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東工大のスパコンTSUBAME3.0が今夏稼働開始―半精度演算性能47.2ペタフロップス、人工知能分野における需要急増へ対応―

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概要

東京工業大学(以下、東工大)学術国際情報センター(以下、GSIC)の次世代スパコン「TSUBAME3.0[用語1]」が今夏稼動に向けて開発・構築を開始します。TSUBAME3.0の理論演算性能は16 bitの半精度[用語2]以上で47.2ペタフロップス[用語3]で、TSUBAME2.5とTSUBAME3.0を併せて運用することにより、東工大GSICは半精度以上で64.3ペタフロップスの演算性能を提供できる国内最大のスパコンセンターとなります。科学技術計算の多くはデータサイズ64 bitの倍精度を必要としますが、人工知能(AI)やビッグデータ分野では16 bitの半精度での処理が可能であり、TSUBAME3.0は需要が急増しているこれらの分野での利用が大きく期待されます。

TSUBAME3.0の完成予想図

図1. TSUBAME3.0の完成予想図

TSUBAME2.0/2.5は2010年11月に我が国最速のスパコンとして稼働して以来、6年以上にわたり「みんなのスパコン」として国内外の産学官の研究開発を支えてきており、東工大GSICは世界でも最先端のスパコンセンターとして注目されています。また、東工大GSICは関連各社とともに高性能科学技術計算(HPC[用語4])に加え、近年需要が増大しているビッグデータやAIの各分野の研究を進めており、それらの研究成果やTSUBAME2.0/2.5、省電力スパコンTSUBAME-KFC[用語5]のシステム運用経験を踏まえ、後継となるTSUBAME3.0の設計を行いました。

TSUBAME3.0の開発にあたっては政府調達「クラウド型ビッグデータグリーンスーパーコンピュータ(TSUBAME3.0)」が実施され、日本SGI株式会社(以下、SGI)が落札しました。今後、東工大はSGI、米国NVIDIA社、関連各社とともに開発を進めていきます。

TSUBAMEシリーズは、TSUBAME1.2のTesla、TSUBAME2.0のFermi、TSUBAME2.5のKeplerと最新のNVIDIA社製GPU[用語6]をいち早く採用しており、今回のTSUBAME3.0では第4世代となるPascal GPUを採用し、高い互換性を確保しています。TSUBAME3.0のGPU数は2,160であり、TSUBAME2.5およびTSUBAME-KFCのGPUと併せて総数6,720ものGPUがGSICで稼働することになります。

NVIDIAのアクセラレーテッド・コンピューティング事業を担当する副社長、イアン・バック(Ian Buck)は、次のように述べています。「スーパーコンピューティングの分野において、AIは急速に重要なアプリケーションとなりつつあります。NVIDIAのGPUコンピューティングプラットフォームは、AIとハイパフォーマンス・コンピューティングを融合し、これまで科学者や研究者を悩ませたさまざまな課題を解決できるよう、演算処理を加速させます。Pascal世代のGPUを2,000基以上搭載した東工大のTSUBAME3.0は、医療、エネルギー、そして交通など、さまざまな分野において人々の生活を変えるような進歩をもたらすでしょう。」

TSUBAME3.0の倍精度の理論演算性能は12.15ペタフロップス(1秒間に12,150兆回の浮動小数点演算が可能)と、スーパーコンピュータ「京」を上回る世界最高レベルの性能となります。単精度での演算性能は24.3ペタフロップス、半精度での演算性能は47.2ペタフロップスです。最新GPUの採用による性能および電力効率の向上、ストレージの高速化および大容量化、計算ノードに搭載されるNVMe対応高速SSDの合算容量は1.08 PBと容量、速度ともに強化され、ビッグデータアプリケーションの処理速度を大幅に加速できます。また仮想化など多くのクラウド技術を取り入れ、我が国最高峰のサイエンスクラウドとしての役割も果たします。

TSUBAME3.0ではシステムの冷却効率も最適化されています。屋外に設置される冷却塔によって外気に近い温度の冷却水を少ない電力消費で供給することができ、これを主要なプロセッサの冷却に使用します。冷却効率を示す指標の一つであるPUE(Power Usage Effectiveness)の値は1.033と極めて高い効率となり、より多くの電力を計算に使用することができます。

TSUBAME3.0のシステムの計算ノード部にはSGI社のSGI ICE® XAを採用し、540台の計算ノードを収容します。各計算ノードはインテル® Xeon® プロセッサー E5-2680 v4 を2基、NVIDIA社製GPUのTESLA P100 for NVLink-Optimized Serversを4基、256 GiBの主記憶、ネットワークインターフェイスとしてインテル社製のOmni-Pathを4ポート搭載します。ストレージシステムにはDataDirect Networks社の容量15.9 PBのLustreファイルシステム、これに加えて各計算ノードにも容量2 TBのNVMe対応高速SSDを搭載。計算ノード及びストレージシステムはOmni-Pathによる高速ネットワークに接続され、またSINET5を経由し100 Gbpsの速度でインターネットに接続されます。

TSUBAME3.0の豊富な計算パワーを、学内での教育や先端研究での利用にとどめることなく、「みんなのスパコン」の理念を継承し、我が国のトップ大学の情報基盤センターとして学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN)や革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)およびGSICが運営するTSUBAME共同利用制度を通じ、学外の研究者や企業の研究開発にも提供することで、最先端の科学技術の発展、国際競争力の強化に寄与していきます。

用語説明

[用語1] TSUBAME : Tokyo-tech Supercomputer and UBiquitously Accessible Mass-storage Environment の略。

[用語2] 半精度 : 整数以外の数値をコンピュータで扱う場合には浮動小数点数が用いられますが、精度を選択することが可能です。科学技術計算では64 bitの倍精度が使用されることが多いのですが、32 bitの単精度で計算可能な対象も多くあります。半精度はさらにその半分の16 bitであり、有効な桁数が減りますがAI分野では十分な精度があります。

[用語3] ペタフロップス(Peta Flops) : フロップスは一秒間で何回浮動小数点の演算ができるか、という性能指標で、ギガ(10の9乗)、テラ(10の12乗)、ペタ(10の15乗)など。1ペタフロップスは1秒間に1京回の計算(1兆の1,000倍)

[用語4] HPC(High Performance Computing) : 高性能科学技術計算、つまりスーパーコンピューティングの一般名称。

[用語5] TSUBAME-KFC : TSUBAMEシリーズと同様にGPUを搭載するスパコンで、スパコンの省電力化のための実証実験施設です。2013年11月と2014年6月の世界のスパコンの省エネランキングGreen500で第1位になっています。

[用語6] GPU(Graphics Processing Unit) : 本来はコンピュータグラフィックス専門のプロセッサだったが、グラフィックス処理が複雑化するにつれ性能および汎用性を増し、現在では実質的にはHPC用の汎用ベクトル演算プロセッサに進化している。 TSUBAME3.0で用いるのは米国NVIDIA社製TESLA P100 for NVLink-Optimized Serversで、一台あたり5.3テラフロップス。

登録商標

SGI、SGIのロゴ、SGI ICEはHewlett Packard Enterpriseまたは、アメリカ合衆国および/またはその他の国の子会社の商標または登録商標です。インテル、Intel、Xeonは、アメリカ合衆国および/またはその他の国におけるIntel Corporationの商標です。その他の会社名、製品名は、各社の商標または登録商標です。

お問い合わせ先

東京工業大学 学術国際情報センター

E-mail : kib.som@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2087

日本SGI株式会社

Tel : 03-5488-1801(大代表)

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

日本SGI株式会社
広報担当 横山

E-mail : koho@sgi.co.jp
Tel : 03-5488-6517 / 携帯 : 090-3200-5152


遊泳中のスイマーにかかる抵抗を推定する方法を開発―スイマーの抵抗は泳速の3乗に比例する―

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研究成果のポイント

1.
泳法を限定せず、任意の速度で泳いでいるスイマーが受ける抵抗を、正確に推定できる方法を開発しました。
2.
スイマーに働く抵抗力は、これまで泳速の2乗に比例すると考えられていましたが、実は約3乗に比例することが判明しました。
3.
本測定法を用いることで、泳技術の優劣を客観的に評価することが可能となり、今後の泳パフォーマンス向上に大いに貢献することが期待されます。

国立大学法人筑波大学 体育系の高木英樹教授、成田健造氏(大学院生)、国立大学法人東京工業大学 工学院の中島求教授らの研究グループは、筑波大学の実験用回流水槽を用いて、クロール、背泳ぎなど、泳法を限定することなく、任意の速度で泳いでいるスイマーに作用する抵抗力を精度良く推定する方法を、世界で初めて開発することに成功しました。これまでは、体を一直線に伸ばした姿勢時の静的抵抗や、上肢だけでクロールを行うプル泳時の動的抵抗を測定する方法は存在しましたが、泳法や泳速に制限を加えることなく、実際に泳いでいるスイマーの抵抗(自己推進時抵抗)を測定する方法は確立されていませんでした。

そこで、本研究グループが蓄積してきた競泳に関する流体力学的知見を活かし、従来とは全く異なる方法を採用することで、自己推進時抵抗の推定を可能としました。その結果、クロールで泳ぐスイマーに働く抵抗力は、これまで泳速の2乗に比例すると考えられていましたが、実は約3乗に比例して増加することが判明しました。

今後、本測定法を用いて、様々なレベルのスイマーの抵抗を測定することで、泳技術の優劣を客観的に評価することが可能となり、今後の泳パフォーマンス向上に大いに貢献することが期待されます。

なお、本研究成果は、Journal of Biomechanicsにおいて早期公開中です。

研究の背景

競泳は抵抗[用語1]との闘いであり、如何にして抵抗を減らすかは競技力向上を目指す上で最重要課題です。100年以上前から、スイマーの抵抗を測定しようとする試みが行われきました。当初は、手足を含め体を一直線に伸ばした姿勢を取った静的状態で、水中を牽引した場合の抵抗(受動抵抗)について議論され、速度の2乗に比例して抵抗が大きくなることが明らかにされました。しかし、この受動抵抗を用いた議論は、実際にスイマーが泳いでいる時の状況とは大きく異なることが問題視されてきました。そこで、自らの手足を動かして推進しているスイマーの動的抵抗(自己推進時抵抗)をなんとか測定しようと、様々な研究者が測定方法の開発に取り組んできました。その一例として、キック動作を行わず、腕だけでクロール泳を行うプル泳時の動的抵抗が測定され、自己推進時抵抗がスイマーの体型や泳技術によって異なることが報告されましたが、泳法はプル泳に限定されました。その他にも、通常のクロール泳における抵抗が推定可能とする方法が提案されましたが、残念ながら全力で泳いだ場合のみ推定可能で、泳速度に制限がありました。このように、泳法に関わらず任意の速度で泳いでいるスイマーの抵抗を正確に測定する方法は未だ確立されておらず、水泳界では古くて新しい問題であったのです。

研究内容と成果

そもそも自己推進時抵抗を正確に実測しようとするなら、スイマーの体表面に作用する圧力と摩擦力の全分布を計測する必要がありますが、実際問題としてスイマーの泳ぎを妨げないで、それらの測定を行うのは不可能です。そこで我々は、実験用回流水槽を用い、ある任意の流速においてクロール泳を行った時の泳ぎのテンポをスイマーに記憶させ、そのテンポを維持したまま、流速を様々に変化させた場合にスイマーに作用する力を測定し、その測定値から自己推進時抵抗を推定する方法を考案しました(詳細については図1を参照)。

自己推進時抵抗計測システムの概要

図1. 自己推進時抵抗計測システムの概要

まずスイマーに対し、任意の流速(U1)に設定された回流水槽内で、一定の位置に留まってクロール泳を行うよう指示し、その際の腕の回転頻度(テンポ)を記憶させる。その後、前後方向からワイヤーによって固定された状態で、先に記憶させたテンポを再現、維持しながらクロール泳を行わせる。次に回流水槽の流速(U)をU1より速くしたり、遅くしたり変化させながら、前後のワイヤーに生じる張力を測定する。この時、流速がU < U1の場合には、スイマーが発揮する推進力は受ける抵抗を上回るので、前方に進もうとする力が生じ、後のワイヤーに張力がかかる。一方、流速がU > U1の場合には、逆にスイマーが発揮する推進力は受ける抵抗を下回るので、後方に押し戻される力が生じ、前のワイヤーに張力がかかる。流速Uを8~9段階で増減させ、それぞれの段階における前後のワイヤーにかかる張力の平均値を求め、その回帰曲線からU1で泳いた時の自己推進時抵抗を推定する。

この新しい方法を用いることにより、通常のクロールで泳ぎながら、速度を向上させた時の抵抗の変化が初めて明らかになりました。その結果、従来は速度の2乗に比例して抵抗が増加すると考えられていたものが、実は約3乗に比例して増加することが判明しました(図2)。つまり、泳速度を10%向上(1.1倍)させようとした時、従来の2乗をベースにした試算では21%(1.1×1.1=1.21)抵抗が増加すると考えられていたものが、実際には33%(1.1×1.1×1.1=1.331)も抵抗が増加することが分かったのです。この数値からも、競泳が抵抗との闘いであることが示されます。

6人の対象者(A~F)の自己推進時抵抗(◯)と受動抵抗(▲)の変化

図2. 6人の対象者(A~F)の自己推進時抵抗(◯)と受動抵抗(▲)の変化

受動抵抗は、これまでの報告の通り、泳速度の2乗に比例して増加していたが、自己推進時抵抗は、泳速度の2乗ではなく、約3乗に比例して増加していた。

今後の展開

今後は、本測定法を用いて、世界トップスイマーの自己推進時抵抗を測定し、泳技術の優劣を客観的数値で評価し、泳技術を改善するヒントを得ていきます。また、これまでは主にクロール泳でしか自己推進時抵抗の測定は行われてきませんでしたが、日本人が得意とする背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライなど、他の種目についても同様の測定を行い、抵抗を低減させるための具体的な方策を検討し、TOKYO2020における日本人スイマーの活躍に貢献できればと考えています。

用語説明

[用語1] 抵抗 : スイマーが水面付近を泳いだ時、スイマーの体型に依存する形状抵抗(圧力抵抗とも言う)、水と体表面が接する部分に生じる摩擦抵抗、そして波がおきてスイマーを押し戻す方向に作用する造波抵抗などが生じますが、ここではこれらすべての抵抗を合わせた力を抵抗と呼んでいます。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Biomechanics
論文タイトル :
Developing a methodology for estimating the drag in front-crawl swimming at various velocities
(和訳)クロール泳における異なる泳速時の抵抗推定方法の開発
著者 :
Kenzo Narita, Motomu Nakashima and Hideki Takagi
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に新たに発足した工学院について紹介します。

工学院

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お問い合わせ先

筑波大学 体育系
教授 高木英樹

E-mail : takagi.hideki.ga@u.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-6330

東京工業大学 工学院
教授 中島求

E-mail : motomu@mei.titech.ac.jp
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筑波大学 広報室

E-mail : kohositu@un.tsukuba.ac.jp
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東京工業大学に「産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用 オープンイノベーションラボラトリ」(RWBC-OIL)を設立

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東京工業大学に「産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用 オープンイノベーションラボラトリ」(RWBC-OIL)を設立
―実社会ビッグデータ活用技術による新たな価値創造を実現―

国立研究開発法人産業技術総合研究所(理事長 中鉢良治、以下「産総研」という)は、2017年2月20日に「産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用 オープンイノベーションラボラトリ」(AIST- Tokyo Tech Real World Big-Data Computation Open Innovation Laboratory; RWBC-OIL)を国立大学法人 東京工業大学(学長 三島良直、以下「東工大」という)と共同で東工大 大岡山キャンパス内に設立しました。産総研のオープンイノベーションラボラトリ(OIL)[用語1]は、産総研の第4期中長期計画(平成27年度~31年度)で掲げている「橋渡し」を推進していくための新たな研究組織の形態で、RWBC-OILがその6件目となります。

実社会にはテキスト文書や画像ファイルといったデータベース化が容易ではなく種類の異なるデータ(非構造化データ)が膨大に計測・蓄積されています。これらビッグデータを実社会における課題解決に活用するためには、異種・大量なデータの効率的な処理を複数の計算機を適材適所に組み合わせることができる計算プラットフォームの構築が必要です。また、その計算プラットフォーム上で、異種・大量のデータを処理して知識を導き出すためのデータ解析技術も必要となります。こうした実社会のビッグデータを迅速かつ的確に分析することで、業務効率の向上や適切な状況判断の実現だけではなく、これまでになかった新しい製品やサービスを創出することが可能になります。

産総研は、計算機の能力を最大化して高速・大量にデータを処理する高性能計算の研究においてトップレベルの技術を有しています。非構造化データの解析技術としては、サービスや生活中で生成される各種のビッグデータを統合し現象の背後にある関係を5W1H化するなど構造的に表現して、現象の予測やシミュレーションを可能にする確率モデリングの研究開発を進めています。また、データの次元が増えるほど偶発的な検出が増え、真の発見が難しくなる課題を解決するために、出現頻度の低い組み合わせをデータから取り除き、予測値を比較することで格段に精度の高い予測値を算出する独自アルゴリズムの研究開発も進めています。

東工大は、計算プラットフォームの構築技術として、世界トップクラスのスーパーコンピューターであるTSUBAMEシリーズに代表される大規模スーパーコンピューター構築技術やTSUBAME-KFC[用語4]で実現された世界一の省電力計算機技術を有しています。また、大規模スーパーコンピューター上で高性能を発揮するビッグデータ処理技術や高速・省資源型の深層学習技術[用語2]やそれらのアプリケーション分野への応用技術、さらには交通量や株価といった社会・経済に関する実社会規模の現象の分析に適した大規模エージェントシミュレーション技術などの、卓越したビッグデータを活用する解析技術の研究開発を進めています。

今般、産総研と東工大は新たな産総研の拠点(RWBC-OIL)を東工大 大岡山キャンパスに設置し、産総研と東工大が有する計算プラットフォーム構築技術とビッグデータ処理技術を融合します。さまざまな分野に適用できるビッグデータの処理・解析技術を提供するオープンプラットフォームを構築することで、新たな価値を創造するための研究開発を行います。またRWBC-OILでは民間企業と密接に連携し共同研究や技術移転を進めることで、得られた成果の速やかな産業化と社会実装を目指します。

