要点
- 5-アミノレブリン酸が持つSARS-CoV-2ウイルス受容体の発現抑制効果を発見。
- ヒト細胞表面でSARS-CoV-2ウイルスと結合する受容体タンパク質の発現量の低下を確認。
- 5-アミノレブリン酸による新型コロナウイルス感染予防効果を期待。
概要
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の小倉俊一郎准教授とSBIファーマ株式会社の研究チームは、5-アミノレブリン酸[用語1]にSARS-CoV-2ウイルス[用語2]に対する受容体[用語3]の発現抑制効果があることを発見した。
SARS-CoV-2ウイルスは、ヒトの細胞表面に存在する受容体である、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を足掛かりに細胞内に侵入してゆくことが知られている。本研究では、培養細胞に5-アミノレブリン酸を接触させた結果、この受容体タンパク質の発現量が低下することを示した。受容体タンパク質の量が低下すれば、SARS-CoV-2ウイルスの感染が抑えられると考えられ、新型コロナウイルス感染の予防効果につながると期待できる。
本研究成果は2023年2月9日(現地時間)付の「PLOS ONE」にオンライン掲載された。
背景
新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延は日常生活に大きな支障をきたしており、その有効な治療法・予防法の開発が望まれている。新型コロナウイルス感染症を引き起こすSARS-CoV-2ウイルスは、ヒトの細胞表面に存在する受容体を介してヒトの細胞内に侵入し、感染してゆく。そのSARS-CoV-2ウイルスの受容体としては、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)が機能していることが知られている。一般的には小児ではACE2の発現量が低いため、SARS-CoV-2ウイルスに感染しにくいと言われている。ACE2の発現量を抑制することによってSARS-CoV-2ウイルスへの感染リスクを低減させることができると考えられるが、その有効な手段は見いだせていなかった。
研究成果
今回の研究では、培養細胞に5-アミノレブリン酸(5-ALA)を接触させる実験を行った。その結果、5-ALAによってACE2の発現量が顕著に低下することを初めて見いだした。これらの培養細胞には、5-ALAから代謝されたプロトポルフィリンならびにヘムが蓄積していることを確認しており、これらの代謝産物がACE2の発現を抑制したと考えられる。さらに、5-ALAに加えて鉄(クエン酸第一鉄ナトリウム)を加えたところ、その抑制効果がさらに顕著になった。
社会的インパクト
新型コロナウイルス感染症は、有効な治療法・予防法の開発が求められているが、効果の高い薬剤の開発は遅れている。これまではSARS-CoV-2ウイルスとACE2の結合を阻害する薬剤の開発が多く行われてきた。これに対して本研究では、ACE2タンパク質そのものの量を低下させることに成功しており、これまでのアプローチとは大きく異なる。本研究で受容体の発現抑制効果が見つかった5-ALAには、新たな予防薬としての可能性が期待できる。
今後の展開
これまでに様々な研究者によって、5-ALAによるSARS-CoV-2ウイルス感染抑制効果が実験室レベルで指摘されている。本研究ではそのメカニズムに迫るものであり、今後は受容体発現抑制という新たなアプローチによる予防薬の開発につなげてゆきたい。
付記
本研究は東京工業大学とSBIファーマ株式会社との共同研究によって得られた成果である。
用語説明
[用語1] 5-アミノレブリン酸 : 体内のミトコンドリアで作られるアミノ酸。ヘムやシトクロムと呼ばれるエネルギー生産に関与するタンパク質の原料となる重要な物質であるが、加齢に伴って生産性が低下することが知られている。焼酎粕や赤ワイン等の食品にも含まれるほか、植物の葉緑体の原料としても知られている。なお本研究では、5-アミノレブリン酸として、5-アミノレブリン酸塩酸塩を用いている。
[用語2] SARS-CoV-2ウイルス : 新型コロナウイルス感染症(COVID19)を引き起こすウイルス。
[用語3] 受容体 : 細胞表面に存在し、ウイルスなどを結合するタンパク質。本研究ではSARS-CoV-2ウイルスの受容体である、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に着目している。
論文情報
掲載誌 : |
PLOS ONE |
論文タイトル : |
Suppression of angiotensin converting enzyme 2, a host receptor for SARS-CoV-2 infection, using 5-aminolevulinic acid in vitro |
著者 : |
Eriko Nara, Hung Wei Lai, Hideo Imazato, Masahiro Ishizuka, Motowo Nakajima, Shun-ichiro Ogura |
DOI : |
- プレスリリース 東京工業大学による米国科学誌"PLOS ONE"への5-ALAに関する研究論文発表のお知らせ —5-ALA+SFCによるSARS-CoV-2 宿主受容体の発現抑制の可能性—
- プレスリリース 5-アミノレブリン酸によるSARS-CoV-2ウイルス受容体の発現抑制 —新型コロナウイルス感染予防への新たなアプローチ—
- 癌再発に深く関わる癌幹細胞が診断薬5-ALAによる検出を免れる特性を発見—癌の再発リスクを抑える診断・治療法の開発に期待—|東工大ニュース
- 熱帯熱マラリア原虫に対する5-アミノレブリン酸と鉄の相乗的な増殖阻害メカニズムを解明|東工大ニュース
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