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新しいシート状物質「ホウ化水素シート(ボロファン)」の誕生 ~優れた水素吸蔵性能を有する新材料~

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研究成果のポイント

1.
電子材料や水素吸蔵材料として利用できる優れた特性を持つ物質として理論的にその存在が予想されていた二次元(シート状)物質「ホウ化水素シート(ボロファン)」を生成することに成功しました。
2.
二ホウ化マグネシウムと呼ばれる物質を原料として用い、これに含まれるマグネシウムの正イオンを水素の正イオンと交換することにより、ホウ素と水素の組成比が1:1のホウ化水素シートが室温・大気圧下という温和な条件で生成することを見出しました。
3.
ホウ化水素シートはプロトンを保持しており200 ℃以上で水素を放出するため、予測されていた電子材料や水素吸蔵材料以外にも、固体燃料や固体酸触媒としての応用が期待できます。

国立大学法人 筑波大学 数理物質系 近藤剛弘准教授、国立大学法人 東北大学 材料科学高等研究所 藤田武志准教授、国立研究開発法人 物質・材料研究機構 Nguyen Thanh Cuong ICYS-Namiki研究員、同 冨中悟史主任研究員、および国立大学法人 東京工業大学 細野秀雄教授らの共同研究グループは、二ホウ化マグネシウムと呼ばれる物質を原料に用いた、これまでにない新しいシート状物質(ホウ化水素シート)の生成に成功しました。ホウ化水素シートはボロファンという通称名で既に理論的にその存在が予想されており、新しい水素吸蔵材料や電子材料としての優れた特性が期待されていました。本研究は、この物質の生成を初めて実現したものです。

本研究では、二ホウ化マグネシウムに含まれるマグネシウムの正イオンを水素(H)の正イオン(プロトン)と交換することにより、これまでに無い、水素とホウ素のみで構成される新しい二次元物質が、室温・大気圧下という温和な条件で生成することを見出しました。この物質は負に帯電したホウ素(B)の二次元シート骨格とプロトンとにより構成され、H:B=1:1の組成比であることがわかり、「ホウ化水素シート」と名付けました。

ホウ化水素シートはプロトンを保持しており、200 ℃ から1,200 ℃の幅広い温度範囲で水素分子を放出するため、理論予測されていた電子材料や水素吸蔵材料以外にも、固体燃料や固体酸触媒としての応用が期待できます。今後、既存材料との組み合わせにより資源・エネルギー・環境に関する様々な問題を解決する新しい材料としての利用が期待されるほか、他の二ホウ化金属や得られたホウ化水素シートをスタート物質として用いることにより、別の新しい二次元物質群の生成も期待されます。

本研究の成果は、2017年9月19日付「Journal of the American Chemical Society」でオンライン先行公開されました。

研究の背景

炭素原子一層からなるグラフェンに代表されるような、原子一層から数層の非常に薄い厚さで構成される二次元物質と呼ばれる物質群は、通常の三次元物質に比べて表面積が大きく、機械的柔軟性があり、特異な電子状態を持っている場合が多く、新しい電子材料や触媒材料の候補として期待が高まっています。また、種類の異なる二次元物質を組み合わせると、さらなる新しい性質が発現することが見いだされており[1]、二次元物質は様々な用途に応用できる大きな可能性を持った新しい物質であり、世界中で活発に研究が行われてきました。そんな中、ホウ素と水素のみで構成される二次元物質(ボロファン)について理論的な研究が行われ、グラフェンを凌駕する優れた電子材料特性や水素吸蔵特性を有するという予想が、2011年と2016年に報告されました[2,3]。ホウ素を含む二次元物質としては、2015年に、ホウ素のみで構成される二次元物質(ボロフェン)が、単結晶の銀の表面上への真空蒸着で生成できることが報告されてはいましたが[4,5]、ボロファンの方は理論予測のみにとどまっていました。

本研究グループは、ボロファンを作成するための母材として二ホウ化マグネシウム(MgB2)という材料に着目しました。MgB2は2001年に超伝導であることが見出されて以降[6]、超伝導材料としての研究が盛んに行われています。ホウ素は物質内に於いて屈強なsp2混成軌道と呼ばれる共有結合をした平面構造を構築しています。このホウ素のハニカム構造骨格が負の電荷を帯び、マグネシウムの正のイオンがホウ素骨格間に存在している物質がMgB2です。我々はこのMgB2のマグネシウムの正イオンを水素の正イオン(プロトン)と交換し、層状の3次元構造をバラバラなシート構造にすることで、これまでに誰も実現したことがなかったホウ化水素シートの生成に成功しました。

研究内容と成果

1. ホウ化水素シートの生成

本研究で行ったホウ化水素シートの生成手順を図1Aに模式的に示します。大気圧の窒素雰囲気中で、MgB2とイオン交換樹脂を室温のメタノールまたはアセトニトリル中で混ぜたのち、沈殿物を取り除いて乾燥させると、平均収率42.3%で黄色い粉末状のホウ化水素シートが得られることがわかりました。この粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると、しわのあるシート状の構造であることがわかります(図1B)。スタート物質に含まれるマグネシウム(Mg)はイオン交換の過程でイオン交換樹脂に回収されているため、このシート状物質中にMgは存在していません。このことは図1Cに示したX線光電子分光(XPS)[用語1]の測定結果からわかります。スタート物質であるMgB2(図1C上)とイオン交換後に得られたシート状物質(図1C下)のXPS測定結果を比較すると、イオン交換後にはMgが存在していないため、Mgに由来する光電子ピークが消失しています。また、188 eV付近にあるホウ素(B)の光電子ピークは、Bが負に帯電していることを示すもので、イオン交換後もこのピークが支配的です。すなわち、イオン交換後の粉末試料では正のMgイオンが存在していないにもかかわらず、Bが負に帯電したままになっています。これは、正のMgイオンが、XPSでは観測できないプロトンとイオン交換していることを示唆しています。なお、スタート物質に含まれる193.2 eVの光電子ピークは、MgB2表面に存在している酸化物(不純物)に由来しており、試料調製時に沈殿物となり分離される成分に由来するピークです。さらに、イオン交換後の試料に存在する水素の量を調べるために、真空中で試料を加熱し、この際に放出するガスを分析した結果(昇温脱離測定、TDS)、図1D上に示すように、200 ℃から1,200 ℃までの幅広い範囲で水素分子が多量に放出されることがわかりました。また、別々に作成した複数の試料に対して、放出される水素分子の総量と、加熱前の試料の重さから試料の組成比をそれぞれ算出したところ、どの試料も、比較的再現性良く、H:Bがおよそ1:1であることがわかりました(図1D下)。以上の結果から、MgB2 + 2H+ → Mg2+ + 2HB という反応式で示されるイオン交換反応により、H:Bが1:1の組成比であるホウ化水素シートが形成することが明らかとなりました。

興味深いことに、1923年~1924年および1959年に発表された研究成果に、本研究と類似の物質が生成されていることを示す記述があります[7,8]。水素とホウ素で構成されるガスが特定の条件下で、水素とホウ素の組成比がおよそ1:1の黄色い固体物質になることが報告されていますが、水素の放出温度が200 ℃よりも低く、また後述する水素の結合状態が本研究とは異なるため、これらはホウ化水素シートとは別の物質であると考えられます。

ホウ化水素(HB)シートに関する(A)生成方法の模式図、(B)走査型電子顕微鏡像、(C)X線光電子分光スペクトル、(D)昇温脱離測定結果と算出したB/H比

図1.
ホウ化水素(HB)シートに関する(A)生成方法の模式図、(B)走査型電子顕微鏡像、(C)X線光電子分光スペクトル、(D)昇温脱離測定結果と算出したB/H比

2. ホウ化水素シートの構造

ホウ化水素シートの構造をより詳細に調べるために、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察しました(図2A)。シート断面のプロファイル(図2B)からシートの厚さが高々数原子層程度であることがわかりました。また、TEM観察中に電子エネルギー損失分光(EELS)という測定を行った結果(図2C)、シートを構成しているBに由来するピークが190-200 eV付近に2つに分かれて鋭く現れており、炭素(C)や窒素(N)や酸素(O)に由来するピークは現れていないことから、このシートが確かにBで構成されていることがわかりました。Bの2つのピークはπ*とσ*と呼ばれるピークであり、これらの存在は、ホウ化水素シート中のBが、sp2混成軌道と呼ばれる平面構造を構成する共有結合性の軌道で結合していることを意味します。これは図1Aに示したMgB2中のBのハニカム構造の平面状の骨格構造が、イオン交換後のホウ化水素シートにおいても保たれて存在していることを示しています。

また、ホウ化水素シートに対して電子線回折を行うと、規則構造に起因するような回折スポットは観測されず(図2B)、またX線回折では幅の広いピークだけが観測されました(図3B)。これらの結果はホウ化水素シートの構造に長距離秩序が無いことを示唆しています。しかしながら、ホウ素と水素のように軽い原子で構成される物質の場合、電子線回折を測定する際の電子線の照射で試料の構造が壊れて、本来存在するはずの長距離秩序構造が観測できていない可能性があるほか、グラフェンシートのような柔軟性のある二次元結晶の場合にはX線回折でピークが現れない事例が知られていることなどから、これらの結果だけでは、長距離秩序が無いと結論づけることはできません。そこで、1ナノメートルほどの電子線スポットにおいて0.1ピコアンペア程度の低強度の電子ビームを用い、微小領域の電子線回折の観察を試みました。この結果、わずかではありますが、局所的な結晶構造の回折に由来する信号が観察されました(図3A右上)。これは試料全体で取得した電子線回折像(図3A右下)では見られない信号であり、本研究で得られたホウ化水素シートは本質的に、局所的には短距離秩序を持つが、長距離秩序は持たない構造であることがわかりました。

ホウ化水素(HB)シートの(A)走査型電子顕微鏡像、透過型電子顕微鏡像、および走査型透過電子顕微鏡像、(B)透過電子顕微鏡像とラインプロファイル、(C)電子エネルギー損失分光スペクトル

図2.
ホウ化水素(HB)シートの(A)走査型電子顕微鏡像、透過型電子顕微鏡像、および走査型透過電子顕微鏡像、(B)透過電子顕微鏡像とラインプロファイル、(C)電子エネルギー損失分光スペクトル

ホウ化水素(HB)シートの(A)走査型透過電子顕微鏡像、電子線回折像、(B)X線回折、(C)X線2体分布関数、(D)局所構造モデル、(E)フーリエ赤外吸収分光スペクトル、(F)紫外・可視吸収スペクトル

図3.
ホウ化水素(HB)シートの(A)走査型透過電子顕微鏡像、電子線回折像、(B)X線回折、(C)X線2体分布関数、(D)局所構造モデル、(E)フーリエ赤外吸収分光スペクトル、(F)紫外・可視吸収スペクトル

3. ホウ化水素シートの局所構造

次に、ホウ化水素シートはどのような局所構造で構成された短距離秩序を有しているのかを明らかにするために、X線回折結果(図3B)をフーリエ変換して得られるX線二体分布関数(XPDF)の解析を行いました。実験的に得られたXPDF(図3C)と、モデル局所構造でシミュレートしたXPDF(図3D)を比較すると、両者はよく一致しており、ホウ化水素シートの局所構造が図3Dのような構造であることが示されました。なお、理論予測で報告されている他の構造[3]や、様々な種類のホウ素と水素のガス(ボラン)やサイズの小さい既存の水素化ホウ素分子構造でも比較を行いましたが、いずれも実験結果を再現できず、図3Dの構造のみが、良い一致を示しました。図3Dの構造はスタート物質のMgB2に含まれるハニカム構造のホウ素の骨格が残っており、イオン交換の観点で対応が取れており、また図2CのEELSが示しているBの平面構造の存在と対応しています。また、この構造に存在するB-H-B結合部分の伸縮振動が、フーリエ赤外吸収分光(FTIR)で1,619 cm-1に観測されており、密度汎関数法(DFT)[用語2]により計算したこの構造におけるB-H-Bの振動吸収ピーク(図4C)1,613 cm-1と良い一致を示しています。さらに紫外・可視吸収スペクトルで見られた2.9 eVの光吸収やXPSで得られた結合エネルギーも、この構造に対するDFT計算の値と一致します。図3Dのモデル構造から予想される電子線回折スポットが図3Aの右上で観測された回折スポット位置と一致することも分かりました。以上の結果から、本研究で得られたホウ化水素シートは局所構造として図3Dに示すような構造を有していることがわかりました。

長距離秩序が無く、短距離秩序のみがある理由は、イオン交換反応が起こる際のイオン交換サイトのランダム性で説明できます。図3Dでは、Hの位置は規則正しく特定のBとBの間を橋掛けるように位置して結合していますが、実際にイオン交換が起こる際はMgB2の端や表面から一斉に反応が進行していると考えられるため、特定の方向のBとBの間にだけHが結合するのではなく、様々なB-B間に全体の電荷バランスが保たれるように結合します。いったんB-H-B結合が形成されると、そこの部分のB-B間距離が変化するので、Hの結合位置が不規則であれば試料には長距離秩序が無い状態となります。このため、本研究で得られたホウ化水素シートはBの骨格構造が保たれており、局所構造を有しながらも全体としては長距離秩序がない、特異な構造をしていると考えられます。

密度汎関数法で計算した図3Dで示すホウ化水素シートモデル構造の(A)バンド図、(B)光吸収スペクトル、(C)赤外吸収スペクトル

図4.
密度汎関数法で計算した図3Dで示すホウ化水素シートモデル構造の(A)バンド図、(B)光吸収スペクトル、(C)赤外吸収スペクトル

今後の展開

本研究で生成したホウ化水素シートはプロトンを保持しており、200 ℃から1,200 ℃の幅広い温度範囲で水素分子を放出するため、理論予測されていた電子材料や水素吸蔵材料としての応用以外にも、固体燃料や固体酸触媒として応用できる可能性があります。今後、既存材料との組み合わせにより資源・エネルギー・環境に関する様々な問題を解決する新しい材料として有望であるほか、他の二ホウ化金属や得られたホウ化水素シートをスタート物質として用いて別のイオン交換を行うことにより、別の新しい二次元物質群の生成も期待されます。

用語説明

[用語1] X線光電子分光(XPS) : 試料表面にX線を照射した際に放出される光電子の運動エネルギーを測定することで、試料の構成元素とその電子状態を分析する分光計測法。

[用語2] 密度汎関数法(DFT) : 電子密度から分子のエネルギーなどの物性を計算する理論的手法。現在、凝集系物理学や計算物理、計算化学の分野で実際に用いられる手法の中で、もっとも汎用性の高い手法の一つとなっている。

参考文献

[1] Geim, A. K.; Grigorieva, I. V. Nature 2013, 499, 419.

[2] Abtew, T. A.; Shih, B.; Dev, P.; Crespi, V. H.; Zhang, P. Phys. Rev. B 2011, 83, 094108.

[3] Jiao, Y.; Ma, F.; Bell, J.; Bilic, A.; Du, A. Angew. Chem. 2016, 128, 10448.

[4] Mannix, A. J.; Zhou, X.-F.; Kiraly, B.; Wood, J. D.; Alducin, D.; Myers, B. D.; Liu, X.; Fisher, B. L.; Santiago, U.; Guest, J. R.; Yacaman, M. J.; Ponce, A.; Oganov, A. R.; Hersam, M. C.; Guisinger, N. P. Science 2015, 350, 1513.

[5] Feng, B.; Zhang, J.; Zhong, Q.; Li, W.; Li, S.; Li, H.; Cheng, P.; Meng, S.; Chen, L.; Wu, K. Nat. Chem. 2016, 8, 563.

[6] Nagamatsu, J.; Nakagawa, N.; Muranaka, T.; Zenitani, Y.; Akimitsu, J. Nature 2001, 410, 63.

[7] Stock, A. Hydrides of boron and silicon; Cornell University Press; H. Milford, Oxford University Press: New York; London, 1933.

[8] Shapiro, I.; Williams, R. E. J. Am. Chem. Soc. 1959, 81, 4787.

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Formation and characterization of hydrogen boride sheets derived from MgB2 by cation exchange
(カチオン交換によりMgB2から得られるホウ化水素シートの生成と特性解析)
著者 :
Hiroaki Nishino, Takeshi Fujita, Nguyen Thanh Cuong, Satoshi Tominaka, Masahiro Miyauchi, Soshi Iimura, Akihiko Hirata, Naoto Umezawa, Susumu Okada, Eiji Nishibori, Asahi Fujino, Tomohiro Fujimori, Shin-ichi Ito, Junji Nakamura, Hideo Hosono, Takahiro Kondo
DOI :

お問い合わせ

筑波大学 数理物質系
准教授 近藤剛弘(こんどう たかひろ)

〒305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1

E-mail : takahiro@ims.tsukuba.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


硫黄ナノクラスターの“精密”質量分析法

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硫黄ナノクラスターの“精密”質量分析法
―分子カプセルの利用で、環状硫黄の安定化と選択的合成を達成―

要点

  • 分子カプセルの包み込みによる硫黄ナノクラスターの新しい質量分析法を開発
  • カプセル空間内で硫黄ナノクラスターの顕著な安定化と選択的合成に成功

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の松野 匠大学院生(修士課程2年)、山科雅裕博士研究員と吉沢道人准教授らは、ナノサイズの硫黄クラスターを分子カプセルに包み込むことで構造が安定に維持され、汎用の質量分析装置を使ってその質量数を正確に決定することに初めて成功した。また、分子カプセルの内部空間で、高分解性の硫黄ナノクラスターの安定化と光照射による選択的なクラスター合成にも成功した。本研究成果は、種々の無機ナノクラスター(材料や触媒など)の「精密分析法」と「選択的合成法」の新提案であり、幅広い応用研究が期待される。

有機および無機化合物の構造決定において、「質量分析」は重要な役割を果たしている。とりわけ無機クラスターは、他の分析法では十分な構造情報が得られないため、質量分析が最重要の手段となっている。自然界に豊富に存在する硫黄(S)は、種々の大きさの塊(クラスター)を形成する。しかしながら、それらの無機クラスターは、これまでの質量分析条件では容易に分解するため、構造決定が困難であった。本研究では、中性の硫黄ナノクラスターの質量数を決定する新手法の開発に挑戦した。同グループが開発したイオン性の分子カプセルは、水中で2分子の環状S8およびS6クラスターを定量的に内包した。内包された硫黄ナノクラスターは顕著に安定化され、それらの質量数を汎用の質量分析装置(ESI-TOF MS)で精密に決定することに成功した。さらに、光照射により、2分子のS6クラスターから1分子のS12クラスターへの変換反応が、カプセル内で高選択的に進行することを見出した。分子カプセルに秘められた新しい機能を開拓した。

これらの研究成果は、同研究所の山元公寿教授グループ(無機化学)との共同研究によるもので、Springer NatureのNature Communications誌のオンライン版に、平成29年9月29日10時(英国時間)付けで掲載されました。

研究の背景とねらい

質量分析[用語1]は、有機・無機化合物や生体高分子(タンパク質など)の構造決定における重要な手段である。その中でも、複数の原子の集合体である無機クラスターは、紫外可視吸収分光計(UV-vis)や核磁気共鳴装置(NMR)などの汎用の分析法では十分な構造情報が得られないため、質量分析装置による質量数の決定は必要不可欠である。しかしながら、無機クラスター、とりわけ、電荷を持たない中性の無機クラスターは、質量分析で必須なイオン化の過程で分解するため、その正確な質量数や純度を決定することが困難であった(図1a左)。無機クラスターの代表例である硫黄(S)は、様々な大きさの環状ナノクラスターを形成し(その同素体[用語2]は30種類以上)、特異な物理的および化学的性質を有する(図1b)[文献1]。しかしながら、最も安定な環状S8クラスターであっても、これまでの質量分析条件では分解するため、本来の質量数を決定することは出来なかった。また、多くの硫黄クラスターは不安定で室温でも容易に分解するため、それらの合成や精製には熟練の技術が必要であった。

