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オートファゴソームに脂質を供給する仕組みを解明 オートファジーにまつわる数十年来の謎が明らかに

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要点

  • オートファジーにおいて、分解対象を包む袋状の膜(オートファゴソーム)が作られる際の材料(リン脂質)がどのように供給されるのか、これまで分かっていなかった
  • たんぱく質Atg2がリン脂質を直接輸送する活性を持ち、オートファゴソーム前駆体にリン脂質を供給することで膜伸長を起こすことを発見した
  • オートファゴソーム形成の分子機構が明らかとなり、オートファジーを制御する特異的制御剤の開発が加速すると期待される

概要

微生物化学研究所の野田展生 部長、大澤拓生 博士研究員らは、オートファジーを担うたんぱく質群の1つであるAtg2が2つの脂質膜[用語1]の間で脂質の輸送を担う活性があることを発見し、その活性がオートファゴソーム[用語2]を作るための脂質供給を行うことを明らかにしました。

細胞内のたんぱく質を分解する仕組みの1つであるオートファジーにおいて、オートファゴソームの形成は分解対象を決定する極めて重要なステップですが、オートファゴソームを作るための脂質供給の仕組みはこれまで分かっていませんでした。

本研究グループは、オートファゴソームの前駆体膜(隔離膜)と小胞体膜の接点に局在するAtg2が、リン脂質[用語1]を収容するポケットを持つことをX線結晶構造解析法[用語3]で明らかにしました。さらに試験管内でAtg2の活性を調べた結果、Atg2が2つの膜をつなぎ止め、両者の間でリン脂質の輸送を担う活性を持つことを明らかにしました。そしてこの活性を失った変異体は酵母におけるオートファジーを強く阻害しました。以上の結果から、Atg2は脂質輸送を担う新奇たんぱく質であり、その活性を用いて小胞体などの細胞内脂質膜からオートファゴソーム前駆体へと脂質を直接輸送し、オートファゴソームの形成に働くという全く新しい仕組みが明らかになりました。

本研究により、オートファジーの要であるオートファゴソームの形成過程の基本原理が明らかとなり、今後のオートファジーの特異的制御剤の開発に向けた基盤となることが期待されます。

本研究は、東京工業大学の大隅良典 栄誉教授、中戸川仁 准教授、小谷哲也 研究員、および東京大学の鈴木邦律 准教授のグループと共同で行いました。

本研究成果は、2019年3月25日(英国時間)に英国科学誌「Nature Structural& Molecular Biology」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:田中啓二 東京都医学総合研究所 理事長)
研究課題名:
「オートファジーの膜動態解明を志向した構造生命科学」
研究代表者:
野田展生(微生物化学研究会 微生物化学研究所 部長)
研究期間:
平成25年4月~平成31年3月

JSTは本領域で、先端的ライフサイエンス領域と構造生物学との融合により、ライフサイエンスの革新につながる「構造生命科学」と先端基盤技術の創出を目指します。

上記研究課題では、オートファゴソーム形成に働くたんぱく質群が膜の上で繰り広げる相互作用を構造生物学的に明らかにすることで、オートファゴソーム形成機構の分子論的解明を目指します。

研究の背景と経緯

オートファジーは細胞内の主要な分解経路であり、有害なたんぱく質凝集体や傷ついたミトコンドリアなどの分解を通して、細胞の恒常性維持に働いています。そしてオートファジーの異常は神経変性疾患やがんなど、重篤な疾病を引き起こすことが知られています。すなわち生体にとって極めて基本的かつ重要な現象であり、そのメカニズムを知ることは疾病の治療・予防法の開発のために欠かせません。オートファジーの最大の特徴は、オートファゴソームと呼ばれる二重膜のオルガネラを新たに作り出す点にあります。オートファゴソームに包まれたものは全て細胞内分解の場所であるリソソームへと運ばれ分解されることから、オートファゴソームを作る過程がオートファジーによる分解対象を決定づけます。しかしオートファゴソームの形成過程は、依然として多くの謎に満ちており、中でもオートファゴソームの膜を作るための材料であるリン脂質の供給方法は全く分かっていませんでした。

リン脂質の供給源には、小胞体が有力な候補として挙げられています。しかしリン脂質は不溶性であり、細胞質を自由に移動できないことから、それをオートファゴソーム形成の材料として使うためには何らかの移動手段が必要になると考えられていました。

研究の内容

オートファゴソームの形成は、多くのAtgたんぱく質[用語4]が担っています。本研究グループは、Atgたんぱく質のうち、伸長中のオートファゴソーム前駆体(隔離膜)と小胞体の接点に局在することが知られているAtg2に着目し、その構造と機能の解明を進めました。まずX線結晶構造解析法を用いて、Atg2の一部分の立体構造を初めて高分解能で決定することに成功しました。その結果、Atg2には大きな疎水性のポケットがあること、そのポケットを使ってリン脂質を脂質膜から引き抜き、収容できることを見いだしました。

オートファゴソーム形成過程の模式図

図1. オートファゴソーム形成過程の模式図

オートファジーが誘導されると、細胞質中に突如膜構造が出現し(隔離膜)、それが分解対象を包み込みながら伸長し、閉じてオートファゴソームとなる。隔離膜が伸長するためには膜の材料となるリン脂質が必要であり、小胞体などから供給されると考えられてきたが、その運び方はこれまで謎であった。

次にAtg2が持つ機能を試験管内で調べました。蛍光脂質を組み込んだ人工脂質膜(リポソーム)を用いた解析の結果、本研究グループはAtg2がリポソーム同士をつなぎ止めるとともに、つなぎ止めたリポソーム間でリン脂質の受け渡しをするという新奇活性を持つことを世界で初めて明らかにしました。このリン脂質の受け渡し活性は、Atg2の特定のアミノ酸に変異を入れることで失われますが、同じ変異を酵母内のAtg2に入れたところ、オートファゴソームが形成できないことが分かりました。すなわち試験管内で見られたAtg2の脂質輸送活性は、実際のオートファジーにおけるオートファゴソームの形成に働いていることが明らかとなりました。Atg2は小胞体と隔離膜の接点に局在することから、小胞体からリン脂質を引き抜き、直接隔離膜へと輸送することでオートファゴソーム形成のための材料を提供していると考えられます。またオートファゴソームの膜は通常のオルガネラには豊富に見られる膜たんぱく質がほとんど含まれないという特徴があります。それは長年の謎でもありましたが、Atg2はリン脂質のみの移動を許可し、他のたんぱく質などが隔離膜へ流入するのを防ぐ役割も担っていると考えられます。

従来、オートファゴソーム形成のためのリン脂質供給の仕組みとして、小胞輸送を介したモデルや、小胞体膜が直接隔離膜につながることで脂質が移動するモデルなどが考えられてきました。今回明らかとなった、新奇脂質輸送たんぱく質であるAtg2を介したリン脂質の供給は、オートファゴソーム形成の仕組みとして全く考えられてこなかったものであり、オートファジーの基礎研究に劇的な変化を起こすような、画期的な成果であると考えられます。

Atg2による小胞体から隔離膜へのリン脂質の供給モデル

図2. Atg2による小胞体から隔離膜へのリン脂質の供給モデル

Atg2は伸長中の隔離膜の先端に局在し、小胞体と隔離膜をつなぎ止める。さらにAtg2は小胞体からリン脂質を引き抜き、それを隔離膜側へと送り込むことで隔離膜伸長を引き起こす。Atg2はまた、小胞体の脂質以外の成分(膜たんぱく質など)が隔離膜に流入するのを防ぐ役割も担っていると考えられる。

今後の展開

オートファジー分野における積年の課題であった脂質供給機構が明らかになったことで、オートファゴソーム形成の分子機構の完全理解に向けた研究が加速されることが期待されます。そしてオートファゴソーム形成機構の理解が深まることで、オートファジーの人為的制御を介したさまざまな疾病の治療・予防法の開発研究が促進されることが期待されます。さらに今回見いだした「たんぱく質を介した脂質輸送による脂質膜の新生」は、オートファジー分野のみならず、細胞生物学全般において初めて明らかとなった現象であり、細胞生物学の基礎研究全般の推進に貢献する成果です。

用語説明

[用語1] リン脂質と脂質膜 : リン脂質とはリン酸エステルを持つ脂質の総称で、親水性の部分と疎水性の部分の両方を持つ。疎水性の部分があるため単独では水に溶けないが、疎水性部分を向かい合わせて脂質二重層を形成することで水溶液中でも安定して存在できる。細胞のさまざまな脂質膜は主にリン脂質からなる脂質二重層で作られている。

[用語2] オートファゴソーム : オートファジーが誘導されると、細胞質に新たに作り出される二重膜のオルガネラ。オートファゴソームが取り囲んだもの(さまざまなたんぱく質や核酸など)はすべて分解の場であるリソソーム(酵母の場合は液胞)へと輸送され、リソソーム内の分解酵素群の働きで分解される。

[用語3] X線結晶構造解析法 : 結晶はX線を回折する性質があるが、この性質を利用して結晶の構成物の原子がどのように立体的に配列しているのかを決定する手法。たんぱく質は結晶になる性質があるため、たんぱく質の立体構造を明らかにするために広く利用されている。

[用語4] Atgたんぱく質 : 酵母で同定されたオートファジーを制御するたんぱく質群の名称で、これまでに40種類以上報告されている。Atgの後におおよそ同定された順に通し番号がつけられている。Atgたんぱく質群のうち、栄養飢餓時のオートファゴソーム形成に重要なものは18種類である。

論文情報

掲載誌 :
Nature Structural& Molecular Biology
論文タイトル :
Atg2 mediates direct lipid transfer between membranes for autophagosome formation
著者 :
Takuo Osawa1, Tetsuya Kotani2, Tatsuya Kawaoka3, Eri Hirata3, Kuninori Suzuki3,4,5, Hitoshi Nakatogawa2, Yoshinori Ohsumi6, Nobuo N. Noda1*
所属 :
1Institute of Microbial Chemistry (BIKAKEN), Tokyo, Japan.
2School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, Yokohama, Japan.
3Department of Integrated Biosciences, Graduate School of Frontier Sciences, University of Tokyo, Kashiwa, Japan.
4Life Science Data Research Center, Graduate School of Frontier Sciences, University of Tokyo, Kashiwa, Japan.
5Collaborative Research Institute for Innovative Microbiology, University of Tokyo, Tokyo, Japan
6Cell Biology Center, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, Yokohama, Japan.
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

微生物化学研究会 微生物化学研究所 構造生物学研究部 部長

野田展生

E-mail : nn@bikaken.or.jp
Tel : 03-3441-4173 Fax : 03-6455-7348

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ

川口哲

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 Fax : 03-3222-2064

取材申し込み先

微生物化学研究会 微生物化学研究所 知的財産情報室

E-mail : office@bikaken.or.jp
Tel : 03-3441-4173 Fax : 03-3441-7589

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 Fax : 03-5214-8432

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京大学 新領域創成科学研究科 広報室

E-mail : info@edu.k.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-5450


稲木信介准教授と北野政明准教授が2018年度「東工大の星」支援【STAR】に決定

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2018年度「東工大の星」支援【STAR】(英語名称:Support for Tokyo Tech Advanced Researchers【STAR】)の採択者に物質理工学院 応用化学系 稲木信介准教授と元素戦略研究センター 北野政明准教授の2名が決定しました。

「東工大の星」支援【STAR】とは、東工大基金を活用し、将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者や、基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者へ大型研究費の支援を通じて、次世代を担う本学の輝く「星」を支援するものです。

第6回目の今回は、2名の「星」が学長及び研究・産学連携本部長の協議により選考されました。

所属部局
担当系
職名
氏名
准教授
 
准教授

(前列)北野政明准教授(左)、稲木信介准教授(後列)益一哉学長(左)、渡辺理事・副学長(研究担当)

(前列)北野政明准教授(左)、稲木信介准教授
(後列)益一哉学長(左)、渡辺理事・副学長(研究担当)

受賞者の研究概要とコメント

稲木信介 物質理工学院 応用化学系 准教授

稲木信介 物質理工学院 応用化学系 准教授

研究概要:バイポーラ電気化学に基づく機能性高分子材料の開発

陽陰極を同時に発現するワイヤレス電極(バイポーラ電極)を利用するバイポーラ電気化学は、古くからその原理が知られているものの、近年では電気エネルギー(電子)を試薬とする化学合成法への応用、すなわち、次世代の軽く、柔軟な有機・高分子材料を創製する分野として再注目されています。この古くて新しいバイポーラ電気化学により、配線せずに導電性高分子をパターニングする技術や導電性高分子ネットワークの形成、バイポーラ電極表面に生じる電位分布を巧みに利用した傾斜高分子材料の開発などを実現し、これまでにない技術・材料を提案してきました。さらに、広い意味でのレドックス(酸化・還元)化学と融合させ、スマート分子変換技術やエネルギー変換、ならびにレドックス系を精密に複合化したスマートシステムの構築などの新しい価値創造を目指します。

受賞にあたってのコメント

今回、東工大の星」支援【STAR】に採択いただき、大変光栄に存じます。バイポーラ電気化学という面白い現象に出会って以来、興味本位で楽しみながら、ともに研究を推進してきた学生や共同研究者に御礼申し上げます。本支援を機に、さらに挑戦的な研究に取り組みたいと考えております。東工大基金を通じて支援していただいた寄附者の皆様に感謝申し上げます。

北野政明 元素戦略研究センター 准教授

北野政明 元素戦略研究センター 准教授

研究概要:電子化物、またはヒドリド化合物を含む新規固体触媒の開発

アンモニア(NH3)は、窒素系肥料や食品、医薬品などの原料として広く使用されています。近年では水素エネルギー貯蔵材料としても注目されており、益々需要増加が見込まれます。現在は、大量のエネルギーを使い、高温高圧の環境下で空気中の窒素と水素を反応させるハーバー・ボッシュ法で合成されています。結晶骨格中に電子やヒドリドイオンを高密度に含有する新規電子化物や水素化物を開発し、それらを利用することで窒素分子を低温で活性化する触媒を創生し、現在の工業プロセスを凌駕するアンモニア収率を目指していきます。

受賞にあたってのコメント

この度は、「東工大の星」に選んでいただき大変感謝しております。今回いただいた支援でこれまで以上に自分自身の研究を発展させ、独創的かつ世界トップレベルの研究成果を上げることで、支援いただいた恩に報いていきたいと決意しております。基礎研究として優れた成果を上げることはもちろんのことですが、触媒は世の中で使われることが重要ですので、実用化を目指した研究にも邁進いたします。

「東工大の星」支援の概要

目的

東工大基金を活用し、本学における優秀な若手研究者への大型支援を実施することにより、本学の中期目標である基礎的・基盤的領域の多様で独創的な研究成果に基づいた新しい価値の創造を促進し、もって、学長の方針に基づく本学の研究力強化に資することを目的とします。

支援対象者

公募によらず、様々な業績を勘案し、学長及び研究・産学連携本部長の協議により決定します。

観点

  • 将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者
  • 基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者

役職等

若手研究者を准教授以下(原則40歳以下)とします。

益学長らと懇談

益学長らと懇談

和やかに歓談する北野准教授と稲木准教授

和やかに歓談する北野准教授と稲木准教授

東工大基金

この支援プロジェクトは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究推進部 研究企画課 研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-7688

光からエネルギーを取得し、タンパク質を合成する人工細胞 より生物に近い機能を持つ人工細胞が誕生

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要点

  • 光エネルギーからATPを合成する人工細胞小器官を作製
  • 人工細胞小器官を持った人工細胞が光によりタンパク質を合成
  • 光駆動型のバイオデバイス開発につながる可能性

概要

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の車兪澈(くるま ゆうてつ)特任准教授と東京大学 大学院新領域創成科学研究科の博士課程大学院生Samuel Berhanu(サミュエル・ベルハヌ)、上田卓也教授は、光をあてるとタンパク質を作り出すことができる人工細胞[用語1]の作製に成功した。

人工細胞は、脂質膜の中でDNAからタンパク質を合成する擬似的な細胞だ。これは、非生物である物質や遺伝情報から、生命現象が創発する過程を再現できるとして期待されている。しかし、これらの反応は、あらかじめ供給したエネルギー源を消費して反応を行うだけのもので、実際の細胞のようにエネルギー源であるATP[用語2]自体を生産することはできなかった。

研究グループは今回、光をあてるとATPを生産する植物の葉緑体のような細胞小器官[用語3]を人工的に作製し、これを人工細胞に組み入れることで、光エネルギーからタンパク質を合成することに成功した。さらにこの方法を用いて細胞小器官を構成している膜タンパク質を合成できた。より生物に近い、エネルギー的に自立した人工細胞の実現に道が拓けた。

本成果は、2019年3月22日付の「Nature Communications」に掲載された。

研究成果

我々人間が日々の生活で電気を消費して生きているように、細胞もATPと呼ばれるエネルギー源を消費して生きている。ATPは通常呼吸や光合成により細胞内で生産される。

車特任准教授らは、光エネルギーを利用してATPを生産する、直径約100 - 200 nm(nmは、1 mmの100万分の1)の人工細胞小器官[用語4]を生み出した。