産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用オープンイノベーションラボラトリ(RWBC-OIL)

図1. 産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用オープンイノベーションラボラトリ(RWBC-OIL)

RWBC-OILで行う主な研究

研究課題1 ビッグデータ処理オープンプラットフォームの確立

大規模スーパーコンピューター技術を最大限活用したビッグデータ処理プラットフォームを研究開発します。DNAの塩基配列を読みとるゲノムシーケンサーからのデータやソーシャルネットワークにおける関係を示す大規模グラフデータの処理、画像認識といったこれまでのスーパーコンピューターではあまり適用されないタイプのデータに対して、大規模データ処理技術を適用し、世界最高性能のAIプラットフォームとして開発中のAI橋渡しクラウド(ABCI)[用語3]や世界トップクラスの大規模スーパーコンピューターTSUBAME 3.0/2.5[用語4]上に実装する研究を行い、さまざまなアプリケーションへの適用を可能とするオープンなプラットフォームを構築します。さらに、このプラットフォームの運用を通して、ビッグデータを活用するためのエコシステムとオープンプラットフォームのあり方について検討し、データセンター事業者などへの技術移転を通した産業応用を目指します。

研究課題2 ビッグデータを活用するデータ処理技術の開発

社会に埋め込まれるさまざまな高精度センサー(ドライブレコーダー、監視カメラ、航空機・人工衛星)を通じて得られる、異種・大量データに対して、深層学習処理基盤を用いた解析を行い、省人化や新たな社会サービス創出につなげます。

また、確率モデリング技術と大規模エージェントシミュレーション技術を融合し、例えば工業分野における組み立て作業工程の最適化や大規模構造物の診断、政策分野における地域振興のための意思決定支援、サービス分野における高齢者の健康推移・将来予測などの適用を目指します。

さらに、データを特徴づける要素が多いもののデータ量が十分でないヘルスケア・ゲノム解析・IT創薬などの分野におけるデータを対象に、独自のアルゴリズムを実装し自動的に実行する汎用ツール・ライブラリを開発します。ABCIとTSUBAME3.0上で効率的に並列計算処理を行うことができるシステムとして実装し、大規模な実データでの評価を行います。

用語説明

[用語1] オープンイノベーションラボラトリ(OIL) : 経済産業省が2016年度から始めた「オープンイノベーションアリーナ」事業の一環として行われるもので、卓越した基礎研究に基づく技術シーズをもつ大学などに、産総研が研究拠点を設置し、その大学と産総研が集中的・組織的に研究を行うことにより、技術の実用化・「橋渡し」の加速や、「橋渡し」につながる目的基礎研究の強化を目指すものです。これまで、2016年4月に名古屋大学と共同で「産総研・名大 窒化物半導体先進デバイスオープンイノベーションラボラトリ」(GaN-OIL)を、2016年6月に東京大学と共同で「産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ」(OPERANDO-OIL)を、また同月に東北大学と共同で「産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ」(MathAM-OIL)を、2016年7月に早稲田大学と共同で「産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ」(CBBD-OIL)を、2017年1月に大阪大学と共同で「産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ」(PhotoBIO-OIL)を設立しています。

[用語2] 深層学習技術 : 極めて大規模な階層構造を用いて、データが持つ規則性やパターンを自動的に学習することにより、未知のデータに対する予測や分類を可能にする技術です。データからパターンを学習する技術は一般に機械学習と呼ばれ、さまざまな手法が存在しますが、深層学習はパターンを階層的に表現して学習する点に特徴があります。現在では、人間の脳の神経回路を模倣した人工ニューラルネットワークと呼ばれる機械学習手法を大規模化(深層化)したものや、それらを用いた認識・解析技術全般を指して深層学習技術と呼ぶことが多いです。2010年頃から音声や画像処理分野で適用され従来方法を大きく超える性能を示したことで注目を集め、既にさまざまな分野で実用化されています。大規模な計算資源を必要とするもので、近年の計算機技術の進歩により、初めて可能になりました。

[用語3] AI橋渡しクラウド(ABCI) : 産総研が実施する2016年度第2次補正予算「人工知能に関するグローバル研究拠点整備事業」(総事業費195億円)の一環として構築する計算機「人工知能処理向け大規模・省電力クラウド基盤(AI Bridging Cloud Infrastructure、ABCIという)です。世界最高水準の機械学習処理性能を提供するAIのためのクラウドで、産学連携のための計算インフラとして2017年度中に稼働予定です。機械学習用の性能目標は130ペタフロップス以上です。

[用語4] TSUBAME 3.0/2.5/KFC : 東工大に設置されたGPUによって加速された、我が国を代表する大規模クラスター型スーパーコンピューター群です。TSUBAME2.0は2010年に稼働し、2013年に2.5にアップグレードされて、その性能は単精度で17.1ペタフロップス、倍精度で5.7ペタフロップスと世界でもトップクラスです。TSUBAME-KFCはスパコンの電力や冷却効率の究極を探訪し、かつTSUBAME3.0のプロトタイプとして開発され、油浸冷却や種々の電力制御技術によって電力効率・世界ランキングを示すGreen500では世界一を2013年と2014年に達成し、更に機械学習・ビッグデータ用のアップグレードがなされて1ラックで1.5ペタフロップスの性能を誇ります。TSUBAME3.0は2017年8月に稼働予定です。

お問い合わせ先

(RWBC-OILに関すること)

国立研究開発法人産業技術総合研究所
産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用オープンイノベーションラボラトリ
副ラボ長 小川宏高

Tel : 029-861-3092

取材申し込み先

国立研究開発法人産業技術総合研究所
企画本部 報道室

E-mail : press-ml@aist.go.jp
Tel : 029-862-6216 / Fax : 029-862-6212

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

本学環境・社会理工学院が日本工営株式会社と相互連携の覚書を締結

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環境・社会理工学院は、1月24日に大岡山キャンパス本館において、日本の国際開発エンジニアリング分野のリーディング企業である日本工営株式会社と、技術開発、研究開発および人材教育に関して相互の交流と協力を推進し、それぞれの強みを生かした活動を連携・協力して行うことで双方の発展を目指すことで合意し、相互連携に関する覚書を締結しました。

(左から)田中技師長、杉山副本部長、作中取締役執行役員、岸本学院長、藤村副学院長

(左から)田中技師長、杉山副本部長、作中取締役執行役員、岸本学院長、藤村副学院長

当日は、環境・社会理工学院の岸本喜久雄学院長と日本工営株式会社の作中秀行取締役執行役員が覚書に署名し、本学からは同院の藤村修三副学院長(同教授)と阿部直也准教授が、同社からは、技術本部の田中弘技師長と杉山仁實副本部長、コーポレートコミュニケーション室の金田肇室長が署名式に同席しました。

続いて、岸本学院長と作中取締役執行役員をはじめとする出席者が、今日の企業および大学における人材育成のあり方や企業の経営継承のあり方、さらには本学の歴史などについて意見交換を行い、和やかな雰囲気の中、署名式を終えました。

署名後、握手を交わす作中取締役執行役員(左)と岸本学院長

署名後、握手を交わす作中取締役執行役員(左)と岸本学院長

今回の覚書締結に至るまでに、日本工営株式会社は、同学院融合理工学系が流れを汲む工学部国際開発工学科の時代より、国際開発分野におけるエンジニアリグコンサルタント業務やプロジェクトマネジメントの実態に対する学生の理解を促す講義「国際開発論」に同社社員を派遣するなど、本学に継続的な協力を行ってきました。また、2016年11月には、同年4月から開始した同院主催の国際理工学系人材育成プログラム(Global Scientists and Engineer Program(GSEP))の学生一行を同社に受け入れ、業務内容の解説や職場見学、そして社員との懇談会を実施する機会も提供しています。

今回の相互連携の覚書の締結により、双方の連携がさらに深化することが期待されます。

環境・社会理工学院

環境・社会理工学院 ―地域から国土に至る環境を構築―
2016年4月に新たに発足した環境・社会理工学院について紹介します。

環境・社会理工学院

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新触媒で糖由来化合物から欲しいものだけを合成―バイオマス資源から有用化成品製造への応用に期待―

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要点

  • リン酸セリウム触媒で、糖由来化合物から有用化合物(アセタール化合物)のみを合成することに成功
  • 固体触媒のため、反応後の分離回収が簡易で再利用可能
  • 16種の化合物の合成に適用可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授と鎌田慶吾准教授らは、リン酸セリウム(CePO4[用語1]触媒が他の触媒とは大きく異なり、糖や炭水化物から生成される5-ヒドロキシメチルフルフラール[用語2]から、有用なアセタール化合物[用語3]のみを合成できることを発見しました。

本触媒を用いることで、様々なアセタール化合物の合成に応用できることがわかりました。CePO4触媒上に近接する2つのサイト(ルイス酸と塩基)がそれぞれ異なる反応分子を活性化することで、高い触媒性能が発現することが示唆されます。

構造を制御された2つ以上の活性サイトをもつ多機能触媒の中でも、新しい酸・塩基固体触媒の設計と開発が切望されています。本研究は、固体触媒上での2つの分子の同時活性化を利用した高効率反応開発の有用な手法であるといえます。従来の金属酸化物に代表される酸・塩基触媒の多くは、均質な活性サイトの構築が困難とされていました。酸点である希土類金属と塩基点であるオルトリン酸とのユニット融合というコンセプトで合成した本触媒は、均質な2つの活性サイトをもちます。この二元機能により、高い触媒性能が発現しました。

本研究成果は英国科学誌「Chemical Science(ケミカル・サイエンス)」オンライン速報版に2017年2月7日に公開されました。

研究成果

原教授らの研究グループは、高温高圧の熱水中で合成する水熱法[用語4]により得られた単斜晶構造をもつリン酸セリウム(CePO4)が、従来の酸・塩基触媒とは異なり、糖由来化合物についてアセタール化反応のみを促進する固体触媒として機能することを発見しました(図1(上))。

ピリジン・クロロホルムをプローブ(目印)分子として吸着させたCePO4のIR(赤外線の吸収)スペクトルからCePO4表面の酸・塩基性質を評価しました。この結果、CePO4上のブレンステッド酸点(プロトン)は存在せずルイス酸点(Ceカチオン)のみ存在することを見出しました。CePO4上の塩基点(PO4アニオン)がルイス酸点の近くに存在すると考えられ、CePO4の結晶構造と良い一致を示すことがわかりました(図1(左下))。

種々の酸・塩基触媒を用いたメタノールと5-ヒドロキシメチルフルフラールの反応結果を表1に示します。従来の酸触媒では原料(基質)内の水酸基がブレンステッド酸による影響を受けやすいため、エーテルあるいは複雑な混合物が生成することが知られています。そのため、これまでの均一系あるいは不均一系触媒自体ではアセタール化反応がうまくいきませんでした。一方、CePO4触媒はアセタール化合物のみを生成し、最も高い活性を示しました。固体酸・塩基触媒として知られている酸化セリウム(CeO2)などの他の金属酸化物はアセタール化反応には不活性であることからも、CePO4が本反応において従来触媒とは異なる役割を果たしていることがわかりました。

(上)CePO4による糖由来化合物5-ヒドロキシメチルフルフラールの選択的アセタール化反応。(左下)CePO4の構造(黄緑色、灰色、赤色の球はそれぞれセリウム、リン、酸素原子を示している)。(右下)CePO4上の活性サイトと反応分子の同時活性化の模式図。

図1. (上)CePO4による糖由来化合物5-ヒドロキシメチルフルフラールの選択的アセタール化反応。(左下)CePO4の構造(黄緑色、灰色、赤色の球はそれぞれセリウム、リン、酸素原子を示している)。(右下)CePO4上の活性サイトと反応分子の同時活性化の模式図。

CePO4による反応分子の活性化モードについて、アセトンおよびメタノールを吸着させたIRスペクトル測定により検討しました。この結果、アセトンのカルボニル酸素と均質なルイス酸点(Ceカチオン)との相互作用が確認されました。また、メタノールは水素結合を介し分子状でCePO4上に吸着していることがわかりました。一方、CeO2は複数の酸点をもち、強い塩基性によりメタノールが解離した状態(メトキソ種)で吸着することがわかりました。CePO4が均質な活性サイト上で2つの反応分子をソフトに活性化する二元機能触媒として働くことで、アセタール化反応のみを促進すると考えられます(図1(右下))。

CePO4の二元機能触媒能は、種々の原料(基質)を用いたアセタール化反応に適用できることがわかりました。アルコール類を用いた種々の水酸基、C=C二重結合、ヘテロ原子を含む芳香族および脂肪族カルボニル化合物のアセタール化反応を効率的に促進する触媒として機能し、16種の化合物合成に適用できました。また、大きなスケールでの反応にも応用できるため、対応する生成物をグラムスケールで単離回収することができます。例えば、グリセロールを用いたアセトンのアセタール化反応により燃料添加剤として工業的に重要なソルケタール化合物のラージスケール合成にも適用できました(図2)。

表1. メタノールと5-ヒドロキシメチルフルフラールとの反応における触媒効果a

メタノールと5-ヒドロキシメチルフルフラールとの反応における触媒効果
触媒
転化率(%)
収率(%)
アセタールA
副生成物B
副生成物C
CePO4
81
78
<1
<1
H2SO4 b
>99
<1
24
2
Ce(OTf)3 b
74
<1
27
<1
K3PO4
81
<1
<1
<1
CeO2
5
<1
<1
<1
ナフィオンNR-50
95
1
42
21
モルデナイト
86
39
9
43
触媒なし
2
2
<1
<1

a 反応条件:触媒(0.1 g)、5-ヒドロキシメチルフルフラール(1.0 mmol)、メタノール(5 mL)、還流、1 h。転化率と収率はGCにより求めた。転化率(%)=転化した5-ヒドロキシメチルフルフラール(mol)/5-ヒドロキシメチルフルフラール初期量(mol)× 100. 収率(%)=生成物(mol)/5-ヒドロキシメチルフルフラール初期量(mol)× 100。 b 触媒(0.43 mmol)。

CePO4触媒によるソルケタールのグラムスケール合成反応

図2. CePO4触媒によるソルケタールのグラムスケール合成反応

背景と研究の経緯

近年、汎用化成品・バイオプラスチック・燃料などの高付加価値製品の製造に、化石資源の代わりとなる生物由来の再生可能なバイオマス資源が注目されています。これらは化石資源と異なり、生成したCO2が光合成で再びバイオマス資源へと変換されるためCO2排出低減にも寄与し、これらの物質変換において酸・塩基触媒が重要な役割を果たしていることが知られています。

酸や塩基、酸化還元能をもつ複数の触媒活性サイトによる協奏的な分子活性化は、高い触媒活性や特異的選択性の発現に寄与します。固体触媒の分野においては、金属酸化物を基盤とした材料の酸・塩基性質はよく研究されており、種々の有効な(複合)酸化物触媒が開発されています。しかしながら、均質かつ構造制御された酸・塩基活性サイトの構築が困難であるため、触媒構造のファインチューニングや反応性の制限といった問題点を抱えていました。

このような研究背景の下、我々は希土類リン酸化合物が2つの反応分子(求核剤と求電子剤)に作用し、優れた酸・塩基固体触媒として機能するのでは考えました。CePO4触媒は、これまでにバイオマス変換反応を含む液相反応における酸・塩基固体触媒としての利用はなく、本研究が初めての報告例となります。

今後の展開

CePO4触媒は、様々なアセタール化合物合成に適用できる優れた固体触媒として機能し、得られた生成物は、バイオポリマーの原料・ファインケミカルズ合成、界面活性剤、燃料など広範な製品への応用が期待されます。

今回の結果は、均質な活性サイトをもつ二元機能固体触媒の開発が重要であることを示しています。今後、本アプローチを他の金属リン酸塩にも応用することで、さらなる活性向上や他の反応への展開が可能となり、温和な条件下での高効率触媒反応開発に大きく貢献することが期待できます。

本成果は、JST(科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業およびJSPS(日本学術振興会)の挑戦的萌芽研究によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ALCA

研究開発課題名 :
「多機能不均一系触媒の開発」
研究代表者 :
東京工業大学科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 原亨和
研究開発実施場所 :
東京工業大学
研究開発期間 :
2016年4月~2021年3月

挑戦的萌芽研究

研究開発課題名 :
「金属とリン酸塩基ユニットの共同作用を利用した多機能固体触媒の創製」
研究代表者 :
東京工業大学科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 鎌田慶吾
研究開発実施場所 :
東京工業大学
研究開発期間 :
2015年4月~2017年3月

用語説明

[用語1] リン酸セリウム : 鉱物(リン酸塩鉱物)の一種であるモナズ石と同じ化学組成CePO4をもつ。本研究で開発した単斜晶構造のCePO4は、Ce3+イオンが7つのPO43-四面体と結合した構造である。

[用語2] 5-ヒドロキシメチルフルフラール : 水酸基とホルミル基を有するフラン化合物。グルコースから得られるためバイオマス由来原料として、モノマーや燃料として検討されている。

[用語3] アセタール化合物 : 酸触媒下でアルデヒドあるいはケトンがアルコールと縮合して得られる有機化合物。主に保護基として使用されるが、近年はバイオ燃料の添加剤や界面活性剤として注目されている。

[用語4] 水熱法 : 高温高圧の熱水中で化合物を合成あるいは結晶成長する手法。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
A Bifunctional Cerium Phosphate Catalyst for Chemoselective Acetalization
著者 :
Shunsuke Kanai, Ippei Nagahara, Yusuke Kita, Keigo Kamata, Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所
教授 原亨和

E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所
准教授 鎌田慶吾

E-mail : kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5338

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

地球コアで“石英”が晶出―できたての頃から地球には磁場が存在、コア組成も大きく変化―

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概要

東京工業大学地球生命研究所の廣瀬敬(所長・教授)らは、液体の地球コアに元々大量に溶け込んでいたケイ素と酸素が、その後の冷却に伴って二酸化ケイ素として結晶化し続け、それがコアの対流を引き起こすことにより、地球には誕生間もない頃から磁場が存在していた可能性が高いことを突き止めた。この磁場の存在が大気の散逸を防ぎ、今日に至るまで地球には豊かな海が維持されてきたと考えられる。