(a)無機クラスターの質量分析における問題点(左)と本研究の戦略(右)。(b)硫黄ナノクラスターと(c)分子カプセル1の構造と空間充填モデル。
図1.
(a)無機クラスターの質量分析における問題点(左)と本研究の戦略(右)。(b)硫黄ナノクラスターと(c)分子カプセル1の構造と空間充填モデル。

今回、イオン性の分子カプセルに中性の硫黄ナノクラスターを丸ごと包み込み、外部環境から隔離した安定化状態で汎用の質量分析を行うことで、狙いとするクラスターの質量数を厳密に決定することに成功した(図1a右)。また、カプセル内で、選択的な硫黄ナノクラスターの合成が出来ること明らかにした。これまでに報告した分子カプセルの合成有機分子や生体関連分子[文献4]に対する機能に加えて、本研究で、無機ナノクラスターに対する新しい機能を開拓した。

研究内容

硫黄ナノクラスターの内包と質量分析

分子カプセルとして、同研究グループが6年前に開発した複数のアントラセン環[用語3]を含む球状ナノ構造体1[文献2,3]を用いた(図1c)。硫黄ナノクラスターのカプセル化は、室温・大気下で、簡単な方法でできる。過剰量の環状S8クラスターの黄色固体をカプセル1の水溶液に加え、室温で30分程度撹拌すると、水に溶けないS8クラスターは疎水効果[用語4]によって、自発的かつ定量的に分子カプセルに内包された(図2a)。内包体の構造はNMRおよびX線結晶構造解析で決定した。結晶構造解析から、2つのS8クラスターが積み重なるようにカプセル内に取り込まれ、しかも、カプセルの8つのアントラセン環によって外界から隔離されていることが明らかになった。

(a)分子カプセル1による2分子の環状S8クラスターの内包とそのX線結晶構造。(b)S8クラスター単独の質量分析(MALDI-TOF MS)スペクトルと(c)内包体の質量分析(ESI-TOF MS)スペクトル。
図2.
(a)分子カプセル1による2分子の環状S8クラスターの内包とそのX線結晶構造。(b)S8クラスター単独の質量分析(MALDI-TOF MS)スペクトルと(c)内包体の質量分析(ESI-TOF MS)スペクトル。

環状S8クラスターはその同素体の中で最も安定であるが、これまでの方法で汎用の質量分析装置(MALDI-TOF MSおよびESI-TOF MSなど)を利用すると、分解物のS3+やS4+イオンなどに由来するピークのみが観測された(図2b)。一方、カプセル化された同クラスターでは分解は起こらず、元の構造を維持した状態で、目的の質量数に由来するピークが明確に観測された(図2c)。すなわち、硫黄ナノクラスターの精密な質量分析に初めて成功した。

高分解性の硫黄ナノクラスターの安定化

環状S6クラスターは通常、その環ひずみにより容易に分解する。実際に、S6クラスターの溶液を室温で放置すると1時間以内に分解し、S8クラスターや硫黄オリゴマーが生成した。一方、S8クラスターと同様の操作でカプセル1内に取り込まれた2分子のS6クラスターは(図3a、中央)、同条件下で700倍以上も安定に存在した。また、カプセル化により通常の質量分析条件でも分解が抑制され、S6クラスターの質量数を厳密に決定できた。

(a)分子カプセル1による環状S6クラスターの内包と光照射による環状S12クラスターの合成。(b)S12クラスター内包体の計算による最適化構造。
図3.
(a)分子カプセル1による環状S6クラスターの内包と光照射による環状S12クラスターの合成。(b)S12クラスター内包体の計算による最適化構造。

カプセル内での硫黄ナノクラスターの合成

分子カプセル1内で、2分子から1分子の硫黄ナノクラスターへの合成に挑戦した。S6クラスターを2分子内包したカプセル1の水溶液に、極低温下で可視光を照射すると、分子内S-S結合がラジカル的に開裂し、分子間で再結合することで、環状S12クラスターが選択的に生成した(図3a、右)。生成物の構造は、NMR、ラマン分光、質量分析によって決定した。内包体の計算構造から、球形状のS12クラスターはカプセル1の球状空間に適合していることが分かった(図3b)。すなわち、分子カプセル内での硫黄ナノクラスターの合成に初成功した。

今後の研究展開

本研究では分子カプセルを利用し、硫黄ナノクラスターを内包することで安定化し、質量分析装置でその質量数を精密に決定する方法を開発した。ここで用いた分子カプセルは、合成と取り扱いが容易であり、汎用の質量分析装置を用いて、微量分析が可能である。今後、この方法による既存の無機ナノクラスターの精密質量分析と共に、新規の機能性ナノクラスターを創製するための質量分析法としての利用が期待できる。

用語説明

[用語1] 質量分析 : 高真空下で分子やクラスターなどをイオン化することで、その質量数を決定する構造分析手法。代表的なイオン化法に、田中耕一博士(2002年ノーベル化学賞受賞)が開発したレーザー照射を利用するMALDI法や、溶液をスプレー噴霧するESI法などがある。

[用語2] 同素体 : 同一元素から構成される分子で、結合形式や原子配列が異なる。同素体同士は互いに物性が異なる。炭素(黒鉛とダイヤモンド)など。

[用語3] アントラセン : 3つのベンゼン環を連結した形のパネル状有機分子。

[用語4] 疎水効果 : 油と同様の性質をもつ化合物またはその部位は、水中で互いに集まる(引き合う)現象を示す。

[文献1] R. Steudel, B. Eckert, Top. Curr. Chem. 230, 1–79 (2003).

[文献2] N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc., 133, 11438–11441 (2011).

[文献3] M. Yamashina, Y. Sei, M. Akita, M. Yoshizawa, Nature Commun., 5, 4662 (2014).

[文献4] M. Yamashina, M. Akita, T. Hasegawa, S. Hayashi, M. Yoshizawa, Science Adv., 3, e1701126 (2017).

論文情報

掲載誌 :
Nature CommunicationsNature姉妹誌)
論文タイトル :
Exact Mass Analysis of Sulfur Clusters upon Encapsulation by a Polyaromatic Capsular Matrix
(分子カプセルの内包による硫黄ナノクラスターの精密質量分析法)
著者 :
Sho Matsuno, Masahiro Yamashina, Yoshihisa Sei, Munetaka Akita, Akiyoshi Kuzume, Kimihisa Yamamoto, Michito Yoshizawa*
(松野匠、山科雅裕、清悦久、穐田宗隆、葛目陽義、山元公寿、吉沢道人*
DOI :

研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
准教授 吉沢道人

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

酸化チタンの新機能を発見 ―薄膜形状で超伝導を実現―

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要点

  • 地球上のありふれた元素を活用した高機能材料の創製に寄与
  • 2つの異なる組成の酸化チタンを薄膜形状に合成し、組成・構造を決定
  • 実験的に未解明だったバイポーラロン超伝導の発現の可能性

概要

東京工業大学 物質理工学院の吉松公平助教と大友明教授は、物質・材料研究機構と共同で、光触媒材料として知られる二酸化チタンの類縁化合物である七酸化四チタン(Ti4O7)とガンマ型の五酸化三チタン(γ-Ti3O5)で超伝導が発現することを発見しました。

研究グループは、パルスレーザ堆積法[用語1]と呼ばれる手法を用いて、高温・強還元の環境下で酸化チタンの薄膜合成を行いました。大型放射光施設SPring-8での高輝度放射光X線回折実験で、合成した薄膜の組成・結晶構造をTi4O7とγ-Ti3O5と決定しました。また、電気抵抗率の温度依存性から極低温で電気抵抗がゼロになる超伝導現象が発現することを見出しました。これらの超伝導は、過去に理論的に予測されていながら、実験的には実証されていないバイポーラロン超伝導[用語2,3]である可能性が考えられます。

今回発見した超伝導体の最高転移温度は、液体ヘリウム温度[用語4]を超える7ケルビンであり、安価で安定な酸化物超伝導体として応用が期待されます。今回の研究成果は、英国の科学誌ネイチャー(Nature)の姉妹紙のオンラインジャーナル「サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)」に10月2日に公開されました。

研究成果

酸化チタンは、光触媒材料として知られる二酸化チタン(TiO2)を代表として、チタンと酸素の構成比率に応じて、複雑な組成・結晶構造を取る材料系です。研究グループは、酸化チタンの多様性に着目し、薄膜形状での組成・結晶構造の制御を試みました。その際、パルスレーザ堆積法という手法を用い、高温・強還元の環境下で酸化チタンの薄膜を合成し、TiO2とは異なる酸化チタンを得ました。大型放射光施設SPring-8での高輝度放射光X線回折実験により、得られた酸化チタンが七酸化四チタン(Ti4O7)とガンマ型の五酸化三チタン(γ-Ti3O5)の組成・結晶構造を持つことを明らかにしました(図1)。また、これらの薄膜の電気抵抗を測定し、極低温で電気抵抗がゼロとなることを見出しました(図2)。磁化測定からは完全反磁性[用語5]も得られており、超伝導が発現していることを明らかにしました。特にγ-Ti3O5においては、液体ヘリウム温度(4.2ケルビン)を超える7ケルビン以下で超伝導が観測されており、安定で安価な酸化物超伝導材料としての応用が期待されます。また、電気を通さない絶縁体のTiO2と組み合わせることでジョセフソン素子形成が可能となり、シリコンを超える高速スイッチング素子材料への適用も期待されます。

今回作製した酸化チタンの結晶構造。左が七酸化四チタン(Ti4O7)で右がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。Ti4O7はせん断面と呼ばれる周期構造を持ち、TiO6八面体鎖を形成している。
図1.
今回作製した酸化チタンの結晶構造。左が七酸化四チタン(Ti4O7)で右がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。Ti4O7はせん断面と呼ばれる周期構造を持ち、TiO6八面体鎖を形成している。
今回発見した酸化チタンの超伝導。左が七酸化四チタン(Ti4O7)で右がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。γ-Ti3O5では、磁場なしの状態で液体ヘリウム温度を超える7ケルビンから超伝導状態が発現している。
図2.
今回発見した酸化チタンの超伝導。左が七酸化四チタン(Ti4O7)で右がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。γ-Ti3O5では、磁場なしの状態で液体ヘリウム温度を超える7ケルビンから超伝導状態が発現している。

研究の経緯

超伝導体は、核磁気共鳴画像法(MRI)により医療分野で活躍し、送電ケーブルやリニアモーターカーなどへの応用が期待される重要な技術です。超伝導材料としてMgB2鉄ヒ素系超伝導体[用語6]銅酸化物系超伝導体[用語7]がよく知られています。大気環境下での安定性の観点から、酸化物系材料が望ましいと考えられていますが、銅酸化物超伝導体にはランタンやイットリウム等のレアメタルが必須で、コストがかかります。そのため、安価な酸化物材料での超伝導体開発が望まれていました。

地球上に豊富にある元素を活用して高機能材料を創製することは今日の材料科学における大きな課題です。この観点から文部科学省の支援を受けて、東京工業大学 元素戦略研究センター(研究代表者:細野秀雄 教授)が平成24年に設立されました。研究グループは、この拠点で環境に対して無害で安定な遷移金属酸化物を用い、超伝導体をはじめとする新機能性材料に関する研究に着手しました。本研究では、光触媒などで実用化されている二酸化チタンと同様に、酸素とチタンのみからなる安価な原料を用いて超伝導体開発を行いました。酸素はクラーク数で1番目、チタンは10番目と共にありふれた元素で酸化チタンは構成されています。単純な構成元素ながら様々な組成と構造を持つ酸化チタンの多様性を生かし、今回、Ti4O7とγ-Ti3O5薄膜の合成と超伝導の発見へとつながりました。

これまでバルク(塊)形状の試料を用いてこれらの酸化チタンの物理的性質が調べられてきました。チタンを他の元素で置換したり、高い圧力を加えたりすることで、電気を流す金属になることは知られていたものの、超伝導が観測された例はありませんでした。Ti4O7については過去の理論的研究で超伝導の発現が予言されていました。これは、バイポーラロン超伝導と呼ばれる機構に基づくものであり、その機構の正しさを実験的に証明するには、まず超伝導が実際に発現することを確かめる必要がありました。Ti4O7の結晶構造は、実際にバイポーラロンが安定に存在しうる形状をしています。せん断面で切断されたTiO6八面体が直線上に伸びた鎖のような形状をしており、この鎖の中には2つの電子が存在すると考えられています(図1)。また、これら電子2つ(バイ)が結晶格子と相互作用(ポーラロン)することで、バイポーラロンを形成すると考えられています。興味深いことに、Ti4O7に見られるTiO6八面体鎖が存在しないγ-Ti3O5においても超伝導が観測されています。一方で、Ti4O7とγ-Ti3O5の両試料が室温から超伝導転移温度に至るまでの電気抵抗変化はとても似通っており(図3)、両試料の超伝導の発現機構に何らかの共通点が存在する可能性が示唆されます。

超伝導の発現機構に関係なく、今回特殊な結晶構造を基板で支持した薄膜形状で形成したことや、酸素量の微妙な制御により理論的に予測されていた電子状態を実現したことが鍵となり、超伝導の発見へとつながりました。

酸化チタンの抵抗率の温度依存性。赤が七酸化四チタン(Ti4O7)で青がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。両者が非常によく似た電気抵抗率を持つことがわかる。
図3.
酸化チタンの抵抗率の温度依存性。赤が七酸化四チタン(Ti4O7)で青がガンマ型五酸化三チタン(γ-Ti3O5)。両者が非常によく似た電気抵抗率を持つことがわかる。

今後の展開

研究グループは今回、安価な酸化チタンを用いた超伝導体を発見しました。今後は、薄膜構造や組成を変調させることで、より転移温度が高い物質の創製を目指した研究を進める予定です。また、バイポーラロン超伝導の発現機構を実験的に証明することで、新たな超伝導物質群の開発指針につながることが期待されます。

Ti4O7の理論的な超伝導の発現の予言は、例えば「強い電子-格子相互作用を示す擬二次元系における超伝導と電荷密度波に対する多ポーラロンの理論」(K. Nasu "Many-polaron theory for superconductivity and charge-density waves in a strongly coupled electron-phonon system with quasi-two-dimensionality: An interpolation between the adiabatic limit and the inverse-adiabatic limit" Physical Review B 35, 1748 (1987))などで提案されていた。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

  • 文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(A)
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)

用語説明

[用語1] パルスレーザ堆積法 : 高密度の紫外レーザを用いて原料をプラズマ化し、基板へと原料を堆積する薄膜合成手法の一つ。酸化物材料の薄膜合成に多く用いられています。

[用語2] バイポーラロン超伝導 : 2つのポーラロン[用語3]が格子振動を介してペアを組み、それらが超伝導電流を担うクーパー対のような役割を果たして発現する超伝導の機構を指します。

[用語3] ポーラロン : 結晶格子との相互作用を受けた電子。

[用語4] 液体ヘリウム温度 : 原子番号2のヘリウム(He)の大気圧下での沸点である4.2ケルビンを指します。これ以上の温度は液体ヘリウムを寒剤に用いることで達成されるため、超伝導転移温度の目安の一つとなっています。

[用語5] 完全反磁性 : 超伝導体が持つ特徴の一つ。超伝導状態では物質の内部に磁場が全く侵入しなくなる現象であり、マイスナー効果とも呼ばれます。対象物質が超伝導体であれば、ゼロの電気抵抗と完全反磁性の両方が観測されます。

[用語6] 鉄ヒ素系超伝導体 : 鉄を主成分として含む化合物の中で超伝導転移を示す化合物の総称。いずれも超伝導の発現に鍵となるFeAs層を有します。

[用語7] 銅酸化物系超伝導体 : 1986年に発見された銅(Cu)と酸素(O)を含む超伝導体の総称。結晶構造の中にCuO2面を有するという特徴があります。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Superconductivity in Ti4O7 and γ-Ti3O5 films
著者 :
K. Yoshimatsu, O. Sakata, and A. Ohtomo
DOI :

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物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
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手足を動かす筋肉のつくり方はどうやって進化したのか?

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手足を動かす筋肉のつくり方はどうやって進化したのか?
―サメの鰭から四肢筋の発生様式の進化を解明―

要点

  • 軟骨魚類トラザメの対鰭筋が遊離筋の特徴をもつ細胞からつくられることを解明
  • 軟骨魚類の対鰭筋は遊離筋によらない方法でつくられるという従来の説を覆す
  • 対鰭・四肢の筋肉が遊離筋によってつくられるという発生様式は、従来説より古い起源をもつ可能性を提示

概要

東京工業大学大学 生命理工学院 生命理工学系の田中幹子准教授と岡本恵里大学院生らは、理化学研究所の倉谷滋主任研究員と日下部りえ研究員、工樂樹洋(くらく・しげひろ)ユニットリーダー、東京大学の兵藤晋教授、スペイン CRG[用語1]のジェームス・シャープ(James Sharpe)教授らと共同で、軟骨魚類の対鰭(ついき)[用語2]の筋肉の発生様式が、従来の定説と異なり、遊離筋の特徴をもつ筋芽細胞[用語3]からつくられることを明らかにした。

田中准教授らは四肢筋の発生様式の進化過程を検証するため、軟骨魚類トラザメ属(Scyliorhinus)の胚の対鰭の原基[用語4]を解析した。

四肢は原始的な魚類の胸鰭と腹鰭(対鰭)から進化したものである。サメやエイを含むグループである軟骨魚類は、顎口類(がっこうるい)[用語5]の原始的な状態を知るのに適したモデルとされている。四肢の筋肉は遊離筋とよばれる細胞によってつくられることが知られている。一方、軟骨魚類の対鰭の筋肉は、遊離筋によらない方法でつくられるとされ、四肢の筋肉の原始的な発生様式であると考えられてきた。

今回の研究成果は、顎口類の原始的な状態を反映するとされる軟骨魚類において、その対鰭の筋肉の発生様式が、私たちの四肢の筋肉と類似することを示した。これにより、四肢の筋肉をつくる発生様式が、これまで考えられていたよりも古い起源をもつ可能性を示した。

研究成果は10月2日に国際科学誌「Nature Ecology & Evolution」で公開された。

研究の背景

私たちの手足はそれぞれ原始的な魚類の胸鰭と腹鰭から進化したものである(図1)。サメやエイを含むグループである軟骨魚類は、私たちヒトを含む顎口類の原始的な状態を知るのに適したモデルとして使われている。

私たちの手足の筋肉(四肢筋)は、遊離筋と呼ばれる移動能力を持つ筋芽細胞からつくられる。遊離筋は皮筋節とよばれる骨格筋のもととなる構造から分離し、四肢の原基の中へ移動することで四肢に筋肉をつくる(図2左)。また、遊離筋は「Lbx1」という遺伝子を発現するという特徴をもつ(図2左)。

一方、軟骨魚類の対鰭の筋肉(対鰭筋)はこれまでの研究から、皮筋節が鰭の中にまで伸長することによってつくられるとされており(図2右)、トラザメにおいては胚の筋芽細胞における Lbxタンパクの存在も認められていなかった。これらのことから、対鰭・四肢の筋肉の原始的な発生様式は遊離筋ではなく、皮筋節の伸長によると考えられてきた。

顎口類における対鰭と四肢の模式図。

図1. 顎口類における対鰭と四肢の模式図。

四肢を持つ動物の前肢と後肢は、それぞれ魚類の胸鰭と腹鰭から進化した。軟骨魚類は、顎口類の原始的な状態を知るのに適したモデルとされている。

これまで考えられてきた軟骨魚類における対鰭筋の発生様式。

図2. これまで考えられてきた軟骨魚類における対鰭筋の発生様式。

四肢筋は、遊離筋と呼ばれる遊走能を持つ細胞からつくられる。遊離筋は皮筋節から分離し、四肢の原基の中へ移動する(左)。また、遊離筋はLbx1という遺伝子を発現する特徴をもつ(左)。一方、軟骨魚類の対鰭筋は、皮筋節が鰭の中にまで伸長することによってつくられるとされており(右)、このシステムが四肢の筋肉の原始的な発生様式であると考えられてきた。

