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温めると縮む材料の合成に成功

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室温条件で最も体積が収縮する材料

要点

  • 市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る8.5%の収縮
  • ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛PbVO3を負熱膨張物質化
  • 光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材として活用期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、山本孟大学院生(現:東北大学助教)、今井孝大学院生、神奈川県立産業技術総合研究所の酒井雄樹常勤研究員らの研究グループは、これまでに発見された材料の中で最大の体積収縮を示す“温めると縮む”負熱膨張材料[用語1]を発見しました。

この負熱膨張材料は、光通信や半導体製造装置などで利用される構造材において、精密な位置決めが求められる局面で熱膨張を補償(キャンセル)することなどに利用されます。

本成果は、ドイツの応用化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で近く公開されます。

研究の背景

ほとんどの物質は、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大します。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になります。そこで、昇温に伴って収縮する“負の熱膨張”を持つ物質により、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)するような設計がなされています。

しかしながら、負の熱膨張を持つ材料の種類は少なく、市販品の負熱膨張材料では体積収縮の割合は1.7%程度と小さいことが問題でした。2016年12月に、名古屋大学の研究グループによって、層状ルテニウム酸化物の焼結体が6.7%の体積収縮を示す事が発見され、注目を集めました。これは空隙の多い材料組織に由来することから、材料自身の本質的な負熱膨張ではありませんでした。

研究成果

今回の研究では、代表的な強誘電体[用語2]であるチタン酸鉛PbTiO3と同じ極性[用語3]ペロブスカイト構造[用語4]を持つ、バナジン酸鉛PbVO3という物質を負熱膨張物質化しました。同じ結晶構造のPbTiO3も強誘電から常誘電転移に伴い負熱膨張を示すことが知られていますが、体積収縮は約0.6%に留まります。PbVO3は、PbTiO3に比べて結晶構造の歪みが大きく、圧力を印加すると10%もの体積収縮を伴って常誘電相に転移しますが、常圧下の昇温ではそうした相転移は起こりません。

2価の鉛イオンを、一部が3価のビスマスイオンとランタンイオンで置換して電子ドープ[用語5]を行い、バナジウムイオンの価数を4価から3.76価に変化させたPb2+0.76La3+0.04Bi3+0.20V3.76+O3にする事で、室温を挟む温度である200 Kから400 Kの温度域で図1の結晶構造変化が起こり、体積が8.5%も収縮する、巨大な負熱膨張を実現しました。この材料について、X線回折実験[用語6]で調べた微視的な格子定数[用語7]の変化、さらに熱機械分析装置[用語8]を用いた巨視的な試料長さの変化から巨大な負熱膨張を確認しました(図2)。これらにより、この材料の特性について材料自身の本質的な負熱膨張であることが確認できました。

Pb0.76La0.04Bi0.20VO3の低温相、高温相の結晶構造

図1.Pb0.76La0.04Bi0.20VO3の低温相、高温相の結晶構造

開発したPb0.76La0.04Bi0.20VO3の単位格子体積(上)と試料長さ(下)の温度変化。

図2.開発したPb0.76La0.04Bi0.20VO3の単位格子体積(上)と
試料長さ(下)の温度変化。

今後の展開

今回開発したPb0.76La0.04Bi0.20VO3は、巨大な負熱膨張を示しますが、環境に有害な鉛を含むという問題を抱えています。本研究で、電子ドープという手法が負熱膨張化に有効である事がわかったためで、PbVO3と同様に巨大な結晶構造歪みを持つPbTiO3型のペロブスカイト化合物である、BiCoO3、Bi2ZnTiO6、Bi2ZnVO6が注目されます。これらの物質を電子ドープによって負熱膨張化すれば、鉛を含まない巨大負熱膨張材料が得られると期待できます。

研究費について

本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・戦略的研究シーズ育成事業「革新的環境調和機能性材料の創出(代表:東正樹 東京工業大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」の助成を受けて行いました。

用語説明

[用語1] 負熱膨張材料 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

[用語2] 強誘電体 : 誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、また、外部電場によってその方向を変化できる物質。

[用語3] 極性 : 結晶構造中の陽イオン、陰イオンの変位のため、正の電荷と負の電荷の重心が一致せず、電気分極を持つ事。

[用語4] ペロブスカイト構造 : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語5] 電子ドープ : 化合物の物性を変化させるため、電子の数を増やすことで、複数の価数を持つ事ができる遷移金属イオンの価数を絶縁体となる整数価数状態より小さくすること。

[用語6] X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語7] 格子定数 : 結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。

[用語8] 熱機械分析装置 : 温度変化による試料長さの変化を測定する装置。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Colossal Negative Thermal Expansion in Electron-Doped PbVO3 Perovskites
著者 :
Hajime Yamamoto, Takashi Imai, Yuki Sakai, and Masaki Azuma
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授
東 正樹(あずま まさき)

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

東北大学 多元物質科学研究所 助教

山本 孟(やまもと はじめ)

E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5355 / Fax : 022-217-5353

神奈川県立産業技術総合研究所 戦略的研究シーズ育成事業 常勤研究員
酒井 雄樹(さかい ゆうき)

E-mail : yukisakai@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5342 / Fax : 045-924-5318

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


300 GHz帯で毎秒100ギガビットの無線伝送が可能な超高速ICを開発

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未踏のテラヘルツ波周波数の活用を拓く技術として期待

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)と国立大学法人 東京工業大学(東京都目黒区、学長:益一哉、以下 東工大)は、共同で、テラヘルツ波[用語1]の周波数帯で動作する無線フロントエンド向け超高速ICを開発し、300 GHz帯における世界最高データレートである毎秒100ギガビットの無線伝送に成功しました。

未利用のテラヘルツ波は、周波数帯域を広く確保できることから高速無線への適用が期待されています。今回、独自の高アイソレーション設計技術を適用したミキサ回路を、インジウム燐高電子移動度トランジスタ(InP-HEMT)[用語2]で実現し、従来の300 GHz帯無線フロントエンドで課題となっていた伝送帯域幅の拡大と信号対雑音比(SNR)の向上とを両立させる技術を創出しました。また、これを用いた300 GHz帯無線フロントエンドモジュールを実現し、毎秒100ギガビットの無線伝送に成功しました。

今回、1波(1キャリア)で毎秒100ギガビットのメートル級無線伝送を実現しましたので、将来的に、300 GHz帯の広い周波数帯域を活かして複数キャリアに拡張したり、MIMOやOAM等の空間多重技術を併用することにより、毎秒400ギガビットの大容量の無線伝送を可能とする超高速IC技術として期待されます。これは、現在のLTEやWi-Fiのおよそ400倍、次世代の移動体通信技術である5Gの40倍に相当する伝送容量です。また、未利用のテラヘルツ波周波数帯の通信分野及び非通信分野への活用を切り拓く技術として期待されます。

本技術の詳細は、6月10日からアメリカ、フィラデルフィアで開催される国際会議IMS2018(2018 IEEE MTT-S International Microwave Symposium)で発表予定です。

研究の背景

ブロードバンドネットワークの普及拡大に伴い、毎秒100ギガビット級の大容量無線伝送技術が世界で注目を集めています(図1)。無線伝送のさらなる大容量化のためには、伝送帯域幅の拡大、変調多値数の増加、空間多重数の増加の3つの方向性があり、将来の毎秒400ギガビット級~毎秒1テラビット級の大容量無線伝送技術を実現するためには、1波(1キャリア)で伝送帯域幅と変調多値数を両立して拡大すること、およびこれらを複数重ねて伝送する空間多重数の増加が必要になります。

大容量無線伝送技術の研究開発状況

図1. 大容量無線伝送技術の研究開発状況

現在研究開発が進んでいるキャリア周波数28 GHz~110 GHzでは、伝送帯域幅に限界がありますので、より伝送帯域を拡大しやすい300 GHz帯をはじめとするテラヘルツ波の周波数帯の利用が検討されています。300 GHz帯は、次世代の移動体通信技術である5Gで検討されている28 GHz帯と比較して10倍以上の高い周波数であることから、広い伝送帯域幅を確保し易い特長を持ちます。一方で、高い周波数であることから、IC内部や実装における各ポート間の不要信号の漏れなどが生じやすく、これまで十分に高い信号対雑音比(SNR)特性[用語3]を得ることができませんでした。このため、300 GHz帯を利用したとしても、広い伝送帯域幅と高い変調多値数とを両立して得ることができず、これまで毎秒数10ギガビット級の無線伝送outerに留まっていました。

研究の成果

今回、独自の高アイソレーション設計技術を考案し、この技術を300 GHz帯無線フロントエンドにおいて周波数変換を担うキー部品であるミキサ回路(図2)に適用し、インジウム燐高電子移動度トランジスタ(InP-HEMT)でICを実現しました。高アイソレーション設計技術の適用により、IC内部や実装における各ポート間の不要信号の漏れを抑圧することに成功し、従来の300 GHz帯無線フロントエンドで課題となっていた伝送帯域幅の拡大と信号対雑音比(SNR)の向上とを両立させることに成功しました。また、これを用いた300 GHz帯無線フロントエンドモジュールを実現し(図3)、Back-to-backでの良好な16QAM信号の受信を確認するとともに(図4)、300 GHz帯において毎秒100ギガビットの無線伝送に世界で初めて成功しました(図5)。

300 GHz帯無線フロントエンドの構成

図2. 300 GHz帯無線フロントエンドの構成

ミキサICとモジュール

図3. ミキサICとモジュール

Back-to-back伝送による受信コンスタレーション

図4. Back-to-back伝送による受信コンスタレーション

伝送実験の様子

図5. 伝送実験の様子

今後の展開

今回、1波(1キャリア)で毎秒100ギガビットの無線伝送を実現しましたので、将来的に、300 GHz帯の広い周波数帯域を活かして複数キャリアに拡張したり、MIMOやOAM等の空間多重技術outerを併用することにより、毎秒400ギガビット超の大容量無線伝送を可能とする超高速IC技術として期待されます。また、テラヘルツ波の活用が期待されているイメージングやセンシングなど、様々な分野への展開も期待されます。NTTは、パートナとなる皆さまとのコラボレーションを通じて、超高速ICを用いた新サービスや新産業の創出をめざすと共に、超高速IC技術のさらなる進化をめざします。

技術のポイント

独自の高アイソレーション設計技術を考案し、これを適用したミキサ回路を実現しました。ミキサ回路は、局部発振周波数ポート(LO)、無線周波数ポート(RF)、中間周波数ポート(IF)の3つのポートを持ちますが、テラヘルツ波の非常に高い周波数の信号で動作させる場合には、ミキサ回路や外部の実装に寄生する僅かな静電容量を介して、いとも簡単にポート間を不要信号が漏れてしまいます。

本技術では、λ/4線路とシリーズ容量を付加する独自の高アイソレーション設計により、ポート間のアイソレーションを飛躍的に向上させることができます。こうして実現した高アイソレーション特性は、不要信号を抑圧できるためSNR向上に寄与するだけでなく、ミキサICをモジュールに実装する際の周波数特性劣化の防止にも寄与します。以上により、無線フロントエンドモジュールとしての広帯域特性及び高SNR特性の両立を実現しました。

なお本成果の一部は、平成23~27年度総務省の「電波資源拡大のための研究開発」による委託研究「超高周波搬送波による数十ギガビット無線伝送技術の研究開発」の成果が使われています。

用語説明

[用語1] テラヘルツ波 : 103を「キロ(k)」と呼ぶのと同様に、109を「ギガ(G)」、1012を「テラ(T)」と呼ぶ。「ヘルツ(Hz)」は交流電気信号や電磁波が、1秒間に何回極性(プラスとマイナス)を変えるかを示す、周波数と呼ばれる物理量の単位。つまり、1テラヘルツ(1 THz=1,000 GHz)は、1秒間に1×1012回極性を変える電磁波の周波数である。一般に、テラヘルツ波は、0.3 THzから3 THzの電磁波を指し示すことが多い。

[用語2]インジウム燐高電子移動度トランジスタ(InP-HEMT) : 化合物半導体インジウム燐(InP)を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT: High Electron Mobility Transistor)。

[用語3] 信号対雑音比(SNR)特性 : 信号と雑音との電力の比を表す。

講演情報

国際会議 :
講演セッション :
Session Th3F: THz and mm-Wave Sensing and Communication Systems
講演時間 :
現地時間6月14日午後2時50分
講演タイトル
<$mt:Include module="#G-05_工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当

Email : science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
Tel : 046-240-5157

東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 岡田健一

Email : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2258

取材申し込み先

日本電信電話株式会社

先端技術総合研究所 広報担当

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

分裂酵母の性(接合型)変換を制御する新たな遺伝子を発見

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接合型変換制御にユークロマチンも関与か

要点

  • 接合型の変換は、DNA複製時に染色体構造と共役したDNA組換え反応で起こる
  • 接合型変換機構について蛍光顕微鏡を用いて網羅的解析する手法を開発
  • 組換え修復異常で起こる疾患の発症機構解明や治療法の開発に役立つ可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の真木孝尚特任助教、岩崎博史教授、生命理工学院の小倉尚人大学院生(修士課程2年)、デンマーク・コペンハーゲン大学のジェネヴィーブ・トーン(Genevieve Thon)博士、米国・ブランダイス大学のジェームズ・E・ヘイバー(James E. Haber)博士の国際研究グループは、分裂酵母の接合型変換機構の新たな制御遺伝子を発見した。

酵母の性に相当する接合型(分裂酵母の場合はP型とM型がある)は、細胞分裂に伴い規則的に変換される。これはP型決定遺伝子とM型決定遺伝子の発現が相互に組み換わることで起こるが、その詳細はこれまで不明だった。

本研究では、真木特任助教らがトーン博士と共同で、蛍光顕微鏡を用いた新たな解析手法を開発し、接合型変換に関わる遺伝子の網羅的解析を行った。その結果、10個の新規接合型変換制御遺伝子を同定した。さらに、同定した遺伝子の遺伝学的解析や相互作用ネットワーク解析から、新たに染色体構造の制御様式が接合型変換に関わることを明らかにした。

この制御様式は、酵母に限らずヒトにも保存されており、エピジェネティクスと深く関わることから、多くの疾病と関連していることが予想される。今回の発見は、関連する疾病の発症機構解明や治療法の開発などに役立つと期待される。

本成果は2018年5月31日付の「PLoS Genetics」に掲載された。

研究の背景

分裂酵母は2つの接合型(PとM)が存在し、細胞分裂に伴いP型からM型、もしくはM型からP型の変換が起こる。接合型は、2番染色体上に存在するmating-type(mat)領域のmat1遺伝子座の遺伝情報によって決定される。すなわち、mat1がPの遺伝情報を有し、それを発現するとき(mat1-P)にはP接合型となり、mat1がMの遺伝情報を有し、それを発現するとき(mat1-M)にはM接合型となる。mat1領域の近傍には、P型遺伝情報をコードするmat2-P遺伝子座と、M型の遺伝子情報をコードするmat3-M遺伝子座が存在するが、この2つの領域はヘテロクロマチン[用語1]化されており遺伝子発現が抑制されている。すなわち、接合型決定遺伝子の発現はmat1でのみ起こる。接合型変換が起こるしくみの根幹は、遺伝子発現が可能なmat1領域に、mat2-Pまたはmat3-Mの情報を写し取るという遺伝子変換[用語2]と言える(図1)。

接合型変換反応は、DNA複製時にmat1近傍に生じるDNA二重鎖切断によって開始され、このDNA二重鎖切断が、mat2-Pまたはmat3-Mの相同配列を利用した相同組換え依存的な修復機構によって治される際に、mat1遺伝子上にmat2-Pまたはmat3-Mの遺伝情報が転移する(遺伝子変換が起こる)ものだ。興味深いことに、mat1がP情報を発現しているときにはmat3-M遺伝情報で、mat1がM情報を発現しているときにはmat2-P遺伝情報で修復され、この制御が厳密に制御されることにより正確な接合型変換が達成される。この制御では、ヘテロクロマチン構造が重要な役割を果たしている。しかしながら、その詳しい反応様式はこれまで不明だった。

