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木賀大介准教授が第12回日本学術振興会賞を受賞

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大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻の木賀大介准教授が、第12回日本学術振興会賞を受賞しました。

授賞式に出席した木賀准教授(左)とお母様
授賞式に出席した木賀准教授(左)とお母様

日本学術振興会賞とは

同賞は、独立行政法人日本学術振興会が、優れた研究を進めている若手研究者を見い出し、早い段階から顕彰してその研究意欲を高め、独創的、先駆的な研究を支援することにより、我が国の学術研究の水準を世界のトップレベルにおいて発展させることを目的に2004年に創設されたものです。

受賞対象者は、人文・社会科学及び自然科学の全分野において、45歳未満で博士又は博士と同等以上の学術研究能力を有する者のうち、論文等の研究業績により学術上特に優れた成果をあげている研究者となっています。 受賞者には賞状、賞牌及び副賞として研究奨励金110万円が贈呈されます。記念受賞式は2月24日に日本学士院にて開催されました。

受賞理由

合成生物学による人工生命システムの構築

生命システムは構成単位の組み合わせによって、様々な特性を持ちます。構成単位の組み合わせの場合の数が非常に大きいことが天然の生物の多様性の根源であり、人類が生物を改良して人工的に活用できることの担保でもあります。

木賀准教授は、生化学のバックグラウンドをもとに、物理学、情報科学やシステム科学の知見を活用し、試験管内や細胞内に生体分子を組み合わせた人工生命システムを具現化してきました。また、20種類のアミノ酸が鎖状に連なって構成されるタンパク質に対し19種類や21種類のアミノ酸を使用するタンパク質の合成系や、試験管内での生体分子による論理演算系、生きた細胞間の相互作用によって多様化を維持する人工遺伝子回路、などの構築を行いました。

これらの成果は国際的にも高い評価を受けており、木賀准教授は合成生物学という新しい分野において日本のキーパーソンとして認識され、人工生命や生命の起源に関する研究者の一人として、今後も世界をリードする幅広い活躍が期待されています。

木賀准教授のコメント

遺伝子工学の発展版として様々な応用が期待されている合成生物学の本質は、wetと称される生物実験と、dryと称されるシステム科学・情報科学を適切に融合することにあります。このため、私の研究の根源は生命の起源に関する理学的な問いから発していますが、研究の実践のためには、様々な科学を融合することが必要であり、東工大着任前の私一人の力では何も成すことはできませんでした。現在所属する、知能システム科学専攻の山村雅幸教授をはじめとする皆様や、融合組織としての情報生命博士教育院、地球生命研究所、およびこれらで育ってきた学生と共に一連の研究を楽しんでこれたことを光栄に思い、恩師や共同研究者、各種研究資金の提供元皆様へと合わせ、深く感謝します。今後も、さらなる学際融合研究・教育に精進します。また、私事にて恐縮ですが、私の基盤を形づくった父、父亡き後私たち兄弟を育て上げてくれた母、経済面のサポートを下さった学術振興会をはじめとする各種団体や出身高校と大学に、そして現在の生活を豊かにしてくれている家族に深く感謝します。

お問い合わせ先

大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻
木賀大介

Email : kiga@dis.titech.ac.jp


平成27年度手島精一記念研究賞授与式

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2月23日に東工大蔵前会館のくらまえホールにおいて、手島精一記念研究賞の授与式が行われました。授与式には、本学学内関係者ほか、蔵前工業会理事長、元手島工業教育資金団役員が臨席しました。

記念写真
記念写真

授与式の様子

授与式の様子

手島精一記念研究賞は、理工系大学における研究を奨励するために設けたものであり、特に優れた研究業績をあげた本学関係者に対して、賞状並びに副賞の授与を行っています。この賞は、東京工業大学の前身である東京工業学校及び東京高等工業学校の校長であった手島精一先生の功績を記念するため創設された財団法人手島工業教育資金団の事業の一つとして行われてまいりました。2009年4月に同財団の解散に伴い、本学に事業が継承され今日に至っています。

今年度は、24件・計55名の受賞者に対し、学長から賞状と副賞が授与されました。授与式に引き続いて、ロイアルブルーホールにおいて、受賞者を囲んで祝賀会が行われ、出席者全員和やかな雰囲気のうちに閉会しました。

平成27年度受賞者

研究論文賞(2件)

  • 持田啓佑(大学院生命理工学研究科・生体システム専攻・大学院生)
  • 及川優(フロンティア研究機構・博士研究員)
  • 木村弥生(横浜市立大学・先端医科学研究センター・准教授)
  • 桐浴裕巳(大学院生命理工学研究科・生体システム専攻・研究補佐員)
  • 平野久(横浜市立大学・先端医科学研究センター・特任教授)
  • 大隅良典(フロンティア研究機構・特任教授)
  • 中戸川仁(大学院生命理工学研究科・生体システム専攻・准教授)

“Receptor-mediated selective autophagy degrades the endoplasmic reticulum and the nucleus”

  • 早川哲(大学院生命理工学研究科・博士研究員)
  • 水野-山崎英美(大学院理工学研究科・博士研究員)
  • 川口紘平(大学院生命理工学研究科・博士課程1年)
  • 佐伯泰(東京都医学総合研究所・生体分子先端研究分野・副参事研究員)
  • 田中啓二(東京都医学総合研究所・所長)
  • 駒田雅之(大学院生命理工学研究科・生体システム専攻・教授) 外14名

“Mutations in the deubiquitinase gene USP8 cause Cushing's disease”

博士論文賞(14名)

数学関係部門

  • 田神慶士(大学院情報理工学研究科・数理・計算科学専攻・日本学術振興会・特別研究員PD)

“Khovanov type link invariant and homotopy quantum field theory”

物理学関係部門

  • 中村一平(理化学研究所・創発物性科学研究センター 統合物性科学プログラム量子多体ダイナミクス研究ユニット・特別研究員)

“Spectroscopy of a single rare-earth ion in a crystal at cryogenic temperature”

  • 野辺拓也(東京大学ICEPP・学振特別研究員PD)

“Search for scalar top quarks and higgsino-like neutralinos in pp collisions at a center-of- mass energy of 8 TeV with the ATLAS detector”

地球科学関係部門

  • 今田沙織(高輝度光科学研究センター・研究員)

“Sound velocity and density of liquid Fe-Ni-S alloy at high pressure”

  • 國友正信(名古屋大学大学院・理学研究科・研究員)

“Evolution of Pre-Main Sequence Stars and Its Environmental Impact on Their Circumstellar Disks”

材料工学関係部門

  • 角屋智史(兵庫県立大学・物質理学研究科・助教)

“Chemical Doping and Charge Injection in Organic Field-Effect Transistors”

  • 篠原百合(精密工学研究所・助教)

「Ti-4Au-5Cr-8Zr超弾性合金の開発とその変態挙動に関する研究」

電気・電子工学関係部門

  • 小野峻佑(像情報工学研究所・助教)

“A Study of Priors and Algorithms for Signal Recovery by Convex Optimization Techniques”

  • 林寧生(精密工学研究所・博士研究員)

“A Study on Brillouin Scattering Properties in Plastic Optical Fibers for Sensing Applications”

情報学関係部門

  • AMER Abdelhalim(Argonne National Laboratory・Postdoctoral Appointee)

“Parallelism, Data Movement, and Synchronization in Threading Models on Massively Parallel Systems”

  • 紋野雄介(大学院理工学研究科・機械制御システム専攻・産学官連携研究員)

“A Practical One-Shot Multispectral Imaging System Using a Single Image Sensor”

建設関係部門

  • 毎田悠承(千葉大学大学院・工学研究科・建築・都市科学専攻建築学コース・助教)

「鉄筋コンクリート骨組における座屈拘束筋違の接合部挙動および制振効果に関する研究」

エネルギー関係部門

  • 白石貴久(東北大学・産学官連携研究員)

「水熱合成法による(KxNa1-x)NbO3膜の低温合成とその圧電特性評価に関する研究」

その他境界領域的な関係部門

  • 鈴木脩司(株式会社富士通研究所・研究員)

“Faster Protein Sequence Homology Searches for Large-scale Metagenomic Data”

留学生研究賞(4名)

  • Siriburanon Teerachot(大学院理工学研究科・電子物理工学専攻)

“Low-Power Low-Jitter Frequency Synthesizers for High-speed Wireless communications”

  • Zamengo Massimiliano(大学院理工学研究科・有機・高分子物質専攻・助教)

“Development of heat-transfer enhanced composite for chemical heat storage/pump and numerical analysis of practical system for waste heat recovery in a steel making process”

  • KARMA WANGCHUK(大学院理工学研究科・国際開発工学専攻)

“Cooperative Relaying Channel and Outage Performance in Narrowband Wireless Body Area Network”

  • Wu Rui(大学院理工学研究科・電子物理工学専攻)

“Reliability-Enhanced Low-Power High-Data-Rate 60-GHz Transceivers in CMOS Technologies”

発明賞(2件)

  • 細田秀樹(精密工学研究所・教授)
  • 稲邑朋也(精密工学研究所・准教授)
  • 堤聡(JFEスチール株式会社・研究員)
  • 金高弘恭(東北大学・准教授)

「Pt系形状記憶合金」

  • 林﨑規託(原子炉工学研究所・准教授)
  • 服部俊幸(名誉教授)
  • 石橋拓弥(高エネルギー加速器研究機構・助教)
  • 山内英明(タイム株式会社・代表取締役)

「四重極型加速器および四重極型加速器の製造方法」

中村健二郎賞(1件)

  • 顧暁冬(精密工学研究所・特別研究員)

「超高解像光ビーム掃引とその波長選択光スイッチへの応用」

藤野志郎賞(1件)

  • 北野政明(元素戦略研究センター・准教授)

「12CaO・7Al2O3エレクトライド担持Ru触媒によるアンモニア合成」

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課 手島記念担当

Email : tokodai.tejima@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2016

大隅良典栄誉教授が第45回ローゼンスティール賞と第15回ワイリー賞を受賞

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東京工業大学フロンティア研究機構 大隅良典栄誉教授が、医学分野での重要な功績に対して贈られるローゼンスティール賞とワイリー賞の受賞者に選ばれました。

大隅良典栄誉教授
大隅良典栄誉教授

今回、大隅栄誉教授が第45回目の受賞者となるローゼンスティール賞は、米国ブランダイス大学ローゼンスティール基礎医科学研究センターによって、1971年より毎年、基礎医学の発展における顕著な功績に対して授与されています。

一方、ワイリー賞は、2002年から毎年、米国学術出版社ワイリー社が出資するワイリー財団より、バイオメディカル分野で顕著な業績を上げた研究者に贈られるもので、同教授はその第15回目の受賞者に選ばれました。これまでの受賞者のうち5名がその後にノーベル賞を受賞しています。

両賞とも、大隅栄誉教授のオートファジーの研究功績を高く評価し授与されるものです。オートファジーとは細胞が自分自身のタンパク質を分解する仕組みのことで、同教授は、細胞や細胞組織の維持と修復に不可欠であることを解明し、生物医学分野の発展に大きく寄与しました。

大隅良典栄誉教授コメント

この度、ブランダイス大学から第45回ローゼンスティール賞を、ワイリー財団から第15回ワイリー賞を受けることになりました。4月6日ボストンで行われるローゼンスティール賞受賞式の後、ニューヨークに移動し、4月8日のワイリー賞受賞式に出席します。ワイリー賞受賞式の会場となるロックフェラー大学は、私のポスドク時代の3年間の留学先であり、現在に至るまで研究材料としている酵母の研究を始めた場所なので感慨深いものがあります。

TSUBAME e-Science Journal Vol.14を発行

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学術国際情報センターが、TSUBAME e-Science Journal Vol.14を発行しました。
TSUBAME e-Science は、東工大のスーパーコンピュータTSUBAMEを利用した研究成果を発表する広報紙です。
Vol.14には、TSUBAMEグランドチャレンジ大規模計算制度で採択されたouter挑戦的な大規模計算の研究課題を含む、3つの事例が掲載されています。

  • 大規模GPUコンピューティングによる天然岩石内の二相流シミュレーション
  • 大規模画像データセットの機械学習のための分散コンピューティング
  • マルチGPU超並列クラスタシステムを用いた大規模ナノ炭素分子の電子状態計算

TSUBAME e-Science Journal Vol.14

TSUBAME e-Science Journal Vol.14

お問い合わせ先
学術国際情報センター TSUBAME ESJ 編集室
Tel: 03-5734-2085
Email: tsubame_j@sim.gsic.titech.ac.jp

原子核からほんの少しあふれた2個の中性子

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原子核からほんの少しあふれた2個の中性子
―重い酸素同位体の質量測定が明らかにする極限原子核の世界―

要点

  • 中性子の数が極端に多い酸素同位体「酸素26」の質量を高精度で決定
  • 酸素26では2個の中性子をつなぎとめるエネルギーがほんの少し足りない
  • 未解決問題である中性子ドリップライン異常や核力の解明の手掛かりに

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の近藤洋介助教、中村隆司教授、理化学研究所(理研)仁科加速器研究センターの大津秀暁チームリーダー、米田健一郎チームリーダーらの研究グループは、8個の陽子と18個の中性子からなる重い酸素同位体「酸素26」を人工的に生成し、中性子のうち2個は原子核に結びつけておくためのエネルギーがわずかに足りず、その不足分が通常の原子核における2中性子の結合エネルギーの1000分の1程度と極めて小さいこと(いままで観測されたものの中で最小)を見出した。さらに酸素26の励起状態を発見した。

世界的な不安定核研究施設である理研RIビームファクトリー[用語1]に最近建設された高性能の多種粒子測定装置SAMURAI[用語2]により酸素26の質量を精度よく測定することに初めて成功した。

原子核に付け加えることのできる中性子の数が、酸素同位体ではフッ素同位体(酸素の隣の元素)に比べて極端に少ない。今回の結果はこの問題の解決の鍵となる。また、いまだに謎の多い、陽子と中性子を結びつける力「核力」や、中性子が過剰になったときに発現する「魔法数の異常」の理解にもつながると期待される。すれすれで結びついていない状態にある2個の中性子は、ダイニュートロン相関[用語3]をもった2中性子系となる可能性も指摘されている。

この研究は東工大、理研のほか、カン素粒子原子核研究所(LPC-CAEN)(フランス)、ソウル国立大(韓国)等と共同で行いました。研究成果は3月9日に米国物理学会の学術雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)」電子版に掲載された。

研究成果

原子核は、いくつかの陽子・中性子が、湯川秀樹博士の提唱した「核力」によって結びついてできている。天然に存在する安定な原子核(安定核)は陽子数と中性子数がほぼ等しく、中性子数を増やしていくと不安定になる(不安定核)。さらに中性子数を加えていくと、中性子を原子核に結びつけておくことができなくなる。中性子をさらに無理矢理結合させようとしたときに原子核はどうなるのか、これがこの研究のテーマである。陽子の2倍以上の中性子を含む酸素26の場合、実際、最後の2個の中性子はもはや結合されていない非束縛の状態にある。

今回の研究では、寿命が極めて短いこの原子核を理研RIBFにおいて2段階の反応(カルシウム48→フッ素27→酸素26)で生成し、酸素26の2つの状態(基底状態、第一励起状態[用語4])の質量を高精度で求めることに成功した。その結果、酸素26(基底状態)は、2個の中性子を原子核に結合させるのに、わずかに18キロ電子ボルトだけ足りないだけの特異な共鳴状態であることが明らかになった。

これは通常2個の中性子を結合しているエネルギー(約16メガ電子ボルト)に比べると、わずか1000分の1程度である。これ以上、中性子を束縛しておけなくなる原子核の限界を「中性子ドリップライン[用語5]」と呼んでいるが、酸素同位体では、付けられる中性子の数が、隣のフッ素同位体(陽子数9)より6個も少なく、この原因が不明であることが問題となっていた(酸素ドリップライン異常)。

今回、高精度で決定されたドリップラインを超えた原子核「酸素26」の質量は、この謎を解明するための鍵になると考えられる。また、得られた2つの状態の質量(エネルギー)は、中性子を原子核に結びつけるのに必要な「核力」の優れたベンチマークになることが、多くの理論計算で示されている。特に、よくわかっていない「三体力」に制限を与えると期待されているが、これは謎に包まれている中性子星の性質を決めるために重要であると最近考えられている。また、中性子過剰核で問題となっている「魔法数の異常」の理解にもつながる結果である。これは、宇宙での元素合成過程の理解に不可欠である。さらに2個の中性子が強く相関している「ダイニュートロン相関」の可能性が指摘されており、原子核の新しい量子相関が見えるかもしれない。一方、酸素26では通常の2中性子を放出する原子核に比べて寿命が長くなる可能性も指摘されている(二中性子放射性)。

