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細胞質と葉緑体のリボソーム合成をリンクさせる新規シグナル伝達系を発見

植物の生長制御に新たな知見

要点

  • 核、葉緑体、ミトコンドリアのリボソームRNA合成が連動して調節されていた
  • 細胞質と葉緑体を結ぶ新たなシグナル伝達系を特定
  • 細胞共生による葉緑体進化の理解に重要な知見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今村壮輔准教授と田中寛教授らは、原始的な植物である紅藻「シゾン[用語1]」では、核、葉緑体、ミトコンドリアがそれぞれ持つリボソームRNA[用語2]の合成が、お互いに連動して調節されていることを発見した。

さらに、葉緑体のリボソームRNA合成は、細胞内シグナル分子ppGpp[用語3]を合成するタンパク質(CmRSH4b)が細胞質から葉緑体へ運搬され、その機能が発揮され調節されていることが明らかになった。

葉緑体は、植物細胞のエネルギー生産の場であり、葉緑体機能・増殖の維持において、リボソームRNA合成は要の反応である。しかし、葉緑体におけるリボソームRNAの合成が、核やミトコンドリアでのリボソームRNA合成とどのようにして連携して調節されているかは謎であった。

被子植物における増殖の調節は非常に複雑で、その全体像の解明は困難だった。原始藻類シゾンの葉緑体におけるリボソームRNA合成の調節や、その調節が核やミトコンドリアでのリボソームRNA合成とどのようにリンクして行われているかを明らかにすることで、植物の基本的な増殖制御を理解できると考えられる。この成果が、葉緑体の増殖を調節する仕組みの確立過程の解明や、穀物増産に向けた基礎的な知見となることが期待される。

本成果は2月14日、英国の科学雑誌「ザ・プラント・ジャーナル(The Plant Journal)」オンライン版に掲載された。

研究の背景

細胞の増殖は、タンパク質の合成量に依存し、タンパク質合成はリボソームと呼ばれる翻訳装置により行われる。リボソームは、リボソームタンパク質とリボソームRNAから構成される巨大な酵素複合体であり、その生合成量はリボソームRNA合成量によって決定づけられている。そのため、リボソームRNA合成は増殖と相関して厳密に調節されている。

植物細胞は、核・葉緑体・ミトコンドリアの3種の細胞内小器官それぞれにリボソームRNA遺伝子を持ち、それぞれが独立に合成されて機能を果たしている。核で合成されたリボソームRNAは、細胞質に輸送されリボソーム合成に用いられ、葉緑体とミトコンドリアではリボソームRNA合成とリボソーム合成がそれぞれの場所で行われる。しかし、それら3種のリボソームRNA合成が互いにどのような関係を持って細胞内で調節されているかは不明であった。

研究の経緯と成果

今村准教授らは、核のリボソームRNA合成が真核生物では一般にTORキナーゼ[用語4]で調節されていることに着眼した。そして、TORキナーゼが、核のみならず、葉緑体とミトコンドリアにおけるリボソームRNA合成にも関与するという仮説を立てた。

まず、シゾン細胞内の3種の細胞内小器官におけるリボソームRNA合成を検出可能な実験系を確立し、TORキナーゼ活性に応じた各リボソームRNA合成量の変動を観察した。その結果、TORキナーゼを特異的な阻害剤により不活化すると、核に加えて葉緑体とミトコンドリアにおけるリボソームRNA合成量が、同様のタイミングで低下した。すなわち、TORキナーゼが3種のリボソームRNA合成をリンクさせて調節していることが明らかになった(図1)。

さらに、細胞質に存在するTORキナーゼが、葉緑体内で起こるリボソームRNA合成を調節する仕組みについて解析を行った。その結果、核にコードされているppGpp合成酵素遺伝子(CmRSH4b)の発現が、TOR活性阻害により誘導されていることがわかった。

ppGppは、環境変化に対応するためにバクテリアが合成する細胞内シグナル分子として発見され、リボソームRNA合成を阻害することが知られている。その後の詳細な解析により、CmRSH4bタンパク質が葉緑体に移行・蓄積し、それにより合成されたppGppが、葉緑体内のリボソームRNA合成反応を阻害していることを明らかにした(図1)。

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図1. 3つの細胞内小器官におけるリボソーム
RNA合成が連携して調節される仕組みの概略図

TORキナーゼによる増殖の調節は、真核生物のみが有する仕組みである。一方、ppGppにより引き起こされる応答は、バクテリアを起源とする増殖を調節する仕組みであり、真核生物では植物のみに存在する。葉緑体は、光合成を行うシアノバクテリアが真核細胞に内部共生し、それが進化して誕生した細胞内小器官であると考えられている。よって、葉緑体では、進化の過程において真核生物とバクテリアを起源とする2つの異なる仕組みが連結され、リボソームRNA合成が調節されていると言える(図2)。この連結された2つの仕組みは、葉緑体における増殖の調節の確立において必須であり、それゆえ、現存する微細藻類から被子植物までその仕組みが保存されていると考えられる。

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図2. 真核生物の核内、バクテリア、葉緑体におけるリボソームRNA合成調節の概略図。葉緑体では、TORキナーゼとppGppによる調節の仕組みが連結され、1つの調節系としてリボソームRNA合成がコントロールされている。

図2.真核生物の核内、バクテリア、葉緑体におけるリボソームRNA合成調節の概略図

葉緑体では、TORキナーゼとppGppによる調節の仕組みが連結され、1つの調節系としてリボソームRNA合成がコントロールされている。

今後の展開

TORキナーゼが、どのように環境変化の情報を感知して3種の細胞内小器官におけるリボソームRNA合成を調節しているのかは不明であり、植物における増殖を調節する仕組みの全体像を解明することが今後の課題となる。また、シゾン以外の生物におけるリボソームRNA合成を調節する仕組みの共通性や相違点を見出すことで、葉緑体の増殖を調節する仕組みの進化過程をより明らかできると考えられる。

用語説明

[用語1] シゾン

学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(スサビノリ、テングサの仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられている。

[用語2] リボソームRNA

タンパク質を合成するリボソームを構成するRNA。RNAとしては生体内で最も大量に存在し、その量は全RNAの7〜8割を占める。

[用語3] ppGpp

グアノシン4リン酸の略で、栄養欠乏など増殖に適さない環境になると合成される特殊なヌクレオチド。ppGppがシグナルとなり、環境に適応する応答が引き起こされる。バクテリアと植物でppGppによるシグナル伝達システムが確認されている。

[用語4] TORキナーゼ

真核生物に広く保存されたタンパク質リン酸化酵素。アミノ酸やグルコースなどの栄養源により活性が制御されている。標的分子のリン酸化を通してタンパク質合成を調節し、細胞の成長(大きさ)を制御している。

論文情報

掲載誌 :
The Plant Journal
論文タイトル :
The checkpoint kinase TOR (target of rapamycin) regulates expression of a nuclear-encoded chloroplast RelA-SpoT homolog (RSH) and modulates chloroplast ribosomal RNA synthesis in a unicellular red alga
著者 :
Sousuke Imamura, Yuhta Nomura, Tokiaki Takemura, Imran Pancha, Keiko Taki, Kazuki Toguchi, Yuzuru Tozawa, and Kan Tanaka
DOI :
10.1111/tpj.13859 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

今村壮輔 准教授

E-mail : simamura@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5859

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


溶液塗布だけでできる透明p型アモルファス半導体を開発

要点

  • 室温かつ溶液コーティングで製膜できる透明p型アモルファス半導体を実現
  • 正孔の移動度はn型透明アモルファス半導体IGZOに匹敵
  • 大きな移動度を持つアモルファスp型半導体の設計指針を提示

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)と元素戦略研究センターの金正煥助教らの研究グループは、これまで実現できなかった液相から合成でき、高い移動度を持つ透明p型のアモルファス半導体[用語1]の設計指針を考案、Cu-Sn-I系半導体で初めて実現しました。

3 eV以上のバンドギャップ[用語2]を持つ透明物質で正孔が伝導キャリアとなるp型半導体は稀です。研究グループは、化学結合と構成イオンの軌道の広がりを基に、新たな物質設計指針を考案しました。Cu(銅)-Sn(スズ)-I(ヨウ素)という3成分系に着目、原料を溶媒に溶かし、室温で塗布することで、6~9 cm2/Vsという大きな移動度を持つ透明p型アモルファス半導体の薄膜が得られました。この移動度は、同グループが開発し、既にディスプレイの駆動に使われているn型アモルファス酸化物半導体のIGZO[用語3]に迫るものです。これを用いれば、プラスチック基板上に透明pn接合が容易に形成できるので、曲がる透明な電子回路開発に道が拓けます。今回、物質設計指針が確立したことから、多くの元素の組み合わせでの活用が広がり、透明n型アモルファス酸化物半導体(TAOS)に匹敵する、新しい物質群の創製が期待されます。

本研究成果はドイツ科学誌「Advanced Materials」に速報としてオンライン版に2018年1月30日付(日本時間)で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>

研究課題名:
「東工大元素戦略拠点」
代表研究者:
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野 秀雄
PM:
元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成25年7月~平成34年3月

研究の背景と経緯

半導体には、電子が伝導を担うn型と正孔が担うp型があります。ディスプレイへの応用には均質で大面積の薄膜が容易に作製できるアモルファス半導体が適しています。しかしながら、アモルファスの半導体は電子や正孔が動きにくいため、高精細な液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの駆動には適用できませんでした。

研究グループが創出したIGZOに代表される透明n型アモルファス半導体(TAOS)は、アモルファスでも電子の動きやすさが結晶と比べても低下しないように設計したもので、現在では様々なディスプレイの画面の駆動に使われています。しかしながら、p型半導体では同様の機能を持った半導体は実現していませんでした。

研究の内容

1996年に大きな電子移動度を持つTAOSの設計指針と、それを基に作製した物質群を報告しました。それまで結晶の半導体をアモルファス化すると、欠陥や構造の乱れが生じ、伝導を担う電子の移動が阻害されてしまうために、電子の輸送特性は著しく劣化すると考えられていました。

研究グループは、(n-1)d10ns0(nは主量子数で≥5)という電子配置を持つ金属イオンから構成される酸化物ならばアモルファス化しても、結晶に近い移動度が保持されるということを提案しました。一般に、電子が伝導する伝導帯の底部は、透明な酸化物では主に陽イオンが空の電子軌道[用語4]で構成されます。この金属イオンの系では、空間的に電子の広がりが大きく、形状が球形のs軌道同士が重なっています。よって、アモルファスになって結合の角度が様々に変化しても、s軌道同士の重なりの大きさは、それほど減少しません。現在、世界規模で売り出されているIGZOは、この考え方で実現したTAOSの1つです。これに対しシリコンでは、空間的広がりが小さく、形状の異方性の大きなsp3軌道から構成されているため、アモルファスになると移動度が数桁も低下してしまいます。

従来の考え方では、p型アモルファスの設計は困難でした。正孔が動く価電子帯の上部は、主に陰イオンの占有軌道から構成されるからです。そのため、価電子帯の上部に占有された軌道を持つ陽イオンである銅イオンやスズイオンなどを使ってp型の酸化物半導体を実現してきましたが、これらの系ではアモルファス化すると高い移動度の半導体は得られませんでした。

そこで今回、空間的広がりが大きな占有されたp軌道を持つ陰イオンである“ヨウ素イオン”に注目しました。このイオン半径(5p軌道の広がりで決まっている)は~200 pmであり、これはn型のTAOSの主構成イオンであるインジウムイオンの空の5s軌道の半径(180 pm)よりも大きいものです。5pの3つの軌道に電子が6つ詰まったヨウ素イオンは、電子が占有された半径の大きな擬s軌道と見做すことができます。よって、ヨウ素化物の結晶半導体をアモルファス化すれば大きな正孔の移動度をもつp型半導体が実現できると考えました(図a)。

結晶のCuIは透明なp型半導体で、この多結晶薄膜の移動度は~8 cm2/Vsであることが数年前に報告されました。そこでCuIとSnI4を有機溶媒に溶かし、室温でスピンコートして薄膜を作製したところ、透明で均質なアモルファスの薄膜が得られました。その正孔の移動度は6~9 cm2/Vsという値で結晶薄膜と全く遜色ないものでした(図b)。結晶薄膜には粒界が存在するために表面は平滑でなく微小な穴が無数にみられましたが、アモルファス薄膜ではこれらは見られませんでした(図c)。この結果は、低温で溶液を原料に用いて簡単に成膜でき、しかも結晶薄膜と遜色ない電気特性の透明p型アモルファスが初めて実現したことになります。

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空間的広がりが大きな占有されたp軌道を持つ陰イオンである“ヨウ素イオン”

(a) 結晶とアモルファスCuIの価電子帯上部の電子軌道の重なり(模式図)。アモルファスではI-Cu-Iの角度が一様でなくなるが、ヨウ素イオン同士の5p軌道の重なりの程度は結晶と大きく変わらない。

(b) 正孔(ホール)の移動度と濃度の関係。下図はプラスチック基板上に成膜したアモルファスCu-Sn-I薄膜の写真。

(c) Snを10%含む薄膜の断面の透過電子顕微鏡写真と電子線回折像。

今後の展望

今回の成果により、透明アモルファス半導体を使ってpn接合をプラスチック上に形成できることから、曲がる電子回路の作製が可能となります。さらに物質設計指針が提示されたので、これに沿って移動度の大きい透明p型アモルファス半導体が様々な元素で構成できることから、TAOSに匹敵する新しい物質群が得られるものと期待されます。

用語説明

[用語1] アモルファス半導体 : 原子が規則正しく配列されている結晶に対し、決まった原子配列をもたない状態がアモルファス。不純物の添加や電圧をかけることで伝導度を大きく変化できる物質が半導体。アモルファスは容易に均質な薄膜は低温で作製できるというメリットがあるが、優れた半導体機能をもつ物質は稀である。

[用語2] バンドギャップ : 電子が空っぽの伝導帯と詰まった価電子帯とのエネルギーの差で最小の値。

[用語3] IGZO : インジウム、ガリウム、亜鉛と酸素から構成される物質。優れた特性を有するアモルファス半導体としても機能する。2003~4年に東工大細野グループによって初めてその薄膜トランジスタ(TFT)が作られた。最近、急速に普及しつつある大型有機ELテレビの画面は、これまでの半導体では駆動できず、IGZOのTFTが採用されている。

[用語4] 電子軌道 : 原子の属する電子は、そのエネルギーによって空間的に存在する領域が決まっている。エネルギーの低い順にs、p、d、f軌道となる。s軌道は形状が球形で、p軌道は2葉のクロバー型。大きく広がった、お互いに直交する3つのp軌道は、大きく広がったs軌道に形状が似てくるので、“擬s軌道”と見做すことができる。シリコンやゲルマニウムなどの典型的半導体物質では、4面体の中心から4つの頂点方向に伸びたsp3軌道から価電子帯が構成されている。

論文情報

掲載誌 :
ADVANCED MATERIALS
論文タイトル :
"Material Design of p-Type Transparent Amorphous Semiconductor, Cu–Sn–I" (p型透明アモルファス半導体の材料設計:Cu-Sn-I)
著者 :
Taehwan Jun, Junghwan Kim, Masato Sasase and Hideo Hosono
DOI :
10.1002/adma.201706573 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

フロンティア材料研究所教授/元素戦略研究センター長

細野秀雄 教授

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5196

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

溶媒蒸気の識別が可能な新しい分子集合体材料を作成

取り込む分子に応じて蛍光が大きく変化する多孔性デンドリマー結晶

研究成果のポイント

  • 溶媒蒸気や気体分子などの識別に応用できる新しい分子識別材料の作成に成功しました。
  • アモルファスな凝集を起こしやすい巨大分子(デンドリマー)の自己組織化によって作成された結晶性のファイバーの構造と物性を明らかにしました。
  • この結晶は高い多孔性を有し、気体分子や溶媒蒸気、昇華性分子など様々な分子を内部に取り込むことが可能です。

国立大学法人 筑波大学 数理物質系 山本洋平教授、西堀英治教授、数理物質科学研究科 大学院生 中嶋紗英(物性・分子工学専攻 博士前期課程)は、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 アルブレヒト建助教、山元公寿教授、京都大学工学研究科 植村卓史准教授、北尾岳史博士とハイデルベルク大学との共同研究で、π共役デンドリマー[用語1]から形成する多孔性マイクロ結晶[用語2]の作成に成功しました。

デンドリマーは分子量が単一の巨大分子で、樹状高分子とも呼ばれています。その立体的な嵩高さから、デンドリマーはアモルファス[用語3]な凝集構造を形成することが多く、特に世代[用語4]の大きなデンドリマーにおいてその傾向は顕著です。今回、本研究グループは、第3世代のデンドロンを有するπ共役デンドリマーの自己組織化[用語5]について詳細に検討ました。その結果、このデンドリマーが極めて多孔質な結晶を形成することを見出しました。このデンドリマー結晶は、大きな細孔表面積と特異な電子状態を備えているために、溶媒蒸気の曝露により蛍光強度が顕著に増大すると同時に大きな蛍光色変化を示すことを明らかにしました。蛍光特性と多孔性を併せもつデンドリマー集合体は、溶媒蒸気や気体分子などを識別する新しい蛍光プローブ[用語6]としての応用が期待できます。

本研究成果は、2018年2月16日付で「Chemical Communications」にて先行公開されました。

本研究は、文部科学省科研費補助金 新学術領域研究 π造形科学「様々な励起プロセスを介したπ電子球体への発光閉じ込めと共鳴発光の変調」「非対称モノマーの配列を鍵とした巨大双極子π造形」、国際共同研究強化基金「発光性および強誘電性ポリマーナノ粒子による新しいフォトニック結晶の構築」、基盤研究A「光機能性ポリマー球体の高次連結による光学メタマテリアルの開発」、旭硝子財団研究助成 若手継続グラント「導電性高分子マイクロ共振器への電荷注入と共鳴電界発光」、筑波大学プレ戦略イニシアティブ「光と物質・生命科学のアンサンブルによる新現象の発掘と解明」などにより実施されました。また、放射光X線回折実験は大型放射光施設SPring-8のBL26B2およびBL02B1、BL02B2ビームラインを使って行われました。

研究の背景

蛍光プローブは、神経ガスや重金属イオン、蛋白質、遺伝物質など、さまざまな分子の識別に用いられます。蛍光センシングの方法は、蛍光消光(quench)、蛍光発現(turn-on)、蛍光強度変化(ratiometric)、励起エネルギー移動(FRET[用語7])型など、いくつかのタイプに分けられます。とりわけ、turn-on型で、なおかつ固体状態で使用可能な蛍光センサーは実用的に重要です。さらに、発光色変化を伴う蛍光センシングは、複数の検体を識別可能であることから、そのような特性をもつ材料の探索が活発に進められています。特に、表面積が大きくてナノメートルサイズのチャネルを有する多孔性材料は、ガスや蒸気のセンシングに適していると考えられます。

