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DNA配列の相同性検索を200倍高速化―類似配列のクラスタリングで実現、メタゲノム解析も容易に―

概要

東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻の秋山泰教授らは、ゲノム解析[用語1]で広く使われる配列相同性検索[用語2]を高速に実行する新しいアルゴリズム(問題を解く手順)を開発し、「GHOSTZ」ソフトウェアとして公開した。これは新たに決定した遺伝子等のDNA配列を、すでに決定されている配列のデータベースと比較して類似の配列を見つけ出すソフトウェア。土壌やヒト体内の微生物解析の大規模データで実測したところ、これまで一般的に使われている「BLASTX」ソフトウェア[用語3]に比べて、185~261倍高速に検索できることがわかった。

データベース内の配列をあらかじめ類似配列ごとにクラスタリングして(束ねて)おくことで高感度の比較を保ったままで高速化を実現した。膨大なデータ処理が必要なメタゲノム解析[用語4]も現実的な時間内でこなせる。

研究の背景

配列相同性検索は、ゲノム解析などの基盤となる重要な情報処理である。新しいDNA配列読み取り技術の登場により配列データは日々増加しており、データベースの規模は拡大の一途をたどっている。このため、配列相同性検索に必要な計算負荷は大幅に増加している。

なかでも、土壌・海洋・ヒト体内などの諸環境中に生息する多様な微生物を一網打尽に調査するメタゲノム解析は、得られるデータ量の多さもさることながら、DNA配列が多数の生物種の混合であり、データベース内に近縁の参照配列が存在しない場合が多いことなどから、感度の高い相同性検索を実施する必要があり、計算負荷が特に高くなる。必要な感度を確保できる既存のBLASTXソフトウェアを利用すると、膨大なデータの処理を現実的な時間内では実行できないという点が大きな問題となっていた。

研究成果

秋山教授らが開発したアルゴリズムは、まず元データのDNA塩基配列を、考え得る何通りかのタンパク質アミノ酸配列に翻訳した上で、既知のアミノ酸配列のデータベースと高感度な比較を行う。このとき、データベース内に出現する部分文字列(既知タンパク質のアミノ酸配列の一部)をあらかじめ類似配列ごとにクラスタリングしておくことで比較処理を高速化した。検索対象となる配列データから、文字列マッチングの核となる短い部分文字列を探索する過程(シード探索)において、初めにデータベース内に作ったクラスターごとの代表配列とだけ比較を行うことにより、全体の比較回数を大幅に減らすことができる。同時に、その後に実施する文字列伸張と呼ばれる計算負荷の大きなステップに持ち込む比較相手の候補を正確に選び出すことにも成功した。

このとき、部分文字列間の距離に関して成立する三角不等式[用語5]に着目したことで、初めは各クラスターの代表配列とだけ比較を行っても、各クラスター内の他のメンバー配列との距離の下限も正確に推定できるために、他の配列との類似性をさらに計算すべきか否かが瞬時に判断できて、見逃しが生じない。これを実現するために必要なデータベース側の前処理も簡単であり、感度を犠牲にせずに、検索速度を向上できた。

この手法をGHOSTZソフトウェアとして効率的に実装し、コンピュータープログラムのソースコードを公開した。土壌細菌や、ヒト口腔内細菌など、メタゲノム解析の複数の実データで測定したところ、GHOSTZは、RAPSearch[用語6]の2.2~2.8倍高速であり、BLASTXの185~261倍高速であった。

今後の展開

GHOSTZは、主にメタゲノム解析において、遺伝子の機能に関する注釈付けや、生物の分類群に関する注釈付けを支援する目的で設計されている。感度の高い相同性検索が必要となるようなメタゲノム研究において、広く用いられることが期待される。さらに、プロテオーム解析[用語7]などの他の研究領域でも利用することが可能である。

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部分文字列間の距離に関する三角不等式を用いた類似度フィルタリング

図. 部分文字列間の距離に関する三角不等式を用いた類似度フィルタリング

表.
各手法を用いてSRR407548 配列をKEGG GENES データベースと比較した時の所要時間(秒)。加速率はBLASTXを1スレッドで実行した場合との相対比。
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各手法を用いてSRR407548 配列をKEGG GENES データベースと比較した時の所要時間(秒)。加速率はBLASTXを1スレッドで実行した場合との相対比。

用語説明

[用語1] ゲノム解析 : ある生物の遺伝情報(DNAの塩基配列)の全体構成と機能を解明する研究。

[用語2] 配列相同性検索 : DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を調べるときに、すでに配列決定されデータベースに登録されている配列と比較照合して、類似の配列を見つけ出す処理。

[用語3] BLASTXソフトウェア : 配列相同性検索のためのコンピューターソフトウェア。現在、広く使われているソフトウェアである。米国立衛生研究所(NIH)の研究者が製作。

[用語4] メタゲノム解析 : 土壌・海洋・ヒト体内などの環境中に生息する多様な微生物群集について、それぞれの微生物を単離培養せずに、全体としてのゲノム情報を調べる研究。

[用語5] 三角不等式 : A-B間の距離とB-C間の距離の和は、A-C間の距離より大きくなるといった性質を表す数式。本研究の場合は、配列間の編集距離という概念に基づいて式を立てた。

[用語6] RAPSearch : タンパク質のアミノ酸配列に対する配列相同性検索の高速化に特化したソフトウェア。米インディアナ大学の研究者が製作。

[用語7] プロテオーム解析 : ある系(生物種や細胞など)に存在しているタンパク質の全体構成と機能を解明する研究。

論文情報

掲載誌 :
Bioinformatics 31(8), 1183-1190 (2015)
論文タイトル :
Faster sequence homology searches by clustering subsequences
著者 :
鈴木脩司、角田将典、石田貴士、秋山泰
所属 :
東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻; 東京工業大学情報生命博士教育院
DOI :
10.1093/bioinformatics/btu780 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

大学院情報理工学研究科 計算工学専攻
教授 秋山泰
Email : akiyama@cs.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3645


遺伝子大量発現による細胞リプログラミングの原理を解明

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科地球生命研究所の木賀大介准教授らは、理化学研究所と共同で、数理モデルと培養実験を組み合わせる合成生物学の研究により、遺伝子大量発現[用語1]による細胞リプログラミング(初期化)の原理を明らかにした。

研究の背景

遺伝子からのタンパク質の生産を大量に行わせることが、iPS細胞の作成過程など、細胞の性質を転換させるリプログラミングの種々の研究と活用での、再現性の高い重要な実験操作になっている。しかし、京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授が発見したiPS細胞の作成における4遺伝子の役割など、遺伝子の大量発現がリプログラミングの過程において、どのようなメカニズムを誘起しているかということについては明らかになっていなかった。

合成生物学は、伝統的な生物学が「観る」ことに立脚していたことに対し、「つくる」ことを研究手段とする生物学の新たな領域である。50年以上の歴史を持つ分子生物学においても、生物の構成要素を分離して「観る」ことが続けられてきたが、生物の複雑さに起因して、他分野の科学に多くみられる、数理モデルに立脚した理解が進みにくいという状況があった。

そこで、合成生物学の一部では、単純化された系を生物の中につくり、そのナマものの挙動と、モデルの挙動とを比較することで、生物システムの根本的な理解を目指している。2000年に発表された、2つの遺伝子が、お互いの生産能力を阻害する、遺伝子による相互抑制回路「トグルスイッチ」[用語2]の研究や、これに細胞間通信を組み合わせるように拡張して「細胞状態の地形」を描いた2011年の木賀准教授らの研究は、この路線によって行われている。

研究成果

木賀准教授らは、2種類の遺伝子について、生産の相互抑制回路と、この抑制制御とは別途に研究者が指定する任意の速度で生産を行う「大量発現回路」とを組み合わせて、上位階層の回路を作成した。その結果、この生産速度の研究者による設定に応じて、(1)上位階層の回路の安定性を単安定(図で谷が1つの状態)と相安定(図で谷が2つの状態)の間で切り替えられること、(2)単安定となる状態の位置も設定できること―を理論的に示した。そして、この予測を培養実験によって、設計された生物の挙動として示すことができた。

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実験操作の開始前に、2つある安定状態の片方の内部状態を持つ細胞のみからなる集団について、遺伝子の大量発現による単安定性への変化により、その内部状態が、基底の地形での「山」の位置へと遷移する。その後、大量発現の解除によって基底の地形へと戻ることで、細胞たちは「山」の部分にとどまることができない。このため、引き続く培養によって、1種類の内部状態(左図では緑)であった細胞群から、内部状態が異なる2種類の細胞群(左図では赤、緑)へと多様化する。
図.
実験操作の開始前に、2つある安定状態の片方の内部状態を持つ細胞のみからなる集団について、遺伝子の大量発現による単安定性への変化により、その内部状態が、基底の地形での「山」の位置へと遷移する。その後、大量発現の解除によって基底の地形へと戻ることで、細胞たちは「山」の部分にとどまることができない。このため、引き続く培養によって、1種類の内部状態(左図では緑)であった細胞群から、内部状態が異なる2種類の細胞群(左図では赤、緑)へと多様化する。

本研究では、遺伝子からの生産速度の調整と解除を続けて行う実験操作によって、状態Aの細胞集団から状態AとBの細胞集団を、予測通りに作り出すことができた。最初の状況では、細胞集団が二つの谷のうち片方の谷(状態A)のみに存在する。遺伝子の大量発現によって、谷が一つとなった状態での谷の位置を、基底の地形である相安定状態での「山」の部分に持ってくることを想定した。この位置に細胞の内部状態が引き寄せられる結果、谷の数が二つに戻った際には細胞の集団が尾根をまたぐように位置する。その結果、続く培養によって、それぞれの谷(状態AとBに)細胞が分配される状況を作り出した。その逆に、状態Bの細胞集団から状態AとBの細胞集団を作り出せることも培養実験によって示した。これは、細胞のリプログラミング操作と、続く培養による細胞の自律的な分化に相当する。

続いて、拡張した数理的な解析から、この生産速度の調整による単安定性の誘導に基づくリプログラミングが、種々の制御系から成り立っている天然の遺伝子ネットワークにも適用できることを示した。

今後の展開

これまでの細胞リプログラミングの過程を今回の研究の観点から改めて検証することで、より効率の良い幹細胞の作成手順の確立につながる。また、微生物を用いた有用物質の生産の高度化が期待できる。

用語説明

[用語1] 遺伝子大量発現 : 生物学では、遺伝子からのタンパク質の生産を、「発現」と呼ぶ。天然の状態よりも極めて速い生産速度でタンパク質を生産することは、特に、遺伝子の大量発現と呼ばれる。

[用語2] 遺伝子相互抑制回路「トグルスイッチ」 : 遺伝子による相互抑制回路は、分子の各種性質を総合することで、個々の遺伝子産物の存在量によって示される内部状態として、2つの安定状態を持つ場合と、一つしか安定状態がない場合とに分かれることが、理論と実験によって示されている。

論文情報

掲載誌 :
ACS Synthetic Biology 3(9):638-644 (2014).
論文タイトル :
General applicability of synthetic gene-overexpression for cell-type ratio control via reprogramming.
著者 :
Kana Ishimatsu, Takashi Hata, Atsushi Mochizuki, Ryoji Sekine, Masayuki Yamamura, and Daisuke Kiga
所属 :
Department of Computational Intelligence and Systems Science, Tokyo Institute of Technology, Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology,. RIKEN Advanced Science Institute
DOI :
10.1021/sb400102w Image may be NSFW.
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問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻
准教授 木賀大介
Email : kiga.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5213 / Fax : 045-924-5213

バイオインフォマティクス分野の国際シンポジウムを開催

4月16日、大岡山キャンパス東工大蔵前会館くらまえホールにて、国際シンポジウム「International Symposium for Frontier of Bioinformatics(バイオインフォマティクス分野の最前線についての国際シンポジウム)」が開催されました。

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開会の挨拶をする山田講師

開会の挨拶をする山田講師

バイオインフォマティクスとは、生物に関係する膨大なデータをコンピューターで解析する研究分野で、今や生命科学において欠かすことのできない重要な分野となっています。NGS※1や、その他のオミクスデータ※2は日々膨大な量で蓄積されており、その解析技術も日進月歩です。生命科学においてデータ生産の大規模化は今後も進んでいくことが予想され、バイオインフォマティクスが益々重要視されていくことは間違いありません。

※1
NGS [Next Generation Sequence] : 21世紀に入って開発された革新的な遺伝子解析技術のこと。遺伝子(DNA)から遺伝子情報を読む技術、読み込んだデータを解析する新しい技術を指す言葉。
※2
オミクス(オミックス)データ [Omics data] : 生物学のある分野で集められるデータのこと。遺伝子情報とそれを調べることから派生的に分かる様々な情報をまとめて指した言葉。

今回のシンポジウムは、EMBO(欧州分子生物学機構)、日本バイオインフォマティクス学会、ライフサイエンス統合データベースセンターの共催により開催されました。バイオインフォマティクス分野で活躍する、国内外8名の精鋭の研究者が、大規模データ解析の最前線について、英語で講演を行いました。

  • 人間の腸マイクロバイオーム(生物環境を構成する微生物群のゲノムの総称)のための代謝経路データベースの構築
    山田 拓司(東京工業大学)

  • 医療データとテキストマイニング(テキストデータを計算機で定量的に解析、有用な情報を取り出すための技術):リンク疾患、薬物、および副作用
    ラース ユール ヤンセン(コペンハーゲン大学)

  • メタゲノム(培養を行わずに環境中の微生物のゲノムDNAをすべて抽出・収集し、これらの塩基配列を網羅的に読む手法)の機能アノテーションのためのKEGGデータベース
    五斗 進(京都大学)

  • 人間の腸マイクロバイオームのメタゲノム解析とその先
    ピア ボーク(欧州分子生物学研究所)

  • 構造的側面からのゲノム機能の理解
    須山 幹太(九州大学)

  • ゲノミクスデータからの繊毛に関連する遺伝子の特定
    マルタイン ハイネン(ラドバウド大学)

  • てんかんにおける遺伝学および薬理遺伝学 - バイオインフォマティクスの視点
    ローランド クラウス(ルクセンブルク大学)

  • 翻訳後修飾の機能とその進化
    ヴェラ ヴァン ノールト(ルーヴァン・カトリック大学)

  • タンパク質存在量の進化とそのシステムレベルの制約
    クリスティアン フォン メーリング(チューリッヒ大学)

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講演中のピア ボーク博士

講演中のピア ボーク博士

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講演中のマルタイン ハイネン博士

講演中のマルタイン ハイネン博士

シンポジウムには本学の教職員・学生、関連分野の大学教員、および、国内外の大学の研究者、企業研究者など110名を超える参加がありました。最新の生命情報研究と将来について活気ある講義が行われ、会場からも多くの質問がありました。

また、翌日からは場所を移し、沖縄科学技術大学院大学にてバイオインフォマティクスの実践演習コースが1週間にわたり開催され、欧州分子生物学研究所から派遣された講師陣により、世界各国の学生や若手研究者に有意義な演習がおこなわれました。

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科 生命情報専攻 山田研究室

Email : info@jchm.co.jp
Tel : 03-5734-3629

元素戦略研究センター新棟「元素キューブ」オープン

6月3日、材料科学研究の新たな拠点として、元素戦略研究センターの新棟(通称:元素キューブ)がすずかけ台キャンパスに開所しました。学内の材料研究体制の強化を図るとともに、国内外の研究機関や企業との連携を促進し、共同研究や実用化に向けたオープンでグローバルな研究拠点として機能を充実していきます。

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「元素キューブ」外観

「元素キューブ」外観

元素戦略研究センター(センター長:細野秀雄応用セラミックス研究所教授)は文部科学省元素戦略プロジェクト※1の一環として2012年8月に設置され、「石ころ」や「セメント」のようなありふれた物質から人類に役立つ革新的な材料を生み出すことを目標として研究を行ってきました。センター長である細野教授はこれまでに液晶パネルや有機ELディスプレイの駆動に適したIGZO-TFTの提唱や、常識を覆した鉄系超電導体の発見など、数々の研究成果を生み出してきています。また、2013年10月には、科学技術振興機構(JST)の新プログラムACCEL※2の第一号課題に選定され、その「エレクトライドの物質科学と応用展開」では、電子化物の創製や、それを生かしたアンモニア合成触媒や電子材料の研究を行っています。

