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極低消費電力のデジタル位相同期回路を開発 IoT社会を支える電子部品

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要点

  • 電子機器に組み込むデジタル位相同期回路[用語1]の低消費電力化を実現
  • サブサンプリングとサンプリングを組み合わせて従来よりも60%の電力削減を実現
  • エネルギー効率を重視するSoCなどへの応用を期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一准教授らの研究グループは、極低消費電力で動作する分数分周タイプ[用語2]のデジタル位相同期回路(PLL、phase locked loop)の開発に成功した。これは、PLLの通常のサンプリング動作にサブサンプリング動作[用語3]を組み合わせることで実現した。これまでサブサンプリング動作により低消費電力化が可能な反面、稀に誤った周波数を出力する問題があった。それを動作時間の短い周波数同期回路を用いることで問題を解決した。

開発したPLLは、最小の配線半ピッチ(幅)65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセス[用語4]で試作し、265 μWの極低消費電力で動作することを確認した。これまでに報告された分数分周タイプのデジタルPLLに比べ、60%の消費電力削減を実現。このPLLは、エネルギー効率を重視するSoC[用語5]などのシステムへの応用が期待される。

研究成果は、2月17日~21日に米国サンフランシスコで開催される「ISSCC 2019(国際固体素子回路会議)」で発表される。

本研究開発の成果の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「IoT推進のための横断技術開発プロジェクト」の結果得られたものである。

研究の背景・意義

昨今の高いエネルギー効率を目指すSoCなどのシステムにおいて、低消費電力CMOSの大規模集積回路(LSI)技術の重要性は高まりつつある。特にPLLは、例えば通信分野のキャリア生成やプロセッサ、メモリ等へのシステムクロックの生成など多岐にわたり必須の回路であり、性能を維持したまま低消費電力化する技術が不可欠だ。

分数分周タイプのデジタルPLLは、PLL自身の低消費電力化や小面積化などを期待されこれまで多くの検討がなされているが、いまだ500 μW未満の動作消費電力は、実現されていなかった。近年、PLLの低消費電力化、低ジッタ化を図るサブサンプリング技術の応用も提案されているが、ノイズなどによる出力周波数変動で、PLLが同期から外れてしまう、あるいは出力周波数がリファレンス周波数の整数倍異なる周波数に同期してしまうなど誤動作が生じやすいことが課題となっている。誤動作は、周波数同期回路(FLL、frequency locked loop)をPLL内に実装することで、サブサンプリング動作中のPLLの周波数を常時モニタすることで回避できるが、FLLは常時動作しているためにPLLの消費電力の増大を招くことになる。(図1)

サブサンプリングPLLの誤動作の例

図1. サブサンプリングPLLの誤動作の例

研究成果

開発したデジタルPLLは、サブサンプリング動作とサンプリング動作を組み合わせることで低消費電力化とPLLの誤動作回避を両立している。図2に提案するPLLの概念図を示す。サンプリング動作時にPLLの周波数がリファレンス周波数REFに同期すると、PLLの動作モードは消費電力の少ないサブサンプリング動作に切り替わる。このサブサンプリング動作時の誤動作を解消するため、PLLにはODZ検出回路[用語6]とFLLが実装されている。ODZ検出回路はPLLの同期が外れた状態を検出し、PLLの動作モードを自動的にサンプリング動作に切り替える。また、FLLは、PLLが所望ではない周波数に同期した状態を検出し、PLLの動作モードをサンプリングモードに切り替える。通常のFLLは常にエネルギーを消費するため消費電力増大を招くが、本提案ではFLL内のカウンタの動作デューティ比[用語7]を0.5%にまで低下させるFLLの間欠動作を実現し、消費電力削減を実現した。通常のFLLを用いたサブサンプリングPLLと比較し、開発したPLLはサブサンプリング動作時の消費電力をおよそ70%削減できることがシミュレーションで確認されている。

提案する分数分周タイプのデジタル位相同期回路のブロック図

図2. 提案する分数分周タイプのデジタル位相同期回路のブロック図

サブサンプリングとサンプリングの組み合わせ技術に加えて、ここではデジタルPLLの要素回路であり、通常PLL全体の消費電力の大部分を占めるデジタル制御発振器(DCO)[用語8]デジタル時間変換器(DTC)[用語9]の低消費電力化も実現した。これはPLL全体の動作時消費電力の削減に貢献している。

提案する分数分周デジタルPLL回路は図3に示すように最小配線半ピッチ(幅)65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作された。PLLの性能要約を表1に示す。試作されたPLLは10 MHzのリファレンス周波数から2.05~3.10 GHzの出力周波数を生成する。動作時の消費電力は265 μWであり、これまでに報告されている分数分周デジタルPLLの中で最も低消費電力である。またPLLのジッタ特性[用語10]を表すFoM[用語11]でも-236.8 dBという良好な値を達成した。図4に提案するPLL及び先行研究にて提案されたPLLの、動作時の消費電力に対するFOMを示す。一般的にPLLのジッタ特性と消費電力はトレードオフの関係にあるが、提案するPLLはジッタ特性を維持したまま、つまり出力信号の品質を維持したまま低消費電力化を実現していることを実証した。

開発したPLLのチップ写真

図3. 開発したPLLのチップ写真

表1. 開発したPLLの性能要約


 
This Work
ISSCC'17
ISSCC'14
ISSCC'18
Output Frequency (GHz)
2.20 - 2.80
1.8 - 2.5
2.1 - 2.7
2.0 - 2.8
Power (μW)
265
673
860
980
FoM (dB)
-236.8
-235.8
-236
-245.6
PLLのFoM vs. 消費電力

図4. PLLのFoM vs. 消費電力


今後の展開

本研究で開発されたデジタルPLLは高いエネルギー効率を必要とするアプリケーションの実現に貢献すると期待される。例えば、近年広がりを見せるIoT(モノのインターネット)においては、近い将来にIoT機器の個数が1兆個にも及ぶと予測している。多くのIoT機器は電池などの電源が必要で、その中で、いかに電池の寿命を延命し電池交換のメンテナンスコストを低下させるかがIoT社会の実現の鍵を握っている。現状のIoT機器は通信時に最も電力を使い、その通信回路の中でもPLLは消費電力の大部分を占める。開発した超低消費電力PLLを適用することで、例えば、3 mW程度の消費電力であるレシーバの消費電力は約半分程度になると予想される。

発表予定

この成果は2月17日~21日にサンフランシスコで開催される「2019 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2019) : 2019年米国電気電子学会 国際固体素子回路会議」における講演セッション「Session 16 – Frequency Synthesizers」において、「A 265 μW Fractional-N Digital PLL with Seamless Automatic Switching Subsampling/Sampling FeedBack Path and Duty-Cycled Frequency-Locked Loop in 65 nm CMOS (265 μWで動作する分数分周デジタルPLL)」の講演タイトルで、現地時間2月19日午後1時30分から発表する。

講演

講演セッション :
Session 16 –Frequency Synthesizers
講演時間 :
現地時間2月19日午後1時30分
講演タイトル :
A 265μW Fractional-N Digital PLL with Seamless Automatic Switching Subsampling/Sampling FeedBack Path and Duty-Cycled Frequency-Locked Loop in 65nm CMOS (265 μWで動作する分数分周デジタルPLL)
ISSCC会議情報 :

用語説明

[用語1] 位相同期回路 (PLL : Phase-Locked Loop) : 集積回路中では正確な周波数基準が作れないため、水晶発振器による基準周波数frefを用い、それをN逓倍して所望周波数N・frefの周波数の信号を得る。PLLには、位相周波数比較器、チャージポンプ、ローパスフィルタを用いるアナログPLLと、時間差デジタル変換器(TDC)とデジタルローパスフィルタを用いるデジタルPLL(オールデジタルPLLとも呼ばれる)が知られている。

[用語2] 分数分周PLL : PLLには、整数分周型と分数分周型がある。整数分周型PLLでは基準信号に対して整数倍の周波数を出力するが、分数分周型では分数倍の任意の周波数の出力が可能である。例えば、水晶発振器から入力される基準クロック周波数が26 MHzの場合、整数分周PLLでは2,418 MHz(93倍)、2,444 MHz(94倍)、2,470 MHz(95倍)の生成が可能であるが、分数分周PLLでは2,442 MHz(93.923倍)のような任意の小数精度の逓倍動作が可能である。BLE等の無線通信用には、整数分周型ではなく分数分周型のPLLが必要である。アナログPLLでは分数分周型を比較的容易に実現できるが、低消費電力化で有利なデジタルPLLにおいて分数分周型のものはジッタ特性が劣化しやすく実現が難しい。

[用語3] PLLのサブサンプリング動作 : 周波数逓倍器を介さないループにより位相を同期させるPLLの動作。通常のPLLのサンプリング動作と比較してPLLの出力信号は周波数逓倍器によるノイズの影響を受けないために高精度化が望めるが、水晶発振器による基準周波数frefN逓倍した所望周波数N・frefの周波数の信号を得るためにFLLが必要となる。

[用語4] CMOSプロセス : N型とP型のMOSFETを相補的に用いた集積回路であり、バイポーラプロセスと比較し消費電力の削減と高い集積率を実現したプロセスである。近年の集積回路はほぼCMOSプロセスとなっている。

[用語5] SoC(System on Chip) : プロセッサやメモリ、その他システムを実現するために必要となるすべての回路が集積された集積回路。

[用語6] ODZ(Out-of-deadzone)検出回路 : PLLが同期した状態とはPLLへの基準信号とPLL内信号の位相偏差ΔΦが小さくなり、PLLの不感帯(deadzone)に収束した状態を指す。ΔΦが不感帯より外れるとPLLループの負帰還が働きΔΦは不感帯内に収束する。本提案PLLはΔΦが不感帯内にある場合サブサンプリング動作を行い、Φが不感帯から外れるとサンプリング動作を行うが、この動作モードの切り替えのためにΔΦが不感帯から外れた状態を検出するOut-of-deadzone検出回路が必要となる。

[用語7] 動作デューティ比 : 必要時のみ動作しそれ以外の時間は待機状態にある間欠動作をする回路に関して、動作している時間と待機状態にある時間の比を示す。一般的な回路は動作時に待機時以上の電力を消費することから、この動作デューティ比を低下させることが回路の消費電力低下につながる。

[用語8] デジタル制御発振器 (DCO :Digitally Controlled Oscillator) : デジタル制御値により発振周波数が変化する発振回路。PLLの発振周波数とリファレンス周波数の偏差に応じてDCOに与えるデジタル制御値が決まり、偏差を低下させるようにDCOの発振周波数は変化する。PLLの出力周波数はDCOの発振周波数と一致する。

[用語9] デジタル時間変換器 (DTC : Digital-to-Time Converter) : デジタル制御値により、遅延時間が変化する可変遅延回路。デジタル制御遅延回路(DCDL, Digitally-Controlled Delay Line)とも呼ばれる。PLLなどの幅広い回路で利用されている。

[用語10] ジッタ特性 : クロックの重要な特性の一つで、クロック信号の立ち上がりまたは立ち下りタイミングが揺らぐ現象で、本来のタイミングからのずれが統計的にどれぐらいの幅を持つかで評価する。ジッタが小さいほど、クロックの揺らぎが小さい状況を示す。クロックを生成している発振器の位相雑音特性に大きく依存し、位相雑音が低いほど、ジッタも小さくなる。

[用語11] FoM : FoM(Figure of Merit)の略で、消費電力で規格化したジッタ性能を示す。ジッタと消費電力はトレードオフの関係にあり、発振器の消費電力を増やすとジッタが減少し、消費電力を減らすとジッタが増加する。

FoMは、ジッタの標準偏差(σt)と消費電力PDCを用いて、以下の式で定義される。

FoM(Figure of Merit)の定義される式

ジッタ特性が同じでFoMが10 dB小さければ、消費電力が10分の1であることに相当する。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

岡田健一 准教授

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


5G向けミリ波無線機の省面積化に成功 安価な集積回路で実現、5G無線機の低コスト化に貢献

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要点

  • 伝送速度を向上させる二偏波MIMO対応の28 GHz帯5G向けフェーズドアレイ無線機を開発
  • 安価で量産可能なシリコンCMOS集積回路チップにより実現
  • 双方向性トランシーバ技術は5Gだけでなく様々な無線通信に適用可能

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一准教授らは、第5世代移動通信システム(5G)[用語1]に向けた28ギガヘルツ(GHz)帯フェーズドアレイ[用語2]無線機を開発した。5G用の安価で量産が可能なシリコンCMOS(相補型金属酸化膜半導体)チップで製作した無線機は、双方向性トランシーバ[用語3]を用いることでCMOSチップの省面積化を実現し、CMOSチップで構成される無線機では世界で初めて5Gの信号を用いた二偏波MIMO[用語4]の通信に成功した。

開発した無線機は65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで製作し、送信と受信の経路を共有することで無線機の構成要素であるトランシーバの面積を約半分にし、従来と比べて同じ面積のCMOSチップ内に2倍の数のトランシーバを搭載することに成功した。

本研究成果は、大型化・高コスト化しがちな二偏波MIMOに対応するフェーズドアレイ無線機の小型・低コスト化を可能にし、5Gの普及を大きく加速させる成果といえる。

研究成果の詳細は、2月17日から米国サンフランシスコで開催される「ISSCC 2019(国際固体素子回路会議)」で発表される。

本研究開発は総務省SCOPE(戦略的情報通信研究開発推進事業、受付番号175003017)の委託を受けて実施した。

開発の背景

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、第5世代移動通信システム(5G)の実用化を目指した研究開発が活発化している。背景には、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、高精細動画サービスなどによるデータ通信量が急激に増大していることや、IoT(モノのインターネット)や自動運転などの新技術により、無線通信に対しても多様な性能が求められるようになっていることがあげられる。

このような要求に応えるため、5Gでは、従来用いられているより10倍以上高い周波数帯であるミリ波[用語5]を用いる無線通信技術の導入が計画されている。特に、5G用の周波数帯として、準ミリ波帯の26.5 GHzから29.5 GHz(28 GHz帯)の利用が検討されており、従来の100倍以上速い毎秒10ギガビットのデータ伝送速度の実現が目標とされている。その中で、電波の利用効率を上げながら伝送速度を上げるために、水平偏波と垂直偏波のふたつの直交した偏波を用いる二偏波MIMOの適用が期待されている。

課題

5Gで用いられるミリ波の通信では、伝搬損失が10倍以上大きいため、複数のアンテナを用いることで電波の放射方向を絞り込み、なおかつ、その放射方向を電気的に制御する(指向性を高める)ビームフォーミングの技術に対応したフェーズドアレイ無線機が必要になる。フェーズドアレイ無線機は、アンテナと同じ数のトランシーバで構成される。さらに、このフェーズドアレイ無線機で二偏波MIMOを実現するためには、水平偏波、垂直偏波それぞれに対して同じ数だけトランシーバが必要となるため、2倍のトランシーバをCMOSチップ上に搭載する必要がある。トランシーバの数が増えることで、CMOSチップ面積が増加し、結果として無線機が大型化・高コスト化してしまうという課題があった。

研究成果

今回は、フェーズドアレイ無線機の構成要素であるトランシーバの省面積化に成功した。28 GHz帯フェーズドアレイ無線機を65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作し、4 mm×3 mmの小面積に垂直偏波と水平偏波の各4系統ずつ全8系統のトランシーバを搭載することに成功した(図1)。

5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

図1. 5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

(H1~4は水平偏波用のトランシーバ、V1~4は垂直偏波用のトランシーバ、全8系統)

従来のトランシーバでは、図2(a)に示すように送信経路と受信経路を個別に設けて構成することが一般的であった。しかしながら、5Gのミリ波通信では、従来の3G、4Gとは異なり、送信と受信を同時に使用することがないため、トランシーバの多くの部分を共用することが可能だった。

開発した無線機は、図2(b)に示すように送信経路と受信経路を共用した双方向性トランシーバを用いており、同じ経路に対して送信・受信の双方向の信号を通すことが可能である。このような双方向性を有するトランシーバ構成によって大幅なチップ面積の削減を達成した。

トランシーバの構成要素である電力増幅器(PA)と低雑音増幅器(LNA)では、クロスカップルキャパシタを用いた双方向性増幅器を用いることで、PAとLNAにおいてインピーダンス整合回路を共用して省面積化を実現した。またフェーズドアレイ無線機を構成するキーコンポーネントである移相器[用語6]でも双方向での動作を実現するため、送受どちらにも対応できる再構成可能なポリフェーズフィルタ[用語7]と双方向性可変利得増幅器で構成した。

(a) 従来のトランシーバ構成、 (b) 開発した双方向性トランシーバ構成

図2. (a) 従来のトランシーバ構成、 (b) 開発した双方向性トランシーバ構成

開発したCMOS無線送受信チップは、5Gでの利用が想定されている26.5から29.5 GHzの周波数帯で利用でき、飽和出力電力[用語8]は1系統あたり15dBm(デシベルミリワット=32 mW)だった。伝送実験のため、図1のCMOSチップを4個搭載したサブアレイモジュールを作成。水平偏波と垂直偏波の両方に対応した16個のアンテナの利用が可能である。室内で、1メートルの距離を隔てて2台のサブアレイモジュールを対向させ、データ伝送試験を実施した。その結果、CMOSチップで構成される無線機として、5Gの規格で定められるMCS19[用語9]を用いた2入力・2出力の二偏波MIMOの通信に世界で初めて成功した。

この際の消費電力は、従来の無線機と比較しても低い1系統あたり送信時0.26 W、受信時0.11 Wだった。また、開発した双方向動作可能な位相器を用いて各アンテナからの送受信タイミングをずらすことで、±50度の範囲で電波の放射方向を0.4度の精度で調整可能であることを確認した。32個のアンテナを用いた際の0度方向での等価等方輻射電力(EIRP)[用語10] は46dBmだった。本サブアレイモジュールは、複数並べていくことでアレイサイズを拡張でき、図3に示すように、128素子のアンテナを用いることで、500 mの通信距離を達成可能である。

サブアレイモジュール8枚を接続し128素子に拡張したフェーズドアレイ無線機

図3. サブアレイモジュール8枚を接続し128素子に拡張したフェーズドアレイ無線機

今後の展開

開発した無線機は、二偏波MIMOに対応可能でありながら、CMOSチップの省面積化を実現し、5G無線機の小型・低コスト化を牽引する。今後、スマートフォンや基地局での利用をターゲットとして2020年頃の実用化を目指す。また、省面積化の鍵となる双方向性トランシーバの技術は、5Gに限らず様々な無線通信に対して適用可能であり、無線端末の小型・低コスト化に有効な技術と考えられる。