光照射により生産したATPを遺伝情報伝達分子(mRNA[用語5])の材料として、または翻訳のエネルギーとして消費することで、DNAからタンパク質を合成する人工細胞を作製した。これにより、光という物理的なエネルギーを、情報伝達分子や機能性高分子に変換することが人工細胞系で可能になった。さらに反応産物として人工細胞小器官の部品となるタンパク質を合成することで、実際の生物と同じ様に自身のパーツを生み出すことに成功した。

背景

近年、生体分子や遺伝子を人工的に組み合わせることで、分子から生きた細胞を創る研究が合成生物学の分野で進められている。人工細胞は、脂質から形成されるカプセル状の膜小胞の内に、タンパク質合成反応に必要な36種類の酵素とリボソーム、低分子化合物などを封入して、膜の中でタンパク質を合成する擬似的な細胞だ(図1)。このように最小限の因子から構成される細胞は、生きるために必要な最小限の機能や遺伝子をボトムアップ的に実証することになるため、合成生物学やゲノム科学の分野で大きく注目されている。また、地球上に生物、すなわち細胞が誕生したばかりの初期の様相を反映していると考えられていることから、生命の起源を探究する新しい側面を担う研究としても注目される。

これまでの人工細胞は、生体エネルギー源となるATPを一緒に内封し、それを使い切ることで細胞のような振る舞いを再現してきたが、外部の物理的・化学的エネルギーからATPそのものを自立的に生産することはできなかった。

脂質膜小胞の内部でタンパク質を合成する人工細胞(右)。

図1. 脂質膜小胞の内部でタンパク質を合成する人工細胞(右)。

研究の経緯

細胞内のATPは主に細胞膜、またはミトコンドリア内膜に存在するATP合成酵素[用語6]によって合成される。ATP合成酵素が働くためには、あらかじめ膜内外のプロトン濃度勾配を形成する必要があり、これが直接のエネルギーとなる。プロトン濃度勾配は通常、呼吸や光合成による電子伝達系を経て形成される。

研究グループは、好塩菌から単離したバクテリオロドプシン(bR)[用語7] が光エネルギーからプロトン濃度勾配を形成することに着目し、bRとATP合成酵素を組み合わせることで、光によってATPを合成する人工細胞小器官を作製した(図2)。直径数百nmほどのこの人工細胞小器官を、細胞と同じくらいのサイズの大きな膜小胞(GUV[用語8])に閉じ込めて光を当てたところ、実際の細胞内と同じレベルのATPを人工膜の中に合成することができた。

ATP合成酵素とバクテリオロドプシンからなる人工細胞小器官と、それを含む人工細胞の概念図。

図2. ATP合成酵素とバクテリオロドプシンからなる人工細胞小器官と、それを含む人工細胞の概念図。

このように光で合成したATPを、転写(DNAからmRNAを合成する反応)の基質や、翻訳(mRNAからタンパク質を合成する反応)のエネルギーとして利用することで、光からタンパク質を合成する人工細胞を設計した。人工細胞はGUVの中に無細胞タンパク質合成系(無細胞系[用語9])を封入することでできる擬似的な細胞である。今回利用した無細胞系は、転写・翻訳反応に関わる36種類の酵素とリボソーム、様々な低分子化合物から組み立てた、再構築型の無細胞系である。ここからATPを取り除き、代わりにその前駆体であるADPを加えることで光によりATPを作る人工細胞をデザインした。

具体的には、光合成したATPからmRNAを合成し、翻訳と合わせることでGFP(緑色蛍光タンパク質)を合成した。また、アミノ酸をtRNA[用語10]に結合する際のエネルギーとして、または翻訳の直接的なエネルギー源であるGTP(グアノシン3リン酸)を合成するためのエネルギーとしてATPを消費することでGFPを合成した(図3)。生きた細胞の中ではATPを細胞内諸反応のエネルギー源として、あるいはmRNAの基質として消費している。そのため、今回、生きた細胞と同じことを人工細胞系で再現した事になる。

(a)光によりGFPを合成する人工細胞と、(b)合成されたGFPのタンパク質電気泳動による可視化。(c)光を当てた人工細胞の内、約60%が有意GFPを合成した。
図3.
(a)光によりGFPを合成する人工細胞と、(b)合成されたGFPのタンパク質電気泳動による可視化。(c)光を当てた人工細胞の内、約60%が有意GFPを合成した。

さらに、光合成されたATPからbRを合成することで、人工細胞小器官のATP合成活性を強化するような人工細胞をデザインした。合成されたbRは人工細胞内部の人工細胞小器官に組み込まれることでATP合成量が約1.5倍上昇。同じように、ATP合成酵素の膜部分(Fo)を光合成することで、約1.4倍上昇した(図4)。このことは、自分で自分のパーツを作ることで、細胞と同じような正のフィードバック構造を再現したことを意味する。

bRまたはFoの光合成による人工細胞小器官の活性の増加。bRmutまたはFo-amutは活性を欠損した変異体であるため、光合成後も人工細胞小器官の活性は変化しない。
図4.
bRまたはFoの光合成による人工細胞小器官の活性の増加。bRmutまたはFo-amutは活性を欠損した変異体であるため、光合成後も人工細胞小器官の活性は変化しない。

今後の展開

消費された後のATPはADPとリン酸に分解される。今回構築した人工細胞小器官は、このADPに再度リン酸をチャージし、再利用することができる。このようなエネルギーリサイクル系を人工細胞に組み込むことで、長期間反応を行う寿命の長い人工細胞ができると期待される。

タンパク質合成反応以外にも、ATPを反応エネルギーとして利用する数多くの細胞内反応を、本当の細胞に近い時空間条件で再現することができる。そのほかにも、光で生化学反応を制御するバイオデバイスの開発など、将来的な産業応用も期待できる。

用語説明

[用語1] 人工細胞 : 直径数μmから数十μmマイクロメートルの膜小胞の内部でタンパク質を合成する擬似的な細胞。内部に無細胞系を持つ。

[用語2] ATP : アデノシン3リン酸。アデノシンに3分子のリン酸が結合したエネルギー貯蔵分子。細胞内での様々な反応に消費される。

[用語3] 細胞小器官 : 細胞内部にある様々な機能を持つ構造体。ミトコンドリアや、葉緑体などがこれにあたる。

[用語4] 人工細胞小器官 : バクテリオロドプシンとATP合成酵素を直径約100 - 200nmの脂質膜(リポソーム)に構成した人工的な細胞小器官。光をあてることで、バクテリオロドプシンがリポソーム内に水素イオン(プロトン)を輸送し、これにより形成されたリポソーム内外のプロトン濃度勾配がATP合成酵素を駆動させることでATPを合成する。

[用語5] mRNA : 伝令RNA。タンパク質を合成するため、DNAの持つ遺伝情報をコピーしたRNA。

[用語6] ATP合成酵素 : 膜を介したプロトン濃度勾配をエネルギーとして、ADPとリン酸からATPを合成する酵素。F型のATP合成酵素は3種類の膜タンパク質と5種類の細胞質タンパク質から構成される。

[用語7] バクテリオロドプシン(bR) : 高度好塩菌が紫色の細胞膜上に持つ7回膜貫通型の膜タンパク質。光をあてると内部のレチナールが異性化し膜の反対側へプロトン分子をポンプする。

[用語8] Giant Unilamellar Vesicle (GUV) : 巨大膜小胞。リン脂質から構成されるカプセル状の膜構造。内部中空になっており様々な分子を内包することができる。

[用語9] 無細胞系 : 試験管内でDNAの持つ遺伝情報から転写翻訳を経てタンパク質を合成するバイオテクノロジーツール。個々の因子から再構築したものはPURE systemと呼ばれる。

[用語10] tRNA : 転移RNA。mRNA上の3つ文字記号を解読し、対応するアミノ酸をリボソームに運ぶ73~93塩基のRNA。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Artificial photosynthetic cell producing energy for protein synthesis
著者 :
Samuel Berhanu, Takuya Ueda, Yutetsu Kuruma
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所 特任准教授

車兪澈

E-mail : kuruma@elsi.jp
Tel : 03-5734-2708 / Fax : 03-5734-3416

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東工大の研究力を紹介するパンフレット「Tokyo Tech Research」改訂

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このたび、東工大の研究を紹介するパンフレット「Tokyo Tech Research(東工大の研究力) 2019-2020」(日・英 改訂版)を発行しました。

各分野で活躍している38名の研究者を取り上げたリサーチマップ、研究ハイライト、科学技術創成研究院や各学院等の研究分野や研究への取り組みについて、それぞれ最新の情報を紹介しています。

Tokyo Tech Research 2019 - 2020

Tokyo Tech Research 2019 - 2020
Tokyo Tech Research 2019 - 2020

CONTENTS

東工大の研究概要

リサーチマップ2019-2020

研究ハイライト

研究院、学院等

ライブラリ

P2.3 東工大の研究
P2.3 東工大の研究

P4 TOKYO TECH RESEARCH MAP
P4 TOKYO TECH RESEARCH MAP

学内の配布場所や、郵送での請求方法については、以下のページをご確認ください。

お問い合わせ先

研究・産学連携本部 国際研究広報担当

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3188

新規緑色蛍光タンパク質型グルコースセンサーを開発 リアルタイムで細胞内グルコースの動態を可視化

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要点

  • グルコースの細胞内での挙動を光学顕微鏡で可視化観察できるセンサーを開発
  • 3種の反応性が異なるセンサーを使い分け、広い濃度範囲のグルコースを検出
  • デュアルカラーイメージング、線虫個体内でのin vivoイメージングを達成

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の北口哲也准教授は東京大学 大学院総合文化研究科の坪井貴司教授、三田真理恵大学院生らと共同で新規緑色蛍光タンパク質型グルコース(ブドウ糖)センサー「Green Glifon[用語1]」の開発に成功した。センサーは緑色蛍光タンパク質[用語2]を基盤とし、グルコース添加により蛍光輝度が約7倍に上昇する。このセンサーは細胞内グルコースの動態を高い時空間分解能で検出でき、バイオイメージングの有効なツールとなる。

今回開発したセンサーはグルコースへのEC50[用語3]値が異なる3タイプ(50 μM、600 μM、4,000 μM)からなり、これらの使い分けで生理的な濃度域である数百μM~10数mMのグルコース濃度変化のほとんどを検出できる。そして、細胞内のグルコース動態に加え、細胞小器官特異的な可視化やカルシウムイオンとの同時可視化も実現した。また細胞だけでなく、線虫個体内のグルコース動態も可視化できることから、in vivo[用語4]イメージングにも適用できる。人工甘味料[用語5]とグルコースとの生理学的な相関を検討し、膵β細胞[用語6]への人工甘味料投与が細胞内のグルコース動態を攪乱させる可能性を見出した。

以上の結果から、開発した3タイプのセンサーは生細胞のリアルタイムなグルコース動態の観察を可能にし、細胞のエネルギー動態やその破綻による病態を解析するうえで、重要なツールになると期待される。

研究成果は「Analytical Chemistry(アナリティカル・ケミストリー)」オンライン版にて3月14日に公開された。

研究成果

北口准教授らは緑色蛍光タンパク質を基盤とした3種のグルコースセンサー (Green Glifon)を開発し、それらを利用した生細胞内グルコース動態の可視化に成功した。Green Glifonは分割した緑色蛍光タンパク質(Citrine)の間に、グルコース結合ドメイン配列を融合した構造を持つ(図1A)。

蛍光タンパク質とグルコース結合タンパク質をつなぐ、リンカー領域[用語7]の長さとアミノ酸配列を最適化することにより、グルコース添加時の蛍光輝度が約7倍に上昇した(図1B)。さらに、グルコース結合ドメインへ変異を導入することで、グルコースへの反応性が異なる3種の変異体を獲得することに成功した。3種のGreen GlifonのEC50値はそれぞれ50 μM、600 μM、4,000 μMであり(図1C)、濃度依存曲線の直線化の範囲から、8 μMから15 mMまでの濃度のグルコースを定量性高く検出できることが判明した。

Green Glifonの構造模式図とその性質

図1. Green Glifonの構造模式図とその性質


(A)分割した緑色蛍光タンパク質Citrineの配列の間に、グルコースへの結合ドメインとしてMglBの配列を挿入した。グルコースが結合ドメインへ結合すると、リンカー領域を通して構造変化がCitrineへ伝わり、蛍光輝度が上昇する。(B)3種のGreen Glifonの蛍光輝度変化率。グルコース添加で蛍光輝度が約7倍に増加する。(C)3種のGreen Glifonの各グルコース濃度への応答。それぞれのEC50値は44 μM(Glifon50)、590 μM(Glifon600)、3,800 μM(Glifon4000)となった。

Green Glifonをヒト子宮頸がん細胞株HeLa(ヒーラ)細胞に遺伝子導入し、細胞外にさまざまな濃度のグルコースを投与すると、その濃度に応答したGreen Glifonの輝度変化が見られた(図2)。さらに、細胞膜、核、ミトコンドリアへの局在化シグナルを融合したGreen Glifonによって、細胞小器官特異的なグルコース動態を可視化できた(図3A)。そしてGreen Glifonは、生きている線虫体内でも発現し、グルコース特異的な蛍光輝度変化を示したことから、in vivoイメージングへの適用が可能であることも示された(図3B)。

Green Glifonを用いた細胞内グルコース動態の可視化実験

図2. Green Glifonを用いた細胞内グルコース動態の可視化実験


HeLa細胞に各Green Glifonを導入し、3 mMまたは25 mMグルコースを投与した際の蛍光輝度変化を測定した。それぞれ、グルコース濃度に応答した蛍光輝度変化がみられた。

細胞小器官への局在化と生きた生物個体でのグルコース動態の可視化実験

図3. 細胞小器官への局在化と生きた生物個体でのグルコース動態の可視化実験


(A)細胞膜、核、ミトコンドリアへ特異的に発現させたGlifon600の蛍光輝度変化を測定した。ミトコンドリアでは蛍光輝度が変化せず、グルコースが取り込まれないことを示した。(B)線虫の咽頭筋にGlifon4000を発現させ、グルコースや他の単糖であるフルクトースを投与したときの蛍光輝度変化を測定した。グルコース投与時のみ、Glifon4000の蛍光輝度が上昇した。

また、マウス膵β細胞株であるMIN6 m9細胞に、Green Glifonと赤色カルシウム蛍光指示薬「Rhod2」を共導入し、グルコース刺激を与えると、両者の蛍光輝度の上昇を捉えることができた(図4)。この結果から、グルコースとカルシウム動態の2色同時可視化も可能であることが分かり、マルチカラーイメージングへの適用が期待された。

細胞内グルコースおよびCa2+動態の同時可視化実験

図4. 細胞内グルコースおよびCa2+動態の同時可視化実験


MIN6 m9細胞にGlifon4000とCa2+蛍光指示薬であるRhod2を共導入し、それぞれの蛍光輝度変化を測定した。高グルコース投与によって両者の蛍光輝度が上昇し、グルコースとCa2+動態との2色同時可視化が可能であることが示された。

最後に、インスリン分泌を司る膵β細胞の細胞株であるMIN6 m9細胞に人工甘味料を投与すると、細胞内グルコース濃度が上昇することが示唆された(図5)。この反応は、細胞外にグルコースがない条件では見られず、人工甘味料が膵β細胞内へのグルコース取り込みを促進させ、細胞内恒常性を攪乱させる可能性が示された。

膵β細胞株への人工甘味料による細胞内グルコース動態の攪乱

図5. 膵β細胞株への人工甘味料による細胞内グルコース動態の攪乱


MIN6 m9細胞にGlifon4000を導入し、25 mMの人工甘味料を投与した際の細胞内グルコース動態を測定した。細胞外にグルコースがない条件ではGlifon4000の蛍光輝度は上昇しないが、細胞外にグルコースがあるとGlifon4000の蛍光輝度が上昇した。人工甘味料投与の刺激によって細胞内へのグルコース取り込みが促進される可能性を見出した。*は p < 0.05、**は p < 0.01を示す。

背景

グルコース(ブドウ糖)は細胞の成長や増殖、血糖を調節するインスリンの分泌反応など、さまざまな生命活動や恒常性維持において重要な役割を果たしている。細胞内グルコースの動態は、細胞内の酵素の状態や細胞外からの刺激によってダイナミックに変化し、その代謝は、さまざまな生体反応の原動力となる分子を作り出す。

そして、グルコース代謝の破綻はホルモン分泌の異常を含むさまざまな細胞生理機能の変化を引き起こし、糖尿病を代表とした代謝疾患や神経障害など、個体レベルの病態にも深く関与する。したがって、細胞や個体におけるグルコース動態を明らかにすることはエネルギー代謝に関わる細胞生理機能だけでなく、病気の原因も明らかにできる可能性が高いと考えられる。

グルコース動態やそれを制御する関連分子の動態を、生きた細胞内で詳しく解析するためには、蛍光タンパク質を利用した分子センサーによる生細胞イメージングが有効であり、時空間分解能および汎用性が高いセンサーの開発が待ち望まれていた。

研究の経緯

蛍光タンパク質を利用した分子センサーはフォルスター共鳴エネルギー移動(Förster resonance energy transfer, FRET)型[用語8]と単色蛍光型の2種に大きく分けられる。以前に開発されていたFRET型のグルコースセンサーにより細胞内のグルコース動態の可視化は達成されていた。しかしながら、1つの検出分子に対し、2種類の蛍光を検出する必要があるという構造的なデメリットを抱えており、分子間の機能相関や階層性を検討するマルチカラーイメージングには不向きだった。一方、北口准教授らの研究グループとほぼ同時期に開発された単色蛍光型グルコースセンサーは、哺乳類由来の細胞内や生体内でのグルコース動態の可視化には適用されていなかった。

