要点
- アスガルド上門に属するオーディン古細菌から、真核生物の微小管を形成するチューブリンタンパク質によく似た「オーディンチューブリン」を発見
- オーディンチューブリンの構造解析により、GTP加水分解の詳細なメカニズムを初めて解明
- 重合したオーディンチューブリンが、真核生物の微小管よりも原核生物のFtsZの構造に類似したリング構造を形成することを確認
概要
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のカネール・アキール(Caner Akıl)研究員(研究当時。現オックスフォード大学)と藤島皓介准教授、岡山大学 異分野基礎科学研究所のサムソン・アリ(Samson Ali)助教、リン・トラン(Linh T. Tran)研究員、ロバート・ロビンソン(Robert C. Robinson)教授および名古屋大学 大学院理学研究科の成田哲博准教授らの合同研究チームは、アスガルド上門オーディン古細菌由来のチューブリンタンパク質を発見し、そのGTP[用語1]結合状態の立体構造や束状の特徴的なリング構造を明らかにした。
イエローストーン国立公園の温泉に生息する好熱性のオーディン古細菌は原核生物ではあるが真核生物に近縁とされており、真核生物特有の細胞骨格の起源と進化の解明に重要なモデル微生物の一種である。今回の研究ではこのオーディン古細菌から、微小管を形成するチューブリンタンパク質と進化的に近いタンパク質「オーディンチューブリン」が見つかった。X線結晶構造解析と電子顕微鏡観察によって、微小管と同様に、GTPがサブユニット間に結合し、加水分解により構造変化が誘発される詳細なメカニズムを明らかにした。さらにクライオ電子顕微鏡[用語2]による観察で、重合したオーディンチューブリンのフィラメントは直径100 nm程度のリング構造を形成することがわかった。この構造は、微小管の直径25 nm程度の直線的構造よりも、原核生物のFtsZ[用語3]タンパク質のリング構造と類似している。このことからオーディンチューブリンは進化的に、原核生物のFtsZと、真核生物の微小管を形成するチューブリンの中間に位置する可能性が示唆された。
本研究成果は3月25日に国際学術誌「Science Advances」に掲載された。
- 図1.
- オーディンチューブリンタンパク質のスケールサイズ別の構造 (Credit: カネール・アキール、藤島皓介、ロバート・ロビンソン/ C. Akıl et al. Sci. Adv. 2022より改変)
研究の背景
チューブリンに代表されるスーパーファミリーに属するタンパク質は、核酸分子のグアノシン5'-三リン酸(GTP)に依存したダイナミクス制御を受けている。原核生物では、GTP加水分解酵素として知られているタンパク質FtsZとCetZがフィラメントを形成し、細胞分裂の際に収縮するリング構造を形成する。一方で真核生物では、チューブリンタンパク質が通常13本の直線的で平行な鎖からなる微小管を形作る。これまでの研究で、原核生物である古細菌では真核生物に最も近いとされるアスガルド門から、真核生物に特有と考えられていた構造タンパク質(アクチン、チューブリンなど)に関連する遺伝子が次々と見つかっており、その機能や構造の解析は真核生物の起源を解き明かす上で非常に重要となっている。今回の共同研究チームの一員である岡山大学のロビンソン教授はこの研究分野の第一人者である。また同教授の下で研究に従事していたアキール研究員は東京工業大学に移った後も、チューブリンタンパク質の研究を進めてきた。
研究成果
今回の研究ではアスガルド上門のオーディン古細菌から、系統的に原核生物と真核生物の中間に位置するようなチューブリンタンパク質が見つかり、オーディンチューブリン(OdinTubulin)と命名した(図1)。このオーディンチューブリンがチューブリンとして機能するかどうかを調べるため、タンパク質を発現精製後、X線結晶構造解析を行ったところ、GTPの加水分解前後の状態の立体構造が得られた。その結果、GTP近傍で水分子が活性化されて加水分解を引き起こす詳細な分子機構が初めて解明された。興味深いことに、加水分解後にオーディンチューブリンから無機リン酸がリリースされ、その位置に新たに3つの水分子が配位されることで、サブユニット間の相互作用が著しく弱まり、結果的に湾曲した構造をとるという経時的変化が明らかとなった(図2)。
クライオ電子顕微鏡による観察で、この湾曲したオーディンチューブリンは直径100 nm程度のリング構造を形成し、その構造はオーディン古細菌が発見された温泉環境の80℃でも維持されることがわかった。これまでリング構造は、原核生物においてチューブリンのホモログ[用語4]に相当する細胞分裂タンパク質FtsZに特徴的な構造とされてきた。しかし今回発見されたオーディンチューブリンは、サブユニット構造は真核生物のチューブリンタンパク質に似ているものの、重合時のリング構造はFtsZに似ているという、原核生物と真核生物のミッシングリンク的な様相を示した。
- 図2.
- オーディンチューブリンと真核生物の細胞分裂に関わる微小管の重合反応の比較 (Credit: ロバート・ロビンソン/ C. Akıl et al. Sci. Adv. 2022より改変)
今後の展開
今後もアスガルド古細菌やより始原的な真核生物からチューブリンタンパク質を発見し、その性状や構造を解析することを目指していく。さらに、そこから明らかになるチューブリンタンパク質の進化史を通じて、引き続き真核生物の誕生の秘密に迫りたいと考えている。
用語説明
[用語1] GTP(Guanosine triphosphate) : グアノシン5'-三リン酸。ヌクレオチドの一種で、チューブリンタンパク質に結合することでその重合伸長反応を促す。生体内ではRNAの構成因子のひとつであり、またエネルギー分子として酵素反応にも利用されている。
[用語2] クライオ電子顕微鏡 : 冷却下で生体試料の構造を透過型電子顕微鏡を用いて観察する手法。
[用語3] FtsZ(Filamenting temperature-sensitive mutant Z) : 原核生物が細胞分裂を行う際に形成するリング構造を担うタンパク質。
[用語4] ホモログ : 共通の祖先に由来する相同的な遺伝子あるいはタンパク質。
論文情報
掲載誌 : |
Science Advances |
論文タイトル : |
Structure and dynamics of Odinarchaeota tubulin and the implications for eukaryotic microtubule evolution |
著者 : |
Caner Akıl, Samson Ali, Linh T. Tran, Jérémie Gaillard, Wenfei Li, Kenichi Hayashida, Mika Hirose, Takayuki Kato, Atsunori Oshima, Kosuke Fujishima, Laurent Blanchoin, Akihiro Narita, Robert C. Robinson |
DOI : |
- オーディン古細菌からチューブリンタンパク質を発見 —真核生物の微小管の進化を解き明かす—
- 初期地球におけるRNAとタンパク質の相互作用を実験室で再現|東工大ニュース
- BSジャパン「未来EYES」に地球生命研究所の藤島皓介研究員が出演|東工大ニュース
- 藤島研究室
- 藤島 皓介|地球生命研究所(ELSI)
- 藤島 皓介 Kosuke Fujishima|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
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