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タンパク質分子の彫刻を創る タンパク質結晶から分子チューブを作り出すことに成功

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要点

  • タンパク質結晶の中だけで作られる特異な分子集合構造を取り出すことに成功
  • タンパク質結晶内で選択的な化学反応を実現することによりナノ構造体合成を達成
  • 結晶から合成される様々なナノ構造体を用いたセンサーや触媒開発への応用に期待

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の上野隆史教授らは、タンパク質結晶[用語1]に化学修飾を施すことによって結晶中のタンパク質の特異な集合構造を溶液中に溶かし出す手法を開発した。生体材料として有望なタンパク質集合体の煩雑な合成操作と安定保存の困難さを一挙に解決する技術として期待される。タンパク質集合体材料は多段階の酵素反応や薬物輸送の基盤分子として注目されているが、望みの構造を作り出すことが困難とされ、特定のタンパク質の利用に限定されていた。

具体的には、Rubisco(ルビスコ)[用語2]と呼ばれるリング状の酵素が結晶中で一列に並びチューブ構造を形成することに着目した。互いに隣り合うリング表面に存在する特定のアミノ酸同士を選択的に結合させることにより、結晶中のチューブ構造を保持したまま水溶液へ溶かし出すことに成功した。

溶かし出されたチューブ構造体でRubiscoの反応活性は保持されている。さらに、チューブ内部にRubiscoでは確認されない蛍光分子の集積を確認した。この手法は、10万件以上のタンパク質の構造が蓄積されているデータベース[用語3]を用いると、様々なタンパク質結晶にも適応可能であり、結晶内に構築されるカゴ、シート構造のほか、あらゆるタイプの構造体作成によるドラックデリバリーやワクチン開発への可能性も拓ける。

研究成果は文部科学省新学術領域「発動分子科学」と科学研究費助成事業の支援によるもので、総合化学分野において最も権威のある学術誌の一つである「Chemical Science(ケミカルサイエンス、化学誌)」オンライン版で10月30日に公開された。

研究成果

上野教授らはRubiscoが結晶化の際にチューブ構造を形成することに着目。互いに隣り合うリング表面に存在するアミノ酸同士をシステイン[用語4]に置換し、選択的にジスルフィド結合[用語5]を形成させることによって、結晶中のチューブ構造を保持したまま水溶液へ溶かし出すことに成功した(図1)。

溶かし出されたチューブ構造体ではRubiscoの反応活性は保持されていた。さらに、チューブ内部には蛍光分子が集積することも確認した。

タンパク質結晶からのチューブ構造の切り出しの反応概念図

図1. タンパク質結晶からのチューブ構造の切り出しの反応概念図

研究の背景

自然界では複数のタンパク質が集合した構造体が形成され、様々な生体機能を担っている。その理由は、生命活動を維持するためには、一分子のタンパク質では達成が困難な、大量の分子の貯蔵や複数の反応が組み合わさった物質代謝や輸送が必要不可欠なためである。たとえば、生命ではウイルスに代表されるように、カゴ状構造や、チューブ状構造などがつくり出されている。

現在はバイオテクノロジーによって、すでに存在する構造体を機能化する研究も盛んに行われている。しかし、それらの構造を人工的に作り出すには難しい課題が残っている。その理由はタンパク質を溶液中で秩序立てて並べる方法が確立されていなかったことに原因がある。

研究の経緯

具体的には、Rubiscoと呼ばれるリング状の構造をもつ酵素が結晶化の際にその構造が一列に並んだチューブ構造を形成することに着目した(図2)。

Rubiscoの12量体リング構造(a)とその結晶(b)、結晶内の分子の配列構造(c)

図2. Rubiscoの12量体リング構造(a)とその結晶(b)、結晶内の分子の配列構造(c)

上野教授らはRubiscoのリング構造が結晶中で互いに隣り合う部位に着目した。隣接するリング表面に存在する419番目のイソロイシン(Ile419)は結晶中では互いに6 Å(オングストローム、1 Åは10−10 m)しか離れてないことから、ジスルフィド結合を形成させチューブ構造を合成する目的で、システイン残基に置換した(図3a)。

しかしながら、ジスルフィド結合を形成させる目的で酸化剤である過酸化水素を添加したものの、チューブ構造は合成されなかった。この理由は、システイン側鎖の-CH-SHが結晶内でジスルフィド結合を形成しにくい位置に存在していると考え、架橋剤の存在下同様の反応を行った(図3b)。その結果、溶かし出されたタンパク質は、予想通りのチューブ構造を形成していることを透過型電子顕微鏡観察で確認した(図3c)。

溶かし出されたチューブ構造体ではRubiscoの反応活性は保持されていた。チューブ内部には蛍光分子が集積することも確認された。さらに、このチューブ構造ではRubiscoの活性が保持されていることと、Rubiscoだけでは集積されない蛍光分子の集積が確認された。従って、タンパク質を機能材料として用いる際の新しい合成手法として期待される。

Rubisco結晶内の隣接残基の位置(a)、架橋剤存在下のジスルフィド形成反応(b)、結晶から溶かし出されたチューブ構造(c)

図3. Rubisco結晶内の隣接残基の位置(a)、架橋剤存在下のジスルフィド形成反応(b)、結晶から溶かし出されたチューブ構造(c)

今後の展開

今回報告したナノチューブ作成は、タンパク質結晶内で隣接するシステイン残基の分子間ジスルフィド結合を適切なサイズの架橋剤と過酸化水素の共存によって制御することによって達成した。現在では10万件以上のタンパク質結晶の構造がデータベース化されていることから、他のタンパク質結晶にも応用可能であり、結晶内に構築されるカゴ、シート構造の他、あらゆるタイプの構造体作成の有望な方法となる。

用語説明

[用語1] タンパク質結晶 : タンパク質が規則正しく並んで集合し結晶となったもの。高純度で精製することによって得られ、タンパク質の構造を決定するために利用される。

[用語2] Rubisco : Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase type IIIの略称。一部の微生物が外部から取り込んだ二酸化炭素を有機化合物として生体内で留めておく反応で利用される酵素。

[用語3] タンパク質の構造が蓄積されているデータベース : プロテインデータバンク(PDB; Protein Data Bank)と呼ばれ、タンパク質と核酸の3次元構造の構造座標を10万件以上蓄積している国際的な公共のデータベースとして運営されている。

[用語4] システイン : アミノ酸の一種。側鎖に-CH2-SHの構造をもち、架橋結合の形成が容易なチオール基がある。

[用語5] ジスルフィド結合 : 2つの硫黄で形成される結合構造(R-S-S-R)の名称。R-SHの酸化反応によって容易に形成されることから、様々なタンパク質の化学修飾に使われる。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Construction of Supramolecular Nanotubes from Protein Crystals
著者 :
T. K. Nguyen, H. Negishi, S. Abe, and T. Ueno
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院
教授 上野隆史

E-mail : tueno@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5844

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


顔のマッサージにより皮膚血流量が増加 長期のマッサージで血管拡張能が変容することを発見

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要点

  • 5分間の頬マッサージで、頬の皮膚血流量が10分間以上にわたって増加
  • 5週間、毎日5分以上の頬マッサージで、血流増加反応が変容
  • マッサージを用いた皮膚血流や血管機能の改善手段の開発につながる成果

概要

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院の林直亨(はやし・なおゆき)教授らの研究グループは、マッサージローラーで右頬を5分間マッサージすると10分間以上にわたって、右頬の皮膚血流量が約20%増加することを発見した。また、5週間にわたって毎日5分以上マッサージすると、その部位のマッサージ刺激に伴う血流増加反応が低下した。一方、温熱刺激に対する血管拡張反応が増加する傾向を示した。マッサージ刺激が血流を増加させ、マッサージを繰り返すことによって、顔の血流応答が変化することが示された。

この成果は、マッサージが皮膚血流の改善に効果的であることを示唆するものであり、マッサージを用いた皮膚血流や血管機能の改善の手段の開発に役立つものとして期待される。

本研究は10月26日(日本時間)に欧州の補完医療専門誌「Complementary Therapies in Medicine誌」に掲載された。

研究成果

短期研究:被験者12名(平均年齢22歳)に安静測定後、市販の美容マッサージローラーで右頬のみに5分間マッサージを行わせ、その後10分間の安静を保たせた。マッサージは各自好みの強さ、速さで行った。何も行わずに安静を5分間保つ対照試行を30分以上の間隔をあけて行った。マッサージ前とマッサージ後10分間にわたって、レーザースペックル法[用語1]を用いて顔の血流を計測した。

その結果、マッサージ後10分間にわたり、安静値よりも平均20%の血流増加が認められた。マッサージをしない左頬および対照試行では血流の変化は観察されなかった。

長期研究:被験者14名(平均年齢36歳)に5週間にわたって毎日5分以上右頬にマッサージを、各自好みの強さ速さで行わせた。期間前後に血流反応を評価するため、3分間のマッサージ刺激と、1分間の40 ℃の温熱刺激に対する血流の変化量を計測した。被験者は5週間の累計で39回、平均236 分のマッサージを行った。右頬では、マッサージ刺激に伴う血流増加反応がマッサージ期間前の16%から期間後の6%へ有意に低下した。一方、温熱刺激に対する血管拡張反応は7%から20%へ増加する傾向を示した。温熱刺激に対する血流増加反応には、対照群では効果がなく、マッサージ群のみで効果があったものの、統計的には十分な効果(交互作用)がなかったことから、可能性を示唆するにとどまった。

頬へ5分程度のマッサージ刺激が血流を増加させることが明らかになった。さらに、このマッサージを繰り返すことによって、マッサージ刺激に対しては血管反応に慣れが、温熱の刺激に対しては血管反応性の増加が起こる可能性が示唆された。

5分間のマッサージ1分後の顔面血流の測定例。刺激前(左列)に比較して、対照試行では血流が変化していない一方、マッサージ試行(右下)では白枠で囲んだ右頬部分の血流が増加していることが分かる(血流が高くなるにつれ、青から緑、赤で表示されている)
図1.
5分間のマッサージ1分後の顔面血流の測定例。刺激前(左列)に比較して、対照試行では血流が変化していない一方、マッサージ試行(右下)では白枠で囲んだ右頬部分の血流が増加していることが分かる(血流が高くなるにつれ、青から緑、赤で表示されている)
5週間のマッサージ(右頬)あるいは対照(左頬)の前後における、3分間のマッサージ刺激(右)および1分間の温熱刺激(40 ℃)に対する血流の増加率を示した。マッサージを行った右頬では、マッサージ刺激に対する血流増加が有意に低下し、温熱刺激に対する血流増加反応が増加する傾向があった。何もしていない左頬では増加率に変化はみられなかった。
図2.
5週間のマッサージ(右頬)あるいは対照(左頬)の前後における、3分間のマッサージ刺激(右)および1分間の温熱刺激(40 ℃)に対する血流の増加率を示した。マッサージを行った右頬では、マッサージ刺激に対する血流増加が有意に低下し、温熱刺激に対する血流増加反応が増加する傾向があった。何もしていない左頬では増加率に変化はみられなかった。
*:介入前に比べて有意差 #:対照側に比べて有意差

背景

美容マッサージローラーは多くの者が利用している。ところが、その効果について定量的な論拠はなかった。先行研究(Franklinら Arch. Phys. Med. Rehabil. 95 (2014) 1127–1134, 2014)では、運動後の手によるマッサージの効果が血管反応に影響すると報告されているが、安静時の比較的刺激の弱いマッサージの効果は予想できなかった。

機械的な刺激が血管壁に力を加えることで、血管内皮からは一酸化窒素が発生する(Paniaguaら Circulation. 103, 1752–1758, 2001)。一酸化窒素は血管を拡張させる。したがって、マッサージのような機械的な刺激によっても血管が拡張し、その結果、血流が増加することが予想された。

今後の展開

血流の増加は酸素や栄養素の補給、二酸化炭素や代謝産物の除去に効果的であることから、マッサージには何らかの好ましい効果があることが推察される。また、長期のマッサージによって血管機能が変化したことから、血流や血管反応の改善手段の開発に役立つものとして期待される。

用語説明

[用語1] レーザースペックル法 : 光の干渉により得られえる斑点模様の変化する速さが、測定対象の表面にある物体の移動速度と関連することを用いた非接触の血流測定法。

論文情報

掲載誌 :
Complementary Therapies in Medicine 41: 271-276, 2018.
論文タイトル :
Short- and long-term effects of using a facial massage roller on facial skin blood flow and vascular reactivity
著者 :
A Miyaji, K Sugimori, N Hayashi
DOI :
<$mt:Include module="#G-15_リベラルアーツ研究教育院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院

教授 林直亨

Email : naohayashi@ila.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3434 / Fax : 03-5734-3434

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

スーパーコンピュータ「京」がGraph500において8期連続で世界第1位を獲得 ビッグデータの処理で重要となるグラフ解析で最高レベルの評価

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理化学研究所(理研)、九州大学、東京工業大学、バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、株式会社フィックスターズによる国際共同研究グループは、ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキングであるGraph500において、スーパーコンピュータ「京(けい)」[用語1]による解析結果で、2018年6月に続き8期連続(通算9期)で第1位を獲得しました。

このたび、米国のダラスで開催中のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)に関する国際会議「SC18」で11月13日(日本時間11月14日)に発表されました。

大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は運用開始から6年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。本成果の広範な普及のため、国際共同研究グループはプログラムのオープンソース化を行い、GitHubレポジトリより公開中です。今後は大規模高性能グラフ処理のグローバルスタンダードを確立していく予定です。

※ 研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出(研究総括:佐藤三久)」における研究課題「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤(研究代表者:藤澤克樹、拠点代表者:鈴村豊太郎)」および「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化(研究総括:喜連川優)」における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術(研究代表者:松岡聡)」の一環として行われました。

スーパーコンピュータ「京」

スーパーコンピュータ「京」

Graph500上位10位

このたび公開されたGraph500の上位10位は以下の通りです。

Graph500とは

近年活発に行われるようになってきた実社会における複雑な現象の分析では、多くの場合、分析対象は大規模なグラフ(節と枝によるデータ間の関連性を示したもの)として表現され、それに対するコンピュータによる高速な解析(グラフ解析)が必要とされています。例えば、インターネット上のソーシャルサービスなどでは、「誰が誰とつながっているか」といった関連性のある大量のデータを解析するときにグラフ解析が使われます。また、サイバーセキュリティや金融取引の安全性担保のような社会的課題に加えて、脳神経科学における神経機能の解析やタンパク質の相互作用分析などの科学分野においてもグラフ解析は用いられ、応用範囲が大きく広がっています。こうしたグラフ解析の性能を競うのが、2010年から開始されたスパコンランキング「Graph500」です。

規則的な行列演算である連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK[用語2])でスーパーコンピュータを評価するTOP500[用語3] においては、「京」は2011年(6月、11月)に第1位、その後、2018年11月13日に公表された最新のランキングでは第18位です。一方、Graph500ではグラフの探索という複雑な計算を行う速度(1秒間にグラフのたどった枝の数(TEPS[用語4]))で評価されており、計算速度だけでなく、アルゴリズムやプログラムを含めた総合的な能力が求められます。

Graph500の測定に使われたのは、「京」が持つ88,128台のノード[用語5]の内の82,944台で、約1兆個の頂点を持ち16兆個の枝から成るプロブレムスケール[用語6]の大規模グラフに対する幅優先探索問題を0.45秒で解くことに成功しました。ベンチマークのスコアは38,621GTEPS(ギガテップス)です。Graph500第1位獲得は、「京」が科学技術計算でよく使われる規則的な行列演算だけでなく、不規則な計算が大半を占めるグラフ解析においても高い能力を有していることを実証したものであり、幅広い分野のアプリケーションに対応できる「京」の汎用性の高さを示すものです。また、それと同時に、高いハードウェアの性能を最大限に活用できる研究チームの高度なソフトウェア技術を示すものと言えます。「京」は、国際共同研究グループによる「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤」および「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」の2つの研究プロジェクトによってアルゴリズムおよびプログラムの開発が行われ、2014年6月に17,977GTEPSの性能を達成し第1位、さらに「京」のシステム全体を効率良く利用可能にするアルゴリズムの改良を行い、2倍近く性能を向上させ、2015年7月に38,621GTEPSを達成し第1位でした。そして今回のランキングでもこの記録により、世界第1位を8期連続(通算9期)で獲得しました。

これまでの幅優先探索問題(BFS)[用語7]に加えて前回から最短路問題(SSSP)[用語8]に対する結果も公開されており、今後はさらに別の問題への適用も予定されています。

今後の展望

大規模グラフ解析においては、アルゴリズムおよびプログラムの開発・実装によって性能が飛躍的に向上する可能性を示しており、今後もさらなる性能向上を目指していきます。また、上記で述べた実社会の課題解決および科学分野の基盤技術へ貢献すべく、スーパーコンピュータ上でさまざまな大規模グラフ解析アルゴリズムおよびプログラムの研究開発を進めます。

用語説明

[用語1] スーパーコンピュータ「京(けい)」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められている。

[用語2] LINPACK : 米国のテネシー大学のJ. Dongarra博士によって開発された規則的な行列計算による連立一次方程式の解法プログラムで、TOP500リストを作成するために用いるベンチマーク・プログラム。ハードウェアのピーク性能に近い性能を出しやすく、その計算は単純だが、応用範囲が広い。

[用語3] TOP500 : TOP500は、世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までを定期的にランク付けし、評価するプロジェクト。1993年に発足し、スーパーコンピュータのリストを年2回発表している。

[用語4] TEPS : Graph500ベンチマークの実行速度を表すスコア。Graph500ベンチマークでは与えられたグラフの頂点とそれをつなぐ枝を処理する。Graph500におけるコンピュータの速度は1秒間あたりに調べ上げた枝の数として定義されている。TEPSはTraversed Edges Per Secondの略。

