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ポリマー化技術により肝臓がん幹細胞の標的化を実現

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要点

  • 新しいドラッグ・デリバリー・システムを構築し、がん幹細胞の特性に照準を合わせた創薬を実現した。
  • 本ドラッグ・デリバリー・システムと既存の抗がん剤を組み合わせることにより、抗腫瘍効果が増強した。
  • 動物実験で効果と安全性を確認することで、将来的に臨床応用が期待される。

概要

大阪大学 大学院医学系研究科の俊山礼志 大学院生(卒業生)、今野雅允 寄附講座講師(先進癌薬物療法開発学寄附講座)、石井秀始 特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学共同研究講座)、江口英利 准教授、森正樹 教授(消化器外科学Ⅰ)、土岐祐一郎 教授 (消化器外科学II)らの研究グループは、東京工業大学の西山伸宏教授らとの協働した研究により、PEG-ポリアミノ酸ブロックコポリマー[用語1]ウベニメクス[用語2]を用いたドラッグ・デリバリー・システム(DDS)[用語3]を構築しました。このDDSを用いることによって、がん幹細胞[用語4]におけるウベニメクスの濃度を局所的に高めることができるようになりました。さらに、標準的な抗がん剤と併用させることで、がん幹細胞を著しく減少させることに成功しました(図1)。

これまで、研究グループは、肝臓がん幹細胞の表面マーカーとしてCD13を同定しました。CD13の阻害剤であるウベニメクスを添加すると、がん細胞が細胞死を起こすことが明らかとなっていましたが、固形がんではウベニメクスの局所濃度を高めることができなかったために、腫瘍組織の中の一部にしか存在しないがん幹細胞を標的化することは困難とされてきました。

今回、ブロックコポリマーのポリアミノ酸側鎖にウベニメクスを結合したDDSを用いることにより、進行期肝臓がんの幹細胞においてウベニメクス濃度を局所的に高めることができ、肝臓がん腫瘍を減少させることができました。この技術を応用することで、抗がん治療の効果が高まることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Oncogene」に8月8日(水)午後9時(日本時間)に公開されました。

本研究で構築したドラッグ・デリバリー・システム(DDS)の概要

図1. 本研究で構築したドラッグ・デリバリー・システム(DDS)の概要

本研究では、ブロックコポリマーにウベニメクスを結合したDDSを構築した。このDDSに搭載されているウベニメクスが、肝臓がん幹細胞表面マーカーCD13を認識する。ウベニメクスはCD13の阻害剤であるため、がん幹細胞で局所的に濃度を高めることによりがん幹細胞を死滅させることに成功した。また、本DDSと標準的な化学療法を組み合わせることで、相乗効果を示し、がん幹細胞を著しく減少させることができた。

研究の背景

がん組織の細胞には、大きく分けて二つの細胞(がん細胞とがん幹細胞)があります。がん幹細胞はがんの悪性化や転移に関わることから、がんを治すためにはがん幹細胞を根絶させることが重要です。しかし、がん幹細胞は、薬物療法や放射線療法へ治療抵抗性を示し、これががん難治性の原因であることが知られていました。

研究グループはこれまでに、肝臓がん幹細胞にCD13という表面マーカーが存在することを発見しました。この肝臓がん幹細胞にCD13の阻害剤であるウベニメクスを添加すると、がん幹細胞がアポトーシス(細胞死)を起こし、死滅します。しかしながら、がん幹細胞は腫瘍組織の一部にしか存在しないために、ピンポイントで高濃度に標的化できるデリバリーの方法の開発が急務とされてきました。

本研究の成果

研究グループは、まず、高濃度のウベニメクスを運ぶDDSの開発を行いました。ポリエチレングリコールとポリリジンを組み合わせたブロックコポリマーに、ウベニメクス20分子を結合したDDSを新規に構築しました。この手法で、腹腔投与及び静脈注射にてマウスにウベニメクスを投与したところ、肝臓がんの体積が著しく減少することが明らかとなりました(図2)。これは、ピンポイントでウベニメクスを高濃度でがん幹細胞に運ぶことが可能となったことを示しています。

次に、ウベニクスを搭載したDDSと既存の抗がん剤(アントラサイクリン系、シスプラ系、フッ化ピリミジン系)を併せてマウスに投与したところ、相乗効果を示してがん幹細胞に細胞死を誘導できることを明らかにしました。

抗腫瘍効果の比較

図2. 抗腫瘍効果の比較

コントロール(生理食塩水)、ブロックコポリマーのみ、ブロックコポリマーとウベルメクチンをそれぞれ肝臓がんのマウスに投与した。投与後の経過日数とがん組織の体積を測定したところ、ブロックコポリマーとウベルメクチンを投与したマウスでは肝臓がん細胞が著しく減少した。

研究成果の意義

本研究成果により、がん幹細胞に対する薬効が示されていながらデリバリーに課題があった薬剤のリポジショニングが加速化することが期待されます。またDDSの技術として、本研究で用いたブロックコポリマーはその製造が比較的簡便でありながら高度な機能を発揮できるDDSであるので、他の薬剤への発展的な応用も期待されます。

用語説明

[用語1] ブロックコポリマー : 二種以上の単量体から構成される重合体のこと。本研究では、ポリエチレングリコールとポリリジンを組み合わせたブロックコポリマーを使用している。

[用語2] ウベニメクス : がん幹細胞の表面マーカーであるCD13の阻害剤。これまで、白血病の治療薬として用いられてきた。

[用語3] ドラッグ・デリバリー・システム(DDS) : 薬剤を局所に運搬する技術。全身投与では投与量が多くなるので副作用が出てしまう薬剤などで有効である。

[用語4] がん幹細胞 : 造血器腫瘍、固形がんではその腫瘍の一部にがん幹細胞が存在して、治療抵抗性の原因となっている。このがん幹細胞を如何に効果的にターゲットするかが創薬での鍵を握っている。

論文情報

掲載誌 :
Oncogene
論文タイトル :
“Poly(ethylene glycol)–poly(lysine) block copolymer–ubenimex conjugate targets aminopeptidase N and exerts an antitumor effect in hepatocellular carcinoma stem cells”
著者 :
Reishi Toshiyama1,2,3,#, Masamitsu Konno2,#, Hidetoshi Eguchi1, Hiroyasu Takemoto4, Takehiro Noda1, Ayumu Asai2,3, Jun Koseki3, Naotsugu Haraguchi1, Yuji Ueda1,2,3, Katsunori Matsushita1,2,3, Kei Asukai1,2,3, Tomofumi Ohashi1,2,3, Yoshifumi Iwagami1, Daisaku Yamada1, Daisuke Sakai2, Tadafumi Asaoka1, Toshihiro Kudo2, Koichi Kawamoto1,2, Kunihito Gotoh1, Shogo Kobayashi1, Taroh Satoh2, Yuichiro Doki1, Nobuhiro Nishiyama4, Masaki Mori1,%, Hideshi Ishii3,% (#同等貢献、%責任著者)
所属 :
1大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
2大阪大学 大学院医学系研究科 先進癌薬物療法開発学
3大阪大学 大学院医学系研究科 疾患データサイエンス学
4東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
DOI :

お問い合わせ先

大阪大学 大学院医学系研究科

疾患データサイエンス学 特任教授(常勤)

石井 秀始(いしい ひでし)

E-mail : hishii@gesurg.med.osaka-u.ac.jp

先進癌薬物療法開発学 寄附講座講師

今野 雅允(こんの まさみつ)

E-mail : mkonno@cfs.med.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6210-8406 / Fax : 06-6210-8407

取材申し込み先

大阪大学 大学院医学系研究科 広報室

E-mail : medpr@office.med.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-3388 / Fax : 06-6879-3399

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


植物はどのようにして眠るのか 植物が夜に光合成の酵素を眠らせるしくみを解明

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要点

  • 酸化還元制御は明・暗に応じて光合成をオン・オフするスイッチ機能
  • オフ側で働く分子機構を発見、夜間の糖代謝を抑える省エネなしくみを解明
  • 環境適応型作物の設計など応用研究への展開に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の吉田啓亮助教と久堀徹教授らの研究チームは、植物が夜間に光合成に関わる酵素をオフにするしくみを解明した。朝になって植物が光合成を始める際には、タンパク質分子の酸化と還元の切り替え機構である“レドックス制御[用語1]”の働きで光合成の糖代謝を担う酵素群が還元され、光合成機能が活性化される。この“オン”側のスイッチのしくみは古くから知られていたが、夜になったらどのようにして“オフ”にするのかは明らかにされていなかった。吉田助教らは、光合成の酵素群を酸化する(スイッチオフにする)分子機構を明らかにした。この研究成果は、植物がどのようにして夜間に光合成の糖代謝を抑えてエネルギー浪費を防ぐのか、そのしくみの一端を解明したものであり、環境適応型作物のデザインなど今後の応用展開のための重要な指針となると期待される。

研究成果は、2018年8月13日発行の米国科学アカデミー紀要 (Proc. Natl. Acad. Sci. USA)」電子版に掲載された。

研究の背景と経緯

植物の光合成は、地球規模で行われる壮大なエネルギー変換反応である。光合成は、私たちが呼吸するために必要な酸素を供給し、食糧となる炭水化物を生産している。植物の緑葉の細胞には、葉緑体と呼ばれる長径3~10 μmほどの細胞小器官があり、一連の光合成反応はこの細胞小器官内で行われている(図1)。さらに葉緑体の内部には、チラコイド膜とよばれる袋状に閉じた生体膜が積層している。チラコイド膜には、電子伝達反応を行うためのタンパク質分子装置が配置されている。電子伝達反応では、クロロフィルが捕集した光エネルギーを用いて水から電子を引き抜き、還元物質であるNADPHとエネルギー物質であるATPを合成する。また、この水の分解に伴って酸素が発生する。

シロイヌナズナの緑葉、表皮細胞(白バー:20 μm)と葉緑体模式図

図1. シロイヌナズナの緑葉、表皮細胞(白バー:20 μm)と葉緑体模式図

葉緑体のストロマというゲル状の区画では、大気中から取り込まれた二酸化炭素を用いて有機物が合成される。この反応は13種類の糖代謝の酵素が連携して働く複雑な反応経路で行われており、発見者の名前を取ってカルビン・ベンソン回路と呼ばれている。カルビン・ベンソン回路が働くためには、チラコイド膜での電子伝達反応で作られたNADPHとATPが使われる。しかし、カルビン・ベンソン回路の酵素反応はいずれも光エネルギーを直接必要とはしない。そのため、光合成の研究初期はこの回路全体が“暗反応”と呼ばれ、明反応と呼ばれた電子伝達反応とは区別されていた。ところがその後、カルビン・ベンソン回路の4つの酵素は電子伝達反応が働くと酵素活性が高くなることがわかり、暗反応という定義が実態と合わなくなってしまった。植物に光が当たっている時に電子伝達系からこれらの酵素にシグナルを伝達し、酵素活性のスイッチをオンにするのが酸化還元(レドックス)制御システムである。

レドックス制御システムは、特定の酵素タンパク質が持っているジスルフィド結合の形成・開裂(酸化・還元)を生体内の酸化還元状態に応じて制御することで、その酵素の活性を調節する分子機構だ。この制御機構で中心的な役割を果たしているのが、チオレドキシン[用語2]という酸化還元タンパク質である。還元状態のチオレドキシンは、標的となる酵素が持っているジスルフィド結合を還元して開裂させることで構造変化を引き起こし、その酵素を通常は不活性型から活性型、つまりスイッチオンの状態にする。葉緑体では、電子伝達反応で得られた電子の一部をチオレドキシンが受け取ることでレドックス制御システムが働いている(図2)。

図2. 光合成電子伝達系から酵素への電子の受け渡し経路

図2. 光合成電子伝達系から酵素への電子の受け渡し経路

PSII:光化学系II、Cyt b6f:シトクロムb6f複合体、PC:プラストシアニン、PSI:光化学系I、Fd :フェレドキシン、FNR:Fd-NADPレダクターゼ、FTR:Fd-チオレドキシンレダクターゼ、Trx :チオレドキシン

実際に植物体内で一日を通してどのようにレドックス制御システムが働いているのかを調べてみると、夜が明け光が強くなるのに応じて光合成に関わる複数の酵素が還元(スイッチオン)される(図3)。これが、上に述べた電子伝達反応から電子を受け取ったチオレドキシンの働きである。

図3. 緑葉内の酵素の酸化還元状態の日周変化

図3. 緑葉内の酵素の酸化還元状態の日周変化

ホウレンソウ緑葉の2つの酵素(ATP合成酵素とFBPホスファターゼ)の還元状態の変化をプロットしたもの。Konno, et al. (2013) Plant Cell Physiol. 53(4) : 626-634に掲載したデータより引用。

一方で、夕暮れになり光が弱くなると、今度はこれらの酵素が酸化(スイッチオフ)される。このとき、“何らかの酸化力”が働いていると思われるが、これに関わる分子の実態は長らく知られていなかった。2004年に国際光合成会議がモントリオールで開かれた際、レドックス討論会の座長を務めた久堀教授がこの問題を提起したときには、「チオレドキシンが酸化の過程も担っているのではないか」、「単純に酸素分子が直接酸化しているのだろう」などの議論があったが、誰も実証はできていなかった。

研究成果

チオレドキシンは、活性部位に-WCGPC-というアミノ酸配列を持っている。2000年に緑色植物シロイヌナズナの全ゲノムのDNA塩基配列が解読され、植物は(オーソドックスな)チオレドキシン以外にも、アミノ酸配列がチオレドキシンに類似したタンパク質を複数持っていることがわかった。これらのタンパク質は、チオレドキシンと同様に酸化還元タンパク質として働くと予想された。吉田助教らは、その中で―WCRKC―というチオレドキシン活性部位に似たアミノ酸配列を持つ機能がわかっていないタンパク質に着目した。海外で行われた先行研究では、このタンパク質は “thioredoxin-like2” と名付けられていたので、それにならってTrxL2と呼ぶことにした。

TrxL2の細胞内局在や生化学的な性質を調べたところ、葉緑体のストロマに局在すること、還元力の伝達活性を持つこと、光合成の酵素群と相互作用することなどがわかった。これらは、既知の葉緑体のチオレドキシンの特徴と同じだ。ところがTrxL2は、葉緑体の酵素と物理的な相互作用はできるが、チオレドキシンのようにはそれらを還元することができなかった。

