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東工大教員8名が平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞

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このたび、東工大教員8名が、平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰において「科学技術賞」、「若手科学者賞」を受賞しました。

科学技術分野の文部科学大臣表彰には、「科学技術賞」を始め、特に優れた成果をあげた者を対象とする「科学技術特別賞」、高度な研究開発能力を有する若手研究者を対象とした「若手科学者賞」等があります。

「科学技術賞」は科学技術分野で顕著な功績をあげた者を対象としたもので、「開発部門」、「研究部門」、「科学技術振興部門」、「技術部門」、「理解増進部門」に分かれて表彰されています。

「若手科学者賞」は、萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満の若手研究者を対象としています。

日ごろの研究活動、研究成果を認められ、本学からは1名が科学技術賞を、7名が若手科学者賞を受賞しました。

今年度受賞した本学教員は以下のとおりです。

科学技術賞(研究部門)

淺田雅洋 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 教授

若手科学者賞

科学技術賞(研究部門)

淺田雅洋 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 教授

受賞業績:室温半導体テラヘルツ光源の先駆的研究

科学技術創成研究院 淺田雅洋教授
科学技術創成研究院
淺田雅洋教授

電波と光の中間に、テラヘルツギャップと呼ばれる未開拓の周波数帯があります。この周波数帯では、透過イメージングによるセキュリティや食品検査、化学分析、高速無線通信などへの様々な応用が期待されています。これら様々な応用にはテラヘルツ波を発生する光源の開発が必要不可欠で、これまでいろいろな光源が研究されてきましたが、いずれも大型であったり、複数の装置を組み合わせるもの、あるいは低温でしか動作しないものなど、満足できる光源はありませんでした。

本研究では、半導体ナノ構造からなる共鳴トンネルダイオード(RTD)を用いて、単体の電子デバイスで初めての周波数1 THzを超える室温小型テラヘルツ光源の実現に成功しました。その後も、この光源に新たな構造を導入して周波数を更新し、電子デバイスの最高周波数として1.92 THzの室温発振を達成しました。

この成果がもとになって、RTDを用いたテラヘルツイメージングや高速無線通信などの超小型簡易システムの研究が国内外で始まっています。我々の研究室も、鈴木左文准教授(工学院電気電子系)と協力して、レーダーや無線通信への応用を進めています。本研究は、鈴木准教授と研究室の学生の協力や、多くの方々のご支援で行ってくることができました。関係いただいた方々に感謝申し上げるとともに、引き続き、この光源の高性能化や応用展開を推進していきます。

RTDによる室温テラヘルツ光源
RTDによる室温テラヘルツ光源

RTD光源の周波数の進展
RTD光源の周波数の進展

若手科学者賞

奥住聡 理学院 地球惑星科学系 准教授

受賞実績:ダスト微粒子の衝突合体過程に着目した微惑星形成機構の研究

理学院 奥住聡准教授
理学院 奥住聡准教授

我々の住む地球をはじめとする惑星は、宇宙に存在するミクロンサイズの塵(ダスト)から作られたと考えられています。ダストがどのように合体して天体を形成するのかは多くの謎に包まれており、惑星形成研究における最大の問題の1つと言っても過言ではありません。私はこれまで、若い恒星の周囲に広がるダスト粒子がどのような速度で衝突し、どのような構造の塊を形成していくのかを、理論シミュレーションによって詳しく調べてきました。その結果、ダストが非常に低密度のクラスターを形成しながら急速に成長する未知のメカニズムを特定し、さらに若い恒星の周囲がどのような環境にあればダストが固体天体を形成するのかを明らかにしました。今後は、最新の望遠鏡によって得られている若い星の周囲の非常に詳細な観測データを利用しながら、ダストから惑星ができるまでの全貌を説明する理論を構築していきたいと考えています。

今回受賞対象となった一連の研究は、多くの共同研究者の力があって初めて可能になったものです。この場を借りて共同研究者の皆様に厚くお礼申し上げます。

竹内一将 理学院 物理学系 准教授

受賞実績:非平衡界面ゆらぎの普遍的法則を実証する実験研究

理学院 竹内一将准教授
理学院 竹内一将准教授

熱平衡状態にある物質が従う基本法則は、熱力学、統計力学として確立され、自然科学の諸分野から産業界まで、現代科学技術の1つの基盤となっています。しかし、熱伝導や物質輸送、気象、生命など、熱平衡にない物質や現象にも重要なものは数多あります。そのような非平衡現象を扱う物理法則の解明は、現代科学に課せられた重要課題の1つです。

近年、数理科学分野において、非平衡界面や交通流等に関する複数の問題に共通の分布法則が示されましたが、特殊な性質に基づいており、自然現象を記述する可能性は未知数でした。今回の受賞研究では、液晶の乱流を使って非平衡の界面を実現し、問題の分布法則が実験でも出現する強い普遍性を持つことを発見しました。最近では、実験から新たな統計法則を見出すことにも成功しています。

このたびは栄誉ある賞を賜り、大変光栄です。本成果は、佐野雅己教授、笹本智弘教授をはじめとする国内外の共同研究者・研究協力者の方々、それに研究室メンバーの力なくしては実現しえないものでした。この場をお借りして、心よりお礼を申し上げます。本学から頂戴したご支援にも大変感謝しております。今回の受賞を励みに、一層の挑戦を続けていきたいと思います。

那須譲治 理学院 物理学系 助教

受賞実績:量子スピン液体の熱的性質と磁気ダイナミクスの研究

理学院 那須譲治助教
理学院 那須譲治助教

物質が示す性質のひとつに磁性があり、その微視的起源は主に電子のスピンと考えられています。温度を下げていくと、ある温度で多量に存在する電子スピンが相互作用(多体効果)によって整列し、強磁性といったよく知られた性質が表れます。一方で量子力学的効果はその整列現象を阻害することが知られており、その効果が非常に強ければ、極低温まで電子スピンの整列が起きない量子スピン液体と呼ばれる特異な状態が実現します。この状態は量子多体効果が本質的な系であり、量子計算の実現舞台の有力候補とされていることから、量子情報分野からも注目を集めています。本研究では、量子スピン液体を解析する新しい計算方法を開発することで、この状態の温度変化や動力学的性質を明らかにしました。特に量子スピン液体においてスピンが分裂しマヨラナ粒子として振る舞う様子が、実験的にどのように観測されるかを示しました。

今回、このような名誉ある賞を頂くことができたのは、これまでご指導いただいた先生方や学内外の共同研究者の方々のご支援ご指導の賜物です。この場をお借りして感謝申し上げます。

鎌田慶吾 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授

受賞実績:ポリオキソメタレートの構造制御と触媒機能に関する研究

科学技術創成研究院 鎌田慶吾准教授
科学技術創成研究院
鎌田慶吾准教授

目的反応を達成するためには触媒活性点の構造を自在に制御することは重要かつ挑戦的な課題ですが、金属酸化物に代表される従来の固体触媒では均質かつ構造制御された活性点を構築することは非常に困難です。我々は、アニオン性金属酸化物クラスター分子「ポリオキソメタレート」の構造を精密に制御することで、高機能触媒の設計に関する新しいコンセプトの立案と方法論の開拓を行いました。また、これら材料を用いた環境にやさしい実用的触媒反応系の開発に成功しました。今後は、本研究で得られた知見を生かし、現在着手している新しい固体触媒プロセスの開発を進めていきたいと考えています。

今回、このような栄えある賞をいただくにあたり、長年ご指導くださった東京大学の水野哲孝教授をはじめ、研究室スタッフや研究員・学生の皆様、共同研究やプロジェクト等でお世話になった関係者の皆様に、深く感謝いたします。

庄子良晃 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 准教授

受賞実績:ホウ素カチオンの創製と新反応開拓に関する研究

科学技術創成研究院 庄子良晃准教授
科学技術創成研究院
庄子良晃准教授

典型的なルイス酸である中性3配位の(ホウ素が結合の手を本もつ)ボランから手を一本取り去った2配位ホウ素カチオンは「ボリニウムイオン」と呼ばれ、超ルイス酸分子としての反応性が期待できます。

我々は、これまで安定に存在し得ないとされてきた、ホウ素上に芳香環のみが置換したボリニウムイオン(Mes2B+)の単離に世界で初めて成功し、その強いルイス酸性に基づく特異な反応性を明らかにしてきました。例えばMes2B+は、安定な二酸化炭素のC=O二重結合を室温で切断するほどに高い反応性を示します。さらに、Mes2B+が、カーボンナノチューブなどのナノカーボン類に対する優れたホールドーパントとして作用することも見出しています。今後、本研究をさらに発展させ、新物質・新反応の開発を通して社会に貢献する研究を進めていきたいと考えています。

今回、このような栄誉ある賞をいただくにあたり、長年にわたりご指導賜った本学の福島孝典教授をはじめ、研究室の皆様、共同研究でお世話になった学内外の関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

ボランとボリニウムイオンの構造

ボランとボリニウムイオンの構造

阪口基己 工学院 機械系 准教授

受賞実績:結晶破壊力学に基づく耐熱超合金の変形と破壊に関する研究

工学院 阪口基己准教授
工学院 阪口基己准教授

Ni基超合金は数ある材料の中でも最高の高温強度を誇る耐熱材料のひとつですが、その変形・破壊プロセスには高温環境での複雑な現象が絡み合うため、これまでの破壊力学では体系的な理解が困難でした。

本研究では、高温での材料強度論と組織形成論についての基礎検討を経て、き裂の力学を議論してきたこれまでの破壊力学に、結晶学的変形を特徴づける結晶塑性学と組織形成論を扱う材料物理化学を融合させ、き裂の発生と進展過程におけるさまざまな現象を解明しました。特に、き裂先端の変形を結晶塑性解析により精緻に解析しながら、結晶学的な変形メカニズムと破壊力学的なき裂進展プロセスとの合理的な関連づけに成功しました。

このたびの栄誉ある受賞は、これまでご指導いただいた長岡技術科学大学・岡崎正和教授、本学の井上裕嗣教授、岸本喜久雄教授をはじめ、共同研究やプロジェクトでお世話になった学内外の皆様、ともに研究を進めてくれた学生の皆さんのご支援の賜物です。この場を借りて御礼申し上げます。今回の受賞を励みとして、さらに研鑽を重ね、研究に尽力していきます。

志村祐康 工学院 機械系 准教授

受賞実績:乱流予混合火炎の火炎構造と燃焼振動に関する研究

工学院 志村祐康准教授
工学院 志村祐康准教授

乱流予混合火炎は多くの工業機器で用いられていますが、現在でもその火炎構造や燃焼特性には未解明な点が多く残されています。実機燃焼器内では乱流予混合火炎と燃焼器内を伝播する圧力波が干渉することで、燃焼振動等の不安定現象が発生するため、より高い熱効率を得るには、このような多くの課題を解決しなければなりません。

乱流予混合火炎と燃焼振動に関する研究は長く行われてきておりますが、本業績は、高精度高空間分解能の多平面レーザ計測法と直接数値計算によって、乱流微細渦及び大規模渦が火炎構造及び燃焼特性に与える影響について検討した研究成果及びそれらの知見に基づいた燃焼制御技術開発に対して頂戴したものです。今後、これらをさらに発展させ、次世代の高効率・低環境負荷燃焼器の開発に貢献していく所存です。

この度、名誉ある賞を賜る次第となり、大変光栄に存じます。これまでご指導いただきました本学の宮内敏雄名誉教授、店橋護教授を始め、国内外の多くの先生方、共に研究を遂行した学生の皆さん、多くの支援を頂いた事務の方々に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。今後ともご指導、ご鞭撻下さいますよう、よろしくお願い致します。

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


魚の完全な皮膚再生システムを解明

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脱分化を経ず速やかに組織を修復

要点

  • 両生類や魚類における大きな欠損を完全に再生する仕組みを解明
  • 皮膚再生の過程をゼブラフィッシュで観察
  • ヒトなどの皮膚疾患の治療、再生医療に新たなヒント

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の柴田恵里大学院生(博士後期課程3年・研究当時)と川上厚志准教授らの研究グループは、モデル動物であるゼブラフィッシュを用いて、皮膚が瘢痕[用語1]を残さず、きれいに再生するための細胞群の働きを観察することに成功した。

魚類やイモリなどの両生類は、驚異的な組織再生能力を持っており、四肢やヒレを失っても元通りの組織を再生することができる。今回、研究グループでは、ゼブラフィッシュのヒレが再生する間の表皮細胞に注目。どのようなプロセスを経て、完全にヒレが元通りになり、瘢痕がない皮膚がどう再生されるのかについて、細胞を蛍光標識して追跡する方法で調べた。

その結果、従来考えられていた傷口付近にある皮膚細胞が脱分化[用語2]することで幹細胞になり再生が始まるわけではなく、基底層の幹細胞や表層の分化細胞が、それぞれ増殖して、同じタイプの細胞を生産、それを欠損部に供給して皮膚を再生していることがわかった。さらに再生過程では、皮膚の広範囲で細胞増殖が活性化して細胞を供給することで、新たな皮膚がダイナミックに再構成されることが判明した。

本研究から、完全な皮膚再生は脱分化のような特殊な方法を用いることはせずに、基底層の幹細胞などが自己複製することで、皮膚再生が起きていることが示された。

研究成果は、英国の生物医学・生命科学誌である「ディベロプメント(Development)」のオンライン版に2018年4月3日に公開された。

背景

魚類やイモリなどの両生類は、高い組織再生能力を持っており、手足などの器官を失っても、瘢痕を残さずに完全に元の形状と同じ組織を再生できる。組織の再生や恒常性の仕組みの解明は、ここ最近の生物学における大きな課題の1つで、この解明により、ヒトの再生医療への応用の可能性が期待されている。組織が再生する際、細胞がどのような仕組みで、どのような源から供給されているのか、これまでほとんどわかっていなかった。

近年、遺伝学的な手法を用いて、再生のために働いている細胞を蛍光標識する方法で、組織の修復や再生における細胞系譜の解明が進んできた。

研究成果

研究グループでは、ゼブラフィッシュのヒレの再生をモデルにして、遺伝学的な細胞標識法(Cre-loxP部位特異的組み換え)により、再生組織の細胞を蛍光に標識して(図1)、長期にわたって追跡した。その結果、傷口付近にあった上皮細胞が、いくつかの異なった運命をたどることが判明した。

まず傷口にやってくる上皮細胞の第一群は、傷口を塞いだ後、数日以内に細胞死を起こし消失した。遅れてやって来た第二の上皮細胞群は、再生した皮膚を作る細胞になった。

しかしながら、これらの再生した皮膚細胞の多くは、1週間から2週間程度経つとヒレの末端へ向かって押し出され消失する。皮膚細胞がどこから新たに供給されたのかを調べると、再生過程では、広範囲の皮膚で、幹細胞を含む細胞の増殖が活性化することで新たな上皮細胞が多数供給されていることがわかった。

また、興味深いことに再生過程における皮膚細胞は、脱分化して幹細胞に戻って再生するような特別なプロセスは経ずに、すでにある基底層の幹細胞や表層の分化細胞がそれぞれ、個性を保ったまま増殖して皮膚を再生していくことが明らかとなった。

ゼブラフィッシュのヒレにおける再生上皮細胞の遺伝的標識と細胞追跡

図1. ゼブラフィッシュのヒレにおける再生上皮細胞の遺伝的標識と細胞追跡


細胞標識には、Cre-loxPという方法を用いた。ここでは、フィブロネクチン1bという遺伝子の制御下で発現させたCre組み換え酵素によってEGFP(緑色蛍光タンパク質)の発現のスイッチを入れた。組み換えは、タモキシフェン(TAM)という化合物によって誘導できる。
※dpa:ヒレ切断後の日数。

今後の展開

本研究により、瘢痕が残らない、きれいで完全な皮膚再生の仕組みを明らかにすることができた。

ヒトを含む他の脊椎動物でも、基底層の幹細胞の自己増殖を制御することで、皮膚の再生が可能になると考えられる。今回新たにわかった皮膚再生の仕組みは、ヒトでも同じように働いていれば、将来的には、様々な皮膚疾患の原因解明、再生医療研究等で利用されることが期待される。