今後の展開

今回、開発したグルコースセンサー Green Glifonは、従来の技術では実現が難しかった、生細胞におけるグルコースと異なる分子の同時可視化を可能にし、マルチカラーイメージング技術への応用が期待された。そして細胞レベルだけでなく、生物個体での可視化解析が可能なことから、グルコース代謝を制御する分子基盤、エネルギーの恒常性を維持する機構、その機構の破綻による病態の解明への貢献が期待される。

用語説明

[用語1] Green Glifon : Green Glucose indicating fluorescent proteinの略。以前に開発したATPセンサーMaLionに倣って、キメラ動物から命名。

[用語2] 蛍光タンパク質 : 発色団をもち、ある特定の光(励起光)を吸収し、吸収した光よりも波長が長い光(蛍光)を放出する性質を持つタンパク質。今回開発した蛍光タンパク質センサーは、蛍光タンパク質と標的分子へ結合するタンパク質の配列を融合したもので、標的分子の結合または解離によって蛍光タンパク質の蛍光輝度を変化させ、標的分子の濃度変化や活性などを蛍光輝度の変化を通して検出する。

[用語3] EC50 : 50%効果濃度(半数効果濃度)。薬物や抗体など、今回はセンサーが最低値からの最大反応の50%を示す濃度のこと。

[用語4] in vivo : イン・ビボ。「生体内で」という意味。in vitro(イン・ビトロ)は「試験管内で」という意味。

[用語5] 人工甘味料 : 甘味をもつ化合物で、食品などの甘味料として広く使用される。天然には存在せず、合成甘味料とも呼ばれている。細胞表面の受容体に受容されることで甘味シグナルを誘導するが、細胞内には取り込まれず代謝もされないため、生体はエネルギーとして利用することができない。

[用語6] 膵β細胞 : 膵臓のランゲルハンス島にある内分泌細胞。血糖値を調節するインスリンを合成・分泌する。

[用語7] リンカー領域 : タンパク質同士をつなぐ、数個から数十個のアミノ酸からなる領域。

[用語8] フォルスター共鳴エネルギー移動型 : FRET型。2色の蛍光タンパク質と標的分子結合部位が連結された構造をしている。標的分子と結合、もしくは解離することで構造が変化し、2つの蛍光タンパク質の距離が近づくことで、片方の蛍光タンパク質の励起エネルギーがもう片方へと移動し、蛍光比が変化することを利用する。

論文情報

掲載誌 :
Analytical Chemistry
論文タイトル :
Green fluorescent protein-based glucose indicators report glucose dynamics in living cells
著者 :
Marie Mita#, Motoki Ito#, Kazuki Harada, Izumi Sugawara, Hiroshi Ueda, Takashi Tsuboi, Tetsuya Kitaguchi#共同筆頭著者、共同責任著者)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

准教授 北口哲也

E-mail : kitaguct-gfp@umin.ac.jp
Tel : 045-924-5270 / Fax : 045-924-5248

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系

教授 坪井貴司

E-mail : takatsuboi@bio.c.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5465-8208 / Fax : 03-5465-8208

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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新規な分子進化のルーツを持つ糖鎖分解酵素の発見 真核生物由来endo-β-1,2-グルカナーゼの単離同定及び機能構造解析

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研究の要旨

東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 田口速男教授および中島将博講師、東京工業大学 理学院 化学系 宮永顕正助教らのグループは、天然では希少な多糖である“β-1,2-グルカン”を内部より加水分解する、真核生物由来のβ-1,2-グルカナーゼを初めて単離同定することに成功し、そのアミノ酸配列、機能および立体構造から糖加水分解酵素の新規なファミリーを創設しました。また、本酵素が既知の糖加水分解酵素とは異なるユニークな反応機構をもつことも明らかにしました。

本研究成果はThe Journal of Biological Chemistry誌に3月29日付け(米国東部時間)で掲載されました。

研究の背景

β-1,2-グルカンとは一部の共生細菌や病原性細菌が合成・分泌する多糖であり、宿主への共生や感染、また細胞内浸透圧の調節物質として知られています([参考論文1][参考論文2])(図1A)。また、環状β-1,2-グルカンの誘導体は合成フラボノイド(ビタミン様物質)の一種の水溶性を非常に向上させることが報告されています[参考論文3]。天然では希少とされていますが、近年、当グループにより直鎖状β-1,2-グルカンの人工的な(酵素法による)大量調製法が確立され[参考文献4]、β-1,2-グルカンに作用する関連酵素の探索が容易になりました。

β-1,2-グルカンを内部より加水分解するβ-1,2-グルカナーゼ(SGL)はそのうちの一つであり、2017年に原核生物由来SGL(CpSGL)の単離及び同定が行われ、新規な糖加水分解酵素(GH)のファミリー[用語1](GH144)が創設されています[参考文献5]。しかし、真核生物にもβ-1,2-グルカン分解活性を示す微生物が報告[参考文献6]されているにもかかわらず、CpSGLの近縁酵素の中には真核生物由来のものは全く見出されませんでした。そのため、真核生物と原核生物ではSGLの起源が異なると考えられます。

研究成果の概要

唯一の炭素源として大量調製された直鎖状β-1,2-グルカンを用いて、培養液上清中にβ-1,2-グルカン分解活性が認められる糸状菌Talaromyces funiculosusからSGL(TfSGL)の精製・単離を行いました。本酵素の遺伝子同定により判明した全アミノ酸配列から近縁酵素を系統的に検索したところ、既知のGHは全く見出されませんでした(図1B)。また、これら近縁酵素のほとんどは真核生物由来のものであり、粘菌や子のう菌に機能未知タンパク質として分布していました。したがって、本酵素は、これらの機能未知タンパク質とともに、新規GHファミリーを構成していることが示唆されました。

β-1,2-グルカンの構造(A)とTfSGLの系統樹(B)

図1. β-1,2-グルカンの構造(A)とTfSGLの系統樹(B)


(B)TfSGL及びその近縁タンパク質の中に、既知のGHは全く見出されませんでした。また、近縁タンパク質のほぼ全てが真核生物由来のタンパク質でした。

酵母を宿主とした組換え型TfSGL(TfSGLr)は、天然型酵素と同様にβ-1,2-グルカンに対して特異的な分解活性を発揮しました。さらに生化学的な機能解析から、本酵素が基質内部から分解を行うendo[用語2]の分解活性を示すこと、アノマー反転型[用語3] の反応機構を持つこと、5糖以上のβ-1,2-グルコオリゴ糖(Sopns、nは結合したグルコースの分子数を示す)に作用し、その還元末端から主にSop2を遊離することも明らかになりました。

本酵素には立体構造既知の近縁酵素がありません。そこで、ヨウ素の異常分散効果を利用して位相決定を行い、(α/α)6 toroid foldの全体構造を有するTfSGLrの立体構造の決定に成功しました。さらに、本酵素の触媒機構および基質認識機構を解明するために、非活性型変異体E262Q(262番目のグルタミン酸をグルタミンに置換した変異体)とβ-1,2-グルカンを用いてミカエリス複合体構造[用語4] を構造解析から取得しました(図2)。

TfSGL-β-1,2-グルカン複合体の全体構造及び基質ポケット構造

図2. TfSGL-β-1,2-グルカン複合体の全体構造及び基質ポケット構造


クレフト状の基質ポケットにしっかりと基質が結合していました。

GH酵素において一般的なアノマー反転型の反応機構では、切断部位へ直接プロトン供給可能な距離と求核水を直接活性化可能な距離に酸性残基(それぞれ一般酸触媒、一般塩基触媒)が存在します[参考文献7]。しかし、大変興味深いことに、本酵素にそのような残基は見出されませんでした。そこで、切断点近傍に位置するすべての触媒候補アミノ酸残基に対して部位特異的置換変異体を作成し、それらのβ-1,2-グルカンに対する活性を調べたところ、E262、D177(一般酸触媒候補)及びD446(一般塩基触媒候補)の3変異体に顕著な活性低下が認められました。D446はβ-1,2-グルカンとの複合体構造中において、求核水とは別の水分子を介して求核水と相互作用可能な距離に存在していることから、この残基が一般塩基触媒である可能性が強く示唆されました。一方で、D177及びE262は、それぞれ基質自身の別々な3位ヒドロキシ基を介して基質の切断部位の酸素原子と相互作用しており、これらのいずれかが一般酸触媒としてはたらくことが示唆されました。

そこで、D177及びE262のどちらが一般酸触媒かを決定するために、各々の残基と相互作用する3位ヒドロキシ基の酸素原子を除去した(各残基から基質の切断部位への作用が遮断された)基質誘導体に対する分解活性を調べました。その結果、E262と相互作用するヒドロキシ基が還元された基質のみで分解が認められませんでした(図3)。この結果は、E262が基質の3位ヒドロキシ基を介して一般酸触媒残基として機能することを示しており、本酵素が触媒機構の上でも新規な特徴をもつことが明らかになりました(図4)。

推定されたTfSGLの一般酸触媒経路

図3. 推定されたTfSGLの一般酸触媒経路


構造解析より推定された基質の3位ヒドロキシ基(3-OH)を介して行われる触媒経路。赤色は酸素原子を表します。基質の3位ヒドロキシ基の酸素原子を還元して除去すると触媒経路が遮断されました。

本研究により明らかになったTfSGLの触媒機構

図4. 本研究により明らかになったTfSGLの触媒機構


基質の一部を介して作用する一般酸触媒及び求核水とは別の水分子により求核水を活性化させる触媒反応を行う一般塩基触媒。いずれにおいても、TfSGLの反応機構は一般的なアノマー反転型酵素とは異なるものでした。

今後の展望

β-1,2-グルカン関連酵素の研究は、基質の大量合成法確立を皮切りに、近年急速に進展しています。本研究により報告した真核生物由来SGLに関する知見は、原核生物由来SGLと真核生物由来SGL間での分子進化を明らかにするための一助となり、新規なβ-1,2-グルカン関連酵素を発見するために役立つと考えられます。また、真核生物由来SGLは共生、または寄生を行う菌に多く存在することから、本酵素や、その近縁酵素は真核生物の共生や寄生に何らかの関わりをもっているかもしれません。

さらに、TfSGLの触媒機構は一般的な反転型酵素のものとは一般酸及び一般塩基触媒の両者において異なる非常に特殊なものでした。いずれか一方が異なるGH酵素は稀に報告されていますが、両者とも異なるものは本酵素が初めてです。本研究成果の知見は、他のGH酵素群のまだ見つかっていない多様な反応機構の推定や解析やTfSGLと同様の反応機構をもつ新規な酵素の発見につながると考えられます。

用語説明

[用語1] GHファミリー : GHは、基本的に酵素のアミノ酸配列によって分類され、CAZy(Carbohydrate-Active enZYmes Database)には161のファミリー(2019年3月22日現在)が設立されています。しかし、非常に多種多様な糖鎖に対して非常に数が少なく、今後も新規なファミリーが発見されていくと考えられます。

[用語2] endo : ポリマー基質の末端からではなく、内部から加水分解を行う分解様式のことです。末端のない基質(環状基質)に対しても活性を示すことが可能です。

[用語3] アノマー反転型酵素 : 図4(左)で示した基質のアノマー位のヒドロキシ基の向きが反応産物で反転する酵素のことです。一般的には2つの酸性アミノ酸残基がそれぞれ一般酸触媒および一般塩基触媒として働きます。この触媒機構では、切断部位近傍に存在する一般酸触媒が直接グリコシド結合中の酸素原子をプロトン化します。同時に、一般塩基触媒が求核攻撃を行う水分子(求核水)を活性化し、求核水がアノマー位炭素原子に求核攻撃することにより分解が生じます。

[用語4] ミカエリス複合体 : 酵素が基質に結合し、反応が生じる直前の複合体構造を表します。

参考論文

[1] Dylan, T., Ielpi, L., Stanfield, S., Kashyap, L., Douglas, C., Yanofsky, M., Nester, E., Helinski, D. R. and Ditta, G.(1986)Rhizobium meliloti genes required for nodule development are related to chromosomal virulence genes in Agrobacterium tumefaciens. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 83, 4403–4407.

[2] Rigano, L. A., Payette, C., Brouillard, G., Marano, M. R., Abramowicz, L., Torres, P. S., Yun, M., Castagnaro, A. P., Oirdi, M. E., Dufour, V., Malamud, F., Dow, J. M., Bouarab, K. and Vojnov, A. A.(2007)Bacterial cyclic β-(1,2)-glucan acts in systemic suppression of plant immune responses. Plant Cell 19, 2077–2089.

[3] Piao, J., Janga, A., Choi, Y., Tahir, M. N., Kim, Y., Park, S., Cho, E. and Jung, S. Solubility enhancement of α-naphthoflavone by synthesized hydroxypropyl cyclic-(1→2)-β-D-glucans(cyclosophoroases)(2014)Carbohydr Polym. 101, 733-740.

[4] Abe, K., Nakajima, M., Kitaoka, M., Toyoizumi, H., Takahashi, Y., Sugimoto, N., Nakai, H. and Taguchi, H.(2015)Large-scale preparation of 1,2-β-glucan using 1,2-β-oligoglucan phosphorylase. J. Appl. Glycosci. 62, 47–52.

[5] Abe, K., Nakajima, M., Yamashita, T., Matsunaga, H., Kamisuki, S., Nihira, T., Takahashi, Y., Sugimoto, N., Miyanaga, A., Nakai, H., Arakawa, T., Fushinobu, S. and Taguchi, H.(2017)Biochemical and structural analyses of a bacterial endo-β-1,2-glucanase reveal a new glycoside hydrolase family. J. Biol. Chem. 292, 7487–7506.

[6] Reese, E. T., Parrish, F. W. and Mandels, M.(1961)β-D-1,2-Glucanases in fungi. Can. J. Microbiol. 7, 309–317.

[7] Davies, G. and Henrissat, B.(1995)Structures and mechanisms of glycosyl hydrolases. Structure 3, 853–859.

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Biological Chemistry
論文タイトル :
Identification, characterization and structural analyses of a fungal endo-β-1,2-glucanase reveal a new glycoside hydrolase family
著者 :
Nobukiyo Tanaka, Masahiro Nakajima, Megumi Narukawa-Nara, Hiroki Matsunaga, Shinji Kamisuki, Hiroki Aramasa, Yuta Takahashi, Naohisa Sugimoto, Koichi Abe, Tohru Terada, Akimasa Miyanaga, Tetsuro Yamashita, Fumio Sugawara, Takashi Kamakura, Shiro Komba, Hiroyuki Nakai and Hayao Taguchi
DOI :
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お問い合わせ先

東京理科大学 理工学部 応用生物科学科

講師 中島将博

E-mail : m-nakajima@rs.tus.ac.jp
Tel : 0471-24-1501

取材申し込み先

東京理科大学 研究戦略・産学連携センター(URAセンター)

E-mail : ura@admin.tus.ac.jp
Tel : 03-5228-7440

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

室温で緑色発光するp型/n型新半導体 ペロブスカイト型硫化物で実現

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要点

  • 独自の化学設計指針でp型/n型半導体の電気特性や光学特性を制御
  • 適切な元素置換がカギ
  • グリーンギャップ問題を解決する次世代緑色LEDを開発

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の平松秀典准教授、飯村壮史助教(研究当時)、細野秀雄教授(研究当時)、物質理工学院 材料系の半沢幸太大学院生(博士後期課程3年、研究当時)の研究グループは、独自の化学設計指針をもとに、適切な元素置換で、電気特性の制御ができ室温で緑色発光するペロブスカイト硫化物の新半導体“SrHfS3”を開発した。

現在、発光ダイオード(LED)やレーザーダイオードとして幅広く用いられているInGaN系(窒化物)、AlGaInP系(リン化物)の材料は、人間の視感度が最も高い緑色において電流の光変換効率が大きく低下するという問題がある。開発したSrHfS3は、高効率、高輝度、高精細が要求される次世代光学素子用の緑色光源として応用されることが期待される。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に3月6日(現地時間)に掲載された。

背景

高輝度、長寿命、低消費電力で光を発するLEDは、信号機やフラットパネルディスプレイ、照明などの生活に欠かせない光源として幅広く用いられている。LEDは、電子の穴(=正孔)が動くp型半導体と電子が動くn型半導体を接合した構造を持っている。ここに、電圧を印加し正孔と電子を再結合させることでバンドギャップに応じた発光が得られる。現在、青色と赤色のLEDにはInGaN系(窒化物)とAlGaInP系(リン化物)のⅢ-V族半導体が用いられている。

しかし、人間の視感度が最も高い緑色域においては光変換効率が大きく低下してしまう通称「グリーンギャップ問題」を抱えており(図1)、小型で高効率、高輝度、高精細が要求されている次世代テレビやプロジェクターを実現するためには、p型とn型両方に制御可能であり、かつ高効率に緑色発光する全く新しい半導体材料が求められている。

Ⅲ-V族窒化物およびリン化物半導体材料を基盤としたLEDの各発光波長における最大外部量子効率

図1. Ⅲ-V族窒化物およびリン化物半導体材料を基盤としたLEDの各発光波長における最大外部量子効率[用語1]

