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電子を抜くと透明な超伝導体になる物質を発見 世界初のp型透明超伝導体を実現

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要点

  • ヨウ素溶液の酸化作用で電子を抜きとった層状ニオブ酸リチウム薄膜を合成
  • 超伝導を示すこの物質が常温で高いp型伝導性と透明性を併せ持つことを発見
  • 二次元物質の新たな物理現象や機能の開拓に貢献

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の相馬拓人助教と大友明教授は、東北大学 多元物質科学研究所の吉松公平講師と共同で、低温で超伝導体[用語1]になる層状ニオブ酸リチウム(LiNbO2[用語2]が常温では優れたp型透明導電体[用語3]になることを発見した。

三段階合成法[用語4]を開発することにより、超伝導を示す層状ニオブ酸リチウムのエピタキシャル薄膜[用語5]を合成した。基板上に保持された薄膜状の物質をヨウ素溶液[用語6]に浸し、その酸化作用を利用して電子を抜きとると、高いp型伝導性と透明性が同時に発現することを見出した。

その理由はニオブ原子と酸素原子がつくる特殊な電子状態にあった。ヨウ素溶液を利用した酸化反応により、この電子状態をうまく調節した結果、世界初のp型透明超伝導体の実現につながった。この発見は新しい電子材料として様々な応用につながるだけでなく、二次元物質の新たな物理現象を開拓することにもつながる。

研究成果は米国の科学誌サイエンス(Science)の姉妹紙のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」で7月16日(日本時間)に公開された。

図1. 層状ニオブ酸リチウム(イメージ図)。ニオブ原子と酸素原子がつくる二次元層に起因して、超伝導体にもかかわらず高い可視光透明性を示す。

図1.
層状ニオブ酸リチウム(イメージ図)。ニオブ原子と酸素原子がつくる二次元層に起因して、超伝導体にもかかわらず高い可視光透明性を示す。

背景

「透明導電体」は透明性と電気伝導性を併せ持つ物質である。ガラスに代表されるように、透明な物質は基本的に電気を流さない絶縁体だ。しかし、ある種の材料では電気が流れることが知られており、酸化インジウムスズ(ITO)などが実用化されている。しかしながら、実用水準の材料はすべて電子が流れるn型であり、n型とペアになって多様な電子回路を構成しうるp型透明導電体は、n型に比べて性能が低く、まだ研究開発の段階に留まっている。

「超伝導体」は電気抵抗がゼロになる究極の電気伝導性を持つ物質である。核磁気共鳴画像法(MRI)や超伝導リニアで実用化されている超伝導体は常温で金属であり、不透明な物質である。そのため、これまでp型透明超伝導体は見つかっていなかった。

大友教授らの研究グループは、p型透明超伝導体の候補としてニオブ酸リチウム(LiNbO2)に着目した。この物質は30年前から超伝導体であることが知られていた。しかし、通常の手法では薄膜合成が困難であることから、透明性の詳しい性質まではわかっていなかった。

研究成果

同研究グループは三段階合成法を開発し、超伝導薄膜の合成に世界で初めて成功した(図2左)。最終段階であるStep 3ではヨウ素溶液に薄膜を浸すだけで電子を引き抜くことができる化学反応を利用した。ヨウ素溶液は薄めてうがい薬などにも使われているが、その殺菌消毒効果は物質から電子を奪う酸化反応そのものである。古くから知られるその効果と現代化学を融合することで、簡便でかつ精密な合成法の確立に成功した。

図2. 三段階合成法の詳細と作製した薄膜の写真(左)。各段階の透過スペクトル(右)。直接合成が不可能であった単結晶の層状ニオブ酸リチウムがStep 2で赤褐色の試料として得られる。ヨウ素溶液に浸し、電子とリチウムイオンを一部抜いたStep 3では可視光の平均透過率が50 %まで上昇する(基板の寄与を考慮すると77 %)。

図2.
三段階合成法の詳細と作製した薄膜の写真(左)。各段階の透過スペクトル(右)。直接合成が不可能であった単結晶の層状ニオブ酸リチウムがStep 2で赤褐色の試料として得られる。ヨウ素溶液に浸し、電子とリチウムイオンを一部抜いたStep 3では可視光の平均透過率が50 %まで上昇する(基板の寄与を考慮すると77 %)。