研究内容と成果

今回、研究グループは、π共役デンドリマーとよばれる巨大分子から、多孔質の結晶性ファイバーを作成しました(図1)。デンドリマー1のコア部位には電子受容性のトリアジンが、シェル部位には電子供与性のカルバゾールデンドロンが用いられています。この分子1は、熱活性化遅延蛍光(TADF)[用語8]特性を示すことから、塗布型有機EL素子のホール輸送層/発光層としての応用が検討されている分子です[参考文献1]。分子1の溶液中における自己組織化挙動を詳細に検討した結果、蒸気拡散法[用語9] [参考文献2]により1はファイバー状の構造体を形成することを明らかにしました(図1c)。一方、蒸気拡散の際の初濃度を1/10にまで下げて同様の方法で自己組織化を行うと、アモルファスな球体が形成しました(図1b)。ファイバーの単結晶および粉末X線回折[用語10]測定から、このファイバーは長軸方向に1次元のナノサイズのチャネルを有することが明らかになりました(図2)。窒素ガス吸着測定より、このファイバーは650 m2/g以上ものBET表面積[用語11]を示しました(図3)。そこで、この多孔性ファイバーを様々な溶媒蒸気に晒して蛍光観察を行った結果、ほとんどの溶媒蒸気に対して蛍光強度の顕著な増大(turn-on)が観測され、さらに溶媒の種類により蛍光色が大きく変化することが明らかになりました(図4a-c)。この分子はTADF特性をもつことから、大気中では3重項酸素により蛍光の大部分が消光してしまいますが、溶媒分子が細孔内部に吸着し、酸素を追い出すことで蛍光がturn-onします。また、この発光は電荷移動(CT)発光[用語12]であり、励起状態のエネルギーは極性分子の吸着により大きく安定化するため、溶媒の極性に伴う大きな蛍光色変化が起こります。さらに、このナノ細孔には、気体や溶媒蒸気だけでなく、昇華した有機分子も導入可能であり、例えば電子受容性分子であるTCNQ[用語13]を昇華して導入することで、蛍光が完全に消光することも確認されます(図4d、e)。

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(a)コアにトリアジン、シェルに第3世代カルバゾールデンドロンをもつπ共役デンドリマー1の分子構造、および1の初期濃度が異なるクロロホルム溶液に対しアセトニトリル蒸気を拡散することで得られる粉末の写真。(b、c) 初期濃度 0.1 mg/mLおよび1.0 mg/mLの溶媒条件からそれぞれ生成したマイクロ球体(b)およびマイクロファイバー(c)の電子顕微境写真と蛍光顕微鏡写真(内挿図)。
図1.
(a)コアにトリアジン、シェルに第3世代カルバゾールデンドロンをもつπ共役デンドリマー1の分子構造、および1の初期濃度が異なるクロロホルム溶液に対しアセトニトリル蒸気を拡散することで得られる粉末の写真。(b、c) 初期濃度 0.1 mg/mLおよび1.0 mg/mLの溶媒条件からそれぞれ生成したマイクロ球体(b)およびマイクロファイバー(c)の電子顕微境写真と蛍光顕微鏡写真(内挿図)。
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1からなるファイバーの単結晶および粉末X線回折測定により推定される結晶構造。内挿図:ファイバー1本からのX線回折パターン。
図2.
1からなるファイバーの単結晶および粉末X線回折測定により推定される結晶構造。
内挿図:ファイバー1本からのX線回折パターン。
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多孔性ファイバー(青)とマイクロ球体(緑)の窒素ガス吸着特性(a)、およびその等温吸着線から見積もられるファイバーの細孔径 (b)。
図3.
多孔性ファイバー(青)とマイクロ球体(緑)の窒素ガス吸着特性(a)、およびその等温吸着線から見積もられるファイバーの細孔径 (b)。
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(a) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露と除去に伴う発光色変化。(b) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露に伴う蛍光強度変化のグラフ。赤:大気下、青:アルゴン下。(c) 多孔性ファイバーへのメタノール蒸気の曝露/除去に伴う蛍光強度変化のプロット。(d、e) 多孔性ファイバーへの電子受容性分子(TCNQ)蒸気の曝露前後における発色変化(d)と蛍光変化(e)。
図4.
(a) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露と除去に伴う発光色変化。(b) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露に伴う蛍光強度変化のグラフ。赤:大気下、青:アルゴン下。(c) 多孔性ファイバーへのメタノール蒸気の曝露/除去に伴う蛍光強度変化のプロット。(d、e) 多孔性ファイバーへの電子受容性分子(TCNQ)蒸気の曝露前後における発色変化(d)と蛍光変化(e)。

今後の展開

電子供与性ー受容性デンドリマーを用いることで、揮発性ガスや有機分子を高感度に識別可能な多孔性結晶は、新しい分子識別材料としての応用が期待できます。また、爆発性のニトロ化合物や有毒な揮発性分子などの識別においても、この多孔性デンドリマー結晶は大きな威力を発揮することが期待できます。

用語説明

[用語1] π共役デンドリマー : デンドリマーとは、中心部位(コア)と周辺部位(シェル)からなる巨大分子で、樹木のような規則正しい分岐構造をもつ分子。π共役系をもつデンドリマーをπ共役デンドリマーと呼ぶ。

[用語2] 多孔性マイクロ結晶 : 多くの細孔を有する結晶。金属有機骨格(MOF)や共有結合性有機骨格(COF)が代表的。

[用語3] アモルファス : 非晶質とも呼ばれ、結晶のような周期構造を持たない凝集構造。

[用語4] 世代 : デンドリマーにおけるシェル部位のデンドロンの大きさを示す指標。樹状分子の分岐の回数(n回)を使って第n世代と呼ぶ。世代が大きい程、分子量は大きくなる。

[用語5] 自己組織化 : 分子などが自発的に集合化して構造形成するプロセス。

[用語6] 蛍光プローブ : 蛍光によりさまざまなセンシングを可能にする分子。

[用語7] FRET : エネルギー供与体から受容体へのエネルギー移動の一種。共鳴エネルギー移動とも呼ばれる。

[用語8] 熱活性化遅延蛍光(TADF) : 1重項励起状態と3重項励起状態のエネルギー差が小さい場合に、一旦3重項励起状態に落ちた状態から、熱エネルギーにより再び1重項状態に戻ることで観測される、寿命の長い発光。TADF材料は有機EL素子における有力な発光分子の候補とされている。

[用語9] 蒸気拡散法 : 良溶媒に溶解した分子の溶液に貧溶媒の蒸気をゆっくりと拡散することで、分子の析出や結晶化を促進する方法。

[用語10] X線回折 : 物質中の原子や分子の周期構造を反映してX線が回折する現象。この現象を利用して、物質中の原子配置や分子配列構造が推定できる。

[用語11] BET表面積 : Brunauer、Emmett、Teller により提案された、比表面積の計算方法。単分子層吸着説であるLangmuir理論を多分子層に拡張した理論で、分子は積み重なって無限に吸着し得るものとし、吸着層間に相互作用がなく各層に対してLangmuir 式が成立すると仮定して算出する。

[用語12] 電荷移動(CT)発光 : 電子供与体から受容体へ電子が移動した状態(電荷移動状態)からの発光。

[用語13] TCNQ : 7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの略称。代表的な電子受容性分子であり、分子性金属などの構成分子として用いられる。

参考文献

[1] K. Albrecht et al., "Carbazole Dendrimers as Solution-Processable Thermally Activated Delayed-Fluorescence Materials" Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 5677-5682.

[2] S. Kushida et al., "From Linear to Foldamer and Assembly: Hierarchical Transformation of a Coplanar Conjugated Polymer into a Microsphere" J. Phys. Chem. Lett. 2017, 8, 4580.

論文情報

掲載誌 :
Chemical Communications
論文タイトル :
A fluorescent microporous crystalline dendrimer discriminates vapour molecules(蒸気分子を識別可能な発光性多孔質デンドリマー結晶)
著者 :
Sae Nakajima、Ken Albrecht、Soh Kushida、Eiji Nishibori、Takashi Kitao、Takashi Uemura、Kimihisa Yamamoto、Uwe H. F. Bunz、Yohei Yamamoto
DOI :
10.1039/C7CC09342J Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

筑波大学 数理物質系

山本洋平

E-mail : yamamoto@ims.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-5030

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

地球生命研究所 EONプロジェクト年次総会開催報告

東京工業大学 地球生命研究所 EON(イオン;ELSI Origins Network)プロジェクトの年次総会が、1月5日~6日に神奈川県小田原市において開催されました。

EONプロジェクトは、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるアメリカの慈善団体、ジョン・テンプルトン財団より多額の競争的研究資金の提供を受け2015年7月1日に発足し、33ヵ月間にわたって活動してきました。

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集合写真

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EONの発足は、地球生命研究所 主任研究員(参与)であり、アインシュタインや湯川秀樹が在籍し研究していた米国プリンストン高等研究所にも籍を置くピート・ハット教授が約2年の月日を費やした努力の結果です。

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)は、2012年12月に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムとして採択され、設立されました。2015年には新棟も建設され、現在では2つの研究棟において総勢約70名の研究者とポスドクが、生命の起源に関連する、惑星科学、地球物理学、化学、生物学、物理、複雑系科学、コンピューターシュミレーションなど多岐にわたる研究を行っています。

EONプロジェクトは、今までなかった一貫性のある永続的なグローバルネットワークを確立し、生命の起源という謎を解明するために生まれました。多岐の分野に渡る研究により次の3つの問いに挑戦しています。

  • 地球上で生命はどのようにして始まったのか?(How did life arise on Earth?)
  • 宇宙に生命体はどのくらい存在するのか?(How common is life in the Universe?)
  • 生命の出現はどのような基本原則によって理解できるのか?(What fundamental principles explain the emergence of life? )

生命の起源に関する研究のため、本プロジェクトはELSIを中心として、現在500名を超える研究者を擁する世界的な学際的ネットワークを作り出しました。そのゴールとは、分野の異なる科学的アイディアを皆で持ち寄り、更なる展開を見つけ、謎を解明していくという世界的規模の共同研究コミュニティを形成し、次世代へ多くの分野における認識や疑問を手渡していくことです。また、ELSIのゴールである、日本におけるグローバル化、世界トップレベルの生命の起源についての最先端の研究ができる研究所の実現にも貢献してきました。

今年のEONプロジェクトの年次総会には、国際的に活躍する55名の研究者が集合しました。

そのうち12名のEONポスドク研究員による、研究成果発表、意見交換会などが行われました。大変有意義な時間を過ごしたことで、更なる新しいアイディアや共同研究の進行が期待できます。

EONポスドク研究員の任期は2年間で、その間、ELSIと海外の研究所を行き来しました。それらの研究所は、米国のワシントン・カーネギー協会、アメリカ航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センターとエイムズ研究センター、カリフォルニア工科大学、エモリ―大学、南カリフォルニア大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、ラトガーズ大学、英国のケンブリッジ大学、オーストリアのウィーン大学、デンマークの南デンマーク大学、フランスのピエール・マリー・キュリー大学 インテリジェントシステム・アンド ロボティクス研究所(ISIR)です。

今年の年次総会には、EONプロジェクトのアンバサダーである「グローバル・サイエンス・コーディネーター(GSC)」も参加しました。GSCの主なメンバーは、NASAワシントン本部、NASAジェット推進研究所、コロンビア大学、ハーバード大学など第一線で活躍する研究者です。研究員の採用やEONの広報活動において、重要な役割を担っています。また、EONプロジェクトの役員の一人である、マルチェロ・グレイサー教授 (米ダートマス大学)による基調講演も行われ、有意義な総会となりました。

EONプロジェクトの第一期は3月31日をもって終了となりますが、第二期にむけて更なる企画を進めていくことになりました。今後の活動にご期待ください。

お問い合わせ先

EONプロジェクト

E-mail : eon-info@elsi.jp

Tel : 03-5734-2740

太陽よりも低温な恒星をまわる太陽系外惑星を多数発見

約200光年先の系外惑星がハビタブルゾーン付近に存在

要点

  • トランジット法で低温な恒星を周回する太陽系外惑星を新たに15個発見
  • その中でも太陽系外惑星K2-155dは表面に液体の水が存在する可能性がある
  • 低温な恒星まわりの惑星は太陽型恒星まわりの惑星とよく似た性質を保有

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の平野照幸助教、宮川浩平大学院生(修士課程2年)、佐藤文衛准教授、同大学の地球生命研究所(ELSI)の藤井友香特任准教授らの研究チームは、NASAのケプラー宇宙望遠鏡による観測(K2ミッション)で取得したデータを解析し、さらに地上の望遠鏡での追加観測で、低温な恒星(M型矮星[用語1])を周回する地球の3倍以下のサイズの太陽系外惑星[用語2]を新たに15個発見した。

特に明るいM型矮星であるK2-155のまわりには3つのスーパーアース[用語3]が見つかり、このうち一番外側の惑星K2-155dは惑星と恒星が適度に離れているため、表面に液体の水が存在する可能性があることが分かった。

また、これまでよく分かっていなかった低温な恒星を周回する惑星についてその特徴を調査したところ、惑星半径など太陽に似た恒星を周回する惑星の特徴とよく似ていることが分かった。

研究成果は、2月23日発行の米国科学誌「Astronomical Journal (アストロノミカルジャーナル)電子版」に掲載された。

研究成果

研究チームは、NASAのケプラー宇宙望遠鏡が行っている探査ミッション「K2」で取得したデータを解析し、惑星が恒星の前を通過して食を起こす(トランジット)手法で、惑星候補を持つ低温な恒星(M型矮星)を数十個同定した。さらに、それら惑星候補を持つ星々に対して、ハワイのすばる望遠鏡、スペインの北欧光学望遠鏡、岡山天体物理観測所の188cm望遠鏡などを用いた地上からの追加観測を実施し、新たに10個の低温な恒星を周回する計15個の惑星を確認した。これほど多くの系外惑星を一度に発見したのは国内では初めてだ。このうち、明るいM型矮星である恒星K2-155は、3つのスーパーアースを持ち、特に一番外側、地球半径の約1.6倍の半径を持つ惑星K2-155dはハビタブルゾーン[用語4]付近に存在することが判明した。このためK2-155dは、中心星から受け取る輻射エネルギーの大きさと大気組成によっては、表面に液体の水が存在しうる温暖な気候を持つ可能性がある(図1)。K2-155はトランジットする惑星を持つM型矮星の中でも、可視光線で最も明るい恒星の1つであるため、今後も惑星質量の精密測定や大気の探査等を行う上で、格好のターゲットとなる。また研究チームは新たに見つかった惑星を含む、M型矮星を周回する惑星の特徴について詳細に調べた。その結果、(1) 半径が1.5~2.0地球半径の惑星が統計的に少ないこと(図2)、(2) 周期2日以内には大きめの惑星(2地球半径以上)がほとんどないこと、(3) 3地球半径を超える巨大惑星は金属を多く含む恒星のまわりにのみ存在するなど、太陽型の恒星まわりで見つかっている惑星と似た特徴を持つことを突き止めた。

このことは、太陽よりもずっと低温な恒星を周回する惑星が、太陽型の恒星を周回する惑星と同様の物理過程を経て、形成・進化してきたことを示唆しており、惑星形成メカニズムを解明する上で極めて有益な情報となる。

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K2-155dの気候モデル計算の結果

図1.K2-155dの気候モデル計算の結果(※地球と同様の大気を持つ場合)。

K2-155dが中心星から受け取るフラックス(単位時間単位面積あたりのエネルギー)は1.67±0.38太陽定数(地球が太陽から受け取るフラックス)と見積もられており、実際の値が1.5太陽定数程度以下であるとすると表面は温暖な気候となる。

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これまで見つかっているM型矮星まわりの惑星の半径の度数分布。

図2.これまで見つかっているM型矮星まわりの惑星の半径の度数分布。

惑星半径が1.5~2.0地球半径のところに谷(ギャップ)が見られる。緑は早期M型星(温度が3,500~4,000 Kの恒星)、赤が晩期M型星(温度が3,500 K以下の恒星)に対応している。

研究の背景

これまで見つかっている系外惑星の90%以上は太陽に似た星(太陽型の恒星)のまわりで発見されている。一方、我々の銀河系に最も多く存在する恒星は質量が太陽の約6割に満たない低質量・低温の恒星(M型矮星)であるが、一般に暗いためにあまり探査が進んでいなかった。東京工業大学 理学院 系外惑星観測研究センターでは、系外惑星の特徴と起源の解明のため、低温な恒星の観測による系外惑星探査を実施していた。

今後の展開

低温な恒星を周回するトランジット惑星は、今回新たに加わった惑星を含めても100個あまりしか見つかっておらず、すでに数千個が見つかっている太陽型恒星を周回するトランジット惑星に比べると、まだその素性は謎に包まれている。K2ミッションは進行中で、今後も多くの低温な恒星でトランジット惑星が見つかると期待される。また、今年4月にはNASAの次世代トランジット系外惑星探索衛星”TESS”の打ち上げが予定されており、明るい恒星を中心に全天でトランジット現象を利用した探査が実施される。東京工業大学 理学院 系外惑星観測研究センターでは引き続きK2、TESS等の衛星ミッションと連携し、ハビタブルゾーン内の地球型惑星を含め、多くのユニークな系外惑星の発見を目指していく。

用語説明

[用語1] M型矮星 : 有効温度が約4,000 K以下の低温の恒星をM型矮星と呼ぶ。太陽は約5,800 K。

[用語2] 太陽系外惑星 : 太陽以外の恒星を周回する惑星を太陽系外惑星(系外惑星)と呼ぶ。これまでの観測で、3,500個以上の系外惑星が確認されている。

[用語3] スーパーアース : 厳密な定義は存在しないがケプラーミッションでは地球の1.25倍から2.0倍の半径を持つ惑星をスーパーアースと呼んでいる。質量はおよそ10地球質量以下であることが多い。

[用語4] ハビタブルゾーン : 恒星と惑星の距離が適度に離れているため、地球のように水が液体の状態で存在しうる惑星の軌道範囲をハビタブルゾーンと呼ぶ。M型矮星の場合ハビタブルゾーンは太陽型の場合よりずっと中心星に近く、比較的短周期の惑星(周期60日以下)がハビタブルゾーンに入る。