「元素キューブ」は地上5階地下1階、延床面積は4,515 m2です。1階は129名収容のレクチャーホールを備えオープンな交流の場を提供します。2階は企業や学外研究機関の研究者との共同研究を行うスペースとして用意されています。3階から5階は各階毎にセキュリティーが保持された学内研究者の研究室、実験室です。地下1階には透過型電子顕微鏡、電子線マイクロアナライザなど精度を要する実験のための特殊な設備を備えています。研究者、機器のエキスパート、学生を含めた人材が集結し、大学ならではのオープンな場としての利点を活かし、材料科学研究のさらなる発展と研究人材育成を図っていきます。

新棟概要

名称
東京工業大学元素戦略研究センター(通称:元素キューブ)
所在地
東京工業大学すずかけ台キャンパス内
住所
横浜市緑区長津田町4259
開設日
平成27年6月3日
建物
地上5階、地下1階
人員
約50名
延床面積
4,515 m2
※1
文部科学省 元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型) :
レアアース等の希少元素の供給不足を契機に、希少元素を用いない全く新しい材料の開発を目指し、最先端の物理・化学理論を駆使して機能設計から部材試作までを一貫して実施するために開始されたプロジェクト。平成24年度からは卓越した代表研究者が若手研究者を結集した異分野共同研究拠点と研究ネットワークを形成する拠点形成型プロジェクトとして強化された。
※2
科学技術振興機構 ACCEL :
世界をリードする研究成果の技術的成立性の証明・提示と、適切な権利化を推進することで、企業やベンチャー、他事業などに研究開発の流れをつなげるためのプログラム。研究開発課題ごとにプロジェクトマネージャーが研究代表者と協力して、研究成果を最大限に生かした社会的・経済的価値創造に向けてのビジョン、具体的用途と技術的成立性の証明・提示を設定し、研究開発課題の提案からマネジメントまでを行う。

問い合わせ先

東京工業大学 広報センター

Email: media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

細胞の核と小胞体を分解する新しい仕組みを発見

細胞の核と小胞体を分解する新しい仕組みを発見
―オートファジーの目印を特定、感覚神経障害との関連も示唆―

要点

  • 細胞の核と小胞体がオートファジーで分解されることを発見
  • それぞれの分解の目印となるタンパク質を特定し、メカニズムを解明
  • 小胞体分解の目印タンパク質は感覚神経障害の原因遺伝子と関連

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の中戸川仁准教授と持田啓佑大学院生らの研究グループは、モデル生物「出芽酵母」[用語1]を用いて、細胞内の大規模分解システム「オートファジー(自食作用)」が核や小胞体をも分解の対象とすることを発見した。さらに核と小胞体に結合して「目印」となる2つのタンパク質を特定し、それらを分解するメカニズムを解明した。

細胞内の核の分解は栄養飢餓時の細胞の生存に重要であり、小胞体の分解の目印タンパク質は、ヒトの遺伝性感覚自律神経性ニューロパチーII型[用語2]の原因遺伝子から作られるタンパク質に相当することが示唆された。

研究成果は、英国科学誌「ネイチャー」のオンライン版で6月3日(米国東部標準時)に公開される。

研究の背景

私たちの体を形作る細胞の中では、様々なものが作られ、機能しているが、生命活動の維持には、それらを適宜分解することも重要である。オートファジーは、このような役割を担う、細胞内の大規模な分解システムである。タンパク質や核酸などの生体高分子から細胞小器官[用語3]まで、大小問わず様々な細胞内成分をオートファゴソームと呼ばれる脂質膜の袋で包み込み、種々の分解酵素を含むリソソームや液胞といった分解専門の細胞小器官に運び入れて分解する(図1)。

近年、パーキンソン病などの神経変性疾患の原因ともなり得る機能不全となったミトコンドリアなど、いくつかの細胞小器官がオートファジーで選択的に(狙いを定めて)分解されることが明らかとなり、そのメカニズムの解明や制御方法の開発を巡って世界中で激しい研究競争が繰り広げられている。しかし、細胞小器官の恒常性維持や機能制御にオートファジーがどの程度広く関与しているのかについては不明であった。

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オートファジーのプロセス

図1. オートファジーのプロセス

オートファジーで選択的に分解すべき対象が細胞内に生じると、それらには特定のタンパク質で目印が付けられる。目印タンパク質は、オートファゴソームを作る装置を分解対象上に呼び寄せ、オートファゴソームの形成を開始させる。目印タンパク質はさらに、オートファゴソーム膜上のAtg8というタンパク質と結合することで、分解対象を効率良くオートファゴソームに包み込ませる。完成したオートファゴソームは、液胞(酵母や植物などの場合)やリソソーム(哺乳類などの場合)と融合し、対象物の分解が達成される。

研究成果

オートファジーで選択的に分解されるためには、分解の対象上に「目印タンパク質」が提示されることが必要となる(図1)。目印タンパク質はそれぞれ決まった分解対象を正確に認識して結合する。既知の目印タンパク質はすべて、オートファゴソーム膜上の「Atg8」というタンパク質にも結合することが明らかとなっていた。この結合により分解対象がオートファゴソームに効率良く包み込まれる(図1)。

持田大学院生と中戸川准教授らは、Atg8と結合するタンパク質を網羅的に決定すれば、その中に未知の目印タンパク質が含まれているに違いないと考えて研究を進め、これまでまったく解析されていなかった2つのタンパク質を見いだし、「Atg39」、「Atg40」と名付けた。解析の結果、Atg39は核の分解の目印であり、Atg40は小胞体の分解の目印となることを明らかにした。

核は遺伝情報の格納・発現・伝承を担い、小胞体は多くのタンパク質や脂質の合成の場である、共に極めて重要な細胞小器官である。Atg39は核に集まり(局在し)、核の一部をちぎりとったようなものをオートファゴソームに包み込ませる(図2)。Atg40は小胞体に集まり、その一部を折り畳まれたチューブあるいはシートのような状態でオートファゴソームに取り込ませる。

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本研究で明らかになった核と小胞体のオートファジーによる分解経路

図2. 本研究で明らかになった核と小胞体のオートファジーによる分解経路

酵母が栄養飢餓に晒されると、Atg39、Atg40という目印タンパク質が作られる。Atg39は核へ、Atg40は小胞体に局在し、これら細胞小器官のオートファゴソームによる取り込みを誘導する。

これら目印タンパク質はどちらも細胞が栄養飢餓状態に陥ると発現し、それぞれの細胞小器官の分解を誘導する。Atg39を持たない酵母細胞は栄養飢餓時に核の形態に異常を来たし、通常の細胞よりも早期に死に至ることが明らかとなった。飢餓時に必須の分子を核の一部を分解することで供給している可能性がある。あるいは、異常となった核成分を分解除去することが細胞の生存に重要である可能性も考えられる。

一方、本成果と同時に「ネイチャー」に報告される論文では、ゲーテ大学(ドイツ)のグループが、ヒトの遺伝性感覚自律神経性ニューロパチーII型の原因遺伝子であるFAM134Bの遺伝子産物(タンパク質)が、哺乳類でのオートファジーによる小胞体分解のための目印タンパク質であることを明らかにした。

構造上の特徴の類似性などから、本研究で発見した酵母のAtg40は、このFAM134Bに相当すると考えられ、小胞体のオートファジーによる分解が、生物の進化の上でも極めて重要であったと推察される。

今後の展開

本成果は、高等動植物を含む他の生物種における研究の発展の引き金となり、オートファジーによる核および小胞体の分解の生理的意義、疾患との関連、分子メカニズムの解明のための足掛かりとなると期待される。Atg40を介した小胞体の分解は、その破綻が特定の遺伝性神経障害と関連があることが示唆されたが、Atg39が誘導する核の分解については、Atg39に相当するタンパク質の哺乳類での存在を含め、未だ多くの謎が残されており、さらなる研究の発展が期待される。

用語説明

[用語1] 出芽酵母 : 単細胞の真核生物。パンやワインなどの発酵食品の製造にも利用される有用微生物であるが、基本的な生命現象についてはヒトを含めた高等動植物と共通の原理が成立するため、生命科学の研究においても優れたモデル生物として酵母を用いた研究が先導的な役割を果たしている。

[用語2] 遺伝性感覚自律神経性ニューロパチーII型 : 主に末梢の感覚神経および自律神経が傷害される進行性の疾患。痛覚の喪失を特徴の1つとする。最近になっていくつかの原因遺伝子が特定されたが、発症機構など不明な点が多く残されており、根本的な治療法は確立されていない。

[用語3] 細胞小器官 : 細胞は脂質膜(細胞膜)で外環境と自己とを隔てているが、その内部にも膜で仕切っていくつかの空間、すなわち細胞小器官を作りだし、それぞれに独自の役割を担わせている。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Receptor-mediated selective autophagy degrades the endoplasmic reticulum and the nucleus.
著者 :
Keisuke Mochida, Yu Oikawa, Yayoi Kimura, Hiromi Kirisako, Hisashi Hirano,Yoshinori Ohsumi and Hitoshi Nakatogawa
DOI :
10.1038/nature14506 Image may be NSFW.
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研究グループ

東京工業大学、横浜市立大学

研究サポート

本成果は、主に、科学技術振興機構CREST「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」および、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「オートファジーの集学的研究:分子基盤から疾患まで」のサポートを受けて得られた。

問い合わせ先

大学院生命理工学研究科 生体システム専攻
准教授 中戸川仁
Email : hnakatogawa@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5879 / Fax : 045-924-5113

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部
ライフイノベーショングループ 川口 哲
Email : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 / Fax : 03-3222-2064

取材に関すること

東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課
Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

高秩序な大面積分子集積膜の構築に成功―基材を選ばず、簡単な成膜法により均一な有機薄膜形成が実現―

要点

  • 分子レベルの構造規則性をセンチメートル規模に伝搬する新デザイン戦略を提示
  • 簡便な操作で、ガラス、プラスチックなどの基板に大面積分子集積膜形成を実現
  • 有機トランジスタなどフレキシブルデバイスの高機能化に期待

概要

東京工業大学資源化学研究所の福島孝典教授らの研究グループは、科学技術振興機構ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」の染谷隆夫研究総括、理化学研究所放射光科学総合研究センターの高田昌樹主任研究員(現東北大学多元物質科学研究所教授)、引間孝明研究員と共同で、センチメートル規模の大面積でドメイン境界[用語1]のない有機薄膜を形成することに成功した。

有機薄膜は様々な応用上極めて重要であるが、それらの作製時、膜内にドメイン境界が生じ、膜の強度や電気伝導性などの機能が低下してしまうことが問題であった。研究グループは、2次元物質であるグラフェン[用語2]のハニカム構造をヒントに、高秩序な有機薄膜を実現するための分子・分子集積体の空間充填デザインを考案した。これを具現化するため、3枚羽プロペラ状のトリプチセン[用語3]分子を設計し、薄膜を形成した。

大型放射光施設SPring-8の放射光X線[用語4]で観察したところ、得られた薄膜にドメイン境界がないことを確認した。この有機薄膜は真空蒸着、加熱溶融状態からの冷却、スピンコート[用語5]といった簡便な操作で形成できるため、電子素子の高性能化、基材の表面改質、新規分子デバイス創出など多様な応用展開が期待される。本成果は6月5日(米国東部標準時)発行の米科学誌「サイエンス(Science)」誌に掲載される。

研究の背景

薄膜は実用上、重要な物質形態である。例えば有機薄膜は、絶縁材料、半導体材料などの電子材料をはじめ、構造材料、光学材料など多種多様な用途に利用され、今日の科学技術を支えている。有機薄膜で構成分子の配向や配列を完全に制御できれば、分子が本来持つ性質を最大限引き出すことにつながり、有機電子デバイス、光学材料、さらにソフトアクチュエータ(人工筋肉)のような動的応答性材料などの多様な高機能薄膜の開発が期待される。

薄膜の形成過程では、一般的な核生成・成長[用語6]メカニズムにより、生成したたくさんの結晶核から構造成長が起きてしまうため、ドメイン境界の生成は避けられなかった。ドメイン境界は膜の強度や、半導体膜であれば伝導度など、膜の機能を低下させる要因になる。しかし、ドメイン境界のない有機薄膜を大面積で作製することは極めて難しく、これまでに有効な手法はなかった。

研究成果

東工大の福島教授らの共同研究グループは、構造規則性の長距離伝搬を可能にする分子・分子集積体の空間充填デザインを考案した。グラフェンのハニカム構造(蜂の巣のように6角形が隙間なく並んだ構造)をヒントに幾何学的な考察を行い、2次元平面を規則的に充填する理想的なモチーフとして、3枚羽のプロペラ状ユニットが歯車のように相互に噛み合った入れ子状のハニカム構造を考案し、ドメイン境界のない有機薄膜の形成に成功した(図1a)。

この構造モチーフでは、ドメイン境界形成の原因となるような、プロペラ状ユニットの並進・回転自由度が制限される。このような2次元シートが構築できれば、それらがさらに1次元的に積み重なることで、3次元空間を規則的に充填することができる(図1a)。そこで研究グループは、上記「2次元 + 1次元」の空間充填デザインを実現する分子として、3枚羽プロペラ状のトリプチセン分子を設計した(図1b)。

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(a)3枚羽プロペラユニットに基づいた、構造秩序の長距離伝搬を可能にする「2次元 + 1次元」の空間充填デザイン。 (b) 空間充填デザインを具現化するトリプチセンの分子構造。
図1.
(a)3枚羽プロペラユニットに基づいた、構造秩序の長距離伝搬を可能にする「2次元 + 1次元」の空間充填デザイン。 (b) 空間充填デザインを具現化するトリプチセンの分子構造。

このトリプチセン分子が集まってできる物質の構造をSPring-8(BL44B2, BL45XU)の放射光X線を用いて詳細に解析したところ、期待したとおり、3枚羽が相互にかみ合った2次元状ハニカム構造と、それが1次元に積み重なった「2次元 + 1次元」の構造が形成されていた(図1a)。さらに、トリプチセンをサファイア基板にはさみ、加熱溶融状態からゆっくり冷却することで、均一な薄膜がセンチメートル規模で形成できた(図2a)。

この薄膜の構造についても同様に放射光X線を用いて調べたところ、驚くべきことに、膜全体にわたって「2次元 + 1次元」の構造が完全に揃った、あたかも単結晶のような構造規則性を持っていることが分かった(図2a)。例えるならば、1畳の畳をユーラシア大陸一面にずれなく敷き詰めた状態が達成されたことになる。

なぜ、このようなセンチメートル規模での構造の秩序が実現されているのかを調べるために、トリプチセンを加熱溶融状態から冷却し、結晶相への相転移温度[用語7]からわずかに低い温度に保った状態で放射光X線による分析を行った。その結果、結晶化によりいったん生成したドメインが、相転移温度よりも低い温度にも関わらず大きく配向を変えたり、融合したりする動的な様子を観察することができた。すなわち、このトリプチセンは通常の「核生成・成長」だけではなく、「核生成・成長・融合」ともいえるプロセスで構造化しているとみられる。その過程で、3枚羽プロペラ構造の歯車がかみ合うことで、構造の秩序がセンチメートル規模にわたって伝搬されていると考えられる。

トリプチセンは加熱溶融状態からの冷却以外にも、スピンコートや真空蒸着法によって、完全に配向した均一な膜形成が可能である(図2b)。スピンコートによる成膜では、単分子膜を構築できることも明らかにしている。また真空蒸着法で製膜した薄膜についても、放射光X線による構造解析により、センチメートル規模にわたってドメイン境界がないことが示された。さらに真空蒸着法では、ガラス、プラスチックなど、基材を選ばずに高秩序な薄膜が形成できた。これらの特徴は分子集積膜の応用可能性を大きく広げるものである。

