半でゲストとインタビュアーを「スイッチ(切り替え)」しながら、それぞれの仕事現場(こだわりの場所、ゆかりの地など)を訪問し、「仕事の極意」について語り合います。

伊藤准教授のコメント

喬太郎師匠とは完全に初対面で、始まる前はどきどきしました。でもひとつ接点が見つかるとぐんぐん話がつながって、とても楽しい対談になりました。スライドなどの視覚資料に頼りがちな時代に、「プレゼン」とは違う「語り」のライブ感の中に日々身を投じていらっしゃる師匠。情報化の時代に忘れがちな、大切なものを教えていただいた気がします。格好よかった!

番組情報

  • 番組名
    NHK Eテレ『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』
  • タイトル
    落語家 柳家喬太郎 × 美学者・東京工業大学准教授 伊藤亜紗
  • 放送予定日
    2020年4月25日(土)22:00 - 22:49
  • 再放送予定日
    2020年5月2日(土)00:00 - 00:49(金曜深夜)

関連リンク

<$mt:Include module="#G-15_リベラルアーツ研究教育院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

東工大と東邦大学が包括協定を締結

$
0
0

東京工業大学は3月13日、学校法人東邦大学と連携・協力推進にかかわる包括協定を締結しました。「医工連携」を進めるなど、大学間連携を強化する教育・研究や人材交流に取り組み、両大学の更なる発展と一層の社会貢献をめざします。

包括協定に調印した益一哉東工大学長(右)と高松研東邦大学長

包括協定に調印した益一哉東工大学長(右)と高松研東邦大学長

東工大大岡山キャンパスで開かれた包括協定調印式には益一哉東工大学長と高松研東邦大学長が出席し、包括協定に署名しました。両学長は、連携と協力の進め方について話し合いました。

本学と東邦大学は、教育・研究のそれぞれの分野において交流を重ね、更に両大学の「強み」を活かした連携を発展させることができないか意見交換を行ってまいりました。包括協定を締結することにより、以下のような効果が産まれることが期待されます。

東邦大学の医療センターは大森病院、大橋病院、佐倉病院を運営しています。東邦大学が、医療現場で生じたニーズを本学に提示し、本学が工学の観点でその解決策を示す医工連携を進めて、メディカルイノベーションの創出を目指します。

また、本学の理工系学生が東邦大学の医療センターにおいて、病院実習カリキュラムを行って医療現場を体験することにより、新たな発見や研究のヒントを得るといった教育効果が期待されます。

今後、この包括協定に基づき、連携・協力の施策について具体的な取組みを進めてまいります。

調印式で話し合う両大学の学長ら

調印式で話し合う両大学の学長ら

お問い合わせ先

東京工業大学 研究協力部 研究企画課
研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7688

超希薄燃焼と水噴射でガソリンエンジン熱効率52 %を達成 温度成層化によるノッキング抑制と冷却損失低減効果

$
0
0

要点

  • 空気過剰率を上げた超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射を適用
  • ピストン上に低温水蒸気層を形成し、ノッキングと冷却損失を効果的に低減
  • 乗用車用ガソリンエンジンとして世界最高水準の図示熱効率52.6 %を達成

概要

東京工業大学 工学院 システム制御系の小酒英範教授、長澤剛助教、佐藤進准教授らは、慶應義塾大学の飯田訓正名誉教授、横森剛准教授らとともに、空気過剰率[用語1]を2程度まで上げた超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射[用語2]を適用し、これまで40 %程度だった乗用車用エンジンの正味熱効率を51.5 %、図示熱効率[用語3]を52.6 %に向上させることに成功した。

高い熱効率が期待される超希薄燃焼ガソリンエンジンだが、さらなる熱効率向上を目指すには高負荷領域におけるノッキング[用語4]抑制と冷却損失[用語5]低減が欠かせない。同グループは燃焼室内のピストン表面近くに水を噴射して低温水蒸気層を形成することにより、超希薄燃焼においても燃焼を悪化させることなくノッキング抑制と冷却損失低減を実現することを目指した。

各種の条件を最適化し、最終的には圧縮比[用語6]を17まで上げることで乗用車用ガソリンエンジンとしては世界最高水準の熱効率を達成した。これらに加え、水噴霧の可視化と熱流束[用語7]の計測により当初の狙い通りピストン表面近くに低温水蒸気層が形成されていることを示唆する結果を得た。

本研究成果は、英国機械学会の国際学術誌「International Journal of Engine Research」オンライン版に4月6日付で掲載された。

研究の背景

超希薄燃焼ガソリンエンジンでは低温燃焼による冷却損失の低下に伴って熱効率の大幅な向上が期待されるものの[参考文献1]、さらなる熱効率向上を目指す上では高負荷領域におけるノッキング抑制と冷却損失低減が欠かせない。ガソリンエンジンの効果的なノッキング抑制・冷却損失低減手法として、水噴射が以前より研究されている。これは水の蒸発によって筒内ガス温度を低下させ、ノッキングと冷却損失の低減を図るものであり、主に理論空燃比[用語8]を対象として行われてきた。本研究では水噴射を超希薄燃焼に適用することで、熱効率のさらなる向上を図った。

本研究のアプローチ

従来の理論空燃比におけるガソリンエンジン水噴射の多くは水を吸気ポートより噴射する形式であり[参考文献2]、この場合、空気・燃料の混合気は比較的均一に冷却される。しかし混合気への水の均一添加によって燃焼速度は大きく低下するため、超希薄燃焼においては燃焼不安定性の増加が懸念される。

そこで本研究では図1に示すように、水を筒内に直接噴射し、点火プラグ近傍を避けてピストン表面付近に水蒸気を集中的に分布させる「層状水蒸気遮熱」を提案した。これにより超希薄燃焼でも燃焼を悪化させることなく水の冷却効果が得られ、またピストン近くの未燃領域で多く発生するノッキングとピストン表面から外部への大きな冷却損失を効果的に低減できると期待される。

図1. 本研究におけるガソリンエンジン筒内水噴射の概略図

図1. 本研究におけるガソリンエンジン筒内水噴射の概略図

研究成果

本研究では筒内水分布が熱効率向上の大きな鍵を握るため、石英ガラス製の可視化エンジンを用いて水噴射時期が水噴霧分布に与える影響を調査した。その結果、図2に示すように上死点[用語9]前150°に水噴射した場合、水は時計回りの流れに乗って吸気側からピストン表面近くに輸送され、層状に分布する様子が確認された。

実機エンジン試験においても、圧縮行程前半(上死点前150°~120°)に水噴射することで燃焼安定性を保ちつつノック・冷却損失低減効果が得られ、熱効率が上昇することが確認できた。

また図3には、ピストン表面およびエンジンヘッドの熱流束計測から得られた水噴射による平均気体温度低下率と壁面熱流束低下率の関係を示したものである。これより同一の平均気体温度の低下に対して、ピストン側の熱流束低減割合はヘッド側より大きいことから、ピストン表面近くに水蒸気層が形成されて低温となる温度成層化[用語10]が起きていることが示唆された。

図2. 上死点前150°に水噴射した際の筒内水噴霧の可視化結果

図2. 上死点前150°に水噴射した際の筒内水噴霧の可視化結果

図3. 水噴射による平均気体温度低下率と壁面熱流束低下率の関係

図3. 水噴射による平均気体温度低下率と壁面熱流束低下率の関係

以上の結果をもとに0.5 L(リットル)クラスの単気筒エンジンで、さらに水噴射条件および運転条件の最適化を行うことで熱効率の向上を図った。その結果を熱バランスの形で示したものが図4である。

圧縮比15、空気過剰率1.9にて水噴射を行うことにより、ノッキングと燃焼変動を抑えた状態でグロス図示熱効率(機械損失やポンプ損失を含まない効率)が48.7から50.2 %まで上昇した。ここで、さらに圧縮比を17まで増加させたところ、ノッキングと燃焼変動を十分低く抑えたうえで排気損失、未燃損失、冷却損失が低減されることにより、グロス図示熱効率は最大52.6% まで上昇した。

これは0.5 Lクラスのガソリンエンジンとしては世界最高水準の熱効率であり、次世代の超高熱効率ガソリンエンジンの1つの可能性を示したといえる。今後は水蒸気分布と熱流束の同時計測などによって熱効率向上の機構解明を進めるとともに、水噴射インジェクタの形状や設置位置を含めた最適化を行うことにより、さらなる熱効率の向上につながると期待される。

図4. 高圧縮比+超希薄燃焼+水噴射による熱効率の向上と各種損失の内訳

図4. 高圧縮比+超希薄燃焼+水噴射による熱効率の向上と各種損失の内訳

付記

本研究は総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「革新的燃焼技術」(管理法人:JST)、および自動車用内燃機関技術研究組合の委託事業の成果である。

参考文献

1.
Jung, D. et al., SAE Technical Paper 2017-01-0677 (2017)
2.
Bellis, V. D. et al., SAE Int. J. Engines 10(2), 550-561 (2017)

論文情報

掲載誌 :
International Journal of Engine Research
論文タイトル :
Thermal efficiency improvement of super-lean burn spark ignition engine by stratified water insulation on piston top surface
著者 :
Tsuyoshi Nagasawa, Yuichi Okura, Ryota Yamada, Susumu Sato, Hidenori Kosaka, Takeshi Yokomori, Norimasa Iida
DOI :

用語説明

[用語1] 空気過剰率 : 実際に供給された空気の質量を、燃料を燃やし切るために理論上必要な最小空気質量で除した値。1の場合が理論空燃比であり、1より大きい場合は希薄燃焼となる。

[用語2] 筒内水噴射 : 水をエンジンシリンダ内に直接噴射する技術。

[用語3] 図示(ずし)熱効率 : 燃焼室圧力履歴から計算される燃焼ガスがシリンダ内でピストン上面にする仕事(図示仕事)を、投入熱量で除した値。実際に熱機関から得られる有効仕事は図示仕事から機械摩擦損失やポンプ損失を差し引いた値となる。

[用語4] ノッキング : ガソリンエンジンにおいて、通常は点火プラグを中心に火炎が燃え広がるのに対し、燃焼ガスによってピストンやシリンダ壁面に押し付けられた未燃ガスが高温・高圧となって自己着火する現象。強い衝撃波を伴い、場合によってはエンジンが破損することもある。

[用語5] 冷却損失 : 燃焼室内において仕事には変換されず、壁面を通して外部へ熱として捨てられる損失。

[用語6] 圧縮比 : 内燃機関において圧縮前の燃焼室体積を圧縮後の体積で除した値。圧縮比が高いほど理論的には熱効率は向上するが、同時にノッキングも発生しやすくなる。

[用語7] 熱流束 : 単位時間に単位面積を通過する熱量。

[用語8] 理論空燃比 : 空気と燃料が過不足なく燃焼する時の空気と燃料の質量比。通常のガソリンエンジンでは空気14.7に燃料1の割合となる。

[用語9] 上死点 : ピストンの往復運動において、ピストンが最上端となる点。

[用語10] 温度成層化 : 領域内において温度が低い冷却材が片側に、温度が高い冷却材がもう片側に、層状に分かれて分布する状態。

<$mt:Include module="#G-05_工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 工学院 システム制御系

教授 小酒英範

E-mail : kosaka.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2170 / Fax : 03-5734-2170

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

50 ℃で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒 「CO2排出ゼロ」のアンモニア生産へブレークスルー

$
0
0

要点

  • 50 ℃未満で水素と窒素からアンモニアを合成できる触媒の開発に初めて成功
  • 今回、開発した触媒は既存の触媒を凌駕する性能で、CO2排出ゼロを実現
  • 開発した触媒によって自然エネルギーからのアンモニア生産へ道が開かれた

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授らは、50 ℃未満の温度で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒の開発に成功した。この触媒は豊富なカルシウムに水素とフッ素が結合した物質「水素化フッ素化カルシウム(CaFH)[用語1]」とルテニウム(Ru)ナノ粒子の複合材料「Ru/CaFH」で、室温で水素と窒素からアンモニアを合成できる。

原教授らはCaFHが低い温度で電子を与える力が強いことに着目し、その学理を低温でアンモニアを合成する触媒の開発に繋げた。アンモニア生産の大幅な効率化だけでなく、自然エネルギーを使った温室効果ガスのCO2排出ゼロにつながることが期待される。

アンモニアは肥料として世界人口の70 %の命を支える人類に必須の化学物質で、水素と空気中の窒素から触媒を介して生産する。しかし原料の水素はメタンなどの化石資源から作られるため、CO2排出は総排出量の3 %を越えている。

