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染色体構造を調節するメカニズム解明に成功―2つの制御因子によりコヒーシンがDNAを乗り降り―

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要点

  • 染色体構造の調整に不可欠なコヒーシンと制御因子を試験管内で再構成
  • コヒーシンの DNA 結合・解離反応のメカニズムを解明
  • 発がん、不妊などの分子レベルの基礎研究に貢献

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の村山泰斗助教と英国フランシスクリック研究所のフランク・ウルマン博士の研究グループは、染色体構造の調節に必要不可欠なコヒーシン複合体[用語1]が2つの制御因子によってDNAに乗り降りを繰り返し、染色体構造の調節を行っているという制御のメカニズムを解明した。細胞からコヒーシンと制御因子を抽出、DNAと結合する反応と離れる反応を世界で初めて試験管内で再構成し、実現した。

染色体構造の制御は、正確な遺伝子発現や細胞分裂に不可欠であり、発がんや遺伝疾患、不妊などと密接な関係がある。このため、今回の研究成果はこうした疾患の分子機構の基礎研究に貢献すると期待される。

染色体構造の調節には、巨大なリング状のタンパク質複合体が関与しており、その一つがコヒーシンである。コヒーシンは、ゴムバンドのようにDNAを束ねることで、染色体特有の構造を形成していくと考えられていたが、そのDNA結合の分子機構は分かっていなかった。

この成果は12月17日発行の米科学雑誌「セル(Cell)」に掲載された。

研究成果

東工大の村山助教らはコヒーシンと、その制御因子のローダー複合体[用語2]と Pds5-Wapl 複合体[用語3]を細胞から単離・精製し、DNAに結合する反応とDNAから離れる反応を試験管内で再構成した[用語4]

この実験結果の解析により、1. ローダー複合体はコヒーシンと結合、コヒーシンのリング構造を折り曲げることによって、リング構造の内側にDNAを入れること 2. Pds5-Wapl はコヒーシンリングの特定のつなぎ目を開いてDNAをそこから放出することが明らかになった(図1)。コヒーシンは、これら2つの制御因子によってDNAに乗り降りを繰り返し、染色体構造の調節を行っていくと推察される(図1)。

コヒーシンのDNA結合・解離反応のモデル

図1. コヒーシンのDNA結合・解離反応のモデル

コヒーシンは、補助タンパク質(ローダーと Pds5-Wapl) の働きによりリングを“開いて”DNAに乗り降りする。 コヒーシンはDNAを束ねるように結合することにより、染色体同士をくっつけたり、染色体の構造を調整すると考えられている。

背景

DNAには生物をかたちづくるのに必要なすべての情報が書き込まれている。DNAは非常に長い分子で、細胞の中ではタンパク質と結合した染色体という形できちんと折りたたまれ、収められている。

この染色体構造の調節を行う重要なタンパク質複合体の一つがコヒーシンである。コヒーシンは巨大なタンパク質のリングで、ゴムバンドのようにDNAを束ねてはたらくと考えられていた(図1)。しかし、コヒーシンがDNAに結合する機構はよくわかっていなかった。

研究の経緯

村山助教らは、細胞からコヒーシンとその制御因子を抽出して精製し、そのDNA結合反応を世界で初めて試験管内で再構成した。この新規の実験系を用いて、コヒーシンのDNA結合と乖離反応のメカニズムの解明を目指した。

今後の展開

コヒーシンや補助因子を直接分子レベルで観察し、コヒーシンが補助因子によってどのように制御されるかについて、さらに詳細に解析してく必要がある。また、コヒーシンの活性はタンパク質修飾[用語5]によっても制御されているという報告があり、そのメカニズムについても、試験管内再構成系によって明らかにしていくことが求められる。

また、近年の研究で、コヒーシンの機能異常・低下が発がんや不妊と関連があることが報告されている。このため、今回研究で得られた知見は、発がんや不妊などの分子機構の基礎研究に貢献すると期待される。

用語説明

[用語1] コヒーシン複合体 : 巨大なリング状のタンパク質複合体。元々、染色体間の接着を行う本体として発見されたが、近年、それに加えて染色体構造の制御にも重要な役割を果たしていることがわかってきた。

[用語2] ローダー複合体 : 2つのタンパク質からできている複合体で、コヒーシンが細胞内で機能するのに必要。

[用語3] Pds5-Wapl 複合体 : コヒーシンに結合する複合体で、コヒーシンのDNA結合の調節を行うと考えられていた。ローダー複合体、Wapl ともに、その機能に異常があると発生異常を引き起こすことが知られている。

[用語4] 試験管内再構成 : 機能タンパク質を精製し、その活性を測定する方法。これにより研究対象としているタンパク質の機能解析を行うことができる。

[用語5] タンパク質修飾 : 低分子化合物や小さいタンパク質をターゲットとなるタンパク質に結合すること。代表的なものとして、リン酸化、アセチル化、糖鎖修飾などがある。

論文情報

掲載誌 :
Cell
論文タイトル :
DNA Entry Into and Exit Out of the Cohesin Ring by an Interlocking Mechanism
著者 :
Yasuto Murayama, Frank Uhlmann
DOI :

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科 生体システム専攻
助教 村山泰斗

Email : ymurayama@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3766 / Fax : 03-5734-3781

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


TBSテレビ「未来の起源」に大友研究室の吉松公平助教が出演

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本学、理工学研究科応用化学専攻 大友研究室の吉松公平助教が、TBS「未来の起源」に出演しました。吉松助教の研究する「超伝導体のスイッチング」ついて紹介されました。

吉松公平助教
吉松公平助教

吉松公平助教のコメント

今回、TBSテレビの「未来の起源」の取材を受けさせて頂きました。初のテレビ取材でしたが、スムーズに受けることができたと思っています。番組の中で、私が最近行なっている研究の1つである「超伝導体のスイッチング」を紹介しています。短い時間でも皆様に研究内容を分かってもらえるように、わかりやすい説明を心掛けました。放送時間は1月17日の22時54分からとなっておりますので、是非ともご覧下さい。

  • 番組名
    「未来の起源」
  • タイトル
    電池を超伝導に切り換える
  • 放送日
    TBS: 1月17日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 1月24日(日) 20:54~21:00

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

S字ストロークか?I字ストロークか?―最適クロール泳法のメカニズムを解明―

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研究成果のポイント

  • 競泳自由形の泳法に関して、最適な泳法とその推進力発揮メカニズムの解明を試みました。
  • S字かI字か、腕のかき方にまつわる論争解決に向けて、最新流体計測解析技術を応用しました。
  • 目的(効率or速度)によって最適泳法は異なり、渦の作用がキーポイントであることが判明しました。

概要

国立大学法人筑波大学 体育系 高木英樹教授、国立大学法人東京工業大学 大学院情報理工学研究科 中島求教授らの研究グループは、最先端の流体計測解析技術をヒトの水泳運動、特にクロール泳に適用し、最適なクロール泳法の探究とそのメカニズムの解明に取り組みました。

競泳界では長年にわたって、曲線的に水をかく(S字)のと、直線的に水をかく(I字)のとでは、どちらが速く泳げるのか、論争が続いてきました。本研究では、水泳の流体力学に関する、国内外の最新の計測・解析データから、最適なクロール泳法について多角的に議論しました。

結果として、中長距離で効率(より少ない身体発揮パワーで推進力を得る)が求められる状況では、S字でかいた方が良く、短距離で効率より速度が重視される場合にはI字でかいた方が良いとする見解が得られました。また、2つの泳法は推進力発揮メカニズムが異なり、S字ストロークでは手の向きが変わる局面において、渦対の発生により非定常揚力が発揮され、I字ストロークでは、直線的に移動する局面において、カルマン渦の放出により抗力が発生することが明らかとなりました。

本研究により、2つのストロークパターンに関して、特に渦の発生過程の違いがそれぞれの推進力発生メカニズムに大きく影響していることが世界で初めて明らかになりました。渦の発生等により瞬間的に発生する力は非定常流体力と呼ばれ、昆虫や鳥類の飛翔研究においてそのメカニズムが解明されてきましたが、ヒトの水泳運動においても同様の現象が出現することは、これまでの準定常状態を想定した推進理論と大きく異なるもので、重要な発見と位置づけられます。

なお、本論文は、高木英樹(筑波大学)、中島求(東京工業大学)、佐藤陽平(ポール・シェレール研究所・スイス)、松内一雄(筑波大学名誉教授)、ロス・サンダース(シドニー大学・オーストラリア)の共同執筆論文であり、2015年12月23日付「Journal of Sports Sciences」でオンライン公開されました。

研究の背景

2016年開催のリオ・デ・ジャネイロ五輪に向けて、各種目で予選競技会が開催されています。中でも競泳は日本のお家芸とも言え、オリンピックや世界水泳においてこれまでに多くのメダルを獲得しています。体格やパワーに劣る日本人が、なぜ海外の大型スイマーと伍して戦えるのかについては、水中という特殊な環境要因が影響しています。陸上では地面をある力で蹴ると、その力とほぼ同様の反作用が働き、身体を動かす原動力となりますが、水中では、どんなに力強く水をかいても、かき方が悪いと、いわゆる「のれんに腕押し」状態となり、思うような反力が得られません。そのため、身長や筋力で劣っていても、「水をつかむ」技術が優れていれば、日本人が海外の大型スイマーに勝てる可能性があるのです。

しかし、どうやって水をかけば効率よく推進力が得られるのでしょうか?長年に渡る研究にも関わらず、未だ結論は出ていません。特に、S字を描くように曲線的に水をかくのと、I字を描くように直線的に水をかくのとではどちらが有利なのか、現在でも論争が続いています。

そこで本研究では、水泳の流体力学的分野において、それぞれに先端的手法を用いて研究に取り組む以下の5名の研究者が最新の研究成果を持ち寄り、論議を重ねることによって、最適泳法の探求とそのメカニズムの解明に取り組みました。1)高木英樹(筑波大学):人体圧力分布計測、2)中島求(東京工業大学):ロボットおよび人体シミュレーション、3)佐藤陽平(ポール・シェレール研究所・スイス):数値流体力学、4)松内一雄(筑波大学名誉教授):粒子イメージ流速計測法、5)ロス・サンダース(シドニー大学・オーストラリア):水中泳法分析

研究内容と成果

水泳人体シミュレーションモデル(SWUM)を用いて、ヒトの筋出力特性を考慮した最適泳法シミュレーションを行った結果、最も少ない身体発揮パワーで効率よく推進力が得られる泳ぎ方は、肘を曲げて、指先が曲線を描く、S字ストロークに類似した泳法でした。一方、最も速度が高くなる泳ぎ方は、肘をあまり曲げずに、指先が直線的に移動するI字ストロークに類似した泳法です(Nakashima et al., 2012)。実際の競泳レースにおいても、400m自由形以上の中長距離種目では、S字を描くように水をかいて好成績を上げるスイマーが多く、50~100m自由形のように短距離種目においては、ほぼまっすぐにかくI字ストロークを採用するスイマーが多数です。なぜこのようにS字とI字に分かれるのでしょうか?泳速度はストローク頻度に比例するため、泳速度を上げるためには、腕を速く回す必要が生じます。本来は肘を曲げて、S字をかいた方が効率が良いのですが、ストローク頻度が一定程度以上に高まると、肩まわりの筋力特性が制限因子となって、曲線的にかくことができなくなります。そこで、あえて効率を犠牲にしてでも腕の回転数を上げるために、肘をあまり曲げないで、まっすぐかくようになると推察されます。

ではS字にかいた場合と、I字でかいた場合で、推進力発揮メカニズムは異なるのでしょうか?ヒトの泳動作を再現できる水泳ロボットを用い、手部における流体力、圧力分布、流れ場の計測を行った研究成果(Takagi et al., 2014)をもとに検証を行いました。その結果、S字のように曲線を描いて水をかくと、図1上に示すように、手の進行方向が変わる局面において渦が放出され、その渦の影響によって手部周りの循環渦の向きが逆転し、手背側の圧力が急激に低下して、瞬間的に大きな揚力が発生することが明らかとなりました。一方、I字のように直線的に水をかくと、図1下に示すように、手部の両サイドから交互に渦(カルマン渦)が放出され、手背側の圧力が低下するとともに、手掌側は水が当たって圧力が上昇するので、結果的に手掌と手背で圧力差が生じ、抗力が発生することが分かりました。

水泳ロボットがクロール泳を行った時の手部周りの流れ場
図1.
水泳ロボットがクロール泳を行った時の手部周りの流れ場 上図がS字ストロークを行った場合の手部周りの渦を示す。赤色が反時計回りの渦を表し、青色が時計回りの渦を表す。肌色の楕円が右手を表し、図の左から右へ移動する。上図ではインスウィープ[用語1]からアップスウィープ[用語2]に移行する際に、時計回りの渦(青色)が放出され、その渦の影響で手部周りには逆の時計回りの渦が発生する。手部周りの渦は手背側の圧力低下をもたらし、結果的に手部の移動方向べクトル(Uh)に対して垂直方向に揚力が作用する。下図はI字ストロークを行った場合の手部周りの渦を示す。I字ストロークでは、比較的大きな迎角を保ちながら直線的に手が移動する。この時、手部の両端からは回転方向が逆の渦が順番に放出され、この渦をカルマン渦と呼ぶ。この渦の影響により手背側の圧力は低下し、逆に手掌側の圧力は上昇するので圧力差が増大し、結果的に手部の移動方向べクトル(Uh)に対して逆向きの抗力が作用する。

さらに実際のスイマーがクロール泳を行った場合の手部周りの流れの可視化結果(Matsuuchi et al., 2009)によると、ロボットの実験同様に、手の進行方向が変わる局面において、時計回りの渦が放出され、それと対をなす反時計回りの渦が手背側に発生していました。これらの渦の影響により、非定常な揚力が手部に作用したと考えられます。(図2、3参照)

泳者がクロール泳を行った時の手部周りの流れ場
図2.
泳者がクロール泳を行った時の手部周りの流れ場 ストローク中盤インスウィープからアップスウィープへと移行する局面(図3参照、(a)→(b)→(c)→(d)の順)における手部周りの流速ベクトルおよび渦度。図中の小さな矢印は流れの方向と強さを表す。また赤色は反時計回りの渦で+印が渦中心、青色は時計回りの渦で◯印が渦中心を表し、色が濃くなるに連れて渦度が増加する。図2-(b)の●は、泳者右手の指を表しており、図中で手部が左から右へ移動する際、手背側に2つの渦対(+と◯)ができ、2つの渦の間に流れ込むジェット流が観察される。このジェット流の作用により、瞬間的に大きな流体力が手部に作用し、推進力として貢献する。(Matsuuchi et al., 2009)
クロール泳における手部の軌跡と局面

図3. クロール泳における手部の軌跡と局面

以上のように、最適な泳法を探っていくと、S字かI字という二者択一ではなく、種目の長短によってどちらかが主に用いられたり、あるいは両方の要素を取り入れるのが良いと考えられます。そして2つのストロークパターンでは、推進力の発生メカニズムが異なることが明らかとなり、特に渦の発生過程の違いが大きく影響していることが世界で初めて解明されました。このような渦の発生等により瞬間的に発生する力は非定常流体力と呼ばれ、昆虫や鳥類の飛翔研究によりそのメカニズムが解明されてきましたが、ヒトの水泳運動においても同様の現象が出現することは、これまでの準定常状態を想定した推進理論と大きく異なり、重要な発見と位置づけられます。

