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上空100 mのドローンからミリ波を用いた4K非圧縮映像のリアルタイム伝送に成功

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セコム株式会社(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:中山泰男)と国立大学法人東京工業大学(所在地: 東京都目黒区、学長:益 一哉)の阪口啓研究室(工学院電気電子系)は、長距離通信を可能とするミリ波無線通信装置を共同開発し、上空のドローンからリアルタイムで4K非圧縮映像を伝送することに成功しました。

ミリ波を用いた4K非圧縮映像のリアルタイム伝送に成功

セコムは、無線通信技術を活用して、ドローンで広域施設を警備するサービスの実現に取り組んでいますが、ドローンで広域を監視するには、広範囲の映像を迅速かつ正確に把握・分析するために高精細な映像をリアルタイムに配信する必要があり、それを実現するための無線通信技術が求められています。

一方、東京工業大学は、5G-MiEdgeプロジェクト※1でミリ波無線通信の研究開発に取り組んでおり、その研究成果に基づき映像伝送を対象としたミリ波無線システムの設計およびハードウェアの開発などを行ってきました。

今回着目したミリ波無線通信は、高速通信ができることから、今後5Gなどでの活用が期待されていますが、電波の減衰が大きいため通信距離が制限されるといった課題があります。

セコムと東京工業大学は、この課題を解決するためにSOFTechコンソーシアム※2の枠組みで2018年から共同での研究開発を進め、Intel社の協力の下、Intel社が開発したレンズアンテナを用いた、映像の長距離伝送が可能なミリ波無線通信装置の開発に取り組みました。

レンズアンテナは、電波を発射する角度を絞ることで到達距離を延ばすことができることから、映像の長距離伝送に適した性能を持つ一方、サイズや重量の問題からこれまでドローンへの搭載が進んでいませんでした。今回、セコムと東京工業大学は、Intel社のレンズアンテナの小型・軽量という特徴を活かし、ドローンに搭載可能なミリ波無線通信装置を用いた映像伝送システムの構築に取り組み、4K非圧縮映像のリアルタイム伝送を実現しました。従来の圧縮伝送に比べて遅延を飛躍的に短縮化することができました。

この構築した映像伝送システムの有効性を確認するために、ミリ波無線通信装置を搭載したドローンを用いて実証実験を共同で実施し、上空100 mのドローンに搭載した4Kカメラでの撮影映像を地上のアクセスポイントにリアルタイムで伝送することに成功しました。

本技術を活用することで、ドローンでの高精細映像によるスタジアム警備やインフラのモニタリングの実現など、さまざまな分野での「安全・安心」なサービスの提供が可能になります。本成果の実用に向けて、引き続き、検討を進めてまいります。

※1
5G-MiEdgeプロジェクト:総務省(戦略的情報通信研究開発事業)と欧州連合(Horizon 2020)から助成を受ける日欧連携プロジェクト(東京工業大学が研究代表機関)
※2
SOFTechコンソーシアム:JST・産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)のプロジェクトである社会活動継続技術共創コンソーシアム(東京工業大学が研究代表機関)

各組織の役割

セコム : ドローンでの広域監視を想定した映像伝送アプリケーションの開発、および実証実験による通信品質の検証

東京工業大学 : レンズアンテナを用いたミリ波無線通信装置の設計、およびハードウェアの実装

無線通信システムの概要

100 m上空のドローンに搭載した4Kカメラでの撮影映像を、小型で軽量のレンズアンテナを用いたミリ波無線通信装置を通じ、地上のアクセスポイントにリアルタイムで4K非圧縮映像を伝送する。

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お問い合わせ先

セコム株式会社 コーポレート広報部

井踏、中川

E-mail : press@secom.co.jp
Tel : 03-5775-8210

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


Uplift Modelingによる介入効果の最適化を実現

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概要

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社(以下、SMN)の研究開発組織「a.i lab.」(アイラボ)は、東京工業大学工学院 経営工学系の中田和秀准教授の研究室との共同研究により、ユーザーへの介入効果を最適化するUplift Modeling手法を開発しました。

Uplift Modelingは、広告配信や投薬などのユーザーへの介入と、購買行動や予後といった結果との「因果関係」を明らかにするための研究分野です。介入による純Lift効果を予測することができれば、事前にユーザーごとに介入の純効果を見積もった上で、効率の良い介入戦略を立てることが可能となります。SMNが事業として展開する広告配信プラットフォームにおいては、広告によって購入しやすさが向上する度合いの高いユーザーのみにターゲティング配信することでROI(投資利益率)を最大化できると期待されています。

Uplift Modeling概念図

Uplift Modeling概念図

研究の背景

従来のUplift Modelingでは、広告配信を実施する集団と、広告配信を実施しない集団に、ユーザーをランダム分けた上で、それぞれの広告効果を比較するA/Bテストを行う必要がありました。従来の広告クリエイティブ(画像)などの効果比較を行うA/Bテストとは異なり、ランダムな広告配信によるA/Bテストでは、対象ユーザーへ興味のない広告配信を行うなどの必要が発生します。

この従来手法では、無駄な広告配信によるユーザー体験の悪化や、興味のある広告に触れられない機会損失が生じるため、現実的に適用は困難でした。そこで、A/Bテストを行うことなく高い精度でLift効果を予測する本手法の研究に取り組みました。

研究の内容

A/Bテストが不要なUplift Modelingの手法としては、Transformed Outcomeが知られていますが、現実的な仮定の下ではこの手法が正しいLift効果を推定できないことを示し、その欠点を解消する新たな手法であるSDRM(Switch Doubly Robust Method)とSDR-MSE(Switch Doubly Robust - Mean Squared Error)(以下、SDR-UM)を提案しました。この手法を心臓カテーテルによる生存率への影響を調査した公開データに適用したところ、治療によって生存率が高くなる患者集団を特定することに成功しました。

※ 公開データ

Right Heart Catheterization Dataouter

掲載誌 :
JAMA (J American Medical Association) 276:889-897
データ提供論文 :
The effectiveness of right heart catheterization in the initial care of critically ill patients.
著者 :
Connors AF Jr (Department of Medicine, Case Western Reserve University at MetroHealth Medical Center, Cleveland, Ohio, USA.)

Real-World Experiment

重症と診断された右心房へのカテーテル治療を行った患者の予後の生存有無が記録されている公開データセットを用いて、今回提案した手法(SDR-UM)を既存の手法と比較しました。このデータセットには、集中治療室で診断後1日以内に右心房カテーテルの治療を受けた5,735人の患者が含まれています。元々のデータセットにおいては右心房カテーテル治療を施すことによって、患者全体における平均的な生存率が減少することが知られていました。しかし、私たちが提案したUplift modelingの手法を用いることで、右心房カテーテル治療を施すことにより生存率を向上させることができる一部(20%)の患者を特定することに成功しました。これにより、右心房カテーテルの実施を個別化することができれば、全体の患者の生存率の向上に繋がると考えられます。

今後の展開

Lift効果の高いユーザーに対して、広告配信を行うことでROIを最適化するだけでなく、当該ユーザーをSMNが提供するマーケティングAIプラットフォーム「VALIS-Cockpit」(ヴァリス-コックピット)によって可視化しInsightを抽出することで、より幅広いマーケティング施策への利用を想定しております。また、本論文で医療データに対する有効性を示したように、さまざまな分野で幅広く活用できると考えております。

本共著論文(Uplift Modelingによる介入効果の最適化)は、カナダ・カルガリーで開催された「SIAM International Conference on Data Mining」(SDM19:開催期間5月2日~4日)にて発表(現地時間5月3日)を行いました。

論文情報

学会名 :
SIAM International Conference on Data Mining(SDM19)
論文タイトル :
Doubly Robust Prediction and Evaluation Methods Improve Uplift Modeling for Observational Data
著者 :
Yuto Saito,Hayato Sakata,Kazuhide Nakata
DOI :

参考情報【「a.i lab.」(アイラボ)概要】

「a.i lab.」(Ambitious Innovation Laboratory)は、独自に開発したAI「VALIS-Engine」(ヴァリス-エンジン)をはじめ、マーケティングテクノロジーに関する先進的な研究開発を行っています。「VALIS-Engine」のテクノロジーを商品やサービスに導入することで、「貰って嬉しい広告」「機会損失の最小化」の実現を目指す研究開発組織です。

ソネット・メディア・ネットワークス 会社概要

2000年3月に設立。ソニーグループで培った技術力をベースに、マーケティングテクノロジー事業を展開しています。「技術力による、顧客のマーケティング課題の解決」を実現するため、ビッグデータ処理と人工知能のテクノロジーを連携し進化を続けています。 現在、DSP「Logicad」、マーケティングAIプラットフォーム「VALIS-Cockpit」などを提供することで、マーケティングに関する様々な課題解決を実現しています。

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社outer

記載されている会社名および商品名、サービス名は各社の商標または登録商標です。
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お問い合わせ先

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社

経営企画管理部 経営企画課

E-mail : pr@so-netmedia.jp
Tel : 03-5435-7944 / Fax : 03-5435-7944

東京工業大学 工学院 経営工学系

准教授 中田和秀

E-mail : nakata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3321 / Fax : 03-5734-3321

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東工大アネックス アーヘン 「持続可能エネルギー」に関するワークショップを開催

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東京工業大学がドイツのアーヘン工科大学に開設した海外拠点、東工大アネックス アーヘン(Tokyo Tech ANNEX Aachen)は5月22日から23日にかけて、「持続可能エネルギー」をテーマとするジョイントワークショップをアーヘン工科大学との共催で開きました。両大学からエネルギーをキーワードとした幅広い分野を代表する研究者が集い、発表を行いました。

東工大からは15名、アーヘン工科大学からは14名の研究者が参加したこのワークショップは、アーヘン工科大学のシュテファン・ピッシンガー教授および本学の渡辺治理事・副学長(研究担当)による挨拶から始まりました。続いて、本学 科学技術創成研究院 グローバル水素エネルギー研究ユニットの岡崎健特命教授、アーヘン工科大学 E.ONエネルギー研究センターのリック・W・デ・ドンカー教授、及び本学 物質理工学院 応用化学系の伊原学教授が基調講演を行いました。

あいさつするピッシンガー教授
あいさつするピッシンガー教授

あいさつする渡辺理事・副学長
あいさつする渡辺理事・副学長

持続可能エネルギーというキーワードのもと、水素エネルギー、燃料電池、蓄電池等から風力発電、燃焼機関、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留まで発表は多岐にわたりました。また、ワークショップの後にはアーヘン工科大学内のエネルギー関連施設のツアーも組まれ、参加者にとって大きな刺激を受けた2日間になりました。大学関係者及び企業等研究者による参加は、約80名にのぼりました。

持続可能エネルギーを議論したワークショップ

持続可能エネルギーを議論したワークショップ

本ワークショップは、2019年3月に本学初の欧州拠点として開設した東工大アネックス アーヘンの活動の一環です。最先端分野を議論するためのジョイントワークショップを毎年開催して研究者の交流を深め、ドイツだけでなくアーヘンの立地を生かして近隣の諸国(ベルギー、オランダ、フランス等)との連携も視野に入れた活動を行っていきます。

お問い合わせ先

国際部 国際事業課 国際事業グループ

E-mail : annex.aachen@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3827

学外の方も利用できる機器利用制度がスタート

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東京工業大学に設置している先端機器を、企業等や学術研究機関所属の研究者の方も利用できる制度がスタートしました。本学では研究基盤の一つとして研究設備の共用化に取り組み、豊かな研究環境を整えることに力を入れています。

「ライフサイエンス推進機器共同利用室」(以下、共同利用室)は、2017年に全学のライフサイエンス関係の先端機器などの共用化推進を目的として、生命理工学院に設置されました。バイオ関連の全学の共同利用施設として活用されているバイオ研究基盤支援総合センター(以下、バイオセンター)と連携しつつ、様々なライフサイエンス関連の先端機器を広く共用化し、本学の教育研究活動に貢献できるよう事業を推進しています。

今回、新たに共同利用室の先端研究設備を学外の研究者にもご利用いただけるよう制度を整備したことで、ライフサイエンス分野の更なる発展と産学連携体制の強化につながることを期待しています。

レンタル可能な実験室とオフィス

レンタル可能な実験室とオフィス

整った環境ですぐに実験開始可能

研究をすぐに始められるよう、実験台や汎用機器を揃えた実験室を実験台1区画から、整備されたオフィスを事務机1台から、それぞれ月単位でお貸しします。

多数の共用機器を完備

多数の共用機器を完備

ご利用の流れ

学外からの機器利用については、まず、本学で以下のいずれかの身分等を取得していただく必要があります。 但し、委託解析の場合には身分の取得は不要です。

1.
東京工業大学特別研究員(大学又は公的な学術研究機関に所属している場合)
2.
民間等共同研究員(共同研究取扱規則に定める共同研究に該当する場合)
3.
受託研究員(1・2に該当せず、企業等に所属している場合)

島津製作所 精密機器分析室

2016年の大学改革による生命理工学院創設を機に、株式会社 島津製作所から寄贈された液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)などのライフサイエンス関連先端精密機器を中心に、先端的な機器を備えた施設です。先端研究の推進をはじめ、若手研究者や学生などの研究支援、国際共同研究や種々の企業との産学連携の推進に活用されています。

島津製作所 精密機器分析室

島津製作所 精密機器分析室

島津製作所 精密機器分析室

バイオセンターとの連携

バイオセンターの先端機器もご利用可能です。超高解像度光学顕微鏡システム、電子顕微鏡、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計(MALDI-TOF MS)等ハイスペックな装置を多数所有しています。また、すでに学内で高い評価を得ているDNAシーケンス解析サービスをはじめとする委託分析も受け付けています。

  • バイオセンターの先端機器
  • バイオセンターの先端機器
  • バイオセンターの先端機器

バイオセンターの先端機器

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お問い合わせ先

生命理工学院 ライフサイエンス推進機器共同利用室

E-mail : kyoyo.office@bio.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5731

植物の酸化還元状態をリアルタイムで検知 チオレドキシンの酸化還元状態変化のセンサーを開発

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要点

  • タンパク質の酸化還元によって起こる構造変化を利用
  • 蛍光が変化する新たな酸化還元タンパク質プローブの開発に成功
  • 植物機能制御の鍵タンパク質であるチオレドキシンの状態変化検出が可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の杉浦一徳研究員(研究当時。現職 大阪大学 産業科学研究所 生体分子機能科学研究分野 特任研究員)と久堀徹教授らは緑色植物葉緑体内の酸化還元制御機構[用語1]の鍵タンパク質であるチオレドキシン[用語2]の酸化還元状態をリアルタイムにモニターできる蛍光タンパク質センサーCROST(Change in redox state of thioredoxin)[用語3]を開発し、明暗条件の変化により植物体内でチオレドキシンの酸化還元が変化する様子を捉えることに成功した。

チオレドキシンが光合成の電子伝達系から還元力を受け取ると、分子表面の2個のシステインのチオール基[用語4]が還元状態になる。還元型チオレドキシンが葉緑体内の様々な酵素分子を標的として働き、酵素分子が持っているジスルフィド結合[用語5]を還元する。還元された酵素分子は構造変化を起こし、通常活性型になる。こうしてチオレドキシンは光合成が始まるのに対応して、葉緑体内の様々な酵素分子の活性を制御する因子として働く。このため、チオレドキシンがいつどのくらい還元されるかを調べることは、葉緑体の機能制御のメカニズムを探る大切な情報となる。

これまでチオレドキシンの状態を調べるには、葉を瞬間凍結して組織の中のタンパク質分子の状態を化学的に調べる方法が一般的だった。しかし、電子移動は瞬時に起こるため、タンパク質の細胞内の動態を探るにはリアルタイムに酸化や還元状態を探る方法が不可欠だった。

研究成果は6月20日付け、アメリカ分子生物学生化学会誌「Journal of Biological Chemistry(バイオロジカル・ケミストリー)」に掲載された。

研究の背景

チオレドキシンは生体内の酸化還元状態を利用して様々な生体分子を調節する非常に重要なタンパク質で、動植物、細菌などほとんど全ての生物が持っている。中でも、植物の光合成の場である葉緑体に局在しているチオレドキシンは、光合成反応の調節を行う重要な役割を担っていることが知られている。

光合成では、光エネルギーを化学エネルギーに変換する重要なエネルギー変換プロセス(光エネルギー変換過程)と、二酸化炭素を有機物に変換する化学合成プロセスとを協調的に働かせるために、酵素の活性をうまくコントロールすることが不可欠となる。そのために植物が獲得した方法が、光エネルギー変換過程で水の分解によって生じる還元力そのものを利用して、タンパク質を還元して活性調節するという方法である。この時に生じる多くの還元力は二酸化炭素の還元に用いられ、糖が合成されるが、チオレドキシンは一部の還元力をこの糖の合成を触媒している酵素分子そのものの還元に利用し、その活性を調節する。

したがって、植物体内ではチオレドキシンの酸化還元状態が、植物の機能制御を理解するうえで欠かせない重要な情報といえる。これまで、チオレドキシンの酸化還元状態を調べる方法は化学修飾によるものが一般的で、リアルタイムにタンパク質の状態を観察する方法はなかった。

