要点
- 高いゼーベック係数と熱耐久性を示す有機金属錯体を開発
- 単分子膜材料としてゼーベック係数の世界最高値を実現
- 有機熱電変換性能向上への基礎的な理解とさらなる高性能化が期待
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の田中裕也助教と韓国高麗大学のユンヒョジェ教授らの研究チームは、有機物と金属錯体を組み合わせた有機金属錯体[用語1]単分子膜の熱電変換性能を測定し、単分子膜材料として世界最高性能のゼーベック係数[用語2](熱電変換材料の性能指数の一つ)を示すことを明らかとした(図1)。金属錯体の数を増やすことでゼーベック係数が増大することも見いだした。また高い耐熱性を示し、熱電変換材料としても広範な温度範囲での駆動が可能であることがわかった。
熱電変換は廃熱を電気エネルギーへ変換することが可能であることから環境調和型のエネルギー源として注目されてきた。これまでは無機化合物が熱電変換材料として用いられてきたが、軽量性、安全性の観点から有機化合物への代替に近年注目が集まっている。電極と有機材料の界面構造が熱電変換材料の性能に重要な役割を果たしており、単分子膜の熱電変換材料を調査することでこれを明らかとすることができる。一方、熱電変換材料の性能指数の一つであるゼーベック係数は分子構造に関わらず小さい値に留まっており、分子設計の確立が課題であった。本研究ではこれまで着目されてこなかった電子豊富な有機金属錯体の単分子膜を用いた熱電変換材料を開発した。さらに、金属錯体の数と有機配位子の構造を変えることで劇的にゼーベック係数が増大することを見いだした。本研究により、さらなる有機熱電変換材料の性能向上が見込まれる。
本研究成果は、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 田中裕也助教、韓国高麗大学のパクソユン博士、ジャンジウン大学院生、ユンヒョジェ教授らによって行われ、11月28日付の「Nano Letters」に速報版として掲載された。
背景
工場からの廃熱や電子機器利用による発熱など、我々が行う社会活動では多くの熱が発生するが、そのほとんどが利用されずに捨てられてしまう。もし熱エネルギーを電気エネルギーへ効率的に変換する「熱電変換技術」が実現できれば、石油資源に依存しない自律的な電源供給源となりうる。このような環境発電技術[用語3]は微小エネルギーで駆動するセンサーなどのIoT機器への電源供給源として期待されている。
これまでに熱電変換技術は、金属や半導体に与えられた温度差が電圧に変換されるゼーベック効果[用語4]という現象を用いて開発されてきた(図2)。これまでは無機半導体が熱電変換材料として用いられてきたが、近年、軽量性、安全性の観点から有機材料への代替に注目が集まっている。理論計算からは電極と有機材料の界面構造が熱電材料の性能に重要な役割を果たしていることが予測されてきた[参考文献1]。有機単分子膜における評価を行うことで、界面構造における熱電性能を評価できる。一方、熱電変換材料の性能指数の一つであるゼーベック係数は、小さい値に留まっており、優れた熱電材料になりうる分子―電極界面構造の設計指針の確立が求められていた。
研究成果
研究グループは、有機単分子膜が小さいゼーベック係数を与える理由が、分子軌道と電極のフェルミ準位[用語5]との大きなエネルギー差に起因すると考えた。最近、研究グループの田中は有機金属錯体が優れた単分子電子移動能を示し、これが電極とフェルミ準位の間の小さなエネルギー差により生じることを明らかとした(図3a)[参考文献2]。そこで有機金属錯体を熱電変換材料へと用いることで、高いゼーベック係数の実現が可能ではないかと考え研究を開始した。本研究では、有機金属錯体の開発(図3b)と、その単分子膜のゼーベック係数測定を行なった。具体的な測定手法としては、金基板上に有機金属錯体の自己組織化単分子膜を作成し、もう一方をガリウムインジウム共晶(EGaIn)液体電極で封止した、金-有機金属錯体-EGaIn構造をつくり測定サンプルとした(図3c)。金電極を加熱し、温度勾配により生じる起電力を計測することでゼーベック係数を評価した。有機金属錯体としてはルテニウムテトラホスフィン錯体を基盤として、金属錯体の数(n)や架橋した有機配位子上の置換基(R)が異なる錯体を複数作成し、各要素がゼーベック係数の大小に与える影響を評価した。