図1. mat領域の模式図と接合型変換時のドナー選択様式

図1. mat領域の模式図と接合型変換時のドナー選択様式:

mat1の二重鎖切断はmat2-Pまたはmat3-Mを用いて修復される。この時mat1とは異なる遺伝子座を用いることで接合型が変換される。

研究の経緯と成果

本研究グループでは、この接合型変換機構の全体像を捉えるべく、接合型変換因子の網羅的解析を行った。

これまでの接合型変換能を解析する手法は、複雑なステップを必要としたり、判定に熟練を要したりするなど、様々な問題があった。そこで今回、P細胞とM細胞それぞれが特異的な蛍光を発するように遺伝学的な細工をして、蛍光顕微鏡を用いることで、P細胞とM細胞を1細胞ずつ直接観察して判定するという新たな解析手法を開発した。この手法で、分裂酵母の全ての非必須遺伝子に対して欠損株を作成し、変異株の細胞集団中のP細胞とM細胞の割合を計測し、等分から大きく離れているものを接合型変異体として、その原因遺伝子(欠損遺伝子)を接合型変換関連遺伝子とした。そして、既存の解析方法と組み合わせて、接合型変換関連遺伝子を絞り込み、最終的に10の新規因子を含む26遺伝子を同定した。

得られた因子は、複製、ヘテロクロマチン制御、DNA組換えの大きく3つのカテゴリーに分類できる。ヘテロクロマチン形成関連因子をより詳細に解析していくと、Set1/compass複合体(Set1C)の関与が明らかになった。このSet1Cは、ユークロマチン化かつ抗ヘテロクロマチン化因子として知られている。

今回の研究から、mat領域ではSet1Cがヘテロクロマチン形成を直接制御していることが新たに示唆された(図2)。この発見は、クロマチン構造の制御による、新たな遺伝子機能発現制御機構の片鱗を捉えたもので、今後さらなる研究の深化が期待できる。

図2. Set1Cによるドナー選択制御モデル

図2. Set1Cによるドナー選択制御モデル

M細胞ではmat3-Mの選択がSet1Cにより阻害され、mat2-Pとの遺伝子変換が優先される。P細胞ではSet1Cはmat3-Mにおけるドナー選択性を阻害せず、mat3-Mとの遺伝子変換が優先して起こる。すなわち、Set1CがM細胞特異的にmat3-Mとの遺伝子変換を阻害している。この分子機構の詳細は不明であるが、Set1CがM細胞特異的にmat3-M遺伝子座近傍のヘテロクロマチンの構造変化を引き起こしていることが予想される。

今後の展開

接合型変換機構は、プログラムされた部位特異的な相同組換え機構である。この制御に、ヘテロクロマチンが関与することは古くから知られていたが、本研究はこのヘテロクロマチンの制御にユークロマチンの制御因子が関わることを世界で初めて示したユニークな成果だ。今後は、同定された因子がどのようにヘテロクロマチンを制御しているのかを詳細に解析し、染色体構造と組換え制御の詳細な関係を解明することが課題となる。これらの研究を通して、組換え修復異常やエピジェネティクス異常を起因とする多くの遺伝疾患の分子病態が明らかにされていくことが期待される。

なお、本研究のヘイバー博士は、東京工業大学のWRHIプロジェクトによって招聘された。

WRHI(ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ):海外から世界トップレベルの研究者を招聘(または雇用)し、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。

用語説明

[用語1] ヘテロクロマチン : 染色体の中で非常に凝集している構造。そのため、転写や相同組換え反応が抑制されている。その一方、弛緩した構造はユークロマチンと呼ばれ、転写や組換え反応が活性化している。

[用語2] 遺伝子変換 : 2組のDNAの似た配列でおこる、DNA鎖の交換反応で、相同組換え反応の一つである。相同組換え反応は、遺伝的多様性を生み出すことや損傷DNAの修復に貢献する。

論文情報

掲載誌 :
PLoS Genetics 14(5): e1007424
論文タイトル :
New insights into donor directionality of mating-type switching in Schizosaccharomyces pombe
著者 :
真木孝尚、小倉尚人、James E. Haber、岩崎博史、Genevieve Thon
Cocoresponding authors
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
細胞制御工学研究センター

岩崎博史 教授

E-mail : hiwasaki@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2588 / Fax : 03-5734-3781

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

貴金属、稀少金属を用いないCO2資源化光触媒を開発

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ありふれた元素だけを用いて人工光合成を実現

要点

  • 地球上に豊富に存在する元素(炭素、窒素、鉄)からなる新しい光触媒を開発
  • 太陽光をエネルギー源としてCO2を有用な炭素資源に変換
  • 貴金属や稀少金属を用いた従来の光触媒と同等の性能を実現

概要

東京工業大学 理学院 化学系の石谷治教授、前田和彦准教授、栗木亮(大学院生、日本学術振興会特別研究員)らは、フランス パリ第7大学のマーク・ロバート教授らの研究グループと共同で、JST 戦略的創造研究推進事業 CRESTの国際強化支援のもと、有機半導体材料と鉄錯体から成る光触媒[用語1]に可視光を照射すると二酸化炭素(CO2)が、有用な一酸化炭素(CO)[用語2]へ選択的に還元されることを発見した。

これまで開発されてきた高効率CO2還元光触媒は、ルテニウムやレニウムといった貴金属[用語3]や稀少金属を用いたものがほとんどだったが、今回開発した光触媒は、これら金属を全く使わずに、ほぼ同等の光触媒性能を示すことがわかった。

本成果により、卑金属[用語4]や有機半導体材料だけを用いた光触媒でも、太陽光をエネルギー源として、地球温暖化の主因であるCO2を有用な炭素資源へと変換できることが明らかになった。

研究成果は2018年6月12日(日本時間) 、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に速報として掲載された。

研究成果

石谷教授らは、炭素と窒素から構成される有機半導体カーボンナイトライド[用語5]を鉄錯体と組み合わせて光触媒として用いることで、二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)へと高効率に還元できることを見出した。この光触媒反応は、太陽光の波長帯でも主成分である可視光を照射することで進行する。カーボンナイトライドが可視光を吸収し、還元剤から触媒である鉄錯体への電子の移動を駆動する。その電子を用いて鉄錯体はCO2をCOへと還元する。性能の指標となるCO生成におけるターンオーバー数[用語6]外部量子収率[用語7]、CO2還元の選択率[用語8]は、それぞれ155、4.2%、99%に達した。これらの値は、貴金属や稀少金属錯体を用いた場合とほぼ同程度であり、すでに報告されている卑金属や有機分子を用いた光触媒と比べて10倍以上高かった。

図1. カーボンナイトライドと鉄錯体を組み合わせた光触媒によるCO2還元反応

図1. カーボンナイトライドと鉄錯体を組み合わせた光触媒によるCO2還元反応

研究の背景

近年、金属錯体や半導体を光触媒として用いてCO2を還元資源化する技術の開発が世界中で行われている。“人工光合成”と呼ばれるこの技術が実用化されれば、地球温暖化の主因とされ、悪者扱いされているCO2を、太陽光をエネルギー源にして有用な炭素資源へと変換できるようになる。

これまでに報告されている高い活性を示す光触媒には、ルテニウムやレニウム、タンタルなどの貴金属や稀少金属を含む錯体や無機半導体が用いられてきた。しかしながら、莫大なCO2量を考えると、地球上に多量に存在する元素だけで構成される新たな光触媒を構築する必要があった。

研究の経緯

石谷教授らは、JST(科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業(CREST「新機能創出を目指した分子技術の構築」)における支援を得て、この課題に挑戦すべく、パリ第7大学のマーク・ロバート教授の研究グループと共同研究を行った。その結果、有機半導体であるカーボンナイトライドを、鉄と有機物で構成される錯体とを融合して光触媒として用いることで、可視光の照射かつ常温常圧という条件でCO2を高効率に資源化することに成功した。

本成果により、卑金属や有機半導体材料だけを用いた光触媒でも、太陽光を有効に活用し、地球温暖化の主因であるCO2を有用な炭素資源へと高効率に変換できることが明らかになった。

今後の展開

今回の研究から、炭素、窒素、鉄といった地球上に多量に存在する材料群を用いても、太陽光をエネルギー源としたCO2還元資源化を高効率に達成できることを初めて実証した。今後は、光触媒としての機能をさらに向上させると共に、地球上に多量に存在し安価な水を還元剤として用いることのできる酸化光触媒との融合を達成することが課題となる。

この国際共同研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST「新機能創出を目指した分子技術の構築」)に加え、日本側での研究の一部は、科学研究費助成事業 (若手研究(A)、新学術領域計画研究「複合アニオン」等)により支援されました。

用語説明

[用語1] 光触媒 : 光を吸収することで、反応を触媒的に進行させる分子もしくは物質のこと。

[用語2] 一酸化炭素 : 分子式はCO。フィッシャー・トロプシュー反応などにより炭化水素を合成できるため、有用な炭素資源として注目を集める。

[用語3] 貴金属 : 8種の高価な金属、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)

[用語4] 卑金属 : 貴金属ではない金属のこと。

[用語5] カーボンナイトライド : 炭素と窒素だけで構成された有機半導体。構造は図1に示されている。

[用語6] ターンオーバー数 : 触媒反応の活性点が何回機能したかを表す指標。例えば活性点が100個あり生成物が10,000個得られた場合、ターンオーバー数は100となる。

[用語7] 外部量子収率 : 照射した光の量に対する反応に用いることができた光の量の割合。例えば、10,000個の光子を照射して、そのうち100個の光子が反応に関与した場合、外部量子収率は1%となる。

[用語8] 選択率 : 化学反応における全ての生成物量に対する目的生成物量の割合。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
A Carbon Nitride/Fe Quaterpyridine Catalytic System for Photostimulated CO2-to-CO Conversion with Visible Light
著者 :
Claudio Cometto, Ryo Kuriki, Lingjing Chen, Kazuhiko Maeda, Tai-Chu Lau, Osamu Ishitani and Marc Robert
DOI :
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水晶発振回路の高速起動化でIoT機器の消費電力を大幅低減 あらゆるものをインターネットでつなげるIoT社会の実現に貢献

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本研究成果のポイント

  • あらゆる電子機器に用いられる水晶発振回路[用語1]の起動時間について、従来比2倍以上の世界最速起動となる64マイクロ秒を達成しました。
  • これは起動時の増幅器のみを3段構成とし、容量フィードフォワードパス[用語2]を追加したことで、理論限界を超える負性抵抗(RN[用語3]を生み出した効果です。
  • 水晶発振回路を安定した周波数維持が必要な無線機器に用いる場合、大きな省エネルギー効果が得られ、大きな社会的インパクトを生むと期待されます。

概要

文部科学省の卓越研究員[用語4]で、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所の宮原正也准教授は、東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一准教授らの研究グループと共同で、高速起動と低電力を同時に実現する水晶発振回路の開発に成功しました。

水晶発振回路は、最小線幅65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作。発振回路の増幅器を再構成可能な多段増幅器とし、26 MHz(メガヘルツ)および40 MHzで発振させたところ、40 MHz発振時には64 µs(マイクロ秒)で高速起動することを確認しました。これは、これまでに報告された同じ発振周波数の水晶発振回路の半分以下の起動時間です。水晶発振回路を無線機やシステムクロックなどの信号として使う際、非動作時には省エネのため各回路の電源をオフにして運用します。従来の水晶発振回路は電源オン後に発振が安定するまでに数ミリ秒かかり、無駄な電力を消費していましたが、今回開発に成功した水晶発振回路は、起動時間を短くすることで、起動にかかる消費エネルギーを大幅に減らすことが可能です。

水晶発振回路はあらゆるものをインターネットでつなげるIoT(Internet of Things、モノのインターネット)機器[用語5]に欠かせない部品として知られていますが、近い将来、IoT機器のノード数[用語6]が世界中で1兆個を超えると予測されており、その低電力動作を可能とする開発成果は、社会的に大きなインパクトを生むことが予想されます。

このほど、宮原准教授が筆頭著者となり上記成果をまとめた論文が、2018年6月18日から22日に、米国ハワイ・ホノルルで開催される“2018 Symposium on VLSI Circuits”の発表論文として採択され、現地時間の17日午後7時(日本時間の18日午前11時)に公開されます。同シンポジウムは、集積回路の分野では世界的に著名な学会の一つであり、実験装置を持ち込んで行うDemo Session(デモ・セッション)の一つにも選ばれました。

なお、本研究の成果の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が進める「IoT推進のための横断技術開発プロジェクト」の結果、得られたものです。

背景

私たちの身の回りにはテレビ、携帯電話、デジタルカメラなど様々な電子機器が溢れており、その中には正確な動作の基準となる電気信号を作り出すための水晶振動子、水晶発振器が活躍しています。

水晶は、工芸品や宝飾品としても知られていますが、二酸化ケイ素で形成される無色透明の結晶で、変形させると電圧を発生する圧電物質の一つです。水晶に機械的な圧力をかけると表面に電気を生じます(圧電効果)。これは1880年に、イギリスのピエール・キュリーとジャック・キュリー兄弟による公開実験で明らかになったものですが、その後、逆に電気をかけると水晶が変形する(逆圧電効果)ことも明らかになり、この性質が水晶振動子に用いられるようになりました。

水晶振動子では、特定の角度で切り出した水晶板に電界をかけると起きる、ある一定の振動を利用します。水晶は非常に純粋な結晶体のため、温度や湿度など様々な環境条件にも強く、非常に安定した振動周波数を発生し続けます。この周波数を電気信号として取り出し、各種電子回路に利用します。水晶振動子が電子機器内において果たす用途は、(1)通信のために安定した周波数を維持する、(2)機器を動かすための規則正しい基準信号を作り出す、の二つがあります。

(1)は、ラジオやテレビ、携帯電話など電波を通じて情報をやりとりする電子機器に不可欠な機能です。例えば携帯電話では同時に多くの人が同じ場所で利用できるように、決められた周波数帯を数千チャンネルにも細かく分けて基地局と通信しています。水晶発振器は一定の周波数を維持しながら発振するため、この信号を基準信号として用いることで、通話や複数の機械の間でのデータ通信を可能にしています。(2)も、演算回路のプロセス制御や、機械制御のための正確なタイミングでの同期信号を出す機能のことで、パソコンのクロック周波数を生成したり、モーターを制御したりするのに使われています。また、正確な時間の基準信号のために、時計・電子機器の時計としても使われています。

本研究は水晶発振回路にある工夫を施すことで、その起動時間を大幅に短縮化し、低エネルギー消費を実現するもので、主に電源のオン、オフを繰り返す(1)の通信分野で、社会的に大きなインパクトを発揮すると考えられています。

研究内容と成果

従来の水晶発振回路は、図1(a)に示すように電源がオンされてから発振が安定するまでの起動時間に数ミリ秒を要し、この期間に無駄な電力を消費するという課題がありました。本研究では図1(b)のように水晶発振回路を高速起動させ、起動にかかる電力を抑える仕組みを完成させました。より詳しく見ていきます。

(a)従来の水晶発振回路の起動イメージ
(a)従来の水晶発振回路の起動イメージ

(b)本水晶発振回路の起動イメージ
(b)本水晶発振回路の起動イメージ

図1. 従来の水晶発振回路の課題

従来の水晶発振回路は、図2(a)に示すように、水晶振動子と発振回路で構成されています。それぞれを電気的な等価回路で示すと図2(b)のようになりますが、発振を開始させるためには水晶振動子の抵抗(RX)を打ち消すように、発振回路で負性抵抗(RN)を発生させる必要があります。また、RNの絶対値がRXよりも大きければ大きいほど起動時間を短くできることが知られています。

(a)水晶発振回路の構成
(a)水晶発振回路の構成

(b)水晶発振回路の等価回路
(b)水晶発振回路の等価回路

図2. 従来水晶発振回路の構成と等価回路

しかし、水晶発振回路の起動時間を高速化するには、以下の二つの課題がありました。

1.
RNの絶対値を大きくするために消費電力を増やさなくてはならない。
2.
水晶振動子の寄生容量の影響などによって、実現可能なRNの大きさに理論的な限界がある。

1.の課題に対し、本開発では図3(a)のように増幅器を3段縦続接続する構成としました。1段目、2段目の増幅器によって100倍程度の電圧利得を稼ぐことで、わずかな消費電力で大きな負性抵抗を生じさせることが可能となります。しかしながらこの構成だけでは、2.の課題が解決できないため、さらに図3(b)のように容量フィードフォワードパスを追加し、従来の理論限界値を超えられるように工夫しました。その結果、それぞれの回路の負性抵抗は、図4のようになり、従来構成と比べ100倍上大きな値が得られるようになりました。最終的な回路構成としては図5に示すように、水晶発振回路の起動開始後の一定期間のみ負性抵抗を大きくして起動を速め、定常発振時には消費電力を極力抑えられるように、増幅器を3段構成と1段構成の2種類に切り替える再構成を可能にしています。