研究成果

軟骨魚類トラザメ属(Scyliorhinus)の胚を題材に、対鰭筋の発生様式を再検証した。その結果、トラザメ胚の対鰭の原基でLbx1遺伝子を発現する細胞群が観察された(図3上)。この特徴は、全頭類[用語6]のゾウギンザメ胚でも確認されたことから、軟骨魚類で共通した特徴であると考えられる。

また、トラザメ胚の対鰭の原基で、皮筋節由来の細胞や筋芽細胞であることを示す遺伝子の発現も観察され、軟骨魚類の対鰭筋が、四肢動物と同じく、Lbx1を発現する皮筋節由来の筋芽細胞によって作られることが示された。

さらに、対鰭筋の発生過程を詳しく調べると、対鰭筋を作る筋芽細胞が、皮筋節の腹側の端から分離すること、またこれらの筋芽細胞が、皮筋節から分離後、対鰭原基の中で集まる様子が観察された(図3下)。

これらの結果から、軟骨魚類の対鰭筋の発生様式が、従来の定説と異なり、遊離筋の特徴をもつ筋芽細胞からつくられることが明らかになった。このことは、顎口類の原始的な状態を反映するとされる軟骨魚類において、その対鰭筋の発生様式が、私たちの四肢筋と類似することを示している。今回の研究成果は、遊離筋から対鰭や四肢の筋肉がつくられるという発生様式が、顎口類で共通のメカニズムであり、これまで考えられていたよりも古い起源をもつ可能性を示した。

トラザメ胚の対鰭における<i>Lbx1</i>の発現解析(上)および対鰭筋発生様式の模式図(下)

図3. トラザメ胚の対鰭におけるLbx1の発現解析(上)および対鰭筋発生様式の模式図(下)

トラザメ胚の対鰭の原基でLbx1遺伝子を発現する細胞群が観察された(上)。また、対鰭筋を作る筋芽細胞(赤破線)が、皮筋節の腹側の端から分離し、対鰭原基の中で集まる様子が観察された(下)。

今後の展開

田中准教授らの研究により、遊離筋による四肢の筋肉の発生様式が従来考えられていたよりも、古い起源をもつ可能性が明らかになった。遊離筋は脊椎動物の進化の過程で、四肢筋だけでなく、舌筋や横隔膜など、新しい筋肉をもたらした特殊な細胞群である。

軟骨魚類を題材としたこの研究成果は、これらの遊離筋由来の筋肉の進化を理解する上でも重要な発見となった。軟骨魚類のような、技術的な制限が多い生物を使った研究は、ゲノム解析技術の発展により可能になってきている。今後も、サメのように系統的に重要な動物を題材に進化の謎に迫っていく。

用語説明

[用語1] CRG : (Center for Genomic Regulation)2000年に創設されたスペイン・バルセロナにある国際的な生命科学の研究所

[用語2] 対鰭 : 左右が対になった鰭。胸鰭と腹鰭を指す。

[用語3] 筋芽細胞 : 筋肉のもととなる細胞。

[用語4] 原基 : 将来ある器官になることに予定されてはいるが、まだ形態的・機能的には未分化の状態にある部分。

[用語5] 顎口類 : 脊椎動物(背骨を持つ生物群)は顎を持たない無顎類と顎を持つ顎口類に分類される。軟骨魚類を含め、対鰭や四肢をもつ現生の生物は顎口類に含まれる。

[用語6] 全頭類 : 軟骨魚類の現生種は板鰓類(サメ類やエイ類)と全頭類(ゾウギンザメ類)に大きくわけられる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Ecology & Evolution
論文タイトル :
Migratory appendicular muscles precursor cells in the common ancestor to all vertebrates
著者 :
Eri Okamoto, Rie Kusakabe, Shigehiro Kuraku, Susumu Hyodo, Alexandre Robert-Moreno, Koh Onimaru, James Sharpe, Shigeru Kuratani and Mikiko Tanaka
DOI :

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東京工業大学大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 田中幹子

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講演会「大変革期の科学技術イノベーション政策に向けて」開催報告

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9月21日、大岡山キャンパス本館3階第2会議室にて、国立研究開発法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency、以下JST)研究開発戦略センターのセンター長代理である倉持隆雄氏による講演会「大変革期の科学技術イノベーション政策に向けて 鳥の目、虫の目、つながる目」を開催しました。

当日は、学長、理事・副学長等の執行部をはじめ本学の研究企画立案に携わる教職員66名が参加しました。

参加者に向かって講演する倉持氏

参加者に向かって講演する倉持氏

はじめに、倉持氏はJST研究開発戦略センターが作成している「研究開発の俯瞰報告書(2017年)」を基に「システム・情報科学技術分野」、「ナノテクノロジー・材料分野」、「エネルギー分野」、「環境分野」、「ライフサイエンス・臨床医学分野」の5分野について、研究分野の俯瞰図、世界的なトレンド、日本の挑戦課題等について紹介しました。

続いて、科学技術イノベーション政策に向けた提案(事例)と題し、我が国の限られた財政資源で最大限の成果を産み出していくための研究費制度全体を視野に入れた改革について、具体的な分析を交えて説明を行いました。

最後に、JST研究開発戦略センターで取り組んでいる新たな活動のひとつとして「持続可能な開発目標(SDGs)」における科学技術イノベーションの役割と期待について語りました。

講演会の最後には質疑応答が行われ、活発な質問に倉持氏が丁寧に回答し、日本の科学技術を取り巻く状況についてさらに理解を深めました。

満席の会場の様子
満席の会場の様子

講演後参加者からの多くの質問
講演後参加者からの多くの質問

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企画・評価課総合企画グループ

E-mail : kik.sog@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2011

新しい不斉源「トポロジカルキラリティ」の機能を解明

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新しい不斉源「トポロジカルキラリティ」の機能を解明
―医薬品開発などにも応用可能な優れた不斉源の開発に成功―

要点

  • トポロジカルキラリティを有する化合物の不斉源としての機能を初めて評価
  • ロタキサンを不斉源として高分子に一方巻きらせんを誘起できることを見出した
  • ロタキサンは従来の点不斉を有する分子よりも優れた不斉源となり得る

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の石割文崇助教(兼・同大学 科学技術創成研究院 助教)、高田十志和教授らの研究グループは、新しい不斉[用語1]源である「トポロジカルキラリティ[用語2]」を持つ分子の優れた機能を初めて解明した。トポロジカルキラリティを持つ分子の不斉源としての利用を推進・加速し、不斉分子の選択的合成・認識・分割を達成する優れた機能分子の開発につながると期待される。

同研究グループは、トポロジカルキラリティを持つロタキサンを側鎖に有するポリアセチレン[用語3]を合成し、その主鎖にトポロジカルキラリティに対応した「一方巻きらせん構造」が誘起されることを見出した。また、より一般的な不斉である「点不斉」と「トポロジカルキラリティ」を組み合わせた系においては、トポロジカルキラリティが主たる不斉源となることも明らかにした。

医薬品などの有機化合物の多くは不斉を持ち、通常鏡像異性体混合物ではなく片方の鏡像異性体のみが使用される。このため、片方の鏡像異性体を選択的に合成・分離・識別するのに有効な不斉源となる分子の開発が求められている。

複数の分子が絡み合ってできた分子マシンとしても知られるロタキサンやカテナンなどのインターロック[用語4]分子は、構成分子がそれぞれ不斉を持たなくとも、その組み合わせ次第で「トポロジカルキラリティ」と呼ばれる不斉を発現することが知られていたが、これまでトポロジカルキラリティを持つ化合物を不斉源として応用した研究はなかった。

研究成果は2017年10月3日にドイツ科学雑誌「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)International Edition」に掲載された。

研究の背景

医薬品などの有機化合物の多くは不斉(キラリティ)を有していることから、鏡像異性体の片方を選択的に合成・分離・識別するために有効な不斉源となる分子の開発が強く求められており、有効な不斉源の創出は極めて重要な研究課題となっている。不斉源としてはこれまでに、点不斉や軸不斉、面不斉などに分類される不斉を有する化合物の応用が検討されてきた(図1左)。

一方で、分子マシンとしても知られるロタキサンやカテナンなどのインターロック化合物には、トポロジカルキラリティと呼ばれる特徴的な不斉が発現することが報告されている(図1右)。これらのインターロック分子は、構成成分が不斉を持たなくても、ほどくことのできない絡み合いにより不斉を発現する。このような分子は構成成分が高い運動性を持っているため、不斉源としてどのような機能を有するかに興味がもたれていた。

しかし、各構成成分には不斉は無いこれらの分子が果たして不斉源として機能するのか、機能するとしたらそれらが従来の不斉源と比較するとどのような性質をもっているか。これらは、2016年度ノーベル化学賞受賞者のジャン=ピエール・ソヴァージュ教授も提示していた長年の疑問だったが、今日まで検討されることはなかった。

従来用いられてきた一般的な不斉源と、本研究で検証したトポロジカルキラリティの模式図

図1. 従来用いられてきた一般的な不斉源と、本研究で検証したトポロジカルキラリティの模式図

研究内容と成果

東工大 物質理工学院 応用化学系の石割助教、高田教授、中薗和子特任助教、富山県立大学 小山靖人准教授(研究当時・東工大助教)らは、代表的ならせん高分子として知られるポリアセチレンに対する一方巻きらせん誘起を題材に、新しい不斉源である「トポロジカルキラリティ」を持つ分子の優れた性質を初めて確認した(図2)。

ポリアセチレンに一方巻きらせんを誘起するためには、有効に働く不斉分子を側鎖に導入する必要がある(図2右上)。同グループはトポロジカルキラリティを持つロタキサンの鏡像異性体の片方を単離し、ポリアセチレンの側鎖に輪成分もしくは軸成分を介して結合させると、主鎖に一方巻きらせんが誘起できることを発見した(図2左下)。

また、トポロジカルキラリティに加えて点不斉を不斉源として導入しても、点不斉に基づく一方巻きらせんは全く誘起されず、ロタキサンのトポロジカルキラリティに基づく一方巻きらせんのみが誘起されるという驚くべき結果も見出した(図2右下)。これは、トポロジカルキラリティを有する化合物が従来の点不斉などを有する化合物と比べて不斉源として優れた機能を持つことを示唆する結果といえる。

本研究における実験手法と結果の概要

図2. 本研究における実験手法と結果の概要

今後の展開

不斉を持たない分子の絡み合いにより発現する「トポロジカルキラリティ」を持つ分子の不斉源としての優れた機能の一端を明らかにした。これはソヴァージュ教授の提示していた長年の問題に対するひとつの答えである。今後、トポロジカルキラリティを持つ分子を不斉源とする研究が加速され、不斉分子の選択的合成・認識・分割を達成する優れた機能分子の開発につながると期待される。

用語説明

[用語1] 不斉(ふせい、キラリティ) : 鏡に映した像が元の像と重なり合わない(右手と左手の関係)性質。有機分子をはじめとする化合物にもこの関係が多く見られる。医薬品の場合、この右手か左手かの差で薬となったり毒となったりしてしまうため、右手分子と左手分子を選択的に合成したり、識別したり、分離したりすることは常に大きな研究テーマとなっている。これらの不斉機能を発現するためには、不斉を有する分子を使用しなければならない。この際、利用される不斉分子を不斉源という。これまでに、不斉源としては、図1左に示すような点不斉、軸不斉、面不斉を持つ分子などが用いられてきた。例えば、野依良治教授らは軸不斉分子の一種が極めて優れた不斉触媒(右手と左手を作り分ける触媒のこと)としての機能を示すことを見出しており、関連研究も含めて2001年にノーベル化学賞を受賞した。

[用語2] トポロジカルキラリティ : ロタキサン(軸状分子が輪状分子に貫通し軸状分子の両末端を輪成分がすり抜けないようにした化合物)やカテナン(輪状分子が二つ絡まった化合物)などインターロック分子では、構成成分に方向性がある場合、構成成分は不斉ではなくても、それらが絡み合って得られるロタキサンやカテナンには不斉が生じる。この不斉のことをトポロジカルキラリティという。インターロック化合物以外にもトポロジカルキラリティを生じる分子はあるが、特にインターロック化合物は構成成分共有結合で連結されていないため、高い運動性を持つという特徴がある。なお、ロタキサンに生じる不斉は厳密にはトポロジカルキラリティではないが、無限に長い方向性のある軸成分を考えると擬似的にはトポロジカルキラリティを持つとみなせるため、今回はトポロジカルキラリティの一種として示した。論文中ではメカニカルキラリティ(Mechanical Chirality)として紹介している。輪成分同士が絡み合ったすり抜けるカテナンに生じるトポロジカルキラリティと、輪成分が軸成分の両末端の大きな置換基によってすり抜けることができないロタキサンに生じるメカニカルキラリティと大差はない。

[用語3] ポリアセチレン : 代表的ならせん高分子であり、側鎖に不斉源を持つことにより、一方巻きのらせん構造を取る。不斉触媒、不斉識別材料、不斉分離材料などへの応用が検討されている高分子である。

[用語4] インターロック分子 : 複数の分子が解消できない絡み合いにより、機械的に結合した分子の総称。構成成分が並進、回転など高い運動性を示すため分子マシンの構成成分としての応用も期待されており、ジャン=ピエール・ソヴァージュ、フレイザー・ストッダート教授、ベン・フェリンガ教授らが2016年にノーベル化学賞を受賞している。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
"Induction of Single-Handed Helicity of Polyacetylenes Using Mechanically Chiral Rotaxanes as Chiral Sources"
著者 :
Fumitaka Ishiwari, Kazuko Nakazono, Yasuhito Koyama, Toshikazu Takata
DOI :

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世界初、燃料電池の反応生成液水の可視化を実現

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世界初、燃料電池の反応生成液水の可視化を実現
―リアルタイム・高解像の解析により自動車用燃料電池の高性能化に貢献―

NEDO事業において、東京工業大学は、作動中の燃料電池内の反応生成液水の挙動をリアルタイム・高解像度で可視化できる技術の開発に世界で初めて成功しました。これにより、反応が激しく変化する自動車用燃料電池の生成液水挙動の把握が可能となり、高性能化・高耐久化を目指す燃料電池の特性改善や設計指針に資する技術開発の加速が期待されます。

関連内容は10月1日~5日に開催された第232回米国電気化学会の10月5日のセッションにて、本学より発表されました。

図1. 可視化された反応生成液水の時間変化(発電中の燃料電池内)

図1.可視化された反応生成液水の時間変化(発電中の燃料電池内)

概要

水素社会の実現に向け、2014年に経済産業省が策定した「水素・燃料電池戦略ロードマップ(改訂版:経済産業省2016年3月)outer」では、燃料電池自動車の普及拡大のために燃料電池システムのコストを大幅に低減し、「2030年までに80万台程度の普及を目指す」という目標が掲げられており、NEDOは、2025年以降の本格普及期に求められるFCV用燃料電池の要求値(スタック出力密度:4 kW/L以上、耐久性:50,000時間以上、等)を設定し、燃料電池の高度な解析・評価技術や、新規材料の設計指針に資する技術の開発を目的とした事業[用語4]を2015年度より実施しています。

燃料電池は、水素と空気中の酸素(供給ガス)を触媒上で反応させて、水を生成する際に発生するエネルギーを電力に変換するシステムです。この生成された液体水は燃料電池内に溜まることによって、供給ガスの輸送を妨げる場合があることが知られています。燃料電池の性能向上のためには生成された水の挙動を正確に把握することが重要な課題の一つとされていますが、従来は発電性能から間接的に判断されてきました。

今回、NEDO事業において技術研究組合FC-Cubic[用語5]と本学の平井秀一郎教授のグループが、燃料電池内の生成液水の挙動をµmオーダーの高解像度でリアルタイムに可視化できる技術を世界で初めて開発しました。

この成果により、反応挙動が激しく変化する作動中の燃料電池内部(各層や各界面)の反応生成液水の挙動の把握が可能となり、今後、燃料電池の設計に大きく貢献することができます。

この成果を基に、東工大は企業などとの共同研究に着手し、自動車業界が求める、燃料電池のさらなる高性能化、高耐久化、低コスト化を目指し、技術開発の加速が期待されます。

なお、関連内容は10月1日~5日に開催される第232回米国電気化学会の10月5日のセッションで発表する予定です。

技術成果の内容

自動車用の固体高分子形燃料電池(PEFC)には、乗用車から商用車まで、さまざまな種別に応じた耐久性と性能の特性改善が求められています。また、燃料電池メーカー各社において、特性改善に加え、燃料電池車のコストをガソリンエンジン車と同等にするためのコスト低減の開発も進められています。

これらの技術課題の解決を促進するためにNEDO事業において、技術研究組合FC-Cubic等が研究テーマ「触媒・電解質・MEA内部現象の高度に連成した解析、セル評価」を実施し、現象解明など、自動車用燃料電池の基盤的な研究開発を進めています。このテーマのサブテーマとして、本学の平井教授のグループは、X線による燃料電池作動時の反応生成液水の可視化の研究開発に取り組み、特に「高解像度化」に注力してきました。

これまで、作動中の燃料電池内の反応生成液水を高解像度で長時間にわたり可視化できる装置はありませんでした。今回、軟X線ビームの平行化技術[用語6]CMOS検出器[用語7]を組み合わせ、観測用の燃料電池セル[用語8]にも工夫を加えることによって、実験室に設置可能な大きさの装置に仕上がり、高解像の可視化像を得ることに成功しました。燃料電池の発電特性に影響が大きい燃料電池内部の各界面層での反応生成液水の挙動をµmレベルで計測する技術を開発することが出来ました。

図2. 装置のシステム概要図 軟X線ビームの平行化技術とCMOS検出器を組み合わせ、観測用の燃料電池セルにも工夫を加えることによって、高解像の可視化像を得ることに成功

図2.装置のシステム概要図


軟X線ビームの平行化技術とCMOS検出器を組み合わせ、観測用の燃料電池セルにも工夫を加えることによって、高解像の可視化像を得ることに成功

用語説明

[用語1] リブ : 燃料電池にガス供給する流路は、ゲタのように凸部と凹部から構成される。凸部はリブと呼ばれて、膜電極接合体(MEA)と拡散層を介して接触され電気の通電部の役割を果たす。凹部はチャネルと呼ばれて、外部から燃料電池の中にガス供給する通路と水などの排出通路になっている。

[用語2] GDL : Gas Diffusion Layerの略。化学反応に必要な空気と水素を効率よく導く機能を持つ。

[用語3] MPL : Micro Porous Layerの略。GDLの一部として物質移動の調整に利用されている層。

[用語4] 燃料電池の高度な解析・評価技術や、新規材料の設計指針に資する技術の開発を目的とした事業 : 「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発」(2015~2017年度)

[用語5] 技術研究組合FC-Cubic : 燃料電池関連企業と大学、および産業技術総合研究所が参画し2010年4月2日に設立。産業界の燃料電池およびそのシステムの開発を支える共通基盤的な研究活動を行っている。

[用語6] 軟X線ビームの平行化技術 : 従来のX線は、光源から放射光状に放出されていたが、これを平行に放出するようにした技術。

[用語7] CMOS検出器 : 光を電気信号にかえる素子の一種。原理的に画素間の影響を受けにくい特長があり、近年の技術開発で、高解像化されている。

[用語8] 観測用の燃料電池セル : 燃料電池中の液水をX線可視化するのに、セル構成部品の厚みを薄くして、X線の吸収の影響を抑えるように設計されている。

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

NEDO 新エネルギー部 担当:戸塚、門脇、大島

Tel : 044-520-5261

東京工業大学 工学院 機械系 教授 平井

E-mail : hirai.s.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3336、Fax : 03-5734-3336

東京工業大学 工学院 機械系 特任教授 吉田

E-mail : yoshida.t.bg@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3853

NEDO事業について お問い合わせ先

NEDO 広報部 担当:藤本、髙津佐、坂本

E-mail : nedo_press@ml.nedo.go.jp
Tel : 044-520-5151

東京工業大学 取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

笹川崇男准教授がフロンティアサロン第7回永瀬賞特別賞を受賞

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東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授が、フロンティアサロン第7回永瀬賞特別賞を受賞しました。