合成した薄膜の電気抵抗を測定すると、これまでに知られていた通り4.2ケルビン(マイナス269 ℃)以下の極低温で電気抵抗がゼロになり、超伝導体であることを確認した。一方で、ヨウ素溶液から取り出した薄膜は赤色から黄色へと劇的に変化しており、可視光の平均透過率が50 %に達する高い透明性を示した(図2右)。従来のp型酸化物透明導電体と常温における性能を比較すると、電気伝導性と透明性がともに優れていることが明らかになった(図3)。ヨウ素溶液に浸して電気伝導性を上げると透明度も向上するという、従来の物質とは対照的な結果が得られた。

図3. 常温における様々なp型酸化物透明導電体の性能。右上に行くほど性能が優れている。電気伝導性と透明性は相反する性能であり、従来の物質では電気伝導率を高めようとすると透明性が下がってしまう(オレンジ色の矢印)。それとは対照的に、LiNbO2ではホールを増やして(抜く電子を増やして)電気伝導率を上げると透明性も上がる、という正の相関がある(緑色の矢印)。

図3.
常温における様々なp型酸化物透明導電体の性能。右上に行くほど性能が優れている。電気伝導性と透明性は相反する性能であり、従来の物質では電気伝導率を高めようとすると透明性が下がってしまう(オレンジ色の矢印)。それとは対照的に、LiNbO2ではホールを増やして(抜く電子を増やして)電気伝導率を上げると透明性も上がる、という正の相関がある(緑色の矢印)。

同研究グループは詳細な物性測定と解析を行うことにより、物質内でニオブ原子と酸素原子が作る三角柱型の二次元層が重要な役割を果たしていることを見出した。この特殊な構造により、強相関電子[用語7]と孤立したバンド構造[用語8]というユニークな特徴が実現されていた。

これらの電子状態が協奏することで、近赤外と紫外領域の両方で高い透明性が実現されていた。さらに、ヨウ素溶液の酸化作用を用いて、それらの特徴をほどよく調整した結果、超伝導を発現しつつ可視光領域の透明性を向上できることが明らかになった(図4)。

図4. p型透明導電性の起源。三角柱型の二次元層に起因して強相関電子と孤立バンド構造が実現される。それぞれが近赤外領域と紫外領域のスペクトルを形づくる。透明な領域が可視光領域と重なることで高い透明性につながる。

図4.
p型透明導電性の起源。三角柱型の二次元層に起因して強相関電子と孤立バンド構造が実現される。それぞれが近赤外領域と紫外領域のスペクトルを形づくる。透明な領域が可視光領域と重なることで高い透明性につながる。

研究の経緯

グラフェン(2010年ノーベル物理学賞)の発見に始まり、二次元物質[用語9]の研究が近年注目を集めている。三角柱型の二次元層構造をとる二硫化モリブデンに代表される遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる物質群も二次元物質であり、現在、世界中で研究が加速している。一方で、本研究で着目したLiNbO2は、層状銅酸化物における高温超伝導の発見(1987年ノーベル物理学賞)に続いて、1990年に新しい層状酸化物超伝導体の一つとして見つかった。しかし、簡便な薄膜合成法がなかったため、これまでほとんど注目されてこなかった。同研究グループは、LiNbO2が二硫化モリブデンと同様に三角柱型の二次元層からなる酸化物であることに注目し、本研究を開始した。

ところが、当初は試行錯誤の連続だった。高温での直接合成の場合は、LiNbO2とは別の組成の結晶ができてしまった。そこで常温で組成を調整してから高温で結晶化するアイデアでこの問題を解決した。高温で結晶化する際に水素ガスを用いてニオブ原子を一度還元するが、超伝導体にするためには層状ニオブ酸リチウムの構造を保ちつつ再び酸化する必要があった。