2個の中性子が原子核からあふれ出るイメージ

図1. 2個の中性子が原子核からあふれ出るイメージ左側は安定同位体の酸素16、右側は酸素26を示し、赤は陽子、青は中性子を表している。酸素16では陽子・中性子が深く束縛されているのに対し、それよりも10個中性子の多い酸素26では2個の中性子が束縛されることなくあふれ出てしまう。

研究の背景

すべての物質は原子という基本単位に分解することができるが、原子核はその原子の中心に存在し、大きさが1兆分の1cmに満たないほどの微小な粒子である。この微小な粒子は、いくつかの陽子と中性子が「核力」で互いに結びついてできている。20世紀末になると、陽子数・中性子数が天然に存在する原子核と比べて著しくアンバランスな不安定核のビームを効率よく生成する手法が発明され、陽子数に比べて中性子数の多い中性子過剰核を人工的に作り出すことが可能になった。

中性子数を増やしていくと、結合のエネルギーが減っていき、最終的には原子核にとどめておくことのできる限界に達し、それを超えると中性子は原子核に束縛されずにあふれ出てしまう。この原子核が束縛できるかどうかの境界を中性子ドリップラインと呼んでいる。

図2は束縛することができる原子核(束縛核)を、横軸に中性子数、縦軸に陽子数をとって示した核図表と呼ばれるものである。中性子ドリップラインの位置は原子核を結びつける「核力」や「多体効果」に大きく依存するため、原子核はいったいどこまで存在することができるのか、という根本的な問いは、原子核を理解することに等しい。そのため、この領域の原子核の研究が実験・理論により精力的に行われている。

中性子ドリップラインは安定核から離れたところに位置するので(図2参照)、そこに位置する原子核は生成が難しい。そのため、現在のところ実験的に到達できている中性子ドリップラインは陽子数8の酸素同位体までであり、それより陽子数の大きい領域ではドリップラインの位置は理論計算に頼るしかない。酸素同位体(陽子数8)のドリップラインは中性子数16の酸素24であるのに対し、フッ素同位体(陽子数9)では中性子数22のフッ素31が束縛することが実験的にわかっている。

中性子数・陽子数を軸にとって原子核を表す核図表の一部

図2. 中性子数・陽子数を軸にとって原子核を表す核図表の一部それぞれの四角は原子核を示し、黒い四角は天然に存在する安定核を表している。
今回の研究対象である酸素26(赤色)は中性子ドリップライン(紫色)の外側に位置している。

結合できる中性子数は陽子数が増えるにつれて徐々に増えていくが、酸素・フッ素同位体のように中性子数が6個も変化する例はほかにない。なぜ中性子ドリップラインが急激に変化するのか、その理由は現在のところよくわかっていない。鍵をにぎると考えられているのが、核力でも特に謎の多い「三体力」や、原子核の秩序の崩れである「魔法数の異常」、中性子があふれ出たことによる「連続状態効果」などである。

ドリップラインを超えた原子核、つまり中性子があふれた状態になっている酸素25~酸素28は非常に寿命が短い(10‐22秒から10‐12秒程度)が、もし生成することができれば、「酸素ドリップライン異常」の謎に迫り、さらに上で述べたような興味深い原子核物理の謎を明らかにすることに発展すると期待される。

研究の経緯

本研究の対象である酸素26は、多くの理論では中性子ドリップラインの内側に位置する束縛核であると計算されるのに対し、実験的に中性子ドリップラインの外側に位置する非束縛核であることが知られていた。ただし束縛するために必要なエネルギーはどれくらいなのか、非束縛の度合いはわかっていなかった。

これまで酸素26の質量測定は米国、ドイツで行われた先行研究が2例あったが、生成量が十分でなかったため、質量の上限値しか与えられていなかった。また励起状態については未知であった。本研究では、2012年に新たに建設された理研RIBFの測定装置SAMURAIを用いて実験を行い、先行研究に比べて約5倍の統計量を得ることができ、それにより初めて質量を高精度で決定することに成功した。

さらに、先行研究では確認されていなかった第一励起状態を初めて観測することにも成功した。これらの成果は、原子核反応で放出される複数の粒子を高効率で検出することができるSAMURAIとRIBFが供給することのできる大強度の不安定核ビームを組み合わせることにより初めて達成することができたと言える。

今後の展開

今回得られた結果は、多くの理論研究が束縛すると予想していた酸素26について、非束縛の度合いを初めて実験的に示したものである。これは「中性子ドリップライン異常」の議論において、さまざまなモデルを検証するための重要なベンチマークとなる。三体力、魔法数、ダイニュートロン相関、連続状態などの複合的効果により問題が生じている可能性があり、これらの効果を解き明かしていくためにさらなる理論の進展が期待される。また、第二段階の実験として、酸素26よりもさらに中性子数の多い酸素27、酸素28の質量測定を2015年11月~12月に行った。

これにより、さらに「中性子ドリップライン異常」の謎に迫ることができると期待される。中性子ドリップライン異常を解明することができれば、実験で到達できない領域での原子核の安定性をより高い精度で予想することが可能となり、元素合成の解明や中性子星の性質の理解に大きく貢献すると考えられる。

今回の研究で用いた新しい測定装置SAMURAIは、原子核反応で生じる複数の粒子を高効率で検出できるため、様々な実験に用いることができる。中性子ドリップライン近傍の原子核の研究をはじめ、中性子よりも陽子を多く含む陽子過剰核の研究や、原子核同士の衝突実験などが計画されている。これらの研究は、宇宙での元素合成や中性子星の性質の理解につながるものであり、今後SAMURAIが原子核物理で中心的な役割を果たすと考えられる。

今回の研究について

今回の研究は科研費若手B(No.24740154)および新学術領域(No.24105005)、韓国の世界水準研究中心大学育成事業(R32-2008-000-10155-0)とグローバルPhDフェローシッププログラム(NRF-2011-0006492)、ドイツ・ヘルムホルツ国際センターの補助を受けている。また共同研究者のN. L. Achouri、F. Delaunay、J. Gibelin、F. M. Marqués、N. A. Orrは仏日国際連携(FJ-NSP)、A. Navinは日本学術振興会の外国人研究者招へいプログラムの補助を受けている。

用語説明

[用語1] RIビームファクトリー(RIBF) : 埼玉県の理化学研究所にあるRIビーム発生系施設と独創的な基幹実験設備で構成される重イオン加速器施設。2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」で構成される。ウランまでの重イオンを核子あたり345メガ電子ボルトまで加速することができ、世界最大強度の不安定核ビームを供給することができる。また、これまで生成不可能であったRIも生成でき、世界最多となる約4,000種のRIを創出できる性能を持つ。そのため、原子核研究の世界的拠点となっている。

[用語2] SAMURAI : 2012年に理研RIビームファクトリーに完成した多種粒子測定装置。最大中心磁場3.1テスラの超伝導双極子磁石、荷電粒子用検出器群、中性子検出器から構成される。原子核反応で放出されるすべての粒子を高効率で検出することができる。

[用語3] ダイニュートロン相関 : 2個の中性子が原子核内で空間的に近い位置に存在するような相関。

[用語4] 基底状態・励起状態 : 原子核には複数の量子状態がある。基底状態はエネルギー(質量)のもっとも小さい安定な状態であり、励起状態はそれよりもエネルギーの高い状態である。基底状態の質量や、励起状態へと励起するためのエネルギーは原子核の構造により大きく変化するので、これらを調べることにより、原子核の構造を知ることができる。

[用語5] 中性子ドリップライン : 陽子数・中性子数がほぼ同数の安定同位体に中性子を加えていくと、あるところで中性子が原子核に結合することができずにこぼれ出てしまう。この境界を中性子ドリップラインと呼ぶ。実験的には陽子数8の酸素同位体までしか確定されていない。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Nucleus 26O: A Barely Unbound System beyond the Drip Line
著者 :
Y. Kondo,1 T. Nakamura,1 R. Tanaka,1 R. Minakata,1 S. Ogoshi,1 N. A. Orr,2 N. L. Achouri,2 T. Aumann,3, 4 H. Baba,5 F. Delaunay,2 P. Doornenbal,5 N. Fukuda,5 J. Gibelin,2 J. W. Hwang,6 N. Inabe,5 T. Isobe,5 D. Kameda,5 D. Kanno,1 S. Kim,6 N. Kobayashi,1 T. Kobayashi,7 T. Kubo,5 S. Leblond,2 J. Lee,5 F. M. Marqu'es,2 T. Motobayashi,5 D. Murai,8 T. Murakami,9 K. Muto,7 T. Nakashima,1 N. Nakatsuka,9 A. Navin,10 S. Nishi,1 H. Otsu,5 H. Sato,5 Y. Satou,6 Y. Shimizu,5 H. Suzuki,5 K. Takahashi,7 H. Takeda,5 S. Takeuchi,5 Y. Togano,4, 1 A. G. Tuff,11 M. Vandebrouck,12 and K. Yoneda5
所属 :
1Department of Physics, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 O-Okayama, Meguro, Tokyo 152-8551, Japan
2LPC Caen, ENSICAEN, Universit'e de Caen, CNRS/IN2P3, F-14050, Caen, France
3Institut f¨ur Kernphysik, Technische Universit¨at Darmstadt, D-64289 Darmstadt, Germany
4ExtreMe Matter Institute EMMI and Research Division, GSI Helmholtzzentrum
f¨ur Schwerionenforschung GmbH, D-64291 Darmstadt, Germany
5RIKEN Nishina Center, Hirosawa 2-1, Wako, Saitama 351-0198, Japan
6Department of Physics and Astronomy, Seoul National University, 599 Gwanak, Seoul 151-742, Republic of Korea
7Department of Physics, Tohoku University, Miyagi 980-8578, Japan
8Departiment of Physics, Rikkyo University, Toshima, Tokyo 171-8501, Japan
9Department of Physics, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan
10GANIL, CEA/DSM-CNRS/IN2P3, F-14076 Caen Cedex 5, France
11Department of Physics, University of York, Heslington, York YO10 5DD, United Kingdom
12Institut de Physique Nucl'eaire, Universit'e Paris-Sud,IN2P3-CNRS, Universit'e de Paris Sud, F-91406 Orsay, France
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

有機化合物で巨大な熱電効果を発見―大きな熱電効果の発現に新たな指針を提示―

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要点

  • 有機化合物において、巨大な熱電効果を発見
  • これまでの予測を覆す、新しいメカニズムによる新奇な現象
  • 大きな熱電効果を発現する物質の開発に新たな指針を提示

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の町田洋助教と井澤公一教授、梨花女子大学(韓国)のウォン・カン(Woun Kang)教授、パリ高等物理化学学校(フランス)のカムラン・ベニア(Kamran Behnia)博士らの共同研究グループは、有機化合物(TMTSF)2PF6(テトラメチルテトラセレナフルバレン塩)の低温の半導体状態において、現在最も利用されている熱電変換材料[用語1]の100倍にも達する巨大な熱電効果を発見した。

この結果は、半導体の熱電効果は低温で消失するというこれまで広く信じられてきた理論予測を覆すものであり、新しいメカニズムに基づく新奇な現象であることを強く示唆している。この発見により、今後の大きな熱電効果を発現する物質の開発に新たな指針が与えられるものと期待される。

研究成果は2月25日発行の米国学術誌「フィジカル レビュー レターズ(Physical Review Letters)」電子版に掲載され、編集者の推薦論文(Editor's Suggestion)に選ばれた。

研究の背景

物質の両端に温度差を与えると、起電力が発生する現象をゼーベック効果と呼ぶ。ゼーベック係数Sはこの効果の大きさを表す尺度であり、温度差1 K(絶対温度)当たりに発生する電圧で定義される。したがって、同じ温度差でもSが大きいほど大きな起電力が得られる。ゼーベック効果は排熱エネルギーを電気エネルギーに変換可能な技術として注目され、高効率の熱電変換材料の開発は大きなゼーベック係数をもつ半導体を中心として、現在精力的に行われている。

このような特性をもつ半導体は、温度を下げると電気が非常に流れにくい状態へと変化する。この時ゼーベック係数の大きさは減少することが多くの実験で確認されており、絶対零度では消失するという理論予測が一般に広く信じられている。

一方、最近電子間のクーロン相互作用[用語2]が強い、強相関電子系と呼ばれる金属物質において、電子相関の効果により大きな熱電効果がもたらされることが分かってきている。半導体においても電子相関の効果により熱電効果が増強され得るのかということは興味がもたれる点である。

しかし、これらの点は実験的にはまだ全く分かっていない。

研究成果

同研究グループは、温度変化に伴いマイナス261.15 ℃(絶対温度12 K)で金属から半導体へと変化する強相関電子系の有機化合物(TMTSF)2PF6(テトラメチルテトラセレナフルバレン塩)を研究対象とし、そのゼーベック係数を極低温まで精密に測定した。その結果、同物質のゼーベック係数|S|は電気が非常に流れにくい極低温下でも顕著な増大を示し、マイナス273.05 ℃(絶対温度0.1 K)付近では40 mV/Kと非常に大きな値に達することを見出した。

有機化合物(TMTSF)2PF6のゼーベック係数|S|の絶対値の温度依存性。この物質は絶対温度12 K(マイナス261.15 ℃)で金属から半導体に変化する。ゼーベック係数|S|は低温で顕著な増大を示し、およそ絶対温度0.1 K(マイナス273.05 ℃)で約40 mV/Kの巨大な値に達する。
図.
有機化合物(TMTSF)2PF6のゼーベック係数|S|の絶対値の温度依存性。この物質は絶対温度12 K(マイナス261.15 ℃)で金属から半導体に変化する。ゼーベック係数|S|は低温で顕著な増大を示し、およそ絶対温度0.1 K(マイナス273.05 ℃)で約40 mV/Kの巨大な値に達する。

このようなゼーベック係数の温度変化は、低温で減少傾向を示す多くの半導体とは明らかに異なる振る舞いである。また得られたゼーベック係数|S|の最大値は、典型的な半導体材料のシリコンやゲルマニウムに比べ10倍大きく、また現在最も利用されているBiTe系の熱電変換材料の100倍と非常に巨大である。このように半導体のゼーベック係数が、絶対零度近傍の十分低温においても増大を続け、有限かつ巨大な値をとることは、広く信じられてきた従来の理論予測を覆す驚くべき結果であり、半導体の熱電現象に対する考え方に修正を迫るものである。

一方、電子間にはたらくクーロン相互作用によって半導体のゼーベック係数が低温においても有限に残るという予測が過去に存在する。今回の発見は、この可能性を含めた新しいメカニズムに基づく新奇な現象であることが強く示唆される。

今後の展開

今回の研究で、有機化合物において巨大なゼーベック効果が発現することを明らかにした。この成果は、固体の熱電現象における基礎学術研究上の重要性をもつばかりでなく、今回見出された知見を基盤とした巨大な熱電効果を発現する物質の開発に重要な指針を与えることが期待される。

用語説明

[用語1] 熱電変換材料 : 温度差を起電力に変換したり、電流を温度差に変換したりすることができる熱電変換機能をもつ材料。

[用語2] クーロン相互作用 : 2つの電子の間にはたらく反発力。この相互作用が強い強相関電子系では、高温超伝導や巨大磁気抵抗効果などの多彩な現象が発現することが知られているが、その発現にはクーロン相互作用の存在が深く関わっている。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Colossal Seebeck Coefficient of Hopping Electrons in (TMTSFT)2PF6
著者 :
Yo Machida1, Xiao Lin2, Woun Kang3, Koichi Izawa1, and Kamran Behnia2
所属 :
1Tokyo Institute of Technology(東京工業大学)
2ESPCI(パリ高等物理化学学校)
3Ewha Womans University(梨花女子大学)
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 大学院理工学研究科 物性物理学専攻
教授 井澤公一

Email : izawa@ap.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3832 / Fax : 03-5734-2751

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ヒドリドイオン"H-"伝導体の発見―水素を利用した革新的エネルギーデバイスの開発の可能性―

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ポイント

  • 水素の陰イオンであるヒドリド(H-)がイオン伝導する新物質を開発した。
  • ヒドリドイオン伝導体を固体電解質に用いた全固体電池を作製し、機能することを実証した。
  • 高い電池電位が期待できるヒドリドのイオン伝導を利用することで、既存の蓄電池や燃料電池などの延長線上にない全く新しい作動原理をもつエネルギー貯蔵・変換デバイスを開発できる可能性を示した。

概要

分子科学研究所の小林玄器特任准教授と、東京工業大学大学院の菅野了次教授、京都大学大学院の田中功教授、高エネルギー加速器研究機構の米村雅雄特別准教授らの研究チームは、水素の陰イオンであるヒドリド(H-)伝導性の固体電解質La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-y(以下LSLHO)を開発しました。

