東京工業大学は12月17日、物質理工学院 応用化学系の伊原学教授、亀田恵佑さん(博士後期課程3年)による記者説明会をオンラインで行いました。テーマは、世界で初めてCO2を利用した「カーボン空気二次電池(CASB)システム」の開発です。再生可能エネルギーの導入に不可欠な大容量蓄電システムとして期待されます。
テレビ会議システムを使った記者説明会には9媒体の記者10名が出席し、質疑応答や研究成果への期待、実用化等に向けた活発な議論が行われました。
背景
「カーボン空気二次電池(CASB)システム」の開発目的
太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーは天候や自然環境に大きく左右され、発電量を安定的に提供できないという課題を抱えています。これに対応するには、創り出した電気を蓄える大容量蓄電システムが不可欠です。発電量が需要量を上回った場合には、余った電力を蓄電(充電)しておき、逆に、発電量が需要量を下回った場合には、蓄電しておいた電力を放電することで、電力需要に柔軟に対応することができるからです。
大容量蓄電システムには次のような性能が求められます。まず、可能な限り小型でありながら、蓄電容量が大きいこと。次に、充電や放電を行う際のエネルギーロスが少ないこと。さらに、充放電にかかる時間が短いこと。そして、取り出すことができるエネルギー量が大きいことです。
そして、これらを満たす大容量蓄電システムとして近年注目されているのが、水素を使った蓄電システムです。今回の発表はこの水素と水に代わり、炭素とCO2を利用するというものです。
水素による蓄電システムでは、再生可能エネルギーを使って水を電気分解し、それによって生成した水素を貯めておき、電力が必要な際には、貯めておいた水素を燃焼させることで発電するというものです。水素ガス(H2 Gas)と電力(Power)を相互に変換することから「H2/H2O-P2G2P(水素/水-power-to-gas-to-power)」と呼ばれています。
それに対し、伊原学教授はこう話します。「水素は電気化学的な反応を容易に行うことができる上、発電時にCO2を排出しないため、H2/H2O-P2G2Pは非常に有用な蓄電システムです。一方で、水素の沸点は-253℃と極低温にしないと液化しないため、貯蔵が大変といった課題があります。再生可能エネルギーと大容量蓄電システムの導入は、社会に大きな変革をもたらすことから、我々はより多くの選択肢を用意する必要があると考えました。その1つとして、今回紹介するのが世界で初めて開発した『カーボン空気二次電池(CASB)システム』です」
研究のポイント
1. CASBシステムの概要
H2/H2O-P2G2Pが水素と電力の相互変換による蓄電システムであるのに対し、CASBシステムは、炭素(カーボン)と電力の相互変換による蓄電システムです。
CASBシステムでは充電(固体酸化物形電解セル(SOEC)としての機能)と放電(固体酸化物形燃料電池(SOFC)としての機能)を1つのセルで行います。まず、充電する際には、液体状態で貯蔵しておいたCO2を気体にして充電システム内部に投入し※、再生可能エネルギーによって発電された電力を供給することで、投入されたCO2を炭素に電気分解します。
ここでの技術的なポイントは、セルの温度を800℃に維持した上で、CO2をCO(一酸化炭素)とO2-(酸化物イオン)に電気分解し、その後、Boudouard反応[用語1]を利用した熱化学平衡(2CO⇆C+CO2)により、システム内で熱化学的に炭素を生成していることです。つまり、「2CO2+4e-→2CO+2O2-」の電気化学反応と「2CO→C+CO2」の熱化学反応の組み合わせによって、燃料極上での総括的電極反応として「CO2+4e-→C+2O2-」を実現させていることになります。これを実現できたことが、今回CASBシステムの開発に成功した最大の要因となっています。
一方、放電時には、充電時にCO2の電気分解によりSOFC内部に貯蔵されている炭素を燃料に発電します。発電の際には、電解質を挟んで反対側の空気極に空気を送り込むことで、空気中の酸素と、SOFC内部に貯蔵された炭素が電解質を挟んで化学反応し、その際に電力が発生します。
この際、酸素と炭素の化学反応により、CO2が発生しますが、発生したCO2は、最終的には液体状態にして貯蔵するため、外部に排出されることがありません。そして、充電の際に、貯蔵しておいたCO2を再び充電システムに投入することで、充放電サイクルを回すことができるというわけです。