(a)3段構成
(a)3段構成

(b)3段構成+容量フィードフォワードパス
(b)3段構成+容量フィードフォワードパス

図3. 本開発の増幅器構成

各発振回路の負性抵抗の比較

図4. 各発振回路の負性抵抗の比較

本開発水晶発振回路の動作シーケンス

図5. 本開発水晶発振回路の動作シーケンス

以上の構成について、最小線幅65 nmのCMOSプロセスを用いて試作を行いました。チップ写真を図6に示します。58 µm(マイクロメートル)× 91 µmの小面積で実現しました。図7に40 MHzの発振時において本手法を用いた場合と用いない場合の水晶発振回路の起動時間の測定結果を示しています。本手法を用いることで起動時間を18倍速めることが可能となり、起動時間はわずか64 µsとなりました。

本開発水晶発振回路のチップ写真

図6. 本開発水晶発振回路のチップ写真

水晶発振回路の測定結果

図7. 水晶発振回路の測定結果

図8は他の研究機関の水晶発振回路の高速化手法との性能比較を示しています。各手法を用いる前後の起動時間の比(手法適用前/手法適用後)と、起動にかかる消費エネルギーの比(手法適用前/手法適用後)を表したもので、値が大きければ大きいほど削減効果が高い手法であると言えます。特に26 MHz発振時における起動時間の削減効果は30倍(起動時間を1/30以下に削減)で、これは従来の手法と比べて2倍以上の効果が得られました。また、消費エネルギーの削減効果も高く、本手法を用いることで消費エネルギーを1/9に抑えることが確認できました。

従来研究との性能比較

[2] S. Iguchi, VLSIC, 2014, [3] D. Griffith, ISSCC, 2016, [4] M. Ding, ISSCC, 2017
図8. 従来研究との性能比較

本研究の意義、今後への期待

あらゆるものがインターネットにつながるIoT社会が進展するなか、インターネット上につながるIoT機器は増え続けています。

総務省の情報通信白書(平成29年版)は、IHS Technologyの推定を引用し、2016年時点でインターネットにつながるIoT機器の数は173億個で、2015年時点の154億個から12.8%の増加と堅調に拡大していると報告。2016年を起点に2021年までに年平均成長率(CAGR)15.0%とさらに成長率が加速し、2020年は約300億と現状の数量の2倍に規模が拡大する見通しであると述べています。この調子で増え続ければ、IoT機器は近い将来、1兆個を超えるとも予測されます。

IoT機器の多くは電源として電池または環境発電で賄われるため、低消費電力化技術は、IoT社会を実現する鍵となる技術として、近年盛んに研究開発が行われています。IoT機器の低消費電力化に有効な技術としては、動作時のみ回路の電源をオンにし、動作しない時には電源をオフにするという間欠動作があります。水晶発振回路は、IoT機器を含むあらゆる電子機器のシステムクロックや無線機などの基準信号源として用いられる重要な回路ブロックであり、間欠動作に対応した省エネ対策が求められていました。

本開発品の水晶発振回路は、広範なIoT機器への組み込みが可能です。水晶発振回路の高速起動によりIoT機器の間欠動作を簡便に行えるようにすれば、電池交換など電源メンテナンスの頻度を減らすことが可能となり、IoT機器の爆発的普及のきっかけとなることも予想されます。本開発の水晶発振回路を低消費電力無線機に適用した場合、電池寿命を最大で4倍程度延ばすことが可能であると試算されており、今後、無線機を備えたデータ収集端末に組み込み、効果を実証していく計画です。

用語説明

[用語1] 水晶発振回路 : 水晶振動子と発振回路(IC)を組み合わせた発振回路のこと。水晶振動子、発振回路については、背景を参照。

[用語2] 容量フィードフォワードパス : 水晶振動子の寄生容量に起因した制限をクリアするため、前もってその影響を極力なくすように加えた回路パス。具体的には1段目の増幅器を囲むように容量の回路パスを加えている。

[用語3] 負性抵抗(RN : 局部的に「負性の抵抗値」を持つ素子などの性質。電圧を増すと電流が減る、または電流を増やすと電圧が低下する現象のこと。

[用語4] 卓越研究員 : 文部科学省が2017年度から始めた「卓越研究員事業」により公募され、新たに採用された研究者。同事業の目的は、新たな研究領域に挑戦するような若手研究者が、安定かつ自立して研究を推進できるような環境を実現するとともに、全国の産学官の研究機関をフィールドとして活躍し得る若手研究者の新たなキャリアパスを提示することなどが挙げられている。詳しくは文部科学省のホームページouterを参照。

[用語5] IoT機器 : 固有のIPアドレスを持ち、インターネットに接続が可能な機器のこと。センサーネットワークの末端として使われる端末から、コンピューティング機能を持つものまで、エレクトロニクス機器を広範囲にカバーするもの。

[用語6] ノード数 : ネットワーク上に接続されているIoT機器の数。

論文情報

掲載誌 :
2018 Symposium on VLSI Circuits
論文タイトル :
A 64 µs Start-Up 26/40 MHz Crystal Oscillator with Negative Resistance Boosting Technique Using Reconfigurable Multi-Stage Amplifier
著者 :
Masaya Miyahara1, Yukiya Endo2, Kenichi Okada2, and Akira Matsuzawa2
所属 :
1 High Energy Accelerator Research Organization, Ibaraki, Japan
2 Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan

講演情報

国際会議 :
講演セッション :
Session 11 – Frequency References
講演時間 :
現地時間6月20日午後1時55分 (PDT)
講演タイトル
A 64 µs Start-Up 26/40 MHz Crystal Oscillator with Negative Resistance Boosting Technique Using Reconfigurable Multi-Stage Amplifier(64 µsで起動する26/40 MHz 水晶発振回路-再構成可能な多段増幅器を用いた負性抵抗ブースト技術により達成-)
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炭素と水素から土星形の分子をつくる 弱い相互作用が安定化のカギ

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要点

  • 有機分子の環とフラーレンの球からナノサイズの土星形分子を作製
  • 環の内側に球が取り込まれた構造を結晶の解析により確認
  • 多点の炭素と水素の間の相互作用が土星形構造に重要

概要

東京工業大学 理学院 化学系の豊田真司教授、鶴巻英治助教、山本悠太大学院生(博士後期課程3年)、岡山理科大学 理学部 化学科の若松寛准教授らの研究グループは、球構造のフラーレン[用語1]分子を内側に取り込んだ、炭素と水素だけで構成される土星形分子(ナノ[用語2]土星)の作製に成功した。この分子を解析したところ、多点の炭素と水素の間の相互作用が土星形構造の安定化に寄与することが判明した。この作製手法は、ナノサイズの分子構造体を自在に作製する方法の一つとして、今後幅広く利用される可能性がある。

本研究ではまず、環構造の有機分子として、芳香族化合物であるアントラセン[用語3]を環状に連結した構造を設計。その内部に約1ナノメートル(nm)の空孔をもつ円盤状の有機分子を合成した。この有機分子とフラーレン(C60)を溶液中で混合すると土星のような形の分子が生成することを確認し、結晶として取り出すことに成功した。環の内側のちょうど中央に球が取り込まれた構造は、X線を用いた結晶解析により確認できた。

炭素に結合した水素と芳香環の相互作用は弱いとされているが、構造を適切に設計すると分子の取り込みに重要な役割を果たすことが明らかになった。

これらの研究成果は、ドイツの化学学術雑誌 Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)にHot Paper(注目論文)として2018年5月30日付で掲載された。

研究の背景

球構造の分子が環構造の分子の内側に取り込まれたナノサイズの土星形分子は、「ナノ土星」として超分子化学[用語4]の分野で注目されている構造体だ(図1)。この構造体を実現するためには、環分子と球分子が引きつけあうように分子の大きさや形を適切に設計する必要がある。これまでに報告された大部分のナノ土星では、球分子との接触面積が広いベルト状の環分子が用いられてきた。

しかし、実際の土星の環は非常に薄く(図1:直径28万kmに対し厚さ1 km以下)、これに近い構造体を構築するためには球分子との接触面積が広い円盤状の環分子を精密に設計しなければならない。これまでに理論的な研究により、円盤状の芳香族化合物が球状のフラーレンを取り込むことが予測されていたが、合成が非常に困難なため実験的な研究は限られていた[文献1、2、3]

そこで、本研究では芳香族化合物であるアントラセンを環状に連結した分子を設計し[文献4]、その環分子が球分子を取り込むかどうかを検証した。その結果、実際に合成した円盤状の環分子とフラーレン(C60)から、炭素と水素で構成される土星形分子(直径約2 nm)の作製に初めて成功した。

土星(左)と土星形分子(右)

図1. 土星(左)と土星形分子(右)

研究成果

環分子の設計と合成

まず環分子として、芳香族化合物であるアントラセンを環状に6個連結した円盤状分子を設計した(図2)。化合物の溶解性を向上するために、環状骨格の外周部に置換基を導入。この化合物は、前駆体であるジブロモアントラセンからニッケル試薬を用いたカップリング反応[用語5]を利用して合成し、核磁気共鳴分光法(NMR)や質量分析法、X線結晶構造解析により構造を決定した。結晶構造解析の結果、この分子は比較的平面に近い六角形の環状骨格をもち、内部の空孔の大きさはフラーレンC60分子の直径の約1 nmにほぼ等しいことが明らかになった。

環分子の合成(左)とX線結晶構造(右)

図2. 環分子の合成(左)とX線結晶構造(右)

土星形分子の作製

合成した環分子とC60分子をトルエン溶液中で混合することで、土星形分子の作製を試みた。環分子に対して球分子を加えていくと環分子のNMRシグナルが移動し、環分子の内部の領域で相互作用があることが確かめられた。詳しい解析により、分子は1:1の比で会合することが明らかになり、その強さを示す会合定数[用語6]を2,300 L mol–1と決定した。

また、この混合溶液から、土星形分子を黒色の結晶として取り出すことに成功した。X線結晶構造解析の結果、環分子の内側のちょうど中央に球分子が取り込まれた土星形の構造をもつことが確認でき(図3)、理論的な予想を実験的に証明することができた。今回作製に成功した土星形分子は炭素と水素だけで構成されており、平面に近い円盤状の環状分子を利用する土星型の構造体としては初めての例である。

環分子とフラーレンC60による土星形分子の形成(環外周部の置換基は省略)

図3. 環分子とフラーレンC60による土星形分子の形成(環外周部の置換基は省略)

土星形分子の特徴

X線結晶構造解析で得られた構造では、環分子の内側に向く水素と球分子の炭素に広がるπ電子間に多数の接触が見られ、多点のCH–π相互作用[用語7]が、この土星形構造を安定化していることが示唆された。モデル分子の理論計算を行うと実測の土星形分子の構造がよく再現されており、CH–π相互作用の重要性が判明した。一般的に個別のCH–π相互作用は弱いが、分子の形と大きさを適合させて多点での相互作用を可能にすると、分子を取り込むための駆動力となりえることを実証できた。

今後の展開

本研究は、多点の炭素と水素の間の相互作用が土星形の構造を安定化する現象を実験的に示したものだ。開発した作製手法は、ナノサイズの分子構造体を自在に作り出す方法の一つとして、今後幅広く利用される可能性がある。本研究で採用した環分子は、次世代の炭素材料として期待されているグラフェン[用語8]の部分構造を有している。そのため、このような炭素材料が、フラーレンなどの球分子を取り込む機能を生み出すためのモデルとして活用されていくだろう。

現在、平面性の高い環分子や大きさの異なるC60以外のフラーレンを用いて、多様なナノ土星を作製するための研究を進めている。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業および公益財団法人泉科学技術振興財団研究助成の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] フラーレン : 炭素だけからなる多面体かご型分子の総称。サッカーボール形のC60が最も有名である。

[用語2] ナノ : 分子レベルの長さのスケールを意味する。1ナノメートルは1メートルの109分の1に等しい。

[用語3] アントラセン : 3つのベンゼン環が縮環した長方形の平面状構造の有機分子。

[用語4] 超分子化学 : 分子間の相互作用により集合した分子の構造体の化学を研究する分野。

[用語5] カップリング反応 : 遷移金属を触媒や反応剤に用いて、2つの有機化合物を直接結合させる反応。

[用語6] 会合定数 : 会合の強さを示す指標となる数値。数値が大きいほど会合した構造が有利である。

[用語7] CH–π相互作用 : 炭素に結合した水素と芳香環の炭素のπ電子との間に働く相互作用。

[用語8] グラフェン : 炭素の同素体の一つで、グラファイト(黒鉛)中の単一層からなる炭素のシート状物質。

参考文献

[文献1] H.U.Rehman, N.A. McKee, M.L. McKee, J. Comput. Chem. 2016, 37, 194.

[文献2] S. Kigure, S. Okada, Jpn. J. Appl. Phys. 2015, 54, 06FF01.

[文献3] H. Shimizu, J.D. Cojal González, M. Hasegawa, T. Nishinaga, T. Haque, M. Takase, H. Otani, J.P. Rabe, M. Iyoda, J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 3877.

[文献4] Y. Yamamoto, K. Wakamatsu, T. Iwanaga, H. Sato, S. Toyota, Chem. Asian J. 2016, 11, 1370.

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Nano-Saturn: Experimental Evidence of Complex Formation of an Anthracene Cyclic Ring with C60
(ナノ土星:アントラセン環状リングとC60との錯体形成の実験的証拠)
著者 :
Yuta Yamamoto, Eiji Tsurumaki, Kan Wakamatsu, Shinji Toyota*
(山本 悠太、鶴巻 英治、若松 寛、豊田 真司*
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 豊田真司

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腰原伸也教授と東工大がフランス・レンヌ市から表彰

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6月12日、フランス・レンヌ市にて開催された国際学会UCM2018(2018年物質の超高速制御に関する国際会議)の歓迎会において、理学院 化学系の腰原伸也教授、東京大学の大越慎一教授、および東工大、東京大学が、レンヌ第1大学等を始めとする日仏研究交流に多大な貢献をしたとして、レンヌ市から表彰を受けました。

左から、レンヌ第1大学のエリック・コレ教授、レンヌ第1大学のダヴィッド・アリス学長、レンヌ市のイザベラ・ペレリン副市長、東大の大越教授、本学の腰原教授、レンヌ第1大学のヘルベ・カイヨ教授

左から、レンヌ第1大学のエリック・コレ教授、レンヌ第1大学のダヴィッド・アリス学長、レンヌ市のイザベラ・ペレリン副市長、東大の大越教授、本学の腰原教授、レンヌ第1大学のヘルベ・カイヨ教授

表彰式では、レンヌ市のイザベラ・ペレリン副市長とレンヌ第1大学のダヴィッド・アリス学長から、まず、レンヌ第1大学と東工大、東大において、学生交流における授業料不徴収を含めた長い交流の歴史があることが触れられました。

こうした交流が、腰原教授がヘルベ・カイヨ教授等と協力して尽力した国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の国際共同研究や、腰原教授が研究総括としてレンヌに研究拠点を設置した国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)によって進展したこと、その後、人材交流・若手育成面で東工大の榎敏明教授(当時)、森健彦教授がレンヌ第1大学のランセン・オウアハブ、ヘルベ・カイヨ両教授と協力して責任者を務めた2つの事業、日本学術振興会(JSPS)の若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム(ITP)と、フランス国立科学研究センター(以下、CNRS)との二国間協定を結んだ先端研究拠点形成事業へと発展したことが紹介されました。

副賞として贈られた品々
副賞として贈られた品々

さらに、EU統合連携プロジェクトであるエラスムス・ムンドゥスの物質・材料 研究プロジェクトMAMASELF(ママセルフ)で、東工大がパートナーに指定されたことも紹介されました。そして最後に、これらの基礎の上に、東工大を含む日仏8大学、CNRSによる国際共同研究所(以下、LIA)が2016年12月に発足したことが語られ、このLIA発足に尽力し、現在日本側責任者を務めている東大の大越教授へも厚い謝辞が述べられました。

