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iPS細胞由来インスリン産生細胞におけるオープンイノベーション研究を開始

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東工大と第一三共株式会社(代表取締役社長:眞鍋淳、本社:東京都中央区、以下「第一三共」)、三菱UFJキャピタル株式会社(代表取締役社長:半田宗樹、本社:東京都中央区、以下「三菱UFJキャピタル」)は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)からインスリン産生細胞を作製し、再生医療・細胞治療への活用を目指すオープンイノベーション研究を開始します。

生命理工学院 生命理工学系の粂昭苑・白木伸明研究室が開発したヒトiPS細胞から膵β(すいベータ)細胞(インスリンを分泌する膵臓にある細胞)を高率に作製する方法と第一三共の技術を融合させることにより、生体内の膵β細胞に近いiPS細胞由来インスリン産生細胞が作製可能であることを見出しました。本研究ではiPS細胞由来のインスリン産生細胞の更なる性能の向上及び作製法の改良を行い、従来のインスリン治療では血糖コントロールが困難でアンメットメディカルニーズが高い、重症1型糖尿病※1に対する革新的な治療法として、実用化に向けた検討を進めます。

この研究を行うために新会社(OiDE BetaRevive(オイデ ベータリバイブ)株式会社、本社:東京都中央区、以下「BetaRevive」)を設立し、三菱UFJキャピタルが運営するOiDE ファンド投資事業有限責任組合(以下「OiDE ファンド※2」)から共同研究等に必要な資金を全額出資します。第一三共と三菱UFJキャピタルはOiDEファンドを活用した新規創薬基盤技術を育成するオープンイノベーション活動を進めており、本件はOiDEファンド出資の第4号です。

3年間の共同研究で目標を達成した場合には、第一三共はBetaReviveの株式を全て買い取り、第一三共が自らのプロジェクトとして研究開発を進め、東工大に対しては、販売後のロイヤリティを対価として支払います。

※1 重症1型糖尿病

1型糖尿病は、インスリンを産生する膵臓のβ細胞が何らかの原因で破壊されることで発症します。1型糖尿病では、治療にインスリン製剤を使用します。しかし、一部の患者においては、内因性インスリン分泌能が著しく低下しているために十分な血糖コントロールが達成できず、重症低血糖発作を繰り返すことで、QOL(クォリティー・オブ・ライフ)の低下や生命予後の悪化につながる恐れがあります。そのような場合、膵島移植が効果的な治療法とされていますが、ドナー不足が問題となっており、新たな治療法が望まれています。

※2 OiDE(Open innovation for the Development of Emerging technologies)ファンド

三菱UFJキャピタルと第一三共が2013年に共同で始めたファンドで、三菱UFJキャピタルが運営しています。

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


研究テーマを宇宙で実証 JAXAのイプシロンロケット4号機で打上げへ

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理学院 物理学系の谷津陽一助教と工学院 機械系の坂本啓准教授・中西洋喜准教授の2つの研究テーマがJAXA(宇宙航空開発研究機構)の革新的衛星技術実証1号機に搭載され、宇宙での実証に向け、イプシロンロケット4号機により打ち上げられます。

イプシロンロケット4号機は、鹿児島県にあるJAXAの内之浦宇宙空間観測所から2019年1月17日(木)の打上げを予定しています。打ち上げの模様は、YouTube JAXAチャンネルouterにてライブ配信される予定です。

JAXAの革新的衛星技術実証プログラムは、民間企業や大学などが開発した機器や部品、超小型衛星、キューブサットに、テーマを公募の上、宇宙での実証の機会を提供するプログラムです。そのプログラムの1号機である革新的衛星技術実証1号機は、JAXAがベンチャー企業の力を利用して開発する小型実証衛星1号機(RAPIS-1、ラピス・ワン)と、6機の超小型衛星・キューブサットの計7機の衛星で構成されています。

革新的衛星技術実証1号機のロケット搭載イメージ(提供:JAXA)

革新的衛星技術実証1号機のロケット搭載イメージ(提供:JAXA)

キューブサットとは、1999年にスタンフォード大学のトウィッグス教授が提案した1辺が10 cmのサイコロ型衛星であり、現在では、10 cm×10 cm×11.35 cmを1ユニット(U)として、2U、3U、6Uなどの発展型も存在しています。

深層学習を用いリアルタイムで画像識別

谷津助教の実証テーマ「深層学習を応用した革新的地球センサ・スタートラッカーの開発」(DLAS、ディーラス)は、RAPIS-1に搭載される7つの実証テーマのうちの一つです。

深層学習の手法を画像認識に活用し、衛星が撮影した画像から陸地パターンを識別する技術の活用を実証します。また、民生品を用いた低コストのスタートラッカー(宇宙を撮影し、写っている星の配置から衛星の姿勢を計測する姿勢制御装置)が動くかどうかを確認します。衛星がどちらを向いているかの判定や衛星の姿勢制御、軌道上における画像の選別に役立つことが期待されます。

DLASの研究・開発で得られた知見を活かし、東工大発ベンチャーである「株式会社 天の技」が宇宙機搭載装置の製造・販売の事業化を進めています。

DLASを搭載するRAPIS-1(提供:JAXA)
DLASを搭載するRAPIS-1(提供:JAXA)

振動試験中のカメラユニット
振動試験中のカメラユニット

東工大発ベンチャー称号授与式での(株)天の技・工藤裕社長(左)と益一哉学長(右)

東工大発ベンチャー称号授与式での(株)天の技・工藤裕社長(左)と益一哉学長(右)

谷津助教コメント

谷津陽一助教

DLASは2015年に着想を得て、それから3年を掛けて研究開発を進めてきました。また、恒星姿勢センサも東工大発ベンチャーとして事業化し、ニュー・スペース界隈では認知されつつあります。

JAXAのスケジュールに追われながらの研究・開発はかなり大変でしたが、これを主体的に進めたのが理学院・工学院の学生たちです。彼らの能力・知識・努力がなければ決して完成できませんでした。卒業生を含め、このチームと研究できたことを誇りに思います。すでに搭載装置は我々の手を離れ、内之浦の衛星の中でフライトを待っていると思うと感慨深いですが、データが降りてくるまでは気が抜けませんので、粛々と運用準備を行いたいと思います。

折り紙の技術で宇宙空間へ展開

坂本准教授・中西准教授の実証テーマは、超小型衛星であるキューブサットOrigamiSat-1(オリガミサット・ワン)を用いた「3Uキューブサットによる高機能展開膜構造物の宇宙実証」です。太陽電池やアンテナなどが載せられた薄膜が、折り紙の技術で小さくたたまれて10 cm×10 cm×34 cmのキューブサットの中に収められた後、宇宙空間で1 m×1 mに展開するという技術の実証を行います。併せて搭載するカメラで膜が開くところを撮影し、今後の研究開発へ活かします。また、アマチュア無線帯で、高速で伝送するデータを地上で受信するというチャレンジも行います。さまざまなデバイスを載せた薄膜の展開を実証することで、将来の実用化を見据えた宇宙構造構築技術、宇宙ロボット技術の開発につながることが期待されます。

中西准教授(左)・坂本准教授(右)(提供:JAXA)
中西准教授(左)・坂本准教授(右)(提供:JAXA)

OrigamiSat-1(提供:JAXA)
OrigamiSat-1(提供:JAXA)

薄膜が収められるキューブサット
薄膜が収められるキューブサット

折り紙の技術を使った薄膜の模型(提供:JAXA)
折り紙の技術を使った薄膜の模型(提供:JAXA)

坂本准教授コメント

坂本啓准教授

3UキューブサットOrigamiSat-1は、(1)将来の宇宙膜面太陽電池アレイ/膜面アンテナなどに応用可能な新しい宇宙展開構造物構築を世界に先駆けて実証すること、(2)宇宙での構造展開・展張実験の計測系を実証すること、(3)5.8 GHz高速通信技術を継承すること、を目指しています。2014年末から東工大、日本大学、サカセ・アドテック株式会社、株式会社ウェルリサーチがタッグを組んで衛星開発を進めてきました。いよいよ打ち上げを迎え感無量です。

東工大からは私の他に、工学院機械系の中西洋喜准教授、古谷寛准教授、そして電気電子系の戸村崇特任助教が開発に参加。とは言っても、実際に手を動かし、試行錯誤し、衛星システムを組み上げたのは学生たちです。企業・大学のベテランから支援を受けながら多くの学生たちが発揮した創意工夫が、OrigamiSat-1には詰め込まれています。

新しいことを学び、発見するための人工衛星を自分たちの手で作れる時代が到来していることを、本衛星の打ち上げを通じ、是非ご覧いただきたいです。

関連リンク

谷津助教 関連情報

坂本准教授・中西准教授 関連情報

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お問い合わせ先

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世界初!ヘテロクロマチンによる染色体異常の抑制を発見 ゲノム編集を伴わない遺伝子治療につながる成果

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要点

概要

ヘテロクロマチンはセントロメア・リピートを「のりしろ」にした染色体異常を抑制する
図1. ヘテロクロマチンはセントロメア・リピートを「のりしろ」にした染色体異常を抑制する

大阪大学大学院理学研究科の中川拓郎准教授、沖田暁子大学院生らの研究グループは、北海道大学の村上洋太教授、東京工業大学の木村宏教授、九州大学の高橋達郎准教授との共同研究でヘテロクロマチンがセントロメア領域のDNA反復配列(セントロメア・リピート)を「のりしろ」にした染色体異常を抑制することを世界で初めて明らかにしました(図1)。

Clr4がヒストンH3のK9をメチル化すると複雑なヘテロクロマチンが形成する。赤:メチル化修飾。灰色:ヌクレオソーム。オレンジ:メチル化したヒストンに結合するヘテロクロマチン蛋白。
図2. Clr4がヒストンH3のK9をメチル化すると複雑なヘテロクロマチンが形成する。赤:メチル化修飾。灰色:ヌクレオソーム。オレンジ:メチル化したヒストンに結合するヘテロクロマチン蛋白。

生命の遺伝情報を担う染色体は、DNAがヒストン[用語7]というタンパク質に巻き付いたヌクレオソーム[用語8](図2、灰色)を基本単位とするクロマチン構造を形成します。染色体のセントロメア領域には、DNAの反復配列(セントロメア・リピート)が存在し、凝縮したヘテロクロマチン構造が形成されます。DNA複製の進行停止などによりDNA損傷が自然発生的に起きた際、反復配列を「のりしろ」にして転座などの染色体異常が起こることがあります。こうした染色体異常がセントロメア周辺で起こるロバートソン転座[用語9]は、ヒトで最もよく見られる染色体異常ですが、どのように制御されているのか明らかとなっていませんでした。

TFIIS依存的な転写が染色体異常を誘発する
図3. TFIIS依存的な転写が染色体異常を誘発する

本研究では、分裂酵母を用いて染色体の安定性におけるヘテロクロマチンの役割を調べました。その結果、ヘテロクロマチンの基盤であるヒストンH3の9番目のリシン残基(H3K9)のメチル化修飾(図2)が、セントロメア・リピートを「のりしろ」にした染色体異常の抑制に重要であることを発見しました。通常、ヘテロクロマチンを形成する DNA領域では、DNAを鋳型にRNAを合成する転写が不活化されています。ヘテロクロマチンによる染色体異常の抑制メカニズムを明らかにするため、ヘテロクロマチンが形成できない変異株を詳細に調べたところ、転写伸長を促進する転写因子TFIIS[用語10]が染色体異常を誘発することが明らかになりました(図3)。本研究により発見した「ヘテロクロマチンの転写制御を介した染色体異常の抑制機構」は、ゲノムの半分以上を反復配列が占めるヒトなどの高等真核生物では、より重要な役割を担っていると考えられます。

本研究成果により、DNA変異を加えることなくクロマチン構造のみを操作することで、人為的に染色体の安定性を高められることが期待されます。

本研究成果は、Springer Nature社の科学誌「Communications Biology」(オンライン)に、2019年1月11日(金)19時に公開されました。

研究の背景と研究成果

セントロメアは、細胞分裂時に染色体の移動をつかさどる微小管(細い繊維)である紡錘糸が結合する染色体領域です。そのため、セントロメアは染色体を娘細胞に均等分配する上で極めて重要です(図1)。しかし、セントロメアには反復配列(セントロメア・リピート)が存在するため、それを「のりしろ」にした転座などの染色体異常が生じる危険があります。染色体異常は癌をはじめ様々な遺伝病の要因となりますが、セントロメア領域での染色体異常が、どのように抑制されているのかは明らかとなっていませんでした。

セントロメアはヘテロクロマチンと呼ばれる常に凝縮したクロマチン構造を形成します。クロマチン構造が弛緩したユークロマチン領域と異なり、ヘテロクロマチン領域ではヌクレオソームを構成するヒストンH3のリシン残基(H3K9)がメチル化され、これを目印に様々なタンパク質が集合し、複雑なクロマチン構造を形成します(図2)。その結果、ヘテロクロマチン領域では転写が起きにくいことが知られています。これまでに、マウスを用いた研究で、H3K9のメチル化酵素Clr4/Suv39を遺伝子破壊すると発癌リスクが大幅に上昇することが報告されています。また、ヒトの癌細胞でもセントロメア・リピートの転写が正常細胞に比べて上昇することが観察されています。しかし、セントロメア領域のヘテロクロマチンと染色体異常の関連は明らかとなっていませんでした。

メチル化酵素Clr4がないと高頻度で染色体異常が起きる
図4. メチル化酵素Clr4がないと高頻度で染色体異常が起きる

今回、本研究グループは分裂酵母を用いて染色体の安定性におけるヘテロクロマチンの役割を解析しました。分裂酵母はヒトと類似したヘテロクロマチンを形成しますが、比較的単純な反復配列をもつため詳細な解析に適しています。H3K9のメチル化酵素Clr4/Suv39を遺伝子破壊するとセントロメア・リピートを「のりしろ」にした染色体異常が高頻度で形成されました(図4)。また、H3K9のリシン残基を別のアミノ酸に置換することでメチル化修飾が起きないようにした変異株でも、染色体異常が高頻度で起きました。これらの結果から、H3K9のメチル化修飾(図2、赤)がセントロメア・リピートを「のりしろ」にした染色体異常の抑制に重要であることを明らかにしました。また、H3K9のメチル化修飾を認識するヘテロクロマチン蛋白など(図2、オレンジ)も染色体異常の抑制に必要であったことから、ヘテロクロマチンの複雑な染色体構造が重要であると考えられます。つぎに、ヘテロクロマチン欠損株で起きる染色体異常に必要な因子を探索した結果、転写伸長を促進する転写因子TFIISが染色体異常の引き金であることを明らかにしました(図3)。TFIISは染色体に結合したタンパク質を押し退けて転写伸長するときに働きます。これらの結果から、我々は、TFIISは転写伸長を活発に起こすことで、染色体からタンパク質の解離やDNA:RNAハイブリッドの形成を促すことで、反復配列を「のりしろ」にした染色体異常を誘発するというモデル(図3)を提唱しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、今後、クロマチン構造が染色体を維持するメカニズムについての研究が進むと予想されます。また、遺伝子治療への応用も期待されます。

用語説明

[用語1] ヘテロクロマチン : 細胞の核内では、DNAはヌクレオソームを基本単位として複雑な高次構造を形成します。これをクロマチンと呼びます。クロマチンは、常に凝縮した状態のヘテロクロマチンと弛緩したユークロマチンに分かれます。こうしたクロマチン構造は、DNA配列により一義的に決定されておらず、ヌクレオソームを構成するヒストンの修飾により可逆的に変化します。ただ、興味深いことに、反復配列が存在する染色体領域は概ねヘテロクロマチン構造を形成します。

[用語2] セントロメア領域 : 全ての染色体に1箇所ずつ存在する染色体領域であり、染色体の移動をつかさどる微小管(細い繊維)である紡錘糸が結合する動原体が形成されます。そのため、セントロメアは正確な染色体分配に不可欠です。多くの真核生物のセントロメア領域は生物種に特徴的なリピート配列によって構成されています。

[用語3] (DNAの)反復配列 : セントロメアやテロメアに存在する反復配列や(レトロ)トランスポゾン由来の反復配列など様々な種類の反復配列があります。ゲノム上に存在する反復配列を「のりしろ」にして染色体異常が生じることがあります。これにより、癌などの遺伝病が誘発されます。一方、進化の過程で、生物が遺伝的多様性を獲得する際にも、反復配列は重要な役割を果たしてきたと考えられています。

[用語4] 染色体異常 : 転座、逆位、欠失など染色体の大きな変化。染色体異常により大切な遺伝子が破壊されたり、遺伝子数が変化したりすることで、癌をはじめダウン症、ターナー症などの様々な遺伝病が引き起こされます。

[用語5] 分裂酵母 : 学名Schizosaccharomyces pombe。アフリカでビールの生産に使用されていた酵母です。出芽ではなく隔壁ができることで細胞分裂します。ヒトと共通したクロマチン構造を持ちますが、染色体数が3本と少なく、解析しやすいため染色体の研究に使用されることの多いモデル生物です。

[用語6] 転写 : 染色体のDNA鎖を鋳型にしてRNA鎖を合成する反応。RNAポリメラーゼにより合成されたRNAが鋳型DNAと対合したままDNA:RNAハイブリッドを形成することがあります。DNA:RNAハイブリッドが形成されると元の2本鎖DNAの片側が1本鎖となります。この1本鎖DNAが反復配列どうしの認識に使われることで染色体異常が生じる可能性があります。

[用語7] ヒストン : 進化上高度に保存されたDNA結合タンパク質。H2A, H2B, H3, H4の4種類のヒストンが2分子ずつ集合して8量体を形成し、その周囲にDNAが巻き付いて、ヌクレオソームを形成します。ヒストンの末端領域がヌクレオソームの表面に位置しており、メチル化などの修飾を受けます。修飾の種類や位置の違いによりクロマチンの構造が変化します。

[用語8] ヌクレオソーム : ヒストンから構成されるタンパク質複合体にDNA鎖が巻き付いたタンパク質とDNAの複合体。クロマチン構造の基本単位。

[用語9] ロバートソン転座 : 転座の中でも、2本の染色体が短腕を失い、セントロメア周辺で連結して、1本の染色体となるものをロバートソン転座といいます。ロバートソン転座は1916年にウイリアム・ロバートソンが昆虫のバッタで初めて報告した様式の染色体異常です。流産や不妊などとの関連が指摘されています。

[用語10] 転写因子TFIIS : 転写においてRNAポリメラーゼの働きを助けるタンパク質を転写因子と言います。様々なタンパク質が結合する染色体上では転写はたびたび途中停止します。そうしたとき、転写因子TFIISはRNAポリメラーゼの触媒部位に作用することでRNAポリメラーゼの進行再開を助け、転写の伸長過程を促進します。

論文情報

掲載誌 :
Communications Biology
論文タイトル :
“Heterochromatin suppresses gross chromosomal rearrangements at centromeres by repressing Tfs1/TFIIS-dependent transcription”
著者 :
Akiko K. Okita, Faria Zafar, Jie Su, Dayalini Weerasekara, Takuya Kajitani, Tatsuro S. Takahashi, Hiroshi Kimura, Yota Murakami, Hisao Masukata, & Takuro Nakagawa.
DOI :

特記事項

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「非コードDNA」、及び、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究Cの一環として行われました。

お問い合わせ先

研究に関すること

大阪大学 大学院理学研究科

准教授 中川拓郎

E-mail : takuro4@bio.sci.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6850-5432

北海道大学 大学院理学研究院

教授 村上洋太

E-mail : yota@sci.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-3813 / Fax : 011-706-4924

東京工業大学 科学技術創成研究院

教授 木村宏

E-mail : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

九州大学 大学院理学研究院

准教授 高橋達郎

E-mail : takahashi.tatsuro.465@m.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-4267 / Fax : 092-802-4330

取材申し込み先

大阪大学 理学研究科 庶務係

E-mail : ri-syomu@office.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6850-5280 / Fax : 06-6850-5288

北海道大学 総務企画部 広報課 広報・渉外担当

E-mail : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-2610 / Fax : 011-706-2092

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

九州大学 広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

1月16日 15:20 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターのリンク先を更新しました。

水星が持つ特異な磁場の謎を解明 惑星の起源・進化に迫る

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水星は地球と同様に、中心[用語1]ダイナモ作用[用語2]によって作られる大規模な磁場をもっています。

