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大都市でのドローン飛行で都市気象情報の有効性を検証 新宿でのドローン飛行実証実験に超高解像度「都市乱流予測」を提供

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東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系の神田学教授と、一般財団法人 日本気象協会(以下「日本気象協会」)、国立研究開発法人 防災科学技術研究所(以下「防災科研」)は、「都市気象情報プラットフォームの研究開発※1」で試作した超高解像度「都市乱流予測」を新宿でのドローン飛行実証実験に提供し、その有効性を検証しました。

超高層ビル街区を含む大都市でのドローンの安全飛行を目的とした、超高解像度「都市乱流予測」の活用は、国内で初めての取り組みです。(日本気象協会調べ)

実証実験の写真風景
実証実験の写真風景

超高解像度「都市乱流予測」の画面
超高解像度「都市乱流予測」の画面

(2019年11月25日予備実証実験にて撮影)

日本気象協会、防災科研、東京工業大学の三者はJST未来社会創造事業での研究開発として、「都市気象情報プラットフォームの研究開発」を共同で実施しています。

この研究開発では、超高層ビル街区の気象予測の実現と有効利用を目指しており、都市気象情報のひとつとして超高解像度「都市乱流予測」の開発を進めています。

このたび、本研究開発の一環として、「チーム・新宿※2」による「新宿区災害対策本部訓練との連携によるドローンを活用した超高層ビル街複数拠点での災害対応実証実験※3」にて、試作中の超高解像度「都市乱流予測」の試験提供を実施しました。

今回提供した超高解像度「都市乱流予測」は、新宿西口エリアを対象とした2mメッシュ、5分間隔の情報で、超高層ビル街区を含む大都市特有のビル風や強風、ビルによる乱流などを予測します。

チーム・新宿による実証実験では、これらの予測情報を、ドローン飛行の実施判断や安全監視に活用いただきました。これにより、都市気象情報は大都市でのドローンの安全飛行に十分に活用できること、また、情報の有効性を確認・検証することができました。

これらの情報は試作段階であり、予測の精度向上などのさまざまな課題を解決していく必要があります。今後、これらの課題解決に向けて、日本気象協会、防災科研、東京工業大学は、「都市気象情報プラットフォームの研究開発」を進めていきます。

研究開発の背景と概要

Society5.0※4で提唱された未来社会では、ドローンに代表されるロボットの利用や自動走行技術の活躍が期待されており、特に人やモノが集中する都市部で実現されれば、経済的、社会的に大きな効果が見込まれます。

一方で、これらの新しいロボットや技術は、強風によるドローンの墜落、熱や雨によるセンサーの性能低下など、気象の影響を受けることが知られています。こうしたロボットや技術が大都市でも最大限に活躍するためには、超高層ビル街区による複雑な気流、都市部の暑熱環境や局地的な大雨などを的確に捉えることが重要です。

そこで、本研究開発では、大都市特有の気象現象を観測、解析、予測する技術を開発し、これらの都市気象情報を一元的に提供可能な「都市気象情報プラットフォーム」の実現を目指しています。

さらに、「都市気象情報プラットフォーム」はドローン分野での活用に限らず、日射量や風速に依存する太陽光発電や風力発電などのエネルギー分野や、大雨や強風に影響される都市の物流や防災分野での活用も見込まれます。日本気象協会、防災科研、東京工業大学は、さまざまな社会システムとの連携を実現する「都市気象情報プラットフォームの研究開発」を通して、超スマート未来社会の創造に貢献します。

研究開発の体制

機関名
担当する研究開発項目
(研究開発代表者グループ)日本気象協会
都市気象情報プラットフォームの全体検討
(共同研究グループ)防災科研
都市気象観測及び客観解析の研究
(共同研究グループ)東京工業大学
都市気象予測技術の研究

※1 「都市気象情報プラットフォームの研究開発」は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業「超スマート社会の実現」領域にて実施している研究開発課題です。

※2 チーム・新宿。実証実験主体である「チーム・新宿」は、損害保険ジャパン日本興亜株式会社、SOMPO リスクマネジメント株式会社、工学院大学、株式会社理経、新宿区危機管理担当部をメンバーとする、新宿駅周辺地域の有志のメンバーです。

※3 【12/13 実施】新宿区災害対策本部訓練との連携によるドローンを活用した超高層ビル街複数拠点での災害対応実証実験を実施しました。

※4 Society5.0は、情報社会(Society4.0)に続く未来社会の姿として、政府の第5期科学技術基本計画で提唱された未来社会の姿のことです。

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975


新たな強誘電性を微細な酸窒化物単結晶を用いて実証 新規強誘電体材料の開発に期待

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要点

  • 酸窒化物の高品質な単結晶の合成に成功
  • 新たな機構による強誘電性を酸窒化物単結晶で初めて実証
  • 新規酸窒化物誘電体の開発に期待

概要

北海道大学 大学院工学研究院の鱒渕友治准教授、樋口幹雄准教授、吉川信一名誉教授、同総合化学院 博士後期課程の細野新氏(日本学術振興会特別研究員)、同理学研究院の武貞正樹准教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の安井伸太郎助教、伊藤満教授らの研究グループは、酸窒化物[用語1]ペロブスカイトBaTaO2Nの微小な単結晶を用いて、当該物質群におけるPolar Nano Regions(PNRs)[用語2]による強誘電性が発現することを世界で初めて実証しました。

本研究では、細野氏らが発見したBaCN2を結晶成長のフラックス[用語3]として用いることで、最大数µm(マイクロメートル)サイズの高品質なBaTaO2N単結晶を合成しました。研究グループは、微小部の電気物性を評価できる圧電応答顕微鏡[用語4]を用いて、BaTaO2N単結晶の自発分極の方向が電場の印加によって反転することを確認し、強誘電体であることを実証しました。また、本研究の微細な単結晶は耐電圧が非常に高く、物性データの信頼性が高いことも特徴です。本成果は、複数の陰イオンの共存によって無機物にPNRsによる強誘電性を導入できることを示しており、新たな強誘電体材料の開発指針の確立につながると期待されます。

なお、本研究成果は、2019年11月27日(水)公開のInorganic Chemistry誌に掲載されました。

また、本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究A(#24245039)、新学術領域研究「複合アニオン」(JP16H06439)、特別研究員奨励費(19J10301)の補助を受けて行われました。

(左)BaTaO2N単結晶の光学顕微鏡像(中)強誘電性の圧電応答信号シグナル(右)強誘電性の変位位相シグナル

(左)BaTaO2N単結晶の光学顕微鏡像
(中)強誘電性の圧電応答信号シグナル
(右)強誘電性の変位位相シグナル

背景

高度情報通信社会の実現に向けたインフラの整備や、電気自動車をはじめとする次世代交通手段への実装などを目指し、より高周波数帯及び高温環境で動作する強誘電体材料の開発が急務とされています。こういった情勢下において、新たな強誘電体材料の候補として酸窒化物ペロブスカイトが注目され始めています。過去に、酸窒化物ペロブスカイトの緻密な焼結体における強誘電性を報告しましたが、物性測定時に数Vの電圧印加で電流がリークするという課題点がありました。

このような電流のリークには焼結体中の粒界や、焼結時に生じた半導体成分の寄与が疑われており、より高絶縁性で高品質な酸窒化物試料を用いた信頼性の高い電気物性データの取得が望まれていました。

研究手法

酸窒化物ペロブスカイトは融点よりも低い約1,000 ℃で分解するため、その融液からの結晶成長は不可能です。北海道大学の細野氏らは、酸窒化物ペロブスカイトのフラックスとなる低融点な物質を探索したところ、BaCN2が900 ℃付近に融点をもち、目的材料の反応性フラックスとして機能することを発見しました[引用文献1]。これをBaTaO2Nと混合して加熱・徐冷することで、最大3.1 µm角の立方体形状のBaTaO2N単結晶を得ました(図1左)。この微細な単結晶粒子の上下面に電極を つけ、圧電応答顕微鏡を用いて印加電場による自発分極の反転を確認しました。

研究成果

BaCN2フラックス中で得られたBaTaO2N粒子は、光学顕微鏡で色や形状を確認できるほどの大きさを有しており、透過型電子顕微鏡を用いて粒子内部までペロブスカイト型構造の単結晶であることを確認しました(図1右)。これはBaCN2にBaTaO2Nが溶解し、冷却過程で再結晶したためです。

この単結晶粒子に圧電応答顕微鏡で電圧を印加したところ、先行研究における焼結体を大幅に上回る100 Vまで電圧を印加しても電流はリークせず、BaTaO2Nが非常に高い電気抵抗を有することが判明しました。さらに電圧を変化させると分極反転を伴う圧電応答が確認され、PNRsに由来する強誘電体である明確な根拠が得られました。

(左)立方体状のBaTaO2N結晶の走査型電子顕微鏡像。(右)粒子内部の透過型電子顕微鏡像。各原子が秩序よく結晶構造模型(緑:Ba、黄:Ta、赤: 酸素及び窒素)と同様の配列をしていることから、本研究で得たBaTaO2N粒子は単結晶。
図1.
(左)立方体状のBaTaO2N結晶の走査型電子顕微鏡像。
(右)粒子内部の透過型電子顕微鏡像。各原子が秩序よく結晶構造模型(緑:Ba、黄:Ta、赤: 酸素及び窒素)と同様の配列をしていることから、本研究で得たBaTaO2N粒子は単結晶。

今後への期待

酸窒化物ペロブスカイトBaTaO2NのPNRsに由来する強誘電性は、結晶構造に含まれる酸化物イオンと窒化物イオンが規則的に配列した領域が部分的に存在することが起源とされています。従来の酸化物誘電体材料における(変異型)強誘電性とは異なり、窒化物イオンなどの異種の陰イオンを共存させることによるPNRsに起源をもつ新たな強誘電性の発現を実証したことで、新たな電子材料開発と情報及びエネルギーシステムへの飛躍的な応用が期待されます。

用語説明

[用語1] 酸窒化物 : 陰イオンに酸化物イオンと窒化物イオンの両方を含む金属化合物のこと。光触媒や 白色LED用の蛍光体などの粉体としての用途が広く研究されている。

[用語2] Polar Nano Regions(PNRs) : 常誘電領域内部に生じるnmスケールの分極領域のこと。PNRsに起源をもつ強誘電体は誘電率の温度変化が小さい特徴がある。この性質をもつ酸窒化物ペロブス カイトにおいては、酸化物イオンと窒化物イオンの局所的な規則配列がその分極構造をつくると考えられている。

[用語3] フラックス : 融剤のこと。その融液に目的化合物が溶解し、再析出する過程で単結晶が得られる。

[用語4] 圧電応答顕微鏡 : 走査型プローブ顕微鏡の一種。微細な試料表面の凹凸や強誘電体の変位量などを測定できる。

引用文献

[1] Akira Hosono, Yuji Masubuchi, Takashi Endo and Shinichi Kikkawa, Dalton Transactions, 46 (2017) 16837-16844.

論文情報

掲載誌 :
Inorganic Chemistry(アメリカ化学会が発行する無機化学の専門誌)
論文タイトル :
Ferroelectric BaTaO2N Crystals Grown in a BaCN2 Flux(BaCN2フラックス中で合成した 強誘電BaTaO2N単結晶)
著者 :
細野新1、鱒渕友治2、安井伸太郎3、武貞正樹4、遠堂敬史5、樋口幹雄2、伊藤満3、吉川信一2
所属 :
1北海道大学 大学院総合化学院
2北海道大学 大学院工学研究院
3東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
4北海道大学 大学院理学研究院
5北海道大学 大学院工学研究院 工学系技術センター技術部
DOI :

お問い合わせ先

北海道大学 大学院工学研究院

准教授 鱒渕友治

E-mail : yuji-mas@eng.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-6742 / Fax : 011-706-6740

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 伊藤満

E-mail : itoh.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5354 / Fax : 045-924-5354

取材申し込み先

北海道大学 総務企画部 広報課

E-mail : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-2610 / Fax : 011-706-2092

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

人工シャペロンにより脂質二重膜の2次元/3次元構造の高効率で可逆的な変換に初めて成功

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要点

  • くし型共重合体・ペプチド複合体による、脂質二重膜の2次元ナノシート/3次元小胞の高効率で可逆的な変換に成功
  • 外部刺激による形態の操作や、形態変換に伴う小胞内への物質封入を実現
  • ドラッグデリバリーシステムやリキッドバイオプシーへの応用を期待

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の嶋田直彦助教、丸山厚教授らの研究グループは、同 櫻井実教授および東京大学 大学院理学系研究科の樋口秀男教授のグループと共同で、分子シャペロン[用語1]機能を有するイオン性くし型共重合体[用語2]により、脂質二重膜[用語3]の2次元ナノシートと3次元小胞間の高効率で可逆的な変換操作に成功しました。

ペプチド機能を活性化する分子シャペロンとして働くイオン性くし型共重合体と、生体膜活性化ペプチド[用語4]を組み合わせることで、脂質2次元シート外縁の水・油界面を安定化し、2次元/3次元形態変換や、小胞内への目的物質の封入を可能にすることが明らかになりました。将来的には、バイオテクノロジー分野において、ドラッグデリバリーシステム[用語5]リキッドバイオプシー[用語6]などの新たな基盤になると期待されています。研究成果は、ドイツ科学誌「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」に2019年11月1日付 (現地時間)に掲載されました。

人工シャペロンにより脂質二重膜の2次元/3次元構造の高効率で可逆的な変換に初めて成功

背景

ナノシートは、ナノメートル(1 mmの100万分の1)スケールの厚さに対して、1,000倍程度の横方向の大きさを持つ2次元的な形状の材料です。グラフェンに代表されるように、力学的、電気的、光学的に特異な性質を有することから、大きな注目を集めてきました。近年では無機材料だけでなく、高分子のような有機系の柔軟な素材からなるナノシートも報告されており、バイオテクノロジーへの応用も期待されています。物質がこうした2次元的なナノシート形状と3次元的な構造の両方の形態を取りうる場合、pH変化のような外部刺激によってその形態を操作することができれば、新しいナノデバイス創製につながると考えられます。

本研究では、脂質二重膜の3次元構造である脂質小胞に対して、生体膜活性化ペプチドとイオン性くし型共重合体を添加したところ、シャペロン効果により、2次元形状を持つ脂質ナノシートが高効率に生成することを発見しました。さらに、pHや酵素といった外部刺激によって脂質二重膜の2次元ナノシート/3次元小胞構造の変換を操作できることを実証しました。

研究成果

研究グループは、これまでに正電荷をもつイオン性くし型共重合体が、負電荷を持つ生体分子である核酸やペプチドと複合体を形成し、活性な高次構造を安定化するシャペロン効果を持つことを明らかにしてきました。E5ペプチドは、ヘマグルチニン(インフルエンザウイルスの感染に関わる膜融合タンパク質)のN末端を模倣した負電荷をもつ生体膜活性化ペプチドで、20個のアミノ酸残基から構成されています。生理的なpHにおいて、E5単体ではランダムコイル構造(不定形構造)をとり、活性がありませんが、イオン性くし型共重合体poly(allylamine)-graft-dextran (PAA-g-Dex)(図1)を加えることで、両親媒性のヘリックス構造(らせん構造)へと転移し、脂質二重膜を不安定化するようになります。

PAA-g-Dexの構造式

図1. PAA-g-Dexの構造式

今回、細胞程度の大きさを持つ3次元的な脂質小胞(図2)に対し、E5とPAA-g-Dexを添加して顕微鏡で観察したところ、90%以上の小胞が2次元的なシート状へ展開することを発見しました。さらに、E5を蛍光ラベル化したところ、E5が脂質シートの周縁部に局在する様子が観察されました。このことから、今回の2次元的なシート形成は、豊富な親水性側鎖を持つ高分子(PAA-g-Dex)・ペプチド(E5)の複合体が、脂質シート周縁の水・油界面をエネルギー的に安定化した結果と考えられます(図3)。

脂質小胞の模式図と共焦点顕微鏡による観察像(スケールバー : 10 μm)

図2. 脂質小胞の模式図と共焦点顕微鏡による観察像(スケールバー : 10 μm)

E5ペプチド(赤色)/PAA-g-Dex(黄色、緑色)複合体の自己集合による脂質シート形成(スケールバー : 10 μm)

図3. E5ペプチド(赤色)/PAA-g-Dex(黄色、緑色)複合体の自己集合による脂質シート形成(スケールバー : 10 μm)

脂質シートが高分子・ペプチド複合体により安定化されているとすると、複合体を解離させることで、脂質シートが再び3次元小胞に復帰すると予想されます。実際に、負電荷をもつポリビニル硫酸(PVS)を過剰量添加し複合体を解離させたところ、全てのシートが小胞へ復帰する様子を確認しました。さらに、マイクロ流体デバイスにおいて固定化した脂質小胞に対して、E5を修飾し、そこへPAA-g-DexとPVSを交互に加えることで、シート・小胞の形態間で繰り返し変換することができました。また、シートから小胞への形態変換に伴い、小胞内への物質の封入が可能であることも示されました。

さらに、pHによる形態制御を目指して、イオン性の異なるくし型共重合体を設計し、E5とともに脂質小胞に添加しました。その結果、くし型共重合体が十分に正電荷にイオン化されて、E5と静電的に相互作用するpH領域のみで、脂質シートが形成されました。また、特定の酵素の活性に応答し構造変換させることも可能になりました。このように、高分子の設計によって、脂質二重膜の2次元シート/3次元小胞構造の変換を特定のトリガーで制御できました。

今後の展開

本研究により、イオン性くし型共重合体・ペプチド複合体を用いた、脂質二重膜の2次元シート/3次元小胞構造の高効率な可逆的変換操作が可能になりました。疾病状態を自律的に判断することで、小胞を脂質シートへと構造転移させて、内包した薬物を放出するなど、くし型共重合体の分子設計を工夫することで、さらに高度な制御がプログラム可能となると考えられます。このような脂質膜の2次元/3次元変換は、ドラッグデリバリーシステムやリキッドバイオプシーなど、バイオテクノロジー分野における技術の新たな基盤となると期待されます。

付記

本研究成果は、増田造博士研究員(現 東京大学 大学院工学系研究科 助教)及び本研究室所属大学院生の協力のもと行われました。また、文部科学省新学術領域研究「分子ロボティクス」、「ナノメディシン分子科学」、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」および文部科学省科学研究費助成事業、日本学術振興会特別研究員奨励費、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の助成金のもとで得られたものです。

用語説明

[用語1] 分子シャペロン : 生体内において、タンパク質や核酸など生体高分子は、特定の構造への折りたたみ(フォールディング)や多分子組織化(アッセンブリング)することで、固有の機能を持つことができます。このフォールディングやアッセンブリングを助けるタンパク質を分子シャペロンとよびます。本研究グループは、合成高分子がシャペロン機能を持つこと、すなわち人工シャペロンとしてはたらくことを明らかにしてきました。

[用語2] イオン性くし型共重合体 : 髪をすくくしのように、幹となる高分子鎖から複数の枝分かれ構造をもつ高分子をくし型共重合体とよびます。本研究では、主鎖の正電荷をもつイオン性高分子から親水性の高分子鎖が多数伸びた構造を持つ分子を設計しました。