“酸化還元電位”は、還元力のやり取りのしやすさを定量的に評価するものさしである。そこで、吉田助教らはTrxL2の酸化還元電位を測定し、チオレドキシンと比較したところ、チオレドキシンよりも著しく高いことがわかった。この結果は、TrxL2は相手を還元するよりも、むしろ自身が還元されやすい(すなわち相手を酸化しやすい)ということを意味している。そこで、あらかじめ還元型にしておいた標的酵素と、酸化型のTrxL2を同じモル比で混合したところ、標的酵素は酸化され、それにつれてTrxL2は還元された。つまり、TrxL2は、チオレドキシンとは逆方向に還元力の受け渡しを行う酸化因子タンパク質なのだ。

しかし、TrxL2が葉緑体内に多く存在する光合成の酵素を酸化し続けるためには、一度受け取った還元力をさらに別の何かに渡す必要がある。吉田助教らは、その下流にある因子の同定にも成功した。TrxL2は、ほとんどのタンパク質に対して還元能を示さなかったが、例外的かつ極めて高い効率で2-システイン-ペルオキシレドキシン(2-Cys Prx)[用語3]を還元した。2-Cys Prxは、細胞にとって有害な活性酸素の消去に還元力を使う。すなわち、TrxL2は、最終的には活性酸素が持つ強い酸化力を利用して、持続的なタンパク質の酸化を行っているわけだ(図4)。

さらに、吉田助教らは、このようなタンパク質の酸化システムが実際に植物体内で働いていることを示すことにも成功した。2-Cys Prxを欠損したシロイヌナズナの変異株植物を用いて、明・暗に応答したタンパク質の還元・酸化の動態を野生株の植物と比較したところ、2-Cys Prxを欠いた植物では、明所から暗所に移されたときに光合成の酵素群の酸化が正常に進まず、同時にTrxL2に還元力が蓄積することがわかった。

図4. 新たに解明したTrxL2による酸化経路

図4. 新たに解明したTrxL2による酸化経路

今後の展望

夜間、植物は光合成を行うことができない。本研究で明らかになったしくみは、光合成の糖代謝に関わる酵素群を夜に眠らせて無駄なエネルギー消費を抑えるための戦略といえる。TrxL2を介したタンパク質酸化システムは、植物葉緑体の祖先であるシアノバクテリアには見当たらない。すなわち植物は、昼夜サイクルを繰り返す陸上環境に適応するために、巧妙な酵素のオン・オフの切り替えスイッチを進化の過程で獲得したと考えられる。

本研究の成果は、現代の植物科学の基礎学術研究に新たなブレイクスルーをもたらすだけでなく、植物あるいは光合成微生物を利用した物質生産など、将来の応用展開にも重要な情報を提供するものである。

なお、本研究の主要部分は、新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」(代表 皆川純基礎生物学研究所教授)の計画研究(代表:久堀徹教授、分担:吉田啓亮助教)の支援を受けて実施された。また、研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金・若手研究(B)(代表:吉田啓亮助教)の支援を受けている。

用語説明

[用語1] レドックス制御 : 酸化還元状態に応じて、タンパク質分子の持っているジスルフィド結合の形成・開裂などを制御することにより、そのタンパク質の酵素活性を調節する分子機構。タンパク質の翻訳後修飾のひとつ。

[用語2] チオレドキシン(Trx) : レドックス制御に中心的な役割を果たす酸化還元タンパク質。すべての生物が普遍的に持っている。-WCGPC-(-Trp-Cys-Gly-Pro-Cys-)というよく保存された活性部位モチーフを持ち、この2つのCysのチオール基の酸化還元によって還元力伝達を行う。植物葉緑体にはf, m, x, y, z型という5つの分子種が存在する。TrxL2の活性部位モチーフは、―WCRKC―(Trp-Cys-Arg-Lys-Cys)である。

[用語3] 2-システイン-ペルオキシレドキシン(2-Cys Prx) : チオレドキシンなどから還元力を受け取り過酸化水素を還元するタンパク質。生体を活性酸素種から守る抗酸化ストレスタンパク質として重要な役割を担っている。

論文情報

掲載誌 :
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2018, in press
論文タイトル :
Thioredoxin-like2/2-Cys peroxiredoxin redox cascade supports oxidative thiol modulation in chloroplasts
著者 :
Keisuke Yoshida, Ayaka Hara, Kazunori Sugiura, Yuki Fukaya, and Toru Hisabori
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 助教

吉田 啓亮

E-mail : yoshida.k.ao@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5267 / Fax : 045-924-5268

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 教授

久堀 徹

E-mail : thisabor@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

協奏的動きがもたらす多価イオン拡散の促進現象を発見 リチウムイオン蓄電池よりも性能の高い次世代蓄電池の開発促進に期待

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概要

東北大学金属材料研究所(金研)は、東京工業大学と共同で、一価イオンのLi+と多価イオンであるMg2+の相互作用により、通常は遅い正極中での多価イオン拡散(移動)が、顕著に促進される現象を初めて発見しました。これにより、多価イオンを用いる次世代蓄電池系の開発促進が期待されます。

図1. Li+とMg2+の協奏的動きによるMg2+の拡散障壁の低減

図1. Li+とMg2+の協奏的動きによるMg2+の拡散障壁の低減

蓄電池におけるイオン伝導のしくみを解明することは、新たなエネルギー材料の開発に欠かせません。Mg2+、Zn2+、Al3+などの多価イオンを電荷担体(キャリア)とする蓄電池系は、今日広く使われているリチウムイオン電池の性能を凌ぐ可能性のある次世代蓄電池として注目されています。しかし上述のように、これらの多価イオンは、正極物質中を移動する速度が遅く、電極反応が進みにくいため、現状では適切な電極材料の開発が遅れています。

本研究では、実験と理論計算の手法を併用し、Li-Mgデュアルイオン電池系におけるLi+とMg2+の拡散挙動を調査しました。すると、Mg2+の拡散がLi+との協奏的相互作用によって顕著に促進されることを発見しました。本成果は、未だ解明されていない多価イオン伝導機構に新たな知見をもたらし、多価イオンをキャリアとする蓄電池系の構築にむけて斬新なアプローチを提案します。

本研究は、金属材料研究所の李弘毅(博士後期課程3年、JSPS特別研究員)、岡本範彦准教授、市坪哲教授、東京工業大学 元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授、同大 科学技術創成研究院の大場史康教授らの研究グループによって行われました。

本成果はAdvanced Energy Materials誌に8月10日(日本時間)に掲載されました。

研究背景

高性能な蓄電池は、スマートフォンや電気自動車など我々に身近なデバイスの性能向上に欠かせません。そして次世代の電力網であるスマートグリッドシステムの構築においても必要不可欠です。現在、蓄電池の主役を担うリチウムイオン電池は、1990年代に発売されて以降、改良が重ねられているものの、その性能は理論的な限界まで近づきつつあり、これ以上大きな性能の向上は見込めません。そのため、リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の実現には、新たな基礎学理のもと、今までにない蓄電池の設計指針を確立していく必要があります。

リチウムイオン電池のように、インターカレーション反応[用語1]を利用する蓄電池は、電荷を運ぶキャリア(イオンなど)が充放電によって正極・負極間を行き来することで繰り返し使用できる電池です。一般的に、正極にはキャリアを格納できる酸化物(これをフレームと呼びます)が、負極には黒鉛などの層状構造物質が使用されます。充電時には、正極に格納されたキャリアが放出され、負極内部に挿入され、放電時には、負極に挿入されたキャリア金属が再びイオン化して電子を放出し、電解液を通じてキャリアとして正極へと流れ、そこで電子を受け取ることで電流が外部回路に発生します。Li+をキャリアとするリチウムイオン蓄電池系は、充電時に起こるLi金属のデンドライト成長[用語2]が発火事故の原因にもなり大きな問題となっています。ゆえに、現在実用化されているリチウムイオン電池では、インターカレーション機構によりデンドライト成長を起こしにくい炭素系材料が負極に使われていますが、炭素系負極材料の重量・体積が無視できないほど大きく、そのためエネルギー密度が低くなり、性能が十分に発揮できません。

一方、一価のLi+と異なり、Mg2+、Zn2+、Al3+などの多価イオンはデンドライト成長しにくい傾向があり、安全に金属負極を使用できるため、Mg蓄電池をはじめとする多価イオン蓄電池の研究が近年注目されています。しかし、多価イオンは、一価イオンと比べると正極フレームの中を移動するのに非常に大きなエネルギーのバリアを乗り越える必要があり、拡散が困難です。フレームの安定性も低く、電極として寿命が短いという欠点があります。このように、一価イオンとは全く異なる性質を持つ多価イオンを蓄電池に用いるためには、従来とは全く異なるアプローチで研究に挑む必要があります。

図2. Li-Mgデュアルイオン電池の模式図

図2. Li-Mgデュアルイオン電池の模式図

充電:Li+とMg2+が正極から放出され、負極に析出する。放電:Li+とMg2+が負極から溶解し、正極に収容される。

そこで本研究グループは、それぞれ性質が異なる一価イオンと二価イオンを同時に利用するデュアルイオンをキャリアとする蓄電池の概念を世界に先駆けて提案し、世界の蓄電池分野で新たな潮流を作ってきました。Li+とMg2+を用いたLi-Mgデュアルイオン電池(図2)は高エネルギー密度蓄電池に適した構造を有し、充放電過程において、Li+とMg2+の両方を正極および負極にて電気化学反応させます。

これまでの研究では、Li+とMg2+を同時に電極へ析出させること(電析)によって、Liの危険なデンドライト成長が抑制され、平滑な電析形態が得られることを明らかにしました。これによって、炭素などの負極材料を利用せず、高容量の金属負極を使用できる可能性を示してきました。さらに、Mo6S8やMgCo2O4などの正極材料を用いて、インターカレーション反応におけるLi+とMg2+の挿入・脱離挙動を調査した結果、多価イオンであるMg2+が予想以上に速く移動することを実験的に見出しました。これが本研究を始めた動機です。

成果の内容

図3. Mo6S8の定電流放電曲線
図3. Mo6S8の定電流放電曲線

本研究では、正極でのLi+とMg2+の拡散挙動の調査において、正極材料の一つの例として硫化物であるシェブレル化合物Mo6S8を用いました。電位走査、定電流充放電実験や組成分析の結果(図3)から、放電の初期において、Li+が優先に挿入され、拡散の遅いMg2+はほとんど挿入されませんが、Mo6S8中に挿入されたLi+が一定量に達すると、Mg2+の挿入が促進され始め、理論容量まで放電したMo6S8電極にはほぼ同じ割合のLi+とMg2+が正極に挿入されることがわかりました。一般的に、正極中のイオン拡散の容易さは、イオンが占める拡散経路上のサイトとサイトの間の移動にかかる活性化エネルギー(拡散バリア)の大きさに依存します。そのため、Li-Mgデュアルイオン系におけるMg2+の挿入が促進される現象は、先に挿入されたLi+がMg2+の拡散バリアを低減させたことを示唆します。

図4. インターカレーション反応における固体内拡散過程

図4. インターカレーション反応における固体内拡散過程

Li+とMg2+の拡散挙動と活性化エネルギーを調査するため、実験から得られた知見に基づき、第一原理計算[用語3]を用いて、Mo6S8中の拡散過程を解析しました(図4)。その結果、後に続いて挿入されるMg2+は、先に挿入されたLi+と一定の距離(~4 Å)を保ちながら、ペアで拡散経路を移動することによって、Mg2+単体で拡散する場合と比べ、拡散バリアが大幅に低減されることが明らかになりました。さらなる調査の結果、このような“協奏的な動き”による拡散の促進はデュアルイオンの場合だけでなく、一種類のキャリアイオンの場合でも起こりうる一般的な現象であることがわかりました。しかし例えば、多価イオンのみの場合には、イオン挿入の初期段階においては拡散バリアが高いので、インターカレーション反応が電極表面に滞ってしまい、協奏的効果が発現されにくいのですが、拡散の速いLi+を先に導入することによって、協奏効果を引き出すことができ、多価イオンの拡散バリアを低減させ、インターカレーション反応を促進させることができます。

意義・課題・展望

正極などの固体中のイオン伝導はエネルギー材料分野において極めて重要なテーマであり、蓄電池をはじめとする様々なエネルギー貯蔵デバイスの基礎となっています。リチウムイオン電池などの一価イオンを使う蓄電池の物理化学機構は比較的よく知られていますが、多価イオンを使う蓄電池の基礎科学は緒に就いたばかりです。本研究で明らかにした、一価イオン(Li+)と多価イオン(Mg2+)の協奏的動きによる拡散の促進現象は、固体中のイオン伝導機構の基礎的理解を深めたことに加え、正極材料の開発に新たな指針を与え、多価イオンをキャリアに用いる蓄電池系の実用化に大きくアプローチできる大変意義のある成果です。また、本成果は蓄電池分野に限らず、燃料電池固体電解質やイオン伝導体などの分野への拡張も期待されます。

共同研究機関および助成

本成果における理論計算には、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータを利用しました。また、本研究は、日本学術振興会科学研究費no. 26289280、特別研究員奨励費no. 18J11696の助成を受けました。

用語説明

[用語1] インターカレーション反応 : 電池の充放電反応において、キャリアイオンが電極材料に出入りする反応のことです。電極は体積変化が少なく、安定性が高いため、長寿命の蓄電池に適しています。

[用語2] Li金属のデンドライト成長 : 電析の際に、Li結晶が先端が尖った形状で成長することです。電極表面の電場の不均一性に起因すると考えられますが、詳しいメカニズムは未解明です。右の図に示したように、Li-Mgデュアルイオン系ではLiのデンドライト成長が顕著に抑制され、金属負極を使用することが可能となります。

Li金属のデンドライト成長

[用語3] 第一原理計算 : 実験データや経験パラメーターを使わない量子力学の基本原理に基づく計算方法です。現在は計算リソースなどの制限のため、様々な近似手法が利用されています。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Energy Materials
論文タイトル :
Fast diffusion of multivalent ions facilitated by concerted interactions in dual-ion battery systems
著者 :
Hongyi Li, Norihiko L. Okamoto, Takuya Hatakeyama, Yu Kumagai, Fumiyasu Oba and Tetsu Ichitsubo
DOI :
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お問い合わせ先