イオン伝導体[用語1]は、二次電池や燃料電池の基幹材料として電極や電解質に用いられ、プロトン(H+)やリチウム(Li+)を伝導する物質が実用材料として開発されています。ヒドリド(H-)は、イオン伝導に適したイオン半径と、卑な酸化還元電位[用語2]を持つことから、H-を電荷担体[用語3]とするイオン伝導体を蓄電・発電反応に利用することができれば、高電位・高容量のエネルギーデバイスを実現できる可能性があります。しかし、化学的に安定であり、かつH-のみがイオン伝導する物質はこれまでに発見されておらず、H-をエネルギーデバイスに応用する試みはありませんでした。

本研究チームは、純粋なH-伝導体であるLSLHOを開発することに成功しました。H-が酸化物イオン(O2-)と共存する副格子[用語4]をもつ酸水素化物[用語5]と呼ばれる物質系に着目し、構成元素にH-より電子供与性の強いリチウム(Li)、ストロンチウム(Sr)、ランタン(La)を採用して、H-からの電子供与を抑制することで固体電解質として利用できる初めてのH-伝導体の発見に至りました。

さらに、開発したLSLHOを用いて、H-を電荷担体とする全固体型の電気化学エネルギーデバイスが作動することを初めて見出し、H-電気化学デバイスの作動原理を実証しました。

この研究成果は、ヒドリドのイオン伝導を利用した電気化学デバイスの可能性を初めて示したものであり、水素のエネルギー利用に新たな可能性をもたらすとともに、既存の蓄電・発電デバイスの延長線上にない新しいエネルギーデバイスの開発に道を拓くものと期待されます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(新学術領域研究)の助成を受けて行われました。

本研究成果は、2016年3月18日(米国東部時間)に米国科学振興協会(AAAS)発行の科学誌「Science」に掲載されました。

研究の背景と経緯

持続可能なエネルギー社会の実現に向け、電気化学反応を利用した蓄電・発電の重要性が高まっています。リチウム二次電池や燃料電池を越える次世代のエネルギーデバイスの実現をめざして、激しい開発競争が世界的に繰り広げられていますが、いまだ本命は不在の状況です。次世代エネルギーデバイスには、エネルギー密度、作動温度、耐環境性能など、用途に応じたさまざまな性能が求められます。これらを達成するためには、既存の研究開発の延長線上にはない、基幹材料のブレークスルーが必要になります。これまでプロトンやリチウム、ナトリウム、マグネシウムなどのイオンを利用した燃料電池や蓄電池の開発が行われてきましたが、新たな電荷担体を伝導種とする電極や固体電解質材料が出現すると、全く新しい作動原理をもつエネルギーデバイスが創成できると期待されます。本研究チームは、ヒドリド(H-)の酸化還元電位が-2.25Vと大きく、電荷担体として魅力的であることに着目し、高速でH-が伝導することのできる新物質を探索しました。

研究の内容

固体内でH-伝導を実現するためには、十分な濃度のH-が互いに相互作用できる距離で結晶格子中に存在すること、安定な骨格構造をもつこと、H-より電子供与性の強い陽イオンの副格子をもつことが鍵となります。本研究チームは、La-Li系の酸水素化物La2LiHO3のLaをSrで置き換えると、H-濃度と結晶内の配位環境を制御できることを見いだし、H-伝導体LSLHOの開発に成功しました。

H-伝導体LSLHOは、高圧合成法[用語6]で合成しました。Li、Sr、Laの酸化物と水素化物を出発物質に用い、その割合を調整してLSLHOの組成を制御しました。本研究で開発したH-伝導体LSLHOは、広い組成範囲(O≤x≤1,O≤y≤2)を持ち、LaとSrの組成比を変えると結晶格子内のH-とO2-の比率を制御することが可能です。大強度陽子加速器施設J-PARC[用語7]と(米)オークリッジ国立研究所に設置された粉末中性子回折装置による中性子回折測定[用語8]によって決定した結晶構造を図1に示します。LSLHOがK2NiF4型構造[用語9]をとり、Liと陰イオンで構成されるLiX6x=H-,O2-)八面体の頂点位置をO2-が、LiX4面内をH-が好んで占有することを明らかにしました。La2LiHO3x=y=0)ではH-とO2-がLiX4面内に規則的に配列するのに対し、LaSrLiH2O2x=0,y=1)ではH-が面内および O2-が頂点位置を占有し、Sr2LiH3O(x=0,y=2)ではH-が頂点位置の1/2を占有します。さらにx>0の組成では、LiX4面内のH-が欠損し空孔が導入されることが分かりました。各構成元素の価数を第一原理計算[用語10]によって調べ、結晶格子内に含まれる水素がヒドリド(H-)として存在していることを明らかにしました。

La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-yの結晶構造

図1. La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-yの結晶構造

H-含有量の増加に伴い、Liと陰イオンで形成される八面体内の配位環境が変化する。La2LiHO3ではLiにH-が直線的に二配位する。LaSrLiH2O2ではLiにH-が4配位してLiH4平面が形成される。Sr2LiH3Oでは新たに八面体の頂点位置の半分がH-で占有される。

LSLHOのH-伝導特性を調べた結果、図2に示す様に高いイオン伝導率が出現することを確認しました。イオン伝導率はH-濃度の増加または空孔の導入によって向上し、La0.6Sr1.4LiH1.6O2x=0.4,y=1)の組成では300度で0.1mScm-1を越える高いヒドリド伝導率が得られました。

La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-yのイオン伝導率の温度依存性

図2. La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-yのイオン伝導率の温度依存性

温度の逆数に対して伝導率の対数を示したアレニウスプロットと呼ばれるグラフ。傾きからイオン伝導における活性化エネルギーが導出できる。左図:La2LiHO3、LaSrLiH2O2、Sr2LiH3Oの伝導率の比較。H-含有量の増加に伴い、伝導率が向上していることが分かる。右図:LaSrLiH2O2x=0, y=1)のH-位置に空孔を導入したLa1-xSr1+xLiH2-xO2のイオン伝導率の比較。空孔量の増加(xの増加)に伴って伝導率が向上している。

さらに新しいヒドリド伝導体を固体電解質に用いた全固体電池を作製し、電気化学反応が可能であることを明らかにしました。LSLHOを固体電解質に用いた全固体セルTi/LSLHO/TiH2は正の起電力を示し、定電流放電によって放電容量が得られました(図3)。電池反応によって生じた生成物を、大型放射光施設SPring-8[用語11]に設置されている粉末放射光X線回折装置で調べました。それぞれの電極で水素の吸蔵と放出に伴う構造変化を観測し、放電時にTi+xH-→TiHx+xe-(負極)とTiH2+xe-→TiH2-x+xH-(正極)の電極反応が進むことが明らかになりました。すなわち、TiH2から放出された水素がH-としてLSLHOを伝導してTi電極に吸蔵されたことを示します。この結果は、LSLHOが固体電解質として機能することを実証しただけでなく、H-のイオン伝導を利用した新しい電気化学デバイスが創成できる可能性を示しています。

本研究で作製した固体電池Ti/La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-y/TiH2の定電流放電測定の結果

図3. 本研究で作製した固体電池Ti/La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-y/TiH2の定電流放電測定の結果

起電力と放電反応での流れる電流の向きから電荷担体がH-であることが証明できた。TiH2電極からの水素の放出とTi電極への水素吸蔵に伴って放電容量を得たこの実験結果は、H-が電荷担体として電池反応に適用できることを示した初めての報告である。

今後の展開

本研究を通して、H-が電荷担体として固体内をイオン伝導することが明らかになり、H-伝導体を固体電解質に利用した新しいエネルギーデバイスの開発が可能であることを初めて示しました。今後は、より伝導率の高いH-イオン伝導体の創成を目指して物質探索を進めると共に、H-の酸化還元電位を活かした電池反応の構築を目指します。本成果を通し、既存のエネルギーデバイスに用いられているLi+やH+、O2-、Mg2+などのイオン伝導種に新たにH-が加わったことで、次世代エネルギーデバイスの開発に向けた新たな潮流が生まれることを期待しています。

用語説明

[用語1] イオン伝導体 : イオンが拡散することで電気伝導が生じる物質。固体電解質には電気伝導にイオンのみが寄与する物質が用いられるのに対し、電極材料には電子とイオンが同時に伝導する混合伝導体が用いられることが多い。

[用語2] 標準酸化還元電位 : 標準酸化還元反応における電子授受に必要な電位。水素標準電極(SHE:2H++2e-=H2)に対してプラス側に大きな電位を持つ物質を貴な物質、マイナス側に大きな電位を持つものを卑な物質とする。電子の放出または受取りやすさの定量的な尺度でもあり、マイナス側に大きいほど(卑な物質)電子供与性が強い。ヒドリドでのH2+2e-=2H-の酸化還元電位は、水素標準電極に対して-2.25Vの電位である。リチウム二次電池に用いられているLi、次世代二次電池への検討がなされているマグネシウム(Mg)の酸化還元電位は-3.04、-2.36Vであり、H-はMgと同程度の標準酸化還元電位をもつ。

[用語3] 電荷担体 : 電気伝導の担い手。金属では電子、半導体では電子とホール、イオン伝導体ではイオンが伝導することで電気が流れる。

[用語4] 副格子 : 結晶格子を構成する原子または分子の中で、同じ性質や状態をもつもの同士が形成する部分的な格子のこと。LSLHOの結晶格子は、陽イオン副格子と陰イオン副格子で構成されていると考えることができる。

[用語5] 酸水素化物 : 結晶格子内に酸化物イオン(O2-)とヒドリド(H-)が共存する物質。酸化物イオンとの共有結合により水酸化物イオン(OH-)として格子間を占有することの多いプロトン(H+)と異なり、H-は酸化物イオンと同様に陰イオン位置を占有する。

[用語6] 高圧合成法 : 原料を圧力媒体内に密閉してGPa(ギガパスカル:1GPaが1万気圧に相当)オーダーの高圧下で熱処理する合成法。高圧相の合成や、水素やリチウムのように揮発性の高い元素を反応系内に留めることができるため、酸水素化物の合成に適している。

[用語7] 大強度陽子加速器施設J-PARC : 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設した大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質、生命科学、原子核、素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用がおこなわれている。

[用語8] 中性子回折測定 : 中性子線の回折を利用して物質の結晶構造や磁気構造を調べる測定。X線回折ではX線が外殻電子によって散乱するのに対し、中性子回折では、原子核が散乱に関与する。このため、X線では検出しにくい水素やリチウムなどの軽元素の情報を得るのに適している。本研究では、中性子回折を用いてLSLHOに含まれる水素濃度と結晶格子内の水素の位置を決定した。

[用語9] K2NiF4型構造 : 陽イオンが陰イオンと6配位8面体を構成しているペロブスカイト型構造と岩塩型構造が一層ずつ積層した構造。イオン伝導体、超伝導体、磁性体など、さまざまな物性を示す物質が発見されている結晶構造。

[用語10] 第一原理計算 : 量子力学の原理のみに基づいて電子状態を調べ、構造や物性を予測する計算手法。本研究では、H-伝導体LSLHOの電子構造と、各構成元素の価数を調べた。

[用語11] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。放射光とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、強力な電磁波のことである。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究がおこなわれている。

論文情報

掲載誌 :
Science
論文タイトル :
“Pure H- Conduction in Oxyhydrides“
(酸水素化物におけるH-導電現象)
著者 :
Genki Kobayashi1,2, Yoyo Hinuma3, Shinji Matsuoka4, Akihiro Watanabe1,4, Muhammad Iqbal4, Masaaki Hirayama4, Masao Yonemura5, Takashi Kamiyama5, Isao Tanaka3, and Ryoji Kanno4
所属 :
1 Research Center of Integrative Molecular Systems (CIMoS), Institute for Molecular Science, 2 Japan Science and Technology Agency (JST), Precursory Research for Embryonic Science and Technology (PRESTO), 3 Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University, 4 Department of Electronic Chemistry, Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, 5 Neutron Science Laboratory (KENS), Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
DOI :

問い合わせ先

自然科学研究機構 分子科学研究所
協奏分子システム研究センター
特任准教授 小林玄器

Email : gkobayashi@ims.ac.jp
Tel : 0564-55-7440 / Fax : 0564-55-7245

東京工業大学 大学院総合理工学研究科 物質電子化学専攻
教授 菅野了次

Email : kanno@echem.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5401 / Fax : 045-924-5401

京都大学 大学院工学研究科 材料工学専攻
教授 田中功

Email : tanaka@cms.mtl.kyoto-u.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
特別准教授 米村雅雄

Email : yone@post.kek.jp

JSTの事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ

Email : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

科学技術振興機構 広報課

Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

自然科学研究機構 分子科学研究所 広報室

Email : kouhou@ims.ac.jp
Tel : 0564-55-7262 / Fax : 0564-55-7262

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

京都大学 企画・情報部 広報課

Email : kohho52@mail.adm.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-2071 / Fax : 075-753-2094

高エネルギー加速器研究機構 広報室

Email : press@kek.jp
Tel : 029-879-6046

J-PARCセンター 広報セクション

Email : pr-section@j-parc.jp
Tel : 029-284-4578 / Fax : 029-284-4571

研究力のさらなる強化に向けて「科学技術創成研究院」設置を記者発表

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三島良直学長、安藤真理事・副学長(研究担当)は記者会見を行い、2016年4月からスタートする東工大の研究改革について、その目的と概要を説明しました。

概要

4月1日付けで、研究体制を集約し、約180名の研究者を擁する科学技術創成研究院(以下、研究院)を設置します。研究院には現行の研究に関わる組織を再編成し、新たなミッションを担う研究所・研究センターを設置するとともに、最先端研究を小規模のチームで機動的に推進する「研究ユニット」を10個設置します。研究ユニットは卓越したリーダーが"尖った"研究を大きく育てるための仕組みです。これらの改革により、複雑化する社会の要請に応え、新たな分野や融合分野の研究を創出し、研究成果の社会への還元を一層促進します。

科学技術創成研究院の概要

今後とも東工大の研究改革にご注目ください。

「東工大研究改革」について記者発表する三島良直学長
「東工大研究改革」について記者発表する三島良直学長

内容の詳細は、プレスリリース、説明資料をご確認ください。


超イオン伝導体を発見し全固体セラミックス電池を開発―高出力・大容量で次世代蓄電デバイスの最有力候補に―

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要点

  • 世界最高のリチウムイオン伝導率を示す超イオン伝導体を発見
  • 超イオン伝導体を利用した全固体セラミックス電池が最高の出力特性を達成
  • 高エネルギーと高出力で、次世代蓄電デバイスの最有力候補に。

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科の菅野了次教授、トヨタ自動車の加藤祐樹博士、高エネルギー加速器研究機構の米村雅雄特別准教授らの研究グループは、リチウムイオン二次電池の3倍以上の出力特性をもつ全固体型セラミックス電池[用語1]の開発に成功した。従来のリチウムイオン伝導体の2倍という過去最高のリチウムイオン伝導率をもつ超イオン伝導体[用語2]を発見し、蓄電池の電解質に応用して実現した。

開発した全固体電池は数分でフル充電できるなど高い入出力電流を達成し、蓄電池(大容量に特徴)とキャパシター(高出力に特徴)の利点を併せ持つ優れた蓄電デバイスであることを確認した。次世代自動車やスマートグリッドの成否の鍵を握るデバイスとして熾烈な開発競争が繰り広げられている蓄電デバイス[用語3]のなかで、最も有力なデバイスといえる。

同研究グループは超イオン伝導体の結晶構造を、大強度陽子加速器施設J-PARC[用語4]に茨城県が設置した粉末中性子回折装置「茨城県材料構造解析装置(iMATERIA:BL20)」で解明し、三次元骨格構造中の超イオン伝導経路[用語5]を明らかにした。さらに電極反応機構を、電解液を用いるリチウムイオン二次電池と比較し、高出力特性が全固体デバイスの本質的な利点であることを解明した。

研究成果は3月21日(現地時間)発行の英国の科学誌「ネイチャーエナジー(Nature Energy)」電子版に掲載された。また、成果の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業にて得られたものである。

研究成果

東工大の菅野教授らの研究グループは超イオン伝導体「Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3」(リチウム・シリコン・リン・硫黄・塩素)と、広い電位窓[用語6]を持ち、リチウム金属負極の電解質として利用できる超イオン伝導体「Li9.6P3S12」を発見した。これらを用い、不燃性・高安全性の面で期待されていた全固体セラミックス電池を製作、現在のリチウムイオン電池よりもはるかに高速充電と高出力が本質的に可能であることを実証した。

