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有機トランジスタ用半導体の超高速塗布成膜に成功 プリンテッドエレクトロニクスの実用化に大きく前進

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要点

  • 液晶性有機半導体の特性を活用し従来に比べ2,000倍以上の成膜速度を達成
  • 10 cm角基板にボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ250個を試作
  • 素子間のばらつきの小さい高移動度(Ph-BTBT-10: 4.1 cm2/Vs)を実現

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の飯野裕明准教授、半那純一名誉教授、Hao Wu(ハオ・ウー)研究員(研究当時)らは、ディップコート法[用語1]液晶性有機半導体[用語2]を活用し、有機トランジスタ用結晶膜成膜の超高速化(2.4 m/分以上)に成功した。この成膜速度は溶液プロセスによる従来の成膜速度(10 mm/分以下)に比べ2,000倍以上早く、実用レベルである。

得られた結晶膜は基板全面にわたり均一で、これを用いたボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ[用語3]は素子間のばらつきが小さく、高い移動度(Ph-BTBT-10[用語4]:4.1 cm2/Vs、σ:18 %)を示した。さらに、10 cm角の基板上に形成した結晶膜を用いて作製した250個のトランジスタにおいても、同様の移動度を得た。

有機半導体膜の成膜の高速化は印刷技術を用いたエレクトロニクスの実用化の試金石であったが、今回の成果は溶液プロセスを用いて高速化が可能であることを実証したもので、低コストのRF-IDタグ[用語5]IoTトリリオンセンサー[用語6]などの実用化を大きく推し進めるものと期待される。

本研究成果は、6月22日に米国化学会 ACS Applied Materials and Interface(アプライド・マテリアルズ・アンド・インターフェイス)の電子版に掲載された。

研究成果

印刷技術を活用し、電子素子を簡便に、かつ、高速な生産を目指すプリンテッドエレクトロニクス[用語7]の実用化には、トランジスタに用いる有機半導体の高速成膜が不可欠で、その実現が鍵を握る。従来、トランジスタ用有機半導体結晶膜は、結晶粒界[用語8]による電荷輸送の阻害を逃れるため、単結晶膜[用語9]利用が必要と考えられ、成膜技術も単結晶膜の育成に必要な結晶核の形成 と成長の制御技術を中心に開発が進められてきた。しかし、単結晶膜の成膜は副次的な結晶核の生成を抑え、結晶を成長する必要があり、その結果、成膜速度を大幅に落とさざるを得ず、その速度は数十μm/秒、分速で数mm/分以下と、実用化に必要な数m/分から程遠いものであった。

飯野准教授らの研究グループでは高速で作製の容易な多結晶膜[用語10]に着目し、液晶物質が示す分子が自発的に配向した凝集相(液晶相と呼ばれる)を形成する特質を活用して、トランジスタの作製に応用可能な高品質な多結晶膜の開発に取り組んできた。

その結果、新たに開発した液晶性を示す有機半導体(液晶性有機半導体)Ph-BTBT-10 (図1参照)を開発し、結晶粒界による電荷輸送への影響を抑えた高品質な多結晶膜がスピンコート法[用語11]により作製できることを明らかにした。この方法で作製された多結晶膜は均一性、平坦性に優れ、これを用いたトランジスタは単結晶に匹敵する、10 cm2/Vsを超える高い移動度[用語12]が実現できる。

図1. 液晶性有機半導体Ph-BTBT-10の構造とディップコート法による半導体結晶膜の成膜

図1. 液晶性有機半導体Ph-BTBT-10の構造とディップコート法による半導体結晶膜の成膜

今回、この成果を元に、実用化に向けて、Roll-to-Roll形式[用語13](図2参照)による基板への有機半導体結晶膜の形成を視野に、図1に示すディップコート法による多結晶膜の形成とその高速化を検討した。その結果、単結晶の育成条件(0.3 mm/分)から成膜速度を増加させると、単結晶に類似した一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜(数 cm/分)、さらに、成膜速度を上げると、モザイク状の組織を持つ無配向の多結晶膜(2.4 m/分)が得られることを見出した。特に、モザイク状の組織を持つ多結晶膜は容易に基板全面に結晶膜が形成でき、均一性も高い。

図2. Roll-to-Roll法による半導体薄膜の連続成膜のイメージ図

図2. Roll-to-Roll法による半導体薄膜の連続成膜のイメージ図

SiO2/Si基板上に作製したこれらの結晶膜を用いて、ボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタを試作し、特性を評価した結果、図3に示すように、モザイク状の組織をもつ多結晶膜は、一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜とほほ同等の4 cm2/Vsの高い移動度を示すばかりでなく、配向性をもつ多結晶膜に比べて、移動度の異方性はむしろ小さく、トランジスタの集積化に好都合であることが分かった。

