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安定で高活性な白金の単原子触媒を実現

要点

  • 白金原子を担持体表面のケージ構造の破れ部分に入れ込むことで安定に固定した、新たな単原子触媒の開発に成功
  • 従来の単原子触媒で問題とされていた、高温で原子が凝集してしまうという欠点を克服
  • 担持体として12CaO・7Al2O3を用いることで、CaOやAl2O3より桁違いに高い活性と安定性を実現

概要

東京工業大学 元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授、同センターの叶天南特任助教、北野政明准教授らは、カルシウムとアルミニウムの酸化物C12A7(12CaO・7Al2O3)がサブナノサイズのケージから構成されていて、その最表面ではケージ構造が破れていることに着目し、その部分に白金原子を入れ込んで安定的に固定した単原子触媒の開発に成功した。

遷移金属の単原子触媒は、原子の周りの結合が不飽和なために、バルクの金属に比べて圧倒的に触媒活性が高いことや、金属原子の利用効率が極めて高いことから、活発な研究がおこなわれている。しかし、高温にすると担持された単原子金属が凝集してしまい、活性が低下することが問題であった。本研究成果は、この課題を克服するものである。

本研究成果は、担持体のC12A7が石灰とアルミナのみから構成される安価な物質であること、また高価な触媒である白金を単一原子として安定に担持できることから、ありふれた元素の活用と希少金属の使用量の低減を目指す「元素戦略」に資するものといえる。

この成果は英国科学誌Nature Communicationsにて2月24日にオンライン公開された。

背景

触媒として有効に機能する物質には、白金やロジウムなど高価な貴金属が多い。そうした金属の使用量を大幅に減少させる方法として、単原子として固体表面に固定(担持)する単原子触媒が熱心に研究されている。この単原子触媒は、バルクの金属と比べて原子の周りの結合が不飽和なので、高い活性が得られる。しかしほとんどの場合、担持された単原子は温度をあげると凝集し、通常の金属ナノ粒子触媒と同じになってしまうという欠点がある。いかにして単原子金属を固体表面に安定的に固定するかが技術的課題となっていた。

本研究のアプローチ

この課題に対して本研究では、単原子がちょうど収まる大きさの極小のケージに、目的とする金属の単原子を入れ込むことを目指した。対象とする金属には、最も代表的な貴金属触媒である白金を、そして触媒性能を左右する、白金を担持する固体(担持体)には、12CaO・7Al2O3(以下「C12A7」)を選択した。C12A7は、直径がサブナノメートルサイズの正に帯電したケージが3次元的に繋がった結晶構造をしており、これまでの基礎的研究によって、その最表面はゲージが破れた構造をしていることがわかっている。今回の研究の鍵となったのは、この破れたケージに白金原子を入れ込むことであった。そこで、[PtCl4]2-というアニオンの大きさが、図1のように、破れたケージの入り口の大きさよりも少し小さいことに注目し、まずこのアニオンをケージの入口に入れ込んで、その後熱還元によってPt原子にして、単原子触媒を調製する方法を考えた。

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図1. 白金の単一原子をC12A7結晶の最表面の破れたケージで担持する方法

図1. 白金の単一原子をC12A7結晶の最表面の破れたケージで担持する方法

単原子白金触媒の確認

調製した触媒について、高分解能電子顕微鏡(STEM、図2)と広域X線吸収微細構造(EXAFS)[用語1](図3)によって、目指した通りに白金原子がC12A7表面に担持されていることが確認された。ケージのサイズより大きなPt錯体分子アニオンを用いた場合には、このような単原子構造は確認できなかった。また、通常の単原子触媒では金属の凝集が生じてしまう600 ℃という高温で加熱処理を行っても、単原子構造が保持されていることがわかった。

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図2. 高分解能電子顕微鏡像(HAADF-STEM像、用語2)

図2. 高分解能電子顕微鏡像(HAADF-STEM像[用語2]

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図3. 白金のEXFASスペクトル(K-吸収端)。C12A7表面に担持した試料には、Pt-Ptの距離に相当する位置にピークがみられない。

図3. 白金のEXFASスペクトル(K-吸収端)。
C12A7表面に担持した試料には、Pt-Ptの距離に相当する位置にピークがみられない。

触媒性能

触媒反応としては、工業的に重要な様々な置換基を有するニトロベンゼン分子のNO2基の選択的還元を検討した(図4)。この水素化反応では、水素分子の開裂が律速段階となるが、C12A7骨格の酸素イオンによって配位された白金原子の環境は、水素が2つの水素原子になるよりも、H+とH-にヘテロリティックに解離するのに有利であると考えられる。実験では予想通り、分極したNO2基が H+とH-によって選択的に水素化され、目的分子が高収率で得られた。また、触媒の活性サイトの性能を示す指標であるTOF(Turnover Frequency)[用語3]は、C12A7の構成成分であるCaOやAl2O3の上に担持した場合よりも桁違いに高い活性を示し、さらにこの触媒が熱的にも格段に安定なことがわかった(図5)。

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図4. 検討した触媒反応。R=Cl、OH、CN、CH=CH2、CHO、NH2CO

図4. 検討した触媒反応。R=Cl、OH、CN、CH=CH2、CHO、NH2CO

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図5. 白金を担持した触媒の水素化反応における活性の比較

図5. 白金を担持した触媒の水素化反応における活性の比較

今後の展開

C12A7は、市販のアルミナセメントの主な構成成分の一つで、安価でしかも環境調和性に優れている。これまでの走査トンネル顕微鏡観察による表面構造に関する研究で、ケージの破れを修復する処理方法も確立されている。また、表面再構成を伴う電子状態の変化についても研究が既に終了している。よって今後は、用途に応じた単原子触媒の設計が可能になる段階に進んでいけると期待している。本研究は、ありふれた元素からなる安価な物質と高価な貴金属の効率的利用を可能にしたものであり、「元素戦略」に対応した成果だといえる。

支援事業

本成果は科学研究費補助金(No. 17H06153、19H05051、19H02512)、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No.JPMXP0112101001)、日本学術振興会 海外特別研究員(No.P18361)の支援によって実施された。

用語説明

[用語1] 広域X線吸収微細構造(EXAFS) : 原子によるX線の吸収端から50 eV~1,000 eV程度までの範囲に観測される振動のこと。吸収端を与える原子から飛び出した電子(光電子)があちこちに衝突した結果、電子の波が重なりあって生じる。これを解析することで、どんな元素が、どのくらいの距離に、どのくらい存在するかなどの情報を得ることができる。

[用語2] HAADF-STEM像 : 細く絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過した電子のうち、大きな角度で散乱したものを環状の検出器で検出した像。原子番号に比例したコントラストが得られる。この試料ではカルシウム、酸素、アルミニウムに比べ、白金の像が強調されて観測される。

[用語3] TOF(Turnover Frequency、触媒回転数) : 1つの触媒サイトにおいて、単位時間あたりに生成物に変換できる分子数の最大値を表す。活性サイト当たりの触媒の活性の大きさの指標。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Stable single platinum atoms trapped in sub-nanometer cavities in 12CaO・7Al2O3 for chemoselective hydrogenation of nitroarenes
(ニトロアレン類の選択的還元のための12CaO・7Al2O3のサブナノメートルのキャビティーに捕捉された安定な単原子白金原子)
著者 :
叶天南(Tian-Nan Ye)、肖泽文(Zewen Xiao)、李江(Jiang Li)、巩玉(Yutong Gong)、阿部仁、丹羽尉博、笹瀬雅人、北野政明、細野秀雄
(※高エネルギー加速器研究機構、それ以外は東京工業大学 元素戦略研究センター)
DOI :
10.1038/s41467-019-14216-9 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター長

細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


吉田尚弘教授がクレア・パターソン・メダルおよび地球化学フェローを受賞

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系教授で地球生命研究所主任研究者の吉田尚弘教授が、国際的な地球化学の学会GS(国際地球化学会、The Geochemical Society)の2020年クレア・パターソン・メダル(Clair C. Patterson Medal)を受賞することが決まり、GSが1月21日、発表しました。さらに、GSおよびEAG(欧州地球化学協会、European Association of Geochemistry)の地球化学フェロー(Geochemistry Fellow)に選出されることが決定しました。日本人がクレア・パターソン・メダルを受賞するのは初めてです。

GSは1955年創立で、米国ワシントンD.C.に本部を持ち、70を超える国と地域からの4,000名強の会員で構成されています。EAGは1985年創立で、フランスに本部があり、GSとともに地球・宇宙化学の分野で最も権威のある国際会議であるゴールドシュミット会議(Goldschmidt Conference)を1988年より毎年、欧・米持ち回りで開催しています。クレア・パターソン博士は地球・宇宙化学の創始者の一人で、GSは氏の功績を称え、1998年から環境地球化学の基礎に革新的なブレイクスルーをもたらした研究者を毎年1名選び、クレア・パターソン・メダルを与えています。

また、GSとEAGは1996年より地球・宇宙化学の分野で科学的に大きな貢献のあった研究者を毎年10名程度、地球化学フェローに選出して、その貢献を称えています。パターソン・メダル受賞者は自動的に地球化学フェローに推薦されますが、吉田教授は、パターソン・メダルと地球化学フェローの両委員会から二重に推挙されました。

吉田教授は6月21日から26日まで米国ハワイ州ホノルルで開催されるゴールドシュミット会議で2つの賞を授与され、受賞記念講演を行います。

吉田尚弘教授のコメント

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吉田尚弘教授

これまで取り組んできた同位体分子の計測法を開発して海洋、大気、生元素循環について生命地球化学的な研究を推進してきたこと、さらに地球環境を対象とした国際共同研究を促進してきたことが評価されて大変な栄誉を与えられました。

クレア・パターソン博士(1922-1995)は1940年代、シカゴ大学で学生当時から鉛汚染環境問題に取り組み、鉛の循環を定量的に解析して、その後のガソリンの品質向上や食品缶の鉛はんだの不使用などに大きな役割を果たしました。また、氏はカリフォルニア工科大学(Caltech)の教員としてウラン・鉛法から発展させて鉛・鉛法を開発し、キャニオンディアブロ隕石の鉛同位体比から地球の年齢を1950年代にかなりの精度で測定するなど、地球・宇宙物質の年代学の基礎を構築されました。このような偉大な研究者の冠のついた賞を受けることは大変な栄誉です。また、本賞はさらに最近10年間の業績が加速されていることも評価されるもので、我々の研究の方向性が間違っておらず、より精進するよう激励されたと感じています。

地球化学フェローは部位別同位体分布や質量非依存同位体分別、多重同位体置換などの自然存在度計測法を多岐にわたって開発し、同位体生命地球化学に新たな道を切り開いたこと、ならびにGSやEAGと日本の地球化学の協調の枠組み構築に貢献したことが評価されました。

与えられましたこの2つの栄誉は私一人でのみなせるものでなく、これまでの36名の博士、120名を超える修士、20名を超える学士など多くの学生、現在およびこれまでに支えてくださいました研究室の教員、スタッフならびに、国内外の多数の共同研究者、そして本学の教職員の皆様のご支援があればこそです。ここに記しまして感謝申し上げます。

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お問い合わせ先

吉田尚弘

E-mail : yoshida.n.aa@m.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5506

廃水中のアンモニアを資源に変える触媒を発見 有害物質処理から有用物質製造へ

要点

  • 有機塩基触媒を用いてアンモニアの炭酸塩類から尿素を合成することに成功
  • 水質汚濁防止法の有害物質である廃水中のアンモニアを資源として再利用可能
  • 尿素は基礎化成品として活用、固体で安定な水素キャリアとしても注目される

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の眞中雄一准教授(国立研究開発法人 産業技術総合研究所とのクロス・アポイントメント制度[用語1]適用)と本倉健准教授らは、有機塩基触媒[用語2]を用いることで廃水中などに含まれるアンモニア(以下アンモニウムイオン[用語3])の炭酸塩類[用語4]から尿素[用語5]を合成できることを見出した。

従来の下水処理場のアンモニウムイオンの無害化処理(窒素への分解)とは異なり、アンモニウムイオンを有用物質に変換することにより、資源として用いることができるようになる。

この研究結果は有機塩基触媒が触媒反応中にイオン交換反応を介することが特徴であり、高価な遷移金属[用語6]を含まない有機合成的なアプローチにより達成された。今後は廃水処理のプロセスとの組み合わせを検討する。合成された尿素は、様々な化成品の原料となる基礎化成品として活用可能であり、近年は固体で安定な水素キャリアとしても注目されている。

研究成果はネイチャーリサーチ社の科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックリポーツ)」に2月18日に公開された。

研究成果

眞中准教授らは有機塩基触媒を用いることでアンモニウムイオンの炭酸塩類から尿素を合成できることを見出した。特に原料にカルバミン酸アンモニウム[用語7]を用い、有機塩基触媒として1,8-diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene(ジアザビシクロウンデセン)[用語8]を用いて反応条件を最適化すると、最大35%の収率で尿素を得ることができた。

尿素は一般的には、ガス状態のアンモニアと二酸化炭素を150 ℃以上の高温・20気圧程度の高圧の条件下におくことで合成されている。今回の発見では、アンモニアよりも反応させにくいと考えられているアンモニウムイオンを用い、70~140 ℃で加圧することなく尿素の合成に成功した。

一定の強さ以上の塩基性[用語9](今回の検討ではアセトニトリル中での共役酸のpKa[用語10]が20以上)を持つ有機塩基触媒を用いることで、有機塩基触媒とアンモニウムイオンがイオン交換を起こし、反応が進みやすい中間体が生成することが効率的な反応の鍵となっていると推測される。

また、カルバミン酸アンモニウム以外の炭酸塩として、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムを用いても尿素を合成することに成功した。これらは、アンモニウムイオンの存在する水中に二酸化炭素を吹き込むことで生成される化合物群であり、アンモニウムイオンの安価な濃縮の一助になると考えられる。

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図1. 有機塩基触媒によるアンモニウム塩類からの尿素合成

図1. 有機塩基触媒によるアンモニウム塩類からの尿素合成

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図2. 有機塩基触媒のスクリーニング結果の例。pKaはアセトニトリル中での共役酸のpKaを示す。

図2. 有機塩基触媒のスクリーニング結果の例。
pKaはアセトニトリル中での共役酸のpKaを示す。

研究の背景

廃水処理場では、悪臭物質であり劇物でもあるアンモニア(もしくはアンモニウムイオン)を硝化・脱窒[用語11]という工程を経て無害な窒素分子に変えている。この処理方法では、無害化のためにエネルギーを多く投入しており、副生成物として温室効果ガスの亜酸化窒素が発生する可能性もある。

一方で見方を変えると、アンモニウムイオンは、窒素分子の強固な三重結合が破壊された形であり、窒素分子に戻して三重結合を復活させるよりも、アンモニウムイオンの状態で何らかの分子に変換できると、投入エネルギー的に有利になる。つまり、アンモニウムイオンを活かした有機合成が可能になると、エネルギー削減をしつつ、有害物質を減少させ、有用な物質を供給することが可能になる。

展望および意義

今回の研究では、有機塩基触媒を用いることでアンモニウムイオンからでも有用な分子が合成できることを示した。実際の廃水処理に組み込むために適した触媒の形状や反応系、反応率の向上などの検討を経て、アンモニウムイオンの活用を行う予定である。また、今回合成した尿素以外の付加価値の高い分子への転換も検討していく。

付記

本研究成果は、本学と国立研究開発法人 産業技術総合研究所とのクロス・アポイントメント制度によって着任した教員と、本学物質理工学院所属の教員との分野横断型の共同研究によって達成された。

また、本研究は「平成30年度 大阪市立大学人工光合成研究センター共同利用・共同研究」と「2018年度 東工大物質理工学院・若手研究賞」の支援を受けて行った。

用語説明

[用語1] クロス・アポイントメント制度 : 卓越した人材が複数の組織において活躍できるよう、所属機関と他機関のそれぞれで身分を保有し、研究などの業務に従事することを可能にする制度。

[用語2] 有機塩基触媒 : 触媒として働く有機塩基。触媒とは、化学反応に添加することで、反応速度を変化させる物質。その際に自身は変化しない。有機塩基とは塩基性[用語9]を示す有機化合物。

[用語3] アンモニウムイオン : NH4+で表されるイオン。アンモニア(NH3)にプロトン(H+)が付加することで生成される。アンモニアが水に溶けると一部がアンモニウムイオンになる。

[用語4] 炭酸塩類 : 本稿では炭酸塩類として炭酸イオン、重炭酸イオン、カルバミン酸イオンを含む塩と定義する。

[用語5] 尿素 : 哺乳類の尿中に含まれる窒素化合物。体内でタンパク質が分解して生成される。化学式(NH22CO 。工業的にはアンモニアと二酸化炭素とから合成される。無色の柱状結晶で、肥料・尿素樹脂・医薬・接着剤の原料となる。1828年に初めて化学的に合成された有機化合物として有名。

[用語6] 遷移金属 : 周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する元素の総称。

[用語7] カルバミン酸アンモニウム : カルバミン酸イオンとアンモニウムイオンから構成される塩。アンモニアと二酸化炭素から尿素を合成する際の合成中間体と考えられている。