[用語5] ノード : スーパーコンピュータにおけるオペレーティングシステム(OS)が動作できる最小の計算資源の単位。「京」の場合は、一つのCPU(中央演算装置)、一つのICC(インターコネクトコントローラ)、および16GBのメモリから構成される。

[用語6] プロブレムスケール : Graph500ベンチマークが計算する問題の規模を表す数値。グラフの頂点数に関連した数値であり、プロブレムスケール40の場合は2の40乗(約1兆)の数の頂点から構成されるグラフを処理することを意味する。

[用語7] 幅優先探索問題(BFS) : 最短路問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが等しい場合を想定しており、主にインターネット上のソーシャルデータや金融データなどの解析に用いられる。

[用語8] 最短路問題(SSSP) : 幅優先探索問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが異なる場合を想定しており、主に道路あるいは鉄道などの交通データ上での経路案内などに用いられる。

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1ナノメートルサイズの粒子が高活性酸化触媒に 小さなナノ粒子が切り拓く新たな触媒機能

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要点

  • 豊富に存在し安価な酸素を原料とする酸化反応を開発
  • 不活性な炭化水素から工業的有用物への高効率製造の実現
  • “19原子”の白金ナノ粒子で従来触媒の50倍となる高効率を達成

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院のミフタフル・フダ(Miftakhul Huda)研究員、山元公寿教授、南澤慶伍大学院生(当時)、塚本孝政特任助教、田邊真特任准教授らの研究グループは、粒径1ナノメートル (nm) 程度の極微小なナノ粒子「サブナノ粒子[用語1]」を触媒にして有機溶媒を使用せず、酸素を酸化剤とする炭化水素[用語2]酸化反応[用語3]を開発した。本研究で対象とする炭化水素は、不活性な炭素-水素 (C-H) 結合を持つトルエンという有機分子で、市販の金属担持触媒ではほとんど活性を示さない。今回、サブナノ粒子を触媒とした酸化反応で、既知のナノ粒子の約50倍となる触媒活性を示すことが発見された。

本研究の成果は、サブナノ粒子がもつ潜在的な触媒機能を実現化したものであり、より難易度が高い炭化水素を化学変換できる新触媒の開発につながると期待される。

この研究は、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究 (ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト (山元公寿 研究総括)」で実施された。その成果は2018年11月16日にドイツ化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)」にオンライン公開された。また、本論文は同雑誌の「Very Important Paper (VIP) ~全論文のTOP 5%以内~」として選定された。

背景と経緯

石油や天然ガスなどの化石原料の主成分である炭化水素を、有用な有機酸化物に変換する酸化反応は、学術的にも工業的にも重要な触媒反応である。近年、グリーンケミストリーの観点から有害な有機溶媒を使用せず、酸素を酸化剤とした触媒反応の開発が世界中で注目されている。一般に、粒子をナノサイズまで小さくすることで触媒活性が向上することが知られており、これまで様々なナノ粒子を用いた研究が行われてきた。

ナノ粒子の中でも、特にサイズの小さなサブナノ粒子は、一際高い触媒活性を発現すると期待されている。しかしながら、極微小で均一な大きさを持つ粒子の合成は技術的に難しく、触媒活性を正確に評価する研究例はなかった。本研究では、デンドリマー[用語4]を鋳型として利用することで、粒子サイズが均一に整ったサブナノ粒子の合成を達成した。これを用いて、溶媒を用いない酸素分子によるトルエン酸化反応の開発を目指し、遷移金属の性質や構成する原子数によって顕著に変化するサブナノ粒子の触媒活性を発見した。

研究成果

サブナノ粒子の合成には、樹状型の規則構造を持つデンドリマーを鋳型として利用する。デンドリマー構造中に各種元素の金属イオンを取り込み、その金属イオンを化学還元で粒子状にして、担体へ固定化し不均一系触媒を調製した (図(a))。この手法により合成した様々なサブナノ粒子を触媒としてトルエン酸化反応を起こしたところ、粒子のサイズが小さくなるほど触媒活性が向上するという傾向が観測された。また、遷移金属の中でも、特に酸素親和性の低い白金が高い触媒活性を示すことを見出した (図(b))。さらに、原子数を12から28まで制御した白金サブナノ粒子の触媒活性を評価したところ、原子数19個の白金触媒が最高活性値 (触媒回転頻度 = 3,238) を示した (図(c))。この結果は、既知の金属ナノ粒子 (粒径: 約 4 nm) よりも約50倍の高い触媒活性を示し、ナノ粒子の極微小化により触媒能が向上することを見出した。この成果は、当研究室から発表した燃料電池用の触媒に19原子の白金粒子が高い触媒活性を示したことと強く関連していると考えられる (2015年7月23日の本学プレスリリース[参考文献1])。

(a) デンドリマーを鋳型とする遷移金属サブナノ粒子の合成、(b) トルエン酸化反応における各種遷移金属サブナノ粒子の触媒活性、(c) 白金サブナノ粒子の原子数 (n = 12-28) に依存した触媒活性

図. (a) デンドリマーを鋳型とする遷移金属サブナノ粒子の合成、(b) トルエン酸化反応における各種遷移金属サブナノ粒子の触媒活性、(c) 白金サブナノ粒子の原子数 (n = 12-28) に依存した触媒活性

今後の展開

今回の研究成果では、安定性が高く化学変換が困難な炭化水素であるトルエンのサブナノ粒子触媒を介した酸化反応を成功させた。今後、サブナノ粒子に秘められた優れた触媒機能がさらに評価されていくと考えられる。この触媒を使った酸化反応の高活性化は、常温常圧を例とする温和な条件下で不活性な炭化水素を付加価値の高い物質に変換できる高度な技術開発に貢献できる。

用語説明

[用語1] サブナノ粒子 : 粒径1ナノメートル程度の極微小なナノ粒子。構成するほぼすべての原子が表面に露出するため、従来のナノ粒子より高い触媒活性を示すことが期待される。その一方、粒子間で生じる凝集を抑制する必要があるため、均一な大きさを持つサブナノ粒子の合成法は限られている。

[用語2] 炭化水素 : 反応性の極性官能基を持たない炭素と水素で構成された有機分子。非常に安定なC-H結合を持つため、有害な重金属や爆発性の過酸化物などの強力な酸化剤を使わずに化学変換できない。

[用語3] 酸化反応 : 最も身近な化学反応であり、炭化水素と酸素との反応により炭素-酸素(C-O) 結合を形成する反応。炭化水素から水と二酸化炭素を生成する完全酸化を抑え、選択的に部分酸化を起こせば有用な酸化物を合成できる。

[用語4] デンドリマー : コアと呼ばれる中心構造と、デンドロンと呼ばれるコアから樹状に枝分かれした構造をもつ特殊な高分子。本研究で用いるデンドリマーは、その構造中に多数の金属イオンを取り込めるように設計されており、サブナノ粒子を合成する鋳型として機能する。中心より外側が密集した構造となるため、合成したサブナノ粒子を包み込むことにより、粒子同士の凝集を抑制する効果も持ち合わせている。

参考文献

[1] T. Imaoka, H. Kitazawa, W.-J. Chun, K. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 9810.

原子19個の白金粒子が最高の触媒活性を示す―燃料電池触媒の質量活性20倍、低コスト化に道―|東工大ニュース

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Aerobic Toluene Oxidation Catalyzed by Subnano Metal Particles (VIP論文に選定)
著者 :
Miftakhul Huda, Keigo Minamisawa, Takamasa Tsukamoto, Makoto Tanabe, Kimihisa Yamamoto
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
教授 山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

11月16日12:00 本文中に誤りがあったため、修正しました。

TBSテレビ「未来の起源」に小池研究室の学生が出演

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情報理工学院 情報工学系 小池英樹研究室の髙橋宣裕さん(特別研究生)が、TBS「未来の起源」に出演します。

装着するだけで誰でもテクニシャンになれるソフトロボットグローブの研究について紹介されます。

ソフトロボットグローブ

ソフトロボットグローブ

髙橋宣裕さんのコメント

髙橋宣裕さん

装着するだけでプロのミュージシャンやスポーツ選手のように華麗にプレイできるスーツを目指し研究を進めています。

今回の取材で紹介されるソフトロボットグローブは、人間の前腕の筋の構造に着目し、細径の空圧式人工筋肉によってこれらの筋の作用、レイアウトを模倣して実装したプロトタイプです。素手に近い装着感を達成しながらも、1指に対し4の制御自由度があり、力を入れなくても装着者の5指の屈曲と伸展が自動でコントロールされます。解剖学の知見に基づいて設計し、多くが柔軟な部品で構成されているため、人間にとって自然な力で動作を教示できる点も特徴です。

現在は、主にピアノの自動演奏やサポートに用いることで、技能向上に貢献することを目標として研究を継続中です。

番組情報

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2018年11月25日(日)22:54 - 23:00(放送地域:関東、愛知、岐阜、三重)
    ※放送時間に変更がある場合があります。
  • (再放送)
    BS-TBS 2018年12月2日(日)20:54 - 21:00
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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

全固体電池実現のネックを解明 界面抵抗低減の指針を確立し実用化の道拓く

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要点

  • 固体電解質と電極が形成する界面において規則的な原子配列が低抵抗界面形成の鍵であることを発見
  • 表面X線回折[用語1]により界面の構造を精密に解析
  • 全固体電池の開発指針を与え、実用化に向けた重要な一歩

概要

東京工業大学 物質理工学院の一杉太郎教授、日本工業大学の白木將教授、産業技術総合研究所物質計測標準研究部門の白澤徹郎主任研究員らの研究グループは、全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現し、その鍵が電極表面の規則的な原子配列であることを発見しました。この成果は全固体電池の開発に指針を与え、実用化に向けた重要な一歩となります。

全固体電池の開発が急速に進んでいます。固体電解質ならびに電極の材料開発が活発に行われていますが、特に、固体電解質と電極が形成する界面でのリチウムイオンの低い伝導性(高い界面抵抗)が実用化への大きな問題となっています。リチウムイオン伝導性が高い固体電解質と電極材料が開発されても、それら2つの固体材料が接触する界面での抵抗が高ければ、高速充放電可能な良い電池は開発できません。したがって、界面抵抗を低減することが非常に重要です。しかし、界面抵抗が高くなる原因は未解明であり、低減のための明確な指針はありませんでした。

本研究では薄膜作製と真空の技術を活用して、正極材料コバルト酸リチウム(LiCoO2)と固体電解質リン酸リチウム(Li3PO4)との界面を作製し、非破壊で測定できる表面X線回折を用いて界面構造を精密に調べました。その結果、高い抵抗を示す界面では結晶の周期性が乱れているのに対して、低い抵抗を示す界面は原子が規則的に配列していることを明らかにしました。

研究成果は11月22日(米国時間)に米国化学会の学術誌「ACS Applied Materials and Interfaces」オンライン版に掲載されました。

背景

リチウムイオン電池は、高いエネルギー密度[用語2]サイクル特性[用語3]を備えた二次電池として広く利用されています。しかし、LiCoO2を電極に用いた現在のリチウムイオン電池の理論容量(357 Wh/kg=重量エネルギー密度)は、次世代電気自動車が500 km走行するのに必要とされる容量(500 Wh/kg)には及ばないため、より高性能な革新的二次電池の開発が期待されています。

その候補が全固体電池です。電池は大きく正極、負極、電解質の3つで構成されます。リチウムイオン電池の電解質には可燃性の液体(電解液)が使用されているため、電気自動車用の大型蓄電池を想定し、より安全性の高い固体電解質を利用した全固体電池の早期実用化が期待されています。

しかし、全固体電池は固体電解質と電極が形成する界面の抵抗(界面抵抗)が高くなるという問題がありました。界面抵抗が高いと、大電流での使用時にエネルギー損失が大きく、高速な充放電が困難となります。そこで、全固体電池における高い界面抵抗の原因を明らかにし、界面抵抗低減の指針を得ることが緊急の課題でした。

研究成果

研究グループは薄膜作製と真空の技術を活用し、LiCoO2エピタキシャル薄膜[用語4]を用いた理想的な全固体電池を作製しました(図1)。そして、固体電解質と正極の界面におけるイオン伝導性を評価した結果、界面の作製条件によって界面抵抗が変化し、良好な界面では抵抗が5.5 Ωcm2という極めて低い値となることを見出しました。この値は、全固体電池の従来報告の1/40の値であり、液体電解質を用いた場合の値の1/6です。このような低い抵抗の界面は、高速充電を実現することにつながります。

本研究で作製した全固体電池の概略図(a)と写真(b)

図1. 本研究で作製した全固体電池の概略図(a)と写真(b)

集電体として金(Au)を、正極としてLiCoO2を、固体電解質としてLi3PO4を、そして、負極としてLiを用いた。基板にはAl2O3単結晶基板を使用した。

得られた低抵抗界面の状態を探るため、放射光を用いた表面X線回折により固体電解質と正極との界面の構造を精密に調べました(図2)。その結果、低抵抗界面(5.5 Ωcm2)は、界面近傍においても薄膜内部と同様に原子が規則的に配列した結晶性を有することが分かりました。その一方で、高抵抗界面(180 Ωcm2)では、本来、原子が規則的に配列していたにも関わらず、界面形成時に電極表面の原子配列が乱れていたことが分かりました。

本研究で作製したLiCoO2エピタキシャル薄膜の結晶方位では、リチウムイオンは薄膜に平行な面内方向にのみ移動することができ、薄膜に対して垂直に形成される結晶粒界が薄膜内部へのリチウムイオンの通り道になります(図3)。高抵抗界面では、電極表面における原子配列の乱れにより、電極表面でのリチウムイオンの拡散ならびに結晶粒界への拡散が抑制されていることを示唆しています。

表面X線回折により求めた電極と電解質の界面の電子密度

図2. 表面X線回折により求めた電極と電解質の界面の電子密度

電子密度のピークが明瞭であることは原子配列が規則的であることを示している。界面からの深さ0 Åが固体電解質/電極界面である。低抵抗界面(赤色)では界面近傍でも原子が周期配列しているが、高抵抗界面(青色)では界面近傍の原子配列が乱れていることが分かる。

低い抵抗の界面(a)と高い抵抗の界面(b)でのリチウムイオンの振る舞いの違い

図3. 低い抵抗の界面(a)と高い抵抗の界面(b)でのリチウムイオンの振る舞いの違い

Liイオン(Li+)が固体電解質中を拡散してLiCoO2に入る様子を模式的にあらわしている。LiイオンはLiCoO2のCoO2層に到達し、その後、横に拡散して結晶粒界を通り、結晶内部に入る。今回の結果は、固体電解質に接するCoO2層の原子配列の乱れがLiイオンの拡散を抑制し、結果的に界面抵抗が上昇したと理解できる。

今後の展開

今回の成果により、全固体電池を実用化するための道筋が見えてきました。固体電解質と電極の形成プロセスを最適化することにより、極めて低い界面抵抗を得ることができました。低い界面抵抗を実現する鍵は、緻密な構造制御によって界面形成時に生じる構造の乱れを抑制し、界面での規則的原子配列を維持することです。

今回の研究で得られた知見が全固体電池の作製プロセスの改良に活用され、高性能全固体電池の開発につながることが期待されます。

なお本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)リチウムイオン電池応用・実用化先端技術開発事業、トヨタ自動車株式会社、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」、文部科学省私立大学研究ブランディング事業「次世代動力源としての全固体電池技術の開発と応用」、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ) 「エネルギー高効率利用と相界面」、科学研究費補助金(26105008、25390072、26106502、26108702、26246022、26610092、16H03864)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 表面X線回折 : 表面や界面にX線を照射して散乱されるX線の強度分布を測定することにより、表面や界面における原子配列を決定する方法。試料を非破壊で測定できることが特長。

[用語2] エネルギー密度 : 電池から取り出すことのできるエネルギー量の値。単位体積や単位質量などで規格化される。

[用語3] サイクル特性 : 充電と放電を繰り返したときの電池に蓄積できる電気容量の変化。容量の劣化度合が小さいほど、サイクル特性が良いと表現する。

[用語4] エピタキシャル薄膜 : 基板となる結晶の上に成長させた薄膜で、下地の基板と薄膜の結晶方位が揃っているもの。良好な界面の作製によく用いられる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials and Interfaces
論文タイトル :
Atomically Well-Ordered Structure at Solid Electrolyte and Electrode Interface Reduces the Interfacial Resistance
著者 :
Susumu Shiraki, Tetsuroh Shirasawa, Tohru Suzuki, Hideyuki Kawasoko, Ryota Shimizu, and Taro Hitosugi
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授

一杉太郎

E-mail : hitosugi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2636

日本工業大学 基幹工学部 応用化学科 教授

白木將

E-mail : shiraki.susumu@nit.ac.jp
Tel : 0480-33-7741

産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門 主任研究員

白澤徹郎

E-mail : t.shirasawa@aist.go.jp
Tel : 029-861-5371

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

日本工業大学 教育研究推進室

E-mail : kyoken@nit.ac.jp
Tel : 0480-33-7712 / Fax : 0480-33-7713

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 企画本部 報道室

E-mail : press-ml@aist.go.jp
Tel : 029-862-6216 / Fax : 029-862-6212

国立研究開発法人 科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

伊賀健一元学長、パルバース名誉教授が2018年秋の叙勲で受賞

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2018年秋の叙勲において、伊賀健一名誉教授・元学長が教育研究の功労に対して瑞宝重光章を、ロジャー・パルバース名誉教授が日本における外国語教育の発展及び理系学生に対する科学技術の理解の促進に寄与したとして旭日中綬章を受章しました。