これまでの研究から、地球の形成時において、重たい液体の金属鉄が地球中心部へと沈んで行く間に周囲のマグマと化学反応を起こし、マグマの主成分であるケイ素と酸素が金属中に取り込まれ、コアへと運ばれたと考えられている。そこで、同研究グループが地球コアに相当する超高圧高温環境を実験室で実現し、ケイ素と酸素を含む液体鉄をその環境下に置いたところ、二酸化ケイ素(地表では石英)の結晶化が観察された。コア最上部の液体鉄から密度の小さな二酸化ケイ素が結晶化して分離することにより、残りの液体の密度が大きくなり地球中心へと沈んで行く。これによりコアの中で金属の対流運動が発生し、電磁誘導作用によって磁場を形成する。このようなメカニズムにより、地球はその長い歴史を通して磁場を維持し続けてきたことが明らかになった。一方、地球は磁場があるために太陽風による大気の散逸を免れ、その結果、海の蒸発も免れた可能性がある。本研究により、惑星の大気や海の保持には、その誕生時に「金属コアがどのように形成されたか」が1つの鍵であることが示唆される。

これらの成果は、英科学誌「ネイチャー」に掲載される(3月2日発行の印刷版に先行し、オンライン版2月22日付(日本時間23日午前3時解禁))。

1. 背景

地球には強い磁場があり、それゆえに地球表層への強い紫外線の照射が防がれている。このことが生命の陸上への進出を可能にし、またその後の進化にも影響しているだろう。同時に、磁場は太陽風による地球大気の散逸を防いでいると考える研究者が多い。もし磁場がなければ、大気中の水蒸気が失われ、その結果、海の蒸発が進むことになる。火星の大気がとても薄く、また初期にあったとされる海が消滅したのは、火星の重力が小さいことに加え、磁場がない(初期に失われた)ことと密接に関連しているに違いない。

地球の磁場は、自由電子を持つ金属の液体がコア中を対流運動する(つまり電気が流れる)ことによって形成されている。問題は、コアの対流を駆動するメカニズムである。現在は組成対流と呼ばれるメカニズムが重要と考えられている。地球の中心に固体のコア(内核)が少しずつ結晶化し、あとに残る液体金属が軽元素にわずかに富む(つまり軽い)ことにより、浮き上がって対流する、というものである(図1)。しかしながら、内核が誕生したのはおよそ7億年前(地球の歴史は45億年)なので、それ以前は別のメカニズムが必要である。これまでは、冷たいプレートが沈み込むことによって、コアの表面を冷やし、冷えて重たくなった液体金属が沈む、という熱対流が重要と考えられて来た。ところが、最近の研究によれば(2016.06.02 東工大プレス発表参照)、コアの金属の熱伝導率が高いため、熱対流を起こすためにはコアを急速に冷やす(熱伝導で運べる以上の熱を奪う)必要がある。地球初期から7億年前まで、ずっと熱対流が続いていたとすると、昔のコアは6,000度を超える高温であった必要がある。コアがそのように高温であったとすると、マントルも現在より数千度も高温であった必要があり、それは地質学的な観察に合わない。そこで、熱対流に変わる別のメカニズムが必要と考えられていた(新しいコアのパラドックスouter)。

地球コアにおける結晶化と対流運動

図1. 地球コアにおける結晶化と対流運動

地球初期の時代から、ケイ素と酸素に富む液体鉄は、コア最上部(マントルとの境界部)において二酸化ケイ素を結晶化し、残った液体が重くなって下降することにより、コアの対流を駆動していた。より最近は(およそ7億年前から)、内核(固体金属鉄)の結晶化も、外核の対流に寄与している。コアとマントルの境界部に結晶化した二酸化ケイ素は、周囲と密度が等しくなる、下部マントル中位(深さ1,500 km付近)へと上昇し、地震波の散乱体を形成している可能性がある。

そこで考えられるのは、内核(固体金属)に先行して、何らかの結晶化が起こることによる組成対流である。コアは純粋な鉄ではなく、5%程度のニッケルに加え、それ以外の軽い元素がかなり多量に含まれている(鉄の密度を10%も下げている)ことが知られている。地球誕生時にコアが形成される際、液体の鉄が地球中心部へと集積していく通り道で、マントル(当時はマグマ)と高温高圧下で化学反応し、ケイ素と酸素が金属鉄中に取り込まれる。ゆえに、多くの研究者によって、コアの軽元素はケイ素と酸素であると考えられていた。ところが、そのようなケイ素と酸素を含む液体鉄が、地球の冷却に伴ってコア中で何を結晶化させるかということはこれまで調べられていなかった。

2. 成果

本研究グループは、これまでレーザー加熱式ダイアモンドアンビルセル(図2)を用いた超高圧・高温実験技術の開発を精力的に進めてきた。この技術を利用して、マントル最下部の主要鉱物ポストペロフスカイト相の発見、地球内核における鉄の結晶構造の決定など、高圧地球科学の分野で大きな成果を挙げてきた。

超高圧発生用ダイアモンドアンビル装置

図2. 超高圧発生用ダイアモンドアンビル装置

マントル物質を2つのダイアの間に挟み、超高圧下でレーザーを照射することにより超高温を発生させる。

そして今回さらにこの技術によって、ケイ素と酸素を含む液体鉄を、地球コアに相当する133 - 145万気圧と3,860 - 3,990ケルビンの超高圧高温環境下に置いたところ、二酸化ケイ素(圧力や温度によって様々な結晶構造を取るが、地表では石英)の結晶化が観察された(図3)。また一連の実験から、二酸化ケイ素の結晶化は液体金属中からケイ素と酸素を取り除き、その後固体金属の結晶化が起こることがわかった。すなわち、7億年前に始まった内核(固体金属)の結晶化に先行して、おそらく地球初期の時代から、コアからは酸化物(二酸化ケイ素)が晶出していたことが明らかになった。

133万気圧における液体Fe-Si-O合金の結晶化実験

図3. 133万気圧における液体Fe-Si-O合金の結晶化実験

高圧高温実験終了後に取得した、電子顕微鏡による試料断面の元素マッピング像。液体(Liq)と融解しなかった部分(subsolidus)の間に、二酸化ケイ素(SiO2)の晶出が観察される。

コア最上部において、密度の小さい二酸化ケイ素が結晶化すると、残った液体金属の密度は大きくなる。ゆえに、それらは地球中心へと沈んで行く。上に述べたように、このような組成対流は電磁誘導作用によって地球磁場を形成する。つまり、コアがその最上部で軽い二酸化ケイ素を少しずつ結晶化し続け、また最近では中心部で重たい固体鉄をも結晶化することにより、コア中には常に組成対流が存在し、地球の長い歴史を通して磁場が維持され続けてきたはずである。また、これにより地球は、大気の散逸、さらには海の蒸発を免れた可能性がある。つまり、惑星の磁場の有無、さらには大気や海の保持、そして生命の誕生と持続には、惑星の形成時に金属コアがどのように形成されたか(マントルとの化学反応によって十分なケイ素と酸素を取り込んだか否か)、が1つの鍵であると示唆される。

3. 今後の展望

コアの形成プロセスを考えた場合、ケイ素と酸素がコアの最も有力な軽元素、とこれまで考えられてきた。ところが今回の成果は、内核(固体金属)を結晶化させている現在の外核(液体コア)では、そのどちらか一方はすでに枯渇していることを示している。近年、これらケイ素と酸素に加えて、水素が注目されている(2014.01.22 東工大プレス発表参照)。水素は地球に水として運ばれてきたと考えられるため、コアに大量の水素があるならば、地球に海水量をはるかに超える水が持ち込まれたことになる。しかし、標準的なコア形成モデルでは、コア中に多くのケイ素と酸素が取り込まれるため、さらに水素を含めるとコアの密度が軽くなりすぎてしまうという批判があった。しかし、今回の実験で、そのようなケイ素と酸素は二酸化ケイ素として取り去られることが明らかになり、コアの水素説を強くサポートする結果となった。今後さらに、水素を含む固体鉄の地震波速度の研究を進め、説明困難とされる内核の横波速度を鍵として、地球コアの化学組成の解明を進める必要がある。これにより、水が持ち込まれたタイミングなど、地球形成のシナリオの詳細が明らかになるはずである。

さらに、地球深部で結晶化した二酸化ケイ素は、未だに実態が明らかにされていない地震波速度異常の原因になっている可能性がある。二酸化ケイ素は代表的なマントル鉱物ではない(大陸地殻の主要鉱物)ため、マントル中に存在すると地震波速度異常として現れやすい。また、二酸化ケイ素はマントル深部にあってはとても軽い鉱物であるが、深さ約1,500 kmにてマントルと密度が釣り合う。よって、コアとマントルの境界で結晶化した後、下部マントル中位へと上昇し、現在観測される地震波の散乱体となっている可能性がある(Dipping Low-Velocity Layer in the Mid-Lower Mantle: Evidence for Geochemical Heterogeneityouter)。今後、これら散乱体の分布を手掛かりに、マントルの対流運動の解明が進むと期待される。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Crystallization of silicon dioxide and compositional evolution of the Earth's core
著者 :
Kei Hirose1, Guillaume Morard2, Ryosuke Sinmyo1, Koichio Umemoto1, John Hernlund1, George Helffrich1 & Stéphane Labrosse3
所属 :
1Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 Ookayama, Meguro, Tokyo 152-8550, Japan.
2Institut de Minéralogie, de Physique des Matériaux et de Cosmochimie, UMR CNRS 7590, Sorbonne Universités—Université Pierre et Marie Curie, CNRS, Muséum National d'Histoire Naturelle, IRD, 4 Place Jussieu, 75005 Paris, France.
3Université de Lyon, École normale supérieure de Lyon, Université Lyon-1, CNRS, UMR 5276 LGL-TPE, F-69364 Lyon, France.
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 地球生命研究所
教授/所長 廣瀬敬

E-mail : kei@elsi.jp
Tel : 03-5734-3528

取材申し込み先

東京工業大学 地球生命研究所 広報室

E-mail : pr@elsi.jp
Tel : 03-5734-3163 / Fax : 03-5734-3416

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

大量のオイルを生産する“最強藻類”の秘密を解明―バイオ燃料の実用化に向け有力な手がかり得る―

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要点

  • バイオ燃料生産に最有望の藻類「ナンノクロロプシス」はオイルを高蓄積
  • 細胞内小器官である油滴の表面で、オイル合成を行う仕組みを発見
  • 油滴の表面を活用した形質改変により、オイルの量的・質的改良に期待

概要

東京工業大学 生命理工学院の信澤岳特任助教、太田啓之教授らと情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 ゲノム進化研究室の黒川顕教授、森宙史助教らの研究グループは、バイオ燃料生産に最有望とされるオイル生産藻の一種「ナンノクロロプシス[用語1]」の突出して高いオイル生産能力を可能にしている仕組みを解明した。生物が作り出すオイルは油滴[用語2]とよばれるオイル蓄積に必要な細胞内構造に蓄積される。今回、ナンノクロロプシスが持つ高いオイル生産能力には、この油滴の表面で直接的にオイル合成を行う仕組みが重要な役割を果たしていることを発見した。しかもこの仕組みは二次共生[用語3]とよばれる複雑な進化過程において獲得したものであることを突き止めた。

藻類が高いオイル生産能力を発揮するうえで重要な仕組みを解明したことは、藻類改良のポイントを明示する成果といえる。ナンノクロロプシス油滴表面でのオイル合成能をさらに強化・改変させることで、藻類によるバイオ燃料などの有用脂質生産実用化に向けて大きく前進することが期待される。

研究成果は2月20日、英国科学雑誌「プラント ジャーナル(The Plant Journal)」のオンライン版に公開された。

(注)この研究は東工大の太田教授が科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:松永是(東京農工大学学長))における研究課題「植物栄養細胞をモデルとした藻類脂質生産系の戦略的構築」の一環として、東工大 生命理工学院の堀孝一助教と国立遺伝学研究所の黒川顕教授、森宙史助教との共同で行った。

研究の背景と経緯

石油資源を代替できる再生可能エネルギーの創出が強く求められている。そのために様々なバイオマス(生物資源)が着目されている。中でも藻類は単位面積あたりの生産性が高いことや食用作物と競合しないという利点を持つ。また、藻類が作り出すオイル(油脂、トリアシルグリセロール)は液体燃料として直接転用可能な原料となり、単位容積あたりのエネルギー効率も高い。このため、航空燃料やディーゼル燃料の代替として藻類オイルは最適なバイオマスとして期待されている。ナンノクロロプシスは数ある藻類種の中で、オイルを乾燥重量あたり50%以上蓄積することが知られている(図1)。また、海水を用いた高密度での培養が可能であることや狙った任意の遺伝子を改変することが可能であることから、液体バイオ燃料の創出にむけた最有望藻類のひとつと考えられている。

オイル高生産藻ナンノクロロプシス

図1. オイル高生産藻ナンノクロロプシス

(左)ナンノクロロプシスの光学顕微鏡像。光の屈折により、すこし青みがかって見えるのが油滴。緑に見えるのは葉緑体。
(右)油脂を大量に蓄積したナンノクロロプシスの蛍光顕微鏡像。緑は葉緑体、黄色は油滴を示す。(色は疑似色)

ナンノクロロプシスをバイオ燃料や有用脂質生産の材料として活用するためにはナンノクロロプシスの高いオイル生産能力の仕組みを明らかにし、その知見を用いてさらにオイルの生産能力向上や質の改変を行うことが重要である。しかし、そのための十分な知見はまだほとんど蓄積されておらず、この藻類の応用を見据えた基礎研究の推進が急務となっている。

研究成果

同研究グループは、ナンノクロロプシスで発現する遺伝子の網羅的な解析ならびに生体内でのオイル合成機構に着目して解析を行った。まず、相同組換え[用語4]を利用した手法により主要なオイル合成遺伝子の破壊株群[用語5]を作出し、オイルの生産に特に寄与している3つの主要酵素を同定した。

次に、これらの細胞内における機能部位を調べたところ、3つのうち2つのオイル合成酵素が油滴の表面にのみ存在して機能することが明らかとなった(図2)。これまで植物や藻類ではオイル合成の主要な場は小胞体であるとされており、今回発見されたような油滴表面で機能するオイル合成酵素は珍しい。

ナンノクロロプシスの油滴表面に局在するオイル合成酵素

図2. ナンノクロロプシスの油滴表面に局在するオイル合成酵素

(左)GFP(緑色蛍光タンパク質)を融合させたオイル合成酵素
(中央)蛍光染色した油滴
(右)重ね合わせ像 油滴の表面に酵素が局在しているのがわかる。スケールバーは2 μmを示す。

タンパク質の進化的な由来を解析した結果、これらの因子は二次共生という複雑な進化過程によって獲得されたものであることが分かった。これにより、ナンノクロロプシスの卓越したオイル生産能力を説明する有力な証拠が得られた。今後、この油滴表面におけるオイル生産能力のさらなる強化や機能の改変を行うことで、藻類によるオイル生産の実用レベルでの利用が見込まれる。

今後の展開

今回の研究過程で、ナンノクロロプシスの油滴表面に任意のタンパク質を局在させる方法も明らかになった。今後この方法をさらに発展させ、油滴表面におけるオイル合成効率をさらに強化させたり、機能を改変したりすることにより、バイオ燃料などの実用化にかなう藻の創出を目指す。

また、油滴はほとんどの生物種が持つ細胞内小器官である。ナンノクロロプシスの油滴表面にタンパク質を局在させる手法は酵母でも機能することから(図3)、この成果はナンノクロロプシスの機能の改良にとどまらず、ほかの生物種においても有用物質生産をおこなううえで重要な手がかりになると期待される。

ナンノクロロプシスの油滴局在シグナルは出芽酵母でも機能する

図3. ナンノクロロプシスの油滴局在シグナルは出芽酵母でも機能する

蛍光タンパク質そのものは油滴に局在しない(上段)。一方、ナンノクロロプシスの油滴局在シグナル配列を蛍光タンパク質に付与すると、油滴表層に局在するようになった(下段)。
(左)YFP(黄色蛍光タンパク質)の蛍光
(中央)明視野像,粒状に見えるものが出芽酵母の油滴
(右)重ね合わせ像
スケールバーは2 μmを示す。

用語説明

[用語1] ナンノクロロプシス : 直径3 μm(1 μmは1 mmの1,000分の1)ほどの海洋性微細藻類。培養条件によりオイルを乾燥重量の最大50%以上蓄積することができることなどから、液体バイオ燃料生産に最有力とされる藻類。

[用語2] 油滴 : 脂質単層膜により成る細胞内構造で、殆どの生物種が作り出すことができる。内部に油脂をはじめとする疎水性物質を隔離・貯蔵する。単に油脂蓄積用の器官ではないことが明らかになってきており、種を超えて着目されている細胞内小器官である。

[用語3] 二次共生 : 細胞内共生により葉緑体とミトコンドリアを獲得した藻(一次共生藻)を更に別の真核生物が取り込んだ進化上のイベント。一次共生藻に比べて更に複雑な由来をもつ遺伝子から成る。

[用語4] 相同組換え : 多くの生物は、良く似たDNA配列(相同な配列)同士を置き換えることができる。この仕組みは、ナンノクロロプシスや一部の生物種において遺伝子組換えの手法に利用でき、任意のDNA配列をそれと相同で部分的に異なるDNA配列に置き換えることができる。

[用語5] 遺伝子の破壊株群 : 相同組換えを用いて、オイル合成酵素をコードする4つの遺伝子を1つずつおよび2つ同時に排除したナンノクロロプシスを作成することに成功した。

論文情報

掲載誌 :
The Plant Journal
論文タイトル :
Differently Localized Lysophosphatidic Acid Acyltransferases Crucial for Triacylglycerol Biosynthesis in the Oleaginous Alga Nannochloropsis
著者 :
Takashi Nobusawa, Koichi Hori, Hiroshi Mori, Ken Kurokawa, Hiroyuki Ohta
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に新たに発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院
教授 太田啓之

E-mail : hohta@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5736 / Fax : 045-924-5527

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
ゲノム進化研究室
教授 黒川顕

E-mail : kk@nig.ac.jp
Tel : 055-981-9437 / Fax : 055-981-9418
(遺伝研広報チーム)