[用語8] 1,8-diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene : 強塩基性を示すアミジン骨格(炭素に窒素が二重結合で一つ、単結合で一つ結合した構造)を持ち、かつ環状の分子形状と大きさから求核性が低い有機塩基化合物。有機化学の反応に用いられる。

[用語9] 塩基性 : 塩基として働く性質。塩基とは、OH-を放出する物質(アレニウスの定義)、プロトンを受け取る物質(ブレンステッド-ローリーの定義)、電子対を与える物質(ルイスの定義)などにより決められる。

[用語10] pKa : 酸解離定数。酸の強さを表す値で、小さいほど強力な酸になる。共役酸のpKaが大きいほど強力な塩基になる。

[用語11] 硝化・脱窒 : 廃水中の窒素化合物を微生物の力で窒素分子に変換する過程の名称。硝化過程では、アンモニアを亜硝酸に変え、亜硝酸を硝酸に変える。脱窒過程では硝酸もしくは亜硝酸を窒素分子へ変え、2つの過程を併せて窒素化合物を無害化する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Organic bases catalyze the synthesis of urea from ammonium salts derived from recovered environmental ammonia
著者 :
Yuichi Manaka, Yuki Nagatsuka and Ken Motokura
DOI :
10.1038/s41598-020-59795-6 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

准教授 眞中雄一

E-mail : manaka@mac.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5569

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

第1回国際オープンイノベーションシンポジウム 2020 開催報告

東京工業大学が産学連携の促進を目的として新たに設立したオープンイノベーション機構(以下、OI機構)は、2月10日、第1回「東京工業大学 国際オープンイノベーションシンポジウム 2020」を東京国際フォーラム(東京都千代田区)で開催しました。OI機構のキックオフシンポジウムとして開かれ、企業の経営者、企画・戦略担当者等を中心に、300名を超える参加者が集まりました。

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協働研究拠点の活動を報告するパネルディスカッション

協働研究拠点の活動を報告するパネルディスカッション

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OI機構の概要を説明する益学長

OI機構の概要を説明する益学長

渡辺治理事・副学長・OI機構長の挨拶に続き、益一哉学長が本機構の概要を説明しました。続いて、大嶋 洋一OI機構副機構長・統括クリエイティブマネージャー・教授が、本学が推進するコンシェルジェ型オープンイノベーションを紹介しました。コンシェルジェ型オープンイノベーションは企業のニーズに応えるため学内外のリソースを活用しサービスを提供する仕組みです。

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開催挨拶をする渡辺理事・副学長OI機構長

開催挨拶をする渡辺理事・副学長OI機構長

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OI機構の取組みを紹介する大嶋OI機構副機構長

OI機構の取組みを紹介する大嶋OI機構副機構長

シンポジウム第1部の「グローバルなオープンイノベーションのトレンド」では澤井智毅・世界知的所有権機関日本事務所長ら4名が基調講演を行いました。

第2部は「大学が提供するオープンイノベーション環境に対する企業経営者の期待」というテーマでパネルディスカッションを行いました。OI機構で活動している3つの協働研究拠点(AGCマテリアル協働研究拠点、コマツ革新技術共創研究所、aiwell AIプロテオミクス協働研究拠点)の企業と教員が話し合いました。

第3部は、量子コンピューティング研究ユニットの西森秀稔教授ら東工大科学技術創成研究院の12ユニットImage may be NSFW.
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の教員が最先端研究の内容を紹介しました。

会場では、各研究ユニットが紹介ポスターの展示やビデオ上映を行いました。終了後は交流会も開催され、参加者のネットワーキングの機会となりました。

今回のシンポジウムを通し、多くの方々に本学が目指すオープンイノベーションの形や企業との関わりをご理解いただくことが出来ました。今後も、個別の共同研究の枠を超えた「組織と組織」としての大型の産学連携を使命に邁進していきます。

オープンイノベーション機構(OI機構)

東京工業大学は、共同研究を本格的にマネージしていく組織としてオープンイノベーション機構を創設しました。

産業界と密接に連携しつつ、新規事業開拓から社会実装までを目指した共同研究を進める協働研究拠点制度を中心に大型の共同研究を推進していきます。共同研究開発の研究企画から事業化までの各プロセスにおいて本学に求められる事業化支援活動(研究マネジメント、知財戦略支援、研究企画支援、出口戦略支援等)を実行します。

本学に強みのあるエネルギー分野、材料分野、及び注力して取り組む機械分野、バイオ分野を中心に大型の共同研究活動として、3つの協働研究拠点が活動を開始しました。

今後、協働研究拠点の研究領域の拡大、研究拠点数の増加を図り、大型共同研究の活性化に取り組んでまいります。

お問い合わせ先

東京工業大学 オープンイノベーション機構

E mail : oi-p@sangaku.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5171

繊細な操作性と術者の負担軽減を両立させた手術支援ロボットのマニピュレータを開発 より微細なスケールの手術支援ロボットへの応用に期待

要点

  • 繊細な操作性と術者の負担軽減を両立させた手術支援ロボットのマスタマニピュレータを開発した。
  • 開発したマスタマニピュレータは現在の主流であるピンチグリップ式とパワーグリップ式を組み合わせたもので、従来のタイプよりも高いパフォーマンスを示した。
  • より微細な位置制御が必要な手術支援ロボットへの応用が期待される。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の只野耕太郎准教授と工学院 機械系のSolmon Jeong(ソルモン・ジョン)大学院生(博士後期課程2年)は、手術の精度と術者の負担軽減を両立する新たな手術支援ロボットシステムを開発した。

手術支援ロボットは、術者が自分の手元のマスタマニピュレータを動かすことで、患者の体内に挿入されたスレーブマニピュレータを操作するマスタ・スレーブ式が一般的である。マスタ・スレーブ式手術支援ロボットの手元の操作は、親指と人差し指で摘まむピンチグリップ式と、手のひら全体でマスタマニピュレータを握るパワーグリップ式がある。ピンチグリップ式は繊細な作業に適しているが術者への負担が大きく、パワーグリップ式は繊細な作業ではピンチグリップ式に劣るが、術者への負担は小さい。そこで研究グループは、ピンチグリップとパワーグリップを組み合わせることによって、繊細かつ負担の小さいマスタマニピュレータを新たに開発した。

研究成果は2019年12月12日に「The International Journal of Medical Robotics and Computer Assisted Surgery」のオンライン版に掲載された。

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手術支援ロボットのための新たなマニピュレータを開発

背景と経緯

近年、内視鏡下手術において手術支援ロボットの使用が増加しており、さまざまな医療分野での活用が広がっている。手術支援ロボットでは、術者が自分の手元のマニピュレータを操作することで、患者の体内に挿入されたマニピュレータを操作する「マスタ・スレーブ」と呼ばれる操作方式が一般的である。マスタ・スレーブシステムでは、操作者の動きを入力する機器を「マスタ機」、マスタ機の制御下で動作する機器を「スレーブ機」と呼び、手術支援ロボットの場合は、術者の手元のマニピュレータがマスタ機、患者の体内に挿入されたマニピュレータがスレーブ機にあたる。

手術支援ロボットによる手術では、実際に手で執刀するよりも小さなスケールで手術を行うことから、スレーブ機の位置制御の高精度化は非常に重要である。スレーブ機は微細な手術操作を行うことから、マスタ機の動作はスレーブ機に縮小して伝えられる。そのため、マスタ機の操作においては余分に大きな動きが必要であり、手術中にはマスタ機とスレーブ機の可動範囲や位置関係の調整が必要という問題がある。

手術支援ロボットにおけるマスタ機の操作は、親指と人差し指で摘まむピンチグリップ式と、手のひら全体で握るパワーグリップ式がある。ピンチグリップ式は繊細な作業に適しているが手指への負担が大きく、逆にパワーグリップ式は繊細な作業ではピンチグリップ式に劣るが、術者に対する負担は小さい。そこで研究グループは、位置決めの正確さに加え、快適な操作性を実現するために、ピンチグリップとパワーグリップの相対位置を可変に組み合わせた新たなグリップ方式を提案し、これを実装したマスタマニピュレータの開発を行った。

研究成果

本研究では、ピンチグリップとパワーグリップの「組み合わせ式グリップ」の設計に向け、まず、親指と人差し指の指先でピンセット状になっている部分を摘まみ、残りの指と手のひら全体でパワーグリップ部分を握って操作する検証モデルを試作した(図1)。検証モデルは、指先の方向と手のひらで握り込むグリップの距離や角度が可変であるものと固定のものなど4種類作成し、糸を結ぶタスクにかかる時間および必要とされる動作を調べた。その結果、可変機構を持つモデルでは、固定の場合に比べタスクに要する時間も動作も少ないことがわかった。

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図1.ピンチグリップとパワーグリップの組み合わせ検証モデル

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図1.ピンチグリップとパワーグリップの組み合わせ検証モデル

図1. ピンチグリップとパワーグリップの組み合わせ検証モデル

そこで研究グループは、検証モデルで得られた予備的な結果に基づいて、ピンチグリップとパワーグリップを組み合わせ、指先とパワーグリップ部の角度と距離を可変としたグリップ機構を開発した(図2、3)。このグリップ機構は、パワーグリップ部から30~50 mmの範囲であれば、腕そのものを動かすことなく、前後左右に指先を動かすことができる。

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図2. 本研究で開発したピンチグリップとパワーグリップの組み合わせによるグリップ機構

図2. 本研究で開発したピンチグリップとパワーグリップの組み合わせによるグリップ機構

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図3. 同平面図。グリップ部分から30~50 mmの範囲であれば、腕そのものを動かすことなく、指先を動かすことができる。

図3. 同平面図。グリップ部分から30~50 mmの範囲であれば、腕そのものを動かすことなく、指先を動かすことができる。

実際の外科手術においては高い位置決め精度が重要であるため、開発した組み合わせ式グリップを採用したマスタマニピュレータと、従来のパワーグリップ式およびピンチグリップ式のマスタマニピュレータのそれぞれを用いてポインティング実験[用語1]を行い、位置制御操作性能を比較した。また、マスタ機の動作をスレーブ機の動作に縮小して変換する比率(スケールファクタ[用語2] )がスレーブ機の位置制御に与える影響についても検討した。

その結果、失敗の頻度、所要時間、手の移動距離による操作性評価が、パワーグリップ式ではスケールファクタが大きい(マスタ機からスレーブ機への動きの縮小度合いが大きい)場合に、ピンチグリップ式ではスケールファクタが小さい場合に比較的優れる傾向であったのに対し、提案する組み合わせ式では、いずれの場合においてもより優れたパフォーマンスを示した。このことは、提案する組み合わせ式グリップ機構が、パワーグリップとピンチグリップ両者の長所を兼ね備えているとともに、スケーリングファクタを大きくせずとも、人の手が本来有している器用さを活かすことで微細なスケールにおける作業を可能とするものであることを示唆している。

今後の展開

本研究で開発した組み合わせ式のマスタマニピュレータは、微細なスケールにおいて従来の方式よりも優れたパフォーマンスを示したことから、より微細な位置制御が必要となる手術支援ロボットへの応用が期待される。

用語説明

[用語1] ポインティング実験 : マニピュレータの先端などを操作し、事前に指定した位置に対してどの程度正確に向かうことができるかを調べることで、位置制御の性能を評価する実験。

[用語2] スケールファクタ : ある対象から異なる対象に大きさを縮小して変換する際の比を表す量。

論文情報

掲載誌 :
The International Journal of Medical Robotics and Computer Assisted Surgery
論文タイトル :
Manipulation of a master manipulator with a combined-grip-handle of pinch and power grips
著者 :
Solmon Jeong and Kotaro Tadano
DOI :
10.1002/rcs.2065 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 只野耕太郎

E-mail : tadano.k.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5032

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

スライムの化学でがん治療の幅をひろげる ホウ素中性子捕捉療法の効果アップ 記者説明会を開催

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「スライムの化学」西山教授と野本助教が記者説明会を開催

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の西山伸宏教授と野本貴大助教による記者説明会を1月22日、大岡山キャンパスで開催しました。記者説明会には9名の記者が参加しました。

今回の記者説明会では、第5のがん治療法として期待されているホウ素中性子捕捉療法(BNCT)※1に、ポリビニルアルコール※2(PVA)を組み合わせることで、従来の方法よりも劇的な効果が得られたという研究成果について説明がありました。革新的ながん治療法につながる研究とあって、メディアの皆さんの興味も高く、説明後には活発な質疑応答が行われました。

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記者説明会の様子

記者説明会の様子

研究の背景

BNCTは、ホウ素をがん細胞に取り込ませて熱中性子を照射することで、ホウ素を取り込んだがん細胞のみを殺傷する治療法です。がん細胞に特異的にホウ素を取り込ませ、熱中性子を照射する部位を限局することで、全身への影響はほとんどない安全性、効果ともに良好な治療法になると考えられています。BNCTは1968年に悪性脳腫瘍に対して日本で実施されて以来、日本がリードしている領域です。臨床研究の症例数は他国を圧倒しています。現在は、ステラファーマ株式会社が、BNCT用の化合物ボロノフェニルアラニン(BPA)※3について、再発頭頚部がんの適応で承認申請を行っています。

BPAは、がん細胞で過剰に発現しているLAT1※4というアミノ酸トランスポーターを介して細胞内に取り込まれます。しかし、細胞外の濃度が低くなると細胞内から外に出ていってしまうため、細胞内の濃度を長時間高く保つことができません。臨床現場では、BPAを患者さんに投与した後、中性子を照射する設備まで移動したり照射部位を固定したりする必要があるため、照射するまで2時間程度かかります。そのため、細胞内に長時間薬剤が保持できる技術が求められています。

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研究概要を説明する西山教授

研究概要を説明する西山教授

研究のポイント

昨今の医薬品は高価な材料を用いて複雑なプロセスで製造されています。そのため、製造コストの増大、品質保証の難しさといった課題が生じており、シンプルかつ高機能な医薬品の開発が求められています。このような社会的要請に答えながらBPAの課題も解決するのがPVAでした。

西山教授、野本助教は、スライムの化学※5にヒントを得て、PVAとBPAを水中で混ぜ、高分子の薬剤(PVA-BPA)を作成しました。すると、BPAとは異なり、LAT1を介したエンドサイトーシス※6でエンドソーム・リソソームに取り込まれ、細胞内に長時間保持できることがわかりました。マウスの腫瘍モデルに投与した実験では、BPAは6時間後にはかなりの量が腫瘍から消失し、BNCTを行える量を下回るのに対し、PVA-BPAは6時間後でも十分BNCTを行うことができる量を維持していました。

マウスの大腸がんをマウスの皮下に移植したモデルで抗腫瘍効果を調べました。がん細胞を移植して約2週間後に化合物を投与し、熱中性子線を照射しました。熱中性子の照射のみでは、腫瘍はどんどん大きくなり、照射25日後には100倍近くになりました。従来のBPAの場合は15日後ぐらいから腫瘍の増殖がみられるようになりました。一方、PVA-BPAの場合は、25日後も腫瘍の増殖は見られず、根治に近い結果が得られました。

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PVA-BPAについて説明する野本助教

PVA-BPAについて説明する野本助教

今後の展望

熱中性子線はこれまで原子炉で作られていました。しかし、原子炉を病院に併設するのは困難です。今後は、加速器型中性子線源が主流になると考えられます。加速器BNCTでも日本は世界をリードしていて、既に南東北病院や国立がんセンターなどいくつかの病院で導入されています。日本が世界に輸出できる革新的な医療技術として期待されます。

PVA-BPAに関しては、ステラファーマ株式会社の協力を得て、非臨床試験の実施に向けて研究を推進していきます。

資料

※1 ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT )

ホウ素原子(10B)と熱中性子の核反応により生じるアルファ粒子とリチウム反跳核を利用してがんを治療する放射線療法の一種。従来の放射線療法では治療することが困難な再発性のがんや多発性のがんに対しても有効な治療法であるとされている。楽天メディカルが開発している光免疫療法と並び、BNCTは第5のがん治療法としても注目を集めている。BNCTの研究は50年以上前から日本を中心に進められてきた歴史があり、現在でも日本が最先端の研究をリードしている。最近、熱中性子源として、加速器型中性子線源の開発が活発に進められ、新たなホウ素薬剤の開発が求められていた。

※2 ポリビニルアルコール

水溶性の高分子で洗濯のりや液体のりの主成分として日常に幅広く浸透している材料。生体適合性の高い材料としても知られており、医用材料として既にさまざまな形で利用されている。最近では東京大学のグループがポリビニルアルコールを用いることで造血幹細胞を増幅することに成功したとして広く報道された。

※3 ボロノフェニルアラニン=BPA:

必須アミノ酸のフェニルアラニンと類似した構造を持ちながら、ホウ素原子を含有した化合物。がん細胞に選択的かつ効率的に取り込まれることが知られている。熱中性子を当てると化合物中のホウ素原子が核反応を起こしてがん細胞を殺傷する。

※4 LAT1:

細胞がアミノ酸を取り込むためのタンパク質の一つ。正常な細胞にはほとんど発現していないが、がん細胞では細胞膜上に多く発現していることが知られている。

※5 スライムの化学

洗濯のりとホウ砂を混ぜるとスライムができる。これはホウ砂から生じるホウ酸イオンが化学反応により複数のポリビニルアルコールをつなぐからである。本研究ではこの化学反応を応用している。