水から水素を作ればCO2排出問題は解決するかのようにみえるが、従来の触媒で水素と窒素からアンモニアを合成するには400 ℃近くの高温が不可欠。従来のアンモニア生産を自然エネルギー発電と繋げても発電量の大半はアンモニア生産に費やされ、十分な水素を作れない。水素と窒素からのアンモニア合成の温度を大幅に下げる触媒の開発はCO2排出ゼロのアンモニア生産への道を開く成果である。

本研究成果はネイチャーコミュニケーションズ(nature communications)オンライン速報版に4月24日に掲載された。

背景

アンモニア(NH3)は触媒を介して水素(H2)と空気中の窒素(N2)から生産される化学物質であり、肥料として人口の70 %の生命を支えている。人類が最も多く生産する化学物質で、年間1億7千万トンに達する。このように、人類にとって重要なアンモニアだが、地球温暖化とともにその生産が大きな問題となっている。

それは、どこから水素を得るかということである。現在、アンモニアの原料となる水素は天然ガス、石炭、石油といった化石資源を燃やして生産している。その結果、膨大な量のCO2が排出され、総排出量の3 %を越えている。人口が増え続ける限り、化石資源が枯渇するまで、アンモニア生産に伴うCO2排出は増え続けることになる(図1)。

図1. 人類社会を支えるアンモニア生産と問題

図1. 人類社会を支えるアンモニア生産と問題

CO2の排出なしに、アンモニアを生産する方法として、自然エネルギー発電の利用が考えられてきた(図2)。風力や太陽光発電によって水を電気分解すれば、CO2排出なしにクリーンな水素を得られる。この水素を原料にすればCO2排出なしに、そして化石資源の枯渇に怯えることなく、人類はアンモニアを手に入れることができる。

しかし、この手法には大きな問題がある。それは水素と窒素からアンモニアを合成する既存触媒は400 ℃程度の高温を必要とすることだ。電力で高温を生み出すには、かなりのエネルギーが必要になる。これは、自然エネルギーの発電量の大半を水素と窒素からのアンモニア生産に消費され、水の電気分解による水素生産に回せる電力が足りなくなるという本末転倒の結果になりかねない。自然エネルギー利用のアンモニア生産のシナリオを可能にするには、水素と窒素からアンモニアを合成する触媒の作動温度を大幅に低下させることが求められている。

図2. 自然エネルギーによるアンモニア生産

図2. 自然エネルギーによるアンモニア生産

研究成果

新しいアプローチ

図3. アンモニア合成速度―反応温度曲線
図3. アンモニア合成速度―反応温度曲線

このような背景の中、アンモニア合成触媒が大幅に低温で作動する新たなアプローチを原教授らが着想した。図3にアンモニア合成触媒の温度とアンモニア合成速度の関係を示す。砂糖を水に入れるより、お湯に入れた方が早く溶けるように、アンモニア合成速度も温度と共に速くなってくる。これまで、高い温度で高い性能を発揮する触媒は、低い温度でも、相応の高い性能を発揮すると考えられていた。しかし、原教授らの研究によって、これまで開発されてきたいずれの触媒も、100~200 ℃の間で作動しなくなることが明らかになった。

すなわち、従来のアプローチは、作動の起点を100~200 ℃とする傾きの異なる触媒を開発する取り組みで、傾きの大きな触媒が高性能な触媒とされてきた(図3赤線部分)。しかし、これでは高温での合成速度は速くなるが、低温での合成速度は速くはならず、大幅な低温化は実現できない。

本研究では、触媒の作動温度を50 ℃未満にスライドさせ、温度-アンモニア合成速度曲線自体を低温側に引き下げるアプローチを試みた(図3青線)。こうすれば、低温領域のアンモニア合成が著しく高くなるはずだが、これまで成功した事例はなかった。

古典的学理に学ぶ新たな電子供与材CaFH

上述のアプローチはこれまで試されたことがないため、何がこのアプローチに繋がるかは手探りの状態だった。原教授らは、まず低温で強く電子を与えることができる材料(電子供与材)の開発に着手した。アンモニア合成の最大の難関は窒素分子N2の窒素原子にまで分解する過程である。窒素分子は強固な結合によって結ばれた2つの窒素原子から成る安定な分子。この分子を原子にまで分解するには鉄などの遷移金属から窒素分子へ電子を一時的に与える必要がある(図4)。

図4. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速
図4. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速

しかし、遷移金属だけの電子供与は不十分であり、この電子供与をブーストするため、アンモニア合成触媒には金属に電子を与える物質、すなわち、電子供与材料が組み込まれている。100年以上も前から現在までアンモニアの大量生産に使われている鉄触媒では酸化カリウム(K2O)がこの電子供与材料に当たる。これまで様々な電子供与材がアンモニア合成触媒に組み込まれてきたが、既存の触媒では100~200 ℃で電子を与える力が弱まり、この温度領域で作動しなくなると原教授らは予想した。

そこで、ありふれた脱水材「水素化カルシウムCaH2」に着目した(図5)。CaH2はCa2+の陽イオンと水素の陰イオンH–(ヒドリドイオン)が結合したイオン性固体であり、200 ℃より高い温度にすると一部のH–が水素分子として抜け、電子をCa2+イオンの周りに残す(2H–→H2↑+ 2e–)。この状態の電子はアルカリ金属並みの電子供与能(大きなイオン化傾向)をもつため、この電子で遷移金属の電子供与をブーストすればN2分子は窒素原子まで分解できる。しかし、Ca2+—H–のイオン結合エネルギーが強いため、低温で使うことができない。

そこで、原教授らは大学の1年次で基礎として学ぶ古典的な学理を利用することにした。それはCa2+とより強い結合をつくる陰イオンを入れ、Ca2+—H–の結合エネルギーを弱めてしまうということである。Ca2+—F–の結合エネルギーはCa2+—H–のそれの2倍の強度をもつため、CaH2のヒドリドイオンの一部をF–で置き換え、水素化フッ素化カルシウムCaFHをつくれば、そのヒドリドイオンは低温で水素分子として脱離し、低温で強い電子供与能を発揮するはずである(図5)。実際に合成したCaFHでは室温程度からヒドリドイオンが水素分子として抜けることが確認された。

図5. CaH2、CaFHでの結合強度、水素引き抜き温度、電子供与

図5. CaH2、CaFHでの結合強度、水素引き抜き温度、電子供与

ルテニウムナノ粒子-CaFH複合材触媒(Ru/CaFH)のアンモニア合成能

図6. Ru/CaFHの電子顕微鏡写真
図6. Ru/CaFHの電子顕微鏡写真

図6はルテニウム(Ru)ナノ粒子-CaFH複合材触媒(Ru/CaFH)の電子顕微鏡写真である。この触媒はCaFHの下地(灰色)に直径数ナノメートルのRuナノ粒子(白色)が接合した固体材料である。この触媒は100 ℃以下でもアンモニアを合成し、50 ℃でさえ作動していることがわかった(表1)。これは50 ℃未満の温度でもアンモニアを合成できることを示唆している。実際、室温でもこの触媒は窒素分子からアンモニアを合成していることが分光法によって確認された。一方、現在のアンモニア生産に使われている商用の鉄触媒、そして、つい最近発表された最高性能の触媒、第2位の触媒は100 ℃以下の温度では全く作動しない。100 ℃以下の温度でRu/CaFHと比較するのは他の触媒にとって不公平なので、表2に200 ℃での結果を示す。200 ℃でのRu/CaFHは最高性能触媒の2倍を越えており、高い温度でも既存触媒を凌駕している。

図6はルテニウム(Ru)ナノ粒子-CaFH複合材触媒(Ru/CaFH)の電子顕微鏡写真である。この触媒はCaFHの下地(灰色)に直径数ナノメートルのRuナノ粒子(白色)が接合した固体材料である。この触媒は100 ℃以下でもアンモニアを合成し、50 ℃でさえ作動していることがわかった(表1)。これは50 ℃未満の温度でもアンモニアを合成できることを示唆している。実際、室温でもこの触媒は窒素分子からアンモニアを合成していることが分光法によって確認された。一方、現在のアンモニア生産に使われている商用の鉄触媒、そして、つい最近発表された最高性能の触媒、第2位の触媒は100 ℃以下の温度では全く作動しない。100 ℃以下の温度でRu/CaFHと比較するのは他の触媒にとって不公平なので、表2に200 ℃での結果を示す。200 ℃でのRu/CaFHは最高性能触媒の2倍を越えており、高い温度でも既存触媒を凌駕している。

なお、Ru/CaFHの活性化エネルギー[用語2]は20 kJ mol-1であり(表1)、これまで報告され現在のアンモニア生産にてできたアンモニア合成触媒の1/2程度にしか過ぎない。また、Ru/CaFHは安定な触媒であり、300 ℃を越える反応温度でも900時間以上アンモニア合成速度の低下なく、作動し続ける。

表1 Ru/CaFHの触媒性能(100 ℃以下)

表1 Ru/CaFHの触媒性能(100 ℃以下)

表2 Ru/CaFHの触媒性能(200 ℃)

表2 Ru/CaFHの触媒性能(200 ℃)

Ru/CaFHのメカニズム

図7. Ru/CaFHの予想メカニズム
図7. Ru/CaFHの予想メカニズム

図7は様々な解析によって明らかにされたRu/CaFHのメカニズムである。まず、室温程度でCaFHから水素原子が抜け、電子を残していく。この状態でCaFHは金属カリウムと同等の強い電子供与力をもち、Ruへ強く電子を与える(図7下)。この状態のRuに窒素分子N2が接触すると、N2は直ちにN原子まで分解する。Ru表面には水素分子H2の分解によってH原子が生成しているので、窒素原子と水素原子は直ちに反応して、アンモニアNH3が生成する。この過程は室温でも進行することが明らかになった。

今後の展開

今回開発したRu/CaFHに2つの意味がある。

第一に、触媒の最低作動温度を引き下げるという新しいアプローチと、それを可能にする新たな触媒材料の開発によって300 ℃以下の低温領域のアンモニア合成触媒性能を著しく上げたこと。

第二に、100 ℃以下でも作動する触媒を生み出したこと。これまでの触媒は100 ℃以下では作動しない。従って、いかなる改良を施しても、100 ℃以下でアンモニアを合成することはできない。「0に何をかけても0にしかならない」からだ。一方、Ru/CaFHは室温程度でもアンモニアを合成できる。これまでの触媒がこれまでのアプローチによってその性能を向上してきたように、Ru/CaFH、あるいはその概念に基づく触媒の性能はまだまだ押し上がる余地が十分に残っている。

今後の展開

原教授のコメント

今回の研究に対する私たちの感想は、「社会が求めるアンモニア生産のきっかけを見つけた」に過ぎません。しかし、化石資源を使わずに肥料を生産し、人々に食糧を届けることが単なる夢想ではなくなり、現実味を帯びてきました。従来の触媒開発がしてきた性能向上をたどることによって、私達のアプローチ・触媒は真に地球・社会・人が求めるアンモニア生産に繋がると考えています。

論文情報

掲載誌 :
nature communications
論文タイトル :
Solid solution for catalytic ammonia synthesis from nitrogen and hydrogen gases at 50 ℃
著者 :
Masashi Hattori, Shinya Iijima, Takuya Nakao, Hideo Hosono, Michikazu Hara
DOI :

用語説明

[用語1] 水素化フッ素化カルシウム(CaFH) : 融雪剤である塩化カルシウムCaCl2はCa2+陽イオンに2つのCl–陰イオンが結合した固体のイオン化合物。CaFHは物質として既に知られていたが、材料として使われたことはない。なお、CaFHはフッ化カルシウムCaF2と水素化カルシウムCaH2の混合物を500 ℃以上で十数時間以上加熱することによって得られる。しかし、このようなCaFHを触媒に使っても、そのアンモニア合成速度は低い。高温で長時間の加熱がCaFHの焼結を進め、表面積が小さくなってしまうためだ(1 gのCaFHの面積は1 平方メートル未満)。そこで本研究では大きな表面積をもつCaFHを低い温度(200 ℃)・短い時間(3時間)で合成する全く新しい方法を開発した。この方法で合成した1 gのCaFHの面積は30平方メートルに達する。

活性化エネルギー

[用語2] 活性化エネルギー : 反応を進めるために必要なエネルギー。水素と窒素からアンモニアが生成する反応は発熱反応であり、丘の頂上から平地に下る反応である。しかし、丘の頂上は目に見えない塀で囲まれており、この塀を乗り越えないと丘を下ることはできない。この塀の高さが活性化エネルギーである。当然、塀の高さ、即ち活性化エネルギーが低い触媒ほど、反応が進みやすい。