発表予定

この成果は2月17日から米国サンフランシスコで開催される国際会議ISSCC 2019(IEEE International Solid-State Circuits Conference 2019)において、「A 28GHz CMOS Phased-Array Beamformer Utilizing Neutralized Bi-Directional Technique Supporting Dual-Polarized MIMO for 5G NR (双方向動作可能な二偏波MIMO対応5G向け28 GHz帯CMOSフェーズドアレイ無線機)」の講演タイトルで、現地時間2月20日午前8時30分から発表される。

講演

講演セッション :
Session 21: 4G/5G Transceivers
講演時間 :
現地時間2月20日午前8時30分
講演タイトル :
A 28GHz CMOS Phased-Array Beamformer Utilizing Neutralized Bi-Directional Technique Supporting Dual-Polarized MIMO for 5G NR (双方向動作可能な二偏波MIMO対応5G向け28 GHz帯CMOSフェーズドアレイ無線機)
会議Webサイト :

用語説明

[用語1] 第5世代移動通信システム(5G) : 移動通信システムは第1世代のアナログ携帯電話から始まり、性能が向上するごとに世代、つまりジェネレーションが変わる。「G」はジェネレーションの頭文字で、現在の携帯電話等は4Gで、5Gは2020年の実用化に向けた開発が行われている。

[用語2] フェーズドアレイ : 複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。放射方向を電気的に制御するビームフォーミングの実現に利用される。

[用語3] 双方向性トランシーバ : 送信と受信で同じ信号経路を使用するトランシーバ。従来の送信と受信それぞれ2つの経路をもつトランシーバと比べて省面積化が実現可能。

[用語4] 二偏波MIMO : 水平偏波と垂直偏波のふたつの直交した偏波を用いるMIMO(multiple input multiple output)。複数の入出力を利用することで、帯域あたりの伝送速度を向上させることができる。

[用語5] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。自動車レーダで使われる24 GHz帯や、5Gで使われる28 GHzのように近傍周波数である準ミリ波帯も、広義にミリ波と呼ばれることがある。

[用語6] 移相器 : 入力信号に対して、位相が一定量増減した信号を出力する回路。位相の変化量はデジタル 信号や電圧により制御可能なものもあり、ビームフォーミングの実現に利用される。

[用語7] ポリフェーズフィルタ : 多位相を扱うフィルタで、例えば、0度と180度の信号から、0、90、180、270度の信号を生成するために用いる。

[用語8] 飽和出力電力 : 増幅器が最大で出力できる電力。

[用語9] MCS19(Modulation and Coding Scheme) : 無線通信において変調方式とコーディングレートを指定するための指標。ミリ波帯5GにおいてMCS19は、64QAMの変調方式と85%のコーディングレートを表す。

[用語10] 等価等方輻射電力(Equivalent Isotropic Radiated Power; EIRP) : 指向性のあるアンテナを用いると、放射方向によっては無指向(等方性)のアンテナを用いるよりも強い電力密度を発生させることができる。この時に、指向性のあるアンテナにより生じたものと同じ電力密度を等方性アンテナにより得るために必要となる送信電力を等価等方輻射電力という。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

岡田健一 准教授

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

超省エネ・小型の原子時計の開発に成功 自動車やスマートフォン、小型衛星などにも搭載可能な高精度時計

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要点

  • これまで不可能だった小型電子機器に搭載できる原子時計を開発
  • 従来型の大きな原子時計と同等の周波数安定度を実現、消費電力、サイズを一桁以上低減
  • 政府が進めるIoTが支えるソサエティ5.0(超スマート社会)の実現にも貢献

概要

国立大学法人 東京工業大学、株式会社 リコー、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の研究グループは、消費電力が極めて低い小型の原子時計[用語1]を開発した。この原子時計は、構成部品のひとつである周波数シンセサイザ[用語2]の消費電力を大幅に削減し、さらに新たな量子部パッケージ[用語3] を用いることで温度制御の効率を向上させ、60 mWという低消費電力と15 cm3という極小サイズを実現している。

この研究成果は、大型で消費電力が大きかった原子時計のサイズおよび消費電力を大幅に削減することで、これまで搭載が難しかった自動車やスマートフォン、小型衛星など、様々な機器に原子時計を搭載可能となり、自動運転、高精度な測位、新たな衛星ネットワークの実現を大きく加速させる可能性がある。

研究成果の詳細は、2月17日から米国サンフランシスコで開催される「ISSCC 2019(国際固体素子回路会議)」で発表される。

本研究開発の成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものである。

開発の背景

1927年に正確な時を刻む水晶振動子を用いる時計が発明された。それ以来、この仕組みは腕時計などにも搭載されて普及し、人々がお互いに正確な時刻を共有することが当たり前という社会システムを支える技術的根幹の一つとなっている。現在、大型の原子時計を時刻の基準とし、水晶発振器を同期させることで時刻を得ているが、原子時計を小型化して水晶発振器の代わりとして利用することができるようになれば、大きな技術的・社会的変革が得られるとして、汎用な小型原子時計の実現に対する期待が年々高まっている。

米国のGPSに代表される衛星測位システムでは、衛星間で時刻同期が必要で、原子時計を用いる事で安定的かつ高精度な測位が可能となる。汎用な小型原子時計が実用化されれば、自動車やスマートフォン、超小型衛星、携帯電話の基地局などの様々な機器で利用できる。また、ビル屋内、海底、トンネル、橋梁などGPSの届かない場所での大型構造物のモニタリング(高精度計測)に用いる複数センサ間の時刻同期や、複数の人工衛星を使った低軌道衛星コンステレーション[用語4]による地球規模インターネットの実現、自動車や航空機等の移動体における安定的かつ高精度な測位、またそれによる自動運転技術の実現が期待される。

課題

従来の原子にマイクロ波を照射する共振器を持つタイプの原子時計では、共振器の大きさでサイズが決まり小型化できない問題点があった。そこで、コヒーレントポピュレーショントラッピング(CPT)[用語5]を用いて、マイクロ波で変調したレーザー光を原子に照射するだけで時間の基準となる正確なマイクロ波周波数の検出が可能となり、これまで数百cm3のサイズだった原子時計を一桁以上小型化することができた。しかしながら、周波数シンセサイザや、レーザーを駆動するためのドライバ回路といった原子時計の構成要素は、それぞれ非常に高い精度を求められるため、消費電力を下げることが難しく、結果として、原子時計全体の消費電力が数百mWと高くなってしまう課題があった。

研究成果

今回、高精度でありながら2 mWという超低消費電力な周波数シンセサイザの実現および新たな量子部パッケージによる温度コントロールの効率化で、60 mWの超低消費電力な小型原子時計(ULPAC: Ultra-Low-Power Atomic Clock)の開発に成功した(図1)。開発した小型原子時計は、消費電力を大幅に削減しながら、大型の原子時計とほぼ同等の1日で300万分の1秒以下の精度を達成した。この原子時計は、電圧制御水晶発振器[用語6]、周波数シンセサイザ、レーザーのドライバ回路、制御回路、セシウム133原子[用語7]へのレーザー光照射を行う量子部パッケージ(図2)で構成される。

開発した小型原子時計 (内寸33 mm x 38 mm x 9 mm)

図1. 開発した小型原子時計 (内寸33 mm x 38 mm x 9 mm)

量子部パッケージ

図2. 量子部パッケージ

CPTを利用した原子時計では、セシウム133原子に2つの周波数のレーザー光を照射する。この2つのレーザー光の周波数差がセシウム133原子に固有の共鳴周波数(9,192,631,770 Hz)に一致したときに、検出される光強度が最大となる。これを利用して電圧制御水晶発振器を校正し、原子時計の基準となる非常に安定した周波数を作りだしている。

周波数シンセサイザは、レーザー光の周波数差を0.3 mHz以下の非常に細かい周波数ステップで変えるために用いられ、従来、原子時計の構成要素において50 mW以上の大きな電力を占める構成部位だった。開発した原子時計は、周波数シンセサイザをCMOS集積回路(図3)で作りこむことで、消費電力を25分の1以下まで削減することに成功、2 mWの消費電力を達成した。

CMOS集積回路

図3. CMOS集積回路

さらに、新たな量子部パッケージの構造を採用し、ヒーターによる温度制御の際に、外部の温度が伝わりにくくなるような隔離機構を設けるとともに、パッケージ内部を金でコーティングした。温度制御の効率を向上させることで、電力を消費しがちなヒーターの消費電力を9 mWまで削減した。高安定レーザードライバ回路および高精度温度制御回路により長期間での周波数安定性も改善した。

従来の周波数標準器では、図4に示すように、消費電力と周波数安定度はトレードオフの関係にあったが、開発した原子時計(ULPAC)は、良好な周波数安定度と低い消費電力を両立しており、サイズも15 cm3と非常に小型である。今回、105秒(約1日)の平均化時間で2.2×10-12の長期周波数安定度を達成した。一般的な水晶発振器を搭載した時計と比べ、約10万倍も正確な時計を実現した。

従来品との比較

図4. 従来品との比較

※ TCXO(温度補償水晶発振器)、MCXO(マイコン補償水晶発振器)、OCXO(恒温槽付水晶発振器)

今後の展開

開発した原子時計は、非常に小型で消費電力も小さいため、自動車、スマートフォン、小型衛星等、様々な機器への組み込みが可能である。従来は搭載できなかった様々な機器で高精度な原子時計が搭載可能となり、自動運転やGPSの代替、高精度計測など、政府が進めるIoTが支えるソサエティ5.0(超スマート社会)の実現 に貢献すると期待できる。この開発品は、5年後を目途に販売開始を目指す。

発表予定

この成果は、2月17日から米国サンフランシスコで開催される国際会議ISSCC 2019(IEEE International Solid-State Circuits Conference 2019)において発表予定。現地時間2月20日午後3時15分から「Ultra-Low-Power Atomic Clock for Satellite Constellation with 2.2×10-12 Long-Term Allan Deviation Using Cesium Coherent Population Trapping (衛星コンステレーションに向けたセシウムコヒーレントポピュレーショントラッピングを用いた2.2×10-12の長期アラン偏差を達成する超低消費電力原子時計)」という題目で発表が行われる。

講演

講演セッション :
Session 29: Quantum & Photonics Technologies
講演時間 :
現地時間2月20日午後3時15分
講演タイトル :
Ultra-Low-Power Atomic Clock for Satellite Constellation with 2.2×10-12 Long-Term Allan Deviation Using Cesium Coherent Population Trapping (衛星コンステレーションに向けたセシウムコヒーレントポピュレーショントラッピングを用いた2.2×10-12の長期アラン偏差を達成する超低消費電力原子時計)
著者 :
Haosheng Zhang(東工大博士後期課程3年生)、Hans Herdian(東工大博士後期課程1年生)、 Aravind Tharayil Narayanan(元東工大博士研究員)、白根篤史(東工大助教)、 鈴木暢(リコー、NMEMS)、 原坂和宏(リコー、NMEMS)、安達一彦(リコー、NMEMS)、柳町真也(産総研主任研究員、NMEMS)、岡田健一(東工大准教授)
※ 技術研究組合NMEMS技術研究機構
会議Webサイト :

用語説明

[用語1] 原子時計 : 原子と電磁波の共鳴現象と、一般的な時計に利用される水晶発振器の周波数をリンクさせている時計。そのため、一般的な時計より精度の高い時計装置の実現が可能である。マイクロ波領域の電磁波を利用した原子時計では、セシウム(Cs)原子やルビジウム(Rb)原子が装置内に封入される。

[用語2] 周波数シンセサイザ : 1つの発振器デバイスの信号を基準として種々の異なる周波数をもつ信号を発生させる回路、あるいはその回路を含む装置。

[用語3] 量子部パッケージ : ヒーターと測温素子からなる温度制御機構と、面発光レーザー素子(VCSEL-Vertical Cavity Surface Emitting Laser)、偏光光学素子、セシウム原子を封入したガスセル、受光素子からなる原子時計の心臓部に当たるデバイスで、原子共鳴信号の検出機構を小型のパッケージに集積化した。小さい電力で一定温度の安定性を実現するために、外部へ熱が伝わる経路を可能な限り遮断する隔離機構と、パッケージ内部を高真空で封止した断熱構造となっている。

[用語4] 衛星コンステレーション : 低軌道衛星は数時間周期で地球を周回しており、全世界をカバーするために、多数の衛星を軌道投入し協調動作をさせる。そのようなシステムを衛星コンステレーションと呼ぶ。

[用語5] コヒーレントポピュレーショントラッピング(CPT) : 原子と電磁波の共鳴現象の一種。セシウム原子に光を照射すると、通常であれば吸収が起きて透過光量は減少する。そこに2種類の周波数をもつ光を照射するとセシウム内で特殊な状態が生成され光の吸収量が減少し、すなわち透過光量が増加、共鳴現象が観測される。これまではセシウムとマイクロ波(波長3 cm)の直接相互作用となる共鳴現象を利用するしかなかった。このCPTを利用すれば光の波長程度(約900 nm)の領域でも、原子と電磁波の共鳴現象の発現が可能となる。

[用語6] 電圧制御水晶発振器 : 制御電圧を変えることにより出力周波数を調整できる水晶発振器。

[用語7] セシウム133原子 : セシウム原子の同位体の中で、放射線を出さず、自然界で唯一安定して存在する原子である。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

岡田健一 准教授

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

共同作業は多人数ほどうまくいく 複数ロボットによる作業にも適用可能

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要点

  • 共同で運動作業を行うとき、グループの人数が多いほど各メンバーの運動パフォーマンスが向上
  • グループの目標を触覚で感知し、動きを合わせることが判明
  • 複数のロボットが共同作業を行う時のアルゴリズムを作り出すことも可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 バイオインタフェース研究ユニットの髙木 敦士特任助教、インペリアル・カレッジ・ロンドンのエティエン・バーデット教授、東京大学 大学院教育学研究科の野崎大地教授らの研究グループは、複数の人が共同で運動作業を行うとき、グループの人数が増えれば増えるほど、各メンバーの運動パフォーマンスが向上することを明らかにした。

この研究は大きなテーブルを多人数で動かすような共同作業の際、集団全体でどのように動きを調整しているのかを解明するのが目的。今回はコンピュター画面上をランダムに動き回るターゲットを、カーソルを動かして追いかける作業を2~4人で行って、人数が増えるほど効率が向上することを実証した。これまでに2人で同様の作業を行うと、1人だけの場合よりも効率よくできることを確認していたが、今回は人数が増えるほど、さらに運動パフォーマンスが向上することが分かった。

研究成果は2月12日に生命科学分野の国際科学誌『eLife』(イーライフ)に掲載された。

研究成果

髙木特任助教らの研究グループは、被験者が2人の時に作業効率が向上することをすでに実証しているが、今回は2人だけでなく、3人、4人と被験者を増やした時にどうなるかを実験した。4人の場合、仕切りで分けられたブース(図1)にモニターを配置し、ランダムに動きまわる視覚ターゲットに手の動きを追従させる運動課題を一緒に行った。視覚ターゲットはどのブースでも同じ動きをする。

その際、ロボットインターフェース[用語1]と呼ばれる特殊な装置によって被験者の手に仮想的なバネを設定し、被験者の動きの間に力学的相互作用[用語2]が生じるようにした。これにより、手の触覚を介して他人の動きを互いに検知しあうことができる。これまでに2人ペアで同様の運動課題を練習すると、1人だけで練習するよりもうまく運動課題を実行できることはわかっていた。(参考文献outer

今回の研究により、共同作業を行う人数を3人、4人と増やしていくと、運動パフォーマンスがさらに向上することを確認した。これは被験者自身がターゲットの動きを予測するだけでなく、ロボットインターフェースを通じて得た別の被験者の力の情報を参考にすることができるからだ。つまり4人の場合、自分だけでなくほかの3人がターゲットの動きをどう予測しているかの情報を得て、瞬時に最適な予測を実行できるからである。

ロボットインターフェースを通じて2、3、4人の集団でランダムに動くターゲットを追従させ、各被験者の追従パフォーマンスの変化を評価する。
図1.
ロボットインターフェースを通じて2、3、4人の集団でランダムに動くターゲットを追従させ、各被験者の追従パフォーマンスの変化を評価する。

高木特任助教は「グループのメンバーが触覚情報を活用して、共同動作を素早く調整できることに非常に驚いた。混雑した結婚式会場でテーブルを移動させようとしている状況を考えてみてください。口頭でのコミュニケーションによって、テーブルが何にもぶつからないように動作を調整することはグループの人数が増えれば増えるほど困難になるはずです。しかし、触覚を介して互いの動作情報をやり取りすれば、人数が増えてもほんの数秒で動作を調整することができるのです」という。

エティエン・バーデット教授は「お互いの動きが影響し合うよう連結したとき、グループの人数が増えれば、ランダムな力の影響がノイズのように働きパフォーマンスが低下するのではないかと予測していた。ところが、実際には、ノイズ量が減少するように、個々人のパフォーマンスが向上した」と評価している。

集団の平均パフォーマンスはグループの人数が増えるほど向上した。

図2. 集団の平均パフォーマンスはグループの人数が増えるほど向上した。

今後の展開

髙木特任助教は「このような動作調整が可能なのは、触覚情報を通じてメンバーが互いの動作目標を推定できるためではないか」と推測する。同研究チームの先行研究では、同様な機序(メカニズム)を実装し、人間と共同で動作を行うことのできる「人間のような」ロボットパートナーを設計していたからだ。

今回の研究ではコンピュータシミュレーションを用いてグループのメンバー間の情報のやり取りを詳しく検討し、上記の仮説を支持する結果を得た。高木特任助教は「このような動作調整機序への理解が深まれば、複数のロボットが共同で作業を行うときのアルゴリズムを作り出すことも可能であると考えています」と今後の展開を示した。

用語説明

[用語1] ロボットインターフェース : 電子モーターにより人の手に力を与える装置。手の位置、速度、力なども測る。

[用語2] 力学的相互作用 : 相手の力を受けながら共同作業をこなすこと。

論文情報

掲載誌 :
eLife
論文タイトル :
Individuals physically interacting in a group rapidly coordinate their movement by estimating the collective goal
著者 :
Atsushi Takagi1,2, Masaya Hirashima3, Daichi Nozaki3, Etienne Burdet2
DOI :
所属 :
1Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology.
2Department of Bioengineering, Imperial College London.
3Graduate School of Education, University of Tokyo.