宮田フロンティアサロン財団代表理事(左)から賞状を受け取る笹川准教授(右)

宮田フロンティアサロン財団代表理事(左)から賞状を受け取る笹川准教授(右)

受賞理由は、「高温超伝導体」「トポロジカル絶縁体」「トポロジカル超伝導体」などの様々な物質を宝石に類する単結晶として合成することで、電子の隠れた超機能の開拓に取り組み、省エネルギーな電子機器や超高速なコンピュータなどの実現に役立つと期待される画期的な電子の性質をいくつも見つけることに成功したことです。

受賞記念に約1,000人の高校生を対象に行った特別講義・サイエンスセミナーの様子
受賞記念に約1,000人の高校生を対象に行った
特別講義・サイエンスセミナーの様子

同賞は、日本の未来を拓く若手研究者の支援を目的として、東進ハイスクール等を運営する株式会社ナガセ(永瀬昭幸社長)の寄付により設立されたフロンティアサロン財団(代表理事 宮田清蔵)において、我が国の科学技術の振興そして人類の未来への貢献に繋がる新しい挑戦の観点から最も優れた研究を行った研究者を対象に贈られる賞です。

授賞式は帝国ホテル東京において9月22日に開催され、列席した約1,000人の高校生を対象に、贈呈記念として「電子の隠れた超能力の開拓:新奇な絶縁体から超伝導体まで」という題目で特別講義・サイエンスセミナーも行われました。

笹川教授の受賞コメント

笹川准教授
笹川准教授

今回の受賞は、私にとって1番の経験を3つも同時に味わうことができたこともあり、感無量です。

1つ目は、副賞の規模が、私がこれまでに貰った中で断トツの1番だったことです。

2つ目と3つ目は、サイエンスセミナーという特別講義を受賞記念に行いましたが、私がこれまでに行った講演・講義の中で聴講者数が1番多く、その平均年齢も1番低かったことです。

この素晴らしいイベントを通じて、研究活動にはワクワクする楽しさが溢れており、時には報われることもあるということが伝わって、大学院、更にはアカデミックな分野に進むことになる高校生が少しでも増えてくれたら大変嬉しく思います。


超巨大遺伝子群を制御するゲノム領域を発見

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超巨大遺伝子群を制御するゲノム領域を発見
―匂い受容体の遺伝子進化の謎の解明へ―

要点

  • 嗅覚受容体遺伝子の新たな転写調節領域を発見
  • この領域は他に例をみない超長距離作用性の遺伝子調節領域だった
  • 嗅覚受容体の遺伝子発現メカニズムに新たな知見

概要

東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授と岩田哲郎研究員、東京大学 大学院農学生命科学研究科の東原和成教授、理化学研究所 脳科学総合研究センター 吉原良浩シニアチームリーダーらの研究グループは、匂いを感知する嗅覚受容体の遺伝子発現を制御する新たな転写調節領域(エンハンサー[用語1])を発見しました。

嗅覚受容体は、ゲノム上で最大の遺伝子ファミリー[用語2]を形成し、膨大な匂い情報の識別を可能にしています。嗅覚受容体ファミリーは、魚類から哺乳類に至る脊椎動物に共通して存在するタイプ(クラスI)と、陸棲動物特異的なタイプ(クラスII)に分類されます。そのうちクラスI遺伝子は、動物の進化の過程で染色体上の1カ所に留まり、長大な遺伝子クラスター[用語3]を形成しています。この長大なクラスI遺伝子クラスターの発現制御のメカニズムは長年、未解明でした。

今回本研究グループは、マウス遺伝学的手法と情報学的解析を駆使し、哺乳動物間で高度に保存されたクラスI遺伝子クラスターを制御するエンハンサーを同定しました。ゲノム編集技術[用語4]を用いた解析から、このエンハンサーは、この遺伝子クラスター全体を制御しており、制御する遺伝子の数とゲノム上の距離の両方において、これまでに例をみない規模で遺伝子発現を制御していることが明らかになりました。この“超”長距離エンハンサー[用語5]の発見は、嗅覚受容体の遺伝子進化の謎を解く重要な成果と言えます。

この成果は、2017年10月12日(日本時間18:00)、英科学誌『Nature Communications』に公開されました。

研究の背景

嗅覚は、外部環境中の匂い情報を感知・識別し、動物の生命維持のために必要な行動を起こす重要な感覚です。匂いを感知する嗅覚受容体は、ゲノム上で最大の遺伝子ファミリーを形成し、膨大な数の匂い情報の識別を可能にしています。その数はマウスで約1,100個(マウス全遺伝子の約5%で、ヒトでは約400個ヒト全遺伝子の約2%)にも及びます。

嗅覚受容体には、「クラスI(水棲型)」と「クラスII(陸棲型)」の2つのタイプが存在します。クラスIは魚類から哺乳類まで脊椎動物に共通に存在するタイプで、クラスIIは陸棲動物特異的なタイプです。これまでの研究から、クラスIは水溶性の匂い分子を、クラスIIは揮発性分子を受容すると考えられています。クラスIとクラスII受容体遺伝子の染色体上の局在は大きく異なります。動物の進化の過程で、クラスI遺伝子が染色体上の1カ所に留まり続けて1つの巨大な遺伝子クラスターを形成しているのに対し、クラスII遺伝子は、遺伝子重複と転座を繰り返して、ほぼすべての染色体上に広がって分布しています。

遺伝子の発現には、個々の遺伝子の配列だけではなく、転写調節配列が必要です。これまでに、いくつかのクラスII遺伝子の転写調節配列が同定されてきましたが、ゲノム上最大級の遺伝子クラスターを形成するクラスI遺伝子の調節配列は、見つかっていませんでした。

研究の経緯

廣田准教授と岩田哲郎研究員らは、2013年にクラスI嗅覚受容体遺伝子の転写調節領域が特定のゲノム領域内に存在することを実験的に証明することに成功しました。今回この成果をさらに発展させ、マウス遺伝学的手法と情報学的解析を駆使することで、世界で初めてクラスI嗅覚受容体の転写調節領域の位置を突き止めました。

研究成果

1. クラスI嗅覚受容体遺伝子クラスターを制御する超長距離作用性のエンハンサーの発見

重要な転写調節領域のDNA配列は、進化の過程で保存される傾向があります。そこで多様な動物種においてクラスI遺伝子クラスター領域の配列を比較し、保存されている配列を探索することで、新たな転写調節配列『Jエレメント』を推定しました。

生体内でのJエレメントの機能は、ゲノム編集技術を用いて作出した遺伝子改変(Jエレメントを欠失)マウスから明らかになりました。Jエレメント欠失マウスでは、75個(解析した遺伝子の58%)ものクラスI遺伝子の発現が減少し、その影響は遺伝子クラスター全体(約300万塩基対)に及んでいました。クラスIIのエンハンサーが約20万塩基対の範囲にある7~10個の遺伝子を制御していることと比較すると、Jエレメントがこれまでにない規模で嗅覚受容体の遺伝子発現を制御していることがわかりました(図1)。また、これまでに同定されたどの遺伝子のエンハンサーと比べても、Jエレメントは制御する遺伝子数ならびに作用範囲が最大でした。Jエレメントの制御の範囲内に留まることでしかクラスI遺伝子は機能できず、このことが進化の過程でクラスI遺伝子が単一の遺伝子クラスターに留まり続けた要因になっていると考えられます。

長距離作用性エンハンサーの作用距離の比較

図1. 長距離作用性エンハンサーの作用距離の比較

βグロビン遺伝子のエンハンサーは、約6万塩基対の範囲内にある5つの遺伝子の発現を制御している。クラスII嗅覚受容体遺伝子エンハンサーは、約20万塩基対の範囲内にある7~10個の遺伝子の発現を制御している。Jエレメントは、約300万塩基対内にある75個の遺伝子のエンハンサーと機能しており、長大な作用範囲を有している。

2. 嗅覚受容体の遺伝子発現メカニズムに新たな知見

1つの嗅神経細胞は、膨大な数の嗅覚受容体レパートリーから1つの遺伝子のみを選択し、発現します。これまで嗅覚受容体遺伝子の発現メカニズムとして、確率的に1つの遺伝子が直接選択されるモデルが提唱されています。しかし今回、Jエレメント欠失マウスの解析から、もう1つ新たな知見が得られました。従来のモデルが正しいとすると、対立遺伝子の片方のJエレメントを欠失したヘテロ欠失マウスでは、転写を活性化するエンハンサーが2つから1つになったため、クラスI遺伝子の発現数は半減すると予想されます。しかしながら、結果は予想に反して、クラスI遺伝子の発現数は半減せず、むしろ正常なマウスに近い発現を示しました。これは、片側のエンハンサーを欠失しても、もう一方の正常なエンハンサーが遺伝子発現を補填したことによります。このことは、遺伝子本体の選択より先に機能的なエンハンサーの選択が先行することに他なりません。以上のことから研究グループは、嗅覚受容体遺伝子発現のメカニズムとして、単一の遺伝子選択の前にエンハンサーが選択され、続いて選択されたエンハンサーの制御下にある嗅覚受容体遺伝子が1つ選択されるという新たなモデル(図2)を提唱しました。

今後の展望

クラスI嗅覚受容体のエンハンサー、Jエレメントの発見によって、長年未解明だったクラスI遺伝子の発現制御メカニズムの研究がさらに進むものと考えられます。また、陸棲動物特異的なクラスII嗅覚受容体と比較して、進化の過程で魚類から哺乳動物に共通に存在するクラスI嗅覚受容体の生理機能はほとんど明らかになっていません。今後、クラスI嗅覚受容体遺伝子の発現が大きく減少するJエレメント欠失マウスの匂い行動や生理学的解析によって、その機能が明らかになっていくと期待されます。

嗅神経細胞における嗅覚受容体遺伝子選択モデル

図2. 嗅神経細胞における嗅覚受容体遺伝子選択モデル

(1)神経前駆細胞からクラスIもしくはクラスIIの嗅覚受容体遺伝子を発現する2つの細胞タイプが産生される。
(2)クラスIタイプでは主にJエレメント(緑と赤)が、クラスIIタイプでは多数のクラスIIエンハンサー配列から1つ(例:Hエレメント(青と黄)が選択される。
(3)選択されたエンハンサーの制御下にある1つの嗅覚受容体遺伝子が選択され、発現する。対立遺伝子座の片方のエンハンサーが欠失すると、決められた細胞集団を埋めるため他のエンハンサーが選択される(点線下段、J欠失(ΔJ)もしくはH欠失(ΔH))。クラスIタイプでは対立遺伝子座のJが優先して選択されるが、クラスIIタイプでは残りからランダムに選択されるためHを選択するものは見かけ上約半数となる。

用語説明

[用語1] エンハンサー : ゲノム上には、タンパク質をコードする遺伝子領域のほかにも様々な機能を持つ配列が存在する。その一つである「エンハンサー」は、遺伝子発現を促進する配列として、遺伝子が発現するタイミングや組織を規定する。

[用語2] 遺伝子ファミリー : 進化上同一の祖先遺伝子に由来すると考えられる、配列や機能が類似した遺伝子群。嗅覚受容体遺伝子ファミリーは、7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体という特徴を共有する巨大ファミリーである。

[用語3] 遺伝子クラスター : 同様の機能を有する多数の遺伝子が、染色体上の同じ位置に直列して位置している状態(遺伝子集団)。クラスI嗅覚受容体遺伝子クラスターは、129個の遺伝子が約300万塩基対の範囲内に密集して存在する、極めて巨大な遺伝子クラスターの1つ。

[用語4] ゲノム編集技術 : DNA分解酵素にゲノム上の狙った場所の配列を認識させることでDNAを切断し、目的遺伝子の配列を破壊したり、書き換えたりする技術。

[用語5] 長距離エンハンサー : 遺伝子から遥かに遠方に存在するエンハンサー配列。これまでに数十万~百万塩基対離れた遺伝子に作用するものが報告されている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A Long-Range cis-Regulatory Element for Class I Odorant Receptor Genes
著者 :
Tetsuo Iwata, Yoshihito Niimura, Chizuru Kobayashi, Daichi Shirakawa, Hikoyu Suzuki, Takayuki Enomoto, Kazushige Touhara, Yoshihiro Yoshihara, and Junji Hirota*
DOI :

研究グループメンバー

  • 東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター/生命理工学院 生命理工学系:廣田順二 准教授

  • 東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター:岩田哲郎 研究員

  • 東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系:小林千鶴 大学院生、白川大地 大学院生

  • 東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻/科学技術振興機構(JST)戦略創造事業ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト:新村芳人 特任准教授、東原和成 教授

  • 株式会社日本バイオデータ:鈴木彦有 博士

  • 理化学研究所 脳科学総合研究センター シナプス分子機構研究チーム:吉原良浩 シニアチームリーダー

研究サポート

本成果は主に、文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、千里ライフサイエンス財団、稲森財団、住友財団、倉田記念日立科学技術財団のサポートを受けて行われました。

お問い合わせ先

東京工業大学
バイオ研究基盤支援総合センター 生物実験分野

廣田順二 准教授

E-mail : jhirota@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5830 / Fax : 045-924-5832

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

従来の性能を越える新しい有機半導体用電極の開発 ―電極材料によらず電子・正孔両方の注入が可能に

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発表のポイント

  • 有機半導体において、通常の金属電極を凌駕する世界最高性能の電荷注入効率の電極を設計して実証した。
  • 新しい電極は、電子と正孔を同等に有機半導体に注入することができる。
  • 新しい電極は、空気中で安定であり、種々の電子デバイスへの応用が期待できる。
  • 新しい電極は、高性能な電界発光素子への応用が可能である。
  • 新しい電極は、中間層のナノ構造を操作することにより簡単なプロセスで高性能電極となる。

概要

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)・同 大学院理学研究科のタンガベル・カナガセカラン助手、下谷秀和准教授および谷垣勝己教授は、東京工業大学 物質理工学院の清水亮太特任講師(現 JSTさきがけ専任研究員)および一杉太郎教授と共同で、有機半導体デバイスに使用される電極において、これまで報告されている中で最も優れた性能を示す電極を開発する事に成功しました。新しい電極は有機半導体において代表的な金属電極である金(正孔注入に用いられる電極)およびカルシウム(電子注入に用いられる電極)よりも優れた電荷の注入効率を示しています。この新しい電極は、正孔(正の電荷)[用語1]と電子(負の電荷)を同等の効率で導入することができるばかりでなく、カルシウム等とは異なり空気中で安定です。新しい電極は基礎科学の観点から重要であるばかりでなく、高性能な電界発光素子[用語2]などの電極として期待されます。

本研究成果は2017年10月17日(火)18時(日本時間)に、英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

研究成果

現在、多くの半導体素子はシリコンなどの無機半導体を用いて作製されています。それに対して有機半導体は、柔軟性、軽量、プロセスの容易性など多くの優れた特性を示すことから、次世代の半導体材料として多くの期待が寄せられています。しかし、有機半導体の大きな問題点の一つは、電荷を運ぶ粒子(正孔および電子)の電極からの注入効率が悪いことでした。特に、正孔と比較して電子の注入効率は著しく劣っていました。本研究グループでは、図1のような金属/有機多結晶半導体/テトラテトラコンタン(鎖状炭化水素分子の一種)という三層構造の電極を新しく設計して、その性能が従来のいかなる電極よりも格段に優れていることを実証しました。

従来の電極(左)と新しい有機半導体電極(右)の構造。

図1. 従来の電極(左)と新しい有機半導体電極(右)の構造。

新しい電極では、テトラテトラコンタン薄膜の効果により結晶性の低い多結晶半導体薄膜が形成され、そのバンドギャップ[用語3]内に生じる電子準位が重要な役割を果たします。まず、図2に示すように金属と多結晶半導体の接合界面に形成されるバンドギャップ内準位のために金属―半導体接合が従来のショットキー極限[用語4]から離れてバーディーン極限[用語5]へ近づくと同時に、多結晶半導体の構造の乱れに起因するバンドギャップ内準位を介して小さい活性化エネルギーで正孔と電子が半導体に注入されます。そのため、電極に用いる金属の種類によらず正孔、電子ともに低抵抗で注入されます。

新しい電極の正孔と電子の注入機構。(a)有機半導体では注入障壁の大きさが電極の仕事関数に依存する(ショットキー極限)傾向にあるが、新しい電極ではギャップ内準位の増加によりフェルミ準位のピン止めが強くなるため、注入障壁が電極材料に依存しないバーディーン極限に近づく。(b)多結晶有機半導体層中に生じるバンドギャップ内準位を介した注入により、ショットキー障壁を乗り越える熱電子放出機構より注入障壁が小さくなる。
図2.
新しい電極の正孔と電子の注入機構。(a)有機半導体では注入障壁の大きさが電極の仕事関数に依存する(ショットキー極限)傾向にあるが、新しい電極ではギャップ内準位の増加によりフェルミ準位のピン止めが強くなるため、注入障壁が電極材料に依存しないバーディーン極限に近づく。(b)多結晶有機半導体層中に生じるバンドギャップ内準位を介した注入により、ショットキー障壁を乗り越える熱電子放出機構より注入障壁が小さくなる。

有機半導体単結晶を用いた電界効果トランジスタにこの電極を応用したところ、図3に示した通り新電極は従来の金電極からの正孔注入およびカルシウム電極からの電子注入より大きな電流を流しました。さらに、従来の電極では電子と正孔の注入の向きを入れ替えるとトランジスタとして動作しないのに対し、新電極は入れ替える前と同等に動作しました。また、この結果を踏まえて空気中で不安定なカルシウム等を用いずに有機単結晶発光トランジスタの作製に成功しました(図4)。以上のことは空気中での安定性等、素子に求められる条件を満たす任意の金属を用いて高性能な電極を作製できることを示しており、有機半導体の基礎研究だけでなく応用においても様々な活用が期待されます。

電界効果トランジスタへの応用(青:従来電極、赤:新しい電極、TTC:テトラテトラコンタン)

図3. 電界効果トランジスタへの応用(青:従来電極、赤:新しい電極、TTC:テトラテトラコンタン)

新しい電極の電界発光素子への応用。上:素子構造、下:上から見た発光の様子。

図4. 新しい電極の電界発光素子への応用。上:素子構造、下:上から見た発光の様子。

本研究成果は科学研究費補助金(JP17H05326、JP24684023、JP25610084、JP16K13826)、日揮・実吉奨学会研究助成金、カシオ科学振興財団研究助成金、AIMRフュージョン・リサーチプログラムの支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 正孔 : 固体中の本来電子があるべきところから電子が抜けた穴。正の電荷をもった粒子とみなすことができる。

[用語2] 電界発光素子 : 有機ELのように電圧を加えることにより発光する素子。

[用語3] バンドギャップ : 結晶中において電子が存在できないエネルギー領域。

[用語4] ショットキー極限 : 電極から半導体への注入障壁の大きさが電極の仕事関数に依存し、それらの変化量が等しい極限。

[用語5] バーディーン極限 : 電極から半導体への注入障壁の大きさが電極の仕事関数に依存せず、一定となる極限。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A new electrode design for ambipolar injection in organic semiconductors
著者 :
Thangavel Kanagasekaran, Hidekazu Shimotani, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, Katsumi Tanigaki
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東北大学 材料科学高等研究所/同大学院 理学研究科

教授 谷垣勝己

東北大学 大学院理学研究科

准教授 下谷秀和

E-mail : tanigaki@m.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-6166

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 一杉太郎

E-mail : hitosugi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2636

取材申し込み先

東北大学 材料科学高等研究所
広報・アウトリーチオフィス

清水修

E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-6146

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

スピンが偏った超伝導状態の検証に成功 ―トポロジカル超伝導の実現へ向けて―

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要旨

理化学研究所(理研) 創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チームの岩谷克也上級研究員、花栗哲郎チームリーダー、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授らの共同研究グループは、「トポロジカル超伝導体[用語1]」の候補物質β-PdBi2の表面において、スピン[用語2]が偏った(スピン偏極した)特異な状態が超伝導になっていることを明らかにしました。

