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ニッケルを使った高性能アンモニア合成触媒を開発 貴金属を使わない新コンセプトによる触媒技術

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要点

  • 単独では活性を示さないニッケル(Ni)と窒化ランタン(LaN)を用いた高効率アンモニア合成に成功
  • ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成活性を実現
  • LaN表面の窒素空孔を反応場として利用する新コンセプトを実証

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授、同センターの叶天南(Tian-Nan Ye)特任助教、北野政明准教授らは、単独では活性を示さないニッケル(Ni)と窒化ランタン(LaN)を組み合わせることで、ルテニウムなどの貴金属触媒に匹敵する優れたアンモニア合成触媒を実現した。

これまでのアンモニア合成触媒は、高温・高圧下での合成には鉄が、温和な条件ではルテニウムが使われている。いずれの金属も窒素と強く結合するので、金属上で反応が生じていた。一方、窒素との結合がきわめて弱いニッケルは、窒素分子を活性化できないことからこれまで使用されてこなかった。本研究では、水素分子の活性化をニッケル上で、また窒素分子の活性化をLaN上の窒素空孔[用語1]でそれぞれ行うことで、きわめて高いアンモニア合成活性を実現した。これは、窒素空孔という新たな反応場を利用することで、単独では活性を示さない金属を用いて優れたアンモニア合成が実現できることを示し、従来の常識を覆す研究成果である。

近年開発された、温和な条件下で高いアンモニア合成活性を示す触媒は、いずれも貴金属であるルテニウムの担持が必要であった。本研究の成果は、希少で高価なルテニウムを用いない新触媒技術として重要であり、アンモニア合成プロセスの新たな可能性に繋がるものである。

研究成果は英国科学誌「Nature」に7月16日付(日本時間)でオンライン公開された。

ニッケルを使った高性能アンモニア合成触媒を開発

研究の背景と経緯

人工的にアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」は、1912年にハーバーとボッシュによって確立され、現在でも人類の生活を支えるのに必要不可欠な技術である。またアンモニア分子は、分解すると多量の水素を発生させ、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素を運搬する物質として水素社会を支えることも期待されている。

一方で、HB法には高温(400~500 ℃)、高圧(100~300気圧)の条件が必要であるため、より温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められている。そうした条件下で働く触媒としてこれまで、ルテニウム触媒の開発が盛んに行われてきた。しかしルテニウムは貴金属であることから、より豊富に存在する金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれている。一方、金属種がアンモニア合成に対して活性を示すには、その表面で窒素と強く結合することが必須であると考えられてきたため、窒素との結合力が弱いニッケルを使用することはこれまでほとんど検討されてこなかった。

研究の内容

本研究では、そうした温和な条件下で働く、貴金属を使わない触媒として、LaN上にニッケル(Ni)ナノ粒子を固定化した触媒(Ni/LaN)を考案した(図1)。この触媒上での反応を、同位体[用語2]ガスを使った実験と計算科学により実証したところ、ユニークな反応メカニズムを持つことが明らかになった。この触媒では、水素分子を解離する能力が高いNi上で水素原子が生成され、その水素原子がLaN表面の窒素種と反応することで、アンモニア(NH3)が生成される。この反応を詳しくみると、まずLaN表面に窒素空孔が形成される。この空孔に窒素分子が取り込まれることで窒素分子が活性化され、そこにNi上で生成した水素原子が反応する。これにより、強固なN-Nの結合が切断され、N-H結合が形成されて、最終的にアンモニアが生成される。このプロセスでは、LaN表面の窒素は、気相の窒素が空孔に入ることで再生されるため、反応が持続して進行する。

図1. 従来の触媒(左)と開発した触媒Ni/LaN(右)上でのアンモニア合成の反応メカニズム。VNはLaN上に形成される窒素空孔であり、赤の矢印が律速段階の反応過程。N2の解離は金属表面ではなく、LaN表面の窒素空孔で起こる。

図1.
従来の触媒(左)と開発した触媒Ni/LaN(右)上でのアンモニア合成の反応メカニズム。VNはLaN上に形成される窒素空孔であり、赤の矢印が律速段階の反応過程。N2の解離は金属表面ではなく、LaN表面の窒素空孔で起こる。

