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iPS細胞における放射線応答の遺伝子発現変化を解明 iPS細胞はゲノムDNAを守る仕組みが強く再生医療応用に期待

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要点

  • iPS細胞に放射線を照射したときの遺伝子発現変動を解明
  • iPS細胞におけるゲノムDNAを守る遺伝子の仕組みが明らかに
  • 再生医療におけるiPS細胞の品質管理に重要

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の島田幹男助教、松本義久准教授、環境・社会理工学院 融合理工学系 原子核工学コースの塚田海馬大学院生、香川望大学院生(当時)の研究グループはヒト皮膚由来線維芽細胞[用語1]からiPS細胞[用語2]を作成し、iPS細胞の放射線応答に関する遺伝子発現[用語3]の変化を明らかにした。

ヒト初代継代線維芽細胞からiPS細胞を作成、神経幹細胞に分化誘導し、細胞に対して放射線照射後、次世代シークエンサーによるRNAシークエンス技術[用語4]により、それぞれの細胞の遺伝子発現変化を解析。その結果、iPS細胞では通常の体細胞と比較してDNA修復や細胞周期チェックポイントなどゲノムDNAを守る仕組みが強くなり、一方である程度DNAに損傷を持つ細胞は積極的に細胞死によって排除される傾向があることを見出した。

ヒトの体細胞からiPS細胞へと変化させる技術はリプログラミングと呼ばれ、ヒトの臓器移植や疾患の治療などの再生医療分野で期待されている。一方で細胞内のゲノムDNA[用語5]は細胞内外からの様々な刺激により常に損傷を受けているため、これらを修復する分子機構が存在するが、iPS細胞におけるDNA修復の分子メカニズムは不明な点が多かった。

研究成果はOxford Journal(オックスフォードジャーナル)出版社による日本放射線影響学会の学会誌「Journal of Radiation Research」(オンライン版)で10月28日に公開された。

研究の背景

ヒトをはじめとした生物の細胞のゲノムDNAは常時、紫外線や放射線といった細胞内外からの刺激により損傷を受けている。DNAの損傷は突然変異や細胞のがん化の原因となるために直ちに修復されなければならない。このため細胞にはDNA修復機構が備わっており、ゲノムDNAを守っている。

一方でiPS細胞は様々な細胞に変化する能力を持ち、臓器再生や疾患治療などへの応用が期待されるが、同時にiPS細胞自身ががん化する懸念が残っており、がん化するメカニズムの解明が急務となっている。一般的に細胞のがん化の原因はDNAに生じた「傷」が原因であり、通常はDNA修復機構により修復されるが、iPS細胞におけるDNA修復機構の制御機構は不明だった。そこでiPS細胞におけるDNA修復機構などDNAを守る分子の仕組み解明を試みた。

図1. 今回の研究で用いた細胞の明視野顕微鏡像

図1. 今回の研究で用いた細胞の明視野顕微鏡像

左がヒト皮膚由来の線維芽細胞、中央がマウスの胎児線維芽細胞上で培養している(オンフィーダー培養)iPS細胞、右がiPS細胞のみで培養している様子。

研究成果

研究グループはヒト線維芽細胞からiPS細胞を樹立し、ゲノム安定性に関与する遺伝子グループの発現解析を実施。またiPS細胞から神経幹細胞を樹立することにより皮膚線維芽細胞→iPS細胞→神経幹細胞といった細胞の分化による遺伝子発現の変化も同時に解析した。

まず、細胞に放射線(ガンマ線)を5 Gy(グレイ)照射、1時間後に細胞からRNAを抽出し、次世代シークエンサーを用いて遺伝子発現を比較した。その結果、線維芽細胞からiPS細胞へと初期化[用語6]することにより、DNA修復、細胞周期チェックポイントといった遺伝子を正常に保つための分子の発現が高くなっていることがわかった。

一方、アポトーシスという細胞死に関する遺伝子発現も高くなっていたことから、ある程度のDNA損傷を持つ細胞は積極的に細胞死によって排除されることもわかった。特に興味深いのはCDKN1A[用語7]という遺伝子はp21というタンパク質を産生するが、iPS細胞ではこの発現量が大幅に低下していた。 p21はDNAに傷が生じた際に細胞分裂の周期を一度停止して、DNA修復にかかる時間を維持する役割を持つが、p21が少ないということは細胞周期を停止しないということを示している。すなわち、細胞分裂の周期を停止しなくても修復できる程度の損傷の場合はすぐに修復し、ある一定の閾値を超える損傷の場合はアポトーシスにより細胞死を起こすことが考えられる。

また、放射線の照射の有無によって遺伝子発現が増加する場合も確かめられたがこれらの傾向はiPS細胞特異的というよりは通常の細胞とよく似た傾向であった。

図2. iPS細胞におけるゲノム安定性関連遺伝子の発現変化

図2. iPS細胞におけるゲノム安定性関連遺伝子の発現変化

ヒト皮膚線維芽細胞(fibroblasts)、iPS細胞、神経幹/前駆細胞(NPCs)に放射線を照射(IR ガンマ線5 Gy照射1時間後)および非照射(NT)の細胞からRNAを抽出し次世代シークエンサーで解析した結果。縦軸は FPKMで遺伝子発現量の比を表す。iPS細胞ではDNA修復、細胞周期チェックポイント、アポトーシスに関係する遺伝子全てで発現量が増加していることがわかる。一方で、神経幹細胞に分化させると、発現量が増加する場合と、減少する場合で分かれる。これはそれぞれ神経系で必要な遺伝子かどうかを示しており、神経発生との関連が考えられる。

iPS細胞は多能性幹細胞という様々な臓器に変化することができる細胞の一種であり、遺伝子の設計図であるゲノムDNAがより安定に維持されていなければならない。今回の研究成果によりiPS細胞が遺伝子発現制御を通じて巧みにゲノムDNAの安定性を維持し、それが困難だと判断した場合は即座に細胞死により排除するメカニズムが明らかになった。

図3. 今回明らかになった研究結果

図3. 今回明らかになった研究結果

iPS細胞は初期化した後、ゲノム安定性に関与する遺伝子発現を増加させることにより、ゲノムの安定性を維持することが明らかになった。

今後の展開

今回研究グループはiPS細胞における網羅的な遺伝子発現解析により放射線や紫外線から体を守る遺伝子調節の仕組みを明らかにした。今後は、分子生物学的なアプローチによってそれぞれの遺伝子の機能を明らかにし、再生医療への貢献や放射線防護の発展に貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 皮膚線維芽細胞 : 皮膚細胞から採取した線維芽細胞。結合組織を構成する代表的な細胞で、皮膚が損傷した際などに細胞分裂し、治癒に貢献する。

[用語2] iPS細胞(Induced Pluripotent Stem Cells) : 体細胞から樹立可能な多能性幹細胞。様々な組織の細胞に分化することが可能である。

[用語3] 遺伝子発現 : 細胞の遺伝子はゲノムDNAに保存されているが、実際にはRNAを経てタンパク質に変換されないと機能しない。細胞は必要に応じて遺伝子をタンパク質に変換して機能しており、それを遺伝子発現という。

[用語4] RNAシークエンス技術 : 次世代シークエンサーを用いて細胞内に発現している遺伝子量を網羅的に解析することができる技術。

[用語5] ゲノムDNA : 細胞内で遺伝子情報がコードされているDNA。

[用語6] 初期化 : 体細胞からiPS細胞を樹立する際に、遺伝子発現やクロマチン制御の状態が個体発生の初期状態の戻るために初期化という。

[用語7] CDKN1A : p21というタンパク質をコードしている遺伝子。p21は細胞周期停止を促進するタンパク質で、細胞のがん化や老化などと深い関わりを持つ。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Radiation Research
論文タイトル :
Reprogramming and differentiation-dependent transcriptional alteration of DNA damage response and apoptosis genes in human induced pluripotent stem cells
著者 :
Mikio Shimada, Kaima Tsukada, Nozomi Kagawa, Yoshihisa Matsumoto
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所

助教 島田幹男

E-mail : mshimada@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3703 / Fax : 03-5734-3703

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


フッ素とネオンの同位元素の存在限界を初めて決定 原子核の地図の境界線を20年ぶりに更新

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理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 実験装置運転・維持管理室の稲辺尚人先任技師、福田直樹技師、久保敏幸協力研究員、東京工業大学 理学院 物理学系の中村隆司教授らの国際共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[用語1]」を用いて、フッ素(陽子数9)とネオン(陽子数10)の「中性子ドリップライン[用語2](各元素において中性子数が最も多い同位元素[用語3]の存在限界)」が、それぞれフッ素-31(31F:中性子数22、質量数31)とネオン-34(34Ne:中性子数24、質量数34)であることを初めて同定しました。

本研究成果は、中性子数が過剰な極限付近にある放射性同位元素(RI)[用語4]の原子核構造の解明に貢献するとともに、宇宙における元素合成過程などを理解する上で重要な原子核の質量モデルの有効性を検証する試金石になると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、大強度重イオンビームや高効率のRIビーム分離生成装置BigRIPS[用語5]など、RIBFにおける卓越した実験条件により、酸素(陽子数8)の中性子ドリップラインが酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)と同定されて以来20年ぶりに、中性子ドリップラインの位置をネオン(陽子数10)まで拡張し、原子核の地図の境界線を更新することに成功しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のEditors' SuggestionとViewpointouterに選ばれ、オンライン版(11月18日付:日本時間11月19日)に掲載されました。

背景

元素の同位体(原子核)に、中性子は何個まで付け加えられるでしょうか。例えば酸素(O:陽子数8)の場合、酸素-16(16O:中性子数8、質量数16)、酸素-17(17O:中性子数9、質量数17)、酸素-18(18O:中性子数10、質量数18)の3種が天然に存在する同位体(安定核)です。これに中性子を付け加えた同位体である酸素-19(19O:中性子数11、質量数19)、酸素-20(20O:中性子数12、質量数20)などは、ベータ崩壊[用語6]によって時間をかけて中性子から陽子へ変換されていくものの、酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)までは陽子と中性子は結合し、原子核として存在できます。

しかし、さらに中性子を加えて酸素-25(25O:中性子数17、質量数25)を作ろうとしても結合せず、直ちに中性子を放出して崩壊してしまいます。こうした原子核としての存在限界を、原子核の地図(核図表[用語7])上で「中性子ドリップライン」と呼んでいて、核図表上では、右側(中性子過剰側)の境界線にあたります。

したがって、最初の問いは、「限界となるライン(線)はどこに引かれるのか」に置きかえてもいいでしょう。これは、原子核物理学において重要で基本的な問題ですが、いまだに解決されていません。中性子ドリップラインの近傍にある極限原子核は、中性子ハロー[用語8]のような特異な構造を持ち、原子核の中で陽子と中性子を結び付けている力、すなわち湯川秀樹博士が発見した「核力」は、天然に存在する安定な原子核とは異なる性質を持つ原子核構造を出現させると考えられています。

中性子数が過剰な原子核(中性子過剰核)の生成は、今日の加速器技術や生成技術を用いても容易ではありません。実際、中性子ドリップラインは1999年に陽子数8の酸素で、酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)と決定されて以来20年間も、酸素より陽子数が多い元素については定まっていませんでした(図1)。これは、重い元素になればなるほど、中性子ドリップライン近傍の同位元素の中性子数が格段に多くなるため、天然に存在する安定同位元素の重イオンビームを使った反応では生成率が減少し、生成が極めて難しくなるからです。この困難を乗り越え中性子ドリップラインに到達するには、高い生成効率をもたらす優れた実験条件の実現が不可欠でした。

今回、国際共同研究グループは、従来の施設・装置に比べて卓越した生成効率を持つ、RIビームファクトリー(RIBF)が供給する大強度重イオンビームと次世代型の大口径超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPSを用いて、20年ぶりに酸素より重い元素であるフッ素(F:陽子数9)とネオン(Ne:陽子数10)の中性子ドリップラインの決定に挑みました。

本研究の対象領域と成果を示す原子核の地図(核図表)

図1. 本研究の対象領域と成果を示す原子核の地図(核図表)


本研究においてフッ素(F)とネオン(Ne)元素の中性子ドリップライン探索を行った領域を示す。升目が縦方向上側に行くと陽子数が増加し、横方向右側に行くほど中性子数が増加する。本研究で決定したドリップライン(青)、並びに約20年前もしくはそれ以前に決定された酸素とそれより軽い元素のドリップライン(橙)が示されている。緑の線は、Aを質量数、Zを陽子数としたとき、A = 3Z + 4の式を満たす同位元素を結んだ直線を示している。

研究手法と成果

本研究では、RIBFの加速器から供給される、光速の約70%まで加速された大強度カルシウム-48(48Ca、陽子数20、質量数48)ビームを厚さ20 mmのベリリウム(Be)標的に照射し、入射核破砕反応[用語9]によって中性子過剰放射性同位元素ビーム(RIビーム)を生成しました。さらに、大口径超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPSを用い、生成されたRIビームを収集・分離し、観測される放射性同位元素の粒子識別(同定)を行いました(図2、3)。本研究は、大強度48Caビームの使用とBigRIPSの持つ高いRIビーム収集能力により、中性子ドリップライン近傍の同位元素に対して高い生成効率を実現しました。

RIビームファクトリー(RIBF)の配置

図2. RIビームファクトリー(RIBF)の配置


RIBFは、重イオンビームを供給する加速器系(サイクロトロンのRRC、fRC、IRC、SRCなど)、超伝導RIビーム分離生成装置のBigRIPSからなるRIビーム生成系、そして生成系で生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う基幹実験装置系から構成される。

超伝導RI ビーム分離生成装置(BigRIPS)

図3. 超伝導RI ビーム分離生成装置(BigRIPS)


BigRIPS は常伝導偏向電磁石6台と大口径の超伝導三連四重極電磁石14台から構成される二段階型のRIビーム生成装置である。一段目の第1ステージでは、生成標的で生成されたRIビームを収集・分離し、二段目の第2ステージでは、さらなる分離とRIビームの高分解能粒子識別(同定)を行うことができる。この二段階ステージの構成と高効率のRIビーム生成を強く意識した大口径・高磁場仕様が大きな特長である。

粒子識別は、RIビームの飛行時間(速度)、磁気剛性[用語10]、物質通過中のエネルギー減衰を測定し、放射性同位元素の陽子数(Z)および質量数(A)と陽子数の比(A/Z)を事象ごとに導出することによって行いました。図4はその粒子識別図で、観測された事象を二次元プロットしたものです。

ドリップラインの探索は、中性子ドリップライン付近の同位元素が観測されるか否かを調べることにより行いました。その結果、フッ素(F)については、フッ素-31(31F:中性子22、質量数31)の事象が多く観測されましたが、それより中性子数の多いフッ素-32(32F:中性子23、質量数32)とフッ素-33(33F:中性子24、質量数33)は全く観測されませんでした。ネオン(Ne)については、ネオン-34(34Ne:中性子24、質量数34)の事象は観測されましたが、それより中性子数の多いネオン-35(35Ne:中性子25、質量数35)とネオン-36(36Ne:中性子26、質量数36)は観測されないことが分かりました(図4)。

フッ素とネオン元素の中性子ドリップライン探索実験時の粒子識別図

図4.フッ素とネオン元素の中性子ドリップライン探索実験時の粒子識別図


フッ素-31(31F)とネオン-34(34Ne)の事象が明瞭に観測されたにもかかわらず、フッ素-32、33(32F, 33F)とネオン-35、36(35Ne, 36Ne)の事象(図中赤点線に現れるはずの事象)は全く観測されなかった。

さらに、本実験では、放射性同位元素の生成量について系統的測定も行い、FとNeの同位元素の生成量の質量数依存性を導出しました。得られた質量数依存性のカーブを外挿し、観測されなかった32Fと33F、35Neと36Neが存在すると仮定した場合に期待されるそれぞれの生成量を求めました。この生成量の期待値は約10~100個と評価され、それをもとに統計的検定[用語11]を行った結果、100%に近い、高い信頼度でこれらの同位元素が存在しないと結論づけることができました。

以上により、FとNe元素の中性子ドリップラインをそれぞれ31F(中性子数22、質量数31)、34Ne(中性子数24、質量数34)と決定しました(図1)。

今後の期待

今回の新たな中性子ドリップラインの位置決定は、まず、この中性子過剰極限に特徴的な原子核構造や核力の解明に寄与すると期待できます。

宇宙の爆発的な現象によって引き起こされるr過程[用語12]と呼ばれる元素合成過程には、中性子過剰核が介在しますが、その解明にはそれらの質量予想が重要です。今回の成果は、こうした中性子過剰核の質量モデルの有効性を検証する上で重要な試金石になると期待できます。さらに、正しい質量モデルは、中性子星[用語13]の構造の解明に必要な中性子過剰核の状態方程式[用語14]の決定にも重要な役割を果たします。

次の挑戦としては、さらに重い陽子数11~13の元素(ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム)の中性子ドリップライン探索を行う予定です。2020年代半ばまでに、欧米にも大型のRIビーム施設が誕生します。理研のRIBFも増強を目指しています。世界中で中性子過剰極限に向けた研究が進むことで、核図表の境界線の確定が進みます。こうして、極限状態にある原子核の謎、宇宙の物質の起源などがより明らかにされるものと考えられます。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究「量子クラスターで読み解く物質の階層構造(研究代表者:中村隆司)」、米国国立科学財団などによって一部支援されています。

用語説明

[用語1] RIビームファクトリー(RIBF) : 水素からウランまでの全元素の放射性同位元素(RI)を世界最大強度のRIビームとして発生させ、それを多角的に利用することにより、基礎から応用にわたるまで幅広い研究と産業技術の発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な重イオンビームを供給するfRC、IRC、SRCなどからなる「加速器系」、RIビーム分離生成装置のBigRIPSからなる「RIビーム生成系」、生成系で生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う「基幹実験装置系」で構成される。RIBFは、以前の施設に比べ卓越した性能を持ち、これまで生成不可能だったRIビームを多種生成できるようになっている。RIビームは原子核の構成メカニズムの解明、元素の起源解明に有用であるとともに、RI利用による産業発展に寄与することも期待され、ドイツ、アメリカなど世界の主だった重イオン加速器施設でも同様な計画が進行中で、国際競争も激しい状況にある。

[用語2] 中性子ドリップライン : 同じ元素(同一の陽子数)に中性子数を増やしていくと、束縛エネルギーが減少していき、やがて非束縛状態になり原子核として存在できなくなる。この存在限界を中性子ドリップラインと呼び、同じ元素において、中性子数の最も多い放射性同位元素(原子核)に対応する。例えば、酸素元素の場合、酸素-24(陽子数:8、中性子数:16)が中性子ドリップラインである。さらに中性子数を増やすと束縛エネルギーがゼロを切ってしまい、中性子数が16より多い酸素の同位元素は存在しない。

[用語3] 同位元素、同位体 : 同じ元素には、異なる中性子数を持つものが複数存在する。これらを同位元素や同位体と呼ぶ。それらのうち、自然界に存在する安定なものを安定同位元素、時間とともに放射線を出し崩壊する不安定なものを放射性同位元素と呼ぶ。

[用語4] 放射性同位元素(RI)、中性子過剰放射性同位元素 : 物質を構成する原子核には、構造が不安定なため時間とともに放射線を放出しながら崩壊していくものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープは同義語である。同じ元素において、中性子の数が異なる放射性同位元素が多数存在する。このうち、中性子数が陽子数より多いものを中性子過剰放射性同位元素と呼ぶ。RIは、Radioactive Isotope、Rare Isotope、Radioisotopeの略。

[用語5] BigRIPS : RIBFで使用される超伝導RIビーム生成分離装置。重イオンビームを生成標的に照射することによって生成されるさまざまな放射性同位元素(RI)を収集・分離・識別し、放射性同位元素ビーム(RIビーム)として供給する。大口径・高磁場の超伝導電磁石を使用し、第1、第2の二段階のステージから構成される次世代型RIビーム生成装置である。高効率のRIビーム生成、高分解能の粒子識別など卓越した性能を持ち、これまで生成不可能であった多数のRIビームの生成を可能にしている。

[用語6] ベータ崩壊 : 弱い相互作用によって、原子核内の中性子が陽子と電子と反電子ニュートリノに(あるいは陽子が中性子と陽電子と電子ニュートリノに)崩壊し、原子核がゆっくりとより安定なものに変換していく過程をいう。

[用語7] 核図表 : 縦軸に陽子数、横軸に中性子数をとり、原子核の核種(同位元素の種類)を示した配置図。原子核の地図。

フッ素とネオン元素の中性子ドリップライン探索実験時の粒子識別図

[用語8] 中性子ハロー : 通常の安定な原子核では、陽子と中性子が均一に混ざり合って分布し、陽子の占める体積と中性子の占める体積はほぼ等しいと考えられている。しかし、ドリップライン近傍の中性子過剰不安定核には、通常のこのコアの部分と遠方まで広がる過剰な中性子の部分とに分かれた分布構造を持つものが存在する。この過剰な中性子が、異常に大きな半径を持ってコアの周りに薄く広がっている状態を中性子ハローと呼ぶ。

[用語9] 入射核破砕反応 : 高速に加速された入射原子核(重イオンビーム)が標的の原子核に衝突したとき、複数の破砕片が速度を保って前方(ゼロ度方向)に放出される原子核反応をいう。この破砕片には、陽子過剰側から中性子過剰側まで広範囲な領域にわたるさまざまな放射性同位元素が含まれる。

[用語10] 磁気剛性 : 電荷を持った粒子が磁場中を運動するときの曲がりにくさを表す量。粒子の運動量(質量数と速度の積)に比例し、電荷に反比例する。磁気剛性の大きな粒子は大きな軌道半径、小さなものは小さな軌道半径で曲がる。

[用語11] 統計的検定 : 同位元素が存在したとしても事象が観測されない確率を、事象の期待値とポアッソン確率分布から求める検定。この確率が小さければ小さいほど、非存在の信頼度が高くなる。

