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ニュースレター「AES News」No.11 2017秋号発行

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科学技術創成研究院 先進エネルギー国際研究(AES)センターouterは、「AES News」No.11 2017秋号を発行しました。

AESセンターは、従来の大学研究の枠組みを越えて、企業、行政、市民などが対等な立場で参加する研究拠点である「オープンイノベーション」を推進しています。ここでは、低炭素社会実現のための研究プロジェクトを創生することを大きな目的の一つとしています。

本学教員と本センター企業・自治体が連携し、既存の社会インフラを活かしながら革新的な省エネ・新エネ技術を取り入れ、安定したエネルギー利用環境を実現する先進エネルギーシステムの確立を目指しています。

本センターの活動を、より多くの方々にご理解いただき、また、会員および本学教職員の連携を深めるため、季刊誌「AES News」を発行しています。今回は第11号となる2017年秋号をご案内します。

ニュースレター「AES News」第10号 2017夏号

第11号・2017秋号

  • 経済産業省産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課 松岡建志課長 巻頭記事「オープンイノベーションの促進施策と大学への期待」
  • 東芝共同研究講座「新興国における公共交通機関の普及による渋滞・環境の改善に向けた取り組み」
  • 日立製作所共同研究講座「低濃度エタノール燃料使用高効率改質エンジンの開発」
  • AES開催報告(2017年7月~9月)
  • 2017年度の活動、今後のスケジュール等

ニュースレターの入手方法

PDF版

資料ダウンロード|先進エネルギー国際研究センター(AESセンター)outer

バックナンバーもリンク先よりご覧いただけます。
冊子版
  • 大岡山キャンパス:東工大蔵前会館1階 ロビー
  • すずかけ台キャンパス:すずかけ台大学会館1階 広報コーナー

お問い合わせ先

科学技術創成研究院
先進エネルギー国際研究(AES)センター

Email : aescenter@ssr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3429


大規模都市建築を対象とした社会活動継続技術共創コンソーシアム発足

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本学 科学技術創成研究院 山田哲教授を統括とした建築・都市防災・センシング・人間科学など異分野融合研究グループは、10月に、東京大学、東北大学及び民間企業12社(2017年9月末現在)と共に、科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業である産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の1プロジェクトとして「社会活動継続技術共創コンソーシアム」を立ち上げました(プロジェクト期間5年間)。上記3大学と12社の間で行われている産学共同研究をベースに、研究開発をスタートさせたところです。

社会活動継続技術共創コンソーシアムのイメージ

社会活動継続技術共創コンソーシアムのイメージ

本コンソーシアムでは、社会・経済の中枢機能が集約される大規模都市建築を対象に、極大地震をはじめとする自然災害に対しても、安心して社会活動が維持できる技術の創出を目指していきます。具体的には、建物の構造安全性能を大幅に向上する技術、安全性能を支える大型部材や免震・制振部材の安全性を実証する技術、設備機器類等の損傷を制御して早期復旧を実現する技術、災害時だけでなく日常から活用できるモニタリングシステム技術、情報を安心につなげる技術の確立が挙げられます(社会活動継続技術)。

そして、これらの社会活動継続技術群をパッケージとして世に送り出し、

  • 構造物としての耐震性だけでなく、平常時から非日常まで建物の機能・人の社会活動を継続させる高層建築システムを実現
  • 先端耐震部材の安全性実証技術の実現と実証法の国際標準化
  • 構造物の耐震性の基準から、機能や社会活動の継続まで見据えた新たな基準への変革
  • 首都圏で想定される100兆円規模の被害の抑止
  • 安全と安心が結合した技術による、国際市場の開拓

という新たな価値の創出に挑戦していきます。

社会活動継続技術の研究開発は、現状の3大学12社の産学共同体制で完結できるものではありません。大学など公的研究機関と関連する産業界、企業の協力関係を一層広げて議論を深め、それぞれの共同研究に磨きをかけることによって、日本発・日本オリジナルで世界に通用する社会活動継続技術を育てていきたいと考えています。

本コンソーシアム設立にあたり、キックオフシンポジウムを2017年12月20日に東工大蔵前会館くらまえホールにて開催します。詳細については本学WEB上のイベントニュースやメールマガジンを通じてご案内いたします。この機会に、多くの方に社会活動継続技術共創コンソーシアムの活動の一端に触れていただけることを期待しています。

お問い合わせ先

科学技術創成研究院URA

小林義和

E-mail : kobayashi.y.bi@m.titech.ac.jp

新産業創出・育成の推進に向けたギャップファンドの設置および運営に係る組織的連携協定を締結

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東京工業大学と芙蓉総合リース株式会社(代表取締役:辻田泰徳、以下「芙蓉総合リース」)および株式会社みらい創造機構(代表取締役:岡田祐之、以下「みらい創造機構」)は、ギャップファンドの設置および運営に係る組織的な連携協力に関する協定を10月27日に締結しました。

調印式の様子

東工大では本年4月から研究戦略企画・実施機能と産学連携機能を強力に束ねて実施するため、研究・産学連携本部を新たに設置し、今まで行ってきた知財の権利化、ライセンシングに加え、新産業の創出、国際共同研究の推進、イノベーションの促進に貢献するとともに、更なる知財の創出を図っています。芙蓉総合リースは、みずほフィナンシャルグループ系の国内大手総合リース会社であり、みらい創造機構が組成した東工大関連ベンチャーキャピタルファンドに出資しています。みらい創造機構は、新規事業創出と育成支援に多くの実績を持ち、東工大ともこれまで共同研究・学術指導の推進、人材教育支援、ベンチャー育成支援等を行ってきており、相互協力しながら総合的な社会連携活動の推進事業を実施するにあたり、東工大と連携協定を5月に締結しています。

調印式の様子

今回の協定により、東工大の創造的活動として生み出された研究成果や技術・デザインなどの知的財産(研究シーズ)を実用化・事業化するために必要な追加試験や試作品製作、顧客ヒアリング等、起業直前に大学内で必要となる活動の資金不足を補うため、芙蓉総合リースが拠出する資金による日本初の産学連携型ギャップファンドを設置し、3者が協力して新産業の創出・育成を推進していきます。

ギャップファンド:大学が、自律的かつ機動的に大学研究室へ比較的少額の開発資金(試作開発・試作テスト資金など)を供与して大学の基礎研究と事業化の間に存在するギャップ(空白・切れ目)を埋めることにより、大学先端技術の技術移転や大学発ベンチャー創出を促していく基金。

(右)芙蓉 辻田社長、(中央)東工大 三島学長(左)みらい創造機構 岡田社長

(左)みらい創造機構 岡田社長、(中央)東工大 三島学長、(右)芙蓉総合リース 辻田社長

お問い合わせ先

東京工業大学 研究・産学連携本部

E-mail : venture@sangaku.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2445

分子のオルト-パラ核スピン異性体間の光学遷移の検出に成功

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分子のオルト-パラ核スピン異性体間の光学遷移の検出に成功
―オルト-パラ対称性の破れを直接定量―

要点

  • 孤立状態にある分子のオルト-パラ異性体間の光学遷移の検出に初めて成功
  • 観測からオルトとパラの混合状態の度合いを直接定量する手段を確立
  • オルト-パラ異性体間では自然発光による自発的緩和過程が存在しうる可能性がある

概要

180度の回転対称性を有するすべての分子の量子状態は、等価な配置にある核スピンの向きによって、オルト状態とパラ状態の2つに分類され、これをオルト-パラ対称性[用語1]と呼びます。一般に、光を使ってこの2つの状態間を遷移させることはとても難しいので、両者は核スピン異性体として、あたかも独立した別の分子であるかのように見なされてきましたが、東京工業大学 理学院 物理学系の金森英人准教授の研究グループは、孤立した環境にある分子のオルト-パラ異性体間の光学遷移[用語2]の検出に初めて成功し、その発現メカニズムを理論及び実験的に明らかにしました。

オルト-パラ遷移の検出実験には、塩素核が分子骨格の両端の等価な位置にある塩化硫黄分子(S2Cl2)を選びました。この分子については、研究グループが以前に観測したマイクロ波スペクトルの解析から、オルト-パラ状態を混合させる相互作用を含んだ分子ハミルトニアン[用語3]モデルを提案していました。

今回の実験では、真空容器中のマイクロ波共振器内にS2Cl2分子を導入し、この理論モデルで予想した周波数領域を調べたところ、通常の遷移の1,000分の1の強度を持つ超微細構造分裂[用語4](エネルギー準位の小さな分裂)した回転スペクトルを7本検出し、オルト-パラ遷移として同定しました。観測された周波数と強度は理論予想と良く一致したため、ハミルトニアンモデルの正しさ、すなわち、オルト-パラ遷移の発現起源を立証することができました。

本研究によって、オルト-パラ異性体分子一般について、自然発光過程による変換速度を定量化する道が確立できました。オルト-パラ対称性は物理学の基本原理のひとつである、等価粒子の交換対称性[用語5]に基づいているので、自然科学の広い分野で重要な役割をしています。たとえば、電波天文学で発見されている星間分子の異常オルト/パラ存在比[用語6]のような宇宙物質進化の未解決問題を解明する手がかりになると期待されます。

本研究の内容は、2017年10月25日に米国の学術誌「Physical Review Letters」10月号でEditors' Suggestionとして掲載されました。

また、米国物理学会(American Institute of Physics)が選ぶRecent Articles from Physicsの“Synopsis”としても取り上げられました。

背景

分子におけるオルト-パラ対称性は、量子力学の等価粒子の交換対称性が分子の核スピン関数と回転波動関数に課す保存則です。核スピンと180度回転(C2)対称性を持つすべての分子はオルト-パラ対称性があることから、分子の状態は核スピン関数の偶奇性と回転準位の偶奇性との組み合わせにより、オルトかパラのいずれかの状態に二分されます。オルト-パラ状態を変換するためには、核スピンと回転状態の偶奇性を同時に相互交換することが求められることから、図1に示すような光(電磁波)を介した遷移はとても難しく、両者はオルト-パラ異性体としてあたかも別の分子として認識されています。

S2Cl2分子のマイクロ波によるオルト-パラ遷移

図1.S2Cl2分子のマイクロ波によるオルト-パラ遷移


核スピンが平行で回転状態J(奇数)であるオルト状態の分子がマイクロ波を吸収することによって、核スピンが反平行で回転定数J+1(偶数)のパラ状態に遷移する様子

オルト-パラ異性体として最もよく知られている例は水素分子(H2)があげられます。H2を構成するHの核、すなわち陽子は核スピン1/2を持ちますが、2つの核スピンが平行となっている状態をオルト水素、反平行となっているものをパラ水素と呼んでいます。室温では水素分子の75%がオルト状態、25%がパラ状態となっていますが、極低温にして液化すると、分子間の相互作用によってゆっくりとオルト状態が最低エネルギー状態であるパラ状態に変換されていきます。

しかしながら、衝突等の分子間相互作用のない孤立した環境では、光を介した相互作用、すなわち1個の光子を吸収、あるいは放出することによって、変換が起きる確率は極めて小さく、理論によれば変換時間は宇宙の寿命よりも長いとされています。

研究の経緯

このような状況の中で、研究グループはオルト-パラ対称性を持つ分子として、塩化硫黄分子(S2Cl2)に注目しました。この分子は螺旋状にねじれた分子骨格を持ち、核スピン3/2を持つ塩素核が両端の等価な位置にあります。これまでのS2Cl2分子のマイクロ波領域の許容遷移であるオルト-オルト、およびパラ-パラ準位間の分光スペクトルの解析から、オルト-パラ状態が少なからず混合している状態があることを実験的証拠から見つけました。それを説明するために、Cl核の電気四重極相互作用の非対角成分を導入した分子ハミルトニアンモデルを提案しました。

今回はこのモデルを使った計算により、超微細構造分裂した回転準位の中からオルト-パラ混合の大きなものを探し出し、その遷移周波数と遷移強度を計算しました。その結果、オルト-パラ光学遷移がマイクロ波領域に存在することが予測されました。その例を予想スペクトルとして図2に示しました。

図2Aは、淡青と赤色で示される許容遷移である回転線が数十本の超微細構造線に分裂している様子がわかります。拡大した図2Bでは、分裂した許容遷移の間に、濃青色で示されたオルト-パラの禁制遷移(ルールに従わない遷移)が、3桁ほど弱い強度で予言されています。その中で、強度が大きくかつ許容遷移から最も離れている遷移を測定候補の1つとして選択しました。

S2Cl2分子のオルト-パラ遷移の予想と実測スペクトル

図2.S2Cl2分子のオルト-パラ遷移の予想と実測スペクトル

A)回転遷移の予想スペクトル。2つの縦線の集団は超微細構造を持つパラ-パラ遷移(青)とオルト-オルト遷移(赤)を表す。いずれも許容遷移である。

B)予想スペクトルの拡大図:オルト-パラ遷移(濃青)がオルト-オルト遷移(赤)と比べて3桁弱い強度で予想されている。

C)実測されたオルト-パラ遷移。分子のドップラー効果のために2重項線として観測されているが、中心は予想された周波数と誤差範囲で一致した。

研究成果

実験には台湾交通大の4 - 40 GHz帯のフーリエ変換型マイクロ波分光器[用語7]を用いました。Arガスに希釈したS2Cl2分子の蒸気をパルス分子ジェットとして、マイクロ波共振器中に噴出、衝突フリーの条件の下でオルト-パラ遷移の検出測定を試みました。その結果、数万ショットの信号を数時間に渡って積算することで、図2Cに示すように、予測された遷移周波数の誤差範囲に、超微細分裂したオルト-パラ遷移を観測することができました。今回観測された7本の禁制遷移は許容遷移と比較して3桁小さく、予想と一致しました。

今回の観測結果を図3にまとめました。S2Cl2分子の回転準位はオルトとパラに二分されており、オルトとパラの核スピン異性体を構成しています。ルール通りの光学遷移はそれぞれの異性体内で閉じていますが、今回、観測したオルト-パラ遷移は核スピン異性体間をクロスする遷移に対応します。

従来のオルト-パラ間の光学遷移は、極端に高い励起状態とした分子、または磁場や電場等の強い外場をかけた分子についての報告しかありませんでした。今回の結果は衝突も外場もない、まったく孤立した環境にある分子であっても、オルト-パラ間の光学遷移が可能であること実証した最初の例となります。また、この結果は、オルト-パラ状態の変換が自然発光過程を通して自発的に起きるという重要な結論を引き出します。

今回観測したS2Cl2の遷移の場合、その寿命は約1,000年となります。これは長いと思うかもしれませんが、天文学の時間スケールではとても短い時間と言えます。

S2Cl2分子の回転準位と観測されたオルト-パラ遷移

図3.S2Cl2分子の回転準位と観測されたオルト-パラ遷移

横線は超微細構造分裂を省略した回転準位を表し、付記した3つの数字は回転量子数を表している。S2Cl2分子の回転準位はオルトとパラに二分されており、オルトとパラの核スピン異性体を構成している。

許容な光学遷移は垂直な矢印で表されるように、各異性体内で閉じている。今回、異性体間を結ぶオルト-パラ遷移(クロスする矢印)が初めて観測された。

今後の展開

オルト-パラ対称性は物理学の基本原理のひとつである等価粒子の交換対称性に基づいているので、自然科学の広い分野で重要な役割を果たしています。

例えば、新しいエネルギー源として注目を集めている水素(H2)を液化して貯蔵した際に大部分が蒸発損失(ボイルオフ)してしまう問題は、オルト-パラ変換の速度が遅いことに原因があります。また、電波天文学で観測される星間分子の中には、オルト-パラ存在比が分子間衝突による熱平衡モデルでは説明できない例が多くあり、宇宙物質進化過程の未解決問題となっています。本研究により、オルト-パラ準位間の自然発光過程を定量化する手段が確立し、この異常オルト/パラ存在比の解明の突破口となることが期待されます。

用語説明

[用語1] オルト-パラ対称性 : 分子のオルト-パラ対称性は、量子力学の前提条件の1つである「等価粒子の交換対称性」に起因する特性で、物理的に存在が許される状態は核スピン状態と回転状態の偶奇性によって制限されることで生じるものです。特に電子では「パウリの排他律」として良く知られています。

[用語2] 光学遷移 : ここでは分子の電気双極子モーメントと電磁波との相互作用による遷移を表現しています。

[用語3] 分子ハミルトニアン : 分子の内部エネルギーに対応する演算子。具体的には回転運動エネルギーと核スピンが関与する超微細相互作用エネルギーに対応する項からなります。その演算子をオルト-パラ相互作用に関して対角な項H(0)と非対角な項Hopに分けました。

H = H(0) + Hop

具体的なHop項としてはCl核の四重極相互作用の非対角成分を含む項が相当します。このハミルトニアンのエネルギー行列を対角化することによって得られる混合状態の波動関数を使って、禁制遷移とされるオルト-パラ状態間のマイクロ波遷移の周波数と強度を直接計算することができます。

