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本学名誉教授が平成29年秋の叙勲を受章

平成29年秋の叙勲において、中村良夫名誉教授、入戸野修名誉教授、野中勉名誉教授、吉田裕名誉教授が、教育研究の功労に対して瑞宝中綬章を受章しました。また、衣笠善博名誉教授が、瑞宝小綬章を受章しました。

中村良夫名誉教授

経歴

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中村良夫名誉教授

中村良夫名誉教授

中村良夫名誉教授(1999年4月称号付与)は1976年3月に本学 工学部 助教授に着任し、1982年8月に教授に昇任、社会工学科、ならびに大学院総合理工学研究科の社会開発工学専攻を併任しました。

道路線形透視形態の微分幾何学、土木構造物の画像工学、都市イメージ分析など、景観工学の基礎理論に関する研究と教育にたずさわる一方、仮想行動理論、景観記号学などを提唱しました。太田川元町護岸(広島広島市)、上谷戸橋(東京都稲城市)、古河総合公園(茨城県古河市)などのデザイン実務にかかわり、学生・院生の実践、教育の場として活用してきました。

また土木学会において土木計画学委員会、土木史委員会、環境システム委員会など新分野の運営に参加するとともに、景観・デザイン委員会の初代委員長として、景観・デザイン賞の創設にかかわりました。これらの教育研究への多大な業績が評価されました。

中村良夫名誉教授のコメント

1976年春に本学の社会工学科へ赴任するにあたり、3月1日付けで着任するよう担当教授から厳命をうけました。4月1日から全力疾走できるように助走期間を持て、というご趣旨でした。

生産学が工学の主流であったころ、人間の歓びや美意識など生の充実を目指す景観工学を、内外の優秀な学生諸君とともに学問の荒野の一角に切り開くことが出来ました。また、市民のまちづくり参画に繋がる風景学を構想できたのも、文理融合を目指す社会工学科の自由で闊達な学風のお陰です。

大岡山駅に面した正門前はすっかり面目を一新し、工学の府の光芒が街の賑わいに射し込んでいます。その溌剌とした姿をみれば今昔の感にたえません。駅名が「大岡山東工大前」になれば、とおもったりもしますが・・・。懐の深い工学知の世界を授けてくださった本学の皆様に、あらためて敬意と感謝を表しますとともに、ますますのご発展を祈ります。

入戸野修名誉教授

経歴

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入戸野修名誉教授

入戸野修名誉教授

入戸野修名誉教授(2002年4月称号授与)は、1970 年3月に本学 大学院理工学研究科 博士課程を修了後、本学助手となり、1年半のフランス・バリ第6大学(フランス給費研究留学)でその後の研究の骨子になる研究手法を身につけました。1974年8月に本学 工学部 助教授、1987年2月に教授となりました。その間、留学生教育センター長、東京工業大学工学部附属工業高等学校校長(6年間)を兼務し、また学外において文部科学省高等教育局の工学視学委員として協力しました。2002年4月に福島大学 自然科学系学域設置準備室長に就任し、2004年10月に新学類「共生システム理工学類」を設置しました。2010年3月まで福島大学同学類の教授、学類長、学群長を勤め、2010年4 月から2014年3月まで学長を務めました。2014年3月に学長を任期満了退職し、名誉教授を授与されました。その後1年間にわたって大学評価・学位授与機構の認証評価委員として協力し、2016年3月から福島市教育委員会「子どもの夢を育てる施設・こむこむ館」館長を勤めるなど、研究・教育分野において多大な貢献を果たしています。

入戸野修名誉教授のコメント

「地域住民から福島大学に自然科学系学域の設置を望む強い要望があるが、具体的な動きがない」ということで、東工大在籍中に当時の木村孟学長の口利きもあり、2002年4月に私が福島大学自然科学系学域調査準備室長となりました。東北大・東大・東工大の3教授が室員となって福島大学の教員とともに、創設構想の検討を進めました。私が2002年4月に教育学部 教授として福島大学に赴任し、構想の具体化を文部科学省の指導下で推進しました。その結果、2004年10月 に自然科学系学域の設置が認められ、2005年4月から2学群・4学類に再編成し、新入生を受け入れました。また、2010年4月には福島大学学長に選出されました。就任1年目は、「顔の見える大学」を目指して教職員の顔写真入り冊子を刊行して学生・地域住民に公開し、さらに、毎月2回定例記者会見を実施して学生・教職員の諸活動を公開するなど、開かれた大学のイメージ作りに専念しました。こうした姿勢は、2011年3月11日の「東日本大震災と東京電力原発事故」の際に、大学が地域住民への支援活動を相互理解の上で効果的に実施するための基盤として、大きな役割を果たしたと思っています。大学は学問の拠点であると同時に、地域住民とともに友好的に連携しながら大学が行う復興を始めとする様々な活動が円滑に継承されている様子を見られるのは嬉しい限りです。

野中勉名誉教授

経歴

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野中勉名誉教授

野中勉名誉教授

野中勉名誉教授(2001年4月称号授与)は、本学 理工学部 化学工学課程を経て、1969年に大学院博士課程を修了し工学部助手に採用されました。1973年助教授となり、大学院総合理工学研究科への配置換えを経て、1986年に教授に昇任しました。その後、1993年から1999年までの間には大学院総合理工学研究科長(1期)および評議員(2期)を併任し、学部がない学際大学院から博士課程中心の創造大学院への抜本的な改組拡充構想の実現に研究科の総力をあげ、20世紀中に何とか成就しました。

2000年、鶴岡工業高等専門学校長に転任し、共に理工系高等教育研究機関である本学と鶴岡高専の連携を目指しましたが、4年後の独立行政法人化に備えて外的連携より内的整備強化が急務となりました。2006年に定年退職し、鶴岡高専から名誉教授の称号を授与されました。

2008年からの2年間、本学 グローバルエッジ研究院シニアマネージャー(特任教授)として、テニュアトラック制度の運用に携わるなど、39年に亘り、理工系高等教育研究機関の発展に寄与したことが今回の受章に繋がりました。

野中勉名誉教授のコメント

大学院総合理工学研究科における博士課程中心の創造大学院は、原理的には何かを修士課程で減らし博士課程で増やせば実現したはずですが、種々の有形無形の素材投入も必要でした。先達による設計図は先見性に富む魅力的なもので、絶対不可欠な素材として大幅な「教授」定員増を示唆していました。そして気が付いたら、短期間、集中的に多数の教授定員が獲得され、一挙に創造大学院の目的にマッチした人事も完成していました。教員の本務(教育と研究)などは私の念頭から吹っ飛び、本学事務部の「強引な後押し」と文科省現場の「旺盛なやる気」に煽られたガムシャラ・無我夢中の数年の後、気が付いたら鶴岡高専の校長室にいました。校庭ではギフチョウが乱舞していました。

高専は2004年の独法化に備え、外交より内政面の整備拡充強化が急務でした。

グローバルエッジ研究院を1年余で辞めたのは、レンタカー旅行に憑かれたためではなく、世界一混む東急田園都市線での朝の通勤に疲れたためでした。

吉田裕名誉教授

経歴

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吉田裕名誉教授

吉田裕名誉教授

吉田裕名誉教授(1998年4月称号授与)は、1963年3月に東京大学 土木工学専門課程修士課程を修了した後、同年4月東京大学 生産技術研究所 助手となり、1970年4月には助教授として、学生の指導、研究に従事しました。

その後、1971年6月に本学 工学部 助教授、1981年11月に教授に昇任し、1998年3月に本学を定年退職するまで、構造力学、力学モデルの数値解析、有限要素法などの教育研究に努め、数多の人材を育成してきました。

1998年10月に関東学院大学 教授となり、土木工学、情報ネット・メディア工学の分野において教育環境の充実に努め、2008年3月に定年退職しました。

研究面では、特に、有限要素法を核とするコンピュータによる科学技術計算、力学現象解析の普及、発展に大きく貢献してきました。日本鋼構造協会技術委員会構造解析小委員会において、1984年から91年まで委員長を務め、研究会の企画実施などに寄与しました。当該分野における日米間の研究協力事業にも尽力した他、土木学会、日本機械学会、日本応用数理学会など、学会の枠を超えた広い領域において長年にわたり精力的に活動した成果が認められました。

吉田裕名誉教授のコメント

私が助教授として本学に着任した1971年は、大学紛争の後遺症が色濃く残っている時代でした。だからこそと言うべきか、設立間もない東工大土木教室には、教育や研究に掛ける熱情というか、希望と活気に溢れておりました。山口先生と吉川先生が連携して、血気盛んな若手のやる気を上手に引き出していた、というのが実状だったかもしれません。

技術の進展に伴って、教えるべきと考えられる教育内容は多様化します。カリキュラムの限られた時間数の中で、どの学科目をどのように割り当てるか、学生の自覚をどのように促すかなど、よく議論されたことを思い出します。学生の就職は総じて順調でしたが、毎年、研究室全員の進路が決着するまでの間は、心が休まらなかったことを思い出すのですが、卒業生の多くが一流の職場で重責を担って活躍しておられる姿に接することができる幸せは、東工大に籍を置いていたからこそと、深く感謝しています。優秀な学生と苦労を共にし、喜びを分ち合った日々は、掛替えの無い、幸せに満ちたものでした。

その間、多くの卒業生や関係の皆様方から頂いた励ましのメッセージは、有難く、心の支えになりました。皆様のご繁栄を心から祈念しております。ありがとうございました。

衣笠善博名誉教授

経歴

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衣笠善博名誉教授

衣笠善博名誉教授

衣笠善博名誉教授(2010年4月称号授与)は、1999年4月に、工業技術院地質調査所(産業技術総合研究地質調査総合センターの前身)の首席研究官から、本学 大学院総合理工学研究科 環境理工学創造専攻の教授として着任しました。

本学においても、地質調査所時代と同様に、地震学と地質学の境界領域である地震地質学の研究に従事されると共に、原子力施設等の重要構造物の耐震安全性確保のために尽力しました。

2010年3月に定年退職し、名誉教授の称号を授与された後は、公益財団法人 地震予知総合研究振興会の副主席研究員として研究を続けています。このたびの受章はこれらの実績が認められたものです。

衣笠善博名誉教授のコメント

東工大の定年退職に当たっては、教授歴に加えて、地質調査所首席研究官としての前歴を加算した合わせ技で名誉教授の称号をいただきました。今回の叙勲に当たっても、“現東工大 名誉教授 元工業技術院地質調査所首席研究官”との合わせ技の経歴が評価されたようです。特別なご配慮を頂いた関係者に厚く御礼申し上げます。

合わせ技となった2つの組織に所属しましたが、その2つは全く性格の異なるものでした。工業技術院地質調査所は、地質学を中心とする200人以上の研究者を擁する研究組織で、互いに協力・切磋琢磨して研究を進めてきました。一方、大学院 総合理工学研究科、特に環境理工学創造専攻は、専門の異なる教授陣からなる組織で、視野を大いに広げることが出来ました。

このように性格の異なる2つの組織に属することが出来たのは研究者として全くの幸運で、今後とも、自然災害や地球環境問題を、幅広い視野で関心を持ち続けたいと思っています。

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


赤木特任教授がIEEE Medal 受賞決定

工学院 電気電子系の赤木泰文特任教授が、2018年IEEE メダル イン パワー エンジニアリング(IEEE Medal in Power Engineering)の受賞者に決定しました。

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工学院 電気電子系 赤木泰文特任教授

IEEE(アイ・トリプル・イー: The Institute of Electrical and Electronics Engineers,Inc.)は米国に本部を持つ電気電子分野の国際的な学会で、43万人の会員を有する世界最大の技術系の学会です。IEEEは現在16の分野でメダルを授与しており、IEEEメダルの受賞はIEEEにおいて最高の栄誉とされ、受賞者には金メダル等が授与されます。

IEEEメダル イン パワー エンジニアリングは2008年に設立された賞で、発電、送電、配電、電力応用などの広い意味での「電力工学」の発展に貢献した研究者・技術者を顕彰するものです。赤木泰文特任教授は、「電力変換システムとその応用の理論と実践に対する先駆的な貢献」が認められ、今回の受賞に繋がりました。授賞式は、2018年5月11日(金)にアメリカ・サンフランシスコにて行われる予定です。

本学関係者のIEEEメダル受賞は、末松安晴栄誉教授・元学長が2003年にIEEE ジェームス H. ミューリガン ジュニア エデュケーション メダル(IEEE James H. Mulligan, Jr. Education Medal)を受賞しています。今回の赤木泰文特任教授のIEEEメダルの受賞は末松栄誉教授に続く快挙です。

赤木泰文特任教授のコメント

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赤木泰文特任教授

赤木泰文特任教授

大学の研究は基礎研究と応用研究に分類できます。

パワーエレクトロニクスなど電気電子工学の応用研究のIEEE Medalの受賞は、基礎研究でのノーベル賞の受章に匹敵する最高の栄誉です。

1973年4月の学部4年の卒業研究からパワーエレクトロニクスの研究を開始し、現在まで飽きることなく研究を継続しています。

その間、学生時代の恩師、研究室の先輩、同輩、後輩、そして大学教員になってからの上司、同僚、さらに一緒に研究に打ち込んだ当時の大学院学生の方々に厚くお礼申し上げます。

受章理由の主要な業績は、「三相回路の瞬時無効電力理論の構築とその応用」です。

瞬時無効電力の定義から、その物理的意味を数式を用いて厳密に証明するまで3ヵ月を要しましたが、証明そのものは大学1年で学ぶ線形代数学で十分に理解できるものです。

この瞬時無効電力理論を電力変換システムに応用し、従来の無効電力理論では実現不可能な実験波形を取得できた時の喜びは今でもはっきり覚えています。

本学在職中にIEEE Medalを受賞できることは大変に嬉しく思います。

お問い合わせ先

赤木泰文 特任教授

Email : akagi@ee.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3549

相同組換えのDNA鎖交換の素過程を世界で初めて解明

相同組換えのDNA鎖交換の素過程を世界で初めて解明 ―Rad51のDNA鎖交換反応は3ステップで進行する―

要点

  • 相同組換えは遺伝子情報や遺伝子の多様性を生み出すのに重要
  • 相同組換えはDNA修復においても必須
  • Rad51によるDNA鎖交換反応をリアルタイムに観察する手法を開発
  • がん化に関わるRad51の様々な補助因子の役割を解明できる可能性がある

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の伊藤健太郎研究員、岩崎博史教授、同生命理工学院のTakahashi Masayuki教授、国立遺伝学研究所の村山泰斗准教授(研究当時・東工大助教)の研究グループは、相同組換えにおけるDNA鎖交換反応の解明に世界で初めて成功した。

相同組換えは、遺伝情報の維持や遺伝的多様性を生み出すのに必須な反応であり、全ての生物で保存されている。相同組換えにおける中心的な反応は、似た配列を持つ(このことを“相同”という)2組のDNA間の鎖の交換反応である。DNA鎖交換反応は、Rad51リコンビナーゼ[用語1]によって触媒されるが、反応がどのように進行するのか不明だった。

今回の研究では、蛍光標識したDNAで鎖交換反応をリアルタイムにモニターして解析を行った。その結果、鎖交換反応は連続した3ステップ反応で進行することを発見した。さらに、Rad51の低分子補助因子であるATP[用語2]やタンパク質性補助因子であるSwi5-Sfr1タンパク質複合体[用語3]の役割を明らかにした。

この成果は、2017年12月4日のNature Structural and Molecular Biology電子版に掲載された。

研究成果

今回、DNA鎖を蛍光標識し、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer: FRET)[用語4]の原理を利用することで、DNA鎖交換反応の反応中間体形成と最終産物生成をそれぞれリアルタイムで観察する2種類の分析方法(アッセイ系)を構築した。このアッセイ系を用いることで、極めて複雑な反応のため正確なアプローチが困難であったRad51によるDNA鎖交換反応を解析した。その結果、次の3つのステップを経て、この交換反応が進行することを発見した。

これは、1)一本鎖DNAに数珠状に結合したRad51リコンビナーゼが鎖交換相手となるDNAの相同な配列を見つけて、最初の反応複合体(C1反応中間体)を形成する、2)C1反応中間体が変化し、次の反応中間体C2ができる、3)C2反応中間体が解消されて反応が完了するという3つのステップである。

Rad51によるDNA鎖交換反応には低分子補助因子ATPが必要であるが、これまでその役割が不明であった。今回、最初のC1反応中間体を形成する際にはRad51がATPと結合する必要があること、そして、ステップが進みC1→C2遷移や最終産物生成時にはATPが加水分解されることが必須であることがわかった(但し、ある条件ではC1→C2遷移時にATP加水分解は必要ないことも判明したが、最終産物生成するにはどの条件でもATP加水分解が必須)。また、Rad51補助因子であるSwi5-Sfr1複合体は、リコンビナーゼによるATP加水分解を伴って、C1→C2遷移と最終産物生成のステップを促進することが明らかになった(図1)。

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Swi5-Sfr1複合体によるDNA鎖交換反応の促進モデル

図1. Swi5-Sfr1複合体によるDNA鎖交換反応の促進モデル

研究の背景と経緯

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図2. 相同組換えによるDNA二重鎖切断の修復モデル

紫外線や放射線などの外的要因、DNA複製の阻害や代謝で発生した活性酸素などの内的要因により、DNAは日常的に様々な種類の損傷を受けている。DNAの二重鎖が切断された損傷(DNA二重鎖切断)は特に重篤な損傷で、修復されなければ細胞死の原因となり、間違った修復が行われるとがんの原因となりうる。