伊賀健一名誉教授・元学長

経歴

伊賀健一名誉教授・元学長

1963年本学理工学部電気工学課程卒業、1968年同大大学院博士課程修了(工学博士)。1968年本学精密工学研究所助手、1973年同助教授、1984年同教授。1979年~1980年米国ベル研究所客員研究員。面発光レーザーを中心とする光通信用デバイス、微小光学の研究に従事。2001年定年退職、名誉教授に。2001年~2007年日本学術振興会理事、2007年~2012年本学第26代学長を務める。2014年~2016年一橋大学監事。

2001年紫綬褒章。電子情報通信学会2003年度会長、功績賞、業績賞など。応用物理学会・微小光学研究会代表。東レ科学技術賞、朝日賞、藤原賞、市村学術賞・功績賞、C&C賞、NHK放送文化賞、小舘香椎子賞、IEEEウィリアム・ストライファー科学業績賞、同ダニエル・E・ノーブル賞、ランク賞など受賞多数。2013年フランクリン賞・バウワー賞(科学部門)。

コメント

この度、秋の叙勲で瑞宝重光章をいただきました。この上ない栄誉と、ご推薦いただきました東京工業大学の学長はじめ皆様に深くお礼申し上げます。瑞宝章は、社会・公共のための功労が認められた者に与えられる勲章とのことです。東工大という公共の場で研究・教育を行ったこと、その学長ならびに日本学術振興会の理事として社会のために尽くしたことに対する労が認められたのでしょう。個人への勲章というより、大学における同僚のみなさんとの研究・教育、学長としては一緒に大学や社会のために働いた教職員の皆さんとの労へのご褒美と心得ます。

さて本年秋の叙勲では、重光章は瑞宝章のうち最上位の勲位でした。重い光というのは物理的には考えにくいので、英訳を内閣府のホームページで調べると、「The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Star」というのだそうで、なるほどと合点がいきました。

11月6日に皇居にて行われた伝達式では、安倍晋三内閣総理大臣から1人ずつ勲記と勲章が授与されました。続く拝謁式では、受章者代表が御礼を言上し、陛下から御祝いのお言葉があった後、受章者の前を謁見され、厳かな式典を終えました。

平成天皇に拝謁できるのも、これが最後の機会となりそうです。日本学術振興会の理事として初めての国際生物学賞授賞式の時にご挨拶を申し上げて以来、何度かお目にかかる機会がありました。特に学長の時には、シーラカンスの解剖をご視察のためすずかけ台キャンパスまでご来校を仰ぎ、ご案内と生物学者との座談にも同席させていただきました。

受章式から数日が経って多くの方々から祝意を頂戴すると、この受章が身に余る栄誉であり、まことに有り難く感じております。

ロジャー・パルバース名誉教授

経歴

ロジャー・パルバース名誉教授

ニューヨーク市でユダヤ人の家庭に生まれる。カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)を卒業後、ハーバード大学大学院に入学し1965年に同大修士課程を修了。豊富なソ連旅行の経験を活かし、ロシア地域研究所で修士号を取得した。ベトナム戦争への反撥から米国を離れ、ワルシャワ大学とパリ大学に留学後、1967年に初来日。京都に居を定め、京都産業大学でロシア語やポーランド語の講師を務めた。1972年にキャンベラのオーストラリア国立大学に赴任し、日本語や日本文学を講義。1976年、オーストラリア国籍を取得。井上ひさし氏の作品に惚れ込んで、彼をオーストラリア国立大学の客員教授として招致するよう運動。 井上氏の作品の英訳も行う。1983年製作の映画『戦場のメリークリスマス』で大島渚監督のもとで助監督を務めた後、再び来日し、演劇活動を行う。1999年に東京工業大学教授、2006年から本学世界文明センター長。2007年製作の映画『明日への遺言』において、監督の小泉堯史氏と共同で脚本を執筆。

2008年、第18回宮沢賢治賞を受賞。2010年に本学定年退職後、名誉教授に。2012年まで東京工業大学特命教授、世界文明センター長。2013年、『雨ニモマケズ』の翻訳で第19回野間文芸翻訳賞受賞。 2015年、第9回井上靖賞を受賞。2017年製作の映画『STAR SAND ─星砂物語─』で初監督を務める。原作は自身の執筆による小説『星砂物語』。主な著書:『もし、日本という国がなかったら』『驚くべき日本語』『ハーフ』『こんにちは、ユダヤ人です』『英語で読む啄木: 自己の幻想』

コメント

全く怪我の功名です。愛してやまない日本文化のために全身全霊を傾け、こんなにすごい勲章とは縁がないものとばかり思っておりました。一言で言うと、感無量です。

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

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要点

  • 第二種超伝導体[用語1]の性質を利用した環境発電機能を実証した。
  • 試料の温度を一定に保ち、特定の磁場を印加するだけで、環境の“揺らぎ”から直流電圧が発生する。
  • 微弱な環境揺らぎからの発電や、微弱信号を検出する素子に応用できる可能性がある。

概要

東北大学 金属材料研究所のヤナ・ルスティコバ氏(大学院博士課程・日本学術振興会特別研究員)、塩見雄毅助教(現 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系准教授)と横井直人研究員、東京工業大学 理学院 物理学系の大熊哲教授、東北大学 金属材料研究所・材料科学高等研究所の齊藤英治教授(現 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻教授兼任)らは、第二種超伝導体の渦糸液体状態[用語2]を利用した新たな環境発電機能を実証しました。本成果は2018年11月22日(英国時間)「Nature Communications」オンライン版で公開されました。

研究の背景

環境発電とは、身の回りにある様々な“揺らぎ”から、使える電力を取り出す技術です。例えば、熱エネルギーという揺らぎを電力に変換する熱電変換素子、マイクロ波を電流へと変換するレクテナなどがあります。このような揺らぐエネルギーから電力を得るためには、一般に整流効果[用語3]が必要になります。

整流効果を持つ代表的な素子は電子回路などに使われるダイオードです。ダイオードはn型半導体とp型半導体を結合させて作ります。n型半導体とp型半導体の界面では、原子スケールの長さで電気的な性質が大きく変わるため、非常に大きな電気的なバリアが形成されます。このため一方向にのみ電流が流れ、整流効果を発現することになります。

このような整流効果を生み出す仕組みは、環境発電をはじめとして現代の電子機器の核となる要素技術です。ダイオードのような人工的な構造物や、対称性を下げた材料を利用して、新たな整流素子を生み出そうとする研究が活発に行われています。本研究では第二種超伝導体に特有な“渦糸”の液体状態を利用して、全く新しい整流素子を実証しました。

研究の内容・成果

本研究では、モリブデンゲルマニウム(MoGe)という第二種超伝導体を、磁性絶縁体イットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)基板に成膜した試料を用意しました(図1)。驚くべきことに、試料の温度を一定に保ちながらこの薄膜試料の面内方向に磁場を印加すると、ある特定の磁場値において、外部からの入力が全くないにも関わらず、MoGeの面内方向に直流電圧が発生することが明らかとなりました(図2)。この直流電圧は、電磁ノイズのある測定環境では一日中安定して観測され続けました。

実験に使用した試料と測定セットアップの模式図。ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板上にYIG単結晶を成長させた試料に、MoGeをスパッタリング成膜している。MoGe膜上に、電気測定(電流(I)、電圧(V))の電極を作製した。磁場(B)はMoGe膜の面内方向に印加している。
図1.
実験に使用した試料と測定セットアップの模式図。ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板上にYIG単結晶を成長させた試料に、MoGeをスパッタリング成膜している。MoGe膜上に、電気測定(電流(I)、電圧(V))の電極を作製した。磁場(B)はMoGe膜の面内方向に印加している。
MoGe超伝導薄膜に生じる電圧 (Vdc) の磁場依存性。温度(T)を一定にした状態で、MoGeの面内方向に印加した磁場 (B)を変化させると、ある磁場値において非常に鋭い電圧ピークが観測された。転移温度 (Tc)を超えると観測されなくなったことから、この電圧は、MoGeの超伝導性による電圧と考えられる。
図2.
MoGe超伝導薄膜に生じる電圧 (Vdc) の磁場依存性。温度(T)を一定にした状態で、MoGeの面内方向に印加した磁場 (B)を変化させると、ある磁場値において非常に鋭い電圧ピークが観測された。転移温度 (Tc)を超えると観測されなくなったことから、この電圧は、MoGeの超伝導性による電圧と考えられる。

直流電圧が生じる温度と磁場の条件を詳細に調べると、MoGeがいわゆる渦糸液体相にあるときに電圧が生じていることがわかりました(図3)。渦糸とは第二種超伝導体特有の“欠陥”であり、超伝導体の内部に侵入する磁束線のことを指します。渦糸液体相とは、この渦糸が超伝導体内部で自由に運動できる状態になっている相です。渦糸の特徴は、試料の表面でのみ超伝導体内部へ入ったり出たりすることができ、一度試料内部に導入されると非常に安定に存在します。超伝導体が単独で熱平衡状態にあるときは、この表面から外部へ出たり入ったりする渦糸は、試料の全ての表面で一様であり、渦糸の運動に特別な向きは生じません。

MoGeに電圧が生じた温度(T)と磁場(B)の組み合わせを、MoGeの超伝導相の相図と照らし合わせた結果。電圧が生じた条件は赤い正方形で示されており、全て黄色い帯の領域内で生じていることがわかる。この黄色い帯の部分は、渦糸液体相に対応する。
図3.
MoGeに電圧が生じた温度(T)と磁場(B)の組み合わせを、MoGeの超伝導相の相図と照らし合わせた結果。電圧が生じた条件は赤い正方形で示されており、全て黄色い帯の領域内で生じていることがわかる。この黄色い帯の部分は、渦糸液体相に対応する。

本研究で示された直流電圧は、磁性絶縁体であるY3Fe5O12がMoGeの片側に取り付けられていることによって生じていると解釈できます。Y3Fe5O12が付いている表面と付いていない表面とでは渦糸が超伝導体内部へ入り込むために必要になるエネルギーが異なり、それぞれの表面近くでの渦糸の量にアンバランスが生じます。MoGe薄膜の面内方向に電流を流したとき、薄膜の面直方向に駆動される渦糸の数が電流の正と負で異なります。この渦糸の流れによって、面内方向に電圧が生じ、超伝導の電気抵抗として観測されます。従って、ダイオードと同じように、電流の向きによって電気抵抗が異なり、すなわち整流効果を発揮させると考えられます。測定された直流電圧は、測定器内部にある電磁ノイズが、渦糸の量のアンバランスによって整流された結果であると解釈できます。

今後の展望

本研究は超伝導体渦糸を利用した新たな整流機能を実証しました。低温動作ながらも非常に感度の高い整流素子であり、ノイズ評価や微弱信号の検出に利用できる可能性があります。また、同様の整流機能が、渦糸の他の様々なトポロジカルな欠陥にも期待され、新たな物質機能開拓の端緒となると期待されます。

付記事項

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)齊藤スピン量子整流プロジェクトの一環で行われました。

用語説明

[用語1] 第二種超伝導体 : 超伝導体にはある一定の磁場(臨界磁場)を超えた場合、常伝導状態に移行する第一種超伝導体と、超伝導状態を保ったまま一定の磁束線が侵入する渦糸状態を経て、常伝導状態へ移行する第二種超伝導体とがある。

[用語2] 渦糸液体状態 : 渦糸とは第二種超伝導体特有の“欠陥”であり、超伝導体の内部に侵入する磁束線のことで、この渦糸が超伝導体内部で自由に運動できる状態のことを指す。

[用語3] 整流効果 : 電流の向きによって、その流れやすさが変わる現象のこと。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
“Vortex rectenna powered by environmental fluctuations”
著者 :
J. Lustikova, Y. Shiomi, N. Yokoi, N. Kabeya, N. Kimura, K. Ienaga, S. Kaneko, S. Okuma, S. Takahashi and Eiji Saitoh
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括

東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 教授

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)/金属材料研究所

齊藤 英治(サイトウ エイジ)

E-mail : eizi@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 022-217-6238 / Fax : 022-217-6395

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構(JST) 研究プロジェクト推進部

古川 雅士(フルカワ マサシ)

E-mail : eratowww@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3528 / Fax : 03-3222-2068

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


希薄な二酸化炭素を捕捉して資源化できる新触媒の発見 低濃度二酸化炭素の直接利用に道

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要点

  • レニウム(Re)の錯体を用いた低濃度二酸化炭素(CO2)の還元反応系を開発
  • Re錯体が捕集したCO2を、電気エネルギーで一酸化炭素(CO)へと変換
  • 工場等からの排ガスに含まれる程度の低濃度CO2を高効率に還元可能

概要

東京工業大学 理学院 化学系の熊谷啓特任助教、西川哲矢大学院生(当時)、石谷治教授らは、二酸化炭素(CO2)を捕集する機能を持つレニウム(Re)の錯体が、低濃度のCO2を還元することができる電気化学触媒[用語1]として機能することを発見した。

石谷教授らの研究チームは、ある種のレニウム錯体が、高いCO2捕集機能と、CO2を電気化学的に還元する触媒機能を合わせ持っていることを見出した。今回、このレニウム錯体を触媒として用い、低濃度CO2をそのまま還元できる電気化学的システムの開発を目指した。その結果、1%しかCO2を含まないガスでもCO2を効率よく還元でき、一酸化炭素(CO)を高い効率と選択性で生成することができた。COは化学原料として有用で、水素と反応させることで人造石油を合成することができる。今回の発見により、火力発電所や製鉄所から排出される低濃度のCO2を含んだ排ガスを、効率的に直接資源化できる可能性が出てきた。

研究成果は2018年11月12日(英国時間)、英国王立化学会誌「Chemical Science」オンライン版に掲載された。

研究成果

石谷教授らの研究チームは、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST「新機能創出を目指した分子技術の構築」)の支援を得て、CO2を捕集する性質を持つレニウム錯体が、低濃度のCO2を還元する電気化学触媒として機能することを見出した。この錯体は、CO2を低濃度しか含んでいないガスから高い効率でCO2だけを捕集する機能を持っていた。捕集されたCO2は、炭酸エステル[用語2]として錯体に固定化される(図1)。このCO2を捕集したレニウム錯体を電気化学触媒とすることで、低濃度CO2でもそのまま還元できることがわかった。例えば、1%のCO2を含んだガスでも効率よく還元でき、24時間の反応でCOを選択率[用語3]94%、ファラデー効率[用語4]85%という高い効率で生成できた(図2)。

図1. レニウム錯体によるCO2の捕集反応

図1. レニウム錯体によるCO2の捕集反応

図2. 低濃度のCO2しか含まないガスからレニウム錯体がCO2を捕集し、高効率な電気化学反応でCOへと還元する

図2. 低濃度のCO2しか含まないガスからレニウム錯体がCO2を捕集し、高効率な電気化学反応でCOへと還元する

背景

化石資源を燃焼させる際に排出されるCO2を、電気エネルギーで還元する反応は、排出CO2削減と資源の創出の両観点から国内外で精力的に研究されている。しかし、従来の研究のほとんどは、純粋なCO2を用いて開発が行われている。しかし、火力発電所や製鉄所、セメント製造工場などから出る排ガスにはCO2が数%から十数%しか含まれていない。そのため、従来技術では大量のエネルギーが必要なCO2の濃縮過程が必要だった。そこで、実際に排出される希薄な濃度のCO2を含んだガスをそのまま利用して効率よくCO2だけを還元できる方法が求められていた。

研究の経緯

石谷教授らの研究チームは、CO2の資源化を企図した金属錯体触媒や光触媒の研究を行っている。その過程で、CO2を効率よく捕集するレニウム錯体を見出し[参考文献1]、この物質を触媒として利用してCO2の資源化反応について検討してきた。

今後の展開

COは化学原料として有用で、水素と反応させることで人造石油を合成することができる。今回の発見により、火力発電所や製鉄所の排ガスに含まれる低濃度のCO2を、大量のエネルギーを必要とする濃縮過程を経ずに、太陽光など再生可能エネルギーから変換した電気エネルギーで直接資源化できる可能性がでてきた。このような製造工程での省エネ化は、地球温暖化抑制にも貢献する技術だ。今後は、この新触媒のCO2捕集能のさらなる向上やありふれた金属である卑金属錯体の利用も視野に入れて、実用的な技術へと展開させていきたい。

用語説明

[用語1] 電気化学触媒 : 電極から電子の授受を行うことで反応を駆動する触媒のこと。

[用語2] 炭酸エステル : -OC(O)ORの構造を有する化合物で、OC(O)の部分がCO2由来。(図1を参照:右側の錯体に結合している赤色と青色で示した化合物。)

[用語3] 選択率 : 全生成物のうち、目的の生成物の割合。

[用語4] ファラデー効率 : 電極から流れた電子(電流)のうち、目的の反応に使われた割合。

参考文献

[参考文献1] Tatsuki Morimoto, Takuya Nakajima, Shuhei Sawa, Ryoichi Nakanishi, Daisuke Imori, Osamu Ishitani, Journal of American Chemical Society, 2013, 135, 16825−16828

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Electrocatalytic reduction of low concentration CO2
著者 :
Hiromu Kumagai, Tetsuya Nishikawa, Hiroki Koizumi, Taiki Yatsu, Go Sahara, Yasuomi Yamazaki, Yusuke Tamaki, Osamu Ishitani
DOI :
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石谷治

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銅マンガン錯体光触媒で二酸化炭素を高効率に還元 安価な金属だけで人工光合成実現、地球温暖化対策へ期待