アフリカツメガエルから新たながん抑制戦略を発見―ヒトのがん抑制ターゲット開拓に期待―

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要点

  • 多くの動物が持つがん抑制遺伝子・CDK阻害因子群がアフリカツメガエルでは高頻度で変異していることを発見
  • がん発生率の低いアフリカツメガエルには、CDK阻害因子群以外でがんを抑制する機構が備わっている可能性があり、その候補遺伝子の1つを発見
  • アフリカツメガエルのCDK阻害因子群の遺伝子は不安定で、いまだにゲノムが変化しつつあることを示唆

概要

アフリカツメガエルは、発生過程研究や細胞周期研究などの生物学分野で欠かせないモデル生物として全世界で用いられており、昨年には全ゲノム解読に成功した。

東京工業大学生命理工学院の田中利明助教らの研究グループは、アフリカツメガエルのゲノムで細胞増殖を直接制御する細胞周期の制御関連遺伝子、特にがん抑制遺伝子として知られるCDK阻害因子群を調べ、他の動物種では有りえないほど不安定であり、多数の変異が存在することを発見した(図1)。

しかしながら、アフリカツメガエルはがん発生率が高くはない。そこで解析を進めたところ、「CDK7/Cyclin H複合体」をコードする遺伝子に生じた変異が、その役割の一端を担っている可能性を見出した。これは、ヒトのがん抑制の新たなターゲットの開発につながる成果で、2016年7月6日付で米国発生生物学会誌 Developmental Biologyのオンライン版に公開され、今後Developmental Biology(アフリカツメガエルゲノム特集号)に掲載予定となっている。

がん抑制遺伝子・CDK阻害因子群の脊椎動物種間保存性

図1. がん抑制遺伝子・CDK阻害因子群の脊椎動物種間保存性

CDK阻害因子をコードする遺伝子(CKI gene)は脊椎動物で7種(cdk1a-c, cdk2a-d)存在し、魚類からヒトを含む哺乳類まで高度に保存されている。一方、アフリカツメガエルでは7種中の4種で遺伝子欠損(cdkn1c, 2a)または機能不全に至る変異(cdkn1a, 2c)が存在していた。

背景

アフリカツメガエルは、モデル動物として多くの研究現場で飼育されている。そのゲノムは複雑な異質四倍体[用語1]で、ようやく昨年、田中助教が参加した国際コンソーシアムで、全ゲノム解析に成功した(Nature 538, 336-343)。この情報を元に、多くの研究が進行している。

細胞の増殖は、「CDK/Cyclin複合体」によって「正の制御(亢進)」を受けており、この複合体は自動車のエンジンに例えられる。一方で、がん抑制遺伝子であるCDK阻害因子は「負の制御(抑制)」、いわばブレーキの役割を持ち(図2)、その関係の破綻は、細胞の無限増殖、すなわち、がんなど重篤な疾患を引き起こす。

脊椎動物では7種類のCDK阻害因子が知られており、それらの遺伝子を欠損させたマウスなどの研究から、それぞれの遺伝子が重要な役割を持っていることがわかっている。CDK阻害因子群をコードする遺伝子は、脊椎動物種で、等しく高度に保存されていると考えられていた。

細胞の増殖を制御する細胞周期制御因子群

図2. 細胞の増殖を制御する細胞周期制御因子群

細胞周期の各時期で特異的なCDK/Cyclin複合体が順序よく活性化することにより細胞周期が回る。全てのCDK/Cyclin複合体の活性化には、CDK7/Cyclin H複合体(CAK)によるリン酸化が必要である。CDK/Cyclin複合体の活性は、CDK阻害因子群(cdkn1a(p21), cdkn1b(p27), cdkn1c(p57), cdkn2a(p16), cdkn2b(p16), cdkn2b(p15), cdkn2c(p18), cdkn2d(p19))の直接結合によって抑制され、その結果、細胞周期が止まる。

研究の経緯

研究グループは、主要な研究モデル生物として最後にゲノム配列が公開されたアフリカツメガエルについて、細胞増殖の観点から細胞周期制御因子の解析を実施した。その結果、CDK阻害因子群をコードする遺伝子が不安定であり、他種脊椎動物では見られない多くの変異を有していることを見出した。

研究成果

今回、アフリカツメガエルでCDK阻害因子群の遺伝子構造を初めて明らかにした。この因子群は他の脊椎動物種ではがん抑制機能など非常に重要な役割を持つが、アフリカツメガエルでは非常に不安定であり、CDK阻害因子7種類のうち、4種で機能に影響するほどの変異をもっていることがわかった(図1)。他の脊椎動物には備わっている「p57KIP2遺伝子」および「p16INK4a 遺伝子」は完全に欠損しており、「p21CIP1遺伝子」と「p18INK4c 遺伝子」は同祖遺伝子[用語2]の一方に変異が認められた。

特に、p16遺伝子座には、ヒトではがんとの関連が非常に深い2つの遺伝子(p16INK4a, p14ARF)がコードされており、p16遺伝子座の欠損マウスでは、がんが高頻度に生じること、ヒトのがんでもp16遺伝子座の欠損が多く認められることが報告されている。また、p57遺伝子の欠損は、マウスでは造血幹細胞の減少や骨形成不全、ヒトではある種のがんやベックウィズ-ヴィーデマン症候群[用語3]との関連があるとされている。

しかしながら、アフリカツメガエルは、がんの発生率が低いことが報告されている(Ruben et al., 2007; Hardwick and Philpott, 2015)ことから、CDK阻害因子群以外によるがん抑制機構の存在が予想された。

さらなる解析から、別ながん抑制機構の候補として、CDK-Activation Kinase(CAK)を構成するCDK7とCyclin Hの同祖遺伝子の半数化および遺伝子発現の減少を発見した。

今後の展開

日本人の死亡原因として、長年、がんがトップをキープしている。そのため、さまざまながん治療法が模索されている。

ターゲットとして、CDK阻害因子をコードする遺伝子の欠損・機能不全が注目されているが、例えば、遺伝子の補完は遺伝子治療以外に適当な方法がなく、実現までの課題は多い。CDK阻害因子群の多くを欠損しながらも、がんの発生率が低いアフリカツメガエルの例は、CDK阻害因子群に頼らずに、がんを抑え込む機構の存在を示唆している。この機構をヒトなど他種動物のがん抑制に展開できる可能性がある。

今回の「CDK7/Cyclin H複合体」の低発現化の発見など、今後、アフリカツメガエルにおける細胞増殖制御に係わる遺伝子の更なる解析が進むと期待される。

用語説明

[用語1] 異質四倍体 : アフリカツメガエルは四倍体動物ではあるが、通常の四倍体ではなく、親から引き継ぐ2つのゲノムがAAではなくて、2種類のゲノムABであることから、子はAABBとなる。これを異質四倍体という。ゲノムAとBの由来をたどると、異なる2つの種がもつゲノムAとゲノムBとなる。進化的にはゲノムAをもつ種1と、ゲノムBをもつ別の種2が交雑して二倍体の雑種ができたと考えられる。この雑種のゲノムはABとなるが、二倍体の雑種は減数分裂ができないため、精子や卵子がつくれない。しかし、何らかの偶然により雑種ゲノムABが全ゲノム重複を起こすと、AABBの異質四倍体となる。異質四倍体になるとABとABの2つに減数分裂が可能となり、ABのゲノムをもつ精子や卵子をつくることができる。

[用語2] 同祖遺伝子 : 2つの異なる祖先種に由来する同じ関係の染色体に載っている同じ遺伝子間の関係を言う。異質四倍体化する前には、同祖遺伝子は別の種がもつ同じ機能を持つ遺伝子であった。

[用語3] ベックウィズ-ヴィーデマン症候群 : Beckwith-Wiedemann syndrome(BWS)。多くは弧発性の先天異常症候群であり、臍帯ヘルニア、巨舌、巨体を主な特徴とする。低頻度(15%程)にて Wilms腫瘍、横紋筋肉腫、肝芽腫などの胎児性腫瘍も発症する。原因遺伝子座は 11番染色体短腕 15.5 領域(11p15.5)であり、この領域にはCDK阻害因子であるp57KIP2の遺伝子が存在している。

論文情報

掲載誌 :
Developmental Biology
論文タイトル :
Genes coding for cyclin-dependent kinase inhibitors are fragile in Xenopus
著者 :
Toshiaki Tanaka, Haruki Ochi, Shuji Takahashi, Naoto Ueno, Masanori Taira
DOI :

生命理工学院

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助教 田中利明

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ほどほどの炎症が大切―組織の再生と炎症の意外な関係を解明―

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要点

  • 魚類はさまざまな組織を再生できる驚異的な能力を持つ
  • マクロファージを欠損するゼブラフィッシュ変異体はインターロイキン1βの亢進と過度の炎症によって、再生細胞が細胞死を起こす
  • 過剰な炎症が細胞死を起こす一方、炎症そのものも組織再生の開始に必要
  • 組織の炎症応答は「諸刃の剣」として、組織再生を制御している

概要

炎症[用語1]は、あまりありがたくないものと考えられてきたが、炎症と組織再生の意外な関係が明らかになった。東京工業大学生命理工学院の川上厚志准教授らの研究グループは、ゼブラフィッシュを用いた解析により、組織再生が起こるにはちょうど良いレベルの炎症が重要であることを明らかにした。

川上准教授らは以前の研究で、マクロファージ[用語2]などの免疫細胞を欠くゼブラフィッシュ変異体[用語3]は再生細胞が細胞死を起こして組織を再生できないことを発見した。今回、細胞死の誘導メカニズムを調べたところ、再生組織でのインターロイキン1β[用語4]の過剰な作用と炎症が原因であることが分かった。一方で、炎症応答をなくした場合にも正常に組織再生が起こらないことから、炎症そのものが組織再生に必須の役割があることも示された。

ヒトの組織再生を活性化する方法の開発や、マクロファージの産生する新たな抗炎症因子解明への展開が期待される。

研究成果は英国の生物医学・生命科学誌である「イーライフ(eLife)」のオンライン版で2月23日に公開された。

背景

多かれ少なかれ、あらゆる多細胞の生き物は傷害を受けた組織や細胞を再生することによって長く生存できる。脊椎動物の中でも、硬骨魚類など一部の生物は非常に高い組織再生能力を持ち、手足やヒレなどの器官を失っても、完全に元と同じものを再生できる。組織再生が起こる仕組みの解明は、長年の生物学の念願であった。

長谷川智也大学院生、川上准教授らの研究グループは、有用なモデル生物として注目されるゼブラフィッシュを使い、組織再生の研究に独自のアプローチを行ってきた。その中で、マクロファージなどの免疫細胞を欠損する一群の変異体は、再生細胞が細胞死を起こして、組織を再生できないことを見出した。

研究成果

今回の研究では、なぜ変異体で再生細胞だけが細胞死を起こしやすいのか調べた。その結果、インターロイキン1βなどの炎症分子が傷害組織で亢進していることが明らかになった(図1)。インターロイキン1βの過剰な作用は、再生細胞の死を誘導するが、正常な組織ではマクロファージによって炎症が抑制され、再生細胞は生存し、再生が進んでいく。

傷害を与えた変異体のゼブラフィッシュ幼生尾部におけるインターロイキン1βの発現(緑色)と細胞死を起こした再生細胞(赤色)

図1. 傷害を与えた変異体のゼブラフィッシュ幼生尾部におけるインターロイキン1βの発現(緑色)と細胞死を起こした再生細胞(赤色)。インターロイキン1βの発現は、トランスジェニック[用語5]フィッシュによって可視化してある。

一方、インターロイキン1βの作用や炎症は再生にとって悪い面ばかりではなく、組織傷害に伴って起こる一過的な炎症は、組織再生を開始する上で必須の働きもすることが示された。この研究によって、組織再生と炎症の予想外の関係が明らかになった(図2)。

組織の傷害と再生におけるインターロイキン1βと炎症の働き

図2. 組織の傷害と再生におけるインターロイキン1βと炎症の働き

今後の展開

今回の研究により、インターロイキン1βを介した炎症をほどほどのレベルに制御することが、組織再生において重要なことが明らかになった。今後は哺乳類など再生できない組織における炎症応答を調べることや、マクロファージの産生する抗炎症因子の解明などによって、ヒトにおける組織再生能力を増進することにつながると期待される。

用語説明

[用語1] 炎症 : 生体の恒常性を構成する生理学的反応。外傷、病原体侵入、化学物質刺激などにより、通常は体内に存在しない特徴的な物質が放出され、炎症を惹起するサイトカインが誘導される。この作用により、血液供給量の増加に伴う発赤や熱感、体液浸潤に伴う腫脹や疼痛などが引き起こされる。

[用語2] マクロファージ : 免疫や炎症反応で機能する白血球の一種。遊走性の食細胞で、死んだ細胞やその破片、侵入した細菌などの異物を捕食して消化する。

[用語3] ゼブラフィッシュ変異体 : ゼブラフィッシュは、マウスに代わる実験モデル生物として近年注目されている。自然発生や人工的に作られた多数の突然変異体があり、発生、再生、医科学の研究に役立てられている。

[用語4] インターロイキン1β : サイトカインと呼ばれる生理活性タンパク質の一種。炎症反応に深く関与し、炎症性サイトカインと呼ばれる。

[用語5] トランスジェニック : 遺伝子改変動物。特に、外部から遺伝子を導入したものをトランスジェニック動物と呼ぶ。特定の細胞を蛍光などで可視化したり、機能を改変したりして、遺伝子が生体内(in vivo)でどのように機能しているかを研究するために生命科学分野では必須の存在となっている。

論文情報

掲載誌 :
eLife
論文タイトル :
Transient inflammatory response mediated by interleukin-1β is required for proper regeneration in zebrafish fin fold
著者 :
Tomoya Hasegawa, Christopher J. Hall, Philip S. Crosier, Gembu Abe, Koichi Kawakami, Akira Kudo, Atsushi Kawakami
DOI :

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東京工業大学とInput Output HKが暗号通貨共同研究講座を開講―日本におけるブロックチェーン関連技術の研究と教育の先駆け―

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国立大学法人東京工業大学(東京都目黒区、学長:三島良直、以下「東工大」)と株式会社Input Output HK(CEO、創業者:Charles Hoskinson、以下「IOHK」)およびその子会社であるInput Output JP(以下「IOJP」)は、2月15日に、東工大情報理工学院に「Input Output 暗号通貨共同研究講座(以下、「本講座」)」を開講しました。

IOHKと東工大は、2017年から2018年にかけて両機関の研究者チームにより、暗号通貨およびブロックチェーン関連技術の共同研究を推進します。IOHKの研究者は東工大に特任教員として所属し、この急速に発展している研究分野に東工大の教授陣及び学生と共に取り組みます。

(左)Charles Hoskinson IOHK CEO (右)三島良直 東京工業大学学長

(左)Charles Hoskinson IOHK CEO (右)三島良直 東京工業大学学長

本講座の特徴

現在、日本を含む様々な国において暗号通貨は注目されています。この魅力的な新しい研究分野は、金融取引をより包括的かつ効率的に行う手段を提供することなどで、金融システムだけでなく一般的な社会システムにも革命を起こす可能性を秘めています。

暗号通貨およびブロックチェーン関連技術分野は研究が始まったばかりの分野で、多くの課題が存在しています。本講座は、このような課題に取り組むこと、この分野の若手研究者を育成すること、さらには、社会に対してこの新技術の優位性を理解してもらうことを目標としています。

IOHKのCEO、創業者であるCharles Hoskinsonは次のように述べています。

「この共同研究には2つの主な目標があります。ひとつは、暗号通貨およびブロックチェーン関連技術という私たちの事業領域を発展させることです。もうひとつは、日本においてこの分野において優れた若手研究者を育成することです。」

また、東工大の三島良直学長も次のように語っています。

「東工大は、国内外の企業や大学との連携を強化し、革新的な研究成果を生み出すことに注力しています。その観点からこの協定は極めて重要であり、今後、国際的な学術誌や学術会議で優れた成果が発表されることを期待しています。」

本講座では、両機関の研究者がセミナー活動や学術論文の作成という共同活動を通じて知識を生み出します。これはこの分野において日本の高等教育機関における新しい取り組みです。東京工業大学の学生に提供される暗号プロトコルや暗号通貨の講義など、ブロックチェーン技術に関連した教育プログラムも開設予定です。従来の大学と企業との提携の形とは異なり、研究室で行われたすべての研究は公開され特許取得は行いません。これにより、研究成果が業界全体を支えることが期待できます。

左から、Mario Larangeira 情報理工学院 特任准教授、Jeremy Wood IOHK CSO、Charles Hoskinson IOHK CEO、三島良直学長、安藤真理事・副学長(研究担当)、渡邊治 情報理工学院 学院長、田中圭介 情報理工学院 教授

左から、Mario Larangeira 情報理工学院 特任准教授 、Jeremy Wood IOHK CSO、Charles Hoskinson IOHK CEO、
三島良直学長、安藤真理事・副学長(研究担当)、渡邊治 情報理工学院 学院長、田中圭介 情報理工学院 教授

本講座の背景

本講座の設立に先立ち、6ヵ月に渡る東京工業大学とIOHKの小規模の共同研究を行いました。この共同研究は2016年7月1日から2016年12月31日の間に行われ、本講座の主たる研究者である田中圭介教授とその研究グループがIOHKと研究交流を行ってきました。

2017年からは、IOHKの研究者であるBernardo David博士とMario Larangeira博士を田中教授の東京工業大学研究グループに加え関係を強化します。

彼らは、東京工業大学の大岡山キャンパスに常勤の特任教員として配属され、田中教授らとともに研究を進めます。

本講座は、スコットランドのエジンバラ大学にある研究拠点と共に、IOHKのグローバルな技術研究拠点ネットワークの中で初めての拠点です。IOHKは今年後半と2018年にさらに拠点を設立する予定です。

連携する目的

東工大とIOHKは、暗号通貨およびブロックチェーン関連技術に関する研究および教育活動を共同で行うことを合意しました。本講座は具体的には次の目的で設立されます。

1.
暗号通貨およびブロックチェーン関連技術、その関連分野の研究
2.
グローバルな人材となりうる高度な知識をもつ研究者の育成
3.
研究者に対する国際的な研究協力の促進