研究成果

葉緑体内には、チオレドキシンによって還元されることで大きく構造が変化するCP12というタンパク質がある。CP12は還元状態では伸びた構造と考えられているが、分子内に二組のジスルフィド結合を形成することができるため、酸化されるとこのジスルフィド結合によって分子の形が大きく変わると予想される。杉浦研究員らはこの性質に着目し、チオレドキシンの酸化還元状態の変化を検出できないかと考えた。

今回開発した蛍光タンパク質センサーCROSTは、このCP12の一部を切り取って二つの蛍光タンパク質の間に挟み込んだものである。まずCP12の半分を利用して酸化還元で構造が変化するタンパク質部品を作り、この部品の両側に長波長側に蛍光を発するYFP[用語6]と短波長側に蛍光を発するCFPをそれぞれ結合する。この融合分子では、CP12断片の酸化還元状態が変化するとYFPとCFPの分子間距離が変わり、酸化還元状態の変化を蛍光のエネルギー共鳴移動効率の変化として検出することができる(図1、図2)。CP12部分の酸化還元は、チオレドキシンの酸化還元状態の変化に呼応して速やかに起こるので、CROSTを用いることでチオレドキシンの酸化還元状態を蛍光測定によってモニターすることが可能になった。

図1. 開発したチオレドキシン酸化還元センサーの酸化還元による構造変化

図1. 開発したチオレドキシン酸化還元センサーの酸化還元による構造変化

このCROST分子を実際に緑色植物シロイヌナズナの葉の葉緑体内に発現して明暗条件を変えると、光のオンオフによってCROST分子に由来する蛍光の変化を捉えることに成功した(図3)。この変化は、光が当たると葉緑体内でチオレドキシンが還元され、暗所に戻すと酸化されることに対応している。

このセンサーの開発によって、植物の葉緑体内がどのような環境の時にチオレドキシンが還元され、酵素分子の活性化が起こるのかを経時的に調べることが可能になった。今後は、光だけでなく様々な環境の変化に対して、葉緑体の代謝系酵素の活性制御を行うチオレドキシンがどのようにスイッチのオンオフを行うのかを解析できるようになると期待される。

図2. f型チオレドキシンによるCROSTの還元と蛍光強度変化
図2. f型チオレドキシンによるCROSTの還元と蛍光強度変化

図3. シロイヌナズナ緑葉中のCROSTの明暗条件による蛍光変化
図3. シロイヌナズナ緑葉中のCROSTの明暗条件による蛍光変化

今後の展開

近年の研究により、植物の葉緑体内では様々な代謝系の酵素分子が明暗条件の変化に応答して、還元されたり酸化されたりすることで、その活性を変化させていることがわかってきた。明暗によるタンパク質の状態変化の研究は、単純に光をオンオフすることで達成される明条件と暗条件の比較によって行われているが、自然界での光環境の変動はそれほど単純ではない。

夜明けと日暮れ時には、次第に明るくなる、暗くなるということが起こるし、日中でも木陰では光強度が常に揺らいでいる。このように時々刻々と変化する光条件下で、葉緑体内のタンパク質の酸化還元状態がどのように変化するのかを知ることは、酵素の調節がどのように行われるかを調べるための極めて重要な情報になる。

今後、この新たな蛍光センサーを利用して光環境の変動とタンパク質の酸化還元状態の変動、さらに光合成活性の変動の関連を調べれば、将来、植物を利用した高効率の物質生産の研究などにもつながる知見が得られるものと期待される。

本研究は、科学研究費補助金・新学術領域研究「新光合成」(計画班代表:久堀徹教授)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 酸化還元制御機構 : 生体内の酸化還元状態に応じて、タンパク質分子の持っているジスルフィド結合の形成・開裂などを制御することにより、そのタンパク質の酵素活性を調節する分子機構。タンパク質の翻訳後修飾のひとつ。

[用語2] チオレドキシン(Trx) : ほとんどすべての生物が普遍的に持っている、酸化還元制御に中心的な役割を果たす酸化還元タンパク質。-WCGPC-(-Trp-Cys-Gly-Pro-Cys-)というよく保存された活性部位モチーフを持ち、この2つのCys(システイン)のチオール基の酸化還元によって還元力伝達を行う。

[用語3] 蛍光タンパク質センサーCROST(Change in redox state of thioredoxin) : 本研究で新たに作成したチオレドキシンの酸化還元状態の変化を蛍光変化としてモニターできるようにしたセンサータンパク質。

[用語4] システインのチオール基 : システインというアミノ酸の側鎖。SH基とも呼ばれ、反応性が高くタンパク質の機能に重要な役割を果たすことが多い。

[用語5] ジスルフィド結合 : システインのチオール基同士が酸化条件で形成する共有結合のこと。硫黄原子同士の結合であるため、SS結合とも呼ばれる。

[用語6] YFP/CFP : GFP(緑色蛍光タンパク質)の変異体。YFPは黄色の、CFPはシアン色の蛍光を発する。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Biological Chemistry
論文タイトル :
The thioredoxin (Trx) redox-state sensor protein can visualize Trx activities in the light-dark response in chloroplasts
著者 :
Sugiura K, Yokochi Y, Fu N, Fukaya Y, Yoshida K, Mihara S, Hisabori T
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 久堀徹

E-mail : thisabor@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

放射線による皮膚への影響を解明 皮膚の防護剤や疾患の治療薬、化粧品の開発などに道

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要点

  • ヒトiPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトの放射線応答の分子機構を解明
  • 幹細胞、前駆細胞などの分化度の違いによる放射線応答の違いが明確に
  • がんや老化のメカニズム解明など様々な分野への波及効果が期待される

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の島田幹男助教と松本義久准教授、大学院総合理工学研究科の三宅智子大学院生、科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の沖野晃俊准教授らの研究グループは、iPS細胞から皮膚ケラチノサイト[用語1]を作製し、皮膚における放射線の生体影響[用語2]を明らかにした。iPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトにおける基礎的な放射線応答を解析した最初の例であり、がんや老化のメカニズム解明だけでなく、放射線治療における皮膚防護剤や皮膚疾患の治療薬、化粧品の開発などにも役立つことから、様々な分野への波及効果が期待される。

生体では常に内因性、外因性のストレスによりデオキシリボ核酸(DNA)損傷が生じているが、それらは生体に備わっているDNA修復機構によって修復される。修復しきれなかった損傷は蓄積し、細胞のがん化、老化につながる。特に皮膚表皮においては、表皮基底層に存在する幹細胞、前駆細胞[用語3]が放射線による影響を受けやすいとされる。今回の研究はiPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトを用いて幹細胞、前駆細胞などの分化度の違いによる放射線応答の違いを明らかにした。

研究はタカラベルモント株式会社と共同で実施し、研究成果は米国放射線腫瘍学会誌「International Journal of Radiation Oncology Biology Physics」電子版に5月11日に掲載された。

研究の背景

生体では細胞内代謝により発生する活性酸素などの内的要因や紫外線、放射線などの外的要因により、常に細胞内DNAに損傷が生じている。その損傷は生体に本来備わっているDNA修復機構によって直ちに修復されるが、稀に修復しきれなかった損傷が細胞内に蓄積することにより、細胞のがん化や老化につながると考えられている。

皮膚や筋肉、骨など身体を構成する体細胞の元になる幹細胞にDNA損傷が蓄積すると、細胞減少や細胞機能低下につながり、様々な老化現象を引き起こす。例えば、皮膚付属器官である毛包組織[用語4]においてDNA損傷により幹細胞が枯渇すると白髪、薄毛などの老化現象にいたる。

これまでヒト皮膚由来ケラチノサイトの放射線に対するDNA損傷応答[用語5]に関する報告は少なかった。そこで今回の研究ではヒトiPS細胞からケラチノサイトを作製し、幹細胞から前駆細胞まで分化レベルの異なる細胞のDNA損傷応答を比較した。また、実際の皮膚に近い三次元細胞培養[用語6]実験系を用いて放射線応答を解析した。

図1. 皮膚の構造とそれらを模した三次元細胞培養の概略

図1. 皮膚の構造とそれらを模した三次元細胞培養の概略

皮膚の表面は表皮層と真皮層で構成されており、表皮層はさらに角質層、顆粒層、有棘層、基底層から成り立っている。今回の研究では表皮層を再構築するために、皮膚線維芽細胞とiPS細胞由来皮膚ケラチノサイトを用いて三次元培養皮膚モデルを作製した。K14とK10はケラチノサイトの分子マーカーを示している。

研究成果

ヒト皮膚線維芽細胞から作製したiPS細胞を皮膚ケラチノサイトに分化誘導させ、線維芽細胞[用語7]、iPS細胞、iPS細胞由来皮膚ケラチノサイトにおける放射線照射時のDNA損傷応答の違いを解析した。iPS細胞は線維芽細胞、ケラチノサイトに比べて、放射線に対する感受性が高く、死にやすい性質を持っていることが明らかになった。

DNA修復は多くのタンパク質が関与するが、クロマチン[用語8]内のヒストンH2AX[用語9]のリン酸化などを指標に解析を行った。iPS細胞ではリン酸化H2AXを持つ細胞が放射線照射8時間経過後も20%弱残っていたのに対し、継代[用語10]1回後のケラチノサイトでは5%以下になっていた。

皮膚ケラチノサイトは、継代を重ねるごとにDNA損傷修復速度に遅延がみられた。継代数が少ない細胞は幹細胞に近い性質を持っており、放射線照射により細胞生存率が低下し、プログラムされた細胞死であるアポトーシスの比率が増加したが、継代数の増加に伴い放射線に対して抵抗性を示すことがわかった。

以上の結果より、iPS細胞は未分化の細胞であり、DNAが少しでも損傷した細胞ではアポトーシスによる細胞死を誘導するなど、DNA損傷が残存することを防ぐ機構が備わっていると考えられた。それに対して、成熟したケラチノサイトではDNA損傷が修復される速度と割合が減少していた。ケラチノサイトは成熟すると細胞核が消失し、角質層を形成し、物理的な刺激から体を守るという役割を担っている。成熟したケラチノサイトはいずれ核が消失する運命にあるためにDNA損傷を修復する機能が低下しても問題ないと考えられる。

図2. iPS細胞とケラチノサイトでの放射線応答の違い

図2. iPS細胞とケラチノサイトでの放射線応答の違い

iPS細胞では、少しでもDNA損傷が残存するとアポトーシスによる細胞死を誘導する等の応答により、DNA損傷が蓄積することを防ぐが、成熟したケラチノサイトではDNA損傷を修復する機能が低下している。iPS細胞は未分化な細胞であり、DNA損傷を子孫に残さないために、厳密な制御が行われているが、成熟したケラチノサイトは、さらに分化し角質細胞となり、剥がれ落ちる運命にあるため、放射線応答の違いが生じている。

図3. 皮膚三次元細胞培養と放射線応答

図3. 皮膚三次元細胞培養と放射線応答

ヒトiPS細胞由来ケラチノサイトと正常ヒト表皮ケラチノサイトから作製した三次元細胞培養モデル。K14はケラチノサイトのマーカー、53BP1はDNA損傷マーカー。それぞれ放射線(ガンマ線)2Gy照射後、免疫染色法によりK14、53BP1の抗体で染色した。放射線照射後、それぞれの細胞で53BP1がドット状になっていることがわかる(白矢印)。ドット状はフォーカスと呼ばれ、DNA損傷が生じていることを示している。

今後の展開

ヒトの皮膚に対する放射線影響は不明な点がまだまだ残されている。本研究で確立した実験系を用いてDNA損傷だけでなく、放射線が細胞内応答や細胞間応答に与える影響の解明に貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 皮膚ケラチノサイト : 皮膚角化細胞ともいう。表皮に存在する細胞の95%を占める。表皮の外層はケラチノサイトの角化(脱核)により形成され、皮膚の最外層として直接外部に接触しており、物理的な刺激から体を守る重要な部位である。

[用語2] 放射線の生体影響 : ガンマ線やX線は直接的および間接的に細胞内DNA に損傷を与える。直接的には放射線のエネルギーによりDNA鎖を切断し、間接的には細胞内の水分子を励起し、反応性の高いフリーラジカルがDNA鎖に損傷を与える。

[用語3] 幹細胞、前駆細胞 : 幹細胞は自己複製能と様々な細胞に分化する能力(多分化能)を持つ特殊な細胞。この2つの能力により発生や組織の再生などを担う細胞と考えられている。幹細胞は幾つかに分類され、主に胚性幹細胞(ES細胞)、成体幹細胞、iPS細胞などがあげられる。前駆細胞は幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞。

[用語4] 毛包組織 : 毛根を包む組織。毛根を保護し、毛の伸長の通路となる。上皮性毛包、硝子膜、結合組織性毛包から成る。毛包上部には脂腺が開口し、皮脂を分泌して、皮膚や毛の表面をなめらかにし、保湿する。

[用語5] DNA損傷応答 : 放射線などにより細胞内のゲノムDNAは損傷をうける。これに対して生体はDNA損傷応答機構というDNA損傷を効率的に修復する防御機構を有している。これには様々なタンパク質が関与しており、H2AXや53BP1もそれらに含まれる。

[用語6] 三次元細胞培養 : 近年の培養技術の発達およびiPS細胞などの再生医学の進歩により試験管内で様々な臓器の立体構造が再現できるようになってきた。これまでは試験管内で単層培養が主流であったが、立体的な培養をすることにより異なる細胞間同士の分子ネットワークの解明が進んでいる他、薬剤試験などに利用されている。

[用語7] 線維芽細胞 : 肌のハリや弾力のもととなるコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸を作り出す細胞。線維芽細胞が活発に働いている間はコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸の新陳代謝がスムーズに行われ、ハリと弾力のある瑞々しい肌を保っているが、老化や紫外線などのダメージにより、線維芽細胞が衰えて働かなくなると、新陳代謝は鈍り、コラーゲンやエラスチンが変性することで弾力を失い、ヒアルロン酸が失われることで水分が減少していく。

[用語8] クロマチン : 細胞の核内にあるDNAとタンパク質の複合体。タンパク質であるヒストンにDNAが巻きついたヌクレオソームが集まった状態。

[用語9] ヒストンH2AX : ヒストンは、タンパク質であるH2A、H2B、H3、H4が2分子ずつ集まった8量体である。このH2AのバリアントがH2AXであり、DNA損傷時にH2AXの139番目のセリンがリン酸化される。

[用語10] 継代 : 細胞の培養系から培地を取り除き、新しい培地に細胞を移す作業。

論文情報

掲載誌 :
International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics
論文タイトル :
DNA damage response after ionizing radiation exposure in skin keratinocytes derived from Human-Induced Pluripotent Stem Cells(iPS細胞由来皮膚ケラチノサイトにおける放射線照射後のDNA損傷応答)
著者 :
Tomoko Miyake, Mikio Shimada, Yoshihisa Matsumoto, Akitoshi Okino
DOI :

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“究極の対物レンズ”の設計に成功

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要点

  • 極限環境への耐性、広視野、高開口数、すべての収差の補正を並立
  • 成功の鍵は、対物レンズ設計では非主流の反射光学系
  • 生命現象の光イメージングに道筋をつける新技術

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の虎谷泰靖大学院生(当時)、藤原正規研究員(当時)、石井啓暉大学院生、石田啓太大学院生、古林琢大学院生、松下道雄准教授、藤芳暁助教の研究グループは、高い開口数[用語1]でありながらすべての収差[用語2]を補正した対物鏡「虎藤鏡=TORA-FUJI mirror」の設計に成功した。虎藤鏡では、一つ前の世代の対物鏡[用語3]で達成した1.耐環境性能、2.高開口数、3.完全な色消し[用語4]を維持しながら、新たに4.全ての単色収差[用語5]に対する補正を加えることにより、5.広視野を確保し、究極の性能が実現している。虎藤鏡の製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

同研究グループは2017年、クライオ蛍光顕微鏡[用語6]を開発し、色素1分子の三次元位置を1ナノメートル(1千万分の1 cm=1 nm)の精度で決定することに成功した。この顕微鏡の視野は数ミクロンと細胞のサイズよりも1桁小さいため、生体系への応用が困難であった。そこで、当時修士課程学生だった虎谷氏が新しい対物鏡の設計に取り組んだ。その結果、優れた光学性能を維持したまま、視野を面積比で600倍に広げることで、生物系の観察に適した「虎藤鏡」の設計に成功した。この成功の鍵は、対物レンズの設計では非主流の反射光学系[用語7]を用いたことによる。

研究成果は2019年7月15日(米国時間)に米国物理学協会誌「Applied Physics Letters(アプライド・フィジックス・レターズ)」のオンライン速報版で公開された。

研究の背景と成果

これまで分子生物学では、主に1個ないし少数の分子の立体構造を観察することで、生命の理解を深めてきた。この研究をさらに進めるためには、細胞内部の系全体を俯瞰することが大切である。なぜならば、生体機能は複数の分子が関与する多段階の現象が、ある方向性を持って進むことで発現しているからである。しかし、現在の技術では、細胞内部を分子レベルで観察することは不可能であり、もちろん、このような複数の分子のマクロな集合状態を可視化することはできなかった。そこで、同研究グループは15年間にわたり、このようなイメージングを実現できる極低温に冷却した試料の蛍光顕微鏡(クライオ蛍光顕微鏡)を独自開発してきた。その結果、2017年、色素1分子の三次元位置を1ナノメートルの空間精度で決定することに成功した。

