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悪性化したがん細胞をその場で可視化―近赤外発光分子で高感度かつ迅速ながん検出手法を開発―

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要点

  • 悪性化したがん細胞を検出する新しい血中投与型発光分子を開発
  • マウスの腫瘍・転移組織に存在する低酸素がん細胞を高感度かつ迅速に検出
  • 様々な疾患研究に適用可能な高感度イメージング材料の設計指針を提案

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の近藤科江教授と口丸高弘助教らは、腫瘍組織に存在する悪性化したがん細胞を非侵襲的に可視化することに成功した。悪性がん細胞で活性化する低酸素誘導因子[用語1]に応答して、近赤外発光[用語2]を生成するイメージングプローブ[用語3](POL-N)を開発して実現した。このイメージングプローブはユビキチン-プロテアソーム系(UPS)[用語4]による低酸素誘導因子の分解制御機構と、近赤外生物発光分子を組み合わせたタンパク質分子であり、血中に投与するだけで、高感度かつ迅速に腫瘍組織の低酸素誘導因子を発光できた。

低酸素誘導因子は多くの腫瘍組織で活性化が認められ、薬剤抵抗性や転移といった悪性化に関わることが報告されており、治療標的や診断マーカーとして有望な分子である。これまで、腫瘍組織における低酸素誘導因子の活性化を非侵襲的に可視化するためには、がん細胞やマウスに前もって遺伝子を導入する必要があり、その場観察は困難だった。開発したイメージングプローブは、外部から生体に血中投与した後、低酸素誘導因子が活性化したがん細胞内に蓄積され、生体組織透過性の高い近赤外発光シグナルを生成することで悪性化したがん細胞を可視化する。マウスを用いたがんの悪性化機構に関する研究を加速させるとともに、低酸素誘導因子が関わる多くの疾患研究に有用なツールとなる。研究成果は10月4日発行のネイチャー・パブリッシンググループのオンラインジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

研究成果

イメージングプローブは、低酸素誘導因子が活性化していない細胞に取り込まれると即座に分解され発光シグナルを生成しないが、低酸素誘導因子活性化細胞においては安定化し、生体組織透過性に優れる近赤外発光を生成する(図1)。イメージングプローブを、皮下腫瘍が形成されたマウスに尾静脈から全身投与したところ、従来の蛍光プローブに比べ、非常に短時間(投与後1時間)かつ高感度に、腫瘍組織の低酸素誘導因子が活性化した悪性がん細胞の非侵襲的な可視化に成功した(図2)。また、これまでの蛍光イメージングでは膀胱、肝臓や腎臓といった臓器で排泄過程にあるイメージングプローブが長時間にわたって強い光シグナルを発してしまい、高感度なイメージングが困難であった、大腸がんの肝転移病巣における低酸素誘導因子活性の検出が可能であることを示した(図3)。

イメージングプローブによる低酸素誘導因子活性化細胞の可視化機構

図1. イメージングプローブによる低酸素誘導因子活性化細胞の可視化機構

低酸素誘導因子が活性化した皮下腫瘍のイメージングの違い(左)と今回開発した近赤外生物発光画像(発光)と従来の蛍光画像(蛍光)の検出感度(特異的シグナル/非特異的シグナル)の比較(右)
図2.
低酸素誘導因子が活性化した皮下腫瘍のイメージングの違い(左)と今回開発した近赤外生物発光画像(発光)と従来の蛍光画像(蛍光)の検出感度(特異的シグナル/非特異的シグナル)の比較(右)
従来の蛍光画像では、腎臓より排せつされる蛍光色素からの非特異的なシグナルが強すぎて腫瘍からの特異的なイメージを得られない。
低酸素誘導因子が活性化した肝転移病巣のイメージングの違い

図3. 低酸素誘導因子が活性化した肝転移病巣のイメージングの違い

従来の蛍光画像では、膀胱より排せつ途中の蛍光色素からの非特異的なシグナルが強すぎて、肝臓がんをイメージすることができない。

背景

細胞の低酸素応答を司る転写因子低酸素誘導因子は、多くの腫瘍組織で活性化して、薬剤抵抗性や転移といった、がんの悪性化に関わることが知られている。低酸素誘導因子は、有酸素下では、UPSによって選択的に分解されているが、腫瘍内低酸素環境[用語5]ではUPSの分解をのがれ、がん細胞の悪性化を促す多くの遺伝子の制御に関わる。多くの腫瘍悪性化マーカー分子と異なり、低酸素誘導因子は幅広いがん種において悪性化に関わっていることから、がん細胞が低酸素誘導因子の活性化を介して悪性化する分子機構や、治療・診断薬の開発まで活発な研究が世界中で進められている。

これまで、腫瘍組織の低酸素誘導因子の活性化を可視化するためには、準備に長期間を要する細胞や動物への遺伝子導入が必要であった。それを克服するために、その場で血中に投与可能な蛍光分子を用いた機能性材料によるイメージング手法が試行されてきたが、蛍光シグナルの制御が難しく、検出感度が十分でないことに加え、検出までに長時間を要していた。

研究の経緯

今回の研究では、これまでの蛍光イメージングプローブの欠点を解消するため、光シグナルの精密な制御が可能な生物発光タンパク質ウミシイタケルシフェラーゼ(Rluc)を利用した。しかし、Rlucが生成する最大発光波長は547 nm(ナノメートル)と、生体組織に吸収されやすく、生体組織の非侵襲イメージングには不向きであった。そこで、Rlucに近赤外蛍光色素を結合し、生物発光共鳴エネルギー移動[用語6]を介して最大発光波長を702 nmに長波長化することで、この問題を解決した。

今後の展開

POL-Nイメージングプローブを用いて発がんや転移過程における低酸素誘導因子の役割を明らかにしていく予定である。また、イメージングプローブの分子設計は、低酸素誘導因子に限らず、UPSで制御される様々な分子活性を可視化するイメージングプローブの開発に利用可能であり、今後、多くのイメージング材料の開発に貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 低酸素誘導因子(HIF, hypoxia-inducible factor) : 細胞が低酸素環境に晒されると安定化し、転写活性を介して細胞の低酸素応答を司る分子。

[用語2] 近赤外発光 : 650 nmよりも長い波長を有する発光。

[用語3] イメージングプローブ : 特定の標的を可視化する材料の総称。

[用語4] ユビキチン-プロテアソーム系(UPS, ubiquitin-proteasome system) : 細胞内のタンパク質を特異的に認識して分解する機構。

[用語5] 腫瘍内低酸素環境 : 不完全な血管形成とがん細胞の過増殖によって慢性的な酸素欠乏に陥った環境。

[用語6] 生物発光共鳴エネルギー移動 : 生物発光反応によって生成されたエネルギーが近傍の蛍光物質に移動する現象。

研究サポート

この研究は、新学術領域「がん微小環境ネットワークの統合的研究」と日本学術振興会の特別研究員奨励費の支援を受けて実施した。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
A novel injectable BRET-based in vivo imaging probe for detecting the activity of hypoxia-inducible factor regulated by the ubiquitin-proteasome system.
(ユビキチンプロテアソーム系により制御されている低酸素誘導因子活性を検出する新規投与型生体イメージングプローブ)
著者 :
Takahiro Kuchimaru, Tomoya Suka, Keisuke Hirota, Tetsuya Kadonosono, Shinae Kizaka-Kondoh
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に新たに発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 近藤科江

E-mail : skondoh@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5800

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

10月20日8:55 論文情報に一部誤りがあったため、修正しました。

地球内部に最も多いブリッジマナイトの結晶選択配向の決定 沈み込んでいくプレートの流れる方向を解明

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地球内部に最も多いブリッジマナイトの結晶選択配向の決定 沈み込んでいくプレートの流れる方向を解明
―火山や地震に影響を与えるマントルダイナミクスの解明に前進―

岡山大学 惑星物質研究所の辻野典秀JSPS特別研究員(PD)、山崎大輔准教授と愛媛大学、神戸大学、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)、東京工業大学の共同研究グループは、地球内部で最も多く存在するブリッジマナイト[用語1](図1)多結晶体のせん断変形による結晶選択配向[用語2]を実験により解明。スラブ(沈み込んだプレート)近傍の地球下部マントル[用語3]の流れ場(図2)を明らかにしました。本研究結果は10月17日(英国時間午後4時)、英国の科学雑誌「Nature」のLetterとして公開されました。

本研究成果により、地震波異方性が観察されている領域の流れ場を明らかにすることができ、火山や地震に影響を与えるマントルダイナミクスに重要な知見を与えることが期待されます。

ブリッジマナイトの結晶構造

図1. ブリッジマナイトの結晶構造

トンガーケルマディックスラブ近傍の地球マントルの内部構造

図2. トンガーケルマディックスラブ近傍の地球マントルの内部構造

業績

岡山大学 惑星物質研究所の辻野典秀JSPS特別研究員(PD)、山崎大輔准教授と愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西原遊准教授、神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻の瀬戸雄介講師、公益財団法人高輝度光科学研究センターの肥後祐司研究員、東京工業大学 理学院の高橋栄一教授らの共同グループは、高圧実験技術の改良により、ブリッジマナイト多結晶体の大歪(だいひずみ)せん断変形実験に成功。SPring-8[用語4]のBL04B1の高輝度単色X線を利用して、回収試料の変形したブリッジマナイト多結晶体の結晶選択配向を決定しました。決定した結晶選択配向をもとに、これまで報告されている地震波速度異方性から、沈み込んでいるスラブの流れの方向を明らかにしました。

背景

地球マントルの物質循環(プレートの沈み込み、プルームの上昇、対流様式等)を理解する上で、マントルのレオロジー(流動特性)を知ることは必要不可欠です。特に、深さ660 km以深の下部マントルはマントル全体の約70体積%を占め、また、下部マントルのおよそ77体積%はブリッジマナイトという鉱物が占めると考えられていることから、ブリッジマナイトの流動特性の解明は下部マントルの流動特性を理解するために必須です。

地球物理学的観測によって、スラブ周辺の下部マントルにおいて、S波[用語5]の地震波速度の異方性が観測されています。この異方性の要因として、マントル鉱物、この場合はブリッジマナイトのせん断変形による結晶選択配向が考えられます。しかしながら、これまで実験的困難さから、下部マントル条件下でせん断変形によって引き起こされるブリッジマナイトの結晶選択配向は明らかとなっていません。そのため、地震波速度の異方性の成因は未解決の問題でした。

見込まれる成果

下部マントル上部の温度圧力条件(25万気圧、1600 ℃)でせん断変形実験を行うことによって、世界で初めて変形に伴うブリッジマナイトの結晶選択配向を明らかにし、 結晶のa面内をc軸方向に転位[用語6]が移動するすべり系が主要になっていると推定しました。これらの結果とこれまでに報告されているブリッジマナイトの弾性定数と組み合わせることにより、下部マントルでのスラブ近傍で観測されている地震波速度異方性がスラブに沿った変形によって説明できることを明示しました。

結晶選択配向は地震波異方性を引き起こす重要な要因のうちの一つです。実験的に各マントル鉱物の変形による結晶選択配向を明らかにすることは、マントルダイナミクスを理解するうえで重要なアプローチの一つです。本研究成果は、これまで、明らかにされていなかったブリッジマナイトのせん断変形誘起の結晶選択配向を明らかにし、スラブの流動方向を確定しました。さらに、本研究での変形実験技術の開発で下部マントル条件での大歪変形実験を可能としたことにより、今後更なる下部マントル鉱物のレオロジー(特に粘性率)に関する重要な知見を提供できるようになると期待されます。

用語説明

[用語1] ブリッジマナイト : 深さ660 km - 2900 kmに広がる下部マントルの最主要鉱物(77体積%)であると考えられている鉱物です。主な組成は(Mg,Fe)SiO3であり、結晶構造はペロブスカイト型構造です。2014年に国際鉱物学連合によりブリッジマナイトという名称が承認されました。この名称は高圧物理学でノーベル物理学賞を受賞したパーシー・ブリッジマンに由来します。

[用語2] 結晶選択配向 : 鉱物の多結晶体の各粒子がランダムな方位を向いているのでなく、ある特定の方位を向いている状態。地球マントルでの結晶選択配向は主に、マントル対流(塑性変形)により発達すると考えられています。

[用語3] マントル : 地球型惑星では金属核の外側に広がる岩石層。地球において、大陸地域では地表下30 - 70 kmから、海洋地域では海底面下約7 kmから約2900 kmの深さまでに広がっています。また、地震学的観測および鉱物学的検討から深さ410 kmまでを上部マントル、深さ410 - 660 kmを遷移層、深さ660 km - 2900 kmを下部マントルと呼びます。

[用語4] SPring-8 : 兵庫県にある世界最大級の大型放射光施設。リング型の施設で、電子を光速程度まで加速して得られる非常に強いX線を用いて、様々な研究が行われています。

[用語5] S波 : Secondary wave(第二波)の略称。進行方向に対し、直行した方向に振動する弾性波です。

[用語6] 転位 : 結晶中に含まれる線状の結晶欠陥。転位が生成され、移動することによって、結晶の変形に要する力は、結晶内での原子間の結合力よりも小さくなります。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Mantle dynamics inferred from the crystallographic preferred orientation of bridgmanite
「ブリッジマナイトの結晶選択配向から読み解くマントルダイナミクス(仮)」
著者 :
Noriyoshi Tsujino, Yu Nishihara, Daisuke Yamazaki, Yusuke Seto, Yuji Higo, Eiichi Takahashi
DOI :

この研究は辻野典秀JSPS特別研究員の東京工業大学での博士論文研究を発端とし、JSPS KAKENHI Grant Number 15J09669, 25247088, 21109001によって支援されました。

お問い合わせ先

岡山大学 惑星物質研究所
JSPS特別研究員(PD) 辻野典秀

E-mail : tsujino@okayama-u.ac.jp
Tel : 0858-43-3739 / Fax : 0858-43-3755

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
准教授 西原遊

E-mail : yunishi@sci.ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-8150 / Fax : 089-927-8405

神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻
講師 瀬戸雄介

E-mail : seto@crystal.kobe-u.ac.jp
Tel / Fax : 078-803-5742

取材申し込み先

岡山大学 広報・情報戦略室

E-mail : www-adm@adm.okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-7292 / Fax : 086-251-7294

愛媛大学 総務部 広報課

E-mail : koho@stu.ehime-u.ac.jp
Tel : 089-927-9022 / Fax : 089-927-9052

神戸大学 総務部 広報課

E-mail : ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp
Tel : 078-803-6696 / Fax : 078-803-5088

公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及啓発課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

半導体トランジスタ中の欠陥でコヒーレンス制御に成功―ノイズの原因だった欠陥から新たな現象を発見―

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要点

  • 半導体トランジスタの特性を低下させる欠陥のコヒーレント制御に成功
  • トランジスタ電流とマイクロ波が共鳴することで従来と比較して3桁長いコヒーレンス時間(1~40 μ秒)を実現
  • 欠陥による量子2準位系は将来の量子コンピュータ[用語1]への応用が可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 量子ナノエレクトロニクス研究コアの小田俊理教授、テノリオ・パール・J・O特任助教、E・D・ハーブシュレブ日本学術振興会外国人特別研究員の研究グループは、ケンブリッジ大学工学部のW・I・ミルン教授(世界トップレベルの海外大学教員招聘プログラムで東工大に滞在中)と共同で、半導体デバイスである電界効果トランジスタ(FET)の酸化膜中の欠陥について、通常ノイズとして扱うところを、注意深く制御し、それがコヒーレンス時間[用語2]の長い2準位状態[用語3]になることを発見した。この2準位状態は、既存のスーパーコンピュータを凌駕する計算能力を持つ量子コンピュータへの応用が期待される。

この成果は、2016年9月19日発行のNature Materials誌オンライン版に掲載された。

背景

電界効果トランジスタ(FET)の半導体/酸化膜界面の欠陥は、電子をトラップ(捕獲)して動かなくするため、半導体デバイスの性能を低下させるという問題がある。特に微細FETや低温下での動作では、欠陥によるトラップへの電子の出入りで電流が顕著に変化するため、それが大きなノイズ源となり、対策が求められていた。

近年、従来のスーパーコンピュータでは何年もかかる計算が、量子コンピュータを使用すると短時間で可能になることがわかってきた。量子コンピュータの実現のためには、安定した量子2準位系と長いコヒーレンス時間を実現することが必要だった。