今後の展開

今後、さらに本研究を発展させ、個人差(体格、筋力、テクニック)を考慮し、あるスイマーにとって本当に最適な泳法はどうあるべきか、テーラーメイドで対応できるよう、検討を進めます。同時に、ヒトの水泳運動という、非定常でたいへん複雑な流体現象について、最新の流体計測・解析技術を用いて、メカニズムのさらなる解明に取り組む予定です。

用語説明

[用語1] インスウィープ : インスウィープとは、クロール泳において泳者が入水後、手のひらが体幹の中心軸方向に向き、手先の位置がだんだん深くなるストロークの局面を指す。

[用語2] アップスウィープ : インスウィープ局面の後、手のひらの方向が内から外へ変換し、水面近くまでかき上げるストローク局面を指す。

参考文献

  • Matsuuchi, K., Miwa, T., Nomura, T., Sakakibara, J., Shintani, H., & Ungerechts, B. E. (2009). Unsteady flow field around a human hand and propulsive force in swimming. Journal of Biomechanics, 42(1), 42-47. doi: 10.1016/j.jbiomech.2008.10.009 outer
  • Nakashima, M., Maeda, S., Miwa, T., & Ichikawa, H. (2012). Optimizing Simulation of the Arm Stroke in Crawl Swimming Considering Muscle Strength Characteristics of Athlete Swimmers. Journal of Biomechanical Science and Engineering, 7(2), 102-117.
  • Takagi, H., Nakashima, M., Ozaki, T., & Matsuuchi, K. (2014). Unsteady hydrodynamic forces acting on a robotic arm and its flow field: Application to the crawl stroke. Journal of Biomechanics, 47(6), 1401-1408. doi: 10.1016/j.jbiomech.2014.01.046 outer

論文情報

掲載誌 :
Journal of Sports Sciences
論文タイトル :
Numerical and experimental investigations of human swimming motions
(和訳)水泳運動を対象とした数値的・実験的解析結果についての考察
著者 :
Hideki Takagi, Motomu Nakashima, Yohei Sato, Kazuo Matsuuchi and Ross Sanders
DOI :

問い合わせ先

筑波大学 体育系
教授 高木英樹

Email : takagi@taiiku.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-6330

東京工業大学 大学院情報理工学研究科
教授 中島求

Email : motomu@mei.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2586

(取材・報道に関すること)

筑波大学 広報室

Email : kohositu@un.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-2039 / Fax : 029-853-2014

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

紋野雄介研究員が第32回井上研究奨励賞受賞

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大学院理工学研究科機械制御システム専攻奥富・田中研究室の紋野雄介研究員が、第32回井上研究奨励賞を受賞しました。

同賞は、公益財団法人井上科学振興財団が、理学、医学、薬学、工学、農学等の分野で過去3年の間に博士の学位を取得した37歳未満の研究者で、優れた博士論文を提出した若手研究者に対し井上研究奨励賞を贈呈します。毎年4~9月に全国の関係大学長に候補者の推薦を依頼して選考を行い、12月に40件を決定します。受賞者には賞状、メダル及び副賞50万円が贈呈されます。今年の贈呈式は平成28年2月4日に開催される予定です。

紋野雄介研究員
紋野雄介研究員

受賞対象となった研究テーマ

単板撮像素子を用いた実用的なワンショットマルチスペクトルイメージングシステム

紋野研究員のコメント

博士論文研究では、ワンショットマルチスペクトルイメージングシステムを開発いたしました。このシステムでは、通常のRGBカラーカメラの様に、ワンショット撮影で人間の視覚特性を超える分光情報を取得できるため、様々な応用への発展が期待されています。この度は、名誉ある賞を頂いたことを大変光栄に思っております。博士課程の主指導教員である田中正行准教授、副指導教員の奥富正敏教授、共同研究者の方々、研究室メンバー、友人および家族にはこの場を借りて深く感謝申し上げます。今後も関係者への感謝や貢献の気持ちを忘れずに、精進していきたいと思っております。

細胞を模倣した微小反応容器のコンピューター制御に成功―人工細胞や分子ロボットの開発に期待―

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要点

  • 化学反応をコンピューター制御できる人工細胞型の微小反応容器を開発
  • 生命機能に学ぶ高機能な分子コンピューターや分子ロボットの開発に期待
  • 『生命とは何か?』を解き明かす技術や医薬応用に期待

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科の瀧ノ上正浩准教授らは、熱平衡状態[用語1]から大きく離れた系の化学反応をコンピューター制御できる「人工細胞[用語2]型微小リアクター」の開発に世界で初めて成功した。

細胞が膜小胞によって化学物質を取り込んだり排出したりする現象に着目して制御理論を発案した。この制御理論に基づき、マイクロ流路技術を利用して微小な水滴を電気的に融合・分裂させ、微小水滴の内外への化学物質の供給と排出を制御する微小な化学反応容器(人工細胞型微小リアクター)を開発した。さらに、このリアクターを利用し、熱平衡状態から大きく離れた化学反応に特徴的なリズム反応(化学物質濃度が増減して規則的なリズムを刻む反応)を自在に制御することに成功した。

開発したリアクターは「生命とは何か?」という根源的な問いを解決する手助けになるとともに、将来は細胞を模倣した高機能な分子コンピューターや分子ロボットの開発、細胞状態のコンピューター制御に基づくモデル駆動型の生命科学・医薬研究分野への応用などが期待される。

研究成果は1月20日(英国時間)に英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」のオンライン版で公開された。

研究の背景と経緯

細胞は分子の自己組織化[用語3]や自発的な分子反応によって機能を発揮する超精密で超高機能なシステムである。このような細胞システムの原理を解読し、それらの機能を取り入れた人工システムは、人間の知的社会生活を豊かにするとともに、エネルギーを効率よく利用するデバイスの開発や持続可能なシステム構築のために重要であり、科学技術の究極の目標の一つといえる。しかし細胞のように微小なスケールで、このような化学反応を制御することは難しく、制御するための新しい理論や技術の開発が望まれていた。

細胞のような自己組織化的に機能するシステムは、熱平衡状態から大きく離れて、化学物質の供給や排出を伴う化学反応(非平衡化学反応)に基づいている。細胞のように微小なスケールでこのような化学反応を制御することは難しいが、近年マイクロ流路技術とよばれる非常に微小な液体を操作する技術でリアクターを構築し、このような化学反応を制御する試みが世界的に注目されるようになってきた。

しかし、従来の方法では化学物質の供給や排出はできるが、送液するためのポンプやチューブ内にある大量の液体すべての流速を変化させないと、リアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を制御することができないため、制御精度の低さや、応答時間が遅いという問題があった。そのため、外部から任意のタイミングで任意のコントロールを加えることや、反応状態の情報を元にフィードバックをして制御することなど、非平衡化学反応を精密かつ動的に制御することは困難だった。

研究成果

瀧ノ上准教授らは細胞が膜小胞によって物質を取り込んだり排出したりする現象(エンドサイトーシス・エキソサイトーシス)に着想を得て制御理論を構築し、マイクロ流路技術を利用して人工細胞型微小リアクターを開発した(図1a,b)。この人工細胞型微小リアクターにより、細胞のように、微小な水滴を電気的に融合させたり分裂させたりして、微小水滴の内外への反応基質の供給と反応産物の排出を精密にコンピューター制御することを実現した。

また送液速度を一切変更しなくても微小水滴の融合分裂の頻度を変更するだけで、リアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を制御することができるという理論的基盤(パルス密度変調制御[用語4])を構築した。この原理を用いて人工細胞型微小リアクターを制御しているため、高精度で、応答時間も非常に速い制御が可能になった(図2)。

このリアクターを用いて、非平衡化学反応において最も特徴的な反応の一つであるリズム反応を自在に制御することに成功した(図1c,dおよび図3)。リズム反応とは、化学物質濃度の増減が自発的に規則的なリズムを刻む反応で、反応基質の供給と反応産物の排出がうまく制御された環境でのみ発生する。リズム反応は代謝回路や体内時計など生命システムの様々な場面に見られる重要な反応で、リズム反応を制御できたことは細胞内の生化学的な反応を含む、他の非平衡反応にも応用できることを示唆している。

(a)人工細胞型微小リアクターの概念図。マイクロ流路に固定された「人工細胞型微小リアクター」に、化学物質輸送用の微小水滴が融合と分裂を繰り返すことによってリアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を実現する。(b)人工細胞型微小リアクターと化学物質輸送用の微小水滴の融合分裂の様子。電圧を加えることで融合が起こる。(c)人工細胞型微小リアクター内で化学反応が起こり、溶液内のpHの増減(水素イオンの増減)が観察された(リズム反応)。pH値の大小に反応して蛍光強度が変わる試薬を用いて計測しており、明るい状態(白い状態)はpHが高い時で、暗い状態(黒い状態)はpHが低い時を示す。(d)水素イオン濃度の増減をpHの相対値で表示してグラフ化した。
図1.
(a)人工細胞型微小リアクターの概念図。マイクロ流路に固定された「人工細胞型微小リアクター」に、化学物質輸送用の微小水滴が融合と分裂を繰り返すことによってリアクター内外への反応基質の供給と反応産物の排出を実現する。(b)人工細胞型微小リアクターと化学物質輸送用の微小水滴の融合分裂の様子。電圧を加えることで融合が起こる。(c)人工細胞型微小リアクター内で化学反応が起こり、溶液内のpHの増減(水素イオンの増減)が観察された(リズム反応)。pH値の大小に反応して蛍光強度が変わる試薬を用いて計測しており、明るい状態(白い状態)はpHが高い時で、暗い状態(黒い状態)はpHが低い時を示す。(d)水素イオン濃度の増減をpHの相対値で表示してグラフ化した。
(a)パルス密度変調制御の原理。青線で描かれたパルス波pによって、赤線の波形のように時間変化する物質流入出量q(t)を実現した。パルスの密度が高いところが物質流入出量が大きくなる。Tはパルスの周期、wはパルスの幅を示す。
図2.
(a)パルス密度変調制御の原理。青線で描かれたパルス波pによって、赤線の波形のように時間変化する物質流入出量q(t)を実現した。パルスの密度が高いところが物質流入出量が大きくなる。Tはパルスの周期、wはパルスの幅を示す。
(a)人工細胞型微小リアクター内でリズム反応をフィードバック制御する際のコンピュータープログラムの概要を示す。(b)フィードバック制御によって水素イオン濃度が増減するリズム反応が発生するような実験条件を自動的に探索する。(c)リズム反応が長時間維持されることが確認された。
図3.
(a)人工細胞型微小リアクター内でリズム反応をフィードバック制御する際のコンピュータープログラムの概要を示す。(b)フィードバック制御によって水素イオン濃度が増減するリズム反応が発生するような実験条件を自動的に探索する。(c)リズム反応が長時間維持されることが確認された。

今後の展開

この研究の結果、複雑な化学反応を人工細胞型微小リアクターで制御できるようになるため、技術的なイノベーションとしては、細胞を模倣した高機能な分子コンピューターや分子ロボットの開発が期待できる。分子コンピューターや分子ロボットは、電子コンピューターが不得意な計算や作業を分子反応によって実現する次世代のシステムとして期待されており、世界的に研究開発が盛んになっている。

さらに細胞状態を常時モニタリングし、細胞の遺伝子発現状態や細胞分化を理論的なモデルに基づきコンピューターで制御するモデル駆動型の生命科学や医薬研究への応用も期待される。また「生命とは何か?」という人間の根源的な問いを物理学的な手法によって解明していく一つの手段になることも期待されている。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域における研究課題「非平衡人工細胞モデルの時空間ダイナミクス定量解析」(研究代表者:瀧ノ上正浩、平成23年度~平成27年度)および文部科学省 科学研究費補助金の支援のもとで得られたものであり、東京工業大学の杉浦晴香技術補佐員、伊藤真奈美修士課程大学院生、奥秋知也修士課程大学院生、お茶の水女子大学の森義仁教授、千葉大学の北畑裕之准教授との共同研究である。

用語説明

[用語1] 熱平衡状態 : 物質やエネルギー(熱)の出入りがなく、変化が起こっていない状態。生物でいえば、生きていない状態。

[用語2] 人工細胞 : 細胞の構造や機能を模倣して構築される細胞様の人工的な微小カプセルや微小リアクターを人工細胞と呼ぶ。細胞をモデル化したシステムで、実際の細胞より単純なため、生命システムの物理学的・生化学的な研究のツールとして使われている。さらに、有用な物質を生産するためのリアクターとしての応用や薬物送達システムなどの医薬分野への応用も検討されている。

[用語3] 自己組織化 : 規則・秩序を持つパターンやリズムなどが自発的に作り出されること。雪の結晶の成長、心臓の拍動、動物の体表模様のパターン、受精卵からの個体の発生など様々な自己組織化現象が知られている。

[用語4] パルス密度変調制御 : 図2に描かれているように、電圧のON/OFFのパターンの違い(パルス波の密度の濃淡)で正弦波やのこぎり歯状の波など様々な波形を近似的に作り出す制御方法。今回の研究では様々な波形の物質の流入出のパターンを作っている。類似の方法はLEDライトの明るさ調節や情報通信などにも使われている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Pulse-density modulation control of chemical oscillation far from equilibrium in a droplet open-reactor system
著者 :
Haruka Sugiura, Manami Ito, Tomoya Okuaki, Yoshihito Mori, Hiroyuki Kitahata, and Masahiro Takinoue*
DOI :

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻
准教授 瀧ノ上正浩

Email : takinoue.m.aa@m.titech.ac.jp,
masahiro.takinoue@takinoue-lab.jp
Tel : 045-924-5680 / Fax : 045-924-5680

(JST事業に関すること)

科学技術振興機構 戦略研究推進部
川口哲

Email : presto@jst.go.jp
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ニュースレター「AES News」No.4冬号発行

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東京工業大学 ソリューション研究機構先進エネルギー国際研究(AES)センターouterが、ニュースレター「AES News」No.4冬号を発行しました。

AESセンターは、従来の大学研究の枠組みを越えて、企業、行政、市民などが対等な立場で参加する、開かれた研究拠点「イノベーションプラットフォーム」です。ここでは、低炭素社会のエネルギーシステム実現に向けたソリューション研究開発を推進しています。

また、学内外の教員と会員が連携し、既存の社会インフラを活かしながら革新的な省エネ・新エネ技術を取り入れ、安定したエネルギー利用環境を実現する先進エネルギーシステムの確立を目指しています。

こうした日ごろの活動を、より多くの方々にご理解いただき、また、AESセンター企業・自治体会員および本学教職員の連携を深めるために、AESセンターではニュースレター「AES News」を、今年度より季刊誌として発行しています。今回は第4号となる冬号のご案内です。

ニュースレター「AES News」No.4冬号

第4号・2016冬号

  • 金谷年展特任教授
    巻頭記事「エネルギーレジリエンス評価の時代へ」
  • 共同研究部門紹介(東芝共同研究部門、日立製作所共同研究部門)
  • AES活動報告(2015年10月~11月)
  • 共催・協力・後援等活動報告(2015年10月~11月)
  • AES行事開催予定