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(a) 加熱溶融状態からの冷却により形成した分子集積膜の構造模式図(左上)、膜のスナップショット(左下)、およびX線回折像(右)。 回折像で黒、紫および白の楕円で囲まれた部分には、2次元状ハニカム構造に由来する、六角形状に並んだ回折スポットが観測される。 (b) 真空蒸着によりサファイア基板(上)およびシリコン基板(下)に成膜した均一な分子集積膜。
図2.
(a) 加熱溶融状態からの冷却により形成した分子集積膜の構造模式図(左上)、膜のスナップショット(左下)、およびX線回折像(右)。 回折像で黒、紫および白の楕円で囲まれた部分には、2次元状ハニカム構造に由来する、六角形状に並んだ回折スポットが観測される。 (b) 真空蒸着によりサファイア基板(上)およびシリコン基板(下)に成膜した均一な分子集積膜。

今後の展開

今回、トリプチセンの3枚羽のかみ合ったハニカム構造に基づく「2次元 + 1次元」の空間充填デザインにより、真空蒸着、加熱溶融状態からの冷却、スピンコートといった簡便な操作だけで、ドメイン境界のない高秩序な分子集積膜をセンチメートル規模で構築することに成功した。今回開発した分子は、基材を選ばずに大面積分子集積膜を形成できることから、表面改質の汎用的な手段として多方面への応用が期待される。

分子レベルの構造規則性がセンチメートル規模にまで伝搬された有機薄膜は、有機誘電体や有機トランジスタなどの開発に非常に有効である。既存の成膜方法と組み合わせることで、超高精細分子膜を用いたフレキシブルデバイスの創出など、新しい応用展開が期待される。

さらに、トリプチセンの3枚羽には、多様な機能性ユニットを付与することができる。これにより半導体特性、絶縁性などの電気的特性に加え、潤滑、親液撥液といった様々な機能を分子集積膜に組み込むことが可能となる。今回の成果は、「分子薄膜工学」という、有機機能材料開発の新しい視点を与えるものといえる。

本成果は、以下の研究支援により得られた。

  • 研究課題 :
    「新学術領域研究(研究領域提案型)」
    π造形科学: 電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出(領域略称名「π造形科学」)
    「大規模分子集積化による巨視的π造形システム」
  • 研究代表者 :
    福島 孝典(東京工業大学資源化学研究所 教授)
  • 研究期間 :
    平成26~30年度
  • 研究課題 :
    基盤研究(B)「ナノスケールヘテロ接合構造の精密設計と機能開拓」
  • 研究代表者 :
    福島 孝典(東京工業大学資源化学研究所 教授)
  • 研究期間 :
    平成24~26年度

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

  • 研究課題 :
    「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
  • 研究代表者 :
    染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  • 研究期間 :
    平成23年8月~平成29年3月

用語説明

[用語1] ドメイン境界 : 結晶や液晶の中で、局所的に構成分子の配向や配列が揃っている領域をドメインと呼ぶ。ドメイン境界は、隣り合うドメイン同士が接している部分を指す。有機半導体材料の場合には、ドメイン境界はドメイン内部よりも抵抗が大きく、伝導度の低下をもたらす。

[用語2] グラフェン : グラフェンは炭素の同素体のひとつで、原子一層の厚みの2次元物質。完全なグラフェンでは、炭素原子はハニカム状格子を形成している。優れた機械特性や電気伝導性を示し、エレクトロニクス材料の素材として大きな注目を集め、これを用いた研究は2010年のノーベル物理学賞の受賞対象となった。

[用語3] トリプチセン : 3枚のベンゼン環が120°の角度で連結された剛直なプロペラ状分子。分子の周辺には、ベンゼン環に挟まれた大きな空間(自由体積)がある。これまで主に、トリプチセンの自由体積を活かしたホスト材料の開発が行われてきたが、本研究では視点を変え、3枚羽プロペラ構造をハニカム状の最密充填構造形成に利用した。

[用語4] 放射光X線 : 放射光X線とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のことを指す。兵庫県にある大型放射光施設 SPring-8 では、世界最高輝度の放射光を用いて、基礎研究から産業利用まで幅広い実験が行われている。

[用語5] スピンコート : 回転させた基板の中央に素材の溶液を滴下し、遠心力により基板全体に広げることで均一な薄膜を形成させる手法。

[用語6] 核生成・成長 : 核生成とは、固体、液体、気体などの相の中に、それとは異なる相が局所的に生成することを指す。本系の場合には、加熱溶融状態(液体状態)や溶液状態から、分子の微小な結晶核が生成することを意味する。この結晶核表面上に、さらに分子が配向・配列を揃えて付着していき、より大きな結晶へと成長する。これら一連のプロセスを「核生成・成長」と呼ぶ。

[用語7] 相転移温度 : 物質がある相(気体、固体、液体など)から異なる相に変化する温度を指す。

論文情報

掲載誌 :
Science 348 (6239), 1122-1126 (2015)
論文タイトル :
"Rational Synthesis of Organic Thin Films with Exceptional Long-Range Structural Integrity"
著者 :
N. Seiki, Y. Shoji, T. Kajitani, F. Ishiwari, A. Kosaka, T. Hikima, M. Takata, T. Someya, T. Fukushima
DOI :
10.1126/science.aab1391 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課
Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

JST事業に関すること

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
水田 寿雄
Email : eratowww@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3528 / Fax : 03-3222-2068

非対称な光学迷彩装置を理論的に実証―光を自在に曲げることで物体を見えなくする理論―

要旨

理化学研究所(理研)理論科学研究推進グループ階層縦断型基礎物理学研究チームの瀧雅人研究員と東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センターの雨宮智宏助教と荒井滋久教授らとの共同研究チームは、非対称な光学迷彩を設計する理論を構築しました。

光学迷彩は、光を自在に曲げる装置を設計、開発することで、物体や人を光学的に見えなくする技術です。これまで様々な理論的提唱や実験的な確認がなされてきました。しかし、光学迷彩装置は向かってくる光を迂回させることで、装置自体を見えなくしています。したがって、装置内に入射する光がなく、装置内からは外部を見ることができませんでした。このように、これまでの原理では外部からも内部からも見えないという“対称的”な振る舞いを示す光学迷彩装置しか作ることができませんでした。そこで共同研究チームは、光に仮想的にクーロン力[用語1]とローレンツ力[用語2]を働かせる光学迷彩装置を提唱し、それにより光がその進行方向に対して非対称になっているような状況を理論的に実現しました。高校で学習するフレミングの左手の法則からわかるように、磁場が電子に及ぼす力の向きは、電子の進行方向を反転させることにより逆向きとなります。そこで同様の働きをする力を、光に仮想的に作用させることのできる光学迷彩装置を設計しました。それにより逆方向から入射した光が、全く異なる曲がった光路をたどることができるようになりました。この理論は、外部からは見えないが、内部からは外部を見ることができる、“非対称”な光学迷彩を可能にします。

本研究は、米国の科学雑誌『IEEE Journal of Quantum Electronics』に掲載され、2015年3月/4月号の表紙に選ばれました。

背景

光学迷彩は、光を自在に曲げる装置を設計、開発することで、物体や人を光学的に見えなくする技術です。最近では、メタマテリアル[用語3]と呼ばれる人工素材が注目されており、その特異な光学的性質を用いた、いわゆる透明マントのような光学迷彩装置の研究が進められています。2006年にPendryらやLeonhardtのグループによって、最初に光学迷彩装置の設計方法が理論的に提案されました)。この論文では、曲がった空間の電磁気学と異方性媒質とを対応させることによって光学迷彩装置を設計しており、空間のどの位置にどのような誘電率、透磁率の物質を置けばよいかということを具体的に示しています。その後、これらの考えに基づいて、マイクロ波領域から可視光に至るまでメタマテリアルを用いた光学迷彩装置の実験結果が活発に報告されるようになりました。

J. B. Pendry et al., Science 312, 1780 (2006), U. Leonhardt, Science 312, 1777 (2006).

これまで提唱されてきた光学迷彩装置というのは、入射した光が一つの閉領域(シールド領域)を迂回するようにし、外部から見た人にとって、あたかもこのシールド領域内にある物体が存在しないように見せるというものです。この概念に基づけば、シールド領域の中に人が隠れたとき、外部からは 360°どの方向から見てもその人が見えないようにできます。しかし、シールド領域には光が入らないので、そこに隠れている人は外部を見ることができません。 つまり「外部からも内部からも見えない」という“対称的”な振る舞いを示す光学迷彩装置しか実現できませんでした(図1)。そこで共同研究ではこの問題を解決し、「内部から外部を見ることができるが、外部からは内部は見えない」という、“非対称性”を持つ光学迷彩装置を実現するための理論を考えました。

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これまでの光学迷彩と非対称光学迷彩の概念図

図1. これまでの光学迷彩と非対称光学迷彩の概念図

これまでの光学迷彩(左)では、光の伝搬の経路は向きに依存しないため、シールド領域に入ってくる光は存在しない。非対称光学迷彩(右)では、これまでの光学迷彩同様、外部から内部へ届く光はない。しかし同時にシールド領域内には光が届くため、内部から外部を見ることができる。

研究手法と成果

共同研究チームは、光に作用する「仮想的な電磁気力の理論(有効電磁場)」を用いることで非対称光学迷彩を設計する理論を構築しました。この基礎となった理論は2012年にスタンフォード大学のグループが提唱した「光子に作用するローレンツ力」の概念です。彼らは、光を捕捉する光学的な共振器[用語4]を格子状に配置し、その共振器間を光が曲がりながら伝搬する理論モデルを考えました。

そこで共同研究チームは、この格子共振器のアイデアが光学迷彩装置にも活用できる点に着目し、格子共振器を拡張し電場に相当する効果を発生させる、光学格子共振器を用いた理論モデル(光学格子共振器モデル)を構築しました。その結果、光があたかも一般的な電磁場中を運動する電子のように振る舞うことで、光学格子共振器のパラメータを調整するだけでかなり自由な伝搬光路を実現できることがわかりました。特に磁場が及ぼすローレンツ力により、完全反対称な光路を実現できます。また、電場から受けるクーロン力に相当する力により光路を調整することで、より多様で非対称な光の伝搬経路が実現できることが分かりました。このように光学格子共振器モデルは、光学迷彩の設計において新たな方向性を与えています。

今後の期待

現在の研究は理論の提案に留まっていますが、今回提唱する光学格子共振器モデルは、フォトニック結晶[用語5]を用いた非対称光学迷彩を実現に近づける理論です。また、非対称な光学迷彩という研究テーマは、まったく新たなメタマテリアルの開発をも促しています。理論とメタマテリアル開発双方の進展により、非対称光学迷彩の構築が可能になることが期待できます。

用語説明

[用語1] クーロン力 : 電場中の荷電粒子の受ける力がクーロン力である。その向きは正電荷の場合は電場の方向、負電荷なら電場の逆方向である。この力は粒子の運動の方向に依存しない。

[用語2] ローレンツ力 : 磁場中の荷電粒子の受ける力。フレミングの法則により、中指、人差し指、親指を互いに垂直に向けた場合、左手の中指の方向を電流の進行方向(電子の進行方向と逆)、人差し指を磁場の方向とすると、電子は親指方向の力を受ける。したがってバンド電子の進行方向を反転させると、受ける力の向きも反転する。

[用語3] メタマテリアル : メタマテリアルは、金属などの微細共振器を電磁波長より小さなサイズで周期配列して物質の誘電率・透磁率を変化させた人工素材である。これを利用すれば、隠したい物体の周囲に特異な電磁気学的場を作り上げることができるので、擬似的な透明マントが実現可能となる。

[用語4] 共振器 : 共振現象を利用して特定周波数の波を一定の範囲内に閉じ込めたり、それを取り出したりする装置。

[用語5] フォトニック結晶 : ナノスケールで、屈折率が周期的に変化する構造を持ち、この中では光があたかも半導体中の電子のような振る舞いをし、バンド構造をもつ。これを応用し、光を閉じ込める共振器構造が実現できる。

論文情報

掲載誌 :
IEEE journal quantum electronics, Vol. 51, No. 3, pp.6100110
論文タイトル :
Optical Lattice Model Towards Nonreciprocal Invisibility Cloaking
著者 :
Tomohiro Amemiya, Masato Taki, Toru Kanazawa, Takuo Hiratani, Shigehisa Arai
DOI :
10.1109/JQE.2015.2389853 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

量子ナノエレクトロニクス研究センター

助教 雨宮智宏
Email : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555 / Fax : 03-5734-2907

理化学研究所

理論科学研究推進グループ
階層縦断型基礎物理学研究チーム
研究員 瀧雅人
Email : taki@riken.jp
Tel : 048-462-9111 / Fax : 048-462-4641

広報室 報道担当
Email : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

"切らない手術"を実現するナノマシンを開発―がんの日帰り治療の実現に向けて―

要点

  • ランタン系遷移金属のガドリニウム(Gd)をがん組織に選択的に送達するナノマシンを開発し、がんの磁気共鳴画像診断装置(MRI)による診断と中性子捕捉治療における有用性を実証しました。
  • ナノマシンによる切らない手術(ケミカルサージェリー)の実現によって、患者に負担の少ないがん治療、将来は入院不要の日帰り治療が可能になると期待されます。

概要

中性子捕捉治療[用語1]は患者に負担の少ない低侵襲治療法として注目されています。しかし、中性子増感分子を送達する技術の開発が大きな課題となっていました。中性子増感分子としては、既に臨床応用されているホウ素(B)の66倍の中性子吸収断面積を有するガドリニウムが大きな可能性を秘めています。東京大学大学院工学系研究科・医学系研究科の片岡一則教授(ナノ医療イノベーションセンター[用語2]・センター長兼任)、東京工業大学資源化学研究所の西山伸宏教授らの研究チームは、MRI造影剤として広く利用されているガドリニウム錯体(Gd-DTPA=マグネビスト)を患部に運ぶナノマシンの開発に成功しました。

本研究チームは、今回開発に成功したナノマシンが、がん組織に選択的に集積することによって、固形がんを選択的に造影できることを明らかにしました。さらに本ナノマシンをがんの中性子捕捉治療へと応用したところ、顕著な治療効果を確認することができました。このナノマシン治療では、イメージングで確認しながら熱中性子線を照射する治療ができるために取りこぼしの無い確実ながん治療へと繋がるものと期待されます。

ナノマシンによる切らない手術(ケミカルサージェリー)の実現によって、患者さんに負担の少ないがん治療、将来は入院不要の日帰り治療が可能になると期待されます。

研究の背景

外科手術はがん治療における第一選択肢ですが、侵襲性が高く、術後のクオリティ・オブ・ライフ(QOL=Quality of Life)の低下が大きな問題となっています。また、治療効果の面からは、患部の取りこぼしによる再発の可能性も否定できません。加えて、一般的な開腹手術では1カ月に及ぶ長期入院が必要であることや、入院に伴う経済的負担も大きな問題となります。

一方、生体にとって安全な光、超音波、熱中性子線を患部にピンポイントで照射し、そこで特定の化合物を活性化することによってがん細胞を死滅させる治療は、患者に負担の少ない低侵襲治療法として大きな注目を集めています。このような切らない手術は、ケミカルサージェリーと言われ、この技術が進歩すれば将来は入院不要の日帰り治療が可能になると期待されます。

このようなケミカルサージェリーのなかで、近年、中性子捕捉治療が注目を集めています。中性子捕捉治療では、生体に安全な熱中性子線との核反応によって細胞傷害性の放射線を出す化合物(中性子増感元素)として、ホウ素やガドリニウムなどが利用されます。ここで正常組織に傷害を与えることなく、患部をピンポイントで治療するために重要となるのが、ホウ素やガドリニウムをがん組織に特異的に送達することができるドラッグデリバリーシステム(DDS[用語3])の開発です。しかしながら、中性子捕捉治療に有用なDDSはいまだに開発されていないのが現状でした。

研究内容・成果

東京大学大学院工学系研究科・医学系研究科の片岡一則教授(ナノ医療イノベーションセンター・センター長兼任)、東京工業大学資源化学研究所の西山伸宏教授らの研究チームは、がんなどの患部に集積し、その微小環境を検知して診断および治療分子を選択的に作用させることができるナノマシンの開発を行っています。