[用語3] 脂質・脂質二重膜 : 生命を構成している細胞は細胞膜によって区切られています。細胞膜の主成分であるリン脂質分子は、ひとつの分子の中に水に馴染みやすい親水部と馴染みにくい疎水部を持つ両親媒性の構造です。そのため、水中において自発的に疎水部を内側へ向け自己集合し脂質二重膜構造となり、さらに脂質小胞(リポソーム)を形成します。二重膜の厚さは数ナノメートルです(1ナノメートルは1 mmの100万分の1で、地球を1メートルとしたときに1円玉の直径に相当)。脂質小胞は、直径が数10ナノメートルからマイクロメートル(1 mmの1,000分の1)までのものを人工的につくることができ、脂質組成の制御や、糖鎖や高分子、抗体による表面修飾も可能です。これまで、物理化学的なモデルやドラッグデリバリーシステムのキャリア、遺伝子ベクターとして研究されてきました。

[用語4] 生体膜活性化ペプチド : エンベロープウイルスが遺伝情報を宿主細胞に送る際に膜融合や膜破壊に関わるタンパク質を模倣して設計されたペプチド。

[用語5] ドラッグデリバリーシステム : 脂質小胞や高分子ミセルなど微小なカプセルに薬物を内包し、患部まで送達する機構。薬物の薬効を高め、副作用を抑える効果が期待されます。

[用語6] リキッドバイオプシー : 主にがん診断のため、患者の血液から腫瘍のゲノム情報収集する技術。腫瘍組織を採取する従来のバイオプシーに比べ低侵襲であり、遺伝子レベルでの診断が可能となるため、より高度な治療が可能です。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
Cationic Copolymer-Chaperoned 2D–3D Reversible Conversion of Lipid Membranes
著者 :
Naohiko Shimada, Hirotaka Kinoshita, Takuma Umegae, Satomi Azumai, Nozomi Kume, Takuro Ochiai, Tomoka Takenaka, Wakako Sakamoto, Takayoshi Yamada, Tadaomi Furuta, Tsukuru Masuda, Minoru Sakurai, Hideo Higuchi, Atsushi Maruyama
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

助教 嶋田直彦

E-mail : nshimada@bio.titech.ac.jp

教授 丸山厚

E-mail : amaruyama@bio.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5762、045-924-5840

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触媒駆動型の生体内エチレンセンサー 植物や果物の特定部位で産生されるエチレンの可視化に成功

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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所(理研)開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)、理研 同研究室のケンワード・ヴォン基礎科学特別研究員らの共同研究グループは、植物や果物の中で遷移金属触媒反応[補足1]を用いることで、外部ストレスへの応答や生体防御のため、あるいは熟成過程で産生される「エチレン」を現地(産生部位)で可視化することに成功しました。

本研究成果は、植物や果物の特定部位でエチレンが産生される理由やエチレンがつかさどる生体機能を解明する技術として利用されることが期待できます。

これまでに、田中教授らは、アルブミン[補足2]の疎水性ポケットに遷移金属触媒を導入することで、金属触媒が水に可溶化するとともにさまざまな生体分子から保護され、生体内で効率的に触媒反応が進むことを見いだしました。

今回、共同研究グループは、植物や果物の中で産生されるエチレンに対して、メタセシス反応[補足3]を起こすことのできる「アルブミン・ルテニウム人工金属触媒(エチレンセンサー)」を開発しました。

エチレンセンサーは、エチレンと反応すると蛍光性分子に変換されるため、植物や果物の特定部位で産生されるエチレンを蛍光イメージングで可視化・検出できます。このエチレンセンサーを用いて、成熟したキウイでは果皮部位でエチレン産生量が増大すること、病原菌に感染したシロイヌナズナの葉で生体防御のシグナル分子としてエチレンが産生されることを確認しました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(12月17日付)に掲載されました。

植物や果物で産生されるエチレンをアルブミン・ルテニウム人工金属触媒により検出!

図. 植物や果物で産生されるエチレンをアルブミン・ルテニウム人工金属触媒により検出!

共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室

主任研究員 田中克典(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)

基礎科学特別研究員 ケンワード・ヴォン

特別研究員(研究当時) 江田昌平

特別研究員 イゴール・ナシブリン

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物免疫研究グループ

専任研究員 門田康弘

特別研究員 若竹崇雅

グループディレクター 白須賢

名古屋大学 大学院創薬科学研究科

教授 横島聡

背景

二重結合を持つ「エチレン(分子構造CH2=CH2)」は、水素(H2)、メタン(CH4)に次いでサイズの小さい有機化合物であり、常温常圧の条件下では気体として存在します。このエチレンは、重合反応によりさまざまなポリマーを工業生産するための安価な基本原料として使用されています。

哺乳動物は体内でエチレンを産生しませんが、植物や果物は傷つけられるなどの外部ストレスへの応答や病原菌に対する生体防御のために、重要な機能性分子としてエチレンを産生します。

さらに、植物や果物の熟成過程において、エチレンは植物ホルモンとして果実を成熟させる働きをします(クリマクテリック型果実[補足4])。そのため、出荷を待つ果物が保管された倉庫内では、果物から放出される気体状のエチレンにより過剰に熟成が進まないようにする必要があります。このようなことから、倉庫内のエチレン濃度を一定に保つために、さまざまな検出法が開発されています。精密なガスクロマトグラフィー[補足5]機器分析技術を用いたり、最近では植物のエチレン受容体を疑似化し、エチレンと金属との配位を効果的に利用した機能性材料まで開発されており、エチレンを高感度で検出できるようになってきました。しかし、これら既存の方法は、植物や果物から大気中に気体として放出されたエチレンを検出する方法であり、エチレンが植物や果物のどの部位で、どのタイミングで発生しているかを調べることは困難でした。

これまでに田中教授らは、アルブミンの疎水性ポケットに対して、その疎水性リガンドを介して金やルテニウムなどの遷移金属触媒を導入すると、これら触媒は生体内媒体である水に可溶化されること、触媒を失活させるグルタチオン[補足6]から保護されて触媒活性が維持されることを見いだしました[注1]。さらに、アルブミン・遷移金属触媒に臓器やがん選択的な糖鎖を導入することによって、マウス内の標的臓器や細胞で望む金属触媒反応を実現し、がんを治療することに成功しています[注2] [注3]

今回、共同研究グループは、植物や果物で産生されるエチレンに対して、ルテニウム触媒を用いたメタセシス反応を起こして蛍光性分子へと変換することで、特定位置で産生するエチレンを蛍光イメージングで可視化できるのではないかと考えました(図1)。

アルブミン人工金属触媒によるエチレンの検出

図1. アルブミン人工金属触媒によるエチレンの検出

アルブミン人工金属触媒を植物や果物で機能させ、特定の部位で発生するエチレンを蛍光物質に合成変換することでエチレンを検出する。

研究手法と成果

まず、アルブミン・ルテニウム人工金属触媒を利用して、エチレンのメタセシス反応の結果、蛍光が生じるセンサーシステムを設計・開発しました(図2A)。アルブミンの疎水性ポケットに対して、蛍光基の7-ジエチルアミノクマリン(疎水性リガンド)を介してHoveyda-Grubbsルテニウム触媒を導入した後、ルテニウム金属上に消光基のDABCYL基を配位させました。この状態では、疎水性ポケットの中で蛍光基の7-ジエチルアミノクマリンが消光基のDABCYL基と相互作用しているために、蛍光は観測されません。

共同研究グループは、この触媒の仕組みを「エチレンセンサー」と呼ぶことにしました。このエチレンセンサーが植物や果物で産生されるエチレンと出合うと、ルテニウム金属上でメタセシス反応が進行して、消光基のDABCYL基がアルブミンの疎水性ポケットから排出されます。すると、消光基が蛍光基から離れるため、蛍光が効率的に回復します。この蛍光強度を測定することで、エチレンの存在の有無や濃度を解析することが可能になりました。

この解析手法を利用したエチレンセンサーにエチレンを作用させたところ、時間が経つとともに蛍光が回復していることが判明しました(図2B)。また、一部の植物や果物で産生される二重結合を持つ他の生体内分子(リモネンやミルセンなど)とも作用させたところ、最もサイズが小さく反応性の高いエチレンが優先的に反応したことから、エチレンを選択的に検出できることが分かりました(図2C)。

図2. アルブミン・ルテニウム人工金属触媒を用いたエチレンセンサーのデザイン

図2. アルブミン・ルテニウム人工金属触媒を用いたエチレンセンサーのデザイン

A)アルブミンの疎水性ポケットに対して、疎水性リガンドである蛍光基の7-ジエチルアミノクマリンを介してHoveyda-Grubbsルテニウムを導入した後、ルテニウム金属上に二重結合を持つDABCYL消光基を配位させる。この状態では7-ジエチルアミノクマリンの蛍光は観測されないが、エチレンとのメタセシス反応が進行すると、DABCYL消光基が疎水性ポケットから排出され、蛍光が観察されるようになる。

B)エチレンセンサーにエチレンを作用させると、時間が経つとともに蛍光が回復した。

C)エチレンセンサーは二重結合を持つ他の生体内分子が共存していても、エチレンを選択的に検出することができる。

次に、開発したエチレンセンサーを用いて、果物で産生されるエチレンを検出してみました。3種類のリンゴ(ゴールデンデリシャス、ジャズ、フジ)を薄切りにして、直ちにエチレンセンサーの溶液を含んだウェル上に設置して、そのまま蛍光顕微鏡で観察しました(図3)。この際、植物や果物でのエチレン産生の原料となる1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸(ACC)、またはエチレン産生を阻害するピラジナミド(PZA)を同時に作用させることによって、エチレンの産生がどう変化するかも併せて検証しました。

蛍光顕微鏡で観察を始めてから20時間後まで連続して観察したところ、3種類のリンゴの中では、ゴールデンデリシャスの切片では蛍光強度が最も増大したのに対して、フジの切片ではほとんど蛍光が認められませんでした(図3A、 B)。果物から大気中に放出されるエチレンを検出する従来の方法によって、フジではほとんどエチレンは産生されないことが分かっています。さらに、ゴールデンデリシャスにACCを共存させると、エチレンの産生が増えるのに対して、PZAの共存下ではエチレンの産生は抑制されました(図3C)。以上の結果から、開発したエチレンセンサーにより、リンゴから産生されるエチレンを高感度に検出できることが判明しました。

図3. リンゴで産生されるエチレンの検出

図3. リンゴで産生されるエチレンの検出

A)開発したエチレンセンサーを用いることにより、ゴールデンデリシャスリンゴ、ジャズリンゴ、およびフジリンゴの中で、ゴールデンデリシャスリンゴが最も蛍光強度が増大(エチレンが産生)していることが分かる。

B)ゴールデンデリシャスリンゴの切片にエチレンセンサーを作用し、蛍光顕微鏡で観察した様子。時間の経過に伴って蛍光強度が増し、エチレンが産生されていることが分かる。

C)ゴールデンデリシャスリンゴの2切片に対して、エチレン産生の原料となる1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸(ACC)を共存させたところ、どちらもエチレンの産生量が増した。一方、別の2切片に対してエチレン生成を阻害するピラジナミド(PZA)を共存させたところ、どちらもエチレンの産生が減少した。

さらに、キウイ、ヤマナシ、マスカット、ニンジン、ピーマンの切片を用いて時間経過によるエチレンの産生を観察したところ、キウイ、ヤマナシ、マスカットではエチレンが産生されるのに対して、野菜に分類されるニンジンやピーマンでは全く産生されないことが分かりました。エチレンの放出によって成熟を進めるクリマクテリック型果実ではないマスカットでのエチレン産生は初めての知見であり、エチレンが未知の機能を持つ可能性が示されました。

今回開発したエチレンセンサーは、植物や果物でエチレンが産生されている「現地」でエチレンを検出できる点が従来法と異なる大きな特長です。これまでの植物のエチレン合成に関わる遺伝子やタンパク質の解析により、キウイでは、果皮、子房室、軸柱のうち成熟に伴って果皮からエチレンが産生されることが示唆されています。そこで、キウイの切片をエチレンセンサーで検証したところ、未熟のサンプルと比較して、成熟したキウイでは果皮部位でエチレン産生量が増大することが蛍光イメージングの可視化により分かりました(図4)。

図4. キウイでのエチレン産生の蛍光イメージング

図4. キウイでのエチレン産生の蛍光イメージング

A)キウイの切片にエチレンセンサーを作用させることで、果皮、子房室、軸柱におけるエチレンの産生を緑色蛍光で可視化できた。

B)未熟成および熟成したキウイの果皮、子房室、軸柱の蛍光強度を比較した図。成熟の過程で、果皮で最もエチレンが産生されることが分かった。

植物では病原菌の感染に対して、生体防御の重要なシグナル分子としてエチレンが産生されることが知られています(図5A)。そこで、病原菌感染により植物中に放出されるエフェクタータンパク質[補足7](AvrRpm1およびAvrRpm2)をシロイヌナズナの葉に作用させ、エチレンがどれだけ産生されるかエチレンセンサーを用いて調べました。その結果、野生型のシロイヌナズナの葉では蛍光が観察され、エチレンが産生されていることが分かりました(図5B、E)。一方で、これらのエフェクタータンパク質を認識する受容体、ならびにエチレンの生合成に携わる酵素(ACS)をノックアウトしたシロイヌナズナ変異体の葉では、蛍光はほとんど見られず、エチレンの産生が抑制されることが分かりました(図5C、D、E)。

図5. 病原菌の感染過程で植物から産生されるエチレンの検出

図5. 病原菌の感染過程で植物から産生されるエチレンの検出

A)植物が病原菌に感染したときに起こる生体防御応答のメカニズム。植物は病原菌から放出されるエフェクタータンパク質(AvrRpm1、AvrRpm2)を認識して、MAPKキナーゼ経路が活性化され免疫応答が起こる。この一連の流れの過程で、エチレンが産生される。

B)野生型のシロイヌナズナ(Col-0)に対して、エチレンセンサーの共存下でエフェクタータンパク質を作用させると、蛍光が増大し、エチレンが産生されていることが分かった。

C)エフェクタータンパク質の受容体をノックアウトしたシロイヌナズナ変異体(rpm1rpm2)にエフェクタータンパク質を作用させても蛍光は観察されず、エチレンは産生されなかった。

D)エチレンの生合成に携わる酵素をノックアウトしたシロイヌナズナ(acs1/2/6/4/5/9/7/11)にエフェクタータンパク質を作用させてもエチレンは産生されなかった。

E)B)-D)の実験で得られた蛍光強度を定量化したグラフ。

今後の期待

今回、開発したエチレンセンサーにより、植物や果物のどの部位でエチレンが発生しているかを蛍光イメージングにより可視化できるようになりました。この技術は今後、特定の部位でエチレンが発生する理由や、エチレンがつかさどる未知の生体機能の解明に活用されることが期待できます。

左からケンワード・ヴォン基礎科学特別研究員、田中克典教授、イゴール・ナシブリン特別研究員

左からケンワード・ヴォン基礎科学特別研究員、田中克典教授、イゴール・ナシブリン特別研究員

補足説明

[補足1] 遷移金属触媒反応 : 周期表で第3族から第11族までに属する遷移金属元素は、さまざまな分子が金属に配位することができるため多様な反応性を示す。このユニークな性質を利用して、効率的な有機合成反応が実現されている。

[補足2] アルブミン : 血清中の大部分を占め、分子量が6万程度の極めて安定な可溶性タンパク質。さまざまな薬物と配位する疎水性ポケットが存在し、血中内でこれらの薬物を運搬する。

[補足3] メタセシス反応 : 種類の二重結合や三重結合の間で結合の組み換えが起こり、新しい多重結合が生成する反応。

メタセシス反応

[補足4] クリマクテリック型果実 : 成熟する際に呼吸量が著しく増大し、植物ホルモンであるエチレンが大量に産生される果実。

[補足5] ガスクロマトグラフィー : 気化しやすい物質を気体の移動層によって分離し、同定・定量を行う機器分析法。

[補足6] グルタチオン : グルタミン酸、システイン、グリシンからなるトリペプチドで、細胞内に高濃度で存在する。活性酸素種や生体分子と反応することで細胞を守るなど、生命維持に重要な役割を果たしている。

[補足7] エフェクタータンパク質 : 受容体に結合することにより、その生理活性を制御するタンパク質。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
An artificial metalloenzyme biosensor can detect ethylene gas in fruits and Arabidopsis leaves
著者 :
Kenward Vong, Shohei Eda, Yasuhiro Kadota, Igor Nasibullin, Takanori Wakatake, Satoshi Yokoshima, Ken Shirasu, and Katsunori Tanaka
DOI :
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発表者(研究内容についてのお問い合わせ先)

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授

田中克典

(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)

E-mail : kotzenori@riken.jp
Tel : 048-467-9405 / Fax : 048-467-9379

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

巨大な一方向性スピンホール磁気抵抗効果を実証 従来の3桁高い1.1%の巨大な抵抗変化を達成

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要点

  • トポロジカル絶縁体と強磁性半導体の接合により実現
  • 強磁性半導体中のマグノン励起・吸収とスピン無秩序散乱を利用
  • スピン軌道トルク磁気抵抗メモリーの新しい読み出し原理に期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系のファム・ナム・ハイ准教授とNguyen Huynh Duy Khang(グエン・フン・ユイ・カン)博士研究員の研究チームは、トポロジカル絶縁体[用語1]強磁性半導体[用語2]接合を用いて、巨大な一方向性スピンホール磁気抵抗効果[用語3]を実証した。

スピンホール効果[用語4]が強いトポロジカル絶縁体と強磁性半導体を組み合わせたことで、従来の3桁高い1.1%の巨大な抵抗変化を達成した。さらに巨大な一方向性磁気抵抗効果の起源が強磁性半導体中のマグノン[用語5]励起・吸収とスピン無秩序散乱[用語6]によって生じることを明らかにした。

一方向性スピンホール磁気抵抗効果は非磁性体・磁性体の接合において、非磁性体のスピンホール効果によって、接合抵抗が磁性体の180°磁化反転に応じて変化する現象である。この現象を利用すれば、2層だけの極めて簡易な構造の面内型スピン軌道トルク磁気抵抗メモリーの実現が期待できる。しかし、従来研究されてきた重金属・磁性金属の接合においては接合の抵抗変化が0.001%台と極めて微小であるため、デバイス応用に必要な1%以上の抵抗変化の実現が難しいと考えられてきた。

研究成果は米国物理学協会の学術誌Journal of Applied Physics(ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス)の注目論文として12月17日(現地時間)に掲載された。

背景

近年、電子回路の低消費電力化の観点から超高速、超高密度、高耐久性の不揮発性メモリーが求められている。MRAMはランダムアクセスメモリーの一種で、不揮発性に加え、高速動作、極めて高い耐久性など、大変優れた特性を持つ。そのため、MRAMは不揮発性メモリーと集積回路の融合に適し、車載用や人工知能集積回路などに応用が広がりつつある。