相同組換えは、遺伝的多様性を生み出すのに必須な反応であるが、DNA二重鎖切断を正確に修復する機構(組換えによるDNA修復機構、組換え修復といわれている)としても極めて重要な働きをしている。例えば、マウスでは、RAD51遺伝子を欠損すると死んでしまうことから、その重要性が実証されている。実際、全ての生物種が相同組換え機構を持っており、この機構は生命に必須の普遍的な生理機能である。

相同組換えは多段階で起こる極めて複雑な反応であり、DNA複製や転写などといった他の核内現象に比べるとその仕組みの解明は遅れている。相同組換えの中心的な反応はDNA鎖交換反応であり、Rad51リコンビナーゼによって触媒される(図2)。Rad51リコンビナーゼは、一本鎖DNAに数珠状に結合しDNA鎖交換反応の開始前複合体を形成する。その後、開始前複合体は、鎖を交換する相手となる二重鎖DNAの相同な配列を探し、相同鎖が見つかるとDNA鎖の交換を行う。

RAD51遺伝子は、大阪大学のグループによって1992年に出芽酵母から発見され、その後、ヒトを含めて多くの生物種で見つかっている。これまでRad51タンパク質のDNA鎖交換活性について世界中で様々な解析がなされてきた。2003年に、岩崎教授の研究グループは、分裂酵母を用いた研究からSwi5-Sfr1タンパク質複合体がRad51の補助因子であることを発見し、その後継続してSwi5-Sfr1複合体によるRad51の活性制御機構について解析を続けてきた。これまで多くの研究者がRad51によるDNA鎖交換反応の進行過程を明らかにしようとしていたが、今回FRETを用いたリアルタイムのアッセイ系でその進行過程の観察に世界で初めて成功した。

今後の展開

マウスにおいてRAD51遺伝子を欠損すると死んでしまうことから、生命にとって組換えや組換え修復が極めて重要な働きをしていることがわかる。RAD51の補助因子にはSwi5-Sfr1複合体の他にも様々なものが知られている。有名なものでは、BRCA2タンパク質がある。BRCA2遺伝子の欠損や突然変異は致死とはならないが、家族性乳がんの原因となることが知られている。これは、致死と比べれば軽度な表現型であるといえるが、組換え修復不全が発がんの原因になるということを直接的に示している例である。すなわち、これは正常な組換え(修復)機能がゲノムの安定性を維持しガンを抑制していることを示す一つの典型例である。

今回確立したアッセイ系を用いて、BRCA2タンパク質によるRAD51活性制御機構の詳細が解析されると、細胞内で相同組換えを正しく進行させる仕組みの理解が大きく進展する。このような詳細な基礎研究を基盤として、今後、発がんやがん抑制の詳細な仕組みが明らかにされていくと考えられる。

用語説明

[用語1] Rad51リコンビナーゼ : 相同組換えの中心的な反応であるDNA鎖交換反応を触媒するタンパク質。酵母などの単細胞真核生物からヒトまで、すべての真核生物に存在する。バクテリアのRecAタンパク質と相似タンパク質である。Rad51やRecAタンパク質は、ATP存在下で一本鎖DNA上に右巻らせん状に巻き付き、このタンパク質核酸複合体(開始前複合体)は相手となる二重鎖DNAの相同性を検索し、相同性が見つかればDNA鎖の交換反応を推進する。

[用語2] ATP : アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate)。生体内に広く存在し、3位にリン酸が結合したり解離したりすることで、エネルギーの放出や貯蔵、代謝や合成に重要な役目を果たしている。その重要性からエネルギーの通貨と形容されている。ある種のタンパク質や酵素は、ATPとの結合やATPを加水分解することで、構造変化を引き起こし、その機能を発揮することが知られている。

[用語3] Swi5-Sfr1タンパク質複合体 : Rad51の鎖交換反応を促進する補助因子の1つ。2003年、分裂酵母で最初に見つかった。Rad51の鎖交換反応を促進したり抑制したりするタンパク質は、これ以外にも複数知られている。これら複数のタンパク質複合体によってRad51によるDNA鎖交換活性は精緻に制御されているが、まだ、その全容は解明されていない。

[用語4] 蛍光共鳴エネルギー移動 (Fluorescence resonance energy transfer: FRET) : 2つの蛍光分子が近接して存在している時、供与体となる蛍光分子から受容体となる蛍光分子へ励起エネルギーが直接移動する現象。今回の実験では、受容体が近くにあると遠くにある場合に比べて、励起した供与体から発する蛍光強度が低下することを利用している。すなわち、1)Rad51と結合した一本鎖DNA(供与体蛍光分子を付加してある)と相同な二重鎖(受容体蛍光分子を付加してある)が複合体を形成した際にFRETが起こり、その結果、供与体の蛍光強度の低下が起こる現象と、2)鎖交換の末に元の二重鎖(供与体と受容体を付加してあり、FRETが起こっている)が引きはがされて一本鎖DNAになることでFRETから解放されて供与体の蛍光強度が上昇する現象を利用した。今回の研究では、これらの蛍光変化をリアルタイムで観測する2種類のアッセイ系を構築し、鎖交換反応の素過程を解析した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Structural and Molecular Biology
論文タイトル :
Two three-strand intermediates are processed during Rad51-driven DNA strand exchange
著者 :
Kentaro Ito, Yasuto Murayama, Masayuki Takahashi, and Hiroshi Iwasaki
DOI :
10.1038/s41594-017-0002-8 Image may be NSFW.
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生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
細胞制御工学研究センター

岩崎博史 教授

E-mail : hiwasaki@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2588 / Fax : 03-5734-3781

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ドローンが耳を澄まして要救助者の位置を検出 ―災害発生時の迅速な救助につながる技術を開発―

要点

  • ドローンのようなロボットによる人命救助はカメラなど視覚的な方法が主
  • 集音方法を工夫して雑音減らし、瓦礫の下の人の声などを検出
  • 迅速かつ効率的な人命救助に活用できる全天候型システムを開発
  • 暗くても、うるさくても、見えない場所でも、音を検出可

概要

内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)タフ・ロボティクス・チャレンジ(プログラム・マネージャー:田所諭)の一環として、東京工業大学の中臺一博特任教授、熊本大学の公文誠准教授、早稲田大学の奥乃博教授、鈴木太郎助教らの研究グループは、ドローン自体の騒音や風などの雑音を抑え、要救助者の声などを検出して、迅速な人命救助を支援できるシステムを世界で初めて開発した。

このシステムは、3つの技術要素(HARK[用語1]を応用したマイクロホンアレイ技術[用語2]によるドローンや風の騒音下での音源検出の実現、音源の三次元位置推定・地図表示技術開発によるわかりやすいユーザインタフェースの構築、ケーブル1本で接続可能な全天候型マイクロホンアレイの開発)が組み合わさることで構築されている。これまで災害現場では静かに聞き耳を立て要救助者の居場所を探り当てていた。このシステムにより、人が瓦礫の中にいて見つけにくい場合や、夜間、暗所などカメラが使えない場所でも、要救助者を発見できることが期待される。

デモ映像

研究成果

研究グループは、ドローンの騒音下でも、要救助者の音声等を検出して、迅速な人命発見につなげることができるシステムを世界で初めて開発した(図1、図2参照)。

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構築したマイクロホンアレイ(マイクを16個搭載、ケーブル1本で接続可能)

図1.構築したマイクロホンアレイ(マイクを16個搭載、ケーブル1本で接続可能)

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マイクロホンアレイを搭載したドローン

図2.マイクロホンアレイを搭載したドローン

このシステムは、大きく3点の技術要素からなる。1点目は、“ロボットの耳”を作ることを目指した「ロボット聴覚[用語3]」研究の成果としてオープンソース化されているソフトウェアHARK(HRI-JP Audition for Robots with Kyoto University)を応用したマイクロホンアレイ技術である。これにより、ドローンの騒音下でも音源の検出が可能になった。2点目は、三次元音源位置推定、および地図表示技術の開発で、これにより目に見えない音源を操作者にもわかりやすく可視化できるインタフェースを構築できるようになった。3点目は、ドローンへの設置を容易にするために、ケーブル1本でまとめて接続できる16個のマイクロホンからなる全天候型マイクロホンアレイを開発。これにより雨天の要救助者捜索が可能になる。

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ロボット聴覚のオープンソースソフトウェア HARKマイクロホンアレイを用いた音源定位・分離技術を提供

ロボット聴覚のオープンソースソフトウェア HARK
マイクロホンアレイを用いた音源定位・分離技術を提供

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HARKのGUIプログラミング環境

HARKのGUIプログラミング環境

災害が起きた場合、一般的には3日(72時間)以内に救助しなければ生存確率が大きく下がってしまうと言われており、迅速な要救助者捜索技術の確立が喫緊の問題である。

これまでドローンを使った要救助者捜索技術は、そのほとんどがカメラやそれに似たデバイスを用いたもので、人が瓦礫の中にいて見つけにくい場合や、夜間や暗所などカメラが使えない状況では利用できず、捜索の大きな壁になっていた。本技術は“要救助者が発する音”を検出することから、このような問題を緩和できる可能性がある。近い将来、災害地での要救助者発見にドローンが利用できるようになり、レスキュータスクの有望なツールとなることが期待できる。

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瓦礫(土管)の下の要救助者をその声から発見している様子(右上地図の青丸が検出された音源位置を表す)

瓦礫(土管)の下の要救助者をその声から発見している様子(右上地図の青丸が検出された音源位置を表す)

研究の背景

ロボット聴覚は、2000年に奥乃教授、中臺特任教授が中心となって提唱し、世界に向けて発信した日本発の研究領域である。それまでのロボットは、人が口元にマイクを装着しないと人の音声を検出、認識することはできなかった。こうした状況に対して、ロボットは人間と同様、自分自身の耳で離れた音源の音を聞き取るべきだという考えの下、“ロボットの耳”を構築するための研究が進められている。この研究領域は、信号処理、ロボティクス、人工知能と多分野にまたがる学際的研究のため参入障壁が高く、世界的にも認知が遅れていた。

提唱後、奥乃教授と中臺特任教授らが中心となり、積極的に国内外の学会を中心にセッションを開催。オープンソースソフトウェアを公開して、講習会やハッカソンなどのイベントを行うなど啓発活動を続けた。その結果、2014年には、ロボットに関する最大の研究コミュニティであるIEEE Robotics and Automation Society (RAS)が「ロボット聴覚」を研究分野として正式にキーワード登録した。

本研究は、人と同様に、音がどこから到来するのかを推定する音源定位技術、到来方向の音を抽出する音源分離技術、分離した音を認識する雑音にロバスト(頑健)な音声認識技術の3つが柱であり、これらを実環境・実時間で動作できる技術を追究してきた。研究グループはこれまでに、聖徳太子のように複数の人が同時に話をしてもそれを聞き分ける技術(同時発話認識技術)を開発し、11人の話者による同時発話料理注文デモに成功。また、複数の回答者が同時に回答しても対応可能なクイズ番組の司会者ロボットなどを作製してきた。

研究の経緯

従来のロボット聴覚研究では、屋内環境で人と会話するロボットを対象にして、“ロボットの耳”を構築する研究がなされてきた。今回の研究では、屋内に留まらず屋外環境での利用を想定し、より実用的な技術につなげることを目指した。

本技術は、内閣府が主導するImPACT タフ・ロボティクス・チャレンジ(TRC)[用語4](田所諭PM)の研究課題として推進している極限音響研究の成果である。用いているマイクロホンアレイ技術は、(株)ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンが研究開発を行い、オープンソース化されているロボット聴覚ソフトウェア HARK をベースにしている。

ImPACT TRCプログラムでは、研究課題として早稲田大学の鈴木太郎助教らが高性能GPS研究を推進しており、その成果である高精度ポイントクラウド(点群)を地図データとして提供。これを用い、極限音響研究を推進している東京工業大学の中臺一博特任教授、熊本大学の公文誠准教授、早稲田大学の奥乃博教授らの研究グループが中心となってロボット聴覚の開発を行っている。

今後の展開

研究グループは今後、実環境に近いレベルで実証実験を続けることにより、より使いやすく頑健なシステムの構築を目指す。そのために、インテリジェントセンサとしてパッケージ化し、さまざまなドローンに接続できるシステムを検討していく。また、音源の検出だけではなく音源の種類の聞き分けを行うことにより要救助者に関係のある音源だけを識別する機能も追加したい。

このように、災害地での捜索活動に使用できるレベルへと技術を深化させることによって、「ドローン聴覚」技術を確立していく。

用語説明

[用語1] HARK : Honda Research Institute Japan Audition for Robots with Kyoto Universityの略。(株)ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン(HRI-JP)、京都大学等が開発したマイクロホンアレイを用いたロボット聴覚のオープンソースソフトウェア。Harkは、listenを意味する中世英語である。

[用語2] マイクロホンアレイ技術 : 複数のマイクロホンから構成されるマイクロホンアレイデバイスを用いて、騒音下でも音の方向を推定したり、特定の音の分離抽出を行ったりする技術。

[用語3] ロボット聴覚 : ロボットが自分自身の耳で周りの環境から音を聞き取ること。日本発の研究領域。

[用語4] ImPACT タフ・ロボティクス・チャレンジ(Tough Robotics Challenge(TRC)) : 内閣府が主導する革新的開発推進プログラムにて田所諭プログラム・マネージャーが推進する研究開発プログラム。

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内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

プログラム・マネージャー:田所諭

研究開発プログラム:タフ・ロボティクス・チャレンジ

研究開発課題:UAV搭載マイクロホンアレイを用いた音源探索・同定

(研究開発責任者:中臺一博 研究期間:平成26年度~平成30年度)

この研究開発課題では、ドローン等に搭載したマイクロホンアレイを用いた音源探索技術、音源同定技術の開発に取り組んでいます。

田所諭ImPACTプログラム・マネージャーのコメント

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田所諭ImPACTプログラム・マネージャー

ImPACTタフ・ロボティクス・チャレンジは、災害の予防・緊急対応・復旧、人命救助、人道貢献のためのロボットに必要不可欠な、「タフで、へこたれない」さまざまな技術を創り出し、防災における社会的イノベーションとともに、新事業創出による産業的イノベーションを興すことを目的とし、プロジェクト研究開発を推進しています。

災害現場での要救助者発見には音声情報が重要な役割を果たしますが、実際には周囲の騒音や機材の音によって、助けを求める声を聞くことは大変困難です。倒壊家屋の人命捜索においては、全ての発生音を停止させ、静かにして声を聞き取る「サイレントタイム」が実施されています。特に有人ヘリやドローンでは、プロペラや風による騒音が大きく、地上から呼ぶ人の声を聞くことは、これまでは非常に困難でした。

本研究は、全天候型マイクロホンアレイと、ロバスト音声信号処理技術により、音源の三次元位置推定、地図表示を合わせた、大きな非連続イノベーションです。本技術をドローンに搭載すれば、地上から呼ぶ人の声や、条件が良ければ瓦礫内や屋内からの声をも聞き取り、声を発する人の場所を三次元的に特定することが可能です。今後、ドローンはもとよりさまざまな救助資機材にこの技術が搭載されることにより、要救助者発見につながる音声情報の収集が可能になり、大規模地震災害や水害などでの人命救助実績につながると期待されます。

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工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

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お問い合わせ先

<本研究に関すること>

東京工業大学 工学院 システム制御系 特任教授

中臺 一博(なかだい かずひろ)

E-mail : nakadai@ra.sc.e.titech.ac.jp

<ImPACTの事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1

Tel : 03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’S五番町

E-mail : impact@jst.go.jp
Tel : 03-6380-9012 / Fax : 03-6380-8263

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

熊本大学 マーケティング推進部 広報戦略室

E-mail : sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp
Tel : 096-342-3122 / Fax : 096-342-3007

早稲田大学広報室広報課

E-mail : koho@list.waseda.jp
Tel : 03-3202-5454 / Fax : 03-3202-9435

科学技術振興機構 広報課

〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

体を外敵から守る化学感覚細胞のマスター因子を同定

体を外敵から守る化学感覚細胞のマスター因子を同定
―舌だけではない!全身の味細胞の機能解明へ―

要点

  • 味細胞(化学感覚細胞)は、舌だけでなく体の様々な器官にも存在
  • これら化学感覚細胞の産生に必須な転写因子(マスター因子)を同定
  • 今後、舌だけなく体中に分布する化学感覚細胞の機能解明が期待

概要

東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授、生命理工学院 生命理工学系の山下純平大学院生(日本学術振興会特別研究員)、米国モネル化学感覚研究所の松本一朗研究員らの研究グループは、生体の様々な器官に分布して生体防御反応に関与すると考えられている化学感覚細胞[用語1]マスター因子[用語2]の同定に成功しました。

口腔内で苦味・甘味・旨味を感知する味細胞の産生に必須な転写因子Skn-1a(別名Pou2f3)[用語3]を欠損したマウスで、体中のTrpm5陽性化学感覚細胞[用語4]が消失していることを見出しました。この発見は、Skn-1aがこれら化学感覚細胞のマスター因子であることを明らかにしたもので、謎に包まれたTrpm5陽性化学感覚細胞の生理機能の解明にむけた重要な成果といえます。