棒磁石の作る磁場を使って地球と水星の磁場を表現して、この2つを比較すると、図1のように地球磁場は地球中心に棒磁石がありますが、水星磁場の棒磁石は中心から大きく北にずれていることが分かります。これは2011年にNASAのメッセンジャー探査機[用語3]によって報告された大発見でしたが、なぜ中心から大きく北にずれているか、その理由は未解明のままでした。

図1. 地球と水星内部の仮想的な棒磁石の位置

図1. 地球と水星内部の仮想的な棒磁石の位置

地球の磁場は地球中心に置いた棒磁石で良く表現できるが、水星では棒磁石を約500 km(水星半径の5分の1)北にずらさないと、観測結果を説明できません。

図2. 磁場による自己調整機構の効果
図2. 磁場による自己調整機構の効果
水星表面での磁場動径成分の分布。自己調整機構がオフになると形態が維持されず、全く異なる磁場構造になります。赤色が内向き、青色が外向きの磁場を表します。

九州大学 大学院理学研究院の高橋太准教授、東京大学地震研究所の清水久芳准教授および東京工業大学理学院の綱川秀夫教授らの共同研究グループは、水星中心核の熱化学的状態を模した内部構造モデルを用いて、水星磁場がもつ特異的な構造を再現することに成功しました。さらに、その特異な磁場構造は、中心核内部の磁場が自己調整機構によって対流をコントロールすることで自発的に生成・維持されていることを明らかにしました。

これは、水星をはじめとする惑星磁場が内部構造や進化履歴を反映して様々な形態を持つことを示しており、水星や地球の起源と進化および、それらの相異を明らかにするうえで重要な知見となります。

本研究はJSPS科研費補助金(JP15K05270、JP15H05834、JP18K03808)の助成を受けました。

本研究成果は英国の国際学術誌「Nature Communications」(日本時間2019年1月14日19時)の電子版に掲載されました。

九州大学 大学院理学研究院 高橋太准教授
九州大学 大学院理学研究院
高橋太准教授

研究者からひとこと

磁場というものは目に見えませんが、磁場を通じて惑星中心部の状態と時間変化を視ることができるという、何とも不思議なことが可能になります。

研究に終わりは無く、次の段階は観測による実証です。我が国の水星探査機「みお」が水星へ到着する日はまだまだ先ですが、今から待ち遠しいです。

研究背景

水星が地球と同様な惑星規模の固有磁場を持っているか否かは、1970年代から惑星科学における大きな謎でした。この謎はアメリカNASAのメッセンジャー探査機が2008年のフライバイ時に水星の固有磁場を観測したことによって、解決されました。大規模な固有磁場の発見は水星磁場が水星内部の中心核のダイナモ作用によって作られている証拠となり、水星の起源および進化を明らかにする上で重要な成果です。その後の周回軌道上でのさらなる観測の結果、水星磁場の双極子(棒磁石)が北に大きくずれていることが発見されました。かたや、地球磁場の双極子はほぼ地球の中心にあります。メッセンジャー探査機による重大な科学成果のうち、北に大きくずれた双極子の発見はトップ3に挙げられており、非常に重要な成果と認識されています。一方で、その原因は一切明らかになっておらず、惑星科学における新たな大きな謎となっていました。

研究内容

今回の研究では、水星中心核の熱化学的状態を模した最新の実験や理論計算の結果をもとに、新たな水星内部構造モデルを作成しました。新規作成した内部構造モデルを「ダイナモモデル」に組み入れ、水星中心核の対流とそれにともなうダイナモ作用を数値的にシミュレーションしたところ、特定のモデルについて、北にずれる双極子をはじめとする水星磁場の特徴を全て再現するシミュレーション結果が得られました。詳細な解析を行った結果、中心核の対流で作られた磁場がローレンツ力[用語4]を通じて対流構造を調節することによって、北にずれた双極子を自発的に生成・維持していることが明らかになりました。本研究ではこれを自己調整(self-regulation)と命名しました。

今後の展開

地球磁場と水星磁場の相異を明らかにすることは、水星のみならず私達の住む地球を理解することにも繋がる重要な研究テーマです。昨年10月には日欧協同の水星探査計画「ベッピコロンボ」によって、我が国の水星磁気圏探査機「みお」(MMO:Mercury Magnetospheric Orbiter)が打ち上げられ、現在水星へ向かっています。本研究成果と、将来の「みお」の観測による詳細な磁場データによって、水星ダイナモのメカニズムが明らかになり、水星の起源・進化に関する理解が飛躍的に深まることが期待されます。

謝辞

本研究はJSPS科研費補助金(JP15K05270、JP15H05834、JP18K03808)の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1] : 岩石からなる天体(惑星・月)の中心部を形成する部分。主成分は鉄で、液体状の部分を外核、固体部分を内核といいます。

[用語2] ダイナモ作用 : 天体が大規模な磁場を生成・維持するためのメカニズム。高温で液体状の外核が磁場中を運動する際に起こる電磁誘導現象の総称。

[用語3] メッセンジャー探査機 : 英名MESSENGERは“MErcury Surface, Space ENviromnent, GEochemistry, and Ranging”の略称です。2011年3月から2015年4月まで、水星の周回軌道上で磁場を含む様々な観測を行いました。

[用語4] ローレンツ力 : 電磁場中で運動する荷電粒子、電流に作用する力。外核の対流はダイナモ作用によって新しい磁場を生み出すと同時に、磁場によるローレンツ力を受けます。ローレンツ力による効果は非線型であり、予想が困難な様々な現象を引き起こす要因になります。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Mercury's anomalous magnetic field caused by a symmetry-breaking self-regulating dynamo.
著者 :
Futoshi Takahashi, Hisayoshi Shimizu, Hideo Tsunakawa
DOI :
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お問い合わせ先

九州大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門 准教授

高橋太

E-mail : takahashi.futoshi.386@m.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-4245

東京大学 地震研究所 准教授

清水久芳

E-mail : shimizu@eri.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-5748

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 教授

綱川秀夫

E-mail : htsuna@geo.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2459

取材申し込み先

九州大学 広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

災害対応ロボットの実用に期待 小型で大パワー、滑らかな動きの油圧アクチュエータ開発 東工大発ベンチャー「株式会社H-MUSCLE(エイチマスル)」を設立し、記者説明会を開催

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12月25日、工学院 機械系の鈴森康一教授は、開発した油圧アクチュエータの記者説明会を、難波江裕之助教、株式会社JPN(ジェー・ピー・エヌ、以下、JPN)の日沖清弘代表取締役と設立した東工大発ベンチャー「株式会社 H-MUSCLE(エイチマスル、以下、H-MUSCLE)」とともに大岡山キャンパスにて開催しました。鈴森教授らが今回開発した技術は、災害現場など厳しい環境でも動作する油圧駆動型ロボット用アクチュエータ(力を生み出す装置)で、その実用化の推進を目指し、H-MUSCLEが設立されました。

H-MUSCLEの設立背景を説明する鈴森教授(左)、難波江助教(中央)、JPNの日沖代表取締役(右)

H-MUSCLEの設立背景を説明する鈴森教授(左)、難波江助教(中央)、JPNの日沖代表取締役(右)

開発背景と開発ポイント

極限の災害現場でもへこたれず、タフに仕事ができる遠隔自律型の屋外ロボットの研究開発は、自然災害が頻発する日本の重点施策の1つとして、内閣府革新的研究開発推進プログラム(以下、ImPACT)「タフ・ロボティクス・チャレンジ」(2014-2018)にて、推進されてきました。

タフ・ロボティクス・チャレンジの概要説明

タフ・ロボティクス・チャレンジの概要説明

新開発のアクチュエータ試作品
新開発のアクチュエータ試作品

鈴森教授はこのプログラムのうち、ロボットコンポーネントプロジェクトのリーダーとして、ロボットに特化した油圧アクチュエータとその応用の研究開発を進めてきました。パワフルで衝撃に強く、悪環境でも動作するロボットの駆動には、従来の多くのロボットに採用されている電気モータ製アクチュエータではなく、大きなパワーが出せる油圧アクチュエータが適しています。しかしながら、ショベルカーなど一般産業機械用に開発された既存の油圧アクチュエータは、ロボット用としては大きくて重すぎる上、滑らかな動きや力の制御には適していませんでした。

今回開発したロボット用油圧アクチュエータは、マグネシウム合金の使用など素材の工夫などにより、小型・軽量、かつ、パワフルで滑らかな動作を実現したものです。これらは、ImPACTに参加してきた多くの研究機関・企業などの協力を得て開発可能となりました。

記者説明会では、鈴森教授が、ロボット用の油圧アクチュエータ開発背景やH-MUSCLE設立趣旨の説明をしました。試作品を実際に手に取り、従来品との差異を体感してもらいました。記者からは、新開発のアクチュエータを実現したポイントや今後の事業展開に関する多くの質問を受けました。

開発したアクチュエータの滑らかな動きをデモする鈴森教授
開発したアクチュエータの滑らかな動きをデモする鈴森教授

記者説明会の様子
記者説明会の様子

続いて記者会見場から実験室に場を変え、ロボットハンドと、脚ロボットのデモを行いました。最初に、建設ロボットのアームの先に取り付けられるハンドロボットを用いて、ショベルモードとハンドモードの切り替えを行いました。ハンドモードでは、4本の指を使い、複雑な形をした40 Kgのテトラポットや柔らかいゴムタイヤを持ち上げ、さらにその握力を変化させるなど、形状が一定でないものを掴み取るスマートな制御力と小型でパワフルな身体機能をデモンストレーションしました。次に、脚ロボットを用い、3 cm厚のコンクリート板3枚を重ねたものを一瞬で打ち砕きました。素早い動きと衝撃音で会場が一瞬静まりかえった後、会場は歓声で湧きたちました。デモンストレーション後も話は尽きず、大盛況の中、閉会しました。

形状を問わず物体を優しくつかむロボットハンド

ロボットハンド ショベル、ハンドのモード変更が可能

ロボットハンド
ショベル、ハンドのモード変更が可能

  • 複雑な形状の40 ㎏のテトラポットを軽々つかむハンドロボット
  • 複雑な形状の40㎏のテトラポットを軽々つかむハンドロボット
  • 複雑な形状の40㎏のテトラポットを軽々つかむハンドロボット

複雑な形状の40㎏のテトラポットを軽々つかむハンドロボット

コンクリートを難なく打ち砕くパワフルな脚ロボット

脚ロボット 油圧モータを使用することで、ロボットの素早い動きと稼働領域の拡大を実現

脚ロボット
油圧モータを使用することで、ロボットの素早い動きと稼働領域の拡大を実現

3枚重ねの9 ㎝厚のコンクリート板を一瞬で打ち砕く脚ロボット 油衝撃に強い油圧モータを採用しているため、破砕後にロボットが壊れることはなく、作業を継続することができる

3枚重ねの9 ㎝厚のコンクリート板を一瞬で打ち砕く脚ロボット
衝撃に強い油圧モータを採用しているため、破砕後にロボットが壊れることはなく、作業を継続することができる

鈴森教授のコメント

鈴森教授

実際の災害現場で、過酷な環境にもへこたれず、タフに働き続けられるレスキューロボットの創生には、その動きを支えるコンポーネントの開発が重要です。ロボットは従来、電気モータで駆動しますが、シビアな環境で動きまわるロボットの駆動は得意ではありません。そこで、建設重機では一般的な油圧技術を取り込み、今までにない「小型・大出力・滑らかな制御」を可能としたレスキューロボットの開発を実現しました。今後はコンポーネントを標準化し、価格競争力の強化と、商品ラインナップの拡充を目指します。今回の取り組みが、未来のタフ・ロボティクスの礎となり、社会に大きく貢献するまでに育つには、さらなる技術開発の進展が必要です。そのための一層の努力をしていきます。

資料

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

学際的分野開拓研究会 第1回若手研究者ワークショップ「材料科学の新領域を切り拓く」開催報告

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東京工業大学 環境エネルギー協創教育院(英語略称:ACEEES、現在は環境エネルギー協創教育課程)の修了生が代表となって発足した「学際的分野開拓研究会(英語略称:ACEEES)」が主催となって、2018年12月21日~23日に立命館大学びわこ・くさつキャンパスにおいて、第1回若手研究者ワークショップ「材料科学の新領域を切り拓く」を開催しました。

当日は、大学や企業で自然科学・社会科学系の研究開発に従事する23名の若手研究者(概ね30歳以下)が出席し、エポック立命21(立命館大学内)にて寝食を共にしながら合宿型のワークショップを行いました。参加者の内訳は、大学から17名、国研から1名、企業から5名でした。

運営メンバーの集合写真。右から順番に、岸本博士、久野助教、西村助教、長澤助教

運営メンバーの集合写真。右から順番に、岸本博士、久野助教、西村助教、長澤助教

学際的分野研究会(Association for Collaborative Exploration Exceeding Each Specialty: ACEEES)は、東京工業大学リーディング大学院プログラム「環境エネルギー協創教育院(Academy for Co-creative Education of Environment and Energy Science: ACEEES、2018年4月1日から環境エネルギー協創教育課程に名称変更)」の修了生4人が中心となって発足しました。これまで、我が国が牽引してきた多くの機能性材料分野を持続・発展させていくために、次世代を担う若手研究者が、世界にパラダイムシフトをもたらすような革新的機能材料の開発に積極的に挑戦し、研究領域を自ら開拓することが重要です。本研究会では、異分野の若手研究者同士が容易に知識交換・共同研究できる研究協力ネットワークを構築し、積極的に革新的機能材料の開発研究に取り組む土壌を作りだすことを目的としています。合宿型のワークショップを通して異分野の研究者間が濃密に議論し、新たな研究題目を立ち上げて競争的グラントを獲得することを目指しています。運営メンバーと現在の所属は下記の通りです。

  • 岸本史直 博士 東京大学 大学院工学系研究科化学システム工学専攻 日本学術振興会特別研究員SPD
  • 長澤剛 助教 東京工業大学 工学院システム制御系
  • 西村昂人 助教 立命館大学 グローバル・イノベーション研究機構
  • 久野恭平 助教 立命館大学 生命科学部応用化学科

今回のワークショップでは、第一線で活躍する先生方3名を招き、2時間を超える特別講演を聴講しました。若手研究者からは熱心な質問が続き、濃密な議論を行いました。特別講演の講師は下記の通りです。

  • 一杉太郎 教授 東京工業大学 物質理工学院応用化学系
  • 石田直理雄 博士 公益財団法人国際科学振興財団 時間生物学研究所
  • 津島将司 教授 大阪大学 大学院工学研究科機械工学専攻

特別講演の様子。演者は津島将司教授

特別講演の様子。演者は津島将司教授

更に、若手研究者を4~5人の班に分けてグループワークを行いました。予め若手研究者はポスター発表を行い、各自の研究領域について理解したうえで、各班のメンバーで共同研究課題を探索し、これをリサーチプロポーザルの形でまとめ上げて発表を行いました。発表のあとには、当研究会のアドバイザリーメンバーからコメントと共同研究発案に関して助言・激励を頂きました。アドバイザリーメンバーは下記の通りです。

  • 波多野睦子 教授 東京工業大学 工学院電気電子系
  • 店橋護 教授 東京工業大学 工学院機械系
  • 中川茂樹 教授 東京工業大学 工学院電気電子系
  • 足立晴彦 博士 ACEFO Tokyo Office
  • 和田雄二 教授 東京工業大学 物質理工学院応用化学系
  • 岸本喜久雄 名誉教授 東京工業大学・国立教育政策研究所

グループ発表の様子
グループ発表の様子

アドバイザリーメンバーからの助言の様子
アドバイザリーメンバーからの助言の様子

この若手研究者ワークショップの2回目を開催する準備を進めています。幅広い若手研究者の参加をお待ちします。

ワークショップ2日目の集合写真。最前列左から3番目から順に、一杉太郎教授(東工大)、和田雄二教授(東工大)、岸本喜久雄名誉教授(東工大)、石田直理雄博士(国際科学振興財団)、津島将司教授(大阪大学)。最後列左端から順に、中川茂樹教授、店橋護教授(ともに東工大)

ワークショップ2日目の集合写真。最前列左から3番目から順に、一杉太郎教授(東工大)、和田雄二教授(東工大)、岸本喜久雄名誉教授(東工大)、石田直理雄博士(国際科学振興財団)、津島将司教授(大阪大学)。最後列左端から順に、中川茂樹教授、店橋護教授(ともに東工大)

ワークショップ最終日の集合写真。左側後列から順に、岸本喜久雄名誉教授(東工大)、波多野睦子教授(東工大)、津島将司教授(大阪大学)、中川茂樹教授(東工大)

ワークショップ最終日の集合写真。左側後列から順に、岸本喜久雄名誉教授(東工大)、波多野睦子教授(東工大)、津島将司教授(大阪大学)、中川茂樹教授(東工大)

本ワークショップは、下記の支援のもとで開催されました。

  • 公益財団法人 泉科学技術振興財団 2018年度研究集会スタートアップ及びその飛躍への助成
  • 立命館大学 理工学研究所 2018年度シンポジウム・ワークショップ開催助成

お問い合わせ先

工学院 環境エネルギー協創教育課程

E-mail : aceees-staff@eae.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3955

結晶にも液晶にも液体にも分類されない新物質を発見 分子自己集合体の科学における新知見

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要点

  • 分子の自発的集合化で単結晶のような三次元規則構造の「液滴」を形成
  • 固体と液体の性質を併せ持ち規則構造を崩さずに流れる不思議な流動性
  • 分子の小さなキラリティーが巨視的物質の運動性を制御するという新知見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の梶谷孝特任准教授(現 技術部 すずかけ台分析部門 技術職員)、福島孝典教授らはキラル分子[用語1]が単結晶のような規則構造をもつ液滴を自発的に形成、さらに構造秩序を崩さずに一方向に回転しながら流れる現象を発見した。側鎖にキラルエステル基を有するトリフェニレン誘導体[用語2]を設計して相転移挙動と集合構造を調べたところ、この物質の中間相[用語3]では、ヘリンボーン構造[用語4]という特徴的な構造からなる二次元シートが積層し、あたかも単結晶のような三次元構造を形成していることが分かった。

分子の自発的な集合化によるナノメートル級の物質作製は可能だが、高性能な有機材料の開発に求められる、数ミリ〜数センチスケールの超長距離構造秩序を実現することは極めて困難だった。通常、単結晶は固い多面体の形状をもつが、この物質は液滴のような形状で、かつ流動性をもつという構造特性と運動性が相矛盾する性質を示した。さらに、この液滴状物質は重力下で構造秩序を維持しつつ、一方向に回転しながら流れ落ちた。精密な解析から、この一方向回転流動は分子のキラリティーによってもたらされていることを明らかにした。

この研究は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 春木理恵研究員、理化学研究所創発物性科学研究センター 橋爪大輔チームリーダー、理化学研究所放射光科学研究センター 引間孝明研究員、東北大学 多元物質科学研究所 高田昌樹教授(理化学研究所放射光科学研究センターグループディレクター)、(株)JEOL Resonance 矢澤宏次主事、東京大学 物性研究所 柴山充弘教授らのグループと共同で行った。

研究成果は英国時間1月21日16時発行の「Nature Materials(ネイチャーマテリアルズ)誌」に掲載された。

研究の背景

有機化合物の溶液から得られる単結晶は明確な多面体形状を有しており、その内部では三次元(3D)格子が規則的な集合構造を形成している。しかし、有機化合物をいったん温めて溶融し、その状態から冷却して固体化させた場合、複数の不連続なミクロドメイン[用語5]からなる多結晶となる。液晶のような流動性をもった物質においてもこの状況は変わらない。

これは有機物が、原子を構成要素とする無機物とは異なり、三次元的に複雑で異方的な構造をもつ分子が弱い分子間力[用語6]で集まってできるため、数ミリ〜数センチメートルの大きなスケールで一様な構造へと集合化することができないためである。一方、分子は溶液中や液晶状態、溶融状態では立体構造が固定されずに動的に振る舞うが、分子の三次元配列が厳密に規定されて固定化された結晶状態では、その運動性を失うため、結晶は流動性を示さない。

今回、研究グループが発見した物質は粉の状態から加熱溶融して冷却すると、液滴のような形状に固まるものの、一粒の液滴はあたかも単結晶のような三次元的な構造規則性をもった分子集合体である。その規則構造形成能力は少なくとも数ミリメートルに及ぶため、分子の世界から見れば、「超」長距離の構造秩序が自発的に組み上がったとみなすことができる。

