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花を作る遺伝子の起源推定に成功

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花を付ける植物(被子植物)は花を付けない植物から進化してきました。この30年ほどの研究から、数種類のMADS-box(マッズボックス)遺伝子[用語1]と呼ばれる遺伝子が共同して働くことで、花が作られることがわかってきました。また、20年前には花を付けない植物であるシダ類にもMADS-box遺伝子があることが発見されました。花を付けない植物ではMADS-box遺伝子がどのような働きをしているのか、それらの遺伝子がどのように進化して花を作るようになったのか、植物の形の進化のメカニズムを探る研究として進められてきましたが、これまでにはっきりとした結論が得られていませんでした。その理由は、花を付けない植物では遺伝子操作が難しく、MADS-box遺伝子がどんな働きをしているかが明確にわからなかったからです。

基礎生物学研究所の越水静総合研究大学院大学 大学院生、村田隆准教授、長谷部光泰教授を中心とした研究グループは、金沢大学の小藤累美子助教、東京工業大学の太田啓之教授グループ、宮城大学の日渡祐二准教授らとの共同研究により、花を付けない植物であるコケ植物ヒメツリガネゴケが持つ6つのMADS-box遺伝子全てを解析し、これらの遺伝子が、茎葉体[用語2]の細胞分裂と伸長、精子の鞭毛の動きの2つの働きを持っていることを明らかにしました(図1)。茎葉体も精子の鞭毛も、花の咲く植物が乾燥に適応して進化する過程で退化し、消失してしまっています。このことから、進化の過程で、茎葉体と精子の鞭毛で働いていたMADS-box遺伝子が不要になり、それを別な機能に再利用することで、花が進化した可能性が高いことがわかりました(図2)。この点は、発生の仕組みが、異なった系統でも類似している動物とは大きく異なっており、動物と植物では発生の仕組みの進化の仕方が異なることがはっきりしました(図3)。

本研究成果は国際学術誌「Nature Plants(ネイチャー・プランツ)」に2018年1月3日付けで掲載されました。

コケ植物ヒメツリガネゴケMADS-box遺伝子は精子の運動と、茎葉体の細胞分裂と伸長を制御して茎葉体先端への水輸送の機能を持っていた。
図1.
コケ植物ヒメツリガネゴケMADS-box遺伝子は精子の運動と、茎葉体の細胞分裂と伸長を制御して茎葉体先端への水輸送の機能を持っていた。

今回の研究から推定されるMADS-box遺伝子の進化

図2. 今回の研究から推定されるMADS-box遺伝子の進化

動物と陸上植物では発生の進化の仕方が異なる

図3. 動物と陸上植物では発生の進化の仕方が異なる

研究の背景

花はガク片、花弁、雄しべ、雌しべの4つの花器官から形成されています。これらの花器官は複数のMADS-box遺伝子が複合的にホメオティック遺伝子として作用して形成されることが知られています。長谷部らは、1998年に花を付けないシダ類リチャードミズワラビにもMADS-box遺伝子が存在し、細胞分裂の活発な組織で働いている(伝令RNAが検出できる)ことを発見しました(Hasebe他 1998 米国科学アカデミー紀要)。しかし、シダ類では遺伝子操作が難しく、遺伝子がどんな働きをしているかを特定できませんでした。さらに、2005年に陸上植物(花の咲く植物と花の咲かない植物の両方を含む)に近縁なミカヅキモ、シャジクモなどもMADS-box遺伝子を持ち、卵や精子で伝令RNAが検出できることを発見しましたが(Tanabe他 2005 米国科学アカデミー紀要)、これらの緑藻類では遺伝子操作ができず、どんな働きを持っているかは不明でした。

そこで、長谷部らは20年ほど前に、コケ植物ヒメツリガネゴケの遺伝子操作実験技術を確立し、花を付けない植物でのMADS-box遺伝子の機能解析を開始しました。当時、博士研究員だった小藤累美子(現金沢大学)は、ヒメツリガネゴケのMADS-box遺伝子を2つ見つけ、遺伝子を破壊しましたが変化が現れませんでした。これは、他にも似た働きを持つMADS-box遺伝子があるからだと考えました。その後、他の複数の研究グループから別のMADS-box遺伝子を破壊した研究が発表され、生殖器官である胞子嚢(花の咲く植物の雌しべの中の珠心や雄しべの葯に相同な器官)が形成されにくいことから、コケ植物でも被子植物の花器官形成と同じように生殖器官(花は被子植物の生殖器官)の発生を制御していると考えられてきました。

研究成果

長谷部らは、国際コンソーシアムを結成し2008年にヒメツリガネゴケのゲノムを解読しました(Rensing他 2008 Science)。その結果、ヒメツリガネゴケには全部で6個のMADS-box遺伝子があることがわかりました。そこで、日渡祐二(現宮城大)らと6個のMADS-box遺伝子を全て破壊すると、従来の研究のように、生殖器官である胞子嚢が形成されにくいことがわかりました。しかし、低い割合ですが、正常な胞子嚢ができることがわかりました。従来の研究でも正常な胞子嚢ができることは知られていましたが、全ての遺伝子を壊していなかったので、残った遺伝子が働いているのだろうと考えられてきました。しかし、今回の研究では6つ全ての遺伝子を破壊したので、MADS-box遺伝子は、胞子嚢形成に働いているのではないことが明らかになりました。そこで、胞子嚢形成に必要な受精に影響があるのではないかと考えました。コケ植物は、茎葉体の先端で、精子が泳いで卵に到達して受精します。MADS-box遺伝子を全て破壊したコケをよく観察すると、遺伝子を壊していないものに較べて、乾燥して見えました。そこで、茎葉体表面に過剰に脂質が蓄積し、水をはじいて乾燥し、受精できないのではないかと考えました。数年間にわたりそのための解析方法を検討しましたが、最終的に、植物脂質の専門家である太田啓之教授グループ(東工大)との共同研究により、遺伝子破壊体で脂質の変化は検出できないことがわかりました。そこで、越水静大学院生はさまざまな試行錯誤を行い、茎葉体は、地上の水分を毛細管現象によって茎葉体の先端に運んでいることを発見しました(図4)。葉と茎の間には狭い隙間があります。地面に水分があると、その水は、狭い隙間に水が入り込む力(毛細管現象)によって、葉と茎の狭い隙間を通って、葉の付け根に溜まります。葉の付け根に水が溜まってくると、一つ上の葉と茎の間の隙間に水が接します。すると、毛細管現象で、一つ上の葉の葉付け根へと水が運ばれます。このような水の移動の繰り返しによって、茎葉体の下から上へと水が運ばれていることがわかりました。そして、MADS-box遺伝子を壊すと、葉と葉の間の茎の細胞数がほぼ倍になり、細胞の大きさも約1.5倍になっているため、葉と葉の間隔が広がり、下の葉の付け根にたまった水が一つ上の葉と茎の隙間に届かず、水が受け渡されていかないことを発見しました。

ヒメツリガネゴケの毛細管現象を使った水上げ

図4. ヒメツリガネゴケの毛細管現象を使った水上げ


水が葉と茎の狭い隙間に毛細管現象で入り込み、そのまま葉の付け根に溜まる。溜まる水が増えると、すぐ上の葉と茎の隙間に接触し、毛細管現象で葉の付け根に水が移動する。これを繰り返すことで水が下から上に移動する。

茎葉体基部から先端への水上げができないことで受精ができないなら、茎葉体を水に漬けてやれば、受精効率があがるはずだと考えました。しかし、たしかに受精率は上昇しましたが、遺伝子を壊していない場合と較べると四分の一ほどの受精率でした。そこで、他にも影響があると考え、遺伝子破壊体の卵と精子が正常かどうかを調べました。精子には鞭毛と呼ばれる毛が生えており、鞭毛を動かして卵へと泳ぎます。しかし、遺伝子破壊体の鞭毛はほとんど動かず、鞭毛タンパク質を作るための遺伝子の発現が減っていることがわかりました。一方、卵は正常でした。

これらの実験結果から、ヒメツリガネゴケのMADS-box遺伝子は、従来考えられてきたように生殖器官の発生を制御しているのではなく、茎葉体の茎の細胞分裂と伸長、精子の鞭毛形成に必要な遺伝子を制御する働きを持っていることがわかりました(図1)。

被子植物は、花粉から伸び出す花粉管の中を精細胞が移動することで受精し、乾燥した陸上での生活に適応しています。被子植物の祖先は、コケ植物のように水と精子を用いる生殖様式を持っていたと推定されています。そして、花粉管を用いた生殖様式が進化する過程で、茎葉体や精子は退化消失し、MADS-box遺伝子も不要になりました。遺伝子は機能を持っているときはその機能を果たすため突然変異が蓄積せず進化しにくいけれども、機能を失うと突然変異が蓄積し進化しやすくなることが知られています。従って、被子植物の進化の過程で茎葉体や精子が不要になる過程で、MADS-box遺伝子が新しい機能、すなわち、花器官形成の機能を進化させてきたと推定されます(図2)。

動物では、共通の遺伝子が発生過程に用いられています。しかし、2012年に長谷部らは、小葉類のイヌカタヒバ、コケ植物ヒメツリガネゴケのゲノム解読結果を被子植物のゲノムを比較し、陸上植物では、被子植物、小葉類、コケ植物の間で、それぞれ発生に関わる遺伝子が異なっているのではないかという仮説を提唱しました(Banks他 2012 Science)。今回の結果は、この仮説を実証し、植物の発生メカニズムが動物に較べて大きく変化してきたことを示しています(図3)。

今後の展望

陸上植物の進化の過程でMADS-box遺伝子は機能を大きく変化させてきたことがわかりました。MADS-box遺伝子は、他の遺伝子の働きを統御するような転写調節因子として機能しています。MADS-box遺伝子が新しい機能を獲得するときに、どのように制御する遺伝子を変えていったのかは未解明です。この問題を解決するためには、コケ植物と被子植物の間に進化した小葉類、シダ類、裸子植物のMADS-box遺伝子の機能解析が重要だと考えられます。これらの植物は遺伝子解析技術が確立されておらず、技術開発ができれば、研究が大きく進展する可能性があります。

研究サポート

本研究は科学研究費補助金、戦略的創造研究推進事業CRESTなどの支援のもと行われました。

用語説明

[用語1] MADS-box遺伝子 : 菌類のMCM1、植物のAGAMOUSとDEFICIENCE、動物のSRF遺伝子の頭文字を取って名付けられた。どの遺伝子も共通の58アミノ酸配列を持つ。遺伝子は会社のように組織だって働くが、MADS-box遺伝子は、課長や部長のように部下の遺伝子を統率し制御する働きを持ち、転写調節因子と呼ばれる。

[用語2] 茎葉体 : コケ植物セン類(庭園に植えるスギゴケなどの仲間)の茎葉を作る植物体。茎葉体の先端に精子と卵を形成し、そこで受精がおこる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Plants (ネイチャー プランツ) 2018年1月3日付け掲載
論文タイトル :
Physcomitrella MADS-box genes regulate water supply and sperm movement for fertilization
著者 :
Shizuka Koshimizu, Rumiko Kofuji, Yuko Sasaki-Sekimoto, Masahide Kikkawa, Mie Shimojima, Hiroyuki Ohta, Shuji Shigenobu, Yukiko Kabeya, Yuji Hiwatashi, Yosuke Tamada, Takashi Murata, and Mitsuyasu Hasebe
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

本研究に関するお問い合わせ先

基礎生物学研究所 生物進化研究部門

教授 長谷部光泰

E-mail : mhasebe@nibb.ac.jp
Tel : 0564-55-7546

取材申し込み先

基礎生物学研究所 広報室

E-mail : press@nibb.ac.jp
Tel : 0564-55-7628 / Fax : 0564-55-7597

総合研究大学院大学 広報社会連携室

E-mail : kouhou@ml.soken.ac.jp
Tel : 046-858-1590 / Fax : 046-858-1632

金沢大学 総務部広報室

E-mail : koho@adm.kanazawa-u.ac.jp
Tel : 076-264-5024 / Fax : 076-234-4015

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

宮城大学 事務部太白事務室 総務・予算グループ

E-mail : f-soumu@myu.ac.jp
Tel : 022-245-1024 / Fax : 022-245-1534


TAIST-Tokyo Tech 学生交流プログラム2017

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本学では、2007年よりタイ国立科学技術開発庁およびタイのトップクラス大学と連携し、TAIST-Tokyo Tech(以下、TAIST)という修士課程プログラム(自動車工学、組込情報システム、エネルギー資源工学の3分野)をタイで実施しています。

工学院 花村克悟教授の研究室訪問の様子
工学院 花村克悟教授の研究室訪問の様子

このTAISTを活用した学生受入れプログラム「TAIST-Tokyo Tech 学生交流プログラム(TAIST-Tokyo Tech Student Exchange Program)」を今年度も実施しました。実施3年目を迎えた本プログラムは、タイ現地のTAIST学生を本学へ受入れ、修士論文研究における副指導教員の研究室に配置し、研究活動に従事させるものです。今年は6名の学生を9月下旬から2ヵ月超にわたり受入れました。

本プログラムは、本学の優れた研究環境のもと、東工大生と協働しながらTAIST学生に研究活動を行ってもらうことを主目的としています。その他、TAIST協力教員の研究室訪問、キャンパスツアー、工場見学、休日アクティビティなども実施しています。

工場見学では、今年は東洋ガラス株式会社の千葉工場を訪問しました。学生たちは、ガラスびんの製造工程を間近で見学し現場の雰囲気を体感するとともに、作業のほとんどがオートメーション化され工場が少人数で運営されている様子に驚いていました。TAIST事業の目的の一つは、タイをはじめとするアジア諸国での理工系分野におけるものつくり人材の育成です。日本のものつくりの最先端技術と現場を体感することができ、TAIST学生にとって最も印象深い体験の一つとなりました。

休日アクティビティでは、TAISTを活用した学生派遣でタイへ短期留学する予定の東工大生と一緒に、お台場を観光しました。来日してまもなく、このアクティビティが行われましたが、学生同士すぐに打ち解け、とても楽しい時間を過ごしたようでした。

東洋ガラス株式会社千葉工場の皆さんと
東洋ガラス株式会社千葉工場の皆さんと

東工大生との休日アクティビティの様子
東工大生との休日アクティビティの様子

プログラムの最後には帰国前報告会が開催され、TAIST学生はTAIST協力教員、受入指導教員、研究室のメンバーらの前で研究成果の発表を行いました。参加者からそれぞれの発表内容について多くの質問がなされ、中には持ち時間が足りなくなる学生もいましたが、議論を通じて今後の課題が明らかになり、帰国後の研究活動への意欲が高まったようでした。続いて行われた懇親会では、皆でこの2ヵ月間について振り返るとともに、今後の活躍へのエールがTAIST学生に送られました。

参加学生の声

  • 研究活動では思いもよらない実験結果が出たため、苦戦しました。しかし、数週間にわたり副指導教員と議論を重ねたことで、最終的にはその現象を結論づけることができ、非常に興味深い結果を得ることができました。この経験を通じて、物事に対する責任感が増しました。
  • 東工大に滞在中、日本語クラスを履修しました。まさか自分が第3言語を勉強するとは思いませんでしたが、授業がとても面白かったので、帰国後も勉強を継続したいと考えています。
  • プログラムに参加したことで、タイムマネジメントや物事の適切な計画の立案、その他さまざまなスキルを上達させることができ、かけがえのない経験となりました。仕事・日常生活に関わらず、今後のキャリアに役立てたいと思います。

今回受入れた学生たちは、TAISTを修了後、就職や博士後期課程への進学等、それぞれ次のステージへと進みます。本プログラムで得た経験を活かし、今後世界を舞台に活躍することが期待されます。

研究成果が認められ、修了証書を手にした学生たち

研究成果が認められ、修了証書を手にした学生たち

TAIST(タイスト):Thailand Advanced Institute of Science and Technologyの頭文字。タイ政府からの要望により、理工系分野での高度な「ものつくり人材」の育成と研究開発のハブを目指して設立。タイにおいて、急速な工業化から派生する諸問題の解決や持続可能な発展に資する研究開発、人材育成を目的としています。

お問い合わせ先

国際部国際事業課 TAIST事務室

E-mail : taist@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2237

1月10日9:50 問い合わせ先の電話番号に誤りがあったため、修正しました。

東工大とMITが先進的原子力システムに関するワークショップを開催

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2004年、2006年の開催に続き、3回目となる「東工大-MIT 先進的原子力システム ワークショップ(MT-INES)」が、10月27日にマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)で開催されました。

本ワークショップには、東工大とMITの双方から原子力分野の第一線の研究者が出席しました。本ワークショップは、最新の原子力技術革新の研究成果と、東工大とMITの研究力を結集した原子力システムおよび廃炉に関する技術及び企業との連携をテーマに、双方から合計11名の研究者の発表が行われました。

東京工業大学 先導原子力研究所の竹下教授、小原教授、加藤教授、MITのボンジョルノ教授、バリンジャー教授、その他参加者

東京工業大学 先導原子力研究所の竹下教授、小原教授、加藤教授、MITのボンジョルノ教授、バリンジャー教授、その他参加者

ワークショップ開催に先立ち、本学の安藤真理事・副学長(研究担当)からのビデオメッセージが放映され、MITに対して開催の謝辞と今後のエネルギー問題解決のための期待が述べられました。また、福島第一原子力発電所の廃炉に係る国際廃炉研究開発機構等の日本企業3社からも研究者が出席し、廃炉に係る発表と問題提起が行われました。それらに対して東工大およびMITの研究者から活発な発言があり、問題解決のための深い議論が展開されました。

ワークショップ前日には、東工大およびMITの博士後期課程学生による学生ワークショップが行われ、互いの理解を深めるとともに、東工大生への高い評価が得られました。また、ワークショップ翌日には、MITの原子炉ツアーが開催され、多くの東工大生が参加し、知見を大きく広げる機会を得ました。双方の学生によるさらなる交流が期待されます。

ワークショップ終了後、福島第一原子力発電所の廃炉に向け、東工大とMITと日本企業の共同研究のテーマが複数提案され、問題解決への道筋が示されました。先進的原子力システムと福島第一原子力発電所の廃炉をさらに推し進める技術の確立に向け、三者による共同研究が、今後推進されることが期待されます。

お問い合わせ先

研究・産学連携本部

E-mail : nmatsuo@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-8734-7637

少量の大豆イソフラボン摂取で筋萎縮をストップ ―高齢化社会で増える筋減弱症の軽減に期待―

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要点

概要

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院の佐久間邦弘教授、ニチモウバイオティックスの天海智博社長、豊橋技術科学大学 環境・生命工学系の田畑慎平院生らの共同研究グループは、食事の0.6%という少量の大豆イソフラボンをマウスに摂取させることで、除神経(神経の切除)に伴う筋萎縮を軽減することに成功した。大豆イソフラボンの摂取はアポトーシスを軽減し、除神経による筋細胞数の減少を食い止めることで筋萎縮を抑制したと考えられる。

