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2次元磁性体が示す特異な時間反転対称性の破れ―自然界に存在しない粒子「エニオン」と相転移現象の関係を発見―

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要点

  • 大規模数値計算を行い、カイラルスピン液体[用語1]が熱揺らぎに対して安定に存在することを見出した
  • スピン液体中に潜む自然界には存在しない粒子「エニオン[用語2]」の統計的な性質の違いに応じて異なるタイプの相転移[用語3]を示すことを解明
  • 特異な統計性を持つ非可換エニオンを用いた量子計算への応用に期待

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年(もとめ ゆきとし)准教授は、キタエフ(Kitaev)模型[用語4]と呼ばれる理論模型に対して量子モンテカルロ法[用語5]による大規模な数値計算を行うことにより、低温のカイラルスピン液体と高温の常磁性状態との間に、ある温度で相転移が存在することを明らかにした。またカイラルスピン液体中に存在する特殊な粒子であるエニオンの統計性[用語6]の変化に呼応して、相転移の性質も大きく変化することを発見した。

この研究結果は、非可換エニオンを持つカイラルスピン液体が絶対零度以外でも安定に存在することを明確に示しており、非可換エニオンを用いるトポロジカル量子計算[用語7]への応用が期待される。

研究成果は8月21日発行の米国物理学会誌「フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)誌」に掲載された。

研究の背景

多くの物質は低温においてはその構成粒子が整然と並んだ固体になるが、温度を上げていくとバラバラになり、液体を経て気体へと変化を遂げる。磁性体でも同様に、電子の持つ小さな磁石であるスピンの向きが秩序立って整列した強磁性体などの磁気秩序[用語8]状態から温度を上げていくと、スピンの向きがバラバラな常磁性状態となる。

この常磁性状態は時間反転対称性[用語9]を持っているが、低温の磁気秩序 状態では、時間反転対称性が自発的に破れている。すなわち従来の磁性体では、時間反転対称性の自発的な破れには磁気秩序が伴うというのが常識だった。

しかし、分数量子ホール効果でノーベル賞を受賞したロバート・ラフリンらは1987年に、時間反転対称性が破れているにも関わらず、磁気秩序を伴わない奇妙な量子状態としてカイラルスピン液体を提唱した。この状態中のスピンはその向きがバラバラであるにもかかわらず互いに強く影響を及ぼし合っているドロドロした液体的な状態にある。

一方で、常磁性状態はスピン同士が影響しあわずにバラバラになっているスピンの気体であり、カイラルスピン液体とは本質的に異なる状態である。さらに、このカイラルスピン液体の中にはエニオンと呼ばれる特殊な粒子が潜んでいることが指摘された。

自然界に存在する粒子はすべて、その統計性によってフェルミオンかボソンのどちらかに分類されるが、エニオンはそれらとは全く異なる統計性を持つ特殊な粒子である。このエニオンを用いれば、エラーを起こしづらいとされるトポロジカル量子計算を用いた量子コンピュータが可能となるという指摘がなされており、多くの研究者の興味を集めている。

しかし、これまでにカイラルスピン液体の絶対零度の性質に関して多くの研究がなされてきたが,応用面でも重要となる温度を上げたときの性質に関しては謎のままだった。特に、カイラルスピン液体の相転移は通常の磁性体の相転移と同じものなのか,それとも水が水蒸気に変わるときのような気体・液体転移と同じものなのかは興味深い問題として残されていた。

研究成果

東工大の那須助教と東大の求准教授は、Kitaev模型と呼ばれる理論模型(図1左図)に対して量子モンテカルロ法を用いた大規模な数値計算を行うことで、温度を上昇させたときのカイラルスピン液体の性質を調べた。

その結果、カイラルスピン液体状態が温度による熱揺らぎに対して安定に存在することを見出した。また、ある臨界温度で相転移を起こし、高温の常磁性状態へ変化する様子も明らかにした(図1右図)。この相転移温度の前後でスピンの向きは整列しないにもかかわらず、時間反転対称性が自発的に破れることになる。

このようなカイラルスピン液体状態を記述するKitaev模型という理論模型には興味深い特徴がある。エニオンには可換エニオンと非可換エニオンという2種類の統計性が異なるものが存在するが、スピン間の相互作用の強さを変えることで、カイラルスピン液体の中に存在するエニオンの統計性を変化させることができるのである。

このエニオンの性質の変化がカイラルスピン液体の性質にどのような影響を与えるかを明らかにするため、特に相転移の性質を詳しく調べた。その結果、エニオンの統計性の変化に伴って、カイラルスピン液体と常磁性の間の相転移の性質も大きく変化することがわかった(図1右図)。可換エニオンを持つカイラルスピン液体の場合は通常の磁性体における強磁性から常磁性への相転移と類似した連続的な変化(二次の相転移[用語10])になる。

一方で、非可換エニオンを持つカイラルスピン液体の場合は、水から水蒸気へ変化する際に起こる気体・液体相転移と類似した不連続な変化(一次の相転移[用語10])になることを見出した。

このようなエニオンの統計性の変化は、相転移の性質以外にも現れる。特に非可換エニオンを持つカイラルスピン液体には新奇な効果が期待される。今回の研究では温度勾配がある場合に、温度勾配の方向と垂直方向に熱の流れが発生する現象である熱ホール効果を計算し、相転移温度以下でこの効果が生じることを見出した。一方で、可換エニオンを持つ場合には熱ホール効果は生じないことも示した。

左図:Kitaev模型が定義された拡張された蜂の巣格子。右図:Kitaev模型の有限温度相図。

図1. 左図:Kitaev模型が定義された拡張された蜂の巣格子。右図:Kitaev模型の有限温度相図。

今後の展開

非可換エニオンを持つカイラルスピン液体が絶対零度以外でも安定して存在することを明らかにしたことで、非可換エニオンを演算要素として用いるトポロジカル量子計算への応用が期待される。また、この状態における熱ホール効果の振る舞いを明らかにしたことで、今後の実験研究が活性化することが期待される。

用語説明

[用語1] カイラルスピン液体 : 強磁性体のような物質の中の電子スピンが秩序立って整列している状態(磁気秩序状態)でないにもかかわらず、時間反転対称性が破れた状態。

[用語2] エニオン : 自然界に存在するすべての粒子は、その統計性の違いによりボソンとフェルミオンに分類されるが、これらのどちらとも異なる統計性を持つ特殊な粒子。2次元の系において実現する。このエニオンは、その統計性の違いに応じて可換(アーベリアン)エニオンと非可換(ノンアーベリアン)エニオンに大別される。

[用語3] 相転移 : ある物質の状態(相)が別の状態に変わる現象。氷から水への状態変化である融解や、その逆の凝固は相転移の一例。一般に、相転移の際には、比熱などの熱力学的な物理量に発散や不連続な振る舞いが現れる。

[用語4] キタエフ(Kitaev)模型 : A. Kitaevによって2006年に提案された電子スピンに関する理論模型。2次元蜂の巣格子上に並んだ電子スピンの間に、結合の方向に強く依存する相互作用を仮定したモデル。図1左図で示したような拡張された蜂の巣格子など、様々な格子構造への拡張がなされている。

[用語5] 量子モンテカルロ法 : 乱数を用いて実現確率の高い状態を重点的に抽出することで効率的な計算を行う手法。場合によっては計算誤差が発散的に大きくなってしまう負符号問題が生じる可能性があるが、今回の研究では、量子スピンをマヨラナ粒子として書き換えることによって、この問題が全く現れない。

[用語6] 粒子の統計性 : 量子力学においては、同じ種類の粒子同士を区別することはできない。自然界に存在する粒子は、同じ量子状態にいくつでも入ることができる粒子(ボソン)と、ひとつしか入ることができない粒子(フェルミオン)の2種類存在する。このような複数個の同種粒子を考えたときに現れる性質を粒子の統計性と呼ぶ。

[用語7] トポロジカル量子計算 : 連続的な変形で変化しないような性質に注目するトポロジーの概念を応用した量子計算。エラーを起こしづらいという特徴を持つ。

[用語8] 磁気秩序 : 磁石の起源である電子のスピンが整列した状態。その中でも特に、固体の中のほとんどの電子のスピンが同じ方向を向いて整列している状態は強磁性秩序と呼ばれ、いわゆる磁石としての性質を示す。

[用語9] 時間反転対称性 : 時間の流れを逆向きにしたとしても状態が変化しないこと。磁石の起源である電子のスピンが整列した磁気秩序状態では、時間反転対称性が破れている。

[用語10] 一次の相転移と二次の相転移 : 水から水蒸気に変化するとき、温度の関数として沸点で密度が不連続に変化するように、転移点において物理量に(正確にはエントロピーに)不連続な変化を伴う相転移を一次の相転移と呼ぶ。一方で、強磁性体を加熱して常磁性体に変化するとき、通常、磁化は連続的に変化する。このように物理量が(正確にはエントロピーが)相転移点で連続的に変化する相転移を二次の相転移と呼ぶ。これら2つの相転移が移り変わる点は三重臨界点と呼ばれる。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Thermodynamics of Chiral Spin Liquids with Abelian and Non-Abelian Anyons
著者 :
Joji Nasu and Yukitoshi Motome
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 大学院理工学研究科物性物理学専攻

助教 那須譲治
Email : nasu@phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2724 / Fax : 03-5734-2739

東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻

准教授 求幸年
Email : motome@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-6815 / Fax : 03-5841-8897

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


「平成27年度原子炉工学研究所研究交流・発表会」開催報告

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東京工業大学 原子炉工学研究所が、6月3日、大岡山北3号館1階多目的ホールで、研究交流・発表会を開催しました。

原子炉工学研究所は現在、第2期中期目標・計画に従って、4つの重点研究分野、及び、それらを支える基礎・基盤技術分野の研究を組織的に推進しています。また、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故以降は、除染技術の研究開発をはじめ、福島復興に向けた取り組みにも積極的に貢献しています。昨年度からは、研究所の資源である実験装置、ソフトウエア、データベース等を基盤とした、他大学・研究機関との共同研究をバックアップするため、「共同利用・共同研究」の制度をスタートさせています。学界・産業界・社会のニーズに広く応えるための新しい研究体制を整備しました。

今回の研究交流・発表会では、昨年度の「共同利用・共同研究」課題の成果、及び所内各研究室の研究活動が披露されました。参加人数は、学外からの参加者も含め61人でした。

矢野所長による開会挨拶

矢野所長による開会挨拶

矢野豊彦所長による開会挨拶、及び、研究所の近況報告に引き続き、まず第1部では、研究所の代表的なミッション研究が紹介されました。物質工学部門の竹下健二教授より「東電福島第一原発事故の終息に向けた先進的廃棄物処理・減容技術」、続いて物質工学部門の小原徹教授より「エネルギー・資源・環境問題の解決に資する革新的原子力システム」と題する講演がありました。それぞれ、原子力に関わる喫緊の課題に対する対応、及び、今後の長期的な人類の生存に関わる原子力の役割が議論されました。

休憩をはさみ、第2部として共同利用・共同研究の学外共同研究者による2件の招待講演がありました。札幌医科大学医学部の染谷正則講師よる「DNA修復の分子メカニズムに基づく放射線感受性・癌罹患性予測の展望」に対しては、国民の関心が極めて高いガンの発生・治療に関わるテーマでもあり、会場との間で活発な質疑応答が交わされました。日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターの井上利彦研究員よる「制御棒吸収材料B4Cの照射後試験」についても、高速炉開発を含む今後の原子力技術の発展に不可欠な材料開発の観点から、いくつかの専門的で高度な議論が交わされました。

これらの講演の終了後、第3部として所員による共同利用・共同研究課題及び原子炉工学研究所各研究室の研究活動に関するポスターセッションが開催され、学外者も含めた活発な意見交換が行われました。ポスターの発表件数は27件でした。最後に情報交換会に移行し、盛会のうちに閉会となりました。

ポスターセッションでの質疑応答ポスターセッションでの質疑応答

問い合わせ先

研究交流・発表会事務局

Email : atom2015@nr.titech.ac.jp

Tel: 03-5734-3052

ビスマス薄膜が半導体に変わることを実証―次世代高速デバイスの有力材料に浮上―

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要点

  • 高品質のビスマス薄膜を作成し、その電気的性質を測定
  • 半金属であるビスマスが薄膜化によって半導体になる理論を実証
  • 次世代の高速デバイス開発へ新たな道

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の平原徹准教授は、東京大学の長谷川修司教授、自然科学研究機構分子科学研究所の田中清尚准教授、木村真一准教授(現大阪大学教授)、お茶の水女子大学の小林功佳教授らと共同で、半金属[用語1]のビスマスを薄膜にするとその電気的な性質を半導体に変えられることを実証した。