[用語4] 超微細構造分裂 : 核スピンが関与する相互作用に起因するエネルギー分裂。

[用語5] 等価粒子の交換対称性 : 量子力学では同じ粒子同士は互いに区別がつかないことを前提として量子状態を記述する必要があります。さらに、これらの区別のつかない粒子の配置を交換するという操作によって量子状態関数の符号がフェルミ粒子(スピンが1/2、3/2などの半整数値)の場合はマイナスに変わり、ボーズ粒子(スピンが1、0などの整数値)では変わらないという性質が備わる。

[用語6] 星間分子の異常オルト/パラ存在比 : 宇宙空間での物質進化の研究では、星間分子のオルト/パラ存在比はその分子の生成時の化学反応、およびその後の衝突頻度の情報を含む貴重な情報源となっています。

[用語7] フーリエ変換型マイクロ波分光器 : 共振器に閉じこめたマイクロ波で分子を励起し、自由誘導緩和過程で放出されるマイクロ波輻射を時間軸で記録し、それをフーリエ変換することによって周波数スペクトルとする分光システムです。1回の測定範囲は狭い周波数に限定されますが、一般的な吸収法とは異なるゼロバックグラウンドの測定法なので、長時間の積算によって高い検出感度を実現できる分光システムです。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Detection of Microwave Transitions between Ortho and Para States in a Free Isolated Molecule
著者 :
Hideto Kanamori, Zeinab. T. Dehghani, Asao Mizoguchi, Yasuki Endo
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系

准教授 金森英人

E-mail : kanamori@phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2615 / Fax : 03-5734-2615

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

植物の窒素欠乏耐性に必須な酵素を発見 ―新たなストレス耐性植物の開発に貢献―

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要点

  • 窒素は植物の生育における必須栄養素
  • 植物の窒素欠乏ストレス耐性に寄与するリン脂質分解酵素を発見
  • リン脂質分解酵素がリン欠乏および窒素欠乏時にも重要であることが判明

概要

東京工業大学 生命理工学院の吉竹悠宇志大学院生(博士後期課程2年)、下嶋美恵准教授、円由香技術支援員、同 技術部 バイオ部門の池田桂子技術職員らは、東京薬科大学の野口航教授、名古屋大学の杉浦大輔助教らと共同で、植物の窒素欠乏下の生育において必須なリン脂質分解酵素を発見した。

研究グループは、シロイヌナズナ[用語1]の野生株、リン脂質分解酵素の欠損体、その欠損体にリン脂質分解酵素を戻し入れた相補体[用語2]について、通常生育条件下および窒素欠乏条件下で生育を比較、解析。欠損体では、著しく窒素欠乏耐性が低下していることを見出した。

リン欠乏下で生育した植物は、リン脂質分解酵素が活性化して生体膜の構成成分であるリン脂質を分解し、その際に生じたリン酸を細胞内に放出することで一時的にリン欠乏を回避することが知られている。しかし、今回の研究成果は、リン脂質分解酵素がリン欠乏だけでなく、窒素欠乏時の植物生育でも重要な役割を担っていることを明らかにした。

今後、植物におけるリン脂質分解酵素を介した窒素欠乏ストレス耐性メカニズムの詳細が明らかになることで、新たな窒素欠乏耐性植物の作出方法の開発が期待される。

研究成果は、スイス国際科学誌「Frontiers in Plant Science(フロンティアズ イン プラント サイエンス)」オンライン版に10月31日付で公開された。

研究成果

研究グループは、シロイヌナズナのリン脂質分解酵素(ホスファチジン酸ホスホヒドロラーゼ:PAH1、PAH2)の欠損変異体について検討。窒素欠乏条件下では生育が著しく阻害されることを発見した(図1A、B)。また、欠損変異体では、窒素欠乏時のみクロロフィル[用語3]含量および光合成活性が顕著に低下することがわかった(図1C、D)。

図1. シロイヌナズナ各植物体の窒素欠乏下での生育の様子

図1. シロイヌナズナ各植物体の窒素欠乏下での生育の様子

A. 通常生育および窒素欠乏下での植物の生育比較
B. 植物体地上部の重量(新鮮重量)
C. 植物体地上部のクロロフィル含量
D. 光化学系IIの最大量子収率 (Fv/Fm)[用語4]
※+N:通常生育条件、‒N:窒素欠乏条件
WT:野生株、pah1pah2:PAH1/PAH2欠損変異体、PAH1OEはPAH1相補体、PAH2OEはPAH2相補体

そこで、通常生育時および窒素欠乏時の各植物葉の葉緑体の様子を、透過型電子顕微鏡で観察した(図2)。その結果、欠損変異体は通常生育時には、野生株や相補体と葉緑体の様子に違いは見られないが、窒素欠乏時には顕著に葉緑体内部の膜構造、特に光合成の場であるチラコイド膜の崩壊が著しく進んでいることがわかった(図2B)。

これらの結果から、リン脂質分解酵素PAH1、PAH2は、窒素欠乏時の植物生育に必須であり、窒素欠乏時の葉緑体のチラコイド膜崩壊の抑制および光合成活性の維持に寄与していることが明らかになった。

図2. 通常生育条件および窒素欠乏生育条件下におけるシロイヌナズナ各植物体の葉の細胞の電子顕微鏡写真

図2.通常生育条件および窒素欠乏生育条件下におけるシロイヌナズナ各植物体の葉の細胞の電子顕微鏡写真

Aは通常生育条件における野生株、BはPAH1/PAH2欠損変異体、CはPAH1相補体、DとGは窒素欠乏生育条件における野生株、EとHはPAH1/PAH2欠損変異体、FとIはPAH1相補体
※赤矢印は葉緑体チラコイド膜のグラナ―ラメラ構造、黄矢印は葉緑体でSはデンプン粒

背景

窒素は植物の生育において欠かすことのできない栄養素であり、その欠乏は植物に大きなダメージを与える。そのため、これまでに国内外で、特に土壌からの窒素の取り込み活性の向上や植物体内での窒素利用効率の向上による窒素欠乏耐性作物の開発に向けた研究が広く進められている。

しかし近年、植物の窒素欠乏応答においては、生育環境中のリン濃度も影響を与えるなど、窒素欠乏とリン欠乏は、それぞれに特異的な応答機構が存在するだけでなく、両方の欠乏ストレスは密接に関連していることが示唆されている。

研究の経緯

植物はリン欠乏にさらされると、生体膜の主要構成成分であるリン脂質を分解することでリンを細胞内に供給し、一時的にリン欠乏下での生育を維持することがこれまでに知られている。研究グループはこれまでに、このリン脂質の分解において重要な役割を担っている酵素PAH1、PAH2をシロイヌナズナで発見し、シロイヌナズナのPAH1、PAH2欠損体では著しくリン欠乏耐性が低下することを見出した。その際に、リン欠乏時にはPAH1、PAH2は小胞体のリン脂質を分解すると共に、生成したジアシルグリセロールを小胞体から葉緑体へと供給することで、葉緑体内の膜脂質合成に寄与していることが示唆された。

そこで本研究では、上記のようなPAH1、PAH2を介したリン酸の細胞内供給や、葉緑体へのジアシルグリセロール供給は、窒素欠乏時の生育にどのような影響を与えるのかを調べた。

今後の展望

今後、実用作物にPAH1を過剰発現させることで、窒素欠乏だけでなくリン欠乏にも耐性を持つ作物の開発に結び付くことが期待できる。

用語説明

[用語1] シロイヌナズナ : 学名Arabidopsis thaliana、植物分子生物学の研究分野では、全ゲノム配列が2000年に決定されており、遺伝子情報および遺伝子操作技術が整備されていることから、モデル植物として基礎研究に利用されている。

[用語2] 相補体 : PAH1/PAH2欠損変異体に、PAH1もしくはPAH2を導入した植物体。

[用語3] クロロフィル : 光合成において光エネルギーの吸収する役割を持つ色素。

[用語4] 光化学系IIの最大量子収率 (Fv/Fm) : 光合成活性の指標となるパラメーターの1つ。クロロフィルが受けた光エネルギーのうち、光合成に最大限使えるエネルギーの割合。

論文情報

掲載誌 :
Frontiers in Plant Science
論文タイトル :
Arabidopsis Phosphatidic Acid Phosphohydrolases Are Essential for Growth under Nitrogen-Depleted Conditions
著者 :
Yushi Yoshitake, Ryoichi Sato, Yuka Madoka, Keiko Ikeda, Masato Murakawa, Ko Suruga, Daisuke Sugiura, Ko Noguchi, Hiroyuki Ohta, Mie Shimojima
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

下嶋美恵 准教授

E-mail : shimojima.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5527 / Fax : 045-924-5527

東京薬科大学 生命科学部

野口航 教授

E-mail : knoguchi@toyaku.ac.jp
Tel : 042-676-6800 / Fax : 042-676-6800

名古屋大学 大学院生命農学研究科

杉浦大輔 教授

E-mail : dsugiura@agr.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-4023

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京薬科大学 総務法人広報課

E-mail : kouho@toyaku.ac.jp
Tel : 042-676-1649 / Fax : 042-677-1639

名古屋大学 総務部総務課広報室

E-mail : kouho@adm.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-2699 / Fax : 052-789-2019

骨の再生メカニズムを解明 ―骨を作る細胞の源と前駆細胞の住処を発見―

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要点

  • モデル動物であるゼブラフィッシュで骨を作る骨芽細胞の前駆細胞を発見
  • この前駆細胞は、骨が再生する時だけでなく、骨の維持にも関与
  • ヒトなどの脊椎動物でも共通した骨再生・新生の仕組みがある可能性

概要

東京工業大学 生命理工学院の安藤和則大学院生(博士後期課程)と川上厚志准教授らの研究グループは、ゼブラフィッシュを用いて、骨の再生や維持(新生)のキーとなる骨芽細胞の前駆細胞(骨芽前駆細胞(OPC)[用語1])を発見、その働きを解明した。

魚類やイモリなどの両生類は、驚異的な組織再生能力を持ち、骨を含む四肢やヒレを失っても、元通りの組織を再生することができる。研究グループは今回、ゼブラフィッシュのヒレを再生する組織の細胞について研究を進める過程で、骨を作る骨芽細胞が、骨組織付近のニッチ[用語2]にいる前駆細胞から分化することを発見した。さらに研究を進めると、この前駆細胞は、発生期は体節に存在し、個体の成長とともに、骨組織付近のニッチに休眠状態で保存されることがわかった。この前駆細胞は、再生時だけでなく、普段の骨組織の恒常性維持にも働いている。

本研究から、骨芽前駆細胞が、骨の再生や維持で重要であることが明らかになった。この仕組みは、ヒトを含む他の脊椎動物にも共通する可能性がある。

研究成果は、アメリカの生物医学・生命科学誌「ディベロプメンタルセル(Developmental Cell)」のオンライン版に現地時間2017年11月2日に公開された。

研究の背景

魚類やイモリなどの両生類は、高い組織再生能力を持ち、手足などの器官を失っても、元通りに完全に再生できる。組織再生の仕組みを解明することは、長年の生物学の課題となっている。このメカニズムを解明することで、基礎科学的な関心はもとより、医学などへ応用し、実社会に直接役立つと期待される。

組織が再生する際に細胞がどのような源から供給されているのかは、これまでほとんどわかっていなかった。しかし近年、遺伝学的な細胞標識法[用語3]が開発されたことで、様々な組織の修復や再生で働く細胞の進化(分化)過程を追うことができるようになってきた。

研究成果

研究グループは、ゼブラフィッシュのヒレの再生をモデルにして、研究を行った。今回、遺伝学的な細胞標識法で再生組織の細胞(OPC)を標識して、細胞を長期にわたって追跡した。その結果、OPCが成体の骨を再生するとともに、骨を恒常的に維持する重要な役割を果たしていることを見出した(図1)。

ゼブラフィッシュにおける骨芽前駆細胞(OPC)の源と骨再生

図1. ゼブラフィッシュにおける骨芽前駆細胞(OPC)の源と骨再生

このOPCは、個体発生の初期には体節にあり、個体の成長とともにヒレや鱗、その他の骨組織付近のニッチに休眠状態で保存される(図2、3)。

組織に傷害を与えるとOPCはニッチから移動して、骨芽細胞を形成して骨を作り、さらにOPC自身も自己複製して、新たにニッチを形成する。この細胞を長期に渡って追跡すると、OPCは再生時だけでなく、正常な組織が骨組織を新生する恒常性維持の際にも、骨芽細胞を供給していることがわかった。

トランスジェニック・ゼブラフィッシュを用いた骨芽前駆細胞(OPC)とそのニッチの可視化

図2. トランスジェニック・ゼブラフィッシュを用いた骨芽前駆細胞(OPC)とそのニッチの可視化

ゼブラフィッシュのヒレの節のニッチにおける骨芽前駆細胞(一部を緑で標識)。骨系列細胞のマーカー(赤)、細胞核(青)。骨芽前駆細胞は、樹状突起を持つ独特な形状と骨系列細胞のマーカーを発現している

図3.ゼブラフィッシュのヒレの節のニッチにおける骨芽前駆細胞(一部を緑で標識)。

骨系列細胞のマーカー(赤)、細胞核(青)。骨芽前駆細胞は、樹状突起を持つ独特な形状と骨系列細胞のマーカーを発現している

今後の展望

本研究により、骨再生・新生のキーとなっていたOPCを見出し、魚類における、骨の維持や再生の重要な仕組みの一端を明らかにした。この仕組みは、ヒトを含む他の脊椎動物でも同様の仕組みがあると考えられることから、今後、様々な骨疾患の原因解明や再生医療の進展に寄与する可能性がある。

用語説明

[用語1] 骨芽前駆細胞(OPC) : 個体発生期には体節の硬節と呼ばれる部分に存在し、再生や新生が必要となると骨芽細胞に分化して脊椎や手足の骨を作る。一方で、哺乳類における研究では、成体の骨芽細胞が骨髄の前駆細胞に由来し、骨芽前駆細胞を経て、骨芽細胞へ分化するとされている。しかしながら、発生期と成体の骨芽細胞の関係、骨芽前駆細胞についてはよくわかっていない。

[用語2] ニッチ : この場合のニッチとは、幹細胞や前駆細胞がその未分化な性質を維持するために必要な住処(微小環境)。

[用語3] 遺伝学的な細胞標識法 : Cre組み換え酵素による標的配列LoxPの組み換えなど、遺伝子導入などによって特定の細胞だけを蛍光タンパク質などで永続的に標識する方法。一度標識された細胞は、細胞分裂後もずっと蛍光タンパク質を発現し続け、1個の細胞が生涯にたどる運命を追跡できる。

論文情報

掲載誌 :
Developmental Cell
論文タイトル :
Osteoblast production by reserved progenitor cells in zebrafish bone regeneration and maintenance
著者 :
Kazunori Ando, Eri Shibata, Stefan Hans, Michael Brand, Atsushi Kawakami
DOI :

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生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
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科学技術創成研究院 研究公開「先端研究成果の社会実装に向けて」開催報告

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ホール前ロビーで行われたポスター展示
ホール前ロビーで行われたポスター展示

10月13日、本学すずかけ台キャンパスにて、「先端研究成果の社会実装に向けて」と題した講演会と研究室公開を開催しました。本学 科学技術創成研究院(IIR)は、4つの附置研究所、3つの研究センター、9個の研究ユニットから構成されており、本イベントは科学技術創成研究院で行われている研究や最新の研究成果について、企業をはじめとした学外の方々に広く紹介することを目的としています。

午前は、R2棟オープンコミュニケーションスペースにて、未来産業技術研究所の研究者6名による「未来研セミナー」を開催しました。

午後は、S8棟レクチャーホールにて、フロンティア材料研究所の細野秀雄教授・元素戦略研究センター長と、物質理工学院 応用化学系の菅野了次教授の講演会が行われました。細野教授は「電子化物の物質科学と応用展開:基礎と応用が分化する前が面白い」をテーマに、菅野教授は「全固体電池の実用化に向けた研究最前線について」と題して、最新の研究成果を発表しました。会場となったレクチャーホールには定員をはるかに超える聴衆で溢れ返りました。

講演後にレクチャーホール前のロビーで開催されたポスター展示では、多くの参加者が約70枚の研究ポスターを熱心に見ている姿が見受けられました。また、産学連携コーディネーターやURA(ユニバーシティー リサーチ アドミニストレーター)による共同研究等に関する相談会も開催しました。

普段は立ち入ることのできない研究室見学では、研究者による研究内容や研究施設の説明に耳を傾けていました。

当日はあいにくの雨天にもかかわらず、企業関係者、研究者、産学連携関係者の方など総勢152名の参加があり、本学の最新研究の動向に対する関心の高さが際だった催しとなりました。

細野教授による講演
細野教授による講演

菅野教授による講演
菅野教授による講演

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科学技術創成研究院

E-mail : openlab@iir.titech.ac.jp

11月8日16:15 本文中に誤字があったため、修正しました。

マクロライド排出ポンプの結晶構造解析に成功

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マクロライド排出ポンプの結晶構造解析に成功
―マクロライド系抗生物質の排出、病原性因子の分泌機構解明に光―

