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超短パルス光を用い固体中の量子経路干渉を観測 新しい光励起過程計測方法の開発に成功

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要点

  • 電子コヒーレンス情報をフォノン強度に焼き付けて計測する
  • 量子経路干渉による電子コヒーレンスの崩壊と復活を観測
  • 不透明領域のコヒーレントフォノン生成でもラマン過程が支配的

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の中村一隆准教授、萱沼洋輔特任教授と慶應義塾大学 大学院理工学研究科の鹿野豊特任准教授らは、超短パルス光照射をした半導体結晶中で、光遷移過程の量子経路干渉[用語1]による電子コヒーレンス[用語2]の崩壊と復活現象が起こること、不透明領域においてもコヒーレント光学フォノン[用語3]生成に誘導ラマン過程[用語4]が支配的であることを明らかにした。

高精度に時間制御したフェムト秒[用語5]パルス対を半導体単結晶(n型GaAs=ガリウム・ヒ素)に照射し、発生するコヒーレント光学フォノンにより変化する反射率を実時間計測した。数十アト秒[用語5]精度でパルス間隔を変化させることで、電子・フォノン状態の量子重ね合わせ状態をアクティブに制御することに成功し、電子コヒーレンスの崩壊と復活現象を観測した。

また、コヒーレント光学フォノン生成の素過程に関する量子論に基づいた理論計算と比較することで、観測された電子コヒーレンスの振る舞いは、誘導ラマン過程によることを示した。今回の研究により、固体中における高精度の量子状態制御が可能になると期待される。

研究成果は5月20日(米国東部時間)に米国物理学会誌「Physical Review(フィジカル・レビュー) B」のRapid Communication(速報)およびEditor's Suggestion(注目論文)としてオンライン版に掲載された。

研究成果

中村准教授らは90 K(-183.15 ℃)に冷却したn型GaAs単結晶を試料に用い、約50フェムト秒のパルス幅をもつ近赤外光による時間分解反射光強度測定[用語6]を行った。光のエネルギーはGaAsのバンドギャップよりも大きい1.55 eV(電子ボルト)であり、光は不透明領域にある。

ポンプ(励起)パルスを照射することでコヒーレント光学フォノンを励起し、それによって引き起こされる物質内の分極を、時間を遅らせて照射するプローブ(計測)パルスの反射率変化として検出した。これにより、コヒーレント光学フォノン(8.7 THz=テラヘルツ)とフォノンプラズモン結合モード(7.7 THz)による振動が観測された。

次に、中村准教授のグループが製作した高精度干渉計を用いて、励起パルスを約30アト秒の精度で時間差が制御されたパルス対に加工し、これを試料に照射した。パルス対の時間間隔を変化させることで、発生するコヒーレント光学フォノンとフォノンプラズモン結合モードの振動強度を制御することができた。

特に、パルス間隔を300アト秒ステップで変化させることで、約2.7フェムト秒間隔の電子コヒーレンスによる干渉縞が観測された(図1(a)(b))。これは、電子コヒーレンスの情報をフォノン強度に焼き付けて観測したことを意味している。この電子コヒーレンスの干渉は光パルス対自身の干渉よりも長く続いており、バルクGaAs中で電子状態のコヒーレンスが保持されていることが分かった。また、電子コヒーレンスを示す干渉縞が50フェムト秒付近で弱くなったあとで再度強くなる(崩壊と復活)現象が観測された。

この現象を説明するために、2バンドの電子準位と変位した調和振動子で構成される簡単なモデルを考え、光と物質の相互作用に関してフォノンの生成の量子力学的な理論計算を行った。図2のように、誘導ラマン過程(図2(a))による計算結果は実験を良く再現することができた。実験で観測された電子コヒーレンスの崩壊と復活現象は、誘導ラマン過程に含まれる多数の量子経路の干渉によることが明らかになった。

また、通常は光吸収過程が支配的と考えられる不透明領域において、コヒーレント光学フォノン生成では誘導ラマン過程が支配的であることを初めて見出した。今回の結果は「光を用いて電子・フォノン状態の量子重ね合わせ状態をアクティブに制御する」ことができることを示している。