高品質のビスマス薄膜を作成して、分子科学研究所の放射光施設UVSORで偏光可変の角度分解光電子分光[用語2]測定を行い、ビスマス薄膜が半導体になっていることを確認した。さらに、理論では予想されていなかった表面や界面の電子が関係した新しい現象も発見した。これらの成果により、次世代高速電子デバイス開発に新たな道を拓くことが期待できる。

ビスマスは近年盛んに研究されているグラフェンなどと同様に、シリコンなどの半導体中の電子より高速に移動できるディラック電子[用語3]を有している。しかし、このディラック電子をデバイス応用する上ではエネルギーギャップ[用語4]が開いた半導体にすることが必要になる。1960年代にビスマスを薄膜にすることで半導体化できることが理論的に予想されたが、これまで実験的にははっきりとした結論は出ていなかった。

本研究成果は9月3日に米国物理学会誌「フィジカルレビューレターズ(Physical Review Letters)」で公開された。

研究の背景

高速に動作するデバイスの作製には、用いる物質中の電子の速度が速い(移動度が大きい)ことが必要である。最近、通常の電子と異なったエネルギーと運動量の分散関係を持つディラック電子が大きな移動度を持つ電子として注目され、研究が活発に行われている。例えば、ディラック電子を持つ物質として知られている炭素一層からなるグラフェンの電子の移動度は、シリコンのおよそ10倍の15,000cm2/Vs(平方センチメートル毎ボルト毎秒)である。

ビスマスは固体中でディラック電子が存在することが分かった最初の物質で、1960年代から研究されてきた。グラフェンの研究が盛んになったのは2005年以降であることを考えると、その歴史は非常に古いことが分かる。

デバイス動作のための重要な条件の一つは、その電気的性質がバンドギャップを有する半導体であることである。しかし、上記のグラフェンもビスマスも半金属でバンドギャップがないために、何らかの方法で半導体にしなければならない。

1967年に旧ソ連の理論物理学者V. B. サンドミルスキー(V. B. Sandomirskii)は、ビスマスを30nm(ナノメートル)程度の厚さの薄膜にし、量子サイズ効果[用語5]を利用することで、半導体に変えられる(半金属半導体転移、図1)ことを予想した。しかし、今日まで約50年間多くの研究が行われたものの、実際にビスマス薄膜で半金属半導体転移が起きているという明確な実験証拠はなかった。

ビスマス薄膜の半金属半導体転移(理論)。3次元の厚いビスマスは(a)のような半金属だが、30nm程度の厚さの薄膜にすると(b)のような半導体になることが予想された。
図1.
ビスマス薄膜の半金属半導体転移(理論)。3次元の厚いビスマスは(a)のような半金属だが、30nm程度の厚さの薄膜にすると(b)のような半導体になることが予想された。

研究成果

今回、東工大の平原准教授らの研究グループは、高品質のビスマス薄膜を作成し、その電気的特性を分子科学研究所のシンクロトロン放射光施設UVSORで測定した。UVSORの偏光可変の低エネルギー角度分光電子分光(図2)装置を用いることにより、これまで報告例がほとんどなかったビスマス薄膜の内部の電子状態を高精度で観測することに成功した。

角度分解光電子分光法の原理

図2. 角度分解光電子分光法の原理

その結果、当初の理論よりも膜厚が厚い、70nmの厚さの薄膜でエネルギーギャップが開き、半導体になっていることを実証した(図3)。一方、10nm以下のビスマス超薄膜は、理論の予想と反してエネルギーギャップがない半金属であることも分かった。これは、厚さ10nm以下では表面・界面の効果が重要であり、これを考慮した新たな理論が必要なことを示している。

測定された実験データ。(a)はエネルギーと運動量のイメージを示しており、(b)が光電子分光強度のスペクトル。内部状態はフェルミ準位(EF)にピークがなく半導体だが、表面状態はフェルミ準位を横切る金属である。内部状態は通常は測定条件(光エネルギーや光の偏光)を変えるとピーク位置が変化するが、薄膜では量子サイズ効果により測定条件を変えてもピーク位置が変化しない。
図3.
測定された実験データ。(a)はエネルギーと運動量のイメージを示しており、(b)が光電子分光強度のスペクトル。内部状態はフェルミ準位(EF)にピークがなく半導体だが、表面状態はフェルミ準位を横切る金属である。内部状態は通常は測定条件(光エネルギーや光の偏光)を変えるとピーク位置が変化するが、薄膜では量子サイズ効果により測定条件を変えてもピーク位置が変化しない。

今後の展開

今回の研究は、量子サイズ効果を利用してビスマスの電気的性質を制御できることを明確に示したものである。そして厚さが10nm以下の極薄の薄膜では表面や界面に存在している電子が、物質の内部の電子の性質に大きな影響を及ぼしていることも分かった。

今後はビスマス内部の高移動度のディラック電子を利用した高速デバイスの開発、さらにビスマスの表面や界面に存在する電子を利用した極薄ナノデバイス開発という応用研究へと進展することが期待できる。

用語説明

[用語1] 半金属 : 元素は通常、その一般的な化学的、物理的性質によって金属もしくは非金属(半導体や絶縁体)に分類される。しかし、いくつかの元素はその中間の性質を持ち、その特性による分類が難しくなる。そのような元素を半金属と言う。

[用語2] 角度分解光電子分光 : 固体に光を照射すると物質の表面から電子が放出される。放出された電子は光電子と呼ばれ、光電子のエネルギーや運動量を測定すると、物質がどのような電子状態をとっているかが分かる。

[用語3] ディラック電子 : 通常の電子と異なり、英国の物理学者ディラックが1928年に発表した相対論的量子力学に従う高速電子のこと。

[用語4] エネルギーギャップ : シリコンに代表される半導体では、電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間にエネルギー差が存在する。このエネルギー差をエネルギーギャップと言い、半導体を電界効果等で制御する上での重要なパラメータになる。

[用語5] 量子サイズ効果 : 物質の厚さを薄くしていくと、内部の電子がその狭い領域に閉じ込められるため、量子力学に従う振る舞いを見せるようになることを指す。今回のような数10nmの厚さのビスマス薄膜では、量子サイズ効果によって、3次元の厚いビスマスの場合と異なった電子の状態になった。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Role of Quantum and Surface-State Effects in the Bulk Fermi-Level Position of Ultrathin Bi Films
著者 :
T. Hirahara, T. Shirai, T. Hajiri, M. Matsunami, K. Tanaka, S. Kimura, S. Hasegawa, and K. Kobayashi
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学 大学院理工学研究科物性物理学専攻

准教授 平原徹
Email : hirahara@phys.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-2365

東京大学 大学院理学系研究科物理学専攻

教授 長谷川修司
Email : shuji@surface.phys.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4161

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京大学大学院理学系研究科・理学部

特任専門職員 武田 加奈子
准教授・広報室副室長 横山 広美
Email : kouhou@adm.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-8856

NHK Eテレ サイエンスZEROに大隅良典栄誉教授が出演

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フロンティア研究機構大隅良典栄誉教授がNHK Eテレの科学番組、「サイエンスZERO」のオートファジー特集に出演します。

撮影の様子
撮影の様子

撮影の様子

大隅教授は、細胞が自身の一部を分解したり、内部の不要物を除去し、侵入者を排除して、健全な細胞を維持するオートファジー現象を世界で初めて肉眼で観察することに成功しました。

オートファジーは細胞のリサイクルシステムで、体の恒常性を維持する機能を持っており、アルツハイマー病などの神経変性疾患、癌、加齢に伴う病気などを治療する医療への応用が期待されています。

大隅教授は、オートファジーに関わる遺伝子群を明らかにし、その分子機構を解明しました。その研究が評価され、今年、ガードナー国際賞や国際生物学賞を受賞しています。

番組では、サイエンス作家の竹内薫さんと女優の南沢奈央さんの進行で、VTRやコンピュータグラフィックスを駆使してオートファジーについてわかりやすく解説しておりますので、ぜひご覧ください。

フロンティア研究機構大隅良典栄誉教授

フロンティア研究機構大隅良典栄誉教授

油脂高生産藻の脂質量と組成を改変する技術を開発―藻による油脂やバイオ燃料の生産性向上に期待―

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要点

  • 海産性の油脂高生産藻類ナンノクロロプシスで、蓄積する脂質の量と脂肪酸組成を改変する技術を開発
  • ナンノクロロプシスのリン欠乏に応答した遺伝子発現制御の仕組みが、種の異なる藻類クラミドモナスと類似することを見出し、その仕組みを活用
  • リン欠乏に応答する遺伝子プロモーターを種々の脂質合成遺伝子とセットでナンノクロロプシスに導入することで、様々な種類の有用脂肪酸の生産へ応用することを期待

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の岩井雅子CREST研究員、太田啓之生命理工学研究科/地球生命研究所教授らは、海産性の油脂高生産藻類として注目されるナンノクロロプシス[用語1]を用い、油脂の蓄積量と油脂中の脂肪酸組成を改変する技術を開発した。

多くの藻類では窒素欠乏時に油脂を蓄積することが知られている。その一方、窒素欠乏条件では藻類の生育が著しく阻害されることから、有用油脂の生産においては、生育しながら油脂を貯める手法の開発が課題となっている。岩井らは、高密度な細胞培養が可能で細胞中に油脂だけを多量に貯める海産性の藻類ナンノクロロプシスで、リンの欠乏条件では窒素欠乏条件と比べ、生育を維持しながら油脂を高蓄積することを発見した。さらに、リン欠乏時に、細胞の膜中のリン脂質を糖脂質に転換する緑藻クラミドモナス[用語2]と同様な仕組みがナンノクロロプシスで働いていることも見出した。そこで緑藻クラミドモナスから取得したリン欠乏応答性の糖脂質合成遺伝子プロモーター[用語3]と油脂合成遺伝子を結合してナンノクロロプシスに導入した結果、脂質の蓄積を増強させるとともに、脂肪酸の組成を改変することに成功した。今後、リン欠乏応答プロモーターと種々の脂質合成遺伝子とをセットで藻類に導入することで、様々な高付加価値の油脂が工業規模で生産できると期待される。

この研究は太田教授が科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST) 「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:松永是(東京農工大学 学長))における研究課題「植物栄養細胞をモデルとした藻類脂質生産系の戦略的構築」の一環として、東工大大学院生命理工学研究科の下嶋美恵准教授、堀孝一CREST研究員と佐々木結子地球生命研究所特任助教との共同で行った。成果の内容は9月7日発行のスイス科学雑誌「フロンティアズ イン マイクロバイオロジー(Frontiers in Microbiology)」に掲載された。

研究の背景と経緯

多くの藻類は窒素欠乏などの栄養欠乏条件下でトリアシルグリセロール(TAG;油脂[用語4])を蓄積することが知られており、近年、藻類が生産するTAGやTAGに含まれる脂肪酸が化学工業用油脂やバイオ燃料の原材料として注目されている。藻類油脂をこのような原材料として活用するためには、利用目的に合った油脂や有用脂肪酸などを大量に生産させる技術の開発が必要となる。しかしながら、本来光合成膜[用語5]や細胞膜などに存在しない有用脂肪酸や油脂を大量に生産させようとすると、それらが光合成膜などに蓄積し、光合成を阻害するという問題がある。これを回避するには、適切な条件下で有用脂肪酸や油脂を生産させながら、それを細胞内に油滴として高蓄積させることが有効である。しかし、一般的に藻類の油脂生産の条件とされる窒素欠乏条件では、光合成や新規脂肪酸合成が抑制され、細胞がほとんど増殖しないため、このような手法を用いることは難しい。

岩井研究員らは、以前の研究で、緑藻クラミドモナスを増殖させながら光合成の場である葉緑体を維持してTAG蓄積をできる条件を探索し、リン欠乏条件では窒素欠乏条件ほど劇的な細胞増殖抑制は見られないことを見出した。さらにその条件下でのTAG蓄積を遺伝子操作によって強化することに成功した。しかし、クラミドモナスの場合、栄養欠乏時にTAGだけでなくデンプンも蓄積し、また高密度での細胞培養が難しいため、藻類での効率的な油脂生産を目指すためには、より高密度で細胞培養ができ、細胞中に油脂だけを多量に貯めることができるナンノクロロプシスなどの油脂高生産藻での生産技術の開発が期待されていた(図1)。

藻類の栄養欠乏による油脂の蓄積と油脂高生産藻類を用いた生産技術開発
図1.
藻類の栄養欠乏による油脂の蓄積と油脂高生産藻類を用いた生産技術開発
MGDGは光合成を行う葉緑体に最も主要な膜脂質。窒素欠乏時の藻類では、TAGが蓄積する一方、MGDGなど光合成の膜脂質が減少し、光合成が抑制される。藻類で利用目的に応じた有用脂質を工業規模で生産するためには、油脂の生産性に優れた藻類を活用して、光合成を維持したまま有用な油脂を高生産する技術の開発が必要となる。