私たちは口腔内の味細胞[用語5]によって味物質を感知しています。近年、味細胞と形態が類似し、味覚に関連する遺伝子を発現する細胞が、気道や消化器官をはじめ体中の様々な器官で見つかってきました。これらの細胞は、共通してTrpm5と呼ばれるイオンチャネルを有し、そのほとんどが味覚受容体を発現していることから、Trpm5陽性化学感覚細胞(以下、化学感覚細胞)と呼ばれています。一般に、苦味を呈する化学物質は毒物であることが多く、ヒトは苦味を舌で感じたときに、それを吐き出し、自分の身を守ることができます。興味深いことに、全身に分布する化学感覚細胞の多くは “苦味”の受容体を発現していることから、生体防御反応への関与の可能性が考えられています。

この成果は、現地時間2017年12月7日(日本時間12月8日午前4時)に米国のオンライン学術誌『PLOS ONE』(プロスワン)に掲載されました。

研究の背景

生物は嗅覚や味覚といった感覚器官によって外部環境中の化学物質を感知し、生存に必要な行動をとります。例えば、苦味を呈する化学物質は毒物であることが多く、動物は苦味を舌で感じたときに、それを吐き出すことで自分の身を守ります。近年、体の様々な部位に化学物質を感知する細胞が存在することがわかってきました。これら一連の細胞は、共通してTrpm5と呼ばれるイオンチャネルを発現し、その多くは味覚受容体を有していることから、Trpm5陽性化学感覚細胞と呼ばれています。

最近の研究によって、気道に存在する化学感覚細胞は、侵入してきた有害物質を苦味受容体によって検出し、有害物質から体を守る反射応答を引き起こすことがわかりました。さらに小腸の化学感覚細胞は寄生虫感染を、尿道では細菌感染を感知し、生体防御反応を誘導することが明らかになっています。このようにTrpm5陽性化学感覚細胞は、生体防御反応において重要な役割を担っていると考えられていますが、これらの化学感覚細胞ができるメカニズムは明らかになっていませんでした。

研究の経緯

2011年に米国モネル化学感覚研究所の松本研究員らの研究によって、口腔内で苦味・甘味・旨味を感知する味細胞の産生には転写因子Skn-1aが必須であることが明らかになりました。マウスの様々な器官に存在するTrpm5陽性化学感覚細胞は、細胞の頂点に微絨毛を有し、Trpm5などの味覚関連分子を発現しており、味細胞との共通性を有します。そこで廣田准教授と松本研究員らの共同研究グループは、口腔外に存在するTrpm5陽性化学感覚細胞における転写因子Skn-1aの機能解析を開始し、2013年に呼吸上皮で、2014年に嗅上皮でTrpm5陽性細胞の産生にSkn-1aが必須であることを明らかにしました。

研究成果

これまでの研究から、転写因子Skn-1aが味細胞を含む全身のTrpm5陽性化学感覚細胞の産生に必須なマスター因子として機能している可能性が考えられました。この仮説を検証するために、同研究グループはTrpm5陽性化学感覚細胞の存在が報告された体中の器官を網羅的に解析しました。まずSkn-1aがTrpm5陽性細胞に発現しているかどうかを解析しました。その結果、解析したすべての器官(気道、胃、小腸、大腸、耳管、尿道、胸腺、膵管)においてSkn-1aがTrpm5陽性細胞に発現していることがわかりました。

次にTrpm5陽性細胞におけるSkn-1aの機能を明らかにするために、Skn-1aの機能が欠失したマウス(Skn-1aノックアウトマウス)の解析をおこないました。Skn-1aノックアウトマウスでは、解析したすべての器官においてTrpm5の発現が消失していただけでなく、Trpm5陽性化学感覚細胞のマーカーである味覚関連遺伝子の発現も消失していました(図1)。以上の結果から、Skn-1aがマウスのTrpm5陽性化学感覚細胞のマスター因子であることが明らかになりました。

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図1. Skn-1aノックアウトマウスの気管ではTrpm5陽性化学感覚細胞が消失した。A. 野生型(上段)では、Trpm5とか化学感覚細胞マーカーのChATが同じ細胞で発現していたが(矢尻)、Skn-1aノックアウトマウス(変異マウス)では、これらの発現は認められなかった。

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B. 気管のTrpm5陽性化学感覚細胞には、味覚に必要な遺伝子(Tas2r:苦味受容体、Gnat3, Plcb2, Trpm5: 味覚情報伝達分子)が発現していた(上段:野生型)。Skn-1aノックアウトマウス(下段:変異マウス)では、これら味覚関連分子の発現が消失していた。

図1. Skn-1aノックアウトマウスの気管ではTrpm5陽性化学感覚細胞が消失した。

A. 野生型(上段)では、Trpm5とか化学感覚細胞マーカーのChATが同じ細胞で発現していたが(矢尻)、Skn-1aノックアウトマウス(変異マウス)では、これらの発現は認められなかった。

B. 気管のTrpm5陽性化学感覚細胞には、味覚に必要な遺伝子(Tas2r:苦味受容体、Gnat3, Plcb2, Trpm5: 味覚情報伝達分子)が発現していた(上段:野生型)。Skn-1aノックアウトマウス(下段:変異マウス)では、これら味覚関連分子の発現が消失していた。

今後の展望

Skn-1aがTrpm5陽性化学感覚細胞のマスター因子であることが明らかとなり、Trpm5陽性化学感覚細胞の産生メカニズムに関する研究が飛躍的に進展することが期待されます。また、全身でTrpm5陽性化学感覚細胞が消失するSkn-1aノックアウトマウスは、各器官における化学感覚細胞の生理機能の全容を明らかにするための有用なモデル動物になると考えられます(図2)。さらに化学感覚細胞に発現する味覚受容体を同定することによって、細菌・寄生虫感染に対する生体防御反応のメカニズムの解明、そして感染症や喘息などの疾病の治療に向けた創薬研究への発展が見込まれます。

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図2. Trpm5陽性化学感覚細胞が分布する全身の器官と生体防御反応 舌や軟口蓋にある味細胞をはじめとしたTrpm5化学感覚細胞は、体中の各器官に存在する。これまでにTrpm5化学感覚細胞が関与する生体防御反応を図中に記した。「?」マークは機能が未解明の器官である。Skn-1aノックアウトマウスは、化学感覚細胞が関わる生体防御反応の全容解明のためのモデル動物になると考えられる。

図2. Trpm5陽性化学感覚細胞が分布する全身の器官と生体防御反応

舌や軟口蓋にある味細胞をはじめとしたTrpm5化学感覚細胞は、体中の各器官に存在する。これまでにTrpm5化学感覚細胞が関与する生体防御反応を図中に記した。「?」マークは機能が未解明の器官である。Skn-1aノックアウトマウスは、化学感覚細胞が関わる生体防御反応の全容解明のためのモデル動物になると考えられる。

用語説明

[用語1] 化学感覚細胞 : 化学物質(匂い物質、味物質)による刺激を感知する細胞の総称。主に匂いと味の知覚に関与するが、近年、新たな化学感覚細胞が呼吸上皮、気管、消化器官、尿道などで見つかっている。これらの化学感覚細胞は、細菌や寄生虫の感染、炎症を感知し、生体防御反応に寄与すると考えられている。

[用語2] マスター因子 : 個体の発生や細胞産生において、他の一連の遺伝子を連鎖的に駆動させて、特定の形態を形成したり、特定の性質もった細胞群をつくったりするために必須な転写因子。

[用語3] Skn-1a : マウス皮膚上皮に発現するPOU型転写因子として同定された。Skn-1aは味蕾の甘味・苦味・旨味細胞や呼吸上皮の化学感覚細胞の産生に必須な機能であることが報告されている。

[用語4] Trpm5陽性化学感覚細胞 : Trpm5は甘味・苦味・旨味受容細胞において同定された、一価の陽イオンを選択的に透過させるカルシウム依存性のチャネルである。甘味・苦味・旨味情報のシグナル伝達に必須の分子である。Trpm5陽性化学感覚細胞はマウスの様々な器官に局在しており、Trpm5のほかに共通してvillinが発現している。甘味・苦味・うま味を感知する味細胞、呼吸上皮の孤立化学感覚細胞(solitary chemosensory cells)、気管や尿道のブラッシュ細胞(brush cells)、消化器官におけるタフト細胞(tuft cells)などがある。

[用語5] 口腔内の味細胞 : 味の基本五味(うま味、甘味、苦味、塩味、酸味)を感知する細胞群の総称

論文情報

掲載誌 :
PLOS ONE
論文タイトル :
Skn-1a/Pou2f3 functions as a master regulator to generate Trpm5-expressing chemosensory cells in mice
著者 :
Junpei Yamashita, Makoto Ohmoto, Tatsuya Yamaguchi, Ichiro Matsumoto, Junji Hirota
DOI :
10.1371/journal.pone.0189340 Image may be NSFW.
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研究グループメンバー

  • 東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター/生命理工学院 生命理工学系

    廣田順二 准教授

  • 東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

    山下純平 大学院生(日本学術振興会特別研究員)

    山口達也 大学院生

  • モネル化学感覚研究所

    松本一朗 研究員

    應本真 研究員

研究サポート

本成果は主に、文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、山崎香辛料振興財団、米国国立衛生研究所のサポートを受けて行われました。

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生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

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お問い合わせ先

東京工業大学

バイオ研究基盤支援総合センター 生物実験分野

生命理工学院 生命理工学系

廣田順二 准教授

E-mail : jhirota@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5830 / Fax : 045-924-5832

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

辻内順平名誉教授がエメット・N・リースメダルを受賞

東京工業大学 辻内順平名誉教授が、光学分野の世界的権威であるアメリカ光学会(Optical Society of America、以下OSA)のエメット・N・リースメダルを受賞しました。

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OSA会長との記念撮影

OSA会長との記念撮影

辻内名誉教授の行ったコヒーレント光学的方法による画像復元の最初の実験成果を含む、光情報処理、ホログラフィー、光学的測定法の先駆的な研究が評価されたものです。

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ステレオ撮影可能な内視鏡(左)と撮影画像から復元した胃の表層立体図(右)

ステレオ撮影可能な内視鏡(左)と撮影画像から復元した胃の表層立体図(右)

同賞は、ホログラフィーや光情報処理の分野で多くの功績を残されたエメット・ノーマン・リース氏を称えて制定されたもので、世界中の光情報処理分野の研究者の中から毎年1名が選出されます。

過去には光情報処理のバイブルと言われる「フーリエ光学」の執筆者であるジョゼフ・W・グッドマン博士をはじめ、世界トップレベルの研究者が名前を連ねており、今回の辻内名誉教授の受賞は日本人として初めての受賞となります。

9月18日に米国・ワシントンDCにて開催されたOSAの年次大会(Frontier in Optics)の中で授賞式が行われ、辻内名誉教授にメダルが授与されるとともに、記念スピーチを行いました。

辻内名誉教授のコメント

このエメット・ノーマン・リースメダルは、光情報処理、ホログラフィー、光学的測定法の分野の顕著で先駆的な学術的貢献に対して与えられる賞です。これらの分野を専門としていた私を含む私どもの研究室全体の成果が評価され、それを私が代表して頂いたことと理解していますので、研究室全体で喜びたいと思っています。

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授賞式でのスピーチの様子

授賞式でのスピーチの様子

お問い合わせ先

科学技術創成研究院 鈴木裕之

E-mail : hiroyuki@isl.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5183

天体衝突による火星隕石の放出メカニズムを解明 ―心太式加速による惑星間物質輸送―

ポイント

  • 火星隕石は天体衝突によって火星から飛び出し、地球に飛来したと考えられている。
  • 衝撃物理学の知見では、火星からの放出速度(秒速5 km以上)と火星隕石が経験した衝撃圧力(30~50万気圧)を同時に説明できていなかった。
  • 詳細な天体衝突の数値解析により、深部の岩石が、浅部の低衝撃圧力しか受けていない岩石を心太(ところてん)式に押し出すというメカニズムで火星隕石が放出されることを発見。
  • 天体間の物質輸送が従来考えられていたよりも容易に起こることを示唆。

概要

「火星隕石」は火星上の岩石が火星重力圏を飛び出し、地球に飛来し発見された隕石です。火星サイズの惑星から宇宙空間へ物質を射出することは容易ではありません。そこで火星上で起こった天体衝突によって火星の岩石が宇宙空間へ放出され、地球まで飛来したものであろう、と言われてきました。火星隕石は岩石学的な分析によって、 天体衝突時に30~50万気圧程度の衝撃圧を経験したことがわかっています。ところが衝撃物理学の観点からは、 天体衝突時に火星の重力から脱出する(秒速 5 km以上)ために50万気圧以上の強い衝撃波による加速が必要であることが指摘されており、 火星隕石の具体的な放出メカニズムは未解明でした。

千葉工業大学の黒澤耕介研究員、岡本尚也研究員、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の玄田英典特任准教授は異なる2種類の数値衝突計算コードを用い、火星物質が比較的低衝撃圧(30~50万気圧)で火星の脱出速度以上に加速(秒速 5 km)される条件を探りました。研究チームは天体衝突の直下点近傍の物質の流れを、 過去の研究よりも10倍以上高い空間解像度で解析しました。その結果、高衝撃圧を経験した深部の岩石が浅部(表面付近)の低衝撃圧しか受けない岩石を心太式に押し出すことで火星脱出速度以上の速度まで効率よく加速する「後期加速メカニズム」が働く(図1)ことを見出しました。この新発見によって火星隕石における岩石学的分析結果と衝撃物理学の間の矛盾が解消されました。

研究チームによる「後期加速メカニズム」の新発見は、高い衝撃圧を経験していない物質が従来考えられてきたよりも容易に惑星間を移動可能であることを示唆します(図2)。低衝撃圧力下の岩石中では、微生物が生き残る可能性があるため、地球外で発生した生命が地球に飛来した可能性(いわゆる「パンスペルミア仮説」)についても新たな展開をもたらすものであります。

今後は、千葉工業大学惑星探査研究センターに設置されている二段式水素ガス銃を用いた衝突実験を行い、 今回の数値解析で新たに発見された放出メカニズムを実証していく予定です。

研究成果は、欧州科学雑誌「Icarus」の電子版に掲載され、2018年2月1日発行号に掲載されます。

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図1. 数値計算結果。火星地殻に貫入していく衝突天体(赤いハッチ部分)の外周近傍の様子を時系列で示します。水平距離と地表面から測った高さは衝突天体の半径で規格化しています。衝突天体が火星地殻と接触してからの経過時刻を規格化時間t/tsとして図中に示しています。t/ts = 1は衝突天体が火星地殻にすべて埋まる時刻です。同じ軌跡をたどる追跡粒子を赤から紫の6つの点、それらと同じ深さにある地層を同じ色の線で示しています。火星地殻物質がさらされている圧力をカラーバーで示しています。深部の岩石(例:紫の点)が浅部の岩石(例:赤の点)をおよそ10万気圧で押し出している様子がわかります。

図1. 数値計算結果

火星地殻に貫入していく衝突天体(赤いハッチ部分)の外周近傍の様子を時系列で示します。水平距離と地表面から測った高さは衝突天体の半径で規格化しています。衝突天体が火星地殻と接触してからの経過時刻を規格化時間t/tsとして図中に示しています。t/ts = 1は衝突天体が火星地殻にすべて埋まる時刻です。同じ軌跡をたどる追跡粒子を赤から紫の6つの点、それらと同じ深さにある地層を同じ色の線で示しています。火星地殻物質がさらされている圧力をカラーバーで示しています。深部の岩石(例:紫の点)が浅部の岩石(例:赤の点)をおよそ10万気圧で押し出している様子がわかります。

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図2. 火星隕石が地球に到達するまでの概念図。「後期加速」メカニズムにより、 このような物質のやりとりが従来考えられてきたよりも容易に起こることがわかりました。

図2. 火星隕石が地球に到達するまでの概念図
「後期加速」メカニズムにより、 このような物質のやりとりが従来考えられてきたよりも容易に起こることがわかりました。

1980年に南極で発見されたElephant Moraine EETA79001隕石に含まれていた衝撃で一度熔融したガラス状組織に閉じ込められていたガス成分が、バイキング探査機が分析した火星大気成分と一致したことが決め手となり、火星から地球への岩石移動が起こることが示されました。現在では火星隕石の判断基準として地球の岩石とは系統的に異なる特徴的な酸素同位体を持つことも利用されています。2017年9月時点で198個の火星由来の隕石が発見されています。

論文情報

掲載誌 :
Icarus
論文タイトル :
Hydrocode modeling of the spallation process during hypervelocity impacts: Implications for the ejection of Martian meteorites
著者 :
Kosuke Kurosawa, Takaya Okamoto, and Hidenori Genda
DOI :
10.1016/j.icarus.2017.09.015 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

千葉工業大学 惑星探査研究センター

黒澤耕介 研究員

E-mail : kosuke.kurosawa@perc.it-chiba.ac.jp
Tel : 047-478-4386・047-478-0320 / Fax : 047-478-0372

東京工業大学 地球生命研究所

玄田英典 特任准教授

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

アルミニウム「超原子」の液相合成に成功 ―貴金属やレアメタル代替の新たな可能性拓く―

要点

  • ほかの原子に似た性質を示す「超原子(Al13)」を液相で合成
  • Al13がハロゲンのようにアニオン状態をとれることを実証
  • 今後、様々な元素を代替する超原子の利用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の山元公寿教授と神戸徹也助教らは、13個のアルミニウム原子で構成される「超原子[用語1]」(Al13)の溶液中での合成に成功した。デンドリマー[用語2]を鋳型として13原子のアルミニウムを集積させることにより、アルミニウム超原子の液相中での合成を実現した。