次の目標は生体系への応用であり、これを可能にするのが「虎藤鏡」である。優れた耐環境性能(極低温~室温までのあらゆる温度、強磁場)、高い開口数(0.93)、広い視野(視野直径72 μm)、すべての収差(単色収差、色収差)の補正を並立させた極低温用反射対物レンズ「虎藤鏡」の設計に成功した。同研究グループでは、試作した虎藤鏡を用いて生体系の研究が進行中である。

「虎藤鏡」の名前は、究極のデザインを突き止めた虎谷泰靖氏と、最終図面を書いた藤原正規博士から名付けた。

研究の経緯

クライオ蛍光顕微鏡による高空間精度の観察が可能になったのは、サブオングストロームの機械的安定性と高い解像度の両立である。これを実現したのが、極低温で動作する反射型対物レンズ「クライオ対物鏡」だ。クライオ対物鏡は極低温に冷やしても室温と変わらない性能を発揮するデザインになっている。そこで、試料とクライオ対物鏡を剛性が高い一体成形のホルダーに取り付け、共に超流動ヘリウム中に浸している。

このような一体配置を用いることで、サブオングストロームの機械的安定性を確保した。さらに、クライオ対物鏡の光学性能(開口数)を極限まで高めることで、高い解像度を実現している。図1は歴代のクライオ対物鏡の写真である。初代のクライオ対物鏡(キム鏡、2005年)から数えて、虎藤鏡は九代目になる。ここまで14年かかった。

歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。
図1.
歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。

虎藤鏡の光学配置を図2に示す。虎藤鏡は球面鏡と非球面鏡からなる反射型の対物レンズである。球面鏡と非球面鏡を1個の石英ガラスの表面にアルミをコートすることで一体成形しているので、1.優れた耐環境性能(極低温から室温までの広い温度領域および強磁場での使用)と2.完全な色消し性能を実現している。さらに、非球面鏡を用いることで設計の幅が広がり、3.高開口数を維持しながら、4.全ての単色収差を補正し、5.広視野を確保している。一世代前の稲川鏡では4と5が課題として残っていた。同研究グループは設計を一からやり直し、1~5までのすべての要件を満たす虎藤鏡の設計に成功した。虎藤鏡は非球面と球面を用いた複雑な構造であるのに加えて研磨公差が厳しく、製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

虎藤鏡の光学配置と5つの特長

図2. 虎藤鏡の光学配置と5つの特長

今後の展開

近い将来、この虎藤鏡によって、前人未踏の生命現象の分子レベル可視化が実現すると考えている。ここから得られるナノレベル空間情報は、これまで人類が蓄積してきた膨大な生命科学の情報をつなげる役割をすると考えられる。そこから、生物に対する理解が一気に進み、多くの生命の謎が解けてくるはずである。

用語説明

[用語1] 開口数 : レンズの性能を表す値。空気中では1が限界であり、大きければ大きいほどレンズの解像度、光を集める効率が上がる。

[用語2] 収差 : 理想的な結像からのズレのこと。

[用語3] 対物鏡 : 鏡で構成される対物レンズ。一般には鏡の数は2枚。

[用語4] 色消し : 色による収差「色収差」の補正のこと。色収差がある集光系では、色(波長)の違いによって画像がぼける。

[用語5] 単色収差 : 単色でも起こる収差のこと。この収差があると、画像の品質が悪くなったり、視野が狭くなったりする。

[用語6] クライオ蛍光顕微鏡 : 極低温に冷やした試料からの蛍光を観察する顕微鏡。極低温下では分子の動きが完全に止めることができるため、高解像度な観察が可能になる。また、蛍光顕微鏡は1分子観察や厚みのある試料の観察が出来るので、生体試料への相性がとても良い。このため、クライオ蛍光顕微鏡は、生体内部にある個々の分子の空間情報をナノレベルで観察できる可能性を持っている。

[用語7] 反射光学系 : 鏡だけで構成された光学系。一般に対物レンズは複数のレンズを組み合わせた構成になっており、レンズの屈折を利用して光を集める。これに対して、反射光学系では、鏡を利用して光を集める。高精度な望遠鏡では主流な方法であるのに対して、顕微鏡の対物レンズでは非主流である。非主流である反射光学系から究極の性能の対物レンズのデザインが発見されたことはとても興味深い。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters
論文タイトル :
Aberration corrected cryogenic objective mirror with a 0.93 numerical aperture
著者 :
藤原正規、石井啓暉、石田啓太、虎谷泰靖、古林 琢、松下道雄、藤芳 暁
DOI :

謝辞

本研究は「JST/CREST 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括:菅野 純夫」(研究課題名「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」、研究代表者:岡田 康志)および「JST/さきがけ 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括 浜地 格)」(研究課題名「細胞内部を観る分子解像度の三次元蛍光顕微鏡」、研究代表者:藤芳 暁)、科学研究費補助金(16H04094と18K19054)の支援を受けて実施した。

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東京工業大学 理学院 物理学系

助教 藤芳暁

E-mail : fujiyoshi@phys.titech.ac.jp

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ファム・ナム・ハイ准教授がドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2019」を受賞

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工学院 電気電子系のファム・ナム・ハイ准教授が、第11回ドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2019」を受賞しました。

本賞は、日本を研究開発の拠点として活動しているドイツのグローバル企業9社による表彰で、日本の若手研究者支援と科学技術振興、そして日独の産学連携ネットワーク構築を目的としています。対象は、「材料とエネルギー」、「デジタル化とモビリティ」、「ライフサイエンス」の3部門における革新的で応用志向型の研究です。

ドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2019」受賞式の様子。(© 2019 AHK Japan)

ドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2019」受賞式の様子。(© 2019 AHK Japan)

ファム准教授はトポロジカル絶縁体を用いて、世界最高性能の純スピン注入源を開発しました。この成果は純スピン流で高速書き込みおよび高い耐久性を両立できる次世代の磁気抵抗メモリ技術である「スピン軌道トルクMRAM」の実現につながります。

純スピン流源としてこれまで使われている白金やタングステンなどの重金属は、スピンホール角が低いという問題がありました。ファム准教授がBiSbトポロジカル絶縁体に着目し、薄膜成長技術の確立および純スピン注入源としての性能の評価を行いました。その結果、室温でも超巨大なスピンホール角を示すBiSb(012)面を発見しました。さらに、BiSb 薄膜を使い、従来より1~2桁少ない電流密度で、垂直磁性膜の磁化反転を実証しました。

BiSbをスピン軌道トルクMRAMへ応用すると、データの書き込みに必要な電流を1桁、エネルギーを2桁低減でき、記録速度を20倍に、記録密度を1桁向上させて、従来の揮発性半導体メモリSRAMやDRAMを置き換えることができます。この成果は電子機器の一層の省エネ化をもたらし、数兆円に上るスピントロニクスの新産業を創製できる可能性があり、経済効果は大きいと期待されています。また、ファム准教授はBiSbを用いる超低消費電力スピン軌道トルクMRAMの量産技術の開発を精力的に行っています。産業界では、これらの研究成果を用いるプロタイプ素子の開発が始まっていて、早期実用化が期待されています。

ファム准教授のコメント

ドイツ・イノベーション・アワードという大変名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。本研究では、トポロジカル絶縁体を用いて、実用的な高性能純スピン注入源の開発に成功すること、実用化に向ける量産技術の開発および産業界との積極的な産学連携を評価していただきました。この場を借りて、共に研究を頑張った学生の皆様、共同研究・受託研究を行っている各企業および大型研究プロジェクトを支援していただいているJSTの皆様に厚く御礼を申し上げます。本技術を実用化し、電子機器の一層の省エネ化を達成できるよう、引き続き研究開発に尽力して参ります。

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お問い合わせ先

ファム・ナム・ハイ

E-mail : pham.n.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3934


地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ埋めるだけ! 熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”を開発 石油資源に依存せず、天候にも左右されにくい電気エネルギー生成方法で、エネルギー問題の解決に向け一歩前進

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要点

  • 熱源から発生する熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”の開発に成功した。
  • この“増感型熱利用発電”は、色素増感型太陽電池における光エネルギーを使って電子を励起する光励起を、熱エネルギーによる電子の熱励起に置き変えることで達成した。
  • 地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ、埋めるだけで発電する。しかも、発電は40℃~80℃と身近にあふれる温度で成功。
  • 発電終了後、熱源の下に放置しておくと、発電性能が復活する。
  • シート状のスタイリッシュな形状で実現。

“増感型熱利用発電”模式図。色素増感型太陽電池では、光エネルギーによって電子が励起されるが(光励起)、増感型熱利用発電では、熱エネルギーにより電子を励起(熱励起)し、発電する。

“増感型熱利用発電”模式図。色素増感型太陽電池では、光エネルギーによって電子が励起されるが(光励起)、増感型熱利用発電では、熱エネルギーにより電子を励起(熱励起)し、発電する。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の松下祥子准教授および三櫻工業株式会社は、熱源に置いておけば発電し、発電終了後そのまま熱源に放置すれば発電能力が復活する、増感型熱利用電池の開発に成功した。

太陽電池では光エネルギーにより生成した電子を利用するが、この電池では熱エネルギーにより生成した電子を利用する。通常、熱により生成した電子だけでは発電は生じない。熱だけの場合、半導体の中で電子は安定し、電子は移動せず電流生成に至らない。そこで、松下准教授は、熱により生成した電子と、酸化還元の化学反応を組み合わせることで発電させることに成功した。さらに、熱下でのイオンの移動を電解質内で制御することで、発電終了後そのまま熱を与え続けるだけで発電能力を復活させることができた。すなわち、本発電装置によって、熱源に埋めて、回路のスイッチをオンオフするだけで、熱エネルギーにより直接発電することが可能となった。

特に、今回、半導体として狭いバンドギャップを持つゲルマニウム(トーニック製)を使用することで、発電温度を80℃以下にまで下げることに成功。発電は40℃~80℃と身近にあふれる温度で確認されており、今後IoTセンサ用電池からクリーンで安全な地熱利用発電所の構築、そしてCO2排出量の削減、エネルギー問題の解決などに資する成果である。この成果は、2019年6月20日に英国の科学誌「Journal of Materials Chemistry A」オンライン版に掲載された。

背景

安全・安心でクリーンな熱エネルギーの有効利用が強く望まれている。中でも我が国の年間排出量76%を占める200℃以下の排熱(NEDO 2019年3月「産業分野の排熱実態調査 報告書」表8より)の有効利用は我が国の急務と言える。

通常、熱を使った発電では、地下水を水蒸気化しタービンを回す地熱発電や温度差を利用して発電するゼーベック型熱電などで発電していた。その際、エネルギー変換効率向上が課題となっており、熱エネルギーで、そのまま直接発電が可能となる技術開発が待たれていた。

研究の経緯

松下祥子准教授は、色素増感型太陽電池と呼ばれる化学系太陽電池[用語1]に着目した。色素増感型太陽電池は、色素内の光励起電荷[用語2]により電解液のイオンを酸化・還元して発電する、薄くて軽いシート状の太陽電池である。この色素内の光励起電荷を半導体の熱励起電荷に変えれば、温めるだけで発電する電池ができると予想した。また、このような熱エネルギー変換が可能ならば、冷却部不要で、熱源にデバイスを埋めて電気を得る、新しい熱エネルギー変換系の構築が可能ではないかと思いつき、熱励起電荷によるイオンの酸化・還元反応を確認した(特願2015-175037, Mater. Horiz., 2017, 4, 649–656 )。ただしこの時、発電温度は600℃であり、発電がどのように終了するのかも不明であった。

今回、松下祥子准教授ならびに三櫻工業株式会社は、半導体として狭いバンドギャップを持つゲルマニウム(トーニック製)を使用することで発電温度を80℃まで下げることに成功し、発電終了のメカニズムを明らかにした。さらには熱エネルギーにより電解質内でイオンが拡散することを利用し、発電能力を復活させることに成功した。

研究成果

今回作製した電池(サイズ約2 cm×1.5 cm、2 mm厚、重さ1.6 g、図1a)を80℃に設定した恒温槽中に設置すると、開放電圧0.37 V 、短絡電流3 μA/cm2の発電が確認された(図1b)。本電池を直列につなぐと液晶ディスプレイが点灯した。短絡電流値は高温ほど大きくなった。

80℃内での100 nAの連続放電テストでは、70時間以上の継続放電が確認された。放電終了後、そのまま80℃の恒温槽に10時間ほど放置しておくと発電性能が復活し、再び数時間程度発電した(図2)。この再放電時間は、放置時間が長くなるほど伸びた。このような放電終了・再放電サイクルは少なくとも25回以上安定して確認された。

増感型熱利用電池外観(a)とその発電性能(b)。薄くスタイリッシュで熱により発電する。

図1. 増感型熱利用電池外観(a)とその発電性能(b)。薄くスタイリッシュで熱により発電する。

“青線は発電時の、オレンジはスイッチを切った時の開放電圧値。スイッチを切ると電圧が戻り、再び発電する。

図2. 青線は発電時の、オレンジはスイッチを切った時の開放電圧値。スイッチを切ると電圧が戻り、再び発電する。

今後の展開

今後、より安価な原料の探索、ならびにroll-to-rollに組み込める作製プロセスの検討を行い、まずはIoTセンサ用電池としての社会実装を目指し、発電能力・耐久性の向上に取り組む。

地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ埋めるだけ! 熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”を開発

用語説明

[用語1] 化学系太陽電池 : イオンの酸化還元反応といった化学反応を利用した太陽電池。

[用語2] 励起電荷 : 外部からエネルギーを受けて、通常より大きなエネルギーを持つようになった電子及び正孔。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル :
A sensitized thermal cell recovered using heat
著者 :
Sachiko Matsushita*, Takuma Araki, Biao Mei, Seiya Sugawara, Yuri Inagawa, Junya Nishiyama, Toshihiro Isobe and Akira Nakajima
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

松下祥子 准教授

E-mail : matsushita.s.ab@m.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2525 / Fax : 03-5734-3355

三櫻工業株式会社 新事業開発室

E-mail : thermal@sanoh.com

Tel : 03-5793-8412

取材申し込み先

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生細胞イメージングのための新しい分子ツールを開発

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要点

  • 細胞内の目的タンパク質に特定の抗体を融合させる「エピトープタグ」技術には、生細胞に用いることができないという問題があった。
  • 遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody」を開発し、生細胞でのエピトープタグ検出を実現。
  • 目的タンパク質を即時に可視化でき、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングへの広い活用を期待。

概要

コロラド州立大学のTimothy Stasevich(ティモシー・スタセビッチ)助教授(東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHI[用語1] 特任准教授)の研究グループと東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授の研究グループ(上條航汰元大学院生、小田春佳学術振興会特別研究員、佐藤優子助教)の共同研究により、エピトープタグを生細胞において検出することができる、遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody(フランケンボディ)」が開発されました。

抗体が抗原表面のエピトープに結合するしくみを利用した「エピトープタグ」技術は、細胞内の様々なタンパク質の解析などに使われていますが、生きた細胞に用いることができないのが課題でした。今回開発された抗体プローブ「Frankenbody」は、生細胞に対してもエピトープタグ技術を利用することを可能にしました。目的タンパク質を直接標識する緑色蛍光タンパク質(GFP)では、蛍光を発するまで時間がかかりますが、Frankenbodyを使ったエピトープタグでは、目的タンパク質を即時に可視化することができます。

Frankenbodyはコスト面でも優れており、タンパク質やRNA動態のイメージングへの幅広い活用が期待されます。研究グループは今後、生細胞イメージングのツールとして用いることができる他の細胞内抗体の開発を目指しています。

この成果は2019年7月3日付でNature Communications誌に掲載されました。

研究の背景

抗体は、体内に侵入した病原を異物として検出する生体分子で、抗原(異物に含まれるタンパク質など)の表面に存在するエピトープと呼ばれる特異的な標的に結合することで機能します。抗体とエピトープは鍵と鍵穴のような関係にあると言えます。

このしくみを応用して、細胞内の様々なタンパク質に既知のエピトープを融合させ、そのエピトープと特異的に結合する抗体を用いてタンパク質を解析する「エピトープタグ」という技術が、自然科学の分野で広く用いられています。しかし、エピトープタグ技術を用いて細胞内のタンパク質の局在場所を検出するためには、細胞を化学的に固定する必要があり、生細胞内でのタンパク質動態解析[用語2]に適応できないのが課題でした。しかし、今回新たに開発された抗体プローブ[用語3]「Frankenbody」を細胞に発現させることにより、生きたままの細胞でエピトーブタグを融合したタンパク質を観察することが可能となりました。