[用語2] 活性化エネルギー : 反応を進めるために必要なエネルギー。水素と窒素からアンモニアが生成する反応は発熱反応であり、丘の頂上から平地に下る反応である。しかし、丘の頂上は目に見えない塀で囲まれており、この塀を乗り越えないと丘を下ることはできない。この塀の高さが活性化エネルギーである。当然、塀の高さ、即ち活性化エネルギーが低い触媒ほど、反応が進みやすい。

謝辞

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(S)

研究開発課題名:
「電子供与の増幅による低温作動アンモニア合成触媒の開発」
研究代表者:
東京工業大学科学技術創成研究院 原亨和
研究開発実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
2018年6月~2023年3月

資料

<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 原亨和

E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」に理学院の山崎詩郎助教が出演

$
0
0

東京工業大学 理学院 物理学系の山崎詩郎助教が、5月6日放送予定のNHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」に出演します。

物理学者と「コマ博士」の顔をもつ山崎助教

物理学者と「コマ博士」の顔をもつ山崎助教

山崎助教は、量子物性物理学の研究者である一方、世界コマ大戦の出場経験もある「コマ博士」としても活動しています。番組では、山崎助教の著書『独楽の科学』(講談社ブルーバックス)を足がかりに、お笑い芸人で作家の又吉直樹さんと一緒に、コマの奥深い魅力に迫ります。

「又吉直樹のヘウレーカ!」は、私たちの暮らしに潜むフシギを見つけ出しひも解く教養バラエティ番組です。

形も模様も多種多様なコマたち

形も模様も多種多様なコマたち

山崎助教のコメント

「全日本製造業コマ大戦」。町工場が超精密コマに社運をかけて挑む熱きコマの戦いです。私は町工場の技に物理学の知恵を融合し、この戦いで優勝して世界大戦に出場した過去があります。これを機に、コマを通して遊びながら科学を伝える「コマ博士」として活動しています。

番組では、又吉直樹さんと一緒に科学コマで遊んだり、大戦コマで戦いながら、コマはなぜ倒れない?最強のコマはどれ?などをテーマに語り合いました。そして、スポーツから地球まで身近にあふれるコマと回転の秘密に迫りました。

番組のテーマは「世界はコマでできている!?」。その答えを探してグルグルと頭を巡らせていただけたら嬉しいです。

番組情報

  • 番組名
    NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」
  • テーマ
    世界はコマでできている!?
  • 放送予定日
    2020年5月6日(水)22:00 - 22:45
  • 再放送予定日
    2020年5月8日(金)0:00 - 0:45(木曜深夜)

関連リンク

<$mt:Include module="#G-03_理学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

眞中雄一准教授が2019年度石油学会奨励賞を受賞

$
0
0

公益社団法人石油学会は2月20日、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の眞中雄一特定准教授に2019年度の石油学会奨励賞を授与すると発表しました。石油学会によると、奨励賞は「大学等に所属する若手の研究者で、石油、天然ガス及び石油化学に関連する分野において、独創的な業績を発表したもの」に授与されます。40歳未満の研究者が対象です。表彰式は5月25日、石油学会総会で行う予定でしたが、コロナウイルス感染症の情勢を踏まえ延期されました。

受賞テーマ

二酸化炭素とギ酸の効率的相互変換におけるイリジウム錯体触媒の開発

受賞のコメント

今回の受賞について眞中准教授は次のようにコメントしています。

眞中雄一特定准教授

この度、石油学会奨励賞をいただき大変光栄に存じます。これまで研究を支えて下さった多くの関係者に心からお礼を申し上げるとともに、深く感謝致します。二酸化炭素の有効活用は、現代社会の喫緊の課題であり、その一助になればと思い、二酸化炭素の化学変換反応に携わってきました。二酸化炭素とギ酸の相互変換反応、ヒドロシリル化反応、尿素化反応などを加速させる触媒の開発を通し、物質循環型社会を触媒の力で構築する夢を描かせていただいたところ、受賞という栄誉にあずかれたことは誠に驚きであり、世の中の期待を感じ身が引き締まる思いです。私の研究は基礎研究の段階であり、社会へ還元するにはまだまだハードルが高いところが多々ありますが、今後も引き続き研究を進め、持続可能な社会を実現したいと思います。

受賞理由(石油学会のウェブサイトから)

眞中氏は、地球温暖化抑制に不可欠な二酸化炭素利用技術の開発に取り組み、特に二酸化炭素とギ酸の相互変換を可能とする高活性イリジウム錯体触媒の開発において優れた業績を挙げた。

二酸化炭素を炭素資源として利用し、効率的に有用基幹物質へと変換することが望まれているが、二酸化炭素は安定な分子であり、その変換には一般に高温、高圧等の厳しい反応条件が必要となることから、より温和な条件で高活性を示す触媒技術の開発が強く望まれている。眞中氏は、二酸化炭素を水素で還元する触媒の開発に取り組み、水溶性イリジウム錯体触媒を用いることで二酸化炭素からギ酸を高選択的に合成できることを見出した。さらに、配位子設計に基づく触媒の最適化を行い、アゾール系配位子を用いることで、既報の触媒系に比べてより温和な条件である常温、低水素圧下で高選択的かつ効率的にギ酸を得ることに成功した。また、当該触媒がギ酸合成の逆反応である二酸化炭素と水素への分解反応にも有効であることを示した。特に、これまでの配位子の官能基効果に加えて環員数を変えることで、触媒活性に大きく寄与する配位子のルイス塩基性を精密制御できることを見出し、これによりギ酸分解反応活性の大幅な向上を達成した。本触媒系では、副生成物である一酸化炭素の発生は見られず、極めて高い選択性を示している。これによって、ギ酸分解による水素発生では、従来困難であった外部動力なしに高圧水素を製造することにも成功している。これら一連のギ酸合成と分解を可能とする高活性イリジウム錯体触媒の開発により、本技術が水素社会の実現に不可欠なエネルギーキャリアへと展開できる可能性を示した。さらに同氏は、二酸化炭素利用技術のさらなる展開として、有用な合成中間体であるギ酸シリルエステルを二酸化炭素とケイ素工業の廃棄物であるシラン化合物から合成する新たな有機分子触媒の開発にも成功している。

以上のように、眞中氏は二酸化炭素とギ酸の相互変換技術において、高活性なイリジウム錯体触媒の開発により二酸化炭素の利用技術に新たな展望を与えており、本研究分野の発展に大きく貢献するものと期待される。

<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

物質理工学院 応用化学系 准教授 眞中雄一

E-mail : manaka@mac.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5569

東工大保有の131件の特許を無償開放 COVID-19による深刻な影響を克服し、社会再起動に向けた事業を支援

$
0
0

東京工業大学は、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)に起因した社会の深刻な影響を克服し、社会に貢献するために「社会再起動技術推進事業(Social Rebooting Technology Initiative)」を立ち上げました。その第一弾の活動として、本学が保有する特許131件を一定期間、無償で開放する「お役に立てれば(Hope to This Helps : HTH )プロジェクト」を開始しました。

東工大保有の131件の特許を無償開放

同プロジェクトは、東工大の研究者が発明した様々な分野で活用し得る最先端技術の特許131件を、無償で開放しCOVID-19に起因した社会の深刻な影響を克服し、社会のさらなる発展に貢献する事業に利用していただくものです。

今回対象とした特許は、COVID-19感染拡大以前に取得されたものであり、直接COVID-19対策のために開発されたものではありませんが、例えば、プラズマを活用した包装容器の殺菌技術、膨大なプレゼンテーション資料に対して利用者に検索結果を効率的に提供するe-ラーニング(遠隔学習システム)技術、要介護者及び介護者を支援するためのロボット技術などを含んでいます。企業や個人の創造的な視点を加え、これらをオープンイノベーションで活用することにより、COVID-19対策に寄与する事業化の加速や新たな活用方法を通じ、社会の再起動への貢献を目指すものです。

COVID-19の感染拡大は、人々の生命を脅かし、さらには、広く産業界・経済界にも大変深刻な影響を与えています。また、COVID-19の影響は長期化が予想されているため、特許を利用される事業は、今後の回復直後やその過程においても有効性が期待できるものや、現在以上の社会的発展に貢献するものが多くあると考えられます。本学は、特許の無償開放により、COVID-19後の関連事業の基礎を提供し、幅広い分野で社会の再起動に貢献します。

社会再起動技術推進事業においては、今後、第二、第三のプロジェクトを立ち上げ、COVID-19による社会への影響の克服に役立つ活動を持続的に展開していきます。

COVID-19関連事業に対する特許の無償開放の概要

  • 申込期間:
    2020年5月1日 - 2021年2月28日まで
  • 申請方法:
    特許実施許諾申込書の提出(用紙等は以下ウェブサイト参照)
    ※審査の結果、ご要望に沿えない場合もございます。
  • 無償期間:
    最長で2022年12月31日まで
  • 対象(者):
    個人または法人
  • 費用:
    無償

お問い合わせ先

研究・産学連携本部社会再起動技術推進事業
HTH Project Task Force

E-mail : SocRb_TF1@sangaku.titech.ac.jp

取材申し込み先

総務部広報・社会連携課

Email : media@jim.titech.ac.jp

方位が重要:最高の実用透明電極の作り方

$
0
0

ポイント

  • 実用透明電極※1材料である酸化スズ※2薄膜で本系における過去最高の移動度※3を達成し、その値がほぼ理論上限値である事を示しました。
  • 成長方位が移動度に大きな影響を与えている事を初めて明らかにしました。
  • 赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

概要

酸化スズは透明電極として半世紀以上実用に使われている酸化物半導体です。しかしながら、その移動度は10〜40 cm2V-1s-1と物質本来の値より遥かに低い値しか報告されていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の長谷川哲也教授、廣瀬靖准教授、中尾祥一郎特任研究員(研究当時)、福本通孝大学院生らの研究グループは、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の重松圭助教、神奈川県立産業技術総合研究所(旧公益財団法人神奈川科学技術アカデミー)、東京都立産業技術研究センターと共同で、高品質な酸化スズ単結晶薄膜を系統的に合成しました。その結果、成長方位が移動度に大きな影響を与えている事を明らかにし、本系における過去最高の移動度130 cm2V-1s-1を達成する事に成功しました。更にこの値が、物質本来の上限値である事を示しました。一般的な透明電極は可視光を透過する一方で赤外線は反射してしまいますが、高移動度化によって赤外線に対しても透明な電極を作製出来る事が知られています。今回の発見は赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

背景

酸化スズはガスセンサーや透明電極として半世紀以上実用に使われている代表的な酸化物半導体です。特に透明電極としてはガラス基板上の多結晶薄膜として大量生産され、薄膜シリコン太陽電池などに使用されています。しかしながら、これらの実用薄膜の移動度(以下、移動度は全て室温の値)は10〜40 cm2V-1s-1程度と低い値となっています。更に基礎研究における高品質な単結晶薄膜においても移動度の報告例は100 cm2V-1s-1程度に限られていました(図1、灰および黒シンボル)。その一方、バルク単結晶における移動度の最大値は260 cm2V-1s-1であり(図1、青シンボル)、薄膜では材料本来のポテンシャルが発揮されていない状況でした。

図1.灰および黒シンボル
図1.
酸化スズの室温における移動度の比較。バルク単結晶(青シンボル)における報告例は最高で260 cm2V-1s-1に達する一方、薄膜における報告例(灰および黒シンボル)は100 cm2V-1s-1程度に限られている。本研究で作製した(001)配向薄膜(赤シンボル)は最高値130 cm2V-1s-1を示し、酸化スズ薄膜の中では過去最高の移動度を誇る。この値は、格子振動(黒破線)およびドーパントによるイオン化不純物(黒実線)という原理的に減らすことが不可能な因子を考慮した移動度の理論上限(緑実線)と電子濃度1×1020 cm-3以上でよく一致する。

今回、パルスレーザー蒸着法※4二酸化チタン(001)単結晶基板※5上に高品質な(001)配向の酸化スズ単結晶薄膜を作製し、その移動度を調べました。透明電極としては電子濃度も重要ですが、ドーパント※6としてタンタルを添加し電子濃度を系統的に変化させました。得られた薄膜の移動度(図1、赤シンボル)は電子濃度の上昇と共に急速に上昇し、電子濃度〜1×1020 cm-3において、最高値130 cm2V-1s-1を示しました。この移動度は過去の酸化スズ薄膜の報告例(図1、灰および黒シンボル)の中では最高の値であり、同程度の電子濃度のバルク単結晶にも比肩するものです。移動度を決める因子として格子振動、イオン化不純物、転位、粒界、中性不純物などが知られています。この中でも格子振動とドーパント由来のイオン化不純物による散乱は原理的に減らす事が出来ない因子であり、移動度の上限を決めます。この移動度の上限の計算値(図1、緑線)は、実験値の高電子濃度側(電子濃度1×1020 cm-3以上)でよく一致し、今回作製した酸化スズ薄膜が高電子濃度側で移動度の理論上限に到達している事が分かりました。すなわち薄膜でも材料本来のポテンシャルを最大限に引き出す事が可能である事を実証しました。