トポロジカル超伝導体は、試料内部では通常の超伝導[用語1]を示しますが、表面や端(エッジ)にマヨラナ粒子[用語3]と呼ばれる特異な粒子を持つことが理論的に提案されています。マヨラナ粒子は新しい原理に基づく量子コンピュータ[用語4]への応用などの観点から大きな注目を集めている一方、現状ではトポロジカル超伝導の報告例が少なく、その存在を巡って論争が続いています。トポロジカル超伝導の実現には、試料表面でスピン偏極した電子状態を作り出し、そこに超伝導を誘起させることが重要です。しかしこれまで、スピン偏極と超伝導を同時に観測した例はありませんでした。

今回、共同研究グループは、トポロジカル超伝導体の候補物質として知られるβ-PdBi2(Pd:パラジウム、Bi:ビスマス)の高品質単結晶の作製に成功し、走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)[用語5]を用いて、表面のスピン状態および超伝導状態を同時に観察しました。その結果、β-PdBi2の表面では全ての電子状態がスピン偏極しており、トポロジカル超伝導にとって非常に有利な状況にあることが分かりました。また、同時に超伝導ギャップ[用語6]の観測にも成功し、スピン偏極状態が超伝導になっていることを実験的に示しました。

本研究成果は、これまで調べることが難しかったスピン構造と超伝導の関係解明に向けて突破口を開くものであり、今後、トポロジカル超伝導の完全検証やマヨラナ粒子の検出へつながることが期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」(10月17日付:日本時間10月17日)に掲載されました。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表:笹川崇男)」の一環として行われました。

共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター
創発物性計測研究チーム
  • 上級研究員:岩谷克也(いわや かつや)
  • 上級研究員:幸坂祐生(こうさか ゆうき)
  • 特別研究員:町田理(まちだ ただし)
  • チームリーダー:花栗哲郎(はなぐり てつお)
創発計算物理研究ユニット
  • ユニットリーダー:モハマド・サイード・バハラミー(Mohammad Saeed Bahramy)
東京工業大学
科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所
  • 大学院生(研究当時):大川顕次郎(おおかわ けんじろう)
  • 准教授:笹川崇男(ささがわ たかお)

背景

「トポロジカル絶縁体」は、物質中の電子状態のトポロジー(位相幾何学)を反映して、内部はエネルギーギャップ[用語7]を持つ絶縁体でありながら、表面では電気を通す金属となる特殊な物質で、精力的に研究されています。

このトポロジカル絶縁体との類似から、物質内部に超伝導ギャップを持ちながら、表面や端(エッジ)ではトポロジカルに保護された金属状態を示す物質が理論的に提案され、「トポロジカル超伝導体」と命名されています。トポロジカル絶縁体の表面状態は電子から構成されるのに対し、トポロジカル超伝導体のエッジにはマヨラナ粒子が現れることが予言されています。マヨラナ粒子は、量子コンピュータにおける量子ビット[用語8]としての利用が提案されています。従来の量子ビットでは、電磁波の刺激などによって0と1の状態変化を起こさせて量子論理計算を行います。この場合、環境からの温度や電磁ノイズの影響によって意図していない状態変化も容易に起こるため、沢山の量子ビットを連動させて必要な計算時間だけ動かすことが難しく、実用的な量子コンピュータの実現には100年以上かかると予想されています。一方でマヨラナ粒子を用いる量子ビットは、粒子を交換する順序を決めるだけで0と1の状態変化を計画通りに行うことができるため、原理的にはエラーを生じない量子コンピュータが作れると言われています。このため、マヨラナ粒子の実験的観測を数多くの研究者が目指していますが、現状ではトポロジカル超伝導の報告例が少なく、マヨラナ粒子の存在を巡った論争が続いています。

トポロジカル超伝導の実現には、スピンが偏った(スピン偏極した)電子状態を作り出し、そこに超伝導を誘起させることが重要だと知られています。なぜならこの超伝導状態においてマヨラナ粒子出現の条件が満たされるからです。通常の物質には、アップとダウンの2通りのスピンを持つ電子が同じように存在しています。超伝導は逆向きのスピンを持つ電子同士が対を組むことによって生じるため、アップ・ダウンおよびダウン・アップの2通りの組み合わせが許されます。ところが、なんらかの理由でスピン偏極した状態が超伝導になると、2つの組み合わせのうちのどちらか片方しか許されず、その状況がトポロジカル超伝導にとって有利であることが分かっています。

トポロジカル絶縁体の表面金属状態はスピン偏極しているため、トポロジカル絶縁体に不純物を入れて超伝導体にした物質や、トポロジカル絶縁体と超伝導体を人工的に接合したヘテロ構造などが、トポロジカル超伝導体の候補物質として主に研究されてきました。もし、トポロジカル絶縁体と同じようなスピン偏極した表面状態を持ち、固有の性質として超伝導を示す物質があれば、トポロジカル超伝導体の有力な候補になります。このような物質はいくつか知られていますが、良質な試料作製が難しく、またスピン偏極と超伝導の性質を同時に調べる手法がなかったため、トポロジカル超伝導の報告例はほとんどありませんでした。

研究手法と成果果

共同研究グループは、トポロジカル超伝導体の候補物質の一つであるβ-PdBi2(Pd:パラジウム、Bi:ビスマス)に着目しました。東京工業大学のチームが作製に成功した高品質単結晶を用いて調べたところ、バルク単結晶が5.4ケルビン(K、約-267.8 ℃)で超伝導転移を起こしました。β-PdBi2は、常伝導状態ではスピン偏極したトポロジカルに保護された表面状態[用語9]が存在することが報告されていますが、表面の超伝導状態については分かっていませんでした。

そこで、表面に敏感で、かつ高エネルギー分解能、高空間分解能を併せ持つ走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)を用いて、β-PdBi2の表面状態およびその超伝導状態を観察しました。その結果、電子の波が干渉して作る特徴的な模様[用語10]を観測しました(図1)。この実験結果と第一原理理論計算[用語11]を基にした詳細なシミュレーション結果を比較したところ、この模様は、トポロジカルな表面状態だけでなく、表面に現れている全ての電子状態がスピン偏極していなければ説明できないことが明らかになりました。また、電子の波の干渉模様から、β-PdBi2表面の電子状態がどのようにスピン偏極しているのか分かりました。

β-PdBi2表面付近に存在する電子は、原子欠陥などによって散乱され干渉模様を形成する。散乱は、表面状態および散乱前後のスピンの相対的な向きに依存するため、干渉模様の解析からスピンを含めた表面状態の情報を得ることができる。

図1.スピン偏極したβ-PdBi2表面状態に起因する電子干渉模様


β-PdBi2表面付近に存在する電子は、原子欠陥などによって散乱され干渉模様を形成する。散乱は、表面状態および散乱前後のスピンの相対的な向きに依存するため、干渉模様の解析からスピンを含めた表面状態の情報を得ることができる。

次にβ-PdBi2の超伝導の性質を調べました。超伝導転移温度より低い温度の0.4 K(約-272.8 ℃)で、β-PdBi2表面でのエネルギーごとの電子の数(スペクトル)を測定しました(図2)。縦軸のトンネルコンダクタンスとは、横軸に示されたエネルギーを持つ電子の数に相当します。約±0.8 meVに鋭いピークが観測され、その内側のエネルギーを持つ電子は全くないことが分かりました。これは、超伝導状態に特有なスペクトル(超伝導ギャップ)であり、低温でも常伝導のまま残っている状態がないことを意味しています。すなわち、スピン偏極した電子状態の全てが超伝導になっていることを示す確実な証拠です。このような表面のスピン偏極した超伝導状態は、トポロジカル超伝導にとって最適な状況です。

β-PdBi2の表面状態を、超伝導転移温度より低い温度の0.4 K(約-272.8 ℃)で測定した。その結果、全てのスピン偏極表面状態において、超伝導ギャップが完全に開いていることが明らかになった。

図2.β-PdBi2表面で観察された超伝導ギャップ


β-PdBi2の表面状態を、超伝導転移温度より低い温度の0.4 K(約-272.8 ℃)で測定した。その結果、全てのスピン偏極表面状態において、超伝導ギャップが完全に開いていることが明らかになった。

今後の期待

電子の波の干渉模様と超伝導ギャップの同時に観測できるSTM/STSという手法は、今後のトポロジカル超伝導の完全検証、さらにはマヨラナ粒子の直接観測に向けた強力な武器となるものと期待できます。

トポロジカル超伝導そのものの証拠を得るには、今後0.4 Kよりも低温でより高エネルギー分解能の測定を行う必要があります。またマヨラナ粒子は、磁場中で形成される渦糸[用語12]芯に存在することが期待でき、その際、特徴あるスピン模様を作ります。電子の波の干渉模様からは、スピン偏極に関する情報が得られますが、スピンの模様そのものの情報は得られません。現在、スピンの空間分布を直接とらえることのできるSTMを開発しており、近い将来、マヨラナ粒子の直接観測を行う予定です。

用語説明

[用語1] トポロジカル超伝導体、超伝導 :通常の超伝導は、物質が臨界温度を超えて冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れる。トポロジカル超伝導体では、物質内部で超伝導状態に特有の超伝導ギャップが開いているのに対し、表面や端(エッジ)にはトポロジカルに保護された金属状態が現れる。

[用語2] スピン : 粒子の持つ量子力学的な内部自由度(粒子を区別する性質)の一つ。磁性の根源でもある。電子のスピンは、アップスピン状態とダウンスピン状態と呼ばれる二つの状態の重ね合わせとして表現される。

[用語3] マヨラナ粒子 : 1937年にE. Majoranaが理論的に提案した粒子で、粒子がそれ自身の反粒子になる特徴を持っている。トポロジカル超伝導に現れるマヨラナ粒子は普通の電子とは異なり、この性質を利用した量子コンピュータへの応用が提案されている。

[用語4] 量子コンピュータ : 量子力学における重ね合わせを利用して、超並列計算を実現するコンピュータ。従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことが出来る量子アルゴリズムが開発されており、超高速計算が可能になると考えられている。

[用語5] 走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS) : 先端を尖がらせた金属の針(探針)で物質の表面をなぞるように走査し、探針の高さをマッピングすることで、物質表面の凹凸を原子スケールで観察することができる顕微鏡。探針位置を固定し、電流-電圧特性を測定すると、その位置において、どのようなエネルギーを持った電子がどのくらい存在するかを知ることができる。

[用語6] 超伝導ギャップ : 超伝導状態で電子は二つずつ対(クーパー対)になっている。電子対を安定化させているのは、電子間に働く実効的な引力であるが、そのため、電子対を破壊するには有限のエネルギーが必要である。この安定化エネルギー以下のエネルギーでは、対を組まない個々の電子を励起することはできないため、電子の励起スペクトルには低エネルギーにギャップが生じることになる。このギャップを超伝導ギャップと呼ぶ。

[用語7] エネルギーギャップ : 電子が存在できないエネルギー領域。このギャップ以上のエネルギーを与えると、電子と正孔が生まれ電気が流れる。

[用語8] 量子ビット : 量子情報における最小単位。従来のコンピュータでは0か1のいずれかの状態しか持ちえないビットで情報を扱うのに対し、量子コンピュータでは量子ビットが0と1だけでなく、0と1の量子力学的重ね合わせ状態をとることができるため超高速計算が可能になる。

[用語9] トポロジカルに保護された表面状態 : トポロジカルに異なる種類の絶縁体同士が接するとき、その境界ではエネルギーギャップは必ず閉じなければならない。この要請により、境界(表面)には必ず伝導状態が現れることになり、攪乱による影響を受けないという特徴がある。

[用語10] 電子の波が干渉して作る模様 : 量子力学によると、電子は粒子であると同時に波としての性質を持ち、固体中の電子は、多くの場合、波となって結晶全体に広がっている。このような電子の波が散乱を受けると、波の干渉によって、散乱源の近くに定在波が形成される。本研究で観測した、低エネルギーにおける電子の模様は、渦糸に散乱された電子が形成する定在波であると考えられる。

[用語11] 第一原理理論計算 : 実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況での物質の性質を予測することができるのが特徴。最近のコンピュータの処理能力の向上と計算科学の進展により材料研究の強力な手法になってきている。

[用語12] 渦糸 : 電気抵抗ゼロとならぶ超伝導体の重要な性質が完全反磁性であり、このため、超伝導体の内部には磁場が侵入しない。しかし、銅酸化物超伝導体を含むほとんど全ての化合物超伝導体は、第二種超伝導体と呼ばれるカテゴリーに属し、一定以上の磁場をかけると、その内部に磁場の侵入を許す。しかし、侵入した磁場は一様に分布するのではなく、磁束量子と呼ばれる一定の磁束を作り出すような、細長い超伝導電流の渦が多数存在する、空間的に不均一な状態が実現される。この1本1本の超伝導電流の渦を渦糸(うずいと)と呼ぶ。渦糸の中心では、超伝導は完全に抑制されている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Full-gap superconductivity in spin-polarised surface states of topological semimetal β-PdBi2
著者 :
K. Iwaya, Y. Kohsaka, K. Okawa, T. Machida, M. S. Bahramy, T. Hanaguri and T. Sasagawa
DOI :

お問い合わせ先

研究内容について

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発物性計測研究チーム

上級研究員 岩谷克也

チームリーダー 花栗哲郎

E-mail : iwaya@riken.jp(岩谷)、
hanaguri@riken.jp(花栗)
Tel : 048-467-1327 / Fax : 048-462-4656

東京工業大学
科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 笹川崇男

E-mail : sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366 / Fax : 045-924-5366

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理化学研究所 広報室 報道担当

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Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

科学技術振興機構 広報課

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Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

東京工業大学
広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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新型の酸化物イオン伝導体である新物質SrYbInO4を発見 ―燃料電池や酸素分離膜等の開発を加速―

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要点

  • 新物質SrYbInO4を発見、結晶構造の決定に成功
  • SrYbInO4新構造型の純酸化物イオン伝導体[用語1]であることを発見
  • イオン伝導機構も解明
  • 関連材料の開発およびエネルギー・環境分野への応用研究を加速

概要

東京工業大学 理学院 化学系の八島正知教授らの研究グループは、新物質「ストロンチウム・イッテルビウム・インジウム酸化物(SrYbInO4)」を発見しました。そして、SrYbInO4が純酸化物イオン伝導体としては新しい結晶構造のグループ(新構造ファミリー)に属することを見出しました。そのため今後関連物質の開発や競争につながると期待されます。

今回、イオンの大きさと元素の組み合わせ、および構造の安定性に着目して発見に至ったものであり、同様な手法で新物質探索が盛んになると考えられます。この材料は、固形酸化物形燃料電池(SOFCまたはSOFCs)[用語2]、センサー、酸素分離膜等の発展につながると期待され、今後エネルギー・環境問題を解決する糸口になる可能性があります。また、YbとInが作る八面体が連結することによってイオン拡散経路が形成されて酸化物イオン伝導が発現することがわかりました。

本成果は、物理化学の国際誌J. Phys. Chem. Cに9月11日付で掲載されました。また12月6日の固体イオニクス討論会において発表予定です。

研究成果

電子伝導性が比較的発現しにくい構成元素を選択し、高温で比較的安定であるCaFe2O4型構造[用語3])に着目、CaFe2O4型構造をとると期待されるサイズの陽イオンを選択することで新物質の探索に成功しました(図1)。新物質SrYbInO4を実際に固相反応法[用語4]により初めて合成することに成功しました。中性子回折、放射光X線回折、実験室系X線回折、第一原理計算などでSrYbInO4の結晶構造を解析しました。その結果、SrYbInO4の結晶構造が、CaFe2O4型であることを見出しました。SrYbInO4の電気伝導度は、酸素分圧によらずほぼ一定であり、UV-Vis反射率測定から得たバンドギャップは4.34 eVと広いので、SrYbInO4がCaFe2O4型酸化物で初となる純酸化物イオン伝導体であることが強く示唆されました。CaFe2O4型構造を持つ物質群には、純酸化物イオン伝導を示す材料が過去に全く報告されておらず、今回、純酸化物イオン伝導を示す新構造ファミリーを発見したことになります。今回、イオンの大きさ(図1の構造マップ)と元素の組み合わせ、および構造の安定性に着目して新物質で新構造型の酸化物イオン伝導体であるSrYbInO4の発見に至ったものであり、同様な手法で新物質探索が盛んになると考えられます。過去に報告のあるCaFe2O4は電子伝導体ですが、わずかな酸化物イオン伝導を示すことが知られていました。CaFe2O4の電子伝導度が高いことに加えて酸化物イオン伝導度の活性化エネルギーが高いこと(3.3 eV)が問題でした。Caよりもサイズが大きなSrを選択、Feよりもサイズが大きなYbとInを選択することにより、酸化物イオン伝導の活性化エネルギーが小さい(1.76 eV)純酸化物イオン伝導体SrYbInO4を今回発見しました。

室温から1,000 ℃の高温環境下で測定したSrYbInO4の実験室系X線回折、放射光X線回折および中性子回折データを解析することにより、この新材料は、空間群がPnmaであるCaFe2O4型構造の単相であることがわかりました(図2)。CaFe2O4型構造には、3種類の陽イオン席(サイト:いわば原子の座席)があり、本研究ではa席、b席、c席と名付けます。各席におけるイオンの占有率を慎重に検討した結果、a席はSrで充填されており、b席とc席にはYbとInの両方が存在していることがわかりました。この占有状態の不規則性の原因は、b席とc席の配位環境が類似していることや、イッテルビウムイオン(Yb3+)とインジウムイオン(In3+)のサイズが似ていることに起因しています。また、Ybがc席よりはb席に若干存在しやすい理由は、b席の陽イオンと酸素の距離が、c席の陽イオンと酸素原子の間の距離より長いこと、Yb3+のイオン半径がIn3+より少し大きいことに起因すると考えられます。占有状態の不規則性の度合いによって、イオン伝導度を制御できる可能性もあり、今回分かった占有状態の不規則性は重要な発見であると考えられます。

M2M´O4化合物の構造マップ。MとM´は異なる陽イオンである。赤いハッチはCaFe2O4型構造の領域を示す。M=Yb0.5In0.5とM´=SrであるSrYbInO4はCaFe2O4型構造をとると期待されることがわかる。

図1. M2M´O4化合物の構造マップ。MM´は異なる陽イオンである。

赤いハッチはCaFe2O4型構造の領域を示す。M=Yb0.5In0.5M´=SrであるSrYbInO4はCaFe2O4型構造をとると期待されることがわかる。 ©American Chemical Society

今回発見した新物質SrYbInO4における1つのテスト的な酸化物イオンのエネルギー図:b軸に沿った1次元の酸化物イオン伝導を示す。b軸に沿った酸化物イオン伝導の臨界イオン半径(陽イオンが作る隙間)の方が、a軸およびc軸に沿ったそれより大きいため、酸化物イオン伝導のエネルギー障壁が低くなり、b軸に沿って酸化物イオン伝導が起こると考えられる。この酸化物イオン伝導の構造的要因は、b軸に沿った無限の二重八面体の面または陵に沿って、酸化物イオンが移動することにあると考えられる。

図2. 今回発見した新物質SrYbInO4における1つのテスト的な酸化物イオンのエネルギー図:b軸に沿った1次元の酸化物イオン伝導を示す。b軸に沿った酸化物イオン伝導の臨界イオン半径(陽イオンが作る隙間)の方が、a軸およびc軸に沿ったそれより大きいため、酸化物イオン伝導のエネルギー障壁が低くなり、b軸に沿って酸化物イオン伝導が起こると考えられる。この酸化物イオン伝導の構造的要因は、b軸に沿った無限の二重八面体の面または陵に沿って、酸化物イオンが移動することにあると考えられる。 ©American Chemical Society

背景

エネルギー・環境問題を解決するためには、高効率、低コストで安全性の高い次世代のエネルギー源の開発が求められています。特に固体酸化物形燃料電池は、その中核を担うと期待されています。より良い固体酸化物形燃料電池、センサー、酸素透過膜の開発には、より高い酸化物イオン伝導度をもつ酸化物イオン伝導体や酸化物イオン―電子混合伝導体が必要です。