発見したリチウムイオン伝導体は、室温(27 ℃)でLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3が25 mS cm-1(1センチメートル当たり25ミリジーメンス)の極めて高いイオン伝導率を示した(図1、2)。またLi9.6P3S12はリチウム金属負極に対しても安定に作動して、全固体電池の電解質材料として優れていることが分かった。

a 今回発見した超イオン伝導体(Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3とLi9.6P3S12)のイオン伝導率の温度依存性を従来のリチウムイオン伝導体Li10GeP2S12とその類似構造を持つ物質と比較して示す。発見したLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3のリチウムイオン伝導率は室温(27 ℃)で25 mS cm-1を示し、従来のリチウムイオン伝導体Li10GeP2S12(12 mS cm-1)の2倍の伝導率を示す。b, c 今回発見した超イオン伝導体Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3の結晶構造とイオン伝導経路。この構造は大強度陽子加速器施設J-PARCに設置された茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を用いて明らかにした。bは全体の構造、cは一次元のリチウムイオン伝導経路を示す。bではリチウムイオンの熱振動の様子を示す。リチウムイオンは上下方向に非常に大きく熱振動しており、リチウムが超イオン伝導に関与していることがわかる。また、c図はリチウムが三次元的に連なり、室温での三次元的なイオン拡散を示している。
図1.
a 今回発見した超イオン伝導体(Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3とLi9.6P3S12)のイオン伝導率の温度依存性を従来のリチウムイオン伝導体Li10GeP2S12とその類似構造を持つ物質と比較して示す。発見したLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3のリチウムイオン伝導率は室温(27 ℃)で25 mS cm-1を示し、従来のリチウムイオン伝導体Li10GeP2S12(12 mS cm-1)の2倍の伝導率を示す。
b, c 今回発見した超イオン伝導体Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3の結晶構造とイオン伝導経路。この構造は大強度陽子加速器施設J-PARCに設置された茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を用いて明らかにした。bは全体の構造、cは一次元のリチウムイオン伝導経路を示す。bではリチウムイオンの熱振動の様子を示す。リチウムイオンは上下方向に非常に大きく熱振動しており、リチウムが超イオン伝導に関与していることがわかる。また、c図はリチウムが三次元的に連なり、室温での三次元的なイオン拡散を示している。
超イオン伝導体の研究の歴史
図2.
超イオン伝導体の研究の歴史。それぞれの物質が発見された年代とイオン伝導率との関係を示す。第一世代の材料は、イオンが固体中を高速で動き回ることの現象を追求する過程で探索された。第二世代の材料は実用材料として応用することも加味して開発された物質群。本発見の超イオン伝導体は、LGPS(リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄)グループの中でもイオン伝導率の値が25 m Scm-1と最も高く、既存のLi10GeP2S12より2倍以上のイオン伝導率である。リチウムイオン電池に用いられている有機溶媒系より、はるかに高いイオン伝導率であることもわかる。

開発した全固体電池は、既存のリチウムイオン電池より室温で出力特性が3倍以上になるとともに、有機電解液を用いるリチウムイオン電池の課題である低温(-30℃)や高温(100℃)でも優れた充放電特性を示した(図3)。室温や高温での高電流放電において1000サイクルに及ぶ安定した特性を持ち、実用電池に匹敵する耐久性を兼ね備えていることを明らかにした。

開発した全固体セラミックス電池の特性
図3.
開発した全固体セラミックス電池の特性。a 高容量型と高出力型の放電特性。1Cは1時間の放電率を表す。室温では60 C(1分での放電)、100 ℃では1500C(2.5秒)での放電が可能であることを示している。b 高出力型の全固体電池の充放電特性。c 高出力型の全固体電池の100 ℃での耐久性試験。500-1000サイクルに及ぶ充放電試験においても、劣化がほとんど無いことを示している。図中、○(黒)は充放電効率、△(青)は充電容量、□(赤)は放電容量を示す。

また、iMATERIAを利用した中性子構造解析で、Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3が三次元骨格構造を持つ物質であり(図1)、その骨格構造内にリチウムが鎖状に連続して存在していること、室温で三次元的な伝導経路を持っていることが、高いリチウム伝導性を実現していることを明らかにした。新しく発見した固体電解質は、これまでのLGPS系固体電解質とは異なり、室温においても三次元のイオン伝導経路が存在し、革新的な電池性能の発現に寄与していると考えている。開発した全固体電池の出力と容量の基準を示すラゴンプロット(二次電池のエネルギー密度と出力密度の関係を示したグラフ、図4)を用いると、全固体電池は急速充放電が可能なキャパシターより出力特性が優れていること、リチウムイオン電池はむろんのこと、現在、次世代電池として開発が進んでいるナトリウムイオン電池やリチウム空気電池、マグネシウム電池、アルミニウム電池などと比較しても、はるかに優れた出力とエネルギー特性を持つことが明らかになった。

各種蓄電デバイスのエネルギーと出力の関係を示すラゴンプロット
図4.
各種蓄電デバイスのエネルギーと出力の関係を示すラゴンプロット。既存のリチウムイオン電池やスーパーキャパシターと、現在開発が進められている各種革新電池(ナトリウムイオン電池、アルミニウムイオン電池、マグネシウムイオン電池、リチウム空気電池)の特性に加え、本開発の全固体セラミックス電池の特性を併せて示す。既存のリチウムイオン電池やキャパシターが達成できていない高出力と高エネルギーを兼ね備えた領域(右上の領域)を、開発した全固体電池が可能にしている。出力特性とエネルギー密度とを兼ね備えた蓄電デバイスが初めて開発できた。特にリチウムイオン電池との比較では、出力特性がほぼ3倍以上である。また、現在開発が進んでいる各種革新電池(ナトリウムイオン電池やリチウム空気電池、マグネシウム電池、アルミニウム電池など)と比較しても、全固体電池がエネルギーと出力特性を兼ね備えた優れた電池系であることを示している。

背景

電気自動車やプラグインハイブリッド車、スマートグリッドが社会に浸透するための鍵を握るデバイスが、電気を蓄える電池である。その容量・コスト・安全性のいずれの面でも、現在のリチウムイオン電池を超える次世代電池の開発が喫緊の課題となっている。次世代の蓄電池開発の鍵を握るのが電解質だ。

現在のリチウムイオン電池は電解質として有機電解液が用いられているが、全固体電池は固体電解質を用いる。電解質の固体化により、従来の電解液系ではなしえないバイポーラ積層構造[用語7]など、既存の電池パック設計の常識を覆すコンセプトが可能であり、電池のさらなる高容量化・高出力化が期待される。加えて、電池をすべてセラミックスで構成することにより、電池の安定性がさらに高まり、全固体電池は次世代の蓄電デバイスとして位置づけられている。

しかし、固体電解質の特性が実現を阻んでいた。これまでに同研究グループは、有機電解質に匹敵するイオン伝導率を持つ材料Li10GeP2S12(LGPS=リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄):12 mScm-1程度のイオン伝導率)の開発を行なってきたが、これまでに構築した全固体電池の特性は既存の電池の特性を凌駕するものではなかった。

研究の経緯

同研究グループはこれまでの全固体電池の特性が既存のリチウムイオン電池に比べて劣る状況を解決するには、優れた特性を持つ材料を探し、電解質と電極材料の組み合わせを工夫することにより高出力と高容量を達成できると考え、超イオン伝導体として高いイオン伝導率の期待できる硫化物系で新物質探索を行った。その結果、イオン伝導率が高く、リチウム金属との接触によっても分解しない安定な超イオン伝導体を発見した。

その構造をiMATERIAによる中性子回折測定によって決定し、イオン伝導機構を解明した。開発した全固体電池は-30℃の低温から100℃の高温まで、一般的なリチウムイオン電池の限界値の3倍以上の出力が可能であることが明らかになった。さらに、出力を維持したまま従来のリチウムイオン電池の2倍以上のエネルギーを取り出すことができるなど、優れた特性を示すことと同時に、1000サイクルの充放電可逆性も達成し、実用電池に匹敵する耐久性を兼ね備えていることを明らかにした。

今後の展開

同研究グループが開発した全固体電池は、既存のリチウムイオン電池の特性をはるかに超えた出力が可能であるのはむろんのこと、キャパシターよりも優れている(図4)。全固体化した蓄電デバイスが、これまでに例のない優れたデバイス特性を示したことが最大の成果である。

パッケージングの自由度や安定性・信頼性の向上によって電池の大容量化が可能になることが、全固体セラミックス電池の利点であると考えてられていたが、今回の発明により、蓄電デバイスを全固体化することによって、電解液を用いる電池では達成できなかった高速充放電が可能であることが明らかになった。

同研究グループは既存の蓄電池やキャパシターでは実現できなかった特性が、全固体セラミックス電池で実現できることを初めて証明した。数ある革新電池の候補の中で、このような優れた特性を示す次世代型の電池は皆無であり、今後、次世代電池の全固体[用語8]への歩みを加速する道筋を開いたといえる。

用語説明

[用語1] 全固体型セラミックス電池 : 電池の構成部材である正極、電解質、負極をすべてセラミックスで構成した電池。有機電解液をセラミックス固体電解質に置き換えることで、さらなる安全性の向上が期待されている。主に電解質材料のイオン伝導率が低いことが原因で出力に課題を有する。解決の鍵は電解質材料のイオン伝導率の向上であるとされる。

[用語2] 超イオン伝導体 : 固体中をイオンがあたかも液体のように動き回る物質。銀・銅イオン伝導体では0.5 Scm-1程度、リチウムイオン伝導体では1 mScm-1程度の値が最高のイオン伝導率とされてきた。特に、高エネルギー密度電池として期待されているリチウム超イオン伝導体で、イオン伝導率と安定性を兼ね備えた物質の開発が望まれていた。ポリマー、無機結晶、無機非晶質などの様々な分野で物質開拓が行われており、その開発は1960年代から始まり、現在も引き続き行われている。(図2に開発の歴史的な経緯と、達成したイオン伝導率を示す)

[用語3] 蓄電デバイス : ガソリン車並みの航続距離を持つ電気自動車の実現のためには、現在の蓄電池の5倍から7倍の容量が必要であるとされている(出典:経済産業省「次世代自動車用電池の将来に向けた提言」平成18年8月)。この目標に向かって、革新電池の開発が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や科学技術振興機構(JST)を中心に進められている。いわゆる革新電池と目されている新規な電池系として、金属空気電池、ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池、アルミニウムイオン電池、リチウム硫黄電池などが知られている。

[用語4] 大強度陽子加速器施設J-PARC : 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設し運用している大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。

[用語5] 超イオン伝導経路 : 固体物質の結晶構造内でリチウムイオンが移動するために必要な連続的な空間。空間の大きさや、まわりに存在する他の原子との相互作用に伝導率は依存する。

[用語6] 電位窓 : 電解質が適正に動作する電位の範囲。動作範囲が広いほど、正極と負極の組み合わせを工夫して高電圧の電池を作ることができ、電池のエネルギー密度を上げることが可能になる。

[用語7] バイポーラ積層構造 : 集電体の一方の面に正極、他方の面に負極を配置したバイポーラ電極を、電解質層に挟んで複数枚を直列に積層して作製する電池。電解質が固体の場合に可能な電池構造で、高電圧の電池がシンプルな構造で実現できる。

[用語8] 電池の全固体 : 電池の安全性/安定性/長寿命を達成するために、5V系正極材料を用いた電池やポストリチウムイオン電池として注目されているLi-S電池(リチウム硫黄電池)などに、固体電解質の検討が進んでいる。NEDOやJSTの研究プロジェクトにおいても、このような電解質を利用した全固体電池の開発が進んでいる。日経エレクトロニクス2016年1月号に、全固体電池の開発を巡る企業の動きが掲載されるなど、これまで研究の段階と考えられてきた全固体電池の技術開発が近年急速に進み、実用化が前倒しで実現するとの期待が高まっている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Energy
論文タイトル :
High power all-solid-state batteries using sulphide superionic conductors
著者 :
Yuki Kato1,2,3, Satoshi Hori2, Toshiya Saito1, Kota Suzuki2, Masaaki Hirayama2, Akio Mitsui4, Masao Yonemura5, Hideki Iba1 and Ryoji Kanno2
所属 :
1Battery Research Division, Higashifuji Technical Center, Toyota Motor Corporation,
2Department of Electronic Chemistry, Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology
3Battery AT, Advanced Technology 1, TOYOTA MOTOR EUROPE NV/SA
4Material analysis Department, Material engineering Division, Toyota Motor Corporation
5Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 大学院総合理工学研究科 物質電子化学専攻
教授 菅野了次

Email : kanno@echem.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5401 / Fax : 045-924-5401

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
特別准教授 米村雅雄

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TBSテレビ「未来の起源」に沖野研究室の相田真里大学院生が出演

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本学、大学院総合理工学研究科 創造エネルギー専攻 沖野研究室の博士後期課程1年生・相田真里さんが、TBS「未来の起源」に出演します。「プラズマを使った成分分析」の研究について紹介されます。

左:相田真里さん、右:沖野晃俊准教授
左:相田真里さん、右:沖野晃俊准教授

撮影の様子
撮影の様子

相田真里さん コメント

TBSテレビの「未来の起源」の取材を受けました。初のテレビ取材でとても緊張しました。番組の中では、私の研究である非接触で表面付着物を超高感度に分析するための手法や装置などを紹介しています。短い時間でも、皆様に研究の魅力や装置の特徴を理解して頂けるような説明を心掛けました。放送は、4月10日の22時54分からとなっておりますので、ぜひご覧下さい。

  • 番組名
    「未来の起源」
  • 放送日
    TBS: 4月10日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 4月17日(日) 20:54~21:00

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鉄系超伝導体の臨界温度が4倍に上昇

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鉄系超伝導体の臨界温度が4倍に上昇
―絶縁性薄膜に電界印加で35ケルビンに―

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の平松秀典准教授、元素戦略研究センターの細野秀雄教授と半沢幸太大学院生らは、鉄系超伝導体[用語1]の一つである鉄セレン化物「FeSe」のごく薄い膜を作製し、8ケルビン(K=絶対温度、0Kはマイナス273℃)で超伝導を示すバルク(塊)より4倍高い35Kで超伝導転移させることに成功した。FeSe薄膜が超伝導体ではなく、絶縁体[用語2]のような振る舞いを示すことに着目し、電気二重層トランジスタ[用語3] [用語4]構造を利用して電界を印加することにより実現した。

トランジスタ構造を利用したキャリア生成方法は、一般的な元素置換によるキャリア生成とは異なり、自由にかつ広範囲にキャリア濃度を制御できる特徴がある。このため、元素置換によるキャリア添加が不可能な物質でも適用が可能なことから、今後の鉄系層状物質でより高い超伝導臨界温度の実現を狙う有力な方法になると期待される。

成果は3月29日(米国時間28日)に「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」のオンライン速報版に掲載された。

研究の背景

超伝導は、ある温度(臨界温度:Tc)以下で電気抵抗がゼロになる現象。2008年2月に細野教授らが発見した新超伝導体LaFeAsO(La:ランタン、Fe:鉄、As:ヒ素、O:酸素)とその類似構造を有する化合物は、鉄を主成分とすることから「鉄系超伝導体」と称されている。

超伝導発現には最悪と信じられてきた磁性元素である鉄を主成分として含むにもかかわらず、ヒ素と組み合わせ、かつ電子を添加することで、高Tcで超伝導を示すという意外性に注目が集まった。現在の最高Tcは55Kに達し、銅酸化物超伝導体[用語5]の130Kの次に高い温度となっているが、銅酸化物系のTcの方が2倍以上高い。

銅酸化物と鉄系超伝導体は、超伝導体のもととなる親物質(母相)が反強磁性体[用語6]であり、伝導を担うキャリア(電子もしくは正孔)を添加することで、その反強磁性の磁気的な秩序が消失し、超伝導が発現するという共通点をもつ。

一方、母相の性質として根本的に異なる点も知られており、銅酸化物の母相はエネルギーギャップを持つ「モット絶縁体」[用語7]であるのに対し、鉄系物質の母相はギャップを持たない「金属」[用語8]である。この違いが銅酸化物と鉄系超伝導体の最高Tcの違いに関係していると考えられる。すなわち、「絶縁体」母相のほうがより高Tcにつながる可能性があることになる。

鉄セレン化物FeSeは、バルクではTcが8Kの超伝導体であるが、試料の厚さをナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)オーダーまで極端に薄くすると超伝導体ではなく、絶縁体のような挙動を示す。

そこで、ナノメートルオーダーまで薄くしたFeSe薄膜は、銅酸化物超伝導体のような高Tcを示す物質の「絶縁体」母相となりうる可能性に着目し、外部から電界をかけて高濃度の電子を誘起することによって、絶縁体から金属のように電気がよく流れる状態、そしてさらには超伝導状態の実現に挑戦した。