研究内容

岩井研究員らはナンノクロロプシスでの窒素欠乏条件とリン欠乏条件の比較(図2)から、ナンノクロロプシスのリン欠乏下では光合成の場である葉緑体を維持したままTAGを蓄積することを見出した。そこでクラミドモナスなどの藻類や植物がリン欠乏に適応する際に起こすリン脂質から糖脂質への膜脂質の転換が、クラミドモナスとは異なり二次共生藻[用語6]に属するナンノクロロプシスでも機能していると予測し、リン欠乏時の膜脂質の変動や膜脂質転換に関わる遺伝子の応答を調べた。その結果、ナンノクロロプシスでもリン欠乏時に糖脂質合成酵素遺伝子の発現が誘導され、リン脂質と糖脂質が置き換わることでリン欠乏に適応することを見出した。

ナンノクロロプシス培養の写真
図2.
ナンノクロロプシス培養の写真
窒素欠乏条件では細胞の増殖が著しく抑制されているのに対して、リン欠乏では通常条件と同様に緑が濃くなり、細胞が増殖して葉緑体が発達しているのが判る。

図3の通常培養条件に示すように、リンを十分含む条件では葉緑体や細胞の膜脂質(図のMGDGやDGDG、PCなど)が細胞に含まれる脂質の多くを占めるが、リン欠乏条件ではTAGの含量が著しく増大する。また、リン欠乏条件ではTAGの増大と同時に葉緑体の糖脂質の一つであるSQDGが増加しており、別の実験からSQDGの合成にかかわるSQD2遺伝子の発現が顕著に誘導されていることも分かった。そこで、その仕組みを活用して新規脂肪酸を合成させながらTAG蓄積を増強するため、先のクラミドモナスの研究で取得したリン欠乏条件下で発現上昇するクラミドモナスSQDG合成遺伝子(CrSQD2)のプロモーター「pCrSQD2」[用語7]とクラミドモナスのTAG合成酵素「CrDGTT4」の利用を試みた。pCrSQD2とCrDGTT4のセットをナンノクロロプシスに導入したところ、遺伝子を導入した形質転換株では、CrDGTT4遺伝子を導入していない比較対照株(コントロール株)と比べ、リン欠乏条件下でのTAG蓄積がさらに増加した(図3形質転換株参照)。またTAG中の脂肪酸にはCrDGTT4が基質として好むオレイン酸(C18:1(9)=炭素数が18で二重結合を9位の位置に一つ持つ脂肪酸)がコントロール株の約2倍含まれていた(図4)。これらの結果は、二次共生藻として緑藻とは分類上も全く異なる油脂高生産藻ナンノクロロプシスで、緑藻クラミドモナス由来のリン欠乏応答性プロモーターを用いることによりTAG蓄積の増強と脂肪酸組成の改変ができることを示している。

またこの結果は、リン欠乏条件に適応する仕組みそのものが種の異なる緑藻と二次共生藻の間で広く保存されていることを示しており、進化的な観点からも興味深い。

細胞中に含まれるTAGと膜脂質の量
図3.
細胞中に含まれるTAGと膜脂質の量
全て培養4日目。MGDG、DGDG、SQDGは葉緑体の膜に含まれる糖脂質。PG、PE、PC、PS、PIは葉緑体や細胞の膜に含まれるリン脂質。DGTSは藻類細胞の膜に特有のベタイン脂質。リン欠乏時に細胞中のリン脂質が減少し、TAGやSQDG、DGTSが増加する。特にTAGの増大が顕著で、形質転換株ではコントロール株に比べその増大がさらに強化されているのが判る。
形質転換株とコントロール株のそれぞれの脂質に含まれるオレイン酸(C18:1)の量(培養4日目)
図4.
形質転換株とコントロール株のそれぞれの脂質に含まれるオレイン酸(C18:1)の量(培養4日目)
オレイン酸は通常培養条件では細胞中にあまり見られないが、リン欠乏時にTAGに蓄積する。形質転換株のオレイン酸はコントロール株の更に2倍に増加した。

今後の展開

本研究により、海産性の油脂高生産藻ナンノクロロプシスで、ナンノクロロプシスと分類上全く種が異なる緑藻クラミドモナスのリン欠乏応答プロモーターを用いてTAG生産の増強と脂肪酸組成の改変ができることが明らかになった。ナンノクロロプシスは他の藻類に比べ、細胞に多量の油脂を蓄積すると同時に、高密度での培養が可能であることが知られており、また海産性藻類であることから海水を用いて培養できる。リン欠乏応答性プロモーターを機能の異なる種々の脂質合成遺伝子と結合して用いることで、ナンノクロロプシスで様々な有用脂肪酸を含む油脂を大量に生産できることが期待される。今回そのプロモーターを利用した糖脂質合成遺伝子SQD2は藻類に広く保存されることが分かっており、他の藻類で同様な手法が活用できることも期待される。

用語説明

[用語1] ナンノクロロプシス : 海産性の油脂高生産藻類。細胞内に細胞の重さの50%を超える脂質(トリアシルグリセロール、TAG)を蓄積することで知られる。このような油を多量に生産する藻類としては他にボトリオコッカスなどがよく知られているが、ボトリオコッカスは、TAGではなく長鎖の炭化水素やテルペンを合成する。長鎖の炭化水素はその性質上ガソリンの代替として期待されているが、ナンノクロロプシスなどが生産するTAGは、軽油の代替としての利用が可能であるといわれており、生産する油によって用途が異なる。

[用語2] クラミドモナス : 緑藻綱クラミドモナス目に属する単細胞藻類。ゲノム解析が進みモデル藻類として用いられる。

[用語3] 栄養(リン)欠乏応答性プロモーター : 栄養(リン)欠乏時に遺伝子の発現が誘導される糖脂質合成酵素遺伝子などの上流域に存在し、下流の遺伝子のリン欠乏時の誘導を制御する働きを持つ。

[用語4] TAG : トリアシルグリセロール。1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した中性脂肪の1つ。藻類や植物の細胞内に油滴として蓄積する。

[用語5] 光合成膜 : 光合成細菌、藻類、植物など、光合成を行う生物の光合成反応をつかさどる高度に発達した細胞内部の膜を示す。特に藻類や植物の細胞に存在する光合成器官である葉緑体は、その内部にチラコイド膜という光合成を担う発達した膜を持つが、このチラコイド膜のことを光合成膜ともいう。

[用語6] 二次共生藻 : 緑藻や高等植物など、原始シアノバクテリアの細胞内共生により光合成器官である葉緑体を獲得した生物を一次共生生物と呼ぶのに対して、緑藻や植物とは全く起源の異なる生物が、葉緑体を持つ他の藻類を細胞内に丸ごと取り込んで光合成の能力を獲得した場合、そのような藻類を二次共生藻と呼ぶ。コンブやワカメも二次共生藻であり、これらの生物は光合成を行うが、緑藻や植物とは全く起源が異なる。

[用語7] クラミドモナスSQD2遺伝子のプロモーター「pCrSQD2」 : SQD2は、藻類や植物の葉緑体に含まれる主要膜脂質スルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)の合成酵素。SQDGは硫黄を含む糖脂質で、リン欠乏時に特に増加して、葉緑体に含まれるリン脂質であるホスファチジルグリセロール(PG)の代替を担う。クラミドモナスや植物のSQD2遺伝子はリン欠乏時にその発現が強く誘導されるが、遺伝子の上流にあるプロモーター領域がその制御を担う。

論文情報

掲載誌 :
Frontiers in Microbiology
論文タイトル :
Manipulation of oil synthesis in Nannochloropsis strain NIES-2145 with a phosphorus starvation-inducible promoter from Chlamydomonas reinhardtii
著者 :
Masako Iwai, Koichi Hori, Yuko Sasaki-Sekimoto, Mie Shimojima and Hiroyuki Ohta
DOI :

東京工業大学地球生命研究所について

地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が平成24年に公募を実施した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所。「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、平成19年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入などの自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。

問い合わせ先

東京工業大学 大学院生命理工学研究科

教授 太田啓之
Email : ohta.h.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5736 / Fax : 045-924-5527

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 川口 哲

Email : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 / Fax : 03-3222-2064

木村宏教授がロバート・フォイルゲン賞を日本人初受賞

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大学院生命理工学研究科の木村宏教授が、ロバート・フォイルゲン賞(Robert Feulgen Prize)を受賞しました。

木村宏教授(中央)
木村宏教授(中央)

ロバート・フォイルゲン賞は、国際組織化学学会(The Society for Histochemisty)により、組織化学・細胞化学分野で新規の方法の開発や新規の発見を行った研究者に与えられる賞で、1971に創設されました。日本人で初の受賞です。

木村教授は、第57回国際組織化学学会シンポジウム(57th Symposium of the Society for Histochemistry/24th Wilhelm Bernhard Workshop on the Cell Nucleus)で受賞講演を行いました。

受賞テーマ

生きた細胞内における蛋白質翻訳後修飾の可視化法の開発

受賞理由

細胞内の多くの蛋白質は、リン酸化、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾をうけることで、蛋白質間相互作用や酵素活性などの機能が制御されます。これらの翻訳後修飾を細胞レベルで検出するために、特定の修飾に特異的な抗体による免疫染色が用いられます。しかしながら、通常の免疫染色では、細胞や生体サンプルを化学固定する必要があるため、生きた細胞を用いた解析は不可能でした。木村教授らは、モノクローナル抗体由来のプローブを用いて、生きた細胞内で内在性蛋白質の翻訳後修飾を可視化し、その動態計測を行う方法を世界で始めて開発しました。木村教授らが開発した一つの方法は、抗体から抗原結合断片を調製し、蛍光標識した後に、細胞に導入する方法です。もう一つは、抗体の抗原結合部位をコードする遺伝子をクローニングして、蛍光蛋白質との融合蛋白質として発現させる方法です。これらの方法により、培養細胞中のクロマチンの主要成分であるヒストン蛋白質のリン酸化、アセチル化、メチル化、及び、転写を担う酵素であるRNAポリメラーゼIIのリン酸化の動態を明らかにしました。また、マウスやショウジョウバエの初期胚におけるヒストン蛋白質のアセチル化動態も解明しました。

今回の受賞を受けて、木村教授は以下のようにコメントしています。

ヒストンの翻訳後修飾は、遺伝子発現の制御に重要な役割を果たしていますが、その全貌は明らかになっていません。今回のロバート・フォイルゲン賞の受賞対象となった生細胞イメージング法により、細胞内や生体内においてヒストン修飾がどのようにダイナミックに変化し、転写の制御に働くのかが少しずつ分かってきました。これからも新規の方法を開発しながら、生命現象の謎に迫っていきたいと思います。

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科 木村宏

Email : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

液体金属ナノ粒子のサイズを繰り返し変えられるプロセスを開発―光を操る新材料の開発に期待―

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要点

  • 液体金属であるガリウムナノ粒子のサイズを繰り返し変えられるプロセスを開発した。
  • 液体ガリウムナノ粒子のサイズ変化に応じて表面プラズモン共鳴吸収を制御できた。
  • 用途に応じて自由に物性を制御できるプラズモニック材料の開発が期待される。

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学の山口章久特任助教と彌田智一教授らは、液体金属[用語1]であるガリウム[用語2]ナノ粒子のサイズを可逆的に変化させるプロセスを開発し、金属ナノ構造体が光と相互作用して、その光を吸収する「表面プラズモン共鳴吸収[用語3]」を制御することに成功しました。

表面プラズモン共鳴吸収を制御すると、ナノ回路に光を伝えたり、波長よりもはるかに小さな空間に光を閉じ込めることができます。金、銀などの金属ナノ構造体は、表面プラズモン共鳴を利用して光を操るプラズモニック材料[用語4]や、電場増強効果[用語5]による一分子レベルの計測装置への展開が期待され、用途の開発が進められています。特性を決める金属ナノ構造体のサイズ、形状、配列など形態をより自由に変化させることは、重要な課題の1つです。熱や圧力など外部刺激や化学的処理を与えて、作製した金属ナノ粒子のサイズや形状を変化させる方法はありましたが、元に戻すことは困難でした。

研究グループは、形状を制御しやすく、紫外光領域のプラズモニック材料として注目されるガリウムに着目しました。超音波照射により液体金属がどのような挙動を示すのか、その詳細は分かっていませんでしたが、超音波照射による液体ガリウムのナノ粒子化と油と水の乳化[用語6]との類似性を明らかにしました。また、水と油の乳化と同様に分裂と融合のバランスを制御することにより、液体ガリウムナノ粒子のサイズを変化させることに成功しました。変化させたサイズを元に戻すことも可能で、サイズの変化に伴い、液体ガリウムナノ粒子の紫外光領域における表面プラズモン共鳴吸収波長が変化することも確認できました。