研究成果

今回、p型とn型両方の電気伝導性と高効率な緑色発光という2つの機能を新材料で両立するため、(1)高対称性結晶中の非結合性軌道の利用と、(2)バンドの折り畳みを利用した直接遷移型バンドギャップを有する結晶構造の選定という2つの化学設計指針を提案し、その後候補材料のスクリーニングを行った(図2)。

物質内の化学結合に着目した材料設計指針。(a)半導体中における化学結合と非結合性軌道が占有するエネルギー準位の模式図(b)長周期構造をとることによるバンドの折りたたみ
図2.
物質内の化学結合に着目した材料設計指針。(a)半導体中における化学結合と非結合性軌道が占有するエネルギー準位の模式図(b)長周期構造をとることによるバンドの折りたたみ

図2aに分子軌道図を示す。通常、半導体中の正孔はエネルギー準位の深い結合性軌道[用語2]を占有し、電子は浅い反結合性軌道[用語3]を占有する。しかし、電子は深いエネルギーを持つほど半導体中で安定化され、正孔は浅い準位ほど安定になる。そのため、p型とn型の電気伝導性を実現するためには、電子が占有する準位のエネルギーを深くしつつ、正孔の準位を浅くする必要がある。

そこで我々は、まず「非結合性軌道[用語4]」を利用することを考えた。高対称性の結晶構造中では、金属や非金属元素の電子軌道が正味の結合・反結合軌道を作ることができず、非結合性軌道を形成することがある。金属と非金属元素の非結合性軌道は浅い価電子帯上端と深い伝導帯下端を形成するため、正孔と電子両方の電気伝導キャリアを安定化させることができると考えた。

次に、高対称性を持つ立方晶[用語5]ペロブスカイト型構造[用語6]を有する化合物は正孔、電子共に非結合性軌道から成る価電子帯上端と伝導帯下端[用語7]を占有するため、p型/n型伝導に適したエネルギーバンド構造を持っている。しかし、その立方晶ペロブスカイトの価電子帯上端と伝導帯下端は間接遷移型[用語8]のバンド構造を持つため、高効率の発光は期待できない。そこで、立方晶ペロブスカイトの長周期構造を選択することにより、バンドを物質内部で意図的に折りたたみ、直接遷移型[用語8]のバンド構造を得ることを考えた(図2b)。

図3aにこれらの設計指針をもとに選定した斜方晶SrHfS3の結晶構造とバンド構造を示す。SrHfS3は立方晶ペロブスカイトの格子定数abcをそれぞれ√2×√2×2倍した長周期構造を持つ。この長周期構造に起因して、第一原理計算により求めたSrHfS3のバンド構造は直接遷移型となっており、高効率な光の吸収、発光が期待できた。また硫黄(S)のp軌道とハフニウム(Hf)のd軌道でそれぞれ形成される価電子帯上端と伝導帯下端は、真空準位から見てそれぞれ−6から−4 eV付近に位置しており、いずれもp型/n型ドーピングに適した準位となっており、これは設計指針に合致した新材料だった。

SrHfS3の電子構造と電気・発光特性。(a)斜方晶系の結晶構造と直接遷移型のバンド構造。(b)電気伝導度(上)・ゼーベック係数(下)とドーピング濃度の関係(c)室温における緑色発光スペクトルと実際の写真
図3.
SrHfS3の電子構造と電気・発光特性。(a)斜方晶系の結晶構造と直接遷移型のバンド構造。(b)電気伝導度(上)・ゼーベック係数(下)とドーピング濃度の関係(c)室温における緑色発光スペクトルと実際の写真

そこで我々は、そのSrHfS3試料を固相反応法[用語9]で合成した。リン(P)およびランタン(La)を、それぞれ硫黄(S)、ストロンチウム(Sr)位置に適量で置換することにより、p型およびn型の電気伝導性を制御できることを実験的に実証した(図3b)。また、フォトルミネッセンス(PL)測定からは、室温においても目視可能なほど明るい緑色発光(波長520 nm)が観測された(図3c)。これらの結果は、SrHfS3が緑色発光ダイオード用の半導体材料として有望であることを示しているのと同時に、今回の材料設計の有用性も実証していると言える。

今後の展開

今回の結果により、光デバイス用半導体の材料設計指針、およびそれにより実験的にその性能が実証された新半導体SrHfS3の緑色LED向けの新材料としての有用性を示すことができた。今後、単結晶薄膜を用いたpn接合を作製することにより、より高効率の次世代緑色LEDが実現できると期待される。

この成果は、文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>により助成されたものである。

用語説明

[用語1] 外部量子効率 : LEDなどで電極から注入されたキャリア数に対して素子外に放射される光子数の比。

[用語2] 結合性軌道 : 隣り合う原子の電子軌道が互いの位相を強め合うように作る化学結合。

[用語3] 反結合性軌道 : 隣り合う原子の電子軌道が逆位相を持って弱め合うように作る化学結合。結合性軌道よりも高いエネルギーを持つ。

[用語4] 非結合性軌道 : 結合性軌道と反結合性軌道が互いを打ち消し合うように作る結合。結合と言っても正味の相互作用はなく、原子の持つ電子軌道のエネルギー準位がそのまま反映される。

[用語5] 立方晶 : 固体の繰り返し単位を決める7つの結晶系の1つ。すべての結晶軸の長さが等しく、軸のなす角度はすべて直角で90度をとる。

[用語6] ペロブスカイト型構造 : 体心立方格子の八面体隙間を陰イオンが占める結晶構造。強誘電体のBaTiO3などがこの構造をとる。

[用語7] 価電子帯と伝導帯 : 半導体中のバンドギャップを形成する電子の埋まったエネルギー帯(価電子帯)と電子が空のエネルギー帯(伝導帯)。正孔は価電子帯上端を動き、電子は伝導帯下端を動く。

[用語8] 間接遷移型と直接遷移型 : 価電子帯上端と伝導帯下端が異なる波数を持つ半導体は間接遷移型、同じ波数を持つものは直接遷移型と呼ばれる。

[用語9] 固相反応法 : 化合物の合成法の1つ。固体状の原料を混合、粉砕したのち、高温で加熱、焼成することで所望の化合物を得る手法。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Material Design of Green-Light-Emitting Semiconductors: Perovskite-Type Sulfide SrHfS3
(和訳:緑色発光する半導体の物質設計:ペロブスカイト型硫化物SrHfS3
著者 :
Kota Hanzawa, Soshi Iimura, Hidenori Hiramatsu, and Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 平松秀典

E-mail : h-hirama@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5855

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業大学の研究ポリシーを策定

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東京工業大学は、「将来、工業技術者、工業経営者、理工学の研究者、教育者として指導的役割を果たすことができる有能善良な公民を育成する目標のもとに、これに必要な一般的教養と専門的知識とを学生に修得させるとともに、理学及び工学に関する理論と応用を研究し、その深奥を究めて科学と技術の水準を高め、もって文化の進展に寄与し、人類の福祉に貢献することをその目的及び使命」として定めています。

この目的及び使命に基づき、本学は、産業を牽引する多くの科学・技術者を育み、日本の基幹産業の創成と発展を担うとともに、最先端の研究成果を創出してきました。その伝統に裏打ちされた特色を踏まえ、本学における研究の基本的な在り方を示した研究ポリシーを以下のとおり策定しましたので、お知らせします。

本ポリシーは「研究の理念」、「大学の責務」及び「研究に携わる者の責務」から構成されています。

東京工業大学組織運営規則から一部抜粋しています。

東京工業大学の研究ポリシーを策定


ガス田の天然ガスを微生物が食べていた 未知の大規模微生物生命圏の存在示唆

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要点

  • プロパンガス分子の中心の炭素と末端の炭素の安定同位体比を別々に計測
  • 観察と微生物培養実験で安定同位体比の異常を検証
  • 大気へのプロパン放出量の推定など地球環境の影響評価にも適用可能性

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系のアレキシー・ジルベルト(Alexis Gilbert)助教(東京工業大学 地球生命研究所、以下ELSI、アフィリエイトサイエンティスト)、上野雄一郎教授(ELSI 主任研究者)、物質理工学院 応用化学系の吉田尚弘教授(ELSI 主任研究者)らの研究チームは、天然ガス田で微生物にプロパンが代謝されていたことを発見した。

プロパン (C3H8)は3つの炭素が直線上に並んだ分子だ。ELSIでは、この3つのうち、中心の炭素と末端の炭素の安定同位体比[用語1]をそれぞれ別々に計測する新たな手法を開発し、北米とオーストラリアのガス田から産出されたプロパンガスを分析した。

このうち、いくつかの場所で産出されたプロパンでは、分子末端の炭素の同位体比はあまり変動がないのに対して、分子中心の炭素の同位体比が大きく変動することが判明した。この特徴は、プロパンガスが熱分解によって作られる際の傾向とは一致しない。一方、無酸素環境下でプロパンを分解する特殊な微生物を培養し、残ったプロパンの同位体分子計測を行ったところ、このガス田の傾向と一致することがわかった。これは、いくつかのガス田では、嫌気的な微生物が地下でプロパンを消費しており、その規模は、従来想定されていたよりも大きいことが予想される。

本研究成果は、2019年3月18日付の「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載された。

背景

プロパンなど天然ガスの形成過程や、それが保存されている過程を理解することは、地球上の限りある資源の分布を理解する上で大変重要である。近年、天然ガス田には、プロパン等の天然ガスを代謝する微生物が生息していることが明らかになってきている。地下での微生物活動で、どの程度、天然ガスが消費されるのか、どのような条件で天然ガスが消費されずに保存されるのかということは、まだよくわかっていない。

一方、これら天然ガスの形成過程は、地層中に埋没した有機物(過去の生物の遺骸)が熱により分解することで生じる熱分解起源ガス、無機的な反応で生じる非生物起源ガスの2種類に大別されていた。この起源が異なる2種類のガスを区別するために、プロパンなどの炭化水素ガスは従来、炭素および水素の安定同位体比を用いて計測が行われてきた。しかしこの方法では、この2種類を大まかに区別できるが、微生物などが天然ガスを消費した場合の同位体比の変化については明確に区別できず、新たな計測手法が求められていた。

研究成果

研究チームは今回、分子内同位体分布計測という新たな計測手法を開発した。プロパン (C3H8)は3つの炭素が直線上に並んだ分子であるが、このうち中心炭素と末端炭素の安定同位体比(13C/12C)を別々に計測することが可能になった。この新手法を用いて、北米大陸(五大湖周辺)とオーストラリアのガス田から産出するプロパンガスを分析したところ、いくつかのガス田のプロパンでは、末端の炭素の同位体比はあまり変動がないのに対して、中心の炭素の同位体比は大きな変動を示すことが判明した。天然ガスの起源として想定されている熱分解過程を考えると、プロパン分子の末端の炭素が大きな同位体変動をすると予想されるが、実際は中心の炭素の変動が大きいという異常な同位体分布を呈していた。

そこでプロパンを代謝する特殊な微生物を酸素のない嫌気条件で培養し、残ったプロパンの分子内同位体計測を行ったところ、いくつかのガス田で見られた異常な傾向、すなわち中心の炭素の同位体比が変動するという特徴を持つことがわかった。これらの観察と実験の結果を総合すると、ガス田の地下に広がる無酸素環境で特定の条件が整った場所では、プロパンを代謝する微生物が活発に活動していることが推測できる。場所によっては、ガス田から産出されるプロパンの半分以上が微生物に食べられていることがわかった。

今後の展開

今回の発見で、予想以上にガス田の地下では微生物が活動していることが明らかになった。今後、開発した新たな計測法を用いて研究を進めることで、地下での微生物活動がどの程度まで広範に及んでいるかがわかる可能性がある。

また、天然ガスは温室効果ガスの一種であり、大気への放出量を予測する際にもこの新手法が活用できそうだ。また、分子内同位体分布計測法では、非生物的にされた天然ガスを検出することも可能だ。無機的に形成される有機物がどこにどのように分布しているのかについても、全く新しいコンセプトで調べることができる。これは無生物から生物を構成する有機物が創られるという、生命起源の研究にも波及効果があると考えられる。

本研究で分析した天然ガス田。赤い星印で示したガス田で、プロパンの生物分解が確認された。

図1. 本研究で分析した天然ガス田。赤い星印で示したガス田で、プロパンの生物分解が確認された。

本研究で分析したサンプル。画面左のサンプルはプロパンとともに培養したバクテリアの培養容器。画面右のサンプルは天然ガスを封入した容器。
図2.
本研究で分析したサンプル。画面左のサンプルはプロパンとともに培養したバクテリアの培養容器。画面右のサンプルは天然ガスを封入した容器。
天然ガス中プロパンの分子内同位体計測の結果。縦軸は中心の炭素の同位体比、横軸は末端の炭素の同位体比を示す。赤い矢印は培養実験の結果に基づいて予測されるプロパンの生物分解トレンド。水色の矢印は熱分解実験によって得られた無機的な分解トレンドを示す。赤の星印で示したガス田サンプルは生物が分解した傾向がみられる。
図3.
天然ガス中プロパンの分子内同位体計測の結果。縦軸は中心の炭素の同位体比、横軸は末端の炭素の同位体比を示す。赤い矢印は培養実験の結果に基づいて予測されるプロパンの生物分解トレンド。水色の矢印は熱分解実験によって得られた無機的な分解トレンドを示す。赤の星印で示したガス田サンプルは生物が分解した傾向がみられる。
プロパンの同位体分子種とそれらがバクテリアに分解される際の反応速度。微生物分解の際には、中心炭素が13Cに置換された同位体分子種の反応速度が特に遅いことが培養実験により明らかになった。つまり、微生物によってプロパンが分解されていくと、残ったプロパンガスは中心炭素の13C存在度だけが異常に増えることになる。これが今回、いくつかのガス田で見られた特徴と一致しており、ガス田地下での微生物活動の証拠となった。
図4.
プロパンの同位体分子種とそれらがバクテリアに分解される際の反応速度。微生物分解の際には、中心炭素が13Cに置換された同位体分子種の反応速度が特に遅いことが培養実験により明らかになった。つまり、微生物によってプロパンが分解されていくと、残ったプロパンガスは中心炭素の13C存在度だけが異常に増えることになる。これが今回、いくつかのガス田で見られた特徴と一致しており、ガス田地下での微生物活動の証拠となった。

用語説明

[用語1] 安定同位体比 : 質量数の異なる元素で、放射壊変せずに安定に存在するもの。炭素の場合は質量数12の12Cと質量数13の13Cの二種類があり、これらの比率を炭素の安定同位体比と呼ぶ。質量数14の14Cは放射性同位体であり、今回の研究では使用していない。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
論文タイトル :
Intramolecular isotopic evidence for bacterial oxidation of propane in subsurface natural gas reservoirs
著者 :
Alexis Gilbert, Barbara Sherwood Lollar, Florin Musat, Thomas Giunta, Songcan Chen, Yuki Kajimoto, Keita Yamada, Christopher J. Boreham, Naohiro Yoshida, and Yuichiro Ueno
DOI :
<$mt:Include module="#G-03_理学院モジュール" blog_id=69 $> <$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

英語での問い合わせ

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 助教

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) アフィリエイトサイエンティスト

アレキシー・ジルベルト

E-mail : gilbert.a.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2617 / Fax : 03-5734-3537

日本語での問い合わせ

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系/地球生命研究所(ELSI)教授

上野雄一郎

E-mail : ueno.y.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3536

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

脳波のような複雑な信号を読み解く新手法 定数パラメータを加えることで脳活動情報の抽出改善

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要点

  • 異なる条件下の信号を位相だけでなく振幅も利用して検出できる新手法
  • 脳波など複雑(カオティック)な信号から脳活動情報を抽出する技術
  • ブレイン・マシン・インタフェースの高度化に寄与する可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小池康晴教授、吉村奈津江准教授、ルドビコ・ミナティ(Ludovico Minati)特任准教授(兼ポーランド科学アカデミー研究員)、マティア・フラスカ(Mattia Frasca)研究員(兼カターニャ大学)らの研究チームは、脳波のような複雑な信号を分析し、脳活動の特徴を捉えるのに有用な情報の抽出方法を改善する新たな手法を発見した。

その仕組みはシンプルで、異なる条件下の信号の違いを検出するために、これまでの位相だけの手法に加えて、定数パラメータ[用語1]を加えることにより、振幅の違いも利用できるようになるというもの。今回の研究により見出された、特定の行動を規定する脳活動を示す信号の同期[用語2]を検出する方法は、脳の活動に基づいてコンピュータや他の機械を制御するブレイン・マシン・インタフェース[用語3]システムの性能を向上させる可能性がある。

本研究成果は、2019年2月8日(現地時間)に米国の著名な物理系学術雑誌である「Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science」に掲載された。

背景

人間は、2つの灯りが同時に点滅しているかどうかなど、別々のことが同時に起こっているかを発見することが得意である。そのため、例えば2つのブランコが規則的に動いている時、その動きが「同期」しているか判断するのは比較的簡単なことだ。しかしながら、例えば凧が非常に複雑に動くとき、目では追いきれないこともある。そのようなシステムには、ランダムなものもある一方、「カオス」と呼ばれる秩序を有するものがある。物理学において、カオスは秩序の欠如を意味するものではなく、非常に複雑な種類の秩序があることを示す。そのような状況は、我々の脳内のニューロンの活動を含む、非常に広範で見られる。