要点

  • 病原性細菌が持つ薬剤を排出するポンプの新しい構造が明らかになった
  • マクロライド系薬剤排出の仕組みが分かることで、マクロライド耐性克服の可能性
  • 病原性細菌が病原性の原因物質を分泌するためのポンプでもあり、その働きを抑制すれば病原菌の病原性を軽減できる可能性

概要

東京工業大学(以下、東工大)の村上聡教授と岡田有意助教は、大阪大学(以下、阪大)の山下栄樹准教授、英・ケンブリッジ大学(以下、ケンブリッジ大)のヘンドリック・ファン・ヴィーン上級講師らとともに、マクロライド排出ポンプ、MacBの原子レベルでの結晶構造解析に世界で初めて成功した。X線結晶解析により明らかになった構造により、緑膿菌、サルモネラ菌やアシネトバクターなどのグラム陰性細菌がどのようにしてマクロライド系抗生物質[用語1]を細胞外へ排出し、薬剤耐性化をもたらすのか?という仕組みが明らかになり、それを逆手にとることで耐性化問題克服への道が拓ける。さらにMacBは抗生物質排出のみならず、サルモネラ菌などが分泌する病原性の原因である病原性因子や毒素の分泌装置でもあり、MacBの働きを阻害することで、抗生物質の耐性化に歯止めが掛かるだけで無く、病原菌による病原性を軽減させることができるようになる。今回、この輸送体の分子実体が原子レベルで明らかになったことにより、阻害剤開発などの応用展開が期待される。この成果は、英国の科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に11月6日にオンライン掲載された。

研究成果

全てのグラム陰性細菌が細胞膜に備えている薬剤排出ポンプのうち、マクロライド排出ポンプ、MacBという新しいタイプの薬剤排出ポンプの結晶構造解析に成功した。日和見感染菌であるアシネトバクター由来MacBを結晶化し、大型放射光施設SPring-8でX線回折を測定し、構造解析を行った(図1)。

研究の背景

感染症はヒトの主な死因のひとつである。抗生物質が効かない薬剤耐性菌による感染症は、近年大きな社会問題である。薬剤が効かなくなる仕組みには数種あるが、そのうち薬剤排出ポンプは、薬剤を菌体外へと排出するポンプの様な蛋白質である。その分子実体を明らかにして、働きを阻害することは、薬剤耐性化問題の解決策として期待されている。また、近年の研究でこのポンプは薬剤の排出だけでなく、病原性細菌の病原性の原因物質を分泌する装置であることも分かってきた。そのためポンプの阻害は、薬剤耐性化克服だけでなく、病原菌の病原性低減にも有効であるとされ、その働く仕組みを本質的に理解し、働きを封じることが期待に集まっていた。

研究の経緯

研究チームを主宰する村上教授は薬剤排出ポンプの構造を2002年世界で初めて明らかにした。東工大着任後は、岡田助教を迎え今回構造を明らかにした新型ポンプに着目しX線結晶構造解析に着手、阪大、ケンブリッジ大との共同により、この度の構造解明にこぎ着けた。また、本年ノーベル化学賞を受けたクライオ電顕解析も行い、二枚の膜にまたがる巨大なポンプ複合体の構造も明らかにした(図2:本年5月にNature microbiologyに発表:こちらはケンブリッジ大グループが主著者)。今回の発表は、最も重要なポンプのエンジン部分にあたるMacBの構造を原子レベルで明らかにしたものである。

図1:MacBの結晶構造、図2:MacA-MacB-TolC複合体の構造モデル

緑膿菌、サルモネラ菌やアシネトバクターなどのグラム陰性細菌は細胞核と外膜の二枚の膜を持つ。その両方にまたがるダクト付きのポンプのような機構が存在し、効率よく細胞内から細胞外に抗生物質を排出したり、細胞毒素を分泌させる。ATPのエネルギーで駆動するこの機構のエンジン部分にあたるMacBの立体構造を明らかにした。

今後の展開

インフルエンザやエイズの治療薬開発では、原因蛋白質の立体構造を利用する合理的な薬剤設計(Structure based drug design)[用語2]の手法が用いられ、従来法に比べ、迅速且つ開発費を抑えた新薬開発が行われた。そのため、薬剤開発に際して、病態の責任蛋白質の立体構造情報は今では不可欠なものとなっている。今回MacBの構造が明らかになったことで、病原性細菌の薬剤耐性化克服へ向けた応用のほか、病原性毒素の分泌阻害への展開も期待される。細菌が抗生物質や抗菌剤による殺菌に対して抵抗性を示すことが耐性化を生む要因の一つであるとされており、今後は原因菌を死滅させず、害となる病原性を取り除く、いわば「虎を猫」にする治療法開発が薬剤耐性化を生まない新たな感染症治療法として期待されている。

用語説明

[用語1] マクロライド系抗生物質 : 現在最も使用されている抗生物質のひとつ

[用語2] Structure based drug design : 鍵と鍵穴に例えられる蛋白質による基質認識機の詳細な立体構造に基づき、それを填める化合物を合理的に設計する新薬開発方法

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Crystal structure of tripartite-type ABC transporter MacB from Acinetobacter baumannii
著者 :
Ui Okada, Eiki Yamashita, Arthur Neuberger, Mayu Morimoto, Hendrik W. van Veen, Satoshi Murakami
DOI :

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村上聡 教授

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大面積の分子配向を一段階で光パターン形成 ―「動的光重合」技術を開発し多彩な配向パターンを実現―

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要点

  • 多彩な分子の配向パターンを一段階で形成できる新手法「動的光重合」を新たに開発
  • 従来法に比べて、1万分の1ほどの微細化および光エネルギーの劇的な低減を実現
  • 非平衡状態を材料設計・創製へ取り込んだ新たなコンセプトを提案
  • 高精細フレキシブルディスプレーなどへの応用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の宍戸厚教授、久野恭平大学院生、カナダ・マギル大学 化学科のChristopher J. Barrett(クリストファー・バレット)准教授らの研究グループは、液晶など大面積の二次元的な分子配向パターンを自在に制御できる新たな光重合法[用語1]の開発に成功した。

露光される部分を移動しながら光照射することにより、分子の拡散や流動を引き起こし、この流れによって均一な配向パターンを形成した。また、光重合性液晶であれば化合物の分子骨格や重合反応の種類に依存せず、多彩な分子の配向にも成功した。特に分子が放射状に並んだパターンの作製では、従来の偏光を用いる光配向法[用語2]に比べて、1万分の1ほどの微細化および光エネルギーの劇的な低減を実現した。

ナノからマイクロスケールの微細な分子配向構造を大面積にわたり一段階でパターン形成できることから、これまでできなかった光の微細加工が可能になる。

今後、高精細フレキシブルディスプレーなどへの応用が期待される。

この成果は、2017年11月10日付(米国東海岸時間)の米国オンライン科学雑誌「Science Advances」に掲載された。

研究の背景

材料の機能は分子や分子集合体の構造および配向・配列構造などナノからマクロまでの空間スケールにわたる階層構造によって決定される。液体の流動性と結晶の異方性を有する液晶分子は外部刺激を加えることで簡便に階層構造を制御できるため、液晶ディスプレーを筆頭にフォトニクスからエレクトロニクスやソフトロボティクスまでの多種多様な高機能材料に展開されている。

近年では大面積にわたる二次元的な微細配向パターニングを液晶材料に施すことでユニークかつ高度な機能創出を実現しており、最も有力な手法として光配向法がある。色素を含む液晶系へ偏光[用語3]を照射すると、偏光方向に依存した分子配向をパターン形成できる(図1A)。

しかし、原理的に高価な偏光光源と光応答分子の組み合わせが欠かせなかった。さらに、二次元配向パターンの解像度は原理的にミリスケールのパターンが限界で、かつアレイ状パターンの形成には膨大な時間と光エネルギーが必要だった。

(A)既存の光配向法では、色素分子を添加した液晶系へ強度分布が均一な偏光を照射することで、分子配向を誘起する。(B)新たに開発した動的光重合では、動く光の照射により材料中に定常的な分子の拡散と流動を誘起し、その流れに従って分子配向を誘起する。
図1.
(A)既存の光配向法では、色素分子を添加した液晶系へ強度分布が均一な偏光を照射することで、分子配向を誘起する。(B)新たに開発した動的光重合では、動く光の照射により材料中に定常的な分子の拡散と流動を誘起し、その流れに従って分子配向を誘起する。

研究成果

宍戸教授らは重合性液晶分子の光重合過程において光を時空間的に動かすことで、二次元的な配向パターンが一段階で形成できる新手法「動的光重合」を新たに開発した(図1B)。光照射条件(形状、動き、強度)を変調するだけで、重合により様々な分子を自在に配向できる。

スリット状の光を一方向に動かしながら重合すると一軸分子配向パターンを大面積に形成できた。また、ドット状の光を並べて動かすことにより、螺旋状の周期的な分子配向を簡便に作成できた。さらに、同心円状の光を拡大して動かすことにより、放射状の分子配向をもったフィルムの作成にも成功した。この手法を用いることにより、様々な分子配向が規則的かつ微細に集積したフィルムを作成できる(図2)。

動的光重合により形成した多種多様な配向パターン例。(A)設計した分子配向パターン、(B)動く光の照射パターン、(C)作製した高分子フィルムの偏光顕微鏡観察結果。(D)アレイ放射状配向を作製するための光照射パターン(上)と偏光顕微鏡観察結果(下)。
図2.
動的光重合により形成した多種多様な配向パターン例。(A)設計した分子配向パターン、(B)動く光の照射パターン、(C)作製した高分子フィルムの偏光顕微鏡観察結果。(D)アレイ放射状配向を作製するための光照射パターン(上)と偏光顕微鏡観察結果(下)。

パターン露光により、放射状分子配向が規則的に集積することや幅2 µmの露光部の中でも放射状分子配向が誘起できることを確かめた。既存技術で作成できるパターンと比較して1万分の1の微細化に成功した。また、既存技術では集積するために、放射状分子配向を一つずつ作製する必要があったが、動的光重合法では任意のパターンを露光するだけで良い。色素や偏光が不要なうえ、必要な露光量も従来と比べて1/100に低下した。

光を照射した領域でのみ重合反応が起こるため、反応領域と非反応領域の間で化学ポテンシャルが異なる非平衡状態が生起する。その結果、領域境界に対して垂直方向に物質の拡散と流動が起こり、この流動方向に従い分子が均一に並ぶと考えられる。自然界で日常的に観察される物質の動きを駆動力にしているため、幅広い分子種を省エネルギープロセスで配向できる利点がある。

今回、開発した動的光重合法は光の動きで分子配向パターンを自在に設計できることから、新たな機能材料を簡便に創成できる利点がある。大面積一軸分子配向フィルムは次世代フレキシブルディスプレーのキーになる技術として、また大面積螺旋状分子配向フィルムは偏光を選択的に回折する偏光ホログラム素子として、さらに放射状分子配向フィルムは偏光が特異的に変化したベクトルビーム[用語4]作成素子として期待されている。

これらの機能材料は実現が望まれているものの、微細化と大面積化の両立や作成プロセスの煩雑さがボトルネックとなっていた。今回開発した技術は従来の課題を解決し、幅広い機能材料創成を可能にする基盤技術として有用である。

今後の展開

今回、開発した動的光重合技術は、既存の光配向法では困難なマイクロスケールな二次元分子配向パターンを大面積に形成できるため、新たな機能有機デバイス創成への貢献が期待される。さらに、色素も偏光光源も不要なため、工場の既存製造ラインに適用しやすい利点もある。今後は高精細フレキシブルディスプレーへの応用が見込まれる。

尚、本研究は、科学技術振興機構(JST)さきがけ「分子技術と新機能創出」研究領域(研究総括:加藤隆史教授(東京大学))の助成を受けています。

用語説明

[用語1] 光重合法 : 低分子量体から高分子量体(プラスチック)を形成するプロセスの一つであり、光照射により反応が開始する。

[用語2] 光配向法 : 液晶分子を特定の方向へ並べる手法の一つであり、ディスプレーやスマートフォンで実用されている。色素分子を含む液晶材料へ偏光を照射することで、色素分子が偏光方向に依存して並び、その方向へ液晶分子も並ぶ。

[用語3] 偏光 : 光は電磁波と呼ばれる波であり、互いに垂直な電場と磁場の振動の伝搬として記述できる。例えば、太陽光などの自然光はこの振動方向がランダムとなっている。一方、偏光とは特定の振動方向のみを有する光の総称である。

[用語4] ベクトルビーム : 通常のレーザー光とは異なり、光の中心強度がゼロでありドーナツ状の光強度分布を有する。さらにドーナツ形状に沿って偏光方向が周期的に変化する。特異な光形状および特性から、回折限界以下の非常に微細なレーザー加工や光マニピュレーション、超高解像度イメージング、スピントロニクスなど多岐にわたる応用に展開できる。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Scanning wave photopolymerization enables dye-free alignment patterning of liquid crystals
著者 :
K. Hisano, M. Aizawa, M. Ishizu, Y. Kurata, W. Nakano, N. Akamatsu, C. J. Barrett, A. Shishido
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所

宍戸厚 教授

E-mail : ashishid@res.titech.ac.jp
Tel : 045-925-5242

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部

グリーンイノベーショングループ

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2066

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科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

合成途上のタンパク質が故意に合成を中断する現象を発見 ―細胞内の環境変化を感知する新たなしくみ―

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要点

  • 合成中のタンパク質がリボソームを不安定化して合成を終了することがある
  • 負電荷を帯びたアミノ酸配列が連続するとリボソームが大小二つのユニットに解離してタンパク質合成を中断する
  • 合成中断のしくみは、細胞内のマグネシウムイオン濃度の感知に使われている

概要

東京工業大学の茶谷悠平研究員、丹羽達也助教、和泉貴士大学院生(研究当時修士課程2年)、菅田信幸大学院生(修士課程1年)、田口英樹教授、東京大学の長尾翌手可助教、鈴木勉教授、京都産業大学の千葉志信准教授、伊藤維昭シニアリサーチフェローの研究グループは、タンパク質が合成される途中で、リボソーム[用語1]の構造を不安定化することで、合成を終らせてしまうことがあることを発見、これが細胞の環境適応のために利用されていることを見出しました。

生命現象を担うタンパク質は、すべてリボソームというタンパク質合成装置で作られます。リボソームはDNAに書き込まれた遺伝暗号に従って、始点から終点までアミノ酸を一つずつ鎖状に繋げてタンパク質を合成します。最近、このアミノ酸を繋げていくスピードはいつも同じではなく、多くは途中で減速や一時停止することがわかってきました。

研究グループは、タンパク質合成過程で、アミノ酸の並び方によっては終点に至らなくてもリボソームを不安定化して合成を終了することを発見しました。さらに、この途中終了のしくみを細胞内のマグネシウムイオン濃度をモニターするのに使っていることも発見しました。これまでの分子生物学の常識では、タンパク質が合成される際の始点と終点は遺伝暗号により厳密に指定されていると考えられてきましたが、今回の発見で、DNAに刻み込まれた遺伝情報はタンパク質合成の途中終了も指令できることが判明しました。リボソームはタンパク質を合成する際大きな構造変化を余儀なくされるため、産みの苦しみとでも喩えられるような不安定化が起こることも示されました。この成果は、生命現象の理解を深めると同時に、有用タンパク質の生産などの応用へも波及効果が期待できます。

本研究成果は11月2日付けの米国の学術誌「Molecular Cell」電子版に掲載されました。

研究の背景と経緯

生命を支える機能分子であるタンパク質は、アミノ酸が連結した鎖(ポリペプチド鎖)が立体構造をつくったものです。この鎖のアミノ酸の並び方(配列)はDNA配列に書き込まれています。ポリペプチド鎖は、リボソームというタンパク質合成装置がDNA配列の写し(メッセンジャーRNA)に存在する始点(開始コドン)から20種類のアミノ酸を遺伝暗号に従って一つ一つ選んで連結し、終点(終止コドン)で鎖がリボソームから離れることによってできてきます。

リボソームでタンパク質が作られる過程は「翻訳」と呼ばれ、私たちヒトを含む全生物のタンパク質は全て例外なく翻訳を経て生まれてきます。従来は、リボソームでアミノ酸を連結していく過程で新たに生まれてくるポリペプチド鎖(新生鎖)は停滞することなく合成されると考えられていました。

最近の本研究グループの研究などから、新生鎖はアミノ酸配列によっては作り手であるリボソームに直接働きかけて翻訳のスピードにブレーキをかけるなど、翻訳には「緩急のリズム」が広範に存在することがわかってきました。

つまり、翻訳の産物である新生鎖が翻訳の進行自体に積極的に関わることが明らかにされたのです。研究グループは、翻訳速度を制御するアミノ酸配列を詳細に調べる過程で、合成途上のタンパク質が、リボソームに対して新たな作用を及ぼすことを見つけました。それは、リボソームの不安定化による翻訳中途終了です。

研究内容と成果

研究グループは、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)が10回程度連続した配列、もしくは酸性アミノ酸とプロリンというアミノ酸が交互に連なった配列を含むタンパク質を大腸菌の再構成型無細胞翻訳系[用語2]で翻訳させた際に、翻訳が中途で終わることを見つけました。この中途終了が起こるとき、これらのアミノ酸配列を合成するリボソームが新生鎖の作用によって不安定化(IRD = intrinsic ribosome destabilizationと命名)し、最終的にリボソームが大小サブユニットに解離してしまいます(図1)。細胞内で数千から数万種類のタンパク質の合成を担うリボソームには、多様なアミノ酸配列の組み合わせを自在に連結する能力があると考えられてきましたが、自らが合成しつつある新生鎖によってリボソームが翻訳中に不安定化する現象(IRD)の発見は、翻訳が潜在的に中断のリスクを伴いながら進行するものであることを示しています。IRDを引き起こすアミノ酸配列を含むタンパク質は、合成が「最後」まで完了できない事態に陥ります。

新たに合成されてきたタンパク質によるリボソームの不安定化と合成の途中終了

図1. 新たに合成されてきたタンパク質によるリボソームの不安定化と合成の途中終了

リボソームは多様なアミノ酸配列の組み合わせを自在に連結する能力があると考えられていたが、酸性アミノ酸の連続配列などの合成時には、合成されてきたタンパク質(新生鎖)によってリボソーム自身が不安定化(IRD)し、リボソームが大小のサブユニットに解離する。結果的にタンパク質合成は終点まで到達しないまま途中で終了する。

この一見リボソームの欠陥にも見えるIRD現象は生物にとって、どのような意味があるのでしょうか?

