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金属イオン間の電子の授受で極性構造を制御 強誘電体・圧電体材料や負熱膨張材料の開発に新しい知見

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要点

  • 特殊な電子状態に起因した極性構造[用語1]を持つバナジン酸鉛とコバルト酸ビスマスを固溶させると、1:1に近い組成において、非極性の常誘電体[用語2]構造が出現することを発見しました。
  • この結晶構造変化の起源は、バナジウムイオンとコバルトイオンの間の電子の授受(金属間電荷移動)によることを明らかにしました。
  • 強誘電体[用語3]圧電体[用語4]材料や巨大負熱膨張[用語5]材料の開発に新しい知見を与える研究成果です。

概要

次世代デバイス開発やエネルギー問題の解決のために、強誘電体・圧電体材料や負熱膨張材料の優れた新素材の開発が求められています。東北大学多元物質科学研究所 山本孟助教、木村宏之教授、戸田薫大学院生(理学研究科)らの研究グループは、特殊な電子状態に起因して極性構造を示すペロブスカイト型酸化物[用語6]、バナジン酸鉛(PbVO3)とコバルト酸ビスマス(BiCoO3)の固溶体[用語7]において、組成変化により、巨大な体積変化を伴う常誘電相への結晶構造変化が起こることを発見しました。また、誘電体特性の1つである自発電気分極[用語8]の制御にも成功しました。これらの変化の起源は、バナジウムイオンとコバルトイオンの間の電子の授受(金属間電荷移動)によるものであることを明らかにしました。この発見は、強誘電体・圧電体材料や巨大負熱膨張材料などの新たな機能性材料の開発につながる成果です。

同研究グループには、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東正樹教授、重松圭助教、酒井雄樹特定助教(以上3名は神奈川県立産業技術総合研究所併任)、西久保匠研究員、大阪府立大学 山田幾也准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 佐賀山基准教授、高輝度光科学研究センター 水牧仁一朗主幹研究員および新田清文研究員が参加しました。

本成果は2020年8月11日(米国時間)にChemistry of Materials誌でオンライン公開されました。

背景

強誘電性や圧電性は、陽イオンと陰イオンの重心が一致しない極性の結晶構造に起因する特性です。この特性を利用して、センサーやアクチュエーター、コンデンサーやメモリーなどへの応用がされています。代表的な強誘電体物質であるチタン酸鉛(PbTiO3)は、正方晶歪みを有するペロブスカイト型構造を持ちます。自発電気分極の値は 59 µC/cm2(点電荷モデル)と、多くの電荷を貯めることができ、優れた強誘電体・圧電体材料の母物質として用いられています。またPbTiO3は、昇温による強誘電相から常誘電相への構造相転移で、体積が収縮する負熱膨張(体積変化は約-1 %)を示します。負熱膨張物質は、ナノテクノロジー産業など精密な位置決めが求められる分野で、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)する材料として応用が期待されています。

バナジン酸鉛(PbVO3)とコバルト酸ビスマス(BiCoO3)は、PbTiO3と同じ結晶構造を持つ酸化物です。4価のバナジウムイオンと3価のコバルトイオンが示す、電子配置の効果で結晶構造を歪ませるヤーン・テラー効果[用語9]により、自発電気分極の値はそれぞれ101 µC/cm2とおよび126 µC/cm2と、PbTiO3と比較しても巨大なものとなります。しかしながら、大きすぎる自発電気分極のために、これらの物質は外部電場による電気分極反転を示しません(焦電体)。

研究手法と成果

本研究では、高圧合成法[用語10]を用いて初めて合成に成功した、バナジン酸鉛(PbVO3)とコバルト酸ビスマス(BiCoO3)の固溶体(1-x)PbVO3-xBiCoO3において、1:1に近い組成(0.4 < x < 0.75)では常誘電相が出現することを発見しました。KEKの放射光実験施設 フォトンファクトリー[用語11]のビームラインBL-8Bでの放射光X線回折実験[用語12]から、この常誘電相は体積の小さな立方晶ペロブスカイト型構造であり、結晶構造変化に伴い-8.7%もの巨大な体積変化が起こることを明らかにしました。一方で、両端に近い組成(x < 0.4, x > 0.75)では極性構造を保持し、自発電気分極の値が徐々に減少することが分かりました。

一般的に、同じ結晶構造(対称性)を持つ強誘電体(焦電体)同士の固溶体では元の結晶構造を保ちます。今回の発見はこれに相反することから、電子状態変化など特異な要因があると考えました。大型放射光施設 SPring-8[用語13]の軟X線光化学ビームライン(BL27SU)において、構成元素の電子状態を選択的に評価することができる軟X線吸収分光実験[用語14]を行ったところ、バナジウムイオンとコバルトイオンの間での電子の授受(金属間電荷移動 V4+ + Co3+ → V5+ + Co2+)が起こっていることを発見しました。この電荷移動により、ヤーン・テラー効果が不活性化されることが結晶構造変化の起源であると、突き止めました。

図1. (1-x)PbVO3-xBiCoO3固溶体における結晶構造変化と金属間電荷移動

図1. (1-x)PbVO3-xBiCoO3固溶体における結晶構造変化と金属間電荷移動

図2. (1-x)PbVO3-xBiCoO3固溶体における単位格子体積と自発電気分極の変化(室温)

図2. (1-x)PbVO3-xBiCoO3固溶体における単位格子体積と自発電気分極の変化(室温)

研究の意義と今後の展開

本研究では、固溶で起こる電子の授受という電気化学的な現象により、極性構造を制御できることを明らかにしました。この成果は、強誘電体・圧電体材料や巨大負熱膨張材料の開発において、新しい知見を与えることが期待されます。

付記

本研究の一部は、KEKの放射光共同利用実験課題(2018G603)、SPring-8利用研究課題(2020A1324)、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究、旭硝子財団研究助成、徳山科学技術振興財団研究助成、並びに科学研究費補助金「若手研究 19K15280、および基盤S 19H05625」の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 極性構造 : 陽イオンと陰イオンの重心が一致しない結晶構造。非極性構造はこれらの重心が一致するもの。

[用語2] 常誘電体(相) : 電気分極を持たない(非極性の)物質および結晶構造。特に導電性よりも誘電性が優位なものを指す。

[用語3] 強誘電体 : 外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、外部電場によってその方向が反転する物質。強誘電性はその性質。外部電場による電気分極の反転が起こらないものは、焦電体という。