研究成果

高品質FeSe薄膜は、分子線エピタキシー[用語9]により作製し、外部からの電界印加方法としては、電気二重層トランジスタ構造(図1)を用いた。6端子状に形成した厚さ約10ナノメートルのFeSe薄膜チャネル上に、ゲート絶縁体として働くイオン液体[用語10]を流し込み、コイル状の白金で作製したゲート電極から外部電界(ゲート電圧)を印加し、「ドレイン」-「ソース」間の電気抵抗の温度依存性を測定した。

本研究で作製した電気二重層トランジスタの概略図(左)と実際の写真(右)

図1. 本研究で作製した電気二重層トランジスタの概略図(左)と実際の写真(右)

電気二重層トランジスタ構造を使って、ゲート電圧を印加したときのFeSe極薄膜チャネルの電気抵抗の温度依存性。右図は左図の低温域の拡大図
図2.
電気二重層トランジスタ構造を使って、ゲート電圧を印加したときのFeSe極薄膜チャネルの電気抵抗の温度依存性。右図は左図の低温域の拡大図。

その結果、図2左に示すように、ゲート電圧を印加しない場合(0ボルト)は絶縁体に特徴的な、温度が下がると電気抵抗が上昇する様子が観察され、3.5ボルトまではその挙動に変化はほとんど観察されなかった。しかし、4ボルトのゲート電圧を印加すると、キャリア濃度の増加を示唆する(特により低温域での)電気抵抗の低下とともに、8.6Kで電気抵抗の落ち込みが観察され始めた(図2右)。

さらにゲート電圧を増加させることで、その抵抗の落ち込み開始温度が上昇し、5ボルト印加時にゼロ抵抗(超伝導)を観察した。最大の5.5ボルト印加時のTcは35Kに達した。このTcは、塊のバルク体FeSeのTc(8K)のおよそ4倍である。

FeSe極薄膜チャネルに誘起された最大のキャリア濃度(図3)は、ゲート電圧5.5ボルト印加時で、1平方センチメートルあたり1.4×1015個(チャネル全体で見積もると1立方センチメートルあたり1.7×1021個)と、電気二重層トランジスタ構造を利用することによってバルクFeSeのキャリア濃度より約1桁高い濃度までキャリア添加に成功したことが明らかとなった。このキャリア濃度の増大が今回の高Tc達成の要因と考えられる。

この結果は、絶縁性母相とみなせる鉄系物質で高濃度のキャリア添加をすることによって銅酸化物超伝導体並みの高いTcを狙うという、今回の研究成果の有用性を実証している。

超伝導臨界温度(Tc)と電子濃度・ゲート電圧の関係
図3.
超伝導臨界温度(Tc)と電子濃度・ゲート電圧の関係。Tconset:電気抵抗の落ち込みが観察された温度、Tczero:ゼロ抵抗が観察された温度。

今後の展望

今回の結果により、高Tc実現のための物質選択および実験手法の選択の両方の有用性を示すことができた。今後、より高いTcの超伝導体探索の新しいルートを提供するといえる。

この成果は、文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>により助成されたものである。

用語説明

[用語1] 鉄系超伝導体 : 鉄を主成分として含む化合物の中で超伝導転移を示す層状化合物の総称で、超伝導を担う構造としてFeAsまたはFeSe層をもつ。

[用語2] 絶縁体 : 金属(用語説明8参照)と異なりバンドギャップが開いた状態になっている物質の総称。

[用語3] トランジスタ : ゲート電極/ゲート絶縁体/半導体の3層構造に代表される電子デバイスで、ゲート電極に電圧を印加することによってゲート絶縁体の電気容量にほぼ比例した電気伝導を半導体中(「ドレイン」-「ソース」間)に誘起することができる。真空管では3極管に相当する。

[用語4] 電気二重層トランジスタ : 通常のトランジスタは、ゲート絶縁体としてアモルファス酸化物などの固体物質が利用されるのに対し、イオン性の電解液(イオン液体、用語説明10参照)を使うトランジスタ。厚さ1ナノメートル以下の非常に薄い絶縁層がゲート絶縁体として働くために、非常に大きな電気容量を得ることができる。具体的には、通常の固体をゲート絶縁体とした場合よりも約2桁高く、最大1平方センチメートルあたり1015個に及ぶ伝導キャリアを蓄積できる。

[用語5] 銅酸化物超伝導体 : 1986年に発見された銅(Cu)と酸素(O)を含む超伝導体の総称で、結晶構造の中にCuO2面を有するという特徴がある。

[用語6] 反強磁性体 : 隣接する磁気モーメント(スピン)が互いに反平行に整列している物質。

[用語7] モット絶縁体 : 電子同士の静電反発が強いことが要因となって、絶縁体(用語説明2参照)の状態(ギャップが開いた状態)になっている物質の総称。

[用語8] 金属 : ここでは、単体金属だけでなく、ギャップが開いていない(閉じている)状態を示す。

[用語9] 分子線エピタキシー : 真空中で加熱源を使って固体を蒸発させ、発生した分子の流れを対向する位置に設置した基板上にあてることで、薄膜試料を形成する実験手法。

[用語10] イオン液体 : 陽イオンと陰イオンが常温付近で液体として存在するイオン性物質。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(和訳:米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル :
Electric field-induced superconducting transition of insulating FeSe thin film at 35 K
(和訳:絶縁性FeSe薄膜の35ケルビンにおける電界誘起超伝導転移)
著者 :
Kota Hanzawa, Hikaru Sato, Hidenori Hiramatsu, Toshio Kamiya, and Hideo Hosono
(半沢 幸太、佐藤 光、平松 秀典、神谷 利夫、細野 秀雄)
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所/
元素戦略研究センター
准教授 平松秀典

Email : h-hirama@lucid.msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5855

科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所/
元素戦略研究センター
教授 細野秀雄

Email : hosono@msl.titech.ac.jp

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

原始紅藻シゾンでアブシシン酸が機能―植物ホルモン獲得のルーツを解明―

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要点

  • 植物ホルモン・アブシシン酸が原始紅藻シゾンで機能していることを発見
  • シゾンは塩ストレスに応答してアブシシン酸を合成、ストレス耐性を獲得
  • 植物ホルモン(アブシシン酸)の起源と進化に重要な知見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の小林勇気助教と田中寛教授らは、最も原始的な植物である単細胞性の原始紅藻「シゾン」[用語1]が、塩ストレスに応答して植物ホルモンのアブシシン酸[用語2]を合成することを発見した。さらに合成されたアブシシン酸が細胞周期の進行を阻害、その阻害機構に細胞内のヘム代謝[用語3]が関わることを明らかにした。

アブシシン酸はストレス応答や気孔の開閉を司(つかさど)る植物ホルモンで、原始的な植物からの検出例も報告されていることから、様々な植物ホルモンの中でも最古の起源をもつと考えられてきた。しかし、植物が進化のどの段階で、アブシシン酸を植物ホルモンとして獲得したかは謎だった。

被子植物におけるアブシシン酸シグナル伝達機構は非常に複雑で、その全体像の解明には困難が伴っている。原始藻類シゾンにおける詳細を明らかにすることにより、アブシシン酸シグナル伝達機構の起源と進化の解明が期待される。

成果は4月4日、日本の英文学術誌「プラント・アンド・セル・フィジオロジー(Plant & Cell Physiology)」オンライン版に掲載された。

研究の背景

植物ホルモンは低濃度で組織に作用し、シグナル伝達や生理作用を制御する。私たちが普通に目にする被子植物では植物ホルモンが分化や生長、環境応答など様々な生理現象に重要な働きをしている。中でもアブシシン酸は塩・乾燥・寒冷に対するストレス応答や気孔の開閉などの生理作用が明らかになっており、植物の環境への適応において極めて重要な役割を果たしている。

アブシシン酸は光合成を行うシアノバクテリアや単細胞藻類からも検出されており、種々の植物ホルモンの中でも、最も原始的な進化段階の植物で獲得されたと考えられている。しかし、シアノバクテリアや単細胞藻類での機能は不明な点が多く、どの段階で現在の植物のようなホルモンとしてのアブシシン酸の機能を植物が獲得したか不明だった。

研究の経緯と成果

小林助教らはシゾンのゲノム中にも、アブシシン酸の合成やシグナル伝達に関わる遺伝子が見つかることに着目した。シゾンにおけるアブシシン酸の働きを解明することで、植物におけるアブシシン酸シグナル伝達の起源を明らかにすることができると考えた。

まずシゾン細胞からアブシシン酸が検出されるかどうかを検証した。その結果、塩ストレスに曝されたシゾン細胞からアブシシン酸が検出された。さらに培養液へのアブシシン酸の添加によりシゾン細胞の増殖が停止することを明らかにした。細胞周期を開始するシグナルとして必要な代謝産物「ヘム」によるシグナル伝達を阻害することで、細胞増殖を阻害しているというメカニズムも解明できた。

また、アブシシン酸合成ができない突然変異株が、野生型のシゾンよりも低濃度の塩ストレスにより死滅することを見いだした。細胞は増殖時にストレスに曝されると傷害を受けやすい。そのため、ストレスに応じて合成されたアブシシン酸が細胞周期の開始を抑制することで、塩ストレスから細胞を守っていると考えることができる。

これらの発見は、最も原始的な植物であるシゾンがアブシシン酸を合成し、シグナル伝達因子として用いていることを示している。つまり、アブシシン酸応答システムは、植物細胞が多細胞化していく過程で獲得されたのではなく、原始的な単細胞藻類の段階で既に獲得されていたといえる(図1)。

植物ホルモン:アブシシン酸の起源と進化

図1. 植物ホルモン:アブシシン酸の起源と進化

今後の展開

高等植物では、アブシシン酸が受容体により感知され、そのシグナルが遺伝子発現へ繋げるシグナル伝達機構が明らかにされている。同様のシグナル伝達系が単細胞藻類でも機能しているかは今後の課題であり、解き明かすことでアブシシン酸機能の進化が明らかになるとみられる。

用語説明

[用語1] シゾン : 学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で採取された単細胞の原始紅藻(スサビノリ等の仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定された。モデル植物、モデル光合成真核生物として、近年研究が進んでいる。

[用語2] アブシシン酸 : 植物ホルモンの一種。休眠や生長抑制、気孔の閉鎖などを誘導する。さらに塩・乾燥・寒冷などのストレスに対応して合成され、ストレス応答遺伝子の発現を制御してストレス耐性を向上する作用がある。

[用語3] ヘム代謝 : ヘムは呼吸や生体内の代謝反応に必要な物質である。植物細胞内では、葉緑体とミトコンドリアで多くの代謝中間体を経て合成される。シゾンでは細胞周期を開始させるシグナルとしても働いている。

共同研究グループ

今回「Plant & Cell Physiology」誌に掲載された内容は、千葉大学大学院園芸学研究科華岡光正准教授らのグループとの共同研究の成果である。

研究サポート

この研究は、JST・CREST「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出outer」と科学研究費補助金の支援を受けて実施した。

論文情報

掲載誌 :
Plant & Cell Physiology
論文タイトル :
Abscisic acid participates in the control of cell-cycle initiation through heme homeostasis in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae
著者 :
Yuki Kobayashi, Hiroyuki Ando, Mitsumasa Hanaoka and Kan Tanaka
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 田中寛

Email : kntanaka@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5274

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東京工業大学 広報センター

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサーを開発

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紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサーを開発
―細胞外の高濃度カルシウムイオン機能の解明に前進―

要点

  • ポリアクリル酸を原料とし、高濃度条件下で微小のカルシウム濃度変化を検出可能なゲル状のイオンセンサーを開発
  • 得られたセンサーは大面積シート状、微粒子状など様々な形状に成形加工可能
  • 細胞外カルシウムイオンの濃度変化・濃度分布の可視化技術への応用が期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所(旧資源化学研究所)の石割文崇助教、福島孝典教授らの研究グループは、東京大学の染谷隆夫教授、奈良県立医科大学の西真弓教授、堀井(林)謹子助教と共同で、細胞外の高濃度のカルシウムイオンの濃度変化を捉えるゲル状のカルシウムセンサーを開発することに成功しました。このセンサーは様々な形状に成形加工でき、安価で大量生産も可能であることから、今後、情報伝達物質として注目されている細胞外カルシウムの機能解明に関する研究だけでなく、食品や環境中のカルシウムイオン濃度検査などへの応用も期待されます。

近年、生体内で様々な機能を果たしている細胞外のカルシウムイオンの濃度変化を可視化できる蛍光カルシウムセンサー[用語1]の開発が望まれています。研究グループでは、生体内の細胞外カルシウムセンサータンパク質(CaSR[用語2])の「カルボン酸[用語3]の連続構造」をヒントに、類似の構造を有する汎用合成ポリマーであるポリアクリル酸[用語4]に注目しました。ポリアクリル酸に特殊な色素を取り付けたポリマーを合成したところ、細胞外で起こるカルシウム濃度変化の検出に適したセンサーとして機能することを見出しました。本研究は科学技術振興機構ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト(研究総括:染谷隆夫東京大学教授)」研究の一環で、成果は、2016年4月12日に英国科学雑誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

研究の背景

カルシウムイオンが細胞内で情報伝達物質として機能することは古くから知られており、細胞内の低濃度のカルシウムイオンを可視化する蛍光カルシウムセンサーの開発は1980年代から盛んに行われてきました。一方で、細胞外のカルシウムイオンは、2000年ごろに情報伝達物質としての役割が明らかにされ、次世代の観測対象として注目されています。しかし、その濃度変化を可視化できる蛍光カルシウムセンサーはこれまでありませんでした。

従来の細胞内用の蛍光カルシウムセンサーは、水溶性の合成分子や生体分子からできており、たとえセンサーの感度を細胞外カルシウム濃度検出用に調整できたとしても、水溶性のセンサーは細胞外領域では観察点から流れ出してしまうという大きな問題があります。したがって、細胞外でのカルシウム濃度変化・濃度分布の検出(カルシウムイメージング)には従来の水溶性の蛍光カルシウムセンサーとは根本的に異なるシステムを開発する必要がありました。

研究内容と成果

東工大の石割助教・福島教授らの共同研究グループは、細胞外用カルシウムセンサーの新しいシステムの開発にあたり、生体内で細胞外カルシウムの濃度変化を検出しているカルシウムセンサータンパク質CaSRの構造に着目しました(図1)。CaSRは「カルボン酸の連続構造」により細胞外のカルシウムの、1.1 mmol/Lと1.3 mmol/L[用語5]という微小の濃度変化を検出していると言われています。この天然の検出メカニズムにヒントを得て、カルボン酸を連続して有する汎用合成ポリマーである「ポリアクリル酸」を用いることにより、新たなカルシウムセンシングシステムが構築可能ではないかと着想しました。

細胞外カルシウムセンシングタンパク質(CaSR)の模式図と本研究の着想

図1. 細胞外カルシウムセンシングタンパク質(CaSR)の模式図と本研究の着想

ポリアクリル酸が高濃度のカルシウムイオンにより、高分子鎖凝集[用語6]を起こすことは古くから知られていました。そこで研究グループでは、ポリアクリル酸の高分子鎖凝集の様子を可視化するために、凝集状態で蛍光性を発現する誘起発光色素[用語7]と呼ばれる特殊な色素をわずか数%、ポリマー鎖に取り付けたところ(図2a)、このポリマーは細胞外濃度に相当する高濃度のカルシウムイオン存在下で大きく発光性を変化させること見出しました(図2b)。さらに、誘起発光色素の導入量を1%ずつ変化させるだけで検出可能なカルシウム濃度領域を連続的に変化させることも可能であり(図2b)、様々なカルシウム濃度条件に適応可能であることも見出しました。

(a)今回開発したカルシウムセンサーのカルシウム検出メカニズムの模式図 (b)センサーが検出可能な濃度領域の模式図 (c)カルシウム検出時の本カルシウムイオンセンサーの写真
図2.
(a)今回開発したカルシウムセンサーのカルシウム検出メカニズムの模式図 (b)センサーが検出可能な濃度領域の模式図 (c)カルシウム検出時の本カルシウムイオンセンサーの写真

興味深いことにこのポリマーセンサーを化学架橋したゲル[用語8]も細胞外領域のカルシウムイオン濃度に適したセンサーとして機能しました。これらのゲル状センサーは不溶性で、従来の水溶性の蛍光カルシウムセンサーと違って拡散しないことから、水中の任意の場所に固定化してカルシウムイオンの拡散を可視化することや、流動する媒体中の1.1 mmol/Lと1.3 mmol/Lという、微小量のカルシウムイオンの濃度変化も繰り返し検出することが可能でした(図3a)。この検出感度は、天然の細胞外カルシウムセンサーであるCaSRの感度に匹敵します。また、このゲル状センサーは大面積シート状や微粒子状など様々な形態のセンサーへと成形加工できます。大面積シート状のセンサーを用いて、マウスの脳スライスの大面積カルシウムイメージングにも成功しました(図3b)。