研究グループは、生物がIRDに対抗する機構も持っていることを発見しています。そこで、この機構が損なわれてリボソームが若干不安定になりIRDが起こりやすい大腸菌の変異株を用いて細胞内のタンパク質全体(プロテオーム)を解析しました。その結果、変異株では野生株に比べ、多くのタンパク質の発現量が変動すること、特にマグネシウムを細胞内に運ぶ膜輸送タンパク質の一つMgtAが10倍以上多く発現していることを見出しました。興味深いことにMgtAの発現を制御する遺伝子(mgtL)はIRD配列を持っていました。解析の結果、大腸菌は野生株においても細胞内のマグネシウム濃度に応じてmgtLのIRD配列を使った特殊な機構でMgtAの発現量を調節していることがわかりました。

マグネシウムイオンは細胞内の多くの生命現象に必須の金属イオンで、中でもリボソームを安定化することで翻訳に必須です。そこで、大腸菌はマグネシウムイオンが生育環境中で少なくなった際、mgtLのIRD配列を介してMgtAを大量に発現させてマグネシウムイオン濃度を高めるしくみを準備したと考えられます。つまり、生物はIRD現象を逆手にとって細胞内の環境変化をモニターするしくみを持っていることがわかりました(図2)。

新生鎖に依存したリボソーム不安定化による細胞内マグネシウムイオン感知機構

図2. 新生鎖に依存したリボソーム不安定化による細胞内マグネシウムイオン感知機構

マグネシウムを細胞内に運ぶ膜輸送タンパク質MgtAの発現を制御する遺伝子(mgtL)にはリボソーム不安定化配列があり、細胞内マグネシウムイオン濃度が低いときに翻訳が中断する。mgtLが翻訳中断するとMgtAの合成がオンになるメカニズムがあり、結果としてMgtAの大量発現によって細胞内のマグネシウムイオン濃度が高くなると考えられる。

今後の展開

生命現象を説明するセントラルドグマ[用語3]では、タンパク質はメッセンジャーRNAに存在する開始コドンから終止コドンまでリボソームがアミノ酸を途切れなく合成するものだと考えられていました。本研究では、アミノ酸配列にはタンパク質の立体構造の情報が書き込まれているだけでなく、自らを合成する装置の安定性を左右して翻訳を中途で終了させる働きまで潜んでいることを明らかにしました。これは、遺伝情報の発現を基礎とする生命現象の理解を深めるものです。

生命のセントラルドグマにおけるリボソーム不安定化現象の位置付け

図3. 生命のセントラルドグマにおけるリボソーム不安定化現象の位置付け

DNA→RNA→タンパク質という遺伝情報の流れ(セントラルドグマ)において、遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列の情報をDNA配列に書き込んでいる。このアミノ酸配列情報にはタンパク質の立体構造の情報に加えて、翻訳速度の調節や翻訳を途中終了させる情報も書き込まれていることがわかってきた。

さらに、本研究で発見されたアミノ酸配列をきっかけとして、今後さらに翻訳を途中終了させるアミノ酸配列が広く見つかる可能性があります。つまり、これまでの生命科学では翻訳の途中終了は考慮されていなかったため、今回の発見は、生命科学が関与する様々な応用研究に展開できると考えられます。

例えば、有用タンパク質を異種の生物で発現させる際にうまくいかない理由の一つに今回見つけたような翻訳の途上終結配列があることが予想できます。これまで作ることができなかったバイオ医薬など有用タンパク質の生産が本研究を契機に可能になることが期待できます。また、今回見つけたような環境応答機構がマグネシウム輸送系以外にも働いていることが予測され、遺伝子発現調節研究に新たな視点を導入する結果となりました。

用語説明

[用語1] リボソーム : RNAとタンパク質からなる巨大な複合体で、メッセンジャーRNAの塩基配列を読み取って、そこに書き込まれている遺伝暗号に従い20種類あるアミノ酸を選んで特定の順番に繋げていくことにより、タンパク質の鎖(ポリペプチド鎖)を合成する。

[用語2] 再構成型無細胞翻訳系 : タンパク質を合成するに必須の因子だけから 構成された試験管内でのタンパク質合成(翻訳)系。

[用語3] セントラルドグマ : DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した分子生物学の根幹をなす概念のこと。大きくは、DNAの塩基配列の情報がメッセンジャーRNAに写される「転写」と、メッセンジャーRNA、トランスファーRNA、およびリボソームの共同作用でタンパク質を合成する「翻訳」に分かれる。

論文情報

掲載誌 :
Molecular Cell 68, 528–539 (2017)
論文タイトル :
Intrinsic ribosome destabilization underlies translation and provides an organism with a strategy of environmental sensing(和訳:内発的なリボソームの不安定化が遺伝情報の翻訳過程に付随し、環境応答戦略に利用される)
著者 :
Y. Chadani, T. Niwa, T. Izumi, N. Sugata, A. Nagao, T. Suzuki, S. Chiba, K. Ito* and H. Taguchi*:
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
細胞制御工学研究センター

田口英樹 教授

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Tel : 045-924-5785 / Fax : 045-924-5785

京都産業大学 総合生命科学部 シニアリサーチフェロー

伊藤維昭

E-mail : kito@cc.kyoto-su.ac.jp
Tel : 075-705-2972 / Fax : 075-705-2972

取材申し込み先

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広報・地域連携部門

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長寿命核分裂生成物を飛躍的に短寿命化する高速炉技術を利用した核変換システムを提案

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長寿命核分裂生成物を飛躍的に短寿命化する高速炉技術を利用した核変換システムを提案
―発電とともに将来世代の負担軽減と核不拡散に貢献―

要点

  • 早期展開可能な長寿命放射性廃棄物処理用の小型高速炉技術を利用した核変換システム提案
  • 寿命が長く遠い将来世代に負担となる核分裂生成物の大幅な短半減期化を実現可能
  • 従来研究よりも広範な長寿命核分裂生成物を対象に高効率の核変換を実現可能
  • 原子力発電が生成する放射性物質を閉じ込めつつ減容し、発電にも貢献

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の千葉敏教授と奥村森研究員、東北大学の若林利男名誉教授、東京都市大学の高木直行教授、日本原子力研究開発機構の舘義昭氏らのグループは、原子力発電所から発生する放射性廃棄物に含まれる長寿命の核分裂生成物(LLFP)[用語1]を短寿命の核種に変換して無害化するシステムを提案した。

小型高速炉[用語2]の炉心周辺部分に、新規に提案する減速材[用語3]とともにLLFPを配置して中性子を吸収させ、これを炉心部で生成されるよりも早いペースで短寿命核種に変換する技術である。開発の進んだ小型高速炉技術を使用するため早期に展開でき、かつ軽水炉からの蓄積プルトニウム[用語4]を燃料として消費し、将来的には核軍縮に伴って発生する解体核兵器中のプルトニウム[用語5]の有効利用も可能になる。

本研究では、国内に蓄積した使用済核燃料[用語6]中のLLFP全量を元素組成のまま10基程度(今後の最適化により削減も可能)の小型高速炉で処理し、発電しつつLLFPを高速炉システム内に閉じ込めることで、放射性廃棄物を将来世代の負担とならないよう減量・短寿命化できるシステムの構築可能性を示した。これにより、次世代原子力システムとして実用化が期待される高速炉のポテンシャルに新たな可能性を示すことになり、社会的受容性の向上にも貢献するものである。

本研究は文部科学省原子力システム研究開発事業により東京工業大学が委託を受けた平成28年度「「もんじゅ」を活用したLLFP核変換システムの研究開発」および平成29年度「高速炉を活用したLLFP核変換システムの研究開発」の成果である。研究成果はSpringer Nature社の専門誌「Scientific Reports誌」に10月24日にオンライン掲載された。

研究成果

使用済核燃料に含まれる核分裂生成物(FP)の中には長寿命の核分裂生成物(LLFP)が存在する。代表的なものとしては、セレン(Se-79、半減期30万年)、ジルコニウム(Zr-93、同153万年)、テクネシウム(Tc-99、同21万年)、パラジウム(Pd-107、同650万年)、スズ(Sn-126、同23万年)、ヨウ素(I-129、同1570万年)、セシウム(Cs-135、同230万年)がある。

今回の研究では従来に比べて高い効率のLLFP核変換を実現するため、開発実績のある小型高速炉技術を活用する革新的な核変換システム概念を構築した。高速炉の使用済核燃料に含まれるLLFPを含む新規の減速材入りターゲット要素を提案し、それを炉心周辺部に配置することで、高速炉で利用可能な核分裂で発生した余剰の中性子を効率的に吸収させる。それにより、従来の核燃料サイクルシステムを大幅に変更することなく早期に展開でき、高効率の放射性廃棄物減容・有害度低減に寄与するシステムである。

提案したシステムは、生成量が少なく中性子との反応性が極端に低いSn-126を除く6種類のLLFPに対して、高速炉から排出される同位体組成のまま(つまり同位体分離[用語7]などの付加的な処理を行わず)、実効半減期(装荷した重量が半分になる時間)を物理的な半減期に比べて飛躍的に低減し、また高速炉の炉心で生成される量よりも多くのLLFPを無害な核種に変換することができる。

長寿命核種の潜在的毒性変化

図1. 長寿命核種の潜在的毒性変化

また、本提案の高速炉では、これまでの軽水炉で生成し蓄積したプルトニウム(Pu)を燃料として活用し、将来は解体核兵器から排出されたPuを利用することで核不拡散と核軍縮にも貢献できる。これらを高速炉本来の目的の発電と同時に行い、さらに地層処分[用語8]の環境負荷リスクを低減することが可能になる。

本核変換システムでは、国内の軽水炉により生成されるLLFPについても10基程度の小型高速炉で処理可能な見通しである。また、最適化によりこの基数をさらに削減することも可能である。

研究の背景

使用済核燃料中にはマイナーアクチニド(MA)[用語9]とLLFPという長寿命の放射性核種が含まれている。使用済み核燃料の処理・処分に関するバックエンド分野の研究では、MAは放射性廃棄物の潜在的毒性[用語10]の主要元素群である(図1参照)。すでに国内にはこれまで使用してきた1.7万トンもの使用済核燃料が保管されている。後世の負担としないため、また核不拡散の観点からもこれらは日本国内で、我々の世代が検討すべき課題である。このため、日本国内に放射性廃棄物の最終処分場を建設するには、最小限の面積とし、環境への負荷も最小化する必要がある。

処分場面積の節約には、発熱性核種である一部の核分裂生成物(FP:例えば90Srなど)やMAなどの長寿命核種を除去することが有効である。このため、これまでの研究では主にMAをターゲットとした研究が行われてきた。さらに、LLFPについても図2及び後述のように放射性廃棄物の処分に伴う放射線リスクを低減し、処分技術のより一層の信頼性向上に貢献できる可能性がある。

以上のことから、MAやLLFPといった超長期にわたる放射能を有する核種を短寿命または安定した核種に変換することで地層処分場に送る廃棄物を減容、またはサイクル内に閉じ込める技術が重要である。

原子力エネルギーシステムは、安全性に優れ、放射性廃棄物による環境負荷を効果的に低減し、環境と調和する高い可能性を秘めている。このような観点からMAの核変換とともにLLFPの核変換も重要な課題である。

100万年までは、Cs-135、Se-79、Zr-93などのLLFPが支配的。その後はMA。

HLWガラス固化体4万本からの公衆被ばく

HLWガラス固化体4万本からの公衆被ばく

JNC TN1400 99-023(第二次取りまとめ)と同条件の評価

I-129が支配的。

TRU廃棄物(HLWガラス固化体4万本相当)からの公衆被ばく

TRU廃棄物(HLWガラス固化体4万本相当)からの公衆被ばく

JNC TY1400 2001-001 図4、5、6-1(a)

図2. 地層処分された長寿命核種の公衆被ばくへの影響(科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会 群分離・核変換技術評価作業部会(第2回)日本原子力研究開発機構の資料)

LLFP核変換は、不確実性を伴う超長期の放射性廃棄物処分リスクを低減し、地層処分の安全性を一般社会にわかりやすい形で提示すること、そして原子力の信頼性を取り戻し、さらに一層高めるために有効である。長期間に亘って線量因子となる主要核種としては、I-129(半減期1570万年)、Tc-99(同21万年)、Se-79(同30万年)、Zr-93(同153万年)、Pd-107(同650万年)、Cs-135(同230万年)があり、これらに着目し、安定核種に変換する「核変換」が有効と考えられる。高速炉では1回の核分裂で発生する中性子数が多いため、多くの中性子を消費する核変換システムに、適していると考えられている。日本では、高速増殖原型炉「もんじゅ」が運転再開に要する期間や費用、今後の不確実性等を考慮し、廃止措置に移行することとなったが、世界的な潮流としては、ウラン資源の枯渇リスクに対応するエネルギー供給源として高速炉には大きな期待が寄せられている。実際にフランス、ロシア、中国、インドなどの国々では炉の運転実績もあり今後も高速炉の建設が計画されている。我々は、これまで日本で蓄積されてきた高速炉技術を生かしつつ放射性廃棄物処分リスクを低減する方法として、高速炉を利用した核変換システムの検討を行ってきた。高速炉を用いたLLFP核変換に関する先行研究では、中性子との反応性の高いTc-99及びI-129にターゲットを絞って行われてきた。原子炉内での生成量がこれらの核種よりも多くかつ核変換効率の低いZr-93やCs-135、または全6核種同時に核変換を実現するには、同位体分離といった技術的にも実現が難しいと考えられている付加的な処理プロセスが必要とされてきた。

そこで本研究では、高速炉の使用済核燃料中の6核種のLLFPについて、同位体分離を行わずに高速炉内で核変換により減容することにより、高速炉サイクル内から廃棄物をできるだけ出さない実現性の高い核変換システムを提案した。

研究の経緯

今回の研究開発は核変換研究に実績のある東工大、東京都市大、東北大、日本原子力研究開発機構が連携して行った。LLFP核変換のための炉心設計評価、システム設計は東工大、東京都市大、東北大が中心となって進め、核変換解析に用いるLLFPの化学形態の選定は原子力機構が担当した。画期的な減速材を用いた核変換ターゲットとして、二つのアイディアを基本として検討した。一つは、中性子を減速しLLFPに吸収されやすくするための減速材として水素化イットリウム(YH2)、重水素化イットリウム(YD2)、同ジルコニウム(ZrH2, ZrD2)などをLLFPに均質に混合圧縮成型したものである。もう一つは複合型ペレットである。これは減速材ペレットに複数個の穴を開け、その中にLLFPの混合粉を封入したものである。これらのペレットを被覆管に封入し、核変換ターゲット集合体として束ね(「もんじゅ」相当の場合、61本)、炉心周辺のブランケット領域に装荷することを基本とした。その結果、重水素化イットリウム(YD2)の減速材としての有効性とともに、同位体分離を必要としないLLFP核変換システムが出来る可能性を見出した。

ブランケット領域に核変換ターゲット集合体を装荷した理由は、高速炉の余剰中性子を有効に利用できることと、高速炉の炉心特性への影響をなるべく小さくすることができるためである。これらを用いるより効率的な集合体装荷パターンなどの最適化は今後の課題である。

今後の展開

今回の研究で明示したのは高速炉サイクルにおけるLLFPの削減可能性である。軽水炉からのLLFPについては、同位体組成が異なるため一部の核種では一時的に量が増加する可能性もあるが、地層処分せずに高速炉サイクル中に封入して地層処分の負担を軽減できることは同じである。