MRAMの中にも、スピンホール効果による純スピン流を磁性層に注入し、スピン軌道トルク(Spin orbit torque:SOT)によって磁化反転(データ書き込み)を行うSOT-MRAMが注目されている。SOT-MRAMでは、スピンホール効果が強い材料を用いれば、書き込みに必要な電流を1桁、エネルギーを2桁以上も下げることができる。ファム准教授らはSOT-MRAMの高性能な純スピン注入源として、巨大なスピンホール効果を示すBiSb(アンチモン化ビスマス)トポロジカル絶縁体を発見し、SOT-MRAMの超低電流書き込み技術を開発してきた。(トポロジカル絶縁体で世界最高性能の純スピン注入源を開発|東工大ニュース

しかし、SOT-MRAMのデータ読み出しには従来に用いられてきたトンネル磁気抵抗効果(TMR)が使われている。このTMR効果を利用する垂直型SOT-MRAM素子では、データを記録する磁性自由層に加えて、トンネル障壁および参照用の固定磁性多層構造が必要である。

そのため、MRAM素子は数オングストロームの極めて薄い層を30層ぐらい積層する必要があり、製造の難度が高い。また、データ書き込みと読み出しの経路が異なるため、3つの端子と2つのトランジスタが必要がという欠点がある。さらに、微細化すると、素子抵抗が面積に逆比例して急激に大きくなるため、読み出しノイズが増える問題がある。

研究の経緯

ファム准教授らはSOT-MRAMの読み出しで、一方向性スピンホール磁気抵抗効果(USMR)に着目した。この効果を用いれば、2層だけの極めて簡易な構造の面内型スピン軌道トルク磁気抵抗メモリーの実現が期待できる。図1に従来のTMR効果を用いる垂直型SOT-MRAM素子とUSMR効果を用いる面内型SOT-MRAM素子の違いを示す。

垂直型SOT-MRAM素子は(1)約30層と極めて複雑な構造、(2)データ書き込みと読み出しの経路が異なるため3つの端子と2つのトランジスタが必要、(3)微細化すると抵抗が急激に増えて、ノイズが増えるという欠点がある。それに対して、面内型SOT-MRAM素子は(1)2層だけの極めて簡単な構造、(2)データ書き込みと読み出しの経路が同じであるため2つの端子と1つのトランジスタだけが必要、(3)微細化しても、素子抵抗が変わらないため、ノイズが増えないという利点がある。

しかし、これまでに研究されてきた重金属・磁性金属の接合では、USMR効果による接合の抵抗変化が0.001%台と極めて微小であり、面内型SOT-MRAMの実現に必要な1%以上の抵抗変化の実現が難しいと考えられてきた。

従来の垂直型SOT-MRAMの構造(左)と本研究の面内型SOT-MRAMの構造

図1. 従来の垂直型SOT-MRAMの構造(左)と本研究の面内型SOT-MRAMの構造

研究成果

研究チームはUSMR効果の増大を目指して、トポロジカル絶縁体BiSb(アンチモン化ビスマス)と強磁性半導体GaMnAs(砒化ガリウム・マンガン)の接合を作製した。この接合において、電流と温度が増加すると、抵抗変化が急激に増え、最大で1.1%という巨大なUSMR効果が発現した(図2)。この値は従来に研究されてきた重金属・金属磁性体の接合よりも3桁も高く、応用に必要な1%以上の抵抗変化を初めて達成した。

BiSbトポロジカル絶縁体・GaMnAs強磁性半導体接合におけるUSMR効果

図2. BiSbトポロジカル絶縁体・GaMnAs強磁性半導体接合におけるUSMR効果

さらに、この巨大な一方向性磁気抵抗効果の起源は従来に研究されてきた重金属・金属磁性体の接合と異なるメカニズムで生じることも分かった。具体的には、BiSbトポロジカル絶縁体から注入された純スピン流によって、強磁性半導体GaMnAs中のマグノンが励起・吸収が生じて、自由正孔のスピン無秩序散乱によって抵抗変化が生じることを明らかにした(図3)。

巨大なUSMR効果のメカニズム。(a)BiSbトポロジカル絶縁体のスピンホール効果による純スピン流が注入される。(b)GaMnAs強磁性半導体中にマグノンが励起・吸収され、さらに自由正孔によるスピン無秩序散乱が生じる。
図3.
巨大なUSMR効果のメカニズム。(a)BiSbトポロジカル絶縁体のスピンホール効果による純スピン流が注入される。(b)GaMnAs強磁性半導体中にマグノンが励起・吸収され、さらに自由正孔によるスピン無秩序散乱が生じる。

今後の展開

今回の成果は、スピンホール効果が強いトポロジカル絶縁体とスピン無秩序散乱の大きい材料を用いた場合、巨大なUSMR効果を実現できることが分かったことである。今後は、さらなる材料の探査を行うことによって、室温でより大きな抵抗変化を実現し、面内型SOT-MRAM素子の実用化を目指す。

用語説明

[用語1] トポロジカル絶縁体 : 内部には絶縁体(正確には半導体)のようにバンドギャップが存在するが、その表面においてヘリカルにスピン偏極電流が存在しうるディラック型金属伝導状態を有する物質群である。表面状態のスピンの向きは波数ベクトルkに直交しており、スピン・運動量ロッキングが生じている。一方、スピンホール効果によって発生するスピン流がs×kの方向に流れるため、トポロジカル絶縁体は表面に垂直な方向には極めて高い効率でスピン流を発生する。

[用語2] 強磁性半導体 : 半導体に遷移金属の磁性元素を添加し、半導体と磁性体の特徴を両方持ち合わせる半導体。

[用語3] 一方向性スピンホール磁気抵抗効果 : 非磁性体・磁性体の接合において、非磁性体のスピンホール効果によって、接合抵抗が磁性体の180°磁化反転に応じて変化する現象。

[用語4] スピンホール効果 : スピン軌道相互作用が大きな材料に流れる電流と垂直な方向に、アップスピンとダウンスピンが逆向きに流れ、純スピン流が発生する現象。この純スピン流を磁化自由層に注入することによって、磁化に働くトルクが発生し、磁化自由層に磁化反転を起こすことができる。ここで生じた純スピン流は、垂直(膜厚)方向には正味の電荷移動の代わりに、スピン角運動量を運ぶことができる。

[用語5] マグノン : 磁性材料中の局在スピン揺らぎを表現する量子力学的な粒子。

[用語6] スピン無秩序散乱 : 自由キャリア(電子・正孔)が伝導する際に、自分のスピンが局在スピンの揺らぎによって散乱される現象。この散乱によって、電気抵抗が生じる。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Applied Physics
論文タイトル :
Giant unidirectional spin Hall magnetoresistance in topological insulator - ferromagnetic semiconductor heterostructures
著者 :
Nguyen Huynh Duy Khang, Pham Nam Hai
DOI :

研究支援

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」
(研究総括:上田正仁(東京大学 大学院 理学系研究科 教授))
研究課題名:
「トポロジカル表面状態を用いるスピン軌道トルク磁気メモリの創製」
研究代表者:
ファム・ナム・ハイ(東京工業大学 工学院 電気電子系 准教授)
研究開発期間:
平成30年10月~令和6年3月
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 ファム・ナム・ハイ

E-mail : pham.n.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3934 / Fax : 03-5734-3870

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

TBSテレビ「未来の起源」に宮内研究室の学生が出演

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物質理工学院 材料系 宮内雅浩研究室の河村玲哉さん(物質理工学院 材料系 修士課程2年)が、TBS「未来の起源」に出演します。

「水素をためて光で放出する、軽量で安全な材料」の研究が紹介されます。

「未来の起源」は、最先端科学分野の研究に携わる若者たちの活躍ぶりや、研究テーマへの情熱を描く番組です。

TBSテレビ「未来の起源」に宮内研究室の学生が出演

TBSテレビ「未来の起源」に宮内研究室の学生が出演

河村玲哉さんのコメント

物質理工学院 材料系 河村玲哉さん
物質理工学院 材料系 河村玲哉さん

この度は、新規二次元材料であるホウ化水素シートが、光照射のみで水素を放出することを見出した成果について取材していただきました。

現在、石油の代替燃料として水素を用いようと世の中が動き始めており、爆発性のある水素を安全に運搬するために多くの検討がなされています。そして既存技術のほとんどは、水素の運搬や放出において高圧や高温が必要となります。

本成果は、常温大気圧下という穏やかな条件でホウ化水素シートに紫外光を照射すると水素が放出される現象を見出し、そのメカニズムを第一原理計算によって明らかにしたものです。この研究を進めるにあたって、ホウ化水素シートの合成法を最初に見出した筑波大学の近藤剛弘先生をはじめ、多くの方に協力していただきました。そのためこの成果は、様々な分野の方々の協力無くしては生まれなかったものだと考えています。

そして今後は水素キャリアとしての性能の向上に取り組むとともに、ホウ化水素シートがもつ二次元材料としてのユニークな特性をさらに明らかにしていきたいです。

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2020年1月12日(日)22:54 - 23:00(放送地域:関東地域、愛知、岐阜、三重)
  • 再放送予定日
    BS-TBS 2020年1月19日(日)20:54 - 21:00
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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975

NHK BSプレミアム「英雄たちの選択~孝明天皇」に上田紀行教授が出演

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上田紀行教授

上田紀行教授

本学 リベラルアーツ研究教育院長の上田紀行教授が、1月15日放送予定のNHK BSプレミアム「英雄たちの選択」にコメンテーターとして出演します。

テーマは「幕末の“ラストエンペラー”~孝明天皇 維新への道を決めた選択」です。

歴史の岐路に立ち、さまざまな選択肢の中からひとつを選び、決断をしてきた英雄たち。その英雄たちにも迷いや葛藤があったはずです。その決断の、背景と理由、その後の歴史の展開の可能性を、オリジナル映像によるシミュレーションとともに、各界の専門家がジャンルを越えて語り合います。

上田教授のコメント

歴史上の人物の「選択」を論じるこの番組、これまでは空海を除けば、聖武天皇、称徳天皇、後醍醐天皇、光格天皇と天皇の決断を論じてきました。今回は光格天皇の孫の孝明天皇です。江戸時代最後の天皇で、明治天皇の父。実は幕末の激動のドラマの立役者のひとりでもあります。でもなぜ孝明天皇の名はあまり知られていないのか、それには秘密がありました。幕府、薩摩、長州、会津…、天皇を巡って争われる権力の主導権争い。明治維新直前の幕末絵巻への新たな認識を深めていただけることと思います。

  • 番組名
    NHK BSプレミアム「英雄たちの選択」
  • テーマ
    幕末の“ラストエンペラー”~孝明天皇 維新への道を決めた選択
  • 放送予定日
    2020年1月15日(水)20:00 - 21:00
  • 再放送予定日
    2020年1月22日(水)8:00 - 9:00
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お問い合わせ先

リベラルアーツ研究教育院文系教養事務

E-mail : ilasym@ila.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7689

取材申込先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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小天体衝突による火星から衛星への物質輸送、従来見積もりの10倍以上 火星衛星サンプルリターンで火星の全歴史の解明が可能

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要点

  • 火星上で起きた小天体の衝突によって、火星表層物質が吹き飛ばされ、その一部が火星衛星フォボスに降り積もっている。
  • 最新の数値計算によって、フォボスには従来の見積もりの10~100倍の火星表層物質が混入していることが明らかになった。
  • 日本が進める火星衛星サンプルリターン計画では、火星の全歴史が解読可能なサンプルを、欧米による火星本体の探査に先行して手に入れられる可能性がある。

概要

東京工業大学 地球生命研究所(以下、ELSI)の兵頭龍樹研究員(現:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)宇宙科学研究所 国際トップヤングフェロー)と玄田英典准教授、千葉工業大学 惑星探査研究センターの黒澤耕介上席研究員、JAXA 宇宙科学研究所の臼井寛裕教授(ELSIアフィリエイトサイエンティスト)と藤田和央教授は共同で、火星衛星の表土に含まれる火星由来の物質の量と質に関する理論研究を実施しました。火星本体で実際に過去に起こった複数回の隕石衝突について数値計算を実施したところ、火星衛星フォボスには、火星表層物質が従来の見積もり[参考文献]の10~100倍程度降り積もっていることがわかりました。さらにその表土には、火星の全領域かつ全時代からの物質が混入していることが明らかになりました。この研究成果により、JAXAが計画している火星衛星探査計画で採取される火星衛星サンプルは、全火星史解読の鍵という、質の面での新たな科学的価値を持つことになります。

成果は、2019年12月27日付けのネイチャー・リサーチ社の査読付き国際学術誌「Scientific Reports」電子版に掲載されました。

背景

「生命を育む惑星の起源と進化を知ること」という重要な科学目標を追求するにあたり、生命を持つ地球と似た表層環境をかつて保持していた火星は重要な探査対象になります。NASA(米国)とESA(欧州)は、「Mars2020」などの火星探査計画を協働して進めており、2030年代初頭の火星サンプルの地球帰還を目指しています。一方、JAXAは、「はやぶさ2」に続く次世代サンプルリターン計画として、火星衛星(フォボスとデイモス)を探査対象とした火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration: MMX)を進めています。MMX計画では、2024年の探査機打ち上げ、そして2029年の火星衛星サンプルの地球帰還を目指しています。火星の近くを回っている衛星フォボスの表土には、火星本体の表層物質が混入している可能性があります。それは、火星本体に小天体が衝突することによって、火星表層物質が吹き飛ばされ、その一部がフォボスまで到達し、降り積もるためです(図1)。MMX計画では火星衛星の表土を採取しますが、同時に、火星衛星に混入した火星表層物質も採取できる可能性があります。

図1. 火星における無数の小天体衝突と、破片のフォボスへの輸送過程のイメージ図。小天体衝突は、火星形成後から恒常的に、あらゆる方向から飛来する衝突天体により、火星全球で起こります。本研究では、火星史で起こった衝突の衝突過程の数値計算と、破片の軌道計算を詳細に行うことで、火星物質の火星衛星(フォボス)への輸送量を定量的に算出しました。
図1.
火星における無数の小天体衝突と、破片のフォボスへの輸送過程のイメージ図。小天体衝突は、火星形成後から恒常的に、あらゆる方向から飛来する衝突天体により、火星全球で起こります。本研究では、火星史で起こった衝突の衝突過程の数値計算と、破片の軌道計算を詳細に行うことで、火星物質の火星衛星(フォボス)への輸送量を定量的に算出しました。

研究成果

研究チームは、高解像度の衝突計算と破片の詳細な軌道計算を用いて、5億年前注1から現在までの間に火星上に発生した小天体衝突による、火星からフォボスへの衝突破片の輸送過程を定量的に評価しました。具体的には、発生時期や規模が異なる、さまざまな種類の小天体衝突によってフォボスへ輸送される火星物質量をそれぞれ算出しました注2(図2)。それらを合計した結果、従来考えられていたよりも10倍以上の量の火星表層物質がフォボスへ運ばれたことを示しました。さらに、火星のあらゆる場所で起こった小天体の衝突によって、火星の全球の表層物質がフォボスへ運ばれ、フォボスの表面に均質に混入することがわかりました。研究チームの見積もりでは、フォボスからサンプルを10 g採取した場合注3、その中に少なくとも30粒以上の火星粒子が含まれます。それに対して、火星上で現在知られている地質年代区分は7つです。したがって火星物質粒子が30粒以上あれば、火星上のすべての年代区分、つまり全時代の情報を含んだサンプルを手にできる可能性が高いことになります。これらの結果は、JAXAが計画している火星衛星探査に、質の面での新たな科学的価値をもたらすものです注4

図2. 本研究で算出した、過去の小天体衝突によってフォボスへ輸送される火星表層物質の量。「Zunil」、「Corinto」、「McMurdo」、「Tooting」、「Mojave」は、火星表面上に存在する直径10 km以上の新しいクレータ(10万年以内)を作った衝突による輸送量。「Random」は、最近5億年間に直径100 km以下のクレータを作った無数の小天体衝突によって輸送される総量。「260 km」は、最近5億年間で少なくとも一度は起こると考えられる、直径260 kmのクレータを作る衝突による輸送量。「Total」は、これらの合計値。右の縦軸は、輸送された火星物質がフォボス表層1 mに均質に混ざった場合の、火星物質の割合を示します。1 ppm は、100万分の1の割合を表す単位です。
図2.
本研究で算出した、過去の小天体衝突によってフォボスへ輸送される火星表層物質の量。「Zunil」、「Corinto」、「McMurdo」、「Tooting」、「Mojave」は、火星表面上に存在する直径10 km以上の新しいクレータ(10万年以内)を作った衝突による輸送量。「Random」は、最近5億年間に直径100 km以下のクレータを作った無数の小天体衝突によって輸送される総量。「260 km」は、最近5億年間で少なくとも一度は起こると考えられる、直径260 kmのクレータを作る衝突による輸送量。「Total」は、これらの合計値。右の縦軸は、輸送された火星物質がフォボス表層1 mに均質に混ざった場合の、火星物質の割合を示します。1 ppm は、100万分の1の割合を表す単位です。

今後の展開

現在、欧米や中国、インド等、各国が火星探査を計画しており、2020年代には本格的な国際火星探査の時代に突入します。その中でも、NASAとESAが主導する火星本体からのサンプルリターン計画では、2020年に調査ローバー(Mars2020)が打ち上げられ、計画通り進めば、2026年打ち上げのサンプル回収機により、2031年に火星サンプルが地球に帰還します。このような火星サンプルリターン時代において、JAXAではMMX計画で火星衛星からのサンプルリターンを計画し、2029年のサンプル帰還を目指しています。

本研究の結果から、火星本体に行かずとも、火星衛星から火星表層物質を採取可能であることが明らかになりました。また、火星本体の探査では、ある特定の領域の詳細な調査およびサンプル回収ができますが、サンプル回収地域周辺の限られた地質と時代区分にしかアクセスできません。一方、火星衛星から採取される火星サンプルは、火星サンプルリターンに比べると少量ですが、火星史を包括的に理解できる多様な物質を含んでいると期待されます。

研究支援

本研究は科学研究費助成事業 JP17H03486、JP17H01176、JP17H02990、JP17H01175、JP17K18812、JP17J01269、JP18HH04464、JP18K13600、JP19H00726、及び自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの援助(AB301018)を受けて実施されました。

注1

フォボスの軌道は時間と共に火星に近づいています。5億年以上前にさかのぼると、フォボスの軌道は火星から大きく離れ、衝突破片がフォボスへ到達する量は大きく減少するため、この数値計算では最近5億年間のみを考えています。

注2

デイモスに輸送される火星表層物質の量は、デイモスがフォボスよりも火星から離れた距離を公転しているため、フォボスに比べて約20倍小さくなります。

注3

MMX計画では、10g以上のサンプル採取を目指しています(Kuramoto et al. 2019 EPSC)。

注4

今回の研究成果は、MMX計画の惑星保護分類に影響を与えません。仮に微生物が火星表層に存在していたとしても、衝突滅菌と放射滅菌によって死滅するため、MMX計画で地球に持ち帰る火星衛星サンプル中に生きた微生物が存在する確率は、従来の見積もり通り100万分の1以下になります。詳しくは、以下を参照してください。

火星衛星探査に向けた国際的な惑星保護方針への貢献について|JAXAouter

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Transport of impact ejecta from Mars to its moons as a means to reveal Martian history
著者 :
R. Hyodo, K. Kurosawa, H. Genda, T. Usui, K. Fujita
DOI :

参考文献

[1] Chappaz, L., Melosh, H. J., Vaquero, M. & Howell, K. C. Transfer of impact ejecta material from the surface of Mars to Phobos and Deimos. Astrobiology 13, 963-980 (2013).

