超高圧下で安定な新しい水酸化鉄の発見
―地球深部の水の循環モデルに関する論文がNatureに掲載―
研究の背景
地球表層の7割は海に覆われていますが、地球内部に貯蔵できる水の質量は海水の数倍とも見積もられています。そのため、水は地球の表層だけでなく地球の内部でも重要な成分の1つであり、地球の進化に多大な影響を及ぼしていると考えられています。しかしながら、地球内部における具体的な水の存在量とその循環はいまだ謎が多く、さまざまな研究が進められています。
地球表層に存在する水は岩石と反応して含水鉱物[用語1]を作ります。この含水鉱物はプレートの沈み込みにより、水を地球深部のマントル[用語2](深さ30-2,900キロメートル)へと運ぶことが知られています。ただし、マントルは高温高圧の環境なので、沈み込みに伴う温度や圧力の上昇によって、ある深さで含水鉱物が分解・脱水します。もし含水鉱物が分解せずに安定して存在できる温度と圧力条件が分かれば、水が地球深部のどの深さまで運ばれるかを理解することができます。
本研究グループは、マントルの主要元素[用語3]であるマグネシウムとシリコン(ケイ素)を多く含み、下部マントルで安定な含水鉱物 「H相[用語4]」を理論予測と超高圧実験により発見し、2014年にNature Geoscience誌に発表しました。H相の合成は、その後国内外複数の研究グループにより再現・確認され、マグネシウムやシリコンがその他のマントルの主要元素であるアルミニウムや鉄と置き換わることも知られてきました。アルミニウムを含むH相はマントル深部の圧力下でも分解しないため、核とマントルの境界(深さ2,900キロメートル)での上昇流(プルーム[用語5])の発生や地震波超低速度層[用語6]の起源、また核の溶融鉄への水の溶け込みなど、様々な影響を及ぼす可能性が議論されています。
一方で、2016年のNature誌で発表された研究結果では、鉄を多く含む含水鉱物(化学式FeOOH、以下水酸化鉄)はマントル深部条件下で水素と酸化鉄に分解すると報告しています。沈み込むプレートを構成する岩体が鉄をどの程度含むかは場所や時代により異なりますが、この先行研究によると、特に鉄を多く含む縞状鉄鉱層[用語7]はマントル深部に水を運ぶことができないということになります。さらに、この水酸化鉄の分解は、地球全体の酸素濃度にも関わり、それが過去の地球表層環境に影響したとも考えられています。
以上の背景や先行研究を踏まえ、本研究では理論計算と先端技術を用いた実験により、水酸化鉄の超高圧下での安定性の再検討を試みました。
研究手法と成果
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西真之助教、桑山靖弘助教(現 東京大学 大学院理学系研究科)、土屋旬准教授、土屋卓久教授の研究グループ(西、土屋旬、土屋卓久は東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)兼務)は、第一原理計算[用語8]に基づく数値シミュレーションとレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル[用語9]を用いた実験により、水酸化鉄の高温高圧下でのふるまいを調べました。
スーパーコンピュータ「京」[用語10]や愛媛大学設置の並列計算機を用いて得られた数値シミュレーションの結果は、地下1,900キロメートル付近に対応する80万気圧において、水酸化鉄がパイライト[用語11]型と呼ばれる構造に変化することを示唆しました。この結果は、水酸化鉄はマントル深部で水素と酸化鉄に分解するという過去の研究結果と異なります。この結果を受けて、本研究グループはダイヤモンドアンビルセルによる高圧発生技術と、大型放射光施設SPring-8[用語12]の高圧構造物性ビームラインBL10XUに設置されたレーザー加熱システムと放射光X線を使用し、約150万気圧までの条件で水酸化鉄の結晶構造を調べました。実験結果は、理論予測されたものと同様、80万気圧程度で水酸化鉄の構造がパイライト型へと変化することを示しました。さらに様々な温度圧力条件下で測定した試料の体積は、パイライト型構造中の水素の含有を強く示唆しました。このように、水酸化鉄が水素を維持しつつパイライト型構造へ変化するという第一原理計算による理論的予想が、複数の証拠を含めた高度な実験により証明されました。
本研究結果は、水酸化鉄が地球マントル深部環境で水素と酸化鉄に分解するという従来の学説を覆す発見であり、いまだに解明されていない地球深部における水の循環を明らかにするための新たな知見となると期待されます。本研究結果によると、水は地表からマントルと地球中心核の境界付近の2,900キロメートル程度の深さまで運ばれる可能性があります。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、マントル最下部でのマグマの発生を引き起こし、マントル最下部で観測される地震波超低速度層やこの付近に起源をもつマントル上昇流(プルーム)などの原因になっている可能性があります。また、地球中心核の主要物質である溶融鉄への水の溶け込みなど、地球深部の物質や運動の解明において重要な影響を及ぼすものと考えられます。
今後の展望
今回の研究では、水酸化鉄の構造がマントル深部領域でパイライト型構造に変化し、水が地球中心核とマントルの境界まで運ばれる可能性を示しました。今後更に研究を進めることで、水酸化鉄と周囲のマントル・地球中心核の物質との反応現象を理解することができるかもしれません。これらの結果で得られる情報は、地球内部の水の存在量とその循環を知る上での新たな知見となります。
本研究グループによる理論計算では、アルミニウムを多く含む含水鉱物も、地球マントル条件より高い圧力下でパイライト型へと結晶構造が変化することを予測しています。今後の実験技術の進展により、このような極限環境下で安定な含水鉱物の存在が実証されると、天王星・海王星のような氷惑星や、近年の観測技術の発展により次々と報告されている太陽系外惑星の内部における水の存在形態の研究は飛躍的に進展すると期待されます。
成果のポイント