[用語12] r過程 : 中性子星合体など宇宙の爆発的な現象のときに起こると考えられている元素合成過程のモデル。鉄よりも重い元素(重元素)のほぼ半分は、r過程(rapid process)で生成されると考えられている。

[用語13] 中性子星 : 原子核の構成粒子である中性子がぎっしり詰まった超高密度の天体。大質量の恒星が一生を終える際、超新星爆発によってその中心部が圧縮されることにより形成される。

[用語14] 原子核の状態方程式 : 原子核の状態量であるエネルギー(温度)、密度、対称度の間の関係式をいう。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Location of the Neutron Dripline at Fluorine and Neon
著者 :
D.S. Ahn, N. Fukuda, H. Geissel, N. Inabe, N. Iwasa, T. Kubo, K. Kusaka, D.J. Morrissey, D. Murai, T. Nakamura, M. Ohtake, H. Otsu, H. Sato, B.M. Sherrill, Y. Shimizu, H. Suzuki, H. Takeda, O.B. Tarasov, H. Ueno, Y. Yanagisawa, and K. Yoshida
DOI :

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター

  • 実験装置運転・維持管理室 RIビーム分離生成装置チーム

    先任技師:稲辺尚人(いなべ なおひと)

    技師:福田直樹(ふくだ なおき)

    協力研究員:安得順(アン デュック スン)

    協力研究員:鈴木宏 (すずき ひろし)

    協力研究員:清水陽平(しみず ようへい)

    技師:竹田浩之(たけだ ひろゆき)

  • 実験装置運転・維持管理室

    協力研究員:久保敏幸(くぼ としゆき)

東京工業大学 理学院 物理学系

教授:中村隆司(なかむら たかし)

本研究には、理化学研究所、東京工業大学、東北大学、立教大学、ドイツGSI研究所、米国ミシガン州立大学より、総勢21人の研究者から構成される国際研究チームが参加しました。

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お問い合わせ先

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター

実験装置運転・維持管理室 RIビーム分離生成装置チーム

先任技師 稲辺尚人、技師 福田直樹

実験装置運転・維持管理室

協力研究員 久保敏幸

E-mail : kubo@ribf.riken.jp
Tel : 048-462-7946 / Fax : 048-462-4464

東京工業大学 理学院 物理学系

教授 中村隆司

E-mail : nakamura@phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2652 / Fax : 03-5734-2751

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

現場利用のための「理研小型中性子源システム RANS-II」 容易に移設可能な加速器中性子源の開発

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理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チームの小林知洋専任研究員、池田翔太研究員、大竹淑恵チームリーダー、池田裕二郎特別顧問と東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の林崎規託教授の共同研究チームは、容易に移設できるコンパクトサイズの「理研小型中性子源システムRANS-II(ランズ・ツー)」を開発し、計測実験に十分な中性子線の発生に成功しました。

本研究成果は、コンクリートインフラ構造物内部の現場における劣化診断や、一般企業の研究所や工場に必要な期間だけ設置して原料や製品の解析に使用するなど、機動的な中性子利用が期待できます。

今回、共同研究チームは、2013年に発表した「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)[用語1]」をさらに小型軽量化したRANS-IIを開発しました。RANS-IIではRANSよりも陽子線の加速エネルギーを小さくし、標的をベリリウムからリチウムにすることで、加速器重量を1/2に、標的を囲む遮蔽体重量を1/7程度に、装置の長さを1/3に抑制できました。2019年7月の施設検査合格以降、加速器の調整を重ね、各種計測実験が可能な状態になっています。

本研究は、台湾で開催される『第3回アジア・オセアニア中性子散乱に関する会議AOCNS2019』(11月18日)において発表されます。

RANS-II (手前:中性子ビーム出射口を備えた遮蔽体、奥:RFQ加速器)

図. RANS-II (手前:中性子ビーム出射口を備えた遮蔽体、奥:RFQ加速器)

※ 研究支援

本研究の一部は、文部科学省「光・量子融合連携研究開発プログラム」、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術(藤野陽三プログラムディレクター)」(管理法人:科学技術振興機構)による支援を受けて行われました。

背景

理研では現場で利用可能な中性子源の開発に取り組んでおり、2013年に「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)」を開発しました[参考文献12]。RANSは、線形加速器で加速させた7 MeV陽子線(1 MeVは100万電子ボルト)をベリリウム(Be)標的に照射し、9Be(p, n) 9B反応[用語2]と呼ばれる核反応により、最大5 MeVのエネルギーを持つ中性子線を発生させることができます。

これまでRANSは、国内で数少ない中性子照射施設として実験の機会を提供してきました。また、陽子線の短パルス化などに取り組み、中性子イメージング[用語3]中性子回折[用語4]を利用した産業応用、高速中性子による大型構造物非破壊観察実験[参考文献34]中性子誘導即発ガンマ線分析[用語5]を利用したコンクリート中の塩分濃度解析実験[参考文献5]などを実施してきました。

一方で、共同研究チームは、2016年度より中性子源のさらなる小型軽量化を目指し、「理研小型中性子源システムRANS-II(ランズ・ツー)」の開発を始めました。

研究手法と成果

小型軽量化された中性子源システムの構築には、加速器や標的を囲む遮蔽体の重量をRANSよりも軽くする必要がありました。そのためにRANS-IIでは、陽子線エネルギーを7 MeV から2.49 MeVに絞り、標的をリチウム(Li)にしました。RANSよりも低い陽子線エネルギーでは、Li標的の方がBe標的よりも中性子発生量が多くなるからです。また、RANSでは加速器2台を連結していましたが、RANS-IIでは高周波四重極線形加速器(RFQ加速器)[用語6]だけにすることで[参考文献6]、加速器の長さと重量を1/2(5 mから2.5 m、5トンから2.5トン)に抑制できました。さらに、Li標的にしたことで中性子線の発生が前方へ指向することから、遮蔽体重量を1/7程度(20トンから3トン)に大きく減量できました。図1にRANS-IIシステムの全体模式図を、表1にRANSおよびRANS-IIのパラメータ比較を示します。

理研小型中性子源システムRANS-IIの全体模式図

図1. 理研小型中性子源システムRANS-IIの全体模式図


RANS-IIは、電源・制御装置、イオン源、RFQ加速器、高周波アンプ、ビーム輸送系、ターゲット遮蔽からなる。ターゲット遮蔽の中には、中性子発生リチウム標的が入っている。まず、イオン源では水素ガス(H2)にマイクロ波を照射し、水素イオン(H+)に分解する。水素イオンはRFQ加速器に導かれ、2.49 MeVまで加速される。ビーム輸送系では、広がろうとするビームを電磁石で収束して標的に到達するよう位置調整を行う。リチウム標的に到達した水素イオン(陽子)は、核反応により中性子を発生させる。中性子線出射口の前方に、測定物と検出器が置かれる。

表1. RANS および RANS-IIのパラメータ比較


RANS-IIでは、陽子線のエネルギーを2.49 MeVに絞り、標的をリチウム(Li)にしたことで、RANSと比べて加速器重量は1/2、遮蔽体重量は1/7程度にできた。装置全体の長さも1/3(5 m)に短くなった。

RANS および RANS-IIのパラメータ比較

十分な厚さを持つ標的を想定した場合、RANSの条件である7 MeV陽子線による9Be(p, n)9B反応の中性子収率は、陽子1マイクロクーロン(μC、1μCは100万分の1クーロン)あたり約100億個となります。一方、RANS-IIで使用する2.49 MeV陽子線による7Li(p, n)7Be反応[用語7]の中性子収率は、陽子1μCあたり約10億個となり、RANSの1/10しかありません。しかし、RANSでは検出器位置が標的から2~5 m程度離れてしまうのに対し、RANS-IIでは標的から1 m以内と近くなるので、単位面積あたりの中性子数は多くなります。またRANS-IIでは、中性子発生が等方的ではなく前方に偏っているため無駄になる中性子が少なくなります。これらのことが有利に働き、十分な中性子量が検出器に到達すると考えられます。

図2は、2.49 MeV陽子線が80マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)厚のLi標的に衝突した際に放出される中性子線の前方1m位置におけるエネルギー分布を、PHITSコード[用語8](Ver2.82, ENDF/B-VII.1の断面積を使用)により計算した結果です。モデレータ[用語9]なしの場合、中性子線の最大エネルギーは約0.7 MeV、平均エネルギーは約0.6 MeVとなります。RANS-IIで予定されている最大陽子電流(100μA)を考慮すると、前方1m位置における全中性子束(単位時間、単位面積あたりの中性子数)は1.7×105 cm-2s-1となり、高速中性子イメージングに関しては十分に実行可能な量であると判断されます。

RANS-IIのLi標的前方1 mにおける中性子エネルギースペクトル(計算値)

図2. RANS-IIのLi標的前方1 mにおける中性子エネルギースペクトル(計算値)


中性子の最大エネルギーは約0.7 MeV、平均エネルギーは約0.6 MeVと計算された。

また、RANSでは米国AccSys社より購入した加速器(型式名PL-7)を使用していますが、RANS-IIでは国産RFQ加速器を使用して自主開発しました。頻繁に移設することを考慮し、剛性の高い鉄を基材としています。加速空洞内は電気伝導性の高い銅をメッキした後、再度精密加工を施しています(加工製造:タイム株式会社)。組立中のRFQ加速器を図3に示します。本加速器は本体構造部品が3点のみと少なく、さまざま部品の調節が非常に容易かつ狂いにくいという特長を持ちます。具体的には、通常RFQ加速器はまず真空容器を製作し、その中に加速電極を設置していきます。一方、本加速器は三枚の鉄板を重ね合わせ、内部を機械加工でくり抜いて真空容器を形成していますが、このくり抜く過程で、加速電極となる部分を残してあります。つまり、真空容器と加速電極が三枚の鉄板からの削り出しで形成されています。部品点数が少ない、かつ剛性が高いことが本加速器の特長です。なお、加速器に入力する高周波の増幅には、200 kWの半導体アンプ(アールアンドケー株式会社製)を採用しました。本アンプは48個の小型アンプユニットが並列接続されており、予備ユニットを準備することにより現場での故障対応を迅速に行うことができます。

RANS-IIのRFQ加速器内部(加速電極の一部)

図3. RANS-IIのRFQ加速器内部(加速電極の一部)


機械加工を行った鉄材に銅メッキを施し、再度精密加工を行っている。画面中央奥へと向かう波状の電極は加速電極の一部で、上下左右の四列(右下図)で加速器を構成する。三枚の部材を重ね合わせることにより、右下のような上下左右の加速電極を形成する。これらに高周波を印加すると、イオンを加速する電場を形成するように設計されている。

RANS-IIは現在、理研和光事業所の中性子工学施設内に設けた専用スペースに設置され調整を行っています。Li標的に到達している陽子電流は約30μA(時間平均)で、中性子発生量は計算上毎秒2.7×1010個(全方向積分値、2019年10月末現在)であり、各種計測実験が可能な状態になっています。

今後の期待

本研究により、全長5 mの小型中性子源システムRANS-IIによる中性子線の発生に成功しました。現在、RANS-IIから発生される中性子線の特性計測(エネルギースペクトル計測)を実施しています。

RANS-IIの重要な役割は二つあります。一つは、インフラ非破壊計測を目指した可搬型小型中性子源のプロトタイプとしての役割です。この開発により、さらなる小型軽量化が可能となり、最終的には橋梁などの内部劣化を可視化する屋外非破壊計測システムの実現につながります。もう一つは、企業などの計測現場で手軽に利用可能なことを最終目標とした、普及型中性子源システムを実現する据置型モデルという役割です。

今後は中性子散乱計測を含めた総合システムへと開発ステップを進め、実用化へ向けたさらなる開発へと発展させる予定です。

用語説明

[用語1] 理研小型中性子源システムRANS(ランズ) : 理研が開発し、現在高度化を行っている普及型の小型中性子源システムで、中性子ビームが2013年1月に取り出された。J-PARCに代表される大型中性子源より手軽な装置として、中性子線利用に適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指している。RANSは、RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Sourceの略。

[用語2] 9Be(p, n) 9B反応 : ベリリウム(9Be)にある一定以上のエネルギーを持つ陽子(proton)線を照射すると、中性子(neutron)線が放出される核反応。その結果、ホウ素(9B)が生成される。

[用語3] 中性子イメージング : 中性子線を測定対象に照射し、透過または反射した中性子線を検出器で二次元的に測定することにより非破壊で内部の情報を得る方法。

[用語4] 中性子回折 : 中性子線の持つ波の性質を利用して、結晶の格子面間隔のような整列した原子で回折を起こし、その間隔を測定する手法。回折の強度から結晶の向きや量を測ることができる。回折法では測定したい間隔(鋼材では0.05~0.3ナノメートル程度)に近い波長を持つ放射線を使用し、中性子線の他にもX線や電子線を用いた回折法が有名。中性子線は鋼材に対して比較的透過性が高く、数ミリから数センチメートル程度の内部まで測定できる。

[用語5] 中性子誘導即発ガンマ線分析 : 中性子線を照射する試料中の特定の原子核と中性子が反応すると、複数の特有のエネルギーを持ったガンマ線(即発ガンマ線)が、特有の量(ガンマ線強度)で放出される。この即発ガンマ線を検出し、そのエネルギーおよび強度から、試料中に存在する元素の同定と定量を行う分析手法。基本的に非破壊で試料の再利用が可能なため、考古学上の貴重なサンプルや、隕石などの微量分析などに使われている。

[用語6] 高周波四重極線形加速器(RFQ加速器) : 四つの電極に対して、向き合う電極に同電位、隣り合う電極に逆電位がかかるように高周波電圧をかけ、電極の形状に変調をかけることにより、ビームのバンチ化、収束と加速を同時に行うことができる加速器。RFQはRadio Frequency Quadrupoleの略。

[用語7] 7Li(p, n)7Be : リチウム(7Li)にある一定以上のエネルギーを持つ陽子(proton)線を照射すると、中性子(neutron)線が放出される核反応。その結果、ベリリウム(7Be)が生成される。

[用語8] PHITSコード : さまざまな放射線挙動を、核反応モデルや核データなどを用いて模擬するモンテカルロ計算コード。日本原子力研究開発機構が中心となって開発された。PHITSはParticle and Heavy Ion Transport code Systemの略。

[用語9] モデレータ : 水素を主とした軽元素を含む物質中性子線を衝突させることにより、中性子線のエネルギーを低下(減速)させることを目的としたデバイス。水やポリエチレンが代表的な物質である。減速した中性子線は物質透過力が減少するものの、検出効率は増大する。

参考文献

[1] Y. Otake Encyclopedia for Analytical Chemistry, R. A. Meyers, eds (John Wiley, 2018)

[2] 大竹淑恵『パリティ』Vol.34 No.05 2019-5 p.42-52

[3] 2013年9月9日プレスリリース「小型中性子源システムで鋼材内部腐食を非破壊で可視化することに成功outer

[4] 2016年11月1日プレスリリース「中性子によるコンクリート内損傷の透視outer

[5] 2018年10月25日プレスリリース「中性子によるコンクリート内塩分の非破壊測定outer

[6] 林崎規託, 服部俊幸, 石橋拓弥, 山内英明『四重極型加速器および四重極型加速器の製造方法』(特許第 5317062 号)国立大学法人東京工業大学, タイム株式会社

発表情報

小林知洋
小林知洋

発表タイトル :
Development of accelerator-driven compact neutron source RANS-II
発表者 :
小林知洋
学会名称 :

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理化学研究所

光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム

チームリーダー 大竹淑恵

専任研究員 小林知洋

特別研究員 池田翔太

光量子工学研究センター

特別顧問 池田裕二郎

E-mail : t-koba@riken.jp(小林)
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教授 林崎規託

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5Gなどの新たな超高速・広帯域無線通信システムに対応可能な「時間・空間電波伝搬推定法」の国際標準化を達成

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東京工業大学工学院 電気電子系の藤井輝也・表英毅研究室とソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」)は、第5世代移動通信システム(5G)などの新世代対応の超高速・広帯域無線通信システムの設計や評価に不可欠な電波伝搬モデルを新たに開発しました。開発したモデルは、国際電気通信連合 無線通信部門(ITU-R)[用語1]の「時間・空間電波伝搬推定法[用語2]」に追加・改訂され、国際標準化を達成しました。

この推定法は、時間・空間電波伝搬特性(電波の伝搬遅延時間特性と電波の水平および垂直方向からの到来角度特性)を同時に推定できるもので、今後の超高速・広帯域移動通信システムの設計や評価などに不可欠な電波伝搬推定法です。都市構造や基地局アンテナの高さ、送受信機間の距離などを考慮できる実用的な推定式であり、この推定法を用いることで、通信事業者はより効率的な移動通信ネットワークシステムの構築が可能になります。

図1. 時間空間電波伝搬モデル(電波の伝搬遅延特性と到来角度特性)

図1. 時間空間電波伝搬モデル(電波の伝搬遅延特性と到来角度特性)

IMT-2020(ITUにおける5Gの呼称)などの新世代無線システムでは、アンテナ素子を水平方向だけではなく、新たに垂直方向にも配置して周波数利用効率を向上させるMassive MIMO(Multiple-Input-Multiple-Output)技術などの活用が見込まれており、基地局側における垂直方向の電波到来角度特性の推定が必要になります。そこで、藤井・表研究室とソフトバンクは共同で、基地局側における電波の垂直面内到来角度推定法を開発しました。国内での審議を経て日本案として提案し、2019年9月にITU-R勧告 P.1816-4[用語3]として国際標準化されました。

図2 Massive MIMOによる空間分割多重技術

図2. Massive MIMOによる空間分割多重技術

ソフトバンクはこれまで、新たな移動通信システムに合わせて、システム設計や評価に必要な電波遅延時間推定法や水平面内の電波到来角度推定法などの「時間・空間電波伝搬推定法」を2004年の標準化活動開始から15年間にわたり開発し、国際標準化してきました。

藤井・表研究室とソフトバンクは今後も「時間・空間電波伝搬推定法」のような基礎的な研究開発やその成果の国際標準化活動を通して、通信業界の発展に貢献していきます。

これまでの取り組みは以下をご参考ください。

次世代移動通信方式対応「時間・空間電波伝搬推定法」の国際標準化について|ソフトバンク株式会社outer

高速・広帯域移動通信システム対応の「時間・空間電波伝搬推定法」の国際標準化を達成|ソフトバンク株式会社outer

SoftBankおよびソフトバンクの名称、ロゴは、日本国およびその他の国におけるソフトバンクグループ株式会社の登録商標または商標です。
その他、このプレスリリースに記載されている会社名および製品・サービス名は、各社の登録商標または商標です。

用語説明

[用語1] 国際電気通信連合 無線通信部門(International Telecommunication Union Radiocommunications Sector) : 国際電気通信連合(ITU)の部門の一つ。無線通信に関する標準化や勧告を行う機関で、衛星通信のような国をまたがる電波の平等で経済的な割り当てや、異なる方式の無線電波による相互干渉を防ぐための基準制定など、電気通信の標準化と促進活動を行っており、対象となるシステムはテレビ放送、移動体通信、無線通信や衛星放送などがあります。傘下に数々のStudy Group(SG)を持ち、Recommendation(勧告)を策定しています。SG3は電波伝搬を担当します。数年に1度、世界無線通信会議(WRC)を開催し、無線通信規則(RR)を改定します。RRには法的な拘束力があり、ほぼそのまま電波法に反映されることになります。

[用語2] 時間・空間電波伝搬推定法 : 無線通信における電波伝搬の基本特性である電波の伝搬遅延時間特性(一般に「時間特性」と呼ぶ)と、基地局および移動局への電波の到来角度特性(一般に「空間特性」と呼ぶ)を同時に推定する方法。周波数利用効率の高い広帯域移動通信を実現するためには、伝搬路の周波数相関特性と空間相関特性の高精度な推定が不可欠となります。伝搬路の周波数相関特性は電波伝搬遅延時間特性から、空間相関特性は電波到来角特性から求めることができます。

[用語3] ITU-R勧告 P.1816-4 : ITU-Rで「時間・空間電波伝搬推定法」に対して発行された勧告番号。「P」は伝搬を表す「Propagation」の頭文字で、1816は勧告の識別番号を指します。「-4」は改訂番号であり、「4」は 4回目の改訂であることを表しています。今回の勧告について、ITU-Rのホームページでは「ITU-R Recommendation P.1816-4: The prediction of the time and the spatial profile for broadband land mobile services using UHF and SHF bands」として掲載されています。

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全固体リチウム電池を応用した情報メモリ素子を開発:超低消費エネルギー化と多値記録化に初めて成功 省エネルギーコンピューティングに向けた大きな一歩

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要点

  • 全固体リチウム電池を応用したメモリ素子を開発し、超低消費エネルギー動作に成功
  • 3つの異なる電圧を記録する3値記録メモリとしての動作を実現
  • 開発したメモリ素子の特徴が、酸化ニッケルとリチウムの反応に起因することを確認

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の一杉太郎教授、清水亮太助教、渡邊佑紀大学院生(修士課程2年)らは、東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻の渡邉聡教授らと共同で、全固体リチウム電池と類似した薄膜積層構造を持ち、超低消費エネルギーと多値記録を特徴とするメモリ素子の開発に成功しました。

コンピュータの利用拡大とともにエネルギー消費量は増大し続けており、半導体素子の消費エネルギー低減は喫緊の課題です。研究グループは、全固体リチウム電池の構造と動作メカニズムに注目し、情報を電圧として記憶する低消費エネルギーの電圧記録型メモリ素子の開発に取り組みました

本研究では、ニッケルを電極として用いた、全固体リチウム電池と同じ構造のメモリ素子を作製しました。その結果、消費エネルギーの低減に加えて、3種類の異なる電圧を記憶する3値記録メモリとしての動作を実現しました。これらの特徴は、界面に自発的に生成した極薄の酸化ニッケル膜とリチウムイオンの多段階反応によるものです。この成果は、超低消費エネルギーメモリ素子の実用化に向けた重要な指針となるだけでなく、固体内におけるリチウムイオン移動についての理論構築にもつながります。