※6 LAT1介在型エンドサイトーシス

エンドサイトーシスとは、細胞が細胞外の物質を細胞内へ取り込む方法の一つである。今回開発した物質は、最初に細胞膜上のLAT1にくっつき、その後にエンドサイトーシスで細胞に取り込まれる。この過程をLAT1介在型エンドサイトーシスと呼んでいる。

お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

シリコン内電子スピンの量子非破壊測定に成功 シリコン量子コンピュータの量子誤り訂正に向け大きく前進

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの米田淳研究員(研究当時)、樽茶清悟グループディレクター、東京工業大学 工学院 電気電子系の小寺哲夫准教授らの共同研究チームは、シリコン中の単一電子スピン[用語1]の「量子非破壊測定[用語2]」に成功しました。

本研究成果により、シリコン中の単一電子スピンを用いた量子コンピュータ[用語3]に不可欠である「量子誤り訂正[用語4]」の実現が大きく近づくと期待できます。

シリコン中の単一電子スピンは、半導体プロセス技術の応用による集積実用化が見込まれる、量子コンピュータの有力候補です。しかし、単一電子スピンを読み出す際にスピン状態が必要以上に破壊され、量子誤り訂正をはじめとした多くの有用なプロトコルの実行が困難でした。

今回、共同研究チームは、イジング型の相互作用[用語5] を利用し、隣接電子スピンに情報をうまく転写することで、量子非破壊測定を初めて実証しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(3月2日付)に掲載されました。

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電子スピンの量子非破壊測定実験のイメージ

電子スピンの量子非破壊測定実験のイメージ

共同研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ

  • 研究員(研究当時)
    米田淳(よねだ じゅん)
  • 研究員
    武田健太(たけだ けんた)
  • 特別研究員
    野入亮人(のいり あきと)
  • 研究員
    中島峻(なかじま たかし)
  • グループディレクター
    樽茶清悟(たるちゃ せいご)

東京工業大学 工学院 電気電子系

  • 准教授
    小寺哲夫(こでら てつお)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川泰彦)」の研究課題「スピン量子計算の基盤技術開発(研究代表者:樽茶清悟)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究S「量子対の空間制御による新規固体電子物性の研究(研究代表者:樽茶清悟)」、文部科学省光量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)基礎基盤研究「シリコン量子ビットによる量子計算機向け大規模集積回路の実現(研究代表者:森貴洋)」による支援を受けて行われました。

背景

半導体デバイスの微細化による性能向上が限界を迎えつつあるなか、量子コンピュータは新しい動作原理に基づく次世代コンピュータとして注目され、世界的に開発競争が活発化しています。とりわけ、シリコン中の単一電子スピンを利用した量子コンピュータは、現行の集積エレクトロニクス技術の応用が見込めるため、大規模化による計算能力向上の観点から注目を集めています。

量子コンピュータ内の情報は、量子力学的な重ね合わせ状態[用語6]を用いて符号化されます。一般に量子力学的な状態は、「観測」によって影響を受けることが知られています。このため、量子コンピュータの誤りを検出・訂正する際には、観測による変化が測定される量に及ばない「量子非破壊測定」が用いられます。

シリコン中の単一電子スピンは、長い量子情報保持時間と超高精度の量子演算が実証された一方で、「量子誤り訂正」など、測定結果に基づく量子情報処理に必要となる量子非破壊測定は実現していませんでした。

研究手法と成果

シリコン中の単一電子スピンを読み出す手法として、これまでは主に、電子スピンを高速に検出可能な電荷へと変換する方法が用いられてきました。しかしこの方法では、電荷の検出過程で電子スピンが必然的に影響を受けてしまいます。量子非破壊測定は、この問題を解消できる有力な方法ですが、その実現には、スピン状態の自然な緩和を克服する「高速性」と、スピン状態の緩和を誘起しない「非破壊性」の両立が求められます。

そこで共同研究チームは、電子スピンの情報を、電荷としてではなく、いったん別の電子スピンに転写してから読み出すことを試みました(図1)。測定されるスピン量(上向きか下向きか)が転写の際に影響を受けないよう、局所的な磁場を加えることで、電子スピン間にイジング型の相互作用が働くように試料を設計しました(図2)。転写した後に、転写先の電子スピンの向きを従来通り電荷へ変換する方法で読み出すことで、検出速度の高速性と非破壊性を両立させ、シリコン中の単一電子スピンの量子非破壊測定に成功しました。さらに、この手法は補助に同種の量子系を用いているため、拡張性への技術的制約が最小限に抑えられます。

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図1. 従来方法との比較

図1. 従来方法との比較


単一の電子スピンを読み出す従来の方法(左)では、読み出しの際に電子スピンが破壊されていた。今回の実験で用いた方法(右)では、イジング型の相互作用を利用して電子スピン(青)の情報を別の電子スピン(赤)へと転写してから読み出すことで、測定の影響が及びにくくしている。

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図2. 本研究で設計した試料の構造

図2. 本研究で設計した試料の構造


実験には、シリコン中に電子スピンを二つ隣り合わせて、閉じ込められるようにした試料を用いた。電極に電気信号を加えることで、電子スピンを自在に制御できる構造になっている。イジング型の相互作用に必要となる局所的な磁場は、試料上部に微小な磁石を取り付けることで実現している。近傍に配置したトランジスタ構造を電荷検出器として用いることで、補助電子の電荷を高速に読み出すことが可能になっている。

量子非破壊測定には、測定される電子スピンの向きが変わらないという「非破壊性」と、電子スピンの向きの「読み出し」の機能が備わっています。これらを組み合わせることで、電子スピンの向きを確定させる「初期化」を実装することができます(図3)。これら量子非破壊測定の三つの機能が実際にどれくらいの精度で実行できているかを調べたところ、非破壊性が99%、読み出しと初期化が80%であることが分かりました。

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図3. 量子非破壊測定の3機能

図3. 量子非破壊測定の3機能


理想的な量子非破壊測定では、電子スピンが上向きか下向きかを、測定の前後で変えることなく(非破壊性)、知ることができる(読み出し)。このことは、測定結果から測定後の電子スピンの向きを確定できることを意味している(初期化)。

量子非破壊測定は通常の破壊測定と異なり、単一電子スピンを繰り返し測定することが可能です。この性質を利用することで、読み出しの精度は最大で95%に達することが分かりました(図4)。さらに、観測結果から精度の高い事象を予測する手法を開発し、下向きスピン状態への初期化(向きの確定)の精度を最大99.6%程度まで高められることを示しました。

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図4. 量子非破壊測定の性能評価

図4. 量子非破壊測定の性能評価


量子非破壊測定の3機能がどれくらいの精度で実行できているかを評価したもの。非破壊測定を繰り返すことで、読み出しと初期化の精度を高められる。

今後の期待

シリコン中の単一電子スピンは、既に長い量子情報保持時間と超高精度の量子演算が実証されています。本研究で、拡張性への制約が少なく、量子非破壊性をもつ測定が実証されたことで、シリコン量子コンピュータの開発は、量子誤り訂正などの測定結果に基づく量子情報処理を実証する、新たな段階へと進むと期待できます。

用語説明

[用語1] 電子スピン : 電子の自転に相当する内部自由度。その自転方向に応じて、上向きあるいは下向きの電子スピンと呼ぶ。

[用語2] 量子非破壊測定 : 量子力学的な状態に対する測定で、例外的に、測定される物理量に擾乱を及ぼさないもの。理想的な量子射影測定。

[用語3] 量子コンピュータ : 重ね合わせおよび量子もつれといった量子力学的状態を利用して情報を符合化し、超高速計算を実現するコンピュータ。ここでは特に、任意の量子アルゴリズムを実装できるゲートモデルによる量子計算を行うものを指す。

[用語4] 量子誤り訂正 : 量子コンピュータに生じた誤りを、検出し訂正すること。観測によって量子状態が必ず影響を受けることを考慮した特殊な情報の符合化と、量子非破壊測定を組み合わせることで実現できる。実用的な大規模量子コンピュータを実現するためには、必要不可欠な要素技術と考えられている。

[用語5] イジング型の相互作用 : 電子スピンが互いに逆向きになろうとする力が、特定方向の成分にのみ働く場合をイジング型、全成分に対して働く場合をハイゼンベルグ型の相互作用と呼ぶ。

[用語6] 量子力学的な重ね合わせ状態 : 量子力学の法則に従う系は、異なる物理量に対応する状態を同時にとることができる。そのような状態を、重ね合わせ状態と呼ぶ。例えば電子スピンの場合、上向きと下向きのどちらでもあるような重ね合わせ状態をとることができる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Quantum non-demolition readout of an electron spin in silicon
著者 :
J. Yoneda, K. Takeda, A. Noiri, T. Nakajima, S. Li, J. Kamioka, T. Kodera, S. Tarucha
DOI :
10.1038/s41467-020-14818-8 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ

研究員(研究当時) 米田淳

グループディレクター 樽茶清悟

東京工業大学 工学院 電気電子系
准教授 小寺哲夫

E-mail : kodera.t.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3421

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

令和元年度手島精一記念研究賞 授与式を挙行

2月27日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館くらまえホールにおいて、令和元年度手島精一記念研究賞の授与式が行われました。授与式には各賞受賞者のほか、本学関係者、本学同窓会組織である一般社団法人蔵前工業会の事務局長、元手島工業教育資金団役員が出席しました。

手島精一校長は、東京工業大学の前身である東京工業学校及び東京高等工業学校の校長として25年有余にわたり工業教育に努め、日本の工業教育の進展のために多大な貢献を果たしました。手島校長が1917年に退官した際、その功績を称えるため、当時の政界、財界、教育界の諸名士が発起人となって募金が行われ、「手島精一記念研究賞」が設けられました。創設以来、本学関係者及び本学大学院課程学生の研究を奨励し、多くの優れた業績の栄誉を称えています。

今年度は、研究論文賞、博士論文賞、留学生研究賞、発明賞、若手研究賞(藤野・中村賞)及び著述賞の6つの賞を受賞した29件・計59名に対し、益一哉学長から賞状と副賞が授与されました。

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記念撮影

記念撮影

令和元年度受賞者

今年度の受賞者は、以下のとおりです。(敬称略)

研究論文賞(3件)

  • 原田哲仁(九州大学 生体防御医学研究所 助教)
  • 前原一満(九州大学 生体防御医学研究所 助教)
  • 半田哲也(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 特任助教)
  • 有村泰宏(ロックフェラー大学 研究員)
  • 野上順平(九州大学 生体防御医学研究所 研究員)
  • 林‐高中陽子(大阪大学 大学院生命機能研究科 特任研究員)
  • 白髭克彦(東京大学 定量生命科学研究所 教授)
  • 胡桃坂仁志(東京大学 定量生命科学研究所 教授)
  • 木村宏 (科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 教授)
  • 大川恭行(九州大学 生体防御医学研究所 教授)
  • "A chromatin integration labelling method enables epigenomic profiling with lower input"
    Nature Cell Biology 21,287-296(2019))

  • 岩﨑孝之(工学院 電気電子系 准教授)
  • 宮本良之(産業技術総合研究所 チーム長)
  • 谷口尚 (物質材料研究機構 フェロー)
  • Petr Siyushev(ウルム大学 博士研究員)
  • Mathias H. Metsch(ウルム大学 博士課程学生)
  • Fedor Jelezko(ウルム大学 教授)
  • 波多野睦子(工学院 電気電子系 教授)
  • "Tin-Vacancy Quantum Emitters in Diamond"
    Physical Review Letters 119,253601-22 December 2017)

  • 梶谷孝 (技術部 すずかけ台分析部門 技術職員)
  • 本川究理(総合理工学研究科 物質電子化学専攻 修士課程(平成27年度修了生))
  • 小阪敦子(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 技術限定職員)
  • 庄子良晃(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 准教授)
  • 春木理恵(高エネルギー加速器研究機構 研究員)
  • 橋爪大輔(理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー)
  • 引間孝明(理化学研究所 研究員)
  • 高田昌樹(東北大学 多元物質化学研究所 教授)
  • 矢澤宏次(株式会社JEOL RESONANCE)
  • 守島健 (京都大学 大学院理学研究科 助教)
  • 柴山充弘(東京大学 物性研究所 教授)
  • 福島孝典(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授)
  • "Chiral crystal-like droplets displaying unidirectional rotational sliding"
    Nature Materials 18,266-272(2019))

博士論文賞(16名)

数学関係部門

  • 奥村喜晶(理学院 数学系 特別研究員)

"A Drinfeld module analogue of the Rasmussen-Tamagawa conjecture"

物理学関係部門

  • 橘優太朗(野村総合研究所 コンサルタント)

"Deep Autoencoder Applied for Feature Extraction of Temporal Variation in Quasar Optical Flux"

  • 濵田真人(理学院 物理学系 研究員)

"Theory of Generation and Conversion of Phonon Angular Momentum"

化学関係部門

  • 大島崇義(Max Planck Institute for Solid State Research)

「層状化合物を中核とした可視光応答型光触媒系の開発」

  • 半沢幸太(科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 博士研究員)

"Study on Transition Metal-Based Chalcogenide Superconductors and Semiconductors"

生命理工学関係部門

  • 見原翔子(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 研究員)

「窒素固定型シアノバクテリアAnabaena sp.PCC 7120のレドックス制御システム」

材料工学関係部門

  • 味戸沙耶(東北大学 金属材料研究所 学術研究員)

"Electrochemical Study on Hydrogen Absorption of Steel in Atmospheric Corrosion"

  • 津之浦徹(株式会社IHI)

「ケイ素合金を用いた溶融含浸法による炭化ケイ素複合材料の開発」

応用化学関係部門

  • 秦裕樹(物質理工学院 応用化学系 博士研究員)

「高分子クラウディングによる結晶性セルロースオリゴマーの自己集合化制御と機能性材料への展開」

機械工学関係部門

  • 舩田陸(The University of Texas at Austin Postdoctral researcher)

「設置式視覚センサネットワークを用いた分散最適化に基づく協調環境モニタリング」

情報学関係部門

  • 北川冬航(日本電信電話株式会社 研究員)

"Cryptographic Obfuscation Based on Secret-Key Primitives"

  • 黒田大貴(産業技術総合研究所 特別研究員)

"A Study of Sparsity-Aware Estimation of Piecewise Continuous Signals and Systems"

エネルギー関係部門

  • 池田翔太(理化学研究所 光量子工学研究センター 特別研究員)

「低エネルギー大強度重イオンビーム加速のための4ビームIH-RFQ線形加速器の開発」

  • 西岡駿太(理学院 化学系 日本学術振興会特別研究員)

「異元素及びキャリアドーピングを基盤とした水分解光触媒の開発」

その他境界領域的な研究部門

  • 田岡祐樹(環境・社会理工学院 融合理工学系 助教)

"Development of co-design tools for collective ideation under a power asymmetry context due to differences in expertise"

  • 柳澤渓甫(東京大学大学院 農学生命科学研究科 日本学術振興会特別研究員PD)

"Fast structure-based virtual screening with commonality of compound substructure"

留学生研究賞(4名)

  • CHIU WAN-TING(東京大学 生産技術研究所 日本学術振興会外国人特別研究員)

「超臨界二酸化炭素を用いた電気化学方法によるシルク繊維の金属化と機能化」

  • NGUYEN HUYNH DUY KHANG(工学院 電気電子系 研究員)

"Development of BiSb topological insulator for ultralow power spin-orbit torque magnetoresistive random access memory"

  • NGUYEN KHANH TIEN(生命理工学院 生命理工学系 博士後期課程)

"Construction of supramolecular nanotubes from protein crystals"

  • PANG JIAN(工学院 電気電子系 研究員)

"Area-Efficient High-Data-Rate Millimeter-Wave Transceivers Using CMOS Bi-Directional Amplifiers for Next-Generation Wireless Communications"

発明賞(1件)

  • 岩井雅子(生命理工学院 生命理工学系 特任助教)
  • 太田啓之(生命理工学院 生命理工学系 教授)
  • 下嶋美恵(生命理工学院 生命理工学系 准教授)

「トリアシルグリセロール高生産性藻類の作製法」

若手研究賞(藤野・中村賞)(2件)

  • 合田義弘(物質理工学院 材料系 准教授)

「低次元構造を活用した第一原理電子論による磁性金属材料の設計」

  • 吉沢道人(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 准教授)

「芳香環ナノ空間の合理構築と機能開拓」

著述賞(3件)

  • 稲木信介(物質理工学院 応用化学系 准教授)
  • 淵上寿雄(東京工業大学 名誉教授)
  • 跡部真人(横浜国立大学 大学院工学研究科 教授)

『Fundamentals and Applications of Organic Electrochemistry :Synthesis,Materials,Devices』(Wiley)

  • 川名晋史(リベラルアーツ研究教育院 准教授)

『共振する国際政治学と地域研究』(勁草書房)

  • 中島淳一(理学院 地球惑星科学系 教授)

『日本列島の下では何が起きているのか』(講談社 ブルーバックス)

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賞状授与

受賞状授与

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受賞者を代表して挨拶する半田特任助教(研究論文賞)

受賞者を代表して挨拶する半田特任助教(研究論文賞)

お問い合わせ先

研究推進部 研究企画課 手島記念担当

E-mail : tokodai.tejima@jim.titech.ac.jp


「鉄を守る錆」誕生の観察に成功 従来の1,000倍高速の放射光計測が、錆の形成過程を解き明かす

発表のポイント

  • 化学反応の時間発展を実時間計測。
  • 鉄の不動態化の初期過程を、最新の放射光技術と解析技術で観測。
  • 赤錆を食い止める黒錆が形成される過程を解明。黒錆の膜が形成される初期は欠陥が多いが、後からその欠陥が埋められる。

概要

東北大学 大学院理学研究科 若林裕助教授(東京工業大学 元素戦略研究センター 特定教授)の研究グループは、これまで明らかにされていなかった鉄の不動態被膜形成初期過程を、高速X線反射率測定[用語1]によって解明しました。X線反射率法は表面分析に広く用いられる手法ですが、数分から数十分の時間がかかります。これを、情報科学も活用することで20ミリ秒まで高速化し、被膜形成過程の実時間観測を実現しました。観測された酸化の初期過程は、最初に欠陥の多い厚い膜を形成し、次に膜内部の原子配列を整える順番で起こっていました。膜成長の速度を決める因子が最初の1秒と後の時間で異なることも判明しました。この知見は固液界面での典型的な化学反応の理解を、従来とは異なる角度で深めるものです。今後、物理的な理解が難しい固液界面の化学反応に関する研究に新しい情報が加わる事が期待されます。

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「鉄を守る錆」誕生の観察に成功

背景

水中に置いた鉄は徐々に錆びますが、条件によっては表面に黒錆の被膜が形成され、それ以上錆が進行しなくなります。このような黒錆による不動態の形成がどのように進行するのか、特にその初期過程については、明らかにされていない部分が多くあります。ことに1秒より早い過程では測定手段が無く、被膜の成長過程は多く仮説に基づいていました。

研究の内容

東北大学大学院理学研究科物理学専攻 若林裕助教授(東京工業大学元素戦略研究センター特定教授)と藤井宏昌特別研究学生らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8の表面X線回折ビームラインBL13XUを用いたX線反射率法により酸化被膜の密度と厚さを25ミリ秒の時間分解能で測定しました。通常のX線反射率法は数分以上の時間がかかる手法ですが、試料の特性に合わせた測定法の工夫で1,000倍の高速化を達成しました。得られた実験結果をベイズ推定の手法で解析する事で、信号強度の弱い一枚一枚の写真から実際の界面構造を取り出すことができました(図)。

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図1.