超高齢化社会を迎える我が国では、ロコモティブシンドローム[用語4]の一つである加齢性筋減弱症(サルコペニア)が重要な社会問題になりつつある。サルコペニアを軽減する食品素材として、大豆イソフラボン(AglyMax)が期待できそうだ。

これまでも大豆イソフラボンによる筋萎縮予防効果を報告した研究はあったが、異常な多量(食事の20%)を用いており、人への応用を考える上で問題を抱えていた。

本研究成果は12月13日発行の「European Journal of Nutrition(欧州栄養学会機関誌)」オンライン版に掲載された。

背景

人間の骨格筋は身体の50~60%を占め、運動をするためや、体温を維持するために重要な働きをしている。病気や障害、加齢により骨格筋が萎縮するが、これを軽減するためのサプリメント(食品成分)の探索が行われている。大豆イソフラボンは、筋萎縮を軽減する有効な候補の一つであった。

しかし、筋萎縮予防に効果的であるとしたこれまでの研究は、食事中に20%の大豆イソフラボンを含んでおり、多量過ぎるため、人への応用は不可能だった。少量の大豆イソフラボンを摂取することで、筋萎縮が軽減できるのかどうかについては不明だった。

研究成果

佐久間教授らがマウスを用いて実験した結果、除神経により起こった筋細胞の萎縮程度は大豆イソフラボンを摂取した群で有意に小さいことが分かった。除神経を施した骨格筋細胞内ではアポトーシスが起こり、筋細胞数が減ることで筋萎縮につながる。大豆イソフラボンの摂取は細胞内のアポトーシスの割合を有意に減少させた。したがって大豆イソフラボンの摂取はアポトーシスを抑制し、除神経による筋細胞数の減少を食い止めることで筋萎縮を軽減したと考えられる。

除神経筋における大豆イソフラボン(AglyMax)摂取の萎縮軽減効果。2週間の除神経を施した条件において、cの通常餌群の筋細胞よりもdのAglyMax餌群の筋細胞が大きい。
図1.
除神経筋における大豆イソフラボン(AglyMax)摂取の萎縮軽減効果。2週間の除神経を施した条件において、cの通常餌群の筋細胞よりもdのAglyMax餌群の筋細胞が大きい。
除神経筋における大豆イソフラボン(AglyMax)摂取のアポトーシス抑制効果。2週間の除神経を施した条件において、通常餌群のアポトーシス核(a、b)よりもAglyMax餌群のアポトーシス核(c、d)の頻度が少ない。大豆イソフラボンの摂取はアポトーシスを抑制していると考えられる。
図2.
除神経筋における大豆イソフラボン(AglyMax)摂取のアポトーシス抑制効果。2週間の除神経を施した条件において、通常餌群のアポトーシス核(a、b)よりもAglyMax餌群のアポトーシス核(c、d)の頻度が少ない。大豆イソフラボンの摂取はアポトーシスを抑制していると考えられる。

今後の展開

超高齢化社会を迎える我が国では、ロコモティブシンドロームの一つである加齢性筋減弱症(サルコペニア)が重要な社会問題になりつつある。サルコペニアを軽減する薬剤の候補はいくつかあるものの、食品で有効な素材は現在、見当たらない。大豆イソフラボン(AglyMax)の摂取が、サルコペニアを軽減できるのかどうかについて、今後、さらに詳しく検証していく。

用語説明

[用語1] AglyMax : 遺伝子組み換えをしていない良質な大豆胚芽を原料に、独自の麹菌発酵技術でアグリコン化し、体内への吸収性をアップさせた大豆イソフラボン。大豆イソフラボンは通常は糖が結合した構造をしているが、糖がはずれた構造のものを大豆イソフラボンアグリコンという。AglyMaxは発酵大豆胚芽抽出物に関するニチモウ株式会社の登録商標。

[用語2] アポトーシス : 多細胞生物を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺。

[用語3] 加齢性筋減弱症(サルコペニア) : 加齢に伴う骨格筋量の低下。握力や下肢筋・体幹筋など全身の筋力低下がみられ、歩行速度の遅延といった身体機能の低下も起こる。

[用語4] ロコモティブシンドローム : 運動器機能不全のことで、運動器の障害や、衰えによって歩行困難など要介護になるリスクが高まる状態のこと。変形性関節症、骨粗鬆症、加齢筋減弱症(サルコペニア)などが、これに含まれる。

論文情報

掲載誌 :
European Journal of Nutrition
論文タイトル :
The influence of isoflavone for denervation-induced muscle atrophy
著者 :
Shinpei Tabata, Miki Aizawa, Masakazu Kinoshita, Yoshinori Ito, Yusuke Kawamura, Minoru Takebe, Weijun Pan, Kunihiro Sakuma
DOI :

リベラルアーツ研究教育院

リベラルアーツ研究教育院 ―理工系の知識を社会へつなぐ―
2016年4月に発足したリベラルアーツ研究教育院について紹介します。

リベラルアーツ研究教育院(ILA)outer

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院

教授 佐久間邦弘

E-mail : sakuma.k.ac@m.titech.ac.jpsakuma@ila.titech.ac.jp
Tel : 03- 5734 -3620

ニチモウバイオティックス株式会社

E-mail : nbkinfo@nichimo.co.jp
Tel : 03-3458-3510(代表) / Fax : 03-3458-4330

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

BSフジ「ガリレオX」に工学院の鈴森康一教授が出演

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工学院 機械系の鈴森康一教授が、BSフジ「ガリレオX」に出演します。

「ガリレオX」はサイエンステクノロジーに関わる新しい動向や注目の研究を、「深く・わかりやすく・面白く」伝える科学ドキュメンタリー番組です。

鈴森教授と人工筋肉を使った筋骨格ロボット
鈴森教授と人工筋肉を使った筋骨格ロボット

鈴森康一教授のコメント

近年世界的に注目を浴びている「ソフトロボティクス」に焦点を当てた内容になっています。

軟体動物のような柔らかい連続体ボディからなるロボットの研究で、古くから日本がリードしてきた分野です。私が30年前に開発したソフトロボットから、最新の研究まで、いろいろと紹介させてもらいました。そして、ソフトロボティクスの先にある「いいかげんロボティクス」という私の夢をお話ししたのですが、番組を通してうまく伝わるか、期待と不安が入り混じっています。

放送予定日

  • 番組名
    BSフジ「ガリレオX」
  • 放送予定日
    2018年1月28日(日)11:30 - 12:00
  • (再放送)
    2018年2月4日(日)11:50 - 12:20

関連動画(字幕:英語)

多繊維型人工筋肉で駆動される筋骨格ロボット

多繊維人工筋肉による首駆動機構の模擬

20mの長いロボットアーム ―バルーン型ジャコメッティアーム―

軽量でスリムな6脚ジャコメッティロボット

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

「東工大テニュアトラック教員 2017年度研究成果発表会」開催報告

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2017年12月18日、東工大テニュアトラック教員の研究成果発表会が大岡山キャンパス西9号館コラボレーションルームで開催され、学内外から29名の参加がありました。

シンポジウムの様子

シンポジウムの様子

本学のテニュアトラック制度は、2006年度に設立したグローバルエッジ研究院による試行を経て、2011年度から全学的な運用が始まり、文部科学省科学技術人材育成費補助事業「テニュアトラック普及・定着事業」の支援を受けて実施しています。この制度は教員(講師、准教授)を一定の任期(5年)をつけて採用し、その期間内の研究成果と教育成果などが高く評価された場合に、任期の定めのない教員とする雇用形態です。東工大では、一般的な、助教相当を主対象とした制度とは少し異なる特徴を持っています。独立した研究者(PI)として研究を進める機会が十分に得られるだけでなく、所属する学院・系などのメンターや他の教員との積極的な協調が期待されています。2006年度からこれまでに31名のテニュアトラック教員を採用し、うち11名が本学のテニュアポスト(任期の定めのない職)を獲得しました。

各教員の成果を公正に評価することが極めて重要なことから、この研究成果発表会は審査・評価等の一機会として毎年開催されています。成果発表は英語で行われますが、多様な専門分野等を考慮して、司会進行・質疑応答は英語または日本語にて適宜、柔軟に行うことにしています。

発表会ではこの制度の統括責任者である岡田清理事・副学長(企画・人事・広報担当)が開会挨拶と合わせて、テニュアトラック制度全般について話しました。その後、3名のテニュアトラック教員がそれぞれの研究成果について発表しました。

工学院(機械系)、理学院(物理学系)、生命理工学院(生命理工学系)など、専門分野は広範囲に渡っており、いずれもこの1年間にかなりの進展があったことを示す内容でした。

左から 前・総括メンター黒田千秋名誉教授、田中博人准教授、宗宮健太郎准教授小寺正明講師、総括メンター中村聡教授

左から 前・総括メンター黒田千秋名誉教授、田中博人准教授、宗宮健太郎准教授、小寺正明講師、総括メンター中村聡教授

発表者

  • 工学院 田中博人准教授

  • 理学院 宗宮健太郎准教授

  • 生命理工学院 小寺正明講師

お問い合わせ先

テニュアトラック制度事務局

Email : tenure.track@jim.titech.ac.jp

本学教員等4名が第34回井上研究奨励賞を受賞

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理学院 化学系の金子哲助教、日本学術振興会(JSPS)の星野翔麻特別研究員、日本学術振興会(JSPS)のミランダ・マルティン・サンティアゴ外国人特別研究員、科学技術創成研究院 ハイブリッドマテリアル研究ユニットの脇坂聖憲研究員の4名が、公益財団法人井上科学振興財団(以下、井上財団)の第34回井上研究奨励賞を受賞しました。

同賞は、理学、医学、薬学、工学、農学等の分野で過去3年の間に博士の学位を取得した37歳未満(申込締切日時点)の研究者で、優れた博士論文を提出した若手研究者に対して贈呈されます。受賞者には賞状、メダルおよび副賞が贈呈されます。

今回は、候補者の推薦を依頼した関係242大学のうち50大学から157件の推薦があり、選考委員会における選考を経て40件が採択されました。

贈呈式は2018年2月2日(金)に開催される予定です。

受賞者

金子哲 理学院 助教

受賞対象となった研究テーマ

高電気伝導性を示す単分子接合の界面構造の設計と制御

金子哲 理学院 助教

単分子接合は1つの分子が金属電極間に架橋した構造を持ち、次世代の電子素子への応用が期待されています。本研究では金属と分子の接続点に着目して単分子接合系を作製することで、電気伝導度を飛躍的に向上させました。さらに外力による電子輸送特性の制御を行い、単分子接合の実用化に関して有意義な成果を得ることができました。

この度は、このような名誉ある賞をいただき大変光栄です。細やかなご指導をいただきました木口学教授に心より感謝申し上げます。共同研究者の皆様、支えてくださった研究室の方々、また、多数のご助言をいただいた物質・材料研究機構の塚越一仁博士、ライデン大学のヤン ファン ルーティンビーク(Jan van Ruitenbeek)教授に厚く御礼申し上げます。この賞を励みに今後も研究活動に努めてまいります。

星野翔麻 日本学術振興会(JSPS)特別研究員(東京工業大学 理学院)

受賞対象となった研究テーマ

ハロゲン分子の励起状態間緩和ダイナミクスに関する分光学的研究

星野翔麻 日本学術振興会(JSPS)特別研究員(東京工業大学 理学院)

電子励起状態にある分子の反応過程は、光合成過程や光エネルギー変換において非常に重要な役割を果たしています。本研究ではハロゲン分子のイオン対状態と呼ばれる、一連の高励起状態を対象として、それら励起状態の示す反応過程を、分子分光学的手法を用いて詳細に調べました。特に、自然放射増幅過程と呼ばれる、レーザー発振に関わる過程がイオン対状態の反応過程に大きく関与していることを明らかにしました。 ご指導いただきました東京理科大学の築山光一教授、共同研究者の広島市立大学の石渡孝教授、東京学芸大学の中野幸夫准教授をはじめとして、研究生活を支えていただいた多くの方々に感謝しております。

ミランダ・マルティン・サンティアゴ 日本学術振興会(JSPS) 外国人特別研究員(東京工業大学 理学院)

受賞対象となった研究テーマ

イッテルビウム量子気体顕微鏡

ミランダ・マルティン・サンティアゴ 日本学術振興会(JSPS) 外国人特別研究員(東京工業大学 理学院)

本博士論文研究では、極低温にまで冷却したイッテルビウム原子気体を、2次元光格子中に導入し、そこで発現する量子多体現象を、各サイトを分解して観測することに成功しました。このシステムを発展させることで、d波超伝導に代表される理論的取り扱いが困難な物性現象を量子的にシミュレートし、微視的発現機構について理解を深めることが可能になると期待しています。博士後期課程において指導していただいた本学理学院の上妻幹旺教授をはじめ、協力していただいた方々に心より感謝申し上げます。この受賞を励みに今後も研究に精進していきたいと思っております。

脇坂聖憲 科学技術創成研究院 研究員

受賞対象となった研究テーマ

電子・プロトンプーリング配位子を有する非貴金属錯体を基軸とした分子性多電子・プロトン移動系の構築

脇坂聖憲 科学技術創成研究院 研究員

本研究は、レドックス活性配位子と金属イオンから成る錯体を軸とした新しい分子設計の多電子・プロトン移動系を創製しました。その特色は、金属との相互作用や光励起により、配位子上で自在に電子やプロトンが移動する点にあります。うまくいかず苦しんだ期間は長く、論文がまとまり博士号を取得できたときは報われた思いがしましたが、更に今回の受賞は大変励みになります。 基礎研究を積み重ね新しい分野や領域を創り上げることは並大抵ではありませんが、私の信条である「努力」「忍耐」「根性」を胸に、それを目指し熱意を持って精進し続けたいと思います。北海道大学 加藤昌子教授、小林厚志准教授、中央大学 張浩徹教授、松本剛助教を初め、たくさんの方々に大変お世話になりました。御礼申し上げます。

関連リンク

ボルボックスの鞭毛が機能分化していることを発見

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要点

  • 死んだボルボックスに再び鞭毛[用語1]運動させる“ゾンビ・ボルボックス法”を確立
  • ボルボックスの鞭毛運動がカルシウムイオンで制御されることを実証
  • ボルボックスは前端部から後端部にかけて鞭毛の性質を変化させることで、走光性や光驚動反応を効率的に行う

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の植木紀子研究員(現・ニューヨーク市立大学ブルックリン校上級研究員・ロックフェラー大学客員研究員)と若林憲一准教授は、多細胞緑藻であるボルボックスが、走光性[用語2]光驚動反応[用語3]などの光に対する行動を示すために、球形の体の前端部から後端部にかけて鞭毛の性質を変えていることを発見した。

ボルボックスは鞭毛を使って水中を泳ぐ生物で、近縁の単細胞緑藻クラミドモナスに似た祖先生物の多細胞化によって進化したと考えられている。

約2億年前という比較的「最近」分岐したことや、祖先種に近いクラミドモナスが現存していることから、ボルボックスは多細胞化進化の研究の良い材料になっている。ボルボックスの約5,000個の細胞間には情報のやりとりが無いにも関わらず、個体として調和のとれた光行動を示す。

今回、この原理を明らかにするために鞭毛の性質を探ったところ、鞭毛は細胞の光受容に伴うCa2+(カルシウムイオン)の流入によって運動方向を変化させること、さらに、球のような体の前端部から後端部にかけて、その方向変化の角度が180度から0度まで変化することを突き止めた。ボルボックスは、個体前後で鞭毛の機能を変化させることで、前半球を舵取り、後半球を推進専門にと役割分担させ、巨大な体でも効率的な光行動を示すと考えられる。

この手法では、ボルボックスを界面活性剤処理で形態を保ったまま除膜する。この段階でボルボックスは死に、鞭毛が停止して動かなくなる。ここにATPを添加すると、個体は死んでいるのにも関わらず鞭毛が再び運動を開始して泳ぎだす。この手法は、単細胞生物や多細胞生物から取り出した器官でよく用いられる方法だが、多細胞生物個体まるごとを用いて成功したのは初めてであり、他の多細胞生物の運動メカニズムの検証にも適用できる可能性がある。さらに、鞭毛はヒトの体の様々な器官に生えており、各々は運動調節様式が異なる。この研究成果は、鞭毛運動の異常が原因であるヒトの疾患「原発性不動繊毛症候群」の研究に貢献すると期待される。

この成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版に1月8日に掲載された。

背景

ボルボックス(和名:オオヒゲマワリ)は、淡水に棲む多細胞性の緑藻である(図1左上)。その最も大型のグループの1種ボルボックス・ルーセレティ(Volvox rousseletii)は、直径0.3~1 mm程度の球状の体の表面に約5,000個の細胞が一層の細胞層を形成している。1つ1つの細胞の構造は単細胞緑藻クラミドモナス(図1左下)によく似ており、各細胞は1つの光受容装置である眼点と、2本の鞭毛を持っている。ボルボックスには前後軸があり、約1万本の鞭毛は全て前から後ろに向かって運動する。これが原動力となってボルボックスは前進遊泳を行う。なお、「クラミドモナスが集まってボルボックスになる」、「ボルボックスがバラバラになってクラミドモナスになる」という話を聞くことがあるが、これは完全な誤りで、両者は近縁ではあるが別の生物だ。

左上:ボルボックス・ルーセレティの顕微鏡像と模式図。右:ボルボックスの細胞から生える鞭毛は全て後ろに向かって(やや傾いて)打つため、個体は自転しながら前進遊泳する。左下:単細胞緑藻クラミドモナスの顕微鏡像。

図1. 左上:ボルボックス・ルーセレティの顕微鏡像と模式図。

右:ボルボックスの細胞から生える鞭毛は全て後ろに向かって(やや傾いて)打つため、個体は自転しながら前進遊泳する。
左下:単細胞緑藻クラミドモナスの顕微鏡像。

眼点は、赤い色素を豊富に含んだ顆粒が積層しているため赤い点のように見える。その直上の細胞膜に光受容タンパク質であるチャネルロドプシン[用語4]が存在する。これは光を受容すると開く陽イオンチャネルである。この光受容タンパク質と色素顆粒層がペアになっていることで、眼点は非常に指向性が高い光受容を行う(図2)。色素顆粒層は光をよく反射する性質を持つため、細胞の外側から来た光は増幅され、逆に細胞の内側を通ってきた光は遮蔽されて受容体に届かない。さらに、各鞭毛が打つ面は、個体の前後軸に対して少しだけ傾いているため、ボルボックスは遊泳する際にかならず進行方向後方からみて反時計周りに自転する(図1右)。各細胞は光源側を向いたときには光を感受し、個体が半回転して反対側を向いたときには光を感受しなくなる。このように、高指向性光受容と自転遊泳を組み合わせることによって、ボルボックスは光源方向を正確に認識する。