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要点

  • 稀少金属や貴金属を用いなくても、太陽光を駆動力として高効率にCO2を資源化できる触媒が求められていた
  • 地球上に豊富に存在する金属(銅、マンガン)の錯体だけを用いて、最も高効率で高耐久性を有するCO2還元光触媒の開発に成功
  • 地球温暖化対策として人工光合成の大規模な適用に期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の竹田浩之特任助教、加美山紘子大学院生(当時)、関根あき子助教、石谷治教授らは、産業技術総合研究所の小池和英主任研究員らと共同で、銅錯体とマンガン錯体から成る光触媒[用語1]に可視光を照射すると二酸化炭素(CO2)が、一酸化炭素(CO)[用語2]ギ酸(HCOOH)[用語3]に効率良く還元されることを発見した。この効率と耐久性(量子収率 [用語4]57%、ターンオーバー数[用語5]1,300回以上)は、これまで知られていた、ありふれた金属すなわち卑金属[用語6]を用いた光触媒の性能を大きく凌ぎ、ルテニウムやレニウムといった貴金属[用語7]や稀少金属を用いた高効率金属錯体[用語8]と同等もしくはそれ以上であった。

現在、地球温暖化対策として、温室効果ガスであるCO2を還元資源化する技術が求められている。これまで高効率CO2還元光触媒には、貴金属や稀少金属が用いられていたため、光触媒を使ったCO2の大規模な還元による資源化の足かせとなっていた。今回、従来の高効率光触媒と比較して勝るとも劣らない特性を持った新たな光触媒系を銅とマンガンの錯体だけで作製することに成功した。地球温暖化対策としての人工光合成システムの大規模化への道を拓くことができた。

研究成果は2018年11月27日(現地時間) 、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

なお本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)における研究課題「太陽光の化学エネルギーへの変換を可能にする分子技術の確立」(課題番号:JPMJCR13L1、研究代表者:石谷治)の一環として行われた。

研究成果

研究グループは、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援のもと、銅錯体とマンガン錯体から成る光触媒を作製し、可視光を照射することで二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)やギ酸(HCOOH)へ高効率に還元できることを見出した。この効率や耐久性(量子収率57%、ターンオーバー数1,300回以上)は、これまで知られていた卑金属を用いた他の光触媒を大きく凌ぎ、ルテニウム(Ru)やレニウム(Re)といった貴金属や稀少金属による高効率金属錯体と同等もしくはそれ以上であった。

銅は電線や十円玉の原料として、マンガンは乾電池の正極として用いられており、身近な金属だ。これらは鉱山において多量に採掘される比較的安価な金属元素である。今回の研究成果により、安価で多量に使える卑金属しか含まない光触媒でも、高効率なCO2還元光触媒反応を進行させることが可能であることを見出した。

銅(Cu)錯体とマンガン(Mn)錯体を組み合わせたCO2還元光触媒反応

図1. 銅(Cu)錯体とマンガン(Mn)錯体を組み合わせたCO2還元光触媒反応

背景

近年、地球温暖化の主な要因となっているCO2を資源化するための光触媒開発が世界中で活発化してきた。この人工光合成と呼ばれる技術が実用化できれば、大気中CO2濃度の上昇抑制に資するだけではなく、将来的に枯渇が心配されている化石資源の代替として有用な炭素資源をCO2を原料にして、太陽光だけをエネルギー源として合成できるようになる。

これまで開発されてきた高効率なCO2還元光触媒反応は、レニウムのような地球上にわずかしか存在しない希少な金属、ルテニウムのように高価な貴金属を光触媒として用いなければ駆動しなかった。

世界で排出されているCO2は、年間約330億トンに及ぶ(2018年版EDMC/エネルギー・経済統計要覧)。CO2は温室効果ガスとして大幅に削減しなければならないが、既存の高性能光触媒では素材コストの問題などから、あまり利用できなかった。元素戦略的な見地から光触媒の開発研究が盛んに行われているが、これまで報告されている卑金属を用いたCO2還元光触媒の耐久性は低く、その効率も満足のいくものではなかった。

研究の経緯

石谷教授らは、これまでも卑金属を用いたCO2還元光触媒の開発を行ってきた。今回、発光性の銅錯体とマンガン錯体とを組み合わせた光触媒システムを開発し、可視光を照射して常温常圧でCO2を高効率に資源化することに成功した。この光触媒システムは、既存の貴金属を用いた高効率光触媒と比較しても勝るとも劣らない特性を有する。

卑金属だけを用いた光触媒でも、太陽光を有効に活用することで地球温暖化の主因であるCO2を有用な炭素資源へと高効率に変換できることが明らかになった。大規模に人工光合成を実現するための第一歩と言える。

今後の展開

今回の研究成果は、銅・マンガンのような地球上に多量に存在する材料群を用いて、太陽光をエネルギー源とした高効率CO2還元を世界で初めて実証した。今後は、この新たな光触媒の機能を向上させると共に、地球上に多量に存在する安価な水を還元剤として用いる半導体光触媒との融合を目指す。

光触媒反応において、生成物であるCOの泡が観測される

用語説明

[用語1] 光触媒 : 光を吸収することで、反応を触媒的に進行させる分子もしくは物質のこと。

[用語2] 一酸化炭素(CO) : フィッシャー・トロプシュ反応などにより炭化水素を合成できるため、工業的に有用な炭素資源として注目を集める。

[用語3] ギ酸(HCOOH) : 繊維加工や皮革加工、化学工業原料として用いられる。ギ酸は液体で、分解することで水素が定量に得られるため、運搬が容易な水素前駆体としても注目されている。

[用語4] 量子収率 : 照射した光の量(光子数)に対する反応生成物の分子数の割合。例えば、100個の光子を照射することで、生成物分子が50個生成した場合、量子収率は50%となる。

[用語5] ターンオーバー数 : 当該反応において、触媒が何回機能したかを表す指標。触媒100個を用い、生成物が10,000個得られた場合、ターンオーバー数は100となる。

[用語6] 卑金属 : 地球に多量に存在する金属。

[用語7] 貴金属 : 8種の高価な金属、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)。地球上での存在量が少ない。

[用語8] 金属錯体 : 金属イオンと配位子からなる分子もしくはイオン化合物。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Highly Efficient and Robust Photocatalytic Systems for CO2 Reduction Consisting of a Cu(I) Photosensitizer and Mn(I) Catalysts
著者 :
Hiroyuki Takeda, Hiroko Kamiyama, Kouhei Okamoto, Mina Irimajiri, Toshihide Mizutani, Kazuhide Koike, Akiko Sekine, Osamu Ishitani
DOI :
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地球温暖化とエネルギー問題の解決に糸口「新触媒でCO2を資源化」記者説明会を開催

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本学理学院 化学系の石谷 治教授による二酸化炭素を資源化するための新触媒に関する記者向け説明会を、11月27日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館にて開催しました。

人間の産業活動では、炭素資源を産業に利用することで多量のCO2を排出していますが、植物の光合成のように、CO2を還元固定化する実用的な技術を我々は持っていません。このことが、エネルギー問題、炭素資源枯渇化、地球温暖化の3つの問題を引き起こす根本的原因です。排出したCO2を再び資源として利用する技術(人工光合成)が実用化できれば、この3つの問題が一挙に解決すると期待できます。

石谷教授は、今回、この問題に対して2つのブレークスルーを論文発表し、その内容に関してメディア向けの説明会を行いました。

記者説明会の様子

記者説明会の様子

希薄なCO2を捕捉して資源化する新触媒の発見

新触媒について解説する石谷教授
新触媒について解説する石谷教授

従来のCO2資源化の研究は、純粋なCO2を用いて行われてきました。濃度が低くなると、CO2の還元がうまく進まないためです。ところが、火力発電所などの産業の現場から排出されるCO2は10%程度の低い濃度です。したがって、一旦CO2を濃縮するという、エネルギーを多量に消費するプロセスを経てから資源化を行う必要がありました。

石谷教授らが発見したレニウム錯体触媒は、1%という低濃度のCO2でも効率よく捕集し還元することができます。この技術を応用すれば、濃縮することなく直接CO2を資源化することが期待できます。

ありふれた金属を使った光触媒で高効率にCO2を資源化

研究開発された触媒
研究開発された触媒

石谷教授らは、CO2の光還元の研究を積極的に続け、世界で最も高効率な光触媒の開発にも成功しています。しかし、これまでは、希少な金属や高価な貴金属を用いる必要がありました。世界で排出されるCO2は年間330億トンにもおよび、希少金属では太刀打ちできません。安価で多量に入手できる金属を用いた光触媒の開発が求められています。

今回、石谷教授らは、銅錯体とマンガン錯体からなる光触媒が、希少金属を用いた光触媒に勝るとも劣らない効率でCO2を資源化できることを見出しました。

これら2つの研究成果は、エネルギー問題、炭素資源枯渇化、地球温暖化の3つの問題解決の糸口になることから、説明の後も、記者の皆さんと石谷先生との熱いディスカッションが続きました。

石谷教授のコメント

光合成は、太陽光をエネルギーとしてCO2を有用な有機資源に変換し、その一部は長年かかって地下に蓄積されることで化石資源となりました。我々人類は、これを掘り起こし、エネルギー源および化学原料として大量消費し、最終的に燃焼させることで大量のCO2を発生させています。これが、地球温暖化、エネルギー源および炭素資源の枯渇の問題を引き起こしています。私たちが、太陽光を利用して、大量のCO2を再資源化できるようになれば、これらの課題は一挙に解決できます。人工光合成に関する研究は、社会的にも科学的にも意義があると強く信じていますので、今後もその実現に向けて微力ながら、学生とスタッフの皆さんと力を合わせ研究に注力していきたいと思っています。

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12月6日15:00 関連リンクを追加しました。

NHK Eテレ「100分de名著」にリベラルアーツ研究教育院の國分功一郎教授が出演

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リベラルアーツ研究教育院の國分功一郎教授が、NHK Eテレ「100分de名著」に出演します。

「100分de名著」は、誰もが一度は読みたいと思いながらも、なかなか手に取ることができない古今東西の「名著」を、25分×4回の計100分で読み解く番組です。

今回は、哲学史上屈指の難解さをもつという哲学書、スピノザの『エチカ』を読み解きます。

國分功一郎教授
國分功一郎教授

國分功一郎教授のコメント

スピノザの『エチカ』は、しばしば難解と言われます。その難解さの理由は、思考のOS(オペレーティングシステム)の違いとして説明することができるでしょう。

考えでなく考え方そのものが、どこか私たちと違っているのです。しかしその違いさえ理解すれば、この17世紀の哲学者の思想は驚くほどすんなりと私たちの頭の中に入ってきて、私たちの生き方と考え方を大きく変えてくれます。一緒にスピノザの世界を見ていきましょう。

番組情報

  • 番組名
    NHK Eテレ「100分de名著」
  • タイトル
    スピノザ『エチカ』
    第1回 善悪、第2回 本質、第3回 自由、第4回 心理
  • 放送予定日
    2018年12月3日、10日、17日、24日(月)/22:25 - 22:50
  • (再放送)
    2018年12月5日、12日、19日、16日(水)/5:30 - 5:55、12:00 - 12:25
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お問い合わせ先

リベラルアーツ研究教育院 文系教養事務

Email : ilasym@ila.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7689

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Tel : 03-5734-2975

世界初、単一細胞での遺伝子発現制御解析に成功 幹細胞、がんの成立機序解明に期待

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九州大学 生体防御医学研究所(大川恭行教授、原田哲仁助教、前原一満助教ら)、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター(木村宏教授、半田哲也特任助教ら)、東京大学 定量生命科学研究所(胡桃坂仁志教授、有村泰宏特任助教(当時)、白髭克彦教授)の研究グループは、極めて少数の細胞を用いてエピゲノム情報[用語1]を取得できる「クロマチン挿入標識(Chromatin Integration Labeling: ChIL)」法を開発しました。本手法は、細胞を破壊することなしに、任意の転写因子やヒストン修飾[用語2]などが存在する領域の塩基配列を増幅することができるため、高感度での解析ができます。そのため、遺伝子の発現を制御する転写因子の結合位置やヒストン修飾を単一の細胞で測定することが世界で初めて可能になりました。

人体に存在する細胞は全て同一の遺伝情報を持ちますが、異なる組織を構成する細胞はそれぞれ特定の遺伝子を選択的に発現することで固有の性質を持つようになります。近年の技術革新により、単一の細胞での遺伝子発現(個々の遺伝子のRNAの存在量)を解析することが可能になっています。しかしながら、遺伝子の発現制御のメカニズムを理解するために不可欠なエピゲノム解析は、従来の手法では少なくとも数千個の細胞を必要としたため、幹細胞[用語3]など生体内にわずかしか存在しない細胞への適用は極めて困難でした。本研究により開発された手法は、胚発生や細胞分化の制御機構など生命現象を制御する分子機構の解明に極めて有用であるとともに、がん研究・再生医療などへの応用が広く期待されます。

本研究の成果は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)研究領域「統合1細胞解析のための革新的技術基盤(研究総括:菅野純夫 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 非常勤講師)」における研究課題「細胞ポテンシャル測定システムの開発(研究代表者:大川恭行)」、文部科学省 科学研究費新学術領域研究「クロマチン潜在能(領域代表者:木村宏)」、日本学術振興会 科学研究費、九州大学 生体防御医学研究所共同利用・共同研究などの支援により得られたものです。

本研究成果は、2018年12月10日(月)午後4時(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Cell Biology」で公開されました。

クロマチン挿入標識技術:ゲノムDNA上の転写因子やヒストン修飾を、抗体を基に作製したプローブで標識することで可視化し(右図)、標識周辺のDNA配列を増幅させた後に大規模塩基配列決定することで、位置情報を獲得する技術です。

クロマチン挿入標識技術:ゲノムDNA上の転写因子やヒストン修飾を、抗体を基に作製したプローブで標識することで可視化し(右図)、標識周辺のDNA配列を増幅させた後に大規模塩基配列決定することで、位置情報を獲得する技術です。

研究者からひとこと

九州大学 大川恭行教授(左)並びに東京工業大学 木村宏教授(右)
九州大学 大川恭行教授(左)並びに東京工業大学 木村宏教授(右)

本技術は、私たちエピゲノム研究者として最も必要としている技術でもありました。アイデアの完成は早かったのですが、結局実用的な技術になるまで5年以上の歳月を経ることになりました。是非、この技術を世界中で活用してもらって、これまで困難であった幹細胞による再生医療の実現、がん等の機序解明や生命科学の大きな飛躍の一助になって欲しいです。

研究成果のポイント

  • 細胞染色を基盤とした遺伝子発現制御情報(エピゲノム情報)解析技術を開発した。
  • 単一細胞でのエピゲノム情報取得を可能にした。
  • 開発した方法は、発生・分化・幹細胞の研究やがん研究・老化研究・再生医療への応用が広く期待される。

用語説明

[用語1] エピゲノム情報 : 後天的なゲノム制御情報。DNAの塩基配列に加えて、DNAそのものやDNAに強く結合するヒストンの修飾などにより、遺伝子の発現が制御される。

[用語2] ヒストン修飾 : DNAに強く結合するヒストンタンパク質の翻訳後修飾。メチル化やアセチル化など多様な修飾により遺伝子発現の抑制や活性化などが制御される。

[用語3] 幹細胞 : 組織や器官を構成する分化した細胞の元となる細胞。多能性を持つ胚性幹細胞やiPS細胞などがよく知られているが、特定の細胞にのみ分化するような成体幹細胞も存在する。これらの幹細胞は存在量が少なく、その解析が難しい。

論文情報

掲載誌 :
Nature Cell Biology, 2018
論文タイトル :
A chromatin integration labelling method enables epigenomic profiling with lower input
著者 :
+Harada A, +Maehara K, +Handa T, Arimura Y, Nogami J, Hayashi-Takanaka Y, Shirahige K, Kurumizaka H, *Kimura H, *Ohkawa Y(+共筆頭著者、*共責任著者)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

九州大学 生体防御医学研究所
附属トランスオミクス医学研究センター
教授 大川恭行

E-mail : yohkawa@bioreg.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-642-4534 / Fax : 092-642-4526

東京工業大学 科学技術創成研究院
細胞制御工学研究センター
教授 木村宏

E-mail : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部
川口哲

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 / Fax : 03-3222-2064

取材申し込み先

九州大学 広報室

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Tel : 092-802-2130 / Fax : 092-802-2139

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム

Email : soumu@iam.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7813 / Fax : 03-5841-8465

科学技術振興機構(JST) 広報課

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免疫細胞活性化に重要な中心体移動の謎解明 中心体の移動が握る免疫制御

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要点

  • 免疫T細胞の活性化に必須の中心体[用語1]の移動機構を明らかにした
  • 様々な生命現象に関わるモーター分子を制御する仕組みに新たな知見
  • 免疫細胞の活性制御に関わる基礎的な仕組みの解明につながる

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系のリム・ウェイ・ミン大学院生(当時)、伊藤由馬助教、十川久美子准教授(当時)、徳永万喜洋教授の研究チームは、免疫T細胞の活性化に必須な、中心体が細胞表面近くに引き寄せられる仕組みを明らかにした。

免疫システムの司令塔として働くリンパ球T細胞が、抗原を認識して活性化する際には、微小管[用語2]の集まる中心体が細胞表面側に移動することが知られていた。これにより、免疫を司る種々のサイトカインと呼ばれるタンパク質を細胞外に分泌したり、感染細胞やガン細胞を殺したり、T細胞の活性化自体を制御するという免疫応答がもたらされる。しかしながら中心体移動の機構は、よくわかっていなかった。