用語説明

[用語1] 瘢痕 : 創傷や壊死などによって生じた器官の組織欠損が、肉芽組織の形成を経てコラーゲン線維や結合組織に置き換わった不完全な修復状態。皮膚の瘢痕には、いわゆる傷跡から、赤く盛り上がる異常な瘢痕やケロイドなどがあり、正常な皮膚に比べ機能的に劣る。皮膚以外でも、心筋梗塞後の組織は瘢痕を形成し、収縮力は正常の心筋より劣る。

[用語2] 脱分化 : 細胞は、受精卵や胚性幹細胞(ES細胞)などのように、あらゆる細胞タイプになれる状態(全能性)から、発生とともに前駆細胞を経て、様々なタイプの組織特有の細胞に分化していく。完全に分化した細胞は多くの場合、細胞分裂をほとんど行わない。ところが、植物のカルス形成(培地上等で培養されている分化していない状態の植物細胞の塊)や組織培養の際、あるいは細胞を分離し培養した際に、細胞が分化状態を失い無分化や組織幹細胞の状態に戻ることがある。これまで組織の再生過程では、傷口の細胞の脱分化が起こる可能性が考えられてきた。

論文情報

掲載誌 :
Development
論文タイトル :
Heterogeneous fates and dynamic rearrangement of regenerative epidermis-derived cells during zebrafish fin regeneration
著者 :
Eri Shibata, Kazunori Ando, Emiko Murase, and Atsushi Kawakami
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 川上厚志

E-mail : atkawaka@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5717 / Fax : 045-924-5717

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

都市の活性度を道路網の構造によって評価

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社会的、経済的な指標による分析よりも簡便な手法を開発

要点

  • 道路網情報から、都市の社会的、経済的活性度を表す中心地理論を開発
  • 本理論を世界の92都市に適用し、その妥当性を検証
  • 従来手法と比較し準備が容易であり、今後都市計画などへの適用が期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院のペッター・ホルメ(Petter Holme)特任教授らは、都市と周辺の道路網の構造によって都市の活性度を評価する手法を開発した。幾何学的尺度Innessを定義し、出発点と目的地の最短と最速経路を評価・分析することで、都市とその周辺部の結合度を幾何学的分布で示した。さらに、この手法を世界の92の大都市とその周辺に適用し、都市の発展レベルを3種類に分類、社会経済的な相関を示すことに成功した。これにより、都市の活性度が道路網から容易に分かるようになった。都市とその周辺の活性度は普通、人口や物流、生産高などの社会的、経済的な指標に着目するのに対し、今回開発した手法はより簡便に把握することができる。

本研究成果は2017年12月20日、英国誌「Nature Communications」に掲載された。

研究の背景と経緯

今回の研究成果は中心地理論[用語1]に関するものである。これは、中心都市とその周辺地域の機能と規模を幾何学的な分布で示す地理学上の理論であり、1930年代にドイツの地理学者ヴァルター・クリスタラー(Walter Christaller)によって開発された。日本でも高度成長期には各地の都市計画などに利用された。これには、中心都市とその周辺地に関する多数の経済的、地理的データなどが必要だったが、これらの繁雑な準備が不要となる今回の研究成果は新しい中心地理論として注目される。

研究内容

幾何学的尺度 Inness の導入

都市中心地と周辺部の結合の強さを表現するため、幾何学的尺度Inness を定義した。図1-aで都市の中心地cから半径r(2、5、10、15、20、30 km)の距離にある円周に沿って36点を設け、この中から出発地Oと目的地Dを選ぶ。このODペアに対しインターネット上の地図情報(Open Source Map API[用語2])を参照し、生活道路などの最短経路(赤)と幹線道路などの最速経路(青)を選ぶ(図1-b)。ODペア(測地距離s)は都市中心から半径r、都市中心から見た出発地Oと目的地Dの間の角度をθとする。図1-cで示すように、(赤の内点と直線の測地線[用語3]で区切られたポリゴン[用語4])から(青の外点と測地線で区切られたポリゴン)の差を Inness と定義する。Innessが正の場合はODペアの測地線より経路が内側にあり、負の場合は外側にある。ODペアの経路と測地線の関係から、図1-dに示すようにポリゴンの形状は3つのケースがある。Innessが正であれば赤で塗られた領域が広く、負であれば青で塗られた領域が広くなる。

図1. Innessの定義

図1. Innessの定義

Innessの意味

図2は世界の92都市について、平均的なInnessを示したものである。最短/最速経路について都市中心から見込む角度θについて、Innessの平均値と標準偏差を示す。都市中心地付近(r=2 km)ではInnessはほぼ0であり、これは経路が市中の生活道路であるためと推定される。一方、郊外になると(r=10、30 km)、Innessの変動も大きくなる。これは、中心地に向かう幹線道路や環状道路、バイパス道路などの影響と思われる。

図2. 都市中心地からのr、θを関数とするInnessの平均値と標準偏差

図2. 都市中心地からのr、θを関数とするInnessの平均値と標準偏差

このようにして得られたInnessは靴紐のアルゴリズム[用語5]によって、地図上にポリゴンの集合として配置される。

世界の主要都市を分類

それではInnessを用いて、世界の92都市の分類してみよう。都市の面積は様々なため正規化[用語6]し、Innessの平均値と標準偏差値をプロットすると、3つのグループに分類できた(図3)。2つの値がともに低いLLグループにはベルリン、パリ、東京などの大都市が入る。道路の全長が長く、地理的制約が少なく、周辺との接続性もよく、インフラ整備も進んでいる。図3左中のベルリンでは、Innessが正の領域が偏りなく広がり、うすい赤で表示されている。これから分かるように都市機能は分散し、中心地と見なされる点は見当たらない。一方、平均値と標準偏差値がともに高いHHグループは、図3右のカルカッタを例にすると、中心部のInnessは正でしかも濃い赤の領域が広がっている。これは、道路のインフラ整備が不充分で、周辺部との接続性が限定され、主要な交通経路は都市の中心地を経由することになり、中心地の混雑が予想される。また、平均値が低く標準偏差の高いLHグループは、LLとHHグループの中間的性格も含むが、地理的制約による要因も無視できない。例えば、図3中のムンバイは大陸に隣接した島にあり、中心部はInnessが適度な正でうすい赤の領域が広がっているが、周辺部とは橋で接続されるため遠回りせねばならず、Innessは負で青い領域が広がっている。

図3. 世界の都市のInnessの統計と分布

図3. 世界の都市のInnessの統計と分布

Innessと社会経済的関連性

次に、各都市の最短経路と最速経路について分析した。前者は地理的制約によるが、後者は環状線や高速道路などの社会的発展指標と関連している。ある都市の正規化した最短経路のInnessと最速経路のInnessのピアソン相関係数ρ[用語7]を求めた。道路網が未整備だと、最短経路と最速経路は大差ない経路となり、両者は正の相関がありρは1に近づく。一方、自動車幹線道路が整備されると最短経路と最速経路は別ルートとなり、両者の相関関係は小さくなりρは0に近づく。その値を昇順に並べたものが図4のRank of citiesである。

これらのデータをk平均法[用語8]自然分類法[用語9]によりTYPE I、TYPE II、TYPE IIIに分類すると、TYPE IはグループLL、TYPE IIはグループLH、TYPE IIIはグループHHにほぼ対応している。そして図4右に、相関係数ρと1人当たりGDPの関係を示したように、これらの間には明確な相関があることが分かった。このことから、Innessは都市の地理的な評価のみならず、社会経済的な指標にもなり得ることが確かめられた。

図4. 都市の最短経路と最速経路による分析、及びGDPとの関係

図4. 都市の最短経路と最速経路による分析、及びGDPとの関係

今後の展望

本方式で中心地理論を展開するには、基本的にはインターネット上の最新の地図情報(Open Street Map database)があればよい。従来は地図情報に加えて、社会経済的指標を示すデータ(例えば、地域内の学校数、工場数、余裕電話台数など)が必要であり、これらは時代とともに変化するため、その設定は容易でなかった。本方式は、現状の都市周辺の活性度を評価するだけでなく、将来の道路網整備が地域全体に与える効果を予測する手段となる可能性がある。

本研究の一部は、東京工業大学が展開しているワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ(WRHI)によって行われた。WRHIは「世界の研究ハブ」を目指す組織として、世界トップレベルの研究者を招へいし、国際共同研究の加速と分野を超えた交流を実施している。

用語説明

[用語1] 中心地理論

都市をある地域の中心地という観点から把握した、都市の分布、数、規模 (大きさ) などの規則性に関する理論。中心地には、都市の機能によって高次から低次への階層性があり、その機能の及ぶ範囲を都市圏と呼ぶ。また機能の大きさ、度合いを中心性と呼んでいる。

[用語2] Open Source Map API

道路地図等の地理情報データのフリーデータベースouter

[用語3] 測地線

曲面上で二点間を結ぶ曲線のうち最短距離のもの。球面上では大円の弧。

[用語4] ポリゴン(polygon)

多角形。三次元のコンピューターグラフィックスにおける立体形状を表現するために使われる多角形を指すことが多い。物体表面を小さい多角形(主に三角形)に分割し、その位置や角度、模様、質感などの見え方を個々に計算して三次元画像を描画する。

[用語5] 靴紐のアルゴリズム(shoelace formula for polygons)

ガウスの面積公式とも呼ばれる。平面において多角形の頂点座標によってその面積を求める数学的アルゴリズム。座標値を直接用いた四則演算のみで面積が求められるため、計算機上での求積に適しており、また余計な誤差が入り込む余地が少ない。

[用語6] 正規化

一定の規則に従い、データを変形し利用しやすくすること。リレーショナルデータベースの設計でよく用いられる。

[用語7] ピアソン相関係数ρ(Pearson's correlation coefficient ρ)

2つの確率変数の間にある線形な関係の強弱を測る指標。相関係数が正のとき確率変数には正の相関が、負のとき確率変数には負の相関があり、0の場合は相関はない。

[用語8] k平均法(k-means clustering)

非階層型クラスタリングのアルゴリズム。クラスタの平均を用い、与えられたクラスタ数k個に分類する。

[用語9] 自然分類法(Natural breaks)

データの変化量が比較的大きいところに閾値が設定される分類方法。

論文情報

掲載誌 :
NATURE COMMUNICATIONS | 8: 2229
論文タイトル :
Morphology of travel routes and the organization of cities
著者 :
Minjin Lee, Hugo Barbosa, Hyejin Youn, Petter Holme, Gourab Ghoshal
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

ホルメ ペッター特任教授

E-mail : holme.p.aa@m.titech.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

「サイレントボイスとの共感」

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東京工業大学「革新的イノベーション創出プログラム」COI拠点の新しい研究開発テーマ

東京工業大学では、2015年より文部科学省・国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の「革新的イノベーション創出プログラム」COIの『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点として研究開発を進めてきましたが、JSTの了承を経て研究テーマを見直し、4月1日より拠点名と組織名を下記のとおり変更しました。

新拠点名:『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点

新機構名:地球インクルーシブセンシング研究機構

新拠点では、「目指すべき将来の姿」として『サイレントボイスとの共感』を新たな目標とし、これまで取り組んできたセンシング技術を中心に、新規に組み込むデバイス技術等の研究開発と組み合わせ「地球インクルーシブセンシング」に対する研究開発を推進し、社会実装を目指す計画です。

「革新的イノベーション創出プログラム」では、ハイリスクではあるが実用化の期待が大きい異分野融合・連携型の基盤的テーマに対して集中的な支援を行い、産学が連携する研究開発チームを形成しています。

COIは、センター・オブ・イノベーション・プログラムの略。10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を最長で9年間支援するプログラムです。

拠点名
『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点
プロジェクトリーダー
廣井聡幸(ソニー株式会社)
研究リーダー
若林整(東京工業大学 工学院 電気電子系 教授)
参画機関
  • 東京工業大学(中核機関)
  • 北陸先端科学技術大学院大学
  • 信州大学
  • ソニー株式会社(中心企業)
  • ラピスセミコンダクタ株式会社
  • 株式会社電通国際情報サービス
  • 日産厚生会玉川病院
  • 関東中央病院
  • 大田区
  • 大田区産業振興協会
概要

地球を取り巻く限られた環境の中で経済発展によるQoL向上を目指す人類にとって、地球上における人間以外の生物との共存共栄は今後ますます必要となります。そこで、人と自然が共生していく社会/地球を、人々が明るく助け合い、個々が常に誰かに必要とされる社会の仕組みによって実現します。

そのためには、地球上における人類の枠を超えた様々なサイレントボイスに耳を傾け共感することにより、人・社会・環境の問題に対して、人を通じて低環境負荷/地球に優しい方法で解決していくサイクルを実現します。

「サイレントボイスとの共感」コンセプト

「サイレントボイスとの共感」コンセプト

お問い合わせ先

地球インクルーシブセンシング研究機構

E-mail : coi.info@coi.titech.ac.jp
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アパタイト型酸化物イオン伝導体における高イオン伝導度の要因を解明

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定説くつがえす格子間酸素の不在

要点

  • アパタイト型酸化物イオン伝導体[用語1]には格子間酸素が存在せず、Si空孔が存在
  • 高いイオン伝導度の要因は結晶構造中に存在する酸化物イオンの不安定化だった
  • 高性能な燃料電池やセンサー、酸素分離膜などの開発につながると期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の藤井孝太郎助教、八島正知教授らの研究グループは、名古屋工業大学 大学院 生命・応用化学専攻の福田功一郎教授、新居浜工業高等専門学校 生物応用化学科の中山享教授、名古屋工業大学の石澤伸夫名誉教授、総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターの花島隆泰研究員、日本原子力研究開発機構 J-PARCセンターの大原高志研究主幹と共同で、アパタイト型酸化物イオン伝導体が示す高いイオン伝導度の要因を原子レベルで初めて明らかにした。この材料は、近年注目されている固体酸化物形燃料電池(SOFCまたはSOFCs)やセンサー、酸素分離膜[用語2]などへの応用が可能で、今後エネルギー・環境問題を解決する糸口になる可能性がある。

従来、アパタイト型酸化物イオン伝導体の高いイオン伝導度は、結晶構造中の格子間酸素[用語3]の存在が要因であると言われてきたが、今回の実験では格子間酸素の存在は確認されず、その代わりにシリコン(Si)空孔があり、結晶構造中に存在する酸化物イオンが特定の方向に広く分布することが高イオン伝導度の構造的要因であることを明らかにした。本成果は、英国王立化学会が発行する材料化学の国際誌Journal of Materials Chemistry. Aに2018年4月16日に先行公開され、電子版と冊子版が刊行予定である。

研究の背景

エネルギー・環境問題を解決するためには、高効率、低予算で安全性の高い次世代のエネルギー源を開発する必要がある。特に固体酸化物形燃料電池は、その中核を担うと期待されている。固体酸化物形燃料電池は高温領域でしか機能しないため、より低温で高効率に動作可能になることが望まれている。そのためには600℃以下の中低温でより高い酸化物イオン伝導度をもつ酸化物イオン伝導体を開発する必要がある。

1995年に中山享教授らは、アパタイト型酸化物イオン伝導体La9.333+xSi6O26+2x/3(La:ランタン、Si:シリコン、O:酸素、xは過剰La量)を発見した[文献1]。このLa9.333+xSi6O26+2x/3は、中低温で非常に高い酸化物イオン伝導度を示すことから固体酸化物形燃料電池の固体電解質やセンサー、酸素分離膜等への応用が期待されている材料だ。特にLaを過剰にした組成(以下La過剰組成)La9.333+xSi6O26+2x/3は、基本組成La9.333Si6O26に比べてより高い酸化物イオン伝導度を示すが、その要因は格子間酸素O2x/3の存在によるとされてきた。しかしながら、実験的な証拠は確かでなく、そのイオン伝導メカニズムはよくわかっていなかった。その後、2008年に八島正知教授らは高温でMgを添加したLa9.333Si6O26の結晶構造と酸化物イオン拡散経路を調べた[文献2]。また、2013年に福田功一郎教授らは、単結晶X線回折実験で、格子間酸素でなくSi空孔があることを見出した[文献3]。しかし、X線回折で格子間酸素を検出するのは困難だった。そのため、結晶構造の格子間酸素モデルLa9.333+xSi6O26+2x/3とSi空孔モデルLa9.333+x (Si6-3x/43x/4)O26(□:Si空孔)のどちらが正しいのかは議論になっており、イオン伝導メカニズムは未解明のままだった。

