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土星衛星エンセラダスの海に生命必須元素リンが異常濃集 生命誕生の鍵を宇宙で突き止める

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要点

  • カッシーニ探査機による観測により、土星衛星エンセラダスの地下海から噴出される海水中に、超高濃度のリン酸が含まれていることを発見。
  • リン酸の異常濃集を起こす要因が、アルカリ性かつ高炭酸濃度のエンセラダス海水と、岩石との間の化学反応にあることを、独自の実験から特定。
  • リンはDNAなどを作る重要元素で、その濃集は生命誕生の鍵。これが濃集した場を地球外で初めて発見した事例であり、地球生命誕生の場の特定につながる。

概要

東京工業大学 国際先駆研究機構 地球生命研究所の関根康人所長/教授、丹秀也研究員(現 海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 ヤング・リサーチ・フェロー(Young Research Fellow))、海洋研究開発機構の渋谷岳造主任研究員らの研究チームは、日欧米による探査と実験の綿密な連携によって、エンセラダスの海に地球生命の必須元素であるリンが、地球海水の数千から数万倍という高濃度で濃集していることを明らかにした。土星の衛星エンセラダス[用語1]は、内部に液体の地下海を持ち、生命を育む熱水噴出孔や複雑な有機物も存在する。生命存在可能な条件を満たす天体として注目を集める。欧米チームはカッシーニ探査機[用語2]のデータから、地下から噴き出した海水中にリン酸[用語3]を含む粒子が含まれることを明らかにした。日本チームはエンセラダス内部を再現する実験を行い、リン濃集要因が、アルカリ性かつ高炭酸濃度の海水と岩石との反応にあることを突き止めた。

リンはDNA[用語4]細胞膜[用語5]などの材料となる地球生命にとっての最重要元素であるが、天然での存在量は極めて低い。そのため、リンの濃集を可能にする場の存在が、地球生命誕生の鍵であろうと考えられている。本研究は、リンが濃集した水環境を地球外で初めて発見したものであり、エンセラダスでも地球と似た構成分子を持つ生命が期待されると同時に、原始地球での生命誕生の場の特定にもつながる極めて大きな発見である。

本研究成果は、東京工業大学 国際先駆研究機構の関根所長、丹研究員、海洋研究開発機構の渋谷主任研究員らによって行われ、6月15日付の「Nature」に掲載された。

背景

エンセラダス(エンケラドス、エンケラドゥスとも称される)は土星の氷衛星の1つであり、直径500キロメートル程度の天体である。この小さな衛星が、世界中の科学者のみならず、広く一般からも熱い注目を集める理由は、この天体が液体の水、有機物、エネルギーという生命生存の必要条件を満たす天体であるためである。アメリカ航空宇宙局(NASA)のカッシーニ探査機は、プルームと呼ばれる地下海から噴出する間欠泉の中を通過し、海水に塩分や二酸化炭素やアンモニアなどのガス成分、複雑な有機物が含まれることを明らかにしてきた。2015年には、本発表者である関根所長が中心となり、エンセラダスの地下海に海底熱水噴出孔が現存することを明らかにした(図1)。熱水噴出孔は、地球生命誕生の場の有力候補であり、現在も原始的な微生物が生息している。この発見は、生命を育みうる環境が地球外の太陽系に存在することを初めて実証したものであり、各種メディアで大きく報道された。

2015年の海底熱水噴出孔の発見以降、エンセラダスに関する知見が得られるたびに、生命存在の期待も高まっていた。しかし、解決されていない重要な問題も残されていた。それは、地下海に生命の体を作る元素のうち、どういった種類の元素が地下海に含まれているのか、どのくらいの量が存在するのかが、分かっていない点である。海水に含まれる元素の種類によって、そこで育まれる生命を作る構成分子が規定される。そのため、具体的な生命の構成分子が予想できなければ、次なる探査でどのような生命を想定したらよいか、どのような物質を生命発見の指標としてよいか不明のままである。たとえば、地球生命は、DNAや細胞膜などの生命活動の根幹をなす生体分子にリンを主要な構成元素として使っている。つまり、エンセラダスに地球生命に似た構成分子を持つ生命が期待できるかは、ひとえにリンの存否に依るが、エンセラダスをはじめ、地球外の水環境にリンが高濃度で存在することを明らかにした例はこれまで皆無だった。