実施する事項

1 学際的な共同研究

コンピュータサイエンス、分散システム、ゲーム理論、プログラミング言語、暗号理論など、ブロックチェーンに関連する分野の研究を進めます。

2 人材育成

暗号通貨およびブロックチェーン関連技術を専門とする教育プログラムの設立を進めます。

IOHKとは

2015年にCharles HoskinsonとJeremy Woodによって設立されたIOHKは、P2P革新を利用して30億人に金融サービスを提供するテクノロジー企業です。IOHKは、学術機関、政府機関、および法人向けの暗号通貨の構築とブロックチェーン関連技術を提供するエンジニアリング会社です。また、ヨーロッパ、アメリカ、アジアで密な学術関係を持ち、多くの社員がコンピュータサイエンス、数学、物理学の博士号を取得しています。IOHKは、ライブプロトコルを作成するための実用的なピアレビュー研究および次世代暗号技術への技術的基礎を重視しています。

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光波長変換によりテラヘルツ波を高感度に検出―室温で動作するテラヘルツ波領域の小型非破壊検査装置の実現へ―

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要旨

理化学研究所(理研) 光量子工学研究領域テラヘルツ光源研究チームの瀧田佑馬基礎科学特別研究員、縄田耕二基礎科学特別研究員、南出泰亜チームリーダーと東京工業大学(東工大) 科学技術創成研究院の浅田雅洋教授、同大学 工学院の鈴木左文准教授らの共同研究チームは、理研が開発した光波長変換技術による小型・室温動作・高感度テラヘルツ波検出装置を用いて、東工大が開発した共鳴トンネルダイオードからのテラヘルツ波放射を高感度に検出することに成功しました。

電波と光波の中間の周波数帯であるテラヘルツ波[用語1]領域には、指紋スペクトル[用語2]と呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しています。この特性を利用したセンシングやイメージング技術は、次世代の非破壊検査技術の有力な候補として注目されていますが、光源や計測装置の冷却が必要でした。そのため、室温で動作する高性能なテラヘルツ波光源およびテラヘルツ波計測技術の開発が急務となっています。

今回、共同研究チームは、将来の標準的な小型・室温動作・連続発振テラヘルツ波光源として期待されている共鳴トンネルダイオード(RTD)[用語3]から発生したテラヘルツ波を、光波長変換[用語4]によって検出する実験を行いました。その結果、RTDから放射されたテラヘルツ波を近赤外光[用語5]に光波長変換して検出することに成功し、周波数1.14テラヘルツ(THz、1THzは1兆ヘルツ)のとき最小検出可能パワーとして、約5ナノワット(nW、1 nWは10億分の1ワット)の高感度検出を実現しました。これは、従来の光波長変換による検出と比較して100倍以上高い感度です。また、光波長変換技術を用いることで、RTDの発振周波数および出力を測定できることを示しました。

今回用いた実験装置はすべて室温で動作するため、私たちの生活環境で使用可能な、テラヘルツ波領域の小型非破壊検査装置の実用化につながると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Optics Express』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(日本時間3月1日)に掲載されました。また、3月14日から17日に横浜で開催される第64回応用物理学会春季学術講演会で発表(3月14日)する予定です。

本研究は、JST産学共創基礎基盤研究プログラム「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術の創出」による研究成果を活用したTHzテクノロジープラットフォーム(TTP)の支援を受けて行われました。

背景

近年、電波と光波の中間の周波数帯であるテラヘルツ波領域(図1)の研究開発が進み、基礎科学だけでなく産業利用への応用開発が進んでいます。テラヘルツ波領域には指紋スペクトルと呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しているため、この特性を利用した非破壊センシング・イメージング技術は、安心・安全な社会を実現するための基盤技術の一つとして注目されています。しかし、これまでは必要な性能を得るため光源や計測装置の冷却が必要でした。私たちの生活環境で使用可能な非破壊センシング・イメージング技術を実現するためには、室温で動作する高性能なテラヘルツ波光源およびテラヘルツ波計測技術の開発が急務となっています。

これまで理研の研究チームは、室温において高感度なテラヘルツ波検出を実現するために、光波長変換技術を用いてテラヘルツ波を近赤外光に変換し、その変換した光信号を近赤外光検出器で高感度に計測する方法を開発してきました[注1]。一方、東工大の研究チームは、将来の標準的な小型・室温動作・連続発振テラヘルツ波光源として期待されている共鳴トンネルダイオード(RTD)を開発してきました。

近年、1テラヘルツ(THz、1 THzは1兆ヘルツ)を超える周波数で室温発振を達成したRTDは、冷却や日常的な調整を必要とせず、光波領域のLEDのように電源供給のみで動作するため、実用的な装置開発の観点から非常に有用です。そのため、RTDのような小型光源から発生するテラヘルツ波を光波長変換によって高感度に検出することができれば、センシングやイメージングなどのテラヘルツ波応用がより身近な環境で実現可能となり、新たな応用研究につながることが期待されます。

テラヘルツ波

図1. テラヘルツ波
周波数が0.1~100THzにある電磁波。電波と光波の中間の周波数であり、双方の特性を併せ持つ。

[注1] 2014年3月24日プレスリリース 「室温で2次元のテラヘルツ波像を高感度に可視化 outer

研究手法と成果

共同研究チームは、RTDから発生したテラヘルツ波を光波長変換によって検出する実験を行いました(図2)。RTDから発生したテラヘルツ波は、テラヘルツ波用レンズを用いて非線形光学結晶[用語6]であるニオブ酸リチウムに集光させました。そして、波長1,064.3ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)のパルスレーザー光を励起光に用いて、テラヘルツ波を近赤外光に波長変換しました。発生した近赤外光は空間フィルターを用いて励起光と分離し、RTDからのテラヘルツ波に由来する近赤外光のみを、近赤外光検出器を用いて計測しました。

共鳴トンネルダイオードモジュールと光波長変換によるテラヘルツ波検出実験の概要

図2. 共鳴トンネルダイオードモジュールと光波長変換によるテラヘルツ波検出実験の概要

(a)共鳴トンネルダイオード(RTD)モジュールの写真。
(b)RTDから発生したテラヘルツ波(青色)は、テラヘルツ波用レンズを用いて非線形光学結晶であるニオブ酸リチウムに集光させた。波長1,064.3 nmのパルスレーザー光を励起光(赤色)に用いて、テラヘルツ波を近赤外光に波長変換した(緑色)。発生する近赤外光は、空間フィルターを用いて励起光と分離したのち、近赤外光検出器を用いて計測した。

実験の結果、発振周波数0.58 THzのRTDを用いた場合は波長1,066.6 nmの、0.78 THzの場合は1,067.3 nmの,1.14 THzの場合は1068.6 nmのテラヘルツ波から波長変換された近赤外光をそれぞれ観測することに成功しました(図3)。このときの励起光とテラヘルツ波に由来する近赤外光の周波数の差が、テラヘルツ波周波数に相当しています。また、入力するテラヘルツ波のパワーを減衰させたところ、周波数1.14 THzのとき最低検出可能パワーとして約5 ナノワット(nW、1 nWは10億分の1ワット)の高感度検出を実現しました。これは、従来の光波長変換による検出と比較して100倍以上高い感度です。また、光波長変換技術を用いることで、観測される近赤外光の波長および出力からRTDの発振周波数および出力を測定できることを示しました。

周波数1.14 THzのときの近赤外光の波長スペクトル

図2. 周波数1.14 THzのときの近赤外光の波長スペクトル

波長1,064.3 nmのパルスレーザー光を励起光(赤色)に用いて、周波数1.14THzのテラヘルツ波を波長1,068.6 nmの近赤外光に波長変換できた(緑色)。励起光とテラヘルツ波に由来する近赤外光の周波数の差が、テラヘルツ波周波数(青色)に相当している。

今後の期待

今回用いた実験装置はすべて室温で動作するため、さまざまな応用分野で本成果の利用が期待できます。今後は、RTDが小型電子デバイスである利点を生かして、単素子だけでなく複数の素子を集積化したRTDからの多周波数のテラヘルツ波を近赤外光に同時に波長変換することで、多周波数のテラヘルツ波のリアルタイム計測が可能になります。このような計測手法は、情報通信研究機構(NICT)と理研が公開しているテラヘルツ分光データベース[注2]と組み合わせることで、実現できる可能性があります。こうした研究は、テラヘルツ波領域の小型非破壊検査システムの実用化につながると期待できます。

[注2] 2013年12月25日プレスリリース 「テラヘルツ分光データベースを新規開発し、公開へ outer

用語説明

[用語1] テラヘルツ波 : 周波数が1012 Hz(1兆ヘルツ)付近(0.1~100 THz)にある電磁波。光波と電波の中間の周波数帯であり、双方の特性を併せ持つ。

[用語2] 指紋スペクトル : 物質中においては、テラヘルツ波周波数に共鳴する格子振動や分子間振動などが数多く存在する。これらは物質固有の特徴的な吸収スペクトルを示すので、未知の物質であっても吸収スペクトルから逆にその物質を特定することが可能になる。このような物質固有の吸収スペクトルを指紋スペクトルと呼ぶ。

[用語3] 共鳴トンネルダイオード(RTD) : 半導体のナノ構造で生じる共鳴トンネル現象を利用したダイオードであり、室温においてテラヘルツ波を直接発生させることができるコンパクトな電子デバイス。共鳴トンネル現象とは、電子が障壁を通り抜けるトンネル現象の一種であり、二重障壁構造において入射する電子のエネルギーが二つの障壁に閉じ込められた電子のとるエネルギーと一致したとき、電子が共鳴的に障壁を通り抜ける現象のこと。RTDはResonant Tunneling Diodeの略。

[用語4] 光波長変換 : レーザー光などの強力な光により誘起される非線形光学現象を用いて、電磁波の波長をある波長から他の波長へ変換すること。本研究では、波長の長い(周波数の低い)テラヘルツ波から波長の短い(周波数の高い)近赤外光に変換した。

[用語5] 近赤外光 : テラヘルツ波に対して100倍程度高い周波数を持つ電磁波。波長範囲は780~3,000 nm。テラヘルツ波と比較して研究の歴史が古く、発生、検出、応用技術ともに開発が進んでいる。

[用語6] 非線形光学結晶 : 光波長変換で用いる結晶であり、入射する光に対して非線形な応答を示す。レーザー光などの強力な光が物質と相互作用する場合、その応答(分極)は単純に光の電磁場に比例せず非線形なものとなり、その結果として生じるさまざまな現象を非線形光学現象と呼ぶ。光波長変換は、非線形光学現象の代表例である。

論文情報

掲載誌 :
Optics Express
論文タイトル :
Nonlinear optical detection of terahertz-wave radiation from resonant tunneling diodes
著者 :
Yuma Takida, Kouji Nawata, Safumi Suzuki, Masahiro Asada, and Hiroaki Minamide
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
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旋回乱流予混合火炎の熱音響不安定性解明に向けた進展 ―スーパーコンピューターによる直接数値計算の貢献―

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東京工業大学 工学院 機械系の店橋(たなはし)護教授、志村祐康准教授、青木虹造博士課程院生らは、ガスタービン燃焼器やロケットエンジンで問題となる旋回乱流予混合火炎[用語1]熱音響[用語2]不安定性の原因として、音響モードまたは変動エネルギーと乱流渦運動とが密接に関係していることを明らかにした。スーパーコンピューターを利用した大規模直接数値計算[用語3]により実現した。

熱音響不安定性に起因する振動燃焼は、高効率・低環境負荷または高出力の次世代ガスタービンエンジンやロケットエンジンを製作する上で非常に大きな問題となる。この不安定性により燃焼器が破壊されることもあるからだ。この現象に関する研究は、1800年代末頃から精力的に取り組まれてきたが、いまだに確固たる対応策は確立されていない。

燃焼不安定性への対応策、制御手法の実現のための新たな知見が、近年の数値計算技術やレーザー計測技術の進展によって獲得できるようになった。今回の成果は、旋回型燃焼器内に形成される水素・空気旋回乱流予混合火炎の高性能数値計算、特に直接数値計算を用いて得られたものである。

ガスタービン燃焼の熱音響不安定性における音響モードまたは変動エネルギーと乱流渦運動とが密接に関係することが明らかにされたことにより、これらの変動を低減することが振動燃焼の抑制に重要であることが示唆された。今回の研究で得られた成果は、次世代エネルギー変換器や推進システムの構築に大きく貢献することが期待される。

矩形燃焼器内に形成された旋回乱流予混合火炎の圧力のDMDモード(124kHz)
矩形燃焼器内に形成された旋回乱流予混合火炎の熱発生率のDMDモード(124kHz)

図1. 矩形燃焼器内に形成された旋回乱流予混合火炎の圧力(左)及び熱発生率(右)のDMDモード(124kHz)

図中の赤と青はそれぞれ正負の値を示し、黒は絶対値が最大の位置、白は値が零となる位置を示している。

用語説明

[用語1] 旋回乱流予混合火炎 : 燃料と酸化剤(通常空気)の予混合気を旋回流で燃焼室に流入させた際に形成される乱流火炎。既燃ガスの再循環流により保炎性が高い。

[用語2] 熱音響(熱音響現象) : 燃焼や伝熱などの熱的現象と圧力波(音波)が干渉する現象。

[用語3] 直接数値計算 : 観察対象とする物理現象を支配する方程式をそのまま解くシミュレーション。現象の一番小さなスケールから大きなスケールまで十分捉えられる空間解像度を以て解くため、計算コストが莫大。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the Combustion Institute 35, pp.3209-3217 (2015).
論文タイトル :
Short- and Long-term Dynamic Modes of Turbulent Swirling Premixed Flame in a Cuboid Combustor
著者 :
Kozo Aoki, Masayasu Shimura, Shinichi Ogawa, Naoya Fukushima, Yoshitsugu Naka, Yuzuru Nada, Mamoru Tanahashi and Toshio Miyauchi
所属 :
Department of Mechanical Engineering, Tokyo Institute of Technology
DOI :
掲載誌 :
Proceedings of the Combustion Institute 36, pp.3809–3816 (2017)
論文タイトル :
Disturbance Energy Budget of Turbulent Swirling Premixed Flame in a Cuboid Combustor
著者 :
Kozo Aoki, Masayasu Shimura, Yoshitsugu Naka, and Mamoru Tanahashi
所属 :
Department of Mechanical Engineering, Tokyo Institute of Technology
DOI :

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お問い合わせ先

工学院 機械系
准教授 志村祐康

E-mail : shimura.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3183 / Fax : 03-5734-3183

電荷信号とスピン信号の波形計測を実現 ―超高速・低消費電力の次世代エレクトロニクス素子創出に道拓く―

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要点

  • 電荷信号とスピン信号の時間波形を計測できるスピン分解オシロスコープを実現
  • プラズモニクス、スピントロニクスにおける基本測定器として期待
  • 朝永―ラッティンジャー液体におけるスピン電荷分離現象の直接観察に成功

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の橋坂昌幸助教、藤澤利正教授と日本電信電話株式会社(NTT)の村木康二上席特別研究員らの共同研究グループは、電子集団の電荷とスピン、両方の時間応答信号を計測できるスピン分解オシロスコープを実現した。この手法により、朝永―ラッティンジャー液体(参考)におけるスピン電荷分離現象の直接観察に世界で初めて成功した。

この技術は次世代エレクトロニクスとして期待を集める2つの研究分野、すなわち超高速信号処理に適した「プラズモニクス[用語1]」と、低消費電力化への期待が高い「スピントロニクス[用語2]」の特徴を融合した、高速動作・低消費電力動作の双方に適する高機能半導体素子の開発に役立つ。

この成果は「カイラル朝永―ラッティンジャー液体における電荷・スピン密度波束の波形測定」というタイトルで、3月13日16時(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics(ネイチャーフィジックス)」のオンライン速報版で公開された。

研究の背景

次世代のエレクトロニクスとして、プラズモニクスとスピントロニクスの両分野が注目を集めている。プラズモニクスは電子集団の電荷密度の濃淡を信号(電荷信号)として用いる技術であり、電荷信号が単一の電子よりも高速に伝搬するという特徴を活かすことで、超高速信号処理の実現に役立つと期待されている。一方、スピントロニクスはスピン密度の濃淡を信号(スピン信号)として用いるもので、物質の磁気的性質を介することで低消費電力な信号処理が可能であり、不揮発の磁気抵抗メモリーなどに実用化されつつある。これら双方の特徴を1つの素子で活かすことにより、用途に応じて高速動作と低消費電力動作に併用できる高機能半導体素子の創出を期待できる。

電荷とスピンはどちらも電子本来の基本的性質だが、このような両分野の特徴を融合した高速・低消費電力素子の開発はこれまで積極的に行われてこなかった。その大きな理由は、通常の測定では電荷信号とスピン信号の両方の時間波形を計測することが困難だったためである。

研究内容と成果

オシロスコープは電圧の時間波形を観測できる装置であり、従来のエレクトロニクスの発展を支えてきた基本計測器である。今回の研究では、素子中の電荷信号とスピン信号、両方の波形を計測可能な「スピン分解オシロスコープ」を実現した。

この手法は、スピンの向きによって電子を分別するスピンフィルター[用語3]と、電荷信号を検出するためのナノメートルサイズの時間分解電荷計[用語4]を組み合わせて達成した(図1)。図のように、電荷信号はアップスピンとダウンスピンの電子数の和で表され、スピン信号はアップスピンとダウンスピンの電子数の差で表される。スピンフィルターによってアップスピン電子のみを電荷計1へ、ダウンスピン電子のみを電荷計2へ導いて、それぞれの時間波形を計測する。これらの和と差を計算することにより、電荷信号とスピン信号の双方に対して波形計測を実現できる。

スピン分解オシロスコープによる電荷信号・スピン信号測定の概念図

図1. スピン分解オシロスコープによる電荷信号・スピン信号測定の概念図

今回の研究は、このスピン分解オシロスコープを用いて、1次元電子系におけるスピン電荷分離現象[用語5]の直接観測に世界で初めて成功した。実験は半導体素子中の量子ホールエッジチャネル[用語6]を用いて行われた。電荷信号とスピン信号が異なる速度で伝搬する様子を、2つの波束状の信号を異なる時間に検出することで明らかにした(図2)。今回用いた半導体素子では、同様の試料中における単独の電子の速度に対し、電荷信号の速度は30倍程度、スピン信号の速度は3倍程度であることが確かめられた。