さらに結晶に匹敵するような構造規則性を持つにもかかわらず流動性を示し、しかも流動にともなう構造秩序の崩壊も見られない。詳細な検討から、この物質は固体と液体の性質の両方を同程度もつ不思議な物性を示すことを明らかにした。すなわち、この物質の状態は結晶、液晶、液体のいずれにも当てはまらず、これまでの常識を覆す物質として位置付けられる。そればかりでなく、この物質の動的な振る舞いから、分子のキラリティーと分子の巨視的集団運動の相関に関する新知見が得られた。

研究内容と成果

研究グループはトリフェニレンヘキサカルボン酸エステルにキラル側鎖を導入した誘導体(図1a)を合成し、その相転移挙動と分子集合構造を調べた。この化合物の結晶と液体の中間相における集合構造を大型放射光施設SPring-8(BL45XU)の放射光X線[用語7]で解析したところ、トリフェニレンコアのヘリンボーン様のパッキングによって形成された二次元(2D)シートが、一次元(1D)の相関を有する多層構造に積み重なり、結果として、3D格子を形成することを見出した(図1b)。興味深いことに、この検討過程において、粉末試料を融解温度まで加熱し、その後冷却すると液滴状に固まり、それはあたかも単結晶のような3D構造完全性をもつことが明らかとなった(図1c)。

図1. キラルトリフェニレンの分子構造、(b)液滴中の分子集合構造、および(c)基板上での液滴内部の分子集合構造

図1. キラルトリフェニレンの分子構造、(b)液滴中の分子集合構造、および(c)基板上での液滴内部の分子集合構造

この液滴状物質は、基板を立てると下方向に流れるという流動性を示した。驚くべきことに、流れ落ちる過程においても、液滴中の構造規則性は全く損なわれなかった(図2a)。この特異な流動挙動の起源について、レオロジー測定[用語8]と固体NMR測定から検討したところ、「固まろうとする性質」と「流れようとする性質」が絶妙なバランスを保っていることが明らかとなった(図3)。

さらに興味深いことに、流れ落ちる際、液滴が一方向に回転することを見出した(図2a)。このとき、回転方向はトリフェニレンに導入した側鎖のキラリティーで決まっていることもわかった。すなわち、R[用語9]の側鎖の場合は液滴が右方向に回転し、S体の場合には左方向に回転する。分子がもつキラリティーが、巨視的かつ異方的に、分子の集団運動を誘起していることになる。

この液滴物質中では、トリフェニレンコアが形成する2Dシートがキラル側鎖を介して積層している。液滴が流れ落ちる際には2Dシート間、すなわちキラル側鎖のレイヤー間での滑り運動が生じるため、一方の回転方向が他方に優先すると考えられる(図2b)。回転治具を用いたレオロジー測定でも、トリフェニレンのR体とS体の液滴では、回転運動に対して異なる応力を示すことが明らかになっている。

図2. (a) 分子液滴の回転流動と (b) 分子の回転滑り運動の方向が制御された集団運動の模式図

図2. (a) 分子液滴の回転流動と (b) 分子の回転滑り運動の方向が制御された集団運動の模式図

図3. (a)回転レオメーターを用いた(b)温度可変動的粘弾性測定の結果

図3. (a)回転レオメーターを用いた(b)温度可変動的粘弾性測定の結果

今後の展開

既存の概念では説明できない分子集合体の自発的な超長距離構造秩序形成と動的性質の相関を明らかにした上記の研究成果により、有機物質の構造形成、運動性および相形成に関する新たな知見を加えられるものと考えられる。今回の新しい発見は、関連分野の研究者に新たなインスピレーションを与え、同様の性質を有する物質の発見につながる大きな可能性を有している。

本研究で見いだされた構造化や動的性質をもたらすメカニズムのさらなる解明は、新しい分子集合体に関する物理化学の開拓に通じる。そして、メカニズムの解明により、このような高度な分子組織化が自発的に起こる系の合理的設計が可能になれば、高機能を示す有機材料の革新をもたらすと期待される。

用語説明

[用語1] キラル分子 : 三次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことができない性質(キラリティー、掌性)があること。化学では、結合の組み換えなしに分子をそれ自身の鏡像に重ね合わせられない性質をもつことを意味する。

[用語2] トリフェニレン誘導体 : 中心のベンゼン環に三つのベンゼン環が縮環した構造を有する平面状分子。側鎖にアルコキシ基 (RO−) またはアルキルチオ基 (RS−) を導入した誘導体は代表的な円盤状液晶分子として知られている。

[用語3] 中間相 : 物質の複数の状態(気体、液体、固体)の中間に存在する相のこと。液晶は、液体と固体の中間相として代表的な例である。

[用語4] ヘリンボーン構造 : V字形や長方形を縦横に連続して組合せて作られる構造のこと。ニシン(Herring)の骨(Bone)の形から名付けられた。

[用語5] ドメイン : 結晶や液晶の中で構成分子の配向や配列が揃っている領域をドメインと呼ぶ。

[用語6] 分子間力 : 共有結合ではなく、静電引力により隣接する分子同士などに働く弱い相互作用。代表的な例として、イオン相互作用、水素結合、双極子—双極子相互作用、ファンデルワールス力がある。

[用語7] 放射光X線 : 放射光X線とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のことを指す。兵庫県にある大型放射光施設SPring-8および茨城県の高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーでは、放射光を用いて、基礎研究から産業利用まで幅広い実験が行われている。

[用語8] レオロジー測定 : 物質の変形や流動を取り扱う学問分野。レオロジー測定では、一般にレオメーターと呼ばれる動的粘弾性測定装置を使い、試料を挟んだ治具を回転させながら、物質に生じる応力を検出する。

[用語9] R : キラリティーをもつ物体の鏡像異性体の片方をR体、もう一方をS体という。

謝辞

本成果は、科学研究費助成事業の以下研究支援により得られた。

  • 研究課題 :
    「新学術領域研究(研究領域提案型)」
π造形科学: 電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出(領域略称名「π造形科学」)、「大規模分子集積化による巨視的π造形システム」
  • 研究代表者 :
    福島孝典(東京工業大学 科学技術創成研究院 教授)
  • 研究期間 :
    平成26~30年度
  • 研究課題 :
    基盤研究(A)「シングルドメインソフトマターが拓く新構造と物性に関する研究」
  • 研究代表者 :
    福島孝典(東京工業大学科学技術創成研究院 教授)
  • 研究期間 :
    平成29~32年度

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
"Chiral crystal-like droplets displaying unidirectional rotational sliding"
著者 :
Takashi Kajitani, Kyuri Motokawa, Atsuko Kosaka, Yoshiaki Shoji, Rie Haruki, Daisuke Hashizume, Takaaki Hikima, Masaki Takata, Koji Yazawa, Ken Morishima, Mitsuhiro Shibayama, Takanori Fukushima
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授

福島孝典

E-mail : fukushima@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5220 / Fax : 045-924-5976

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

高エネルギー加速器研究機構 社会連携広報室

E-mail : press@kek.jp
Tel : 029-879-6047 / Fax : 029-879-6049

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198 / Fax : 022-217-5211

振動発電素子のエレクトレット外付けに成功 無線IoT端末電源として性能向上に期待

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要点

  • エレクトレット[用語1]MEMS[用語2]振動発電素子は従来、材料選択・設計・作製に制約があった。
  • MEMS可変容量素子とエレクトレット層を切り離した新原理の振動発電素子を開発し、開発の自由度が向上。
  • 環境からのエネルギーハーベスティング技術の性能向上を実現。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の山根大輔助教(兼 科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)は、東京大学 先端科学技術研究センターの年吉洋教授、本間浩章研究員と共同で、MEMS可変容量素子とエレクトレット層を物理的に切り離した新原理の振動発電素子の開発に成功した。

個別に作製したMEMSとエレクトレットを電気配線で接続するだけで発電可能な新しい振動発電原理を実証した。これは、従来のエレクトレット振動発電における制約条件を打破する成果であり、今後、無線IoT[用語3]センサーなどへ向けたエネルギーハーベスティング技術[用語4]の性能向上につながると期待される。

従来のエレクトレット型MEMS振動発電素子は、MEMS可変容量素子内にエレクトレット層を形成したため、材料選択・設計・作製方法などに多くの制約があった。

研究成果は、2019年1月28日に韓国ソウルで開催された国際会議「MEMS 2019(The 32nd International Conference on Micro Electro Mechanical Systems)」で発表された。

研究成果

これまでのエレクトレット型MEMS振動発電は、MEMS可変容量素子[用語5]とエレクトレット層を同一素子内に組み込み、エレクトレットに空気を介して対向する電極に生じる誘導電荷[用語6]を利用していた(図1左)。そのため、エレクトレットとMEMSの設計において互いが干渉し、材料選択・設計・作製方法などに多くの制約があった。そこで山根助教らは個別に作製したMEMS可変容量素子とエレクトレット成膜基板を電気配線で接続するだけで発電可能な新しい振動発電原理(図1右、図2)を提案、実際の発電に成功した。

MEMS可変容量素子は外部振動による慣性力で可動電極が動く構造となっている。その結果、振動に応じてMEMS部の静電容量とエレクトレット層下部の静電容量のバランスが変化する。これにより、各静電容量に蓄積される電荷量が変化することから誘導電荷が生じ、その誘導電荷を外部負荷で取り出すことで、発電が可能となる。この原理を利用することで、任意のMEMS構造に任意のエレクトレット材料を組み合わせることができる。

今回の原理検証実験では、シリコンMEMS可変容量素子と、エレクトレット(CYTOP、AGC社)を成膜したシリコン基板を用意して、それらを電気配線で接続した。シリコンMEMS可変容量素子のみを振動させた場合は誘導電荷を生じないが、エレクトレット成膜基板に接続した場合は誘導電荷による発電を確認できた(図3)。

外付けエレクトレットとMEMSを利用した振動発電素子の概要

図1. 外付けエレクトレットとMEMSを利用した振動発電素子の概要

発電原理の概念図

図2. 発電原理の概念図

外付けエレクトレットとMEMS可変容量素子を利用した振動発電(印加加速度0.2 G、負荷抵抗10 MΩの測定結果。Gは重力加速度。)

図3. 外付けエレクトレットとMEMS可変容量素子を利用した振動発電
(印加加速度0.2 G、負荷抵抗10 MΩの測定結果。Gは重力加速度。)

背景

MEMS技術を利用した小型の振動発電素子は、電池フリー、夜間・暗所でも発電可能であるため、小型IoT端末向けの次世代電源を目指した研究が活発に行われている。特にエレクトレット型MEMS振動発電素子は、他の方式より低周波数かつ出力電力密度が大きいため、環境振動を利用した発電に有利である。

今後、エレクトレット型MEMS振動発電素子を無線IoT端末などの電源に利用するためには、さらなる発電性能の向上が必要となる。従来の発電原理ではMEMS構造内にエレクトレット層を組み込むため、MEMSとエレクトレットの構造・材料を自由に選択できず、各要素の最適設計が困難だった。例えば、エレクトレットに電荷を帯電させる際、数百ボルト~千ボルト以上の高電圧を印加する。MEMS内部にエレクトレットを組み込んだ場合、素子製造の最終工程で高電圧印加を行うため、プルイン現象[用語7]などが引き起こす故障を防ぐために非常に強固なMEMS機械構造が必要であった。さらに、空気中にイオンを発生させてエレクトレットを帯電させる場合には、電極表面に遮蔽物が無い設計も求められる。このため、MEMS構造の限界設計(MEMS機械性能を最大限に引き出す設計)には多くの制約があった。また、発電素子作製後に素子間のエレクトレット帯電量を補正する技術も無かった。そこで山根助教らの研究グループは、MEMSとエレクトレットを物理的に切り離す新原理を考案し、振動発電を実証した。

今後の展開

今回の研究で、MEMS可変容量素子とエレクトレットを切り離した新原理の振動発電の実証に成功した。今後、MEMS構造とエレクトレット材料を独立して最適に設計することが可能になり、各要素における最先端技術の融合を大幅に加速できる。これは、従来のエレクトレット振動発電における制約条件を打破する成果であり、無線IoTセンサーなどに向けた電池フリー、夜間・暗所でも発電可能な振動エネルギーハーベスティング技術において、性能向上につながると期待される。

用語説明

[用語1] エレクトレット(Electret) : 半永久的な電荷を保持する誘電体。今回はAGC社のCYTOPを利用した。

[用語2] MEMS(Microelectromechanical Systems:微小電気機械素子) : 半導体微細加工技術を利用して製造したマイクロメートル寸法の3次元電子・機械デバイスの総称。

[用語3] IoT(Internet of Things) : 身の回りのあらゆるモノがインターネットを介して情報通信・相互制御を行う仕組み。

[用語4] エネルギーハーベスティング技術 : 環境中に存在する振動などのエネルギーを電力に変換する技術(環境発電技術)。

[用語5] MEMS可変容量素子 : MEMS技術で作製した微小機械構造を利用して、電気信号や機械振動により静電容量を変化できる電子デバイス。本研究では、外部振動の強度により静電容量が変わる構造を用いた。

[用語6] 誘導電荷 : 導体を帯電した物体に接近させた際、帯電した物体のほうへ引き寄せられる電荷。誘導電荷の極性は、帯電した物体の極性と逆になる。

[用語7] プルイン現象 : 空気を介した電極間に直流電圧を印加すると、電極を引き付けあう静電引力が発生する。片方の電極が可動構造の場合、電極間隔が初期の3分の1以下に縮まると、可動電極は対向電極に接触するまで強制的に引き込まれることが理論解析より明らかになっており、これはプルイン現象と呼ばれる。

付記事項

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 :
「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(CREST・さきがけ複合領域)」(研究総括:谷口研二 大阪大学 名誉教授)
研究課題名 :
「多層エレクトレット集積型CMOS-MEMS振動発電素子の創製」
研究代表者 :
山根大輔(東京工業大学 助教)
研究期間 :
平成29年10月~平成33年3月

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 :
「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(CREST・さきがけ複合領域)」(研究総括:谷口研二 大阪大学 名誉教授)
研究課題名 :
「エレクトレットMEMS振動・トライボ発電」
研究代表者 :
年吉洋(東京大学 生産技術研究所 教授)
研究期間 :
平成27年12月~平成31年3月

科学技術振興機構(JST)はこの領域で、様々な環境に存在する熱、光、振動、電波、生体など未利用で微小なエネルギーを、センサーや情報処理デバイス等での利用を目的としたマイクロワット~ミリワット程度の電気エネルギーに変換(環境発電)する革新的な基盤技術の創出を目指しています。

上記研究課題(1)では、エレクトレット実装技術とCMOS-MEMS技術を融合し、環境振動エネルギーをミリワット級の電気エネルギーに変換する小型振動発電デバイスの実現を目指しています。本成果では、発電原理の提案、外付けエレクトレットの開発、発電素子の作製と評価を行いました。

上記研究課題(2)では、次世代の無線センサノードに必要な10ミリワット級の自立電源を実現するために、MEMS技術とイオン材料技術を駆使して、環境振動から未利用エネルギーを回収し発電する振動発電素子の研究に取り組んでいます。本成果では、研究課題(2)で開発したMEMS可変容量素子を用いています。

左から 年吉洋教授、山根大輔助教、本間浩章研究員

左から 年吉洋教授、山根大輔助教、本間浩章研究員

論文情報

国際会議 :
The 32nd International Conference on Micro Electro Mechanical Systems
MEMS 2019outer
論文タイトル :
A MEMS Vibratory Energy Harvester Charged by an Off-Chip Electret
著者 :
Daisuke Yamane, Hiroaki Honma, Hiroshi Toshiyoshi

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

未来産業技術研究所 助教

山根大輔(やまね だいすけ)

E-mail : yamane.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5031 / Fax : 045-924-5166

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部

中村幹(なかむら つよし)

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
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地球規模の寒冷化を引き起こす大規模噴火記録を復元 氷床コア硫酸同位体により過去2600年の成層圏火山噴火を特定

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要点

  • 南極アイスコアの硫酸同位体組成から過去2600年の火山噴火記録を復元
  • 成層圏に噴煙が到達し地球規模の寒冷化を起こした大規模噴火と対流圏噴火を区別
  • 火山活動と気候影響を関連させ、気候モデルへの入力データとしての活用に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の服部祥平助教らは、フランス・グルノーブルの環境地球科学研究所(Institut des Géosciences de l'Environnement)のエルザ・ゴーティエ(Elsa Gautier)博士、ジョエル・サバリノ(Joel Savarino)博士と米国メリーランド大学(University of Maryland)のジェームズ・ファーカー(James Farquhar)教授などとの国際共同研究により、地球規模の気候影響を与えた大規模火山噴火[用語1]の歴史を過去2600年にわたり復元することに成功した。

南極大陸ドームCの100 mのアイスコアに含まれる硫酸の硫黄同位体異常[用語2]から、噴煙が成層圏まで到達する成層圏噴火と、対流圏に留まっていた対流圏噴火を区別する手法を開発した。この結果、南極・グリーンランドの両極で見られる火山性硫酸ピークのほとんどが、成層圏まで噴煙が到達した成層圏噴火であり、地球規模の気候影響を有していたことが示唆された。また、硫酸の酸素同位体組成が1259 CE(西暦)、575 CE、426 BCE(紀元前)という3つの火山ピークでは低い値を有し、これが極めて巨大な大規模成層圏噴火の結果生じていることが示唆された。

これまではグリーンランドや南極の硫酸ピークの同定による火山噴火記録の復元が行われてきたが、硫酸のピークのみだけでは、その硫酸が地球規模の気候影響を有する成層圏噴火に由来するか、気候影響が限定される小規模な対流圏噴火に由来するか、を判別できなかった。

研究成果は2019年1月28日(英国時間)に英国オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

背景

地球温暖化は世界が直面している深刻な地球環境問題の一つである。温暖化対策を進めるには、温暖化が将来にわたりどのように変化するのかを正確に予測することが重要である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のレポートは、大気中を浮遊する微粒子エアロゾル[用語3]が直接太陽光を反射したり、遮ったりする効果や雲形成を通じて間接的に地球を寒冷化する効果を有していることを指摘している。

また、エアロゾルの科学的理解の不確実性が極めて高いことも指摘している。人為活動による気候変動を予測するためには自然活動に由来する気候変動を理解する必要がある。火山活動はエアロゾル生成を通じて気候に影響を与える要因の一つであるため、過去の火山活動に伴う自然の気候強制力の推定は極めて重要といえる。

火山によって放出される噴煙が成層圏まで到達する大規模な噴火では、成層圏硫酸エアロゾルが多量に生成される。この成層圏硫酸エアロゾル層が太陽光を遮ることにより、日照量を減少させ、地球の平均気温が数年にわたり低下することが知られている。例えばピナツボ火山の大規模噴火(1991年、噴煙が高度26 kmまで到達)の後の数年間は、地表に達する太陽光が最大で5%減少し、北半球の平均気温が0.5 ℃から0.6 ℃、地球全体で約0.4 ℃低下したことが知られている。しかし、観測記録の乏しい古代の火山噴火において、火山活動と寒冷化の関係を定量的に理解する手法は限られていた。

南極など極域の氷床掘削から採取されるアイスコアは、過去の火山活動を復元するための優れた環境媒体である。アイスコアに保存される硫酸イオンの濃度分析に基づき、過去の火山活動を復元した例は数多い。これまではグリーンランドと南極の双方のアイスコアの硫酸記録の復元によって双方で高い硫酸ピークが同定されたものを大規模噴火の記録として採用する“バイポーラアプローチ”が用いられてきた。このアプローチは「高い気候影響を伴う火山噴火は硫酸塩の地球規模での堆積をもたらし、両極のアイスコアに硫酸ピークが保存されるはず」という仮説に基づいている。このアプローチには正確な氷コアの年代測定が必要であるだけでなく、この硫酸ピークが火山の噴煙が対流圏内のみにとどまっていた小規模噴火(対流圏火山噴火)に由来するか、噴煙が成層圏まで到達し全球的な寒冷化を引き起こしていた大規模噴火(成層圏火山噴火)に由来するかを区別することはできなかった。

硫酸エアロゾルは大気中の寿命が短いため、対流圏火山噴火の気候影響は限定的である。他方、成層圏火山噴火は噴煙が1~2年以上成層圏に滞留するため、その気候冷却効果は全球的となる。このため、正確な復元にはこの対流圏火山噴火と成層圏火山噴火を区別する新しい手法が求められていた。