[用語4] 圧電体 : 応力をかけると物質の表面に電荷が現れ、電界を印加すると変形する物質のこと。圧電性はその性質。強誘電体と焦電体は圧電性を示す。

[用語5] 負熱膨張 : 温めると体積が収縮する性質。

[用語6] ペロブスカイト型酸化物 : 一般式ABO3で表される元素組成を持った金属酸化物の代表的な結晶構造をもつ酸化物。

[用語7] 固溶体 : 2種以上の物質が混合した均一な固相。

[用語8] 自発電気分極 : 陽イオンと負イオンの重心がずれるため生じる電荷の偏り。

[用語9] ヤーン・テラー効果 : ある状況下で分子や配位多面体の対称性が下がり、電子のエネルギー準位の縮退が解けて安定化された状態が実現されるが、この時に分子や配位多面体の構造が変形して歪む現象。

[用語10] 高圧合成法 : 地球深部と同様の高圧高温条件を再現することで物質を合成する手法。

[用語11] 放射光実験施設 フォトンファクトリー : 茨城県つくば市にあるKEKの放射光施設。X線領域の光まで発生する放射光施設としては日本で最初に放射光の取り出しに成功した(1982年)。数度の大きな改造により放射光の高輝度化を図りつつ、最新の技術を取り入れた実験装置の開発や実験環境の整備によって、現在にいたるまで広い分野の物質・生命科学研究に貢献している。

[用語12] 放射光X線回折実験 : 結晶構造を調べる手法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を測ることで原子の並び方や原子間の距離を決定する。

[用語13] 大型放射光施設 SPring-8 : 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語14] 軟X線吸収分光実験 : 構成元素の電子状態や局所構造を調べる手法。

論文情報

掲載誌 :
Chemistry of Materials
論文タイトル :
Emergence of a Cubic Phase Stabilized by Intermetallic Charge Transfer in (1-x)PbVO3-xBiCoO3 Solid Solutions
著者 :
Hajime Yamamoto, Kaoru Toda, Yuki Sakai, Takumi Nishikubo, Ikuya Yamada, Kei Shigematsu, Masaki Azuma, Hajime Sagayama, Masaichiro Mizumaki, Kiyofumi Nitta, and Hiroyuki Kimura
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学 多元物質科学研究所

担当 山本孟

E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

SPring-8に関すること

公益財団法人 高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786

取材申し込み先

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

E-mail : press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5198

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


国内初のゲノム構築グループが発足 第一弾として大腸菌の人工ゲノム構築に着手

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東京工業大学(以下「東工大」)生命理工学院 生命理工学系の相澤康則准教授らの研究グループは、東工大発ベンチャーの株式会社Logomix(以下「Logomix」)と共同で、バイオ技術による産業フロンティア(バイオエコノミー産業)創生のための創造性やインスピレーションを育む環境を構築するため、その第一歩として産業微生物のゲノム構築を産学連携で推進する「細菌ゲノムアーキテクトプロジェクト(BGAプロジェクト)」を開始しました。BGAプロジェクトは、特定の生物種のゲノム構築を目指す国内初の産学連携合成生物学プロジェクトです。

国内初のゲノム構築グループが発足(G-language Genome Analysis Environment による出力)

Credit: G-language Genome Analysis Environmentouter による出力

背景

バイオエコノミー産業は、2030年までにOECD加盟国の全GDPの2.7%(約180兆円)の巨大市場へ成長が見込まれており(※)、その対象は環境・化学・素材分野から、農業・食品分野、そして健康・医療分野と多様な産業基盤に変化をもたらすことが想定されています。そのような時流の中、全ゲノム合成が完了した事例は世界でも増え始めており、世界では、酵母全ゲノム合成を進めるSc2.0、ゲノム合成技術の国際協調を進めるGP-write、中国で発足したGP-write Chinaといった組織によりゲノム構築が次々と進行しています。2010年に米国のJ.クレイグ・ベンター研究所によるマイコプラズマ全ゲノム合成に続いて、英国のケンブリッジ大学や韓国科学技術院(KAIST)が2019年に大腸菌全ゲノム合成を発表、2019年11月にはSc2.0が酵母全ゲノム合成を99%完了を宣言しています。

出所 : OECD 2009年「The Bioeconomy to 2030」、新エネルギー・産業技術総合研究機構(NEDO)作成資料

プロジェクトの概要

本プロジェクトでは、第一弾として「大腸菌の人工ゲノム構築」を推し進めます。大腸菌は、バイオテクノロジーの黎明期から今日まで、プラスチック、薬、燃料など様々な物質生産に用いられている産業微生物の代表種の一つです。この大腸菌のさらなる産業的有用性を高めるべく、これまでにない新しい設計原理に基づいた大腸菌ゲノムを、東工大すずかけ台キャンパスに今秋新たに設置する研究施設である合成生物学ファウンダリーを活用して構築します。

本プロジェクトの運営は、東工大とLogomixが共同研究の形で推進します。DNAの合成および細胞導入プロセスの実行を東工大が担当し、ゲノム設計・合成プロトコールのデザインや、参画企業との個別テーマの設定、その他の事業化に関連する活動をLogomixが担当します。また、テクニカルアドバイザーとして、ニューヨーク大学遺伝システム研究所 所長のJef Boeke(ジェフ・ブーカ)教授を筆頭に、国内外の微生物研究の第一人者も参画します。

産業界からは、ヤマト科学株式会社、株式会社電通、長瀬産業株式会社、株式会社みらい創造機構、株式会社日立製作所、大阪サニタリー株式会社、株式会社日立ハイテクを含む計7社が参画します。本プロジェクトを通して、合成生物学産業における新事業シーズの探索、バイオ・非バイオの範疇を超えた様々な産業セクター間での産学連携ネットワークの構築、新バイオ産業創出に貢献する細胞ゲノム構築技術の成熟化を進めます。

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東京工業大学 総務部 広報課

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Tel : 03-5734-2975

サンゴの天敵・オニヒトデの体表を覆う未知の共在菌をインド・太平洋の広域から発見

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概要

宮崎大学農学研究科の安田仁奈准教授と台湾アカデミアシニカの和田直久博士、東京工業大学生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授・梶谷嶺助教・湯淺英知特別研究員、九州大学大学院医学研究院の林哲也教授・後藤恭宏助教・ 小椋義俊准教授(現久留米大学教授)、国立遺伝学研究所豊田敦特任教授らは、サンゴの天敵であり、インド・太平洋のサンゴ礁生態系の保全上大きな問題となっているオニヒトデの体表に、未知の細菌(1菌種)が共在菌としてほぼ独占的に存在していることを発見し、全ゲノム[用語1]配列を解読しました。ゲノム情報を用いた解析から、この細菌は、これまでに知られているどの細菌とも系統的に大きく異なる新種であると考えられました。さらに紅海からインド洋、太平洋に渡る様々な海域から得られたすべてのオニヒトデに存在することから、オニヒトデがインド洋・太平洋種に種分化する200万年以上前から共在し、オニヒトデと安定な共生関係を築いていると推察されました。様々な海洋生物で、共生細菌が重要な役割を果たす可能性が指摘されていますが、不明な点が多いため、海洋生物と細菌の共生機構の研究を進めるうえで、今回発見したオニヒトデと細菌の共生系は非常に有用なモデルシステムになると期待されます。また、オニヒトデ共生細菌とそのゲノム情報はオニヒトデのモニタリングにも利用でき、大量発生の早期検出などに活用できる可能性があると考えられます。