これまでの研究では、電気信号が複雑な軌跡を示す場合、それらが同期しているかどうかを判断するのは困難であり、そのため長きにわたり研究が進んでいなかった。

研究成果

通常、電気信号の軌跡がほぼ同じ周回軌道を繰り返す場合、我々が観察しているシステムがこの周期内のどの時点であるかを捉えることは重要で、このことを「位相(フェーズ)」と呼ぶ。一方、軌跡が不規則な場合、周回軌道のサイズも変化し、各サイクルは前のサイクルよりも大きくなったり小さくなったりする。これを「振幅」と呼ぶ。これらの2つのシステムは独立しており、「解析信号[用語4]」と呼ばれる数学的手法により任意の信号から抽出できる。

2つのシステムの位相が関連しているかどうか、つまり「位相同期(フェーズロック)」されているかどうかを測定することは、多くの分野で重要となる。考えられるすべての信号の組み合わせで位相同期を取得することは、脳波の頭皮で測定された電圧から、誰かが考えていることを推測するのに有効な方法だ。この技術をさらに詳細に解析していけば、例えば、障害のある人々を助けるような、脳波でデバイスを操作するインタフェースの開発に役立つ可能性がある。

しかし、ブレイン・マシン・インタフェースまたはブレイン・コンピュータ・インタフェースと呼ばれるインタフェースは検出精度の個人差が大きく、十分正確ではない。研究チームでは、特定の行動を規定する脳波信号間の同期を測定するため新しいアプローチを提案した。

これは「解析信号」を計算した後に、定数パラメータを追加するもので、あえて信号の軌道をゆがめることで、信号の位相と振幅の関係を変化させ、同期しているかどうかを際立たせることができる。

研究チームは当初、トランジスタ発振器のネットワークなど単純な理論システムでこの定数を追加することでその効果を分析していた。今回さらに、このアプローチを脳波信号のデータに適用。実験では、被験者の安静時と、左手または右手を動かす、あるいはその動きを想像するように指示を受けた際の脳波をそれぞれ計測し、提案する新手法の検証を行った(図参照)。その結果、複数の信号間の同期を検出し、特定の行動を識別(規定)している情報の精度を高めることに成功した。

一定のパラメータcを合計することにより、急速に複雑になる関係に従って位相αを角度θにゆがませる(上)。この操作を脳波信号に適用すると、被験者の安静時または手を動かした時、あるいは左手または右手を動かすことを想像した時に、同期の違いがより明確に現れる(下)。
図.
一定のパラメータcを合計することにより、急速に複雑になる関係に従って位相αを角度θにゆがませる(上)。この操作を脳波信号に適用すると、被験者の安静時または手を動かした時、あるいは左手または右手を動かすことを想像した時に、同期の違いがより明確に現れる(下)。

今後の展開

開発した新手法は、ブレイン・マシン・インタフェースに用いられる従来の解析手法と比べ、その精度(特定の行動を電気信号で識別)は大幅な改善が見られた。今後は、理論的な解析や実験を繰り返すことで、複雑なロボットを思い通りに操作できる新たなインタフェースの開発を推進していく。

用語説明

[用語1] 定数パラメータ : 複素平面のなかで、信号をゆがませるための定数。

[用語2] 同期 : 二つ以上の動きや信号のタイミングが合うこと。

[用語3] ブレイン・マシン・インタフェース : 脳波など人間の脳が発信する信号を使って、ロボットのような機械の動作を制御すること。

[用語4] 解析信号 : 複素信号の特別な場合で、実信号の正の周波数成分だけを取りだした信号。ヒルベルト変換を用いて生成する。

論文情報

掲載誌 :
Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science
論文タイトル :
Warped phase coherence: An empirical synchronization measure combining phase and amplitude information
著者 :
Ludovico Minati, Natsue Yoshimura, Mattia Frasca, Stanisław Dróżdż, Yasuharu Koike
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

教授 小池康晴

E-mail : koike@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5054 / Fax : 045-924-5066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

BSフジ「ガリレオX」に菅野了次教授が出演

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本学 科学技術創成研究院 全固体電池研究ユニットの菅野了次教授がBSフジ「ガリレオX」に出演します。

「ガリレオX」は、科学や科学技術に関わる新しい動向や注目の研究を、「深く・わかりやすく・面白く」伝える、30分の科学ドキュメンタリー。今回は、電池開発に大きな成果をあげる菅野教授の話を柱に、生活に欠かせない電池の開発の歴史から最新の研究開発の現場までを探ります。

菅野了次教授のコメント

今般、先端の科学技術を分かりやすく紹介する番組の取材を受け、超イオン伝導体をキーテクノロジーとする全固体電池の研究について解説しました。本学で創造された最先端の材料研究が社会に役立つことを伝える機会をいただけて幸いです。

  • 菅野了次教授
  • 超イオン伝導体をキーテクノロジーとする全固体電池の研究について
  • 番組名
    BSフジ「ガリレオX」
  • タイトル
    電池研究最前線 次世代電池が起こすイノベーション
  • 放送予定日
    2019年4月28日(日)13:35 - 14:05 ※通常の放送時間と異なります
  • 再放送予定日
    2019年5月5日(日)11:30 - 12:00

お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

性ホルモンの男女を見分ける分子カプセル 男性ステロイドホルモンの超高感度センシング法を開発

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要点

  • 水中で分子カプセルが種々のステロイド性ホルモンを強く捕捉
  • 男性と女性ホルモンの混合物から男性ホルモンを選択的に捕捉
  • 数ナノグラム量の男性ホルモンの高感度蛍光センシングに成功

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の山科雅裕博士研究員(当時、現・理学院 化学系 助教)と吉沢道人准教授らは、水中で分子カプセルがステロイド性ホルモンの混合物の中から、男性ホルモンを選択的に捕捉できることを発見した。また、分子カプセルと蛍光色素を組み合わせることで、極微量の男性ホルモンの蛍光センシングにも成功した。本成果は人工のカプセル分子による初の超高感度な男性ホルモンの検出法であり、性ホルモンの生理活性機構の解明やドーピングの新検出剤の開発などが期待される。

酵素のタンパク質ポケットによる生体分子の選択的な捕捉は、続く生理活性や酵素反応を決定付ける重要な第1ステップである。生体のステロイド性ホルモンは、わずかな分子構造の差で異なる生理活性を誘導し、その役割によって男性と女性ホルモンに大別される。生体ポケットはこれらの性ホルモンを厳密に識別できるが、従来の合成レセプターでは識別できなかった。

本研究では、同グループが作製した分子カプセルが、種々のステロイド性ホルモンを水中で効率良く取り込むことを見出した。注目すべきは、そのカプセルが類似の構造を持つ男性と女性ホルモンの混合物から、男性ホルモンのみを識別して捕捉できたことである。そのメカニズムとして、剛直なカプセル骨格が内包したホルモンの形状に誘起されて構造変化し、多点の分子間相互作用が働くことが判明した。さらに、あらかじめ蛍光色素を捕捉させた分子カプセルを用いることで、交換反応によりナノグラム量の男性ホルモンの蛍光検出にも成功した。

上記の研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)の科学雑誌「Science Advances」に、平成31年4月19日(米国東海岸時間)付けで掲載された。

研究の背景とねらい

酵素はタンパク質からなるナノポケットを利用し、狙いとする生体分子を選択的に捕捉することで、続く生理活性や酵素反応を厳密に制御している。この生体系にとって重要な第一段階を人工的に模倣することができれば、特定の生体分子の超高感度な検出法の開発が期待できる。様々な生体分子の中でステロイド性ホルモンは、その構造および機能的な特徴によりアンドロゲン(=男性ホルモン)、プロゲストーゲン(=女性ホルモン)とエストロゲン(=女性ホルモン)に分類される(図1a)。これらの性ホルモンの分子構造は類似しており、主な違いは4つの環状骨格のAとD環上の官能基のみである。生体のタンパク質ポケットは、その微細な構造の違いを厳密に識別できる。しかしながら、人工のかご型やカプセル型分子の内部空間では、比較的大きな性ホルモンを捕捉すること自体が困難であり、また、男女の識別は達成されていなかった。

(a)ステロイド性ホルモンの母骨格と代表的な性ホルモン(b)分子カプセルの構造と(c)その空間充填モデル(Rは省略)

図1. (a)ステロイド性ホルモンの母骨格と代表的な性ホルモン(b)分子カプセルの構造と(c)その空間充填モデル(Rは省略)

今回、アンドロゲンレセプター[参考文献1] の約10分の1の大きさの分子カプセル(同グループが開発[参考文献2] ;図1b)が、種々のステロイド性ホルモンを水中で強く捕捉することを見出した。また、詳細な競争実験より、分子カプセルが男性と女性ホルモンの混合物から、男性ホルモン(アンドロゲン)を選択的に捕捉できることを明らかにした。捕捉後の分子カプセルの結晶構造解析から、識別のメカニズムは、カプセル骨格がホルモン構造に誘起されて変形し、分子間相互作用が多点で働くことに起因すると判明した。さらに、蛍光色素を予め捕捉させた分子カプセルを利用することで、水中に溶解する数ナノグラム[用語1]量の男性ホルモンの蛍光検出に成功した。

研究内容

男性ステロイドホルモンの選択的捕捉

まず、分子カプセル(図1b)のステロイド性ホルモンに対する捕捉能を調査した。代表的なアンドロゲンのテストステロン(1当量)を分子カプセルの水溶液に添加し60 ℃で10分間加熱撹拌すると、水に難溶なテストステロンは疎水効果[用語2]により定量的にカプセル内に捕捉された。捕捉の事実は1H NMR(プロトン核磁気共鳴装置)およびESI-TOF MS(飛行時間型 質量分析装置)分析で確認した。同様の方法で、代表的なプロゲストーゲンのプロゲステロンとエストロゲンのエストラジオール(図1a)もそれぞれ効率良く分子カプセルに捕捉された。

続いて、競争実験により捕捉の選択性を評価した。分子カプセルの水溶液に対して、上記のテストステロン、プロゲステロン、エストラジオールを1当量ずつ添加し、加熱撹拌した。その結果、テストステロンが98 %以上の選択性で分子カプセルに捕捉されることが判明した(図2a)。その捕捉の強さは、プロゲステロンの100倍以上であった。興味深いことに、この選択性は1当量のテストステロンと大過剰量のプロゲステロンとエストラジオール(それぞれ100当量)を混合した場合でも維持された。

(a)分子カプセルによる男性/女性ホルモン混合物中からの男性ホルモンの選択的捕捉(b)分子カプセルによる性ホルモン識別の優先順位

図2. (a)分子カプセルによる男性/女性ホルモン混合物中からの男性ホルモンの選択的捕捉(b)分子カプセルによる性ホルモン識別の優先順位

他のステロイド性ホルモンに関して捕捉の競争実験を行った結果、分子カプセルはテストステロンやジヒドロテストステロンやアンドロステロンなどのアンドロゲン(男性ホルモン)に対して、プロゲステロンやヒドロキシプロゲステロンのプロゲストーゲン(女性ホルモン)、エストラジオールやエストリオールのエストロゲン(女性ホルモン)よりも強く捕捉することが判明した(図2b)。すなわち、男性と女性ホルモンを明確に識別できることが明らかになった。また、アンドロゲンの中での捕捉の優先順位では、テストステロン、ジヒドロテストステロン、アンドロステンジオンに続いて、アンドロステロンとなった。得られた捕捉の順序は、性ホルモン自身の水溶性の違いには依存していない。

選択的な捕捉のメカニズム解明

なぜ、分子カプセルが男性ホルモンを選択的に捕捉できるかを解明するため、テストステロンを含む分子カプセルの単結晶を作製し、そのX線結晶構造解析を行った。その結果、約1 nmサイズのカプセル空間に、同サイズのテストステロンが完全に内包されていることが判明した(図3a、b)。このとき、本来の球状カプセル骨格は、板状のテストステロンに合わせて大きく変形していた。この現象は、柔軟なタンパク質ポケットで見られる誘導適合[用語3]モデルと同様であるが、剛直な人工空間での発現は稀である。この立体構造変化で、分子カプセルを構成する芳香環パネルは、テストステロンのAとD環に最近接し、環上の官能基が多点のCH/OH-π相互作用[用語4]および水素結合していた(図3c)。性ホルモンの構造の差異は、両端のA/D環上の官能基に大きく依存することから、D環がより嵩高いプロゲステロンやA環がより剛直なエストラジオールより、テストステロンがカプセル空間に最も適合したと考えられる。

テストステロン内包体のX線結晶構造 (a)分子カプセル:棒モデル、テストステロン:空間充填モデル(b)空間充填モデル(c)2つの角度から見たカプセル空間とテストステロンの配置(カプセル骨格の一部:空間充填モデル)

図3. テストステロン内包体のX線結晶構造 (a)分子カプセル:棒モデル、テストステロン:空間充填モデル(b)空間充填モデル(c)2つの角度から見たカプセル空間とテストステロンの配置(カプセル骨格の一部:空間充填モデル)

極微量の男性ホルモンの蛍光センシング

高感度な男性ホルモンの検出デバイスを志向し、分子カプセル内での分子交換反応を利用した、テストステロンの蛍光センシングに挑戦した。本来、水に不溶なクマリン系色素は分子カプセルに捕捉されると水溶化し、紫外光照射で青緑色に発光する(図4左)[参考文献3]。この水溶液に、約200ナノグラムのテストステロンを含む水溶液を添加すると、テストステロンが優先的に捕捉され、クマリンは放出された。その結果、紫外光照射に対して蛍光が顕著に低下した(図4右)。この蛍光変化は、蛍光光度計でも明確に検出された。男性ホルモンのナノグラムセンシングに成功した。

分子交換反応を用いたテストステロンの高感度な蛍光センシング(λex = 423 nm)

図4. 分子交換反応を用いたテストステロンの高感度な蛍光センシング(λex = 423 nm)

今後の研究展開

本研究では、山科研究員、吉沢准教授らのグループが開発した分子カプセルを利用することで、これまで困難であった男性ステロイドホルモンの高選択的な識別を達成した。その識別能は、誘導適合による多点の分子間相互作用に起因し、また、蛍光色素との交換反応で、ナノグラム量の男性ホルモンの蛍光検出に成功した。これらの成果は、性ホルモンの生理活性機構の解明や複雑な生体関連分子の識別を可能とする合成レセプターの設計指針を与えるだけでなく、スポーツ界で問題となっているステロイドのドーピング検出などの超高感度分析への展開も期待できる。

参考文献

[1] K. Pereira de Jésus-Tran, P.-L. Côté, L. Cantin, J. Blanchet, F. Labrie, R. Breton, Protein Sci. 15, 987–999 (2006).

[2] M. Yamashina, Y. Sei, M. Akita, M. Yoshizawa, Nature Commun. 5, 4662 (2014).

[3] M. Yamashina, M. M. Sartin, Y. Sei, M. Akita, S. Takeuchi, T. Tahara, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc. 137, 9266–9269 (2015).