本研究成果により、用途に応じて自由に物性を制御できるプラズモニック材料の開発が期待されます。本研究成果は、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で近日中に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

  • 研究プロジェクト:
    「彌田超集積材料プロジェクト」
  • 研究総括:
    彌田 智一(東京工業大学 資源化学研究所 教授)
  • 研究期間:
    平成22年10月~平成28年3月

上記研究課題では、異種材料をナノ・マイクロスケールで「上手に混ぜる」ことにより、構成材料の単なる足し合わせでは得られない、要素間の相互作用が顕在化した「超集積材料」の創成を目指しています。

研究の背景と経緯

金、銀などの金属ナノ構造体は、表面プラズモン共鳴を利用したプラズモニック材料や、電場増強効果による一分子レベルの計測装置への展開が期待されています。その特性を決定するのが、金属ナノ構造体のサイズ、形状、配列などの形態です。金や銀では、作製した金属ナノ粒子のサイズや形状を、熱や圧力などの外部刺激や化学処理で変化させる方法が知られています。

近年、金や銀より容易に形状を変えられる金属材料として注目されているのが、室温に近い融点を持つガリウムやガリウム合金などの液体金属です。超音波照射でガリウム液滴からナノ粒子を形成する技術も開発され、液体ガリウムナノ粒子は、金、銀に代わる紫外光に応答するプラズモニック材料として期待されています。生体分子の多くは紫外光領域に吸収を持つことから、紫外光に応答するプラズモニック材料の開発により、さらに高感度な一分子レベルでの計測が可能になるからです。

しかし、変化させたサイズや形状を元に戻す技術はこれまで確立されておらず、さらに応用先を拡大するために、液体金属の形状をナノ単位でより自由に調節する技術が望まれていました。

研究の内容

研究グループは、形状を制御しやすいという、液体金属の液体としての特徴に着目しました。ガリウム液滴に超音波を照射すると、超音波の振動で破砕され、分裂と融合を繰り返しながら徐々に小さくなり、最終的にナノ粒子化します(図1)。形成された液体ガリウムナノ粒子は、有機溶媒中に保護剤として溶解したドデカンチオール[用語7]とガリウム表面に形成する自然酸化膜(厚さ約2ナノメートル)により安定化されます。強度、温度、時間依存性など超音波照射条件が粒子サイズに及ぼす影響を調べた結果、1)2時間程度の長時間照射により、超音波強度に関わらず同じ粒子サイズになること、2)高温ではバランスが融合に傾き、より大きなナノ粒子(20℃では35ナノメートル、50℃では60ナノメートル)を形成することが分かりました。これらの結果は、超音波照射で水と油を乳化させる状況と類似しています。水と油のエマルション[用語6]滴の分裂と融合のバランスでエマルション滴のサイズが決まるように、液体ガリウムナノ粒子の分裂と融合のバランスが、粒子のサイズを決める要因と考えられます。

超音波照射によるガリウムナノ粒子の形成

図1. 超音波照射によるガリウムナノ粒子の形成

(a)
ガリウム液滴への超音波照射による液体ガリウムナノ粒子の形成。
(b)
走査型電子顕微鏡で観察すると、平均35ナノメートルのナノ粒子が形成されていることが分かる。
(c)
透過型電子顕微鏡で観察すると、形成された液体ガリウムナノ粒子の表面に酸素および炭素が存在し、保護剤であるドデカンチオールと液体ガリウムナノ粒子表面の自然酸化膜によりナノ粒子が安定化されていることが分かる。

これらの知見をもとに、1)液体ガリウムナノ粒子を安定化するドデカンチオールの添加量、2)自然酸化膜を除去してナノ粒子の融合を促す塩酸の濃度、3)温度を調節することで、粒子の分裂と融合のバランスを制御した結果、粒子サイズをナノメートル単位で可逆的に制御することに成功しました(図2a、b)。さらに、この液体ガリウムナノ粒子のサイズ変化に伴い、紫外光領域における表面プラズモン共鳴吸収波長が変化することを確認しました(図2c)。

液体ガリウムナノ粒子の可逆的サイズ制御

図2. 液体ガリウムナノ粒子の可逆的サイズ制御

(a)
保護剤および塩酸の添加と温度調節による、超音波照射下における液体ガリウムナノ粒子の融合と分裂の可逆的制御のイメージ図。融合と分裂のバランスが、融合に傾くとより大きな粒子が形成され、分裂に傾くと小さな粒子が形成される。
(b)
液体ガリウムナノ粒子の可逆的なサイズ変化。添加する保護剤および塩酸の量と温度の条件を変えることで、粒子サイズが35ナノメートルと60ナノメートルに繰り返し変化した。
(c)
液体ガリウムナノ粒子のサイズ変化に伴う表面プラズモン共鳴吸収の変化。粒子サイズを変化させることによって吸収する波長を制御できるため、応用先が広がることが期待される。

今後の展開

今回開発した、液体ガリウムナノ粒子のサイズ制御技術により、金、銀など固体金属では困難だった、可逆的でより自由な形態制御が可能となり、用途に応じて光学特性を操るような新しいプラズモニック材料への展開が期待されます。

用語説明

[用語1] 液体金属 : 室温以下あるいは室温付近で液体状態を示す金属のこと。例えば、水銀(融点マイナス38.8℃)、ガリウム(融点29.8℃)がある。

[用語2] ガリウム : 原子番号31の元素。金属の中では、水銀、セシウムに次いで融点が低い。水銀と異なり毒性は低い。ガリウム合金の1つであるガリンスタンは、体温計など水銀の代替材料として使用される。また、ヒ化ガリウムや窒化ガリウム半導体は、発光ダイオードの材料である。

[用語3] 表面プラズモン共鳴吸収 : 金属ナノ粒子に光を当てると、金属内部の自由電子が集団的に揺さぶられるプラズモンと呼ばれる状態が誘起される。この状態は、金属微粒子の表面で見られるため、表面プラズモンと呼ばれる。この表面プラズモンの振動と光の振動が共鳴すると、その光は金属に吸収される。これを表面プラズモン共鳴吸収と呼ぶ。共鳴する波長は、金属の種類や金属ナノ粒子のサイズ、形状、配列に依存する。ステンドグラスは、ガラスにさまざまな金属のナノ粒子を混ぜ、金属ナノ粒子固有の表面プラズモン共鳴吸収により生じる色の違いで赤や緑など鮮やかな色を表現している。

[用語4] プラズモニック材料 : 表面プラズモンなどの金属ナノ構造体と光との相互作用を利用する材料のこと。表面プラズモンを制御して光の伝搬を制御したり、波長よりも小さな空間に光を閉じ込めたりすることが可能となる。また、自然界には存在しえない光学応答を示す人工物質は、メタマテリアルとも呼ばれ注目されている。高感度センサー、ナノレベルの光学素子などへの応用が期待されている。

[用語5] 電場増強効果 : 金属微粒子への光照射によって、金属表面でのみ自由電子が揺さぶられるため、金属微粒子表面では、入射した光電場に対して数十倍の大きさの光電場が誘起される。

[用語6] 乳化、エマルション : 分離している2つの液体をエマルションにすること。エマルションとは、液体に液体が分散している溶液のこと。油と水の場合、水滴が油中に分散した油中水滴型エマルションと油滴が水中に分散した水中油滴型エマルションなどがある。マヨネーズや生クリームもエマルションである。水分と油脂が安定して存在するため、ドレッシングのように時間が経つと分離してしまうことがない。

[用語7] ドデカンチオール : 水素化された硫黄を末端に持つ有機化合物チオールの1つ。無色透明の液体で、有機合成材料やエポキシ樹脂の硬化剤などに使用される。本研究のように、金属ナノ粒子の凝集を防ぎ安定させる保護剤としても利用されている。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Reversible Size Control of Liquid Metal Nanoparticles Under Ultrasonication
(超音波照射下における液体金属ナノ粒子の可逆的サイズ制御)
著者 :
Dr. Akihisa Yamaguchi, Yu Mashima, Prof. Dr. Tomokazu Iyoda
DOI :

問い合わせ先

研究に関すること

ERATO彌田超集積材料プロジェクト 研究総括
東京工業大学 フロンティア研究機構

教授 彌田智一
Email : iyoda.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5277 / Fax : 045-924-5277

ERATO彌田超集積材料プロジェクト 研究員
東京工業大学 フロンティア研究機構

特任助教 山口章久
Email : yamaguchi.a.af@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5277 / Fax : 045-924-5277

JST事業に関すること

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部 水田寿雄

Email : eratowww@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3528 / Fax : 03-3222-2068

報道担当

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

微細藻類にオイルをつくらせるスイッチタンパク質を発見―バイオ燃料生産実現に向けた基盤技術として期待―

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要点

  • TORタンパク質が微細藻類のオイル生合成をON/OFFすることを発見
  • TORタンパク質活性を抑制しオイル生合成の簡便な誘導に成功
  • 微細藻類を用いたオイル生産実現に向けた基盤技術となる

概要

東京工業大学資源化学研究所の今村壮輔准教授と田中寛教授らの研究グループは、ラパマイシン[用語1]の標的(TOR=target of rapamycin[用語2])タンパク質が、微細藻類におけるオイル生合成のON/OFFを決定付ける因子であることを発見した。藻類は一般に、培養液中の栄養量を減少させると、オイルを合成・蓄積する。そこで、窒素などの栄養源を感知するTORタンパク質に着目、オイル生合成との関わりを研究した。その結果、栄養源が豊富な条件においても、TOR の活性を人為的に阻害すると、オイルの生合成が引き起こされることを突き止めた。

この発見は、微細藻類におけるオイル生合成の中枢調節機構を明らかにしたといえ、微細藻類全般に当てはまると考えられる。またTOR 活性阻害によってオイルを蓄積させる方法は、培養液から栄養源を取り除く従来法に比べて簡便であり、微細藻類を用いたバイオ燃料生産実用化の基盤技術になると期待される。

成果は9月8日、オランダの分子生物科学誌「プラント・モレキュラー・バイオロジー(Plant Molecular Biology)」オンライン版に掲載される。

背景

持続可能なエネルギー生産は、地球温暖化対策や化石燃料の枯渇などの理由により、急務となっている。中でも、微細藻類を用いたオイル生産が近年注目を集めている。その理由は単位面積あたりのバイオマス生産性が高い、食糧と競合しない、などが挙げられる。しかし、微細藻類を用いた商業的なオイル生産のためには、高い生産性を有する藻類の育種が必須であるが、オイルの生合成を調節する基本的な仕組みは不明な点が多く、藻類育種の障害となっていた。

研究の経緯

微細藻類は一般に、培養液中の窒素などの栄養源の枯渇条件でオイルを合成する。今村准教授らの研究グループは、窒素などの栄養源を感知するタンパク質に着目した。仮に栄養源を感知するタンパク質がオイルの生合成に関与しているならば、その活性を人為的に操ることにより、オイル生合成を任意のタイミングで誘導できるのではないかと考えたからだ。

そのタンパク質候補として選んだのが、TORである。TORは酵母やヒトにおいて、窒素を含む種々の栄養量の感知とその応答に中心的な働きをしていることが知られているタンパク質リン酸化酵素である。そのため、藻類でも同様な機能を有し、オイル生合成に関わっていのではないかと考えた。

研究成果

同研究グループはまず、TORの活性をラパマイシンにより阻害した条件をつくり、窒素が欠乏した条件と比べ、同様の応答が引き起こされるかについて解析した。その結果、培養液中に窒素源が豊富に存在しているにも拘らず、ラパマイシンを培養液に添加すると、窒素欠乏時に検出される遺伝子の発現が観察された。

このことより、TORを不活性化することによって、栄養源が豊富な培養条件においても、オイル生合成が誘導される可能性が考えられた。その可能性を検証する実験を行った結果、ラパマイシン添加によるTORの不活性化により、オイルの蓄積が誘導されることが明らかになった(図1)。

TOR阻害によるオイル蓄積の誘導

図1. TOR阻害によるオイル蓄積の誘導

上段は明視野、下段は中性脂質を特異的に認識する色素で染色した画像。矢印で示した緑色のドット上のシグナルが藻類内で蓄積した中性脂質。赤色は葉緑体の自家蛍光。バーは2μmを示す。

オイルの中でも、バイオディーゼルの原料となるトリアシルグリセロールは、ラパマイシン非添加条件に比べて約9倍に上昇した。この様にTORの活性をラパマイシンにより人為的に阻害することにより、藻類オイルの生合成を任意のタイミングで誘導することに成功した。