本研究成果は11月20日(米国時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials and Interfaces」オンライン版に掲載されます。

背景

情報化社会の急速な進展に伴い、コンピュータは目覚ましい発展を遂げています。それに伴い、コンピュータの利用拡大とともにエネルギー消費量は増大し続けており、半導体素子の消費エネルギー低減が求められています。

このような状況の中、研究グループは、一杉教授らがこれまで研究してきた全固体リチウム電池をもとにした低消費エネルギーの電圧記録型メモリ素子を着想しました。この素子は、電池における充電状態と放電状態をメモリの“1”と“0”に対応させるものであり、開放端電圧[用語1]が変化するメモリ素子と考えることができます。

全固体リチウム電池は、正極材料、固体電解質、リチウム金属負極が積層した構造と見なすことができ、正極材料にリチウムイオンが出入りすることによって、開放端電圧が変化します。携帯電話等で利用するリチウムイオン電池では、電池容量[用語2]が大きいほど、正極材料に出入りするリチウムイオンの量が大きくなるため、電池の持ちが良くなり、利便性が高まります。そのため、通常の電池応用では電池容量を大きくすることが求められますが、メモリ素子への応用を考える場合には、電池容量が小さいほど消費エネルギーが小さくなり、優れたメモリ素子となります。電池容量は正極材料によって決まるため、低消費エネルギー化を実現するには、正極材料として適切な材料を選択する必要があります。

研究の成果

本研究では、半導体素子作製技術として汎用的なスパッタリング法などの薄膜作製手法を活用しました。また、低電池容量を実現するための正極材料として、リチウムと合金を形成しないニッケルを選択しました。ニッケル下部電極(Ni)上に固体電解質薄膜(Li3PO4)を形成し、その上にリチウム薄膜(Li)を形成することで、積層構造のメモリ素子を作製しました(図1)。その結果、ニッケル下部電極上に極薄の酸化ニッケル(NiO)が自発的に形成し、非常に容量が小さい全固体リチウム電池として動作することが明らかになりました。つまり、メモリ素子として動作することを実証したことになります。

メモリ動作に要した消費エネルギーを算出したところ、8.8 × 10−11 J/µm2となり、これは、現行のパソコンに使用されているDRAM(> 4 × 10−9 J/µm2)の1/50程度の値に相当します(表1)。また、このメモリが3種類の異なる電圧状態を記録でき、3値記録メモリ[用語3]としての動作を実現していることがわかりました(図2)。これは記録の高密度化に繋がる結果です。

本研究で作製した電圧記録型メモリ素子の概略図(a)と写真(b)

図1. 本研究で作製した電圧記録型メモリ素子の概略図(a)と写真(b)

表1. スイッチングに要したリチウムイオン移動量(電池容量)と消費エネルギー

 
リチウムイオン移動量 [C/µm2]
消費エネルギー[J/µm2]
本デバイス
4.4 × 10−11
8.8 × 10−11
DRAM
> 4 × 10−9

3値記録メモリとしての動作の状況

図2. 3値記録メモリとしての動作の状況

黒線が印加電圧、曲線が開放端電圧を表しており、1.1 V未満の領域を低電圧状態、1.1-1.8 Vを中電圧状態、1.8 V超過を高電圧状態と定義している。

こうした3種類の安定状態(低電圧、中電圧、高電圧状態)のうち、最も安定な状態を探るために、作製したメモリ素子を加熱し、60 ℃と100 ℃でメモリ動作を試みました。その結果、中電圧状態が最も安定であることを確認しました。

また、ラマン分光測定を用いて消費エネルギーの低減と多値記録の発現が、ニッケル電極上に生じた極薄の酸化ニッケル膜と、固体電解質内を移動するリチウムイオンの間で発生する多段階反応に起因していることを明らかにしました。

今後の展開

今回の研究では、電圧記録型メモリ素子の基盤を構築することができました。さらに、多段階反応を伴う電極材料を用いることで、多値記録メモリとしての動作が可能になることを明らかにしました。メモリ素子の消費エネルギー低減や記録の高密度化は、コンピュータの省エネルギー化の鍵であり、今回の成果は、そうした特性をそなえたメモリ素子の実用化を目指す上での大きな一歩です。今後は、電池容量を究極に小さくした電池を作製することにより、電圧記録型メモリ素子のさらなる低消費エネルギー化が可能になります。さらに、人工知能技術のさらなる発展に向け、人間の脳の動きを模倣した脳型コンピュータへの応用も期待されます。

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST、さきがけ)、日本学術振興会(JSPS)科研費の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 開放端電圧 : 回路を電流が流れていない時の2電極間(正極-負極間)の電位差のこと。一般には、起電力と同義である。

[用語2] 電池容量 : 電池が溜めることのできる電気量のこと。ここでは、(メモリ素子の消費エネルギー)=(印加電圧)×(電池容量)となるため、電池容量を少なくすることは消費エネルギー低減につながる。

[用語3] 3値記録メモリ :一般的なメモリ素子は“0”と“1”の2つの状態を保持するのに対し、保持する状態が3状態あるメモリ素子のこと。1素子で3つの値を記録することができるため、記録の高密度化が期待できる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials and Interfaces
論文タイトル :
Low energy consumption three-valued memory device inspired by solid-state batteries
著者 :
Yuki Watanabe, Shigeru Kobayashi, Issei Sugiyama, Kazunori Nishio, Wei Liu, Satoshi Watanabe, Ryota Shimizu, and Taro Hitosugi
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授

一杉太郎

E-mail : hitosugi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2636

東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 教授

渡邉聡

E-mail : watanabe@cello.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7135

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室

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Tel : 03-5841-6295 / Fax : 03-5841-0529

天体衝突イベント由来の新たなエジェクタ層を中新世の深海堆積物から発見 約1,160万年前の生物大量絶滅イベントの原因解明か

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発表のポイント

  • 北西太平洋南鳥島沖の深海堆積物から、中新世天体衝突イベント由来のエジェクタ層(放出物質の堆積層)を発見した。エジェクタ層にはオスミウム同位体比の負異常、白金族元素の異常濃集、ニッケルに富むスピネルを多数含む球状粒子(スフェルール)の産出などの天体衝突イベント由来の証拠が確認された。
  • エジェクタ層の堆積年代は約1,100万年前と推定され、陸上に大きなクレーターが存在しないことから、世界で2例目の海洋天体衝突イベントの発見である可能性が高い。
  • エジェクタ層の堆積年代は、約1,160万年前(中新世)に起こった最も年代の新しい生物大量絶滅イベントと誤差の範囲で重なることから、中新世生物大量絶滅イベントを引き起こした可能性がある。

概要

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(理事長 松永是)海洋機能利用部門 海底資源センターの野崎達生グループリーダー代理らは、国立大学法人 東京大学、国立大学法人 神戸大学、学校法人 千葉工業大学、国立大学法人 九州大学、国立大学法人 東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の石川晃准教授、学校法人 早稲田大学と共同し、2014年10月に海洋地球研究船「みらい」を用いて南鳥島周辺で採取されたピストンコア試料[用語1](図1、2)を詳細に記載および分析した結果、中新世の深海堆積物に天体衝突イベント由来のエジェクタ層[用語2]が含まれていることを明らかにしました。

本研究に用いたピストンコア試料(MR14-E02 PC11)の位置図

図1. 本研究に用いたピストンコア試料(MR14-E02 PC11)の位置図

本研究に用いたピストンコア試料の半割断面写真。エジェクタ層は、Section 4の中央部に位置する。

図2. 本研究に用いたピストンコア試料の半割断面写真。エジェクタ層は、Section 4の中央部に位置する。

このエジェクタ層は、オスミウム同位体比(187Os/188Os)[用語3]が約0.2まで低下する明瞭な負異常を示します(図3、4)。また、オスミウム濃度やイリジウム濃度はそれぞれ最高で約2.2 ppbおよび約3.2 ppbに達し、上部大陸地殻の平均値の数十倍を示すことから白金族元素[用語4]濃度の異常濃集を伴います(図3、4)。さらに、本堆積物には天体衝突によって生成された球状粒子(スフェルール)が多数含まれており、スフェルールはカンラン石の仮像[用語5]と推定される粘土鉱物および最大でNiO濃度が23.3%に達するスピネル[用語6]粒子から構成されています(図5、6)。これらはいずれも地球上への天体衝突イベントと、それに伴う隕石および被衝突物の溶融と冷却によって生成される物質に特有の記載学的・地球化学的特徴です。

ピストンコア試料の(a)レニウム-オスミウム組成と(b)オスミウム年代。海底下320 - 360 cmにオスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比の負異常が認められる。オスミウム同位体比層序から、エジェクタ層の堆積年代は約1,100万年前と推定される。
図3.
ピストンコア試料の(a)レニウム-オスミウム組成と(b)オスミウム年代。海底下320 - 360 cmにオスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比の負異常が認められる。オスミウム同位体比層序から、エジェクタ層の堆積年代は約1,100万年前と推定される。
ピストンコア試料の(a)レニウム-オスミウム組成、白金族元素濃度および(b)コンドライト規格化白金族元素パターン。オスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比負異常のピークと、白金族元素濃度の濃集ピークが一致する。白金族元素パターンは、PPGEに富むやや右上がりのパターンを示し、上部大陸地殻に比べるとPPGE(Pt:白金、Pd:パラジウム、Re:ロジウム)よりもIPGE(Os:オスミウム、Ir:イリジウム、Ru:ルテニウム)の濃集度合いが高いことがわかる。
図4.
ピストンコア試料の(a)レニウム-オスミウム組成、白金族元素濃度および(b)コンドライト規格化白金族元素パターン。オスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比負異常のピークと、白金族元素濃度の濃集ピークが一致する。白金族元素パターンは、PPGEに富むやや右上がりのパターンを示し、上部大陸地殻に比べるとPPGE(Pt:白金、Pd:パラジウム、Re:ロジウム)よりもIPGE(Os:オスミウム、Ir:イリジウム、Ru:ルテニウム)の濃集度合いが高いことがわかる。
オスミウム濃度が最も高く、オスミウム同位体比が最も低いピストンコア試料の(a)3次元X線顕微鏡画像。数十μm~数百μmサイズのスフェルールが多数散見される。(b)、(c)は視野の中で最大のスフェルールを拡大した画像で、カラースケールが異なる。
図5.
オスミウム濃度が最も高く、オスミウム同位体比が最も低いピストンコア試料の(a)3次元X線顕微鏡画像。数十μm~数百μmサイズのスフェルールが多数散見される。(b)、(c)は視野の中で最大のスフェルールを拡大した画像で、カラースケールが異なる。
オスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比負異常を示すピストンコア試料の粗粒部(62 μm以上)をふるい分けした物から作成した研磨片の(a - c)反射顕微鏡画像および(d - i)後方電子散乱(BSE)画像。スフェルールの外側は遠洋性堆積物に覆われているが(a)、内部はカンラン石の仮像を持つ六角板状の粘土鉱物が卓越する(a、d)。粘土鉱物の中には自形~樹枝状~球状のスピネル粒子が多数産出する(a - i)。樹枝状のスピネル粒子は、自形のスピネル粒子の先端から延びて成長している様子が観察される(c、f - h)。まれに球状のスピネル粒子(破線白丸)が観察され、最大で23.29 wt%と高いNiO濃度を示す(i)。
図6.
オスミウムの異常濃集とオスミウム同位体比負異常を示すピストンコア試料の粗粒部(62 μm以上)をふるい分けした物から作成した研磨片の(a - c)反射顕微鏡画像および(d - i)後方電子散乱(BSE)画像。スフェルールの外側は遠洋性堆積物に覆われているが(a)、内部はカンラン石の仮像を持つ六角板状の粘土鉱物が卓越する(a、d)。粘土鉱物の中には自形~樹枝状~球状のスピネル粒子が多数産出する(a - i)。樹枝状のスピネル粒子は、自形のスピネル粒子の先端から延びて成長している様子が観察される(c、f - h)。まれに球状のスピネル粒子(破線白丸)が観察され、最大で23.29 wt%と高いNiO濃度を示す(i)。

今回発見されたエジェクタ層は、オスミウム同位体(187Os/188Os)層序[用語7]からその堆積年代が約1,100万年前と推定されます(図3)。年代決定手法が持つ誤差を考えても、陸上に大きなクレーターが存在しない年代であることから、これまでに見つかっていない地球上への新たな天体衝突イベントの証拠と考えられます。また、陸上に同年代の証拠がないことから、約251万年前に南太平洋に衝突したEltanin天体衝突イベントに次ぐ、世界で2例目の海洋天体衝突イベントの可能性が高いと考えられます。さらに、約1,160万年前に起こったとされる最も年代の新しい生物大量絶滅イベント[用語8]は長年その原因が謎とされてきましたが、本発見はその解明への糸口となる可能性があります。今後、他の海域の深海堆積物についても調査を行い、新たに発見された中新世天体衝突イベントの詳細を解明していく予定です。

本成果は、英国のNature Publishing Group(NPG)が発行する学術雑誌「Scientific Reports」に11月20日付け(日本時間)で掲載されました。

背景

日本は世界第6位の広さの排他的経済水域(EEZ)を有し、その中にはマンガン団塊、海底熱水鉱床、マンガンクラスト、レアアース泥[用語9]に分類される海底鉱物資源やメタンハイドレート、海底油田などのエネルギー資源が分布しています。2011年7月には、総レアアース濃度が400 ppmを超えるレアアース泥が、太平洋の広範囲に分布していることが発見されました。さらに、2013年3月には南鳥島のEEZ内から総レアアース濃度が6,500 ppmに達する超高濃度レアアース泥が発見されました(2013年3月21日既報outer)。その後、レアアース泥の分布・成因を解明するために、音波探査やピストンコアラーによる採泥航海が2013年から毎年実施されてきており、最近では超高濃度レアアース泥が広く分布する南鳥島南方約250 kmの海域について、ArcGISを用いたレアアース資源の3次元分布やレアアース濃度を高めるためのハイドロサイクロンの有用性が報告される(2018年4月10日既報outer)など、さまざまな成果が発表されています。このようにレアアース泥の特徴が次々と明らかにされつつありますが、レアアース泥の成因を考えるうえで重要な生成年代がいまだにわかっていません。

そこで、国立研究開発法人海洋研究開発機構および国立大学法人東京大学が中心となって、オスミウム同位体層序によるレアアース泥の生成年代決定を進めています。その過程において、2014年10月に海洋地球研究船「みらい」を用いて北西太平洋の南鳥島周辺で行われたMR14-E02航海で採取されたピストンコア試料から、オスミウム同位体比の負異常とオスミウムの異常濃集を伴う層が発見されました。オスミウム同位体比の負異常とオスミウムの異常濃集は、カンラン岩の混入あるいは宇宙起源物質の混入の2つの可能性でしか説明できないことから、本研究では高精度の全岩化学組成分析・同位体分析や顕微鏡観察および鉱物組成測定などの詳細な記載を行い、その由来の特定を試みました。

成果

南鳥島周辺で採取されたピストンコア試料であるMR14-E02 PC11(図1、2)(水深5,647 m、コア長1,311.5 cm)について、詳細な記載、鉱物組成測定および全岩化学分析を行いました。その結果、320 - 360 cmbsf(cm below seafloor:海底面からのcm表記の深さ)の地層に、オスミウムの異常濃集およびオスミウム同位体比の明瞭な負異常を発見しました(図3、4)。約357 cmbsfをピークとしてオスミウム濃度は最高で約2.2 ppbに達し、オスミウム同位体比は約0.2まで低下します(図3、4)。このオスミウム濃度は上部大陸地殻平均値の約70倍に達し、約0.2という低いオスミウム同位体比を伴うことから、カンラン岩のような超苦鉄質岩の混入か、隕石などの宇宙起源物質の混入の2つの可能性でしか説明できません。ピストンコア試料の記載、主成分元素および微量元素組成の結果からは、カンラン岩のような超苦鉄質岩混入の可能性は見つかりませんでした。そこで、オスミウム濃度と同位体比異常のピークを中心にさらなる密な試料のサンプリング、白金族元素濃度の定量分析およびコア試料の62 μm以上の粗粒部をふるい分けし、研磨片の作成、反射顕微鏡観察、鉱物組成測定などを行いました。

白金族元素濃度の最大値はオスミウムが2.2 ppb、イリジウムが3.2 ppb、ルテニウムが3.1 ppb、白金(プラチナ)が13.4 ppb、パラジウムが4.3 ppbを示し、上部大陸地殻の平均値の数十倍に達します(図3、4)。特に、イリジウム濃度は恐竜絶滅を引き起こした白亜紀-古第三紀境界(6,600万年前)の天体衝突イベントに伴うエジェクタ層よりやや低いものの、カナダに直径90 kmのクレーターを生じさせた三畳紀後期(約2億1,500万年前)の天体衝突イベントのエジェクタ層(2013年9月17日既報outer)に匹敵する高い値です。また、球状の石質隕石であるコンドライト[用語10]で規格化したレニウムおよび白金族元素パターンは、ややPPGE(白金、パラジウム、ロジウム)に富む右上がりのパターンを示します(図4)。オスミウムおよびイリジウム濃度の最大値から、このパターンは99.5%の遠洋性堆積物と0.5%のCIコンドライトの混合でおおむね説明できますが、遠洋性堆積物とCIコンドライトの単純な混合ではPPGEに比べてよりIPGE(オスミウム、イリジウム、ルテニウム)に富む点が説明できません。しかし、“遠洋性粘土”と“CIコンドライト+海洋地殻+遠洋性粘土のメルト”の混合を考えれば、レニウムおよび白金族元素パターンが整合的に説明できます。つまり、隕石、地球表層の地殻および堆積物の混合により説明できるということです。

オスミウム同位体比と白金族元素濃度に異常が認められた試料について、粗粒部分をふるい分けして作成した研磨片を反射顕微鏡、走査型電子顕微鏡および3次元X線顕微鏡で観察すると、直径数十μm~数百μmの球状粒子(スフェルール)が多数観察されます(図5、6)。スフェルールの外側は遠洋性粘土の構成物である石英、イライト、沸石、緑泥石-スメクタイト、磁鉄鉱、チタン鉄鉱、輝石などからなりますが、内側はカンラン石由来と考えられる六角板状の仮像を示す粘土鉱物が卓越し、その中には自形~樹枝状~球状のスピネル粒子が産出します(図5、6)。樹枝状のスピネル粒子は、自形のスピネル粒子の先端から延びるように成長している物が多く、自形および樹枝状のスピネルは0.04 - 4.78 wt% NiO濃度を、球状スピネルは3.30 - 23.29 wt% NiO濃度を示します。より初生的な情報を記録していると期待されるCr2O3濃度に富む(クロムスピネル成分に富む)スピネルについて、集束イオンビーム-走査型電子顕微鏡とイオンミリング装置により数μm四方の研磨片を作成し透過型電子顕微鏡で観察すると、クロムに富むコア部と鉄に富むリム部(周縁部)に分かれており、鉄に富むリム部から磁鉄鉱成分に富む樹枝状スピネル粒子が成長している様子が観察されます(図7)。これらのスピネル粒子の形状および組織、NiO濃度、元素の累帯構造およびスピネル成分(化学組成)は、天体衝突イベントによる自形スピネル粒子の部分溶融とその後の急冷現象により、すべて整合的に説明されます。したがって、約357 cmbsfの地層を中心に宇宙起源物質(隕石)の深海堆積物への流入量が異常に増大したことが、記載学的・地球化学的に明らかとなりました。また、スピネル粒子の化学組成は、約251万年前に地球上に衝突した小惑星の破片であるEltanin隕石に含まれるスピネル粒子とは異なる組成を示し、炭素質コンドライト、あるいは普通コンドライトに含まれるスピネル粒子と類似した組成を示します(図7)。NiO濃度(トレボライト成分)の高い球状スピネル粒子は、隕石に含まれていた鉄-ニッケル金属の溶融と酸化によって生成したと考えられます。

ピストンコア試料のスフェルールに含まれるスピネル粒子の走査型電子顕微鏡画像、透過型電子顕微鏡による元素マッピング(クロム、鉄)、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)および透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光器(TEM-EDS)で測定したスピネル粒子の化学組成。スピネル粒子は、クロムに富むコア部と鉄に富むリム部(周縁部)から構成され、リム部からは磁鉄鉱成分に富む樹枝状スピネル粒子の成長が観察される。本研究のスフェルールに含まれるスピネル粒子の化学組成は、Eltanin隕石とは異なる化学組成を有し、炭素質コンドライトあるいは普通コンドライト中に含まれるスピネルの化学組成と類似している。
図7.
ピストンコア試料のスフェルールに含まれるスピネル粒子の走査型電子顕微鏡画像、透過型電子顕微鏡による元素マッピング(クロム、鉄)、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)および透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光器(TEM-EDS)で測定したスピネル粒子の化学組成。スピネル粒子は、クロムに富むコア部と鉄に富むリム部(周縁部)から構成され、リム部からは磁鉄鉱成分に富む樹枝状スピネル粒子の成長が観察される。本研究のスフェルールに含まれるスピネル粒子の化学組成は、Eltanin隕石とは異なる化学組成を有し、炭素質コンドライトあるいは普通コンドライト中に含まれるスピネルの化学組成と類似している。

今後の展望

このエジェクタ層の堆積年代は、ピストンコア試料のオスミウム同位体層序から、約1,100万年前と推定されます(図3)。オスミウム年代に含まれる年代値の誤差を考慮しても、陸上に大きなクレーターが存在しない年代であることから、これまで認知されていなかった新しい天体衝突イベントの可能性があります。さらに、天体衝突イベントの証拠が陸上になく深海堆積物のみに残っていることから、Eltanin天体衝突イベントに次ぐ世界で2例目の『海洋天体衝突イベント』の可能性が高いといえます。