測定した結果として、ゼーベック係数は金属錯体の数が増えるにつれて向上し、金属錯体を3つ持つ(n=3)三核錯体では73 µV/Kとこれまで報告された分子(~40 µV/K)を上回る高い値を示した(図3d)。また二核錯体では置換基を入れることでゼーベック係数も変調でき、無置換体(R = H)が最も高い値を示した。以上のようにゼーベック係数は分子骨格に対応して大きく変化することから、有機金属錯体を用いることで合理的にゼーベック係数を制御可能であることがわかった。
既報のデータを電極のフェルミ準位との差(E–EF)から比較すると、有機金属錯体ではHOMO[用語6]がフェルミ準位に近づくにつれて加速度的にゼーベック係数が向上していることがわかる(図3e)。特に金属錯体数(n)を増加させることで、金属間相互作用により分子が電子豊富となることで、HOMOがフェルミ準位に近接したことが実験、計算科学の両手法により明らかとなった。
さらに有機金属錯体が高い熱耐久性を示すことが明らかとなった。アルカンチオール自己組織化単分子膜では50 ℃までしか耐熱性を示さないのに対して、有機金属錯体では150 ℃まで加熱しても分解は見られなかった。150 ℃付近における起電力は3.3 mVとなり、単分子膜として非常に高い起電力を示した。
- 図3.
- (a)有機分子と有機金属錯体におけるフェルミ準位と分子軌道の関係
(b)本研究で調査した有機金属錯体の構造
(c)金-有機金属錯体-EGaIn系での熱起電力計測
(d)本研究で調査した有機金属錯体のゼーベック係数
(e)分子軌道とフェルミ順位のエネルギー差が、ゼーベック係数に与える影響
社会的インパクト
有機熱電変換材料の開発に向けて、ゼーベック係数を向上させる分子―界面設計指針を示すことができた。また汎用的な有機自己組織化単分子膜に比べて高い耐熱性を有することから、広範な温度範囲での熱電変換が期待できる。本研究で得られた知見を基盤として、電気機器などからの廃熱を利用した微小発電機といった身の周りのわずかなエネルギーを電力に変換する環境発電技術への貢献が期待できる。
今後の展開
今回はホール(h+)輸送性の材料を開発した。熱電変換デバイス実現には図2に示す通り電子(e–)輸送性材料も必要であり、分子の探索を進める必要がある。また熱電変換材料には高い電気伝導度や低い熱伝導率といった異なる要素も重要となる。これらすべての要素を兼ね備えた、新たな熱電変換材料の開発へ向けて検討を進めていきたい。
付記
研究は科研費補助金 基盤研究C(21K05211)、村田学術振興財団研究助成の支援を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 有機金属錯体 : 金属―炭素結合を持つ化合物。2001年の野依、2010年の根岸英一氏と鈴木章氏らが受賞したノーベル化学賞の対象となった化合物群。
[用語2] ゼーベック係数 : 温度差ΔTに対して生じた起電圧ΔVの係数 S =ΔV/ΔT をゼーベック係数という。
[用語3] 環境発電技術 : 環境発電は、光や熱、振動など、我々の周囲に存在する、これまでに利用されることのなかった微小なエネルギーを、電気エネルギーに変換して活用する技術である。
[用語4] ゼーベック効果 : 物体の温度差が電圧に直接変換される現象。1821年にエストニアの物理学者トーマス・ゼーベックによって発見されたことから命名された。
[用語5] フェルミ準位 : 固体中で電子が50%の確率で存在する際のエネルギー。フェルミ準位における状態密度が伝導性とゼーベック係数に影響する。
[用語6] HOMO : 最高占有起動(Highest Occupied Molecular Orbital)の略。分子軌道の一つで、電子が詰まっているエネルギーの高い分子軌道。
論文情報
掲載誌 : |
Nano Letters |
論文タイトル : |
High Seebeck Coefficient Achieved by Multinuclear Organometallic Molecular Junctions |
著者 : |
Sohyun Park, Jiung Jang, Yuya Tanaka, Hyo Jae Yoon |
DOI : |
- プレスリリース 熱電変換性能を左右する分子-電極界面構造を解明 —優れた有機熱電変換材料開発へ弾み—
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お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
助教 田中裕也
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