今回、複数種類のタンパク質分子を生きた細胞で同時に観察できる光学顕微鏡を使って、多種類の分子の働き方を明らかにした。微小管は、中心体を起点として細胞膜近くまで伸びているが、その上で働くタンパク質分子・CLIP-170[用語3]により、 モーター分子を中心体方向と細胞膜方向の両方向に移動させる新たな機構を発見した。これは、これまで一方向だけに動くとされていたモーター分子では新たな発見で、基盤的な働きをする分子モーターの関わる多くの生命機能の解明に、新たな展開をもたらすと期待される。

今年のノーベル生理学・医学賞で注目を集めるガン免疫療法の対象として受賞対象となった分子の一つは、この中心体移動により細胞表面に配置されることが知られており、免疫療法の進歩など将来的な応用に繋がることが期待される。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』にて、2018年11月28日に掲載された。

研究の背景と経緯

免疫細胞は、体を外敵から防御する免疫系として中心的な役割を担っている。病原菌・ウィルスや花粉などの異物が体内に侵入したことを察知すると、樹状細胞などの抗原提示細胞がそれらを取込み、抗原として細胞表面に提示する。リンパ球の1種であるT細胞は、提示された抗原を認識すると活性化し、免疫系の細胞間シグナル分子であるサイトカインを分泌したり、感染細胞やガン細胞を殺したり、抗体産生を促すなど免疫系を活性化する司令塔として働く。

抗原提示を受けたT細胞表面では、T細胞受容体が数十~数百分子集合した「マイクロクラスター[用語4]」と呼ばれる集合体が形成される。これは、抗原提示細胞との細胞接着面の中央領域に集まり「免疫シナプス[用語5]」と呼ばれる特徴的な構造を形成し、免疫応答の場として機能する。

細胞内部の核近くには、中心体(微小管形成中心)と呼ばれる小器官があり、細胞骨格である微小管が集まっている。微小管は中心体を起点として放射状に細胞周辺まで伸びる(図1)。T細胞が活性化されると、この中心体が免疫シナプスの中心近傍に移動する。

この中心体の移動は、T細胞が活性化されて種々の免疫応答を営むようになるために必要な現象だ。今年のノーベル生理学・医学賞は、免疫を制御するタンパク質の発見と、それを対象とした抗体医薬によるガンの免疫療法の開発に対して授与された。抗体医薬の対象タンパク質で受賞対象となった分子の1つにCTLA-4があるが、CTLA-4を細胞表面へ配置するには中心体移動が必要である。

中心体移動の仕組みは、これまで謎として残されていた。それは中心体移動には多くの種類の生体分子が関わり、それぞれ分子の動き・細胞内配置・分子間相互作用が時間的・空間的にダイナミックに変化していて、解明が容易ではなかったからだ。

研究の内容と成果

研究チームではこれまで、蛍光[用語6]を使って分子1個1個を光学顕微鏡で直接観察できる1分子イメージング顕微鏡を用いて、対物レンズ型全反射照明(TIRF)法[用語7]薄層斜光照明(HILO照明)法[用語8]を開発してきた。

今回、複数種類のタンパク質分子を同時に生きた細胞で観察できる多色蛍光顕微鏡を使って、多種類の分子が織りなす中心体移動の仕組み解明を目指した。

まず、微小管に結合する分子に注目した。微小管は中心体を起点として細胞周辺へと伸長する。伸長先端であるプラス端に結合するタンパク質・CLIP-170はリン酸化[用語9]されることで、微小管の伸長を促進するタンパク質だ。CLIP-170のリン酸化を阻害したT細胞を刺激したところ、中心体は細胞膜の近くに来たが、免疫シナプスが形成される細胞接着面の中心近傍には移動しなかった(図2)。しかも、T細胞からはサイトカインIL2の放出はなかった。このことから、リン酸化されたCLIP-170は、中心体の免疫シナプス近傍への移動に必要不可欠であるとともに、T細胞の活性化に必須であることがわかった。

CLIP-170と他のタンパク質および中心体移動との関係を、多色蛍光顕微鏡を用いて調べた。CLIP-170と他のタンパク質とをそれぞれ蛍光で標識し同時観察し、2色の蛍光動画像を重ね合わせる(図2)。同様の場所に局在している割合や動く速さと向きについて、T細胞の刺激の有無による変化や中心体の移動とともに定量した。

その結果、中心体が細胞接着面の中心近傍に移動するには、T細胞への刺激と、CLIP-170のリン酸化との両方が必要であることがわかった。T細胞を刺激することでダイニン[用語10]は活性化され、微小管上を単独でマイナス端方向へ運動する。さらにCLIP-170がリン酸化されていると、ダイニンの一部がCLIP-170/ダイナクチン[用語11]複合体と結合し、微小管プラス端領域に結合し、プラス端方向へ移動する。マイナス端方向とプラス端方向の両方向への移動が共存することにより、ダイニンが細胞接着面の中央領域に集まり、その結果、中心体が中心近傍に移動し、T細胞が活性化されることを見い出した(図2)。

活性化したダイニンの速さは以前に報告されている中心体の移動速度と良く一致していたことから、細胞膜に固定されている活性化ダイニンが微小管を引き寄せ中心体を移動させていることが明らかとなった。

今後の展開

今回の成果は、生きた細胞で多種分子を同時に顕微鏡観察し、分子動態と相互作用を定量解析することが、従来解けなかった問題を解決する強力な手法であることを示している。

多様な働きをするダイニンは、最近解かれた構造と、多種分子との相互作用、多様な動態、機能との関係が解明されつつある。今回の新たな知見は、分子モーターが関わる多くの生命機能の解明につながると期待される。

今回明らかになった免疫活性化の仕組みは、ガン免疫療法における抗体医薬の対象タンパク質・CTLA-4の細胞表面への配置を制御するものだ。抗CTLA-4抗体は、既に承認されて治療が始まっている。従来の化学療法に比べて副作用は少ないとされているが、安全性への十分な配慮が必要となる。本成果は、より安全な治療法への進歩や、免疫制御の新しい操作方法への発展など、将来的な応用が期待される。

抗原刺激されたT細胞において中心体が細胞接着面の中心近傍に移動する仕組み

図1. 抗原刺激されたT細胞において中心体が細胞接着面の中心近傍に移動する仕組み

(左)抗原刺激を受けていない休止状態のT細胞では、中心体は細胞核の近傍にあり、微小管が放射状に細胞周辺へと伸長している。モーター分子・ダイニンのほとんどは細胞膜に結合して動かない状態にある。微小管プラス端集積因子であるCLIP-170は、休止状態のT細胞でもリン酸化されていて、プラス端領域に結合して微小管の伸長を追跡しプラス端方向へ動いている。CLIP-170とダイニンとはほとんど結合していない。

(右)抗原刺激を受けたT細胞では、ダイニンの一部が“活性化”され、ダイニン単独で微小管上をマイナス端方向に遅く動く「弱い前進性状態」[補足1]になる。前進運動の持続性は低く、1~2 μm(マイクロメートル)未満のマイナス端方向へ運動した後、アンカータンパク質(NDE1と推測される)との結合で“膜結合”して止まる。

これと並行して、ダイニンの少数の一部がCLIP-170/ダイナクチン複合体に“捕捉”され、微小管プラス端領域に結合しプラス端方向へ移動する [補足2]、[補足3]。この移動状態も安定ではなく、1~2 μmの追跡後、ダイニンは複合体から“解離”し、アンカータンパク質により膜結合して止まる。

マイナス端方向とプラス端方向の両方向への移動が共存することが重要で、ダイニンが細胞接着面の中央領域すなわち免疫シナプスに集まり、中心体が細胞接着面の中心近傍に移動し、T細胞が活性化される。

また、活性化された「弱い前進性状態」のダイニンの速さは以前に報告されている中心体の移動速度と良く一致した。このことと、微小管とダイニンの配置状態とは、細胞膜に固定されている活性化ダイニンが微小管を引き寄せ、その結果、中心体を移動させているという分子機構を示している。

2色同時蛍光分子イメージングにより、中心体移動にはT細胞刺激とCLIP-170リン酸化の両方が必須であることが示された

図2. 2色同時蛍光分子イメージングにより、中心体移動にはT細胞刺激とCLIP-170リン酸化の両方が必須であることが示された

緑色蛍光タンパク質GFPで標識したダイニン(左端)と、赤色蛍光タンパク質RFPで標識したCLIP-170(左から2番目)とを、Jurkat T細胞(ヒト白血病T細胞由来の細胞株)に発現させ、2色同時蛍光顕微鏡で、細胞接着面を観察した。白黒画像を蛍光色で着色したうえで重ね合せ(右から2番目)、正方形で示した領域を拡大表示した(右端)。輝点は分子が集合したクラスター。重ね合せで黄色に見える部分は、ダイニンとCLIP-170が共局在していることを示している。WTはwild typeの略で、変異体でない本来のままの分子のこと。S312Aは、リン酸化される312番目のセリンをアラニンに置換した変異体で、リン酸化されていない状態にある。図中のスケールバーは、重ね合せ画像が5 μm(右から2番目)、拡大図が2 μm(右端)。

一連の研究から次のことが分かった。

1.
中心体が細胞接着面中心近傍に移動するには、T細胞への刺激とCLIP-170のリン酸化との両方が必要である。
2.
両条件が揃うと、ダイニンは免疫シナプス領域である細胞接着面中央領域に集まる。
3.
T細胞刺激のみで、ダイニンは活性化される。活性化ダイニンは、ダイニン単独で微小管上をマイナス端方向に動く「弱い前進性状態」にある。
4.
T細胞刺激と共にCLIP-170がリン酸化されていると、ダイニンの一部がCLIP-170/ダイナクチン複合体と結合し、微小管上をプラス端方向へと伸長追跡により移動する。
5.
その結果、ダイニンには、マイナス端方向へ移動と、プラス端方向へ移動との両方の動態が共存する。どちらかの移動を欠いても、ダイニンは細胞接着面中央領域に集まらず、中心体も中心近傍に移動しない。またサイトカインが産生されずT細胞が活性化されない。

関連動画

用語説明

[用語1] 中心体(centrosome) : 微小管の形成中心として働く細胞内小器官。微小管形成中心(microtubule-organizing centre)とも呼ばれる。通常、細胞1個に1個だけあり、核の近くに存在する。細胞分裂時に複製され、紡錘体の中心として働く。

[用語2] 微小管(microtubule) : 主要な細胞骨格の1つ。チューブリンと呼ばれるタンパク質が重合して形成される外径約25 nm(ナノメートル)の管状の構造。形態形成、細胞分裂、細胞内物質輸送、細胞運動など多様な役割を担っている。微小管は静的構造ではなく、伸長と短縮を繰り返しており、細胞内では中心体を起点として細胞周辺へと伸長してゆく。

[用語3] CLIP-170(cytoplasmic linker protein 170) : 微小管プラス端集積因子の1つであるタンパク質。リン酸化されていないCLIP-170は、プラス端領域に比較的安定に結合し、微小管の伸長速度を抑えるが、リン酸化CLIP-170はプラス端領域で速く結合解離し微小管の伸長を促進する。他の微小管プラス端集積因子のタンパク質であるEB1(end-binding protein 1)を介して微小管と結合。細長い形をしており、一方の端でEB1と結合し、他端でダイナクチンと結合する。

[用語4] マイクロクラスター : T細胞が活性化する際に、T細胞膜に形成されるT細胞受容体複合体(TCR/CD3)の数十~数百分子の集合体。シグナル伝達分子も結合する。T細胞受容体分子複合体が、抗原提示細胞により提示された抗原と結合すると、マイクロクラスターが形成される。これが起点となり、T細胞受容体シグナルが伝達され、T細胞が活性化される。マイクロクラスターは中心領域へ集積し、免疫シナプスを形成する。

[用語5] 免疫シナプス : 抗原提示細胞がT細胞を活性化する際には、両細胞は強固に接着し、接着面の間にリング状の構造が形成されるが、この構造を免疫シナプスと呼ぶ。各種受容体や情報伝達分子および関連分子が集積し、情報伝達や免疫応答の場として機能する。

[用語6] 蛍光 : 照明した光とは色(波長)の異なる光を出す現象のこと、もしくは出された光。蛍光を発する色素(蛍光色素)を用いて、観察対象を標識して見る蛍光顕微鏡法は、色の違いを利用して、標識した観察対象から出た蛍光のみを選び観察することができるので、背景光をカットして微弱にし、見たいもののみを鮮明に見ることができる。※名前が誤解をしばしば招くが、生物の蛍が光るのは生物発光によるもので蛍光現象とは異なる。

[用語7] 全反射照明(TIRF)法 : 試料と基板ガラスの境界面で、照明光を境界面に平行に近い角度で入射すると、全反射が起こる。全反射の際には、試料側にごく薄く表面から深さ50~200 nm程度の近傍のみに光(エバネッセント光)が沁み出る。このエバネッセント光を蛍光の照明として用いる手法。

[用語8] 薄層斜光照明(HILO照明)法 : 対物レンズに照明光を入射するのに、全反射照明よりも少しだけ対物レンズ中心軸寄りにレーザー光を入射すると、試料の内部を薄く照明することができる手法。細胞内を鮮明に分子イメージングすることができる。

[用語9] リン酸化 : リン酸基を付加する反応。タンパク質では通常、セリン、トレオニン、チロシンのOH基がリン酸化される。酵素や受容体では、リン酸化は活性化制御に用いられており、シグナル伝達においては、リン酸化はシグナルとして用いられている。

[用語10] ダイニン(dynein) : 分子モーターの一種で、微小管上をマイナス端(中心体)方向にATPの加水分解エネルギーを使って運動する。細胞運動・細胞内物質輸送・染色体分配などを行う細胞質ダイニンが今回の研究対象。最近、原子レベルの構造が解かれ、多様な動態・多種の他分子との相互作用・多様な機能と、構造との関係が解き明かされつつある。

[用語11] ダイナクチン(dynactin) : 細胞質ダイニンと結合するタンパク質。計23個のサブユニットで構成され、フィラメント部分と、ショルダー(shoulder)部分とからなる。ショルダー部分は、フィラメントから出た“肩”と“腕”のような構造をしており、その先端にCLIP-170結合部位がある。

補足説明

[補足1] ダイニンの状態 : 活性化される前のダイニンは「auto-inhibited(自己抑制)状態」にあって動かず、活性化されたダイニン単独では「weakly precessive(弱い前進性)状態」になって秒速0.05~0.08 μmの遅い速度でマイナス端方向に運動し、ダイニン・ダイナクチン・カーゴ(荷物)アダプター複合体を形成すると「highly precessive(高い前進性)状態」になって最高で秒速0. 51 ± 0.06 μmという荷物で遅くなる速度と、最高で4.3 ± 0.2 pN(ピコニュートン)という速度等で変化する力を出すことが報告されている。本研究成果では、活性化されたダイニンは他の分子と結合せず、ダイニン単独でマイナス端方向に秒速0.05 ± 0.03 μmの速さで動いており、「弱い前進性状態」にあることを示している。

[補足2] ダイニンとダイナクチンおよびNDE1との排他的結合 : ダイニンのダイナクチンとの結合は、膜結合タンパク質NDE1との結合と排他的に競合することが知られている。このことは、今回の研究結果において、CLIP-170/ダイナクチン複合体がダイニンをプラス端方向へ移動させるのに、膜からダイニンを“捕捉”し、“解離”してダイニンが膜結合すると考えられることを、ダイナクチンとNDE1との競合的結合によると理解すればよく説明できる。

[補足3] 抑制性ダイナクチン : ダイナクチンは、ダイニンを活性化させる(dynein activation)タンパク質として見つかり、その名の由来となっている。ところが最近、ダイナクチンのショルダー部分にある最大サブユニットDCTN1(p150Gluedとも呼ばれる)には2つのisoform (機能は同じだが構造が一部異なるタンパク質)であるDCTN1AとDCTN1Bとがあり、DCTN1Aを含むダイナクチンはダイニンと結合してhighly precessive(高い前進性)運動を示すが、DCTN1Bを含むダイナクチンはダイニンと結合してダイニンの運動性を抑制することが見出されている(Kobayashi T, et al., PLOS ONE, 12:e0183672, 2017)。今回の研究では、CLIP-170/ダイナクチン複合体に結合したダイニンは、CLIP-170によるプラス端追跡によってプラス端方向へ輸送された。このことは、T細胞活性化においては、抑制性isoformのダイナクチンが働いていることを示している。本研究成果は、抑制性ダイナクチンが重要な生命機能を担っていることについて、最初の発見と考えられる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
CLIP-170 is essential for MTOC repositioning during T cell activation by regulating dynein localisation on the cell surface
著者 :
Wei Ming Lim, Yuma Ito, Kumiko Sakata-Sogawa, Makio Tokunaga
DOI :
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食塩の過剰摂取によって高血圧が発症する脳の仕組みを解明 新たな治療薬の開発に期待

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高血圧は、日本の成人のうち約4,300万人が罹患していると試算される重大な国民病です。食塩の過剰摂取が高血圧の原因となることは良く知られており、その仕組みとして、体液中のNa+濃度が上昇することによって交感神経系が活性化し、その結果として血圧が上がる、という説が有力となっています。しかし、脳がどのようにしてNa+濃度を感知し、その情報をどのような仕組みで交感神経まで伝えられているのかは不明でした。

今回、自然科学研究機構 基礎生物学研究所の野田昌晴教授(総合研究大学院大学 教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 特定教授(11月1日より))の研究グループは、食塩(塩化ナトリウム)の過剰摂取により体液中のナトリウム(Na+)濃度が上昇すると、脳内のNa+濃度センサーであるNax[用語1]がこれを感知して活性化する、その結果、交感神経[用語2]の活性化を介して血圧上昇が起こることを初めて示しました。