研究の経緯

小田俊理教授は長年、ケンブリッジ大学 工学部のW・I・ミルン教授(世界トップレベルの海外大学教員招聘プログラムで東工大に滞在中)と共同研究を実施してきた。2014年にケンブリッジ大学 ミルン教授の研究室で博士の学位を取得したテノリオ・パール・J・O博士は、学位取得後直ぐに小田研究室の特任助教に採用され、同じくケンブリッジ大学で博士を取得しJSPS外国人特別研究員として小田研究室に滞在中のE・D・ハーブシュレブ博士と協力して、電界効果トランジスタにおけるゲート酸化膜中の欠陥が作る電子状態とマイクロ波の相互作用を低温下で測定した。欠陥は電子をトラップ(捕獲)して動かなくするため、半導体デバイスの性能を低下させ、トラップへの電子の出入りは、ノイズとして取り扱われる。しかし、トラップの性質を注意深く制御すると、コヒーレンス時間の長い2準位状態になることを発見した。

研究成果

今回、図(a)に示すFETを作製した。半導体/酸化膜界面に多くの欠陥準位を導入するため、酸化膜の素材にはTiO2やAl2O3を用いた。実験では、温度が80 Kの時、電極(ソース・ドレイン電極[用語4])間のチャネルを流れる電流が図(b)に示すように時間の経過と共に大きくなったり小さくなったりする。これはランダムテレグラフノイズ(RTN)と呼ばれる。

図(b)上部に示すように、欠陥準位に電子が捕獲された状態と解放された状態で電流の輸送経路が変わるためにRTNが発生する。さらに4.2 Kに冷却すると熱エネルギーが小さくなるため、RTNは凍結されてほとんど観測されなくなる。この状態で、周波数0.8~2.5 GHzのマイクロ波を照射したときのチャネル電流を図(c)に示した。マイクロ波と欠陥にある電子との共鳴現象により電流が極端に増加して、Q値[用語5]が100,000におよぶ鋭い共鳴ピークを示した。このピークの位置は大変安定で、数日間放置しても変わらなかった。図(c)に周波数スケールを拡大表示したが、ピークの形状はファノ型とローレンツ型[用語6]に分類することができる。

図(d)にはAl2O3試料の状態密度分布(赤)、電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラムを示した。TiO2試料の場合にはコヒーレンス時間は1~40 μ秒に達し、これまでに発表された電荷ベースQubit(100ナノ秒)と比較して3桁大きい値を示している。これは、将来の量子コンピュータへの応用が期待できる特性である。

(a)本研究で用いた電界効果トランジスタの模式図。(b)欠陥(トラップ)に捕獲された電子とマイクロ波の相互作用により、トランジスタチャネルの電流経路が変化する様子の模式図(上)とトラップに出入りする電子による電流の時間変化、80 Kで測定(下)。(c)チャネル電流の広帯域マイクロ波スペクトル。4.2 Kで測定。鋭いスパイク状の電流変化は高分解能プロット(挿入図)でファノ型とローレンツ型に分離される。(d)状態密度分布(赤)と電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラム。
図.
(a)本研究で用いた電界効果トランジスタの模式図。
(b)欠陥(トラップ)に捕獲された電子とマイクロ波の相互作用により、トランジスタチャネルの電流経路が変化する様子の模式図(上)とトラップに出入りする電子による電流の時間変化、80 Kで測定(下)。
(c)チャネル電流の広帯域マイクロ波スペクトル。4.2 Kで測定。鋭いスパイク状の電流変化は高分解能プロット(挿入図)でファノ型とローレンツ型に分離される。
(d)状態密度分布(赤)と電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラム。

今後の展開

FET中の欠陥のミクロな起源について解明していく必要がある。それは、高いQ値の共鳴現象が材料由来ではなく、また、長いコヒーレンス時間を持つことからミクロな起源の候補は絞られるが、さらに研究が必要となる。

今後は、今回発見した現象を活用して量子コンピュータを実現するため、ラビ振動[用語7]の観測や量子ゲート[用語8]の動作、エンタングルメント[用語9]の観察などを行っていく。

用語説明

[用語1] 量子コンピュータ : 通常のコンピュータは“1”と“0”の2値で逐次的に計算するが、量子コンピュータでは“1”と“0”の重ね合わせ状態で計算するので、複雑な計算を短時間で処理することができる。

[用語2] コヒーレンス時間 : 量子干渉状態が光や電子との衝突によって壊れるまでの時間。この時間内に演算を行う必要がある。

[用語3] 2準位状態 : 物理的に明確に定義できる2つのエネルギー準位の重ね合わせが、量子計算の最小単位(量子ビット)になる。

[用語4] ソース・ドレイン電極 : MOS(金属/酸化物/半導体)型FETでは、金属(ゲート)電極に電圧を掛けると、半導体のソース電極およびドレイン電極の間に電子が湧いてチャネルが形成される。

[用語5] Q値 : 共鳴スペクトルピークの鋭さを表す。不純物による散乱があるとQ値は低くなる。

[用語6] ファノ型とローレンツ型 : ローレンツ型は左右対称のスペクトルピークであるのに対し、ファノ型は、トラップされた電子以外の原因による低Q値ピークの影響を受けて非対称なピークを形成する。

[用語7] ラビ振動 : 2準位系の電子がマイクロ波の刺激に共鳴して基底状態と励起状態の間で振動を起こす現象。

[用語8] 量子ゲート : 古典コンピュータが論理ゲートで演算するように、量子コンピュータでは量子ビットを組みあわせた量子ゲートで計算を行う。

[用語9] エンタングルメント : 離れた場所にある2個の粒子の状態が“1”と“0”の重ね合わせの状態にあり、一つの粒子の状態を測定して“1”と判ったとき、離れた場所にいる他方の粒子の状態は“0”に確定するという、量子力学に特有な現象。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Observation and coherent control of interface-induced electronic resonances in a field-effect transistor
(和訳:電界効果トランジスタ中の界面電子共鳴の観測とコヒーレント制御)
著者 :
Jaime Oscar Tenorio-Pearl1, 2, Ernst David Herbschleb1, Stephen Fleming2, Celestino Creatore3, Shunri Oda1, William Milne1,2, and Alex Chin3
所属 :
1Quantum Nanoelectronics Research Center, IIR, Tokyo Institute of Technology.
2Electrical Engineering Division, Department of Engineering, University of Cambridge.
3Cavendish Laboratory, University of Cambridge.
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
教授 小田俊理

E-mail : soda@pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3048 / Fax : 03-5734-3565

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

アフリカツメガエルの複雑なゲノムを解読―脊椎動物への進化の原動力「全ゲノム重複」の謎に迫る―

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発表のポイント

  • 2種類の祖先種が異種交配して「全ゲノムが重複」したとされるアフリカツメガエル。その複雑なゲノムの全構造を明らかにした。これにより、ついに全ての主要モデル生物のゲノム情報が出揃った。
  • 祖先種から受け継いだ2種類のゲノム(サブゲノム)を特定することに成功し、約1800万年前の「全ゲノム重複」の後に、ゲノムがどのように進化したかを初めて明らかにした。
  • 本ゲノム情報は、生命科学の発展に多大な貢献をするだけではなく、約5億年前に脊椎動物が誕生する過程で起きたとされる「全ゲノム重複」の謎を解く鍵、ロゼッタストーンとなる。

発表概要

東京工業大学 生命理工学院の田中利明助教が参画しているアフリカツメガエルゲノム国際コンソーシアムは、アフリカツメガエルの複雑なゲノムの全構造を明らかにしました。

さまざまな生物の全ゲノム解読は、全遺伝子の解明を通じて広く生命科学に寄与するとともに、生物進化の研究に多くの知見をもたらしてきました。多くの動物は父方と母方からの同一のゲノムをもつ「二倍体」ですが、アフリカツメガエルは、異種交配と全ゲノム重複により1つの生物の中に異なる2種類のゲノムをもった「異質四倍体」とされていました。そのため、非常に有用なモデル生物であるにもかかわらず、全ゲノム解読が非常に困難と諦められ、主要モデル生物の中で唯一行われていませんでした。しかし日本とアメリカを中心とする国際コンソーシアムは、アフリカツメガエルの全ゲノム解読に挑み、見事その全貌を明らかにしました。得られた情報は今後生物学から医学に至るさまざまな研究分野に大きく貢献すると期待できます。加えて、アフリカツメガエルのゲノムの中にある2種類のゲノム(サブゲノム)が別々の染色体のセットに分かれて存在するという重要な発見をしました。それにより、このカエルは約1800万年前に、2つの種が異種交配と全ゲノム重複を起こして誕生した異質四倍体であること、その後2つのサブゲノムが1つの生物の中で異なる進化を辿ったことが明確に示されました。今日の地球上には実に多様な種類の脊椎動物が生息し繁栄していますが、その最大の要因と考えられるのが約5億年前の古生代カンブリア紀に起きたとされる「2回の全ゲノム重複」です。その謎を解くための重要な鍵、いわゆるロゼッタストーンとしてアフリカツメガエルのサブゲノムの進化の仕組みが役立つことになります。これは生命科学における画期的な成果です。

この研究成果は、英国科学雑誌「Nature(ネイチャー))」に10月20日付けで掲載され、注目すべき成果として同誌の表紙を飾りました。

発表内容

背景と課題

1つの生物がもつ全遺伝情報をゲノム[用語1]と言い、その本体はDNAです。今日、種々の生物のゲノムDNAが解読されており、そこで得られたゲノム情報は生命科学の発展に大きく寄与しています。それと共にゲノム情報を生物間で比較することは、生物進化の研究に多くの知見をもたらしてくれます。それは、数十億年の生物の歴史のなかで途切れることなく子孫へと受け継がれてきたゲノムを調べれば、その中に痕跡として残されている進化過程を探し出すことができると考えられるからです。これまで脊椎動物のゲノム解読は、まずヒトで行われ、その後はマウスやゼブラフィッシュ、メダカなど世界的に多くの研究者に用いられている実験モデル生物を中心に行われてきました(図1)。アフリカツメガエル[用語2](図2)は、1950年代から現在に至るまで、動物の発生の仕組みや細胞の性質を調べる上で非常に有用な実験モデル動物として使われてきました。2012年に山中伸弥博士と共にノーベル生理学・医学賞を受賞したジョン・ガードン博士はこのカエルを用いて、「細胞の初期化」を初めて実験的に示したことで有名です。しかしながら、研究の歴史が古くこれまで多くの重要な発見をもたらしてきた主要モデル生物の中で、唯一ゲノム解読されていなかったのが、複雑なゲノムのため解読が困難とされていたアフリカツメガエルでした。

脊椎動物の系統樹と全ゲノム重複。系統樹は分類群の分岐年代に従って表し、右端にゲノム解読された動物名を示す。全ゲノム重複(星印)は、脊椎動物の共通祖先種で約5億年前に2回起きたとされている。さらに真骨魚類の共通祖先種では約3.2億年前に3回目の全ゲノム重複が起き、ニジマスの系統では1億年前にさらに4回目の全ゲノム重複が起きた。両生類ではアフリカツメガエルの系統で1800万年前に3回目の全ゲノム重複が起きた。
図1.
脊椎動物の系統樹と全ゲノム重複。系統樹は分類群の分岐年代に従って表し、右端にゲノム解読された動物名を示す。全ゲノム重複(星印)は、脊椎動物の共通祖先種で約5億年前に2回起きたとされている。さらに真骨魚類の共通祖先種では約3.2億年前に3回目の全ゲノム重複が起き、ニジマスの系統では1億年前にさらに4回目の全ゲノム重複が起きた。両生類ではアフリカツメガエルの系統で1800万年前に3回目の全ゲノム重複が起きた。
アフリカツメガエルとネッタイツメガエル。(a)成体メスの比較。外見は良く似ているが、アフリカツメガエルの方がネッタイツメガエルより大きい。(b)頭部の拡大図。アフリカツメガエル(上)とネッタイツメガエル(下)では顔つきが異なる。このアフリカツメガエルは近交系のJ系統である。(c)胚の比較。アフリカツメガエル(上)とネッタイツメガエル(下)の胚。アフリカツメガエルとネッタイツメガエルの卵の直径はそれぞれ1.2 mmと0.7 mmであり、アフリカツメガエルの方が大きく、この時期の胚も大きい。
図2.
アフリカツメガエルとネッタイツメガエル。(a)成体メスの比較。外見は良く似ているが、アフリカツメガエルの方がネッタイツメガエルより大きい。(b)頭部の拡大図。アフリカツメガエル(上)とネッタイツメガエル(下)では顔つきが異なる。このアフリカツメガエルは近交系のJ系統である。(c)胚の比較。アフリカツメガエル(上)とネッタイツメガエル(下)の胚。アフリカツメガエルとネッタイツメガエルの卵の直径はそれぞれ1.2 mmと0.7 mmであり、アフリカツメガエルの方が大きく、この時期の胚も大きい。

多くの生物は、父方と母方から受け継いだ同一種類のゲノムを2つもつ「二倍体」ですが、1つの生物の中に2種類のゲノムを2つずつもつものがあり、これを「異質四倍体[用語3]」と言います(図3)。図3に示すように異質四倍体となるきっかけは近縁な2つの種の異種交配であり、そのあと染色体数の倍加、すなわち全ゲノム重複[用語4]が起こり異質四倍体となります。アフリカツメガエルは、新生代の頃に2つの種の異種交配で生じた異質四倍体の種であると考えられていました。しかしこれら2つの祖先種は既に絶滅し、現存していません。このようにアフリカツメガエルのゲノムはいわば、1種のカエルの中に2種の絶滅した祖先種ガエルのゲノム(これをサブゲノム[用語5]と言います;図4)が共存した状態といえます。したがって全ゲノム解読はこれらの2種類の互いに良く似たサブゲノムを区別して解読する必要があるため、非常にチャレンジングでありました。しかし、主要モデル生物として生命科学の発展に不可欠であること、また、脊椎動物の初期の進化の過程において起きたとされる2回の全ゲノム重複に重要な示唆を与えることから、2009年に日本と米国で期を同じくして独立にプロジェクトチームが立ち上がり、全ゲノム解読が始まりました。

異質四倍体は雑種の全ゲノム重複によってつくられる。ここでは簡単にするため祖先種の染色体は1対のみを描いてある。実際の染色体数は、祖先種は9対もち、アフリカツメガエルは18対をもつ。
図3.
異質四倍体は雑種の全ゲノム重複によってつくられる。ここでは簡単にするため祖先種の染色体は1対のみを描いてある。実際の染色体数は、祖先種は9対もち、アフリカツメガエルは18対をもつ。
異質四倍体は祖先種に由来する2つのサブゲノムをもつ。ここでは簡単にするため祖先種aとbの染色体は1番と2番の2対のみを描いた(実際は祖先種は9対でアフリカツメガエルは18対である)。異質四倍体化の直後は、同祖染色体間に区別がないが現在までに一方が短くなったと考えられる。そこで長い方をL(long)、短い方をS(short)と命名した。今回、詳細なゲノム解析を行った結果、染色体LのセットとSのセットが、祖先種由来のゲノム(これをサブゲノムという)にそれぞれ対応することが示された。そこで、2つのサブゲノムをLとSと命名し、さらに祖先種もLとSと命名した。この発見により、倍数化後のサブゲノムの変化を解析することが可能となった。
図4.
異質四倍体は祖先種に由来する2つのサブゲノムをもつ。ここでは簡単にするため祖先種aとbの染色体は1番と2番の2対のみを描いた(実際は祖先種は9対でアフリカツメガエルは18対である)。異質四倍体化の直後は、同祖染色体間に区別がないが現在までに一方が短くなったと考えられる。そこで長い方をL(long)、短い方をS(short)と命名した。今回、詳細なゲノム解析を行った結果、染色体LのセットとSのセットが、祖先種由来のゲノム(これをサブゲノムという)にそれぞれ対応することが示された。そこで、2つのサブゲノムをLとSと命名し、さらに祖先種もLとSと命名した。この発見により、倍数化後のサブゲノムの変化を解析することが可能となった。

研究内容

日本チーム(代表:東京大学・平良眞規)と米国チーム(代表:カリフォルニア大学・ダニエル・ロクサーとリチャード・ハーランド)は、2012年に国際コンソーシアムとして共同でゲノム解読を行うことで合意しました。それを可能にしたのが、日本が独自に作出した近交系動物(J系統[用語6]、図2)を、両チームが用いたことです。J系統はゲノムのDNA塩基配列に個体差がないため、2種の祖先種由来のサブゲノムの塩基配列の違いを浮かび上がらせることができました。それにより米国チームは、短く断片化したDNAの塩基配列を明らかにし、それらをパズルのピースのようにつなげていくことが可能となりました。しかしそれだけではよく似た2つのサブゲノム由来の塩基配列を区別して解読するには不十分です。日本チームの国立遺伝学研究所の藤山秋佐夫・豊田敦グループは、非常に長いDNA断片の塩基配列を明らかにし、名古屋大学の松田洋一・宇野好宣グループがそれらのDNA断片がアフリカツメガエルの染色体18対のうちどの染色体に対応するかを何百も調べました。さらに日本ツメガエル研究会(XCIJ)を母体とする研究グループ(広島大学・鈴木厚、北海道大学・福井彰雅、長浜バイオ大学・荻野肇、東京大学・近藤真理子ら16名)が、根気の要る緻密な確認作業を丹念に行いました。これらの共同作業により、ようやくゲノムの全体を、しかも非常に正確に、染色体ごとに解読することに成功しました。