この成果は令和2年8月24日にMicrobiome誌(電子版)に掲載されました。本研究は、科学研究費ゲノム支援、先進ゲノム支援221S0002, 16H06279(PAGS)、若手研究B(25870563)、若手研究A(17H04996)、特別研究員奨励費(18J23317)の支援を受けて行われました。

要点

  • 細菌叢解析[用語2]により、オニヒトデの体表に未知の細菌が単独に優占していることを発見。
  • FISH法[用語3]という目的の細菌の部分遺伝子領域を蛍光顕微鏡下で特異的に光らせる技術により、単独の新規細菌がオニヒトデの体表面に膜状を覆うように優占して分布していることを明らかにした。
  • 全ゲノム配列を決定し、ゲノム情報を用いた系統解析により、海洋スピロヘータ[用語4]の仲間であるものの既知の細菌とは大きく異なる新種の細菌であることが判明。
  • インド・太平洋から得られたオニヒトデ全部で検出されたことから、これらが分岐する200万年以上前から共在関係にあると考えられる。
  • 細菌の局在性とゲノム配列情報が得られた本共生系は、海洋生物と細菌の共生に関する研究を進める上で、優れたモデル系になると期待される。
  • 応用的な意義について:オニヒトデは時に大量発生し、サンゴ礁生態系を脅かすことは知られているが、大量発生を早期に予想・把握することは困難である。オニヒトデと密接に共生するこの細菌を用いて、海水中をモニタリングすることで、大量発生の早期発見すること等にも役立つことが期待される。

解説

サンゴの天敵であるオニヒトデの大量発生はインド洋・太平洋に分布するサンゴ礁生態系における最も大きな脅威の一つです。沖縄から本州の温帯域においても慢性化・頻発化しているオニヒトデの大量発生による食害が問題になっています(図1)。

図1. オニヒトデの大量発生(梶原健二博士撮影)

図1. オニヒトデの大量発生(梶原健二博士撮影)

一方で、こうした海洋生物の体表面にはさまざまな細菌が共在していることが近年明らかになってきており、免疫や、栄養の供給、窒素固定などホストの生物にとって重要な機能をもつのではないかといわれていますが、実際の機能や役割については殆どわかっていません。オニヒトデにおいても、オニヒトデ自体については多くの研究がなされていたものの、オニヒトデに共生する細菌についてはほとんどわかっていませんでした。 本研究では、まず、オニヒトデの体のさまざまな部位(背中や腕、口側の棘、胃袋、管足)についてどのような細菌がいるか、網羅的に遺伝子配列を解析する細菌叢解析を行いました。その結果、オニヒトデのすべての体表面の組織で、単一の細菌が独占的に存在していることが分かりました(図2の赤色)。これほど高レベルに単一の細菌が見つかることは非常に珍しいことです。

図2. オニヒトデの様々な部位で見つかった細菌の割合。赤で示した細菌が胃袋以外の体表面で、優占している。

図2.
オニヒトデの様々な部位で見つかった細菌の割合。赤で示した細菌が胃袋以外の体表面で、優占している。

さらに、体表面の組織を採集し、FISH法と呼ばれる方法で、この細菌の遺伝子を特異的に赤く光らせたところ、図3のように、体表面の最表面に存在するクチクラ層[用語5]と実質組織の間の空間にみっしりと膜状に分布していることがわかりました。

図3. FISH法による、オニヒトデ体表面における新規発見された細菌の分布

図3. FISH法による、オニヒトデ体表面における新規発見された細菌の分布

また、ホロゲノム解析[用語6]という手法を用いて、この細菌の全ゲノム配列を決定することに成功しました。得られたゲノム情報を用いて解析した結果、この共生菌がスピロヘータ(梅毒・ライム病・ワイル病の原因菌が含まれる)の仲間ではあるものの、既知のスピロヘータとは大きく異なる新種の細菌であることが判明しました(図4)。ゲノム情報の詳細な解析からは、海水環境に適応するための遺伝子を持つことや、菌が移動するために必要な鞭毛を持つにも関わらず、移動の方向性を決定するために必要な走化性に関わる遺伝子が見つからないことなど、既知の細菌と大きく異なる特徴が明らかになりました。

図4. ゲノムの部分配列で構築した新規発見の細菌(COTS27)の系統樹

図4. ゲノムの部分配列で構築した新規発見の細菌(COTS27)の系統樹

さらに、この細菌がオニヒトデに普遍的に存在しているのかを調べるために、イスラエル(Acanthaster sp. 紅海種)、タイ(インド洋北種 Acanthaster planci)、日本・オーストラリアグレートバリアリーフ・ハワイ(太平洋種 Acanthaster cf. solaris)で採取された3種のオニヒトデを調べたところ、全ての個体からこの共在細菌が見つかりました(図5)。つまり、これらのオニヒトデ3種は200万年前に分岐したと考えられているため、今回発見した細菌は200万年あるいはそれ以前からオニヒトデと共生していると考えられます。

図5. 細菌が発見された紅海、インド洋北、太平洋に分布するオニヒトデ

図5. 細菌が発見された紅海、インド洋北、太平洋に分布するオニヒトデ

海洋生物と体表面に存在する細菌の共在関係における機能や役割はまだほとんどわかっていません。今回発見したオニヒトデ共生菌については、オニヒトデとの普遍的で緊密な共生関係から、オニヒトデにとって重要な役割を演じている可能性が高いと考えられますが、その機能については未だ不明です。また、培養にも成功できていません。しかし、全ゲノム配列が明らかにできており、さらに一種類の細菌が独占的に存在するという極めてシンプルな共生関係であることから、私達が見出したオニヒトデと細菌の共生系は、海洋生物とその体表面に共在する細菌の機能や役割についての研究を進める上で、非常に優れたモデル系になると期待されます。また、最終的には海水中の細菌数からオニヒトデの大量発生を予測したりモニタリングしたりする有効な手段となるかもしれません。

研究グループ

宮崎大学農学研究科の安田仁奈准教授と、台湾アカデミアシニカの和田直久博士・Sen-Lin Tang教授 、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授・梶谷嶺助教・湯淺英知特別研究員、九州大学大学院医学研究院の林哲也教授・後藤恭宏助教・小椋義俊准教授(現久留米大学教授)、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らは、元東京工業大学生命理工学院 生命理工学系の吉村大博士、元宮崎大学農学研究科の東村幸浩氏、オーストラリア海洋科学研究所のHugh Sweatman博士、ハワイ海洋生物研究所のZac Forceman博士、テルアヴィヴ大学のOmri Bronstein博士、クイーンズランド大学Gasl Eyal博士、プーケット海洋生物センターのNalinee Thongtham博士とともに研究を行いました。