図:(左)20ミリ秒の露光時間で撮影したX線反射率と、ベイズ推定によるフィット。横軸は反射角、縦軸は散乱X線の強度。
(右)得られた界面付近の電子密度。横軸は鉄表面からの距離。

できあがった不動態は、従来から考えられていた通り密度の高い内層と密度の低い外層の二層構造でした。内層の形成過程は、被膜形成開始から2秒後以降は従来から提唱されていた理論で完全に説明できましたが、最初の2秒間はこの理論から外れた振る舞いをしました。最初期の0.4秒間は内層の密度が低く、まずは膜の厚さを増加することを優先した成長過程を示すことが明らかになりました。研究グループではこの結果をもとに、金属鉄から黒錆ができる原子スケールのメカニズムを提案しました。

本研究では、鉄や多くの金属材料の表面を保護している不動態被膜の形成過程を実験的に観測し、その原子レベルでの成長過程を解明しました。従来の理論は確かに殆どの「遅い」過程を説明しますが、被膜が成長し始める最初期の状況を説明できない事を明らかにしました。また、固体と液体の界面で進行する化学反応を、生成物の空間分布から実時間観測する手法を提示しました。今後、物理的な理解が難しい固液界面の化学反応に関する研究に新しい情報が加わる事が期待されます。
本研究の一部は、東京工業大学が受託する文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(課題番号 JPMXP0112101001)で行われました。

用語解説

[用語1] 高速X線反射率測定 : 通常のX線反射率測定では装置が機械的に動く必要があるため、どれほど強いX線を用いても数分以上の時間が必要であった。表面の実時間観測のために機械的な動作なしに反射率を測定できる手法が何種類か提案されており、これらの手法では用いるX線の強度を増やす事で高速測定が可能になる。今回はさらに、弱い信号からも情報を取り出せるように解析法にベイズ推定を用いた。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Materials
論文タイトル :
Early stages of iron anodic oxidation: defective growth and density increase of oxide layer
著者 :
Hiromasa Fujii, Yusuke Wakabayashi, and Takashi Doi
DOI :
10.1103/PhysRevMaterials.4.033401 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東北大学 大学院理学研究科 物理学専攻

教授 若林裕助

E-mail : wakabayashi@tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-7750

報道に関すること

東北大学 大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

E-mail : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-6708

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

キラル結晶の右手系・左手系で反転する放射状スピン構造を発見

要点

  • キラルな結晶構造が発現するスピン特性を、テルル単体に着目した実験から解明しました。
  • 鏡映しの関係にある右手系・左手系結晶では、放射状構造を持つスピンの向きが逆転することを見出しました。
  • 電流印加や光照射でスピン流を原理的に生成可能なことから、スピントロニクスの応用に繋がることが期待されます。

概要

東京大学大学院工学系研究科の坂野昌人助教、理化学研究所創発物性科学研究センターの平山元昭研究員、東京工業大学科学技術創成研究院の笹川崇男准教授、東京大学物性研究所の近藤猛准教授らの研究グループは、東京工業大学理学院の村上修一教授、産業技術総合研究所の三宅隆研究チーム長、広島大学放射光科学研究センターの奥田太一教授らの研究グループ、高エネルギー加速器研究機構の組頭広志教授らの研究グループ、東京大学大学院工学系研究科の岩佐義宏教授らおよび石坂香子教授らの研究グループと共同で、キラルな結晶構造[用語1]に由来して発現する固体内スピンの特性を、テルル単体を用いた実験から明らかにしました。

キラルな結晶構造を持ち、かつ強いスピン軌道相互作用を伴う物質では、電子の磁石としての性質であるスピンに由来した磁気的性質が、非磁性材料にも関わらず発現し得ることが、20世紀の半ばから知られていました。ところが、その物性を司るスピン偏極した電子構造の直接的な観察は、これまで成功していませんでした。本研究では、最も単純なキラル結晶構造を有し、かつ強いスピン軌道相互作用を合わせ持つテルル単体(図1)に着目し、スピン分解・角度分解光電子分光[用語2]実験を行いました。その結果、キラルな結晶構造を持つ物質に対して初めて、スピン偏極した電子構造の観察に成功しました。さらに、キラルな結晶の特徴として、スピン構造が放射状となること、また、それらのスピンの向きが "右手系結晶" と "左手系結晶" で反転することを実験的に示しました。今回の結果は、強いスピン軌道相互作用を有するキラルな結晶が、有望なスピントロニクス[用語3]材料であることを示しており、今後、電子・スピン変換デバイスの研究開発への進展が期待されます。

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図1. テルル単体の結晶構造。鏡写しの関係にある左手系結晶(左上)と右手系結晶(右上)が存在する。それらは、熱濃硫酸による腐食孔の形(下段の赤枠)で判別することができる。

図1.
テルル単体の結晶構造。鏡写しの関係にある左手系結晶(左上)と右手系結晶(右上)が存在する。それらは、熱濃硫酸による腐食孔の形(下段の赤枠)で判別することができる。

本研究成果は、米国物理学会学術誌「Physical Review Letters」に米国東部時間3月10日に掲載予定、特に重要な論文としてEditors' Suggestionに選出されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST 「トポロジカル量子計算の基盤技術構築」 (No. JPMJCR16F2) 、「カルコゲン化合物・超格子のトポロジカル相転移を利用した二次元マルチフェロイック機能デバイスの創製」(No. JPMJCR14F1)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)(No. JP18H03678, No. JP19H00651)、基盤研究(B) (No. JP18H01165, JP18H01954)の支援を受けて行われました。

発表者

坂野昌人(研究当時:東京大学物性研究所 特別研究員、現:東京大学 大学院工学系研究科 助教)

平山元昭(研究当時:東京工業大学 元素戦略研究センター 特任助教、現:理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員)

笹川崇男(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授)

近藤猛(東京大学物性研究所 准教授)

研究の背景

自然界には、右手と左手、あるいは右ネジと左ネジのように、鏡に映した姿がもとの姿と重ならないものがあり、これらの性質をキラルであるといいます。2つの非等価なキラルな結晶、いわゆる右手系と左手系の結晶は、自然界において、生物学的、化学的、物理的にそれぞれ異なる反応を示します。また、キラルな結晶構造の内部では、電気と磁気がお互いに関係しあうことが知られています。一方、固体内電子の電気的・磁気的関係を結びつけるためには、スピン軌道相互作用[用語4]が必要であり、原子番号の大きな重い元素を持つ化合物で特にその作用が強くなります。

キラルな結晶構造を持ち、かつ強いスピン軌道相互作用を合わせ持つ物質は、非磁性であっても、スピン流などの磁気的性質を引き出し得ることから、スピントロニクス分野で特に注目されています。しかしながら、その特異な電気磁気特性の起源となるスピン偏極した電子構造を直接的に観測した例がこれまでになく、キラル結晶内の電子とスピンの結合状態は未解明でした。

研究内容と成果

本研究では、キラルな結晶構造を有するテルル単体を研究対象とし、スピン分解・角度分解光電子分光を用いて、スピン構造の直接観測を行いました。重元素であるテルル原子は強いスピン軌道相互作用を有しているため、電子とスピンが強く結合した状態が期待されます。本研究では、熱濃硫酸で表面処理した際にできる腐食孔の形によって右手系結晶と左手系結晶を判別し、それぞれの試料に対して、詳細な電子構造およびそれに付随するスピン偏極構造を観察しました。

まず、左手系結晶に対してスピン分解・角度分解光電子分光実験を行い、スピン構造を調べました(図2)。その結果、電子のz方向の運動量が、z方向のスピンのみと結合していることがわかりました。通常、スピン軌道相互作用は、電子の運動量と垂直な向きにスピンを結合させたがる性質があります。しかし、今回の結果は、それに反して、運動量と平行方向にスピンが結合していることを示しています。つまり、スピンが運動量空間において放射状に広がる特異な振る舞いを同定したことになります。さらに、右手系結晶の測定も行うことで、左手系結晶とはスピン構造が反対向きになることを見出しました。スピン構造に見られるこれらの特異性は、キラルな結晶構造に特有の電子状態に由来するものであるといえ、第一原理電子構造計算[用語5]によって再現されることを確認しています(図3)。

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図2. 左手系結晶におけるスピン分解・角度分解光電子分光スペクトル。z方向の運動量を持つ電子のスピンが、z方向に向いていることが観測されている (左)。左手系結晶と右手系結晶でスピンの向きが反転する様子を示している(右)。

図2.
左手系結晶におけるスピン分解・角度分解光電子分光スペクトル。z方向の運動量を持つ電子のスピンが、z方向に向いていることが観測されている (左)。左手系結晶と右手系結晶でスピンの向きが反転する様子を示している(右)。

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図3. 実験結果と第一原理電子状態計算によって得られたテルル単体の運動量空間で描くスピン構造の概略図。矢印はスピンの向きを表している。左手系結晶(左)と右手系結晶(右)で、外向き・内向きの放射状スピン構造が反転している。

図3.
実験結果と第一原理電子状態計算によって得られたテルル単体の運動量空間で描くスピン構造の概略図。矢印はスピンの向きを表している。左手系結晶(左)と右手系結晶(右)で、外向き・内向きの放射状スピン構造が反転している。

今後の展開

今回、最も単純なキラル結晶であるテルル単体において、キラルな結晶構造特有のスピン状態を実験的に解明しました。本結果を起点として、さまざまなキラル結晶におけるスピン状態の解明が進むものと考えられます。また、スピンが電子の運動量と平行に向き放射状となる特異なスピン構造からは、非従来型のスピントロニクス機能が創発できる可能性があるため、キラル構造を有する物質をデバイス応用させる発展研究が今後期待されます。

用語説明

[用語1] キラルな結晶構造 : 右手と左手の関係のように、一方を鏡映しにしたときには他方と重なるが、平行移動では互いに重ならない2つの非等価な結晶構造を持つもの。

[用語2] スピン分解・角度分解光電子分光 : 物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギー、および脱出角度を調べることによって、物質中の電子のエネルギーと運動量を直接観測できる実験手法です。さらに、スピン検出器を用いて光電子のスピンを測定することにより、物質中の電子スピンの向きを調べることもできます。物質中の電子が有する運動量、エネルギーおよびスピンが分かると、(スピン状態までを含めた)電子構造を完全に理解することができます。

[用語3] スピントロニクス : 電子の電荷を基にした現代社会を支えるエレクトロニクスを超えて、電荷だけでなく磁石的性質であるスピンをも利用して応用する分野のことです。

[用語4] スピン軌道相互作用 : 電子自身が持つ磁気的性質(スピン角運動量)と電子の軌道によって発生する磁気的性質(軌道角運動量)との相互作用のことです。

[用語5] 第一原理電子構造計算 : 量子力学の基礎的な方程式を用いて、物質を構成する原子の種類と位置の情報から電子構造を計算する手法です。結晶構造さえ決まれば非経験的に電子構造を得ることができるため、性質の不明な新物質に対しても威力を発揮します。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters(オンライン版米国東部時間 3月10日掲載予定)
論文タイトル :
Radial spin texture in elemental tellurium with chiral crystal structure
著者 :
M. Sakano, M. Hirayama, T. Takahashi, S. Akebi, M. Nakayama, K. Kuroda, K. Taguchi, T. Yoshikawa, K. Miyamoto, T. Okuda, K. Ono, H. Kumigashira, T. Ideue, Y. Iwasa, N. Mitsuishi, K. Ishizaka, S. Shin, T. Miyake, S. Murakami, T. Sasagawa, and Takeshi Kondo

お問い合わせ先

東京大学 大学院工学系研究科附属 量子相エレクトロニクス研究センター

助教 坂野昌人

E-mail : sakano@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7903 / Fax : 03-5841-7903

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 笹川崇男

E-mail : sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366

東京大学 物性研究所

准教授 近藤猛

E-mail : kondo1215@issp.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-3370

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

中村幹

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京大学 物性研究所 広報室

E-mail : press@issp.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-3207

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

研究力強化と研究成果の社会実装促進を目指して情報発信を強化 「東工大 研究・産学連携本部ウェブサイト」リニューアル

東京工業大学は2月3日、研究・産学連携本部のオフィシャルウェブサイトを全面リニューアルしました。情報を集約し、企業の皆様や研究者が必要とする情報に短時間でアクセスできるようユーザビリティを向上することで、東工大の産学連携に関する情報発信を強化します。

ナビゲーション機能の配置

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ナビゲーション

本学では、企業の方が、本学の研究者と共同研究などを実施する際に、活動を促進するための各種支援サービスを行っています。また、本学の研究者向けに、研究活動を支援するサービスを提供しています。これらのサービス情報を新サイトに集約して、目的やニーズに応じて素早くアクセスできるよう、カテゴリーナビゲーションとターゲットナビゲーションを配置しました。

カテゴリーナビゲーションでは、特に企業の方が本学の「産学連携」「ベンチャー企業」に関する情報にアクセスしやすくなるよう設計しました。

カテゴリーナビゲーションでは、本学が提供するサービスを「産学連携」「起業・ベンチャー」「研究資金」「研究活動支援」の4つの分類で案内しています。「産学連携」では、主に企業の方向けに、本学と共同研究や受託研究を行う際の手続きや、知的財産の取り扱い等について紹介しています。「起業・ベンチャー」は、企業の方向けに東工大発ベンチャーの一覧を掲載しているほか、学内の教員・学生向けに、ベンチャー企業の創業に係る支援を紹介しています。「研究資金」は、主に学内の教員向けに科研費や政府系プロジェクトを申請する際に、研究・産学連携本部から受けられる支援の紹介や、研究助成金の公募情報を掲載しています。「研究活動支援」では、主に学内の教員向けに、本学が行っている研究助成の取り組みや、英語論文執筆のための支援、共用研究設備の利用法や異分野融合研究促進の取り組みなどを紹介しています。

さらに、カテゴリーナビゲーションでは、すでに共同研究を実施したことがある企業の方や、学内の研究支援サービスを受けたことのある方向けに、サービス名称から支援内容を容易に調べられるよう、トップページから各サービスを一覧するインターフェイスを設け、ワンクリックで該当ページにたどり着ける設計にしました。

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メニュー一覧をマウスオーバーで確認し、指定メニューにワンクリックで移動可能

ターゲットナビゲーションにおいては、企業の方が利用しやすい目線を意識したメニュー設計としました。本学との産学連携を希望する方のために「産学連携を始めてご利用になる方へ」を特設し、本学教員への技術相談の流れについて案内しています。また、「企業・地方自治体の方へ」「教職員の方へ」「学生・卒業生の方へ」というメニューを設置し、対象者ごとに目的別に情報を探すことができる設計となっています。これにより、企業の方だけではなく学内の教員や学生にとっても伝わりやすい設計としました。

東工大は新ウェブサイトを活用し、質の高い情報を発信します。

研究・産学連携本部とは

研究・産学連携本部は、東京工業大学において独創的な基礎研究を推進するとともに、産学連携により応用的・開発的研究成果を創出して社会と本学に還元することにより、次世代の基礎研究分野を生み出す好循環を形成し、もって世界最高の理工系総合大学の実現という本学の長期目標の達成に資することを目的として2017年4月に設置された組織です。