ニュースレターの入手方法

PDF版

バックナンバーも同URLよりご覧いただけます。

冊子版

  • 大岡山キャンパス:東工大百年記念館1階 広報棚

  • すずかけ台キャンパス:すずかけ台大学会館1階 広報コーナー

お問い合わせ先

ソリューション研究機構 先進エネルギー国際研究(AES)センター
Email : aescenter@ssr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3429

高分子ファイバーでワイヤレス電極をつなぐ―電子デバイス配線への応用に道―

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要点

  • 導電性高分子ファイバーの自発的成長現象を発見
  • ワイヤレス電極(導電体)間のネットワーク化に成功
  • エレクトロニクスデバイスにおける新しい配線技術として期待

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科の稲木信介准教授、小泉裕貴博士後期課程1年、冨田育義教授らは、ワイヤレス電極(バイポーラ電極[用語1])を用いた電解重合法[用語2]により、導電性高分子[用語3]がファイバー状に成長する現象を発見した。この現象を応用して、ワイヤレス電極間を高分子ファイバーでつなぎ、ネットワーク化することにも成功した。

通常の電解重合法では膜状の導電性高分子が生成するが、稲木准教授らはバイポーラ電極上でモノマー[用語4]の電解重合を行うことで、様々な形状のファイバーを作成する技術を開発、今回は数マイクロメートル(μm)径のファイバー状に成長させた。

ワイヤレス電極に金属線を用いた場合、その末端同士を導電性高分子ファイバーにより選択的につなぎ、ネットワーク化できる開発技術は、エレクトロニクスデバイスにおける配線技術としても期待される。研究成果は1月25日発行の英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」オンライン版に掲載される。

研究成果

稲木准教授らは、バイポーラ電気化学[用語5]に基づくワイヤレス電極上での電解重合を検討した結果、モノマーとして用いた3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOT)の重合体であるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)がワイヤレス電極末端からファイバー状に成長する現象を見出した。

図1に示すように、低濃度の電解質を含むアセトニトリル電解液中に独立して並べられた二つの金線の外部より交流電圧を印加し、バイポーラ電極化させた。ワイヤレス電極の両端が陽極、陰極としてそれぞれ振る舞い、その極性は交流周波数に依存し周期的に変化することから、両端においてEDOTの重合が進行した。それぞれの金線末端から外部電場方向にPEDOTファイバーが成長する様子は、光学顕微鏡により観察可能であり、1mm間隔を約90秒で架橋した。また、得られたファイバーの電子顕微鏡像から数μm径のファイバーを形成していることがわかった。モノマー構造を変えることで、多彩なファイバー形状を得ることにも成功した。

交流電場の印加と低電解質濃度条件が鍵であることを実証し、重合初期段階のイオン種が外部電場の影響を受けて電気泳動[用語6]しながらファイバー状の重合体が析出するメカニズムを明らかにした。

ワイヤレス電極上での電解重合により得られた導電性高分子ファイバー。

図1. ワイヤレス電極上での電解重合により得られた導電性高分子ファイバー。

背景と経緯

PEDOTに代表される導電性高分子は有機半導体・導電性材料として有望である。導電性高分子ワイヤやファイバーなどの一次元構造体は、一般にエレクトロスピニング法[用語7]やテンプレート電解重合法[用語8]により得ることができるものの、エレクトロニクス分野における回路の配線には不向きであり、インクジェット法によるプリント配線技術などが近年発展している。

近年、稲木准教授らは、バイポーラ電気化学の特徴を利用した様々な高分子材料開発に成功しており、今回の研究は文部科学省科学研究費新学術領域研究「元素ブロック高分子材料の創出(領域代表:中條善樹京都大学教授)」の一環として行われた。

今後の展開

本研究で発見した電解重合法は、外部から電場を印加するだけの簡便な手法で、金属線末端から導電性高分子を自発的にファイバー成長させることができるため、所望の金属線間を選択的に導電性高分子ファイバーで架橋することができる。これは導電性高分子配線のエレクトロニクス応用に向けた画期的な技術である。

用語説明

[用語1] ワイヤレス電極 : 電源からの給電がないにもかかわらず、電気化学反応を駆動する導電体。バイポーラ電極とも呼ぶ。バイポーラ電気化学[用語5]の原理により発現する。

[用語2] 電解重合法 : 電気化学反応により進行する重合(高分子合成)反応。芳香族化合物の電解酸化反応により、導電性高分子[用語3]が得られる。

[用語3] 導電性高分子 : 芳香族化合物が共役系で連結した高分子の通称。化学的重合法または電解重合法により得られる。高分子主鎖の電子状態により、半導体性~導電性を示す。

[用語4] モノマー : 高分子の前駆体であり、高分子中の繰り返し構造の基本骨格となる。

[用語5] バイポーラ電気化学 : 低電解質濃度条件の電解液中に外部電圧を印加することで、電解液中に生じた電場を駆動力として、ワイヤレス電極(バイポーラ電極)上で酸化反応と還元反応が同時に進行する。この現象を利用した分野をバイポーラ電気化学と呼ぶ。

[用語6] 電気泳動 : 電解液中の電場の影響を受けて荷電粒子が移動する界面動電現象。

[用語7] エレクトロスピニング法 : 高分子溶液に高電圧を印加することで射出しながら高分子ファイバーを製造する方法。

[用語8] テンプレート電解重合法 : 一次元の多孔質膜などをテンプレートとし、制限された空間で電解重合を行うこと。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Electropolymerization on Wireless Electrodes towards Conducting Polymer Microfibre Networks
著者 :
Y. Koizumi, N. Shida, M. Ohira, H. Nishiyama, I. Tomita, S. Inagi
(小泉裕貴、信田尚毅、大平雅人、西山寛樹、冨田育義、稲木信介)
DOI :

研究支援

JSPS科研費(26708013)、MEXT科研費(15H00724)

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 物質電子化学専攻
准教授 稲木信介

Email : inagi@echem.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5407 / Fax : 045-924-5407

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

GaN増幅器モジュールを加熱源とする産業用マイクロ波加熱装置を開発

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GaN増幅器モジュールを加熱源とする産業用マイクロ波加熱装置を開発
―化学産業分野の省エネルギー化に貢献―

国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「クリーンデバイス社会実装推進事業/省エネルギー社会を実現する高効率高出力マイクロ波GaN増幅器」において、三菱電機株式会社、国立大学法人 東京工業大学、龍谷大学、マイクロ波化学株式会社の4者は、出力電力500WのGaN※1増幅器モジュールを加熱源とする高効率な産業用マイクロ波加熱装置を共同開発しました。これにより、産業用加熱装置のエネルギー消費の70%低減※2と化学物質生成時の生産効率性の3倍向上※3を実現します。今後は、化学産業分野の省エネルギー化に貢献すべく、実用化に向けた取り組みを進めていきます。

※1
gallium nitride:窒化ガリウム
※2
現在主流である化石燃料を加熱源とした外部加熱方式との比較において
※3
現在主流である分散加熱時との比較において
GaN増幅器モジュールを加熱源とする産業用マイクロ波加熱装置

図1. GaN増幅器モジュールを加熱源とする産業用マイクロ波加熱装置

開発の特長

1. 産業用加熱装置のエネルギー消費を70%低減

  • 装置内部から加熱するマイクロ波内部加熱方式の採用によりエネルギー消費を70%低減
  • 産業用加熱装置の加熱源としてGaN増幅器モジュールを初めて適用

2. 化学物質生成時の生産効率性を3倍に向上

  • マイクロ波のビーム制御により、局所的な加熱を可能とする技術を開発
  • 試料の反応領域を局所的に加熱し、化学物質生成時の生産効率性を3倍に向上
 
加熱方式
加熱源
加熱状態
エネルギー消費比
生産効率性比
今回
内部加熱方式
GaN増幅器
モジュール
局所加熱
0.3
3
従来
内部加熱方式
マグネトロン
分散加熱
0.3
1とする
外部加熱方式
化石燃料
分散加熱
1とする
-

今後の展開

本プロジェクトの成果を活用し、マイクロ波加熱装置の大型化に向けた開発を行い、化学プラントへの適用を目指します。

開発の背景

GaN増幅器モジュールは、Si(シリコン)やGaAs(ガリウムひ素)を使用した増幅器モジュールに比べて高出力が得られるとともに装置の小型化に貢献します。近年では通信・レーダー分野においてGaN増幅器モジュールへの置き換えが進められているほか、高効率という特長を活かして産業分野での新たな活用も期待されています。

三菱電機株式会社、国立大学法人 東京工業大学、龍谷大学、マイクロ波化学株式会社の4者は、国内製造業のエネルギー消費の3分の1(経済産業省調べ)を占める化学産業分野の省エネルギー化に着目し、産業用加熱装置の加熱源を現在主流の化石燃料からGaN増幅器モジュールに置き換え可能なマイクロ波加熱装置を新たに開発しました。これにより、化学産業分野の省エネルギー化に貢献します。

開発の特長の詳細

1. 産業用加熱装置のエネルギー消費を70%低減

現在主流である化石燃料を加熱源とする外部加熱方式は、試料を加熱する前に装置自体を加熱する必要があり、その分のエネルギーが無駄に消費されています。そこで、GaNデバイスを用いた出力電力500WのGaN増幅器モジュールを開発し、電子レンジと同じ原理で試料を局所的に加熱するマイクロ波内部加熱方式の採用を可能にしました。これにより、エネルギー消費の低減を実現します。

2. 化学物質生成時の生産効率性を3倍に向上

現在、マグネトロンを加熱源としたマイクロ波内部加熱方式は一部導入されていますが、マグネトロンは位相コヒーレンス※4 が低いために大電力化が難しく、従って、燃料油や石炭などの試料を分散的に加熱するしかなく、加熱装置内部で生成される化学物質の大量生産が困難でした。

一方、GaN増幅器モジュールが出力するマイクロ波は位相コヒーレンスが高いため、加熱源にGaN増幅器モジュールを採用することで大電力化が可能となります。さらに位相を制御することにより温度分布を自在に制御し、局所的に内部加熱することで、化粧品やインク塗料などの化学物質生成時の生産効率性を向上します。

※4
マイクロ波などの電波のもつ性質の1つであり、位相に一定の関係性があることを表す指標
開発したGaN増幅器モジュール

図2. 開発したGaN増幅器モジュール

各社・各大学の主な開発内容

三菱電機株式会社
  • GaNデバイスの製造
  • マイクロ波GaN増幅器モジュールの開発
国立大学法人東京工業大学
  • 試料選定、マイクロ波加熱による生産効率性の妥当性、および生産効率向上に向けた基礎実験
  • 標準化活動
龍谷大学
  • マイクロ波GaN増幅器モジュールの設計
  • マイクロ波加熱装置の高効率化の基礎検討
マイクロ波化学株式会社
  • GaN増幅器モジュールを加熱源とするマイクロ波加熱装置試験炉のスケールアップ、低消費電力化の有効性の実証実験

今後の展開の詳細

三菱電機株式会社

マイクロ波加熱装置に適用するGaN増幅器モジュールを2016年度以降実用化する予定です。さらにGaNデバイス・GaN増幅器モジュールは気象レーダーなどのレーダー事業や無線通信基地局などの通信事業に幅広く展開していきます。

国立大学法人 東京工業大学

マイクロ波加熱により化学反応が大幅に向上するメカニズムを解明し、化学物質生成のさらなる生産性向上方法を検討します。

龍谷大学

マイクロ波GaN増幅器の効率向上のための新規回路を検討します。また半導体増幅器の特長を活かした新しいマイクロ波加熱装置の基礎検討を続けます。

マイクロ波化学株式会社

マイクロ波GaN増幅器などの半導体増幅器を用いた工業用加熱炉のスケールアップによる化学プラントへの適用を検討します。

問い合わせ先

(報道関係)

三菱電機株式会社 広報部

Tel : 03-3218-2359 / Fax : 03-3218-2431

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

龍谷大学 学長室(広報)

Tel : 075-645-7882 / Fax : 075-645-8692

マイクロ波化学株式会社

Email : info@mwcc.jp
Tel : 06-6170-7595 / Fax : 06-6170-7596

(開発関係)

三菱電機株式会社 情報技術総合研究所 業務部

Tel : 0467-21-2828 / Fax : 0467-41-2142

国立大学法人 東京工業大学
大学院理工学研究科 応用化学専攻
教授 和田雄二

Tel : 03-5734-2879 / Fax : 03-5734-2879

龍谷大学 理工学部電子情報学科 石崎研究室

Tel : 077-543-7798 / Fax : 077-543-7428

マイクロ波化学株式会社

Email : info@mwcc.jp
Tel : 06-6170-7595 / Fax : 06-6170-7596

(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)

電子・材料・ナノテクノロジー部
主査 栗原廣昭

Tel : 044-520-5211 / Fax : 044-520-5212


細野秀雄教授が2016年日本国際賞(Japan Prize)を受賞

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材料科学の世界的研究者として知られる細野秀雄教授に、この度、2016年日本国際賞(Japan Prize)を授与されることが決定しました。

今回受賞した細野秀雄教授(左)とスティーブン・タンクスリー博士(右)
今回受賞した細野秀雄教授(左)とスティーブン・タンクスリー博士(右)

日本国際賞(Japan Prize)とは、「国際社会への恩返しの意味で日本にノーベル賞並みの世界的な賞を作ってはどうか」との政府の構想に、松下幸之助氏が寄付をもって応え、1985年にはじまった国際賞です。この賞は、全世界の科学技術者を対象とし、独創的で飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、もって人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められる人に与えられるもので、毎年、科学技術の動向を勘案して決められた2つの分野で受賞者が選定されます。また、授賞式は、天皇皇后両陛下ご臨席のもと各界を代表する方々のご出席を得、盛大に挙行されます。

細野秀雄教授は、2016年の授賞対象分野の一つである「物質、材料、生産」分野の受賞者として選ばれました。

受賞理由

ナノ構造を活用した画期的な無機電子機能物質・材料の創製

細野秀雄教授は、ナノ構造を活用することによって元素や化合物の固定概念を打ち破る数々の電子材料や物質を創り出しました。たとえば、電気伝導性を示さないとされていた透明アモルファス酸化物を使って半導体を開発。そのひとつであるIn-Ga-Zn-O(インジウム、ガリウム、亜鉛、酸素)系薄膜トランジスタ(IGZO-TFT)は省エネ性の高い液晶ディスプレイとしてパーソナルコンピューターやタブレットなど、現代のごく身近な生活の中に実用化されています。さらに、大型の有機ELテレビにも実装が開始されています。この他にも、セメント材料から電気伝導性をもつ化合物を創り出したり、超伝導には有害とされる鉄を含む高温超伝導体の発見など、ユニークな視点から材料科学の新領域を開拓し、産業にも大きく貢献してきました。

コメント

細野秀雄教授

細野秀雄教授

受賞の対象となった成果は、1993年に本学で始めた透明酸化物の電子機能開拓の研究で得られたものです。当時の応用セラミックス研究所の「大きな構想を描けないなら、ここにいる資格はない」という凄まじい活力と緊張感に後押しされて始めた研究が、1999年にJSTのERATOプロジェクトに採択され、構想を思い切って展開できるチャンスを与えられたことが飛躍の契機になったと思います。恩師、共同研究者、研究室の学生の方々などのお蔭です。厚く御礼申し上げます。