次に、解読された全ゲノムDNA塩基配列を用いた解析を行いました。広島大学の彦坂暁グループは、「化石化した」トランスポゾン[用語7]のDNA塩基配列に注目することで、2つの祖先種から受け継いだサブゲノムをみごとに区別しました(図4と図5)。驚いたことに、2つのサブゲノムは1つの細胞の中でそれぞれが9本の染色体のセットとして維持されていました。つまり絶滅した祖先種それぞれがもっていた9本の染色体のセットがほぼそのままアフリカツメガエルの中に残っていたことになります。しかも注意深く比較すると、一方の染色体セットの染色体の長さが他方に比べて少しずつ短いことが分かりました(図4と図5)。そこで長い染色体のセットをL(long)、短い方をS(short)と名付け、それらの起源となる絶滅した祖先種もLとS、さらにそれに対応するサブゲノムもLとSと名付けました。

アフリカツメガエルのサブゲノムの同定。サブゲノムSに特異的な“化石化”DNA配列を用いて、染色体(青)をFISH法で赤く染色したもの。染色体1番~9番(9_10番)のSの染色体により多くの赤い染色が見られる。これらは祖先種Sに由来したものと考えられる。9番目の染色体は、ネッタイツメガエルの9番と10番染色体が融合した染色体に相当するため染色体9_10番と呼ぶ。
図5.
アフリカツメガエルのサブゲノムの同定。サブゲノムSに特異的な“化石化”DNA配列を用いて、染色体(青)をFISH法で赤く染色したもの。染色体1番~9番(9_10番)のSの染色体により多くの赤い染色が見られる。これらは祖先種Sに由来したものと考えられる。9番目の染色体は、ネッタイツメガエルの9番と10番染色体が融合した染色体に相当するため染色体9_10番と呼ぶ。

サブゲノムLとSが区別できたことで、2つの祖先種が誕生したのが約3400万年前であること、それらが異種交配して異質四倍体になったのが、新生代の中新世に入った約1800万年前であることが分かりました(図4)。アフリカツメガエルの遺伝子はゲノム中に全部で45,099個見つかりました。この数は二倍体の近縁の種のネッタイツメガエル[用語8]の約2倍でした(表1)。染色体に存在する遺伝子を対応させると、ネッタイツメガエルの1本に対してアフリカツメガエルの2本の染色体LとSが丁度対応しました。そこでさらに詳しく比較をすると、染色体セットLの方がネッタイツメガエルの染色体に良く似ており、染色体セットSの方がより多くの遺伝子が無くなっていることが分かりました。さらに使われ方にも大きな差があり、染色体セットLに存在する遺伝子の方がより多く使われていました。これらの結果から、異質四倍体になる時の全ゲノム重複の後、どのようにサブゲノムが進化するかが初めて明らかになりました。

表1. 遺伝子数の比較と同祖遺伝子の保持について

 
ネッタイツメガエル
アフリカツメガエル
全遺伝子数
約21,000
45,099
解析した遺伝子数
15,613
24,419
1対2
8,806
17,612
1対1
6,807
6,807
Lの遺伝子数
-
13,781
Sの遺伝子数
-
10,241

結論と今後の展望

では異質四倍体になることの利点は何だったのでしょうか。ツメガエル属のカエルの生息域を見てみますと、二倍体の種は赤道付近に限られていますが、異質四倍体の種は生息域を大きく広げています(図6)。この広い生息域には、アフリカツメガエルを含めた、幾つもの異質四倍体の種が生息していますが、それらの種はいずれも約1800万年前に一度だけ起きた異質四倍体化が基になっています。このように異質四倍体となった最初の種は、異なる2つのサブゲノムを獲得したことで、環境適応と生存競争に打ち勝つ進化の潜在能力が備わり、その結果、幾つもの種に進化しながら生息域を広げて行ったと考えられます。二倍体の祖先種が絶滅したのも、2つの種のそれぞれの優れた遺伝子をゲノムに合わせもった異質四倍体の子孫に凌駕されたため、と想像するに難くありません。

異質倍数化により何がもたらされたか。アフリカにおける、ツメガエル属の二倍体種と異質四倍体種の生息域を示す(Evans et al, 2004改変)。二倍体種は赤道付近の熱帯地方に限られているが、四倍体種はチャドから南アフリカまで広く分布する。このことから、異質四倍体化により環境適応能力が増して広範囲に生活範囲を広げたと考えられる。なお、二倍体のネッタイツメガエルの適温は26度前後、異質四倍体のアフリカツメガエルは14~23度である。
図6.
異質倍数化により何がもたらされたか。アフリカにおける、ツメガエル属の二倍体種と異質四倍体種の生息域を示す(Evans et al, 2004改変)。二倍体種は赤道付近の熱帯地方に限られているが、四倍体種はチャドから南アフリカまで広く分布する。このことから、異質四倍体化により環境適応能力が増して広範囲に生活範囲を広げたと考えられる。なお、二倍体のネッタイツメガエルの適温は26度前後、異質四倍体のアフリカツメガエルは14~23度である。

全ゲノム重複は生物の進化の過程でしばしば起こる現象と考えられています。その例が、約5億年前の古生代カンブリア紀に脊椎動物が出現する過程で起きたとされる「2回の全ゲノム重複」です。これによって遺伝子数を格段に増やしたことが、脊椎動物の誕生とその後の多様化と繁栄をもたらした要因であったと考えられています。その後、脊椎動物の中には、さらに3回目、4回目の全ゲノム重複を起こしたものがいます。例えば、魚類の仲間の真骨魚類の系統では約3.2億年前に3回目の、さらにニジマスの系統では約1億年前に4回目の全ゲノム重複を起こしています(図1)。しかしいずれもゲノム重複後に1億年以上も経過しているため、サブゲノムを明らかにできていません。今回、約1800万年前という比較的最近に全ゲノム重複が起こったアフリカツメガエルのゲノムを解読することで、初めてサブゲノムを区別することができ、それを基に重複後のサブゲノムの変化を初めて明らかにすることができました。ツメガエル属のカエルの中でも、さらに4回目と5回目の全ゲノム重複が想定される種が見つかっています。今回のような解析をさらに進めることで、これまで謎であった約5億年前に起こったとされる脊椎動物の初期の進化での2回の全ゲノム重複や、約3.2億年前や約1億年前に起こったとされる魚類の系統での全ゲノム重複が、その後の進化にどのようなインパクトを与えたかを読み解く鍵、すなわちロゼッタストーン[用語9]になるものと期待されます。このようにゲノムの中に痕跡として残されている脊椎動物の進化の道筋の謎を解き明かすことは、人類にとっての大きな知的財産となります。

全ゲノム情報の利用方法は多岐に渡ります。アフリカツメガエルはこれまでもモデル生物として、胚の発生や細胞の機能などにおける遺伝子の役割やその分子メカニズムの解析に使われてきましたが、今回の研究で得られた全ゲノム情報を用いることで、さらに多くの知見がもたらされると期待されます。例えば、遺伝子を改変する「ゲノム編集」という技術が近年注目されていますが、全ゲノム情報を基にこの技術を使えば、任意の遺伝子を改変してその遺伝子のもつ役割を解析することができます。アフリカツメガエルを用いたこれらの解析は、ヒトの遺伝的疾患の診断や治療などに役立つものであり、生命科学の発展に大きく貢献するものです。

用語説明

[用語1] ゲノム : ゲノムとは遺伝子の基本セットで、父親と母親からそれぞれ1セットずつ子に受け継がれる。その実体であるDNAはA、G、C、Tの4つの文字(塩基)からなり、DNAの長さ(塩基の数)と塩基の並び順が生物を特徴付ける。ヒトのゲノムのDNA塩基配列の数は約31億である。このようなゲノムのDNA塩基配列を全て決定することを解読という。またDNAはタンパク質に巻き付いて染色体と呼ばれる構造体となり、細胞の中に存在している。ヒトは23対の染色体をもつ。

[用語2] アフリカツメガエル : 両生類・無尾目(カエル目)ツメガエル属に属し、学名をXenopus laevisといい、ゼノパスとも呼ばれる。他のカエルと異なり一生を水の中で過ごす。南アフリカ原産で、日本各地で養殖されており、発生学、細胞生物学、生化学、薬学、医学などで広く使われているモデル生物である。18対の染色体をもち、ゲノムのDNA塩基配列は約31億である。

[用語3] 異質四倍体 : 図3を参照。異なる2つの祖先種が異種交配すると、通常は精子や卵子を作れず、子孫を残すことができない。しかし、何らかの偶然で雑種ゲノムが全ゲノム重複を起こすと、精子や卵子を作れるようになり、子孫を残せるようになる。

[用語4] 全ゲノム重複 : 生物が持つ遺伝情報の1セットであるゲノムが、そのまま倍加することを全ゲノム重複という。全ゲノム重複で遺伝子数が一度に倍になると、余剰な遺伝子に新たな機能をもたせることができるため、生物進化の大きな原動力の一つとされている。脊椎動物は今日の地球上で最も繁栄している生物種の一つだが、その要因として今から5億年前にその祖先種において2回起きた全ゲノム重複が考えられている(図1参照)。しかしその後に5億年も経ってしまったため、現存する脊椎動物のゲノムにはその痕跡が断片的に見られるのみである。

[用語5] サブゲノム : 異質四倍体のゲノムのうち、一方の祖先種から由来するゲノムのこと。図4を参照。

[用語6] J系統 : 片桐千明と栃内新(北海道大学)によって1973年からオスメス一番(ひとつがい)を用いて樹立された、アフリカツメガエルで唯一の高度に純化された近交系。近交系とは、兄弟姉妹の集団から近親交配を繰り返して得られた、父親由来のゲノムと母親由来のゲノムが同じになった系統のことである。JはJapanから命名。現在その系統が井筒ゆみ(新潟大学)により維持され、免疫学の実験に用いられている。

[用語7] トランスポゾン : 動く遺伝子と呼ばれ、自身のDNA塩基配列をコピーしながらゲノムの中で位置を変えつつ増殖していく。たくさんの種類が知られているが、動物種ごとに特有な配列を持つものが存在する。また、長い時間の間にその転移活性がなくなり、それ以上増殖しなくなったものは「化石化」したと言われ、進化学的にゲノムの起源を探る貴重な手がかりとなる。

[用語8] ネッタイツメガエル : アフリカツメガエルと同じツメガエル属に属する近縁なカエルで、両者は約4,800万年前に分岐した(図1参照)。ネッタイツメガエルは異種交配および異質四倍体化しておらず、外見はアフリカツメガエルと良く似た形だが体のサイズが小さい(図2)。ゲノム解読は2010年に発表された。

[用語9] ロゼッタストーン : エジプトのロゼッタで1799年に発見された石碑の一部と考えられる石版。碑文には同一の文章が3つの言語(ヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字)で記述されており、1803年にギリシア文字の部分が完全に翻訳され、それを基に20年後にヒエログリフとデモティックの文章が解読された。これによって、それまで解読不能であったヒエログリフが初めて解読可能となった。現在ではこの言葉は「暗号を解くための決定的な鍵」という意味で用いられている。

論文情報

掲載誌 :
Nature(出版日:10月20日)
論文タイトル :
Genome evolution in the allotetraploid frog Xenopus laevis
(異質四倍体であるアフリカツメガエルXenopus laevisのゲノム進化)
著者 :
全著者数は74名、うち日本の著者は30名(海外在住も含む)。
下記に3名の筆頭著者と3名の責任著者を以下に示す。
Adam Session1, Yoshinobu Uno1, Taejoon Kwon1, Richard Harland*, Masanori Taira*, Daniel Rokhsar*
DOI :

本論文に関わった日本チームの機関と共著者一覧(18機関、23研究室)

  • 東京大学(平良眞規、近藤真理子、道上達男、鈴木穣)
  • 国立遺伝学研究所(藤山秋佐夫、豊田敦)
  • 名古屋大学(松田洋一、宇野好宣)
  • 広島大学(高橋秀治、彦坂暁、鈴木厚)
  • 基礎生物学研究所(上野直人、山本隆正、高木知世)
  • 産業技術総合研究所(浅島誠、原本悦和、伊藤弓弦)
  • 北海道大学(福井彰雅)
  • 長浜バイオ大学(荻野肇)
  • 山形大学(越智陽城)
  • 国立成育医療研究センター(黒木陽子)
  • 東京工業大学(田中利明)
  • 徳島大学(渡部稔)
  • 立教大学(木下勉)
  • メリーランド大学(太田裕子)
  • 北里大学(回渕修治、伊藤道彦)
  • バージニア大学(中山卓哉)
  • 新潟大学(井筒ゆみ)
  • 沖縄科学技術大学院大学(安岡有理)

主な研究費

科研費新学術研究「ゲノム支援」(国立遺伝学研究所、東京大学、国立成育医療研究センター)、科研費・基盤(A、B、C)

その他の主な機関と主な共著者

  • カリフォルニア大学バークリー校(米国)(アダム・セッション、ダニエル・ロクサー、リチャード・ハーランド)
  • ウルサン国立科学技術研究所(韓国)(テジュン・クワン)
  • ラドバウンド分子生命科学研究所(オランダ)(サイモン・ファン・ヘーリンゲン、ガート・ヴィーンストラ)
  • ソーク研究所(米国)(イアン・キグレイ)
  • 沖縄科学技術大学院大学(日本)(ダニエル・ロクサー、オレグ・シマコフ)

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に新たに発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻
准教授 平良眞規

E-mail : m_taira@bs.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4434

東京工業大学 生命理工学院
助教 田中利明

E-mail : ttanaka@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5747

取材申し込み先

東京大学 大学院理学系研究科・理学部
特任専門職員 武田加奈子、教授 広報室長 山内薫

E-mail : kouhou.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-0654

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

土星の輪、誕生の謎を解明

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神戸大学 大学院理学研究科の兵頭龍樹研究員、大槻圭史教授、東京工業大学 地球生命研究所の玄田英典特任准教授、パリ地球物理研究所/パリ・ディドゥロ大学のシャノーズ教授の研究グループは、コンピュータ・シミュレーションを用いた研究に基づき、土星リング形成に関する新たなモデルを発表しました。本研究の結果は他の巨大惑星にも適用でき、土星と天王星のリング組成の違いも説明可能です。この研究成果は10月6日に米国の国際学術雑誌 Icarusにオンライン掲載されました。

ポイント

  • 土星、天王星、海王星などの巨大惑星は多様なリングを持つ。観測によると土星リングは95%以上が氷から成るが、天王星や海王星のリングは岩石成分も多く含むと考えられている。このような多様性をもつ巨大惑星リングの起源は未解決である。
  • 本研究では、冥王星サイズのカイパーベルト天体が巨大惑星の近くを通過した際に惑星からの潮汐力により破壊される過程をコンピュータ・シミュレーションを用いて調べた。その結果、部分的に破壊されたカイパーベルト天体の破片の一部が、惑星の周囲に捕獲されリングが形成されうることを初めて明らかにした。
  • 内部に岩石核、外側に氷マントルという二層構造をもつ天体が巨大惑星の近くを通過する際、岩石核まで破壊・捕獲されれば岩石質も含むリングが形成されるのに対し、氷マントルのみが破壊・捕獲されると氷からなるリングが形成される。本研究によれば、このようなメカニズムによって、土星と天王星のリング組成の違いも説明できる。

研究の背景

太陽系の巨大惑星は非常に多様性に富むリングをもっている。例えば観測によると、土星リング粒子は95%以上が氷から成るが、天王星や海王星のリングは暗く、リングを構成する粒子は岩石成分も多く含むことが示唆されている。

17世紀に初めて土星リングが観測されて以来、地上の望遠鏡のほか、探査機ボイジャーやカッシーニによってリングの詳細な観測が進んできた。しかし、リングの起源には不明な部分が多く、またその多様性の原因を説明することはできていなかった。

探査機カッシーニによる土星リングの観測画像
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天王星リングの観測画像
図1.
(左)探査機カッシーニによる土星リングの観測画像。NASA提供outer
(右)ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天王星リングの観測画像。NASA提供outer

研究の内容

本研究では、約40億年前に太陽系内で起こった“後期重爆撃期[用語1]“と呼ばれる巨大惑星の軌道不安定期に注目した。かつて太陽系外縁の海王星以遠の軌道には冥王星サイズ(地球の約5分の1の大きさ)のカイパーベルト天体[用語2]が数千個存在していたと考えられている。そこで本研究ではまず、後期重爆撃期にこのような大きなサイズのカイパーベルト天体が、巨大惑星からの潮汐力により破壊されるくらい惑星から十分近いところを通過する確率を見積もった。その結果、土星、天王星、海王星は、少なくとも数回のそのような大きな天体の近接遭遇を経験することがわかった。