図1. エンセラダス内部の様子。岩石コアと触れ合う地下海が存在し、海底には熱水噴出孔が存在している。南極付近の割れ目からプルームが噴出する(画像提供NASA/JPL)。
図1.
エンセラダス内部の様子。岩石コアと触れ合う地下海が存在し、海底には熱水噴出孔が存在している。南極付近の割れ目からプルームが噴出する(画像提供NASA/JPL)。

研究成果

関根所長らは、エンセラダスの地下海から噴出されるプルーム微粒子の化学組成に注目した。プルームの微粒子は地下海から噴き出した海水の飛沫であり、この微粒子を調べることで海水の化学組成を直接的に明らかにすることができる。カッシーニ探査機に搭載されたダスト分析器は、探査機と衝突したプルーム微粒子の組成を調べる測定器であり、これまで数百個の微粒子一つひとつに対してそれぞれ組成データを得ていた。

ドイツ・ベルリン自由大学のポストバーグ教授を中心とする欧米の研究グループは、ダスト分析器の詳細なデータ解析を数百個の微粒子に対して行い、プルーム粒子にナトリウム塩のほか、リン酸に富む粒子が少量ではあるが含まれていることを明らかにした。そして、プルーム粒子全体に対するリン酸を含む粒子の存在割合から、エンセラダスの地下海のリン酸濃度が1~20 mmol/L(1リットルの水に1,000分の1~20モル)であると見積もった。地球の海水のリン酸濃度は500 nmol/L程度(1リットルの水に1,000万分の5モル)であることから、エンセラダスの海水には、地球海水の数千倍から数万倍の高濃度でリン酸が含まれていることになる。同時に、この異常濃集がどのような要因で起きたのかが、次なる問いとしてただちに立ち上がった。

この問いに答えたのが日本の研究チームである。関根所長を中心とする研究グループは、プルームで観測される二酸化炭素やアンモニアを含む模擬エンセラダス海水と、海底を構成する岩石に似た炭素質隕石[用語6]の粉末を用いた反応実験を行った。その結果、リン濃集を引き起こした要因が、アルカリ性かつ高炭酸濃度のエンセラダスの水環境にあることを突き止めた。アルカリ性かつ高炭酸濃度の水環境では、リン酸イオンと炭酸イオンの間でカルシウムイオンの奪い合いが起きる。つまり、アルカリ性かつ高炭酸では、カルシウム炭酸塩鉱物がより安定になり、リン酸塩鉱物のカルシウムが奪われることでリン酸が溶けだし、海水中の高濃度を実現する。このような水環境は、エンセラダスのような太陽系外側の氷天体の地下海で達成される一般的な水環境である。したがって、リン酸の濃集は、エンセラダスのみならず、他の土星の衛星、天王星・海王星の衛星、冥王星の地下海、あるいは探査機「はやぶさ2」の訪れたリュウグウの母天体[用語7]も含めて、ことごとく起きていると予想される。本研究では、欧米チームによるこのリン酸の異常濃集の発見と、日本チームによるその濃集要因の解明を合わせて、1つの論文として報告している。

社会的インパクト

リンは地球生命にとって、DNAやRNA[用語8]、細胞膜を成すリン脂質、エネルギー通貨と言われるATP[用語9]といった生命活動を担う生体分子の根幹をなす重要な必須元素である。一方で、現在の地球上の水環境ではリンは極めて乏しく、生命の進化や活動を律速する最も枯渇した元素といわれる。生命の起源論では、RNAやリン脂質を合成するため、リン酸の濃集した水環境の実現が生命誕生の鍵であると目されているが、具体的にどのような環境がそれを実現するかは未だ意見の一致をみない。

今回の発見は、リン酸の濃集の場が現実にあること、しかも地球外の海洋にあることを初めて実証的に示した点において、極めて画期的である。これまで地球以外に液体の水が存在する天体が複数明らかになってきたが、その水環境にリン酸が高濃度で存在することを示した例は無い。本研究は、アルカリ性かつ高炭酸濃度という水環境があれば、普遍的にリン酸が海水に濃集することを示している。厚い二酸化炭素大気を持つ原始地球におけるそのような場の候補は、「アルカリ熱水環境[用語10]」である。そのような場では、アルカリ性かつ高炭酸濃度という環境が実現するだろう。アルカリ熱水環境で原始生命が誕生したという考えは、進化生物学が示唆する原始生命の生息環境とも符合する。また、そのような環境が、上記のように太陽系氷天体にも広く存在するであろうことを考えると、本研究は、宇宙における生命の存在可能性、特に地球生命に物質的に類似した生命の可能性を広げるものである。