この成果は、超原子の大量合成が可能な液相法を用いる新たな手法の有効性を実証したもので、超原子の実用化に向けた大きな進展である。将来的には、貴金属やレアメタルを代替できる超原子の合成への展開が期待できる。

このAl13クラスターは最も有名な超原子の例であり、理論計算や気相での合成は行われていたが、溶液中で扱える液相法による合成はできていなかった。

この成果は12月11日発行の英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版に掲載された。

研究成果

東工大の山元教授らは、デンドリマーとよばれる精密樹状高分子を用いて原子数を規定することにより、アルミニウムからなる超原子(Al13)の溶液中での合成に成功した。このデンドリマーにはアルミニウム塩が配位できるイミン部位[用語3]を配置しており、これが13個のアルミニウム原子の精密な集積を可能にした。この精密集積を利用することでアルミニウム超原子(Al13)の液相合成を達成した(図1)。

アルミニウム超原子(Al13)は他の個数のクラスターとは異なった特異な電子状態を有しており、その高い安定性が予測されていた。今回の研究で合成した超原子(Al13)は実際に酸素に対する高い安定性を示し、その超原子特性を確認した。

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ピリジンコアデンドリマーを鋳型としたアルミニウム塩の精密集積と超原子の合成。マススペクトル[用語4]とXPS[用語5]測定による結合エネルギー[用語6]
図1.
ピリジンコアデンドリマーを鋳型としたアルミニウム塩の精密集積と超原子の合成。マススペクトル[用語4]XPS[用語5]測定による結合エネルギー[用語6]

研究の背景

元素を代替できる次世代の手法として「超原子」が注目されている。この超原子は構成する元素とは異なる別の元素に相当する電子状態を有するクラスターである。この超原子は構成する元素の種類や組成により変化できるため、構造をデザインすることで周期律に従った元素の性質を模倣できる。こうした超原子はレアメタルなどの代替のみならず、これまでの周期表では表せない新元素の特性も発現できる可能性を秘めている。

中でもAl13は最も有名な超原子であり、ハロゲン[用語7]類似の性質が発現されるとされてきた(図2)。しかし、Al13を初めとする「超原子」はこれまで、理論計算や気相での極微量合成が主であった。これらを利用可能な物質として合成することが期待されていたが、これまでは構成する原子数を精密に規定する方法がなく困難とされてきた。今回の研究では、デンドリマーを鋳型として構成原子数を規定することで、アルミニウム13原子からなる超原子の合成に成功した。

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アルミニウム超原子(Al13)の電子状態は2P軌道に5つの電子を有しており、この電子状態がハロゲンの電子状態と同様になる。このことからAl13はハロゲンの超原子とされる
図2.
アルミニウム超原子(Al13)の電子状態は2P軌道に5つの電子を有しており、この電子状態がハロゲンの電子状態と同様になる。このことからAl13はハロゲンの超原子とされる

今後の展開

今回の成果はこれまで気相中でしか得ることのできなかった超原子が、液相で大量に合成できることを示したことである。この超原子の液相構築は今後の新たな超原子を合成するうえで重要な成果であり、様々な超原子の液相による大量の合成に利用できる。特に、機能発現が予測されている超原子に展開することで、希土類や貴金属など希少元素の代替が期待できる。

用語説明

[用語1] 超原子 : 原子軌道と類似した電子軌道を持つクラスター。この超原子特性の発現にはクラスターの高い対称性が必要。ハロゲンの電子配置を有するAl13は正二十面体構造をとる最も有名な超原子である。

[用語2] デンドリマー : 規則的に分岐した樹状構造の高分子。コア (core) と呼ばれる中心分子と、デンドロン (dendron) と呼ばれる側鎖部分から構成され、分子量分布の無い単一分子量という特徴がある。本研究では側鎖部位に金属を集積できるように工夫しており、13個のアルミニウム原子をデンドリマー内部に集めることができた。また、デンドロンは内部のアルミニウムクラスターの外部環境からの保護に役立っている。

[用語3] イミン部位 : 炭素と窒素の二重結合からなる化学結合部位。窒素上の電子が塩基として働き、金属イオンと結合することが出来る。

[用語4] マススペクトル : 分子や原子をイオン化し、その質量を分析したグラフ。質量分析器または質量分析計を用いて測定され、目的物の同定に利用される。

[用語5] XPS : X線光電子分光法。X線を照射した試料表面から放出される光電子のエネルギーを計測することで、物質の結合状態や電子状態を分析する手法。

[用語6] 結合エネルギー : ここでは、電子が物質に束縛されているエネルギーを意味する。この結合エネルギーを見ることで電子の状態についての情報が得られる。

[用語7] ハロゲン : 周期表の第17族に属する元素。1電子還元されたアニオンになると安定な希ガスの電子配置となる。フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)などが知られている。

本研究は日本学術振興会(JSPS)、科学技術振興機構(JST-ERATO)、すずかけ台分析部門、東京大学微細構造解析プラットフォームおよびダイナミックアライアンスの支援を受けて行なわれました。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文タイトル :
Solution-phase synthesis of Al13 using a dendrimer template
(和訳:デンドリマーを用いたAl13 の液相合成)
著者 :
T. Kambe, N. Haruta, T. Imaoka, K. Yamamoto
DOI :
10.1038/s41467-017-02250-4 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 教授

山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

12月13日14:00 本文中に誤りがあったため、修正しました。

TSUBAME e-Science Journal Vol.16 を発行

学術国際情報センターが、TSUBAME e-Science Journal Vol.16を発行しました。

TSUBAME e-Science は、東工大のスーパーコンピュータTSUBAMEを利用した研究成果を発表する広報紙です。

Vol.16には、今年8月に運用を開始したTSUBAME3.0の概要のほか、TSUBAMEを利用した2つの研究事例の記事が掲載されています。

  • HPCとビッグデータ・AIを融合する グリーン・クラウドスパコンTSUBAME3.0 の概要
  • ChainerMN:スケーラブルな分散深層学習フレームワーク
  • 創薬研究の基盤になる化学構造創出技術と効率的GPUコンピューティングとの連携

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TSUBAME e-Science Journal Vol.16

TSUBAME e-Science Journal Vol.16

お問い合わせ先

学術国際情報センター TSUBAME ESJ 編集室

Email:tsubame_j@sim.gsic.titech.ac.jp

Tel:03-5734-2085

新しいメカニズムで発現する強誘電体を開発 ―磁性も備え、室温動作マルチフェロイックス新展開へ―

要点

  • 室温で強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイックスの設計指針確立
  • 鉄系酸化物強誘電体設計の新機軸を提示
  • 適切な元素置換で絶縁性を向上させる方法を開発

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の伊藤満教授と片山司研究員、安井伸太郎助教らは、東北大学 金属材料研究所の木口賢紀准教授らと共同で、新しい物質群κアルミナ型酸化物[用語1]に属する「ガリウム鉄酸化物(GaFeO3)」を元素置換し、室温での強誘電性[用語2]を得ることに成功した。同時に、室温で大きな磁化を有することも分かった。

イオンの大きさ、化学結合、結晶化学的位置と安定性に着目して発見した。現在、世界中で室温動作のマルチフェロイックス[用語3]の開発競争が繰り広げられている。今後、今回と類似の構造を有する新物質の探索に拍車がかかると期待される。

また、この物質群における室温での強誘電性を確認したことは、同型構造を有するアルミニウムや鉄酸化物における強誘電性の開発が加速され、新しいメカニズムで発現する強誘電体の開発に繋がる可能性がある。

研究成果は材料の国際誌「Advanced Functional Materials(アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ)」と「Journal of Materials Chemistry C(ジャーナル・マテリアルズ・ケミストリー C)」の電子版にそれぞれ11月16日および11月27日に掲載された。

研究成果

酸化物の主要な構造であるスピネル型とコランダム型[用語4]は酸化物イオンの最密充填構造から成り立っており、その積層順序は異なっている。κアルミナ型構造はスピネル型構造とコランダム型構造が交互に積み重なった折衷構造と考えることができる。このκアルミナ型構造の安定性に着目し、まず、この構造がどのようなイオンの組み合わせで出現するかを調べた(図1)。

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AFeO3で出現する相。一番下は安定相。中間と上は準安定相であり、超高圧合成を含む。赤で記したのは強誘電相であり、4種類が認識される。
図1.
AFeO3で出現する相。一番下は安定相。中間と上は準安定相であり、超高圧合成を含む。赤で記したのは強誘電相であり、4種類が認識される。

図1の一番下の列が安定相であり、通常の高温での化学反応で取り出せる物質。横軸はA3+イオンの半径を示しており、右の方では磁性体で有名なオルソフェライトと呼ばれるペロブスカイト型構造が安定である。これよりも左側では安定相としてGAFeO3(κアルミナ型構造:κ)とFe2O3(コランダム型構造:Cor.)しか存在しない。しかし、上の列に示すように、準安定相まで含めると、数多くの相が出現し、実際に取り出して構造や性質を調べることができる。準安定相の多くは高圧法や溶液法で取り出すことができる。

図1中、赤で記した化合物は強誘電体であり、κアルミナ型構造、YMnO3(YMO)型構造、LiNbO3(LN)型をもつ化合物、およびペロブスカイト型構造(Pv)をもつBiFeO3の4つである。伊藤教授らは試料作製法として、単結晶膜を取り出すことができ、構造も調べやすい薄膜法を用いた。この構造の存在領域はA=アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、鉄(Fe)だが部分的に置換できる元素で最大の大きさをもつのはインジウム(In)である。まず、安定相であるGAFeO3を出発点に実験を開始した。

κアルミナ型構造では強誘電性の起源である電気分極はおもにスピネル構造面に存在する四面体に起因する。唯一の安定相である複酸化物GAFeO3を出発物質とし、GaとFeの比率を変化させることでフェリ磁性[用語5]になる温度を230℃から室温以下に変化させ、同時に絶縁性の変化と強誘電性を調べることで、室温で強誘電性を示しかつフェリ磁性を示す組成を見出した。

κアルミナ型結晶構造では独立な陽イオン位置は4つあり(図2(a))、これらの4つの位置のどこにイオンが入るかで磁性は変化する。また同時に電気の流れやすさも変化する。図2(b)(c)は作製した薄膜の断面STEM(走査透過電子顕微鏡)像である。10 nmサイズのドメインが形成しており、各ドメインの中で原子配列は図2(a)の結晶構造モデルと一致することがわかる。

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κアルミナ型構造(a)と同構造を持つGa0.8Fe1.2O3の走査型電子顕微鏡像(b、c)。(c)での明るい点が陽イオンを示し、(a)に示す結晶構造に一致している事が分かる。
図2.
κアルミナ型構造(a)と同構造を持つGa0.8Fe1.2O3の走査型電子顕微鏡像(b、c)。(c)での明るい点が陽イオンを示し、(a)に示す結晶構造に一致している事が分かる。

図3はピエゾレスポンスフォース顕微鏡(PFM)[用語6]と強誘電測定装置を用いて測定した各種組成を持つ試料の電気応答を示している。これらの結果は、GAFeO3系の各種組成の試料が強誘電体であることを示している。

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GaxFe2-xO3薄膜の強誘電性。(a)はピエゾフォース応答顕微鏡の信号。(b)(c)はそれぞれ分極反転に必要な電界の膜厚と組成依存性。(d)は分極P(実線)と反転電流(I)の電場依存性。 (e)(f)はPUNDと呼ばれる測定による電気信号。いずれのデータも強誘電性を確認できる。
図3.
GaxFe2-xO3薄膜の強誘電性。(a)はピエゾフォース応答顕微鏡の信号。(b)(c)はそれぞれ分極反転に必要な電界の膜厚と組成依存性。(d)は分極P(実線)と反転電流(I)の電場依存性。 (e)(f)はPUNDと呼ばれる測定による電気信号。いずれのデータも強誘電性を確認できる。
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GaxFe2-xO3薄膜の磁化測定の結果。(a)~(d)は室温における面内と面直方向の磁化。(e)は磁化の温度依存性、(f)は5 Kにおけるx=0.8と1.0の試料の面内磁化を示す。
図4.
GaxFe2-xO3薄膜の磁化測定の結果。(a)~(d)は室温における面内と面直方向の磁化。(e)は磁化の温度依存性、(f)は5 Kにおけるx=0.8と1.0の試料の面内磁化を示す。

図4は各組成の磁化を比較したもの。Ga量増加とともにフェリ磁性転移点が低下し、磁気的性質も変化することがわかる。なお、X線磁気円二色性(XMCD)[用語7]X線吸収分光法(XAS)[用語8]の測定から、試料中で鉄は3価の状態をとりかつ図1(a)4つの位置のうち特定の位置を占有することを確かめた。

今回の研究がκアルミナ型構造をもつ酸化物の磁性体、強誘電体としての応用の可能性を指摘するとともに、図1に示した組成が異なる化合物も室温で強誘電性を示す化合物としては有力であり、伊藤教授らは既にガリウムを含まない2元化合物κアルミナ型酸化第二鉄(εFe2O3)でフェリ磁性と強誘電性を室温で確認している。

また、アルミニウム、鉄、酸素のみからなるκアルミナ型構造でも強誘電性を確認していることから、元素戦略上、κアルミナ型構造は強誘電体あるいはマルチフェロイックとして基礎的にも応用的観点からも重要である。さらに、特定の位置の元素を狙い、置換することにより絶縁性を向上させ、室温において大きな磁化を有したまま強誘電性を示す元素置換の方法も確立したため、今後、基礎研究ならびに実用化研究で多くの研究者が参入すると考えられる。

背景

75年前に発見されたチタン酸バリウム強誘電体はその後、同一構造であるペロブスカイト型酸化物のうちチタン酸鉛、チタン酸ジルコニウム、あるいは鉄酸ビスマスを中心にキャパシタあるいは圧電体として応用されており、新規物質は見つかりにくい状況にあった。物質が限られているため、基礎研究の幅も狭く、強誘電性の起源が何であるかもわからない状況が続いた。

伊藤教授らの研究グループは、量子常誘電体(La,Na)TiO3(1992年発表)およびその関連物質、量子常誘電体SrTiO3の酸素同位体置換による強誘電化(1999年発表)、ニオブ酸銀における強誘電性(2007年発表)、リラクサー強誘電体の強誘電性発現機構(2009年発表)、非ペロブスカイト型4配位シリケート化合物Bi2SiO4の強誘電性とメカニズム(2013年発表)、強誘電量子臨界性(2014年発表)など、強誘電体分野におけるマイルストーン的研究結果を発表してきた。

今回は、非ペロブスカイト型酸化物強誘電体探索・非6配位系強誘電性酸化物探索を旗印に、多くの化合物の強誘電性に着目して研究を進めた結果、既往の強誘電体とは異なるκアルミナ型構造の強誘電性発現メカニズムに焦点を絞り、まず、室温で強誘電性を示す新物質にターゲットを絞って合成を進めた結果、今回の結果に至った。

今後の展開

将来の研究は図2に示したナノドメインの示す特性の解明、単ドメイン化したκアルミナ型構造薄膜の物性、特に強誘電性に興味が集まっている。「驚異のチタバリ」と揶揄(やゆ)されるほど強誘電体研究は実用上および基礎研究上、「既知化合物」であるペロブスカイト型酸化物に集中している。物質科学の発展にはその分野での新物質の発見が不可欠であり、異分野の研究者の参入によるインパクトのある新物質発見なくして分野の興隆はあり得ない。

今回の研究は最初から計算科学分野の共同研究者を巻き込み、議論の結果、計算結果を再現するために物質合成をおこなうという通常とは逆の過程で研究が進行している。新規強誘電体開発のみならず物質研究の新しい潮流を作り出す重要な研究結果であると考えられる。

今回の研究成果は以下の事業・研究開発課題によって得られた。

  • 文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金

また、本研究の一部は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(東北大学微細構造解析プラットフォーム)の支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] κアルミナ型酸化物 : スピネル型構造とコランダム型構造が交互に積層した酸化物の構造。

[用語2] 強誘電体 : 結晶を構成する正負のイオンが相対変位を起こして中心対称性を失っているため自発誘電分極が発生している極性物質の総称。圧電効果も示す。結晶学的には、32点群のうち、極性を有するのは10個である。通常の強誘電体では、自発分極が外部電場により反転可能であり、分極-電場の関係でヒステリシスカーブを示す物質が多い。物理的には、極性物質=強誘電体であり、外部電場による分極反転の有無の確認は実験的に制限されることが多い。

[用語3] マルチフェロイックス : 外場のない場合でも、自発的に強磁性、フェリ磁性(自発磁化を有する)、反強誘電性、強誘電性(自発分極を有する)、強弾性(自発歪みを有する)などの性質を1つ有する物質をフェロイック物質と呼び。マルチフェロイック物質は、これらの性質を複数持ち合わせた物質の総称である。

[用語4] スピネル型とコランダム型 : 天然鉱物のMgAl2O4はスピネルと呼ばれ、スピネル型酸化物では最密充填構造を持つ酸素面がABCABC……の順番に配列し、酸化物イオンで形成される4面体と8面体位置を陽イオンが規則的に占有する。磁性材料である磁鉄鉱(Fe3O4)やマグヘマイト(γFe2O3)はこの構造をもつ。一方、コランダム構造を有する酸化物では、最密充填構造を持つ酸素面がABAB……の順番に配列し、酸素で形成される8面体位置を3価イオンが占有する。鋼玉(Al2O3)はこの構造をとり、少量の不純物イオンが固溶して赤やそれ以外の色に発色したものはルビーあるいはサファイアと呼ばれる。