次に、そのように大きなカイパーベルト天体が巨大惑星の近傍を通過する際に惑星からの潮汐力を受けて破壊される過程を、コンピュータ・シミュレーションを用いて調べた(図2)。シミュレーションの結果は、カイパーベルト天体の初期の自転の状態、惑星への最接近距離などによって様々である。しかし多くの場合で、破壊されたカイパーベルト天体の初期質量の0.1~10%程度の破片が、巨大惑星周りに捕獲されることがわかった(図2a、b)。このようにして捕獲された破片の総質量は、現在巨大惑星がもつリングの質量を説明するのに十分である。つまり、十分大きなカイパーベルト天体ひとつが巨大惑星のごく近くを通過し破壊されたことにより、現在の惑星リングが形成されたと考えることができる。本研究ではさらに、捕獲後の破片の長期的な進化を、国立天文台が所有する計算機等を用いたシミュレーションにより調べた。その結果、捕獲直後の破片は数キロメートルサイズと大きなものであるが、その後、破片同士の衝突を繰り返すことによって徐々に粉々になるとともに軌道も円軌道に近づき、現在観測されるリングが形成されることがわかった(図2b、c)。

さらに、このモデルは以下のように、土星と天王星のリングの組成の違いも説明できる。天王星や海王星は土星に比べて惑星本体の密度が大きい(天王星1.27 g cm-3、海王星1.64 g cm-3、土星0.69 g cm-3)。このため、天王星や海王星の場合には、惑星からの重力の影響を強く受ける、ごく近傍を通過するような遭遇が可能となる(土星の場合には惑星本体の密度が小さく質量に対して惑星半径が大きいため、そのようなごく近傍を通過しようとすると土星本体に衝突してしまう)。その結果、惑星近傍を通過するカイパーベルト天体が内側に岩石核、外側に氷マントルという二層構造をもっていた場合、天王星や海王星の場合では、岩石核まで破壊・捕獲され、岩石成分も含むリングが形成される。これに対して土星の場合は通過する天体の氷マントルのみが破壊されるため、氷から成るリングが形成される。このように本研究の結果は、土星リングと天王星(および海王星)リングの組成の違いも説明できる。

リングの形成過程の概念図
図2.
リングの形成過程の概念図。点線は、巨大惑星の重力が強く働き潮汐破壊が起こる臨界距離。(a)カイパーベルト天体が巨大惑星に近接遭遇をする際に、巨大惑星の潮汐力によって破壊される。(b)潮汐破壊によって破片の一部が巨大惑星まわりに捕獲される。(c)破片同士の衝突によって捕獲された破片は破砕され、軌道も徐々に円軌道に近づき、現在のリングが形成される(Hyodo, Charnoz, Ohtsuki, Genda 2016, Icarusの図を一部改変)。

今後の展開

本研究の結果は、巨大惑星のリングが太陽系の惑星形成過程の中で、自然に形成された副産物であることを示している。このため、近年多数発見されている太陽系外の巨大惑星においても、同様な過程でリングが形成されると考えられる。系外惑星の衛星-リング系に関する今後の観測が期待される。

用語説明

[用語1] 後期重爆撃期 : 約40億年前に起こった太陽系の軌道不安定期。この時期には海王星以遠の軌道に、惑星に成長しきれなかった天体が現在よりも多数存在していたと考えられる。巨大惑星との重力相互作用の結果、これらの天体の軌道が大きく乱され、太陽系全体に無数に飛び交い、形成後の惑星にも多数衝突したと考えられるため、このように呼ばれている。月表面のクレータの大部分もこの時期に形成されたと考えられる。

[用語2] カイパーベルト天体 : 海王星より太陽から遠い位置に無数に存在している氷岩石天体。

論文情報

掲載誌 :
Icarus
論文タイトル :
Ring formation around giant planets by tidal disruption of a single passing large Kuiper belt object
著者 :
Ryuki Hyodo, Sébastien Charnoz, Keiji Ohtsuki, Hidenori Genda
DOI :

お問い合わせ先

神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻
日本学術振興会特別研究員 兵頭龍樹

E-mail : ryukih@stu.kobe-u.ac.jp
Tel : +33 183 95 7498 (France)

神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻
教授 大槻圭史

E-mail : ohtsuki@tiger.kobe-u.ac.jp
Tel : 078-803-6476

東京工業大学 地球生命研究所
特任准教授 玄田英典

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

研究に関する英語でのお問い合わせ

Institut de Physique du Globe de Paris
(パリ地球物理研究所)
Professor Sébastien Charnoz

E-mail : charnoz@ipgp.fr

取材申し込み先

神戸大学 総務部 広報課

E-mail : ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp
Tel : 078-803-6696

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

2次元ナノシート表面に"整列"するペプチドを開発―タンパク質がグラフェンのエレクトロニクスを制御する―

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要点

  • 二硫化モリブデン半導体ナノシートの電子・光特性もペプチドで変調
  • アミノ酸配列の部分的な変更で、ナノシートの電気特性変調を制御
  • 新たな機構を有するバイオセンサーの開発などにつながる成果

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の早水裕平准教授は、米国ワシントン大学のサリカヤ教授らと共同で、グラフェン[用語1]に代表される2次元ナノシート[用語2]の表面で自発的に規則正しくナノ構造を形成するペプチド[用語3]を開発した。この自己組織化[用語4]ペプチドは、グラフェン・トランジスタの表面に整列することにより、単層グラフェンの電気伝導特性を特異的に変調する。また、ペプチドのアミノ酸配列を一部変更することによって、半導体ナノシートとして近年注目を集める単層二硫化モリブデンの電子および光物性を自在に制御することにも成功した。これらは小さいタンパク質であるペプチドが、新しいエレクトロニクス材料として期待されている2次元ナノシートの電子・光特性を制御できることを実証したものであり、生体材料とナノ材料の界面を電子的に制御する新たな手法を確立したといえる。さらに、生体分子と固体エレクトロニクス材料の相互作用の機構を理解する上で有用なプラットフォームとなることも期待される。将来は、ナノシートを使用した新たな機構を有するバイオセンサーの開発などにつながる成果である。今回の成果はネイチャー誌の姉妹誌である学術誌「サイエンティフィックレポート(Scientific Reports)」オンライン版に掲載された。

背景

タンパク質は私達の体の中で、様々な機能を有し、多様な構造を形成している。その構造や機能は、タンパク質自体の自発的な挙動である“自己組織化”によって成り立っている。これまで、生物から学ぶことによって様々な人工的なタンパク質が開発され、多様な形状の自己組織化構造が実証されてきた。

大部分の研究は水溶液中でのタンパク質の挙動に関するものであるが、一方で、固体表面でのタンパク質の自己組織化の研究もなされ、特にタンパク質の中でも、構成するアミノ酸の数が少ない「ペプチド」による固体表面での自己組織化の理解が進んできた。

これまでの研究は、ペプチドが形成する構造やその形成メカニズムに集中している。一方で、ペプチドが固体表面の電子状態に与える影響についての研究には限りがあった。近年、研究の進捗が著しいグラフェンなどの2次元ナノ材料は、将来のバイオセンサーの要素として大きな期待が寄せられており、生体分子とグラフェンの電子的な相互作用を理解することは、基礎科学的にも重要な問題であった。

研究成果

東工大の早水准教授はワシントン大学との共同研究により、遺伝子工学的手法を用いて、グラファイトに強く吸着する60種類のペプチドを実験的に発見した。これらのペプチドは、わずか12個のアミノ酸から構成されている。中でも、最も高い吸着力を持つペプチドは、水溶液をグラファイトに滴下するだけで、自発的にグラファイト表面でナノワイヤ状のナノ構造へと自己組織化することが観測された(図1)。

グラフェン上におけるペプチド自己組織化の模式図

図1. グラフェン上におけるペプチド自己組織化の模式図

同様にシリコン基板上に形成された単層のグラフェン表面においても、ペプチドのナノワイヤへと自己組織化することが観測された(図2左)。このペプチドは、アミノ酸配列に芳香族を持つチロシン[用語5]を有しており、このチロシンがグラフェンに吸着するために重要な役割を果たしていることがわかった。また、このアミノ酸配列の一部を変更することによって、単層の二硫化モリブデン表面においてもペプチドがナノワイヤ構造へと自己組織化することが観測された(図2右)。

さらにアミノ酸配列を制御することにより、セレン化モリブデンや窒化ホウ素の表面でも自己組織化するペプチドの開発に成功した。上記のグラフェンは半金属、二硫化モリブデンやセレン化モリブデンなどは半導体、そして窒化ホウ素は絶縁体であり、種々の電気特性を有するナノシートに適合したペプチドを開発することに成功した。

シリコン基板上の単層グラフェン(左)と単層二硫化モリブデン(右)の表面に形成された自己組織化ペプチドのナノワイヤ

図2. シリコン基板上の単層グラフェン(左)と単層二硫化モリブデン(右)の表面に形成された自己組織化ペプチドのナノワイヤ

グラフェン・トランジスタを使用した電気伝導測定の結果から、ペプチドがグラフェン表面にナノワイヤ構造を形成すると、ペプチド・ナノ構造によってグラフェンの電気伝導度が局所的に変調を受けることが観測された。これは、ペプチドが直下のグラフェンから電子を奪うことに起因する。

この局所的な電気伝導特性の変調は、生体分子を用いた実験による初めての現象である。同様に、半導体特性を有する二硫化モリブデン・トランジスタを用いた実験でもペプチドによる二硫化モリブデンの電気伝導特性の変調が観測された。

グラフェン・トランジスタ表面に形成された自己組織化ペプチドのナノワイヤ(左)とグラフェンの電子状態(右)の模式図

図3. グラフェン・トランジスタ表面に形成された自己組織化ペプチドのナノワイヤ(左)とグラフェンの電子状態(右)の模式図

今後の展開

近年、グラフェン・トランジスタを使用した超高感度バイオセンサーの開発が盛んに行われている。最近では半導体特性を有する二硫化モリブデンによってさらに高感度のバイオセンサーが確立されつつある。

今回の研究により、規則正しい構造へと自己組織化するペプチドが、グラフェンや二硫化モリブデンなどの電気特性を空間的に変調することが実証された。このペプチド・ナノ構造を機能性タンパク質の足場として使用することにより、ナノシート上に特定の生体分子と相互作用する機能性タンパク質を固定したバイオセンサーを開発することができる。

これによってバイオセンサーの感度の向上だけでなく、センシングのターゲットとなる生体分子などへの選択性を向上させることが可能になる。また、研究が進む種々のナノシートに生体親和性を付与することができ、それらの生体への応用が期待される。

用語説明

[用語1] グラフェン : 黒鉛(グラファイト)の一層分に相当するシート状の物質。グラファイトと同様に電気を流す性質をもっている。

[用語2] 2次元ナノシート : グラファイトなどの層状物質の単一層、厚さがナノメートル・スケールを有する。2004年のグラフェンの発見から、種々の単一層が発見され、遷移金属や希土類元素などを含む各種の半導体性や絶縁性の2次元ナノ材料まで、幅広く研究がなされている。

[用語3] ペプチド : 複数のアミノ酸がペプチド結合により形成する鎖状分子。タンパク質との区別は、一般にアミノ酸数によってなされ、アミノ酸数が50程度以下のものをペプチドと呼ぶ。

[用語4] 自己組織化 : 秩序立った構造を持たずに存在する物体や分子が、それぞれの間に働く力によって、外力を受けず自発的に組織構造や模様を形成するプロセスの総称。

[用語5] チロシン : タンパク質を構成する芳香族アミノ酸のひとつ。絹糸・カゼインに特に多く含まれる。生体内でフェニルアラニンから生成され、アドレナリン・チロキシン・メラニンなどの重要な物質に変わる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports 6, Article number: 33778
論文タイトル :
Bioelectronic interfaces by spontaneously organized peptides on 2D atomic single layer materials
著者 :
Yuhei Hayamizu, Christopher R. So, Sefa Dag, Tamon S. Page, David Starkebaum & Mehmet Sarikaya
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系
准教授 早水裕平

E-mail : hayamizu.y.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3651

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ニュースレター「AES News」No.7 2016秋号発行

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科学技術創成研究院 先進エネルギー国際研究(AES)センターouterは、ニュースレター「AES News」No.7秋号を発行しました。

AESセンターは、従来の大学研究の枠組みを越えて、企業、行政、市民などが対等な立場で参加する研究拠点である「オープンイノベーション」を推進しています。ここでは、低炭素社会実現のための研究プロジェクトを創生することを大きな目的の一つとしています。

本学教員と本センター企業・自治体が連携し、既存の社会インフラを活かしながら革新的な省エネ・新エネ技術を取り入れ、安定したエネルギー利用環境を実現する先進エネルギーシステムの確立を目指しています。

本センターの活動を、より多くの方々にご理解いただき、また、会員および本学教職員の連携を深めるために、ニュースレター「AES News」を2015年度より季刊誌として発行しています。今回は第7号となる2016年秋号をご案内します。

ニュースレター「AES News」第7号 2016秋号

第7号・2016秋号

  • 環境・社会理工学院 屋井鉄雄教授
    巻頭記事「歩きたくなる都市づくりに向けた道デザインの工夫」
  • 地域プロジェクト(三菱商事共同研究講座「対馬環境エネルギーコンソーシアム」)
  • 研究プロジェクト
  • AES活動報告(2016年8月~9月)
  • 共催・協力・後援等活動(2016年9月)
  • AES行事開催予定

ニューレターの入手方法

PDF版
冊子版
  • 大岡山キャンパス:東工大百年記念館1階 閲覧コーナー
  • すずかけ台キャンパス:すずかけ台大学会館1階 広報コーナー

お問い合わせ先

科学技術創成研究院 先進エネルギー国際研究(AES)センター

Email : aescenter@ssr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3429

東工大関連ベンチャーキャピタルファンド設立

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東工大は、産学連携活動の推進に向け、5月に株式会社みらい創造機構(代表取締役:岡田祐之、以下「みらい創造機構」)と組織的連携協定を締結しました。このたび、組成の準備を進めていた本学関連の研究成果及び知的財産の事業化を推進し、本学に関連する研究者・卒業生等の人材や最先端技術を利活用するベンチャー企業を中心に投資・経営支援を行うベンチャーキャピタルファンド「みらい創造一号投資事業有限責任組合(以下、本組合)」が設立されました。

本組合はみらい創造機構が中心となって設立するもので、本学が強みを有するビッグデータ解析、人工知能、IoT、ロボティックスや新材料領域の技術・ノウハウを活用しながら、環境・エネルギー、ライフ&ヘルスケア、海洋開発等、各種マーケットニーズを捉えた新たな事業化とベンチャーの創出を行っていくものです。

本学は、本組合を通して、技術系ベンチャーの創出を加速する取組みをより一層推進していきます。

本組合概要

名称
みらい創造一号投資事業有限責任組合
投資対象
1.
東工大の研究成果を活用したベンチャー
2.
東工大と企業とのジョイントベンチャー
3.
東工大の卒業生・関係者が創業したベンチャー
4.
東工大“着”ベンチャー(東工大技術・研究成果を導入、または導入予定の企業等)
5.
その他の大学・研究所関連ベンチャー
(医学領域、農学領域、海洋領域等について、東工大を含む大学その他の研究機関等と連携)
無限投資組合員
株式会社みらい創造機構
有限責任組合員(1次締切時)
  • 金融機関
    • みずほ証券プリンシパルインベストメント株式会社
    • 株式会社東京都民銀行
    • 芙蓉総合リース株式会社
    • 西武信用金庫
    • 三菱UFJキャピタル株式会社
  • 事業会社
    • 東急不動産ホールディングス株式会社
    • 株式会社デンソー
    • ツネイシカムテックス埼玉株式会社
設立
2016年9月1日
出資約束金額
16億円(1次締切時)
40億円(最終締切時目標:2017年3月31日)

※ベンチャーキャピタルファンド

ベンチャー・キャピタルとは、上場(株式公開)前のベンチャー企業に投資し、投資先企業が上場した後に、株式などを売却して利益を得る会社のことである。ベンチャー・キャピタルによる投資は出資金の出所によって、ベンチャー・キャピタルの自己資金により投資するものと、個人投資家や機関投資家などから出資を募り、ファンド(投資事業組合)を組成し、これを元手に投資するものの2種類に分けることができる。

お問い合わせ先

広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


東京工業大学 - アーヘン工科大学国際産学連携共同シンポジウムを開催

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安藤理事・副学長
安藤理事・副学長

10月6日、東京工業大学-アーヘン工科大学国際産学連携共同シンポジウムが、東工大蔵前会館くらまえホールで開催されました。2015年3月の東京での開催、2015年6月のドイツ・アーヘンでの開催に続き、今回は3回目となります。