酸化スズ単結晶薄膜における移動度の抑制因子はこれまで不明でした。今回、(001)配向の薄膜において理論上限の高移動度が得られた事から、次のようなモデルを考案しました。酸化スズは単結晶基板と薄膜との格子不整合※7から{101}面欠陥※8が生成する事が知られています。この面欠陥が基板界面から薄膜表面まで伝搬し、粒界散乱として働いている可能性が(101)配向の薄膜の過去の研究において指摘されています。本研究で作製した(001)配向では{101}面欠陥が最も浅い角度(34°)で生成する事から、その伝播を抑制する事が期待出来ます。実際に透過型電子顕微鏡で観察すると、面欠陥は予想通り成長初期(基板界面から30 nm程度)で消失していました(図2)。更に、さまざまな種類の単結晶基板上でさまざまな方位の酸化スズ薄膜を合成しました(図3)。その結果、移動度は基板種類によらず成長方位によってほぼ決まっている事、また移動度は(001)、(101)、(110)、(100)配向の順番に低下する事が分かりました。この順番は{101}面欠陥が成長面となす角が増加する順番でもあり、{101}面欠陥が移動度を支配している事を強く示唆するものです。このモデルの検証にはさらなる薄膜構造の詳細な研究が必要ですが、少なくとも(001)配向が高移動度化に有利である事は実験的に明確になりました。

図2.(a)面欠陥が生成する{101}面と薄膜成長面とのなす角度θ

図2.(b)移動度130 cm2V-1s-1を示す薄膜の透過型電子顕微鏡像

図2.
(a)面欠陥が生成する{101}面と薄膜成長面とのなす角度θ。さまざまな低指数面の中でも(001)面がもっとも浅い角度となる。(b)移動度130 cm2V-1s-1を示す薄膜の透過型電子顕微鏡像。{101}面欠陥(矢印)の伝搬は基板から30 nm程度で停止し、消失している。
図3.さまざまな種類(赤:二酸化チタン基板、青:サファイア基板)および面方位の基板の上に作製した酸化スズ薄膜の移動度の膜厚依存性
図3.
さまざまな種類(赤:二酸化チタン基板、青:サファイア基板)および面方位の基板の上に作製した酸化スズ薄膜の移動度の膜厚依存性。酸化スズ薄膜の移動度は基板の種類にあまり依存せず、薄膜の面方位(図中に表示)に強く依存する。移動度は(001)、(101)、(110)、(100)配向の順番に低下するが、これは{101}面欠陥と成長面のなす角度の順番(図2(a))と対応し、{101}面欠陥が移動度に支配的な影響を与えている事を強く示唆する。

今回の研究は酸化スズ薄膜の作製に高価な単結晶基板を用いているため、そのままでは実用に用いる事は困難です。しかしながら、薄い結晶性に優れた層(シード層)を最初に堆積する事で安価なガラス基板上でも単結晶基板上と同等の特性が得られる事が分かっています。現在はガラス基板上において(100)および(110)配向が実現していますが、(001)配向を可能にするシード層を開発する事が今後の実用化への道筋となります。

現在、太陽電池の開発の一つの大きな流れは近赤外光の有効利用です。その際、透明電極にも赤外の透明性が要求されます。赤外透明性は低電子濃度化および高移動度化によってのみ実現可能であり、今回の発見は近赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
High mobility approaching the intrinsic limit in Ta-doped SnO2 films epitaxially grown on TiO2 (001) substrates
著者 :
Michitaka Fukumoto, Shoichiro Nakao*, Kei Shigematsu, Daisuke Ogawa, Kazuo Morikawa, Yasushi Hirose, and Tetsuya Hasegawa*
DOI :

用語説明

[用語1] 透明電極 : 高い可視光透明性と電気導電性を併せ持つ材料である透明導電体を用いた電極。透明導電体としては縮退領域までドーピングした広ギャップ酸化物半導体がもっとも広く用いられている。典型的な材料はスズ添加酸化インジウム(ITO)やフッ素添加酸化スズ(FTO)などである。

[用語2] 酸化スズ : SnO2という化学組成とルチル構造の結晶構造を持つ広ギャップ酸化物半導体。アンチモンやタンタル、フッ素の添加により高い導電性を示す。薄膜の形で80 %以上の可視光透過率と10〜100 Ωsq-1程度の導電性を持つ。他の物質より化学的な耐久性、大気中高温での安定性に優れる事が特長であり、特に太陽電池 (色素増感、ペロブスカイト、薄膜シリコン)の透明電極として広く使われている。

[用語3] 移動度 : 電場によって電子や正孔が固体中を移動するときの移動のしやすさを表す値。半導体の性能を表す最も重要な値の一つである。透明電極応用においては、この値が高いほど導電性と透明性の両方を同時に向上する事が出来る。

[用語4] パルスレーザー蒸着法 : 短いパルス幅のレーザーを薄膜の材料に照射することで瞬間的に蒸発・昇華させて基板上に堆積させ薄膜を作製する手法。工業的な成膜方法であるスパッタ法に比べて効率的に最適条件の探索が可能である。その一方、スパッタ法と同じく物理気相成長法であり、薄膜の成長様式が近いことから、得られた知見をスパッタ法に展開する事が可能である。

[用語5] 二酸化チタン(001)単結晶基板 : 二酸化チタンはさまざまな面方位の単結晶基板が市販されており、酸化スズと同じルチル構造である事から、酸化スズ薄膜の作製に好適である。同じ結晶構造であるので酸化スズ薄膜は基板と同じ原子配列で成長し、基板の面方位と薄膜の面方位は等しくなる。

[用語6] ドーパント : 半導体の導電性は価数の異なる他元素を添加(置換)する事で制御することが出来る。この他元素をドーパントと呼ぶ。本研究の酸化スズにおいては4価のスズを5価のタンタルで置換する事で伝導電子を結晶中に導入している。ドーパントはキャリア濃度の増加による導電性の上昇をもたらす一方、イオン化不純物散乱の散乱中心としても働き移動度を減少させる。

[用語7] 格子不整合 : 結晶を構成する原子は固有の原子間隔で配列している。これを格子定数と呼び、組成元素が異なると格子定数も変化する。基板と薄膜が異なる物質の場合は通常この格子定数が一致せず、これを格子不整合と呼ぶ。

[用語8] {101}面欠陥 : 格子不整合はさまざまな乱れを結晶中に引き起こす。酸化スズにおいては、まず刃状転位が生成し、そこを起点に(101)面に面状欠陥(せん断面)が生成する事が知られている。正方晶である酸化スズにおいては(101)面には等価な面(例えば(011)面など)が存在するので、等価な面を全て含めて{101}面と表記する。

発表者

  • 福本通孝(東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 博士課程3年生)
  • 中尾祥一郎 (東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 特任研究員/地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所(旧公益財団法人神奈川科学技術アカデミー)常勤研究員(研究当時))
  • 廣瀬靖(東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 准教授)
  • 長谷川哲也(東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授)
  • 森河和雄(地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター 主任研究員(研究当時))
  • 小川大輔(地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター 副主任研究員)
  • 重松圭(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 助教)

お問い合わせ先

研究に関すること

東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻

教授 長谷川哲也

E-mail : hasegawa@chem.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4353

取材申し込み先

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
特任専門職員 武田加奈子、教授・広報室長 飯野雄一

E-mail : kouhou.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-0654

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

100万気圧4000度の極限条件下で液体鉄の密度の精密測定に成功 ~地球コアの化学組成推定に向けた大きな一歩~

$
0
0

要点

  • 本研究グループの世界をリードする超高圧高温発生技術と、大型放射光施設SPring-8の世界最高性能の放射光X線を用いて、100万気圧4,000度という極限条件下で液体鉄の密度の精密測定に世界で初めて成功しました。
  • 今回得られた液体鉄の密度は、地球の外核(液体金属コア)の密度と比べると約8 %大きいことがわかりました。このことは、外核が純鉄ではないこと、従来有力な不純物とされてきた酸素ではこの密度差が説明できない(水素など別の軽元素が含まれている)ことを意味しています。これは、地球科学で第一級の問題とされてきたコアの化学組成の見積もりに向けた重要な一歩です(コアの化学組成は地球誕生の謎を解く重要な鍵)。
  • 今回、X線回折データから液体の密度を精密に決定する汎用的な方法を開発しました。今後はこれを用いた密度決定により、外核の化学組成のさらなる制約、マントル中のマグマの移動・集積などを明らかにしていきたいと考えています。

概要

東京工業大学地球生命研究所所長で東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の廣瀬敬教授らの研究チームは、東京大学の桑山靖弘特任助教、熊本大学の中島陽一助教らを中心に、大型放射光施設SPring-8[用語1](以下SPring-8)を利用して、地球の液体金属コア[用語2]の主成分である液体鉄の密度を、100万気圧4,000度という、コアの環境とほぼ同じ超高圧高温の極限条件下で決定することに成功しました。

地球の中心には固体金属の内核、その外側の液体金属の外核があり、ともに超高圧高温下にあります。従来より、液体鉄の密度は観測される外核のそれよりもおよそ10 %大きいとされてきました。しかし、過去に高圧下で行われた液体鉄の測定は衝撃圧縮実験[用語3]によるものであり、誤差が大きいとされてきました。

外核の密度が液体鉄よりもかなり小さいということは、外核には鉄に加えて軽い元素(水素や酸素など)が大量に含まれていることを意味しています。この軽元素の種類や量を特定することにより、地球の成り立ち、具体的には地球を作った材料物質や、コアがマントルから分離した時の状態を知ることができます。しかしそれには、純鉄との密度差を正確に理解する必要がありました。

本研究チームは、レーザー加熱式ダイヤモンドセル[用語5]を使った、静的圧縮実験[用語4]による超高圧高温実験により、地球深部の解明に大きな貢献をしてきました。今回、その開発をさらに進め、SPring-8のビームラインBL10XUにおいて高強度X線集光に取り組むことにより、超高圧高温下における液体鉄のX線回折データを測定しました。また、これまでとは全く異なるアプローチの分析手法を開発することにより、超高圧下における液体鉄の密度の精密決定に成功しました。さらに、ビームラインBL43LXUにおけるX線非弾性測定結果と合わせることにより液体金属コアの全領域にわたる温度圧力条件での液体鉄の密度を明らかにしました。

今回得られた超高圧下の液体鉄の密度は、地球の外核の密度に比べて約8 %大きいことがわかりました。内核の密度のことまで考えると、従来有力な不純物とされてきた酸素ではこの密度差を説明することができないため、水素など他の軽元素の存在[注]が示唆されます。これは、地球科学で第一級の問題とされてきたコアの化学組成の見積もりに向けた大きな一歩になります。

本研究成果は、日本時間4月23日(木)に米国物理学会誌『Physical Review Letters』に掲載されました。また、『Physical Review Letters』誌において、特に注目すべき論文(PRLエディターズ・サジェスチョン)として紹介されました。

背景

地球の液体コア(外核)の主成分は鉄であり、またその密度が純粋な鉄の密度よりもかなり小さいことから、軽い元素が大量に含まれているとされてきました。コアは、地球全体の質量の1/3を占める(外核はコア全体の95 %)ことから、その化学組成を特定することは極めて重要です。それによって初めて地球全体の化学組成が明らかになり、地球を作った材料や形成プロセスを理解することができます。コアの軽元素(不純物)を特定するには、まず鉄自体の密度を正確に知る必要があります。

しかしながら、地表から2,900 km下にある外核は135万気圧4,000度以上の超高圧高温下にあります。圧力が上昇すると鉄の融点も上昇するため、このような超高圧下で液体鉄の密度を調べる実験は、一瞬だけ高圧高温を発生する衝撃圧縮実験を除いて、不可能でした。また、圧力と温度をより正確に制御できる静的圧縮実験においては、液体からのX線回折シグナルを用いて液体の密度を高圧下で測定しようと試みられてきました。しかし、液体試料からのX線回折強度は固体試料に比較して極めて弱く、高圧下で十分な強度が得られないことが大きな問題とされてきました。さらに、液体の密度や構造を精密に決定するためには、現実的には不可能なほど広いX線散乱角度範囲にわたってデータを取得することが必要と従来考えられていました。これらの理由から、高圧下で液体金属鉄の密度は精密に測定されたことがありませんでした。