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 特任助教

髙木敦士

E-mail : takagi.a.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5054 / Fax : 045-924-5066

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

NHK Eテレ「サイエンスZERO」に波多野睦子教授、岩﨑孝之准教授が出演 ダイヤモンドがなんでセンサーになるの?

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本学 工学院 電気電子系の波多野睦子教授、岩﨑孝之准教授がNHK Eテレ「サイエンスZERO」に出演します。

「サイエンスZERO」は、私たちの未来を変えるかもしれない最先端の科学と技術を紹介する番組です。波多野教授と岩﨑准教授が取り組む、ダイヤモンドを用いた高感度な量子センサが紹介されます。

ナビゲーターの小島瑠璃子さん(左)と波多野睦子教授(右)(NHKスタジオにて)

ナビゲーターの小島瑠璃子さん(左)と波多野睦子教授(右)(NHKスタジオにて)

ダイヤモンドは炭素(C)という単一の元素から成り立つ一方、とてもユニークな性質を示す物質で、今回はその物質としての大きな可能性にフォーカスしています。

波多野・岩﨑研究室で試作した磁気プローブを持ち込み、スタジオ収録も行われました。この試作機で、スマホ、イヤホン、切符など身近にある意外なものにセンサが反応することに、出演者は驚きの声を上げました。番組の進行につれて、何故ダイヤモンドがセンサになるのかという謎が解き明かされていきます。サイエンスに関心がある、中高生の皆さんにも身近に感じるようお伝えしていきます。

  • 研究室で取材に応じる岩﨑孝之准教授

    研究室で取材に応じる岩﨑孝之准教授

  • NHKスタジオでダイヤモンド量子センサの試作機の準備をする増山雄太研究員

    NHKスタジオでダイヤモンド量子センサの
    試作機の準備をする増山雄太研究員

波多野教授のコメント

皆様のご支援で貴重な機会をいただきました。中高生も対象ということで、「エネルギー」や「量子」のキーワードを使えず、カメラを前に上手く言葉が出てこなくて苦労しました。スタジオの収録はぶっつけ本番に近く、小島さんはなんと台本も無し。すなわち感じたままのサイエンスの素晴らしさをお伝えするのが、この番組の凄さと魅力!と実感しました。小島さんの美しさ、ご発言の輝き、さらにお気遣いはまさにダイヤモンドで、終始見とれておりました。東工大生にもファンが多いと思います。

また岩﨑准教授をはじめ、若い研究者たちがダントツの技術と融合的な新たな研究分野にチャレンジしている姿を取り上げてもらえることも嬉しいです。中高生が本学を志望する契機になってくれれば、と期待します。

  • 番組名
    NHK Eテレ サイエンスZERO
  • タイトル
    超ミクロな磁場が測れる新技術 ダイヤモンドセンサー
  • 放送予定日
    2019年2月24日(日) 23:30 - 24:00
  • 再放送予定日
    2019年3月2日(土) 11:00 - 11:30

※ 放送時間に変更がある場合があります。

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東工大グローバル水素エネルギー研究ユニット 第4回公開シンポジウム開催報告

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東工大グローバル水素エネルギー研究ユニット(GHEU)は、未来の「水素社会」に向けて、水素の利用体系について総合的かつ技術的な検討を進め、産官学の連携の下、さまざまな活動を展開しています。

加えて、国内外の水素利用技術の現状と将来展望を関係者の間で共有するために、公開シンポジウムを1年に1回開催しています。

4回目となる今回は「中国の水素エネルギーR&Dと将来動向を知る」と題し、1月31日に東工大蔵前会館くらまえホールで開催しました。来場者は年々増え、今回は312人となり、開始前から会場が満員となりました。

来場者の多くは、メーカーやエネルギー関連企業、建設会社、商社など幅広い分野の企業の方々をはじめ、政府や自治体の方々、大学や研究機関の関係者たちなどです。水素利用技術に対する関心がますます高まっていることを感じるシンポジウムとなりました。

シンポジウム後に行われた意見交換会も、予想を超える人数の方に参加いただき、会場を広い場所に急きょ変更したほどです。ここでも企業や業種の壁を越えた活発な交流が生まれました。

開会の挨拶をする益学長
開会の挨拶をする益学長

午後1時30分、シンポジウムが始まると、最初に東京工業大学の益一哉学長が壇上に立ち、開会の挨拶をしました。

益学長は、前職の科学技術創成研究院長のときからGHEUの発展を応援してきたことを伝えながら、「この研究は非常に重要であり、本学が主導し、そして皆様と一緒になって社会に貢献していきたい」と抱負を語りました。

今回は、新しい国内外の動きを知ることができる、二つの招待講演を実施しました。

招待講演

「中国の水素エネルギーの現状と展望 Chinese Hydrogen Situation and Vision」

清華大学(中国) 教授 毛宗強(マオ ゾン チャン)氏

中国の水素エネルギー協会会長などを歴任し、国際水素エネルギー協会(International Association for Hydrogen Energy:IAHE)の副会長を務めている毛宗強教授をお招きし、中国で精力的に進められている水素エネルギー利用技術のR&Dについて、現状を語っていただきました。

中国では2017年から2018年にかけて、燃料電池など水素関連の投資額が2,292億元(約3兆6672億円<1元=16円>)に上るなど、毛教授のさまざまな話からその開発の規模の大きさをうかがい知ることができました。

「水素社会実現に向けた経済産業省の取組」

経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギーシステム課長 江澤正名氏

経済産業省の江澤正名氏をお招きし、日本がこれからどのように水素エネルギー利活用を広げていくのか、国の取り組みを説明していただきました。

水素のコストを将来20円/Nm3まで下げることなどの水素基本戦略のポイントや、2019年に改訂される「水素・燃料電池戦略ロードマップ」で検討されていることなどについて、分かりやすく解説していただきました。

講演する毛教授(清華大学)
講演する毛教授(清華大学)

講演する江澤新エネルギーシステム課長(経済産業省)
講演する江澤新エネルギーシステム課長(経済産業省)

講演

「再エネとCO2フリー水素導入拡大に向けた課題と動向」

東京工業大学 科学技術創成研究院 特命教授 グローバル水素エネルギー研究ユニット ユニットリーダー 岡崎健

講演する岡崎特命教授
講演する岡崎特命教授

シンポジウムの後半は、まず、GHEUユニットリーダーの岡崎健特命教授が登壇し、「再エネとCO2フリー水素導入拡大に向けた課題と動向」と題した講演を実施しました。

その中で、水素社会を実現するための論点を整理したり、余剰電力の考え方や熱・産業プロセス等の低炭素化の観点、またグリーン水素および低炭素水素の定義について見解を紹介したりなど、多くの示唆を含む考えを示しました。

東京工業大学が参加する水素関連NEDOプロジェクト報告

「トータルシステム導入シナリオ調査研究:学理に基づく定量的解析による水素の役割と水素社会の将来像」

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授 伊原学

講演する伊原教授
講演する伊原教授

続いて、東京工業大学が水素関連で参加する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)プロジェクトについて、3人の教授が報告しました。

一人目は、伊原学教授で、NEDOの事業「トータルシステム導入シナリオ調査研究」について説明しました。

水素エネルギーシステムの価値が社会の中で最大限発揮されるために必要となる要素・システム技術や、その開発目標を明確にするための技術開発シナリオを検討しながら、その技術目標の妥当性を学理に基づいて評価するとともに、多様な評価軸についても提案していく事業内容について、ていねいに解説しました。

「酸素水素燃焼タービン発電システムの研究開発」

東京工業大学 工学院 機械系 教授 店橋護、東京工業大学 工学院 機械系 教授 野崎智洋

その後、店橋護教授と野崎智洋教授がNEDOのプロジェクト「酸素水素燃焼タービン発電システムの研究開発」について説明しました。

まず、店橋教授が、発電効率75%を達成できるシステムの技術成立性や、経済性確保の見通しの検討、競合技術と比較するフィージビリティスタディについて解説しました。

次に、野崎教授が、実用化されているコンバインドサイクル(Combined Cycle)より約10ポイントも効率が高くなるグラーツサイクル(Graz Cycle)の水素・酸素燃焼の可能性について話しました。

講演する店橋教授
講演する店橋教授

講演する野崎教授
講演する野崎教授

総合討論

「水素エネルギー導入に関する日中の連携のありかたについて」

総合討論の様子
総合討論の様子

すべての講演が終わったところで、総合討論の時間が設けられました。テーマは「水素エネルギー導入に関する日中の連携のありかたについて」で、司会の岡崎特命教授が来場者に議論の参加を促すと、毛教授に対する質問が多く出ました。

会場から出た「日本と中国の協力ではどのような方法があり得ると考えますか」という質問に対して、毛教授は「多くの領域で協力ができると考えています。例えば、水素ステーションを建設することや再生可能エネルギー由来の水素製造でも協力できるでしょう。今後は乗用車の燃料電池車も積極的に開発したいと思っているので、この分野でも協力してほしい」と答えました。

また、水素に関わる技術について、「中国ではたくさんの課題があります。今回、私が来日した目的は、日中の協力関係を築くことです」と話し、中国における技術開発の参加を来場者に呼びかけていました。

最後に、岡崎特命教授が「皆様のおかげで予想以上の盛会となり、ありがとうございました」と謝意を述べ、第4回シンポジウムは閉会となりました。

意見交換会にて(左から岡崎特命教授、毛教授、益学長)
意見交換会にて(左から岡崎特命教授、毛教授、益学長)

満員の会場の様子
満員の会場の様子

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

グローバル水素エネルギー研究ユニット

E-mail : ghec@ssr.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3335 / 3019

TBSテレビ「未来の起源」に沖野研究室の学生が出演

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本学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 沖野晃俊研究室の吉田真優子さん(工学院 電気電子系 修士課程1年)が、TBS「未来の起源」に出演します。

内視鏡に組み込んで低温止血を行う、小型大気圧プラズマジェットの研究が紹介されます。

科学技術創成研究院 吉田真優子さん

小型大気圧プラズマジェット

吉田真優子さんのコメント

近年、内視鏡による低侵襲な治療の需要が高まっています。内視下での止血は容易ではありません。技術を要する従来のクリップの他に、高温プラズマを用いた止血装置がすでに実用化されていますが、約3,000 ℃の高温で組織を焼いて止血するため、止血部に潰瘍が生じるなどの問題がありました。そこで私たちの研究室では、内視鏡用の低温プラズマ止血装置を開発しています。

内視鏡の鉗子口は直径3 mm程度しかありませんので、私たちは金属の3Dプリンタを用いて超小型のプラズマジェットを製作しました。この装置で発生するプラズマの温度は室温~100 ℃程度であるため、より低侵襲な止血が実現できます。

今回の放送を通じて、皆さんにも本研究の魅力を感じて頂ければ幸いです。

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2019年3月3日(日)22:54 - 23:00(放送地域:関東、愛知、岐阜、三重)
  • 再放送予定日
    BS-TBS 2019年3月10日(日)20:54 - 21:00
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お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

水素結合を利用して高分子トランジスタを開発 デジタル回路や熱電変換素子、太陽電池などへの応用にめど

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要点

  • 電子移動度7.16 cm2 V-1 s-1の電子輸送型高分子トランジスタを開発
  • 分子内水素結合を利用することで高分子の平面性を最適化
  • 非常に小さい分子間距離3.40Åを有する結晶性薄膜を形成

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の王洋博士研究員と道信剛志准教授らは、世界最高レベルの電子移動度7.16 cm2 V-1 s-1を示し、かつ電子輸送型(n型)のみで作動する高分子トランジスタの開発に成功した。非常に強い電子アクセプター性[用語1]モノマー[用語2]を2つ組み合わせることにより、n型の有機半導体高分子[用語3]を合成するとともに、分子内水素結合[用語4]を利用して有機半導体高分子の平面性を向上させる技術を確立した。

得られた有機半導体高分子の薄膜をX線回折で測定したところ、3.40Å(オングストローム)の非常に小さい分子間距離を有する結晶性薄膜であることが明らかになった。また、開発した高分子トランジスタは1ヵ月以上大気下で保存しても明確な劣化が認められず、引加電圧に対しても優れた安定性を示した。

この成果は1月31日発行のアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。

研究成果

有機半導体高分子は通常、2つ以上のモノマーの重縮合[用語5]で合成され、モノマー間の立体障害[用語6]によるねじれがあるために平面性が高い主鎖構造を得ることが困難だった。特に、電子輸送性の有機半導体高分子を得るためには、カルボニル基やニトリル基などの電子吸引性基が置換したモノマーを使用する必要があるが、それらの置換基はモノマー間の大きな立体障害となることが問題となっていた。

今回の研究では、ベンゾチアジアゾールとナフタレンジイミドという非常に強い電子吸引性モノマー[用語7]を選択し、電子のみを輸送する有機半導体高分子の開発を目指した。モノマー間の距離を効果的に離し、かつ高い平面性を確保するために、ビニレンスペーサー[用語8]を新たに導入した。ビニレンに置換した水素原子が、ベンゾチアジアゾールに置換したフッ素原子やナフタレンジイミドのカルボニル酸素原子[用語9]と水素結合することにより、立体障害を回避して比較的高い平面性を得ることに成功した。

二量体モデルのDFT計算[用語10]では、ビニレンスペーサーを導入することによって隣接モノマー間のねじれ角が大きく減少することが明らかとなった。また、高分子薄膜のX線回折測定[用語11]では、π-π相互作用[用語12]に由来する分子鎖間の距離が非常に小さく、結晶性の大幅な向上が示唆された。

有機トランジスタのシリコン基板上にアルキル単分子膜[用語13] を用いた場合は若干の正孔輸送が観測される場合があったが、アミノアルキル単分子膜を用いると電子のみが流れ、高分子トランジスタとしては世界最高レベルの電子移動度7.16 cm2 V-1 s-1を達成した。

通常、n型の有機トランジスタは大気安定性に問題がある場合が多いが、フッ素が置換したベンゾチアジアゾールから成る高分子トランジスタは、1ヵ月大気下に保存しても明確な劣化は見られず、電圧の繰り返し印加に対しても優れた安定性を示した。

研究の背景

アモルファスシリコンの移動度を超える高い移動度を実現することが、有機半導体高分子を実用化する際に一つの目安になるとされている。正孔のみを輸送する有機半導体高分子では10 cm2 V-1 s-1を超える非常に高い移動度が達成されているが、電子のみを輸送する有機半導体高分子では隣接モノマー間の立体障害のため十分な結晶性薄膜を形成できていなかった。そのため、高い平面性を有する電子吸引性モノマーからなる高分子の合理的な設計指針が求められていた。

今後の展開

今回の成果は、電子のみを輸送する高移動度半導体高分子の明確な設計指針を与えており、他のモノマー構造にも適用できる汎用性を有している。n型の有機半導体として高い安定性も兼ね備えているため、正孔輸送型半導体高分子と組み合わせることで、全有機高分子型のデジタル回路や熱電変換素子、太陽電池などに応用できると考えられる。

電子輸送型有機半導体高分子の設計、薄膜構造解析および薄膜トランジスタの特性

図1. 電子輸送型有機半導体高分子の設計、薄膜構造解析および薄膜トランジスタの特性。

用語説明

[用語1] 電子アクセプター性 : 電子を受け取りやすい性質のことであり、有機分子の場合、電子吸引性骨格や置換基を導入することで実現することが多い。

[用語2] モノマー : 高分子を構成している繰返し単位の構造成分のこと。

[用語3] 有機半導体高分子 : 溶液から薄膜デバイスを作製できる有機材料であり、有機エレクトロニクスの鍵になる材料として期待されている。正孔(プラスの電荷)と電子(マイナスの電荷)と呼ばれるキャリアを流すことができ、それによって電流が生じる。キャリアの伝導は分子間のホッピングを介して起こるため、半導体高分子の結晶性を向上させることが重要。

[用語4] 分子内水素結合 : 水素原子が同じ分子内に存在する窒素原子やフッ素原子などの孤立電子対とつくる非共有結合性の相互作用。

[用語5] 重縮合 : 多官能性モノマー間の反応で副生物をともない目的とする高分子を合成する方法である。二官能性モノマー間の重縮合では直線状の高分子が得られる。

[用語6] 立体障害 : 分子を構成する原子または部分がぶつかることで自由回転が制限されることを指す。平面性の高い分子を設計する際は、分子内の立体障害が少ないようにする必要がある。

[用語7] 電子吸引性モノマー : 電子輸送性高分子の成分となる化学構造。正孔の生成および輸送を妨げるため、電子吸引性基であるフッ素やカルボニル基、ニトリル基が置換した構造がしばしば用いられる。

[用語8] ビニレンスペーサー : 化学構造(-CH=CH-)で表され、共役骨格が両端に置換した場合、π電子の拡がりを補助するスペーサーとなる。

[用語9] カルボニル酸素原子 : 化学構造(-C(=O)-)で表されるカルボニル基に含まれる酸素原子のこと。

[用語10] DFT計算 : 密度汎関数法を用いて安定な構造を計算で見積もることができる。最近では計算の精度が上がり、実験結果をサポートする一つの主要な方法となっている。

[用語11] X線回折測定 : 高分子薄膜の試料にX線を照射した際、散乱や干渉の結果生じる回折像から高分子がどのように配列しているかを見積る方法である。高分子の配向や分子間の距離がトランジスタの移動度と相関があることが知られている。

[用語12] π-π相互作用 : π電子を含む芳香環の間に働く分子間力であり、半導体高分子の場合、主要な分子間力の一つ。π-π相互作用が強い高分子は一般的に結晶性となる。

[用語13] アルキル単分子膜 : アルキル分子1層が並んでできている膜。有機トランジスタの場合、アルキル単分子膜を絶縁層として利用することが多い。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Significant Improvement of Unipolar n-Type Transistor Performances by Manipulating the Coplanar Backbone Conformation of Electron-Deficient Polymers via Hydrogen-Bonding
著者 :
Yang Wang, Tsukasa Hasegawa, Hidetoshi Matsumoto, and Tsuyoshi Michinobu
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 道信剛志

E-mail : michinobu.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3774 / Fax : 03-5734-3774