栄養が充足した条件でTORは、細胞増殖を促進する中心的な機能を担っていることが知られている。従って、TORは栄養源の有無により、細胞増殖を促進するのか、オイル生合成を誘導するのかを切り替える"スイッチタンパク質"であることが考えられる(図2)。

TOR阻害によるオイル蓄積の誘導

図2. TORによるオイル生合成のON/OFF

ラパマイシン非存在下(栄養源が豊富な条件)では、TORはオイルの生合成に対して抑制的に、細胞増殖に対しては促進的に作用している。しかし、ラパマイシンによりTORの活性が阻害されると、オイル生合成への抑制が解除され、オイルの生合成が誘導されると考えられる。

この発見は微細藻類におけるオイル生合成の中枢調節機構を明らかにしたといえる。さらに、このTORの不活性化によるオイル蓄積が、単細胞紅藻シゾン[用語3]と単細胞緑藻クラミドモナス[用語4]においても観察されたことから、真核藻類一般で引き起こされる現象であると考えられる。

今後の展開

TORの活性をラパマイシンにより人為的に阻害し、オイルを蓄積させる方法は、細胞培養液に化合物を添加するだけである。従来行われてきた、培養液から栄養源を除く方法に比べて非常に簡便だ。しかし、TOR の活性阻害はオイル蓄積のみならず細胞の増殖阻害も引き起こすため(図2)、バイオマス生産性という観点からは解決すべき課題である。

今後は、TORを介したオイル生合成のさらに詳しい分子機構を明らかにし、それらの情報を基にして、細胞増殖とオイル生産を両立させた藻類株の育種を試みる。このように、今回の成果は、藻類を用いたオイル生産実現に向けた基盤技術となることが期待される。

用語説明

[用語1] ラパマイシン : TORに結合してTORの活性を特異的に阻害する化合物。医療現場では、免疫抑制剤として用いられている。

[用語2] TOR(target of rapamycin) : 真核生物に広く保存されたタンパク質リン酸化酵素。アミノ酸やグルコースなどの栄養源により活性が制御されている。標的分子のリン酸化を通してタンパク質合成を調節し、細胞の成長(大きさ)を制御している。

[用語3] シゾン : 学名はCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)。イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(海苔の仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられている。

[用語4] クラミドモナス : 和名はコナミドリムシ。淡水や土壌に生息する単細胞性の緑藻。ゲノム解析が進みモデル藻類として用いられている。

共同研究グループ

今回「Plant Molecular Biology」誌に掲載された内容は、東京工業大学大学院生命理工学研究科太田啓之教授、下嶋美恵准教授、国立遺伝学研究所宮城島進也特任准教授のグループとの共同研究の成果である。

研究サポート

この研究は、JST・CREST「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」と科学研究費補助金の支援を受けて実施した。

論文情報

掲載誌 :
Plant Molecular Biology
論文タイトル :
Target of rapamycin (TOR) plays a critical role in triacylglycerol accumulation in microalgae
著者 :
Sousuke Imamura, Yasuko Kawase, Ikki Kobayashi, Toshiyuki Sone, Atsuko Era, Shin-ya Miyagishima, Mie Shimojima, Hiroyuki Ohta, Kan Tanaka
DOI :

問い合わせ先

資源化学研究所 准教授 今村壮輔

Email : simamura@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5859

資源化学研究所 教授 田中寛

Email : kntanaka@res.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5274

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


光で働く細胞内のカゴ状スイッチ―炎症抑制効果をもつたんぱく質の活性化とCOの関係を解明―

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要点

  • 光の照射により一酸化炭素ガスを出す細胞内システムを開発
  • 分子カゴから放出された一酸化炭素により、炎症抑制分子の活性化機構を解明
  • 分子カゴをスイッチとする新しい細胞研究手法を確立

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の上野隆史教授と藤田健太大学院生らは、合成した分子のカゴをスイッチとした細胞内一酸化炭素(CO)放出システムの開発に成功した。具体的には、フェリチン[用語1]と呼ばれるカゴ状のたんぱく質の中に、COが結合した金属を閉じ込め、光を当てることによって、COがカゴから抜け出す仕組みを作り出した。

この手法を用いることにより、細胞内でCOを出すタイミングや量を自在に調節することが可能となった。また炎症抑制効果をもつたんぱく質NF-κB[用語2]の活性化とCOの関係を明らかにした。

今回の成果は、内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援によるもので、化学分野において最も権威のある学術誌の一つである「Angewandte Chemie International Edition(ドイツ化学会誌)」のオンライン版で9月2日にHot Paperとして公開された。

研究背景

ヒトのからだは、体内に存在する様々なガス分子が伝達する信号によって保護されている。1998年に一酸化窒素ガスによる信号伝達機構についての研究がノーベル賞を受賞して以来、多くの研究者が、生体内でガス分子を扱う技術の開発に尽力している。

ガス分子の中でも特に一酸化炭素(CO)ガスは、生体内での取り扱いが難しい分子だったが、近年、金属カルボニル錯体と呼ばれる金属にCOが結合した分子からのCO放出反応を利用して、生体内へCOを輸送することが可能となり、COが抗炎症作用や細胞増殖などの細胞を保護する機能を持つことが徐々に明らかにされている。しかし実際には、COの放出のタイミングや量を人工的にコントロールすることが困難であったため、COが細胞内で伝達する信号を詳細に理解するには至っていなかった。

研究内容

上野教授らは、光を当てたときにのみCOを放出させる性質を持つマンガンカルボニル錯体[用語3](図1a)の細胞内輸送に着目し、COの放出のタイミングや量をコントロールすることを目指した。カルボニル錯体は毒性や細胞内環境での不安定性が問題点とされるが、同教授らはこれまでに8ナノメートル(nm)の内部空間をもつカゴ状たんぱく質フェリチン(図1b)への内包によって改善されることを見出している。今回の研究においても、マンガンカルボニル錯体をフェリチンのカゴの中に集積させた複合体(図1c)で細胞内へ輸送することにした。

マンガンカルボニル錯体の化学構造(a)、フェリチンのX線結晶構造(b)及びマンガンカルボニル錯体が集積したフェリチンのX線結晶構造(c)。
図1.
マンガンカルボニル錯体の化学構造(a)、フェリチンのX線結晶構造(b)及びマンガンカルボニル錯体が集積したフェリチンのX線結晶構造(c)。

(1)光照射による複合体からのCO放出

合成した複合体に光を照射し、CO放出実験を行ったところ、光刺激によって望んだタイミングでCOを放出できること、その放出量を光の照射時間によって変化させることができることが分かった(図2)。つまり、複合体は、光に応答するCO放出スイッチとしての機能を有しており、COの放出のタイミングや量を人工的に制御できる性質を持つことが明らかになった。

光照射時間に対するCO放出量の変化

図2. 光照射時間に対するCO放出量の変化

(2)COのNF-κBへの作用

NF-κBの活性化因子であるTNF-αと呼ばれる分子を添加したヒト胎児腎臓細胞(HEK293細胞)へ複合体を導入し、光を当てることによって、細胞内でのCO放出を誘導した。結果として、NF-κBを効率的に活性化させるには、1. 光照射によってCOが放出され、その信号が伝達された後に、2. NF-κBの活性化因子であるTNF-αの刺激が加えられることが重要であると分かった(図3)。

さらに、より多くのCOが放出されることもNF-κB活性化の向上に寄与していることを見出した。以上のCOの効果は、細胞内でCO放出スイッチとして機能する、今回合成したマンガンカルボニル錯体とフェリチンとの複合分子を用いることによってはじめて明らかにされた。

細胞内放出COによるNF-κB活性化機構

図3. 細胞内放出COによるNF-κB活性化機構

今後の展開

今回の研究では、COがTNF-αとNF-κBが関与する経路に着目したが、細胞内にはさらに様々な信号伝達経路が存在しており、今回、作製したスイッチを作動させるタイミングを調節することで、今後より詳細にCOの作用機構についての解明が進められていくと期待される。さらに、カゴ状たんぱく質を用いた細胞内で機能するスイッチの設計指針は、将来的にガスの放出以外の様々な化学反応を細胞内で進行させるために適用可能であると考えられる。

用語説明

[用語1] フェリチン : 24個の単量体から構成される外径8 nmのカゴ状のたんぱく質であり、天然では、そのカゴの内部に細胞内の鉄を貯蔵する役割を果たしている。近年、フェリチンのカゴを用いて、鉄以外の天然に存在しない金属化合物を集積させ、化学反応に利用する研究が進められている。

[用語2] 核転写因子NF-κB(エヌエフカッパービー) : 細胞内の核に存在する転写因子の一種。核内のDNAに結合することによって、標的となるたんぱく質の産生をコントロールする機能を有する。具体的には、抗炎症や抗アポトーシスなど、細胞を保護する役割をもつたんぱく質を標的としている。

[用語3] マンガンカルボニル錯体 : 一酸化炭素が結合した遷移金属錯体の一種。本研究で利用したマンガン型の錯体は光刺激によって一酸化炭素を放出するが、他の金属をもつ錯体では、光に対して安定なものも存在する。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
A Photoactive Carbon-Monoxide-Releasing Protein Cage for Dose-Regulated Delivery in Living Cells
著者 :
Kenta Fujita, Dr. Yuya Tanaka, Dr. Satoshi Abe and Prof. Dr. Takafumi Ueno
DOI :

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科生体分子機能工学専攻

教授 上野隆史
Email : tueno@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5844 / Fax : 045-924-5806

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

大隅良典栄誉教授が第20回慶應医学賞を受賞

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東京工業大学フロンティア研究機構 大隅良典栄誉教授が第20回慶應医学賞を受賞しました。

慶應医学賞は世界の医学・生命科学の領域において、医学を中心とした諸科学の発展に寄与する顕著、かつ創造的な研究業績をあげた研究者を顕彰するものです。1996年から研究者を顕彰し、過去には、本賞受賞者からノーベル賞受賞者を6名輩出しています。

大隅良典栄誉教授
大隅良典栄誉教授

授賞研究テーマ

オートファジーの分子機構の解明

授賞理由

生命を維持するためには細胞内のタンパク質を適切に分解・処理するシステムが必須です。大隅良典教授は、細胞が自分自身のタンパク質等の細胞成分を分解し再利用する「オートファジー現象」を出芽酵母の遺伝学的手法を用いて解析し、世界に先駆けてオートファジーに不可欠な遺伝子群を同定し、それらの機能と生物学的意義について明らかにされました。APGと名付けて報告されたこれらの遺伝子群は現在ATGと呼ばれていますが、この発見によってオートファジーの具体的な分子機構が明確になりました。そして、大隅教授の発見を発端として、これらの出芽酵母のATGに相当する遺伝子が哺乳動物細胞にも存在し、オートファジーは高等動物においても発生・恒常性維持に必須の役割を果たしていることが解明されました。更に、オートファジー機構の異常は、神経変性疾患や悪性腫瘍の病態や進展においても重要な機能を果たしていることが見出されました。

このように大隅教授の先駆的な研究から、オートファジーを基軸とする生命科学研究という新しい分野が創出され、教授自身も継続的に分野を牽引する研究成果を上げておられます。以上のような大隅教授の独創的な研究内容と、他の追随を許さない業績は、慶應医学賞に相応しいものです。

大隅良典栄誉教授のコメント

この度、慶應医学賞を受賞することになり、身に余る光栄の至りに存じます。ご推薦頂いた先生方、選考委員、慶應義塾医学振興基金の方々に深く御礼申し上げます。私はこの27年間、酵母を用いて細胞内の分解系の一つであるオートファジーの分子機構と生理的役割の解明を目指して研究を進めて参りました。近年オートファジーが様々な生命機能に関わっていることや、病態との関係も注目を集め、目覚ましい展開をしています。我々の研究がそのきっかけとなったとすれば、研究者としてこの上もなく嬉しく思います。これまでの研究が、素晴らしい共同研究者達に恵まれたことと、彼らのたゆまぬ努力の賜物であることに心から感謝の意を表します。

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

インスパイアリング・レクチャー・シリーズ2 「情報通信と社会」開催報告

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東京工業大学は、大学で行われている最先端研究のダイナミズムを紹介する講演会シリーズ 「インスパイアリング・レクチャー・シリーズ」を開催しています。そのシリーズの第2回が6月12日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館くらまえホールにて行われました。

講演会場の様子
講演会場の様子

挨拶をする三島学長

挨拶をする三島学長

第2回のテーマは、「情報通信と社会—IT社会のための革新的光通信—」です。光通信の世界的研究者として知られる末松安晴・東京工業大学栄誉教授(元学長)を中心に、スウェーデン、デンマークからも著名研究者を招へいし、光通信を中心に情報通信分野をテーマとした講演会を開催しました。

講演会は、160名を超える参加がありました。参加者層も幅広く、大学生から社会人の方まで多くの方にご来場いただきました。講演は英語(同時通訳あり)で行われたこともあり、国際色豊かな内容になりました。