ただし、Puの増殖を行わないシステムであるため、燃料となるPuの一部を外部から供給する必要がある。このため軽水炉サイクルで蓄積したPuの利用や解体核兵器から発生するPuの利用を想定し、軽水炉からのLLFPを核変換した後は、今回提示した高速炉サイクルからのLLFP核変換に移行するシナリオを考えている。ターゲットの再処理等での回収漏れ分は地層処分に回ることになる。今後、各プロセスでの物量評価を行い、原子炉での照射条件についても最適化を行い、最小基数で最大の効果を上げるシステムの提案を定量的に行う予定である。

従来に比べて飛躍的に高い核変換率を達成することは、高速炉での核変換の実現性を明らかにするとともに、高速炉の多様な利用の可能性を示すことになり、高速炉技術の維持発展にも寄与することになる。また、日本国内のみならず今後原子力発電を保有する国々においても使用済核燃料から発生する放射性廃棄物の減容がいずれは重要な課題となることは明らかで、広義にも原子力技術の発展に寄与する研究である。

高速炉は核燃料サイクルの中核装置であり、それを開発するための技術基盤を維持することは我が国のような資源小国にとっては不可欠である。核燃料の増殖とMAの核変換を目指す大型高速増殖炉開発がフランスなどとの共同開発を軸に検討されているが、今回の研究で既に建設経験のある「もんじゅ」クラスの小型高速炉を放射性廃棄物減容及び核不拡散にも寄与できる装置として有効活用する新たな方法が明確化された。我が国はそれを開発する技術力を有しており、国情によって異なる原子力情勢に適切に対応できるこのような独自技術を維持・保有し発展させることはエネルギーセキュリティーの観点から重要である。

用語説明

[用語1] 核分裂生成物(LLFP) : Long Lived Fission Productsの略。使用済み核燃料に含まれる核分裂生成物のうち、特に半減期の長い7核種を示すセレン(Se-79、半減期30万年)、ジルコニウム(Zr-93、同153万年)、テクネシウム(Tc-99、同21万年)、パラジウム(Pd-107、同650万年)、スズ(Sn-126、同23万年)、ヨウ素(I-129、同1570万年)、セシウム(Cs-135、同230万年)。本研究ではこのうちSn-126を除く6核種を同時に短半減期(または安定核種)に変換するシステムを提案した。

[用語2] 高速炉 : 核分裂で発生する中性子を減速させることなく次の核分裂に利用する原子炉。特にプルトニウムにおいて、核分裂の起きる中性子のエネルギーが高いほど吸収された中性子あたりに発生する中性子が多く、また燃料以外への中性子吸収が減少する。その分、原子炉の運転維持以外に利用できる余剰中性子が増し、核燃料の増殖や不要核種の変換に回すことが可能である。

[用語3] 減速材 : 核分裂で発生する中性子と衝突して中性子のエネルギーを減らすために用いられる物質。一般に中性子捕獲断面積や核分裂断面積は核分裂で発生する中性子の持つエネルギーより低いエネルギーで大きいため、中性子エネルギーの調整のために用いられる。

[用語4] 軽水炉からの蓄積プルトニウム : 軽水炉でもウラン燃料のうちU-238が中性子を捕獲して核燃料となるプルトニウムが生成する。我が国ではこれまでの原子力発電に伴って47トンのプルトニウムが生成した。

[用語5] 解体核兵器中のプルトニウム : 解体された核兵器から排出されるプルトニウム。核軍縮が進むにつれその保管や処理が問題となるが、高速炉で燃料として利用すれば電力の供給源として有効利用される。余剰プルトニウムとも呼ばれる。

[用語6] 使用済核燃料 : 原子炉で使用された核燃料。核分裂や中性子捕獲反応に伴って生じた強い放射能を有している。

[用語7] 同位体分離 : 放射性廃棄物の特定の元素はいくつかの同位体(原子番号が同じで中性子の数が異なる原子核)からなる。同位体分離は、そのうち特定の中性子数を持つ原子核を分離する技術であるが、核分裂生成物の領域では有効な方法が見つかっていない。

[用語8] 地層処分 : 原子炉から発生する放射性物質を地下に作った施設で保管すること。放射能の弱い物質は地上付近に保管し、強い物質は地下数百メートル程度に保管する。長期保管に適した地盤が選定される。

[用語9] マイナーアクチニド(MA) : 核燃料のウランやプルトニウムが中性子捕獲とβ崩壊を繰り返して原子炉中で生成されるネプチニウム、アメリシウム、キュリウムなどのウランより原子番号が大きくプルトニウムを除いた元素。高速炉では燃料として利用可能である。

[用語10] 放射性廃棄物の潜在的毒性 : 放射性物質が人体内に入ったときにどれだけ害をもたらすかは放射能の強さのみならず、蓄積する部位や放射線のエネルギーや種類によって異なる。放射性物質の人体への影響を与える度合いを核種ごとに数値化した量を潜在的毒性と呼ぶ。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Method to Reduce Long-lived Fission Products by Nuclear Transmutations with Fast Spectrum Reactors
著者 :
Satoshi Chiba, Toshio Wakabayashi, Yoshiaki Tachi, Naoyuki Takaki, Atsunori Terashima, Shin Okumura, Tadashi Yoshida
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所

千葉敏 教授

E-mail : chiba.satoshi@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ありふれた物質でテラヘルツ波を可視光に変換 ―ナノ空間に閉じ込められた酸素イオンを振動させて発光―

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要点

  • 遠赤外線の一種であるテラヘルツ波を可視光に変換
  • 石灰とアルミナのみで構成される結晶(C12A7)が波長変換の機能
  • ありふれた元素を使って有用な機能を創出(元素戦略)

概要

赤外線[用語1]より波長の長い電磁波であるテラヘルツ波[用語2]は、金属以外の物質を良く透過することから空港等のセキュリティー検査に応用されている他、核融合プラズマの高周波加熱装置や次世代の大容量無線通信帯域としての利用も期待されています。しかしながら、テラヘルツ波は分子の非常に弱い振動や回転にのみ作用するので検出が困難です。

このような背景の中、東京工業大学の細野 秀雄 教授、戸田 喜丈 特任講師らのグループは、弘前大学の石山 新太郎 教授、福井大学の出原 敏孝 特命教授、パシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)のピーター・スシュコ 博士らと共同で、石灰(CAO)とアルミナ(AL2O3)から構成される化合物12CaO・7Al2O3(以下、C12A7)がテラヘルツ波を吸収し、容易に視認できる可視光に変換できることを見出しました。この特性は、ナノサイズのケージ中に閉じ込められている酸素イオンの振動がテラヘルツ波を吸収することにより誘起されるため生じることが分かりました。酸素イオンは狭いケージの中で強制的に振動させられることにより、ケージの内壁と繰り返し衝突し、励起され発光します。C12A7はアルミナセメントの構成成分の一つで、安価で環境にやさしい物質です。室温・空気中で安定な電子化物は、そのケージ中の酸素イオンを電子で置き換えることで初めて実現するなど、いろいろな機能が見出されてきました。それらの機能に加えて今回、遠赤外光の可視光変換という新しい機能が見出されたことになります。

本成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>、福井大学 遠赤外領域開発研究センターの公募型共同研究の支援も一部受けたものです。

また本成果は、11月3日に米国化学会の論文誌ACS Nano(エイシーエス ナノ)のオンライン速報版に掲載されました。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

JST戦略的創造研究推進事業 ACCEL

研究開発課題名
:「エレクトライドの物質科学と応用展開」
研究代表者
:細野 秀雄(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授、元素戦略研究センター長)
プログラムマネージャー
:横山 壽治(科学技術振興機構)
研究開発期間
:平成25年10月~平成30年3月

研究の背景

遠赤外線の一種であるテラヘルツ波は、金属以外の物質を良く透過し、X線よりも照射による人体への影響が格段に小さいことから、空港等のセキュリティー検査に応用されています。また、テラヘルツ波は従来の無線通信で利用されているギガヘルツ帯域よりも高周波数なので、核融合プラズマの高周波加熱装置や次世代の大容量無線通信への応用も期待されています。しかしながら、テラヘルツ波は分子の振動や回転のような非常に微弱なエネルギーの運動にしか作用しないため、検出が困難という問題点がありました。

本研究で得られた結果と知見

C12A7は、アルミナセメントの成分の一つで、クラーク数が1、3、5の酸素、アルミニウム、カルシウムという極めてありふれた元素のみから構成されています。図1のように内径0.4ナノメートル程度の籠(かご)状の骨格が面を共有して繋がった結晶構造をしており、この籠には1/6の割合で酸素イオン(O2-)が含まれています。この酸素イオンは結晶骨格よりも弱い力で籠の中に閉じ込められています。

このC12A7にジャイロトロン[用語3]により生成される0.1~0.3 THzのテラヘルツ波を照射したところ、図2の写真に示すように通常の明るさの下で、十分な視認ができるほどの可視光の発光が生じることを見出しました。この発光はテラヘルツ波照射の停止と同時に速やかに停止します。発光のスペクトルの解析から、その由来は酸素イオンであることが分かりました。第一原理計算[用語4]の結果から、テラヘルツ波によりC12A7の籠の中の酸素イオンの振動が優先的に誘起されることが分かりました(図3)。この振動の誘起により酸素イオンはC12A7の籠の内壁に連続的に衝突を繰り返すことになります。この衝突のエネルギーが蓄積することにより、以下のような2種類の酸素の励起状態が生成し、そこから可視発光することが分かりました。

1.
酸素イオンO2-が酸素原子O0と2つの電子が解離する寸前までに至った励起状態
2.
1で生じたO0がケージの壁を越えて結合しO2を形成し、さらにそこに電子が捕らえられることで生じるO2-の電子レベルの励起状態

すなわち、テラヘルツ波をケージ中の酸素イオンが吸収し、それによって酸素イオンのケージ内での振動が生じます。そうすると、ケージの壁と衝突することになります。この衝突によって、酸素イオンから酸素原子、酸素分子と電子に過渡的に変換されます。そして、そこから元に戻る際に可視発光が生じると考えられます。波長の長い光をナノ空間に閉じこめられた酸素イオンが吸収し、それによって空間内の運動が活発化し、壁との衝突のエネルギーによって、酸素イオンの電子を高いエネルギー状態にし、そこから元に戻るときに波長の短い可視光を発するということです。照射したテラヘルツ波の波長は3,000~9,000 μM、発光波長は0.6 μMですので、波長を約1万分の1まで短くすることができたことになります。稀にみる光の波長のアップコンバージョン(上方変換)といえます。

C12A7の結晶構造。ナノメートルサイズの籠から構成されています。籠の内部には酸素イオン(紺色、O2-)が入っています。

図1. C12A7の結晶構造

ナノメートルサイズの籠から構成されています。籠の内部には酸素イオン(紺色、O2-)が入っています。

ジャイロトロンより生成したテラヘルツ波(出力:約50 W)を照射したC12A7単結晶。試料ホルダーの石英ガラスにも同様に照射されていますが、発光はC12A7のみで起こっていることが確認できます。テラヘルツ波の照射を停止すると発光も速やかに停止します。右は発光のスペクトルです。可視光領域で発光していることが分かります。

図2. ジャイロトロンより生成したテラヘルツ波(出力:約50 W)を照射したC12A7単結晶

試料ホルダーの石英ガラスにも同様に照射されていますが、発光はC12A7のみで起こっていることが確認できます。テラヘルツ波の照射を停止すると発光も速やかに停止します。右は発光のスペクトルです。可視光領域で発光していることが分かります。

第一原理計算で予測したテラヘルツ波に誘起されるC12A7の籠の中での酸素イオンの運動。籠の長軸方向に振動します。C12A7の内壁に繰り返し衝突することにより、酸素イオンが発光に必要十分なエネルギーを蓄積し、酸素原子と電子に分かれます。(1)酸素原子は更に励起され、定常状態に戻る際に発光します。(2)酸素原子同士が結合し、酸素分子を形成します。C12A7のケージ内では中性のO2よりもO2-になった方が安定なので電子と結合します。その際に発光します。

図3. 第一原理計算で予測したテラヘルツ波に誘起されるC12A7の籠の中での酸素イオンの運動。

籠の長軸方向に振動します。C12A7の内壁に繰り返し衝突することにより、酸素イオンが発光に必要十分なエネルギーを蓄積し、酸素原子と電子に分かれます。
(1)酸素原子は更に励起され、定常状態に戻る際に発光します。
(2)酸素原子同士が結合し、酸素分子を形成します。C12A7のケージ内では中性のO2よりもO2-になった方が安定なので電子と結合します。その際に発光します。

研究の今後の展開と波及効果

今回の成果は、セメントの構成成分でもある、安価な化合物C12A7のみを使用し、検出の困難なテラヘルツ波を可視光に変換できることを示しました。これにより、テラヘルツ波検出のための装置の簡略化が期待できます。また、C12A7のナノケージには酸素イオンの他、水素物イオンやハロゲンや金のアニオンなども取り込むことが可能です。これらのイオンの振動を励起する波長のテラヘルツ波を照射すれば、酸素イオンの場合とは異なった色の発光や元素プラズマ[用語5]が得られるものと考えられます。

これまでC12A7というありふれた元素から構成される物質を舞台に、電気伝導性、超伝導、電子放出源、アンモニア合成触媒、二酸化炭素再資源化のための還元作用などいろいろな機能を開拓してきました(元素戦略)が、今回は遠赤外光の可視光への波長変換という新しい機能が見出されました。ありふれた元素から構成されていても、そのナノ構造由来の多種多様な機能を有していることが分かります。我々はC12A7に限らず、元素の組み合わせとナノ構造に着目することで未知の新しい機能を見出すことができるのではないかと期待しています。

用語説明

[用語1] 赤外線 : 赤色光で波長0.74~1,000 μm領域に相当する電磁波。

[用語2] テラヘルツ波 : 遠赤外線領域の特定の範囲内(0.1~10 THz)の光の帯域の総称。電子レンジや現在の無線通信で主に使用されている帯域は2.5~5 GHzでテラヘルツ波の約1/1,000の周波数です。

[用語3] ジャイロトロン : 福井大学遠赤外領域開発研究センターで開発された「ジャイロトロン」はテラヘルツ光を高効率に出力することができる唯一の装置。電子レンジで使用されているマグネトロンと同様に真空の中で電子を高速回転(ジャイロ運動)させることにより特定の周波数の光を高出力で連続的に生成することができます。

[用語4] 第一原理計算 : 実験データなどを使わないで非経験的に構造、物性予想や、物理、化学機構の解明を行う計算手法。

[用語5] プラズマ : 高温加熱や電気的衝撃などによって正、負の荷電粒子に乖離された電離気体状態。

論文情報

掲載誌 :
ACS Nano(エイシーエス ナノ)
論文タイトル :
"Rattling of Oxygen Ions in a Sub-Nanometer Sized Cage Convert Terahertz Radiation to Visible Light."
和訳:サブナノメータ―サイズの籠内での酸素イオンのラトリングによるテラヘルツ波の可視光への変換)
著者 :
戸田喜丈、石山新太郎、Khutoryan Eduard、出原敏孝、松石聡、Sushko Peter V.、細野秀雄
DOI :

研究に関して

東京工業大学 科学技術創成研究院

フロンティア材料研究所 元素戦略研究センター長

細野秀雄 教授

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

弘前大学 大学院理工学研究科

石山新太郎 教授

E-mail : ishiyama.shintaro@hirosaki-u.ac.jp
Tel / Fax : 0172-39-3532

福井大学 遠赤外領域開発研究センター

出原敏孝 特命教授

E-mail : idehara@fir.u-fukui.ac.jp
Tel : 0776-27-8657 / Fax : 0776-27-8770

JSTの事業に関して

科学技術振興機構 戦略研究推進部 ACCELグループ

寺下大地

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未利用光を利用可能な波長に変換する新しい材料プラットフォームを開発

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未利用光を利用可能な波長に変換する新しい材料プラットフォームを開発
―深共晶溶媒により多くの長所を実現したフォトン・アップコンバーター―

要点

  • 近年注目を集める新しい流体「深共晶溶媒」を用いた光波長変換材料を開発
  • 深共晶溶媒は安価・低環境負荷・難燃・難揮発で安全な“グリーン”液体
  • 高いアップコンバージョン効率と様々な長所を同時に実現、応用実現に道

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授らは、太陽電池や光触媒などの様々な光利用技術で利用されずにエネルギー損失となっている光波長部分を利用可能な波長に変換するフォトン・アップコンバージョン(UC)技術の応用実現性を飛躍的に高める新しい材料プラットフォームを開発した。近年注目されている新しい液体「深共晶溶媒[用語1]」を媒体に用いることで、応用に望ましい性質である「低コスト・低環境負荷・難揮発性・高熱安定性・高UC効率」を同時に実現することに成功した。