用語説明

[用語1] ゲノム : 生物が正常な生命活動を営むために必要な、遺伝子群を含む染色体のこと。

[用語2] 細菌叢解析 : 細菌が共通にもつ部分遺伝子領域を人工的に増幅させ、どのような種類の細菌がどの程度いるのかを明らかにする解析。

[用語3] FISH法 : Fluorescence in situ hybridization法(FISH法)のことで、蛍光物質をつけた合成遺伝子を標的rRNAにくっつけること(相補結合)で、蛍光顕微鏡下で可視化する方法。

[用語4] スピロヘータ : らせん状の形態をした細菌の一グループのこと。梅毒・ライム病・ワイル病の原因菌が含まれる。

[用語5] クチクラ層 : 体の表面を覆う層で、内部の保護の役割を果たしたりする層のこと。

[用語6] ホロゲノム解析 : 生き物も含めその内外全部のゲノムを取得・解析する解析手法。

[用語7] PCR : Polymerase Chain Reactionの略で、人工的に限られた長さの遺伝子領域を増幅する技術のこと。

論文情報

掲載誌 :
Microbiome
論文タイトル :
A ubiquitous subcuticular bacterial symbiont of a coral predator, the crown-of-thorns starfish, in the Indo-Pacific
著者 :
Naohisa WADA; Hideaki YUASA; Rei KAJITANI; Yasuhiro GOTOH; Yoshitoshi OGURA; Dai YOSHIMURA; Atsushi TOYODA; Sen-Lin TANG; Yukihiro HIGASHIMURA; Hugh SWEATMAN; Zac FORSMAN; Omri BRONSTEIN; Gal EYAL; Nalinee THONGTHAM; Takehiko ITOH; Tetsuya HAYASHI; Nina YASUDA
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 伊藤武彦

E-mail : takehiko@bio.titech.ac.jp

宮崎大学農学部海洋生物環境学科

准教授 安田仁奈

E-mail : nina27@cc.miyazaki-u.ac.jp

九州大学大学院医学研究院

教授 林哲也

E-mail : thayash@bact.med.kyushu-u.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

宮崎大学 企画総務部 総務広報課 広報係

Tel : 0985-58-7114 / Fax : 0985-58-2886

九州大学 広報室

E-mail : koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

タンパク質を増やす秘訣に迫る 翻訳を促進するノンコーディングRNAの2次構造を決定

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東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の石井佳誉教授(理化学研究所(理研)放射光科学研究センター NMR研究開発部門 部門長)と、理研放射光科学研究センターNMR研究開発部門の大山貴子研究員、生命医科学研究センタートランスクリプトーム研究チームのピエロ・カルニンチチームリーダーらの国際共同研究グループ※は、翻訳段階でタンパク質合成を促進する「SINEUP[用語1]」と呼ばれる機能性長鎖ノンコーディングRNA[用語2]機能ドメイン[用語1]2次構造[用語3]を決定し、さらに活性部位を同定しました。

本研究成果は、抗体医薬[用語4]などに使われるタンパク質を培養細胞でより多く生産させたり、特定のタンパク質が体内で正常に合成されないために発症する遺伝病の治療薬への応用が期待できます。

近年、2万8,000種に上る長鎖ノンコーディングRNAが報告されています。しかし、詳細な構造解析が難しいことから、長鎖ノンコーディングRNAがどのような作用機序で働いているかはよく分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、長鎖ノンコーディングRNAであるSINEUPの167塩基からなる機能ドメイン(SINE B2)について、核磁気共鳴(NMR)法[用語5]を用いた構造形成部位の解析と、生物学的手法を用いた配列変化と活性の相関解析を行いました。その結果、167塩基のうち塩基番号31番~119番の領域が構造を形成し、この部位に活性があることが分かりました。この成果は、NMR法が長鎖ノンコーディングRNAの原子レベルでの構造解析に有効であることを示しており、SINEUPの作用機序解明の第一歩となるものです。

本研究は、科学雑誌『 Nucleic Acids Research 』のオンライン版(7月22日付)に掲載されました。
なお本成果は、8月6日に理化学研究所よりプレスリリースされました。

背景

ヒトなど動物の細胞中には、遺伝子をコードしていない「ノンコーディングRNA(ncRNA)」と呼ばれるRNAが大量に存在します。ncRNAのうち200塩基より長いものは長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)と呼ばれ、ヒトでは約2万8,000種ものlncRNAが存在することが分かっています。

ncRNAが生命活動に必須なタンパク質の合成(転写や翻訳)の制御に関与していることは示されつつありますが、ncRNAがどのように働くのかについてはほとんど解明されていません。例えば「SINE(短鎖散在反復配列)[用語6]」と呼ばれるncRNAは、ヒトゲノムに13.5 %の割合で含まれていますが、大量に存在する理由やどんな機能があるのかはあまり分かっていません。

近年、このSINEの一つである「SINE B2」が、翻訳の段階で標的タンパク質の合成を促進させるアンチセンスlncRNAに機能ドメインとして含まれていることが判明し、このlncRNAは、SINE B2がタンパク質翻訳量をUP(向上)させることから「SINEUP(サインアップ)」と名付けられました注1)。SINEUPの詳しい作用機序が解明されれば、SINEの機能解明に限らず、例えば特定のタンパク質が正常に合成できないために発症する遺伝病の治療や抗体医薬の大量生産への応用が期待されます。

分子の作用機序は局所的な化学反応のリレーによるものであるため、解析には分子の化学構造の詳細を知ること(構造解析)が重要です。生体分子の構造解析の手法は主に、X線結晶構造解析[用語7]、核磁気共鳴(NMR)法、低温電子顕微鏡法[用語8]の三つがあります。しかしRNAは、結晶化しにくいことからX線結晶構造解析には向かず、分子中の水素原子が多くないためにNMR法にも適さず、低温電子顕微鏡法で扱うには分子量が小さすぎるといった理由から、特に100塩基を超えるRNAはいずれの手法を用いても構造解析が困難でした。このためlncRNAの詳細な構造を調べた例は、これまでほとんどありませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、lncRNA SINEUPの機能ドメインである167塩基のSINE B2配列について、NMR法を用いて構造形成部位と活性部位の同定を行いました。