[用語5] フェリ磁性 : 結晶中の2組の格子上にある磁性イオンの磁気モーメントが互いに反対方向を向き、それらの磁気モーメントの数や大きさが異なるため自発磁化をもつ性質。

[用語6] ピエゾレスポンスフォース顕微鏡 : 強誘電体に圧力を加えると電荷を生じる。また、強誘電体に電圧をかけるとその分極状態に応じて伸び縮み(歪み)を生じる。試料と探針間へ印加する交流電圧に対して、サンプル歪みの伸縮の関係が同相になっているか、逆相になっているかで、試料の分極状態を測定できる。

[用語7] X線磁気円二色性 : 磁性体にX線を照射したとき、その吸収強度が磁化に対する左と右円偏光により異なる性質をX線磁気円二色性という。本法は物質中の原子の磁気状態を知る測定法である。

[用語8] X線吸収分光法 : 線吸収スペクトルは原理や解析法、得られる情報の違いによって広域X線吸収微細構造、X線吸収端近傍構造の2つに分けられる。広域X線吸収微細構造領域からは着目した原子まわりの局所構造(配位数・原子間距離・温度因子)に関する情報、X線吸収端近傍構造領域は着目原子周りの化学状態(原子価・電子状態)に関する情報を得ることができる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Functional Materials、2017年
論文タイトル :
Ferroelectric and Magnetic Properties in Room-temperature Multiferroic GaxFe2-xO3 Epitaxial Thin Films
著者 :
Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takahisa Shiraishi, Akihiro Akama, Takenori Kiguchi, Mitsuru Itoh
DOI :
10.1002/adfm.201704789 Image may be NSFW.
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掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry C、2017年
論文タイトル :
Chemical Tuning of Room-temperature Ferrimagnetism and Ferroelectricity in ε-Fe2O3-type Multiferroic Oxide Thin Films
著者 :
Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takuya Osakabe, Mitsuru Itoh
DOI :
10.1039/C7TC04363E Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所

教授 伊藤満

E-mail : itoh.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5354 / Fax : 045-924-5354

東北大学 金属材料研究所

准教授 木口賢紀

E-mail : tkiguchi@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2128

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

E-mail : pro-adm@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2144

シリコン量子ドット構造で超高精度量子ビットを実現

シリコン量子ドット構造で超高精度量子ビットを実現
―産業集積化に適したシリコン量子コンピューター開発を加速―

要点

  • 固体中で、電子スピンの量子演算速度と情報保持時間を高水準で両立する手法を実証。
  • 集積化可能な量子ビットとして最高水準の量子演算精度をシリコン素子で実現。
  • 今後シリコン中の電子スピンを用いた量子コンピューター開発の加速が見込まれる。

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、樽茶清悟 理化学研究所 グループディレクター/東京大学 大学院工学系研究科 教授、米田淳 理化学研究所 基礎科学特別研究員らの研究グループは、シリコン量子ドット[用語1]において世界最高水準の演算精度をもつ電子スピン[用語2]量子ビット[用語3]素子を開発しました。

量子コンピューターは次世代コンピューターの候補として注目され、その情報を担う量子ビットの開発競争が、超伝導素子を筆頭にさまざまなシステムにおいて世界的に激化しています。半導体素子を用いた量子ビットの実装は、産業応用の観点から重要である一方で、量子演算速度と情報保持時間[用語4]の両立が難しく、高性能化が大きな課題となっていました。

本研究グループは、慶應義塾大学の伊藤公平教授と名古屋大学の宇佐美徳隆教授らが新たに開発した、磁気的雑音の極めて少ない同位体制御シリコン[用語5]基板を用いて量子ドット素子を作製しました。これと特殊な形状の微小磁石を用いた高速スピン操作を組み合わせ、従来の量子ビットに比べて約100倍の演算速度と約10倍の情報保持時間を同時に達成し、量子演算の誤り率の最高値を従来値より約1桁減少させることに成功しました。半導体同位体技術を適用したことで、この素子における電子スピンの量子情報喪失は、通常の磁気的雑音ではなく、電荷雑音が支配していることを初めて明らかにしました。

本研究成果は、産業集積化に適したシリコン・ナノ構造における超高性能の電子スピン量子ビットの実装方法を確立するもので、今後これを用いたシリコン量子コンピューター開発の加速が見込まれます。

本研究は、東京工業大学の小寺哲夫准教授、慶應義塾大学の伊藤公平教授、名古屋大学の宇佐美徳隆教授らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2017年12月18日(英国時間)に国際科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」
(研究総括:荒川泰彦 東京大学 教授)
研究課題名:
「スピン量子計算の基盤技術開発」
研究代表者:
樽茶清悟 理化学研究所 グループディレクター/東京大学 教授
研究期間:
平成28年10月~平成34年3月

研究の背景と経緯

新しい動作原理に基づき超並列計算を行う次世代コンピューターとして、近年量子コンピューターが注目され、世界的に開発競争が激化してきています。量子コンピューターの最小単位を量子ビットと呼び、これに量子力学的な状態を用いて情報を符号化することで情報処理を行います。高性能な量子ビットの実装に適したシステムとして、超伝導回路や光子、原子、イオンなどを用いた研究が進められていますが、なかでも量子ドット中の電子スピンは集積化の観点で産業応用上とくに着目されています。量子コンピューターの実用化には量子ビットを大量に並べる必要がありますが、シリコンを用いることで現行の集積エレクトロニクス技術の応用が見込めるためです。

量子コンピューターの計算能力は量子ビットの演算精度に影響を受けるため、実用的な量子ビット演算では誤り率が1%よりもはるかに低いことが必要と考えられています。このため、トレードオフの関係にある量子ビット演算速度と情報保持時間の両方が、高い水準で要求されます。従来これらの水準を独立に達成する手法は知られていましたが、同一試料で両立した例はなく、量子ドット中の電子スピン量子ビットの実用化に向けた重要な課題となっていました。

研究の内容

本研究グループは、歪みシリコン基板中に量子ドット(図1)を形成し、閉じ込められた単一の電子スピンを量子ビットとして用いました。量子ドット直上に微小磁石を配置することで、電子スピンに対して不均一磁場を印加しました。素子にマイクロ波電気信号を印加して、不均一磁場中で電子の位置をナノメートル(ミクロンの千分の一)程度変調することで、量子ビット演算に特徴的なラビ振動(図2)を観測しました。これにより、通常の磁気的操作に比べて約100倍高速な単一電子スピン演算が実現されていることを確認しました。

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量子ドット素子(概念図)

図1.量子ドット素子(概念図)


歪シリコン中の2次元電子ガスに、金属電極に電圧を印加することで、単一の電子を数十ナノメートルの領域に閉じ込めている。制御電圧信号を電極に加えることで、電子スピンを操作する。

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単一電子スピンのラビ振動

図2.単一電子スピンのラビ振動


上向きスピン確率を操作時間に対してプロットしたもの。電子スピンを下向きに初期化した後に、スピン反転操作を行うと、操作時間に応じてスピンが下向きと上向きの間を行き来する。この振動をラビ振動と呼び、その周期から量子演算に必要な時間が分かる。

さらに量子ドットの周りの材料から、(通常のシリコンで主な雑音源となる)核スピンを有する同位体を取り除きました。これにより、高速演算が可能な素子であるにもかかわらず、通常に比べて1桁程度長い20マイクロ秒の量子情報保持時間を観測しました。通常に比べて約100倍の演算速度と約10倍の情報保持時間を同時に達成したことで、従来の量子演算の誤り率の最高値を約1桁低減したことを、量子演算の正確性の検証(図3)により明らかにしました。

このとき量子ビットの量子情報を喪失させる雑音源について調べたところ、核スピンに代表される磁気的雑音ではなく、1/fのスペクトルをもつ電荷雑音であることを明らかにしました。高速スピン操作により電荷雑音の影響を部分的に相殺することで、3ミリ秒までの量子メモリー時間を実現しました。

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量子演算の正確性の検証

図3.量子演算の正確性の検証


ある集合からランダムに選んだ量子演算を繰り返した後に、演算に誤りがないと仮定した理想的な場合とスピン状態を比較することで、演算の誤り確率を検証した結果。点線で示した従来の量子ビットに比べて減衰が遅く、誤り確率が低くなっていることが分かる。

今後の展開

本研究成果は、産業集積化に適していると考えられるシリコン・量子ドット構造において、超高精度の電子スピン量子ビットの実装方法を確立するものです。これにより量子ドットにおいて初めて、超伝導量子ビットと同程度の単一量子演算が可能となりました。演算精度の向上に伴い、電子スピン量子ビットに対して電荷雑音による擾乱(じょうらん)が無視できないことが明らかとなり、今後これを踏まえたシリコン量子コンピューター開発の加速が見込まれます。

用語説明

[用語1] 量子ドット : 電子が3次元すべての方向に対して閉じ込められた構造のことで、ナノ加工された半導体などにおいて実現されます。人工原子、量子箱、あるいは量子点とも呼ばれます。

[用語2] 電子スピン : 電子は通常のエレクトロニクスに用いられる電荷に加えて、その自転に相当するスピンという内部自由度を持ちます。その自転方向(右回りか左回りか)に応じて、電子スピンは上向きあるいは下向きと呼ばれます。

[用語3] 量子ビット : 従来のコンピューターに用いられるビットは「0か1か」のどちらかの状態をとるのに対して、量子ビットはそれらの量子力学的重ね合わせ状態をとり、「0であり1でもある」状態となります。この性質をうまく利用することで、量子コンピューターは高い処理能力が生み出されます。しかし一方で、外界の雑音による擾乱(じょうらん)を受けやすく、情報保持時間が限られるといった問題があります。

[用語4] 情報保持時間 : 量子力学的な重ね合わせ状態を用いて符号される量子ビットの情報は、外界の雑音の影響を受けることで、時間の経過とともに失われていきます。情報保持時間は量子ビットが情報を保持していると考えられる典型的な時間を指していて、コヒーレンス時間と呼ばれます。

[用語5] 同位体制御シリコン : 自然界に存在するシリコンは、3種類の同位体(28SI、29SI、30SI)からなっており、質量数のほかに原子核の有するスピンが異なります。このうち原子核にスピンがない同位体のひとつ(28SI)を分離して用いることによって、電子スピン量子ビットに理想的な磁気的雑音の少ない環境が実現します。

論文情報

掲載誌 :
Nature Nanotechnology
論文タイトル :
A quantum-dot spin qubit with coherence limited by charge noise and fidelity higher than 99.9%
DOI :
10.1038/s41565-017-0014-x Image may be NSFW.
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工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

樽茶清悟(タルチャ セイゴ)

理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター

E-mail : tarucha@riken.jp
Tel : 048-467-9622 / Fax : 048-462-4672

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授

E-mail : arucha@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-6835 / Fax : 03-5841-6835

報道担当

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室

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プラスチックに数層の分子配向膜を形成する手法の開発とその応用に成功

プラスチックに数層の分子配向膜を形成する手法の開発とその応用に成功
―基板を選ばず分子配向膜を形成できるため、フレキシブルエレクトロニクスへの応用に期待―

発表のポイント

  • 従来の技術では困難であったプラスチックなどのさまざまな基板の上に数層の分子配向膜を実現し、分子配向膜を形成することで、基板の表面エネルギー制御に成功しました。
  • 分子配向膜を有機トランジスタの絶縁膜上に形成することで、有機トランジスタ、集積回路の駆動電圧の低減をはじめとした高性能化を実現しました。
  • 分子の末端基を設計することで、プラスチック表面にさまざまな機能を付加できるようになり、高性能・高機能なフレキシブルエレクトロニクスの実現が期待されます。

発表概要

JST戦略的創造研究推進事業の一環として、東京大学の横田知之講師、染谷隆夫教授、東京工業大学の福島孝典教授、梶谷孝特任准教授、大阪大学の関谷毅教授らのグループは、プラスチック基板上に自己組織化単分子膜のような数層からなる分子配向膜の形成手法を開発し、有機集積回路への応用に成功しました。

フレキシブルエレクトロニクスは、次世代のエレクトロニクスとして非常に注目を集めています。しかしながら、プラスチック基板上には金属や酸化物のように、薄い均一な分子配向膜(微細な溝のある板)を形成する技術がないために、エレクトロニクスの高性能化・高機能化が難しいという問題点がありました。本研究グループは、二次元に配向する3枚羽プロペラ状の分子であるトリプチセンを用いることで、プラスチック基板上に数層の分子配向膜を形成することに成功しました。さらに、この技術を有機集積回路に用いると、デバイスの電気特性が向上しました。今後、トリプチセンの分子設計を行うことで、新規分子デバイス創出など多様な応用展開が期待されます。

本研究成果は、2017年12月18日(イギリス時間)に「Nature Nanotechnology」誌のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト :
「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
研究総括 :
染谷隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 :
2011年8月~2017年3月

上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。

発表内容

フレキシブルエレクトロニクスは、従来のエレクトロニクスにはない柔軟性や軽さを活かして、曲がるディスプレイ、大面積センサなどへの応用が盛んに研究されています。研究グループはこれまで、アルミ酸化膜と自己組織化単分子膜(SAM)[用語1]を用いることで、低電圧駆動可能な有機トランジスタや集積回路などを開発してきました。しかし、アルミ酸化膜はプラスチックなどのポリマー材料と比べて硬いという問題点があり、フレキシブルエレクトロニクスの長所を活かしきれていませんでした。

有機トランジスタは、電極、ゲート絶縁層、有機半導体層などからなる多層構造から構成されます(図1)。デバイスの性能は、有機半導体層の性能に大きく依存するため、ゲート絶縁膜上に有機半導体分子をどのように成膜させるかが重要になります。ゲート絶縁膜として金属酸化物を用いた既存のデバイスでは、金属酸化物表面をSAMで修飾すると、修飾しない場合と比べてデバイス性能が向上することが知られていました。これは、SAMによって金属表面の性質が改質されるため、表面上で結晶性の高い有機半導体層が形成されやすくなるためです。しかし、ポリマー薄膜をゲート絶縁層に用いた場合では、SAMを利用することができません。なぜならポリマー薄膜は、金属酸化物がもつような、SAMと結合する足場がないからです。このため、ポリマー絶縁膜を用いたフレキシブルデバイスの性能を向上させることは困難でした。

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トリプチセン分子を用いた有機トランジスタの絶縁膜表面の修飾

図1.トリプチセン分子を用いた有機トランジスタの絶縁膜表面の修飾


絶縁膜表面をトリプチセン分子で修飾することにより、有機トランジスタの移動度が大幅に向上した。

研究グループは、この課題を解決するために、独自に開発した「三脚型トリプチセン[用語2、文献1]」をポリマー表面の修飾に利用しました。この三脚型トリプチセンは、3枚のベンゼン環が120度の角度で配列したトリプチセンと呼ばれるプロペラ型分子の骨格上に、位置を制御してSAM分子と類似のアルキル鎖が複数導入されています(図2)。三脚型トリプチセンは、自己集合によって、プロペラ部位が入れ子状に密に詰まった二次元シート構造を形成する能力があります。そのため、SAMの場合とは大きく異なり、三脚型トリプチセンと基板表面との間に結合がなくても、ポリマーを含む多種多様な基板上で、構造規則性と配向性の高い薄膜を形成することができます。

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基板上への分子配向膜の形成手法

図2.基板上への分子配向膜の形成手法


(左)従来の自己組織化単分子膜を用いた手法。金属や酸化膜上に自己組織化的に単分子膜を形成する。
(右)本研究で開発したトリプチセン分子を用いた手法。金属や酸化物以外のポリマー上などにも数層からなる分子配向膜を形成できる。

この分子配向膜を形成したさまざまな基板の表面物性を理研ビームライン「BL45XU」を用いて評価したところ、ポリマー基板、酸化物基板などの種類に依らずに同等の表面エネルギー[用語3]を示すことが分かりました。一方で、分子配向膜を形成しない基板では表面エネルギーが異なっており、今回の分子配向膜が基板に依らずに表面エネルギーを一定にできることが分かりました。さらに、この分子配向膜上に有機半導体であるジナフトチエノチオフェン(DNTT)[用語4]を成膜したところ、分子配向膜がない状態と比較して結晶性が向上していることが分かりました。

この技術を有機トランジスタと集積回路に応用したところ、電気特性が劇的に向上することが分かりました。特に、絶縁膜に30 nmのパリレンと呼ばれるポリマーと5 nmのトリプチセン分子配向膜を用いた場合には、1 V以下の低電圧で駆動する有機回路を実現することに成功しました。作製した有機発振回路[用語5]の発振速度は、従来のアルミ酸化膜と自己組織化単分子膜を用いた発振回路と比較して、4倍以上速い発振速度を示しました。

本研究成果により、さまざまな基板の上にわずか数層の分子配向膜を形成する技術と、フレキシブルエレクトロニクスへの応用を実現しました。今回用いたトリプチセン分子の末端基はさまざまな官能基に変更することができます。そのため、トリプチセンの分子設計を適切に行うことで、ポリマー基板に機能性を付加することができ、さまざまな高機能、高特性のフレキシブルエレクトロニクスが実現できると期待されます。

本研究成果は、東京大学 大学院工学系研究科、科学技術振興機構、東京工業大学、大阪大学 産業科学研究所、理化学研究所、ヨハネスケプラー大学の共同研究によるものです。