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


和歌山以南の温帯域が準絶滅危惧種のサンゴの避難場所として機能 サンゴの遺伝子解析による生物集団の安定性の評価

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発表のポイント

  • 亜熱帯域から温帯域にかけて広域に生息するクシハダミドリイシの遺伝子解析を行い、サンゴの地域絶滅リスクを評価。
  • 温帯域の一部はサンゴの絶滅リスクが低いこと、そして全てのサンゴ種が亜熱帯域から温帯域へ簡単には移動できないことを解明。
  • 温帯域の一部は準絶滅危惧種サンゴの避難場所として機能。亜熱帯域のサンゴを継続して保存することが重要。

概要

宮崎大学テニュアトラック推進機構の安田仁奈准教授、海洋研究開発機構 山北剛久研究員と産業技術総合研究所 地質情報研究部門 井口亮主任研究員、東京工業大学 環境・社会理工学院の中村隆志准教授のグループは、国立環境研究所・水産研究・教育機構中央水産研究所・九州大学・筑波大学と共同で、亜熱帯域で温暖化によって絶滅の危機に瀕しているサンゴ集団の絶滅リスクを評価するために、日本西南部のクシハダミドリイシ(IUCNレッドリストカテゴリーの準絶滅危惧(NT)に属している)を採集し、集団遺伝解析を行いました。さらに海水流動とサンゴの産卵期の幼生分散のシミュレーションを行い、亜熱帯域から温帯域までのサンゴの幼生分散を調べました。その結果、昔からサンゴがいる和歌山以南の温帯域では遺伝的多様性が高く、亜熱帯域に生息する準絶滅危惧種の一部のサンゴの避難場所として機能する可能性が示されました。この成果は2019年2月13日(日本時間 19:00)のScientific Reports誌(電子版)に掲載されました。本研究は、環境省環境総合推進費(4RF-1501)および文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

研究の詳細

近年の温暖化による海水温上昇にともない、亜熱帯域では危機的状況にさらされているサンゴが、日本の温帯域では逆に増加し、分布域も北上しています(図1)。これは、サンゴの幼生が海流によって亜熱帯域から温帯域へ流されても生存できる海水温になったためと考えられています。

20-30年前には海藻類が繁っていた場所が今は様々な種のサンゴで覆われている(宮崎県・串間市)撮影:グリートダイバーズ 福田道喜氏

図1.20-30年前には海藻類が繁っていた場所が今は様々な種のサンゴで覆われている(宮崎県・串間市)
撮影:グリートダイバーズ 福田道喜氏

こうした温帯域は、亜熱帯域で絶滅が危惧されているサンゴにとって、種の絶滅を防ぐためのレフュージア(避難場所)として重要な役割を持つ可能性があることが指摘されていました。しかし、温帯域のサンゴ集団が環境変化で絶滅しないような安定した集団であるかどうかを判断するための遺伝的多様性の検討はこれまでに行われていませんでした。また、亜熱帯域から温帯域へサンゴの幼生が海流によりどのように分散しているのかも不明でした。

そこで、本研究は「クシハダミドリイシ」という温帯域でしばしば優占するサンゴ(図2)について、複数の遺伝子マーカーを用いて、亜熱帯域と温帯域で集団遺伝解析を行い、それぞれの集団の遺伝的多様性を調べました。さらに海水流動モデルを用いた幼生分散シミュレーションにより、日本の亜熱帯域から温帯域にかけての幼生分散の過程を明らかにしました。

クシハダミドリイシのサンプリング地点とクシハダミドリイシの写真。青丸がサンプリング地点。赤点線で記された海域付近で温帯域と亜熱帯域に分かれており、この赤点線を超える亜熱帯から温帯への海流による直接の幼生分散はやや制限される。灰色線は黒潮の流れを示す。
図2.
クシハダミドリイシのサンプリング地点とクシハダミドリイシの写真。青丸がサンプリング地点。赤点線で記された海域付近で温帯域と亜熱帯域に分かれており、この赤点線を超える亜熱帯から温帯への海流による直接の幼生分散はやや制限される。灰色線は黒潮の流れを示す。

集団遺伝解析の結果、クシハダミドリイシでは、近年北上して新たに出現したような最北限の海域に近づくほど遺伝的多様性の低下がみられ(図3)、環境変化が起きた際の地域絶滅のリスクが高いことを明らかにしました。一方、昔から温帯域に生息するクシハダミドリイシの集団では比較的高い遺伝的多様性を持っており、環境変化による地域絶滅のリスクが相対的に低いことが分かりました(図3)。温帯域の中でも昔からサンゴがいる場所は、一部のサンゴにとっての避難場所として機能し得ると考えられます。

クシハダミドリイシにおける遺伝的多様性。もともと亜熱帯域や温帯域に生息するサンゴ集団は遺伝的多様性が高い。近年、北上したサンゴ集団は遺伝的多様性が低い。アリル多様度(Allelic Richness)やヘテロ接合度は集団の遺伝的多様性の指標のひとつ。
図3.
クシハダミドリイシにおける遺伝的多様性。もともと亜熱帯域や温帯域に生息するサンゴ集団は遺伝的多様性が高い。近年、北上したサンゴ集団は遺伝的多様性が低い。
アリル多様度(Allelic Richness)やヘテロ接合度は集団の遺伝的多様性の指標のひとつ。

そして、海水流動モデルの結果として、亜熱帯域から温帯域へのサンゴ幼生の直接の分散が1世代で起きることは稀で、複数世代かかることが分かりました。そのため、全てのサンゴ種が亜熱帯域から温帯域に移住できるわけではなく、亜熱帯域のサンゴの保全も依然として重要であることも分かりました。

今後はさらに、様々なサンゴおよびサンゴ群集生態系に生息する種についても同様に最北限集団を含む様々な海域の遺伝子解析を行い、気候変動にともなう生物集団の保全を検討する予定です。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
The potential role of temperate Japanese regions as refugia for the coral Acropora hyacinthus in the face of climate change
著者 :
Aki Nakabayashi, Takehisa Yamakita, Takashi Nakamura, Hiroaki Aizawa, Yuko F Kitano, Akira Iguchi, Hiroya Yamano, Satoshi Nagai, Sylvain Agostini, Kosuke M. Teshima & Nina Yasuda
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

宮崎大学テニュアトラック推進機構

テニュアトラック准教授

安田仁奈

E-mail : nina27@cc.miyazaki-u.ac.jp
Tel : 0985-58-7233

海洋研究開発機構海底資源研究開発センター

環境影響評価研究グループ

研究員 山北剛久

E-mail : yamakitat@jamstec.go.jp
Tel : 046-866-3811(代表)

産業技術総合研究所地質情報研究部門

主任研究員 井口亮

E-mail : iguchi.a@aist.go.jp
Tel : 0298-61-5089

東京工業大学 環境・社会理工学院

准教授 中村隆志

E-mail : nakamura.t.av@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3038

取材申し込み先

宮崎大学企画総務部広報・渉外課

E-mail : kouhou@of.miyazaki-u.ac.jp
Tel : 0985-58-7114

海洋研究開発機構広報部報道課

E-mail : press-ml@aist.go.jp
Tel : 046-867-9198(上田)

産業技術総合研究所企画本部報道室

E-mail : press@jamstec.go.jp
Tel : 029-862-6216

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

藤枝俊宣講師がバイオマテリアル・サイエンス誌の新進研究者2019に選定

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生命理工学院 生命理工学系の藤枝俊宣講師が、イギリス王立化学会が発行するバイオマテリアル・サイエンス(Biomaterial Science)誌の新進研究者(Emerging Investigators) 2019に選定されました。

本賞は2014年に創設され、バイオマテリアル(生体材料学)分野における世界中の若手研究者の中から約20名が選ばれる有力な国際賞です。2014年、2017年に続き今回が3度目の選定で、東工大の研究者が選ばれるのは初めてです。バイオマテリアル分野で権威ある学会誌バイオマテリアル・サイエンス誌の編集会議、顧問会議および過去の新進研究者が審査し、バイオマテリアル分野の未来に与える影響力と将来性を考慮して受賞者を選定します。

同誌は新進研究者2019の特集号も組んでおり、藤枝講師らの短編総説「生体に対して力学的に適合するプリンテッドナノ薄膜(Printed Nanofilms Mechanically Conforming to Living Bodies)」も同号に掲載されています。

藤枝講師のコメント

大変名誉な機会をいただき、光栄に存じます。これまでに取り組んできた研究内容が評価されたことを嬉しく思います。この場を借りて共同研究者の先生方、学協会の関係者、そして、日夜研究に励む学生の皆様に厚く御礼を申し上げます。藤枝研究室は2018年11月に生命理工学院で産声を上げたばかりです。これを励みにしてバイオマテリアルの発展に尽力する所存です。本学の医療技術を1日も早く患者様やそのご家族、また、医療従事者の方々に届けられるよう研究室一丸となり、引き続き研究活動に取り組んで参ります。

藤枝俊宣講師(右から4人目)と研究室メンバー

藤枝俊宣講師(右から4人目)と研究室メンバー

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

気候変動による影響の連鎖の可視化に成功 地球温暖化問題の全体像を人々が理解することに貢献

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概要

地球温暖化は人間社会や自然環境に様々な問題を引き起こし、ある問題が別の問題を引き起こすというように、「影響の連鎖」が生じます。国立研究開発法人 国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)、国立大学法人 東京大学、国立大学法人 東京工業大学(環境・社会理工学院 土木・環境工学系 鼎 信次郎教授)など研究プロジェクトチームは、気候変動の影響に関する文献の網羅的な調査を行い、得られたデータを理解可能な図として表現することで、気候変動が及ぼす影響の連鎖を可視化をすることに成功し、論文として発表しました。影響連鎖の図を分析することにより、気候変動が自然環境、社会経済、人間生活に与える影響の大きな構造が明らかになりました。本研究によって、研究者だけでなく多くの人々が、気候変動によって生じる様々な影響のつながりを理解し、地球温暖化問題の全体像を理解することに役立ちます。この研究成果は、米国地球物理学連合(American Geophysical Union)の発行する学術誌「Earth's Future」に2019年2月12日付け(現地時間)で掲載されました。

研究の背景

現在も起こりつつある地球温暖化は、人間社会や自然環境に様々な影響を及ぼします。この一方で、急速な技術発展、都市化やグローバル化によって、現代の社会経済活動は様々な形で密接につながっています。また、自然環境も大気・土壌・河川・海洋とそこに存在する生物の間で、物質やエネルギーのやり取りを通して、お互いに様々な作用を及ぼしあっています。このように人間社会や自然環境は複雑な相互依存関係で成り立っているために、気候変動によってある場所で生じた影響が、別の場所で違う影響を引き起こす、という「影響の連鎖」が生じます。

これまでの研究では、気候変動が人間社会や自然環境に及ぼす影響を分野ごとに評価し、異なる分野の間の「影響の連鎖」に関しては十分に調べられてきませんでした。複数の分野のつながりを調べるための分野横断的な研究が非常に難しい、ということも理由にあげられます。気候変動によって生じる問題の最新の研究知見をもっとも幅広くまとめた報告書は、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel for Climate Change, IPCC)outerによって出版された第5次評価報告書(5th Assessment Report, AR5)ですが、IPCC AR5 においても、気候変動が及ぼす影響は分野別あるいは地域別にまとめられており、様々な分野を横断して生じる気候変動影響の連鎖に関しては、体系的にまとめられていませんでした。また、いくつかの国や地域において起こり得る、気候変動による影響の連鎖をまとめた報告書はありましたが、地球全体で起こり得る影響連鎖の全体像をまとめた研究は、これまでなされていませんでした。気候変動によって生じる問題の複雑な連鎖を表現するためには、視覚的に分かりやすい形で表現を行うことが重要ですが、そのような試みは気候変動分野では全くなされていませんでした。

研究の目的と手法

この研究では、気候変動によって起こり得る様々な影響と、影響の間の連鎖関係を、既存の文献を利用して網羅的に調査し、これを分かりやすい形で可視化することを目標としました。この研究では、特定の地域で起こる現象ではなく、世界全体で起こり得る影響の全てを対象とすることを目指しました。将来に起こり得ることをできるだけ幅広く把握するために、悪い影響だけでなく、良い影響(便益)も調査の対象とします。国際社会は、パリ協定などを通して様々な気候変動対策を行おうとしていますが、今回の研究では、対策がなかった場合に起こり得ることを網羅的に調査することにしました。気候変動を緩和するための排出削減や、気候変動に社会が適応する対策をとった場合に起こり得ることを考慮することは、今後の重要な課題だと考えています。気候変動によって生じる影響を評価する研究では、今後100年程度に起こり得ることを予測するものが多いため、21世紀中に起こり得ること評価した研究を文献調査の対象としました。また、気候変動によって影響が生じる分野を全てカバーできるように、水資源・食料・エネルギー・産業とインフラ・自然生態系・災害と安全保障・ 健康の7つの分野を選び、それぞれの分野の専門家であるプロジェクトメンバーが、主にIPCC AR5 を利用して、文献調査を行いました。文献調査の結果、全体として気候変動による影響を87項目に、これらの影響を引き起こす気候変動要因を17項目にまとめました(表1)。さらに、これらの項目の間の因果関係を調査し、256の因果関係を「影響の連鎖」としてまとめました。

表1.
地球温暖化によって生じる影響とその駆動要因。例えば「河川流量の減少/増加」は、「河川流量の減少」「河川流量の増加」の二つの項目があること意味する。
水資源
河川流量の減少/増加、土壌水分の減少/増加、河川水温の上昇、河川水質の悪化、沿岸部の塩水化、湖沼水温の上昇、湖沼水質の悪化、地下水質の悪化、地下水量の減少、水資源の減少/増加、水需要の増加、水処理費用の増加、水価格の上昇
食料
作物生産量の減少/増加、牧草生産量の減少/増加、家畜生産量の減少/増加、病害の増加、農地被害の増加、漁獲量の減少/増加、食料流通の変化、食料貿易の変化、食料価格の上昇、飼料価格の上昇、食料供給の不安定化
エネルギー
水力発電効率の低下/向上、火力発電効率の低下、原子力発電効率の低下、冷房需要の増加、暖房需要の減少、エネルギー需要の増加、エネルギー価格の上昇、エネルギー供給の不安定化
産業とインフラ
インフラ被害の増加、観光産業への悪影響、木材生産量の減少/増加、北極海航路の出現
自然生態系
生態系生産量の減少/増加、土壌流出の増加、土壌有機物の減少、藻類などの繁茂、森林火災の増加、森林の衰退と枯死、植生帯の変化、マングローブ林や湿原の減少、害虫の増加/減少、生物多様性の低下/向上、海洋生態系生産量の減少、海洋表層栄養塩の減少、海洋炭酸カルシウムの溶解、海洋溶存酸素の減少、海洋生物生息域の変化、海洋生物多様性の低下
災害と安全保障
水安全保障の悪化、食料安全保障の悪化、エネルギー安全保障の悪化、島嶼地域への悪影響、文化遺産の損傷、居住地の移動、紛争の激化、洪水の増加、土砂災害の増加、家屋被害の増加、海難事故の増加、水難事故の増加
健康
熱中症や熱関連死亡の増加、寒冷関連死亡の減少、下痢の増加、低栄養の増加、水媒介感染症の増加、食料媒介疾患の増加、動物媒介感染症の増加/減少、人間媒介感染症の増加、PTSDなどの精神疾患の増悪、呼吸器疾患の増加
気候要因
温室効果ガス濃度の減少/増加、気温の上昇、猛暑の増加、降水量の減少/増加、熱帯低気圧の強化、豪雨の増加、強風の激化、高潮の強化、雪氷の融解、凍土の融解、季節サイクルの変化、海水温の上昇、海面水位の上昇、海洋循環の変化、海洋の酸性化

文献調査によって得られた影響の連鎖を、より分かりやすい形で可視化するために、様々な工夫を行いました。得られた因果関係の全てを同時に表現すると非常に複雑な図になってしまうため、まずは前述の7分野ごとに、それぞれの分野に関連する因果関係だけを抜き出して表現しました。このうち「食料」の分野に関わる因果関係を示したのが図1です。論文ではすべての分野の因果関係図も示していますが、ここでは食料分野を例にとり、説明します。図1では、気候変動によって生じる影響と、影響を生じさせる気候変動要因の項目をアイコンで、因果関係を矢印で表現しています。この研究では、複雑なネットワークをより分かりやすく表現するために、デザインの専門家である国立環境研究所地球環境研究センター交流推進係のメンバーと協力して図を作成しました。図1では、因果関係の数に応じてアイコンの大きさを変えています。因果関係が8以上の項目を大サイズで、4から7を中サイズで、3以下を小サイズで表しています。これにより、より多くの項目とつながる気候変動影響の項目がより識別しやすくなってます。

食料分野における気候変動影響の連鎖

図1. 食料分野における気候変動影響の連鎖

研究の結果と意義

食料分野における気候変動影響の連鎖を表す図1では、7つの分野の影響項目を、異なる色のアイコンで示しています。図1に示されるとおり、様々な分野の影響が、非常に複雑に関連しあっていることが分かります。この研究では、気候変動影響の間の因果関係を詳しく追跡することによって、気候変動の連鎖の、全体的な構造を明らかにしました。図2では、食料分野の影響項目である「作物生産量の減少」とつながっている項目を例にとって、連鎖の全体像を表しています。まず、気温の上昇や降水量の減少などは、直接、作物生産量の減少を引き起こします(図2a)。この他に、水資源の減少や洪水の増加、害虫や病害の増加など、自然環境に関わる影響も作物生産量の減少をもたらすことになります(図2b)。気候変動によって自然環境に生じた影響は、次に、社会や経済に関わる問題に波及します(図2c)。例えば作物生産量の減少は、食料の価格・貿易・流通・供給などに影響を与え、さらにはインフラへの被害も、これらの問題と関連します。このようにして気候変動が自然環境と社会経済に与えた影響は、最終的には人間生活における問題を引き起こします(図2d)。食料の供給や価格の変化によって、人々が食料を入手できなくなる可能性があります(食料安全保障の悪化)。さらに、このような食料安全保障問題によって、人々は居住地の移動を余儀なくされたり、新たな紛争が引き起こされたり、低栄養など人々の健康に影響があることが報告されています。作物収量の減少は、農家の収入の減少を招くことなどを通して、精神疾患などの影響をもたらすという研究もあります。