本研究グループでは、これまでに細胞外液のNa+濃度上昇に応じて開口するNaチャンネルであるNaxを見いだし、その機能や生理的役割を明らかにしてきました[参考文献1-3]。今回、Nax遺伝子を欠損したマウスが、野生型マウスと異なり、体液のNa+濃度が上昇しても交感神経の活性化による血圧の上昇を起こさないことを発見しました。さらに、神経活動の活性化や抑制を光によってコントロールする技術などを用いて、Naxが感知したNa+濃度上昇のシグナルが交感神経の活性化につながる仕組みを分子のレベル、および神経回路ネットワークのレベルで解明しました。

本成果は、Na+濃度と血圧上昇をつなぐ脳内機構を詳細に明らかにしたものであり、高血圧に対する新しい治療戦略の創出に役立つものと期待されます。

本研究成果は、2018年11月29日午前11時(米国東部時間)に米国科学雑誌「Neuron」オンライン版で公開されました。

体液のNa+度上昇に応答した血圧上昇を担う脳内メカニズム

図. 体液のNa+度上昇に応答した血圧上昇を担う脳内メカニズム

1.
体液のNa+濃度の上昇を、Naxチャンネルが感知し、Naxを発現するグリア細胞(アストロサイトと上衣細胞)内にNa+の流入が起こる。
2.
Nax発現グリア細胞において、エネルギー産生のため嫌気的解糖系が亢進し、その結果、乳酸が産生される
3.
MCT(乳酸/H+共輸送体)を介して乳酸とH+がグリア細胞から放出される。
4.
細胞外の酸性化により、OVLT(→PVN)ニューロンに発現するASIC1aが活性化する。
5.
OVLT(→PVN)ニューロンが活性化し、シグナルがPVNへと伝達される。
6.
PVNからRVLMを経由して(あるいは直接)、脊髄にシグナルが伝達される。
7.
交感神経の活動が亢進する。
8.
血管が収縮し、血圧が上昇する。

研究の背景

高血圧は、日本の成人のうち約4,300万人が罹患していると試算される重大な国民病であり、高血圧に起因する死亡者数は年間約10万人に上ると推定されています。高血圧は、心血管病(心疾患および脳卒中)の最大の危険因子であり、脳卒中罹患の50%以上、心血管病死亡の約50%が高血圧によるものと推定されています。

高血圧の主要な原因として食塩の過剰摂取があることは良く知られています。食塩の過剰摂取による血圧上昇の程度には個人差がありますが、日本人は血圧上昇が起こりやすいと言われています。その第一の原因は腎臓による尿中へのNa+の排泄が追い付かず体内で貯留し、体液中のNa+濃度が上昇することにあります。これまでNa+による血圧上昇の仕組みは、血液浸透圧の上昇によって血管中に水分が流入することで、血液量が増大するためとされてきました。これに対し10年余り前から、体内の血管に張り付いた交感神経の活性化により、血管が収縮することで高血圧を発症しているという説が有力になってきました。ところが、体液中のNa+濃度の上昇がどこでどのように検知されているのか、そして、そのシグナルを脳内の交感神経制御中枢に伝えその活性化を引き起こしている分子機構や神経回路については未解明のままでした。

研究の内容

本研究グループでは、これまでに細胞外液のNa+濃度上昇に応じて開口するNaチャンネルであるNaxを見いだし、その機能や生理的役割を明らかにする研究を行ってきておりました[参考文献1-3]。今回の研究では、Naxが血圧の制御に関与するNa+濃度センサーとして働いているのではないかという点について検討しました。まず、野生型マウスに大量の食塩を与える実験を行い、体液中のNa+濃度が上昇(~10 mM)すること、そして、それに伴って血圧が上昇することを確認しました。一方、Nax遺伝子欠損マウスでは体液のNa+濃度が同程度上昇しているにも関わらず、血圧の上昇は全く起こりませんでした(図1)。次に、高濃度のNa+を含む水溶液(高張Na+溶液)をマウスの脳室内に注入し、脳脊髄液[用語3]のNa+濃度を上昇させる実験を行いました(図2)。野生型マウスでは、交感神経の活性化と血圧上昇が起こったのに対し、Nax遺伝子欠損マウスでは交感神経の活性化や血圧上昇は起こりませんでした。

Nax遺伝子欠損マウスは食塩を大量に摂取しても血圧が上昇しない

図1. Nax遺伝子欠損マウスは食塩を大量に摂取しても血圧が上昇しない

A:
食塩を大量に摂取させる実験の概要図。飲み水を2%食塩水に交換して7日間飼育する。
B:
血液中(左)と脳脊髄液中(右)のNa+濃度。通常、動物の体液中のNa+濃度は通常約145 mMに保持されている。食塩の大量摂取により、野生型マウスとNax欠損マウスの体液中Na+濃度は同程度(約10 mM)の上昇を示した。
C:
血圧測定の概要図。テレメトリーシステムにより、マウスが自由に行動できる状態で連続的に血圧の測定ができる。
D:
通常の状態(左)と食塩の過剰摂取状態(右)のマウスにおける、1日(24時間)の血圧の推移。食塩を過剰摂取した野生型マウスは、1日を通じて同条件のNax欠損マウスよりも高い血圧を示す。
E:
24時間の平均血圧。食塩の大量摂取により、野生型マウスでは平均血圧が約8 mmHg上昇したが、Nax欠損マウスでは血圧上昇が起こらなかった。

Nax遺伝子欠損マウスは脳脊髄液のNa+度が上昇しても、交感神経活動の亢進や血圧上昇が起こらない

Nax遺伝子欠損マウスは脳脊髄液のNa+度が上昇しても、交感神経活動の亢進や血圧上昇が起こらない

図2. Nax遺伝子欠損マウスは脳脊髄液のNa+度が上昇しても、交感神経活動の亢進や血圧上昇が起こらない

A:
高張Na+溶液を脳室内に注入する実験の概要図。交感神経の活動レベルは腰部にある交感神経線維の束に電極を接触させて測定した。
B:
高張Na+溶液を脳室内に注入したときの交感神経活動の代表的データ(左)と変化の時間推移(右)。
野生型マウスでは交感神経活動が約15%亢進したが、Nax欠損マウスでは変化しなかった。
C:
高張Na+溶液を脳室内に注入したときの血圧の変化。野生型マウスでは血圧が約8 mmHg上昇したが、Nax欠損マウスでは血圧上昇が起こらなかった。

このことから、Naxが体液中のNa+濃度の上昇を感知し、交感神経の活性化を通じて血圧を上昇させている脳内センサーであることが強く示唆されました。また、Naxが発現している脳内器官のうち終板脈管器官(OVLT)[用語4]を損傷させたマウスでは、高張Na+溶液の脳室内への注入による交感神経性の血圧上昇が起こらなかったため、血圧制御のためにNa+濃度を感知する領域はOVLTであると考えられました。

脳は脊髄を介して交感神経にシグナルを伝達しているため、OVLTからのシグナルを脊髄へと仲介している脳領域があると考えられます。本研究グループが、視床下部室傍核(PVN)[用語5]に注目し、PVNにシグナルを伝えるOVLTニューロン[以下、OVLT(→PVN)ニューロンと呼ぶ]を逆行性に標識して観察すると、このニューロンはOVLTの中でNaxを発現するグリア細胞[用語6]に囲まれた状態で存在していることが分かりました(図3A、B)。

そこで、OVLT(→PVN)ニューロンが活性化すると血圧が上昇するのか、光遺伝学[用語7]の手法を用いて調べました。まず、光感受性陽イオンチャンネルChR2を用いてOVLT(→PVN)ニューロンを選択的に活性化させると、血圧が上昇することが確認できました(図3C)。この血圧上昇は交感神経活動の阻害剤により消失したため、交感神経を介して起こっていることが分かりました。反対に、光感受性クロライド(Cl-)ポンプeNpHRを用いたOVLT(→PVN)ニューロンの抑制実験も行いました(図3D)。光照射によりOVLT(→PVN)ニューロンの活動を抑制すると、高張Na+溶液の脳室注入による交感神経性の血圧上昇が抑制されました(図3D)。これらの実験から、OVLT(→PVN)ニューロンが体液のNa+濃度上昇に応答した交感神経性の血圧上昇を担うニューロンであることが明らかとなりました。

Naxは、OVLT(→PVN)ニューロンそのものではなくグリア細胞に発現しているため、グリア細胞からニューロンへの情報伝達の仕組みが必要です。OVLT(→PVN)ニューロンは細胞外のNa+濃度を上昇させた時だけでなく(図4A)、細胞外を酸性状態にすることでも活性化したため(図4B)、この仕組みに酸(H+)が関わっている可能性が考えられました。調べてみると、細胞外Na+濃度が上昇したとき、OVLTでは細胞外に酸(H+)が放出されていることが分かりました(図4C)。このH+放出は、Nax発現グリア細胞における糖の取り込み、並びに嫌気的解糖(酸素を使わないグルコース代謝)の亢進によるものでした。嫌気的解糖系の産物である乳酸は、乳酸/H+共輸送体を介して細胞外に放出されるため、H+が同時に細胞外に放出されます。

さらに、細胞外の酸性化に応答して活性化する酸感受性イオンチャンネルASIC1[用語8]がOVLT(→PVN)ニューロンに発現していることを見いだしました(図4D)。阻害剤を用いて調べたところ、ASIC1a(ASIC1の中でも酸に感受性の高いタイプ)を阻害するとNa+濃度の上昇に応答したOVLT(→PVN)ニューロンの活性化や交感神経性の血圧上昇が消失しました(図4E)。反対に、ASIC1の活性化剤をOVLTに注入すると、血圧を上昇させることができました。この血圧上昇は、交感神経活動の阻害剤をあらかじめ投与しておいたマウスでは起こらなかったので、交感神経を介したものであることが分かりました。

Naxによる血圧上昇は、OVLT(→PVN)ニューロンの活性化を介して起こっている

図3. Naxによる血圧上昇は、OVLT(→PVN)ニューロンの活性化を介して起こっている

A:
OVLT(→PVN)ニューロンを標識する方法の概要図。特殊な色素(逆行性色素)をPVNに注入すると、色素がニューロンに取り込まれ、溯ってOVLT(→PVN)ニューロンが標識される。
B:
OVLTを蛍光顕微鏡で撮影した写真。Naxを赤、OVLT(→PVN)ニューロンを緑に染色している。OVLT(→PVN)ニューロンはNaxを発現する細胞に取り囲まれて存在している(矢頭)。
C:
光刺激(青色)によりOVLT(→PVN)ニューロンを選択的に活性化させたときの血圧の変化。OVLTへの光照射により血圧上昇が起こった。
D:
高張Na+溶液を脳室内に注入したときの血圧の変化。光刺激(黄色)によりOVLT(→PVN)ニューロンの活動を選択的に抑制しておくと、Na+濃度上昇に応答した血圧上昇は抑制された。

Naxの活性化は、酸の放出とそれにともなうASIC1aの活性化を誘導し、OVLT(→PVN)ニューロンの活動を亢進させることで血圧を上昇させる

Naxの活性化は、酸の放出とそれにともなうASIC1aの活性化を誘導し、OVLT(→PVN)ニューロンの活動を亢進させることで血圧を上昇させる

図4.
Naxの活性化は、酸の放出とそれにともなうASIC1aの活性化を誘導し、OVLT(→PVN)ニューロンの活動を亢進させることで血圧を上昇させる
A:
OVLT(→PVN)ニューロンの電気活動。細胞外のNa+濃度を160 mMへ上昇させると、野生型マウスのニューロンの電気活動は亢進したが、Nax欠損マウスのニューロンの活動は変わらなかった。
B:
細胞外を酸性化すると(pH7.4→pH6.8)、OVLT(→PVN)ニューロンの電気活動が亢進した。
C:
OVLTを蛍光顕微鏡で撮影した写真。細胞外pHの変化に反応する色素の存在下で撮影した。細胞外のNa+濃度を160 mMに上昇させると、野生型マウスのOVLTでは細胞外領域の酸性化が起こったが、Nax欠損マウスのOVLTでは起こらなかった。
D:
OVLTを蛍光顕微鏡で撮影した写真。ASIC1を赤、OVLT(→PVN)ニューロンを緑に染色している。OVLT(→PVN)ニューロンはASIC1を発現している(矢頭)。
E:
高張Na+溶液を脳室内に注入したときの血圧の変化。OVLTにASIC1aの特異的阻害剤を注入しておくと、Na+濃度上昇に応答した血圧上昇は起こらなくなった。

これらの結果から、OVLTのグリア細胞に発現するNaxが活性化すると、H+の放出が促進され、放出されたH+がASIC1aを介してOVLT(→PVN)ニューロンを活性化することによって、交感神経性の血圧上昇が誘導されていることが明らかとなりました。加えて、OVLT(→PVN)ニューロンの活性化は、PVNを経て、さらに下流の交感神経中枢であるRVLMへとシグナルを伝えていることも分かりました。

今後の展開

脳内機構を解明した今回の研究は、高血圧症の新たな治療法の創出に役立つと期待されます。また今回の研究成果は、原因不明の本態性高血圧[用語9] の発症機構を理解するための重要な一歩ともいえます。

付記

本研究は、以下の支援を受けて実施しました。
  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」研究領域(影山龍一郎 研究総括)における研究課題「オプトバイオロジーの開発による体液恒常性と血圧調節を司る脳内機構の解明」(研究代表者:野田昌晴)
  • 科学研究費助成事業 基盤研究(S)「体液恒常性を司る脳内機構の研究」(研究代表者:野田昌晴)
  • 公益財団法人 金原一郎記念医学医療振興財団 基礎医学医療研究助成金 生体の科学賞(野田昌晴)
  • 科学研究費助成事業 若手研究(B)「脳内ナトリウムセンサーを介した血圧調節機構の解明」(研究代表者:野村憲吾)
  • 科学研究費助成事業 研究活動スタート支援「血圧を規定する脳内ナトリウムセンサーの分子実体解明」(研究代表者:野村憲吾)
  • 公益財団法人 日本科学協会 笹川科学研究助成(野村憲吾)
  • 日本医療開発機構 革新的先端研究開発支援事業 個人型研究(AMED-PRIME)の研究領域「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」(曽我部 正博 研究開発総括)における研究課題「脳内浸透圧/Na+レベルセンサーの動作機序と生理機能の解明」(研究代表者:檜山武史)
  • 公益財団法人 武田科学振興財団(檜山武史)
  • 公益財団法人 ソルト・サイエンス研究財団(檜山武史)

用語説明

[用語1] Nax : ナトリウムイオンチャンネルの1つ。生理的な細胞外ナトリウム濃度付近のナトリウム濃度の上昇に応答して開口し、細胞内にナトリウムを流入させる機能を持つ。

[用語2] 交感神経 : 中枢神経(脳・脊髄)ではなく、末梢組織に張り巡らされている末梢神経系の1つ。脊髄を経由して脳からの信号を受け取っている。交感神経が活性化すると、血管の収縮が起こることで血圧が上昇する。

[用語3] 脳脊髄液 : 脳内や脊髄にある腔(脳室など)の中を満たす体液。

[用語4] 終板脈管器官(OVLT) : 脳交感神経や血圧の制御に関与する脳内器官の1つ。脳内で例外的に血液-脳関門(血液中の成分が脳内へ非特異的に侵入するのを防ぐためのバリア構造)を持たず、また、脳室に面した位置にあるため、血液と脳脊髄液の成分を感知するのに適した構造を持つ。

[用語5] 視床下部室傍核(PVN) : 交感神経や血圧の制御に関与する脳内器官の1つ。吻側延髄腹外側野(RVLM)を経由して、あるいは直接、脊髄にシグナルを伝えている。

[用語6] グリア細胞 : 神経系を構成する細胞のうち、神経細胞ではない細胞の総称。長い間、神経細胞の補助的細胞であると思われてきたが、情報伝達においても重要な役割を持つことが分かってきている。

[用語7] 光遺伝学 : 光によって活性化する特殊なたんぱく質を作る遺伝子を細胞に発現させることで、その細胞機能を光によって操作できるようにする技術。神経細胞を活性化させる実験では、青色光によって活性化する陽イオンチャンネルであるチャネルロドプシン(ChR2)などが使用される。神経細胞の活動を抑制する実験では、黄色光によって活性化するクロライド(Cl-)ポンプであるハロロドプシン(eNpHR)などが使用される。

[用語8] 酸感受性イオンチャンネルASIC1 : 細胞外の酸性化(pHの低下)に応答して開口する性質を持つ陽イオンチャンネルであるASICファミリーに属するチャンネルの一種。ASIC1aはASICファミリーの中でも特に酸に対して高い感受性を持つ。

[用語9] 本態性高血圧 : 高血圧のうち、明らかな原因(腎臓や副腎の疾患、薬剤など)があって発症している高血圧(二次性高血圧)以外のものを指す。高血圧全体の約90%を占めるとされている。明らかな原因が特定できず、遺伝的因子と環境因子(食習慣や飲酒、喫煙、ストレスなど)により複合的に発症していると考えられている。

参考文献

[1] Hiyama, T.Y., Watanabe, E., Ono, K., Inenaga, K., Tamkun, M.M., Yoshida, S., and Noda, M. (2002). Nax channel involved in CNS sodium-level sensing. Nat Neurosci. 5, 511-512.

[2] Hiyama, T.Y., Watanabe, E., Okado, H., and Noda, M. (2004). The subfornical organ is the primary locus of sodium-level sensing by Nax sodium channels for the control of salt-intake behavior. J Neurosci. 24, 9276-9281.

[3] Matsuda, T., Hiyama, T.Y., Niimura, F., Matsusaka, T., Fukamizu, A., Kobayashi, K., Kobayashi, K., and Noda, M. (2017). Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ. Nat Neurosci. 20, 230-241.