本研究チームは、MRI造影剤として広く利用されているGd-DTPA錯体が安定に内包されたリン酸カルシウムを主成分とするナノ粒子を、生体適合性に優れた高分子材料で保護したナノマシンを開発しました。今回開発したナノマシンは、Gd-DTPA錯体のMRI造影剤としての性能を表すT1緩和能[用語4]をGd-DTPA錯体と比べて、5-6倍に増大させる効果を有することが確認されました。

さらに大腸がん細胞を皮下に移植したマウスに本ナノマシンを投与したところ、本ナノマシンは血中を長期滞留し、がん組織に選択的に集積することが明らかとなり、上記のT1緩和能の増大と相まって、MRIにおいて固形がんを選択的に造影できることが明らかになりました。このような固形がんの造影効果はGd-DTPA錯体単独では確認されませんでした。

一方、ガドリニウム錯体は、生体に安全な熱中性子線との核反応によって細胞障害性の放射線(γ線やオージェ電子)を放出します。そこで本研究チームは、上記のGd-DTPA錯体を搭載したナノマシンを中性子捕捉治療へと応用しました。

ナノマシンは、生理的pH(~7.4)環境では極めて安定ですが、腫瘍内と同様な低pH(~6.7)環境ではGd-DTPAを包んだリン酸カルシウムが溶解することによってGd-DTPAを放出する特性を有しています。がん組織への選択的集積効果と相まって、熱中性子線の照射によりがん組織に特異的な細胞傷害作用を示すことが期待されます。

本研究チームが実際に大腸がん細胞を皮下に移植したマウスに対する中性子捕捉治療を実施したところ、Gd-DTPA錯体単独による治療を行ったグループでは効果が確認されませんでしたが、ナノマシンによる治療を行ったグループでは顕著ながんの増殖抑制を確認することができました。また、ナノマシンによる治療においてマウスの体重減少などの毒性は全く確認されませんでした。

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Gd-DTPA錯体を搭載したナノマシンによる固形がんのMRI(左下)と中性子捕捉治療(右下)

図. Gd-DTPA錯体を搭載したナノマシンによる固形がんのMRI(左下)と中性子捕捉治療(右下)

研究成果の新規性・重要性

本研究チームは、ナノマシンによって、MRIによるがんのイメージングが容易となり、さらに生体に安全な熱中性子線の照射によってがん組織をピンポイントで治療できることを実証しました。このナノマシン治療では、イメージングで確認しながら熱中性子線を照射する治療ができるために取りこぼしの無い確実ながん治療へと繋がるものと期待されます。

さらに、切らない手術(ケミカルサージェリー)の実現によって、患者さんに負担の少ないがん治療、将来は入院不要の日帰り治療が可能になると期待されます。

用語説明

[用語1] 中性子捕捉治療 : 生体に安全な熱中性子線とがん組織に取り込まれた中性子との反応断面積が大きい元素との核反応によって発生する粒子放射線によって、選択的にがん細胞を殺傷する原理に基づく新規がん治療法である。この治療法に用いられる中性子増感元素としては10B、157Gd等が考えられているが、現在はホウ素のみが臨床応用されている。

[用語2] ナノ医療イノベーションセンター(iCONM) : 川崎市川崎区殿町の国際戦略拠点(キングスカイフロント)におけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、文部科学省「地域資源等を活用した産学連携 による国際科学イノベーション拠点整備事業」の支援を受け、川崎市、公益財団法人川崎市産業振興財団が整備を進め、2015年4月に完成した研究センターです。 産学官が一つ屋根の下に集い、異分野融合体制で、革新的課題の研究及び研究成果の実用化に取り組みます。

[用語3] DDS : ドラッグデリバリーシステム(DDS) の略称。薬(核酸医薬を含む)の効果を上げ、副作用を減らすために、ターゲットとなる細胞や組織に効率的に薬を到達させ、必要量をタイミングよく放出させるシステム。

[用語4] 緩和能 : MRIは生体組織中の水の緩和時間(T1、T2)を変化(主に短縮)させて、異なる組織間のコントラストを増強し、病変部位を検出するイメージング手法ですが、造影剤の水の緩和時間を短縮する能力を緩和能と言う。

論文情報

掲載誌 :
ACS Nano
論文タイトル :
Hybrid calcium phosphate-polymeric micelles incorporating gadolinium chelates for imaging-guided gadolinium neutron capture tumor therapy
著者 :
Peng Mi, Novriana Dewi, Hironobu Yanagie, Daisuke Kokuryo, Minoru Suzuki, Yoshinori Sakurai, Yanmin Li, Ichio Aoki, Koji Ono, Hiroyuki Takahashi, Horacio Cabral, Nobuhiro Nishiyama*, Kazunori Kataoka*
DOI :
10.1021/acsnano.5b00532 Image may be NSFW.
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ACS Nano について

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は、2007年に創刊された米国化学会発行のナノテクノロジー専門誌であり、インパクトの大きい論文が数多く発表されています。ナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野では世界トップクラスの学術誌として、高いインパクト・ファクターを獲得しています(IF=12.033)。

問い合わせ先

東京工業大学 資源化学研究所

教授 西山伸宏
Email : nishiyama@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5240

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻
大学院医学系研究科疾患生命工学センター
臨床医工学部門

教授 片岡一則
Email : kataoka@bmw.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7138

放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター

チームリーダー 青木 伊知男
Email : aoki@nirs.go.jp
Tel : 043-206-3272

公益財団法人 川崎市産業振興財団COINS支援事務局

松枝温子
Email : jimukyoku-coins@kawasaki-net.ne.jp
Tel : 044-589-5785


細野秀雄教授が井上春成賞を受賞

細野秀雄教授が、井上春成賞を受賞しました。

「井上春成賞」は、国立研究開発法人科学技術振興機構の前身の一つである新技術開発事業団の初代理事長で、工業技術庁初代長官でもあった井上春成氏が日本の科学技術の発展に貢献した業績に鑑み、新技術開発事業団の創立15周年を記念して創設された賞です。

  • 研究題目
    「酸化物半導体In-Ga-Zn-Oスパッタリングターゲットの開発」
  • 研究者
    東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授 細野秀雄
  • 開発企業
    JX日鉱日石金属株式会社 代表取締役社長 大井 滋
    (推薦者:JX日鉱日石金属株式会社 電材加工事業本部 ユニット長 鈴木 章仁)

本技術は、フラットパネルディスプレイの画素電極を駆動する薄膜トランジスタ(TFT)の半導体層に用いられる酸化物半導体In-Ga-Zn-O(インジウム-ガリウム-亜鉛酸化物)、略してIGZOのターゲット材に関するものです。

細野秀雄教授は、高い電子移動度を有する透明アモルファス酸化物半導体(TAOS)の設計指針を1995年に独自に提唱し、2004年には、TAOSの一つであるIGZOを活性層に使ったTFTをプラスチック基板上に作製し、従来のアモルファスシリコンの約20倍という高い移動度が得られることをNatureに報告しました。本論文は、酸化物半導体で容易に高性能TFTができるということを初めて示したもので、これをきっかけに国内外の多くの会社がIGZOに注目しIGZO-TFTの実用化に向けた研究開発が始まりました。

そのような状況で、JX日鉱日石金属は、高純度、高密度、均一微細な微構造のターゲットの開発を進め、2011年には他社に先駆け、初めて、8.5世代成膜装置に対応する大型スパッタリングターゲット(長さ2.7メートル)の量産化に成功しました。

JX日鉱日石金属のターゲット材を用い、国内外のパネルメーカが、欠陥の少ないIGZO薄膜を高い歩留りで制作できることを確認できたことにより、IGZO-TFTを用いたディスプレイの実用化が本格的に始まりました。IGZO-TFT搭載のディスプレイは、高精細、低消費電力といった優れた性能により評価され、今後ますますの市場拡大が見込まれています。また、IGZO-TFTは有機ELディスプレイやフレキシブルディスプレイへの適用も期待されており、製造プロセスの上流にあるIGZOターゲット材料の開発の重要性も増しています。

細野秀雄教授のコメント

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細野秀雄教授

細野秀雄教授

「IGZO-TFTは、2003年に結晶についてScience誌に、2004年にはアモルファスについてNature誌に最初の論文を掲載しました。また、その前にJSTから特許申請を済ませました。IGZO-TFTのディスプレイ応用には、大型ガラス基板上にスパッタリングでその薄膜を形成するための、大型で緻密なセラミックスのターゲットが不可欠です。今回、共同受賞するJX日鉱日石金属は、最初にその技術を完成させ、2010年で東工大が主催した国際ワークショップ(TAOS 2010)の際に実物を展示しました。これによって実用化の準備が整いつつあることが参加者に伝わりました。また、特許ライセンスを最初に受け製品化に成功しました。その後、内外の多くの企業がそれに倣っています。同社の高い技術力とモラルに敬意を表します。」

お問い合わせ先

広報センター
Email : pr@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

硬さと割れにくさ両立したセラミックス実現に道―わずかな亀裂進展で靭性が急激に増すことを発見―

要点

  • 1μm以下の亀裂進展で、セラミックスが割れにくくなる
  • 二酸化ケイ素の高圧相「スティショバイト」の微小試験で突き止める
  • 高靭化メカニズムの探索と実証ができ、強度と靭性を両立したセラミックスの実現に威力

概要

東京工業大学応用セラミックス研究所の若井史博所長と吉田貴美子大学院学生、ドイツ電子シンクロトロン研究所の西山宣正博士らの研究グループは、1μm(マイクロメートル)以下のわずかな亀裂(きれつ)進展で、セラミックスが割れにくくなることを突き止めた。二酸化ケイ素の高圧相であるスティショバイト[用語1]を集束イオンビーム加工[用語2]した微小試験片を用い、靭性(割れにくさ)が急激に増すことを見出した。スティショバイトの高靭性の起源は「破壊誘起アモルファス(多結晶)化」であるが、この仕組みが1μm以下の領域でも働くことを明確に示した。

セラミックスは硬いが、小さな傷(亀裂)から割れて破壊する脆(もろ)さがある。強度を保つためには、亀裂は小さくなければいけない。一方、破壊に対する抵抗性(靭性)は亀裂が進んで長くなるほど増す。このため、硬さと高強度を両立したセラミック材料を実現するには、亀裂がわずかに進むだけで靭性が大きくなる仕組みを見つけなければならない。しかし、これまでに知られている仕組みでは、靭性を増すためには亀裂が数μmから数十μm以上進む必要があった。

今回の技術を応用すれば、ナノメートル領域で働く新タイプの靭性強化機構の探索と実証が可能となり、高強度と高靭性を両立したセラミックスの実現に大きく近づく。研究成果は6月8日発行の科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・レポート)」オンライン版に掲載された。

背景

砂や岩石の主成分である二酸化ケイ素(シリカ、SiO2)はありふれた物質であり、石英(水晶)やシリカガラスとして利用されているが、脆く、割れやすいという欠点がある。シリカの高圧相であるスティショバイトは酸化物の中で最も硬く、ダイヤモンドと立方晶窒化ホウ素(c-BN)に次ぐ硬さをもつ優れた材料である。だが、その単結晶は石英やシリカガラスと同様に割れやすいものであった。

2012年に西山博士は愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC、入舩徹男 センター長=愛媛大学教授)で、ナノ多結晶スティショバイトの合成に成功し、割れにくさの指標である破壊靭性が10~13 MPa・m1/2[用語3]とセラミックスの中で最も高い値をもつ材料であることを発見した。図1に示すとおりセラミックスは一般的に硬いものほど割れやすい傾向があるが、ナノ多結晶スティショバイトは硬さと割れにくさを併せもつセラミックスである。つまり、シリカという地球上にありふれている物質から優れた機能をもつセラミックスが合成でき、資源の制約のない持続可能社会に適した材料であるといえる。ナノ多結晶スティショバイトの高い破壊靭性の起源は常圧で準安定なスティショバイトが亀裂先端の巨大な引張応力によって局所的に結晶相からアモルファス相に相変態する「破壊誘起アモルファス化」[用語4]と関連している。スティショバイトの破壊した表面には数十nm(ナノメートル)の厚さのアモルファス相が存在することがX線吸収端近傍構造(XANES[用語5])で観察されている。

破壊誘起アモルファス化はスティショバイト以外の多くの高圧相の物質でも起こりうるので、今後、類似の関連物質でさまざまな高靭性材料が発見され、高強度・高靭性セラミックスの開発が大きく進むものと期待されている。しかし、なぜ強く、丈夫になるのかという理由は明らかになっていなかった。

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ビッカース硬度と破壊靱性の関係

図1. ビッカース硬度と破壊靱性の関係

研究成果

若井所長らの研究グループは、集束イオンビーム(FIB)により加工した微小試験片(図2(a))を用いて、ナノ多結晶スティショバイトの破壊に対する抵抗が亀裂進展とともにどのように増加するかを調べた。ナノ多結晶スティショバイトの破壊抵抗はわずか1μmの亀裂進展で8 MPa・m1/2まで上昇し、その飽和値は10 MPa・m1/2近く、セラミックスの中でも高い破壊靭性をもつジルコニア(二酸化ジルコニウム)や窒化ケイ素よりもはるかに高かった(図2(b))。また、ナノ多結晶スティショバイトの亀裂進展にともなう破壊抵抗の初期増加率も極めて高かった。

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FIBで作製した微小試験片

図2(a). FIBで作製した微小試験片

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破壊抵抗と亀裂進展長さとの関係

図2(b). 破壊抵抗と亀裂進展長さとの関係

ジルコニアの高い破壊靭性は、亀裂進展に伴って準安定相である正方晶相から単斜晶相への応力誘起変態がおこり、亀裂の周辺に相変態領域が形成されることが、その起源である。破壊抵抗が飽和値に達するまでに亀裂が進まなければいけない距離は相変態領域の厚みに比例する(図3)。一方、二酸化ケイ素の低圧相である石英やクリストバライトではケイ素(Si)原子は4個の酸素原子に囲まれた4面体構造をとるが、高圧相であるスティショバイトではSi原子は6個の酸素原子に囲まれた8面体構造をとる(図4)。

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破壊誘起アモルファス化による亀裂進展抵抗の増加

図3. 破壊誘起アモルファス化による亀裂進展抵抗の増加

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二酸化ケイ素の結晶構造

図4. 二酸化ケイ素の結晶構造

破壊誘起アモルファス化によって、亀裂先端の高い引張応力によりスティショバイトがアモルファス化する際に100%近い大きな体積膨張が起こる。ナノ多結晶スティショバイトで破壊抵抗が飽和値に達するまでに進まなければならない距離が極めて短かったのはアモルファス化領域の厚みが数10nmと、ジルコニアの相変態領域の厚み数μmに比べてはるかに小さかったためである。

相変態強化が働くときには、相変態に伴う体積変化が大きいほど、また、アモルファス化領域が厚いほど、破壊抵抗の増加量は大きくなる。アモルファス化領域の厚みは薄いけれども、アモルファス化による体積変化率の高いことが、ナノ多結晶スティショバイトの優れた靭性の理由であることがわかった。

今後の展望

亀裂が1μm以下のわずかな距離を進むだけで破壊抵抗が上昇することが見出され、硬くて脆いセラミックスを丈夫にする新しい仕組みが存在することが明らかになった。この発見は微小試験片による破壊抵抗測定技術の進歩により初めて可能になった。この技術を応用して、複雑なナノ構造、サブミクロンスケールの構造をもつセラミックスやナノコンポジットに適用すれば、さまざまな未知の靭性強化機構が見出される可能性があり、高強度・高靭性セラミックスの研究開発に新たな飛躍と展開をもたらすと期待される。

用語説明

[用語1] スティショバイト : 二酸化ケイ素(SiO2)の高圧相。1961年にロシアでスティショフらによって人工的に合成された。天然には隕石孔の周囲などでわずかに産出し、これは地表の石英が隕石衝突の衝撃で相変態したものと考えられる。石英は地表に豊富に存在することから、地下300kmより深い部分には多量のスティショバイトが存在していると考えられている。