【研究内容に関して】

東北大学 金属材料研究所
構造制御機能材料学研究部門 教授

市坪哲

E-mail : tichi@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2372

【報道に関して】

東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班

冨松美沙

E-mail : pro-adm@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2144 / Fax : 022-215-2482

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

TBSテレビ「未来の起源」に河野研究室の学生が出演

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本学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 河野行雄研究室の李 恒さん(工学院 電気電子系 修士課程1年)が、TBS「未来の起源」に出演します。

「指先につけるだけで非破壊検査が出来るデバイス」の研究について紹介されます。

李 恒さんのコメント

李さん

この度、カーボンナノチューブフィルムに基づくフレキシブルでウェアラブルなテラヘルツ検査デバイスについて取材していただきました。

検査対象物の形状や測定場所の制約が大きかった従来のテラヘルツ非破壊検査技術に対して、フレキシビリティを活かした指先装着型デバイスにより、任意の形状・環境に適応可能な触診式非破壊検査を可能にしました。

河野先生や研究室のメンバーと共に、和気あいあいと撮影に臨むことができました。

今回の放送を通じて、皆さんにも本研究の魅力を感じて頂ければ幸いです。

番組情報

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2018年8月19日(日)23:54 - 24:00
  • (再放送)
    BS-TBS 2018年9月2日(日)20:54 - 21:00

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広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

研究動画「再生可能エネルギーを作る人工光合成」を公開

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植物の光合成のように、太陽の光をエネルギーに変換する「人工光合成」について、その仕組みや最新の研究成果を分かりやすくまとめた動画(5分間)を公開しました。

石油や石炭などのエネルギー資源の枯渇や、CO2排出などの地球温暖化問題の観点から、クリーンかつ再生可能エネルギーを手に入れることは喫緊の課題です。人工光合成は、光触媒を用いて水からエネルギー貯蔵が容易な水素を作り出すことが可能であり、しかも変換時にCO2を排出しません。

理学院 化学系の前田和彦准教授による研究成果の一つ、高い安定性をもち太陽光を効率的に吸収できる光触媒「複合アニオン化合物」の発見を含め、人工光合成についてご紹介していますので、ぜひご覧ください。

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東京工業大学 研究・産学連携本部

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3188

オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 バイオ燃料生産における最大の壁を打破

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要点

  • 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決
  • オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上
  • バイオ燃料生産の実用化への道を拓く

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の福田智大学院生(研究当時)、平澤英里大学院生(研究当時)、今村壮輔准教授らの研究グループは、藻類で“オイル生産”と“細胞増殖”を両立させることにより、オイル生産性を飛躍的(野生株と比べ56倍)に向上した藻類株の育種に成功した。藻類がオイルを合成・蓄積する条件は、藻類の増殖に適さず“オイル生産”と“細胞増殖”は相反するため、これまで藻類バイオ燃料生産実現の大きな障壁になっていた。

研究グループは、オイル生合成遺伝子の一つGPAT1の発現を強化させることで、「オイル生産」と「細胞増殖」が両立することを発見した。今回の発見は、藻類でのオイル生産性向上における最大の課題を根本的に解決したと言え、藻類によるバイオ燃料生産実用化へのブレークスルーになると期待される。

本成果は8月17日、英国の科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」オンライン版に掲載された。

研究成果

研究グループは、藻類オイル[用語1]が蓄積する条件における遺伝子の発現に注目。その中で、各種条件で共通して発現が上昇する二つのオイル生合成に関わる遺伝子GPAT1GPAT2を見出した。

その後、それぞれの遺伝子を単細胞紅藻シゾン[用語2](図1)細胞内で人為的に過剰発現させ、オイル蓄積量への変化を観察した。その結果、GPAT1過剰発現株では、オイルの高蓄積がオイル非蓄積条件(栄養充足条件)にも関わらず観察された(図2)。興味深いことに、GPAT1過剰発現株の増殖スピードは、親株と同じだった。すなわち、GPAT1過剰発現株は、“オイル高生産”と“細胞増殖”が両立する株であり(図3、右)、そのオイル生産性(単位時間・単位体積当たりのオイル蓄積量)は、最大で従来の56倍に増加していた(図4)。

単細胞紅藻シゾンの細胞と実験室における培養の様子

図1. 単細胞紅藻シゾンの細胞と実験室における培養の様子

GPAT1過剰発現によるオイル蓄積

図2. GPAT1過剰発現によるオイル蓄積


オイル(中性脂質)を特異的に認識する色素で染色した画像。緑色のドット状のシグナルが藻類内で蓄積したオイル。赤色は葉緑体の自家蛍光。

オイル生産と細胞増殖の関係

図3. オイル生産と細胞増殖の関係


オイルを生産させる現状の条件では、オイルは生産されるが、細胞の増殖は阻害される。一方、本研究で作出した藻類株では、オイル生産と細胞増殖が同時に引き起こされるため、オイル生産性の劇的な改善が達成された。

GPAT1過剰発現によるオイル生産性の飛躍的改善

図4. GPAT1過剰発現によるオイル生産性の飛躍的改善


GPAT1過剰発現株におけるオイル(中性脂質であるトリアシルグリセロール)の生産性を親株と比較した結果。

背景

国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)では、クリーンで持続可能なエネルギーの利用の拡大、地球温暖化への具体的なアクションを起こすことなどが盛り込まれている。微細藻類を用いたオイル生産は、SDGsを達成するための重要な技術と考えられている。しかし、微細藻類がオイルを生産する条件は、栄養が欠乏していなければならないなど、細胞の増殖には適さない。そのため“オイル生産”と“細胞増殖”を同時に実現することは、藻類を用いたオイル生産性の向上において解決すべき課題となっていた(図3、左)。

研究の経緯

研究グループは以前、藻類にオイルを作らせるスイッチタンパク質TORキナーゼ[用語3]を同定している(東工大ニュース)。TORキナーゼは、オイル生合成のON/OFFを決定付けるが、スイッチがONになった後、オイル合成が引き起こされるメカニズムは不明であった。そこで、研究グループは、TORタンパク質が作用する遺伝子を特定してその機能を強化することで、オイル生産能の向上を藻類に付与できるのではと考えた。

今後の展開

GPAT1遺伝子がコードするグリセロール3リン酸アシル基転移酵素[用語4]は、藻類のオイル生合成に必須であるため、他の藻類においてもオイル生産性を向上させるための優れた標的となると考えられる。また、GPAT1の過剰発現による“オイル生産”と“細胞増殖”の両立がなぜ引き起こされたのかを詳細に解明することで、さらなるオイル生産性の向上が期待される。

研究サポート

この研究は、科学研究費補助金、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業、長瀬科学技術振興財団研究助成金の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 藻類オイル : ここでは、藻類が生産するオイルの中でも、バイオ燃料の原料となる中性脂質であるトリアシルグリセロールを指す。トリアシルグリセロールをいかに効率よく生産できるかが、バイオ液体燃料生産実現における一つの大きな課題となっている。

[用語2] シゾン : 学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(スサビノリ、テングサの仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられている。

[用語3] TORキナーゼ : 真核生物に広く保存されたタンパク質リン酸化酵素。アミノ酸やグルコースなどの栄養源により活性が制御されている。標的分子のリン酸化を通してタンパク質合成を調節し、細胞の成長(大きさ)を制御している。

[用語4] グリセロール3リン酸アシル基転移酵素 : 脂肪酸転移反応を触媒する酵素。脂質の新規合成の一番初めの反応を触媒する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Accelerated triacylglycerol production without growth inhibition by overexpression of a glycerol-3-phosphate acyltransferase in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae
著者 :
Satoshi Fukuda, Eri Hirasawa, Tokiaki Takemura, Sota Takahashi, Kaumeel Chokshi, Imran Pancha, Kan Tanaka, Sousuke Imamura
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

准教授 今村壮輔

E-mail : simamura@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5859 / Fax : 045-924-5859

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

安定かつ高伝導度の単分子ワイヤーを開発 金属錯体の導入で実現、分子エレクトロニクスへ道

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要点

  • 不安定な炭素原子鎖「ポリイン」へ金属錯体を導入することで高性能化に成功
  • 金属錯体の配位子と呼ばれる部分が自己反応を防ぎ、安定化を達成
  • 単一分子の電気伝導度計測により高い伝導性を解明

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の田中裕也助教、加藤佑弥大学院生(当時)、穐田宗隆教授、元素戦略研究センターの多田朋史准教授、理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授、木口学教授らのグループは、炭素原子を連結した不安定分子「ポリイン(C≡C)n[用語1]」に金属錯体[用語2]をドーピング(導入)することにより、大気中で安定して高い伝導性を示す新たな単分子ワイヤー[用語3]の開発に成功した。

この成果は、新たに考案した有機金属錯体合成法と単分子電気伝導度計測ならびに理論計算に基づいて得られた。この研究成果により、分子で電子回路を構築する分子エレクトロニクスの大幅な進展が期待できる。

研究成果は2018年7月2日付けの米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」速報版に掲載され、また表紙(Supplementary Journal Cover)に採用された。

研究の背景

情報集積回路はスマートフォンに代表されるように現代社会に必要不可欠なツールである。一方、従来のシリコン半導体技術を踏襲した高性能化は年々開発コストが高くなっており、代替となる電子回路構築法が模索されている。

分子エレクトロニクスは分子を素子と見立て、様々な機能を有機合成的手法[用語4]により作り出すことが可能であり、高性能電子回路を構築することが期待されている。一方、有機物と電極間に生じる大きな抵抗に伴い、期待される機能が十分に発揮できないという課題があった。

研究成果

東工大の田中助教・穐田教授らは高い伝導度を有する分子素子の候補として、炭素原子を連結したポリインに着目した。ポリインは理論的に高い伝導性が予測されているものの、高い自己反応性により熱力学的に不安定であり、爆発性を示すことが知られていた。そのため、そのままでは伝導材料としての利用が困難であった。

そこで、同研究グループは高い伝導性かつ安定性を実現するために、金属錯体をポリインへ「ドーピング」する手法を考案した(図1)。金属錯体は配位子[用語5]と呼ばれる嵩高い(かさだかい:体積が大きい)部分を有しており、これが自己反応を防ぎ、安定性を高めることに成功した。

STMブレイクジャンクション法[用語6]を用いた単分子電気伝導度計測から、電極との接続部としてピリジン基[用語7]を用いた分子ワイヤーに比べて約100倍、チオエーテル基[用語8]を用いた分子ワイヤーに比べて約6倍高い性能を実現した(図2a)。距離と伝導度のプロットから、分子と電極間の接触抵抗が極めて小さいことが要因の一つであることが明らかとなった。

図1. (a)ポリイン分子ワイヤーと有機金属ポリイン分子ワイヤー (b)有機金属ポリインワイヤーのイメージ図

図1. (a)ポリイン分子ワイヤーと有機金属ポリイン分子ワイヤー (b)有機金属ポリインワイヤーのイメージ図

高い伝導性を示すメカニズムを調査するために、密度汎関数法・非平衡グリーン関数法[用語9]による解析を行った。その結果、伝導に寄与する分子軌道が電極近傍のエネルギー準位付近に存在していることが明らかとなった(図2b)。金属錯体のない有機ポリイン化合物では分子軌道と電極のエネルギー差が大きいことから、金属錯体の「ドーピング」が高い伝導度の鍵であることを明らかにした。

図2. (a)単分子電気伝導度計測結果と(b)理論計算による伝導軌道

図2. (a)単分子電気伝導度計測結果と(b)理論計算による伝導軌道

今後の展開

今回の研究から有機分子ワイヤーへ金属錯体を導入することで、高い伝導度が実現できることを実証した。一方で、分子長が長くなるにつれて伝導度が減衰する減衰定数は有機ポリインワイヤーと同等であることが課題として残った。今後は数ナノメートル長においても高い伝導性を保つ分子ワイヤーの開発が目標となる。

この研究は科学研究費助成事業 (基盤研究(C))・村田学術振興財団・新学術領域計画研究「π造形科学」の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] ポリイン : 単結合と三重結合が交互に現れる(-C≡C-)nの構造を持つ有機化合物。

[用語2] 金属錯体・有機金属錯体 : 金属錯体は金属と配位子(用語5を参照のこと)が結合した構造を持つ化合物。有機金属錯体は金属―炭素結合を持つ金属錯体のこと。2001年の野依良治氏、2010年の根岸英一氏と鈴木章氏らが受賞したノーベル化学賞の対象となった化合物群。

[用語3] 単分子ワイヤー : 単一分子で導電性を示す分子のこと

[用語4] 有機合成的手法 : 有機化合物を人工的に作る手法。一般的にフラスコを用いて反応を行い、その後に分離精製操作を行う。

[用語5] 配位子 : 錯体の中で、中心原子に配位しているイオンまたは分子などの総称。

[用語6] STMブレイクジャンクション法 : 走査型電子顕微鏡(STM)を用いて、金属探針をもう一方の電極と接触・引き離す過程を繰り返す。分子を含む溶液を浸しておくことで、金属-単一分子-金属構造を形成し単一分子の電気伝導度が計測できる。

[用語7] ピリジン基 : 複素環式化合物(炭素や水素原子のほかに酸素・硫黄・窒素原子などが入っている環状構造の化合物)のひとつ。ベンゼン環の炭素原子1個を窒素で置き換えた構造。

[用語8] チオエーテル基 : エーテルの酸素原子を硫黄原子で置換した構造をもつ化合物の総称。構造式はR-S-R(Rは炭化水素)。

[用語9] 密度汎関数法・非平衡グリーン関数法 : 金属-単一分子-金属構造における伝導度ならびに伝導軌道を計算する手法の一つ。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
"Doping" of Polyyne with An Organometallic Fragment Leads to Highly Conductive Metallapolyyne Molecular Wire
著者 :
Yuya Tanaka, Yuya Kato, Tomofumi Tada, Shintaro Fujii, Manabu Kiguchi, Munetaka Akita
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 助教