イオン伝導度は、その材料を構成する結晶構造と密接な関係があります。従来のイオン伝導体は、既存のイオン伝導体の組成を改良することで開発が進められてきました。しかし、より革新的なイオン伝導体を開発するためには、新構造の材料の開発が必要不可欠です。従来の手法では、新構造ファミリーの酸化物イオン伝導体は経験や勘、偶然により発見されることが多かったのですが、研究グループは、過去に報告されている無機物質の結晶構造から計算したイオン伝導経路と、これまでに報告されている酸化物イオン伝導体の結晶構造の詳細な検討により、BaNdInO4 (2014年発表)、Nd0.9Sr0.1BaInO3.95(2015年発表)、LaSr2Ga11O20、 La1.02Sr1.98Ga11O20.01(2015年発表)などの新構造ファミリーの酸化物イオン伝導体を開発することに成功してきました。今回は、BaNdInO4など従来の元素の組み合わせとは異なる材料を探索する中で、イオンサイズと元素の組み合わせ、および結晶構造の安定性を考慮することで、新物質SrYbInO4の発見に至りました。

今後の展望

酸化物イオン伝導性を示す材料は、燃料電池、酸素分離膜、ガスセンサー、触媒などへの応用が可能です。したがって、エネルギー・環境・エレクトロニクス分野への波及効果が期待されます。本研究で開発した材料は、これまでに報告のない全く新しい構造型を持つ純酸化物イオン伝導体であり、今後、この材料を基盤とし、材料開発を進めることで、固体酸化物形燃料電池の効率向上や使用範囲の拡大が見込まれます。

用語説明

[用語1] 新構造型の純酸化物イオン伝導体 : 外部電場を印加したとき酸化物イオンが伝導する材料を酸化物イオン伝導体(酸化物イオン伝導性材料)という。酸化物イオン伝導度に比べて他のイオン種や電子の伝導度が小さく、酸化物イオンが支配的なキャリア(電荷担体)である酸化物イオン伝導体を、純酸化物イオン伝導体という。酸化物イオン伝導性は、特定の結晶構造型(結晶構造のグループ)でのみ発現することが知られている。今回発見した新物質SrYbInO4は、CaFe2O4型構造(用語3)を持つ物質としては初めての純酸化物イオン伝導体である。したがって、新物質SrYbInO4は、新構造型の純酸化物イオン伝導体であるといえる。

[用語2] 固形酸化物形燃料電池(SOFCまたはSOFCs) : 電解質に固体酸化物を用いた燃料電池。電池の作動温度が400~1,000 ℃と高いため、固体高分子形燃料電池(PEFC)と比べて高い発電効率を実現できる。

[用語3] CaFe2O4型構造 : CaFe2O4など、空間群がPnmaであり、一般式ABCO4をとる化合物がとる結晶構造である。3種類の陽イオン席a, b, c席の陽イオンをそれぞれA, B, Cとする。図2に示すように今回発見した新物質SrYbInO4では、A=Sr, B=Yb0.574(2)In0.426(2), C=In0.574(2)Yb0.426(2)である(括弧内の数字は標準偏差を示す。)。 A, B, Cの配位数はそれぞれ8, 6, 6であり、二つのBO6八面体が稜共有してできた二重八面体B2O10と、二つのCO6八面体が稜共有してできた二重八面体C2O10が形成する三角形状のカラムの中にAイオンが存在する。二重八面体B2O10b軸に沿って稜共有により連結して無限のカラムを形成する。同様に、二重八面体C2O10b軸に沿って稜共有により連結して無限のカラムを形成する。3次元の結晶は、その対称性により230種類の群(空間群)に分類される。Pnmaは230種類の空間群のうち62番目の空間群であり、その結晶系は直方晶系、ブラベー格子は単純直方(斜方)格子である。

[用語4] 固相反応法 : 固相間の化学反応を利用して試料を合成する手法。

論文情報

掲載誌 :
J. Phys. Chem. C, 2017年,121巻,39号,ページ21272-21280.
論文タイトル :
New Oxide-Ion Conductor SrYbInO4 with Partially Cation-Disordered CaFe2O4-type Structure
著者 :
Ayaka Fujimoto, Masatomo Yashima, Kotaro Fujii, James R. Hester
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

八島正知 教授

E-mail : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2225

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

免疫細胞を活性化する情報伝達分子の働きを解明

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免疫細胞を活性化する情報伝達分子の働きを解明
―生きた細胞中の1分子の動きと相互作用を見る新手法を開発―

要点

  • 免疫T細胞を活性化するタンパク質分子の動きを解明
  • 生きた細胞中で分子1個の動きを観察し計測できる画像解析方法を開発
  • ノーベル賞で注目集める分子イメージング分野での利用を期待

概要

東京工業大学 生命理工学院の伊藤由馬特任助教、十川久美子准教授、徳永万喜洋教授の研究チームは、新しい分子動態解析方法を開発。免疫T細胞の活性化を開始させる分子メカニズムを定量的に明らかにしました。

免疫システムの司令塔として働くリンパ球T細胞が休止状態から働くようになる際には、細胞表面で抗原を受容したという情報を伝える分子が集まることにより細胞活性化が始まることが知られています。

このような生命の働きが、分子のどのような動きや変化、分子間相互作用によって実現されているのかは、いまだに謎が多い。これらを明らかにする生命動態の分野が、ライフサイエンスにおける世界的な大きな潮流となっています。ここでは、光学顕微鏡で分子1個1個を直接観る1分子イメージング法が、重要な方法となっています。これまで、1分子イメージング法で、分子の動きの時間的な変化や、分子間相互作用を定量的に計測する良い手法がありませんでした。

今回、研究チームは、分子1個1個の軌跡を追跡し、分子の動きばかりでなく、他の分子との相互作用も、時間的・空間的な変化を解析できる新しい方法を考案し、定量計測を実現しました。

この方法を使って、免疫T細胞の情報伝達分子が2段階で活性化されること、分子集合体の周囲で活性化が調整されていることを明らかにしました。

今回考案された方法は、基本的な手法として、今後広く用いられ、多くの生命機能の分子メカニズム解明に大きな成果をもたらすことが期待されます。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(8月1日付け:日本時間8月1日)に掲載されました。

研究の背景と経緯

近年、生きている細胞内での分子を直接観察する分子イメージング技術の進歩により、生命の仕組みを分子のダイナミックな動きや分子間の相互作用として明らかにする、分子動態[用語1]の分野がライフサイエンスにおける世界的な大きな潮流となっています。2008年のノーベル化学賞「緑色蛍光タンパク質 GFPの発見と開発(下村脩博士他)」、2014年のノーベル化学賞「超解像顕微鏡の開発」の受賞に端的に示されています。

さらにこの分野は、ゲノム解析以降の種々の配列情報研究の長足の進歩を相補するものとして、一層重要性を増しています。データ科学やシステムズバイオロジー[用語2]の進歩により、分子の動きや相互作用を定量的に計測し、数値情報として解明することが求められています。

免疫細胞は、体を外敵から防御する免疫系として中心的な役割を担っています。病原菌・ウィルスや花粉などの異物が体内に侵入したことを察知すると、樹状細胞などの抗原提示細胞がそれらを取込み、抗原として細胞表面に提示します。リンパ球の一種であるT細胞は、提示された抗原を認識すると、一連の細胞内シグナル伝達系が働くことで細胞が活性化し、免疫系を活性化する司令塔としての役割を果たします。

研究チームは以前に、蛍光[用語3]を使って分子1個1個を光学顕微鏡で直接観察できる1分子イメージング顕微鏡の方法として、対物レンズ型全反射照明(TIRF)法[用語4]薄層斜光照明(HILO照明)法[用語5]を開発しています。

また、これらの顕微鏡法を使って、抗原を認識するT細胞受容体が核となって種々のシグナル伝達分子が数十~数百分子集合して「マイクロクラスター[用語6]」と呼ばれる集合体を形成することが、T細胞活性化の開始点であることを明らかにしています。T細胞活性化の仕組みの解明は、免疫制御に関するバイオ医薬品などの新しい展開に伴い、臨床応用においても一層の重要性を増しています。

研究の内容と成果

T細胞が、提示された抗原を認識するのは、T細胞膜表面のT細胞受容体(TCR)分子とCD3分子とからなるT細胞受容体複合体(TCR/CD3)が抗体と結合することから始まります。抗体とTCR/CD3複合体とが結合すると、CD3がリン酸化[用語7]されて活性化された状態になります。この活性化反応は、細胞膜にあるリン酸化酵素[用語7]であるCD45分子により制御されています。CD45は、活性化するばかりでなく、活性化を抑制する働きも持っており、精巧な免疫システムに重要な役割を果たしています。研究グループは、T細胞活性化の開始の仕組みを明らかにするために、CD3とCD45に注目しました。

研究グループが独自に開発した1分子イメージング顕微鏡を用いて、CD3分子、CD45分子、マイクロクラスターを生きた細胞の中で同時に1個1個鮮明に観察しました(図1、2)。平面上の人工の細胞膜[用語8]の上で細胞を活性化しているので、細胞内での本来の動きが観察されます。

T細胞活性化のシグナル伝達分子動態を可視化するための観察方法

図1. T細胞活性化のシグナル伝達分子動態を可視化するための観察方法

本研究では、抗原提示細胞の代替として人工の細胞膜(脂質二重膜)を用いた。脂質二重膜に結合させた細胞刺激用の抗CD3ε抗体(CD3εはCD3を構成するサブユニットの一つ)により、T細胞の細胞膜にあるT細胞受容体複合体(TCR/CD3)が数十~数百分子集まりマイクロクラスターを形成し、T細胞を活性化させる。この活性化反応は、膜タンパク質であるリン酸化酵素CD45分子により制御されている。脂質二重膜を用いることにより、シグナル伝達活性化における分子の動きを、細胞本来のまま観察できる。マイクロクラスターは、緑色蛍光タンパク質GFPをつなげたCD3ζ(CD3ζはCD3を構成する別のサブユニット)により可視化した。CD45およびCD3は、橙色蛍光標識した抗CD45抗体(青色で図示)と赤色蛍光標識した抗CD3ε抗体により、個々の1分子を可視化。全反射照明法を用いており、鮮明な画像が得られる。

3色同時1分子イメージング蛍光顕微鏡画像

図2. 3色同時1分子イメージング蛍光顕微鏡画像

個々の点はそれぞれ、青色:CD45 1分子、赤色:CD3 1分子、緑色:T細胞受容体マイクロクラスター1個。バーは5 μm(ミクロン)。動画として録画されたものの、ある時刻での画像。なお、CD45は橙色の蛍光で標識されているが、画像は識別のために青色で表示している。

得られた動画中の分子1個1個の位置を正確に求め、時間とともに動いてゆく様子を、軌跡として追跡します(図3)。従来の解析方法では、1つの軌跡の全ての点を一度に使うので、1つの軌跡から1個のデータしかとれず、また、途中で動き方が変化するために正確な数値が求められませんでした。

1分子軌跡追跡の例

図3. 1分子軌跡追跡の例

マイクロクラスターの画像(白黒、白がマイクロクラスター)の上に、CD45(青)とCD3(赤)1分子の軌跡を重ねてある。軌跡の各点は、動画フレーム間隔(33.33 ms)の時間ごとでの分子位置を示す。矢印は、軌跡がマイクロクラスター内に入っている部分を示す。バーは1 μm。

今回新しく開発した方法(移動部分軌跡解析、moving subtrajectory analysis)では、軌跡の一部(部分軌跡、subtrajectory、図4の例では11点)のみを使って動きに関する数値(拡散係数[用語9]など)を求め、さらに、部分軌跡を1点ずつずらしながら解析を繰り返します。これにより正確にかつ多くのデータが得られます。

今回開発した移動部分軌跡解析(moving subtrajectory analysis)法の模式図

図4. 今回開発した移動部分軌跡解析(moving subtrajectory analysis)法の模式図

軌跡の一部(部分軌跡、この例では11点)のみを使って動きを解析する。さらに、部分軌跡を1点ずつずらしてゆきながら解析を繰り返す。こうすることで、時間的な変化が追えるとともに、場所(この例ではマイクロクラスター内・境界・外)による違いも数値として明らかにできる。

この新しい解析方法により、分子の動きが、時間や場所によりどのように変化してゆくかを、数値情報として追うことが初めて可能となりました。そればかりでなく、分子が他の分子と結合する速さと解離する速さとを1分子の動きのみから求めることが初めて実現しました。

この解析を用いて、次のことがわかりました。

1.
マイクロクラスターは、分子が柔らかく結合し合ってできて、ナノレベルで分子密度に濃淡があり、マイクロクラスター内を分子が動くことができる。
2.
抗原を受容する複合体構成分子CD3も、シグナル制御分子CD45も、マイクロスターの内・境界・外のどこででも、結合してゆっくり動く状態と、結合せずに速く動く状態とがある。マイクロクラスターの外にも、ナノレベルの小さなクラスターがあることを示唆している。
3.
CD3もCD45も、速い結合解離を繰り返す一時的な結合状態と、安定な結合状態の2つの状態がある。マイクロクラスター内では、両分子とも、結合が促進され安定化されている。
4.
CD45のみは、マイクロクラスターの境界領域でも結合が促進されており、シグナル制御分子としての特徴を反映している。

このような分子動態と相互作用の詳細を定量的に明らかにしたことは、生命の仕組みの分子メカニズムを解明する上で、画期的な成果と言えます。

今後の展開

今回考案された方法は、分子動態と相互作用を定量的に解明する基本的な手法として、今後広く用いられると考えられます。

また、細胞表面での反応に限らず、生きた状態の細胞内部での仕組みにも用いることができます。免疫細胞に限らず、例えば、核内で遺伝子が発現する時にどのようなことが起こっているのかなど、種々の生命機能に適用できます。この手法で、生命現象の分子メカニズム解明に大きな成果をもたらすことが期待されます。

用語説明

[用語1] 分子動態 : 分子の動きや分子間の相互作用を、可視化したり定量的に計測して明らかにすること。

[用語2] システムズバイオロジー : 生命の仕組みをシステムとして統合的に理解することを目的とした研究分野。計算機によるシミュレーションにより生命現象を明らかにする研究が進められている。多種多数の生体分子の、空間的な配置、時間的な変化、多種分子間の反応や結合等に関して、生きた細胞や生体の中での数値情報を得ることが重要となっている。

[用語3] 蛍光 : 照明した光とは色(波長)の異なる光を出す現象のこと、もしくは出された光。蛍光を発する色素(蛍光色素)を用いて、観察対象を標識して見る顕微鏡法が蛍光顕微鏡法である。色の違いを利用して、標識した観察対象から出た蛍光のみを選び観察することができるので、背景光をカットして微弱にし、見たいもののみを鮮明に見ることができる。※名前が誤解をしばしば招くが、生物の蛍が光るのは生物発光によるもので蛍光現象とは異なる。

[用語4] 全反射照明(TIRF)法 : 試料と基板ガラスの境界面で照明光を境界面に平行に近い角度で入射すると、全反射が起こる。全反射の際には、試料側にごく薄く表面から深さ50~200 nm(ナノメートル)程度の近傍のみに光(エバネッセント光)が沁み出る。このエバネッセント光を蛍光の照明として用いる手法。対物レンズの縁にレーザー光を入射して全反射を起こし照明に用いる方法が、対物レンズ型全反射照明法で、余分な装置が不要なため普及している。全反射照明法を用いると、余分なところを照らさない局所的な照明であることと、照明光強度が入射光の約4倍強くなるため、鮮明な画像が得られる。

[用語5] 薄層斜光照明(HILO照明)法 : 対物レンズに照明光を入射するのに、全反射照明よりも少しだけ対物レンズ中心軸寄りにレーザー光を入射すると、試料の内部を薄く照明することができる手法。細胞内を鮮明に分子イメージングすることができる。対物レンズ型全反射照明法と同じ顕微鏡で行うことができ、局所的な照明であることと、照明光強度が入射光の2~3倍余り強くなるために、鮮明な画像が得られる。

[用語6] マイクロクラスター : T細胞が活性化する際に、T細胞膜に形成されるT細胞受容体複合体(TCR/CD3)の数十~数百分子の集合体。シグナル伝達分子も結合する。T細胞受容体分子複合体が、抗原提示細胞により提示された抗原と結合すると、マイクロクラスターが形成される。これにより、T細胞受容体シグナルが伝達され、T細胞が活性化される。マイクロクラスターは、大きさを増しながら、細胞接着面の中心部分へと移動集積し免疫シナプスと呼ばれる構造を形成する。

[用語7] リン酸化、リン酸化酵素 : リン酸基を付加するのがリン酸化反応であり、この反応を生体中で触媒するのがリン酸化酵素でありキナーゼとも呼ばれる。シグナル伝達においては、タンパク質アミノ酸残基の水酸基がリン酸基で置換されリン酸化されることが、シグナルとして用いられている。

[用語8] 人工の細胞膜 : 人工的に作成した脂質二重膜をカバーガラス表面上に一層のみ敷き、脂質二重膜中に必要なタンパク質等の分子を埋め込んで、細胞膜の代替としたもの。脂質二重膜は、膜中や膜上の分子が自由に動くことができるので、膜分子の動きを細胞本来のまま観察することができる。一層の脂質二重膜を均質にガラス表面上に形成するためには、通常特殊な装置と熟練とが必要とされるが、本研究では、研究グループが以前に開発した簡便な方法を用いて、人工細胞膜法研究の難点を克服している。

[用語9] 拡散係数 : 分子が拡散により広がってゆく速さを数値化したもの。数値が大きいほど、速く拡散することを意味する。分子はランダムな熱運動(ブラウン運動)をしながら拡散してゆくが、分子の移動距離を二乗した平均値は、拡散係数と時間とに比例する。アインシュタインは、単純な拡散の場合には、拡散係数は分子の直径に反比例することを示した。なお、拡散係数はマクロな現象で定義され、物質が拡散する際の濃度の時間変化の大きさを表す係数(拡散方程式の係数)としての意味がある。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Multi-color single-molecule tracking and subtrajectory analysis for quantification of spatiotemporal dynamics and kinetics upon T cell activation
著者 :
Yuma Ito, Kumiko Sakata-Sogawa, Makio Tokunaga
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

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東京工業大学 生命理工学院 教授
徳永 万喜洋(とくなが まきお)

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8月17日14:00 リンク先を修正しました。

ニュースレター「AES News」No.11 2017秋号発行

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科学技術創成研究院 先進エネルギー国際研究(AES)センターouterは、「AES News」No.11 2017秋号を発行しました。

AESセンターは、従来の大学研究の枠組みを越えて、企業、行政、市民などが対等な立場で参加する研究拠点である「オープンイノベーション」を推進しています。ここでは、低炭素社会実現のための研究プロジェクトを創生することを大きな目的の一つとしています。

本学教員と本センター企業・自治体が連携し、既存の社会インフラを活かしながら革新的な省エネ・新エネ技術を取り入れ、安定したエネルギー利用環境を実現する先進エネルギーシステムの確立を目指しています。

本センターの活動を、より多くの方々にご理解いただき、また、会員および本学教職員の連携を深めるため、季刊誌「AES News」を発行しています。今回は第11号となる2017年秋号をご案内します。

ニュースレター「AES News」第10号 2017夏号

第11号・2017秋号

  • 経済産業省産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課 松岡建志課長 巻頭記事「オープンイノベーションの促進施策と大学への期待」
  • 東芝共同研究講座「新興国における公共交通機関の普及による渋滞・環境の改善に向けた取り組み」
  • 日立製作所共同研究講座「低濃度エタノール燃料使用高効率改質エンジンの開発」
  • AES開催報告(2017年7月~9月)
  • 2017年度の活動、今後のスケジュール等

ニュースレターの入手方法

PDF版

資料ダウンロード|先進エネルギー国際研究センター(AESセンター)outer

バックナンバーもリンク先よりご覧いただけます。
冊子版
  • 大岡山キャンパス:東工大蔵前会館1階 ロビー
  • すずかけ台キャンパス:すずかけ台大学会館1階 広報コーナー