続いて、副賞としてシャンパンとレンヌ市公式ガイド本がペレリン副市長とアリス学長から本学の腰原教授、東大の大越教授に手渡されました。

腰原教授のコメント

私は、基礎科学における新分野の発展を目指してレンヌ第1大学との交流を4半世紀近く進めてまいりました。実際、初期に修士学生として私の集中講義を聞いて分野に参加した、エリック・コレ教授(写真左端)が現在ヨーロッパのこの分野での若手重鎮として活躍中です。このような、過分なお褒めの言葉をレンヌ市からもいただき、深い喜びを感じております。この協力関係を支えてきてくださった日仏両国の関係の多くの皆様に改めて厚くお礼を申し上げるとともに、今後も日仏力を合わせて、基礎科学の発展に向けた一層の努力を続けたいと考えております。

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広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975

6月22日10:50 メールアドレスに誤りがあったため、修正しました。

ありふれた元素で高性能な窒化物半導体を開発 安価な薄膜太陽電池開発につながる可能性

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要点

  • 高い伝導キャリア移動度を持つp型およびn型の窒化銅半導体を開発
  • 理論計算に基づいた設計と精緻な合成・評価実験の連携により実現
  • 大面積・安価な窒化物半導体の薄膜形成に応用可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)、元素戦略研究センターの松崎功佑特任助教、科学技術創成研究院の大場史康教授、物質理工学院の原田航大学院生(博士後期課程1年)、元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授、笹瀬雅人特任准教授らは、物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点の木本浩司副拠点長、越谷翔悟NIMSポスドク研究員、上田茂典主任研究員らと共同で、希少元素[用語1]を含まない窒化銅(Cu3N)を使って、p型とn型の両方で高い伝導キャリア移動度[用語2]を示す半導体を開発しました。

この成果は、新たに考案した窒化物合成法と、第一原理計算[用語3]に基づいた有効なキャリアドーピング法、原子分解能の電子顕微鏡による観察および放射光による電子状態解析を組み合わせることで得られました。本研究により、大面積・低コスト化に適した合成法でp型とn型の窒化銅が実現し、同一材料のp型とn型半導体を使った、希少元素を含まない薄膜太陽電池[用語4]への応用が期待できます。

本研究成果は、ドイツ科学誌「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」に速報としてオンライン版に6月19日付(現地時間)で公開されました。

本成果は、主に以下の事業・研究課題によって得られました。

文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点型成型>

  • 研究課題名
    「東工大元素戦略拠点」
  • 代表研究者
    東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
  • PM
    元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
  • 研究実施場所
    東京工業大学
  • 研究期間
    2013年7月~2022年3月

研究の背景

半導体には、電気伝導を正孔が担うp型半導体と、電子が担うn型半導体があり、その接合(pn接合)は半導体デバイスの基本構造として発光ダイオードや太陽電池などに使われています。その中でも、薄膜技術を用いた太陽電池としては、安価かつ高変換効率を追求した化合物半導体系太陽電池であるCIGSや、CdTe太陽電池が実用化され、近年ではペロブスカイト型太陽電池が注目されています。しかし、これらの薄膜太陽電池材料には、希少あるいは有毒な金属が含まれるため、より安価で環境調和性の高い新材料の探索が進められています。またこれらの材料はp型とn型の両方への極性制御が難しく、その太陽電池としては異種材料のp型とn型の半導体を組み合わせたヘテロ接合が使われており、変換効率低下の要因となる接合界面を最適化することが必要となっています。高性能な結晶シリコン(Si)やGaAs太陽電池のように、同一材料のp型とn型の半導体でホモ接合を造ることができれば、高い変換効率を示す太陽電池の作製が容易になると期待されます。

窒化銅(Cu3N)はありふれた元素のみで構成される間接遷移型半導体であり、太陽光スペクトルに適したバンドギャップ1.0 eVと高い光吸収係数をもつことから、新しい薄膜太陽電池材料として注目されています。しかし窒化銅は熱力学的に準安定な物質であり、多くの窒化物と同様に高品質な結晶の作製が難しく、半導体としての特性は明らかになっていませんでした。

研究成果

研究グループは、薄膜を安価・大面積に形成できる窒化物合成法の考案と理論計算を用いたキャリアドーピング[用語5]の設計、原子分解能の電子顕微鏡での観察、放射光による電子状態解析により、高性能なp型およびn型伝導性の窒化銅半導体の開発に成功しました。

窒化物合成の代表的な窒素源である窒素(N2)やアンモニア(NH3)は銅(Cu)と直接反応しないことが知られており、これらの窒素源では高品質な窒化銅の結晶育成は困難です。そこで今回、銅金属の触媒機能に着目し、アンモニア分子の酸化反応により得られる、反応性の高い活性窒素種(NHやNH2など)を窒素源とした銅の直接窒化反応を考案しました。この反応に基づいて、アンモニアと酸化性ガスである酸素(O2)の混合気体を使って、アンモニアを選択的に脱水素化(酸化)できる条件で生成される活性窒素種によって銅から窒化銅を直接合成しました(図a)。合成可能な温度範囲は200~800 ℃と広く、従来のプラズマ窒化法[用語6]の上限温度200 ℃より高温で反応させることができます。

この直接窒化法により、従来困難であった高品質な窒化銅薄膜の作製が可能になりました。得られた純粋な窒化銅薄膜はn型半導体であり、この結果は第一原理計算による予測と一致しました。電子濃度は1015~1016 cm-3に抑制でき、電子移動度が180~200 cm2/Vs まで向上し、高性能な半導体となりました。

次にp型半導体を作製するために、アクセプターとなり得るドーパントの候補を第一原理計算により探索しました。格子の中心に大きな空隙を持つ窒化銅の特徴的な結晶構造に着目し、ドーパントの候補をスクリーニングした結果、フッ素イオン(F)の挿入が有効であると分かりました(図b)。この理論予測を踏まえて、酸化性ガスである三フッ化窒素(NF3)を用いて直接窒化法によってフッ素を添加した窒化銅を作製しました。

そして、電子線エネルギー損失分光[用語7]を使った走査透過型電子顕微鏡で試料を直接観察したところ、フッ素が理論予測通りに格子中心の空隙に存在していることを確認しました(図c)。また硬X線光電子分光[用語8]による電子状態解析とキャリア輸送特性の評価から、フッ素を添加した窒化銅はp型半導体であることが判明しました。正孔濃度は1016~1017 cm-3であり、正孔移動度は50~80 cm2/Vsと代表的な窒化物半導体である窒化ガリウムより高い値です。

図 (a)NH3/O2ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理(b)第一原理計算による予測。格子の空隙にFが入るとp型半導体、Cuが入るとn型半導体(c)Cu3N:Fの原子マッピング像(緑:F、赤:N、青:Cu)。理論予測通りにF原子は格子の空隙に存在(d)直接窒化法で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度
(a)NH3/O2ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理 (b) 第一原理計算による予測。格子の空隙にFが入るとp型半導体、Cuが入るとn型半導体(c)Cu3N:Fの原子マッピング像(緑:F、赤:N、青:Cu)。理論予測通りにF原子は格子の空隙に存在(d)直接窒化法で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度

今後の展望

新しい窒化物合成法の考案と理論計算によるドーピング設計、原子分解能電子顕微鏡観察、放射光電子状態解析の密接な連携により、p型とn型の両方を作り込める高品質な窒化銅半導体を実現しました。アンモニアと酸化性ガスを使ったこの合成法は、低コスト・大面積化に適していることから、窒化銅のpnホモ接合を使った安価な薄膜太陽電池への応用が期待できます。

用語説明

[用語1] 希少元素 : 地球上の存在量が少ないか、技術的・経済的な理由で使用が困難な元素。

[用語2] 伝導キャリア移動度 : 物質中の伝導キャリア(正孔または電子)の移動のしやすさを示す物理量。伝導キャリア移動度は半導体デバイスの特性を決める重要な指標となっている。

[用語3] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、安定性や構造を決定する際の指標となる全エネルギーが得られ、結晶や分子の構造や安定性を予測できる。

[用語4] 薄膜太陽電池 : 光吸収係数の高い半導体薄膜を光吸収層に使った太陽電池。省資源と生産性に有利な薄膜製造法によって、低コスト化と高効率化を両立する。

[用語5] キャリアドーピング : 伝導キャリア(正孔または電子)の濃度を調整するために、純粋な半導体に少量の不純物を添加すること。

[用語6] プラズマ窒化法 : 真空に近い減圧で高電圧をかけてガスを放電させて発生したプラズマを用いて、窒素分子から生成される原子状窒素(ラジカル)と反応させる窒化法。

[用語7] 電子線エネルギー損失分光 : 電子線が薄片試料を透過する際に、試料中に存在する元素固有のエネルギーを電子線が失うことを利用して、試料中の構成元素、電子状態などを調べる分析手法。電子顕微鏡の観察下でも測定が可能なので、局所の分析ができる。

[用語8] 硬X線光電子分光 : 光電子分光は試料に光を照射し、光電効果によって放出される電子のエネルギーを測定することで、物質の電子状態や化学結合を調べる手法。光源に高エネルギーのX線を使うと光電子の脱出深さが数ナノメートルに及ぶので、通常のX線を用いる場合よりも、表面の影響が小さくなり固体内部の電子状態を測定できる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials(アドバンスト・マテリアルズ)
論文タイトル :
High-Mobility p-Type and n-Type Copper Nitride Semiconductors by Direct Nitriding Synthesis and In Silico Doping Design(和訳:直接窒化法および計算機中でのドーピング設計によって得られた高移動度p型およびn型窒化銅半導体)
著者 :
Kosuke Matsuzaki*, Kou Harada, Yu Kumagai, Shogo Koshiya, Koji Kimoto, Shigenori Ueda, Masato Sasase, Akihiro Maeda, Tomofumi Susaki, Masaaki Kitano, Fumiyasu Oba* and Hideo Hosono(松崎 功佑*、原田 航、熊谷 悠、越谷 翔悟、木本 浩司、上田 茂典、笹瀬 雅人、前田 祥宏、須崎 友文、北野 政明、大場 史康*、細野 秀雄)
DOI :

実験に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所 教授/元素戦略研究センター長
細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
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東京工業大学 元素戦略研究センター 特任助教

松崎功佑

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理論計算に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター 教授

大場史康

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Tel : 045-924-5511

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半導体の少数キャリア寿命を正確に測定する手法開発 シリコンパワーデバイスの製造プロセス評価が可能に

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要点

  • 少数キャリア寿命[用語1]を電気的に評価するテストパターンを提案
  • 少数キャリアの二次元的拡散によるウエハーの抵抗変化量から寿命を抽出
  • IGBT製造工程であるゲート絶縁膜形成プロセスの評価を実施
  • IGBTと同じウエハーに作り込め実デバイスに近い少数キャリア寿命を評価

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の角嶋邦之准教授と科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の筒井一生教授らは、ストライプ状に形成したpn接合ダイオード[用語2]の電流-電圧特性を測定することにより、パワーデバイス用シリコンウエハーの少数キャリア寿命を抽出する新しい評価方法を確立した。

少数キャリアはウエハー内部に2次元的に拡散するため、ウエハー裏面に到達しにくくなるが、pn接合ダイオードの測定からストライプの間隔依存性[用語3]を解析することで、少数キャリアの寿命を得ることができるようになる。この手法では、長寿命のウエハーの評価が可能となる。

この評価方法はプロセス評価のみならず、シリコンパワーデバイス製造ウエハーに同時に作り込むことができるため、実際のデバイスの少数キャリア寿命に近い値が得られる。さらに、量産時のウエハー間の特性変化もモニターすることができるようになる。一方、本手法はシリコンだけでなく、ほかのワイドバンドギャップ[用語4]の半導体デバイスにも応用することができる。

研究成果は米国ハワイで開催される「2018 Symposia on VLSI Technology and Circuits(大規模集積回路シンポジウム)」で、現地時間6月20日に発表された。

従来の評価法

高耐圧で低損失なシリコン絶縁ゲートバイポーラトランジスタ[用語5](Si-IGBT)を実現するためには、基板内の少数キャリア寿命を正確に制御する必要がある。しかし、その製造プロセスによってはシリコンウエハー内に欠陥が発生し、少数キャリア寿命が短くなる課題がある。そのため、少数キャリア寿命の劣化が少ない、適切な製造プロセスを用いる必要があり、その選択をするための評価方法が求められてきた。

従来から用いられている製造プロセス評価は、新たにシリコンウエハーに製造プロセスを施し、光照射による電気伝導度変化を用いて少数キャリア寿命の評価を行ってきた。しかし、長い少数キャリア寿命を有するウエハーでは、ウエハー中ではなく、表面と裏面の再結合が支配的となり、正しく評価することは困難だった。また、パワーデバイスとは別のウエハーを用いるため、実際のパワーデバイスと特性が異なる懸念もあった。

研究成果

Si-IGBTの最適製造プロセスの選択を可能とする少数キャリア寿命の電気的評価手法を提案した。Si-IGBTで要求される少数キャリア寿命は長く、耐圧に必要なウエハーの厚さでは、ショックレーのダイオード方程式[用語6]を用いて導出することは困難である。

そこで、図1のようにストライプ状にpn接合ダイオードを形成し、その電流-電圧特性を測定することで、少数キャリア寿命を抽出するテストパターン(Test Element Group、TEG)を構築した。この構造では先に記したように少数キャリアはウエハー裏面に到達しにくくなるが、pn接合ダイオードの測定からストライプの間隔依存性を解析することにより、少数キャリア寿命を得ることができる。

デバイスシミュレーター[用語7]を用いた数値計算では、電流-電圧特性に明瞭なストライプの間隔依存性が見られた。特性に変化がなくなる十分広い間隔を図2に示すようにWp,maxパラメータ[用語8]と定義したところ、設定した少数キャリア寿命との関係式を得ることに成功した。

以上の知見により、次世代のSi-IGBTに用いるゲート絶縁膜形成プロセスの評価を行った。比較した製造プロセスは、1,050 ℃で13分間と1,100 ℃で5分間の2工程である。また、用いるウエハーの少数キャリア寿命を知るため、ゲート絶縁膜形成プロセスのない試料を参照にした。試作したダイオードを図3に示す。

この手法でpn接合ダイオードの測定と得られたWp,maxパラメータによる解析を行った結果、ダイオード試作のみのウエハーでは少数キャリア寿命が60μ秒だったのに対し、1,050 ℃で13分間の酸化工程では33μ秒、1,100 ℃で5分間の酸化工程は18μ秒と劣化することが分かった(図4)。以上の結果から1,050 ℃で13分間の酸化工程がより適している試作プロセスであることを明らかにした。

同手法の利点として、Si-IGBTと同じウエハーに作りこむことができるため、実デバイスに近い少数キャリア寿命の評価が可能となる点が挙げられる。また、ワイドバンドギャップ半導体で研究されている超高電圧のデバイス評価にも展開が可能である。

この研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「新世代Si-IGBTと応用基本技術の研究開発」(代表:平本俊郎東京大学教授)で行った。

図1. 提案するテストパターンの断面図。ストライプ状のpn接合ダイオードをWpの間隔で形成し、中心のダイオード特性を測定することで、少数キャリア寿命を抽出することができる
図1. 提案するテストパターンの断面図。ストライプ状のpn接合ダイオードをWpの間隔で形成し、中心のダイオード特性を測定することで、少数キャリア寿命を抽出することができる

図2. ストライプの間隔(Wp)を広くすると、Nベース領域の抵抗が小さくなる。縦軸のΔVは十分にWpの幅の広いダイオードと、同じ電流を流した際に必要な電圧の違い
図2. ストライプの間隔(Wp)を広くすると、Nベース領域の抵抗が小さくなる。縦軸のΔVは十分にWpの幅の広いダイオードと、同じ電流を流した際に必要な電圧の違い