[2] Ramsley, K. R. & Head, J. W. Mars impact ejecta in the regolith of Phobos: Bulk concentration and distribution. Planetary and Space Science 87, 115-129 (2013).

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所

准教授 玄田英典

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

JAXA 宇宙科学研究所

国際トップヤングフェロー 兵頭龍樹

E-mail : hyodo@elsi.jp
Tel : 080-1296-8130

千葉工業大学 惑星探査研究センター

上席研究員 黒澤耕介

E-mail : kosuke.kurosawa@perc.it-chiba.ac.jp
Tel : 047-478-0320

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

千葉工業大学 入試広報課

E-mail : katsuma.ebine@p.chibakoudai.jp
Tel : 047-478-0222 / Fax : 047-478-3344


加熱だけで分子の形を環状に変換する手法を開発 環状構造の量産化とそれを利用した材料創製に貢献

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要点

  • 環状分子は他の形状分子と比べ特異な機能・物性を発現するが、合成が困難
  • 溶媒中で加熱することで、選択的に単一の環状構造へと変換することに成功
  • 大量合成に適し工業利用はもちろん環状骨格の詳細な機能・特性の解析に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の青木大輔助教(JST さきがけ研究者兼務)、桑田繁樹准教授、大塚英幸教授らは、簡便な実験操作で、所望する分子骨格を環状のトポロジー(分子の形)へと変換する手法を開発した。

青木助教らは「加熱により安定ラジカル[用語1]を発生する分子骨格」と「環化させたい分子骨格」を重合反応で化学的に連結させ、直鎖状高分子[用語2]へと変換。その後に、直鎖状高分子を希釈し加熱することで、選択的かつ簡便に環状構造へとトポロジー変換させることに成功した。この手法に適用できる分子骨格は低分子から高分子と幅広く、環状構造の量産化とそれを利用した材料創製に役立つと期待される。

分子量が中程度以上の環状高分子も含む環状分子[用語3] は、古くから他の形状の分子とは異なる特異な機能・特性を発現することが知られている。しかし環状という特異なトポロジーは、その合成を困難にしており、純度よく大量に合成する手法の開発が望まれていた。

研究成果は1月9日「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション)」に掲載された。

本研究の概念図

図1. 本研究の概念図

研究の背景

環状化合物、特に分子量が中程度からそれ以上の環状高分子は、古くから他の形状の化合物や高分子とは異なる特異な機能・特性を発現することが知られていた。しかし、一方で環状という特異な形状(トポロジー)は、その合成を困難にしており、狙った構造を選択的かつ大量に環状化する手法は今日の合成技術をもってしてもいまだ確立されていない。そのため、幅広い分野での工業的な利用はもちろん、学術的にも詳細な機能・特性の十分な解析は困難だった。

研究の経緯

環状化合物・高分子を合成[用語4]する際に最も重要となる反応ステップは「環化のプロセス」であり、いかに環化反応を効率よくかつ選択的に進行させるかが重要な鍵となる。今回の研究では、この環化のプロセスを副反応なく、自発的かつ選択的に引き起こすために動的共有結合[用語5]に着目した。

研究成果

青木助教らの研究グループは、環化のプロセスを副反応なく、自発的かつ選択的に引き起こすために動的共有結合に着目。中でも、熱によりその動的な特性を厳密に制御(on-off制御)することができる(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド骨格[用語6](以下 BiTEMPSと省略)は、以下の理由から研究を遂行する上で理想的な骨格であることを見いだした。

1.
100 ℃以上の加熱により特定の共有結合が可逆的に均一開裂し、安定ラジカルを発生する動的特性「on」状態、また加熱しなければラジカルは発生せず安定な共有結合として振る舞う= 動的特性「off」状態。
2.
熱によって発生する安定ラジカルの官能基許容性[用語7] は高いため種々の分子骨格に適用できる。
3.
安定ラジカルの結合交換反応が非常に早く起こる。
4.
加熱するだけで反応を誘起でき、酸素ケアや高価な触媒を必要としない。

以上のような特性を有する動的共有結合ユニットであるBiTEMPS骨格を、「環化させたい任意の構造」と重合反応させることで、共有結合で連結させ直鎖状高分子へと変換した。次に、得られた直鎖状高分子を希釈し、加熱することで、選択的かつ簡便に環状構造へとトポロジー変換させることに成功した。

すなわち、動的な特性が「on」となる高温条件下において、他の外部因子(溶媒の種類や濃度)を適切に選択することで、所望する環状の形状へとそのトポロジーを変換させ、トポロジー変換後は、動的な特性が「off」となる100℃以下へと冷却することで、外部因子に応じて変形した環状のトポロジーを固定化することができる。

この手法は、所望の分子骨格を大量スケールで簡便に環化することができるため、従来にはない理想的な環状骨格の合成法と捉えることができる。また、環化する対象骨格を低分子とした場合、比較的高濃度条件(1 g / 100 mL およそ 20 mmol/L)においても環化反応を引き起こすことができ、さらにBiTEMPS骨格を1つのみ有する環状化合物を高収率で単離し、その構造をX線結晶構造解析[用語8]により明確にすることにも成功した。

BiTEMPSの動的特性(on-off制御)を利用した環状化合物・高分子の合成法

図2. BiTEMPSの動的特性(on-off制御)を利用した環状化合物・高分子の合成法

今後の展開

今回、開発した手法は酸素ケアや触媒が要らず、簡便な操作で行うことができることから、幅広い分野での工業的な利用はもちろん、学術的にも環状骨格の詳細な機能・特性についてより詳細な解析が期待できる。また狙った分子骨格に環状分子特有の分子認識能や包接能といった特異の機能・物性を付与することもできる。この研究を契機に、環状分子を機能材料開発のツールとする新しい材料設計の指針を立てることができる。

用語説明

[用語1] 安定ラジカル : ラジカルは不対電子(電子対にならない電子)を持つ原子や分子である。一般的にラジカルは反応性が高いために、生成するとすぐに他の原子や分子間で反応を起こし、安定な分子やイオンとなる。ラジカルは大気中の酸素とも反応するため、有機反応に利用する場合、酸素を系中から取り除く必要がある。本研究で扱うBiTEMPS骨格から発生するラジカルは、化学的安定性に優れたラジカルであるため酸素に対しても不活性であり、種々の反応に利用することができる。

[用語2] 直鎖状高分子 : モノマーと呼ばれる単位分子が重合し、連続して結合することで形成するひも状の高分子の総称。ひも状であるため2つの末端構造を有する。

直鎖状高分子

[用語3] 環状分子 : 構成する原子が環状に結合した化合物であり、分子量が大きいものは環状高分子と呼ばれる。他の形状の分子と比べその内孔を利用した包接能や分子認識能といった特異な機能・物性を発現する。

環状分子

[用語4] 環状分子(環状高分子を含む)の合成法 : 環状分子(環状高分子を含む)の合成法については、これまで(i)鎖状分子の両末端の連結、(ii)環状開 始剤の環拡大、及び(iii)縮合重合反応による環状成分の選択的合成、のおもに3つの方法が報告されている。それぞれの手法で利点がある一方で、(i)では他の高分子鎖との反応を避けるために高希釈条件での反応が必須である。 (ii)では環状の開始剤を合成する際に環化のプロセスを経ることと、適用できるモノマー構造が限定され所望の構造を導入することが困難である。(iii)では反応の起点となる官能基を高分子主鎖骨格中に導入する必要があり、また分子量とその分布の制御が難しい点に、それぞれ問題がある。

環状分子(環状高分子を含む)の合成法

[用語5] 動的共有結合 : 共有結合でありながら可逆的な解離-付加を実現できる結合(動的共有結合)を利用する化学システムは、「動的共有結合化学(Dynamic Covalent Chemistry)」として注目を集めている。こうした平衡系の共有結合に基づく分子構造体は、熱力学的に安定な構造を有するが、特定の外部刺激(温度、触媒、光、化学種添加など)によってその構造が変化するというユニークな特徴を合わせもっている。

[用語6] ジスルフィド骨格 : 熱によってその動的特性を制御可能な(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド(BiTEMPS)の化学構造。

ジスルフィド骨格

[用語7] 熱によって発生する安定ラジカルの官能基許容性 : 化学反応を進行させる上で問題となるのはその選択性である。狙った骨格同士を共有結合で連結できれば理想的だが、反応性が高いものほど意図していない他の骨格とも反応してしまう。狙った骨格に対して反応性をもっていながらそれ以外の骨格(官能基)とは反応しない「官能基許容性」は有機合成反応を設計するにあたって重要な指標となる。

[用語8] X線結晶構造解析 : 単結晶X線回折法は、1つの単結晶内の電子雲の規則性を利用し、そのX線干渉模様を計測し、それを数値解析することによって、実像である電子雲の空間分布を解き明かす手法である。単結晶X線回折法を利用することで結晶内部の原子がどのように配列しているかを決定することができる。

今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ

研究領域:
「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」
研究総括:
村上修一(東京工業大学 理学院 教授)
研究課題名:
「空間結合を創る高分子トポロジー変換反応を鍵とした異種トポロジーの融合」
研究者:
青木大輔(東京工業大学 物質理工学院 助教)
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成30年10月~令和4年3月

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
A Strategy toward Cyclic Topologies Based on the Dynamic Behavior of a Bis(hindered amino)disulfide Linker
著者 :
Nao Tsurumi, Rikito Takashima, Daisuke Aoki, Shigeki Kuwata, and Hideyuki Otsuka
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系(JST さきがけ研究者兼務)

助教 青木大輔

E-mail : daoki@polymer.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2560 / Fax : 03-5734-2131

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

グリーンイノベーショングループ

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

長寿命核分裂生成物の半減時間を9年以下に短縮 高速炉を用いた効率的な核変換法を提案

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要点

  • 高速炉を利用し4種類の長寿命核分裂生成物を効率的に短寿命化・減量
  • 新しいLLFPターゲット集合体を考案
  • LLFPターゲットおよび減速材の材料特性、製造性を実験により実証

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の千葉敏教授、東北大学の若林利男名誉教授、東京都市大学 工学部 原子力安全工学科の高木直行教授、日本原子力研究開発機構の舘義昭博士らは、原子力発電所の放射性廃棄物に含まれる長寿命の核分裂生成物(LLFP)[用語1]であるセレン(79Se)、テクネチウム(99Tc)、パラジウム(107Pd)、ヨウ素(129I)の4種について高速炉[用語2]の炉心周辺に装荷することで、数10万年から1000万年以上の半減期を有するこれらの核種が半分になるのに要する時間を9年以下に短縮する方法を見出した。

この新LLFPターゲット集合体は、YD2およびYH2減速材[用語3]を組み合わせ、さらにLLFPのテクネチウムを熱中性子フィルター材料として使うことにより、隣接する燃料集合体の熱スパイク[用語4]を抑制しつつ、効率的な核変換を行うことができる。本方式はLLFPの同位体分離を要さないことも特徴である。

4核種の新LLFPターゲット集合体をナトリウム冷却MOX燃料(ウランとプルトニウムの混合酸化物)高速炉のブランケット領域に装荷した場合、サポートレシオ(SR)[用語5]1以上を確保しつつ、約8%/年の高い核変換率が達成できる。またLLFPターゲット、YH2およびYD2減速材の材料特性と製造の実験を通じLLFPターゲット集合体の実現性が明らかとなった。さらに、今後の効果的な再処理方法の実現により、これらの核種量を最終的に1/100程度まで低減させる可能性が拓かれた。

文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業原子力システム研究開発事業により東工大が委託を受けた「高速炉を活用したLLFP核変換システムの研究開発」の成果で、成果は「Scientific Reports」に2019年12月16日にオンライン掲載された。

長寿命核分裂生成物の中性子捕獲反応

背景

高速炉は、余剰中性子を活用することにより、消費した以上の燃料を増殖したり、廃棄物として生成したLLFPやマイナーアクチニド(MA)[用語6]を低減するなど、さまざまな目的に活用できる。MAおよびLLFPの核変換に関する多くの研究が行われている。LLFPに関しては環境への影響を低減するという観点から重要な6核種の核変換研究が実施されている。6種のLLFPは79Se、93Zr(ジルコニウム)、99Tc、107Pd、129I、135Cs(セシウム)である。

本研究グループではこれまでにナトリウム冷却酸化物燃料高速炉の炉心周辺にYD2減速材を適切に配置したLLFPターゲット集合体を装荷することにより、これら6種のLLFPを同時に核変換しサポートレシオ(SR)を1以上とする方法を明らかにしてきた。

しかしながら、この方法の核変換率は低いため、大量のLLFPを装荷し繰り返し照射のためリサイクルする必要があった。これにより、リサイクル中にLLFPが失われる可能性がある。高い核変換率を達成することは、LLFPターゲットをリサイクルする際のロスの削減に重要である。

6種のLLFPすべてについて高い核変換率とサポートレシオ>1を同時達成することは困難である。特に135Csと93Zrは中性子吸収断面積が低いため非常に難しいと考えられている。そのため地層処分上も問題となる79Se(半減期33万年)、129I(同1570万年)に加えて99Tc(同21万年)および107Pd(同650万年)を高い核変換率を達成する対象核種として選択した。

高い核変換率を達成するためには、LLFPターゲット内の減速材の割合を増加させることにより、熱中性子の数を増やす必要がある。この目的のために、先行研究で用いられた重水素(D)に加えて、水素(H)を適用するシステムを考案した。重水素と水素を組み合わせることにより、LLFPターゲット集合体に隣接する燃料集合体内の燃料ピン出力増加増大(熱スパイク)を抑制しつつ、高い核変換率を達成することが必要となる。

今回の研究では、同位体分離を行うことなく4種の長寿命核分裂生成物(79Se、99Tc、107Pd、129I)を高速炉の炉心周辺に装荷して高い核変換率を達成する方法を明らかにした。さらに、LLFPおよび減速材の材料特性と製造に関する実験により、LLFP核変換ターゲットの実現可能性も明らかにした。

研究成果

解析にはモンテカルロコードのMVPコードとMVP-burnコード[用語7]を、核断面ライブラリーはJENDL-4.0[用語8]を使用した。図1に高速炉におけるLLFPターゲット集合体の装荷位置を、表1に本手法による放射能半減期間短縮の度合いを示す。

高速炉におけるLLFPターゲット集合体の装荷位置

図1. 高速炉におけるLLFPターゲット集合体の装荷位置

表1. 高速炉におけるLLFPの核変換による寿命短縮効果

LLFP核種
半減期
(年)
核変換率
(%/年)
サポートレシオ
SR
核変換による実効半減期(年)
核変換による寿命短縮比
 
A
 
 
B
B/A
79Se
33万年
10.4
28.2
6.3
1/52,000
99Tc
21万年
7.9
4.3
8.4
1/25,000
107Pd
650万年
8.0
1.8
8.3
1/782,000
129I
1,570万年
7.5
1.5
8.9
1/1,770,000

79Seの場合、高い核変換率と隣接する燃料集合体の出力ピークの低減の観点から、ZnSe(セレン化亜鉛)とYD2の体積比は1:9に設定され、核変換率は10.4%/年になった。また、SRは約28を達成したことがわかった。

99Tcの場合、隣接する燃料集合体の出力ピークを抑制するために、減速材としてYH2とYD2を混合する手段を取った。 YH2とYD2の体積比を6:4に変更し、99Tcと減速材(YH2 + YD2)の体積比を1:9に変更すると、変換率は7.9%/年だった。SRは4.3で、SR > 1を満たしている。

107Pdの場合、PdとYD2の体積比を1:9に設定することにより、変換率は8.0%/年だった。これは、高い変換率と隣接する燃料集合体の出力ピークの低減の観点からである。SRは1.8を達成することも分かった。

129Iについては、熱中性子フィルターを備えた新しい129Iターゲット集合体 (図2参照)を発明し、隣接する燃料集合体の出力ピークを抑制した。熱中性子フィルターとして、129Iターゲット集合体の外層がTcに置き換えられた。TcピンのTcの体積比を40%に変更し、BaI2とYH2の体積比を1:9に変更することにより、変換率は7.5%/年、SRは1.5だった。

LLFPターゲット集合体の129Iピンと99Tcピンの配置

図2. LLFPターゲット集合体の129Iピンと99Tcピンの配置

LLFP核変換ターゲットの実現可能性は、LLFPターゲット、YH2およびYD2減速材の材料特性と製造に関する実験を通じて明らかにした。

これらの結果、LLFPを同位体分離を行うことなく高速炉のブランケット」領域に装荷することにより、表1のように79Seは7年、99Tc、107Pd、129Iを9年以下の照射時間で半分に減量可能であることが示された。これは放射能半減に要する時間を、約1/2万から1/200万に短縮できることを意味する。また、照射したLLFPターゲットの再処理方法を効率化することにより最終的な廃棄物量として1/100まで低減可能となることが分った。これにより地層処分の負担となる長寿命の放射性廃棄物処理に対する重要な進展が得られた。

今後の展開

今後はLLFPのリサイクルを考慮した核変換システム全体の研究が必要であると考える。LLFP核変換ターゲットの分離と回収のロス率を考慮し長寿命核分裂生成物を1/100まで低減する高速炉LLFP核変換システムの構築を目指す。また、軽水炉の使用済み燃料に含まれるLLFPを処理するシステムの研究も進めていく予定である。

用語説明

[用語1] 核分裂生成物(LLFP) : Long Lived Fission Products の略。使用済み核燃料に含まれる核分裂生成物のうち、特に半減期の長いセレン(79Se、半減期33万年)、ジルコニウム(93Zr、同153万年)、テクネチウム(99Tc、同21万年)、パラジウム(107Pd、同650万年)、スズ(126Sn、同23万年)、ヨウ素(129I、同1570万年)、セシウム(135Cs、同230万年)の7核種を示す。本研究では、このうち135Cs、126Sn、93Zrを除く4核種を短半減期(または安定核種)に高核変換するシステムを提案した。

[用語2] 高速炉 : 核分裂で発生する中性子を減速させることなく次の核分裂に利用する原子炉。特にプルトニウムにおいて、核分裂の起きる中性子のエネルギーが高いほど吸収された中性子あたりに発生する中性子が多く、また燃料以外への中性子吸収が減少する。その分、原子炉の運転維持以外に利用できる余剰中性子が増し、核燃料の増殖や不要核種の変換に回すことが可能である。