ペルム紀後期から現在までに、少なくとも11回の生物大量絶滅イベントが起こったことが知られています。それらの中で、約1,160万年前に起こったとされる最も年代の新しい生物大量絶滅イベントのみが、巨大火成岩岩石区の噴出や海洋無酸素事変との関連性がなく、長年その原因が謎とされてきました。今回、北西太平洋の深海堆積物から見つかった中新世天体衝突イベントは、年代値の誤差範囲で中新世の大量生物絶滅イベントとタイミングが重なるため、残された最後のピースを埋める研究となる可能性があります。今後、他の海域のピストンコアあるいは掘削コア試料の研究を進め、中新世天体衝突イベントの規模や地球環境に及ぼした影響などの詳細を解明していく予定です。

用語説明

[用語1] ピストンコア試料 : ピストンコアラー(ピストン式柱状採泥器)によって採取された堆積物コア試料。採泥器本体が自由落下し海底面に突き刺さった際、ピストンは海底面に止まり、パイプが貫入するため吸引力が生じ、底質を吸い込んで長い柱状試料を得ることが可能。本研究に用いたピストンコアは採泥管長15 mで採取された。

[用語2] エジェクタ層 : エジェクト(eject)は英語で『放出する』という意味。本文中では、天体衝突イベント末期にクレーター内から低角度で放出された物質が、地表物質と混じり合って移動して生じた堆積層のことを指す。

[用語3] オスミウム同位体比(187Os/188Os) : オスミウムには質量数184、186、187、188、189、190、192の7つの同位体が存在するが、その同位体同士の比を取ったものがオスミウム同位体比。特に、187Os/188Osは地球上の構成物質によって異なる値を持つことが知られているため、宇宙起源物質(隕石)の検出やサイズ見積りなどに使われている。

[用語4] 白金族元素 : ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金(プラチナ)の6元素を総称した呼び名。白金族元素は地球内部物質や隕石などの未分化な岩石に多く含まれる一方、地球表層物質には枯渇しているので、宇宙起源物質(隕石)の検出に有用である。

[用語5] 仮像 : 温度・圧力・化学的状態の変化によって、その外形を保ったまま、成分の一部あるいは全部が置換してまったく新しい鉱物になったもの。仮晶ともいう。

[用語6] スピネル : 尖晶石とも呼ばれる。鉱物名としても、広い固溶範囲を示す鉱物のグループ名としても使われる。広義のスピネル鉱物グループを指す場合には『AB2O4』の組成を持ち、スピネル系列(BがAl、AがMg、Fe、Zn、Mn)、磁鉄鉱系列(BがFe3+、AがMg、Fe2+、Zn、Mn、Ni)、クロム鉄鉱系列(BがCr、AがMg、Fe2+)の3系列がある。狭義のスピネル系列はAlスピネルとも呼ばれ、Aの位置のMg、Fe、Zn、Mnは相互に完全に置換し、鉄スピネル(FeAl2O4)、亜鉛スピネル(ZnAl2O4)、マンガンスピネル(MnAl2O4)からなる。

[用語7] オスミウム同位体(187Os/188Os)層序 : 海水の187Os/188Osは、高い値を持つ河川水フラックスと低い値を持つ熱水・宇宙起源物質の3つのフラックスの相対的バランスで決まり、当時の地球環境に支配されながら時間とともに変化する。レアアース泥やマンガンクラストなどは、堆積した当時の海水187Os/188Osを保持する性質があるため、コア試料の187Os/188Os変化とグローバルな古海水187Os/188Os変動曲線をフィッティングすることで、堆積年代を決定することができる。このような手法をオスミウム同位体層序(Os isotope stratigraphy)と呼ぶ。

[用語8] 生物大量絶滅イベント : 3億年前から現在までに、少なくとも11回の生物大量絶滅イベントが起こったことが知られている。生物大量絶滅の原因は以下のように推定されている。

年代
生物大量絶滅の原因
約1,160万年前
-
約3,600万年前
隕石衝突
約6,600万年前
隕石衝突、火成活動、海洋無酸素事変?
約9,420万年前
火成活動、海洋無酸素事変
約1億1,600万年前
火成活動、海洋無酸素事変
約1億4,500万年前
隕石衝突
約1億8,270万年前
火成活動、海洋無酸素事変
約2億130万年前
火成活動、海洋無酸素事変
約2億1,500万年前
隕石衝突
約2億5,220万年前
火成活動、海洋無酸素事変
約2億5,980万年前
火成活動、海洋無酸素事変

[用語9] レアアース泥 : レアアースに富み、総レアアース濃度が400 ppmを超える深海堆積物。Kato et al. (2011) により太平洋の広範囲におけるレアアース泥の分布が報告され、マンガン団塊、海底熱水鉱床、マンガンクラストに次ぐ第4の海底鉱物資源と注目されている。レアアース泥のうち、総レアアース濃度が5,000 ppmを超えるものは超高濃度レアアース泥と呼ばれ(Iijima et al., 2016)、2013年に南鳥島南方約250 kmの海域から発見された。

[用語10] コンドライト : 石質隕石のうちコンドルールを含むことで特徴付けられる一群のことで、球状隕石とも呼ばれる。地上に落下する隕石の約80%を占め、揮発性成分を除いた化学組成が太陽大気の元素存在度に概して近いこと、形成年代が約45.5億年前であること、全体として溶融・分化していない組織を示すことなどから、太陽系の始原物質を最も良く保存したものと考えられている。化学組成および酸化還元状態からエンスタタイト(E)、H、L、LL、炭素質(C)の5つの化学的グループに細分化される。CIコンドライトは炭素質コンドライトの1種。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
A Miocene impact ejecta layer in the pelagic Pacific Ocean
著者 :
野崎達生1、2、3、4、大田隼一郎4、2、5、6、野口高明7、佐藤峰南4、1、石川晃8、1、4、髙谷雄太郎9、1、4、木村純一6、常青6、島田和彦10、石橋純一郎10、安川和孝2、5、4、木元克典11、飯島耕一1、加藤泰浩2、5、4、1
所属 :
1海洋研究開発機構 海洋機能利用部門 海底資源センター
2東京大学 大学院工学系研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター
3神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻
4千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター
5東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻
6海洋研究開発機構 海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター
7九州大学 基幹教育院 自然科学実験系部門
8東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
9早稲田大学 大学院創造理工学研究科 地球・環境資源理工学専攻
10九州大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門
11海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター
DOI :
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貴金属使わずアンモニア合成触媒となる新物質発見

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要点

  • BaCeO3の酸素の一部を窒素と水素に置き換えた新物質を低温で合成
  • ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成の触媒活性を発見
  • 窒素イオンと水素イオンが活性点として働く新しい反応メカニズムを提唱

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の鯨井純(修士課程1年)、元素戦略研究センターの北野政明准教授と細野秀雄栄誉教授らは貴金属を使わずに低温でアンモニア合成活性を示す物質を見いだすことに成功した。ペロブスカイト型[用語1]酸化物(BaCeO3)の酸素の一部を窒素や水素(ヒドリドイオン[用語2]に置き換えた新物質「BaCeO3-xNyHz」の合成により実現した。

BaCeO3のような金属酸化物だけではアンモニア合成触媒の活性を示さないためルテニウムなどの貴金属ナノ粒子を表面に固定していたが、BaCeO3-xNyHzはルテニウムなどを固定しなくても触媒として働くことを解明した。さらにBaCeO3-xNyHz表面に鉄やコバルトなど安価な金属ナノ粒子を固定すると、ルテニウム触媒より低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも見いだした。

近年、温和な条件下で高いアンモニア合成活性を示す触媒としてルテニウム触媒の開発が盛んだが、希少で高価な金属のルテニウムを用いない新触媒技術として重要な成果であり、アンモニア合成プロセスの大幅な省エネルギー化に繋がるものである。また詳細な反応メカニズム解析の結果からBaCeO3-xNyHz上の窒素および水素(ヒドリドイオン)の働きにより、不活性な窒素分子を活性化し、低温で優れたアンモニア合成活性を実現していることも明らかにした。

アンモニアは窒素肥料原料として重要な物質で、最近は水素エネルギーキャリア[用語3]としても期待が高まっており、注目される研究成果といえる。

研究成果は米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版に11月22日付で公開された。

研究の背景と経緯

人工的にアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」は約100年前にハーバーとボッシュによって見いだされ、工業化された現在でも人類の生活を支えるのに必要不可欠となっている。またアンモニア分子は分解することで多量の水素発生源となり、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素を運搬する物質としても期待されている。

一方、HB法は高温(400 - 500 ℃)、高圧(100 - 300気圧)の条件が必要であるため、温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められている。温和な条件下で働く触媒としてこれまで、ルテニウム触媒の開発が盛んに行われてきた。しかしルテニウムは高価な貴金属であり、豊富に存在する安価な金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれていた。

研究の内容

北野准教授らの研究グループはペロブスカイト型の混合アニオン材料[用語4]に着目し、新たな合成方法を見いだした。近年、ペロブスカイト型酸水素化物など酸素サイトの一部をヒドリドイオン(Hイオン)に置き換えたような混合アニオン化合物がいくつか報告されており、その一部はアンモニア合成触媒として機能することが報告されている。

通常、ペロブスカイト型酸化物の合成には900 ℃以上の高温での加熱処理が必要であり、酸素サイトの一部をヒドリドイオンに置き換えるために、CaH2(水素化カルシウム)などと550 ℃付近の温度で一週間程度加熱する多段階の合成プロセスとなっている。またペロブスカイト型酸窒化物の合成も光触媒など様々な分野で合成が行われているが、ペロブスカイト型酸化物をアンモニア雰囲気中で800 ℃以上の高温で加熱することにより合成されている。これは、ペロブスカイト型酸化物の酸素が非常に安定であり、他のアニオンで置換することが困難であることに由来している。

一方、北野准教授らはCeO2(酸化セリウム)とBa(NH2)2(バリウムアミド)を直接反応させることにより、ペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)の一段合成に成功した(図1)。これまでこの物質は合成例がなく、新物質であることも明らかとなった。

新規ペロブスカイト型酸窒素水素化物の合成スキーム

図1. 新規ペロブスカイト型酸窒素水素化物の合成スキーム

原料であるBa(NH2)2は200 ℃程度の低温から分解するためCeO2とよく反応し、ペロブスカイト構造を形成すると同時に、酸素のサイトにBa(NH2)2由来の窒素および水素が導入される。この手法を用いると、ペロブスカイト構造が300 ℃という非常に低温から形成され550 ℃でほぼ均一な材料が得られる。

これは一般的なBaCeO3の合成温度(約1,000 ℃)と比べてもかなり低温で合成できていることがわかる。一方、BaCeO3をアンモニア雰囲気、900 ℃で加熱しても酸素のサイトにほとんど窒素が導入されないこともわかった。これらのことから、北野准教授らが開発した合成方法が、ペロブスカイト型混合アニオン材料の合成に有用であることがわかる。

このペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)はルテニウムなどの金属ナノ粒子を固定しなくても安定したアンモニア合成活性を示すことがわかった(図2)。一般的にBaCeO3などの金属酸化物はまったくアンモニア合成活性を示さないことから、アニオン(陰イオン)サイトに導入された窒素イオンや水素イオン(ヒドリドイオン)が触媒活性に寄与していることがわかる。

BaCeO3-xNyHzとBaCeO3のアンモニア合成活性(反応温度:400 ℃、圧力:9気圧)

図2. BaCeO3-xNyHzとBaCeO3のアンモニア合成活性(反応温度:400 ℃、圧力:9気圧)

さらに、BaCeO3に鉄やコバルトを固定した触媒では、ほとんどアンモニア合成活性を示さないのに対し、BaCeO3-xNyHzの表面に鉄やコバルトを固定すると、既存のルテニウム触媒よりも低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも明らかとなった(図3)。窒素や水素の同位体ガスを用いた実験から、BaCeO3-xNyHz中の窒素および水素イオンがアンモニア合成に直接関与するユニークなメカニズムで反応が進行することも明らかとなった。

CoやFeを固定したBaCeO3-xNyHzのアンモニア合成活性と他の触媒との比較(反応温度:300 ℃、圧力:9気圧)

図3. CoやFeを固定したBaCeO3-xNyHzのアンモニア合成活性と他の触媒との比較
(反応温度:300 ℃、圧力:9気圧)

今後の展開

開発した触媒は低温低圧条件下で優れたアンモニア合成活性を示し、貴金属フリーなアンモニア合成触媒としてきわめて有望な材料であることが示された。今後、触媒の調製条件などを最適化することでさらなる活性向上が見込まれ、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] ペロブスカイト型 : 化学組成がABX3の無機化合物に見られる結晶構造の一つであり、AやBは金属カチオンでXは酸素などのアニオンからなる。Aが単位格子の中心に、Bが各格子点に、Xが各稜の中心に位置した構造である。

[用語2] ヒドリドイオン : 負の電荷を持った水素イオン(Hイオン)であり、ほかに水素は電荷を持たない原子状水素(H0)や正の電荷を持った水素イオン(プロトン、H+イオン)の形態を持つ。

[用語3] エネルギーキャリア : エネルギーを貯蔵・輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは、窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて、簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されている。

[用語4] 混合アニオン材料 : 例えば、金属酸化物の酸素サイトの一部が窒素や水素などの異種元素で置換され、複数のアニオンが存在する物質。

今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ

研究領域:
「電子やイオン等の能動的制御と反応」
研究総括:
関根泰 早稲田大学 理工学術院 教授
研究課題名:
「ヒドリドイオンの光励起により駆動するアンモニア合成触媒の開発」
研究者:
東京工業大学 元素戦略研究センター 准教授 北野 政明
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成30年10月~令和4年3月

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Low-Temperature Synthesis of Perovskite Oxynitride-Hydrides as Ammonia Synthesis Catalysts(アンモニア合成触媒のためのペロブスカイト型酸窒素水素化物の低温合成)
著者 :
Masaaki Kitano, Jun Kujirai, Kiya Ogasawara, Satoru Matsuishi, Tomofumi Tada, Hitoshi Abe, Yasuhiro Niwa, Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター

准教授 北野政明

E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5191 / Fax : 045-924-5191

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5339

JST事業の事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

グリーンイノベーショングループ

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

マイクロ波を用いバイオマスの超急速熱分解を実現 精密制御の半導体マイクロ波発振器による高効率加熱

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要点

  • マイクロ波発振器とシングルモード型空洞共振器でバイオマスを高効率加熱
  • 稲わらを最大毎秒330 ℃で超急速に昇温し熱分解に成功
  • 共振周波数測定によりマイクロ波加熱中に急速熱分解による炭素化を観測

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の椿俊太郎助教、和田雄二教授らは産業技術総合研究所マイクロ化学グループの西岡将輝上級主任研究員とともに、マイクロ波[用語1]を用いてバイオマスの超急速熱分解に成功した。半導体式マイクロ波発振器[用語2]円筒型空洞共振器[用語3]を用い、マイクロ波の照射条件を精密制御してバイオマスに強電界を印加することにより、稲わらを最大毎秒330 ℃に急速昇温することができた。

従来のマグネトロン式のマイクロ波装置[用語4]を用いたバイオマスの熱分解では、バイオマスに集まる電界強度が低いため、マイクロ波の吸収性が高い熱媒体を添加する必要があった。今回は半導体式のマイクロ波を用いて高い共振状態を作り出すことにより、熱媒体を用いることなくバイオマスを600 ℃以上に急速昇温することができた。

研究成果は英国王立化学協会の「Green Chemistry(グリーン・ケミストリー)」オンライン版に11月22日(英国時間)に掲載された。

研究の背景

バイオマスの急速熱分解によって、合成ガス(一酸化炭素および水素の混合気体)、バイオオイル(タール)、バイオチャー(炭素材料)などの有用な化学物質を得ることができる。しかし、バイオマスは熱伝導率が低く、水分含有量が高いため、効率的に加熱するためにはバイオマスを微粉末化して熱伝導性を高めつつ、高温に加熱した熱媒体と接触させる必要があり、プロセスの効率向上が求められていた(図1A)。

マイクロ波加熱はバイオマスの加熱効率を高める方法として検討されてきた。だが、従来のマグネトロンを用いたマイクロ波加熱方式では高い電界強度を得ることができないため、マイクロ波吸収性のよい熱媒体として炭素やシリコンカーバイド(SiC)を添加する必要があった(図1B)。

そこで本研究チームは、半導体式のマイクロ波発振器を用いてマイクロ波の照射条件を精密に制御することにより、高強度のマイクロ波をバイオマスに集中し、熱媒体を用いることなく、省電力での急速なバイオマスの熱分解を検討した(図1C)。

従来の外部加熱方法およびマグネトロン式のマイクロ波加熱と、本研究における半導体式のマイクロ波を用いたバイオマスの加熱方法の比較
図1.
従来の外部加熱方法およびマグネトロン式のマイクロ波加熱と、本研究における半導体式のマイクロ波を用いたバイオマスの加熱方法の比較

研究成果

今回の研究ではバイオマスのモデル原料(セルロースとアルカリリグニン)と実際に排出されるバイオマス原料(稲わら)に対して、共振周波数[用語5]の自動追跡が可能な半導体発振式のマイクロ波加熱の効果を検証した。この装置を用いた場合、マイクロ波照射後12秒以内に稲わらが600 ℃以上に加熱され、最大の昇温速度毎秒330 ℃に達した(図2A)。

また、バイオマスの熱分解反応中に炭素化が進行する過程を共振周波数の変化を追跡することで、直接観測することができることを見出した。急速昇温が生じる間に共振周波数が大きく低下していることから、昇温に伴いバイオマスの急激な炭素化が進行していることが確認された(図2B)。

これらの結果から、半導体式のマイクロ波発振器を用いて高度に制御したマイクロ波を用いることにより、熱媒体を使用せずにマイクロ波のエネルギーをバイオマスに直接伝送し、超高速に熱分解できることを実証した。

半導体式マイクロ波装置を用いた稲わらの急速昇温。マイクロ波加熱時の(A)温度変化、および(B)共振周波数の変化
図2.
半導体式マイクロ波装置を用いた稲わらの急速昇温。マイクロ波加熱時の(A)温度変化、および(B)共振周波数の変化

今後の展開

今回、開発した技術は林地残材や農業残滓などのバイオマスだけでなく、プラスチックや食品、汚泥、医療系ゴミなどの廃棄物の分解にも応用することができる。今後、化石資源由来のエネルギーから太陽光や風力発電などによる再生可能エネルギーへの転換が期待されている中、マイクロ波加熱は電気エネルギーを用いて駆動することができる。クリーンなエネルギーを用いた効率的なマイクロ波加熱により、低消費電力で二酸化炭素の排出削減が可能なプロセスで未利用炭素資源から有用化合物が製造できるようになると期待される。

半導体式マイクロ波加熱装置を用いた未利用バイオマス資源から有用炭素化物の製造

図3. 半導体式マイクロ波加熱装置を用いた未利用バイオマス資源から有用炭素化物の製造

用語説明

[用語1] マイクロ波 : 電磁波の一種で周波数が300 MHz~300 GHzの帯域のものを指す。2.45 GHzは電子レンジでも利用される。

[用語2] 半導体式マイクロ波発振器 : 従来のマイクロ波の発振方式は、マグネトロン(電子管)式が主流であった。窒化ガリウム(GaN)などの半導体を用いた増幅器が開発され、省エネルギー化が可能なマイクロ波デバイスとして普及が進んでいる。

[用語3] 円筒型空洞共振器 : 内部に単一のマイクロ波の定在波が生じる、シングルモード型の空洞共振器。本研究ではTM010モードと呼ばれるモードが生じ、電場の最大点に試料を配置することで効率的な加熱が可能となる。

[用語4] マグネトロン式のマイクロ波装置 : いわゆる電子レンジと同じ構造をしたマルチモード型のマイクロ波加熱装置。庫内に単一のモードが存在しない。マグネトロンの発振周波数がブロードであることや、金属製羽根を用いて定在波を防ぐことにより、試料の均一な加熱が可能である。一方、加熱効率はシングルモード型に劣る。

[用語5] 共振周波数 : シングルモード型の空洞共振器の内部に生じる共振周波数。空洞共振器に非加熱物質を装荷した場合、共振するマイクロ波を入力することで高い加熱効率を得ることができる。共振周波数は温度や試料の化学的変化によって大きく変動する。入力するマイクロ波の周波数をダイナミックに変化させることで、高い加熱効率を維持することができる。

謝辞

本研究は環境研究総合推進費 革新研究開発(若手枠)「マイクロ波加熱を利用した未利用バイオマスの高速炭化システムの開発」のほか、科学研究費助成事業基盤研究(S)および若手研究(A)の支援を受けて実施した。

論文情報

掲載誌 :
Green Chemistry
論文タイトル :
Ultra-fast pyrolysis of lignocellulose using highly tuned microwaves: Synergistic effect of cylindrical cavity resonator and frequency-auto-tracking solid-state microwave generator
著者 :
Shuntaro Tsubaki, Yuki Nakasako, Noriko Ohara, Masateru Nishioka, Satoshi Fujii, Yuji Wada
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
助教 椿俊太郎

E-mail : tsubaki.s.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3735/ Fax : 03-5734-2879

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


超高圧で合成される機能性酸化物の薄膜化に成功 新たな電気・磁気機能材料の開発につながる成果

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要点

  • 超高圧合成でしか得られなかった四重ペロブスカイト酸化物の薄膜化に成功
  • 堆積する下地の材料を変えながら格子に与える歪みを制御
  • 磁気異方性を変化させて垂直磁化を実現

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の重松圭助教、清水啓佑博士研究員、Hena Das(ダス・ヘナ)特任准教授、東正樹教授らの研究グループは神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)と共同で、マンガン・銅・セリウム・酸素からなる超高圧相[用語1]の酸化物(化学式:CeCu3Mn4O12)を高品質な薄膜として合成することに成功した。

実験による合成と第一原理計算[用語2]による予測によって、CeCu3Mn4O12薄膜の結晶格子に与える歪みの影響を調べ、面内に圧縮歪みを印加することで垂直磁化膜になることを発見した。垂直磁化膜は高記録密度磁気メモリーやスピントロニクス[用語3]に重要な特性であり、新たな電気・磁気機能材料の開発につながると期待される。