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研究・産学連携本部イメージ

お問い合わせ先

東京工業大学 研究産学連携本部

E-mail : ori_web@ori.titech.ac.jp

相川清隆准教授と宮島晋介准教授が2019年度「東工大の星」支援【STAR】に決定

東京工業大学は、2019年度「東工大の星」支援【STAR】(英語名称:Support for Tokyo Tech Advanced Reserchers【STAR】)の採択者に理学院 物理学系 相川清隆准教授と工学院 電気電子系 宮島晋介准教授の2名を決定し、3月6日発表しました。

「東工大の星」支援【STAR】とは、東工大基金を活用し、将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者や、基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者へ大型研究費の支援を通じて、次世代を担う本学の輝く「星」を支援するものです。

第7回目の今回は、2名の「星」が学長及び研究・産学連携本部長の協議により選考されました。

なお、支援決定通知書授与式は新型コロナウイルス感染症の感染予防対策の観点から延期されました。

所属部局
担当系
職名
氏名
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准教授
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准教授
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受賞者の研究概要とコメント

相川清隆 理学院 物理学系 准教授

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相川清隆 理学院 物理学系 准教授

研究概要:真空中の単一ナノ粒子系による巨視的量子力学の探究

20世紀初頭に生み出された量子力学は、現代社会においてエレクトロニクスや計測、材料開発を始めとした様々な分野で活用されてきました。粒子が同時に波動性をも示すことが量子力学の本質であり、そうした振る舞いは電子、原子、光子といった微視的な粒子でよく成り立つことが実証されてきました。一方、我々の身近にある巨視的物体が量子的な振る舞いを示すことはなく、その理由は自明ではありません。私たちは、真空中に浮揚させた微粒子の運動に着目し、運動に関する量子力学の追究を通じて、巨視的な物体に関する量子力学が、微視的な粒子に対する量子力学とどのように違うのか、明らかにしていきます。さらに、浮揚微粒子という新しい系を、高感度センシングなどの形で社会に役立てていくことも重要な目標です。

受賞のコメント

この度は、「東工大の星」支援に採択頂き、とても光栄に感じると共に、選んで頂いた方々および東工大基金の寄付者の皆様には大変感謝しております。最近大きな潮流となりつつある量子力学の分野の中でも、より基礎的かつ挑戦的なテーマではありますが、長い目で見れば、単に基礎科学としてだけでなく、応用面においても重要となっていく課題だと考えています。今回の支援を活用し、新しい流れを生み出していければ、と考えています。

宮島晋介 工学院 電気電子系 准教授

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宮島晋介 工学院 電気電子系 准教授

研究概要:低コスト・高効率太陽電池および光無線給電用受光器の開発

太陽光発電に用いる太陽電池の更なる低コスト化に向けた研究を行っています。超高効率なシリコン太陽電池の製造には爆発性・毒性ガスを使用していますが、これらを使用しない低コストプロセスの確立を目指しています。また、更なる高効率化を目指して、シリコン太陽電池とワイドギャップペロブスカイト太陽電池を組み合わせたハイブリッド型の太陽電池についても研究を進めています。さらに、太陽電池の研究での経験を生かして、新しいワイヤレス給電技術である光無線給電の実現のため、高効率光電変換デバイスの実現を目指しています。

受賞のコメント

「東工大の星」支援の対象にご選出頂き誠にありがとうございます。研究室に所属した多くの学生や共同研究者の方々と進めてきた研究が評価されたものと存じます。この度のご支援をもとに、新たな学生たちとともに、より一層挑戦的な研究を推進していきたいと考えております。

「東工大の星」支援【STAR】の概要

目的

東工大基金を活用し、本学における優秀な若手研究者への大型支援を実施することにより、本学の中期目標である基礎的・基盤的領域の多様で独創的な研究成果に基づいた新しい価値の創造を促進し、もって、学長の方針に基づく本学の研究力強化に資することを目的とします。

支援対象者

公募によらず、様々な業績を勘案し、学長及び研究・産学連携本部長の協議により決定します。

観点

  • 将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者
  • 基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者

役職等

若手研究者を准教授以下(原則40歳以下)とします。

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東工大基金

この支援事業は東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7688

世界最高クラスの新型電解質材料を発見 燃料電池・センサー・電子材料等の開発を加速

要点

  • 新設計法により、層状ペロブスカイトの一種であるDion-Jacobson相で世界初の酸素イオン伝導体を発見し、世界最高クラスの酸素イオン伝導度を実現
  • 結晶構造とイオン拡散経路の解析から、高い酸素イオン伝導度の原因を解明
  • 革新的な燃料電池、酸素分離膜、触媒、センサー、電子材料等の開発を促進してエネルギー・環境分野に貢献すると期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の八島正知 教授、張文鋭 大学院生(博士後期課程3年)らの研究グループは、Dion-Jacobson相では初めての酸化物イオン伝導体(酸素イオン伝導体、あるいはO2−伝導体ともいう)CsBi2Ti2NbO10−δを発見した。さらに酸化物イオン伝導度(酸素イオン伝導度ともいう)が高くなる高温での結晶構造や、酸化物イオンの拡散経路の解明により、この新しい酸化物イオン伝導体が示す高いイオン伝導度の発現機構を明らかにした。

高温かつ広い酸素分圧範囲で、この新型イオン伝導体は安定であることがわかった。この新材料の発見は、結晶構造データベースにおける83個のデータのスクリーニング、ならびに「陽イオンCs+のサイズが大きいこととBi3+の変位によるイオン伝導度の向上」という新概念の導入によって実現した。こうした新設計法による高イオン伝導体の発見は、固体酸化物形燃料電池や酸素濃縮器の高性能化や、新しい酸化物イオン伝導体や電子材料の開発を促進すると期待される。

なお本研究は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所/J-PARCの神山崇 教授らとの共同研究である。CsBi2Ti2NbO10−δの結晶構造解析には、J-PARCに設置された超高分解能中性子粉末回折装置SuperHRPD、ならびに高輝度光科学研究センターSPring-8に設置された放射光X線回折計を用いた。

本研究成果は、2020年3月6日に英国の科学雑誌Nature Communicationsに電子版として掲載され、注目論文(Editors' Highlight)に選出された。また、2020年3月の日本セラミックス協会の年会でトピックス講演に選出された。

背景

酸化物イオン伝導体[用語1]は、固体酸化物形燃料電池[用語2]、酸素分離膜、触媒およびガスセンサーなどに幅広く応用できる材料である。高い酸化物イオン伝導度は、特定の結晶構造[用語3]においてのみ発現するので、今まで酸化物イオン伝導体の報告がない新しい結晶構造グループに属する高酸化物イオン伝導体を発見すれば、酸化物イオン伝導体の革新的な応用につながると期待される。

Dion-Jacobson相[用語4]は、層状ペロブスカイト[用語4]の一種であり、様々な電気的特性、物理的特性、化学的特性を示すことが報告されている。ペロブスカイト[用語4]および層状ペロブスカイトには多くの酸化物イオン伝導体の報告があるので、Dion-Jacobson相も酸化物イオン伝導性を示すと期待されるが、Dion-Jacobson相の酸化物イオン伝導体はこれまで知られていなかった。

研究成果

研究グループは今回、Dion-Jacobson相としては初めての酸化物イオン(O2−)伝導体CsBi2Ti2NbO10−δを発見した(図1a)。ここでδは酸素欠損量であり、定比組成CsBi2Ti2NbO10の酸素量は10であるのに対し、酸素が欠損したCsBi2Ti2NbO10−δの酸素量は10−δである。この新型高酸化物イオン伝導体の発見にあたっては、結晶構造データベースと結合原子価法[用語5]を用いた高速スクリーニングと、「Cs+のサイズが大きいこととBi3+の変位によるイオン伝導度の向上」という新概念からなる、新型高イオン伝導体の新設計法を適用した(図1b)。さらに、結晶構造解析から示された、酸素原子の大きな異方性熱振動、酸素空孔[用語6]および酸化物イオン伝導層の存在が、高イオン伝導度発現の原因であることを明らかにした(図1c)。

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図1. (a)新型酸化物イオン伝導体CsBi2Ti2NbO10−δ(CBTN)のイオン伝導度(赤線と赤い■が本研究で発見した酸化物イオン伝導体)。世界最高レベルの酸化物イオン伝導度を実現した。(b)本研究で提案した新設計法。(c)酸化物イオン伝導度が高くなる高温領域でのCsBi2Ti2NbO10−δの結晶構造と酸化物イオンの拡散経路から、高イオン伝導度の発現機構を明らかにした。

図1.
(a)新型酸化物イオン伝導体CsBi2Ti2NbO10−δ(CBTN)のイオン伝導度(赤線と赤いが本研究で発見した酸化物イオン伝導体)。世界最高レベルの酸化物イオン伝導度を実現した。(b)本研究で提案した新設計法。(c)酸化物イオン伝導度が高くなる高温領域でのCsBi2Ti2NbO10−δの結晶構造と酸化物イオンの拡散経路から、高イオン伝導度の発現機構を明らかにした。

(1)新設計法による候補物質CsBi2Ti2NbO10−δの選定

無機結晶構造データベース(Inorganic Crystal Structure Database: ICSD)に登録されている69種類のDion-Jacobson相に関する、83個の結晶学データに対して、結合原子価法によるスクリーニングを実施した。結合原子価法は、第一原理計算や分子動力学計算に比べて、高速でのスクリーニングが可能である。具体的には、各データについて単位胞における結合原子価に基づいた酸化物イオンのエネルギー図を計算し、酸化物イオンの移動のエネルギー障壁Ebを見積もった。その結果から、83個のデータの中で比較的Ebが低いDion-Jacobson相CsBi2Ti2NbO10−δを候補材料として選択した(図2)。

このCsBi2Ti2NbO10−δの構成成分であるCs+は、利用できる元素種の中で最も大きなサイズの陽イオンである。CsBi2Ti2NbO10−δでは、Cs+のサイズが大きいために格子が広がって、Cs+層によって挟まれたペロブスカイト層における酸化物イオン移動のボトルネック(酸化物イオンが移動する際、最も狭くなりエネルギーが高くなるところ)が広がって、酸化物イオン伝導度が高くなる。

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図2. 酸化物イオンの移動のエネルギー障壁Ebのヒストグラム。無機結晶構造データベース(ICSD)に登録されている69種類のDion-Jacobson相の83個の結晶学データに対して、結合原子価法により計算。

©Masatomo Yashima and Nature Publishing Group.

図2.
酸化物イオンの移動のエネルギー障壁Ebのヒストグラム。無機結晶構造データベース(ICSD)に登録されている69種類のDion-Jacobson相の83個の結晶学データに対して、結合原子価法により計算。

(2)CsBi2Ti2NbO10−δの高温での相転移とイオン伝導

1173 Kにおいて、固相反応法によりCsBi2Ti2NbO10−δを合成した。その後、高温放射光X線と中性子回折実験[用語7]を行い、リートベルト法[用語8]により結晶構造を精密化した。中性子回折実験を大強度陽子加速器施設J-PARC[用語9]に設置された超高分解能中性子回折装置を用いて実施した。CsBi2Ti2NbO10−δの結晶構造は、293~813 Kでは直方晶系、空間群Ima2のDion-Jacobson型構造であり、833~1173 Kでは正方晶系、空間群P4/mmmのDion-Jacobson型構造であった(図3a)。この直方-正方相転移は可逆で1次であり(図3b)、加熱時の直方-正方相転移に伴って酸素空孔量が増加することがわかった(図3c)。さらに、粒内の伝導度を測定した結果、直方→正方相転移に伴って粒内の伝導度が不連続的に増加することが明らかになった(図3d)。

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図3. CsBi2Ti2NbO10−δの(a)格子定数、(b)格子体積、(c)酸素量、および(d)粒内の伝導度σbと粒界の伝導度σgbの温度依存性。多結晶試料は多数の粒子の集合体であり、粒内の伝導度σbと粒子と粒子の境界である粒界の伝導度σgbは異なる。

©Masatomo Yashima and Nature Publishing Group.

図3.
CsBi2Ti2NbO10−δの(a)格子定数、(b)格子体積、(c)酸素量、および(d)粒内の伝導度σbと粒界の伝導度σgbの温度依存性。多結晶試料は多数の粒子の集合体であり、粒内の伝導度σbと粒子と粒子の境界である粒界の伝導度σgbは異なる。

(3)高い酸化物イオン伝導度の実証

<1>酸素濃淡電池[用語10]で測定したCsBi2Ti2NbO10−δにおけるO2−輸率[用語10]が1に近く(図4a)、<2>973 KにおけるCsBi2Ti2NbO10−δの全電気伝導度は酸素分圧10−22P(O2) / atm ≤ 1の領域で一定であり(図4b)、<3>有意なプロトン伝導がない(図4c)。<1>~<3>の実験結果から、O2−が支配的なキャリア(電荷担体)であることがわかった。1073 Kにおける粒内の伝導度は8.9 × 10−2 S cm−1であり、これは実用化されているYSZ[用語3]より高く、LSGM[用語3]などの最も良いO2−伝導体に匹敵するレベルである(図4d)。高温かつ広い酸素分圧の範囲での酸素濃淡電池による測定および伝導度の測定前後でCsBi2Ti2NbO10−δの劣化や結晶相の変化は見られず、相安定性が高いこともわかった。

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図4. CsBi2Ti2NbO10−δの高い酸化物イオン伝導度の実証。(a)酸素濃淡電池により調べた種々の雰囲気での酸化物イオン輸率。(b)全電気伝導度σtotの酸素分圧P(O2)依存性。縦軸は対数Log(σtot)であり、横軸は酸素分圧P(O2)の対数Log(P(O2))である。(c)乾燥空気(赤い△と破線)および湿潤空気(青い□と点線)中での全電気伝導度の温度依存性。縦軸は対数Log(σtot)であり、横軸は絶対温度Tの逆数1000/Tである。(d)最も良い(ベスト)伝導体の粒内の伝導度(σb)との比較。縦軸は粒内の伝導度σbの対数Log(σb)であり、横軸は絶対温度Tの逆数1000/Tである。CsBi2Ti2NbO10−δ焼結体のようなセラミック多結晶体は粒と粒界からなるが、σbは粒内での電気伝導度である。

©Masatomo Yashima and Nature Publishing Group.

図4.
CsBi2Ti2NbO10−δの高い酸化物イオン伝導度の実証。(a)酸素濃淡電池により調べた種々の雰囲気での酸化物イオン輸率。(b)全電気伝導度σtotの酸素分圧P(O2)依存性。縦軸は対数Log(σtot)であり、横軸は酸素分圧P(O2)の対数Log(P(O2))である。(c)乾燥空気(赤いと破線)および湿潤空気(青いと点線)中での全電気伝導度の温度依存性。縦軸は対数Log(σtot)であり、横軸は絶対温度Tの逆数1000/Tである。(d)最も良い(ベスト)伝導体の粒内の伝導度(σb)との比較。縦軸は粒内の伝導度σbの対数Log(σb)であり、横軸は絶対温度Tの逆数1000/Tである。CsBi2Ti2NbO10−δ焼結体のようなセラミック多結晶体は粒と粒界からなるが、σbは粒内での電気伝導度である。

(4)伝導メカニズムの解明

973 Kでその場測定した中性子回折データを用いて精密化したCsBi2Ti2NbO9.8の結晶構造(図5a,d)と、最大エントロピー法[用語11]により得られた中性子散乱長密度分布[用語11](図5b,e)は、O2−の大きな非等方性熱振動を示している。例えば図5a,bに示すように、O2席のO2−の熱振動は、c軸方向に比べてab面内で大きい。この非等方性熱振動と、結合原子価法により得られたテスト酸化物イオンのエネルギー図(図5c,f)から、酸化物イオンは、O2−伝導性内側のペロブスカイト層の八面体の稜に沿って、ab面内を2次元的に移動すると考えられる(O1−O1経路とO1−O2経路,図5の矢印)。大きなサイズのCs+により、またBi3+のc軸に沿った変位により、O2−移動のボトルネックが広がることが、高いO2−の伝導度の原因であると考えられる。

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図5. (a,d)973 KにおけるCsBi2Ti2NbO9.8の結晶構造。高温973 Kでその場測定した中性子回折データのリートベルト解析により得られた。(b,e)中性子回折データと最大エントロピー法により得られた中性子散乱長密度が1.0 fm Å−3 の黄色い等値面(973 K)。(c,f)973 K における0.6 eVでの酸化物イオンのエネルギーの等値面。

©Masatomo Yashima and Nature Publishing Group.