用語説明

[用語1] 自己組織化単分子膜(SAM) :金属や金属酸化物に結合できる官能基(トリアルコキシシラン、チオール、ホスホン酸など)をもつ有機分子で、金属や金属酸化物の表面を修飾することにより得られる高い規則構造を有する単分子薄膜。Self-Assembled Monolayerの頭文字をとり、SAMと呼ばれ、SAM形成に用いられる有機分子はSAM分子と呼ばれる。

[用語2] トリプチセン : 3枚のベンゼン環が120度の角度で連結された剛直なプロペラ状分子

文献1 : Rational synthesis of organic thin films with exceptional long-range structural integrity
N. Seiki, Y. Shoji, T. Kajitani, F. Ishiwari, A. Kosaka, T. Hikima, M. Takata, T. Someya, T. Fukushima, Science 2015, 348, 1122–1126

[用語3] 表面エネルギー : 固体表面への液体の濡れ性(親和性)などを評価する指標

[用語4] ジナフトチエノチオフェン(DNTT) : 大気下安定で高い移動度を示す高性能有機半導体材料

[用語5] 有機発振回路 : 電圧を加えることで発振する有機トランジスタを用いた回路

論文情報

掲載誌 :
Nature Nanotechnology(12月18日、オンライン版)
論文タイトル :
A Few-Layer Molecular Film on Polymer Substrates to Enhance the Performance of Organic Devices
著者 :
Tomoyuki Yokota, Takashi Kajitani, Ren Shidachi, Takeyoshi Tokuhara, Martin Kaltenbrunner, Yoshiaki Shoji, Fumitaka Ishiwari, Tsuyoshi Sekitani, Takanori Fukushima, Takao Someya
DOI :
10.1038/s41565-017-0018-6 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

研究に関すること

東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻

教授 染谷隆夫

E-mail : someya@ee.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-0411 / Fax : 03-5841-6709

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所

教授 福島孝典

E-mail : fukushima@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5221 / Fax : 045-924-5976

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

古川雅士

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科学技術振興機構 広報課

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理化学研究所 広報室 報道担当

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大阪大学 産業科学研究所 広報室

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Tel : 06-6879-8524 / Fax : 06-6879-8524

TBSテレビ「未来の起源」に田原麻梨江研究室の学生が出演

本学 科学技術創成研究院 田原麻梨江研究室の藤井健人さん(工学部 電気電子工学科 学士課程4年)が、TBS「未来の起源」に出演します。「音を利用した柔らかい触覚センサー」の研究について紹介されます。

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藤井健人さん

藤井健人さん

藤井健人さんのコメント

身近な「音」を利用した、生活に直結する研究をしたい。その強い思いで選んだ田原研究室での研究を、今回TBSが取り上げて下さいました。先輩方が積み上げてきた成果や実験物を元にして、最大限魅力を伝えたつもりです。番組を見て、少しでも多くの方が「音を用いた柔らかいセンサー」に興味を持っていただけたら幸いです。

  • 番組名
    「未来の起源」
  • 放送日
    TBS: 2017年12月24日(日) 23:19 - 23:25
    (再放送)BS-TBS: 2017年12月31日(日) 20:54 - 21:00

問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

遷移金属ダイカルコゲナイドで一般原理を発見 ―トポロジカル電子状態の設計・制御に新たな道―

要旨

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発計算物理研究ユニットのバハラミー・モハマド・サイード ユニットリーダー(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師)、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授、英国セント・アンドルーズ大学のフィリップ・キング准教授らの国際共同研究グループは、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)[用語1]において、物質表面にスピンの向きがそろったトポロジカルな電子状態[用語2]や、物質内部全体にグラフェンと同様な質量ゼロのディラック電子状態[用語3]が発現する際の一般的な原理を発見しました。

電子状態を決める波動関数[用語4]にトポロジー(位相幾何学)を当てはめることで、「トポロジカル絶縁体」などが理論的に提唱され、実験による検証が進んできました。一方、これまでは個々の物質について、構成するさまざまな元素間や電子軌道間における運動量とエネルギーの関係を解析することで、トポロジカルな電子状態が出現する原因が理解されていました。しかし、戦略的にトポロジカル物質を創製するための一般化された方法論や明確な指針はありませんでした。

今回、国際共同研究グループは、経験や実験データを必要としない第一原理計算[用語5]で求めたTMDの電子状態をもとに一般原理を理論的に構築し、スピン状態までの詳しい電子構造を直接観察できる角度分解光電子分光法[用語6]によって実験的な検証を行いました。その結果、六つの異なる組成をもつTMDについて、トポロジカル表面電子状態や3次元ディラック電子状態が存在していることを実証しました。これは提唱した一般原理による理論予測が正しいことを示しています。

本成果は、2016年のノーベル物理学賞で活気づいているトポロジカル電子物質の研究分野に普遍的な基礎学理を与えるとともに、トポロジカル電子状態の制御や物質設計への重要で新たな指針になると期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Materials』(11月27日付:日本時間11月28日)に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表:川﨑雅司)」および「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表:笹川崇男)」の一環として行われました。

共同研究グループ

  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発計算物理研究ユニット

    ユニットリーダー バハラミー・モハマド・サイード(Bahramy Mohammad Saeed)

    (東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師)

  • 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

    准教授 笹川崇男

    大学院生(研究当時) 大川顕次郎

    大学院生(研究当時) 浅川瑞生

  • セント・アンドルーズ大学

    准教授 フィリップ・キング(Philip King)

背景

固体物質中におけるトポロジカルな電子状態とそれらの状態間の相転移は、2016年のノーベル物理学賞の対象となったことで大きな注目を集めています。トポロジー(位相幾何学)の本質は、穴の数やねじれの数といった連続変形させても消えない特徴で分類すると、その分類に従った共通の性質が素材の寸法や形などによらずに現れるというものです。

電子状態を決める波動関数についてこれを当てはめることで、トポロジカルな電子状態、「トポロジカル絶縁体」、「トポロジカル半金属」、「トポロジカル超伝導体」などが理論的に提唱され、実験による検証が進んできました。これらの固体物質中に現れる特殊な相対論的・量子力学的な粒子状態は、次世代の高性能な電子デバイスを実現するものとして注目されています。

一方、これまでは個々の物質について、構成するさまざまな元素間や電子軌道間における運動量とエネルギーの関係を解析することで、トポロジカルな電子状態が出現する原因が理解されていました。しかし、戦略的にトポロジカル物質を創製するための一般化された方法論や明確な指針はありませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、バルクあるいは表面、または両者に共存した形で、質量ゼロのディラック電子状態を単一種類の電子軌道のみを使って創製できる一般的な原理を提唱しました。

これは、ひっくり返しても同じ結晶構造となる「空間反転対称性」と、ある角度で回転させても同じ結晶構造となる「回転対称性」との両方を持つ物質に適用できます。結晶中の電子は、運動量(運動する速度と方向)によってエネルギー状態が変化します。適切な元素を選んで適切な原子配置を行うと、相対論効果[用語7]を無視した場合には、回転対称軸に沿った運動量のどこかにおいて、同じ種類の電子軌道から作られる複数の電子状態を交差させる(二つの電子状態に同じ運動量とエネルギー状態をとらせる)ことが原理的に可能であることに注目しました。

異なる対称性に分類される波動関数同士の場合には、これに相対論効果が加わっても交差状態を維持できるため、結晶全体でグラフェン[3]と同様に質量を持たないディラック電子を生成できます。一方、同じ種類の対称性をもつ波動関数同士の場合には、相対論効果によって交差するはずだった運動量の点において、二つの電子状態にエネルギー差が生じます。このバルクに生じているエネルギー差を境に、偶関数か奇関数[用語8]かという波動関数の性質が入れ替わるため、トポロジカル絶縁体と同様にスピン偏極した(スピンの向きがそろった)電子状態が表面のみに出現することになります。

国際共同研究グループは、この一般原理を満たす現実の物質として、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)が理想的な条件を持っていることを発見しました。TMDは、遷移金属層を二つのカルコゲン(硫黄:S、セレン:Se、テルル:Te)層が上下に挟む層状構造で、面内に120度の回転対称性を持ちます。そして、カルコゲンに由来するp軌道[用語9]が、上下の層間で結合性や反結合性の電子状態を作っています。これらの電子状態が、回転対称軸である積層方向の運動量において、上記のルールに従って相対論効果の存在下で交差を維持したりエネルギー差を生成したりすることによって、バルクや表面にディラック電子状態を発生させます。

図1に示したのは遷移金属のパラジウム(Pd)とカルコゲンの一つTeからなるTMD(PdTe2)についての第一原理計算の結果です。積層の垂直方向(kz)と平行方向(ky)に運動量を変化させたときの波動関数が持つエネルギー状態を3次元的に描写しています。Teのp軌道から発生している電子状態は三つあります。低いエネルギーの電子状態は、kz軸上で中間エネルギーの電子状態と交差してバルクでディラック電子状態を発生します。

一方、高いエネルギーの電子状態は、相対論効果によって中間エネルギーの電子状態との間にエネルギー差を形成し、表面にはトポロジカルなスピン偏極したディラック電子状態を発生していることが確認できます。バルクのディラック電子と表面のトポロジカルなディラック電子が同時に発生するという点において、PdTe2は大変興味深い物質であるといえます。

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遷移金属ダイカルコゲナイド(PdTe2)におけるバルクおよび表面の電子状態

図1. 遷移金属ダイカルコゲナイド(PdTe2)におけるバルクおよび表面の電子状態

積層の垂直方向(kz)と平行方向(ky)に運動量を変化させたときの波動関数が持つエネルギー状態を3次元的に描写した。テルルのp軌道から発生している電子状態は三つあり、低いエネルギーの電子状態は、kz軸上で中間エネルギーの電子状態と交差してバルクでディラック電子状態を発生する。一方、高いエネルギーの電子状態は、相対論効果によって中間エネルギーの電子状態との間にエネルギー差を形成し、表面にはトポロジカルなスピン偏極したディラック電子状態を発生している。

また、角度分解光電子分光法によってバルクおよび表面の電子構造を観察したところ、この理論予言が正しいことを確認できました。さらに、この一般原理がトポロジカル電子状態の制御や物質設計への指針になることの実証として、六つの異なる組成を持つTMDについて第一原理計算で電子状態を理論予測し、角度分解光電子分光で結果が正しいことも確認しました。

今後の期待

TMDは、遷移金属(周期表の第3~11族に属する元素)とカルコゲン(硫黄、セレン、テルル)の組合せによって30種類以上の化合物が安定に存在することが知られ、組成によって絶縁体から金属、超伝導体までのさまざまな物性を示すことが分かっています。このような多様性と応用性の高い物質群について、トポロジカルな電子状態を系統的に開拓する道筋を与えるものとして、今回提唱した一般原理は大きな波及効果を持つことが予想されます。

これにより、ナノエレクトロニクスをはじめとするTMDを電子デバイスに応用する研究に弾みがつくことが期待できます。また、物質を限定せずに原子軌道の種類と対称性をもとに一般原理を構築したという点においても、トポロジカル電子物質について普遍的な基礎学理を与えるものとして、今回の成果は重要な意味を持ちます。

用語説明

[用語1] 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD) : タングステン(W)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)などの遷移金属元素Mと、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)のいずれかのカルコゲン元素Xとが結合し、「MX2」の化学組成で表される層状構造を持つ化合物。組成によって絶縁体から半導体、金属、超伝導体まで幅広く電子状態が変化する。また、層状結晶をバラバラにした原子レベルの厚さのシートにしても安定で、積層時とは異なる電子状態が発現することもあり、有望な次世代の電子素子として注目されている。TMDはTransition Metal Dichalcodenidesの略。

[用語2] トポロジカルな電子状態 : 物質の組成や構造の詳細によらず電子波動関数が持つ特徴によって分類した際に、同じ分類の物質では類似した性質を持つ電子状態が必ず出現する場合があり、このことをトポロジカルな電子状態という。「トポロジカル絶縁体」は、その典型例で重元素由来の強い相対論効果によって波動関数がもつエネルギー状態の順番が逆転しているという特徴から、物質内部は電子が動けない絶縁体状態でありながら、その表面には必ず特殊な金属状態が出現する。「トポロジカル半金属」の場合は、ディラック電子状態が物質内部(バルク)全体で生じることから、3次元版のグラフェンと見なすことができる。さらに「トポロジカル超伝導体」では、粒子と反粒子とが同一になった電子状態が出現し、これを利用することで新しい原理に基づくエラーに強い量子計算が可能になるといわれている。

[用語3] ディラック電子状態 : ディラック電子状態はグラフェン(炭素が六角形の網の目状につながった原子1層のシート)やトポロジカル絶縁体の表面、トポロジカル半金属のバルク(物質内部全体)などで存在が確認されている電子状態。通常の固体中電子状態を記述するシュレーディンガー方程式ではなく、相対論的量子力学のディラック方程式に従い、質量を持たない粒子として振る舞う。電子の移動度が大きいため、電子デバイスへの応用が期待されている。

[用語4] 波動関数 : 粒子と波の両方の性質を持つ電子の振る舞いは量子力学に従う。電子状態はシュレーディンガーの波動方程式を解くことで求まり、位置と時間にどのように依存するかを示すのが波動関数である。

[用語5] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいて、経験的なパラメータや実験データに頼らないで、物質の電子構造や電子物性などを計算する方法。モデルを構築することで、固体内部だけでなく表面の電子状態も計算可能であり、電子状態を作っている各元素の軌道成分や、スピン状態なども解析できる。

[用語6] 角度分解光電子分光法 : 真空中に置かれた単結晶試料の表面に、エネルギーの揃った強力な光を照射すると、電子が結晶から飛び出してくる(アインシュタインの光電効果)。飛び出した電子の運動方向とエネルギーを精密に分析することで、固体中と表面の電子構造を直接観察することができる。最近は、検出器の工夫によってスピン方向まで分析できるようになっている。

[用語7] 相対論効果 : 電子が光速に近い速度で運動する場合には、量子力学にも特殊相対性理論を考慮する必要がある。相対論的な電子の波動方程式としては、ディラック方程式が知られている。

[用語8] 偶関数、奇関数 : 変数にマイナスの値を代入してもプラスの場合と同じ関数の形になる場合、その関数を偶関数と呼ぶ。すなわち、 f(-x) = f(x) を満たす関数である。波動関数の場合では空間反転しても不変な関数が偶関数である。一方で、奇関数は f(-x) = -f(x) を満たし、波動関数では空間反転によって負符号がつく。

[用語9] p軌道 : 原子の電子軌道は、シュレーディンガー方程式の解としてs軌道、p軌道、d軌道と呼ばれる波動関数で表される。カルコゲンの最外殻の電子軌道はp軌道が構成している。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Ubiquitous Formation of Bulk Dirac Cones and Topological Surface States from a Single Orbital Manifold in Transition-metal Dichalcogenides
著者 :
M. S. Bahramy, O. J. Clark, B.-J. Yang, J. Feng, L. Bawden, J. M. Riley, I. Markovic, F. Mazzola, V. Sunko, D. Biswas, S. P. Cooil, M. Jorge, J. W. Wells, M. Leandersson, T. Balasubramanian, J. Fujii, I. Vobornik, J. Rault, T. K. Kim, M. Hoesch, K. Okawa, M. Asakawa, T. Sasagawa, T. Eknapakul, W. Meevasana, and P. D. C. King
DOI :
10.1038/NMAT5031 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

笹川崇男 准教授

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半導体中の添加原子と周辺の3次元配列を観察

半導体中の添加原子と周辺の3次元配列を観察
―光電子ホログラフィーを用いた半導体素子評価技術を開発―

要点

  • これまでにない高倍率、高分解能を実現する光電子ホログラフィー法を開発
  • シリコン中に添加したヒ素原子が3種類の原子配列構造を取ることを確認
  • 添加原子の配列構造と電気的状態の関係性を明確化できることから半導体プロセス開発等に貢献

概要

東京工業大学の筒井一生教授ら、および公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)の松下智裕主席研究員、木下豊彦主席研究員、室隆桂之主幹研究員、大阪大学の森川良忠教授、名古屋工業大学の林好一教授、奈良先端科学技術大学院大学の松井文彦准教授の研究グループは、シリコン(Si)結晶に添加した、ヒ素(As)原子周辺の3次元原子配列構造の観察に成功した。これは、結晶中の添加元素を選択的に10億倍まで拡大・観察できる、光電子ホログラフィー法および解析理論の開発による世界初の成果である。

Si中のAsは、単独で結晶格子位置を置換し電気的に活性な構造、Si空孔周りにAs原子が複数集まり電気的に不活性な構造、As周りのSiがランダムに配置する電気的に不活性な構造の3種類の構造を持つ。今回、これらの濃度比も明らかにした。この観察手法は、多くの半導体製造技術で課題となる添加元素の活性化率を高めるプロセスの技術開発などに役立つと考えられる。

なお、この光電子ホログラフィー実験は、大型放射光施設SPring-8[用語1]の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)で実施された。

本研究成果は、2017年11月17日付けの米国の科学誌「Nano Letters」に掲載された。

研究成果

近年大きく進展してきた光電子ホログラフィー技術(図1およびその説明キャプション参照)を用いて、これまで直接観察が困難だった半導体結晶中に添加した元素の3次元的な原子配列構造を明らかにした(図2)。実験は、半導体シリコン(Si)中のヒ素(As)を対象とし、大型放射光施設SPring-8のビームライン(BL25SU)で行った。試料は、Si集積回路チップ用のSiウエハ表面にイオン注入法でAsを打ち込み、熱処理によって電気的に活性化[用語2]させて作製した。