個体前端部付近の細胞(上)と後端部付近の細胞(下)の眼点と、眼点の模式図(右)。チャネルロドプシンとカロテノイド色素層の組み合わせにより、眼点は高い指向性をもった光受容を行う。眼点は前端部細胞では大きく、後端部細胞では小さい。

図2. 個体前端部付近の細胞(上)と後端部付近の細胞(下)の眼点と、眼点の模式図(右)

チャネルロドプシンとカロテノイド色素層の組み合わせにより、眼点は高い指向性をもった光受容を行う。眼点は前端部細胞では大きく、後端部細胞では小さい。

ボルボックスは各細胞の眼点で光を感受したのち、流入した陽イオンがもとになる反応経路によって鞭毛運動調節を行い、2つの光行動を見せる。1つは光驚動反応で、これは急に強い光を浴びたときに遊泳を停止する反応である。もう1つは走光性で、これは光源の方向に向かって、あるいは光源から逃げる方向に向かって遊泳する反応である。ボルボックスは、通常の条件下では主として光源に向かう正の走光性を見せる。これらは最適な光合成環境に移動するための生存戦略であると考えられている。

このとき、鞭毛はどのように動いているのか。以前、植木らは、ボルボックスが光を浴びたとき、前半球の細胞の鞭毛のみが運動方向を逆転させることを見出していた(Ueki et al., 2010 BMC Biol)。光驚動反応を示す際は前半球の鞭毛が前向きに打ち、後半球の鞭毛が後ろ向きに打つことで力が相殺されて個体の遊泳が止まる。走光性を示す際には、前半球かつ光源側の鞭毛だけが運動方向逆転を行うことで光源側と反対側で推進力に不均衡が生じ、光源方向に舵を切ることになる(図3)。

ボルボックス鞭毛が起こす水流の方向。左:通常の遊泳時は全ての鞭毛が前から後ろへの水流を起こし、個体は自転しながら前進遊泳する。中:急に強い光を浴びて光驚動反応を起こすとき、前半球の鞭毛は水流の方向を前向きに逆転させ、後半球の鞭毛は変わらず後ろ向きの水流を起こすため、個体は遊泳を停止し、その場で自転する。右:右から光を浴びて正の走光性を示すとき、前半球の光源側の鞭毛だけが前向きの水流を起こし、他の部分は後ろ向きの水流を起こすため、個体の光源側とその反対側で推進力の不均衡が生じ、個体は右側に舵を切る。

図3. ボルボックス鞭毛が起こす水流の方向

左:通常の遊泳時は全ての鞭毛が前から後ろへの水流を起こし、個体は自転しながら前進遊泳する。
中:急に強い光を浴びて光驚動反応を起こすとき、前半球の鞭毛は水流の方向を前向きに逆転させ、後半球の鞭毛は変わらず後ろ向きの水流を起こすため、個体は遊泳を停止し、その場で自転する。
右:右から光を浴びて正の走光性を示すとき、前半球の光源側の鞭毛だけが前向きの水流を起こし、他の部分は後ろ向きの水流を起こすため、個体の光源側とその反対側で推進力の不均衡が生じ、個体は右側に舵を切る。

この前後半球の鞭毛の光に対する応答性の違いは、これまで眼点の大きさの違いで説明されてきた(図2)。細胞がもつ眼点は、前端部に近いほど大きく、後端部に近いほど小さい。眼点が大きいほど光感受性が高いと考えられるため、後半球に比べて高い光感受性を持つ前半球の細胞の鞭毛だけが光に応答して運動方向を逆転する、という考え方だ。一方で、眼点の光感受の後に生じる鞭毛運動の方向逆転を起こす調節因子は不明だった。

研究成果

今回研究グループは、鞭毛運動方向逆転の分子メカニズムを探るため、ボルボックスを用いた除膜モデルの試験管内での運動再活性化実験、通称“ゾンビ・ボルボックス法”の確立を試みた。まず界面活性剤処理によって細胞膜を溶解する。当然細胞は死ぬが、鞭毛の内部構造や運動するためのモータータンパク質はその形を留める。そして、ゾンビ・ボルボックスに生体エネルギー源であるATPを加えると、細胞は死んでいるが、鞭毛が再び運動を開始し、ボルボックスが泳ぎだす。これは1930年代にハンガリーのノーベル賞学者アルベルト・セントジェルジらによって行われたグリセリン筋の収縮実験に端を発する生物学の伝統的な手法だ。

この手法の最大のポイントはゾンビ・ボルボックスを入れる溶液の条件を自由に変えられることにある。この手法を用いた一連の実験では、筋肉の収縮や鞭毛運動のエネルギー源がATPであることが直接証明されてきた。ボルボックス鞭毛運動調節因子の第一候補はCa2+であり、この手法がボルボックスに適用できればCa2+の効果を直接確かめることができる。しかし、この手法は単細胞生物や多細胞生物から取り出した器官に対して適用されてきたもので、ボルボックスのような多細胞生物個体の場合、均一に界面活性剤処理をすることができなかったり、界面活性剤処理で形が崩れたりなど、技術的な高い障壁があった。

研究グループは、金魚すくいの要領でボルボックスを界面活性剤処理する手法を開発した(図4)。細胞ストレイナー(ふるい)の上で泳がせたボルボックスを持ち上げて、界面活性剤の入った溶液に漬け込む。これで個体全体が温和な条件で除膜される。ボルボックスの運動に関与する体細胞は球形の体の表面にあるので、これですべての体細胞は死に、鞭毛は運動を停止する。さらにふるいを持ち上げて界面活性剤のない溶液に漬け込み、ここにATPを加えると、ボルボックスは死んでいるものの、再び泳ぎだすことになる。研究グループはこのゾンビ・ボルボックス実験をさまざまなCa2+濃度条件下で行い、鞭毛運動を観察した。

ゾンビ・ボルボックス法の概要。細胞ストレーナ(目の細かいふるい)の上でボルボックスを泳がせる。ふるいを持ち上げて界面活性剤入りの溶液に漬け込むと、ボルボックスは除膜されて死に、泳がなくなる(ゾンビ・ボルボックスになる)。再びふるいを持ち上げて、界面活性剤のない溶液に漬け込み、ATPを添加すると、鞭毛が運動を再開し、ゾンビ・ボルボックスは死んでいるにも関わらず泳ぎだす。

図4. ゾンビ・ボルボックス法の概要

細胞ストレーナ(目の細かいふるい)の上でボルボックスを泳がせる。ふるいを持ち上げて界面活性剤入りの溶液に漬け込むと、ボルボックスは除膜されて死に、泳がなくなる(ゾンビ・ボルボックスになる)。再びふるいを持ち上げて、界面活性剤のない溶液に漬け込み、ATPを添加すると、鞭毛が運動を再開し、ゾンビ・ボルボックスは死んでいるにも関わらず泳ぎだす。

Ca2+濃度が高い状態でゾンビ・ボルボックスにATPを加えると、前端部に近い鞭毛は運動方向をほぼ逆転させた(図5上)。これにより、これまで観察されていた鞭毛運動の方向逆転がCa2+によることが初めてはっきり示された。さらに興味深いことに、この運動方向変化の大きさには体の前後で違いがあった。前端部付近の細胞はほぼ180度の逆転、赤道面付近の細胞は90度程度、後端部付近の細胞は0度で、ほとんど逆転しなかった(図5下)。

ゾンビ・ボルボックスは細胞膜とともに光受容体を失っているので、光受容を行わない。そのため、この個体における細胞の位置に応じた鞭毛の運動性の違いは、純粋に鞭毛の性質の違いを反映している。つまり、これまで前半球と後半球で異なるのは眼点の大きさだけだと考えられてきたが、鞭毛の性質も異なることが今回初めて分かった。鞭毛打方向の「逆転」と考えられてきたことは、鞭毛打方向の個体の位置に応じた「回転」であった。これらの発見のためには、球状の個体の形を壊さずに、全体を温和に除膜するゾンビ・ボルボックス法の開発が不可欠だった。

ゾンビ・ボルボックスにATPを添加して鞭毛を運動させる実験の際、溶液中にCa2+を入れない、または入れる条件下で鞭毛の運動方向を観察し、鞭毛打1回分の波形をトレースした。鞭毛が打った方向を矢印で示した。前端部の鞭毛はCa2+がないとき(上段左)は生きている個体の通常遊泳時と同じく後ろ向きに、Ca2+があると(上段右)生きている個体の光受容時と同じく前向きに打った。一方で、後端部の鞭毛はCa2+の有無に関わらず後ろ向きに打った(下段左右)。

図5. ゾンビ・ボルボックスにATPを添加して鞭毛を運動させる実験の際、溶液中にCa2+を入れない、または入れる条件下で鞭毛の運動方向を観察し、鞭毛打1回分の波形をトレースした。

鞭毛が打った方向を矢印で示した。前端部の鞭毛はCa2+がないとき(上段左)は生きている個体の通常遊泳時と同じく後ろ向きに、Ca2+があると(上段右)生きている個体の光受容時と同じく前向きに打った。一方で、後端部の鞭毛はCa2+の有無に関わらず後ろ向きに打った(下段左右)。

つまり、ボルボックスの細胞は、第一に眼点の大きさ、第二に鞭毛のCa2+応答性という2段構えの前後分化をしている。このことにより、前端部に近い細胞ほど個体に対してブレーキや舵取りを行う機能が高くなり、後端部に近い細胞ほど「何があっても前に進む」という推進力に特化していると言える。もしこの前後分化がなく、全ての細胞が同じ程度の光感受性と鞭毛打方向逆転能しかもっていなければ、横から光を受けた場合、個体はその場で回るだけで走光性は示せない。ボルボックス細胞の前後分化は、多細胞化によって巨大化した体で高い推進力を得ると同時に、単細胞緑藻のように機敏な光行動を行うために獲得した重要な機能であると考えられる。

今後の展開

ボルボックス目の緑藻は、単細胞性のクラミドモナスや約5,000細胞のボルボックス・ルーセレティだけでなく、中間の細胞数の多細胞種が多数現存している興味深い生物群だ。今回の手法を中間細胞数の藻類にも適用することで、多細胞化による光行動システムの変遷を探ることができる。

今回開発した“ゾンビ・ボルボックス法”は、さまざまな多細胞生物を温和に除膜モデル化するのに役立つ。藻類に限らず、多様な生物の運動システムの研究に貢献すると期待される。

Ca2+による鞭毛の運動調節は、ヒトを含めた多様な生物で見られる。ヒトの体内には、脳室、気管上皮、輸卵管上皮、精子など、さまざまな器官に鞭毛(繊毛)が生えている。これらの運動調節が異常になると、慢性呼吸器疾患や不妊症などのさまざまな疾患を誘起する。今後、この手法を用いて鞭毛運動調節の分子機構をさらに詳しく研究することで、鞭毛運動不全によるヒトの疾患である「原発性不動繊毛症候群」などの理解に貢献すると期待される。

用語説明

[用語1] 鞭毛 : 真核生物細胞から生える毛状の運動する細胞小器官。精子のように細胞の推進力を生み出したり、気管上皮のように細胞の周囲に水流をつくったり、生体にとって重要な機能をもつ。ヒト体内には脳室、気管、輸卵管、精子などに鞭毛や繊毛(鞭毛より短く本数が多いが、鞭毛と本質的に同じ)が存在する。それらの運動異常によって生じる疾患は原発性不動繊毛症候群と呼ばれる。

[用語2] 走光性 : 生物が照射される光に反応して移動する性質。光源方向に近づく場合は正の走光性、離れる場合は負の走光性と呼ぶ。光走性(ひかりそうせい)と呼ばれることもある。

[用語3] 光驚動反応 : 生物が強い光強度変化に応答して、運動を止めたり、運動方向を逆転させたりする反応。光忌避反応と呼ばれることもある。

[用語4] チャネルロドプシン : 光を感受するとイオンを透過する膜タンパク質。マウスなどの特定の神経細胞に発現させ、光照射によって興奮させることで神経活動と個体の行動の連関を研究する「光遺伝学」と呼ばれる技術に応用されている。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, in press.
論文タイトル :
Detergent-extracted Volvox model exhibits an anterior–posterior gradient in flagellar Ca2+ sensitivity
著者 :
Noriko Ueki and Ken-ichi Wakabayashi
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

若林憲一 准教授

E-mail : wakaba@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5235 / Fax : 045-924-5268

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


姉妹染色分体間接着の形成機構を解明

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概要

生命の設計図であるDNAは非常に長い“糸”で、細胞核の中で様々なタンパク質と結合し、染色体を形成しています。染色体は細胞が分裂する毎にコピーされ、分配されます。染色体はコピーされた直後、物理的に接着しています(姉妹染色分体間接着)。この染色体の物理的接着がなくなると染色体が正確に分配されなくなることがわかっています。この染色体の物理的接着には「コヒーシン[用語1]」と呼ばれるリング状のタンパク質の働きが重要です(図1)。コヒーシンはDNAと直接結合することがわかっていますが、姉妹染色分体を接着する仕組みはわかっていませんでした。

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の村山泰斗准教授と東京工業大学の岩崎博史教授らの研究グループは、コヒーシンを細胞から分離精製し、コヒーシンとDNAの複合体の形成を試験管内で再現することにより、コヒーシンによる姉妹染色分体接着の仕組みの一端を明らかにしました。コヒーシンは「結束バンド」のように2本のDNAを束ねることがわかったのです(図1)。

本成果によりコヒーシンの性質を詳細に明らかにしたことが、コヒーシンの機能欠損が原因とされている様々な疾患や不妊の原因解明に繋がると期待されます。

本研究成果は、2018年1月18日 (米国東部時間) に米国科学雑誌「Cell」に掲載されました。

コヒーシンによる姉妹染色分体間接着の形成モデル。

図1. コヒーシンによる姉妹染色分体間接着の形成モデル。


コヒーシンは、自身のリングの一部を開いて、その内側に通すようにしてDNAと結合し、“2本目”のDNAと結合する。これにより、DNA−コヒーシン−DNAの構造をつくって、2つの姉妹染色分体の間に接着を形成すると考えられる。

研究の背景

コヒーシンは、姉妹染色分体間接着をはじめ、染色体の重要な高次構造を形成するうえで中心的な役割を担っています。コヒーシンは大きなリング状のタンパク質複合体です。このリング状のかたちによって、リングの内側に通すようにしてDNAと結合することがわかっています(図1)。しかしながら、コヒーシンがどのようにDNAをリングの内側に通すのか、そしてこの結合を使ってどのように姉妹染色分体間接着を形成するのか、についてはわかっていませんでした。

本研究の成果

コヒーシンを細胞から精製し、コヒーシンとDNA結合の反応を試験管内で再現することによって、そのメカニズムを解明することが、本グループの重要なテーマです。これまでに、コヒーシンがDNAをリングに通す反応と、その後のDNAを放出する反応を再現することに成功し、その分子メカニズムの一端を明らかにしてきました。

本研究では、細胞から分離精製したコヒーシンを使って、コヒーシンとDNAとの結合反応を試験管内で再現し、その過程を詳細に調べました。その結果、コヒーシンはリングの内側に通すようにしてDNAと結合した後、さらにこの状態で別のDNAとも同じようにリングの内側に通すようにして結合することがわかりました。言い換えると、コヒーシンは「結束バンド」のように2本のDNAを束ねるようにしてDNAと結合しうるのです(図1)。このDNA–コヒーシン–DNAのつなぎ留めが2つの姉妹染色分体の間で起これば、姉妹染色分体の間で接着が形成されることになります。

今後の期待

染色体の構造は、コヒーシン以外にも複数種のリング構造をした構造体(SMC複合体[用語2])によって形成されています。これらSMC複合体の機能異常および低下は コルネリア・デ・ランゲ症候群などの難病の原因となる他、がんや不妊の一因であるとも考えられています。今後は、コヒーシンに加え、他のSMC複合体の性質を調べることで、基礎生物学の研究の発展を通して、これらのSMC複合体の機能欠損が原因とされている様々な疾患や不妊の原因解明に貢献することが期待されます。

本研究は、情報・システム研究機構 村山泰斗准教授、黒川裕美子研究員、東京工業大学 岩崎博史教授、英国フランシス・クリック研究所 Frank Uhlmannグループとの共同研究としておこなわれました。

尚、Uhlmann博士は、東京工業大学のWRHI特任教授でもあります。

本研究は、科学研究補助金 (16H06160、16H01404、15H059749)、日本分子生物学会 若手研究助成 富沢純一・圭子基金の支援を受けておこなわれました。

WRHI(ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ):海外から世界トップレベルの研究者を招へい(または雇用)し、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。

用語説明

[用語1] コヒーシン : SMC1、SMC3、Scc1、Scc3の4つのタンパク質からなるリング状構造のタンパク質複合体。姉妹染色体接着をはじめとした染色体高次構造の形成を行う。

[用語2] SMC複合体 : コヒーシンと類似したリング状構造をしたタンパク質複合体。コンデンシンとSMC5/6複合体が知られる。コヒーシンと同じようなかたちでDNAと結合するが、染色体凝縮やDNA修復などコヒーシンとは別の染色体イベントに関わる。

論文情報

掲載誌 :
Cell
論文タイトル :
Establishment of DNA-DNA Interactions by the Cohesin Ring(コヒーシンによるDNAとDNAの間の接着の形成)
著者 :
Yasuto Murayama, Catarina P. Samora, Yumiko Kurokawa, Hiroshi Iwasaki and Frank Uhlmann(村山 泰斗, Catarina P. Samora, 黒川裕美子, 岩崎博史, Frank Uhlmann)
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
新分野創造センター

准教授 村山泰斗

E-mail : ystmurayama@nig.ac.jp
Tel : 055-981- 6810

取材申し込み先

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
リサーチ・アドミニストレーター室

清野浩明

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Tel : 055-981-6745 /(広報)055-981-5873

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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北極の硝酸エアロゾルはNOx排出抑制に関わらず高止まり

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ポイント

  • グリーンランドで約90 mのアイスコア掘削に成功し、氷床アイスコア最高の年代精度で過去60年の北極大気環境を復元。
  • 21世紀の北極硝酸エアロゾル[用語1] フラックス[用語2]が、周辺国のNOx(窒素酸化物)[用語3]の排出抑制政策による減少割合を反映しておらず、産業革命以後に増大して以来高い値を維持していることを解明。
  • 21世紀の硝酸エアロゾルの状況把握・原因究明は、将来の環境変動への影響評価に重要。