まず、SINE B2の構造形成部位を調べるために、RNA鎖の5'末端[用語9]3'末端[用語9]を10塩基単位で切断したRNA断片を調製し、SINE B2の全長RNAと断片RNAとのNMRスペクトルを比較しました。RNAには、2次構造の塩基対を形成したときにだけ、NMRシグナルが出現するイミノ基(=N-H、塩基対に使われる)の水素があります。このイミノ基の水素の化学シフト[用語10]値は構造に依存するため、同じ構造であれば化学シフト値は同じですが、異なる構造をしている場合は化学シフトも異なります。この性質を用いて、SINE B2の全長RNAと同じ構造を持つ断片RNAをうまく選択することで、SINE B2全長RNAのどの領域に断片RNAの構造が形成されているかを判別することにしました。SINE B2を3種類の断片RNA(A~C)に分割した結果、A~Cがそれぞれ全長RNAの一部分の構造を保っていることが分かりました(図1)。この解析から、SINE B2は図1の紫・青・緑・黄緑の四つのドメインで構成されていることが示されました。

図1. SINE B2の断片化の模式図(左)と各断片のNMRスペクトル(右)

図1. SINE B2の断片化の模式図(左)と各断片のNMRスペクトル(右)

左:167塩基からなるSINE B2全長RNAには、紫、青、緑、黄緑で色分けした四つのドメインがあり、A(紫と青)、B(緑と黄緑)、C(青と緑)の3種類の断片RNAに分割した。灰色の部分はリンカー領域。

右:A~CのそれぞれのNMRスペクトルは、全長RNAの一部と同じ構造を保っていることが分かった。

また、SINE B2全長RNAと塩基番号31番~119番(B領域)のRNAについて、SINEUPの活性を調べたところ、B領域だけでもSINE B2全長の8割程の活性を維持していることが分かりました。この領域がSINEUP活性に大きく関与していると考えられます。

さらに、B領域について詳しくNMR法で解析したところ、43番~58番の領域が117番~119番の領域と2次構造あるいは3次構造[用語3]を形成して、B領域全体が複雑な立体構造になっている可能性が示唆されました。また、細胞中で実際にどの部位が2次構造形成しているかを解析するicSHAPE[用語11]における結果とNMR法で得られた2次構造が一致していることも分かりました。

今後の期待

作用機序を詳しく解析するためには立体構造解析が重要であり、今回の研究ではその足掛かりとなる2次構造を決定することができました。今後は、SINE B2のさらに詳細な立体構造解析を行い、SINEUPの作用機序の解明を目指します。これにより、抗体医薬として使われるタンパク質を大量生産する際に通常よりもより多くタンパク質を生産したり、特定のタンパク質が正常に合成されないために発症する遺伝病の治療薬としての応用が期待できます。

国際共同研究グループ

東京工業大学

  • 生命理工学院
    教授 石井佳誉(いしい よしたか)
    (理化学研究所 NMR研究開発部門 部門長)

理化学研究所

放射光科学研究センター

  • NMR応用・利用グループ NMR先端応用・外部共用チーム
    研究員 大山貴子(おおやま たかこ)
  • 次世代NMR装置開発チーム
    チームリーダー 山崎俊夫(やまざき としお)

生命医科学研究センター

  • トランスクリプトーム研究チーム
    チームリーダー ピエロ・カルニンチ(Piero Carninci)
    特別任期制研究員 高橋葉月(たかはし はづき)
    研究員 ハルシタ・シャルマ(Harshita Sharma)

イタリア工科大学

  • Central RNA Laboratory部門
    部門長 ステファノ・グスティンチッチ(Stefano Gustincich)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業大規模プロジェクト型「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装(研究代表者:前田秀明、研究分担者:石井佳誉)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「タンパク質の翻訳を促進するレトロトランスポゾンSINEの作用機序の解明(研究代表者:高橋葉月)」、日本医療研究開発機構(AMED)革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業「タンパク質翻訳を促進する新規ノンコーディングRNAを用いた革新的創薬プラットフォームの構築(研究代表者:ピエロ・カルニンチ)」による支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] SINEUP、機能ドメイン : SINEUPは、マウスの Uchl1遺伝子のアンチセンスRNAがUchl1タンパク質の合成を促進する現象の発見をきっかけに見いだされた新しいタイプの長鎖ノンコーディングRNA。SINE因子の配列を持ち、タンパク質翻訳を促進する「機能ドメイン」と、標的mRNAと相補的な配列を持つ「結合ドメイン」の二つで構成される。任意の標的mRNAからのタンパク質翻訳を促進することができるツールとして使うことができるため、研究用試薬やタンパク質製造ツールから核酸医薬まで、幅広い応用が進んでいる。SINEUPはSINE element-containing translation UP-regulatorの略。

[用語2] ノンコーディングRNA、長鎖ノンコーディングRNA : ノンコーディングRNAは、遺伝子をコードしていないRNA全般を指す。転位RNA(tRNA)やリボソームRNA(rRNA)もノンコーディングRNAの一種である。トランスクリプトーム解析により、ヒト細胞中に存在するRNAの7割がノンコーディングRNAであること、ヒトゲノムの9割以上のノンコーディング領域がRNAに転写されることが近年になって示された。転写、RNAプロセッシング、RNA分解、翻訳などの遺伝子発現のさまざまな段階に影響を与える。ノンコーディングRNAのうち、200塩基以上のものを長鎖ノンコーディングRNAという。

[用語3] 2次構造、3次構造 : RNAの2次構造は、塩基対の形成を指す。RNAは通常のグアニン(G)−シトシン(C)、アデノシン(A)−ウラシル(U)間のワトソンクリック型塩基対のほかに、G−UやU−Uなどの非ワトソンクリック型塩基対が形成されることがある。RNAの3次構造は、水素結合により形成される3次元的な立体構造を指す。

[用語4] 抗体医薬 : 抗体は、抗原に対して非常に強く結合するタンパク質である。疾患と関連した抗原に特異的に結合する抗体は治療効果を示す。抗体医薬は、がんやリウマチなどの治療に用いられるが、副作用の少ない効果的な治療薬として注目されており、病気と関連する抗原の探索も行われている。

[用語5] 核磁気共鳴(NMR)法 : 強い磁場中に置かれた原子核に電磁波を照射すると、核スピンの共鳴現象により、原子核の性質や周囲の環境に応じた周波数(共鳴周波数)の電磁波の吸収や放出が起こるが、その電磁波をNMR信号として捉えることで、物質の分子構造の解析や物性の解析を行う手法。分子の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、化学、食品、材料物性といった幅広い分野で利用されている。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。

[用語6] SINE : SINEは短鎖散在反復配列とも呼ばれる。ゲノムの特定の塩基配列がコピーされ、これが再びゲノムに挿入されたもの。生物進化の過程において、ある生物のゲノムの特定の場所にSINEが挿入されると、これが子孫に受け継がれる。このことから、多数の生物のSINEを分析すると系統関係が分かる。SINEは、short interspersed nuclear elementの略。

[用語7] X線結晶構造解析 : 対象とする分子などの結晶を作製し、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、物質内部の原子の立体的な配置を調べる方法。この方法によって、タンパク質などの複雑な分子の立体構造を詳細に知ることができる。