田中裕也

E-mail : ytanaka@res.titech.ac.jp
Tel / FAX : 045-924-5230

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 教授

穐田宗隆

E-mail : makita@res.titech.ac.jp
Tel / FAX : 045-924-5230

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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高感度な酸素センサータンパク質を開発 生体内の酸素状態を簡便にモニタリング

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要点

  • 蛍光タンパク質を利用した酸素センサーの開発に成功
  • 蛍光の消光を作動原理にして酸素濃度を明らかに
  • 非侵襲で簡便に生体内の酸素環境を確認

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の野亦次郎助教と久堀徹教授は、蛍光タンパク質をベースとした新規酸素センサータンパク質「ANA (anaerobic/aerobic sensing fluorescence protein)センサー」の開発に成功しました。

組織や細胞内の酸素濃度を調べるため、これまで世界中で様々な測定技術が開発されてきましたが、細胞を侵襲する、あるいは大掛かりな測定装置が必要といった問題があり、生体内の酸素ダイナミクスの解明は大きく遅れていました。本研究で開発したセンサータンパク質を利用すれば、タンパク質自身が発する蛍光を測定することで簡便で非侵襲的な酸素濃度のモニタリングが可能になります。この研究成果は、これまで、ほとんど調べられていなかった生体内の酸素の動態の解明に貢献することが期待されます。また、このセンサーの作動原理である“蛍光の消光”を他の天然のセンサータンパク質に応用することで、新たなセンサータンパク質プローブ開発にもつながることが期待されます。

この研究成果は、2018年8月7日付けで、英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

背景

酸素は、呼吸など生物が地球上で生きる上で根幹となる代謝に必要不可欠な分子です。したがって、生体内部の酸素濃度や酸素の動態は、生命現象を理解する上で欠かせない重要な情報と言えます。これまで、組織や細胞内の酸素濃度を調べるため、様々な測定手法、分子ツールが開発されてきましたが、細胞を侵襲する、あるいは大掛かりな測定装置が必要になるなど様々な問題点があり、生体内部の酸素動態の測定を実現した例はほとんどありませんでした。

研究成果

野亦助教らは、細菌が持っている天然の酸素センサータンパク質(DosP; Direct oxygen sensor protein)に着目しました。DosPは血液中で酸素を輸送するタンパク質であるヘモグロビンと同じくヘムを含むタンパク質で、環境中の酸素濃度にあわせて酸素分子を結合・解離する性質を持っています。このDosPのヘム結合領域(DosH)と蛍光タンパク質を、最適な形状のポリペプチドリンカー[用語1]を使って結合させて融合タンパク質にすることで、酸素分子を結合したときにDosHが起こす吸収変化を蛍光タンパク質の蛍光の消光の度合いの変化に変換するという原理の新規の酸素センサータンパク質 (ANA: anaerobic/aerobic sensing fluorescence protein)を開発しました(図1)。

図1. 開発した酸素センサータンパク質プローブの構造モデル 蛍光の消光を作動原理とし、酸素存在下で強い蛍光を発する

図1. 開発した酸素センサータンパク質プローブの構造モデル 蛍光の消光を作動原理とし、酸素存在下で強い蛍光を発する

このセンサーは酸素分子を結合すると蛍光の消光が弱まるため、蛍光の強度を測定することにより、非侵襲的かつ簡便に酸素濃度をモニターすることが可能です(図2)。野亦助教らはANAセンサーを用いて、原核光合成生物のシアノバクテリアに光を当てたときに光合成によって発生する微量な酸素を検出することにも成功しました(図3)。このセンサータンパク質は、分光特性が似ている二つのタンパク質間で特異的に起こる蛍光の消光という現象を利用しており、タンパク質分子の構造変化そのものを利用する従来のFRET[用語2]型センサーとは異なる作動原理で機能します。

生物が実際に用いるセンサータンパク質には、シグナル分子の結合・解離による構造変化をほとんど伴わないものが多く存在します。このようなタンパク質の場合には、今回開発したセンサーのような蛍光の消光現象を応用することで、センサータンパク質プローブ開発の可能性を広げることが期待されます。

図2. ANAセンサーの酸素濃度に応じた蛍光強度変化

図2. ANAセンサーの酸素濃度に応じた蛍光強度変化

図3. ANAセンサーを利用したシアノバクテリアの光合成による酸素発生のモニタリング

図3. ANAセンサーを利用したシアノバクテリアの光合成による酸素発生のモニタリング

シアノバクテリア培養液中にANAセンサーを直接加え、蛍光強度変化を経時的に測定した。光照射15分頃からセンサーの発する蛍光強度が急上昇しており、シアノバクテリアが発生した酸素をセンサーが検出したことがわかる。

今後の展開

近年の研究により、生物の細胞内の酸素濃度は常に一定ではないことが明らかにされつつあります。例えば、ヒトの細胞ではがん化に伴い低酸素化が引き起こされることや、バクテリアの細胞内は積極的に低酸素状態にすることで酸素に弱いタンパク質を保護していることなどが報告されています。さらに、酸素はシグナル分子として働き、様々な代謝経路が酸素により制御されていることも明らかになってきました。

今後、ANAセンサーを利用して、低酸素化をはじめとする様々な生体内の現象と酸素の動態との関連性を解明することができれば、医学的応用にもつながる知見が得られ、広く生物学研究に貢献することが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「ハイパーシアノバクテリアの光合成を利用した含窒素化合物生産技術」(代表:久堀徹教授)、および、科学研究費補助金・基盤研究(C)(代表:野亦次郎助教)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] ポリペプチドリンカー : 複数のアミノ酸が数珠つなぎになったもので、2つのタンパク質分子をつなぐために用いられる。ポリペプチドリンカーを構成するアミノ酸の種類により、その形状や化学的性質は異なる。

[用語2] FRET : 蛍光共鳴エネルギー移動(またはフェルスター共鳴エネルギー移動)。近接した2つの(蛍光)色素分子の間でエネルギーが移動する現象。供与体分子が吸収した励起エネルギーが受容体分子へと移動し、受容体分子が蛍光を発する。

論文情報

掲載誌 :
Sci Rep. 2018 Aug 7;8(1):11849
論文タイトル :
Development of heme protein based oxygen sensing indicators
著者 :
Nomata J, Hisabori T
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 助教

野亦次郎

E-mail : nomata.j.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5267 / Fax : 045-924-5268

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 教授

久堀徹

E-mail : thisabor@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


超新星爆発ニュートリノで宇宙核時計テクネチウム98が生成されることを予言 ニュートリノ天体観測及び始原的隕石の分析による検証が期待される

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発表のポイント

  • 超新星爆発で発生するニュートリノによって新しい核種が生成されるが、6種類のニュートリノの中で反電子ニュートリノによる生成の寄与が大きい核種は知られていなかった。
  • 理論計算によって、天然に存在しないテクネチウム98がニュートリノで生成されること及び、反電子ニュートリノの寄与が大きいことを発見した。
  • 本成果は原始中性子星から放出された反電子ニュートリノの平均エネルギーの評価に寄与する。

量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)の早川岳人上席研究員、国立天文台の梶野敏貴准教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の野本憲一上級科学研究員、東京工業大学の千葉敏教授、九州大学の橋本正章教授、理化学研究所の小野勝臣研究員他の共同研究グループは、超新星爆発[用語1]で放出されるニュートリノ[用語2]によって、自然には存在しないテクネチウム98(98Tc)が生成されることを理論計算によって予測した。

超新星爆発の初期に、中心部の原始中性子星[用語3]から膨大な数のニュートリノが放出され、そのニュートリノがエネルギーの一部を外層に落とし超新星爆発を引き起こす。この時、一部のニュートリノが既存の原子核と反応し、タンタル180等の新しい核種を生成する。ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノとその反ニュートリノの6種類ある。これまでの研究で、主に反電子ニュートリノ以外の5種類のニュートリノによって上記核種が生成されていることが判っていた。もし、残りの反電子ニュートリノの寄与の大きい核種が存在すれば、6種類のニュートリノ全ての平均エネルギーが評価でき、超新星爆発の理解に大きく寄与する。

本研究グループは、98Tcがニュートリノで生成された可能性に気づき、関連するニュートリノ原子核反応[用語4]率を計算し、超新星爆発モデルを用いて98Tcの生成量を計算した。その結果、反電子ニュートリノの寄与が最大20%あることが判明した。すなわち、反電子ニュートリノの寄与が大きい重元素の初めての発見である。また、隕石研究が進展すれば、太陽系形成時の98Tcの量と超新星爆発が発生した年代が評価可能であることを示した。本研究は超新星爆発の6種類のニュートリノ全ての平均エネルギーの解明、近い将来に期待される超新星爆発の反電子ニュートリノのエネルギーの予測に寄与する成果である。

本研究成果は、Physical Review Lettersのオンライン版に9月4日に掲載された。

研究の背景と目的

太陽より質量が8倍以上の恒星は、寿命の最後に重力崩壊型超新星爆発を引き起こす。まず、中心部に存在する鉄コアが重力に耐えきれずに収縮して原始中性子星を形成する。やがて、中性子星から膨大な量のニュートリノが放出される。そのニュートリノの一部が外層にエネルギーの一部を落とし、超新星爆発を引き起こす。この時、一部のニュートリノが既に存在している原子核と核反応を起こし、新しい核種を生成する。しかし、ニュートリノによる核種の生成量は非常に小さく通常は無視できる。そのため、宇宙における他の核反応ではほとんど生成できない核種においてのみ、超新星ニュートリノによる生成量の評価が可能になる。そのような核種として、わずかに7Li(リチウム)、11B(ホウ素)、92Nb(ニオブ)、138La(ランタン)、180Ta(タンタル)のみが知られていた。

図1. 超新星爆発ニュートリノによる元素生成の模式図

図1. 超新星爆発ニュートリノによる元素生成の模式図

ニュートリノによって生成された核種の量から、原始中性子星より放出されたニュートリノの平均エネルギーを評価できる。平均エネルギーは、超新星爆発のメカニズムの理解や、ニュートリノ振動などの基礎的な物理現象の理解に必要不可欠な物理量である。ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ、反電子ニュートリノ、反ミューニュートリノ、反タウニュートリノの6種類のニュートリノが存在している。これまでの研究で、主に反電子ニュートリノを除く5種類のニュートリノによって上記のタンタル180等の核種が生成されていることが判明していた。しかし、超新星ニュートリノの理解には、6種類全ての平均エネルギーを知ることが必要不可欠である。そのため、反電子ニュートリノの生成率の割合が高い新しいニュートリノ生成核種の発見が求められていた。

本研究グループは、98Tc(テクネチウム98)が超新星ニュートリノで生成される可能性に気がついた。さらに、反電子ニュートリノの寄与が大きい可能性にも気がついた。本研究の目的は、超新星爆発のニュートリノによる98Tcの生成量を計算し、反電子ニュートリノによる生成量の割合を求め、太陽系形成時に存在していた場合に隕石研究で計測可能かどうか調べることであった。

研究方法

一般に、恒星は図1に示すように玉ねぎ構造をしており、中心部に重い元素、外側になるにつれ軽い元素が占めるようになる。主要な成分は内側から、鉄、ケイ素、ネオン、酸素、炭素、ヘリウム等であるが、同時に少量のスズ、金、ウラン等の重元素も含んでいる。これらの重元素は、恒星が誕生した時点で、星間ガス中に既に含まれていたものである。超新星爆発の発生時に、ニュートリノが酸素/ネオン層を通過する際に、既に存在していた98Mo(モリブデン)や99Ru(ルテニウム)等の重元素の一部とニュートリノ原子核反応を起こし、一定の確率で98Tcを生成する。しかし、これまで98Tcの生成について、実験データはもちろん理論計算値もなかった。そのため、98Moなどの原子核の詳細な構造を計算して、ニュートリノと原子核の反応率を計算した。

次に、超新星爆発モデルを用いて計算を進めた。用いたモデルは、1987年にカミオカンデで検知されたニュートリノを放出した超新星爆発1987Aを再現するために構築されたモデルある。また、超新星爆発の段階で存在していた98Mo等の重元素の量も必要である。そのため、超新星爆発より前の段階の恒星の中の核反応を計算することで、超新星爆発の時に存在していた重元素の量を計算した。次に、ニュートリノ原子核反応率を組み込み、超新星爆発時にニュートリノで生成される98Tcの量を計算した。

98Tcは約420万年の半減期で娘核の98Ruにβ崩壊する放射性同位体である。太陽系の年齢の約46億年より短いため、太陽系形成時に存在していても現在の太陽系には存在しない。しかし、太陽系形成時に存在していた場合には、始原的隕石中の娘核の98Ruの量を計測することで、太陽系形成時の98Tcの量を知ることができる。なお、超新星爆発から太陽系形成までの年代を知ることも可能であり、このような放射性同位体は宇宙核時計[用語5]と呼ばれる。そこで、太陽系形成直前に太陽系近傍で超新星爆発が発生した場合に、太陽系に存在していた98Tcの量を計算した。図2に示すように、現在の太陽系の元になった星間ガスが重力凝縮し始め、原始太陽系を形成する。前後して、太陽系近傍で超新星爆発が発生し、生成された物質の一部(質量にして太陽系の質量の1/1,000程度)が太陽系を構成する物質に混ざったと考える。過去の92Nb(ニオブ)宇宙核時計の研究等から推定されている年代(100万年から3千万年)を用いて計算した結果、太陽系形成時に存在していれば隕石の研究で十分測定可能な量があることを判明した。

図2. 超新星爆発で生成された物質の一部が原始太陽系に混ざる模式図

図2. 超新星爆発で生成された物質の一部が原始太陽系に混ざる模式図

本研究成果の意義

反電子ニュートリノの寄与を評価したところ、98Tcの生成に対してその寄与が最大20%あることが判明した。既存のニュートリノで生成される重元素は、ほとんど反電子ニュートリノを除く5種類のニュートリノで生成されることが判明している。そのため、98Tcは唯一つの反電子ニュートリノの寄与が大きい核種である。また、隕石研究が進展すれば太陽系形成時に存在していた98Tcの量を評価できることが示された。その量を知ることができれば超新星爆発における原始中性子星から放出された反電子ニュートリノの平均エネルギーを決めることが可能である。