物質には思いもよらない機能が潜んでいるようです。私たちはそのほんの一部分しか未だ知らないようだという感を深くしています。2012年の設立された「元素戦略研究センター」は、物質の可能性を開拓し、材料にまでジャンプさせる研究を強力に推進することが目的です。このセンターを中心に一層 物質・材料の開拓研究に精進したいと思っています。

お問い合わせ先

広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

世界最高速!毎秒56ギガビットの無線伝送に成功―ミリ波帯無線機をCMOS集積回路で実現―

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国立大学法人東京工業大学[注1](以下、東京工業大学)と株式会社富士通研究所[注2](以下、富士通研究所)は、無線装置の大容量化を目指して、72から100ギガヘルツ(以下GHz)と広い周波数範囲にわたり、高速に損失が少なく信号処理できるCMOS無線送受信チップとそのモジュール化技術を開発しました。これにより、世界最高速となる毎秒56ギガビットの無線伝送に成功しました。

近年、スマートフォンなどの普及に伴うデータ通信量の増大に対応するために、基地局間ネットワークでは、光ファイバーが用いられていますが、都市部や、河川や山間に挟まれた地域など光ファイバー通信網の敷設が困難な地域へのサービス展開が難しいという課題がありました。そのため、今回、競合する無線アプリケーションが少なく大容量の通信が可能なミリ波帯(30から300GHz)を利用した高速無線送受信技術を開発しました。

本技術により、光ファイバー通信網の敷設が困難な用途において、屋外設置可能な大容量無線装置の実現を可能にします。

本技術の詳細は、1月31日(日曜日)から米国サンフランシスコで開催される半導体技術に関する最大の会議である「国際固体素子回路会議ISSCC 2016(IEEE International Solid-State Circuits Conference 2016)」で発表します(ISSCC発表番号13.3)。

開発の背景

スマートフォンの普及に伴いデータ通信量が急激に増大しており、無線基地局とコアネットワーク、もしくは基地局間を結ぶ基幹ネットワークの大容量化が加速しています。従来、数キロメートルの広範囲をカバーするマクロセル方式が中心でしたが、近年では、数百メートル以内の小さいエリアをカバーする基地局を多数設置するスモールセル方式を組み合わせることによって通信量の増大に対応しています。

また、現在、基地局間の通信回線は、大容量なデータを伝送できる光ファイバーが主流です。建物が密集している都心部や、山間や河川などで隔たれた地域では新規に光ファイバーを敷設することが困難であり、屋外に簡便に設置できる大容量無線装置の実現が期待されています。

課題

大容量データを無線伝送するためには、広い周波数範囲を利用することが必要です。そのためには、競合する無線アプリケーションが少なく広帯域なミリ波帯(30から300GHz)の利用が適しています。しかし、ミリ波帯は、周波数が非常に高く、CMOS集積回路の動作限界に近いところで設計する必要があるため設計の難易度が高く、広帯域な信号を、高品質にミリ波帯へ周波数を変復調する送受信回路や、回路基板とアンテナを接続するインターフェース回路を低損失に実現することが困難でした。

開発した技術

今回開発したCMOS無線送受信チップと、これを搭載した無線モジュール(図1)は主に2つの技術により構成されます。

CMOS無線送受信チップとそのモジュール

図1. CMOS無線送受信チップとそのモジュール

1. 送受信回路の低損失化、広帯域化技術

今回、新たに、データ信号を2つに分けて、それぞれを異なる周波数帯へ変換してから混合することで、送受信回路を広帯域化・低損失化する技術を開発しました(図2)。低帯域信号は72から82GHz、高帯域信号は89から99GHzのそれぞれ10GHz幅ごとに変復調を行います。この技術により、20GHz幅の超広帯域信号においても、低雑音で、入力と出力の電力比が一定となる範囲が従来の10GHz幅と同等となる変復調が可能になり、高品質な信号伝送を実現しています。

また、ミリ波帯に周波数変換された信号を電波として送受信するための増幅器も合わせて開発しました。周波数によって部分的に増幅率が低下してしまう信号成分に対し、出力信号の振幅を入力側へフィードバックすることで増幅率を安定化させる回路技術を用いて設計することにより、72から100GHzの超広帯域の増幅器を実現しました。

開発した送受信機の構成

図2. 開発した送受信機の構成

2. モジュール化技術

半導体チップ上でミリ波帯に周波数変換された信号は、プリント基板上の信号線路を伝搬してアンテナへ供給されます。アンテナは導波管(金属状の筒)で形成されているため、プリント基板と導波管の間を超広帯域、かつ低損失に接続することが必要です。プリント基板上の配線パターンを工夫することで、超広帯域向けにインピーダンス整合させた導波管と基板の間のインターフェースを開発し、所望の周波数範囲で大幅に損失を低減できました。

なお、本成果については、東京工業大学は送受信回路の低損失化、広帯域化技術を、富士通研究所はモジュール化技術を主に開発しております。

効果

室内において、10cmの距離を隔てて2台のモジュールを対向させてデータ伝送試験を実施しました。その結果、導波管と基板の間の損失について10%以下を実現し、世界最高速となる毎秒56ギガビットのデータ伝送に成功しました。

今回開発した技術に加えて、信号を増幅して伝搬距離を伸ばすための高出力増幅器技術や、超広帯域信号を処理するベースバンド回路技術を組み合わせることで、屋外設置可能な無線装置の大容量化が可能になります。これにより、新規に光ファイバーを敷設することが困難な都市部や河川を挟んだ山間部などへも無線による大容量な基地局ネットワークを展開できるようになり、快適な通信環境を提供することに貢献します。

今後

スマートフォンなどの基地局間通信向けの無線基幹回線をターゲットとして2020年頃の実用化を目指します。

商標について

記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

注釈

[注1] 国立大学法人東京工業大学:所在地 東京都目黒区、学長 三島良直

[注2] 株式会社富士通研究所:本社 神奈川県川崎市、代表取締役社長 佐相秀幸

問い合わせ先

大学院理工学研究科
准教授 岡田健一

Email : okada@ssc.pe.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

株式会社富士通研究所 デバイス&マテリアル研究所

Email : fbh@ml.labs.fujitsu.com
Tel : 046-250-8244

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

富士通株式会社 広報IR室

Tel : 03-6252-2174(直通)

鉛フリー圧電体の開発に新しい一歩―巨大な正方晶歪み有する新しい極性酸化物を合成―

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概要

東京工業大学応用セラミックス研究所の于潤澤博士研究員と北條元助教、東正樹教授は、環境に有害な鉛を含まず、巨大な正方晶歪みを有した新しい極性酸化物、「亜鉛酸バナジウム酸ビスマス」を合成することに成功した。有害な鉛を廃した新しい圧電体[用語1]の開発につながると期待される。

この成果は、アメリカの科学誌「ケミストリー・オブ・マテリアルズ(Chemistry of Materials)」に掲載された。

研究の背景

電気と運動を変換する圧電体は、センサーやアクチュエーターとして様々な電子機器で使われている。現在の主流はPZTと呼ばれる、チタン酸鉛とジルコン酸鉛の固溶体材料だが、毒性元素である鉛を重量で68%も含むため、代替物質の開発が望まれている。

圧電体は、正の電荷を持つ陽イオンと負の電荷を持つ陰イオンの重心が一致しない、「極性」と呼ばれる結晶構造を持つ。鉛は結晶構造を歪ませる作用があるため、鉛を含む化合物ではこの正電荷と負電荷の不一致(自発分極)が増大される。PZTの優れた圧電特性は、縦方向に分極を持つ正方晶ペロブスカイト[用語2]のチタン酸鉛と、斜め方向に分極を持つ菱面体晶ペロブスカイト[用語3]のジルコン酸鉛との相境界で発現することが知られている。鉛を含まない代替の圧電材料を開発するためには、正方晶または菱面体晶ペロブスカイト構造をもつ新しい極性酸化物を見つけ出す必要がある。

研究成果

非鉛の正方晶ペロブスカイト構造をもつ材料として、亜鉛酸チタン酸ビスマスが知られている。一方、バナジウム酸鉛は、チタン酸鉛と同じ正方晶ペロブスカイト構造をもつことが知られていることから、バナジウムにはチタンと同様に、極性の構造を安定化させる効果があると考え、亜鉛酸バナジウム酸ビスマスを合成した。

電子線回折[用語4]と、大型放射光施設SPring-8[用語5]のビームラインBL02B2での放射光X線回折[用語6]を組み合わせた精密構造解析の結果、亜鉛酸バナジウム酸ビスマスが巨大な正方晶歪みを有した極性構造を持つことを確認した。これまでに報告されている同形物質には、チタン酸鉛、バナジウム酸鉛、コバルト酸ビスマス、亜鉛酸チタン酸ビスマスがあるが、今回発見した亜鉛酸バナジウム酸ビスマスは、これらの中で最も大きな自発分極を持つ。

今後の展開

今回の成果は、巨大な正方晶歪みを有した新しい非鉛の極性酸化物亜鉛酸バナジウム酸ビスマスを合成したことである。今後は、PZTに倣い、亜鉛酸バナジウム酸ビスマスを端成分とした固溶体を合成することで、有害な鉛を廃した新しい圧電材料の開発が進むことが期待できる。

亜鉛酸バナジウム酸ビスマスの結晶構造

図. 亜鉛酸バナジウム酸ビスマスの結晶構造

用語説明

[用語1] 圧電体 : 応力をかけると表面に電荷が現れ、一方電界を印可すると変形する物質。

[用語2] 正方晶ペロブスカイト : ペロブスカイトは一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。結晶構造中の原子の繰り返し周期である単位格子が、立方体ではなく、一方向に伸びた直方体である物を正方晶と呼ぶ。

[用語3] 菱面体晶ペロブスカイト : 単位格子が立方体ではなく、頂点方向に伸びたペロブスカイト。

[用語4] 電子線回折 : 電子顕微鏡の中で試料に電子線を照射し、回折パターンを調べることで、対称性や格子定数(単位格子の長さ)を決定する。

[用語5] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性の高い強力な電磁波のこと。SPring-8 では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語6] 放射光X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。原子の座標から分極の大きさと方向を計算することができる。

論文情報

掲載誌 :
Chemistry of Materials
論文タイトル :
New PbTiO3-type Giant Tetragonal Compound Bi2ZnVO6 and it Stability under Pressure
著者 :
Runze Yu,1 Hajime Hojo,1 Kengo Oka,1,2 Tetsu Watanuki,3 Akihiko Machida,3 Keisuke Shimizu,1 Kiho Nakano,1 and Masaki Azuma1
所属 :
1Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology
2Department of Applied Chemistry, Faculty of Science and Engineering, Chuo University
3Quantum Beam Science Center, Japan Atomic Energy Agency
DOI :

問い合わせ先

応用セラミックス研究所
教授 東正樹

Email : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

連想辞書情報から脳の反応を予測する―グラフ指標MiFをfMRIデータ解析に導入―

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概要

東京工業大学大学院社会理工学研究科の赤間啓之准教授は、マルコフ逆F尺度(MiF[用語1])という新しいグラフ指標を提案し、それを小さな単語連想辞書[用語2]に適用すると、言葉の意味を考える脳について、そのfMRI(機能的磁気共鳴画像法)反応予測モデルの精度が有意に向上することを解明した。

研究の背景

カーネギーメロン大学チームのScience論文(2008)以来、電子化された言語資料の集成(コーパス)をもとに、人間の脳がそれぞれの言葉の意味をどう処理して反応するか、個別の単語についてfMRIデータに現れるパターンを分類し推定する人工知能の手法が開発されてきた。fMRIデータの機械学習はMVPA(多変量パターン解析[用語3])と呼ばれるが、言語コーパスからの情報を変数としてモデル化すると、人間の脳がいまどんな言葉を考えているか、たとえfMRIデータがその言葉の反応情報を含んでいなくとも、言語コーパスの方から予測できる(いわゆる「心を読む」ことができる)。これまでは、GoogleやWikipediaのような大規模知識資源を利用する場合が多かったが、簡単に計算できる極めて小さいコーパスからも精度の高い予測モデルを計算することは行われていなかった。

研究成果

この研究では、脳の意味処理をめぐって共同研究先のカーネギーメロン大学のfMRIデータに対し、非常に小さい単語連想辞書EATの意味ネットワークから計算したマルコフ逆F尺度(MiF)値行列を適用すると、脳の反応が、小さなコーパスサイズでも従来の方法より高い78%の精度で推定できることがわかった。さらに、単語連想辞書の意味ネットワーク、すなわち単語と単語の間の概念の関連関係を表すネットワーク(グラフ)を、単語の意味処理を行う脳神経内の同時賦活ネットワーク(グラフ)に投影させる手法を提案し、異なるネットワーク(グラフ)間の関連性を解析する糸口を見出した。

今後の展開

MVPAは人間の脳の心理的・生理的状態を「読む」技術として、意思表明が困難な障碍を持つ人々への支援を目標に、基礎研究が盛んに行われているが、本研究成果を発展させた場合、特に、個性的な連想・思考情報のプロファイルをもとに、人間の脳内の個人的な意味表現をさらに高い精度で検出して「読む」ことができるようになると期待される。

連想辞書の意味ネットワークとそこから推定される脳の意味処理反応

図. 連想辞書の意味ネットワークとそこから推定される脳の意味処理反応

用語説明

[用語1] マルコフ逆F尺度(MiF) : グラフの測地線情報と共起情報を同時に導入して計算された点間の距離。Jaccardなど従来の距離指標を、重み付きの調和平均(F尺度)で調整しながら、さらに最短ステップ数による重み付けの形で、グラフ構造まで反映させる独自の点間計測尺度。

[用語2] 単語連想辞書 : 心理学実験で参加者に単語を刺激語(お題)として与え、そこから思い付いた単語を反応語として集め(たとえば「バラ」→「赤」など)、連想概念情報全体をデータベース化したもの。単語と単語の関連を繋ぎ合わせると分かりやすい意味ネットワーク(グラフ)になる。意味ネットワーク内で近傍にある単語は、その意味構造の共通性から、それらの単語を考える脳のfMRIデータにあっても、類似する賦活パターンや結合ネットワークを示すと考えられる。

[用語3] 多変量パターン解析 : 脳神経の反応データの一部から、条件ごとに分類するモデルを計算(学習、訓練)し、それを残りのデータに適用して、交差評価によりモデルの精度を計算する機械学習の方法。fMRIの場合は、脳画像の画素(ヴォクセル)の持つ値の集合に対して使われるので多ヴォクセルパターン分析とも呼ばれる。

論文情報

掲載誌 :
PLoS ONE
論文タイトル :
Using Graph Components Derived from an Associative Concept Dictionary to Predict fMRI Neural Activation Patterns that Represent the Meaning of Nouns
著者 :
Hiroyuki Akama1*, Maki Miyake2, Jaeyoung Jung1, Brian Murphy3#
所属 :
1Graduate School of Decision Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan
2Graduate School of Language and Culture, Osaka University, Osaka, Japan
3Machine Learning Department, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, United States of America
#Current Address: School of Electronics, Electrical Engineering and Computer Science, Queen's University, Belfast, United Kingdom
DOI :

