要点
- 送信しながら受信もできる全二重サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機を世界で初めて実現。
- 新提案のアンテナ構成で高周波信号の自己干渉を大幅に低減。
- IoT/モバイル端末に搭載可能、100 Gbps超の超高速・大容量6G通信をコンシューマー化へ。
概要
東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究チームは、第6世代移動通信システム(6G)[用語1]に向け100 Gbps超の高速大容量通信を可能とする全二重[用語2]サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機を開発した。
6Gではさらなる高速・大容量、低遅延、多数同時接続通信の実現のために、より広帯域が確保できるサブテラヘルツ帯[用語3]の利用が計画されている。通信のための空間利用効率を上げて、通信スループットを向上するためには、送信しながら同時に受信できる全二重通信が必須の技術であるが、サブテラヘルツ帯のような高い周波数帯の無線機では、高周波信号の自己干渉が抑制できないため、これまで実現できていなかった。
本研究では、不整合による高周波信号の自己干渉を大幅に低減できるアンテナ構成と、自己干渉キャンセル用の広帯域高精細移相器[用語4]を新たに設計・導入することで、サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機での全二重通信を可能にした。
開発した全二重サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機ICは、65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで作製した。このICを、アンテナを有するプリント基板に実装し、OTA測定[用語5]を行った結果、サブテラヘルツ帯での全二重通信動作を確認し、8PSK[用語6]変調で6 Gbps、16QAM[用語7]変調時に4 Gbpsの高速通信を実現した。さらに、半二重[用語8]通信モードでは、サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機としてはこれまでの最高となる112 Gbpsの通信速度を達成した。
本研究で開発した無線機は6G向けのIoTやモバイル端末に搭載可能で、6Gの特長を活かした新しい通信サービスの実用化を大きく進展させる成果といえる。
本研究成果は、6月11日から京都市で開催される国際会議「2023 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits <VLSIシンポジウム>」で発表される。
背景
デジタルトランスフォーメーション(DX)[用語9]の加速により、移動通信システムに求められる通信容量は指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では史上初めてミリ波[用語10]帯が用いられ、広帯域を活かした高速・大容量通信の大規模商用サービスの利用が広がりを見せている。その先の第6世代移動通信システム(6G)では、さらなる高速・大容量通信に加え、低遅延、多数同時接続といった新たな技術による、より高度なサービスの実現が期待されており、より広帯域のサブテラヘルツ帯の利用が計画されている。
端末と基地局、あるいは端末同士等の双方向の通信には、一方が送信している間、他方は受信のみ行い、通信するもの同士が交互に信号を送り合う半二重通信と、両者が同時に信号を送ることが可能である、すなわち送信しながら同時に受信もできる全二重通信がある。空間利用効率を上げ、通信スループットを向上させるためには、全二重通信が不可欠の技術であるが、これまではサブテラヘルツ帯のような高い周波数帯の無線機では実現できていなかった。
全二重通信では1つの無線機内で送信と受信が同時に行われるため、無線機の送信回路からの高周波信号がリーク等により同じ無線機の受信回路側に干渉する、いわゆる自己干渉を厳しく抑制する必要がある。しかしながら、周波数が高くなればなるほど、無線機の高周波回路内でのカップリングの影響が大きくなり、同時に回路パターンや能動素子のばらつき等も大きくなるため、ミスマッチ等によって不要な干渉の影響が増大する。さらに、通信に用いる搬送波周波数が高くなるほど、単一のアンテナによる通信可能な距離は短くなるため、ミリ波やサブテラヘルツ帯のような高い周波数帯では通信距離を稼ぐために、多数のアンテナと送受信機をアレイ状に並べるアクティブフェーズドアレイ技術を用いる。こうしたフェーズドアレイでは多数の送受信回路が隣接することになり、干渉の抑制はさらに困難となる。
研究成果
本研究では、高周波信号の自己干渉を抑制するための新たなアンテナ構成と、干渉のキャンセル回路を開発し、送信しながら受信もできる、全二重通信が可能なサブテラヘルツのフェーズドアレイ無線機を世界で初めて実現した。
提案したアンテナ構成は、水平および垂直の両偏波[用語11]に対応するパッチアンテナを極めて対称性の高い差動回路によって励振するもので、不整合による自己干渉を極力低減する。さらに可変利得増幅器とスイッチ型移相器からなる利得と位相の調整回路(自己干渉キャンセル回路)を新たに設計し、50 dBの可変利得と0.42度分解能、360度の位相可変でアンテナからの自己干渉のキャンセルを図った。無線機にはダイレクト・コンバージョン方式[用語12]を採用することで、LOリークの少ないミキサ構成を可能にし、88~136 GHzの広帯域増幅器も新たに設計した。
これらの新しい技術を用いたフェーズドアレイ無線機ICを、最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで作製した(図1)。このICを、今回提案した二重偏波アンテナ搭載のプリント基板に実装し(図2)、実験室内でOTA測定を行った。その結果、サブテラヘルツ帯での全二重通信動作が初めて確認され、8PSK変調で6 Gbps、16QAM変調時に4 Gbps の全二重通信を実現した。この測定ではさらに、新たに提案した自己干渉抑制回路によって最大20 dBcもの抑圧比改善ができていることを確認した。またこの無線機の半二重通信モードでのデータレートは100 Gbpsを超え、サブテラヘルツ帯のフェーズドアレイ無線機としてはこれまでの最高となる112 Gbpsの通信速度を達成した。