試料のSi結晶中に、Asが異なる3種類の化学結合状態で混在することは、既に放射光を用いた光電子分光法で定量的に見出されていた。今回、これら3種類の異なる状態の原子配列構造を光電子ホログラフィー法で初めて明らかにした。解析から得られた構造は、(1)As原子が単独でSi結晶の格子位置を占める格子置換構造、(2)Siの空孔の周りに格子置換As原子が2~4個一定距離で配列したクラスター構造、(3)As原子周りのSiの結晶格子がランダム化する混合体の構造があることがわかった。

また、電気的特性について(1)ではAsが半導体中に電子を放出する電気的に活性な状態、(2)と(3)ではAsは電気的に不活性な状態になっていることを確認した。

この構造解析の成功には、SPring-8のビームライン(BL25SU)を用いた高感度かつ高エネルギー分解能の角度分解光電子分光システムと、より高度なデータ解析法の開発が重要な役割を果たした。半導体に添加された元素は、濃度が高くとも数パーセント(%)オーダーであり、原子配列構造に依存する化学結合エネルギーの差(化学シフト)が0.1エレクトロンボルト(eV)オーダーと微小なためである。3種類の原子配列構造は、光電子ホログラフィーの構造解析に第一原理計算によるシミュレーションを組合せて決定した。この過程で、As原子を取り囲むSi原子との結合方向の歪みや、As原子周辺の局所的に大きな格子振動の存在も明らかになり、他の評価計測法では検出困難な新しい情報も得られた。

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光電子ホログラフィー

図1. 光電子ホログラフィー


光のホログラフィーの場合、レーザーを物体に当てて物体波を作り出し、物体に当たっていない光と干渉させることで、ホログラムを作り出す。ホログラムに再生光をあてると、物体を3次元的に見ることができる。光電子ホログラフィーの場合も同様で、X線を試料に当てると、添加した原子から光電子が飛び出してくる。これは周囲の原子によって散乱されて散乱波を形成し、散乱されていない波と干渉してホログラムになる。このホログラムから計算によって添加剤の原子周囲の構造が3次元的に得られる。

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再生されたシリコン(Si)の3次元的な原子像の模式図

図2. 再生されたシリコン(Si)の3次元的な原子像の模式図


Siの位置に置換した構造(置換)、As原子2つと空孔、ランダムな構造の3種類が観測された。Asが置換構造をとった場合は伝導電子を放出する電気的に活性な状態となる。

背景

半導体は様々な元素を添加することで、p型 n型という電気的に異なる性質が生じ、その抵抗率を大幅に変えることができる。添加した元素は、半導体中の電気伝導を担う電子(n型)や正孔(p型)を作り出すのに必要である。半導体デバイスの高性能化のためには、電子や正孔の濃度をできるだけ高めることが求められている。しかし、全ての添加元素が活性化して電子や正孔を作ることはなく、半導体に添加する元素の濃度を高くしても限界がある。この限界を引き上げるのが多くの半導体にとって重要なプロセス技術の開発だ。これまで添加元素の構造を原子レベルで精密に捉える評価手法が無かったことから、半導体に添加された原子の配列構造や挙動を直接把握しながら制御する技術の開発が求められていた。

過剰な高濃度の添加元素が半導体の結晶内でどのように存在しているかについては、これまで理論計算で様々なクラスター構造を形成して不活性化していることがわかっている。また、イオン散乱法や電子顕微鏡法でこれらの存在を部分的に、あるいは間接的に検出した報告はあるが、まだ直接的な観測手法はなかった。

研究の経緯

研究グループが用いた光電子ホログラフィーは、2005年にJASRIの松下主席研究員によってその解析理論が考案され、3次元的な原子配列を観察できる10億倍の倍率を持った顕微鏡を実現したものである。さらに今回はSPring-8のビームライン(BL25SU)に導入された高感度かつ高エネルギー分解能の角度分解光電子分光システムによって、添加元素の化学結合状態の違いを微小なエネルギーの差で識別できるようになった。この基礎的な技術を背景に、東工大の筒井教授らのグループがAsを添加したSi結晶の試料を作製、阪大の森川教授による第一原理計算も組み合わせて系統的な解析を行った結果、今回の成果が得られた。

今後の展開

Si中のAsの原子配列構造と電気的活性化状態が“見える”ようになったことから、様々なプロセス条件で、この構造がどのように変化するかその挙動を観察しながら、不活性構造を抑制して活性な構造の濃度を上げるプロセスの研究が可能になる。この手法は、他の添加元素、さらには最近非常に重要度が高くなっている炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)、ダイヤモンドなどの広バンドギャップ半導体にも拡張でき、新材料のデバイス化技術の開発にも貢献できると考えられる。また、Si技術の周辺でもデバイスの極微細化にともなってその構造の一部にシリコンゲルマニウム(SiGe)が導入されているが、SiGe中では添加元素の活性化率が低減する等の新たな課題が出て来ており、これらの分野でも今回の技術が用いられることが期待される。

今回の研究は、進化した光電子ホログラフィー法が、半導体のプロセス技術開発の新たな手法になる可能性を示している。

本研究は、平成26年度に採択された、科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「3D活性サイト科学」(領域代表:奈良先端科学技術大学院大学 大門寛教授)での分野融合的な連携研究の成果である。

本研究は、以下の助成、支援を受けて実施された。

科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「3D活性サイト科学」(領域代表:奈良先端科学技術大学院大学 大門寛教授)の計画研究課題として、

  • 「半導体中不純物の3D構造制御と低損失・高効率デバイスの開発」(研究代表 筒井一生)
  • 「データ取得と3D原子イメージ再生アルゴリズムの研究」(研究代表 松下智裕)
  • 「顕微光電子ホログラフィーによる活性サイトの時間分解3D原子イメージング」(研究代表 木下豊彦)
  • 「第一原理シミュレーションによる活性サイト構造・機能の解明とデザイン」(研究代表 森川良忠)
  • 「蛍光X線・中性子線ホログラフィーによるドープ原子3Dイメージング」(研究代表 林好一)

文部科学省、光・量子融合連携研究開発プログラム「光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発」(研究代表者:東京大学 物性研究所 辛埴教授)の再委託業務課題として、

「時間分解・マイクロビームラインの建設」(業務主任者:高輝度光科学研究センター 木下豊彦)

用語説明

[用語1] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語2] 活性化 : 半導体中に特定の元素を添加することで、その原子から電子あるいは正孔(電子が抜けた後の孔のこと)が放出されて、半導体中の電気伝導を担うようになる。添加した元素が電子や正孔を放出できる状態にあるものを電気的に活性化した状態という。一方、電子や正孔を放出できない状態は電気的に不活性な状態になる。デバイスへの応用という面では、活性な元素の濃度を上げ、不活性な元素の濃度は下げるのが基本となる。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters, vol.17, pp.7533-7538, (2017).
論文タイトル :
Individual Atomic Imaging of Multiple Dopant Sites in As-doped Si Using Spectro-photoelectron Holography
著者 :
Kazuo Tsutsui, Tomohiro Matsushita, Kotaro Natori, Takayuki Muro, Yoshitada Morikawa, Takuya Hoshii, Kuniyuki Kakushima, Hitoshi Wakabayashi, Kouichi Hayashi, Fumihiko Matsui, and Toyohiko Kinoshita
DOI :
10.1021/acs.nanolett.7b03467 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

教授 筒井一生

E-mail : ktsutsui@ep.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5462 / Fax : 045-924-5462

高輝度光科学研究センター情報処理推進室

室長 松下智裕

E-mail : matusita@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-1042

大阪大学 大学院工学研究科

教授 森川良忠

E-mail : morikawa@prec.eng.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-7288

奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科

准教授 松井文彦

E-mail : matui@ms.naist.jp
Tel : 0743-72-6017

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

(SPring-8/SACLAに関すること)

公益財団法人高輝度光科学研究センター

利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786

大阪大学 工学研究科 総務課評価・広報係

E-mail : kou-soumu-hyoukakouhou@office.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-7231 / Fax : 06-6879-7210

名古屋工業大学 企画広報課 広報室

E-mail : pr@adm.nitech.ac.jp
Tel : 052-735-5647 / Fax : 052-735-5009

奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 広報渉外係

E-mail : s-kikaku@ad.naist.jp
Tel : 0743-72-5026 / Fax : 0743-72-5011


日本学術振興会が本学の科研費審査委員4名を表彰

本学教員4名が独立行政法人日本学術振興会(JSPS)より平成29年度科研費(科学研究費助成事業)審査委員の表彰を受け、12月12日に三島良直学長から表彰状が手渡されました。

今回表彰された教員は次のとおりです。

  • 理学院 上妻幹旺教授
  • 理学院 平山博之教授
  • 工学院 梶川浩太郎教授
  • 工学院 山田明教授

審査委員の表彰とは

日本学術振興会は、学術研究の振興を目的とした科研費の業務を行っています。

科研費の配分審査は、専門的見地から第1段審査(書面審査)と第2段審査(合議審査)の2段階で行われますが、公正・公平な審査が行わるよう、審査の質を高めていくことは大変重要です。そのため、同会設置の学術システム研究センターにおいて、審査終了後、審査の検証を行い、その結果を翌年度の審査委員の選考に適切に反映しています。

さらに平成20年度からは、検証結果に基づき、第2段審査(合議審査)に有意義な審査意見を付した第1段審査(書面審査)委員を選考し、表彰することとされています。平成29年度は約5,300名の第1段審査(書面審査)委員の中から255名が表彰されました。

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学長らとの記念撮影

学長らとの記念撮影

お問い合わせ先

研究企画課研究推進グループ

E-mail : efund@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3806

高温で安定化する新しいダイヤモンド量子発光体の作製に成功 ―量子ネットワークへの応用に期待―

研究成果のポイント

  • ダイヤモンド結晶内でスズ(Sn)と空孔(V)[用語1]からなるSnVカラーセンターを発見
  • 2,000℃を超える高温高圧条件で加熱処理することにより、選択的にSnVセンターのみを形成
  • 長い記憶時間を有する量子メモリーなど量子ネットワークへの応用に期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岩崎孝之助教と波多野睦子教授、産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの宮本良之研究チーム長、物質・材料研究機構の谷口尚グループリーダー、ドイツ・ウルム大学のフェドー・イェレツコ(Fedor Jelezko)教授らの共同研究グループは、スズ(Sn)を導入したダイヤモンドを高温高圧下で加熱処理し、スズと空孔(V)からなる新しい発光源(カラーセンター[用語2])の形成に成功した。

イオン注入法[用語3]により、スズを導入したダイヤモンドを高温高圧下に置き、スズと空孔が結びついたスズ―空孔(SnV)センターを作製。理論計算や低温計測により、SnVセンターは従来のカラーセンターの課題をすべて解決する可能性があることを明らかにした。今後、長いスピンコヒーレンス時間[用語4]を実証することで、長距離量子ネットワーク通信に必要な量子メモリーへの応用が期待される。

安定な単一光子源として機能するダイヤモンド中のカラーセンターは、量子情報ネットワークへの応用が期待されている。だが、これまでに使用されていたカラーセンターは小さな発光強度、外部電界ノイズによる不安定な発光、さらに短いスピンコヒーレンス時間など問題を抱えていた。

本研究成果は2017年12月22日(米国時間)、米国物理学会の「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」に掲載された。

研究の背景

固体物質中に形成される量子発光体は量子メモリーなど量子情報ネットワーク応用にとって有望な系として研究が進められている。しかし、これまで報告されてきた半導体量子ドットやダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センターは、それぞれマイクロ秒程度に制限されたスピンコヒーレンス時間や全発光強度のうち量子光源として利用可能なゼロフォノン線[用語5]からの発光が数パーセントのみでありその発光強度が小さいなどの問題があった。ごく最近、ダイヤモンド中のカラーセンターのひとつであるシリコン-空孔(SiV)センターを100 mKまで冷やすことでスピンコヒーレンス時間10 ms(ミリ秒)が達成されたが、複雑かつ大規模な希釈冷凍機が必要であり、冷却が容易となるK程度の高い温度においては量子ネットワークに応用できるようなミリ秒以上の長いスピンコヒーレンス時間の達成が困難であるという問題があった。

研究成果

今回の研究では、長いスピンコヒーレンス時間を達成するためのアプローチとして、スピンコヒーレンス時間を決定する重要な物理量である基底状態分裂[用語6]の大きい新しいカラーセンターをダイヤモンド内に作製することを試みた。これまでのシリコンやゲルマニウム(Ge)に代えて重元素のスズをダイヤモンドに導入し、高温高圧状態(7.7 GPa=ギガパスカル、 2,100℃)で加熱処理することにより、スズと空孔が結びついたスズ-空孔(SnV)センターを形成した。

量子力学の基本原理に基づいた第一原理計算[用語7]から、ダイヤモンド中に取り込まれた大きなスズ原子は格子間位置に存在し、2つの空孔に挟まれた構造をしていることがわかった。この原子配置は電界などの外部ノイズの影響を受けにくく、安定した発光波長を得ることができる。実験から、SnVセンターは室温において波長619ナノメートル(nm)に鋭いゼロフォノン線をもって発光することがわかった。単一発光源として機能させることにも成功し、その発光強度が従来のカラーセンター(NV、SiV)よりも大きいことを確かめた。

冷却下での計測から、このゼロフォノン線は4つに分裂し、基底状態分裂がSiV、 GeVセンターよりも大きな約850 GHzを有することがわかった。この基底状態分裂はSiVの48 GHzよりも桁違いに大きいため、メモリー時間を短くする原因となる結晶格子振動の影響を大幅に減少させることができる。それにより、2 K程度で長いスピンコヒーレンス時間(ミリ秒)の達成が予測される。SiVで不可欠な希釈冷凍機を必要とせずに、量子ネットワーク中の量子メモリーとしての利用が期待でき、この発見は長いスピンコヒーレンス時間を有する光-物質量子インターフェースの確立へのブレイクスルーとなる可能性を有している。

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ダイヤモンド中のSnVセンター。(左)IV族元素の周期表。(中央)高温高圧加熱処理後のSnVセンターからの発光スペクトル。(右)SnVセンターの原子レベル構造。赤丸と黒丸はそれぞれスズ原子と炭素原子。
図1.
ダイヤモンド中のSnVセンター。(左)IV族元素の周期表。(中央)高温高圧加熱処理後のSnVセンターからの発光スペクトル。(右)SnVセンターの原子レベル構造。赤丸と黒丸はそれぞれスズ原子と炭素原子。
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SnVセンターの微細構造およびエネルギー分裂幅。基底状態はスピン-軌道相互作用により分裂する。大きな元素ほどスピン‐軌道相互作用が大きくなるために分裂幅も大きくなる。
図2.
SnVセンターの微細構造およびエネルギー分裂幅。基底状態はスピン‐軌道相互作用により分裂する。大きな元素ほどスピン-軌道相互作用が大きくなるために分裂幅も大きくなる。

今後の展開

SnVセンターはこれまで研究されてきたダイヤモンド中のカラーセンターの欠点である低発光強度、不安定な発光波長位置、短スピンコヒーレンス時間をすべて解決する可能性を有している。長いスピンコヒーレンス時間の計測を通して、長距離量子ネットワーク構築のための量子メモリーとしての応用が期待できる。また、量子センサーとして機能する可能性も持っており、センサー・単一光子発光源・メモリーなど様々な量子光学素子としての応用展開が期待できる。

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構のさきがけ・研究領域「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」(IV族元素を用いた固体量子光源エンジニアリング)およびCREST・研究領域「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロ ニクスの創成」(炭素系ナノエレクトロニクスに基づく革新的な生体磁気計測システムの創出)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 空孔 : 固体結晶において、本来あるべき原子が抜けて孔となっている格子位置のこと。ダイヤモンドの場合は、炭素原子が格子位置からはずれることで空孔が発生する。空孔のVはベーカンシー(Vacancy)の頭文字。

[用語2] カラーセンター : ダイヤモンドなどの固体物質中に形成される欠陥構造で、光の吸収や外部励起による発光を示す。欠陥構造が孤立して存在し、単一光子源として機能するものを単一カラーセンターと呼ぶ。

[用語3] イオン注入法 : イオン化した目的元素を加速することによって固体内に導入する手法。

[用語4] スピンコヒーレンス時間 : スピンに保存された量子情報が消失してしまう時間。異なるスピン状態間の位相関係が外部からの撹乱により乱されることにより起こる。

[用語5] ゼロフォノン線 : 発光においてフォノンの遷移を伴わないもの。

[用語6] 基底状態分裂 : スピンと軌道の相互作用により生じるエネルギーの分裂。小さな分裂であるため、励起状態分裂も総称して微細構造とも呼ばれる。

[用語7] 第一原理計算 : 原子間の相互作用を量子力学の基本原理にのっとって電子の量子状態から計算し、物質の性質や挙動を調べる手法。実験に基づかないため、非経験的電子状態計算ともよばれる。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Tin-Vacancy Quantum Emitters in Diamond
著者 :
Takayuki Iwasaki, Yoshiyuki Miyamoto, Takashi Taniguchi, Petr Siyushev, Mathias H. Metsch, Fedor Jelezko, Mutsuko Hatano
DOI :
10.1103/PhysrevLett.119.253601 Image may be NSFW.
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工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

助教 岩崎孝之

E-mail : iwasaki.t.aj@m.titech.ac.jp

教授 波多野睦子

E-mail : hatano.m.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2169 / Fax : 03-5734-2169