お問い合わせ先

科学技術創成研究院
先進エネルギー国際研究(AES)センター

Email : aescenter@ssr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3429

大規模都市建築を対象とした社会活動継続技術共創コンソーシアム発足

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本学 科学技術創成研究院 山田哲教授を統括とした建築・都市防災・センシング・人間科学など異分野融合研究グループは、10月に、東京大学、東北大学及び民間企業12社(2017年9月末現在)と共に、科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業である産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の1プロジェクトとして「社会活動継続技術共創コンソーシアム」を立ち上げました(プロジェクト期間5年間)。上記3大学と12社の間で行われている産学共同研究をベースに、研究開発をスタートさせたところです。

社会活動継続技術共創コンソーシアムのイメージ

社会活動継続技術共創コンソーシアムのイメージ

本コンソーシアムでは、社会・経済の中枢機能が集約される大規模都市建築を対象に、極大地震をはじめとする自然災害に対しても、安心して社会活動が維持できる技術の創出を目指していきます。具体的には、建物の構造安全性能を大幅に向上する技術、安全性能を支える大型部材や免震・制振部材の安全性を実証する技術、設備機器類等の損傷を制御して早期復旧を実現する技術、災害時だけでなく日常から活用できるモニタリングシステム技術、情報を安心につなげる技術の確立が挙げられます(社会活動継続技術)。

そして、これらの社会活動継続技術群をパッケージとして世に送り出し、

  • 構造物としての耐震性だけでなく、平常時から非日常まで建物の機能・人の社会活動を継続させる高層建築システムを実現
  • 先端耐震部材の安全性実証技術の実現と実証法の国際標準化
  • 構造物の耐震性の基準から、機能や社会活動の継続まで見据えた新たな基準への変革
  • 首都圏で想定される100兆円規模の被害の抑止
  • 安全と安心が結合した技術による、国際市場の開拓

という新たな価値の創出に挑戦していきます。

社会活動継続技術の研究開発は、現状の3大学12社の産学共同体制で完結できるものではありません。大学など公的研究機関と関連する産業界、企業の協力関係を一層広げて議論を深め、それぞれの共同研究に磨きをかけることによって、日本発・日本オリジナルで世界に通用する社会活動継続技術を育てていきたいと考えています。

本コンソーシアム設立にあたり、キックオフシンポジウムを2017年12月20日に東工大蔵前会館くらまえホールにて開催します。詳細については本学WEB上のイベントニュースやメールマガジンを通じてご案内いたします。この機会に、多くの方に社会活動継続技術共創コンソーシアムの活動の一端に触れていただけることを期待しています。

お問い合わせ先

科学技術創成研究院URA

小林義和

E-mail : kobayashi.y.bi@m.titech.ac.jp


新産業創出・育成の推進に向けたギャップファンドの設置および運営に係る組織的連携協定を締結

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東京工業大学と芙蓉総合リース株式会社(代表取締役:辻田泰徳、以下「芙蓉総合リース」)および株式会社みらい創造機構(代表取締役:岡田祐之、以下「みらい創造機構」)は、ギャップファンドの設置および運営に係る組織的な連携協力に関する協定を10月27日に締結しました。

調印式の様子

東工大では本年4月から研究戦略企画・実施機能と産学連携機能を強力に束ねて実施するため、研究・産学連携本部を新たに設置し、今まで行ってきた知財の権利化、ライセンシングに加え、新産業の創出、国際共同研究の推進、イノベーションの促進に貢献するとともに、更なる知財の創出を図っています。芙蓉総合リースは、みずほフィナンシャルグループ系の国内大手総合リース会社であり、みらい創造機構が組成した東工大関連ベンチャーキャピタルファンドに出資しています。みらい創造機構は、新規事業創出と育成支援に多くの実績を持ち、東工大ともこれまで共同研究・学術指導の推進、人材教育支援、ベンチャー育成支援等を行ってきており、相互協力しながら総合的な社会連携活動の推進事業を実施するにあたり、東工大と連携協定を5月に締結しています。

調印式の様子

今回の協定により、東工大の創造的活動として生み出された研究成果や技術・デザインなどの知的財産(研究シーズ)を実用化・事業化するために必要な追加試験や試作品製作、顧客ヒアリング等、起業直前に大学内で必要となる活動の資金不足を補うため、芙蓉総合リースが拠出する資金による日本初の産学連携型ギャップファンドを設置し、3者が協力して新産業の創出・育成を推進していきます。

ギャップファンド:大学が、自律的かつ機動的に大学研究室へ比較的少額の開発資金(試作開発・試作テスト資金など)を供与して大学の基礎研究と事業化の間に存在するギャップ(空白・切れ目)を埋めることにより、大学先端技術の技術移転や大学発ベンチャー創出を促していく基金。

(右)芙蓉 辻田社長、(中央)東工大 三島学長(左)みらい創造機構 岡田社長

(左)みらい創造機構 岡田社長、(中央)東工大 三島学長、(右)芙蓉総合リース 辻田社長

お問い合わせ先

東京工業大学 研究・産学連携本部

E-mail : venture@sangaku.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2445

分子のオルト-パラ核スピン異性体間の光学遷移の検出に成功

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分子のオルト-パラ核スピン異性体間の光学遷移の検出に成功
―オルト-パラ対称性の破れを直接定量―

要点

  • 孤立状態にある分子のオルト-パラ異性体間の光学遷移の検出に初めて成功
  • 観測からオルトとパラの混合状態の度合いを直接定量する手段を確立
  • オルト-パラ異性体間では自然発光による自発的緩和過程が存在しうる可能性がある

概要

180度の回転対称性を有するすべての分子の量子状態は、等価な配置にある核スピンの向きによって、オルト状態とパラ状態の2つに分類され、これをオルト-パラ対称性[用語1]と呼びます。一般に、光を使ってこの2つの状態間を遷移させることはとても難しいので、両者は核スピン異性体として、あたかも独立した別の分子であるかのように見なされてきましたが、東京工業大学 理学院 物理学系の金森英人准教授の研究グループは、孤立した環境にある分子のオルト-パラ異性体間の光学遷移[用語2]の検出に初めて成功し、その発現メカニズムを理論及び実験的に明らかにしました。

オルト-パラ遷移の検出実験には、塩素核が分子骨格の両端の等価な位置にある塩化硫黄分子(S2Cl2)を選びました。この分子については、研究グループが以前に観測したマイクロ波スペクトルの解析から、オルト-パラ状態を混合させる相互作用を含んだ分子ハミルトニアン[用語3]モデルを提案していました。

今回の実験では、真空容器中のマイクロ波共振器内にS2Cl2分子を導入し、この理論モデルで予想した周波数領域を調べたところ、通常の遷移の1,000分の1の強度を持つ超微細構造分裂[用語4](エネルギー準位の小さな分裂)した回転スペクトルを7本検出し、オルト-パラ遷移として同定しました。観測された周波数と強度は理論予想と良く一致したため、ハミルトニアンモデルの正しさ、すなわち、オルト-パラ遷移の発現起源を立証することができました。

本研究によって、オルト-パラ異性体分子一般について、自然発光過程による変換速度を定量化する道が確立できました。オルト-パラ対称性は物理学の基本原理のひとつである、等価粒子の交換対称性[用語5]に基づいているので、自然科学の広い分野で重要な役割をしています。たとえば、電波天文学で発見されている星間分子の異常オルト/パラ存在比[用語6]のような宇宙物質進化の未解決問題を解明する手がかりになると期待されます。

本研究の内容は、2017年10月25日に米国の学術誌「Physical Review Letters」10月号でEditors' Suggestionとして掲載されました。

また、米国物理学会(American Institute of Physics)が選ぶRecent Articles from Physicsの“Synopsis”としても取り上げられました。

背景

分子におけるオルト-パラ対称性は、量子力学の等価粒子の交換対称性が分子の核スピン関数と回転波動関数に課す保存則です。核スピンと180度回転(C2)対称性を持つすべての分子はオルト-パラ対称性があることから、分子の状態は核スピン関数の偶奇性と回転準位の偶奇性との組み合わせにより、オルトかパラのいずれかの状態に二分されます。オルト-パラ状態を変換するためには、核スピンと回転状態の偶奇性を同時に相互交換することが求められることから、図1に示すような光(電磁波)を介した遷移はとても難しく、両者はオルト-パラ異性体としてあたかも別の分子として認識されています。

S2Cl2分子のマイクロ波によるオルト-パラ遷移

図1.S2Cl2分子のマイクロ波によるオルト-パラ遷移


核スピンが平行で回転状態J(奇数)であるオルト状態の分子がマイクロ波を吸収することによって、核スピンが反平行で回転定数J+1(偶数)のパラ状態に遷移する様子

オルト-パラ異性体として最もよく知られている例は水素分子(H2)があげられます。H2を構成するHの核、すなわち陽子は核スピン1/2を持ちますが、2つの核スピンが平行となっている状態をオルト水素、反平行となっているものをパラ水素と呼んでいます。室温では水素分子の75%がオルト状態、25%がパラ状態となっていますが、極低温にして液化すると、分子間の相互作用によってゆっくりとオルト状態が最低エネルギー状態であるパラ状態に変換されていきます。

しかしながら、衝突等の分子間相互作用のない孤立した環境では、光を介した相互作用、すなわち1個の光子を吸収、あるいは放出することによって、変換が起きる確率は極めて小さく、理論によれば変換時間は宇宙の寿命よりも長いとされています。

研究の経緯

このような状況の中で、研究グループはオルト-パラ対称性を持つ分子として、塩化硫黄分子(S2Cl2)に注目しました。この分子は螺旋状にねじれた分子骨格を持ち、核スピン3/2を持つ塩素核が両端の等価な位置にあります。これまでのS2Cl2分子のマイクロ波領域の許容遷移であるオルト-オルト、およびパラ-パラ準位間の分光スペクトルの解析から、オルト-パラ状態が少なからず混合している状態があることを実験的証拠から見つけました。それを説明するために、Cl核の電気四重極相互作用の非対角成分を導入した分子ハミルトニアンモデルを提案しました。

今回はこのモデルを使った計算により、超微細構造分裂した回転準位の中からオルト-パラ混合の大きなものを探し出し、その遷移周波数と遷移強度を計算しました。その結果、オルト-パラ光学遷移がマイクロ波領域に存在することが予測されました。その例を予想スペクトルとして図2に示しました。

図2Aは、淡青と赤色で示される許容遷移である回転線が数十本の超微細構造線に分裂している様子がわかります。拡大した図2Bでは、分裂した許容遷移の間に、濃青色で示されたオルト-パラの禁制遷移(ルールに従わない遷移)が、3桁ほど弱い強度で予言されています。その中で、強度が大きくかつ許容遷移から最も離れている遷移を測定候補の1つとして選択しました。

S2Cl2分子のオルト-パラ遷移の予想と実測スペクトル

図2.S2Cl2分子のオルト-パラ遷移の予想と実測スペクトル

A)回転遷移の予想スペクトル。2つの縦線の集団は超微細構造を持つパラ-パラ遷移(青)とオルト-オルト遷移(赤)を表す。いずれも許容遷移である。

B)予想スペクトルの拡大図:オルト-パラ遷移(濃青)がオルト-オルト遷移(赤)と比べて3桁弱い強度で予想されている。

C)実測されたオルト-パラ遷移。分子のドップラー効果のために2重項線として観測されているが、中心は予想された周波数と誤差範囲で一致した。

研究成果

実験には台湾交通大の4 - 40 GHz帯のフーリエ変換型マイクロ波分光器[用語7]を用いました。Arガスに希釈したS2Cl2分子の蒸気をパルス分子ジェットとして、マイクロ波共振器中に噴出、衝突フリーの条件の下でオルト-パラ遷移の検出測定を試みました。その結果、数万ショットの信号を数時間に渡って積算することで、図2Cに示すように、予測された遷移周波数の誤差範囲に、超微細分裂したオルト-パラ遷移を観測することができました。今回観測された7本の禁制遷移は許容遷移と比較して3桁小さく、予想と一致しました。

今回の観測結果を図3にまとめました。S2Cl2分子の回転準位はオルトとパラに二分されており、オルトとパラの核スピン異性体を構成しています。ルール通りの光学遷移はそれぞれの異性体内で閉じていますが、今回、観測したオルト-パラ遷移は核スピン異性体間をクロスする遷移に対応します。

従来のオルト-パラ間の光学遷移は、極端に高い励起状態とした分子、または磁場や電場等の強い外場をかけた分子についての報告しかありませんでした。今回の結果は衝突も外場もない、まったく孤立した環境にある分子であっても、オルト-パラ間の光学遷移が可能であること実証した最初の例となります。また、この結果は、オルト-パラ状態の変換が自然発光過程を通して自発的に起きるという重要な結論を引き出します。

今回観測したS2Cl2の遷移の場合、その寿命は約1,000年となります。これは長いと思うかもしれませんが、天文学の時間スケールではとても短い時間と言えます。

S2Cl2分子の回転準位と観測されたオルト-パラ遷移

図3.S2Cl2分子の回転準位と観測されたオルト-パラ遷移

横線は超微細構造分裂を省略した回転準位を表し、付記した3つの数字は回転量子数を表している。S2Cl2分子の回転準位はオルトとパラに二分されており、オルトとパラの核スピン異性体を構成している。

許容な光学遷移は垂直な矢印で表されるように、各異性体内で閉じている。今回、異性体間を結ぶオルト-パラ遷移(クロスする矢印)が初めて観測された。

今後の展開

オルト-パラ対称性は物理学の基本原理のひとつである等価粒子の交換対称性に基づいているので、自然科学の広い分野で重要な役割を果たしています。

例えば、新しいエネルギー源として注目を集めている水素(H2)を液化して貯蔵した際に大部分が蒸発損失(ボイルオフ)してしまう問題は、オルト-パラ変換の速度が遅いことに原因があります。また、電波天文学で観測される星間分子の中には、オルト-パラ存在比が分子間衝突による熱平衡モデルでは説明できない例が多くあり、宇宙物質進化過程の未解決問題となっています。本研究により、オルト-パラ準位間の自然発光過程を定量化する手段が確立し、この異常オルト/パラ存在比の解明の突破口となることが期待されます。

用語説明

[用語1] オルト-パラ対称性 : 分子のオルト-パラ対称性は、量子力学の前提条件の1つである「等価粒子の交換対称性」に起因する特性で、物理的に存在が許される状態は核スピン状態と回転状態の偶奇性によって制限されることで生じるものです。特に電子では「パウリの排他律」として良く知られています。

[用語2] 光学遷移 : ここでは分子の電気双極子モーメントと電磁波との相互作用による遷移を表現しています。

[用語3] 分子ハミルトニアン : 分子の内部エネルギーに対応する演算子。具体的には回転運動エネルギーと核スピンが関与する超微細相互作用エネルギーに対応する項からなります。その演算子をオルト-パラ相互作用に関して対角な項H(0)と非対角な項Hopに分けました。

H = H(0) + Hop

具体的なHop項としてはCl核の四重極相互作用の非対角成分を含む項が相当します。このハミルトニアンのエネルギー行列を対角化することによって得られる混合状態の波動関数を使って、禁制遷移とされるオルト-パラ状態間のマイクロ波遷移の周波数と強度を直接計算することができます。

[用語4] 超微細構造分裂 : 核スピンが関与する相互作用に起因するエネルギー分裂。

[用語5] 等価粒子の交換対称性 : 量子力学では同じ粒子同士は互いに区別がつかないことを前提として量子状態を記述する必要があります。さらに、これらの区別のつかない粒子の配置を交換するという操作によって量子状態関数の符号がフェルミ粒子(スピンが1/2、3/2などの半整数値)の場合はマイナスに変わり、ボーズ粒子(スピンが1、0などの整数値)では変わらないという性質が備わる。

[用語6] 星間分子の異常オルト/パラ存在比 : 宇宙空間での物質進化の研究では、星間分子のオルト/パラ存在比はその分子の生成時の化学反応、およびその後の衝突頻度の情報を含む貴重な情報源となっています。

[用語7] フーリエ変換型マイクロ波分光器 : 共振器に閉じこめたマイクロ波で分子を励起し、自由誘導緩和過程で放出されるマイクロ波輻射を時間軸で記録し、それをフーリエ変換することによって周波数スペクトルとする分光システムです。1回の測定範囲は狭い周波数に限定されますが、一般的な吸収法とは異なるゼロバックグラウンドの測定法なので、長時間の積算によって高い検出感度を実現できる分光システムです。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Detection of Microwave Transitions between Ortho and Para States in a Free Isolated Molecule
著者 :
Hideto Kanamori, Zeinab. T. Dehghani, Asao Mizoguchi, Yasuki Endo
DOI :

理学院

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2016年4月に発足した理学院について紹介します。

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准教授 金森英人

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複数の金属からなる新たな電子化物を発見

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要点

  • 金属間化合物[用語1]で電子がアニオンとしてふるまう新しい電子化物[用語2]を発見
  • 結晶構造中の空隙が電子の局在サイトになることを解明
  • アンモニア合成触媒や超伝導を発現するなど様々な特性を持つ

概要

イオン結晶は、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)が結びつき、構成されている。マイナスの電荷をもつ電子は、究極のアニオンと言える。電子がアニオンの役割を担う物質は電子化物(エレクトライド)と呼ばれている。1983年に有機化合物で最初の電子化物が合成され、新概念の物質として注目を集め、教科書類にも記載されることになった。しかし、この物質は、化学的・熱的に不安定なために物性については不明な点が多かった。

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の細野秀雄教授・元素戦略研究センター長を中心にしたグループは2003年、12CaO・7Al2O3(C12A7セメントの構成成分)を使って、室温・空気中で安定なエレクトライドの合成に初めて成功。アニオンを電子に置き換えたことに起因する低仕事関数だが化学的に安定というユニークな物性を報告してきた。2011年には電子化物ガラスを、2013年にはアニオン電子が層間に存在する2次元電子化物Ca2Nを報告するなど、電子化物の物質科学の新領域を開拓してきた。本研究では、電子化物のコンセプトをさらに拡張すべく、金属元素から構成される金属間化合物を対象に、結晶構造と電子分布の関係を検討して、電子化物とみなせる物質群の発見と、それらがアンモニア合成触媒や超伝導という物性の発現につながることを見出した。今回の成果は、7月31日発行の「Advanced Material」、8月14日発行の「Angew. Chem. Int. Ed」、8月15日発行の「npj Quantum Materials」に掲載された。

研究成果

これまで見出されてきた電子化物は母体が絶縁体である。ここ数年来、電子化物の理論的研究が世界的に盛んになっている。アルカリ金属などの典型金属の高圧相では、電子が格子間サイトを占有する電子化物であることが明らかになりつつある。

本研究では、母体が複数の金属から構成される金属化合物で電子化物の探索を行った。通常の金属は、電子が格子全体に平均的に分布しており、格子間に電子が高濃度に存在することは考えにくい。そこで今回、個性の大きく異なる複数の金属から構成される金属間化合物に着目して探索を行った。その結果、LaScSi(ランタンスカンジウムシリコン)、Mg2Si(珪化マグネシウム)、Nb5Ir3(ニオブイリジウム)などが、それに相当することを見出した。

例えば、LaScSiは、その式量あたり2つの電子(1.6x1022 cm-3)が、ランタン(La)が作り出す4面体の中心位置と、スカンジウム(Sc)とケイ素(Si)が作り出す8面体サイトを占有する。いずれのサイトも水素化物イオン(H-)で置き換えられるので、H-の代わりに電子がアニオンとして働く電子化物とみなすことができる。これらの電子が存在するバンドは、フェルミ準位[用語3]に大きく寄与する。なお、この物質にルテニウムのナノ粒子を担持すると、アンモニア合成触媒として優れた特性を示した。

LaScSiの結晶構造。VとV'サイトに電子が存在する。水素と反応させると電子の代わりにH-イオンが占有される
図1.