[用語2] 集束イオンビーム加工 : 電界で加速したGaイオンビームにより試料の表面原子がはじき出されるスパッタリング現象を利用して、ミクロンからナノ領域での微細加工が可能。

[用語3] MPa・m1/2 : 靭性の単位。一般的なセラミックスでは3~5程度の値をとる。

[用語4] 破壊誘起アモルファス化 : 西山博士が提唱した新しい高靭化の仕組み。材料中を進む亀裂の先端に生じる巨大な引張応力によって、局所的に結晶相から非晶相(アモルファス相)への相変態が起きる。この相変態によって体積が膨張することで、亀裂が進みにくくなる。ジルコニアで類似の現象「応力誘起相変態」が知られているが、結晶相から結晶相ではなく結晶相からアモルファス相へ相変態することで、大幅に靭性が向上する。

[用語5] XANES : X線吸収端近傍構造。X線吸収スペクトルの低エネルギー領域に現れる吸収端構造から局所的な原子の電子状態(価数等)に関する情報が得られる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Large increase in fracture resistance of stishovite with crack extension less than one micrometer
(和訳: 1ミクロン以下の亀裂進展によるスティショバイトの大幅な破壊抵抗の上昇)
著者 :
K. Yoshida, F. Wakai, N. Nishiyama, R. Sekine, Y. Shinoda, T. Akatsu, T. Nagoshi, M. Sone
DOI :
10.1038/srep10993 Image may be NSFW.
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ナノ多結晶スティショバイトの合成、EXAFSによる破壊面の解析は、以下の事業・研究課題によって行われた。

戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)

研究領域 :
新物質化学と元素戦略(研究総括 細野秀雄 東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授、元素戦略研究センター センター長)
研究課題名 :
SiO2ナノ多結晶体:超高靭性高硬度を有する新材料の開発
研究者 :
西山宣正 ドイツ電子シンクロトロン研究所 放射光施設 ビームラインサイエンティスト
Email : norimasa.nishiyama@desy.de

問い合わせ先

東京工業大学 応用セラミックス研究所
所長 若井史博

Email : wakai.f.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5301 / Fax: 045-924-5339

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax: 03-5734-3661

合成高分子でナノの七宝文様ができた―高分子で創る「かたち」が生化学、幾何学にもインパクト―

要点

  • 高分子トポロジー化学の里程標となる高分子設計・合成技術を確立
  • 五環4重縮合トポロジー(七宝文様)高分子の合成に成功
  • 高分子合成化学から生化学・トポロジー幾何学まで広いインパクト

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の平郡寛之氏(平成23年度修士課程修了)、山本拓矢助教、手塚育志教授らの研究グループは、独自に開発した高分子反応プロセス(ESA-CF法[用語1])を発展させ、きわめて複雑な多環縮合構造の七宝文様[用語2]高分子の合成に成功した。ESA-CF法と最近の有機合成化学の成果である高分子を連結するクリック法[用語3]および高分子を折りたたむクリップ法[用語4]を駆使して実現した。

七宝文様(図1)は高度の対称性から古来わが国の意匠デザインとして家紋などに用いられてきただけでなく、トポロジー(位相)幾何学でもD4グラフとして知られ、また最近、ユニークな生理活性を示す多重折りたたみ環状オリゴペプチド(cyclotide)の構造との関連でも注目されている。したがって、ナノスケールでの七宝文様の構築は高分子合成化学領域だけでなく、生化学からトポロジー幾何学にまで広くインパクトを与えると期待される。

この成果は6月8日発行のドイツ化学会誌・国際版「Angewandte Chemie, International Edition(アンゲバンテ ケミー)」のオンライン速報に掲載された。

研究の背景と経緯

やわらかな「ひも」状の高分子セグメントで組み立てられる「かたち」には限りない設計の自由度がある。このため、高分子の「かたち(トポロジー)」に基づく高分子材料設計指針の確立はサイエンスとしての意義だけでなく、革新的な産業基盤技術を創出する途を拓くものと期待される。

とりわけ、直鎖状、分岐状、さらに多環状構造高分子を精密かつ自在に設計する合成プロセスに基礎を置いた、高分子の「かたち」に基づくブレークスルー物性・機能の創出は高分子材料化学・工学を超えて、ナノテクノロジーによる新材料創製を推進する基礎技術としても期待されている。

同研究グループはこれまで、多種・多様な単環状・多環状トポロジー高分子を効率的に合成する反応プロセスの開発を進めてきた(図1)。その結果、独自に分子設計した末端官能性高分子前駆体(テレケリクス[用語5])による高分子間静電相互作用を駆動力とする自己組織化と、さらに選択的共有結合変換を統合した画期的方法(ESA-CF法:Electrostatic Self-Assembly and Covalent Fixation)を確立した。

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五環4重縮合トポロジーの七宝文様高分子(赤で表示)と関連する多環状多重縮合構造高分子の「かたち」(なお、当研究室でこれまでに合成された高分子を緑で表示している)
図1.
五環4重縮合トポロジーの七宝文様高分子(赤で表示)と関連する多環状多重縮合構造高分子の「かたち」(なお、当研究室でこれまでに合成された高分子を緑で表示している)

さらにこのESA-CF法と新しい有機合成化学手法(クリック法やクリップ法など)を組み合わせ、新奇トポロジー高分子を自在に提供するブレークスループロセスの開発を進めてきた。

今回、高分子の「かたち」を究める途の里程標としてきわめて挑戦的な、五環4重縮合トポロジーの七宝文様高分子の合成に挑戦した。七宝文様(図1)は古来わが国の意匠デザインとして家紋などに用いられてきただけでなく、トポロジー幾何学でもD4グラフとして知られている。

また、最近ユニークな生理活性を示す多重折りたたみ環状オリゴペプチド(cyclotide)の構造との関連でも注目されている。したがって、ナノスケールでの七宝文様(図1)の構築は、高分子合成化学領域だけでなく生化学からトポロジー幾何学にまで広くインパクトを与えるものと期待される。

研究成果

今回の研究では、まずクリック法およびクリップ法に必要な官能基(アルキン基、アジド基およびオレフィン基)を有する単環状および双環状高分子前駆体をESA-CF法を用いて合成した(図2)。次いで、アジド基とオレフィン基を一つずつ有する単環状高分子と、アルキン基を二つ有する双環状高分子のクリック反応を銅触媒の存在下で行い、両端にオレフィン基を有する四環スピロ型高分子(図2)を合成した。

さらにこの四環高分子前駆体を用い、ルテニウム触媒存在下、希釈条件でクリップ反応(分子内オレフィンメタセシス)を行い、五環4重縮合トポロジー構造(七宝文様)高分子の選択的構築に成功した。反応の進行と合成の確認は、化学構造(1H NMR)、分子量(SEC)、末端官能基(IR)および絶対分子量(MALDI-TOF MS)の測定により行った。

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ESA-CF法によって得られる単環状および双環状高分子前駆体を用いたクリック法およびクリップ法による七宝文様高分子の合成経路
図2.
ESA-CF法によって得られる単環状および双環状高分子前駆体を用いたクリック法およびクリップ法による七宝文様高分子の合成経路

今後の展開・波及効果

ESA-CF法、クリック法およびクリップ法を組み合わせることで、環状ポリペプチドの折りたたみをモデルとする多環縮合型構造の選択的構築が可能となることを示した。この手法はさらに複雑な構造の高分子や複数セグメントから成るブロック共重合体の合成にも応用可能であり、「かたち」に基づいた新物性高分子の創出につながると期待される。

さらに、基礎数学(トポロジー幾何学)と高分子化学を融合する新たな基礎研究領域としての「高分子トポロジー化学」体系の構築に向け一歩を踏み出すことができた。こうした基礎研究領域の創出は世界に発信する重要な学術的貢献となるだけでなく、革新的な産業基盤技術を創出する途を拓くものと期待される。

とりわけ高分子材料科学・工学への直接的なインパクトとして、高分子の「かたち」ライブラリーの構築によって高分子材料設計の基礎となる種々の分析・計測・シミュレーションに不可欠な「標準試料」の提供が実現する。これにより、直鎖状および分岐状高分子とは基本的に異なる環状および複環状構造を含む「かたち」からはじめる高分子設計の自由度を大きく拡大できよう。

用語説明

[用語1] ESA-CF法 : カチオン性テレケリクスと多価アニオンとの静電相互作用による自己組織化を利用し、単環状・多環状などの複雑なトポロジー高分子を選択的に合成する手法。

[用語2] 七宝文様 : 同じ大きさの円の円周を四分の一ずつ重ねて繋いでいく文様。

[用語3] クリック法 : 温和な条件で選択的かつ高効率に進行するクロスカップリング(異なる構造の二つの分子を結合させて一つの分子にする)反応。代表的な例として、今回の研究で用いたアルキン-アジド間のHuisgen反応(ヒュスゲン反応、環化付加反応)が挙げられる。

[用語4] クリップ法 : C=C不飽和結合の組み換え反応。2つの末端オレフィン間でこの反応が起こると、環状分子を形成し内部オレフィンが生成する。

[用語5] 末端官能性高分子前駆体(テレケリクス) : ギリシア語の「遠く離れた位置」および「爪・鉤」からの造語で、高分子の末端に特定の機能を持った官能基を導入したもの。複雑な高分子構造を組み立てる前駆体として有用。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie, International Edition
論文タイトル :
Folding Construction of A Pentacyclic Quadruply-fused Polymer Topology with Tailored kyklo-Telechelic Precursors
著者 :
Hiroyuki Heguri, Takuya Yamamoto, and Yasuyuki Tezuka
DOI :
10.1002/anie.201501800 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

東京工業大学 大学院理工学研究科 有機・高分子物質専攻
教授 手塚育志

Email : ytezuka@o.cc.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2498 / Fax : 03-5734-2876

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

大腸菌に潜む「マクスウェルのデーモン」の働きを解明―情報と熱力学の融合による生体情報処理の解析への第一歩―

要点

  • 餌に反応する大腸菌の行動と細胞内に流れる情報量の定量的な関係を解明
  • 従来の情報理論ではなく物理学の新理論である「情報熱力学」を応用
  • 生体情報処理のメカニズムを人工情報処理に応用できる可能性も

概要

東京大学工学系研究科の沙川貴大准教授と東京工業大学大学院理工学研究科の伊藤創祐日本学術振興会特別研究員は、大腸菌が餌(えさ)に反応する際に生体内で情報が果たす役割を定量的に解明した。生体内の情報の伝達と活用は生命の維持に不可欠だが、従来の情報通信のための情報理論が単純には適用できないため、情報理論と熱力学を融合させた新しい物理理論である「情報熱力学」を駆使して実現した。

生体内では単一分子レベルで情報処理が行われ、その働きが19世紀の物理学者マクスウェルが考えた「マクスウェルのデーモン」[用語1]と類似していることに着目、「デーモン」についての物理理論である情報熱力学を適用した。

情報理論の枠組みを超えて生命の情報処理メカニズムを解明することは、生物物理学の大きな挑戦であり、この成果は生体内の情報処理メカニズムを解明するための物理学による新しいアプローチの第一歩といえる。

研究実施当時の所属は、沙川准教授が東大総合文化研究科広域科学専攻 准教授、伊藤学振特別研究員が東大理学系研究科物理学専攻 博士課程学生である。

研究の背景

絶えず変動する外界についての情報を取得し、それを活用することは生体システムの維持にとって不可欠である。たとえば、大腸菌が細胞内で情報をうまく処理することで、環境の変化に適応しながら餌を探す「走化性」[用語2]と呼ばれる現象が知られている。

このような生命の情報伝達メカニズムは、コンピュータによる人工的な情報通信とは異なっている。実際、私達の生活を支えるインターネットの通信では、高度な誤り訂正を用いて正確な情報通信を実現しているが、一方で生体内ではそのように複雑な誤り訂正が行われているわけではない。にもかかわらず、生体内では柔軟かつ正確な情報伝達が実現している。

このような生体内での情報伝達には人工的な情報通信のために発展した情報理論を単純には適用できない。したがって、従来の情報理論の枠組みを超えて生命の情報処理のメカニズムを解明することは、生物物理学の大きな挑戦だった。

近年、情報理論と熱力学を融合させた「情報熱力学」という物理学の分野が活発に研究されている。これは19世紀の物理学者マクスウェルが考えた「マクスウェルのデーモン」という物理学の大問題と密接に関係している。

この「デーモン」とは、分子を一つ一つ観測してその情報を使ってフィードバック制御をすることで、一見すると熱力学の第二法則を破ることができるように見える存在である。かつては、デーモンは理論上の仮説と考えられていた。

しかし近年、デーモンは実際に実験で実現されている。さらに、生体内での情報伝達には、デーモンと類似の働きが組み込まれている場合がある。とくに、大腸菌の走化性におけるシグナル伝達にはフィードバック制御[用語3]が組み込まれており、これがデーモンと類似の働きをしているとみなすことができる。

研究成果

研究グループは、この類似性に着目し、情報熱力学によって生体内の情報伝達のメカニズムを解明することに成功した。その結果として、大腸菌の細胞内を流れる情報量が、大腸菌の適応行動が外界からのノイズに対してどのくらい安定であるかを決める、という関係を明らかにした。

その際、情報量を定量化するために「移動エントロピー」と呼ばれる量を用いることが重要であることが分かった。さらに、大腸菌の適応のメカニズムは、通常の熱機関としては非効率(散逸的)だが、情報熱機関としては効率的であることを突き止めた。

今後の展開

これらの成果は、生体内でも定量化可能な物理量を用いて生体内の情報処理メカニズムを解明するための、新しいアプローチの第一歩になる。また近年、「マクスウェルのデーモン」が実験的に実現されていることから、生体内の「デーモン」のメカニズムを人工的な情報処理に応用できる可能性がある。

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大腸菌のシグナル伝達の模式図。餌となる化学物質からの入力情報が伝えられ、それが受容体のメチル化レベルにいったん記憶されたあと、フィードバックによる安定化が行われている。
図1.
大腸菌のシグナル伝達の模式図。餌となる化学物質からの入力情報が伝えられ、それが受容体のメチル化レベルにいったん記憶されたあと、フィードバックによる安定化が行われている。
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大腸菌のシグナル伝達の情報熱力学的な効率のシミュレーション結果。入力信号に対して、情報熱力学的な効率を表す性能指数を示している。性能指数が1に近いほど、通常の熱効率と比べて情報熱力学的な効率が高くなる。
図2.
大腸菌のシグナル伝達の情報熱力学的な効率のシミュレーション結果。入力信号に対して、情報熱力学的な効率を表す性能指数を示している。性能指数が1に近いほど、通常の熱効率と比べて情報熱力学的な効率が高くなる。

用語説明

[用語1] マクスウェルのデーモン : 熱力学のもっとも重要な法則は、熱力学第二法則である。これは熱機関(エンジン)によって使えるエネルギーの上限を決める法則で、とくに第二種永久機関(一様な温度の熱源から仕事を取り出して、他に何もしないような熱機関)は不可能であることを示している。しかし、19世紀の物理学者マクスウェルによって、「マクスウェルのデーモン」がいれば第二法則が破られるのではないか、ということが示唆された。ここでデーモンとは、分子を一つ一つ観測し、その観測結果の情報を使って分子を操作する存在である。現代的観点から言うと、これはフィードバック制御の一種であると言える。19世紀当時、デーモンは理論上の仮説に過ぎず、一見すると物理学の根本原理と矛盾しているので、「パラドックス」であると考えられた。しかし近年の技術の進歩により、マクスウェルの提案から150年近くを経て、実際に実験でデーモンを実現することができるようになった。また、「情報量」の概念を熱力学に取り入れることで、デーモンが熱力学第二法則と矛盾しないことも明らかになった。これらの研究成果は、情報処理過程にも適用できるように拡張された熱力学である「情報熱力学」と呼ばれる分野の発展につながっている。情報熱力学によって、分子レベルでの情報処理をする際のエネルギーコストを明らかにすることができる。本研究では、情報熱力学を生体内の分子レベルの情報処理に応用した。