用語説明

[用語1] ナノグラム : 1 gの10億分の1の重さ。

[用語2] 疎水効果 : 油と同様の性質をもつ化合物またはその部位が、水中で互いに集合する(引き合う)現象。

[用語3] 誘導適合 : タンパク質のポケットが、対象となる分子(基質)の形状に合わせて構造変化すること。

[用語4] CH/OH-π相互作用 : 炭素または酸素原子上の水素と芳香族化合物の間に働く静電的な相互作用。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
A Polyaromatic Receptor with High Androgen Affinity
(高いアンドロゲン親和性を有する芳香環レセプター)
著者 :
Masahiro Yamashina, Takahiro Tsutsui, Yoshihisa Sei, Munetaka Akita, Michito Yoshizawa
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

准教授 吉沢道人

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

光で検出できない“不可視な”円柱構造 光や電磁波を反射や散乱しない構造を単一物質で実現

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要点

  • 電磁界解析により特定の光では観測ができない不可視な単一物質の円柱構造を発見
  • 半導体などの実在する物質でこの構造が作製可能
  • 光や電波と干渉しないデバイス、配線、構造体などへの応用を期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の小林佑輔大学院生(修士課程2年)と梶川浩太郎教授は、特定の波長の光を使った時に、その光では検出が不可能な「不可視化構造」を単一物質でも実現できることを見いだした。単一物質による構造で光学的に不可視化ができることを実証した初の成果である。

この構造は高い屈折率を有する半導体の円柱構造で実現できるので、今後、不可視な光学素子や電子素子が作製できたり、光と干渉しない配線などが実現できたりする。また、電波と干渉しない構造体の設計にも役立つ。

不可視とは構造が透明であることに加え、光が照射された際にその光の波面が乱されることなく構造を通り抜けるということであり、その光では構造を検出できない。不可視化構造として、これまでクローキング[用語1]など、いくつかの方法が提案されている。それらは複数の物質やメタ物質[用語2]の組み合わせで実現されていた。今回の成果はこれらの技術に対し、容易に不可視化を実現できることが特徴だ。

研究成果は応用物理学会の速報誌「Applied Physics Express(アプライド・フィジックス・エクプレス)」に3月1日に掲載され、同誌のSpotlights(スポットライト)2019論文に選ばれた。

研究の背景

物質や構造を不可視化する技術が注目されている。ここでいう不可視な構造とは単にその構造が透明なだけでなく、構造を通過した光の波面が乱されたり変調されたりしないことが必要である。たとえば、水やガラスは透明であるが、屈折率が空気とは異なり大きいため、光の位相速度[用語3]は小さくなり、そこを透過した光の位相は、空気を通過した場合と大きく異なる。さらに表面での反射もあり、光で見る(検出する)ことは容易で不可視な構造ではない。また、カメレオンのように構造を背景と区別できなくするカモフラージュとも異なる。

近年、メタ物質を用いたクローキング技術が注目を集めている。クローキングとは構造を特定の媒質で覆うことにより全体を不可視化する技術である。一方で、単一の物質でも形状をデザインすれば、不可視化が可能であることは知られていなかった。複数の物質やメタ物質を組み合わせる必要がないため、比較的容易に不可視化を実現できる特徴がある。そのため、今後、様々な応用が考えられる。

研究成果

図1(a)に示すような円柱にx方向に偏光する光を当てた際の散乱効率を、ミー理論[用語4]により解析的に計算した結果を図1(b)に示す。横軸はサイズパラメータα[用語5]とよばれ、円柱の半径を光の波長で規格化して、2πを乗じたものである。

縦軸は円柱の屈折率である。散乱効率は色で示しており、青の領域で散乱効率が小さい。この図は屈折率が2.7以上3.7以下の物質(シリコン〈Si〉、ヒ化アルミニウム〈AlAs〉、ヒ化ガリウム〈GaAs〉)で不可視化が実現できることを示している。実際、これらの物質では、円柱構造の作製が研究されており、将来的には不可視な円柱構造を実際に作製できると考えられる。

図1. (a)円柱構造 (b)散乱効率のサイズパラメータおよび屈折率依存性
図1.
(a)円柱構造 (b)散乱効率のサイズパラメータおよび屈折率依存性

円柱を光で照射した際に生じる光磁場[用語6]のシミュレーション結果を図2に示す。シミュレーションはFDTD法(時間領域差分法)[用語7]で行っており、この構造の存在を予測したミー理論とは異なるアルゴリズムで計算されている。赤がプラス、青がマイナスの光磁場を示している。波長0.7 μmの単色光が下から照射されているため、波面は下から上に動く。

図2(a)は不可視化条件ではない場合であり、中心におかれた円柱で光が散乱されて波面が乱れていることがわかる。このとき、観測者は散乱光を見れば円柱があることがわかる。一方、図2(b)は不可視化条件の場合である。中心に円柱構造があるにも関わらず、光が何事も無かったように下から上へ通り抜けていく様子がわかる。

つまり、円柱があっても無くても位相を含めて光波は同じ状態であり、光では円柱を観測することはできない。言い換えると、高い屈折率の物質でできた円柱であるにもかかわらず、形状をデザインすることにより、対応する波長の光に対しては実効的に、その屈折率を空気と同じ1とすることができる。興味深いことに、球では不可視化は実現できない。

図2. 電磁界解析により光が入射した際のy方向の光磁場を図示したもの。波長0.7 μmの赤い光が下から入射している。中央にAlAs半導体(屈折率3.0)の円柱が置かれている。(a)は直径が0.35 μm、(b)は直径が0.39 μmのときである。(a)では波面が乱れており、光が散乱されている。すなわち見える状態である。(b)では光がそのまま通り抜けており、不可視な状態、つまり、光を使って円柱を見ることができない。
図2.
電磁界解析により光が入射した際のy方向の光磁場を図示したもの。波長0.7 μmの赤い光が下から入射している。中央にAlAs半導体(屈折率3.0)の円柱が置かれている。(a)は直径が0.35 μm、(b)は直径が0.39 μmのときである。(a)では波面が乱れており、光が散乱されている。すなわち見える状態である。(b)では光がそのまま通り抜けており、不可視な状態、つまり、光を使って円柱を見ることができない。

不可視化のメカニズムを調査するために行った計算の結果が図3である。円柱構造内の光磁場の分布を示している。図2と同様に赤がプラス、青がマイナスである。図3(a)は不可視化条件ではない場合である。このとき、円柱内の光磁場が対称に分布していない。この非対称な光磁場分布からは散乱光が放射され、円柱を観測すること(見ること)ができる。一方、図3(b)は円柱が不可視な条件の時である。中心にプラスの光磁場が分布し、マイナスの光磁場は上下に対称に存在する。そのため、ここからは光磁場はキャンセルし散乱光は放出されず、この光では円柱は観測できない。

図3. 円柱内の磁場分布。光は下から上へ照射している。(a) 不可視化されていない場合、(b) 不可視化されている場合。(a)では磁場の分布が対象でなく、散乱光が放射されるが、(b)ではつねに磁場の分布が対象で、ここから生じる散乱光はキャンセルして放射されない。
図3.
円柱内の磁場分布。光は下から上へ照射している。(a) 不可視化されていない場合、(b) 不可視化されている場合。(a)では磁場の分布が対象でなく、散乱光が放射されるが、(b)ではつねに磁場の分布が対象で、ここから生じる散乱光はキャンセルして放射されない。

研究の経緯

これまで、クローキング媒質を使って対象物を不可視化する研究は多数行なわれてきた。梶川教授らのグループでも実在物質によるクローキングの研究を行っている。その研究の中で、屈折率や構造などのパラメータを網羅的に調べていると、不可視化する対象物と同じ屈折率をもつクローキング媒質を使っても、不可視化が実現できることがわかった。その結果、今回の研究成果である検出が不可能な(不可視な)円柱構造を単一の物質で実現できた。

今後の展開

この構造は高い屈折率を有する半導体で実現されるため、不可視な光学素子や電子素子、光と相互作用しない配線が実現できる。たとえば、電子素子や配線があっても、それが不可視化されていれば、光による情報伝送が妨げられない。さらに、構造や周辺の屈折率のわずかな変化で可視化したり不可視化したりするので、バイオ分野のセンシング素子や光学スイッチング素子などへの応用が考えられる。

また、この研究の成果は光だけでなくマイクロ波やラジオ波などの電波でも有効である。この成果を発展すれば、電波と干渉しない構造体の設計にも役立つと考えられる。

用語説明

[用語1] クローキング : 対象の構造をある媒質で覆うことにより、全体を不可視化する技術。外套を意味する“cloak”を語源とする。クローキング媒質中を光が迂回して不可視化を達成したり、対象物質中に生じる分極とクローキング媒質中に生じる分極が打ち消し合うようにして不可視化を達成したりする。

[用語2] メタ物質 : 対象とする光や電磁波の波長より小さい人工構造を使って、自然界に存在しない光学的な性質を持たせた物質や材料。メタマテリアルとも呼ばれる。負の屈折率やクローキングが実現できる媒質として10年ほど前から研究が盛んに行われるようになった。

[用語3] 位相速度 : 波が媒質中を伝わるときに、同じ位相の面(たとえば波の山や谷)が進む速度。単に速度というと位相速度を指す場合が多い。これに対して、波が持つエネルギーやそこに変調した情報が進む速度を群速度という。

[用語4] ミー理論 : 球や円柱により光が散乱される様子を厳密に計算する理論。

[用語5] サイズパラメータ : 波長に対する半径の比に2πをかけたもの。これを使うと、球や円柱のサイズを一般的に記述することができる。

[用語6] 光磁場 : 光は電磁波の一種であり、互いに直交する電場と磁場が共に影響しあって、振動して空間を進んでいく。この中の磁場の成分を光磁場という。光の強さの平方根に比例する。

[用語7] FDTD法 : Finite Difference Time Domain(時間領域差分)の略。電磁界シミュレーションの手法には、主に3つの手法(有限要素法、モーメント法、FDTD法)が使われている。FDTDは光や電磁場を記述したマクスウェルの方程式を時間と空間で差分化して、時間領域で数値的に解く手法。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Express
論文タイトル :
"Homogeneous Dielectric Cylinders Invisible at Optical Frequency"
著者 :
Yusuke Kobayashi and Kotaro Kajikawa
DOI :
<$mt:Include module="#G-05_工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系 教授 梶川浩太郎

E-mail : kajikawa@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5596 / Fax : 045-924-5596

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

両親由来のゲノム配列を個別に決定する新手法 ゲノム多様化領域に起因した生命現象の解明へ

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要点

  • 両親由来のゲノム配列を高精度にかつ個別に決定する情報解析手法
  • 哺乳類、無脊椎動物、植物などを対象にしたテストで性能を確認
  • 従来は解析が困難だった両親間のゲノムが多様化した領域を解析

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の梶谷嶺助教、吉村大大学院生(博士後期課程3年・研究当時)、奥野未来研究員、伊藤武彦教授らの研究チームは、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、小原雄治特任教授、東京大学の窪川かおる特任教授らと共同で、真核生物のゲノム配列決定において、両親由来の配列を区別し、高精度にそれぞれを決定する、新しい情報解析手法の開発に成功した。

ヒトなど真核生物のゲノム情報は、両親から受け継いだ情報を持ち合わせているが、今までは両親由来ゲノムの差異を無視して配列決定を行うことが一般的だった。しかしながら、この差異の大きな領域は、種々の昆虫の表現型(紋様)との関連や、ヒトでの免疫型の決定、さらには疾患との関連も報告されるようになっている。そのため、簡便に両親由来の配列を区別して解析できる手法が求められていた。

研究チームが開発した「Platanus-allee(プラタナス アリー)」と呼ばれる新しいプログラムは、特殊な装置や前処理を必要とせず、現在の主流になっている次世代シークエンサー[用語1]の大規模な断片配列データのみから、両親由来の配列を高精度に再構築できる画期的なものだ。

本成果は、2019年4月12日付けの「Nature Communications」に掲載された。

背景

2001年にヒトの全ゲノム配列が決定されてから、わずか20年足らずの間に、次世代シークエンサーの登場と解読システムの性能向上により、ゲノム配列を決定するコストは数万分の1になり、読み取り時間も劇的に短くなっている。

ヒトに代表される一般的な高等動植物のゲノムは、母親と父親の両親から受け継いだ両方の情報を持ち合わせている。しかしながら現状では、この差異を無視して、両親由来のゲノム情報全体をモザイク状につなぎ合わせることで、ゲノム配列を解読する手法が一般的に用いられている。

近年、両親由来のゲノム配列(相同染色体)間で差異が大きい領域が存在し、これが様々な表現型(例えば、昆虫の体の紋様や性決定、ヒトの免疫型決定や疾患など)とリンクしている事例が報告されている。そのため、両親由来のゲノム配列を“分けて”解析することの重要性が認識されるようになってきたが、その実現は技術・コストの面から多くの問題が存在していた。

研究の内容

本研究で開発された解析手法は、ショートリード[用語2]と呼ばれる次世代シークエンサーが産出するデータの精度の高さを活かして、まず、大量の断片配列内に存在する一塩基の違いをも区別できるグラフ構造[用語3]に変換する(図1-(a))。次に、そのグラフ構造をショートリード間のペア情報を用いて単純化することで、より長く繋がったゲノム配列を再構築する(図1-(b))。相同染色体との対応付けを配列の類似情報から行い(図1-(c))、エラー修正などを行った上で最終的な配列を導き出す。

研究チームでは、この手法を「Platanus-allee」というプログラムに実装し、ホームページouterで公開した。さらにこの手法を実際に、線虫、シロオビアゲハ、ナメクジウオ、サクラ、ヒトなどの各種生物に適用したところ、その実効性を証明できた。

新たな情報解析プログラム「Platanus-allee」のアルゴリズムの模式図

図1. 新たな情報解析プログラム「Platanus-allee」のアルゴリズムの模式図

今後の展開

研究開発された解析手法で、相同染色体間の複雑な変異情報が網羅的に収集可能となる。これにより変異が蓄積したゲノム領域との関連が疑われている種分化、多様性維持、免疫など重要な生命現象の解明が進むと考えられる。また、究極的には、本研究成果を用いて、我々ヒトを含む“2倍体生物が2セットの少し異なるゲノムを維持することで何を得たのか?”という根源的な問いに対する理解が深化すると期待される。

用語説明

[用語1] 次世代シークエンサー : 2004年頃から登場した新しいタイプの塩基配列解読装置(シークエンサー)。最大の特徴は、それまでの機器(第一世代)と比べて圧倒的に産出するデータ量が多い。その後も次々と新しいタイプのシークエンサーが登場している。

[用語2] ショートリード : 次世代シークエンサーの中で主流な機種が出力するタイプのデータのこと。具体的には、ある程度の長さのゲノム断片の両端が100~250文字程度ずつの断片ゲノム配列(ショートリード)としてペアで読まれる。最新の次世代シークエンサーからは、ショートリードが一度に数億本(ペア)のレベルで産出される。

[用語3] グラフ構造 : ノード(節)とエッジ(辺)で表現されるデータの集合体。ゲノムデータでは、あるゲノム部分配列(ノード)が他のゲノム部分配列(ノード)に繋がっているか(エッジ)の関係を記載したデータ集合体。

本研究は、文部科学省科研費「新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』」先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(16H06279)および、16H04719、15H0597などの支援を受けて行われました。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Platanus-allee is a de novo haplotype assembler enabling a comprehensive access to divergent heterozygous regions
著者 :
Rei Kajitani, Dai Yoshimura, Miki Okuno, Yohei Minakuchi, Hiroshi Kagoshima, Asao Fujiyama, Kaoru Kubokawa, Yuji Kohara, Atsushi Toyoda, and Takehiko Itoh
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 伊藤武彦

E-mail : takehiko@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3430 / Fax : 03-5734-3630

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
リサーチ・アドミニストレーター室 報道担当

E-mail : infokoho@nig.ac.jp
Tel : 055-981-5873 / Fax : 055-981-9418

東工大関係者6名が平成31年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞

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このたび、東工大関係者6名が、平成31年度科学技術分野の文部科学大臣表彰において「科学技術賞」、「若手科学者賞」を受賞しました。

「科学技術賞」は科学技術分野で顕著な功績をあげた者を対象としたもので、「開発部門」「研究部門」「科学技術振興部門」「技術部門」「理解増進部門」に分かれて表彰されています。今年度の科学技術賞(研究部門)の応募件数は149件、授賞件数は43件(54名)です。

「若手科学者賞」は、萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満の若手研究者を対象としています。今年度の若手科学者賞の応募者数は304名、授賞者数は99名です。

日ごろの研究活動、研究成果を認められ、本学からは2名が科学技術賞を、4名が若手科学者賞を受賞しました。

今年度受賞した関係者は以下のとおりです。

科学技術賞(研究部門)

若手科学者賞

科学技術賞(研究部門)

西山伸宏 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授

受賞業績:高分子設計に基づくナノマシンの創製と医療応用に関する研究

西山教授
西山教授

超高齢化社会を迎え、医療分野においては、QOL(生活の質)を意識した診断・治療技術に対するニーズが高まっています。本研究では、精密合成高分子やその分子集合体からなるプラットフォームに標的指向性や環境応答性等の様々な機能を集積化することによって、体内において、必要な時に、必要な部位で、必要な診断および治療を最小限の副作用と最大限の効果で達成する医療用ナノマシンの創製を行いました。

本研究では、医療用ナノマシンによって、「がんの高感度検出や悪性度の可視化」、「膵臓がん等の難治がんに対して、薬剤のピンポイント送達に基づく効果に優れ、副作用の少ないがん治療」、「光、超音波、中性子線などの物理エネルギーの照射による患者への負担の少ない超低侵襲がん治療」が実現可能であることを実証してきました。これらの技術は、がん等の難病の早期発見や根治、患者の早期社会復帰をもたらし、核酸医薬等の画期的な医薬品の実用化を加速するものと考えられ、国民の健康寿命の延伸や医薬品開発分野における日本の産業競争力の強化に寄与することが期待されます。

今回受賞対象となった一連の研究は、多くの共同研究者の皆様の多大なるご尽力があって成し得たものであり、この場を借りて感謝の意を表するとともに、医療用ナノマシンによる未来医療の実現に向けて、より一層研究に邁進していく所存です。

医療用ナノマシンに関する研究概要

医療用ナノマシンに関する研究概要

萩原一郎 名誉教授

受賞業績:計算科学シミュレーション援用 折紙構造の産業化に関する研究

萩原名誉教授
萩原名誉教授

折紙構造には、軽くて剛い、展開収縮能があるなど優れた特性を有すものの、実際の産業化は、生産コストの制限が比較的緩やかな宇宙産業以外十分には見られない状況でした。この打開には、(1)従来の型紙を折紙ロボットに折らせようとすると機構ばかり複雑となる、(2)折紙構造は一般の構造より複雑でその通り造ろうとすれば高価となる、等の解決が期待されました。

本研究では、3次元に構築したものは同じでも山折り・谷折り程度の機能を持つロボットで折れる展開図が得られる設計システムを開発し、全自動でその画像から実物を折紙のように構築する折紙式プリンターのプロトタイプを得ました。型紙から閉じた3次元構造とする条件や折畳める条件は、折れ線の交わる角度が司ることから、角度を保存する等角写像を利用すれば、簡単な構造の展開図から複雑な構造の展開図が得られるという発想により折紙構造に初めて等角写像を持ち込みシステマティックに安価に造れエネルギー吸収特性も優れた折紙構造の近似化を得ました。以上の成果は多くの産業を創出する可能性があるとして評価されました。

「折紙工学」は時に芸術的なデザインから、機能創出、製造技術と多岐に亘る総合工学です。本学に在職時代、本学にあこがれた沢山の優秀な留学生に恵まれ色々な研究を行えたことが今回に繋がりました。当時の学生、先生方、また事務の方々に感謝します。どうもありがとうございました。

