要点
- 「環のすり抜け」を巧みに利用した、力を可視化する分子ツールの開発に成功
- 力に応じて、蛍光特性の可逆・不可逆変化が段階的に切り替わることを実証
- 「超分子メカノフォア」の分野をさらに発展
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系の相良剛光准教授とスイス フリブール大学Adolphe Merkle InstituteのChristoph Weder(クリストフ ウェダー)教授らの研究グループは、「環状分子のすり抜け」を巧みに利用した、力を可視化する新しい分子ツールを開発した。
力に応答して色変化などのアウトプットを示す分子骨格をメカノフォア[用語1]と呼ぶ。中でも、pNオーダー[用語2]の力に応じて、段階的に異なるメカニズムで発光特性変化を示す超分子メカノフォア[用語3]は、材料内部の複雑な応力変化を可視化する上で有益である。本研究グループは、ロタキサン[用語4]を構成する環状構造と軸分子の末端にあるストッパー構造の大きさを巧みに調整することで、力によって環状構造がストッパーをすり抜けることを見いだした。環状構造には蛍光団[用語5]が、軸分子には消光団[用語6]が導入されている。これにより、同じ分子骨格から、共有結合を切断することなく、従来観察されていた瞬時かつ可逆的な蛍光のOn/Offスイッチのみならず、蛍光が消光状態から常にOn状態になる不可逆的な蛍光特性変化までも発現できることを明らかにした。このようなメカノフォアを用いれば、材料に印加される微小な力を多段階で評価できるようになる。
本成果は6月24日に米国化学誌「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載された。
背景と経緯
近年、「力」、すなわち「機械的刺激」に応答してさまざまなアウトプットを示す「メカノフォア」と呼ばれる分子骨格が盛んに研究されている。中でも、見た目の色や蛍光特性(色・強度)が変わるメカノフォアは、力を1分子レベルで可視化する分子ツールとして有用である。色変化・蛍光特性変化を達成するために広く一般的に用いられている手法は、共有結合を切断して分子の電子状態を変化させる方法である。
一方で、本研究グループでは、共有結合の切断を伴わずに蛍光特性が変化する「超分子メカノフォア」の開発に取り組んでいる。超分子メカノフォアでは、分子の集まり方を変化させることで蛍光特性変化につなげている。本研究グループが最初に報告したロタキサンをモチーフとした超分子メカノフォアは、瞬時かつ可逆的な蛍光強度変化を達成した。しかし、これまでに観察されていた可逆的な蛍光特性変化に加えて、不可逆的かつ永続的な蛍光特性変化という、相反する二つの特性を、同じ超分子メカノフォアから共有結合を切断することなく同時に発現させることは困難であった。
研究成果
本研究グループは、ロタキサンで用いられる環状分子の環のサイズと、軸分子に導入されるストッパーの大きさを巧みに調整することで、小さな力が印加されているうちは可逆的な蛍光強度変化を示し、大きな力がかかると環状構造がストッパー部位をすり抜けて蛍光が常にOn(不可逆変化)となる新しいロタキサン型超分子メカノフォア(図1)の開発に成功した。図2に動作機構を示す。
本研究で開発したロタキサンは環状分子に蛍光団が導入され、軸分子には、蛍光団からの蛍光を消光する働きを持つ消光団と、かさ高いストッパーが両末端に導入されている。このストッパーのおかげで、環状分子はなかなか軸分子から外れることができない。初期状態では消光団が環状分子に包摂され、環状分子の蛍光団からの蛍光は近傍に存在する消光団により完全に消光される。
しかし、いったん導入されたポリマーからこのロタキサン型超分子メカノフォアに力が伝達(引っ張られる)されると、環状分子が軸分子上をスライドして消光団と蛍光団が離れ、蛍光が観察される。ここで、弱い力が印加された場合には、環状分子はストッパーを乗り越えることができず、除荷すると元の消光団近傍に戻り、蛍光は再び消光される(可逆変化)。
しかし、大きな力が印加された場合には、環状分子がストッパーをすり抜ける。すり抜けた環状分子は二度と軸分子上に戻ることはなく、消光団からの消光を受けずに、以降は力の有無にかかわらず常に蛍光状態となる(不可逆変化)。
今回開発したロタキサンを導入したポリウレタンフィルムは、最大延伸率を300%とした引張試験では、ほぼ可逆的な蛍光強度変化しか観察されないが、最大延伸率を600%とした引張試験では、除荷時の蛍光強度が引張回数を重ねるたびに上昇し、不可逆的な蛍光特性変化を示すことが分かった(図3)。これは内部のロタキサンが印加される力に応じて示す発光特性変化が「可逆→不可逆」に変化したことを示している。
- 図3.