研究の経緯

成層圏での二酸化硫黄(SO2)光化学反応に起因する硫黄同位体異常(Δ33S≠0)がアイスコアに保存されていることが、これまでのフランス環境地球科学研究所のジョエル・サバリノ博士らの研究でわかってきた(Baroni et al. 2007 Science)。この手法を過去2600年に拡張するため、サバリノ博士らは南極大陸のドームCで、過去2600年間の火山記録を保存する長さ100 mのアイスコアを5本掘削した。

この試料を、当時、博士課程学生であったエルザ・ゴーティエ博士を中心に、フランス・米国・日本の国際共同研究グループによって分析・解析した。硫酸塩の硫黄同位体分析はメリーランド大学のジェームズ・ファーカー教授の研究室で行い、硫酸塩の酸素同位体の分析を東工大の吉田尚弘教授の研究室に所属する服部祥平助教が担当した。

南極の氷床の近く(この写真ではエレバス火山の噴火)の対流圏噴火は、地球規模の気候に影響を与えることなく、氷床コア記録における顕著な硫酸塩ピークと関連している可能性がある。このため、硫酸同位体を用いた成層圏噴火と局所的(対流圏)噴火を区別することは重要である。撮影:ブルーノ・ジュールダン(Bruno Jourdain)

南極の氷床の近く(この写真ではエレバス火山の噴火)の対流圏噴火は、地球規模の気候に影響を与えることなく、氷床コア記録における顕著な硫酸塩ピークと関連している可能性がある。このため、硫酸同位体を用いた成層圏噴火と局所的(対流圏)噴火を区別することは重要である。
撮影:ブルーノ・ジュールダン(Bruno Jourdain)

本研究における南極大陸ドームCにおける5つの氷床コア掘削の様子。撮影:ブルーノ・ジュールダン(Bruno Jourdain)

本研究における南極大陸ドームCにおける5つの氷床コア掘削の様子。
撮影:ブルーノ・ジュールダン(Bruno Jourdain)

研究成果

過去2600年の火山性の硫酸ピークのそれぞれが硫黄同位体異常(Δ33S≠0)を有しているかを判別することにより、対流圏噴火と成層圏噴火を区別したところ、これまでバイポーラアプローチで地球規模と判別された火山噴火のほとんどの噴火ピークについて硫黄同位体異常が発見された(図1)。これは、バイポーラアプローチにより地球規模の火山噴火と判別された多くで、噴煙が成層圏まで到達していたことを意味する。

しかし、この硫黄同位体手法では、高緯度における火山噴火のため、硫酸記録としては南極にしか保存されないが、成層圏に噴煙が到達していた噴火もあることを明らかにした。逆に、バイポーラアプローチでは地球規模と判別されていても、硫黄同位体記録からは噴煙は対流圏に留まっていたと判別される火山噴火も発見された。このような硫黄同位体異常に基づく高度な成層圏噴火の判別は、過去の火山活動の気候影響が地球規模であったか限定的あったかを議論する上で、新しい知見を提供することができる。

図1. 氷コアの硫酸塩濃度のピークは過去の火山噴火と関連している。硫酸同位体分析により、地球規模の気候影響を伴う成層圏噴火(赤)と、局所的な気候影響しか有さない対流圏噴火(青)とを区別することができる。過去2600年間に南極大陸ドームCで記録された噴火の大部分は成層圏噴火起源のものである。
図1.
氷コアの硫酸塩濃度のピークは過去の火山噴火と関連している。硫酸同位体分析により、地球規模の気候影響を伴う成層圏噴火(赤)と、局所的な気候影響しか有さない対流圏噴火(青)とを区別することができる。過去2600年間に南極大陸ドームCで記録された噴火の大部分は成層圏噴火起源のものである。

さらに今回の研究では、硫酸塩の酸素原子の同位体情報からさらに新しい情報が引き出せることが明らかとなった。今回の研究では、14個の成層圏火山噴火記録の硫酸の酸素同位体組成(Δ17O値)を分析したところ、11試料は酸素同位体異常が3~5‰と高い値を示したのに対し、1259 CE、575 CE、426 BCEという3つの火山ピークでは0.5~0.8‰と低い結果となった(図2)。これら3回の火山噴火は、他の成層圏火山噴火よりもさらに巨大な噴火であったことが予測され、より高い高度まで噴煙が到達したり、大量のハロゲン化合物が大気注入されたりすることで、通常と異なる大気酸化が生じ低いΔ17O値の要因となった可能性がある。このように、硫酸のΔ17O値からより巨大な成層圏火山噴火の記録復元の可能性が初めて示唆された。

図2. 3つの主要な成層圏噴火において、他の噴火に比べて極めて低い酸素同位体異常(Δ17O値)を有していた(水色)。これらの低い酸素同位体異常は、極めて巨大な成層圏噴火により大気酸化過程が変化した可能性を示唆。
図2.
3つの主要な成層圏噴火において、他の噴火に比べて極めて低い酸素同位体異常(Δ17O値)を有していた(水色)。これらの低い酸素同位体異常は、極めて巨大な成層圏噴火により大気酸化過程が変化した可能性を示唆。

今後の展開

硫酸同位体組成という新しいアプローチから、過去2600年に地球規模の気候影響を引き起こした成層圏火山噴火を区別し、その規模を推定する手法が確立された。そして、この同位体アプローチとこれまでのバイポーラアプローチの両方を考慮することによって、過去の火山活動とその気候影響に関してより精度の高い復元が可能となる。

研究グループは今後も様々な氷床コアの分析を続けるとともに、この同位体情報を大気化学モデルに導入することで、過去の火山活動と全球規模の気候影響をつなげて復元することを目指している。服部助教は、現在もジョエル・サバリノ博士との日本学術振興会(JSPS)日仏二国間交流事業に採択され、世界中の極域における大気-雪-氷床コアに関する研究の深化に取り組んでいく方針である。

謝辞

JSPS(日本学術振興会)

日仏二国間交流事業

SAKURAプログラム : 代表 服部祥平 2014~2015年

CNRS(フランス国立科学センター) : 代表 服部祥平 2018~2019年

科学研究費助成制度

若手研究A(16H05884) : 代表 服部祥平 2016~2020年度

新学術領域「南極の海と氷床」公募研究(18H05050) : 代表 服部祥平 2018~2019年度

基盤研究S(23224013/17H06105) : 代表 吉田尚弘 2011~2015年度、2017~2021年度

用語説明

[用語1] 大規模火山噴火 : 成層圏に噴煙が到達する火山噴火は噴煙中の二酸化硫黄が成層圏で酸化され硫酸エアロゾル層を形成、日照を遮るため、成層圏火山噴火の後、地球は寒冷化することが知られている。例えばピナツボ火山の大規模噴火(1991年)の後数年間は地表に達する太陽光が最大で5%減少し、北半球の平均気温が0.5 ℃から0.6 ℃、地球全体で約0.4 ℃下がったことが知られている。

[用語2] 同位体異常 : 安定同位体とは、質量数の異なる原子で、放射壊変せず安定に存在するものである。硫黄は質量数32、33、34および36の4種類が存在するほか、酸素には質量数16、17、18の3種類が存在する。これらの量比は化学反応や起源によってわずかに変化する。特に、成層圏の光化学反応や大気中のオゾン生成ではマイナー同位体が特殊に濃集・枯渇することが明らかにされている。このような同位体の異常を硫黄同位体異常(例:33Sの異常濃集度をΔ33S値)、酸素同位体異常(17Oの異常濃集度をΔ17O値)として定義し、大気過程の指紋として用いられている。

[用語3] エアロゾル : 大気中に浮かぶ固体や液体の微細な粒子。太陽光を遮断することで放射収支に影響を与える。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
2600-years of stratospheric volcanism through sulfate isotopes
著者 :

E. Gautier1, J. Savarino1, J. Hoek4, J. Erbland1, N. Caillon1, S. Hattori2, N. Yoshida2, 5, E. Albalat3, F. Albarede3 and J. Farquhar4

1Université Grenoble Alpes, CNRS, G-INP, Institut des Géosciences de l'Environnement, France

2Department of Chemical Science and Engineering, School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, Japan

3Ecole Normale Supérieure de Lyon, CNRS and University of Lyon, France

4Earth System Science Interdisciplinary Center (ESSIC), Department of Geology, University of Maryland, USA

5Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Japan

DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教

服部祥平

E-mail : hattori.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5419、045-924-5506 / Fax : 045-924-5413

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

核分裂生成物の二つの転移機構を同時に説明可能な理論構築 原子力廃棄物処分、超重元素合成や宇宙の元素起源解明に寄与

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要点

  • 原子核の質量数分布と運動エネルギーの「系統性」と「特異性」を同時に説明
  • 放射性廃棄物の効率的処分・減容や毒性低減に資する情報取得の手段を開発
  • 天然に存在しない超重元素合成機構や宇宙における元素起源解明に威力

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の千葉敏教授らは核分裂生成物[用語1]質量数[用語2]分布と運動エネルギーの両方における「系統性」と「特異性」を同時に説明することに世界で初めて成功した。

原子核が二つに分裂する核分裂過程では1,000種類を超える様々な核種が核分裂生成物として生成されるが、その多くが放射性原子核である。そのため適切な廃棄物処分や原子力の安全性向上のためには核分裂反応機構を解明し、核分裂生成物の質量数分布や運動エネルギーの予測を高精度に行う必要がある。

実験的には核分裂生成物の質量数分布及び運動エネルギーには有意な系統的性質と、それからずれる特異性という二つの側面があることが知られているが、これまではその両方を同時に説明できる理論は存在していなかった。

千葉教授のグループは非平衡統計力学の手法であるランジュバン方程式[用語3]を核分裂過程に適用し、核分裂生成物がほぼ同じ質量数の原子核に分裂する成分の寄与の大小と運動エネルギーの相転移的な変化の間にある相関を調べることにより核分裂における長年の謎を明らかにした。これを実現するために分裂途中の原子核の形状を表す手法と様々な形状におけるエネルギーと輸送係数[用語4]の計算手法を工夫、かつ高速の計算アルゴリズムを採用し実装した。この成果により、使用済み核燃料の適切な処理処分、廃棄物減容、有害度低減や原子炉の安全性を高めるための基礎データ構築への道が拓けた。

研究成果は英国時間2月6日10時にSpringer-Nature(シュプリンガー・ネイチャー)社の科学専門誌『Scientific Reports(サイエンティフィックリポーツ)』に掲載された。

研究成果

東工大の千葉教授、Mark Dennis Usang(マーク・ デニス・ウサング)大学院生(現マレーシア原子力庁)、石塚知香子助教、Fedir Ivanyuk(フェディエール・イヴァニューク)特任教授の研究グループは、核分裂生成物の質量数分布と全運動エネルギーの系統性と特異性を同時に記述できる理論を構築した。この研究成果により、原子炉で生成する放射性原子核の量や発生する熱の予測精度が飛躍的に向上することが期待される。

研究グループはブラウン運動(熱などによる物体の不規則運動)を記述するランジュバン方程式を核分裂に適用し、核分裂の過程における原子核の形の変化を高精度に予測する理論を構築した。この方法は時間と共に変化する原子核の形を適切に表し、かつ膨大な数の形状における原子核の性質をあらかじめ予測、その情報をランジュバン方程式の入力として核分裂過程の時間発展を記述することができる。

この計算に必要となる重要な自由度を選定し、物理量を記述する適切な原子核模型を開発して精度を向上させた。この結果、核分裂により生成する原子核(核分裂生成物)の質量数分布と、生成した原子核が有する運動エネルギーがそれぞれ示す系統性(なめらかな性質)と特異性(系統性からの有意なずれ)の両方(図1)を、単一の理論で記述することに成功した。

特に、常識的にはほとんど同じ性質を有すると考えられる二つの原子核、256Fm(原子番号100番フェルミウム元素の質量数256の同位体)と258Fm(フェルミウム元素の質量数258の同位体)からの核分裂生成物の質量数分布(図2の赤丸)と運動エネルギーの顕著な違いの原因はこれまで解明されておらず、模型によってはこれらをまったく説明できなかった。

他の理論では質量数分布の違いは再現できるものの運動エネルギーについては計算すらできないというのが現状だった。同研究グループは核分裂生成物の対称成分(後述)の振る舞いを注意深く調べることにより、この相転移的な変化を原子核模型のパラメータを調整することなく、一つの模型で説明可能とした点で核分裂研究のマイルストーンといえる成果である。また、原子核の形状は最低でも4個の変数を用いて表すことが必要であることも分かった。

この研究は主として文部科学省原子力システム研究開発事業の支援を受けて、千葉教授を代表者とする事業「高速炉を活用したLLFP(長寿命の核分裂生成物)核変換システムの研究開発」で行った。

核分裂生成物の質量数分布のピーク位置(左)と全運動エネルギー(右)の実験データ
図1.
核分裂生成物の質量数分布のピーク位置(左)と全運動エネルギー(右)の実験データ。左図の横軸は核分裂する原子核の質量数、<AH>、<AL>はそれぞれ重い核分裂生成物の平均質量数、軽い核分裂生成物の平均質量数を表す。<AH>はほぼ一定値であり、<AL>は単調に増加しているが、横軸の258~260にその傾向に合わない特異な原子核が現れている。右図の横軸は核分裂原子核のZ2/A1/3(Zは陽子数、Aは質量数)、縦軸は核分裂片の全運動エネルギーの平均値を表す。この図においても、質量数258~260に、明らかに他の原子核と異なる振る舞いをする3個の原子核が示されている(T. Otsuki et al., "Bimodal nature of nuclear fission", in Heavy Elements and Related New Phenomena, edited by W. Greiner, R.K. Gupta (World Scientific, 1999), pp. 507–535, ISBN: 9789814525305.)。
256Fm(左)と258Fm(右)の核分裂片質量数分布の比較
図2.
256Fm(左)と258Fm(右)の核分裂片質量数分布の比較。横軸は核分裂片の質量数、縦軸が収量である。赤丸は実験値、黒のヒストグラムが本研究における4次元ランジュバン模型の計算値で、赤丸を非常によく再現している。青のヒストグラムは4次元ランジュバン模型の計算結果のうち、二つの核分裂片の変形度が等しい成分のみを抽出し従来の3次元ランジュバン計算結果を模擬したものである。この結果より、ランジュバン計算は4次元以上でなければ二つの原子核における質量数分布を再現できないことが分かる。本研究ではこの図で示される256Fmと258Fmの核分裂片質量数分布の顕著な違いのみならず全運動エネルギーの転移も同時に説明できる(図4も参照)理論が構築された。

背景

原子力で用いられるウラン領域の原子核は、核分裂によって質量数が95程度と140程度を持つ非対称な核分裂片(または核分裂生成物)を生成するため、「二山の質量数分布を持つ」と言われる。一方、ずっと重い原子核は質量数のほぼ等しい原子核に分裂し、「一山分布」である(図2、3)。その境界が質量数257であり、256Fmの核分裂片は二山分布、258Fmは一山分布である(図2)。

この領域で核分裂片の有する運動エネルギーの和(全運動エネルギー)も小さい値から大きい値に突然の変化を起こす(図1右)。原子炉でも核燃料を有効に使うためにはウランを長く原子炉内にとどめるため、中性子との反応により次々と質量数の大きい原子核に変わるため、このような変化が起きる可能性がある。

また宇宙における元素合成に目を向けると、中性子星[用語5]同士の合体時に起きると期待される速い中性子捕獲過程(r過程)[用語6]では「核分裂リサイクリング[用語7]」という現象が起きていると指摘されている。その場合、最終的に生成される原子核の分布は核分裂生成物の分布に強く依存するため、r過程に関与する多くの原子核の核分裂生成物分布に関する系統的な知識が必要となる。従って、どの原子核の核分裂片の分布が一山でどれが二山なのかを予測する理論が必要である。

また、核分裂では大きな熱が発生するため、r過程の起きる場所の温度を計算するために核分裂片の運動エネルギーの大きさの情報も重要である。さらに、Z=113のニホニウム元素を含む超重元素を合成する場合、核分裂は融合を阻害する主要な原因となるため、重い原子核領域における核分裂がどのようなメカニズムで起きるかを理解することが必要となるが、それに対する貴重な情報を与えるのが核分裂片の質量数分布と全運動エネルギーである。

これまで、質量数257における質量数分布と全運動エネルギーの急な変化の原因を多くの研究者が調べてきたが十分な理解が得られているわけではない。多くの理論ではこれらを全く説明できず、質量数分布についてだけは変化を説明できるが全運動エネルギーは計算すらできない、あるいは計算パラメータを調整することによってデータを説明するという状況であった。今回の研究はこの「質量数257における核分裂反応機構の転移現象」を核分裂生成物の対称成分(図3)の振る舞いを詳細に調べることで、原子核を表すパラメータの調整をせずに初めて単一の理論で説明可能とした。

236Uと258Fmに対して計算した核分裂片の質量数(横軸)と全運動エネルギー(TKE、縦軸)の相関図
図3.
236Uと258Fmに対して計算した核分裂片の質量数(横軸)と全運動エネルギー(TKE、縦軸)の相関図。対称成分(それぞれの図で質量数の中心付近にある成分)と非対称成分に分離してある。236Uの場合、非対称成分が対称成分より大きく質量数分布は二山となるが、258Fmでは対称成分が多いため質量数分布は一山となる。また、赤矢印で示されるように、236Uの場合、対称成分は非対称成分よりTKEが小さいが、258Fmではそれが逆転している。これが「対称成分の形状転移」である。

研究の経緯

同研究グループが世界に先駆けて開発した4次元ランジュバン理論を用いてウラン領域からローレンシウム(Lr、原子番号103)領域の原子核の核分裂片の分布を計算し、生成される核分裂片対の質量数と全運動エネルギーの相関を詳細に調べた(図4)。

その結果、二つの核分裂片がほぼ等しい質量数を有する「対称成分」(図3)の形状が、質量数250から254の領域を境に、それより小さい質量数領域では長く伸びた形状、大きい質量数領域では短く接近した形状となっていることを発見した。長く伸びている場合、核分裂片の間の距離が長いためクーロン斥力が小さく運動エネルギーも小さくなるが、接近した形状ではクーロン斥力が大きくなるため運動エネルギーも大きくなる。これが「核分裂片対称成分の形状転移」である。

一方、質量数分布が二山か一山かは、主要な分裂機構が「非対称成分」であれば二山に、「対称成分」であれば一山になる。質量数の小さい領域では二山の分布を与える非対称成分(図3)が主要であるが、上記の「対称成分の形状転移」が起きるよりわずかに質量数の大きい原子核(A=257)で一山分布となる対称成分に転移する。これが「主要核分裂機構の非対称成分から対称成分への転移」である。

この主要核分裂機構はさらに質量数を上げていくと再び非対称成分へと転移する。従って主要成分の転移は2度生起することが分かった。その結果、核分裂片の質量数分布と全運動エネルギーの系統性と特異性は、この「A=250~254における対称成分の形状転移」と「主要核分裂機構のA=257における非対称成分から対称成分、さらに非対称成分への転移」という二つの転移が組み合わさって図1に示す観測量を形成するために起きていることが明らかとなった(図5)。なお、この計算において、核分裂過程における原子核の形状を最低でも4個の自由度を用いて記述することが本質的に重要であることも判明した(図2)。

4次元ランジュバン模型を用いて多くの原子核について計算した核分裂片の質量数(横軸)と全運動エネルギー(TKE、縦軸)の相関図
図4.
4次元ランジュバン模型を用いて多くの原子核について計算した核分裂片の質量数(横軸)と全運動エネルギー(TKE、縦軸)の相関図。左下図より右上に向かって核分裂する原子核の陽子数、または質量数が増加するように配置してある。左下側では対称成分のTKEは非対称成分より小さいが、250Cfで両者はほぼ同じ値となり、254Esで対称成分のTKEが非対称成分より突然大きくなる(「対称成分の形状転移」)。その後は対称成分のTKEが非対称成分よりずっと大きいままとなっている。一方、主要な核分裂機構は、軽い原子核では非対称成分(この図ではStandardと書かれている)から258Fmで突然対称成分(Super Shortと書かれている)に転移し、256Noで再び非対称成分に転移する(「核分裂主要機構の転移」)。
本研究で得られた核分裂片の質量数分布と全運動エネルギーの平均値の系統性と特異性
図5.
本研究で得られた核分裂片の質量数分布と全運動エネルギーの平均値の系統性と特異性。横軸は核分裂原子核のZ2/A1/3(Zは陽子数、Aは質量数)、縦軸は核分裂片の全運動エネルギーの平均値(<TKE>)。青丸が対称成分、赤丸は非対称成分の計算値を表す。青矢印が「対称成分の形状転移」、赤矢印が「主要核分裂機構の非対称成分から対称成分、さらに非対称成分への転移」を表す。本研究によって、図1に示される実験データの系統性と特異性がこの二つの転移が組み合わされることによって生起することが示された。