このスピン電荷分離は1次元電子系の物理(朝永―ラッティンジャー液体[参考])を象徴する現象であり、この研究によって世界で初めて分離された電荷・スピン波束の波形測定が達成された。この結果は物性物理学における重要な学術的成果であるとともに、スピン信号の生成・検出の新手法としてスピントロニクスへの応用が可能である。さらには高速の電荷信号と、低消費電力動作に役立つスピン信号、双方の取り扱いが可能な新素子創出に役立つ。

スピン電荷分離現象の測定例(左)アップスピン電子集団(波束)入力時の測定結果(右)ダウンスピン電子集団(波束)入力時の測定結果

図2. スピン電荷分離現象の測定例(左)アップスピン電子集団(波束)入力時の測定結果(右)ダウンスピン電子集団(波束)入力時の測定結果

今後の展開

プラズモニクス、及びスピントロニクスは、今後の情報化社会の発展を考える上でのキーテクノロジーである。今回の研究で実現されたスピン分解オシロスコープは、両分野における基本計測器として、今後の研究の進展を促進する。この計測技術を今後、さまざまな材料・素子に対して適用することにより、高速・低消費電力の次世代エレクトロニクス素子の開発に繋がる。プラズモニクスとスピントロニクスの利点を融合させた「スピンプラズモニクス」と呼ぶべき新しい技術の創出に道を拓くことになる。

この研究はJSPS科学研究費補助金「量子ホール接合系における分数電荷準粒子の生成・消滅過程の研究(新学術領域研究JP26103508、研究代表者:橋坂昌幸)」、「トポロジカル物質ナノ構造の輸送現象(新学術領域研究JP15H05854、研究代表者:藤澤利正)」、「量子ホールエッジチャネルにおける非平衡電荷ダイナミクス(基盤研究(A)JP26247051、研究代表者:藤澤利正)」、「エニオン統計性を有する分数電荷準粒子の2粒子衝突実験(若手研究(A)JP16H06009、研究代表者:橋坂昌幸)」、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォームの支援を受けて行われた。

朝永―ラッティンジャー液体における、アップスピン電子集団(上)、もしくはダウンスピン電子集団(下)入力時のスピン電荷分離現象の観測結果。波形データ計測の様子を約10倍速で連続再生(再現動画)。

用語説明

[用語1] プラズモニクス : 電子1つ1つの運動ではなく、電子の集団運動を制御することで実現される、次世代エレクトロニクス。電荷信号は単一の電子と比較して高速で伝搬するため、これを利用した超高速エレクトロニクスの創出が期待されている。

[用語2] スピントロニクス : 電子の持つスピン(電子の自転の向きに相当し、アップスピンとダウンスピンの2種類がある)を制御することで実現される、次世代エレクトロニクス。スピンの向きの制御を介して電気伝導を制御することで、低消費電力のエレクトロニクス創出が期待されている。一部技術はすでにハードディスク読み出し用の磁気ヘッドや不揮発磁気抵抗メモリーなどとして実用化されている。

[用語3] スピンフィルター : アップスピン電子が担う電流とダウンスピン電子が担う電流を分離できる、スピントロニクス素子。本研究で用いた半導体量子ホール系では、電界効果トランジスタ構造を持つ素子によって実現できる。

[用語4] 時間分解電荷計 : 半導体ナノ構造で実現される、試料のごく近傍に設置可能な微小サンプリングオシロスコープ。試料内の電荷密度の変調を電流に変換することで、高精度の電荷信号測定が可能である。

[用語5] スピン電荷分離現象 : 1次元電子系において、電子集団の電荷波束とスピン波束が空間的に分離する現象。電荷とスピンがそれぞれ異なる速度で伝搬することに起因する。このような1次元電子系特有の興味深い物理現象は、ノーベル物理学賞受賞者の朝永振一郎博士によって最初に提案され、現代では朝永―ラッティンジャー液体論(参考)と呼ばれる理論によって説明されている。1次元電子系は物性物理学にとって理論・実験の双方から興味深い研究対象であるとともに、その特異な電子輸送特性・省スペース性を活かした応用の可能性ゆえに、産業的にも注目を集めている。

[用語6] 量子ホールエッジチャネル : 強磁場中の2次元電子系の試料端に沿って形成される1次元1方向伝導チャネル。電子が伝播する方向は磁場の向きによって一方向に決まり、原理的に逆方向に伝播することがないため、1次元電子系のプロトタイプとして優れた性能を示すことが知られている。

[参考] 朝永―ラッティンジャー液体 : 通常の伝導体では電子の運動が重要であるが、1次元伝導体では電荷、またはスピンを運ぶ電子集団の運動が支配的であり、その電子集団を朝永―ラッティンジャー液体という。1950年に朝永振一郎博士によって、1963 年にホアキン・マズダク・ラッティンジャー博士によって、理論が構築され、さまざまな1次元伝導体(カーボンナノチューブなど)でその存在が確認されている。しかし、朝永―ラッティンジャー液体を象徴するスピン電荷分離現象はこれまで観測することができなかった。同研究グループは2014年に朝永―ラッティンジャー液体の励起素過程の観測に成功し、今回の研究でスピン電荷分離現象の直接観察に世界で初めて成功した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Physics
論文タイトル :
Waveform measurement of charge- and spin-density wavepackets in a chiral Tomonaga-Luttinger liquid
(カイラル朝永―ラッティンジャー液体における電荷・スピン密度波束の波形測定)
著者 :
M. Hashisaka, N. Hiyama, T. Akiho, K. Muraki, and T. Fujisawa
DOI :

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2016年4月に新たに発足した理学院について紹介します。

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東京工業大学 理学院 物理学系
助教 橋坂昌幸

E-mail : hashisaka@phys.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2809

東京工業大学 理学院 物理学系
教授 藤澤利正

E-mail : fujisawa@phys.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2750

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東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

タンパク質カゴの中で踊る金原子を観る―タンパク質結晶を使った金属イオン集積過程の観察―

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要点

  • 金属原子が内部で動き回れるカゴ型タンパク質の結晶化に成功
  • 化学反応で複数の金原子が集まっていく様子を原子分解能で観察
  • タンパク質内で生じる化学反応、骨など生体材料の形成過程解明に向けた応用に期待

概要

東京工業大学生命理工学院のMaity Basudev(マイティ・バスデブ)博士研究員、安部聡助教、上野隆史教授の研究グループは、生体中で鉄を貯蔵するタンパク質「フェリチン[用語1]」が金属を集めるカゴとして利用できることに着目。その結晶内で、金原子が集積していく様子を原子分解能で追跡することに成功した。この結晶は、タンパク質が形成するカゴの内部で金属原子を自由に動かすことができる。通常、X線構造解析に用いられるタンパク質結晶は、非常に脆く、反応試薬等を添加するだけで容易に壊れてしまう。

研究グループは今回、結晶内で隣り合うカゴ型タンパク質を架橋化させる(補強する)ことで、頑丈な結晶を作製。その結果、カゴ内部に結合していた金の原子が、還元剤を添加することで、タンパク質を構成するアミノ酸と手をつなぎながら踊るように移動していった。その様子をX線結晶構造解析によるスナップショット追跡で捉えることができた。

タンパク質と結合する金属は、光合成や酸素運搬に必要不可欠で、ミネラルの貯蔵や骨などの形成にも重要な役割を果たす。この成果は、これらの生体に重要な反応を解明する上でも重要な手法になると考えられる。

今回の成果は、日本学術振興会の最先端・次世代研究開発支援プログラムおよび科学研究費補助金の支援によるもので、英国のNature Publishing Groupのオンライン誌「Nature Communications」に3月16日(日本時間)に公開された。

研究背景

バイオミネラル[用語2]とよばれる貝殻や真珠、歯や骨などの無機材料は、タンパク質や微生物によって作り出され、生命活動を支えている。これらのバイオミネラルは、金属イオンがタンパク質表面に集積し、いくつかの反応を経由して合成される。近年では、これらの金属集積化反応をヒントに、カゴ型タンパク質「フェリチン」や、ウイルスの内部で金、パラジウム、白金、酸化鉄、硫化カドミウムなど様々な金属化合物が作製されている。これらは、触媒、光学、磁気機能やイメージング能を有するバイオマテリアルとして利用され、材料分野のみならず医薬分野でも利用されている。

タンパク質内で合成されるこれらの金属微粒子は、金属表面への集積と核化反応により形成されると考えられている。しかしながら、これらの反応過程におけるナノレベルでの詳細な形成過程については、構造情報を追跡することが困難なため、明らかにされていない。

研究内容

研究グループは、X線結晶構造解析により、タンパク質「フェリチン」(図1)のカゴの中で金イオンが化学反応により、サブナノクラスター[用語3]と呼ばれる塊を形成する様子を観察することに成功した。フェリチンは内部に8ナノメートル(nm)の空洞を持つカゴ型タンパク質で、多数の金属イオンや金属錯体を取り込むことできる。

今回、フェリチン内部での金属イオンの動きを観察するため、金イオンを含んだフェリチン複合体を作成した。一般に、タンパク質結晶は非常に脆く、化学反応などで容易に分解してしまう。そこで、結晶内の隣り合うフェリチン分子同士をグルタルアルデヒドで架橋化することで、水中での化学反応で溶けない結晶を作製した。架橋した結晶を2.5、5、250 mMの濃度が異なる水素化ホウ素ナトリウム溶液に浸漬させ、金イオンを還元した。その結晶のX線結晶構造解析を大型放射光施設SPring-8[用語4]BL38B1、BL26B1で行い、還元前の構造との比較を行った(図1)。

フェリチンの結晶構造

図1. フェリチンの結晶構造:(a)全体構造と(b)3回対称軸チャネル、(c)金イオンを内包したフェリチン結晶の架橋化と還元反応

4種類のフェリチン複合体をX線結晶構造解析した結果、3つの単量体で形成される3回対称軸チャネルで、還元剤の濃度をあげていくと、アミノ酸残基に固定化されていた金イオンが3回対称軸を中心に集積し、サブナノクラスターを形成することが観察された。またその際、還元前に金イオンが結合していたヒスチジン残基の側鎖の向きが変わることで、サブナノクラスターを安定化していることがわかった(図2)。

フェリチン3回対称軸チャネルにおける金イオン還元反応の構造変化の詳細

図2. フェリチン3回対称軸チャネルにおける金イオン還元反応の構造変化の詳細。還元前はアミノ酸側鎖に結合していた金イオンが還元反応により、3回対称軸チャネルの中心に移動している様子が確認できる。

今後の展開

本手法は、金属イオンを内包するフェリチン結晶を架橋安定化することにより、はじめて還元反応による金属イオンの動きを追跡することに成功した。

タンパク質と結合する金属は、金属酵素の活性中心を形成する金属クラスターなどの反応触媒を形成したり、ミネラルの貯蔵や骨など生体無機材料の形成にも重要な役割を果たす。今回得られた成果は、これらの反応メカニズムの解明につながると期待される。

用語説明

[用語1] フェリチン : 24個の単量体から構成される外径12 nmのカゴ状のたんぱく質であり、天然では、そのカゴの内部に細胞内の鉄を貯蔵する役割を果たしている。フェリチンには、3つの単量体で形成される3回対称軸チャネルが8個あり、そこから金属イオンがフェリチン内部に取り込まれる。近年、フェリチンのカゴを用いて、鉄以外の天然に存在しない金属化合物を集積させ、化学反応に利用する研究が進められている。

[用語2] バイオミネラル : 生物によって作られる無機化合物。珪藻がつくるシリカ被殻、真珠や貝殻を構成する炭酸カルシウムや磁性細菌がつくりだす磁性微粒子、フェリチンが形成する酸化鉄などが知られている。

[用語3] サブナノクラスター : 1ナノメートル未満のサイズの金属集合体(1ナノメートルは10億分の1メートル)。このサイズでの金属クラスターは特異な物性をもつと期待される。

[用語4] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高品質の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも大きな成果をあげている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Observation of gold sub-nanocluster nucleation within a crystalline protein cage
著者 :
Basudev Maity, Satoshi Abe and Takafumi Ueno
DOI :

生命理工学院

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東京工業大学 生命理工学院
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E-mail : tueno@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5844 / Fax : 045-924-5806

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シリコンと窒素だけからできた硬い透明セラミックスを合成―空気中で1,400 ℃の耐熱性、過酷な条件下の光学窓材に応用可能―

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要点

  • 地上のありふれた元素であるシリコン(ケイ素)と窒素だけでできた透明セラミックス
  • エンジンの耐熱部品に使われる不透明セラミックスの窒化ケイ素に高圧力をかけ合成
  • 全物質中3番目の硬さとダイヤモンドを上回る空気中での耐熱性をもつ

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西山宣正特任准教授(研究実施時はドイツ電子シンクロトロン研究員)と若井史博所長らの日独共同研究グループ(東工大、ドイツ電子シンクロトロン、物質・材料研究機構、バイロイト大学、東大、愛媛大)は、砂と空気の主要元素であるシリコン(ケイ素)と窒素からなる窒化ケイ素(Si3N4[用語1]から、全物質中で3番目に硬い透明セラミックスの合成に成功した(図1)。

自動車のエンジン部品にも使用される耐熱セラミックスである窒化ケイ素に高い圧力と高い温度をかけることにより、大気圧下[用語2]では合成することができない“スピネル型窒化ケイ素”のナノセラミックス(ナノ多結晶体[用語3])を合成した(図2)。得られた物質は、レンズや窓に使われる物質と同等の透明さを持つことを確かめた。これは全物質中で3番目の硬さをもつ物質であり、さらに空気中で1,400 ℃の高温まで耐えられる。このため過酷な環境で使われる装置の光学窓材料としての利用が期待できる。

研究成果は、3月17日にNature出版社のオープンアクセスジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

スピネル型窒化ケイ素の透明多結晶体

図1. スピネル型窒化ケイ素の透明多結晶体

スピネル型窒化ケイ素・透明多結晶体の透過型電子顕微鏡写真

図2. スピネル型窒化ケイ素・透明多結晶体の
透過型電子顕微鏡写真。平均粒径は約150ナノメートル。

背景

ケイ素(Si)と窒素(N)は地表で簡単に手に入る元素である。ケイ素は砂や石の主要元素で、地表そのものといってもいいほどありふれている。一方の窒素は空気の8割を占め(残りの2割が酸素)、地表でもっともありふれた気体である。これらケイ素と窒素からなる窒化ケイ素(Si3N4)は資源の枯渇を全く心配する必要がない、セラミックス材料である。

窒化ケイ素セラミックスは広く工業利用されている。この物質は硬く、割れにくく、高温に耐えられるという性質を持っているため、自動車エンジンやガスタービン内部の部品、ボールベアリング、さらに航空機エンジンに使われる特殊な合金を削るための刃物として利用されている。このように、物質の硬さや割れにくさという特徴を利用して人工物の形状を保つため、あるいは人工物の形状を作り出すために利用される材料を“構造材料”と呼ぶ。窒化ケイ素は、代表的な構造用セラミックスである。

物質は周囲の温度や圧力が変化することによって、その原子の並び方が変化する。水(液体)は、温度が0 ℃以下で氷(固体)、100 ℃以上で水蒸気(気体)になる。鉛筆の芯の石墨(グラファイト)は地球の中のような高い圧力、高い温度条件下でダイヤモンドになる。このように温度圧力条件によって物質の原子の並びが変化することを“構造相転移”と呼ぶ。窒化ケイ素(Si3N4)も13万気圧以上の高圧力と高温の条件下で、大気圧下では合成することができない“スピネル型窒化ケイ素”へと相転移する。ダイヤモンドは地球の深さ150 kmより深いところで作られ、スピネル型窒化ケイ素は深さ400 kmより深いところに相当する圧力で作ることができる。

高い圧力下でスピネル型窒化ケイ素を合成できることは1999年にドイツの研究グループによって報告されていた。その後の研究によって、この物質がダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素[用語4]に次ぐ、全物質中で3番目に硬い物質の候補であると考えられるようになった。純粋で緻密に焼き固まったスピネル型窒化ケイ素を合成するのは実験的に困難なため、この物質の硬さや割れにくさといった構造材料としての性能を評価する上で不可欠な性質は、これまでよくわかっていなかった。

研究成果

西山らの日独国際共同研究グループは、地球深部条件の再現やダイヤモンドの合成に使用される高温高圧発生装置を使用して、スピネル型窒化ケイ素を16万気圧、1,800 ℃の条件で合成した。その結果、緻密で透明なスピネル型窒化ケイ素多結晶体を得た(図1)。この物質の透明度は、レンズや窓材に使われる光学部品と同等であることを確認した。この物質を透過型電子顕微鏡で観察し、1粒の大きさが150ナノメートル程度のスピネル型窒化ケイ素がランダムな方向で焼き固まったナノ多結晶体であることがわかった(図2)。また、この物質の硬さを測定したところ、2つのホウ素化合物(B4CとB6O)と同程度の硬さを持ち、全物質中でダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素に次ぐ3番目に硬い物質の1つであることがわかった(図3)。

さまざまな物質のビッカース硬さ(縦軸)とずり弾性率(横軸)の関係

図3. さまざまな物質のビッカース硬さ(縦軸)とずり弾性率(横軸)の関係。ずり弾性率は、物質のずり変形に対する抵抗を表す。物質名の右肩の★印は、そのナノ多結晶体が透明になることを示す。

これらの硬質物質のうち、光学的に透明で緻密なナノ多結晶体となるのはダイヤモンドとスピネル型窒化ケイ素である。したがって、スピネル型窒化ケイ素は、ダイヤモンドに次いで硬い透明ナノセラミックスであり、既存の透明セラミックスより硬く割れにくい。スピネル型窒化ケイ素・透明セラミックスは、ダイヤモンドに硬さは劣るが耐熱性は大きく勝る。ダイヤモンドは空気中700 - 800 ℃で黒鉛化および酸化(ダイヤモンドと酸素が反応して二酸化炭素になる)が起こり、これ以上の温度で使用することができない。一方、スピネル型窒化ケイ素は、空気中で少なくとも1,400 ℃の高温まで存在することができる。スピネル型窒化ケイ素・ナノセラミックスは光学的透明さ、全物質中3番目の硬さ、ダイヤモンドを凌ぐ耐熱性をもつので、過酷な環境で使用される機器の光学窓材としての利用が期待される。