日本と欧州を代表する理工科系総合大学である東工大とアーヘン工科大学は全学交流協定を締結しており、かねてより研究、教育両面で活発な交流を進めています。

今回のシンポジウムのテーマは、「ロボティクス+ AI - 生産現場とサプライチェーン・マネジメント での現状と可能性 - 日本とドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州の研究と応用」です。NRW州経済振興公社の日本法人であるNRWジャパン社の全面的な協力のもと、ロボティクスとAIの融合をテーマに200名を超える参加者を迎え、熱気あふれるイベントとなりました。

日本の関連ベンチャー企業やNRW州進出企業を招いて、ドイツ政府が推進し、「第4の産業革命」と呼ばれている製造業の高度化を目指す戦略的プロジェクト「インダストリー4.0」の柱の一つとしてロボティクス技術の紹介があり、また、AIのドイツの生産現場やロジスティックの現場での取り組みが紹介されました。

主催者を代表して東工大の安藤真理事・副学長(研究担当)の開会挨拶に続き、オープニングセッションでは、アーヘン工科大学のサビーナ・イエシュケ教授から「インダストリー4.0の舞台裏:次世代AIと、製品・生産・プロセスへのその影響」と題した講演が行われました。また、東工大工学院機械系の武田行生教授からは「日独の成功例:アーヘン工科大と東工大の共同研究による高性能パラレルロボットの開発」の講演が行われました。最後のパネル・ディスカッションでは会場からの活発な質疑応答もあり、大学と産業界の連携について、具体的な事例と展望が議論されました。ロボティクスとAIの活用による影響は、今後あらゆる産業への応用が予想されます。東工大は、アーヘン工科大学や、日独企業との幅広い国際産学連携、共同研究への発展に引き続き尽力していきます。

  • アーヘン工科大学 イェシュケ教授

    アーヘン工科大学 イェシュケ教授

  • 東京工業大学 工学院 機械系 武田教授

    東京工業大学 工学院 機械系 武田教授

プログラム

14:00

開会の辞

株式会社エヌ・アール・ダブリュージャパン 代表取締役社長 ゲオルグ・ロエル
14:10

挨拶

東京工業大学 理事・副学長 安藤 真
14:20

4.0の舞台裏:次世代AIと、製品・生産・プロセスへのその影響

アーヘン工科大学 サイバネティック・クラスター 機械工学情報マネジメント研究所(IMA)
及びラーニング/知識マネジメントセンター(ZLW)代表 教授 サビーナ・イェシュケ
14:50

日独の成功例:アーヘン工科大と東工大の共同研究による高性能パラレルロボットの開発

東京工業大学 工学院 機械系 教授 武田行生
15:20

ドイツIndustrie 4.0におけるロボティクス/AI:ドイツNRW州でのビジネスチャンスと協働へのプラットフォーム

NRW.INVEST社 日本担当プロジェクト・マネージャー リオニー・バウアー
15:40

コーヒーブレイク

16:00

物流におけるロボティクス/AIの活用について

株式会社日通総合研究所 Advanced Technology Unit Senior Consultant 井上文彦
同社 Business Development Unit ティム・ブランドル (ドイツ フラウンホーファー IML代理)
16:20

産業ロボットによるIoT技術の現場での実装

欧州 Kawasaki Robotics社 社長 高木登
16:40

シンプルな原点から、インダストリー4.0へ向けて:RW州における、エプソンロボット30年の歩み

エプソン ヨーロッパ社 ロボティック・ソリューション長 フォルカー・シュパニア
17:00

MUJINコントローラが起こすロボット革命 ~鬼門の物流多品種ピッキングとEU市場拡大に挑む~

株式会社 MUJIN CEO兼 共同創業者 滝野一征
17:20

パネル・ディスカッション

司会

株式会社 エヌ・アール・ダブリュージャパン 代表 ゲオルグ・ロエル

パネリスト

アーヘン工科大学 教授 ザビーナ・イェシュケ

東京工業大学 教授 武田行生

株式会社 日通総合研究所 Business Development Unit

ティム・ブランドル(ドイツ フラウンホーファー IML代理)

欧州 Kawasaki Robotics社 社長 高木登

エプソン ヨーロッパ社 ロボティック・ソリューション長 フォルカー・シュパニア

株式会社 MUJIN CEO兼 共同創業者 滝野一征

講演者一同

講演者一同

※ 写真はNRWジャパン社提供

お問い合わせ先

東京工業大学 研究戦略推進センター

E-mail : ru.staff@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3790

大隅良典栄誉教授が平成28年度文化勲章を受章

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10月28日、大隅良典栄誉教授が、平成28年度文化勲章を受章することが決定しました。

文化勲章は、科学技術や芸術など、文化の発達に卓絶した功績のある者に授与される勲章です。

大隅良典栄誉教授は、細胞生物学の分野において、細胞が栄養環境などに適応して自らの細胞内のタンパク質を分解する自食作用「オートファジー」に関して、その分子機構や多様な生理的意義を解明し、オートファジー研究を生命科学の先端的研究へと牽引した優れた業績を挙げるなど、多大な貢献をしました。

大隅良典栄誉教授
大隅良典栄誉教授

大隅良典栄誉教授 受賞コメント

昨年度の文化功労者に続きまして、今年度文化勲章の内示をいただきました。大変名誉なことという以外に言葉がございません。

これまで受賞された384名の方々のお名前を拝見し、自分には重すぎる賞だという気持ちがあります。今までと変わりようもない私自身ですが、文化勲章という名前にもありますように、日本がこれからも文化という面で世界に誇れる、より優れた国になりますように微力ながら力を尽くしていきたいと思います。

生物学はある種のスモールサイエンスであり、研究は個人的な側面もあるのですが、大きく研究を展開するためにはたくさんの方の協力が必要です。私の28年にわたるオートファジー研究を支えていただいた方々のおかげで初めてこのような大きな領域になりました。ここで支えていただいた方のお名前を一人一人申し上げることはできませんが、私のかけがえのない研究室のメンバー、それからたくさんの共同研究者の協力があったということをきちんと申し上げることが出来ていないという想いがありましたので、そのことをここで付け加えさせていただきます。

ノーベル生理学・医学賞2016 特設ページヘ

大隅良典栄誉教授が「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞決定後の動き、研究概要をまとめた特設ページをオープンしました。

ノーベル生理学・医学賞2016 特設ページヘ

お問い合わせ先

広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

科学技術創成研究院設立記念式典を開催

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今年4月に発足した東京工業大学科学技術創成研究院(以下、研究院)が、10月7日、すずかけ台キャンパスにて設立記念式典を開催しました。

左より、益科学技術創成研究院長、白川英樹筑波大学名誉教授、大隅良典栄誉教授、細野秀雄教授

左より、益科学技術創成研究院長、白川英樹筑波大学名誉教授、大隅良典栄誉教授、細野秀雄教授

研究院は、本学の大学改革の一つである研究強化の一環として設置され、180名の常勤研究者を擁しています。「未来産業技術研究所」、「フロンティア材料研究所」、「化学生命科学研究所」、「先導原子力研究所」の4研究所を明確なミッションにて設置するとともに、既存の「先進エネルギー国際研究センター」、「社会情報流通基盤研究センター」を置いています。さらに、未来社会からの要請に応える研究や萌芽的研究を行う期限付き(最長5年)の「研究ユニット」を設置し、具体的ミッションで機動的に成果を上げ、新たな研究領域のコアとして展開を狙う仕組みを導入しました。

研究院は、学内外の研究者の人事交流、異なる専門領域の融合研究の推進、研究に没頭できる支援体制を整備するとともに、次世代の革新的研究創出に向かう仕組みを備えた組織として発足しています。

  • 左より、白川英樹筑波大学名誉教授、三島学長、大隅良典栄誉教授

    左より、白川英樹筑波大学名誉教授、三島学長、大隅良典栄誉教授

  • 式典で祝辞を述べる小松弥生文部科学省研究振興局長

    式典で祝辞を述べる小松弥生文部科学省研究振興局長

式典に先立ち、研究院フロンティア材料研究所の細野秀雄教授、研究院細胞制御工学研究ユニットの大隅良典栄誉教授、本学出身の白川英樹筑波大学名誉教授による記念講演が行われました。3名の講演者からは、応用研究に先立つ基礎研究の重要性と、基礎研究から応用までの連携研究の重要性、およびそのフィードバックパスの好循環の必要性と共に、科学技術創成の根底に若手研究者の育成があることが強調され、研究院の「大学の中にある研究所」としての役割が改めて認識されました。

記念講演後の式典において、三島良直学長、益一哉科学技術創成研究院長の挨拶では、本学が進める教育改革と研究院設置による研究改革の両輪による世界トップレベルの大学創りへの意気込みが語られました。また、祝辞で登壇した文部科学省研究振興局の小松弥生局長からも、本学の目指す改革と政府による政策の方向性の一致が示され、本学の大学改革を激励されました。また、小松局長は「日本の大学が世界の舞台で大きく躍進し、世界の科学技術創成の拠点になるため、東京工業大学の科学技術創成研究院設置にみる大学研究改革が成果を上げることを期待したい。」と語りました。

式典での鏡割りの様子

式典での鏡割りの様子

研究院の大隅栄誉教授がノーベル生理学・医学賞の受賞者に決定したことを受け、突出した基礎研究を次世代のコアに育成する研究院の「研究ユニット」にさらなる勢いが加わりました。

ノーベル生理学・医学賞2016 特設ページヘ

大隅良典栄誉教授が「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞決定後の動き、研究概要をまとめた特設ページをオープンしました。

ノーベル生理学・医学賞2016 特設ページヘ

原子配置制御による原子層金属/半導体の作り分けに成功―超微細電子デバイス応用へ新たな道―

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概要

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の菅原克明助教、高橋隆教授、同 大学院理学研究科の佐藤宇史准教授、東京工業大学 物質理工学院の一杉太郎教授、埼玉大学 大学院理工学研究科の上野啓司准教授らの研究グループは、これまで知られていない正八面体構造を持つセレン化ニオブ(NbSe2)原子層薄膜の作製に成功しました。電子状態の精密な測定から、この物質が従来知られていた三角プリズム型の構造ユニットを持つ金属的NbSe2と異なり、電子間の強い相互作用の結果形成される「モット絶縁体[用語1]」であることを見出しました。この結果は、同じNbSe2を用いても、局所構造のトポロジーを変化させることで、金属と半導体(絶縁体)を作り分けることができる事を示しています。今回の成果は、結晶構造の原子配置を制御した超微細原子層電子デバイスの開発に大きく貢献するものです。

本成果は、2016年11月4日(英国時間)に英国科学誌Nature系の専門誌NPG Asia Materialsに掲載されました。

研究の背景

近年、層状物質を極限まで薄くすることによって新機能を発現させる取り組みが精力的に行われています。グラファイトを極限まで薄くしたグラフェンが、グラファイトには無い様々な性質を持つことはその典型例です。層状物質であるNbSe2は、ニオブ(Nb)とセレン(Se)の層が積み重なった構造をしており、その構造ユニットはグラフェンと類似した六角形をした三角プリズム型であることが知られています(図1)。このプリズム型の局所構造を持つバルクのNbSe2結晶は、室温では金属で、低温で電荷密度波[用語2]と超伝導という全く異なる状態が共存して出現する事が知られています。一方で、正八面体型の原子配置を持つNbSe2(図1)は、良質の試料を作製することが困難で、その性質は未解明のままでした。

単原子層NbSe2の単位格子と上から見た結晶構造の模式図

図1. 単原子層NbSe2の単位格子と上から見た結晶構造の模式図。(左図)三角プリズム型、(右図)正八面体型。

研究の内容

今回、東北大学、東京工業大学、埼玉大学の共同研究グループは、分子線エピタキシー法[用語3]を用いて、グラフェン薄膜上に原子層レベルで精密に制御された高品質な単原子層NbSe2(図1)を作製することに成功しました。さらに、原子層NbSe2を作製する際の基板であるグラフェンの温度を精密に制御することで、低温加熱の場合には三角プリズム型構造ユニットを持つNbSe2を、高温加熱の場合には正八面体型構造のNbSe2を、精度良く作り分けることに成功しました。さらに、これまで未解明であった正八面体型の構造ユニットを持つ単原子層NbSe2の電子状態を角度分解光電子分光[用語4](図2)を用いて調べた結果、理論計算から予測されていたような金属的性質を全く持たず、電子同士の強い相互作用によってバンドギャップ[用語5]が形成されたモット絶縁体(図3)という絶縁体(半導体)であることを見出しました。さらに、この正八面体型NbSe2においては、複数のNb原子が集まってできる“ダビデの星”構造(図4)という特殊な電荷秩序状態が形成されていることも明らかにしました。

角度分解光電子分光の概念図
図2.
角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できる。
NbSe2原子層の電子の振る舞い
図3.
NbSe2原子層の電子の振る舞い。(左図)三角プリズム型は金属的性質をもつため自由に電子が運動するが、(右図)正八面体型ではNb原子周辺に電子が局在してモット絶縁体となる。
NbSe2原子層で形成される「ダビデの星」の模式図
図4.
NbSe2原子層で形成される「ダビデの星」の模式図。複数のNb原子が、特定のNb原子を中心に歪み整列することで形成される。

今後の展望

本研究は、ポストグラフェンとして大きな注目を集めている遷移金属ダイカルコゲナイドのひとつであるNbSe2について、局所構造の原子配置を制御する事によって、金属/半導体(絶縁体)を作り分ける事ができる事を示したものです。今後、この金属/半導体NbSe2原子層薄膜を利用した超微細原子層電子デバイスへの応用展開が期待されます

なお、本成果は、新学術領域「原子層科学」(領域代表者:齋藤理一郎)および「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者:川上則雄)、科研費基盤研究(A)「スピンARPESによる機能性薄膜ハイブリッドの創出」(研究代表者:高橋隆)、学際研究重点プログラム「原子層超薄膜における革新的電子機能物性の創発」(研究代表者:高橋隆)、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の援助によって得られました。

用語説明

[用語1] モット絶縁体 : 電子間の斥力相互作用によって、電子が原子の周りに局在して絶縁体となったものです。

[用語2] 電荷密度波 : 電子の電荷が、結晶の周期性とは異なる周期性で規則的に分布する現象です。電荷密度波が起こるかどうかは物質の結晶構造や次元性に密接に関係しており、低次元物質に多く見られます。

[用語3] 分子線エピタキシー法 : 超高真空槽内に設置したいくつかの蒸着源(材料)を加熱等により蒸発させ、対向した基板上に堆積させる手法です。膜厚を原子レベルで制御することが可能であり、高品質単結晶薄膜が作製できます。

[用語4] 角度分解光電子分光 : 物質の表面に紫外線やX線を照射すると、表面から電子が放出されます(外部光電効果)。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量(角度)を測定することで、物質中の電子状態が分かります。

[用語5] バンドギャップ : 半導体や絶縁体で、電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間のエネルギー差のことで、半導体を電子デバイスとして利用する際の重要なパラメータです。

論文情報

掲載誌 :
NPG Asia Materials (2016) 8, e321
論文タイトル :
Monolayer 1T-NbSe2 as a Mott insulator
著者 :
Yuki Nakata, Katsuaki Sugawara, Ryota Shimizu, Yoshinori Okada, Patrick Han, Taro Hitosugi, K. Ueno, Takafumi Sato, and Takashi Takahashi
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
助教 菅原克明

E-mail : k.sugawara@arpes.phys.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-6169

東京工業大学 物質理工学院
教授 一杉太郎

E-mail : hitosugi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2636

取材申し込み先

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
広報・アウトリーチオフィス 皆川麻利江

E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-6146

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

TBSテレビ「未来の起源」に地球生命研究所の黒川宏之特別研究員が出演

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本学、地球生命研究所(ELSI)の黒川宏之日本学術振興会特別研究員が、TBS「未来の起源」に出演します。黒川特別研究員の「火星の水の行方」に関する研究が紹介されます。

黒川宏之日本学術振興会特別研究員
黒川宏之日本学術振興会特別研究員

黒川宏之特別研究員のコメント

私の専門分野は「惑星科学」です。惑星がどのように誕生し、歴史を通じてその姿を変えてきたかを調べています。

今回は、私が行っている研究の一つである「火星の水の行方」について取材を受けました。現在は寒冷で乾いた惑星である火星には、かつて広大な海が広がっていました。

取材では、これまでの研究で解明してきた火星の水が失われた歴史や、今後の研究の展望について話をしました。番組を通じて、惑星の研究の魅力や最先端の研究成果をお伝えできれば幸いです。

  • 番組名
    TBSテレビ「未来の起源」
  • 放送予定日
    2016年11月13日(日) 22:54 - 23:00
    (再放送)BS-TBS:11月20日(日) 20:54 - 21:00