研究内容と成果

研究グループは、基本組成であるLa9.333Si6O26およびLaを過剰にした組成La9.565(Si5.8260.174)O26単結晶を合成した。単結晶中性子回折と単結晶X線回折[用語4]によりLa9.333Si6O26とLa9.565(Si5.8260.174)O26の結晶構造を解析した。単結晶中性子回折実験には大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェイパーク、Japan Proton Accelerator Research Complex)[用語5]の物質・生命科学実験施設にある特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)(図1)を利用した。その結果、過去の多くの文献でその存在が示唆されていた格子間酸素の存在は確認されず、代わりにSi空孔(La9.565(Si5.8260.174)O26の□で表現)が存在していることを示すことができた。さらに研究グループは、量子化学計算により一般的に不安定であると考えられていたSi空孔が安定に存在しうることも示した。

大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設に設置されている特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)の(a)外観図、(b)実際の装置、(c)測定した回折写真
図1.
大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設に設置されている特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)の(a)外観図、(b)実際の装置、(c)測定した回折写真

イオン伝導度を測定した結果、La過剰組成La9.565(Si5.8260.174)O26におけるc軸方向(図2)に沿ったイオン伝導度は基本組成La9.333Si6O26よりも400℃で26倍高かった。このイオン伝導度向上の理由は、活性化エネルギーの低下に起因することが、イオン伝導度の測定によりわかった。活性化エネルギーの低下は結晶構造内でc軸に沿って直線的に並んだ酸化物イオン(図2中でO4とラベルしている酸化物イオン。3個のLaから成る三角形によってO4は囲まれている。)のc軸方向への空間分布が広がっていることと相関があった。La過剰組成では基本組成に比べて、La三角形の中心に存在する酸化物イオンO4とLaとの距離が短くなってO4が不安定化し、c軸方向にO4の空間分布が広がることで、酸化物イオン伝導の活性化エネルギーが低くなり、高いイオン伝導度を引き起こすことを見出した。

これまで、アパタイト型酸化物イオン伝導体の高いイオン伝導度の要因は格子間酸素であると長い間信じられてきた。今回、様々な文献のデータを整理したところ、本研究はこの定説をくつがえし、「結晶構造中にある酸化物イオンの不安定化によるイオン伝導度向上」という新しい概念が成立することがわかった。この新概念は、酸素(酸化物イオン)の高精度の構造情報を正確に引き出すことができる単結晶中性子回折法によって、初めて明らかにすることができた。

単結晶中性子回折法で明らかにしたアパタイト型酸化物イオン伝導体La9.333Si6O26およびLa9.565(Si5.826□0.174)O26の結晶構造と高いイオン伝導度発現の要因
図2.
単結晶中性子回折法で明らかにしたアパタイト型酸化物イオン伝導体La9.333Si6O26およびLa9.565(Si5.8260.174)O26の結晶構造と高いイオン伝導度発現の要因

今後の展望

アパタイト型酸化物イオン伝導体が示す高いイオン伝導度の要因が明らかになったことで、今後のアパタイト型酸化物イオン伝導体の開発が促進され、革新的な燃料電池やセンサー、酸素分離膜などの開発につながると期待される。また、今回判明したイオン伝導に関与する酸化物イオンの不安定化によってイオン伝導の活性化エネルギーが低下するという新しいコンセプトは、今後のイオン伝導体全般の開発に大きく寄与する概念だ。

用語説明

[用語1] アパタイト型酸化物イオン伝導体 : アパタイト型化合物はA10-x(XO4)6Yy(=A10-xX6O24Yy)の化学式を持ち、図2に示すようにXO4X=Si, Mg, Ge, Pなど)四面体と陽イオンAA=La, Caなど)とイオンYY=O, OH, F, Clなど)から成り、六方晶系の基本構造をとる。ここで下付添え字のxyは各々陽イオンAと陰イオンYの空孔量あるいは過剰量を示す。固体または液体中を酸化物イオン(O)が移動可能な物質を酸化物イオン伝導体と呼ぶ。アパタイト型希土類(R)シリケート(A=R, X=Si, Y=O; R10-x(SiO4)6Oy(=R10-xSi6O26±y))が高い酸化物イオン伝導度を示す酸化物イオン伝導体であることが、1990年代に新居浜高専の中山享教授らによって発見された。アパタイト型希土類シリケートは600℃以下の中低温で比較的高いイオン伝導度を有する有望なイオン伝導体である。

[用語2] 固体酸化物形燃料電池(SOFCまたはSOFCs)、センサー、酸素分離膜 : 燃料電池は水素などの燃料から電気化学反応により発電する電池のこと。酸化物イオン伝導体は固体酸化物形燃料電池の固体電解質あるいは電極材料になりうる。センサーは特定の環境変化を認識する装置のことで、酸素量を計測できる酸素センサーは自動車の排気ガス中の酸素量を測定することなどができる。酸素分離膜は酸素のみを透過する膜で、高純度の酸素を生成する材料として利用できる。

[用語3] 格子間酸素 : 結晶構造は周期的に原子が並ぶ構造をしており、その原子配列のすき間(格子間)に存在する酸化物イオンのことを格子間酸素と呼ぶ。

[用語4] 単結晶、単結晶中性子回折と単結晶X線回折 : 数~数十Åの周期で原子が規則的に配列する結晶は、X線や中性子によって回折現象を起こす。得られる回折データは、結晶構造の情報を含んでおり、解析することで結晶内の原子配列などを明らかにすることできる。X線回折データは実験室系X線回折装置でも測定できる一方、中性子は原子炉や加速器などで発生させる必要があるため大型の施設を利用する必要がある。本成果では、加速器により発生した中性子を利用できる大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設にて実験を実施した。中性子回折では原子番号の小さい元素(本成果における酸化物イオン伝導体の場合は酸化物イオン)の情報を引き出しやすい。試料のどの部分においても結晶軸の向きが同じ結晶質固体を単結晶という。非常に小さい単結晶の集合体である粉末または多結晶体を使い測定する粉末法に対し、比較的大きな1つの単結晶を使い測定する単結晶法は、より詳細な構造情報を得ることができる。本成果では大きな単結晶をつくることで単結晶中性子回折測定を可能にした。

[用語5] 大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェイパーク、Japan Proton Accelerator Research Complex) : 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している先端大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオンおよび中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。

参考文献

[1] S. Nakayama, T. Kageyama, H. Aono and Y. Sadaoka, J. Mater. Chem., 1995, 5, 1801-1805.

[2] R. Ali, M. Yashima, Y. Matsushita, H. Yoshioka, K. Ohoyama and F. Izumi, Chem. Mater., 2008, 20, 5203-5208.

[3] K. Fukuda, T. Asaka, S. Hara, M. Oyabu, A. Berghout, E. BÉchade, O. Masson, I. Julien and P. Thomas, Chem. Mater., 2013, 25, 2154–2162.

論文情報

掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル :
High oxide-ion conductivity by the overbonded channel oxygens in Si-deficient La9.565(Si5.8260.174)O26 apatite without interstitial oxygens
著者 :
Kotaro Fujii, Masatomo Yashima,* Keisuke Hibino, Masahiro Shiraiwa, Koichiro Fukuda, Susumu Nakayama, Nobuo Ishizawa, Takayasu Hanashima and Takashi Ohhara(* 問い合わせ先著者)
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 八島正知

E-mail : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2225 / Fax : 03-5734-2225

名古屋工業大学 大学院 生命・応用化学専攻

教授 福田功一郎

E-mail : fukuda.koichiro@nitech.ac.jp
Tel : 052-735-5289

新居浜工業高等専門学校 生物応用化学科

教授 中山享

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Tel : 0897-37-7786

名古屋工業大学 先進セラミックス研究センター

名誉教授 石澤伸夫

E-mail : ishizawa@nitech.ac.jp

総合科学研究機構 中性子科学センター

研究員 花島隆泰

E-mail : t_hanashima@cross.or.jp
Tel : 029-284-0566

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター

研究主幹 大原高志

E-mail : takashi.ohhara@j-parc.jp
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取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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名古屋工業大学 企画広報課 広報室

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総合科学研究機構 中性子科学センター 利用推進部

E-mail : press@cross.or.jp
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J-PARCセンター 広報セクション

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Tel : 029-284-4578 / Fax : 029-284-4854

電力ネットワークの同期は対称性がカギ

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再エネ普及時の安定供給につながる、世界初の理論解明

要点

  • 電力の安定供給に欠かせない、電力ネットワークの発電機群の同期現象を世界で初めて理論解明
  • ネットワークの対称性が発電機群を同期させることを証明し、電力ネットワークの集約モデルを構築。発電機群の振る舞いの効率的解析、制御系の最適設計が可能に
  • 再生可能エネルギーの大量導入にも耐えうる電力網設計への発展に期待

概要

東京工業大学 工学院 システム制御系の石崎孝幸助教と井村順一教授は、ノースカロライナ州立大学のNSF ERC FREEDMシステムセンター[用語1]のアラーニャ・チャクラボッティ准教授との共同研究で、電力ネットワークのモデリング・解析・制御に関する一連の研究成果をグラフ理論[用語2]で検討し、ネットワーク結合された発電機群の同期[用語3]を実現するための基本原理を明らかにしました。この原理に基づき、送電網で複雑に結合された発電機群の振る舞い(回転子の位相角や連結点の電圧値など)を効率的に解析・制御できる、電力ネットワークの集約モデル[用語4]を構築する手法を世界に先駆けて開発しました。

日本では太陽光発電など再生可能エネルギーによる発電の大量導入が見込まれています。これに伴う課題として、再生可能エネルギーは、天候や気候といった気象条件の変化で発電量が不規則に変動するため、電力系統に組み込まれた際に、電力供給の安定性を損なうと考えられてきました。

発電機群の回転子の位相角が揃う「同期現象」の解析は、電力の安定供給を実現するために不可欠です。再生可能エネルギーの普及が進むと、火力発電など従来型発電機群の同期現象を詳細に解析する必要性はますます高まると予想されます。しかし、これまでの発電機群の同期現象の解析は、数値シミュレーションによるものが主流でした。理想的な送電ネットワークと発電機群の正確な同期について、その原理を理論的に明らかにした研究は、今回が世界初といえます。

本研究では、グラフ理論におけるネットワークの対称性(グラフの自己同型性)[用語5]が発電機群の同期を特徴づけることを理論的に証明しました。さらに、この送電網の解析に基づき、オームの法則やキルヒホッフの法則[用語6]などの物理法則に従う電力ネットワークの集約モデルの構築手法を開発しました。

本成果は、再生可能エネルギーの送電網への大量導入によりさらなる複雑化が予想される将来の電力システムに対応し、電力を安定供給するための解析・制御手法を開発する基盤として、その発展が期待されます。

本研究成果は、2018年4月26日(日本時間)に米国電気電子学会誌「Proceedings of the IEEE」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:

「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」

(研究総括:東京工業大学 工学院 教授 藤田 政之)

研究課題名:
太陽光発電予測に基づく調和型電力系統制御のためのシステム理論構築
代表研究者:
東京工業大学 工学院 教授 井村 順一
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
2015年4月~2020年3月

研究の背景

火力発電所など複数の発電機群の回転子の位相角が揃う「同期現象」は、電力の安定供給に深く関係することが知られています。具体的には、ある発電機が同期しなくなると、その発電機や周辺の発電機は安定に運転することができなくなり、最悪の場合、停電などの重大な事象が引き起こされます。このような観点から、電力システムにおける発電機群の同期現象の解析は非常に重要でした。

特に今後、太陽光発電など再生可能エネルギーの大量導入を見据える日本においては、効率的な発電・送電に関わる同期現象の解析の必要性はこれまで以上に高まることが予想されます。再生可能エネルギーは、天候や気候といった気象条件の変化によって発電量が不規則に変動してしまい、発電機群の同期を維持することがより難しくなると予想されるためです。

発電機群の同期現象の解析は従来、数値シミュレーションに基づくアプローチが主流でした。どのような送電ネットワークを構築すれば発電機群が適切に同期するか、その原理を理論的に明らかにした研究はこれまでにありませんでした。

研究成果

本研究では、電力ネットワークのモデリングや安定性解析、安定化制御などに関する一連の研究成果を、グラフ理論という数学理論の観点から検討しました。グラフとは、頂点と辺で構成されるネットワーク構造の概念です。これを電力ネットワークに当てはめると、連結点はグラフの頂点として、連結点の間を結ぶ送電線はグラフの辺として表現できます。解析の結果、グラフ理論におけるネットワークの対称性が、送電網と一体となった(ネットワーク結合した)火力発電所の発電機群の同期を実現する基本原理であることを明らかにしました。

さらに、この基本原理に基づき、複雑にネットワーク結合された発電機群の振る舞い(回転子の位相角や連結点の電圧値など)を効率的に解析・制御するための新たな電力ネットワークの集約モデルの構築手法を世界に先駆けて開発しました。

送電網でネットワーク結合された発電機の振る舞いは、微分方程式と代数方程式をまとめた複雑な方程式(微分代数方程式)により表現されます。このうち、微分方程式はニュートンの運動の第二法則から導かれる“発電機の時間変化”を表現し、代数方程式はオームの法則やキルヒホッフの法則から導かれる“送電網の連結点における電力バランス”を表現します。

この微分代数方程式の解析は、Kron縮約(Kron Reduction)と呼ばれる簡略化手法によって、数学的に等価な微分方程式モデル(Kron縮約モデル)に変形して行われることが一般的でした。しかし、このような既存のアプローチでは、連結点の電圧を表す変数を削除することにより、送電網を表す代数方程式を消去してしまいます。すなわち、Kron縮約モデルは、オームの法則やキルヒホッフの法則などの物理法則を反映した送電網のネットワーク構造が直接的には見えない形式で表現されてしまいます。このため、既存のアプローチは、送電網のネットワーク構造と発電機群の同期現象の関係を解析するのに不向きでした。

これに対して、本研究ではグラフ理論に基づき、代数方程式に含まれる送電網のネットワーク構造を対称性の観点から解析しました。代数方程式を消去しないで、送電網の連結点の電圧の同期にも着目して発電機の振る舞いを解析した結果、送電網の対称性(図1)が発電機群の同期を実現する基本原理であることを明らかにしました。

さらに、同期している発電機群とそれらを結合する送電網を同時に集約するという新たな着想を加え、数学的にも物理的にも妥当な集約モデルを構築できました(図2)。従来の集約モデルは連結点の電圧変数が消去されたKron縮約モデルから構築されていたため、現実の電力ネットワークにおいて成り立つ物理法則が反映されていませんでした。本成果は、これまで数学寄りの観点から研究されてきた集約という概念を、電力ネットワークという物理システムにいかに適用すべきかを真に考えることよって実現されたといえます。

図1. バス(連結点)に関して対称な電力ネットワーク例。4つの発電機と6つのバス(連結点)で構成される電力ネットワーク。発電機1と2およびそれらが連結するバス1と2はバス5に関して対称なネットワークとなっている。同様に、発電機3と4およびバス3と4はバス6に関して対称となっている。2組の対称な発電機群とバス群がクラスタ1と2として示されている。

図1.バス(連結点)に関して対称な電力ネットワーク例

4つの発電機と6つのバス(連結点)で構成される電力ネットワーク。発電機1と2およびそれらが連結するバス1と2はバス5に関して対称なネットワークとなっている。同様に、発電機3と4およびバス3と4はバス6に関して対称となっている。2組の対称な発電機群とバス群がクラスタ1と2として示されている。

図2. 集約された電力ネットワーク。図1における2組の対称な発電機群とバス(連結点)群をクラスタとして同時に集約することによって得られる集約モデル。オームの法則やキルヒホッフの法則に従い、数学的にも物理的にも妥当な集約モデルとなっている。なお、従来の集約モデルは連結点の電圧変数を消去したKron縮約モデルから構築されており、現実の電力ネットワークにおいて成り立っている物理法則が反映されていなかった。