研究成果

今回研究グループは、多くの研究者が簡便に利用できるよう、HAエピトープを標的とする、遺伝子コード型[用語4]の抗体プローブ「Frankenbody」を開発しました。ヒトインフルエンザウイルスタンパク質であるヘマグルチニン由来のHAエピトープは、9個のアミノ酸残基からなり、小さいために目的タンパク質の活性を阻害しにくいことから、これまでに広く用いられてきました(一方、緑色蛍光タンパク質(GFP)は、200個以上のアミノ酸残基から構成されており、その大きさはHAエピトープの20倍以上です)。しかしながら多くの場合、HAエピトープを結合したタンパク質は固定した細胞内においてのみ観察が可能でした。Frankenbodyを用いることで、HAエピトープを付加したタンパク質のダイナミクスを、生細胞において可視化することが可能になりました。

論文筆頭著者であり、研究の遂行に中心的な役割を果たしたStasevich研究グループの趙寧(Ning Zhao(ニン・ザオ))博士研究員は、この抗体プローブの名前の由来について、「Frankenbodyは、まるで体に新しい手足をつなぎ合わせるように、抗体の標的を特異的に認識する部位を、別の抗体の骨格に移植することで作製されました。これにより抗体の特異性を保ちながら、生細胞において機能できる抗体プローブの開発にこぎつけました」と述べています。抗体は本来、細胞の外へ分泌されるタンパク質なので、ほとんどの抗体は細胞の中では正しく立体構造を形成することができません。木村教授らは、多くの抗体を調べて細胞内で安定に機能する抗体の骨格を見つけ、Frankenbodyはこの抗体の骨格を利用して作られました。

Frankenbodyは、生細胞イメージングツールとして現在使われているGFPの短所を補う有用なツールとして期待されます。GFPは、目的タンパク質に緑色の蛍光タンパク質を遺伝的に融合し、可視化するツールとして広く用いられ、その発見と応用に対して2008年にノーベル賞が贈られました。しかし、GFPは分子サイズが比較的大きいことや、翻訳されてから蛍光を発するまでに時間を要することから、その利用が制限されることがありました。新たに開発されたFrankenbodyは、GFPに比べて非常に小さなエピトープを融合するだけで、目的タンパク質を即時に可視化することができます。これにより、目的タンパク質の誕生の瞬間をリアルタイムで捉えることも可能です。

今回発表された論文では、生細胞におけるタンパク質の1分子追跡、1分子RNA翻訳イメージング、そしてゼブラフィッシュ胚における蛍光増幅イメージングなどが実証されました。いずれの結果も従来の緑色蛍光タンパク質を融合する方法と比べ、より良い結果が得られました。

論文責任著者であるStasevich博士は、「我々は生細胞イメージングのツールとして用いることができる細胞内抗体の開発を目指しています。可視化したい目的タンパク質に結合する蛍光標識抗体を用いれば、目的タンパク質をGFPで直接標識する必要がなくなるからです」と、Frankenbodyの有用性を指摘しています。

遺伝子コード型のプローブであるFrankenbodyの可能性は無限大であり、また、コスト面でも優れているため、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングで広く活用されることが期待されます。趙博士研究員はFrankenbodyの強みについて、次のように述べています。「一般的な抗体は、作製にコストがかかるうえ、ロット間で特異性に差があるため、研究の際はこれらを考慮する必要がありました。しかし、Frankenbodyはプラスミドに遺伝的にコードされているため、そのような心配がなく、かつ他の研究グループへの配布も容易です」

Frankenbody による目的タンパク質のライブイメージング

図1. Frankenbody による目的タンパク質のライブイメージング


Frankenbody(緑色)により、核タンパク質、ミトコンドリア、ストレスファイバーや神経細胞膜タンパク質など、エピトープタグを付加したあらゆるタンパク質の局在を生細胞で観察できる。

今後の展開

本研究は東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHIによる、コロラド州立大学と東京工業大学の共同研究の成果であり、今後も両研究グループの強みを生かした研究の発展が期待されます。

Stasevich博士は今後の展開について、「今回の成功をもとに、さらにいくつかの生細胞イメージングのツールをすでに開発しています。近い将来、皆様にお届けできることを楽しみにしています」と話しています。

スタセビッチ特任准教授(左)と木村教授(右)

スタセビッチ特任准教授(左)と木村教授(右)

用語説明

[用語1] WRHI : World Research Hub Initiativeの略。東京工業大学は世界的な研究成果とイノベーションの創出により「世界トップ 10 に入るリサーチユニバーシティ」を目指し、研究所・センターなどの研究組織を集約した科学技術創成研究院を設置し、世界の研究者と学内の若手を魅了する環境整備を行う研究改革を実施している。その一環として、2016年4月、研究院内に「Tokyo Tech World Research Hub Initiative(WRHI)」を立ち上げた。海外の優秀な研究者を招へいし、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。新たな研究領域の創出、人類が直面している課題の解決、そして、将来の産業基盤の育成を目標に掲げ、「世界の研究ハブ」になることを目指している。

[用語2] タンパク質動態解析 : 生きた細胞の中や、溶液中でのタンパク質の挙動の経時変化を調べること。細胞内局在の変化や、標的への結合様式、生成・分解速度などを知ることができる。

[用語3] 抗体プローブ : 標的とする因子(タンパク質、糖、低分子化合物など)を可視化するために、抗体分子の抗原特異性を利用したもの。一般的に、抗体の抗原に対する特異性および親和性は非常に高く、また抗体分子は本来安定性の高いタンパク質であるため、可視化プローブとして優れている。

[用語4] 遺伝子コード型 : 目的のタンパク質を作るための遺伝暗号がプラスミドベクター等のDNAとして供与されること。 プラスミドベクターの細胞への導入は比較的容易であるため、遺伝子コード型プローブはペプチド型のものより応用範囲が広いといえる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A genetically encoded probe for imaging nascent and mature HA-tagged proteins in vivo
著者 :
Ning Zhao, Kouta Kamijo, Philip D. Fox, Haruka Oda, Tatsuya Morisaki, Yuko Sato, Hiroshi Kimura & Timothy J. Stasevich
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 木村宏

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Tel : 045-924-5742 / Fax : 045-924-5973

取材申し込み先

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原子スイッチ内部の金属フィラメントを「見る」ことに成功 究極のナノデバイスの機能向上に新指針

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要点

  • 原子スイッチ内部に形成される金属フィラメントを直接観測することに初めて成功
  • 原子スイッチの動作機構を原子レベルで解明することに成功

概要

東京工業大学 理学院 化学系の相場諒(博士後期課程2年)、木口学教授らのグループは、原子スイッチ[用語1]の電気特性を精密計測することで、スイッチ内部に埋もれていて、これまで確認できなかった金属のフィラメントを直接観測することに初めて成功した。

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した。このスイッチを極低温まで冷却し、電気特性を計測した。その結果、振動に由来する電気伝導度の微弱な変化から、振動エネルギーを実験的に決定できた。この振動エネルギーは、銀単体の振動エネルギーと一致し、原子スイッチ内に単体の銀のフィラメントが形成していることが明らかになった。

原子スイッチは、究極サイズの電子デバイスであり、加えて消費電力が少ない、不揮発性であるなど、既存の半導体スイッチにはない特性を多数有する次世代の電子デバイスである。原子スイッチの動作機構は、金属のフィラメントの形成と破断によって説明されているが、これまでは内部を直接確認することができず、フィラメントの組成は不明であった。本研究は、フィラメントが単体の金属であることを証明し、デバイス特性を最適化する原子スイッチの設計指針を与えた。本研究で得られた知見は、原子スイッチの動作機構の解明、機能向上へとつながる。

研究成果は2019年7月5日発行の「ACS Appl. Mater. Interfaces」にオンライン掲載された。

原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

図. 原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

背景

金属・イオン伝導体・金属の3層構造の原子スイッチは、究極サイズの次世代電子デバイスとして注目を集めている。動作機構としては、原子スイッチに電圧を与えると、電気化学反応によりイオン伝導体内に金属のフィラメントが形成されてスイッチがオンになること、逆の電圧をかけると、フィラメントが破断しスイッチがオフになることが知られている。金属フィラメントの形成と破断によって動作するため、状態保持に電源が不要であり、不揮発性のデバイスとしても注目を集めている。しかし、このフィラメントは、スイッチの動作機構に関わっていることは分かっているものの、原子スイッチのイオン伝導体層の内部に形成されていて直接観測できないため、金属単体なのか、電気を流す化合物なのかは不明であった。スイッチ内の金属フィラメントの組成を決定し、その全容を明らかにすることが、原子スイッチ研究の重要な課題となっていた。

研究成果

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを用いて、極低温においてオン状態にある原子スイッチの電流―電圧特性を計測することで、振動スペクトル[用語2]を決定した。まず、銀線を硫黄の蒸気下に置き、表面を硫化させて硫化銀層を作製した。その上に白金線を置き、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した(図1a)。図1bには、作製した原子スイッチの室温における電流―電圧特性を示す。最初のオフの状態から電圧を正に掃引すると、0.2 Vで電流が急に流れ始め(SET)、オンの状態になった。その後、そこから電圧を負に掃引すると、-0.25 Vで電流が急激に流れなくなり(RESET)、オフの状態になった。スイッチに加える電圧の極性および大きさにより、スイッチのオンオフを制御できていることがわかる。

スイッチを動作させることはできるが、SET電圧、RESET電圧が共に小さすぎるため、フィラメントの原子種を決定するための振動スペクトル計測を行うことができない。そこで、原子スイッチを冷却し、原子の運動を抑制することで、SET電圧とRESET電圧を共に±1 Vまで増加させた。

(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。
図1.
(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。

図2aには、オン状態における原子スイッチの振動スペクトルを示す。28 mVのところに急激な減少が観測され、28 meVの振動モードが存在することを意味している。比較のために、図2bに単体の銀のワイヤの振動スペクトルを示す。29 meVの振動モードが観測され、振動エネルギーが原子スイッチの振動モードの値と一致した。これから、オン状態のフィラメントが銀から構成されていることが実験的に明らかになった。

(a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

図2. (a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

振動スペクトル計測により、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチでは、オン状態では銀のフィラメントが形成していることが分かった。次に、銀または銅、硫化銀または硫化銅、白金による3通りの原子スイッチで、同様にオン状態において振動スペクトルを計測した。その結果、銅・硫化銀・白金(図3b)および銀・硫化銅・白金(図3c)の組み合わせでは、先に実験した銀・硫化銀・白金(図3a)の組み合わせと同じ28 meVに振動モードが観測され、銀のフィラメントが形成していることが分かった。一方、銅・硫化銅・白金(図3d)の組み合わせでは、36 meVに振動モードが観測された。これは単体の銅のワイヤと同じエネルギーであることから、銅のフィラメントが形成していることが分かった。以上の結果から、電極金属と硫化物層はいずれも、金属フィラメントを構成する金属の供給源であることが分かった。さらに銀と銅では、銀の方が硫化物層内を動きやすいために、銀の金属フィラメントが形成されることが明らかとなった。

組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。
図3.
組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。

今後の展開

本研究は、これまで確認できなかった原子スイッチ内部の金属フィラメントを直接観察することに初めて成功した。また、フィラメントが化合物ではなく、単体の金属であることを明らかにした。さらに、電極金属のイオン伝導体層のいずれからも、フィラメントを構成する金属が供給され、イオン伝導体層内を動きやすい金属がフィラメントを優先的に形成することも明らかにした。つまり、原子スイッチの動作電圧は、スイッチの組成のなかで最も動きやすい金属種に依存することになる。原子スイッチでは、動作電圧を小さくすることは省電力につながる。一方、情報を読み出すときに電圧を与えるので、動作電圧が小さすぎると安定性が悪くなる。今回得られた知見は、原子スイッチの目的に合わせた、最適な金属種の選択の指針になる。これにより、より高性能な原子スイッチの開発、応用展開につながることが期待できる。

用語説明

[用語1] 原子スイッチ : 上部金属・イオン伝導体・下部金属の3層構造のナノ電子デバイス。上部金属には、電気化学反応によってイオン伝導体層にイオンが溶出する、銅や銀などの金属が用いられ、下部金属には安定な白金が用いられる。例えば、銀・硫化銀・白金からなる原子スイッチにおいて、銀電極に正の電圧を与えると、電極から銀イオンが溶出して、硫化銀内を拡散し、白金電極近傍で銀イオンが過飽和になる。その後、還元反応で生じた銀の結晶が成長して、最終的には銀のフィラメントが形成し、抵抗の小さなオンの状態になる。逆に銀電極に負の大きな電圧を与えると、フィラメントに電流が流れて破断し、抵抗の大きなオフの状態になると考えられている。原子スイッチは、微小サイズ、省電力性、不揮発性に加え、放射線損傷に強いという特徴も持っており、宇宙での実証実験も行われるなど応用が進んでいる。

[用語2] 振動スペクトル : 金属の微小接点を流れる電流の電気特性を利用して、金属ナノ構造体の振動情報を得る計測方法である。金属の微小接点の両端に電圧を与えると、電極間を流れる電子が、振動を励起することでエネルギーを失う非弾性散乱現象が起こる。この非弾性散乱によって、接点の電気伝導度が減少する。電圧が低い時には電子のエネルギーが低いために散乱が起こらず、一定以上の電圧を与えた時に散乱が起こる。つまり、電気伝導度が減少した時点のエネルギーを調べることで、振動エネルギーが決定できる。伝導電子と振動の相互作用は、接点の中の最も細い部分で最も頻繁に起こるため、この計測方法でも、その部分の振動情報が得られることになる。今回の実験では、金属ワイヤで最も細い部分はフィラメント部分である。したがって、本計測法はフィラメントを直接計測できたといえる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Appl. Mater. Interfaces
論文タイトル :
Investigation of Ag and Cu Filament Formation Inside the Metal Sulfide Layer of an Atomic Switch Based on Point-Contact Spectroscopy
著者 :
A. Aiba, R. Koizumi, T. Tsuruoka, K. Terabe, K. Tsukagoshi, S. Kaneko, S. Fujii, T. Nishino, M. Kiguchi
DOI :
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お問い合わせ先

理学院 化学系

教授 木口学

E-mail : kiguti@chem.titech.ac.jp
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藤井正明教授がフンボルト賞受賞

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ハンス=クリスティアン・ペープ・フンボルト財団理事長(右)から賞状を授与される藤井正明教授。ベルリン・シャロッテンブルク宮殿で。

ハンス=クリスティアン・ペープ・フンボルト財団理事長(右)から賞状を授与される藤井正明教授。ベルリン・シャロッテンブルク宮殿で。

東京工業大学科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の藤井正明教授が、ドイツの国際学術賞、フンボルト賞を受賞しました。授賞式は6月27日、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿で行われ、藤井教授はアレキサンダー・フォン・フンボルト財団のハンス=クリスティアン・ペープ理事長から賞状を授与されました。

フンボルト賞の賞状
フンボルト賞の賞状

フンボルト賞は、ドイツ政府の国際的学術活動機関であるアレキサンダー・フォン・フンボルト財団が創設した賞で、人文、社会、理工の分野において、後世に残る重要な業績を挙げ、今後も学問の最先端で活躍すると期待される国際的に著名な研究者に対して授与されるものです。ドイツで最も栄誉のある賞とされています。

今回の受賞の対象となった主な研究は、分子クラスターのピコ秒時間分解振動分光並びに気相分光の生体分子システムへの応用です。前者は光化学反応初期課程である溶媒再配向運動や基本的な光化学反応である水素原子・プロトン移動反応を赤外スペクトルの時間変化により初めて直接リアルタイムで測定することに成功した研究です。後者はこれら気相レーザー分光の特長を生かして生体分子の分子認識機構解明に対して新たな方法論を提示したことが評価されたものです。

フンボルト賞受賞について藤井教授は次のようにコメントしています。

アレクサンダー・フォン・フンボルト先生・生誕250周年の記念すべき年にフンボルト賞を頂戴し、感激と深い感慨に浸っております。これも共に日夜研究を進めてくれた石内俊一准教授、宮崎充彦助教(現 特定准教授)、酒井誠准教授 (現 岡山理科大学教授)、歴代の博士研究員と学生の皆さん、そして長年の共同研究者であり、本賞を推薦してくださったオットー・ドッファー先生(ベルリン工科大学教授、本学WRHI特任教授)のおかげと心から感謝申し上げます。このような研究成果を得られたのは本学の研究を重視する精神と環境整備の賜物であり、 現学長であり初代科学技術創成研究院院長・益一哉先生、現院長・小山二三夫先生、久堀徹先生をはじめとする歴代の化学生命科学研究所所長の先生方、生命理工学院院長・三原久和先生、そして関係する先生方に深く感謝申し上げます。最後に、私を存分に研究させてくれた家内(今日子、2010没)といつも元気付けてくれる子供たちに感謝申し上げます

推薦者のベルリン工科大・オットー・ドッファー教授(本学WRHI特任教授)と藤井教授。授賞式レセプションで。

推薦者のベルリン工科大・オットー・ドッファー教授(本学WRHI特任教授)と藤井教授。授賞式レセプションで。

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加速度センサーの高感度化・低ノイズ化に成功 従来比で感度100倍以上、ノイズ10分の1以下

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要点

  • 積層メタル構造によりMEMS加速度センサーの高感度化・低ノイズ化に成功
  • 超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化を実現
  • 医療やインフラ診断、移動体制御、ロボットなど様々な分野をレベルアップ