問い合わせ先

大学院社会理工学研究科 人間行動システム専攻
准教授 赤間啓之

Email : akama.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3254 / Fax : 03-5734-3254

タンパク質合成過程における「緩急のリズム」を実証―大腸菌遺伝子産物の中間状態を網羅的に解析―

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要点

  • 個々のタンパク質分子が合成される途上で経験する「一時停止」を直接観察
  • 80%以上の遺伝子は一時停止(緩急のリズム)を伴って翻訳される
  • 翻訳の一時停止が正しい品質のタンパク質をつくることに寄与することを提唱
  • タンパク質の高品質大量生産や人工的デザインへの応用の途を開く

概要

生命現象を担うタンパク質は、すべてリボソーム[用語1]というタンパク質合成装置で作られます。このとき、遺伝暗号に従って選ばれたアミノ酸が順次、鎖状に繋がれていきます。この翻訳における伸長と呼ばれる過程は一定の速度で進むのでしょうか?最近になって、タンパク質合成過程で「一時停止」が起こる現象が知られるようになり、一時停止がタンパク質の機能発現に重要な意味を持つのではないかと考えられるようになりました。しかし、細胞内に存在する数千、数万種類のタンパク質でそのような一時停止がどの程度普遍的に起こるのかについてわかっていませんでした。

京都産業大学総合生命科学部の茶谷悠平博士研究員(現・東京工業大学大学院生命理工学研究科博士研究員)と伊藤維昭シニアフェローおよび千葉志信准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の田口英樹教授および丹羽達也助教からなるグループは、リボソームでタンパク質が合成される際の「一時停止」の頻度を大腸菌の1000種類以上のタンパク質について系統的に調べ、80%以上のタンパク質は緩急のリズムとともに合成されてくることを明らかにしました。

この実験から得られた大規模なデータセットでは、近年注目を集めているリボソームプロファイリング[用語2]という方法に比べてより直接的に翻訳の中間状態(ペプチジルtRNA[用語3])を捉えています。本研究は、遺伝情報が機能的タンパク質に変換されるという生命の基礎となる過程の詳細に迫る意義を持つばかりではなく、バイオ医薬のような有用タンパク質の効率的な生産などの応用利用にも貢献しうるものです。

背景

タンパク質は、生命現象において生物が発揮する機能の担い手として中心をなしています。タンパク質は20種類のアミノ酸が連結した鎖(ポリペプチド鎖)が立体構造をつくったものですが、この鎖はDNA配列をもとにリボソームというタンパク質合成装置でアミノ酸が一つ一つ連結されてできてきます。DNA配列の写し(メッセンジャーRNA)を介してリボソームでタンパク質が作られる過程は「翻訳」と呼ばれ、我々ヒトのタンパク質を含む全ての生物のタンパク質は例外なく翻訳を経て産まれてきます。リボソームには新たに生まれ出てくるポリペプチド鎖(新生鎖)の通り道(出口トンネル)があることが知られています。その出口トンネルの立体構造が解明された当初は、トンネル内部は「テフロン」のようにつるつるで新生鎖は停滞することなく産まれてくると考えられていましたが、その後、新生鎖が出口トンネル内で一時停止する「翻訳アレスト現象」が、さまざまな生物で見つかり、その翻訳アレストによって停止した新生鎖そのものが生理学的な機能を発揮する例が知られるようになりました。翻訳アレストはごく限られた遺伝子の翻訳時の特別な現象と考えられがちです。しかし、細胞における全てのタンパク質は合成途上に新生鎖としてトンネルに収容された状態を経験しなければならない事実や、遺伝暗号の使い方によっても局所的な翻訳速度が変化することなどを考え併せると、翻訳の一時停止(pausing)が例外ではなく広範に起こっている、遺伝子発現における本質的な現象である可能性が十分考えられます。

合成途上のタンパク質(赤)はtRNAに繋がれて、一部(アミノ酸約40個分)はリボソームのトンネルに収容されている。番号はアミノ酸を示す。図は、49番目まで合成が進んだ状態を示す。次におこることは、49番の次に50番を繋げる反応である。次いで、リボソーム1遺伝暗号の分、矢印の方向に進行する。通常、数百個のアミノ酸が一つの完成タンパク質を作ることが多い。
図1.
合成途上のタンパク質(赤)はtRNAに繋がれて、一部(アミノ酸約40個分)はリボソームのトンネルに収容されている。番号はアミノ酸を示す。図は、49番目まで合成が進んだ状態を示す。次におこることは、49番の次に50番を繋げる反応である。次いで、リボソーム1遺伝暗号の分、矢印の方向に進行する。通常、数百個のアミノ酸が一つの完成タンパク質を作ることが多い。

研究内容

今回本研究グループは、この疑問を解決すべく、各遺伝子の発現において、翻訳途上の中間体であるペプチジルtRNAが鎖のどのような配列の部位でどの程度蓄積するのかを、生きた大腸菌(in vivo)及び再構成型無細胞試験管内翻訳反応系(in vitro)を用いて検討しました。大腸菌ゲノム上の遺伝子の約1/4に相当する1038遺伝子をこの方法(iNP = integrated in vivo and in vitro nascent chain profilingと命名)によって解析した結果、80%以上の遺伝子で、翻訳途上産物の蓄積が観察され、翻訳の一時的停滞が1回あるいは複数回起こっていることが明らかになりました。そのうち半数近くでは、「翻訳アレスト現象」で解析された結果と同様に、リボソームの翻訳活性が阻害されるため翻訳の一時停止が起こることがわかりました。新生鎖とリボソーム出口トンネルが相互作用することによるリボソーム機能の制御は、これまで考えられた以上に普遍的な生命現象であると言えそうです。

従来、リボソームでのタンパク質合成は停滞することなく一定の速度で進むものと考えられていたが、ときには「一時停止」が起こり、その一時停止そのものがタンパク質の機能に直結する例があることがわかってきた。
図2.
従来、リボソームでのタンパク質合成は停滞することなく一定の速度で進むものと考えられていたが、ときには「一時停止」が起こり、その一時停止そのものがタンパク質の機能に直結する例があることがわかってきた。

翻訳の一時停止がこのように広範囲、高頻度に発生することには、生物にとって有利な点があるのでしょうか? 生物情報学的な解析の結果、多くの膜タンパク質において、特徴的な翻訳停滞パターンが見られました。また、以前の研究で、合成後に分子シャペロンの助けを借りることなく、正しく可溶性の構造を形成できることがわかっているタンパク質の一部では、膜タンパク質で見られたものとは異なるパターンの翻訳停滞が頻発しているようすも見出されました。これらのことから、翻訳の一時停止は膜タンパク質の膜への挿入や、細胞質タンパク質の翻訳の進行と協調した自発的フォールディングの促進など、新しくできるタンパク質の「成熟化過程」をガイドしているのではないかと考えられます。我々は、緩急制御という概念は、DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した「セントラルドグマ」の理解に新しい視点を提供するものであると考えています。

大腸菌ゲノム上遺伝子の約1/4にあたる1038遺伝子について一時停止が起こるかどうかを試験管内および細胞内で解析したところ、80%以上の遺伝子で一時停止が1回もしくは複数回起こっていることが明らかとなった。観察された一時停止の総数(3,510個所)の約57%(2,015個所)は試験管内と生細胞内の両方で観察されたが、試験管内のみ(約28%)、生細胞内のみ(約15%)でしか起こらない一時停止もあった。一時停止が遺伝子内のどこで発生するかについて、停止が起こる状況に応じて固有の傾向を持つこともわかった。
図3.
大腸菌ゲノム上遺伝子の約1/4にあたる1038遺伝子について一時停止が起こるかどうかを試験管内および細胞内で解析したところ、80%以上の遺伝子で一時停止が1回もしくは複数回起こっていることが明らかとなった。観察された一時停止の総数(3,510個所)の約57%(2,015個所)は試験管内と生細胞内の両方で観察されたが、試験管内のみ(約28%)、生細胞内のみ(約15%)でしか起こらない一時停止もあった。一時停止が遺伝子内のどこで発生するかについて、停止が起こる状況に応じて固有の傾向を持つこともわかった。

今後の展望

本研究により、広範囲、高頻度に翻訳の停滞が発生していること、また少なくともそれらの一部にはタンパク質の成熟化を助ける役割が想定可能であることが示されました。しかし、こうした翻訳の停滞のそれぞれがどのような分子機構によって起こっているのかに関しては未だ全容はつかめていません。今後、個々のケースについて、メカニズムと生理機能の徹底した解析が必要になり、それによって以下のような展望にもつながっていくものと思われます。近年では、翻訳速度調節の破綻がさまざまな疾患の原因であることも明らかになりつつあります。今後、翻訳停滞の原因となる因子、メカニズムの解明からその制御機構に研究をひろげていくことで、これまで不明だった疾患の原因解明、ひいては生物がどのようにしてタンパク質合成を最適化しているか、その一側面を明らかにできると考えています。さらに本研究を発展させていくことで、これまで困難とされているような工業的、医薬学的に有用なタンパク質の高品質大量生産や、ゼロベースからの遺伝子設計など、さまざまな分野へと波及的効果が期待できるのではないかと考えています。

用語説明

[用語1] リボソーム : RNAとタンパク質からなる巨大な複合体で、メッセンジャーRNAの塩基配列を読み取って、そこに書き込まれている遺伝暗号に従い20種類あるアミノ酸から特定のものを順番に繋げていくことにより、タンパク質の鎖(ポリペプチド鎖)を合成する。

[用語2] リボソームプロファイリング : 細胞内でリボソームが翻訳しているメッセンジャーRNAの部分だけを取り出して、次世代シークエンサーで配列を決めることにより、どのような遺伝情報がある時点でまさに翻訳されているのかの配列情報を大規模に得る方法。極めて多くの情報が得られる強力な方法であるため近年盛んに利用されている。ただし、メッセンジャーRNA上のリボソームの「影」を見る方法であるための問題点も指摘されている。本研究では、翻訳中間体を直接検出する方法を考案し使用した。

[用語3] ペプチジルtRNA : 翻訳においてリボソーム内部で実際に遺伝暗号を読み取るのがtRNAである。翻訳の中間状態では合成途上のタンパク質鎖の末端にtRNAが結合している。このような中間体分子をペプチジルtRNAと呼ぶ。本研究ではtRNAの存在を手掛かりに合成途上鎖を検出している。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America, Volume 113 (2016)
(米国科学アカデミー紀要)2016年2月1日、電子版公表
論文タイトル :
Integrated in vivo and in vitro nascent chain profiling reveals widespread translational pausing
(生細胞と無細胞反応系を統合した新生鎖観察により明らかとなった翻訳一時停止の一般性)
著者 :
Yuhei Chadani, Tatsuya Niwa, Shinobu Chiba, Hideki Taguchi, Koreaki Ito
DOI :

問い合わせ先

京都産業大学 総合生命科学部
シニアリサーチフェロー 伊藤維昭

Email : kito@cc.kyoto-su.ac.jp
Tel / Fax : 075-705-2972

東京工業大学 大学院生命理工学研究科
生体分子機能工学専攻
教授 田口英樹

Email : taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5785

取材申し込み先

京都産業大学 広報部

Email : kouhou-bu@star.kyoto-su.ac.jp
Tel : 075-705-1411

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

分子が金属のどこにどのように吸着しているかの識別に成功―高性能分子デバイス実現に道拓く―

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要点

  • 分子が金属のどこに吸着しているかを識別する単分子分光法を世界で初めて開発
  • 電気計測と光学計測の同時計測により実現
  • 究極の微細化と高い信頼性を有する分子デバイス作製に威力

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の金子哲助教と木口学教授、物質・材料研究機構の塚越一仁国際ナノアーキテクトニクス研究拠点主任研究者らは、分子の吸着構造を区別できる単分子分光法の開発に成功した。単分子の電流―電圧特性、表面増強ラマン散乱(SERS[用語1])の同時計測を可能とするシステムを新たに構築して実現した。

開発したシステムを金電極に架橋したベンゼンジチオール(BDT)単分子に適用し、分子が特定の吸着構造をとる場合のみSERSが観測されることを明らかにした。これは世界で初めての吸着サイト[用語2]選択的な単分子分光計測である。今回は、金属電極間に架橋した単分子についてサイト選択的な分光計測に成功したが、今後は特定の吸着構造をもつ分子のみを抽出し集積化することで、究極の微細化と高信頼性を実現する分子デバイス[用語3]開発を目指す。

研究成果は1月27日発行の米国化学会誌「Journal of American Chemical Society」に掲載された。

背景

有機薄膜トランジスタ、有機太陽電池をはじめとする分子を用いた有機デバイスは、様々な所で実用化されている。これら有機デバイスでは、分子と金属接合界面の局所構造がデバイス性能に決定的な役目を与える。金属に対する分子の配向角、そして吸着サイトによって、金属と分子の間の電子移動の速度、電気伝導性が変わり、デバイス特性が変化するからである。分子の吸着構造の決定およびその制御は有機デバイスの信頼性、性能向上において重要な課題である。

しかしながら、現在、金属―分子接合界面の局所構造を分子レベルで完全に制御することは困難で、分子ごとに異なった吸着構造をもつ。この吸着構造の揺らぎによるデバイス特性のばらつきは、有機デバイス開発で大きな課題となっている。このデバイス特性の揺らぎは単分子を用いた分子デバイスではより顕著となり、これが分子デバイス実用化の大きな障害となっている。

例えば、ベンゼンジチオール単分子の伝導度は、吸着するサイトによって100倍以上も伝導度が異なることが理論的に予測されている。仮に、分子の吸着サイトを制御することが出来れば、有機デバイス・分子デバイスの信頼性は桁違いに向上することが期待される。しかし、分子の吸着サイトの決定、制御は最も単純な単分子接合[用語4]でさえ困難であった。

研究成果

図1に、開発した単分子の表面増強ラマン散乱(SERS)と電流―電圧特性の同時計測装置の概念図および実験に用いたナノ電極の電子顕微鏡図を示す。実験では、まず分子を吸着させたナノ電極を破断することでナノギャップを作製した。室温で分子は電極表面上を動いている。ナノギャップまで到達した分子が両電極間を架橋することで、単分子接合が形成される。

電極間に架橋した単分子の表面増強ラマン散乱(SERS)と電流―電圧特性の同時計測装置および実験に用いたナノ電極の電子顕微鏡像。
図1.
電極間に架橋した単分子の表面増強ラマン散乱(SERS)と電流―電圧特性の同時計測装置および実験に用いたナノ電極の電子顕微鏡像。

図2(a)に伝導度とSERSの同時計測結果を示す。単分子接合に対応する領域IIにおいてSERSが著しく増強されていることが分かる。図2(b)には多数の単分子接合について計測した電流―電圧特性(I-V)の分布を示す。高伝導度状態(H)、中伝導度状態(M)、低伝導度状態(L)と三状態が選択的に形成されていることが分かる。図2(c)はI-Vから求めた金属と分子の波動関数の重なり(coupling=カップリング)の分布関数で、三状態が明瞭に区別されている。