図3. 基板の引き上げ速度(A:1 mm/s、B:5 mm/s、C:10 mm/s、D:40 mm/s)と形成された結晶膜の光学顕微鏡写真、偏光顕微鏡写真、AFMによる表面観察像、作製したトランジスタの特性と移動度の分布(250個)

図3.
基板の引き上げ速度(A:1 mm/s、B:5 mm/s、C:10 mm/s、D:40 mm/s)と形成された結晶膜の光学顕微鏡写真、偏光顕微鏡写真、AFMによる表面観察像、作製したトランジスタの特性と移動度の分布(250個)

今回の成膜速度(2.4 m/分)は、現有のディップコーターの上限の成膜速度であるため、さらに成膜速度を上げることは可能と考えられる。さらに、Ph-BTBT-10 以外の液晶性有機半導体、例えば、C8-BTBT-C8(図4参照)を用いても、同様な結果が再現できており、C8-BTBT-C8を用いたトランジスタでは、 5.2 cm2/Vsの平均移動度を示した。この成果は、プリンテッドエレクトロニクスの実用化に立ちふさがる二つ目のハードルを解決するブレークスルーと位置づけられる。

図4. 液晶性有機半導体 C8-BTBT-C8(C8-BTBT)の化学構造

図4. 液晶性有機半導体 C8-BTBT-C8(C8-BTBT)の化学構造

背景

1987年にPentacene(ペンタセン)の結晶膜[用語14]を半導体材料に用いたトランジスタが液晶ディスプレーなどに実用化されているアモルファスシリコンを用いたトランジスタに匹敵する高い移動度を示すことが報告されて以来、有機半導体の結晶膜を用いたトランジスタの実用化を目指し、高移動度の新規な有機半導体材料の開発や、素子作製のためのプロセス技術の開発、それらを用いたトランジスタの応用などの研究開発が活発に行なわれてきた。有機半導体は、溶液プロセスを用いてプラスチック基板上に成膜が可能であることから、印刷技術を利用して簡便に集積回路の作製を目指すプリンテッドエレクトロニクスを実現するための最も有望な半導体材料と位置づけられている。

この20年余の研究開発の成果として、IGZO等の次世代のトランジスタ材料として期待される酸化物半導体に匹敵する高移動度(~10 cm2/Vs)を実現できる新しい有機半導体材料が開発されてきた。高移動度の有機半導体材料の開発は、プリンテッドエレクトロニクスの実用化のための第一の試金石であった。

しかしながら、その実用化には用途開発に加えて、半導体膜の実用的な成膜技術の開発が不可欠である。現状では溶液プロセスによる半導体膜の成膜は可能であるものの、その成膜速度(1 cm/分以下)は実用的に要求される速度(数m/分以上)に比べほど遠く、その技術開発が求められる。

研究の経緯

私たちは実用的な有機半導体材料の開発を目指し、高移動度に加え、溶解度や耐熱性、膜の均一性や平坦性などの実用材料として要求される諸特性を実現するための材料設計の基本技術として、液晶性[用語15]に着目し、液晶性を併せ持つ有機半導体(液晶性有機半導体)の開発を行なってきた。その成果の一つとして、液晶性を発現するPh-BTBT-10(図1参照)を開発し、この材料が高移動度(平均移動度:~12 cm2/Vs)に加え、耐熱性と成膜性を併せ持つ優れた有機トランジスタ材料であることを報告した。[引用文献1]

この材料は、その溶液を液晶相温度でスピンコートすることにより、従来の非液晶製材料では困難な、均一性と平坦性に優れた高品質の多結晶膜を簡便に作製することができる。研究グループはこの点に注目し、基板サイズの制限を受けないディップコート法による成膜を検討し、成膜速度と得られる半導体結晶膜の表面形状、均一性、結晶性、作製した結晶膜を用いたトランジスタの試作を通じて、得られた結晶膜の評価を進めた。

今後の展開

今回の成果を結晶膜の特性と成膜速度などの成膜条件の相関から、その支配因子を明らかにし、結晶膜の作製プロセスの工学的基礎を構築する。高速成膜された結晶膜を用いた集積回路の試作を通じて、その有効性をデバイスレベルで実証し、プリンテッドエレクトロニクスの実用化に向けた最後のハードルへのチャレンジを開始する。

用語説明

[用語1] ディップコート法 : 塗布したい物質を溶解させた溶液に基板を浸漬し、一定速度で引き上げることにより、成膜する方法。成膜は溶液の濃度や引き上げ速度により制御できる。スピンコート法とは異なり、基板のサイズに制限はなく、Roll-to-Roll形式[用語13]の生産にも適用可能である。

[用語2] 液晶性有機半導体 : ある温度領域で液晶相を示す有機半導体物質。液晶相を発現する温度領域では、分子が自己組織的に配向した液晶相と呼ばれる結晶よりもやわらかい分子凝集相を形成する。