本成果に関するUCの方法は低強度の太陽光にも適用可能な現状唯一の方法であり、応用への強みを有する一方、従来の実施形態では高い可燃性や揮発性を有し、不安定で環境親和性の低いものが大半で、あるいは高コストで生分解性に乏しいものに限られていたため、UC技術の応用実現に向けた障害となっていた。

このような長所の同時実現は従来の関連技術にない顕著な進歩点であり、今回の成果はUC技術の応用実現性を飛躍的に高めたランドマークになると考えられる。

本成果は英国王立化学会の査読付学術誌「フィジカル・ケミストリー・ケミカル・フィジックス(Physical Chemistry Chemical Physicsouter」に、10月25日先行オンライン掲載された。

研究成果

東工大の村上准教授らは様々なエネルギー変換において未利用で損失となっている光を利用可能な光に変換する波長変換技術である「フォトン・アップコンバージョン(UC)」において、実用上多くの長所をもつ「深共晶溶媒」を用いることに着目。探索と試行を経て、世界に先駆けて試料開発に成功し、併せて試料の諸物性の解明を行った。

光は波の性質を持つと同時にフォトン(光子)というエネルギーの粒からなる。太陽電池・光触媒・人工光合成などの光を用いたエネルギーや物質の変換には、各材料に固有な「しきい値エネルギー」(あるいは「しきい値波長」)があり、それより低いエネルギーのフォトン(しきい値波長より長波長側の光スペクトル)は現状では利用できていない(図1)。これは光エネルギーの損失であり、この点が様々な光変換技術の効率を制限する根本原因となっている。すなわち、高エネルギーのフォトン群(短波長の光)は様々な変換に用いることができ、低エネルギーのフォトン群(長波長の光)より遥かに利用価値が高い。このような光エネルギー変換における損失(無駄)を根本的に回避する方法がUCである(図1)。 UCとは現状未利用な「エネルギーの低い光子群(長波長の光)」を利用可能な「エネルギーのより高い光子群(短波長な光)」に変換する波長変換操作である。

光利用における根本制限の存在およびフォトン・アップコンバージョン(UC)の概念図。

図1. 光利用における根本制限の存在およびフォトン・アップコンバージョン(UC)の概念図。

深共晶溶媒は低コスト・低毒性な2種類の物質を混合させるだけで生成でき、一般に高い熱安定性と生分解性をもつことから、環境負荷の低い流体として近年応用探索が活発化している比較的新しい流体である。深共晶溶媒は難揮発性と難燃性とを備えた安全かつ低コストの液体である。深共晶溶媒を形成可能な原料の組み合わせは無数に存在し、事実上無限の種類が可能なため、用途や目的に応じて2種類の原料を適切に選択する必要がある。

今回の研究では、深共晶溶媒の探索と試行により、ある一群の「疎水性深共晶溶媒[用語2]」がUCの目的に適することを見出し、これが成果につながった。図2に開発した試料を示す。このように、緑色光から青色光へのUCを実現し、試料の熱安定性(難着火性)を確認した。

本成果に用いた疎水性深共晶溶媒と開発したフォトン・アップコンバージョン試料。

図2. 本成果に用いた疎水性深共晶溶媒と開発したフォトン・アップコンバージョン試料。

さらに試料のUC効率が、用いた深共晶溶媒を構成する2つの成分比によることを見出し、様々な光計測実験結果に基づき、その理由を解明した。最大の変換効率を示した試料はUC量子収率(最大が0.5の定義;UCでは2個の低エネルギー光子から最大1個の高エネルギー光子を生成するため)が0.21に達した。これは、最大効率を100%とした量子効率では42%にあたる、比較的高い値である。

本成果の意義はUCを行う有機分子の媒体に深共晶溶媒を用いることに着目し、目的に適する深共晶溶媒を見出したこと、そして低コスト・低環境負荷・難揮発性・高熱安定性・高効率の長所を同時に実現したフォトン・アップコンバーターを初めて開発し、UC技術の応用実現性を飛躍的に高めたことにある。

背景と経緯

本研究で用いたUCは有機分子の励起三重項状態[用語3]とそれらの分子間のエネルギー移動を用いる方式であり、これは太陽光やランプ光などの偏光が揃っていない光(非コヒーレント光)に対して有意な効率でUCが行える現状では唯一の方式であるため、近年研究が活発化している。この方法は近距離での分子間エネルギー移動を用いるため、有意なUC効率を追求する場合、媒体中での有機分子間の適切な衝突が必要となる。そのため従来は低粘度液体であるトルエンやベンゼンなどの有機溶媒を媒体に用いる報告が大半であった。あるいは揮発性の回避のために、ポリウレタンやアクリルなどの樹脂に有機分子を埋め込んだ報告もあったが、それらの試料では一般に有機分子の拡散性が著しく低下し、UC効率が犠牲となっていた。また、これらの試料では依然可燃性と着火性が高く、熱安定性に乏しいことが応用実現に向けた問題となっていた。他方、可燃性と揮発性の問題を解決した試料として、イオン液体(常温溶融塩)を用いたアップコンバージョン試料を同研究グループが以前開発していたが、イオン液体は原料と合成のコストが比較的高く、一般に生分解性が低いことから、これらの解決が必要であった。このような背景と経緯により、同研究グループはこれらの課題解決への取り組みを行い、今回の成果をあげることに成功した。

今後の展開

今回の研究で得られたUC量子収率0.21(UC量子効率42%)は高い値と言えるが、理論上限である0.5(100%)までには依然余地がある。そのような上限値の達成は容易ではないが、ある程度の効率向上は、例えばより励起三重項状態寿命が長い分子を用いることにより実現が見込まれる。また、今回の成果は緑色光(530 nm付近)から青色光(440 nm付近)へのUCについてのものだが、異なる波長域に対応する有機分子についても特性の検証が必要である。この成果はUCの実施に適する材料面での共通プラットフォームを開発したものであり、今後のUCの応用実現を大きく推進すると期待される。

関連情報

本成果はラグナトプル大学(インド)のSudhir Kumar Das博士との国際共同研究で得られた。研究遂行にあたり日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 若手研究(A)(課題番号JP26709010)および日本化薬株式会社の助成支援を受けた。

用語説明

[用語1] 深共晶溶媒 : 2種類の物質、「水素結合ドナー」および「水素結合アクセプター」(その両方または一方は室温で固体)をある混合比で混合することにより、共晶融点降下により室温で液体となるもの。通常、「水素結合ドナー」も「水素結合アクセプター」も無害あるいは毒性が実用上問題とならない程度低いものが多い。高い熱安定性、化学反応を伴わない単純混合で作製できる点、低コスト、生分解性、環境親和性から、また、事実上無限に存在する「水素結合ドナー」と「水素結合アクセプター」の組み合わせにより物性をデザインできる特長から、近年研究開発が活発になってきている。似たような液体としてイオン液体(常温溶融塩)が存在するが、不揮発性と不燃性の点では深共晶溶媒より優れるものの、生成に化学反応を必要とし原料コストも一般に高いため、深共晶溶媒はイオン液体の長所を有しつつ短所を解決した液体とみなされることがある。深共晶溶媒の詳しい解説論文には、Chemical Reviews, vol. 114, pp. 11060−11082 (2014)やACS Sustainable Chemistry & Engineering, vol. 2, pp. 1063−1071 (2014)などがある。

[用語2] 疎水性深共晶溶媒 : 深共晶溶媒は通常すべて親水性である。しかしUCの目的に用いられる有機分子は多環芳香族分子で、これらは一般に疎水性である。そのため、通常の親水性の深共晶溶媒を用いると、高いUC効率の到達に必要な溶解度が得られない問題があった。一方、有機分子を親水基で修飾して親水化すると、有機分子と深共晶溶媒との間に強すぎる水素結合相互作用が発生してしまい、分子拡散性が妨げられる問題が判明した。このような「溶解度」と「分子拡散性」のジレンマを解決したのが、最近初めて報告された疎水性深共晶溶媒を用いる着想である。本成果では、Green Chemistry, vol. 17, pp. 4518–4521 (2015)に報告された疎水性深共晶溶媒を用いている。

[用語3] 励起三重項状態 : 分子の励起状態では最高被占軌道と最低空軌道とに一個ずつ電子が入る。それらの電子のスピンが同じ向きになるのが三重項状態で、比較的長い励起状態寿命(~ミリ秒)をもつ。

論文情報

掲載誌 :
Physical Chemistry Chemical Physics(Royal Society of Chemistry)
論文タイトル :
Triplet-sensitized photon upconversion in deep eutectic solvents
著者 :
Yoichi Murakami, Sudhir Kumar Das,Yuki Himuro, Satoshi Maeda
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
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NHK Eテレ「バリバラ」に工学院の鈴森康一教授と学生が出演

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工学院 機械系の鈴森康一教授と、阿部智輝さん(修士課程1年)、古泉祥一郎さん(学士課程4年)が、NHK Eテレ「バリバラ」に出演します。

阿部さん(後列右から2人目)古泉さん(後列右から3番目)

阿部さん(後列右から2人目)古泉さん(後列右から3番目)

人工筋肉が使用された衣装を纏うモデル達
人工筋肉が使用された衣装を纏うモデル達

「バリバラ」は、障害のある人に限らず「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」の人たちにとっての“バリア“をなくすために、みんなで考える情報バラエティー番組です。

10月28日に障害を魅力に変えるバリアフリーファッションショー「バリコレ」が京都で行われ、鈴森教授が開発した人工筋肉を用いて文化服装学院が「MOVEMENT~最新技術で斬新コミュニケーション」をコンセプトにデザインした衣装が披露されました。

東工大と文化服装学院のチームは2017年11月26日放送予定の後編に登場します。

鈴森康一教授のコメント

東工大のテクノロジーと、文化服装学院のファッションのコラボにより「動く服」の制作にチャレンジしました。4人のモデルの方にも楽しんでいただけたようで、社会における人工筋肉の新たな可能性を感じた楽しいイベントでした。

阿部智輝さんのコメント

今回、研究の場で活躍してきた人工筋肉を、ファッションショーという場で活躍させる貴重な経験をさせていただきました。今までの自分になかった観点から人工筋肉について考えた経験を今後の研究にも生かしていきたいです。

古泉祥一郎さんのコメント

人工筋肉の使い方の幅が広がる、有意義なイベントでした。マイノリティーを抱える方々にとって、僅かでも力になれていたら幸いです。また、個人としても、これまで縁のなかった華やかな舞台に携わることができる貴重な体験をさせていただきました。

放送予定日

  • 番組名
    NHK Eテレ「バリバラ」
  • タイトル
    バリコレ「バリアフリーファッションショー バリコレ2017前編」
  • (再放送)
    2017年11月24日(金)0:00 - 0:29 ※木曜深夜
  • タイトル
    バリコレ「バリアフリーファッションショー バリコレ2017後編」
  • 放送予定日
    2017年11月26日(日)19:00 - 19:29
  • (再放送)
    2017年12月1日(金)0:00 - 0:29 ※木曜深夜

関連動画(字幕:英語)

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神経軸索が脳内に潜る深さを決める仕組みを解明 ―2遺伝子の活性と軸索投射の深度が比例―

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要点

  • 神経接続の新たな仕組みをショウジョウバエの視神経細胞で確認
  • 2遺伝子は、軸索誘導ではなく脳内層での安定化に寄与
  • 受容体型チロシン脱リン酸化酵素の新たな機能を発見

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の羽毛田聡子研究員と鈴木崇之准教授の研究グループは、神経軸索[用語1]が脳内のどの深さの層に接続するのかを決定する仕組み(遺伝子プログラム)を解明しました。

感覚神経などの神経の軸索は、層状に区画分けされた脳内に侵入、標的となる神経細胞を見つけ出し、接続して機能的な神経回路を形成します。これまで、この層特異的な神経細胞の接続をどのように行っているのかは、よくわかっていませんでした。

今回本研究グループは、ショウジョウバエの視神経系を用いて(図1)、最新の分子遺伝学的手法と共焦点レーザー顕微鏡を駆使し、神経接続の新たな仕組みを解明しました。この遺伝子プログラムは、2つの遺伝子が関係しており、どちらも受容体型チロシン脱リン酸化酵素[用語2]を産生しています。このチロシン脱リン酸化酵素の細胞内ドメイン[用語3]の活性の強さが強ければ強いほど、視神経の軸索がより脳の深層に到達することがわかりました。また、この遺伝子の活性は、軸索が脳に侵入する時には必要ではなく、標的となる神経細胞との接続を安定に維持するのに必要ということがわかりました。

この仕組みは、神経軸索回路形成における普遍的な原理原則として高等動物でも使われている可能性があります。この受容体型脱リン酸化酵素の重要な機能の発見は、神経回路形成の謎を解く重要な成果と言えます。

この成果は、2017年11月8日に国際科学誌「eLife」に公開されました。

共焦点レーザー顕微鏡を用いたショウジョウバエ視神経系の実験画像(野生型)。サナギ期に、視神経細胞は軸索を伸ばし、脳内の視葉と呼ばれる層状の領域に侵入し、次の神経細胞に接続しようとする。共焦点顕微鏡は、試料を薄く切らなくても、あたかも切片を切ったかのような鮮明な画像を得ることができる。左側に見えるR7というある1種類の視神経細胞の細胞体(緑の丸い構造)から軸索が右のほうに伸び右側の視葉の特定の一層に投射している(緑の線)。視神経細胞全部(R1-R8)を赤で可視化しており、脳内の層状構造を青で可視化している。このような顕微鏡画像を、様々な遺伝子改変体に対して取得・解析することによって、本研究は行われた。
図1.
共焦点レーザー顕微鏡を用いたショウジョウバエ視神経系の実験画像(野生型)。サナギ期に、視神経細胞は軸索を伸ばし、脳内の視葉と呼ばれる層状の領域に侵入し、次の神経細胞に接続しようとする。共焦点顕微鏡は、試料を薄く切らなくても、あたかも切片を切ったかのような鮮明な画像を得ることができる。左側に見えるR7というある1種類の視神経細胞の細胞体(緑の丸い構造)から軸索が右のほうに伸び右側の視葉の特定の一層に投射している(緑の線)。視神経細胞全部(R1-R8)を赤で可視化しており、脳内の層状構造を青で可視化している。このような顕微鏡画像を、様々な遺伝子改変体に対して取得・解析することによって、本研究は行われた。

背景

神経細胞は生まれてから、軸索を伸ばして次につながる神経細胞を探し当てます。この所謂「神経軸索の投射」という現象を通して、膨大な数の神経細胞がお互いにつながり、複雑な神経回路を形成します。道標となるタンパク質が軸索を決まった道に沿って誘導し、標的となる神経細胞へと導くことが知られています。

しかしながら、軸索を誘導されることだけではなく、接続した神経の軸索を安定化させ、維持していくことも神経回路にとって非常に大事なことです。安定化し損なった軸索は縮退を起こし、神経回路は形成されません。このような軸索接続の安定化と維持にかかわる遺伝子プログラムはほとんど分かっていませんでした。また、安定化する層がどのように決まっているのかも分かっていませんでした。

研究の経緯

羽毛田聡子研究員と鈴木崇之准教授らは、別々に研究されていた2つの脱リン酸化酵素の変異体を同一個体に組み込んで二重変異体を作成することに成功しました。その変異体を解析したところ、いまだかつてないほどの距離を視神経の軸索が縮退して、最終安定化層が脳の非常に浅いところにあることを発見しました。この2つの遺伝子の機能が重複していたことが判明し、いままで隠されていた機能が解明されることになりました。その後の詳細な遺伝子操作による遺伝学的実験の結果、2つの遺伝子の強さと軸索投射層の深さが比例していることなどが明らかになっていきました。

研究成果

2つの受容体型チロシン脱リン酸化酵素は軸索を脳内層で安定化させている。

ショウジョウバエの視神経軸索の投射で異常を起こす遺伝子として、LARとPtp69Dという2つの受容体型脱リン酸化酵素が知られていました。それぞれの変異体は似た表現型を示し、視神経軸索が脳内層に入った後、最後の1番深い層(図2の青い層)ではなく2番目に深い層(図2の赤い層)に留まるという比較的穏やかなものでした。しかし、この2つの遺伝子が異常を起こしている二重変異体を作成したところ、脳内の1番浅い層まで視神経の軸索が縮退し、ほとんど脳内に定着しないことが分かりました。つまり、この2つの脱リン酸化酵素は重複した重要な機能を有しており、これは神経の軸索を脳内の標的層に定着させ、安定化させることが分かりました(図2右)。

2つの脱リン酸化酵素の機能は「軸索の安定化」

図2. 2つの脱リン酸化酵素の機能は「軸索の安定化」


神経軸索が正常な神経回路を形成するために、神経軸索は「誘引」され、後に「安定化」し、標的神経との接続を確立する。2つの脱リン酸化酵素は、後者の「安定化」のみに寄与し、「誘引」には関わっていないことが分かった。