「作物生産量の減少」にかかわる因果関係を抽出した図。a)気候要因に関わる項目、b)それに加えて自然環境に関わる項目、c)それに加えて社会経済に関わる項目、d)それに加えて人間生活に関わる項目。
図2.
「作物生産量の減少」にかかわる因果関係を抽出した図。a)気候要因に関わる項目、b)それに加えて自然環境に関わる項目、c)それに加えて社会経済に関わる項目、d)それに加えて人間生活に関わる項目。

このような分析によって、気候変動は自然環境に影響を与え、それによって社会や経済に問題が生じ、最終的には人間の生活に影響が及ぶ、というような大きな構造があることが分かりました。このため、図1で示したネットワークの配置を変えて、上流に気候要因、中流に自然環境と社会経済に及ぼされる影響、下流に人間生活への影響に関する項目を配置し、影響連鎖をフローチャートの形で表現したのが図3です。このようなフローチャート図によって、気候変動によって生じる問題の連鎖の大きな流れを把握することができます。

食料分野に関わる気候変動影響連鎖。影響項目を気候要因・自然環境・社会経済・人間生活に分けて表示。連鎖の内容は図1と同じ。
図3.
食料分野に関わる気候変動影響連鎖。影響項目を気候要因・自然環境・社会経済・人間生活に分けて表示。連鎖の内容は図1と同じ。

この研究の科学的な意義としては、文献調査に基づき最新の知見を利用することにより、気候変動によって生じる影響の連鎖を、網羅的に明らかにしたことがあげられます。近年のいくつかの研究によって、気候変動がもたらす問題は、異なる分野の間のつながりを考慮することにより、より甚大なものになることが指摘されています。気候変動連鎖を定量的に評価するためには、本研究で示したように、気候変動によって生じる影響の連鎖をできるだけ幅広く、理解可能な形で示すことが役立ちます。

また本研究のもう一つの意義は、気候変動のリスクを一般の人々とコミュニケーションを図るためのツールとして活用することの可能性です。気候変動に伴う様々なリスクに対処するためには、多くの人々が気候変動によって生じる問題に関する情報を、より幅広く把握することが重要です。気候変動リスクの認識を深めることによって、人々はより深く地球温暖化問題に関わろという意思を持つようになる、という研究報告もあります。この研究では、影響の連鎖を分かりやすく可視化することにより、人々が気候変動によって生じる問題の全体像を理解することに貢献したいと考えました。本研究で開発した手法が実際に有用であるかどうかを確認するため、科学コミュニケーションの専門家である国立環境研究所の社会対話・協働推進オフィスのメンバーouterと、研究成果について意見交換を行いました。図2のように、気候変動影響を階層的に表現することで、影響連鎖の全体像を理解しやすくなったという意見の一方で、気候変動に対して様々なステークホルダーが何らかの行動をするためには、自分に関連する問題についてのより詳しい情報、例えば影響の大きさや、影響が起こる可能性などに関する情報が必要となるだろう、との指摘もありました。この研究では、限られたメンバーで文献調査を行なっているために、将来起こり得る気候変動の影響を、完全に網羅的に捉えられているわけではありません。今後は、より網羅的なリストを作成することが重要な課題です。また、今後の研究の進展によって、新たな気候変動影響やその連鎖についての指摘があるかもしれません。この研究手法を発展させ、新たな情報を取り入れることにより、人々が気候変動によって生じる問題を把握し、この問題の対処する方策を立案することに、貢献できると考えています。

研究助成など

2012年から2016年までに行われた環境省環境研究総合推進費戦略研究プロジェクトS-10(地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究)において、この研究を進めました。2017年以降は、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム、環境省及び独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費 戦略研究プロジェクトS-14(気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究)において、研究を進めました。

論文情報

掲載誌 :
Earth's Future
論文タイトル :
Visualizing the Interconnections Among Climate Risks
著者 :
Yokohata, T., K. Tanaka, K. Nishina, K. Takahashi, S. Emori, M. Kiguchi, Y. Iseri, Y. Honda, M. Okada, Y. Masaki, A. Yamamoto, M. Shigemitsu, M. Yoshimori, T. Sueyoshi, K. Iwase, N. Hanasaki, A. Ito, G. Sakurai, T. Iizumi, M. Nishimori, W. H. Lim, C. Miyazaki, A. Okamoto, S. Kanae, T. Oki
DOI :
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お問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室

主任研究員 横畠徳太

E-mail : yokohata@nies.go.jp
Tel : 029-850-2783

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

第1回URA合同研修会(東京工業大学・自然科学研究機構主催)開催報告

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東京工業大学と大学共同利用機関法人・自然科学研究機構が主催する「第1回URA合同研修会」が2月12日、東工大田町キャンパスのキャンパス・イノベーションセンター(CIC)で開かれました。リサーチ・アドミニストレーター(URA)など大学や研究機関で研究者を支援する人材のスキルアップとネットワーキングが目的で、東工大と自然科学研究機構から計43名のURA等が受講しました。

自然科学研究機構 金子修理事による開会挨拶

自然科学研究機構 金子修理事による開会挨拶

研修会では、URAに関わりの深い5つのテーマについて、両機関の講師6名が講演し、予定時間をオーバーして活発な質疑応答が行われました。

テーマ別研修

東京工業大学桑田薫副学長(研究推進担当)/学長特別補佐による講演

東京工業大学桑田薫副学長(研究推進担当)/学長特別補佐による講演

1.
研究戦略と研究IRについて
「Research Mapができるまで」(東工大 研究・産学連携本部 松林真奈美URA)
「共同利用・共同研究の可視化」(自然科学研究機構 研究力強化推進本部 壁谷如洋URA)
2.
プレアワードについて
「攻めの産学連携活動に向けて」(東工大 桑田薫副学長(研究企画担当)/学長特別補佐)
3.
ポストアワードについて
「URAが主導する大型国際プロジェクト推進について」(自然科学研究機構 核融合科学研究所 笠原寛史准教授(URA))
4.
国際広報について
「国立天文台における国際広報の試み」(自然科学研究機構 国立天文台 山岡均准教授)
5.
産学連携について
「知的財産について」(東工大 研究・産学連携本部 武重竜男特任教授)

また、短い時間に自分の言いたいことを相手に分かりやすく簡潔に伝えるトレーニングを目的に、1分間の“自己紹介プレゼンテーション”も行われ、受講者全員が自身の担当業務、日頃の課題・悩み等を共有しました。中には1分間に何度も会場の笑いを誘う人も現れ、会場は大いに盛り上がりました。

受講者からは「他機関のURA等から具体的な活動内容や課題等を直接聞く機会は貴重であり、興味深く勉強になった」など好評でした。

URAは大学などの研究機関において研究者を支援し、研究マネジメントの一翼を担う高度専門人材です。多くの研究機関で導入され、研究者とともに新たな研究プロジェクトの立上げや、その管理・運営などを支援しています。本学では、研究・産学連携本部に所属するURAをはじめ、部局付のURAや一部の研究プロジェクトで専任されるURAなどが活動しています。

研修を受講するURA等

研修を受講するURA等

自然科学研究機構(NINS)は、宇宙、エネルギー、物質、生命等に係る大学共同利用機関(国立天文台、核融合科学研究所、基礎生物学研究所、生理学研究所、分子科学研究所)を設置・運営しています。国際的・先端的な研究を推進する自然科学分野の国際的研究拠点として、全国の大学等の研究者に共同利用・共同研究の場を提供しています。

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課

E-mail : kenkik.kik2@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3803

物質中の電気分極を制御することに成功 強弾性や負熱膨張も実現

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要点

  • 正方晶ペロブスカイト酸化物の構造の歪みを制御
  • 通信や半導体分野で利用できる熱膨張しない新たな物質の開発に道
  • 同様の構造を持つ鉛を含まない化合物への応用を期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、尾形昂洋大学院生、山本孟大学院生(現・東北大学助教)、科学技術創成研究院のJürgen Rödel(ユルゲン・ローデル)特任教授(ダルムシュタット工科大学教授)、神奈川県立産業技術総合研究所の酒井雄樹常勤研究員らの研究グループは、バナジン酸鉛(PbVO3)の一部をクロム(Cr)に置換して、電気分極[用語1]の大きさを制御することに成功した。またこの物質が応力によって結晶の方位が変化する強弾性[用語2]や温めると縮む負熱膨張[用語3]を示す事も確認した。新たな機能性物質の開発につながる成果だ。

同研究グループにはその他に、同大学のZhao Pan(ザオ・パン)博士研究員、西久保匠大学院生、ダルムシュタット工科大学のSatyanarayan Patel(サチャナラヤン・パテル)博士研究員、Peter Keil(ピーター・ケイル)大学院生、Jurij Koruza(ユーリ・コルツア)博士研究員、高輝度光科学研究センターの河口彰吾研究員が参加した。

この成果は、1月17日(米国時間)に米国化学会誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に掲載された。

図1. 本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト。同図はChemistry of Materials誌 (Volume 31, Issue 4 2019年2月26日発行) の中表紙を飾る「Supplementary Cover Art」に選出された。

図1. 本研究成果をもとに作成されたデザインイラスト。

同図はChemistry of Materials誌(Volume 31, Issue 4 2019年2月26日発行) の中表紙を飾る「Supplementary Cover Art」に選出された。

研究の背景

図2. PbVO3の結晶構造。陽イオンであるPb2+、V4++と陰イオンのO2-の重心が一致しないため、電気分極を有する。
図2. PbVO3の結晶構造。陽イオンであるPb2+
V4+と陰イオンのO2-の重心が一致しないため、電気分極を有する。

陽イオンと陰イオンの重心が一致しない極性の結晶構造を持つ化合物は、強誘電性[用語4]圧電性[用語5]など、有用な性質を示す事が期待されている。代表的な例は、チタン酸鉛で、正方晶ペロブスカイト[用語6]構造の、縦の長さが横の長さの1.06倍という、縦に伸びた構造歪みを持つ。このため、電気分極の値が57 μC/cm2と、多くの電荷を貯めることができ、強誘電性、圧電性を示すほか、昇温による強誘電体から常誘電体[用語7]への転移で、体積が収縮する負熱膨張を示す。負熱膨張物質は、光通信や半導体製造装置など、精密な位置決めが求められる分野で、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)するのに使えると期待される物質である。

バナジン酸鉛は、チタン酸鉛と類似の結晶構造でありながら、縦横比(c/a比)が1.23と巨大な構造歪みを持ち、電気分極の大きさは101 μC/cm2に達することから、チタン酸鉛を凌ぐ性能を有すると期待されている。しかしながら、大きすぎる構造歪みが障害となって構造の変化が起こりにくく、電場によって電気分極が反転する強誘電性や、昇温による常誘電相への転移に伴う負熱膨張は確認されていなかった。

研究成果

東教授らの研究グループは今回、バナジン酸鉛を構成するバナジウムについて、その一部クロムで置換する事で、 c/a比を1.07までの任意の値に低減することに成功した。

さらに、大型放射光施設SPring-8[用語8]のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験[用語9]を組み合わせた精密構造解析を実施したところ、電気分極も53 μC/cm2にまで制御でき、また、応力によって構造歪みの方向を変えられ、強弾性が起こることを確認した。さらに、チタン酸鉛の1%を上回る、6.6%の体積収縮を伴った負熱膨張が起こる(つまり加熱で縮む)ことも確認した。

図3. 強弾性の概念図。応力によって分極方向の配向が変化する。
図3. 強弾性の概念図。応力によって分極方向の配向が変化する。

図4. PbV0.85Cr0.15O3の単位格子体積の温度変化。450 Kから600 Kの間で6.6%の収縮が起こっている。
図4. PbV0.85Cr0.15O3の単位格子体積の温度変化。
450 Kから600 Kの間で6.6%の収縮が起こっている。

今後の展開

本成果では、極性のペロブスカイト化合物の結晶構造歪みを制御する手法を明らかにした。この手法を応用することで、バナジン酸鉛と同様の結晶構造を持ち、有害な鉛を含まないことから強誘電体、圧電体、負熱膨張材料の母物質の候補として注目される、コバルト酸ビスマス等の化合物の機能性材料化につながると期待される。

付記

本研究の一部は、地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所・戦略的研究シーズ育成事業「革新的環境調和型機能性材料の創出」(代表・東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」(代表・東正樹東京工業大学教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也東京工業大学教授)の援助を受けて行った。

用語説明

[用語1] 電気分極 : 物質中で陽イオンと負イオンの重心がずれるため生じる電荷の偏り。コンデンサが電気を貯める能力の目安となる。

[用語2] 強弾性 : 応力の印加によって、結晶の分極方向が変化する性質。

[用語3] 負熱膨張 : 通常、物質は温めると体積や長さが増大する。これを正の熱膨張という。しかし、一部の物質は、温めることで可逆的に収縮する負熱膨張の性質を持っており、これはゼロ熱膨張材料を開発する上で重要となる。

[用語4] 強誘電性 : 誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、外部電場によってその方向が変化する性質。

[用語5] 圧電性 : 応力をかけると物質の表面に電荷が現れ、電界を印加すると変形する性質。電気分極を持っているため、このような性質が表れる。

[用語6] 正方晶ペロブスカイト : ペロブスカイトは一般式ABO3で表される元素組成を持った金属酸化物の代表的な結晶構造だ。単位格子が立方体ではなく、一方向に伸びた直方体であるものを正方晶と呼ぶ。

[用語7] 常誘電体 : 電気分極を持たない誘電体(絶縁体)。

[用語8] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語9] 放射光X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

論文情報

掲載誌 :
Chemistry of Materials
論文タイトル :
Melting of dxy Orbital Ordering Accompanied by Suppression of Giant Tetragonal Distortion and Insulator-to-Metal Transition in Cr-Substituted PbVO3
著者 :
Takahiro Ogata, Yuki Sakai, Hajime Yamamoto, Satyanarayan Patel, Peter Keil, Jurij Koruza, Shogo Kawaguchi, Zhao Pan, Takumi Nishikubo, Jürgen Rödel, and Masaki Azuma
DOI :

本研究全般に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授

東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315、080-4402-5315 / Fax : 045-924-5318

地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 戦略的研究シーズ育成事業 常勤研究員

酒井雄樹

E-mail : yukisakai@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5342 / Fax : 045-924-5318

東北大学 多元物質科学研究所 助教

山本孟

E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5355 / Fax : 022-217-5353

高輝度光科学研究センター 研究員

河口彰吾

E-mail : kawaguchi@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802(内線3134) / Fax : 0791-58-0830

戦略的研究シーズ育成事業に関するお問い合わせ先

地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部

E-mail : aoki@newkast.or.jp
Tel : 044-819-2034

SPring-8 / SACLAに関するお問い合わせ先

公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198 / Fax : 022-217-5835

小山二三夫教授が米国光学会 2019年ホロニャック賞を受賞

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科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小山二三夫教授が、米国光学会(The Optical Society、以下OSA)から、2019年ホロニャック賞(2019 Nick Holonyak, Jr. Award)を受賞することが決まりました。小山教授の業績として「面発光レーザフォトニクスとその集積技術への顕著な貢献」が認められ、2019年受賞者として選出されたものです。

OSAは、光学・フォトニクス関連分野における最も権威のある世界最大規模の国際学会です。ホロニャック賞は、半導体技術の黎明期に初めて半導体による可視光の発光を成功させ「LEDの父」と呼ばれるニック・ホロニャック2世博士を記念した国際賞で、1997年に創設されました。光半導体デバイス・材料に関して顕著な貢献のあった個人を対象として、毎年1名に授与されています。過去には、半導体ヘテロ構造の発明で2000年ノーベル物理学賞を受賞したジョレス・イヴァノヴィッチ・アルフョーロフ博士(2000年※)や、青色発光ダイオードの開発で2014年ノーベル物理学賞を受賞した中村修二博士(2001年※)も同賞を受賞しています。国内では、東京大学の荒川泰彦博士(2011年※)に次いで、3人目の受賞となります。

カッコ内はホロニャック賞の受賞年です。

贈呈式は、2019年5月に米国サンノゼで開かれる2019年レーザー・電子工学会議の会期中に行われる予定です。

小山教授のコメント

小山教授

面発光レーザーは、本学の伊賀健一名誉教授・元学長が1977年に発明した半導体レーザーです。近年、インターネットや携帯端末の普及により、データセンター内の大規模光インターコネクト、携帯端末での3D光センサ、自動運転用の光レーダーなど、その応用分野は多岐にわたっています。IoTの進展により、国内外でさらに研究開発が加速され、市場規模も数千億円にまで拡大しています。

今回の受賞は、恩師の末松安晴先生と伊賀健一先生のご指導と、これまでともに研究を進めてきた同僚の研究者、大学院学生など、多くの方々の貢献によるもので、深く感謝しています。この受賞を励みに、東工大の強みと伝統を活かして、今後も研究に邁進していきたいと思っています。

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975

シリコンフォトニクス技術による光渦多重器を開発 光渦多重通信の実用化へ大きく前進

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要点

  • 光通信帯域に対応した光渦多重器の開発に成功
  • 波長無依存性な光渦合分波を実現
  • 次世代の大容量データ伝送のコアデバイスとして期待される

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の雨宮智宏助教らは、産業技術総合研究所と共同で、光通信帯域に対応した光渦(ひかりうず[用語1])多重器を開発した。シリコンフォトニクス技術[用語2]を用いることで、波長無依存性な光渦合分波[用語3]に成功し、世界で唯一のモジュール実装されたデバイスを実現した。

開発したデバイスは5つの光渦をクロストーク(混信)25 dB(デシベル)程度で合分波でき、波長分割多重や偏波多重などの従来の多重方式も併用可能なことから、次世代の大容量データ伝送のコアデバイスとして期待される。

100ギガビット超光リンクの低コスト化と低消費電力が進められ、従来の多重方式に留まらず、光の自由度をより積極的に利用した次世代の方式が検討されている。中でも、光渦を利用した多重化方式は波面のらせん周期に情報を乗せることで、理論上無限チャネル多重化が可能である。大容量通信のキーコンポーネントであるマルチコアファイバ[用語4]との整合性にも優れていることから次世代の方式として注目されている。

研究成果は3月3日~7日に米国サンディエゴで開催される光通信関連の世界最大の国際会議・展示会「OFC 2019」(The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2019)で発表された。