原始中性子星から放出された6種類のニュートリノがどのようなエネルギーを有するかは、原始中性子星の形成や超新星爆発のメカニズムなど宇宙物理の進展に重要である。また、素粒子物理学におけるニュートリノ振動の解明にも重要である。ニュートリノ集団運動の解明には、6種類全ての超新星爆発のニュートリノのエネルギーを知ることが必要不可欠である。

スーパーカミオンデや計画中のハイパーカミオカンデで、将来、超新星爆発からの反電子ニュートリノがより精密に計測されると期待される。そのエネルギーから、ニュートリノ元素合成の研究から推定されたニュートリノの平均エネルギーの検証が可能である。

用語説明

[用語1] 超新星爆発 : 一時的に非常に強い光を発生する天体現象。重力崩壊型超新星爆発では、太陽より質量が8倍以上の恒星が寿命の最期に、重力崩壊した後に爆発する。

[用語2] ニュートリノ : ニュートリノは弱い相互作用をする素粒子。ニュートリノには電子型、タウ型、ミュー型の3種類および、それぞれの反粒子の合計6種類が存在する。

[用語3] 原始中性子星 : 太陽より質量が8倍以上の恒星の寿命の最期に、中心部が重力崩壊して生成される高密度の天体。超新星爆発によって外層が吹き飛ばされる前の状態のものを原始中性子星と呼ぶ。

[用語4] ニュートリノ原子核反応 : ニュートリノが原子核に吸収され後に、ニュートリノや中性子などが放出されて、異なる原子核に変換される反応。

[用語5] 宇宙核時計 : 宇宙においてある原子核が生成された年代を評価するための手法。数十万年から数千万年の半減期を有する放射性同位体の崩壊を用いる。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Short-Lived Radioisotope 98Tc Synthesized by the Supernova Neutrino Process
著者 :
Takehito Hayakawa*, Heamin Ko, Myung-Ki Cheoun, Motohiko Kusakabe, Toshitaka Kajino, Mark D. Usang, Satoshi Chiba, Ko Nakamura, Alexey Tolstov, Ken’ichi Nomoto, Masa-aki Hashimoto, Masaomi Ono, Toshihiko Kawano and Grant J. Mathews
DOI :

お問い合わせ先

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
高崎量子応用研究所東海量子ビーム応用研究センター 上席研究員

早川岳人

Tel : 070-3943-3386

取材申し込み先

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
経営企画部 広報課長

鈴木國弘

Tel : 043-206-3062 / Fax : 043-206-4062

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

平成30年度「東工大挑戦的研究賞」授賞式を実施-独創性豊かな若手研究者に-

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平成30年度「東工大挑戦的研究賞」授賞式が9月12日に行われました。

受賞者との記念撮影

受賞者との記念撮影

授賞式の様子
授賞式の様子

金澤輝代士助教によるプレゼンテーション
金澤輝代士助教によるプレゼンテーション

石﨑孝幸助教によるプレゼンテーション
石﨑孝幸助教によるプレゼンテーション

門之園哲哉助教によるプレゼンテーション
門之園哲哉助教によるプレゼンテーション

授賞式では、益学長から受賞者に賞状の授与、および今後さらなる活躍を期待する旨の激励の言葉があり、次いで受賞者代表3名から、採択された研究課題についてのプレゼンテーションが行われました。

この賞は、本学の若手教員の挑戦的研究の奨励を目的として、世界最先端の研究推進、未踏分野の開拓、萌芽的研究の革新的展開または解決が困難とされている重要課題の追求等に果敢に挑戦している独創性豊かな新進気鋭の研究者を表彰するもので、第17回目となる今回は11名が選考されました。なお、受賞者には支援研究費が贈呈されます。

平成30年度「東工大挑戦的研究賞」受賞者一覧

受賞者
所属
主担当系または担当研究所
職名
研究課題名( * は学長特別賞)
特任助教
同位体分子測定による天然ガス生成モデル
助教
* 次世代スマートグリッド開発に向けたシステム・オブ・システムズ最適設計理論構築
工学院
電気電子系別窓
助教
超スマート社会に適応する革新的高効率ベアリングレスモータの研究
物質理工学院
応用化学系別窓
助教
繊維状ウイルスの階層的な集合化を利用した熱伝導性材料の創製
物質理工学院
応用化学系別窓
助教
薄膜界面制御された水素化物薄膜電池を用いた常圧高温超伝導体の創製
情報理工学院
情報工学系別窓
助教
細胞内PPI阻害を可能にするin silico中分子設計技術の開発
生命理工学院
生命理工学系別窓
助教
* 二重特異性小型標的結合タンパク質の創製とがん治療への応用
助教
鉄系最高温超伝導を実現する協奏的スピン揺らぎモデルの検証
助教
* 実データ解析・理論解析に基づく外国為替市場のミクロ動力学の解明
准教授
構造・非構造部材の地震時損傷状況に基づく継続使用可否の判断方法
助教
薬物抗体複合体の生産技術を指向した電気化学的抗体修飾法の確立

(敬称略)

お問い合わせ先

研究企画課 研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

大佛俊泰教授 地域防災計画について語る ―BBC ニュース アラビックに登場

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環境・社会理工学院 建築学系の大佛俊泰教授が英国放送協会(BBC)ニュース アラビック(本部:英国)の世界のテクノロジーとイノベーションを紹介する「フォー テック(4Tech)」に出演しました。番組は、8月25日からBBC ニュース アラビックのウェブサイトで公開されています。

収録の様子
収録の様子

大岡山キャンパス近辺で防災対策について説明する大佛教授
大岡山キャンパス近辺で防災対策について説明する大佛教授

BBC ニュース アラビックはBBCが提供する国際サービスのひとつで、インターネット、ラジオ、テレビなどのメディアを通じて、アラビア語による世界各国の主要ニュースや情報を発信しています。4Techは、独占取材による世界各地の最先端テクノロジーとイノベーションを紹介する番組(ウェブニュース)です。

大佛教授は、都市空間の分析や人間行動科学に関する膨大な情報を収集、分析、共有し、地域防災計画に活用する研究を行っています。

東京に巨大地震が発生すると、おおよそ800件の火災が同時に発生すると想定されています(首都直下地震等による東京の被害想定―概要版―outer、2012)。台数に限りのある消防車と消防隊員を火災現場へすみやかに配置し、被害を最小限におさえるためには、リアルタイムの現場、及び周辺状況の把握に加え、潜在的な被害の拡大を考慮した戦略的な消火活動を行うことが重要です。

取材では、戦略的な消火活動を支援する災害情報共有システムについて語りました。消防車が火災現場に到着するのが、通常では2.1分かかる場合、巨大地震等の被害発生時には、建物の倒壊などによる道路閉塞に遭い迂回を繰り返すために、約4倍の8.6分かかると見込まれます。このシステムを活用すれば、通常時に限りなく近い、2.4分で到着できることをシミュレーションで示しました。また、災害時に、スマートフォンを通して提供される被害のライブデータをクラウドサーバに蓄積し、グーグルマップ上で情報共有するアプリケーションも備えています。これにより、災害によって交通機能が停止し帰宅困難となった人々が、帰宅経路上の建物、道路、橋等の倒壊状況を前もって把握することによって、安全な場所の確保や行動を判断することができます。

取材の最後に、東工大大岡山キャンパス近辺で、緊急車両が通行可能となるようにセットバック(新築建物の後退)が行われた街並みを紹介しました。

大佛教授のコメント

大佛俊泰教授

昨今、自然災害に関する報道が絶えません。人々を襲う自然災害の種類や規模は様々であり、また、複数の災害が同時に発生するマルチハザードの危険性もささやかれています。大地震の発生が切迫している日本においては、地震防災・減災対策に資する技術開発は喫緊の研究課題です。ここで試みている研究が、日本に留まらず、世界各地の災害対応能力の向上に貢献できれば幸いです。

番組情報

  • 番組名
    BBC ニュース アラビック
  • タイトル
    4Tech ―日本の技術で、火災現場への到着時間を削減(アラビア語)
  • 掲載日
    2018年8月25日(土)

用語説明

セットバック : 建築基準法により、幅員4m未満の道路に面する敷地では、道路の中心線から水平距離2 mの範囲に建物・門扉・塀などを建築することが許可されていません。新たに建築する際には、防災上有効な幅員を確保するために、実際の敷地境界からの後退(セットバック)が求められます。

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

小山二三夫教授が第27回大川賞を受賞

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科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小山二三夫教授が、第27回(2018年度)大川賞を受賞することが決定しました。

大川賞は情報・通信分野における研究、技術開発および事業において顕著な社会的貢献をした研究者の労に報い、その功績を表彰すると共に、情報・通信分野のさらなる発展と啓蒙に寄与することを目的とした国際賞です。日本における情報通信産業の草創期の立ち上げに貢献し、株式会社CSK(現SCSK株式会社の前身の一つ)を創業した故大川功氏が中心となって設立された公益財団法人 大川情報通信基金(略称:大川財団)が、原則として日本人の研究者1名、海外の研究者1名の計2名を毎年、表彰しています。

海外研究者からは、米国カリフォルニア大学バークレー校 工学部のコンスタンス・チャン-ハスナイン教授の受賞が決定しています。

今回の受賞は、小山教授の「光通信、光センシングの高度化に向けた超高速変調、ビーム偏向機能集積化による面発光レーザーフォトニクスへの顕著な貢献」に対して授与されるものです。

小山教授のコメント

小山二三夫教授
小山二三夫教授

私の研究対象である面発光レーザーは、本学の伊賀健一名誉教授・元学長が1977年に発明した半導体レーザーです。近年、インターネットや携帯端末の普及により、データセンター内の大規模光インターコネクト、高精細レーザープリンタ、携帯端末での3D光センサなど、その応用分野は多岐にわたり、IoTの進展により、さらに研究開発が加速しています。今回の受賞は、恩師の末松安晴先生と伊賀健一先生のご指導と、これまで一緒に研究を進めてきた同僚の研究者、大学院学生など、多くの方々のご努力と貢献によるもので、深く感謝したいと思います。永年にわたる友人でもある、カリフォルニア大学バークレー校のコンスタンス・チャン-ハスナイン教授と同時に受賞できることは、この上ない光栄と喜びです。これからも、この受賞を励みに、東工大の強みと伝統を活かして、今後も研究に邁進していきたいと思っています。

贈呈式は、2018年11月7日(水)に東京で行われる予定です。

なお、本学関係者としては、第11回に飯島泰藏名誉教授、第15回に末松安晴栄誉教授、第22回に古井貞熙栄誉教授が同賞を受賞しています。

お問い合わせ先

小山二三夫

Email : koyama@pi.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5068

有害元素フリーの高効率青色発光体を実現 LEDをマイルドな製造環境で作製可能に

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ポイント

  • 蛍光量子効率90%の青色蛍光体を開発
  • 有害元素を含まず室温で溶液から合成可能
  • 電子注入層、正孔注入層の組み合わせでLEDの作製可能

低消費電力で高輝度に光る発光ダイオード(LED)は、ディスプレイや照明などの光源として大きなニーズがあります。また、大面積で発光するデバイスとしては、発光層に有機分子を用い、適当な電子注入層と正孔注入層[用語1]で挟んで電圧を印可し電子と正孔を有機層で結合させる有機EL(OLED有機発光ダイオード)が知られており、近年では、大型テレビや高精細液晶ディスプレイに用いられています。しかしながら、有機発光層の寿命や化学的安定性などの問題を抱えていました。

東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授と元素戦略研究センターの金正煥助教ら研究グループは、ペロブスカイト[用語2]に類似した構造を持つ物質Cs3Cu2I5が青色発光し、その量子効率が90%以上あることを見出しました。この物質は、大気中でも安定で、溶液から容易に成膜することが可能です。ペロブスカイト型発光材料の研究は世界的に盛んに行われていますが、材料に鉛やカドミウムを含んだものが多く、このような有害成分を含まずに安定で高い発光効率を示す物質が求められていました。今回の発光物質はこのニーズに応えるものです。また、新たに見出した黄色発光物質を組み合わせることで、白色発光するLEDの作製にも成功しました。

本研究成果はドイツ科学誌「Advanced Materials」に速報としてオンライン版に2018年9月14日付で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>

  • 研究課題名
    「東工大元素戦略拠点」
  • 代表研究者
    東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
  • PM
    元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
  • 研究実施場所
    東京工業大学
  • 研究開発期間
    2013年7月~2022年3月

研究の背景と経緯

電子と正孔を電極から注入して発光層で再結合させて光らせるLEDは、照明だけでなくディスプレイ用途でも急速に実用化が始まっています。これらは発光層に有機分子を用いたものですが、その材料自体の寿命や、水や酸素との反応による発光特性の劣化が問題でした。この問題を解決するために、半導体量子ドットやペロブスカイト系の発光材料の研究が世界的に活性化しつつあります。しかしながら、発光効率の高い材料は有害なカドミニウムや鉛を含んでいることから、有毒元素フリーで発光効率が高くかつ安定な発光材料が求められていました。

研究の内容

今回、有害な元素あるいは化学的に弱い有機物を含まない高効率な無機発光物質としてCs3Cu2I5(以後CCI325)に注目しました。この物質は、CuI4の4面体が2つ連結したユニットがCsイオンで囲まれている構造をとっています(図1)。

(ア)Cs3Cu2I5の結晶構造(緑:セシウムCs、青:銅Cu、紫:ヨウ素I)、密度汎関数計算から得られた(イ)伝導帯下端および(ウ)価電子帯上端の電荷密度
図1.
(ア)Cs3Cu2I5の結晶構造(緑:セシウムCs、青:銅Cu、紫:ヨウ素I)、密度汎関数計算から得られた(イ)伝導帯下端および(ウ)価電子帯上端の電荷密度

このCuの2量体が発光中心のため、電子的には0次元と見做すことができます[用語3]。効率の高い発光には光で励起した際に生じる励起子が、室温でも十分に安定である必要があります。この物質中での励起子の結合エネルギーは、およそ500 meVもあり、室温の熱エネルギーの20倍に相当します。これまでの3次元的電子構造をもつ無機ペロブスカイト発光体よりも1桁大きな値になります。この強い結合エネルギーは、電子系が0次元のために励起子が強く閉じ込められた結果と考えることができます。