今回は4名の講演が行われました。

1. Optical Fiber Communication for the Information Society

東京工業大学 栄誉教授(元学長)
末松安晴博士

末松安晴栄誉教授は、光ファイバ通信の勃興期から光ファイバ通信の発展を生み出した革新的研究について、新しい情報通信技術(ICT)社会創出の観点から振り返りました。 豊富な写真やデータをもとに聴衆を引きつけるご講演で、1963年の東京工業大学全学祭において、世界で初めて行われたレーザ光を光ファイバで送る「光"ファイバ"通信」実験などの貴重な記録も紹介しました。引き続き、同氏が先導され、大容量長距離光ファイバ通信を可能にした動的単一モードレーザの一連の研究成果とそのインパクトについて講演しました。

2. Playing with Photons and Electrons "Bringing light to life"

デンマーク工科大学
クリスチャン・ストブケジャー教授

クリスチャン・ストブケジャー教授は、光ファイバ通信を可能にしたいくつかの革新的技術について講演しました。同氏が博士課程学生時代に滞在した東京工業大学での懐かしい経験も紹介され、その後同氏が精力的に取り組んだ光信号処理の一連の研究とともに、最近のヨーロッパで展開されるフォトニクスに関する国家プロジェクトについても紹介しました。

3. Tunable lasers from research to production - a personal view

Altitun社・Syntune社 共同創業者/スウェーデン戦略的研究財団 プログラム委員長
ビョルン・ブローベルグ博士

ビョルン・ブローベルグ博士は、同氏のライフワークともいうべき、現在の光通信ネットワークで広く使われる波長可変半導体レーザの研究開発、また、波長可変レーザについてのベンチャー起業についての貴重な経験について講演しました。さらに、同氏の半導体レーザ研究の出発点は、東京工業大学に在籍した1年間が貴重な基盤となっていることを懐かしい写真を交えて語りました。ベンチャー起業に関する失敗談、成功の秘訣など実体験をもとに、若い学生諸君にメッセージを送りました。

4. Terahertz Science and Technology: Innovation with Nanoelectronics

東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センター
河野行雄准教授

河野行雄准教授は、光領域と電波領域の中間に位置するテラヘルツ波(THz波)を用いた新しいセンシング、イメージング技術について講演しました。半導体中の2次元電子ガスやカーボンナノチューブ・グラフェンなどの低次元ナノ電子材料が持つ特徴を活かした最先端の研究成果を紹介しました。THz波を活用した単一バイオ・分子解析など、新しい分野の開拓への展望と抱負を述べました。

  • 講演中の末松栄誉教授

    講演中の末松栄誉教授

  • 質問に答えるストブケジャー教授

    質問に答えるストブケジャー教授

  • 講演中のブロバーグ博士

    講演中のブローベルグ博士

  • 講演中の河野准教授

    講演中の河野准教授

講演後に行われた質疑応答は、ベンチャーの起業や、プロジェクトリーダーとして研究室をけん引する姿勢、情報通信とエネルギー問題、若手研究者へのアドバイスなどがあり、大いに盛り上がりました。

学生の質問に答える末松栄誉教授

学生の質問に答える末松栄誉教授

閉会の挨拶をする安藤理事・副学長

閉会の挨拶をする安藤理事・副学長

今後も東工大の最先端研究をご紹介する「インスパイアリング・レクチャー・シリーズ」を開催予定です。どうぞご期待ください。

問い合わせ先

研究推進部研究企画課研究企画グループ

Email : ru.lecture@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2327

TBSテレビ「未来の起源」に太田・下嶋研究室の学生が出演

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本学、生命理工学研究科 太田・下嶋研究室の博士前期課程1年生・藤原亮太さんが、TBS「未来の起源」に出演しました。藤原さんが研究している「貧栄養土壌でも葉と根に油脂蓄積する植物の開発」について紹介されました。

下嶋美恵准教授と藤原亮太さん
下嶋美恵准教授と藤原亮太さん

  • 番組名
    「未来の起源」
  • タイトル
    畑で油を育てる
  • 放送日
    TBS: 9月20日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 9月27日(日) 20:54~21:00

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

結晶でもグラフェン凌ぐ2次元電子機能を実現―電子のスピンも調整でき次世代デバイス実現に威力―

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ポイント

  • 二セレン化タングステンでグラフェン超える2次元電子機能を容易に実現
  • 結晶表面へのルビジウムの希薄蒸着で、特異な単原子層電子ガスの生成を発見
  • 2次元電子ガスにおけるスピン状態間のエネルギー差を、蒸着量により巨大かつ自在に調整可能なことを実証
  • 常識に反した“増量で縮む”という電子状態が関与していることを解明
  • スピンや光を利用するトランジスタ応用につながる新技術

概要

東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川崇男准教授、英セント・アンドルーズ大学のフィリップ・キング(Philip King)講師らの国際共同研究チームは、二セレン化タングステン(WSe2)の単結晶表面にルビジウム(Rb)を希薄に蒸着することで、電子のもつ磁気的性質(スピン)を巨大に変化できる単原子層の電子ガスが生成することを発見した。これにより、グラフェン[用語1]を超える2次元電子機能を簡便に実現することができる。

電界効果トランジスタ(FET[用語2])の根幹部分(ゲート)で行っている静電ドーピング[用語2]を化学的に模倣して、通常のゲート電圧効果より2桁大きなスピン変化を自在に調整できることを実証した。静電ドーピング効果で誘起される2次元電子ガスは、"水を注ぐと水位が下がる"ことに相当するような「負の圧縮率」と呼ばれる特異な状態をもつことも解明した。本成果は、次世代半導体の基礎学理に重要な知見を与えるとともに、室温で動作するスピントロニクス・デバイスの実現などに向けて大きな弾みとなる。

以上の成果は、英国の科学誌「Nature Nanotechnology(ネイチャー・ナノテクノロジー)」においてオンラインで先行出版(9月21日発行:日本時間9月22日)された。

研究の背景と経緯

グラフェンのノーベル賞(2010年)を契機に、原子レベルの厚さをもつシート状物質や、それらがもつ2次元電子機能の開発が活発に行われている。グラフェンに追いつき追い越せる可能性をもつ物質の筆頭として注目されているのが、遷移金属ジカルコゲナイドと総称されるMX2の組成(M = 遷移金属、X = カルコゲン)をもつ層状物質である。

遷移金属ジカルコゲナイドの中でも、重たい(大きな原子番号をもつ)元素で構成されている二セレン化タングステン(WSe2)は、電子の運動と電子の磁石的性質(スピン)とが強く影響しあった状態をもつことから、グラフェンにはないスピンを電圧で制御するというような新機能の実現への期待も大きい。

一方でWSe2は、単原子層ではスピン機能を発揮できる電子状態をもつものの、複数層では各層のもつ機能を打ち消すように積層した構造になってしまうことから、バルク単結晶は利用できないと考えられていた。しかしながら、単原子層を簡便に大面積で作製できる方法はこれまでに開発されていない。

研究成果

今回、積層化で失われていたWSe2単原子層に固有な電子スピン機能を、単結晶の最表面に復活させ、容易に利用できる方法の開発に成功した。これは「結晶表面にアルカリ金属のルビジウム(Rb)を希薄に蒸着するだけ」という非常に単純な方法である。本手法の効果を模式的に表したのが図1である。

蒸着したRbは、最表面のWSe2単原子層にのみ電子キャリアを供給し、2次元電子ガスを形成する。この際、数原子レベルの限られた距離に電気分極が発生し、単原子層の電子状態には巨大な電界効果が引き起こされることが判明した。通常のゲート電極を用いて外部電圧で誘起させる電界効果の場合と異なって、今回の手法では電荷蓄積層がむき出しになっているという特徴がある。そこで、最先端の分光手法を用いて、Rb蒸着前後の電子状態変化を直接に観察することにより、以上の「結晶表面単原子層への選択的な化学的静電ドーピング効果」を実験で発見することができた。

本研究で開発した手法:WSe2単結晶にRbを希薄蒸着することで、化学的静電ドーピング効果により、結晶最表面にスピン機能をもった2次元電子ガスが作製できる
図1.
本研究で開発した手法:WSe2単結晶にRbを希薄蒸着することで、化学的静電ドーピング効果により、結晶最表面にスピン機能をもった2次元電子ガスが作製できる

Rb蒸着量に比例して電子キャリア量(N [cm-2])は増加し、1.5桁の幅広い範囲で制御できることが分かった。角度分解光電子分光と呼ばれる電子の運動方向とエネルギーの関係を直接観測できる手法を用いて、キャリア量を変化させた際にどの様に電子構造が発達するかを観察した結果を図2に示す。キャリア量の増加とともに、電界効果によってスピンの上向きと下向きとでエネルギー差が生じ、N ~ 9×1013 cm-2の時にはエネルギー差は180 meV にも及んだ。この値は通常のゲート電圧で引き起こせる効果に比べて2桁も大きい。この巨大変化をRb蒸着量で自在に制御できることも相まって、本手法は室温で動作するスピントロニクス・デバイスを実現するための重要な技術になるものと期待される。

Rb蒸着量で制御できる電子キャリア量(N)に応じて、異なるスピン方向の電子状態間にエネルギー差が生ずる様子を直接観察した結果
図2.
Rb蒸着量で制御できる電子キャリア量(N)に応じて、異なるスピン方向の電子状態間にエネルギー差が生ずる様子を直接観察した結果

さらに、結果を詳細に解析し理論計算によるシミュレーションと比較検討することによって、WSe2単結晶の最表面に形成される単原子層の電子ガスは、“水を注ぐと水位が下がる”ことに相当するような、直感に反した特異な性質をもつことも発見した。このような「負の圧縮率」と呼ばれる電子状態は、従来の半導体における2次元電子ガスにおいても、非常に低い電子キャリア量の時には観測されていた。これと比べてWSe2の単原子層電子ガスでは、3桁におよぶ驚異的に高い電子キャリア量まで負の電子圧縮率が観測された。

この原因として、WSe2は電子の運動エネルギーを小さくするような電子状態(マルチバレーと呼ばれる電子構造や比較的大きな電子の有効質量)をもち、これによって電子と電子との相互作用が大きくなっていることが関与していると考えられる。単原子層の遷移金属ジカルコゲナイドを用いて電界効果トランジスタを作製する試みが世界中で行われているが、ゲート電圧誘起の電子状態の発達過程は謎だらけである。従って、今回の結果はそれらにも本質的な知見を与えるものとして重要である。

用語説明

[用語1] グラフェン : 蜂の巣構造をもつ炭素の単原子層の薄膜。積層したものが黒鉛(グラファイト)。電子が超高速に動き回れるなどの性質をもつことから、次世代の電子材料として期待され、これを対象とした研究が2010年のノーベル賞に輝いた。

[用語2] 電界効果トランジスタ(FET)・静電ドーピング : ソース電極とドレイン電極間の電流をゲート電極の電圧で制御できるトランジスタ。ゲート電圧の静電界によって、ゲート電極の下部にある絶縁体を介した半導体界面に電子キャリアが誘起(ドープ)されることを利用している。

論文情報

掲載誌 :
Nature Nanotechnology, Published Online (21 Sep. 2015).
論文タイトル :
"Negative electronic compressibility and tunable spin splitting in WSe2"
(二セレン化タングステンにおける負の電子圧縮率と調整可能なスピン分裂)
著者 :
J. M. Riley, W. Meevasana, L. Bawden, M. Asakawa, T. Takayama, T. Eknapakul, T. K. Kim, M. Hoesch, S.-K. Mo, H. Takagi, T. Sasagawa, M. S. Bahramy, and P. D. C. King
DOI :

問い合わせ先

応用セラミックス研究所
総合理工学研究科物質科学創造専攻
准教授 笹川 崇男

Email : sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5366

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

無重力による骨量減少メカニズムの一端を解明

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無重力による骨量減少メカニズムの一端を解明
―国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟における2ヶ月間のメダカ飼育と破骨細胞の活性化による骨量減少―

要点

  • 世界で初めて2ヶ月間におよぶメダカの長期飼育に成功
  • 骨を吸収する細胞である破骨細胞の活性化による骨量減少を確認
  • 骨粗鬆症の原因解明にも繋がる

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の工藤明教授らは、国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟で2ヶ月間飼育したメダカを分析し、無重力で骨量が減少するメカニズムの一端を世界で初めて明らかにした。破骨細胞が無重力下で活性化され、破骨細胞の特徴である多核化[用語1]がより進んでいることが分かった。また破骨細胞のミトコンドリアの形態異常が観察され、ミトコンドリアに関連している2つの遺伝子「fkbp5」と「ddit4」の特異的な発現上昇が認められた。