図3. 試作したストライプ状のダイオードパターン
図3. 試作したストライプ状のダイオードパターン

図4. 提案する手法で抽出したゲート絶縁膜形成プロセスの少数キャリア寿命
図4. 提案する手法で抽出したゲート絶縁膜形成プロセスの少数キャリア寿命

背景

省エネルギー化を進めるためには、パワーデバイスを用いてインバータなどの電力制御システムを高効率化することが必須である。鉄道や電気自動車など高電圧が用いられる社会インフラ分野ではSi-IGBTが用いられており、今後さらなる高性能化が要求されている。

Si-IGBTはウエハー裏面にあるP型電極から注入された正孔が、ウエハー内部のN型ベース内に少数キャリアとして蓄積されることで、低い抵抗を実現している。N型ベース内の正孔の濃度はN型ベース内の少数キャリア寿命が大きく関与しており、スイッチングを考慮して適切な値に設定する必要がある。

パワーデバイスを製造するプロセスには、少数キャリア寿命を劣化させる原因が存在する。例えば、ウエハー内部に存在する酸素や窒素、炭素といった原子が欠陥となる場合やプロセス装置や環境から入り込んだ重金属汚染による欠陥など多数の要因が存在し、特に熱処理プロセスにおいて入り込むことが知られている。そのため、純度の高いウエハーを用いて、清浄度の高いプロセス装置・環境で製造することが必要である。

少数キャリアの長寿命を実現するためにはウエハー内の欠陥形成を最小化することができるプロセスや装置を用いることが必須である。不純物の少ないウエハーを用いることはもちろん、熱処理温度や時間などのプロセスパラメータを最適な条件にする必要がある。

従来、用いられてきたプロセス評価はデバイスとは別にシリコンウエハーを用意して行ってきた。少数キャリアを発生させるためにウエハーに光照射し、電気伝導度の変化を測定することで、少数キャリア寿命を抽出してきた。しかし長寿命の少数キャリアを有するウエハーでは表面と裏面に存在する欠陥で再結合が起こり、ウエハー内部の少数キャリア寿命を正しく評価することは困難だった。

そのため、ウエハーの表面と裏面の欠陥の影響を受けずに、正確に少数キャリア寿命を測定する手法が望まれていた。一方、パワーデバイスとは別のウエハーを用いるので、実際のパワーデバイスと特性が異なる懸念もあり、パワーデバイスを製造するウエハーで少数キャリア寿命を評価する手法が望まれていた。

研究の経緯

Si-IGBTの高性能化は通電時の抵抗損失とスイッチング損失の低減である。2014年から産学官で開始されたNEDOプロジェクトは、スケーリング技術によって新しいSi-IGBT構造を設計してきた。その結果、ウエハー内部のNベース領域[用語9]に正孔を高密度に蓄積する技術を示し、通電時の抵抗損失を大幅に低減することを実験的に示している。一方のスイッチング損失に関しては、Nベース領域の少数キャリアである正孔の寿命を適切な値に制御する必要がある。

Si-IGBTの製造ではゲート酸化や不純物拡散など高い温度で熱処理を行うプロセスが存在し、ウエハー内部の内因性の欠陥やプロセス装置・環境による外因性の不純物欠陥によって、少数キャリア寿命が低下する。少数キャリア寿命はウエハー内部の欠陥量で劣化するため、製造では長い値を維持しておく必要がある。

特に高耐圧のSi-IGBTでは、100μ秒程度の長い少数キャリア寿命が要求される。そのため、温度や時間などの少数キャリア寿命を劣化させないプロセス条件を選択することが必要である。従来、行われている光学測定でも最適なプロセス条件の探索は可能だが、面積やプロセス互換性から、製造するパワーデバイスと同一のウエハーで評価行うことはできない。

そこで、最適なプロセス条件を探索するために、パワーデバイスを製造するウエハーで少数キャリア寿命を評価する手法の開発に取り組んだ。そのため、少数キャリアを光照射によって励起するのではなく、実際のパワーデバイスと同様にP型電極から注入して拡散させ、その寿命を測定することにした。

今後の展望

今回開発した手法はシリコンだけでなく、炭化シリコン(SiC)やダイヤモンドに代表されるパワーデバイス用のワイドバンドギャップ半導体にも同様に用いることができる。今後は多様な応用が期待される。

用語説明

[用語1] 少数キャリア寿命 : 半導体中で数が少ないほうのキャリアが、多数キャリアと再結合するまでの時間。N型では正孔、P型では電子が少数キャリアとなる。少数キャリアを半導体中に注入、あるいは光によって発生することで、半導体の抵抗を下げることができる。

[用語2] pn接合ダイオード : P型半導体とN型半導体を接合した素子で、整流作用を示す。ここでは、濃度の高いP型半導体とN型半導体を接合しており、N型半導体をNベースと呼ぶ。順方向バイアス時には、P型半導体から正孔がN型半導体に注入され、Nベース領域の抵抗が小さくなる特徴がある。

[用語3] ストライプの間隔依存性 : 順方向バイアス時には、正孔がN型半導体中に広がって伝導する。ストライプの間隔(Wp)が狭いpn接合ダイオードでは、隣同志のpn接合ダイオードから注入された正孔が混ざるが、間隔が広い場合は混ざらすに伝導する。正孔が混ざらなくなる間隔をWp,maxパラメータと定義する。

[用語4] バンドギャップ : 結晶のバンド構造の禁制帯のエネルギー幅で、価電子帯の上部から伝導帯の下部までのエネルギーの差である。バンドギャップの幅が広いと絶縁体、狭いと半導体になる。ワイドバンドギャップの例として炭化ケイ素(SiC)が挙げられる。

[用語5] 絶縁ゲートバイポーラトランジスタ : IGBT(insulated gate bipolar transistor)ともいう。エミッタ電極とコレクタ電極の間の電流を、絶縁層を介したゲート電極に加える制御電圧信号により制御するトランジスタ。高電圧、大電流を直接オン・オフできる高性能パワートランジスタとして広く用いられている。

[用語6] ショックレーのダイオード方程式 : pn接合ダイオードの電流―電圧特性を示した方程式。少数キャリア寿命が特性に大きな影響を与える。

[用語7] デバイスシミュレーター : 半導体デバイスの内部構造を設定し、数値計算でデバイス動作を確認する手法。

[用語8] Wp,maxパラメータ : 隣同士のpn接合ダイオードから注入された正孔がお互いに混ざらない十分なストライプ間隔。

[用語9] Nベース領域 : 高い電圧に耐えるために導入するN型半導体の領域。IGBTの抵抗の大部分を占めるため、正孔の蓄積を行うことによって、低抵抗化を実現する。

講演情報

国際会議 :
講演セッション :
Session 10, Power Devices and Circuits
講演時間 :
June 20th, 13:55 - 14:20
講演タイトル :
New Methodology for Evaluating Minority Carrier Lifetime for Process Assessment
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系 准教授

角嶋邦之

E-mail : kakushima.k.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5148

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 教授

筒井一生

E-mail : ktsutsui@ep.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5462

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

人工知能を用いた火山灰粒子の形状判別 噴火状況の迅速な理解を目指して

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要点

  • 人工知能を用い、火山灰粒子の形状を判別・分類
  • 4種類の特徴的な粒子形状を学習後、あやふやな形状の粒子も分類可能に
  • 解析者の知識や経験の差によらない客観的な火山灰粒子解析の支援を目指す

概要

東京工業大学と産業技術総合研究所、統計数理研究所の共同研究グループは、人工知能(AI)を用い、火山灰粒子形状の判別・分類を行った。

火山灰粒子の形状は、噴火様式などの情報を得る手がかりとなるため、専門家による目視や縦横比のような形状の数値化により、解析が行われてきた。しかし、目視による判別には経験が必要で、限られた数の専門家だけでは対応できる範囲に限界があり、また、数値化による分類では、複雑な形状をどのように数値化するのかという問題があった。

研究グループは、伊豆半島、三宅島、アイスランドから集めた火山灰の画像から「ブロック状」「えぐれている」「長細い」「丸い」の4つの特徴的な形状をもつ粒子を選び、AIに学習させたところ、約92%の精度で特徴的な形状を判別できた。次にあいまいな形状の粒子についても、学習済みのAIで、4つの特徴的形状の確率(あいまいな形状の粒子一つずつについて、4つの特徴的な形状のいずれかである確率を4つの形状それぞれについて算出)を出力したところ、一つの粒子についての4つの特徴的な形状の確率の割合が一つの粒子に含まれる4つの特徴的形状の構成比率とみなせること、また、その構成比率(確率の割合)によって、判断が難しいあいまいな形状の粒子も分類可能であることが分かった。さらに精度を高め、専門家がその場にいなくても火山灰の解析が可能となることを目指す。

研究成果は英国の科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」に掲載された(オンライン掲載日:2018年5月25日)。

この成果は東京工業大学 地球生命研究所の庄司大悟日本学術振興会特別研究員、同理学院 火山流体研究センターの野口里奈研究員(現宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)、産業技術総合研究所 地質調査総合センター 活断層・火山研究部門の大槻静香産総研特別研究員、統計数理研究所 モデリング研究系の日野英逸准教授の研究グループによって得られた。

研究成果

研究グループは、畳み込みニューラルネットワーク(脳内にある神経細胞、すなわちニューロンのつながりである神経回路網を表現しようとする数式的なモデルであり、AIの基本の一つとして、画像に写った物体の形状や模様のパターンを学習し、その物体が何かを判別する)に火山灰粒子の画像を学習させ、粒子形状の判別を試みた。ニューラルネットワークの学習には、人間が正解(例えば、粒子の形状が長方形か丸いか)を与える必要があるが、火山灰のような複雑な形は人間でも正解を決定することが難しい。そのため研究グループは、はっきりとした形状を持つ粒子だけでニューラルネットワークの学習を行い、複雑であいまいな形状の粒子に関しては、学習済みのニューラルネットワークが出力した各特徴的形状の確率(あいまいな粒子形状が、それぞれの特徴的な形状である確率)を、一粒子に含まれる形状の構成比率とみなし、その比率の値によって分類することにした。

粒子の画像は、ガラス上に散布した火山灰の下からライトを当てて撮影し、一粒子ずつに画像を切り取ったものを使用した。火山灰は、伊豆半島、三宅島、アイスランドで採取したものを用いた。これらの粒子画像から、4つの特徴的な形状のみを持つ粒子(図1)を選び出し、ニューラルネットワークに学習させたところ、判別精度はおよそ92%であった。

その後、この学習したニューラルネットワークに、あやふやな形状の粒子を含めた全粒子について、4つの形状の確率をそれぞれ出力させた(図2)。シンプルなニューラルネットワークと少ない枚数の画像を用いたため、値には不定性があるが、概ねうまく粒子の特徴的な形状の確率を表している。

学習に用いた特徴的な形状の火山灰粒子の例。ブロック状、えぐれている、長細い、丸いの4種類の形状をニューラルネットワークに学習させた。
図1.
学習に用いた特徴的な形状の火山灰粒子の例。ブロック状、えぐれている、長細い、丸いの4種類の形状をニューラルネットワークに学習させた。
粒子画像の例と各特徴的形状の確率。確率の値は一つの粒子に含まれている各形状の割合に対応する。
図2.
粒子画像の例と各特徴的形状の確率。確率の値は一つの粒子に含まれている各形状の割合に対応する。

背景

火山灰の形状は、その火山がどのように噴火したか(マグマの粘性や水との接触の有無)を考察するための重要な手がかりとなる。しかし、火山灰のような複雑な形状を観察し、判別や分類を行うには、専門家による高度な知識や経験が必要となる。

また、人里離れた火山で噴火が発生した場合、採取された火山灰を速やかに研究機関に持ち込んで火山灰解析を行うには、時間や距離の制約上、どうしても限界がある。今後、遠隔地でも適切に火山灰画像を共有する環境を整えて、AIによって火山灰の形状を解析できれば、火山灰の形状判別をする人の知識や経験の程度に左右されずに、客観的かつ迅速に噴火に関する情報を得ることが可能となる。

研究の経緯

近年、画像認識の分野では、AIが顔認証などで大きな成果を上げている。この技術を用いれば、火山灰の画像からでも、さまざまな情報を即座に抽出することができるのではないかと考えた。

今後の展開

現段階では、シンプルな画像とニューラルネットワークを用いているため、実用化にはさらに改良が必要である。しかし将来、火山灰の詳細な形状を学習させ、精度の高いニューラルネットワークを使用できるようにすれば、噴火発生時、専門家がその場にいなくても、迅速に火山灰の解析ができるようになる。

そのため今後は、細かい特徴まで写された画像(例えば図3のようなもの)を用いて、火山灰粒子の色合いや質感(ザラザラ具合など)も機械学習で認識できることを目指す。また、今回用いた基準の形状に対する確率による分類は、火山灰以外にも、複雑な形状を持つ物体や生物を分類する際に応用できる可能性がある。

色合いや質感も判断できる火山灰画像。将来はこのような複雑な画像からでも機械学習で火山灰解析ができるようになることを目指す。
図3.
色合いや質感も判断できる火山灰画像。将来はこのような複雑な画像からでも機械学習で火山灰解析ができるようになることを目指す。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Classification of volcanic ash particles using a convolutional neural network and probability
著者 :
Daigo Shoji, Rina Noguchi, Shizuka Otsuki, Hideitsu Hino
DOI :

実験に関するお問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所
日本学術振興会特別研究員 庄司大悟

E-mail : shoji@elsi.jp
Tel : 03-5734-2283

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
企画本部 報道室

Email : press-ml@aist.go.jp
Tel : 029-862-6216 / Fax : 029-862-6212

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
統計数理研究所 運営企画本部 企画室
URAステーション 北村浩三

Email : ask-ura@ism.ac.jp
Tel : 050-5533-8580

東工大MCRG/電通大AWCC オープンハウス2018 開催報告

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4月26日、大岡山キャンパス西9号館にて、東工大移動通信研究グループ(以下、東工大MCRG)は、電気通信大学先端ワイヤレス・コミュニケーション研究センター (以下、電通大AWCC)と共同でオープンハウスを開催しました。

本イベントは、東工大MCRGの5つのコア研究室と5つの協力研究室、電通大AWCCの9つの研究室からなる移動通信研究グループの主催により、グループの研究活動を広く社会に紹介するとともに、学外の企業や研究機関との連携を深めるという主旨の下、2005年から毎年4月に開催されています。

ポスター・デモ展示会の様子

ポスター・デモ展示会の様子

ポスター・デモ展示会の様子

東工大MCRG

コア研究室

高田潤一研究室outer(環境・社会理工学院 融合理工学系)

府川和彦研究室outer(工学院 情報通信系)

阪口啓研究室outer(工学院 電気電子系)

廣川二郎研究室outer(工学院 電気電子系)

岡田健一研究室outer(工学院 電気電子系)

協力研究室

青柳貴洋研究室outer(工学院 電気電子系)

奥村学・高村大地研究室outer(科学創成技術研究院)

藤井輝也・表英毅研究室(工学院 電気電子系)

西方敦博研究室outer(工学院 電気電子系)

渡辺 正裕研究室outer(工学院 電気電子系)

電通大AWCC

稲葉敬之・秋田学研究室outer

藤井威生研究室outer

松浦基晴研究室outer

石川亮研究室outer

山尾泰研究室outer

石橋功至研究室outer

和田光司研究室outer

石橋孝一郎研究室outer

安達宏一研究室outer

今年は関係者を含め200名近くの方が参加し、「大学だからこそできる 5G and Beyond(アンド ビヨンド)」と題して、5G(第5世代移動通信システム)について、東工大MCRGと電通大AWCCの各研究室によるポスター・デモ展示や、産官学における著名な方々による招待講演会、参加者全員で議論を行うパネル討論会などを実施しました。

ポスター・デモ展示会では、東工大MCRG・電通大AWCCの各研究室が、計28件の展示を分野ごとに5グループ(1.アンテナ・伝搬、2.回路・システム、3.伝送・無線信号処理、4.無線ネットワーク、5.アプリケーション)に分けて行われました。学生や企業からの参加者間で、展示内容に関する活発な議論が行われていました。

招待講演会の様子
招待講演会の様子

招待講演会では、東北大学 電気通信研究機構の安達文幸教授、総務省 総合通信基盤局 移動通信課の杉野勲氏、株式会社NTTドコモ 5G推進室の永田聡氏から、5Gにおける最新の動向や、5Gの実現に向けた無線通信技術の紹介、5Gが社会に及ぼす変化や影響などについて講演がありました。また、パネル討論会では、招待講演会の講演者3名に、本学 工学院 電気電子系の阪口啓教授、電通大の福田英輔教授の2名を加えた計5名が登壇し、講演内容をもとに参加者と有意義な議論が交わされました。