論文情報

掲載誌 :
The Astronomical Journal
論文タイトル :
Exoplanets around Low-mass Stars Unveiled by K2
著者 :
Teruyuki Hirano, Fei Dai, Davide Gandolfi, Akihiko Fukui, 他37名
DOI :
10.3847/1538-3881/aaa9c1 Image may be NSFW.
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掲載誌 :
The Astronomical Journal
論文タイトル :
K2-155: A Bright Metal-Poor M Dwarf with Three Transiting Super-Earths
著者 :
Teruyuki Hirano, Fei Dai, John H. Livingston, Yuka Fujii, 他31名
DOI :
10.3847/1538-3881/aaaa6e Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系/系外惑星観測研究センター

平野 照幸 助教

E-mail : hirano@geo.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2616 / Fax : 03-5734-3538

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

金属と分子の結合形成過程を分子レベルで解明

太陽電池などの高性能化に期待

要点

  • 金属電極間に単分子を架橋させた単分子接合[用語1]の構造と電子状態の変化を捉えた
  • 分子の軌道エネルギーのシフトとシフト量が金属と分子間の結合様式に依存していた
  • 有機ELや太陽電池など有機デバイスの動作機構の解明や機能向上につながる成果

概要

東京工業大学 理学院 化学系の一色裕次大学院生(修士課程1年)、藤井慎太郎特任准教授、木口学教授らの研究グループは、単分子接合の電気特性を精密計測して、金属電極と分子間の結合形成過程を分子レベルで解明する事に成功した。

まず、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、ジアミノベンゼン(DAB)、ピラジン(PY)、ビピリジン(BPY)、フラーレン(C60)の各分子と金属電極からなる単分子接合を作製した。単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性[用語2])を計測することで、分子軌道のエネルギー位置を実験的に決定した。金属と分子間の距離に応じ、分子軌道のエネルギー位置は変化するが、これは金属と分子の結合様式に依存することがわかった。理論計算でも、金属と分子間の距離に依存した軌道エネルギーシフトを再現し、さらに実験結果と比較することで金属と分子界面の構造を決定した。

有機EL、太陽電池などの有機デバイスの開発では金属と分子界面の精密制御が鍵となる。本研究は、金属と分子の結合形成の様子を分子レベルで解明することに成功し、デバイス特性を最適化する界面の設計指針を与える結果となった。ここで得られた界面設計指針は、有機デバイスの動作機構の解明、機能向上へとつながると期待される。

研究成果は2018年2月22日発行の米国化学会誌「J. Am. Chem. Soc.」にオンライン掲載された。

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単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性)計測の概念図(両脇の黄色が金属で、間の青い構造体が分子)

単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性)計測の概念図(両脇の黄色が金属で、間の青い構造体が分子)

背景

分子を金属表面に近づけると、分子の軌道と金属の軌道が混じりあい化学結合が形成され、分子は金属表面に吸着する。分子の吸着過程に伴う結合形成過程の解明は、触媒反応や化学結合を理解するために重要だ。また金属と分子の界面構造および電子状態の解明は、有機ELや有機太陽電池などの有機デバイスの動作機構の解明、機能向上のために不可欠である。これら有機デバイスでは、電極金属から分子への電荷の移動をいかに効率よく起こすかが鍵となり、電荷輸送特性は、界面の構造および電子状態に依存する。

これまで金属表面上の分子吸着系について様々な研究が行われてきたが、金属と分子の距離を変えながら、界面構造や電子状態の変化を明らかにすることは困難であった。なぜならば、金属と分子の距離を精密に制御し、準安定状態で、その構造や電子状態を決定することが、実験的に難しかったからだ。

研究成果

研究グループでは、金属電極間に単分子を架橋させた単分子接合を用いて、電極間距離を変化させながら、単分子接合のI-V特性の計測から、電子状態を導き出した。単分子接合では、電極間距離を変えることで金属と分子間の距離を自在に制御することができる。ジアミノベンゼン、ピラジン、ビピリジン、フラーレンを吸着させた金(Au)の単結晶基板に、同じく金(Au)のSTM探針を近づけることで計測を行った。単分子接合に与える電圧を、一定速度で変化させて、単分子接合を流れる電流を計測することで、単分子接合のI-V特性を計測した(図1a)。図1bは1,000個のフラーレン単分子接合を計測し、I-V特性を重ねたものである。非線形なI-V特性は分子軌道を介して電荷が輸送されたことを示しており、一軌道モデル[用語3]に基づき個々のI-V特性を解析することで、分子の軌道エネルギー(ε)および金属と分子軌道の重なり具合(Γ)を決定することができる(図1c)。

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(a)単分子接合の電流―電圧計測、(b)1,000個のC60単分子接合について計測したI-V特性を重ねた図、(c)単分子接合の構造モデルおよび電子状態の概念図。Γとεはそれぞれ金属と分子軌道の重なりの大きさ、エネルギー差を表す。
図1.
(a)単分子接合の電流―電圧計測、(b)1,000個のC60単分子接合について計測したI-V特性を重ねた図、(c)単分子接合の構造モデルおよび電子状態の概念図。Γεはそれぞれ金属と分子軌道の重なりの大きさ、エネルギー差を表す。

図2にI-V特性から得られた、単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギー変化を示す。図では数千個の単分子接合から求めた実験結果と計算結果を示している。ジアミノベンゼンでは、伸長距離が変わっても分子軌道のエネルギーはほとんど変化しなかった。ピラジンとビピリジンは、似た挙動を示し、伸長距離が短い領域では、距離に従って分子軌道は低エネルギー側にシフト後、その後はあまり変化しなかった。フラーレンでは、逆に伸長距離が短い領域では、距離に従って高エネルギー側にシフトし、その後一定値となった。この傾向は、計算結果でも再現できた。

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DAB、PY、BPY、C60単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギーシフトの様子。(a-d)計算結果、(e-h)単分子接合のI-Vから決定した実験結果。PYおよびBPYでは接合を伸ばしていくと軌道は低エネルギーシフトし、その後一定となる(f、g)。C60では接合を伸ばしていくと軌道は高エネルギーシフトし、その後一定となる。DABではあまり軌道エネルギーはシフトしない。
図2.
DAB、PY、BPY、C60単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギーシフトの様子。(a-d)計算結果、(e-h)単分子接合のI-Vから決定した実験結果。PYおよびBPYでは接合を伸ばしていくと軌道は低エネルギーシフトし、その後一定となる(f、g)。C60では接合を伸ばしていくと軌道は高エネルギーシフトし、その後一定となる。DABではあまり軌道エネルギーはシフトしない。

接合する分子によって、分子軌道のエネルギーシフトの様子は異なったが、この結果は金属と分子間の結合様式によって説明することができる。ジアミノベンゼンの場合は、分子の窒素原子が電極の金原子とσ結合[用語4]で結合している。σ結合は窒素と金の原子間距離にのみに依存し、金属電極における分子の配向などに依存しない。そのため、電極間距離が変わっても軌道の重なりはあまり変化せず、分子軌道のエネルギーはあまり変化しなかった。ビピリジンの場合、分子の窒素原子と電極の金原子の間では、これら原子間のσ結合に加えて、結合軸に直交する窒素のp軌道(図中の緑の軌道)が金の軌道とπ結合[用語5]を形成しうる。電極間距離が短い場合には、窒素のp軌道が金の軌道とよく重なりあい、強いπ結合を形成する(図3A)。ここで、電極間距離を離していくと、窒素のp軌道が金の軌道と相互作用しにくくなりπ結合が弱くなる(図3B)。2つの軌道が相互作用すると、図3に示すように軌道混成し、結合性軌道と反結合性軌道が形成される。相互作用が強いほど反結合性の軌道は元の軌道から離れる。分子接合で観測した分子軌道は、金属と分子の混成軌道に対応する。したがって伸長距離が増加し、π結合が弱まると、反結合性軌道が金の軌道エネルギーに近づくことになる。さらに分子接合を伸長させると、分子と金電極はσ結合のみを形成するようになり(図3C)、エネルギー位置はほとんど変化しない。

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DABおよびBPY単分子接合における界面の結合様式の概念図。(A)、(B)、(C)は図2(g)中に対応。電極間距離が短い時には分子が斜めに吸着し、窒素のp軌道が電極金属のAuの軌道とπ結合する。π結合の大きさは電極間距離が大きくなり、分子が立ってくるに従い減少する。分子が完全に立つとp軌道はAu軌道とπ結合できなくなり、σ結合のみが形成される。分子軌道とAuの軌道の相互作用が強くなると、反結合性の混成軌道のエネルギーはAuの軌道から大きく離れる。
図3.
DABおよびBPY単分子接合における界面の結合様式の概念図。(A)、(B)、(C)は図2(g)中に対応。電極間距離が短い時には分子が斜めに吸着し、窒素のp軌道が電極金属のAuの軌道とπ結合する。π結合の大きさは電極間距離が大きくなり、分子が立ってくるに従い減少する。分子が完全に立つとp軌道はAu軌道とπ結合できなくなり、σ結合のみが形成される。分子軌道とAuの軌道の相互作用が強くなると、反結合性の混成軌道のエネルギーはAuの軌道から大きく離れる。

今後の展開

本研究により、金属と分子の距離に応じた分子軌道のエネルギーシフトを実験的に見出すことができた。これは、金属と分子間の化学結合の形成過程を明らかにできたことを意味する。本研究では、金属と分子の結合様式に応じて、軌道のエネルギーシフトの方向、シフト量が変化する様子が明らかとなった。

有機デバイスでは、分子軌道のエネルギー位置が界面における電子移動の速度を決めるなど、決定的な役目をする。ここでは、分子軌道のエネルギー位置をπ結合で距離によりチューニングすることが可能であることを示した。分子軌道のエネルギーは分子ごとに異なるが、適切な距離に分子をおくことで、デバイス特性を最適な電子状態できる指針を本研究が与えた。この知見を有機デバイスに適用することで、デバイス特性を向上させることができる。

また、本手法を適用することで、σ結合、π結合だけでなく、その他様々な化学結合について、その結合形成過程を明らかにできるかもしれない。これは量子化学をはじめとする物理化学分野にとって重要な知見といえる。

用語説明

[用語1] 単分子接合 : 金属電極間に単分子を架橋させた構造(系)。分子が金属と2ヵ所で接しているため、分子は孤立分子と異なる性質、機能を示すことがある。このため、新物性、新機能探索の場として注目されている。また単分子接合は、単分子に素子機能を賦与させた単分子素子として、次世代の電子素子材料としても注目を集めている。単分子素子では素子サイズが分子サイズになるため、究極の微細化が可能となり、電子素子密度の飛躍的向上が期待されている。

[用語2] I-V特性 : 導体を流れる電流(I)と導体両端の電位差(V)の関係を意味する。後述のように単分子接合のI-V特性は、伝導度に加え、軌道エネルギーなどの情報を与える事が理論提案されている。

[用語3] 一軌道モデル : 単分子接合において、1つの分子軌道を介して、電子がトンネル過程によって伝導すると考えるモデル。このモデルでは、単分子接合を電子が透過する確率は、式1のように表現される。εは図1cに示すように分子軌道と電極の金(Au)の軌道のエネルギー差であり、ΓL, ΓRはそれぞれ左側と右の電極と分子の軌道の重なりの大きさを表す。

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式1

単分子接合の電流―電圧特性は、式1を用いることで式2のような形で表現することができる。αΓL/(ΓLΓR)である。

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式2

式2を用いて、個々の単分子接合のI-V特性をfittingすることで、軌道のエネルギーを求めることができる。

[用語4] σ結合 : s軌道あるいは結合軸に沿ったpx軌道など、結合軸方向を向いた軌道同士の重なりによって形成される化学結合。π結合より強い結合。水素分子における水素原子間の結合が代表的な例。

[用語5] π結合 : 結合軸に直交したpz軌道同士の重なりによって形成される化学結合。σ結合より弱い結合。アセチレン分子の場合、炭素原子は3つのp軌道をもつ。炭素―炭素間の結合軸に沿ったpx軌道同士がσ結合を形成し、結合軸に直交したpy、pz軌道同士がそれぞれ軌道混成することで2つのπ結合を形成する。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Fluctuation in Interface and Electronic Structure of Single-Molecule Junctions Investigated by Current versus Bias Voltage Characteristics
著者 :
Y. Isshiki, S. Fujii,* T. Nishino, M. Kiguchi*
所属 :
Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
DOI :
10.1021/jacs.7b13694 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

特任准教授 藤井慎太郎

E-mail : fujii.s.af@m.titech.ac.jp

教授 木口学

E-mail : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

斎藤秀司教授がフンボルト賞受賞

理学院 数学系の斎藤秀司教授が、フンボルト賞を受賞しました。

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フンボルト財団会長ヘルムート・シュワルツ教授から賞状を授与された斎藤秀司教授

フンボルト財団会長ヘルムート・シュワルツ教授から賞状を授与された斎藤秀司教授

フンボルト賞は、ドイツ政府の国際的学術活動機関であるアレキサンダー・フォン・フンボルト財団が創設した賞で、人文、社会、理工の分野において、後世に残る重要な業績を挙げ、今後も学問の最先端で活躍すると期待される国際的に著名な研究者に対して授与されるものです。ドイツで最も栄誉のある賞とされています。

今回の受賞の対象となった主な研究は、高次元類体論、高次元Hasse(ハッセ)原理(加藤予想)、高次元Chow(チャウ)群の有限性です。これらは代数幾何学、数論幾何学の広い分野にまたがっています。特に高次元類体論について簡単に説明します。類体論とは20世紀前半に高木貞治とエミール・アルティンより1900年代初頭に完成された偉業で、整数論の礎です。その起源を辿ると200年前のカール・フリードリッヒ・ガウスの業績に至ります。高次元類体論とは、アレクサンダー・グロタンディークのスキーム論を用いてこの類体論を幾何学化し、それを高次元の場合に拡張する理論です。類体論は1次元の特別な場合とみなせます。

斎藤教授の詳しい業績については、日本数学会の会員誌「数学通信」第22巻第1号に掲載された佐藤周友氏による記事「斎藤秀司氏のHumboldt賞受賞によせて」をご覧ください。

数学通信第22巻第1号目次|数学通信|日本数学会Image may be NSFW.
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受賞を受けて、斎藤教授は以下のようにコメントしています。

フンボルト賞記念式典という特別な機会に私の心に浮かんだのは、両親、妻と家族、師、同僚、友人たちからいただいた計り知れない援助にたいする深い感謝の念です。数学の真理には美しさがあります。私たち数学者は、その美しい心理を探究して日々努力を重ねています。私は、この大切な人類の活動の一翼を担いわずかでも貢献をすることができたことを幸運に感じています。

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“バイオプラスチック”を捕まえるナノカプセル

疎水性ナノ空間による親水性乳酸オリゴマーの捕捉に成功

要点

  • ナノカプセルの疎水性空間が、水中で親水性の乳酸オリゴマーを内包
  • 加水分解性の環状乳酸2量体は、ナノカプセル空間内で顕著に安定化
  • 多点の分子間相互作用(エンタルピー駆動)により、内包体を安定化

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の草葉竣介大学院生(修士課程2年)、山科雅裕博士研究員、吉沢道人准教授らは、疎水性の空間を有するナノカプセルが、水中で親水性の乳酸オリゴマー[用語1]を強く内包することを発見した。また、ナノカプセル内では、環状の乳酸2量体の分解が著しく抑制された。さらに、この特異な内包挙動のメカニズムを解明した。本研究成果は、疎水性カプセル空間による初の親水性オリゴマーの捕捉であり、新たな人工レセプター(受容体)の合成研究への展開が期待される。

親水性の生体分子(アミノ酸や核酸塩基など)は水分子と水素結合を形成するため、水中では高度に安定化している。生体のタンパク質ポケットは多点の分子間相互作用でそれらを水中で捕捉できる。しかしながら、人工の分子レセプターでは水中での親水性分子の内包は困難な課題であり、とりわけ、バイオプラスチック[用語2]に関連する乳酸オリゴマーの内包は未達成であった。本研究では、水中で芳香環に囲まれた「疎水性ナノ空間」が瞬時にかつ100%の収率で、「親水性の乳酸オリゴマー」を内包できる(結合定数:105 M–1以上)ことを見出した。また、内包された環状の乳酸2量体(ラクチド)は、水中での加水分解反応が顕著に抑制された。分子レベルでの詳細なメカニズムの検証から、内包体は多点の分子間相互作用(CH-π相互作用[用語3]と水素結合)に基づく負のエンタルピー変化により、水中で安定化することが明らかになった。

これらの研究成果は、株式会社リガクとの共同研究によるもので、欧州の主幹化学雑誌 Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)に速報論文として、平成30年2月28日付け(ドイツ時間)で掲載された。

研究の背景とねらい

“水と油”に例えられるように、分子の親水性と疎水性は本質的に相反する性質である。従って、親水性の生体分子は水中で、水素結合により水分子と相互作用して安定化するため、疎水性の分子や表面、空間と相互作用することは稀である(図1a)[文献1]。生体のタンパク質ポケット内では、多点の分子間相互作用(主に水素結合)を利用することで、親水性分子を水中でも内包できる。しかしながら、「水中かつ人工の分子レセプターによる親水性生体分子の内包」は未だに困難な課題として認知されている。最近、我々は独自に開発したナノカプセル1[文献2](図1b)が、多点の分子間相互作用でスクロース(砂糖の主成分)を水中で選択的に内包できることを見出した[文献3]

この発見をヒントに本研究では、バイオプラスチックの成分である乳酸オリゴマーに着目した(図1c)。乳酸オリゴマーは、生体分子の乳酸の縮重合で簡単に得られる化合物である。しかしながら、その高い親水性のため、水中で乳酸オリゴマーと強く相互作用する人工レセプターは未報告であった。今回、人工のナノカプセル1の芳香環に囲まれた疎水性空間が、多点のCH-π相互作用と水素結合により、水中で乳酸オリゴマーを内包できることを初めて見出した。また、ナノカプセルは乳酸の環状2量体の加水分解反応を顕著に抑制した。さらに、熱力学的パラメーターを計測し、親水性オリゴマーの詳細な内包メカニズムを明らかにした。

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(a)親水性オリゴマーの疎水性ナノ空間への内包(b)疎水空間を有する人工ナノカプセルと(c)親水性の乳酸オリゴマーの構造。