従来のルテニウムなどの触媒上では、窒素および水素分子が、活性金属種であるルテニウム表面上でのみ活性化され、強固な3重結合を持つ窒素分子の解離が律速段階[用語3]であることが知られている(図1)。一方、今回開発したNi/LaNでは上述した反応メカニズムにより、窒素分子が金属上ではなくLaN上の窒素空孔で活性化され、同時にNiからの水素により水素化されることがわかった。このために全体の活性化エネルギー[用語4]が小さくなる。律速段階も、窒素分子の解離ではなく、LaN表面の窒素種の水素化であることが明らかになった。

このNi/LaNの触媒のアンモニア合成活性を、さまざまなNi触媒と比較した(図2)。LaNやニッケルナノ粒子(Ni NPs)単独では触媒活性を示さず、触媒の担体として通常用いられる酸化マグネシウム(MgO)などの酸化物上にニッケルナノ粒子を担持した場合も、全く活性を示さなかった。さらに、高い電子供与性をもつC12A7エレクトライドにニッケルナノ粒子を担持した触媒(Ni/C12A7:e-)でさえも活性を示さなかった。一方、Ni/LaN触媒はきわめて高いアンモニア合成活性を示し、活性化エネルギーも約60 kJ mol-1であり、これまで報告してきたルテニウム担持エレクトライド系触媒と同等であることがわかった。さらに、高比表面積を有するLaNナノ粒子にNiを担持した触媒(Ni/LaN NPs)では、活性が2倍以上に向上することがわかった。

図2. Niを固定したLaNのアンモニア合成活性と他の触媒との比較(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧(青)、9気圧(赤))

図2. Niを固定したLaNのアンモニア合成活性と他の触媒との比較(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧(青)、9気圧(赤))

さらに、このNi/LaN触媒のアンモニア生成速度の時間変化を調べたところ、長時間にわたって安定した触媒活性を示すことも明らかになった(図3)。これは、上述した反応メカニズムによって、LaN結晶表面の格子窒素の消費と再生を繰り返しながら反応を進行させるためである。

図3. Ni固定化LaN触媒によるアンモニア合成の安定性(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧)

図3. Ni固定化LaN触媒によるアンモニア合成の安定性(反応温度:400 ℃、圧力:1気圧)

今後の展開

今回の研究は、金属表面ではなく、窒素空孔という新たな反応場を利用することで、単独では活性を示さない金属種でもアンモニア合成の優れた触媒となるという、新たなコンセプトを提示したものである。これによって、温和な条件下で作動する、貴金属を使わないアンモニア合成触媒の開発の方向性が示されたといえる。今後は、このコンセプトをさらに発展させ、より優れた触媒の開発や他の触媒反応への展開を目指す。

用語説明

[用語1] 窒素空孔 : 窒化ランタン(LaN)はLa3+とN3-から形成されており、N3-が部分的に抜けた空きサイトを窒素空孔と呼ぶ。空孔ができると、電荷を補償するために電子が捕捉される。

[用語2] 同位体 : 原子番号が同じで、重さ(質量数)だけが異なる原子のことで、化学的性質は同等である。

[用語3] 律速段階 : 化学反応において最も遅い反応段階であり、この反応速度が全体の化学反応の速度を支配している。

[用語4] 活性化エネルギー : 反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能である。

付記

今回の研究成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No.JPMXP0112101001)、科学研究費助成事業(No.17H06153、JP19H05051、JP19H02512)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(No.JPMJPR18T6)、日本学術振興会 海外特別研究員(No.P18361)の支援によって実施された。

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
Vacancy-enabled N2 activation for ammonia synthesis on an Ni-loaded catalyst
(担持ニッケル触媒上でのアンモニア合成における空孔による窒素分子の活性化)
著者 :
Tian-Nan Ye, Sang-Won Park, Yangfan Lu, Jiang Li, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Tomofumi Tada, Hideo Hosono (所属はすべて東工大元素戦略研究センター)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

東京工業大学 元素戦略研究センター

准教授 北野政明

E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5191 / Fax : 045-924-5191

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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