図5.
(a,d)973 KにおけるCsBi2Ti2NbO9.8の結晶構造。高温973 Kでその場測定した中性子回折データのリートベルト解析により得られた。(b,e)中性子回折データと最大エントロピー法により得られた中性子散乱長密度が1.0 fm Å−3の黄色い等値面(973 K)。(c,f)973 K における0.6 eVでの酸化物イオンのエネルギーの等値面。

今後の展開

高い酸化物イオン伝導度を示す新型酸化物イオン伝導体CsBi2Ti2NbO10−δの発見により、Dion-Jacobson型酸化物イオン伝導体という研究分野が生まれると考えられる。また、新たな応用に向けた道を切り開くと期待される。具体的には、固体酸化物形燃料電池や酸素濃縮器の高性能化や、新しい酸化物イオン伝導体や電子材料の開発を促進すると考えられる。また、本研究で提案した新概念「大きなサイズのイオンとイオンの変位によりボトルネックが広がり、高い酸化物イオン伝導度を実現する」および結合原子価法によるスクリーニングという新手法により、今後他の新酸化物イオン伝導体が発見されると期待される。

付記

本研究は、科学研究費助成事業基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」、日本学術振興会拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「高速イオン輸送のための固体界面科学に関する国際連携拠点形成」、科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「複合アニオン化合物の理解:化学・構造・電子状態解析」、科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「多様な配位多面体による新型イオン伝導体の創製」、科学研究費助成事業特別推進研究「化学機械応力に立脚する革新的な高性能触媒の創生」等の一環として、実施されたものである。

用語説明

[用語1] 酸化物イオン伝導体 : 外部電場を印加したとき酸化物イオンが伝導する物質を酸化物イオン伝導体という。酸化物イオン伝導体を酸素イオン伝導体とも呼ぶ。酸化物イオン伝導体には純酸化物イオン伝導体や酸化物イオン-電子混合伝導体などがある。

[用語2] 固体酸化物形燃料電池 : 固体酸化物形燃料電池(SOFC、Solid Oxide Fuel Cell)は電解質に固体を用いた燃料電池。電極、電解質含め発電素子中に液体を使用せず、全て固体で構成される。高温で動作するため、白金などの高価な触媒が不要である。現在知られている燃料電池の形態では最も高い温度で稼働し、単独の発電装置としては最も発電効率が高い。SOFCには固体電解質に酸化物イオン伝導体を用いる酸化物イオン伝導型とプロトン伝導体を用いるプロトン伝導型の2種類が存在する。

[用語3] 結晶構造、YSZ、LSGM : 原子の配列が並進周期性を持つ物質が狭義の結晶であり、シャープな回折ピークを示す物質として広義の結晶が定義される。結晶中の原子配列を結晶構造という。結晶構造は空間群(原子配列の対称性)、格子定数(単位胞の大きさと形)、原子座標(単位胞における原子の位置)などによって記述される。高い酸化物イオン伝導度は、蛍石型構造やペロブスカイト型構造など、特定の結晶構造を持つ物質で発現する。例えばYSZは蛍石型構造を、LSGMはペロブスカイト型構造(用語4)を有する。YSZはイットリア安定化ジルコニア(Yttria Stabilized Zirconia)の略語で、Zr1−xYxO2−x/2固溶体(xは0.14~0.24)である。SOFCの固体電解質、酸素センサーなどとして利用されている。 また、LSGMはSrとMgを添加したガリウム酸ランタンLaGaO3である。
LSGMの化学式はLa1-xSrxGa1−yMgyO3−x/2−y/2である。YSZよりLSGMの酸化物イオン伝導度が高い。

[用語4] Dion-Jacobson相、層状ペロブスカイト、ペロブスカイト : A'An−lMnX3n+1で表され、CsCl型のA'Xとペロブスカイト類似An−lMnX3n層が積層した構造を有する物質をDion-Jacobson相という。ここで、A'はCs+やLi+のようなアルカリ金属イオンであり、AはCa2+、La3+、Bi3+などの2価もしくは3価の陽イオンである。MはTi4+、Nb5+、Ta5+などの遷移金属陽イオンであり、Xは陰イオンである。nは積層するペロブスカイト層の数を意味する。Dion-Jacobson相は多彩な物性を示すことから、幅広い応用が期待される。理想的な立方AMX3ペロブスカイトの結晶構造では、例えば、A陽イオンが立方の単位胞の隅にあり、M陽イオンが単位胞の中心にあり、陰イオンXが単位胞の面心にある(図6a)。

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図6. (a)立方ペロブスカイト型AMX3および(b)n=3のDion-Jacobson相A'An−lMnX3n+1=A'A2M3X10の一例A'A2M1(M2)2X10の結晶構造。

図6.
(a)立方ペロブスカイト型AMX3および(b)n=3のDion-Jacobson相A'An−lMnX3n+1=A'A2M3X10の一例
A'A2M1(M2)2X10の結晶構造。

ペロブスカイト層あるいはペロブスカイト類似層を含む積層した構造を持つ物質を層状ペロブスカイトという。Dion-Jacobson相は層状ペロブスカイトの一種である。図6bにn=3のDion-Jacobson相A'An−lMnX3n+1=A'A2M3X10の一例A'A2M1 (M2) 2X10の結晶構造を示す。CsCl型A'X層とペロブスカイト類似A2 (M1) (M2) 2X9層が積層した構造を有する。ペロブスカイト類似A2 (M1) (M2) 2X10層がA'層により区切られているというのが、もう一つの見方である。本研究で優れた酸化物イオン伝導体であることがわかったCsBi2Ti2NbO10−δn=3,A'=Cs,A=Bi,M1=Ti0.804Nb0.196M2=Ti0.598Nb0.402X=OのDion-Jacobson相であり、結晶構造を図6bに示す。

[用語5] 結合原子価法 : 物質中の原子間距離と経験的なパラメーターを使い、対象イオンの価数(酸化数)、構造の安定性やテストイオンのエネルギーを計算する方法。イオンが単位胞を横切って移動するときのエネルギー障壁も見積もることができる。単純な式で計算するため、数多くの化合物や組成に対するエネルギー障壁を計算し、新型イオン伝導体の候補をスクリーニングすることにも利用できる。

[用語6] 酸素空孔 : 結晶中の原子が存在する席(サイト)で原子が欠けているところを空孔と呼ぶ。酸化物イオンの拡散は、酸素空孔により起こる場合が多い。例えばYSZ、Zr1−xYxO2−x/2固溶体では酸素空孔□がx/2存在しており、化学式をZr1−xYxO2−x/2x/2のように書くことができる。

[用語7] 中性子回折実験 : 数~数十Åの周期で原子が規則的に配列する結晶は、X線や中性子によって回折現象を起こす。得られる回折データは、結晶構造の情報を含んでおり、解析することで結晶内の原子配列などを明らかにすることができる。X線は電子により散乱されるので、重元素のコントラストが高い。中性子では重元素と酸素などの軽元素の両方を含む物質における軽元素のコントラストが相対的に高いので、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。CsBi2Ti2NbO10−δでは酸素原子の占有率、位置と熱振動を正確に調べるのに威力を発揮した。

[用語8] リートベルト法 : 粉末回折データを用いて、結晶学パラメータ(格子定数、原子座標、占有率、原子変位パラメータ等)を精密化する手法。

[用語9] 大強度陽子加速器施設J-PARC : J-PARCは、高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。SuperHRPDが設置されているJ-PARCの物質・生命科学実験施設MLFでは、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。

[用語10] 酸素濃淡電池 : 酸素分圧の差によって生じる起電力を用いて、全電気伝導度σtotのうち酸化物イオン伝導度σO2−の割合(輸率)σO2−/σtotを見積もる手法の一つである。

[用語11] 最大エントロピー法(Maximum-Entropy Method、MEM)、中性子散乱長密度分布 : MEMは情報理論の一つで、MEMを使うと、信号のノイズを低減させ、より鮮明な信号にすることができる。計測データの不確かさ(情報エントロピー)が統計的に尤もらしく(最大に)なるように推定する方法である。リートベルト解析により得られた構造因子に対してMEMを適用すると、中性子散乱長密度分布が得られる。中性子散乱長密度分布とは原子核の密度分布に中性子の原子散乱能(中性子散乱長)を掛けたものである。本研究では、高温973Kにおける中性子散乱長密度分布をMEMで調べ、酸化物イオンの熱振動と拡散を研究した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications(IF = 11.880, Nature Publishing Group)11巻、論文番号1224、2020年。
論文タイトル :
Oxide-Ion Conduction in the Dion-Jacobson Phase CsBi2Ti2NbO10−δ(Dion-Jacobson相CsBi2Ti2NbO10−δの酸化物イオン伝導)
著者 :
Wenrui Zhang(張文鋭 博士後期課程3年、東工大)、Kotaro Fujii(藤井孝太郎 助教、東工大)、Eiki Niwa(丹羽栄貴 特任助教、東工大[研究を実施した当時の所属])、Masato Hagihala(萩原雅人 特別助教、KEK)、Takashi Kamiyama(神山崇 教授、KEK)、Masatomo Yashima(八島正知 教授、東工大、論文問い合わせ先・責任著者)
DOI :
10.1038/s41467-020-15043-z Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 八島正知

E-mail : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2225 / Fax : 03-5734-2225

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構

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E-mail : press@kek.jp
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Tel : 029-284-4578 / Fax : 029-284-4571

伊藤繁和准教授が2019年度日本中間子科学会奨励賞を受賞

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊藤繁和准教授が2019年度の日本中間子科学会奨励賞を受賞したと日本中間子科学会が3月9日、発表しました。同学会によると、奨励賞は「中間子科学の発展に貢献しうる優秀な論文を発表した会員」に対して授与し、その功績を称えることを目的としています。

授賞式および記念講演は、3月16日、日本中間子科学会総会で行われる予定でしたが、新型コロナウイルスのため延期になりました。

同学会によると、受賞テーマと受賞理由は次の通りです。

受賞テーマ

ジホスファシクロブタンビラジカルへのミュオニウム付加反応の解明

受賞理由

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リン複素環とミュオンの相互作用を示すスペクトルとそのモデル

リン複素環とミュオンの相互作用を示すスペクトルと
そのモデル

μSR(ミューエスアール)法は物性物理の分野では標準的な磁気測定法と認知されているが、化学分野において化学反応の詳細を知るためのプローブとして使う研究例は未だに非常に限られている。伊藤氏は物性有機化学、有機合成化学を専門とし、高周期典型元素(P、Si、Sなど)の特性を活かした有機化合物の合成、および、機能性物質の開発研究を進めてきた。その中で、リン複素環一重項ビラジカルは、p型有機電界効果トランジスタを作成できるなどの機能を持つことを見出した。その起源はリン複素環(4員環)部位に存在する2つのラジカル電子に由来しており、その性質の解明にはラジカル反応の利用が有効と考えられるが、複雑な後続反応が起こるために解析が困難であった。そこで、伊藤氏はμSR法に注目し、室温で安定であり半導体特性を示すジホスファアシクロブタジエン誘導体ビラジカルへのミュオニウム付加反応の解析に取り組んだ。ミュオン準位交差共鳴法(μLCR)実験により、2 kG 付近にμLCR 信号を見出し、第一原理(DFT)計算を併用することにより、リン複素環部位のリン原子へのミュオニウム付加が起こることを明らかにした。その後も、類縁化合物への展開を進めている。本研究は、有機合成化学分野の研究者が始めたミュオン科学への独自の取り組みであり、新しいラジカル反応を同定するなどの成果を上げていることから、2019年度の奨励賞にふさわしい業績として認められる。また、有機合成化学の研究者向けに執筆された総説記事もミュオン科学の普及のための活動として評価される。

伊藤繁和准教授のコメント

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伊藤繁和准教授

伊藤繁和准教授

加速器から産み出されるミュオンは、スピンの向きが揃った軽い陽子に相当する素粒子で、通常は観測が極めて難しい有機分子へのラジカル付加反応をみることができます。6年ほど前に私は、今回の研究対象であるリン複素環ビラジカルの特殊な分子構造とそれに由来する省電力半導体特性を解析するためのツールとして、このミュオンをつかう分光法が有効であると考え、門外漢とも言える有機化学の研究者でありながら、ミュオンをつかった研究に挑もうと決意しました。優秀な共同研究者と加速器施設スタッフの多大なサポート、そしてたくさんの先生方から激励をいただき、研究の過程で遭遇した困難にも打ち勝って、着手してから4年目に無事論文発表をすることができました。今回、大変光栄なことに日本中間子科学会奨励賞をいただけることになりましたが、これまでお世話になった方々のおかげであり、厚く御礼申し上げます。今回の受賞を励みとして、今後、有機化学と素粒子科学を組みあわせて新しい物質創成研究を進めていきたいと考えています。

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お問い合わせ先

伊藤繁和

Tel : 03-5734-2143

E-mail : ito.s.ao@m.titech.ac.jp

マイクロ波を効果的に利用できる薄膜構造を発見 酸化鉄電極による水の酸化反応促進機構を解明

要点

  • 高効率・省エネルギーのマイクロ波で酸化鉄電極による水の電気分解を促進
  • 反応性の高い酸化鉄の粒子間にマイクロ波が集中すること発見
  • 酸化鉄粒子の間に蓄積した正孔[用語1]とマイクロ波の相互作用で反応促進

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の松久将之大学院生、岸本史直氏(現東京大学・日本学術振興会特別研究員SPD)、椿俊太郎助教、和田雄二教授らのグループは、同大学同系の清水亮太助教、一杉太郎教授、産業技術総合研究所物理計測標準研究部門の堀部雅弘研究グループ長らとともに、身近な電子レンジに用いられるマイクロ波[用語2]を用いて酸化鉄(α-Fe2O3)電極による水の酸化反応が促進する機構を明らかにした。

電着法[用語3]パルスレーザー堆積法(PLD)[用語4]という異なる二つの手法で作製した酸化鉄薄膜を電極に使用することにより、マイクロ波による水の酸化反応促進を最適化する酸化鉄薄膜の構造を明らかにした。

さらに走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)[用語5]を用いることにより、電着法で作製した薄膜において、酸化鉄粒子の間の空隙・接触部分にマイクロ波が集中し、反応促進効果がより大きくなることも発見した。

遠隔で直接、物質と相互作用するマイクロ波のエネルギーを触媒反応に効果的に利用できる指針が得られたことにより、今後の触媒反応の省エネルギー化が期待できる。

研究成果は3月2日付けで米国化学会の「The Journal of Physical Chemistry C(ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリー)」に掲載された。

背景

マイクロ波は電磁波の一種である。電子レンジに用いられるように、物質に直接作用し、様々なものを短時間で温めることができる。マイクロ波を固体触媒反応に応用することで、触媒に効率的にエネルギーが投入され、その結果、触媒反応の促進効果が現れる。

これまでの様々な論文で、マイクロ波による触媒反応の促進効果が報告されているが、なぜマイクロ波によって反応促進が生じるのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。

たとえば、同じ化合物を用いて反応をしても、サンプルの形状や酸化状態の微妙な違いによって加熱特性や反応促進の程度、また反応生成物が変化してしまい、反応の精密な制御が困難だった。マイクロ波照射下で反応促進を能動的に操作するためには、精密な材料設計に基づいた触媒による反応促進機構の解明が求められる。

和田教授らの研究グループは触媒反応素過程として重要な電子移動過程[用語6]について、マイクロ波による加速効果が生じることを見出した。たとえば、硫化カドミウムから電子受容体[用語7]への光誘起電子移動反応[用語8]では、硫化カドミウムの蛍光光度測定により、マイクロ波によって電子移動過程が加速されていることを証明した[参考文献1]

また、ニッケル粒子による有機分子の還元反応においても、反応生成物の分光測定から、マイクロ波照射によって電子移動過程が加速していることがわかった[参考文献2]。しかしながら、生成物の定量による間接的な測定ではなく、直接的に電子移動を定量できる系が必要だった。

研究のアプローチ

今回の研究では、電着法とパルスレーザー堆積(PLD)法によりTiO2(二酸化チタン)基板上に堆積状態の異なる酸化鉄(α-Fe2O3)薄膜を作製(図1左)し、薄膜の性状の違いがマイクロ波の応答性に及ぼす影響を検証した。マイクロ波照射下で電子移動を直接観測することができるin situ(その場で)[用語9]電気化学測定システムを用いて、酸化鉄電極を用いた水の電気化学的酸化反応を観察した。

研究成果

酸化鉄電極による水の酸化反応中に、マイクロ波をパルス照射したところ、2種の電極でマイクロ波照射直後に電流値が急峻に増大した(図1右)。これは、マイクロ波によって、水の酸化反応が瞬間的に加速されていることを示している。さらに、電着法による酸化鉄微粒子が堆積された薄膜は、PLD法で作製した表面が平滑な薄膜と比較して、マイクロ波を照射した場合に1.89倍の大きな反応加速が生じた。

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図1. モデル反応(マイクロ波照射下における酸化鉄電極による水の酸化反応)と電着法(上)、PLD法(下)で作製した酸化鉄電極の水の酸化電流プロファイル

図1. モデル反応(マイクロ波照射下における酸化鉄電極による水の酸化反応)と電着法(上)、PLD法(下)で作製した酸化鉄電極の水の酸化電流プロファイル

そこで、電着法で作製した薄膜とPLD法で作製した薄膜において、マイクロ波による反応促進の程度が異なる要因を調べるため、走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)を用いて、サブミクロンスケールの局所領域のマイクロ波吸収特性を評価した(図2)。電着法で作製した酸化鉄微粒子の多い薄膜では、形状像で粒子間において、大きなマイクロ波吸収が生じていることが分かった。一方で、PLD法で作製した平坦な薄膜では、局所的なマイクロ波吸収は見られなかった。これらの結果より、マイクロ波促進効果は、反応場となる固体表面の酸化鉄粒子の空隙・接触部分におけるマイクロ波吸収の増大によって引き起こされると結論した。