図1.(a)親水性オリゴマーの疎水性ナノ空間への内包(b)疎水空間を有する人工ナノカプセルと(c)親水性の乳酸オリゴマーの構造。

研究内容

水中での乳酸オリゴマーの内包

まず、乳酸モノマー(単量体)の内包を検討した。乳酸の両端をメチル化した2分子の2bは、ナノカプセル1の水溶液に室温で加えることで瞬時にかつ定量的に内包された(図2a)。その溶液の核磁気共鳴装置(1H NMR)のスペクトルでは、–2.5から0.5 ppmの領域に、内包された2分子の2bに由来する特徴的なシグナルが観測された(図2b)。また、質量分析計(ESI-TOF MS)によるスペクトルから、2分子の2bの内包が明瞭に確認された。さらに、詳細な内包状態はX線結晶構造解析より明らかにした(図2c)。その結果、カプセルの疎水性空間に内包された2分子の2bは、カプセル–乳酸間で2ヶ所のCH-π相互作用、カプセル–乳酸間で7ヶ所の水素結合、乳酸–乳酸間で3ヶ所の水素結合を形成していた。一方で、同条件において乳酸(2a)の内包は観測されなかったが、2aのオリゴマーである4a(乳酸3量体)、4b(4量体)、4c(5量体)は1分子ずつ定量的に内包された。乳酸4量体4bの内包体のX線結晶構造解析より、2bと同様にカプセル-4量体間で複数のCH-π相互作用と水素結合の存在が確認された(図2d)。

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(a)ナノカプセル1による水中での乳酸誘導体2bの内包と、その(b)1H NMRスペクトルおよび(c)X線結晶構造.(d)乳酸4量体4bの内包体のX線結晶構造(赤線:CH-π相互作用、青線:水素結合、外面親水基とカウンターアニオンは省略)

図2.(a)ナノカプセル1による水中での乳酸誘導体2bの内包と、その(b)1H NMRスペクトルおよび(c)X線結晶構造.(d)乳酸4量体4bの内包体のX線結晶構造(赤線:CH-π相互作用、青線:水素結合、外面親水基とカウンターアニオンは省略)。

環状乳酸2量体の内包による安定化

環状の乳酸2量体(ラクチド;3b)は水中で加水分解反応により、直鎖状の乳酸2量体3aに変換される。この水に不安定な3bをカプセル1の水溶液に添加すると、2分子が瞬時に内包されることがNMRとMSより分かった。そこで、水中での3bの分解速度をNMRの経時変化測定で評価した。その結果、フリー(カプセル無し)の3bは室温で30時間後には全て3aに加水分解されたが、カプセル内では同条件において、加水分解は約20%に留まった(図3)。この顕著な安定化は、カプセルの内部空間が芳香環骨格により外部から隔離され、2分子の3bがその空間を完全に満たし、水分子が入る余地がないことに由来すると考えた。

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水中における、ナノカプセル1有無によるラクチド(3b)の加水分解挙動の比較

図3. 水中における、ナノカプセル1有無によるラクチド(3b)の加水分解挙動の比較。

内包メカニズムの解明

最後に、乳酸オリゴマーが内包されるメカニズムを調査した。等温滴定型熱量(ITC)測定から、水中でのナノカプセル1による乳酸4量体4bの内包の熱力学的パラメーターを算出したところ(図4a,b)、エンタルピーの変化量(ΔH)は大きな負の値(約 –40 kJ/mol)で、エントロピーの変化量に温度を掛けた値(TΔS)は小さな負の値(約 –8 kJ/mol)であった。自発的な反応には、ΔH – TΔSの値が負を示す必要があり、分子間相互作用で生じた大きな負のΔHは、内包反応の自発的な進行を促す。また、その内包の強度を表す結合定数は105 M–1以上で、比較的大きな値を示した。環状および直鎖状の乳酸2量体3a3bの内包においても同様に大きな負のΔHと、同程度の結合定数が観測された。以上のことから、親水性の乳酸オリゴマーは、疎水性のナノカプセル内での多点の分子間相互作用に基づくエンタルピー項の大きな安定化が駆動力となり、水中にも関わらず強く内包されることが判明した。

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(a)水中でのナノカプセル1による乳酸4量体4bの内包と(b)その等温滴定型熱量(ITC)測定。

図4.(a)水中でのナノカプセル1による乳酸4量体4bの内包と(b)その等温滴定型熱量(ITC)測定。

今後の研究展開

本研究では、従来の親水性-疎水性の相互作用の常識に反し、人工のナノカプセルの疎水空間による親水性の乳酸オリゴマーの捕捉に初めて成功した。また、結晶構造解析や等温滴定型熱量測定などから、詳細な分子間相互作用と内包メカニズムを明らかにした。これらの成果を基に、今後、生体オリゴマー(ペプチドなど)の高感度センシングのための分子レセプターの開発が期待できる。

用語説明および参考文献

[用語1] オリゴマー : 少数の分子(本研究では乳酸)が結合した重合体のこと。分子の重合数に応じて、2量体、3量体、4量体などと呼ぶ。

[用語2] バイオプラスチック : 生体分子から作られたプラスチック。乳酸オリゴマーやポリマーは自然界で微生物に分解され、最終的に水と二酸化炭素になる。

[用語3] CH-π相互作用 : 炭素に結合した水素と芳香環の間に働く静電的な相互作用。

[文献1] J. W. Steed, J. L. Atwood, Supramolecular Chemistry, 2nd ed. Wiley, Hoboken, 2009.

[文献2] N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11438–11441.

[文献3] M. Yamashina, M. Akita, T. Hasegawa, S. Hayashi, M. Yoshizawa, Sci. Adv. 2017, 3, e1701126.

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Hydrophilic Oligo(Lactic Acid)s Captured by a Hydrophobic Polyaromatic Cavity in Water
(水中での疎水性の芳香族ナノ空間を用いた親水性の乳酸オリゴマーの内包)
著者 :
Shunsuke Kusaba, Masahiro Yamashina, Munetaka Akita, Takashi Kikuchi, Michito Yoshizawa*
(草葉竣介、山科雅裕、穐田宗隆、菊池 貴、吉沢道人*
DOI :
10.1002/anie.201800432 Image may be NSFW.
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研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
准教授 吉沢道人

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


ウエハー級品質の太陽電池用シリコン薄膜の作製に成功

10倍以上の成長速度で、製造コストの大幅低減に期待

要点

  • 従来の10倍以上の成長速度で太陽電池用高品質Si単結晶薄膜の形成に成功
  • ナノ表面粗さ制御技術により、結晶欠陥密度をシリコンウエハーレベルに低減
  • 単結晶Si太陽電池の発電効率を維持し、コストを大幅低減可能な技術を開発

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊原学教授、長谷川馨助教らは早稲田大学 理工学術院の野田優教授と共同で、結晶欠陥密度をシリコン(Si)ウエハーレベルまで低減した高品質単結晶Si薄膜を、これまでの10倍以上の成長速度で作製することに成功した。原理的に原料収率を100%近くに向上できるため、単結晶Si太陽電池の発電効率を維持したまま、製造コストを大幅に低減することが期待できる。

伊原教授らは単結晶ウエハーの表面に電気化学的手法で2層のナノオーダーのポーラスシリコン[用語1]を作製。独自のゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法)[用語2]で表面荒さ0.2-0.3 nm(ナノメートル)まで平滑化した基板を使って高速成長させ、高品質の薄膜単結晶を得た。成長膜は2層のポーラスSi層を使って容易に剥離できる。ZHR法の条件を変えて下地基板の表面粗さを低減すると、結晶薄膜の欠陥密度が徐々に減少し、最終的に約10分の1のSiウエハーレベルまで低減できた。わずか0.1-0.2 nm(原子数~数十層レベル)の表面荒さが結晶欠陥の形成に重要な影響を与えることを示したもので、結晶成長メカニズムとしても興味深い。

研究成果は英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)ジャーナル「CrystEngComm」に2月15日に掲載されるとともに、同誌の表紙になることが決定した。

研究成果

伊原教授らの開発した単結晶Si薄膜作製技術は原料収率を100%近くまで向上できる。このため、現在、太陽電池の多数を占める単結晶シリコン太陽電池並みの発電効率を維持したまま、高速成長による製造装置コストおよび薄膜化・高原料収率による原料コストを大幅に低減できる技術として期待できる。

具体的には「1. 単結晶Siウエハー表面に2層のポーラスシリコンを作製」「2. 表面をZHR法で平滑化」「3. その基板を使って高速成長させてSi単結晶薄膜を形成」「4. ポーラスSi層を使って剥離」という手順だ。下地のSi基板は再利用もしくは薄膜成長用の蒸発源として利用でき、原料損失を大幅に低減できる。

背景

単結晶Si太陽電池は薄型化することにより、現状モジュールの約40%を占めている原料コストを大幅に低減できる。またフレキシブル化、軽量化による用途の拡大、設置コストの低減も期待できる。また、近年、化学的気相法(CVD)を用いたエピタキシー[用語3]電気化学的エッチング[用語4]による2層の多孔度の異なるナノ構造を有するポーラスシリコン(Double Porous Silicon layer: DPSL)を用いたリフトオフ(剥離)による単結晶Si薄膜太陽電池は将来、競争力を持つとして注目されている。

リフトオフによる単結晶Si太陽電池の技術的課題は、「1. Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること」「2. 容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること」「3. 成長速度とSi原料収率を大幅に向上させること(成長速度によって必要な装置コストが決定)」「4. リフトオフ後の基板を無駄なく利用できること」などであった。特に1のウエハーレベルの品質の実現のためには、ポーラスシリコン上に成長する結晶薄膜の品質を支配する主要因を明らかにして、制御する技術を開発する必要があった。

研究の経緯

東工大伊原研究室ではランプヒーターの高速走査により膜のみを高温熱処理及び再結晶化する手法を有し、表面熱履歴の制御による高結晶化の技術蓄積を持つ。帯域加熱は短時間での処理であり、大面積化にも対応可能な手法である。平滑なSiO2で挟み込む構造を作り、高速の帯域加熱(<10 mm/sec)を行うことで、アモルファスSiを短時間で溶融再結晶化し単結晶Siの生成にこれまでに成功した(zone melting crystallization, ZMC)[参考文献1]

この結晶成長では、SiO2/Siの固液界面にて安定結晶面が存在しメルト/固化の過程の局所的な安定性によって(100)配向し、“高速、シード無しの処理”でも単結晶Si膜の形成が可能となったと報告していた[参考文献2]

さらに、これらの技術をポーラスシリコン基板の処理に適用し、処理条件をよりマイルドにすることで表面のみの構造変化を可能とする、ゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法)を開発した。これによって、容易にリフトオフ可能な構造と成長に必要な構造変化の両立が可能となった[参考文献3]。しかし、これらの構造変化と成長するSi薄膜の品質との関係は明かではなかった。

また、単結晶Si薄膜製造においてボトルネックとなるのが、成膜速度とSi薄膜へのSiの原料収率である。エピタキシーで主に用いられる化学蒸着(CVD)では製膜速度は最大で毎時数µm(マイクロメートル)であり収率は10%程度である。早大野田研究室では、原料Siを通電加熱で蒸発させる物理蒸着(PVD)において、原料温度をSiの融点(1,414 ℃)よりはるか高温(2,000 ℃)にすることで高いSi蒸気圧を得、毎分10 µmでSiを堆積できる急速蒸着法(rapid vapor deposition、 RVD)を開発した[参考文献4]

今回の成果は、ZHRの技術によって、リフトオフ法の技術課題である「1. Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること」「2. 容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること」が実現できた。さらに、RVD法によって成長速度とSi原料収率を大幅に向上させることが可能であり、リストオフ後の基板をRVDの蒸発源として利用すれば、リフトオフ後の基板を無駄なく利用できるようになった。

今後の展開

今回の成果によって、リフトオフ法に用いるポーラスシリコン上に高速成長させる際の結晶としての品質向上の主要因を明らかにするとともに、その制御に成功した。今後は、より太陽電池性能に直結する薄膜のキャリアライフタイムの測定および、実際に太陽電池を作製して、技術の実用化を目指す。また、30%超の効率を持つタンデム型太陽電池用の低コストボトムセルとしての利用も検討する。

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“単結晶”シリコン薄膜太陽電池の“低コスト化”

“単結晶”シリコン薄膜太陽電池の“低コスト化”

用語説明

[用語1] ポーラスシリコン : ナノメートルサイズの多数の細孔を持つシリコンで、電気化学的なエッチングによって作製する。

[用語2] ゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法) : 楕円状のミラーを使って線状に加熱しながら走査することで、線状の表面のみを順次、再結晶化させる技術。

[用語3] エピタキシー : 下地基板の結晶構造を引き継ぐ結晶成長。

[用語4] 電気化学的エッチング :電圧をかけて電気化学的に酸化することで、エッチングをおこなう技術。

参考文献

[1] M. Ihara, S. Yokoyama, C. Yokoyama, K. Izumi and H. Komiyama, Applied Physics Letters, 79, 3809, (2001)

[2] S. Yokoyama, M. Ihara, K. Izumi, H. Komiyama and C. Yokoyama, Journal of The Electrochemical Society. 150, A594 (2003)

[3] A. Lukianov, K. Murakami, C. Takazawa and M. Ihara, Applied Physics Letters. 108, 213904 (2016)

[4] Y. Yamasaki, K. Hasegawa, T. Osawa and S. Noda, CrystEngComm 18, 3404 (2016)

論文情報

掲載誌 :
CrystEngComm (RSC), 2018
論文タイトル :
Critical effect of nanometer-size surface roughness of a porous Si seed layer on the defect density of epitaxial Si films for solar cells by rapid vapor deposition
著者 :
Kei Hasegawa, Chiaki Takazawa, Makoto Fujita, Suguru Noda, Manabu Ihara
DOI :
10.1039/C7CE02162C Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 伊原学

E-mail : mihara@chemeng.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3337 / Fax : 03-5734-3337

早稲田大学 理工学術院

教授 野田優

E-mail : noda@waseda.jp
Tel : 03-5286-2769 / Fax : 03-5286-2769

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

多剤排出トランスポーターの薬剤排出機構を解明

スーパーコンピュータ「京」で巨大分子機械の動きを計算

要旨

理化学研究所(理研) 計算科学研究機構 粒子系生物物理研究チームの松永康佑研究員(JSTさきがけ研究員)、横浜市立大学 大学院の山根努特任助教、池口満徳教授、木寺詔紀教授、東京工業大学の村上聡教授らの共同研究グループは、社会問題となっている多剤耐性細菌の原因の1つとされる多剤排出トランスポーター[用語1]「AcrB」の薬剤排出機構を、スーパーコンピュータ「京」[用語2]を用いたシミュレーションによって解明しました。

病原菌やがん細胞に対して薬が作用しなくなる「薬剤耐性化」は、現代の医療現場で大きな問題となっています。特に、院内感染を起こす緑膿菌などの薬剤耐性化は、細菌の膜に存在する多剤排出トランスポーターと呼ばれるタンパク質が薬剤を細胞外へ排出することが主な原因と考えられています。そのため、多剤排出トランスポーターの薬剤排出機構の解明が課題となっています。大腸菌由来の多剤排出トランスポーターであるAcrBは、村上教授らが2002年および2006年にX線結晶構造解析[用語3]によって構造を解明し、それに基づいた作動原理として「機能的回転機構[用語4]」仮説を提唱しました[注1])。2010年には、この仮説は京都大学の高田彰二教授らによる粗視化シミュレーション技法[用語5]などによって実証されました[注2]。しかし、膜を介したプロトン(水素イオン)移動によってどのようにAcrBの構造変化が起き、機能的回転が起るのか、その動的な機構は分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、AcrBとその周りの膜や水分子を「丸ごと」模した全原子モデルを計算機上で再現し、「京」の高並列性を生かすアルゴリズムを用いて薬剤排出過程を計算しました。その結果、AcrBの膜内にあるアスパラギン酸にプロトンが結合すると、薬剤排出へつながる構造変化が引き起こされること、また50オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)も離れた薬剤排出部位の構造変化へ至る過程を明らかにしました。

本成果は、排出を阻害する薬剤開発の基礎に貢献するとともに、生体分子で見られる化学エネルギー・力学エネルギー変換機構の一例を提供するものです。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌「eLife」(3月6日付け)に掲載されました。

本研究の一部は、文部科学省「次世代生命体統合シミュレーションソフトウエアの研究開発」プロジェクトによる支援を受けました。また、本研究はHPCI「京」一般利用課題「最小自由エネルギー経路探索法による多剤排出トランスポーターの薬剤排出機構の解明(課題番号:hp120027)」、ポスト「京」重点課題1研究開発枠(課題番号:hp150269、hp160223、hp170255)として「京」の計算資源を用いて実施しました。

共同研究グループ

  • 理化学研究所 計算科学研究機構 粒子系生物物理研究チーム

    研究員 松永康佑

  • 横浜市立大学 大学院生命医科学研究科

    特任助教 山根努

    特任准教授 森次圭

    教授 池口満徳

    教授 木寺詔紀

  • 東京工業大学 生命理工学院

    教授 村上聡

  • 東京大学 大学院農学生命科学研究科

    特任准教授 寺田透

  • 日本医科大学 物理学教室

    准教授 藤崎弘士

背景

効くはずの薬が効かなくなるという「薬剤耐性化」の問題は、現代の医療現場で大きな問題となっています。病原菌やがん細胞がこのような薬剤耐性を持つメカニズムはいくつかありますが、細胞膜に埋まっている多剤排出トランスポーターと呼ばれるタンパク質が原因の1つであることが分かっています。このタンパク質は巨大な分子機械で、抗生物質や毒物などの異物を取り込んでは細胞外に排出します。これにより、病原菌などに作用するはずの薬剤が効かなくなる現象が起こります。特に、院内感染で社会問題となっている緑膿菌などの薬剤耐性化は、RND型[用語6]と呼ばれる多剤排出トランスポーターが主な要因になっています。

RND型の多剤排出トランスポーターは、細胞膜内外の酸性度(pH)の違いによりプロトン(水素イオン)が移動することを利用して薬剤を排出します。大腸菌由来のRND型多剤排出トランスポーター「AcrB」の構造は、2002年および2006年に村上教授らがX線結晶構造解析によって解明しました。AcrBは約1,000個のアミノ酸からなる巨大な分子が3つ集合した3量体で、3つの分子はそれぞれ異なる構造をとり、取込状態→結合状態→排出状態と順に構造変化して薬剤を排出していると考え、「機能的回転機構」仮説を提唱しました。

AcrBの構造で興味深いことは、薬剤排出に関わっている部位が、細胞膜内のプロトン結合部位と約50オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)も離れている点です。プロトン移動という非常に小さな動きが、どのように増幅されて機能的回転につながる大きな構造変化と関わっているのか、機能的回転やプロトンを実験で観測することは難しく、その詳細は未解明でした(図1)。

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多剤排出トランスポーターAcrBの構造

図1. 多剤排出トランスポーターAcrBの構造

多剤排出トランスポーターAcrBの構造を横から見た図。上が細胞外、下が細胞内に対応する。結合状態にある分子に薬剤が結合している。プロトン結合サイトは膜内に存在する。