概要

北海道大学 低温科学研究所の飯塚芳徳助教及び東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の服部祥平助教らの研究グループは、21世紀になってからの北極の硝酸エアロゾルフラックス(流束)が、周辺国によるNOx(窒素酸化物)の排出抑制政策を反映せず高い値を維持していることを明らかにしました。

同グループは北極グリーンランド氷床にいくつかある頂上(ドーム)のうち、最も雪が多く降る南東部で約90 mのアイスコア掘削に成功し、氷床ドームアイスコア史上最高の年代精度で過去60年間の北極大気環境を復元しました。このアイスコアに含まれる過去60年間のNO3-(硝酸イオン)の季節フラックスの変動を求め、各国からのNOx排出量の変動割合と比較したところ、両者は一致していませんでした。NOx排出量は1970~80年以降、減少傾向を示していますが、アイスコアのNO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いという特徴があります。

今回の結果は、北極大気のNO3-フラックスが周辺国(米国や欧州)における排出抑制政策によるNOxの減少割合を反映せず、高い値を維持していることを示しています。今後、北極NO3-フラックスがNOx排出量と連動せず高い値を維持している原因と、将来の人間活動への影響を評価する必要があります。

本研究成果は2つの論文に分かれています。これらは2017年10月26日と2018年1月4日(Web版)のJournal of Geophysical Research: Atmospheres誌に掲載されました。

グリーンランドでの掘削キャンプ(左)と掘削されたアイスコア(右)

グリーンランドでの掘削キャンプ(左)と掘削されたアイスコア(右)

背景

人間活動とSOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)

大気微粒子(エアロゾル)は、その一部が直径2.5 µm以下の微粒子(PM2.5)として人体に悪影響を及ぼすことが知られています。また、エアロゾルは大きな粒子になると雲の核として作用し、雲を作りやすくする効果があり、結果として雲が日射を遮り地球表面を寒冷化させることが知られています。SOx(硫黄酸化物)[用語4]やNOx(窒素酸化物)は、大気中で酸化され硫酸・硝酸エアロゾルを形成するため、その動態の理解はエアロゾル動態の理解の上で重要です。SOxは海洋生物や火山から、NOxは雷、成層圏、森林火災、土壌生物から放出されてきました。しかし、特に産業革命以後に北半球では人間活動(化石燃料の使用)の増加によってSOxやNOx濃度が上昇したことが知られています。

イギリスに産業革命が起こった1750年から1980年くらいまで、SOxやNOxの排出は右肩上がりに上昇しました。特に、1970年代や80年代は世界的に環境汚染が問題となり、国内でも公害問題などが顕在化した時代でした。この頃、大気汚染だけではなく、増加したエアロゾルにより太陽光が遮られるグローバルディミングと呼ばれる寒冷化が生じていたと言われています。

その後、例えば米国では1963年に定められ、1970年、1977年に改訂された大気浄化法 (Clean Air Act)などによりSOxやNOxの排出規制が強化され、これにより1990年以降SOxやNOxの排出量は減少しています(図1)。これに対し、新興国である中国やインドなどでは近年も減少傾向はみられていません。このように、各国でSOxやNOxの排出量の傾向には差異があり、大気環境問題に大きく関わるSOxやNOxがどのような変遷をたどるかを理解することが重要です。

EDGAR(各国排出量のデータベース)による1970〜2010年の各大陸・地域からのNOx、SOx排出量

図1. EDGAR(各国排出量のデータベース outer)による1970〜2010年の各大陸・地域からのNOx、SOx排出量

アイスコアによる研究とその問題点

これらの動向を評価する有力な取り組みとして、過去から現在までのSOxやNOxの変遷を解読し、そのメカニズムを理解することで将来予測に役立てる方法があります。寒冷圏の雪氷は年々の堆積を通じてSOxやNOxがSO42-(硫酸イオン)やNO3-(硝酸イオン)として保存されている貴重な自然のタイムカプセルです。なかでも北極グリーンランド氷床は欧州や米国などの人為起源SOxやNOx排出地域と近いことから、人為起源エアロゾル変遷の評価に最適な地域です。このような評価をするために、氷床を垂直下向きに掘削して氷を採取しており、この採取された氷をアイスコアといいます(図2)。アイスコアは表面付近が現在に近い降雪で、深い部分がより過去に降った雪からなっており、深部から浅部にむかって解析すると過去から現在まで連続に時系列的な情報(古環境情報)を得ることができます。

しかし、アイスコアから古環境情報を抽出するのには大きく2つの問題があります。一つ目の問題は、ある深さのアイスコアが何年前に降った雪か精度よく知ることが難しい場合があることです。これをアイスコアの年代決定といいますが、これまでは夏に増加(または減少)する成分を数え、その成分が増加(減少)していた深さを夏と決め、夏層を数えて年代を決定する年層カウント法が主に用いられてきました。この年代決定方法は、増加している部分が年に2回生じたり、または1回もなかったりすると年代が1年ずれてしまう欠点があります。二つ目の問題は、NO3-は揮発しやすく長期間の日射で分解してしまうため、積雪が堆積した後にNO3-が変質してしまって降雪時の情報が損失してしまうことがあることです。この変質を再配分過程と呼んでおり、再配分過程はアイスコアから精度よく古環境情報を解読することを妨げる要因でした。

グリーンランド南東ドーム地域でのアイスコア掘削(左)と掘削されたアイスコア(右)

図2. グリーンランド南東ドーム地域でのアイスコア掘削(左)と掘削されたアイスコア(右)

本研究の目的

南極氷床やグリーンランド氷床の標高の高い地域は寒く、雪が融けずに涵養していく場所ですので、雪が降る量を涵養量と呼んでいます。涵養量が多いということは、1年間に降り積もる雪が多いのでアイスコアの1年あたりの長さが長いということになり、精度の良い年代決定を行える可能性が高くなります。さらに、たくさん雪が降るということは、次々と新しい雪が堆積するので、積雪表面に雪が置かれている時間が短いということになります。表面に置かれている時間が短いと、アイスコアに含まれている物質が揮発や日射などの再配分の影響を受ける時間が短くなり、年代決定の高精度化につながります。

そこで、本研究では北極グリーンランド氷床にいくつかある頂上(ドーム)のうちで、最も雪が多く降る地域に着目して、アイスコア掘削を行いました。次に、掘削されたアイスコアに含まれる過去60年間のSO42-やNO3-の年間フラックスを求めました。得られた結果を各国からのSOxやNOxの排出量と比較し、北極大気まで運ばれグリーンランドに堆積したSOxやNOxの動向を追跡しました。

研究手法

グリーンランド南東ドームアイスコア掘削プロジェクト(2014〜2018)

2014年から開始したプロジェクトのもと、人為起源エアロゾル変遷の評価に最適なグリーンランド氷床のなかで、最も涵養量が多いドームを調査し、南東部に位置するドーム地域を選定しました(図3)。本研究グループは、この地域を「グリーンランド南東ドーム」と呼んでいます。2015年にはグリーンランド南東ドームで90 mのアイスコアを掘削し、北海道大学 低温科学研究所の低温室への冷凍輸送に成功しました。2016年からは、グリーンランド南東ドームアイスコアを解析してきました。

本プレスリリースに大きく貢献した解析項目は、水循環のプロセスを反映する「水の安定同位体比」と、「不純物(イオン)濃度」です。イオン濃度はアイスコアを溶かした融解水の中に含まれているイオンの濃度を意味します。イオンの中にはSO42-やNO3-も含まれていて、これらを分析しました。本リリースのもとになる2つの論文に加えて、2018年度のプロジェクトの終了まで、他の指標の分析・研究も継続しています。

グリーンランド南東ドーム地域の地点(左)と掘削キャンプ(右)

図3. グリーンランド南東ドーム地域の地点(左)と掘削キャンプ(右)

研究成果

氷床ドームアイスコアを最高精度で年代決定

グリーンランド南東ドームアイスコアを分析したところ、過去60年間の環境変動を記録していることがわかりました。近年60年間の涵養量は1年に氷の密度換算で約1.01 mであることがわかり、この数値は平均的なグリーンランドドームの5倍、南極ドームの30倍という膨大な量の降雪がある地域であることが判明しました。この膨大な雪のおかげで、過去60年間の水の安定同位体比は極めて良質に保存されていることがわかりました。

水の安定同位体比は、海からの蒸発、降雪などの水循環のプロセスを反映しています。近年、この同位体比を数値計算によってシミュレーションする手法(以下、同位体モデル)が急速に発展してきています。具体的には、海水温・大気場などの情報を基にして、ある地域の降雪の同位体比の値をシミュレーションできます。複数の同位体モデルを用いて、グリーンランド南東ドームの同位体比と比較したところ、モデルとアイスコアの同位体比が極めてよく一致することがわかりました。同位体モデルからいつの降雪であるかがわかりますので、モデルとアイスコアの同位体比をマッチングさせることで、アイスコアの年代を決定することができます。その結果、2ヵ月単位という氷床ドームアイスコアとしての最高精度での年代決定に成功しました。(成果論文1 Furukawa et al., 2017)

過去60年間の北極大気中のSO42-やNO3-の復元

イオン濃度を分析した結果、NO3-が積雪堆積後に変質を受けていないことを確認しました。これは、日射の影響を受けやすい表面20 cm以内にNO3-がさらされる期間が、涵養量が大きいために1ヵ月程度と短かく、日射による分解を受けにくいためです。この結果は、グリーンランド南東ドームアイスコアは他の地域のアイスコアと比べて、NO3-の変遷を高い確度で追跡できることを示しています。

また、2ヵ月という高精度で年代を決定できたので、季節変動を追跡できるようになりました。イオン濃度と季節ごとの涵養量をかけ合わせることで、その季節に堆積するイオンのフラックス(流束)を算出することができます。そこで、過去60年間のSO42-やNO3-フラックスの季節変動を復元しました(図4)。SO42-フラックスは1980年から減少傾向を示しています。他方で、NO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いことがわかりました(成果論文2 Iizuka et al., 2018)。

グリーンランド南東ドームアイスコアから復元された北極大気NO3-、SO42-フラックス(黒)と、後方流跡線解析と各地域からの排出量を加味して予測された南東ドームにおけるNOx、SOxの変動割合(赤)の比較
図4.
グリーンランド南東ドームアイスコアから復元された北極大気NO3-、SO42-フラックス(黒)と、後方流跡線解析と各地域からの排出量を加味して予測された南東ドームにおけるNOx、SOxの変動割合(赤)の比較

周辺国からのSOxやNOxの排出量と比較

グリーンランド南東ドームにどこから空気塊がやってきているのかを、後方流跡線解析という手法を用いて計算しました。その結果、北米が最も高い割合で、欧州やロシアからもある程度の割合で大気塊がやってきていることがわかりました。各国ともSOxやNOxの排出量が公開されていますので、各国の排出量と大気塊がやってくる割合を掛け合わせて、グリーンランド南東ドームに到達するであろうSOxやNOxの量を計算しました。

SOx排出量とアイスコアのSO42-フラックスを比較したところ、過去60年間の変動はよく一致していました(図4)。これは、SO42-フラックスがおもに上述した周辺国からのSOx排出量によると考えられます。米国や欧州はSOx排出量の削減に取り組んでおり、その効果が北極大気でもよく表れていることを示しています。しかしながら、NOx排出量とアイスコアのNO3-フラックスの過去60年間の変動はあまり一致していませんでした。特に、NOx排出量は1970~80年以降、減少傾向を示していますが、アイスコアのNO3-フラックスは1990年代が最も高く、2000年以降(21世紀)は1960~80年代よりも高いという特徴があります。米国や欧州はSOxと同様にNOx排出量の削減に取り組んでいるのですが、今回の結果は北極大気のNO3-フラックスが、周辺国のNOxの排出抑制による減少割合を反映せず高い値を維持していることを示しています。(成果論文2 Iizuka et al., 2018)

今後への期待

21世紀の高い北極NO3-フラックスの原因究明

なぜ北極NO3-フラックスが高い値を維持しているのかについて、はっきりとしたことはわかりません。SOx排出量とアイスコアのSO42-フラックスがよく一致しているSOxと比べてNOxは大気輸送中の化学変化がより複雑であるため、というのが最も確からしい回答です。もしくは21世紀以降の中国やインド、船舶(海洋)からのNOxの影響かもしれません。自然由来の森林火災(バイオマスバーニング)によるNOxが関係している可能性もあります。本研究グループは国内の10機関以上の研究室と連携し、たとえば硝酸中の窒素(N)の同位体比やNO3-がどのような化合物で存在しているのかを世界最先端の分析機器を用いて調べ、この謎の解明を続けています。また、エアロゾル輸送モデルなど数値計算によるアプローチでの解決も期待されています。こういった分析結果から新しい視点でSOxやNOxの動向を探ることが、解決につながります。

原因が不明であるにせよ、北極大気のNO3-フラックスが、周辺国のNOxの排出量の減少に単純に比例せず高い値を維持しているという事実が明らかになりました。この結果は、北極のNO3-フラックスの変動を予測するためには、化学反応も含めた輸送プロセスを考慮する必要があることを示唆しています。また今後は、北極NO3-フラックスがNOx排出量と連動せず高い値を維持していることが将来の人間活動にどう影響するのかを評価する必要があります。

謝辞

本研究は2014年度から2018年度(予定)の科学研究費補助金(基盤研究A 26257201)の他、服部助教が代表を務める科学研究費補助金(若手研究A 16H05884)の支援を受けて行われました。また、この成果は北海道大学 低温科学研究所の共同研究費を用いています。

用語説明

[用語1] 硝酸エアロゾル : 硝酸イオン(NO3-)のように酸化窒素の形で存在する窒素が、大気中に微粒子として浮遊している状態のこと。大気中で生成した硝酸は雨等により大気圏から取り去られ、海洋や森林などの生物圏に再び沈着される。

[用語2] フラックス : 流束(単位時間単位面積あたりに流れる量)のこと。

[用語3] NOx : 窒素の酸化物の総称で、一酸化窒素、二酸化窒素、一酸化二窒素、三酸化二窒素、五酸化二窒素などが含まれる。NOxは工場の煙や自動車排気ガスなどから人為的に排出され、気管支炎、酸性雨、PM2.5、流域の富栄養化など、人間活動や環境に悪影響を与えている。窒素分子そのものは、大気中に最も多く含まれる気体である。

[用語4] SOx : 硫黄の酸化物の総称で、一酸化硫黄、三酸化二硫黄、二酸化硫黄、三酸化硫黄、七酸化二硫黄、四酸化硫黄などがある。石油や石炭などの化石燃料を燃焼するとき、あるいは黄鉄鉱や黄銅鉱のような硫化物鉱物を加熱するときに排出される。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Geophysical Research: Atmospheres(大気科学の専門誌)
論文タイトル :
Seasonal-scale dating of a shallow ice core from Greenland using oxygen isotope matching between data and simulation(モデルとアイスコア間の同位体マッチングによる季節スケールのアイスコア年代決定)
著者 :
古川崚仁1、植村立2、藤田耕史3、Jesper Sjolte4、芳村圭5、的場澄人1、飯塚芳徳1
所属 :
1北海道大学 低温科学研究所、2琉球大学 理学部、3名古屋大学 大学院環境学研究科、4ルンド大学(スウェーデン)、5東京大学 生産技術研究所
DOI :

論文情報

掲載誌 :
Journal of Geophysical Research: Atmospheres(大気科学の専門誌)
論文タイトル :
A 60 year record of atmospheric aerosol depositions preserved in a high-accumulation dome ice core, southeast Greenland(グリーンランド南東部の高涵養量ドームに保存された過去60年間の大気降下物の記録)
著者 :
飯塚芳徳1、植村立2、藤田耕史3、服部祥平4, 関宰1, 宮本千尋5、鈴木利孝6, 吉田尚宏4, 本山秀明7、的場澄人1
所属 :
1北海道大学 低温科学研究所、2琉球大学 理学部、3名古屋大学 大学院環境学研究科、4東京工業大学 物質理工学院、5東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻、6山形大学 学術研究院、7国立極地研究所)
DOI :

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原子時計をスマートフォンに搭載できるくらいの超小型システムへ

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要点

  • 圧電薄膜の機械振動を利用したシンプルな超小型原子時計システムを提案
  • チップ面積を約30%減、消費電力を約50%減、周波数の安定度も1桁以上の改善を実現
  • GPS衛星レベルの超高精度周波数源を、スマートフォンなどの汎用通信端末へ

概要

国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田英幸)電磁波研究所 原基揚主任研究員等は、国立大学法人 東北大学(東北大、総長: 里見進)大学院工学研究科 機械機能創成専攻 小野崇人教授、国立大学法人 東京工業大学(東工大、学長: 三島良直)科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 伊藤浩之准教授と共同で、従来の複雑な周波数逓倍[用語1]処理を必要としないシンプルな小型原子時計[用語2]システムの開発に成功しました。

本研究では、圧電薄膜[用語3] の厚み縦振動を利用し、原子時計の小型化に適したマイクロ波発振器を提案しています。薄膜の厚み縦振動は、高い周波数で機械共振を得ることが容易であり、GHz(ギガヘルツ)帯にある原子共鳴の周波数に対して、そのまま同調動作できます。そのため、今まで必要だった水晶発振器や周波数逓倍回路を完全に省略することができ、大幅な小型・低消費電力化が実現されます。さらに、本システムでは、半導体加工技術を応用し、小型化と量産性に優れる小型のルビジウムガスセル[用語4]を独自に開発、動作パラメータを最適化することで、周波数の安定性を格段に改善しました。

本技術が実用化されれば、これまで人工衛星や基地局に限定的に搭載されていた周波数・時刻標準である原子時計を、スマートフォンなどの汎用の通信端末に搭載することも夢ではありません。

背景

図1. 圧電薄膜共振子を用いた発振器の写真
図1. 圧電薄膜共振子を用いた発振器の写真

高精度で均質な同期網の構築には、NICTが生成する日本標準時にも採用されている原子時計[用語5]の高精度化はもちろんのこと、この原子時計を搭載した通信ノードを拡充していくことも重要です。携帯端末を含む全ての通信ノードへの原子時計の搭載が理想的ですが、原子時計は大きさ、重さ、消費電力において可搬性に乏しいため、GPS衛星や無線基地局など、ごく一部への搭載に限定されています。欧米では、原子時計の小型化の研究も行われているものの、スマートフォンなどの端末に搭載するには、数cm角大とまだ巨大です。