「CO2の沸点は約-79℃ですが、6.4メガパスカル(MPa)の圧力をかけることで、25℃でも液体になります。水素の場合は、25℃でCO2の3倍以上の20メガパスカルの圧力をかけても体積エネルギー密度はCO2の0.23倍程度です。しかも水素の場合、この条件では気体です。つまり水素よりも「CとCO2の組合せ」の方が、貯蔵が容易で、より安価で貯蔵できるのです。
一方でH2/H2O-P2G2Pは、生成した水素を、燃料として他に供給できること、電極での反応が早く電極劣化が少ないなど利点があります。したがって、今後の技術開発によっては、H2/H2O-P2G2PとCASBが共存するエネルギーシステムがあり得るのかもしれません」(伊原教授)
加えて、H2/H2O-P2G2P 同様に、CASBシステムは、貯蔵するCO2や炭素の容量(蓄電容量)と、SOFCの出力を独立に設定できるという特徴を持っているため、大容量蓄電システムとしての活用が期待できます。
2. CASBシステムの特徴と充放電実験の成果
次に、今回実施したCASBシステムによる充放電実験の結果を紹介します。実験は800℃、100 mA/cm2の条件下で実施し、その結果、電極が劣化することなく、10回の充放電サイクルに成功しました。炭素を使った充放電サイクルの実現は世界初の成果となります。
実験によって明らかとなったCASBシステムの性能についても紹介していきましょう。
まず、大容量蓄電システムの性能を測る上ではいくつかの指標があります。主なものとしては(1)体積エネルギー密度、(2)質量エネルギー密度、(3)クーロン効率、(4)充放電効率(発電効率)が挙げられます。
(1)体積エネルギー密度は、体積(L)当たりの、取り出し可能なエネルギー(Wh)の割合です。理論体積エネルギー密度は、H2/H2O-P2G2Pが379 Wh/Lであるのに対し、CASBシステムは1,625 Wh/Lと、4倍以上も高いことが大きな優位性です。これはリチウムイオン電池など他の蓄電池と比べても最も高い値です。今回の充放電実験では、他の蓄電池と比べて最も高い値を実現するために必要な、充放電反応の概念実証に成功しました。
(2)質量エネルギー密度は、質量(kg)当たりの取り出し可能なエネルギー(W)の割合です。理論質量エネルギー密度は、H2/H2O-P2G2Pが26,000 Wh/kgなのに対し、CASBシステムは2,500 Wh/kgと低くなっています。これは、質量1kgで比べた場合、「CとCO2の組合せ」の方が、エネルギー量が小さいことを表しています。
「したがって、CASBシステムよりもH2/H2O-P2G2Pの方が軽量化が可能で、生成した水素を燃料電池車などに供給できるなどの運用面での多様性がある一方、理論的にはCASBシステムは分散型エネルギーネットワークにおける地産地消を前提とした、定置型の蓄電システムに適しているといえます」(伊原教授)
(3)クーロン効率は、充電に要した電気量(Ah=電流Aと時間hの積)に対して、放電できた電気量(Ah)の割合です。CASBシステムにおける理論クーロン効率は100%です。今回行った充放電実験では、クーロン効率84%という高い値を確認しました。
そして、(4)充放電効率(発電効率)は、充電に要した電力(Wh)に対して、放電で取り出すことができる電力の割合です。理論充放電効率は、H2/H2O-P2G2Pが76%であるのに対し、CASBシステムは100%とこの点においても高い優位性があります。水素の場合、H2とO2を反応させてH2Oを作る際、必ず理論的に24%が熱として放出されるため、100%になることはないのです。
「今回のCASBシステムの充放電実験では、充放電効率は38%に留まりました。しかし、現在のところ、H2/H2O-P2G2Pの充放電効率も20~54%ですので、それに匹敵する高い値であると考えています」(伊原教授)
今後の展開
今後、伊原教授らは、充放電時の過電圧と呼ばれる電位損失の低減を図るとともに、耐久性が高く劣化しにくい電極材料の開発を進めていく方針です。また、CO2タンクなどを持つシステムの開発やその際の熱の管理など、課題はたくさんありますが、伊原教授は「5~10年後の実用化を目指したい」としています。
用語説明
[用語1] Boudouard反応 : 特定の温度での一酸化炭素(CO)と二酸化炭素(CO2)の化学平衡混合物の酸化還元反応。固体炭素(C)、CO、CO2との間には、特定の温度において、2CO⇆C+CO2で表される化学反応が存在する。この熱化学的な平衡(物質同士が釣り合って安定している状態)を利用することで、炭素を析出させることができる。
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