2010年に京都大学の高田彰二教授らは、AcrBを構成する原子を粗視化したモデルのシミュレーションを行って、機能的回転機構仮説を実証しました。その粗視化モデルでは、プロトン移動による駆動力を抽象的に扱い、機能的回転が起こると薬剤を排出することを示しました。さらに2013年には、山根特任助教と池口教授らが、AcrBの全原子モデルのシミュレーションを行い、プロトン移動の際に膜内のどこの部位にプロトンが一時的に結合するのかを解明しました。プロトンをいくつかのアミノ酸に結合させ、シミュレーションを多数行うことで、排出型分子の膜内のアスパラギン酸(Asp408)というアミノ酸にプロトンが結合していると安定であることを示しました[注3]

しかし、Asp408にプロトンが一時的に結合・解離することが、どのように機能的回転へとつながる構造変化を引き起こすのかは解明されていません。プロトンと他の原子の相互作用を観察するには、全原子モデルを使う必要がありますが、機能的回転はおよそミリ秒(1,000分の1秒)で起こる非常に遅いプロセスのため、全原子モデルでシミュレーションすることは困難でした。そこで、共同研究グループはスーパーコンピュータ「京」とその高並列性を生かすアルゴリズムを用いて、解明に取り組みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、AcrB 3量体の全原子モデル(周りの水分子や脂質、薬剤を全て含めて約50万原子系)について、「京」を用いて機能的回転へとつながる構造変化を分子動力学法[用語7]でシミュレーションしました。分子動力学法では、1フェムト秒(1,000兆分の1秒)の1ステップごとに各原子に働く力を計算する必要があります。機能的回転は約1ミリ秒(1,000分の1秒)で起こるので、シミュレーションするには1兆回もの計算が必要となります。これを達成するには、例え1ステップを実時間で1ミリ秒で計算したとしても、数十年かかってしまいます。

そこで、計算を時間方向に分割するストリング法[用語8]というアルゴリズムを組み合わせました。ストリング法では、1つの系をシミュレーションする代わりに、構造変化の経路を表した複数の系の分子動力学計算をまとめて行い、最も起こりやすい構造変化経路を探します。複数の系をまとめてシミュレーションするため、「京」の高並列環境があって初めて可能となった計算です(図2)。

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ストリング法の概念図

図2. ストリング法の概念図

最初に始状態と終状態を設定し、機能的回転へつながる構造変化経路を複数のシミュレーション系(青の丸)で表現する。それらを連携させながらまとめてシミュレーションを行うことで、赤の線のように構造変化経路を最適化する。

ストリング法を使ったシミュレーションの結果、AcrB 3量体の内で結合状態にある分子のAsp408にプロトンが結合すると、機能的回転へとつながる構造変化が引き起こされることが分かりました。実際、構造変化経路に沿ったエネルギー変化を計算すると、結合状態が不安定化する一方で、排出状態が安定化することが示されました。対照実験として、排出状態にある分子のAsp408にプロトンを結合させて計算すると、排出状態が安定化したままで機能的回転は誘起されませんでした。

また、得られた構造変化経路を解析することで、離れた部位が連携して動いていることが明らかになりました。まず、膜に埋まっているAsp408の周りで何が起こっているのかを構造解析したところ、プロトン結合により膜に埋まっている部位で特定のαヘリックス[用語9]が下がる運動が生じていることが分かりました。興味深いことに、この下がる運動はプロトン供給源である水分子の出入りを制御しており、結合状態においてプロトンの取り込み、排出状態においてプロトンの放出を起こしやすくしていました。これは結合状態においてプロトンが結合し機能的回転を起こすという結果とつじつまが合います。

さらに、膜に埋まっている部位と薬剤排出部位の動きの網羅的な相関解析を行ったところ、プロトン結合から薬剤排出へと至る相互作用の連鎖が明らかになりました。具体的には、αヘリックスが下がる運動が、膜に埋まっている部位と薬剤排出部位をつなぐ部位のコイル・ヘリックス転移[用語10]を制御しており、その転移が薬剤排出部位の大規模な構造変化を引き起こしていました(図3)。

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膜に埋まった部位と薬剤排出部位の動きの網羅的な相関解析の結果

図3. 膜に埋まった部位と薬剤排出部位の動きの網羅的な相関解析の結果

(左) 相関のあるアミノ酸残基のペアをプロットしたもの。特定のαヘリックスとサブドメイン間に相関があることを示す。
(右) 相関のある部位の動いている構造を重ねて描いたもの。図の右側から、プロトン結合による並進運動(αへリックスが下がる運動)→ヘリックス・コイル転移→ドメイン運動による薬剤排出口のオープンを示す。

今後の期待

本成果は、多くの生体分子にみられるプロトン結合による化学エネルギーと薬剤輸送という力学的エネルギーの間の変換という基礎的問題に対して、1つの機構を提供します。それと同時に、多剤排出トランスポーターによって排出されない薬剤や、排出を阻害する薬剤の開発に資すると期待できます。

また、「京」などのスーパーコンピュータを用いた高性能計算により、実験では観察することが難しい分子機械の動く様子を明らかにできることを示しています。今後、ポスト「京」[用語11]により網羅的な計算が可能になると、さまざまな薬剤の排出過程を観測して、排出される薬剤とされない薬剤の違いを解明したり、AcrBと結合するAcrZなどの他のタンパク質の影響を明らかにできると期待されます。

[注1] S. Murakami, R. Nakashima, E. Yamashita, T. Matsumoto, and A. Yamaguchi, "Crystal structures of a multidrug transporter reveal a functionally rotating mechanism" Nature 443, 173-179 (2006). doi:10.1038/nature05076 Image may be NSFW.
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[注2] 2010年11月17日プレスリリース「多剤排出トランスポーターの機能を分子シミュレーションで初解明Image may be NSFW.
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[注3] T. Yamane, S. Murakami, and M. Ikeguchi, "Functional rotation induced by alternating protonation states in the multidrug transporter AcrB: all-atom molecular dynamics simulations" Biochemistry 52, 7648-7658 (2013). doi:10.1021/bi400119v Image may be NSFW.
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用語説明

[用語1] 多剤排出トランスポーター : 細胞膜を介して分子を輸送する膜タンパク質を総称してトランスポーターと呼ぶが、抗生物質などいくつかの薬剤を排出するトランスポーターを特に多剤排出トランスポーターという。

[用語2] スーパーコンピュータ「京」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。

[用語3] X線結晶構造解析 : タンパク質の結晶を作製し、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、タンパク質の内部の原子の立体的な配置を調べる方法。この方法によって、タンパク質の立体構造や内部構造を知ることができる。

[用語4] 機能的回転機構 : X線結晶構造解析で得たAcrB3量体の非対称構造をもとに、2006年に村上教授らが提案したAcrBの作動原理を説明するモデル。非対称構造では3量体の各分子は3つの異なる状態をとる。1つ目の分子は薬剤待ちの「取込状態」、2つ目の分子は薬剤に結合する「結合状態」、3つ目の分子は薬剤排出する「排出状態」と呼ばれる。薬剤1分子を排出すると3量体の構造状態がちょうど1段階ずつ変化し、1つ目の分子が結合型、2つ目の分子が排出型、3つ目の分子が取込型になると考えた。図に示したように、細胞外側からみると、3量体の構造状態が120度回転していることに対応するので、機能的回転機構と呼ばれる。この変化によって薬剤1分子が外側に運ばれる。同じ分子でできた3量体が非対称な構造状態をとる様子は、ATP合成酵素のF1-ATPaseと類似していることから、F1-ATPaseの作動原理との類推によって考案された。

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プロトン結合に起因したAcrBの薬剤排出と機能的回転

プロトン結合に起因したAcrBの薬剤排出と機能的回転

[用語5] 粗視化シミュレーション技法 : 広義には「もとの問題の重要な側面だけを残してより簡単な表現にする」ことを粗視化というが、ここでは原子レベルによるタンパク質表現から、アミノ酸1個を1粒子として近似する粗視化による分子動力学シミュレーションの技法を表す。

[用語6] RND型 : RNDスーパーファミリーは、大腸菌、緑膿菌などのグラム陰性菌にみられるトランスポーター群であり、主に、pHの差に起因するプロトン輸送を駆動力としてリガンドを輸送する機能を持つ。RNDはResistance-nodulation-cell divisionの略。

[用語7] 分子動力学法 : 計算機の中でモデルの原子間に働く力を計算し、ニュートンの運動方程式を繰り返し解くことで、分子の動きを追跡する方法。

[用語8] ストリング法 : ニュートンの運動方程式を解く代わりに、最初に始状態と終状態を設定し、その間をつなぐ構造変化経路が物理的にもっともらしくなるように最適化する手法。始状態と終状態の間には、複数の少しずつ構造の異なるシミュレーション系を配置して、構造変化経路を表現する。それらを連携させながらまとめてシミュレーションを行うことで、構造変化経路を最適化する。

[用語9] αへリックス : タンパク質の二次構造の共通モチーフの1つで、バネのような右巻きらせんの形をしている。

[用語10] コイル・ヘリックス転移 : タンパク質やポリペプチド鎖の一部または全部が、特定の構造をとらないランダムコイル構造からαヘリックスへと構造転移する現象。

[用語11] ポスト「京」 : 「京」の後継機として、2021年から2022年の運用開始を目標に、理化学研究所が主体となって開発を進めている次世代フラッグシップスーパーコンピュータ。

論文情報

掲載誌 :
eLife
論文タイトル :
Energetics and conformational pathways of functional rotation in the multidrug transporter AcrB
著者 :
Yasuhiro Matsunaga, Tsutomu Yamane, Tohru Terada, Kei Moritsugu, Hiroshi Fujisaki, Satoshi Murakami, Mitsunori Ikeguchi, and Akinori Kidera
DOI :
10.7554/eLife.31715 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

理化学研究所 計算科学研究機構 粒子系生物物理研究チーム

研究員 松永康佑

E-mail : ymatsunaga@riken.jp
Tel : 078-304-5323 / Fax : 078-569-8820

横浜市立大学 大学院生命医科学研究科

特任助教 山根努

教授 池口満徳

教授 木寺詔紀

E-mail : ike@tsurumi.yokohama-cu.ac.jp
Tel : 045-508-7232 / Fax : 045-508-7367

東京工業大学 生命理工学院

教授 村上聡

E-mail : murakami@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5748 / Fax : 045-924-5709

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課長 渡邊誠

E-mail : kenki@yokohama-cu.ac.jp
Tel : 045-787-2510 / Fax : 045-787-2509

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

創設100周年 平成29年度手島精一記念研究賞の授与式を挙行

2月27日に大岡山キャンパス東工大蔵前会館くらまえホールにおいて、手島精一記念研究賞の授与式が行われました。授与式には、各賞受賞者のほか、本学関係者、本学同窓会組織である一般社団法人蔵前工業会の理事長および事務局長、元手島工業教育資金団役員が出席しました。

手島精一記念研究賞は今年度、創設100周年を迎えました。手島精一先生は、東京工業大学の前身である東京工業学校および東京高等工業学校の校長として25年有余にわたり工業教育に努め、更には、日本の工業教育の進展のために多大な貢献を行いました。手島先生が1917年に退官した際に、先生の功績を永遠に記念するため、当時の政界、財界、教育界の諸名士が発起人となって募金が行われ、手島精一記念研究賞が設けられました。創設以来、受賞件数はこの100年で946件を数え、多くの優れた業績の栄誉を称えてきました。

今年度は、研究論文賞、博士論文賞、留学生研究賞、発明賞、若手研究賞(藤野・中村賞)、著述賞の6つの賞に対し26件・計35名の受賞者が、三島良直学長から賞状と副賞を授与されました。

授与式に引き続いて、ロイアルブルーホールにおいて受賞者を囲んで祝賀会が行われ、出席者全員和やかな雰囲気のうちに閉会しました。

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手島精一記念研究賞の授与式

手島精一記念研究賞の授与式

平成29年度受賞者

今年度の受賞者は、以下のとおりです。(敬称略)

研究論文賞(2件計7名)

  • 西沢 望(科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 特任助教)
  • 西林 一彦(科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 特任講師)
  • 宗片 比呂夫(科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 教授)

“Pure circular polarization electroluminescence at room temperature with spin-polarized light-emitting diodes”(PNAS,February 21,2017,Vol.114,no.8,1783-1788)

  • 青木 大輔(物質理工学院 応用化学系 助教)
  • 相原 豪太(物質理工学院 応用化学系 修士課程1年)
  • 打田 聖(物質理工学院 応用化学系 講師)
  • 高田 十志和(物質理工学院 応用化学系 教授)

“A Rational Entry to Cyclic Polymers via Selective Cyclization by Self-Assembly and Topology Transformation of Linear Polymers”(J.Am.Chem.Soc.2017,139,6791-6794)

博士論文賞(14名)

数学関係部門

  • 浮田 卓也(理学院 数学系 特別研究員)

“Genus zero Lefschetz fibrations on the Akbulut cork and Akbulut-Yasui plugs”

  • 大場 貴裕(理学院 数学系 特別研究員)

“Topological approaches to contact manifolds and Stein domains”

物理学関係部門

  • 小林 大(九州大学 理学研究院 学術研究員)

“Search for lepton-flavor-violating decay τ → 3μ at the ATLAS experiment”

  • 澁谷 達則(国立研究開発法人産業技術総合研究所 特別研究員)

「超極細電子線によるコヒーレント照射顕微法の実証研究」

化学関係部門

  • 中田 明伸(京都大学 工学研究科 特定助教)

「水溶液中において駆動するCO2還元光触媒の創製」

材料工学関係部門

  • 遠藤 一輝(JFEスチール株式会社 薄板研究部 研究員)

“Study on Shape Memory, Superelastic Properties and Microstructure of Ti-Mo Base Alloys”

  • 大井 梓(物質理工学院 材料系 助教)

「チャンネルフローマルチ電極法による白金合金の溶解機構に関する研究」

応用化学関係部門

  • 堀 智(物質理工学院 応用化学系 日本学術振興会特別研究員)

“Materials developments of Li10GeP2S12-type superionic conductors in the Li2X-P2X5-MX2 pseudoternary system-Application as solid electrolytes for all-solid-state lithium batteries-”

機械工学関係部門

  • 小島 朋久(明治大学 理工学部 助教)

“Wave propagation across solid-fluid interface with fluid-structure interaction”

  • 堀米 篤史(ファナック株式会社)

「高強度化学繊維を用いたワイヤ干渉駆動型長尺多関節マニピュレータの機構と制御の研究」

電気・電子工学関係部門

  • 池田 翔(三菱電機株式会社 情報技術総合研究所)

「無線通信用周波数シンセサイザの高性能化の研究」

情報学関係部門

  • 北原 大地(立命館大学 情報理工学部 画像・音メディアコース 助教)

“A Study of Algebraic Phase Unwrapping and Spline Smoothing for Signal Processing Applications”

  • 宮内 敦史(理化学研究所 革新知能統合研究センター 特別研究員)

“Community Detection in Networks : Models and Algorithms”

建設関係部門

  • 松澤 一輝(物質理工学院 材料系 特任助教)

「化学混和剤と微量成分の相互作用」

留学生研究賞(4名)

  • CAN KADIR UTKU(理化学研究所 仁科加速器研究センター 特別研究員)

“Look inside charmed-strange baryons from lattice QCD”

  • Sae-Lim Natthawute(情報理工学院 情報工学系 博士課程2年)

“Context-Based Approach to Prioritize Code Smells for Prefactoring”

  • Sharankova Ralitsa(Tufts University・Postdoctoral researcher)

“Measurement of θ13 in Double Chooz using neutron captures on hydrogen with novel background rejection techniques”

  • Xin Xu(Huawei Technologies Co.Ltd)

“E-Band Plate-Laminated Waveguide Filters and Their Integration Into a Corporate-Feed Slot Array Antenna With Diffusion Bonding Technology”

発明賞(1件計3名)

  • 久堀 徹(科学技術創成研究院 化学生命化学研究所 教授)
  • 原 怜(生命理工学院 生命理工学系 助教)
  • 野島 達也(東南大学(中国)・准教授)

「タンパク質のチオール基の酸化還元状態を検出する方法、並びにそれに用いられる試薬及びキット」

若手研究賞(藤野・中村賞)(2名)

  • 大場 史康(科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授)

「高精度第一原理計算法の開発と新規半導体材料の設計・探索への応用」

  • 藤井 慎太郎(理学院 化学系 特任准教授)

「分子性ナノ構造体に現れる新たな物性・機能の探索」

著述賞(3件5名)

  • 梶川 浩太郎(工学院 電気電子系 教授)

「先端機能材料の光学」(内田老鶴圃)

  • 巾崎 潤子(物質理工学院 応用化学系 助教)
  • Carlos Leon(Universidad Complutense Madrid・Professor)
  • K.L.Ngai(Universita di Pisa・Professor)

「Dynamics of Glassy,Crystalline and Liquid Ionic Conductors」(Springer International)

  • 山崎 太郎(リベラルアーツ研究教育院 教授)

「《ニーベルングの指環》教養講座-読む・聴く・観る!リング・ワールドへの扉」(アルテスパブリッシング)

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受賞者を代表して挨拶する西沢望特任助教(研究論文賞)

受賞者を代表して挨拶する西沢望特任助教(研究論文賞)

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三島学長から賞状を授与される受賞者

三島学長から賞状を授与される受賞者

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受賞者と出席者の記念撮影

受賞者と出席者の記念撮影

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課 手島記念担当

E-mail : tokodai.tejima@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2016

アリのような動きをする六脚ロボットを制御

生物信号に基づいたバイオインターフェースで

要点

  • 非線形振動子を用いて少ないパラメーターで複数の歩行動作の生成に成功
  • フィールド・プログラマブル・アナログ・アレイで複雑な歩行パターンを生成

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 バイオインタフェース研究ユニットの小池康晴教授、吉村奈津江准教授、ルドビコ・ミナチ特任准教授(兼ポーランド科学アカデミー研究員)、マッティア・フラスカ研究員(兼カターニャ大学)らの研究チームは、アリやゴキブリのように複雑な脚部を持つロボットに階層制御装置アーキテクチャー[用語1]を採用した新しい駆動方式を開発した。

この制御装置は非線形振動子[用語2]を基盤とし、システムの柔軟性を図るため、フィールド・プログラマブル・アナログ・アレイ(FPAA)[用語3]を実装している。ごく限られた数のハイパー・パラメーター[用語4]を入力することによって、ロボットの歩行パターンをさまざまに変えることが可能になった。具体的にはヒトにも昆虫にもある中枢パターン生成器(CPG)[用語5]を応用して自在に動くロボットの制御に成功した。