(a)本センサーによる微小なカルシウム濃度変化の検出 (b)シート状に成形したカルシウムセンサーによるマウスの脳スライスの巨視的カルシウムイメージング
図3.
(a)本センサーによる微小なカルシウム濃度変化の検出 (b)シート状に成形したカルシウムセンサーによるマウスの脳スライスの巨視的カルシウムイメージング

今後の展開

今回、天然の細胞外カルシウムセンサーCaSRのカルシウムセンシングシステムをデザインすることにより、ポリアクリル酸を基盤とするカルシウムセンサーを開発し、このセンサーが生体内の細胞外カルシウム濃度の変化を巨視的(マクロスコピック)に可視化し得ることが示されました。今後このセンサーを用いた細胞外カルシウムダイナミクス解明に向けた研究の進展が期待されます。現在、ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」ではこのセンサーを用いたカルシウムセンシングデバイスの開発に取り組んでいます。また、このセンサーは汎用ポリマーを主原料とするため安価で大量生産も可能(図2c)であることから、食品や環境中のカルシウムイオン濃度検査などへの応用も期待されます。

本成果は、以下の研究支援により得られました。

  • 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
  • 研究プロジェクト:
    「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
  • 研究総括:
    染谷隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  • 研究期間:
    平成23年8月~平成29年3月
  • 研究課題:
    研究活動スタート支援
    「新規発光性材料としてのAIEポリマーおよびAIEゲルの開発」
  • 研究代表者:
    石割文崇(東京工業大学資源化学研究所 助教)
  • 研究期間:
    平成24~25年度

用語説明

[用語1] 蛍光カルシウムイオンセンサー : カルシウムイオンと結合すると蛍光性を変化させる試薬。多くの蛍光カルシウムイオンセンサーは細胞内の低濃度カルシウムイオンの濃度変化は検出できるが、細胞外の高濃度のカルシウムイオン濃度変化は検出できない。

[用語2] 細胞外カルシウムセンサータンパク質(CaSR) : 細胞外領域で起こるカルシウムイオンの濃度変化を検知し、細胞内にその情報を伝達する膜貫通タンパク質。CaSR はCalcium Sensing Receptor の略。1993年に構造が明らかにされた。CaSRはカルシウムイオンと強く相互作用する特別な構造は持っておらず、「連続するカルボン酸部位」により、高濃度の細胞外カルシウムイオン濃度変化を検出していると考えられている。古くは、骨、腸、副甲状腺など、細胞外カルシウムイオン濃度を調整する器官にのみ存在すると考えられていたが、最近の研究により、神経細胞を含む様々な細胞にも存在していることが明らかにされ、細胞外カルシウムイオン検出のニーズが高まっている。

[用語3] カルボン酸 : COOHの化学式であらわされる、酸性を示す機能団。C、O、Hはそれぞれ炭素、酸素、水素を表す元素記号。

[用語4] ポリアクリル酸 : カルボン酸を側鎖に有する最も単純な合成ポリマー。このポリマーを化学架橋したゲルは、紙おむつの吸水剤として利用されており、年間約2百万トン生産される汎用ポリマーである。

[用語5] mol/L(モル毎リットル) : 分子の個数に基づく単位(mol = モル)を用いて表現した化学物質の水中の濃度の単位。カルシウムイオン(Ca2+)の場合、1.1 mmol/Lと1.3 mmol/Lはそれぞれ44 mg/Lと52 mg/Lに相当する。

[用語6] 高分子鎖凝集 : 溶媒中でポリマー鎖が大きく広がっている状態から、小さく収縮する様子。

[用語7] 凝集誘起発光色素 : 集合することにより蛍光性示すようになる蛍光色素。テトラフェニルエテンなどプロペラ構造を有する蛍光分子に見られる性質である。分子が分散している状態では、プロペラの回転にエネルギーが使われてしまい蛍光性を示さないが、集合状態ではプロペラが他の分子と衝突するため、プロペラの回転が抑制され、蛍光を発するようになる。

[用語8] 化学架橋したゲル : ポリマーの鎖を架橋剤と呼ばれる連結剤でつなぎあわせ、一つのネットワーク構造にしたもの。溶媒には不溶となり、溶媒を吸収して膨らむ(膨潤する)ようになる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
"Bioinspired Design of a Polymer Gel Sensor for the Realization of Extracellular Ca2+ Imaging"
著者 :
F. Ishiwari, H. Hasebe, S. Matsumura, F. Hajjaj, N. Horii-Hayashi, M. Nishi, T. Someya, T. Fukushima
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 福島孝典

Email : fukushima@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5220 / Fax : 045-924-5976

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

奈良県立医科大学 研究推進課 勝本

Email : katsumoto@naramed-u.ac.jp
Tel : 03-5734-3051

平成27年度「東工大の星」支援STAR 採択者決定

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平成27年度「東工大の星」支援(英語名称:Support for Tokyotech Advanced Researchers 【STAR】)の採択者2名が決定しました。

「東工大の星」支援【STAR】とは、東工大基金を活用し、将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者や、基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者に対し、大型研究費の支援を行うものです。次世代を担う、本学の輝く「星」を支援します。

受賞者の集合写真 (前列左から)塚原剛彦准教授、中戸川仁准教授 (後列左から)安藤真理事・副学長、三島良直学長
受賞者の集合写真
(前列左から)塚原剛彦准教授、中戸川仁准教授
(後列左から)安藤真理事・副学長、三島良直学長

「東工大の星」支援【STAR】の概要

目的

東工大基金を活用し、本学における優秀な若手研究者への大型支援を実施することにより、本学の中期目標である基礎的・基盤的領域の多様で独創的な研究成果に基づいた新しい価値の創造を促進し、もって、学長の方針に基づく本学の研究力強化に資することを目的とする。

支援対象者

公募によらず、様々な業績を勘案し、学長及び研究戦略室長の協議により選考する。

観点

  • 将来、国家プロジェクトのテーマとなりうる研究を推進している若手研究者
  • 基礎的・基盤的領域で顕著な業績をあげている若手研究者

役職等

若手研究者は准教授以下(原則40歳以下)とする

第3回目の今回は、2名の「星」が学長及び研究戦略室長の協議により選考されました。

所属部局(平成27年度当時)
専攻
職名
氏名
大学院生命理工学研究科
生体システム専攻
准教授
中戸川 仁
原子炉工学研究所
准教授
塚原 剛彦

授与式の様子
授与式の様子

学長との懇談の様子
学長との懇談の様子

東工大基金

この活動は東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

研究推進部研究企画課研究企画グループ

E-mail : kensen@jim.titech.ac.jp

繰り返しオークションの統一的解析手法を考案―離散最適化分野の理論を駆使―

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概要

東京工業大学工学院経営工学系の塩浦昭義准教授らは、住宅や自動車、さらには空港の発着枠や電波の周波数のような複数の「商品」を扱う繰り返しオークションに対する統一的な解析手法の考案に成功した。離散最適化分野[用語1]における離散凸解析と呼ばれる理論を用いて実現した。

これにより、オークションの異なるモデルに対して独立に提案されていた様々な繰り返しオークションを統一的な視点から理解することができるようになった。さらに、既存の繰り返しオークションをより複雑なモデルに拡張するとともに、離散凸解析における研究成果を生かして、新たな繰り返しオークションを提案した。

研究の背景

オークションの目的はオークションにかけられた商品の勝者を決めることと同時に、商品の「適正な」価格(均衡価格とよばれる)を決めることである。商品の均衡価格の計算には、入札者の希望を聞きながら価格を徐々に修正していく、繰り返しオークションと呼ばれるアルゴリズム(計算方法)がしばしば用いられる。

扱う商品が1つの場合、価格を徐々に上げていき、オークションの勝者と均衡価格を決めるイングリッシュ・オークションがよく用いられる。これは繰り返しオークションの典型例である。

商品の数が1つの場合、繰り返しオークションの解析は比較的容易である。しかし、商品数が複数の場合には各商品に対する入札者の希望が複雑に絡み合うため、繰り返しオークションの解析は困難であり、アルゴリズムの振る舞いは理論的に十分に理解できているとは言いがたい状況であった。

また様々なオークションのモデル(入札者が入手できる商品数が1つか複数か、あるいは各商品の在庫が1つか複数かなど)に応じて様々な繰り返しオークションが提案されている。しかし、それらの関係については明らかにされていない部分が多かった。

一方、離散最適化問題の中には短い計算時間で解ける「易しい」問題もあれば、何時間を費やしてもなかなか解けない「難しい」問題もある。解きやすい離散最適化問題に共通する「良い」数学的な性質を「離散凸性」という視点から明らかにしようという理論が離散凸解析である。離散凸性をもつ問題に対しては局所的最小性が大域的最小性を導くとともに、ある種の双対定理が成り立つので、最適解を見つけやすくなる。

例えば、カーナビなどで使われる、ある地点から目的地への最短経路を求めるという問題(最短経路問題)は「易しい」問題である。これに対し、宅配便による荷物の配送のように、決められた複数の地点を最短距離で巡回する経路を求める問題(最短巡回路問題)は「難しい」問題である。これらは離散凸性と密接な関係があり、前者の最短経路問題は離散凸性をもつので解きやすく、後者の最短巡回路問題は離散凸性をもたないので解きにくいと理解することができる。

研究成果

塩浦准教授らは、商品の均衡価格を計算するという問題が、ある種の離散最適化問題として表現できるという事実を鍵として用いた。この離散最適化問題が離散凸性という数学的に「良い」性質をもつことを明らかにした。

これにより、均衡価格の計算が数学的な観点からみて「良い」構造をもつ問題であることがわかった。また均衡価格の計算に用いられる繰り返しオークションのアルゴリズムの理論的な解析において、離散凸解析の理論における過去の研究成果が適用できることもわかった。

その結果、オークションの異なるモデルに対して独立に提案されていた様々な繰り返しオークションを統一的な視点から理解することができるようになった。さらに、既存の繰り返しオークションをより複雑なモデルに拡張するとともに、離散凸解析における研究成果を生かし、新たな繰り返しオークションを提案した。

離散凸性のイメージ図

図1. 離散凸性のイメージ図

左は離散凸性をもつ関数、右は離散凸性をもたない関数の例である。離散凸性をもつ関数の場合、極小な点は必ず最小になるが、離散凸性をもたない関数の場合は極小であっても最小である保証はない。

用語説明

[用語1] 離散最適化 : 最適化問題とはいくつかの選択肢の集合(解集合)の中から、ある評価尺度(総コスト、総時間、総距離など解に関する関数として表現される)の下で、最も良いもの(最適解)を求めよ、という問題である。最適化問題は解集合の種類によって大きく二分され、液体の量や土地の面積のように解を実数値で表すことができ、連続的に変化できる場合と、解集合がバラバラなものの集まりであって、解を連続的に変化させることができない(離散的な)場合がある。離散的な解集合の典型的な例としては、欲しい商品の組合せや交通ネットワークにおける経路などが挙げられる。離散的な解集合に関する最適化問題のことを離散最適化問題という。離散最適化問題を数学的な視点から解析し、高速・高性能な解法の構築を目指す研究分野が離散最適化である。

論文情報

掲載誌 :
Discrete Optimization, 19, pp.36-62, (2016)
論文タイトル :
Time Bounds for Iterative Auctions: A Unified Approach by Discrete Convex Analysis
著者 :
Kazuo Murota1, Akiyoshi Shioura2, Zaifu Yang3
DOI :
所属 :
1School of Business Administration, Tokyo Metropolitan University, 2Department of Social Engineering, Tokyo Institute of Technology, 3Department of Economics, University of York

問い合わせ先

工学院経営工学系
准教授 塩浦昭義
Email : shioura.a.aa@m.titech.ac.jp


グラフェンの先へ 新材料でトランジスタを開発

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要点

  • 新たな二次元材料・二硫化ハフニウム(HfS2)を用いたトランジスタを開発した
  • 電流電圧測定でオン/オフ比104のトランジスタ動作と、電気二重層ゲート構造を用いた高い電流密度を確認した
  • 低消費電力と高速動作を両立させる新材料として期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の宮本恭幸教授らと理化学研究所、岡山大学からなる共同研究チームは、新しい二次元材料である二硫化ハフニウム(HfS2)を用いたMOSトランジスタ[用語1]を開発した。

機械的剥離法[用語2]で得られた数原子層の厚さを持つHfS2薄片を用いたもので、裏面基板をゲート電極とした電流電圧特性において良好な飽和特性と高いオン/オフ比104の電流制御特性を観測した。さらにゲート電極として電解質を用いた電気二重層[用語3]トランジスタ構造において、駆動電流が裏面ゲートでの動作時と比較して約1000倍以上に向上し、チャネル材料としてのHfS2の優れた性質を示唆する結果を得た。

MOSトランジスタは大規模集積回路(LSI)を構成する要素素子であり、情報技術におけるハードウェア部分における基盤である。現在その材料に用いられているシリコンと比較して二次元材料は極めて薄い(<1 nm)構造での電流駆動に適しており、将来のLSIへの導入が期待されている。HfS2は理論計算より1.2 eVのバンドギャップ[用語4]と1,800 cm2/Vsの電子移動度[用語5]が予測される材料であり、従来の二次元材料と比較してより高速、低消費電力での動作に適している。

研究成果は3月1日発行のScientific Reportsに掲載された。

研究の背景

本研究グループは新たな二次元材料である二硫化ハフニウム(HfS2)の電子デバイス応用に適した物性予測に着目し、MOSトランジスタでの動作を初めて実証した。作製した素子では良好なオン/オフ比を有する電流制御特性が確認された。また、電解質電極を用いた動作では高い電流密度での動作が確認され、電子デバイス材料としての優れた特性が示唆された。

HfS2は遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる二次元結晶群に属しており、理論予測では単原子層の厚さ(約0.6 nm)において1800 cm2の電子移動度と1.2 eVのバンドギャップが報告されている。これらは代表的な半導体材料であるシリコンの物性値を上回っており、電子デバイス材料として優れた性質を1 nm以下の厚さで実現できる可能性を示している。

二次元結晶の電子移動度と禁制帯幅

図1. 二次元結晶の電子移動度と禁制帯幅

HfS2の結晶構造

HfS2の結晶構造

図2. HfS2の結晶構造

実験ではスコッチテープを用いた機械的剥離法により数原子層の厚さを持つHfS2薄片を基板上に転写した。原子間力顕微鏡による評価では2~10原子層程度の厚さをもつ薄片が確認された。これら薄片上に金属電極を形成し、裏面半導体基板をゲート電極としたMOSトランジスタ構造を作製した。電流電圧特性では良好な飽和特性を持つトランジスタ特性を確認し、ゲート変調による電流のオンオフ比も104が得られた。これにより従来絶縁体と考えられていたHfS2が電子デバイスとして利用可能であることを明らかとした。

機械的剥離法によるHfS2結晶の薄層化

機械的剥離法によるHfS2結晶の薄層化

図3. 機械的剥離法によるHfS2結晶の薄層化

作製したMOSトランジスタ構造

図4. 作製したMOSトランジスタ構造

トランジスタの電流電圧特性

トランジスタの電流電圧特性

図5. トランジスタの電流電圧特性

さらに大きなゲート容量により、低い電圧で多くの電子を発生させ、高電流での動作が期待される電解質ゲルをゲートとした電気二重層トランジスタと呼ばれる構造を用いた特性評価を行った。オン/オフ比105を維持しつつ、従来の遷移金属ダイカルコゲナイドを上回る電流密度が得られた。これは、HfS2のもつ電子デバイスとしての優れた特性を示唆する結果である。

背景

情報技術の進歩はLSIの基幹素子であるMOSトランジスタの性能向上に支えられており、この為にはスケーリング[用語6]と呼ばれる素子サイズの縮小化が重要となる。電流を制御する領域(チャネル)の長さを短くすると低電圧・高速での動作が可能となる。一方で漏れ電流に起因する消費電力を抑制するためにはチャネルの厚さを同時に薄くしていくことが必要である。近年ではチャネル長さは10 nm以下の領域まで縮小化が進みつつあり、この領域ではチャネル厚さについても数 nm以下まで削減することが望ましい。しかし従来の半導体材料系では表面に原子レベルの凹凸が存在し、極薄膜では電流輸送特性の急速な劣化による駆動能力低下が避けられない。