理論計算により単分子接合の伝導度、カップリングを求め、実験結果と比較することで、図2(c)に示すようにHが2つの原子の隙間(bridge)のサイト、Mが最表面の金属原子3個あるいは4個の隙間(hollow)のサイト、Lが原子の直上(atop)のサイトに対応することを明らかとなった。単分子接合のI-Vを計測することで、これまで困難であった金属―分子接合界面の局所構造の決定が可能となった。

さらに詳細にI-VとSERSの同時計測結果を解析することで、bridgeに対応するHサイトの場合のみSERSが観測されることが明らかになった。図2(c)において、オレンジに着色した接合がSERSの観測された接合である。この結果は逆に言えば、SERSが観測される単分子接合では分子がbridgeサイトに吸着しているということになる。I-VとSERSの同時計測を行うことで、サイト選択的な分光計測に成功した。

(a)ベンゼン単分子接合の形成および破断過程におけるSERSと伝導度の同時計測結果。3つの領域に分けられ、領域IはAu単原子接合、領域IIはBDT単分子接合。(b)ベンゼン単分子接合のI-V特性の分布。(c)I-V特性から求めたカップリング強度の分布関数。オレンジはSERSが観測された単分子接合に対応。
図2.
(a)ベンゼン単分子接合の形成および破断過程におけるSERSと伝導度の同時計測結果。3つの領域に分けられ、領域IはAu単原子接合、領域IIはBDT単分子接合。(b)ベンゼン単分子接合のI-V特性の分布。(c)I-V特性から求めたカップリング強度の分布関数。オレンジはSERSが観測された単分子接合に対応。

今後の展望

分子デバイスを含む分子を用いた有機デバイスでは、分子の吸着構造を制御することがデバイスの信頼性向上に不可欠である。現在、金属と分子の組み合わせを適切に選択することで、局所構造をある程度は制御することが出来るようになりつつある。今回、サイト選択的な単分子分光法の開発に成功したが、本手法を用いることで、確実に特定の吸着構造をもつ単分子素子を選びだすことができる。抽出した単分子素子のみを使って回路を組むことで、信頼性の高い分子デバイスを実現できると考えている。

用語説明

[用語1] 表面増強ラマン散乱(SERS) : ラマン散乱は光を分子に照射すると、分子の振動を励起することで分子振動のエネルギー分失った光が散乱される現象を表す。散乱光強度のエネルギー依存性を調べることで、分子の振動モードを調べることが出来る。
表面増強ラマン散乱(SERS)は、光の波長より圧倒的に小さな金属ナノ構造体に光を照射すると、電子の集団運動である局在プラズモンが励起される。ナノ構造体を近づけるとプラズモン同士が相互作用するようになり、非常につよい電場(光増強場)が形成される。表面増強ラマンでは、光増強場を利用することでラマン散乱強度が著しく増強される効果を利用している。

[用語2] 吸着サイト : 金属表面では、hollow, bridge, atopが代表的な吸着サイトである。hollowとは最表面の金属原子3個あるいは4個の隙間、bridgeとは2つの原子と原子の隙間、atopは原子の直上の吸着する場所を表す。

[用語3] 分子デバイス : 1分子に素子機能を持たせた電子デバイスを意味する。この分子デバイスを実現できると、1素子のサイズを極限まで小さくすることが出来るので、従来の半導体デバイスと比較して桁違いの集積化、演算の高速化が可能になる。現在すでに、スイッチ、トランジスタ、ダイオード特性など演算に必要な機能が報告されている。

[用語4] 単分子接合 : 金属電極間に単分子を架橋させた構造体を意味する。単分子接合に機能を賦与することで分子デバイスとなる。単分子接合では、分子が2カ所で金属電極と接続しているため、界面において電荷移動、軌道混成がおこり、分子は孤立分子や結晶とは異なった振る舞いをするようになる。単分子接合に特徴的な性質を利用できる点でも分子デバイスは注目を集めている。

論文情報

掲載誌 :
Journal of American Chemical Society, 2016, 138, 1294–1300
論文タイトル :
Rectifying Electron-Transport Properties through Stacks of Aromatic Molecules Inserted into a Self-Assembled Cage
著者 :
Satoshi Kaneko1, Daigo Murai1, Santiago Marques-Gonzalez1, Hisao Nakamura*2, Yuki Komoto1, Shintaro Fujii1, Tomoaki Nishino1, Katsuyoshi Ikeda3, Kazuhito Tsukagoshi*4, Manabu Kiguchi*1
所属 :
1Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 W4-10 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8511, Japan,
2Nanosystem Research Institute (NRI) 'RICS', National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Central 2, Umezono 1-1-1, Tsukuba, Ibaraki 305-8568, Japan,
3Graduate School of Engineering, Nagoya Institute of Technology, Gokiso, Showa, Nagoya 466-8555, Japan,
4WPI Center for Materials Nanoarchitectonics (WPI-MANA), National Institute for Materials Science, Tsukuba, Ibaraki 305-0044, Japan.
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 大学院理工学研究科 化学専攻
助教 金子哲

Email : kaneko.s.aa@m.titech.ac.jp

教授 木口学

Email : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
主任研究者 塚越一仁

Email : TSUKAGOSHI.Kazuhito@nims.go.jp
Tel : 029-860-4894 / Fax : 029-860-4706

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

物質・材料研究機構 企画部門 広報室

Email : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017

未利用の太陽光エネルギーを利用可能にする透明・不燃な光波長変換ゲルを開発―太陽電池や光触媒等の変換効率向上に資する材料革新

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要点

  • イオン液体を有機色素とともにゲル化した“光波長変換イオノゲル”を開発
  • 透明、不燃、非流動、不揮発という長所をすべて備えた、応用に適した形態の光アップコンバージョン材料(長波長光を短波長光に変換する波長変換材料)
  • 太陽電池や光触媒などの変換効率向上技術の応用可能性を大きく広げた

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の村上陽一准教授らは、日本化薬株式会社と共同で、不燃性と不揮発性、光学透明性、非流動性をすべて兼ね備えた、光エネルギー変換に未利用な長波長光を利用可能な短波長光に変換する“光波長変換イオノゲル”の開発に世界で初めて成功した。このような波長変換を“光アップコンバージョン”という。本成果は「イオン液体[用語1]を色素とともにゲル化する」という着想により実現したもので、太陽電池や光触媒など幅広いエネルギー変換効率の向上を行うための、応用に適した材料開発の成果である。

太陽光に適用できる光アップコンバージョン材料は従来、流体(有機溶媒)ベースが大半であり、応用に適さなかった。また、流動性抑制のためにポリマー埋め込みや溶媒のゲル化等を行った場合でも、可燃性や揮発性、光学的な濁りなどを伴い、応用実現に向けて問題が存在していた。

本成果はこうした従来の問題点を一挙に解決したもので、材料面の課題が存在していた光アップコンバージョン技術の応用可能性が大きく広がることになる。

本成果は2月4日発行の米国化学会誌「ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリーBouter」に掲載され、注目すべき成果として同誌の表紙を飾った。

研究成果

社会における太陽光エネルギーの役割はますます重要となっている。ところが、太陽電池や光触媒、人工光合成などの光エネルギー変換では、各材料に固有の“しきい値波長”が存在し、それより長波長側の光はたとえ何ワットあっても変換に利用されずエネルギー損失となり、これが変換効率に根本的な制限を与えている。現状では使うことができていない長波長の光を、エネルギー変換に利用可能な“より短波長の光”に変換するのが、光アップコンバージョン技術である。

下図に開発した試料を示す。これは「イオン液体[用語1]を色素とともにゲル化する」という独自の着想により創製された。ゲル化剤には最適と判断されたポリマー塩[用語2]を用いた。イオン液体にゲル化剤と色素を添加する方法と条件について試行錯誤と最適化を重ねた結果、優れた均一性、ゲル強度、光学透明性を達成する試料作製法を見出し、波長変換機能をもつイオノゲルを開発した。

開発した試料

図. 開発した試料

図A~Dはガラス容器に厚さ6 mmのゲル試料が入った写真である。図Aは試料の高い光学透明性を示している。図Bは試料を倒置している写真であり、形態安定性を示している。図Cはこの試料に赤色の光を入射(約10 mW)すると、より波長の短い青色の発光に変換されることを示している。図Dは試料を直接炎に3分間さらしても着火しない不燃性を示している。図Eは試料の光吸収と発光のスペクトルを示している。

今回の研究から、驚くべきことに、ゲル内部における色素分子の拡散係数が、ゲル化剤を添加しない流動性のある試料の場合から低下しないことが分かった。これは直感に反する一方、応用には有利な結果である。すなわち、イオン液体をゲル化して流動性を抑制しても、アップコンバージョン効率に影響する色素分子の拡散性は全く犠牲にならないという特長が発見された。具体的に、流動性のあるイオン液体試料と流動性が抑制されたイオノゲル試料との間で全ての励起光強度において同じアップコンバージョン効率を示すことが見出された。さらに、このゲルは温度によって可逆に“液体 ⇔ ゲル”と変化する物理ゲルであるため、応用においては複雑な形状をした容器への注入と、廃棄時の容器からの抜き取りが容易に行えるという長所も存在している。

背景と経緯

太陽光やランプ光のような、いわゆるレーザー光でない光を“非コヒーレント光”という。非コヒーレント光に適用できる光アップコンバージョン技術では、従来は流体(有機溶媒)ベースが大半であり、応用に適さない形態だった。また、流動性抑制のためにポリマー埋め込みや有機溶媒のゲル化を行った従来の光アップコンバージョン材料でも高い可燃性や揮発性があり、あるいは光学的に濁り、応用実現の障害となっていた。

応用はこれらのどれかに一つに問題があっても困難となる。特に太陽電池や光触媒などで大規模に使用する場合、安全面での“不燃性”、安定性と環境負荷の少なさの面での“不揮発性”、および漏洩リスク防止の面での“非流動性”が強く求められていた。今回開発した波長変換材料は、これらの全てを同時に達成した、非コヒーレント光に適用可能な初めての光アップコンバージョン材料となる。

今後の展開

光吸収波長と発光波長は使用する色素によって変えることができ、使用可能な色素は有機合成の自由度の高さにより事実上無数存在している。すなわち、本成果は、光アップコンバージョン技術の応用に向けて普遍的な解決を与える基盤的材料開発である。今後は各目的に対して最適な色素側の開発・探索が課題となる。

用語説明

[用語1] イオン液体 : 近年注目を集めている、“第三の溶媒”と呼ばれる不燃で実用上不揮発な常温溶融塩。イオンのみからなり、室温付近で液体の塩(有機塩)、と定義される。
参考文献:イオン液体,高分子学会 [編集],共立出版2012.

[用語2] ポリマー塩 : 本研究で用いたイオン液体の陰イオンと共通の陰イオンをもつ高分子塩で、ACS Macro Lett.20121,1108–1112においてイオン液体のゲル化能が報告されたものを合成、使用した。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Physical Chemistry B
論文タイトル :
Transparent and Nonflammable Ionogel Photon Upconverters and Their Solute Transport Properties
著者 :
Y. Murakami, Y. Himuro, T. Ito, R. Morita, K. Niimi, and N. Kiyoyanagi
DOI :

問い合わせ先

大学院理工学研究科 機械物理工学専攻
准教授 村上陽一

Email : murakami.y.af@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3836

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


TBSテレビ「未来の起源」に飯野裕明准教授が出演

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本学、像情報工学研究所 像情報システム部門の飯野裕明准教授が、TBS「未来の起源」に出演します。飯野准教授の研究する「液晶性の有機半導体材料」ついて紹介されます。

飯野裕明准教授
飯野裕明准教授

コメント

この度、TBSテレビの「未来の起源」の取材を受けました。テレビの取材を受けることが初めてだったため大変緊張しましたが、テレビ局の方に大変上手に取材をしていただきました。番組の中では、当研究グループで開発しました液晶性の有機半導体材料に関してできるだけわかりやすく説明し、また、実際のサンプルや作製プロセスなども取材していただきました。取材現場で手伝ってくれた研究室の皆さま、丁寧に取材をしていただきました辻村様にこの場を借りて感謝いたします。

  • 番組名
    「未来の起源」
  • 放送日
    TBS: 2月21日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 2月28日(日) 20:54~21:00

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

「東工大テニュアトラック教員 2015年度研究成果発表会」開催報告

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2015年12月1日、東工大テニュアトラック教員のオープンシンポジウムが大岡山キャンパス西9号館コラボレーションルームで開催され、学内外から36名の参加がありました。

シンポジウムの様子
シンポジウムの様子

2011年度から始まった東工大の新テニュアトラック制度は、教員(講師、准教授)を一定の任期(5年)をつけて採用し、その期間内の研究成果と教育成果などが高く評価された場合に、任期の定めのない教員とする雇用形態です。この制度は他国・他大学で多く採用されている助教相当を主対象とした制度とは少し異なる特徴を持っています。

東工大のテニュアトラック制度では、独立した研究者(PI)として研究を進める機会が十分に得られるだけでなく、所属する専攻等のメンターや他の教員との積極的な協調が期待されています。これまでに9名のテニュアトラック教員を採用し、今年度、初代2名の教員のテニュア獲得が決まりました。

各教員の成果を公正に評価することが極めて重要なことから、このシンポジウムは審査・評価等の一機会として毎年開催されています。成果発表は英語で行われますが、教員の出身、多様な専門分野を考慮して、司会進行・質疑応答は、発表者や質問者に合わせ、英語または日本語にて適宜、柔軟に行うことにしています。

今年度は7名のテニュアトラック教員がそれぞれの研究成果について発表しました。有機・高分子物質、機械物理工学、生命情報、数学、基礎物理学など、専門分野は広範囲に渡っており、いずれもこの1年間にかなりの進展があったことを示す内容で、学外参加者からも称賛の言葉をいただきました。

発表者(テニュアトラック教員)

  • 有機・高分子物質専攻 准教授 松本英俊

  • 有機・高分子物質専攻 准教授 早水裕平

  • 機械物理工学専攻 准教授 セリーヌ・ムージュノ

  • 機械物理工学専攻 准教授 葭田貴子

  • 生命情報専攻 講師 小寺正明

  • 数学専攻 准教授 米田剛

  • 基礎物理学専攻 准教授 宗宮健太郎

  • 有機・高分子物質専攻 准教授 松本英俊

    有機・高分子物質専攻
    准教授 松本英俊

  • 有機・高分子物質専攻 准教授 早水裕平

    有機・高分子物質専攻
    准教授 早水裕平

  • 機械物理工学専攻 准教授 セリーヌ・ムージュノ

    機械物理工学専攻
    准教授 セリーヌ・ムージュノ

  • 機械物理工学専攻 准教授 葭田貴子

    機械物理工学専攻
    准教授 葭田 貴子

  • 生命情報専攻 講師 小寺正明

    生命情報専攻
    講師 小寺正明

  • 数学専攻 准教授 米田剛

    数学専攻
    准教授 米田剛

  • 基礎物理学専攻 准教授 宗宮健太郎

    基礎物理学専攻
    准教授 宗宮健太郎

また、シンポジウム開始にあたり、「日本の大学等機関におけるテニュアトラック制の現状とテニュアトラック普及・定着事業」と題してJST科学技術イノベーション創出基盤構築事業プログラム主管の榎敏明氏より特別講演をいただきました。東工大の今後のテニュアトラック制度の在り方に関して大変参考になるご講演となりました。