概要

東京工業大学の益一哉学長(科学技術振興機構(JST)ナノエレクトロニクスCREST代表者)らとNTTアドバンステクノロジは複数の金属層で形成される積層メタル構造を用い、超低雑音・超高感度特性を有するMEMS[用語1]加速度センサーの開発に成功した。従来のMEMS技術では困難だった1マイクロ(μ)Gレベル(G=9.8 m/s2、重力加速度)の高分解能の検知を実現した。

超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化における革新的な技術であり、医療・ヘルスケア、インフラ診断、移動体制御、ロボット応用など様々な動き検知用途において新しいデバイス・システム開発につながると期待される。

同研究グループはこれまでに金材料を用いてMEMS加速度センサーの錘(おもり)を10分の1以下に小型化する手法を提案。この実績をもとに今回はMEMS構造を複数の金の層を重ねて形成することで面積あたりの錘質量を増やし、従来の同サイズセンサーに比べて感度を100倍以上に向上、ノイズを10分の1以下に低減することに成功した。

研究成果は国際学術論文誌「Sensors and Materials(センサーとマテリアル)」に掲載され、2019年7月23日にオンライン公開された。

NTTアドバンステクノロジ株式会社
本社:神奈川県川崎市、代表取締役社長:木村丈治氏、事業内容=トータルソリューション、セキュリティ、クラウド・IoT、AI×ロボティクスなど。

研究成果

東工大とNTTアドバンステクノロジの研究グループはこれまで、金材料を用いてMEMS加速度センサーの錘を10分の1以下に小型化する手法を提案している。今回はこの技術をさらに発展させて、複数の金属層から形成される積層メタル構造を錘やばねに用いることで、超低雑音・超高感度特性を有するMEMS加速度センサーを開発した。

具体的には図1に示すように、複数の金の層を重ねて錘を形成することで、面積あたりの錘質量を増やし、錘質量に反比例するノイズ(ブラウニアンノイズ)を低減した。さらに、その錘の反りを低減することで、4 mm角チップ面積を最大限利用した静電容量センサーを実現し、感度(加速度あたりの静電容量変化)を増大した。試作したデバイスの全体写真および拡大した電子顕微鏡写真を図2に示す。

以上の結果、図3に示すように、従来の同サイズセンサーと比較して感度100倍以上、ノイズ10分の1以下を達成した。これにより、超小型センサーによる1 μGレベルの検出の見通しを得た。MEMS作成には半導体微細加工技術と電解金めっきを用いており、集積回路チップ上に今回開発したMEMS構造を形成することも可能である。したがって、超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化技術として期待できる。

デバイス断面構造

図1. デバイス断面構造

試作デバイス写真

図2. 試作デバイス写真

ノイズと感度の性能比較

図3. ノイズと感度の性能比較

背景

加速度センサーはスマートフォンなどの民生市場や社会インフラ全般のモニタリング用途の拡大に伴い、今後も大幅な需要増加が見込まれる。これらの小型・量産可能な加速度センサーでは、製造プロセスが確立したシリコンMEMS技術が広く普及している。

しかし、加速度センサーの機械構造に由来する雑音は可動電極(錘)の質量に反比例するため、サイズ小型化と低雑音化にはトレードオフが生じた。さらに感度はおおよそサイズに比例するため、サイズ小型化と高感度化にもトレードオフが生じる。加速度センサーの高分解能化には低ノイズ・高感度性能が必要なため、従来の小型シリコンMEMS加速度センサーでは1 μGレベルの検出が困難であった。

今後の展開

超小型・高分解能の加速度センサーを実現することは、多種多様な動き検知用途でブレークスルーとなり得る。人体行動検知による医療・ヘルスケア技術、振動検知によるインフラ診断、ロボットの超精密制御・超軽量化、移動体制御、GPSが利用できない場所での自動航行制御システムの実現、超低加速度の振動モニタリングが必要な宇宙環境計測など様々な分野に応用できる。

また近い将来、あらゆるモノに大量のセンサーを配置する時代の到来が予想されており、その際に動作検知の最も基本となる加速度センサーの超小型化と高分解能化を実現する本技術は極めて有効であるといえる。

用語説明

[用語1] MEMS(Microelectromechanical Systems、微小電気機械素子) : 半導体微細加工技術を利用して製造したマイクロメートル寸法の三次元電子・機械デバイスの総称。現在、民生用加速度センサーの大半はシリコンを材料としたMEMS素子で作製されている。

論文情報

掲載誌 :
Sensors and Materials
論文タイトル :
A MEMS Accelerometer for Sub-mG Sensing
著者 :
Daisuke Yamane, Toshifumi Konishi, Teruaki Safu, Hiroshi Toshiyoshi, Masato Sone, Katsuyuki Machida, Hiroyuki Ito, and Kazuya Masu

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

助教 山根大輔

E-mail : yamane.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5031 / Fax : 045-924-5166

NTTアドバンステクノロジ株式会社

グローバル事業本部 プロダクトインキュベーションセンタ

E-mail : sensor@ml.ntt-at.co.jp
Tel : 046-270-3682 / Fax : 046-250-3871

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

NTTアドバンステクノロジ株式会社

経営企画部コーポレート・コミュニケーション部門

担当:加藤・須貝

E-mail : inquiry@ml.ntt-at.co.jp

生命誕生に欠かせない「区画化」の新たな起源 ポリエステル微小液滴による膜不要の区画化

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要点

  • 初期地球環境での生命誕生には、外界と生命体を隔離する「区画化」が必須と考えられている。
  • 単純な構造のαヒドロキシ酸から形成されるポリエステルの微小液滴が「区画化」の役割を担えることを実験的に示した。
  • 膜ではないポリマー液滴による「区画化」は初期生命発生の新たなモデルとなると期待される。

概要

東京工業大学 地球生命研究所(以下ELSI)のTony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)研究員、マレーシア国民大学およびプラハ化学技術大学のKuhan Chandru(クーハン・チャンドゥルー)研究員、沖縄科学技術大学院大学の本郷やよいリサーチユニットテクニシャン(研究当時・ELSI研究員)らの研究グループは、生命誕生以前の始原的な地球環境において、比較的単純な分子を原料に形成されるポリエステルの微小液滴が、分子や反応を周辺環境から「区画化」することで、生命へと向かう分子進化の重要な段階を担っていた可能性を、実験によって初めて明らかにしました。

本研究では、αヒドロキシ酸(以下αHA)水溶液を加熱乾燥すると容易にポリエステルへと重合し、このポリエステルは水系溶媒に再溶解させると直径数十マイクロメートル程度の微小な液滴を形成することを示しました。さらに、この微小液滴は、pHやイオン強度の変化に応じて合体したり、再攪拌により再び微小液滴に解離し、蛍光色素やRNA、たんぱく質を選択的に内部に隔離する性質を持つことを確かめました。

生命には、遺伝物質や代謝反応に関わる分子の散逸を防ぎ、反応を選択的に駆動させるための、周辺と自己を隔てる区画化が必要です。現生生物では脂質二重膜からなる細胞膜がこの役割を担っていることから、生命起源研究ではこれまで主に脂質膜の起源に焦点が当てられてきました。しかし、脂質膜がなくとも初期地球環境条件下で比較的容易に生じるポリマーの微小液滴が始原的な隔壁の役割を担えた可能性が本研究で明らかになりました。今後、生命誕生以前に分子や複雑な化学反応系がどのように局在し合体しながら生命へと進化したのかを解明する上で、微小液滴による区画化は新たな実験モデルとなると期待されます。

なお、本研究成果は米国東部標準時 2019 年7月22日公開の米国科学アカデミー紀要 (PNAS)の電子版に掲載されました。

研究の経緯

従来の生命起源研究では、現生生物の有する主要な分子がいつどのように生じ、どのような過程で生命の誕生へと結びついたのかが注目され、現生生物の細胞膜を構成する脂質類が「区画化 (compartmentalization)[用語1]」の機能を担う分子として研究の主な的となってきました。一方、本研究の共著者であるChandruらは以前より、初期地球環境で重合化する可能性のある分子として、本研究でも用いられた5種類のαヒドロキシ酸[用語2](以下αHA)を挙げていました。本研究グループは、生命の出現以前に存在したと思われる、より多様な非生命分子が予期せぬ形で化学反応系の進化に寄与した可能性に着目しました。実験では、単に重合反応を追跡するだけでなく、得られたゲル状の凝縮相の物性に着目して、再懸濁後の微小液滴を詳しく顕微鏡観察した結果から、膜によらない、水溶液に漂う液滴による分子や反応の区画化という仮説にいたりました。

Chandru K, et al. (2018) Simple prebiotic synthesis of high diversity dynamic combinatorial polyester libraries. Communications Chemistry 1(1). doi:10.1038/s42004-018-0031-1.

研究成果

研究グループ(図1)は、単純な構造の5種類のαHAの水溶液をそれぞれ80度で加熱乾燥すると、様々な重合度のポリエステルが生じることを質量分析により確認しました。また5種類のαHAのうち、比較的親水性の高いグリコール酸を原料とした場合を除き、重合物であるポリエステルはゲル状の凝縮相を形成しました。これを水・アセトニトリル混合溶媒に再溶解させると、直径数十マイクロメートル程度の微小液滴が生じることが確かめられました(図2)。αHAは、生命誕生以前の初期地球環境や類似環境を持つ他の天体にも遍在するとされています。水の存在下での分子の加熱乾燥と重合、その後の再溶解は、初期地球環境中でも十分起こり得る過程の一つです。以上の実験結果は、生命誕生以前の多様な化合物が混在した環境中で、様々な分子量サイズのポリエステルが生じ、水中で微小液滴として自己集積していた可能性を示唆します。

図1. 地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図1.
地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図2. αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。
図2.
αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。

この実験で形成された微小液滴には、水溶液中で合体したり消失したりするダイナミックな性質が見られました。しかし、液滴を含む水溶液の温度を90度まで上昇させたり、水で10倍に薄めたりしても、液滴は完全には消失しませんでした。また実験では、環境中で起こる水溶液の性質の変化に対して、微小液滴がどれほど耐えられるかを調べました。αHA水溶液そのものはもともと酸性ですが、ポリエステル微小液滴を含む水溶液を弱い塩基性(pH8)にしたり、塩などを加えイオン強度を増したりすると、液滴同士が合体することが観察されました。一旦合体した液滴は、再度撹拌すると再び微小液滴になることも分かりました。このような現象は、リン脂質や脂肪酸からなる膜小胞では比較的起こりにくいものです。膜ではない液滴でこうした現象が起こるということは、区画化されたミクロスケールの系どうしが、容易に分離したり再構成されることを意味します。そうした区画の分離や再構成を通じて、反応や化合物が隔離や結合を繰り返すことは、初期生命に至る反応系の進化を促進するためには都合が良かったと考えられます。

さらに、3-フェニル乳酸を重合させたポリエステルの微小液滴は、蛍光色素分子や蛍光標識化RNA、蛍光タンパク質が液滴内に選択的に取り込みました(図3)。さらに、両親媒性[用語3]の脂質を外側に集積させることも明らかになりました。蛍光標識化RNAと蛍光タンパク質は液滴内部に区画化された後も、その触媒機能や構造を保つことも確認されました。

以上から、初期地球環境では、αHAのような単純な構造の分子の混合物から、多彩な表現型(フェノタイプ)のポリマーが生じ、それらが微小液滴を形成することによって、膜を形成せずとも周辺から物質や反応を隔てる機構となり得た可能性があります。これは、区画化を必要条件とする生命起源の研究において、分子や反応系の進化を説明する新たなモデルになります。

図3. 再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。
図3.
再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。

今後の展開

水中に、水とは相容れない性質であるポリエステルの微小液滴ができると、水溶液中では起こりにくい反応が液滴内部の疎水性環境を利用して駆動される可能性があります。溶液条件の変化に伴い、微小液滴同士が合体と解離、再結合を繰り返せば、そうした反応同士が連結したり、組み替えられたり、さらには区画化された液滴同士で反応間のネットワークを生み出せる可能性もあります。またポリエステル微小液滴には、外側に両親媒性分子の層を形成する特徴的な性質が見られたことから、今後、脂質とポリエステル液滴を合わせた研究への発展も期待できます。

これまでの生命起源研究では、混合物の複雑な動的化学反応を実験的に取り扱うことは容易ではありませんでした。しかし、本研究で得られたようなポリマーからなる微小液滴間の力学を利用すれば、様々なスケールで区画化された複雑系の化学反応を扱うことができるようになり、生命発生の起源を説明する新たなモデル実験に利用できると考えられます。こうした微小液滴が、様々な生体高分子を利用した生命起源モデル構築への足がかりとなることが期待できます。

用語説明

[用語1] 区画化 (compartmentalization) : 境界、隔壁によって生命の内部を外部環境から隔てること。現在の生命は、脂質膜を使ってエネルギーや物質を外部と交換しつつも、遺伝物質や代謝物を内部に止まらせる複雑な区画化を行っている。

[用語2] αヒドロキシ酸(αHA) : カルボキシル基の隣の炭素(α炭素)が水酸基を有する酸の総称。本実験では、比較的構造が単純な乳酸、グリコール酸、3-フェニル乳酸、2-ヒドロキシ-4-メチルスルファニルブタン酸、ロイシン酸の5種類のαヒドロキシ酸が用いられた。

[用語3] 両親媒性 : 水に溶けやすい「親水基」と油に溶けやすい「親油(疎水)基」の両方を持つ分子の性質。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
論文タイトル :
Membraneless Polyester Microdroplets as Primordial Compartments at the Origins of Life
著者 :
Tony Z. Jia, Kuhan Chandru, Yayoi Hongo, Rehana Afrin, Tomohiro Usui, Kunihiro Myojo, H. James Cleaves II
DOI :

お問い合わせ先(英語のみ)

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

研究員 Tony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)

E-mail : tzjia@elsi.jp
Tel : 03-5734- 2708 / Fax : 03-5734- 3416

お問い合わせ先(日本語のみ)

沖縄科学技術大学院大学 神経進化ユニット

リサーチユニットテクニシャン 本郷やよい

E-mail : yayoi.hongo@oist.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ヒストンタンパク質の翻訳後修飾の可視化に成功 エピジェネティックマークを色で観察する細胞内抗体プローブ開発

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要点

  • ヒストン修飾の生細胞でのカラー計測に成功
  • 従来の細胞内局在変化を利用するプローブより明瞭な信号変化
  • 遺伝子活性化の可視化プローブとして、創薬などへの応用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の上田宏教授と鍾蝉伊(ショウ・ゼンイChung, Chan-I)研究員(研究当時)、木村宏教授らの研究グループは、ヒストンタンパク質[用語1]の特定の翻訳後修飾[用語2]ヒストンH3タンパク質の9番目リジンのアセチル化、H3K9ac[用語3])を生細胞内の蛍光色変化として可視化する技術の開発に成功した。

細胞内抗体[用語4]と蛍光タンパク質間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)[用語5]を用いてH3K9acをその蛍光波長変化として直接検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbody[用語6] を開発し、生きた細胞をライブイメージングすることに成功した(図)。抗原に結合することによる細胞内抗体の微妙な構造変化と、二つの蛍光タンパク質同士の距離と配向の変化により、FRET効率が顕著に向上するプローブを構築できたと考えられる。

細胞内でDNAと結合しているヒストンタンパク質の翻訳後修飾は、遺伝子の働きを制御する重要な役割を果たしている。その中でヒストンH3のアセチル化修飾は遺伝子活性化の目印として働くと考えられており、発生や分化、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の形成過程で大きく変動することが知られていたが、これまで生きた細胞内でその修飾量の変化を蛍光色で観察する技術は報告されていなかった。

この成果は7月15日に英科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックレポーツ)」にオンライン掲載された。

内在性のH3K9acを蛍光色変化として検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbodyの模式図(上)と、ヒストン脱アセチル化阻害剤トリコスタチンA (TSA)添加の有無によるプローブ発現細胞の蛍光色変化(下)

図. 内在性のH3K9acを蛍光色変化として検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbodyの模式図(上)と、ヒストン脱アセチル化阻害剤トリコスタチンA (TSA)添加の有無によるプローブ発現細胞の蛍光色変化(下)

研究成果

ヒストンH3タンパク質9番目リジンのアセチル化(H3K9ac)特異的抗体の可変領域を、両側に蛍光色の異なる2種類の蛍光タンパク質を融合させた一本鎖可変領域抗体(single-chain variable region fragment, scFv)として細胞に発現させ、 蛍光共鳴エネルギー移動型細胞内抗体プローブ(fluorescence resonance energy transfer type modification-specific intracellular antibody, FRET-mintbody)を作製した。

試行錯誤ののち、哺乳動物細胞内とその細胞抽出液を用いて構築したFRET-mintbodyがH3K9acに特異的に結合して蛍光色を変化させることを確かめた。さらに、生細胞内でのH3K9acレベルのカラーライブイメージングに成功した。この結果、同条件での蛍光観察において、mintbodyの細胞内局在変化よりも大きな色(2波長での蛍光強度比)変化を、より簡便かつ正確に定量する事に成功した。

