東京工業大学は、45歳未満の研究者に対し基礎研究の資金を支援する「あすなろ研究奨励金」の2022年度の支援対象者を決定し、6月16日に支援決定通知書授与式を開催しました。
「あすなろ研究奨励金」は浅野康一名誉教授より、本学在籍中の「地道な基礎研究に対し、長く研究費を措置頂いたことで研究が花開いたことから、後進育成のため、基礎研究の支援に充ててほしい」と、研究成果の実用化により得た報酬の一部からの寄付を受け、2020年度に創設されました。
第2回目となる今回は、17名の応募があり、5名が採択されました。支援決定通知書授与式では、益一哉学長より、今後の研究の発展に期待するといったあいさつがありました。浅野名誉教授からは、「研究に行き詰って八方塞がりになる時は、大抵、問題解決の道筋が見える直前であることが多いので、諦めることなく、あと一押し頑張ってほしい」と受賞者へ言葉がかけられました。
採択者より研究内容の説明後、採択者と浅野名誉教授、益学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)、日置滋副学長(社会連携担当)が懇談し、活発な意見交換を行いました。
「あすなろ研究奨励金」の概要
目的
理工学に関する基礎・基盤的研究(理学分野の研究だけではなく、成熟した工学分野における地道な研究や、流行にとらわれず長期的視点に立って新しい可能性に挑戦する研究、独創的であっても研究費が取りにくい工学分野の研究を含む)における研究者への研究助成を目的とする。
対象
45歳未満の本学に雇用されている准教授、講師、助教(特任教員を除く)
研究支援期間
原則、支援開始日より1年間。ただし、研究計画によっては2年間の計画申請まで可能。
支援申請額
1件あたり100万円まで。
2022年度「あすなろ研究奨励金」採択者一覧
理学院 物理学系 准教授 石塚大晃
研究課題:モアレ超構造における電子フォノン相互作用の理論研究
グラフェンは次世代半導体材料として基礎科学、産業応用の両面から注目されている材料です。さらに最近、このグラフェンを2、3枚重ねてモアレ超構造というデバイスを作ると、磁石になったり超電導材料(電気抵抗がゼロになる状態)になったりと多彩な性質を示すことが明らかになりました。こうした性質を示す理由を明らかにするため、グラフェン中の電子間に働く相互作用の性質を理論的に研究しました。そして、このデバイス中で実現する特殊な電子状態のために、従来の物質とは異なる電子間相互作用・電子格子相互作用が実現することを発見しました。この相互作用は従来の理論では説明できなかった実験の結果をよく再現します。これらの結果は、モアレ超構造では通常の物質ではみられない特徴的な相互作用が生じることを意味します。強磁性(磁石)や超伝導は相互作用を起源として生じるため、グラフェンの多彩な物性を紐解く鍵となりえます。
理学院 物理学系 助教 山田貴大
研究課題:重金属/磁性絶縁体接合における超短パルス光誘起スピン流
電子のスピン角運動量の流れであるスピン流は、次世代の情報処理技術の発展や、高速かつ不揮発なメモリや超高密度なハードディスクの実現に寄与してきました。スピン流の高効率な生成手法の開発は依然として重要なテーマであり、これまでに電流や熱流からスピン流を生み出す手法が盛んに研究されてきました。一方で、光を用いたスピン流の生成法には開拓の余地が多く残されており、特にフェムト秒のパルス幅をもつ超短パルス光の高速性や省エネ性を存分に活かした研究はほとんどありませんでした。本研究では、われわれが発見した重金属と磁性絶縁体の接合にフェムト秒光パルスを照射することで生じるスピン流の生成メカニズムを解明します。そして、解明した機構に基づき、応用上も重要になる光誘起スピン流のさらなる巨大化への道筋を明らかにします。
理学院 化学系 助教 金子哲
研究課題:分子間相互作用の変調 による分子接合の電子輸送の制御
分子同士に働く相互作用は生体内における分子の働きや物質の構成を決定づける重要な因子です。一方で近年のナノテクノロジーの発達によって、研究対象はナノメートルからサブナノメートルに迫るサイズになっており、単一分子間にはたらく分子間相互作用を介した電子のやり取りが興味を集めています。しかし、単一分子が電極に接続された状況を特定し、分子同士の電子の流れを観測することは困難で、特別な工夫が必要となります。本研究では金属のナノギャップで電磁波が増強されることで単一分子程度の振動情報を検出することができる表面増強ラマン散乱を活用します。電流計測と振動スペクトルの同期信号を解析し、分子が架橋した構造を特定することで金属間に接続された単一分子間に流れる電流を検出し、二量体構造によってその電子の流れを制御することに挑戦します。
理学院 化学系 助教 玉置悠祐
研究課題:金属錯体-有機分子複合体から成るスピン状態制御を志向した光増感剤の開発
太陽光をエネルギー源とした二酸化炭素還元や水分解を目的とする人工光合成や有機光反応が最近盛んに研究されています。可視光吸収により電子移動を駆動するレドックス光増感剤は、これらの反応において中核的な役割を果たします。光増感剤として機能するには、長寿命の励起三重項 (T1) 状態を利用することが重要です。基底状態からT1状態を生成するまでの過程は、遷移金属等の重原子効果によって高速化されますが、T1状態からの失活や目的とは逆方向の電子移動も加速されてしまう恐れがあります。
そこで本研究では、金属錯体光増感剤に有機分子を連結し、三重項エネルギーリザーバーとして利用することを構想しました。金属錯体部分の励起三重項エネルギーを、重原子効果の弱い有機分子部分へと移動させることで、失活や逆電子移動を抑制することを目指します。これにより、金属錯体や有機分子単独では実現し得ない高機能な光増感剤を開発します。
生命理工学院 生命理工学系 助教 伊藤栄紘
研究課題:メタン資化細菌の希土類元素(レアアース)獲得機構の解明
「産業のビタミン」と呼ばれる希土類元素(レアアース) は、蓄電池や高性能磁石などの材料としてハイテク産業に必要不可欠な金属ですが、生物の利用性についてはほとんど研究されていませんでした。近年、C1化合物を代謝する微生物において、レアアースの中のランタノイドに依存した金属酵素や遺伝子発現制御が発見され、その生物学的意義が注目されています。一方、環境中からレアアースが微生物へどのように取り込まれるかの詳細は、これまでに明らかにされていません。本研究では、メタンを代謝するメタン資化細菌Methylosinus trichosporium OB3bが菌体外からランタノイドを獲得する機構の解明を目指します。メタン資化細菌の培養液中の有機化合物分析と菌体の遺伝子発現量解析から、金属取込みに必要なランタノイドと結合するキレート化合物とその生合成経路を明らかにします。