[用語2] 大腸菌の走化性 : 大腸菌は餌(リガンド)が濃い方向に向かって進む性質がある。リガンドは大腸菌の受容体に結合し、大腸菌の細胞内で化学反応を引き起こす。その結果、鞭毛モーターが回転し、大腸菌は餌の方向に進む。

[用語3] フィードバック制御 : 大腸菌のシグナル伝達において、餌の濃度が受容体のメチル化レベルにいったん記憶され、その情報に基づいて大腸菌の細胞内の化学反応が起こる。これは「測定結果に基づいて制御する」というフィードバック制御の一種と言える。ここで受容体のメチル化レベルが、「マクスウェルのデーモン」の役割を果たしている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Maxwell's demon in biochemical signal transduction with feedback loop
著者 :
Sosuke Ito and Takahiro Sagawa
DOI :
10.1038/ncomms8498 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻

特別研究員 伊藤創祐
Email : sosuke@stat.phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2073

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻

准教授 沙川貴大
Email : sagawa@ap.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-6809

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

書き換え可能な電子素子を分子一つだけで開発―究極の微細化と低消費電力の電子回路へ一歩―

要点

  • 単分子を用いた書き換え可能な電子素子を開発
  • かご状分子の中に積層する分子を選び、導電性ワイヤ、ダイオードを作製
  • 積層させた分子は出し入れでき、単分子素子の機能を自由に変えられる

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の藤井慎太郎特任准教授と木口学教授、元素戦略研究センターの多田朋史准教授、東京大学工学系研究科の藤田誠教授らは、分子一つ(単分子)を用いた書き換え可能な電子素子の開発に成功した。かご状分子の中に同種の分子を積層させることで導電性が、異種の分子を積層させることで整流性が発現することを、単分子計測を用いて明らかにした。

かご中に積層させた分子は、化学処理によってかごの中から出し入れ可能で、1分子を用いた電子素子の機能を自由に変えることができる。今回は導電性ワイヤ(配線)と抵抗、ダイオード[用語1]を作製したが、今後、単分子のトランジスタなどを開発し、究極の微細化と低消費電力の電子回路の実現を目指す。5月13日発売の「Journal of American Chemical Society」で発表された。

研究の背景

コンピュータやスマートフォンをはじめとする電子機器の高機能化はシリコンの微細加工技術によって支えられている。だが、微細化の限界が近づいており、新たな原理に基づく微小電子素子の開発が急務となっている。単分子に素子機能を付与する単分子素子は、究極サイズの省電力微小電子素子として注目を集めている。

単分子素子は微小なだけでなく、単分子が金属電極間に架橋した構造となっており、金属と分子の接合界面での相互作用、低次元性、ナノサイズを反映して、孤立分子や分子集合体とは異なる物性の発現も期待できる。これらの新規物性を利用できるのも単分子素子の特徴である。そこで、東京工業大学の藤井特任准教授、東京大学の藤田誠教授らは、機能を自由にデザイン、取り替え可能な単分子素子の開発を目指した。

研究成果

実験には、かご状の分子に電子を出しやすいドナー分子のトリフェニレン、電子を受け入れやすいアクセプター分子のナフタレンジイミドを積層させた超分子を用いた。積層させた分子はトルエンなどを用いて、化学処理によってかごの中から抽出可能である。

走査型トンネル電子顕微鏡(STM[用語2])を用いて、金電極間に単一の超分子を架橋させて単分子接合を作製した。具体的には、分子を含む溶液中で金(Au)のSTM探針をAu単結晶基板に一度ぶつけて引き離すプロセスを繰り返した。探針をぶつけると金の接合ができるが、それを引き離すと接合が破断し、探針と基板間にギャップが形成される。ギャップ形成後、多数の分子が電極間を架橋するが、引き離すに従い、架橋分子数が減少し、最後は単分子を架橋させることができる。

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かご分子内に積層させる分子を選択することで、単分子を用いた抵抗、導線、ダイオードを作りわけることができる。また、積層させる分子はかごから出し入れ可能であるので、機能を自由に変えられる。
図1.
かご分子内に積層させる分子を選択することで、単分子を用いた抵抗、導線、ダイオードを作りわけることができる。また、積層させる分子はかごから出し入れ可能であるので、機能を自由に変えられる。

図2に作製した単分子接合の電流―電圧特性を示す。ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合では正側で伝導度が高いこと、ドナー分子を2枚積層させた場合では伝導性が極性に依存しないことが分かる。かご内に分子を積層させないと、伝導度は検出限界以下となった。この結果は、ドナー分子を積層させると高い伝導性を示す導電性単分子ワイヤとなり、ドナーとアクセプター分子を積層させると単分子ダイオードとなることが分かる。

理論計算を行うことで、実験で観測された整流特性は再現され、電子の流れる方向はドナー分子からアクセプター分子であることが分かった。さらにドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合、ドナー分子側の分子軌道が金の電極により強く相互作用し、片側の電極電位の影響を強く影響をうけるため整流特性が発現することも明らかとなった。

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電極間に架橋させた単一超分子の電流―電圧特性。(左)ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合の結果。正側の方が高い伝導度を示す。(右)ドナー分子を積層させた場合の結果。正負共に同程度の伝導性を示す。
図2.
電極間に架橋させた単一超分子の電流―電圧特性。(左)ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合の結果。正側の方が高い伝導度を示す。(右)ドナー分子を積層させた場合の結果。正負共に同程度の伝導性を示す。

今後の展開

今回の研究により、1分子を用いた機能を自由にデザインし、変えることのできる電子素子を開発した。最終的には、基板上に集積化して、かご内に積層する分子を目的に応じて選択し、自由にプログラミング可能な回路の作製を目指す。まずは、個々の素子の性能の向上および新たな機能をもった素子開発を行う。

今回得られた単分子ダイオードの整流性は最大でも10であった。積層させる分子やかごの大きさなどを最適化することで、さらなる整流比の向上を目指す。分子でコンピュータをつくるには、配線、ダイオード、トランジスタ、メモリが必要な要素となる。今回、かご分子内に積層する分子を選択することで、配線、ダイオードをつくりわけることができた。光や電気化学電位によって、構造や酸化状態の変わる分子を積層することによって、トランジスタやメモリ機能を有する単分子素子の開発を目指す。

用語説明

[用語1] 単分子ダイオード : ダイオードとは、電圧をかける向きによって電気の流れやすさが異なる電子素子であり、単分子でダイオードをつくったものを単分子ダイオードと呼ぶ。1974年にアビラムとラトナーによって理論提案され、単分子を用いたエレクトロニクスのさきがけとなった。

[用語2] 走査型トンネル電子顕微鏡 : 原子レベルで導電性の基板の表面構造を観察出来る顕微鏡。金属の探針を導電性の基板表面に数nm以下まで近づけると、トンネル効果によって、探針と基板間にトンネル電流が流れる。トンネル電流は探針と基板間の距離に敏感なため、電流の大きさを一定になるように探針を上下させる。探針の動きから表面の凹凸に関して情報を得ることができる。

論文情報

掲載誌 :
Journal of American Chemical Society, 2015, 137 (18), pp 5939-5947
論文タイトル :
Rectifying Electron-Transport Properties through Stacks of Aromatic Molecules Inserted into a Self-Assembled Cage
著者 :
Shintaro Fujii*1, Tomofumi Tada*2, Yuki Komoto1, Takafumi Osuga3, Takashi Murase3, Makoto Fujita*3, and Manabu Kiguchi*1
所属 :
1: Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology
2: Materials Research Center for Element Strategy, Tokyo Institute of Technology
3: Department of Applied Chemistry, School of Engineering, The University of Tokyo
DOI :
10.1021/jacs.5b00086 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

大学院理工学研究科 化学専攻
特任准教授 藤井慎太郎
Email : fujii.s.af@m.titech.ac.jp
教授 木口学
Email : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

単一原子分解能で観測する「光と原子で作られた人工結晶」―人工物質を使って高温超伝導体の謎に迫る―

要点

  • 光で作り出した格子と原子とを使って人工的な結晶を形成(固体の理想的なシミュレーターとして機能)
  • 結晶中の個々の原子を観測する手法を開発(固体中の電子観測に対応)
  • 高温超伝導の発現機構を小さな真空装置で厳密にシミュレートできる可能性が拓かれた(厳密計算はスーパーコンピューターでも不可能)

概要

東京工業大学大学院理工学研究科博士課程のミランダ・マルティン(Miranda Martin)氏、井上遼太郎助教、上妻幹旺教授らの研究グループは、レーザー光とイッテルビウム原子とを使って薄い平面状の人工結晶を形成し、結晶中の個々の原子を直接観測することに成功した。通常の固体結晶はイオン格子と電子とから成るが、レーザーの干渉を利用して作った「光の格子」[用語1]の中に、超低温の原子を入れることで、固体と同様の振る舞いをする人工的な結晶を作りだした。

この人工結晶は不純物がゼロであり、かつ結晶中の個々の原子の観測が可能なため、各種パラメーターを完全に把握した状態で固体をシミュレートすることができる。用いた原子は、電子と同様の振る舞いをする同位体[用語2]を有し、かつ作成した結晶構造が銅酸化物高温超伝導体[用語3]のそれと同様であるため、高温超伝導の発現機構をシミュレートし、その微視的理解に迫れる可能性が高い。

固体には不純物をはじめ制御不能なパラメーターが多くあり、物性発現の理由を見極めることは容易ではない。本質を見抜くための物理モデルをたてても、多数個の電子を相手に厳密な解を見出すことはスーパーコンピューターでも不可能である。

この成果は6月19日発行の米物理学誌「フィジカルレビュー(Physical Review) A」に掲載された。

研究の背景

高温超伝導はなぜ発現するのだろうか?超伝導が起こる転移温度は、どうすればさらに高くなるのであろうか?固体の新奇な物性に関する研究はとどまることを知らない。こうした物性を研究する上で、コンピューターを用いたシミュレーションは強力な武器となる。ただし固体中の電子の振る舞いについて厳密な解を見出すことは、スーパーコンピューターを使ったとしても不可能である。

それは個々の粒子がビー玉のように古典的にではなく、「粒子であるとともに波でもある」という量子的な振る舞いをするからである。米国の物理学者、リチャード・ファインマンは、多数個の粒子からなる量子系に関する計算を行う上で、通常のコンピューターではなく、同じ量子的な系を使うことの優位性を主張した。実際にそれを実現するにはどうしたらよいであろうか?

原子は特定の波長の光を吸う性質をもっている。原子にレーザーを照射することで、原子を減速し、温度を10マイクロケルビン(K、絶対温度)(1ケルビンの10万分の1)程度にまで下げることができる。付加的な手法を使うことで、10ナノケルビン(1ケルビンの1億分の1)程度にまで冷やすこともできる。一方、原子と共鳴しない波長をもつ光を照射した場合、原子が光を吸うことはないが、かわりに微弱なポテンシャルとして作用させることができる。

通常の固体結晶はイオン格子と電子とで構成されているが、かわりに、光の干渉を利用して作り出した格子に超低温の原子をいれれば、人工的な結晶を形成することができる(図1)。このような系は、固体結晶を、量子系を使ってシミュレートする恰好の舞台となるため、現在、世界的に精力的な研究が進められている。

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固体結晶と人工結晶の比較

図1. 固体結晶と人工結晶の比較

研究成果

図2は光格子中にトラップされている個々のイッテルビウム原子を画像化したものである。光格子中の原子の分布は、発現した物性現象を直接的に示す極めて重要な情報である。光格子の間隔はわずか544ナノメートル(nm)であり、光格子中の各サイトにトラップされた原子を観測するために、同研究グループは図3のような実験装置を開発した。

光学顕微鏡の分解能を増大させる力をもつ固浸レンズに超低温の原子を接近させる手法を独自に開発し、表面から2.6マイクロメートル(μm)の場所に薄いシート状の光格子を形成し、原子をトラップした。両者の温度比は、太陽と氷の温度比のさらに1億倍であり、レンズ表面が光格子中の超低温の原子に影響せず、かつ高い分解能が得られるよう、絶妙な距離に調整されている。

世の中に存在するあらゆる粒子は、ボソン[用語4]とよばれるものとフェルミオンとよばれるものの2種類にわけることができ、それぞれ統計的性質が全く異なっている。固体中の電子はフェルミオンとよばれる種類にはいるが、今回使用したイッテルビウムと呼ばれる原子はボソンとフェルミオンの両方の同位体をもっている。そのため、開発した実験系は、高温超伝導を含め、様々な最先端の物性現象のシミュレーションに適用することができる。

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光格子中にトラップされた原子の蛍光画像

図2. 光格子中にトラップされた原子の蛍光画像

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光格子中の原子を観測する顕微鏡

図3. 光格子中の原子を観測する顕微鏡

「光格子中の原子が固体中の電子と同様の振る舞いをするのであれば、まわりくどいことをせずに固体を使って研究をすればよいのではないか?」という声が聞こえてきそうである。実は光格子系には固体にはない大きな利点が3つある。

まず、光と共鳴する原子だけが超低温になるため、光格子中の不純物をゼロにすることができる。次に、原子は電子よりも遥かに重いため、トンネリング[用語5]に代表される量子効果がおこる時間スケールが、固体中のそれに比べて何桁も遅くなり、結晶中で起こっている現象を時間的に追跡することが可能となる。最後に、ポテンシャルが光でできているため、格子形状を自由にデザインしたり、その深さを時間的に変化させたりすることが可能となる。これらの理由から、固体中で発現する物性現象の主要因を見極める上で、光格子系は理想的なシミュレーターとして機能するのである。

しかし、理想的なシミュレーターがあっても、シミュレーションの結果を精密に読み取ることが出来なければ、その価値を十二分にひきだすことはできない。今回東工大の研究グループは、光格子中で起こっている現象を単一原子レベルで観測する手法を確立したわけであり、その意義は大きい。

今後の展開

液体窒素温度を超えるような高い転移温度をもつことが謎とされる銅酸化物高温超伝導体については、応用に向けた精力的な研究がなされている。すでに超高感度磁気測定装置、医療用MRI、さらにはリニアモーターカーなど、産業活用に至っているものもある。高温超伝導発現のメカニズムが明らかとなれば、転移温度をさらに上昇させることも夢ではなく、インフラ整備に必要なコストが大幅に削減され、我々の生活に直接的な影響をもたらすことになる。銅酸化物高温超伝導体のメカニズムは全く不明なわけではなく、「結晶の薄いシート状の正方格子的構造に由来する」「反強磁性絶縁相[用語6]の近くで発現する」などといったことが詳らかとなっている。

今回作成した光格子系は、薄いシート状の正方格子となっており、まさに銅酸化物高温超伝導体のシンプルなモデル系となっている。今後、目的とするシミュレーションを実現する上でもっとも大きな壁となるのは、系の温度である。光格子系は固体中の電子をシミュレートできるが、電子と原子の質量が全く異なることなどから、超伝導現象が発現する温度自体は当然大きく異なり、1ナノケルビン(1ケルビンの10億分の1)から100ピコケルビン(1ケルビンの100億分の1)程度であると予想されており、現行の温度に比べてより低い温度を達成する必要性がある。

実は、今回開発した顕微鏡は単に原子をみるだけではなく、系の温度を下げることにも利用できる。原子集団の温度を高める要因となっている特定の原子だけを選択的に排除することで、温度を2桁程度下げることが原理的に可能であり、今後の研究の発展に多いに期待がもてる。

用語説明

[用語1] 光格子 : レーザー光を対抗照射することで発生した光定在波は、極低温の原子に対して周期的なポテンシャルとして機能する。これを光格子とよぶ。レーザーの配置に応じて、1次元、2次元、あるいは3次元的な光格子を形成することができる。

[用語2] 同位体 : 原子番号は同じだが、核の中の中性子の数が異なるもの。共鳴する光の波長がわずかに異なるため、レーザーの波長をわずかに変化させるだけで、特定の同位体だけを選択・冷却することが可能である。

[用語3] 超伝導 : 特定の金属や化合物の温度を下げたとき、ある温度(転移温度)以下で電気抵抗がゼロになる現象。転移温度が高い超伝導体のことを高温超伝導体とよぶ。

