要点
- カルシウムアミドにルテニウムを固定した触媒が300 ℃程度の低温度領域で従来よりも一桁高いアンモニア合成活性を実現した。
- 平らな形状の大きさのそろったルテニウムのナノ粒子が自然に形成された。
- 約1ヶ月の反応を継続しても触媒活性が劣化しないことが分かった。
概要
JST戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学の細野秀雄教授と原亨和教授、北野政明准教授、井上泰徳研究員、高エネルギー加速器研究機構の阿部仁准教授らは、カルシウムアミド(Ca(NH2)2)[用語1]にルテニウムナノ粒子を固定した触媒が、300 ℃程度の低温度領域で、従来の触媒の10倍以上の高い触媒活性を示すことを発見しました。さらに、Ba(バリウム)を3%添加したCa(NH2)2にルテニウムを固定した触媒(Ru/Ba-Ca(NH2)2)では、700時間(約1ヵ月)以上に亘り反応を行っても触媒活性はほとんど低下せず極めて安定に働く触媒であることも明らかにしました。
アンモニアは窒素肥料原料として膨大な量が生産されており、最近では水素エネルギーキャリアとしても期待が高まっています。本研究成果は、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化技術を大幅に促進する結果であるといえます。従来から使われてきたルテニウム触媒の多くは、金属酸化物やカーボン材料などに固定されていました。本触媒では、窒素含有無機化合物であるカルシウムアミドを用いることで、ルテニウムと窒素が結合し、カルシウムアミド上に大きさのそろった平らな微粒子状でルテニウムが固定されます。このことにより低温で高活性かつ安定な触媒活性が発現しました。
本研究成果は米国科学誌「エーシーエス・キャタリシス(ACS Catalysis)」オンライン速報版に2016年10月8日午前0時(日本時間)に公開されました。
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ACCEL
研究開発課題名: |
「エレクトライドの物質科学と応用展開」 |
研究代表者: |
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄 |
プログラムマネージャー: |
科学技術振興機構 横山壽治 |
研究開発実施場所: |
東京工業大学 |
研究開発期間: |
平成25年10月~平成30年3月 |
研究の背景と経緯
人工的にアンモニアを合成する技術は、約100年前にハーバーとボッシュによって初めて見いだされ、この技術(ハーバー・ボッシュ法、以下「HB法」という)は工業化された現在でも、人類の生活を支えるために必要不可欠となっています。また、アンモニア分子は分解することで多量の水素発生源となり、かつ室温、10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素運搬の物質としても期待されています。
一方、HB法は高温(400~500 ℃)、高圧(100~300気圧)の条件が必要であるため、温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められています。
アンモニア合成触媒として、アルカリ金属やアルカリ土類金属の酸化物を添加した鉄やルテニウムなどの触媒が用いられてきました。しかし、300 ℃以下の低温度領域では効率よく働く触媒は見いだされていませんでした。
本研究グループは、2012年に12CaO・7Al2O3エレクトライド(C12A7:e-)[用語2]にルテニウムを固定した触媒が、低温で高活性を示すことを見いだしました。ところが、この触媒の表面積が1 m2/gと小さいため、単位重量あたりの触媒性能が低いという問題点がありました。
研究成果
同研究グループは、窒素含有無機化合物であるカルシウムアミド上にルテニウムを固定した触媒(Ru/Ca(NH2)2)を用いることで、300 ℃程度の低温度領域で従来のルテニウム触媒の10倍以上の高い触媒活性を示すことを見いだしました。
Ca(NH2)2自体は熱的に安定ではなく、図1に示すように、340 ℃で窒素と水素の混合ガス雰囲気下で加熱するとアンモニアを生成しながら分解してしまうので、触媒として持続してアンモニアを生成することはできません。ところが、Ca(NH2)2上にルテニウムを固定すると、長時間にわたって安定してアンモニアを生成し、触媒として機能することがわかりました。このとき、ルテニウムはCa(NH2)2の窒素と結合し、ルテニウムと窒素の強い相互作用によってCa(NH2)2上に平らな微粒子状体で固定されることが高エネルギー加速器研究機構のX線吸収微細構造(XAFS)[用語3]解析や電子顕微鏡観察によって明らかとなりました(図1)。また、Ru/Ca(NH2)2触媒のアンモニア合成に対する活性化エネルギー[用語4]は、59 kJ/molであり既存のルテニウム触媒(Cs-Ru/MgO、113 kJ/mol)の約半分でした。この値はRu/C12A7:e-触媒(50 kJ/mol)と同程度であることから、担体からの電子注入効果が効いており、Ru/C12A7:e-触媒と同様に窒素分子の解離が反応を遅らせずにアンモニア合成を進行させることが示されました。
- 図1.