視神経細胞の軸索が脳内に潜る深さは2つの遺伝子の活性に比例する。

2つの脱リン酸化酵素の「活性」と軸索安定化層の「深さ」との関係

図3. 2つの脱リン酸化酵素の「活性」と軸索安定化層の「深さ」との関係


LARとPtp69Dの2つの脱リン酸化酵素の「活性」を徐々に弱めていくと、軸索の最終安定化層の「深さ」が徐々に浅くなっていく、という関係性が明らかになった。

次に、この2つの脱リン酸化酵素の「活性」が軸索を安定化させる層の「深さ」と関係があるのかを突き止めるために、遺伝子発現量を様々なレベルに調節し、様々な強さの変異が入った遺伝子断片を用いて実験しました。

その結果、視神経細胞の軸索が潜り、脳内で定着する層の「深さ」は、この2つの脱リン酸化酵素の「活性の強さ」に比例することが分かりました(図3)。また、これら脱リン酸化酵素は、互いに異なった外部シグナルを認識している一方で、内部の細胞内情報伝達は共通の因子を使っていることが示唆されました。これらのことから、2つの相同遺伝子を使って、脳内の神経回路を安定的に形作る普遍的な遺伝子プログラムが明らかになりました。

今後の展開

なぜ脱リン酸化酵素の細胞内ドメインの強度が強いほど、軸索は深い層で安定化することができるのか?という問題に対する解答は得られていません。また、これら脱リン酸化酵素のリガンド[用語4]は発見されておらず、細胞外からのシグナルがどのように安定化層を決定させているのかは、よくわかっていません。別な可能性としてリガンドは無く、接着タンパク質を補強する働きをしている可能性があります。これらを解明し、応用することで、再生した神経軸索を思いのままの深さの層にまで到達させ安定化を図ることができるかもしれません。例えば、一度損傷した神経回路の機能を回復させられる可能性があります。

用語説明

[用語1] 神経軸索 : 神経細胞の出力を担う突起。通常細胞1つに1本存在し、電気コードのような役目を担う。

[用語2] 受容体型チロシン脱リン酸化酵素 : 膜タンパク質で、細胞の表面に位置しており、細胞外部からのシグナルを受け取って、細胞内部のリン酸化されたタンパク質を脱リン酸化することによって細胞内部に変化をもたらすシグナル分子である。このファミリーに属する同族タンパク質が多数存在している。

[用語3] 細胞内ドメイン : 膜貫通型タンパク質の細胞内に突き出した部分。通常、細胞外ドメインが受け取ったシグナルを細胞内に伝達する機能を有する。

[用語4] リガンド : 受容体に結合するシグナル分子の一般名称。細胞外から作用する。

論文情報

掲載誌 :
eLife
論文タイトル :
Two receptor tyrosine phosphatases dictate the depth of axonal stabilizing layer in the visual system
著者 :
Satoko Hakeda-Suzuki, Hiroki Takechi, Hinata Kawamura, Takashi Suzuki
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
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東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

鈴木崇之 准教授

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平成29年度「東工大挑戦的研究賞」授賞式を実施-独創性豊かな若手研究者に-

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平成29年度「東工大挑戦的研究賞」授賞式が9月6日に行われました。

9月6日の欠席者に対し、9月25日に学長室にて授賞式を行いました。

受賞者との記念撮影(9月6日)
受賞者との記念撮影(9月6日)

受賞者との記念撮影(9月25日)
受賞者との記念撮影(9月25日)

布施准教授によるプレゼンテーション
布施准教授によるプレゼンテーション

授賞式では、三島良直学長から受賞者に賞状の授与、および今後さらなる活躍を期待する旨の激励の言葉があり、次いで受賞者代表3名から、採択された研究課題についてのプレゼンテーションが行われました。

この賞は、本学の若手教員の挑戦的研究の奨励を目的として、世界最先端の研究推進、未踏分野の開拓、萌芽的研究の革新的展開または解決が困難とされている重要課題の追求等に果敢に挑戦している独創性豊かな新進気鋭の研究者を表彰するもので、第16回目となる今回は13名が選考されました。なお、受賞者には支援研究費が贈呈されます。

平成29年度「東工大挑戦的研究賞」受賞者一覧

受賞者
所属
主担当系または担当研究
職名
研究課題名( * は学長特別賞)
助教
* ワイドギャップパワーデバイスの量子センシング技術の開発
准教授
* 大量核酸供給を可能にする革新的マイクロフロー合成法開発への挑戦
准教授
* 高難度反応実現のための複合酸化物触媒の創製
理学院
物理学系別窓
准教授
磁性トポロジカル絶縁体ヘテロ構造における室温量子異常ホール効果の実現
理学院
化学系別窓
准教授
アロステリズム応答性糖センシング
准教授
2値化による超低消費電力ディープラーニング専用プロセッサの創出
工学院
機械系別窓
准教授
耐熱超合金の破壊プロセスに対する結晶破壊力学アプローチ
物質理工学院
材料系別窓
講師
カソードルミネセンスによるナノスケール複素電場マッピング
情報理工学院
情報工学系別窓
助教
リファクタリング技術による多様なソフトウェア開発成果物の完全化保守支援
生命理工学院
生命理工学系別窓
助教
細胞内タンパク質結晶を用いた革新的構造解析手法の開発
環境・社会理工学院
融合理工学系別窓
助教
熱画像風速測定法による都市歩行者レベルの風の空間分布計測
リベラルアーツ研究教育院
社会・人間科学系別窓
准教授
情報過剰の時代における政治の情報発信と受容に関する研究
助教
過酷流動環境下における機能分担型多重界面構造の機能発現実証研究

(敬称略)

お問い合わせ先

研究企画課 研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

6期連続でスーパーコンピュータ「京」がGraph500で世界第1位を獲得

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6期連続でスーパーコンピュータ「京」がGraph500で世界第1位を獲得
―ビッグデータの処理で重要となるグラフ解析で最高レベルの評価―

概要

理化学研究所(理研)と九州大学、東京工業大学、スペインのバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、株式会社フィックスターズによる国際共同研究グループは、ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキングであるGraph500において、スーパーコンピュータ「京(けい)」[用語1]による解析結果で、2017年6月に続き6期連続(通算7期)で第1位を獲得しました。

大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は運用開始から5年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。本成果の広範な普及のため、国際共同研究グループはプログラムのオープンソース化を行い、GitHubレポジトリより公開中です。今後は大規模高性能グラフ処理のグローバルスタンダードを確立して行く予定です。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出」(研究総括:佐藤三久 理化学研究所 計算科学研究機構)における研究課題「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤」(研究代表者:藤澤克樹 九州大学、拠点代表者:鈴村豊太郎 バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター 2017年3月終了)および「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化」(研究総括:喜連川優 国立情報学研究所)における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」(研究代表者:松岡聡 東京工業大学)の一環として行われました。

アメリカのデンバーで開催中のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)に関する国際会議「SC17」で11月15日(日本時間11月16日)に発表。

スーパーコンピュータ「京」

スーパーコンピュータ「京」

Graph500上位10位

公開されたGraph500の上位10位は以下の通り

Graph500とは

近年活発に行われるようになってきた実社会における複雑な現象の分析では、多くの場合、分析対象は大規模なグラフ(節と枝によるデータ間の関連性を示したもの)として表現され、それに対するコンピュータによる高速な解析(グラフ解析)が必要とされています。例えば、インターネット上のソーシャルサービスなどでは、「誰が誰とつながっているか」といった関連性のある大量のデータを解析するときにグラフ解析が使われます。また、サイバーセキュリティや金融取引の安全性担保のような社会的課題に加えて、脳神経科学における神経機能の解析やタンパク質の相互作用分析などの科学分野においてもグラフ解析は用いられ、応用範囲が大きく広がっています。こうしたグラフ解析の性能を競うのが、2010年から開始されたスパコンランキング「Graph500」です。

規則的な行列演算である連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK[用語2])でスーパーコンピュータを評価するTOP500[用語3]においては、「京」は2011年(6月、11月)に第1位、その後、2017年11月14日に公表された最新のランキングでは第10位です。一方、Graph500ではグラフの探索という複雑な計算を行う速度(1秒間にグラフのたどった枝の数( TEPS[用語4]))で評価されており、計算速度だけでなく、アルゴリズムやプログラムを含めた総合的な能力が求められます。

Graph500の測定に使われたのは、「京」が持つ88,128台のノード[用語5]の内の82,944台で、約1兆個の頂点を持ち16兆個の枝から成るプロブレムスケール[用語6]の大規模グラフに対する幅優先探索問題を0.45秒で解くことに成功しました。ベンチマークのスコアは38,621GTEPS(ギガテップス)です。Graph500第1位獲得は、「京」が科学技術計算でよく使われる規則的な行列演算だけでなく、不規則な計算が大半を占めるグラフ解析においても高い能力を有していることを実証したものであり、幅広い分野のアプリケーションに対応できる「京」の汎用性の高さを示すものです。また、それと同時に、高いハードウェアの性能を最大限に活用できる研究チームの高度なソフトウェア技術を示すものと言えます。「京」は、国際共同研究グループによる「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤」および「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」の2つの研究プロジェクトによってアルゴリズムおよびプログラムの開発が行われ、2014年6月に17,977GTEPSの性能を達成し第1位、さらに「京」のシステム全体を効率良く利用可能にするアルゴリズムの改良を行い、2倍近く性能を向上させ、2015年7月に38,621GTEPSを達成し第1位でした。そして今回のランキングでもこの記録は神威太湖之光等の新しいシステムに比べても大幅に高いスコアであり、世界第1位を6期連続(通算7期)で獲得しました。

これまでの幅優先探索問題(BFS)[用語7]に加えて今回から最短路問題(SSSP)[用語8]に対する結果も公開されており、今後はさらに別の問題への適用も予定されています。

今後の展望

大規模グラフ解析においては、アルゴリズムおよびプログラムの開発・実装によって今回のように性能が飛躍的に向上する可能性を示しており、今後も更なる性能向上を目指していきます。また、上記で述べた実社会の課題解決および科学分野の基盤技術へ貢献すべく、スーパーコンピュータ上でさまざまな大規模グラフ解析アルゴリズムおよびプログラムを研究開発していきます。

用語説明

[用語1] スーパーコンピュータ「京(けい)」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められている。

[用語2] LINPACK : 米国のテネシー大学のジャック・ドンガラ博士らによって開発された規則的な行列計算による連立一次方程式の解法プログラムで、TOP500リストを作成するために用いるベンチマーク・プログラム。ハードウェアのピーク性能に近い性能を出しやすく、その計算は単純だが、応用範囲が広い。

[用語3] TOP500 : TOP500は、世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までを定期的にランク付けし、評価するプロジェクト。1993年に発足し、スーパーコンピュータのリストを年2回発表している。

[用語4] TEPS(Traversed Edges Per Second) : Graph500ベンチマークの実行速度をあらわすスコア。Graph500ベンチマークでは与えられたグラフの頂点とそれをつなぐ枝を処理する。Graph500におけるコンピュータの速度は1秒間あたりに調べ上げた枝の数として定義されている。TEPSはTraversed Edges Per Secondの略。

[用語5] ノード : スーパーコンピュータにおけるオペレーティングシステム(OS)が動作できる最小の計算資源の単位。「京」の場合は、ひとつのCPU(中央演算装置)、ひとつのICC(インターコネクトコントローラ)、および16GBのメモリから構成される。

[用語6] プロブレムスケール : Graph500ベンチマークが計算する問題の規模をあらわす数値。グラフの頂点数に関連した数値であり、プロブレムスケール40の場合は2の40乗(約1兆)の数の頂点から構成されるグラフを処理することを意味する。

[用語7] 幅優先探索問題(BFS) : 最短路問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが等しい場合を想定しており、主にインターネット上のソーシャルデータや金融データ等の解析に用いられる。

[用語8] 最短路問題(SSSP) : 幅優先探索問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが異なる場合を想定しており、主に道路あるいは鉄道などの交通データ上での経路案内等に用いられる。

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新たな発光材料の可能性を拓く「ナノコンポジット蛍光体」を開発 ―蛍光体探索の新たな道筋を示す―

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株式会社小糸製作所(社長:三原弘志)は、東京工業大学(学長:三島良直)の細野秀雄教授の研究グループ、名古屋大学(総長:松尾清一)の澤博教授の研究グループとの共同研究の結果、空気中ですぐに潮解してしまうヨウ化カルシウムを用い、優れた耐久性と高い発光性能を持つ「ナノコンポジット[用語1]蛍光体」の開発に成功しました。

蛍光体は、白色LED、蛍光灯など、私たちの身の回りの光源に使われています。従来の蛍光体は、希土類[用語2]イオンを微量添加(ドープ)した酸化物、または、窒化物化合物の単一組成の無機粉末で構成されていました。今回開発されたナノコンポジット蛍光体は、1つの粒子の中に異なる2つの成分(ヨウ化カルシウムとクリストバライト[用語3])が存在する新しいタイプの蛍光体です。

ナノコンポジット蛍光体の特長

構造:
耐久性の高いクリストバライト粒子内に、直径約50 nmのヨウ化カルシウムのナノ単結晶を埋め込んだ構造をとり、ナノ単結晶は希土類ユーロピウムイオン[用語4]のドープにより、ナノサイズの発光部を形成します。
耐久性:
発光部のヨウ化カルシウムナノ単結晶は、クリストバライトにより外気から保護されているため、優れた耐久性を示します。
発光性能:
従来の蛍光体に比べ、ユーロピウム含有量が1/6と少ないにもかかわらず、その発光強度は2.7倍の高い青色発光強度を示します。
製法:
自己組織化により簡便な固相法[用語5]で合成できます。

今回成功したヨウ化カルシウムを用いたナノコンポジット蛍光体は、耐久性不足で機能材料への適用検討の対象から外れていたハロゲン化物、カルコゲン化物に対し、実用化の道筋を示しました。この手法は、蛍光体だけに留まらず、さまざまな機能材料探索へも応用が期待できます。

本研究では、名古屋大学が大型放射光施設 SPring-8[用語6]の高輝度放射光を用いて、ナノコンポジット蛍光体の詳細な結晶構造解析を行い、東京工業大学がナノコンポジット蛍光体の生成メカニズムの解明を行っています。

本研究成果は、11月15日発行の米国科学誌『ACS Applied materials & Interfaces』オンライン版に掲載されました。

研究の背景

ハロゲン化物、カルコゲン化物に発光元素として希土類を微量含有(ドープ)させると、その緩やかな原子結合(結合の熱振動が小さい)から、内部損失の少ない蛍光体が作製できます。しかし、これらの化合物は耐湿性が低く、実際に使用できるケースは稀でした。

本研究は、最も耐湿性が低い化合物のひとつであるヨウ化カルシウムに希土類のユーロピウムイオンをドープした蛍光体に対し、実用耐久の付与を目的にナノコンポジット化を試みました。

研究の内容と成果

ユーロピウムをドープした直径約50 nmのヨウ化カルシウムのナノ単結晶を、結晶性シリカ(クリストバライト)内に埋め込んだナノコンポジット蛍光体の合成に成功しました。図1は、合成した直径50 μmほどのナノコンポジット蛍光体粒子断面の電子線照射による発光を示します。クリストバライトに埋め込まれたナノ単結晶(図1左 白色部)のみが発光している様子がわかります。

得られたナノコンポジット蛍光体を85 ℃ 85%の高温高湿下に2,000時間曝した後の発光強度の低下は、僅か2%でした。ナノコンポジット蛍光体の400 nm励起での内部量子効率は98%に達し、最高レベルの効率を示します。その結果、青色発光の代表的な蛍光体であるBaMgAl10O17:Eu2+[用語7]と比較し、2.7倍の強い青色発光が得られます。ナノコンポジット蛍光体の合成は、固相反応中でヨウ化カルシウムがフラックス[用語8]としてガラス質のシリカ粒子を結晶化させたとき、結晶化したシリカ(クリストバライト)中に取り込まれたフラックスが固化・結晶化する自己組織化を活用しています。

ナノコンポジット蛍光体断面SEM像(左)と電子線発光像(右)

図1.ナノコンポジット蛍光体断面SEM像(左)と電子線発光像(右)


今後の展開

ハロゲン化物、カルコゲン化物は、本来、優れた発光性能を示しますが、耐久性の懸念から、これまで、機能材料としては検討されていませんでした。しかし、今回の研究成果から、本技術を用い新たな発光材料の開発に展開していきます。

今後も我々は、新しい光創りを目指し、研究開発を重ねてまいります。

用語説明

[用語1] ナノコンポジット : ある素材を1-100 nmの大きさに粒子化したものを、別の素材に練りこんで拡散させた複合材料。

[用語2] 希土類 : 周期表3(ⅢA)族であるスカンジウム・イットリウム・ランタノイド15元素を合わせた17元素の総称。

[用語3] クリストバライト : シリカ(SiO2)は、多くの結晶形体を持ち、クリストバライトは高温で結晶化したときの構造を持つシリカ。

[用語4] ユーロピウムイオン : 原子番号63の希土類元素の1つで、ランタノイドに属する。蛍光体の発光元素として活用される。

[用語5] 固相法 : 異なる原料粉末を混ぜ合わせ加熱。高温での粉末間のイオン拡散により反応させる方法。

[用語6] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語7] BaMgAl10O17:Eu2+ : 蛍光灯、プラズマディスプレイに用いられている代表的な青色蛍光体。