[用語3] 減速材 : 核分裂で発生する中性子と衝突して中性子のエネルギーを減らすために用いられる物質。一般に中性子捕獲断面積や核分裂断面積は核分裂で発生する中性子の持つエネルギーより低いエネルギーで大きいため、中性子エネルギーの調整のために用いられる。YH2は水素化イットリウム、YD2は重水素化イットリウム。

[用語4] 熱スパイク : 高速炉では核分裂中性子を減速せずに使用するのが通常だが、今回の研究のように炉心に減速材を入れるとそれによってエネルギーの低い中性子が増える。熱スパイクはそれに伴う核分裂の増加によって局所的に発熱量が増える現象。熱スパイクがあると原子炉全体の出力が制限を受け、発電量や核変換量に悪い影響を及ぼす。

[用語5] サポートレシオ(SR) : サポートレシオは、原子炉内で同じ期間に核燃料で生成されたLLFPの量に対する変換されたLLFPの量の比として定義される。これが1以上であれば当該物質を減少させることが可能。

[用語6] マイナーアクチニド(MA) : プルトニウム以外の超ウラン元素の総称。ネプツニウム、アメリシウム、キュリウムなどがあり、半減期が数万年以上のものが存在する。これらは使用済み核燃料に多く含まれ、これら放射性廃棄物の処理が課題となっている。

[用語7] モンテカルロコードのMVPコードとMVP-burnコード : 国内で開発された原子炉内での中性子及び光子の空間及びエネルギー分布を計算するためのコード(MVP)、及び中性子と炉内物質との相互作用によって起きる核変換を計算するためのコード(MVN-burn)。

[用語8] JENDL-4.0 : 原子力開発用の核データ(中性子と様々な原子核の相互作用確率や放射性原子核の崩壊確率等の総称)を特定の書式でまとめた日本の数値データライブラリーの最新版。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Study on method to achieve high transmutation of LLFP using fast reactor
著者 :
Toshio Wakabayashi, Yoshiaki Tachi, Makoto Takahashi, Satoshi Chiba & Naoyuki Takaki
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所

教授 千葉敏

E-mail : chiba.satoshi@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

東北大学

名誉教授 若林利男

E-mail : toshio.wakabayashi.c1@tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-7921

東京都市大学 工学部 原子力安全工学科

教授 高木直行

E-mail : ntakaki@tcu.ac.jp
Tel : 03-5707-0104

日本原子力研究開発機構 高速炉・新型炉研究開発部門 大洗研究所 高速炉サイクル研究開発センター 燃料材料開発部

材料試験課長 舘義昭

E-mail : tachi.yoshiaki@jaea.go.jp
Tel : 029-267-1919(5580)

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学 総務企画部広報室

E-mail : koho@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-4816

東京都市大学 企画・広報室

E-mail : toshidai-pr@tcu.ac.jp
Tel : 03-5707-0104(代)

日本原子力研究開発機構 広報部報道課

E-mail : ono.norihisa@jaea.go.jp
Tel : 03-3592-2346 / Fax : 03-5157-1950

1月15日9:10 お問い合わせ先に誤りがあったため、修正しました。

田中克典教授が日本化学会第37回学術賞を受賞

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1月7日、公益社団法人日本化学会が、2019年度各賞(日本化学会賞、学術賞、進歩賞、女性化学者奨励賞、化学技術賞、技術進歩賞、化学教育賞、化学教育有功賞、化学技術有功賞)受賞者を発表しました。

東京工業大学からは、物質理工学院 応用化学系の田中克典教授が、第37回学術賞を受賞しました。

同学会によると、学術賞は「化学の基礎または応用の各分野において先導的・開拓的な研究業績をあげた者」を表彰する賞です。

授賞式は、2020年3月23日(月)に行われます。

受賞テーマ

生体分子の化学修飾法による機能解明と治療への応用

受賞理由

生体分子のアミノ基を利用した効率的な化学標識・複合化法を実現し、分子イメージングや治療戦略を改革する独創的研究を展開した。さらに、タンパク質に複数種の糖鎖を均一に複合化させて、標的の細胞上で「パターン認識」を効果的に発揮させることにより、がん細胞を自在にターゲティングするとともに、その細胞内で触媒的に抗がん活性分子を合成して治療することを可能とした。これら「低毒性・高効率な万能標識法」、「糖鎖パターン認識」、ならびに「生体内合成化学治療法」の一連の成果は国際的にも高く評価されており、日本化学会学術賞に値するものと認められた。

今回の受賞について田中克典教授は次のようにコメントしています。

田中克典教授
田中克典教授

今回、日本化学会学術賞をいただき大変光栄に存じます。10年前には無駄だと言われ、不可能と言われてきた動物体内での天然物合成や創薬研究がやっと可能となってきました。これまで黙って見守ってくださり、ご指導くださった先生方やクレイジーなアイデアに付き合って実現してくれた共同研究者の皆さまに心からお礼申し上げます。ただ、これで研究は終わりではなく、私は医療診断の現場で使っていただいて初めて意味のある研究になると考えています。私達の一部の研究は国内外の診断法として使用され始めています。東京工業大学物質理工学院応用化学系では現場の治療にも展開して、社会に役立つ有機合成化学を実現したいと決意しております。

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お問い合わせ先

物質理工学院 応用化学系 教授 田中克典

E-mail : tanaka.k.dg@m.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2449

廃棄グリセロールからDHAと水素の生産に成功 地球上に豊富に存在する安価な酸化銅を触媒に採用

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要点

  • 東工大のラマン分光技術と台湾科技大の触媒反応技術を組み合わせて実現
  • 触媒表面における化学反応メカニズムを解明、最適な反応条件を見つけ出す
  • 廃棄物の資源化、水素の産生により持続可能な社会構築に向け大きな貢献

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の林智広准教授らは台湾国立科学技術大学のジア-イン チャン准教授(Prof. Chia-Ying Chang)のグループとの国際共同研究により、バイオディーゼル燃料の生産過程で廃棄物となるグリセロール[用語1]から、付加価値の高いジヒドロキシアセトン(dihydroxyacetone、DHA)[用語2]と水素を選択的に生成する技術の開発に成功した。安価な触媒である酸化銅(CuO)を用いた電気化学的反応により達成した。

本研究グループは、東工大のラマン分光[用語3]技術と台湾科技大の触媒反応技術を組み合わせることにより、触媒表面における化学反応メカニズムを解明し、最適な反応条件を見つけ出した。この研究によって、廃棄物の資源としての再利用に加え、水素の産生という2つの異なる成果が生まれ、持続可能な社会の構築へ向けた大きな貢献が期待される。

研究成果は、オランダの科学誌「Applied Catalysis B: Environmental(アプライド・カタリスィス・エンバイロメンタル)」オンライン速報版に2019年12月19日(現地時間)に掲載された。

研究成果

本研究の成果はCuOという地球上に豊富に存在し、かつ安価な材料を触媒として、バイオディーゼル製造の際の廃棄物であるグリセリンから、化粧品、甘味料などに使用されるDHAおよび水素を選択的に製造する技術を確立したことである。特にCuO触媒表面における化学反応を、ラマン分光を用いてその場観察[用語4]することで、反応メカニズムの解明、反応選択性を最大化するための反応条件の最適化の2つを達成した。

研究の背景

バイオディーゼル燃料(BDF)はカーボンニュートラルな軽油代替燃料として注目されているが、その製造時には副産物として原料の10%程度のグリセロール(グリセリン)が生成される。このグリセロールには有効な応用用途がなく、付加価値が高い物質への転換方法が求められていた。この物質転換の研究には金、白金などの貴金属が触媒に用いられていたが、地球上により豊富に存在する安価な触媒が求められていた。

高速炉におけるLLFPターゲット集合体の装荷位置
図1.
本研究の成果によって可能となるバイオディーゼル燃料の生産と廃棄物再生プロセス。バイオディーゼル燃料生産(左)における副生産物であるグリセリンから付加価値の高いDHAと水素を生み出す(右)。

今後の展開

現在、本国際共同研究において、さらなる新触媒の開発、反応効率の向上という2つの観点から実用化に向けた研究が進んでいる。触媒の種類、溶液条件(特にpH値)などの違いによる反応経路の違いなどのデータが蓄積してきたことから、今後は機械学習などの情報科学的手法との融合により、最小限の実験で最適な物質変換条件を導出する技術の開発を行っている。

国際共同研究チーム

国際共同研究チーム

用語説明

[用語1] グリセロール : 廃食用油からバイオディーゼル燃料を製造する際に発生する副生成物であり、再利用のための研究が多く行われている。グリセリンとも呼ばれる。

[用語2] ジヒドロキシアセトン(dihydroxyacetone、DHA) : 最も小さな単糖の1つ。無害な肌の着色料、脂肪燃焼・筋肉増強のためのサプリメントの原料としても利用されることが多い。

[用語3] ラマン分光 : 光を用いて分子振動を観察することにより、分子種・その量を 解析する手法。空気中・液中の試料も測定可能であることから、化学反応のその場観察に用いられることも多い。

[用語4] その場観察 : 様々な環境での材料の変化や物質の状態をリアルタイムで評価すること。

論文情報

掲載誌 :
Applied Catalysis B: Environmental
論文タイトル :
Selective Electro-oxidation of Glycerol to Dihydroxyacetone by a Non-precious Electrocatalyst - CuO
著者 :
Chin Liu, Makoto Hirohara, Tatsuhiro Maekawa, Ryongsok Chang, Tomohiro Hayashi, Chia-Ying Chiang
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 林智広

E-mail : tomo@mac.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5400

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東工大グローバル水素エネルギー研究ユニット 第5回公開シンポジウム InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム発足講演

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東京工業大学のグローバル水素エネルギー研究ユニット(GHEU)は、将来の「水素社会」に向けて、水素の利用体系について総合的かつ技術的な検討を進め、産官学の連携の下、さまざまな活動を展開しています。

加えて、国内外の水素利用技術の現状と将来展望を関係者の間で共有するために、公開シンポジウムを1年に1回開催しています。

会場の様子

会場の様子

5回目となった今回のシンポジウムのテーマは「脱炭素に向けた水素導入の社会ビジョン」です。11月21日に東工大蔵前会館くらまえホールで開催し、来場者は今年も300人を超えて、308人となりました。

来場者の所属も多様で、大学や研究機関の関係者をはじめ、メーカーやエネルギー関連企業、建設会社、商社など幅広い分野にわたる企業の方々や、政府や自治体の方々など、多くの分野の方が集まりました。

講演の中でも、コストについての話題が多く出て、水素利用技術の実現に向けて現実味が増していることを感じる内容となりました。

また、シンポジウムの後には意見交換会の場も用意され、多数の方が参加。異分野の交流の輪が広がっていました。

開会のあいさつをする岡崎特命教授
開会のあいさつをする岡崎特命教授

最初に、グローバル水素エネルギー研究ユニットの岡崎健ユニットリーダー(東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授)が開会のあいさつをしました。

岡崎ユニットリーダーは、東京2020オリンピック・パラリンピックが水素を社会に導入するフラッグシップになっているが、その後にさらなる拡大に向けた努力が必要だと訴えました。

そして、「水素の量的かつ面的な拡大だけではなく、地産地消、分散電源、水素エネルギーに対する社会の理解も拡大する必要がある。CO2フリー水素の定義や認証、制度設計も重要だ。これらについて自由に発言をしてほしい。水素エネルギーの普及について多角的に議論したい」と呼びかけました。

今回は、脱炭素に向けた新しい社会ビジョンや国内の水素エネルギー戦略の最新情報について、二つの招待講演を実施しました。

招待講演

「プラチナ社会へのイノベーション ~2050年、脱炭素化への社会ビジョン~」

株式会社三菱総合研究所 理事長(東京大学 第28代総長) 小宮山 宏氏

講演する小宮山氏
講演する小宮山氏

東京大学総長を退任した後、現在は株式会社三菱総合研究所理事長を務めている小宮山宏氏を招き、新しい社会ビジョンとして提唱している「プラチナ社会」とは何かを語っていただきました。

小宮山氏は、再生可能エネルギー由来の電力は、すでに低コストであり、再生可能エネルギー社会が目指すべき方向性で、中でも蓄エネルギー技術としての水素エネルギーの役割が重要であると話しました。さらに、水素利用技術についても触れ、製造コストを下げること、特に褐炭からの水素製造コストや水電解装置のコストを下げることができれば、今後の展開は大きく変わるという見方を示しました。

「水素社会実現に向けた経済産業省の取組」

経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギーシステム課
水素・燃料電池戦略室 課長補佐 宇賀山 在氏

講演する宇賀山氏
講演する宇賀山氏

経済産業省の宇賀山在氏を招き、日本の水素エネルギー戦略について、政策的な観点から最新情報を伝えていただきました。

国際水素サプライチェーン構築の一環として、日本とブルネイの水素プロジェクトや日本とオーストラリアの褐炭水素のプロジェクトが2020年度から実証フェーズに入り、どちらもキャリアに応じた特徴があり、いかに最適化するかが重要になると語りました。

パネル討論

「オリパラ後の水素導入拡大に向けた取り組みについて」

  • パネリスト
    前 東芝エネルギーシステムズ株式会社 水素・燃料電池技師長 中島良氏
    一般社団法人 日本ガス協会 企画ユニット 環境部長 深野行義氏
    一般社団法人 燃料電池開発情報センター 事務局長 羽藤一仁氏
    川崎重工業株式会社 技術開発本部 水素チェーン開発センター プロジェクト推進部 部長 新道憲二郎氏
    東京工業大学 工学院 機械系 平井秀一郎 教授
    東京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程/イノベーション科学系 梶川裕矢 教授

  • モデレータ
    東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授
    グローバル水素エネルギー研究ユニット 岡崎健ユニットリーダー

パネル討論の様子

パネル討論の様子

招待講演の後は、パネル討論が開かれました。岡崎ユニットリーダーがモデレータを務め、6人のパネリストがさまざまな話題を提供しました。

その中で、「オリパラ後のさらなる水素利活用を進めるには、ゴールの量的ポテンシャルをにらんだ上で『導入中間シナリオ』が必要」という意見や、「水素利用技術を導入する時期の初期はインセンティブ制度が重要」という指摘が出ました。

また、「大きなビジョンを描き水素をいろいろな形で使って需要をまとめる」ことの重要性や、「水素キャリアを合成メタンにすることで都市ガスのインフラを活用し社会コストを抑制しつつ脱炭素化に貢献できる」という考えも提示されました。

さらに、「オリパラを契機に水素の新しい魅力を考える必要がある」という声や、「水素エネルギーは国際的な安全保障にも寄与する」という見方など、いろいろな発言が次々に出ていました。

東工大 新エネルギー研究/教育コンソーシアム発足講演

「ビッグデータ科学を活用して新しいエネルギー社会をデザインする」
―東工大 InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムの設立―

  • 講演1: 「コンソーシアムが目指すエネルギー社会と研究概要」
    東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 伊原学 教授

  • 講演2: 「最適化アルゴリズムのエネルギーシステムへの展開の可能性」
    東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 小野功 准教授

  • 講演3: 「再生可能エネルギー大量導入に向けた連系用インバータによる系統安定化機能の開発」
    東京工業大学 工学院 電気電子系 河辺賢一 助教

  • 講演する伊原教授
    講演する伊原教授
  • 講演する小野准教授
    講演する小野准教授
  • 講演する河辺助教
    講演する河辺助教

本学は、新しいエネルギー社会構築に関する研究/教育コンソーシアム「InfoSyEnergy(インフォシナジー)研究/教育コンソーシアム」を新設します。このコンソーシアムは、ビッグデータ科学を活用して新しいエネルギー社会をデザインしていきます。

今回のシンポジウムでは、その概要と関連研究の紹介もしました。

まず、本学の水本哲弥理事・副学長(教育担当)があいさつをしました。

その中で、本学における三つの重点分野の一つがエネルギーであり、ビッグデータ科学を水素エネルギーなどいろいろなエネルギー研究に積極的に活用し、産業界も巻き込んで総合的なエネルギーの共同研究や特徴的な教育プログラムを実施するための組織として、この「InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム」を設立したと説明しました。

続いて、このコンソーシアムの代表を務める伊原教授が、「InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアムが目指すエネルギー社会と研究概要」と題して、学内の60名以上の教授、准教授を中心に、ここで取り組んでいく9つの重点研究テーマについて説明しました。

10年以上の枠組みとして作ったこのコンソーシアムで、大学と企業が一緒になって、学理をベースにした共同研究の実施とビジョンの共有をしていきたいと抱負を語りました。

また、すでに10社以上のInfoSyEnergyコンソーシアムへの参画が決まっており、企業紹介がありました。

また、このコンソーシアムに参加する小野准教授が、「最適化アルゴリズムのエネルギーシステムへの展開の可能性」という題で、自身の研究を説明しました。

試行錯誤を通じて目的関数を最小にする解を探索する「進化計算」が、エネルギーシステムに展開できる可能性を示しました。

最後に、若手の河辺助教が登壇しました。「再生可能エネルギー大量導入に向けた連系用インバータによる系統安定化機能の開発」と題して、再生可能エネルギーが電力系統の安定性に与える影響を解説しながら、インバータ連系リソースが系統の安定化に貢献することを説明しました。

シンポジウム後には、東工大蔵前会館 ロイアルブルーホールにて意見交換会が行われ、本学の益一哉学長があいさつしました。シンポジウムの熱気が引き継がれ、活発な議論が交わされました。

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
グローバル水素エネルギー研究ユニット

E-mail : ghec@ssr.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3019

本学教職員ら5名が第36回井上学術賞・井上研究奨励賞を受賞

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東京工業大学の教職員4名および本学学位取得者1名が2019年12月12日、公益財団法人井上科学振興財団(以下、井上財団)の第36回井上学術賞・井上研究奨励賞を受賞しました。

井上学術賞は、自然科学の基礎的研究で特に顕著な業績を挙げた50歳未満(申込締切日時点)の研究者に対して授与されるもので、賞状および金メダル、副賞200万円が贈呈されます。今回は、関係する38学会および井上財団の元選考委員や井上学術賞の過去の受賞者など155名に候補者の推薦依頼がなされ、32件の推薦を受け、選考委員会による選考を経て5件が採択されました。

井上研究奨励賞は、理学、医学、薬学、工学、農学等の分野で過去3年間に博士の学位を取得した37歳未満(申込締切日時点)の研究者のうち、優れた博士論文を提出した若手研究者に対して授与されるもので、賞状および銅メダル、副賞50万円が贈呈されます。今回は、関係242大学に候補者の推薦を依頼したうち38大学から133件の推薦があり、選考委員会における選考を経て40件が採択されました。

