要点
- 鉄カルコゲナイドの層間にナトリウムとアンモニア分子を挿入してTc(超伝導臨界温度)=45, 42, 37Kの超伝導物質を合成
- これらの超伝導物質は通常の高温プロセスでは不安定で分解してしまう。今回は液体アンモニアを溶媒として用いる合成法による成果
- Tcは鉄層間隔の増加に伴って単調には増加しないことが判明
概要
東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授と郭建剛、雷和暢両博士研究員らは、液体アンモニアを溶媒とする低温合成法(アンモノサーマル法)により、鉄系超伝導体の一つである鉄セレン化合物(FeSe:Tc=8K、Kは絶対温度)にナトリウム(Na)とアンモニア(NH3)を層間挿入してTc=37Kから45Kの新しい超伝導体を発見し、その組成、構造を決定した。
また、銅酸化物系超伝導体で見られた層間距離とTcとの関係が、今回発見した物質系には見られないことを突き止めた。これは新たな超伝導物質探索指針につながる知見と言える。
FeSe系は特殊な薄膜系において100Kを超えるTcが報告されるなど、注目を集めている素材であり、バルク材料(かたまり)でも高いTcが得られることが期待される。またこの物質系は通常の高温焼成法で作ることができず、今回用いたアンモノサーマル法は超伝導体合成法としても有効な手段になっていくと考えられる。
研究の背景
細野教授らにより、2008年に発見された鉄系超伝導体は世界中の超伝導研究者を巻き込んで、より高いTcを持つ物質の探索、高い臨界電流(Jc)を持つ線材の開発、超伝導デバイスの開発などが進められている。
電子は、負の電荷をもち、それが自転することで磁気モーメントをもっている。超伝導の発現には2つの電子が瞬間的に対をつくることが必要だが、大きな磁気モーメントを持つ元素では電子スピンの規則的な配列により強磁性(または反強磁性)体になってしまう。このため、大きな磁気モーメントをもつ元素である鉄の化合物は、超伝導にはならないというのが常識だった。2008年に細野教授らは、LaFeAsO(ランタン・鉄・ヒ素酸化物)いう反強磁性体に、電子をドープ(添加)していくと磁性が消失したところで、超伝導が発現することを見出した。その時のTcは26Kで、高圧をかけると43Kまで上昇し、銅酸化物の高温超伝導体を除くと最高のTcを示した。その後、世界中で数多くの研究者が参入しTcは56Kまで上昇している。
鉄系超伝導体の構造上の大きな特徴は、FeX44面体(Feが中心を占め、4つのXがそれに結合して作られる4面体。Xはセレン(Se), テルル(Te), リン(P), ヒ素(As)など)が連なった層があり、中心のFe2+(鉄イオン)が正方形に配列していることである。このような層を含む層状物質ならば、超伝導体の候補になると考えられ、これを起点に層間をどのように修飾するかによって、物質の特徴が現れる。実際に現在まで60以上の同様な超伝導体が報告されているが、その基本的な結晶構造は7種に大別できる[用語1] 。
鉄カルコゲナイドFeCh(Ch=S,Se,Te[用語2] はその一つ(11型)で、Tc=8Kだが最も簡単な構造を持つ。大きなサイズの一価の陽イオン(カリウム(K), ルビジウム(Rb), セシウム(Cs), タリウム(Tl)など)を、その結晶構造を保ったまま、その物質の層間に挿入すること(インターカレーション)で30KくらいまでTcを増大させることができることが分かってきた。しかし、Naのような小さなイオンはインターカレーションができなかった。また、上記の超伝導物質には、数十%の鉄イオンの欠損が存在し、かつ微視的なスケールでは、絶縁体と超伝導体に空間的に分離しているために、その解明が遅れていた。
今回の成果
液体アンモニア(沸点:-33℃)はアルカリ金属(元素周期律表1族(水素を除く)の6元素)もFeSeも溶かすことができることに注目し、-50℃に保った耐圧容器内に金属ナトリウムと鉄カルコゲナイドを入れて、そこにアンモニアガスを注入し、-50 〜 -40℃の温度に保って反応させた。この手法はアンモノサーマル法と呼ばれている。(溶媒に水を用いた場合は水熱法と呼ばれ、よく知られた合成手法である。)
この研究では、液体アンモニア中に溶解する金属ナトリウムや鉄カルコゲナイドの割合を変えることで、Tcの異なる3つの超伝導物質(2つは新物質)を合成し、その化学組成と結晶構造を決定した。