図2.集約された電力ネットワーク

図1における2組の対称な発電機群とバス(連結点)群をクラスタとして同時に集約することによって得られる集約モデル。オームの法則やキルヒホッフの法則に従い、数学的にも物理的にも妥当な集約モデルとなっている。なお、従来の集約モデルは連結点の電圧変数を消去したKron縮約モデルから構築されており、現実の電力ネットワークにおいて成り立っている物理法則が反映されていなかった。

今後の展望

本成果は、大規模で複雑な電力システムに対応し、電力の安定供給を実現するための解析・制御手法を開発する基盤として、その発展が期待されます。

今後は、コンバータなどを含めたより複雑な電力システムへの展開や、発電機群の同期現象を近似的に解析する理論の構築を目指します。

用語説明

[用語1] NSF ERC FREEDMシステムセンター : ノースカロライナ州立大学に本部を置く、全米エネルギー技術開発リサーチセンター。米国国立科学財団(NSF)が実施する工学研究センター(ERC)の1つ。再生可能電気エネルギーの未来の供給・管理システム(Future Renewable Electric Energy Delivery and Management Systems)に関する研究を行っている。

[用語2] グラフ理論 : 頂点(ノード)の集合と辺(エッジ)の集合で構成されるグラフ(ネットワーク構造)に関する数学の理論。送電網のネットワークは、連結点が頂点であり、連結点の間を結ぶ送電線が辺であるようなグラフとして解釈される。

[用語3] 発電機群の同期 : 複数の発電機のタービンなどの回転子の位相角が同じ、もしくは十分に近いこと。各回転子は特定の周波数(日本では50ヘルツまたは60ヘルツ)を基準として、その周波数を維持するように回転している。各発電機の周波数の差が位相角の差を生む。

[用語4] 電力ネットワークの集約モデル : 冗長な変数を集約する(1つにまとめて表現する)ことにより得られる、電力ネットワークの縮約された微分代数方程式モデル。ネットワーク結合された発電機の振る舞いは、微分方程式と代数方程式をまとめた複雑な微分代数方程式により表現される。それらの方程式の変数は各発電機の回転子の位相角や連結点の電圧値を表しており、大規模な電力ネットワークの振る舞いを記述するためには一般に多くの変数を必要とする。従って、効率的な解析のために、電力ネットワークの振る舞いへの影響が小さい冗長な変数の削減がしばしば行われる。

[用語5] ネットワークの対称性(グラフの自己同型性) : グラフの頂点の配置位置の入れ換えに関してグラフ構造が不変であることにより定義されたグラフの対称性の概念。

[用語6] オームの法則、キルヒホッフの法則 : 電気回路における電圧や電流などの物理量の関係を表す物理法則。オームの法則は、回路内のある2点間の電圧差がその間を流れる電流に比例することを表す。キルヒホッフの法則は、回路内の分岐点において、その点に流入する電流の和がその点から流出する電流の和に等しいことを表す。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the IEEE
論文タイトル :
Graph-Theoretic Analysis of Power Systems
著者 :
Takayuki Ishizaki, Aranya Chakrabortty, Jun-ichi Imura
DOI :
<$mt:Include module="#G-05_工学院モジュール" parent="1"$>

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 システム制御系

井村順一 教授

E-mail : imura@sc.e.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3635

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

松尾浩司

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3526 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

平成29年度「東工大の星」支援【STAR】採択者決定

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平成29年度「東工大の星」支援(英語名称:Support for Tokyo Tech Advanced Researchers【STAR】)の採択者2名が決定しました。

「東工大の星」支援とは、東工大基金を活用し、将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者や、基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者へ大型研究費の支援を通じて、次世代を担う本学の輝く「星」を支援するものです。

(前列左から)山田拓司准教授、横井俊之助教(受賞当時)(後列左から)安藤真理事・副学長(研究担当)(当時)、三島良直学長(当時)

(前列左から)山田拓司准教授、横井俊之助教(受賞当時)
(後列左から)安藤真理事・副学長(研究担当)(当時)、三島良直学長(当時)

「東工大の星」支援の概要

目的

東工大基金を活用し、本学における優秀な若手研究者への大型支援を実施することにより、本学の中期目標である基礎的・基盤的領域の多様で独創的な研究成果に基づいた新しい価値の創造を促進し、もって、学長の方針に基づく本学の研究力強化に資することを目的とします。

支援対象者

公募によらず、様々な業績を勘案し、学長及び研究・産学連携本部長の協議により選考します。

観点

  • 将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者
  • 基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者

役職等

若手研究者は准教授以下(原則40歳以下)とします。

第5回目の今回は、2名の「星」が学長及び研究・産学連携本部長の協議により選考されました。

所属部局
担当系
職名
氏名
准教授
助教(受賞当時、現・准教授)

三島学長(当時)らと懇談
三島学長(当時)らと懇談

和やかに歓談
和やかに歓談

東工大基金

この支援プロジェクトは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究推進部 研究企画課 研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-7688

分子ワイヤの長距離共鳴トンネル現象を室温で確認

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分子共鳴トンネルトランジスタの実現に期待

要点

  • 固体基板上のナノギャップ電極と剛直分子ワイヤで長距離共鳴トンネル現象を観察
  • 4ナノメートルを超える分子ワイヤの共鳴トンネル現象を室温で世界で初めて確認
  • 1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタ開発に道

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院/元素戦略研究センターの真島豊教授と東京大学 大学院理学系研究科の中村栄一特任教授、神奈川大学 理学部の辻勇人教授の研究グループは、室温(27℃)での分子ワイヤの長距離共鳴トンネル現象[用語1]を世界で初めて確認した。

固体基板上のナノギャップ電極のギャップ間に剛直な構造の分子ワイヤを導入した素子の微分コンダクタンス[用語2]のピーク電圧の観察から、このギャップ間の電気伝導が分子ワイヤの共鳴トンネル現象で説明できることを明らかにした。これは、1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタなどへの応用を可能にするものだ。

今回用いた分子ワイヤは、4.3ナノメートルの長さを有する炭素架橋分子ワイヤ(COPV6)[用語3]と呼ばれる構造のπ共役系分子[用語4]で、微分コンダクタンスのピークは、この分子の最高被占有軌道(HOMO)[用語5]とHOMO-1、最低空軌道(LUMO)[用語5]とLUMO+1のそれぞれの軌道に対応していることを確認した。

本成果は、半導体量子井戸構造の量子化準位において観察される共鳴トンネル現象が、4ナノメートルを超える分子ワイヤのエネルギー準位でも実現できることを示唆している。今後、分子構造や素子構造を最適化することで、分子軌道を電界変調する分子共鳴トンネルトランジスタの実現が期待できる。

この研究では、剛直分子ワイヤを東京大学と神奈川大学で合成し、長距離共鳴トンネル現象を東京工業大学が確認した。米国の科学誌「ACS Omega(エーシーエスオメガ)」に、5月11日にオンライン公開された。

研究成果

発光材料や電子材料として、有機エレクトロニクスの研究に長年用いられているオリゴフェニレンビニレン(OPV)は柔らかい分子ワイヤだ。一方、辻教授や中村特任教授らが開発した炭素架橋オリゴフェニレンビニレン(COPVn)は、炭素原子を用いてOPV骨格を架橋した剛直平面構造を有するπ共役分子ワイヤである。このような剛直分子ワイヤは、最高被占有軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)間のエネルギーギャップ(HOMO-LUMOギャップ)をユニット数で制御でき、剛直性に起因してエネルギー準位が揺らがないために共鳴トンネル現象が観察されると予想されていた。

固体基板上に分子ワイヤを実現するためには、分子ワイヤの長さに合致したギャップ長を持つナノギャップ電極を用意する必要がある。真島教授らは、これまで電子線リソグラフィという手法で25ナノメートルのギャップ長を有する初期金電極構造を作製し、その表面にナノスケールの無電解金めっき(ELGP)[用語6]を行うことにより、めっきの自己停止機能[用語7]でギャップ長を分子長に合わせて無電解金めっきナノギャップ電極を高収率に作製できる手法を開発してきた。この無電解金めっきナノギャップ電極は、ナノギャップ電極として極めて安定な構造を有する。

走査電子顕微鏡(SEM)で、図1にあるような4ナノメートルのギャップ長を有するナノギャップ電極構造を観察した。このナノギャップ電極を有する基板を、両末端にチオール基を有するCOPV6分子溶液中に浸漬して、ギャップ間に分子ワイヤを吸着させる。ギャップ間に分子ワイヤが吸着すると、電流―電圧特性において電流が流れなかった素子に電流が流れるようになる。

ナノギャップ電極間に分子ワイヤが片側のみ化学吸着した状態(図1中に概略図)で、電流―電圧特性を測定したところ、図1に示すような4つの微分コンダクタンスピークを含む電流―電圧特性を低温(9K)で繰り返し観察できた。さらに、室温においても似通った微分コンダクタンスピークを観察できた。

この現象を解析したところ、図2(c)に示すようなバンド図となっていることが明らかになった。これは、分子ワイヤの分子軌道エネルギー準位(HOMMO-1、 HOMO、 LUMO、 LUMO+1)と左側の金電極のフェルミエネルギーが-1.41 V、 -1.16 V、 1.19 V、 1.41 Vで、それぞれ同じレベルに揃った時に共鳴トンネル現象が起き、分子軌道エネルギー準位を介して、左側の金電極に電子が共鳴トンネルし、微分コンダクタンスがピークになる(図1)。

分子ワイヤの共鳴トンネル現象を観察した概念図、走査電子顕微鏡(SEM)像と微分コンダクタンス特性

図1. 分子ワイヤの共鳴トンネル現象を観察した概念図、走査電子顕微鏡(SEM)像と微分コンダクタンス特性

COPV6(SH)2の分子軌道の(a)エネルギー準位と(b)分子軌道の波動関数。(c)4つのコンダクタンスピークに対応する共鳴トンネル現象を観察した際のバンド図

図2. COPV6(SH)2の分子軌道の(a)エネルギー準位と(b)分子軌道の波動関数。(c)4つのコンダクタンスピークに対応する共鳴トンネル現象を観察した際のバンド図

背景

分子トランジスタは、化学合成により一意性のある数ナノメートルサイズのπ共役分子を半導体材料として用いるため、5ナノメートル以下の構造ゆらぎの無い次世代トランジスタとして期待されている。これまでナノギャップ電極は、エレクトロマイグレーション法などを用いて作製されてきたが、電極構造が安定しないため、極低温での特性の報告があるものの、室温動作は難しかった。共鳴トンネル現象は、量子井戸の準位に相当する分子軌道を介したトンネル現象として、本研究グループも含めて報告していたが、より高度な優れた性能としてのトランジスタ動作が期待できる長距離共鳴トンネル現象は、これまで確認されていなかった。

研究の経緯

無電解金めっきナノギャップ電極に、剛直分子ワイヤを化学吸着し、電流ー電圧測定を行ったところ、分子ワイヤのエネルギー準位を介した長距離共鳴トンネル現象として説明でき、室温でも動作することを明らかにした。

本研究は、文部科学省「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」(研究総括:細野秀雄 東京工業大学 科学技術創成研究院/元素戦略研究センター 教授)の一環として行われた。

今後の展開

固体基板上で安定に動作する分子共鳴トランジスタの実現を目指す。真島研究室では最近、無電解めっき技術を用いてナノギャップ電極のギャップ長を分子長にあわせて制御し、ゲート変調を可能とするナノギャップ電極を作製する技術を開発している。このナノギャップ電極間に分子ワイヤを挿入したトランジスタ構造を作製し、1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタを実現していきたい。

用語説明

[用語1] 共鳴トンネル現象 : トンネル効果の一種。二つのポテンシャルの壁(ポテンシャル障壁)をもつ量子井戸構造で、入射してくる電子のエネルギーが、二つのポテンシャル障壁に閉じこめられた電子のとるエネルギーと一致した時、エネルギーの減衰なしに障壁を通り抜ける現象。

[用語2] 微分コンダクタンス : 電流を電圧で微分したもの。共鳴トンネル現象が起きると、ピークが観察される。

[用語3] 炭素架橋分子ワイヤ : 導電性を持つ分子ワイヤに炭素架橋構造を導入することで、分子内運動が抑制され、剛直性が付与される。今回用いた、フェニレンビニレンを剛直化した分子ワイヤは辻教授らが独自開発し、高速電子移動の実現が2014年に報告されている。

[用語4] π共役系分子 : π電子が分子上に非局在化している(拡がっている)分子。

[用語5] 最高被占有軌道(HOMO)、最低空軌道(LUMO) : HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)は電子に占有されている最もエネルギーの高い分子軌道で、LUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)は電子に占有されていない最もエネルギーの低い分子軌道である。合わせてフロンティア軌道と呼ばれる。

[用語6] 無電解金めっき(ELGP) : 無電解金めっきは、金表面で還元剤により金イオンを還元してめっきを成長させる、古くて新しい手法。

[用語7] めっきの自己停止機能 : ナノギャップ電極におけるギャップ長が数ナノメートルとなると、溶液中の金イオンがギャップ間に拡散する前に電極表面で還元されてめっきの成長が止まる現象。自己停止機能によりギャップ長を3 nmに均一に制御できる無電解金めっき技術を真島研究室では独自に開発してきた。

論文情報

掲載誌 :
ACS Omega
論文タイトル :
Coherent Resonant Electron Tunneling at 9 and 300 K through a 4.5 nm Long, Rigid, Planar Organic Molecular Wire
著者 :
Chun Ouyang, Kohei Hashimoto, Hayato Tsuji, Eiichi Nakamura, and Yutaka Majima
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター

教授 真島豊

E-mail : majima@msl.titech.ac.jp

東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻

特任教授 中村栄一

E-mail : nakamura@chem.s.u-tokyo.ac.jp

神奈川大学 理学部化学科

教授 辻勇人

E-mail : tsujiha@kanagawa-u.ac.jp

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

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Tel : 03-5841-0654

神奈川大学 研究支援部 平塚研究支援課

Email : hiraken-soudan@kanagawa-u.ac.jp
Tel : 0463-59-4111(代)


松岡聡特任教授が2018年米国計算機学会 高性能並列分散計算 アチーブメント アワードを受賞

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情報理工学院 数理・計算科学系の松岡聡特任教授が、米国計算機学会(ACM)より2018年高性能並列分散計算アチーブメント アワード(2018 HPDC Achievement Award、以下HPDCアチーブメント アワード)を受賞しました。

HPDCアチーブメント アワードは、高性能並列分散計算の分野における、博士後期課程学生を始めとする若い世代の貢献意識を高め、また、コミュニティのイメージ向上に顕著な貢献をしたことに対して与えられる賞です。また、ACM HPDCは最も査読レベルの高い国際会議としても知られています。

今回の受賞は、松岡教授の並列および分散システム用の高性能システムおよびソフトウェアツールの設計、実装、および応用に関する先駆的な研究に対して、授与されました。

2018年6月11日(月)から15日(金)にかけて米国で開催される第27回HPDC国際シンポジウム(ACM HPDC2018)にて、受賞式と記念講演が予定されています。

松岡教授からのコメント

松岡聡特任教授

ACM HPDCは計算機科学・高性能計算の分野におけるトップ国際学会の一つであり、その中で今回日本人として初めてその学会キャリア賞を受賞したのは大変光栄です。これは長年にわたる東工大をはじめ東京大学・国立情報学研究所・理化学研究所(理研)等にて自ら主催した研究のみならず、スパコンTSUBAMEシリーズを含む、数々の国内外の大学・研究機関や企業と行った研究開発に対する評価であり、それ故それらに関わった多数の方々を代表して受賞するといった認識です。

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山口隆夫名誉教授が平成30年春の叙勲を受章

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平成30年春の叙勲において、山口隆夫名誉教授が瑞宝中綬章を受章しました。長年にわたる、教育と研究への多大な貢献が評価されたものです。

山口隆夫名誉教授

山口隆夫名誉教授

経歴

山口隆夫名誉教授(1999年4月称号授与)は1967年3月、東京大学 大学院 人文科学研究科修士課程を修了後、同年4月から1969年3月まで同大学 教養学部助手を勤めました。