パネル討論会の様子
パネル討論会の様子

参加者の方からのご質問
参加者の方からのご質問

2019年度は、電通大にて、オープンハウス2019が開催される予定です。

お問い合わせ先

オープンハウス事務局

E-mail : oh_staff@mcrg.ee.titech.ac.jp

超短パルス光を用いてダイヤモンドの光学フォノン量子状態を制御 量子メモリー開発につながる成果

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要点

  • 超短パルス光を用いてダイヤモンドの光学フォノン量子状態を制御
  • コヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御理論モデルを構築し、実験結果を再現
  • 光学フォノン状態を使ったテラヘルツで動作する量子メモリーへ応用の可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の中村一隆准教授らは、慶應義塾大学 大学院理工学研究科の鹿野豊特任准教授、自然科学研究機構 分子科学研究所の岡野泰彬技術職員と共同で、超短パルス光により生成した40テラヘルツ(THz、40兆 Hz)の周期で原子が集団振動するダイヤモンドのコヒーレント光学フォノン[用語1]の量子状態制御に成功し、その理論モデルを構築した。

10フェムト秒(fs)[用語2]以下の時間幅を持つ近赤外光パルスにより生じた25 fs周期で振動するダイヤモンドコヒーレントフォノンにより変化する透過率を実時間計測した。さらに高精度に時間制御したパルス対を励起に用い、ダイヤモンドコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することに成功した。また振動準位および電子準位で構成される系において光応答過程を計算し、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御[用語3]の理論モデルを構築し、実験結果を再現した。

近年、ダイヤモンドの光学フォノンは振動数が高く熱的な影響を受けにくいことから、室温で動作する量子メモリー[用語4]への応用に向けた研究が行われている。今回の研究により動作原理が明らかになり、高精度の量子状態制御が可能になることが期待される。

研究成果は6月25日(英国時間)に国際科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」オンライン版に掲載された。

研究成果

中村准教授らは、10 fs以下のパルス幅をもつ近赤外光を用いた時間分解透過光強度測定[用語5]を行った。ポンプ(励起)パルスを照射することでコヒーレント光学フォノンを励起し、それによって引き起こされる物質内の分極を、時間を遅らせて照射するプローブ(計測)パルスの透過率変化として検出した。振動周期25 fsの透過率の振動は、40 THzのコヒーレント光学フォノンによるものである。

次に、励起パルスをこれまでに中村准教授のグループで製作した高精度干渉計を用いて、時間差が制御されたパルス対をダイヤモンドに照射した。パルス対の時間間隔を変化させることで、発生するコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することができた。

図1は中村准教授らの行った典型的な実験結果を示している。第2パルス励起後の透過率強度が、第1パルス励起後に比べて237.9 fsでは振幅が小さくなり、251.4 fsで振幅が増大していることがわかる。透過率振動の振幅を励起パルス対の時間間隔に対して表示したものが図2(a)で、光学フォノン周期の整数倍のときに強く、半整数倍のときに弱くなっていることが分かった。また、振幅だけでなく位相も変化していることも分かった(図2(b))。

この現象を説明するために、振動準位を2準位、電子準位を2準位の合計4準位レベル[用語6]のモデルを考え、光と物質の相互作用に関してフォノンの生成・制御・計測過程まで含めた計算を行った。ガウス関数型パルス波形[用語7]を仮定した計算で、実験結果を良く再現することができた(図2)。理論計算から、今回の実験結果は、コヒーレント光学フォノンが第1パルスで励起される量子状態と第2パルスが励起されるコヒーレント光学フォノンの量子状態の干渉によるものであり、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御が実現されたことが示された。

時間分解透過光強度の測定結果。超短パルス光対を用いてコヒーレント光学フォノンを励起することにより、透過光強度の振幅が第2パルス励起後に変化していることが分かる。
図1
時間分解透過光強度の測定結果。超短パルス光対を用いてコヒーレント光学フォノンを励起することにより、透過光強度の振幅が第2パルス励起後に変化していることが分かる。
第2ポンプパルス励起後の透過光強度の振幅とその初期位相のポンプ対時間間隔(横軸)依存性。中村准教授らが構築した理論モデルから計算される結果と一致していることが分かる。
図2
第2ポンプパルス励起後の透過光強度の振幅とその初期位相のポンプ対時間間隔(横軸)依存性。中村准教授らが構築した理論モデルから計算される結果と一致していることが分かる。

背景

コヒーレント制御技術はレーザーを用いて様々な量子状態を制御する技術の総称で、分子の振動回転状態の制御、化学反応の制御、固体中の原子運動の制御などに応用されている。これまでに、中村准教授らは超短パルス光を使ったコヒーレント光学フォノンのコヒーレント制御により二次元方向の原子運動を制御する技術も開発してきた。しかし、コヒーレント制御の対象となっているコヒーレント光学フォノンの多くは振動数20 THz以下に限られていたので、10 fs以下のパルス幅をもつ超短パルス光を用いる必要がなかった。

また、コヒーレント光学フォノン生成や制御についての理論的説明のほとんどは現象論的なものであり、光と物質の相互作用に基づく微視的なメカニズムの詳細は明らかになっていなかった。中村准教授らは、現象論的に知られていた生成過程を統一的に扱うモデルを提唱してきた。今回の研究において、計測過程まで含めて取り扱うことが出来た。

更に、今回の研究対象としたダイヤモンドの光学フォノンは、40 THzの高い周波数を保つために室温でも熱的な擾乱を受けにくいため、フォノン量子状態は室温で動作する量子メモリーへの応用が期待され、研究が行われてきた。

今後の展開

今回、40 THzの速い振動数を持つダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンをコヒーレント制御することができ、そのメカニズムを量子論的に説明することができた。今後、照射する光電場波形を計測・制御することにより、光学フォノン生成・制御・計測過程を実験的に明らかにすることができると期待される。これらの知見を基にして、ダイヤモンド光学フォノンを利用した室温で動作する量子メモリー開発への応用にもつながると期待される。

用語説明

[用語1] コヒーレント光学フォノン : 光学フォノンは光による直接生成することの出来る結晶を構成する原子の集団振動である格子振動を量子化したもの。コヒーレント光学フォノンは、光学フォノンの振動周期よりも短いパルス幅の光パルスで励起することにより、振動のタイミングが揃った光学フォノンの集団が形成され、物質の反射率・透過率などのマクロな物理量を変化させるもの。

[用語2] フェムト秒 : フェムト秒は1,000兆分の1秒のことで、アト秒はフェムト秒のさらに1,000分の1の時間である。

[用語3] コヒーレント制御 : コヒーレント制御はレーザーを使って物質の量子状態を制御する技術の総称。はじめは化学反応の制御に用いられた。最近では、固体中の電子、スピンやフォノンの量子状態制御に用いられている。

[用語4] 量子メモリー : 量子コンピューターなどの量子情報技術で使われる「0」と「1」の重ね合わせを許した状態(量子ビット)を記憶する装置。

[用語5] 時間分解透過光強度測定 : 励起パルスを照射することで時々刻々と変化する透過率を、励起パルスから遅れて照射される観測パルスの透過光の強度変化として測定する方法のこと。

[用語6] 4準位レベル : 量子力学によれば、エネルギーはとびとびの値を取りうる。その離散化されたエネルギーの状態をエネルギー凖位レベルと呼び、ここでは4つのエネルギー準位レベルを用いている。

[用語7] ガウス関数型パルス波形 : ガウス関数は釣鐘型をした関数であり、パルス強度の時間変化の釣鐘型として計算に用いた。

また本成果は、以下の研究支援により得られた。

科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽)

研究期間:
平成29年度~30年度
研究課題:
「ダイヤモンド光学フォノンを用いたTHz量子メモリー」
研究代表者:
中村一隆(東京工業大学 科学技術創成研究院 准教授)

科学研究費補助金基盤研究(B)

研究期間:
平成29年度~31年度
研究課題:
「干渉型過渡反射率測定による電子・フォノン結合量子系のコヒーレント制御」
研究代表者:
中村一隆(東京工業大学 科学技術創成研究院 准教授)

科学研究費補助金基盤研究(C)

研究期間:
平成28年度~30年度
研究課題:
「複素誘電率の直接測定によるコヒーレントフォノン生成機構の解明」
研究代表者:
岡野泰彬(自然科学研究機構 分子科学研究所 技術職員)
研究分担者:
鹿野豊(慶應義塾大学大学院 理工学研究科 特任准教授)

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Coherent control theory and experiment of optical phonons in diamond
著者 :
佐々木寛弥、田中利歩、岡野泰彬、南不二雄、萱沼洋輔、鹿野豊、中村一隆
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所 准教授
中村一隆

E-mail : nakamura.k.ai@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5387

慶應義塾大学 大学院理工学研究科

特任准教授 鹿野豊

E-mail : yutaka.shikano@keio.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

慶應義塾 広報室

Email : m-pr@adst.keio.ac.jp
Tel : 03-5427-1541 / Fax : 03-5441-7640

指先につけるだけで非破壊検査できるデバイスを開発 カーボンナノチューブ膜によるテラヘルツ検査チップ

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要点

  • カーボンナノチューブ膜の物性制御によりテラヘルツ帯検出器を高性能化
  • 検出器は指に装着可能で、配管の亀裂検査などの非破壊検査を実現
  • 対象物の形状によらず、任意の場所で簡便に検査することが可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の河野行雄准教授、理化学研究所の鈴木大地博士(研究当時・東工大 河野研究室所属)、産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門の桒原有紀博士らは、カーボンナノチューブ膜を材料としたウェアラブルなテラヘルツ検査デバイスを開発した。大規模な測定系を必要とせずに、指先につけるだけで配管の亀裂検査といった非破壊検査が可能になる。

テラヘルツ光の検出原理である光熱起電力効果[用語1]を高めるため、カーボンナノチューブ膜の吸収率や熱電性能を最適化し、高感度検出かつ折り曲げ可能な検出器を実現した。工業部品や医薬品などの製造で、製品の信頼性を保証するための高機能な検査技術が求められている。テラヘルツ帯[用語2]を活用した非破壊検査技術は測定対象内部の形状・材質の情報を計測可能なことから注目を集めており、実用化に向けた研究が精力的に行われている。

従来の検査技術は測定対象の形状やサイズによる場所の制限があったが、開発技術はあらゆる形状の測定対象を任意の場所で簡便に検査できる。工場内の入り組んだ環境での品質検査や訪問医療などの移動先での即時検査といった応用が期待でき、非破壊検査業界にブレークスルーをもたらす成果である。

研究成果は2018年6月6日付で米国化学会誌の1つ「ACS Applied Nano Materials」に掲載された。

研究の背景と経緯

工業用部品や医薬品などの品質を保証するため、製品への異物混入や変形・破損を検査する高機能な計測技術の開発が重要な社会的テーマになっている。テラヘルツ帯を活用した検査技術は、製品の内部に渡る形状・材質といった情報を非破壊で測定できる強力な手段として注目を集めており、実用化に向けた研究開発が盛んになっている。

しかし、二次元平面的な構造からなる一般的なカメラを使用する場合、測定対象を全方位に渡って検査するには、カメラないしは測定対象を360度機械的に回転させる機構が必要不可欠である。この手法は測定系の大規模・煩雑化や測定時間の増加、測定対象の制限といった課題を抱えており、生産現場におけるインライン検査やウェアラブルセンサーへの応用を困難なものとしていた。

河野准教授らは2016年にカーボンナノチューブ膜の光熱起電力効果を用いたフレキシブルなテラヘルツ帯撮像デバイスを開発し、注射器などの医療器具の全方位非破壊検査を達成した(D. Suzuki, et al., Nature Photonics 10, 809-813, 2016)。今回、先行研究において論及されずにいたカーボンナノチューブ膜の相対ゼーベック係数[用語3]やテラヘルツ光照射に対する吸収率を最適化し、人の指にも装着できるウェアラブルな検査デバイスの開発に成功した。

ウェアラブルテラヘルツ検査デバイスの概念図

図1. ウェアラブルテラヘルツ検査デバイスの概念図

研究成果

河野准教授らはまず、フレキシブルテラヘルツ検出器の高感度化に着手した。テラヘルツ光の検出原理はカーボンナノチューブ膜で発生する光熱起電力効果を利用しており、高感度化に向けてはカーボンナノチューブ膜の「熱雑音の低減」、「テラヘルツ光に対する吸収率の向上」、「相対ゼーベック係数の向上」が重要な課題となっていた。

これらを解決する鍵となるのがカーボンナノチューブ膜のフェルミ準位[用語4]の制御である。1本のカーボンナノチューブあるいは非常に薄いカーボンナノチューブ膜では、標準的な電界効果トランジスタ構造によってフェルミ準位を制御できる。一方でフレキシブルテラヘルツ検出器に用いる厚みのあるカーボンナノチューブ膜に対しては、この手法が適用できない。

同准教授らは、通常は半導体と金属が混合しているカーボンナノチューブ膜を分離し(図2)、電気二重層[用語5]技術ならびにゲート電極を使用しない化学的ドーピングを用いることで、フェルミ準位を連続的に変えながら熱雑音(図3a)、テラヘルツ吸収率(図3b)、相対ゼーベック係数(図4)を系統的に調べることが可能となった。これにより、カーボンナノチューブ膜のフェルミ準位の位置とテラヘルツ応答の強度が密接な関係にあることを明らかにし、フェルミ準位の位置を最適化することで、上述の3つの課題を同時に克服することができた。

半導体・金属分離後のカーボンナノチューブ膜

図2. 半導体・金属分離後のカーボンナノチューブ膜

フェルミ準位制御による性能改善 (a)ノイズ電圧値の低減 (b)テラヘルツ吸収率の向上

フェルミ準位制御による性能改善 (a)ノイズ電圧値の低減 (b)テラヘルツ吸収率の向上

図3. フェルミ準位制御による性能改善 (a)ノイズ電圧値の低減 (b)テラヘルツ吸収率の向上

化学的ドーピングによる性能改善 (a)ドーピングの概要図 (b)ドーピング濃度によるゼーベック係数の制御

図4. 化学的ドーピングによる性能改善 (a)ドーピングの概要図 (b)ドーピング濃度によるゼーベック係数の制御

作製したフレキシブルテラヘルツ検出器は、固体半導体素子に基づく検出器とは異なり、折り曲げ可能な耐久性を有する。このため、指先のような歪曲した部位であっても容易に検出器を装着することができる。この特徴を活かし、フレキシブルテラヘルツ検出器をグローブの指先に装着することでウェアラブルなテラヘルツ検査デバイスを開発した(図5a)。

このテラヘルツ検査デバイスは大規模な測定系を必要としない。そのため、従来の検査技術では難しいとされた工場内の配管設備など複雑に入り組んだ環境での検査も、検査デバイスを測定箇所に潜り込ませるだけで簡便に全方位非破壊検査を行うことができる(図5b)。このため、既存の非破壊検査応用の適応範囲を大幅に拡大する成果を確認した。

(a)ウェアラブルなテラヘルツ検査デバイス(b)および配管の非破壊検査応用

図5. (a)ウェアラブルなテラヘルツ検査デバイス(b)および配管の非破壊検査応用

今後の展開

今回の研究成果により、従来の検査技術のネックであった大規模な測定系を必要とせず、任意の場所で、あらゆる形状の測定対象を、簡便に検査することが可能となった。これにより、工場内の入り組んだ環境での品質検査や、訪問医療などの移動先での即時検査といった従来の非破壊検査技術では難しいとされた応用の実現が期待される。今後は検出器のさらなる多素子化、微弱信号の高感度読み出し回路や無線通信との結合などを行うことで、来たるIoT(モノのインターネット)社会に貢献するセンシングシステムを構築する。

謝辞

この研究は科学技術振興機構による未来社会創造事業、地域産学バリュープログラムの支援、及び日本ゼオン株式会社の試料提供を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 光熱起電力効果 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が発生し、その温度勾配が電圧に直接変換される現象のこと。