研究グループには上記のほか、東京工業大学 物質理工学院 材料系の山本一理、西久保匠の大学院生2氏と科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のSergey A. Nikolaev(ニコラフ・エイ・セルゲイ)特任助教、神奈川県立産業技術総合研究所の酒井雄樹常勤研究員が参加した。

研究成果は10月22日に米国化学会誌「Applied Electronic Materials(アプライド・エレクトロニック・マテリアルズ)」のオンライン版に掲載された。

研究の背景

四重ペロブスカイト酸化物AA'3B4O12[用語4](図1)は、巨大常誘電性や電荷移動、負熱膨張特性や触媒機能、ハーフメタル特性といった興味深い物性が相次いで発見されている物質群である。四重ペロブスカイト酸化物は非常に密な構造をもつため、高圧合成法[用語5]による合成と相性が良く、近年、急速に研究が進んでいる。しかし、高圧合成法はコストが高く、また一回の合成で得られる量が限られているため、上記の機能を実用化するためには、より簡便な合成方法で高品質な材料を得る必要がある。

四重ペロブスカイト酸化物AA'3B4O12の結晶構造

図1. 四重ペロブスカイト酸化物AA'3B4O12の結晶構造

研究成果

研究グループは室温フェリ磁性体[用語6]であるマンガン・銅・セリウム・酸素からなる四重ペロブスカイト型酸化物(CeCu3Mn4O12)を、パルスレーザー堆積法[用語7]という手法を用い、薄膜形態にて作製した。基板の種類や結晶成長の温度などのパラメータを最適化した結果、ペロブスカイト酸化物YAlO3(アルミン酸イットリウム)基板上において高品質な薄膜が得られた。

また、得られた薄膜の磁気異方性[用語8]を調べたところ、薄膜面内で最も引っ張られている方向に強い一軸の磁気異方性が発現していることを発見した。加えて、第一原理計算によって、歪みを受けた薄膜と同じCeCu3Mn4O12結晶を再現し、その磁気異方性エネルギーを計算したところ、結晶格子が伸びた方向に磁化容易軸が向いたときにエネルギー的に有利であり、実験と合致する結果が得られた。これらの結果から、CeCu3Mn4O12薄膜に圧縮歪みを印加すれば、薄膜に垂直な方向が最も結晶方向が引き伸ばされ、垂直磁化膜となることが予想された。

圧縮歪みを受けたCeCu3Mn4O12薄膜を実現するためには、CeCu3Mn4O12よりも結晶格子が小さい物質を下地にする必要があるが、適する基板が存在しない。そこで、薄膜と基板の間に、より面内の格子定数が小さく、ペロブスカイトと類似した構造をもつYCaAlO4(アルミン酸イットリウム・カルシウム)をバッファ層[用語9]として挿入する工夫を施すことで、薄膜に印加する歪みを引張りから圧縮に切り替えることに成功した。この薄膜で磁気特性を調べたところ、面内方向の一軸磁気異方性が消失すると同時に面直方向の磁気異方性が強くなり、垂直磁化膜が実現していることが確かめられた。

四重ペロブスカイト酸化物AA'3B4O12の結晶構造
図2.
異なる下地を用いて格子歪みを制御したCeCu3Mn4O12薄膜の模式図(左)と磁化測定(右)。磁化測定は、図中で定義したabc軸に沿ってそれぞれ外部磁場を印加した結果である。このカーブが縦軸方向に長方形に近い形を示すほど磁化容易軸になる。YAlO3基板上のCeCu3Mn4O12薄膜は、最も強く引っ張られた面内a軸方向が磁化容易軸であるが、YCaAlO4層を挿入することでc軸が磁化容易軸に変わる。

今後の展開

四重ペロブスカイト酸化物の薄膜育成手法が確立したことで、巨大常誘電性や電荷移動、負熱膨張特性や触媒機能、ハーフメタル特性を持つ類似物質の大面積合成が可能となると期待される。また、格子定数の小さい化合物の層を挿入することで垂直磁化を実現する手法も、他の強磁性薄膜に応用可能と期待される。

用語説明

[用語1] 超高圧相 : 物質に圧力を加えると結晶構造(相)が変化するが、その中でおよそ1万気圧以上の高圧下で安定な相を指す。

[用語2] 第一原理計算 : 経験によらず、量子力学の基本原理に立脚して、物質の結晶構造や電子状態を予測する理論計算。

[用語3] スピントロニクス : 物質中の電子が持つ磁気モーメント(スピン)を制御しエレクトロニクスのように利用する研究分野。

[用語4] 四重ペロブスカイト酸化物 : 化学式AA'3B4O12で表記され、単純ペロブスカイト(化学式:ABO3)の4倍の化学式で表記される名称の由来となる。A'サイトを銅、マンガンなどの遷移金属元素が占め、Bサイトに含まれる遷移金属元素との相互作用によって複雑で特殊な性質が発現する。

[用語5] 高圧合成法 : 大気圧よりも高い圧力(無機物質では通常数万気圧以上)をかけることで、大気圧条件では合成できない様々な物質を得る合成方法。

[用語6] フェリ磁性体 : 物質中に大きさが異なる磁気モーメントが互いに反対方向に向いているが、完全に磁気モーメントが打ち消されず、物質全体として磁化を示す磁性材料。CeCu3Mn4O12では銅とマンガンが磁気モーメントを持つ。

[用語7] パルスレーザー堆積法 : 紫外パルスレーザーによって蒸発気化させた原料物質を基板上で反応させて薄膜を成長させる合成法。

[用語8] 磁気異方性 : 物質の磁化が特定の方向を向きやすい性質。結晶構造や磁性体の形状に由来する。

[用語9] バッファ層 : 薄膜作成の際に、下地の格子定数と大きく異なる物質を堆積させるため、格子定数の差を緩衝する目的で挿入される層。

付記

本研究の一部は、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー・東正樹)との共同研究であり、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表・東正樹東京工業大学教授)、若手研究B「軌道秩序が引き起こす巨大正方晶歪ペロブスカイトの薄膜合成」(代表・重松圭東京工業大学助教)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也東京工業大学教授)、Tokyo Tech World Research Hub Initiative、学際・国際的高度人材育成ライフイノベーションマテリアル創製共同研究プロジェクト、笹川科学研究助成、豊田理研スカラーの援助を受けて行った。

論文情報

掲載誌 :
Applied Electronic Materials
論文タイトル :
Strain Manipulation of Magnetic Anisotropy in Room-Temperature Ferrimagnetic Quadruple Perovskite CeCu3Mn4O12
著者 :
Kei Shigematsu, Keisuke Shimizu, Kazumasa Yamamoto, Takumi Nishikubo, Yuki Sakai, Sergey A. Nikolaev, Hena Das, and Masaki Azuma
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

助教(兼)神奈川県立産業技術総合研究所 非常勤研究員 重松圭

E-mail : kshigematsu@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5380 / Fax : 045-924-5318

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授(兼)神奈川県立産業技術総合研究所 プロジェクトリーダー 東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

有望シーズ展開事業に関すること

地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部 青木智子

E-mail : t-aoki@kistec.jp
Tel : 044-819-2034

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

新材料の“温めると縮む”効果、2つのメカニズムの同時発生で高まることを発見 精密位置決めが必要な工程に対応

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要点

  • 電荷移動と極性−非極性転移が同時に起こることで負熱膨張が増強されることを発見
  • 通信や半導体分野で利用できる熱膨張しない新たな物質の開発に道

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西久保匠大学院生、酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授らの研究グループは、ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)と鉄酸ビスマス(BiFeO3)の固溶体[用語1]において、金属間電荷移動[用語2]極性−非極性転移[用語3]という2つの異なるメカニズムが同時に起こることによって、温めると縮むという負熱膨張[用語4]が増強されることを発見した。

負熱膨張材料は、光通信や半導体製造装置など精密な位置決めが求められる局面で、構造材の熱膨張を打ち消した(キャンセルした)ゼロ熱膨張物質を作製するのに使われる。今回の成果は、特性がより安定した負熱膨張材料の設計につながると期待される。

研究成果は11月18日付で米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載された。

研究グループには東工大の前林航紀、今井孝、尾形昂洋、横山景祐の大学院生4氏と沖本洋一准教授、腰原伸也教授、近畿大学の岡研吾講師、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹次長、町田晃彦上席研究員、九州大学の北條元准教授、早稲田大学の溝川貴司教授が参加した。

本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト

本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト

研究の背景

ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になる。そこで、昇温に伴って収縮する“負の熱膨張”を持つ物質により、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが試みられている。

これまでに、反強磁性転移[用語5]、電荷移動、強誘電転移[用語6]などの相転移が負熱膨張の起源となることがわかってきた。しかしながら、複数のメカニズムが同時に起こることで負熱膨張を示す例はなかった。

ニッケル酸ビスマスは「Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3」という特徴的な電荷分布を持つペロブスカイト型酸化物[用語7]である。ビスマスの一部を希土類元素やアンチモン、鉛で、またはニッケルの一部を鉄で置換すると、昇温によってBi5+とNi2+の間で電荷の移動が起こるようになり、ニッケルが2価から3価に酸化される。この際、ニッケルと酸素の間の結合が収縮するため、結晶格子全体が約3%縮む。一方、代表的な強誘電体であるPbTiO3(チタン酸鉛)では、極性の構造を持つ強誘電相から非極性の常誘電相への転移に伴い、約1%体積が収縮することが知られている。最近注目を集めている強誘電体にBiFeO3(鉄酸ビスマス)がある。

研究グループはすでに、ニッケル酸ビスマスと鉄酸ビスマスの固溶体が、金属間電荷移動によって巨大な負熱膨張を示す事を発見し、2015年2月に発表した[参考文献1]

また、ニッケル酸ビスマスとニッケル酸鉛の固溶体が組成に応じて、金属間電荷移動と極性-非極性転移のいずれかのメカニズムによって負熱膨張を示す新材料であることを発見し、2019年6月に発表した[参考文献2]

研究成果

本研究では、[参考文献1]と同じ固溶体について、鉄置換の量を増やした場合の結晶構造と電子状態の変化をさらに詳細に解析した。ニッケル酸ビスマスと鉄酸ビスマスの固溶体「BiNi1-xFexO3」を作成し、第二高調波発生[用語8]大型放射光施設SPring-8[用語9]のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験[用語10]、BL22XUでの放射光X線全散乱データPDF解析[用語11]、そしてBL09XUでの硬X線光電子分光実験[用語12]を組み合わせて、解析を行った。

この解析の結果、0.05 ≤ x ≤ 0.15(xは鉄置換量)では、ビスマスとニッケル間の電荷移動による負熱膨張のみが観測された。一方、0.20 ≤ x ≤ 0.50では、PbTiOM3と同様の、極性から非極性の結晶構造転移が電荷移動と同時に起こっており、そのために負熱膨張が増強されていることがわかった(図1)。

BiNi1-xFexO3の負熱膨張メカニズム。0.20 ≤ x ≤ 0.50では、サイト間電荷移動と極性―非極性転移が同時に起こることにより、負の熱膨張が増強される。
図1.
BiNi1-xFexO3の負熱膨張メカニズム。0.20 ≤ x ≤ 0.50では、サイト間電荷移動と極性―非極性転移が同時に起こることにより、負の熱膨張が増強される。

BiNi1-xFexO3の鉄置換では、低温で2価が安定なニッケルを、3価が安定な鉄で置換するため、鉄置換量が増えるのに伴って、電荷移動に寄与する低温相のNi2+の量は減少する。このため、低温相から高温相へ変化する場合の体積収縮の割合は、x = 0.05で2.8%であるのに対し、x = 0.15では2.5%と減少する(図2)。この減少ペースでいくと、x = 1.0では負熱膨張による体積収縮が消失することが予測される。しかし実際には、0.20 ≤ x ≤ 0.50では極性−非極性転移が電荷移動と同時に起こるため、負熱膨張が増強され、鉄置換量が増えても体積収縮は2%と一定であった(図2)。鉄置換量を変化させても体積収縮の割合が変化しないことは、負熱膨張材料の特性が安定することを意味する。

負熱膨張による体積収縮の割合。xは鉄置換量を示す。0.05 ≤ x ≤ 0.15では、電荷移動による負熱膨張が起こるが、鉄置換に伴って体積収縮の割合が減少する。一方、0.20 ≤ x ≤ 0.50では極性−非極性転移が同時に起こるため、負熱膨張が増強され、体積収縮の割合が一定になっている。
図2.
負熱膨張による体積収縮の割合。xは鉄置換量を示す。0.05 ≤ x ≤ 0.15では、電荷移動による負熱膨張が起こるが、鉄置換に伴って体積収縮の割合が減少する。一方、0.20 ≤ x ≤ 0.50では極性−非極性転移が同時に起こるため、負熱膨張が増強され、体積収縮の割合が一定になっている。

今後の展望

今回の成果では、単一の材料で、電荷移動と極性−非極性構造転移という異なるメカニズムでの負熱膨張が同時に実現し、それによって負熱膨張が増強することが確かめられた。複数のメカニズムを組み合わせることの有用性が示されたことで、今後の負熱膨張材料の設計指針構築につながると期待される。

付記

本研究の一部は、地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー・東正樹)との共同研究であり、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表・東正樹東京工業大学教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也 東京工業大学 教授)の援助を受けて行った。

用語説明

[用語1] 固溶体 : 複数の化合物が均一に溶け合って、単相の化合物を形成した固体。

[用語2] 電荷移動 : 二つのイオンの間で電子の受け渡しが生じ、それぞれの価数が増減すること。

[用語3] 極性−非極性転移 : 陽イオンと負イオンの重心がずれるため生じる電荷の偏りである電気分極を持つ結晶構造(極性構造)から、電気分極のない結晶構造への転移。

[用語4] 負熱膨張 : 通常、物質は温めると体積や長さが増大する。これを正の熱膨張という。しかし、一部の物質は、温めることで可逆的に収縮する負熱膨張の性質を持っており、これはゼロ熱膨張材料を開発するうえで重要となる。

[用語5] 反強磁性転移 : 磁気モーメントを互いに打ち消すように、イオンが持つ小さな磁石であるスピンが揃うこと。

[用語6] 強誘電転移 : 誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、外部電場によってその方向が変化する強誘電体と、電気分極を持たない常誘電体の間の転移。

[用語7] ペロブスカイト型酸化物 : 一般式ABO3で表される元素組成を持った金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語8] 第二高調波発生 : 極性の結晶構造を持つ物質にある波長の光を入射すると、半分の波長の光が放出されること。

[用語9] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語10] 放射光X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語11] 放射光X線全散乱データPDF解析 : 乱雑に配列した原子の並び方を解明する方法。上記X線回折に加えて、乱雑に配列した原子によって広く散乱されるX線強度までを併せて解析する。

[用語12] 硬X線光電子分光 : 4 keV以上の高いエネルギーを持つX線である、硬X線を物質に入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。

参考文献

[1] 「温めると縮む」新材料を発見(東京工業大学プレスリリース:2015年2月23日付け)

[2] 2つの起源で“温めると縮む”新材料を発見(東京工業大学プレスリリース:2019年6月14日付け)

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Enhanced Negative Thermal Expansion Induced by Simultaneous Charge Transfer and Polar-Nonpolar Transitions
著者 :
Takumi Nishikubo, Yuki Sakai, Kengo Oka, Tetsu Watanuki, Akihiko Machida, Masaichiro Mizumaki, Koki Maebayashi, Takashi Imai, Takahiro Ogata, Kesuke Yokoyama, Yoichi Okimoto, Shin-ya Koshihara, Hajime Hojo, Takashi Mizokawa and Masaki Azuma
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授

東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315、080-4402-5315 / Fax : 045-924-5318

神奈川県立産業技術総合研究所 有望シーズ展開事業 常勤研究員

酒井雄樹

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Tel : 045-924-5342 / Fax : 045-924-5318

近畿大学 理工学部応用化学科 講師

岡研吾

E-mail : koka@apch.kindai.ac.jp
Tel : 06-4307-3342(内線5246)

高輝度光科学研究センター 主幹研究員

水牧仁一朗

E-mail : mizumaki@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802(内線3870) / Fax : 0791-58-0830

量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 放射光科学研究センター 次長

綿貫徹

E-mail : watanuki.tetsu@qst.go.jp
Tel : 0791-58-2629 / Fax : 0791-58-0311

九州大学 大学院総合理工学研究院 准教授

北條元

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Tel : 092-583-7526 / Fax : 092-583-8853

早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 教授

溝川貴司

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Tel : 03-5286-3230 / Fax : 03-3200-2805

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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加藤、小林

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(広報課 担当・中禎弘)E-mail : naka.yoshihiro@qst.go.jp
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九州大学広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

早稲田大学広報室広報課

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Tel : 03-3202-5454 / Fax : 03-3202-9435

有望シーズ展開事業に関して

神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部

E-mail : aoki@newkast.or.jp
Tel : 044-819-2034

SPring-8 / SACLAに関すること

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

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麹菌A. oryzaeの進化と家畜化の関係 大規模比較ゲノム解析で新たな仮説を提唱

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要点

  • 日本全国から収集した麹菌82株の全ゲノムレベルの多様性を解読
  • 祖先株間で複数の有性生殖が起こっていたことが明らかに
  • 人間による家畜化が麹菌のゲノム進化に及ぼす影響を提唱

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授、渡来直生大学院生らは、ぐるなびとの共同研究により、日本全国5社の種麹屋[用語1]から収集した麹菌「Aspergillus oryzae」(アスペルギルス・オリゼー=ニホンコウジカビ、以下A. oryzaeと表記)の大規模比較ゲノム解析[用語2]を通じ、人間による家畜化と麹菌のゲノム進化の関係性について新たな仮説を提唱した。

麹菌A. oryzaeは長らく無性生殖のみを行うと考えられてきたが、ゲノム解析の結果、A. oryzae祖先株[用語3]間で複数の有性生殖[用語4]が起こっていたことが明らかになった。一方で、人間による家畜化の過程では有性生殖は起こらず、発酵特性に関わる一部の遺伝子変異の集中が起こっていることが明らかとなった。

研究成果は2019年11月22日、「DNA Research」(ディーエヌエー・リサーチ)に掲載された。

研究の背景

東京工業大学 山田研究室とぐるなびは2016年から共同研究を行っている。山田研究室が得意とするバイオインフォマティクスを活かし、ぐるなびの「日本の食文化を守り育てる」という企業使命の一環となる研究として、和食を特徴付ける発酵食品に着目したテーマに取り組んできた(「微生物ゲノム×地域」で食のブランディング―ぐるなびとの共同研究講座が本格始動)。

麹菌 A. oryzaeは味噌や醤油など、和食に欠かすことのできない発酵食品の製造を担う重要な微生物である。A. oryzaeは強力な分解酵素活性を持ち、東アジアを中心に発酵食品の製造に用いられてきた真菌(カビ)の一種である。中国で3000年ほど前に産業利用が始まり、日本では室町時代の頃より日本全国に点在する種麹屋によって管理されてきた経緯がある。

種麹屋は発酵特性の異なる独自の株を多数所有しているが、ゲノムとの関係は明らかにされていなかった。また、A. oryzaeは有性生殖に必要な遺伝子群をほとんど持っているものの、実験的に有性生殖に成功した例はなく、有性生殖の可能性については明らかになっていない。これらの問題を解決するため、多様な株のゲノム解析が必要とされていた。

研究成果

今回の研究ではA. oryzaeの単離株82株を日本全国5社の種麹屋から収集し、全ゲノム解読を行った。近縁種の既知のゲノムを含めた比較解析の結果、産業用株は系統樹[用語5]上でゲノム構造の異なるいくつかのクレード[用語6]を形成することが明らかとなった。

それぞれのクレードは産業用途(醤油用または酒・味噌用)で分類され、採取元では分類されなかった。また、系統樹上の位置関係とMAT型[用語7]の関係に不整合が見られたことから、これらのクレードの分化は、ある一つの祖先株の変異[用語8]の蓄積によるものではなく、有性生殖によるものであることが明らかとなった。

一方で、産業用株間のゲノムで有性生殖の痕跡を見つけることはできなかった。このことから、人間による家畜化の過程では有性生殖は起こらなかったことが示唆された。家畜化の過程で起こった遺伝子の変異に対する解析では、生育や色素、二次代謝[用語9]関連遺伝子に変異が見られたものの、産業用重要とされる分解酵素遺伝子への変異蓄積がほとんど見られなかった。これは、種麹屋が麹菌の育種をする一方で、重要な遺伝子が変異しないように守り通してきた結果が反映されていると考えられる。

また、A. oryzaeの近縁種に99.5%類似したゲノムをもつAspergillus flavus(アスペルギルス-フラブス、以下A. flavus)がある。A. flavusは、一部の菌株がアフラトキシン[用語10]などの真菌毒素を産生することから、食品衛生上重要であり研究が進んでいる種である。

A. oryzaeA. flavusは非常に近縁でありながら対照的な特性をもつため、人間の家畜化によってA. flavusが無毒化されA. oryzaeが生まれたとする説があった。しかし、今回の研究によってアフラトキシン合成遺伝子クラスターと全ゲノムの系統は無関係であることが明らかとなり、この説は否定された。

Aspergillus oryzae全ゲノム系統樹、A-Hは日本の産業用株が属するクレード

図1. Aspergillus oryzae全ゲノム系統樹、A-Hは日本の産業用株が属するクレード

TK-22株(クレードA)ゲノムの交雑解析

図2. TK-22株(クレードA)ゲノムの交雑解析

今後の展開

A. oryzaeの多種のゲノムが解読され、かつ祖先株間での有性生殖が示唆されたことから、有性生殖を用いたA. oryzaeの新たな育種方法の確立が期待される。また、変異解析によって抽出された遺伝子の中から産業用重要な遺伝子が同定され、産業界に活かされていくことが望まれる。