1969年4月に名古屋大学教養部に講師として赴任し、英語教育を担当し19年間在任しました。その間所属する組織の名称が、教養部から語学センター、総合言語センターへと変わりました。1973年助教授に昇任、英国における在外研究(1985年9月-1986年7月)から帰国後の1986年8月、教授に昇任しました。

1988年4月に東京工業大学に一般教育外国語担当教授として赴任後、10年間在任し外国語科主任として大学運営に参加しました。

1998年に電気通信大学に転任、2004年3月同大学で定年を迎えました。長年の外国語教育・研究分野における多大な貢献が評価され、今回の授賞に繋がりました。

コメント

国立大学に通算37年勤務した中、働き盛りの50歳代を東工大で過ごしました。当時、大学は未来に向けて力強く動いていました。ひとつは文化系の学部を創ろうという試みがなされたことであり私は委員のひとりでした。二つ目は生命理工学部の創設です。大隅栄誉教授が2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞したニュースに接した時は、生命理工学部設立祝賀会に招ばれていたことを思い出し感慨も一入でした。

思い起こすと大学の多方面の活動に加わっていたのだと思います。テニスを通じて理工系の先生との交流もありました。

私が叙勲について連絡を受けたのは、昨年(平成29年)の6月5日のことでした。前月の下旬に入院、手術の後、退院したのが6月3日でした。しかも、姉が入院中に亡くなりました。哀しみの中に喜びが生まれ、喜びには姉の願いが実現するという驚きと不思議が混ざり合った受章でした。

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東京工業大学と川崎市がイノベーション推進に関する連携協定を締結

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東京工業大学と神奈川県川崎市は5月21日、相互の持つ資源やネットワークを活かして、地域発のイノベーションの創出を推進するとともに、多分野での連携・協力を図ることを目的とした連携協定を締結しました。

協定書を取り交わす益一哉学長(左)と福田紀彦川崎市長(右)

協定書を取り交わす益一哉学長(左)と福田紀彦川崎市長(右)

本学と川崎市は2017年、「IT創薬技術と化学合成技術の融合による革新的な中分子創薬フローの事業化」と題する事業プログラムを共同提案し、同プログラムが文部科学省の「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」に採択されました。そしてこの採択を受け2018年3月、川崎市殿町のキングスカイフロントに、スパコンと化学合成技術を融合した世界初となる「中分子IT創薬研究拠点(MIDL:Middle Molecule IT-based Drug Discovery Laboratory)」がオープンしました。協定締結により、本学と川崎市は今後さらに多分野での連携・協力を進め、イノベーション創出に貢献していきます。

連携・協力事項

1. 地域初のイノベーションの創出に関する事項

(1)殿町国際戦略拠点キングスカイフロントにおける中分子IT創薬を中心としたライフサイエンス分野に関する連携・協力

連携例

「中分子IT創薬プロジェクト」の着実な推進、中分子IT創薬研究拠点(MIDL)の保有機器の活用促進・共同利用

(2)臨海部における新産業創出や研究活動の推進に関する連携・協力

(3)新川崎地区における産官学連携によるイノベーション創出に関する連携・協力

2. ベンチャー・中小企業等の育成や技術指導などに関する事項

(1)「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」を通じた中分子創薬・IT創薬分野等の産業振興における連携・協力

連携例

市内企業や産業支援機関等のネットワーク共有

市内IT企業等への情報提供、技術指導、技術移転。市内IT企業等との共同研究

(2)創業支援分野での連携・協力

連携例

大学発ベンチャーや大学出身の起業者等の市内インキュベーション施設への誘導支援

3. 研究成果の実用化に向けた取組に関する事項

(1)基礎研究成果の実証実験、社会実装、事業化における連携・協力

連携例

中分子IT創薬研究拠点(MIDL)を軸とした、医療関係の企業等との共同研究の実施、臨海部など川崎市域をフィールドとする実証プロジェクトの企画・検討

4. 次世代産業や先端研究を担う人材の育成に関する事項

(1)人材育成プロジェクトのプログラム開発に向けた連携・協力

連携例

臨海部企業の参画による、技術継承や即戦力人材の育成に資する講座等の開設

(2)市内企業を対象とした教育プログラムの実施に向けた連携・協力

5. 市民還元・地域貢献に関する事項

(1)市民(学生を含む)向け講座やイベント実施における連携・協力

連携協定の概要

連携協定の概要

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お問い合わせ先・取材申し込み先

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ナノ薄膜上に高速応答の温度センサーを製作

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次世代超微細デバイスの熱物性計測が可能に

要点

  • 光や電子線照射による微小領域の高速な温度変化を正確に測定
  • ナノスケールの温度波による熱伝導計測の可能性を提示
  • 500 nmサイズの温度を計測、電子線走査による温度マッピングとして実現

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の森川淳子教授、劉芽久哉(りゅう・めぐや)大学院生らは、スウィンバーン工科大学との国際共同研究の一環として、厚さ30 ナノメートル(nm)の薄膜上に、幅2.5マイクロメートル(μm)の温度センサーを製作することに成功した。電子線リソグラフィー[用語1]リフトオフ[用語2]技術を駆使して実現した。このセンサーを用い、毎秒50万ケルビン(5×105 K/s)の高速な温度変化を測定できることを確認した。レーザー光や電子線照射による微小領域での測定が可能であり、マイクロ・ナノスケールの熱伝導計測への応用展開が期待される。

半導体デバイスの微細化が進み、発熱が大きな問題になっている。しかし、従来の熱計測技術はセンサーの応答速度やナノスケールの熱源への対応などに課題があった。

研究成果は2018年4月20日、英国ネイチャーの「Scientific Reports」(サイエンティフィック・リポーツ)に掲載された。

研究成果

次世代パワーエレクトロニクスなどのデバイス開発における発熱の問題は、依然としてさし迫った課題であり、マイクロ・ナノスケールの熱制御が、フォノンエンジニアリング[用語3] のキーテクノロジーとして注目されている。

従来型の熱計測では、センサーの熱容量による応答速度や、フォト・サーマル効果[用語4]による熱源の測定サイズの限界があることが多く、ナノスケールの熱源や、高速に応答可能な温度計測技術の開発が急務であった。

森川教授、劉院生らは、電子線リソグラフィーとリフトオフの手法を用いて、厚さ30 nmの窒化シリコン(Si3N4)ナノ薄膜上に幅2.5 μmの金・ニッケル(Au-Ni)接合による起電力型温度センサーを作成。(図1(a))直径0.5 μm以下のスポットサイズに絞った電子線照射による温度変化を、毎秒5×105 Kの高速応答により捉える測定に成功した。(図1(b))

この技術を用いて、500 nmサイズの温度を計測し、電子線走査による温度マッピングとして実現した。さらに、電子線照射を変調させることにより、試料内にナノスケールの温度変調を生じさせ、その面内への温度波伝播の位相変化を計測することで熱拡散率を求める方法論を検証した。

バイオメディカル分野では、フォト・サーマル効果を利用した癌治療も行われており、これらナノスケールの熱計測技術の今後の応用が期待される。

研究の背景

デバイス開発における発熱の問題、なかでもナノスケールデバイスの熱制御の可能性については理想的な物質群についての理論的な研究が先行している。一方で、実用に近い系での実験的な検証が求められている。

フォノンエンジニアリングに総称される、これらナノスケールの熱制御技術が、実際のデバイス開発のキーテクノロジーとなり得るかは、実験的検証の成否にかかっているといっても過言ではない。

従来型の熱計測では、センサーの熱容量や、照射する光の波長による限界があることが多く、ナノスケールの熱源や温度計測技術の開発が必須であった。

研究の経緯

電子線リソグラフィーとリフトオフ法により、30 nm薄膜上に形成した2.5 μm幅のAuとNiの起電力型温度センサーは、10 μV/K(マイクロボルト/ケルビン:温度差1ケルビンあたりに生じる電位差) の感度で、近赤外レーザー光や電子線照射による温度上昇を毎秒5×105 Kの応答速度で捉えた。このとき、センサーの基材となる薄膜の熱容量が十分小さいこと(十分薄いこと)が重要である。基材の厚さが30 nm~100 μmと厚くなるに従い、微小照射スポットの温度上昇は微弱になり、観測されなくなることを、実際の起電力測定により確認した。

また、ナノ薄膜では、通常1~2 μm程度の表面付近で発生するとされる2次電子[用語5] の発生を抑制できることから、電子線照射による温度上昇をゼーベック効果[用語6]による起電力の変化として直接捉えることが可能となった。

今後の展開

電子線を用いたナノスケールの空間分解能の温度や熱拡散率の分布画像を得る測定方法論の構築を進めるとともに、従来のAFM(原子間力顕微鏡)型熱顕微鏡やナノスケール赤外分光法と相補して、電子デバイスのほか、バイオメディカル分野など、幅広い分野へのナノスケールの熱計測技術の展開を予定している。

図1. ナノ薄膜上に作成した温度センサーと高速応答

図1.ナノ薄膜上に作成した温度センサーと高速応答

(a)厚さ30 nmの窒化シリコン(Si3N4)ナノ薄膜上に作成した金・ニッケル(Au-Ni)接合による起電力型温度センサーの走査型電子顕微鏡(SEM)写真。
(b)1.8 mWのレーザー光を2~10 kHzで断続的に照射した場合の温度センサーの時間応答曲線。ナノ薄膜上に作成したセンサーは高速応答を示す。(ΔT : 温度変化, τ : センサーの時定数)

本成果は、文部科学省「研究大学強化促進事業」ならびに科研費NO.16K06768の研究支援により得られた。

用語説明

[用語1] 電子線リソグラフィー : 基板上に微細なパターンを形成する技術をリソグラフィーという。露光装置を用いてパターンを投影転写する方式と、光や電子線を走査してパターンを描画する方式がある。非常に微細な構造を持つ素子の作成には、後者の方式で、細く絞った電子線を用いて微細なパターンを描画する方法が用いられる。この方法を電子線リソグラフィーという。

[用語2] リフトオフ : 溶剤などでレジストを除去する際に、レジスト上に成膜された材料を同時に除去する表面加工法。

[用語3] フォノンエンジニアリング : 格子振動および広義の音波を量子化した準粒子をフォノンという。フォノンを設計・制御することで、熱を効率的に輸送、変換するためのデバイス開発や基盤技術を総称する。

[用語4] フォト・サーマル効果 : 光吸収によるエネルギーが熱に変換する現象。

[用語5] 2次電子 : 電子が固体表面に衝突した場合に放出される電子。入射した電子を1次電子という。

[用語6] ゼーベック効果 : 金属または半導体中の熱の流れと電流が相互に影響を及ぼし合う熱電効果の一種。2種の異なる金属または半導体の両端を接合し、異なる温度に保つと回路に電流が流れるが、この回路を開くと起電力が生じ、これを熱起電力という。この現象はゼーベックによって発見されたため、ゼーベック効果という。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Micro-thermocouple on nano-membrane: thermometer for nanoscale measurements
著者 :
Armandas Balčytis, Meguya Ryu, Saulius Juodkazis and Junko Morikawa
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

森川淳子 教授

E-mail : morikawa.j.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2497 / Fax : 03-5734-2497

取材申し込み先

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

マグネタイト微粒子の機械操作により氷晶形成をあやつる

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農作物にあわせた氷晶制御システムの開発へ

要点

  • 生体内マグネタイト微粒子を機械操作することで過冷却の促進に成功
  • 過冷却における氷晶の体積膨張が最小になることを検証
  • 個々の農作物にあわせた氷晶制御システム開発の可能性を示唆

概要

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の小林厚子研究員らの国際研究チームは、、凍結過程の水溶液中に分散させたマグネタイト[用語1](磁鉄鉱=Fe3O4)微粒子を外部振動磁場中で回転させ、微粒子の界面付近を乱すことによって、過冷却[用語2]を促進させることに成功した。

過冷却水から生成する氷は細胞組織に与える損傷が少ないことが分かっている。このため、過冷却を促進させ、作物にあわせた氷晶[用語3]制御システムを開発することにより、計画的な食糧保存の実現につながる成果といえる。小林研究員らは微量のマグネタイトを含むセロリと牛肉に外部振動磁場をあて、凍結過程がコントロールできることを確認した。

フェリ磁性[用語4]を示すマグネタイトは自然界では大気中のダストとして、また多くの動植物組織内に極微量含有するが、凍結時には氷晶形成核となり、霜害として作物に重大な被害を与えている。

研究成果は日本時間2018年5月7日発行の「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

研究成果

米国を拠点とするUS天然資源保護協議会の報告書によれば、世界の食糧の40%以上が、生産現場から台所の間で無駄になっている。生産地での霜害、台所では凍結保存の際の組織損傷も原因となっている。そのほとんどが、氷点下付近で凍結する氷が細胞壁を壊すことによる。

ところが、超純水は通常凍結する温度以下でも過冷却の状態を保つ。最終的には氷になるが、このような氷は細胞壁に与える損傷が小さい。研究チームは過冷却水から生成する氷の体積変化が最小になることを発見した。この原理を食糧の冷凍に応用できれば、凍結損傷を最小に抑えることができる。

小林研究員らはこれまでに、マグネタイト微粒子が多くの動植物組織に存在することを報告してきた。今回は僅かながらのフェリ磁性物質マグネタイト量を検出しているセロリと牛肉片に、地球の磁場より10倍から20倍程度強い磁場を外部振動させ、過冷却を促進した。

その結果、試料ごとに異なる凍結特性は、組織中に含有するマグネタイト含有量の違いによることが明らかになった。外部振動磁場で凍結過程がコントロールできるということは、試料内のマグネタイト含有量にあわせた調整が可能になるという、驚きの実験結果であった。この研究結果は、計画的な食糧保存、原種の長期保存・凍結保存技術に向けた医療への応用が期待される。

背景

水の凍結過程では水分子クラスター[用語5] が氷晶核サイトとなる金属・ミネラルなどの微粒子の表面に集まり、針状に結晶成長し、組織内の細胞膜を破壊する。凍結過程において、細胞組織の破壊を最小限に抑える手法が望まれていた。マグネタイトは、古典的なフェライトで、非常に強い磁性を示す物質である。小林研究員らは“生体内マグネタイト微粒子氷晶モデル説”に基づいて、生体内にあるマグネタイト微粒子のみが、振動磁場下で過冷却操作可能な氷晶核因子となることを解明しつつある。

東京工業大学は当時の電気化学学部の加藤与五郎・武井武の両教授によって築かれたフェライト産業の発祥地である。1930年、両教授が発明したフェライト強磁性物質は、磁気レコード用テープとして初めて使われ、その後、幅広く応用されている。

生体組織内に存在するマグネタイト微粒子の分散状態と異なり、合成マグネタイトを水溶液中に分散させることの困難が予想された。しかし研究チームの使用したマグネタイト微粒子は、国内のフェライト製造会社が湿式沈殿法で製造したもので、今回の実験結果に結びついた。マグネタイトの探索がフェライト専門分野から学際的な研究へと展開している。

今後の展開

氷晶の核形成は、地球・惑星科学においても、その気候・環境を考える上で重要な概念となる。マグネタイト微粒子が大気の構成要素となっている環境下においては、磁性は氷晶形成に影響する。例をあげると、非常に強い磁場[用語6]がある木星では、マグネタイトの果たす役割は大きいが、磁場がない惑星では小さくなる。

また、水が液体状態で存在するハビタブルゾーン[用語7]内の太陽系外地球型惑星では、大気の対流パターンが地球型のものとは全く異なり、マグネタイトが核となってできる氷晶雲対流が生じない。氷晶の核形成過程におけるマグネタイトの役割を理解することは、今後の気候変動モデルを考える上で大いに役立つと考える。

参考図 静磁場中で磁気方向に並んだ磁性細菌の電子顕微鏡画像
参考図 静磁場中で磁気方向に並んだ磁性細菌の電子顕微鏡画像。

磁性細菌内で形成されるマグネタイト微粒子は、強磁性を示すので、外部磁場の方向に応答する。同様に、マグネタイト微粒子は、動植物にも存在することが明らかになっている。本研究の基本となるマグネタイト氷晶核モデルは、この観察結果からヒントを得たものである。並んでいる黒い結晶は、単一磁区マグネタイトを示す。

(画像:小林厚子提供)

