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室温で二酸化炭素をメタノールへ変換できる触媒を創製 カーボンニュートラルの実現に向けた新材料

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要点

  • 酸化物前駆体のアンモニア処理による簡便な手法によって、パラジウム(Pd)とモリブデン(Mo)が交互に積層した金属間化合物触媒を合成
  • 大気下および反応雰囲気下でも性能が劣化しない高い安定性を実現
  • 加圧条件下(0.9 MPa)において、二酸化炭素水素化による室温(25 ℃)メタノール合成を達成

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の杉山博信大学院生、元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授、北野政明教授、笹瀬雅人特任准教授、宮﨑雅義助教の研究グループは、低温での二酸化炭素水素化反応を促進するPdMo金属間化合物触媒を開発し、0.9 MPaと25 ℃という温和な条件でのメタノール合成を実現した。

メタノールは化学工業における基幹物質として、ファインケミカル[用語1]の原料や燃料添加剤などに用いられており、エネルギーキャリア[用語2]としても期待されている。一方で近年は、温室効果ガスである二酸化炭素をメタノールに変換する触媒プロセスがカーボンニュートラル[用語3]の観点から注目を集めている。このプロセス向けの触媒は、簡便な合成法や、高い化学的安定性、二酸化炭素の低温での活性化促進、生成物の容易な分離等の条件を満たすことが望ましいが、その全てを満たす理想的な材料はこれまで報告されてこなかった。今回の研究で合成した、六方最密構造(hcp)[用語4]を持つ金属間化合物[用語5]であるhcp-PdMo触媒は、酸化物前駆体のアンモニア処理により簡便に合成でき、大気下・反応雰囲気下で優れた耐久性を示した。さらに、Pd触媒が活性を示さない100 ℃以下の低温域でのメタノール合成を著しく促進した。

研究成果は3月30日に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に速報として掲載された。

背景

2050年までのカーボンニュートラル実現に向けて、温室効果ガスである二酸化炭素を資源として利用する機運が高まっている。一方で二酸化炭素から合成可能なメタノールは、C1化学[用語6]の原料として多様な利用先があるほか、エネルギーキャリアとしても期待されている。二酸化炭素水素化によるメタノールへの変換プロセスは、私たちが現在直面している気候変動と資源枯渇という2つの課題の解決策になり得るため、研究開発が盛んに行われている。

二酸化炭素水素化によるメタノール合成反応は発熱反応であるため、熱力学的には低温で有利に進行する。また、省エネルギーの観点からも低温での反応は好ましい。しかしながら、二酸化炭素は強固な二重結合を有するため、低温での活性化や水素化の促進が難しく、温和な条件で作動するメタノール合成触媒を開発する上での課題となっている。また、生成物としてメタノールとともに水が生成するため、水分でも性能が劣化しないことも必須となる。温和な条件で作動する触媒候補も近年報告され始めてはいるものの、化学的耐久性の低さや触媒合成プロセスの複雑さ、さらに不均一系での生成物の分離などの問題を依然抱えており、これらの課題も克服したより実用的な触媒材料の開発が望まれていた。

研究成果

研究グループは、パラジウム(Pd)とモリブデン(Mo)からなる金属間化合物が温和な条件での二酸化炭素の活性化を促進し、優れた低温メタノール合成触媒として働くことを発見した。この際、PdおよびMoの酸化物前駆体をアンモニア雰囲気下で焼成処理するだけで、hcp構造を有する金属間化合物を合成できた(図1(a))。前駆体中のPd/Mo比が1.08より小さい場合は、金属間化合物PdMoがMo2N上に担持されたもの(hcp-PdMo/Mo2N)が形成された。一方、Pd/Mo比が1.08の場合は、金属間化合物PdMoがほぼ単相で得られた。この単相試料の局所構造を透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察したところ、PdとMoは交互に層状に分布していることがわかった(図1(b))。また、この金属間化合物は大気下で高い相安定性を示した(図1(c))。こうした優れた化学的安定性は、実用上重要である。

図1. (a)異なるPd/Mo比で合成した触媒のXRDパターン。(b)hcp-PdMoの電子顕微鏡による原子像。(c)大気に暴露の前後の触媒のXRD比較。
図1.
(a)異なるPd/Mo比で合成した触媒のXRDパターン。(b)hcp-PdMoの電子顕微鏡による原子像。(c)大気に暴露の前後の触媒のXRD比較。