背景

多細胞生物の体を構成する細胞では個々の細胞に特有の遺伝子が活性化している。この遺伝子発現制御には、エピジェネティック制御が重要であることが示されてきた。エピジェネティック制御とは、DNA配列の変化を伴わずに起こる遺伝子発現の制御であり、DNAのメチル化やDNA結合タンパク質であるヒストンの翻訳後修飾などにより引き起こされる。

ヒストン修飾は細胞分化過程やシグナル応答などの発現遺伝子がダイナミックに変化する際に可逆的に変化するため、特に重要な役割を果たすと考えられている。H3K9acは、がん化などの細胞増殖制御に関わる遺伝子発現活性化に関与することが報告されており、筆者のうち木村教授らは、ヒストンのアセチル化亢進に伴うプローブの細胞質から核への局在変化を指標とするH3K9ac-mintbodyプローブをすでに開発していた。しかし、この変化を蛍光色変化として検出できるプローブは開発されていなかった。

研究の経緯

タンパク質の翻訳後修飾の検出法としては、細胞を固定した後に修飾特異的抗体[用語7] を反応させる方法が最もよく用いられている。しかし翻訳後修飾の役割をより詳細に理解するためには、生きた細胞でダイナミックに変化する修飾を個々の細胞単位で調べる必要がある。木村教授らのグループはこれまで、各種修飾特異的抗体由来の生細胞プローブを開発し、生きた細胞の中で起こるヒストンタンパク質の翻訳後修飾を、蛍光顕微鏡を用いて観察するシステムを樹立してきた。

特に抗体の可変領域を蛍光タンパク質融合型scFv[用語8]として細胞内に発現させたプローブmintbodyは、遺伝子改変動物の個体レベルの解析などに応用可能であったが、修飾に伴うプローブの細胞内局在変化を検出する原理のため、蛍光強度の変化が少なく定量的評価のためには核と細胞質での蛍光定量を厳密に行う必要があった。

そこで今回、蛍光抗体プローブ構築を専門とする上田教授らにより、抗体可変領域がH3K9acに結合する事で蛍光共鳴エネルギー移動の効率が変化するプローブの構築が試みられた。この結果、同条件での蛍光観察において、脱アセチル化阻害剤トリコスタチン添加によるmintbodyの細胞内局在変化よりも大きな色(2波長の蛍光強度比)変化を、より簡便に検出することに成功した。さらにこの変化のライブセルイメージングに成功した。

今後の展開

ヒストンの化学修飾はDNA配列の変化を伴わずに起こる遺伝子発現の制御であるエピジェネティクスで重要な役割を果たしており、なかでもヒストンのアセチル化修飾は遺伝子活性化の目印として注目されている。本研究により得られたH3K9 FRET-mintbodyにより、より高い精度で生細胞での解析が可能となり、この修飾の新たな側面が見いだされることが期待できる。また、本成果は今後、他の細胞内在性抗原検出のための抗体プローブ構築の指針になると期待される。

用語説明

[用語1] ヒストンタンパク質 : 真核生物のクロマチン(染色体)を構成する主要なタンパク質。

[用語2] 翻訳後修飾 : タンパク質は細胞内で生合成された後、アセチル化、メチル化、リン酸化など様々な化学修飾を受ける。細胞内のほとんどのタンパク質はこれらの修飾により機能や活性が調節されている。

[用語3] ヒストンH3タンパク質の9番目リジンのアセチル化(H3K9ac) : 一般的にヒストンがアセチル化されると、クロマチンと DNA の結合が緩み、転写因子が結合しやすくなって遺伝子発現が増加する。特にH3K9acは、活性化された遺伝子のエンハンサーおよびプロモーター領域で検出される。このようなアセチル化はヒストン・アセチルトランスフェラーゼ(Histone acetyltransferase; HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(Histone acetylase; HDAC)によって調節されている。

[用語4] 細胞内抗体 : 本来細胞外タンパク質である抗体はジスルフィド結合が形成されない細胞内では天然の構造を形成しづらい。そのため今回は天然抗体に変異を導入し、細胞内でも安定な構造をとって機能する抗体を選択し利用した。

[用語5] 蛍光共鳴エネルギー移動 : 近接した二つの蛍光色素間を、無放射的にエネルギーが移動して励起した色素の蛍光波長が減衰し、通常より長い波長の蛍光が観察される現象。正確にはフェルスター共鳴エネルギー移動(Förester Resonance Energy Transfer, 短くFRET)と呼ばれる。今回は蛍光色素として細胞で発現可能な2種類の蛍光タンパク質(水色のCFPと黄色のYFP)を用いた。

[用語6] FRET-mintbody : FRET(fluorescence resonance energy transfer=蛍光共鳴エネルギー移動)、Mintbody(Modification specific intracellular antibody=修飾特異的細胞内抗体)

[用語7] 修飾特異的抗体 : 修飾されたアミノ酸を含む配列を特異的に認識して結合する抗体。修飾部位とその前後数残基を含むペプチドを抗原として動物を免疫し、作製することができる。

[用語8] 蛍光タンパク質融合型scFv : 一本鎖抗体scFvに通常1個の蛍光タンパク質を融合させたもの。蛍光によりその細胞内局在を観察できる。Mintbodyにおいてはヒストン修飾の増加に伴い、ヒストンがある核に局在するMintbodyの割合が増加する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Intrabody-based FRET probe to visualize endogenous histone acetylation
著者 :
Chan-I Chung1,5, Yuko Sato2, Yuki Ohmuro-Matsuyama1, Shinichi Machida3, Hitoshi Kurumizaka3,4, Hiroshi Kimura2 & Hiroshi Ueda1
所属 :
1Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
2Cell Biology Center, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
3Laboratory of Structural Biology, Graduate School of Advanced Science & Engineering, Waseda University
4Present address: Institute for Quantitative Biosciences, The University of Tokyo
5Present address: Department of Pharmaceutical Chemistry, University of California San Francisco
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 上田宏

E-mail : ueda@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5248 / Fax : 045-924-5248

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


低電圧高輝度ペロブスカイトLEDを実現 記者説明会を開催

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7月17日、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授、金正煥助教による記者説明会を大岡山キャンパスにて行いました。説明会には、7媒体、8名が出席しました。

元素戦略研究センターでは、希少元素に対する資源不安を回避するために、ブレークスルーとなる材料の創出の研究開発を行っています。今回の記者説明会では、新しく開発した亜鉛(Zn)、シリコン、酸素からなるアモルファスZn-Si-O(a-ZSO)という仕事関数(1)が小さく、しかも電子の移動度の大きな透明半導体を電子輸送層として利用することで、低電圧で高輝度のペロブスカイト(2)LEDが実現可能になったという研究成果について説明がありました。

記者説明会の様子

記者説明会の様子

開発のポイント

テレビやスマートフォンなどのディスプレイとして有機EL(エレクトロルミネッセンス)が普及してきました。有機ELは自己発光型で高い画質を提供できるという魅力があります。一方で、寿命が短く、駆動電圧が高いといった課題があり、新たな発光材料の研究開発が進められています。

ディスプレイに求められる性能として、高い解像度とありのままの色を再現できることがあげられます。色の再現性の観点から、ペロブスカイトLEDが注目されています。ペロブスカイトLEDは、高い色純度とともに、製造に溶液プロセスが使えるという利点もあります。

現在、多くの研究者が低次元ペロブスカイトの研究を行っているのに対し、細野栄誉教授と金助教は光でなく電流を注入して発光させるLEDの場合には、電子と正孔が移動しやすい3次元ペロブスカイトの方が適していると考え、電極から発光層に電子を注入するのに適した半導体であるa-ZSOと隣接させてペロブスカイトLEDを作製しました。

作製した緑色のLEDは、2.9Vで10,000 cd/m2、5Vで500,000 cd/m2の輝度を達成しました。通常のスマートフォンの最大輝度は400 cd/m2程度ですので、驚異的な明るさであることがわかります。

元素戦略研究センターの概要を説明する細野栄誉教授
元素戦略研究センターの概要を説明する細野栄誉教授

ペロブスカイトLEDについて説明する金助教
ペロブスカイトLEDについて説明する金助教

今後の展望

現状では、緑色と赤色に関しては高輝度を達成できていますが、青色については、まだ改善の余地があります。今回明らかにした概念は非常に有効であることがわかりましたので、これを応用して新たな材料を開発することで、次世代のLED誕生につながると期待できます。

(1)仕事関数

物質内の電子を外に移すのに必要な最小エネルギーの値。金属表面からの熱電子放出や、電場による電子放出は、仕事関数の大きい金属ほど起こりにくい。

(2)ペロブスカイト

ペロブスカイト構造は結晶構造の一つ。さまざまな原子が組み合わさった構造をしており、光吸収や電荷輸送促進などの性質をもつため、LEDとしての使用が検討されている。

資料

お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

藻類のオイル生産を制御する因子を同定 有用脂質生産の自在制御に向け大きな一歩

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要点

  • 藻類はリンや窒素などの欠乏時に細胞内にオイルを高蓄積
  • 藻類で栄養欠乏時に起こるオイルの高蓄積を制御する制御因子を発見
  • 制御因子の改変により、オイル生産を自在に制御する仕組みへの活用に期待

概要

東京工業大学 生命理工学院のNur Akmalia Hidayati(ヌル・アクマリア・ヒダヤティ)博士後期課程3年、堀孝一助教、太田啓之教授、下嶋美恵准教授、岩井雅子特任助教と京都大学 福澤秀哉教授、東北大学 大学院情報科学研究科 大林武准教授、かずさDNA研究所 櫻井望チーム長(現所属・国立遺伝学研究所)らの研究グループは、バイオ燃料をはじめとする有用脂質生産に活用が期待される藻類の一種「クラミドモナス[用語1]」で、リンや窒素の栄養欠乏時に起こるオイルの蓄積を制御する因子の同定に成功した。またこの制御因子は、特に栄養欠乏時の細胞内にオイルが大量に蓄積する時期に機能する主要な制御因子であることも突き止めた。

今回、種々の藻類で広く見られる栄養欠乏時のオイルの大量蓄積を制御する制御因子を見出したことで、明らかになった脂質蓄積の制御の機構や制御因子自体を、藻類で生産する有用脂質の種類や生産の時期を自在にコントロールするための仕組みづくりに活用することが期待される。

藻類はリンや窒素などの栄養欠乏時に細胞内にオイルを多量に蓄積することが広く知られている。この仕組みの解明が藻類で様々な有用脂質を自在に生産するための大きな手掛かりになると考えられていた。

研究成果は7月27日発行の英国科学雑誌「プラント ジャーナル(The Plant Journal)」に掲載された。

(注)この研究は、科学研究費基盤研究A、科学技術振興機構 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA) 「ゲノム編集による革新的な有用細胞・生物作成技術の創出」研究領域(研究総括:山本卓(広島大学教授))における研究の一環として行った。

研究の背景と経緯

これまで石油資源から生産されている様々な有用脂質を、光合成を行う藻類や植物で生産するバイオ燃料などで代替して製造し、石油資源への高い依存から脱却することが期待され、世界中で研究が進められている。中でも藻類は単位面積あたりの生産性が高いことや食用作物と競合しないという利点を持つ。

藻類が作り出すオイル(油脂、トリアシルグリセロール)は液体燃料として直接転用可能な原料となり、単位容積あたりのエネルギー効率も高いことから、ディーゼル燃料や航空燃料の代替として最適なバイオマスと期待されている。とりわけ、藻類はリンや窒素の欠乏時に細胞内に多量のオイルを蓄積することが広く知られており、その仕組みの解明に向けた研究が行われてきた。

藻類の栄養欠乏時におけるオイル蓄積を制御する仕組みを解明することができれば、その知見や制御を担う因子を活用することで、藻類で様々な有用脂質を適当な時期に自在に生産するシステムを構築することができると期待されている。しかし、特に栄養欠乏時のオイルの蓄積が顕著になる時期に油脂合成を制御する制御因子はこれまで全く同定されておらず、藻類の応用を見据えた基礎研究の推進が急務となっていた。

研究成果

太田教授らの研究グループは、モデル藻類のクラミドモナスを用いてオイル合成の最終段階を担う酵素「ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)[用語2]」の遺伝子の一つであるDGTT1[用語3]と同調的に遺伝子の発現が起こる転写因子の候補を網羅的に探索[参考1]した。その中から、特にリン欠乏条件移行後のオイルが大量に貯まる時期に強く発現する転写因子LRL1(Lipid Remodeling reguLator1)[用語4]の遺伝子を候補として見出し、解析をした。

LRL1の機能を明らかにするため、京都大学福澤研究室と共同で、遺伝子の発現が抑制された変異体を1ライン単離し、またクラミドモナスの遺伝子変異体のライブラリからLRL1の機能が抑制された変異体をもう1ライン単離して、それらの性質を詳細に解析した。その結果、変異体ではいずれもリン欠乏時にみられるオイルの蓄積が大きく抑制されていることが分かった。

さらにこれらの変異体では、栄養が十分ある際には細胞分裂が促進されて細胞のサイズが小さくなること、栄養が欠乏すると逆に細胞の増殖が抑制され、野生型に比べて細胞の色がやや薄緑色になることなどが分かった。またリン欠乏時に細胞内で不足したリンを生体膜のリン脂質から切り出して補い、リン脂質の代わりにリンを含まない糖脂質などを合成するリン欠乏時の膜脂質転換[用語5]と呼ばれる仕組みにも異常が起こっていることが分かった。

LRL1がこれらの現象に関わる遺伝子を直接制御しているかどうかを明らかにするため、タバコの葉を利用した遺伝子の一過的な発現系を用いて、藻類の転写因子が、藻類の膜脂質転換に関わる遺伝子を直接制御しているかどうかを解析した。その結果、LRL1は、クラミドモナスに存在する別の転写因子(bHLH2)と二つの転写因子の結合を促進するタンパク質(TTG1)と共同することで、リン欠乏時に起こるダイナミックな脂質代謝の変動を直接制御していることが明らかになった。

また、LRL1は、リン欠乏応答の早期に関わる転写因子として広く知られるPSR1[用語6]と同様な遺伝子を制御するが、PSR1とは異なり、リン欠乏のみならず窒素欠乏時にも発現が誘導されることから、栄養欠乏時の比較的後期に顕著にみられるオイルの蓄積や細胞分裂の抑制を制御する重要な制御因子であると考えられる。

今後の展開

今回の研究成果により、藻類の栄養欠乏時に広く見られるオイルの蓄積や膜脂質転換など脂質代謝の大きな変動(脂質転換)を制御する重要な制御因子の存在が明らかになった。今後、今回明らかになったLRL1の機能の仕組みやLRL1自体の活用により、藻類で大量生産が望まれる様々な有用脂質を必要な時期に自在に誘導蓄積する仕組みの構築が可能になることが期待される。

LRL1変異体ではリン欠乏時の生育が抑制される。

図1. LRL1変異体ではリン欠乏時の生育が抑制される。

上図:LRL1の二つの変異体、lrl1-1lrl1-2のタグ挿入部位、下図:リン欠乏時の培養の様子。lrl1-1lrl1-2では、いずれもリン欠乏時の細胞の増殖が抑制され、培養液がやや薄緑色になる。

LRL1の二つの変異体のオイルの蓄積と細胞サイズの変化

図2. LRL1の二つの変異体のオイルの蓄積と細胞サイズの変化

赤:葉緑体のクロロフィル蛍光 緑:油滴

リン欠乏条件(-P)への移行後、野生型(C9とCC4533)では細胞のサイズが肥大し、オイルの蓄積に伴い油滴の肥大や数の増加が起こるが、二つの変異体lrl1-1lrl1-2では、オイルの蓄積が抑制され、細胞のサイズも小さい。

リン欠乏時におけるLRL1の機能のモデル

図3. リン欠乏時におけるLRL1の機能のモデル

LRL1は、他の転写因子bHLH2や、制御因子の連結に関わる因子TTG1と共同してリン欠乏応答遺伝子の発現誘導に直接働いていることが明らかになった。

用語説明

[用語1] クラミドモナス : モデル藻類として様々な研究に用いられる単細胞性の緑藻。窒素やリンの欠乏時に細胞内にデンプンとオイルを多量に蓄積することから、栄養欠乏時のオイル蓄積の研究のモデルとしても広く用いられている。

[用語2] ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT) : 植物や藻類、動物など様々な生物でオイル(triacylglycerol,TAG)の合成の最終段階を担う重要な酵素。TAGの合成の前駆体であるジアシルグリセロール(グリセロール骨格に脂肪酸が2つエステル結合したもの)にさらにもう一つ脂肪酸を結合させる反応を触媒する。大きく分けてDGAT1とDGAT2の2つのタイプがある。

[用語3] DGTT1 : クラミドモナスには、5種類のDGAT2遺伝子が存在し、その中で、特に窒素やリンの欠乏時に遺伝子の発現が著しく上昇する遺伝子。

[用語4] LRL1(Lipid Remodeling reguLator1) : クラミドモナスで今回見出されたMYB型と呼ばれる転写因子の一種。MYB型の転写因子は藻類や植物、動物に広く存在することが知られており、それぞれの生き物で特定の代謝系の制御などを行うMYB型転写因子が多数存在する。それらの生き物では、MYB型転写因子をはじめとする種々の転写因子などの制御のネットワークにより、複数の代謝系や様々な生理現象が巧妙に維持されている。