この成果は複雑構造のロボットを制御するために、人の脳波などの信号によってロボットを動作させるブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)[用語6]を将来どのように製作し使用できるかという研究の糸口として期待される。

研究成果は米国電子電気学会(IEEE)のオープンアクセスジャーナルである「IEEE Access」に1月26日に掲載された。

研究成果

東工大の小池教授らの研究チームは、生物の脳に着想を得た2階層構造を有する電子発振器の階層ネットワークに基づいて、新たな歩行パターン生成手法を導入し、アリのような動きをする六脚ロボットの制御に応用した。この制御装置は二つの階層で構成されている。上の階層には中枢パターン生成器(CPG)を一つ搭載し、これでロボットの脚部全体の一連の動作を制御する。下の階層には6本の足に応じた6個の局所パターン生成器(LPG)[用語7]が搭載されており、各脚部の軌道を個別に制御している。

今回、小池教授らが開発した制御装置はシステムの柔軟性を重視してFPAAを実装しているのが特徴だ。きわめて自由度が高く、全回路パラメーターを即座に再設定およびチューニングできる。単純な配線構造であっても、生物の脳に見られる現象が再現可能であるということを実証した。現実に同研究グループが意図も予測もしていなかった現象および歩容をロボットが示し、後にそれが実際の昆虫にも見られることがわかった。

アナログな構成要素によってネットワークを実現し、それによってある程度の自己組織化がかなうために、こうした新たな現象が発生するが、この手法は、すべてが事前に設計および固定されている従来のエンジニアリングとはまったく異なる。この新たな手法によって、実際の生物の動きにより一層近づくことに成功した。

LPGは6本の足にそれぞれ三つの関節ごとに一つずつ非線形振動子が取り付けられている。つまり足の部分には18の振動子がある。それらを一つずつ制御していては大変なので2階層にして上層のCPGが少ないパラメーターで全体の動きを制御し、下層のLPGが各脚部を個別に制御する方式である。

研究の背景

昆虫はさまざまな要因に対して歩行パターン、特に、歩行速度を即座に調整している。一部の歩行パターンが頻繁に観察されたために、これらが基準の歩行パターンであると考えられているが、実際には無数の歩行パターンがある。そして、アリやゴキブリなど異なる種の昆虫が、異なる体形であるにもかかわらず、よく似た歩行パターンをとることがある。これまでは、これほどの複雑性を人工的なパターン生成器にすべて集約しようとしたので、自然な動きを持つ歩行ロボットを実現することができなかった。

昆虫に限らず、多くの動物は傾斜面や瓦礫の山などの不規則面の歩行が可能で、車両型ロボットでは、いくら最先端のものであっても立ち入ることができない場所に入ることができる。ここで興味をそそられるのは、動物の歩行時に行われている非常に複雑な計算は、実際にはどのようにして絶え間なく処理されているのかということである。

最も単純な構造の脳でさえも、歩行パターンの生成に特化したパターン生成器の回路を内蔵しているということがわかっている。これまでも、この回路の人工的な複製が試みられ、ある程度の成功を収めてきたが、十分な適応性を再現できないという問題にも直面した。

その一方で今回、2階層構造を有する電子発振器の階層ネットワークに基づいた、新たな歩行パターン生成手法を導入し、アリ型六脚ロボットの制御に応用することに成功した。この研究成果により、脚型ロボットの制御への新たな道が開かれた。

今後の展開

今回開発した制御方法の重要な点は、非常に複雑なものを、ごく少数のパラメーターにまとめられるということである。具体的にはハイパー・パラメーターにより、歩く動作、速度、姿勢などを明確に設定できることだ。パラメーターはダイナミックに変更可能であり、将来はBCIを使用してリアルタイムにパラメーターを変更することが容易になり、現在の手法では制御しきれない複雑な動作を制御できるようになると期待される。

また、この制御装置は徐々に効果を発揮し、生物学的に妥当と思われるパターン生成手法を実現していくことになるだろう。個別のコマンドをデコードする従来の煩雑なシステムと比べると、よりシームレスで本物そっくりに動かすことができるようになると考えられる。この分野において蓄積した多くのノウハウを使って今後さらに実用化に向けた研究を進めていく。

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制御装置のネットワークとロボットの姿勢

図1.制御装置のネットワークとロボットの姿勢

上:制御装置の構成。中央に中枢パターン生成器(歩容全体を制御)、左右に6個の局所パターン生成器(各脚部の軌道を個別に制御)を示しています。

下:アリのような姿勢(左)およびゴキブリのような姿勢(右)で歩行するロボットの静止イメージ。

この研究は、World Research Hub Initiative(WRHI)[用語8]のプログラムにより、東京工業大学、ポーランドのポーランド科学アカデミー、およびイタリアのカターニャ大学の研究者が共同で取り組んだ成果である。

用語説明

[用語1] 階層制御装置アーキテクチャー : アーキテクチャーは設計方法、設計思想のこと。階層制御はこの研究の場合、2階層にして上の階層でロボットの脚部全体の制御、下の階層には6本の脚部の軌道を制御している。

[用語2] 非線形振動子 : 一般に微分方程式のかたちで表す動的な振る舞いで、初期値に比例しない振動を発生するもの。

[用語3] フィールド・プログラマブル・アナログ・アレイ(FPAA) : プログラム可能なアナログ回路が多数結合したもの

[用語4] ハイパー・パラメーター : モデルの構造を決めるためのパラメーター

[用語5] 中枢パターン生成器(CPG) : 刺激を加えて手足の規則的な運動パタ ーンを生成するリズム発生器のようなもの。規則的なリズムの歩容(脚部動作シーケンス)を自動生成する。タイトルの「バイオインターフェース」はこのCPGの働きを活用しているという意味。

[用語6] ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI) : 脳波など人間の脳が発信する信号によってロボットの動作を制御すること。

[用語7] 局所パターン生成器(LPG) : CPGの各出力を、対応する脚部ジョイントの軌道に変換する装置。

[用語8] World Research Hub Initiative(WRHI) : 海外から世界トップレベルの研究者を招聘し、東工大の研究者と共同して研究を行い、分野を超えた交流を実施するプログラム。

論文情報

掲載誌 :
IEEE Access
論文タイトル :
Versatile locomotion control of a hexapod robot using a hierarchical network of nonlinear oscillator circuits
著者 :
Ludovico Minati1、2、 Mattia Frasca3、 Natsue Yoshimura1、Yasuharu Koike1
1東京工業大学(日本)2ポーランド科学アカデミー(ポーランド、クラクフ)3カターニャ大学(イタリア)
DOI :
10.1109/ACCESS.2018.2799145 Image may be NSFW.
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研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院

バイオインタフェース研究ユニット

教授 小池康晴

E-mail : koike@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5054

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

「全固体電池研究ユニット」ならびに「ナノ空間触媒研究ユニット」のリーフレット公開

2017年度に新たに設置された2つの研究ユニット「全固体電池研究ユニット」ならびに「ナノ空間触媒研究ユニット」のリーフレットが完成しました。

研究ユニットは、科学技術創成研究院(IIR)のもとに最先端研究を小規模のチームで機動的に推進するために設置され、卓越したリーダーが“尖った”研究を大きく育てるための仕組みです。

設置された各研究ユニットのねらい、特色、具体的な研究目標、それを達成する道筋などをわかりやすく紹介しています(日本語版、英語版)。

新設された研究ユニット

現行の研究ユニット

グローバル水素エネルギー研究ユニット

(リーダー:岡崎健特命教授)

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グローバル水素エネルギー研究ユニット

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ビッグデータ数理科学研究ユニット

(リーダー:高安美佐子教授)

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ビッグデータ数理科学研究ユニット

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スマート創薬研究ユニット

(リーダー:関嶋政和准教授)

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スマート創薬研究ユニット

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ハイブリッドマテリアル研究ユニット

(リーダー:山元公寿教授)

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ハイブリッドマテリアル研究ユニット

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バイオインタフェース研究ユニット

(リーダー:小池康晴教授)

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バイオインタフェース研究ユニット

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革新固体触媒研究ユニット

(リーダー:原亨和教授)

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革新固体触媒研究ユニット

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原子燃料サイクル研究ユニット

(リーダー:竹下健二教授)

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クリーン環境研究ユニット

(リーダー:藤井正明教授)

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クリーン環境研究ユニット

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研究ユニットリーフレット一括ダウンロード

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お問い合わせ先

研究・産学連携本部

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3794

3月27日15:30 タイトル、本文中に誤りがあったため、修正しました。

ひと目で分かるTokyo Tech Research Mapが新登場 「研究」ページをリニューアル

4月2日、東工大全学ウェブサイトの「研究」ページをリニューアルし、最新の東工大研究の概要、強み、ハイライト等を紹介しています。

研究分野の広がりと研究者の多様性がひと目で分かるマップ「Tokyo Tech Research Map(東工大リサーチマップ)」が新たなコンテンツとして加わり、研究者と研究内容をインタラクティブに検索できます。

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ひと目で分かるTokyo Tech Research Mapが新登場 「研究」ページをリニューアル

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
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清水優史名誉教授が平成29年度日本放送協会放送文化賞を受賞

本学の清水優史名誉教授(専門分野:生体流体工学・計測工学・環境エネルギー工学)が、日本放送協会(NHK)の第69回(2017年度)日本放送協会放送文化賞を受賞しました。 放送文化賞は1949年度に設けられ、放送事業の発展に寄与し、放送文化の向上に貢献があった方々に毎年贈られるものです。今年度は、清水名誉教授、歌舞伎俳優の松本白鸚、落語家の笑福亭鶴瓶らそうそうたる顔ぶれの7名が受賞し、贈呈式はNHKホールにて3月16日に行われました。

現在NHKロボコンは、「NHK学生ロボコン」「ABUアジア・太平洋ロボットコンテスト(ABUロボコン:ABU Asia-Pacific Robot Contest)」「高専ロボコン(アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト)」の3種類があります。清水名誉教授はロボットコンテスト創成期から、ルール策定・監修や審判、競技委員会・専門委員として関わり、「ミスター・ロボコン」とよばれています。

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賞状等の記念品を授与される清水名誉教授

賞状等の記念品を授与される清水名誉教授

清水優史名誉教授受賞コメント

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受賞挨拶

受賞挨拶

30年に渡り、とても楽しいNHKロボコンを手伝わせていただき、さらに本日は放送文化賞までいただき、大変ありがたく思っております。

NHKロボコンは、今から30年ほど前に、高等専門学校の学生が参加する「全国高等専門学校ロボットコンテスト」から始まりました。そしてその2年後には、東京工業大学と米国のマサチューセッツ工科大学の学生が参加する「IDCロボットコンテスト大学国際交流大会(IDC:International Designe Contest)」が始まり、さらにその2年後から日本の大学生が参加する大学ロボコンが始まりました。その後この3つのロボコンは順調に成長し大きく発展してきましたが、IDCは2006年に独立し、現在は世界の7か国の大学の人達が運営し、順調に続いています。また大学ロボコンは「ABUロボコン」に発展し、アジアの多くの国の学生が参加できるものになっています。

このロボコンというコンテストが始まった理由をちょっと話しておきます。1980年代の我が国のバブル経済の時、日本の一人勝ちに苛立った米国等が、日本人は人の真似ばかりして大量の利益を得て怪しからん、もっと世界に貢献するため、創造性を持つべきだ、と激しく非難しました。この非難を聞いたNHKの人たちは、日本人は本当に創造性に欠けており、それを伸ばす教育が必要なのだろうか?と真剣に考え、色々調べたようです。その結果から、日本人の創造性を高めるアイディアとして、ロボコンを考え付いたようです。このアイディアは立派に育ち、現在創造性を育てる教育の分野に大きな影響を及ぼしています。

今後も日本及び世界の若者のため、微力ではありますが、このロボコンを成長させ続けるため、お手伝いをさせていただきたいと、心から思っています。

有難うございました。

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


AIを活用した金融市場解析の共同研究講座を開設

株式会社三菱UFJ銀行(取締役頭取執行役員 三毛兼承)と国立大学法人 東京工業大学(学長 益一哉)は、今般、「MUFG AI金融市場解析共同研究講座」を開設いたしました。

三菱UFJ銀行は、外国為替をはじめとする金融市場取引業務において、AIを活用した「相場予測」や「トレーディング技術の革新」によるお客様提案の高度化に取り組んでおります。今回の共同研究を通じて、AIによる金融市場の解析のさらなる高度化を目指します。今後もFinTechによる取り組みを強化し、より一層付加価値の高い金融サービスをご提供できるよう取り組んでまいります。

AIとは、人工知能(Artificial Intelligence)の略称です。

東京工業大学は、科学技術創成研究院 高安美佐子教授をリーダーとして、ビッグデータ数理科学研究ユニットチームと同研究院 奥村学教授の研究チームが分担し、複雑に変化していく金融市場をビッグデータに基づいて役割を紐解き、時々刻々のベストなトレーディング戦略の立案とシステムの安定性に関する研究を行います。今後も国内外の企業や大学との連携強化により革新的な研究成果を生み出し、その社会実装に注力していきます。

ビッグデータ数理科学研究ユニットチーム

教員:
高安美佐子教授
研究内容:
既存の物理学が扱わなかった幅広い分野の現象を統計物理の手法を用いて解析、様々な人間活動のビッグデータを用いて経済や社会の現象を解析する経済物理学の研究に従事。
研究室サイト
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奥村研究室チーム

教員:
奥村学教授
研究内容:
ことばを計算機で処理する技術(自然言語処理)に関する研究と、その技術を用いたテキスト要約、人々の意見、感情を分析する評判分析、ソーシャルメディアを対象としたテキストマイニングなどに関するシステムの開発に従事。
研究室サイト
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お問い合わせ先

三菱UFJ銀行 広報部

Tel : 03-3240-2950

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ウイルスでできた熱伝導フィルムを開発

室温で乾かすだけ、緻密に整列集合

要点

  • 有機系高分子材料は一般に熱伝導性が低く、電気・電子機器の速やかな放熱には従来不適だった
  • 核酸の周囲にタンパク質が規則的に集合化した高分子集合体である繊維状ウイルスでフィルムを作製し、優れた熱伝導材となることを解明
  • 高い熱伝導性を持つ有機系高分子材料の簡便な作製方法の確立と、それに基づく新しい熱輸送の機構の解明に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の澤田敏樹助教、芹澤武教授、村田裕太大学院生(開発当時)らは、同学院 材料系の森川淳子教授、応用化学系の丸林弘典助教、野島修一教授との共同で、無毒でひも状の構造をもつウイルス(繊維状ウイルス)を集合化させて構築したフィルムが熱伝導材として機能することを発見した。

有機系高分子材料は一般に熱伝導性が低く、電気・電子機器の速やかな放熱には従来不適であった。その熱伝導性を向上させるには、向きを揃えて分子を並べる「配向処理」により共有結合を介して熱輸送する手法や、無機材料との複合化が有効とされていた。しかし近年では、生体が持つ階層的な集合化[用語1]といった固有の性質とそれによって構築される規則的な集合構造が、新素材として注目され始めている。

本研究グループは、水溶液を乾燥すると溶けていた分子が端の部分に集積する現象「コーヒーリング効果[用語2]」を利用した簡便な方法で、繊維状ウイルスを集合化させ、フィルムを構築した。この「ウイルスフィルム」は、端部において無機材料のガラスに匹敵する高い熱拡散率を示した。これにより同グループは、階層的に集合化する生体由来素材が、熱伝導材として有用であることを見いだした。ウイルスのみならず様々な天然由来素材の、デバイス材料としての研究開発につながると期待される。

このウイルスフィルムは、繊維状ウイルスの水溶液を室温で乾燥するだけで調製できる。本成果は今後、特別な操作を施すことなく温和な条件下で簡便に熱伝導材を構築する手法の確立や、共有結合を介さない新しい熱輸送の機構の解明にもつながると期待される。

本研究成果は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(研究総括:花村克悟 東京工業大学 工学院 教授)における「生体高分子の階層的な集合化を利用したナノスケール熱動態の理解と機能制御」(研究者:澤田敏樹)の一環で行われた。

本研究成果は、2018年4月3日(英国時間)に国際科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載された。

本成果は、以下の研究支援により得られた。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ

研究プロジェクト:
「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」
研究総括:
花村克悟(東京工業大学 工学院 教授)
研究期間:
平成29年度~32年度
研究課題:
「生体高分子の階層的な集合化を利用したナノスケール熱動態の理解と機能制御」
研究代表者:
澤田敏樹(東京工業大学 物質理工学院 助教)

研究の背景

近年の電気・電子機器の小型化や高集積化に伴う発熱密度の上昇により、発熱位置から放熱材やヒートパイプへ速やかに熱輸送するための材料の創製が必須となっている。

硬い材料からなる発熱部と放熱部とを密着させて効果的に放熱するには、電気絶縁体で柔らかく加工性に優れる材料が必要である。フィルムやコーティング剤として密着を図るには有機系高分子材料が有用であったが、金属やセラミックスと比較すると熱伝導性が2~3桁低い点が問題となっていた。

従来、有機系高分子の熱伝導性を向上させるために、無機材料との複合化や、向きを揃えて分子を並べる「配向処理」により、共有結合を介して配向方向への効率的な熱輸送を図る方法が取られてきた。しかし、それらの方法では、高分子の特性が損なわれるおそれや複雑な配向処理の必要性があったため、有機系高分子材料の熱輸送効率を簡便に向上させる方法や原理を確立する必要があった。

研究内容と成果

東工大の澤田助教・芹澤教授らの研究グループは、高い熱輸送効率を持つ材料の開発にあたり、生体本来の階層的な集合構造に着目した。無毒でひも状のウイルス「繊維状ウイルス」の一種であるM13ファージ[用語3]は、核酸の周囲にタンパク質が規則的に集合化した高分子集合体であり、巨大で細長い構造(直径約5 nm、長さ約1 µm、図1a)を持っている。

M13ファージは自身の細長い構造に起因して規則的に集合化し、液晶配向[用語4]することが知られている。研究グループは、M13ファージを効率良く集合化させて規則的で緻密な集合構造を形成することにより(図1b)、効率良く熱輸送が起こるのではないかと考えた。

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(a)繊維状ウイルスM13ファージの模式図<br />(b)規則的に集合化したM13ファージの上面図と側面図の模式図
図1.
(a)繊維状ウイルスM13ファージの模式図
(b)規則的に集合化したM13ファージの上面図と側面図の模式図