[用語2] テラヘルツ帯 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波のこと。

[用語3] 相対ゼーベック係数 : ゼーベック係数は、熱起電力効果によって発生した電圧を温度差で割った値のこと。相対ゼーベック係数は、2種類の異種材料が接合した系におけるゼーベック係数のこと。

[用語4] フェルミ準位 : 電子の全化学ポテンシャルのこと。フェルミ準位の位置によって半導体材料の電子・光物性は劇的に変化するため、デバイスの性能を決定づける重要な因子の一つである。

[用語5] 電気二重層 : 外部電圧印加により荷電粒子が移動した結果、界面に正負の荷電粒子が対を形成して層状にならぶ現象のこと。本研究では、イオン液体中の陽イオンと陰イオンが電界にそって移動する。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Nano Materials
論文タイトル :
Fermi-Level-Controlled Semiconducting-Separated Carbon Nanotube Films for Flexible Terahertz Imagers
著者 :
Daichi Suzuki, Yuki Ochiai, Yota Nakagawa, Yuki Kuwahara, Takeshi Saito, and Yukio Kawano
DOI :

実験に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
未来産業技術研究所 准教授 河野行雄

E-mail : kawano@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3811 / Fax : 03-5734-3811

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

副産物ほぼゼロの特異構造のナノ粒子触媒による有用物合成 様々な化成品の製造に革新もたらす新触媒

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要点

  • 副産物をつくることなく芳香族アミンだけを合成する触媒を開発
  • エネルギー消費を3分の1に低減し繰り返し使用できる
  • この触媒性能は特異的な構造によって発現する

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、チャンドラ・デブラジ特任准教授らの研究グループは、「面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru)[用語1]」により、工業的に有用な芳香族アミン[用語2]を副産物なく製造する方法を開発した。この新触媒を使うと、芳香族アミンの製造で生じるエネルギーを3分の1まで低減できる。

研究グループではFCC–Ruについて、電子を与える力を弱めること、反応に寄与するルテニウム原子が多いことに着目した。この新触媒は、副反応を完全に防ぐだけでなく、反応効率を3倍以上に高められる。このアプローチは、芳香族アミンの製造だけでなく、再生可能なバイオマスの利用に一石を投じると期待される。

医農薬、ゴム、ポリマー、接着剤、染料などの様々な化成品に使われる芳香族アミンは重要な化学品だ。しかし、これらアミンを芳香族アルデヒド[用語3]原料から製造する還元的アミノ化[用語4]では、従来の触媒では、電子を与える力が強く、芳香環の分解や副産物の生成を完全に防ぐことはできなかった。このため、製品の製造に多大なエネルギーが必要となり、コストも押し上げていた。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ALCAにおいて得られたもので、「英国王立化学会誌(Chemical Science)オンライン速報版」に6月18日に公開された。

研究背景

医農薬、ゴム、ポリマー、接着剤、染料などの様々な化成品に使われる芳香族アミンは工業的に有用だが、既存の触媒を使った製造法では副産物を多く出してしまい、コスト高を生じさせていた。

研究成果

研究グループは、「面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru)」(図1)という新たな新触媒を開発した。これは従来の触媒とは大きく異なった構造を持ち、芳香族アルデヒドの還元的アミノ化によって副産物を作ることなく、有用な芳香族アミンだけを合成できる。

FCC–Ruの電子顕微鏡写真

図1. FCC–Ruの電子顕微鏡写真

触媒の性能

図2. 触媒の性能

複素環式の芳香族化合物であるフルフラール(用語3参照)からフルフリルアミン(用語2参照)を合成する場合、従来の触媒では、原料の10%以上が使い道の無い副産物になっていた(図2)。このような不純物を取り除き、フルフリルアミンだけを得るには多大なエネルギーが必要だった。

一方、FCC–Ruでは、フルフリルアミンの収量が99%に達した。また、様々な芳香族アルデヒドを原料とした有用芳香族アミンの合成でも同様の結果が得られた。これは開発した触媒を使うことで、医農薬品として大量生産される芳香族アミンの生産を限界まで高効率化できることを意味している。また、この触媒は、製品と副産物の分離が容易な固体材料で、繰り返しかつ連続的に使用しても触媒の性能が低下しないことを確認した。

研究グループは昨年、世界最高性能の還元的アミノ化触媒を発表している。しかし今回、昨年発表した触媒の反応効率を3倍も上回る触媒を新たに開発したことになる。またこれは、開発した新触媒のエネルギー消費が、昨年発表した触媒の3分の1未満という画期的な研究成果であることを示している。

このような開発触媒の高い性能は以下に記す新しい考え方とそれを実現する新しい設計に基づいている。

新しい考え方:これまでの還元的なアミノ化促進触媒の開発指針は還元能力を強くすること、つまり、水素を供与する能力を高めることが主眼にあった。この指針は有効だが、芳香族アルデヒドでは芳香環が還元されやすいため、触媒の水素供与能力を高めた場合、芳香環に結合したアルデヒドを還元するだけでなく、芳香環までも還元して壊してしまうという問題があった。そこで今回、触媒の水素供与能力を適切に制御することにした。

新しい設計:六方最密充填構造のルテニウムナノ粒子は、還元力が高い触媒であり、還元的アミノ化促進触媒として以外では利用できない。しかし、研究グループでは、ルテニウムが本来はとらない面心立方構造のナノ粒子をつくることができれば、水素供与能力を低減すると同時に多くのルテニウム原子が反応に寄与するであろうということを情報科学から着想していた。研究グループでは今回、このルテニウムナノ粒子を容易につくる技術確立できたことで本成果を得ることができた。

今後の展開

今回開発した触媒は、芳香族アミン生産を限界まで高効率化するだけにとどまらない。現状では、神経作用薬、抗がん剤などの医薬品、殺虫殺菌剤を含めた農薬、肥料、油脂、ゴム・ポリマー、バイオ航空燃料といった多くの化成品が遷移金属の還元触媒能力を利用して生産されている。開発した触媒のベースとなっている新しい考え方や設計方針は、これらの化成品の生産を革新するポテンシャルを持つと考えられる。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ALCA

研究開発課題名:
「多機能不均一系触媒の開発」
研究代表者:
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 原亨和
研究開発実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成28年4月~平成33年3月

用語説明

[用語1] 面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru) : 面心立方構造の金属ルテニウムのナノ粒子(2~5ナノメートル)のこと。一般的に、金属ルテニウムは六方最密充填構造である。

一般的な金属ルテニウム 六方最密充填構造
一般的な金属ルテニウム
六方最密充填構造

開発した触媒 面心立方構造
開発した触媒
面心立方構造

[用語2] 芳香族アミン : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にアミノ基が結合した化合物。医農薬品から大量製造される化成品の原料として使われている。下にその一例を示す。

  • アニリン
    アニリン
    年間500万トン以上生産される合成ゴム原料
    • ドーパミン
      ドーパミン
    • アドレナリン
      アドレナリン

    神経伝達物質

  • ベンジルアミン
    ベンジルアミン
  • フルフリルアミン
    フルフリルアミン

抗がん剤等の医薬品、様々な農薬と化成品の原料

[用語3] 芳香族アルデヒド : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にホルミル基が結合した化合物。それ自体、香料などに使われているが、多くの化成品の原料でもある。

  • ベンズアルデヒド
    ベンズアルデヒド
    香料(杏子)
    染料、医薬品の原料
  • フルフラール
    フルフラール
    熱硬化樹脂、ナイロンの原料
  • ヒドロキシメチルフルフラール
    ヒドロキシメチルフルフラール
    ブドウ糖から合成される
    高付加価値な化成品の原料

[用語4] 還元的アミノ化: : アルデヒド、ケトンを1ステップでアミンに変換する反応の総称。アルデヒド、あるいはケトンを窒素源(アンモニアなど)と還元剤(水素ホウ素試薬など)に接触させることによって反応が進む。触媒の存在下、水素を還元剤として用いる反応はアミン類の工業的合成法として最も有効は手法の一つ。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
A high performance catalyst of shape-specific ruthenium nanoparticles for production of primary amines by reductive amination of carbonyl compounds
著者 :
Debraj Chandra, Yasunori Inoue, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Asim Bhaumik, Keigo Kamata, Hideo Hosono and Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 原享和

E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

スーパーコンピュータ「京」がGraph500において7期連続で世界第1位を獲得 ビッグデータの処理で重要となるグラフ解析で最高レベルの評価

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理化学研究所(理研)、九州大学、東京工業大学、バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、株式会社フィックスターズによる国際共同研究グループは、ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキングであるGraph500において、スーパーコンピュータ「京(けい)」[用語1]による解析結果で、2017年11月に続き7期連続(通算8期)で第1位を獲得しました。

このたび、ドイツのフランクフルトで開催中のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)に関する国際会議「ISC2018」で6月27日(日本時間6月27日)に発表されました。

大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は運用開始から6年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。本成果の広範な普及のため、国際共同研究グループはプログラムのオープンソース化を行い、GitHubレポジトリより公開中です。今後は大規模高性能グラフ処理のグローバルスタンダードを確立して行く予定です。

※ 研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出(研究総括:佐藤三久)」における研究課題「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤(研究代表者:藤澤克樹、拠点代表者:鈴村豊太郎)」および「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化(研究総括:喜連川優)」における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術(研究代表者:松岡聡)」の一環として行われました。

スーパーコンピュータ「京」

スーパーコンピュータ「京」

Graph500上位10位

このたび公開されたGraph500の上位10位は以下の通りです。

Graph500とは

近年活発に行われるようになってきた実社会における複雑な現象の分析では、多くの場合、分析対象は大規模なグラフ(節と枝によるデータ間の関連性を示したもの)として表現され、それに対するコンピュータによる高速な解析(グラフ解析)が必要とされています。例えば、インターネット上のソーシャルサービスなどでは、「誰が誰とつながっているか」といった関連性のある大量のデータを解析するときにグラフ解析が使われます。また、サイバーセキュリティや金融取引の安全性担保のような社会的課題に加えて、脳神経科学における神経機能の解析やタンパク質の相互作用分析などの科学分野においてもグラフ解析は用いられ、応用範囲が大きく広がっています。こうしたグラフ解析の性能を競うのが、2010年から開始されたスパコンランキング「Graph500」です。

規則的な行列演算である連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK[用語2])でスーパーコンピュータを評価するTOP500[用語3] においては、「京」は2011年(6月、11月)に第1位、その後、2018年6月25日に公表された最新のランキングでは第16位です。一方、Graph500ではグラフの探索という複雑な計算を行う速度(1秒間にグラフのたどった枝の数(TEPS[用語4]))で評価されており、計算速度だけでなく、アルゴリズムやプログラムを含めた総合的な能力が求められます。

Graph500の測定に使われたのは、「京」が持つ88,128台のノード[用語5]の内の82,944台で、約1兆個の頂点を持ち16兆個の枝から成るプロブレムスケール[用語6]の大規模グラフに対する幅優先探索問題を0.45秒で解くことに成功しました。ベンチマークのスコアは38,621GTEPS(ギガテップス)です。Graph500第1位獲得は、「京」が科学技術計算でよく使われる規則的な行列演算だけでなく、不規則な計算が大半を占めるグラフ解析においても高い能力を有していることを実証したものであり、幅広い分野のアプリケーションに対応できる「京」の汎用性の高さを示すものです。また、それと同時に、高いハードウェアの性能を最大限に活用できる研究チームの高度なソフトウェア技術を示すものと言えます。「京」は、国際共同研究グループによる「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤」および「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」の2つの研究プロジェクトによってアルゴリズムおよびプログラムの開発が行われ、2014年6月に17,977GTEPSの性能を達成し第1位、さらに「京」のシステム全体を効率良く利用可能にするアルゴリズムの改良を行い、2倍近く性能を向上させ、2015年7月に38,621GTEPSを達成し第1位でした。そして今回のランキングでもこの記録により、世界第1位を7期連続(通算8期)で獲得しました。

これまでの幅優先探索問題(BFS)[用語7]に加えて前回から最短路問題(SSSP)[用語8]に対する結果も公開されており、今後はさらに別の問題への適用も予定されています。

今後の展望

大規模グラフ解析においては、アルゴリズムおよびプログラムの開発・実装によって性能が飛躍的に向上する可能性を示しており、今後もさらなる性能向上を目指していきます。また、上記で述べた実社会の課題解決および科学分野の基盤技術へ貢献すべく、スーパーコンピュータ上でさまざまな大規模グラフ解析アルゴリズムおよびプログラムの研究開発を進めます。

用語説明

[用語1] スーパーコンピュータ「京(けい)」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められている。

[用語2] LINPACK : 米国のテネシー大学のJ. Dongarra博士によって開発された規則的な行列計算による連立一次方程式の解法プログラムで、TOP500リストを作成するために用いるベンチマーク・プログラム。ハードウェアのピーク性能に近い性能を出しやすく、その計算は単純だが、応用範囲が広い。

[用語3] TOP500 : TOP500は、世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までを定期的にランク付けし、評価するプロジェクト。1993年に発足し、スーパーコンピュータのリストを年2回発表している。

[用語4] TEPS : Graph500ベンチマークの実行速度を表すスコア。Graph500ベンチマークでは与えられたグラフの頂点とそれをつなぐ枝を処理する。Graph500におけるコンピュータの速度は1秒間あたりに調べ上げた枝の数として定義されている。TEPSはTraversed Edges Per Secondの略。

[用語5] ノード : スーパーコンピュータにおけるオペレーティングシステム(OS)が動作できる最小の計算資源の単位。「京」の場合は、一つのCPU(中央演算装置)、一つのICC(インターコネクトコントローラ)、および16GBのメモリから構成される。

[用語6] プロブレムスケール : Graph500ベンチマークが計算する問題の規模を表す数値。グラフの頂点数に関連した数値であり、プロブレムスケール40の場合は2の40乗(約1兆)の数の頂点から構成されるグラフを処理することを意味する。

[用語7] 幅優先探索問題(BFS) : 最短路問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが等しい場合を想定しており、主にインターネット上のソーシャルデータや金融データなどの解析に用いられる。

[用語8] 最短路問題(SSSP) : 幅優先探索問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが異なる場合を想定しており、主に道路あるいは鉄道などの交通データ上での経路案内などに用いられる。

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お問い合わせ先

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / FAX : 048-462-4715

国立大学法人九州大学 広報室

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受付時間 : 9時 - 17時30分(土曜日・日曜日・祝日・当社指定の休業日を除く)

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科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / FAX : 03-5214-8432

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

松尾浩司

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / FAX : 03-3222-2063

6月29日15:30 お問い合わせ先を一部変更しました。

TBSテレビ「未来の起源」に理学院 化学系の前田和彦准教授が出演

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本学 理学院 化学系の前田和彦准教授が、TBS「未来の起源」に出演します。太陽光エネルギーから燃料物質を創り出す光触媒の研究について紹介されます。

前田准教授のコメント

前田和彦准教授
前田和彦准教授

石油や石炭に代表される化石資源、そして原子力に依存した我々の社会は今、将来のエネルギー確保の観点から転換期を迎えています。私は、無尽蔵な太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する光触媒の研究をしています。今回は、私の研究対象のひとつである「非酸化物型の光触媒」について取材を受けました。番組を通して、多くの方に光触媒研究の重要性・魅力をお伝えできれば幸いです。

番組情報

  • 番組名
    TBS「未来の起源」
  • 放送予定日
    2018年7月8日(日)22:54 - 23:00
  • (再放送)
    BS-TBS 2018年7月22日(日)20:54 - 21:00
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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

リベラルアーツ研究教育院とURA(リサーチ・アドミニストレーター)との情報交換会を開催

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6月6日、リベラルアーツ研究教育院とリサーチ・アドミニストレーター(以下、URA)との情報交換会を大岡山キャンパス石川台7号館のELSIホールで開催しました。

URAは大学などの研究機関において研究者を支援し、研究マネジメントの一翼を担う高度専門人材です。既に多くの研究機関で導入され、研究者とともに新たな研究プロジェクトの立上げや、その管理・運営などを支援しています。本学では、研究・産学連携本部に所属するURAをはじめ、部局付のURAや一部の研究プロジェクトで専任されるURAなどが活動しています。