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図2. 走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)法による局所領域のマイクロ波吸収特性の評価

図2. 走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)法による局所領域のマイクロ波吸収特性の評価

今後の展開

今後は、固体触媒の性状・材料を変えて探索することで、より効果的にマイクロ波エネルギーを利用できる触媒構造を体系的に理解できると考えられる。今回の研究成果により、機構の理解が進めば、マイクロ波のエネルギーを有効に利用できる触媒設計の指針が得られ、あらゆる触媒反応を簡便に遠隔で促進できると期待される。

付記

今回の研究は、科学研究費補助金 基盤研究(S)17H06156「マイクロ波誘起非平衡状態の学理とその固体・界面化学反応制御法への応用展開」の成果である。

参考文献

[参考文献1] Kishimoto, F. et. al., Scientific Reports, 2015, 5, 11308

[参考文献2] Kishimoto, F. et. al., The Journal of Physical Chemistry Letters, 2019, 10, 12, 3390-3394

用語説明

[用語1] 正孔 : 半導体において、電子で満たされているべき部分の電子が不足している状態。相対的に正の電荷をもっているように見え、電子が移動することで、電子と逆方向に移動できる。

[用語2] マイクロ波 : 周波数が300 MHz~300 GHzの帯域の電磁波の一種。2.45 GHzは電子レンジやWi-Fiで利用される。

[用語3] 電着法 : 電極に+もしくは-の電圧をかけることで、電極表面に目的物質を簡便に析出させる手法。

[用語4] パルスレーザー堆積法(PLD) : 物理気相蒸着法の一種であり、高エネルギー密度のレーザーをターゲットにあて、物質を蒸発させて基板まで飛ばし、薄膜を堆積させる手法。

[用語5] 走査型マイクロ波顕微鏡(SMM) : 試料表面を走査する探針からマイクロ波を局所領域に照射して、その反射応答を計測することで、特に半導体の場合にはキャリア濃度に相関した信号を得る手法。

[用語6] 電子移動過程 : 酸化・還元反応中で電子が分子間もしくは分子内を移動する最も基本的な過程。酸化・還元反応は工業的に重要であり、電子移動はその根幹を成す素反応過程である。

[用語7] 電子受容体 : 酸化・還元反応において、電子をもらう分子。

[用語8] 光誘起電子移動反応 : 熱力学的に電子移動が起こらず、光エネルギーを用いることによって電子移動が起こる反応。

[用語9] in situ : ラテン語で「その場で」という意味。マイクロ波照射下での化学反応中に、各種分析を行うことをin situ分析と記載している。

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Physical Chemistry C
論文タイトル :
Hole Accumulation at the Grain Boundary Enhances Water Oxidation at α-Fe2O3 Electrodes under Microwave Electric Field
著者 :
Masayuki Matsuhisa, Shuntaro Tsubaki, Fuminao Kishimoto, Satoshi Fujii, Iku Hirano, Masahiro Horibe, Eiichi Suzuki, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, Yuji Wada
DOI :
10.1021/acs.jpcc.9b11179 Image may be NSFW.
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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 和田雄二

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

3月25日 16:55 プレスリリース(PDF)内の誤字の修正および、関連リンクの追加を行いました。

放送大学『特別講義』に吉田尚弘教授が出演

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系教授で地球生命研究所(ELSI)主任研究者の吉田尚弘教授が、4月10日放送予定の放送大学『特別講義』に出演します。

「分子の履歴を読み解く~地球環境の指標・アイソトポマー~」と題し、アイソトポマーと呼ばれる同位体分子種を計測・解析することで、地球環境のさまざまな物質の起源を探る吉田教授の研究が紹介されます。

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吉田教授(左)と聞き手の岩田まこ都さん(右)

吉田教授(左)と聞き手の岩田まこ都さん(右)

計測方法が新たに開発されて、環境中の分子・化合物は「履歴書を持っている」ということが明らかになりました。その履歴書は、アイソトポマーと呼ばれる、一つの化学種を構成する多数の同位体分子種にあります。
例えば、二酸化炭素(CO2)には、2種類の炭素の安定同位体(12C、13C)と3種類の酸素の安定同位体(16O、17O、18O)の組み合わせにより、12種類のアイソトポマーが存在します。そして、その自然存在比は起源を基にして循環経路によって変化するため、これを観測してCO2の起源や履歴を特定することが可能です。
番組では、この原理を使って、温室効果ガスや環境汚染物質の起源や挙動を追跡することの重要性や、地球や生命の起源の解明を目指した研究などについて解説します。

『特別講義』は、学術、文化、芸能、スポーツなど、各界の第一人者を取材し、多彩な専門の世界を紹介する特別番組です。今回の撮影は大岡山キャンパスで行われ、地球生命研究所(ELSI)や、吉田教授の学生時代にまつわる場所が登場します。

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現在日本で唯一ELSIに設置されているアイソトポマー計測装置

現在日本で唯一ELSIに設置されているアイソトポマー計測装置

吉田教授のコメント

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吉田尚弘教授

全ての元素が同位体の集合体であるように、全ての分子はアイソトポマーの集合体ですが、アイソトポマーはまだ正確に測ることができません。本特別講義は、本学学生当時から挑戦することを夢見てきた、このフロンティア領域の入り口に視聴者の皆様をお連れし、分子の起源から地球環境、地球・生命の起源への応用に誘う「予告編」です。全編キャンパス内の取材で、本学の紹介にもなっています。

番組情報

  • 番組名
    放送大学BS231チャンネル
  •  
    「特別講義 分子の履歴を読み解く~地球環境の指標・アイソトポマー~」
  • 放送予定日
    2020年4月10日(金)20:15 - 21:00(随時再放送予定)

関連リンク

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Email : media@jim.titech.ac.jp
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ジェイテクトと革新的基盤技術共同研究講座を開設

東京工業大学と株式会社ジェイテクトは4月1日、「ジェイテクト革新的基盤技術共同研究講座」を開設しました。

この講座では、高度機構研究及びメカニズム解析とモノづくり工場の根幹を担うスマートモニタリング技術の開発を行います。

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(左から)東工大:岩附工学院長、益学長、株式会社ジェイテクト:林田執行役員研究開発本部長、小林R&Dフェロー

(左から)東工大:岩附工学院長、益学長
株式会社ジェイテクト:林田執行役員研究開発本部長、小林R&Dフェロー

東工大工学院の複数の教員とジェイテクトは、複数テーマの共同研究を2年2ヵ月行ってきており、本講座の開設はこの共同研究を発展させたものです。

本講座では、教員、所属学生、共同研究担当教員が人材育成も図りながら、ジェイテクトが自動車部品・軸受・工作機械で培った基盤技術に東工大の叡智を加味し、日本のものづくりを支える根幹技術の革新に貢献します。

本講座の概要

  • 名称
    ジェイテクト 革新的基盤技術共同研究講座
  • 研究実施場所
    工学院
  • 設置期間
    2020年4月1日(水)~2023年3月31日(金)(3年間)
  • 大学代表者
    岩附信行工学院長
  • 共同研究担当教員
    工学院 機械系 岩附信行教授、武田行生教授、情報通信系 篠崎隆宏准教授
  • 共同研究講座教員
    小林恒特任教授、松浦大輔特任准教授
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 岩附研究室

E-mail : nob@mep.titech.ac.jp

理論計算による新設計法で凝集誘起発光色素の開発に成功 見たい対象だけ光らせる分子イメージング蛍光色素の自在設計

要点

  • 化学反応経路を予測する理論計算により、新規な凝集誘起発光色素を開発
  • 光る分子の設計ではなく、光らない反応経路を持つ分子の探索という逆転の発想
  • 理論計算と情報科学の融合による機能性蛍光色素の設計に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の岩井梨輝大学院生、小西玄一准教授、京都大学 福井謙一記念センターの鈴木聡博士、九州大学、大阪大学、仏ナント大学の研究グループは、化学反応の経路を予測する理論計算の方法を用いて、凝集誘起発光色素(以下、AIE色素)を設計・合成することで、溶液中では消光し、固体状態で100%に近い発光量子収率[用語1]を示す色素の開発に成功しました。

AIE色素は、一般的な蛍光色素と逆に、希薄溶液状態では発光せず、固体・凝集状態で強発光する蛍光色素です。この性質を利用して、センサーや分子イメージングなどへの応用が期待されています。研究グループは、励起状態において大きな構造変化を起こすことが知られている蛍光色素スチルベン[用語2]の二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った橋かけスチルベン[用語3]をモデルにして、溶液中で消光する化学反応経路を持つ分子構造を理論計算により探索しました。見つかった色素分子を実際に合成すると、理論計算の予測通りの機能を示しました。

この理論計算による方法は、従来の経験的な構造設計に代わる、AIE色素の簡便かつ強力な設計法であり、今後、情報科学との融合などにより、目的に適合した機能を持つ色素の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、ドイツ化学会とWiley-VCHの総合化学雑誌『Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)』Web版に3月26日付で公開されました。

研究成果

溶液中で消光し、固体状態で強く発光する凝集誘起発光(AIE)色素は、分子イメージングや固体発光材料への多彩な応用への期待から、その分子設計法の確立が求められてきました。その中でも理論計算を用いる方法は、もっとも簡便かつ迅速ですが、実在系で計算から合成・物性検討まで行った例はほとんど知られていませんでした。

研究グループは、光を照射すると二重結合のまわりで大きな構造変化を起こすことが知られているスチルベン類に注目し、二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った「橋かけスチルベン」をモデルとしました(図1)。橋かけしていないフェニルスチルベンは、溶液中でも固体中でも強く発光します。この分子骨格をAIE色素にするには、励起された分子が溶液中で失活する(蛍光を放射せずに基底状態に戻る)ようにしなければなりません。

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図1. 橋かけスチルベンとその蛍光特性

図1. 橋かけスチルベンとその蛍光特性

この橋かけスチルベンについて、量子化学をベースに化学反応の経路を計算する方法により、ポテンシャルエネルギー曲面[用語4]を算出しました。その曲面の中で、円錐交差(CI)と呼ばれるポテンシャル面の交差点の近くでは失活が起こりやすく、消光の原因となります。そこで、橋かけ部位の長さを変えたスチルベン誘導体について、励起状態の溶液中での性質を計算したところ、橋かけ部位が5および6員環構造の場合(二重結合を強く縛った場合)には、CIが高いため、化学反応は蛍光発光する経路を通るのに対し、7員環構造の場合(二重結合をゆるやかに縛った場合)にはCIが低いため、化学反応の経路がCI付近を経由することから(その付近にねじれた構造の中間体が観察される)分子が失活し、蛍光を放射しないことが予測されました。この結果をエネルギーダイヤグラムで示したものが図2です。

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図2. 反応のエネルギーダイヤグラム

図2. 反応のエネルギーダイヤグラム

実際にそれぞれの構造の分子を合成し、光物理的性質を検討したところ、図1に示すように、7員環化合物(n=7)のみが、AIE特性を示しました。またエネルギーダイヤグラムの各状態と、分子分光法から得られたデータがよく一致したことから、理論計算による光物理過程の予測精度が高いことがわかりました。

さらに、橋かけスチルベン(n=7)は、その量子収率が溶液中で0.4%、固体状態で95%以上と、発光のオン・オフをほぼ完璧に行うことができ、サイズが小さく分析対象の形状や物性に大きな影響を与えない非侵襲性があります。

背景

一般的に、蛍光色素は希薄溶液中で強発光し、固体状態になると蛍光が弱くなるか、消光します。しかし、2001年に香港科技大のタン教授(B. Z. Tang)らが発見し、凝集誘起発光(AIE)色素と名付けた色素は、それと正反対の挙動を示します。このAIE色素は分子イメージングや固体発光材料への応用が期待されています。たとえば、癌細胞に吸着した時のみ発光すれば、バックグラウンドなしで癌細胞の位置を蛍光で示すことができます。この20年間で、様々な種類のAIE色素が開発されてきましたが、サイズが大きくかつ構造が複雑なものが多く、合理的な分子設計法も確立されていませんでした。したがって、求める物性を実現するためには、実際に色素を合成して検討するという試行錯誤の繰り返しが必要でした。

研究の経緯

研究グループはこれまで、様々な機能を有する蛍光色素の開発とその応用を行ってきました[文献1]。2015年に色素の原料合成の副産物として、9,10-ビス(ジメチルアミノ)アントラセンがAIE挙動を示すことを発見しました[文献2]。これは発見当初、1段階で合成可能な高性能色素として注目されました。

その後、この蛍光色素のAIE挙動のメカニズムを、実験と理論計算を用いて調べたところ、従来知られていたAIE色素の分子の作動原理である「回転運動の抑制」ではなく、分子が溶液中において、励起状態で劇的な構造変化を起こして失活し、基底状態に戻ることを発見しました。具体的には、ポテンシャルエネルギー曲面の円錐交差(CI)が安定化されるため、反応経路がその近傍を経由して、分子が失活します[文献3]。研究グループでは、この化学反応経路を探索する理論計算によって、分子の発光・消光を予測できるはずだと考えました。本研究では、この理論計算によってAIE色素を設計して、分子を合成し、機能の検証を行いました。

今後の展開

今回の研究では、化学反応経路を探索する方法による、AIE色素の合理的な設計が可能なことを実証しました。反応経路自動探索手法や、情報科学の手法(AIも含む)と融合することにより、求める機能を発揮するAIE色素の開発が迅速に行える時代が到来すると期待されます。また本研究は、反応速度が速く、分光学的に追跡することが難しい内部転換(内部変換)[用語5]における分子の挙動を、理論計算によって解明したものであり、基礎研究の観点からも興味深いものです。さらに、AIEの性質には、励起された分子が溶液中で失活する反応経路が重要な役割を果たしていることが確認できました。

今回用いた設計手法は、AIE色素だけでなく、様々な発光材料の設計や光物理過程の予測・解析に役立ちます。今後の研究では、AIE色素の発光原理の確立を目指しています。同時に、国際共同研究を通して、AIE色素を応用した材料開発を展開していく予定です。

用語説明

[用語1] 発光量子収率 : 分子が1個の光子を吸収した時、光子が蛍光として放出される確率。

[用語2] スチルベン : ベンゼン環が二重結合で連結された分子。Stilbeneの名は、ギリシャ語のstilbein(光ること)に由来する。ここでは、トランス型のスチルベンを扱っている。

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スチルベン

[用語3] 橋かけスチルベン : 図1に示すように、二重結合まわりを炭化水素鎖でしばった構造を「橋かけ」と名付けた。

[用語4] ポテンシャルエネルギー曲面 : ある特定のパラメータに対して系のエネルギーを表したもの。分子構造と化学反応のダイナミクスの解析を行うことができる。

[用語5] 内部転換(内部変換) : 分子や原子の高エネルギー準位から低エネルギー準位への遷移のことであり、本研究では励起1重項から基底1重項への遷移を扱っている。

本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「π造形科学」「ソフトクリスタル」および日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)などの支援により行われました。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Bridged Stilbenes: AIEgens Designed via a Simple Strategy to Control the Non-radiative Decay Pathway(橋かけスチルベン:無輻射失活経路の制御に着目した凝集誘起発光色素のシンプルな設計戦略)
著者 :
Riki Iwai, Satoshi Suzuki, Shunsuke Sasaki, Amir Sharidan Sairi, Kazunobu Igawa, Tomoyoshi Suenobu, Keiji Morokuma, Gen-ichi Konishi
DOI :
10.1002/anie.202000943 Image may be NSFW.
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参考文献

[文献1] S. Sasaki, G. P. C. Drummen, G. Konishi, J. Mater. Chem. C 2016, 4, 2731. Open Access [DOI: 10.1039/C5TC03933A Image may be NSFW.
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[文献2] S. Sasaki, K. Igawa, G. Konishi, J. Mater. Chem. C 2015, 3, 5940. Open Access [DOI: 10.1039/C5TC00946D Image may be NSFW.
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[文献3] S. Sasaki, S. Suzuki, S. W. C. Sameera, K. Igawa, K. Morokuma, G. Konishi, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8194. [DOI: 10.1021/jacs.6b03749 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

准教授 小西玄一

E-mail : konishi.g.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2321 / Fax : 03-5734-2888

京都大学 福井謙一記念研究センター

博士 鈴木聡

E-mail : suzuki.satoshi.8v@kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-711-7708 / Fax : 075-781-4757

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東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

E-mail : comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-5729 / Fax : 075-753-2094

コバルト酸鉛のスピン状態転移、電荷移動転移を発見 負熱膨張材料などへの応用に期待

要点

  • 特異な電荷分布を持つペロブスカイト型酸化物コバルト酸鉛
  • 圧力の印加でスピン状態転移と電荷移動転移が生じることを発見
  • 同時に体積収縮を観測、新規負熱膨張材料への期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、Zhao Pan(ザオ パン)研究員らの研究グループは、「Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3」という他に例のない電荷分布[用語1]を持つペロブスカイト型[用語2]酸化物コバルト酸鉛(PbCoO3)に圧力を印加すると、スピン状態転移[用語3]電荷移動転移[用語4]を生じることを発見した。

この際に体積の連続な収縮も観測されており、実用面では新しい負熱膨張材料[用語5]につながることが期待される。

東教授らは2017年に世界で初めてPbCoO3の合成に成功している。今回の研究成果により、学術はもとより、産業分野でも負熱膨張材料だけでなく新素材として、さまざまな分野での活用につながるものとみられる。