原子時計は、ルビジウムなどのアルカリ金属元素のエネルギー準位差から得られる共鳴現象に、外部のマイクロ波発振器を同調させるように制御することで、安定な周波数を外部に提供します。マイクロ波発振は、低周波の水晶発振器を基に、周波数逓倍処理を行って得るのが一般的ですが、この方式を原子時計に採用すると、ボード面積と消費電力の大部分をマイクロ波発振器に費やすことになります。

今回の成果

今回、我々のチームは、原子時計の小型化に向け、GHz帯で良好な共振が得られる圧電薄膜の厚み縦振動に着目しました。この振動を利用することで、水晶発振器と周波数逓倍回路を必要としないシンプルなマイクロ波発振器の開発に成功しました(図1、2参照)。これにより、原子時計システムの大幅な小型化と低消費電力化が実現され、市販の小型原子時計と比較した場合、チップ面積を約30%、消費電力を約50%抑制することが可能になります。

また、アルカリ金属元素から共鳴を取得する場合、アルカリ金属は気体状態にあることが必要となり、窓の付いたケースに封じ込めて、レーザによる観察を行う必要があります。従来はガラス管を利用しましたが、これでは、小型化と量産性に課題があります。そこで、我々は、ウェハープロセスで製造可能な小型のルビジウムガスセルを独自に開発しました。この小型ガスセルを、先のマイクロ波発振器と組み合わせて同調動作(原子時計動作)させると、1秒間で10-11台の周波数安定度が得られました。これは、市販の小型原子時計と比較して1桁以上の性能改善となり、優れた安定性を示しているといえます。

本成果の実用化は、原子時計システムを大幅に小型・低消費電力化し、今まで人工衛星や限られた通信基地局にのみ搭載されていた原子時計を、スマートフォンなどの汎用通信端末に搭載することを可能にします。これは、単なる通信端末の利便性向上に寄与するだけでなく、高い同期精度が求められるセンサ・ネットワークからの情報取得や、GPS電波が安定しない厳しい環境でのロボット制御(屋内ドローンや潜水システム)にも適しており、新たな市場の創出が期待されます。

図2. 小型原子時計の動作概略とマイクロ波発振器の構成

図2. 小型原子時計の動作概略とマイクロ波発振器の構成

今後の展望

マイクロ波発振回路の簡略化による今回の成果を踏まえ、今後は、ディジタル制御系の簡略・省略化に着手し、更なる低消費電力化を、2019年を目途に実施します。また、高密度実装に適した光学系を有するガスセルの開発も同年を目途に進める予定です。我々は、このような原子時計のチップ化に向けた取組を加速していき、早期のサンプル提案を目指しています。

また、本報告の内容は、世界最大のマイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)[用語6]に関する国際学会「The 31st IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems(MEMS 2018)」(2018年1月21日(日)~25日(木)、英国ベルファスト)にて発表されます。

発表情報

国際会議 :
タイトル :
Micro Atomic Frequency Standards Employing an Integrated FBAR-VCO Oscillating on the 87Rb Clock Frequency without a Phase Locked Loop
(PLL回路を用いないで87Rb時計周波数にて発振するFBAR-VCOを利用した小型原子周波数標準)
著者 :
Motoaki Hara(原基揚, NICT), Yuichiro Yano(矢野雄一郎, NICT), Masatoshi Kajita(梶田雅稔, NICT), Hitoshi Nishino(西野仁, 東北大), Yasuhiro Ibata(井端泰大, 東北大), Masaya Toda(戸田雅也, 東北大), Shinsuke Hara(原紳介, NICT), Akifumi Kasamatsu(笠松章史, NICT), Hiroyuki Ito(伊藤浩之, 東工大), Takahito Ono(小野崇人, 東北大), Tetsuya Ido(井戸哲也, NICT)

用語解説

[用語1] 周波数逓倍 : 基準周波数から、その整数倍の周波数を生成すること。周波数安定度の良い水晶発振器を源振として基準信号を取得、位相ロックループ(PLL: Phase Locked Loop)を用いて発振周波数を高い周波数帯に押し上げるのが一般的である。

[用語2] 小型原子時計 : 原子共鳴をより簡易に取得するCPTの技術(下図参照)を用いて作製される原子時計モジュール。米国を中心に開発され、近年、一部の海洋探査などにも利用され始めている。CPTはCoherent Population Trappingの略で、変調されたレーザ光と気体状態のアルカリ金属元素とを相互作用させ、原子の共鳴を測定する。

Chip Scale Atomic Clock (CSAC)|Miicrosemiouter

小型原子時計

小型原子時計

[用語3] 圧電薄膜 : 電界をかけると歪み、歪ませると電圧を生じるという圧電効果を有する薄膜。窒化アルミニウムや酸化亜鉛は従来の成膜装置による堆積で、良好な圧電効果を得ることが可能で、広く利用されている。

[用語4] ルビジウムガスセル : ルビジウムは、秒の定義に利用されるセシウムと同様に、マイクロ波帯にエネルギー遷移を有するアルカリ金属元素。原子周波数標準にも利用される。今回利用した87Rbと、他の同位体として85Rbも存在する。ルビジウムガスセルは、このルビジウムを微小な容器(セル)に封入したものである。

[用語5] 原子時計 : 原子共鳴を利用した周波数及び時間の標準。アルカリ金属原子の超微細なエネルギー準位差から得られる共鳴現象に、マイクロ波発振器の発振周波数を同調するように制御することで、高い安定度を持つ周波数標準信号を生成する。右図は市販されているラックマウント型原子時計で、日本標準時の生成などにも用いられる。

5071A|Miicrosemiouter

原子時計

[用語6] マイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS: Micro Electro Mechanical Systems) : 機構部品、センサ、駆動部品を電子回路と一緒に一つの基板(半導体・ガラス・有機ボード)上に集約・集積した素子、又は、その製造技術を指す。

補足資料:今回開発した原子時計システム

近年、原子周波数標準の小型化が注目を集めている。本研究では、原子時計システムへの組込みを目的として、3.5 GHz帯にて優れた共振動作を示す圧電薄膜共振子(Thin Film Bulk Acoustic Resonator: FBAR)を周波数リファレンスとして採用、水晶発振器を除したマイクロ波発振器の開発を行った。このFBARを用いたマイクロ波発振器の開発は、従来、必須であった外付け部品となる水晶発振器やPLL(Phase Locked Loop)を用いた周波数逓倍処理を不要にし、ボード面積と消費電力との大幅な抑制に寄与する。我々は、さらに、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を用いた小型ルビジウムガスセルの試作を実施し、当該小型セルとFBARマイクロ波発振器とを組み合わせて、短期安定度2.1×10-11@1秒の原子時計動作に成功した。本成果は、原子時計システムを大幅に小型・低消費電力化し、今まで、人工衛星や限られた通信基地局にのみ搭載されていた原子時計を、スマートフォンなどの汎用通信端末に搭載することを可能にする。これは、単なる通信端末の利便性向上だけではなく、高い同期精度が求められるセンサ・ネットワークからの情報取得や、GPS電波が安定しない環境でのロボット制御(屋内ドローンや潜水システム)にも新たな市場創出の機会を与える。

原子時計の小型化は、欧米を中心に各国で検討されている。しかし、これらは単に大量のチップ部品を高密度実装したモジュールであり、スマートフォンやワイヤレスセンサーノードのような汎用無線端末に採用されるチップ部品には、コスト・サイズ・消費電力の観点から遠く及ばない。この小型原子時計の先行研究において、小型化と低消費電力化のボトルネックとなっているのがマイクロ波制御系であり、特に外付け部品となる水晶発振器やPLL(Phase Locked Loop)を用いた周波数逓倍処理はボード面積と駆動電力の大きな消費源である。

本研究では、圧電薄膜の厚み縦振動を利用し、原子時計の小型化に適したマイクロ波発振器を提案する。薄膜の厚み縦振動は高い周波数で機械共振を得ることが容易であり、GHZ帯にある原子共鳴と直接に同調動作させることが可能である。これにより、水晶発振器や周波数逓倍回路を完全に省略することができる。図3は、厚み縦振動を利用した機械共振子であるFBARと、それを連続自立発振させるための半導体チップ(増幅器)とをワイヤ実装したものである。現状、FBARと半導体チップは個別実装されているが、共にシリコン基板上に作製される素子であり、将来的には一つに集積され得る。図4は、上記のマイクロ波発振器の開発に合わせて試作された小型ルビジウムガスセルである。当該セルは、従来のガラス管を利用したセルとは異なり、ウェハープロセスで試作され、小型化と量産性に優れ、製造コストの圧縮に寄与する。

図3. 厚み縦振動の機械共振を用いた発振器
図3. 厚み縦振動の機械共振を用いた発振器

図4. MEMS技術を用いた小型ルビジウムガスセル
図4. MEMS技術を用いた小型ルビジウムガスセル

(a) 発振特性

(b) 位相雑音

図5. 開発したマイクロ波発振器の諸特性

図5は、FBARを用いたマイクロ波発振器の諸特性である。図5(a)において、ピークを示す周波数が発振点であり、ルビジウム(Rb)の遷移周波数に相当する3.4 GHz帯での良好な発振が確認される。位相雑音は、発振周波数を基点としたオフセット周波数での雑音電力であり、発振の質を評価する重要な指標である。図5(b)より、1 MHzオフセットにて位相雑音は、140 dBc/Hz、発振器の性能指数(FoM)に換算して-201 dBの良好な発振を示すことがわかる。

図6. 開発したガスセルより得られる原子共鳴(CPT共鳴) *fclkは87Rbの時計周波数

図6. 開発したガスセルより得られる原子共鳴(CPT共鳴)
*fclk87Rbの時計周波数

図6は、図4に示したガスセルを用いて87RbのCPT共鳴を計測した結果である。共鳴ピークは制御の観点から、細いことが望まれる。図6より、不活性ガス(ここでは窒素)の導入によって、共鳴線幅が大幅に改善されることが確認される。これは、不活性ガスが87Rb原子のセル壁面への衝突を緩和するためである。

図7. 周波数安定度の評価結果

図7. 周波数安定度の評価結果

図7は、発振器を図6の狭線なCPT共鳴に同調動作(原子時計動作)させたときの周波数安定度である。ここでは、参考のため、発振器を単純に自立発振させたときの安定度も付記している。原子時計動作により、周波数安定度を示すアラン分散が0(周波数分散の無い状態)に近づいていくことがわかる。実測された平均時間1秒でのアラン分散(短期周波数安定度)は2.1×10-11 であり、これは市販されている小型原子時計と比較して1桁優れた値である。

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電磁波研究所 時空標準研究室

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工学研究科 機械機能創成専攻

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貴金属を使わない高性能アンモニア合成触媒を開発

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  • 金属間化合物LaCoSiが高い触媒活性を実現した。
  • ルテニウムなどの貴金属微粒子の担持を必要としない。
  • 活性化エネルギーが極めて低く新しい反応機構が示唆された。

JST戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学 細野秀雄教授、多田朋史准教授、北野政明准教授らは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の阿部仁准教授らと共同で、貴金属を使わない高性能のアンモニア合成触媒を開発しました。

温和な条件下でアンモニア合成を可能とする触媒は、オンサイトでの合成プロセスを実現するための鍵となります。高温・高圧を必要とするハーバー・ボッシュ法には鉄系触媒が工業的に使われ、より温和な条件下での合成にはルテニウム触媒が研究されています。

今回、ルテニウムなどの貴金属の担持[用語1]を必要としない高活性触媒を開発しました。電子が陰イオン(アニオン)として働く“電子化物(エレクトライド)[用語2]”のコンセプトを拡張することで新触媒を検討し、ランタンLaとコバルトCoの金属間化合物[用語3]LaCoSiが貴金属を用いずに高い活性を示すことを見いだしました。

コバルトはルテニウムに次ぐ活性を持つことが知られていましたが、LaCoSiはこれまで報告されてきたコバルト系触媒でアンモニア合成において最高の活性を示します。LaCoSi内でのLaからCoへの電子供与が明らかにされ、それが高活性発現の鍵と考えられます。

また、この触媒を用いた反応の活性化エネルギーは同グループが2012年に開発したルテニウム担持C12A7エレクトライド触媒よりもさらに低いものでした。つまり、LaCoSiは従来の触媒に比べ窒素分子の切断(開裂)をより速やかに行うことができ、より低温でのプロセスに有利です。この低い活性化エネルギーは、第一原理分子動力学計算[用語4]などの解析結果から、窒素分子が触媒表面に吸着した際に窒素分子の振動が励起状態にあり、そこから原子への開裂が生じる、窒素分子の新しい活性化機構が示唆されました。

本研究成果は、2018年1月22日16時(英国時間)に科学誌「Nature Catalysis」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

JST戦略的創造研究推進事業(ACCEL)

研究開発課題名:
「エレクトライドの物質科学と応用展開」
研究代表者:
細野秀雄(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授、元素戦略研究センター長)
プログラムマネージャー:
横山壽治(科学技術振興機構)
研究開発期間:
平成25年10月~平成30年3月

研究の背景と経緯

肥料や多くの化成品に使われるアンモニアは、100年あまり前に確立された鉄系触媒を使うハーバー・ボッシュ法を使って大部分が生産されています。このプロセスは高温・高圧に耐える大型の設備を必要とします。一方、近年アンモニアを欲しい場所で、大型の設備を使わずに生産するオンサイト合成というニーズが出てきています。それを実現するには、温和な条件下で効率的に機能する新しい触媒が必要とされていました。

これまでルテニウムの微粒子を酸化物やカーボン上に担持した触媒がこの目的のためによく研究されてきました。しかし、ルテニウムは貴金属であり、また、ルテニウム系触媒では、水素の圧力が高くなると活性が低下してしまう「水素被毒」と呼ばれる問題が起こります。

研究グループは、2012年に安定な電子化物C12A7:eにルテニウムのナノ粒子を担持したものが、温和な条件下でもアンモニア合成の優れた触媒となることを報告しました。それ以来、この触媒を詳しく解析し得られた知見から、先鋭化できる物質を検討し、新しい触媒を開発してきました。今回報告する触媒もその中の一つです。

研究の内容

アンモニア合成は、窒素分子をバラバラにして電子を与え水素と結合させる反応ということができます。2003年に細野教授らが初めて実現した安定なエレクトライドは、電子を与える物質で、これまでは、エレクトライドから触媒粒子へ電子供与して活性を高めて来ました。このエレクトライドの考え方を拡張することで新触媒を検討し、従来と異なり、ルテニウムなどの貴金属の微粒子を担持しなくても高い触媒活性を示す新しい触媒LaCoSiが開発されました。

金属間化合物LaCoSi(図1)の比表面積は1.8 m2/gと小さいにもかかわらず、図2aに示すように、これまで報告されたコバルト系触媒の中で最高の活性を示します。X線吸収分光法(XAFS)[用語5]実験によって、LaCoSi内でのLaからCoへの電子供与が明らかにされており、この金属間化合物内での電子供与が高活性発現の鍵と考えられます。安定性も高く(図2b)、また、反応の活性化エネルギーは、ルテニウムを担持した触媒を含め最も低い値でした(図2c)。しかも、この触媒では、ルテニウム系触媒で生じる水素の圧力が高くなると活性が低下してしまうという水素被毒は観察されませんでした(図2d)。

アンモニア合成の鍵は窒素分子が持つ強い三重結合をいかに速やかに開裂するかにかかっており、LaCoSi表面ではそれが最も低い障壁で進行するのです。第一原理分子動力学計算によると、窒素分子はこの触媒の表面に吸着した際には、その振動レベルは励起状態にあり、したがってより速やかに原子上の窒素が開裂することが示唆されました(図3)。

LaCoSiの結晶構造

図1. LaCoSiの結晶構造

反応条件 1気圧、400℃での触媒活性

図2. 反応条件 1気圧、400℃での触媒活性


LaCoSiの比表面積 1.8 m2/g。

a)触媒ごとのアンモニア合成率(青)と比活性(赤)。

b)LaCoSiによるアンモニア合成率の時間経過。

c)触媒ごとの反応の活性化エネルギー。

d)αとβは窒素と水素に関する反応次数。

シミュレーションから示唆された反応機構

図3. シミュレーションから示唆された反応機構


下の赤枠内の図:青で描かれた窒素分子N2が、LaCoSi表面に吸着すると赤で表現された励起状態となり、グラフの赤で塗られた谷を埋めるだけのエネルギーを持つので、少しのエネルギーで開裂のためのエネルギーの山を越え、原子2つに分かれることができる。

今後の展開と波及効果

本研究で用いた触媒は比表面積が小さいので、さらなる高活性化を目指すにはナノ粒子化による比表面積増加が最もストレートなアプローチになります。

また、この新しいコンセプトで物質探索することによって、窒素分子や炭酸ガスなどの不活性分子の低温での効率的活性化につながるものと期待されます。

用語説明

[用語1] 担持 : 触媒として機能する貴金属等の粉末や粒子を、取り扱いを容易にする等の目的で、土台となる物質(担体)に固定すること。

[用語2] 電子化物(エレクトライド) : エレクトライドは電子がアニオンとして働く化合物の総称。通常の物質とは異なるユニークな性質を持つのではと関心を集めていたが、あまりに不安定なため、物性がほとんど解明されていなかった。細野教授らは2003年に、酸化カルシウムと酸化アルミニウム化合物からなる安定なエレクトライド、12CaO・7Al2O3(C12A7)を発見している。直径0.5ナノメートル程度のカゴ状の骨格が立体的につながった結晶構造をもち、金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示す。またアルカリ金属と同じくらい電子を他に与える能力を持つにもかかわらず、化学的にも熱的にも安定というユニークな物性を持っている。

[用語3] 金属間化合物 : 周期表上で離れた位置にある元素同士の組み合わせでできる化合物で、簡単な整数比の組成をもち、結晶構造は元の金属とは全く異なる。周期表上で近くにある元素同士でできる通常の合金と区別し、このように呼ばれる。

[用語4] 第一原理分子動力学計算 : 実験から得られた経験的なパラメータを一切用いず、計算対象となる原子の種類と電子数のみを入力パラメータにして、物理・化学現象の素過程を量子力学に基づいて解析する方法。

[用語5] X線吸収分光法(X-ray absorption fine structure、XAFS) : 物質によるX線の吸収の度合いが、X線のエネルギーによってどのように変わるか(スペクトル)を測定する手法。スペクトルの形からそれぞれの元素の化学状態や磁気状態を解析する。