用語説明

[用語1] 種麹屋 : 種麹は醸造食品の製造に使う麹を製造する際に、蒸米などに加えるもの。種麹屋は種麹を販売する店。

[用語2] ゲノム解析 : ゲノムは生物が持っているすべての遺伝子の集合(遺伝情報)のこと。その遺伝情報を総合的に解析することをゲノム解析という。

[用語3] 祖先株 : 現存しないものの、以前に存在していたと推定される菌株。

[用語4] 有性生殖 : 異なる属性(カビでは交配型)をもつ2株が細胞融合し、ゲノムDNAを交換して組み替えることで新たな遺伝子型の個体を生み出す生殖。

[用語5] 系統樹 : 生物の進化の道筋を描いた図。系統発生(分化:divergence)が枝分かれとして表現される。

[用語6] クレード : 系統樹上で一つの枝より下に存在する近縁な株のまとまり。

[用語7] MAT型 : 系一部の真菌類がもつ交配型(mating type)。哺乳類の性別にあたる概念であり、異なる交配型をもつ2株の間でのみ交配が行われる。A. oryzaeではMAT1-1とMAT1-2のいずれか一方の遺伝子をもつことが知られている。

[用語8] 変異 : 遺伝子のDNA配列が変化すること。

[用語9] 二次代謝 : 生存に必須ではない代謝系。発酵においては味や香りに関わるとされる。

[用語10] アフラトキシン : 1960年に英国で発生した七面鳥の大量死の原因物質のカビがアスペルギルス・フラブス(カビの一種)だったことから、毒(トキシン)と合わせてアフラトキシンという。

論文情報

掲載誌 :
DNA Research
論文タイトル :
Evolution of Aspergillus oryzae before and after domestication inferred by large-scale comparative genomic analysis
著者 :
Naoki Watarai, Nozomi Yamamoto, Kazunori Sawada, and Takuji Yamada
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 山田拓司

E-mail : takuji@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3591 / Fax : 03-5734-3591

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

株式会社ぐるなび 広報グループ

E-mail : pr@gnavi.co.jp
Tel : 03-3500-9700 / Fax : 03-3500-9731

グラフェンと光ナノ導波路で超高速・低消費エネルギーの 全光スイッチングを実現 超高速な光情報処理集積回路へ向けて前進

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日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田純、以下 NTT)は、国立大学法人東京工業大学 理学院 物理学系の納富雅也教授(東京都目黒区、学長:益一哉、以下 東工大)と共同で、ピコ秒(1兆分の1秒)以下の超高速領域で動作する全光スイッチを世界最小の消費エネルギーで実現しました。従来の全光スイッチ技術では、超高速性と低消費エネルギーを両立させることは困難であると考えられてきました。本研究グループでは、プラズモニック導波路[用語1]と呼ばれる幅と高さが数十ナノメートルサイズの光導波路に、非線形光学材料として近年注目されているグラフェン[用語2]を組み合わせることによって、超高速かつ低消費エネルギーで動作する全光スイッチを実現しました。達成した動作速度は電気を利用した光スイッチでは到達不可能な領域にあり、将来の超高速な光情報処理集積回路への応用が期待されます。また、本成果は極限的に小さな光導波路の実装を可能とするプラズモニック導波路技術の研究を更に深化させるものです。

本研究成果は、2019年11月25日(英国時間)に英国科学誌「Nature Photonics」のオンライン版で公開されました。

なお、本研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

研究の背景

将来の光情報処理集積回路実現に向けて重要な素子の一つに光スイッチがあります。光スイッチは光の信号をON/OFF、もしくは光の行先を切り替えるものですが、その制御を電気で行うか光で行うかで、その原理的な速度限界が異なります。光で光信号を制御する全光スイッチでは処理を全て光で行うため、電気回路で遅延の原因になるRC時定数[用語3]による制限を受けません。そのため、電気制御より高速に動作することが期待できます。しかし、従来の全光スイッチは、比較的大きなエネルギーを必要としてきました。光情報処理集積回路では、光素子が高密度集積されることが想定され、個々の素子の消費エネルギーを小さくしなければならいため、この問題は重要です。図1に示すように、従来の全光スイッチでは、スイッチング時間の短縮と消費エネルギーの削減とを同時に達成することは困難でした。そのため、両者の間には越えられないトレードオフが存在するものと想定されてきました。しかし、NTTでは2010年にフォトニック結晶共振器を用いて、この想定を打ち破り、超低消費エネルギーで動作する全光スイッチを実現することに成功しました。その一方で、電気制御では到達不可能なピコ秒以下の超高速スイッチングの領域では依然としてトレードオフを破ることはできない状態が継続していました。

全光スイッチの比較

図1. 全光スイッチの比較

研究成果

今回NTTと東工大は、プラズモニクス[用語4]の原理を応用した極めて小さなナノ光導波路と優れた非線形光特性を有するグラフェンとを結合させることで、ピコ秒以下の超高速領域で動作する全光スイッチを低消費エネルギーで実現することに成功しました(図2左)。本成果のポイントを下記に説明します。

1. プラズモニック導波路によるグラフェンの光吸収と非線形光学効果[用語5]の増強

光で光信号を制御するには、光の通り道に配置した物質の特性を光によって変化させることが必要となりますが、この物質の応答速度がスイッチング時間を決める大きな要因となります。そこで、我々は非常に高速な非線形光学応答を示すグラフェンを採用しました。グラフェンは高速性だけでなく、広い波長域で高い吸収係数[用語6]を有し、非常に優れた非線形光学材料と期待されています。しかし、その一方で、厚さが単原子層分しかないため、効率的に光と相互作用させることが難しく、素子長が非常に長くなってしまい、その結果大きなエネルギー消費をもたらすという問題点がありました。我々は、本成果でプラズモニック導波路を用いて光をナノサイズの領域に強く閉じ込めることにより、グラフェンと光の相互作用を飛躍的に増強し、この問題を解決しました。

今回我々は、NTTが保有するナノ加工技術を用いて導波路コアの断面サイズが30 nm×20 nmと非常に小さなプラズモニック導波路を作製し、この上面にグラフェンを貼りつけました(図2右)。その断面積は従来小型導波路として用いられてきたシリコン導波路に比べて100分の1程度であり、単一モード光ファイバと比べるとおよそ10万分の1にもなります。その結果、シリコン導波路にグラフェンを貼りつけた素子に比べ、グラフェンによる光吸収の効率が1桁向上し、非線形光学効果を引き起こすために必要なエネルギーを4桁低減することに成功しました。これは素子の小型化と省エネルギー化を同時にもたらします。

グラフェンとプラズモニック導波路を結合させた素子の概念図(左)と電子顕微鏡像(右)

図2. グラフェンとプラズモニック導波路を結合させた素子の概念図(左)と電子顕微鏡像(右)

2. 超高速全光スイッチングの実現

全光スイッチングでは、制御光によって信号光のON/OFFを切り替えます(図3左)。本素子では、制御光がグラフェンにおける非線形光学効果を引き起こし、光吸収の度合を変化させることにより、信号光のON/OFF状態が制御されます。図3右は35 fJという光エネルギーで260 fsのスイッチング時間が実現されていることを示しています。従来のグラフェンを用いた光スイッチング素子に比べて動作速度が1桁、消費エネルギーが4桁改善されています。また、図1に示されているように、本結果はピコ秒以下の超高速領域で他のあらゆる光スイッチの中で最も低消費エネルギー(従来の1/100)の光スイッチとなっており、世界で初めてフェムト秒領域の応答時間でかつフェムトジュール領域の消費エネルギーで動作するスイッチを実現したことを意味します。更に、前述のトレードオフを決めるスイッチング時間とエネルギーの積に関しても従来記録の更新に成功しています。

超高速全光スイッチングの実証(左:実験の概念図、右:スイッチング特性)

図3. 超高速全光スイッチングの実証(左:実験の概念図、右:スイッチング特性)

今後の展開

NTTと東工大では、プロセッサチップ内に光のネットワークを導入することでエレクトロニクスにおける速度や消費エネルギーの限界を打破することに取り組んでいます。ここで示した全光スイッチは、電気制御では到達不可能な超高速なスイッチ動作を低消費エネルギーで実現しており、将来の光情報処理集積回路において超高速制御を担うことが期待されます。プラズモニクスの技術には損失等の課題があり、実用化にはまだ時間を要すると考えられてきましたが、本結果でナノサイズの物質と組み合わせることにより格段に優れた性能を発揮できることが示され、今後、ナノ物質の特性を活かした超高速光素子を実装するためのプラットフォームとしての活用が期待されます。ナノワイヤや二次元層状物質に代表されるナノ物質の研究は非常に活発であり、今後プラズモニック導波路がその応用のためのプラットフォームを提供することが期待されます。更に、計算機アーキテクチャ分野で光ニューラルネットワークの研究が非常に活発に進められていますが、本素子の動作はその活性化関数部にも組み込めるものと期待されます。今後は、全光スイッチの更なる高性能化に取り組むとともに、受光器等の他の光素子への応用、他のナノ物質への展開を進め、これまでにない優れた性能の光素子の実現をめざしていきます。

技術のポイント

1. グラフェンの超高速な非線形光学効果を利用

超高速な動作を実現するための非線形光学材料として、我々はグラフェンを用いました。グラフェンは可視から赤外までの広い波長領域で単層あたり2.3%の光を吸収します。これを吸収係数として考えると、一般的な半導体に比べて極めて大きな値です。また、グラフェンは非線形光学効果の一つである可飽和吸収[用語7]を示し、その応答時間は最短で100 fs以下に達します。これはグラフェンキャリアの緩和が一般的な半導体に比べて非常に高速であることに起因します。今回提案した全光スイッチはグラフェン光吸収の飽和状態と非飽和状態を光励起によって切り替えることで透過率変化を引き起こし、それをスイッチのON/OFFの状態として使用するというものです。そのため、超高速な全光スイッチを実現する上で上述の特長は非常に重要となります。

2. プラズモニクスによって光とグラフェンの相互作用を増強

グラフェンは非常に優れた非線形光学材料ですが、光素子に応用するには薄すぎるという問題がありました。ここでは光とグラフェンの相互作用を大きく増強するため、数十ナノメートルサイズのプラズモニック導波路を利用しました。プラズモニック導波路は極限的な光閉じ込めを可能にし、例えば導波路コアの断面サイズが30 nm×20 nmの場合、閉じ込めの効果はλ2/4,000(λ:光の波長であり、1,550 nmを想定)に達します。一般的なシリコン導波路をプラットフォームとしたとき、光とグラフェンの重なりが小さいため相互作用は弱く、光吸収は0.089 dB/μm(1 μmあたりの2%程度)であると計算から予測されました(図4)。これは光の透過強度を半分にするためには30 μm以上の素子が必要であることを示しています。一方、プラズモニック導波路型では2.0 dB/μm(1 μmあたりの37%程度)であり、劇的に光吸収が大きくなっていることを示しています。これによって、素子の短尺化が実現されます。また、プラズモニック導波路型では光の密度が圧倒的に高く、グラフェン位置での光強度はシリコン導波路型に比べて310倍にもなることが分かりました。こちらは、スイッチとしての動作エネルギーを劇的に低減することを可能にします。

シリコン導波路型とプラズモニック導波路型の比較

図4. シリコン導波路型とプラズモニック導波路型の比較

これらの増強効果は実験的にも確認されました。導波路コアの断面サイズが30 nm×20 nmの場合、1.7 dB/μmという大きな光吸収が得られました。一方、光強度の増強効果は可飽和吸収における飽和エネルギーの低減効果と読み替えることができます。実際に得られた飽和エネルギーは12 fJであり、シリコン導波路で報告されている値よりも4桁もの低減が確認されました。これは、光強度が4桁増強されたことを意味します。

3. モード変換器でプラズモニクスの問題点を解決

プラズモニック導波路は極限的な光閉じ込めを可能にする一方で、大きな伝搬損失を持ち、サイズが波長よりも非常に小さいが故に光の入出力が困難であることが課題とされています。そこで我々は、プラズモニック導波路をグラフェンとの相互作用部にのみ用い、プラズモニックモード変換器(図5)によってシリコン等の低損失な誘電体導波路に結合させるという手法を取りました。本構造の作製には高い加工技術が必要となりますが、NTTでは2016年、世界に先駆けて深サブ波長領域のプラズモニック導波路とシリコン導波路を結合させるプラズモニックモード変換器を報告しています。本技術は、光集積回路内においてプラズモニック導波路、そしてグラフェンの利点を最大限に活用することを可能にします。

プラズモニックモード変換器の電子顕微鏡像

図5. プラズモニックモード変換器の電子顕微鏡像

用語説明

[用語1] プラズモニック導波路 : 金属表面において光は金属中の電子と結合した状態(「表面プラズモンポラリトン」と呼ばれる)で存在し、それは金属表面の極近傍に強く局在する。この特性を活用した導波路はプラズモニック導波路と呼ばれ、光をナノメートルレベルの領域に閉じ込めた状態で導波させることができる。

[用語2] グラフェン : 炭素原子が六角形格子構造上に並んだ単一原子層厚のシート状物質。低次元性に起因した特異なバンド構造を持つことが知られ、光学的・電気的に優れた特性を有しており、盛んに研究が進められている。ここでは特に、可視から赤外までの広い波長領域で単一原子層厚あたり2.3%も光を吸収すること、キャリア緩和が超高速であることが重要であるが、これらの性質はグラフェンの特異なバンド構造に起因する。

[用語3] RC時定数 : 電気回路などで、入力信号の変化に対する出力の応答時間の目安となる定数を時定数と呼ぶ。特にRC回路においては、電流を流し始めてから定常電流に至るまでの応答時間が、抵抗Rと電気容量Cの積(RC)によって決まり、RC時定数と呼ばれる。一方、電気回路を用いない全光素子ではRC時定数による応答速度の制限がないため、超高速動作が可能となる。

[用語4] プラズモニクス : 光をナノメートルレベルの空間で扱い、光によるエレクトロニクスの限界打破を一つの目標としているのがナノフォトニクスである。その中でプラズモニック導波路※1等の金属ナノ構造を導入することで、これを実現していこうとする分野をプラズモニクスと呼ぶ。

[用語5] 非線形光学効果 : 高強度の光を入射したときに物質の応答が強度に比例しなくなる効果。可飽和吸収等の様々な現象が生じる。

[用語6] 吸収係数 : ある物質がどの程度光を吸収するのかを示す定数。

[用語7] 可飽和吸収 : 高強度の光を入射したときに光吸収が飽和する現象。

論文情報

掲載誌 :
Nature Photonics
論文タイトル :
Ultrafast and energy-efficient all-optical switching with graphene-loaded deep-subwavelength plasmonic waveguides
著者 :
Masaaki Ono, Masanori Hata, Masato Tsunekawa, Kengo Nozaki, Hisashi Sumikura, Hisashi Chiba and Masaya Notomi
DOI :
<$mt:Include module="#G-03_理学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当

E-mail : science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
Tel : 046-240-5157

東京工業大学 理学院 物理学系

教授 納富雅也

E-mail : notomi@phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3831

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

クラリベイト・アナリティクス社の引用論文著者リストに細野秀雄栄誉教授と前田和彦准教授

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世界中で引用された論文が多い科学者を調べるクラリベイト・アナリティクス社の2019年版Highly Cited Researchers(高被引用論文著者)リストが11月19日、発表され、東京工業大学から細野秀雄栄誉教授(選出分野:クロスフィールド(複合領域))と理学院 化学系の前田和彦准教授(選出分野:化学)の2人が選出されました。細野栄誉教授と前田准教授は2018年も同リストに選ばれています。

クラリベイト・アナリティクス社によると、このリストは同社の学術文献データベースWeb of Science(ウェブ・オブ・サイエンス)をもとに、世界のすべての論文のうち引用された回数が上位1%に入る論文を発表した著者を、高い影響力を持つ研究者として選出しています。2019年は計6,216名の著者が選ばれました。

同リストによると、対象となった細野栄誉教授の出版件数は1,138件、引用総件数は60,681件、前田准教授の出版件数は208件、引用総件数は26,242件です。

細野栄誉教授のコメント

細野秀雄栄誉教授
細野秀雄栄誉教授

これまでは鉄系高温超伝導とIGZO-TFT関係の論文が対象になっていたようですが、今回はそれにエレクトライド系のアンモニア合成触媒の論文も含まれたようで、複合領域で選定されています。分野横断型の研究を目指しているので良かったと思います。共同研究者の方々とスポンサーに感謝いたします。

論文の引用数は研究の価値を計る一つの指標ですが、物質・材料の研究では、どれだけ社会的インパクトがあったかの方が遥かに重要です。

IGZO-TFTは大型有機ELテレビなど最新型のディスプレイの駆動を実現しました。アンモニア合成触媒も社会に見える形にしたいと思います。

前田准教授のコメント

前田和彦准教授
前田和彦准教授

私が継続して行っている光触媒の研究に関連して、昨年に続き2年連続でHighly Cited Researchersに選出されたことを誇りに思います。選出の重要な要素でもある“Top1%論文”を振り返ると、共同研究者と酒宴の席で交わした何気ない会話の中での気付き、あるいは学生の優れた着想に端を発して論文発表に至ったものが多数あります。素晴らしい環境で研究活動ができることに感謝し、国内外の共同研究者とうまく協働しながら、学生諸氏が自由な発想で研究に打ち込める環境を提供できる研究者・指導者であり続けたいと考えています。

そしてこれからも、関連分野の研究者に使ってもらえる新しい物質や要素技術を生み出し、時として異分野の研究者や一般の方にもひらめきと感動を与える成果の創出を目指すことで、本学の(ひいては我が国の)研究力を世界にアピールしていく所存です。

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腰原伸也教授が第39回島津賞を受賞

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東京工業大学 理学院 化学系の腰原伸也教授が2019年度の第39回島津賞を受賞したと12月10日、島津科学技術振興財団が発表しました。同財団によると、島津賞は「科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において、著しい成果をあげた功労者」を表彰する賞です。株式会社島津製作所が拠出した基金により設立された公益財団法人・島津科学技術振興財団が1981年度から毎年、表彰しています。受賞者は、推薦を依頼した学会から推薦のあった候補者を財団が設置する選考委員会が選考し、財団理事会が決定します。授賞式は、2020年2月19日(水)に行われます。

受賞テーマ

超短パルスレーザー光と放射光を用いた動的構造解析法の開拓と光誘起相転移の研究

受賞理由

放射光とフェムト秒パルスレーザーを組み合わせた専用測定装置を、動作原理を含めその初期段階から開発・活用し、光で物質の性質を超高速かつ劇的に変化させる「光誘起相転移現象」という従来の概念を突破する研究分野を世界に先駆けて開拓した。これにより超高速での情報処理や、高効率なエネルギー利用、さらには情報処理の(量子)過程制御が可能な材料開発への新しい道を切り拓いたことを高く評価した。

今回の受賞について腰原伸也教授は次のようにコメントしています。

腰原伸也教授
腰原伸也教授

測定科学、物質科学の両面で評価を頂く形で、大変重要な賞をいただき、光栄に感じると同時に、いままでの研究を支えていただいた多くの関係者、特に本学の学生さんたちも含む若手の皆さんに心からお礼を申し上げたいと思います。今日まで、周囲の方々ともっぱら基礎研究にまい進しておりましたので、このような高い評価をいただいたことに驚き、また今後の研究展開への責任も感じております。動的構造解析の手法も、放射光に加えて自由電子レーザー、超短パルス電子線も加わり大きな変貌を遂げつつあります。さらにレーザーもテラヘルツ領域までの高強度光の登場など新たな段階を迎えております。今回の受賞を、物質科学と測定科学の新たな出会いのきっかけとするべく、今後も「新しい世界の海図なき航海」に励んでゆきたいと思います。

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理学院化学系 教授 腰原伸也

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Tel : 03-5734-2449

導電性を制御可能な新しいナノシート材料の開発に成功 水素とホウ素の特異な構造と有機分子吸着がカギ 分子応答性センサーや触媒応用へ期待

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概要

1.
NIMS、筑波大学、JASRI、東京大学、東工大細野秀雄栄誉教授らの研究チームは、ホウ素と水素のみからなる導電性を持つ新たなナノシート材料を開発しました。またJASRIと共同で、ナノシートを構成する水素原子が特殊な配置を取っており、その構造が原因で分子が吸着することにより導電性が大きく変化することを明らかにしました。軽量かつフレキシブルで、導電性を制御できる本材料は、ウェアラブルな電子デバイスや新しいメカニズムのセンサーなどへの応用展開が期待できます。
2.
グラフェンに代表される原子・分子レベルの非常に薄い導電性ナノシート材料は、柔軟性や特異な電子状態を持つことから、キャパシターなどの電子デバイスへの応用が期待されています。その中で、グラフェンを超える優れた電子特性を持つと理論的に予想されていたものが、ホウ素と水素のみからなるホウ化水素ナノシートです。この材料は合成が非常に困難であることが知られていましたが、2017年に筑波大学やNIMSなどの研究チームが、ホウ化水素ナノシートの合成に世界で初めて成功しました。ところがその特性を調べたところ、予測とは異なり導電性を持たない絶縁体でした。そこで、なぜ理論的な予測と違って導電性を持たないのかを明らかにすることで、導電性を持つホウ化水素ナノシートの合成を目指した研究が進められてきました。
3.
今回研究チームは、導電性を持たない原因が表面に吸着する不純物にあることを明らかにし、試料の純度を高める適切な前処理をすることで、安定して導電性を発現するホウ化水素ナノシートの合成に成功しました。さらに、導電性発現に関するメカニズムを詳細に調べるため、大型放射光施設SPring-8を利用してホウ化水素ナノシートの構造を解析したところ、水素原子が特殊な配置を取っており、その構造によって電気的な偏りが発生し、そこに微量の有機分子が吸着することで導電性が安定していなかったことを明らかにしました。
4.
本成果は、有機分子の吸着によって導電性を制御できる可能性を示しており、ホウ化水素ナノシートの大きな特徴の1つと考えられます。この特徴を生かすことで、分子の吸着性を利用した分子応答性のセンサー材料や触媒材料など、導電性ナノシート材料の全く新しいデバイス応用が期待できます。
5.
本研究は 、国立研究開発法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)ソフト化学グループ 冨中悟史 主任研究員と、国立大学法人筑波大学 数理物質系 近藤剛弘 准教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 尾原幸治 主幹研究員、国立大学法人東京大学 物性研究所 松田巌 准教授および国立大学法人東京工業大学 元素戦略研究センター 細野秀雄 栄誉教授らの共同研究チームによって行われました。また、本研究は、文部科学省科学研究費補助金事業(18H03874、18K05192、19H02551、19H05046)および文部科学省元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)東工大元素戦略拠点(TIES)による支援の下で行われました。
6.
本研究成果は、Chem誌にて現地時間12月9日午前11時(日本時間10日午前1時)にオンライン先行公開されました。