研究成果は2月21日付で米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(ジャーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサイエティー)」オンライン版に掲載された。

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本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト。同図はJournal of the American Chemical Societyの「Supplementary Cover Art」に選出された。

本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト。
同図はJournal of the American Chemical Societyの「Supplementary Cover Art」に選出された。

研究グループには東工大の西久保匠、石崎颯人、山本樹、福田真幸、大橋孔太郎、松野夏奈各大学院生、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹次長、町田晃彦上席研究員、高輝度光科学研究センターの河口沙織研究員、台湾國家同歩輻射研究中心の石井啓文助理研究員、陳錦明研究員、何樹智助理研究員、に加え、中国科学院物理研究所、独国マックスプランク研究所、仏国放射光施設SOLEIL、英国エジンバラ大学が参画した。

背景

ペロブスカイト型酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。こうした機能は、3d遷移金属[用語6]が担っており、その価数やスピン状態によって変化する。しかしながら、スピン状態と価数の両方が変化する物質は非常に希(まれ)である。

東教授らは2017年にPbCoO3が図1のPb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3(平均価数はPb3.5+Co2.5+O3)という特殊な電荷分布を持つ新しい化合物であることを発見している。

Co2+d軌道[用語7]の7つの電子が持つスピンのうち、5つが平行、2つがそれらに反平行に揃った、高スピンという状態を持っているため、差し引き電子3つ分の磁化を持つ。それに対し、Co3+は6つの電子のスピンが3つずつ上向き、下向きになっているため、磁化を持たない。

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図1. PbCoO3(Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3)の結晶構造

図1. PbCoO3(Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3)の結晶構造

研究成果

今回の研究では、Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3の電荷分布と高スピンのCo2+を持つPbCoO3の圧力下の振る舞いを、大型放射光施設SPring-8[用語8]のビームラインBL12XUでのX線発光分光実験[用語9]高分解能X線吸収分光実験[用語10]、そしてBL22XUでの放射光X線粉末回折実験[用語11]によって詳細に調べた。

その結果、15GPa(ギガパスカル)までの圧力で、高スピン状態のCo2+が、上向きスピン4つ、下向きスピン3つの低スピン状態へと変化し、さらに30GPaまでの間にPb4+とCo2+の間で電荷の移動が起こり、Pb2+0.5Pb4+0.5Co3+O3の電荷分布へと変化することがわかった。高スピン状態から低スピン状態への変化でも、Co2+からCo3+への変化でも、イオン半径が収縮するため、体積の減少が起こる(図2)。

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図2. PbCoO3(Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3)の単位格子体積の印加圧力による変化。スピン状態変化、電荷移動転移に伴って、不連続な収縮が観測される。

図2.
PbCoO3(Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3)の単位格子体積の印加圧力による変化。スピン状態変化、電荷移動転移に伴って、不連続な収縮が観測される。

今後の展開

PbCoO3では、圧力を印加することにより、いずれも体積の減少に繋がるCo2+の高スピン状態から低スピン状態への転移と、Pb4+とCo2+の間の電荷移動が起こることが確認できた。今後、PbCoO3に化学置換を施すことで、こうした変化を温度の上昇によって引き起こすことができれば、半導体製造装置のような高精度な位置決めが求められる場面において、熱膨張によるずれを抑制できる負熱膨張の発現も期待される。

用語説明

[用語1] 電荷分布 : 鉛は2価と4価、コバルトは2価、3価、4価を取ることができる。それらの価数の組み合わせ。

[用語2] ペロブスカイト型 : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語3] スピン状態転移 : イオンが持つ電子の総数は変わらないが、上向きの電子スピン(電子が持つ小さな磁石)と下向きの電子スピンの数が変化することで、磁気モーメントやイオン半径が変化すること。

[用語4] 電荷移動転移 : 二つのイオンの間で電子の受け渡しが生じ、それぞれの価数が増減すること。

[用語5] 負熱膨張材料 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、熱膨張の効果を打ち消すことができる(ゼロ熱膨張)材料を開発する上で重要である。

[用語6] 3d遷移金属 : 元素周期表の第4周期、スカンジウム(Sc)から銅(Cu)までの金属元素。複数の価数のイオンになることができ、磁性や電気伝導などの機能をもたらす。

[用語7] d軌道 : 内側から3番目の電子軌道。遷移金属元素はs軌道、p軌道がそれぞれ2つ、6つの電子で埋まっており、d軌道を占有する電子の数で性質が変化する。

[用語8] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
BL12XUは固体の電子状態を10~1,000 meVのエネルギー分解能のX線非弾性散乱により研究、BL22XUは硬X線アンジュレータビームライン。

[用語9] X線発光分光実験 : 物質の電子状態を調べる方法。放射光X線を試料に照射して内殻電子を外核状態に励起し、その励起状態が緩和する際に放射されるX線を分光することで、結合状態やスピン状態に関する情報を得る。

[用語10] 高分解能X線吸収分光実験 : X線発光分光とX線吸収実験を組み合わせて行うことにより従来の一般的に行われているX線吸収実験よりも高エネルギー分解能なX線吸収スペクトルを得る実験手法。高分解のスペクトルを測定することで、より詳細に物質のイオンの価数や配位状態等の電子状態に関する情報を調べることが可能。

[用語11] 放射光X線粉末回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折X線の角度と強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

付記

本研究は中国科学院物理研究所のZhehong Liu(ゼホン リウ)、Wenmin Li(ウエンミン リー)、Ying Liu(イン リウ)、Xubin Ye(ゾクヒン イエ)、Shijun Qin(シジュン チン)大学院生、Changqing Jin(チャンチン ジン)教授、Youwen Long(ユーエン ロン)教授、独国マックスプランク研究所のStefano Agrestini(ステファノ アグレスティーニ)博士、Kai Chen(カイ チェン)博士、仏国放射光施設SOLEILのFrancois Baudelet(フランソワ ボーデ)博士、英国エジンバラ大学のAngel M. Arevalo-Lopez(エンジェル アルベロ ロペス)博士、J. Paul Attfield(ポール アットフィールド)教授との共同で行われた。

本研究の一部は、地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー・東正樹)との共同研究であり、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究(S)「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表・東正樹東京工業大学教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也東京工業大学教授)、東京工業大学科学技術創成研究院World Research Hub Initiative(WRHI)プログラムの助成を受けて行った。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society, 139 (2020)
論文タイトル :
Sequential Spin State Transition and Intermetallic Charge Transfer in PbCoO3
著者 :
Zhehong Liu, Yuki Sakai, Junye Yang, Wenmin Li, Ying Liu, Xubin Ye, Shijun Qin, Jinming Chen, Stefano Agrestini, Kai Chen, Sheng-Chieh Liao, Shu-Chih Haw, Francois Baudelet, Hirofumi Ishii, Takumi Nishikubo, Hayato Ishizaki, Tatsuru Yamamoto, Zhao Pan, Masayuki Fukuda, Kotaro Ohashi, Kana Matsuno, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Saori I. Kawaguchi, Angel M. Arevalo-Lopez, Changqing Jin, Zhiwei Hu, J. Paul Attfield, Masaki Azuma & Youwen Long.
DOI :
10.1021/jacs.9b13508 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315、080-4402-5315/Fax : 045-924-5318

神奈川県立産業技術総合研究所 有望シーズ展開事業

常勤研究員 酒井雄樹

E-mail : yukisakai@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5342/Fax : 045-924-5318

高輝度光科学研究センター

研究員 河口沙織

E-mail : sao.kawaguchi@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802(内線3849)/Fax : 0791-58-0830

量子科学技術研究開発機構
量子ビーム科学部門 放射光科学研究センター

次長 綿貫徹

E-mail : watanuki.tetsu@qst.go.jp
Tel : 0791-58-2629/Fax : 0791-58-0311

台湾國家同歩輻射研究中心
SPring-8台湾ビームライン事務所

助理研究員 石井啓文

E-mail : h_ishii@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-1867/Fax : 0791-58-1868

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975/Fax : 03-5734-3661

量子科学技術研究開発機構 経営企画部 広報課

E-mail : info@qst.go.jp
Tel : 043-206-3026/Fax : 043-206-4062

有望シーズ展開事業に関すること

神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部

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酵母プリオンタンパク質のアミロイド線維形成を直接観察 関連する病態の解明など多様な波及効果に期待

要点

  • タンパク質異常のアミロイド線維は多くの病気に関係するが、仕組みが不明
  • 出芽酵母のアミロイドタンパク質のアミロイド線維形成の観察に成功
  • アミロイド線維が関わる病態の解明などさまざまな展開が期待される

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の奥田桃子大学院生(研究当時博士後期課程3年)、田口英樹教授および金沢大学ナノ生命科学研究所の紺野宏記准教授、中山隆宏准教授、安藤敏夫特任教授らの研究グループは、出芽酵母のプリオン[用語1]タンパク質が多量体やアミロイド線維[用語2]を形成する状況の観察に成功し、今まで不明だったアミロイド線維形成メカニズムの一端を解明することに成功した。

生命活動はタンパク質の機能によって成り立っている。タンパク質は特定の形を形成して働くのが基本だが、老化などの原因で異常な立体構造になることがある。異常構造の一つは「アミロイド」という線維状のタンパク質で多くの病気に関係することが分かっているが、どのような仕組みで線維ができていくのかについて、これまではよく分かっていなかった。

同グループは高速原子間力顕微鏡(高速AFM)[用語3]を用いて、出芽酵母のプリオンタンパク質がアミロイド線維を形成する状況を直接観察した結果、プリオンタンパク質の単量体が立体構造を取らない状態でアミロイド線維末端に結合してからアミロイド線維が伸びることを示唆する結果を得た。

この成果はアミロイド線維というタンパク質の異常状態ができるメカニズムの解明に貢献するとともに、クロイツフェルト・ヤコブ病[用語4]や狂牛病といったプリオン病、アルツハイマー病などアミロイド線維が関わる病気に関する病態解明などさまざまな波及効果が期待できる。

研究成果は3月23日付の「米国科学アカデミー紀要」電子版に掲載された。

背景

生命現象を担うタンパク質はアミノ酸が数珠状につながった鎖である。鎖が特定の形(立体構造)を形成して機能を発揮するのがタンパク質の基本だが、近年、立体構造を形成しない状態(天然変性状態[用語5])のままでも機能する場合があること、いったん形成したタンパク質の立体構造がアミロイドという線維状の異常な凝集状態に変化する場合があることが分かってきた。

アミロイド線維はアルツハイマー病、クロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病などで知られるプリオンなどに代表される多くの神経変性疾患から見つかってきたが、病気に関係しないアミロイド線維も知られている。その一例が、酵母プリオンタンパク質が形成するアミロイド線維である。

パンやビールなどを作る際に使われる出芽酵母は生命科学研究のモデル生物の一つで多くの研究がなされている。出芽酵母の中にアミロイドを形成するタンパク質が10種類以上見つかっており、酵母プリオンタンパク質と呼ばれている。哺乳類よりも単純な単細胞生物でのプリオン研究はアミロイドやプリオンのよいモデルとしてこれまで多くの研究が進められてきたが、アミロイド線維がどのように伸びていくのかに関して詳細な分子機構は不明のままだった。

研究成果

同研究グループは酵母プリオンタンパク質がどのようにアミロイド線維を形成するかを、代表的な酵母プリオンタンパク質である「Sup35」で研究した。線維形成の観察は高速原子間力顕微鏡(高速AFM)というタンパク質一個一個の動きを直接捉えることが可能な装置で行った。その結果、酵母プリオンタンパク質が形成する多量体の動態やアミロイド線維の伸長の様子を、0.05秒程度の時間分解能かつ0.1 nm(ナノメートル)程度の空間分解能で観察することに成功した(図1)。

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図1.酵母プリオンタンパク質が形成するアミロイド線維が伸びる様子の高速AFM観察

図1.酵母プリオンタンパク質が形成するアミロイド線維が伸びる様子の高速AFM観察


A. 高速AFMで観察した酵母プリオンタンパク質Sup35のアミロイド伸長の様子。600秒おきに観察。
B. Aの点線で囲った1の領域のみを抜き出して、より高い時間分解能で観察したスナップショット。白色の矢頭は線維が分断した部分を示す。
C. Aの点線で囲った2の領域を抜き出して、時間ごとに並べた図。黒色の矢頭は線維が分断した部分を示す。

さらに、アミロイド線維が伸びる際に、立体構造を形成していない天然変性状態のタンパク質が線維末端に結合してからアミロイドになることを示唆する結果を得た。これらを総合して、酵母プリオンタンパク質がどのようなメカニズムで多量体やアミロイド線維を形成するのかについての新たなモデルを提案した(図2)。

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図2.酵母プリオンタンパク質が作る多量体とアミロイド線維の形成機構のモデル

図2.酵母プリオンタンパク質が作る多量体とアミロイド線維の形成機構のモデル


単量体(赤)は直径約1.7 nmの多量体を経て直径約3~4 nmの多量体になる。その一方、単量体は天然変性状態でアミロイド線維(青)の末端に結合したのちに構造変換して線維の一部となり、線維が伸長する(オレンジ)。

今後の展開

アミロイド線維が関わる病気は先に挙げたアルツハイマー病やクロイツフェルト・ヤコブ病以外にも多岐にわたる。これらアミロイド線維が関わる病気についてこれまで多くの研究がなされてきたが、現状では根本的な治療薬がなかった。その理由の一つとして、アミロイド線維の形成機構がいまだに十分分かっていないことが挙げられる。

今回の研究は、アミロイド線維になる前のタンパク質がどのような状態にあるのかについての新たな知見を含んでいる。このため、アミロイド線維というタンパク質の異常状態が形成されるメカニズムの解明に貢献するとともに、クロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病といったプリオン病やアルツハイマー病などアミロイドが関わる病気に関する病態解明、さらには創薬などへの波及効果が期待できる。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America(米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル :
Dynamics of oligomer and amyloid fibril formation by yeast  prion Sup35 observed by high-speed atomic force microscopy(高速原子間力顕微鏡による酵母プリオンSup35が形成する多量体、アミロイド線維形成の動態)
著者 :
Hiroki Konno*, Takahiro Watanabe-Nakayama*,Takayuki Uchihashi, Momoko Okuda, Liwen Zhu, Noriyuki Kodera, Yousuke Kikuchi, Toshio Ando and Hideki Taguchi(*は共筆頭著者)
DOI :
10.1073/pnas.1916452117 Image may be NSFW.
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用語説明

[用語1] プリオン : タンパク質性の感染因子のことで、クロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病など哺乳類の神経変性疾患研究から見つかってきた。プリオンでは何らかの原因で生じた異常型構造(アミロイド線維)のタンパク質が自己触媒的に正常型を異常型に変換しながら増殖する。この増殖サイクルを起こすタンパク質は哺乳類ではPrPとして知られているが、出芽酵母にはPrPと関係のない10種類以上のタンパク質が「プリオン」になることが分かっており、その代表例がSup35という今回の研究で用いているタンパク質である。
哺乳類のプリオンは重篤な病気として知られているが、酵母のプリオンではアミロイド線維ができた細胞は、必ずしも病気になって死ぬわけではなく、生育環境によってはアミロイドを持たない細胞より生育が有利になる場合がある。そのため、酵母プリオンは遺伝子型によらない多様性獲得に役立っていると考えられている。

[用語2] アミロイド線維 : アミロイドとは分子間でβシートが規則正しく重合したタンパク質の線維構造のこと。通常タンパク質はある特定の立体構造を形成して機能を発揮するが、アミロイド線維では、その立体構造とは全く異なる構造状態となる。

[用語3] 高速原子間力顕微鏡(高速AFM) : 原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy: AFM)は探針と試料の間に働く原子間力を元に分子の形状をナノメートル(10-9 m)程度の高い空間分解能で可視化する顕微鏡。高速AFMは金沢大学の安藤敏夫特任教授のグループによって開発された超高速で観察できるAFMで、サブ秒(~0.1秒)という時間分解能でタンパク質などの生体分子の形状や動態を観察することできる。

[用語4] クロイツフェルト・ヤコブ病 : ヒトの脳内にプリオンタンパク質のアミロイド構造が沈着し、脳の機能に障害が起こる致死性の病気。どのような作用機序でアミロイドが増殖して発症に至るのかよく分かっておらず、治療法はまだない。

[用語5] 天然変性状態 : 従来、タンパク質はαヘリックスやβシートなどの2次構造を単位とした特定の立体構造を形成して機能を発揮するのが原則と考えられていた。しかし、近年ではタンパク質によっては、自身のアミノ酸配列では特定の立体構造を取ることができず、フラフラとした変性状態で機能を発揮する例が多数知られるようになっている。このように、タンパク質のそもそもの性質として立体構造を取ることができずに変性している状態を天然変性状態と呼ぶ。生物情報学的解析からは真核生物に存在するタンパク質の約3割は天然変性状態を有する領域を持つことから、天然変性状態は決して例外ではない。また、天然変性状態になるタンパク質の一部はアミロイドを形成することも知られている。

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お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 田口英樹

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Tel : 045-924-5785

金沢大学 ナノ生命科学研究所 准教授

准教授 紺野宏記

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