研究成果

本研究チームは、過去20年にわたり開発改良を続けてきたレーザー加熱式ダイヤモンドセルの開発をさらに進め、これまで1秒ほどしか維持できなかった100万気圧という超高圧下での鉄の溶融状態を、10秒から100秒の長時間安定して保持することに成功しました。この技術革新は、日本が誇る精密加工技術の賜物と言えます。さらに、SPring-8の高強度X線の高集光化に取り組み、液体からの弱いシグナルを観測可能にしました。また、実験データの解析手法についても、限られたX線散乱角度範囲のデータからでも密度を求めることのできる従来とは全く異なるアプローチの解析手法を見いだし、高圧下の液体金属の密度を精密に決定することができるようになりました。

地球の外核の密度は、地震波の観測データより見積もられています。今回得られたコアの超高圧高温条件下での液体鉄の密度は、外核の密度より約8 %大きいということが分かりました。このことは、外核がわずかなニッケルの他に多くの軽い不純物(軽元素)を含んでいることを意味します。さらに、従来有力な不純物とされてきた酸素ではこの密度差が説明できず、水素など他の軽元素が大量に含まれている可能性があることが分かりました。これは、地球科学で第一級の問題とされてきたコアの化学組成の見積もりに向けた大きな一歩です。

今後の展開

コアの化学組成を解明することは、地球がどのような原材料物質からどのようなプロセスで出来たのかを知る上での重要な鍵となります。今後、さまざまな液体鉄合金の密度を決定し、コアの化学組成を解明することにより、地球誕生の謎も明らかになっていくものと期待されます。

さらに、マントル最深部でも局所的に岩石が溶融しマグマ(液体)が存在していると考えられています。また初期の地球はマグマオーシャンに覆われていたとされます。液体は流動性と化学反応性に富むため、マントル内でのマグマの移動・集積を理解することはマントルの化学進化や化学組成異常の分布を解明する上で非常に重要です。レーザー加熱ダイヤモンドセルを用いて超高圧下の液体の密度や構造を決定するという試みは、世界中で30年以上にわたり取り組まれてきましたが、これまで成功していませんでした。本研究における技術革新により、今後高圧下での液体の研究が飛躍的に進み、外核やマントル深部のマグマについての理解が大きく進むと考えられます。

用語説明

[用語1] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

[用語2] 液体金属コア : 地球中心核(コア)は、固体金属でできた内核(深さ6,370 km~5,150 km)と液体金属でできた外核(液体金属コア、深さ5,150 km~2,890 km)の2層構造になっています。その外側を岩石でできたマントルと地殻が取り囲んでいます(下図を参照)。外核は、圧力136万気圧以上、温度約4,000度以上の極限条件下にあり、この液体金属の対流によって地球磁場が生じていると考えられています。
コアには、主成分である鉄の他に少量のニッケルと軽元素(候補は水素、炭素、酸素、珪素、硫黄)が含まれていると考えられていますが、詳細な化学組成は未だはっきりしていません。地球の誕生時に多くの水が運ばれてきた可能性があり、水素や酸素は有力な候補と考えられます。

地球中心核(コア)

[用語3] 衝撃圧縮実験[用語4] 静的圧縮実験 : 実験室内で超高圧を発生させる方法には、衝撃圧縮によるものと静的圧縮によるものの2種類があります。衝撃圧縮とは、火薬やレーザーなどを用いて、試料に一瞬だけ(典型的に100万分の1秒またはそれ以下)高圧と高温を同時に発生させる方法です。衝撃圧縮は非常に高い圧力を発生させることができますが、1)発生させる圧力と温度を自由に選ぶことができない、2)非常に短時間だけ超高圧高温を発生させるため原子の移動が間に合わず、試料が熱的化学的平衡状態になっていない可能性がある、3)試料温度の誤差がかなり大きい、などの問題があります。一方、本研究で用いた静的圧縮実験は、ある一定時間(本研究では10秒から100秒)高圧高温状態を保つことができ、上記のような問題は生じません。

[用語5] ダイヤモンドセル : ダイヤモンドを用いた小型の高圧発生装置(下図左)。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられています(下図右)。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させます。ダイヤモンドアンビルを通してレーザーを試料に照射することにより、試料を高圧高温にします。さらに、ダイヤモンドを通して試料にX線を照射することにより、高圧高温下の試料の測定を行うことができます。

ダイヤモンドを用いた小型の高圧発生装置(左図)。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられています(右図)。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Equation of State of Liquid Iron under Extreme Conditions
著者 :
Yasuhiro Kuwayama*, Guillaume Morard, Yoichi Nakajima*, Kei Hirose*, Alfred Q. R. Baron, Saori I. Kawaguchi, Taku Tsuchiya, Daisuke Ishikawa, Naohisa Hirao, Yasuo Ohishi
*Corresponding author
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所

所長・教授 廣瀬敬

E-mail : kei@elsi.jp
Tel : 03-5734-3528

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻

特任助教 桑山靖弘

E-mail : kuwayama@eps.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4301

熊本大学 大学院先導機構

助教 中島陽一

E-mail : yoichi@kumamoto-u.ac.jp
Tel : 096-342-3359

理化学研究所 放射光科学研究センター 物質ダイナミクス研究室

グループディレクター Alfred Q.R. Baron(アルフレッド バロン)

E-mail : baron@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2943(内線93-7377)

高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室

研究員 河口沙織

E-mail : sao.kawaguchi@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802(内線3849)

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター

教授 土屋卓久

E-mail : tsuchiya.taku.mg@ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-8198

取材申し込み先

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

特任専門職員 武田加奈子、教授・広報室長 飯野雄一

E-mail : kouhou.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-0654

熊本大学 総務部 総務課 広報戦略室

山下貴菜

E-mail : sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp
Tel : 096-342-3269

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp

SPring-8/SACLAに関するお問い合わせ

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-57-2785

ニュートリノの「CP位相角」を大きく制限 粒子と反粒子の振る舞いの違いの検証に大きく前進する成果をネイチャー誌で発表

$
0
0

要点

  • ニュートリノ振動現象において粒子と反粒子の対称性の破れの大きさを決める量であるCP位相角に大幅な制限を与えることに世界で初めて成功
  • ニュートリノに、粒子と反粒子の性質の違いがあるかどうかの問題に大きく迫る成果であり、今後の測定精度を高めた検証が期待される

概要

理学院物理学系の久世正弘教授の参加するT2K実験国際共同研究グループは、ニュートリノが空間を伝わるうちに別の種類のニュートリノに変化するニュートリノ振動という現象において「粒子と反粒子の振る舞いの違い」の大きさを決める量に、これまでで最も強い制限を与えることに成功しました。CP位相角と呼ばれるこの量は、ニュートリノの基本的性質を示す量の一つであり、理論的には-180度から180度の値を取り得ますが、これまで全く値がわかっていませんでした。今回の結果では、CP位相角の取り得る値の範囲の半分近くを99.7 %(3シグマ)の信頼度で排除することに成功しました(図1)。ニュートリノについての未解明の問題の一つである、粒子と反粒子が異なる振る舞いをするかどうかという問題に大きく迫る成果です。

この研究成果は、総合学術雑誌「ネイチャー」に4月16日掲載しました。
東工大の久世研究室は、約500名の研究者からなるT2K国際共同実験の遂行に大きく貢献しています。研究室の学生も携わっており、吉田朋世さん(研究当時・理学院物理学系博士後期課程3年)は、スーパーカミオカンデのデータからT2Kニュートリノ反応事象を選別する責任者を務めました。ベルンス・ルカスさん(理学院物理学系博士後期課程2年)はJ-PARC加速器で生成されるニュートリノビームの分布を精密に計算するチームの中核として活躍しています。

図1. 今回の観測結果と最も良く合うCP位相角の値(矢印)と99.7 %信頼度で値をとることが許された範囲(白抜き部分)。理論的に取り得る値の範囲の半分近くを排除しました。

図1. 今回の観測結果と最も良く合うCP位相角の値(矢印)と99.7 %信頼度で値をとることが許された範囲(白抜き部分)。理論的に取り得る値の範囲の半分近くを排除しました。

背景

物質を構成する素粒子には、電荷の正負が反対であるほかは全く同じ性質を持つ反粒子[用語1]が存在します。宇宙の始まりであるビッグバンでは、粒子と反粒子が同じ数だけ生成されたはずですが、我々の身の回りには粒子で構成された物質しか見当たりません。このように、現在の宇宙において物質と反物質の対称性は大きく破れています。宇宙に反物質が存在しないようになるためには、CP対称性[用語2]と呼ばれる電荷と空間に関わる基本的な対称性が破れている必要があります。CP対称性が成り立っていると、鏡の向こう側とこちら側の世界のように粒子と反粒子は同じように振る舞います。これまで、CP対称性の破れは陽子や中性子の構成要素であるクォークと呼ばれる素粒子で見つかっていましたが、その破れの大きさは現在の宇宙の物質の量を説明するには不十分です。そこで、電子の仲間であるニュートリノ[用語3]のCP対称性が大きく破れていることで宇宙の成り立ちの起源を説明できるという有力な仮説が提案され、ニュートリノのCP対称性の破れの測定が注目されています。T2K実験[用語4]は、ニュートリノと反ニュートリノのニュートリノ振動[用語5]現象を測定して、それらを比較することで、クォークで見つかったものとは別のCP対称性の破れを探索しています。

T2K実験は2009年度に実験を開始し、2013年にミュー型ニュートリノがニュートリノ振動によって電子型ニュートリノに変化する「電子型ニュートリノ出現現象」の存在を世界で初めて発見しました。2014年からは反ミュー型ニュートリノの測定を開始し、CP対称性の破れの検証を開始しました。2016年夏には、90 %の信頼度でCP対称性が破れている可能性を示しました。2018年夏には、その可能性を95 %(2シグマ)の信頼度に高めた結果をKEKで行ったセミナーで公表しました。T2K実験では、CP対称性の破れの探索とともに、CP位相角[用語6]と呼ばれる量の測定を行っています。CP位相角は、ニュートリノの基本的な性質の一つで、ニュートリノが粒子と反粒子とで異なる振る舞いをするかどうかもこの値に拠りますが、これまでその値は全くわかっていませんでした。今回、T2K実験では2018年までに取得した実験データを用いて解析を進め、CP位相角を大きく制限する結果を総合学術雑誌「ネイチャー」で公表しました。

研究成果

T2K実験では、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで大量のミュー型ニュートリノまたは反ミュー型ニュートリノを生成し、295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡にあるスーパーカミオカンデ検出器で測定しています。ニュートリノの一部は、295キロメートルを飛行する間にニュートリノ振動現象によりミュー型から電子型に変化します。

ニュートリノ振動現象においてCP対称性が破れていると、ミュー型から電子型への変化確率に、ニュートリノと反ニュートリノで違いが生じます。破れの大きさを決める量はCP位相角と呼ばれ、-180度から180度の値を取り得ます。0度と180度であった場合はCP対称性が保存していることに、それ以外の角度であった場合にはCP対称性が破れていることになります。CP位相角が-90度の場合には、電子型ニュートリノへの変化確率が最大に、反電子型ニュートリノへの変化確率が最小になります。90度ではその逆です。

2018年までにT2K実験が取得したデータから、電子型のニュートリノが90個、反ニュートリノが15個観測されました。図2はスーパーカミオカンデで検出された電子型のニュートリノと反ニュートリノの例です。実際の測定では、測定器が物質でできていることなどから、ニュートリノの方が反ニュートリノよりも観測されやすいため、観測数から振動の確率を注意深く決める必要があります。観測された結果は、CP位相角が-90度である場合に予想される観測数(ニュートリノで82個、反ニュートリノで17個)に近く、CP位相角が90度の場合の予想観測数(ニュートリノで56個、反ニュートリノで22個)とは大きく異なりました(図3)。今回、CP位相角の値を推定するために必要な統計的手法を更新し、CP位相角の値として、-2度から165度の領域が99.7 %の信頼度で排除されることがわかりました。

図2. スーパーカミオカンデで検出された電子型のニュートリノ(左)と反ニュートリノ(右)の例。ニュートリノが水と反応してできた電子、または陽電子によるリング状の微弱光を、タンク内壁に設置された約11000本の光電子増倍管で観測しています。色のついた点は、その光電子増倍管で光を検出した時間を表しています。