用語説明

[用語1] マグネタイト : 磁鉄鉱。鉄の酸化物からなる鉱物で、黒色で光沢があり、強い磁性をもつ。主要な鉄鉱石。

[用語2] 過冷却 : 液体の状態のまま凝固点以下の温度まで冷却されること。

[用語3] 氷晶 : 氷の結晶。特に六角柱、六角板、樹枝状などの形をした、小さな氷の粒子のことを指すことが多い。

[用語4] フェリ磁性 : 結晶中に逆方向やほぼ逆方向のスピンを持つ2種類の磁性イオンが存在し、互いの磁化の大きさが異なるために全体として磁化を持つ磁性のことである。

[用語5] 水分子クラスター : 水分子が水素結合で結びついてできる集合体。

[用語6] 磁場 : 本論における磁場・磁気とは、惑星が持つ磁性をさす。地磁気は、地球により生じる磁場をいう。静磁界普通は静止した磁荷 (磁石) のつくる磁場をいう。

[用語7] ハビタブルゾーン : 宇宙における、生命の生存に適した領域。恒星の周囲をまわる惑星の表面において、水が液体で存在する温度になる領域を指す。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要
論文タイトル :
Magnetic Control of Heterogeneous Ice Nucleation with Nanophase Magnetite: Biophysical and Agricultural Implications
著者 :
Atsuko Kobayashi, Masamoto Horikawa, Joseph L. Kirschvink and Harry N. Golash
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所

小林厚子 研究員

Email : atsukoa@elsi.jp, kobayashi.a.an@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2708 / Fax : 03-5734-3416

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ストレス顆粒の消失促す脱ユビキチン化酵素を発見

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神経変性疾患の新たな治療法開発にヒント

要点

  • 真核細胞の中のストレス顆粒は、異常に形成すると神経変性疾患[用語1]の発症の一因になる
  • 2つの脱ユビキチン化酵素がストレス顆粒の消失を促すことを発見した
  • 神経変性疾患の理解を深め、治療法の開拓に貢献する可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの駒田雅之教授、福嶋俊明助教、生命理工学研究科 生体システム専攻の解玄(Xie Xuan)大学院生らの研究グループは、2つの脱ユビキチン化酵素がストレス顆粒の消失を促すことを発見した。ストレス顆粒は真核細胞の中に存在するRNA-タンパク質複合体に富む構造体で、細胞が熱などのストレスを受けると形成され、過剰に蓄積すると種々の神経変性疾患発症の一因になる。

研究グループは、タンパク質のユビキチン化修飾を外す2つの脱ユビキチン化酵素(USP5、USP13)が、ストレス顆粒に局在することを見出した。さらに、脱ユビキチン化酵素の機能を調べた結果、ストレス顆粒に含まれているタンパク質のユビキチン化修飾を外すことでストレス顆粒の消失を促す役割を果たしていることを発見した。ストレス顆粒を効率的に消失する手法を見い出せれば、神経変性疾患の新しい治療法開発に貢献できる可能性がある。

本成果は、2018年4月12日付けの英国の細胞生物学専門誌「Journal of Cell Science」電子版に掲載された。

研究成果

真核細胞は、熱・酸化ストレス[用語2]・低酸素・低栄養・ウイルス感染などのストレスに曝されると、細胞内のメッセンジャーRNA(mRNA)[用語3]の翻訳が停止する。翻訳停止中のmRNAは、RNA結合性タンパク質の一部と結合して集合し、細胞内部に直径1-2 μm(マイクロメートル)の顆粒を形成する。この顆粒は“ストレス顆粒”と呼ばれる。ストレス顆粒は翻訳停止中のmRNAの一時的な保管場所であるのみならず、細胞のストレス応答について必要な様々な反応の場として重要な役割を担っている。細胞が受けているストレスが解消すると、ストレス顆粒は消失し、保管されていたmRNAは再び翻訳に利用されるようになる。しかし、何らかの原因でストレス顆粒が消失せず過剰に蓄積する状態になると、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患を引き起こすと考えられている。ストレス顆粒の形成や消失を調節する分子機構は、未だに不明点が多いのが現状だ。

研究グループは、細胞を44 ℃の環境で培養することによって形成されるストレス顆粒を詳細に解析し、多くのユビキチン化タンパク質が含まれていることを見つけた。この熱誘導性のストレス顆粒には脱ユビキチン化酵素であるUSP5とUSP13の2つが引き寄せられており、これらはストレス顆粒内の様々な種類のタンパク質のユビキチン化修飾をはずす役割を担っていた。USP5やUSP13の働きを人為的に抑えると、ストレス顆粒にユビキチン化タンパク質が過剰に蓄積するようになり、ストレスの解消後もストレス顆粒が消失しにくくなった。これら一連の研究から、この2つの脱ユビキチン化酵素がストレス顆粒の消失を促す働きをもつことが明らかになった。

USP5やUSP13はストレス顆粒内のユビキチン鎖を分解する。この反応は、ストレス顆粒がストレスの解消後にすみやかに消失するために必要である。

背景と経緯

タンパク質のユビキチン化修飾は、標的タンパク質に小さなタンパク質“ユビキチン”が共有結合する反応である。多くの場合、すでに標的タンパク質に結合しているユビキチンに別のユビキチンが結合することにより、鎖状のユビキチンの重合体(ユビキチン鎖)が形成される。ユビキチン化修飾には標的タンパク質の分解を誘導したり、タンパク質複合体の形成を促進するなど様々な役割がある。

研究グループでは、ユビキチン鎖を分解する “脱ユビキチン化酵素” の研究を長年進めてきた。ヒトには脱ユビキチン化酵素が約90種類存在する。今回、2つの脱ユビキチン化酵素USP5とUSP13がストレス顆粒に局在することを見出し、この2つの酵素がストレス顆粒の調節に重要な役割を果たしていることを発見した。

今後の展開

ALSをはじめ、様々な神経変性疾患でストレス顆粒の構成タンパク質の遺伝子変異が見つかっている。最近の研究から、これらの遺伝子変異によってストレス顆粒が過剰に蓄積するようになり、神経変性疾患発症の原因になっていることが明らかにされつつある。今回、2つの脱ユビキチン化酵素がストレス顆粒の消失に重要な役割を果たしていることを明らかにした。この発見をもとに、例えばストレス顆粒に局在するこれらの脱ユビキチン化酵素の活性を高めるなどして、過剰に形成されたストレス顆粒を効率的に消失させる手法を開発できれば、神経変性疾患の新しい治療法の開発につながる可能性がある。

用語説明

[用語1] 神経変性疾患 : 脳や脊髄に存在する神経細胞のうち、特定の種類の神経細胞の機能が徐々に低下するあるいは死滅する疾患。ALSや脊髄小脳変性症などが含まれる。

[用語2] 酸化ストレス : 細胞内に過剰な活性酸素が存在することにより、タンパク質やDNAなどの生体成分が過剰に酸化される状態。タンパク質やDNAは過剰に酸化されると本来の機能を果たせなくなる。

[用語3] メッセンジャーRNA(mRNA) : 遺伝子であるデオキシリボ核酸(DNA)の塩基配列を鋳型としてRNA合成酵素により合成され、合成後はリボソームと結合してタンパク質合成(翻訳)に利用される。翻訳により作られるタンパク質のアミノ酸配列を指定する役割を果たす。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Cell Science
論文タイトル :
Deubiquitylases USP5 and USP13 are recruited to and regulate heat-induced stress granules through their deubiquitylating activities
著者 :
Xie Xuan(解玄)、松本俊介、遠藤彬則、福嶋俊明、川原裕之、佐伯泰、駒田雅之
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 助教

福嶋 俊明(ふくしま としあき)

E-mail : tofu@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5702

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可視光で働く新しい光触媒を創出

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常識を覆す複合アニオンの新材料を発見

要点

  • 酸素とフッ素を構成元素に含む可視光応答型の新しい光触媒を開発
  • アニオン複合化で得られる結晶構造を活用し太陽光の主成分を効率よく吸収
  • 太陽光をエネルギー源に水から水素を製造、CO2も有用化学物質へ変換

概要

東京工業大学 理学院 化学系の前田和彦准教授、石谷治教授、栗木亮大学院生・日本学術振興会特別研究員らは中央大学 理工学部の岡研吾助教と共同で、鉛とチタンからなる酸フッ化物[用語1]が可視光照射下で光触媒として機能することを発見した。

酸フッ化物が例外的に小さなバンドギャップ[用語2] を有していることから光触媒の可能性を検討して実現した。可視光照射下で、水からの水素生成や二酸化炭素(CO2)のギ酸[用語3]への還元的変換反応に対して活性となるため、幅広い分野での応用が期待される。

これまで、酸フッ化物はバンドギャップが大きく、可視光応答型光触媒として不向きと考えられていた。今回の前田准教授らの発見により、物質探索の対象にならなかった新たな材料群に、革新的光触媒機能を見い出せる可能性が見えてきた。

研究成果は2018年5月7日、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。

研究の背景

太陽光に多く含まれる可視光を利用して、水や二酸化炭素を水素やギ酸などの有用物質に変換する光触媒は、30年以上も前から国内外で精力的に研究されている(図1)。このような可視光応答型光触媒として、同一化合物内に複数の陰イオン(アニオン)種が含まれる“複合アニオン化合物”が注目されている。可視光に応答する複合アニオン光触媒の研究対象は、これまで酸窒化物、酸硫化物、酸ハロゲン化物(Cl=塩素、Br=臭素、I=ヨウ素)にほぼ限られており[参考文献1]、酸素とフッ素をアニオン種として含む酸フッ化物はほとんど検討されてこなかった。

可視光応答型光触媒を用いた有用物質製造

図1. 可視光応答型光触媒を用いた有用物質製造

研究成果

前田准教授らは、酸フッ化物Pb2Ti2O5.4F1.2(鉛・チタン・酸素・フッ素)が可視光応答可能な狭いバンドギャップを特異的に有し、安定な可視光応答型光触媒となることを見出した。結晶構造解析の結果、Pb2Ti2O5.4F1.2はアニオン複合化により酸化物では安定的に得られないパイロクロア構造[用語4]をとり、その構造の特徴として酸素―鉛結合距離が特異的に短くなっていることが明らかになった(図2)。

さらには、第一原理計算[用語5]によるバンド構造解析により、同材料の価電子帯において酸素成分と鉛成分との混ざり合いが顕著なことを突き止め、この酸素―鉛結合がもたらす強いイオン間相互作用がバンドギャップの縮小に寄与していることがわかった。

パイロクロア型酸フッ化物Pb2Ti2O5.4F1.2の結晶構造と光吸収特性

図2. パイロクロア型酸フッ化物Pb2Ti2O5.4F1.2の結晶構造と光吸収特性

今後の展開

電気陰性度[用語6]が最大のフッ素を酸化物に導入しても一般的にはバンドギャップの縮小は期待できない。このため、これまでアニオン種として酸素とフッ素を含む酸フッ化物は可視光応答型光触媒の候補とはなりえなかった。

今回の“常識はずれ”な発見は、アニオン複合化で安定化されたパイロクロア構造中において、イオン間の相互作用が強く働いたことが起源となっている。同様の視点に立ったバンドギャップ縮小・光触媒機能の創出は、他の物質群でも実現可能であると考えられる。つまり、太陽光エネルギー変換を指向した光触媒開発に新たな設計指針を与えるものと期待される。

付記

本研究は東京工業大学すずかけ台分析部門の魯大凌博士、北陸先端科学技術大学院大学の前園涼教授、本郷研太准教授、京都大学大学院工学研究科の陰山洋教授のグループとの共同で行った。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 新学術領域計画研究「複合アニオン化合物の新規化学物理機能の創出」(代表:前田和彦 東京工業大学 准教授)、新学術領域公募研究「簡便かつ安価な合成法を用いた新規Pb、Bi含有酸フッ化物の物質探索」(代表:岡研吾 中央大学 助教)科学技術振興機構CREST「太陽光の化学エネルギーへの変換を可能にする分子技術の確立」(代表:石谷治 東京工業大学 教授)等の助成を受けて行った。

用語説明

[用語1] 酸フッ化物 : 同一化合物内にアニオン種として酸素とフッ素を含む無機化合物。

[用語2] バンドギャップ : 半導体において電子で占有されたバンドを価電子帯、空のバンドを伝導帯といい、価電子帯と伝導帯の幅の大きさをバンドギャップという。

[用語3] ギ酸 : 分子式HCOOHで表されるもっとも単純なカルボン酸。適当な触媒を用いれば、水素(H2)とCO2に分解できるため、貯蔵や輸送に困難をともなう水素のキャリア(エネルギーキャリア)として注目されている。

[用語4] パイロクロア構造 : A2B2X6X'A,Bはカチオン、X,X'はアニオン)の一般式で表される物質の構造の一つ。Aサイトイオン(Pb)とX'サイト(O)の間に二つの短い結合が存在するのが特徴。

[用語5] 第一原理計算 : 量子力学の原理に基づき、経験的なパラメータや実験データに頼ることなく、物質の電子構造や電子物性などを計算する手法。固体の電子状態を司る各元素の軌道成分を明らかにすることができる。

[用語6] 電気陰性度 : 原子核が電子を引き寄せる力の強さを表す数値のこと。

参考文献

[1] Hiroshi Kageyama, Katsuro Hayashi, Kazuhiko Maeda, J. Paul Attfield, Zenji Hiroi, James Rondinelli, Kenneth R. Poeppelmeier, Nature Commun., 2018, 9, 772.

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
A Stable, Narrow-Gap Oxyfluoride Photocatalyst for Visible-Light Hydrogen Evolution and Carbon Dioxide Reduction
著者 :
Ryo Kuriki, Tom Ichibha, Kenta Hongo, Daling Lu, Ryo Maezono, Hiroshi Kageyama, Osamu Ishitani, Kengo Oka, Kazuhiko Maeda
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

准教授 前田和彦

E-mail : maedak@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2239 / Fax : 03-5734-2284

中央大学 理工学部

助教 岡研吾

E-mail : koka@kc.chuo-u.ac.jp
Tel : 03-3817-1905

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

中央大学 広報室広報課

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Tel : 042-674-2050 / Fax : 042-674-2959


コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに

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スピン軌道工学に道

発表のポイント

  • 薄膜のコバルト層とパラジウム層の界面にて、薄膜の面に垂直な方向に磁石の向きが揃うメカニズムを明らかにしました。
  • 薄膜界面のコバルトとパラジウムの電子軌道の形を、放射光[用語1]を用いた磁気分光法(X線磁気円二色性(XMCD)[用語2])による元素別スペクトルの計測と理論計算から明らかにしました。特に、2つの元素に関して同条件で測定できる方法により、精密な測定に成功しました。
  • コバルトとパラジウムの界面でのスピンと軌道の相互作用から垂直に磁化が揃うことを実証しました。本結果は界面原子の中の電子スピンと電子軌道を利用したスピン軌道工学(スピンオービトロニクス)の新しい研究に繋がることが期待されます。

発表概要

東京大学 大学院理学系研究科の岡林潤准教授、物質材料研究機構の三浦良雄独立研究者、東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の宗片比呂夫教授による研究チームは、コバルト(Co)とパラジウム(Pd)の薄膜界面に膜垂直方向に磁石の性質が生じるメカニズムについて、放射光を用いたX線磁気円二色性(XMCD)と第一原理計算[用語3]により明らかにしました。特に、CoとPd原子内の電子軌道の形を明確にし、元素によって異なる役割を担っていることを実証しました。得られた結果は、磁性体と非磁性体が接合した界面に誘起される磁性に関する基礎物理学の理解を進展させるのみでなく、スピンを操作して低消費電力にて動作するスピントロニクス素子の設計においても重要な役割を果たすことが期待されます。