[用語4] ボソンとフェルミオン : 二つのビー玉は区別することができるが、電子、原子といった小さな粒子は区別することができない。同じ状態に二つの粒子がはいることができないとき、その粒子をフェルミオンとよび、いくらでも粒子をいれることができるとき、ボソンとよぶ。

[用語5] トンネリング : 古典的には超えることの出来ないポテンシャルを超えてしまう量子効果

[用語6] 反強磁性絶縁相 : 結晶中のとなりあう電子のスピンが互いに反対方向を向いて整列し、全体としては磁気モーメントをもたない状態。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review A
論文タイトル :
Site-resolved imaging of ytterbium atoms in a two-dimensional optical lattice
著者 :
Martin Miranda, Ryotaro Inoue, Yuki Okuyama, Akimasa Nakamoto, Mikio Kozuma
DOI :
10.1103/PhysRevA.91.063414 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

大学院理工学研究科 物性物理学専攻
教授 上妻幹旺
Email : kozuma@ap.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2451 / Fax : 03-5734-2451

広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

毎秒1千億回に達する分子の回転運動について高解像度の動画撮影に成功

概要

自然科学研究機構分子科学研究所の水瀬賢太助教および東京工業大学大学院理工学研究科の大島康裕教授らの研究グループは、分子運動に関する高度な光制御技術と、独自に開発した高分解能イメージング装置を駆使することにより、分子が千億分の1秒スケールで一方向に回転する様子を連続画像として撮影することに成功しました。撮影された分子回転に関する高解像度の動画には、分子運動を支配する量子力学的な波の動きがはっきりと捉えられており、分子運動の本質を視覚的に理解することが可能になったといえます。微視的な世界の分子の運動を明瞭に可視化することは、分子の性質を深く理解し利用するための基本であり、この基盤技術の活用が自在な分子制御へとつながると期待されます。

本成果は、アメリカ科学振興協会(AAAS)が本年新しく発刊したオープンアクセス速報誌『Science Advances』に、7月3日付(アメリカ東部標準時)で掲載される予定です。

研究の背景

コマや風車が回転する様子はおなじみですが、ナノメートル[用語1]以下という極微の存在である分子も、同様に回転運動をしています。ただし、その回転のスピードは1秒間に100億回以上というまさに桁違いの速さです。また、コマや風車(さらには地球や銀河までも)は古典力学[用語2]に則って運動しますが、分子のようなミクロな存在を支配するのは量子力学[用語3]であり、「物体の運動は波としての性質も示す」という直感的には理解しがたい基本法則が存在します。分子の回転も「波」として振る舞うはずですので、コマや風車の回転とは全く異なった様相を示すはずです。

一方、分子の性質(電場・磁場・光への応答など)を詳細に明らかにしようとする際には、分子の回転運動を理解し制御することは不可欠です。なぜなら、分子は3次元的なかたちを持つので、空間中でどちらを向いているかによって分子の性質は大きく影響されますが、分子の方向が変化する運動が回転に他ならないからです。近年では、急速に発展している極短パルスレーザー技術を利用して、分子の量子力学的回転運動を制御する研究が活発に行われており、100フェムト秒[用語4]刻みで分子の向きが変化する様子を観測することすら実現されています。ただし、これまでの研究では、分子の回転方向を完全に特定することはできておらず、いわば右回りと左回りの回転をまとめて観測していたような状況でした。古典的な右回り・左回り回転に相当する量子力学的な回転運動とはどのようなものなのかを実験的に検証することが残された課題でした。

研究成果

回転する分子の姿を明確に観測するためには、以下の2つの問題点を解決する必要があります。まず第1に、微小な分子1個1個の超高速な運動を追跡することは極めて困難ですので、多数の分子をまとめて観測することが現実的かつ有効です。そのため、回転方向やスピード、回転のタイミングまでがそろった分子の集団を作り出す必要があります。第2に、ナノメートル以下の分子が、100フェムト秒程度の時間スケールで刻々とその方向を変える様子を計測する必要があります。さらに、分子の量子力学的回転運動を観測するためには、分子同士の相互作用が無視できる希薄な気体状態である必要があり、時間・空間分解能とともに高い検出感度が要求されます。

第1の課題については、分子研・東工大の研究チームは既に、100フェムト秒程度の時間幅を持つレーザーパルスを適切な時間間隔で2発続けて照射すると、右もしくは左回りに分子がそろって回転する状態を作り出せることを世界に先駆けて明らかにしています[注]。本研究では、最も単純な構造を持ち身近な存在でもある窒素分子を対象として、この手法を適用しました(図1)。第2の課題については、クーロン爆発イメージング法と呼ばれる手法を利用しました。ここでは、より強力な第3の極短レーザーパルスによって回転する窒素分子から複数の電子をはぎとり、レーザーパルスの時間幅以内で2つの窒素原子イオンに分解させます。イオンが飛び出した方向は壊れる直前の分子の向きと一致していますので、2次元イオン検出器によって測定することにより、分子の向きの分布(配向分布)を実験的に求めることができます。方向がそろった回転を誘起する第2のパルスと分子を「爆発」させる第3のパルスとの時間差を変化させて測定を繰り返すことによって一連の画像を撮影し、最終的に一方向に回転する窒素の動画としてまとめました(図1)。

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単一方向に回転する分子集団の生成と分子配向のイメージング

図1. 単一方向に回転する分子集団の生成と分子配向のイメージング

2次元イオン検出器を用いるクーロン爆発イメージングは確立した計測法ですが、これまでの撮影アングルでは、回転方向が右向きか左向きかを区別できませんでした。本研究では、電極を追加することによってイオンの飛行方向を90度折り曲げることによって、一方向にそろって回転する分子に最適なアングルで撮影することを可能としました(図2)。

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従来法と本研究での撮影アングルの比較

図2. 従来法と本研究での撮影アングルの比較

分子研・東工大の研究チームは、以上のような先端的光制御技術と独自開発のイメージング装置を組み合わせることによって、窒素分子が左回りにそろって回転する様子を、33フェムト秒/フレームの時間分解能の動画として撮影することに成功しました。その動画の一部の数コマを、図3および図4に示します。ここでは、画像1フレームは20万イオンの測定データに相当しており、角度分解能にして1度以下で分子の配向分布を決定できるだけの解像度が達成されています。撮影された動画では、プロペラの形状をした分子配向分布が約700フェムト秒で3分の1回転する様子(図3)や、プロペラ型から十文字型へと形状が変化していく様子(図4)が明瞭に観測されています。特に後者(図4)は、分子の回転運動が複数の波の成分から形成されており、それぞれの波の回転速度が異なることから形状が時間とともに変化するとして説明でき、一方向に回転する分子運動の量子力学的振る舞いを実験的に明確に捉えた初めての成果です。

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左回りに回転する窒素分子のスナップショット(その1)

図3. 左回りに回転する窒素分子のスナップショット(その1)

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左回りに回転する窒素分子のスナップショット(その2)

図4. 左回りに回転する窒素分子のスナップショット(その2)

今後の展開

本研究では、分子回転に関する高解像度の動画撮影によって、分子運動を支配する量子力学的な波の動きをはっきりと捉えることができました。つまり、分子運動の本質を視覚的に理解することが可能となったと言えます。今後は、波として振る舞うという一見不可解な量子力学的運動が、私たちになじみ深い古典的な運動とどのように関連付けられるのかを、実験的に突き止める取り組みへと発展・深化するでしょう。また、分子運動を明瞭に可視化することは、分子の性質を利用するための基本でもあります。例えば、一方向にそろって回転する分子の集団は、極短パルス光を精密に制御するための「光学部品」や、2つの独立な極短パルス光の時間差を正確に計測する「ストップウォッチ」として利用することが提案されています。このような応用には、分子の回転状態を予め精密に特定しておくことが不可欠であり、今回の高解像度回転イメージングは必須の技術となるでしょう。

用語説明

[用語1] ナノメートル : ナノは、十億分の1を意味する接頭辞であり、1ナノメートルは十億分の1メートル、つまり、百万分の1ミリメートルに対応する。

[用語2] 古典力学 : ニュートンの運動方程式に代表される、巨視的サイズ(マイクロメートルもしくはそれ以上)の物体の運動を記述する力学体系。

[用語3] 量子力学 : 原子や分子、およびそれらを構成する電子や原子核などの微視的対象の運動を記述する力学体系。パソコンや携帯電話を初めとする電子機器など、微細な領域に関するテクノロジーのほとんどは量子力学を基礎として成り立っており、その恩恵抜きに現代の日常生活をおくることは不可能である。

[用語4] フェムト秒 : 1フェムトは、千兆分の1を意味する接頭辞であり、100フェムト秒は十兆分の1秒に対応する。

[注] 1000 億分の1秒以内で、右もしくは左回りにそろって分子を回転させることに成功(大島グループ)Image may be NSFW.
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; パリティ 12月号, 34 (2010)

論文情報

掲載誌 :
Science Advances(アメリカ科学振興協会(AAAS)が発行するオープンアクセス速報誌)
論文タイトル :
Quantum unidirectional rotation directly imaged with molecules
(量子力学的な単一方向回転運動の分子を用いた直接可視化)
著者 :
Kenta Mizuse, Kenta Kitano, Hirokazu Hasegawa, and Yasuhiro Ohshima
DOI :
10.1126/sciadv.1400185 Image may be NSFW.
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研究グループ

  • 水瀬賢太助教(自然科学研究機構分子科学研究所、現東京工業大学大学院理工学研究科)

  • 北野健太助教(青山学院大学理工学部)

  • 長谷川宗良准教授(東京大学大学院総合文化研究科)

  • 大島康裕教授(東京工業大学大学院理工学研究科・自然科学研究機構分子科学研究所)

研究サポート

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号20050032Image may be NSFW.
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)、自然科学研究機構新分野創成センター「イメージングサイエンスImage may be NSFW.
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」(課題番号IS261006)、理研・分子研連携融合事業「エクストリームフォトニクス研究Image may be NSFW.
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」、および最先端の光の創成を目指したネットワーク研究プログラム「融合光新創生ネットワークImage may be NSFW.
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」の助成を受けて実施されました。

問い合わせ先

東京工業大学大学院理工学研究科

教授 大島康裕
Email : ohshima@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2899 / Fax : 03-5734-2899

自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室

Email : kouhou@ims.ac.jp
TEL/FAX : 0564-55-7262

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


超伝導できない超伝導電子―超伝導温度より遙か高温から存在する超伝導電子の発見―

発表のポイント

  • 銅酸化物高温超伝導体[用語1]では、通常の超伝導体とは異なり、抵抗ゼロの超伝導温度よりも遥か高温から超伝導電子[用語2]が生成されていることを発見した。
  • 本研究は「レーザーを光電効果観察に活用する」という、東京大学物性研究所発祥の画期的アイディアから実現した超高分解能測定に基づく。
  • 高温超伝導メカニズムの解明や超伝導転移温度を更に向上させる指針を与えるものとして期待される。

発表概要

超特急「超電導リニア」が2027年に開通することが決まり、超伝導が人々の生活に欠かせない身近な存在になる日が迫っています。今から約100年前の1911年、カマリン・オネス(オランダ)の研究室で突如として産声を上げた超伝導現象が、地道な基礎研究を経て、確かでクールな技術として利用されつつあります。

超伝導はあらゆる物質で発現するごく一般的な現象であることが、今では広く認知されています。その中でもずば抜けて高い超伝導温度を持つチャンピオン物質が銅酸化物高温超伝導体です。東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川准教授は、東京大学物性研究所の近藤猛准教授と辛埴教授らとの共同研究により、物性研究所が独自に開発したレーザー励起型の光電子分光装置[用語3]を用いることで、従来とは一線を画す精度でその物質内を波打つ超伝導電子を観察しました。一般的な超伝導体で温度を上げて行くと、抵抗ゼロで特徴づけられる超伝導状態が消滅すると同時に、物質内の超伝導電子は皆無となります。これとは対照的に、銅酸化物高温超伝導体では、超伝導温度からかけ離れた更なる高温でも、高温超伝導メカニズムの解明や超伝導転移温度を更に向上させる指針を与えるものとして期待されます。

発表内容

銅酸化物超伝導体は、安価な液体窒素温度でも超伝導転移することから、エネルギー問題を一挙に解決する夢の万能薬になるとの期待感で、発見当時、社会現象とも言える衝撃を与えた物質です。それから約30年、超伝導温度の更なる向上のためさまざまな物質探索が行われてきましたが、銅酸化物超伝導体は今でもその超伝導温度において他の追随を許さない圧倒的存在として君臨しています。しかしながら、自由な超伝導設計への指針となる「高い超伝導を生む源」は未だ分かっていません。銅酸化物が見せる高温超伝導の機構解明は、今なおフィーバー冷めやらぬ、現代物理学最重要課題の一つです。

超伝導の研究には、物質内電子を直接観察すればよい。この単純明快な考えに基づく実験手法が光電子分光法で、物質内電子を光で外にはじき飛ばして観察します。この手法は、波としてうねうねと伝搬する光を粒の集合体として記述して見せることで、光の概念を覆したアインシュタインの発想(1921年のノーベル賞受賞理由)に基づいています。本研究グループは、先端的なレーザー技術と分光技術を組み合わせて実現した高性能光電子分光装置を用いて、従来とは一線を画すエネルギー分解能で超伝導電子を観測しました。

銅酸化物高温超伝導体の超伝導電子は、ある方向に節を持つd[用語4]として振る舞うことが知られています。これは、一般的な超伝導体がもつ等方的で節の無いs波超伝導電子との大きな違いです。このように、対称性には大きな特徴を持つ銅酸化物高温超伝導体ですが、超伝導電子の形成から超伝導状態へ至るまでの温度変化に関して特異性は無いものとされていました。つまり、一般的な超伝導と同じく、超伝導電子の形成と同時に、抵抗ゼロの超伝導に転移すると考えられていたのです。本研究では、銅酸化物高温超伝導体が持つd波超伝導状態のシンボルとも言える節の温度変化を、精密な光電子分光測定で追跡しました。その結果、超伝導温度よりも1.5倍近く高い温度まで持続して存在することを発見しました。超伝導電子の形成温度と超伝導転移温度が大きく食い違う物質例はこれまでになく、銅酸化物高温超伝導体の特性といえます。

銅酸化物高温超伝導体は、伝導を担うキャリアを絶縁体に注入することで超伝導を発現するので、金属よりもむしろ絶縁体に近い物質です。その物質でなぜ高い超伝導を示すのか、未だ謎が多いのが現状です。本研究グループの研究結果は、絶縁体の瀬戸際で生じる超伝導ならではの性質として、ミクロに生成される超伝導電子が十分な量生成されて初めて超伝導性が発生することを示し、「高い超伝導を生む源」を同定する上での指針となります。また、超伝導の名残が高温超伝導体の超伝導温度よりもさらに高温で発見されたことから、高温超伝導メカニズムの解明や超伝導転移温度を更に向上させる指針を与えるものとして期待されます。

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レーザーを用いて高分解能で観測した高温超伝導体の電子状態。超伝導転移温度Tcよりも1.5倍もの遥かに高温まで、超伝導電子対が形成されている証拠のエネルギーギャップが観測された。
図1.
レーザーを用いて高分解能で観測した高温超伝導体の電子状態。超伝導転移温度Tcよりも1.5倍もの遥かに高温まで、超伝導電子対が形成されている証拠のエネルギーギャップが観測された。

用語説明

[用語1] 銅酸化物高温超伝導体 : 高い超伝導転移温度を示す銅酸化物層状物質群。1986年に、ベドノルツとミューラーがLa-Ba-Cu-O系物質において高い超伝導転移を発見したのを発端に、短期間の内に次々と高い超伝導を示す類似物質が発見された。液体窒素温度を越える物質も多数見つかったことから、その原理を探る基礎的研究だけではなく、応用を目指した研究が盛んに行われている。ベドノルツとミューラーは銅酸化物高温超伝導体を発見した業績により1987年度のノーベル物理学賞を受賞した。