“我々はどこから来たのか、我々は孤独か”、という問いは、誰しもが考え得るという意味で素朴だが、人類にとって根源的な問いである。本研究はそれに科学的に迫る大きな成果という意味において、広く社会に対するインパクトも有している。

今後の展開

もしエンセラダスに生命がいるのであれば、本研究の成果は、エンセラダスの生命も、地球に似たリンを使った生命であることを期待させる。35億年前の火星表面には、液体の水が存在していたことが確実視されており、火星探査車による地層の分析の結果、当時の水環境に存在していた有機物は極めて硫黄に富んだ組成であることが明らかになっている。もし火星生命がこのような有機物から成るのであれば、リンを多く使う地球生命とは元素レベルで根本的に異なることになる。エンセラダスは、物質的に地球生命に類似した生命を宿しているかもしれないという点、そして、その海水が宇宙空間に噴出し、探査機で捕獲回収可能であるという点において、他の太陽系天体に類似例を見ない。現在、世界各国はカッシーニ探査に続く次のエンセラダス探査を画策している。本成果は、エンセラダス生命を構成する物質を具体的に予見可能にし、太陽系生命探査、地球外生命の発見のための検証可能な指針を与えるという今後の展開を持つ。

付記

本発表は、NASA-ESA(欧州宇宙機関)-東京工業大学-海洋開発研究機構の国際共同プレスリリースである。本研究の一部は、科学研究費助成事業 国際先導研究、新学術領域研究「水惑星学の創成」(関根康人 22K21344、17H06456、渋谷岳造 17H06455)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 土星衛星エンセラダス : エンセラダスは土星の第2衛星である。エンセラダスの内部は分化しており、岩石からなるコア、それを取り囲む地下海氷と氷地殻を持つ。

[用語2] カッシーニ探査機 : カッシーニ探査機は、NASAによって開発され、1997年に打ち上げ、2004年に土星系に到着した土星系探査機である。2017年まで探査が継続され、土星やその衛星たちの観測を行った。

[用語3] リン酸 : リン(P)にヒドロキシ基(-OH)やオキソ基(=O)が結合した無機酸。オルソリン酸とも呼ばれる。

[用語4] DNA : デオキシリボ核酸のことであり、地球上の生物の遺伝情報を担う二重らせん構造をした高分子である。リン酸、五炭糖、核酸塩基から構成される。

[用語5] 細胞膜 : 地球生命の細胞内と細胞外とを仕切る膜状組織。親水性を持つリン酸に、疎水性を持つ炭化水素鎖などが結合したリン脂質と呼ばれる両親媒性分子から成る。

[用語6] 炭素質隕石 : 炭素質コンドライトとも呼ばれる。太陽系の初期の記録と留めた始原的な固体物質であり、主に太陽から遠い領域の岩石物質である。

[用語7] リュウグウの母天体 : 探査機「はやぶさ2」が訪れた小惑星リュウグウの母天体。かつて内部に液体の水を含み、太陽系外側の低温領域に存在していたと考えられている。

[用語8] RNA : リボ核酸であり、リン酸と糖であるリボース、核酸塩基が結合した構造を持つ。DNAを鋳型として合成され、一本鎖をなす。

[用語9] ATP : アデノシン三リン酸であり、アデノシンのリボースにリン酸が3分子結合した分子。地球生物は、細胞内でATPを経由してエネルギーを取り出している。

[用語10] アルカリ熱水環境 : 海底熱水噴出孔のうち、アルカリ性の熱水を有するもの。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Detection of Phosphates Originating from Enceladus' Ocean
著者 :
Frank Postberg, Yasuhito Sekine, Fabian Klenner, Christopher R. Glein, Zenghui Zou, Bernd Abel, Kento Furuya, Jon K. Hillier, Nozair Khawaja, Sascha Kempf, Lenz Noelle, Takuya Saito, Juergen Schmidt, Takazo Shibuya, Ralf Srama, Shuya Tan
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 国際先駆研究機構 地球生命研究所

所長/教授 関根康人

Email sekine@elsi.jp
Tel 080-6708-0437

海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門

主任研究員 渋谷岳造

Email takazos@jamstec.go.jp
Tel 046-867-9647

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661

海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 報道室

Email press@jamstec.go.jp
Tel 045-778-5690


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