二次元材料は原子レベルの平坦性・厚み(<1 nm)を実現可能であり、その状態でも高い移動度が期待できる。もっとも有名な二次元材料であるグラフェン[用語7]は100,000 cm2/Vs以上という高い移動度が予測されているが、バンドギャップを持たないことから、LSI素子としては消費電力の削減に課題がある。そこでバンドギャップを有する二次元材料が注目を集めている。特にその代表として二硫化モリブデン(MoS2)が研究されているが、電子移動度が理論上あまり高くないという問題があった。

研究の経緯

HfS2はMoS2と比較した場合、単原子層における電子移動度で数倍の値を示すことが見込まれており、低消費電力と高速動作を両立する新材料として期待される。一方で単体の結晶としては導電性が低いことが実験的に確認されているため、これまで半導体材料としては注目されない未開拓の材料であった。このHfS2が持つ電子デバイス材料としての可能性に着目し、その優れたポテンシャルを引き出すことを目指した。

今後の展開

HfS2表面を適切に保護するとともに電極との接触を改善することで、電解質電極と同等の性能を固体ゲート絶縁膜を用いて実現し、超低消費電力デバイス実現へ向けた取り組みを行う。

また、HfS2は他の二次元材料との異種材料接合における顕著な量子効果の発現が見込まれ、二次元系トンネルトランジスタ等への発展的な応用も期待される。

用語説明

[用語1] MOS(Metal Oxide Semiconductor)トランジスタ : 金属電極からの電界効果により半導体/絶縁膜界面に誘起された可動キャリアを用いた電子デバイスであり、情報技術の根幹である集積回路の構成に欠かすことのできない素子。ソース端子とドレイン端子の間の半導体に流れるドレイン電流をゲート端子への電圧により制御する。MOSトランジスタを低消費電力で高速動作させるためには低いゲート電圧で大きなドレイン電流が流れることが必要である。

[用語2] 機械的剥離法 : 二次元層状物質の単結晶から原子層厚のサンプルを得るための手法の一つ。粘着テープで層状物質を挟みこんで剥がすことを繰り返して薄層化を行い、最後に基板上にテープを張り付けて剥がすことで、数原子層厚の単結晶薄片が得られる。

[用語3] 電気二重層 : 電解質内の可動イオンと固体物質内の可動電荷が組となって1 nm以下の距離で対向することで実効的に非常に大きなキャパシタを構成することができる。MOSトランジスタにおいてはチャネル内に高濃度のキャリアを励起することが可能となる。

[用語4] バンドギャップ(禁制帯幅) : 半導体中の電子が存在できない領域のエネルギー的な広さのことを言い、半導体デバイスの漏れ電流を抑えるためには大きいことが望ましい。

[用語5] 電子移動度 : 電子が半導体中を走行する際の電子速度と電界の強さを結びつける。移動度の高い材料は低電圧でも高速なキャリア輸送が可能なため、高速・低消費電力での動作に適している。

[用語6] スケーリング : MOSトランジスタにおいて素子のサイズを比例縮小することである。低消費電力化、高速化が見込まれると同時に集積密度が向上するため、回路性能は飛躍的に改善する。一方で、極微細化にともなう量子効果の影響や材料自体の特性限界から近年ではスケーリングに加えて新たな材料や構造の導入が必要となっている。

[用語7] グラフェン : 炭素原子が平面内で蜂の巣状に並んだ構造を持つ代表的な二次元物質である。電子移動度が非常に高く、機械的強度や熱伝導率といった面でも優れた性質を持つと共に、従来の三次元結晶に見られなかった新奇な物性を多く持つことから、未来のエレクトロニクス材料として注目を集めている。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Few-layer HfS2 transistors
著者 :
Toru Kanazawa1, Tomohiro Amemiya1,2, Atsushi Ishikawa2,3, Vikrant Upadhyaya1, Kenji Tsuruta3, Takuo Tanaka1,2 & Yasuyuki Miyamoto1
所属 :
1 Tokyo Institute of Technology, 2 RIKEN, 3 Okayama University
DOI :

問い合わせ先

工学院 電気電子系
教授 宮本恭幸

Email : miya@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555 / Fax : 03-5734-2907

工学院 電気電子系
助教 金澤徹

Email : kanazawa.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555 / Fax : 03-5734-2907

科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
助教 雨宮智宏

Email : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555 / Fax : 03-5734-2907

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

理化学研究所 広報室

Email : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

岡山大学 広報・情報戦略室

Email : www-adm@adm.okayama-u.ac.jp
Tel : 086-251-7292 / Fax : 086-251-7294

細野秀雄教授 日本国際賞(Japan Prize)授賞式及び受賞記念講演会の報告

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4月20日、日本国際賞の授賞式が天皇皇后両陛下のご臨席のもと東京国際フォーラムで開催され、東京工業大学 細野秀雄 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所教授・元素戦略研究センター長が出席しました。

授賞式の様子
授賞式の様子

日本国際賞は、全世界の科学技術者を対象とし、独創的で飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、もって人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められる人に与えられ、毎年、科学技術の動向を勘案して決められた2つの分野で受賞者が選定されます。

授賞式でスピーチをする細野秀雄教授

授賞式でスピーチをする細野秀雄教授

本年の受賞者は、「物質、材料、生産」分野からナノ構造を活用した画期的な無機電子機能物質・材料の創製に貢献した東京工業大学の細野秀雄教授と、「生物生産、生命環境」分野からゲノム解析手法の開発を通じた近代作物育種への貢献したアメリカのコーネル大学名誉教授のスティーブン・タンクスリー博士の2人です。

細野秀雄教授夫妻

細野秀雄教授夫妻

式典では多くの国内外の研究者らが見守るなか、2人に賞状や記念の盾が贈られ、両陛下は笑顔で拍手を送られていました。

授賞式と祝宴の様子

受賞記念講演会の様子

受賞記念講演会の様子

なお、授賞式の翌日4月21日、東京工業大学蔵前会館で日本国際賞受賞者による記念講演会が開催されました。

講演会では、本年度の受賞者、細野秀雄教授とスティーブン・タンクスリー コーネル大学名誉教授の2人が自身の研究や今後の展望、また若者へのメッセージなどを多くの聴衆の前で熱く語りました。

写真はすべて(財)国際科学技術財団の提供です。

記念講演会の様子

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

新しい構造をもつ酸化物イオン伝導体NdBaInO4の発見―固体酸化物形燃料電池の高能率・低コスト化に道―

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概要

東京工業大学理学院化学系(理工学研究科物質科学専攻)の八島正知教授、藤井孝太郎助教らの研究グループは、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体[用語1]であるネオジム・バリウム・インジウム酸化物「NdBaInO4[用語2]を発見した。イオン半径[用語3]に注目した構造設計により新構造を導いている。さらにネオジムの一部をストロンチウムに置換することでイオン伝導度を基本物質の約20倍向上させることにも成功している。酸化物イオン伝導体は固体酸化物形燃料電池[用語4]や酸素濃縮器などに使われており、新材料発見はこれら機器の高効率化や新規酸化物イオン伝導体、電子材料の開発を促すと期待される。

研究成果

同研究グループは、過去に報告されている無機物質の結晶構造から計算したイオン伝導経路と、これまでに報告されている酸化物イオン伝導体の結晶構造の詳細な検証により、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体(NdBaInO4)を発見することに成功した。NdBaInO4は、これまでに知られていないまったく新しい構造をもつ材料で、その構造は、既知の物質とは異なる特徴を持っており、新しい材料として酸化物イオン伝導体だけではなく、幅広い応用の可能性が期待される(図1)。

NdBaInO4の結晶構造。緑の球はBa(バリウム)、黄土色の球は(ネオジム)を表す。赤色の球を頂点にもつ紫色の八面体は、In(インジウム)に6つの酸素が配位したInO6八面体をあらわす。この構造は、Ndが並ぶA-Oユニットと、BaとInO6が並ぶA'BO3ユニットが交互に積層した構造をもっている。InO6八面体の稜(りょう)がA-Oユニットに接する構造の特徴は、これまでにない新しい特徴である。
図1.
NdBaInO4の結晶構造。緑の球はBa(バリウム)、黄土色の球は(ネオジム)を表す。赤色の球を頂点にもつ紫色の八面体は、In(インジウム)に6つの酸素が配位したInO6八面体をあらわす。この構造は、Ndが並ぶA-Oユニットと、BaとInO6が並ぶA'BO3ユニットが交互に積層した構造をもっている。InO6八面体の稜(りょう)がA-Oユニットに接する構造の特徴は、これまでにない新しい特徴である。

酸化物イオンとして有望なA A' BO4の組成をもつ物質(ここでA, A', Bはそれぞれ金属の陽イオン)は、AA' が同程度の大きさをもつ材料が多い。そこで新しい構造型を導くために、AA' の大きさに大きな違いがでるNd(ネオジム)とBa(バリウム)を選択し、伝導体の構造型としてよく知られているペロブスカイト型構造[用語5]を組み込むために、Baとペロブスカイト型構造の形成が期待されるIn(インジウム)をBに選ぶことで、新しい構造型の物質を作ることに成功した。

得られた物質の結晶構造は、X線回折データの未知構造解析をもとに解明した。構造は、Ndが並ぶA-Oユニットと、BaとInO6八面体が交互に並ぶA'BO3ユニットが交互に積層する構造をもっており、特にInO6八面体の稜(りょう)がA-Oユニットと接する構造は、金属酸化物の新しい特徴となっており、ユニークな性質につながる可能性が高い。

また、Ndの一部をSr(ストロンチウム)に置換した物質(Nd0.9Sr0.1BaInO3.95)を合成し、基本物質であるNdBaInO4より約20倍高いイオン伝導度を示すことも見出した。さらなる元素置換で、より高いイオン伝導度を示す材料の開発につながる可能性がある。

研究の背景

エネルギー・環境問題を解決するためには、高効率、低コストで安全性の高い次世代のエネルギー源を開発する必要がある。特に固体酸化物形燃料電池は、その中核を担うと期待されているが、その開発には、より高い伝導度をもつ酸化物イオン伝導体を開発する必要がある。

イオン伝導度は、その材料を構成する結晶構造と密接な関係がある。従来のイオン伝導体の開発は、既存のイオン伝導体の組成を改良することで進められてきた。しかし、より革新的なイオン伝導体を開発するためには、まったく新しい構造ファミリーに属する材料の開発が必要不可欠で、そのためにはこれまで経験や勘、偶然によって発見されることが多かった方式ではなく、新しい構造ファミリーに属するイオン伝導体をデザインするという新しいコンセプトが望まれていた。

今後の展開

原子スケールの構造設計により、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体を発見できたことは、今後の革新的な燃料電池の発展に大きな寄与をもたらすと期待される。そのコンセプトは、今後のセラミック材料の新しい設計指針となることも期待される。

用語説明

[用語1] 酸化物イオン伝導体 : 外部電場を印加(電圧をかけること)したとき酸化物 イオンが伝導できる材料。酸化物イオン伝導性材料は(1)純酸化物イオン伝導体および(2)酸化物イオン-電子混合伝導体に分類できる。

[用語2] NdBaInO4 : Nd、Ba および In 陽イオンと酸化物イオンから成る酸化物。

[用語3] イオン半径 : 金属酸化物は、陽イオンと陰イオンが規則配列した構造をとる。各イオンは球状の大きさをもっており、その半径をイオン半径という。

[用語4] 固体酸化物形燃料電池 : 電解質に固体酸化物を用いた燃料電池。電池の作動温度が 400~1000℃と高いため、固体高分子形燃料電池(PEFC)と比べて高い発電効率が期待される。

[用語5] ペロブスカイト型構造 : ペロブスカイト型構造は、一般式ABO3で表され、Aは比較的大きい陽イオン、Bは比較的小さい陽イオンからなる。多彩な物性を示すことから、幅広い応用が期待される構造型で、類似した構造モチーフを含んだ物質も酸化物イオン伝導体材料への応用が期待されている。

論文情報

掲載誌 :
Chemistry of Materials, 26, 2488 (2014).
論文タイトル :
New Perovskite-Related Structure Family of Oxide-Ion Conducting Materials NdBaInO4
著者 :
Kotaro Fujii, Yuichi Esaki, Kazuki Omoto, Masatomo Yashima, Akinori Hoshikawa, Toru Ishigaki, James R. Hester
DOI :
所属 :
Department of Chemistry, School of Science, Tokyo Institute of Technology; Frontier Research Center for Applied Atomic Sciences, Ibaraki University; The Bragg Institute, Australian Nuclear Science and Technology Organisation
掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry, A 3, 11985 (2015).
論文タイトル :
Improved oxide-ion conductivity of NdBaInO4 by Sr doping
著者 :
Kotaro Fujii, Masahiro Shiraiwa, Yuichi Esaki, Masatomo Yashima, Su Jae Kim, Seongsu Lee
DOI :
所属 :
Department of Chemistry, School of Science, Tokyo Institute of Technology; Neutron Science Division, Research Reactor Utilization Department, Korea Atomic Energy Research Institute

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に新たに発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

問い合わせ先

理学院化学系
教授 八島正知
Email : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2225

藻類の「眼」が正しく光を察知する機能を解明

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藻類の「眼」が正しく光を察知する機能を解明
―「眼」の色は細胞のレンズ効果を防ぐために必要だった―

要点

  • 単細胞緑藻のクラミドモナスの眼点色素を欠失した新しい突然変異株が、野生株と逆方向の走光性を示すことを発見
  • 眼点色素を失った変異株は、細胞が「凸レンズ」として振る舞って光を集光するため、レンズ効果により光源方向を「勘違い」することを実証
  • 藻類は細胞のレンズ効果に打ち勝って正しい光源方向を察知するために、光受容体の周辺に色素を濃縮・配列させたと考えられる

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の植木紀子研究員、井手隆広研究員(現・理研CDB研究員)、若林憲一准教授らの研究グループは、単細胞緑藻クラミドモナスが示す走光性(照射される光に反応して生物が移動する性質[用語1])の正と負が、眼点への色素集積を失った突然変異株では入れ替わることを発見した。

クラミドモナスは鞭毛[用語2]を使って水中を泳ぐ生物で、細胞の光反応行動の実験材料としてよく用いられる。クラミドモナス野生株のゲノムに対しランダム変異導入[用語3]を行って、「野生株と逆の走光性を示す突然変異株」を単離した。次世代シーケンサー[用語4]などによって、逆の走光性を示す原因となる遺伝子を同定したところ、カロテノイド色素[用語5]の生合成に関わる酵素に変異が入っていたことを突き止めた。

この色素は光受容体付近に存在し、これまでは細胞の光受容の指向性を高めるために存在すると考えられてきた。しかし色素を失った細胞がなぜ逆方向に泳ぐのか検証したところ、細胞が凸レンズの役割を果たして集光し、光源が光受容体の反対側にあるときのほうが光を強く感じていることを示す結果が得られた。

細胞レンズ効果は、透明な細胞ではその存在が知られていたが、緑色のクラミドモナスにおいてもはっきりとしたレンズ効果を持つことがわかった。

これらの結果から藻類は、自らの細胞が持つレンズ効果に打ち勝って正しい光源方向を察知するために、光受容体周辺にカロテノイド色素を濃縮・配列させたと考えられる。

この成果は、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の久堀徹教授、田中寛教授、法政大学の廣野雅文教授、基礎生物学研究所の皆川純教授、重信秀治特任准教授らのグループとの共同研究によるもので、米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版に4月27日(米国東部時間)に掲載された。

背景

クラミドモナス(学名Chlamydomonas reinhardtii, 和名コナミドリムシ)は、淡水に棲む単細胞緑藻の一種である(図1)。2本の鞭毛を平泳ぎのように動かして水中を泳ぎまわり、かつ葉緑体で光合成するという、動物と植物の両方の特徴を合わせ持った生物である。

細胞に1つ「眼点」と呼ばれる光受容器官を持ち、光の指す方向を正確に認識する。光源方向に泳ぐ正の走光性と、逆に光源から逃げて泳ぐ負の走光性を適宜切り替えることで、生存に最適な光環境へ向かう。このような特徴をもつクラミドモナスは、鞭毛の運動調節、光合成、藻類の光環境適応行動など、広い研究分野で実験材料として用いられている。

光受容器官である眼点は、カロテノイド色素を豊富に含んだ顆粒が積層しているため、顕微鏡で観察すると赤い点のように見える(図1)。そのすぐ近傍の細胞膜に光受容タンパク質「チャネルロドプシン[用語6]」が存在する。このタンパク質は、光を受容すると開く陽イオンチャネルであり、流入した陽イオンがもとになる反応経路によって、細胞は光受容したあとの運動調節を開始する。

この「色素顆粒層」と「光受容タンパク質」がペアになっていることが、クラミドモナスの高指向性光受容を可能にしている。色素顆粒層は光をよく反射する性質をもつため、細胞の外側から来た光は増幅され、細胞の内側を通ってきた光は遮蔽されて受容体に届かない。クラミドモナスは、この「細胞の外から来た光しか感じない」というしくみよって、光の指す方向を正確に知るのである。