Cs3Cu2I5単結晶の(ア)発光している試料の写真および(イ)高分解能電子顕微鏡による原子配列像(ウ)溶液法で作製された薄膜の発光(PL)および励起(PL)Eスペクトル
図2.
Cs3Cu2I5単結晶の(ア)発光している試料の写真および(イ)高分解能電子顕微鏡による原子配列像(ウ)溶液法で作製された薄膜の発光(PL)および励起(PL)Eスペクトル

この物質は単結晶だけでなく、薄膜も溶液から合成することができます。発光のピーク波長は430 nm付近に存在し、強い青色発光を示します(図2)。そして、発光の量子効率は単結晶で90%以上、溶液からスピンコート[用語4]で作製した薄膜でも60%以上で、これまで報告された無機ぺロブスカイト発光体の中では最も高効率です(表1)。

表1. 従来のハライド系青色発光体との量子効率の比較

 
電子構造の次元
State
発光中心(nm)
量子効率(%)
CH3NH3PbBr3
3D
QD in solution
432
> 40
CsPbCl1.5Br1.5
3D
QD in solution
455
37
Cs3Sb2Br9
2D
QD in solution
410
46
C4N2H14PbBr4
1D
Single crystal
475
20
Cs3Bi2Cl9
0D
QD in solution
~400
0.09
MA3Bi2Br9
0D
QD in solution
430
12
Cs3Cu2I5
0D
Thin film (Spin coating)
~445
62.1
Single crystal
91.2

作製した薄膜を大気中に2ヵ月間放置しても発光効率は低下しませんでした。さらに、新たに開発した黄色発光体と組み合わせると白色発光します。またLEDを試作し、動作できることも確認しました。

今後、電子注入層と正孔注入層を最適化することで高い電流効率が得られると考えられます。

(ア)青色発光のCs3Cu2I5と新規黄色発光体の粉末を混合し、白色フィルムを作製(イ)混合比に伴う色度の変化(ウ)白色フィルムのPLスペクトル(エ)Cs3Cu2I5を発光層に用いた青色発光ダイオード
図3.
(ア)青色発光のCs3Cu2I5と新規黄色発光体の粉末を混合し、白色フィルムを作製(イ)混合比に伴う色度の変化(ウ)白色フィルムのPLスペクトル(エ)Cs3Cu2I5を発光層に用いた青色発光ダイオード

今後の展開

今回、有害元素を含まず、高い効率で青色に発光する安定な発光体の開発に成功することができました。また、大気中でスピンコートするだけで形成できる実用的なLEDを製造できる可能性が高まりました。製造にあたり日本はヨウ素の埋蔵量が世界2位のため、元素戦略的にも課題は少ないと考えられます。注入する電子と正孔の濃度を同程度になるように電子注入層と正孔注入層を最適化することで、どこまで高効率化が図れるかが今後の課題となります。

用語説明

[用語1] 電子注入層と正孔注入層 : LEDでは両側の電極から電子と正孔を注入し、発光層でそれらを再結合させ発光させる。一般は電極と発光層の間にはかなりのエネルギー障壁が存在するが、そこにその障壁を低減させるために挟む半導体層。

[用語2] ペロブスカイト : 組成式RMO3(R、Mは金属カチオン)をもつ結晶で、立方晶の各頂点に金属Rが、体心に金属Mが、そして金属Mを中心として、酸素Oは立方晶の各面心に配置している。極めて多くの金属イオンの組み合わせが、この構造をとることが知られている。

[用語3] 0次元の量子閉じ込め : 電子の存在する場所が原子の大きさと同じくらい狭い領域になっており、「点」と見做すことができる。

[用語4] スピンコート : 基板に塗布したい物質を含む溶液を滴下して、そのあと回転させることにより膜を形成する方法。

論文情報

掲載誌 :
ADVANCED MATERIALS
論文タイトル :
Lead‐Free Highly Efficient Blue‐Emitting Cs3Cu2I5 with 0D Electronic Structure
著者 :
Taehwan Jun, Kihyung Sim, Soshi Iimura, Masato Sasase, Hayato Kamioka, Junghwan Kim, Hideo Hosono(上岡隼人氏の所属は日本大学文理学部、他は東京工業大学)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 教授
/元素戦略研究センター長
細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

東京工業大学 元素戦略研究センター 助教

金正煥

E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5196 / Fax : 045-924-5196

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

TBSテレビ「未来の起源」に科学技術創成研究院の吉田啓亮助教が出演

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科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の吉田啓亮助教が、TBS「未来の起源」に出演します。

植物が夜に光合成をオフにするメカニズムの研究について紹介されます。

吉田助教のコメント

吉田啓亮助教

植物が生きていくためには太陽の光エネルギーを使って光合成を行うことが必要です。ところが、地球では毎日昼と夜のサイクルが繰り返されるように、植物に届く光は常に変化しています。このような変動する光環境で、植物はどのように光合成の機能を調節しているのかを明らかにしようとしています。今回は、最近発見した「光合成を夜にオフにするためのメカニズム」について取材を受けました。番組を通して、植物基礎研究の面白さや重要性が伝えられれば幸いです。

番組情報

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2018年9月23日(日)22:54 - 23:00(放送地域:関東、愛知、岐阜、三重)
  • (再放送)
    BS-TBS 2018年9月30日(日)20:54 - 21:00

お問い合わせ先

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Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

原子の対称性を超えるナノ物質を発見 次世代電子材料・磁性材料を生み出す新たな指針

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要点

  • 球対称の原子より高い対称性[用語1]を持つナノ物質の存在を理論的に証明
  • 既存物質ではありえないほど、多くのエネルギー状態が重なる
  • 多く重なったエネルギー状態を利用した次世代の電子・磁性材料の開発に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の春田直毅特任助教、塚本孝政特任助教、山元公寿教授、葛目陽義特任准教授、神戸徹也助教らの研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いた理論化学的手法[用語2]により、特定の金属元素からなる微小な四面体型クラスター[用語3]は、既存物質ではありえないほど、多くのエネルギー状態[用語4]が重なることを明らかにした。

これらのクラスターは、最も高い対称性を持ち、最もエネルギー状態が重なるとされてきた原子でも実現できないほどの重なりを示す。この成果は、球対称の原子よりも高い対称性のナノ物質が存在しうることを世界で初めて理論的に証明したものである。こうした重なりを利用すると特異な電気伝導性や磁気特性を引き出すことが可能であり、これまでにない電子材料や磁性材料の開発につながることが期待される。

この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元公寿 研究総括)」で実施された。研究成果は、2018年9月14日10時(英国時間)に英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」オンライン版に掲載される。

研究成果

東工大の春田特任助教、塚本特任助教、山元教授らは、コンピューターシミュレーションにより、マグネシウム、亜鉛、カドミウムなどからなる微小な四面体型クラスターは、既存物質ではありえないほど、多くのエネルギー状態が重なることを明らかにした(図1)。縮退[用語5]と呼ばれるこうした重なりは、対称性の高い形をした物質ほど起こりやすいとされるが、実現できる縮退度には限界があった(原子より大きな物質では最大でも5重縮退まで)。

今回発見されたクラスターは、そうした幾何学的対称性だけでなく、力学的対称性[用語6]と呼ばれる特殊な対称性により、6重縮退や10重縮退といった超縮退を実現することが分かった。これらの物質は、球対称以上の力学的対称性によって縮退を起こす世界初のナノ物質である。また、本研究では、超縮退を起こすための条件がテオドロスのらせん[用語7]に由来する美しい数学的法則で表されることも同時に解明した(図2)。

球対称の原子は最も高い幾何学的対称性を持ち、同じエネルギーを持つ状態が最も重なって現れることが知られている。通常、クラスターの対称性は原子の対称性より低いため、原子ほどはエネルギーが重ならない。今回発見された四面体型クラスターは、特異的な対称性を持つことにより、球対称以上の重なりを示すことが明らかとなった。
図1.
球対称の原子は最も高い幾何学的対称性を持ち、同じエネルギーを持つ状態が最も重なって現れることが知られている。通常、クラスターの対称性は原子の対称性より低いため、原子ほどはエネルギーが重ならない。今回発見された四面体型クラスターは、特異的な対称性を持つことにより、球対称以上の重なりを示すことが明らかとなった。
四面体型クラスターにおいて、各原子間の結合の強さ(トランスファー積分)が、図に示した比になるとき、多くのエネルギー状態が重なることが分かった。ここで現れる平方根の数列 √1,√2,√3,√4,… は、古代ギリシアのテオドロスによって発見されたものである。
図2.
四面体型クラスターにおいて、各原子間の結合の強さ(トランスファー積分)が、図に示した比になるとき、多くのエネルギー状態が重なることが分かった。ここで現れる平方根の数列 √1,√2,√3,√4,… は、古代ギリシアのテオドロスによって発見されたものである。

背景と経緯

原子は原子核を1個しか持たないため、世界で最も幾何学的対称性の高い球対称の物質と見なされている。そしてその高い対称性により、原子のエネルギー状態は多く重なることが知られている。化学的に安定な希ガス、高い電気伝導性を持つ金属元素、磁石にくっつく磁性元素などの背景には、こうしたエネルギー状態の重なりがある。

原子のように、あるいは原子以上にエネルギー状態が重なるナノ物質があれば、従来にない次世代材料の候補となるが、そういった物質は今まで知られてこなかった。ナノ物質は複数の原子核を持つため、幾何学的対称性が必ず低くなるからである。今回、コンピューターシミュレーションを利用することで、常識に反し、幾何学的対称性とは異なる対称性に基づいてエネルギー状態が重なる超縮退物質を見つけることに成功した。

今後の展開

超縮退物質の発見はこれまでにない電子材料や磁性材料の開発につながると期待される(図3)。多く重なったエネルギー状態に少しだけキャリア[用語8]が混ざれば、高い電気伝導性が引き起こされる。また、多く重なったエネルギー状態に電子が1個ずつ並べば、スピン[用語9]が整列し、高い磁性が生み出される。こういったキャリア注入やスピン整列は、四面体型クラスターの構成元素を変えたり、合金化したりすることで実現できる。今後は、こうしたシミュレーション上のナノ物質の実現に向けたクラスター合成に挑むことになる。

多く重なったエネルギー状態にキャリア注入すると電気伝導体になり、スピン整列させると磁性体になる。
図3.
多く重なったエネルギー状態にキャリア注入すると電気伝導体になり、スピン整列させると磁性体になる。

用語説明

[用語1] 対称性 : 物質が持つ形の対称性は、左右対称といった幾何学的な美しさで測られることから、幾何学的対称性と呼ばれる。例えば正多面体は、立体の中でも高い幾何学的対称性を持つ。3次元の世界で、最も高い幾何学的対称性は球の持つ球対称である。

[用語2] 理論化学的手法 : 数学や物理学、コンピューターシミュレーションなどを駆使することで、実験室で実験を行うことなく、物質の性質を明らかにする方法論のこと。実験で得られるデータを精緻に解釈したり、新たな化学現象を予測したりするのに用いられる。

[用語3] 四面体型クラスター : 数個から数十個の原子が集まってできた極小粒子をクラスターと呼ぶ。さまざまな形のものが知られており、四面体型クラスターは4つの三角形の面で囲まれた立体の形をしている。

[用語4] エネルギー状態 : 原子やクラスターは、正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子の集まりで構成される。各電子は、原子核のまわりに広がる軌道に収まる。軌道にはさまざまな形があり、それぞれが異なるエネルギーを持つ。このように軌道は、電子がとりうる各エネルギー状態という意味を持つ。2個の電子までが同じ軌道に入ることができる。

[用語5] 縮退 : 原子核が対称に配置されていると、複数の軌道が同じエネルギーを持つことがある。このエネルギー状態の重なりを縮退と呼ぶ。例えば、正二十面体型クラスターでは、5重に縮退した軌道が現れる。通常、クラスターの対称性は原子の球対称より低いため、原子ほどは縮退しない。

[用語6] 力学的対称性 : 一般にクラスターの幾何学的対称性は、軌道の形や縮退度に影響を与える。一方で、力学的対称性と呼ばれる非幾何学的対称性も存在する。力学的対称性は、ハミルトニアンと呼ばれる数式を調べることで特定される。今まで原子より大きな物質での例はなかったが、力学的対称性は異常な縮退を引き起こす原因となることが知られている。

[用語7] テオドロスのらせん : ある一定の規則のもと、大きさの異なる直角三角形をらせん状につなぐと、各三角形の辺の長さとして、平方根の数列 √1,√2,√3,√4,… が現れる。古代ギリシアの発見者にちなみ、これをテオドロスのらせん(図4)と呼ぶ。超縮退を起こすための条件を書き下すと、この平方根の数列が登場する。

テオドロスのらせん。二辺の長さを1とする直角二等辺三角形の斜辺に、それを底辺とする高さ1の直角三角形をくっつける。さらにその直角三角形の斜辺に、それを底辺とする高さ1の直角三角形をくっつける。これを繰り返すと、大きさの異なる直角三角形がらせん状につながり、各三角形の底辺の長さとして、平方根の数列 √1,√2,√3,√4,… が現れる。
図4.
テオドロスのらせん。二辺の長さを1とする直角二等辺三角形の斜辺に、それを底辺とする高さ1の直角三角形をくっつける。さらにその直角三角形の斜辺に、それを底辺とする高さ1の直角三角形をくっつける。これを繰り返すと、大きさの異なる直角三角形がらせん状につながり、各三角形の底辺の長さとして、平方根の数列 √1,√2,√3,√4,… が現れる。

[用語8] キャリア : 縮退軌道に電子が少しだけ存在すると、近くにあるクラスターの縮退軌道へと電子が移動して電気が流れる。逆に、縮退軌道はほぼ埋まっているが、電子が少し欠けていると、電子の抜け穴(正孔)が動いて電気が流れる。このように電流の担い手となる電子や正孔のことをキャリアと呼ぶ。

[用語9] スピン : 電子には、スピンと呼ばれる微小な磁石としての性質がある。縮退軌道に電子がちょうど1個ずつ入ると、スピンの向きがそろい、磁性を発現することが知られている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文タイトル :
Nanomaterials design for super-degenerate electronic state beyond the limit of geometrical symmetry
(幾何学的対称性の限界を超えた超縮退電子状態を生み出すナノ材料設計)
著者 :
Naoki Haruta, Takamasa Tsukamoto, Akiyoshi Kuzume, Tetsuya Kambe, Kimihisa Yamamoto
DOI :