本研究の一部は、東京工業大学が展開しているワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ(WRHI)によって行われた。WRHIは「世界の研究ハブ」を目指す組織として、世界トップレベルの研究者を招へいし、国際共同研究の加速と分野を超えた交流を実施している。

今後の展開

窒化ケイ素には、その結晶構造の中に酸素やアルミニウム、さらにイオン半径の大きな希土類元素など、様々な元素を加えることができる。このような様々な化学組成をもった窒化ケイ素セラミックスに高い圧力を加えスピネル構造にすることによって、透明、硬い、高耐熱性といった利点だけでなく、半導体としての利用、光を発する蛍光体への応用も可能になるかもしれない。それによって多機能性を有する硬く透明なセラミックス材料を作り出すことができると期待される。

用語説明

[用語1] 窒化ケイ素 : ケイ素原子と窒素原子が3:4の割合で結合した化合物。それぞれの原子は共有結合によって強固に結びついているため、この物質は硬く、高温まで安定に存在し、化学反応性が低い。

[用語2] 大気圧 : 地表において空気の重さによって生じる圧力。1気圧とも呼ばれる。私たちは地表面で、常にこの圧力(=1,013ヘクトパスカル)にさらされて生きているので圧力がかかっているようには感じないが、1平方メートルあたりにかかる空気の重さは約10トンである(乗用車・約10台分)。ダイヤモンドやスピネル型窒化ケイ素を作り出すには、大気圧の数万倍の圧力が必要となる。

[用語3] ナノ多結晶体 : 多結晶体とは、多数の小さな結晶の粒がそれぞれランダムな方向で緻密に固まったもの。ダイヤモンドなどの宝石は1つの大きな結晶からなる単結晶。結晶は原子が規則正しく並んでいるため、割れやすい方向や柔らかい方向が存在するが、多結晶体では多数の結晶が様々な方向を向いてこのような欠点を打ち消し合うので、割れやすい方向や柔らかい方向がない均質な物質になる。ひとつひとつの小さな結晶の大きさがナノメートル(百万分の1ミリメートル)サイズの微細な多結晶体をナノ多結晶体と呼ぶ。

[用語4] 立方晶窒化ホウ素 : ホウ素原子(B)と窒素原子(N)が1:1の割合で結合した化合物。ダイヤモンドが炭素原子のみからなるのに対し、立方晶窒化ホウ素ではホウ素原子と窒素原子が交互にダイヤモンドと同じ原子の並び方をしている。ダイヤモンドと同様に高圧力下で合成可能である。ダイヤモンドよりも鉄との反応性が低いため、鉄系材料の切削に利用されている。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Transparent polycrystalline cubic silicon nitride
著者 :
N. Nishiyama, R. Ishikawa, H. Ohfuji, H. Marquardt, A. Kurnosov, T. Taniguchi, B-N. Kim, H. Yoshida, A. Masuno, J. Bednarcik, E. Kulik, Y. Ikuhara, F. Wakai, T. Irifune
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
特任准教授 西山宣正

E-mail : nishiyama.n.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5337 / Fax : 045-924-5339

物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 超高圧グループ
グループリーダー 谷口尚

E-mail : TANIGUCHI.Takashi@nims.go.jp
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Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017


南極大気の歴史をひも解く新たなアプローチ ―硫酸と硝酸の三酸素同位体組成の変動から―

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要点

  • 南極沿岸部では、硫酸と硝酸の三酸素同位体組成が光化学オキシダントの寄与を反映していた
  • 冬期に蓄積された硝酸の放出が、春先の南極の大気酸化環境を変化させる
  • 氷床コアの三酸素同位体組成解析による大気酸化環境の復元に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の石野咲子(博士後期課程1年)、服部祥平助教、及び吉田尚弘教授(地球生命研究所 兼務)らの研究グループは、南極沿岸の基地で採取した大気試料中の硫酸と硝酸、オゾンの三酸素同位体組成(16O、17O、18Oの比率)の季節変動を解析した。この結果から、硫酸と硝酸については、三酸素同位体組成が大気中の硫黄・窒素化合物の酸化反応に関わった光化学オキシダント(O3、 OHラジカルなど)の寄与率を反映していることを明らかにした。

この指標を、南極氷床中に保存された硫酸、硝酸について適用することで、過去の大気酸化反応を復元する手がかりになりえる。

この成果は、2017年3月16日に欧州地球科学連合(European Geosciences Union)のAtmospheric Chemistry and Physics誌のオンライン版に掲載され、同誌のHighlight Articlesに選出された。

背景

酸素は3つの安定同位体を持ち、それぞれの存在度は多い物から16O、17O、18Oとなっている。16Oに対して希少な2つの同位体比の存在比率は天然でわずかに変化する。通常、様々な物理化学過程で17Oの濃縮度は18Oに対しておよそ半分の値となる。しかし、オゾン(O3)の生成過程では例外的に、このルールが破られ17Oを特異的に濃集することが知られている。このオゾン 由来の17Oの異常濃集は、大気化学反応過程を通じて他の光化学オキシダントや酸化生成物に引き継がれる。このため、硫黄化合物(DMS、SO2など)や窒素酸化物(NOx = NO, NO2)などの酸化によって生成される硫酸(SO42-)や硝酸(NO3-)の三酸素同位体組成(Δ17O値[注1])より、反応に関与した光化学オキシダントの寄与率が復元できる可能性がある。

これまでに、南極に存在する氷床中の化学成分の分析によって、過去の環境変動に関する数多くの知見が提供されてきた。このため南極氷床コア分析で硫酸(SO42-)や硝酸(NO3-)の酸素同位体指標を適用すれば、過去の光化学オキシダントの動態、ひいては大気酸化環境を復元できる可能性がある。ところが、南極大気中の硫酸や硝酸の酸素同位体組成を同時に観測した例はなく、酸素同位体の比率の変動が、“オゾン自体の酸素同位体組成の変化”によるものなのか“光化学オキシダントの寄与率の変化”によるのか明らかになっていなかった。

研究の経緯

今回、服部助教らの研究グループは、フランスの氷河・環境地球物理学研究所(Laboratoire de Glaciologie et Geophysique de l'Environnement(LGGE)、現 Univ. Grenoble Alpes)のJoel Savarino(ジョエル・サバリノ)博士と共同研究を行った。この共同研究では、フランスの研究グループが南極沿岸のDumont d'Urville(デュモン・デュルビル)基地で採取したエアロゾル試料とオゾン試料の分析を行った。

世界で初めて硫酸(SO42-)と硝酸(NO3-)、オゾン(O3)の全ての三酸素同位体組成(Δ17O値)を、これまでにない高時間解像度(週単位)で比較することに成功した。

南極Dumont d'Urville基地の位置と外観(撮影 石野咲子 2017年)

図1. 南極Dumont d'Urville基地の位置と外観(撮影 石野咲子 2017年)

研究成果

この結果、硫酸(SO42-)と硝酸(NO3-)のΔ17O値は、ともに夏に低く冬に高いという明確な季節変動を示した。一方、オゾン(O3)のΔ17O値に明確な変動が見られなかった(図2)。このことから、硫酸(SO42-)と硝酸(NO3-)のΔ17O値は、オゾン(O3)のΔ17O値の変動ではなく、光化学オキシダントの相対寄与を強く反映していることが明らかになった。

硫酸・硝酸・オゾンの濃度と三酸素同位体組成(Δ17O値)の季節変動

図2. 硫酸・硝酸・オゾンの濃度と三酸素同位体組成(Δ17O値)の季節変動

次に、同研究グループは硫酸(SO42-)と硝酸(NO3-)のΔ17O値の変動がオゾン(O3)濃度の変動と相関していることに着目した(図3)。その結果、春と秋に採取された試料はオゾン(O3)濃度、日射量が同程度であるにも関わらず、Δ17O値に差異が見られた。特に、春は秋に比べて相対的に低いΔ17O値が観測された。

硫酸・硝酸のΔ17O値とオゾン濃度の相関

図3. 硫酸・硝酸のΔ17O値とオゾン濃度の相関

このことは、Dumont d'Urville基地では、以下の2点のような特殊な大気酸化環境が、硫酸(SO42-)生成過程に影響していることを示している。1つは、冬期に雪中に蓄積された硝酸(NO3-)が、春になると紫外線によって光分解を受けて大気中に放出され、OHラジカルの生成を促進、光化学オキシダントの相対寄与が変化することが考えられる。2つ目は、南極周辺の海洋から放出される海塩と紫外線との反応によって生成されるハロゲン酸化物が、硫酸(SO42-)の生成に寄与すると考えられる。これらの事象は、これまで確認できていなかった。

今回明らかとなった南極沿岸部における春期に卓越する特殊な大気酸化環境

図4. 今回明らかとなった南極沿岸部における春期に卓越する特殊な大気酸化環境

今後の展開

本研究の成果から、硫酸(SO42-)と硝酸(NO3-)の酸素同位体異常(Δ17O値)から過去の光化学オキシダントの動態を復元できることが示唆された。今後、氷床コアの分析で適用されることで、産業革命の前後や、氷期間氷期サイクルなどの地球上での環境変動に伴い、光化学オキシダントなどによる大気酸化環境がどのように変化したかを定量的に推定することが期待される。

服部助教らの研究グループは、今後もJoel Savarino(ジョエル・サバリノ)博士をはじめとする国内外の研究機関と共同し、南極の大気-雪-氷床コアの研究を深化する予定。その一環として本論文の第一著者である石野咲子は、本学リーディング大学院プログラム 環境エネルギー協創教育院(Academy for Co-creative Education of Environment and Energy Science)の海外渡航支援により、2016年12月から2017年1月まで南極観測に参加した。

本研究成果は、以下の支援を受けました。

JSPS(日本学術振興会)

  • 日仏二国間交流事業
    CNRS(フランス国立科学センター):代表 吉田尚弘 2014 - 2015年
    SAKURAプログラム:代表 服部祥平 2014 - 2015年
  • 科学研究費補助金
    若手研究A:代表 服部祥平 2016 - 2020年度
    基盤研究S:代表 吉田尚弘 2011 - 2016年度

用語説明

[注1] Δ17O値 : 酸素安定同位体組成は一般的に、最も存在量の多い16Oに対する17O、18Oの比率をδ17,18O値(= 17,18O/16O - 1)と定義して評価する。さらに大気中のオゾンのように特異的な17Oの濃縮は、質量依存則(δ17O = 0.52×δ18O)からのずれとして評価するため、Δ17O =δ17O - 0.52×δ18Oと定義されている。

論文情報

掲載誌 :
Atmospheric Chemistry and Physics
論文タイトル :
Seasonal variations of triple oxygen isotopic compositions of atmospheric sulfate, nitrate, and ozone at Dumont d'Urville, coastal Antarctica
著者 :
Ishino, S., Hattori, S., Savarino, J., Jourdain, B., Preunkert, S., Legrand, M., Caillon, N., Barbero, A., Kuribayashi, K., and Yoshida, N.
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
助教 服部祥平

E-mail : hattori.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5419

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脱ユビキチン化酵素の基質特異性を改変することに成功 ―複雑なタンパク質の制御機構の一端を解明―

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要点

  • タンパク質の働きを制御するユビキチン鎖の働きを止める脱ユビキチン化酵素USP25の基質特異性を解明
  • USP25のユビキチン鎖結合領域を改変することで、そのユビキチン鎖切断の特異性を改変することに成功
  • 脱ユビキチン化酵素によるタンパク質機能制御の仕組みについて理解が深まる

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究ユニットの川口紘平大学院生(博士後期課程)と駒田雅之教授らは、ヒト細胞の機能を制御する酵素タンパク質「USP25」が特定の基質のみに働く仕組み(基質特異性)の獲得機構を解明、その基質特異性を改変することに成功した。

ユビキチン[用語1]は、自身のリジン残基[用語2]を介してつながりユビキチン鎖[用語3]を形成、細胞内の様々な標的タンパク質と結合し、それらの機能を制御する。この時、ユビキチン鎖がユビキチンの48番目のリジン(Lys48)と63番目のリジン(Lys63)のどちらを介して連結するかで、標的となるタンパク質は異なる制御を受ける。一方、このユビキチン化によるタンパク質制御は、脱ユビキチン化酵素[用語4]が標的タンパク質に結合したユビキチン鎖を切断することで解除される。

今回の研究では、脱ユビキチン化酵素の1つ「USP25」が、ユビキチンと結合するための配列であるUIMを介してLys48連結ユビキチン鎖に選択的に結合することで、Lys48連結ユビキチン鎖を選択的に切断することを解明した。また、このUIMをLys63連結ユビキチン鎖に結合できるように改変したところ、Lys63連結ユビキチン鎖を切断することに成功した。つまりUSP25の基質特異性を改変させることができた。

今回の成果は、ユビキチン化による複雑なタンパク質制御機構の一端を解明するもので、ヒト細胞の制御機構の分子基盤の理解に結びつく重要な生物学上の知見と言える。

3月22日付けの国際科学誌『Scientific Reports』にオンライン掲載された。

背景

ユビキチンは真核生物に高度に保存された、76アミノ酸からなる小さなタンパク質である。細胞内では、ユビキチンのカルボキシル末端と別のユビキチンのリジン残基のε-アミノ基がアミド結合でつながることで、複数のユビキチンが数珠状につながったユビキチン鎖(ユビキチン多量体)が作られる。この時、ユビキチンのどのリジン残基を介してユビキチン鎖がつながるかで、異なった立体構造をもつユビキチン鎖が形成される。細胞内にはユビキチンの48番目のリジン残基(Lys48)あるいは63番目のリジン残基(Lys63)を介して形成したユビキチン鎖が豊富に存在する(図1)。

ユビキチンとユビキチン鎖

図1. ユビキチンとユビキチン鎖

ユビキチンのカルボキシル末端のカルボキシル基(COOH)と、別のユビキチンのリジン残基(主にLys48とLys63)がアミド結合でつながることで、ユビキチン鎖が形成される。Lys48連結ユビキチン鎖とLys63連結ユビキチン鎖は異なる立体構造をもつ。

ユビキチン鎖は、その末端カルボキシル基を介して様々な細胞内タンパク質のリジン残基に付加されることで、それら標的タンパク質の機能を制御する(図2)。異なるタイプのユビキチン鎖は、異なる働きをもつ。Lys48連結ユビキチン鎖はそのタンパク質を分解する目印となるのに対し、Lys63連結ユビキチン鎖は損傷DNAの修復や細胞内の情報伝達など、様々な細胞機能を調節する。

一方、細胞内には何十種類もの脱ユビキチン化酵素が存在し、標的タンパク質に結合したユビキチン鎖を加水分解して切断することで、ユビキチン化によるタンパク質制御を解除する(図2)。Lys48連結ユビキチン鎖とLys63連結ユビキチン鎖の機能が異なるため、脱ユビキチン化酵素がユビキチン化によるタンパク質制御を緻密にコントロールするには、Lys48連結ユビキチン鎖とLys63連結ユビキチン鎖のいずれかを選択的に切断する必要があるはずである。しかし、脱ユビキチン化酵素がどのようにして特定のユビキチン鎖を選択的に切断するのか、その基質特異性の獲得機構はよくわかっていなかった。

タンパク質のユビキチン化とそのはたらき

図2. タンパク質のユビキチン化とそのはたらき

ユビキチン鎖は、その末端のカルボキシル基を介して様々な細胞内タンパク質のリジン残基に付加される(ユビキチン化)。Lys48連結ユビキチン鎖の付加はそのタンパク質を分解する目印となるのに対し、Lys63連結ユビキチン鎖の付加は様々な細胞機能を制御する。また、ユビキチン化によるタンパク質制御は、脱ユビキチン化酵素によるユビキチン鎖の切断(脱ユビキチン化)により解除される。

研究成果

川口大学院生と駒田教授らは、ヒトの脱ユビキチン化酵素の1つであるUSP25を培養細胞に過剰発現させて精製し、試験管内でLys48連結またはLys63連結のユビキチン鎖と反応させて、ユビキチン鎖の切断活性(脱ユビキチン化活性)を調べた。その結果、USP25はLys48連結ユビキチン鎖をLys63連結鎖より効率よく切断することがわかった。

USP25は酵素活性ドメインに加え、約20アミノ酸からなるユビキチン結合能をもつ配列UIM(ubiquitin-interacting motif、ユビキチン結合モチーフ)を2つ連続してもっている。これら2つのUIMの両方にユビキチンと結合できなくなる変異を導入したところ、Lys48連結とLys63連結のいずれのユビキチン鎖に対してもUSP25の切断活性が低下した。このことから、2つの連続UIMを介したユビキチン鎖(基質)との結合がUSP25のユビキチン鎖切断活性を高めていることが明らかとなった。

この連続したUIMのLys48連結ユビキチン鎖とLys63連結ユビキチン鎖に対する結合親和性を比較したところ、Lys63連結鎖よりLys48連結鎖に強く結合することがわかった。つまり、連続UIMのLys48連結ユビキチン鎖に対する結合特異性がUSP25のLys48連結ユビキチン鎖に対する切断特異性を規定していることが示唆された。

そこで、USP25の連続UIMのユビキチン鎖結合特異性をLys48連結鎖からLys63連結鎖に改変することで、USP25のユビキチン鎖切断特異性をLys63連結鎖に改変できるのではないかと考えた。この仮説を検証するため、USP25の連続UIMを、Lys63連結ユビキチン鎖に対して結合特異性をもつ他のタンパク質の連続UIMで置換し、その変異体のユビキチン鎖切断特異性を調べたところ、このUSP25変異体ではLys48連結鎖に対する切断活性が低下し、Lys63連結鎖切断活性が上昇した。

以上の結果から、USP25は2つの連なったUIMを介してLys48連結ユビキチン鎖を選択的に酵素活性中心の近傍につなぎ留めることで、Lys48連結ユビキチン鎖に対して高い切断活性を発揮することが解明された(図3)。

USP25の基質特異性の獲得機構(モデル)

図3. USP25の基質特異性の獲得機構(モデル)

