要点
- 一本の共役系高分子鎖の蛍光と力学特性の同時計測に成功。
- ポリフルオレンの緑色発光のメカニズムを解明。
- 集合体による光力学的な引力を発見。
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系のVACHA Martin(バッハ マーティン)教授の研究チーム、および物質理工学院 応用化学系の中嶋健教授の研究チームの共同研究により、一本の共役系高分子[用語1]鎖の蛍光と力学特性の同時計測に成功した。
共役系高分子であるポリフルオレンでは、溶液中で通常の青色発光と同時に緑色発光が見られる場合があるが、その原因ははっきりしていない。研究チームは、この緑色発光を分子鎖間の会合体形成で説明できると考え、実験を行った。具体的には、一本の分子鎖の端の片方を基板に、もう片方を原子間力顕微鏡(AFM)[用語2]の先端に結合させ、AFMで分子鎖を引っ張りながら、レーザーで励起して発光を計測した。その結果、分子鎖を引き延ばすことによって、発光色が青緑色から純青色に変化することを発見した。これは、折り畳まれた分子鎖に生じていた会合体が緑色発光をしていたが、これが引き延ばされて解離したことで、分子鎖全体の発光色が変化したためと考えられる。また、発光色変化の他に、単一分子鎖において光力学的な引力も生じることも発見した。この引力は会合体の解離に関係しており、分子鎖内のファンデルワールス力[用語3]と励起子相互作用[用語4]に由来する。
本研究で得られた知見は、分子光物理の分野に大きく貢献するものである。また本研究は、光から力へのエネルギー変換を分子レベルで実証した新たな例であり、分子モーターの開発の鍵となる。
本研究成果は、東京工業大学 物質理工学院 材料系のVACHA Martin教授、大曲駿助教、物質理工学院 応用化学系の中嶋健教授、梁暁斌助教らによって行われ、4月25日付の「ASC Nano」に掲載された。
背景
分子会合体[用語5]は一世紀近くも前から知られている現象であり、それによる特異的な光物理特性は多くの科学者たちを魅了してきた。また会合体の特異的な物性は、新規機能性材料の創出と開発にも使われてきた。分子会合体に特有の現象は低分子色素に限定されない。共役系高分子においても、密な構造体や薄膜ではその構成部位同士の相互作用によるスペクトル特性が現れ、低分子の会合体と同様の現象を引き起こす。その一例として、溶液中では高強度青色発光を示すポリフルオレンが挙げられる。この青色発光には緑色発光を伴う場合もあり、その原因については長らく議論されている。現在では、緑色発光は光酸化によるものという認識が主流だが、実験的な証拠については分子鎖間の会合体形成でも説明がつく。本研究では、単一ポリフルオレン鎖に対して蛍光顕微鏡・分光法とフォース・カーブ測定を行うことで、分子鎖を引き延ばすと緑色発光バンドが消滅することを観測した。これは、折り畳まれた分子鎖における会合状態を力学的に展開するという概念と矛盾しない。
理論上、分子会合体の形成においては、基底状態[用語6]と励起状態[用語7]の両方において、分子間に電子的相互作用が生じることで、引力とその会合エネルギーが発生するとされている。しかし現時点では、分子会合体におけるそのような引力やエネルギーを直接的に観測した例はない。本研究グループは、単一ポリフルオレン分子鎖をUV光照射下で引き延ばすと、フォースカーブにおいて新たなピークが生じることを発見した。この新しい光力学的な力について、単一分子鎖における会合体形成による相互作用の観点から議論した。
研究成果
本研究で行った、単一ポリフルオレン分子鎖の力学的な引き延ばし実験(フォース・スペクトル)では、両末端にアミノ基を有するpoly(9,9-dioctylfluorene)(PFO)を用いた。このアミノ基が、シラン修飾された石英基盤のエポキシ基や、原子間力顕微鏡(AFM)のシリコン・カンチレバー探針と共有結合する(図1a)。図1bに示すフォースカーブの一例(延伸-力曲線)を見ると、数百pNに達する大きな力のピークがある。これは、PFO分子鎖が結合解離まで最大限伸長されたことを意味する。実験では、このPFO分子鎖をUV(375 nm)励起光照射下で引き延ばす過程で、その蛍光スペクトルを蛍光顕微鏡によって測定した。分子鎖の延伸の序盤では、緑色発光帯と通常のPFOで見られる青色発光帯から構成された青緑色発光を示した(図1c)。序盤以降は、延伸するにつれて緑色発光帯は消滅し、通常のPFOで見られる青色発光帯のみとなり、この発光は結合解離後でも維持された(図1d)。こうした分子鎖の力学的延伸による緑色発光帯の消滅は、分子鎖内の会合体(図1e,f)が緑色発光帯の原因であることを示す直接的な証拠である。