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
[Na+] Increases in Body Fluids Sensed by Central Nax Induce Sympathetically Mediated Blood Pressure Elevations via H+-Dependent Activation of ASIC1a
著者 :
Kengo Nomura, Takeshi Y. Hiyama, Hiraki Sakuta, Takashi Matsuda, Chia-Hao Lin, Kenta Kobayashi, Kazuto Kobayashi, Tomoyuki Kuwaki, Kunihiko Takahashi, Shigeyuki Matsui, and Masaharu Noda
DOI :

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研究に関すること

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

教授 野田昌晴

E-mail : madon@nibb.ac.jp
Tel : 0564-59-5846

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」に情報理工学院の鈴木咲衣准教授が出演

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情報理工学院 数理・計算科学系の鈴木咲衣准教授が、NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」に出演します。同番組はお笑い芸人で作家の又吉直樹さんが、私たちの暮らしに潜むフシギを見つけ出しひも解く教養バラエティです。

コメント

鈴木准教授

鈴木准教授のコメント

「地図の隣り合う国を違う色で塗り分けるには4色あれば十分か?」という四色問題は、1976年にアッペルとハーケンによりコンピューター計算を用いて肯定的に解決されました。しかし当時はその証明をチェックする方法が確立されていなかったため、コンピューター計算による証明を「数学における証明」としてよいのかは議論を呼びました。番組では四色問題を題材に、数学をするという行為について又吉直樹さんと思いを巡らせました。数学がちょっと苦手、という方にも楽しんでもらえると嬉しいです。

番組情報

  • 番組名
    NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」
  • タイトル
    4色ボールペンって便利なの?
  • 放送予定日
    2019年1月9日(水)22:00 - 22:45
  • (再放送)
    2019年1月11日(金)0:30 - 1:15(木曜深夜)
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リベラルアーツ研究教育院主催シンポジウム「AIとヒューマニティー」開催報告

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10月17日、リベラルアーツ研究教育院主催シンポジウム「AIとヒューマニティー」が開催され、AI(artificial intelligence、人工知能)についての講演と討論が行われました。パネリストは、本学リベラルアーツ研究教育院の調麻佐志教授(科学技術社会論)、國分功一郎教授(哲学)、AIの作る俳句と腕比べをした経験もある若手有力俳人の大塚凱氏の3名で、本学の池上彰特命教授が司会を務めました。会場は、東工大大岡山キャンパスのディジタル多目的ホールが予定されていましたが、聴講希望者が多く、隣接するメディアホールにも映像中継が行われ2会場での開催となりました。

満席となったディジタル多目的ホール

満席となったディジタル多目的ホール

まず、調教授は、フェルメールやウォーホルなどの美術作品を例にあげながら、「創造性」の面でAIには人間を越えられない壁があることを指摘しました。また、文章表現における、文脈(状況)や意味を「理解」することもAIには難しいと説明しました。

特定の領域では、AIは容易に人間を凌ぐものの、倫理的・社会的な制約などで、AIには置き換えられない領域があり、AIと人間の違いを認識した上で、「私たちの問題」としてAIへの対応を考えることが重要であるとしました。

次に、國分教授は、『AIと知性の問題ー「知性一般」はありうるかー』と題して、哲学者ドゥルーズなどの言葉を引きながら語りました。

AIが、「人工知能」であるためには、単純に計算が速いだけではなく、「知性」が必要であるとしました。そして、知性の根幹である「想像力」、それによって作り出される「奥行き」の感覚、また、そこに必要とされる「他者感覚」を、AIは持つことができるだろうかという問いを投げかけました。この他者感覚は、個別具体的な他者を知ることの積み重ねから生じるもので、「他者一般」や「知性一般」というものが存在しない以上、果たして人工的な知性は生じるのだろうかとも述べました。

続けて、大塚氏は、『AIが俳句を作るとき―”作者”はどこにいるのか?』と題して語りました。

大塚氏は、北海道大学とともにAI俳句の研究を行っています。俳句を作るAI「AI一茶くん」とその作品の解説を通して、「最善の一手」が何かを判断しやすい囲碁や将棋と異なり、「いい俳句とは何か」を判断することはAIには難しく、その判断能力をいかに学ばせるかを模索中であると説明しました。そして、AI俳句のレベルを上げていくことは可能だが、果たしてそれは文芸たり得るのかと問いかけました。作品の背景となる「作者」本人の実体の伴わないAI俳句を、人はどこまで楽しめるだろうかという問いです。

この3句のうち2句はAIの作品だと説明する大塚氏
この3句のうち2句はAIの作品だと説明する大塚氏

人間の情報の受け取り方などを語る國分教授(右から2人目)
人間の情報の受け取り方などを語る國分教授(右から2人目)

その後のディスカッションでは、AIにディープラーニングで膨大な量のデータを読み込ませればAIに質的な変化が生じるだろうか、AIの学習は個別の領域の中での読み込みであり、その枠外のまったく新たなものは生まれてこないのではないか、シンギュラリティは実際には訪れないのではないかと議論を深めていきました。また、人間が人間自身をわかっていないという事実を、AIによって突きつけられている現状は非常に興味深いという意見も出ました。

そして、AIによって多くのものが作り出されているものの、それらに煽られることなく冷静に判断して、AIと向き合っていくためにはリベラルアーツの観点が必要であろうとも話し合われました。さらに「人間とは何かをAIはわからない。それが故に人間の意味があるのでしょう」という池上教授の言葉で、シンポジウムは締めくくられました。

今回の複合的なアプローチによるパネリストの発表や、そこから触発されて生まれた議論の展開は、聴講者にとって充分に満足できる内容でした。分野の境界を越えた次回のシンポジウムへの期待の声も寄せられています。

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お問い合わせ先

リベラルアーツ研究教育院文系教養事務

E-mail : ilasym@ila.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7689

学内の異分野融合をテーマに「Tokyo Tech Research Festival 2018」を開催

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学内の異分野融合をテーマに「Tokyo Tech Research Festival 2018」を開催

11月15日、学内研究者の異分野融合を進めるため第2回東工大リサーチフェスティバル(Tokyo Tech Research Festival 2018)を大岡山キャンパス百年記念館で開催しました。このイベントは、将来性のある学内の研究者が出会い、これまで想定し得なかった新たな連携・融合研究が生まれることを期待して行われたものです。

イベントのキャッチコピーは「秋深し、隣は何をする研究室(ひと)ぞ」
イベントのキャッチコピーは「秋深し、隣は何をする研究室(ひと)ぞ」

発表に聞き入る参加者
発表に聞き入る参加者

異分野融合のきっかけを作る

会場では、気鋭の東工大研究者35名が渾身のプレゼンテーションを実施しました。その後は総勢約150名の来場者等による熱気あふれる議論が交わされました。

今回は本学のリサーチ・アドミニストレーター(以下、URA)が構築した学内限定の双方向ウェブ掲示板システム「Tokyo Tech CollaboMaker(通称 コラボメーカー)」を活用し、発表者が自身の研究の強みと、共同研究したい研究分野を公開しました。

さらに、当日はポスターに付箋でコメントを残すなどのユニークな仕組みを取り入れ、これまでに出会わなかった異分野の専門家同士の意見交換を満喫しました。

盛んに議論が交わされたポスターセッション
盛んに議論が交わされたポスターセッション

発表ポスターには参加者から寄せられたコメントも
発表ポスターには参加者から寄せられたコメントも

閉会式の前には、来場者の投票による「ベストプレゼンテーション賞」が決定され、渡辺治理事・副学長(研究担当)から4名に賞状が授与されました。

終了後の懇親会では異分野融合研究のきっかけを見出したという声が多く聞かれました。

賞状を手にするベストプレゼンテーション賞受賞者
賞状を手にするベストプレゼンテーション賞受賞者

ベストプレゼンテーション賞特別賞を受賞した情報理工学院 情報工学系の小宮健助教
ベストプレゼンテーション賞特別賞を受賞した
情報理工学院 情報工学系の小宮健助教

参加者の7割近くが出会いを実感

開催後のアンケートでは、参加した研究者のうち65%が「異分野融合に繋がりそうな出会いやきっかけを見つけられた」と回答しています。

イベント会場でのセッションを通じて共同研究の計画が持ち上がった研究者や、異分野・別学院から同じ研究キーワードで結び付いた研究者もいる一方で、すぐに研究に結び付く話ではなくても、異分野の視点から貴重な意見を聞けたことに参加メリットがあったという意見もありました。

URAが支援-10年後の大型研究を目指して

URAは大学などの研究機関において研究者を支援し、研究マネジメントの一翼を担う高度専門人材です。既に多くの研究機関で導入され、研究者とともに新たな研究プロジェクトの立上げや、その管理・運営などを支援しています。本学では、研究・産学連携本部に所属するURAをはじめ、部局付のURAや一部の研究プロジェクトで専任されるURAなどが活動しています。

URAは、このイベントを契機としてマッチングが成立した研究者に対し、研究資金獲得の支援や研究室同士の更なる交流を支援します。最初は小規模なフィジビリティから始まり、10年後には東工大を代表する大型プロジェクトへと発展し、より良い未来社会の実現へ繋げるべく、URAがサポートしていきます。

お問い合わせ先

研究・産学連携本部

Tokyo Tech Research Festival 担当

E-mail : ttrf@ura.titech.ac.jp

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貴金属触媒を使わずバイオマスからプラスチック原料を合成 最適構造の二酸化マンガン触媒の開発に成功

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要点

  • β-二酸化マンガン触媒で糖由来化合物からポリマー原料の高効率合成に成功
  • 理論計算により、様々な二酸化マンガンから最適な触媒構造(β型)を予測
  • 既存触媒の6倍の表面積をもつβ-二酸化マンガン触媒合成の新手法を開発

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授、鎌田慶吾准教授、大場史康教授と元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授らは、石油などの有限資源や貴金属触媒を一切使わずにポリエチレンテレフタレート(PET)から代替えが期待されているポリエチレンフラノエート(PEF)の原料「2,5-フランジカルボン酸(FDCA)[用語1]」を効率的に合成することに成功した。β-二酸化マンガン(β-MnO2[用語2]を触媒に用い、再生可能なバイオマス由来の5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)[用語3]からFDCAを合成した。

原教授らが開発したアモルファス前駆体の低温結晶化法により、大きな表面積をもつβ-MnO2ナノ粒子を合成することが可能になり、従来のMnO2触媒の性能を飛躍的に向上させることを達成した。従来の合成手法では大きな表面積をもつβ-MnO2の合成は困難とされていたが、今回の開発技術を用いれば地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)の排出を大幅に低減することが見込まれる。

限られた化石資源を使わずに化成品を製造することは避けられない課題となっており、そのために新しい触媒材料の設計と開発が切望されている。今回の技術開発はこうした社会のニーズに応えるものといえる。

研究成果は2019年1月7日(日本時間16時)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版で公開された。

研究成果

東工大の原教授らは実験と理論計算から触媒構造と反応機構を検討し、β-二酸化マンガン(β-MnO2)触媒中の三つのマンガンを架橋する酸素原子が酸化反応に寄与すること、さらにこの知見は糖由来化合物5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)を酸化して2,5-フランジカルボン酸(FDCA)を合成する反応に適用できることを明らかにした。この成果は安価で豊富に存在するMnO2の精密な構造の制御が希少金属触媒を使わないバイオマス変換反応に有効なことを示している。

具体的には独自に開発したアモルファス前駆体の低温結晶化法により得られたβ-MnO2ナノ粒子が、HMFからポリエチレンテレフタレート(PET)の代替えポリマーであるポリエチレンフラノエート(PEF)の原料のFDCAへの酸化反応を促進する固体触媒として機能することを発見した(図1上)。

図1. (上)バイオマス資源からのポリエチレンフラノエート(PEF)合成ルート。本研究で新規に開発したβ-MnO2ナノ粒子触媒が、HMFからFDCAへの酸化反応を効率的に促進する(下)化石資源からのポリエチレンテレフタレート(PET)合成ルート。PET生産量は非常に多いため、バイオマス資源からの合成ルートに置き換えることができれば飛躍的なCO2排出抑制につながる
図1.
(上)バイオマス資源からのポリエチレンフラノエート(PEF)合成ルート。本研究で新規に開発したβ-MnO2ナノ粒子触媒が、HMFからFDCAへの酸化反応を効率的に促進する(下)化石資源からのポリエチレンテレフタレート(PET)合成ルート。PET生産量は非常に多いため、バイオマス資源からの合成ルートに置き換えることができれば飛躍的なCO2排出抑制につながる。

安価で豊富に存在するMnO2は多様な結晶構造をもつが、液相酸化反応における反応性の違いについてはこれまで未解明であった(図2)。そこで、実験と理論計算を用いて、最適構造や反応サイトについての詳細な検討を行った。まず、各二酸化マンガンについて第一原理計算[用語4]を用いて結晶構造内の酸素の空孔形成エネルギー[用語5]を算出したところ、β-MnO2の三つのマンガンを架橋する酸素原子が最も空孔になりやすい(=反応しやすい)ことがわかった。

実際に、様々な結晶構造をもつMnO2を合成し、各構造中の酸素の反応性を昇温還元測定(H2-TPR)[用語6]により求めたところ、β-MnO2の酸素の反応性が最も高いことが示唆された(図3)。このことは、実際の触媒反応の活性序列とも一致したことから、本研究により初めてβ-MnO2の液相酸化反応への優れた触媒能が明らかとなった。

図2. MnO2のもつ多様な結晶構造。ピンク色の八面体はMnO6ユニットである
図2.
MnO2のもつ多様な結晶構造。ピンク色の八面体はMnO6ユニットである。
図3. 実験結果(触媒反応活性・酸素原子の反応性)と理論計算結果(酸素の空孔形成エネルギー)の関係
図3.
実験結果(触媒反応活性・酸素原子の反応性)と理論計算結果(酸素の空孔形成エネルギー)の関係。

これまでに水熱法[用語7]によるβ-MnO2の合成が報告されているが、表面積が小さいために触媒性能の向上を大きく制限していた。そこで、4価のマンガン種を含むアモルファス前駆体を低温で結晶化する新しい合成手法を開発し、従来の水熱法で合成したサンプルの約6倍の表面積をもつβ-MnO2ナノ粒子を合成することに成功した。HMFの酸化反応を行うとFDCA収率が大きく向上し、高表面積化による飛躍的な触媒性能の向上が確認された(図4)。

図4. 従来法(水熱法)および新法(本研究)により合成したβ-MnO2を用いたHMFの酸化反応。新法により合成したβ-MnO2の表面積は従来法のものよりも約6倍になり、中間生成物5-ホルミル-2-フランカルボン酸(FFCA)の生成はほとんど観測されずFDCA収率が向上した
図4.
従来法(水熱法)および新法(本研究)により合成したβ-MnO2を用いたHMFの酸化反応。新法により合成したβ-MnO2の表面積は従来法のものよりも約6倍になり、中間生成物5-ホルミル-2-フランカルボン酸(FFCA)の生成はほとんど観測されずFDCA収率が向上した。

背景と研究の経緯

近年、汎用化成品・バイオプラスチック・燃料などの高付加価値製品の製造に、化石資源の代わりとなる生物由来の再生可能なバイオマス資源が注目されている。これらは化石資源と異なり、生成したCO2が光合成で再びバイオマス資源へと変換されるためCO2排出低減にも大きく寄与する(図1)。しかし反応制御において今なお多くの課題を抱えており、優れた触媒系の開発が急務となっている。

糖や炭水化物から生成される5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)を酸化して得られる2,5-フランジカルボン酸(FDCA)は、ポリエチレンテレフタレート(PET)の代替えポリマーであるポリエチレンフラノエート(PEF)の原料として注目されている。さらに、PEFはPETよりも優れたガスバリア性、熱安定性、低温での熱可塑性をもつため、容器や電子材料の封止材として高いポテンシャルが示唆されている。

特に、PEFボトルは東京オリンピックでの大幅な使用増が視野に入れられるなど、今後のFDCA製品市場の開発と拡大の可能性は極めて高いと考えられている。固体触媒を用いたHMF酸化によるFDCA合成反応は貴金属担持触媒の研究が主だが、過剰量の強塩基(NaOH)の添加や反応溶液への金属の溶出といった問題点がある。一方、貴金属フリーな触媒系は一般的に活性が低く、高収率でFDCAを得られる反応系はなかった。

このような研究背景のもと、希少金属触媒を使わずにHMFをFDCAへと効率的に変化できる触媒系の開発に着手した。安価で豊富に存在するマンガン酸化物の多様な結晶構造を精密に制御し、FDCA合成に最適な構造がβ-MnO2であることを実験および理論計算により明らかにした。β-MnO2の新しい合成手法を用いることで、従来合成法の問題点(β-MnO2の表面積は小さく触媒性能が低い)を解決することに成功した。

電気化学反応の分野ではMnO2触媒の結晶構造依存性は広く検討・議論されている一方、液相での有機反応に対して系統的な検討や活性-構造の相関に関する議論が行われた例はほとんどなかった。β-MnO2触媒の有用性実証およびバイオマス変換反応における固体触媒としての利用はこれまでになく、今回の研究が初めての報告例となる。

今後の展開

今回開発した高機能β-MnO2触媒は、HMFの酸化反応によるFDCA合成反応だけでなく、様々な液相での選択酸化反応や気相での完全燃焼反応など広範な化学反応に適用できる可能性がある。さらに、MnO2は触媒以外にも化学センサー、磁性材料、スーパーキャパシタや電極材料としても研究されているため、広範な用途応用への展開も期待される。