次に、今回合成したhcp-PdMo/Mo2N触媒(Pd = 4.4 wt%)とPd金属ナノ粒子をMo2N上に担持した触媒(Pd/Mo2N触媒)(Pd=4.6 wt%)をそれぞれ用いて、常圧でCO2とH2からメタノールを合成する反応を行った(図2(a))。Pd/Mo2N触媒の場合、100 ℃以下では二酸化炭素活性を示さなかったが、hcp-PdMo/Mo2N触媒上では60 ℃以上からメタノールの生成が確認された。hcp-PdMo/Mo2N触媒上での見かけの活性化エネルギー[用語7]は27 kJ mol−1と見積もられ、Pd/Mo2N触媒(78 kJ mol−1)と比較して半分以下になっていることがわかった(図2(b))。hcp-PdMoのメタノール合成活性は加圧によりさらに向上し(図3(a))、0.9 MPaの条件下では、室温(25 ℃)でも50時間以上にわたり断続的なメタノールの生成が確認された(図3(b))。反応機構解析から、hcp-PdMo上ではまず二酸化炭素が一酸化炭素に分解され、この一酸化炭素の水素化によりメタノールが形成される機構が示唆された。この時、Moは一酸化炭素を活性化するサイトとして機能し、Pdは水素の活性化サイトとして、Moの低い水素活性化能を補う役割を果たすと考えられる。そのため、hcp-PdMoのMoとPdが交互に並ぶ層状構造は、2つの異なる役割のサイトが隣接するために有利な構造だといえる。

図2. (a)常圧でのメタノール合成速度の温度依存性。(b)アレニウスプロットと見かけの活性化エネルギー。
図2.
(a)常圧でのメタノール合成速度の温度依存性。(b)アレニウスプロットと見かけの活性化エネルギー。
図3. (a)0.9 MPaでのメタノール合成速度の温度依存性。(b)0.9 MPa, 25 ℃での長期活性試験。
図3.
(a)0.9 MPaでのメタノール合成速度の温度依存性。(b)0.9 MPa, 25 ℃での長期活性試験。

社会的インパクト

メタノールは、アンモニアと並んで最も大量に生産されている化成品であり、多方面で利用されている。このメタノールを、石油や石炭など炭化水素の燃焼により大量に放出され、温暖化の原因とも見なされている二酸化炭素から温和な条件で効率よく合成できれば一石二鳥である。今回の成果である触媒は、現時点ではまだ効率が低く、実用レベルではないが、その可能性がみえてきたのではないかと捉えている。今後、新たな発想で効率を上げる努力をしたい。

今後の展開

今回の結果から、酸化物前駆体のアンモニア処理という簡便な手法で合成できるPdMo金属間化合物触媒が、室温で二酸化炭素を活性化し、メタノールを合成できることが分かった。この触媒は水分でも性能が劣化しない。これまで、室温で二酸化炭素からメタノールを合成できる触媒は報告例がほとんどなく、この分野に大きなインパクトを与える結果であるといえる。今後、二酸化炭素活性化機構などが詳細に解明されれば、メタノール合成活性の一層の向上につながり、低温でのメタノール合成研究がさらに加速されると期待できる。

付記

今回の研究成果は、JST創発的研究支援事業(No. JPMJFR203A)、科学研究費助成事業(No. JP22H00272、JP21J14346)の支援によって実施された。

用語説明

[用語1] ファインケミカル : 高機能・高付加価値を付与する化学製品。医薬品や化粧品、プラスチック、染料などが含まれる。

[用語2] エネルギーキャリア : エネルギーを貯蔵・輸送するための担体となる物質。

[用語3] カーボンニュートラル : 大気中への二酸化炭素の排出量と、大気中からの二酸化炭素の吸収・除去量の差し引きをゼロにすること。

[用語4] 六方最密構造(hcp) : 化学式ABという結晶で、A原子の層とB原子の層が交互に積み重なって、A/B/A/B---という形で積層している構造。

[用語5] 金属間化合物 : 二種類以上の金属元素(窒素、酸素のような非金属元素を含む場合もある)からなり、元の金属とは全く異なる結晶構造をもつ化合物。

[用語6] C1化学 : 合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)やメタン、メタノールのような炭素数が1の化合物を原料に用いて、炭素数が1の化合物の相互変換をしたり、炭素数が2以上の化合物を合成する技術法。

[用語7] 活性化エネルギー : 反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギー。このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能となる。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Room-Temperature CO2 Hydrogenation to Methanol over Air-Stable hcp-PdMo Intermetallic Catalyst
(大気安定なhcp-PdMo金属間化合物触媒上における室温でのメタノールへの二酸化炭素水素化)
著者 :
Hironobu Sugiyama(杉山博信)1、Masayoshi Miyazaki(宮﨑雅義)1、Masato Sasase(笹瀬雅人)1、Masaaki Kitano(北野政明)1, 2、Hideo Hosono(細野秀雄)1, 3
1東京工業大学、2東北大学、3物質・材料研究機構
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 教授

北野政明

Email kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5191

東京工業大学 栄誉教授
国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特命教授

細野秀雄

Email hosono@mces.titech.ac.jp
Tel 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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