[用語8] 低温電子顕微鏡法 : タンパク質などの生体分子を急速に凍結させ、電子顕微鏡で観察する手法。分子を染色しないため、観察像は自然に近い状態を反映していると考えられている。

[用語9] 5'末端、3'末端 : RNAはヌクレオシドの2'-リボースの5'位のヒドロキシ基と3'位のヒドロキシ基がリン酸ジエステル結合によって連結されてできている。RNAの5'位のヒドロキシ基側を5'末端と呼び、3'位のヒドロキシ基側を3'末端と呼ぶ。RNAの5'末端はDNA上の転写開始点に相当する。

[用語10] 化学シフト : NMR法では、同じ原子核でも原子核がおかれた磁場環境の違い(化学結合状態など)によって共鳴周波数がわずかに異なる。この周波数の違いは化学シフトと呼ばれ、分子を構成する原子核それぞれに独自性を与える。また、化学シフトは、磁場環境の違いを反映した物理量であり、豊富な構造情報を持っている。

[用語11] icSHAPE : 生細胞内に発現するRNAの2次構造を1塩基ごとにトランスクリプトームレベルで決定する技術。方法としては、RNAの1本鎖領域をNAI-N3で修飾し、逆転写反応により修飾された部位をcDNAとして回収する。次世代シーケンサーとバイオインフォマティクスの技術を組み合わせ、修飾部位を解読することで、標的RNAの2次構造を決定する。icSHAPEはin vivo click selective 2-hydroxyl acylation and profiling experimentの略。

論文情報

掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
An NMR-based approach reveals the core structure of the functional domain of SINEUP lncRNAs
著者 :
Ohyama Takako, Takahashi Hazuki, Sharma Harshita, Yamazaki Toshio, Gustincich Stefano, Ishii Yoshitaka, Carninci Piero
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 石井佳誉

E-mail : ishii@bio.titech.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

生体内の金属触媒反応で薬効と物性を制御する プロドラッグのデザインに新たな指針

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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所(理研)開拓研究本部田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)、ケンワード・ヴォン研究員(理研 バトンゾーン研究推進プログラム 糖鎖ターゲティング研究チーム 研究員)らの共同研究チームは、がん細胞などの標的組織で選択的に薬剤を放出できる遷移金属触媒[用語1]反応を開発しました。

本研究成果は、薬剤の薬効や物性(細胞膜透過性)を生体内反応で制御するプロドラッグ[用語2]の新たな手法として利用できると期待できます。

保護基[用語3]によって不活性状態にある薬剤を治療標的の組織上で脱保護(保護基を除去)し、活性化する生体直交型反応[用語4]は、薬剤の副作用の軽減につながるプロドラッグの新手法として注目を集めています。

今回、研究チームは、薬剤のアミノ基に導入できる保護基として「2-アルキニルベンズアミド基(Ayba基)」を開発しました。Ayba基は、遷移金属元素の金(Au)触媒との化学反応によって脱保護され、アミノ基を再生することが可能です。特に、この化学反応は生体内環境でも進行することから、プロドラッグを活性化する生体反応として使用できます。本研究では、Ayba基の構造や金属触媒の種類を調節することで、薬剤の活性を金属触媒反応によって自在に制御し、がん細胞を殺傷することに成功しました。

本研究は、科学雑誌『Chemical Science』のオンライン版(9月2日付:日本時間9月2日)に掲載されました。

金触媒による生体直交型反応とプロドラッグへの応用

金触媒による生体直交型反応とプロドラッグへの応用

背景

さまざまな分子が混在する生体内環境で、特定の分子のみを選択的に活性化する化学反応は「生体直交型反応」と呼ばれ、薬剤分子の物性(細胞膜透過性)や薬効を生体内で変化させるツールとして用いられています。特に、薬剤に導入した保護基を脱保護(除去)する生体直交型反応は、既存の薬剤を生体内で活性化する「プロドラッグ」の新手法として注目を集めています(図1A)。生体直交型反応によって、治療標的となる細胞で選択的に薬剤を活性化することができれば、薬剤の副作用の軽減につながります。

近年、遷移金属触媒を用いた生体直交型反応によって、薬剤に導入した保護基を除去し、プロドラッグに用いる研究が始まっています。例えばこれまでに、鉄(Fe)やルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)などの触媒を用いて、生体内で保護基を除去する研究が行われてきました(図1B)。

図1. 遷移金属触媒を用いた脱保護反応とプロドラッグへの応用

図1. 遷移金属触媒を用いた脱保護反応とプロドラッグへの応用

  • (A) 今回開発した、脱保護反応のプロドラッグへの応用。薬剤に保護基を導入したプロドラッグでは、標的タンパク質への親和性や物性(細胞膜透過性)が変化し薬効を示さないが、脱保護反応を行うことで本来の薬剤活性が復活する。
  • (B) これまでの手法であった、遷移金属触媒による生体直交型の脱保護反応。

遷移金属触媒による生体直交型反応で、特定の金属と選択的に反応する保護基を開発できれば、さまざまな生体直交型反応をそれぞれ選択的に実施できるようになり、プロドラッグの応用性が広がります。しかし、これまでに開発されてきた保護基は複数種類の金属触媒と反応してしまうため、選択的に薬剤を活性化させることはできませんでした。

また、プロドラッグに用いる保護基は、それを導入することで薬剤を著しく不活性化し、さらに活性に必要な物性や体内動態を大きく変化させる必要があります。しかし、これまでに開発されてきた保護基は、金属触媒反応を効率的に進行させるために、必然的に分子サイズが小さい反応性置換基が用いられており、これらを多種多様の薬剤に導入しても、活性や物性や体内動態を自在に変化させることは困難でした。

そこで研究チームは、特定の金属とのみ反応し、かつ薬剤の活性や物性、体内動態を大きく変化させられる保護基の開発を目指しました。

研究手法と成果

研究チームは、金(Au)触媒によって選択的に除去できる保護基として「2-アルキニルベンズアミド基(Ayba基)」をデザインしました。Ayba基に含まれるアルキン(炭素間三重結合を持つ官能基)は生体外で金触媒によって選択的に活性化されることから、生体直交型の化学反応でも選択的に脱保護されると予想しました(図2)。すなわち、Ayba基のアルキンが金触媒によって活性化され、アミド基の酸素による環化反応引き起こされ、さらに加水分解を起こすことで脱保護反応が進行すると考えました。

実際に、生体内と似た環境である緩衝液中や血清中において、Ayba基に対して金触媒を採用させたところ、脱保護反応が室温で良好に進行することが分かりました。一方で、パラジウムやルテニウム触媒を用いた条件では、脱保護反応は全く進行しなかったことから、Ayba基が金触媒によって選択的に除去できる保護基であることが分かりました。