研究に関する問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 教授

山元公寿(やまもと きみひさ)

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

JST事業に関する問い合わせ先

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

古川雅士(ふるかわ まさし)

E-mail : eratowww@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3528 / Fax : 03-3222-2068

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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キチン加水分解酵素は熱ゆらぎを利用して一方向に動きながら結晶性バイオマスを分解する分子モノレールカーである

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発表者

  • 中村彰彦(自然科学研究機構分子科学研究所 助教)
  • 岡崎圭一(自然科学研究機構分子科学研究所 特任准教授)
  • 古田忠臣(東京工業大学 生命理工学院 助教)
  • 櫻井実(東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター 教授)
  • 飯野亮太(自然科学研究機構分子科学研究所 教授)

要点

概要

バクテリアの一種であるセラチア菌が生産するSmChiAは、カニ、エビ、昆虫などの外骨格を形成する結晶性多糖であるキチンを水溶性のオリゴ糖に分解する酵素です。近年、SmChiAはキチン表面を一方向に運動しながら連続的に分解する分子モーターであることが発見されていましたが、その具体的な仕組みは明らかになっていませんでした。

分子科学研究所(分子研)および東京工業大学(東工大)の研究グループは、SmChiAを金ナノ粒子で標識し、全反射暗視野顕微鏡を用いて高い位置決定精度[用語7]と時間分解能で1分子観測することで、キチン分解反応に伴う1 nm間隔のステップ運動を直接可視化することに初めて成功しました。速度論的同位体効果[用語8]を利用してキチンの分解に対応する時定数を決定し、運動中の反応素過程としては速く、律速段階[用語9]ではないことを明らかにしました。また、X線結晶構造解析により運動中間体のキチン結合状態を明らかにし、さらに分子動力学シミュレーションを用いてSmChiAが直進運動する様子を解析した結果、キチンの脱結晶化が運動の律速段階であることを解明しました。さらに、前進・後退の1 nmステップの割合と、反応時定数から計算される分解が起こる確率が同じであることから、SmChiAはレールであるキチンを切断し後退ステップのエネルギー障壁を上げることでブラウン運動(熱ゆらぎ)を前進に偏らせると結論づけました。言い換えると、SmChiAはBurnt-bridge機構により一方向に運動するブラウニアンラチェットモーターであることを導き出しました。

研究の背景

カニやエビなどの甲殻類や昆虫の外骨格、および酵母などの細胞壁を構成するキチンは、N-アセチルグルコサミンが直鎖状につながった多糖類であり、植物が生産するセルロースに次いで地球上に大量に存在する生物由来資源です。キチンは分子鎖が束になり結晶構造を形成するため化学的に安定で、オリゴ糖に分解して資源として利用するには高温高圧での処理が必要となります。他方、バクテリアなどの微生物はキチン分解酵素を体外に分泌し、常温常圧の穏やかな条件下で結晶性キチンを分解して生育の栄養源としています。このため、キチンを資源として有効利用するためのツールとしてキチン分解酵素が注目され、基礎と応用の両面で研究が行われています。

バクテリアの一種であるSerratia marcescensが生産するキチン加水分解酵素SmChiAは、結晶性キチンの分解活性が高い酵素として古くから知られていました。SmChiAはまるでモノレールカーのような、キチン分子鎖を結合するための窪みを持っています(図1)。高速原子間力顕微鏡[用語10]を用いた観察でこれまでに、SmChiAがキチン結晶上を一方向に運動する様子が報告されていました。しかし、どのような仕組みで運動を行っているのかは明らかになっていませんでした。

SmChiAは、結晶表面からのキチン分子鎖の引き剥がし(脱結晶化)、キチンの分解、生成した二糖(キトビオース)の放出、前進運動のサイクルを繰り返していると予想されていました。SmChiAによるキチン分解と運動のメカニズムを解明するためには、これらの素過程を分離して1分子観測する必要がありました。しかし、生成物であるキトビオースのサイズが1 nmと小さいことから、SmChiAの運動素過程(ステップ)の大きさは1 nmと予想され、これまでの手法では解析が困難でした。

モノレールカーとキチナーゼ(キチナーゼは約10億倍拡大)

図1. モノレールカーとキチナーゼ(キチナーゼは約10億倍拡大)

研究の成果

分子研および東工大の研究グループは、独自に開発した全反射暗視野顕微鏡を用い、粒径40 nmの金ナノ粒子で可視化したSmChiAがキチン結晶上を運動する様子を、0.3 nmの位置決定精度と500マイクロ秒の時間分解能で1分子観測することに成功しました。高精度・高時間分解能での1分子観測を達成することで、SmChiAが1 nm間隔のステップと停止を繰り返しながら直進運動する様子を直接捉えることができました。SmChiAの運動を詳細に観測し、1 nmずつ連続的に前方へ進むステップだけでなく、後退するステップや後退した状態から復帰するステップも見いだしました(図2)。前進ステップの割合は84%であり、運動方向は前方に大きく偏っていることがわかりました。

また、ステップする前の停止時間の分布の解析および速度論的同位体効果の検証により、各反応素過程の時定数を求めました(図2)。前進ステップが起こる際は、キチンの分解(2.9ミリ秒)と後退ステップ(18ミリ秒)が競合し、前進ステップの割合は時定数の比からも86%と算出され、前述の運動方向の解析から得られた値と一致しました。他方、後退ステップと復帰ステップの前の停止の時定数がほぼ同じであることから、これらの状態(図2AおよびE)の自由エネルギーに差がないこと、および前進・後退のステップは熱ゆらぎで駆動されていることが明らかとなりました。これらの結果は、キチンの分解反応が後退ステップに比べて十分速く起こるために、熱ゆらぎによる方向性のないブラウン運動が一方向に偏ることを示しています。言い換えると、分解反応によってレールであるキチンが1キトビオース分短くなることでSmChiAは後退できなくなり、前に進まざるを得なくなると結論しました。この運動の仕組みは、「退路を絶って強制的に前に進ませる」という意味で、Burnt-bridge(橋を燃やす)ブラウニアンラチェットと呼ばれています。

SmChiAがBurnt-bridgeブラウニアンラチェットであることをさらに確認するため、様々な長さのキチンオリゴ糖との複合体のX線結晶構造解析を行い、運動中間状態でのSmChiAとキチン分子鎖の相互作用を調べました。キチンの結合位置が異なる様々な構造が得られましたが、SmChiAの構造はキチンが結合していない構造とほぼ同じでした。この結果は、SmChiAの構造変化(パワーストローク)により運動が駆動されるのではないことを支持します。また、中間状態のキチンオリゴ糖が結合したSmChiAを初期構造として分子動力学シミュレーションを行い、ブラウン運動でSmChiAが前進・後退運動する様子を再現できました。これらの結果から、SmChiAはタンパク質の構造変化で動くパワーストロークモーターではなく、熱ゆらぎで動くブラウニアンラチェットモーターであることが確認されました。ところで、図2の状態Aから状態Eへの変化は、エネルギーを要する脱結晶化を含んでいるにもかかわらず、何故これらの二状態には自由エネルギー差がなく、熱ゆらぎで移り変わることができるのでしょうか。その理由を理解するため、分子動力学シミュレーションで前進状態と後退状態での可溶性キチンオリゴ糖との結合自由エネルギー差を見積もったところ、前進状態の方がより安定であることが明らかとなりました。この結果から、前進状態で得られるキチン結合の自由エネルギーがキチンの脱結晶化に使われるため、熱ゆらぎで移り変われるのだと結論しました。

前進、後退、復帰ステップの例と反応時定数のまとめ

図2. 前進、後退、復帰ステップの例と反応時定数のまとめ

今後の展開

今回、SmChiAによるキチンの効率的な分解の仕組みを明らかにしたことで、結晶性多糖をより効率的に分解する非天然型キチン分解酵素や類縁のセルロース分解酵素を設計するヒントが得られました。将来は、キチンやセルロースといった生物由来資源の有効利用に貢献できると期待されます。また近年、化学合成された人工分子モーターも創り出されています。ナノメートルサイズの生体・人工分子モーターは慣性を利用できず、常に激しい熱ゆらぎにさらされています。分子モーターを主とする分子機械には、マクロなスケールの機械とは根本的に異なる設計原理が用いられています。今回明らかとなった、ブラウン運動を巧みに利用するSmChiAのメカニズムは、より効率的に働く分子機械の創出に繋がると期待されます。

用語説明

[用語1] 全反射暗視野顕微鏡 : 光をガラスと水の界面で全反射させることで発生するエバネッセント光を照明に利用し、観察試料からの散乱光を観察する顕微鏡。

[用語2] Burnt-bridge機構 : 後方のレールを取り除くことで後退運動を阻止して前方への運動を達成する仕組み。橋を燃やして退路を断つ、の意味。

[用語3] X線結晶構造解析 : タンパク質の3次元結晶を調製し、その結晶に対しX線を照射することで立体構造を決定する手法。

[用語4] 分子動力学シミュレーション : 原子間の相互作用を計算することで、分子の構造変化や振る舞いを、コンピュータを用いてシミュレーションする手法。

[用語5] ブラウニアンラチェット : 熱ゆらぎによるブラウン運動とその制御を組み合わせて一方向性の運動を達成する仕組み。

[用語6] 人工分子機械 : 化学的に合成されたナノサイズの機械。2016年ノーベル化学賞の対象となった。

[用語7] 位置決定精度 : 顕微鏡観察した像の中心位置をどの程度正確に決定できるかの指標。空間分解能(どれだけ近くにある2つの物体を区別できるか)とは異なる。

[用語8] 速度論的同位体効果 : 重原子同位体では結合の組み換え反応が遅くなる効果。

[用語9] 律速段階 : 一連の化学変化のうち最も遅い段階。この段階の速度で全体の化学変化の速度が決定される。また、他と比べて最も時間のかかる過程(ボトルネック)を表す。

[用語10] 高速原子間力顕微鏡 : 非常に微細な先端を持つ探針で試料表面を高速に走査し、高さの変化として個々のタンパク質の構造変化を実時間で観察する顕微鏡。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Processive chitinase is Brownian monorail operated by fast catalysis after peeling rail from crystalline chitin
(キチナーゼは速い触媒反応による制御で結晶性キチンのレール上を動くブラウニアンモノレールである)
著者 :
Akihiko Nakamura*, Kei-ichi Okazaki, Tadaomi Furuta, Minoru Sakurai, Ryota Iino* (*責任著者)
掲載予定日 :
2018年9月19日18時(日本時間)
DOI :
研究グループ :
分子科学研究所と東京工業大学の共同研究
研究サポート :
新学術領域研究 発動分子科学 JP18H05424(飯野亮太)
科学研究費補助金JP15H04366, JP16H00789, JP16H00858, JP17K19213 (飯野亮太)
JP17K18429, JP17H05899(中村彰彦)
自然科学研究機構 融合発展促進研究プロジェクト J281002(岡崎圭一)
自然科学研究機構 分野間連携研究プロジェクト 01311805(中村彰彦)
新世代研究所 研究助成 RG2709(中村彰彦)

研究に関するお問い合わせ先

自然科学研究機構分子科学研究所

教授 飯野亮太(いいの りょうた)

E-mail : iino@ims.ac.jp
Tel : 0564-59-5232 / Fax : 0564-59-5231

取材申し込み先

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

E-mail : press@ims.ac.jp
Tel : 0564-55-7297 / Fax : 0564-55-7374

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

「イノベーション・ジャパン2018」大学組織展示 出展報告

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東京工業大学は8月30日、31日、東京ビッグサイト(東京都江東区)で開かれた「イノベーション・ジャパン2018~大学見本市&ビジネスマッチング~」の「大学組織展示」に出展しました。大学組織展示は、大学と産業界との間で新たなパートナーシップを創造することを目的に、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が主催する「大学見本市ゾーン」で開催され、58大学が出展しました。

本学ブースでは、「安全・安心~世界一の大型動的加力装置による建設物の安全・安心の実現~」をテーマに、科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の笠井和彦特任教授の研究内容を展示しました。高層建築等の大型建設物の部材を実物大で評価する世界最大の加力装置の構想を「実物大の免震ゴム模型」「免震・制振ダンパー」「提案加力装置の縮小模型」を用いて研究室による個別説明により紹介しました。

さらに、構想の必要性や加力装置のスケール感等を、VR動画を用いて説明しました。VR動画ではさまざまな部材(たとえば鉄筋コンクリートや鉄骨、免震ゴムや制振装置等)を実際に破壊する様子を再現して示すことで、普段想像することの少ない破壊現象に対して、来場者はリアリティをもって実感することができました。

実物大の免震ゴム模型(下)、免震・制振ダンパー(左)、提案加力装置の縮小模型(右)
実物大の免震ゴム模型(下)、免震・制振ダンパー(左)、
提案加力装置の縮小模型(右)

東京工業大学のブースで、VR体験を行う来場者
東京工業大学のブースで、VR体験を行う来場者

2日間で合計300名を超える来場者が本学ブースに参加し、本学の構想の意義を多くの方々に理解していただくことができました。

本学は、安全・安心な社会を目指して構想の実現に邁進していきます。

お問い合わせ先

研究・産学連携本部 産学連携部門

E-mail : sangaku@sangaku.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2445

多元合金ナノ粒子の新たな合成手法を開発 不可能だった5種類を超える元素のハイブリッド化を実現

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要点

  • 5種類以上の金属を含んだナノ粒子を合成する手法を開発
  • 多様な金属元素の種類や比率などを制御
  • 新しい物質群の発見や次世代機能性材料の創出に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政特任助教、山元公寿教授、神戸徹也助教、今岡享稔准教授、および理化学研究所の中尾愛子専任研究員らの研究グループは、極微小なナノ粒子中に多種の金属元素をさまざまな比率・組み合わせで配合できる「アトムハイブリッド法[用語1]」を開発し、これを利用した5種類あるいは6種類の金属を配合した多元合金ナノ粒子[用語2]の合成に初めて成功した。

従来の手法では、多元合金ナノ粒子の合成に困難があり、均一な合金化は最大でも3種類までしか達成されていなかった。「アトムハイブリッド法」により合成される物質は、多様な金属元素種に加え、ナノ粒子のサイズと混合比率も考慮すれば非常に多くの組み合わせが考えられ、新しい物質群の創成や新しい分野の開拓につながる。またこの手法を利用することで、将来的には今まで発見されてこなかった新たな機能材料の創出が期待できる。