- 段階的な引張試験の結果。延伸率300%まで50サイクル伸縮させ、続けて延伸率600%まで50サイクル伸縮させた時の蛍光強度変化(●:それぞれの最大延伸率での蛍光強度 ▲:除荷したときの蛍光強度)。
これまでに共有結合を切断することなく力に応じて蛍光特性が可逆的な変化から不可逆的な変化に切り替わるメカノフォアは報告されておらず、本研究成果は、pNオーダーの力を可視化するメカノフォアを創製するために、超分子化学で培われてきた手法を生かすことが一つの有効なアプローチであることを改めて示したといえる。
今後の展開
今回の研究で創製された超分子メカノフォアは、pNオーダーの力を2段階の蛍光応答変化で評価できる。このようなメカノ蛍光プローブは、高分子材料内部で発生している複雑な応力変化の解明や、我々の体を構成する細胞一つ一つが1分子レベルで生み出す力のイメージングなどに応用できると考えられる。
付記
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
事業名:JSTさきがけ
研究領域:光の極限制御・積極利用と新分野開拓
研究課題:ロタキサン型メカノプローブの創製とメカノバイオロジーへの応用
研究者:相良剛光
研究期間:2017年10月~2021年3月
用語説明
[用語1] メカノフォア : 力に応じて1分子レベルで構造変化、コンフォメーション変化、分子集合構造変化などが起きて、触媒作用、小分子の放出、反応の起点になる、色が変化する、などのアウトプットを示す分子骨格のこと。主に高分子化学の分野で現在盛んに研究が行われている。
[用語2] pNオーダー : 1 N(ニュートン)の1,000,000,000,000分の1の大きさの力が1 pN(ピコニュートン)である。例えば、我々の体を構成する細胞が1分子レベルで出す力は、数pN~100 pN程度となっている。
[用語3]
超分子メカノフォア : 超分子化学的なアプローチから設計されたメカノフォアのこと。一般的なメカノフォアとは異なり、アウトプットを示すために力による共有結合の切断を必要としない。プロトタイプのロタキサン型超分子メカノフォア、並びに、その動作機構の普遍性は以下の論文で報告している。
Y. Sagara et al., J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 1584; Y. Sagara, et al., ACS Cent. Sci. 2019, 5, 874; T. Muramatsu, et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 2019, 11, 24571.
[用語4] ロタキサン : 超分子化学の分野で長年研究されてきたインターロック分子の一つ。環状分子を軸分子が貫いた構造になっており、二つの分子の間に共有結合はない。これまでの研究では、外部刺激を与えて環状分子を駆動させた研究例が大半であった。
[用語5] 蛍光団 : 可視光や紫外光を吸収して励起状態となり、基底状態に戻る際に蛍光を示す分子骨格のこと。
[用語6] 消光団 : 蛍光団が発する蛍光を、電子移動機構などにより消光する分子骨格のこと。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Rotaxane-based Dual Function Mechanophores Exhibiting Reversible and Irreversible Responses |
著者 : |
Tatsuya Muramatsu, Yuji Okado, Hanna Traeger, Stephen Schrettl, Nobuyuki Tamaoki, Christoph Weder, and Yoshimitsu Sagara |
DOI : |
- プレスリリース 環のすり抜けにより力を可視化する蛍光プローブ —材料が受けるpNオーダーの力を2段階で評価する—
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