CoとPdの界面では、両元素の磁気的な相互作用により、膜面に垂直方向に磁化が揃うことが知られています。また、膜に垂直方向に磁化する材料は大容量の磁気記録デバイスには不可欠なものとして、スピントロニクス分野では研究されています。研究チームは、CoとPdの接する界面原子中の電子軌道の形を明確にし、Coでは外殻3d電子軌道の異方性が支配的であり、Pdでは外殻4d電子軌道には異方性がなく、3d系とは異なる四極子相互作用の形をとっていることが判りました。これを調べるためには、元素別に磁気状態を調べる必要があり、放射光を用いた元素選択的な磁性の検出手法が不可欠です。愛知県岡崎市にある分子科学研究所極端紫外光研究施設(UVSOR)のビームラインBL4BにてXMCDの測定を行いました。また、実験の一部は茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構放射光施設(フォトンファクトリー)において、東京大学 大学院理学系研究科 スペクトル化学研究センターが所有するビームライン(BL-7A)にて測定を行うことにより、CoとPdの軌道の異方性を明確にできました。実験結果は、第一原理に基づく理論計算とも一致し、界面に誘起される新しい磁性材料の創出に繋がることが期待されます。

本成果は、2018年5月29日(英国夏時間午前10時)に、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されます。なお、本研究は科研費基盤研究(S)「界面スピン軌道結合の微視的解明と巨大垂直磁気異方性デバイスの創製」、科研費基盤研究(B)「外場摂動印加時の磁気分光を用いた軌道磁気モーメントの操作に関する研究」の助成を受けて実施されました。

(a)設計した構造の模式図。CoとPd層が原子レベルで堆積している。(b)Co、Pdの各元素における円偏光によるX線吸収スペクトル(上段)とX線磁気円二色性スペクトル(下段)。赤(実線)と青(点線)は左右円偏光の違いに相当する。(c)XMCDおよび第一原理計算から得られた界面近傍のCoとPd原子の軌道状態の模式図。
図1.
(a)設計した構造の模式図。CoとPd層が原子レベルで堆積している。(b)Co、Pdの各元素における円偏光によるX線吸収スペクトル(上段)とX線磁気円二色性スペクトル(下段)。赤(実線)と青(点線)は左右円偏光の違いに相当する。(c)XMCDおよび第一原理計算から得られた界面近傍のCoとPd原子の軌道状態の模式図。

発表内容

強磁性体と非磁性体を交互に堆積した構造(磁気接合)は、磁気メモリーなどの記録素子やハードディスク内の磁気センサーとして広く用いられています。特に、薄膜の面に垂直方向に磁化の向きを揃えて磁気記録を行う技術は、高記録密度を達成するために重要です。これらの素子の最適化を進めることは、スピントロニクスの研究分野におけるデバイス開発では最も重要なことの一つです。磁石は本来、膜に平行方向に磁化が揃うことでエネルギーが低くなり安定します。一方、膜に垂直方向に揃う方が安定するCo/Pd界面のような特殊な物質も存在します。Co/Pd界面は、Coの磁石としての性質、Pdの重い元素としての性質が合わさって垂直磁化を示します。しかし、強磁性体Coと非磁性体Pdが接合した界面にて磁化が垂直方向に誘起される電子論的なメカニズムについて、今まで明確ではありませんでした。特に、Pdのスピン軌道相互作用が重要な役割を果たすとされてきましたが、軌道の役割については詳細については調べられていませんでした。

研究チームは、電子軌道が作る磁気モーメントを調べられるXMCDに着目しました。特に、CoとPdを1回の測定にて、同条件で比較できる特徴があることに着目し、軌道の異方性を詳細に調べました。方位に依存した軌道磁気モーメントの分布をそれぞれの元素について調べ、Coでは異方的な分布をしており、Pdでは等方的な分布であることが判りました。この解釈は、XMCDのみでなく、第一原理計算により明らかになりました。特に、界面のCoとPd原子中の電子の軌道混成により、Coの軌道磁気モーメントが膜垂直方向に大きくなることを見出しました。また、Pd原子中の電子では、スピンが反転した状態が四極子のように分布していることが安定であることを見出しました。これらのことは、FeやCoなどの磁石の性質を持つ3d元素とPd, Ptなどの貴金属の元素の性質が合わさって出現する垂直磁化の起源に迫るものであり、今後のデバイス設計に向けた界面の電子状態の理解に指針を与えるものとなります。

本研究は、磁気記録やスピントロニクスの研究にて広く用いられているCoPdを用いた材料設計、素子設計を行う上で、極めて重要な指針を与えるものです。また、近年注目を集めている界面でのトポロジカルな性質の観測、操作にも有用な研究基盤になりうるものです。垂直磁化を用いた高記録密度を可能にする素子設計、近接効果がもたらす界面での誘起磁性に関する研究の進展が期待されます。今後、界面のスピンと軌道状態を人工的に設計することができ、今までにない新しい磁石の性質の操作に関する研究が拓けるものと期待されます。

用語説明

[用語1] 放射光 : 電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも大きな成果をあげている。

[用語2] X線磁気円二色性(XMCD:X-ray Magnetic Circular Dichroism) : 放射光から出る左右円偏光により元素の内殻から遷移する吸収スペクトルを測定する。左右円偏光による各元素の吸収強度の違いがXMCDである。これにより、元素別の磁気状態について知ることができる。

[用語3] 第一原理計算 : 物質を構成する基本粒子である原子核と電子の運動、及びその間に働く相互作用のみを入力パラメータとして物質の性質を探る物理計算手法。実験とは独立して近似の範囲内では非常に高精度に、物質の物性を計算することができる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Anatomy of interfacial spin-orbit coupling in Co/Pd multilayers using X-ray magnetic circular dichroism and first-principles calculations
著者 :
岡林潤、三浦良雄、宗片比呂夫
DOI :

お問い合わせ先

東京大学 大学院理学系研究科 スペクトル化学研究センター

准教授 岡林潤

Email : jun@chem.s.u-tokyo.ac.jp

取材申し込み先

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

Email : kouhou.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-0654

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

100ミリ秒以内に脳波から運動意図を高精度に推定する方法を考案

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脳の予測機能を利用して、動きたい方向を読み取る新しい技術

要点

  • 脳の予測機能を利用し、予測と意図した結果とのずれにより発生する脳波から運動の意図を検出
  • 使用者の負担が小さく100ミリ秒以内の高速度、85%の高精度で意図の読み取りが可能
  • 四肢麻痺患者などが外部機器を操作するインターフェースへの応用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(理事長 中鉢良治、以下「産総研」)とフランス国立科学研究センター(理事長 Antoine Petit、以下「CNRS」)が共同で産総研 情報・人間工学領域(領域長 関口智嗣)に設置したAIST-CNRSロボット工学研究ラボ(研究ラボ長 Abderrahmane Kheddar)Ganesh Gowrishankar CNRS主任研究員、同領域 知能システム研究部門(研究部門長 河井良浩)吉田英一 副研究部門長は、国立大学法人 東京工業大学(学長 益一哉、以下「東工大」)科学技術創成研究院 小池康晴 教授、吉村奈津江 准教授と国立大学法人 大阪大学(総長 西尾章治郎、以下「大阪大」)大学院情報科学研究科 安藤英由樹 准教授と共同で、脳の予測機能を利用し、脳波から高速・高精度に思い描いた運動(運動意図)を読み取るブレーン・コンピューター・インターフェース(BCI)[用語1]技術を考案した。

脳波から運動意図を直接読み取る従来のBCI技術では、精度を高めるための訓練を要したため、使用者の負担が大きかった。今回考案した技術は、運動を行う際に脳が運動を行った後の体の状態(運動結果)を予測する機能を利用している。運動を錯覚させる刺激を与え、運動意図から予測した運動結果と錯覚した運動結果のずれを脳波から読み取り、そのずれから運動意図を精度良く推定できる。前庭電気刺激(GVS)[用語2]により運動を錯覚させて、脳波から左右への運動意図を推定する実験により、100ミリ秒以内の計測で、平均85%以上の精度で運動意図が推定できることが確認できた。訓練が不要で、負担が小さいため、四肢麻痺患者などが車いすなどの外部機器を操作するインターフェースへの適用が期待される。

なお、この技術の詳細は、2018年5月9日に米国科学雑誌Science Advances誌で発表された。

今回開発したBCI技術の概要

今回開発したBCI技術の概要

開発の社会的背景

脳から信号を読み取り、計算機につなぐインターフェースであるBCIの究極の目標は、思い通りに機械を操作できることである。例えば、腕を失った人がBCIにより義手を思い通りに動かせれば、大きな生活改善につながると期待できる。過去20年に渡り、多くのBCIの方法が提案されてきたが、個々人の脳波の特徴に合わせて装置を設定するための長時間の訓練や、また画像による視覚的な入力に反応して発生する脳波を検出するなど、追加の感覚刺激(認知的負荷)が必要である、という課題があった。

研究の経緯

産総研とCNRSが共同で設置したAIST-CNRSロボット工学研究ラボでは、BCI技術によるヒューマノイド操作や人間・ロボットの身体の共有感覚の解明などの先進的な人間・ロボット調和技術を開発してきた。一方で、東工大では脳信号解析技術を、また大阪大では脳への外部信号入力技術の開発を進めてきた。今回、共同研究により各機関の技術を結集して、長時間の訓練や追加の認知的負荷が不要で、より優れた推定結果を出す新しい運動意図の解析技術を開発することとした。

なお、本研究開発の一部は、産総研・CNRSロボット工学共同研究による支援を受けた。

研究の内容

人間は運動を行うとき、脳が持つ身体モデル(順モデル[用語3])に基づいて運動後の体の状態を予測して、意図した結果との誤差(予測誤差)が小さくなるように筋肉に運動指令を出すと考えられている。今回、この予測誤差が脳波に大きな影響を与えると考え、これを運動意図の推定に利用する新しいBCIの手法を考案した。この手法では、外部から感覚を刺激する装置を用いて錯覚させた運動の結果と、実際の運動意図から脳が予測した運動の結果との予測誤差を脳波から検出する。検出した予測誤差と、刺激によって錯覚させた運動から、運動意図を推定する。従来の手法は、使用者が意図する動きを脳波から直接的に解読する方法が用いられてきたが、開発した手法は解読する対象が予測誤差である点が異なっている。具体的には、錯覚を引き起こす人工的な感覚刺激装置(前庭電気刺激(GVS)) と脳波を用い、使用者が意図した動きと外部刺激によって錯覚した動きとが合致する度合いを評価して識別する。

この手法を実証するため、車いすの操作を想定した左右の移動方向を識別する実験を行った。まず、左右にあるスピーカーのどちらかから、高音ビープ音を鳴らし、脳波を検出するセンサーとGVSを装着し、車いすに乗った被験者に音が来た方向に曲がる動きをイメージさせた。その2秒後に、GVSを用いて、平衡感覚をつかさどる前庭器官に、合図とは関係なく左右どちらかにランダムに曲がる動きを錯覚させる刺激を与え、脳波を測定した。低音のビープ音を合図に、被験者は動きのイメージを止め、一回の測定が終了する(図1)。これを複数回繰り返し、意図した方向と錯覚させた方向が合っているかどうかの正誤情報を、測定した脳波から検出するための統計的な解析を行った。脳波から検出した正誤情報と、GVSからの入力方向を照らし合わせて、被験者がイメージした方向を推定した。すべての被験者について、刺激を与えてから96ミリ秒という短い時間で、高い推定精度(87.2%中央値)で運動意図を推定できた(図2)。なお、刺激は意識しきい値[用語4]以下で、被験者が気づかない程度の弱い刺激であり、脳波から得られた正誤情報は脳により無意識に判別されたもので、被験者には追加の認知的負荷を与えていない。

この手法は、操作者の訓練を必要とせず、また操作者に認知的な負荷を強いることなく、従来よりも良好な精度で運動意図を推定できる。さらに、脳波の読み取りから推定までが、刺激を与えてから100ミリ秒未満で行えるため、リアルタイムで利用できる。

意図検出の手順

図1. 意図検出の手順

複数の被験者による意図検出の実験結果

図2. 複数の被験者による意図検出の実験結果

脳信号から直接意図を検出する従来手法による意図の正答率を赤線、今回考案した手法による意図検出の正答率を黒線で示す。点(●)は、合図後の各時間での推定の正答率を示す。各点のボックスは正答率の25~75%の範囲、誤差バーは全範囲を示す。左上の図は脳波の活動部位を示す(上が前頭側)。

今後の予定

今後は、今回提案した手法を運動意図の表明が困難な全身麻痺患者のコミュニケーションツールとして使用できるかどうか、臨床での試験を開始する。また、既存のBCIと併用することで、特に運動制御に関して機能を向上させるための研究を行う。

用語説明

[用語1] ブレーン・コンピューター・インターフェース(BCI) : 脳から信号を計測し、計算機により処理を行い、機器を操作したりするための情報を得るインターフェースのこと。脳からの信号計測には、ヘッドギアやヘルメットに装着した電極により頭皮を通して間接的に計測する非侵襲的な方法や、手術で直接電極を脳に埋め込む侵襲的な方法がある。

[用語2] 前庭電気刺激(GVS) : 頭部に取り付けた電極により電気信号を外部から加え、内耳にあり平衡感覚をつかさどる前庭器官を刺激すること。これにより、動いている方向を錯覚させることができる。今回は、操作者の負担を考慮し、人間が意識しない程度の弱い信号を使用している。

[用語3] 順モデル : 脳神経科学のこれまでの研究から、運動を行った場合の感覚の結果を予測できるように、脳はその内部にシミュレーションするための身体のモデルとして「内部モデル」を持っていると考えられており、小脳にその機能があるとされている。内部モデルは、順モデルと逆モデルに区分される。順モデルは脳から筋肉に送信された運動指令から運動結果を予測し、逆モデルは、所望の運動結果からそれを実現するために必要な運動指令を求める。

[用語4] 意識しきい値 : 外部からの刺激が、感覚として意識されるために必要な最小の強さの値。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Utilizing sensory prediction errors for movement intention decoding: A new methodology
著者 :
Gowrishankar Ganesh, Keigo Nakamura, Supat Saetia, Alejandra Mejia Tobar, Eiichi Yoshida, Hideyuki Ando, Natsue Yoshimura and Yasuharu Koike
DOI :
掲載日:
2018年5月9日

研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院

バイオインタフェース研究ユニット

教授 小池康晴

E-mail : koike@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5054

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

NHK総合「探検バクモン」に工学院 機械系の鈴森康一教授、システム制御系の中島求教授が出演

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工学院 機械系の鈴森康一教授、システム制御系の中島求教授がNHK総合「探検バクモン」に出演します。「探検バクモン」は爆笑問題が「立ち入り禁止エリア」や「超巨大施設の裏側」など、普段は入れない場所へ訪れ、幅広い探検を繰り広げる番組です。

鈴森教授と人工筋肉を使った筋骨格ロボット
鈴森教授と人工筋肉を使った筋骨格ロボット

塚越秀行准教授
中島求教授

コメント

鈴森康一教授

爆笑問題さん、サヘルさん、品川庄司さんに実験室で実物をお見せしながら、いろいろな話をさせて頂きました。人工筋肉を使った身体サポートスーツ、筋肉ロボット、20mの長いロボットアームといった私の研究室のロボット紹介のほか、研究の面白話や未来のロボットなど話が広がり、楽しい撮影でした。

中島求教授

当研究室の水泳ロボット「スワマノイド」の紹介に始まり、水泳のシミュレーション研究の可能性にまで話が広がりました。ロボットの調整には学生と苦労しましたが、収録当日は爆笑問題のお二人のかけ合いを間近に見られて楽しませてもらいました。

番組情報

  • 番組名
    NHK総合「探検バクモン」
  • 放送予定日
    2018年6月6日(水)20:15 - 20:43
  • (再放送)
    2018年6月13日(水)4:02 - 4:30

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細胞のコラーゲン分泌機構の一部を解明

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小胞体からの輸送に関わる脱ユビキチン化酵素がカギ

要点

  • コラーゲン分泌を抑える脱ユビキチン化酵素USP8-STAM1を発見
  • 巨大なコラーゲンを細胞内で運ぶ輸送体に付くユビキチンに作用
  • 疾患の新たな治療法や産業用コラーゲンの効率生産に貢献する可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの駒田雅之教授、福嶋俊明助教、大学院 生命理工学研究科 生体システム専攻の川口紘平大学院生(博士後期課程3年・研究当時)らの研究グループは、細胞がコラーゲンを分泌する仕組みの一部を解明した。コラーゲンは、私たちの皮膚や骨などほとんどの組織の形成にとって重要なタンパク質だ。細胞の中で合成されたコラーゲンは、他のタンパク質とは異なり専用の輸送体(特殊なタンパク質と脂質膜で覆われた袋)によって細胞内を運ばれ、細胞の外へ分泌されることが知られていた。