今回の結果は、ありふれたMnO2という物質であっても精密な理論計算・構造制御により、固体触媒の活性を大きく向上させることができることを示している。今後、本アプローチを他の(複合)酸化物触媒にも応用することで、機能を予測して触媒をつくることができるため、さらなる活性向上や別の反応への展開が可能となり、温和な条件下での高効率触媒反応開発に大きく貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 2,5-フランジカルボン酸 : 両末端にカルボキシ基を有するフラン化合物。PETの原料であるテレフタル酸と類似の構造を有しているため、PET代替ポリマーの原料として注目されている。

[用語2] β-二酸化マンガン : 様々な構造をもつMnO2の中の一種で、一次元の(1×1)のチャネル構造をもつ。結晶性MnO2はMnO6八面体ユニットが頂点共有あるいは稜共有することで、様々なトンネル構造や層状構造を形成する。

[用語3] 5-ヒドロキシメチルフルフラール : 水酸基とホルミル基を有するフラン化合物。グルコースから得られるためバイオマス由来原料として、モノマーや燃料として検討されている。

[用語4] 第一原理計算 : 実験で得られた結果を参照しないで構成元素と構造のみをパラメーターとし、系の電子状態やエネルギーなどを求める計算手法。

[用語5] 酸素の空孔形成エネルギー : 酸化物の結晶構造から酸素原子が酸素分子として抜けて酸素空孔(本来酸素原子がある場所が空の状態)が形成する際のエネルギー変化。

[用語6] 昇温還元測定 : H2-TPRは金属酸化物の物性評価のひとつで、酸化物の還元性について定量的な情報を与える。

[用語7] 水熱法 : 高温高圧の熱水中で化合物を合成あるいは結晶成長する手法。

謝辞

本成果は主に科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)によって得られた。

研究開発課題名 : 「多機能不均一系触媒の開発」

研究代表者 : 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授 原亨和

研究開発実施場所 : 東京工業大学

研究開発期間 : 2012年10月 - 2020年3月

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Effect of MnO2 Crystal Structure on Aerobic Oxidation of 5-Hydroxymethylfurfural to 2,5-Furandicarboxylic Acid
著者 :
Eri Hayashi, Yui Yamaguchi, Keigo Kamata, Naoki Tsunoda, Yu Kumagai, Fumiyasu Oba, and Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授

鎌田慶吾

E-mail : kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5338 / Fax : 045-924-5338

JST事業に関すること

科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部 低炭素研究推進グループ 調査役

江森正憲

E-mail : alca@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3543 / Fax : 03-3512-3533

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

下部マントル最上部に玄武岩質の物質 沈み込むプレートの行方に関する論文がNatureに掲載

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今回の研究成果のポイント

  • マントル物質及び沈み込む海洋地殻物質の重要な構成物である、CaSiO3ペロブスカイト(CaPv)の弾性波(地震波)速度測定に世界で初めて成功した。
  • CaPvの弾性波速度は従来の予想に比べてはるかに低いことがわかった。このことからCaPvを多く含む玄武岩からなる海洋地殻物質の地震波速度は、従来の予想より大幅に低くなると考えられる。
  • 最近マントル深部の深さ660 km直下に発見された地震波速度の低速度領域は、海洋地殻物質の存在によると解釈される。
  • マントル深部に沈み込んだプレートの多くは660 km付近に留まり、この付近に化学的な層構造をもたらす可能性がある。

下部マントル最上部に玄武岩質の物質

概要

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)のスティーブ・グレオ(Steeve Gréaux)研究員と入舩徹男教授(いずれも東京工業大学 地球生命研究所兼務)らと高輝度光科学研究センター、滋賀県立大学の研究者からなるグループは、放射光X線を利用したその場観察実験と超音波測定実験の組み合わせにより、マントル中の主要な高圧型鉱物であるCaSiO3ペロブスカイトの弾性波速度の測定に成功し、この高圧型鉱物を多く含む玄武岩質の海洋地殻物質が、マントル深部の660 km不連続面直下に多量に存在することを明らかにしました。

本研究は国際科学雑誌「Nature」の1月10日版において発表されました。

研究の背景

地球内部の地震波速度・密度分布と構造

地球内部の地震波速度・密度分布と構造

地球は深さ平均約30 kmの地殻、深さ2,900 kmまでのマントル、中心の深さ6,400 kmまでの核の3つの領域からできています。マントルは更に、深さ660 km付近に存在する地震学的不連続面[用語1]により、上部マントル[用語2]下部マントル[用語3]からできていることが、地震波の伝わり方からわかっています。

上部マントルを構成する物質は、火山の噴火などによりもたらされるマントル由来の岩石(マントル捕獲岩)を調べることにより、「パイロライト」という主にかんらん石・輝石・ざくろ石の3種類の鉱物を含む岩石であることがわかっています。しかし、上部マントルの下部や下部マントルの物質[用語4]は地表で手に入れることが困難であり、どのような岩石からできているかよくわかっていません。

このようなマントル深部の物質を探るほぼ唯一の手がかりは、巨大地震の地震学的観測によりもたらされるマントル深部における密度と地震波速度の変化です。とりわけ、地震波速度(P波速度VpとS波速度Vs)は深さの関数として高い精度(± 1~2%程度)で決まっており、マントル物質を特定する重要な手がかりとなります。

パイロライトを構成するかんらん石・輝石・ざくろ石などの鉱物は、マントル中の高い圧力と温度のもとで、様々な結晶構造を持つ高圧型鉱物[用語5]へと変化します(構造相転移)。これらの鉱物やその高圧型鉱物の地震波速度(=弾性波速度[用語6])を実験室で測定し、得られた実験データをマントル中の地震波速度と比較することにより、マントル深部に存在する物質を推定することが可能です。

沈み込む海洋プレートの物質構成

沈み込む海洋プレートの物質構成

マントル中にはパイロライトの他にも、沈み込むプレートを構成する玄武岩質の海洋地殻とハルツバージャイト岩も存在すると考えられます。これらの物質も主にこれら3種類の鉱物からできています。ただしその割合は、それぞれパイロライト中の割合と大きく異なります。従ってこれら3つの鉱物と、それぞれの高圧型鉱物の弾性波速度を全部測定すれば、これらの比に基づいてパイロライト、玄武岩、ハルツバージャイト岩の3つのマントル深部を構成する候補物質の弾性波速度を見積もることができます。

これまでの研究により、上記3種類の鉱物及びその高圧型鉱物のほとんどに対して、弾性波速度測定が行われました。この結果に基づき560 km程度までの深さまでは、パイロライトが最も適当なマントル物質であることが明らかにされました(Irifune et al., Nature, 2008)。この研究では、より深いマントルではパイロライトの弾性波速度が、地震波速度の観測値と食い違うことを示していました。しかし、560 kmより深い領域での主要高圧型鉱物である、CaSiO3成分に富むペロブスカイト(カルシウムペロブスカイト=CaPv)の測定は困難で、マントル候補物質の弾性波速度を精度良く見積もるには至っていませんでした。

パイロライトの相変化と地震波速度

パイロライトの相変化と地震波速度

これはCaPvが常圧下ではペロブスカイト型の結晶構造を維持できず、非結晶(アモルファス)[用語7]状態へと変化するため、弾性波速度測定用の適当な試料を得ることが不可能だったからです。CaPvは沈み込んだプレートを構成する玄武岩の主要高圧型鉱物でもあり、その弾性波速度の測定は、マントル深部の物質を明らかにする上で重要です。

本研究の内容

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)と 高輝度光科学研究センター(JASRI)の研究グループは、大型放射光施設SPring-8[用語8]の高温高圧ビームラインBL04B1における強いX線と、独自の超音波技術を組み合わせることにより、マントル深部の高温高圧下での鉱物の弾性波速度測定技術を開発してきました(Higo et al., Phys. Earth Planet. Inter., 2008など)。この手法では、測定する鉱物の多結晶体を高温高圧下で合成した後常圧下に取りだし、それを円柱形に成形したものに対し、別の実験で高温高圧下での弾性波速度を測定します。弾性波(=地震波)の伝わる速度(V)は試料の長さ(L)と、超音波が試料を通過する時間(t)を用いてV=L/tで決定することができるので、高温高圧下での試料のX線像(レントゲン像)から試料の長さを測定し、同時に超音波をあてて試料を通過する速度を測定することにより、様々な温度と圧力のもとでのVを測定することが可能です。

高温高圧下での弾性波速度測定

高温高圧下での弾性波速度測定

CaSiO3組成のガラス出発物質
CaSiO3組成のガラス出発物質

しかし、CaPvは常圧下に取り出すことができないので、本研究では新しい手法を用いました。それはまずCaSiO3成分のガラスをつくり円柱状に加工し、これを高温高圧下でCaPvに変換した後、試料を取り出すことなくそのまま弾性波速度を測定するというものです。

実験はSPring-8で行い、CaPvの弾性波速度の精密測定を、圧力23万気圧・温度1,700 Kという、マントル深部660 km不連続面に相当する条件まで行いました。測定は5回の独立な実験により様々な温度圧力下で行い、それぞれの実験が互いに整合的なことを確かめました。これらの結果、CaPvの弾性波速度、特にS波速度がこれまで理論的に予測されていた値に比べてはるかに小さいことが明らかになりました。このことから、とりわけCaPvを多く(20-30%程度)含んでいる玄武岩質の海洋地殻物質は、660 km不連続面付近まで沈み込むと、周囲のマントル物質に比べて地震波速度が大きく低下することがわかりました。

CaPv弾性波速度(左)とマントル構成候補物質の弾性波速度(右)

CaPv弾性波速度(左)とマントル構成候補物質の弾性波速度(右)

研究の意義と今後の展開

最近マントルの深さ660 km不連続面直下に地震波速度が低い領域が発見され、注目を集めています(Schmandt et al., Science, 2014)。この地震波速度の低下は、この深さ付近で存在が予想されている少量(数千ppm程度)の水の影響によりマントル岩石の融点が下がり、一部が融けてマグマが発生しているためと考えられていました。

本研究の結果から、このような低速度領域はマグマの発生ではなく、CaPvを多く含み地震波速度の低い玄武岩質の海洋地殻物質が、この領域に多く存在するためであるとする結論が導かれました。この結論は、GRCの西真之講師らの下部マントルでの新しい含水鉱物(H相)の発見や(Nishi et al., Nature Geosci., 2014)、同じくGRCの井上徹教授(広島大学教授との兼任)らの下部マントル主要鉱物であるブリッジマナイト中に多量のH2O成分が取り込まれるという実験結果(Inoue et al., Goldschmidt Conference, 2016)など、下部マントル領域では独立した物質としての「水」の存在は考えにくいとする研究成果とも調和的です。

本研究からは、沈み込んだプレート物質[用語9]の多くが660 km不連続面付近に存在することが示唆されます。地震波速度の観測データと本研究の実験データを比較することにより、660 km不連続面の上面にはプレートを構成するハルツバージャイト岩質の物質が、また660 km直下には玄武岩質の物質が多く存在することが予想されます。近年660 km以深の下部マントルに由来する「超深部起源ダイヤモンド」の中に、玄武岩を構成する高圧型鉱物(Walter et al., Science, 2011)やCaPv(Nestola et al., Nature, 2018)が発見され、この領域に玄武岩的な物質が存在することが指摘されており、本研究の結果とも整合的です。

本研究による660 km不連続面付近の物質構成モデル

本研究による660 km不連続面付近の物質構成モデル

今後660 kmより深い23万気圧を越える下部マントル深部領域で、同様の手法による弾性波速度測定を行い、観測に基づく地震波速度と対比させることにより、地球科学の大きな謎である下部マントルの化学組成の解明に重要な情報を与えることができると思われます。JASRIとGRCのグループは、最近下部マントルの深さ800 km近くに対応する27万気圧程度まで同様な測定を行う技術を開発し(Higo et al., Rev. Sci. Instrum., 2018)、下部マントルを構成する有力候補物質であるパイロライトや、それを構成する高圧型鉱物の弾性波速度の測定に取り組んでいます。このような手法により下部マントルの化学組成が解明されれば、地球の原材料やその進化の解明が大きく進展すると期待されます。

用語説明

[用語1] 660 km不連続面 : マントルの深さ660 kmに存在する、地震波速度や密度が急激に変化する面。マントル物質中の主要な鉱物であるかんらん石の相転移が原因であると考えられている。この不連続面により、マントルは上部マントルと下部マントルにわけられる。660 kmに対応する圧力は約23万気圧、温度1,600 ℃程度と見積もられている。

[用語2] 上部マントル : 地殻の下、深さ30 kmから660 kmに至るマントルの領域。主にパイロライトと称される、かんらん石・輝石・ざくろ石の3つの鉱物とその高圧型鉱物からできていると考えられる。なお、上部マントルを深さ410 kmまでの領域とし、410 km~660 kmの領域をマントル遷移層と呼ぶこともある。

[用語3] 下部マントル : マントルの深さ660 kmから、核の最上部の深さ2,900 kmに至る領域。地球全体の体積の約6割を占めるが、その化学組成については上部マントル同様にパイロライトであるとの考えと、よりシリカ(SiO2)成分に富んだ組成であるとする説がある。

[用語4] マントル物質 : 上部マントルを構成する物質は、主にパイロライトであると考えられている。パイロライト(pyrolite)はマントル捕獲岩であるかんらん岩に近い組成を持っており、主に輝石(pyroxene)とかんらん石(olivine)からなる、オーストラリア国立大学のA. R. Ringwood教授により考案された仮想的岩石である。上部マントル最下部~下部マントル領域におけるマントル物質に関しては、すべてパイロライトとする考えもあるが、玄武岩、ハルツバージャイト岩、またよりシリカに富んだペロブスカイタイトなど、様々な説があり未解決である。

[用語5] 高圧型鉱物 : 鉱物はそれを構成する原子が規則正しい配列をした結晶構造をもっているが、これに圧力を加えるとある時点で全く異なる結晶構造に変化する。この現象を高圧相転移といい、その結果生じる新しい構造の鉱物を高圧型鉱物と称する。例えばダイヤモンドは石墨(グラファイト)の高圧型鉱物である。

[用語6] 弾性波速度 : 固体(弾性体)物質の中を伝わる波の速度。P波(Vp)とS波(Vs)に対応する2種類がある。地震波もこの一種である。P波速度、S波速度は周波数に依存しないので、小さな試料に対する超音波を使った測定により、物質の弾性波速度即ち地震波速度を測定することができる。

[用語7] 非結晶(アモルファス) : 鉱物などの結晶に対して、原子が規則正しく配列していない固体が存在し、そのような物質を非結晶(アモルファス)物質と称する。ガラスはその例である。高圧型鉱物は常圧に取り出しても準安定に存在できることが多いが(ダイヤモンドもその例)、一部の高圧型鉱物は常圧下ではアモルファス化するものもある。CaPvはその例である。

[用語8] 大型放射光施設SPring-8 : 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語9] プレート物質 : 沈み込む海洋プレートの主な構成物質は、最上部の薄い堆積物・海洋地殻を構成する玄武岩、その下にあるハルツバージャイト岩、さらにその下にはマントル物質のパイロライトからなり、厚さ80~100 km程度と考えられている。これらのうち、最上部の堆積物と下部のパイロライトは沈み込む過程で周囲のマントルに取り込まれ、下部マントル付近に達するプレートの主な構成物質は玄武岩とハルツバージャイト岩と考えられる。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Sound velocity of CaSiO3 perovskite suggests the presence of basaltic crust in the Earth’s lower mantle(CaSiO3ペロブスカイトの音速測定により、下部マントルに玄武岩質地殻物質が存在することを示唆)
著者 :
スティーブ・グレオ1,2、入舩徹男1,2、肥後祐司3、丹下慶範3、有本岳史1、劉兆東1、山田明寛4
所属 :
1愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
2東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)
3高輝度光科学研究センター(JASRI)
4滋賀県立大学 ガラス工学研究センター
DOI :

著者の情報

本研究はグレオと入舩が立案し、主要な実験である弾性波速度測定はグレオが、肥後祐司・丹下慶範(ともにJASRI主幹研究員)・有本岳史(GRC博士研究員)・Zhaodong Liu(劉兆東:中国吉林大学 准教授)の支援を受けて行いました。山田明寛(滋賀県立大学 助教)はCaSiO3ガラスの作製を行いました。論文の取り纏めは入舩とグレオが担当しました。本研究の著者は、現在色々な研究機関に所属していますが、全員が愛媛大学 大学院理工学研究科 博士課程大学院生(肥後、山田、有本、劉)、GRC助教(丹下)としてGRCに在籍した経歴を有しており、「オールGRCチーム」の成果ともいえます。尚、入舩とグレオは東京工業大学の地球生命研究所において、それぞれ主任研究者と研究員を兼務しています。

関連分野の研究者

第三者のコメントをご参考にされたい場合に下記の方々を推薦します。

東京大学 名誉教授 八木健彦

E-mail : yagitakehiko@76.alumni.u-tokyo.ac.jp
Tel : 0475-47-3845

東京大学 大学院理学系研究科・附属地殻化学実験施設 教授 鍵裕之

E-mail : kagi@eqchem.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7625

広島大学 大学院理学研究科・地球惑星システム学専攻 教授 井上徹

E-mail : toinoue@hiroshima-u.ac.jp
Tel : 082-424-7460

備考

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号: JP15H05829, JP25220712)の一環として実施したものです。

お問い合わせ先

研究に関すること

研究員 スティーブ・グレオ

E-mail : greaux@sci.ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-8137

教授 入舩徹男

E-mail : irifune@dpc.ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-9645

愛媛大学に関すること

愛媛大学 総務部 広報課

E-mail : koho@stu.ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-9022

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)

E-mail : grc@stu.ehime-u.ac.jp
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