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

東工大の研究力を紹介するパンフレット「Tokyo Tech Research」発行

東工大の研究を紹介するパンフレット「Tokyo Tech Research(東工大の研究力) 2017-2018」(日英版)を発行しました。

最新の研究ハイライト、リサーチマップ、科学技術創成研究院や各学院等の研究分野や研究への取り組みを紹介しています。

Tokyo Tech Research 2017 - 2018

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Tokyo Tech Research 2017 - 2018

Tokyo Tech Research 2017 - 2018

CONTENTS

東工大の研究概要

リサーチマップ2017-2018

研究ハイライト

研究院、学院等

ライブラリ

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P2.3 東工大の研究

P2.3 東工大の研究

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P4  TOKYO TECH RESEARCH MAP

P4  TOKYO TECH RESEARCH MAP

学内の配布場所や、郵送での請求方法については、以下のページをご確認ください。

お問い合わせ先

研究・産学連携本部 国際研究広報担当

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-3794

核分裂時の原子核形状を把握するモデルを開発 ―核変換システム高度化や核分裂メカニズムの全容解明に道―

要点

  • 低励起エネルギーウランの核分裂の特徴を良く記述する動力学モデルを構築
  • ウラン核分裂で放出される熱エネルギーの詳細な再現に世界で初めて成功
  • マイナーアクチノイドの存在割合が多い原子炉の動特性予測精度向上に貢献

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の石塚知香子助教、マーク・ デニス・ウサング博士課程学生、フェディエール・イヴァニューク特任教授、千葉敏教授はフランクフルト大学のヨアヒム・マルーン教授らと共同で、核分裂で生じる2つの原子核の形状を独立の変数を用いて正確に記述できる動力学モデル[用語1]「4次元ランジュバン模型」を開発した。このモデルは他の理論模型とは異なり、特別な仮定を必要とせずに核分裂片の運動エネルギーを高精度に再現できる。

開発した動力学モデルは崩壊熱[用語2]遅発中性子[用語3]数のような原子力システムの安全性に直結する核分裂片の質量収率分布だけでなく、既存モデルでは不可能だった核分裂片の持つ運動エネルギーについても高精度に再現できる。同モデルで得られた核分裂片の変形度には即発中性子[用語4]との間に強い相関が見つかり、長年謎とされてきた核分裂片からの即発中性子放出メカニズムが原子核の変形の仕方によるものであることが明らかになった。

このモデルを用いれば、ウランと同じような核分裂メカニズムを持つマイナーアクチノイド[用語5]全般に対して核分裂生成物の性質を高精度に予言できる。そのため高燃焼度軽水炉や革新炉、核変換システムなどマイナーアクチノイドの存在割合が多い原子炉の安全性に関わる動特性予測精度向上への貢献が期待される。

本研究成果は12月22日付の米国物理学会誌「Physical ReviewC(フィジカルレビューC)」オンライン版に掲載された。

研究の背景

ウラン領域の低エネルギー核分裂は原子力エネルギーシステムの根幹をなす現象でありながら、その発見から80年が経過した現在でも励起した原子核が核分裂に至るまでの詳細なメカニズムは完全には理解できていない。特に核分裂片の運動エネルギー(熱エネルギー)は原子力発電の動力の約90%を担う基本的な物理量だが、既存の理論模型では実験値を再現することができない。また核分裂片(原子核が核分裂してできる2つの原子核)間のエネルギー分配や核分裂片の運動エネルギーなどのメカニズムも完全にはわかっていなかった。

原子核を構成する核子からスタートして核分裂を完全に記述することは現時点でも不可能である。そこで多くの場合に原子核形状の時間変化を表す動力学モデルが用いられてきた。動力学モデルでは、励起した原子核が伸びたり縮んだりしながら変形し、最終的に2つの核分裂片に分かれるまでの核分裂過程を、2つの核分裂片の質量数の差、原子核の伸び、および核分裂片の変形度を変数として、ブラウン運動[用語6]を記述する理論である揺動散逸定理に基づくランジュバン方程式を解くことで模擬している。

ただし、このような手法ではこれまでは計算時間の長さのため変数を3個までに限定し、2つの核分裂片の変形度を共通に扱ってきた。このような仮定をおいた場合であっても、崩壊熱や遅発中性子数を決定付ける核分裂収率分布は良く再現できていたからだ。しかしウラン領域の核分裂で生成される2つの核分裂片は変形の仕方が大きく異なることが実験的に知られており、より正確な核分裂現象の記述には2つの核分裂片で独立な変形度の導入が必要不可欠だった。

研究成果

石塚助教・千葉教授らの研究グループは各々の核分裂片の変形度を独立に扱えるような4次元ランジュバン方程式に基づく動力学モデルを開発し、熱核分裂性235U(ウラン、数字は質量数=陽子と中性子の数の合計)の中性子入射反応で形成される複合核に相当する236Uの低エネルギー核分裂に適用した。ランジュバン方程式には通常のポテンシャル下での運動のほかに、摩擦やランダム力による揺動散逸性が組み込まれている。今回の研究では揺動散逸係数が励起エネルギーに依存しない巨視的なモデルを採用している。

原子核の形状は二中心殻模型[用語7]で記述し、量子効果である殻効果および対効果[用語8]を考慮している。核分裂片間で独立な変形度を導入した場合には、共通の変形度を用いた場合と異なり、これまで用いられてきた無限の深さを持つポテンシャルでは核分裂片の質量収率分布をうまく説明できず、質量収率分布を再現するためには有限の深さを持つポテンシャルが必要であることが明らかになった。

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図1. ポテンシャル平面上の核分裂軌道の様子。縦軸は2つの核分裂片の質量非対称度α、横軸は原子核の伸びを示している。カラーマップで示したポテンシャル平面上の赤色の実線は核分裂の軌道に対応している。

図1. ポテンシャル平面上の核分裂軌道の様子。

縦軸は2つの核分裂片の質量非対称度α、横軸は原子核の伸びを示している。カラーマップで示したポテンシャル平面上の赤色の実線は核分裂の軌道に対応している。

図1に示すように原子核が一体である領域から計算を始めることで、揺動散逸定理の本質的な様相をよく取入れることができている。一方、より伸びた状態から計算を始めた場合にはポテンシャルの高低差に運動が強く支配されてしまい、核分裂の確率的な側面を取込むことができないため、運動エネルギーを定量的に再現することはできない。

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図2. 核分裂片の全運動エネルギーの比較。図中の黒丸は実験結果を示している。紫の破線は従来行われてきた2つの分裂片の変形度を共通にした計算(3次元ランジュバン模型)の結果。赤色の実線が本研究で確立した4次元ランジュバン模型による結果で、実験値を非常に良く再現できている。

図2. 核分裂片の全運動エネルギーの比較。

図中の黒丸は実験結果を示している。紫の破線は従来行われてきた2つの分裂片の変形度を共通にした計算(3次元ランジュバン模型)の結果。赤色の実線が本研究で確立した4次元ランジュバン模型による結果で、実験値を非常に良く再現できている。

開発した動力学モデルは、これまでの3次元モデルでも再現可能であった核分裂片の質量数収率分布[用語9]だけでなく全運動エネルギー分布の実験値も非常に良く説明することができる(図2参照)。この動的モデルが特に優れているのは、核分裂片の質量数ごとの全運動エネルギーだけでなく、様々な励起エネルギーでの全運動エネルギーの分布の幅まで精度良く再現できる点である。

このように今回開発された4次元ランジュバン模型は核分裂片の持つエネルギーを高精度で説明できるため、長年議論されてきた核分裂間のエネルギー分配や核分裂片からの中性子放出メカニズム解明にも大きく近づいた。

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図3. (a)質量収率のピーク近傍での核分裂片の形状、(b)3つの励起エネルギーでの核分裂片の質量数(横軸)と核分裂片の変形度(縦軸)の関係。

図3. (a)質量収率のピーク近傍での核分裂片の形状、
(b)3つの励起エネルギーでの核分裂片の質量数(横軸)と核分裂片の変形度(縦軸)の関係。

さらに最も核分裂片の質量収率の多い質量数132と104のペアの形状を今回開発した動力学モデルで調べてみると、実験で示唆されるように球形に近い質量数132の原子核と横に伸びた質量数104の原子核とに分かれている様子が再現された(図3(a)参照)。

二中心殻模型ではδ = -0.1のときに全体として球形に近くなり、これより値が上がると横に伸びた形状となり、値が下がると縦に伸びた形状になっていく。今回、新たに取り扱えるようになった核分裂片に独立な変形度の性質をより詳細に検証したところ、図3(b)に示すように、質量数に対して鋸歯状に値が変化することが明らかになった。特に注目すべき点は、質量数に対して鋸歯状に変化する変形度の励起エネルギーに対する挙動である。

図3(b)の質量数110以下の軽い核では236Uの励起エネルギーが上がっても変形度は変わらないのに対し、質量数132近傍の重い核では励起エネルギーの上昇に伴い、変形度も大きくなっている。このような鋸歯状の質量数依存性と励起エネルギーに対する挙動は核分裂直後に放出される即発中性子数でも良く知られており、長年の謎とされてきた。しかし、今回の研究により原子核が大きく変形することで即発中性子数が増えるというメカニズムが明らかとなった。

今後の展開、及び波及効果

核分裂時に発生する即発中性子の起源は、現在でも解明されていない問題であり、様々な物理量を精度良く与える現象論的なモデルでも特別な仮定なしでは再現が難しいとされてきた。しかし今回、即発中性子数が純粋に物理法則から導かれる原子核の変形の仕方によって決まる様子が明らかになった。また長寿命マイナーアクチノイドの核分裂現象に対しても、放出される核分裂片の熱エネルギーや即発中性子数、原子力システムの安全性を決める崩壊熱や遅発中性子数のすべての物理量を精度良く予言する能力を持つため、これら核分裂生成物の評価のために有用となることが期待される。

本研究は文部科学省の原子力システム研究開発事業による委託業務(「高燃焼度原子炉動特性評価のための遅発中性子収率高精度化に関する研究開発」(平成24-27年度)及び「代理反応によるマイナーアクチノイド核分裂の即発中性子測定技術開発と中性子エネルギースペクトル評価」(平成27-29年度)の成果の一部である。

用語説明

[用語1] 動力学モデル : 本研究で開発したモデルは、揺動散逸定理に基づく運動方程式(ランジェバン方程式)を用いた。揺動散逸定理とは、熱平衡状態において微視的な粒子の運動と巨視的に観測できる運動の間の関係を示すものであり、ブラウン運動の記述として良く知られている。これらは揺らぎと摩擦という現象として現れ、揺らぎの大きさgと摩擦の大きさをγは、系の温度をTとすると、アインシュタインの関係式 g2 = γT が成り立つ。この関係は微視的運動と巨視的運動の橋渡しの役割を担っている。核分裂モデルにおいては、微視的な運動とは原子核を構成する陽子・中性子の運動を指し、巨視的運動は原子核の形の時間的な変化を表している。

[用語2] 崩壊熱 : 核分裂の結果生じた核分裂片が、ベータ崩壊する際に放出するエネルギーが熱にかわったもの。原子炉の運転を停止しても、核分裂生成物はある寿命を持って崩壊を続けるために熱を発生し続ける。福島第1原子力発電所においては、この崩壊熱を取り除く機能が失われたために炉心が損傷した。熱量と経過時間に対する変化は、生成される核分裂生成物の種類とそれぞれの収率によって変化する。

[用語3] 遅発中性子 : 核分裂で生じる核分裂生成物のいくつかの核種において、ベータ崩壊に伴って中性子が放出されることがあり、これを遅発中性子と言う。半減期が長いものとして55秒の核種がある。実際の原子炉では、この中性子を含めて臨界を維持しているが、即発中性子と異なり、ベータ崩壊の寿命に応じて中性子の放出に遅れを伴う。このため、反応度の投入に対する急激な出力の変化を防ぐことができ、原子炉の制御を行うための十分な時間余裕が生まれる。遅発中性子の数は、生じる核分裂生成物の核種とそれぞれの収率によって変化する。

[用語4] 即発中性子 : 核分裂の直後に核分裂生成物から放出される中性子であり、次項の遅発中性子と区別し即発中性子とよばれる。235Uの熱中性子核分裂では99%以上を占め、核分裂連鎖反応で重要な役割を担っている。

[用語5] マイナーアクチノイド・長寿命マイナーアクチノイド : アクチノイドに含まれる超ウラン元素のうち、プルトニウム以外の元素の総称をマイナーアクチノイドといい、ネプツニウム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)などがある。このうち、237Np、241Am、243Amは、原子炉内の核燃料の燃焼によって生成される長寿命の原子核(長寿命マイナーアクチノイド)と言われており、この処分または管理を行うことが原子力エネルギー利用における大きな課題となっている。核変換は、これら長寿命マイナーアクチノイドを核分裂によって変換する技術である。原子力機構においても加速器駆動型未臨界炉(ADS:Accelerator-driven subcritical reactor)を用いた核変換技術の開発が行われている。

[用語6] ブラウン運動 : 媒質中を熱運動する微粒子は媒質を構成する分子との衝突によって不規則に動くブラウン運動を示す。ブラウン運動はランジュバン方程式で記述される。核分裂過程は原子核の形状のブラウン運動と捉えることができる。

[用語7] 二中心殻模型 : 核分裂過程における原子核の形状を精度良く記述するには一般に多くのパラメータが必要となるが、二中心殻模型では比較的少ない数のパラメータで原子核の融合および分裂の両方を記述できる。二中心殻模型では原子核の形状は2つの核分裂片の中心の周りに用意した調和振動子型ポテンシャルを用いて表現する。ただし2つの核分裂片の間では調和振動子が滑らかに接続するように調整してある。

[用語8] 殻効果および対効果 : 原子核の結合エネルギーは原子核を量子液体とみなす液滴模型を用いて記述できる。しかし特定の中性子数や陽子数で原子核が非常に安定になるという性質を説明するには殻模型的な補正(殻効果補正)が必要となる。また中性子および陽子はそれぞれスピンがゼロになるように対を組むと安定化するという効果も補正(対効果補正)として取入れる必要がある。殻効果および対効果に対する補正は核分裂生成物の質量分布や運動量分布に大きく影響する。

[用語9] 核分裂片の質量数収率分布 : 核分裂が起こると、様々な種類の原子核が核分裂生成物として生成される。これらの原子核を質量数ごとにわけ、質量数を関数として収率をプロットしたものである。通常、収率の合計が200%となるように規格化する。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review C
論文タイトル :
Four-dimensional Langevin approach to low-energy nuclear fission of 236U
著者 :
C. Ishizuka1, M. D. Usang1,2, F. Ivanyuk1,3, J. Maruhn4, K. Nishio5, S. Chiba1,6
所属 :
1 東京工業大学、2 マレーシア原子力庁、3 キエフ原子核研究所、4 フランクフルト大学、5 日本原子力研究開発機構、6 国立天文台
DOI :
10.1103/PhysRevC.96.064616 Image may be NSFW.
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お問い合わせ先

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千葉敏 教授

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取材申し込み先

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第3回「末松賞」授賞式を実施

12月21日、第3回末松賞の授賞式が行われました。

末松賞は、末松安晴栄誉教授の「若い研究者たちが様々な分野で未開拓の科学・技術システムの発展を予知して研究し、隠れた未来の姿を引き寄せて定着させる活動が澎湃としてわき出て欲しい」との思いから、本学に対し多額の寄附をいただいたことにより創設された賞で、今回で3回目の授賞式となりました。

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(前列左から)竹内一将准教授、末松安晴栄誉教授、酒井康徳研究員(後列左から)日置滋副学長(基金担当)、三島良直学長、安藤真理事・副学長(研究担当)

(前列左から)竹内一将准教授、末松安晴栄誉教授、酒井康徳研究員
(後列左から)日置滋副学長(基金担当)、三島良直学長、安藤真理事・副学長(研究担当)

末松栄誉教授は、光通信工学の分野において、光ファイバーの伝送損失が最小となる波長の光を発し、かつ、高速に変調しても波長が安定した動的単一モードレーザーを実現しました。現在のインターネット社会を支える大容量長距離光ファイバー通信技術の確立に大きく寄与するなどの優れた業績を挙げ、本領域の発展に多大な貢献をしました。その功績が評価され2015年度の文化勲章を受章しています。

第3回目となる本年度は、理学院 物理学系の竹内一将准教授、工学院 機械系の酒井康徳研究員の2名が選考されました。

授賞式には末松栄誉教授も出席し、三島良直学長からの挨拶の後、賞状の授与が行われました。次いで末松栄誉教授から挨拶があり、その後、受賞者2名が受賞に対しての感謝と今後の意気込みを述べました。

授賞式に続き、記念撮影、懇談会が行われ、懇談会には、一昨年度の第1回受賞者である理学院 物理学系の井上遼太郎助教、生命理工学院 生命理工学系の金森功吏助教、昨年度の第2回受賞者である科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の吉田啓亮助教も参加しました。

竹内准教授と酒井研究員からは現在行っている研究について、吉田助教からは受賞から1年が経過した現在の状況について、井上助教と金森助教からは受賞から2年経過後の研究成果と将来の展望について、それぞれ説明がありました。それに対して末松栄誉教授、三島学長、安藤真理事・副学長(研究担当)、日置滋副学長(基金担当)と活発な意見交換が行われ、懇談会は大変盛り上がりました。

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懇談会の様子

懇談会の様子

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