一部のPFO分子鎖では、UV励起光照射した場合のみ、延伸時のフォース・カーブの序盤で特徴的なピーク(図1b)が生じており、新規の光力学的な力が働いていることが分かった。この力は会合体の解離に対応しており(図1e,f)、分子間の基底状態と励起状態における相互作用に由来する。これらのピークを分析すれば、会合エネルギーを求めることができる。このエネルギーについて複数の測定から統計を取ったところ、平均が0.55 eVの広い分布を有することが明らかとなった(図1g)。さらなる解析によって、このような会合による引力は、平均で4.6 nmの長さ以上の分子で働くことも分かった。これらの数値は、光力学的な力がファンデルワールス力と励起子相互作用によるものと考えれば辻褄が合う。
社会的インパクトおよび今後の展開
本研究は、光照射下での色素に対する力学的操作に関する先駆的な実験例であり、本研究で扱った分子以外にも展開可能である。今回のような会合体やそれに伴う現象は、分子モーターのような、光を力学的なエネルギーに変換する斬新な方法として展開できると考えられる。他にも、ナノレベルの力学的操作によって制御できるものとして、高分子ナノファイバーにおける励起子輸送やその分子鎖自体の力学的特性が挙げられる。
付記
本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「Study and control of long-range exciton transport in organic and hybrid nanostructures for future exciton based electronics」(21K18927)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(B)「単一ハライドペロブスカイトナノ結晶における電界発光及び光物理過程の研究」(19H02684)、JSPS科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」(23H04875)等の助成を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 共役系高分子 : 一重結合と二重結合の繰り返し結合を有する高分子鎖。光吸収・発光をするとともに、電気伝導体でもある。
[用語2] 原子間力顕微鏡(AFM) : 探針を用いて物質の表面を走査することで、表面形状を高い解像度(サブナノメートル)で測定する顕微鏡。探針と物質表面の間に働く原子間力による探針のたわみ度合いから、高さを測定するという原理である。
[用語3] ファンデルワールス力 : 原子間、分子間、表面間に働く微小な引力・斥力。原子や分子の瞬間的な電子密度の変化に伴う電子的相互作用に由来する。
[用語4] 励起子相互作用 : 片方が励起状態にある2つの分子の間に働く引力。
[用語5] 分子会合体 : 光照射時に強く相互作用して、物理的に結合した有機色素分子の組。
[用語6] 基底状態 : 光吸収前の分子の低エネルギー状態。
[用語7] 励起状態 : 光吸収後の分子の高エネルギー状態。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Nano |
論文タイトル : |
Simultaneous Force and Fluorescence Spectroscopy on Single Chains of Polyfluorene: Effect of Intra-Chain Aggregate Coupling |
著者 : |
T. Nakamura, S. Omagari, X. Liang, Q. Tan, K. Nakajima, M. Vacha |
DOI : |
- プレスリリース 共役系高分子ポリフルオレンの一本鎖における力学特性と蛍光を同時計測 —高分子鎖内の集合体による光力学的な引力—
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- Martin Vacha 研究室
- 中嶋研究室
- VACHA MARTIN(バッハ マーティン)|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 中嶋健 Ken Nakajima|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 大曲駿 Shun Omagari|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 梁暁斌 Xiaobin Liang|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
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- 物質理工学院 応用化学系
- 研究成果一覧
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