そこで同研究グループは古くから知られるヨウ素溶液の酸化作用に着目した。ヨウ素溶液はうがい薬や外科手術の殺菌・消毒剤として利用されている。我が国におけるヨウ素の製造は幕末の西洋医学所に端を発し、明治期に入って本格的に始まった。我が国有数の製薬会社がまだ黎明期だった頃の経営者たちが工業化に関わった。東京工業大学出身の白川英樹博士は、ヨウ素を利用してポリアセチレンから電子を抜きとり、電気を流すプラスチックの合成に初めて成功した(2000年ノーベル化学賞)。

同研究グループが培ってきた薄膜合成技術を用いて、ともに古くから知られているLiNbO2とヨウ素溶液の酸化作用を組み合わせたことが今回のブレークスルーにつながった。

今後の展開

研究の成果はp型透明超伝導体の発見や新しい薄膜合成法の開発だけに留まらない。図3に示すように常温におけるp型伝導性と透明性を同時に高められる利点を明らかにしている。今後さらなる性能の向上が期待される。また図4に示すように高い透明性の起源を解明している。物質科学の視点では、このことを基軸に捉えた材料設計指針の検討がすでに始まっており、さらなる高性能化や新機能の開拓につながることが期待される。さらに、安価で環境に無害な酸化物で実用材料を開発することは、元素戦略の観点で社会貢献につながる。

用語説明

[用語1] 超伝導体 : 冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる物質。MRIや超伝導リニアだけでなく、電子回路に応用することで高性能化や省エネルギー化が期待されている。

[用語2] 層状ニオブ酸リチウム : LiNbO2ならびにLi1−xNbO2。Nb原子とO原子からなる二次元層の層間に位置するLi+イオンが抜けることで、同量の電子eも抜きとられる(LiNbO2 → Li1−xNbO2 + xLi+ + xe)。

[用語3] p型透明導電体 : p型伝導性を示し、可視光に対して透明な物質。電気を流す導電体には電子が流れるn型とホール(電子が抜けた穴)が流れるp型の2種類があり、電子回路に広く応用するには両方が必要。多くの透明導電体は、電子を抜いてしまうと化学結合が不安定になる傾向があるためp型の種類が圧倒的に少ない。

[用語4] 三段階合成法 : 真空・常温下でNbとLiを同量に調整した非晶質の薄膜を作製(Li−Nb−O、Step 1)し、その薄膜を水素ガス中高温下で結晶化させたら(LiNbO2、Step 2)、最後にヨウ素溶液に浸してLiを引き抜きながら望みの結晶性薄膜(Li1−xNbO2、Step 3)を得る合成手法。

[用語5] エピタキシャル薄膜 : 単結晶基板上に結晶軸の方位が揃うように成長した薄膜のこと。結晶性が良いため物質本来の性質を調べるのに適している。

[用語6] ヨウ素溶液 : ヨウ素を有機溶媒に溶かした溶液。本研究では溶媒にアセトニトリルを用いた。殺菌消毒剤であるヨードチンキやうがい薬もヨウ素溶液。物質から電子を奪う酸化反応(I2 + 2e → 2I)を利用して殺菌する。

[用語7] 強相関電子 : 各々が自由に振舞う電子とは異なり、互いに強く相互作用し合う電子のこと。

[用語8] バンド構造 : 電子のエネルギー準位がとる帯状(バンド)の構造。物質を構成する原子や結晶構造に由来して変わり、電子のふるまいを決定付ける電子状態を表している。

[用語9] 二次元物質 : グラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなど二次元的な構造や電子状態を有する物質。二次元性に起因した性質を示すため近年注目されている。

謝辞

本研究は、以下の研究課題の支援によって行われました。
文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)、特別研究員奨励費、基盤研究(B)、若手研究

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
p-Type transparent superconductivity in a layered oxide (層状酸化物におけるp型透明超伝導)
著者 :
Takuto Soma, Kohei Yoshimatsu, and Akira Ohtomo
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

東京工業大学 元素戦略研究センター (兼務)

教授 大友明

E-mail : aohtomo@apc.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2145

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

助教 相馬拓人

E-mail : soma.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2153

東北大学 多元物質科学研究所

講師 吉松公平

E-mail : kohei.yoshimatsu.c6@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5801

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室 (担当:伊藤)

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198


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