研究の背景

電気が流れる特性(以下、導電性)は、金属を除くと限られた材料でのみ見られるものであり、分子・原子レベルの厚みを有するナノシート材料では、グラフェンや酸化ルテニウムナノシートなどの限られた材料でのみ報告されています。導電性はキャパシターなどの電子デバイスなどに必須であり、電子・情報化社会において非常に重要な特性です。さらに、1種類のナノシート材料のみではなく、異なるナノシート材料を組み合わせて利用することで、新たな機能の発現が期待できるため、これまでにないデバイスの誕生も期待されます。NIMSの国際ナノアーキテクトニクス研究拠点を初め、世界中で活発に研究が行われてきました。

ホウ素と水素のみからなるホウ化水素ナノシートはボロファンという通称名で知られ、理論的に多様な原子配置を取りうることや導電性を有することが予想されてきました。新しい水素吸蔵材料や電子材料としての優れた特性が期待されていましたが、実際に合成をすることは困難でした。しかし、筑波大学が中心となりNIMSを含む研究機関と共同で、2017年に世界で初めて、そのホウ化水素ナノシートの生成に成功しました(参考 新しいシート状物質「ホウ化水素シート (ボロファン) 」の誕生outer)。

理論的にホウ化水素ナノシートはさまざまな構造が予想されており、非常に魅力的な材料群の先駆的な合成の成功と言えます。しかし、実際に合成した試料は計算による予測とは異なり、結晶ではありませんでした。そこで、化学的に合成したホウ化水素ナノシートに関して、「導電性を有するのか?」という問いと、「なぜ非晶質なのか?」という問いに答えることが本研究の学術的な目的です。

研究内容と成果

導電性の計測実験では、研究を開始した当初は、計算の予測とは異なり、ホウ化水素ナノシートは絶縁体でした。NIMSが主体となり、前処理を変えた計測を繰り返し、導電性の発現には試料の純度を高めることが極めて重要であることを見出し、筑波大学と連携し、高純度試料の測定を繰り返し行いました。試料の合成は筑波大学が中心となり、東京大学、東京工業大学、NIMSが共同で、高純度のホウ化水素ナノシートの合成に成功しました。その試料をNIMSが繰り返し測定し、導電性が発現する前処理を発見しました。微量ではあるものの合成に用いた有機分子が残存し、その吸着により導電性が発現しないことが分かり、適切な前処理を行うことで、安定して高い導電性(ホウ化水素としては最高レベル、0.13 S/cm)が得られるようになりました。

残存分子は微量であり、通常の導電材料の評価では問題になるものではありませんでした。興味深いことに、残存分子が存在する時には導電性が発現していても、温度上昇とともに30 ℃付近で絶縁体に変化する現象が見られました。この現象は可逆的であり、温度の低下で元の導電性が回復しました。そこに化学的に重要なことが隠されていると考えられました。

詳細な理解のためには、原子の配置を明らかにする必要がありますが、この材料は非晶質であり、構造解析の一般的な手法の回折法が利用できません。X線散乱データから得られる二体分布関数[用語1]であれば、非晶質であっても構造に関する情報が得られるため、NIMSとJASRIが共同で、大型放射光施設SPring-8[用語2]のBL08WにてX線散乱実験を行い、二体分布関数の導出を行いました。非常に複雑なデータであり、通常の手法では解析は困難ですが、NIMSが実験データを機械的に解析するベイズ最適化[用語3]を用いたプログラムと、結合電子も含めた全電子状態を解析する全電子二体分布関数解析法[用語4]を世界で初めて開発したことで、水素が特殊な配置を取っていることが明らかとなりました。これらの解析により、特殊な水素原子の配置により微量の有機分子の吸着が可能となり、結果的に導電性が安定していなかったことが分かりました。

ホウ化水素ナノシートを化学的に合成。分子レベルの厚みのシート状物質で、特殊な水素の配置を有する。電気が流れ、その導電性は分子の吸着に敏感。
図.
ホウ化水素ナノシートを化学的に合成。分子レベルの厚みのシート状物質で、特殊な水素の配置を有する。電気が流れ、その導電性は分子の吸着に敏感。

今後の展開

軽量かつフレキシブルなホウ化水素ナノシートは、ウェアラブルな電子デバイスへの応用が期待できます。さらに、ホウ化水素ナノシートの大きな特徴の1つとして分子の吸着性を考えると、分子の吸着で導電性が大きく変わる材料として使うことが可能です。実際に30 ℃以上で、6桁も抵抗が大きくなる現象が見られました。分子応答性のセンサー材料の開発に繋がる基礎特性と考えられます。また、特殊な水素の配置により、酸点と塩基点が存在するため、触媒材料への応用も期待できます。現在、研究チームは、さまざまな応用を目指して、この新しい材料の研究を続けています。これまでにはない特性を持つ材料の開発により、全く新しいデバイスの誕生が期待できます。

用語説明

[用語1] 二体分布関数 : 原子ペアの距離と密度の関係を表すヒストグラムである。結晶にのみ有効な伝統的な回折データとは異なり、全ての物質の指紋に当たる情報として近年、物質・材料の研究で注目されている。

[用語2] 大型放射光施設SPring-8 : 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語3] ベイズ最適化 : データの解析の際に、これまではランダムな試行の繰り返しによる最適化が一般的であったが、近年、機械的に最適な値へと導く手法が検討されている。ベイズ最適化はその中でも広く知られた方法で、ランダムではなく、過去の試行結果を学び、如何に最適値へと導くかを機械的に調整しながら試行を繰り返す手法で、今回は二体分布関数の解析に初めて導入した。

[用語4] 全電子二体分布関数解析法 : 二体分布関数の解析は、孤立した原子が分布していることを仮定して解析するのが一般的である。しかし、原子同士の結合を作る結合電子が無視できない場合、従来の手法では解析が困難である。NIMSでは物質の全電子位置と数を計算し、それに対する二体分布関数をシミュレーションして実験データの解析を行う新しい手法の開発を行った。これにより、水素とホウ素、ホウ素とホウ素の結合電子まで考慮した解析が可能になった。

論文情報

掲載誌 :
Chem
論文タイトル :
Geometrical Frustration of B-H bonds in Layered Hydrogen Borides Accessible by Soft Chemistry
著者 :
Satoshi Tominaka, Ryota Ishibiki, Asahi Fujino, Kohsaku Kawakami, Koji Ohara, Takuya Masuda, Iwao Matsuda, Hideo Hosono, and Takahiro Kondo
DOI :

お問い合わせ先

国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 ソフト化学グループ

主任研究員 冨中悟史

E-mail : TOMINAKA.Satoshi@nims.go.jp
Tel : 029-860-4594

国立大学法人 筑波大学 数理物質系

准教授 近藤剛弘

E-mail : takahiro@ims.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-5934

取材申し込み先

国立研究開発法人 物質・材料研究機構
経営企画部門 広報室

E-mail : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017

国立大学法人 筑波大学 広報室

E-mail : kohositu@un.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-2039 / Fax : 029-853-2014

国立大学法人 東京大学 物性研究所 広報室

E-mail : press@issp.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-3207

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SPring-8 / SACLAに関すること

公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786


「土木インフラ維持管理計画の作成支援技術」を開発 道路・鉄道管理者の意図に沿った維持管理計画を容易に作成

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東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系の岩波光保教授と三菱電機株式会社(以下、三菱電機)、鹿児島大学は、道路・鉄道管理者の意図に沿った、土木インフラの長期にわたる維持管理計画が容易に作成できる「土木インフラ維持管理計画の作成支援技術」を開発しました。

本技術は鹿児島県薩摩川内市の協力を得て開発しており、同市が管理する橋梁を対象とした実証を2019年11月から開始しました。本開発成果の詳細は、土木学会建設マネジメント委員会の「第37回建設マネジメント問題に関する研究発表・討論会」で12月2日に発表しました。

図1. 維持管理計画作成支援の概要

図1. 維持管理計画作成支援の概要

開発の特長

1.損傷の種類に着目した「劣化進行モデル」により、インフラごとに最適な補修時期を予測

  • ひび割れやコンクリートの剥離、鉄筋露出などの損傷の種類に着目し、劣化の進行速度を予測する独自の「劣化進行モデル」を考案
  • 健全度が同じ土木インフラから早期に劣化するインフラを見つけ、最適補修時期を予測

2.「劣化・コストモデル」により、予防保全に必要なコストと効果を見える化

  • 損傷の種類と度合いに応じて補修コストを算出する「補修コストモデル」を考案
  • 「劣化進行モデル」を統合した「劣化・コストモデル」により、劣化の進行に応じた補修コストの見積もりが可能
  • 劣化の進行に応じた補修コストをもとに、予防保全に必要なコストと効果を見える化

3.維持管理目的指標を重みづけし、管理者が優先する目的を的確に計画に反映

  • 多様な維持管理目的を指標化し、「劣化・コストモデル」と組み合わせた最適化問題として解くことにより、管理者の多様な維持管理目的を考慮した複数の維持管理計画案を作成
  • 維持管理目的に応じた指標の重みづけにより、優先する目的を的確に反映し、管理者の意図に沿った維持管理計画を作成

今後の展開

今後、鹿児島県薩摩川内市にて橋梁を対象とした実証を進め、モデルの精度向上を図ります。また、開発の対象を他の地域や他の種類のインフラ維持管理にも広げていく予定です。

開発体制

名称
担当内容
三菱電機
計画作成支援機能の全体設計、システム化、最適化アルゴリズム開発、実証とりまとめ
東京工業大学
計画作成支援機能の全体設計、補修コストのモデル化および、劣化進行モデルとの統合
鹿児島大学
計画作成支援機能の全体設計、インフラ点検データの解析、劣化進行のモデル化

開発の背景

近年、高度経済成長期に建設された国内の多くの土木インフラが一斉に老朽化し、更新時期を迎えています。2014年には国土交通省が自治体や道路会社に対して、橋梁やトンネルなどの5年に1回の目視による定期点検を義務付け、壊れてから補修する事後保全から、壊れる前にこまめに補修する予防保全への転換を推進しています。

予防保全には長期にわたる維持管理計画の作成が必要ですが、管理対象となる土木インフラの数は膨大で、現在のような人手による適切な計画の作成は容易ではありません。

例えば、道路橋の健全度は点検結果により4段階に区分されており、同一の健全度と診断されるインフラが多数存在するため、適切な補修順位の設定は困難です。さらに、予算の制約に加え、災害時の避難経路の確保や落下物による第三者被害の防止など、インフラの維持管理目的も多岐にわたるため、維持管理計画に管理者の複数の意図を的確に反映することも困難です。

今回、橋梁を対象として、劣化進行のモデル化と多様な維持管理目的の指標化を行い、最適化問題として解くことで、維持管理目的指標の重みづけに応じた補修時期や補修コストを算出し、維持管理計画案として提示できる技術を開発しました。また、さまざまな視点で指標の重みづけを変更できるようにしたため、管理者の意図に沿った計画が作成できるようになりました。

特長の詳細

1.損傷の種類に着目した「劣化進行モデル」により、インフラごとに最適な補修時期を予測

今回、鹿児島県薩摩川内市が管理する538本のコンクリート橋の橋梁データと点検結果を解析し、コンクリート橋の劣化進行に大きく影響する、ひび割れとコンクリートの剥離、鉄筋露出といった損傷に着目し、劣化の進行速度を予測する独自の「劣化進行モデル」を考案しました。

例えば定期点検の結果、現在は健全度が同じと診断されれば、劣化進行の速度も同じであると仮定して補修時期を推定していますが、実際にはその後の劣化進行速度が異なる場合もあります。今回、「劣化進行モデル」により、現在の健全度だけではわからなかった早期に劣化する土木インフラを見つけられるようになり、個々のインフラに応じた適切な補修時期を予測できます(図2)。

図2. 劣化進行モデルからの補修時期の予測

図2. 劣化進行モデルからの補修時期の予測

2.「劣化・コストモデル」により、予防保全に必要なコストと効果を見える化

ひび割れの深さやコンクリートの剥落面積など、損傷の種類と度合いによって補修工法が異なり、それに応じて補修コストも変化します。今回、損傷の種類と度合いに応じて補修コストを算出する「補修コストモデル」を作成し、「劣化進行モデル」と組み合わせた「劣化・コストモデル」により、劣化進行に対応した補修コストの見積もりが可能になりました(図3)。補修時期に達した時点での補修コストを一律に決定するのではなく、補修時期に達する前後の時期でも、劣化の進行度合に対応した補修コストがわかるため、劣化が深刻になる前に補修して寿命を延ばす予防保全に必要なコストと効果を見える化できます。

図3. 劣化進行に対応した補修コストがわかる劣化・コストモデル

図3. 劣化進行に対応した補修コストがわかる劣化・コストモデル

3.維持管理目的指標を重みづけし、管理者が優先する目的を的確に計画に反映

管理者は、「災害時の避難経路確保を最優先にしたい」「コンクリート片落下による第三者被害を防ぎたい」など、インフラに対するさまざまな維持管理目的を持っています。これらの目的を、要補修レベルや、落下物の第三者被害による経済損失などの指標に変換し、「劣化・コストモデル」と合わせて定式化することで、最適化問題として解くことが可能になりました。

これにより、例えば、比較のために複数の予算案を作成するなど、人が考えるよりはるかに多種多様な案を容易に作成できます。また、膨大な数のインフラの劣化進行や補修時期、補修コストを算出し、管理者の多様な維持管理目的を考慮した、複数の維持管理計画案を容易に作成・提示できるため、計画案に対する多面的な評価も可能になります。さらに要補修レベルの引き上げなど、指標の重みづけを変えることができるため、管理者が優先する目的を的確に反映し、管理者の意図に沿った維持管理計画を作成できます。

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小門宏名誉教授が令和元年秋の叙勲を受章

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令和元年秋の叙勲において、小門宏名誉教授が瑞宝中綬章を受章しました。長年にわたる教育と研究への多大な貢献が評価されたものです。

小門宏名誉教授

小門宏名誉教授

経歴

小門宏名誉教授(1992年4月称号授与)は、早稲田大学 第一理工学部 応用化学科を経て東京工業大学 大学院理工学研究科に学び、1958年3月に同博士課程(化学専攻)を修了、同年5月に本学助手に採用されました。助教授を経て、1970年11月に工学部附属印写工学研究施設教授となり、のちには工学部附属像情報工学研究施設長、附属図書館長津田分館長の任も務めました。教育面では、大学院総合理工学研究科 物理情報工学専攻を担当。1991年4月からは千葉大学工学部画像工学科に移籍し、1997年に定年退職しました。

この間、現用事務複写機の基本技術である電子写真技術、さらにコンピュータの出力情報の可視化技術の材料面での研究に従事。学会活動では、電子写真学会(現、日本画像学会)会長、日本写真学会会長などを務めました。

コメント

受章通知に接して驚き、思いもよらぬ光栄に戸惑った、というのが私自身の最初の気持ちでした。次いで、いくつかの祝電や電話を頂戴するにつれ、今までご指導やお励ましをくださったたくさんの方々を思い浮かべ、感謝の思い、懐かしい思いが沸いてきました。思えば、学生時代を含め、本学で過ごした35年間、非常に良い環境で楽しく仕事をさせていただきました。仕事だけでなく、生き方の面でも、諸先輩から多くを学びました。教職員、学生、そして研究と関わりのあった学外の人たちとの出会いは、私の生涯の大事な宝となりました。そして、一人ひとりを大切にしながら、皆で協力して新しい世界を切り拓いて行く、本学のそんな雰囲気が、とても好きでした。

こうした環境を築き上げてこられた諸先輩のご努力に頭が下がります。今後、本学を取り巻く社会情勢が変わることがあっても、この雰囲気がいつまでも保たれることを望んでおります。

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サブナノ粒子の新計測法の開発に成功 サブナノ領域の未解明の構造・活性に迫る新技術

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要点

  • これまで観測できなかったサブナノ粒子の振動分光の直接計測に成功
  • 振動スペクトルの理論解析によって、サブナノ粒子の構造と組成を決定
  • サブナノ粒子の物性や触媒活性を理論・実験双方から解明する新たな指針

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の葛目陽義特任准教授、山元公寿教授らの研究グループは、高感度化したシリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(SHINERS)[用語1]を開発し、新しいナノ材料素材として潜在的な触媒機能を有するものの、これまで観測できずにその特異的な物性評価ができなかった粒子径0.5~1.5 nm(ナノメートル)からなるサブナノ粒子[用語2]の微弱な分子振動の計測に成功した。

得られた分子振動の結果を理論計算的手法により振動分光シミュレーション[用語3]することにより、サブナノ粒子の原子構造や表面組成を明らかにした。さらにサブナノ粒子の構成原子数が減少することによる反応活性の著しい増加の原因を実験的・理論的双方から解明した

この成果は今後、サブナノ領域における新規素材の物性・活性評価法の指針となることが期待される。

この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元公寿研究総括)」で実施した。研究成果は米国東部時間2019年12月13日付の米国科学振興協会(AAAS)の「Science Advances」オンライン版に掲載された。

研究の背景

山元教授らの研究グループは、これまでに分子鋳型を用いた精密金属集積法[用語4] により、構成原子数を制御した各種のサブナノ粒子の合成に成功している。中でもガスセンサーなどに利用される酸化スズのサブナノ粒子は、構成原子数が60個、28個、12個と減少することにより、一酸化炭素の酸化反応活性が増加することを解明している。

しかし、その構成原子数と反応活性の相関は解明されていなかった。触媒の結晶構造や表面における結合構造を解明するには振動分光法が有効だが、サブナノ粒子の観測は振動信号が微弱であるため従来の分析法では検出が困難だった。

研究の経緯

サブナノ粒子の振動分光スペクトルを得るために、同研究グループはシリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(SHINERS)に注目した。しかし、従来のSHINERS法は感度不足からサブナノ粒子の検出はできなかった。

そこで、金の増強素子の表面にラマン信号の増強能が最も高い元素である銀を被覆し、さらにシリカで被覆した金銀コアシェル増強素子[用語5]を開発した(図1)。増強素子の粒子径が100 nmのとき、ラマン信号増強能が最も高くなることを実験的に明らかにし、理論計算を用いて実証した。

図1. 鋳型合成法で作成されたサブナノ粒子が、シリカ被覆金銀コアシェルナノ粒子増強素子の粒子間ギャップに入ることで、ラマン信号が増強され、超高感度な直接計測に成功した
図1.
鋳型合成法で作成されたサブナノ粒子が、シリカ被覆金銀コアシェルナノ粒子増強素子の粒子間ギャップに入ることで、ラマン信号が増強され、超高感度な直接計測に成功した

この金銀コアシェル増強素子を用いて酸化スズのサブナノ粒子を観測したところ、ラマンスペクトルの計測に成功し、さらにサブナノ粒子の構成原子数に依存した微弱なスペクトル挙動変化を捉えることにも成功した(図2)。

図2. (A)金銀コアシェルSHINERS法によって直接計測された酸化スズサブナノ粒子のラマンスペクトルと、(B)構成原子数変化によるピークトップ位置と(C)ピーク半値幅値の変化
図2.
(A)金銀コアシェルSHINERS法によって直接計測された酸化スズサブナノ粒子のラマンスペクトルと、(B)構成原子数変化によるピークトップ位置と(C)ピーク半値幅値の変化

酸化スズサブナノ粒子の化学組成式を決定するために、X線光電子分光法(XPS)[用語6]を用いて酸化状態を調査し、得られたスズ(Sn)と酸素(O)の組成式を求めた。得られた組成式に水分子を適当数添加したそれぞれの化学組成式(Sn12O25H16, Sn28O48H12, Sn60O112H24)について、理論計算的手法で構造安定化後の構造に対してラマンスペクトルをシミュレーションし、実験で得られた振動スペクトルと一致することを明らかにした(図3)。

図3. 実測されたラマンスペクトル(実線)と構造安定化された構造からシミュレーションされたラマンスペクトル(点線)との比較と、それぞれの構造安定化されたクラスターの原子構造
図3.
実測されたラマンスペクトル(実線)と構造安定化された構造からシミュレーションされたラマンスペクトル(点線)との比較と、それぞれの構造安定化されたクラスターの原子構造

こうして得られた酸化スズサブナノ粒子の構造から、スズ-酸素結合の平均結合距離を算出すると、構成原子数の小さいサブナノ粒子ほど、結合距離が長くなり、酸素供給能力が高くなることが示された。これは構成原子数が小さくなることで、触媒活性が向上する原因を直接的に解明する結果である。

研究成果

今回の研究ではシェル被覆金銀コアシェルナノ粒子を増強素子として高感度化した表面増強ラマン分光法を開拓し、既存の分光法では計測することができなかったサブナノ粒子の振動分光スペクトルの直接計測に成功した。さらに構成原子数の変化による微弱なスペクトル挙動の変化を捉えることにも成功した。

得られた各スペクトル挙動を理論計算的手法により振動分光シミュレーションすることで、サブナノ粒子の原子構造・表面組成を解析し、これまで現象学的[用語7]にのみ確認されていたサブナノ粒子の特異的な反応活性の起源について、その構造や物性から論理的に説明することに成功した。