[用語5] リン欠乏時の膜脂質転換 : 藻類や植物のリン欠乏時には細胞内に不足したリンを補うため、生体膜の主要構成成分であるリン脂質を分解して細胞内にリンを供給するとともに、リン脂質の代わりとしてリンを含まない糖脂質やベタイン脂質などを用いることで、リンの欠乏時への適応を行っている。また、リン欠乏時や窒素欠乏時には、細胞の増殖を抑制するとともに、栄養が十分に得られるようになった時に迅速に対応できるよう光合成で得られた余剰の炭素を貯蔵脂質(トリアシルグリセロール、オイル)として蓄積する。このような脂質代謝の変動は、生体膜とは異なり細胞質の脂質で起こるため、栄養欠乏時における膜脂質転換と合わせて「栄養欠乏時の脂質転換」と呼ばれている。

[用語6] PSR1 : リン欠乏時に起こる様々な現象を制御する中心的な制御因子。LRL1と同様MYB型の転写因子に属するが、LRL1とはサブグループが異なる。PSR1はR1型MYB、LRL1はR2R3型MYBのサブグループにそれぞれ属する。

参考情報

[1] 2016年に大林准教授、太田教授らが共同で開発した共発現データベースALCOdbを活用したものである。
Aoki Y, Okamura Y, Ohta H, Kinoshita K, Obayashi T. ALCOdb: Gene Coexpression Database for Microalgae. Plant Cell Physiology, 57, e3 (2016)

論文情報

掲載誌 :
The Plant Journal
論文タイトル :
LIPID REMODELING REGULATOR 1 (LRL1) is differently involved in the phosphorus-depletion response from PSR1 in Chlamydomonas reinhardtii
著者 :
Hidayati, Nur Akmalia; Yamada-Oshima, Yui; Iwai, Masako; Yamano, Takashi; Kajikawa, Masataka; Sakurai, Nozomu; Suda, Kunihiro; Sesoko, Kanami; Hori, Koichi; Obayashi, Takeshi; Shimojima, Mie; Fukuzawa, Hideya; Ohta, Hiroyuki
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 太田啓之

E-mail : hohta@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5736 / Fax : 045-924-5527

京都大学 大学院生命科学研究科 微生物細胞機構学分野
教授 福澤秀哉

E-mail : fukuzawa@lif.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-4298 / Fax : 075-753-9228

東北大学 大学院情報科学研究科
准教授 大林武

E-mail : obayashi@ecei.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-7161 / Fax : 022-795-7179

国立遺伝学研究所 生命情報・DDBJセンター
特任准教授 櫻井望

E-mail : sakurai@nig.ca.jp
Tel : 055-981-6895 / Fax : 055-981-9448

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

京都大学 総務部広報課 国際広報室

E-mail : comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-5729 / Fax : 075-753-2094

東北大学 大学院情報科学研究科 広報室

E-mail : koho@is.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-4529 / Fax : 022-795-5815

国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム

E-mail : infokoho@nig.ac.jp
Tel : 055-981-5873

かずさDNA研究所 広報・研究推進グループ

E-mail : kdri-kouhou@kazusa.or.jp
Tel : 0438-52-3930 / Fax : 0438-52-3931

低電圧高輝度ペロブスカイトLEDを実現

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要点

  • 高性能ペロブスカイトLED実現に向けた新概念を提案
  • 新アモルファス酸化物半導体で、励起子をペロブスカイト層内に閉じ込める
  • 5 Vで500,000 cd/m2の緑色発光素子を実現

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの沈基亨大学院生、金正煥助教、細野秀雄栄誉教授らは、近年、新たな発光材料として注目を集めているペロブスカイト型ハロゲン化物を用い、低電圧駆動で超高輝度のペロブスカイトLED(PeLED)[用語1]の開発に成功した。電極からのキャリアの注入と発光層内での移動の両方を促進するという新たなアプローチでLEDの高性能化を達成した。

開発したアモルファスZn-Si-Oは、CsPbX3[用語2] の伝導帯下端よりも浅い位置に伝導帯下端を持つことで励起子の閉じ込めが可能で、しかも高い電子移動度により効率的な電子注入が期待できる。この指針により作製されたCsPbBr3の緑色発光素子は2.9 Vで10,000 cd/m2[用語3]、5 Vで500,000 cd/m2に及ぶ低電圧超高輝度を実現した(電力効率は33 lm/W[用語4])。さらに赤色発光素子では20,000 cd/m2の世界最高輝度が得られた。この成果はPeLEDの実用化に向けた新たな方向性を提案するものである。

CsPbX3は発光中心となる励起子の束縛エネルギーが小さいので、非発光型遷移[用語5]が起こりやすく、低い発光効率の原因と考えられていた。そのため量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料[用語6]が専ら研究されてきた。しかし、低次元材料は電子や正孔が動きにくく、電流注入での発光効率が高くなりにくいという問題が生じる。今回の研究ではCsPbX3を発光層とし、これに適した電子輸送層を用いることで、電極からのキャリア注入と発光層内での移動の両方を促進する新たなアプローチでLEDの高性能化を狙った。

研究成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>によって得られたもので、7月30日(現地時間)に米国応用物理学会「Applied Physics Reviews」に掲載された。

研究の背景

近年、スマートフォーンやテレビなどに有機EL(エレクトロルミネッセンス)ディスプレイが急速に普及しつつある。有機ELは自己発光型で低温プロセスなどを特徴としており、高い画質やフレキシブルエレクトロニクスなどの観点で非常に魅力的である。しかし、短い寿命や高い駆動電圧などの弱点を伴うことが問題とされており、新たなEL用発光材料の探索が広く行われている。

ペロブスカイト型ハロゲン化物(CsPbX3、ここではX=Cl、Br、I)は、その候補として新たに注目を集めている発光材料であり、高い色純度や溶液プロセスで作製が可能などを特徴とする。近年は量子閉じ込め効果を有する低次元系のハロゲン化物が多く研究されており、従来の三次元構造のCsPbX3よりも優れたEL特性が得られるといった例が多数報告されている。

このような背景から、低次元性材料>3次元材料という関係式が当然視されている。しかし、これには非常に重要な事実が見逃されている。発光材料の評価として一般的に用いられるのは蛍光量子効率(PLQY)[用語7]である。従って、量子閉じ込め効果を有する低次元材料が高いPLQYを示すのが一般的である。しかしながら、このPLQYは光で励起した際の発光効率の値であり、電極から電子と正孔を注入して、発光体のなかで再結合して光らせるEL素子に適しているかどうかは別の話である。

つまり、いくら高いPLQYを有する発光材料だとしても、電子と正孔の供給がない限りELでは決して光らない。さらに局在性の高い低次元性材料では、有効質量が大きいため電子と正孔が移動しにくく、再結合の確率が低下するので高い効率での発光が難しい。今回の研究ではCsPbX3の持つ優れた電気的性質を利用しつつ、優れた特性を有する電子輸送層を用いて、励起子の生成濃度の増大とその閉じ込め効果によって特性の大幅な向上を試みた。

研究成果

CsPbX3は当初、太陽電池として注目された材料であり、小さい励起子束縛エネルギー[用語8]や小さい電子と正孔の有効質量を特徴とする。これは励起子が容易に電子と正孔に解離し、電極まで速やかに移動できることを示唆する。このような特性は太陽電池で高い短絡電流を得るために重要であるが、EL発光の観点からは非発光型遷移(消光)の要因になってしまう。

太陽電池とELの素子構造は非常に似ているが、実際に要求される物性が大きく違う。つまりCsPbX3のように励起子束縛エネルギーが小さい発光材料は消光確率が高く、EL素子には適さないという結果が予想される。研究グループは実際にCsPbX3の消光現象を調べるため次のような実験を行なった。

図1に示したように電子親和力[用語9]が異なる透明酸化物半導体をガラス基板上に成膜し、その上のCsPbBr3薄膜の発光特性を調べた。ここで透明酸化物半導体として当研究室が開発したアモルファスZn-Si-O(a-ZSO)を用いた[参考文献1]。a-ZSOはZnとSiの割合によって電子親和力を連続的に変化させることが可能である (図1a)。

図1bのように、PL寿命がCsPbBr3に隣接した層のエネルギー準位[用語10]に大きく左右されることが明らかである。つまり、隣接したZSO層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれよりも深いと励起子が容易に解離し、隣接層に逃げてしまうことが示唆される。

また、a-ZSOのZn/Si比が80/20に達してからは、ガラス基板上の寿命とほとんど変わらないことから、隣接層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれと同等、もしくはより浅いときには消光現象が生じないとことが分かる。一方、0次元的電子構造[用語11]を有するCs3Cu2I5[用語12] [参考文献2]では、隣接層に関係なく同様なPL特性が得られており(図1c)、これは隣接層由来の消光現象と励起子束縛エネルギーが強く相関していることを示唆する。

(a)ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO及び75ZSO薄膜の電子親和力。(b) ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO、75ZSO、及びガラスに成膜されたCsPbBr3薄膜のPL 寿命及び発光写真(励起波長:365 nm)(c)各基板に製膜したCs3Cu2I5 薄膜の発光写真(励起波長:254 nm)
図1.
(a)ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO及び75ZSO薄膜の電子親和力。(b) ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO、75ZSO、及びガラスに成膜されたCsPbBr3薄膜のPL 寿命及び発光写真(励起波長:365 nm)(c)各基板に製膜したCs3Cu2I5 薄膜の発光写真(励起波長:254 nm)

図1の実験結果からは隣接した層とペロブスカイト層とのエネルギーの違いに伴う、消光現象や励起子の閉じ込め効果を明確にみることができた。また、Zn/(Zn+Si)<80 %のZSOを用いることで、ペロブスカイト層の励起子の閉じ込め効果が期待される。そこで80ZSOを電子輸送層(ETL)に用いたPeLEDを作製した。発光層にはCsPbBr3(緑色発光)を80ZSO ETL上にスピンコート法で成膜した。

図2のように80ZSOを電子輸送層(ETL)として用いたPeLEDは2.9 V、10,000 cd/m2という低電圧駆動で、33 lm/Wの高い電力効率を示した。また、最高輝度としては5 Vで500,000 cd/m2の超高輝度が確認され、これまで報告されたPeLEDよりも非常に優れた特性を得ることができた。また、a-ZSOは成膜条件や組成によって導電性の調整が容易であるため、発光層に注入される電子と正孔の電荷バランスを制御できる。

図2bのように電導性を調整することで電力効率は7.5 lm/Wから22 lm/Wまで大きく上昇することがわかる。ペロブスカイト層と隣接した層のエネルギーアライメント[用語13]の重要性の視覚化のため、図2eのようにZSO ETL上に部分的にZnO(酸化亜鉛)を成膜した電子注入層を使ってPeLEDを作製した。その結果、ZSOと隣接している面のみが明確に発光しており、エネルギーアライメントが極めて重要であることが実証された。このコンセプトをさらに赤色や青色のPeLEDを作製し優れたEL特性を確認できた(図3d)。

この研究で得られたPeLEDの特性は、これまでに報告された低次元性ペロブスカイト発光材料を用いたLEDのそれを大きく上回っており、3次元性CsPbX3の励起子束縛エネルギーが小さくても、隣接層を用いた閉じ込め効果を得ることができれば、非常に優れたPeLEDが実現するという研究グループの戦略の妥当性を裏付ける(図3c)。

(a)PLとエレクトロルミネッセンス(EL)のスペクトル比較、(b)80ZSO薄膜を ETLを用いたPeLED素子の電圧-EL、電圧-電流特性、(c)電流効率および電力効率(d) ZSO ETLの電導性によるPeLEDのEL特性比較、(e)ZSO ETL上に“Tokyo Tech”模様のZnOを部分成膜したPeLEDの素子構造および(f)発光写真。
図2.
(a)PLとエレクトロルミネッセンス(EL)のスペクトル比較、(b)80ZSO薄膜を ETLを用いたPeLED素子の電圧-EL、電圧-電流特性、(c)電流効率および電力効率(d) ZSO ETLの電導性によるPeLEDのEL特性比較、(e)ZSO ETL上に“Tokyo Tech”模様のZnOを部分成膜したPeLEDの素子構造および(f)発光写真。
(a)発光材料の構造的次元性に伴う励起子の閉じ込め効果と電荷輸送特性のトレードオフ関係、(b)隣接層を利用した3次元性ペロブスカイトの量子閉じ込め効果の増大、(c)3次元性ペロブスカイト及び低次元性ペロブスカイトのPL特性及びEL特性の比較、(d)ZSO ETLを用いたPeLEDの最高輝度、ELスペクトル、発光写真、そしてCIE1931色空間座標。sRGB:1998年に国際標準化団体のIEC(国際電気標準会議)が決めた色再現範囲、現在使われているディスプレイほとんどがsRGBの色再現性を示す。一方、本研究で作製されたPeLEDはこのsRGBよりも極めて広い領域での色再現が可能であることがわかる。
図3.
(a)発光材料の構造的次元性に伴う励起子の閉じ込め効果と電荷輸送特性のトレードオフ関係、(b)隣接層を利用した3次元性ペロブスカイトの量子閉じ込め効果の増大、(c)3次元性ペロブスカイト及び低次元性ペロブスカイト[参考文献3]のPL特性及びEL特性の比較、(d)ZSO ETLを用いたPeLEDの最高輝度、ELスペクトル、発光写真、そしてCIE1931色空間座標。sRGB:1998年に国際標準化団体のIEC(国際電気標準会議)が決めた色再現範囲、現在使われているディスプレイほとんどがsRGBの色再現性を示す。一方、本研究で作製されたPeLEDはこのsRGBよりも極めて広い領域での色再現が可能であることがわかる。

今後の展開

本研究からは高性能PeLEDを実現するための有効な指針を得たと考えている。今後は同様な概念に基づき、新たな発光材料の探索に繋げていくことが何よりも重要だと考えている。

用語説明

[用語1] ペロブスカイトLED(PeLED) : ペロブスカイト構造を持つCsPbX3発光材料からなるEL素子のこと。

[用語2] CsPbX3(X=Cl、Br、I) : 通常のぺロブスカイト構造をとる物質で、太陽電池材料としてよく研究されている。

[用語3] cd/m2 : カンデラ毎平方メートル、国際単位系(SI)における輝度の単位。

[用語4] lm/W : ルーメン・パー・ワット。全光束を消費電力で割った数値。1ワットあたり、どれだけの光束を発生させることができるかを示す特性値。

[用語5] 非発光型遷移(消光) : 子と正孔が再結合すると発光するが、欠陥や不純物があると、再結合のエネルギーが発光以外のエネルギーとなり発光に至らない。

[用語6] 量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料 : 電子、正孔、あるいは正孔と電子が対になった励起子が0、1あるいは2次元のポテンシャルのなかに閉じ込めることができる発光材料。電子と正孔の再結合によって発光が生じるので、高い発光効率が得られる。

[用語7] 蛍光量子効率(PLQY) : 外部から光をあてることで発光する効率で、発光する光子の数/あてる光子の数。

[用語8] 励起子束縛エネルギー : 励起子は電子と正孔が対をつくった状態(励起子)から電子と正孔に解離させるのに必要なエネルギー。

[用語9] 電子親和力 : 真空準位から測った伝導帯下端(最低非占有分子軌道)までのエネルギー差。

[用語10] エネルギー準位 : 電子の軌道が持つエネルギー。

[用語11] 0次元的電子構造 : 電子の存在する場所が原子の大きさと同じくらい狭い領域になっており、「点」と見做すことができるような構造のこと。

[用語12] Cs3Cu2I5 : 発光するサイトであるCu-Iが0次元的に閉じ込められている結晶。青色発光し、90 %という高い蛍光量子効率を示す。

[用語13] エネルギーアライメント : 真空準位を基準に伝導帯の底と価電子帯の頂上のエネルギーを様々な物質で並べたもの。異なる物質を接触したときに電子や正孔がどちらに移動するかが判断できる。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Review
論文タイトル :
Performance Boosting Strategy for Perovskite Light-Emitting Diodes
著者 :
Kihyung Sim, Junghwan Kim, Taehwan Jun, Joonho Bang, Hayato Kamioka, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono(上岡隼人氏の所属は日本大学 文理学部、他は東京工業大学)
DOI :

参考文献

[1] H. Hosono, J. Kim, Y. Toda, T. Kamiya, S. Watanabe, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 233 (2017): N.Nakamura, J. Kim, and H.Hosono, Adv. Electron. Mater., 4, 1700352, (2018).

[2] T. Jun, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, H. Kamioka, J. Kim, H. Hosono, Adv. Mater. 30, 1804547 (2018).

[3] Y. Tian, C. Zhou, M. Worku, X. Wang, Y. Ling, H. Gao, Y. Zhou, Y. Miao, J. Guan, B. Ma, Adv. Mater. 30, 1707093 (2018).