LaScSiの結晶構造。VとV'サイトに電子が存在する。

水素と反応させると電子の代わりにH-イオンが占有される。

Mg2Siのバンド構造。太線は格子間サイトの電子による寄与を示す。右は伝導体の下端付近の電子密度分布。8つのMgに囲まれた空間に電子が存在する。
図2.

Mg2Siのバンド構造。太線は格子間サイトの電子による寄与を示す。

右は伝導体の下端付近の電子密度分布。8つのMgに囲まれた空間に電子が存在する。

Mg2Siは、逆蛍石[用語4]型の結晶構造で、N型伝導性を示す半導体であり、高い熱電特性を持つ物質として知られている。電子密度分布をみると、伝導帯の最下端は4つのMg2+イオンに囲まれた4面体の中心のサイトで大きなピークが存在する。すなわち、ケイ素(Si)の欠損などで生じた電子キャリアは、この格子間サイトを占有することが分かった。このような半導体物質はこれまで知られておらず、熱電特性の起源と関係していると考えられる。

今回、Mn5Si3型をもつ新金属間化合物Nb5Ir3を合成。これは、結晶構造中にNb原子から構成される1次元化チャネルがあり、その中にアニオン電子も存在する電子化物であることが分かった。この物質は、超伝導を示すTc(臨界温度)は9.4 K(ケルビン)だった。電子化物の超伝導体は、2007年にC12A7:eで見出されており、今回が2例目となる。

今後の展望

今回、金属間化合物の結晶構造内の空隙に電子が高濃度に存在し、そのエネルギーレベルが電子物性を支配するフェルミ準位付近に存在しうることを明らかにした。金属格子内の空隙は、原子の移動には主要な役割を果たすことはよく知られているが、電気伝導を担う電子が高密度に分布することは、これまで知られていなかった。キャリア電子が平均的に分布する場合とは、電子の輸送特性や化学反応性がかなり異なることが予想される。

電子化物は、有機系で見出され、無機物、単純金属、そして今回、金属間化合物へと広がった。今後、さらに新しいコンセプトの電子化物が発見され、学術のフロンティアの拡大とともに応用に繋がる新物性が見出されることが期待される。

※本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られた。

  • 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ACCEL
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)

用語説明

[用語1] 金属間化合物 : 2種類以上の金属または半金属元素から構成されている化合物。性質が異なる異種元素同士が強い結合によって結び付けられているため、金属間化合物はその成分金属又は半金属とは著しく異なったユニークな物性を示すことが多い。

[用語2] 電子化物 : 電子がアニオンとして働くとみなすことができる化合物。

[用語3] フェルミ準位 : 固体の電子構造で電子が占有される最も高いエネルギーレベル。電子の輸送特性や化学反応性を支配する。

[用語4] 蛍石 : CaF2の結晶。Caは6つのFに8面体配位され、Fは4つのCaに4面体配位されている。

論文情報

今回のリリースは下記の論文による成果。

掲載誌 :
Advanced Materials, 29, 1700924-1-7, (2017)
論文タイトル :
Tiered Electron Anions in Multiple Voids of LaScSi and Their Applications to Ammonia Synthesis
著者 :
Jiazhen Wu, Yutong Gong, Takeshi Inoshita, Daniel C. Fredrickson, Junjie Wang, Yangfan Lu, Masaaki Kitano, and Hideo Hosono
DOI :
掲載誌 :
Angew. Chem. Int. Ed., 56, 10135-10139, (2017)
論文タイトル :
The Unique Electronic Structure of Mg2Si: Shaping the Conduction Bands of Semiconductors with Multicenter Bonding
著者 :
Hiroshi Mizoguchi, Yoshinori Muraba, Daniel C. Fredrickson, Satoru Matsuishi, Toshio Kamiya, and Hideo Hosono
DOI :
掲載誌 :
npj Quantum Materials
論文タイトル :
Electride and superconductivity behaviors in Mn5Si3-type intermetallics
著者 :
Yaoqing Zhang, Bosen Wang, Zewen Xiao, Yangfan Lu, Toshio Kamiya,Yoshiya Uwatoko, Hiroshi Kageyama and Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所 教授
元素戦略研究センター センター長 細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-51961

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圧電体の複雑な結晶構造変化の高速応答を直接測定 ―IoTセンサーの高性能化に期待―

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要点

  • IoTセンサー等で利用される圧電体の結晶構造が高速で変化する様子を観察
  • 圧電性の発現機構解明に貢献
  • 新規の圧電性物質の探索や非鉛圧電体材料の開発を加速

概要

東京工業大学 物質理工学院(同大学 元素戦略研究センター兼任)の舟窪浩教授と同大学 大学院総合理工学研究科の江原祥隆博士後期課程学生(当時)、同大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の安井伸太郎助教、名古屋大学 大学院工学研究科(科学技術振興機構さきがけ研究者兼任)の山田智明准教授、高輝度光科学研究センター (JASRI)の今井康彦主幹研究員、物質・材料研究機構 技術開発・共用部門(先端材料解析研究拠点シンクロトロンX線グループ グループリーダー併任)の坂田修身ステーション長、ニューサウスウエールズ大学(オーストラリア)のナガラジャン・バラノール教授らの研究グループは、電圧によって形状が変化する圧電体結晶について、原子の変位、単結晶領域の再配列などの複雑な現象が、1億分の4秒(40ナノ秒[用語1])の短時間に高速で起きていることを、大型放射光施設SPring-8[用語2]の高輝度放射光を用いた時間分解X線回折実験によって、世界で初めて解明しました。

圧電体は、インクジェットプリンタや3次元プリンタ、カメラの手振れ防止機構等に幅広く用いられ、最近では、身の回りにある振動から発電する“振動発電”や建物等の異常振動のセンサー等への応用が期待されるなど、永続的に使用できる自立電源としてIoTセンサーネットワークへの応用も期待されています。

今回の成果は、英国のオンライン科学雑誌「サイエンティフィックレポート(Scientific Reports)」に8月29日付で掲載されます。

研究の背景

結晶が外力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果、結晶に電圧を加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果と言います。このような現象を示す物質が圧電体です。これは、電気的エネルギーを機械的エネルギーに、逆に機械的エネルギーを電気エネルギーに変換するエネルギー変換物質とも言えます。ライターの着火石(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)からプリンタのインクジェットヘッドや自動車のエンジンへの燃料の噴射ノズル(電気エネルギーを機械的変位に変換)、さらにはデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)まで、我々の暮らしの中で広く使用されています。

最近では、自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動で発電し、振動を検出する機能と組み合わせて、安全安心を支えるバッテリー不要のIoTセンサーネットワークとして注目を集めています。

この圧電性は、電圧を加えることや機械的な力を加えることによって起きる結晶自身の伸びの他に、ドメインと呼ばれる微小領域の結晶の向きの変化等の複数の現象が同時に起きることが知られていましたが、個々の現象がどのくらいの速度で起きるかはわかっていませんでした。

研究手法・成果

我々は、大型放射光施設SPring-8表面界面構造解析ビームラインBL13XU、および同施設の物質・材料研究機構のビームラインBL15XUの数マイクロメートルに集光した高輝度単色パルスX線を、最も広く使用されている圧電体であるチタン酸ジルコン酸鉛膜上に形成した電極に照射し、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加して観察。回折データを、電荷量の変化とともに高速で記録しました(図1)。ここでは電圧を加えると、結晶の伸びや電圧印加方向へのドメインの再配列等が起こっていることが判明しました。またこの際、結晶の単結晶領域(図2で赤と青で示した領域)の傾斜角度が同時に変化していることも明らかになりました(解析した現象のモデル図を図2に示す)。

電圧を加えた時の結晶の伸びや、電圧印加方向へのドメインの再配列と電気特性を直接測定できる測定システム(数マイクロメートルに集光した高輝度X線を電極上に照射し、電圧印加しながら回折X線強度と電荷量の変化を20ナノ秒の時間分解能で同時に測定できるシステム。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加している際の回折プロファイルと電荷量の変化について、加える電圧を固定して、高速で記録することに成功しました)。
図1.
電圧を加えた時の結晶の伸びや、電圧印加方向へのドメインの再配列と電気特性を直接測定できる測定システム(数マイクロメートルに集光した高輝度X線を電極上に照射し、電圧印加しながら回折X線強度と電荷量の変化を20ナノ秒の時間分解能で同時に測定できるシステム。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加している際の回折プロファイルと電荷量の変化について、加える電圧を固定して、高速で記録することに成功しました)。
試料に電圧を印加した時に起きる結晶の構造変化の模式図

図2.試料に電圧を印加した時に起きる結晶の構造変化の模式図

赤で示した結晶の伸び、青で示した結晶の一部が赤で示した結晶へ変化、青および赤で示した結晶の角度の変化といった複雑な現象が同時に起こっている。

注目すべき点は、こうした複雑な現象は同時に起こっており、そのスピードは今回試料で測定可能な1億分の4秒(40ナノ秒)よりも速いことを世界で初めて明らかにしたことです(図3)

図2の赤と青の結晶の伸びや縮み、青の結晶の赤の結晶への変化、青および赤の結晶の角度の変化といった複雑な現象が測定システムの分解能40ナノ秒よりも速いスピードで同時に起きていることがわかりました。
図3.
図2の赤と青の結晶の伸びや縮み、青の結晶の赤の結晶への変化、青および赤の結晶の角度の変化といった複雑な現象が測定システムの分解能40ナノ秒よりも速いスピードで同時に起きていることがわかりました。

期待される波及効果

今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できます。

a)圧電性の発現機構の解明

圧電性はこれまで、結晶内の複雑な現象で発現していることがわかっていましたが、それぞれの現象がどのように起こっているか、どのくらいの速度まで追随するかといったことは、十分にわかっていませんでした。本研究では、個々の効果を直接的に高速で測定できるようになったことで、チタン酸ジルコン酸鉛以外の物質における圧電性の発現機構の解明が飛躍的に進むと見込まれます。

b)圧電体の性能向上への貢献

本研究で、複雑な現象が同時に測定可能になったことで、新規物質を探索した場合にどのような現象が圧電体内で起きているか、また、その応答速度が変化したかを直接測ることができ、これまでトライ&エラーで行ってきた圧電体の物質探索が飛躍的に進むと考えられます。

c)非鉛圧電体開発の加速による環境問題への貢献

i)現在使われている圧電体は、毒性がある鉛を重さで50%以上含有しており、環境への配慮から非鉛圧電体の開発が強く求められています。

ii)今回の成果により、現在使われている鉛を含有した圧電体のチタン酸ジルコン酸鉛がどのような機構で大きな圧電性を発現しているかを明らかにできたことで、現在盛んに開発されている鉛を含まない新規な非鉛圧電体材料の開発が加速されると期待できます。

d)IoTセンサーの開発加速への貢献

圧電体は、圧力や振動、加速度、さらには温度等のセンサーとして使用可能です。またセンシングの際に発電を行うことも可能ですので、電源を必要としないセンサー端末を作れる可能性があります。こうしたセンサーをビルや橋に取り付けることで、電池交換不要なセンサー端末を作製でき、この端末をネットワークにつなぐことで“安全で安心な社会”の構築に貢献することが期待できます。

特記事項

今回の研究は、日本学術振興会の科学研究費、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業さきがけ研究の一環として行われました。また構造解析は、SPring-8の共用ビームライン(BL13XU)および物質・材料研究機構の専用ビームライン(BL15XU)で実施。研究成果の一部は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題として、物質・材料研究機構微細構造解析プラットフォームの支援を受けて行われたものです。

用語説明

[用語1] ナノ秒 : 10億分の1秒のこと。

[用語2] 大型放射光施設 SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。その運転と利用者の支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。SPring-8は、日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万6千人以上の研究者に利用されています。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :

In-situ observation of ultrafast 90° domain switching under application of an electric field in (100)/(001)-oriented tetragonal epitaxial Pb(Zr0.4Ti0.6)O3 thin films

※日本語訳:(100)/(001)配向した正方晶Pb(Zr0.4Ti0.6)O3エピタキシャル薄膜の電界印加時の90°ドメインの高速応答のその場観察

著者 :
Yoshitaka Ehara, Shintaro Yasui, Takahiro Oikawa, Takahisa Shiraishi, Takao Shimizu, Hiroki Tanaka, Noriyuki Kanenko, Ronald Maran, Tomoaki Yamada, Yasuhiko Imai, Osami Sakata, Nagarajan Valanoor, and Hiroshi Funakubo
掲載日 :
2017年8月29日18:00(日本時間)
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

研究に関すること(全般)

東京工業大学 物質理工学院/元素戦略研究センター
教授 舟窪浩

E-mail : funakubo.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5446

測定に関すること

物質・材料研究機構 技術開発・共用部門
高輝度放射光ステーションステーション長
先端材料解析研究拠点シンクロトロンX線グループ
グループリーダー
坂田修身

E-mail : SAKATA.Osami@nims.go.jp
Tel : 045-924-5446

高輝度光科学研究センター (JASRI) 主幹研究員
今井康彦

E-mail : imai@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802

名古屋大学 大学院工学研究科 エネルギー理工学専攻
准教授 山田智明

E-mail : t-yamada@energy.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-4689

東京工業大学 科学技術創成研究院
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Tel : 045-924-5626

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火星衛星に火星マントル物質の存在を予言 ―JAXA火星衛星サンプルリターン計画での実証に高まる期待―

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要点

  • 巨大衝突起源説で火星衛星の反射スペクトルの特徴が説明可能
  • 火星衛星は衝突当時の火星本体の地殻物質とマントル物質を多く含有
  • JAXAの火星衛星サンプルリターン計画で火星本体の物質採取に期待

概要

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の兵頭龍樹特別研究員、玄田英典特任准教授らの国際共同研究チームは、火星の衛星「フォボス」と「ディモス」が月の起源と同様に、巨大天体衝突(ジャイアントインパクト)で形成されうることを明らかにした。世界最高解像度の巨大衝突シミュレーションによって、火星衛星がどのような物質でできているのかを理論予想した。

その結果、火星衛星を構成する粒子の典型的な大きさが0.1 μmの微粒子と、100 μmから数mであることが分かった。微粒子の存在により、衛星の滑らかな反射スペクトルの特徴が巨大衝突説の枠組みと矛盾しないことを確認した。

また、火星衛星を構成する材料物質の約半分が火星由来であり、残りは衝突天体由来であること、さらに衛星が含む火星由来の物質の約半分は衝突当時の火星表層から50 − 150 kmの深さから掘削された火星マントル物質であることを明らかにした。これは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2024年打ち上げを予定している火星衛星サンプルリターン計画(MMX)によって、衛星から火星本体の物質を地球に持ち帰る可能性が高いことを意味している。

研究成果は8月18日発行の米国科学誌「Astrophysical Journal (アストロフィジカルジャーナル)電子版」に掲載された。

火星衛星、フォボス(左)とディモス(右)の画像

図1. 火星衛星、フォボス(左)とディモス(右)の画像
(提供:NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)

研究の背景

火星衛星フォボスとディモス(図1)は、火星の赤道面を円軌道で回っている。半径10 km程度のフォボスとディモスは火星質量の約1,000万分の1と非常に小さく、半径1,000 kmを超える地球の巨大衛星(月)とは大きく異なる。火星衛星のいびつな形状と表面スペクトルは、火星と木星の間に存在する小惑星と類似していることから、その起源は長らく小惑星が火星の重力に捕獲されたものと考えられていた(捕獲説)。

近接遭遇した天体を重力によって捉える捕獲説(左)と巨大衝突によって形成された破片から衛星が集積する巨大天体衝突説(右)

図2. 近接遭遇した天体を重力によって捉える捕獲説(左)と
巨大衝突によって形成された破片から衛星が集積する巨大天体衝突説(右)

しかし、捕獲説の場合、現在の衛星の軌道(赤道面を円軌道で公転)を説明することは極めて困難であることが指摘されている。一方で、火星の北半球には太陽系最大のクレータ(ボレアレス平原)が存在し、巨大天体の衝突で形成された可能性が高いことが分かっている。そして、近年、このクレータを形成しうる巨大衝突過程(火星の直径の3分の1程度の巨大天体が、火星に秒速6 km程度で衝突)をコンピューターシミュレーションによって調べることで、飛び散った破片が集まって最終的に2つの衛星を形成しうることが明らかになった(図2)。

研究成果

火星への巨大天体衝突のイメージ

図3. 火星への巨大天体衝突のイメージ

東工大の兵頭龍樹特別研究員らは、フォボスとディモスを形成する巨大衝突の超高解像度3次元流体数値シミュレーションを行った(図3、4)。その結果、典型的な破片粒子サイズは、0.1 μmと100 μmから数m程度になることが分かった。そして、0.1 μm程度の微粒子が、観測されている火星衛星の滑らかな表面反射スペクトルの特徴と矛盾しないことを明らかにした。

さらに、火星衛星の構成物質の約半分は火星に、残りの半分は衝突天体に由来していることが分かった。さらに、この火星物質は火星地表面から50 - 150 kmの深さから掘削された火星マントル由来の物質であることが明らかになった。

巨大衝突シミュレーションの時間スナップショット

図4. 巨大衝突シミュレーションの時間スナップショット

上図において、赤色と黄色は最終的に火星となる粒子、水色は最終的に火星衛星となる粒子、白色は火星の重力圏から飛び出してしまう粒子、を表している。下図において、色は温度(ケルビン)を表している

地球の月形成との比較

地球が衛星の月を作ったとされる衝突は、衝突天体の質量が地球質量の10分の1程度で、衝突速度が毎秒12 kmと非常に大きく、地球周囲に飛び散り、最終的に月へと集積する物質は、衝突直後に4,000 K(絶対温度)程度となり蒸発することで、衝突天体物質と地球起源物質は混ざりあってしまい、当時の情報が失われていると考えられている。

一方、火星衛星を作ったとされる衝突天体は火星質量の数%(地球質量の1,000分の1)で、衝突速度は同6 km程度と小さめであったため、火星衛星を形成する破片は2,000 K程度の温度で、ほとんど蒸発せずに、火星起源物質と衝突天体起源物質の混ざり合いは少なく、破片は当時の火星の物質情報を保存していると期待される。

今後の展望

今回の研究によって、火星衛星が巨大天体衝突によって形成可能であり、観測される表面反射スペクトルの特徴も説明できることが明らかになった。また、火星衛星には火星由来の物質が多く含まれ、さらに、衝突当時の火星マントル物質も含まれていることが期待される。

一方、JAXAが進める宇宙探査・戦略的中型計画において、火星衛星に探査機を送り、火星衛星の物質を地球に持ち帰る計画(MMX: Martian Moons eXploration)が検討されている。2024年に打ち上げ、2029年の地球への帰還を目指している。

米航空宇宙局(NASA)は火星本体に探査機を着陸させて火星物質を地球に持ち帰ることを計画しているが、探査機の掘削技術が成功しても火星表面物質の回収しか期待できない。一方で、今回の研究で示した巨大天体衝突説が正しければ、人類は初めて、火星の表層物質だけでなく、火星マントル物質までをJAXAのMMX計画で火星衛星から手に入れることが可能となる。このことは、将来の火星移住計画の推進に大いに役立ち、さらに、未だ謎につつまれる太陽系形成史を紐解く物質科学的な鍵となることが期待される。

東京工業大学 地球生命研究所について

地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が2012(平成24)年に公募した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所。「地球がどのようにしてできたのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化してきたのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、2007(平成19)年度から文部科学省の事業として開始された。システム改革の導入などの自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。

論文情報

掲載誌 :
Astrophysical Journal
論文タイトル :
On the Impact Origin of Phobos and Deimos. I. Thermodynamic and Physical Aspects
著者 :
Ryuki Hyodo, Hidenori Genda, Sébastien Charnoz, Pascal Rosenblatt
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所

兵頭龍樹 特別研究員

E-mail : hyodo@elsi.jp

東京工業大学 地球生命研究所

玄田英典 准教授

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業大学 地球生命研究所 広報室

E-mail : pr@elsi.jp
Tel : 03-5734-3163 / Fax : 03-5734-3416

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