世界で初めて宇宙で2ヶ月間もの長期にわたり魚が飼育できたことに伴う成果であり、この研究成果を通じて無重力での骨量減少を解明する新たな手掛かりが得られた。本成果により、動物モデルが無い老人性骨粗鬆(そしょう)症の原因解明に繋がることが期待できる。

この成果は、英国の科学誌ネイチャー(Nature)の姉妹紙のオンラインジャーナル「サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)」で9月21日に公開された。

研究成果

骨量減少の原因解明は、老人性骨粗鬆症の予防や長期の有人宇宙探査における重要な課題である。その解明のためには、培養細胞のみならず生物個体での観察・解析が重要であり、世界的にも注目されている研究領域である。

東工大の工藤教授らは、東京医科歯科大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)等との共同研究で、宇宙で飼育したメダカの骨組織を蛍光解析と組織解析した結果、2ヶ月間の無重力環境の影響として咽頭歯骨[用語2]の骨量減少が明らかになった。その原因として、破骨細胞の活性化、特に多核化が進んでいることが分かった。また、ミトコンドリアの形態異常が観察され、ミトコンドリアに関連する2つの遺伝子「fkbp5」と「ddit4」の特異的な発現上昇を明らかにした(図1参照)。「fkbp5」と「ddit4」はストレスに応答するグルココルチコイドの受容体(GR)の下流で発現する遺伝子で、GRはミトコンドリアで作用することが知られる。今回の破骨細胞のミトコンドリアの変形と、これら遺伝子発現上昇の相関関係については今後の更なる解析が必要であるが、無重力環境におけるミトコンドリア関連遺伝子の発現が破骨細胞の活性化を引き起こし、骨量減少に繋がったことが示唆される。

今回の論文で示された内容

図1. 今回の論文で示された内容

個体レベルで解析できる生物を用い、宇宙の無重力環境下での破骨細胞活性化、それに伴う骨量減少メカニズムの一端を定量的に示した世界で初めての成果である。

軌道上実験

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟に搭載された、JAXAが開発した水棲生物実験装置を用いて、無重力下における骨量減少メカニズムの解明を目的に、2012年10月から12月の2ヶ月間にわたりメダカを長期飼育した。「きぼう」では星出宇宙飛行士とケビン・フォード宇宙飛行士が実験装置の設置や実験作業を行った。スペースシャトルでは2週間の魚類飼育が最長であったが、水棲生物実験装置では、給餌、飼育水の浄化と温度・流量・酸素などの環境維持、ビデオ観察などが自動化され、国際宇宙ステーションでの長期間の小型魚類飼育が初めて可能となった。

用いたメダカは、骨を造る造骨細胞と骨を吸収する破骨細胞の様子が蛍光で観察できるトランスジェニックメダカ[用語3](図2、3参照)である。メダカは無重力特有の回転遊泳行動が観察されたが、水棲生物実験装置での生育には影響がなかった。

国際宇宙ステーションで飼育したダブルトランスジェニックメダカ

図2. 国際宇宙ステーションで飼育したダブルトランスジェニックメダカ

骨形成と骨吸収が盛んな咽頭歯骨

図3. 骨形成と骨吸収が盛んな咽頭歯骨

実験試料(メダカ)

骨量減少の原因解明のための研究には、ヒトやマウスなどの哺乳類と異なり、体が透明で生きたまま体外から骨の様子を観察しやすく、また細胞の動態を蛍光で観察できるトランスジェニックメダカが有効である。工藤教授らの研究室では造骨細胞と破骨細胞の様子を同時に生きたまま観察できるダブルトランスジェニックメダカを確立し、今回の実験に用いている。

宇宙空間での動物飼育実験は難しいとされる中、小型魚類であるメダカは16匹全てが健全に維持され、交尾行動も認められたことから、メダカが宇宙環境への適応に優れたモデル脊椎動物であることが実証された。

今後の展開

今回論文で発表した長期飼育実験の後、2014年2月に無重力への骨代謝の初期応答を調べる実験を「きぼう」で行っている。これは、今回同様のダブルトランスジェニックメダカを用い、メダカが生きたままの状態で1週間連続で蛍光顕微鏡観察する実験であり、無重力下での造骨細胞、破骨細胞の動態をリアルタイムで観察したものである。その結果は現在論文として準備中である。

「きぼう」の水棲生物実験装置では、メダカ以外にもゼブラフィッシュを用いた筋萎縮の実験も行われており、宇宙での筋・骨量の減少等に関する研究を通して、地上での健康維持や高齢化社会への対応等への貢献が期待されている。

用語説明

[用語1] 破骨細胞の多核化 : 破骨細胞は細胞融合によって単核の細胞が多核の細胞に分化する。この多核化によってより広い面積で、より深部までの骨吸収が可能になるため、多核化は活性化の1指標となる。

[用語2] 咽頭歯骨 : メダカののどの奥に500本以上ある咽頭歯を支える骨。歯の再生に伴ってこの骨が再生され、古い骨の上に破骨細胞が存在し、骨吸収を行っている(図3参照)。

[用語3] トランスジェニックメダカ : 細胞特異的に発現するメダカの遺伝子に蛍光タンパク質を発現する遺伝子を繋げ、このコンストラクト(構築されたプラスミド)をメダカ卵に注入して遺伝子組み換えメダカを作成する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Microgravity promotes osteoclast activity in medaka fish reared at the international space station.
著者 :
Chatani, M., Mantoku, A., Takeyama, K., Abduweli,D., Sugamori, Y., Aoki, K., Ohya, K., Suzuki, H., Uchida, S., Sakimura, T., Kono, Y., Tanigaki, F., Shirakawa, M., Takano, Y. and Kudo, A.
DOI :

研究全般に関するお問い合わせ先

東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生命情報専攻

教授 工藤明
Email : akudo@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5718 / Fax : 045-924-5718

国際宇宙ステーション・「きぼう」を使った水棲生物実験に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 広報部

Tel : 050-3362-4374 / Fax : 03-3258-5051

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)新棟竣工記念式典開催

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東京工業大学大岡山キャンパスに地球生命研究所の新棟"ELSI-1"が完成いたしました。鉄筋コンクリート造地上3階地下1階建で、国内外の世界トップレベルの研究者が連携し、異分野融合研究を展開できる研究施設です。

10月1日(木)に竣工記念式典を開催しました。

式典内容

  • 日時:
    2015年10月1日(木)14:00~19:00
  • 会場:
    東京工業大学地球生命研究所(ELSI-1)1階ELSIホール

プログラム

  • 挨拶
    地球生命研究所長 廣瀬敬
    東京工業大学長 三島良直
  • 来賓祝辞
    日本学術振興会学術システム研究センター相談役 黒木登志夫
    文部科学省大臣官房審議官(研究振興局担当) 生川浩史
    科学技術振興機構 顧問 相澤益男
  • 記念講演
    地球生命研究所長 廣瀬敬
    地球生命研究所 主任研究者・教授 Eric Smith
    東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻教授 塚本由晴
  • 施設見学
  • 祝賀会

研究所概要

「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」は、高いレベルの研究者を中核とした世界トップレベルの研究拠点を形成するため、文部科学省が平成19年度に開始した事業です。

平成24年度にWPIに採択された地球生命研究所(ELSI)は、地球と生命の起源と進化の解明を目指し、地球惑星科学と生命科学の分野融合的な研究アプローチで、研究成果をあげています。本年7月には、米国財団から約6億7000万円の寄付を受け生命起源に関わる世界中の研究者同士をつなぐネットワークの強化と拡大を目的とする「EON(ELSI Origins Network)プロジェクト」をスタートさせました。

地球生命研究所の新棟“ELSI-1”の概要

地下1階には実験室が並び、2階と3階には研究者のための居室が設けられました。さらに、開放的なコミュニケーションスペース「ELSI AGORA」を設け、国内外・異分野同士の研究者が、普段から自然な形で異分野交流を深め、融合研究を促進します。

また、1階ホールは研究セミナーやワークショップの他、一般向け講演会でも使用します。同じく1階には情報発信のためのスペースを設け、さまざまなイベントで活用していきます。

  • 構造
    鉄骨鉄筋コンクリート造 地上3階地下1階建
  • 面積
    延べ面積 4973.54m2
  • デザインアーキテクト
    東京工業大学 塚本由晴研究室、竹内徹研究室
ELSI-1外観

ELSI-1外観

ELSI AGORA

ELSI AGORA

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email: media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

東京工業大学 地球生命研究所 広報室

Email: pr@elsi.jp
Tel : 03-5734-3163


TBSテレビ「未来の起源」に浅輪研究室の押尾晴樹特別研究員が出演

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本学総合理工学研究科 環境理工学創造専攻 浅輪研究室の押尾晴樹特別研究員が、TBS「未来の起源」に出演します。「航空機リモートセンシングにより、都市の樹木がもたらす熱環境緩和の効果を明らかにする研究」について紹介されます。

左:浅輪貴史准教授 右:押尾晴樹特別研究員
左:浅輪貴史准教授 右:押尾晴樹特別研究員

  • 番組名
    「未来の起源」
  • タイトル
    「空から見る、景色以外の街の姿」
  • 放送日
    TBS: 10月4日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 10月11日(日) 20:54~21:00

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

TBSテレビ「未来の起源」に鈴森・遠藤研究室の学生が出演

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本学理工学研究科 機械宇宙システム専攻 鈴森・遠藤研究室の博士前期課程1年生・車谷駿一さんが、TBS「未来の起源」に出演しました。車谷さんが研究している「人工筋肉」について紹介されました。

鈴森康一教授

鈴森康一教授

車谷駿一さん

車谷駿一さん

  • 番組名
    「未来の起源」
  • タイトル
    人工筋肉が実現する筋骨格ロボット
  • 放送日
    TBS: 10月11日(日) 22:54~23:00
    (再放送)BS-TBS: 10月18日(日) 20:54~21:00
  • 筋骨格ロボット
  • 筋骨格ロボット
  • 筋骨格ロボット

筋骨格ロボット

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T2R2の論文公開件数が4000件を突破

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T2R2システム(Tokyo Tech Research Repository)は、東工大の学術研究論文等の一元的な蓄積・管理・発信を目的としたシステムです。東工大所属の全ての研究者が執筆した学術研究論文等の書誌情報や、PDFファイル形式の論文本文を登録・保存・公開するための機能を備えています。また、T2R2システムに登録された論文・著書は、T2R2システムの検索サイトを通して、広く学内外の利用者による検索・閲覧が可能です。

7月13日、このT2R2システムにて学外公開されている論文等の本文ファイルが4000件を突破しました。今後もT2R2システムを通じ、本学の研究成果を世界へ向けて発信していきます。

4000件目の論文を登録した小西玄一准教授(大学院理工学研究科有機・高分子物質専攻)に、T2R2で公開している論文について聞きました。

ピレン色素によるミトコンドリアの染色のイメージ図(J. Mater. Chem. B, Vol.3 No.2表紙から)
ピレン色素によるミトコンドリアの染色のイメージ図
(J. Mater. Chem. B, Vol.3 No.2表紙から)

論文名
著者名
Yosuke Niko, Hiroki Moritomo, Hiroyuki Sugihara, Yasutaka Suzuki, Jun Kawamata and Gen-ichi Konishi
掲載誌
Journal of Materials Chemistry B
巻号頁
Vol. 3 No. 2 pp. 184-190

論文の概要を教えてください。

小西玄一准教授

小西玄一准教授

二光子励起顕微鏡(TPFM)は、特に医療分野で期待されている光学技術であり、低侵襲・高深度で生体を観察することを可能とします。この分野では、高性能蛍光色素の開発が強く求められています。我々は、小さなサイズで細胞等に取り込むことができ、生体の中でも最もよく光を透過する領域(650-1100 nm)で強く二光子を吸収し、近赤外領域で高い発光効率を示す色素の開発に成功しました。実際にミトコンドリアの染色において、従来の色素よりも高感度のイメージングに成功し、さらに最近開発された汎用光源であるファイバーレーザーでも使用できることを示しました。

T2R2システムで公開されたファイルをどのような方々に読んでほしいですか?