贈呈式は2020年2月4日(火)に行われます。

上記の賞を受賞した東工大関係者は以下のとおりです。

井上学術賞

笹川崇男 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授

受賞テーマ:トポロジカル物質科学の開拓

笹川崇男 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授

井上学術賞の受賞が決まり、大変嬉しく光栄に思います。

受賞内容の「トポロジカル物質科学の開拓」は、私が東京工業大学に着任して独立した研究室を主宰するようになってから始めた研究です。

まさに東工大で花を咲かせたテーマですので、喜びと感慨もひとしおです。

現時点の成果がまだまだ開花の段階であると思ってもらえるように、これからも学生さんたちや仲間の方たちと共に、楽しみながら研究を追求していきたいと思っています。

井上研究奨励賞

鳥海尚之 理学院化学系 特任助教

受賞テーマ:官能基の特性を利用したヘテロ芳香族分子の機能化

鳥海尚之 理学院化学系 特任助教

ベンゼン環に代表される芳香族性は、有機化学の根幹をなす概念の一つです。本研究では、高い塩基性・求核性を有する窒素原子の反応を足掛かりとして、外部刺激により芳香族性を制御することができる、新たなπ共役分子を開発しました。これらの分子は、透過性の高い近赤外領域において効率的な光吸収・発光を示すことから、バイオイメージングや有機薄膜太陽電池など、生命科学・物質科学への応用が期待できます。この度、このような名誉ある賞を頂きまして大変光栄に思っております。学部から博士課程まで6年間、多大なご支援、ご指導を賜りました東京大学 内山真伸 教授、理化学研究所 村中厚哉 専任研究員をはじめ、共同研究者の皆様および研究室の方々に心より感謝いたします。本受賞を励みとして、今後もよりいっそう研究に精進する所存です。

坂野遼平 情報理工学院 研究員

受賞テーマ:構造化オーバレイを用いた分散pub/subアーキテクチャ

坂野遼平 情報理工学院 研究員

このたびは、このような栄誉ある賞をいただけることになり、大変光栄です。

この10年でスマートフォンが爆発的に普及し、インターネットは私たちの生活になくてはならないものとなりました。有線/無線の通信速度が向上し、世界のインターネットトラフィックは月間100エクサバイトを超えてなお増大し続けています。このような流れは、いわゆるIoTの進展によっていっそう進むと考えられています。例えば自動運転の分野では、従来の地図データに歩行者や路面状況等のリアルタイムな情報を付加したダイナミックマップと呼ばれる技術の整備が進んでおり、多数のセンサや車両がネットワークを介して高度に連携する未来が近づいてきています。

億単位のデバイスが柔軟に情報交換をしながら連携するためにはどうしたらよいか…。博士後期課程では、そうしたIoTの「規模」の問題を解決すべく研究に取り組みました。特に、情報交換を担うメッセージングサーバにおけるスケーラビリティに着目し、多数のサーバで適切に処理を分担することで、より多くのデバイスが素早く情報交換を行える技術の実現を目指して研究を行いました。

ご指導いただきました首藤一幸准教授(本学 情報理工学院 数理・計算科学系)をはじめ、審査員の先生方、また議論させていただいたNTT未来ねっと研究所の皆様に、心より感謝申し上げます。本受賞を励みに、今後も研究活動に鋭意取り組んでまいります。

荻原直希 科学技術創成研究院 研究員

受賞テーマ:金属ナノ粒子と多孔性金属錯体の複合化による水の反応性の制御

荻原直希 科学技術創成研究院 研究員

多孔性金属錯体は金属イオンと有機配位子の自己集合により構築される多孔性材料であり、高い水吸着性を有することが知られております。本論文では、多孔性金属錯体に吸着された水分子が、バルク状態の水とは異なる物理的・化学的性質を示すことに着目し、その特異な水分子の反応性を理解することを目指しました。その目的の実現のために、高い触媒反応性を有する金属ナノ粒子に着目し、金属ナノ粒子と多孔性金属錯体が複合化された新たな評価物質系の構築を行いました。これにより、多孔性金属錯体に吸着された水分子は水性ガスシフト反応性を向上させる高活性な水として存在することを明らかにしました。さらに、多孔性金属錯体の細孔環境を適切にデザインすれば、水分子の反応性を系統的に制御できることも見出しました。

博士後期課程においてご指導いただきました京都大学の北川宏教授、小林浩和准教授をはじめ、共同研究者の皆様および研究生活を支えてくださった方々に心より御礼申し上げます。本受賞を励みとして、我が国の学術研究の発展に貢献出来るように、より一層研究活動に邁進していく所存です。

持田啓佑 国立研究開発法人理化学研究所 特別研究員(博士号の学位取得は東工大)

受賞テーマ:出芽酵母における小胞体と核の選択的オートファジーの研究

持田啓佑 国立研究開発法人理化学研究所 特別研究員(博士号の学位取得は東工大)

細胞内小器官である小胞体の一部がオートファジーで分解されていく現象は10年以上前に報告されていましたが、その詳細は不明でした。本研究では、小胞体の分解シグナルとして働く2つのタンパク質を同定し、その分解のメカニズムを明らかにすることが出来ました。また同定したタンパク質の一つを介して、細胞核の一部がオートファジーで分解されるという予想外の発見もありました。本研究にあたり、ご指導頂きました中戸川仁先生(東工大 生命理工学院 生命理工学系 准教授)および大隅良典先生(東工大 栄誉教授)、また共同研究者の皆様、研究を支えて頂きました研究室のメンバーに深く感謝申し上げます。

関連リンク

胃切除術による腸内環境の変化を解明 胃切除後の合併疾患の克服へ

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要点

  • 腸内細菌は、胃切除を含む様々な治療と関連する可能性があることが知られていますが、治療による腸内環境への影響は詳細には明らかになっていませんでした。
  • 本研究では、便検体を用いたメタゲノム解析およびメタボローム解析により、健常者と胃切除術を受けた患者を比較し、胃切除術後の患者に特徴的な腸内細菌叢やその機能、代謝物質の変化を明らかにしました。
  • 胃切除後の患者にみられる腸内細菌の豊富さと多様さは、腸内細菌の代謝機能の変化を反映していると考えられます。
  • また、大腸がんに関連する細菌や代謝物質の量が、胃切除後の患者、特に胃全摘術後の患者では相対的に多いことも確認されました。
  • 便検体を用いた腸内環境の評価は今後、胃切除後の低栄養や貧血などの併発症の要因を解析する非侵襲な手法としての応用が期待されます。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授と大阪大学 大学院医学系研究科の谷内田真一教授(ゲノム生物学講座・がんゲノム情報学、前国立がん研究センター研究所・ユニット長)、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授、国立がん研究センター・中央病院 内視鏡科の斎藤豊科長らの研究グループは、胃がんの治療として胃切除[用語1]の手術を受けた患者を対象に、凍結便を収集しメタゲノム解析[用語2]メタボローム解析[用語3]を行いました。

腸内細菌は、病気の発症や進行だけでなく術後の病状にも関与しています。本研究では、胃切除後の患者の併発症や栄養状態などの改善を目的として、これまでほとんど解明されていない、胃切除の影響による腸内細菌叢[用語4]の構造や代謝物質の変化を調べ、術後の併発症[用語5]との関連性を検討しました。その結果、胃切除術を受けた患者は健常者と比較して腸内環境に大きな違いがあり、大腸がんと関連する細菌や代謝物質が増加していることを明らかにしました。この成果は、便検体を用いて腸内環境を評価することにより、胃切除後の併発症の要因を理解し個々人の腸内環境を評価することで、胃切除後の併発症の予防や治療に貢献する医薬品などを生み出す可能性を示すものです。

本研究は1月17日に英国学会誌「Gut」に掲載されました。

背景

ヒト一人の細胞数が約37兆個であるのに対し、ヒト一人あたりの腸内細菌数はおよそ40兆個、重さにして約1~1.5 kgとされています。これらの腸内細菌叢の乱れが炎症性腸疾患[用語6]などさまざまな疾患と関係することが、最近になって分かってきました。また腸内細菌が、胃切除を含むさまざまな治療と関連する可能性があることも報告されています。胃切除は胃がんや重篤な肥満の治療法であり、欧米における肥満の治療のための胃切除手術の場合、術後の体重減少が腸内細菌叢の変化と関連することが報告されています。しかしながら、胃がんの治療のための胃切除による腸内環境への影響は、これまでほとんど明らかになっていませんでした。胃切除術後には、低栄養や貧血、ダンピング症候群などの併発症があります。また胃がんの患者は、腸内細菌との関連が指摘されている異時性大腸がんを術後に発症するリスクが高いことが知られています。したがって、胃切除術を受けた患者における腸内環境を探索することは重要と考えられました。

研究成果

研究グループでは、国立がん研究センター・中央病院 内視鏡科(斎藤豊科長ら)を受診し、大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を受けた106名の受検者(胃切除した患者50人と健常者56人)を対象として、食事などの「生活習慣などに関するアンケート」調査、凍結便、大腸内視鏡検査所見などの臨床情報を収集しました。この凍結便に対して、東京工業大学(山田拓司准教授ら)や慶應義塾大学先端生命科学研究所(福田真嗣特任教授ら)と共同で、メタゲノム解析とメタボローム解析を行いました。その上で、胃切除した患者50人と健常者56人の腸内細菌叢を比較し胃切除後の患者に特徴的な細菌や代謝物質を探索しました。

その結果、胃がんの治療のための胃切除術と、それに伴う消化管の再建が、患者の腸内環境に大きな影響を与えることが明らかになりました。これを踏まえて、胃切除後の生理学的な変化が、腸内細菌叢や代謝物質にどのような変化をもたらし、それが術後の病態にどのように影響するのかという、それぞれの変化の関連性について検討しました(図1)。

本研究で行った解析では、胃切除後の患者は健常者と比較して、腸内細菌の種の豊富さ[用語7]種の多様性[用語8]の高さが確認されました(図2 A、B)。これらの違いは、胃切除による腸内環境の変化を反映している可能性があります。その変化の1つとして、胃切除後の患者では、口腔内でよく検出される細菌の相対的な量が多いことが確認されました(図2C)。

胃切除術は、栄養障害、貧血、下痢、ダンピング症候群[用語9]などを引き起こすなど、術後の患者の代謝に影響を及ぼすことも広く知られています。本研究の解析でも、術後の患者の代謝の変化に関連する、腸内細菌の代謝機能の変化が見られました。例えば、胃切除後の患者では、小腸でのビタミンB12の吸収不足が知られていますが、今回の解析でも、ビタミンB12が小腸で吸収されずに大腸まで残り、それを細菌が利用するべく、ビタミンB12の摂取能力を持つ細菌が増加することが観察されました。

胃がんの患者は、異時性大腸がん[用語10]を発症するリスクが高いことも報告されています。胃切除後の発がんメカニズムは、散発性大腸がん(通常の大腸がん)とは異なる可能性がありますが、本研究では、散発性大腸がんに関連することが知られている細菌の種類や代謝物質が胃切除後に多いことが観察されました。研究チームは最近、大腸がんの発生の初期にのみ増加する細菌を同定しています(Nature Medicine 2019年6月号)。今回の解析でも、その1つであるAtopobium parvulum(図2D)や、発がんの初期から関連することが知られているFusobacterium nucleatum(図2E)が、胃切除後の患者で増加していることが認められました。特に、胃全摘術を受けた患者では、Fusobacterium nucleatumの量が多いことも確認されました(図2F)。さらに、肝臓がんおよび散発性大腸がんにおいて発がん性が知られているデオキシコール酸も、胃切除後の患者の便中に多く含まれていました(図3B)。こうした結果は、胃切除後の患者に対する定期的な全身のフォローアップの重要性を示しています。

図1. 本研究によって得られた仮説の概略図

図1. 本研究によって得られた仮説の概略図

胃切除による生理学的な変化を灰色、本研究により明らかになった腸内環境の変化を青色、その腸内環境の変化による影響を赤色で示しています。実線の矢印は、本研究の結果から説明できる繋がりを表しています。破線の矢印は、それぞれの繋がりが先行研究によって得られた仮説であることを表しています。

図2. 胃切除後の患者の腸内細菌叢の変化

図2. 胃切除後の患者の腸内細菌叢の変化

腸内細菌の種の豊富さ(A)とその多様性(B)はどちらも、胃切除後の患者で多いことが確認されました。(D、E、F)は、大腸がんの発がんとの関連性が報告されている細菌の一部の相対的な存在量を表しています。発がんの初期にのみ量が多いAtopobium parvulum(D)と、発がんの初期に関係することが知られているFusobacterium nucleatum(E)は胃切除後の患者で多いことが分かりました。また、Fusobacterium nucleatumは胃を全摘出した患者で特に多いことが確認されました(F)。D、E、Fでは図中の外れ値を省略して表示しています。

図3. 散発性大腸がんと関連する代謝物質の変化

図3. 散発性大腸がんと関連する代謝物質の変化

メタボローム解析により、胆汁酸[用語11]と関連がある代謝物質が胃切除後の患者で変化していることが認められました。肝臓がんおよび散発性大腸がんで発がん性が知られているデオキシコール酸は、胃切除後の患者で多いことが確認されました。一次胆汁酸であるタウロコール酸とグリココール酸は肝臓で生成され、その後腸肝循環[用語12]によって腸管内へ移動され、腸内細菌によってコール酸と二次胆汁酸の1つであるデオキシコール酸へ代謝されることが知られています。図中の代謝物質の箱ひげ図は外れ値を省略して表示しています。

今後の展開

本研究では、胃切除後の病態メカニズムを腸内環境の変化という観点から検討しました。その成果は、胃切除だけではなく、他の疾患の治療後の長期的な併発症にも応用可能なフレームワークの可能性を示しています。また、本研究成果は、胃切除後の患者に定期的に大腸内視鏡検査を行って、異時性大腸がんの発生を早期に発見する必要性がある可能性を示唆しています。本研究で明らかになった知見は、便検体を用いた腸内環境の観点から、胃切除後の低栄養や貧血などの病態を理解し、今後、その病態を非侵襲的に評価する手法として応用される可能性や、術後の栄養状態の改善などに腸内細菌の観点から介入し、それらを改善する医薬品や健康食品などを生み出す可能性があります。

支援事業

本研究は下記事業の支援を受けて行われました。

  • 日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「医と食をつなげる新規メカニズムの解明と病態制御法の開発」

    研究開発課題 : 生体試料(糞便や腸管粘膜等)のサンプリング法や解析法(特にメタゲノムならびにメタボローム解析)の標準化と臨床情報を含む統合的情報基盤の構築

    研究代表者 : 谷内田真一(大阪大学 大学院医学系研究科 がんゲノム情報学 教授、前 国立がん研究センター がんゲノミクス研究分野・特任ユニット長)

  • 日本医療研究開発機構 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)

    研究開発課題 : “Microbiome-Based Precision Medicine”を見据えた腸内微生物叢の変動に基づく大腸がん発症機構の解明と予防・診断・治療技術の創出

    研究代表者 : 山田拓司(東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授)

  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ

    研究領域 : ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化

    研究課題名 : ヒト腸内環境ビッグデータ

    研究者 : 山田拓司(東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授)

  • 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 AIP加速課題

    研究課題名 : ヒト腸内環境ビッグデータを基軸としたMicrobiome-based Precision Medicine

    研究代表者 : 山田拓司(東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授)

用語説明

[用語1] 胃切除 : 胃がんの外科治療法で、主に幽門側胃切除術(胃の出口側の約3分の2を切除)と胃全摘術がある。最近では病的な肥満の治療としても使われる。

[用語2] メタゲノム解析 : 環境(例えば腸管内の便)中の細菌群集からDNAを丸ごと抽出し、ゲノム配列を次世代シークエンサーで網羅的に解読し(全ゲノムショットガンシークエンス解析と呼ぶ)、情報解析の専門家が系統組成(どのような種類の細菌がいるか?)と機能(どのような機能を有する細菌がいるか?)の解析を行う技術。

[用語3] メタボローム解析 : 糖やアミノ酸など体内にある代謝物質(メタボライト)数百種類以上の含有量を、質量分析計を用いて一度に丸ごと成分を分析する技術。

[用語4] 腸内細菌叢 : ヒトまたは動物の腸内に生息し、共生関係にある細菌の総称。

[用語5] 術後の併発症 : 病気の初期状態とは別に、外科的処置後に発生した他の症状または合併症。

[用語6] 炎症性腸疾患 : 宿主であるヒトの免疫システムの異常により、消化管で炎症が生じる腸疾患。主に潰瘍性大腸炎とクローン病に区別される。

[用語7] 種の豊富さ : 特定のサンプル、コミュニティ、またはエリア内で観察される種の数。Chao1インデックスは、コミュニティ内の種の豊富さを推定する方法の1つとして用いられる。

[用語8] 種の多様性 : 種の豊富さと、特定のコミュニティ内での分布を説明する指標。シャノンインデックスやシンプソンインデックスなどが広く用いられる。

[用語9] ダンピング症候群 : 胃切除後に、胃内の食物が急速に小腸に流れ込んでしまうために生じる一連の症状。冷や汗、動悸、めまい、顔面紅潮、全身倦怠感、全身脱力感、全身熱感など。晩期では、高血糖または低血糖が生じることがある。

[用語10] 異時性大腸がん : 原発がんの6ヵ月以上後に発生する大腸がん。

[用語11] 胆汁酸 : 酸は通常、肝臓でアミノ酸のグリシンとタウリンまたは硫酸塩に結合して、結合した胆汁酸を形成する。一次胆汁酸は、腸内細菌によって代謝されて、デオキシコール酸などの二次胆汁酸を形成する。

[用語12] 腸肝循環 : 肝臓で代謝される薬や生体物質などが胆汁とともに腸管から十二指腸に分泌され、その後腸管から吸収され、門脈を経て再び肝臓に排出される一連の循環サイクル。

論文情報

掲載誌 :
Gut
論文タイトル :
Influence of gastrectomy for gastric cancer treatment on faecal microbiome and metabolome profiles
著者 :

Pande Putu Erawijantari1, Sayaka Mizutani1,2, Hirotsugu Shiroma1, Satoshi Shiba3, Takeshi Nakajima4, Taku Sakamoto4, Yutaka Saito4, Shinji Fukuda5,6,7, Shinichi Yachida3,8*, Takuji Yamada1*

1School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan

2Research Fellow of Japan Society for the Promotion of Science, Tokyo, Japan

3Division of Cancer Genomics, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan

4Endoscopy Division, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan

5Institute for Advanced Biosciences, Keio University, Yamagata, Japan

6Intestinal Microbiota Project, Kanagawa Institute of Industrial Science and Technology, Kanagawa, Japan

7Transborder Medical Research Center, University of Tsukuba, Ibaraki, Japan

8Department of Cancer Genome Informatics, Graduate School of Medicine, Osaka University, Osaka, Japan

*Corresponding authors(責任著者)

DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授

山田拓司

E-mail : takuji@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3591 / Fax : 03-5734-3591

大阪大学 大学院医学系研究科 がんゲノム情報学 教授

谷内田真一

E-mail : syachida@cgi.med.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-3360 / Fax : 06-6879-3369

国立がん研究センター 中央病院 内視鏡科 科長

斎藤豊

E-mail : ysaito@ncc.go.jp
Tel :03-3542-2511 / Fax : 03-3542-3815

AMED事業に関すること

難治性疾患実用化研究事業

日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課

E-mail : nambyo-info@amed.go.jp
Tel : 03-6870-2223

次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)