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

冨田育義教授がIUPAC国際学会でDistinguished Award 2016を受賞

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10月14日~10月19日、中国の長沙で開催されたIUPACの新規材料とその合成に関する第12回国際学会(International Conference on Novel Materials and their Synthesis (NMS-XII))で、本学物質理工学院 応用化学系の冨田育義教授が、特に優れた発表を行った者に対して与えられるDistinguished Award 2016 を受賞しました。

International Union of Pure and Applied Chemistry

10月18日に行われたバンケットでの表彰式

10月18日に行われたバンケットでの表彰式

受賞対象となった発表(基調講演)題目

π-CONJUGATED POLYMERS POSSESSING VERSATILE ELEMENTS-BLOCKS BY POST-ELEMENT-TRANSFORMATION TECHNIQUE

今回の受賞は、冨田教授らの研究グループが推進してきた、主鎖型反応性高分子を用いて元素を反応の最終段階で置き換えることにより、高い反応性のために従来法では合成できなかった様々な元素ブロックを付与したπ共役高分子が得られ、それらが示す興味深い光・電子特性に関する研究について発表した内容が高く評価されたものです。

今回の受賞にあたり、冨田教授は次のようにコメントしています。

10月18日に行われたバンケットでの表彰式
10月18日に行われたバンケットでの表彰式

我々が行ってきた研究内容を評価して頂き、また今回の発表を通してたくさんの研究者とのネットワークが構築でき、とても嬉しく感じております。この場をお借りして、研究室スタッフ、卒業生、在校生、および学内外の共同研究者の皆様に心よりお礼申し上げます。

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古井貞熙名誉教授が平成28年度文化功労者に

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古井貞熙名誉教授(豊田工業大学シカゴ校学長)が、平成28年度文化功労者に選ばれました。文化功労者とは、文化の向上発達に関し特に功績顕著な者を顕彰するものです。

古井貞熙名誉教授
古井貞熙名誉教授

古井名誉教授は、音声工学の分野において、音声認識や話し言葉認識など、近年日常生活の様々な場で活用が進んでいる音声の自動認識・理解技術の先駆的な研究開発を行い、斯学の発展に多大な貢献をするとともに、コンピュータが人と対話する自動音声インタフェースの実現に大きな役割を果たしました。

古井貞熙名誉教授コメント

この度、文化功労者として顕彰されることになり、びっくりするとともに有難く思っております。これまで45年間にわたって一貫して、音声認識、話者認識、音声合成などの基礎研究に従事してきました。少なくとも初めのころは、役に立たなくてもよいと思いながら、国内外の多数の研究者の方々と協力し、かつ切磋琢磨しながら研究してきたことが、近年のコンピュータの急速な進歩にも支えられて、日常生活の様々な場で活用されるようになり、嬉しく思っています。これもひとえに、私を指導し、また日々の研究を共にしてくださった多くの方々のお蔭で、心から感謝の意を表します。今後、次の世代の皆さんが、積極的に海外に展開して、国際的なリーダーシップを発揮しながら、科学技術の発展に貢献してくださることを願っています。私も、微力ながらそのお手伝いをさせていただきたいと思っております。

お問い合わせ先

広報センター

Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975


東工大を含むECM共同研究開発チームが2016年日経地球環境技術賞優秀賞を受賞

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東京工業大学を含むECM共同研究開発チームによるECM(エネルギー・CO2ミニマム)セメント・コンクリートシステムに対して、2016年日経地球環境技術賞優秀賞が授与されました。

株式会社竹中工務店、鹿島建設株式会社、日鉄住金高炉セメント株式会社、株式会社デイ・シイ、太平洋セメント株式会社、日鉄住金セメント株式会社、竹本油脂株式会社、国立大学法人東京工業大学

「日経地球環境技術賞」は、日本経済新聞社が地球環境保全のための優れた成果(調査、研究、技術開発への実践的な取り組み)を表彰するものです。

地球の温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、生態系の乱れ、砂漠化、海洋汚染、廃棄物処理など、いわゆる地球環境問題に関する調査、研究、技術開発について独自性、将来の有望性や実現性などを総合判断し表彰されるものです。

受賞対象:ECM(エネルギー・CO2ミニマム)セメント・コンクリートシステム

「ECMセメント」は、鉄鋼製造の副産物である高炉スラグ微粉末を60~70%混合し、従来のセメントに比べて製造時のエネルギー消費量と二酸化炭素(CO2)排出量を60%以上削減しました。品質、耐久性、施工性などの課題を克服し、建築物の要求性能に応じたコンクリート構造物にする技術も確立しました。開発成果は2019年から段階的に公開し、2025年に一般公開して汎用技術として普及させる計画です。高炉スラグの有効利用による資源循環効果もあり、サステナブル社会(持続可能な社会)の実現につながります。今回の受賞では、上記研究成果により、特に低炭素型の混合セメントの可能性を広げた点が評価されました。

坂井悦郎教授のコメント

本受賞にかかる研究開発に関わった本学物質理工学院材料系の坂井教授は以下のようにコメントしています。

日経地球環境技術賞優秀賞受賞の坂井悦郎教授
日経地球環境技術賞優秀賞受賞の坂井悦郎教授

この研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成のもと、2008年から先導研究(通算期間:2年8ヵ月)および実用化開発(通算期間:2年7ヵ月)として実施したものです。基礎研究を進める大学、および材料を製造するセメント会社とその使用者である建設会社が連合し、材料開発から実用化研究までを一貫してグループとして実施したことが特徴です。日本でも例のない研究体制です。材料、施工、構造と統合的な検討を行うために個別の検討会と総合検討会を組織し、綿密な情報交換を行って研究を進めたことが早期の実用化に結びついたと思います。高炉スラグの反応の研究は、私以前に近藤連一先生と大門正機先生と私どもの研究室で引き継がれて来た研究です。今回の成果のように実用化に結びついたことは非常に喜ばしいことです。また、研究の連続性が大切だとあらためて思っています。

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2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

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お問い合わせ先

物質理工学院材料系 坂井悦郎

E-mail : esakai@ceram.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3368

NHK BSプレミアム「コズミックフロントNEXT」に玄田英典准教授が出演

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地球生命研究所の玄田英典准教授が、NHK BSプレミアム「コズミックフロントNEXT」に出演します。

当番組は、毎回、宇宙にまつわる謎に迫り、宇宙科学、天文学や科学史・技術史などの観点からひも解いていく科学番組です。「金星 ビーナスの素顔に迫れ!」と題したこの回では、今年4月から本格的な観測が始まり、新たな画像が撮影されるなど、次々と新発見が生まれている「金星」にスポットをあて、その素顔について、玄田准教授がお話します。

日本の探査機あかつきの観測が進む「金星」。地球の双子星とされながら、その地表は厚い雲に覆われ、高温高圧の異世界です。なぜそんな惑星になったのか?最新研究で迫ります。

玄田英典准教授
玄田英典准教授
(image credit: Nerissa Escanlar)

  • 番組名
    NHK BS プレミアム「コズミックフロントNEXT」
  • タイトル
    「金星 ビーナスの素顔に迫れ!」
  • 放送予定日
    2016年11月17日(木)22:00 - 22:59
    (再放送)2016年11月24日(木) 0:00 - 0:59

お問い合わせ先

地球生命研究所(ELSI)広報室

Email : pr-mail@elsi.jp
Tel : 03-5734-3163

マイクロプロセッサの待機時電力を大幅に削減する新技術を開発

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要点

  • マイクロプロセッサおよびシステムオンチップ(SoC)におけるコアの待機時電力の削減に有効な不揮発性SRAM[用語1]を用いた新たな低消費電力技術(パワーゲーティング)を開発した。
  • 不揮発性メモリ素子(強磁性トンネル接合;MTJ[用語2])をSRAMに組み込んだ不揮発性SRAMの設計法および駆動法を開発してチップ試作を行った。
  • 試作チップの評価結果から、不揮発性SRAMを用いたパワーゲーティングのエネルギー性能を解析して、この技術を用いれば、マイクロプロセッサおよびSoCの課題となっていたコア部(演算を行うプロセッサの中心部分)におけるパワーゲーティングのエネルギー削減効率を大幅に向上できることを明らかにした。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の菅原聡准教授らの研究グループは、マイクロプロセッサやシステムオンチップ(SoC)のコア(演算を行うプロセッサの中心部分)における待機時電力を削減するために用いられているパワーゲーティングに不揮発記憶を導入することで、そのエネルギー削減効率を従来技術に比べて飛躍的に向上できる技術を開発した。

同グループが提案した不揮発性パワーゲーティング(NVPG)[用語3]は、電源を遮断しても記憶内容を保持できる不揮発記憶を利用して、ロジックシステムの電源遮断を頻繁に行い高効率に待機時電力を削減する方法である。マイクロプロセッサやSoC内のコアに含まれるレジスタやキャッシュなどの記憶回路を独自開発の不揮発性双安定回路[用語1]で構成して、通常動作をほとんど劣化させることなく、高効率にNVPGによるエネルギーの削減ができる。

今回、同グループが提案している不揮発性SRAM(NV-SRAM)の設計法・駆動法を開発し、チップ試作を行い、その実測結果の系統的な解析によって、NVPGがマイクロプロセッサやSoCにおけるコアの待機時電力の削減に極めて有効であることを明らかにした。これまでにも不揮発記憶を用いたマイクロプロセッサやSoCのパワーゲーティングに関する技術開発はあったが、コア外の低階層キャッシュなどへの適応に限られていた。今回の研究は、開発したNVPG技術がコアに含まれる高階層キャッシュに搭載することが可能で、コアレベルのパワーゲーティングによる待機時電力削減効率を飛躍的に向上できることを明らかにした。

今回の研究成果は、9月12日からスイス・ローザンヌで開催された欧州最大の半導体技術に関する国際会議ESSDERC/ESSCIRCで発表された。

背景と研究の経緯

近年のパーソナルコンピュータやサーバに搭載されているマイクロプロセッサや、スマートフォンなどのモバイル機器に搭載されているシステム・オン・チップ(SoC)では、トランジスタのリーク(漏れ)電流によって待機時に消費する待機時電力が著しく大きく、その削減が重要な課題となっている。もし何も対策を講じなければ、この待機時電力は演算処理を行っているときの電力(ダイナミック電力)と同レベルとなり、無駄な電力を消費し続けてしまうことになる。このような待機時電力の削減に有効な技術にパワーゲーティングがある。待機状態にある回路ブロックへの電源供給を遮断することでリーク電流を削減するもので、マイクロプロセッサやSoCでは、コア部の電源遮断を行うコアレベルパワーゲーティングなどが広く用いられている。この技術では、電源遮断によってコア内のレジスタやキャッシュと呼ばれる記憶回路に保存されている重要なデータが失われるといった問題があるために、このデータを一度コア外のバックアップメモリに転送・保存してから電源遮断を行う。また、電源復帰時には、このデータをその都度コア内に書き戻す必要がある。パワーゲーティングでは、電源遮断を頻繁に行い(時間的細粒度という)、エネルギーの削減効率を高めることが重要であるが、この技術では、データの転送・バックアップ・書き戻しに必要な時間とこれに要するエネルギー消費が大きく、時間的細粒度のパワーゲーティングを実現できていない。すなわち、現状では効果はあるもののその本来の能力を十分に発揮できないという課題があった。

研究成果

同グループが提案した不揮発性パワーゲーティング(NVPG)は、不揮発記憶を利用して、ロジックシステムの電源遮断を頻繁(細粒度)に行い高効率に待機時電力を削減する方法である。コア内のレジスタやキャッシュなどを構成する各種CMOS双安定回路に不揮発性メモリ素子を組み込むことで、電源遮断を行ってもデータを保持できるところに特長がある。同研究グループの提案した不揮発性双安定回路では、CMOSロジックが通常の動作中には、不揮発記憶は用いずに通常の双安定記憶回路として動作し、電源遮断のときにだけ不揮発記憶を行うことができる。これによって、コア内の通常の高速動作には影響を与えず、高効率にエネルギーを削減できるNVPGが実行できる。

今回、同グループは提案している不揮発性SRAM(NV-SRAM)を試作し、その実測結果からNV-SRAMを用いてNVPGを実行した場合のエネルギー性能を系統的に解析した。この結果から、NV-SARMによるNVPGを用いれば、マイクロプロセッサおよびSoCの課題となっていたコア部におけるパワーゲーティングのエネルギー削減効率を大幅に向上できることを明らかにした。

研究成果の詳細

図1に同グループが提案しているNV-SRAMのセル構造を示す。通常のSRAMセルにトランジスタを介して、不揮発性メモリ素子である強磁性トンネル接合(MTJ)を接続してある。このトランジスタによって、通常動作時にはMTJをSRAMから電気的に切り離すことが可能となる。また、NV-SRAMに接続されたパワースイッチでセルへの電源遮断を行う。このセルを用いて、メモリアレイおよび周辺回路を構成してNV-SRAMの試作を行った。MTJの書き込み電流、各動作モードにおけるノイズマージンからセルの設計法を開発した。また、このセルでは通常の6トランジスタのSRAMセルと比べてトランジスタ数が増加しているが、セルへのバイアスを工夫することで、通常の6トランジスタSRAMセルと同じレベルのリーク電流に抑止できる駆動方法も開発した。また、MTJへの不揮発記憶の書き込みアーキテクチャや、動作電源遮断時のパワースイッチの駆動にも工夫を行い、セルアレイの各動作モードにおけるリーク電流を可能な限り削減した。

NV-SRAMセルの回路構成
図1.
NV-SRAMセルの回路構成。通常の6トランジスタSRAMセルの記憶ノードにトランジスタを介してMTJを接続してある。パワースイッチによって電源遮断を行う。

試作したNV-SRAMの設計レイアウトを図2に示す。通常のSRAMと同様の周辺回路に、不揮発記憶を行うための周辺回路を追加してある(後で述べるように、この不揮発記憶を行うための周辺回路はNV-SRAMのエネルギー性能に重要な影響を及ぼす)。CMOSのプロセス技術には65 nmのSOTB技術を用いた。この技術では、CMOS基板にバイアスを加えることで電源遮断時におけるトランジスタのリーク電流を大幅に削減することができる。この技術はセルアレイを駆動する周辺回路に採用した。

試作した NV-SRAMのレイアウト
図2.
試作した NV-SRAMのレイアウト。基本構成は通常のSRAMと同じであるが、不揮発記憶のための周辺回路とパワースイッチを追加してある。

図3に評価に用いたベンチマークのシーケンスと各回路ブロックの動作モードを示す。通常のSRAM動作における読み出しと書き込みを全セルに対して、nRW回繰り返し、その後、電源遮断を行うときにだけ、MTJへの書き込みを行う。電源遮断を行わない短い時間の待機時はスリープモードとした(双安定回路のデータが消えない程度に供給電圧を絞る動作)。比較のための通常のSRAMでは、待機時はすべてスリープモードを用いた。周辺回路は各動作モードに合わせて、通電状態または電源遮断状態とした。作製したNV-SRAMの各回路部の各動作モードにおける電流値の実測値を用いて、パワーゲーティングの性能指標であるBreak-even time(BET)[用語4]からNV-SRAMのエネルギー性能を解析した。BETは電源遮断によってエネルギーを削減できる最低の電源遮断時間である。

ベンチマークシーケンスと各回路ブロックの動作モード
図3.
ベンチマークシーケンスと各回路ブロックの動作モード。NVPGではセルアレイの全ビットを読み出し/書き込み後、時間tSLのスリープモードを実行する。これをnRW回繰り返し、MTJに書き込み(ストア)してから時間tSDシャットダウンし、復帰(リストア)する。通常のSRAMでは、待機時はすべてスリープモードである。通常動作用と不揮発記憶用(NV-SRAMのみ)の周辺回路は使用しないときは電源遮断とする。

図4にBETのnRW依存性を示す。BETはnRWとアレイサイズ(Mビット×Nライン)によって変化する。nRWに依存せず一定の値をとるBETの領域では、BETは不揮発記憶時に消費するエネルギーによって決まり、アレイサイズが大きいほどBETは増大する。一方,nRWに依存して増大する領域では、BETは不揮発記憶用周辺回路のリーク電流に強く依存し、アレイサイズとともに増大する。なお、このようにBETがほぼ不揮発記憶のためのエネルギーと不揮発記憶用周辺回路のリーク電流で決まるのは、先に述べたように、セルのリーク電流を通常の6トランジスタSRAMセルと同程度まで減らしているために実現できる。

Break-even time(BET)のnRW依存性
図4.
Break-even time(BET)のnRW依存性。BETのnRWに対する挙動は、nRWとともに増大する領域と、nRWに依存せずに一定値をとる領域とに分けられる。それぞれ。図5、6の方法で削減できる。

nRWに依存して増大するBETは、不揮発記憶用周辺回路のリーク電流を削減することでその増大を抑えることができる。今回はSOTBの基板バイアスを用いて、削減を試みた。図5に結果を示す。この場合では、nRWに依存したBETの増加は大幅に抑制できた。