ケミカルバイオロジー、医学、化学の研究者だけでなく、他の分野の研究者や学生にもぜひ読んでいただきたいです。

今後の研究活動のご予定を教えてください。

1050 nmのファイバーレーザー光源を用いて、取り出した細胞や生体組織だけでなく、生きている個体そのものの深部の観察に取り組んでいます。将来、癌や様々な病気の早期発見のための二光子励起顕微鏡を用いた内視鏡が製作できると思います。

問い合わせ先

リサーチリポジトリWG(事務担当)

Tel : 03-5734-2099

トポロジカルな電子構造をもつ新しい超伝導物質の発見 ~トポロジカル新物質の探索に新たな指針~

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ポイント

  • 新規パラジウムビスマス超伝導体(PdBi2)の電子構造の直接観測に成功。
  • 通常の物質とは異なるトポロジカルな性質[用語1]をもつ表面の電子を検出し、その起源を解明。
  • 新しい量子現象や機能が期待されるトポロジカルな超伝導の研究にむけて前進。

発表概要

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の坂野昌人大学院生、同研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 物理工学専攻の石坂香子准教授らの研究グループは、東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川崇男准教授、広島大学放射光科学研究センターの奥田太一准教授らと共同で、新しい超伝導物質PdBi2がもつトポロジカルな電子構造を実験的に検出するとともに理論的に証明し、トポロジカル超伝導の研究やさらなるトポロジカル新物質の探索にむけて大きく貢献しました。

私たちの身の回りの物質はこれまで電気的性質により金属、半導体、絶縁体、超伝導体などに分類されてきました。ところが近年トポロジー[用語2]という数学的概念を電子状態に対して考慮することにより、真空と異なるトポロジカルな性質をもつ「トポロジカル物質」というそれまでにない分類が出現し、物理学、数学だけでなく化学、工学の広い分野にわたり注目を集めています。トポロジカル物質のもつ本質的な特徴として、固体内部とは異なる特殊な電子が表面に存在し、それらが新しい電気的・磁気的機能の担い手となる可能性があるからです。その中でもトポロジカル超伝導体では表面にマヨラナ粒子[用語3]と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており、その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています。

今回研究グループは、パラジウム(Pd)とビスマス(Bi)で構成される新規超伝導体PdBi2がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにしました。先端的なスピン分解・角度分解光電子分光法[用語4]を用いて特異な表面の電子状態を実験的に直接検出するとともに、その表面状態がPdBi2のもつトポロジカルな性質により出現するものであることを第一原理電子構造計算[用語5]により証明しました。本研究成果をもとに、新たな指針に基づくトポロジカル超伝導体の研究やトポロジカル新物質の探索が大きく進展することが期待されます。

本研究成果は、英国科学雑誌『Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)』(10月13日電子版)に掲載されました。

発表内容

1. 背景

近年、表面に特殊な電子構造(トポロジカル表面状態)をもつトポロジカル物質が注目を集めています。トポロジカル物質研究の発展は、2005年のトポロジカル絶縁体の予言と、それに続く発見に端を発します。トポロジカル絶縁体は、内部は電気を通さない絶縁体である一方、表面では電気が流れる金属となっており、通常の絶縁体とは異なる新しい絶縁体に分類されます。このトポロジカル表面状態においては、質量ゼロの電子(ディラック電子)が出現するとともにその電子スピン(電子自身がもつ微小な磁石)の向きが電子の運動に垂直な方向にそろっており、これまでにない電気的磁気的機能の創出が期待されています。その後、理論的、実験的研究が進むにつれ、絶縁体に限らず金属や超伝導体においても物質のもつトポロジカルな性質や表面状態が重要視されるようになっています。特に、トポロジカル超伝導と呼ばれる状態においては、その表面状態にマヨラナ粒子と呼ばれる、いまだその存在が未検証な理論上の粒子が出現することが予言されています。トポロジカル超伝導を実現するための物質科学的指針の1つとして、これまでは主にトポロジカル絶縁体に対して化学的に電子をドープしたり強い圧力をかけたりすることによって超伝導体へと変化させる戦略が取られてきました。しかし、このようなチューニングにより得られる超伝導体の種類や質、堅牢さには厳しい制約があり、新たな物質開拓の指針が望まれていました。

2. 研究内容

本研究グループは、トポロジカル絶縁体に手を加えるのではなく、パラジウムとビスマスで構成される超伝導体PdBi2(図1)に着目しました。良質な結晶を作製して最先端のスピン分解・角度分解光電子分光法を用いることにより、PdBi2の電子構造の直接観測に成功し、トポロジカルな性質を理論的に証明するとともにその起源を解明しました。

具体的には、スピン分解・角度分解光電子分光法(図2)によりPdBi2の固体内部と表面状態における電子構造と電子スピンの向きをそれぞれ詳細に調べました。観測された表面状態の電子はディラック電子とよく似た特徴を示しており、さらにその運動方向と電子スピンが直交している様子も検出されました(図3)。この結果から、PdBi2における表面状態がトポロジカル絶縁体表面に現れるものと酷似していることが明らかになりました。しかし、これだけではこの表面状態が真にトポロジカルな性質に由来するものであると証明されたわけではありません。研究グループはさらに第一原理計算により、PdBi2の電子構造とそれを構成する電子の波動関数を解析しました。この計算結果は実際に観測された電子状態を非常によく再現するとともに、この表面状態がトポロジカル表面状態であることを証明するものとなりました。

パラジウムビスマス超伝導体PdBi2の結晶構造と電気抵抗率
図1.
パラジウムビスマス超伝導体PdBi2の結晶構造と電気抵抗率
左図はPdBi2の結晶構造を示しています。パラジウム原子の周りを8個のビスマス原子が囲み、それらが層状に積層した結晶構造を形成します。右図は電気抵抗率の温度依存性です。絶対温度5.3ケルビンにおいて金属状態から超伝導状態に相転移する様子を表しています。
スピン分解・角度分解光電子分光法の概念図
図2.
スピン分解・角度分解光電子分光法の概念図
物質に光を照射すると、物質の表面から電子(光電子)が真空中へ脱出します。スピン分解・角度分解光電子分光法は、その光電子の運動エネルギー、脱出角度およびスピンを調べることによって、物質の電子構造を観測できる実験手法です。本研究では、スピンを調べる際に広島大学放射光科学研究センターの実験装置(ESPRESSO)を用いました。この装置のスピン検出器(VLEED)では鉄の磁石の性質を利用することにより、従来に比べて100倍の効率で光電子のスピンを調べることができます。
スピン分解・角度分解光電子分光で得られた電子構造と電子スピン
図3.
スピン分解・角度分解光電子分光で得られた電子構造と電子スピン
左図・中央図はPdBi2のトポロジカル表面状態を示す角度分解光電子分光の結果です。質量ゼロのディラック電子が示す円錐状の電子構造が見られます。右図は同じ領域のスピン分解・角度分解光電子分光の結果です。上向きスピン(赤)と下向きスピン(青)が電子の運動方向(運動量の符号)と結びついている様子を示しています。

3. 今後の展望

本研究により、PdBi2がトポロジカルな性質と表面状態をもつ超伝導物質であることが明らかになりました。今回の実験では超伝導転移温度(5.3ケルビン)以下での測定を行うことができませんでしたが、冷却性能の高い実験装置やその他の多様な実験手法を用いることにより超伝導状態の詳細な観測が可能となります。これにより、現段階では理論研究が圧倒的に先行しているトポロジカル超伝導の検出や解明を目指す実験が大きく進展する可能性があります。また、本研究で用いた実験・計算手法は新しいトポロジカル物質の探索とその評価の指針を提示するものであり、これまで通常の金属や超伝導体と思われてきた物質の再考も含め、幅広い新物質群の開拓へとつながることが期待されます。

用語説明

[用語1] トポロジカルな性質 : ここでは、トポロジーで分類した際に真空状態と同じ物質を「通常の物質」、異なる物質を「トポロジカルな性質」をもつ「トポロジカル物質」と呼んでいます。

[用語2] トポロジー(位相幾何学) : 連続的に変形できるか否かにより形を分類する数学の学問です。一例としてよく挙げられるのがドーナツとマグカップです。これらはいずれも穴の数が1つであり、連続的に変形させたときに互いに行き来することができるので同じ分類になります。一方で饅頭には穴が無いためマグカップやドーナツへと連続的に変形することはできず、異なる分類になります。

[用語3] マヨラナ粒子 : 物理学者マヨラナによって提案された電荷を持たない素粒子で、自分自身の反粒子となる特殊な性質をもっています。素粒子物理学でニュートリノとの関連が議論されていますが、マヨラナ粒子の確たる実験的証拠はいまだ提示されていません。

[用語4] スピン分解・角度分解光電子分光法 : 物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギー、および脱出角度を調べることによって、物質中の電子のエネルギーと運動量を直接観測できる実験手法です。さらに、スピン検出器を用いて光電子のスピンを測定することにより、物質中の電子スピンの向きを調べることもできます(図2)。物質中の電子の運動量、エネルギーとスピンが分かると、電子構造を完全に理解することができます。

[用語5] 第一原理電子構造計算 : 量子力学の基礎的な方程式を用いて、物質を構成する原子の種類と位置の情報から電子構造を計算する手法です。結晶構造さえ決まれば非経験的に電子構造を得ることができるため、性質の不明な新物質に対しても威力を発揮します。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications 6, 9595 (2015年10月13日電子版)
論文タイトル :
Topologically protected surface states in a centrosymmetric superconductor β-PdBi2 symmetry
(和訳:空間反転対称な超伝導体β-PdBi2におけるトポロジカルに保護された表面状態)
著者 :
  • 坂野 昌人(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士後期課程3年)
  • 大川 顕次郎(東京工業大学 応用セラミックス研究所 博士後期課程2年)
  • 奥田 太一(広島大学 放射光科学研究センター 准教授)
  • 笹川 崇男(東京工業大学 応用セラミックス研究所 准教授)
  • 石坂 香子(東京大学 大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 物理工学専攻 准教授)
DOI :

問い合わせ先

東京大学 大学院工学系研究科
附属量子相エレクトロニクス研究センター

准教授 石坂 香子(いしざか きょうこ)
Email: ishizaka@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel / Fax: 03-5841-6849

東京工業大学 応用セラミックス研究所

准教授 笹川 崇男(ささがわ たかお)
Email: sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel / Fax: 045-924-5366

広島大学 放射光科学研究センター

准教授 奥田 太一(おくだ たいち)
Email: okudat@hiroshima-u.ac.jp
Tel: 082-424-6293

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel: 03-5734-2975 / Fax: 03-5734-3661

螺旋状に束ねたチューブによる管内推進装置

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概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科メカノマイクロ工学専攻の高山俊男准教授は、複数のチューブを螺旋状に束ねるだけで製作可能な「管内推進装置」を開発した。

研究の背景

身の回りには様々な管があり、これらは定期的なメンテナンスを必要とする。管内の検査には内視鏡が有効であるが、細く曲がった管の奥まで入れることが難しく、管内推進装置が求められている。

研究成果

2本の柔軟なシリコーンチューブを伸びない糸を挟んで接着し、1本に空気圧をかけて伸ばすと、伸びたチューブが外側にくるような円弧形状に変形する。この原理を応用して、3本の柔軟なシリコーンチューブを伸びない糸を中心に螺旋状に束ねて互いに接着し、1本に空気圧をかけて伸ばすと、伸びたチューブが外側にくるような螺旋形状に変形する。3本のチューブを順に加圧すると、おなじ螺旋形状のまま外側になるチューブが順に入れ替わる。すなわち螺旋形状を維持したまま、体軸を中心とした回転運動を行う螺旋捻転運動となる。これを管内で行なうと、胴体が管内壁に斜めに押し付けられたまま回転運動を行うため、螺旋状の軌跡を描いて推進する。柔軟な構造であるため特に複雑な制御をしなくても屈曲部を容易に通過できる。外径6mmの寸法の試作機で内径9mmから25mmの管を移動可能で、内径20mmの管で最大毎秒45mmで移動可能であった。また接着時に束ねる螺旋の捻じれ角度によって変形可能な最大直径が変わることも確認した。

今後の展開

安価であるため汚れた環境下で使い捨てにでき、密閉性が高く電気も使わないため可燃性のガスのある管内で利用でき、生体内で利用できる可能性もある。今後、実用化のために、物理モデルを構築して変形可能な最大直径を予測し、目的に応じた推進装置の設計手法を求める予定である。

2本のチューブによる基本原理

図1. 2本のチューブによる基本原理

3本のチューブを螺旋状に束ねて1本を加圧した場合

図2. 3本のチューブを螺旋状に束ねて1本を加圧した場合

螺旋捻転運動の転がる方向と装置先端の描く軌跡

図3. 螺旋捻転運動の転がる方向と装置先端の描く軌跡

螺旋捻転管内推進装置の作り方

図4. 螺旋捻転管内推進装置の作り方

管内推進の様子(屈曲部も容易に通過可能)

図5. 管内推進の様子(屈曲部も容易に通過可能)

論文情報

掲載誌 :
IEEE/ASME Transactions on Mechatronics
論文タイトル :
A twisted bundled tube locomotive device proposed for in-pipe mobile robot
著者 :
高山俊男、竹島啓純、堀智之、小俣透
DOI :

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 メカノマイクロ工学専攻
准教授 高山俊男

Email : takayama@pms.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5468 / Fax : 045-924-5468

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