[用語3] ボトムゲートボトムコンタクト型トランジスタ : トランジスタを構成するゲート絶縁膜と電流を流す電極が半導体層の下側(ボトム)に設置された構造を持つトランジスタ。作製が容易なことから、液晶ディプレーなどに用いるトランジスタとして広く用いられる。有機半導体の場合、電極と半導体層との電気的な接触が十分でないことが多く、半導体層の上に電極を配置したトップ型トランジスタに比べて特性が劣るのが一般である。

[用語4] Ph-BTBT-10 : 図1に示すBenzothienobenzothiophene(BTBT)骨格にベンゼン環と炭素10個からなる側鎖を結合させた分子で、高次の配向秩序を持つスメクチック相(SmE相)を発現するように設計された液晶性有機半導体。

[用語5] RF-IDタグ : 高周波の電波に感応し、応答する機能を持たせた素子で、個別の物品を遠隔で識別できることから、瞬時に、物品の在庫状況の把握や購買商品の支払い合計額の算出などに利用できる。

[用語6] IoTトリリオンセンサー : 「モノ」をネットワークに接続する際に、「モノ」に取り付けてその状況を監視・観測するために用いるセンサー。将来、その数は一兆(トリリオン)個を超えると言われており、トリリオンセンサーと呼ばれる。

[用語7] プリンテッドエレクトロニクス : 半導体素子の作製において、従来の感光性樹脂によるパターニングとエッチングによる材料の加工に代わり、印刷技術を用いて、パターニングと材料の形成を同時に行うことにより、簡便に半導体素子などの製造を行う技術をいう。これを実現するためには、材料のインク化技術や溶液プロセスによる材料の形成や低温化が求められる。この技術により、電子素子の低コスト、大量生産が期待されている。

[用語8] 結晶粒界 : 多くの結晶粒が寄り集まって形成される結晶(多結晶)において、隣接する結晶粒同士の界面をいう。無機半導体材料の結晶粒界は、未結合手や組成乱れにより、電荷の捕獲サイトとなる場合が多く、結晶粒から結晶粒への電荷の移動を阻害する作用がある。有機物の場合の結晶粒界は分子の配向の乱れに起因するもので電荷の深い捕獲サイトとはならないため、無機材料に比べて、電荷輸送に与える影響は小さく、結晶粒から結晶粒への電荷の移動は、原理的に可能である。

[用語9] 単結晶膜 : 結晶を構成する元素(有機物の場合は分子)が3次元的に秩序だって配置された単一の結晶からなる膜。複数の結晶粒が寄り集まった多結晶膜とは異なり、結晶粒界はなく均一である。

[用語10] 多結晶膜 : 単一の結晶からなる単結晶膜とは異なり、複数の結晶粒から構成される結晶膜。

[用語11] スピンコート法 : 回転させた基板に、塗布したい物質の溶液をたらし、遠心力により溶液を基板上に均一に塗布する方法。回転速度や溶液の濃度などにより、塗布される膜厚を制御できる簡便な方法であるが、基板を回転させるため、大型の基板への適用が困難である。

[用語12] 移動度 : 物質中にある電荷の単位電場あたりの移動速度を言い、cm2/Vsの単位を持つ。半導体として電気特性を評価する一つの指標となる。

[用語13] Roll-to-Roll形式 : プラスチック基板などのようにロール状に巻くことができる基材を用いて、基材を巻き取りながら膜の塗布や印刷などの生産方式をいう。連続的に基材の加工ができるため、大量生産に適する。

[用語14] Pentacene(ペンタセン)の結晶膜 : 図に示すペンタセン分子が基板上に垂直に細密に凝集した結晶からなる膜。

Pentacene(ペンタセン)の結晶膜

[用語15] 液晶性 : 分子が配向秩序を持つ分子凝集相(液晶相と呼ばれる)を自発的に形成する特性。形成される液晶相は、結晶に比ベると秩序性は完全ではなく、揺らぎを持つため、柔らかく、流動性を示すものもある。このため、液晶相は均一で平坦な膜を得ることが容易で、これを結晶膜の前駆体として利用することにより、均一で平坦な結晶膜を作製することが出来る。

引用文献

[1] H. Iino, T. Usui,andJ. Hanna, Liquid Crystals for Organic Thin-Film Transistors. Nat. Commun. 2015, 6, 6828.

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials and Interface
論文タイトル :
Scalable ultrahigh-speed fabrication of uniform polycrystalline thin films for organic transistors
著者 :
Hao Wu, Hiroaki Iino, and Jun-ichi Hanna
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 飯野裕明

E-mail : iino@isl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5181 / Fax : 045-924-5188

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報・社会連携課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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