図2. スーパーカミオカンデで検出された電子型のニュートリノ(左)と反ニュートリノ(右)の例。ニュートリノが水と反応してできた電子、または陽電子によるリング状の微弱光を、タンク内壁に設置された約11000本の光電子増倍管で観測しています。色のついた点は、その光電子増倍管で光を検出した時間を表しています。

図3. 今回得られたニュートリノのエネルギー分布。ニュートリノビームを用いて電子ニュートリノを測定した場合(左)の予想観測数は、CP位相角が-90度(赤破線)の方が90度(青破線)に比べて多くなります。反ニュートリノビームを用いて反電子ニュートリノを測定した場合(右)は、その逆です。CP対称性が保存する0度の場合の予想観測数は灰実線の分布になります。観測数の分布(黒点)は-90度での予想観測数の分布により近いことが分かります。下の表は、観測数とCP位相角が-90度または90度で予想される観測数をまとめたものです。

図3. 今回得られたニュートリノのエネルギー分布。ニュートリノビームを用いて電子ニュートリノを測定した場合(左)の予想観測数は、CP位相角が-90度(赤破線)の方が90度(青破線)に比べて多くなります。反ニュートリノビームを用いて反電子ニュートリノを測定した場合(右)は、その逆です。CP対称性が保存する0度の場合の予想観測数は灰実線の分布になります。観測数の分布(黒点)は-90度での予想観測数の分布により近いことが分かります。下の表は、観測数とCP位相角が-90度または90度で予想される観測数をまとめたものです。

本研究の意義、今後への期待

CP位相角は、小林-益川によってクォークにおけるCP対称性の破れを説明するために導入されたものです。素粒子の基本的な性質ですが、電子やニュートリノの仲間であるレプトンについては、その値は、全く未知でした。本研究により、世界で初めてニュートリノのCP位相角に強い制限がつけられました。また、得られた結果はCP対称性の破れを95 %の信頼度で示唆しています。さらに測定を続けることでCP位相角の取り得る範囲から0度と180度を99.7 %の信頼度で排除できると、CP対称性の破れを99.7 %の信頼度で示すことができます。今回の成果は、その目標にたどり着くための重要なステップとなりました。ニュートリノの未解明の性質のうちの一つであるCP位相角、そしてCP対称性が破れているか否かが明らかになりつつあると言えます。

T2K実験グループは、前置検出器を改良して測定精度を高めるとともに、さらにデータを蓄積することで、CP対称性の破れの検証を進めていきます。J-PARCでは、より大強度のニュートリノを生成するために、加速器およびニュートリノ実験施設の性能向上に着手しています。さらに次世代の実験として、スーパーカミオカンデの約10倍の有効体積を持つハイパーカミオカンデ実験が計画されています。ハイパーカミオカンデ実験では、増強されたJ-PARCニュートリノビームを測定することにより、CP対称性の破れの決定的証拠を捉えるとともにCP位相角の精密な測定が可能となります。これらの研究によって、素粒子の性質や、宇宙から反物質が消えた謎の理解が進むことが期待されます。

用語説明

[用語1] 反粒子 : 素粒子には、質量や寿命は同じだが、電気的に反対の性質を持つ反粒子とよばれるパートナーが存在します。例えば、電子の反粒子は陽電子、ニュートリノの反粒子は反ニュートリノと呼ばれます。宇宙の始まりであるビッグバンでは、粒子と反粒子が同じ数だけ生成されたはずです。粒子と反粒子が合わさると光子となって消滅しますが、現在の宇宙ではなぜか粒子で構成された物質だけが残り、反粒子で構成された反物質がほとんど存在しません。現在の宇宙の光子と物質を構成する粒子の割合から、宇宙初期に10億分の1だけ反粒子に比べて粒子を多くする何かがあったと考えられています。しかしながら、その理由はまだ解明されておらず、宇宙のなりたちの大きな謎の一つとなっています。

[用語2] CP対称性 : CP対称性の「C」とは、粒子と反粒子を入れ替える「C変換」のことです。CP対称性の「P」とは、鏡写しのように空間に対して上下左右の向きを入れ替える「P変換」のことです。この「C変換」と「P変換」をした場合に、同じ物理現象が同じ確率で起きることを「CP対称性」と呼びます。このCP対称性に従わない場合、「CP対称性が破れている」と言います。

[用語3] ニュートリノ : これ以上小さく分けることができないと考えられている素粒子の一つです。電子の100万分の1以下の重さしかもたないとても軽い粒子で、電気を帯びていません。そのため他の物質とほとんど反応せず、観測が非常に難しい粒子です。電子型、ミュー型、タウ型と呼ばれる3種類が存在するとわかっています。T2K実験では、J-PARCでミュー型のニュートリノを生成して、スーパーカミオカンデでミュー型と電子型のニュートリノを検出します。タウ型のニュートリノを検出するには高いエネルギーのニュートリノが必要なので、T2K実験の条件では検出されません。ミュー型からタウ型に変化するニュートリノ振動は、もともとあったミュー型のニュートリノの数の減少から測定できます。

[用語4] T2K実験 : 高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構が共同で運営する大強度陽子加速器施設J-PARCで作り出したニュートリノビームを、295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する長基線ニュートリノ振動実験です(図4)。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられました。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度をもち、アメリカ・イギリス・イタリア・カナダ・スイス・スペイン・ドイツ・日本・フランス・ベトナム・ポーランド・ロシアの12ヶ国・69の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験です。日本からは、大阪市立大学・岡山大学・京都大学・慶應義塾大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・首都大学東京・東京工業大学・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・東京理科大学・宮城教育大学の総勢114名の研究者と大学院生が参加しています。

図4. T2K実験の概要

図4. T2K実験の概要

[用語5] ニュートリノ振動 : ニュートリノが空間を伝わるうちに別の種類のニュートリノに周期的に変化する現象です。ニュートリノは「観測できる」状態で3種類(電子型、ミュー型、タウ型)に分類されますが、これらの種類は、同じく3種類の「質量」という別の状態のニュートリノの混ざり合いで決まっています。ニュートリノの質量の状態は、その質量に応じた振動数を持つ存在確率の波として振る舞います。その波の干渉効果によって、空間を伝わるうちに混ざり合う割合が変化する「うなり」が起こり、結果として観測できる状態の存在確率が周期的に変化します。この現象がニュートリノ振動です。この現象の発見によってニュートリノが質量を持つことが示され、2015年に梶田隆章教授がノーベル物理学賞を受賞しました。

[用語6] CP位相角 : 3種類のニュートリノが振動現象を起こす場合には、粒子と反粒子でうなり現象の振る舞いが異なる、つまりCP対称性が破れている可能性があります。そのCP対称性の破れの大きさを決める値がCP位相角で、ニュートリノの基本的性質の一つです。CP位相角は-180度から180度の値を取り得ます。CP位相角が0度と180度の場合はCP対称性が保存され、それ以外の場合はCP対称性が破れていることになります。CP対称性の破れは、現在の宇宙で反物質がほとんど存在していないことを説明する条件の一つです。しかしながら、これまでに見つかっているクォークのCP対称性の破れはとても小さく、現在の宇宙の物質の量を説明することができていません。一方で、ニュートリノのCP対称性は大きく破れている可能性がT2K実験により示唆されており、CP位相角の測定は、宇宙の根源的な謎を解明する手がかりになると期待されています。

論文情報

掲載誌 :
Nature Vol.580, pp.339-344, on April 16, 2020
論文タイトル :
Constraint on the Matter-Antimatter Symmetry-Violating Phase in Neutrino Oscillations
著者 :
K.Abe et al. (T2K Collaboration)
DOI :
<$mt:Include module="#G-03_理学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

理学院物理学系 教授 久世正弘

E-mail : kuze@phys.titech.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

N-メチル化ペプチドを高収率・短時間で合成 安価な反応剤で生成した高活性中間体を活用

$
0
0

要点

  • 医薬品候補として重要な「N-メチル化ペプチド」の高効率合成法を開発
  • 安価な反応剤で生成した高活性中間体でN-メチルアミノ酸の低反応性補完
  • 既存の手法と比べより短時間・高収率でN-メチル化ペプチド合成を達成

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の小竹佑磨大学院生(研究当時)、物質理工学院 応用化学系の川内進准教授(同)、科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の中村浩之教授、布施新一郎特定教授(研究当時 准教授、現 名古屋大学教授)らの研究グループは、医薬品候補として重要なN-メチル化ペプチド[用語1]の新たな高効率合成法の開発に成功した。N-メチル化ペプチドを基盤とする医薬品開発の加速、低コスト生産につながる成果といえる。

同研究グループは安価な反応剤を用いて、高活性な中間体を生じさせることによりN-メチルアミノ酸[用語2]の反応性の低さを補完することに成功した。この開発手法を既存の手法と比較したところ、より短時間、高収率でN-メチル化ペプチドが得られることがわかった。また、開発した手法はマイクロフロー合成法[用語3]固相合成法[用語4]と組み合わせて実施することができる。

N-メチル化ペプチドは代謝安定性や標的への親和性・選択性、さらに膜透過性が通常のペプチドより高まるとされるため、医薬品候補として重要だが、これまでは反応性の低いN-メチルアミノ酸の連結は高価な反応剤を大量に用い、長時間反応を実施しても低収率となることが珍しくなかった。

研究成果は4月9日に国際的学術誌「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション)」に掲載された。

研究成果

布施特定教授らの研究グループは安価な反応剤を用いて高活性な中間体を生成し、これをN-メチルアミノ酸との連結に用いることで反応性の低さを補完、短時間でも高収率でN-メチル化ペプチドを合成することに成功した。

多数のN-メチルアミノ酸を含むテトラペプチド[用語5]の合成において、開発した合成手法とN-メチル化ペプチド合成に有効とされる複数の既存の合成手法を比較した。既存の手法は反応時間24時間で収率が0~47 %だったが、今回の開発手法は反応時間2時間で収率は98 %に達した。

開発した合成手法は通常のフラスコを用いて実施できるだけでなく、マイクロフロー合成法と組み合わせて実施することで、さらに収率が高まる。さらに、固相合成法への適用も可能であることを確認している。

図1. N-メチル化ペプチドの短時間・高収率での合成

図1. N-メチル化ペプチドの短時間・高収率での合成

研究の背景

N-メチル化ペプチドは代謝安定性や標的への親和性・選択性、さらに膜透過性が通常のペプチドより高まるとされるため医薬品候補として重要である。だが、反応性の低いN-メチルアミノ酸の連結は高価な反応剤を大量に用い、長時間反応を実施しても低収率となることが珍しくない。この問題が、N-メチル化ペプチドを基盤とする医薬品開発、低コスト生産の障害となっており、世界中の企業や大学においてこの問題を解決するための研究開発が進められている。

研究の経緯

布施特定教授らはこれまでマイクロフロー合成法を駆使した、安価で高活性な反応剤を用いるペプチド合成法の開発に過去10年ほどにわたって取り組んできた。今回の研究ではN-メチルアミノ酸の反応性の低さをいかに補完するかという点が反応開発のポイントになったが、通常は反応を阻害するリスクが高いとされる酸を添加することによりペプチド結合形成反応[用語6]を加速させられることがわかり、これがブレイクスルーとなった。

今後の展開

この手法は安価で入手容易な反応剤を用いているにも関わらず既存の反応剤と比較しても高成績を与える。また、固相・液相どちらの合成法にも対応でき、さらに、マイクロフロー合成法と組み合わせて実施できる。マイクロフロー合成法は連続・並列運転により容易にスケールアップが可能であるため、産業への展開も十分期待できる。

既に特許を出願しており、現在、産業利用を目指した研究を推進している。今後のさらなる研究開発により、N-メチル化ペプチドを基盤とする医薬品開発加速、低コスト生産につながると期待される。

図2. フロー合成セット

図2. フロー合成セット

付記

本研究は主にJST未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域研究開発課題「機能性ペプチドの超高効率フロー合成手法開発(研究開発代表者:布施新一郎)」の成果である。

用語説明

[用語1] N-メチル化ペプチド : ペプチドはアミノ酸とアミノ酸がペプチド結合(-CONH-)を介して、2個以上つながった構造のもの。N-メチル化ペプチドはペプチド鎖中の窒素原子上にメチル基をもつペプチドのことであり、代謝安定性や標的への親和性・選択性、さらに膜透過性がメチル基をもたない通常のペプチドより高まるとされるため医薬品候補として注目されている。