付記事項

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 :
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」(研究総括:北山研一)
研究課題名 :
「磁性-金属-半導体異種材料集積による待機電力ゼロ型フォトニックルータの開発」
研究代表者 :
水本哲弥 東京工業大学 理事・副学長(採択当時 教授)

文部科学省 科学技術人材育成費補助事業

研究領域 :
「科学技術人材育成のコンソーシアム構築事業」
研究課題名 :
「ナノテクキャリアアップアライアンス」
研究機関 :
産業技術総合研究所
共同実施機関 :
東京工業大学ほか

総務省の戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)

研究領域 :
「ICT研究者育成型研究開発」
研究課題名 :
「Si系光渦合分波器を用いた光通信帯における光渦多重伝送技術の構築」
研究代表者 :
雨宮智宏 東京工業大学 助教

背景

100ギガビット光ネットワークの本格的な導入に伴い、コヒーレント光通信技術[用語5]が実用レベルに達している。そのような中、通信容量のさらなる増大に向けて、従来の波長多重方式[用語6]に加えて、光の二つの自由度(偏波と光渦)を積極的に利用した伝送方式が注目されている。特に光の軌道角運動量にあたる光渦の工学的応用には未開拓の領域が多く、今後の研究において重要視される分野となりつつある。

光渦は図1に示すように、等位相面が1波長で2 πの整数倍(2 π×l )になるように分布する(l は光渦モードのチャージ数と呼ばれる)。チャージ数の異なるモードは互いに直交性があるため、理論上はそれらを無限に多重化できることになる。

5つの光渦の等位相面

図1. 5つの光渦の等位相面


チャージ数の異なる光渦は互いに直交性があるため、これらは多重化できることになる。

光渦は大容量通信のキーコンポーネントであるマルチコアファイバとの整合性にも優れていることから、次世代の多重化技術の最有力候補となっている。近年、南カリフォルニア大学やカリフォルニア大学デービス校などのグループを中心に、光渦多重と波長多重を組み合わせることで100 Tbit/s(毎秒100テラビット)級の伝送が実現されている。

研究成果

開発した光渦多重器は、「スターカプラ」および「光渦ジェネレータ」の2領域から構成されている(図2)。まず、入力光はスターカプラにおいて特定の位相差をもった複数の出力光に分波される。その後、それらの位相差を維持したまま、光渦ジェネレータから光を取り出すことで、光渦を生成する。

開発した光渦多重器(5光渦多重)の光学顕微鏡画像

図2. 開発した光渦多重器(5光渦多重)の光学顕微鏡画像

5×8スターカプラおよび光渦ジェネレータの2領域から構成されている(スターカプラにて入射光を特定の位相差をもった複数の出力光に分波し、光渦ジェネレータにて光をらせん状にねじる)。

ここで、光渦ジェネレータは、図3に示すように3次元に湾曲したシリコン導波路の出射端が同心円上に並んだ構造となっており、導波路を伝搬した光は自動的に空間位相が同心円上に分布した光に変換される(入射時も同じ原理で、光渦多重された信号を光渦ジェネレータに入力することで、スターカプラの各ポートから分波された信号を得ることができる)。本開発品の最大の特徴はイオン注入技術[用語7]による3次元湾曲シリコン導波路を用いている点であり、これによって低損失で波長に依存しない光渦ジェネレータを実現できる。

光渦ジェネレータの概要図と走査電子顕微鏡画像1

光渦ジェネレータの概要図と走査電子顕微鏡画像2

図3 光渦ジェネレータの概要図と走査電子顕微鏡画像
3次元湾曲した導波路の出射端が同心円上に並んだ構造となっている。

開発したモジュール
図4. 開発したモジュール
光ファイバの各ポートが、光渦モードのチャージ数に対応。

図4がモジュール実装された光渦多重器となる。光ファイバの各ポートが、光渦モードのチャージ数に対応しており、それぞれのファイバから信号光を入射すると、多重器本体のポートから光渦多重化された平行光が得られる。

図5は空間位相変調器[用語8]を用いて各チャージ数を有する光渦信号光を生成し、それを本モジュールに導入したときの各ファイバポートからの光出力強度を示した結果である(チャージ数が0と+2の光渦に対する結果のみ掲載)。入射光のチャージ数に対応したファイバポートから光が観測され、5ポート全ての測定結果から、ポート間のクロストークとして23 dB超が得られた。

空間位相変調器によって生成された光渦を本開発品に入力したときの、各ファイバポートの出力特性
図5.
空間位相変調器によって生成された光渦を本開発品に入力したときの、各ファイバポートの出力特性(チャージ数が0と+2の光渦に対する結果のみ掲載)。5本の線はそれぞれ各ファイバポートに対応している。

開発品の特徴

光渦多重方式の市場導入へ向けて必須となる光渦合多重器だが、光ファイバ通信システムへの適応のためには、以下の3点が強く求められており、本開発品はこれらの条件を全て満たすものとなっている。

1.
集積チップ化
現在の光渦多重は、その大部分が自由空間データリンクとして研究されている。そのため、光渦の合分波のために比較的大きな光学系(>1 m2)を組む必要があり、光ファイバ通信システムに用いる系としては実用的ではない。それを受けて、小型化・低コスト化の面からチップ化が求められる。
2.
既存の多重化技術との併用性
既存の多重化技術と併用できることが必須となる。特に波長多重と併用するためには、Cバンド[用語9]全域において、光渦合多重器の波長依存性が小さいことが望まれる。
3.
各種ファイバシステムに合わせた汎用性
光ファイバ通信システムにおける多重方式として光渦多重を採用する場合、マルチコアファイバによる通信が有望とされている。このとき、光渦合多重器に求められるのは、各種ファイバシステムに合わせた効率的な結合を実現することである。つまり、結合先のファイバ構造が予め分かっていた場合、それに合わせる形で、セルフアラインにチップを作製することが重要となる。

今後の展開

本開発品を用いた光渦多重方式は、波面のらせん周期に情報を乗せることで理論上無限チャネル多重化が可能とされていることから、次世代の大容量伝送のコア技術として期待される。今後、波長分割多重や偏波多重などの既存の多重方式を併用することで、2023年までの実用化を目指す。

また、光渦による多重化技術が国際標準となった場合、本開発品と同系統のデバイスが広く利用される可能性があり、シリコンフォトニクスの市場規模が大きく拡大すると期待される。

用語説明

[用語1] 光渦(ひかりうず) : 伝搬軸のまわりにらせん状に波面がねじれた光。ねじれ度合いの異なる光は互いに交わらないため、それらを重ね合わせて通信容量を増やすことができる。

[用語2] シリコンフォトニクス技術 : 半導体のシリコンに微細な光導波路構造をつくり、さまざまな機能を小型チップに集積する技術。高速光デバイスの超小型化・低消費電力化が可能になり、光通信システムの革新がもたらされる。

[用語3] 光渦合分波 : 互いに交わらない光渦同士を重ね合わせたり、分離したりすること。

[用語4] マルチコアファイバ : 光の通り道であるコアが、1本のファイバ内に複数本ある光ファイバ。コアごとに別々の情報を送信できるので、1本のファイバで送信できる情報量を増やせる。このような多重方式を空間分割多重方式と呼ぶ。

[用語5] コヒーレント光通信技術 : 光の波としての性質を利用した通信方式。コヒーレント(coherent)とは干渉性があるという意味で、通信では周波数あるいは位相変調が利用できることをいう。光を強度変調する方式に比べて受信感度がよく、毎秒テラビットの大容量情報伝送が可能な波長多重通信の基本となる技術でもある。

[用語6] 波長多重方式 : 1本の光ファイバケーブルに複数の異なる波長の光信号を同時に乗せることによって、高速かつ大容量の情報通信を実現する方式。

[用語7] イオン注入技術 : シリコンLSI製造のための重要技術の一つで、イオンを1 kV~100 kV程度で加速してシリコンウェハに注入する。本研究では、注入されたイオンが原子と衝突して生じるひずみを曲げ加工に利用した。

[用語8] 空間位相変調器 : 空間的・時間的に振幅変調、位相変調、または偏光を変調するために使用される液晶マイクロディスプレイ型のデバイス。

[用語9] Cバンド(Conventional-band) : 光通信を行う際使用される波長帯域の中で、1,530 ~ 1,565 nmにおける範囲のこと。

会議情報

会議名 :
The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2019(OFC 2019)
講演タイトル :
Orbital Angular Momentum Mux/Demux Module Using Vertically Curved Si Waveguides
著者 :
Tomohiro Amemiya, Tomoya Yoshida, Yuki Atsumi, Nobuhiko Nishiyama, Yasuyuki Miyamoto, Youichi Sakakibara, Shigehisa Arai
会議Webサイト :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

助教 雨宮智宏(アメミヤ トモヒロ)

E-mail : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ

中村幹(ナカムラ ツヨシ)

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524

科学技術人材育成費補助事業に関すること

文部科学省 科学技術・学術政策局
人材政策課 人材政策推進室

E-mail : kiban@mext.go.jp
Tel : 03-6734-4021

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432


テラヘルツ集光デバイスによる非侵襲医用撮影を実現 周波数の任意可変技術でマウス臓器の透過観測に成功

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要点

  • テラヘルツ光を波長より小さな領域に集光可能なデバイスを開発
  • デバイスを回転させるという簡便な方法で集光周波数のチューニングを実現
  • マウス臓器の微小域の分光スペクトル及び臓器特異的な透過画像の観測に成功
  • 患者にとって負担の少ない非侵襲的画像診断・治療方針の確立が期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の河野行雄准教授と東京医科歯科大学の榎本光裕医師らは、プラズモニック構造[用語1]を利用した周波数の連続チューニング(選択)可能なテラヘルツ帯集光デバイスを開発した。従来、測定不可能だった非常に小さな試料の分光や画像観測が可能となり、マウス臓器の分光測定及び臓器特異的な透過画像イメージング撮影に成功した。

プラズモン[用語2]共鳴の周波数を発生させるために“スパイラルブルズアイ構造”と名付けた新たなプラズモン構造をもつデバイスを開発し、回転させるという簡単な操作で検出周波数を任意に変化させつつ、局所的にテラヘルツ光[用語3]を集中させることにより実現した。

テラヘルツ光は工業、農業、医療・バイオなど様々な分野で利用が期待され、精力的に研究されている。中でも波長よりも小さな領域の試料観察を行うために必要なテラヘルツ光の局所集中が重要テーマになっている。今回は医工連携によってサブ波長領域[用語4]でのテラヘルツ光の増強と周波数の任意チューニングが可能となった。サブ波長領域での医薬品、将来は医療チップや病理検査への応用が期待され、非侵襲の画像診断・治療方針の確立に向けて大きな一歩となる。

研究成果は3月5日付で英国科学会誌「Scientific Reports」に掲載された。

研究の背景と経緯

テラヘルツ光は100ギガヘルツ(GHz)から100テラヘルツ(THz)の振動数を有する電磁波で、電波と光波の中間帯にある。可視光を通さない物質を適度に透過し、X線と異なり人体に無害などの特性を持つため、この領域での技術は安心安全の基盤になると期待されている。中でも画像イメージングは薬物検査や半導体デバイス検査、がん細胞の可視化、農作物の鮮度や水分情報のモニタリングなど様々な分野で利用が検討されており、産業界や日常生活に大きく貢献する。

テラヘルツ光の応用は特に医療・バイオ分野で、有望なターゲットの1つとして強い期待が寄せられている。その利用促進のための重要な研究課題の1つがテラヘルツ光の局所集中である。だが、例えばがん細胞1個の大きさは 約10マイクロメートル(μm)であり、テラヘルツ波の波長(数百μm)に比べ非常に小さいため、単純にレンズで集光するだけでは回折限界[用語5]により空間解像度と強度が制限されてしまい不十分である。

河野准教授らはこの問題を解決するため、プラズモニック構造を利用したサブ波長領域プローバーの開発に取り組んできた。プラズモニック構造体に光が照射されると、プラズモンの伝播により光を1点に集光させ、大きな光電界増強効果を得ることが可能となる。

同准教授らは2017年に高純度シリコンの三次元立体構造と金属膜とのハイブリット構造を提案し、サブ波長領域における非常に高いテラヘルツ電界増強効果を達成した。(T. Iguchi, T. Sugaya, Y. Kawano, Applied Physics Letter 110, 151105, 2017)。今回、その発展形として、増強テラヘルツ電界の連続的な周波数チューニングを可能とし、分光測定の実現と医療画像イメージングに成功した。

研究成果

河野准教授らはまず、集光デバイスの周波数チューニングに着手した。テラヘルツ光の集光原理は、金属膜表面で発生するプラズモン共鳴に基づくが、従来の構造体でのプラズモン共鳴は単一周波数においてのみ生じるという問題があった。これは構造が同心円構造(ブルズアイ構造)で表面の凹凸の間隔が一定であるためである。今回、同グループは、新たにスパイラスブルズアイ構造を提案し、直径方向に応じて凹凸の間隔を徐々に変化させることでこの問題を解決した(図1)。

スパイラルブルズアイ構造体。(a)全体像。(b)中心付近の拡大写真。(c)中心穴の拡大写真

図1. スパイラルブルズアイ構造体。(a)全体像。(b)中心付近の拡大写真。(c)中心穴の拡大写真

プラズモン共鳴は凹凸構造と垂直な偏光[用語6]の光照射に対してのみ発生する。このため、直線偏光の光に対してデバイスを回転させるという簡単な操作だけで、任意の帯域で周波数をチューニングしながらテラヘルツ光を1点に集中・増強させることが可能となった。また円偏光の光に対しては一度の照射で幅広い帯域を検出可能となる。電磁界解析で構造を最適化したデバイスを作製し、透過測定を行うことで実際に周波数チューニングが可能であることを示した(図2)。

スパイラルブルズアイ構造体のテラヘルツ透過測定。

図2. スパイラルブルズアイ構造体のテラヘルツ透過測定。


(a)概要図。(b)直線偏光入射の概要図。(c)円偏光入射の概要図。(d)直線偏光測定の透過スペクトル。入射偏光の角度を変化させることで透過スペクトルの共鳴ピーク周波数が変化することがわかる。(e)円偏光照射に対するテラヘルツ透過スペクトル。直線偏光のスペクトル(細線)を足し合わせたようなスペクトルが測定される。

作製したスパイラルブルズアイ構造体を実際に利用し、医薬品(図3)とマウス臓器(図4)の分光測定を行った。前者の測定では、試料全体を測定する従来方法と本デバイスを利用したサブ波長測定結果が概ね一致したため、本デバイスが従来方法よりも解像度の高いサブ波長分光に利用可能であることを確認した。マウス臓器の測定では、臓器の種類ごとに異なるテラヘルツ透過スペクトルを観測し、部位の特定が可能であることを示した。

医薬品のテラヘルツ透過スペクトル測定。(a)従来手法(低解像度)での透過スペクトル測定結果。(b)本デバイスを利用した(高解像度)透過スペクトル測定結果。
図3.
医薬品のテラヘルツ透過スペクトル測定。(a)従来手法(低解像度)での透過スペクトル測定結果。(b)本デバイスを利用した(高解像度)透過スペクトル測定結果。

マウスの臓器ごとのテラヘルツ透過スペクトル測定結果。

図4. マウスの臓器ごとのテラヘルツ透過スペクトル測定結果。

画像イメージングへの生体観測応用として、マウスの尾の断面を測定した。本デバイスを利用しない場合(図5a上)と比べ本デバイスを利用した場合(図5a下)では、より高解像度、鮮明な測定が可能であることを確認した。さらにマウスの肺内部を測定することで(図5b)、波長より小さな領域における非常に微細な構造の観察を達成し、本デバイスのサブ波長領域生体測定における有用性を示した。

本デバイスを利用したマウス臓器の高解像度テラヘルツ透過イメージング。(a)従来手法(低解像度)でのマウスの尾の画像イメージング測定結果(上図)。本デバイスを利用したマウスの尾のテラヘルツイメージング測定(下図)。(b)本デバイスを利用したマウスの肺断面のテラヘルツイメージング測定。
図5.
本デバイスを利用したマウス臓器の高解像度テラヘルツ透過イメージング。(a)従来手法(低解像度)でのマウスの尾の画像イメージング測定結果(上図)。本デバイスを利用したマウスの尾のテラヘルツイメージング測定(下図)。(b)本デバイスを利用したマウスの肺断面のテラヘルツイメージング測定。

今後の展開

今回の研究成果はスパイラルブルズアイ構造によってテラヘルツ帯プラズモニック構造体の連続的な周波数チューニングを世界で初めて実現するとともに、サブ波長領域での分光及び画像イメージング測定技術の発展に大きく寄与した。今後はより微小な病理細胞の診断に向けて、引き続き臨床医との検討を重ねながら、上記プラズモニック構造に基づく医療診断チップや外科手術の術中病理検査への応用を加速させる。最終的に患者にとって負担の少ない非侵襲的画像診断、治療方針の確立を目指す。

謝辞

この研究は、科学技術振興機構による未来社会創造事業、COIプログラム、日本学術振興会による科学研究費補助金(基盤研究(A)、基盤研究(B)、挑戦的萌芽)、「東工大の星」支援の援助を受けて実施した。また、デバイス作製の一部は、東京工業大学 未来産業技術研究所 メカノマイクロプロセス室の支援を受けて行った。

用語説明

[用語1] プラズモニック構造 : 用語2のプラズモンを発生させるための構造のこと。

[用語2] プラズモン : 金属内部で発生する電子の粗密波のこと。金属-誘電体界面に光が照射された際に、一定条件を満たすと発生する。粗密波とは物質の振動方向が波の進行方向に平行な波。この波の中では、物質の密度の大なところと小なところがくり返される。

[用語3] テラヘルツ光 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波のこと。

[用語4] サブ波長領域 : 波長よりも微小な領域のこと。

[用語5] 回折限界 : レンズなどで光を絞れる領域の限界の大きさのこと。概ね波長と同程度までとなる。

[用語6] 偏光 : 電磁波(横波)の振動する方向のこと。一般的に直線偏光、円・楕円偏光が存在する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Continuously Frequency-Tuneable Plasmonic Structures for Terahertz Bio-sensing and Spectroscopy
著者 :
Xiangying Deng, Leyang Li, Mitsuhiro Enomoto, and Yukio Kawano
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 河野行雄

E-mail : kawano@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3811 / Fax : 03-5734-3811