図2. 金触媒によるAyba基の脱保護反応機構

図2. 金触媒によるAyba基の脱保護反応機構

金触媒に対して高い親和性を持つアルキン部分が効率的に活性化され、アミド基の酸素による求核攻撃によって環化反応が起こった後、加水分解を起こすことで脱保護反応が進行する。

そこで、Ayba基の金触媒による脱保護反応が、他の金属触媒反応による脱保護反応と区別して選択的に行えるかどうかを検討しました(図3A)。エンドキシフェン抗がん剤のアミノ基にAyba基を導入したプロドラッグ1と、ドキソルビシン抗がん剤のアミノ基に対して、ルテニウム触媒で脱保護できるAlloc基を導入したプロドラッグ2を水溶液中で混合しました。この水溶液に金触媒を加えたところ、予想通りにAyba基が選択的に脱保護され、エンドキシフェンのみを活性化することができました(図3B)。

一方、この水溶液にルテニウム触媒を加えたところ、Ayba基に影響を与えることなく、今度はAlloc基が脱保護され、ドキソルビシンのみを活性化できました。同様に、パラジウムで除去できるProc基を導入したドキソルビシンのプロドラッグ3とプロドラッグ1を混合した場合でも、Ayba基は金触媒で、Proc基はパラジウム触媒でのみ選択的に脱保護を行うことができました(図3C)。この実験により、Ayba基、Alloc基、そしてProc基に対してそれぞれ異なる遷移金属触媒反応を施すことにより、選択的に薬剤を活性化することが可能となりました。

図3. 脱保護反応の金属触媒選択性

図3. 脱保護反応の金属触媒選択性

  • (A) Ayba基、Alloc基、Proc基の脱保護反応に用いた3種類の遷移金属触媒。
  • (B) (C)Ayba基(プロドラッグ1)とAlloc基(プロドラッグ2)、Ayba基(プロドラッグ1)とProc基(プロドラッグ3)の脱保護反応における金属触媒選択性の比較。金触媒を加えた条件ではAyba基を導入したエンドキシフェンのみが脱保護された一方で、Alloc基やProc基を除去する反応条件ではAyba基は除去されなかった。

さらに、Ayba基のアルキン官能基にさまざまな置換基を導入した場合にでも、金触媒による脱保護反応が効率的に進行することを見いだしました。このことは、さまざまな置換基を持つAyba保護基を導入することによって、疾患部位上でプロドラッグから薬剤を効率的に活性化させることに加えて、脱保護の前後で物性を大きく変化させられることを示しています。

実際に、親水性のエチレングリコール部分を持ったAyba基を薬剤に導入してプロドラッグを調製し、金触媒によって薬剤の物性や薬効を変化させることを試みました。ドキソルビシン抗がん剤に対して、最も簡単な構造のAyba基、および親水性のエチレングリコール部分を持つAyba基を導入したプロドラッグ4と5を合成しました(図4A)。まず、ドキソルビシン、およびプロドラッグ4と5をHeLa細胞(ヒト子宮がん由来細胞)に作用させ、蛍光顕微鏡でドキソルビシン自身が持つ蛍光を観測したところ、ドキソルビシンや親水性部分を持たないプロドラッグ4は細胞内に取り込まれることが分かりました(図4B)。一方で、親水性部分を持つプロドラッグ5は細胞膜を透過できず、細胞内にほとんど取り込まれないことが分かりました(図4B)。このことから、プロドラッグの分子構造をAyba基の構造で調節することで、細胞内への移行性を制御することが可能となりました。

図4. Ayba基を持つプロドラッグの細胞膜透過性

図4. Ayba基を持つプロドラッグの細胞膜透過性

  • (A) ドキソルビシンにAyba基を導入したプロドラッグの構造と細胞膜透過性。
  • (B) 細胞に作用させたドキソルビシン由来の蛍光を蛍光顕微鏡で観察した様子。親水性のエチレングリコール部分を持つAyba基を導入したプロドラッグ5を作用させた条件では、細胞内に移行しにくい。

そこで、これらのプロドラッグについて、HeLa細胞、A549細胞(ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞)、PC3細胞(ヒト前立腺がん細胞)に対する増殖阻害活性を調べたところ、親水性のAyba基を導入したプロドラッグ5の増殖阻害活性(50%効果濃度[用語5])は、簡単な構造のAyba基を持つプロドラッグ4に比べて大きく減少していることが分かりました(図5)。これは、プロドラッグ4が細胞内に移行できないために、増殖阻害活性を示すことができないという結果です。

さらに、これらのがん細胞に対して、プロドラッグ4と5に加え、金触媒Au-1を作用させたところ、プロドラッグ4では金触媒を加えても2~5倍程度しか活性が向上しないのに対し、プロドラッグ5では金触媒を加えることで180~450倍も向上することが分かりました(図5)。プロドラッグの効果を評価する場合に、脱保護した際に、薬剤の活性がどれくらい向上するかが最も重要な指標となります。さまざまな置換基の導入が可能なAyba基を開発することにより、薬剤の薬効と物性(細胞膜透過性)を制御する新しいプロドラッグの戦略を実現しました。

図5. Ayba基を持つプロドラッグの細胞増殖阻害試験

図5. Ayba基を持つプロドラッグの細胞増殖阻害試験

プロドラッグのみ、およびプロドラッグと金触媒を共存させた条件での細胞増殖阻害(50%効果濃度)。水性のAyba基を持つプロドラッグ5の細胞増殖阻害は、簡単な構造のAyba基を持つプロドラッグ4に比べて大きく減少した。また、プロドラッグ4では金触媒を加えても活性が2~5倍程度しか向上しないのに対し、プロドラッグ5では活性が180~450倍向上した。

今後の期待

従来のプロドラッグ法では、疾患細胞で過剰に発現している内在性の酵素を用いたり、抗体・酵素複合体を疾患に送り込んだりして実施されてきました。しかし、実際の患者の疾患で普遍的に発現する酵素は稀であり、一般性に大きな問題が残されていました。今回開発したAyba基は、生体内分子や分子官能基に影響を与えることなく、金触媒で選択的に脱保護することが可能であり、生体内でも薬剤の活性や膜透過性を自在に制御することが可能です。Ayba基はアミノ基を持つ薬剤であれば導入が可能であり、さまざまな薬剤のプロドラッグとして利用されることが期待できます。本手法に併せて、別途開発中の金触媒を疾患標的部位に選択的に届ける手法を組み合わせることで、薬剤の効果増強、副作用の低減を達成することを目指していく予定です。

共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室

  • 主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
    (東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)
  • 研究員 ケンワード・ヴォン(Kenward Vong)
    (理研 バトンゾーン研究推進プログラム 糖鎖ターゲティング研究チーム 研究員)
  • 特別研究員 山本 智也(やまもと ともや)
  • 特別研究員 チャン・ツンチェ(Chang Tsung-che)