[用語2] N-メチルアミノ酸 : ペプチド結合を形成する窒素原子上にメチル基をもつアミノ酸。一般的にメチル基の存在により反応性が低下している。

[用語3] マイクロフロー合成法 : 微小な流路を反応場とするマイクロフローリアクターを駆使する合成法。旧来のフラスコ等を用いるバッチ合成法と比較して、反応時間(1秒未満も可)、反応温度の厳密な制御が可能である。

[用語4] 固相合成法 : 樹脂上に化合物を共有結合で担持して反応させる合成法。  固相に反応剤の溶液を作用させて、反応後に溶液を洗い流すだけで簡便に精製できる点が特長。ペプチド合成において、ペプチドの溶解性の低さを補完するために多用されている。

[用語5] テトラペプチド : 4つのアミノ酸が連結したペプチド。

[用語6] ペプチド結合形成反応 : アミノ酸もしくはペプチドとアミノ酸もしくはペプチドがペプチド結合を形成しつつ連結する反応。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
N-Methylated Peptide Synthesis via Acyl N-Methylimidazolium Cation Generation Accelerated by a Brønsted Acid
著者 :
Yuma Otake1,2, Yusuke Shibata3, Yoshihiro Hayashi3, Susumu Kawauchi3, Hiroyuki Nakamura1 and Shinichiro Fuse.4,*
所属 :

1 Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan

2 School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan

3 School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8552, Japan

4 Department of Basic Medicinal Sciences, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan

DOI :

お問い合わせ先

名古屋大学 創薬科学研究科 基盤創薬学専攻 プロセス化学分野

教授 布施新一郎

Email : fuse@ps.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-747-6927 / Fax : 052-747-6928

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

名古屋大学 管理部 総務課 広報室

Email : nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-2699 / Fax : 052-789-2019


鈴木啓介特命教授に栄誉教授の称号を授与

$
0
0

東京工業大学は科学技術創成研究院の鈴木啓介特命教授(3月31日まで理学院教授)に栄誉教授の称号を授与することを決め、3月31日、大岡山キャンパスで、益一哉学長が栄誉教授の称号記を鈴木特命教授に贈りました。

益学長(右)から栄誉教授の称号記を受け取る鈴木特命教授

益学長(右)から栄誉教授の称号記を受け取る鈴木特命教授

栄誉教授の称号は、本学教授、退職者、卒業・修了生のうち、ノーベル賞や文化勲章、文化功労者、日本学士院賞など教育研究活動の功績をたたえる賞もしくは顕彰を受けた者に対して授与されるものです。

鈴木特命教授は、生理活性天然有機化合物の全合成、および、基礎的な合成反応の開発研究を行いました。自然界の生理活性化合物の中には、入手源などの制約から稀少なものもあります。その場合、有機合成による供給が期待されますが、複雑な構造を持つ化合物の場合には容易ではありません。鈴木特命教授は、従来困難であった多くの不斉中心や官能基を持つ化合物の合成を、新たな合成反応の開発や合成経路の設計により実現してきました。反応開発では高反応性化学種を活用し、斬新で有用な分子構築法や立体制御法の開発につなげた一方、合成研究では糖質やテルペン、ポリケチドなどの生合成の異なる構造が複合化した標的に関し、数々の全合成を実現しました。

これらの業績により、鈴木特命教授は、2010年に紫綬褒章、2015年に日本学士院賞を受賞するとともに、2016年に日本化学会名誉会員、2018年には日本学士院会員にも選出されています。

今回、これまでの研究業績や受賞に対して、栄誉教授の称号が授与されました。

授与記を手にする鈴木特命教授(右)と益学長

授与記を手にする鈴木特命教授(右)と益学長

お問い合わせ先

総務部 総務課 総務グループ

E-mail : som.som@jim.titech.ac.jp

培養神経細胞の均一性を担保し、神経細胞の分化を安定的に促進させる手法を開発

$
0
0

立体的な微細溝加工を施したナノシートを培養基材として利用。
薬剤開発時の実験の再現性向上や移植医療への応用に期待

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の藤枝俊宣講師、東海大学 医学部医学科基礎医学系分子生命科学の大友麻子助教、同中川草講師、上田真保子奨励研究員、工学部応用化学科の岡村陽介教授(共に東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター兼任)、早稲田大学 理工学術院の武岡真司教授の共同研究グループでは、立体的な微細溝加工を施した高分子超薄膜(ナノシート)[用語1]培養基材[用語2]として用いることで、培養神経細胞[用語3] の均一性を担保するとともに、神経細胞の分化[用語4]が促進されることを見い出しました。

なお、本研究成果は2020年4月21日(火)、国際学術誌『Scientific Reports』(DOI: 10.1038/s41598-020-63537-z outer)に掲載されました。

要点

  • アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の罹患者が増加
  • 基礎研究や薬剤開発の過程において、培養神経細胞の不均一性が実験の再現性を阻害
  • 立体的な微細溝(溝幅: 50 μm)を加工した高分子超薄膜(ナノシート)(膜厚: 150 nm)を培養基材として用いることで、神経細胞の分化が促進され、培養神経細胞の均一性が保たれることを発見
  • 今後は、培養基材の立体的特性やナノシートの物性が神経細胞の分化や成熟に与える影響について、分子レベルで解析を展開
  • ナノシートの技術やマイクロデバイス技術を組み合わせた種々の立体的な培養基材を用いることによって、生体内に存在する神経細胞の立体的な環境の再現を目指す。

背景

超高齢社会を迎え、加齢に伴って発症リスクが増加するアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の罹患者が増加しています。これらの疾患に対する基礎研究や薬剤開発の過程では、必ず培養神経細胞が用いられます。しかし、培養神経細胞は実験ごとにその分化状態にばらつきが出やすいため、均一な条件下での研究および薬剤スクリーニングなどの実施を担保できない場合があります。そのような培養神経細胞の不均一性を改善し、実験の再現性を高めることが課題となっていました。

概要

本研究では、ポリ乳酸(PLA)を用いて作製した平滑なナノシートと、立体的な微細溝加工(溝幅: 50 μm)を施したナノシートを、それぞれ培養基材として用いてマウスの大脳皮質由来の神経細胞を培養しました。1ナノメートルは一万分の一ミリメートルです。今回は膜厚150 nmのナノシートを用いました。(図1)

図1. ナノシート培養基材上の神経細胞の分布(模式図)

図1. ナノシート培養基材上の神経細胞の分布(模式図)

平滑および立体的溝加工ナノシート基材上の神経細胞の分布を示す。平滑ナノシート上では細胞がランダムに接着するが、立体的な微細溝加工を施したナノシート上では溝構造が細胞接着部位を制御する。

微細溝加工したナノシートを神経細胞の培養基材として用いた場合の成長・分化などに与える影響を調べるために、蛍光顕微鏡や次世代シークエンサー[用語5]などを活用して細胞形態の解析と遺伝子発現解析を行いました。

その結果、微細溝加工ナノシートを用いて神経細胞を培養すると、神経突起の進展方向が一定方向に制御され(図2)、シナプス形成に関わる遺伝子群の発現が早まることが示されました。

図2. 微細溝加工ナノシート培養基材は、神経突起の進展方向を制御する

図2. 微細溝加工ナノシート培養基材は、神経突起の進展方向を制御する

マウス由来大脳皮質初代神経培養細胞(培養後9日目)の神経細胞の染色像を示す。緑(Tuj-1)は神経突起、赤(MAP2)は 樹状突起、青(DAPI)は 核染色を示す。Mergeはそれらの重ね合わせた画像を示す。図中の白両矢印は微細溝加工の方向を示す。微細溝加工したナノシートを用いて神経細胞を培養すると、神経突起の進展方向が一定方向に制御されていた。
Otomo and Ueda et al., Scientific Reports, in press.

また、微細溝加工したナノシートを用いて培養した神経細胞は、平滑なナノシートと比較して、遺伝子発現パターンが均一化していました。これは、微細溝加工したナノシートが神経細胞の安定的な分化誘導に寄与する可能性があることを示唆しています。(図3)

図3. 微細溝加工ナノシート培養基材上で培養することで培養条件の均一性が高まる

図3. 微細溝加工ナノシート培養基材上で培養することで培養条件の均一性が高まる

網羅的遺伝子発現解析を用いて主成分分析を行った結果を示す。微細溝加工したナノシートを用いて培養した神経細胞は、平滑なナノシートと比較して、遺伝子発現パターンが均一化していた。
Otomo and Ueda et al., Scientific Reports, in press.

研究成果

培養基材の形態が神経細胞の形態形成や遺伝子発現パターンに影響を与えることはこれまでにわかっていましたが、神経細胞の分化に関して詳細な解析はなされていませんでした。本研究を通じて、培養基材に立体的な微細溝加工を施すことで、神経細胞の分化を促進し培養神経細胞の均一性を担保することが明らかとなりました。これにより、実験の再現性を高める効果があると考えられます。また、今回培養基材として用いたPLAナノシートは柔らかく、厚さも50-100 nm程度と薄いため、種々の加工が可能です。本研究の結果により、立体的な微細溝加工を持つPLAナノシートが、神経細胞の培養基材として優れていることが示されました。

今後の展望と課題

本研究により、立体的な微細溝加工を持つナノシートが、神経細胞の培養基材として優れていることが明らかになりました。一方、培養基材の立体的特性が培養神経細胞に与える影響や、ナノシートの物性が培養神経細胞に与える影響について明らかにすることはできませんでした。今後、培養基材の立体的特性やナノシートの物性が神経細胞の分化や成熟に与える影響について分子レベルで解析していきます。また、生体内に存在する神経細胞は、周囲を様々な細胞に取り囲まれた立体的な環境で生存しています。これらの環境をナノシートの技術やマイクロデバイス技術を組み合わせた種々の立体的な培養基材を用いることによって再現し、再生医療や移植医療に用いる神経細胞培養基材を開発することを目指します。

用語説明

[用語1] 高分子超薄膜(ナノシート) : 数十~数百ナノメートルの厚さに対して、数平方センチメートル以上の面積を有する自己支持性高分子超薄膜。基板などの支持体が無くてもピンセットなどで取り扱うことが可能である。ポリ乳酸や多糖などの生分解性高分子を用いれば、臓器や組織用の創傷保護材として利用できる。

[用語2] 培養基材 : 細胞や組織を人工的に培養・維持するために受け皿となる素材。生体組織の複雑な機能を再現するために、様々な表面機能を有する培養基材の開発が世界的に進んでいる。

[用語3] 培養神経細胞 : 神経細胞を組織から採取、もしくは多能性幹細胞から作り出して、培養皿上で培養したもの。

[用語4] 神経細胞の分化 : 神経細胞は、脳や脊髄などに存在し、細胞体から伸びる一本の軸索と複数の樹状突起を持つ。軸索を通じて送られた電気信号は、軸索と樹状突起の間つくられるシナプスという小さな構造体を介して他の細胞に伝えられる。神経細胞も、ES細胞やiPS細胞のような、多能性幹細胞から生まれる。幹細胞や幼若な神経細胞から、神経突起を進展し、シナプスをつくり、機能的な神経細胞へと変化する様を神経細胞の分化と言う。

[用語5] 次世代シークエンサー : 2000年半ばに米国で登場した、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置であり、数千万~数億のDNA断片の塩基配列を同時並行的に決定することができる。高スループットで安価に配列が解析できるため、様々なアプリケーションに用いられている。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Efficient differentiation and polarization of primary cultured neurons on poly (lactic acid) scaffolds with microgrooved structures
著者 :
Asako Otomo, Mahoko Takahashi Ueda, Toshinori Fujie, Arihiro Hasebe, Yoshitaka Suematsu, Yosuke Okamura, Shinji Takeoka, Shinji Hadano & So Nakagawa
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

講師 藤枝俊宣

E-mail : t_fujie@bio.titech.ac.jp

東海大学 医学部 医学科 基礎医学系 分子生命科学

Tel : 0463-93-1121(代表)

大友麻子

E-mail : asako@tokai-u.jp

中川草

E-mail : so@tokai.ac.jp

早稲田大学 理工学術院

教授 武岡真司

E-mail : takeoka@waseda.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

吉田尚弘名誉教授が三宅賞を受賞

$
0
0

東京工業大学 地球生命研究所 特任教授の吉田尚弘名誉教授が2020年度日本地球惑星科学連合学術賞(三宅賞)を受賞しました。三宅賞は、1954年のビキニ事件をきっかけに、海域や大気の放射能汚染を調査し危険性を訴えた三宅泰雄博士(1908~1990年)が設立した「地球化学研究協会」が1972年に創設したものです。環境だけでなく、地学や海洋、宇宙など地球化学分野の研究で優れた研究者が毎年表彰されてきました。2018年からは公益社団法人日本地球惑星科学連合(JpGU)に移され、JpGUの年齢制限のない唯一の学術賞として、地球惑星科学に関わる物質科学の分野において、新しい発想によって優れた研究成果を挙げ、国際的に高い評価を受けている個人を隔年で原則1件、表彰しています。