論文情報

掲載誌 :
Nature Catalysis
論文タイトル :
Ternary Intermetallic LaCoSi as a Catalyst for N2 Activation(日本語タイトル:窒素分子の活性化触媒としての3元系金属間化合物LaCoSi)
著者 :
Yutong Gong, Jiazhen Wu, Masaaki Kitano, Junjie Wang, Tian-Nan Ye, Jiang Li, Yasukazu Kobayashi, Kazuhisa Kishida, Hitoshi Abe, Yasuhiro Niwa, Hongsheng Yang, Tomofumi Tada & Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院

フロンティア材料研究所 元素戦略研究センター長

教授 細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

ACCELグループ

寺下大地

E-mail : suishinf@jst.go.jp
Tel : 03-6380-9130 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

「2030 年に向けての研究企画」集大成となる全学ワークショップを開催

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科学技術が急速に進化、発展する中、本学は2030年に「世界トップ10に入るリサーチユニバーシティ」として、教育研究の成果と評価を世界最高水準に引き上げることを目標に掲げています。

「2030年に向けての研究企画」の検討にあたっての基本方針

目標の実現に向け、三島良直学長のもと、大学改革2年目を迎えた2017年4月から、世界トップ10を目指す研究分野について自由な意見交換を行っています。10年後の科学技術の役割を意識した新たな研究領域を創出し、本学の研究力を将来にわたって高めるための「2030年に向けての研究企画」を検討してきました。

第3期中期計画に掲げる「真理の探究・知識の体系化」、「産業への貢献・次世代の産業の芽の創出」、「人類社会の持続的発展のための諸課題の解決」に向け、全学の叡智を結集して社会の想像を超える科学技術を創出し、本学ならではの研究成果を社会に提供するための方策を検討しました。

まず、バックキャストのアプローチを取り入れ、次の1~3について検討することとし、「持続可能な開発目標(SDGs)」を意識しながら、今後の課題や将来の方向性を共有することとしました。

1.
未来社会と研究のつながり(新しい社会を切り拓く科学技術の姿)
2.
1を導き出す新しい研究領域・革新的な研究領域
3.
2の研究領域を包含し、世界トップ10と認知される本学の研究分野

学院等における検討

4月から各学院、リベラルアーツ研究教育院、科学技術創成研究院において個別に検討を開始しました。その結果を研究・産学連携本部 研究・産学連携戦略立案部会、および学長を議長とする戦略統括会議で共有し、改めて学院等において、リサーチ・アドミニストレーター(URA)を加えて検討を重ねました。こうして集約されたアイデアが、全学ワークショップの開催に繋がりました。

リサーチ・アドミニストレーター(URA)とは、大学等において、研究者とともに研究活動の企画・マネジメント、研究成果活用促進を行うことにより、研究者の研究活動の活性化や研究開発マネジメントの強化等を支える業務に従事する高度専門人材です。

講演会の実施

質問する三島学長
質問する三島学長

9月21日、ワークショップの開催に先立ち、近年の科学技術イノベーション政策を深く理解するため、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センターの倉持隆雄センター長代理をお招きし、「大変革期の科学技術イノベーション政策に向けて 鳥の目、虫の目、つながる目」と題した講演会を開催しました。

講演会には、三島学長をはじめ、ワークショップに参加する役員、教員、URAのほか、事務職員など約70名が参加しました。倉持氏からは、「研究開発の俯瞰報告書(2017年)」について、分野ごとの詳細な説明と、科学技術イノベーション政策に向けた具体的な提案事例の紹介がありました。さらに、社会変革の時代における科学技術イノベーションの役割として、「持続可能な開発目標(SDGs)」を巡る国際動向や、日本での取り組みについても述べました。質疑応答も活発に行われ、参加者一同、翌日のワークショップへの期待と意欲が高まりました。

熱弁をふるう倉持氏
熱弁をふるう倉持氏

熱心に聞き入る聴講者
熱心に聞き入る聴講者

全学ワークショップの開催

ワークショップは、各学院等の長から推薦された教員37名、安藤真理事・副学長(研究担当)から推薦されたURA12名と、三島学長、安藤理事・副学長、岡田清理事・副学長(企画・人事・広報担当)、大竹尚登副学長(研究企画担当)、丸山剛司副学長(特命担当)、屋井鉄雄副学長(産学官連携担当)、佐藤勲副学長(戦略構想担当)、研究・産学連携本部の堀尾容康副本部長、岡本和久副本部長、学長補佐室の伊原学学長補佐、末包哲也学長補佐の11名を合わせた60名で行われました。

ワークショップの冒頭、大竹副学長から、各学院等から提案のあった「未来社会と研究とのつながり」との対応をまとめたイメージ図を示し、ワークショップの趣旨について説明しました。その後、参加者は14のグループに分かれ、リベラルアーツ研究教育院の伊藤亜紗准教授のファシリテーションにより、各学院等における検討結果をもとに設定した「目指す2030 年の“仮の”社会像」とともに、今後の課題や将来の方向性を検討しました。

ワークショップの趣旨について説明する大竹副学長
ワークショップの趣旨について説明する大竹副学長

ファシリテーターの伊藤准教授
ファシリテーターの伊藤准教授

伊藤准教授からは、「人間中心」(ヒューメイン)について説明があり、その後、各グループは、以下2点について「えんたくん 」を囲んで議論を交わし、議論の結果を発表しました。

フェーズⅠ:人間中心の観点からベスト・シナリオを1つ~3つ、および検討する過程で見えてきた、社会が人間中心であるための3箇条

フェーズⅡ:人間中心社会実現のための「新研究領域」とは?

各グループの発表内容については、発表と同時並行で、グラフィック・レコーディング により図示化され、その後の議論にも大いに役立ちました。

えんたくんとは、円型の段ボールでできた1枚の板であり、それを参加者の膝に乗せながら自由にアイデアを書き込む対話促進ツールです。

グラフィック・レコーディングにより記録した各グループの発表内容
グラフィック・レコーディングにより記録した各グループの発表内容

検討結果を発表する参加者
検討結果を発表する参加者

真剣かつ和やかなワークショップの様子1

真剣かつ和やかなワークショップの様子2

真剣かつ和やかなワークショップの様子

ワークショップ終了時には、参加者に追加課題が課されました。後日、ワークショップの議論から浮かび上がってきた“仮の”キーワード等についてさらに検討が加えられ、「サイボーグ工学」や「多様な幸福のための調和学」など、夢のある領域が取りまとめられました。

2030年に向けて、今後これらの領域については、単なる「夢」で終わらせることなく、全学の叡智を結集し推進していきます。

Tokyo Tech 2030

ちがう未来を、見つめていく。
役員・教職員・学生の参加によるワークショップを通じて、2030年に向けた東京工業大学のステートメント(Tokyo Tech 2030)を策定しました。

Tokyo Tech 2030

隕石の記憶は容易に消去される

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  • 隕石に記録された放射壊変年代(アルゴン年代)は、初期太陽系で起きた出来事を紐解く上で重要である。
  • 隕石のふるさとである小惑星帯での典型的な衝突(およそ5 km/s)ではアルゴン年代はリセットされない、と推定されてきた。
  • 岩石の強度を考慮した数値衝突計算を実施し、衝撃圧縮状態からの減圧中に摩擦や塑性変形に伴う加熱が起こり、低速度衝突(2 km/s)でもアルゴン年代がリセットされることを示した。
  • 初期太陽系の姿は従来推定されていたよりも穏やかであった可能性が高い。

概要

隕石に記録された放射壊変年代(アルゴン年代※1)はその隕石の母天体がその時刻に1,000 Kの高温にさらされた時刻を示します。多くの隕石は初期の太陽系で母天体が冷え固まった時刻、すなわちおよそ45~46億年前の年代を示しますが、一部の隕石は若い年代を示します。母天体を1,000 Kまで加熱する過程は天体衝突しか考えられません。したがって、若い年代を示す隕石群の年代頻度の時間変化は太陽系天体の衝突史とみることができ、初期太陽系の軌道進化史の制約条件として利用されてきました。

アルゴン年代から衝突史の情報を引き出すためには、どの程度の衝突速度の場合に母天体が1,000 Kまで加熱されるか、という「アルゴン年代消去衝突速度」がわかっている必要があります。過去の理論的研究では岩石物質を理想的な流体であると仮定※2し、母天体を1,000 K以上に加熱してアルゴン年代をリセットするためには6~8 km/sという高速度で衝突が起こる必要があると推定されました。この速度は小惑星帯における典型的な衝突速度(およそ5 km/s)よりも高速度です。ところが2010年以降、現実の物質(弾塑性体)への衝突ではこの推定よりも低速度の衝突でも大きな加熱度が達成されるという報告が室内衝突実験/数値衝突計算で報告されるようになってきました。この「追加加熱」の起源は未解明でしたが、アルゴン年代から復元される初期太陽系の姿が大幅に塗り替えられる可能性があります。

千葉工業大学の黒澤耕介研究員、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の玄田英典特任准教授は数値衝突計算を行い、現実の岩石の弾塑性体挙動を計算に取り入れた場合の加熱度を調べました。その結果、衝撃波の伝播で圧縮・破砕された岩石が膨張して減圧する際に内部摩擦や塑性変形によって追加発熱が起こり(図1)、2 km/sという低速度衝突の場合でも衝突天体質量の10%が1,000 Kまで加熱されることを見出しました。6~8 km/sと考えられていたアルゴン年代消去衝突速度が実際には2 km/sであったことになります。

「追加加熱」によって、隕石のふるさとである小惑星帯の典型的な衝突でアルゴン年代消去が起こることがわかりました。この新発見は初期太陽系の衝突環境は従来推定よりも穏やかであったことを示唆します。

研究成果は、1月25日付の米国科学雑誌「Geophysical Research Letters」の電子版に掲載されました。

数値計算結果例。上2つのパネル(a、b)は衝突後のある時刻のスナップショットです。完全流体の場合(a)と、現実の岩石の弾塑性体挙動を再現できる物質モデルを取り入れた場合(b)を示しています。この例では小惑星帯の典型的衝突を想定し、衝突速度を3 km/s(斜め45度衝突、4.2 km/sの垂直方向速度成分)と設定しています。弾塑性体の場合、1,000 Kまで温度が上がっていますが、理想流体の場合はほとんど温度が上がらないことがわかります。下2つのパネル(c、d)は(a、b)で示した計算中の温度-圧力の時間変化です。パネル(a、b)中で点列で示された追跡粒子の温度-圧力履歴は線で繋いで可視化しています。衝撃波が到達し、圧力が急上昇した直後でなく、1万気圧ほどまで減圧していく際に徐々に温度が上昇していることがわかります。赤いハッチをかけた温度領域ではアルゴン年代がリセットされます。図中の黒線はユゴニオ曲線と呼ばれる衝撃波到達直後に到達する温度圧力を繋いだ理論曲線です。衝突からの経過時刻は衝突天体が地面に埋まるまでにかかる時間(衝突天体直径を衝突速度で割った値)で規格化しています。標的天体表面のごく近傍に位置していた物質は数値計算における信頼度が低いため灰色で示しています。
図1.
数値計算結果例。上2つのパネル(a、b)は衝突後のある時刻のスナップショットです。完全流体の場合(a)と、現実の岩石の弾塑性体挙動を再現できる物質モデルを取り入れた場合(b)を示しています。この例では小惑星帯の典型的衝突を想定し、衝突速度を3 km/s(斜め45度衝突、4.2 km/sの垂直方向速度成分)と設定しています。弾塑性体の場合、1,000 Kまで温度が上がっていますが、理想流体の場合はほとんど温度が上がらないことがわかります。下2つのパネル(c、d)は(a、b)で示した計算中の温度-圧力の時間変化です。パネル(a、b)中で点列で示された追跡粒子の温度-圧力履歴は線で繋いで可視化しています。衝撃波が到達し、圧力が急上昇した直後でなく、1万気圧ほどまで減圧していく際に徐々に温度が上昇していることがわかります。赤いハッチをかけた温度領域ではアルゴン年代がリセットされます。図中の黒線はユゴニオ曲線と呼ばれる衝撃波到達直後に到達する温度圧力を繋いだ理論曲線です。衝突からの経過時刻は衝突天体が地面に埋まるまでにかかる時間(衝突天体直径を衝突速度で割った値)で規格化しています。標的天体表面のごく近傍に位置していた物質は数値計算における信頼度が低いため灰色で示しています。
※1
カリウム(39K)はマグマに集まる性質を持ち、一定の割合で放射性同位体である40Kが含まれます。40Kはおよそ13億年の半減期で40Arに変化します。マグマの冷却によって固化して形成された岩石中では時間とともに40Arが蓄積されます。したがって、隕石試料中の40Arと39Kの量比はその岩片が冷え固まった時刻を記憶していることになります。ところが岩片の温度が1,000 Kまで上昇すると蓄積した40Arが岩片中を高速で拡散し、宇宙空間に失われ、記憶はリセットされます。実際の計測では岩片試料に中性子を照射し、試料中の39Kを39Arに変換し、高精度でアルゴンガスの同位体比(40Arと39Arの比)を計測する方法(アルゴンーアルゴン法)が用いられ、40Ar-39Ar年代と表記されます。
※2
秒速数km/sの衝突で達成される典型的な圧力は10万気圧以上に及びます。それに対して岩石物質の典型的な臨界降伏応力は高々数万気圧です。従って強度を持つ岩石物質であってもあたかも流体のように振る舞うため、完全流体近似は妥当であると考えられてきました。

論文情報

掲載誌 :
Geophysical Research Letters
論文タイトル :
Effects of friction and plastic deformation in shock-comminuted damaged rocks on impact heating
著者 :
Kosuke Kurosawa and Hidenori Genda
DOI :

お問い合わせ先

千葉工業大学 惑星探査研究センター

研究員 黒澤耕介

E-mail : kosuke.kurosawa@perc.it-chiba.ac.jp
Tel : 047-478-4386、047-478-0320 / Fax : 047-478-0372

東京工業大学 地球生命研究所

特任准教授 玄田英典

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

髙木泰士准教授が「科学技術への顕著な貢献2017(ナイスステップな研究者)」に選定

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東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系の髙木泰士准教授が、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の科学技術イノベーションの発展に顕著な貢献した「ナイスステップな研究者2017」11名のうちの一人としてして選定されました。

「ナイスステップな研究者」は、科学技術・学術政策研究所が2005 年より科学技術への顕著な貢献をされた方々を選定しているもので、選定の観点としては、優れた研究成果、国内外における積極的な研究活動の展開、研究成果の実社会への還元、今後の活躍への広がりへの期待等となっています。この名称は、すばらしいという意味の「ナイス」と、飛躍を意味する「ステップ」を組み合わせ、研究所の略称 「NISTEP(ナイステップ)」にからめてつけられたものです。

選定理由

「アジアなど開発途上国における沿岸域防災研究とアウトリーチ」

髙木准教授は、開発途上国の沿岸域防災研究という新しく、かつ学際的な研究分野を推進しています。詳細な現地調査を行い、その調査結果と、港湾工学や海岸工学といった個別の工学分野の知見を融合させることで、沿岸域災害の原因究明や具体的な防災対策の提案などを行っています。工学を中心としながらも、災害意識や避難行動など社会学の領域にも果敢にチャレンジしています。

現地調査を精力的に続ける傍ら、多くの国際ジャーナルへの寄稿や書籍出版、国際会議での発表など国際的に顕著な研究業績を残しており、気候変動や急激な都市開発・人口増加で、ますます災害リスクへの対応が求められる中、沿岸域防災研究という学際融合的な研究領域において、リーダーとして研究及びそのアウトリーチ活動の推進が期待されています。

今年度の「ナイスステップな研究者 2017」には、今後の活躍が期待される若手研究者を中心に、新しい領域を先導する研究者、科学技術と社会との共創を推進する研究者、国際的に活動を展開する研究者、日本を拠点に国際的に活躍する外国人研究者、画期的な研究手法・ツールの開発者、研究成果をイノベーションにつなげている研究者など、多岐にわたる分野の研究者が揃っています。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、国の科学技術政策立案プロセスの一翼を担うために設置された国家行政組織法に基づく文部科学省直轄の国立試験研究機関であり、行政ニーズを的確にとらえ、意思決定過程への参画を含めた行政部局との連携、協力を行うことが期待されています。

ナイスステップな研究者2017選定者の林芳正文部科学大臣表敬訪問(前列右から2番目が髙木准教授、4番目が林文部科学大臣)

ナイスステップな研究者2017選定者の林芳正文部科学大臣表敬訪問(前列右から2番目が髙木准教授、4番目が林文部科学大臣)

髙木准教授からのコメント

髙木泰士准教授
髙木泰士准教授

この度は過分な賞をいただき大変光栄です。

当方の研究室では、地域・住民視点の災害リスク評価をもとに、有効な防災・減災対策の創出に向けて、ボトムアップ型の国際共同研究をアジア諸国で推進しています。格好良く言えばHolistic(全体論的)、簡単に言えば出たところ勝負の研究で、このような賞とは無縁と思っていました。選考いただいた関係の皆様方、ひいては日本の学術風土の懐深さに頭が下がります。また、このような研究は一人ではできませんので、ここまで支えていただいた共同研究者や恩師、先輩、後輩、同僚、多くの方々に感謝申し上げます。

これからも学生と共に、大学ならではの自由で多様なアプローチで開発途上国の防災に貢献していきたいと思います。

環境・社会理工学院

環境・社会理工学院 ―地域から国土に至る環境を構築―
2016年4月に発足した環境・社会理工学院について紹介します。

環境・社会理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

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低温で高効率にアンモニアを合成できる触媒を開発

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現行の工業用触媒に比べて3倍以上

要点

  • 開発した新触媒は従来よりも低温で高効率にアンモニア合成ができる
  • 現在工業的に広く用いられている鉄触媒と比較して数倍高い活性を持つ
  • 新触媒は反応中に自動的に活性構造が形成(自己組織化)される

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)と原亨和教授、元素戦略研究センターの北野政明准教授らは、バリウムを少量加えたカルシウムアミド[用語1](Ba-Ca(NH2)2)にルテニウムのナノ粒子を固定化した触媒が、300 ℃以下という低温で、従来のルテニウム触媒の100倍高い効率でアンモニアを合成できることを発見しました。この触媒は、工業的に用いられている鉄触媒と比較しても数倍高い触媒性能を示しました。

アンモニアは窒素肥料原料として世界中で膨大な量が生産されており、一方で水素エネルギーキャリア[用語2]としても期待が高まっています。そのため、近年では従来のような大型のプロセスではなく、小型のプロセスによるオンサイト[用語3]でのアンモニア合成が求められています。この研究成果は、アンモニア合成プロセスの小型化・省エネルギー化技術を大幅に促進する結果であると言えます。