この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元公寿 研究総括)」で実施された。

2018年9月24日発行の英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

背景と経緯

多種類の金属元素を混ぜ合わせた多元合金ナノ粒子は、その多様な機能性から研究が盛んに行われている。さまざまな金属元素を自在に混ぜ合わせることができれば、高機能材料の開発や新物質の発見につながる。しかし、混合する金属の種類が多いと、ナノ粒子中で異なる金属同士が分離してしまうため、これまで最大でも3種類の金属までしか均一に混合できていなかった。

通常のナノ粒子よりもさらに小さな、粒径1ナノメートル(nm)に達する極微小粒子においては金属同士の分離が起こらず、3種類を超える合金化が可能と考えられている。しかしながら、従来の手法では、1ナノメートルの極微小領域で粒子のサイズや混合比率を精密に制御して合金ナノ粒子を合成する技術は確立されていなかった。

研究成果

研究グループは今回、粒径1ナノメートル程度の極微小なナノ粒子に、5種類以上の金属をさまざまな比率や組み合わせで自在に合金化できる「アトムハイブリッド法」を開発した。この手法は、樹状型の規則構造を持つデンドリマー[用語3]を鋳型として利用するもので、デンドリマー構造中に多種多様な金属イオンを取り込み、その金属イオンを化学的に還元することで多元合金ナノ粒子を合成する。今回、5種類および6種類の金属を配合した合金ナノ粒子の合成に初めて成功した。「アトムハイブリッド法」を適用することで、粒子のサイズや合金の混合比率を精密に制御して合金ナノ粒子を合成することができる(図1)。一方で、デンドリマーを用いない一般的な手法では、粒子サイズや混合比率を制御することが困難で、金属同士が混ざらずに分離してしまう現象が見られた(図2)。

新たに開発されたアトムハイブリッド法。1ナノメートル程度のナノ粒子の中に、5種類の金属元素が混合していることが分かる。
図1.
新たに開発されたアトムハイブリッド法。1ナノメートル程度のナノ粒子の中に、5種類の金属元素が混合していることが分かる。
鋳型であるデンドリマーを用いない一般的な合金ナノ粒子の合成法の場合。10ナノメートルを超えるサイズに粒子が肥大化し、粒子内では金属同士が分離していることが分かる。
図2.
鋳型であるデンドリマーを用いない一般的な合金ナノ粒子の合成法の場合。10ナノメートルを超えるサイズに粒子が肥大化し、粒子内では金属同士が分離していることが分かる。

今後の展開

本研究で開発した「アトムハイブリッド法」により、これまで困難とされてきたサイズと比率を制御した多元合金ナノ粒子の合成に成功した。この手法を使うと通常では混ざらない金属元素を混ぜることもできる。

現在、周期表に並ぶ元素は118種。粒子中の元素の組み合わせや比率も考慮すれば無限大の組み合わせが存在する。この手法により、今まで検討されてこなかった未知の物質群の発見・新分野の開拓が実現する。また、将来的には、この未知の物質群の中から新たな機能材料の創出が期待できる。

用語説明

[用語1] アトムハイブリッド法 : デンドリマー[用語3]をナノサイズの鋳型として利用し、1ナノメートル程度の多元合金ナノ粒子を合成する手法。デンドリマーの構造中には多種多様な金属イオンを、さまざまな組み合わせで取り込ませることができる。この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで目的の多元合金ナノ粒子[用語2]を得る。

[用語2] 多元合金ナノ粒子 : 多種の金属元素が混合した金属ナノ粒子で、触媒をはじめとした特異な機能を有している。従来は最大でも3種類の金属までしか均一に混合できず、また、粒子のサイズ・合金の混合比率を制御することも困難であった。今回、5種類の金属(ガリウム・インジウム・金・ビスマス・スズの混合や、鉄・パラジウム・ロジウム・アンチモン・銅の混合)や6種類の金属(ガリウム・インジウム・金・ビスマス・スズ・白金の混合)を、1ナノメートル程度の粒子中に、比率を精密に制御して混合することに成功した。

[用語3] デンドリマー : コアと呼ばれる中心構造と、デンドロンと呼ばれるコアから樹状に延びる側鎖構造から構成される特殊な高分子。本研究では、金属イオンを取り込むことが可能なイミンと呼ばれるユニットを、コアとデンドロンの構造中に多数組み込んだ、独自設計のデンドリマーを採用している。今回、最大で8種類の金属イオン(鉄・ガリウム・インジウム・金・アンチモン・ビスマス・スズ・白金)を同時に取り込むことに成功した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文タイトル :
"Atom-hybridization for synthesis of polymetallic clusters"
(多元合金クラスターの合成を可能とするアトムハイブリッド法)
著者 :
Takamasa Tsukamoto, Tetsuya Kambe, Aiko Nakao, Takane Imaoka, Kimihisa Yamamoto
DOI :

研究に関する問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 教授

山元公寿(やまもと きみひさ)

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
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古川雅士(ふるかわ まさし)

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

13個の金属原子を三次元型にサンドイッチした有機金属ナノクラスターの開発に成功

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要点

  • 三次元サンドイッチ型構造をもつ安定なキューブ状有機金属ナノクラスターが形成されることを発見
  • サンドイッチ構造内にバルク金属内と同じ最密充填金属構造が形成されることを発見
  • 触媒や材料として注目される金属ナノクラスターの新しい分子設計方法を開発

概要

東京工業大学 村橋哲郎教授、山本浩二助教ら、京都大学 倉重佑輝特定准教授、自然科学研究機構分子科学研究所の共同研究グループは、13個のパラジウム原子を環状不飽和炭化水素[用語1]で三次元型にサンドイッチした有機金属ナノクラスター[用語2]の合成に成功した。サンドイッチ錯体は1973年のノーベル賞の対象になった化合物であり、二つの環状不飽和炭化水素が2方向から一つまたは複数の金属原子を挟みこむことで形成される。村橋教授らは、七角形の環状不飽和炭化水素が複数の金属原子に結合しやすい性質をもつことに着目し、10個以上の金属原子が塊状に集合して生じる金属ナノクラスターの周りを環状不飽和炭化水素が6方向からサンドイッチすることで、安定な有機金属クラスター分子が生じることを発見した。

合成した三次元型サンドイッチ金属ナノクラスターは、炭素平面がキューブ(立方体)状に配置された構造をもち、新たなナノスケール分子として、触媒や機能材料への応用が期待される。

研究成果は9月17日付の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」電子版に掲載された。

研究の背景

サンドイッチ錯体は、平行に配置された二つの環状不飽和炭化水素間に金属原子が挟み込まれた化合物の総称であり、およそ70年前に初めてその存在が明らかにされた化合物である(図1)。一般的に炭素-金属結合をもつ有機金属錯体は不安定な化合物だが、このサンドイッチ錯体は有機金属錯体でありながら高い安定性を示したことから大きな興味が持たれ、結合構造が解明された後の1973年にノーベル化学賞の対象になった。

その後も、サンドイッチ構造を化学的に変換することにより、有用な触媒や材料が次々と開発され、錯体化学[用語3]有機金属化学[用語4]、触媒化学、材料化学などに大きな発展をもたらした。

村橋教授らは、従来の2方向から金属を挟み込むサンドイッチ構造に対して、6方向から塊状金属クラスターを挟み込んだ三次元型サンドイッチ構造が形成される可能性に着眼し、同構造をもつ金属ナノクラスターの合成・実証に成功した(図1)。

従来型のサンドイッチ金属錯体(左)と本研究で新たに創出した三次元型サンドイッチ金属ナノクラスター(右)の模式図

図1. 従来型のサンドイッチ金属錯体(左)と本研究で新たに創出した三次元型サンドイッチ金属ナノクラスター(右)の模式図

研究の成果

村橋教授らは、これまでに七角形構造をもつ環状不飽和炭化水素であるシクロヘプタトリエニル(トロピリウム)配位子[用語5]がシート状に集合した金属原子に結合することにより、2方向サンドイッチクラスターを合成することに成功している。今回、13個のパラジウム原子が塊状に集合したクラスターを6枚のシクロヘプタトリエニル配位子で6方向から三次元型にサンドイッチしたパラジウムナノクラスターの合成に成功した(図2)。

単結晶X線構造解析を用いてこの化合物の分子構造を解明した結果、各シクロヘプタトリエニル配位子が最密充填型パラジウムクラスターの四角形面に結合し、シンプルかつ対称な6配位型構造を形成していることをつきとめた。分子の表面形状はキューブ状であり、代表的な球状ナノカーボン分子であるC60フラーレンと比較して同程度のサイズをもっている(図3)。合成した三次元型サンドイッチパラジウムナノクラスターは多段階の酸化還元能を示すこともわかり、同構造をもつ常磁性体も合成可能であることも明らかにした。

三次元型サンドイッチパラジウムナノクラスターの分子構造

図2. 三次元型サンドイッチパラジウムナノクラスターの分子構造

三次元型サンドイッチナノクラスターのキューブ状分子表面形状(左)と、代表的なナノカーボンであるC60フラーレンの球状分子表面形状(右)
図3.
三次元型サンドイッチナノクラスターのキューブ状分子表面形状(左)と、代表的なナノカーボンであるC60フラーレンの球状分子表面形状(右)

今後の展開

今回の研究成果により、三次元型サンドイッチ構造をもつ有機金属ナノクラスターが合成可能であることが示された。このようなナノクラスター分子は多電子の酸化還元挙動を示すなど、金属原子が集合した構造に起因する特徴的な挙動を示すこともわかってきている。本研究で創成した三次元型サンドイッチ構造をもつ有機金属ナノクラスターは、今後、反応性や物性を解明していくことにより、有用な触媒やナノ分子材料に応用できる可能性が期待される。

この研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究(B)、新学術領域研究「柔らかな分子系」、旭硝子財団研究助成等の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 環状不飽和炭化水素 : 環状の炭化水素化合物のうち、炭素骨格に二重結合あるいは三重結合を含むものの総称である。

[用語2] 金属ナノクラスター : 数個から数百個の金属原子が集まって出来る集合体で、単核錯体やバルク金属とは異なる性質を示す。

[用語3] 錯体化学 : 配位結合を含む化合物に関する化学。特に金属元素に対する配位結合を含む化合物のことを金属錯体と呼ぶ。

[用語4] 有機金属化学 : 金属錯体の中で金属-炭素結合を有する場合を特に有機金属錯体と呼ぶ。有機金属化学は、有機金属錯体に関する化学のことである。

[用語5] シクロヘプタトリエニル(トロピリウム)配位子 : 7個の炭素原子が環状につながった環状不飽和炭化水素の一種である。C7H7の組成をもつ。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Three-Dimensional Sandwich Nanocubes Composed of 13-Atom Palladium Core and Hexakis-Carbocycle Shell
著者 :
Masahiro Teramoto, Kosuke Iwata, Hiroshige Yamaura, Kenta Kurashima, Koshi Miyazawa, Yuki Kurashige, Koji Yamamoto, Tetsuro Murahashi
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授 村橋哲郎

E-mail : mura@apc.titech.ac.jp
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平成30年度「末松賞『ディジタル技術の基礎と展開』支援」採択者決定

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平成30年度「末松賞『ディジタル技術の基礎と展開』支援」(以下、「本支援」)採択者が学内外の審査員による審査を経て決定し、9月12日に授賞式を執り行いました。

末松栄誉教授と授賞者を囲んでの記念写真

末松栄誉教授と授賞者を囲んでの記念写真

本支援は、将来の基盤技術としてのディジタル技術に関心を持った若手研究者の育成と、コンピュータ、ロボティクス、ネットワーク技術等の活用に関する研究に幅広い支援を行うことを目的として、平成30年度に末松基金により創設されました。

本支援初となる採択者3名の支援決定通知書授与式が行われ、今回は本支援創設を記念して、特に顕著な業績を挙げた2名に対し特別賞も授与されました。

平成30年度末松賞「ディジタル技術の基礎と展開」支援採択者一覧

所属
職名
氏名
研究課題
工学院 電気電子系
准教授
小寺 哲夫
半導体量子コンピュータに向けた関連基盤技術の開発
情報理工学院 数理・計算科学系
研究員
坂野 遼平
pub/subメッセージングにおける負荷分散性と低遅延性の並立
環境・社会理工学院 建築学系
助教
川島 範久
コンピュータ・シミュレーションとセンサー・モニタリングおよびネットワーク技術を活用したパッシブ手法活用型の建物利用者に対する低コストな環境行動誘発システムの開発

小寺准教授
小寺准教授

左から益学長、川島助教、渡辺理事・副学長(研究担当)
左から益学長、川島助教、渡辺理事・副学長(研究担当)

坂野研究員によるプレゼンテーション

坂野研究員によるプレゼンテーション

末松賞『ディジタル技術の基礎と展開』支援」創設記念特別賞授賞者一覧

所属
職名
氏名
情報理工学院 数理・計算科学系
特任教授
松岡 聡
科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニット
教授
西森 秀稔

西森教授特別賞授賞の様子
西森教授特別賞授賞の様子

松岡特任教授による謝辞スピーチ
松岡特任教授による謝辞スピーチ

末松基金および本支援設立の背景

末松安晴栄誉教授・元学長は、本学で行った光ファイバー通信の研究、特に動的単一モードレーザーの先駆的研究が、大容量長距離光ファイバー通信の発展に寄与し、社会に貢献したとして2014年日本国際賞、2015年度文化勲章を受賞(章)しています。

「若い人たちが様々な分野で未開拓の科学・技術システムの発展を予知して研究し、隠れた未来の姿を引き寄せて定着させる活動が、澎湃(ほうはい)として湧き出てほしい」との末松栄誉教授の思いから賞金の一部を寄附いただいたことを受け、その思いを継承し、研究活動を奨励するため、末松基金を設立することとしました。

また、本支援の設立にあたっては、末松基金設立当初より賛同いただいている本学同窓生、株式会社ぐるなびの滝久雄代表取締役会長からの更なるご寄附を受け、本支援を開始する運びとなりました。

東工大基金

このイベントは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究企画課研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

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