要点
- 1μm以下の亀裂進展で、セラミックスが割れにくくなる
- 二酸化ケイ素の高圧相「スティショバイト」の微小試験で突き止める
- 高靭化メカニズムの探索と実証ができ、強度と靭性を両立したセラミックスの実現に威力
概要
東京工業大学応用セラミックス研究所の若井史博所長と吉田貴美子大学院学生、ドイツ電子シンクロトロン研究所の西山宣正博士らの研究グループは、1μm(マイクロメートル)以下のわずかな亀裂(きれつ)進展で、セラミックスが割れにくくなることを突き止めた。二酸化ケイ素の高圧相であるスティショバイト[用語1]を集束イオンビーム加工[用語2]した微小試験片を用い、靭性(割れにくさ)が急激に増すことを見出した。スティショバイトの高靭性の起源は「破壊誘起アモルファス(多結晶)化」であるが、この仕組みが1μm以下の領域でも働くことを明確に示した。
セラミックスは硬いが、小さな傷(亀裂)から割れて破壊する脆(もろ)さがある。強度を保つためには、亀裂は小さくなければいけない。一方、破壊に対する抵抗性(靭性)は亀裂が進んで長くなるほど増す。このため、硬さと高強度を両立したセラミック材料を実現するには、亀裂がわずかに進むだけで靭性が大きくなる仕組みを見つけなければならない。しかし、これまでに知られている仕組みでは、靭性を増すためには亀裂が数μmから数十μm以上進む必要があった。
今回の技術を応用すれば、ナノメートル領域で働く新タイプの靭性強化機構の探索と実証が可能となり、高強度と高靭性を両立したセラミックスの実現に大きく近づく。研究成果は6月8日発行の科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・レポート)」オンライン版に掲載された。
背景
砂や岩石の主成分である二酸化ケイ素(シリカ、SiO2)はありふれた物質であり、石英(水晶)やシリカガラスとして利用されているが、脆く、割れやすいという欠点がある。シリカの高圧相であるスティショバイトは酸化物の中で最も硬く、ダイヤモンドと立方晶窒化ホウ素(c-BN)に次ぐ硬さをもつ優れた材料である。だが、その単結晶は石英やシリカガラスと同様に割れやすいものであった。
2012年に西山博士は愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC、入舩徹男 センター長=愛媛大学教授)で、ナノ多結晶スティショバイトの合成に成功し、割れにくさの指標である破壊靭性が10~13 MPa・m1/2[用語3]とセラミックスの中で最も高い値をもつ材料であることを発見した。図1に示すとおりセラミックスは一般的に硬いものほど割れやすい傾向があるが、ナノ多結晶スティショバイトは硬さと割れにくさを併せもつセラミックスである。つまり、シリカという地球上にありふれている物質から優れた機能をもつセラミックスが合成でき、資源の制約のない持続可能社会に適した材料であるといえる。ナノ多結晶スティショバイトの高い破壊靭性の起源は常圧で準安定なスティショバイトが亀裂先端の巨大な引張応力によって局所的に結晶相からアモルファス相に相変態する「破壊誘起アモルファス化」[用語4]と関連している。スティショバイトの破壊した表面には数十nm(ナノメートル)の厚さのアモルファス相が存在することがX線吸収端近傍構造(XANES[用語5])で観察されている。
破壊誘起アモルファス化はスティショバイト以外の多くの高圧相の物質でも起こりうるので、今後、類似の関連物質でさまざまな高靭性材料が発見され、高強度・高靭性セラミックスの開発が大きく進むものと期待されている。しかし、なぜ強く、丈夫になるのかという理由は明らかになっていなかった。
図1.
研究成果
若井所長らの研究グループは、集束イオンビーム(FIB)により加工した微小試験片(図2(a))を用いて、ナノ多結晶スティショバイトの破壊に対する抵抗が亀裂進展とともにどのように増加するかを調べた。ナノ多結晶スティショバイトの破壊抵抗はわずか1μmの亀裂進展で8 MPa・m1/2まで上昇し、その飽和値は10 MPa・m1/2近く、セラミックスの中でも高い破壊靭性をもつジルコニア(二酸化ジルコニウム)や窒化ケイ素よりもはるかに高かった(図2(b))。また、ナノ多結晶スティショバイトの亀裂進展にともなう破壊抵抗の初期増加率も極めて高かった。
図2(a).
図2(b).