この触媒は、反応中に約3ナノメートル(nm)程度のルテニウムのナノ粒子の上に薄いバリウム層が形成され、同時にアミド欠損生成による仕事関数の小さな電子と多孔質なカルシウムアミドが形成されることで、高い触媒活性を示します。これら活性構造が自己組織的[用語4]に形成され、反応中安定に保たれるユニークな触媒であることを発見しました。

この研究成果はドイツ科学誌「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)International Edition」オンライン速報版に2018年1月22日付で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ACCEL

研究課題名:
「エレクトライドの物質科学と応用展開」
代表研究者:
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
プログラムマネージャー:
科学技術振興機構 横山壽治
研究実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
平成25年10月~平成30年3月

研究の背景と経緯

アンモニアは、窒素肥料の原料であり食料生産の鍵となります。人類の生活を支えるために最も多く生産されている化成品の1つです。アンモニア分子は、1つの窒素に3つの水素が結合しているため、重量あたりの水素保有量が極めて高い物質です。さらに室温かつ10気圧程度で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源としての“水素”の貯蔵・輸送物質としても期待されています。

現在の工業的アンモニア合成法であるハーバー・ボッシュ法(1913年に確立)では、鉄を主体とした触媒が用いられており、高温(400~500 ℃)かつ高圧(100~300気圧)の条件が必要なため、専用の巨大な工場で生産されています。一方、低温で高効率に作動する触媒があれば、圧力も低減でき、よりコンパクトな小型のプロセスが可能となるため、必要な場所で必要なだけアンモニアを生産するオンサイト合成が実現できます。

研究の内容

研究グループは、バリウムを少量加えたカルシウムアミド(Ba-Ca(NH2)2)にルテニウムナノ粒子を固定化した触媒が、300 ℃以下の低温度領域で、従来のルテニウム触媒の100倍高い触媒活性を示すことを発見しました。さらに、この触媒は、工業的に用いられている鉄触媒と比較しても数倍も高い触媒性能を示しました(図1)。

アンモニア合成活性の比較 (反応温度:260 ℃、圧力:9気圧)

図1. アンモニア合成活性の比較 (反応温度:260 ℃、圧力:9気圧)

ルテニウムの原料には、ルテニウムアセチルアセトナート錯体を用い、Ba-Ca(NH2)2と混合した粉体を、水素雰囲気中で400 ℃に加熱することで、約3 nm程度のルテニウムナノ粒子の上に、薄いバリウム層が形成され、同時に多孔質なカルシウムアミドが形成されます(図2)。触媒の原料であるBa-Ca(NH2)2の表面積は、17 m2/g程度ですが、ルテニウム源とともに水素中で400 ℃に加熱した触媒は、多孔質になるため表面積が約100 m2/gに拡大することがわかりました。また、カルシウムアミド中に添加されたバリウム成分は、この熱処理中に触媒表面へと移動し、ルテニウムのナノ粒子を覆うことで薄い層を形成します。このような活性構造が、自己組織的に形成され、反応中安定に保たれるユニークな触媒であることを発見しました。今回開発した触媒は、近年報告されているどの固体触媒よりも低温で高いアンモニア合成活性を示します。

開発した触媒(Ru/Ba-Ca(NH2)2)の活性構造

図2. 開発した触媒(Ru/Ba-Ca(NH2)2)の活性構造

今後の展開

今回開発した触媒は、既存の触媒材料の限界をはるかに凌駕するアンモニア合成活性を有し、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献できます。そのため、本技術をさらに発展させることで、アンモニアのオンサイト合成のための新しいプロセス構築に繋がると期待できます。

用語説明

[用語1] カルシウムアミド : Ca2+(カルシウムイオン)とNH2-(アミドイオン)から形成されるイオン性化合物。

[用語2] エネルギーキャリア : エネルギーを貯蔵・輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは、窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できます。さらに、水素と比べて、簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されています。

[用語3] オンサイト : 従来の化成品は大規模な工場で大量に生産されている一方で、必要としている場所で、必要な分だけ生産する省エネルギー型生産手法。

[用語4] 自己組織的 : 秩序を持った構造が自立的に作り出される様子。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Self-organized Ruthenium-Barium Core-Shell Nanoparticles on a Mesoporous Calcium Amide Matrix for Efficient Low-Temperature Ammonia Synthesis(メソポーラスなカルシウムアミド母体上に自己組織的に形成されたルテニウム-バリウムコアシェルナノ粒子による低温での高効率なアンモニア合成)
著者 :
Masaaki Kitano, Yasunori Inoue, Masato Sasase, Kazuhisa Kishida, Yasukazu Kobayashi, Kohei Nishiyama, Tomofumi Tada, Shigeki Kawamura, Toshiharu Yokoyama, Michikazu Hara & Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

フロンティア材料研究所 元素戦略研究センター長

教授 細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

歩き走るロボット結晶の開発に世界で初めて成功

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ソフトロボットへの実用化を期待

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構の小島秀子研究院客員教授と、理工学術院の朝日透教授、谷口卓也 同大学 大学院先進理工学研究科4年・日本学術振興会特別研究員(DC2)らの研究グループは、東京工業大学 理学院の植草秀裕准教授らと、加熱・冷却すると尺取り虫のように歩いたり、高速で走る、「ロボット結晶」を開発しました。

2016年に熱や光により分子が回転・伸縮する分子マシンの研究に対してノーベル化学賞が授与されました。しかし、これらの分子マシンの大きさは1ミリメートルの百万分の1程度しかありませんので、小さすぎて肉眼では動く様子を見ることができません。このため次のステップは、分子マシンを集積し、目に見えるマクロな大きさで実際に動く材料を開発することです。今回、本研究では、結晶という材料自体がロボットのように歩いたり走ったりして移動することを見出し、またその推進力の発生メカニズムも明らかにすることができました。

少子高齢化に向かうこれからの社会において、人に寄り添うロボットの必要性が高まっています。とくに最近は、有機材料でできた柔らかくて軽いソフトロボットが注目されるようになってきました。今回開発したロボット結晶を使うことで、新方式のソフトロボットが実現することが期待されます。

本研究成果は、2018年2月7日(水)付の英国Nature Publishing Groupのオープンアクセス科学雑誌Nature Communicationsに掲載されました。

発表のポイント

  • 世界初の「ロボット結晶」を開発しました。
  • 相転移により屈曲した結晶が移動する推進力は、結晶の非対称な形から発生することを明らかにしました。
  • ロボット結晶を使った新方式のソフトロボットが実現することが期待されます。

これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

結晶[注1]は硬くて割れ易いという既成概念がありましたが、2007年にジアリールエテン結晶が光によって曲がることが初めて報告され[参考文献1]、これまでの結晶のイメージを覆しました。小島秀子研究院客員教授はこの10年間、アゾベンゼンやサリチリデンアニリンなど、光によって曲がる様々な結晶を開発してきました。このようなメカニカル結晶を実用化するに当たっては、屈曲だけでなく多様な動き方をする結晶が必要となります。しかし、メカニカル結晶の開発研究が盛んになった現在においても、屈曲・伸縮といったその場での運動がほとんどで、光照射下で結晶が融解・固化を繰り返しながら這うように進むという報告[参考文献2]以外に、結晶を別の場所に移動させることは実現できていませんでした。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、結晶が尺取り虫のように屈曲を繰り返しながらゆっくりと歩く、また、屈曲した結晶が転がりながら高速で走るという、異なる2つのモードの移動が実現しました。さらに、結晶が移動する推進力は、結晶外形の非対称性から発生することを明らかにしました。

そのために新しく開発した手法

結晶が移動するメカニズムを明らかにするために、顕微鏡下で結晶の動きを高速撮影すると同時に、高精度赤外線サーモグラフィーカメラで結晶表面温度の変化も撮影し、結晶の動きと温度変化の関係を詳細に調べました。

今回の研究で得られた結果及び知見

今回開発したこのロボット結晶は、キラルアゾベンゼン結晶です。2016年に本研究グループは、この結晶に光を当てるとねじれ曲がることは報告しています[参考文献3]。その研究の過程で、このキラルアゾベンゼン結晶が145℃で相転移[注2]し、しかも加熱・冷却を繰り返しても結晶が壊れないことがわかりました。細長い板状結晶をホットプレートに置いて加熱していくと、わずかに屈曲する様子が観察されました。結晶は熱伝導によって下から暖まるので、先に下部が相転移して結晶構造が変化し、この結晶では長さが少し縮みます。一方、結晶の上部はまだ相転移温度に達しておらず、結晶の長さは元のままのために屈曲が生じます。左右で厚みが異なる板状結晶を、相転移点前後で加熱と冷却を繰り返すと、結晶は屈曲を繰り返し、尺取り虫のようにゆっくりと歩いてくことを見いだしました (図1)。さらに、より薄い板状結晶の場合は、加熱あるいは冷却を1回行うだけで、結晶は高速で走りました (図2)。これは、結晶が曲がった時にバランスを保てずに傾いて倒れ込み、勢い余って加速度がつき何回も転がっていくためです。走る速さは秒速15 mmで、歩く速さ(秒速0.0008 mm)の2万倍にも達します。結晶の形と動きの関係を詳細に考察した結果、「歩く」、「走る」の推進力は、結晶の外形が非対称であることから発生することがわかりました。

結晶の尺取り虫歩行

図1. 結晶の尺取り虫歩行

結晶の高速走行

図2. 結晶の高速走行

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、結晶という材料自体が歩いたり走ったりして移動することを見いだしました。移動する結晶は、微小領域での物質輸送などを担うマイクロロボットとして実用化できる可能性があります。また、より広い視点では、自立的に移動できるこの有機結晶は軽くてしなやかで耐久性もありますので、ソフトロボットの材料として有用であると考えられます。現在のロボットは金属部品の組み合わせでできているため、硬くて重いのが欠点です。人とロボットが融和して日常的に触れ合う未来を考えると、柔らかくて軽いソフトロボットの方が身体的にも心理的にも人間に適しています。変形・移動できる結晶を材料に使うことで、そのようなソフトロボットの実現が期待されます。実現すればその波及効果は大きく、少子高齢化に向かうこれからの社会全体に貢献できます。

今後の課題

ソフトロボットへの実用化に当たっては、結晶が移動する方向や速さを精密に制御できるようにする必要があります。また、もう少し低い温度で相転移する新しいロボット結晶を開発することが今後の課題となります。

参考動画

用語説明・参考文献

[注1] 結晶とは、分子や原子が3次元的に周期的に配列した物質です。身近なものには食塩や砂糖、水晶など様々なものがあり、日常生活の中でも食べたり触れたりする機会が多くあります。

[注2] ここでの相転移とは、結晶が異なる結晶構造へと変る現象です。

[参考文献1] Kobatake S. et al., Nature, 2007. : DOI:10.1038/nature05669 outer

[参考文献2] Uchida E. et al., Nat. Commun., 2015. : DOI:10.1038/ncomms8310 outer

[参考文献3] Taniguchi T. et al., Chem. Eur. J., 2016. : DOI:10.1002/chem.201505149 outer

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Walking and rolling of crystals induced thermally by phase transition
著者 :
Takuya Taniguchi1, Haruki Sugiyama2, Hidehiro Uekusa2, Motoo Shiro1, Toru Asahi1, Hideko Koshima1
所属 :
1早稲田大学、2東京工業大学
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

研究内容に関すること

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構

小島秀子

E-mail : hkoshima@aoni.waseda.jp
Tel : 03-5283-8307

東京工業大学 理学院 化学系

植草秀裕

E-mail : uekusa@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3529

配信元

早稲田大学 広報室 広報課

E-mail : koho@list.waseda.jp
Tel : 03-3202-5454

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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世界最高速!毎秒120ギガビットの無線伝送に成功

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5Gの普及を加速

要点

  • 広帯域ミリ波無線送受信機を開発
  • 安価で量産可能なシリコンCMOS集積回路により実現
  • 多値変調を用いた無線伝送実験で毎秒120ギガビットの通信速度を達成

東京工業大学は、株式会社富士通研究所と共同で、70から105ギガヘルツ(GHz)と広い周波数範囲で、高速に信号処理できるCMOS(シーモス;Complementary MOS)無線送受信チップを開発した。独自の広帯域化技術により無線装置の大容量化を実現し、世界最高速となる毎秒120ギガビットの無線伝送に成功した。これにより、光ファイバー通信網の敷設が困難な用途で、屋外設置可能な大容量無線通信が可能になる。

スマートフォンやタブレット端末で利用できる高精細動画サービスなどにより、無線インフラに求められる通信容量が爆発的に増大している。従来、基地局間は光ファイバーにより接続されていたが、建物が密集している都市部や河川、山間に挟まれた地域間など光ファイバー通信網の敷設が困難な地域へのサービス展開が難しいという課題があった。また、数万人の観客が一時的に集まる大規模な競技場やイベント会場、災害復旧時の迅速かつ柔軟な無線ネットワーク敷設のために、基地局間を光ファイバーではなく、無線により接続する要望が高まっている。そのため、大容量の通信が可能なミリ波帯(30から300 GHz)を利用した高速無線送受信技術を開発した。

研究成果の詳細は、2月11日から米国サンフランシスコで開催された「国際固体素子回路会議ISSCC 2018(IEEE International Solid-State Circuits Conference 2018)」で発表された。

開発の背景

2020年の東京オリンピック・パラリンピックにむけ、第5世代移動通信システム(5G)の実用化を目指した研究開発が活発化している。この背景には、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、高精細動画サービスなどによるデータ通信量が急激に増大していることや、IoTや自動運転などの新技術により、無線通信に対しても多様な性能が求められるようになっていることがあげられる。 それらを支える無線インフラとして、無線基地局とコアネットワーク、もしくは基地局間を結ぶ基幹ネットワークについても、爆発的な容量拡大に対応するための技術が求められている。また、従来は数キロメートルの広範囲をカバーするマクロセル方式が中心だったが、5Gでは、数百メートル以内の小さいエリアをカバーする基地局を多数設置するスモールセル方式を組み合わせることによって通信量の増大に対応している。

現在、基地局間の通信回線は大容量データを伝送できる光ファイバーが主流だが、建物が密集している都心部や、山間や河川などで隔たれた地域間では新規に光ファイバーを敷設することが困難である。また、一時的に数万人が集まるような大規模イベントにおいても臨時基地局の設置が求められており、屋外に簡便に設置できる大容量無線装置の実現が期待されている。

課題

大容量データを無線伝送するためには、広い周波数範囲を利用することが必要である。そのためには、競合する無線アプリケーションが少なく、広帯域なミリ波帯(30から300 GHz)の利用が適している。しかし、ミリ波帯は周波数が非常に高く、CMOS集積回路の動作限界に近いところで設計する必要があるため、設計の難易度が高く、広帯域な信号を高品質にミリ波帯の周波数へ変復調[用語1]する送受信回路や、回路基板とアンテナを接続するインターフェース回路を低損失に実現することが困難だった。

同研究グループは2016年に毎秒56ギガビットの無線伝送を達成したが、搬送波に含まれる高調波信号により、それ以上帯域が広げられないことが課題となっていた。

研究成果

同研究グループはデータ信号を二つに分け、それぞれを異なる周波数帯に変換してから混合することによって送受信回路を広帯域化する技術を用い、CMOS無線送受信チップ(図1)を開発した。低帯域信号は70.0から87.5 GHz、高帯域信号は87.5から105.0 GHzのそれぞれ17.5 GHz幅ごとに変復調を行う。この技術により、35 GHz幅の超広帯域信号においても高品質な信号伝送を実現することに成功した。 開発したCMOS無線送受信チップには、この際に必要な70 GHzと105 GHzの搬送波発生回路が内蔵されている。従来は搬送波発生回路に含まれる高調波成分により信号品質が劣化していたが、新たに開発した高調波抑圧技術によりこの問題を解決した。逓倍数[用語2]を下げた構成とし、多段の増幅回路と内蔵の高調波抑圧フィルタを組み合わせることで、16 QAM[用語3]の多値変調に必要な信号品質を達成している。

なお、東工大は送受信回路の広帯域化技術を開発し、富士通研はモジュール化技術を実施した。

120 Gbpsの無線通信を実現したCMOS無線送受信チップ

図1. 120 Gbpsの無線通信を実現したCMOS無線送受信チップ

ミリ波無線送受信機の性能競争

図2. ミリ波無線送受信機の性能競争

室内で、20センチメートルの距離を隔てて2台のモジュールを対向させ、データ伝送試験を実施した。その結果、世界最高速となる毎秒120ギガビットのデータ伝送に成功した。このデータ伝送速度は従来、報告されている伝送速度の2倍以上である(図2:集積回路として実現されたミリ波送受信機について記載)。

この際の消費電力は送信時120 mW、受信時160 mWで、従来の約半分だった。35 GHzの基準信号からの搬送波発生において、70 GHz搬送波に対して29 dBc[用語4]の三倍高調波抑圧、105 GHz搬送波に対して38 dBcの二倍高調波抑圧を達成し、16 QAMの多値変調による無線通信を35 GHzの周波数帯域幅で実現することができた。また、今回の開発品は従来に比べ、送信機の出力電力を4.5倍に向上しており、高利得のアンテナを使うことで、600メートル程度の無線通信が可能となる。

今回の成果により、屋外設置可能な無線装置の大容量化が可能になる。これにより、新規に光ファイバーを敷設することが困難な都市部や河川を挟んだ山間部、オリンピックの臨時基地局などへも無線による大容量な基地局ネットワークを容易に展開でき、快適な通信環境を提供することが可能になる。

今後の展開

スマートフォンなどの基地局間通信向けの無線基幹回線をターゲットとして2020年頃の実用化を目指す。

商標について:記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

発表情報

国際会議 :
タイトル :
A 120Gb/s 16QAM CMOS Millimeter-Wave Wireless Transceiver
著者 :
Korkut K. Tokgoz, Shotaro Maki, Jian Pang, Noriaki Nagashima, Ibrahim Abdo, Seitaro Kawai, Takuya Fujimura, Yoichi Kawano, Toshihide Suzuki, Taisuke Iwai, Kenichi Okada, Akira Matsuzawa

用語説明

[用語1] 変復調 : 変調は送りやすくするために信号の周波数を変えること、復調は変調された信号をもとの周波数に戻すこと。

[用語2] 逓倍 : 入力信号に対して整数倍(逓倍比)の周波数の信号を発生させること。

[用語3] QAM : 位相が直交する二つの波を合成して変復調を行う方式。

[用語4] dBc(ディービーシー) : 搬送波に対する電力比を表す単位。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 岡田健一