日本医療研究開発機構 戦略推進部 がん研究課

E-mail : cancer@amed.go.jp
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JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2066

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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E-mail : office@ttck.keio.ac.jp
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E-mail : ncc-admin@ncc.go.jp
Tel : 03-3542-2511(代表) / Fax : 03-3542-2545

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E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432


高効率で安定な固体触媒「Y3Pd2」を活用 鈴木カップリング反応の高活性化と安定性を実現

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要点

  • 炭素―炭素の結合の形成反応に高い活性と安定性をもつ固体触媒を発見
  • 触媒となる物質はY3Pd2という化合物で電子が陰イオンとして働く電子化物
  • 優れた特性はイオン化しやすい電子と負の電荷をもったパラジウムに起因

概要

東京工業大学 元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授、同センターの叶天南(Tian-Nan Ye)特任助教、北野政明准教授らは、金属間化合物[用語1]のなかで、電子が陰イオンとして働く電子化物(エレクトライド)[用語2]であるY3Pd2(イットリウム・パラジウム)が、鈴木カップリング反応[用語3]に対して高い活性と安定性をもつ固体触媒として機能することを見出した。

電子化物はこれまでアンモニアの合成や分解、オレフィン類[用語4]の選択的な水素化反応の触媒として有効に機能することが見出されてきたが、今回の研究成果により、電子化物の新たな適用範囲が広がったことになる。

炭素―炭素の結合形成[用語5]は、有用な有機分子を合成するのに極めて重要である。その中でも鈴木カップリング反応は取扱いが容易で適用範囲が広いため、工業分野で広く応用されている。その触媒としては溶媒に溶けるパラジウムの錯体が一般的に用いられているが、パラジウムを含む固体で活性が高く安定な物質であれば、反応後に触媒の回収が容易になるなどのメリットがある。

研究成果は英国科学誌Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーション)オンライン版に2019年12月11日に掲載された。

背景

鈴木カップリング反応は、有機化学で最も重要な化学反応の一つである炭素―炭素の結合を生成するのに広く用いられている。

RX + R'-B(OH)2→R-R’(1)

この反応では一般的に可溶性のパラジウムの錯体が触媒として用いられている。固体のパラジウム触媒を用いてこの反応を効率よく進めることができれば、反応物、出発分子や溶媒と触媒の分離が容易になる。さらに高価なパラジウムが構造中にしっかり組み込まれた金属間化合物では、反応によって表面からパラジウムの溶出が抑えられ、再利用性に優れたものが得られると期待できる。

研究成果

空気中でも安定な金属間化合物Y3Pd2(図1)を鈴木カップリングの触媒に用いると、図2のようにパラジウム(Pd)金属だけの場合よりも触媒活性が大幅に増大し、反応の活性化エネルギーも約30%減少した。また、触媒を繰り返して使用しても活性の低下は観測されず、それ自体にも変化が見られなかった。このような触媒活性と安定性はこれまで同反応に対して報告された固体触媒の中で最も優れていると判断できる。

Y3Pd2の結晶構造。Yの囲まれたサイト(X)に高い濃度の電子が存在する。

図1. Y3Pd2の結晶構造。Yの囲まれたサイト(X)に高い濃度の電子が存在する。

検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

図2.
検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

研究の経緯

電子がアニオン(陰イオン)としてみなすことができる物質は電子化物(エレクトライド)と総称される。細野栄誉教授らの研究グループは、これまで電子化物で最大の課題となっていた空気中で安定な物質を2003年に初めて実現して以来、電子化物の物質科学とその応用に力を注いでいる。

これまでの研究で、電子がいずれの構成元素の軌道に属さないので、仕事関数[用語6]が小さいという普遍的な物性を有することを明らかにしており、この物性を活用できる応用を検討してきた。温和な条件下でのアンモニア合成触媒の開発はその一例である。2016年には電子化物の母物質は絶縁体だけでなく、金属間化合物まで拡張できることを報告した。

Y3Pd2は結晶構造内に3種の空隙が存在し、そこに高い電子密度をもつ金属間化合物である。その仕事関数は3.4 eV(電子ボルト)で、パラジウム金属(5.1 eV)より圧倒的に小さい。また、パラジウムは電子陰性度[用語7]の小さいイットリウムによって、X線光電子分光のピークの位置から分かるように、明確に負の原子価になっている。

低仕事関数のアニオン電子[用語8]と負の原子価をもつパラジウムによって、反応分子であるハロゲン化アリール[用語9]に作用して電子を供与することで、カップリング反応の律速段階である炭素―ハロゲン結合の切断を促進することで、優れた触媒作用を示すと考えられる(図3)。

反応機構の模式図

図3. 反応機構の模式図

今後の展開

今回の研究は金属間化合物の電子化物を炭素―炭素結合の生成反応の触媒に応用したもので、金属間化合物の電子化物LaCoSi(ランタンとコバルトの金属間化合物)のアンモニア合成触媒(2018 Nature Catalysisに掲載)に続くものである。今後、より価値の高い反応へ展開することをめざしている。

用語説明

[用語1] 金属間化合物 : 二種類以上の金属元素(炭素、窒素のような非金属元素を含む場合もある)が簡単な整数比で結合した化合物で、成分金属元素と異なる特有の物理的・化学的性質を示す。

[用語2] 電子化物(エレクトライド) : 電子がアニオン(負に荷電したイオン)として働くとみなすことができる化合物。

[用語3] 鈴木カップリング反応 : カップリング反応は2つの化学物質を選択的に結合させる反応のこと。中でも鈴木カップリングはパラジウムの錯体を触媒とし、炭素―炭素の結合を得るために広く用いられている。

[用語4] オレフィン類 : 不飽和炭化水素。二重結合のある炭化水素類のこと。

[用語5] 炭素―炭素結合 : 2つの炭素原子間の共有結合。

[用語6] 仕事関数 : 固体内部にある電子を、固体の外、正確には真空中に取り出すために必要な最小限のエネルギーの大きさのこと。

[用語7] 電気陰性度 : 原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度。小さいほど陽イオンになりやすい。

[用語8] アニオン電子 : 固体中で陰イオンとして働く電子。

[用語9] ハロゲン化アリール : 芳香族化合物のうち、芳香環上の水素の1個がハロゲン原子に置換したものの総称。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Palladium-bearing intermetallic electride as efficient and stable catalyst for Suzuki cross-coupling reactions(鈴木カップリング反応に適した高効率で安定な触媒としてのパラジウム系金属間化合物エレクトライド)
著者 :
叶天南(Tian-Nan Ye)、Yangfan Lu、肖泽文(Zewen Xiao)、李江(Jiang Li)、中尾琢哉(Takuya Nakao)、阿部仁(Hitoshi Abe)*、丹羽尉博(Yasuhiro Niwa)、北野政明(Masaaki Kitano)、多田朋史(Tomofumi Tada)、細野秀雄(Hideo Hosono)
(*高エネルギー加速器研究機構、他は東工大元素戦略研究センター)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター長、栄誉教授

細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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異なる架橋高分子材料を接着する新手法を開発 自己修復研究の技術を革新的接着に展開

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要点

  • これまで困難だった架橋高分子の粉末を混合一体化する革新的手法を開発
  • 可逆的に分子が組み換わる「動的共有結合」による架橋高分子の自己修復に関する独自の研究成果を異種架橋高分子の接着に展開
  • 開発された接着方法は簡便であり、多くの高分子新素材開発への展開に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授、青木大輔助教らは、再加工が困難とされる架橋高分子[用語1]の粉末を分子レベルで接着させ、簡便な操作で新規の高分子素材をつくる革新的手法を開発した。可逆的に分子が組み換わる動的共有結合[用語2]を利用する自己修復性高分子[用語3]に関する独自の研究成果を活用し、架橋高分子の粉末を複数混合、加熱することによって、異種架橋高分子を分子レベルで接着させることに初めて成功した。

動的共有結合は従来から知られる一般的な高分子合成法によって導入できる。また接着方法も簡便なため、今後、多くの高分子新素材開発への展開が期待されるだけでなく、異種材料の革新的な接着技術としても応用が期待される。

分子の鎖が網目状につながった架橋高分子は、ゴムのような柔らかい素材から樹脂のような硬い素材まで、化学構造の違いによって多様な性質を示し、汎用材料から最先端素材まで私たちの生活を支えている。大塚教授らはこれまでに、架橋高分子の一部に組み換え可能な特殊な共有結合を導入することにより、高分子材料の内部や界面で共有結合が組み換わり、架橋高分子に自己修復性を付与することに成功している。

研究成果は2019年12月30日発行のドイツ化学会誌(Wiley-VCH)「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)International Edition」に掲載された。

研究の背景

異なる素材を効率的に接着させることで、多くの製品がつくられているが、部品を接合させるための部材や接着剤を使わずに異種材料の接着を行うことで、例えば、自動車や航空機の部材などの軽量化を実現でき、燃費向上による省エネ化、低炭素化に貢献することが期待されている。部材や接着剤を使わない接着技術を実現するためには、分子の鎖が網目状につながった架橋高分子の接着技術が必要である。架橋高分子は柔らかい素材から硬い素材まで、化学構造の違いによってさまざまな性質を示し、汎用材料から最先端素材まで私たちの生活を支えている。だが、架橋高分子は溶解性や溶融性を示さないため、異なる架橋高分子を混合一体化することが困難という課題があった。

大塚教授らはこれまでに、架橋高分子の一部に「動的共有結合[用語2]」と呼ばれる組み換え可能な共有結合を導入することで、高分子材料の内部や界面で共有結合が組み換わり、架橋高分子に亀裂や傷を復元できる自己修復性を付与することに成功している。しかしながら、こうした成果は同一の架橋高分子に限られており、異なる架橋高分子を使った技術に適用された例はない。

研究成果

大塚教授らは自己修復性高分子に関する独自の研究成果を活用して、動的共有結合を組み込んだ架橋高分子の粉末を複数混合し、加熱することで、異種架橋高分子を分子レベルで接着させて混合一体化ことに初めて成功した(図1)。動的共有結合は、従来からよく知られている一般的な高分子合成法によって、架橋高分子の中に導入された。

今回の研究では、これまで自己修復性を付与するために利用していた熱により動的性質を示すビス(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド (BiTEMPS)[用語4]と呼ばれる分子骨格の組み換え反応に基づいた、異種架橋高分子間の新規融合手法を開発した。BiTEMPSは以下の理由から穏和な条件で異種架橋高分子の融合を実現する上で理想的な骨格であることを見いだした。

1.
100℃程度の加熱により特定の共有結合が可逆的に均一開裂[用語5]し、安定ラジカルを発生する。
2.
熱によって発生する安定ラジカルの官能基許容性[用語6]が高いため、多くの分子構造は影響を受けないことから、種々の高分子に適用できる。
3.
安定ラジカルを介した動的共有結合の組み換え反応が非常に早く起こる。
4.
空気中で加熱するだけで反応を誘起でき、高価な触媒を必要としない。

図1. 異なる架橋高分子材料を接着させる新手法の概念図

図1. 異なる架橋高分子材料を接着させる新手法の概念図

図2. 異なる架橋高分子材料を接着させて混合同一化させたフィルム

図2. 異なる架橋高分子材料を接着させて混合同一化させたフィルム

以上のような特性を持つ動的共有結合ユニットであるBiTEMPS骨格を、異なる主鎖骨格を持つ架橋高分子中に組み込み、架橋高分子間における結合組み換え反応を引き起こすことで、無溶媒条件下で融合を達成した。図2に示すように、架橋高分子の粉末を均一に混合し、鋳型に入れて加熱すると、粒子界面が分子レベルで接着し混合一体化する。得られたフィルムは、可視光の波長レベルで均一化しており、透明性が大幅に向上することを明らかにした。一方、動的共有結合を導入しなかった架橋高分子では、このような透明化は全く観測されない。

研究の経緯

革新的な接着技術の登場が要望されている中で、これまで研究を進めてきた高分子の自己修復現象を「同一高分子材料間の接着」と捉えることで、「異種高分子材料間の接着」や「材料の再加工性の向上」にも適用できるのではないかとの着想を得て、研究が行われた。本研究は、革新的な接着技術を開発することで画期的なモビリティ製造イノベーションを目指す未来社会創造事業「界面マルチスケール4次元解析による革新的接着技術の構築」(研究開発代表者:田中敬二 九州大学教授)の一環として実施された。本研究開発課題では、科学的知見に基づいたモビリティ等のマルチマテリアル化や軽量化に資する次世代接着技術設計指針の構築及びその指針に基づく高機能な接着技術の創出に取組んでおり、大塚英幸教授らのグループはその中で自己修復性の分子骨格を利用した革新的接着技術の開発に取り組んでいる。

今後の展開

本研究で架橋高分子の自己修復技術を異なる架橋高分子の混合同一化に展開できることが実証された。今後は高分子新素材開発や異種材料の革新的接着技術の開発に本技術を導入し、実装環境へ適合するための改良等を継続することで社会実装に向けて研究を加速する。

用語説明

[用語1] 架橋高分子 : 鎖状高分子の分子鎖間にところどころ橋渡しの結合をさせた重合体。線状高分子は適当な溶媒に溶解し、加熱によって溶融する。しかし架橋された高分子はいかなる溶媒にも溶解せず、加熱しても溶融しない。架橋の方法には、適当な試薬(架橋剤)を反応させるか、前もって架橋成分を加えて重合させる方法などがある。

[用語2] 動的共有結合 : 共有結合は原子間での電子対の共有を伴う化学結合。動的共有結合は可逆的な解離-付加を実現できる平衡系の結合である。動的共有結合を利用する化学システムは「動的共有結合化学」として注目を集めている。こうした平衡系の共有結合に基づく分子構造体は、熱力学的に安定な構造を持つ一方で、特定の外部刺激(温度、触媒、光、化学種添加など)によってその構造が変化するというユニークな特徴を併せ持っている。下図に示すように、可逆的に解離-付加をするだけでなく、結合が組み換わる。

動的共有結合:共有結合は原子間での電子対の共有を伴う化学結合。動的共有結合は可逆的な解離-付加を実現できる平衡系の結合である。動的共有結合を利用する化学システムは「動的共有結合化学」として注目を集めている。こうした平衡系の共有結合に基づく分子構造体は、熱力学的に安定な構造を持つ一方で、特定の外部刺激(温度、触媒、光、化学種添加など)によってその構造が変化するというユニークな特徴を併せ持っている。下図に示すように、可逆的に解離-付加をするだけでなく、結合が組み換わる。

[用語3] 自己修復性高分子 : 材料に入った亀裂や傷を復元できる特性。プラスチックに代表されるさまざまな高分子材料に自己修復性を付与できれば、長寿命化によって地球温暖化の緩和やエネルギー消費の低減化に貢献できる。

[用語4] 熱により動的性質を示すビス(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジ スルフィド(BiTEMPS)の化学構造 : 立体的に混み合っている中央の硫黄-硫黄結合が、加熱条件下では可逆的に開裂と再結合を繰り返すため、動的共有結合骨格として機能する。

熱により動的性質を示すビス(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド(BiTEMPS)の化学構造:立体的に混み合っている中央の硫黄-硫黄結合が、加熱条件下では可逆的に開裂と再結合を繰り返すため、動的共有結合骨格として機能する。

[用語5] 均一開裂 : 上記のBiTEMPS骨格のS-S結合のように、結合が対称的に開裂すること。共有結合が均一開裂するとラジカル種を与える。

[用語6] 熱によって発生する安定ラジカルの官能基許容性 : 化学反応を進行させる上で問題となるのはその選択性である。狙った骨格同士で化学反応を進行させることができれば理想的だが、反応性が高いものほど意図していない他の骨格とも反応してしまう。狙った骨格に対して反応性を持っていながらそれ以外の骨格(官能基)とは反応しないことは「官能基許容性」と呼ばれ、化学反応を設計するにあたって重要な指標となる。

今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業

研究開発課題名:
「界面マルチスケール4次元解析による革新的接着技術の構築」(研究開発代表者:田中敬二 九州大学教授)
研究者:
東京工業大学 物質理工学院 大塚英幸 教授
研究実施場所:
東京工業大学

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Fusion of Different Cross-linked Polymers Based on Dynamic Disulfide Exchange
著者 :
Ayuko Tsuruoka, Akira Takahashi, Daisuke Aoki, Hideyuki Otsuka
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 大塚英幸

E-mail : otsuka@polymer.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2131 / Fax : 03-5734-2131

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

若松英輔教授著『小林秀雄 美しい花』が第16回蓮如賞を受賞

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授賞式の様子
授賞式の様子

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の若松英輔教授の著書『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋刊 2017年12月10日発行)が、第16回蓮如賞を受賞し、2019年12月9日に京都市山科区の東山浄苑東本願寺で授賞式が行われました。

蓮如賞は、蓮如の五百回忌を記念し、1994年に本願寺維持財団(当時:現一般財団法人本願寺文化興隆財団)によって創設されました。日本文学、日本文化を高揚すべく設けられたもので、日本人の精神文化に深く根差したノンフィクション文学作品が受賞作に選ばれています。
現在の選考委員は柳田邦男氏(作家)、山折哲雄氏(宗教学者)です。

若松教授のコメント

若松教授

受賞の連絡があったのは、都内の食料品店で、夕食のために食べ物を買っているときだった。こうした賞は、たいてい最終候補に残ると事前に連絡が来ていて、当日は、どこか気がそぞろになりながら待つ、というのがよくある光景なのである。だが、今回は違った。まったく準備がないだけでなく、無防備な日常に割り込んできた出来事で、小林秀雄の言葉を借りれば、小さな「事件」になった。

「蓮如」は、さまざまな意味で親しい名前である。故郷の北陸は浄土真宗が盛んなところで、蓮如の名前はいつからか忘れ得ぬ存在になっていた。さらに、本書にも書いたが、小林の「友」でもあった中野重治が福井県の出身で、その家は、とても熱心な門徒だった。こうしたゆかりのある人物の名を冠した賞には格別の意味を感じる。

受賞は素直にうれしい。書いたことが認められたというだけでなく、信頼する仲間たちとの仕事が世に受け容れられたということが、素朴に喜ばしい。編集者、校正者、装幀者どの仕事がなくても、この本は生まれなかった。選考委員という「未知なる」読者に出会えたことも予期せぬ喜びである。およそ一年半前にだした本でもあり、この本が、選考委員の手に届いているとは思いもしなかった。

はじめて小林秀雄の作品を手にしたのは一六歳のときである。それから三十余年を経て、この本は生まれた。

どの本にも生まれるべき「時」がある。奇妙に聞こえるかもしれないが、書き手はそれを自由にできない。本のちからが強いとき、書き手が本に従う、といった実感すらある。

本書は、一九六一年に四九歳で亡くなった越知保夫に捧げられている。誤解を恐れずに、私の実感をそのままに表現すれば、彼の助力によってようやく本書を書き上げることができたように感じている。彼に捧げるというのもおかしな話なのかもしれない。彼は、遠くにいた人ではなく、ある意味では、もっとも近くにいた共同者だからだ。むしろ、彼と共に今回の受賞を喜ばねばならないのかもしれない。