ジルコニアの高い破壊靭性は、亀裂進展に伴って準安定相である正方晶相から単斜晶相への応力誘起変態がおこり、亀裂の周辺に相変態領域が形成されることが、その起源である。破壊抵抗が飽和値に達するまでに亀裂が進まなければいけない距離は相変態領域の厚みに比例する(図3)。一方、二酸化ケイ素の低圧相である石英やクリストバライトではケイ素(Si)原子は4個の酸素原子に囲まれた4面体構造をとるが、高圧相であるスティショバイトではSi原子は6個の酸素原子に囲まれた8面体構造をとる(図4)。
図3.
図4.
破壊誘起アモルファス化によって、亀裂先端の高い引張応力によりスティショバイトがアモルファス化する際に100%近い大きな体積膨張が起こる。ナノ多結晶スティショバイトで破壊抵抗が飽和値に達するまでに進まなければならない距離が極めて短かったのはアモルファス化領域の厚みが数10nmと、ジルコニアの相変態領域の厚み数μmに比べてはるかに小さかったためである。
相変態強化が働くときには、相変態に伴う体積変化が大きいほど、また、アモルファス化領域が厚いほど、破壊抵抗の増加量は大きくなる。アモルファス化領域の厚みは薄いけれども、アモルファス化による体積変化率の高いことが、ナノ多結晶スティショバイトの優れた靭性の理由であることがわかった。
今後の展望
亀裂が1μm以下のわずかな距離を進むだけで破壊抵抗が上昇することが見出され、硬くて脆いセラミックスを丈夫にする新しい仕組みが存在することが明らかになった。この発見は微小試験片による破壊抵抗測定技術の進歩により初めて可能になった。この技術を応用して、複雑なナノ構造、サブミクロンスケールの構造をもつセラミックスやナノコンポジットに適用すれば、さまざまな未知の靭性強化機構が見出される可能性があり、高強度・高靭性セラミックスの研究開発に新たな飛躍と展開をもたらすと期待される。
用語説明
[用語1] スティショバイト : 二酸化ケイ素(SiO2)の高圧相。1961年にロシアでスティショフらによって人工的に合成された。天然には隕石孔の周囲などでわずかに産出し、これは地表の石英が隕石衝突の衝撃で相変態したものと考えられる。石英は地表に豊富に存在することから、地下300kmより深い部分には多量のスティショバイトが存在していると考えられている。
[用語2] 集束イオンビーム加工 : 電界で加速したGaイオンビームにより試料の表面原子がはじき出されるスパッタリング現象を利用して、ミクロンからナノ領域での微細加工が可能。
[用語3] MPa・m1/2 : 靭性の単位。一般的なセラミックスでは3~5程度の値をとる。
[用語4] 破壊誘起アモルファス化 : 西山博士が提唱した新しい高靭化の仕組み。材料中を進む亀裂の先端に生じる巨大な引張応力によって、局所的に結晶相から非晶相(アモルファス相)への相変態が起きる。この相変態によって体積が膨張することで、亀裂が進みにくくなる。ジルコニアで類似の現象「応力誘起相変態」が知られているが、結晶相から結晶相ではなく結晶相からアモルファス相へ相変態することで、大幅に靭性が向上する。
[用語5] XANES : X線吸収端近傍構造。X線吸収スペクトルの低エネルギー領域に現れる吸収端構造から局所的な原子の電子状態(価数等)に関する情報が得られる。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports |
論文タイトル : |
Large increase in fracture resistance of stishovite with crack extension less than one micrometer (和訳: 1ミクロン以下の亀裂進展によるスティショバイトの大幅な破壊抵抗の上昇) |
著者 : |
K. Yoshida, F. Wakai, N. Nishiyama, R. Sekine, Y. Shinoda, T. Akatsu, T. Nagoshi, M. Sone
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DOI : |
ナノ多結晶スティショバイトの合成、EXAFSによる破壊面の解析は、以下の事業・研究課題によって行われた。
戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)
研究領域 : |
新物質化学と元素戦略(研究総括 細野秀雄 東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授、元素戦略研究センター センター長) |
研究課題名 : |
SiO2ナノ多結晶体:超高靭性高硬度を有する新材料の開発 |
研究者 : |
西山宣正 ドイツ電子シンクロトロン研究所 放射光施設 ビームラインサイエンティスト
Email : norimasa.nishiyama@desy.de |
問い合わせ先
東京工業大学 応用セラミックス研究所
所長 若井史博
Email : wakai.f.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5301 / Fax: 045-924-5339
東京工業大学 広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax: 03-5734-3661