最後に、この制度の運営責任者である岡田理事・副学長の挨拶と、総括メンター黒田特命教授および2015年度新規採用のテニュアトラック教員の挨拶で閉会しました。

お問い合わせ先

テニュアトラック制度事務局

Email : tenure.track@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-7627

噛めば噛むほどエネルギー消費―実際の食事と食後のガム咀嚼でエネルギー消費の増加を実証―

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要点

  • よく噛んで食べると食後のエネルギー消費量が増加する
  • 食後にガムを噛むと、その後40分程度までエネルギー消費量が増加
  • 咀嚼(そしゃく)を基盤にした減量手段の開発につながる

概要

東京工業大学大学院社会理工学研究科の林直亨教授らは、急いで食べる時に比べ、よく噛(か)んで食べる方が食後のエネルギー消費量(食事誘発性体熱産生[用語])が増加することを明らかにした。また、その差は食後のガム咀嚼(そしゃく)によっても埋められない程度の差であることも分かった。

林教授らは300kcalのブロック状試験食を用いて、よく噛んで食べる方が食後のエネルギー消費量が増加することを2014年に明らかにした。今回はパスタ、ヨーグルト、オレンジジュース(合計621kcal)といった一般的な食事でも同様のことが起こることを検証した。食事をはやく食べた後、3時間の食事誘発性体熱産生量は15kcalだったが、よく噛んで食べた時には30kcalと有意に高い値であり、先行研究を確認することができた。

また食後15分間ガムを噛むと、エネルギー消費量が6~8kcal増加し、この増加はガム咀嚼後40分程度続いたが、食事のはやさの違いに匹敵するほどの影響ではなかった。

よく噛んで食べることや食後のガムがエネルギー消費を増加させることの裏づけとして、また咀嚼を基本にした減量手段の開発に役立つものとして期待される。研究成果は2月17日に欧州の肥満学会誌「オベシティ(Obesity) 誌」に掲載される。

研究成果

被験者12名に安静時の測定後、パスタ、ヨーグルト、オレンジジュース(合計621kcal)を与えた。食品をできるだけはやく食べる試行とできるだけよく噛んで食べる試行とを行った。加えて、食事終了後に15分間ガムを噛む試行と噛まない試行とを行った。安静時から摂食、摂食後3時間までのエネルギー消費量(酸素摂取量)を計測し、食事誘発性体熱産生量を算出した。

その結果、食後3時間の食事誘発性体熱産生量ははやく食べた試行の場合、平均15kcalだった一方、良く噛んで食べた時には30kcalと有意に高い値を示した。ガムを噛むことによって食事誘発性体熱産生量は咀嚼後40分程度まで増加し、総計ではガム咀嚼によって食事誘発性体熱産生量が平均6~8kcal増加した。

はやく食べるよりも、よく噛んで食べたほうが食後のエネルギー消費量が増えることを確認した。また、これまでガムを咀嚼するだけでは、咀嚼終了後にはエネルギー消費量はすぐに元に戻る(Levine 1999)とされていた。ところが、食後のガムの咀嚼はエネルギー消費量を長時間増加させ、食事誘発性体熱産生量を増加させることが示された。とはいえ、15分間のガム咀嚼は食べるはやさの違いを埋めるほどの効果はなかった。

今回の実験で、ガムは飲み下すことがないので、嚥下(えんげ)した食物の形状に影響しないにもかかわらず、食事誘発性体熱産生量が増加した。この結果は食事誘発性体熱産生量を増やす要因が咀嚼自体であることも示している。

背景

早食いが過食をもたらし、それが原因で体重が増加する可能性が示唆されている。一定量の食事を摂取した場合に、食べるはやさが体型に何らかの影響を与えるかについては明らかではない。

林教授らは300kcalの試験食をよく噛んで食べると、はやく食べるよりも食事誘発性体熱産生量が増加することを明らかにしている。そこで、食後のガムの咀嚼が、よく噛んで食べることの代替機能を有するとの仮説を立てた。今回の研究では通常の食事でも同様のことが起こるのかを検証し、また食後のガム咀嚼が食事をよく噛んで食べることに匹敵する効果があるのかについて検討した。

今後の展開

ゆっくりよく噛んで食べることが良い習慣であることの裏づけとして、また咀嚼を基本にした減量手段の開発に役立つものとして期待される。

はやく食べた際(左)とよく噛んで食べた際の食後3時間の体重1kg当りの食事誘発性体熱産生の個人値、平均値および標準誤差を示した。食べるはやさは有意に食事誘発性体熱産生に影響した。ガム咀嚼(赤丸)もガム咀嚼なし(青丸)に比べて有意に高い値を示したものの、食べるはやさの影響には匹敵するものではなかった。
図.
はやく食べた際(左)とよく噛んで食べた際の食後3時間の体重1kg当りの食事誘発性体熱産生の個人値、平均値および標準誤差を示した。食べるはやさは有意に食事誘発性体熱産生に影響した。ガム咀嚼(赤丸)もガム咀嚼なし(青丸)に比べて有意に高い値を示したものの、食べるはやさの影響には匹敵するものではなかった。

用語説明

[用語] 食事誘発性体熱産生 : 摂食後に起こる栄養素の消化・吸収によって生じる代謝に伴うエネルギー消費量の増加である。基礎代謝量の1割程度を占める。

論文情報

掲載誌 :
Obesity 2016年 24巻
論文タイトル :
Effect of postprandial gum chewing on diet-induced thermogenesis.
著者 :
HAMADA Yuka, MIYAJI Akane, HAYASHI Naoyuki
DOI :

問い合わせ先

大学院社会理工学研究科 人間行動システム専攻
教授 林直亨

Email : naohayashi@hum.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3434

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

質量のないディラック電子の磁気モーメントを精密測定―トポロジカル絶縁体の隠れた個性を発見―

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要旨

理化学研究所創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームの付英双(フ・インシュアン)国際特別研究員(研究当時)(中国・華中科技大学教授)、花栗哲郎チームリーダー、強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、創発計算物理研究ユニットのモハマド・サイード・バハラミーユニットリーダー、東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川崇男准教授らの共同研究グループは、「トポロジカル絶縁体[用語1]」表面に形成される質量ゼロの「ディラック電子[用語2]」が持つ磁気モーメント(磁力の大きさと向きを表すベクトル量)を精密に測定する新しい手法を開発しました。

トポロジカル絶縁体は、固体内部の電子は動くことができませんが、その表面には自由に動く電子が自然に現れる物質です。また、この表面の電子には質量がありません。このような質量ゼロの電子はディラック電子と呼ばれ、通常の電子とは異なる性質を示します。特にトポロジカル絶縁体表面のディラック電子は、電気伝導と磁性の間の強いつながりが特徴で、スピントロニクス[用語3]などへの応用が期待されています。表面のディラック電子を制御するためには、磁性を特徴づける基本的な量である電子の磁気モーメントの情報が必要です。しかし、表面ディラック電子の磁気モーメントを測定できる手法はこれまで存在しませんでした。

今回、共同研究グループは、「走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)[用語4]」を用いた磁気モーメントの新しい評価法を開発し、2種類のトポロジカル絶縁体に適用しました。その結果、2つの物質でディラック電子の運動速度がほとんど同じであるのに対し、磁気モーメントは大きさも方向も全く異なることが分かりました。

これは、トポロジカル絶縁体の隠れた個性を明らかにしたもので、磁気モーメントを通したディラック電子の新しい制御法の開発へつながる成果です。

本研究は、国際科学雑誌『 Nature Communications 』(2月24日付:日本時間2月24日)に掲載されました。

共同研究グループ
  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター
    創発物性計測研究チーム
    • 国際特別研究員(研究当時) 付英双 (フ・インシュアン)
      (中国・華中科技大学教授)
    • チームリーダー
      花栗哲郎  (はなぐり てつお)
  • 強相関量子伝導研究チーム
    • 専任研究員
      川村稔(かわむら みのる)
  • 創発計算物理研究ユニット
    • ユニットリーダー
      モハマド・サイード・バハラミー(Mohammad Saeed Bahramy)
  • 東京工業大学応用セラミックス研究所
    • 大学院生(研究当時)
      五十嵐九四郎(いがらし きゅうしろう)
    • 准教授
      笹川崇男(ささがわ たかお)

1. 背景

「トポロジカル絶縁体」は、固体内部の電子は動くことができませんが、その表面には自由に動く電子が自然に現れる物質です。この表面の電子は質量がゼロで、「ディラック電子」と呼ばれています。トポロジカル絶縁体を強磁性体と接合させたり、大きな磁気モーメント(磁力の大きさと向きを表すベクトル量)を持つ不純物を添加して物質そのものを強磁性にしたり、あるいは強い磁場を与えたりすることにより、表面ディラック電子の置かれた環境を磁気的にします。すると、ディラック電子の持つ磁気モーメントが影響を受け、その結果、ディラック電子は質量を獲得することが知られています。ディラック電子の質量制御はトポロジカル絶縁体の応用にとって重要な鍵の1つですが、そのためには、ディラック電子が持っている磁気モーメントの正確な評価が必要です。

電子の磁気モーメントは「g因子[用語5]」と呼ばれる数に比例します。真空中の電子のg因子は約2ですが、物質中では周囲の影響によってg因子が2から大きくずれ、負の値をとることさえあります。通常、g因子は試料全体の磁気測定から見積もることができますが、トポロジカル絶縁体では試料内部の電子による寄与が非常に大きいので、表面にのみ存在するディラック電子だけの寄与を正確に見積もることは不可能です。表面金属状態の電気抵抗の磁場依存性を詳しく解析すると、原理的にはディラック電子のg因子の大きさを見積もることができますが、その符号を決めることはできません。また、現実の試料では試料内部にも動ける電子がわずかに存在するため、表面金属状態の信頼できる電気抵抗のデータを得ることは極めて困難です。そのため、表面ディラック電子のg因子を測定できる新手法の開発が求められていました。

2. 研究手法と成果

共同研究グループは、電子の磁気モーメントが磁場の方向に揃えられる効果(ゼーマン効果)に着目しました。ゼーマン効果により、電子の持つエネルギーは与える磁場に比例して変化し、その比例定数の符号と大きさはg因子の符号と大きさを反映します。一般に、自由に動く電子に磁場を与えると、電子が取り得るエネルギーはとびとびの値に量子化されますが、ディラック電子ではその中の1つのエネルギー準位がゼーマン効果の影響を特に強く受けることが理論的に分かっています。したがって、共同研究グループは、この準位のエネルギーが磁場によってどのように変化するかを調べると、g因子を高精度に評価できると考えました。

しかし、この手法の理論的検討を行う過程で、現実の試料ではゼーマン効果以外にも準位エネルギーの磁場依存性をもたらす外因的な効果が、2つ存在することが分かりました。1つは、試料中の帯電した欠陥が作る「不均一なポテンシャルエネルギーの影響」です。磁場中で運動する電子が描く軌道は磁場と共に小さくなるので、電子が感じる実効的なポテンシャルエネルギーは磁場によって変化し、そのために余計な磁場依存性が現れます。もう1つは、「電子速度のエネルギー依存性の影響」です。理想的なディラック電子の速度は一定ですが、現実のトポロジカル絶縁体表面の電子の速度はエネルギーによってわずかに変化し、そのためにゼーマン効果とは異なる準位エネルギーの磁場依存性が現れてしまいます。ただし、これら2つの外因的磁場効果の大きさは、ポテンシャルエネルギー分布と電子速度のエネルギー依存性が分かっていれば、理論的に正確に見積もることが可能です。すなわち、g因子の高精度測定を行うためには、磁場中での「電子のエネルギー準位」、「ポテンシャルエネルギー分布」、「電子速度のエネルギー依存性」の3種類のデータが必要になります。

これらの全てを同一のセットアップで測定できる手法が、「走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)」です。STM/STSを用いると、どこにどのようなエネルギーを持った電子がどのくらい存在するか評価できます。したがって、エネルギー準位の測定とポテンシャルエネルギー分布の評価は容易です。また、電子速度のエネルギー依存性は、磁場中で多数のエネルギー準位が測定できれば解析によって求められることが既に分かっています。

ゼーマン効果は非常に小さいので、測定には高いエネルギー分解能が必要です。そのためには、熱の影響を取り除かなければなりません。また、ポテンシャルエネルギーの分布による磁場効果は場所に強く依存するので、原子レベルで正確に同じ位置で測定を行わねばなりません。本研究では、理研で開発した、磁場の影響をほとんど受けず、極めて高い安定度を持つ顕微鏡を最低1.5 K(ケルビン:1.5 Kは約-272℃)まで冷却し、最大12 T(テスラ:1 Tは地磁気の約2万倍)までの強磁場を与えて実験を行いました。試料には、東京工業大学で作製した、「Bi2Se3」(Bi:ビスマス、Se:セレン)と「Sb2Te2Se」(Sb:アンチモン、Te:テルル)という2つの異なるトポロジカル絶縁体の高品質単結晶を用い、物質による共通点と相違点を探ることにしました。

まず、この2つの物質の電子エネルギー準位をさまざまな磁場中で測定しました。この結果を解析したところ、電子速度には物質による違いがほとんどないことが分かりました(図1)。次に、ゼーマン効果を強く示すエネルギー準位に着目し、試料表面のいくつかの場所でそのエネルギー準位の磁場依存性を高精度測定しました。ポテンシャルエネルギー分布は場所によって大きく異なるので、準位エネルギーの磁場依存性の生データは、場所ごとに異なる振る舞いを示します(図2)。しかし、外因的磁場依存性の効果を補正すると、同じ物質であれば、準位エネルギーの磁場依存性は、どの場所でもほとんど同じであることが分かりました(図2)。この結果は、外因的効果が正しく取り除かれたことを意味し、補正された磁場依存性が正確にゼーマン効果を反映していることを保証するものです。

最終的に求められたディラック電子のg因子は、Bi2Se3では「18」、Sb2Te2Seでは「-2」となり、2つの物質で大きさだけでなく、符号まで異なっていることが分かりました。g因子、すなわち磁気モーメントが持つ大きな物質依存性は、電子速度が2つの物質でほとんど同じであることと対照的です。

STM/STSで測定した磁場中のディラック電子のエネルギー準位

図1. STM/STSで測定した磁場中のディラック電子のエネルギー準位

1 T(テスラ)おきに磁場を変化させて得られたデータを、縦方向にずらして表示してある。磁場中で現れるピーク構造は、電子がとり得る量子化されたエネルギー準位を示している。Bi2Se3(左)でもSb2Te2Se(右)でもピークの現れ方はほとんど同じである。このことは、ディラック電子の速度が2つの物質でほとんど同じであることを意味している。黄色の背景で強調したピークは、ゼーマン効果の影響を強く受ける準位であり、この準位のエネルギーの詳細な磁場依存性からディラック電子の磁気モーメントが求められる。