図1. 光学フォノン(a)、光学フォノンプラズモン結合振動(b)、光干渉強度(c)の励起パルス間隔依存性。(a)(b)の約2.7フェムト秒の早い振動が電子コヒーレンスによる干渉縞である。
図1.
光学フォノン(a)、光学フォノンプラズモン結合振動(b)、光干渉強度(c)の励起パルス間隔依存性。(a)(b)の約2.7フェムト秒の早い振動が電子コヒーレンスによる干渉縞である。
図2. 理論計算で得られた光学フォノンの励起パルス間隔依存性。(a)誘導ラマン過程、(b)光吸収過程による結果。(a)は図1の実験結果とよく合っている。
図2.
理論計算で得られた光学フォノンの励起パルス間隔依存性。(a)誘導ラマン過程、(b)光吸収過程による結果。(a)は図1の実験結果とよく合っている。

背景

量子コンピュータや量子情報通信などの次世代量子技術では、量子コヒーレンスを活用することがキーポイントになっている。量子コヒーレンスは孤立した原子分子では長時間保持されるが、固体中では多数の原子との相互作用のため非常に短い時間で失われてしまうことが知られているが、その保持時間の定量的な値はよく分かっていない。中村准教授らはサブフェムト秒で制御した光パルス対を用いた干渉型過渡反射率計測を用いて電子コヒーレンス情報をフォノン強度に焼き付けて測定することにより、半導体バルク固体中の電子コヒーレンス保持時間の計測を可能にした。

また、超短光パルスで励起されるコヒーレントフォノンは、格子振動のダイナミクス研究や原子運動制御に用いられている。その生成メカニズムとしては、光吸収過程と誘導ラマン過程が関与するが、その寄与の大きさを実験的に判別することは非常に困難だった。今回の理論計算は光吸収過程と誘導ラマン過程における幾つかの量子経路干渉が大きく異なることを示した。

今後の展開

今回、フェムト秒光パルス対を用いた量子経路干渉法により、電子・フォノン状態の量子重ね合わせ状態をアクティブに制御することができ、フォノン生成過程の同定に成功した。この方法を用いることで、固体中における高精度の量子状態制御が可能になることが期待される。

用語説明

[用語1] 量子経路干渉 : 始状態から終状態に向かって複数の経路がある場合に、量子力学的に同時にいくつかの経路を通って現象が起こり、相互に干渉すること。

[用語2] 電子コヒーレンス : 電子状態が量子力学的な特性である干渉性をもっていること。

[用語3] コヒーレント光学フォノン : 光学フォノンは光により直接生成することのできる結晶を構成する原子の集団振動(格子振動)を量子化したもの。コヒーレント光学フォノンは、光学フォノンの振動周期よりも短いパルス幅の光パルスで励起することにより、振動のタイミングが揃った光学フォノンの集団が形成され、物質の反射率・透過率などのマクロな物理量を変化させるもの。

[用語4] 誘導ラマン過程 : 物質の光照射を行うと、物質内部にフォノンを生成するなどの励起を起こし、入れた光の波長とは異なる波長の光を放出する現象がラマン過程である。誘導ラマン過程は、励起光と一緒に散乱光と同じ波長の光を照射することで、ラマン過程を誘導すること。

[用語5] フェムト秒・アト秒 : フェムト秒は1000兆分の1秒(10-15秒)のことで、アト秒はフェムト秒のさらに1000分の1(10-18秒)の時間である。

[用語6] 時間分解反射光強度測定 : 励起パルスを照射することで時々刻々と変化する反射率を、励起パルスから遅れて照射される観測パルスの反射光の強度変化として測定する方法のこと。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review B, Rapid Communication
論文タイトル :
Ultrafast Quantum-path Interferometry Revealing the Generation Process of Coherent Phonons
著者 :
中村一隆、横田謙介、奥田悠貴、加瀬麟太郎、北島誉士、三島遊、鹿野豊、萱沼洋輔
DOI :

本成果は、JST CREST、JSPS科学研究費補助金25400330, 14J11318, 15K13377, 16K05396, 16K05410, 17K19051, 17H02797、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究、分子科学研究所共同研究、公益財団法人精密測定技術振興財団の支援をうけて得られた。

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 中村一隆

E-mail : nakamura.k.ai@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5387

取材申し込み先

慶應義塾広報室

E-mail : m-pr@adst.keio.ac.jp
Tel : 03-5427-1541 / Fax : 03-5441-7640

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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