- マントル深部(深さ1,900 km以深)の超高圧環境(80万気圧)で安定な水酸化鉄の発見
- 水酸化鉄は下部マントル深部の圧力下において脱水分解するという従来の学説を覆す発見
- 超低速度層、プルームの発生、核への水の溶け込みなど、マントルと核の境界付近における様々な現象に影響
- 第一原理計算による理論的予想が、実験によって実証的に確定された貴重な科学的成果
- 超高圧技術と放射光実験を組み合わせた、高精度な実験
関連分野の研究者
備考
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号: JP15H05469, JP15H05829, JP15H05834, JP16H06285, JP25220712, JP26287137, JP26400516, JP26800274)、SPring-8一般研究課題(課題番号: 2014B1364, 2016A1476)、文部科学省ポスト「京」萌芽的課題「基礎科学の挑戦-複合・マルチスケール問題を通した極限の探求」(課題番号: hp160251, hp170220)の一環として実施したものです。
用語説明
[用語1] 含水鉱物 : 蛇紋石や水酸化物等、水素を主成分の一つとして含む鉱物。特に地球内部の高圧下で安定なH相やδ-AlOOHは、プレートの沈み込みにより水を地球マントル深部にもたらすと考えられている。
[用語2] マントルと核 : 地球は薄い地殻(深さ約30キロメートルまで)、マントル(深さ30-2,900キロメートル)、核
(2,900-6,400キロメートル)の3層からできている。マントルはかんらん岩などの岩石が主な成分であるのに対し、核は主に鉄からできている。
[用語3] マントルの主要元素 : マントルは酸素、シリコン、マグネシウム、アルミニウム、鉄、カルシウムがその成分の大半を占める。
[用語4] H相 : 含水鉱物の一つで、下部マントル深部において存在可能な唯一の含水ケイ酸塩鉱物と考えられている。本GRC研究グループにより、2013年にその存在の理論的予測、2014年に超高圧実験による最初の合成が報告された。
[用語5] プルーム : 沈み込む冷たいプレートやマントル物質に対して、マントル深部から上昇してくる高温の上昇流。アフリカや太平洋下部においては、深さ2,900キロメートルの核-マントル境界から上昇する巨大なスーパープルームの存在も地震学的に明らかになっている。発生部分では部分的に岩石が融けている可能性もある。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、プルームの発生において重要な要因となる。
[用語6] 地震波超低速度層 : マントル最下部と核との境界付近に見られる、地震波の伝わる速さが非常に遅い領域。岩石であるマントルと溶けた鉄との化学反応や、マントル物質の部分的溶融などの原因が考えられている。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、このような低速度層を形成する上で重要な要因となる。
[用語7] 縞状鉄鉱層 : 先カンブリア紀(地球誕生から約6億年前までの期間)の海底に堆積した酸化鉄や水酸化鉄を含む堆積鉱床。鉱床の生成原因は、当時の無酸素状態の海水に大量に溶解していた鉄イオンが、なんらかの要因で生じた酸素分子によって酸化されて海底に沈殿したものと考えられている。プレートの運動により、その一部はマントル深部へと沈み込んだと考えられている。
[用語8] 第一原理計算 : 近代物理学の基礎である量子力学の基本原理に基づき、実験などにより得られる先験的なパラメーターを用いずに結晶構造の安定性や物性を予測する計算方法。最近の数値シミュレーション技術の進歩により高い精度での予測が可能になり、実験と相補的な役割を担っている。
[用語9] ダイヤモンドアンビルセル : 先端を平らに研磨した2個の単結晶ダイヤモンド製のアンビルに力を加え、その間に挟んだ試料に高い圧力を発生させる装置。地球の中心に相当する360万気圧と6,000 ℃の圧力・温度の発生が可能である(図1)。
図1. ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置の加圧部
先端を平らに研磨した2個ダイヤモンドに試料を挟み、高い圧力を発生させる。
[用語10] スーパーコンピュータ「京」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通株式会社が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
[用語11] パイライト : 黄鉄鉱。鉄と硫黄からなり、化学組成はFeS2で表される。今回発見された新しい水酸化鉄はパイライトと結晶構造が同型であり、硫黄が酸素と置き換わり、かつ水素を含むものである。
[用語12] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
参考
図2. 新しいパイライト型水酸化鉄(FeOOH)の結晶構造
大(八面体中心の茶)、中(赤)、小(ピンク)の球はそれぞれ鉄原子、酸素原子、水素原子。
図3. パイライト型水酸化鉄が出現する温度圧力条件
地下約1,900キロメートルに相当する80万気圧で
水酸化鉄の結晶構造が青領域の低圧型から赤領域のパイライト型へと変化する。
図4. 地球内部構造と今回の研究から示唆される地球深部への水の輸送
下部マントルに沈み込んだプレート内では、水酸化鉄の構造がパイライト型に変化し、
さらに中心核付近まで水を運ぶことが可能であると考えられる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature |
論文タイトル : |
The pyrite-type high-pressure form of FeOOH |
著者 : |
西真之、桑山靖弘、土屋旬、土屋卓久 |
DOI : |
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