『小林秀雄 美しい花』について

『小林秀雄 美しい花』
『小林秀雄 美しい花』

この作品の受賞は、2018年の第16回角川財団学芸賞に続いてのものとなります。

帯の一節を紹介します。

「小林秀雄は月の人である。

中原中也、堀辰雄、ドストエフスキー、ランボー、ボードレール。

小林は彼らに太陽を見た。

歴史の中にその実像を浮かび上がらせる傑作評伝。」

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「スライムの化学」を利用した第5のがん治療法 液体のりの主成分でホウ素中性子捕捉療法の効果を劇的に向上

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要点

  • 液体のりの主成分であるポリビニルアルコールを中性子捕捉療法用のホウ素化合物に加え、治療効果を大幅に向上。
  • マウスの皮下腫瘍に対する治療効果はほぼ根治に近いレベルを実現。
  • 臨床応用を目指し、ステラファーマ株式会社の協力を得て研究を推進。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の野本貴大助教と西山伸宏教授(川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター主幹研究員兼任)の研究グループは、液体のりの主成分であるポリビニルアルコール[用語1]中性子捕捉療法用のホウ素化合物(ボロノフェニルアラニン=BPA)[用語2]に加えるだけで、その治療効果を大幅に向上できることを発見し、マウスの皮下腫瘍をほぼ消失させることに成功した。

BPAはがんに選択的に集積することができる優れたホウ素化合物であるが、がんに長期的に留まることができず、その滞留性を向上させることが強く望まれていた。野本助教と西山教授は、スライムの化学[用語3]を利用してポリビニルアルコールにBPAを結合することにより、結合させた物質ががん細胞に選択的かつ積極的に取り込まれ、その滞留性を大きく向上できることを発見した。さらに、京都大学研究用原子炉にて、マウスの皮下腫瘍に対するその治療効果を検討した結果、ほぼ根治することを確認した。本研究成果は、従来の方法では治療困難ながんに対する革新的治療法として応用が期待される。

本研究成果は2020年1月22日(米国東部時間)に米国のオープンアクセスオンライン科学誌「Science Advances」に掲載された。また本研究の臨床応用を目指し、ステラファーマ株式会社[用語4]の協力を得て研究を進める予定である。

背景

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)[用語5]は、ホウ素(10B)に対して熱中性子[用語6]を照射することにより核反応を起こし、細胞傷害性の高いアルファ粒子[用語7]リチウム反跳核[用語8]を発生させて、それによりがんを治療する方法である(図1)。従来の方法では治療することが困難な再発性のがん、多発性のがんに対しても有効であるため、第4のがん治療法と呼ばれる免疫療法に続く、第5のがん治療法として大きな期待を集めている。

BNCTではいかにホウ素をがんに選択的に集積させることができるかが重要である。現在、臨床で主に使用されているホウ素化合物はボロノフェニルアラニン(BPA)という物質である。BPAは、LAT1[用語9]というがん細胞上に多く発現しているアミノ酸トランスポーターを介して細胞に取り込まれる性質があるため、選択的にがんに集積することができる化合物である。

現在、BPAの臨床試験はステラファーマ株式会社が行っており、臨床試験第II相において、再発頭頸部がんに対しBNCT施行90日後の奏効率71.4%という治療効果が得られている。このように使用されているBPAだが、がん細胞に選択的に集積することができるものの、長期的にはがん細胞に滞留することができないケースもあり、BPAのがんにおける滞留性を長期化できれば、BNCTの治療効果を更に向上できると考えられていた。

図1. BNCTの原理

図1. BNCTの原理


ホウ素と熱中性子が核反応を起こし、細胞傷害性の高いα粒子とリチウム反跳核を産生する。これらの粒子ががん細胞に致命的な傷害を与える。これらの粒子の移動距離は細胞1個の大きさ程度に相当するので、ホウ素をがん細胞だけに集めることが重要である。

研究成果

BPAががん細胞に長期的に留まることができない原因の一つとして、LAT1の交換輸送メカニズムが関連していると考えられている。LAT1は細胞外のBPAを取り込む際に細胞内のアミノ酸を排出するが、細胞外のアミノ酸を取り込む際に細胞内のBPAを排出することもある。その結果、細胞外のBPA濃度が低下すると細胞内のBPAが流出してしまう現象が起きる(図2)。このような細胞外へのBPAの流出を抑えるために、東京工業大学の野本助教と西山教授の研究グループは、液体のりとホウ砂から作られるスライムと同様の化学反応を利用した方法を開発した。

図2. BPAの細胞内取込み・細胞外流出のメカニズム

図2. BPAの細胞内取込み・細胞外流出のメカニズム


細胞外のBPA濃度が高いときはLAT1を介してBPAが細胞内に取り込まれ、細胞内のアミノ酸が細胞外に排出される。一方、細胞外のBPA濃度が低いときは細胞外のアミノ酸が取り込まれ、細胞内のBPAが細胞外に排出される。

液体のりの主成分であるポリビニルアルコール(PVA)は、生体適合性の高い材料として古くから研究されてきた物質であり、さまざまな医薬品の添加物としても使用されている。PVAは多くのジオール基[用語10]を持っており、このジオール基はホウ酸やボロン酸と呼ばれる構造と水中でボロン酸エステル結合を形成することができる。野本助教と西山教授らはこの化学を利用してBPAをPVAに結合させたところ、PVAに結合したBPA(PVA-BPA)はLAT1介在型エンドサイトーシス[用語11]という経路で細胞に取り込まれるようになり、従来のBPAが細胞質に蓄積するのに対し、PVA-BPAはエンドソーム・リソソーム[用語12]に局在するようになった(図3(A))。その結果、がん細胞に取り込まれるホウ素量が約3倍に向上し、細胞内で高いホウ素濃度を長期的に維持することが可能となった。

更に、マウスの皮下腫瘍モデルを用いて、がんへの集積性を評価したところ、従来のBPAと同等以上の集積性を示した(図3(B))。従来のBPAは徐々に腫瘍内の集積量を低下させた一方で、PVA-BPAはその高いホウ素濃度を長期的に維持することができた。そして、熱中性子を照射すると、PVA-BPAは強力な抗腫瘍効果を示し、ほぼ根治に近い結果を得ることができた(図3(C))。

図3. 研究成果の概要

図3. 研究成果の概要


(A)
今回発明したPVA-BPA:スライムの化学を利用してBPAをPVAに結合した。PVA-BPAはLAT1介在型エンドサイトーシスにより細胞に取り込まれエンドソーム・リソソームに局在するようになる。
(B)
腫瘍への集積性・滞留性:PVA-BPAは、従来のBPAと比較して優れた腫瘍集積性と滞留性を示した。
(C)
BNCTの効果:PVA-BPAを用いたBNCTではほぼ根治に近い治療効果が得られた。

今後の展開

BNCTの開発において、我が国は最先端の研究をリードしている状況である。このBNCTの最先端研究を支えてきたのは、我が国の学術界で唯一、BNCTに必要な中性子を産生することができる京都大学複合原子力科学研究所の研究炉(KUR)の役割が極めて大きい。今後もPVA-BPAの効果をより詳細に明らかにすべく、KURを中心にした基礎研究を推進する予定である。

一方、最近の臨床研究においては、BNCTの普及を目指した加速器型中性子線源が主流になっている。しかし、現状の加速器型中性子線源による熱中性子の産生量では、浅い部位のがんに適応が限定されると考えられている。治療の適応を深部まで拡げるためには、がん組織内のホウ素濃度を長期的に高く維持することが求められており、この点において本研究成果のPVA-BPAは大きく貢献できるものと期待される。

また、PVA-BPAはスライムを作るように、水中でPVAとBPAを混ぜるだけで簡単に合成することが可能である。製造が容易である上に治療効果も非常に優れていることから本研究成果は極めて実用性が高いと考えられる。今後、ステラファーマ株式会社の協力を得て更なる研究を行うことになり、安全性を精査しながら臨床応用への可能性を検討していく予定である。

追記(研究の経緯)

本研究成果は精力的に活動する多様な研究者が集まる東京工業大学という土壌があってこそ生まれたといえる。野本助教と西山教授は精密設計高分子を基盤にした薬物送達システムの開発に従事し、特に光などの物理エネルギーに応答して治療効果を出す化合物をがんに選択的に送達する技術の開発を継続的に行ってきた。

2013〜14年に野本助教と西山教授が着任した科学技術創成研究院 化学生命科学研究所(当時、資源化学研究所)には、中村浩之教授(2015〜19年、中性子捕捉療法学会会長)がおり、3人でBNCTに使用する薬物をがんに届ける方法について研究の議論を重ねてきた。その途中の2016年、大隅良典栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、主流となる研究を追いかけるのではなく、誰も注目しないような側面に焦点を当てて研究をすることが面白いということを学内の講演会で強調された。

大隅栄誉教授のこのメッセージに鼓舞され、野本助教と西山教授は薬物の代謝という今までに焦点が当てられなかった側面に着目し、今回のBPAのがん細胞における滞留性の向上についてアイディアを着想した。野本助教と当時、修士課程学生の井上透矢氏が中心になって実験を重ね、BNCTの評価に必要とされる研究手法については中村教授から助言を受けて進め、本研究成果につながった。

本研究のコンセプトはまさに教職員と学生が一丸になった“Team東工大”により創出されたものである。そして、我が国の学術界で唯一BNCTに必要な中性子を産生することができる京都大学複合原子力科学研究所と、最先端の分析機器を備える川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の助力を得て、BNCTに有用な研究成果であることが明らかになった。

用語説明

[用語1] ポリビニルアルコール : 水溶性の高分子で洗濯のりや液体のりの主成分として日常に幅広く浸透している材料。生体適合性の高い材料としても知られており、医用材料として既にさまざまな形で利用されている。最近では東京大学のグループがポリビニルアルコールを用いることで造血幹細胞を増幅することに成功したとして広く報道された。

[用語2] 中性子捕捉療法用のホウ素化合物(ボロノフェニルアラニン=BPA) : 必須アミノ酸のフェニルアラニンと類似した構造を持ちながら、ホウ素原子を含有した化合物。がん細胞に選択的かつ効率的に取り込まれることが知られている。熱中性子を当てると化合物中のホウ素原子が核反応を起こしてがん細胞を殺傷する。

[用語3] スライムの化学 : 洗濯のりとホウ砂を混ぜるとスライムができる。これはホウ砂から生じるホウ酸イオンが化学反応により複数のポリビニルアルコールをつなぐからである。本研究ではこの化学反応を応用している。

スライムの化学:洗濯のりとホウ砂を混ぜるとスライムができる。これはホウ砂から生じるホウ酸イオンが化学反応により複数のポリビニルアルコールをつなぐからである。本研究ではこの化学反応を応用している。

[用語4] ステラファーマ株式会社 : BNCT用のホウ素化合物の開発を行っている国内企業。10Bの濃縮技術を有しているステラケミファ株式会社の子会社であり、SPM-011(BPAのsorbitol製剤 一般名:ボロファラン(10B))の臨床試験を行い、BNCTの実用化に取り組んでいる。最近、SPM-011の薬機法での承認申請を行った。

[用語5] ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT ) : ホウ素原子(10B)と熱中性子の核反応により生じるアルファ粒子とリチウム反跳核を利用してがんを治療する放射線療法の一種。従来の放射線療法では治療することが困難な再発性のがんや多発性のがんに対しても有効な治療法であるとされている。楽天メディカルが開発している光免疫療法と並び、BNCTは第5のがん治療法としても注目を集めている。BNCTの研究は50年以上前から日本を中心に進められてきた歴史があり、現在でも日本が最先端の研究をリードしている。最近、熱中性子源として、加速器型中性子線源の開発が活発に進められ、新たなホウ素薬剤の開発が求められていた。

[用語6] 熱中性子 : エネルギーの低い中性子。熱中性子単独では細胞傷害性がほぼ無い。

[用語7] アルファ粒子 : 高いエネルギーを持つヘリウムの原子核。細胞傷害性が高いが、細胞1つ分の距離しか移動しない。

[用語8] リチウム反跳核 : ホウ素原子と熱中性子の核反応により生じるリチウムの原子核。アルファ粒子と同様に、高いエネルギーを持つが細胞1つ分の距離しか移動しない。

[用語9] LAT1 : 細胞がアミノ酸を取り込むためのタンパク質の一つ。正常な細胞にはほとんど発現していないが、がん細胞では細胞膜上に多く発現していることが知られている。

[用語10] ジオール基 : 化学構造の中で、2つのヒドロキシ基(-OH)から構成される部分。ポリビニルアルコールでは下図の灰色部分が相当する。

ジオール基:化学構造の中で、2つのヒドロキシ基(-OH)から構成される部分。ポリビニルアルコールでは下図の灰色部分が相当する。

[用語11] LAT1介在型エンドサイトーシス : エンドサイトーシスとは、細胞が細胞外の物質を細胞内へ取り込む方法の一つである。今回開発した物質は、最初に細胞膜上のLAT1にくっつき、その後にエンドサイトーシスで細胞に取り込まれる。この過程をLAT1介在型エンドサイトーシスと呼んでいる。

[用語12] エンドソーム・リソソーム : エンドサイトーシスによって取り込まれた物質が局在する細胞内小器官。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Poly(vinyl alcohol) Boosting Therapeutic Potential of p-Boronophenylalanine in Neutron Capture Therapy by Modulating Metabolism
著者 :
Takahiro Nomoto, Yukiya Inoue, Ying Yao, Minoru Suzuki, Kaito Kanamori, Hiroyasu Takemoto, Makoto Matsui, Keishiro Tomoda, Nobuhiro Nishiyama
DOI :

本研究は下記からの支援を受けて遂行された。

  • 独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)
    科学研究費助成事業(課題番号18K18383, 18H04163, 15H04635)
  • 国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
    センターオブイノベーション(COI)プログラム
  • 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
    橋渡し研究戦略的推進プログラム補助事業(拠点名:筑波大学、研究開発代表者: 東京工業大学 野本貴大)「シーズA17-89超低侵襲中性子捕捉療法を実現する代謝制御型ホウ素送達システム」
    革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業(研究開発代表者: 東京工業大学 西山伸宏)「高分子ナノテクノロジーを基盤とした革新的核酸医薬シーズ送達システムの創出」
    次世代がん医療創生研究事業(研究開発代表者: 東京工業大学 西山伸宏)「DDS技術を基盤とした革新的がん治療法の開発」
  • 筑波大学つくば臨床医学研究開発機構(T-CReDO)
  • 文部科学省
    ダイナミック・アライアンス

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研究内容について

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

助教 野本貴大

E-mail : nomoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924 -5226 / Fax : 045-924-5275

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 西山伸宏

E-mail : nishiyama.n.ad@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5240 / Fax : 045-924-5275

京都大学 複合原子力科学研究所 附属粒子線腫瘍学研究センター

教授 鈴木実

E-mail : msuzuki@rri.kyoto-u.ac.jp
Tel : 072-451-2390

BNCTについて

京都大学 複合原子力科学研究所

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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Tel : 044-589-6326 / Fax : 044-589-5789

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Tel : 06-4707-1516 / Fax : 06-4707-2077

AMED事業に関すること

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戦略推進部 がん研究課

E-mail : cancer@amed.go.jp
Tel : 03-6870-2221 / Fax : 03-6870-2244

千葉明教授がIEEEニコラ・テスラ賞を受賞

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東京工業大学 工学院 電気電子系の千葉明教授が、国際的な学会IEEE(アイ・トリプル・イー、Institute of Electrical and Electronics Engineering)の2020年ニコラ・テスラ賞(IEEE Nikola Tesla Award)を受賞することが決まりました。千葉明教授の業績として「ベアリングレス・リラクタンスモータへの貢献」が認められ、2020年受賞者として選出されたものです。

IEEEは電気・電子・情報関連分野における最も権威がある世界最大(43万人)の技術系の学術団体です。IEEEでは、32の専門分野(Field)にわけ、各分野に1人、あるいは3人までのグループに毎年Field Award(フィールド・アワード)を授与しています。いずれもその分野の著名な人物の名前などが賞の名称についています。

ニコラ・テスラ(1856 - 1943)はエジソンの時代に、現在でも多数利用されている交流送電、誘導モータの発見・実用化などに多大な貢献を行った人物です。また、磁束密度の単位のTeslaはテスラ氏の名字が発祥です。そこで、IEEEは「電力の利用・発電に関して特筆すべき貢献を行った人」を受賞者に選んでいます。ニコラ・テスラ賞は1976年から44年間続き、毎年1人に与えられています。IEEEでも歴史がある賞です。

IEEEのField Awardは本学の電気・電子・情報分野では1986年に末松安晴栄誉教授・元学長、2003年に伊賀健一名誉教授・元学長、2008年に赤木泰文特任教授、2009年に深尾正名誉教授、2010年に古井貞熈名誉教授、2015年に岩井洋名誉教授らが受賞しています。50才台での受賞は末松元学長、赤木特任教授につづき3人目とみられます。また、著名な日本人では、1961年に江崎玲於奈氏、1998年には赤崎勇氏と中村修二氏などのノーベル賞受賞者もIEEE Field Awardを受賞しています。

千葉教授のコメント

千葉明教授
千葉明教授

ベアリングレスモータは磁気浮上して非接触で回転するモータです。東工大の博士後期課程で発明し、1989年より文部科学省の科学研究費などに支えられ独自研究開発を行ってきました。モータは回転する力(トルク)を発生しますが、回転子は半径方向の電磁力も発生しています。この半径方向の電磁力はあまり有効利用されていなかった状況にありました。この電磁力を調整することによってモータが磁気浮上して回転できるようになりました。当初は「ユニークだね」とのコメントしか得られませんでしたが、現在では世界各国の研究者が研究を行い、また、企業が超純水のポンプ、半導体・液晶プロセス、超高速回転モータなどに実用化しつつあります。

一方、リラクタンスモータとしては、次世代自動車用駆動用として、レアアース永久磁石を使わないスイッチドリラクタンスモータの設計を工夫し、永久磁石モータと同等の効率、トルク密度、また、それ以上の出力が可能であることを理論的に、また、実験的に明らかにしてきました。永久磁石モータと同等のパフォーマンスを持つモータをRare-earth-free-motor(レア・アース・フリー・モータ)と名付けました。

恩師の深尾正名誉教授、30歳の時にポスドクとして留学したカナダのメモリアル大学のRahman(ラーマン)教授のご指導に感謝します。先輩の赤木特任教授にはIEEE Fellow, Field Award の価値についていろいろアドバイスをいただき感謝いたします。これまでともに研究を進めてきた同僚の研究者、大学院生など、多くの方々の貢献によるもので、深く感謝しています。私としては定年ごろに受賞できればありがたいと思っていましたが、まさか50歳台で受賞することになるとは思いませんでした。この受賞を励みに、今後も研究に邁進していきたいと思っています。

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お問い合わせ先

工学院 教授 千葉明

Email : chiba@ee.e.titech.ac.jp

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