- (左)カルシウムアミドおよびカルシウムアミドにルテニウムを固定した触媒を用いたアンモニア合成反応(Ru担持量:8wt%,反応条件:340 ℃,0.1 MPa)、(中)カルシウムアミドにルテニウムを固定した触媒の電子顕微鏡画像、(右)さまざまな担持量でルテニウムを固定したカルシウムアミドのRuK殻EXAFSフーリエ変換スペクトル。ルテニウムの担持量をwt%で表わしている。
340 ℃で反応時の圧力を変化させてアンモニア合成反応を調査すると、これまでに報告されたルテニウム触媒では、触媒活性はほとんど増大しないことがわかります(図2)。これは、ルテニウム表面が解離吸着した水素原子によって覆われる現象によって、触媒としての機能つまり窒素を解離させる機能が阻害されるためであることが知られています(水素によって触媒機能が削がれる被毒効果)。一方、カルシウムアミドにルテニウムを固定した触媒では、圧力に依存して触媒活性が大きく向上することがわかりました(図2)。これは、Ru/Ca(NH2)2触媒が水素によって能力を削がれていないことを示しています。また、アンモニアは、液化して回収する方が、工業的に利点が大きいため、ある程度加圧した条件(10気圧(約1 MPa)程度)で効率よく働く触媒は、実用的な観点からも意義が大きいことがわかります。
図2.
赤:ルテニウムを固定したカルシウムアミドの触媒性能、青:ルテニウムを固定したセシウム添加MgOの触媒性能
表1に、各触媒を用いて加圧条件下でアンモニア合成を行った結果をまとめました。Ru/Ca(NH2)2は、300 ℃程度の低温で他の触媒よりも10倍以上活性が高いことがわかります。また、この活性はRu/C12A7:e-触媒の400 ℃での触媒活性に匹敵することも明らかとなりました。
表1.
Catalyst |
表面積 (m2g-1) |
NH3生成速度 (mmol g-1 h-1) |
出口NH3濃度 (%) |
反応条件 |
WHSV(ml/gh) |
---|---|---|---|---|---|
Ru(10%)/Ca(NH2)2 |
50 |
31.7 |
2.2 |
340 ℃, 0.8 MPa |
36,000 |
Ru(10%)/Ca(NH2)2 |
50 |
15.8 |
1.1 |
300 ℃, 0.8 MPa |
36,000 |
Cs-Ru(10%)/MgO |
20 |
1.28 |
0.087 |
300 ℃, 0.8 MPa |
36,000 |
Ru(2%)/C12A7:e- |
1 |
0.34 |
0.023 |
300 ℃, 0.8 MPa |
36,000 |
Ru(2%)/C12A7:e- |
1 |
8.2 |
1.1 |
400 ℃, 1 MPa |
18,000 |
さらに、340 ℃大気圧下で長時間にわたるアンモニア合成の触媒活性を調べた結果を図3に示します。Cs-Ru/MgO触媒は100時間程度の間に急激に活性が低下しますが、Ru/Ca(NH2)2触媒はCs-Ru/MgO触媒に比べ、安定な触媒活性を示したあとで、徐々に活性の低下がみられました。
図3.
Ba(バリウム)を3%添加したCa(NH2)2にルテニウムを固定した触媒(Ru/Ba-Ca(NH2)2)では、700時間(約1ヵ月)以上触媒活性が低下せず安定してアンモニアを生成できることも明らかになりました。
今後の展開
本触媒は、低温微加圧条件下で優れたアンモニア合成活性を示し、長期間安定して活性を保つことができます。今後、触媒の調製条件などを最適化することでさらなる活性向上が見込まれ、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献することが期待できます。
用語説明
[用語1] カルシウムアミド : Ca2+とNH2-から形成されるイオン性化合物。
[用語2] C12A7エレクトライド : C12A7は12CaO・7Al2O3(酸化カルシウムと酸化アルミニウム化合物)でセメントの材料。
エレクトライドは電子がアニオンとして働く化合物の総称。通常の物質とは異なるユニークな性質を持つのではと関心を集めていたが、あまりに不安定なため、物性がほとんど不明のままだった。細野グループは、2003年に直径0.5ナノメートル程度のカゴ状の骨格が立体的につながった結晶構造をしているアルミナセメントに構成成分の1つC12A7を使って、安定なエレクトライドを初めて実現した。
このエレクトライドは金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示す。またアルカリ金属と同じくらい電子を他に与える能力を持つにもかかわらず、化学的にも熱的にも安定というユニークな物性を持っている。
[用語3] X線吸収微細構造(XAFS) : 試料にX線を照射することにより、内殻電子の励起に起因して得られる吸収スペクトルであり、測定したい元素の価数や配位構造などの情報が得られる解析手法である。
[用語4] 活性化エネルギー : 反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能となる。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Catalysis |
論文タイトル : |
"Efficient and Stable Ammonia Synthesis by Self-Organized Flat Ru Nanoparticles on Calcium Amide" (カルシウムアミド上に自己組織化された平らなルテニウムナノ粒子による高効率かつ安定なアンモニア合成) |
著者 : |
Yasunori Inoue, Masaaki Kitano, Kazuhisa Kishida, Hitoshi Abe, Yasuhiro Niwa, Masato Sasase, Yusuke Fujita, Hiroki Ishikawa, Toshiharu Yokoyama, Michikazu Hara, Hideo Hosono |
DOI : |
- プレスリリース 低温で高活性なアンモニア合成新触媒を実現
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- 細野・神谷・平松研究室
- 原・鎌田研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 細野秀雄 Hideo Hosono
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 原亨和 Michikazu Hara
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 北野政明 Masaaki Kitano
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 井上泰徳 Yasinori Inoue
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