SOTBの基板バイアスによって周辺回路のリーク電流を削減した場合におけるBETのnRW依存性(実線)
図5.
SOTBの基板バイアスによって周辺回路のリーク電流を削減した場合におけるBETのnRW依存性(実線)。この場合では、nRWの広い範囲にわたって、BETはnRWに依存せず、一定値をとる。点線は図4の結果である。

Nに依存して増大するBETは、ストアフリーシャットダウンと呼ばれるアーキテクチャを導入することで、削減できる。ストアフリーシャットダウンは既にMTJに書き込まれている内容がこれから書き込もうとする内容と一致するとき、または、セルの内容がMTJの内容と一致している状況から書き換わっていないときに、MTJへの不揮発記憶をスキップして電源遮断する方式である。結果を図6に示す。ストアフリーシャットダウンの比率が大きくなるとともにBETは削減できていることがわかる。

ストアフリーシャットダウンの効果
図6.
ストアフリーシャットダウンの効果。MTJに記憶されている内容がSRAM部に記憶されている内容と一致するとき、MTJへの書き込みをスキップして、電源遮断する。ストアフリーシャットダウンの比率とともにBETを削減できる。

BETの値は、コア内のキャッシュに用いられるアレイサイズでは0.1 ms程度となり、ストアフリーシャットダウンの導入を考えるとさらに短いBETも期待できる。今回得られた結果は、従来に比べて桁で短い時間的粒度でコアレベルのパワーゲーティングが実現できる可能性を示している。

また、今回のNV-SRAM技術は、各階層のキャッシュのみならずレジスタファイルや、フリップフロップの不揮発化など、コア内の他の重要な記憶回路にも同様に拡張できる。これまでにも不揮発記憶を用いたマイクロプロセッサ/SoCのパワーゲーティングに関する技術開発はあったが、低階層のキャッシュなどへの適応に限られコアへの応用が困難であった。一方、本研究グループの開発したNVPG技術はコアレベルのパワーゲーティングに適し、従来技術以上に待機時電力削減効率を高めることが可能となる。

今後の展開

現在のマイクロプロセッサの高性能化ではマルチコア化が必須の技術になっているが、今後はさらに大規模なマルチコア化(メニーコア化)が重要になってくる。この一方でダークシリコンと呼ばれる各コアの消費エネルギーのため同時に動作できるコアの数に制限が加わるという問題も発生する。このような問題では各コアの低消費電力化がより重要となるが、NVPGはこのようなメニーコアのプロセッサに極めて有効な待機時電力削減アーキテクチャとなる可能性がある。

用語説明

[用語1] 不揮発性双安定記憶回路(不揮発性SRAM(NV-SRAM)、不揮発性フリップフロップ(NV-FF)) : NV-SRAMやNV-FFなどの不揮発性双安定回路はインバータループに不揮発性メモリ素子を直接接続することで実現できることは知られていたが、このような方式ではインバータループに接続された不揮発性メモリ素子が、通常の双安定回路の動作に悪影響を与え、動作速度の劣化や消費電力の増大、さらにはバラツキ耐性やノイズマージンの減少など回路性能の劣化を生じる。このため、通常動作と不揮発記憶の動作を完全に分離できる回路構成が必要になる。本研究グループの提案した不揮発性双安定回路は、インバータループ外にトランジスタを介して不揮発性メモリ素子を接続するため、インバータループと不揮発性メモリ素子を電気的に分離できる。したがって、通常のSRAM動作やフリップフロップ動作に影響を与えることなく、不揮発記憶/NVPG動作も実行できる。

[用語2] 強磁性トンネル接合(MTJ) : 薄い絶縁性薄膜(トンネル障壁)を2つの強磁性電極で挟んだトンネル接合構造の二端子素子で、不揮発性メモリMRAMの記憶素子に用いられる。強磁性電極の相対的な磁化状態が平行な場合と、反平行の場合で素子の電気抵抗が異なる。また、100 nm程度以下に微細化されたMTJではスピン注入磁化反転と呼ばれる現象によって、磁場を用いることなく、MTJを流れる電流によって電気的に磁化状態を変化させることができる。

[用語3] 不揮発性パワーゲーティング(NVPG) : マイクロプロセッサやSoCにおけるメモリシステムに不揮発記憶の機能を付加し、高効率に待機時電力の削減を実現するアーキテクチャで、本研究グループから提案された。通常動作と不揮発記憶の動作を分離可能な双安定記憶回路を用いることで、性能劣化をほとんど生じることなくコア内部まで不揮発化をすることが可能となり(ただし、パイプラインなど不揮発化を必要としない記憶回路もある)、従来のパワーゲーティングでは実現できない最適な空間的・時間的粒度のパワーゲーティングを実行できる。したがって、従来技術に比べて、待機時電力の削減効率を高くできる。また、通常動作/不揮発記憶の機能分離によって、マイクロプロセッサやSoCの既存アーキテクチャとの整合性も高い。

[用語4] Break-even time(BET、損益分岐時間) : NVPGでは不揮発記憶を利用するが、これには大きなエネルギー消費を伴う。また、セルの構成によってはリーク電流なども従来の記憶回路に比べて増加していることがある。このような不揮発性記憶回路の導入にともなう余計なエネルギー消費があるため、闇雲に不揮発性記憶回路を用いると、むしろエネルギー消費を増大させてしまうことがある。不揮発記憶回路の導入にともなう余計なエネルギー消費を電源遮断によって埋め合わすことができる最低限必要な電源遮断時間がBreak-even time(BET)である。このBETは損益分岐時間と呼ばれることもある。BETを短くすることで時間的・空間的細粒度のNVPGが実現可能となる。BETの算出にはいくつか方法があるが、最も重要なものは既存の記憶システムと新しく導入した記憶システムとの比較から求めるBETである。新たに導入する記憶回路にどのような回路構成や駆動方式を用いていても、記憶回路であれば必ずBETを算出できる。従来のCMOSロジックシステムにおいてはBETの概念はすでに用いられていたが、本研究グループによって不揮発記憶を用いたシステムに拡張された。

論文情報

掲載誌 :
ESSDERC-ESSCIRC 2016, Lausanne, Switzerland, September 12-15, 2016.
論文タイトル :
Energy performance of nonvolatile power-gating SRAM using SOTB technology
著者 :
Y. Shuto, S. Yamamoto, and S. Sugahara
DOI :

謝辞

本研究の一部は科学技術振興機構および科研費から支援を受け実施した。VLSIチップは東大VDECおよびルネサスエレクトロニクスの支援によって作製された。

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 菅原聡

E-mail : sugahara@isl.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5456

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

カーボンナノチューブを使い、折れ曲がるテラヘルツカメラを開発―非破壊・非接触検査における新たな手法として期待―

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要点

  • フレキシブルかつウェアラブルなテラヘルツ帯撮像デバイスを実現
  • 電極金属の最適化、新手法のpn接合により検出器の小型化・高感度化を達成
  • 注射器など円筒形器具でも全方位検査を達成

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の河野行雄准教授らの研究グループは、カーボンナノチューブを利用したフレキシブルなテラヘルツ帯[用語1]撮像デバイス(カメラ)を世界で初めて開発した。このデバイスを用い、注射器やペットボトルといった360度歪曲した物体に対しても、内部の破損・異物混入を瞬時に撮像することに成功した。また人体に装着したまま画像観測を行うためのウェアラブルデバイスも製作した。

電極金属の最適化やイオン液体[用語2]を用いたpn接合[用語3]などの新手法を用いて検出器の小型化・集積化・高感度化を達成、多素子化による撮像カメラを実現した。これはテラヘルツ帯技術の実用化に近づく成果といえる。

テラヘルツ波は電波と光波の中間の周波数帯の電磁波で、様々な応用が期待されている。河野准教授らは以前、カーボンナノチューブにおける光熱起電力[用語4]を用いたテラヘルツ波検出器を作製したが、小型化に伴う感度低下が問題となっており、多素子化によるカメラ開発が困難であった。研究は日本ゼオン株式会社の試料提供を受けて実施した。研究成果は11月14日発行の英国の学術誌「Nature Photonics」誌に掲載された。

研究の背景と経緯

電磁波の活用は我々の生活や産業、基礎科学といった多くの分野において大きな変革をもたらしてきた。広大な周波数帯の中で、テラヘルツ帯と呼ばれる電磁波は電波としての透過性や光波としての直進性、水に対する高い吸収率、固体素子や高分子の物性解析に有力といった特性を有している。

このため、近年、非破壊・非接触での金属・非金属探知や爆発物検知、ICカードの偽造防止、農作物のモニタリング、医療・薬学応用といった様々な応用が期待されている。だが、この周波数帯は電子技術(エレクトロニクス)としては周波数が高く、光技術(オプティスクやフォトニクス)としては光のエネルギーが低い。このことから、この周波数帯を活用する技術が十分に開発されておらず、他の周波数帯に比べて発振器や検出器という基本的な素子ですら発展途上という課題を抱えている。

また、電磁波の重要な応用であるイメージング計測では、一般に様々な形状の物体に対応する必要がある。そのためには、複数の視野から画像化する立体計測が必要であるが、従来のシステムでは大型化する問題があり、テラヘルツ帯イメージング技術の実用化を難しいものとしていた。

以上を背景として河野准教授らは、カーボンナノチューブフィルムを用いて、電極材料の最適化やイオン液体によるpn接合などの新手法を取り入れた検出器の改良、ならびにテラヘルツ帯フレキシブルカメラの開発・応用に向けて取り組んだ。

研究成果

折り曲げ可能なテラヘルツ帯カメラを作製するために、カーボンナノチューブフィルムを材料に選定した。分散液をフィルタリングすることで得られるカーボンナノチューブフィルムは、大面積かつフレキシブルで容易に加工ができることから、検出器の材料として有力である(図1)。

折り曲げ可能なカーボンナノチューブフィルム

図1. 折り曲げ可能なカーボンナノチューブフィルム

今回の研究では、微弱なテラヘルツ光でも受光できる高感度検出器の実現に向けて、電極材料の最適化及びイオン液体によるpn接合などの手法を用いた。検出原理である光熱起電力のテラヘルツ応答強度は、材料間での温度差に比例して大きくなるという性質がある。

テラヘルツ応答強度の電極金属依存性を測定すると、図2aに示すように電極金属の熱伝導率が高く、すなわち熱抵抗が低くなればなるほど応答強度が強くなるという特性が分かった。例えば、Ti電極に比べてAu電極は約6倍強い応答強度を示す。また、左右の電極に異種材料を用いることで、テラヘルツ吸収によって発生した熱を熱抵抗の低い電極の方に支配的に流す構造にした。この工夫により、検出器を小型化しても感度を維持できることが明らかになった。(図2b)

テラヘルツ応答の電極金属依存性
図2.
テラヘルツ応答の電極金属依存性。(a)電極金属の熱伝導率が高い(熱抵抗が低い)ほどテラヘルツ応答が強くなる。(b)同種電極(実線)と異種電極(破線)のテラヘルツ応答。異種電極を用いて両電極の熱抵抗を変えることで、検出器を小型化しても感度を保持できていることがわかる。

次に、pn接合の作製を試みた。従来、カーボンナノチューブフィルムでは膜厚がマイクロメートル程度以上の厚さになると、既存のゲート電極を用いた電界制御ではpn制御ができないという問題があった。そこで今回の研究では、イオン液体を用いた電気二重層[用語5]トランジスタを作製することで(図3a)、100マイクロメートルという厚いカーボンナノチューブフィルムにおいてもpn制御を行うことができた。

図3b、cに示すとおり、pn接合を用いることで4倍の高感度化を達成した。以上から、フレキシブルデバイスに必要な厚み(機械的強度)と感度の高さを両立することが可能となった。この成果は、テラヘルツデバイス応用にとどまらず、今後、カーボンナノチューブフィルムを様々なフレキシブルデバイスへ応用展開する上で高い意義を持つ。

さらに、カーボンナノチューブから外への熱放出を抑制することで、約3倍感度が上昇した。以上の3点の工夫(電極構造、pn接合、熱放出抑制)により、格段の検出感度向上を達成した。

イオン液体によるpn接合カーボンナノチューブデバイス
図3.
イオン液体によるpn接合カーボンナノチューブデバイス。(a)デバイス図。(b)テラヘルツ応答のマッピング結果。pn接合部で強いテラヘルツ応答が発生している。(c)pn接合及び電極金属界面でのテラヘルツ応答。pn接合を用いることで約4倍の高感度化が達成できている。

以上の知見を用いて多数の検出器をアレイ状に集積化し、フレキシブルかつウェアラブルなテラヘルツ帯カメラの作製、ならびにテラヘルツイメージング検査応用を行った。図4a~cがそれぞれ0.14 THz, 1.4 THz, 29 THzの電磁波を用いたテラヘルツイメージングの測定図である。

テラヘルツイメージングによって、紙や半導体に隠された金属や、プラスチックケースの内部構図(柱やガム)の非破壊・非接触検査ができていることがわかる。

テラヘルツイメージング
図4.
テラヘルツイメージング。(a)0.14 THzによるイメージング図と写真。紙に隠された金属が可視化されている。(b)1.4 THzによるイメージング図と写真。プラスチックケースの内部構造(柱やガム)が可視化されている。(c)29 THzによるイメージング図と写真。半導体基板(ゲルマニウム)に隠された金属が可視化されている。

また、図5に医療器具(注射器)のマルチビュースキャンの結果を示す。注射器のような歪曲した形状の物体であっても、本フレキシブルカメラを用いることで、360度の全視野を瞬時に画像計測することができる。従来は複数台のカメラを用いていたが、本技術により大規模な測定系なしで、全方位破損検査が可能であり、既存技術とくらべて大きな優位性がある。

フレキシブル撮像デバイスを用いた医療器具(注射器)の360度全方位検査
図5.
フレキシブル撮像デバイスを用いた医療器具(注射器)の360度全方位検査。本撮像デバイスを用いることで、大規模な測定系なしでの全方位破損検査ができている。

今後の展開

テラヘルツ帯フレキシブルカメラを開発し、テラヘルツイメージングによる内部構造の可視化や全方位破損検査といった新規なデモンストレーションを行った。さらに、人体に装着可能なウェアラブルカメラの開発にも成功した(図6)。

人体に装着可能なウェアラブルテラヘルツカメラと手のテラヘルツ画像

図6. 人体に装着可能なウェアラブルテラヘルツカメラと手のテラヘルツ画像

今後、検出器を高感度化・高集積化することで、より高精度のテラヘルツイメージングが可能となり、食物・医薬品への異物混入検査、農作物のモニタリング、ウェアラブルな生体検査といった様々な分野において、既存の技術では成し得ない恩恵や革新をもたらす。

特に、本カメラはフレキシブルで生体系の形状にフィットするという他にはない長所を有するため、医療検査に向けた強力な手段となることが期待できる。日常生活でもリアルタイムで検査可能な“ウェアラブル医療端末”としての活用も可能となろう。この技術は、現在、東工大が中心になって進めているCOIプログラム「『以心電心』ハピネス共創社会構築」において、大きく貢献することが期待される。

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構の「産学共創基礎基盤研究プログラム」、独立行政法人日本学術振興会の科学研究費助成事業(新学術領域研究「原子層科学」、新学術領域研究「ゆらぎと構造の協奏」、基盤研究(B)、特別研究員奨励費)の援助により行われた。

文部科学省革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)による事業であり、本学及び産学官の関係機関との連携により、革新的な研究開発と、その成果を実用化するための取組を行っている。全世代の人々が文化・習慣の違いを越え、人口構造に依らない活力ある社会の実現に資することを目的とする。

用語説明

[用語1] テラヘルツ帯 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波帯のこと。かつては未開拓領域だったが、物質・バイオ分析や高速無線通信など、様々な応用可能性から近年急速に注目を集めている。

[用語2] イオン液体 : 室温において、液体状態で存在するイオン結合化合物のこと。

[用語3] pn接合 : 正孔が流れる材料(p型)と電子が流れる材料(n型)を接合した構造のこと。

[用語4] 光熱起電力 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が発生し、その温度差が電圧に変換される現象のこと。

[用語5] 電気二重層 : 荷電粒子が印加電場によって移動した結果、界面に正負の荷電粒子が対を形成して層状にならぶ現象のこと。本研究では、イオン液体中の陽イオンと陰イオンが電場に沿って移動する。

論文情報

掲載誌 :
Nature Photonics
論文タイトル :
A flexible and wearable terahertz scanner
著者 :
Daichi Suzuki, Shunri Oda, and Yukio Kawano
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 河野行雄

E-mail : kawano@ee.e.titech.ac.jp
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東京工業大学 広報センター