折紙工学 3つの柱からの成果の一例

折紙工学 3つの柱からの成果の一例

若手科学者賞

平原徹 理学院 物理学系 准教授

受賞業績:ビスマス系トポロジカル薄膜の物質開発と表面状態の研究

平原准教授
平原准教授

物質の表面では内部のバルクとは違った電子状態が実現されています。例えばバルクが非磁性体でも、表面だけスピン偏極したバンド構造を持つラシュバ・トポロジカル表面というものが存在し、理論を中心にスピントロニクス応用に向けて多くの研究が行われていました。この表面状態を利用したデバイス開発のためには高品質薄膜を作成し、強磁性体などと組み合わせる必要があったのですが、実験的に研究されていた多くの物質は、分厚いバルク物質の表面でした。そこで私はビスマスという元素に着目し、ビスマス化合物の高品質薄膜を作成する方法を考案しました。特にビスマス薄膜では表面状態が薄膜中の電気の流れを支配することを明らかにしました。さらに、トポロジカル絶縁体薄膜内部に磁性元素を埋め込み、不純物を導入せずにトポロジカル表面状態に強磁性を付与する新しい方法を発見しました。これらの成果はデバイス応用のみならず基礎科学として重要だと考えています。

この度、栄誉ある賞を賜り、大変光栄に思っております。ご指導いただいた先生方や共同研究者に厚く御礼申し上げます。また本学からのご支援にも感謝いたします。

岩﨑孝之 工学院 電気電子系 准教授

受賞業績:ワイドバンドギャップ半導体中の固体量子光源に関する研究

岩﨑准教授
岩﨑准教授

ワイドギャップ半導体中に取り込まれる不純物原子は、空孔(原子のない空の場所)と隣り合うことで発光を示す複合欠陥を形成します。ダイヤモンドは、大きなバンドギャップを有するワイドギャップ半導体であり、様々な複合欠陥を形成することができます。単一光子を放出する複合欠陥は量子光源として機能し、優れた光学特性およびスピン特性を有する光源は将来の量子ネットワークへの応用が期待されています。しかしながら、これまで優れた光学特性とスピン特性を両立する量子光源は見出されていませんでした。本研究では、ダイヤモンド中にこれまで導入されていなかった元素であるゲルマニウムおよびスズに注目することで新しい量子光源を創出しました。特に、スズと空孔からなるスズ-空孔センターは高い発光強度を示し、加えて安定した発光とケルビン温度領域において長いスピンコヒーレンス時間が期待できることから、これまでの量子光源の問題を解決できる可能性を有しています。

本研究の成果は、国内外の多くの共同研究者の方々との協力のもと得られたものです。この場をお借りして心より感謝申し上げます。今後、さらに研究を発展させるために尽力していきます。

本倉健 物質理工学院 応用化学系 准教授

受賞業績:機能集積型触媒の開発と高効率合成反応に関する研究

本倉准教授
本倉准教授

固定化触媒は液相合成反応において分離・回収・再使用の観点から注目されている反面、活性点構造の不均一性や固体表面との立体障害によって、均一系の分子触媒よりも活性が低下する問題点が指摘されていました。我々は、明確な構造をもつ複数の活性点を同一固体表面に集積固定することで、活性点間の協奏的触媒作用が発現し、固定化触媒でありながら高活性を示す触媒を開発することに成功しました。開発した触媒は求核剤アリル化反応、ヒドロシリル化反応、二酸化炭素変換反応等に既存の報告と比較して一桁以上高い活性を示します。活性点の種類や配置・配向を精密制御することで、さらなる高機能の発現や様々な触媒反応へ展開したいと考えています。

今回、このような栄えある賞をいただくにあたり、これまでご指導くださった先生方、共に研究を行った研究室スタッフ・学生の皆様、学内外のプロジェクトでお世話になった関係者の方々にこの場をお借りして感謝申し上げます。

分子触媒と固体触媒の融合による機能集積型触媒の開発

分子触媒と固体触媒の融合による機能集積型触媒の開発

大上雅史 情報理工学院 情報工学系 助教

受賞業績:生体内のタンパク質等の相互作用の網羅的な予測研究

大上助教
大上助教

生体内のタンパク質をはじめとする分子間相互作用の理解は、生命現象の解明、疾病要因の特定、新規薬剤設計の開発促進など、生命科学・医学・薬学のさまざまな問題の解決に関係します。生物学的実験を介することなく計算機によって分子間相互作用を予測することができるようになると、これらの研究の大幅な加速が期待されます。

私はこれまで、タンパク質等の生体分子間の相互作用を計算機で網羅的に予測する技術を開発してきました。生体内にはきわめて多数の分子が存在しますが、多数の分子の網羅的な(多対多の)相互作用を現実的な時間内で扱うためには、方法論の抜本的な改良と、TSUBAMEに代表される世界最高規模のスーパーコンピューターの活用が不可欠です。分子の立体構造情報を網羅的に活用することに着眼し、またTSUBAMEを高効率に扱うための並列化実装に取り組み、百万件の分子間相互作用の予測をわずか半日で実行可能にすることに成功しました。今後、本研究成果の製薬産業等での利活用や、新たな薬剤標的探索技術の開発に結びつけていきたいと考えています。

本受賞は、秋山泰教授をはじめとするご指導いただいた先生方や共同研究者の方々、秋山研究室の皆様のご支援ご指導の賜物です。この場を借りて改めて感謝申し上げます。今回の受賞を励みに、より一層研究・教育活動に励んで参ります。また、本受賞業績の一部は「研究の種発掘」支援および「情報理工学院若手研究プロジェクト」支援により得られたものであり、この場を借りて感謝申し上げます。

大量の分子構造情報を活用した網羅的な分子間相互作用予測技術の開発

大量の分子構造情報を活用した網羅的な分子間相互作用予測技術の開発

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


LG Japan Lab、JXTGエネルギーと「スマートマテリアル&デバイス共同研究講座」を設置

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東京工業大学(以下東工大)は、4月1日にLG Japan Lab(エルジー ジャパン ラボ)株式会社(以下LG)、JXTG(ジェー エックス ティー ジー)エネルギー株式会社(以下JXTG)と「LG×JXTGエネルギー スマートマテリアル&デバイス共同研究講座」を設置しました。

省エネルギーや高齢化等の課題を解決し、快適な生活の実現に寄与する材料・デバイス機器の技術開発を目的として取り組みます。

東工大、LG、JXTGの3者が研究レベルで一体となり、従来の共同研究の枠を越えた新たな研究開発体制を導入する事で、短期間で社会に貢献することを目指します。

発足記念式典を開催

発足記念式典を開催

概要・今後の展開

本講座では、東工大において、JXTGが誇る機能材分野の技術力と、高いグローバル競争力を有するデバイス・セットメーカーであるLGの開発力とを融合させた研究を実施していきます。産学、サプライチェーンおよび国際協調における隔たりを解消するために3者が研究レベルで一体となり、従来の共同研究の枠を越えた新たな研究開発体制を導入します。

省エネルギーや高齢化等の課題に焦点を当て、これらの課題解決による快適な生活の実現に寄与する材料・デバイス機器(ソフトアクチュエータ、スマートセンサーなど)の技術開発を目的として取り組みます。また、基礎研究の段階から3者が協力する事で、短期間で社会に貢献することを目指します。

本講座の概要

名称
LG×JXTGエネルギー スマートマテリアル&デバイス共同研究講座
設置部局等
科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
場所
神奈川県横浜市緑区長津田町4259 東京工業大学すずかけ台キャンパスS1棟
設置期間
2019年4月1日(月) - 2021年3月31日(水)

大学側責任者 : 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 初澤毅所長

会社側責任者 : LG Japan Lab株式会社 佐藤治先端技術研究室長、JXTGエネルギー株式会社 機能材カンパニー 依田英二機能材研究開発部長

共同研究担当教員 : 科学技術創成研究院 曽根 正人教授、細田 秀樹教授

共同研究講座教員 : 渡辺 順次特任教授(東工大)、西村 涼特任教授(JXTG)、關 隆史特任教授(JXTG)、姜 聲敏特任准教授(LG)

講座のメンバーなど集合

講座のメンバーなど集合

お問い合わせ先

東京工業大学科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 教授 曽根正人

E-mail : sone.m.aa@m.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5043

フラストレート磁性体の量子相転移の圧力・磁場制御を実現 三角格子反強磁性体の新しい量子相の発見

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発表のポイント

  • 三角格子反強磁性体でスピンが最小のS = 1/2の系においては、量子揺らぎ[用語1]幾何学的フラストレーション[用語2]により、多数の安定状態をもつことが、理論的に予想されてきた。
  • この予想を検証するために、高圧力をモデル物質に加えて歪ませることで、安定状態を決定する磁気相互作用を精密に制御し、さらに強い磁場を加えることで量子ゆらぎを変調させたところ、複数の量子相転移[用語3]を発見した。
  • 2ギガパスカルの高圧と25テスラの強磁場、電子スピン共鳴[用語4]を組み合わせることにより、新量子相を研究する手法が確立し、様々な系への応用が期待される。

概要

東北大学 金属材料研究所 付属強磁場超伝導材料研究センターでは、ドイツHelmholtz-Zentrum Dresden-RossendorfのS. A. Zvyagin研究員、米国National High Magnetic Field LaboratoryのD. Graf研究員、神戸大学研究基盤センターの櫻井敬博助教、大阪府立大学 理学系研究科の小野俊雄准教授、東京工業大学 理学院 物理学系の田中秀数教授らとの国際共同研究において、圧力によってスピンS = 1/2三角格子反強磁性体Cs2CuCl4の結晶を歪ませることで、交換相互作用を精密にコントロールし、25テスラまでの強磁場下で電子スピン共鳴(ESR)という手法で調べることで、逐次的に現れる複数の新たな磁気相を発見しました。

三角格子反強磁性体では、全ての磁気相互作用を満足させる安定状態が存在しない幾何学的なフラストレーションと呼ばれる状態を持ち、多数の状態がせめぎ合っていることが知られており、小さな刺激で状態が劇的に変わることが予想されていました。特に、磁気の単位であるスピンが最小の1/2を取る場合は、量子揺らぎが大きく、この効果が増幅されます。しかし、これまで、その予想に対する系統的な実験による検証は殆ど行われていませんでした。本研究では高圧力と強磁場の2つの物質を制御するパラメータを組み合わせて変化させることで、三角格子反強磁性体に複数の逐次的な量子相転移を発現させることに成功しました。本研究成果は、2019年3月6日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

三角格子に歪みを生じさせてフラストレーションを制御する高圧力と量子揺らぎを制御する強磁場を組み合わせて新たな量子相転移を発見し、電子スピン共鳴によって歪みによる交換相互作用の変化を精密に決定した。右は実験から得られた温度・圧力相図と交換相互作用の変化率。
図1.
三角格子に歪みを生じさせてフラストレーションを制御する高圧力と量子揺らぎを制御する強磁場を組み合わせて新たな量子相転移を発見し、電子スピン共鳴によって歪みによる交換相互作用の変化を精密に決定した。右は実験から得られた温度・圧力相図と交換相互作用の変化率。
(左)電子スピン共鳴(ESR)用圧力セル。試料に圧力を加えるためのピストンが電磁波を透過するジルコニアで作製されている。(右)330 GHzの電磁波を用いて観測された高圧下でのESRスペクトル。
図2.
(左)電子スピン共鳴(ESR)用圧力セル。試料に圧力を加えるためのピストンが電磁波を透過するジルコニアで作製されている。(右)330 GHzの電磁波を用いて観測された高圧下でのESRスペクトル。

背景

三角格子上に配置した電子スピンが互いに反強磁性的な交換相互作用を及ぼしあう三角格子反強磁性体は、幾何学的フラストレーションが働く典型的な系です。なかでもスピン量子数S = 1/2の場合、量子揺らぎの効果とフラストレーションが相俟って、多彩な量子相が現れることが期待されてきました。具体的には、正三角形の形から歪みを加えてずらすことにより、スピン間の交換相互作用の比を変えると、量子相転移が引き起こされると予言されています。さらに磁場を加えると量子ゆらぎの大きさも制御出来るため、出現する相はさらに多様になります。この予想を検証するためには、交換相互作用の制御とスピンの偏極の制御の2つを同時に行う必要がありますが、実験が難しいため研究が進んでいませんでした。

研究成果

今回、スピンが最小の値である1/2を有し、正三角形から歪んだ構造をもつ三角格子反強磁性体Cs2CuCl4に高圧を加え、同時に強磁場を加えることにより、ほぼ連続的な交換相互作用の比の変化と磁気偏極の大幅な制御に成功しました。さらに、この状態での磁気的な性質を決定するために、電子スピン共鳴測定という方法を利用して、逐次的な量子相転移を発見しました。この研究では、歪みにより交換相互作用がどの程度変わったかを決定する事が必要ですが、高圧と強磁場の複合極限下でこれが可能なのは、電子スピン共鳴だけになります。さらに、相境界の決定には共鳴トンネルダイオード測定も用いられました。

展望および意義

日本、ドイツ、米国における高圧、強磁場、試料合成の専門家が協力して初めて得られた成果です。25テスラの強磁場を液体ヘリウムなしに発生可能な無冷媒型超伝導磁石と高圧セルを用いた電子スピン共鳴実験が、この研究を成功させる上で重要な役割を担いました。高圧の印加によって相互作用を精密に制御し、これに強磁場を加えることで新たな磁気相を発見した今回の成果は、極限環境下でのフラストレート磁性体における量子相転移の研究に新しい可能性をもたらしました。

用語説明

[用語1] 量子揺らぎ : 量子力学的な不確定性関係に由来して、スピンが古典的なベクトルと考えた場合の安定構造から揺らぐ効果。フラストレーションを持つ系では量子揺らぎが特に大きくなることが知られています。

[用語2] 幾何学的フラストレーション : 三角形の各頂点に位置したスピン間に反強磁性的相互作用が働く場合、全ての最近接スピン対を反平行に配置することができないため、安定な状態に落ち着くことができません。これを幾何学的フラストレーションと呼びます。

[用語3] 量子相転移 : 固・液体間の相転移のような通常の温度変化によるものとは異なり、絶対零度で磁場、圧力、化学組成の変化などによって起こる相転移で量子揺らぎによって支配されます。

[用語4] 電子スピン共鳴(ESR) : 周波数一定の電磁波を物質に照射しながら静磁場を掃印すると、物質の磁気的なエネルギー準位の差と電磁波のエネルギーが等しくなる磁場で電磁波の共鳴吸収が生じる現象。この測定によって交換相互作用の精密な見積もりが可能になります。今回、ESR測定用に特別に開発された電磁波が透過できるジルコニアをピストンに用いた圧力セルを用い、これと25テスラ無冷媒型超伝導磁石を組み合わせることで、Cs2CuCl4の高圧強磁場下での交換相互作用の決定に成功しました。

共同研究機関および助成

本研究は、東北大学金属材料研究所の共同利用・共同研究拠点およびICC-IMR Visitor Programと科学研究費助成事業の支援を得て実施されました。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Pressure-tuning the quantum spin Hamiltonian of the triangular lattice antiferromagnet Cs2CuCl4
著者 :
S.A. Zvyagin, D. Graf, T. Sakurai, S. Kimura, H. Nojiri, J. Wosnitza, H. Ohta, T. Ono, and H. Tanaka
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学金属材料研究所
付属強磁場超伝導材料研究センター

担当 : 木村尚次郎

E-mail : shkimura@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2154

取材申し込み先

東北大学金属材料研究所
情報企画室広報班

担当 : 冨松美沙

E-mail : pro-adm@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2144

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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地球の深部炭素のゲートキーパーとなる微生物活動を発見 沈み込み帯から表層に放出される炭素量を再評価

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要点

  • コスタリカ全域の温泉水を調査し、地中での炭素循環とそのプロセスを分析
  • 沈み込み帯からの前弧域への炭素供給量はこれまでより2桁多いと推定
  • 微生物の活動を含めた新たな炭素循環モデルを提案

概要

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のドナート・ジョヴァネッリ(Donato Giovannelli)・アフィリエイトサイエンティスト、中川麻悠子特任助教、オックスフォード大学のピーター・バリー(Peter Barry)博士らの国際共同研究チームは、沈み込み帯[用語1]から前弧域[用語2]へ供給される二酸化炭素の大部分は地殻では炭酸鉱物として捕捉され、表層では微生物の活動で捕捉されることを発見した。これまでの地表への炭酸ガス供給量が過小評価されていたことを明らかにした。

今回、コスタリカ全域の温泉水や地球深部とつながる吹き出し口(噴出口)から試料採取を行い、供給されるヘリウムや二酸化炭素の同位体比、溶存無機炭素及び溶存有機炭素の濃度及び同位体比[用語3]によって、それらの成分の由来を解析した。

これまで前弧域は、フィールド調査が可能な場所が限られていたため、炭素量やその収支情報を得ることが困難だったが、今回の研究により調査及び分析が実現した。本成果により、地球規模での炭素収支の再評価と、生物・非生物活動を含めた新たな炭素循環モデルが提案でき、過去・現在・未来の地球の気候変動についての理解が深まると考えられる。