JpGUは1990年に本学で開催された第1回地球惑星科学関連学会合同大会の事務局を母体として、2005年に設立されました。地球惑星科学を構成するすべての分野及び関連分野をカバーする研究者・技術者・教育関係者・科学コミュニケータ、学生や当該分野に関心を持つ一般市民の方々からなる9000人強の個人会員、地球惑星科学関連の50ほどの学協会、賛助会員から構成される、この分野最大の学術団体です。JpGUは日本の代表として米国地球物理連合(AGU)、欧州地球科学連合(EGU)、アジアオセアニア地球科学会(AOGS)など世界の関連する連合と国際連携をしています。その一環として2020年5月に幕張(千葉市)でJpGU-AGU合同大会が開催される予定でしたが、新型コロナウイルスのパンデミックの状況を受けて、2020年7月に延期してリモート会議として開催される予定です。

吉田尚弘名誉教授のコメント

吉田尚弘名誉教授

これまで様々な同位体分子の自然存在度を正確に計測する方法を開発し、その分子の起源を推定することで、地球環境、地球と生命の起源と進化の理解を深めてきたことが評価されて大変名誉な賞を受賞することになりました。三宅泰雄博士(1908~1990年)は、海洋における環境放射能の分野の世界的な創始者のお一人で、1954年の核実験による第五福竜丸の放射能汚染を発端にビキニ周辺海域・大気の放射能汚染を調査、研究し、高い評価を得た著名な研究者です。このように偉大な研究者の冠のついた賞を受けることは大変な栄誉です。今年は第30回、そして、JpGU-AGU合同大会という記念すべき学会での受賞の予定でした。コロナ禍のなか、授賞式の詳細はまだ明らかではありませんが、時期や場所、方式など、安全な状況の中で受けるものですので、どのような形態となっても大変な栄誉に変わりはありません。

もちろん、与えられましたこの大きな栄誉は私一人でのみなせるものでなく、これまでに支えてくださいました研究室の教員・スタッフ、学生の皆さん、ならびに、国内外の多数の共同研究者、そして本学の教職員の皆様のご支援があればこそです。ここに記しまして感謝申し上げます。

受賞理由と業績内容

JpGUが発表した受賞理由と業績内容は次の通りです。

受賞理由

同位体置換分子種計測法の革新による大気化学的および生物地球化学的物質循環の研究の展開

業績内容

全ての元素は同位体の集合体であるように、全ての分子は同位体置換分子種(同位体分子と略称)の集合体であるが、ほとんどの同位体分子はまだ正確に測ることができない。吉田博士の主な研究業績は、様々な同位体分子の自然存在度を正確に計測する方法を開発し、その分子の起源を推定することで、地球環境、地球と生命の起源と進化の理解を深めてきたことである。無機分子の例としては一酸化二窒素の同位体比、同位体分子比を世界に先駆けて計測し、地球温暖化とオゾン層破壊に大きく関わること、その起源と将来予測などを明らかにした。低分子有機化合物の例としては炭化水素や低分子アミノ酸などの計測法を開発し、生物の代謝、地層中の生物・非生物分解過程、無機合成などバイオマーカーの起源とプロセスについて重要な発見をしている。また、計測法の開発に当たって新規世界標準を作成し、国際校正を主導するとともに、計測法の適用に当たっては実環境の観測や模擬実験などの国際共同研究をリードしている。これらの一連の研究は地球環境化学の分野において革新的な特筆すべき優れた研究である。

お問い合わせ先

吉田尚弘

E-mail : yoshida.n.aa@m.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3154

研究動画「ものすごく小さな容器『超分子』の驚くべき世界」を公開

$
0
0

ナノサイズの空間を持つ分子が、超分子的な力を使って他の分子を包む超分子の世界。超分子(supramolecules)という言葉は聞きなれないかもしれませんが、実は私たちの身の回りにもたくさんあります。

東京工業大学はこのほど、超分子の興味深い性質と機能を分かりやすくまとめた5分間の動画を公開しました。新しい超分子開発とその特異性を解明outerした最新の研究成果と身近な事例を合わせて、詳しく説明しています。理学院 化学系の山科雅裕助教とケンブリッジ大学ジョナサン・ニチケ教授らの研究チームによる研究成果は、2019年10月、英国の総合科学雑誌「Nature(ネイチャー)」誌で発表されました。東工大全学サイトトップページの「研究最前線」でも「ナノサイズの『異空間』をもつ新物質 反芳香族分子で構築された新しい分子ケージの開発に成功」として紹介しています。ぜひご覧ください。

英語による紹介動画ですが、日本語、もしくは、英語の字幕を選択して視聴できます。

<$mt:Include module="#G-03_理学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

研究・産学連携本部

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3188

自然磁気ヘテロ構造を利用した単層磁石へのアプローチ

$
0
0

要点

  • 磁性層と非磁性層からなる磁気ヘテロ構造のバルク物質(MnBi2Te4)m(Bi2Te3)nの発見と合成
  • 本結晶を用いた2次元単層磁石の提案
  • トポロジカル物性と2次元磁石を研究するためのプラットホームになるものと期待される

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターのWu Jiazhen(鄔 家臻)特任助教と細野秀雄栄誉教授らは磁性元素Mn2+を含むMnBi2Te4層と非磁性のBi2Te3層がファンデルワールス力で結合したヘテロ構造(MnBi2Te4) (Bi2Te3)n(nは整数)をもつ物質を発見し、その単結晶合成に成功したことを昨年11月に米科学誌Science Advancesに発表している。

本研究ではその単結晶を用いて、非磁性層の厚さ(n)を調節することで、(MnBi2Te4)(Bi2Te3)nにおける磁性制御を行った。磁気的特性は交流磁化率を測定し、磁気モーメント緩和挙動を通して評価した。n=2,3の場合、外部磁場に対する明確な磁化率の緩和が観測された。これは層間距離が短いn=0,1の時には見られない現象であり、非磁性層を増やすことで層間のスピンカップリングを減らし、今まで得ることができなかったバルクの2次元磁石が実現したことが示唆される結果である。本物質は、エピタキシャル成長による薄膜を必要とせず、簡便なフラックス法により単結晶が合成できるので、トポロジカル物性と2次元磁石を研究するためのプラットホームになるものと期待できる。

本成果は独の科学誌Advanced Materialsの速報として4月24日にオンライン公開された。

背景

低次元磁石や磁気的基底状態[用語1]はL.Onsager(ラルス・オンサーガー)らによる初期の理論的研究以来、物性物理の課題の一つである。1次元物質では長距離秩序の形成は不可能である一方、2次元磁石は基礎的側面だけでなく、デジタルデータメモリや量子コンピューティングなど応用面でも関心を集めている。しかし、単原子層を有する2次元磁石は実験的に実現が難しく、今までCrI3(三ヨウ化クロム)やFe3GeTe2(Ferromagnetic metal/強磁性金属)のような2次元ファンデルワールス結晶をはく離することでしか得られなかった。

以上の観点から、磁性層と非磁性層の2次元磁気的ヘテロ構造[用語2]を自然に有する物質は理想的な2次元磁石が得られる舞台として着目されている。また、トンネル磁気抵抗や量子異常ホール効果[用語3]のようなエキゾチックな物性を示す舞台になることが期待されている。

本研究のアプローチ

Wu Jiazhen特任教授、細野栄誉教授らは(MnBi2Te4)(Bi2Te3)nという磁性層MnBi2Te4と非磁性層Bi2Te3が交互に積層された化合物が存在することを見出し、その単結晶の合成に成功していた。

バルクのMnBi2Te4(n=0)とMnBi4Te7(n=1)は反強磁性のトポロジカル絶縁体[用語4]であり、これらの層間の距離をBi2Te3層の数nの値を変えることで図1のように制御できれば磁性層間の磁気的相互作用を系統的に調べることができる。

このようなヘテロ構造は薄膜エピタキシャル法で交互に積層する方法で作製するのが一般的だが、歪みや欠陥が入りやすいという問題があった。バルクの単結晶が熱的に合成できれば、より理想的なヘテロ接合になり得る。

図1. トポロジカル絶縁体(MnBi2Te4)(Bi2Te3)nの磁気構造の発展

図1. トポロジカル絶縁体(MnBi2Te4)(Bi2Te3)nの磁気構造の発展


研究成果

自然磁気ヘテロ構造の観察

単結晶はフラックス法[用語5]で合成された。明確なファンデルワールスギャップによって分離されたヘテロ構造の形成が形成されていることは図2の原子分解能STEM(走査型透過電子顕微鏡)像から明らかである。単結晶の育成温度域は非常に狭いが、磁気的ヘテロ構造が熱力学的に安定化し、単結晶として合成することができた。

層間の磁気的デカッブリングの証拠

理論計算と実験的観察からn=2以上で層間磁性のデカッブリングが始まることが示された。デカッブリングは交流磁化測定によって調べた。図3に示すように10 K以下ではゆっくりした磁気緩和が明確に観察された。この緩和は層間のスピンの回転や層内のドメイン壁の運動によるものと考えられ、層間の磁気的カップリングが十分に弱くなる時のみ生じる。これらの結果から図4に示す磁気相図を明らかにできた。

図2. 高分解能電子顕微鏡像(HAADF-STEM像)

図2. 高分解能電子顕微鏡像(HAADF-STEM像)


A:Bi2Te3、B:MnBi2Te4、C:MnBi4Te7、D: MnBi6Te10
QL:5原子層からなるBi2Te3、SL:7原子層からなるMnBi2Te4

図3. Mn(BixSb1-x)6Te10単結晶の交流磁化率

図3. Mn(BixSb1-x)6Te10単結晶の交流磁化率


X’とX’’における緩和が13 K以下の温度領域でみられる。

図4. (MnBi2Te4)(Bi2Te3)nでの磁気相図

図4. (MnBi2Te4)(Bi2Te3)nでの磁気相図


今後の展開

本物質はバルクの2次元磁性の研究に適したプラットホームを提供する。また、(MnBi2Te4)m(Bi2Te3)nはトポロジカル絶縁体でもあるため、2次元磁性とトポロジカル表面状態が協奏するエキゾチックな物性の発現が期待される。

謝辞

本成果は科学研究費補助金(No. 17H06153)、文部科学省元素戦略プロジェクト「拠点形成型」(No.JPMXP0112101001)の支援を受けたものである。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Natural van der Waals Heterostructural Single Crystals with both Magnetic and Topological Properties(磁性とトポロジカル性をあわせもつ自然ファンデルワールスヘテロ構造の単結晶)
著者 :
Jiazhen Wu, Fucai Liu, Masato Sasase, Koichiro Ienaga, Yukiko Obata, Ryu Yukawa, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira, Satoshi Okuma, Takeshi Inoshita, Hideo Hosono
DOI :
掲載誌 :
Advance Materials
論文タイトル :
Toward 2D magnets in the (MnBi2Te4)(Bi2Te3)n Bulk Crystal((MnBi2Te4)(Bi2Te3)nバルク結晶における2次元磁石にむけて)
著者 :
Jiazhen Wu, Fucai Liu, Can Liu, Yong Wang, Changcun Li, Yangfan Lu, Satoru Matsuishi, and Hideo Hosono
DOI :

用語説明

[用語1] 磁気的基底状態 : 磁性体が持つ最も安定な磁気構造のこと。

[用語2] ヘテロ構造 : 組成元素が異なる固体を接合することをヘテロ接合といい、この接合体からなる構造。

[用語3] 量子異常ホール効果 : 電子が磁場中を動くときローレンツ力によってその動きが曲げられる(ホール効果)。異常ホール効果では外部磁場の代わりに強磁性体のスピンモーメントによって生じる同様の効果を生じる。量子異常ホール効果ではホール抵抗値が量子化抵抗値によって関連付けられる。

[用語4] トポロジカル絶縁体 : 物質の内部(バルク)は絶縁体で、エッジ(端)や表面では金属状態になっている物質。エッジで電流を担っている電子のスピンは片方だけになっている。

[用語5] フラックス法 : SnやTeなどの融点の低い物質の融体(フラックス)中に適当な元素を入れ、再結晶によって高品質な単結晶を育成する合成技術。

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター長 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

Viewing all 2008 articles
Browse latest View live