お問い合わせ先

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E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
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東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

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本学名誉教授ら4名が電子情報通信学会の2018年度業績賞などを受賞

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電子情報通信学会はこのほど、電子工学および情報通信に関する学術または関連事業の業績を表彰する2018年度の選奨を発表し、東京工業大学からは松澤昭名誉教授、工学院 電気電子系の岡田健一教授、科学技術創成研究院の小山二三夫教授の3名が業績賞を、荒井滋久名誉教授が教育功労賞を受賞しました。業績賞の表彰式は6月6日、教育功労賞の表彰式は3月21日に行われました。

本学の受賞者を紹介します。

業績賞

電気情報通信学会の選奨規定によると、業績賞は「電子工学及び情報通信に関する新しい発明、理論、実験、手法などの基礎的研究で、その成果の学問分野への貢献が明確であるもの」「電子工学及び情報通信に関する新しい機器、又は方式の開発、改良、国際標準化で、その効果が顕著であり、近年その業績が明確になったもの」など3分野の業績を表彰します。

  • 松澤昭 名誉教授、岡田健一 工学院 電気電子系 教授 :
    「CMOSミリ波無線機の先導的研究開発」
  • 小山二三夫 科学技術創成研究院 教授 :
    「垂直共振器型面発光レーザの実用化への貢献および機能構造集積化の研究開発」
  • 松澤昭 名誉教授
    松澤昭 名誉教授
  •  岡田健一 教授
    岡田健一 教授
  •  小山二三夫 教授
    小山二三夫 教授
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教育功労賞

教育功労賞は「電気情報通信学会の教育に関わる組織活動において特に大きな功労が認められた個人」を表彰します。

  • 受賞業績 : 「レーザ・量子エレクトロニクス研究会活動を通じた若手研究者教育への貢献」
  • 受賞者 : 荒井滋久 名誉教授
  • 荒井滋久 名誉教授
    荒井滋久 名誉教授

推薦理由については、電気情報通信学会ウェブサイトの2018年度各賞受賞者ページouterの名誉員欄にある「Click」からご覧ください。

お問い合わせ先

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鼻の中でタイプの異なる匂いセンサーができる仕組みを解明 遺伝子制御で匂いの感じ方が大きく変化

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要点

  • 水棲型と陸棲型のタイプの異なる匂いセンサーができるメカニズムを解明
  • たった一つの遺伝子の制御でマウスが感じとる「匂いの世界」は大きく変化
  • 水棲から陸棲へ、匂い感覚の陸棲適応を解明する手がかりを見出す

概要

東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授と榎本孝幸研究員(研究当時)らは、生命理工学院の梶谷嶺助教、伊藤武彦教授、米国モネル化学感覚研究所の松本一朗博士らと共同で、鼻の中でタイプの異なる2種類の匂いセンサー細胞(嗅神経細胞)が作り出されるメカニズムを世界で初めて明らかにした。

様々な匂い物質を感知する嗅覚受容体はゲノム上で最大の遺伝子ファミリー[用語1]を形成している。嗅覚受容体ファミリーは、魚類から哺乳類に至る脊椎動物に共通して存在するクラスI(水棲型)と陸棲動物に特異的なクラスII(陸棲型)の2種類に大きく分類される。つまり鼻の中では発現する受容体のタイプによって異なる2種類の嗅神経細胞が作り出されるが、そのメカニズムは長年未解明のままだった。

今回研究グループは、2種類の嗅神経細胞[用語2]を作り分けるのに必要な転写因子[用語3]を発見し、その生体内での機能を明らかにして、2タイプの嗅神経細胞ができる仕組みを解明した。さらに、この転写因子の発現を人為的に操作するだけで、鼻の中が主に水棲型の嗅神経細胞もしくは陸棲型の嗅神経細胞からなるマウスの作出に成功した。興味深いことに、水棲型と陸棲型のバランスが崩れたマウスは、例えば、食べ物の腐った臭いに極端に敏感になる一方、天敵の臭いをあまり嫌がらなくなるなど、感じとる「匂いの世界」が大きく変化することがわかった。

研究成果はSpringer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)社の科学誌『Communications Biology』(オンライン版)に8月7日に公開された。

研究の背景

嗅覚は環境中の匂い物質を感知し、食物探索・天敵からの回避・生殖など個体の生存や種の保存に必要な行動を誘導する重要な感覚である。多種多様な匂い物質を受容する嗅覚受容体はゲノム上最大の遺伝子ファミリーを形成し、その数はマウスで約1,100個にも及び、実にマウスの全遺伝子の約5%を占める(ヒトでは約400個、ヒト全遺伝子の約2%)。

この巨大な嗅覚受容体ファミリーは、大きくクラスI型とクラスII型の2種類に分類される。クラスIは「魚類から哺乳類に共通したタイプ(水棲型)」で水に溶けやすい親水性の匂い分子を、クラスIIは「陸棲動物特異的なタイプ(陸棲型)」でより水に溶けにくい疎水性の高い匂い分子を受容すると考えられている。

両者は神経解剖学的にも明確に区別される。クラスI嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞(クラスI嗅神経細胞)は嗅上皮[用語4]の背側に限局して存在し、嗅球(脳の一部)の背側領域に神経接続する。一方、クラスII嗅神経細胞は嗅上皮全体に分布するが、嗅球のクラスIより腹側の領域に接続する。

嗅神経細胞が作り出される過程では、細胞はまずクラスIかクラスIIかのいずれかの運命を選択し、その運命決定に従い、対応するクラスの嗅覚受容体レパートリーから、1種類の受容体のみを選択的に発現する。こうして嗅神経細胞は発現する嗅覚受容体が異なる多様な個性を有する細胞集団として産生される。

この多様性こそが複雑な匂い情報の感知・識別を可能にする分子基盤を形作っている。リンダ・バック(Linda・Buck)とリチャード・アクセル(Richard・Axel)の嗅覚受容体の発見(2004年ノーベル生理学医学賞)以降、嗅神経細胞における「1細胞1受容体」の発現機構の解明が大きく進展してきた一方で、その前段階である「嗅覚受容体のクラス選択」は嗅覚機能の基盤をなす重要なプロセスであるにもかかわらず、その分子メカニズムは長年未解明のままだった。

研究成果

(1)嗅覚受容体のクラス選択を制御する転写因子の発見

細胞の運命決定は転写因子と呼ばれるタンパク質によって制御されることが知られている。今回、研究グループは「嗅覚受容体のクラス選択は、クラス特異的に発現する転写因子によって制御される」との仮説のもと、トランスクリプトーム解析[用語5]を通じてクラスII嗅神経細胞のみに発現する転写因子Bcl11bを同定した。

この転写因子Bcl11bの機能を明らかにするために、マウスにおいてBcl11b遺伝子を欠損させたところ、変異マウスの鼻の中ではクラスI嗅神経細胞の数が大幅に増加し、一方クラスII嗅神経細胞の数が激減していることを見出した(図1)。逆にすべての嗅神経細胞にBcl11bを強制的に発現させたところ、今度はクラスI嗅神経細胞がほぼ消失してしまった。

つまり嗅神経細胞は、Bcl11b非存在下ではクラスIの運命を選択し、Bcl11b存在下ではクラスIの運命選択は抑制され、クラスIIの運命選択が可能になることが示された。この一連の実験により、嗅覚受容体のクラス選択を制御する転写因子がBcl11bであることを世界で初めて明らかにした。

では、Bcl11bがクラスIの運命選択(クラスI嗅覚受容体の発現)をどのように抑制しているのか。今回の研究は、その分子メカニズムも解明した。ゲノム上に長大な単一の遺伝子クラスター[用語6]を形成するクラスI嗅覚受容体遺伝子の発現は、J-エレメント[用語7]と名付けられた超長距離作用性のエンハンサー[用語8]によって制御されることが同研究グループによって明らかにされている(Iwata et al., Nature Communications 2017)。今回の研究のBcl11bとJ-エレメントの機能相関を明らかにする実験から、Bcl11bがJ-エレメントのエンハンサー活性を負に制御することで、クラスI嗅覚受容体の全体の遺伝子発現を抑制していることが明らかになった。

図1.転写因子Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の制御

図1. 転写因子Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の制御


(A)転写因子Bcl11bを欠損したマウス(Bcl11b-/-)の嗅上皮では、嗅神経細胞の多くがClass I嗅覚受容体(Class I OR)を発現し、Class II嗅覚受容体(Class II OR)の発現は激減する。
(B)嗅神経細胞の脳(嗅球)への投射領域はBcl11bの欠損によって大きく変化する。コントロールでは、Class I嗅神経細胞は嗅球の最も背側の特定の領域(黄色の蛍光)に投射し、Class II嗅神経細胞はそれを避けた部分(青色の染色)に投射する。Bcl11b欠損によって水棲型の鼻になったマウス(Bcl11b-/-)では、嗅球のほとんどがClass I嗅神経細胞(Class I OSN)で支配され、Class II嗅神経細胞(Class II OSN)の軸索投射はほとんど認められなくなる。

(2)水棲型の鼻と陸棲型の鼻〜遺伝子制御で匂いの感じ方をコントロール

研究グループは嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムを明らかにしたことで、人為的に転写因子Bcl11bの発現を制御することで嗅神経細胞の運命をコントロールできることを示した。その結果、主にクラスI嗅神経細胞からなる水棲型の鼻をもったマウス(図1)と、主にクラスII嗅神経細胞からなる陸棲型の鼻をもったマウスを作り出すに成功した。

これら遺伝子改変マウスが感じる「匂いの世界」がどのように変わるのかを明らかにするために、2種類の匂い物質を用いて、マウスの匂いに対する行動を解析した。用いた匂い物質は、クラスI嗅覚受容体が感知するとされる腐敗臭の原因物質2-メチル酢酸、もう1つはクラスII嗅覚受容体が感知すると考えられている天敵臭TMT(トリメチルチアゾリン)である。

野生型マウスは両方の臭いを嫌がる行動を示すが、興味深いことに、水棲型の鼻をもったマウスは腐敗臭を極端に嫌がる一方で、天敵臭をあまり嫌がらなくなった(図2)。逆に陸棲型の鼻のマウスは、腐敗臭をあまり嫌がらなくなり、天敵臭は野生型と同様に嫌がることがわかった。つまり鼻の中の異なる2つのタイプの嗅神経細胞のバランスが崩れることで、マウスが感じる匂いの世界は大きく変わることがわかった。

図2.Bcl11bの機能欠損変異と機能獲得変異によってマウスが感じる匂いの世界は大きく変化

図2. Bcl11bの機能欠損変異と機能獲得変異によってマウスが感じる匂いの世界は大きく変化


通常、野生型のマウスの鼻はClass I(水棲型)が15%、Class II(陸棲型)が85%を占める。Bcl11b機能欠損変異(Bcl11b cKO)マウスではほぼClass I嗅神経細胞が占める水棲型の鼻に、一方、Bcl11b機能獲得変異(Bcl11b Overexpression)マウスの鼻からはClass I嗅神経細胞がほぼ消失し、陸棲型(Class II)の鼻となる。水棲型の鼻をもったマウスは、腐敗臭(2MBA)を極度に嫌がり、壁をよじ登って逃げようとする(点線)一方で、天敵臭(TMT)はあまり嫌がらなくなる。陸棲型の鼻をもつマウスは腐敗臭をあまり嫌がらなくなってしまう。

(3)本発見の生物学上の意義〜嗅覚の陸棲適応のメカニズムの解明へ

比較的変化の少ない水中の環境と比べて、陸上の環境は多種多様で変化に富んでいる。水棲から陸棲への進化の過程で動物を取り巻く環境は大きく変化し、その結果クラスII(陸棲型)嗅覚受容体が陸棲動物特異的にその数を爆発的に増やし、分子進化したと考えられている。すなわち嗅覚の陸棲適応である。

今回解明したBcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムは、嗅覚の陸棲適応時に動物が獲得した可能性が考えられる。この仮説を検証するために、単一の個体で水棲から陸棲へと生活環境を変える両生類のカエルに着目した。これまでの研究から、水中で生活するオタマジャクシの鼻にはクラスI(水棲型)嗅覚受容体のみが発現している。成体のカエルの鼻では、空中にでる部分(air nose)にクラスII(陸棲型)嗅覚受容体が、水に浸かっている部分(water nose)にクラスI(水棲型)嗅覚受容体が発現する。

転写因子Bcl11bのカエルでの発現パターンを解析したところ、水中で生活するオタマジャクシの嗅神経細胞ではBcl11bは発現しておらず、変態期になって初めて将来air noseとなる部分でBcl11bが発現し始め、成体となったカエルではクラスII嗅神経細胞が存在するair noseにのみにBcl11bが発現していることがわかった(図3)。これは、Bcl11bが嗅覚の陸棲適応に深く関わっていることを示唆する結果であり、今回の研究成果の生物学的、進化学的重要性を示すものとなっている。

図3.Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択と嗅覚の陸棲適応モデル

図3. Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択と嗅覚の陸棲適応モデル


転写因子Bcl11bはClass II嗅神経細胞特異的に発現する。本研究によってBcl11bは水棲型のClass I嗅覚受容体の発現を抑制することで、陸棲型のClass II嗅覚受容体の発現を可能にすることが明らかになった。Class II嗅覚受容体は陸棲動物特異的な受容体であることから、この分子メカニズムは嗅覚の陸棲適応を解く鍵になると考えられる。実際、オタマジャクシ(水棲)からカエル(両棲)への生活環境の変化に伴い、Bcl11bは空中にでる鼻においてClass II嗅覚受容体と共発現しており、嗅覚の陸棲適応との相関が認められた。

今後の展開

研究グループは、嗅覚受容体の発見以来、四半世紀以上未解明であった嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムを明らかにした。さらに末梢神経である嗅神経細胞の運命を変えるだけでマウスが感じる匂いの世界と嗅覚行動は大きく変化することを示した。しかし、嗅覚受容体のクラス選択、つまり末梢から中枢への感覚入力の変化が、脳内の神経回路形成や情報処理に及ぼす影響はブラックボックスのままである。

今後、Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の遺伝学的操作を通じ、これらを明らかにすることで、嗅覚受容体クラス選択と動物の嗅覚行動を繋ぐ神経基盤が解明できるものと期待される。

論文情報

掲載誌 :
Communications Biology
論文タイトル :
Bcl11b controls odorant receptor class choice in mice
著者 :
Takayuki Enomoto, Hidefumi Nishida, Tetsuo Iwata, Akito Fujita, Kanako Nakayama, Takahiro Kashiwagi, Yasue Hatanaka, Hiro Kondo, Rei Kajitani, Takehiko Itoh, Makoto Ohmoto, Ichiro Matsumoto, and Junji Hirota*
DOI :

用語説明

[用語1] 遺伝子ファミリー : 進化上同一の祖先遺伝子に由来すると考えられる、配列や機能が類似した遺伝子群。嗅覚受容体遺伝子ファミリーは、7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体という特徴を共有する巨大ファミリーである。

[用語2] 嗅神経細胞 : 鼻腔内で匂いを感知する器官(嗅上皮)に存在し、匂い物質の感知に特化した神経細胞。一つの嗅神経細胞は膨大な嗅覚受容体ファミリーから一種類のみを選択的に発現する。

[用語3] 転写因子 : ゲノムDNA上の特定の塩基配列に結合するタンパク質の総称。転写因子は、DNAが有する遺伝情報の読み出しを促進、または逆に抑制し、遺伝子発現を調節する。

[用語4] 嗅上皮 : 鼻腔の上部にある嗅覚器官。匂いを感知する嗅神経細胞があり、粘膜に覆われている。

[用語5] トランスクリプトーム解析 : 特定の細胞や組織で発現している遺伝子を網羅的に解析すること。数千から数万の遺伝子を一度にプロファイリングして、細胞機能の全体像を把握するための解析。

[用語6] 遺伝子クラスター : 同様の機能を有する多数の遺伝子が、染色体上の同じ位置に直列して位置している状態(遺伝子集団)。クラスI嗅覚受容体遺伝子クラスターは、129個の遺伝子が約300万塩基対の範囲内に密集して存在する、極めて巨大な遺伝子クラスターの1つ。

[用語7] J-エレメント : クラスI嗅覚受容体遺伝子の発現を制御する転写調節領域(エンハンサー)。J-エレメントはクラスI嗅覚受容体クラスター全体を制御し、制御する遺伝子の数とゲノム上の距離において、これまでに類をみない規模で遺伝子発現を調節する。

[用語8] エンハンサー : ゲノム上には、タンパク質をコードする遺伝子領域のほかにも様々な機能を持つ配列が存在する。その一つである「エンハンサー」は、遺伝子発現を促進する配列として、遺伝子が発現するタイミングや組織を規定する。

謝辞

本研究は文部科学省科研費「新学術領域研究」(JP21200010、18H04610、19H05256)、日本学術振興会科研費「基盤研究C」(JP20570208、JP16K07366)、「基盤研究B」(JP19H03264)、「若手研究B」(JP25840085、JP16K18361、17K14932)、千里ライフサイエンス財団、稲森財団、住友財団、倉田記念日立科学技術財団の支援を受けて行われた。

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東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター

准教授 廣田順二

E-mail : jhirota@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5830 / Fax : 045-924-5832

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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