[用語2] 超伝導電子 : 抵抗ゼロの超伝導状態を担う電子。超伝導状態では、電子が2つ一組となって伝導することから、超伝導電子対とも呼ばれる。

[用語3] レーザー励起型光電子分光法 : 光電子分光法では、光を物質に照射し、物質外に飛び出す電子を観測する。電子は物質内を伝導する状態を背負ったまま飛び出すため、物質固有の電子状態が直接観察できる。特に、光源として真空紫外レーザーを用いる場合をレーザー励起型光電子分光法と呼ぶ。この手法では高いエネルギー分解能が得られるため、微小なエネルギースケールを対象とする超伝導の研究に威力を発揮する。

[用語4] d波超伝導状態 : 0、1、2の軌道角運動量を持つ電子をそれぞれ、s波、p波、d波と呼ぶ。2つ一組の超伝導電子対においては、相対軌道角運動量を用いて同様に区別される。一般的な超伝導体は、電子対の結合力が等方的となるs波だが、銅酸化物超伝導体では、ある方向で結合力がゼロ(節)となるd波超伝導状態が発現する。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Point nodes persisting far beyond Tc in Bi2212
著者 :
Takeshi Kondo1, W. Malaeb1, Y. Ishida1, T. Sasagawa2, H. Sakamoto3, Tsunehiro Takeuchi4, T. Tohyama5, and S. Shin1
所属 :
1ISSP, University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8581, Japan
2Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology, Yokohama, Kanagawa 226-8503, Japan
3Department of Crystalline Materials Science, Nagoya University, Nagoya 464-8603, Japan
4Energy Materials Laboratory, Toyota Technological Institute, Nagoya 468-8511, Japan
5Department of Applied Physics, Tokyo University of Science, Tokyo 125-8585, Japan
DOI :
10.1038/ncomms8699 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

応用セラミックス研究所

准教授 笹川崇男
Email : sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366

東京大学物性研究所
附属極限コヒーレント光科学研究センター

近藤猛
Email : kondo1215@issp.u-tokyo.ac.jp
TEL : 04-7136-3367 / Fax : 04-7136-3383

辛埴
Email : shin@issp.u-tokyo.ac.jp
TEL : 04-7136-3380 / Fax : 04-7136-3383

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業大学・ウプサラ大学合同ワークショップ「新材料への理論および計算からのアプローチ」開催報告

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ワークショップポスター

ワークショップポスター

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ワークショップの様子

ワークショップの様子

本学の元素戦略研究センター(MCES)では6月4日と5日の2日間にわたり、合同ワークショップを開催しました。東京工業大学とウプサラ大学(スウェーデン)とは昨年来、教育・研究における交流を深めており、今回のワークショップはその一環として行われました。ウプサラ大学は材料計算、計算機支援材料設計などに強みを持ちます。これは、MCESにおける材料研究の方向性に合致しており、本ワークショップの実現に至りました。

4日は約50名の参加者が集まり、本学の安藤真理事・副学長(研究担当)の開会挨拶に続き、ウプサラ大学のクラエス・ゴーラン・グランクビストシニアプロフェッサーによるウプサラ大学の紹介がありました。その後、当該分野における国際的研究者であるKAIST(韓国)のキー・ジョン・チャン氏からは「高次構造的空間アニーリングに基づく逆法を使う第一原理材料設計」というテーマで、ケンブリッジ大学のジョン・ロバートソン氏からは「新しい電子機能材料に関する計算による設計」というテーマで特別講演が行われました。午後からは東工大より4名、ウプサラ大より2名の招待講演が行われ、熱心な議論が交わされました。

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    クラエス・ゴーラン・グランクビストシニアプロフェッサー

    クラエス・ゴーラン・グランクビスト
    シニアプロフェッサー

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    キー・ジョン・チャン氏

    キー・ジョン・チャン氏

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    ジョン・ロバートソン氏

    ジョン・ロバートソン氏

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    トーマス・エドゥビンソン氏

    トーマス・エドゥビンソン氏

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    斎藤晋教授

    斎藤晋教授

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    村上修一教授

    村上修一教授

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    ビップラブ・サニュエル氏

    ビップラブ・サニュエル氏

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    大場史康教授

    大場史康教授

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    多田朋史准教授

    多田朋史准教授

5日は約50名の参加者が集まり、Discussion Dayと銘打った討論中心のワークショップが展開されました。東工大はじめ日本側の若手研究者6名が15分程度のトピックス提供を行い、これに関し参加者が討論するという形で進行しました。前日にもまして活発な討論が行われました。

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    Discussion Day
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    Discussion Day

Discussion Day

問い合わせ先

元素戦略研究センター

Email : fuji@lucid.msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5128

元素戦略研究センター開所式及び記念シンポジウムを開催

材料科学研究の新たな拠点としてすずかけ台キャンパスに建設した元素戦略研究センター(通称:元素キューブ)の開所式と記念シンポジウムが、6月3日に開催されました。

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元素キューブ外観

元素キューブ外観

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開所式 長野裕子参事官ご挨拶

開所式 長野裕子参事官ご挨拶

学内外関係者約80名が参加た開所式は、三島良直学長の挨拶で始まりました。その後、長野裕子 文科省研究振興局参事官、伊藤宗太郎 科学技術振興機構執行役、澤岡昭 大同大学学長、渡辺広行 旭硝子株式会社執行役員、瀬戸山亨 三菱化学株式会社執行役員、児島宏之 味の素株式会社バイオ・ファイン研究所プロセス開発研究所長による祝辞が述べられました。同センターにおけるこれまでの研究実績に対する賛辞とともに、材料科学研究のさらなる発展への熱い期待が寄せられました。続いて、細野秀雄センター長による基調講演が行われ、参加者は熱心に耳を傾けていました。

開所式終了後には、施設見学会が行われ、和やかな雰囲気のなか、参加者は新しい施設を見学しました。

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実験室装置
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実験室装置

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実験室装置

実験室装置

引き続き、午後からは材料科学分野のトップランナーを招いての記念シンポジウムが行われました。

国際シンポジウム-豊富元素で作る電子材料の新たな地平線

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シンポジウムポスター

シンポジウムポスター

三島良直学長の開会挨拶の後、6件の招待講演が行われました。招待講演者は、新材料エレクトライドの発見者であるジェームズ・L・ダイをはじめ、いずれも本領域を国際的に先導する研究者であり、参加者約80名を集め活発な議論が行われました。

電子が陰イオンとしてふるまう物質を意味する。電子化物とも呼ばれる。1997年にジェームズ・L・ダイにより発見された。これは低温で不活性雰囲気中でのみ存在できるものであったが、2003年に細野らがセメント成分でもあり資源豊富な12CaO・7Al2O3を用いて大気中で400℃まで安定なエレクトライドを開発した。その後、同物質で超伝導や高性能なアンモニア合成触媒としての機能が見つかり、高い電子供与性と安定性を生かしたユニークな材料展開が期待されている。
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シンポジウムの様子
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シンポジウムの様子

シンポジウムの様子

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活発な質疑応答
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活発な質疑応答

活発な質疑応答

招待講演

  • ヤン・ヒー・リー(成均館大学校/韓国)「2Dワンダーランド」

  • クラース・ゴラン・グランクビスト(ウプサラ大学/スウェーデン)「環境との調和:自然のエネルギーフローを利用する新材料」

  • ジョン・ロバートソン(ケンブリッジ大学/英国)「単純な組成を持つ究極の材料」

  • ジェームズ・L・ダイ(ミシガン州立大学/アメリカ)「捕えられたアルカリ金属—豊富で多彩な材料」

  • キー・ジュー・チャン(KAIST/韓国)「グラフェンおよびモリブデンジカルコゲナイドの電子および輸送特性」

  • 細野秀雄(東京工業大学/日本)「エレクトライドの材料科学と応用」

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    ヤン・ヒー・リー

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    クラース・ゴラン・グランクビスト

    クラース・ゴラン・グランクビスト

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    ジョン・ロバートソン

    ジョン・ロバートソン

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    ジェームズ・L・ダイ

    ジェームズ・L・ダイ

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    キー・ジュー・チャン

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    細野秀雄

    細野秀雄

問い合わせ先

元素戦略研究センター

Email : fuji@lucid.msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5128

原子19個の白金粒子が最高の触媒活性を示す―燃料電池触媒の質量活性20倍、低コスト化に道―

要点

  • 金属ナノ粒子を原子レベルで精密制御する新規合成法を開発
  • 特定原子数からなる白金ナノ粒子が燃料電池反応に対する高い活性を発現
  • 原子数わずか1個で触媒活性が大きく変化するメカニズムを解明

概要

東京工業大学資源化学研究所の山元公寿教授と今岡享稔准教授らは、原子19個で構成される白金粒子(Pt19)が、現在の燃料電池に用いられている白金担持カーボン触媒の20倍もの触媒[用語1]活性を発揮することを発見した。山元教授らが開発した白金ナノ粒子の構成原子数を1原子単位で精密にコントロールして合成する技術を用い、少数の原子から構成される白金微粒子の酸素還元反応[用語2](燃料電池の正極反応)に対する触媒活性を調査し、これまで見つかっていなかった最も高い活性を示す構造を突き止めた。

将来、燃料電池に使用する白金を大幅に削減することで、燃料電池の低コスト化に寄与する基盤技術として期待される。

この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製(曽根純一総括)」により実施した。成果はドイツ化学誌「Angewandte Chemie, International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)」に近く掲載されます。

研究成果

東工大の山元教授らはCRESTプロジェクト「新金属ナノ粒子の創成を目指したメタロシステムの確立」において、デンドリマー[用語3]とよばれる精密樹状高分子を用いた原子数が規定できる超精密ナノ粒子合成法を開発した。今回は同合成法を活用し、白金ナノ粒子の原子数を厳密に12から20原子の範囲でコントロールし、それぞれの酸素還元反応に対する触媒活性を評価した。

白金原子一つ加わるごとに触媒活性が不規則に変化するという興味深い結果が得られた。対称性の高い幾何構造を持つことから、これまで最も安定で有用と考えられてきた13原子の白金粒子(Pt13)は、実は最も活性が低く、それより1原子少ない12原子の粒子(Pt12)はPt13の2.5倍の活性を有する。

さらに、19原子の白金粒子(Pt19)が最も高い活性を示し、Pt13に対する比活性は4倍にもなった。Pt19の質量あたりの活性は、現在、広く用いられている粒径3~5 ナノメートル(nm)の白金ナノ粒子担持カーボン触媒の20倍にもなることが分かった。

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原子19個の白金粒子が最高の触媒活性を示す

研究の背景

近年燃料電池自動車の低コスト化が進んでおり、普及し始めたが、いまだに車両価格の大部分を占める燃料電池製造コストは大きな課題となっている。特に燃料電池触媒として使われる白金は高価であるため、性能を保ったまま白金使用量を削減する技術が強く望まれている。

白金の利用効率を高めるには白金粒子をより細かくして質量あたりの表面積を向上させることが必要である。しかし、これまでの研究で、白金粒子の微細化が進み、粒径が1nmに近づくと急激に白金の電子状態が変化して活性が失われることが広く知られており、大きなジレンマであった。現在では、中間をとった3nm程度の粒径を持った白金ナノ粒子が燃料電池触媒として広く使われている。

白金は2nm以上の粒径では安定な結晶構造をとる。しかし、1nm程度では原子数が少なすぎるため周期的な結晶構造を持つことができず、全く異なる分子状クラスター構造をとる。この構造が構成原子数によって特異的であるため、1nmのサイズ領域には活性の高い粒子と低い粒子が混在し、最大の活性を得るためには原子レベルの自在構造制御が必要である。今回の研究はこの課題解決を目的として行い、最も高い活性を示す構造を見いだすことに成功した。

今後の展開

これまで燃料電池触媒としては適さないと考えられてきた1nmを切る微小白金粒子の中で、極めて高活性のものが見つかったことで、微小白金粒子を用いた燃料電池触媒の可能性が見えてきた。実際の燃料電池システムに組み込むためには導電性カーボン担体への触媒高密度担持、MEA(Membrane Electrode Assembly)と呼ばれる燃料電池用膜電極接合体への組み込みとその最適化、耐久性の向上などの課題が残されているが、その多くには既存の技術が転用可能であると考えられ、近い将来の大幅に白金使用量を減少した燃料電池触媒の開発が期待される。

用語説明

[用語1] 燃料電池触媒 : 自動車用など低温(80-100℃)で動作する固体高分子型燃料電池では正極で酸素還元反応、負極で水素酸化反応がそれぞれ進行することで発電が行われる。どちらの電極でも白金が反応を促進するための触媒として用いられており、より少ない白金で多くの表面積を稼ぐためにナノ粒子を用いるのが一般的である。

[用語2] 酸素還元反応 : 酸素1分子に4つの電子と4つのプロトン(水素イオン)とが反応することで水が生成する反応である。反応速度が遅いため、固体高分子型燃料電池の性能を決定する重要な反応過程となっており、高い性能を得るためには大量の白金を用いる必要がある。

[用語3] デンドリマー : コア(core)と呼ばれる中心分子と、デンドロン(dendron)と呼ばれる側鎖部分から構成される特殊な幾何構造を有する高分子である。一般に高分子はある程度の分子量分布を持つが、高世代のデンドリマーは、分子量数万に達するもののほとんど単一分子量であるという際立った特徴を持つ。金属粒子を得るために金属イオンと複合体を形成できる、ポリアミドアミン構造を持つPAMAMデンドリマーなどは、試薬会社から市販もされているが、本研究は、さらに精密に金属数を規定して複合体形成が可能な、独自設計されたフェニルアゾメチンデンドリマーを用いている。この原子数が明確なデンドリマー-白金イオン複合体を化学的に還元処理すると、原子数が明確な白金粒子が得られる。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)
論文タイトル :
Finding the most catalytically active platinum clusters with low-atomicity
(和訳:最も触媒活性の高い白金クラスターの発見)
著者 :
T. Imaoka, H. Kitazawa, W.-J. Chun, K. Yamamoto
DOI :
10.1002/anie.201504473 Image may be NSFW.
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問い合わせ先

資源化学研究所

教授 山元公寿
Email : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ

古川 雅士
Email : crest@jst.go.jp
TEL : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2066

取材に関すること

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

Email : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

ニュースレター「AES News」No.2夏号発行

ソリューション研究機構先進エネルギー国際研究(AES)センターImage may be NSFW.
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が、ニュースレター「AES News」No.2夏号を発行しました。

AESセンターは、従来の大学研究の枠組みを越えて、企業、行政、市民などが対等な立場で参加する、開かれた研究拠点「イノベーションプラットフォーム」です。低炭素社会のエネルギーシステム実現に向けたソリューション研究開発を推進しています。

また、学内外の教員と会員が連携し、既存の社会インフラを活かしながら革新的な省エネ・新エネ技術を取り入れ、安定したエネルギー利用環境を実現する先進エネルギーシステムの確立を目指しています。

こうした日ごろの活動を、より多くの方々にご理解いただき、また、AESセンター企業・自治体会員および本学教職員の連携を深めるために、AESセンターではニュースレター「AES News」を、今年度より季刊誌として発行しています。今回は第2号となる夏号のご案内です。

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ニュースレター「AES News」No.2夏号

第2号・2015年夏号

  • 中上英俊特任教授
    巻頭記事「エネルギー産業のパラダイムシフト」
  • AES活動報告(2015年4月~6月)
  • 共同研究部門紹介(東京ガス共同研究部門、三菱商事共同研究部門)
  • AES行事開催予定、AESセンターの概要

ニュースレターの入手方法

冊子版

冊子版は、以下の場所で配布しています。郵送をご希望の場合は、問い合わせ先までご連絡ください。

  • 大岡山キャンパス:東工大蔵前会館1階 インフォメーション

  • すずかけ台キャンパス:すずかけ台大学会館1階 広報コーナー

PDF版

PDF版は以下のサイトからダウンロードできます。なお、バックナンバーも掲載しています。

お問い合わせ先

ソリューション研究機構 先進エネルギー国際研究(AES)センター
Email : aescenter@ssr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3429

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