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

世界最小電力で動作するBLE無線機を開発

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デジタル化で実現、IoTの普及を加速

要点

  • 新型デジタル発振器により大幅な低消費電力化を達成
  • IoT機器への幅広い利用を期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の松澤昭教授と岡田健一准教授らの研究グループは、世界最小電力で動作するBluetooth Low Energy(BLE、ブルートゥース・ローエナジー)[用語1]無線機の開発に成功した。無線機の大部分をデジタル化することにより実現した。

BLE無線機は最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル) のシリコンCMOSプロセスで試作し、送信時2.9 mW(ミリワット)、受信時2.3 mWの極低消費電力で動作することを確認した。これは、これまでに報告されたBLE無線機の半分以下の消費電力である。長期間にわたり電池交換の必要がなくなり、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)技術の普及を大きく加速させる成果である。

研究成果について、2月11日~15日に米国サンフランシスコで開かれる「ISSCC 2018(国際固体素子回路会議)」で2件の論文を発表する。

本研究開発の成果の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「IoT推進のための横断技術開発プロジェクト」の結果得られたものである。

研究の背景・意義

消費電力の少ない無線技術は、IoT技術の適用範囲を広げる鍵となる技術として、近年盛んに研究開発が行われている。その中でも、BLEは、従来のBluetoothに比べて1桁以上の低消費電力化が可能であり、パソコン周辺機器やスマートフォンを中心に爆発的に利用が広がっている。メッシュネットワーク(端末同士が相互に通信を行う網の目状の通信ネットワーク)にも対応し、より幅広い種類のIoT端末への搭載が期待されている。

現状のBLE無線機はボタン電池1つで2~5年程度の駆動が可能だが、IoT端末の耐用年数中に電池交換を不要とするためには、10年以上の駆動が必要となり、BLE無線機にはさらなる低消費電力化が求められている。

研究成果

今回の研究成果は、大きく2つに分けることができる。1つは新型デジタル時間変換器(DTC : Digital-to-Time Converter)[用語2]により、低ジッタ[用語3]かつ広帯域な特性を実現した低消費電力デジタル位相同期ループ(PLL : Phase-Locked Loop)[用語4]で、もう1つは、そのデジタルPLL回路を用いて実現した世界最小電力で動作するBLE無線機に関するものである。

開発したBLE無線機は、キャリア再生[用語6]アナログデジタル変換[用語7]をPLL回路に担わせることで大幅な消費電力の削減を可能とした(図1)。従来の低消費電力デジタルPLL回路はBLE無線機に必要な低ジッタかつ広帯域な特性を実現できないことが課題だった。これに対し、今回開発したBLE無線機のデジタルPLL回路は、新型DTC(図2)により、低ジッタかつ広帯域な特性を実現し、BLE無線機での利用が可能となった。

(a) 従来型BLE受信機の構成

(a)従来型BLE受信機の構成

(b)(a)と(c)の中間型

(b)(a)と(c)の中間型

(c)提案型BLE受信機の構成

(c)提案型BLE受信機の構成

図1. BLE受信機の構成

特徴:本開発品である提案型BLE無線機では、キャリア再生やアナログデジタル変換をPLL回路に担わせることで大幅な消費電力の削減を可能とした。低消費電力化が可能なデジタルPLL回路において、BLE無線機に必要な低ジッタかつ広帯域な特性を実現できたことにより(c)の構成を実現可能とした。

図2. 新型デジタル時間変換器(DTC)の構成

図2. 新型デジタル時間変換器(DTC)の構成

特徴:従来のDTCでは、大きな容量の充電が必要なため、消費電力が大きく、また、高速な動作も難しかった。提案する新型のDTCでは、小さな容量の充電で済むため、低消費電力かつ高速な動作が可能である。

これにより、従来のBLE無線機の受信に必要な回路規模を半分にし、またアナログデジタル変換器(ADC : Analog-to-Digital Converter)を不要とすることに成功した。またADCとしての性能向上のために、オフセット分を帰還させることで、大幅な分解能の向上を可能とした。最小配線半ピッチ65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作したBLE無線機は、送信時に2.9 mW、 受信時に2.3 mWの消費電力で動作する。

図3にBLE無線機全体の回路ブロック図を示す。送受信回路、局部発振器(PLL)、ベースバンド変復調器などを含み、変復調されたデジタル信号として入出力が可能である。図4にチップ写真を示す。2.26 mm(ミリメートル) x 1.90 mmの小面積で実現した。表1に消費電力の比較を示す。従来、報告があったBLE無線機の半分以下の消費電力で動作を実現した。Bluetooth 4.2(BLE)規格に準拠し、幅広い種類のIoT機器に搭載可能である。

図3. BLE無線機の回路ブロック図。特徴:送受信回路、局部発振器(PLL)、ベースバンド変復調器等を含み、変復調されたデジタル信号として入出力が可能である。

図3. BLE無線機の回路ブロック図

特徴:送受信回路、局部発振器(PLL)、ベースバンド変復調器等を含み、変復調されたデジタル信号として入出力が可能である。

図4. チップ写真。特徴:CMOS 65 nmプロセスにより製造した。

図4. チップ写真


特徴:CMOS 65 nmプロセスにより製造した。

表1. 従来のBLE無線機との消費電力比較


特徴:従来報告のあったものの半分以下の消費電力での動作を実現した。

送信
受信
東工大 ISSCC 2018
2.9 mW
2.3 mW
Renesas ISSCC 2015
7.7 mW
6.3 mW
Dialog ISSCC 2015
10.1 mW
11.2 mW
TI CC2540 *MCU等込み
63 mW
58 mW
Nordic nRF51822 *MCU等込み
32 mW
32 mW

デジタルPLL回路は単独の評価回路も作成し、同じく最小配線半ピッチ65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作、消費電力とジッタ特性において、低消費電力無線向けPLL回路として、世界最高性能を達成している。PLL回路には整数分周型PLLと分数分周型PLL[用語5]がある。整数分周型PLLは基準信号に対して整数倍の周波数を出力するが、分数分周型は分数倍の任意の周波数の出力が可能である。無線通信には分数分周型のPLL回路が必要である。アナログPLLでは分数分周型を比較的容易に実現できるが、低消費電力化で有利なデジタルPLLにおいて分数分周型のものはジッタ特性が劣化しやすく実現が難しいことが課題だった。

今回の研究成果におけるデジタルPLL回路では、新型DTCにより、低ジッタかつ広帯域な特性を低消費電力で実現した。ジッタを消費電力で正規化したPLL FoM[用語9]特性において非常に良好な-246 dBの性能を達成した。従来、同様のFoM性能を達成したものは8.2 mWの消費電力を要したのに対し、8分の1以下の0.98 mWでの動作を実現した。また低消費電力モードでは0.65 mWでの動作も可能である。

今後の展開

本開発品のBLE無線機および極低消費電力のデジタルPLLは、広範なIoT機器への組み込みが可能であり、メンテナンスフリーでの動作を実現することで、IoT機器の爆発的普及への足掛かりとなる技術である。また、特許出願中の新型DTCや、それを用いたデジタルPLLは、要素的回路であるため、無線機以外の幅広い回路用途に利用可能であり、それぞれの用途での性能向上や低消費電力化が期待できる。

発表予定

この成果は2月11日~15日にサンフランシスコで開催される「2018 IEEE International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2018) : 2018年米国電気電子学会 国際固体素子回路会議」の2セッションで発表する。

デジタルPLL技術は講演セッション「Session 15 – RF PLLs」において、「A 0.98 mW Fractional-N ADPLL Using 10 b Isolated Constant-Slope DTC with FoM of -246 dB for IoT Applications in 65 nm CMOS (0.98 mWで動作する分数分周デジタルPLL -10ビットDTCにより-246 dBのFoMを達成-)」の講演タイトルで、現地時間2月13日午後1時半から発表する。BLE無線機等に利用可能な分数分周型のPLL回路において、世界最小消費電力を実現した。

Bluetooth無線機はセッション「Session 28 –Wireless Connectivity」で、「An ADPLL-Centric Bluetooth Low-Energy Transceiver with 2.3 mW Interference-Tolerant Hybrid-Loop Receiver and 2.9 mW Single-Point Polar Transmitter in 65 nm CMOS(送信2.9 mW、受信2.3 mWで動作可能なBLE無線機)」の講演タイトルで、現地時間2月14日午後2時から発表する。

講演1

講演セッション :
Session 15 – RF PLLs
講演時間 :
現地時間2月13日午後1時半
講演タイトル :
A 0.98 mW Fractional-N ADPLL Using 10 b Isolated Constant-Slope DTC with FoM of -246 dB for IoT Applications in 65 nm CMOS (0.98 mWで動作する分数分周デジタルPLL ー10ビットDTCにより-246 dBのFoMを達成ー)

講演2

講演セッション :
Session 28 –Wireless Connectivity
講演時間 :
現地時間2月14日午後2時
講演タイトル :
An ADPLL-Centric Bluetooth Low-Energy Transceiver with 2.3 mW Interference-Tolerant Hybrid-Loop Receiver and 2.9 mW Single-Point Polar Transmitter in 65 nm CMOS (送信2.9 mW、受信2.3 mWで動作可能なBLE無線機)

用語説明

[用語1] Bluetooth : 2.4 GHz帯の電波を用いる近距離向け無線通信規格。ワイヤレスキーボードなどで幅広く利用されている。旧来のBluetooth規格と、バージョン4.0以降で定義されたBLEは同じ周波数帯で共用できるが互換性を持たない。
Bluetooth Low Energy(Bluetooth LE, BLE) : バージョン4.0以降のBluetooth規格でサポートされる低消費電力での通信が可能なモード。旧来のBluetooth規格とは互換性を持たず、ほぼ別物の規格である。スマートフォンなどに幅広く搭載されており、IoT向けの近距離無線規格として期待されている。バージョン5.0からはデータレートが2倍の2 Mbpsとなるモードや、通信距離を最大400 mまで伸ばせるモードが規定されている。

[用語2] デジタル時間変換器(DTC : Digital-to-Time Converter) : デジタル制御値により、遅延時間が変化する可変遅延回路。デジタル制御遅延回路(DCDL, Digitally-Controlled Delay Line)とも呼ばれる。PLLなどの幅広い回路で利用されている。

[用語3] ジッタ : クロックの重要な特性の一つで、クロック信号の立ち上がりまたは立ち下りタイミングが揺らぐ現象で、本来のタイミングからのずれが統計的にどれぐらいの幅を持つかで評価する。ジッタが小さいほど、クロックの揺らぎが小さい状況を示す。クロックを生成している発振器の位相雑音[用語8] に大きく依存し、位相雑音が低いほど、ジッタも小さくなる。

[用語4] 位相同期ループ(PLL : Phase-Locked Loop) : 集積回路中では正確な周波数基準が作れないため、水晶発振器による基準周波数frefを用い、それをN逓倍して所望周波数Nfrefの周波数の信号を得る。PLLには、位相周波数比較器、チャージポンプ、ローパスフィルタを用いるアナログPLLと、時間差デジタル変換器(TDC)とデジタルローパスフィルタを用いるデジタルPLL(オールデジタルPLLとも呼ばれる)が知られている。

[用語5] 分数分周PLL : PLLには、整数分周型と分数分周型がある。整数分周型PLLでは基準信号に対して整数倍の周波数を出力するが、分数分周型では分数倍の任意の周波数の出力が可能である。例えば、水晶発振器から入力される基準クロック周波数が26 MHzの場合、整数分周PLLでは2,418 MHz(93倍)、2,444 MHz(94倍)、2470 MHz(95倍)の生成が可能であるが、分数分周PLLでは2442 MHz(93.923倍)のような任意の小数精度の逓倍動作が可能である。BLE等の無線通信用には、整数分周型ではなく分数分周型のPLLが必要である。アナログPLLでは分数分周型を比較的容易に実現できるが、低消費電力化で有利なデジタルPLLにおいて分数分周型のものはジッタ特性が劣化しやすく実現が難しい。

[用語6] キャリア再生 : 受信機での同期検波による復調動作において、送信機で変調に用いた搬送波(キャリア)に同期した信号が必要である。受信した信号を用いて、そこから同期キャリアを得ることをキャリア再生と呼ぶ。

[用語7] アナログデジタル変換器(ADC : Analog-to-Digital Converter) : 入力されたアナログ値をデジタル値に変換する変換器。変換動作自体については、アナログデジタル変換(AD変換)と呼ばれる。

[用語8] 位相雑音 : 発振器の重要な特性の1つ。必要な周波数の信号に対し、どれだけ不要な周波数のスペクトルを持つかを表す。

[用語9] FoM : FoM(Figure of Merit)の略で、消費電力で規格化したジッタ性能を示す。ジッタと消費電力はトレードオフの関係にあり、発振器の消費電力を増やすとジッタが減少し、消費電力を減らすとジッタが増加する。FoMは、ジッタの標準偏差(δt)と消費電力PDCを用いて、以下の式で定義される。

FoM(Figure of Merit)の定義される式

ジッタ特性が同じでFoMが10 dB小さければ、消費電力が10分の1であることに相当する。

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高い電子移動度を持つ有機半導体高分子を開発

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全有機高分子型のデジタル回路や太陽電池などへの応用に期待

要点

  • 窒素原子の配置を工夫してエネルギー準位や分子の平面性を最適化
  • アミノアルキル単分子膜で電子のみ輸送可能に
  • この有機半導体高分子[用語1]で高性能な有機トランジスタの開発に成功

概要

東京工業大学 物質理工学院の王洋研究員と道信剛志准教授らの研究グループは、有機半導体高分子の効率的な合成法を確立し、数平均分子量[用語2]105 g mol-1以上の有用な高分子量体を得ることに成功した。電子吸引性のsp2混成軌道[用語3]を持つ窒素原子を、この高分子の主鎖の適切な位置に配置することで、電子を輸送しやすいエネルギー準位を作り出し、高分子薄膜の結晶性を向上させた。

さらに、有機トランジスタを作製したところ、シリコン基板上にアミノアルキル単分子膜を成膜すると、有機半導体中の正孔(プラスの電荷)の輸送を抑制し、電子(マイナスの電荷)のみを選択的に流すことができた。結果、電子移動度が5.35 cm2 V-1 s-1で閾値電圧1 V、オン―オフ電流比107を示す高性能な有機トランジスタを実現した。

この成果は2月12日発行のドイツ科学雑誌「Advanced Materials(アドバンスド・マテリアルズ)」オンライン版に掲載された。

研究成果

有機半導体高分子は通常、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング重合[用語4]により合成される。この研究では、従来から用いられている重合条件に、ヨウ化銅を少量添加することで触媒反応の効率が向上することを見出した。また、溶媒をトルエンからクロロベンゼンに変えると高分子の溶解性が増大し、再現性よく105 g mol-1を超える高分子量体を得ることができた。ヨウ化銅がないと数平均分子量は104 g mol-1桁に留まっていた。

ベンゾチアジアゾールは、有機半導体高分子の主鎖によく用いられるアクセプター性骨格である。この骨格にsp2混成軌道を持つ窒素原子を置換するとアクセプター性が向上し、-3.8~-3.9 eVの深い最低空軌道(LUMO)準位[用語5]を作り出すことに成功した。このLUMO準位は効率的な電子の注入と輸送を実現するのに適している。また、窒素原子の置換によって主鎖骨格の平面性が上がったため、分子間でのπ-π相互作用も強まり、高分子薄膜の結晶性が向上した。

有機トランジスタのシリコン基板上にアミノアルキル単分子膜を成膜すると、半導体中にマイナスの電荷層が生成できるため、正孔がトラップされ、電子のみが流れることが知られている。アミノアルキル単分子膜の従来の成膜法にはディップコート法が用いられていたが、本研究では、より簡便なスピンコート法[用語6]で成膜する手法を開発した。

これら成果の相乗効果によって、ベンゾチアジアゾール型の有機半導体高分子としては非常に大きい電子移動度である5.35 cm2 V-1 s-1を達成した。

電子輸送型有機半導体高分子の設計、合成法および薄膜トランジスタの特性

図. 電子輸送型有機半導体高分子の設計、合成法および薄膜トランジスタの特性

背景

太陽電池などで利用されているアモルファスシリコンを超える高い移動度を実現することが、有機半導体高分子を実用化する際の目安になると考えられている。正孔輸送型半導体高分子では既に10 cm2 V-1 s-1を超える非常に高い移動度が達成されているが、電子輸送型半導体高分子での成功例は限られていた。そのため、高分子の合理的な設計指針とデバイス作製手法の確立が求められていた。

今後の展開

今回の成果は、電子輸送型高分子半導体の明確な設計指針を与えており、効率的な高分子合成法を適用すれば、既存の高分子半導体の性能をさらに向上できる可能性を提示している。また、正孔輸送型半導体高分子と組み合わせることで、全有機高分子型のデジタル回路や熱電変換素子、太陽電池などに応用することが期待される。

用語説明

[用語1] 有機半導体高分子 : 溶液からトランジスタや太陽電池など薄膜デバイスを作製できる有機材料であり、有機エレクトロニクスの鍵になる材料として期待されている。正孔(プラスの電荷)と電子(マイナスの電荷)と呼ばれるキャリアを流すことができ、それにより電流が生じる。半導体高分子の分子量が大きくなるほど結晶性が上がるため、一般的にキャリアの移動度が向上する。

[用語2] 数平均分子量 : 一般的な高分子は分子量が異なる分子の混合物であるため、高分子全体の重さを高分子の数で割ることによって、高分子鎖一本あたりの平均分子量を算出する。

[用語3] sp2混成軌道 : ある原子上の一つのs軌道と二つのp軌道を重ね合わせることで生成する軌道であり、平面性が高い分子構造を設計する際に用いられる。

[用語4] クロスカップリング重合 : 新しい化学結合の反応であるクロスカップリングを用いて高分子の合成を行うことを指す。通常、パラジウムが触媒として用いられることが多い。

[用語5] 最低空軌道準位 : 半導体分子の軌道のうち、正孔の輸送に関連するのは最高被占軌道(HOMO)、電子の輸送に関連するのは最低空軌道(LUMO)である。優れた電子輸送特性を実現するためには、真空準位からより離れたLUMO準位が望まれる。

[用語6] スピンコート法 : 平滑基板上に置いた半導体の溶液を高速で回転させることにより薄膜を作製する方法である。様々な薄膜作製法の中でも低コストで均質かつ大面積な薄膜を作製できる技術であり、特に半導体高分子のデバイス作製では頻繁に用いられる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
High-Performance n-Channel Organic Transistors Using High-Molecular-Weight Electron-Deficient Copolymers and Amine-Tailed Self-Assembled Monolayers
著者 :
Yang Wang, Tsukasa Hasegawa, Hidetoshi Matsumoto, Takehiko Mori, and Tsuyoshi Michinobu
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 道信剛志

E-mail : michinobu.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3774 / Fax : 03-5734-3774

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