今後の展開

原子核は有限個の中性子や陽子からなる複雑な量子多体系であるため、原子核としての大きな変化を伴う核分裂現象は未だに多くの謎を秘めている。一方、核分裂は原子力による電力生産のみならず、宇宙での元素の起源や超重元素合成の研究にとっても重要な現象である。

同研究グループは独自に開発したランジュバン理論をさらに改良するとともに、他の理論も適用し多角的な視点から核分裂現象に肉薄し、基礎と応用の双方において学術的意義の高い成果をあげることを目指す。

用語説明

[用語1] 核分裂生成物、核分裂片 : 原子核が核分裂してできる原子核を表す。正確には、核分裂した直後にできる原子核のことを核分裂片と言い、励起した核分裂片が即発中性子(核分裂とほぼ同時に放出される中性子)を放出した後にできる原子核を核分裂生成物と言う。従って両者には質量数で1程度の差があるが、発表文においてはそれらを厳密に区別せずに用いた。

[用語2] 原子核の質量数 : 原子核はいくつかの中性子と陽子からなる。原子核中の中性子の数をN、陽子の数をZとすると、原子核の質量数AはA=N+Zで表される。原子核の陽子数は元素と1対1に対応するため、陽子数Zに相当する元素記号をXとすると、陽子数Z質量数Aの原子核はAXのように書かれる。

[用語3] ランジュバン方程式 : 揺動散逸定理に基づく運動方程式である。揺動散逸定理とは熱平衡状態において微視的な粒子の運動と巨視的に観測できる運動の間の関係を示すものであり、ブラウン運動の記述として良く知られている。これらは揺らぎと摩擦という現象として現れ、揺らぎの大きさgと摩擦の大きさγには、系の温度をTとしてアインシュタインの関係式g2=γTが成り立つ。この関係は微視的運動と巨視的運動の橋渡しの役割を担っている。核分裂モデルにおいては、微視的な運動とは原子核を構成する陽子・中性子の運動を指し、巨視的運動は原子核の形の時間的な変化を表している。核分裂の計算において熱平衡は厳密には成立しないが、系の時間発展に伴う温度変化は巨視的運動に付随してゆっくりと変化すると仮定し、瞬間瞬間においては近似的に熱平衡が成り立つとしてランジュバン方程式を適用する。

[用語4] 輸送係数 : 輸送係数は非平衡現象、あるいは熱平衡における系の時間発展を記述する理論において単位時間に単位面積を通過していく移動量と推進力をつなぐ係数のことであり、ランジュバン方程式では摩擦係数、慣性質量、拡散係数を意味する。原子核のランジュバン計算を遂行するためには原子核模型を用いてこれらを予め計算しておく必要があり、どのような自由度や模型を用いるかによって結果が異なることもある。また、これらの計算を行う際に用いる原子核模型にはパラメータが含まれるが、本研究ではすべての原子核で共通のパラメータセットを用いており、本研究で発見された転移現象は純粋にダイナミクスの効果によるものであることが結論された。

[用語5] 中性子星 : 中性子星とは中性子を主成分とする星で、半径12km程度の大きさと太陽の約1.4倍の質量を持つ高密度天体である。中性子星は太陽質量の8倍以上の重い恒星が超新星爆発を起こした際に形成されると考えられている。

[用語6] 中性子捕獲過程 : 中性子捕獲とは中性子が原子核に吸収されたのちにガンマ線を放出する核反応のことである。この中性子捕獲過程には速い中性子捕獲過程(r過程)と遅い中性子捕獲過程(s過程)がある。原子炉のような中性子束が低い環境(中性子束=105~1010個/cm2・s)下ではs過程が起きる。s過程では中性子捕獲後に次の中性子捕獲をするまでに十分時間があるため、核図表のベータ安定線に沿って安定同位体を推移しながら核子が増えていく。一方r過程は1022個/cm2・s程度の高中性子束で起きる。そのためr過程では次々に中性子が吸収され中性子ドリップライン近傍の非常に不安定な原子核が形成された後にベータ崩壊する。

[用語7] 核分裂リサイクリング : 二つの中性子星が合体する際に実現される中性子が過剰な環境でr過程が生起し、鉄領域の原子核から急激な中性子捕獲反応によってウラン、さらにはもっと重い超重元素領域までの原子核が生成すると考えられている。ウランやさらに重い原子核は中性子を吸収して核分裂したり、β崩壊をする際にも核分裂を起こしたりし、生成された重い原子核が核分裂片へと逆戻りする。一方、このようにして生成された核分裂片が中性子を吸収して再びウラン及びより重い原子核になり、核分裂により核分裂片に戻る、というサイクルが多数回起きる。これが核分裂リサイクリングである。その結果、r過程で生成する質量数が80程度より大きい原子核の存在確率は核分裂片の分布がどうであるかに強く依存する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Correlated transitions in TKE and mass distributions of fission fragments described by 4-D Langevin equation
著者 :
Mark Dennis Usang, Fedir A. Ivanyuk, Chikako Ishizuka, and Satoshi Chiba
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所

教授 千葉敏

E-mail : chiba.satoshi@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

安定的な再生可能エネルギーの電力供給を実現 新たな最適蓄発電運用計画法を開発

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要点

  • 発電機や蓄電池利用を担保に再生可能エネルギーを電力網に組み込む新手法
  • 再生可能エネルギーの区間予測に注目し、予測値と実運用値を統合する
  • 次世代電力系統の信頼度評価や最適電源構成の定量解析に役立つ技術

概要

東京工業大学 工学院 システム制御系のチョヨンチェ大学院生(博士後期課程1年)、石崎孝幸助教および井村順一教授らは、再生可能エネルギー(再エネ)発電量の変動幅の予測(区間予測)を利用して、当日運用において再エネや需要のリアルタイム変動に合わせて発電機や蓄電池を運用するだけで、安定的な電力供給を実現する新たな前日計画法を開発しました。

現在の主要な電源である火力発電における大型の火力発電機の起動と停止には数時間程度の準備運転や事後運転が必須です。時々刻々と変化する電力需要を賄うためには、電力需要を適切に予測した上で、前日段階で発電機群の起動停止時刻を計画しておく必要があります。特に近年では、発電量が不確かな再エネの導入が世界的に加速しており、正味電力需要[用語1]の予測はこれまで以上に難しくなることが予想されます。そのため、不確かな再エネを有効活用し、安定した電力供給を実現するのに、発電機や蓄電池を用いたロバストな運用計画手法が求められています。

研究グループでは、前日に発電機の起動停止時刻を計画するために、正味電力需要の区間予測を利用して、運用当日の各時刻で調整可能な蓄発電量の範囲を求めるロバスト最適化問題[用語2]を定式化し、その効率的な解法を構築しました。ある時刻の蓄発電量の調整許容範囲は、その時刻だけでなく、他の全ての時刻における正味電力需要の変動幅や発電機と蓄電池の物理制約[用語3]などを考慮して算出されます。従って、当日の運用では、各時刻における正味電力需要の実測値とバランスをとるように、調整許容範囲内でリアルタイムに蓄発電量を調整するだけで、その時刻以降の不確かな正味電力需要に対しても安定供給を実現する蓄発電運用が可能であることが保証されます。本成果は、再エネを基盤電源とする次世代電力系統に対して、安定供給に関する信頼度評価や最適電源構成の定量解析に向けた基盤技術として発展が期待されます。

本研究成果は、2019年2月6日(現地時間)に米国電気電子学会誌「IEEE Transactions on Power Systems」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」(研究総括:東京工業大学 工学院 教授 藤田政之)
研究課題名:
太陽光発電予測に基づく調和型電力系統制御のためのシステム理論構築
代表研究者:
東京工業大学 工学院 教授 井村順一
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成27年4月~平成32年3月

研究成果の概念図

図1.研究成果の概念図

背景

現在の主たる電力供給方式である火力発電は、発電機の起動と停止に数時間程度の準備運転や事後運転が必要で、瞬時に電力供給を開始・中断することができません。従って、時々刻々と変化する電力需要に合わせて需給バランスを維持するためには、電力需要を適切に予測した上で、需要変動などに応じてリアルタイムに調整可能な発電機群の起動停止時刻を前日までに計画しておく必要があります。

近年、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量の削減に向けて、再エネの導入が世界的に加速しています。しかし、再エネは環境に優しいエネルギー源である一方で、天候の変化などにより発電量が大きく変動するため、前日に発電量を予測することが難しく、従来型の火力発電機のように発電量を電力需要に合わせてリアルタイムに調整することができないことが大きな課題となっています。このような背景から、再エネを電力網に組み込んでも安定した電力供給を実現するために、発電機や蓄電池を用いたロバストな運用計画手法の開発が望まれていました。

正味電力需要の不確かさを考慮した発電機の前日起動停止計画法は、「ロバスト起動停止計画法」と呼ばれています。ロバスト起動停止計画法では、翌日24時間に対して、1時間ごとの各時刻における正味電力需要の変動範囲のみが予測されていること(正味電力需要の区間予測)を前提します。その範囲内で変動するどのような正味電力需要の時系列シナリオに対しても需給バランスを維持できる発電機の起動停止計画を前日段階で算出します。このような正味電力需要の区間予測を利用したロバスト起動停止計画法は、電力工学分野でも最先端技術のひとつであり、現在は実応用に向けて研究が進められています。しかし、これまでに開発された手法では、当日に運用が開始される時刻(例えば深夜0時)において、その時刻の正味電力需要だけでなく、先の24時間にわたる正味電力需要の時系列シナリオも同時に確定すること、すなわち、深夜0時において先の24時間の正味電力需要の実測値がすべてわかることを前提としており、この点で現実的ではありませんでした。

研究成果

1)当日運用の実行可能性を保証するロバスト最適化問題の定式化と解法の構築

本研究では、従来手法の問題点を解決する新たなロバスト起動停止計画法を世界に先駆けて開発しました。具体的には、前日の段階で発電機の起動停止計画に対して、運用当日の各時刻でリアルタイムに調整ができる蓄発電量の範囲も同時に求める新たなロバスト最適化問題を定式化し、その効率的な解法を構築しました。例えば、ある時刻の蓄発電量の調整許容範囲は、その時刻だけでなく、他のすべての時刻における正味電力需要の変動幅や発電機と蓄電池の物理制約などを考慮して算出されます(図2)。従って、当日の運用では、当該時刻における正味電力需要の実測値とバランスをとるように、調整許容範囲内でリアルタイムに蓄発電量を調整するだけで、その時刻以降の不確かな正味電力需要に対しても安定供給を実現する蓄発電運用が可能であることが保証されます(図3)。

調整許容範囲の求め方の例:2時刻、発電機1基の場合

図2. 調整許容範囲の求め方の例:2時刻、発電機1基の場合


各時刻における蓄発電量の調整許容範囲は、数学的に、蓄発電計画量の許容集合[用語4]の中に存在するボックス[用語5]として表される。例えば、2つの時刻(時刻1、時刻2)における発電機1基の発電スケジュールの場合を考えると、(A)発電スケジュールの許容集合(灰色の領域)では、一般に、時刻2における発電可能範囲は時刻1における発電量に依存する(青の矢印と赤の矢印)。一方で、(B)許容集合内に収まるボックス(緑の領域)では、時刻2の発電可能範囲は時刻1の発電量に依存しない。提案手法では、予測された範囲内で変動するどのような正味電力需要に対しても需給バランスを達成する発電量が、各辺の区間(緑の矢印)に存在するようなボックスを前日段階で求める。これにより、運用当日の各時刻において、対応するボックスの辺として示される区間内で発電量をリアルタイムに調整しさえすれば、以降の時刻においても需給バランスが達成可能であることが保証される。

提案手法による発電機2基と蓄電池の運用例

図3. 提案手法による発電機2基と蓄電池の運用例


(A)前日の計画:翌日の各時刻における正味電力需要の予測区間(赤の矢印)が与えられ、提案手法により発電機の起動停止状態および蓄発電量の調整許容範囲(緑字)が計算される。各時刻において、得られた調整許容範囲内では蓄発電が行えること、かつ、その範囲内での蓄発電により需給バランスが達成できることが保証される。
(B)当日の運用:蓄発電開始時刻(0:00)より順に、各時刻における正味電力需要が実測され、前日に求められた調整許容範囲内で実際の蓄発電量が決定される。

2)IEEE118バスシステム[用語6]による適用可能性の検証

提案した最適蓄発電計画法の適用可能性を検証するために、発電機54基から構成されるモデルであるIEEE118バスシステムに対して、系統運用に貢献する容量の蓄電池を6台追加して計算性能の評価を行いました。具体的には、正味電力需要の区間予測が複数パターン与えられた場合に、それぞれの区間予測に対して最適な発電機の起動停止計画と蓄発電量の調整許容範囲を計算するのに要した時間を計測しました。その結果、標準的なスペックの計算機でも、平均43秒程度で効率よく最適解を求められることがわかりました。これは、発電機が数十基程度の規模の電力系統に対して、十分短時間に最適な蓄発電計画が求められることを示しています。

今後の展開

本手法は、最先端の予測手法である再生可能エネルギーの区間予測を応用した新たな蓄発電運用計画法として新規性があるだけでなく、再生可能エネルギーを基盤電源とする次世代電力系統に対して、安定供給に関する信頼度評価や最適電源構成の定量解析に向けた基盤技術として発展が期待されます。具体的には、政府により提唱されている導入シナリオに沿って再生可能エネルギーが普及することを想定した場合に、その導入量に応じて発電量の不確かさを補うために必要となる火力発電機や蓄電池の最適容量を解析する基盤技術として活用することができます。今後は、このような再生可能エネルギー導入シナリオに基づいた系統信頼度の変化を解析し、安定供給や環境性、経済性の観点から必要となる蓄発電設備の種類や規模などについて、より具体的な指針を与えていくことを目指します。

用語説明

[用語1] 正味電力需要 : 電力需要から再生可能エネルギー発電量を差し引いた正味の電力需要。

[用語2] ロバスト最適化問題 : 最適化問題を定式化する際のデータなどが不確定な場合にも信頼できる解を求めるような最適化問題の総称。ここでは正味電力需要の時系列シナリオ1つが最適化問題を定式化する1つのデータに対応する。

[用語3] 発電機と蓄電池の物理制約 : 発電機の出力限度やランプレート、蓄電池の蓄電容量やインバータ容量などの物理的な制約を総合したもの。最適化では個々の機器の性能だけでなく送電線の容量なども考慮される。

[用語4] 蓄発電計画量の許容集合 : 発電機と蓄電池の物理制約を満たす実現可能な蓄発電スケジュール(24時刻)の集合。

[用語5] ボックス : 多次元空間における箱型の領域。1次元空間では区間、2次元空間では長方形、3次元空間では立方体に相当する。

[用語6] IEEE118バスシステム : 電力工学分野で標準的に用いられる実データに基づく電力系統のテストシステム。他のテストシステムと比較して大規模であり、最適化アルゴリズムのスケーラビリティ評価などにしばしば用いられる。

論文情報

掲載誌 :
IEEE Transactions on Power Systems
論文タイトル :
Box-based Temporal Decomposition of Multi-period Economic Dispatch for Two-stage Robust Unit Commitment
著者 :
Youngchae Cho, Takayuki Ishizaki, Nacim Ramdani, Jun-ichi Imura
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 システム制御系 助教

石崎孝幸

E-mail : ishizaki@sc.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2646 / Fax : 03-5734-2646

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

松尾浩司

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3526 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

TBSテレビ「未来の起源」に宮本研究室の学生が出演

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無線給電システム無線給電システム

科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 宮本智之研究室の勝田優輝さん(工学院 電気電子系 修士課程1年)が、TBS「未来の起源」に出演します。

研究室で開発に取り組んでいる「光を使って無線で電気を送る無線給電システム」が紹介されます。

勝田優輝さんのコメント

勝田優輝さん

この度、光を使って無線で電力伝送を行う「光無線給電」について取材していただきました。

光無線給電はレーザーやLEDなどの光源と太陽電池を用いた無線給電方式で、光ビームにより長距離の電力伝送が可能、高周波による機器への影響がないなどの利点があります。今回は長距離の光無線給電実験とフライアイレンズを用いたデモンストレーションを中心に取材を受けました。

番組を通じて、皆さんにも本研究の魅力を感じて頂ければ幸いです。

番組情報

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2019年2月10日(日)22:54 - 23:00(放送地域:関東、愛知、岐阜、三重)
  • (再放送)
    BS-TBS 2019年2月17日(日)20:54 - 21:00
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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

ヒストン遺伝子を全セット持つ巨大ウイルスの発見 DNA関連遺伝子のウイルス起源に新たな証拠

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京都大学化学研究所 緒方博之 教授、京都大学理学研究科 吉川元貴 博士課程学生、東京理科大学 武村政春 教授、生理学研究所 村田和義 准教授、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)outer 望月智弘 研究員らの共同研究チームが、アメーバに感染する新規巨大ウイルスを発見しました。メドゥーサウイルスと名づけられたこの巨大ウイルスは、全セットのヒストン遺伝子をゲノム内に保持しており、特異な粒子形態とゲノム組成から新たな「科」に属することが明らかになりました。ヒストンは真核生物がDNAを折り畳んで核内に収納するために必須な5種類のタンパク質で、その一部を持つウイルスはこれまでに知られていました。しかし、ヒストン遺伝子全セットを保持するウイルスはメドゥーサウイルスが初めてです。真核生物のDNA関連遺伝子がウイルスに由来するという仮説が提唱されていますが、本研究成果はそうした仮説を支持する結果と考えられます。今後、ウイルスヒストンの役割などメドゥーサウイルスの感染過程を分子レベルで解明することにより、巨大ウイルスと真核生物の太古以来の共進化誌が紐解かれるのではないかと期待されます。

本研究成果は、2019年2月6日に米国の国際学術誌「Journal of Virology」にオンライン掲載されました。

メドゥーサウイルスの粒子構造(左)とヒストン遺伝子やDNA複製酵素の系統樹の模式図(右)

図1. 左はメドゥーサウイルスの粒子構造。右はヒストン遺伝子やDNA複製酵素の系統樹の模式図。真核生物の系統樹の根本からウイルスの遺伝子の系統が派生している。DNA複製酵素(真核生物のDNAポリメラーゼδ)遺伝子やヒストン遺伝子は、遺伝子水平移動によってウイルスから真核生物にもたらされたのかもしれない。

背景

今世紀初頭、生物学の常識を覆すウイルスが発見されました。ミミウイルスと呼ばれるそのウイルスは、単細胞真核生物(原生生物)であるアメーバを宿主として増殖します。粒子サイズとゲノム長で数多くの単細胞生物を凌ぐ大きさと複雑さを誇るミミウイルスの発見は、「ウイルスは小さくて単純なものだ」という生物学者の固定観念を覆し、大きなインパクトを与えました。ミミウイルスの発見を端緒に、世界中の研究者が巨大ウイルスハンティングを開始し、パンドラウイルス、ピソウイルス、マルセイユウイルスなど様々な巨大ウイルスの発見が相次ぎ、日本では東京理科大学 武村政春教授らのグループにより、トーキョーウイルス(マルセイユウイルスの仲間)やミミウイルス・シラコマエ(ミミウイルスの仲間)などの発見がなされました。

こうした巨大ウイルスは調べれば調べるほど、その生き生きとした多様で複雑な「生き様」が伺え、その結果、「ウイルスは生命なのか?」といった根本的疑問が沸き上がると同時に[参考文献1]、ウイルスは細胞から進化したのではないか[参考文献2]、ウイルスがDNAを発明したのではないか[参考文献3]、細胞核はウイルス由来ではないか[参考文献4]という挑戦的かつ挑発的な仮説が提唱されました。

今回、共同研究チームは、北海道にある温泉地域の湯溜まりとその水底の泥土サンプルから、アメーバを宿主として新しい巨大ウイルスを分離し、その感染過程、粒子構造、ゲノム組成の詳細を調査しました。その結果、この巨大ウイルスが、これまでに知られていた巨大ウイルスと多くの点で異なることが明らかになりました。