[用語8] フラックス : 融剤ともいう。固相反応やセラミックの焼結反応を促進させるため添加される薬剤。フラックスは溶融しながら、固体原料間のイオン移動を活発化させる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Nanocomposite Phosphor Consisting of CaI2:Eu2+ Single Nanocrystals Embedded in Crystalline SiO2
著者 :
Hisayoshi Daicho, Takeshi Iwasaki, Yu Shinomiya, Akitoshi Nakano, Hiroshi Sawa, Wataru Yamada, Satoru Matsuishi, Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

株式会社小糸製作所 研究所

主管 大長久芳

E-mail : hdaicho@koito.co.jp
Tel : 054-345-2566 / Fax : 054-347-0454

東京工業大学 科学技術創成研究院

フロンティア材料研究所 元素戦略研究センター長

細野秀雄 教授

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5196

名古屋大学 大学院工学研究科

教授 澤博

E-mail : z47827a@cc.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-4453 / Fax : 052-789-3724

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

核分裂における原子核のさまざまな“ちぎれ方”を捉える ―放射性物質の毒性低減に貢献―

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発表のポイント

  • 核分裂は、原子核が変形して2つにちぎれる現象である。これまで原子核の中性子放出と“ちぎれ方”の詳細を知ることができなかった。本研究では、実験と理論を駆使して、これを初めて明らかにした。
  • 原子核の中性子放出と“ちぎれ方”の解明により、核分裂に対する深い理解につながる。さらには核分裂を利用した放射性物質の毒性低減のための核変換技術への貢献が期待できる。

概要

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センターの廣瀬健太郎研究副主幹及び西尾勝久マネージャーらは、東京工業大学(学長 三島良直、以下「東工大」という。) 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の千葉敏教授、近畿大学(学長 塩﨑均)大学院総合理工学研究科の田中翔也大学院生らとの共同研究により、核分裂における原子核のさまざまな“ちぎれ方”を捉え、原子核からの中性子放出と核分裂における原子核の“ちぎれ方”の関係を初めて明らかにしました。

核分裂は、ウランのような重い原子核が余分なエネルギーを与えられたときに、変形して2つにちぎれる現象です。この“ちぎれ方”(ちぎれてできた2つの原子核の重さのバランス)を観測することで、原子核がどのように変形して核分裂が起こるかを調べることができます。

放射性物質の毒性を低減するために、高いエネルギーの中性子を原子核にぶつけて起こす核分裂を利用する方法があります。この場合、原子核はいくつかの中性子を出して別の原子核になった後に、さらに核分裂することがあります。このため異なる原子核の“ちぎれ方”が混在し、核分裂がどのように起こるかを調べることができませんでした。本研究では、さまざまな原子核の“ちぎれ方”の実験データと、原子核から中性子が出る効果と取り入れた理論計算を比較しました。その結果、個々の原子核の“ちぎれ方”を初めて捉えることができました。

現在、原子力機構は、本研究の手法によって、人類が取り扱えるであろう最も重い原子核標的である99番元素アインスタイニウム-254を用いた核分裂研究を始めようとしています。本研究成果は、高エネルギーにおける核分裂の理解、そして重い原子核での未だわかっていない核分裂現象の解明にもつながります。このような核分裂に対する深い理解は、核分裂を利用した放射性物質の毒性を低減するための核変換技術への貢献が期待されます。

本研究成果は、2017年11月27日付で、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

本研究は文部科学省の原子力システム研究開発事業による委託業務(「高燃焼度原子炉動特性評価のための遅発中性子収率高精度化に関する研究開発」(平成24-27年度、東工大と原子力機構)及び「代理反応によるマイナーアクチノイド核分裂の即発中性子測定技術開発と中性子エネルギースペクトル評価」(平成27-29年度、原子力機構と東工大)の成果の一部です。

研究の背景

核分裂は原子核が変形し、やがて2つの原子核にちぎれる現象です。これら2つの原子核の質量がどのようなバランスをもってちぎれるかは核分裂メカニズムを強く反映しており、観測量である核分裂質量分布[用語1]に現れます。この原子核の“ちぎれ方”は、原子炉の中で核分裂によって発生するエネルギーや連鎖反応の源である即発中性子[用語2]の数、さらに原子炉の安全性に関わる遅発中性子[用語3]数などを決定するとても重要な観測データでもあります。さらに、高いエネルギーの中性子を用いた核分裂によって、長寿命マイナーアクチノイド[用語4]をより短寿命な核分裂生成物に変える核変換技術を構築するためにも、高いエネルギーをもった原子核の核分裂メカニズムを理解することが重要です。

しかしながら高いエネルギーをもった原子核は、図1に示すように、核分裂するだけでなく、いくつかの中性子を吐き出した後に核分裂することもあります。しかもその数は核分裂が起こるたびに異なっています。また、中性子を吐き出すことによって元の原子核とは異なる原子核になり、エネルギーも低くなります。いくつの中性子が吐き出されたかを、起こった核分裂ごとに知ることができないため、核分裂した原子核を特定することができません。したがって観測した“ちぎれ方”には元の原子核だけでなく、中性子を吐き出した後の原子核の“ちぎれ方”も含まれており、特定の原子核だけに対する観測データを得ることができませんでした。このことが高エネルギーの核分裂研究の妨げになっていました。

高いエネルギーをもった原子核の核分裂の概念図。実験により最初につくった原子核(赤丸)が高い温度のとき、その原子核は核分裂して壊れることもありますが、中性子を吐き出して別の原子核(橙丸)になることもあります。中性子を吐き出した場合には、その分エネルギーが低くなりますが、それでも尚十分高いエネルギーをもっている場合には核分裂することもあり、また再び中性子を吐き出して別の原子核(黄丸)になることもあります。図中の枠内には、中性子を吐き出すことによってできた原子核の“ちぎれ方”を模式的に表したものです。実験ではこれらの異なるエネルギーをもった異なる原子核の“ちぎれ方”を分離して測定することはできません。
図1.
高いエネルギーをもった原子核の核分裂の概念図。実験により最初につくった原子核(赤丸)が高い温度のとき、その原子核は核分裂して壊れることもありますが、中性子を吐き出して別の原子核(橙丸)になることもあります。中性子を吐き出した場合には、その分エネルギーが低くなりますが、それでも尚十分高いエネルギーをもっている場合には核分裂することもあり、また再び中性子を吐き出して別の原子核(黄丸)になることもあります。図中の枠内には、中性子を吐き出すことによってできた原子核の“ちぎれ方”を模式的に表したものです。実験ではこれらの異なるエネルギーをもった異なる原子核の“ちぎれ方”を分離して測定することはできません。

研究の内容・成果

本研究では、原子力機構のタンデム加速器[用語5]を使って酸素18(18O)ビームをウラン238(238U)標的にあてて、様々なエネルギーをもった多種類の原子核をつくり、それらの“ちぎれ方”を観測しました。測定結果の例として、図2に40-50 MeVのエネルギーの240Uをつくったときに観測される“ちぎれ方”を黒丸(●)で示しました。このようなエネルギーでは核分裂の前に中性子を吐き出すことがあるため、観測したこの“ちぎれ方”には240Uのものだけではなく、他の原子核のものも含まれています。中性子を吐き出す確率を計算したところ、このエネルギーの240Uは、図中に示したような割合で、0から5個の中性子を吐き出します。つまり240Uだけでなく、235-239Uの“ちぎれ方”も含まれています。

これまでは、中性子を吐き出した後に起こる核分裂が、どのような形で“ちぎれ方”に含まれているかはわかりませんでした。本研究では、中性子放出後に核分裂が起こる効果を、近畿大学がおこなった理論計算と組み合わせることで、実験データを説明することに成功しました(図2の赤の実線)。また、他のエネルギーをもった原子核の“ちぎれ方”も同様に実験データを再現しており、理論モデルの信頼性が確認できました。

40-50 MeVのエネルギーをもった240Uの“ちぎれ方”(●)と理論計算の比較。点線は中性子放出後にできるそれぞれの原子核(235-240U)の“ちぎれ方”であり、これらが図中に示した割合で混じっているため、和をとって実験データと比較します。
図2.
40-50 MeVのエネルギーをもった240Uの“ちぎれ方”(●)と理論計算の比較。点線は中性子放出後にできるそれぞれの原子核(235-240U)の“ちぎれ方”であり、これらが図中に示した割合で混じっているため、和をとって実験データと比較します。

図2の点線は、中性子を吐き出した後のそれぞれ原子核の“ちぎれ方”を示しています。本研究によって、観測した“ちぎれ方”の内訳を初めて明らかにすることができました。これまでは「観測した“ちぎれ方”に見られる二山の構造が240Uの核分裂によるものである」と考える研究もありましたが、図2に示したように、この構造は中性子を吐き出した後の原子核(237U:青、236U:ピンク、235U:水色の点線)によるものであることがわかります。長い間、観測データの解釈さえ確立されていませんでしたが、本研究では観測した“ちぎれ方”に対して正しい解釈を与え、高いエネルギーの原子核の“ちぎれ方”を初めて捉えることに成功しました。

今後の展開、及び波及効果

原子核の“ちぎれ方”は核分裂を理解するために重要な観測量です。本研究により、これまでに得ることのできなかった、高エネルギー核分裂における原子核の “ちぎれ方”を捉えることができるようになりました。この成果は高いエネルギーにおいてどのように核分裂が起こるのかの理解を深め、放射性物質の毒性を低減するための核変換技術への貢献が期待できます。

用語説明

[用語1] 核分裂質量分布 : 核分裂が起こると、様々な種類の原子核が核分裂生成物として生成される。これらの原子核を質量数ごとにわけ、質量数を関数として収率をプロットしたものである。通常、収率の合計が200%となるように規格化する。

[用語2] 即発中性子 : 核分裂の直後に核分裂生成物から放出される中性子であり、次項の遅発中性子と区別し即発中性子とよばれる。235Uの熱中性子核分裂では99%以上を占め、核分裂連鎖反応で重要な役割を担っている。

[用語3] 遅発中性子 : 核分裂で生じる核分裂生成物のいくつかの核種において、ベータ崩壊に伴って中性子が放出されることがあり、これを遅発中性子と言う。半減期が長いものとして55秒の核種がある。実際の原子炉では、この中性子を含めて臨界を維持しているが、即発中性子と異なり、ベータ崩壊の寿命に応じて中性子の放出に遅れを伴う。このため、反応度の投入に対する急激な出力の変化を防ぐことができ、原子炉の制御を行うための十分な時間余裕が生まれる。遅発中性子の数は、生じる核分裂生成物の核種とそれぞれの収率によって変化する。

[用語4] 長寿命マイナーアクチノイド : アクチノイドに含まれる超ウラン元素のうち、プルトニウム以外の元素の総称をマイナーアクチノイドといい、ネプツニウム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)などがある。このうち、237Np、241Am、243Amは、原子炉内の核燃料の燃焼によって生成される長寿命の原子核(長寿命マイナーアクチノイド)と言われており、この処分または管理を行うことが原子力エネルギー利用における大きな課題となっている。核変換は、これら長寿命マイナーアクチノイドを核分裂によって変換する技術である。原子力機構においても加速器駆動型未臨界炉(ADS:Accelerator-driven subcritical reactor)を用いた核変換技術の開発が行われている。

[用語5] タンデム加速器 : タンデム(TANDEM=縦に馬を二頭ならべる馬車)加速器とは、ペレットチェーンで運ばれる電荷を利用してターミナル部を高電圧に保ち、この電圧差を利用してイオンを加速している。まずは負イオンをターミナルに向けて加速し、ターミナル部でイオンを負から正に変換することで逆向きに再加速する、いわば2段回方式の加速装置の総称を指す。加速イオンのエネルギーと種類、またビーム量とビーム直径を正確に制御できる特徴があり、原子核研究分野においては精密な核反応測定ができる特徴がある。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Role of Multichance Fission in the Description of Fission-Fragment Mass Distributions at High Energies
著者 :
K. Hirose1, K. Nishio1, S. Tanaka2, R. Léguillon1, H. Makii1, I. Nishinaka1, R. Orlandi1, K. Tsukada1, J. Smallcombe1, M. J. Vermeulen1, S. Chiba3, Y. Aritomo2, T. Ohtsuki4, K. Nakano5, S. Araki5, Y. Watanabe5, R. Tatsuzawa6, N. Takaki6, N. Tamura7, S. Goto7, I. Tsekhanovich8, A. N. Andreyev1,9
所属 :
1日本原子力研究開発機構、2近畿大学、3東京工業大学, 4京都大学、5九州大学、6東京都市大学、7新潟大学、8ボルドー大学、9ヨーク大学
DOI :

お問い合わせ先

(研究内容について)

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構
先端基礎研究センター

研究副主幹 廣瀬健太郎

Tel : 029-284-3515 / Fax : 029-282-5927

国立大学法人 東京工業大学

科学技術創成研究院 先導原子力研究所

教授 千葉敏

E-mail : chiba.satoshi@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

(報道担当)

国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構
先端基礎研究センター

広報部報道課長 佐藤仁昭

Tel : 03-3592-2346 / Fax :03-5157-1950

学校法人 近畿大学 総務部広報室

江川丈晴、土山真佑実

Tel : 06-4307-3007

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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東工大の研究と産学連携の「今」を知る「第1回 Tokyo Tech Research Festival」開催報告

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10月25日、東工大の研究と産学連携の「今」を広く紹介する、第1回東工大リサーチフェスティバル(Tokyo Tech Research Festival)が、東工大蔵前会館くらまえホールで開催されました。

三島良直学長による開会の挨拶
三島良直学長による開会の挨拶

このイベントは、本学の次世代を牽引する新進気鋭の若手研究者や最先端の研究を担うシニア研究者など、総勢40名の研究者による情報発信の場として企画したものです。ここで発信された研究成果は、学内の厳しい競争と経験豊かな研究者による切磋琢磨の中で育てられたもので、初めて公開される挑戦的かつ最新の成果も多く含まれていました。また、研究ユニットやイノベーション研究推進体など将来の組織的産学官連携や異分野融合のための活動、本学の産学連携メニューやこれを支えるURA組織(本学のリサーチアドニミストレーター組織)についても紹介しました。

本イベント開催の準備にあたっては、URAと産学連携コーディネーターが、参加研究者へ事前にコンタクトをとり、当日は、企業の方など来場者の方々へ研究内容をよりわかりやすく伝えるサポートを行いました。

会場の様子

会場の様子

会場の様子

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

参加研究者は、各自が作成したポスターの前で自らの研究成果等を紹介し、来場者と活発な意見交換を行うなど、どのブースも大変賑わっていました。

また、ポスターセッションと並行し、ショートプレゼンテーション(発表者1人つき2分間の研究概要紹介スピーチ)を3部に分けて行い、来場者全体へ自身の研究内容をアピールする時間を設けました。

ポスターセッションの様子

ポスターセッションの様子

ポスターセッションの様子

ショートプレゼンテーションの様子

ショートプレゼンテーションの様子

ショートプレゼンテーションの様子

屋井鉄雄副学長(産学官連携担当)による閉会の挨拶
屋井鉄雄副学長(産学官連携担当)による閉会の挨拶

当日は、あいにくの雨模様にも関わらず、170名を超える参加者で賑わい、盛況のうちに終了しました。

参加研究者からは、イベントを通じ、研究室では感じることができない、企業等の観点を吸収するよい機会となったという声が多数寄せられました。

また、普段は繋がりのない異分野の研究者同士が、互いの研究内容を知る機会にもなり、新しい融合研究への発展が期待されます。

競争と切磋琢磨:学内の選抜・育成制度=「東工大の星」支援【STAR】outer「研究の種発掘」支援outer「東工大挑戦的研究賞」outer「研究支援(A)大型研究プロジェクト形成支援」、「研究支援(B)若手異分野融合研究支援」outer手島精一記念研究賞outer<研究論文賞、博士論文賞、留学生研究賞、発明賞、著述賞、若手研究賞(藤野・中村賞)>など。

研究内容ピックアップ「サーモカメラで風を見る」

今回のイベントでは、環境・社会理工学院の稲垣厚至助教のプレゼンテーションに多くの参加企業が注目しました(来場者アンケートで第1位)。

稲垣助教は高感度のサーモカメラを用いた風の可視化及び計測する技術を開発。

高層ビル群周辺での風の測定やスポーツ施設での風の影響評価が可能となるなど、幅広い分野での活用に企業の期待が高まっています。

(日経産業新聞(11月20日)に稲垣助教の研究に関する記事が掲載されました。)

研究者詳細情報(STAR Search) - 稲垣 厚至 Atsushi Inagakiouter

神田研究室outer

東工大グラウンドにおける風の可視化と計測

東工大グラウンドにおける風の可視化と計測

お問い合わせ先

研究・産学連携本部
(研究推進部 研究企画課 研究企画第1グループ)

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp

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