ディラック電子の磁気モーメント測定

図1. ディラック電子の磁気モーメント測定

カラーマップはSTM/STSで測定したポテンシャルエネルギーの分布を示しており、色が明るいほどディラック電子に対するポテンシャルエネルギーが高いことを表している。Bi2Se3(左)とSb2Te2Se(右)において、ポテンシャルエネルギー極小の場所(上段)と極大の場所(下段)で、ゼーマン効果の影響を強く受ける準位のエネルギーの磁場依存性を測定した。すると、赤四角の点で示すように全く異なる振る舞いが観測された。しかし、測定したポテンシャルエネルギーの分布を基に、外因的磁場依存性の寄与を補正したところ、青丸の点で示すように、同じ物質であれば全く同じ傾きを持つ直線上にデータ点が乗ることが分かった。この直線の傾きから、ディラック電子の磁気モーメントが求められる。低い磁場でデータが直線からずれるのは、電子の軌道が大きくなりすぎて理論モデルの適用範囲を超えてしまうためである。

3. 今後の期待

STM/STSを用いた新しい手法を用いて、トポロジカル絶縁体表面のディラック電子の持つ磁気モーメントの値を初めて正確に評価しました。実験に用いた2種類の物質(Bi2Se3とSb2Te2Se)で、電子速度はほとんど同じでありながら、磁気モーメントの値は大きく異なっていました。この結果は、ディラック電子の磁気的性質だけを選択的に変化させることができることを示しており、磁性を介したディラック電子の制御に役立ちます。

今回、磁気モーメントの物質依存性が初めて明らかになりましたが、その起源はまだはっきりと分かっておらず、基礎物理学上の問題として残っています。今後の研究によってこの問題が解かれれば、トポロジカル絶縁体の全く新しい利用法につながるかもしれません。

4. 笹川崇男准教授のコメント

東工大での液体ヘリウムの利用にあたっては、出川悦啓氏と宗片比呂夫教授に 大変お世話になりました。ご尽力に感謝いたします。

用語説明

[用語1] トポロジカル絶縁体 : 物質の内部は電流を流さない絶縁体でありながら、表面には質量のない電子によって形成される金属状態が現れる特異な物質。表面金属状態は、磁性を持たない不純物に対して安定である。また、電子の磁気モーメントの方向と電子の運動方向に強い相関があり、磁気的性質の電気的制御など、ユニークな応用が期待されている。

[用語2] ディラック電子 : 相対論的量子力学の基本方程式であるディラック方程式に従って運動する電子のこと。通常の質量を持つ電子の運動は、より簡便なシュレーディンガー方程式で近似的に記述できる。しかし、固体中の電子の質量は実効的に真空中の値から変更を受け、物質ごとにさまざまな値を持つ。特に、トポロジカル絶縁体表面の電子の場合は質量がないため、近似が成り立たずディラック方程式で記述しなければならない。固体物質では、トポロジカル絶縁体の表面状態のほかにも、グラフェン(炭素原子が六角形の格子状に並んだ、1原子の厚さの層)や有機導体(電気を比較的良く通す有機化合物)などでディラック電子の存在が確認されている。

[用語3] スピントロニクス : 現在広く利用されているエレクトロニクスでは、電子の持つ電荷の自由度を制御することで情報処理等のさまざまな機能を実現している。一方、電子の持つ他の自由度である「スピン」の制御によって機能実現を目指す技術をスピントロニクスと呼ぶ。スピンは量子力学的な概念であるが、古典力学の「自転」に相当し、電子の持つ磁気モーメントと直接関係している。

[用語4] 走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS) : 先端を尖がらせた金属の針(探針)で物質の表面をなぞるように走査し、探針の高さをマッピングすることで、物質表面の凹凸を原子スケールで観察することができる顕微鏡。探針位置を固定し、電流-電圧特性を測定すると、その位置において、どのようなエネルギーを持った電子がどのくらい存在するかを知ることができる。

[用語5] g因子 : 粒子の磁気モーメントは、その粒子が持つ角運動量に比例するが、両者の比を表す定数がg因子である。真空中の電子のg因子は約2の決まった値を持つが、物質中の電子のg因子は、電子がおかれた環境の磁気的性質によってさまざまな値をとる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Observation of Zeeman effect in topological surface state with distinct material dependence
著者 :
Ying-Shuang Fu, Tetsuo Hanaguri, Kyushiro Igarashi, Minoru Kawamura, Mohammad Saeed Bahramy, and Takao Sasagawa
DOI :

問い合わせ先

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発物性計測研究チーム

国際特別研究員(研究当時) 付英双
(中国・華中科技大学教授)
チームリーダー 花栗哲郎

強相関量子伝導研究チーム

専任研究員 川村稔

創発計算物理研究ユニット

ユニットリーダー モハマド サイード バハラミー

Email : hanaguri@riken.jp(花栗) / minoru@riken.jp(川村)
Tel : 048-467-1327(花栗) / 048-462-1111(川村)

東京工業大学 応用セラミックス研究所
准教授 笹川崇男

Email : sasagawa.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

Email : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

世界初40GHz帯/60GHz帯協調による次世代高速ワイヤレスアクセスネットワーク構築に成功

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国立大学法人東京工業大学(学長:三島良直/以下、東工大)、ソニー株式会社(代表執行役社長:平井一夫/以下、ソニー)、日本無線株式会社(代表取締役社長:土田隆平/以下、日本無線)、株式会社KDDI研究所(代表取締役所長:中島 康之/以下、KDDI研究所)は、大容量コンテンツ配信のための40GHz帯[用語1]/60GHz帯[用語2]協調による次世代高速ワイヤレスアクセスネットワークの共同研究開発を行い、ネットワーク構築試験に成功しました。これにより、将来のワイヤレスネットワークにおいてミリ波帯[用語3]による高速通信サービスを取り入れる一形態を示すことができました。今後増加が見込まれる移動体通信のトラヒックの一部を、周波数ひっ迫度の低い、ミリ波帯に迂回させることにより、混雑を回避できることが期待されます。2016 年3月2日(水)~3月4日(金)に東京工業大学大岡山キャンパスで開催される移動通信ワークショップ(電子情報通信学会通信ソサイエティの4研究会合同開催)に合わせ、本成果の公開実証実験が行われます。

共同研究開発したシステムの全体像

図1. 共同研究開発したシステムの全体像

なお、本成果は、総務省の電波資源拡大のための研究開発「ミリ波帯ワイヤレスアクセスネットワーク構築のための周波数高度利用技術の研究開発」の一環によるものです。

研究の背景

モバイルトラヒックの急増により、無線周波数資源が不足しており、より高い周波数帯の利活用が望まれています。特に各国で研究が進められている第5世代移動通信システム(以下、5G)が目指す高速通信性能を実現するために、ヘテロジニアスネットワーク※1の一部としてミリ波帯を用いる提案がなされています。ただし、ミリ波帯は、高速なデータ転送が提供可能である一方、電波の減衰が大きく遠くまで電波が届きにくいため、屋内や屋外の小ゾーン形成に用いられ、移動帯通信におけるワイヤレスネットワークとしての利用は難しいとされてきました。特に屋外の利用では、降雨による影響をどのように回避するかが課題の一つになっています。また、高速なデータ転送を実現するためには、無線区間の周波数利用効率の向上(多値変調方式)が必要となると共に、モバイル端末側のデータ処理速度が、現状たかだか数百Mbpsと無線区間の速度(数Gbps)よりも遅いため、この問題をどうやって解決するかが課題となります。

技術的詳細

上記の課題を解決するため、東工大、ソニー、日本無線、KDDI研究所が協力して研究開発を行い、端末側・ネットワーク側が協調し、ギガバイトクラスの大容量コンテンツを高速に配信可能な、40GHz/60GHzを組み合わせた新しいミリ波帯ワイヤレスアクセスネットワークを構築しました。その技術的ポイントは以下の4点になります。

(1)60GHz帯通信において、無線ファイル転送システムとして世界最高のユーザデータ伝送速度 6.1 Gbps を実現(ソニー、東工大)

東工大とソニーは2012年に、60GHz 無線 LSI の共同開発を行い、6.3 Gbps の物理層速度をCMOS LSIとして達成しました※2。今回、東工大において利得 6 dBi のスラブ導波路アンテナ(安藤・広川研究室)、ダイレクトコンバーション方式の65 nm CMOS 60GHz RF LSI と 2.3 G Sample/s 7-bit analog-to-digital converter(ADC)等のアナログ回路(松澤・岡田研究室)、及びソニーにおいて上記アナログ回路とrate-14/15 及び 11/15 の新規Rate-compatible LDPC符号[用語4]を用いた物理層と無線制御(MAC)層を含む 40 nm CMOS Baseband LSIを搭載した無線モジュールを開発し、帯域幅2.16GHzにおいて最大物理層速度6.57Gbpsという、60GHz 帯として高い帯域利用効率を装置として実現いたしました。なお、この無線モジュールは、現在規格化中のIEEE802.15.3e[用語5] の1stドラフトをベースに設計されています。また、端末技術では大容量キャッシュメモリへの高速データアクセスを可能にしたファイル転送システムを開発し、無線モジュールと端末を含めた無線システム全体で6.1 Gbpsという(1Gバイトのファイルを約1.3秒で送れる)世界最高のユーザデータ伝送速度の無線ファイル転送に成功しました。本技術により、モバイル端末の処理速度を上回る高速で、かつ一瞬で大容量ファイルを受け取る事ができます。

60GHz帯無線モジュール(左)とスマートフォンへの6.1 Gbps無線ファイル転送実験の様子(右)

図2. 60GHz帯無線モジュール(左)とスマートフォンへの6.1 Gbps無線ファイル転送実験の様子(右)

(2)60GHz帯ワイヤレス Gigabit Access Transponder Equipment(GATE) システムの実現(日本無線、ソニー、KDDI研究所、東工大)

60GHz帯の高速性、空間分離性といった特性を最大限に活かすために、例えば駅の改札ゲートのように、隣接して複数の装置が設置されていても、無線区間で混信することなく、それぞれ独立した装置として動作するようなシステム(以下GATEシステム)を実現しました。ここでは、東工大(安藤・広川研究室)で開発された、空間分離を可能にする高利得スロットアレイアンテナ(構築試験では1000素子程度)により、アンテナの前方10m以上に渡り、電波が拡散しない筒状のサービスエリアを実現しました。また、このエリアをユーザが短時間で通過するシナリオを想定し、通信可能になるまでのリンクセットアップ時間を2ms以下まで低減可能な無線通信制御システムを、(1)において開発したRF/BB LSI上にソニーが実装しました。これら技術を日本無線がGATEシステムとして統合しました。また、Content Centric Networking(CCN)[用語6]という次世代のネットワークアーキテクチャ技術を用いて、KDDI研究所が開発※3した、ヘテロジニアスネットワークにおける大ゾーン long-term evolution (LTE)とミリ波小ゾーン(60GHz帯)とを協調動作させる方式を本システムに採用することにより、GATEシステムを通過時にユーザが意識することなくミリ波帯で高速ファイル転送を利用することができます。

60GHz帯ワイヤレス GATE システム

図3. 60GHz帯ワイヤレス GATE システム

(3)40GHz帯通信において、Directional Division Duplex(DDD)無線通信方式[用語7]により、2倍の周波数効率を実現(日本無線、東工大)

小型でポータブルなアクセスポイントである60GHz帯ワイヤレス GATE システムを迅速にかつ自在に配置しサービスエリアを構築するには、これをネットワークに収容するための、やはり設置の自由度が高いワイヤレスリンクが有利です。組み合わせの一例として通信速度1Gbpsで伝送距離1km以上の40GHz帯無線伝送システムと、60GHz帯GATEシステムを協調動作させる構成も実フィールドで実証しました。40GHz帯の無線通信方式は同一周波数・同一偏波で同時双方向通信を実現することにより、従来のFrequency Division Duplex(FDD)方式やTime Division Duplex(TDD)方式と比較して原理的に2倍の周波数利用効率を実現しています。本方式の実現のため「高アイソレーション送受信アンテナ並列配置技術」と「自局送信波回り込みキャンセル技術」を世界で初めて調和的に動作させています。

40GHz帯DDD方式 無線通信装置
40GHz帯DDD方式 無線通信装置

図4. 40GHz帯DDD方式 無線通信装置

(4)ミリ波ワイヤレスアクセスネットワークのための経路制御技術(KDDI研究所、東工大)

ミリ波帯の通信路は降雨による減衰が大きく40GHz帯システムは主に1km程度の近距離で使用しますが、ゲリラ豪雨に代表される局地的な豪雨では回線断が発生します。これを防ぐため「降雨予測に基づいた経路制御技術」を開発し、あらかじめトラヒックの一部をう回させることにより、ネットワークとしての通信容量低下を抑える運用を行い、継続的な通信サービスを実現します。

用語説明

[用語1] 40GHz帯 : ITU WRC-2000(World Radio communication Conference)において 「固定業務における高密度に配置して使用する無線通信システムに利用可能である」という議決がなされた帯域に該当するものであり、国内周波数分配の脚注 J260 にも同様の記載のあるものです。

[用語2] 60GHz帯 : 60GHzを中心に世界中で免許不要で利用できる帯域として割り当てられている周波数帯です。日本国内では57~66GHzの周波数帯域が使用可能となっています。

[用語3] ミリ波帯 : 一般的に、波長がmmオーダとなる30GHz帯以上の周波数帯です。

[用語4] Rate-compatible LDPC符号 : 複数の符号を1つ分の符号の回路で復号可能(rate compatible)なlow-density parity-check(LDPC)誤り訂正符号です。

[用語5] IEEE802.15.3e : 最大 100 Gbps までの物理層データ伝送速度とリンクセットアップ時間2 ms をサポートする次世代60GHz 無線通信規格です。

[用語6] Content Centric Networking(CCN) : 現在 Internet Research Task Force(IRTF)で議論がなされている、Internet Protocol(IP)に変わる新しいプロトコルです。現在のIPが端末間を接続することを目的としているのに対して、「コンテンツ」の配信を目的としてネットワークを構築し直すという考え方に基づいています。

[用語7] Directional Division Duplex(DDD)無線通信方式 : 3GPP等でも近年注目され始めた技術で、「Full Duplex」とも呼ばれています。

補足説明

※1
セル半径や方式の異なるシステムを同一エリアに混用するネットワーク技術でHetNetとも呼ばれています。小セルにミリ波を適用する提案として、例えば以下があります。
Millimeter-Wave Evolution for 5G Cellular Networks outer
※2
ニュースリリース: 世界最高 のデータ伝送速度6.3 Gb/sを実現する低消費電力・広帯域ミリ波無線用LSIを共同開発~モバイル機器搭載を想定した低消費電力動作を実現~
Sony Japan outer / 東京工業大学 outer
※3
プレスリリース: 60GHz帯通信とLTEを協調動作させる通信方式の開発~5G時代の新しい通信プロトコル~
株式会社KDDI研究所 outer

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ソニー株式会社 広報・CSR部

Tel : 03-6748-2200

日本無線株式会社 経営企画部 広報担当

Tel : 03-6832-0455

株式会社KDDI研究所 営業・広報部

Email : inquiry@kddilabs.jp
Tel : 049-278-7464

3月2日 9:30 図4の画像が不足していたため、追加しました。
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