研究手法・成果

メドゥーサウイルス粒子のクライオ電子顕微鏡による単粒子解析
図2. メドゥーサウイルス粒子のクライオ電子顕微鏡による単粒子解析
(a)クライオ電子顕微鏡で見たメドゥーサウイルス粒子。(b)3D構築した粒子の断面図。赤矢印は核を覆う脂質二重膜がカプシドと結合している部分を表す。(c)図bの黄色い四角部分の拡大図。(d)単粒子解析による3D構築した粒子像。白矢印は粒子の大きさ(T=277)を算出するためのk値、h値。(e)図dの黒い四角部分を切り出した拡大図。

新規巨大ウイルスはアメーバを宿主として増殖しますが、感染過程で一部のアメーバ細胞が厚い膜を被り休眠状態に入る(シスト化する)ことが明らかになりました。これが、見たものを石に変える能力を持つギリシア神話の怪物「メドゥーサ」をイメージさせることから、この新規巨大ウイルスをメドゥーサウイルスと名づけました。

メドゥーサウイルスは、粒子径が260ナノメートル、ゲノム長が38万塩基対とこれまでに記録されている巨大ウイルスの中では小型の巨大ウイルスでした。しかし、クライオ電顕単粒子解析により、先端が球状のスパイクでウイルス粒子表面が覆われているなど、独特の粒子形態が浮き彫りになりました。ゲノムの遺伝子組成にも特徴があり、ゲノム内の461個のタンパク質遺伝子のうちなんと61%(279個)が、データベースに類似した遺伝子がない新規遺伝子であることが判明しました。また、感染過程の観察から、ウイルスゲノムの複製がアメーバの細胞核内で完了していることも伺え、これまでに報告されてきた巨大ウイルスとは様相を異にしていました。こうした結果と遺伝子解析(分子系統解析)の結果を総合し、共同研究チームは、メドゥーサウイルスが新しい「科(family)」つまり「メドゥーサウイルス科」に属するウイルスだと結論しました。「科」はウイルスの分類体系において事実上最上位の分類群です。

ヒストン遺伝子の系統樹

図3. ヒストン遺伝子の系統樹
赤:メドゥーサウイルス、青:その他のウイルス、黒:ヒトを含む真核生物と古細菌。

メドゥーサウイルスのゲノムで最も際立った特徴は、ヒストン遺伝子を全セット(ヒストンH1, H2A, H2B, H3, H4の5種類)保持していたことです。これまでにマルセイユウイルスやパンドラウイルスがヒストン遺伝子の一部を保持していることは知られていましたが、ヒストン遺伝子全セットを保持するウイルスはメドゥーサウイルスが初めてです。ウイルス粒子からもウイルス由来のヒストンタンパク質が検出されました。分子系統解析の結果はさらに興味深いものでした。これらのヒストン遺伝子はその進化の枝が、真核生物の系統樹の根っこの部分から派生しており、その起源が真核生物の共通祖先よりも古いことが明らかになりました。つまり、ウイルスのヒストン遺伝子は、真核生物の特定の系統から獲得されたものではないのです。このことは、真核生物の先祖がヒストン遺伝子を古代のウイルスから獲得した可能性を示唆しています。同様の進化シナリオがメドゥーサウイルスのDNA複製酵素遺伝子の解析からも浮き彫りになりました。

さらに、アメーバとメドゥーサウイルスのゲノム比較から、進化の過程で数多くの遺伝子の受け渡し(遺伝子水平移動)が両者の間で起こっていたことも明らかになりました。遺伝子の受け渡しの方向は、アメーバからウイルス、ウイルスからアメーバへの両方向の事例がありました。アメーバがウイルスから受け取った遺伝子の中にはウイルスの殻を作るためカプシドタンパク質遺伝子もありました。メドゥーサウイルスは、宿主と遺伝子をやり取りするのが得意なのかもしれません。

波及効果、今後の予定

今後、研究チームは電子顕微鏡観察、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析、ウイルスタンパク質の生化学的解析などを利用し、ウイルスヒストンの役割など、メドゥーサウイルスの感染過程を分子レベルで解明することを目指しています。その結果、巨大ウイルスと真核生物の太古以来の共進化誌をさらに紐解くことができるのではないかと期待しています。

研究プロジェクトについて

本研究は科研費(新学術領域提案型「ネオウイルス学」、基盤研究B)、生理研共同研究、京都大学化学研究所共同利用・共同研究の支援を受けて行われました。

研究者のコメント

  • ウイルスは生命の進化や発展に重要な役割を果たしてきたと考えられています。今回、メドゥーサウイルスの発見により、巨大ウイルスが太古の真核生物の進化に関わってきた痕跡を新たに見出すことができました。もし仮に、ウイルスが真核生物誕生の歴史に影響を与えたのであれば、大変興味深いことです。今後さらに研究を進めて、ウイルスと生命の起源について理解を深めていきたいと思います。(吉川元貴)
  • 本研究は、ウイルスハンティング、分子生物学、構造生物学、バイオインフォマティクスの専門家が協力して成し遂げた成果です。異分野の研究者が協力することにより、新「科」に属するメドゥーサウイルスを一早く特徴づけることができました。今後も、ウイルスの魅力的な世界を冒険していきたいと考えています(緒方博之)。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Virology
論文タイトル :
Medusavirus, a novel large DNA virus discovered from hot spring water(メドューサウイルス―温水から発見された新規大型DNAウイルス)
著者 :
Genki Yoshikawa, Romain Blanc-Mathieu, Chihong Song, Yoko Kayama, Tomohiro Mochizuki, Kazuyoshi Murata, Hiroyuki Ogata, Masaharu Takemura
DOI :

参考文献

[1] Claverie J.-M., Ogata H. Ten good reasons not to exclude giruses from the evolutionary picture. Nat. Rev. Microbiol., 7, 615 (2009). doi: 10.1038/nrmicro2108-c3outer.

[2] Claverie JM. Viruses take center stage in cellular evolution. Genome Biol. 7, 110 (2006). doi: 10.1186/gb-2006-7-6-110outer.

[3] Forterre P. Three RNA cells for ribosomal lineages and three DNA viruses to replicate their genomes: a hypothesis for the origin of cellular domain. Proc Natl Acad Sci U S A. 103, 3669-3674 (2006). doi: 10.1073/pnas.0510333103outer.

[4] Takemura M. Poxviruses and the origin of the eukaryotic nucleus. J Mol Evol. 52, 419-25 (2001). doi: 10.1007/s002390010171outer.

お問い合わせ先

研究に関すること

緒方博之(おがた ひろゆき)

京都大学 化学研究所 教授

E-mail : ogata@kuicr.kyoto-u.ac.jp
Tel : 0774-38-3270

武村政春(たけむら まさはる)

東京理科大学 教授

E-mail : takemura@rs.kagu.tus.ac.jp
Tel : 03-5228-8373

村田和義(むらた かずよし)

生理学研究所 准教授

E-mail : kazum@nips.ac.jp
Tel : 0564-55-7872

望月智弘(もちづき ともひろ)

東京工業大学 地球生命研究所 研究員

E-mail : tomo.mochiviridae@elsi.jp
Tel : 03-5734-2678

取材申し込み先

京都大学 総務部広報課 国際広報室

E-mail : comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-5729 / Fax : 075-753-2094

東京理科大学 研究戦略・産学連携センター(URAセンター)

E-mail : ura@admin.tus.ac.jp
Tel : 03-5228-7440 / Fax : 03-5228-7441

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

E-mail : pub-adm@nips.ac.jp
Tel : 0564-55-7722 / Fax : 0564-55-7721

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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電場による磁石極性の反転に成功 次世代低消費電力磁気メモリー実現の道拓く

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要点

  • 磁場を用いず、電場のみで磁石極性を反転する事に成功
  • 酸化物薄膜を用い、走査プローブ顕微鏡で観測
  • 次世代低消費電力磁気メモリーへの応用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の清水啓佑大学院生(当時、現同大学博士研究員)、東正樹教授、大場史康教授、同大学元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授(当時)、九州大学大学院総合理工学研究院の北條元(はじめ)准教授、名古屋工業大学大学院工学研究科の壬生攻教授らの研究グループは、磁石の性質(強磁性[用語1])と電気を蓄える性質(強誘電性[用語2])が共存したセラミックス結晶について、室温で電場により磁石の極性を反転(磁化反転)させることに成功した。電場による磁化反転は次世代磁気メモリー実現の鍵として注目されていながらも、これまでに室温で実証されたことはなかった。

同研究グループは強磁性と強誘電性が共存した「コバルト酸鉄酸ビスマス」を薄膜形態で安定化させ、その磁気ドメイン[用語3]強誘電ドメイン[用語4]の構造を走査プローブ顕微鏡[用語5]で調べた。その結果、両ドメインの構造は類似しており、強磁性と強誘電性には相関が存在することが明らかとなった。さらに走査型プローブ顕微鏡の探針を用いて電場を印加し、電気分極を反転させることにより、磁化の方向を反転させることに成功した。電場により制御可能な低消費電力の磁気メモリー実現につながる成果と期待される。

同研究グループには東工大の川邊諒大学院生、清水陽樹大学院生、山本孟大学院生(いずれも当時)、勝俣真綸大学院生、重松圭助教が参画した。

研究成果は米国化学会誌「Nano Letters(ナノレターズ)」のオンライン版で2月7日(日本時間)に公開された。

研究の背景

スマートフォンの普及やビッグデータなどによる情報処理量の爆発的な増大に伴う、情報通信機器の消費電力が問題になるなかで、低消費電力・高記録密度・不揮発性の次世代メモリーデバイスへの要求が高まっている。こうした観点から注目されるのが、強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質[用語6]である。

強磁性と強誘電性の相関が十分に強く、電場によって磁化方向を反転することができれば、磁場発生のための電力が不要となる。このため、不揮発性・高安定性という現在の磁気メモリーの特徴を生かしつつ、低消費電力・高記録密度かつ簡易な素子構造を有する次世代磁気メモリーの実現が期待される。

研究成果

これまでに九州大学の北條准教授、東京工業大学の東教授らは、室温で強磁性と強誘電性が共存したコバルト酸鉄酸ビスマスを、薄膜形態で安定化させることに成功している(図1)。しかしながら、磁化の方向が薄膜の面内方向を向いていたために、通常の走査型プローブ顕微鏡を用いて磁気ドメインを観察することは困難であり、強磁性と強誘電性の相関を調べることはできなかった。

今回、薄膜を成長させるための基板の種類および薄膜の成長する方向を工夫することにより、薄膜試料の磁気ドメインを観察することに初めて成功した。同一視野において強誘電ドメインと比較することにより、強磁性と強誘電性には相関が存在することが明らかとなった。さらに走査型プローブ顕微鏡の探針を用いて電場を印加し、電気分極を反転させることで、磁化の方向を反転させることに成功した(図2)。

図1. コバルト酸鉄酸ビスマスの磁気構造の模式図。スピンが傾斜しているため、磁化は打ち消し合わずに、自発磁化が電気分極に直交した方向に現れる。
図1.
コバルト酸鉄酸ビスマスの磁気構造の模式図。スピンが傾斜しているため、磁化は打ち消し合わずに、自発磁化が電気分極に直交した方向に現れる。
図2. 電気分極反転前(上)と電気分極反転後(下)のコバルト酸鉄酸ビスマス薄膜の室温における圧電応答顕微鏡像(左)と磁気力応答顕微鏡像(右)。それぞれ、強誘電ドメイン構造と磁気ドメイン構造に対応する。色は、それぞれ電気分極の薄膜面内成分および磁化の薄膜面外方向の成分を表している。上左図の強誘電ドメインが寒色であることは、電気分極の面外成分が紙面の奥方向を向いていることに対応する。下左では電気分極の方向が反転したため、強誘電ドメインの色が暖色に変化している。また、右上下を比較すると、電気分極の反転により、磁化の面外成分が反転していることがわかる。
図2.
電気分極反転前(上)と電気分極反転後(下)のコバルト酸鉄酸ビスマス薄膜の室温における圧電応答顕微鏡像(左)と磁気力応答顕微鏡像(右)。それぞれ、強誘電ドメイン構造と磁気ドメイン構造に対応する。色は、それぞれ電気分極の薄膜面内成分および磁化の薄膜面外方向の成分を表している。上左図の強誘電ドメインが寒色であることは、電気分極の面外成分が紙面の奥方向を向いていることに対応する。下左では電気分極の方向が反転したため、強誘電ドメインの色が暖色に変化している。また、右上下を比較すると、電気分極の反転により、磁化の面外成分が反転していることがわかる。

今後の展開

今回の成果は新しい磁気メモリー実現のための鍵といわれてきた、室温での電場による磁化反転を実験的に証明したものである。電場により制御可能な低消費電力の磁気メモリー実現のための道を拓いた成果といえる。鉄酸ビスマスをベースとしたマルチフェロイック物質の開発に拍車がかかるものと期待される。

付記

本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・戦略的研究シーズ育成事業「革新的環境調和機能性材料創出」(代表・東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs―d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」(代表・東正樹東京工業大学教授)、若手研究A「分極回転:巨大な圧電応答の設計と実現」(代表・北條元九州大学准教授)、旭硝子財団若手継続グラント「Bi系マルチフェロイック薄膜の磁気構造制御と電場による磁化反転の実現」(代表・北條元九州大学准教授)、文部科学省・ナノテクノロジープラットフォームの援助を受けて行った。

用語説明

[用語1] 強磁性 : 電子は自転に例えられるスピンと呼ばれる内部自由度をもち、2つの状態(例えば上向きと下向き)をとる。隣り合う電子のスピンが同じ方向を向いて整列した状態を強磁性状態と呼ぶ。

[用語2] 強誘電性 : 電界(電圧を、その電圧が印加されている試料の厚みで割ったもの)を印加されていない状態でも電気分極(物質中で陽イオンと陰イオンの重心がずれていることから生じる、電荷の偏り)を持ち、かつ外部電界の向きに応じて電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のことを強誘電性と呼ぶ。

[用語3] 磁気ドメイン : 磁区とも呼ばれ、各磁性原子のもつ電子スピンの向きが揃った区域のことを指す。

[用語4] 強誘電ドメイン : 電気分極の向きが揃った区域のことを指す。

[用語5] 走査型プローブ顕微鏡 : 先端を尖らせた探針を用いて、物質の表面および表面近傍をなぞるように走査することで物質表面についての情報を得る顕微鏡のこと。探針の種類および走査方法を変更することで、強誘電ドメインの構造を調べる圧電応答顕微鏡、強磁性ドメインの構造を調べる磁気力応答顕微鏡として使用することができる。

[用語6] マルチフェロイック物質 : 一般に、複数の強的秩序を有する物質のことを指す。狭義では、強磁性と強誘電性の2つの強的秩序を有する物質を指す。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters
論文タイトル :
Direct observation of magnetization reversal by electric field at room temperature in Co-substituted bismuth ferrite thin film
著者 :
Keisuke Shimizu, Ryo Kawabe, Hajime Hojo, Haruki Shimizu, Hajime Yamamoto, Marin Katsumata, Kei Shigematsu, Ko Mibu, Yu Kumagai, Fumiyasu Oba, and Masaki Azuma
DOI :

本研究全般に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授

東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315、080-4402-5315 / Fax : 045-924-5318

九州大学大学院 総合理工学研究院 准教授

北條元

E-mail : hojo.hajime.100@m.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-583-7526 / Fax : 092-583-8853

名古屋工業大学大学院 工学研究科 教授

壬生攻

E-mail : k_mibu@nitech.ac.jp
Tel : 052-735-7904

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

九州大学広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

名古屋工業大学 企画広報課広報室

E-mail : pr@adm.nitech.ac.jp
Tel : 052-735-5647 / Fax : 052-735-5009

NHK Eテレ「100分de名著」にリベラルアーツ研究教育院の中島岳志教授が出演

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本学 リベラルアーツ研究教育院の中島岳志教授が、NHK Eテレ「100分de名著」に出演します。

「100分de名著」は、誰もが一度は読みたいと思いながらも、なかなか手に取ることができない古今東西の「名著」を、25分×4回の計100分で読み解く番組です。

今回は、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』を読み解きます。

中島岳志教授
中島岳志教授

中島教授のコメント

オルテガ『大衆の反逆』は90年ほど前の著作ですが、現代こそ読まれるべき作品です。

「みんなが同じであること」に快楽を覚える「大衆」(=mass man:大量人)を、オルテガは「平均人」とみなし、平等という名の均質化が拡大することを嫌悪しました。

オルテガが守ろうとしたリベラリズムとは何だったのか?

何故にオルテガは伝統的価値を保守しようとしたのか?

ポピュリズムが蔓延する現代を読み解くカギを、オルテガの名著から探りたいと思います。

  • 番組名
    NHK Eテレ「100分de名著」
  • タイトル
    オルテガ『大衆の反逆』
    第1回 大衆の時代/第2回 リベラルであること/第3回 死者の民主主義/第4回 「保守」とは何か
  • 放送予定日
    2019年2月4日、11日、18日、25日(月)/22:25 - 22:50
  • 再放送予定日
    2019年2月6日、13日、20日、27日(水)/5:30 - 5:55、12:00 - 12:25
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お問い合わせ先

リベラルアーツ研究教育院文系教養事務

E-mail : ilasym@ila.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7689


超高速・超指向性・完全無散逸の3拍子がそろった理想スピン流の創発と制御 「弱い」トポロジカル絶縁体の世界初の実証に成功

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要点

  • 理論予想以後実証できずにいた「弱い」トポロジカル絶縁体[用語1]状態の直接観察に世界で初めて成功した。
  • 従来の「強い」トポロジカル絶縁体では不可能であった無散逸の理想的スピン流[用語2]を実現した。
  • 通常絶縁体(スピン流OFF)と「弱い」トポロジカル絶縁体(スピン流ON)の切り替えが室温近傍で可能となり、スピントロニクス[用語3]応用への道筋を開いた。

概要

東京大学 物性研究所の近藤猛准教授、黒田健太助教、野口亮大学院生、および東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門 ナノ構造化学材料評価研究グループ 白澤徹郎主任研究員、理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム有田亮太郎チームリーダー、および大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻の越智正之助教らと共同で、擬一次元[用語4]の結晶構造を持つビスマスヨウ化物β-Bi4I4(Bi:ビスマス、I:ヨウ素)において、「弱い」トポロジカル絶縁体相を世界で初めて観測しました。さらに、室温近傍で結晶の冷却速度を制御する事により、通常絶縁体からトポロジカル絶縁相へと転移させ、これに伴うスピン流のON/OFF制御を実証しました。

情報集積の行き詰まる「エレクトロニクス」に代わり、情報爆発に対する救世主と目されているのが「スピントロニクス」です。その理想的な条件は、限りなく速い速度で(超高速)、レーザーのごとく直進し(超指向性)、情報を失うことなく伝達する(完全無散逸)、スピン流です。それを実現すると理論的に予想されていたのが「弱い」トポロジカル絶縁体ですが、これまで未発見でした。

本研究では、スピントロニクス応用に向けて熱望されている理想スピン流を創発する「弱い」トポロジカル絶縁体を世界で初めて実証・観測しました。これによりレーザー照射で情報を可逆的に書き換えが可能なDVDの「スピントロニクス」版も可能であり、トポロジカル物性の真髄とも言える無散逸スピン伝導を利用した次世代のスピントロニクス技術に新展開をもたらすことが考えられます。

本成果は、英国科学誌「Nature」2019年2月11日(英国時間)に掲載されました。

研究の背景

「金属」「半導体」「絶縁体」に続く第4の固体状態として「トポロジカル絶縁体」の存在が2005年に理論提案され、すぐのちに実験的にも実証されて以来、その基礎・応用研究が世界各国で競って行われています。2016年にはトポロジカル理論研究にノーベル賞が与えられ、更なる後押しを受けたことで、「トポロジカル絶縁体」の研究は今、物質科学で最もホットな研究テーマの一つです。

トポロジカル絶縁体の表面に出現する金属状態では、電流(つまり抵抗による熱的エネルギーロス)を伴わないスピン流(純スピン流)が発生するため、そのデバイス応用が期待されています。3次元物質のトポロジカル絶縁体は「強い」「弱い」という2つに分類されることがトポロジカル物理学の黎明期に理論予想されました。しかし、これまでに発見されてきたトポロジカル絶縁体はすべて「強い」方に分類されたことから、「弱い」トポロジカル絶縁体はそもそも実在するのか?が解決すべき一大テーマでした。