一般に、分子を溶解した水溶液を乾燥する際、端の部分に分子が効率良く集積するコーヒーリング効果は古くから知られている。そこで研究グループは、M13ファージの水溶液を円形のスライドガラス上で乾燥させて、ウイルスから液晶性フィルムを構築し、フィルムの端の熱拡散率を測定した。その結果、特別な配向操作などを施していないにもかかわらず、毎秒0.63平方ミリメートルと、有機系高分子材料でありながら、共有結合を介さずとも無機材料であるガラスに匹敵する値を示した(図2)。無配向なウイルスフィルムと比較すると約10倍の値である。このことから、ただウイルスを素材としてフィルムを作れば良いわけではなく、M13ファージを効率良く液晶配向させながらフィルム化することが熱輸送を効率化するためには重要であるといえる。

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ウイルスフィルムの熱拡散率

図2. ウイルスフィルムの熱拡散率

実際に、これまでに報告のある手法でウイルスが配向した液晶性フィルムを調製して熱拡散率を測定した結果、その値の向上はわずか数十パーセントであり、M13ファージをただ液晶配向すれば良いわけではないことが明らかとなった。

ウイルスフィルムの集合構造を小角X線散乱測定[用語5] により解析した結果、いずれのフィルムでも分子レベルの集合構造(パッキング)は同じだったが、よりマクロスケールの構造に着目すると、今回構築したフィルムの端のみが極めて高い配向度を持つことが分かった(図3)。つまり、広い範囲にわたって規則的に集合化させることが、効率的な熱輸送に重要であることが明らかになった。また、有機系高分子材料の熱伝導性向上において、生体高分子が示す階層的な集合化特性を利用することが有用であることが示された。

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小角X線散乱測定による配向度の決定

図3. 小角X線散乱測定による配向度の決定


(a)フィルムそれぞれの二次元パターン
(b)二次元パターンの一次ピークを方位角スキャンした際のピークプロファイルとその半値全幅から算出した配向度(ピークがシャープであるほど配向度が高いことを示す)

今後の展開

今回、タンパク質が核酸の周りに規則的に集合化した繊維状ウイルスの階層的な集合構造の制御が、共有結合を介さない熱伝導性の向上に重要であることを初めて明らかにした。天然由来のウイルスでは、様々な分子が適切に相互作用し、集合化することで機能している。今後、生体高分子を工学的に制御・利用することにより、簡便な手法で高い熱伝導性を持つ有機系高分子材料の開発と、それに基づく新しい熱輸送の機構の解明につながると期待される。

用語説明

[用語1] 階層的な集合化 : 分子スケール(ナノメートル)からマクロスケール(ミリメートル)といった幅広いスケールにわたって規則的に集合化すること。

[用語2] コーヒーリング効果 : こぼれたコーヒーの水滴が蒸発するとき、水滴の端の部分が早く蒸発するため、コーヒー粒が水滴の端の部分に集まる現象。

[用語3] M13ファージ : 大腸菌に感染するウイルスの一種。ほ乳類には感染することはなく、無毒である。細長い構造を持ち、遺伝子操作によって望みの機能を付与することができる特徴を持つ。

[用語4] 液晶配向 : 液晶(固体と液体の両方の性質を示す状態にある物質)のように、細長い構造を持つ分子が同じ方向に揃って並ぶこと。

[用語5] 小角X線散乱測定 : X線を物質に照射して散乱された「散乱X線」の中で、散乱角が小さい(おおむね10度以下)ものを測定することにより、物質のナノスケールの構造情報を得る手法。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Filamentous Virus-based Assembly: Their Oriented Structures and Thermal Diffusivity
著者 :
Toshiki Sawada, Yuta Murata, Hironori Marubayashi, Shuichi Nojima, Junko Morikawa, Takeshi Serizawa
DOI :
10.1038/s41598-018-23102-1 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

助教 澤田敏樹

E-mail : tsawada@polymer.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3655 / Fax : 03-5734-3655

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 芹澤武

E-mail : serizawa@polymer.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2128 / Fax : 03-5734-2128

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 戦略研究推進部

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2067

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

金融市場トレーダーの行動法則をボルツマン方程式で解明

要点

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 ビッグデータ数理科学研究ユニットの高安美佐子教授、高安秀樹特任教授、金澤輝代士助教、末重拓己大学院生(博士後期課程2年)は、ドル円市場の売買注文のトレーディング・ログ[用語3]をトレーダー個々のレベルで分析し、注文行動時に共通する統計法則を発見した。さらに、この発見に基づいた市場の数理モデルを構築し、ボルツマン方程式を用いて、市場の様々な特性を理論的に導出することに成功した。

具体的には、市場価格の過去の変化が個々のトレーダーの指値[用語4] の変化とどのように相関を持つかを解析し、“トレンドフォロー”と呼ばれる市場トレンドに追随する取引戦略を多くのトレーダーが採用していることを、初めて定量的に示すことができた。そこで、そのような特性を持つトレーダー集団による仮想的な市場を想定し、水中を漂う微粒子のランダムな運動を解析する手法であるボルツマン方程式で理論解析し、価格変動や売買注文の分布などの基本的な特性が全て現実の市場の特性と整合することを見出すことができた。

金融市場でのトレーディング戦略を個々のトレーダーの実データに基づき解析して特徴付けた研究は過去になく、今回の成果は、金融市場をデータ分析に基づいて科学的にモデル化する基盤ができたことになる。今後、金融市場の暴騰や暴落などの異常な動力学の理解にあたり、物理学の数理手法が応用できると期待される。

この研究成果は3月27日発行の米物理学会誌「Physical Review Letters(電子版)」に掲載された。

研究の背景

100年以上前から金融市場の価格変動は確率的にランダムに振舞うことが知られており、金融工学ではランダムウォークモデル[用語5]を用いて金融派生商品の値付けなどが盛んに行われている。このモデルは、アインシュタインが解明したことで有名な水中を漂う微粒子のブラウン運動と非常によく似ているが、なぜ物質の現象と金融市場での現象が類似した振る舞いをするのかミクロな視点から解明されていなかった。

一方、金融市場の価格変動は超短時間のスケールではランダムウォークモデルからの乖離が観測されることが、最近の高頻度市場データの解析から明らかになってきている。市場での取引価格は、純粋にランダムに決まっているわけではなく、トレーダー達がリアルタイムで価格決定のオークションを行い、その心理的な駆け引きの結果で決まる。しかし、このような価格形成のミクロな構造を科学的に分析するには、トレーダーの個々人の過去の注文履歴の詳細を直接的に解析する必要がある。しかしながら、そのようなデータは入手が困難で詳細解明はできていなかった。

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金融市場のブラウン運動と物理のブラウン運動の類似性

図1. 金融市場のブラウン運動と物理のブラウン運動の類似性

今回の研究内容

本研究では、学術研究用に提供されたドル円の外国為替市場で匿名化されたトレーダー個々人の注文ログデータを解析。市場では実際に、どのような戦略が広く使われ、その結果がどのような行動法則として現れるかを調べた。特に、高頻度に注文を出すトレーダー(HFT[用語6])に着目して統計解析を行った。

まず、過去の市場価格の変動とどのような相関を持って、各HFTが指値注文を出しているかを統計解析した。その結果、HFTは過去の価格変動と正の相関を持って指値を設定する傾向があり、その統計的性質は上位のHFTに関しては同一の数式で定量化できることが分かった。これはトレーダーが過去の価格変化を元に上昇(下降)トレンドにある時は、追随して自分の指値を上げる(下げる)トレンドフォロー戦略を採用していると解釈できる。

以上の行動法則を取り入れたトレーダーの集団による市場のモデルを構築し、そのモデルの性質を、物理学の計算手法の1つであるボルツマン方程式を用いて明らかにした。

本研究では、金融市場モデルの基本的な特性をボルツマン方程式の数理解析によって理論的に求めている。この結果は“市場価格をブラウン粒子、指値注文をブラウン粒子に衝突する水分子”と対応付けることによって、ブラウン運動と金融市場が同じ方程式に帰着されることを示しており、長年の謎だった全く異なる分野の2つの現象が類似している理由をミクロレベルから明らかにしたことになる(図2)。

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(a)物理のブラウン運動におけるボルツマン方程式と(b)金融市場のブラウン運動におけるボルツマン方程式の対応関係

図2. (a)物理のブラウン運動におけるボルツマン方程式と(b)金融市場のブラウン運動におけるボルツマン方程式の対応関係

今後の展開

今近年、社会科学系では様々なデータ分析が盛んに行われており、金融市場もその例外に漏れず、高精度なデータが大量に入手可能になってきている。しかし、爆発的に増大し精緻化した金融市場データに対して学術的な解析は、そこまで追いついていないのが現状だ。

本研究では、このような金融市場に対して最もミクロなレベルでの科学分析を初めて行い、個々のトレーダーレベルでの基礎的な性質を明らかにした。この研究結果を出発点に、トレーダーレベルで実証的に裏付けされた精密な市場のモデル構築が可能になる。

このような新しい市場モデルを通じて、例えば、暴騰や暴落のメカニズムを解き明かし、金融規制を行った際の市場の反応をシミュレーションして、市場を安定化させる施策を検討するなど、様々な応用研究での利用が期待される。

用語説明

[用語1] ブラウン運動 : 顕微鏡でようやく見えるくらいの微粒子は、水中ではランダムに動き続ける性質があり、発見者にちなんでブラウン運動と呼ばれる。アインシュタインは、当時はまだ仮説だった原子・分子の熱運動でこの現象が説明できることを理論的に明らかにした。ブラウン運動はマクロにはランダムウォークモデルと近似するが、ミクロでは必ずしも合致しない。

[用語2] ボルツマン方程式 : 熱運動によって動き回る分子が、微粒子に衝突して速度や位置をランダムに変化させる様子を記述する基礎方程式であり、希薄気体中のブラウン運動の特性をニュートン力学から理論的に導出することができる。

[用語3] トレーディング・ログ : 個々のトレーダーの全行動履歴を保持したデータ。ただし、個人情報保護のためにトレーダー名は匿名化されている。ログには、トレーダーがどの価格で売買の指値注文を出したか、もしくは実際に売買を行ったかがすべて記録されている。

[用語4] 指値 : 金融市場において、各トレーダーは売買を希望する通貨の価格と取引量を事前に指定し、売り・買いの両側のオークション形式で価格が決定する。その際に、事前に指定する売買の希望価格を指値という。

[用語5] ランダムウォークモデル : コインを振って上がり下がりを決める変動のモデルに代表されるように、毎回の変位がランダムであるような時間変動の数理モデル。酔っ払いの動きに例えて、酔歩モデルとも呼ばれる。

[用語6] HFT : High-frequency tradersの略であり、高頻度に指値注文を出したり、キャンセルしたりすることを繰り返すトレーダー。典型的にはアルゴリズムに従っているAIトレーダーだと思われる。HFTはミリ秒単位で市場変化を検知・応答することが出来、近年金融市場での存在感が高まってきている。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Derivation of the Boltzmann Equation for Financial Brownian Motion: Direct Observation of the Collective Motion of High-Frequency Traders
著者 :
Kiyoshi Kanazawa, Takumi Sueshige, Hideki Takayasu, Misako Takayasu
DOI :
10.1103/physrevlett.120.138301 Image may be NSFW.
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研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院

ビッグデータ数理科学研究ユニット

教授 高安美佐子

E-mail : takayasu.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5640

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

「スロースリップ」による水の移動を解明

関東地方の地下深くで天然の注水実験か?

要点

  • 沈み込みプレート境界で起きるスロースリップにともなう水の挙動を解明
  • スロースリップ発生時にプレート境界から水が浅部に排出される
  • 注水実験と似た現象が関東地方の地下で起きている可能性を示唆

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の中島淳一教授と東北大学 大学院理学研究科の内田直希准教授は、茨城県南西部のフィリピン海プレート[用語1]の上部境界周辺で発生する地震の波形を解析することで、プレート境界で約1年周期の「スロースリップ(ゆっくりすべり)」[用語2]が発生し、それに伴って水が浅部に排出されていることを明らかにした。

本成果は、スロースリップによってプレート境界の水が移動することを示す初めての観測であり、プレート境界地震[用語3]の発生予測の高度化に向けた極めて重要な成果である。これまでプレート境界地震の発生予測の際にはスロースリップによる応力変化の影響だけが評価されていたが、本成果によって水の排出も考慮する必要があることが明らかになった。

研究成果は4月9日(英国時間)の英国科学誌「Nature Geoscience(ネイチャー・ジオサイエンス)オンライン版」に掲載された。

背景

1990年代初めまでは、沈み込むプレートの上部境界は普段は固着しており、地震としてすべるか、またはずるずると安定的にすべるかのいずれかであると考えられていた。しかし1990年代後半に入ると、プレート境界でのスロースリップが世界の沈み込み帯で相次いで報告された。

スロースリップはプレート境界の巨大地震震源域の周辺で周期的に発生することが多く、震源域への応力蓄積に重要な役割を果たすと考えられている。一方で、スロースリップの発生域は水に富む領域であることがわかってきたが、スロースリップにともなう水の挙動は未解明だった。

研究の経緯

西南日本を初めとする多くの沈み込みプレート境界では、人には感じないゆっくりとしたすべり(スロースリップ)が数ヵ月から数年周期で起こっている。スロースリップが発生すると周囲のプレート境界の応力状態が変化する。その応力変化が引き金となり、プレート境界の固着域で地震が発生する可能性が指摘されていた。実際、東北地方の沖合では2011年2月半ばからスロースリップが始まり、すべりの伝播先で約1ヵ月後に東北地方太平洋地震が発生したとの報告もある。

スロースリップ発生域のプレート境界は水の間隙圧[用語4]が極めて高い状態にあると考えられている。水は断層の破壊強度を低下させるため、スロースリップによって水の移動が起こると、周囲のプレート境界の強度が著しく低下する可能性がある。そのため、周期的に発生するスロースリップによる水の挙動を明らかにすることは、プレート境界地震の発生予測に極めて重要である。

そこで中島教授らは、茨城県南西部のフィリピン海プレートの上部境界付近の地震活動と地震波減衰[用語5]の時間変化を詳細に推定し、スロースリップによる水の挙動の解明を目指した(図1)。

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ピンク色の線はフィリピン海プレートの上部境界(数字はプレートの深さ:km)。右図は測線A-Bに沿う断面図。星は繰り返し地震(赤星は解析に用いた繰り返し地震)。

図1. 解析した地震(色は深さ)の分布

ピンク色の線はフィリピン海プレートの上部境界(数字はプレートの深さ:km)。右図は測線A-Bに沿う断面図。星は繰り返し地震(赤星は解析に用いた繰り返し地震)。

研究成果

2004年から2015年に発生した地震を用いた解析により、繰り返し地震[用語6]の活動が約1年周期で活発化すること、その活動と同期してプレート境界直上の地震波の減衰特性が大きくなること、さらにそれから数ヵ月遅れて浅い地震活動が活発化することが明らかになった(図2)。これら一連の活動は、以下のように考えると、その時空間変化を説明できる(図3)。

1.
繰り返し地震の活発化は、約1年周期で発生するプレート境界でのスロースリップが原因である
2.
スロースリップに伴ってプレート境界の水が上盤に排出され、地震波の減衰を大きくする
3.
排出された水は数ヵ月かけて浅部に上昇し、上盤プレート内で地震を誘発する
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(a)上盤地震の地震数の時間変化(灰色)と地震の規模(白丸)、(b)繰り返し地震から推定したプレート境界のすべりレート(灰色)と地震の規模(白丸)、(c)地震波減衰の時間変化(色付き丸)とプレート境界のすべりレート。色は減衰の大きさ(左軸)に対応する。いずれも0.4年の時間窓で0.1年の移動平均をとった値を示してある。
図2.
(a)上盤地震の地震数の時間変化(灰色)と地震の規模(白丸)、(b)繰り返し地震から推定したプレート境界のすべりレート(灰色)と地震の規模(白丸)、(c)地震波減衰の時間変化(色付き丸)とプレート境界のすべりレート。色は減衰の大きさ(左軸)に対応する。いずれも0.4年の時間窓で0.1年の移動平均をとった値を示してある。

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 (a) スロースリップ発生時と(b)スロースリップ終了後の解釈図

図3. (a) スロースリップ発生時と(b)スロースリップ終了後の解釈図

この研究成果はスロースリップによって「水の移動」が起こることを示している。解析領域である茨城県南西部では、プレート境界から放出された水により上盤プレート内で地震活動が誘発された。しかし、上盤プレートの透水性が低く水が抜けにくい場合には、水はプレート境界を伝わり浅部に移動すると考えられる。移動した水がプレート境界の破壊強度を低下させ、そこで地震を誘発する可能性がある。これまで指摘されていなかったスロースリップの新しい役割だ。

今回の研究で明らかにした「プレート境界からの排水により地盤の構造が変化し、地震が誘発される」という現象は、人工的な注水実験[用語7]でみられる活動の推移とよく似ている。注水実験では、誘発される地震数は水の注入量に比例し、注水が終わると地震活動が低調になること、注水により岩盤の地震波速度が変化することが報告されている。この研究成果は、関東地方の地下において「天然の注水実験」が進行していることを示唆している。

今後の展開

これまでの研究では、スロースリップによる応力変化がプレート境界地震に与える影響のみが評価されていたが、プレート境界地震の発生予測には「水の移動」も考慮する必要があることがわかった。スロースリップとプレート境界地震の相互作用の研究に新たな方向性を示す重要な成果である。プレート境界地震の発生メカニズムの理解の進展に寄与すると期待される。

謝辞

本研究は東京大学 地震研究所共同利用「2017-D-21 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクトデータ」による首都圏地震観測網のデータ提供を受けた。また、日本学術振興会科学研究費補助金(JP16H04040、JP16H06475、JP17K05626、JP15K05260、JP16H06473、JP17H05309)の援助を受けた。

用語説明

[用語1] フィリピン海プレート : 地球の表面を覆っている厚さ50~100 kmほどの10数枚の岩盤(プレート)の一つで、関東地方から西日本、南西諸島の下に年間3~5 cmの速さで沈み込んでいる。

[用語2] スロースリップ(ゆっくりすべり) : 数日から数年かけてゆっくりと断層が動く現象。数ヵ月から数年周期で繰り返すことが多い。

[用語3] プレート境界地震 : 大陸プレートとその下に沈み込む海洋プレートの境界で発生する地震。沈み込むプレートに引きずられて生じたひずみを解消する働きがある。1923年関東地震や2011年東北地方太平洋沖地震はプレート境界での巨大地震である。

[用語4] 水の間隙圧 : 地盤内の水圧。

[用語5] 地震波減衰 : 地震波が伝わる際に波の振幅が小さくなること。高温域や水に富む領域では減衰が大きくなる。

[用語6] 繰り返し地震 : 断層上の小さなパッチ(固着域)の繰り返し破壊によって生じる地震。震源の位置や大きさがほぼ同じ地震が、ほぼ一定の間隔で繰り返す。観測される地震波形が似ていることから、相似地震とよばれることもある。