上から、何も入っていない状態、Naのみが入った状態(Phase I)、Naと少量のNH3が入った状態(Phase II)、Naと多量のNH3が入った状態(Phase III)
最も興味深いのは、Na0.65Fe1.93Se2という組成のTc=37Kの物質(Phase I)で、FeSeの層間にNaイオンだけが挿入されたものである。この物質はこれまでの高温での固相反応法では合成できず、今回の手法によって初めて得ることができた。また、鉄の欠損が極めて少ないことも大きな特徴である。
また、ナトリウムイオンと一緒にアンモニア分子が層間に挿入された物質も合成し、アンモニア量が少ない物質(Phase II)でTc=45K、多い物質(Phase III)でTc=42Kで超伝導が出現した。
NH3-free: Phase I, NH3-poor: Phase II, NH3-rich: Phase III
今回、見出した3つの超伝導物質は、Fe層間の距離が6.83Å (Phase I、Åはオングストローム、1Åは0.1ナノメートル), 8.71Å (Phase II), 11.07Å (Phase III)であるのに対し、Tcは37, 45, 42Kと単調には増大せず、Tcが層間距離とともに増大する銅酸化物超伝導体とは異なる挙動を示すことが明らかになった。
今後の展開
鉄カルコゲナイド系は、鉄ニクタイド系[用語2] に比べ、構造は単純だがTcは低かった(~8K)。最近の研究で、高圧をかけるとTc>40Kまで増大することや、SrTiO3:Nb(ニオブを添加したチタン酸ストロンチウム)基板上にFeSeを1分子層だけをエピタキシャル成長させた試料では、100K付近でゼロ抵抗が報告されるなど著しい進展を見せている。ニクタイド系とは超伝導の発現機構が異なることも考えられ、予断を許さない展開になりつつある。
アンモノサーマル法による試料合成は、低温のソフトプロセスであることから、非平衡相の合成に適しており、さらなる新超伝導物質の発見が期待できる。
この研究成果は内閣府総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム(FIRST)により、日本学術振興会を通した支援の下で実施された。また一部は、文部科学省元素戦略プロジェクト(拠点形成型)の支援を受けた。
用語説明
[用語1] 鉄系超伝導体の型 : 鉄系超伝導体は主に組成比により分類される。最初に見つかり現在まで最も高いTcが見出されているLaFeAsO(ランタン・鉄・ヒ素酸化物)ような1111型、異方性が小さく実用に有利なBaFe2As2の(バリウム・鉄・ヒ化物)ような122型、最近発見されたCaFeAs2(カルシウム・鉄・ヒ化物)のような112型といった分類である。この研究で取り上げたFeCh(Ch=S(イオウ), Se, Te)は11型と呼ばれている。
[用語2] カルコゲナイドとニクタイド : 周期律表16族のO, S, Se, Te, Po(ポロニウム)をカルコゲン元素、15族のN(窒素), P, As, Sb(アンチモン), Bi(ビスマス)をニクトゲン元素と呼び、それらの化合物をそれぞれカルコゲナイド、ニクタイドと呼んでいる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications 5, 4756 (2014). |
題目 : |
Superconductivity and phase instability of NH3-free Na-intercalated FeSe1-zSz (和訳:NH3を含まずにNaをインターカレートしたFeSe1-zSzの超伝導と相の不安定性) |
著者 : |
Jiangang Guo, Hechang Lei, Fumitaka Hayashi and Hideo Hosono (郭建剛、雷和暢、林文隆、細野秀雄) (所属はすべて東工大フロンティア研究機構) |
DOI : |
お問い合わせ先
細野 秀雄
東京工業大学フロンティア研究機構 教授
(応用セラミックス研究所教授兼任)
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