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

リチウムイオン電池の充放電反応を超高速化 充電時間の短縮と高性能化への道を拓く

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要点

  • 1分未満の充電時間で電池最大容量の半分以上の充電を確認
  • チタン酸バリウムのナノ粒子を担持した薄膜正極で電極反応を定量的解析
  • 担持物近傍の正極上にて電極副反応が抑制されることを発見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の伊藤満教授、安井伸太郎助教、物質理工学院 材料系の安原颯大学院生らは、岡山大学 大学院自然科学研究科 応用化学専攻の寺西貴志准教授、茶島圭介大学院生、吉川祐未大学院生らと共同で、ナノサイズの酸化物を表面に堆積させた正極のエピタキシャル薄膜[用語1]を作製し、超高速での充電/放電時でも電池最大容量の50%以上の出力に成功した。

この特性向上の機構解明に取り組んだ結果、酸化物ナノ粒子の近傍に電流が集中し、リチウムイオンが電極-電解液界面を通過する際の抵抗が減少していることが分かった。さらに酸化物近傍の正極上では、副反応生成物であるSEI[用語2]の生成が抑制されていることも発見した。従来のリチウムイオン電池の開発研究では種々の電極用粉末と電解質液体を使用して組み立てた電池を使用して行うため、電池を充電/放電する際に起きる電気化学反応を詳細に検討することが難しかった。本研究では単結晶薄膜を用いて電池を組み立てることにより、定量的な電気化学反応の議論を可能とした。

電子デバイスだけでなく電気自動車のバッテリーや大容量蓄電池への展開により、さらなる高性能化が要求されているリチウムイオン電池の分野では、超高速駆動化原理解明により当該分野の飛躍的な発展が期待できる。

研究成果は米国化学会紙「Nano Letters(ナノ・レターズ)」のオンライン版で電子版に2月13日(米国時間)に公開された。

研究の背景

1990年代に実用化されたリチウムイオン電池は動作電圧や体積エネルギー密度の観点からポータブル電源として幅広い分野で使用されてきた。電子デバイスの高性能化や電気自動車への応用に伴い、リチウムイオン電池のさらなる高性能化が求められている。より高い駆動電圧の実現や安全性の向上、大容量化に向け、様々な材料や電池構造の探索が検討されている。

リチウムイオン電池は正極活物質から脱離したリチウムイオンが電解液中を拡散し、負極活物質へ挿入されることで充電が可能となる。携帯電話の使用時や電気自動車の走行時等、電池から電気を取り出す放電時にはこの逆のプロセスが進行する。低速で充電/放電を行う場合には電池全容量を使用することが可能であるが、高速で充電/放電した場合にはリチウムイオンの電極-電解液間を移動する際の抵抗や電極内を移動する時の抵抗などが原因となり、出力可能な容量が大幅に減少してしまう欠点が広く認識されている。そのため、市販されているリチウムイオン二次電池は小さな電流を長時間かけて出し入れすることがほとんどである。

最近、リチウムイオン二次電池の正極活物質であるコバルト酸リチウム(LiCoO2、LCO)[用語3]の表面へ酸化物微粉末を付着すると繰り返し使用可能なサイクル数が増加することが報告された。その中でも、酸化アルミニウムやチタン酸バリウム(BaTiO3、BTO)[用語4]を付着した場合には高速充放電時の容量低下を抑えられ、さらには高速駆動が可能になる。しかし、現状の研究では粉末状の電極活物質を用いているため、電極-電解液界面のみに注目して電気化学反応に対する定量的な調査が行えず、特性向上機構の詳細は未解明のままだった。

伊藤教授らは表面担持手法による特性向上機構の解明に向け、エピタキシャル薄膜電極に着目した。適切に単結晶基板を選択することによって基板の結晶情報を引き継いだ薄膜が成長するエピタキシャル成長を利用し、電極・LCOのサイズ・配置・結晶方位などをすべて揃えた上で、LCO薄膜の上部にBTOのナノ粒子を堆積させることにより、電池反応の解析が容易な薄膜電池を作製した。さらにBTOの堆積形態をナノメートル(nm)オーダーの直径のドットあるいは一定の厚さをもつ被覆膜まで連続的に形態を制御することにより、特性向上原理の解明を行った。

研究の成果

本研究では、まずチタン酸バリウム(BaTiO3、BTO)を担持した場合のコバルト酸リチウム(LiCoO2、LCO)表面での電流分布を可視化するため、数値解析法を用いて計算により模擬実験を行った。その結果、BTOとLCOと電解液が接する三相界面と呼ばれる場所に電流が集中することがわかった。このモデルを実験的に再現するため、パルスレーザー堆積(Pulsed Laser Deposition)法を用いて薄膜を作製した。

先行研究を元にして、基板にチタン酸ストロンチウム(SrTiO3、STO)、電極としてルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3、SRO)を用い、特定の方位関係を持った正極薄膜を作製した。この薄膜の上部へ、作製条件を適切にコントロールすることによって2種類の形態(「一様被膜」と「ドット堆積」)にてBTOを堆積させた。

作製した3種類の薄膜を正極として用いた電池の充放電特性を調査した(図1左)。今回は1時間で電池容量を放電しきる電流値を1Cと定義するCレート表記[用語5]を用いて電流値を表記した。Cレート表記ではCの前に付く数字が大きくなるほど使用している電流値が大きくなるため、短い時間で充電/放電が終わる(つまり、高速駆動)。まず、BTOを堆積させていないLCO薄膜において、1Cにて120 mAh/g[用語6]程度の放電容量が得られた。また、Cレート増加に伴って放電容量が減少する従来通りの挙動を確認した。1Cの50倍の電流を取り出す50C以降は全く電池として機能していないことも分かる。

「一様被膜」の結果から、LCO表面に一様にBTOを堆積させた場合には、高速駆動時の特性が格段に悪化していることが示された。一方、「ドット堆積」において50Cおよび100Cにおいても1C容量の67%および50%の容量を出力でき、高速駆動時の特性が劇的に向上していることが分かった。

交流電気測定を行った結果、BTOのナノドットを堆積させる事によってリチウムイオンの電極-電解液移動抵抗に相当する抵抗成分が約1/3に減少していることが分かった。この抵抗成分の減少は計算による模擬実験の結果から得たBTOとLCOと電解液が接する三相界面における電流集中により、リチウムイオンの界面移動が促進されている効果であると考えられる(図1右)。

今回作製した3種類の薄膜(LCO薄膜:黒線、一様被膜:青線、ドット堆積:赤線)の段階的にCレートを増加させて充放電を行った際の放電容量の変化(左図)。また、今回判明した三相界面でリチウムイオンの界面移動が促進されているモデル図(右図)。
図1.
今回作製した3種類の薄膜(LCO薄膜:黒線、一様被膜:青線、ドット堆積:赤線)の段階的にCレートを増加させて充放電を行った際の放電容量の変化(左図)。また、今回判明した三相界面でリチウムイオンの界面移動が促進されているモデル図(右図)。

三相界面の果たす役割をさらに詳細に調査するため、LCOエピタキシャル薄膜上に100 μm角のBTOを堆積させた薄膜を作成し、充放電した後にLCO表面の観察を行った(図2)。

今回の結果では、まずBTO上にはほとんどSEIが生成せず、BTOから離れたLCO上では厚さ300 nm程度のSEIが形成されていた。さらに、三相界面近傍においてもSEIがほとんど生成していない。これまでの研究では、LCOの充放電反応の副反応により厚さ10 nm程度のSEIが生成されており、このSEIが電池の充放電時にリチウムイオンの移動を抑制すると考えられてきたが、我々の結果はこれまでの結果からは予測できないSEI生成に関する全く新しい実験事実を示している。現在、この原因解明に向けて鋭意研究を進めている。

LCO表面に100 μm角のBTOを堆積させた薄膜の模式図(左図)と、10Cにて充電/放電を行った後の走査型電子顕微鏡観察像(右図)。
図2.
LCO表面に100 μm角のBTOを堆積させた薄膜の模式図(左図)と、10Cにて充電/放電を行った後の走査型電子顕微鏡観察像(右図)。

今後の展開

本研究は主にデバイス開発で用いられている単結晶薄膜育成技術を電池研究に持ち込むことで、定量的な電極反応の解析の可能性を明らかにしたものであり、特にキャパシタ材料として知られている強誘電体BTOを電池材料として組み込むことで強誘電体と電池の組み合わせで協奏効果を引き出すことに成功した。当該分野の研究の主流は性能向上を目的とした電解質溶液への添加あるいは正極と負極材料の選択あるいは形状制御、ナノサイズ化等、プロセス研究である。一方で、反応式としては単純でありながらも、その実複雑な充電/放電反応機構を有するリチウムイオン電池の基本反応原理は未解明な点が多いのが現状である。このような状況で原子配列まで制御して作成した薄膜正極上で起こる反応は場所を特定しやすく解析が非常に容易となるため、粉末を用いた電池では露わに見えてこなかった素反応が本研究で炙り出されてきた。

これまでの知見を元にして、材料科学の視点からリチウムイオン二次電池の反応機構や特性向上、原理解明を達成することで、既存デバイスの特性向上、機構の最適化と全固体電池への応用を期待できる。昨今の発展がめまぐるしい計算科学とエピタキシャル薄膜を用いた本研究と複合して相互に補完しあうことで、実際にリチウムイオン二次電池にて起きている現象の解明を加速させられると期待している。

付記事項

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られた。

  • 文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業

用語説明

[用語1] エピタキシャル薄膜 : 基板の結晶情報(結晶構造、格子定数、結晶方位など)を引き継いで成長した薄膜。様々な知見を元に適切に基板選択を行うことで、目的の結晶構造・結晶方位を持った単結晶薄膜を作製できる。

[用語2] SEI : 固体電解液界面(Solid Electrolyte Interface)の略称で、リチウムイオン二次電池の充放電反応に伴って電極-電解液界面に生成される被膜の総称。充放電反応の副反応や電極材料からの陽イオン流出などによって電解液が分解されることにより、電極表面にSEIが生成すると言われている。一般的にSEIは電解液の分解有機物やリチウム塩である事が提唱されているが、それらの不安定性より正確な生成メカニズムや組成など不明な点も多い。

[用語3] コバルト酸リチウム : 層状岩塩型構造を有し、リチウムイオン二次電池における正極活物質として有名な材料。組成式はLiCoO2であり、充電反応式はLiCoO2→Li1-xCoO2+xLi++xe-で表記される。理論上は、x = 0~1の範囲で使用可能だが、x > 0.5にて充放電反応の可逆性が乏しいため、通常はx < 0.5の範囲に限って使用される。

[用語4] チタン酸バリウム : ペロブスカイト型構造を有し、強誘電体物質として有名な材料。また、被誘電率が大きいことから積層コンデンサーの誘電体材料としてよく使用されている。

[用語5] Cレート表記 : 電池の全容量を1時間で放電しきる電流値を1Cと定義する電流定義。リチウムイオン二次電池の分野ではよく用いられる。2Cなら1Cの2倍、5Cなら1Cの5倍の電流値を用いて充電/放電を行う。Cレート増加に伴って充電/放電時間は短くなり、理想的には2Cなら1/2時間(30分)、5Cなら1/5時間(12分)で充電/放電が終わる。

[用語6] mAh/g : 二次電池の充電・放電時に消費したり取り出したりできる電気量。この値が大きいほど性能が良い。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters, 2019
論文タイトル :
Enhancement of Ultrahigh Rate Chargeability by Interfacial Nanodot BaTiO3 Treatment on LiCoO2 Cathode Thin Film Batteries
著者 :
Sou Yasuhara, Shintaro Yasui, Takashi Teranishi, Keisuke Chajima, Yumi Yoshikawa, Yutaka Majima, Tomoyasu Taniyama, Mitsuru Itoh
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 伊藤満

E-mail : itoh.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5354 / Fax : 045-924-5354

岡山大学 大学院自然科学研究科 応用化学専攻

准教授 寺西貴志

E-mail : terani-t@cc.okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-8069 / Fax : 086-251-8069

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

岡山大学 総務・企画部 広報・情報戦略室

E-mail : www-adm@adm.okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-7292 / Fax : 086-251-7294

平成30年度手島精一記念研究賞 授与式を挙行

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2月21日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館くらまえホールで、手島精一記念研究賞の授与式が行われました。授与式には各賞受賞者のほか、本学関係者、本学同窓会組織である一般社団法人蔵前工業会の理事長および事務局長、元手島工業教育資金団役員が出席しました。

手島精一先生は、東京工業大学の前身である東京工業学校および東京高等工業学校の校長として25年有余にわたり工業教育に努め、日本の工業教育の進展のために多大な貢献を果たされました。手島先生が1917年に退官された際、先生の功績を称えるため、当時の政界、財界、教育界の諸名士が発起人となって募金が行われ、「手島精一記念研究賞」が設けられました。創設以来、本学関係者および本学大学院学生の研究を奨励し、多くの優れた業績の栄誉を称えています。

今年度は、研究論文賞、博士論文賞、留学生研究賞、発明賞、若手研究賞(藤野・中村賞)および著述賞の6つの賞を受賞した28件・計60名が、益一哉学長から賞状と副賞を授与されました。

授与式に引き続いて、ロイアルブルーホールで受賞者を囲んで祝賀会が行われ、出席者全員和やかな雰囲気のうちに閉会しました。

受賞者と出席者の記念撮影

受賞者と出席者の記念撮影

2018年度受賞者

今年度の受賞者は、以下のとおりです。(敬称略)

研究論文賞(3件 計28名)

  • 茶谷 悠平(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 特任助教)
  • 丹羽 達也(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 助教)
  • 和泉 貴士(ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社)
  • 菅田 信幸(生命理工学院 大学院生)
  • 長尾 翌手可(東京大学 大学院工学系研究科 助教)
  • 鈴木 勉(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  • 千葉 志信(京都産業大学 総合生命科学部 准教授)
  • 伊藤 維昭(京都産業大学 総合生命科学部 名誉教授)
  • 田口 英樹(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 教授)
  • 「新生ポリペプチド鎖により誘起されるリボソーム不安定化の発見とその生理的意義」
    (Molecular Cell 68, 528-539, November 2, 2017)

  • 岩田 哲郎(技術部バイオ部門 技術職員)
  • 新村 芳人(東京大学 大学院農学生命科学研究科 特任准教授)
  • 小林 千鶴(生命理工学院 大学院生)
  • 白川 大地(生命理工学院 大学院生)
  • 鈴木 彦有(株式会社日本バイオデータ)
  • 榎本 孝幸(生命理工学院 博士研究員)
  • 東原 和成(東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授)
  • 吉原 良浩(理化学研究所 脳神経科学研究センター チームリーダー)
  • 廣田 順二(バイオ研究基盤支援総合センター 准教授)
  • “A long-range cis-regulatory element for class I odorant receptor genes”
    (NATURE COMMUNICATIONS 8:885 DOI:10.1038/s41467-017-00870-4)

  • Abdul-Hackam Ranneh (武田薬品工業株式会社)
  • 武元 宏泰(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 助教)
  • 左久間 隼矢(住友ゴム工業株式会社)
  • Aziz Awaad(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 博士研究員)
  • 野本 貴大(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 助教)
  • 持田 祐希(ナノ医療イノベーションセンター 主任研究員)
  • 松井 誠(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 特任助教)
  • 友田 敬士郎(JSR株式会社)
  • 内藤 瑞(東京大学 大学院医学系研究科 博士研究員)
  • 西山 伸宏(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授)
  • “An Ethylenediamine-based Switch to Render the Polyzwitterion Cationic at Tumorous pH for Effective Tumor Accumulation of Coated Nanomaterials”
    (Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 5057-5061)

博士論文賞(14名)

数学関係部門

  • 久野 恵理香(大阪大学 大学院理学研究科 助教)

“Investigating mapping class groups from the viewpoint of geometric group theory”

物理学関係部門

  • Sharankova Ralitsa(タフツ大学 研究員)

“Measurement of θ13 in reactor neutrino oscillation with the Double Chooz near and far detectors”

化学関係部門

  • 松並 明日香(AGC株式会社)

「含フッ素スルホニルジアミン配位子を有するヒドリドイリジウム錯体の反応性と水素移動型水素化脱フッ素化反応の開発」

  • 家高 佑輔(東京理科大学 助教)

「分子間相互作用の変調に基づく結晶性セルロース集合体の構造制御と機能材料への展開」

生命理工学関係部門

  • 持田 啓佑(生命理工学院 日本学術振興会特別研究員)

「出芽酵母における小胞体と核の選択的オートファジーの研究」

材料工学関係部門

  • 高橋 俊介(日野自動車株式会社)

「急温度勾配下の熱伝導率に基づいた鋼の連続鋳造用結晶化モールドフラックスによる緩冷却機構」

応用化学関係部門

  • 岸本 史直(東京大学 日本学術振興会特別研究員SPD)

「半導体へテロ構造の精密設計とマイクロ波照射による人工光合成系の反応ダイナミクス制御」

  • 戸田 達朗(旭化成株式会社 化学・プロセス研究所)

「複数のプロトン応答部位を有するピンサー型錯体の構造修飾と二核化」

機械工学関係部門

  • 長澤 剛(工学院 助教)

“Reaction Kinetics and Dynamics on Solid Oxide Fuel Cell Porous Electrodes through Species Territory Adsorption Model and Active Sites Imaging”

電気・電子工学関係部門

  • 井上 大輔(住友電気工業株式会社 研究員)

“GaInAsP/InP Membrane Integrated Lasers for On-chip Optical Interconnection”

  • 鈴木 大地(理化学研究所 基礎科学特別研究員)

“A Study on a Flexible Terahertz Camera for Omnidirectional Nondestructive Inspections”

情報学関係部門

  • 石田 愛(産業技術総合研究所)

“Studies on Group Signature(グループ署名に関する種々の研究)”

エネルギー関係部門

  • 西村 昂人(立命館大学 助教)

“Study of Heterojunction Interface of High-efficient Cu(In,Ga)Se₂ solar cells”

その他境界領域的な研究部門

  • 山田 直生(東京大学 大学院工学系研究科 日本学術振興会特別研究員PD)

“Development of Glutamine-Functionalized Polymers with Tumor-Selective Interaction Capacity by Sensing Dense Glutaminolysis-Related Transporters”

留学生研究賞(4名)

  • 葛 乾(環境・社会理工学院 土木・環境工学系 研究員)

“A macroscopic dynamic network loading model for multi-reservoir System”