社会的インパクト
今回の研究では、サブテラヘルツ帯においても、送信しながら同時に受信をする全二重通信ができるようになった。この世界初の成果が、今後の全二重通信の実用化に欠かせないフェーズドアレイ無線機において実現したことには大きな意味がある。
開発した超高速サブテラヘルツフェーズドアレイ無線機では、100 Gbps超の高ビットレートの動作が実証されたことから、6Gの高速大容量無線通信システムの新しいサービスの実用化が大きく加速すると期待できる。
また本研究成果の無線機は、すでに普及している通常のCMOSプロセスによってIC化が実現されているため、低コスト化・小型化が可能であり、IoTやモバイル端末をはじめとするさまざまなアプリケーションに応用できる。そうしたアプリケーションを通じて、100 Gbps超の超高速・大容量6G通信をコンシューマー化させるという意味で、本成果が与える社会的インパクトは非常に大きいといえる。
今後の展開
本研究成果によって、サブテラヘルツ帯のフェーズドアレイ無線機においても全二重通信が可能となった。本技術を用いることで、サブテラヘルツ帯においても空間利用効率や通信スループットの向上による大幅な効率化が可能となり、高速・大容量に加えて、低遅延、多数同時接続といった6Gならではの特長を持つ、新しい通信サービスの実用化が今後ますます進展していくものと思われる。今後は、今回開発した技術のテラヘルツ帯への応用などのさらなる高周波化とともに、高機能化・高性能化・小型化・低コスト化などを通して、本技術の実用化に向けた研究開発を推進していく。
付記
本研究は、総務省委託研究「第5世代移動通信システムの更なる高度化に向けた研究開発(JPJ000254)」の成果の一部である。
用語説明
[用語1] 第6世代移動通信システム(6G) : 現在普及が進んでいる5Gの性能をさらに進化させた、次世代の移動通信システム。高速大容量化や低遅延、多数同時接続といった通信の高度化をめざしている。
[用語2] 全二重 : 二者間のいずれの方向へも通信できる双方向通信において、両者が同時に送信することができる方式のこと。無線通信においては、送信と受信において異なる周波数帯を用いる周波数分割複信(Frequency Division Duplex : FDD)も用いられるが、ここでいう全二重は同じ周波数帯を用いて送信と受信を同時に実現する技術である。
[用語3] サブテラヘルツ帯 : テラヘルツ(THz)に迫る高い周波数帯で、一般には100 GHz~1 THzあたりを指すが、移動通信システムでは100 GHz近辺、90 GHz~300 GHzあたりを言うことが多い。
[用語4] 移相器 : 入力した信号に対して、位相を一定の角度でシフトした信号を出力する回路・装置。
[用語5] OTA測定 : OTAはOver The Airの略。実際に電波を飛ばして測定すること。
[用語6] 8PSK : 8 Phase Shift Keyingの略。搬送波の4つの位相を用いる変調方式。
[用語7] 16QAM : 16 Quadrature Amplitude Modulationの略。搬送波の振幅および位相変化の16値を用いる変調方式。
[用語8] 半二重 : 二者間のいずれの方向へも通信できる双方向通信において、一度に片方しか送信できず、両者が同時に送信することができない方式のこと。
[用語9] デジタルトランスフォーメーション(DX) : 5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念をいう。
[用語10] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。自動車レーダで使われる24 GHz帯や、5Gで使われる28 GHzのように、近傍周波数である準ミリ波帯も広義にミリ波と呼ばれることがある。
[用語11] 偏波 : 光が空間を伝わるときに波が振動する方向のことを偏光といい、カメラの偏光フィルタなどを用いることで、特定の振動方向の光を取り出すことができる。同様に電波が空間を伝わるときに波が振動する方向のことを偏波といい、振動方向が一定で、電界が地面に対して垂直な偏波を垂直偏波、電界が水平な偏波を水平偏波と呼ぶ。
[用語12] ダイレクト・コンバージョン方式 : アンテナで受信した高周波(RF)信号から、情報を抽出する復調処理を施すための周波数の低いベースバンド(BB)信号に変換する方法の一つ。中間周波数(IF)を介さずに、ベースバンド信号に直接変換する受信回路構成をとるため、回路構成がシンプルでコストや実装面積の観点から優位となる。
発表予定
本研究成果は6月11日から京都およびオンラインで開催される国際会議2023 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits
講演セッション : |
Circuits Session13: Millimeter-Wave Transceivers and Synthesizers |
講演時間 : |
6月14日 14:00 |
講演タイトル : |
A Sub-THz Full-Duplex Phased-Array Transceiver with Self-Interference Cancellation and LO Feedthrough Suppression |
会議Webサイト : |
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お問い合わせ先
東京工業大学 工学院 電気電子系
教授 岡田健一
Email okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel / Fax 03-5734-3764
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661