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遠隔操作性と繊細な作業性を備えた建設ロボットを開発―ImPACTタフ・ロボティクス・チャレンジによる新しい災害対応重作業ロボットの開発―

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研究成果のポイント

  • 自在な遠隔操作性と器用で繊細な作業性を備えた災害対応重作業ロボットを開発。
  • 遠隔でロボットを操縦するオペレータが、まるで対象物を触っているかのような反力と触覚を感じながら、精密で確実な作業ができる。
  • ロボットの外にカメラを置かずとも、対象物や地形を、視点を変えながら、また、霧がかかっていても見ることができるため、精密な作業や複雑な地形での移動が容易になる。

概要

建設ロボット実験機
図1. 建設ロボット実験機

内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)タフ・ロボティクス・チャレンジ(プログラム・マネージャー:田所諭)の一環として、研究開発課題「災害対応建設ロボットの開発」責任者 大阪大学 大学院工学研究科 吉灘裕(よしなだ ひろし)特任教授(常勤)、神戸大学 大学院工学研究科 横小路泰義(よここうじ やすよし)教授、東北大学 未来科学技術共同研究センター 永谷圭司(ながたに けいじ)准教授、東北大学 大学院情報科学研究科 昆陽雅司(こんよう まさし)准教授、東京大学 大学院工学系研究科 山下淳(やました あつし)准教授、東京工業大学 工学院 システム制御系 田中正行(たなか まさゆき)准教授らは、従来の建設機械と比較して、作業性・機動性を飛躍的に高めた災害対応重作業ロボット(建設ロボット)の実験機(図1)を開発しました。

このたび本研究開発で開発を進めている主な要素技術を搭載した実験機での一連の評価により、開発コンセプトに描いた建設ロボットの実現に目処が得られました。本実験機は、外観は通常の油圧ショベルですが、従来の建設機械に比較して飛躍的に良好な運動特性と、力覚と触覚の提示機能を付与して、精密で確実な作業の実現を目指しています。また有線給電ドローンによる長時間周辺監視と、任意視点の俯瞰画像生成や霧などを透過して映像を取得する極限画像処理システムを搭載することにより、ロボットの外にカメラを置かずとも、対象物や地形を、視点を変えながら見ることができ、複雑な地形でも容易で安全な移動を可能としました。

今回性能を確認した要素技術以外にも、複数の有用な要素技術の開発を行っています。今後、順次それらの要素技術の評価を進め、より高い作業性、対地適応性の実現を目的として、2重旋回機構と複腕を有する新しいロボットの開発を進めます。

研究の背景と経緯

土砂崩れや建物の倒壊などの災害対応作業には、多くの場合、建設機械が投入されています。中でも油圧ショベルは、クローラを用いた走行機構がもたらす走破性と、多関節の作業機が可能とする多機能な作業性により、災害現場での中心的な役割を担っています。しかし油圧ショベルは、大きな力で地面を掘削する機械のため、繊細な力のコントロールや微細な作業は得意としていません。このため被災現場の状況によっては現場への投入が困難な場合がありました。また油圧ショベルは、使用している機器の制約から、駆動システムに大きなヒステリシス[用語1]と0.1 - 0.2 sec程度の無駄な時間があり、様々な制御則、とくにサーボ制御[用語2]の織込みは容易ではなく、自在な運動特性を実現することが難しい機械です。

災害対応では、オペレータにも危険が及ぶ状況が予想されるため、遠隔で機械を操作できることが必要です。油圧ショベルには、ラジコンの遠隔操縦装置がオプションとして準備されていますが、多くは100 m以内の距離からの直視による遠隔操作であり、災害現場への対応としては十分ではありません。画像伝送を用いた長距離の遠隔操作には、雲仙普賢岳の砂防工事などに用いられた無人化施工システムがありますが、比較的定型的な作業に限定されること、作業性を高めるためには油圧ショベルの周囲に複数のカメラ車を配置する必要があることなど、使用できる状況は限定されています。また遠隔操作時は作業効率が搭乗操作時の60%程度に低下することが大きな課題となっています。

本研究グループは、ImPACTタフ・ロボティクス・チャレンジの共同研究開発の一つのテーマとして、これらの課題を解決した災害対応の重作業ロボットの開発を進めてきました。このたび開発中の要素技術を搭載した実験機(図1)を用いて、災害現場を模擬した評価試験フィールドにて実証試験を行い、一定の性能が確認されました。

研究の内容

上述の課題を解決する新たな建設ロボットを開発しました。今回開発した建設ロボットによれば、遠隔でロボットを操縦するオペレータが、まるで対象物を触っているかのような反力と触覚を感じながら、精密で確実な作業ができます。また、ロボットの外にカメラを置かなくとも、対象物や地形を、視点を変えながら見ることができ、また、霧がかかっていても見ることができるため、精密な作業や複雑な地形での移動が容易になります。具体的には下記のような要素技術を含んでいます。

(1)新しい油圧システムと制御手法の適用による高い運動制御性の実現(大阪大・吉灘)

油圧ショベルの作業機は非常に大きな慣性質量[用語3]があり、また作業機慣性とアクチュエータ(シリンダ)の慣性/トルク比[用語4]が、通常の産業ロボットなどよりもはるかに大きいため、これまで高精度に制御することは困難でした。本研究開発では、位置や速度の目標値制御と同時に、シリンダに加わる圧力を適正に高速で制御する制御手法を開発し、大きなオーバーシュート[用語5]発振[用語6]を生じずに、高応答かつ安定に大慣性の作業機をコントロールすることが可能となりました(図2)。またこのために、これまでの建設機械に比べて、約10倍の応答速度と精度を有する油圧コンポーネント[用語7]を用いた新しい油圧システムを構築しました。さらにコンプライアンス制御[用語8]を導入することにより、対象物に柔らかく触れることも可能となりました。

新しい油圧制御システム・制御手法による応答性の例

図2. 新しい油圧制御システム・制御手法による応答性の例

(2)力覚フィードバック[用語9]のための建設ロボットの手先負荷力推定(神戸大・横小路)

建設機械のシリンダは、油漏れを嫌うために、多重にシールが組み込まれており、摩擦の非常に大きなアクチュエータです。また建設機械の作業機の関節部は、重負荷や衝撃に対応するためにベアリング等は組み込まれておらず、これも摩擦を大きくする要因となっています。さらに建設機械の作業機では、発生力に対する作業機自重の割合が大きく、先述の摩擦の影響と合わせて、力のコントロールが非常に難しい制御系となっています。本研究開発では、建設ロボットの手先負荷力をシリンダ圧から高精度に推定する手法を開発しました(図3、4、5)。シリンダ長の情報を用いて建設ロボットのブームやアームの自重の影響を取り除くことで、精度の高い手先負荷力の推定が可能であり、手先に新たに力覚センサを付加する必要がないので衝撃等にも強く、非常にタフな手先負荷力推定方法です。またシリンダ長の変化速度や加速度情報を用いて動摩擦や慣性力の影響も取り除くことで、さらに高精度な推定も可能です。推定した手先負荷力は、ハプティックデバイス[用語9]により操縦者へ力覚フィードバックすることができ、作業性が大幅に向上します。今回の実験機では、大阪大学と共同して、バイラテラル制御[用語11]を実装しており、操縦者は力覚フィードバックを受けながら直感的な遠隔操縦が可能となりました。

力覚のフィードバックシステム

図3. 力覚のフィードバックシステム

神戸大の実験機での鉛直押付け実験の様子
図4. 神戸大の実験機での鉛直押付け実験の様子
押付け力の推定結果
図5. 押付け力の推定結果

(3)振動情報を用いた触覚センシング(東北大・昆陽)

触覚は、繊細で安全な作業のために不可欠な情報ですが、建設機械のように大きな衝撃力や外力の加わる機械のエンドエフェクタ部に触覚センサを搭載することは、信頼性・耐久性の観点から現実的ではありませんでした。本研究開発では、エンドエフェクタに発生する高周波の振動を、後方のアーム部に搭載した高感度の振動センサによって計測し、接触に関係する特定の振動成分を抽出し、操縦者に振動刺激として伝達するシステムを開発しています(図6)。これにより、信頼性・耐久性を心配することなく、建設機械のような大型の機械にも触覚を付与することが可能となりました。振動刺激は、ヒトが感じやすい波形に変調することで、タフ環境でも操縦者に微小な接触情報を見逃すことなく提示することが可能となりました。

振動情報を用いた接触情報の伝達システムの例

図6. 振動情報を用いた接触情報の伝達システムの例

(4)有線給電ドローン(図7)による長時間周辺監視(東北大・永谷)

建設ロボットの遠隔操作を行う際、作業対象を第三者の視点から取得することが、非常に有用です。一般の無人化施工では、カメラ車が第三者視点を提供しますが、発災時の緊急対応では、カメラ車を準備することが困難です。そこで、オペレータに第三者視点を提供するための、マルチロータ機(以下、ドローンと呼ぶ)を利用することとしました。なお、一般のドローンは、バッテリの制約から飛行時間が短いため、本研究では、電線を用いた給電ケーブルにより、送電を行うことで長時間の飛行を実現しました。これにより、オペレータが見たい視点にドローンを飛行させ、その点から画像情報を取得することが可能となります。また、給電ケーブルが環境や建設ロボットに接触し、飛行の安定性を損ねないため、ケーブルの張力を調整する機構を搭載したドローンの着陸台を開発しました。これにより、ドローンの安定した飛行ならびに、確実な離着陸を実現しました。

有線給電ドローン

図7. 有線給電ドローン

(5)極限画像処理1 任意視点俯瞰画像の生成(東大・山下)

車体に取り付けた複数のカメラ映像を、画像処理で合成して俯瞰画像取得する方法は、自動車などにも採用されており、運転操作を容易にするものとして知られています。ただし、自動車の例では、俯瞰画像の視点は一点に固定されており、変更することはできません。路上の駐車などの簡単な操作はそれでも十分ですが、災害現場のような複雑な環境下では、固定視点からの俯瞰画像だけでは、安全かつ確実に走行することは困難です。本研究開発では新しい画像処理アルゴリズムを開発して、ロボット本体に搭載した4個の魚眼カメラの映像を合成し、ロボットのオペレータに、任意視点からの俯瞰映像を、リアルタイムに提示することを可能としています(図8)。また一部のカメラが故障・破損などで映像が取得できなくなっても、時空間データ[用語12]を活用することにより欠損画像を補完するシステムを開発しました。本システムを用いることにより、災害現場のような複雑な環境下でも、ロボット周囲の状況を分かり易く把握することができ、屋外のタフな環境でのロボットの遠隔操作が可能となりました。

リアルタイムでの任意視点からの俯瞰映像提示例

図8. リアルタイムでの任意視点からの俯瞰映像提示例

(6)極限画像処理2 霧などの悪環境下での状況把握(東工大・田中)

ロボットの遠隔操作では、映像情報が非常に重要です。一般には可視光の高解像度カメラをロボットに搭載して周辺の状況把握を行いますが、災害現場では霧の発生等により、可視光カメラでは状況の確認ができないといった場合が想像されます。そこで本研究開発では、波長の長い光を観測できる遠赤外線カメラを活用することにより、状況の観察が困難な霧などの悪環境下でも、周囲状況を把握してロボットを操作できるシステムを開発しました(図9)。本システムを活用することにより、肉眼や通常の可視光カメラだけでは、対応不可能であった霧のような悪環境であってもロボットの操作が可能となりました。

 
通常の可視光カメラ画像
遠赤外線カメラ画像
霧無し
霧無し・通常の可視光カメラ画像
霧無し・遠赤外線カメラ画像
霧有り
霧有り・通常の可視光カメラ画像
霧有り・遠赤外線カメラ画像

図9. 霧の有無における通常の可視光カメラ画像と遠赤外線カメラ画像の例

今後の展開

建設ロボット実験機
図10. 建設ロボット実験機

今回性能を確認した要素技術以外にも、複数の有用な要素技術の開発を行っています。今後、順次それらの要素技術の評価を進めていきます。また、より高い作業性、対地適応性の実現を目的として、2重旋回機構[用語13]と複腕を有する新しいロボットの開発を進めており、このロボットに開発した要素技術を統合して搭載する計画です(図10)。

田所諭 ImPACTプログラム・マネージャーのコメント

田所諭 ImPACTプログラム・マネージャー

ImPACTタフ・ロボティクス・チャレンジは、災害の予防・緊急対応・復旧、人命救助、人道貢献のためのロボットに必要不可欠な、「タフで、へこたれない」さまざまな技術を創りだし、防災における社会的イノベーションとともに、新事業創出による産業的イノベーションを興すことを目的とし、プロジェクト研究開発を推進しています。

無人化施工など、これまでに種々の遠隔操作建設ロボットが開発され、地震災害や福島第一原発事故などで実績を上げてきました。しかしながら、作業効率、精度、行える作業種類などの点で限界があり、原発事故においてすら、作業員が搭乗して操縦しなければならない現場が数多くあったのも事実です。

ImPACTタフ・ロボティクス・チャレンジ ロゴ

ImPACTで研究開発を進めている建設ロボットでは、油圧システムの精度を飛躍的に高めるとともに、搭乗建設機械を越える視覚情報を操縦者に提供して対象物3次元形状の正確な把握を可能にし、さらには、対象物に触れる際の反力や接触の感覚をあたかも触っているかのようにリアルタイムに伝えることによって、これまでの遠隔操作の問題点を非連続に解決しようとしています。これを実用化することによって、建設ロボットによる災害復旧・対応能力が飛躍的に向上すると期待されます。

特記事項

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)outer

プログラム・マネージャー:
田所諭
研究開発プログラム:
タフ・ロボティクス・チャレンジ
研究開発課題:
災害対応建設ロボットの開発
研究開発責任者:
吉灘裕
研究期間:
平成26年度~平成30年度

本研究開発課題では、パワフルさと繊細かつ器用な作業性とを併せ持つ災害対応重作業建設ロボットの開発に取り組んでいます。

また田中准教授の関連する研究成果は、来年1月の国際会議 IS&T International Symposium on Electronic Imaging (EI2017) に発表予定です。

用語説明

[用語1] ヒステリシス : 量Aの変化に伴って量Bが変化する際に、Aが増加する時と減少する時で、同じAの値に対するBの値が異なる現象。

[用語2] サーボ制御 : 物体の位置、速度、力などを、任意の目標の変化に追従するように制御する制御法。

[用語3] 慣性質量 : 物体に力を加えると物体は加速運動をするが、加速度の大きさは物体の質量によって異なる。この質量を慣性質量と呼ぶ。

[用語4] 慣性/トルク比 : ロボットアームなどを制御する際に、アームが持つ慣性質量とそれを駆動するアクチュエータの最大トルクの比。一般にこの値が大きくなるほど制御は困難になる。

[用語5] オーバーシュート : 位置、速度、力などを制御する際に、それらが目標値を超えて行き過ぎること。

[用語6] 発振 : 位置、速度、力などを制御する際に、それらが制御目標値に収束せずに振動してしまう状態。

[用語7] 油圧コンポーネント : ポンプ、バルブなどの油圧システムを構成する機器のこと。

[用語8] コンプライアンス制御 : ロボットのアームにおいて、アームの位置と力の両方を組み合わせて制御することにより、バネのようなしなやかさを実現する制御法。

[用語9] 力覚フィードバック : 遠隔地のロボットを操縦したり、バーチャル空間内の物体を操作したりするときに、接触等によって発生した力を操縦者に提示する技術。力覚フィードバックにより、あたかも実物体に触れたかのような感覚を得ることができるので、直感的な操縦(操作)が可能となる。

[用語10] ハプティックデバイス : バーチャルリアリティや遠隔操縦において、ユーザー(操縦者)に力覚や触覚を提示する装置の総称。“ハプティック”は、ギリシャ語を語源とする「触覚に関する」という意味を持つ英語の形容詞“haptic”からくる。

[用語11] バイラテラル制御 : 遠隔操縦における制御手法の一種であり、操縦側(マスタ)から遠隔地のロボット(スレーブ)に運動指令を送るだけでなく、遠隔地のロボットから逆に操縦側に力覚情報などを指令値として送り返す双方向(バイラテラル)の制御となっているもの。操縦側から遠隔地のロボット(スレーブ)に運動指令を一方的に送るだけの制御手法をユニラテラル制御と呼ぶ。

[用語12] 時空間データ : 時刻と場所の情報を付加したデータのこと。ここでは、魚眼カメラを用いて撮影した映像に関して、どの時刻に・どの場所で・どのカメラから撮影した映像であるかを整理してデータ化した動画像のことを指す。

[用語13] 2重旋回機構 : 通常の油圧ショベルはひとつの旋回機構しか持たないが、この旋回機構の上にもう一段旋回機構を重ねた構造。今回のプロジェクトのために開発されたものである。

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