従来の「強い」トポロジカル絶縁体では、物質が持つあらゆる結晶表面にスピン流が発生します。ところが、その特性が災いして、スピン流は放射状に広がり流れとして取り出すことが難しいだけでなく、向きの異なるスピン同士が散乱し合うためスピン状態が保持できない、といった応用面でのデメリットを抱えていました。一方、本研究で発見した「弱い」トポロジカル絶縁体では、スピン流が結晶の側面にのみ閉じ込められて一方向にそろって伝導するため、指向性が極めて高く(超指向性)、また、スピンのupとdownが反平行に保たれることから、スピン状態の寿命が実質的に無限大(完全無散逸)となります(図1参照)。これらは「弱い」トポロジカル絶縁体ならではの優れた特性であり、純スピン流を実際にデバイス応用させる上での決定打となる可能性があります。

スピン流が結晶側面のみで伝導する「弱い」トポロジカル絶縁体では、「強い」トポロジカル絶縁体とは違って、通常の絶縁体と同様の結晶表面と、トポロジカル絶縁体の特徴が顕在化する結晶表面との組み合わせで物質が構成されます。このような性質を検証するためには、各結晶表面の電子状態をそれぞれ独立に測定する必要がありました。しかし、それを可能にする候補物質が無かっただけでなく、特別な実験技術が必要であったため、「弱い」トポロジカル絶縁体の実証は、その予想後10年を経てしても研究者の挑戦を阻み続けてきました。本研究では、最適な候補物質を見定め、最先端の光電子分光技術と表面X線回折技術を用いることで、「弱い」トポロジカル絶縁体の観察に初めて成功し、この未解決問題に終止符を打ちました。

通常の絶縁体と「強い」・「弱い」トポロジカル絶縁体の概略図
図1.
通常の絶縁体と「強い」・「弱い」トポロジカル絶縁体の概略図。通常の絶縁体では結晶全体が電気を流さないが、トポロジカル絶縁体では表面のみが伝導的になり、スピン流が流れる。「強い」トポロジカル絶縁体では、様々な向きを持つスピンが散逸しながらあらゆる方向に流れるため、スピン流を取り出すことが難しい。一方、「弱い」トポロジカル絶縁体では、向きを揃えたスピンが一定の方向へほぼ散逸すること無く流れるため、スピン流を抽出し易い。Bi4I4では、通常の絶縁体(α相)から「弱い」トポロジカル絶縁体(β相)へと室温付近で相転移を生じる優れた機能性を持つことが分かった。

研究内容と成果

本研究では擬一次元の結晶構造を有するβ-Bi4I4について、放射光を用いたナノ顕微・角度分解光電子分光[用語5]装置を利用することで、「弱い」トポロジカル絶縁体の表面電子状態を直接観測しました。ナノ顕微・角度分解光電子分光装置は、試料に照射する光を極限まで集光することで達せられる数100 nmの空間分解能を武器に、薄い試料で制約を受ける微小側面に対しても、その電子状態を直接観測することを可能にします。

実験の結果、結晶の上面の電子状態は通常の絶縁体と同じである一方で、結晶側面のみにトポロジカル絶縁体としての性質が現れていることを発見しました(図2参照)。これは、最先端のナノ顕微分光測定だからこそ可能となった、世界初となる「弱い」トポロジカル絶縁体の観測結果です。さらに、「弱い」トポロジカル絶縁体では、トポロジカル表面電子状態が結晶側面に閉じ込められた結果、指向性が極めて高いスピン流が流れていることが明らかになりました。これまで見つかっていた「強い」トポロジカル絶縁体では、スピン流が結晶表面を放射状に流れ、拡散されるスピン状態の散逸も強く、効率よくスピン流を取り出すことができません。しかし、「弱い」トポロジカル絶縁体の側面では、スピンを担う電子の質量がゼロで移動度が極めて高い(つまり超高速である)ことはもとより、超指向性を持ち、散乱も受けないほぼ無散逸なスピン流が流れています(図1参照)。併せて本研究グループは、室温付近で結晶の冷却速度を制御することで、「弱い」トポロジカル絶縁体のβ-Bi4I4が、通常の絶縁体であるα-Bi4I4に構造相転移して、スピン流のON/OFF制御が可能であることも実証しました。これまでに、冷却速度制御による構造相転移、すなわちON/OFFの現象はDVDの可逆的な書き込み原理として一般的に利用されてきました。本研究の発見は、トポロジカル相を用いた情報の書き込みを同様の原理で行うディスク媒体の実現可能性を示すと共に、理想的スピン伝導を用いるスピン注入メモリの制御技術への礎となります。

本研究成果は、トポロジカル物理学の黎明期からの未解決問題(「弱い」トポロジカル絶縁体は実在するのか?)を解決したことで、自然科学の学理開拓へ多大な貢献を成しただけでなく、超高速・超指向性・完全無散逸の3拍子がそろった理想スピン流の創発と制御を実証しており、将来のスピントロニクスデバイスの開発に向けて極めて重要です。

ナノ顕微・角度分解光電子分光測定の概略と、β-Bi4I4で実現している電子状態。
図2.
ナノ顕微・角度分解光電子分光測定の概略と、β-Bi4I4で実現している電子状態。上面は通常の絶縁体と同じく電気を流さない電子状態であるのに対して、側面ではトポロジカル状態が出現し、電気を流す電子状態になっている。トポロジカル電子状態にある側面では、超高速で、指向性が強く、散乱されにくいスピン流が生成されていることが理論および実験から示された。

今後の展望

本研究は、世界初となる「弱い」トポロジカル絶縁体の実証、および従来から知られる「強い」トポロジカル絶縁体を凌駕する機能性を示しました。材料科学分野で最も進展の著しいトポロジカル物性物理において、発見が遅れた「弱い」トポロジカル絶縁体の検証はこれからであり、その潜在能力はまだまだ未知数だと言えます。今後、他のトポロジカル絶縁体では実現しない新奇な性質を理論・実験の両面から見つけ出す研究が進展して行くことが考えられます。さらに、「弱い」トポロジカル絶縁体のキャリア制御や微細加工を行うことによって、新たなスピン流デバイスの開発につながることが期待されます。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究 (CREST) 「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域 (研究総括:黒部 篤) における研究課題「トポロジカル量子計算の基盤技術構築」課題番号 JPMJCR16F2 (研究代表者:笹川 崇男) の一環として行われました。

用語説明

[用語1] トポロジカル絶縁体 : 結晶中の電子状態の非自明なトポロジーを反映して、結晶の中身は電気を通さない絶縁体であるが、表面のみ電気を通す金属となる特殊な物質のこと。

[用語2] スピン流 : 電子は電荷に加えてスピン角運動量を持っている。電流は電荷が流れている状態であるが、同様にスピン角運動量が流れている状態をスピン流と呼ぶ。

[用語3] スピントロニクス : 現代社会の基礎となっているエレクトロニクスでは、電子の「電荷」の性質しか利用できない。一方で、電子の持っている「電荷」「スピン」の両方の性質を活用する次世代の省エネ技術がスピントロニクスである。スピントロニクスは、高性能なハードディスクなどに応用されており、私たちの生活にとって身近な存在になりつつある。

[用語4] 擬一次元 : 実際に作成可能な範囲で、理想的な一次元物質に限りなく近づけた物質を擬一次元物質という。

[用語5] ナノ顕微・角度分解光電子分光 : 角度分解光電子分光とは、物質に光を照射して外に飛び出す電子(光電子)を分析することで、物質内の電子状態を調べる実験手法。光電子の運動エネルギー、および脱出角度を分析することで、固体中の電子の運動量とエネルギーの関係を直接的に調べることができる。ナノ顕微・角度分解光電子分光装置では、照射する光をナノサイズ(1 ㎛以下)にすることで、微小な物質でも測定が可能となっている。

論文情報

掲載誌 :
Nature」2019年
論文タイトル :
A weak topological insulator state in quasi-one-dimensional bismuth iodide
著者 :
R. Noguchi, T. Takahashi, K. Kuroda, M. Ochi, T. Shirasawa, M. Sakano, C. Bareille, M. Nakayama, M. D. Watson, K. Yaji, A. Harasawa, H. Iwasawa, P. Dudin, T. K. Kim, M. Hoesch, V. Kandyba, A. Giampietri, A. Barinov, S. Shin, R. Arita, T. Sasagawa*, and Takeshi Kondo* (* 責任著者)
DOI :

お問い合わせ先

東京大学 物性研究所

准教授 近藤猛

E-mail : kondo1215@issp.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-3370

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 笹川崇男

E-mail : sasagawa.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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35億年前の地球に、生命繁栄の証拠を確認 堆積物中に残る最古の生命活動の記録を実験的に解読

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要点

  • 約35億年前の太古代地球に硫酸塩還元細菌が広く繁栄していたことが判明
  • 代謝経路に働く酵素によって生じる硫黄安定同位体分別を実験的に再現
  • 地球化学に細胞の代謝酵素という異分野の知識を融合することで実現

概要

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のショウン・エリン・マックグリン(Shawn E. McGlynn)准教授、ソウル大学校 地球環境科学部のミン・スブ・シム(Min Sub Sim)助教、北海道大学 低温科学研究所の緒方英明特任准教授らの研究グループは、約35億年前の太古代の地球に硫酸塩還元[用語1]細菌が広く繁栄していたことを突き止めた。硫酸塩を代謝して呼吸[用語2]を行う硫酸塩還元細菌の代謝経路に働く酵素によって生じる硫黄安定同位体分別を実験的に再現して解明した。

現生の硫酸塩還元細菌を培養し、細菌の代謝に起因する硫黄安定同位体分別を、太古代の海底堆積物に記録された硫黄安定同位体分別と比較することで、太古代の硫酸塩還元細菌が硫酸塩をどの程度代謝していたか、細菌の細胞内で代謝速度がどのように制御されていたかを確認した。

これにより、太古代には硫酸塩還元細菌が広く繁栄していたことが初めて明らかになった。また地球化学に細胞の代謝酵素という異分野の知識を融合することで、太古代の地球環境を理解するための指標を得ることができた。

35億年前の地球は無酸素環境だったが、既に生命が存在し、その一部が硫酸塩還元細菌だったことは以前から知られていた。しかし硫酸塩還元細菌が当時の環境下でどの程度成功した生物であったのか、どのような生命活動を行っていたのかは謎だった。

研究成果は1月9日発行の英国の国際学術誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」電子版に掲載された。

研究の背景

生命はいつ、どのように誕生し、この地球でどのように生きてきたのだろうか。例えば恐竜のように大型で現在に比較的近い時代に生きた生物なら、化石を発見することで姿や生活の様子を知ることができる。

しかし、今から約40億~25億年前、太古代と呼ばれる時代に存在したとされるごく最初期の生命は、わずか1個の細胞からなる単細胞生物であったため、化石が得られることは非常に稀である。この時代に生物が存在したことを確認し、活動の様子を推定する手掛かりとなるのが、当時の海底堆積物に残された安定同位体である。

同位体とは、同じ元素でありながら中性子の数が異なる原子をいう。水素を除くすべての原子は原子核の中に陽子と中性子の2種類の粒子を持っており(水素原子は通常、中性子を持っていない)、陽子の数によって原子の種類が決まっている。例えば炭素原子なら陽子の数は必ず6個、酸素原子なら8個である。

しかし中性子の数は同じ種類の原子の中でも必ずしも一定とは限らない。例えば炭素原子では多くの場合、中性子の数は陽子と同じ6個だが、中性子を7個持つ原子、8個持つ原子も一部存在する。陽子の数は同じだが中性子の数の異なる原子を同位体という。陽子と中性子の数の和を質量数といい、中性子を6個持つ炭素原子の質量数は12、中性子7個なら13である。これらはそれぞれ炭素の原子記号Cと合わせて12C、13Cのように表される。

同位体の多くは不安定であり、短いものでは1秒以下の寿命しか持たずに崩壊して別の原子に変化する。しかし一部は安定で、変化することなく環境中に残り続ける。炭素の場合、12Cと13Cが安定同位体である。

自然界における安定同位体の比率は元素ごとにほぼ一定である。しかし、中性子の多い同位体は少ない同位体と比べて中性子の数の分だけ重いため、中性子の少ない同位体と比べて微生物の体に取り込まれにくい傾向がある。このため、生命活動によって生成された物質には、生命活動に使用されなかった物質と比べ、軽い同位体が含まれている可能性が高くなる。このように何らかの理由によって、安定同位体の比率が通常の状態から変化することを安定同位体分別と呼ぶ。

今回、研究の対象とした硫酸塩に含まれる硫黄原子には、32S、33S、34Sの3種類の安定同位体が存在する。太古代の堆積物の安定硫黄同位体比(34S/32S)は既に測定されているが、微生物の硫酸塩還元の結果として推定される硫黄同位体分別よりも、分別量がかなり小さいことが問題となっていた。

当時の硫酸塩還元細菌は、現生のものと比べて不活発だったのだろうか。当時の環境には十分な硫酸塩がなく、細菌は飢えていたのだろうか。研究グループは微生物による数段階の硫酸塩還元プロセス[用語3]のうち、ある特定の反応に関わる酵素(Apr=APS還元酵素、アデノシンホスホ硫酸レダクターゼ)に着目し、Aprによる硫黄同位体分別を堆積物のものと比較して、堆積物中の同位体分別量が小さい理由を推定した。

研究成果

酵素Aprによる同位体分別は、堆積物の同位体分別に酷似していた。さらに数値シミュレーションにより、硫酸塩の還元に必要な電子が環境中に充分供給されない場合、Aprによる還元反応の速度が低下することもわかった。硫酸塩から硫化物に至る代謝の過程で使用される酵素はAprの他にもあるが、堆積物のものと類似した同位体分別(物質によって同位体の比が変わること)を持つものはこれまで見つかっていなかった。また、Aprによる反応は硫酸塩の代謝速度全体を制御する重要な反応であるが、この反応による同位体分別はこれまで調べられていなかった。

以上の成果に基づき、研究グループは、Aprによる反応は硫酸塩還元の律速段階[用語4]であること、また、35億年前の堆積物中の硫黄同位体分別値とAprによる同位分別値が酷似していたことから、Aprによる還元反応に必要な電子を供給する電子ドナー[用語5]が環境中に充分存在し、太古代に硫酸塩還元細菌の還元反応が活発かつ安定的に行われていたと解釈した。

硫酸塩還元細菌は、エネルギー源となる硫酸塩の不足に苦しんでいたわけではなく、硫酸塩の代謝に必要な電子を豊富に確保して、広く繁栄していた可能性が高いことが推定できた。これは、微生物の細胞の中で行われる化学反応が、堆積物中に同位体比として記録されていることが数値的に確認できた初めてのケースである。

今後の展望

今回の研究では硫酸塩還元細菌という微生物の1グループの、1つの酵素について、同位体分別を測定した。しかし、同位体分別を起こす微生物種はこの1グループのみではない。太古代から現在に至るまでに登場した多くの微生物種について、生化学と堆積物記録を比較することで、微生物同士の生命活動の類似度や堆積物が堆積した当時の古環境を知ることができる。

グループの研究者の1人、東京工業大学のショウン・エリン・マックグリン准教授は、地球化学と生物学、さらにはシミュレーションを融合させたこの新しい研究分野を「進化的及び同位体的酵素学」と呼び、酵素反応の理解が地球史の解明に今後一層寄与することを期待している。

硫酸塩還元を行う単細胞微生物の顕微鏡写真(クレジット:Guy Perkins and Mark Ellisman, National Center for Microscopy and Imaging Research)
図1.
硫酸塩還元を行う単細胞微生物の顕微鏡写真(クレジット:Guy Perkins and Mark Ellisman, National Center for Microscopy and Imaging Research)
図2. 微生物による硫酸塩還元によって生じた硫化物を含む鉱物(黄鉄鉱(FeS2))(クレジット:ELSI 上野雄一郎)
図2.
微生物による硫酸塩還元によって生じた硫化物を含む鉱物(黄鉄鉱(FeS2))(クレジット:ELSI 上野雄一郎)

AprによるAPS中の硫黄原子の還元について説明するマックグリン准教授(クレジット:ELSI)

AprによるAPS中の硫黄原子の還元について説明するマックグリン准教授(クレジット:ELSI)

用語説明

[用語1] 還元 : 物質が水素、または電子を得る化学反応をいう。

[用語2] 呼吸 : 人類を含めた多くの生物は、糖を二酸化炭素に分解することで生命活動に必要なエネルギー(ATP)をつくり出している。この分解の過程では有機物から水素が分離され、その水素から電子が分離されて、酸素に渡される。電子の受容体としての酸素を体内に取り込み、糖の分解で生成された二酸化炭素を吐き出す過程が、酸素呼吸(好気呼吸)である。しかし、酸素が不十分、または全くない状態でも、一部の微生物などは、酸素以外の物質を電子受容体として呼吸を行うことができる。硫酸塩還元細菌は、硫酸塩の分解で生じる硫酸イオンを電子受容体として利用してエネルギーを生成し、硫化物(硫化水素など)を排出する。

[用語3] 硫酸塩還元プロセス : 硫酸塩とは、硫酸イオン(SO42-)を含む無機化合物である。硫酸イオンは安定性の高いイオンで、このままの状態では還元反応が起こりにくいため、代謝過程ではまずATPを使用して、硫酸イオンを反応性が高く高エネルギーを持つアデニリル硫酸(APS)に変化させる。APSはApr(APS還元酵素)により還元されて亜硫酸塩となり、亜硫酸塩は別の酵素で還元されて、硫化物イオン(S2-)となる。

[用語4] 律速段階 : いくつかの段階を経て進む化学反応で変化速度が最も遅い反応のこと。この反応速度で全体の反応速度が決まる。

[用語5] 電子ドナー : 硫酸塩の還元を充分に、かつ速やかに行うためには、豊富な電子が必要となる。海水中では水素などが電子ドナーとなり得るが、太古代の海水中には硫酸塩還元細菌の他にメタン生成菌や酢酸生成菌などの細菌が存在し、それらの細菌も代謝のための電子ドナーとして水素を必要としたと考えられている。堆積物の硫黄同位体分別がAprのものと類似していたことは、硫酸塩還元細菌が電子ドナーの獲得において他の細菌より優位に立っていたと解釈できる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Role of APS reductase in biogeochemical sulfur isotope fractionation
著者 :
Min Sub Sim, Hideaki Ogata, Wolfgang Lubitz, Jess F. Adkins, Alex L. Sessions, Victoria J. Orphan & Shawn E. McGlynn
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所 准教授

Shawn E. McGlynn(ショウン・エリン・マックグリン)

E-mail : mcglynn@elsi.jp

日本語でのお問い合わせ先

北海道大学 低温科学研究所 特任准教授

緒方英明

E-mail : hideaki.ogata@pop.lowtem.hokudai.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

吉田尚弘教授が米国地球物理学連合フェロー授賞式に出席

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物質理工学院 応用化学系の教授で地球生命研究所主任研究員の吉田尚弘博士は、12月12日に米国・ワシントンDCのウォルター・E・ワシントン国際会議場で開催された米国地球物理学連合(American Geophysical Union, AGU)授賞式に出席し、AGUフェローのメダルを授与されました。

AGUのエリック・デイヴィドソン会長(左)からメダルを授与される吉田教授

AGUのエリック・デイヴィドソン会長(左)からメダルを授与される吉田教授

AGUは米国の首都に本部を持つ地球・宇宙科学分野の国際的な組織で、世界の137の国と地域に約6万人の会員を有し、創立100年の歴史を持つこの分野で世界最大の学術連合です。AGUは1962年以来、全会員の中で0.1%以内の、地球・宇宙科学分野に偉大なる貢献をした会員を相互に選出し、AGUフェローとして顕彰してきています。2018年はAGU創立100周年にあたり、授賞式および招待講演は、2万8,500人を超える会員が参加した秋季大会outerの中日に行われました。過去100年を振り返り、今後の100年を見通す記念すべき大会の様子はデイヴィドソン会長の記事に記されています。

吉田教授のコメント

本受賞は賞状に記載されているように、生物地球化学者および大気化学者として、同位体置換分子種の計測法を開発し、生元素の起源と循環の研究に貢献してきたことが認められたものです。

本研究のアイデアは本学学生当時から持ち続けたもので、恩師、研究室の皆さん、国内外の共同研究者、学生の皆さんと政府系研究支援機関に心よりお礼申し上げます。また、教員として戻り20年以上、自由闊達に研究させていただいた本学の皆様に厚くお礼申し上げます。受賞は、AGUとしても記念すべき創立100周年にあたり、通常の年は受賞年が示されるのと異なって、100周年記念のメダルとなっています。