この情報交換会は、リベラルアーツ研究教育院とURAとが協働することにより、同研究教育院の知見や視点を、外部資金や共同研究の獲得・遂行などの活動に活用していくことを目的に、研究活動の活性化に向けた第一歩という位置づけで行われました。当日は副学長、学院長、副学院長をはじめ、他部局、研究・産学連携関連の事務職員の参加もありました。

上田リベラルアーツ研究教育院長による開会挨拶

上田リベラルアーツ研究教育院長による開会挨拶

はじめに、上田紀行リベラルアーツ研究教育院長による開会挨拶と趣旨説明が行われ、続いて研究・産学連携本部の藤井健視プロジェクト研究推進部門長から、URAの活動について紹介がありました。次いでURA21名による1分間の自己紹介プレゼンテーション、さらにリベラルアーツ研究教育院教員23名による研究内容紹介の1分半のショットガンプレゼンテーションが行われました。

その後、リベラルアーツ研究教育院の教員による30分程度のポスタープレゼンテーションが行われました。各ポスターボード前で、多くの参加者が情報交換をしていましたが、「もう少し時間が欲しい」という声も多く聞かれ、場所を移して行われた懇親会でも活発に情報交換が続きました。これまでURAと交流の少なかったリベラルアーツ研究教育院の教員も、URAの活動について理解が深まりました。

今後もこうした交流を広げ、深めることによって、文理融合をはじめ、全学的な研究の交流の促進に向けた取り組みを進めていきます。

リベラルアーツ研究教育院教員によるポスタープレゼンテーション
リベラルアーツ研究教育院教員によるポスタープレゼンテーション

盛況だった情報交換会後の懇親会
盛況だった情報交換会後の懇親会

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お問い合わせ先

研究推進部研究企画課 研究企画第2グループ

E-mail : kenkik.kik2@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3803

赤木泰文特任教授がIEEEメダル授賞式に出席

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工学院 電気電子系の赤木泰文特任教授は、5月11日に米国・サンフランシスコのパレスホテルで開催されたIEEEメダル授賞式に出席し、2018年IEEEメダル イン パワーエンジニアリング(以下、パワーメダル)を授与されました。

(左から)IEEE次期会長、赤木特任教授、IEEE会長

(左から)IEEE次期会長、赤木特任教授、IEEE会長

スピーチを行う赤木特任教授
スピーチを行う赤木特任教授

IEEE(アイ・トリプル・イー: The Institute of Electrical and Electronic Engineering, Inc.)は米国に本部がある電気電子工学の国際的な学会で、43万人の会員を有する世界最大の技術系学会です。

IEEEは現在16の分野でメダルを授与しており、IEEEメダルの受賞はIEEEの最高の栄誉です。

授賞式の様子は以下のサイトでご覧いただけます。(※赤木特任教授は1:31:50 - 1:36:05に登壇します。)

2018 IEEE Honors Ceremony - Full Stream|IEEE.tvouter

2008年に創設されたパワーメダルは、発電・送電・変電、電力・エネルギーの有効利用・応用などの広い意味での「電力工学」の発展に貢献した研究者・技術者を顕彰するものです。赤木特任教授は「電力変換システムとその応用の理論と実践に対する先駆的貢献」が認められ、今回、日本人として初の受賞となりました。

パワーメダルのルーツはIEEEラムメダルに遡ります。ラムメダルは、交流送電の礎を築いたベンジャミン・ラム氏(米国・ウエスチングハウス社の技術者)の遺言によって1924年に創設されましたが、資金が底を尽いたことから2008年に終了し、その精神はパワーメダルに引き継がれました。80年以上の歴史と伝統を誇るラムメダルの日本人受賞者は3名です。

赤木泰文特任教授のコメント

1973年4月の学部4年の卒業研究から電力変換システム(パワーエレクトロニクス)の研究に取り組み、現在まで45年以上にわたって研究を行っています。本学在職中にパワーメダルを受賞できたことを大変に嬉しく思います。学生時代の恩師、研究室の先輩、同輩、後輩、そして大学教員になってからの上司、同僚、さらに一緒に研究に打ち込んだ当時の大学院学生の方々に厚くお礼申し上げます。

以下は授賞式でのスピーチの一部です。

「45年間取り組んできたパワーエレクトロニクスの研究をさらに深めるべく、 このIEEEパワーメダルの受賞を励みに精進していきたいと思います。パワーエレクトロニクスは挑戦のしがいがあり、しかも好奇心がくすぐられる研究分野であり、 これからも終わりのない研究の旅を続けていきます。」

赤木特任教授に贈呈された金メダル(直径65 mm、厚さ5 mm、重さ163 g)と賞状

赤木特任教授に贈呈された金メダル(直径65 mm、厚さ5 mm、重さ163 g)と賞状

赤木特任教授に贈呈された金メダル(直径65 mm、厚さ5 mm、重さ163 g)と賞状

赤木特任教授に贈呈された金メダル(直径65 mm、厚さ5 mm、重さ163 g)と賞状

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お問い合わせ先

赤木泰文 特任教授

Email : akagi@ee.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3549

人工光合成実用化に期待「光触媒研究プレスセミナー」を開催 CO2削減や水素生成を実現につながる研究

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本学 理学院 化学系の前田和彦准教授による太陽光をエネルギー変換する光触媒の最先端研究プレスセミナーを6月11日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館にて開催しました。

石油や石炭などのエネルギー資源の枯渇や、CO2排出などの地球温暖化問題の観点から、太陽光による人工光合成は水素生成やCO2削減を実現するクリーンかつ再生可能エネルギーとして期待されています。本セミナーは、東工大が強みを持つ最先端研究をプレス向けにご紹介するプレスセミナーの一環として開催されました。

人工光合成の原理を解説する前田准教授
人工光合成の原理を解説する前田准教授

研究開発された光触媒
研究開発された光触媒

プレスセミナーの様子
プレスセミナーの様子

セミナーでは、前田准教授から、エネルギー源としての太陽光の可能性や人工光合成の基本原理を解説しました。高効率に駆動する光触媒を開発してそれを利用すれば、2050年に人類全体で必要とされるエネルギーの3分の1を太陽光エネルギーで賄えるという試算も示されました。また、前田准教授の最新の成果としてフッ素と酸素を構成物質とする光触媒についての紹介がありました。この成果は、フッ素が光触媒化合物としては有効ではないというこれまでの定説を覆し、紫外線のみならず、可視光に応答し、かつ、安定した組成の新触媒であることを示したものです。前田准教授は、光触媒設計の改善に新たな指針を示し、より汎用性のある安価な光触媒を開発していくことに言及しました。

理学院 化学系 前田和彦准教授
理学院 化学系 前田和彦准教授

前田准教授のコメント

地球の表面にとどく太陽のエネルギーは約100兆キロワットに達する膨大なものです。この0.01%を活用できれば人類社会を支えるために必要なエネルギーを供給できます。

光触媒による人工光合成はエネルギー問題に大きな貢献ができると確信しています。

資料

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お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975

クロール泳中のスイマーに働く抵抗に関する新たな知見 独自開発した抵抗測定方法により、速く泳ぐための鍵にせまる

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研究成果のポイント

  • これまで困難とされてきた自己推進しているスイマーの抵抗測定に関して、独自に開発した測定法を用いて、新たな切り口でクロール泳の抵抗問題[用語1])の解明に取り組みました。
  • クロール泳におけるキック動作の役割は泳速度に伴って変化し、低速域では推進力として貢献しますが、速い泳速ではかえって抵抗になる可能性が新たに判明しました。
  • 速く泳ぐためには、ストローク(腕のかき)の頻度を上げる必要がありますが、必然的にキックの頻度も上がってしまう状況で、いかに抵抗要素にならないキック動作ができるかが鍵であることが示唆されました。

国立大学法人 筑波大学 体育系 高木英樹教授、成田健造(大学院生)、国立大学法人 東京工業大学 工学院 システム制御系の中島求教授らの研究グループは、筑波大学の実験用回流水槽を用いて、泳法を限定することなく、任意の速度で泳いでいる泳者に作用する抵抗力を推定する方法を開発し、新たな切り口でクロール泳の抵抗問題の解明に取り組みました。

これまで、クロール泳のキック動作の役割に関しては、水平姿勢を保って抵抗低減には貢献しているが、推進力として貢献しているかについては統一した見解が得られていませんでした。その理由として、そもそも四肢を駆動させて自己推進しているスイマーに作用する抵抗を計測する方法が確立されておらず、体を一直線に伸ばした姿勢(けのび姿勢)時の静的抵抗や上肢だけでクロール泳を行う(プル泳)時の動的抵抗を測定するに留まっていました。しかし独自に開発した測定システムを用いることで、けのび姿勢時の静的抵抗、プル泳時の動的抵抗に加え、上肢と下肢の両方を使って泳いだ時の動的抵抗を同一システムで計測することが可能となり、それらの値を比較検討することにより、初めてキック動作の役割の解明が可能となりました。その結果、クロール泳のキック動作は低速域(1.1 m/s)では推進力として貢献していましたが、1.3 m/sを超えるあたりから抵抗となる可能性が明らかとなりました。以上のことから、速く泳ぐためには上肢のストローク頻度を増加させる必要がありますが、上肢と下肢の動作は連動しているので、必然的に下肢のキック動作の頻度も増加せざるを得ず、抵抗要素の増大につながることが予想されます。この抵抗増加をいかにして抑えられるかが、速く泳ぐための鍵となることが示唆されます。

本研究成果は、バイオメカニクス分野のトップジャーナルであるJournal of Biomechanicsにおいて6月15日に先行公開されました。

研究の背景

泳法に関わらず、任意の速度で自己推進しているスイマーの抵抗を正確に測定することは、水泳研究の分野においては古くて新しい問題であり、様々な方法論が試されてきました。古くは100年以上前に、スイマーをボートで牽引しながら抵抗を測定しようとする試みが行われたり、ドーナツ型の水路内でスイマーに様々な負荷をかけながら泳がせた時の酸素摂取量から抵抗を推定しようとするなど、世界中の研究者が知恵を絞り多種多様なアプローチが行われてきました。しかし、どれも一長一短で決定打がないという状態でした。そのような状況の中、本研究グループは、実験用回流水槽を用い、ある任意の流速においてクロール泳を行った時の泳ぎのテンポをスイマーに記憶させ、そのテンポを維持したまま、流速を様々に変化させた場合にスイマーに作用する力を測定し、その測定値から自己推進している時の抵抗を推定する方法を考案しました(図1参照)。本測定法を用いることで、速く泳ぐために最も重要な要因である自己推進時の抵抗について、ようやく客観的なデータに基づいて議論できるようになりました。

自己推進時抵抗計測システムの概要 まず泳者に対し、任意の流速(U1)に設定された回流水槽内で、一定の位置に留まってクロール泳を行うよう指示し、その際の腕の回転頻度(テンポ)を記憶させる。その後、前後方向からワイヤーによって固定された状態で、先に記憶させたテンポを再現、維持しながらクロール泳を行わせる。次に回流水槽の流速(U)をU1より速くしたり、遅くしたり変化させながら、前後のワイヤーに生じる張力を測定する。この時、流速がU<U1の場合には、泳者が発揮する推進力は受ける抵抗を上回るので、前方に進もうとする力が生じ、後のワイヤーに張力がかかる。一方、流速がU>U1の場合には、逆に泳者が発揮する推進力は受ける抵抗を下回るので、後方に押し戻される力が生じ、前のワイヤーに張力がかかる。流速Uを8~9段階で増減させ、それぞれの段階における前後のワイヤーにかかる張力の平均値を求め、その回帰曲線からU1で泳いた時の自己推進時抵抗を推定する。
図1.
自己推進時抵抗計測システムの概要 まず泳者に対し、任意の流速(U1)に設定された回流水槽内で、一定の位置に留まってクロール泳を行うよう指示し、その際の腕の回転頻度(テンポ)を記憶させる。その後、前後方向からワイヤーによって固定された状態で、先に記憶させたテンポを再現、維持しながらクロール泳を行わせる。次に回流水槽の流速(U)をU1より速くしたり、遅くしたり変化させながら、前後のワイヤーに生じる張力を測定する。この時、流速がU<U1の場合には、泳者が発揮する推進力は受ける抵抗を上回るので、前方に進もうとする力が生じ、後のワイヤーに張力がかかる。一方、流速がU>U1の場合には、逆に泳者が発揮する推進力は受ける抵抗を下回るので、後方に押し戻される力が生じ、前のワイヤーに張力がかかる。流速Uを8~9段階で増減させ、それぞれの段階における前後のワイヤーにかかる張力の平均値を求め、その回帰曲線からU1で泳いた時の自己推進時抵抗を推定する。

研究内容と成果

本研究ではクロール泳時における下肢のキック動作に注目し、キック動作が推進力として貢献しているのかどうかについて検討しました。これまで、キック動作に関しては、何もしなければ沈んでしまう下肢を持ち上げ、水平に近い姿勢を取るために必須で、抵抗低減には寄与していると考えられていました。しかし、進行方向に対して上下に運動する下肢が推進に貢献しているかについては、一定の見解を得られていませんでした。そこで本研究では、新たな測定方法を用いてキック動作の役割について検討したところ、低速域では抵抗にならず推進力として貢献しているが、1.3 m/sの中速域あたりから抵抗となり始め、さらに泳速度を高めるとかなりの抵抗になる可能性が示唆されました。これは我々の先行研究において、上肢と下肢の両方を使ったクロール泳の自己推進時抵抗が、これまでの定説(泳速度の2乗に比例)を覆し、実は泳速度の3乗に比例して増大することと深く関連しているものと思われます。つまりクロール泳で泳速度を上げるためには、抵抗増大につながるとしてもキックを打たざるを得ず、それが結果的に泳速度の3乗に比例して抵抗が増加するという現象を生んでいるものと思われます。よって速く泳ぐためには、推進力の大半を生んでいる上肢による推進力の増大をはかりつつ、キック動作の抵抗をいかに低減できるかが技術的なキーポイントとなります。

上肢と下肢の両方を使ったクロール(Whole stroke:上図)と上肢のみを使ったクロール(Arms-only stroke:下図)の試技中の写真
図2.
上肢と下肢の両方を使ったクロール(Whole stroke:上図)と上肢のみを使ったクロール(Arms-only stroke:下図)の試技中の写真
2つの泳速度条件(1.1 m/sおよび1.3 m/s)において、上肢と下肢の両方を使ったクロール(Whole stroke)、上肢だけを使ったクロール(Arms-only stroke)、けのび姿勢 (Passive drag)を行った場合の速度(Velocity)、抵抗係数(Drag coefficient)、ストローク頻度(Stroke rate)、ストローク頻度(Stroke length)の比較結果
図3.
2つの泳速度条件(1.1 m/sおよび1.3 m/s)において、上肢と下肢の両方を使ったクロール(Whole stroke)、上肢だけを使ったクロール(Arms-only stroke)、けのび姿勢 (Passive drag)を行った場合の速度(Velocity)、抵抗係数(Drag coefficient)、ストローク頻度(Stroke rate)、ストローク頻度(Stroke length)の比較結果

今後の展開

今後は本測定法を用いて、諸外国選手に比べパワーで劣る日本人スイマーが苦手とする自由形短距離種目において、高い技術を活かし、推進力の向上をはかりつつもキック動作による抵抗力低減の実現や、長距離種目でのキック動作の効率的な利用によるパフォーマンスの向上に関する方策を提案できる研究を推進します。

用語説明

[用語1] 抵抗問題 : スイマーが水面付近を泳いだ時、スイマーの体型に依存する形状抵抗(圧力抵抗とも言う)、水と体表面が接する部分に生じる摩擦抵抗、そして波がおきてスイマーを押し戻す方向に作用する造波抵抗などが生じますが、ここではこれらすべての抵抗を合わせた力を抵抗と呼んでいます。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Biomechanics
論文タイトル :
Effect of leg kick on active drag in front-crawl swimming: comparison of whole stroke and arms-only stroke during front-crawl and the streamlined position
著者 :
Kenzo Narita、 Motomu Nakashima and Hideki Takagi
DOI :
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お問い合わせ先

筑波大学 体育系

教授 高木英樹

E-mail : takagi.hideki.ga@u.tsukuba.ac.jp
Tel :029-853-6330

東京工業大学 工学院 システム制御系

教授 中島求

E-mail : motomu@sc.e.titech.ac.jp
Tel :03-5734-2586

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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