今後の展開

分子鋳型を用いて原子数や原子の種類を精密制御したサブナノ粒子は、山元教授らにより多数開発されており、新たな機能を持つ電子材料や高活性触媒材料の開発へ展開されている。今回、開発した超高感度ラマン分光法が、サブナノ科学の新領域において未知材料の、物性・活性の解明につながる評価指針となることが期待される。

用語説明

[用語1] シリカ被覆ナノ粒子増強ラマン分光法(Shell-isolated nanoparticle-enhanced Raman spectroscopy: SHINERS) : ラマン分光法は入射光と試料との相互作用による散乱光(ラマン散乱光)を分光解析することで、試料の化学結合・分子構造を分析する分光法である。特にラマン分光法は金属と非金属原子間の低波数振動信号を検出できる直接分光法で、中でも増強素子を導入することで信号強度を顕著に高めたものが表面増強ラマン分光法(Surface-enhanced Raman spectroscopy: SERS)である。さらに増強素子の表面を化学的に不活性な物質(今回はシリカ=二酸化ケイ素)で被覆することで、観測する物質が増強素子と直接接触しないSHINERS法は、サブナノ粒子に必要な観察環境に適している。

[用語2] サブナノ粒子 : 粒子径1 nm程度の極微小な粒子。構成するほぼすべての原子が表面に露出するため、特異的な結晶構造や電子状態を示し、新奇な物性発現が期待されるナノ材料素材である。その一方、粒子間での凝集を抑制するため、広い粒子間距離を確保できるようにするなどの必要がある。

[用語3] 振動分光シミュレーション : コンピューターシミュレーションを駆使することで、化学構造から振動スペクトルを予想する方法。分光計測で得られるスペクトルを精緻に解釈したり、新たな振動モ―ドや化学構造を予測したりすることで、物質の性質を明らかにする理論計算的方法論。

[用語4] 分子鋳型を用いた精密金属集積法 : 規則的に分岐した樹状構造の高分子で、コアと呼ばれる中心分子と、コアから樹状に延びるデンドロンと呼ばれる側鎖部分から構成されるデンドリマーをナノサイズの分子鋳型として利用し、1 nm程度のサブナノ粒子を合成する手法。本研究では、デンドリマーの側鎖部分にイミンと呼ばれる炭素と窒素の二重結合からなる化学結合部位を組み込むことで、窒素上の電子が塩基として働き、金属イオンと結合することで、デンドリマー分子内部に金属イオンを集積する独自設計のデンドリマーを採用した。この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで目的のサブナノ粒子を得る。本研究では12個、28個、60個の塩化スズをデンドリマー内部に集積した。

[用語5] 金銀コアシェル増強素子 : 金を核(コア)として、銀で表面を覆った(シェル)、ラマン信号を増強する粒子径約100 nmのナノ粒子。

[用語6] X線光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy: XPS) : X線を照射することで試料表面から放出される光電子のエネルギーを分光分析することで、試料の元素分析、酸化状態や結合状態を評価する固体表面分析法。

[用語7] 現象学的 : 自然科学により実証された普遍的・客観的本質ではなく、感覚的経験による主観的な記述や理解。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances(サイエンス・アドバンシーズ)
論文タイトル :
Ultrahigh sensitive Raman spectroscopy for subnanoscience: Direct observation of tin oxide clusters(サブナノサイエンスのための超高感度ラマン分光法:酸化スズクラスターの直接観察)
著者 :
Akiyoshi Kuzume, Miyu Ozawa, Yuansen Tang, Yuki Yamada, Naoki Haruta, Kimihisa Yamamoto
DOI :

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東京工業大学 科学技術創成研究院

教授 山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

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Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

超分子化学:分子で分子を包む プレスセミナーを開催

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11月21日、理学院 化学系の山科雅裕助教によるプレスセミナーを大岡山キャンパスにて行いました。

一般に、分子は強い共有結合で構成され、分子単体で機能します。一方で、複数の原子あるいは分子が静電相互作用などの弱い結合で集合したものを超分子とよびます。ナノサイズの空間を持つ分子(ホスト分子)は、超分子的な力を使って他の分子を捕まえることができます。これら超分子は、単分子と異なり集合体として新たな性質と機能をもつようになります。

今回のセミナーでは、以下の3つのトピックスについて説明がありました。

1.
超分子化学の概要(身の回りの超分子化学)
2.
最新の研究成果「分子カプセルのナノ空間が魅せる特異な空間機能」
3.
最新の研究成果「反芳香族分子に囲まれたナノサイズの異空間」

山科助教は、分子カプセルの模型を使いながら、新しい分野の研究成果をわかりやすく説明しました。メディアの方々の関心も非常に高く活発な議論が行われました。

プレスセミナーの様子

プレスセミナーの様子

1. 超分子化学の概要(身の回りの超分子化学)

1967年、チャールズ・ペダーセンが王冠状のホスト分子、クラウン・エーテル[用語1]を発見したことを機に超分子化学の研究分野は始まりました。

生活に使われているホスト分子の一つにシクロデキストリンがあります。シクロデキストリンはブドウ糖がドーナツ状に結合した構造をもち、親油性の空洞部分にいろいろな有機分子を取り込むことができます。例えば、食事中の余分な脂分を取り込んで体外に排出し、また、苦みのある成分を取り込んで苦みを感じないようにするといった機能をもちます。このようにナノ空間を有するホスト分子は、(1)他の分子を包み込み、(2)包んだ分子の性質を変える、というユニークな性質をもっています。そのため、現在も世界中の研究者によって様々なホスト分子が作られ、その性質を解明する研究が進められています。

2. 最新の研究成果「分子カプセルのナノ空間が魅せる特異な空間機能」

東京工業大学 科学技術創成研究院の吉沢道人准教授は、2011年にアントラセン[用語2]で構成されたカプセル状のホスト分子(分子カプセル)を作ることに成功しています。山科助教は吉沢准教授と共同で、この分子カプセルが他の分子を包みこむことにより、次のような機能をもたらすことがわかりました。

不安定分子の安定化・特異蛍光性・精密分子認識・生体機能模倣・特異構造変換・空間内反応

不安定分子の安定化の例:

光や熱に不安定な分子(ラジカル開始剤)は、分子カプセルに取り込まれることで飛躍的に安定化することが分かりました。これは、包まれた化合物が、分子カプセルがもつ光を吸収する作用(光遮蔽効果)により、光から保護されたためです。また、熱に不安定な化合物の場合、熱によって化合物の化学結合が伸び、ある段階を超えると結合が切れて分解されます。ところが分子カプセルの限られた大きさの空間内では、結合を伸ばすことができないため熱にも安定になります。これを圧縮効果といい、通常の700倍以上の安定性を示しました。

精密分子認識の例:

男性ホルモンのテストステロン、女性ホルモンのプロゲステロン、エストラジオールは非常に似た構造をしています。タンパク質はこのわずかな違いを厳密に識別しますが、人工のホスト分子ではほとんど達成されていませんでした。これに対し、吉沢准教授が作成した分子カプセルは、98%以上の精度でテストステロン(男性ホルモン)を包みこむことがわかりました。この性質を利用して蛍光分子と組み合わせることで、尿中に含まれるぐらいのわずかの量(ナノグラム)のテストステロンも検出できることがわかりました。

3. 最新の研究成果「反芳香族分子に囲まれたナノサイズの異空間」

本研究は、ケンブリッジ大学のジョナサン・ニチケ教授のもとで行われました。

これまで報告されたほとんどのホスト分子は、芳香族分子[用語3]を使って作られていました。一方で、芳香族と真逆の性質をもつ反芳香族分子[用語4]は、極めて不安定であるため、ホスト分子の材料に使われることはありませんでした。近年開発された「ノルコロール[用語5]」という分子は、反芳香族分子ですが比較的安定です。そこで山科助教とニチケ教授らは、ノルコロールを使って、反芳香族分子からなる分子ケージを作り、その空間性質を調べました。

反芳香族分子からなる分子ケージの内部空間は、反芳香族分子の磁気的な影響で「反遮蔽空間」という特殊な性質を持つことが分かりました。この空間に取り込まれた他の分子は、芳香族分子からなるホスト分子の空間(遮蔽空間)とは、真逆の挙動を示しました。このようなホスト分子を構築し、その性質を実験的に解明した研究は前例がなく、世界で初めての成果です。

分子模型を使って説明する山科助教

分子模型を使って説明する山科助教

今後の展望

分子で分子を包む。今回紹介した例も含め、ナノサイズの空間は他の分子の性質を改変する力をもっています。つまり、同じ分子でも、ホスト分子の形状や空間性質を変えれば、全く異なる性質を引き出すことが可能であり、その組み合わせ数は膨大にあります。今後は、なんの変哲のない分子から高付加価値機能の創出に加え、自己修復性材料や超高感度薬物検出法への応用など、幅広い分野でナノ空間が活用されていくことが期待されます。

分子カプセルの模型

分子カプセルの模型

山科助教からのコメント

山科助教
山科助教

私達が環境によって異なる心理的影響を受けるように、分子も取り囲まれた空間の影響を受けて様相を変えます。前者の環境(例えば内装など)は主に空間デザイナーが設計し、職人が施工します。一方で、我々超分子化学者は「ナノ空間デザイナー」として、分子のための極小環境を設計かつ施工することができるわけです。とても小さな空間デザインですが、人類社会を豊かにする大きな力を秘めていると確信しているため、今後もナノ空間がもつ可能性を探求していきます。

用語説明

[用語1] クラウン・エーテル : 一般構造式(-CH2-CH2-O-)nで表される環状のエーテル。空間の大きさに合った金属を包み込むことができ、金属を必要とする有機合成などに使われます。

[用語2] アントラセン : 剛直なパネル状の多環芳香族分子。蛍光性があり、様々な材料の素材に使われています。

[用語3] 芳香族分子 : 一般に、ベンゼン環を含む分子を芳香族分子といいます。これらの分子は、π電子数が4n+2個になり、非常に安定な分子になります。医薬品など様々な材料として使われています。

[用語4] 反芳香族分子 : π電子数が4nで表される環状の分子で、一般的に不安定です。そのため、性質など不明な点が多い分子です。

[用語5] ノルコロール : 反芳香族分子に属する化合物。名古屋大学の忍久保洋教授らによって合成されました。反芳香族でありながら高い安定性を示します。

クラウン・エーテル、アントラセン

芳香族分子、反芳香族分子、ノルコロール

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人工細胞の免疫センサー化に成功 分離ステップ不要のデジタル免疫測定系の実現へ

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要点

  • 人工細胞を用い膜を介して信号伝達、外部分子濃度を蛍光プロトセル数で検出
  • ターゲット抗体の膜上タグ配列への結合で人工細胞の酵素スイッチが活性化
  • 膜外からタグと共有結合する抗体断片付加で水溶性抗原カフェインを定量化

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の上田宏教授と蘇九龍研究員、シンガポール科学技術研究庁(以下、A*STAR)分子工学研究室のShawn Hoon(ショーン・フーン)上級研究員らの研究グループは膜外にリガンド[用語1]検出部位を持ち、内部にリガンド結合により活性化する酵素を持つ人工細胞(巨大単層膜リポソーム、プロトセル)を構築し、外部に存在する抗体などのターゲット分子を高感度に蛍光検出可能な技術の開発に成功した。

リガンド検出部位としてプロトセル膜上に提示した短いペプチドタグ配列を用い、これらを例えばタグに結合する抗体でクロスリンク[用語2]することで、人工細胞内で発現させた不活性な2量体酵素(βグルクロニダーゼ変異体[用語3])が4量体になって活性化し、蛍光を発する(図1)。その後、蛍光陽性細胞の数を蛍光顕微鏡やFACS[用語4] で数えることで、抗体濃度が定量できた(図2)。この方法で、がん治療用ヒト型抗体Herceptin[用語5]の濃度を、治療時の血中濃度が検出可能な感度で定量できた。さらに膜外からタグと結合し抗原カフェイン依存的に二量体を形成する抗体断片(Nanobody[用語6])を付加することで、水溶性物質であるカフェインを定量することにも成功した(図3)。

均一かつ微小なサイズの人工細胞アレイを構築し、1分子由来の結合シグナルを増幅・検出できれば、分離ステップ不要なデジタル免疫測定系を構築できる可能性がある。

研究成果は12月3日に英科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックレポーツ)」にオンライン掲載された。

この成果は科学技術振興機構 国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム:SICORP)「日本-シンガポール共同研究」平成27年度新規課題「細胞信号伝達機構を模倣した人工細胞系バイオセンサーの開発」(日本側研究代表者:上田宏)によるものである。

今回構築したプロトセル型抗体センサーの模式図

図1. 今回構築したプロトセル型抗体センサーの模式図

研究成果

洗浄・分離操作が不要な微量分子検出系を構築するため、上田教授らはこれまで報告例のない抗体などの外部分子に対するセンサーとして働く人工細胞(プロトセル)の構築を試みた(図1)。このプロトセルは単層リン脂質膜の外側にアンテナとなる6~15アミノ酸程度の認識タグ配列を出した直径10 µm程度の脂質小胞(リポソーム)であり、その下流に上皮細胞増殖因子由来の膜貫通配列を介してセンサー酵素であるβ-グルクロニダーゼ(GUS)変異体(GUS IV5_KW)が結合されている。

この酵素はもともと4量体であるGUSに安定化変異と二量体間界面変異[用語7]を施したものであり、通常は極めて低活性だが抗タグ抗体[用語8]などを用いて強制的に近接させると野生型とほぼ同じ活性を示す (Su et al., J. Biosci. Bioeng. 128, 677-682, 2019)。これを精製成分からなる試験管内たんぱく質合成系PURE System[用語9]を用いてプロトセル中で合成することで、合成されたタンパク質のタグ部分が自発的に膜を透過して膜外に提示されることを期待した。

この結果、期待通り6残基のヒスチジンが連なったHisタグ[用語10]を提示した場合、抗Hisタグ抗体を加えることで、蛍光を発するプロトセルが多数出現した。なおこの際、膜貫通配列を付加しないタンパク質を同時に発現させることで、おそらく酵素の多量体構造が安定化して提示効率が向上した。さらに代表的ながん治療用抗体であるハーセプチン(Herceptin, Trastuzumab)のミモトープ[用語11]を提示してFCMで陽性細胞をカウントした場合、加えたハーセプチン濃度に応じて蛍光陽性プロトセル数が増加した(図2)。すなわち、開発したプロトセル系で数種の抗ペプチド抗体の検出に成功するとともに、血中治療用抗体濃度測定への応用の可能性が示された。

Herceptinセンサーによる検出結果

図2. Herceptinセンサーによる検出結果

さらに上田教授らはこのシステムが抗体のみならず各種抗原の検出に使えないか検討した。このためタグとしてSpyTag[用語12]という14残基のペプチドを提示する膜結合型酵素をプロトセル内で合成し、プロトセル外から、SpyCatcherというSpyTagと混ぜると自発的に共有結合するタンパク質をカフェイン結合Nanobody[用語13]と融合したVHH(Caf)-SCタンパク質を加えることで、カフェインセンサーとなるプロトセルを調製した。

この結果、陽性コントロールであるHisタグ抗体あるいはカフェインにより、FACSで数えた蛍光陽性細胞の数が濃度依存的に増加した。すなわち抗原カフェインによりNanobodyの二量体形成が誘導され、センサーを活性化した。なおこの際の検出感度はコーヒー、紅茶あるいは各種清涼飲料水中のカフェイン量を十分検出可能なものであった(図3)。

カフェインセンサーによる検出結果

カフェインセンサーによる検出結果

カフェインセンサーによる検出結果

図3. カフェインセンサーによる検出結果

背景

近年、臨床診断や食品衛生における病原体検出などの分野において、微小空間で一分子のターゲット由来の信号を検出し、陽性微小空間の数を数えることで、PCR[用語14]ELISA[用語15]など各種測定の検出感度を飛躍的に向上できるデジタル測定系[用語16]が注目されている。しかし、ミセルのような閉鎖空間で反応させて陽性ミセルをカウントするだけでよいPCRと異なり、デジタルELISAにおいては通常のELISAと同様ビーズ上で免疫反応と洗浄を行ったあと、それぞれのビーズを微小空間に分離して酵素反応を行い、陽性ビーズのカウントを行う必要があり、手間と時間がかかることから広く普及するには至っていない。

このような洗浄操作が不要で、微小空間で実施可能な抗原・抗体測定法が開発されれば、簡便なデジタル免疫測定系構築の基盤技術となりうることから、今回の国際共同研究を開始するに至った。

研究の経緯

本研究成果は抗体工学を専門とする上田教授のグループと生体分子工学に関して幅広い知見を有するA*STARのDr. Shawn Hoonグループの共同研究によるもので、独自のアイディアをもとに約4年間の試行錯誤を経て実現した。獲得免疫系のB細胞においては細胞表面の受容体で抗原をキャッチし、その信号を細胞内に伝達、分化と増殖を誘導して多数の抗体産生細胞が生じ、抗原の不活化を行う。

これまでこのプロセスを動物細胞あるいは大腸菌で模倣してセンサー細胞化した報告例は数例あるが、人工細胞を用いてこれを実現した例は我々が知る限り存在しない。特に今回特筆すべきは遺伝子発現を介さずに受容体型酵素そのものをセンサー化し、酵素活性のOn/Off制御を、膜を介した外部抗体の結合によって行えたこと、また細胞膜外に抗体断片を含むアダプター分子を加えることによって抗原の検出にも成功したことである。今後、用いるアダプター分子の抗体断片を変更することにより低分子のみならず病原菌やウィルスなど、多くの抗原検出系を構築できる可能性がある。

今後の展開

今回構築されたプロトセルは界面透過法によって作られた大きさが不均一な集団であり、このため検出感度もELISAよりやや良い程度に留まっている。今後はプロトセルの大きさと内部のセンサーたんぱく質量をより均一にし、アダプター分子の構造についても最適化してデバイス上に効率よくアレイ化することによって、FACSを用いる必要のない迅速高感度な検出系が実現できるものと期待される。

用語説明

[用語1] リガンド : 特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のこと。リガンドが対象物質と結合する部位は決まっており、選択的または特異的に高い親和性を発揮する。例えば、酵素タンパク質とその基質、ホルモンや神経伝達物質などのシグナル物質とその受容体などが顕著な例である。特にタンパク質と特異的に結合するリガンドは、微量であっても生体に対して非常に大きな影響を与える。 そのため薬学や分子生物学の分野では重要な研究対象になっている。

[用語2] クロスリンク : 結合によって2つ以上の分子を連結させるプロセス。ここでは抗体の2つの抗原結合部位で、膜上の2つのタグ配列を近づけている。同様の方法で色々な細胞表面受容体を活性化できることが知られている。

[用語3] βグルクロニダーゼ変異体 : βグルクロニダーゼ(GUS)は植物のレポーターとしてよく用いられる。今回は熱安定化変異体GUS IV5をベースに、二量体間にある2残基に変異(KW)を導入し、強制的に四量体化させた場合にのみ活性を示す変異体を利用した。

[用語4] FACS : セルソーターあるいはフローサイトメトリー。通常は細胞の、今回はプロトセルの蛍光強度測定に用いた。Fluorescence activated cell sorter。

[用語5] Herceptin : 乳がん細胞上のHer2タンパク質を標的とする抗体医薬の商品名。正式名称Trastuzumab。

[用語6] Nanobody : ラクダ類が持つ、軽鎖を持たない単鎖抗体由来の抗原結合ドメイン。小さくて安定なため、最近各方面から注目されている。

[用語7] 安定化変異と二量体間界面変異 : 当初は野生型GUSに二量体間界面変異を導入した酵素を用いたが、このたんぱく質は不安定で、分解しながら高いバックグラウンド活性を示す問題が生じた。そこで、ランダム変異導入により得られた耐熱性GUSであるGUS IV5をもとに、数種の二量体間界面変異体から応答の高いものをスクリーニングし、GUS IV5(KW)を得た。

[用語8] 抗タグ抗体 : タグ配列を認識する抗体。分子生物学実験においてたんぱく質の検出・精製に多用される。今回は3種類のタグ(His, Myc, HA)とその抗体で実験を行い、同様の結果を得た。

[用語9] PURE System : 上田卓也東京大学名誉教授(現早稲田大学教授)らにより開発された、精製成分のみからなる無細胞たんぱく質合成系。

[用語10] Hisタグ : 6個の連続したヒスチジンからなるタグ配列。ニッケルなどの金属アフィニティカラムに結合するためしばしば組換えたんぱく質の精製に用いられる。

[用語11] ミモトープ : 抗体のパラトープ(抗原結合部位)に結合するペプチド。立体構造を模するため必ずしもエピトープ配列とは一致しない。

[用語12] SpyTag : SpyCatcherとともに、英国のMark Howarthらにより開発された。両者を共存させると自発的に強固なイソペプチド結合を形成するため、分子構築の新たな方法論として注目されている。

[用語13] カフェイン結合Nanobody : カフェインを認識するNanobody。今回用いたものはカフェインを介して、二つのNanobodyが二量体を形成する珍しい性質を持つ。

[用語14] PCR : Polymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略。

[用語15] ELISA : 酵素免疫測定法。マイクロプレートやビーズなどの固相を用いて反応と洗浄を繰り返し測定する。Enzyme-linked immunosorbent assay。

[用語16] デジタル測定系 : 通常のアナログ測定ではどうしてもバックグラウンド信号が残るため、測定限界が低くならない。デジタル測定においては一分子のターゲットの有無を微小空間での反応で検出し、陽性サンプルの数をカウントする。これにより検出限界を顕著に下げる事ができる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Transmembrane signaling on a protocell: Creation of receptor-enzyme chimeras for immunodetection of specific antibodies and antigens
著者 :
Jiulong Su, Tetsuya Kitaguchi, Yuki Ohmuro-Matsuyama, Theresa Seah, Farid J. Ghadessy, Shawn Hoon and Hiroshi Ueda
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 上田宏

E-mail : ueda@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5248 / Fax : 045-924-5248

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