  • 韓 冬(科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 特任助教)

“Study on the Optimization of MEMS Fabrication for ECF (Electro-conjugate Fluid) Micropumps and Its Application to Soft Robots”

  • 王 洋(物質理工学院 材料系 博士研究員)

“High-Performance n-Channel Organic Transistors Using High-Molecular-Weight Electron-Deficient Copolymers and Amine-Tailed Self-Assembled Monolayers”

  • 王 蕾(株式会社東芝)

“Three-dimensional fingering structure of gravitationally unstable convection between miscible fluids in a porous medium (多孔質内における混和性流体の重力不安定対流の三次元フィンガー構造)”

発明賞(2件 計3名)

  • 小宮 健(情報理工学院 情報工学系 助教)

「標的核酸の検出方法及びキット」

  • 中原 啓貴(工学院 情報通信系 准教授)
  • 米川 晴義(ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社)

「ニューラルネットワーク回路装置、ニューラルネットワーク、ニューラルネットワーク処理方法およびニューラルネットワークの実行プログラム」

若手研究賞(藤野・中村賞)(2件 計2名)

  • 安藤 吉勇(理学院 化学系 助教)

「キノン類の酸化還元能を活用した新規分子変換法の開発と高次構造天然物の全合成への展開」

  • 河野 行雄(科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 准教授)

「テラヘルツ帯フレキシブルカメラの創出と全方位検査への応用展開」

著述賞(3件 計9名)

  • 池上 彰(リベラルアーツ研究教育院 特命教授)
  • 岩崎 博史(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 教授)
  • 田口 英樹(科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 教授)

『池上彰が聞いてわかった生命のしくみ 東工大で生命科学を学ぶ』(朝日新聞出版社)

  • 井田 茂(地球生命研究所 教授)

『系外惑星と太陽系』(岩波書店)

  • 齊藤 滋規(環境・社会理工学院 融合理工学系 教授)
  • 坂本 啓(工学院 機械系 准教授)
  • 竹田 陽子(環境・社会理工学院 融合理工学系 特任教授)
  • 角 征典(環境・社会理工学院 融合理工学系 特任講師)
  • 大内 孝子(フリーランス・エディター)

『エンジニアのためのデザイン思考入門』(翔泳社)

受賞者を代表して挨拶する田口英樹教授(研究論文賞・著述賞)
受賞者を代表して挨拶する田口英樹教授(研究論文賞・著述賞)

益学長から賞状を授与される受賞者
益学長から賞状を授与される受賞者

授与式にて
授与式にて

授与式後、談笑しながら記念撮影する受賞者
授与式後、談笑しながら記念撮影する受賞者

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課 手島記念担当

E-mail : tokodai.tejima@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3805

世界最長10 mの超長尺多関節ロボットアームで、水平方向10 kg保持を達成 廃炉調査への利用可能性を2019年度中に検討予定

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NEDOと東京工業大学は、狭い場所に進入できる細くて長いロボットの開発に取り組み、世界最長となる全長10 mの超長尺多関節ロボットアームを2018年9月に開発し、今回、アーム手先で10 kgの物体を水平方向に保持できることを実証しました。

図1. アーム手先で10 kgの水平方向保持を実証
図1. アーム手先で10 kgの水平方向保持を実証

テコの原理が働くため、長いロボットアームが重量物を保持することは容易ではありません。そこで今回、複数の化学繊維ロープを関節の滑車に巻きかけ、荷重を分散して支えることによって、これを実現しました。今後は、水平方向の保持だけでなく、重量物の持ち上げや運搬の実現に向けた技術開発を進めていきます。

今回、重量物の保持を実証できたことで、橋梁・トンネルなどの大規模構造物のインフラ点検作業などへの応用が期待できます。また、2019年度に日本原子力研究開発機構の楢葉遠隔技術開発センター(福島県)で、廃炉調査への利用可能性を検討する予定です。

図2. 超長尺多関節ロボットアームの全体アーム全長10 m、直径20 cm、重量300 kg(アーム部50 kg、基部250 kg)
図2. 超長尺多関節ロボットアームの全体アーム全長10 m、
直径20 cm、重量300 kg(アーム部50 kg、基部250 kg)

図3. 超長尺多関節ロボットアームの横スペースへの屈曲
図3. 超長尺多関節ロボットアームの横スペースへの屈曲

概要

老朽化した橋梁や大規模構造物の点検は重要課題であり、特に人による作業が難しい場所でのロボットアームの応用は喫緊の課題です。

そこで、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と国立大学法人東京工業大学は、狭い空間に進入できるような細くて長いロボットの研究開発※1に取り組み、アーム全長10 m、直径20 cm、重量300 kgで、可動域は最大高さ10 m、水平8 mの世界最長※2の超長尺多関節ロボットアームを2018年9月に開発しました。

そして今回、このロボットアームの手先で、10 kgの物体を水平方向に保持できることを実証しました。テコの原理が働くため、長いロボットアームが重量物を保持することは容易ではありません。そこで、複数の化学繊維ロープを関節の滑車に巻きかけ、荷重を分散して支えることによってこのロボットアームを実現しました。今後は、水平方向の保持だけでなく、重量物の持ち上げや運搬の実現に向けた技術開発を進めていきます。

このロボットアームは、細長い形状で多くの関節を持つことから、障害物の回避、狭い場所への進入や探査が可能です。今回、10 kgの重量物の保持を実証できたことで、橋梁・トンネルなどの大規模構造物のインフラ点検作業における目視・打音検査の自動化などへの応用が期待できます。

なお、アーム全長10 m、直径20 cm、保持10 kgというスペックは、ロボットアームが原子力発電所の原子炉格納容器中心部に到達し、各種調査機器を搬送するための目標値であり、実際の廃炉作業に関わる企業へのヒアリング結果として、東京工業大学が設定したものです。

また、2019年度には、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構の楢葉遠隔技術開発センター(福島県)で、構造物が狭く入り組んでいる廃炉現場を模した環境において、アーム手先の位置決め精度を測定し、アーム手先に取り付けたカメラによる目視や、各種センサーを用いた調査作業への利用可能性を検討する予定です。

本ロボットの最新の研究成果については、3月14日、15日に富山県黒部市で開催される第24回ロボティクスシンポジアouterで東京工業大学が発表します。

※1

研究開発

事業名 : 次世代人工知能・ロボット中核技術開発/革新的ロボット要素技術分野/高強度化学繊維を用いた『超』腱駆動機構と制御法の研究開発

実施期間 : 2015年度~2019年度

※2

世界最長

地上用垂直多関節型マニピュレータとして。東京工業大学調べ(2019年3月13日現在)

今回の成果

ロープによる多関節駆動機構

図4. ロープによる干渉駆動の原理
図4. ロープによる干渉駆動の原理

ロープによる関節駆動機構は、重量物である駆動部を根本部分に集中して配置できるため、アーム本体を軽量化できる利点があります。各関節には自由に回転する滑車が取り付けられており、その滑車にロープが巻きかけられています。ロープ先端部をアームの手先に固定して根元を引っ張ると、手先関節に力(トルク)が発生しますが、同じ大きさのトルクが経由する全ての関節に発生します(図4)。この特性を利用すると、手先関節を動かすためのトルクも根元関節の駆動に利用できるため、根元部分で大きなトルクを発生させることができます。この機構(図5(a))に対し、今回新たに中心部分に太径のロープを一本通し、アーム自重の大部分を太径ロープで支え、各関節の細かな動きを細径ロープで個別に制御する手法を開発しました(図5(b))。この機構により、複数の化学繊維ロープで荷重を分散して支えることで、従来に比してさらに大きな手先荷重を支えることが可能となり、今回10 kgの水平保持を実現することができました。(図6)。太径ロープの直径は5.5 mmで駆動部により最大3,000 kg重の張力を発生させています。

図5. 従来の干渉駆動機構(a)、本ロボットの機構(b)
図5. 従来の干渉駆動機構(a)、本ロボットの機構(b)

図6. 実際の根元関節の構造
図6. 実際の根元関節の構造

高強度化学繊維ロープによる腱駆動

高強度の化学繊維ロープは釣り糸や漁網、防弾チョッキなどに実用化されており、国内の繊維メーカーは、世界で大きなシェアを有しています。ステンレススチール製のロープに比較して、重さは1/8でありながら強度はおよそ2倍と、軽くて強いことが特徴です。一方で、時間経過とともに徐々に伸びてしまう特性や、滑らかで滑りやすいため端部を固定することが難しいなどの課題もありました。

本プロジェクトではこの化学繊維ロープをロボットの関節駆動に用いるための基礎的な特性を調査するとともに、それらの課題を解決する駆動機構要素群の開発を行い、実際にロボットアームに適用してその有効性を確かめ、高強度化学繊維ロープ腱駆動によるロボットシステム構築の手法を系統的に確立しました。

これにより、10 kg水平保持に必要な化学繊維ロープの選定、関節機構の設計、強力な張力を支えるためのロープの端部固定などが実現できました。

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本ニュースリリース内容 お問い合わせ先

NEDO ロボット・AI部

中井、渡邊

Tel : 044-520-5242

東京工業大学 工学院 機械系

准教授 遠藤玄

E-mail : endo.g.aa@m.titech.ac.jp

その他NEDO事業について

NEDO 広報部

藤本、坂本、佐藤

E-mail : nedo_press@ml.nedo.go.jp
Tel : 044-520-5151

東京工業大学についての一般的な問い合わせ

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

最先端エッジAI技術を活用した牛の行動観察システムを共同開発 酪農・畜産業におけるアニマルウェルフェア向上を目指して実証実験を開始

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東京工業大学、信州大学および電通国際情報サービス(以下、ISID)の共同プロジェクトチームは、東京工業大学COI(COI=センター・オブ・イノベーション。以下、東工大COI)『サイレントボイス[用語1]との共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点のもと、最先端エッジAI[用語2]技術を活用した牛の行動観察システムを開発しました。2021年の社会実装を目指し、信州大学農学部で2019年4月から2020年3月まで実証実験を実施します。

近年、畜産分野において、アニマルウェルフェア[用語3]に関する消費者意識の高まりが報告されており、世界で、アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼育方式が提案されるようになりました。家畜のアニマルウェルフェアの向上には放牧を含む様々な管理運用が必要で、その対応コストが課題となっています。東工大COI「動物のサイレントボイスとの共感」チーム(リーダー:伊藤浩之 東京工業大学 科学技術創成研究院 准教授、サブリーダー:竹田謙一 信州大学 学術研究院農学系 准教授)では、牛のサイレントボイスを聴くことをテーマとしたハードウェア、ソフトウェアの共通プラットホームの整備を進めており、酪農・畜産業におけるアニマルウェルフェアの普及を研究テーマの一つに掲げています。これまでの取り組みで、牛に首輪型センサを取り付けて、複雑な牛の飲水・摂食、腹臥位、立位、歩行などの行動や姿勢の情報を、AI処理により推定できるようになりました。今後は牛が病気にかかり始めているのか、発情、分娩の兆候が見えだしているのか、あるいはストレスを感じているのかといった状態を推定できるよう研究を進めます。

当プロジェクトでは、このAI処理をソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社のIoT向けスマートセンシングプロセッサ搭載ボード「SPRESENSE™(スプレッセンス)※1」に実装し、通信機能を備えた首輪型デバイス「感じて考える首輪」のプロトタイプを開発、さらにこのデバイスを用いて牛の行動データを広域で収集し、牧場の温度・湿度などの飼育環境の情報をも併せて収集・分析する行動推定システムを構築しました。(図1、2参照)

2019年4月からは、このシステムを用いて牛の健康状態を把握し、アニマルウェルフェアに配慮しつつ低コストで飼育管理を実現する仕組みの構築に向けた実証実験を信州大学農学部で行います。

※1
SPRESENSE™は、ソニー株式会社の商標です。

図1. システムコンセプト:多数頭をリアルタイムで同時モニタリング

図1. システムコンセプト:多数頭をリアルタイムで同時モニタリング

図2. 実験風景の様子(信州大学農学部附属AFC農場にて)

図2. 実験風景の様子(信州大学農学部附属AFC農場にて)

本システムの特徴

現在普及している牛用エッジデバイスでは、牛の動きの加速度データを測定し、単純に圧縮してBluetooth(ブルートゥース)で送信しているため、検知できる状態の種類が限られていることや、通信距離が短いため放牧で利用しにくいことが課題です。従来の技術を組み合わせて4Gネットワークなどにより牛の動きの加速度データをそのままクラウドに送ってAI処理すれば、放牧地にいる牛の様々な状態を推定できると思われますが、デバイスの消費電力が大きいため頻繁な電池の交換や充電が必要になってしまいます。

当プロジェクトチームは、ネットワークを介してあらゆるものが繋がるIoTの時代においては、エッジデバイスからゲートウェイデバイス、クラウドまでの各レイヤーにおけるAI処理のバランスを最適化したシステムアーキテクチャが必要であると考えています。当プロジェクトが開発した行動推定システムは、エッジデバイスとクラウドのAI処理量と通信量のバランスを最適化することで、これまで課題であったエッジデバイスの長バッテリー寿命とクラウド間の通信のコスト削減に対応できることが特徴です。

本実証実験で用いる「感じて考える首輪」のプロトタイプには、エッジデバイスでAI処理を実行するのに必要な、高性能で低消費電力なプロセッサを搭載したソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社のIoT向けスマートセンシングプロセッサ搭載ボード「SPRESENSE™」を採用し、東京工業大学が開発した牛行動AI分析アルゴリズムを組み込んでいます。これにより、歩行や摂食といった行動・状態をAI処理で推定してデータ量を圧縮し、低消費電力・低ビットレート・広域カバレッジ(Low Power, Wide Area(LPWA))の無線技術を活用することで、多状態推定・放牧利用・長期間動作を両立できるようにします。

最先端エッジAI技術により推定された牛の状態データに加え、牧場内の様々な環境データをISIDのクラウドサービス「FACERE®(ファケレ)※2」に収集します。その上で、総合的なアニマルウェルフェアの状態は、全てのデータを集約したクラウドのAIで推定します。

※2
FACERE®は、株式会社電通国際情報サービスの商標です。

本システムの研究開発における各機関の役割

東京工業大学の役割

東京工業大学は、本システム研究開発のチームリーダーを務めるとともに加速度センサをはじめとするセンサ類の開発、AI処理のデバイスへの実装方式の開発、畜産農家への新システム普及の検討、アニマルウェルフェアの社会的受容性の研究を担当しています。

信州大学の役割

信州大学は、本システム研究開発のサブリーダーを務めるとともに、農学部附属AFC農場における牛の行動データをもとに、エッジAI学習のための教師データの作成、エッジAI処理による行動分類の検証、アニマルウェルフェアに適したエッジデバイスの装着方法、飼育環境整備の研究を担当しています。

ISIDの役割

ISIDは、システム全体の構成検討、クラウドサービスFACERE®を活用したデータ収集・解析システムの構築と解析結果を可視化するアプリケーションの開発を担当しています。今回の実証実験で得られる知見を元に、東工大COIにおけるエッジAIシステムの酪農・畜産業への展開支援、ならびに東工大COI参画メンバーと協力し、様々な産業用途での利用を提案します。

『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点について

図3. 「サイレントボイスとの共感」地球インクルーシブセンシングのコンセプト略図
図3. 「サイレントボイスとの共感」
地球インクルーシブセンシングのコンセプト略図

東京工業大学では、文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「革新的イノベーション創出プログラム」の東工大COI拠点として研究開発を進めており、2018年4月1日からは『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点(プロジェクトリーダー:廣井聡幸 ソニー株式会社 R&Dセンターシステム技術開発第1部門長、研究リーダー:若林整 東京工業大学 工学院 教授)として研究開発を推進しています。

地球を取り巻く限られた環境の中で経済発展によるQoL向上を目指す人類にとって、地球上における人間以外との共存共栄は今後ますます必須となります。同拠点では、地球上の人類の枠を超えた様々な声なき声(サイレントボイス)に耳を傾け、共感する(インクルーシブセンシング)ことにより、人・社会・環境の問題に対して、人を通じて低環境負荷/地球に優しい方法で人々が自ら解決するサイクルの実現を目指しています。

用語説明

[用語1] サイレントボイス : 地球上の自然、里山、社会、人に存在する今まで測ることができなかった・気づかなかった現象を、新規のセンサ技術および既存のセンサ技術を用いて顕在化させた統合的データのこと。東工大COIでは、上記センサ技術により取得されるデータをAI処理により、解釈可能あるいは私たちに関わりのある情報にすることを「サイレントボイス」に声を与えると表現しています。

[用語2] エッジAI : 通常はクラウド側で実行されるAIの処理をセンサなどのデバイスが存在するエッジ側で実行する仕組み。

[用語3] アニマルウェルフェア : 国際獣疫事務所(OIE)は、アニマルウェルフェアを「動物の生活や死(食用目的のと殺や疾病管理目的の安楽殺)という状況における動物の肉体的および精神的状態」と定義しています。すなわち、人類による動物利用(家畜、実験動物、展示動物、伴侶動物など)を認めつつも、前述の状況に際して、可能な限り苦痛を排除しようとするものです。近年では、オリンピックでの食材調達コード(畜産物)にアニマルウェルフェアが示され、また消費者教育の推進に関する法律(2012年施行)の下で普及が進められている「倫理的消費」の畜産対応として、アニマルウェルフェアが示されています。昨年12月には、スターバックスコーヒーがアニマルウェルフェアに配慮されている非ケージシステムで生産された鶏卵を2020年までに全世界で使用するといった声明を出し、他の世界的な外食産業、ホテルチェーンでも同様の動きがあります。

実証実験に関するお問い合わせ先

株式会社電通国際情報サービス 戸田、松島

E-mail : g-iot-info@group.isid.co.jp

東京工業大学 地球インクルーシブセンシング研究機構

E-mail : coi.info@coi.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3562

信州大学 農学部動物資源生命科学コース 動物行動管理学研究室

E-mail : ktakeda@shinshu-u.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

信州大学 農学部 広報担当

E-mail : nogakuweb@shinshu-u.ac.jp
Tel : 0265-77-1300(代) / Fax : 0265-77-1315

※取材申込は信州大学農学部HP「お問い合わせ」outerを参照

株式会社電通国際情報サービス コーポレートコミュニケーション部 李

E-mail : g-pr@isid.co.jp
Tel : 03-6713-6100

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