研究グループは、このコラーゲンの輸送体を形作るために重要な新しい酵素を発見した。この酵素は輸送体の大きさや細胞内での位置を制御しており、この酵素の働きを抑えると細胞内でのコラーゲンの輸送が活発になり、より多くのコラーゲンが細胞の外に分泌された。今回の発見をもとにコラーゲンの分泌を制御する手法を開発できれば、コラーゲンの異常で起こるコラーゲン関連疾患[用語1]の治療法の開発や、産業用コラーゲンの生産性向上に貢献できる可能性がある。

本成果は、2018年5月15日付けの国際的な生化学専門誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載された。

研究成果

細胞外マトリックス[用語2]やホルモンなどの分泌タンパク質の多くは、小胞体膜上のリボソームによって合成され、小胞体内で折りたたまれる。その後、小胞体から出芽する直径約60~70 nm(ナノメートル)の小胞に積み込まれる。この小胞は、COPII[用語3]というタンパク質複合体で覆われており、COPII小胞と呼ばれる。積み込まれたタンパク質はCOPII小胞によってゴルジ体へと輸送され、ゴルジ体で成熟したあと細胞外に分泌される。

細胞外マトリックスを構成するコラーゲンは、300~400 nmの巨大な繊維状タンパク質だ。その大きさから通常のCOPII小胞には積み込めないため、より大きなサイズの特別な輸送体によって運ばれる必要がある。このコラーゲンの輸送体もCOPIIで覆われているが、詳しい構造やその形成機構は未だに不明な点が多い。

研究グループは、COPIIに相互作用するタンパク質を調べ、USP8-STAM1複合体という脱ユビキチン化酵素を見出した。この脱ユビキチン化酵素は、COPIIに付加しているユビキチンという小さなタンパク質を取り除く働きをしている。ユビキチンが取り除かれたCOPIIは大きな輸送体を形成できなくなった。一方で、この脱ユビキチン化酵素の働きを抑えると、小胞体からのコラーゲンの運び出しが促進され、コラーゲンの分泌量が増加した(図1)。

脱ユビキチン化酵素の働きを抑えた細胞の電子顕微鏡像

図1.脱ユビキチン化酵素の働きを抑えた細胞の電子顕微鏡像

小胞体(ER)とゴルジ体(Golgi)の間にコラーゲン輸送体と思われる構造(矢印)が多数観察された

最近、米国のカリフォルニア大学バークレー校の研究グループがCOPIIにユビキチンを付加する酵素(ユビキチン化酵素)を同定し、細胞にこのユビキチン化酵素を過剰に発現すると大きなコラーゲン輸送体の形成が促進することを示した。

この米国の研究と本研究の成果から、ユビキチン化酵素と脱ユビキチン化酵素のバランスによってCOPIIへのユビキチンの結合量が増減し、この結合量が増加するとコラーゲン輸送体の形成が促進してコラーゲンの分泌が盛んになるという新しいしくみが存在することを明らかにした(図2)。

COPIIのユビキチン化と脱ユビキチン化によるコラーゲンの細胞内輸送の制御

図2.COPIIのユビキチン化と脱ユビキチン化によるコラーゲンの細胞内輸送の制御

背景と経緯

タンパク質のユビキチン化修飾は、標的タンパク質に小さなタンパク質“ユビキチン”が共有結合する反応である。多くの場合、すでに標的タンパク質に結合しているユビキチンに別のユビキチンが結合することにより、鎖状のユビキチンの重合体(ユビキチン鎖)が形成される。ユビキチン化修飾には標的タンパク質の分解を誘導したり、タンパク質複合体の形成を促進するなど様々な役割がある。

研究グループでは、ユビキチン鎖を分解する “脱ユビキチン化酵素” の研究を長年進めてきた。ヒトには脱ユビキチン化酵素が約90種類存在する。今回、そのうちの1つUSP8に着目して研究を進めた。これまでにUSP8が下垂体ホルモンの分泌に関与することを発見しており、USP8のタンパク質分泌における役割をさらに明らかにするため研究を進めてきた。その過程で、当初予想していなかった、脱ユビキチン化酵素がコラーゲンの分泌の調節に重要な役割を果たしていることを発見した。

今後の展開

コラーゲンには、骨や真皮に大量に含まれるI型コラーゲンや基底膜を構成するIV型/VII型コラーゲンなどがあり、骨や臓器を形成するうえで重要な役割を果たしている。

コラーゲンの分泌が不足すると、骨形成の異常や顔面の異形成を伴う「頭蓋―レンズ―縫合異形成(CLSD)」や「Cole-Carpenter 症候群」が引き起こされる。一方で、コラーゲンが過剰に分泌されると肝臓や腎臓などの組織の繊維化が起こり、機能が低下することが知られている。今回明らかになったメカニズムをもとに、USP8を阻害あるいは活性化することで、コラーゲンの分泌を促進や抑制する技術を開発できれば、これらコラーゲン関連疾患の治療に応用できる可能性がある。

コラーゲンは食品や化粧品、医療用の人工皮膚や人工骨の材料や医薬品安定化剤として産業利用されている。それぞれの用途にあわせて、家畜や魚類から精製されたコラーゲンや、培養細胞を用いて細胞工学的手法で産生されたコラーゲンなどが使われる。培養細胞中のUSP8の作用を阻害することによりコラーゲンの分泌を最大化する技術を開発できれば、新しいアプローチで産業用コラーゲンの産生効率の向上に貢献できると期待される。

用語説明

[用語1] コラーゲン関連疾患 : 文中の「今後の展開」で記した、頭蓋―レンズ―縫合異形成(CLSD)やCole-Carpenter 症候群、各種組織の繊維化など起こす疾患。

[用語2] 細胞外マトリックス : 生体内の細胞と細胞の間の空間を充填したり、骨や基底膜を形成している糖とタンパク質の複合体。コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、エラスチンなどが主成分。

[用語3] COPII : COPII小胞を覆っているタンパク質。小胞体膜を湾曲させて小胞を形成する働きや、小胞に積み込まれる予定の分泌タンパク質を認識している膜受容体を小胞に引き込む働きがある。低分子Gタンパク質であるSar1、Sec23-Sec24複合体、Sec13-Sec31複合体で構成される。

論文情報

掲載誌 :
Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル :
Ubiquitin-specific protease 8 deubiquitinates Sec31A and decreases large COPII carriers and collagen IV secretion
著者 :
川口紘平、遠藤彬則、福嶋俊明、円由香、田中利明、駒田雅之
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 助教

福嶋 俊明(ふくしま としあき)

E-mail : tofu@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5702

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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5G向けミリ波無線機の小型化に成功

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安価な集積回路で実現、スマホ搭載に最適

要点

  • 世界初のLO移相方式による28 GHz帯5G向けフェーズドアレイ無線機を開発
  • 安価で量産可能なシリコンCMOS集積回路チップにより実現
  • 毎秒15ギガビットの無線伝送に成功

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一准教授らは、第5世代移動通信システム(5G)[用語1]に向けた28ギガヘルツ(GHz)帯無線機を開発した。新型の位相制御技術により、安価で量産が可能なシリコンCMOS(相補型金属酸化膜半導体)チップで製作し、5G向けフェーズドアレイ[用語2]無線機の小型化に成功した。

開発した無線機は最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル) のシリコンCMOSプロセスで製作し、従来のCMOSチップによる28 GHz帯無線機に比べ、125倍の毎秒15ギガビットの無線伝送を達成した。また、電波の放射方向を0.1度の精度で調整できる高精度ビームフォーミング[用語3]を実現した。スマートフォンに搭載可能な技術であり、5Gの普及を大きく加速させる成果といえる。

研究成果の詳細は、6月10日から米国フィラデルフィアで開催される国際会議RFIC Symposium 2018(IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium 2018(米国電気電子学会・無線周波数集積回路シンポジウム2018))で発表する。

本研究開発は総務省SCOPE(戦略的情報通信研究開発推進事業、受付番号175003017)の委託を受けて実施した。

開発の背景

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、第5世代移動通信システム(5G)の実用化を目指した研究開発が活発化している。この背景には、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、高精細動画サービスなどによるデータ通信量が急激に増大していることや、IoT(モノのインターネット)や自動運転などの新技術により、無線通信に対しても多様な性能が求められるようになっていることがあげられる。

このような要求に応えるため、5Gでは、従来用いられているより10倍以上高い周波数帯であるミリ波[用語4]を用いる無線通信技術の導入が計画されている。特に、5G用の周波数帯として、準ミリ波帯の26.5 GHzから29.5 GHz(28 GHz帯)の利用が検討されており、従来の100倍以上速い毎秒10ギガビットのデータ伝送速度が目標とされている。現状、大型の無線装置を用いた実証実験が行われているが、スマートフォンに搭載可能な安価で小型の無線機が期待されている。

課題

5G無線機をスマートフォンに搭載するには、無線機を小型の半導体集積回路チップとして実現する必要がある。安価で量産が可能なため、3G以降の携帯電話で本格的に利用されるようになったCMOS集積回路技術により実現できればコストが大幅に低減され、早期の5G普及が期待できる。

5Gでは電波の利用効率を上げるため、複数のアンテナを用いることで電波の放射方向を絞り込み、なおかつ、その放射方向を電気的に制御するビームフォーミングの技術に対応したフェーズドアレイ無線機が必要になる。ビームフォーミングを実現するには、高周波帯で位相を制御する方式と、デジタル信号処理により位相を制御する方式がある。後者は回路規模が大きくなり、消費電力も大きくなる欠点がある。前者は回路規模も小さく、消費電力も小さくできるが、位相制御のための移相器[用語5]回路実現の難易度が高いことが課題だった。

高精度なビームフォーミングのためには、移相器による高精度な位相制御が必要になる。なおかつ、伝送速度向上のため、高い信号品質の確保が求められる。CMOS集積回路に移相器を組み込むには、従来方式は信号品質(伝送速度)、位相制御精度、回路面積がトレードオフの関係にあるため、5Gで目標とされる毎秒10ギガビットのデータ伝送速度の実現が困難だった。

研究成果

今回の研究成果はビームフォーミングに必要な移相器の小型化に成功したことによって達成した。28 GHz帯フェーズドアレイ無線機を65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作し、4 mm×3 mmの小面積に4系統のフェーズドアレイ無線機を搭載した(図1)。

5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

図1. 5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

高周波帯での位相制御には、高周波(RF)変調波自体の位相を変化させるRF移相器を用いる方式と、搬送波となる局部発振器(LO)の信号の位相を変化させるLO移相器を用いる方式がある。図2のように、RF移相器を用いるフェーズドアレイ無線機は、位相の変化により信号経路での利得変動を起こすため、信号品質の維持が難しい。一方で、LO移相器を用いる無線機は、原理的に位相の変化により利得変動が起こらないため、高い信号品質が維持でき、伝送速度を向上できる可能性がある。表1に各方式の得失をまとめた。どちらの方式にもパッシブ型とアクティブ型があるが、アクティブ型は小型化の可能性がある一方で、LO移相器と組み合わせる場合には面積を小さくできないのが課題だった。

RF移相器とLO移相器(本開発品)によるフェーズドアレイ無線機の比較

図2. RF移相器とLO移相器(本開発品)によるフェーズドアレイ無線機の比較

(RF位相方式では信号品質を維持するのが難しい)

表1. ビームフォーミング方式の比較

 
信号品質
位相制御精度
回路面積
パッシブ型RF移相器
×
(パッシブ型の弱点)
パッシブ型LO移相器

(LO型の利点)
×
(パッシブ型の弱点)
アクティブ型RF移相器
×
アクティブ型LO移相器
(従来)

(LO型の利点)
アクティブ型LO移相器
(本開発品)

(LO型の利点)

今回開発した無線機は、RF位相方式ではなく、LO位相方式を採用し、新型のLO移相器を用いることにより上記の課題を解決した。新型のLO移相器では、ポリフェーズフィルタ[用語6]と共振器を単一の増幅器として実現することにより回路の小型化に成功した。バイアス電圧により共振周波数を調整できるため、微少な位相制御が可能である。LO移相方式による5G向け28 GHz帯無線機の報告は世界初である。

開発したCMOS無線送受信チップは、5Gでの利用が想定されている26.5~29.5 GHzの周波数帯で利用でき、飽和出力電力[用語7]は18 dBm(デシベルミリワット=63 mW)だった。伝送実験のため、図1のCMOSチップを2個搭載した評価基板(図3)を作成した。8個のアンテナの利用が可能である。室内で、5メートルの距離を隔てて2台のモジュールを対向させ、データ伝送試験を実施した。その結果、毎秒15ギガビットのデータ伝送に成功した(表2)。このデータ伝送速度は従来報告されているCMOS集積回路による28 GHz帯無線機によるものの125倍である。

5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

図3. 5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

表2. 無線の伝送速度と変調精度

変調方式
256QAM
64 QAM
256 QAM
伝送速度
6.4 Gb/s
15 Gb/s
12.8 Gb/s
放射方向
20°
50°
コンスタレーション
コンスタレーション
コンスタレーション
コンスタレーション
コンスタレーション
コンスタレーション
変調精度
(送信)
-36.7dB (1.5%)
-36.3dB (1.5%)
-35.9dB (1.6%)
-27.9dB (4.0%)
-30.9dB (2.9%)
変調精度
(5 m OTA、送受信込)
-34.9dB (1.8%)
-33.4dB (2.1%)
-30.7dB (2.9%)
-25.2dB (5.5%)
-29.3dB (3.4%)

この際の消費電力は1チップあたり送信時1.2 W、受信時0.6 Wだった。また、本開発技術であるLO移相器を用いて、各アンテナからの送受信タイミングをずらすことにより、±50度の範囲で電波の放射方向を0.1度精度で調整可能であることを確認した(図4)。0度方向での等価等方輻射電力(EIRP8)[用語8] は40 dBmだった。256素子のアンテナを用いれば、毎秒10ギガビットで15 kmの距離での通信が可能となる。

アンテナ放射パターン

図4. アンテナ放射パターン

今後の展開

スマートフォンや基地局での利用をターゲットとして2020年頃の実用化を目指す。また、今後、5Gでの活用が予想される39 GHz帯や60/70 GHz帯など更なる高周波数帯への対応や、1つの装置に多数の集積回路チップを用いることを念頭に自己診断機能やキャリブレーション(調整)機能の搭載を目指す。

用語説明

[用語1] 第5世代移動通信システム(5G) : 移動通信システムは第1世代のアナログ携帯電話から始まり、性能が向上するごとに世代、つまりジェネレーションが変わる。「G」はジェネレーションの頭文字で、現在の携帯電話は4G、5Gは2020年の実用化に向けた開発が行われている。

[用語2] フェーズドアレイ : 複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。 ビームフォーミング(用語3)の実現に利用される。

[用語3] ビームフォーミング : アンテナの指向性パターンを制御する技術。通常、フェーズドアレイ(用語2)を用いて電気的に制御する。

[用語4] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。自動車レーダで使われる24 GHz帯や、5Gで使われる28 GHzのように近傍周波数である準ミリ波帯も、広義にミリ波と呼ばれることがある。

[用語5] 移相器 : 入力信号に対して、位相が一定量増減した信号を出力する回路。位相の変化量はデジタル信号や電圧により制御可能なものもあり、ビームフォーミング(用語3)の実現に利用される。

[用語6] ポリフェーズフィルタ : 多位相を扱うフィルタで、例えば、0度と180度の信号から、0, 90,180, 270度の信号を生成するために用いる。

[用語7] 飽和出力電力 : 増幅器が最大で出力できる電力。

[用語8] 等価等方輻射電力(Equivalent Isotropic Radiated Power; EIRP) : 指向性のあるアンテナを用いると、放射方向によっては無指向(等方性)のアンテナを用いるよりも強い電力密度を発生させることができる。この時に、指向性のあるアンテナにより生じたものと同じ電力密度を等方性アンテナにより得るために必要となる送信電力を等価等方輻射電力という。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 岡田健一

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

取材申し込み先

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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