光受容後、2本の鞭毛(眼点に近いシス鞭毛と遠いトランス鞭毛に区別される)は打つバランスを変えることによって方向転換をする。光受容時にトランス鞭毛を強く打てば正の、シス鞭毛を強く打てば負の走光性を示す。若林准教授らは、数年前に活性酸素薬剤と活性酸素除去剤によって野生株の走光性を正または負にそれぞれ固定できることを見出したが、これらの薬剤の作動メカニズムはまだ不明である。

では、この眼点色素が失われたらどうなるのか。これまでは、「光が細胞の外からきたのか内から来たのか区別できなくなり、走光性を示さなくなる」と考えられてきた。

(左)クラミドモナス細胞と(中)その模式図。2本の鞭毛を平泳ぎのように動かして水中を泳ぐ。核を取り囲むようにして葉緑体がある。細胞の中に見える赤い点が眼点。眼点に近い側の鞭毛をシス鞭毛、遠い側をトランス鞭毛と呼ぶ。(右)眼点の模式図。赤いカロテノイド色素を含む顆粒層の直上の細胞膜に光受容タンパク質チャネルロドプシンがある。色素顆粒層が光を反射する性質をもつため、チャネルロドプシンは細胞の外から来た光にのみ反応する。
図1.
(左)クラミドモナス細胞と(中)その模式図。2本の鞭毛を平泳ぎのように動かして水中を泳ぐ。核を取り囲むようにして葉緑体がある。細胞の中に見える赤い点が眼点。眼点に近い側の鞭毛をシス鞭毛、遠い側をトランス鞭毛と呼ぶ。(右)眼点の模式図。赤いカロテノイド色素を含む顆粒層の直上の細胞膜に光受容タンパク質チャネルロドプシンがある。色素顆粒層が光を反射する性質をもつため、チャネルロドプシンは細胞の外から来た光にのみ反応する。

研究成果

今回研究グループは走光性の正と負が決まる反応経路の同定を目指し、その経路に異常があると考えられる突然変異株の単離を試みた。野生株ゲノムにランダムに変異を導入し、得られた突然変異体群の中から、野生株と逆の走光性を示す新しい突然変異株を単離することに成功した。lts1-211と名付けた株は、野生株が正の走光性を示すときに負、負の走光性を示すときに正の走光性を示す(図2)。次世代シーケンサー[用語4]による全ゲノム解読などにより、lts1-211がカロテノイド生合成経路で機能する酵素に1アミノ酸置換変異をもつことがわかった。lts1-211細胞を詳細に顕微鏡観察すると、確かに眼点の色素が見られなかった(図2)。

(左)クラミドモナス培養液をシャーレにいれて右から光を当てたもの。野生株細胞は活性酸素薬剤を加えると正、活性酸素除去剤を加えると負の走光性を示す。一方、新たに単離したlts1-211株は逆の走光性を示す。(右)顕微鏡観察すると、lts1-211細胞には赤い眼点が存在しなかった。
図2.
(左)クラミドモナス培養液をシャーレにいれて右から光を当てたもの。野生株細胞は活性酸素薬剤を加えると正、活性酸素除去剤を加えると負の走光性を示す。一方、新たに単離したlts1-211株は逆の走光性を示す。(右)顕微鏡観察すると、lts1-211細胞には赤い眼点が存在しなかった。

眼点色素がないlts1-211はなぜ逆の走光性を示すのか。研究グループは「細胞レンズ効果」を仮定した。透明で球形の細胞が凸レンズのように振る舞って集光することは、ある種の菌類などで知られている。クラミドモナスにおいても、葉緑体色素を完全に失った透明な細胞では、レンズ効果を示す可能性は指摘されていた。しかし、それは直接には証明されておらず、また、葉緑体が正常で緑色の細胞がレンズ効果を示すか否かは議論が分かれていた。もしもレンズ効果を示すとすれば、光源が光受容体側でなく、その裏側にあるときのほうが、細胞は「より明るい」と感じるはずで、光源の方向を勘違いするだろう(図3)。

細胞レンズ効果仮説。野生株が正の走光性を示すような条件下で、右に光源があるとき、野生株(左)は眼点(色素層を赤、光受容体を青で示した)が右にあると色素層の光の反射により「明るい」、左側にあると、たとえ細胞がレンズ効果で集光したとしても、それは色素層で遮られて「暗い」と感じる。明るいと感じたときにトランス鞭毛を強く打って右にターンする。lts1-211細胞は色素層を持たないが光受容体は存在するので、これが右を向けば「明るい」と感じる。しかし、光受容体が左側を向いたとき、もしも細胞が集光したら、「より明るい」と判断し、このときトランス鞭毛を強く打つと左にターンするだろう。
図3.
細胞レンズ効果仮説。野生株が正の走光性を示すような条件下で、右に光源があるとき、野生株(左)は眼点(色素層を赤、光受容体を青で示した)が右にあると色素層の光の反射により「明るい」、左側にあると、たとえ細胞がレンズ効果で集光したとしても、それは色素層で遮られて「暗い」と感じる。明るいと感じたときにトランス鞭毛を強く打って右にターンする。lts1-211細胞は色素層を持たないが光受容体は存在するので、これが右を向けば「明るい」と感じる。しかし、光受容体が左側を向いたとき、もしも細胞が集光したら、「より明るい」と判断し、このときトランス鞭毛を強く打つと左にターンするだろう。

そこで、細胞がレンズ効果を持つか否かを確かめるために、顕微鏡光源付近に絵を置き、野生株細胞からフォーカスを少し上にずらして観察したところ、確かに絵が結像した(図4)。緑色の細胞がレンズ効果をもつことが初めてはっきりと示された。lts1-211が野生株と逆の走光性を示したのは、色素顆粒層の欠失により、細胞レンズ効果によって光源方向を勘違いしたせいだと考えられる。

細胞レンズ効果仮説。野生株が正の走光性を示すような条件下で、右に光源があるとき、野生株(左)は眼点(色素層を赤、光受容体を青で示した)が右にあると色素層の光の反射により「明るい」、左側にあると、たとえ細胞がレンズ効果で集光したとしても、それは色素層で遮られて「暗い」と感じる。明るいと感じたときにトランス鞭毛を強く打って右にターンする。lts1-211細胞は色素層を持たないが光受容体は存在するので、これが右を向けば「明るい」と感じる。しかし、光受容体が左側を向いたとき、もしも細胞が集光したら、「より明るい」と判断し、このときトランス鞭毛を強く打つと左にターンするだろう。
図4.
(左)光学顕微鏡の光源部分に、顔マークを描いたOHPシートを置いた。(中)クラミドモナス野生株細胞をガラスに貼り付けて、細胞にフォーカスを合わせた像。(右)(中)と同じ視野で、フォーカス面を細胞の上にずらしたもの。各細胞の上に顔マークが現れた。つまり、1つ1つの細胞が凸レンズとして機能したことが分かった。

つまり、眼点に存在している色素顆粒層は、「それがあることでより高い指向性が得られる」という補助的な役割ではなく、「それがなければ細胞のもつレンズ効果によって光源方向を逆側だと勘違いしてしまう」という、走光性の正と負を切り替える制御にとってなくてはならない構造であることが判明した。

今後の展開

今回得られた新しい突然変異株によって、走光性の正負の切り替えの反応経路の「根元」の部分が明らかになった。しかし、正常な色素顆粒層をもつ野生株が正負を切り替えるための、その後の反応経路の詳細はまだ明らかになっていない。今後、光受容以後の走光性の正負切り替え機構の解明を行っていきたい。そのような成果が得られれば、藻類の光受容システムの進化や、ヒトを含めた真核生物の鞭毛に共通した新たな鞭毛運動調節機構の理解につながると考えられる。

本研究は基礎生物学研究所共同利用研究「次世代DNAシーケンサー共同利用実験」のサポートを受けて実施された。

用語説明

[用語1] 走光性 : 生物が照射される光に反応して移動する性質。光源方向に近づく場合正の走光性、離れる場合負の走光性と呼ぶ。光走性(ひかりそうせい)とも。

[用語2] 鞭毛 : 真核生物細胞から生える毛状の運動する細胞小器官。細胞の推進力を生み出したり(精子など)、細胞の周囲に水流をつくったり(気管上皮など)、生体にとって重要な機能をもつ。ヒト体内には脳室、気管、輸卵管、精子などに運動性鞭毛・繊毛(鞭毛より短く本数が多いが、鞭毛と本質的に同じもの)が存在し、それらの運動異常によって生じる「原発性不動繊毛症候群」の研究にクラミドモナスは重要な役割を果たしている。

[用語3] ランダム変異導入 : 遺伝子組換え技術を使ってゲノムDNA上のある特定の塩基配列だけを狙って変異を導入する「部位特異的変異導入」に対して、紫外線照射などを使ってDNAに無作為的に変異を導入する手法。

[用語4] 次世代シーケンサー(第2世代シーケンサー) : 100塩基長程度に短く切断されたDNA断片の塩基配列を同時並行的に数千万以上決定することで、一度の大量の塩基配列データを取得するDNAシーケンサー。

[用語5] カロテノイド : カロチノイドとも。黄~赤色の天然色素。クラミドモナス眼点には主としてβカロテンが含まれる。

[用語6] チャネルロドプシン(ChR) : 光を感受すると構造変化してイオンチャネルとして機能する膜タンパク質。クラミドモナスにはChR1とChR2の2つがある。このうちChR2は、マウスなどの特定の神経細胞に発現させ、光照射によって興奮させることで神経活動と個体の行動の連関を研究する「光遺伝学」と呼ばれる技術に応用されている。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル :
Eyespot-dependent determination of the phototactic sign in Chlamydomonas reinhardtii
著者 :
*Noriko Ueki , *Takahiro Ide, Shota Mochiji, Yuki Kobayashi, Ryutaro Tokutsu, Norikazu Ohnishi, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Kan Tanaka, Jun Minagawa, Toru Hisabori, Masafumi Hirono, and Ken-ichi Wakabayashi (*共同筆頭著者)
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 若林憲一

Email : wakaba@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5235 / Fax : 045-924-5268

法政大学 生命科学部
教授 廣野雅文

Email : hirono@hosei.ac.jp
Tel : 042-387-6132

基礎生物学研究所 生物機能解析センター
特任准教授 重信秀治

Email : shige@nibb.ac.jp
Tel : 0564-55-7670 / Fax : 0564-55-7669

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

法政大学 広報課

Email : koho@hosei.ac.jp
Tel : 03-3264-9240 / Fax : 03-3264-9639

省電力半導体の実現に有用な複素環化合物を開発―フッ化水素の検知物質としても利用可能―

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要点

  • ベンゼン誘導体からふたつの水素を取り去った「アライン」を利用して、結合不足状態にある複素環化合物を安定的に合成
  • 合成した結合不足化合物はしきい値電圧の低い有機トランジスタとして機能
  • フッ化水素の高視認性感知物質としても有用

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊藤繁和准教授、植田恭弘大学院生、三上幸一教授のグループは、ベンゼン誘導体からふたつの水素を取り去った化学種である「アライン」にリンを含む環状アニオン化学種を組み合わせる化学反応によって、結合不足(開殻一重項)状態にある複素環化合物を安定的に合成する手法を開発した。

合成した複素環化合物はしきい値電圧の低い有機トランジスタとして機能できるため、省電力電子デバイス等への応用が期待される。また、フッ化水素を容易に検知できる材料としても有用である。

成果は5月2日、ドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

背景

ふたつのラジカル[用語1]を含む複素環化合物[用語2](1,3-ジホスファシクロブタン-2,4-ジイル、図1)は、リン原子の効果によってふたつのラジカル電子が反平行となった一重項状態[用語3]にある。このような「結合の足りない」状態は開殻一重項とも呼ばれ、極めて不安定であるのが普通だが、適切に置換基を配置することによって空気中でも扱えるようになる。我々は以前、この開殻一重項複素環化合物がp型半導体[用語4]としての性質を示し、しきい値電圧の低い電界効果トランジスタ[用語5]として機能することを見出していた。

開殻一重項複素環化合物の構造式と写真

図1. 開殻一重項複素環化合物の構造式と写真

安定した化合物を得るための方法として、複素環開殻一重項分子のリン上に芳香族構造[用語6]を導入すると、分子の特性を制御することができることがわかっていた。その方法として我々は芳香族求核置換反応[用語7]を見出しているが、導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られ、p型半導体として有用な複素環開殻一重項構造を活用できる化合物を合成するには不向きであった。

研究の経緯

導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られていた理由は、合成前駆体である複素環アニオン[用語8]の求核性が低いためであった。

そこで今回我々は、ベンゼンからふたつの水素を取り去った「ベンザイン」の求電子性に着目した。ベンザインは、ひずんだ炭素-炭素三重結合構造を含む極めて不安定な化学種として古くから知られており、その反応化学を利用して有用な有機化合物が数多く合成されている。高い求電子性を示すベンザインを導入する置換基として用いれば、合成前駆体の複素環アニオンが問題なく反応して安定した化合物が得られると考えた。

研究成果

まずグラムスケールで合成供給可能なホスファアルキン[用語9]とアルキルリチウムから誘導したリン複素環アニオンを調製した。次にこれに反応させるアライン(ベンザイン構造を持つ分子種)の発生法を種々検討したところ、温度を注意深く制御しながら2-シリルトリフレートとフッ化物イオン試薬による発生法を適用することによって、複素環アニオンに芳香族構造が効率よく導入され、対応する開殻一重項化合物を空気中で安定的な濃青色固体として得ることに成功した。

用いるアライン前駆体の構造を変更すると、導入できるアリール構造[用語10]を変化させることができる(図2)。

得られたリン複素環開殻一重項化合物の溶液を用いて簡便なドロップキャスト法[用語11]で電界効果トランジスタ素子を作成したところ、しきい値電圧-4 Vでp型の半導体挙動を示した。また、フッ化水素(HF)を付加すると色調が黄色に変化し、塩基を作用させればフッ化水素がはずれて元に戻るため、フッ化水素検知物質ともなる(図3)。

開殻一重項複素環化合物の合成スキームと合成した誘導体のX線構造

図2. 開殻一重項複素環化合物の合成スキームと合成した誘導体のX線構造

フッ化水素(HF)の脱着による色調変化

図3. フッ化水素(HF)の脱着による色調変化

今後の展開

今回開発したアラインを用いる開殻一重項複素環化合物の合成法を活用することで、より安定で性能の高い有機半導体やセンシング材料の開発につながると期待される。

用語説明

[用語1] ラジカル : 不対電子をもつ分子種。フリーラジカル、遊離基ともいわれ、一般に不安定である。

[用語2] 複素環化合物 : 炭素以外に他の原子1個以上を含んだ環状構造(複素環)をもつ化合物。ヘテロ環化合物ともいわれる。

[用語3] 一重項状態 : 全スピン量子数がゼロの状態。電子のスピン量子数は1/2で、反平行(1/2と-1/2)だとゼロになる。

[用語4] p型半導体 : 導電に寄与するキャリアが正孔(ホール)である半導体。

[用語5] 電界効果トランジスタ : Field Effect Transistor(FET)のこと。ゲート、ソース、ドレインの3種類の端子から構成され、ゲート端子に電圧をかけると、ソース・ドレイン端子の間に電流が流れる仕組みである。このとき、ゲート端子にかける最小電圧をしきい値電圧という。

[用語6] 芳香族構造 : ベンゼンや、ベンゼンと同様の化学的性質を示す分子構造。

[用語7] 芳香族求核置換反応 : ベンゼンなどの芳香族芳香環上にある置換基が、電子を豊富にもつ求核試薬の攻撃を受けて置き換えられる反応のこと。

[用語8] アニオン : 陰イオンなどとも呼ばれ、負の電荷をもつもの。

[用語9] ホスファアルキン : リンと炭素の三重結合を含む化合物。メチンホスフィンやホスファニトリルなどとも呼ばれる。リンと炭素の三重結合を含む星間分子も知られている。

[用語10] アリール構造 : 芳香族性をもつ炭化水素構造。

[用語11] ドロップキャスト法 : 電界効果トランジスタ素子を作成する方法のひとつで、ソース・ドレインを装着した基板に溶液を塗布する。下図参照。

ドロップキャスト法

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Access to Air-Stable 1,3-Diphosphacyclobutane-2,4-diyls by an Arylation Reaction with Arynes
著者 :
Yasuhiro Ueta, Koichi Mikami, Shigekazu Ito
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

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問い合わせ先

物質理工学院 応用化学系
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Email : ito.s.ao@m.titech.ac.jp
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取材申し込み先

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