本研究成果は、日本時間4月25日発行の英国の国際学術誌「Nature(ネイチャー)」に掲載された。

研究チームによる試料採取の様子

図1. 研究チームによる試料採取の様子

コスタリカの温泉湧出口で見られるスライム状の微生物生態系(バイオフィルム)

図2. コスタリカの温泉湧出口で見られるスライム状の微生物生態系(バイオフィルム)

研究成果

プレートの沈み込み帯から、表層へ供給される二酸化炭素について、表層への噴出量やプロセスを解析するため、南米コスタリカ全域の温泉・噴出口調査を実施し、地球規模の炭素循環に微生物活動が寄与することを初めて明らかにした。

コスタリカ全域から採取した噴出ガス中のヘリウムと二酸化炭素の同位体比データから、噴出するガスはマントル起源であり、火山弧から海溝に近づくにつれてその量は減少した。それでも全ての前弧域調査地点でマントルから供給されるガスの噴出があることが認められた。その減少する二酸化炭素放出量について、前弧域の温泉水中へ溶存する前に地殻中のカルシウムなどと結合し、炭酸塩として約90%が取り除かれていることが安定炭素同位体の変化から示された。さらに、溶存無機及び有機炭素の同位体比の差が一定であることから、無機炭素は炭酸塩として取り除かれた後、微生物が炭素固定を行って生合成した有機炭素として温泉水中に溶存していることが示唆された。

これまで沈み込み帯から表層へ炭素が供給される過程について、生物活動の影響は考慮されていなかった。しかし、今回の解析により、表層へ二酸化炭素として放出される最終段階で微生物による炭素固定の影響があることを初めて示すことができた。目に見えないほど小さな生物の活動が地質学的過程と同じスケールで検出されたことは驚くべきことだ。

さらに溶存無機及び有機炭素同位体比から示唆された微生物活動を含めた炭素循環モデルでは、前弧域へ供給される炭素量が、これまで推定されていた二酸化炭素放出量より2桁大きい値となった。そのため沈み込み帯でマントルへ戻る炭素量がこれまでの推定値より大幅に小さくなる。今回の成果で判明した二酸化炭素供給量の修正は、地球の気候変動要因解明や予測への応用が期待される。

沈み込み帯における炭素循環の概要

図3. 沈み込み帯における炭素循環の概要

背景

地球内部のコア、マントル、地殻などは、地球を構成する炭素の90%を占めており、残りは表層の海洋、大気圏、生物圏に分配されている。表層の炭素はプレートの沈み込み帯で地球内部へ運ばれていくが、その一部は沈み込みの途中で二酸化炭素となり、火山や熱水として放出され、再度地表に戻される。。

プレート沈み込み帯における地球表層と深部との相互作用から表層に供給される炭素量を知ることは、地球形成時からの炭素循環や将来の気候変動予測に重要なポイントになる。しかし、これまで地下から噴出するガスが実測できるフィールドや、沈み込み帯から表層に供給される過程で起こっている生成・消滅過程を推定するためのデータセットが限られ、地球内部での炭素の移行の実態はよくわかっていなかった。

研究の経緯

コスタリカは太平洋側の海洋プレートが沈み込んで形成された火山弧である。ここは沈み込み帯から供給される炭素を、前弧域、火山弧、背弧海盆の噴出口ガスや温泉から採取できる数少ないフィールドである。

本フィールドにおける炭素循環とそれに関わるプロセスを解明するため、2017年に生物学、地質学、地球化学など異分野の研究者25名が国際共同研究機関「深部炭素観測(ディープ・カーボン・オブザーバトリー、Deep Carbon Observatory、DCO)」のプロジェクト「Biology Meets Subduction」で、12日間にわたりコスタリカ全域の温泉調査・試料採取を実施。採取した水やガスは各国の分析チームに分配した。この6ヵ国27機関で実施された「Biology Meets Subduction」では、専門分野の垣根を超えて多様なデータの共有、議論を深めることができた。その結果が本研究の新たな発見につながった。

今後の展開

今後は他の前弧域でも調査・解析を行い、本研究のコスタリカ前弧域で得られた炭素収支モデルが全球へ適用できるかを確かめる必要がある。前弧域で地殻中及び微生物による炭素の捕捉が適用された場合、地表から沈み込み帯を経由してマントルへ戻る炭素量はこれまでより19%も少なくなることになる。

DCOプロジェクト「Biology Meets Subduction」では本研究後も全世界でフィールド調査を行い、より多くのデータセットを得ることを計画している。

用語説明

[用語1] 沈み込み帯 : 一方のプレート(地球表層を覆う、厚さ約100 kmの岩盤)がもう一方のプレートの下へ沈み込む地帯。冷たく密度が高い海洋プレートが密度の低い大陸プレートの下へ沈み込む。

[用語2] 前弧域 : プレートの沈み込む海溝から火山フロント(火山弧)までの間の領域のこと。

[用語3] 同位体比 : 同じ元素(原子の陽子数が同じ)だが、中性子数が異なるため、質量が異なる同位体の比率(例:炭素同位体比、質量12の炭素と質量13の炭素の比)。本研究で扱ったのは放射壊変をしない安定同位体で、物質の起源や生成・消滅過程の指標として利用される。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Forearc carbon sink reduces long-term volatile recycling into the mantle
著者 :
P. H. Barry, J. M. de Moor, D. Giovannelli, M. Schrenk, D. Hummer, T. Lopez, C. A. Pratt, Y. Alpízar Segura, A. Battaglia, P. Beaudry, G. Bini, M. Cascante, G. d’Errico, M. di Carlo, D. Fattorini, K. Fullerton, E. Gazel, G. González, S. A. Halldórsson, K. Iacovino, J. T. Kulongoski, E. Manini, M. Martínez, H. Miller, M. Nakagawa, S. Ono, S. Patwardhan, C. J. Ramírez, F. Regoli, F. Smedile, S. Turner, C. Vetriani, M. Yücel, C. J. Ballentine, T. P. Fischer, D. R. Hilton & K. G. Lloyd
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

特任助教 中川麻悠子

E-mail : nakagawa.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2664

ナポリ大学(The University of Naples Federico II Department of Biology)助教

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)アフィリエイトサイエンティスト

Donato Giovannelli(ドナート・ジョヴァネッリ)

※問い合わせは、英語あるいはイタリア語のみ

E-mail : donato.giovannelli@unina.it

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

細野秀雄特命教授に栄誉教授の称号を授与

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4月16日、すずかけ台キャンパスにおいて、元素戦略研究センターの細野秀雄特命教授(同センター長)に、益一哉学長から栄誉教授の称号が授与されました。

益学長(左)から細野特命教授(右)へ称号記を授与

益学長(左)から細野特命教授(右)へ称号記を授与

この称号は、本学教授、退職者、卒業・修了生のうち、ノーベル賞や文化勲章、文化功労者、日本学士院賞など教育研究活動の功績をたたえる賞もしくは顕彰を受けた者に対して付与されるものです。

細野特命教授は、常識を覆す鉄系超伝導物質の発見を始め、液晶ディスプレイや有機EL(イーエル)テレビに使用されているIGZO(イグゾー)半導体の創出や、エネルギー産業や新たな有用化学物質合成分野への波及効果が期待される電子化物を用いた低温・低圧でのアンモニア合成方法など、卓越した研究を行ってきました。

これらの業績により、2009年に藤原賞、2010年に朝日賞、2013年にトムソン・ロイター引用栄誉賞、2015年に恩賜賞・日本学士院賞、2016年に日本国際賞等を受賞するとともに、2017年には英国王立協会外国人会員にも選出されています。

今回、これまでの研究業績や受賞に対して、栄誉教授の称号が授与されました。

称号記授与式終了後、学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)等を交えて、細野特命教授を囲んで終始和やかな雰囲気のうちに閉会しました。

称号記を手に

称号記を手に

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Tel : 03-5734-2975

世界初!DNAオリガミを融合した分子人工筋肉を開発 ナノからマクロスケールまで広範に適応する再生可能なソフトアクチュエーターとして期待

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ポイント

  • バイオテクノロジーとDNAナノテクノロジーの融合で自在にサイズ変更できる分子人工筋肉を開発
  • 再生可能な化学エネルギーを力学エネルギーへと高効率に変換可能
  • 医療用マイクロロボットや昆虫型ドローンなどへの動力源として期待

概要

北海道大学 大学院理学研究院の角五 彰准教授、関西大学 化学生命工学部の葛谷明紀教授、東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の小長谷明彦教授らの研究グループは、モータータンパク質[用語1]DNA[用語2]からなるオリガミ[用語3]を組み合わせることで、化学エネルギーを力学エネルギーに直接変換する分子人工筋肉の開発に世界で初めて成功しました。

モータータンパク質は、化学エネルギーを力学的な仕事へと変換するナノメートルサイズの分子機械です。バイオテクノロジーの発展によりモータータンパク質の合成が可能となり、優れたエネルギー変換効率と高い比出力特性(一般的な電磁モーターの20倍)を有しているため、マイクロマシンや分子ロボットの動力源として期待されています。しかし、ナノメートルサイズのモータータンパク質を秩序立てて目に見える大きさにまで組み上げることはこれまで不可能でした。

本研究では、バイオテクノロジーにより合成されるモータータンパク質とDNAナノテクノロジーにより合成されるDNAナノ構造体(DNAオリガミ)を組み合わせることで、自在にサイズを制御可能な分子人工筋肉の開発に成功しました。これにより、化学エネルギーで駆動するミリメートルからセンチメートルサイズの動力システムが実現し、将来的には医療用マイクロロボットや昆虫型ドローンなどの動力源として期待されます。

なお、本研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の次世代人工知能・ロボット中核技術開発プロジェクトの一つとして行われ、北海道大学、関西大学、東京工業大学がDNAオリガミを融合した分子人工筋肉のグランドデザインを考案しました。DNAオリガミの設計と調製は関西大学が、モータータンパク質の合成とDNAオリガミとの複合化、化学エネルギーによる分子人工筋肉の動作発現は北海道大学が、プロジェクトの運営管理は東京工業大学が行いました。

また、本研究成果は、2019年4月30日(火)公開のアメリカ化学会刊行Nano Letters誌に掲載されました。

分子人工筋肉のイメージ図

分子人工筋肉のイメージ図

背景

現在、超スマート社会[用語4]に向け、人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)により進化するサイバー空間(仮想空間)とマテリアルの革新によるフィジカル空間(現実社会)の融合が求められています。特に、仮想空間からの情報を現実世界に作用させるアクチュエーター[用語5]技術の開発が強く望まれています。

これまで、有機材料を用いたソフトアクチュエーター(人工筋肉)が数多く開発されてきましたが、比出力特性(重量当たり出力)や設計サイズの自由度の低さ、電気エネルギーへの依存などが課題でした。これらの課題を解決するキーマテリアルとして、再生可能な化学エネルギーを高効率で力学エネルギーに変換する生体由来の分子機械「モータータンパク質」などが、近年特に注目されています(発動分子科学outer)。しかし、ナノメートルサイズの分子機械を巨視的(マクロ)な構造にまで組み上げることは大変難しく、高いスケーラビリティやデザイン性、造型性を有する合理的な設計法の確立が望まれていました。

研究チームはこれまでに、ロボットの三要素であるアクチュエーター、センサー、プロセッサーをそれぞれモータータンパク質とDNAを化学的な手法で組み合わせることで、外部からの信号に応答して自発的に群れをつくる世界初の”分子群ロボット”を開発してきました(Nature Commun. 2018, 9, 453)。

本研究では、この分子群ロボットと同じ素材を用い、分子パーツから組み上げることで、数千倍までスケールアップし、実際に駆動可能であることを実証しました。

研究手法及び研究成果

研究チームは、DNA二重らせんを6本チューブ状に束ねたDNAオリガミ構造体を設計し、側面から39本のDNA鎖が生えた構造体を作製しました。さらに、化学的な手法を用い、相補的なDNA鎖を修飾した微小管を作製しました。このDNAオリガミ構造体とDNA修飾微小管を混合させると、微小管が放射状に集合化した「アスター構造」と呼ばれる集合体が形成されることがわかりました。ついで、ストレプトアビジンタンパクで四量化したキネシンを加えると、アスター構造がさらに集合化して、ミリメートルサイズの網目構造が形成されました。最後に、化学エネルギーであるアデノシン三リン酸(ATP)[用語6]を加えると、元の大きさの1/40にまでなる急激な収縮運動が観察されました(図)。DNAオリガミ構造体を加えない系でも同様の収縮が起こりますが、その速度を比べると、DNAオリガミ構造体を加えた系の方がおよそ18倍速いことがわかりました。

このことは、DNAオリガミ構造体を介して微小管の高次の階層構造が形成されていることを意味しています。本研究で得られた収縮系は、人のからだで心臓や内臓などを動かしている平滑筋という細胞を模倣した「分子人工筋肉」といえます。

なお、本研究はNEDOの委託研究開発、次世代人工知能・ロボット中核技術開発/(革新的ロボット要素技術分野)生体分子ロボット/分子人工筋肉の研究開発として行われています。

分子人工筋肉の概略図

図. 分子人工筋肉の概略図

DNA修飾微小管とDNAオリガミ構造体を混合させることでアスター構造が自発的に形成される。さらに、ストレプトアビジンタンパクで四量化したキネシンを加えると、アスター構造がさらに自発的に組織化し、ミリメートルサイズの網目構造が形成される。ここにアデノシン三リン酸(ATP)を加えると、アスター構造同士がキネシンにより引き寄せられ収縮が起こる。(右) ATPの導入により収縮する分子人工筋肉の蛍光顕微鏡写真。スケールバー:500マイクロメートル(=0.5ミリメートル)。

今後への期待

今回開発した分子人工筋肉は、電気を使わず、磁場にも影響されず、生体適合性の高い安心安全な医療用マイクロロボットのアクチュエーターとして、また、高い比出力特性・スケーラビリティを活かした昆虫型ドローンなどの動力源として期待されます(前者はNEDOプロジェクト、後者は新学術領域研究 発動分子科学分野で研究開発中)。

用語説明

[用語1] モータータンパク質 : アデノシン三リン酸(ATP)の加水分解によって生じる化学エネルギーを 運動に変換するタンパク質。生物のほぼ全ての細胞に存在しており、物質の輸送や細胞分裂に関わっている。アクチン上を動くミオシン、微小管上を動くキネシンやダイニンが知られている。本研究では微小管とキネシンを使用した。

[用語2] DNA : デオキシリボ核酸の略。ATGCの四種の塩基配列情報に基づく高度な分子認識能力をもち、 生体内で遺伝子情報の保存と伝達を担っている。近年、DNA の化学合成が容易になってきたことから、この分子認識能力を活用して、複雑なナノ構造体(DNA オリガミ)やデジタルデータの記録のほか、数学的問題を解くことのできるDNA コンピューター(計算機)などへも応用されるようになった。

[用語3] オリガミ : 非常に長い一本鎖のDNAを一筆書き状に折りたたんで、これを多数の短い相補的なDNAでかたちを固定化することにより、メゾスケール(サブミリメートル)の望みの構造体を作る技術。2006年の発明当初は平面構造しか作ることができなかったが、近年は複雑な立体構造を作ることもできるようになってきた。

[用語4] 超スマート社会 : 必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な制約を乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。

[用語5] アクチュエーター : さまざまなエネルギーを機械的な動きに変換し、メカトロニクス機器を正確に動かす駆動装置。

[用語6] アデノシン三リン酸(ATP) : 動物、植物、菌類からバクテリアまで全ての生き物が利用する 再生可能なエネルギー。筋収縮だけなく、細胞内物質輸送やイオンポンプ、発光などにも使われ、 生体のエネルギー通貨とも形容される。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters(アメリカ化学会刊行のナノテクノロジー専門誌)
論文タイトル :
Artificial Smooth Muscle Model Composed of Hierarchically Ordered Microtubule Asters Mediated by DNA Origami Nanostructures(DNAオリガミ構造体を介して高次組織化された微小管アスター構造に基づく人工平滑筋モデル)
著者 :

松田健人1、Arif Md. Rashedul Kabir2、赤松直秀4、齋藤あい1、石川竣平4、松山剛士4、 Oliver Ditzer5、Md. Sirajul Islam6、大矢裕一4,6、佐田和己3、小長谷明彦7、葛谷明紀4,6、 角五 彰3

(1 北海道大学 大学院理学院、2 北海道大学 大学院総合化学院、3 北海道大学 大学院理学研究院、4 関西大学 化学生命工学部、5 ドレスデン工科大学 化学及び食品化学部、6 関西大学 先端科学技術推進機構、7 東京工業大学 情報理工学院 情報工学系)

DOI :
公表日 :
2019年4月30日(火)(オンライン公開)
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お問い合わせ先

北海道大学 大学院理学研究院 准教授 角五彰

E-mail : kakugo@sci.hokudai.ac.jp

Tel : 011-706-3474 / Fax : 011-706-3474

関西大学 化学生命工学部 教授 葛谷明紀

E-mail : kuzuya@kansai-u.ac.jp

Tel : 06-6368-0829 / Fax : 06-6368-0829

東京工業大学 情報理工学院 教授 小長谷明彦

E-mail : kona@c.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5655 / Fax : 045-924-5655

配信元

北海道大学 総務企画部広報課

E-mail : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp

Tel : 011-706-2610 / Fax : 011-706-2092

関西大学 総合企画室広報課

E-mail : kouhou@ml.kandai.jp

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配信元 及び 取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

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