吉田教授に贈呈されたメダルとラペルピン、および賞状

吉田教授に贈呈されたメダルとラペルピン、および賞状

吉田教授に贈呈されたメダルとラペルピン、および賞状

お問い合わせ先

物質理工学院 応用化学系 教授

吉田尚弘

E-mail : yoshida.n.aa@m.titech.ac.jp

平成30年度「大隅良典基礎研究支援」授与式を開催 大隅良典記念基金による初めての基礎研究支援

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平成30年度「大隅良典基礎研究支援」授与式が1月25日、すずかけ台キャンパス大学会館にて行われました。

1月25日の欠席者に対し、2月1日に学長室にて授賞式を行いました。

支援採択者との記念撮影(1月25日)

支援採択者との記念撮影(1月25日)
(前列左から太田健二准教授、渡辺治理事・副学長(研究担当)、大隅栄誉教授、益一哉学長、水瀬賢太准教授。後列左から吉田啓亮助教、相川清隆准教授、家永紘一郎助教)

支援採択者との記念撮影(2月1日)

支援採択者との記念撮影(2月1日)
(左から益学長、平原徹准教授、渡辺理事・副学長(研究担当))

「大隅良典基礎研究支援」は、累計3億円近くのご支援をいただいている「大隅良典記念基金」を原資にしています。本支援は長期的な視点が必要な基礎研究分野における若手研究者支援を目的として研究費の支援を行うもので、2018年9月に立ち上げられました。

大隅良典基礎研究支援の概要

対象

以下の1、2の条件を両方満たす研究提案であること。

1.
本学に雇用されている教員、特任教員、研究員で、平成30年4月1日現在に40 歳未満で、以下の要件を満たす者が原則として単独で行う研究であること(予算措置を伴わない研究協力者との共同研究は可とする。その他条件あり)。
2.
研究の性格が基礎研究であること。
研究支援期間
原則支援開始日より1年間。
ただし、研究計画によっては2年間の計画申請まで可能。
支援申請額
1件あたり250万円まで。
ただし、支援金額は審査により決定し、また提案内容に応じて別途考慮することがある。

平成30年度は38名の応募があり、6名が支援採択者として選考されました。

平成30年度「大隅良典基礎研究支援」授与者一覧

所属
職名
氏名
研究課題
キーワード
理学院
物理学系
准教授
相川 清隆
真空中の単一ナノ粒子を用いた量子状態の生成
巨視的なレベルでも量子状態が存在するのかの探求
理学院
物理学系
助教
家永紘一郎
2次元超伝導薄膜の極低温下熱応答測定による渦糸ボース凝縮の検出
渦糸ボース凝縮発見への挑戦
理学院
物理学系
准教授
平原徹
単層FeSeの超伝導特性の基板表面依存性:高温超伝導の起源解明に向けて
高温超伝導の起源解明への挑戦
理学院
化学系
助教
水瀬賢太
分子動画撮影に基づくシュレーディンガー方程式に対する実験的解法の開発
波動関数を見る
理学院
地球惑星科学系
准教授
太田健二
X線CT技術を用いた地球中心圧力までの鉄の融点決定
地球の中心温度の解明への挑戦
科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
助教
吉田啓亮
光合成を抑制するタンパク質酸化メカニズムの解明
光合成機能を夜に抑制するしくみ

授与式は記者を交えて開催され、支援採択者に対して益学長から支援採択通知書が手交されました。また、益学長より本学の基礎研究支援の取り組みについて説明した後、大隅栄誉教授より、社会が基礎科学を支える重要性についてお話がありました。

大隅栄誉教授メッセージ

若手研究者への期待を述べる大隅栄誉教授
若手研究者への期待を述べる大隅栄誉教授

まずは、採択された6人の方おめでとうございます。いくつかお話をさせていただきます。1つはこの基金(大隅良典記念基金)の経緯なんですが、私はノーベル賞の賞金をもとに、大学がとってもヘテロな(異なる)人たちの集団であってほしいと思い、高校生の東工大入学者の支援をしようということからスタートしました。前学長である三島先生、益先生のご意向で若手の基礎研究の支援をこの基金でやろうということになったのが、今日の(大隅良典基礎研究支援の)最初の取り組みでありました。先ほども益学長からお話があったように、この基金にはたくさんの寄附をいただいている、とりわけ東工大の卒業生がこの基金に寄附いただいて、当初の額から3倍ほどになったというのが現在です。私はこれまでずっと、基礎科学は国が支えるもんだと思ってまいりましたが、海外でも人間の歴史を考えてみても社会全体が支えてきたものだという気がしていて、こういう基金のような形で研究が支えられるというのはこれからの1つの方向性なんだろうと思っています。

2つ目は、若い人たちが元気でないとこの国は亡びるよと言い続けていて、若い人たちが伸びやかに自分の好きなことをやり続けて欲しいと思っています。これで全てを支援できるわけではありませんが、第一歩としてこういう助成が設立されたのは、東工大の中でもとっても素晴らしい試みだろうと思っています。先ほどの懇談会で、(採択者に)自分のやりたいことを明確に表明していただいて、とっても嬉しく思いました。私は先月、中国の深圳(シンセン)に行く機会がありました。深圳はご存知のように、「世界のミラクル」と中国では特に言われている地域で、40年前には(常住)人口が30万人だったのが、今では1,250万人になったんですね。その平均年齢がなんと33歳なんです。ものすごい勢いで若い人たちが結集して研究に励んでいる、まぁ隣の国がそういう状況だということを私たちも十分に考えておかないといけません。若い人たちが十分に研究できる環境を作らないといけないし、若い人には何が何でも頑張ってほしいなぁと思います。

授与式に先立ち、支援採択者と益学長、渡辺理事・副学長(研究担当)等の審査委員、大隅栄誉教授を交えた懇談会が開催され、活発な意見交換がなされました。

懇談会の様子

懇談会の様子

東京工業大学は、今後も日本の礎となる基礎研究に対する支援を続けていきます。

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お問い合わせ先

研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7688

温室効果ガスを有用な化学原料に転換 低温活性で長寿命な組みひも状の触媒を創成

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要点

  • メタンと二酸化炭素から化学原料を製造するには高温過程が必要で燃料消費が問題だった
  • 低温活性で長寿命な触媒を創成し、プロセスの低温化を実現した
  • 天然ガスの有効利用と地球温暖化抑止への突破口として期待される

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、物質・材料研究機構の阿部英樹主席研究員、高知工科大学の藤田武志教授、東京工業大学の宮内雅浩教授らの研究グループは、物質・材料研究機構の橋本綾子主任研究員と共同で、金属・セラミックス複合材料のナノ相分離構造[用語1])のトポロジー[用語2])を操ることにより、メタン(CH4)と二酸化炭素(CO2)から有用な合成ガス[用語3])(一酸化炭素と水素の混合ガス)を製造するメタンドライリフォーミング(DRM)[用語4])に対して優れた低温触媒活性と長寿命特性を発揮する触媒材料の創成に成功しました。

メタンは、天然ガスの主成分であると同時に主要な温室効果ガスでもあります。DRMは、メタンと二酸化炭素を化学原料に転換することができるため、天然ガスの有効利用と地球温暖化抑止の観点から注目されています。しかし、低温(600度未満)で特に顕著なコーキング[用語5])(副生成物としてすすが出ること)による触媒反応装置の栓塞を避けるため、現状のDRMは800度超の高温過程を必要とします。そのため、主に燃料消費や装置寿命の問題から、工業規模での実用化には至っていません。

研究グループは、金属相のニッケル(Ni)と酸化物相のイットリア(酸化イットリウム、Y2O3)がナノ繊維状で組みひものように互いに絡み合う特殊なトポロジーを備えた「根留触媒(Rooted Catalysts)[用語6])」を創成し、Ni#Y2O3(ニッケル・ハッシュタグ・イットリア)と名付けました。Ni#Y2O3触媒活性中心[用語7])であるNiは、Y2O3内部に広く根を張り巡らしているため、粒子マイグレーション[用語8])に伴う失活を受けにくいという特性があります。この根留触媒により、従来の触媒材料では困難とされていた低温領域(500度未満)において、コーキングを効果的に抑止し、長時間(1,000時間以上)安定的にDRMを駆動することに成功しました。

本成果は、天然ガスの有効利用と温室効果ガス低減への突破口となりえます。シェールガスなどの非在来型化石燃料の市場拡大や新興国の経済成長に伴って、今後も温室効果ガスの排出が続き、地球規模の気候変動は苛烈化が進むと予測されています。これに対し、開発した触媒は大きな抑止力を発揮すると期待されます。

本研究成果は、2019年2月22日(英国時間)に国際科学誌「Chemical Science」のオンライン版で正式に公開され、後日出版される号の表紙を飾る予定です。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「多様な天然炭素資源の活用に資する革新的触媒と創出技術」(研究総括:上田渉 神奈川大学 教授)
研究課題名:
「高効率メタン転換へのナノ相分離触媒の創成」
代表研究者:
阿部英樹(物質・材料研究機構 主席研究員)
研究開発期間:
2015年10月~2021年3月

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:
「革新的触媒の科学と創製」(研究総括:北川宏 京都大学 教授)
研究課題名:
「触媒設計に向けたIn-situ TEM観察による活性点の微視的解明」
研究者:
橋本綾子(物質・材料研究機構 主任研究員)
研究開発期間:
2017年10月~2021年3月

研究の背景と経緯

一酸化炭素と水素の混合ガスは、これを出発点として合成ガソリンやアルコールなどさまざまな化学製品が合成される化学原料として知られています。従来、木炭や石炭を高温で水蒸気改質することによって生成されてきました。これを、メタンと二酸化炭素の混合ガスから合成するメタンドライリフォーミング(DRM)が、天然ガスの高効率利用と地球温暖化抑止の観点から、近年注目されています。

DRMはこれまで、コーキングを避けるために高温条件下(800度超)で行われてきましたが、燃料消費量が多いため実用化には至っていません。そこで、プロセスの低温化(600度未満)が求められていました(図1)。

メタンドライリフォーミングの現在(左)と本研究により実現される未来(右)

図1. メタンドライリフォーミングの現在(左)と本研究により実現される未来(右)


触媒反応の低温化により、燃料消費と温室効果ガス低減を実現する。

DRMの主反応(CH4+CO2=2CO+2H2)は、特に低温領域(600度未満)において炭素析出反応(2CO=固体炭素+CO2およびCH4=固体炭素+2H2)と強く競合します。析出した固体炭素は触媒の失活と原料ガス気流の閉塞をもたらし、結果として生産効率が下がり、反応装置が劣化します。炭素析出を抑えることは、低温活性・長寿命DRM触媒の開発における最重要課題の1つでした。

これまでの研究では、セラミックス粒子または多孔体の表面に金属微粒子を分散、担持させた複合材料(担持触媒)に対して、化学組成、粒子または細孔のサイズ、あるいは晶癖(結晶の形状)を調整し、金属-セラミックス界面における析出炭素分解・除去機能を強化することが図られてきました。しかし、表面に担持した金属微粒子が凝集して、金属-セラミックス界面の面積が減ってしまい、長時間安定的に炭素析出を抑えることは実現していませんでした。

研究の内容

本研究では、担持触媒を開発する従来の考え方とは異なり、DRM触媒材料におけるナノ相分離構造のトポロジー(位相幾何学的絡み合い)を制御することによって、望みの触媒機能(低温活性と炭素析出抑制)を実現しました。

研究グループは、合金を前駆体として、混合ガス中加熱処理によって金属と酸化物がナノスケールで相分離することを促進し、金属相と酸化物相とが繊維状で組みひものように絡み合う特殊なナノ相分離構造をした「根留触媒(Rooted Catalysts)」を独自に創成しました(図2)。

根留触媒Ni#Y2O3の合成プロセス

図2. 根留触媒Ni#Y2O3の合成プロセス


金属ニッケルと金属イットリウムを高温で溶かし合わせ、ニッケル・イットリウム合金をつくる。ニッケル・イットリウム合金を昇温(~700度)下で一酸化炭素・酸素混合気流にさらすことにより、金属・酸化物ナノ相分離が促進され、根留触媒Ni#Y2O3が得られる。酸素によってイットリウムがイットリア(酸化イットリウム)に変わる一方、一酸化炭素がニッケルを金属状態に保つ。

具体的には、ニッケル・イットリウム合金を前駆体として、一酸化炭素・酸素混合ガス中で加熱処理することにより、極細繊維状のニッケル(Ni)相と極細繊維状のイットリア(Y2O3)相の組みひもからなる根状の組織がY2O3粒子内部深くに張り巡らされ、しかも表面のそこかしこから露頭しているという、独特のトポロジーを持った根留触媒「Ni#Y2O3(ニッケル・ハッシュタグ・イットリア)」を作製しました(図3)。

根留触媒Ni#Y2O3のミクロ構造とナノ相分離構造

図3. 根留触媒Ni#Y2O3のミクロ構造とナノ相分離構造


a)Ni#Y2O3粒子の外見。走査電子顕微鏡像。
b)Ni#Y2O3粒子の断面図。走査電子顕微鏡像。
c)Ni#Y2O3粒子の断面図。走査電子顕微鏡による拡大像。
d)Ni#Y2O3粒子のナノ相分離構造。走査型透過電子顕微鏡による元素分布像。

従来の触媒材料では困難だった低温領域(500度未満)において、この根留触媒は長時間(1,000時間以上)安定的にDRMを駆動したことから、低温活性で長寿命な触媒としての効果を確認しました。

根留触媒は、金属相と酸化物相とがナノ繊維状で組みひものように互いに絡み合う特殊なトポロジーによって、触媒反応における粒子マイグレーションや熱凝集が抑止され、高活性な金属-セラミックス界面が保持されると考えられます。その結果、炭素析出を抑える機能と低温でのDRM触媒活性を、長時間にわたり安定的に発揮します(図4、5)。

根留触媒Ni#Y2O3によるメタンドライリフォーミング

図4. 根留触媒Ni#Y2O3によるメタンドライリフォーミング


a)従来型触媒(アルミナ担持ニッケル:Ni/Al2O3とイットリア担持ニッケル:Ni/Y2O3)および根留触媒Ni#Y2O3によるDRM反応の時間経過。活性を示す指標として縦軸に一酸化炭素生成率を、横軸に反応経過時間を示す。反応温度450度、ガス組成:メタン/二酸化炭素/アルゴンガス=1/1/98。ガス流量:100立方センチメートル/分。触媒量:100ミリグラム。
b)反応後の触媒材料。反応開始20時間後のNi/Y2O3は大量のコーキングによって体積が100倍近く増えているのに対し、反応開始後1,300時間のNi#Y2O3は体積増がほとんど認められない。
c)反応開始6時間時点でのNi/Y2O3とNi#Y2O3それぞれの走査型電子顕微鏡像。Ni/Y2O3には大量の繊維状カーボン(カーボンナノチューブ:CNT)が生成しているのに対し、Ni#Y2O3には有意のCNT生成は認められない。

根留触媒がコーキングを抑える仕組み

図5. 根留触媒がコーキングを抑える仕組み


a)従来型触媒(アルミナ担持ニッケル:Ni/Al2O3)表面におけるCNT生成の反応その場透過電子顕微鏡観測像。
b)5秒おきのスナップショット。担持ニッケル粒子が材料表面をはい回り(マイグレーション)、マイグレーションの軌跡として、CNTが伸長していく。
c)最終的には、ニッケル粒子を頭部に含む、ミミズのような形態のCNTが多数成長する。
d)根留触媒Ni#Y2O3は、担持触媒とは異なり、触媒活性中心(ニッケル)が酸化物相(Y2O3)と絡み合ってトポロジー的に固定化されているため、マイグレーションが起きず、その結果、CNTの伸長が阻害される。

今後の展開

本成果は、天然ガスの利用効率向上と温室効果ガス低減への突破口となりえます。シェールガス[用語9])などの非在来型化石燃料の市場拡大や新興国の経済成長に伴って、地球規模の気候変動は今後も進むと予想されています。開発した触媒は、これに対して大きな抑止力を発揮すると期待されます。

また、複雑なトポロジーを持つ根留触媒材料のナノ相分離構造を解明できれば、材料のナノ構造をトポロジー制御することによる新しい触媒機能の創発が期待されます。本研究で実現した、合金を前駆体とした混合ガス中加熱処理による金属・酸化物ナノ相分離構造の自発形成は、独創無比の材料創成プロセスともいえます。研究グループは今後、この新しい概念をさらに開拓することを目指します。

用語説明

[用語1] ナノ相分離構造 : いくつかの成分からなる物質が熱的に不安定な状態に置かれたときに発生する相分離構造のうち、特にそのサイズがマイクロメートル以下の構造を指す。

[用語2] トポロジー : 「位相幾何学」と訳される。辺の長さや角度など定量的な概念を幾何学的対象から排除してもなお残される、「かたちの本質(結ばれたひもと結ばれていないひもの比較など)」を議論する数学体系。メビウスの輪、クラインのつぼなどの概念が有名。

[用語3] 合成ガス : 一酸化炭素と水素からなる混合ガス。これを出発点として、合成ガソリンやアルコールなどさまざまな化学製品が合成される。従来、木炭や石炭を高温で水蒸気改質することによって生成されている。

[用語4] メタンドライリフォーミング(DRM) : メタン転換反応の1つ。理想的な反応式は(CH4+CO2=2H2+2CO)。実際の反応条件下では、逆合成ガスシフト反応(CO2+H2=H2O+CO)など複数の反応が競合する。天然ガスの主成分であると同時に主要な温室効果ガスでもあるメタンと二酸化炭素を化学原料に転換することができるため、天然ガス有効利用と地球温暖化抑止の観点から注目されている。

[用語5] コーキング : メタンやエタンなどを含むほとんどの炭化水素系反応に例外なく付随する、副生成物として固体炭素を析出する現象。特に低温領域(600度未満)において顕著となる。甚だしい場合には反応装置の栓塞・破壊をもたらす。

[用語6] 根留触媒(Rooted Catalysts) : ナノ繊維状のニッケル(Ni)金属相とイットリア(Y2O3)酸化物相が組みひものように互いに絡み合う特殊なナノ構造を備えた触媒材料。従来の、金属粒子が酸化物表面に貼り付けられた構造を持つ材料とはトポロジー的に異なる。担持触媒は通常、金属/酸化物のように、スラッシュ(/:何かが何かの上に載っているさまを表象)を用いることで短縮記号化される。根留触媒は、金属#酸化物のように、ハッシュタグ(#:何かと何かがひものように絡み合っているさまを表象)によって記号化した。

[用語7] 触媒活性中心 : 所与の触媒反応に対し、中核的な作用を示す材料部位を指して「活性中心」と呼ぶ。担持触媒における金属微粒子表面・界面がこの名で呼ばれることが多い。対する担持体表面は、通常、活性中心とは呼称されない。

[用語8] マイグレーション : 与えられた表面上を、表面に対して大きさの小さい粒子状の実体が、加熱や電場印加によって広範囲にわたって小虫のようにはい回る現象を指す。実際の担持触媒では、担持されている金属微粒子がもともとの位置から粒子数十個分以上遠方までマイグレーションする場合があることが知られている。

[用語9] シェールガス : 粘板岩層(シェール)の隙間に貯留された、メタンやエタンを主成分とする化石燃料の1つ。存在自体は古くから知られていたが、この10年、技術の進歩により、特に北米を中心として、商業ベースでの採掘が可能になった。石油や天然ガス、石炭など在来型化石燃料と対比して、非在来型化石燃料の代表とされる。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Topologically Immobilized Catalysis Centre for Long-term Stable Carbon Dioxide Reforming of Methane
(トポロジー的に固定された触媒活性中心による長時間安定ドライリフォーミング)
著者 :
Shusaku Shoji, Xiaobo PENG, Tsubasa Imai, Paskalis Sahaya Murphin Murphin Kumar, Kimitaka Higuchi, Yuta Yamamoto, Tomoharu Tokunaga, Shigeo Arai, Shigenori Ueda, Ayako Hashimoto, Noritatsu Tsubaki, Masahiro Miyauchi, Takeshi Fujita and Hideki Abe
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

研究に関すること

物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点
水素製造材料グループ 主席研究員

阿部英樹

〒305-0044 茨城県つくば市並木1-1

E-mail : ABE.Hideki@nims.go.jp
Tel : 029-860-4803

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

中村幹

〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's五番町

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 / Fax : 03-3222-2064

取材申し込み先

科学技術振興機構 広報課

〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

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