USP25は連続した2つのユビキチン結合配列(UIM1とUIM2)を介してLys48連結ユビキチン鎖を選択的に酵素活性中心の近傍につなぎ留めることにより、Lys48連結ユビキチン鎖に選択的な切断活性を発揮する。

研究成果の意義

タンパク質のユビキチン化は、ユビキチン鎖の連結パターンの違いによって標的タンパク質への作用が異なるため、それぞれの標的タンパク質にどの連結型のユビキチン鎖をつけるのか、またどの連結型のユビキチン鎖を解除するのかが、細胞のおかれた状況に応じてそのタンパク質の働きを緻密に制御する上で重要となる。この成果は、ユビキチン化による複雑なタンパク質制御を可能にするメカニズムの一端を解明したもので、私たちヒトの細胞機能の制御機構のより深い理解に結びつくことが期待される。

用語説明

[用語1] ユビキチン : 真核生物において高度に保存された、76アミノ酸からなる小さな細胞内タンパク質。

[用語2] リジン残基 : タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうちの1つであり、Lysと略される。側鎖の末端にアミノ基(ε-アミノ基)をもつ。ユビキチンを構成する76アミノ酸のうち、7つがリジン残基である。

[用語3] ユビキチン鎖 : ユビキチンのカルボキシル末端のカルボキシル基と別のユビキチンのリジン残基のε-アミノ基がアミド結合でつながることにより、複数のユビキチンが数珠状につながったユビキチン多量体が細胞内で作られる。これをユビキチン鎖という。ユビキチン鎖は、その末端のユビキチンのカルボキシル末端を介して様々な細胞内タンパク質のリジン残基のε-アミノ基にアミド結合で付加され、それら標的タンパク質の機能を様々に制御する。このタンパク質修飾をユビキチン化という。

[用語4] 脱ユビキチン化酵素 : ユビキチン鎖のユビキチンとユビキチンの間、およびユビキチンと標的タンパク質の間のアミド結合を加水分解し、標的タンパク質からユビキチン鎖をはずす酵素。ヒトには約90種類存在し、それぞれが異なる標的タンパク質を脱ユビキチン化する。

論文情報

掲載誌 :
Sci. Rep., 7, 45037 (2017)
論文タイトル :
Tandem UIMs confer Lys48 ubiquitin chain substrate preference to deubiquitinase USP25
著者 :
Kohei Kawaguchi, Kazune Uo, Toshiaki Tanaka & Masayuki Komada
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
細胞制御工学研究ユニット
教授 駒田雅之

E-mail : makomada@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5703 / Fax : 045-924-5771

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

コバルト酸鉛の合成に世界で初めて成功し、新規の電荷分布を発見

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コバルト酸鉛の合成に世界で初めて成功し、新規の電荷分布を発見
―鉛、コバルトの両方に他に例のない電荷秩序、イオン価数制御の新手法により機能性酸化物の開発に期待―

概要

神奈川科学技術アカデミーの酒井雄樹常勤研究員、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、Runze Yu(ルンゼ・ユウ)研究員、北條元(はじめ)助教(現九州大学准教授)、山本孟、西久保匠、服部雄一郎各大学院生らの研究グループは、ペロブスカイト型[用語1]酸化物コバルト酸鉛(PbCoO3)の合成に成功し、鉛とコバルトの両方が電荷秩序[用語2]を持った、「Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3」という他に例のない電荷分布が実現していることを発見した。鉛とコバルトのエネルギー準位を制御することで特殊な電荷分布を実現、放射光X線と中性子線を用いた研究で、電荷秩序構造を明らかにした。電荷秩序が融解する際には超伝導や巨大磁気抵抗効果が発現することが多く、今後PbCoO3を改質することで、こうした現象が起きることが期待される。

同研究グループは東工大チームのほか、大阪府立大学の山田幾也特別講師、魚住孝幸教授、高エネルギー加速器研究機構のPing Miao(ピン・ミャオ)研究員、Sanghyun Lee(サン・ヒュン・リー)研究員、鳥居周輝技師、神山崇教授、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗副主幹研究員、早稲田大学の小宮山潤大学院生、溝川貴司教授、中央大学の岡研吾助教、物質・材料研究機構の上田茂典主任研究員、学習院大学の森大輔助教、相見晃久研究員、稲熊宜之教授で構成されるのに加え、中国科学院物理研究所、独国ユーリッヒ研究所、独国マックスプランク研究所が参画した。

研究成果は3月15日の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。

研究の背景

ペロブスカイト型酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。だが、これまでに鉛と3d遷移金属[用語3]を含むペロブスカイト型酸化物として確立していたのは、強誘電体として良く知られているチタン酸鉛(Pb2+Ti4+O3)だけだった。

しかし近年、同研究チームによってバナジン酸鉛(PbVO3)がPb2+V4+O3、クロム酸鉛(PbCrO3)と鉄酸鉛(PbFeO3)がPb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3と Pb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3、ニッケル酸鉛(PbNiO3)がPb4+Ni2+O3の電荷分布を持つことが報告され、チタン(Ti)→バナジウム(V)→クロム(Cr)→鉄(Fe)→ニッケル(Ni)と、元素周期表を右に進むにつれて、鉛(Pb)の価数が増加し、遷移金属の価数が減少する傾向が分かりつつあった。

コバルト(Co)はFeとNiの間に位置するため、両者の中間的な電荷分布が期待されるが、PbCoO3はこれまで合成されていなかった。

研究成果

今回の研究では、15ギガパスカル(GPa、15万気圧)という超高圧を用いることで、世界で初めてPbCoO3の合成に成功した。

さらにPbCoO3の結晶構造を、大型放射光施設SPring-8[用語4]のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験[用語5]と、大強度陽子加速器施設J-PARC[用語6]のビームラインSuperHRPDでの高分解能中性子回折実験[用語7]によって詳細に調べた。その結果、ペロブスカイト型構造(一般式ABO3)の、AサイトにPb2+とPb4+が1:3で、BサイトにCo2+とCo3+が1:1で秩序配列した、四重ペロブスカイトと呼ばれる構造(図1)を持っていることが明らかになった。Pb2+とPb4+が1:3で含まれることは、SPring-8のビームラインBL15XUでの硬X線光電子分光測定[用語8](図2)によっても確認した。

PbCoO3(Pb2+Pb4+3Co2+2Co3+2O12)の結晶構造

図1. PbCoO3(Pb2+Pb4+3Co2+2Co3+2O12)の結晶構造

ペロブスカイト型構造ABO3(左)のAサイトにPb2+とPb4+が1:3で、BサイトにCo2+とCo3+が1:1で秩序配列している。

PbMO3(M=Ti, Cr, Co, Ni)の硬X線光電子分光(HAXPES)スペクトル

図2. PbMO3(M=Ti, Cr, Co, Ni)の硬X線光電子分光(HAXPES)スペクトル

Ti→Cr→Co→Niと元素周期表を右に進むに従って、Pb2+の割合が減少し、Pb4+の割合が増加している。これにより、PbMO3(M:3d遷移金属)では、周期表を左から右に進むに従って、鉛の価数が増加、遷移金属の価数が減少し、電荷分布がPb2+M4+O3→Pb2+0.5Pb4+0.5M3+O3 (Pb3+M3+O3)→Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3 (Pb3.5+M2.5+O3) →Pb4+M2+O3と、系統的に変化することも明らかになった。

まとめると、PbCoO3は、Pb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3とPb4+Ni2+O3の中間の、Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3(平均価数はPb3.5+Co2.5+O3)という特殊な電荷分布を持つことが明らかになった。その結果、PbCoO3は単純な組成であるにも関わらず、Pb2+とPb4+、Co2+とCo3+の違いを考慮すると、四重ペロブスカイトと呼ばれるPb2+Pb4+3Co2+2Co3+2O12の複雑な結晶構造を持つ。四重ペロブスカイトは巨大誘電率、磁気抵抗効果、負の熱膨張、酸素還元・酸素発生触媒など様々な機能を持つことから注目されている物質群である。

今後の展開

PbCoO3では、鉛、コバルトの両方が電荷秩序を持つことが明らかとなった。電荷秩序の融解の際には、超伝導や巨大磁気抵抗効果などの特異な現象が観測されることが多い。また、鉛とコバルトの価数の変化によって、半導体製造のような高精度な位置決めが求められる場面において、熱膨張によるずれを抑制できる負熱膨張[用語9]の発現も期待される。PbCoO3を改質することで、こうした機能の発現が期待される。

今回の研究で、Ti→V→Cr→Fe→Co→Niと、元素周期表を右に進むにつれて、鉛と3d遷移金属を含むペロブスカイト酸化物の鉛の平均の価数が2価→3価→3.5価→4価と上昇し、反対に3d遷移金属は4価→3価→2.5価→2価と系統的に減少することがより一層明らかになった。SPring-8とJ-PARCを併用することで、まだ明らかになっていないマンガン酸鉛(PbMnO3)の電荷分布の解明が待たれる。

付記

本研究は中国科学院物理研究所のJunye Yang、Yunyu Yin、Jianhong Dai、Wenmin Li大学院生、Changqing Jin教授、Youwen Long教授、独国ユーリッヒ研究所のMarjana Ležaić博士、Gustav Bihlmayer博士、独国マックスプランク研究所のZhiwei Hu博士との共同で行われた。

本研究の一部は、神奈川科学技術アカデミー・戦略的研究シーズ育成事業「革新的巨大負熱膨張物質の創成」(代表:東正樹東京工業大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」、挑戦的萌芽研究「分極回転機構による巨大圧電材料の実現」(代表:東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓―材料科学の新展開」(代表:田中功京都大学教授)、東京工業大学科学技術創成研究院World Research Hub Initiative(WRHI)プログラムの助成を受けて行った。

用語説明

[用語1] ペロブスカイト型 : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語2] 電荷秩序 : 同じ元素だが異なる価数を持つイオンが、繰り返し周期を持って整然と配列していること。

[用語3] 3d遷移金属 : 元素周期表の第4周期、スカンジウム(Sc)から銅(Cu)までの金属元素。複数の価数のイオンになることができ、磁性や電気伝導などの機能をもたらす。

[用語4] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語5] 放射光X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語6] 大強度陽子加速器施設J-PARC : 日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で建設・運営を行っている最先端科学研究施設。茨城県東海村のJAEA原子力科学研究所内、約65 haの敷地に3台の大型陽子加速器と各種の実験研究施設が設置されている。加速器で光速近くまで加速された大強度陽子ビームを、標的である金属や炭素などの原子核と衝突させて、原子核破砕反応により大量の中性子や中間子、ミュオン、ニュートリノなどの粒子を発生させる。実験研究施設ではこれらの粒子を利用して原子や原子核の世界を調べ、最先端の原子核・素粒子物理研究や、物質科学・生命科学研究、核変換技術研究などが行われている。

[用語7] 高分解能中性子回折実験 : 中性子回折とは試料に中性子を当てて、回折された中性子から対象物質の構造を調べる方法。中性子は、物質中の原子核と強く相互作用するので、物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。酸素や水素などの軽元素を含む物質、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。J-PARCで開発された高分解能モデレータを採用した中性子源と、100 mの長尺ビームラインを持つSuperHRPDにより、高精度での構造解析が可能となった。

[用語8] 硬X線光電子分光測定 : 4 keV以上の高いエネルギーをもつX線である、硬X線を物質に入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。

[用語9] 負熱膨張 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society, 139 (2017)
論文タイトル :
A-site and B-site charge orderings in an s-d level controlled perovskite oxide PbCoO3
著者 :
Yuki Sakai, Junye Yang, Runze Yu, Hajime Hojo, Ikuya Yamada, Ping Miao, Sanghyun Lee, Shuki Torii, Takashi Kamiyama, Marjana Ležaić, Gustav Bihlmayer, Masaichiro Mizumaki, Jun Komiyama, Takashi Mizokawa, Hajime Yamamoto, Takumi Nishikubo, Yuichiro Hattori, Kengo Oka, Yunyu Yin, Jianhong Dai, Wenmin Li, Shigenori Ueda, Akihisa Aimi, Daisuke Mori, Yoshiyuki Inaguma, Zhiwei Hu, Takayuki Uozumi, Changqing Jin, Youwen Long and Masaki Azuma
DOI :

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九州大学 広報室

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単体法は完全ユニモジュラーな線形計画問題に対して強多項式となりうる

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概要

東京工業大学 工学院 経営工学系の水野眞治教授は、単体法[用語1]にタルドシュ(Tardos)の基本アルゴリズムを使うことにより、完全ユニモジュラーな線形計画問題[用語2]強多項式[用語3]時間で解けることを示した。この結果は、単体法で生成される解の数の上界を使うことによって達成された。また、その上界は、2012年に同系の北原知就助教との共同研究で得たものである。

単体法は図1のように実行可能領域のすべての頂点を生成することがあり、一般には多項式時間となるとは言えないが、完全ユニモジュラーな問題に限定することにより、上述の結果が得られている。この結果は、単体法により、組合せ的な線形計画問題が実際に高速に解けることに、理論的な裏付けを与える。

研究成果

線形計画問題は、内点法[用語4]を使うことにより、多項式時間で解くことができ、さらにTardosのアルゴリズムを使うことにより、組合せ的な問題を強多項式時間で解くことができることが知られている。一方、単体法は、線形計画問題を効率よく解く方法として内点法より古くから使われているが、理論的に(強)多項式時間解法であるか、数十年にわたって不明である。今回、問題のクラスを完全ユニモジュラーな行列を持つ線形計画問題に限定した場合に、Tardosの基本アルゴリズムを使うことにより、補助問題が非退化であるという仮定のもとで、単体法が強多項式時間となることを明らかにした。

研究の背景

単体法は、ほとんどの実用上の線形計画問題を高速に解くことができるが、その根拠となる理論的な保証があまりなかった。北原・水野は、単体法で生成される解の数に関する新しい上界を得ることに最近成功した。その上界をうまく利用して、Tardosの基本アルゴリズムを使うことにより、単体法が完全ユニモジュラーな行列を持つ線形計画問題を多項式時間で解くことを示した。

今後の展開

今回の研究では、単体法が強多項式アルゴリズムとなりうることを示したが、その結果を得るために、ふたつのことを仮定している。それは、線形計画問題の制約式の係数行列が完全ユニモジュラーであることと、Tardosの基本アルゴリズムで現れる補助問題が非退化[用語5]であることである。これらの仮定は、かなり強いものであるため、その条件を緩めたもとで、同様な結果を得ることが今後の研究の重要な課題となる。

単体法で生成される点列の例

図1. 単体法で生成される点列の例

用語説明

[用語1] 単体法 : ダンツィッヒ(Dantzig)が1954年に開発した線形計画問題の基本的な解法。

[用語2] 完全ユニモジュラー※1な線形計画問題※2 : 制約式の係数行列が完全ユニモジュラーである標準形の線形計画問題。
※1 完全ユニモジュラー行列 : 任意の部分正方行列の行列式が0,1,-1のいずれかとなる行列。
※2 線形計画問題 : 工学・経営・経済等に現れる最適化問題を定式化した基本的な数式モデル。

[用語3] 強多項式アルゴリズム※3 : 計算時間・計算量が入力データの数の多項式で抑えられるアルゴリズム。
※3 多項式アルゴリズム : 計算時間・計算量が入力データのサイズの多項式で抑えられるアルゴリズム。

[用語4] 内点法 : カーマーカー(Karmarkar)が1984年に開発した線形計画問題の解法。

[用語5] 非退化な線形計画問題 : 任意の基底解において、基底変数の値が正となる線形計画問題。

論文情報

掲載誌 :
Optimization Methods and Software Vol. 31, 1298-1304 (2016)
論文タイトル :
The simplex method using Tardos' basic algorithm is strongly polynomial for totally unimodular LP under nondegeneracy assumption
著者 :
Shinji Mizuno
所属 :
Department of Industrial Engineering and Economics, Tokyo Institute of Technology
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に新たに発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

工学院 経営工学系
教授 水野眞治

E-mail : mizuno.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2816 / Fax : 03-5734-2947

東京工業大学、秋田大学、秋田県医師会が三者間連携協定を締結

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東京工業大学、秋田大学、秋田県医師会の三者は、それぞれの持つ教育・研究・医療に関する技術や経験を生かし、医理工分野における連携を強化することで、長寿健康社会の実現に資する取り組みを推進するために連携協定を締結することとし、3月29日に調印式および共同記者会見を実施しました。

記念撮影
記念撮影

本協定は、三者が医理工分野において幅広く協力関係を築きながら連携を深めつつ、日本が直面する超高齢化社会への対応と国民の長寿・健康に関する取り組みを推進することにより、長寿健康社会の実現に資することを目的としたものです。

具体的な連携内容としては、「高齢者診断・医療の提供」「高齢者支援システム」「長寿・健康増進」のそれぞれに関する研究開発について、高齢化率が全国で最も高い秋田県におけるニーズと東京工業大学の持つ技術シーズをマッチングし、共同研究や大学院教育、教員相互交流、地域医療分野での実証などを予定しています。これらの連携を通じて、長寿・健康研究教育拠点形成を目指し、先端的な研究開発が高齢者医療等の向上に資するものと期待するとともに、取り組みによる医療・介護機器や医薬品の開発等により、健康産業の創生や秋田県の高齢化の課題にも寄与するものとしています。

調印式および共同記者会見では、三者による協定書への署名が行われ、秋田大学の山本文雄学長から「この三者間連携により、高齢化の著しい秋田県内の医療はもとより、将来的に我が国が抱える高齢化社会への対応に大きく貢献したい」との挨拶がありました。また、本学の三島良直学長から「高齢化の進む地域の状況を把握し、大学が持つ様々な技術シーズを生かして貢献できるよう、秋田大学・秋田県医師会と連携していきたい」と述べ、秋田県医師会の小玉弘之会長から「少子高齢化の先行県である秋田で、秋田大学・東京工業大学とともに先端的な取り組みを実施できることを大変嬉しく思う」と話しました。

  • 三島良直学長
    三島良直学長
  • 山本文雄秋田大学学長
    山本文雄秋田大学学長
  • 記者会見の様子
    記者会見の様子
  • 小玉弘之秋田県医師会会長
    小玉弘之秋田県医師会会長

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Email:media@jim.titech.ac.jp

Tel:03-5734-2975

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