概要
東京工業大学大学院理工学研究科のバッハ・マーティン教授と総合理工学研究科の彌田智一教授らは、共役系高分子[用語1]の1つであるポリフルオレン[用語2]単一鎖からの電界発光の観測に成功した。ブロック共重合体[用語3]のミクロ相分離[用語4]状態で見られるナノシリンダー構造[用語5]の中に、ナノシリンダー材料と相溶性が良いポリフルオレンを導入することで、個々のポリフルオレン鎖を高密度に分離して実現した。
具体的には、ポリフルオレン1本鎖からの電界発光(EL)[用語6]スペクトルを観察することで、青色高分子ELの劣化時に観測される緑色発光の発現の新たな要因を発見。また量子化学計算[用語7]により、緑色発光がEL素子内に存在する電荷によってポリフルオレン鎖の凝集状態が促進されて生じることを明らかにした。高耐久性の青色発光共役系高分子の設計、そして高分子ELディスプレイや照明の高耐久性に寄与すると考えられる。
この研究は日本学術振興会の支援で行った。成果は国際学術雑誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」オンライン版に英国時間14日に掲載された。
研究成果
バッハ、彌田両教授らは、ポリフルオレン鎖の一本鎖の光電子物性に関する研究を実施した。ポリフルオレン1本鎖を高密度、かつ個々に分離するために、ブロック共重合体の垂直ナノシリンダーの相分離構造を有する薄膜を用いた。この薄膜から成るEL素子を作製し、個々のポリフルオレン鎖からの電界発光を観察したところ、青色と緑色発光を繰り返す単一鎖の存在を発見した。この発光色の変化はポリフルオレン鎖にトラップされた電荷によってポリフルオレン鎖の凝集状態が促進されることによって生じることを突き止めた。
ポリフルオレンを用いた有機ELの研究分野における発光色変化の問題の解決は、次世代のディスプレイや照明を開発していく上で重要な課題である。本研究で発光色の変化の要因が解明されたことにより、ポリフルオレンや共役系高分子を用いた光電子デバイスの長寿命化が期待される。
研究の背景
ポリフルオレンは優れた電導特性や青色発光特性を示すため有機ELディスプレイや照明などの光電子デバイスへの応用が期待されている。しかし、駆動時間の経過と共に発光色が青色から緑色へ変化するという問題があり、効率の低下や駆動の不安定性につながっていた。このような問題は十年来議論されており、ポリフルオレン鎖の酸化や鎖間同士の凝集などが原因として考えられてきたが、依然として整合性のある説明がなされていなかった。
研究の経緯
バッハ、彌田両教授らは、ポリフルオレン鎖の電界発光時に観測される緑色発光に関する新しい発光メカニズムを見出した。ブロック共重合体のナノサイズの垂直配向シリンダー構造の中に、個々のポリフルオレン鎖を閉じ込めることで、ポリフルオレン鎖1本1本が高密度に分離された薄膜を作製し、この薄膜に電極を付けることでEL素子を作製した。
個々に分離されたポリフルオレン鎖の電界発光を高解像顕微鏡[用語8]で観察したところ、青色と緑色が可逆的に振動するものが存在することを発見した。また、この緑色発光は電界を印加した時のみ顕著に観測されることを見出した。さらに、東工大理工学研究科有機高分子物質専攻の川内進准教授のグループとの共同研究により、緑色の電界発光の発現が、ポリフルオレン鎖中にトラップされた電荷によりポリフルオレン1本鎖の凝集が加速化されることで生じることを明らかにした。
今回の成果
この成果は、高耐久性の青色発光共役系高分子の作製に寄与する。さらに、このような電界発光特性を示す単一分子鎖に関する研究結果は、単一分子を用いた光電子デバイスの実現に向けた一歩になると考えられる。
用語説明
[用語1] 共役系高分子 : 二重結合と単結合とが交互に連なっている化学構造を有する高分子のことを指す。
[用語2] ポリフルオレン : 下記のような構造の繰り返しを有する共役系高分子の総称。優れた電気伝導特性と青色発光を示す共役系高分子として知られている。
[用語3] ブロック共重合体 : 異種の高分子同士を共有結合で結合した分子。
[用語4] ミクロ相分離 : ブロック共重合体では異種の高分子鎖間に働く斥力により相分離が生じる。しかし、異種の高分子が強制的に結合しているため、相分離構造の大きさは通常マイクロメートルサイズ以下になる。
[用語5] ナノシリンダー構造 : ブロック共重合体では組成や温度などの条件によって球状,ラメラ状,シリンダー状などの特徴的な周期構造を形成する.比較的相分離の周期が小さい結果、ナノサイズのシリンダー構造が形成された構造のことを指す。
[用語6] 電界発光(EL) : 電圧を印加することで発光する物理現象のことを指す。発光ダイオード(LED)や有機発光ダイオード(有機EL)などで広く観測される現象である。
[用語7] 量子化学計算 : 経験的なパラメータを用いて計算によって分子構造に起因する分光学的物性を推定する手法である。近年ではコンピューターの処理速度の増加から、分子の形状や分子固有のさまざまな定数、さらに分子集合体における形状や定数などが推定できるようになってきている。
[用語8] 高解像顕微鏡 : 1分子が発する程度の微弱な光強度を検出することが可能な光学顕微鏡のことを指す。通常、通常材料を発光させるためにレーザーを高倍率のレンズを通して1W/cm2以上のパワーとなるように材料に入射させ、材料からの微弱な発光の検出に高感度CCDを用いて検出する。
掲載雑誌名
掲載誌 : |
Nature Communications (2014) 5:4666 |
題目 : |
Single molecule electroluminescence and photoluminescence of polyfluorene unveils the photophysics behind the green emission band |
著者 : |
Yoshihiro Honmou, Shuzo Hirata, Hideaki Komiyama, Junya Hiyoshi, Susumu Kawauchi, Tomokazu Iyoda, and Martin Vacha (本望圭紘、平田修造、込山英秋、日吉淳也、川内進、彌田智一、バッハ・マーティン) |
DOI : |
研究支援
本研究は以下の支援を受けて行われました。
- 日本学術振興会・挑戦的萌芽研究「共役系高分子の単一分子電界発光計測」(2011〜2013年度)、代表:東京工業大学 バッハ・マーティン、 課題番号23651107
- 日本学術振興会・基盤研究(B)「共役系高分子一本鎖のコンフォメーション制御による光電子物性の能動的制御」(2014〜2017年度)、代表:東京工業大学 バッハ・マーティン、課題番号26287097
お問い合わせ先
バッハ・マーティン
大学院理工学研究科 有機高分子物質専攻 教授
Email: vacha.m.aa@m.titech.ac.jp
TEL: 03-5734-2725
FAX: 03-5734-2725