[用語7] 注水実験 : 地下に人工的に水を注入し、それによって生じる岩石の破壊方向や地震活動を調べる学術的実験。注水による誘発地震は、1960年代にデンバー(アメリカ)の軍事工場で深井戸に廃液を注入した際に初めて報告された。これまでに、廃棄物処分、石油掘削、地熱開発などにともなう誘発地震が多数報告されている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Geoscience
論文タイトル :
Repeated drainage from megathrusts during episodic slow slip
著者 :
Junichi Nakajima and Naoki Uchida
DOI :
10.1038/s41561-018-0090-z Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

教授 中島淳一

E-mail : nakajima@geo.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2547 / Fax : 03-5734-3537

東北大学 大学院理学研究科

准教授 内田直希

E-mail : naoki.uchida.b6@tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-3917 / Fax : 022-264-3292

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

南鳥島レアアース泥の資源分布の可視化と高効率な選鉱手法の確立に成功

発表のポイント

  • 日本の南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)内に存在するレアアース泥の資源分布を可視化して資源量を把握し、世界需要の数百年分に相当する莫大なレアアース資源が存在することを明らかにしました。
  • 粒径分離によってレアアース濃集鉱物を選択的に回収する技術の確立に成功しました。この技術により、中国陸上レアアース鉱床の20倍程度まで品位を向上させることが可能となりました。将来的には、濃集鉱物のみを回収することで50倍以上の品位にすることを目指します。
  • 本研究の成果により、再生可能エネルギー技術やエレクトロニクス、医療技術分野など最先端産業に必須となるレアアース資源開発の経済性が大幅に向上することが期待されます。

早稲田大学 理工学術院 髙谷雄太郎講師、東京大学工学系研究科 加藤泰浩教授らの研究チームは、千葉工業大学、国立研究開発法人海洋研究開発機構、東亜建設工業株式会社、太平洋セメント株式会社、東京工業大学、神戸大学と共同で、南鳥島周辺海域レアアース泥の資源分布の可視化とそれに基づく資源量の把握を行い、世界需要の数百年分に相当する莫大なレアアース資源が存在することを明らかにしました。さらに、レアアース濃集鉱物を選択的に回収する技術の確立に成功しました。

レアアース元素[用語1]は「産業のビタミン」とも呼ばれ、再生可能エネルギー技術やエレクトロニクス、医療技術分野など、日本が技術的優位性を有する最先端産業に必須の金属材料です。一方、レアアースの世界生産は依然として中国の寡占状態にあり、その供給構造の脆弱性が問題となっています。新興国を中心に今後もレアアースの需要が伸び続けることが予測される中、レアアース資源の安定的な確保は不可欠で、日本の排他的経済水域内(EEZ)におけるレアアース泥[用語2]の分布およびレアアース資源量の正確な把握が望まれていました。

本研究チームは、南鳥島EEZ南部海域に存在する有望エリアのレアアース資源分布を初めて可視化することに成功しました。特に、北西に位置する一角に極めてレアアース濃度の高い海域が存在することを確認し、このエリア(約105 km2)だけでも、レアアース資源量は約120万トン(酸化物換算)に達し、最先端産業の中で特に重要なジスプロシウム、テルビウム、ユウロピウム、イットリウムは現在の世界消費の57年分、32年分、47年分、62年分に相当することが分かりました。また、有望エリアの全海域(約2,500 km2)を合算すると、その資源量は1,600万トンを超え、当該エリアが莫大なレアアース資源ポテンシャルを持つことが明らかになりました。さらに、本研究チームは、レアアースの大半が含まれる生物源のリン酸カルシウム[用語3]が、レアアース泥中の他の構成鉱物に対して大きな粒径を持つことに着目し、粒径分離によってレアアース泥中の総レアアース濃度を最大で2.6倍にまで高めることに成功しました。粒径分離によって泥の重量が大幅に減少するため、海上への揚泥や製錬のコストの削減も期待されます。

本研究で提示したように、レアアース泥の粒径選鉱を行うことによってレアアース泥開発の経済性を大幅に向上させることが可能になります。さらに、日本のEEZに莫大なレアアース泥が確認されたことは、我が国の資源戦略に対しても極めて大きなインパクトを与えます。本研究成果をもとに将来的に南鳥島レアアース泥の開発が実現すれば、日本のみならず世界においても海底鉱物資源の開発が進展するとともに、レアアースを活用した多様な最先端産業の発展・創出といった波及効果が期待されます。

本研究成果は英国Nature Publish Groupのオンライン科学誌『Scientific Reports』に4月10日10時(現地時間)に掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

レアアース(希土類)元素は、原子番号57番~71番までのランタノイド15元素に、原子番号21番のSc(スカンジウム)、39番Y(イットリウム)を加えた全17元素の総称です。本論文ではScおよび天然にほとんど存在しないPm(プロメチウム)を除く15元素をREY(Rare-Earth elements and Yttrium)と表記しています。レアアース元素は「産業のビタミン」とも呼ばれ、再生可能エネルギー技術やエレクトロニクス、医療技術分野など、我が国が技術的優位性を有する最先端産業に必須の金属材料です。一方、レアアースの世界生産は依然として中国の寡占状態にあり、その供給構造の脆弱性が問題となっています。新興国を中心に今後もレアアースの需要が伸び続けることが予測される中、レアアースの新規供給先の確保は我が国にとって国家的な命題になっています。このような中、2011年にKato et al.(2011)によって、レアアースを高濃度で含有する海底堆積物(レアアース泥)が太平洋の広域に分布することが『Nature Geoscience』で報告されました。さらに2013年には、南鳥島周辺の日本の排他的経済水域内(Exclusive Economic Zone, EEZ)で、総レアアース濃度(ΣREY)が7,000 ppmに達する超高濃度レアアース泥の存在が確認され、新規レアアース資源として大きな注目を集めています。超高濃度レアアース泥はレアアースを高濃度で含有する生物源のリン酸カルシウム(Biogenic Calcium Phosphate, BCP)を多く含み、これがレアアース濃集の鍵であることが明らかにされていました。これらの発見を踏まえ、将来の開発実現に向けて、我が国EEZ内におけるレアアース泥の分布およびレアアース資源量の正確な把握が望まれていました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

超高濃度レアアース泥の発見を受け、2013~2015年にかけて国立研究開発法人海洋研究開発機構の研究船(みらい、かいれい)により、南鳥島EEZ内の詳細な調査が実施されました(図1)。本研究では、2014~2015年までに実施された計3航海(MR14-E02、MR15-E01、MR15-02)で採取された23本の堆積物コアから、新規に573試料の化学分析を行いました。さらに、すでに公表されていた104試料(KR13-02航海で採取された2本の堆積物コア試料)のデータを加え、陸上の鉱床評価にも用いられているGISソフトウェア(Geographic Information System Software)である「ArcGIS」により、南鳥島の南方沖約250 kmの超高濃度レアアース泥分布域における深海堆積物中のレアアース濃度分布を可視化するとともに、資源量の把握を行いました。

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本研究で用いたコア試料の採取地点

図1. 本研究で用いたコア試料の採取地点


左図点線は日本の排他的経済水域を示す。また、右図の白枠で囲まれた地域を有望海域として設定したエリア(アルファベットと数字の組合せにより、A1-D6に区分した)。

また、本研究ではレアアース泥の経済的価値の向上を目的とした選鉱手法についても検討しました。レアアースがどの鉱物に含まれているかを把握するため、超高濃度レアアース泥に特徴的に含まれるBCPおよび十字沸石(沸石鉱物の一種)の化学組成をレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)および電子線マイクロアナライザ(EPMA)によって分析しました。この結果、レアアース泥中におけるレアアースの大半がBCPに含まれていることが明らかになりました。BCPはレアアース泥中の他の構成鉱物に対して有意に大きな粒径を持つことが先行研究によって確認されています。そこで、粒径分離によってBCPを選択的に回収し、レアアースの濃縮(選鉱)を行うことが可能かを確認するとともに、実開発を見越して既に工業的に用いられているハイドロサイクロン[用語4]と呼ばれる分級装置を用いてレアアース泥の選鉱実験を行いました。

今回の研究で得られた結果及び知見

本研究によって、南鳥島EEZ南部海域に存在する有望エリア(北緯21°48'-22°15'、東経153°30'-154°07'の約2,500 km2の海域)のレアアース資源分布が初めて可視化されました(図2)。この結果、有望エリア内でも特に、北西に位置する一角(図2のB1エリア、約105 km2)に極めてレアアース濃度の高い海域が存在することが確認されました。B1エリアにおけるΣREYは、海底面下5〜6 mでは平均で5,600 ppmに達し、海底面から深度10 mまでの平均でも1,700 ppmを超える値を示しました。このエリアだけでも、レアアース資源量は約120万トン(酸化物換算)に達し、最先端産業の中で特に重要なジスプロシウム、テルビウム、ユウロピウム、イットリウムは現在の世界消費の57年分、32年分、47年分、62年分に相当することが明らかになりました。また、有望エリアの全海域を合算すると、その資源量は1,600万トンを超え、当該エリアが莫大なレアアース資源ポテンシャルを持つことが明らかになりました。

本研究ではさらに、レアアース泥の選鉱による経済性向上の可能性を検討しました。上述の通り、LA-ICP-MSおよびEPMAによる分析の結果、BCPが南鳥島EEZ内のレアアース泥中においてレアアース元素の大部分を保持していることが明らかになりました。BCP中のΣREYは最大で22,000 ppmを超え、平均でも15,000 ppmを超える高い値を示すことから、BCPを選択的に回収することでレアアース泥の品位を大幅に向上させることが可能であると考えられます。レアアース泥中において、BCPは他の構成鉱物に比較して有意に大きな粒径を示します。そこで本研究では、まず単純な篩分けによるレアアース泥の粒径分離実験を行いました。その結果、泥から20 µm以上の大きさの粒子を分離することで、BCPを効率的に回収できることが明らかになりました(図3)。この結果を受け、粒径分離によるBCPの選択的回収を実開発スケールに拡張するため、工業的に広く利用されているハイドロサイクロンを用いた粒径選別試験を実施しました(図4〜5)。ハイドロサイクロンによる選鉱試験の結果は、篩分けによる粒径分離試験の結果と調和的であり、レアアース泥のΣREYを最大で2.6倍(2,315 ppm → 6,030 ppm)にまで高められることが確認されました(図5)。これは、中国の陸上鉱床で開発されているレアアース鉱石(300 ppm以上)の20倍に達する値です。さらに今後、BCPのみを完全に分離する技術が確立されれば、その品位は中国鉱床の約50倍にまで高められる可能性があります。また、粒径分離によって泥の重量が大幅に減少するため、海上への揚泥や製錬のコストの削減も期待されます。一連の実験は、本研究で提示したレアアース泥の粒径選鉱によってレアアース泥開発の経済性を大幅に向上させるとともに、当該選鉱手法を実開発スケールに拡張可能なことを示しました。

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有望エリアにおける海底面からの深度別レアアース濃度分布図

図2. 有望エリアにおける海底面からの深度別レアアース濃度分布図


B1エリア(赤枠で表示、約105 km2)が最も高い総レアアース濃度を示す。

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篩(ふるい)を用いた粒径分離実験結果

図3. 篩(ふるい)を用いた粒径分離実験結果


結果は、レアアース泥(ΣREY: 400〜2,000 ppm)、高濃度レアアース泥(ΣREY: 2,000〜5,000 ppm)、超高濃度レアアース泥(ΣREY: 5,000 ppm 以上)に分けて表示。いずれの試料でも、20 µm以下の粒径は総レアアース濃度が最も低く重量比も大きいことから、20 µmを基準として分級することでレアアース泥の品位を向上できることが分かる。

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ハイドロサイクロンを用いた分級試験の様子

図4. ハイドロサイクロンを用いた分級試験の様子


写真奥にある大きな容器内にレアアース泥を海水中で解泥したスラリーが入っている。写真中央に写るハイドロサイクロンにスラリーを送り込み分級を行う。ハイドロサイクロン下部にアンダーフロー(20 µm以上の粒子)、左の容器にオーバーフロー(20 µm以下の粒子)が排出される。

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ハイドロサイクロンを用いた分級試験結果

図5. ハイドロサイクロンを用いた分級試験結果


分級による品位向上率は最大で2.6倍に達し、レアアース泥の経済的価値を大きく向上させられることが確かめられた。

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、量(資源量)と質(鉱物学的な特長を生かした選鉱が可能)の両面からレアアース泥の莫大な資源ポテンシャルを明らかにしました。この成果により、従来は基礎研究の範疇に留まっていた海底鉱物資源を、現実的に開発可能な資源として初めて議論の俎上に載せることに成功したと考えています。持続可能な社会の発展に向けては、レアアース資源の安定的な確保が不可欠です。レアアース泥は我が国のEEZ内に存在することから、我が国の資源戦略に対しても極めて大きなインパクトを与えます。本研究成果をもとに将来的に南鳥島レアアース泥の開発が実現すれば、日本のみならず世界においても海底鉱物資源の開発が進展するとともに、レアアースを活用した多様な最先端産業の発展・創出といった波及効果が期待されます。

今後の課題

本研究によって、レアアース泥が実開発の対象として十分な資源量を有し、さらに粒径選鉱によって大幅にその経済性を向上させられることが明らかとなりました。レアアース泥の開発に向けた次のステップは、深海底に存在するレアアース泥を採掘し海上に運んでくるための採泥・揚泥技術の開発になります。採泥・揚泥技術の検討は、すでに産官学の協力のもと進められており、効率的・経済的な手法が精力的に検討されています。また、採泥・揚泥技術と並行して、本研究成果を踏まえた資源開発プロジェクトの詳細な経済性評価も重要な課題となります。

用語説明

[用語1] レアアース : レアアース(希土類)元素は、原子番号57番~71番までのランタノイド15元素に、原子番号21番のSc(スカンジウム)、39番Y(イットリウム)を加えた全17元素の総称です(ただし、原子番号61番のPm(プロメチウム)は自然界にはほとんど存在しません)。本論文ではScとPmを除く15元素をREY(Rare-Earth elements and Yttrium)と表記しました。レアアースは独特な光学的特性や磁気的特性を持つことから、ハイブリッドカーのモーターに使われるNd-Fe-B磁石やLEDの蛍光体などの最先端グリーン・テクノロジー(省エネ・エコ技術)に不可欠な元素であり、これらの最先端技術を基幹産業とする我が国にとっては極めて重要な金属資源です。

[用語2] レアアース泥 : 2011年に東京大学の加藤泰浩教授らにより発見された、新しいタイプの海底鉱物資源。レアアースを高濃度(総レアアース濃度400 ppm以上)で含む深海堆積物の総称であり、総レアアース濃度が2,000 ppmを超えるものは高濃度レアアース泥、5,000 ppmを超えるものは超高濃度レアアース泥と定義されています。レアアース泥は、資源として以下のような特長を有します。

1.
高い総レアアース濃度を示し、特に産業上重要な重レアアースに富むこと
2.
太平洋の広範囲に分布するため膨大な資源量が見込まれること
3.
遠洋性の深海堆積物として層状に分布するため資源探査が容易であること
4.
開発時の環境汚染源として問題となるトリウム(Th)やウラン(U)などの放射性元素をほとんど含まないこと
5.
常温の希酸で容易にレアアースを抽出できること

2013年には日本の排他的経済水域内で「超高濃度レアアース泥」が発見されたほか、2014年にはインド洋においてもレアアース泥の存在が報告され(いずれも加藤教授らの研究グループによる)、レアアースの新規資源として大きな注目を集めています。

[用語3] 生物源リン酸カルシウム(BCP) : 生物の歯や骨を構成する物質であり、レアアースを非常に高い濃度(15,000 ppm以上)まで濃集しています。レアアース泥中には魚類などの歯や骨片として多く含まれています。薄い塩酸や硫酸で容易に溶かすことができ、含まれているレアアースのほぼ全量を溶液中に回収することが可能です。

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生物源リン酸カルシウム(BCP)

[用語4] ハイドロサイクロン : 分級装置の一種であり、液体中に懸濁する固体粒子を、遠心力を利用して沈降分離する機器(下図)。構造が極めて単純で処理能力も高いため、工業用水の浄化や金属粉・セラミック原料の分級など工業的にも広く利用されています。内部に液体を満たすため、深海の大きな水圧の下でも問題なく稼働し、原理的に分級が可能と考えられます。海底への設置が可能となれば、レアアース泥揚泥コストの大幅な削減も期待されます。

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ハイドロサイクロン

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
The tremendous potential of deep-sea mud as a source of rare-earth elements
著者 :
髙谷雄太郎1-4、安川和孝5,3、川崎健寛5、藤永公一郎3,2、大田隼一郎3,2,6、臼井洋一7,4、中村謙太郎5、木村純一6、常青6、浜田盛久6、ドドビバ・ジョルジ5、野崎達生2-4,8、飯島耕一4、森澤友博9、桑原拓馬10、石田泰之11、市村高央11、北詰昌樹12、藤田豊久5、加藤泰浩2-5*
所属 :
1早稲田大学 創造理工学部 環境資源工学科
2東京大学大学院工学系研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター
3千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター
4海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター
5東京大学大学院工学系研究科 システム創成学専攻
6海洋研究開発機構 地球内部物質循環研究分野
7海洋研究開発機構 地球深部ダイナミクス研究分野
8神戸大学大学院 理学研究科 惑星学専攻
9東亜建設工業株式会社 エンジニアリング事業部
10東亜建設工業株式会社 技術研究開発センター
11太平洋セメント株式会社 中央研究所
12東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系
*責任著者:加藤泰浩
DOI :
10.1038/s41598-018-23948-5 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

早稲田大学 理工学術院

講師 髙谷雄太郎

E-mail : y-takaya@aoni.waseda.jp
Tel : 03-5286-3318

東京大学大学院工学系研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター センター長・教授

千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター 所長・主席研究員(併任)

加藤泰浩

E-mail : ykato@sys.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7022

東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系

教授 北詰昌樹

E-mail : kitazume.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2798

取材申し込み先

早稲田大学 広報室 広報課

E-mail : koho@list.waseda.jp
Tel : 03-3202-5454

東京大学 工学部・大学院工学系研究科 広報室

E-mail : ouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-1790

国立研究開発法人 海洋研究開発機構 広報部

報道課長 野口剛

E-mail : kitazume.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2798

東亜建設工業株式会社 経営企画部 広報室

E-mail : toa-webmaster@toa-const.co.jp
Tel : 03-6757-3821

神戸大学 総務部 広報課

E-mail : ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp
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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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