左から田中克典教授、チャン・ツンチェ特別研究員、山本智也特別研究員、ケンワード・ヴォン研究員

左から田中克典教授、チャン・ツンチェ特別研究員、山本智也特別研究員、ケンワード・ヴォン研究員

研究支援

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「糖鎖付加人工金属酵素による生体内合成化学治療(研究代表者:田中克典)」による支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 遷移金属触媒 : 周期表の第3族から第11族までに属する遷移金属元素により構成される触媒。これらの元素は特定の官能基に対して強い親和性を示すため、さまざまな有機化学反応を触媒することが知られている。

[用語2] プロドラッグ : 薬剤の標的部位での生体内反応を引き金として、薬効を持つ化合物へと変換されるようにデザインされた薬剤。この手法によって、薬剤の組織選択性の向上による副作用軽減、吸収性の向上、代謝安定性の向上が期待できる。

[用語3] 保護基 : 有機化合物の反応性の高い官能基に導入することで、不活性化できる官能基。化学反応を行う際に、特定の官能基における望まない反応を防ぐために導入され、特定の反応条件で除去することが可能である。また、薬剤の官能基に保護基を導入し、標的となるタンパク質との相互作用を制御する研究も行われており、生体内反応によって保護基を除去できれば、プロドラッグとして利用できる。

[用語4] 生体直交型反応 : タンパク質や糖などさまざまな生体分子が混在し、水溶媒条件である生体内環境において、特定の基質に対して選択的に進行する有機化学反応。生体内分子の蛍光修飾や薬剤の活性化に応用する研究が進められている。

[用語5] 50%効果濃度 : 薬物の作用が最大値の50%となる濃度。薬理作用の強さを定量的に比較する場合に用いられ、この値が小さいほど薬理作用は強い。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Bioorthogonal release of anticancer drugs via gold-triggered 2-alkynylbenzamide cyclization
著者 :
Kenward Vong, Tomoya Yamamoto, Tsung-che Chang, and Katsunori Tanaka
DOI :
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発表者(研究内容についてのお問い合わせ先)

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授
田中克典
(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)

E-mail : kotzenori@riken.jp
Tel : 048-467-9405 / Fax : 048-467-9379

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

E-mail : ex-press@riken.jp
Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

AMED事業に関すること

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課 先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業担当

E-mail : sentan-bio@amed.go.jp

逆転の発想でSiCパワー半導体の高品質化に成功 非酸化による酸化膜形成で高品質化10倍

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概要

京都大学大学院工学研究科の木本恒暢教授、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の松下雄一郎特任准教授(物質・情報卓越教育院)、小林拓真博士研究員らのグループは、省エネの切り札と言われるSiC(シリコンカーバイド)半導体で20年以上にわたって大きな問題になっていた欠陥(半導体の不完全性)を一桁低減し、約10倍の高性能化に成功しました。

Si(シリコン)を中心とした半導体は、計算機のロジックやメモリだけでなく、電気自動車、電車のモータ制御、電源などに広く用いられていますが、消費電力(電力損失)が大きな問題となっています。近年、低損失化を目指して、Siよりも性質の優れたSiCによるトランジスタ開発が活発になり、実用化が始まりました。

しかしながらSiCトランジスタの心臓部となる酸化膜とSiCの境界部分(界面)に多くの欠陥が存在し、SiC本来の性能を全く発揮できない状況が20年続いていました。本グループは、欠陥の主要因がSiCの酸化であることを突き止め、SiCを酸化せずに表面に酸化膜を形成することによって、現在の世界標準に比べて10倍という世界最高の特性を達成しました。今回の技術により、普及が進む電気自動車や産業機器などへの、低損失SiCデバイス適用が急速に拡大し、エネルギー問題にも大きく貢献できます。

本成果は、2020年8月14日に国際学術誌「Applied Physics Express」にオンライン掲載されました。

超高品質SiO2/SiC界面の形成

超高品質SiO2/SiC界面の形成

背景

エネルギー問題は今世紀の最重要課題の一つです。この問題を解決するためには、太陽光発電や風力発電など自然エネルギーの活用が重要ですが、それと同様にエネルギーを効率的に利用する技術(省エネルギー技術、高効率化・低損失化技術)が大変重要です。エネルギーには様々な形態がありますが、近年、オール電化住宅や電気自動車の台頭に見られるように電気エネルギーの占める割合が年々増大しており、電気エネルギーの有効利用の重要性はますます高まっています。

電気エネルギーの変換(電力変換[用語1])で鍵を握るのは、半導体パワーデバイス(ダイオードやトランジスタ)です。パソコンやデジタル家電の電源、冷蔵庫やエアコン、太陽光発電の電力調整器、電気自動車(ハイブリッド自動車、燃料電池自動車も含む)や鉄道車両の電力変換器など、身の周りのあらゆる所に半導体パワーデバイスが用いられています。

現在、半導体パワーデバイスには主にSi(シリコン、ケイ素)が使われていますが、長年の研究開発の結果、そのデバイス性能は、Siの理論限界に達しつつあり、画期的な性能向上を達成するためには、新しい半導体材料の利用が不可欠と考えられています。

その材料として最も有望なのがSiC(シリコンカーバイド、炭化珪素)[用語2]です。SiCは絶縁破壊や熱に対する耐性が著しく優れており、高耐圧・低損失(高効率)パワーデバイス用材料として世界で研究開発競争が熾烈になっています。京都大学はSiC半導体のパイオニアとして知られ、SiCの結晶成長、欠陥低減、物性解明から新構造デバイスの提案と原理実証などの研究に一貫して取り組み、当該分野の学術研究を牽引してきました。

1995年頃から国内外の民間企業もSiCパワー半導体の研究開発に本格的に着手し、2001年にSiCを用いたダイオード、2010年にはSiCトランジスタの量産が開始され、様々な機器への搭載が始まりました。最初はワークステーション等の電源に搭載され、その後、エアコン、太陽光発電用電力調整器、急速充電器、産業用モータ(工場のロボットなど)、電車、電気自動車などに搭載されています。いずれもSiCパワー半導体を用いることによって顕著な省エネ効果が実証されています。例えば、東京メトロ、JR山手線(東京)、環状線(大阪)では、電車の走行電力が約30%低減されたことは大きなニュースになりました。2020年7月にデビューした新幹線の新モデルN700SもSiCパワー半導体によって駆動されています。また、SiCが搭載されたテスラ社の電気自動車Model 3は世界的なベストセラーとなっています。

しかしながらSiCトランジスタの心臓部とも言える酸化膜とSiCの境界部分(界面)に極めて多くの欠陥[用語3]が存在し、SiCトランジスタの特性や信頼性を制限し、SiC本来の性能を発揮できない状況が20年以上続いていました(既にSiデバイスより約50倍高性能ですが、本来なら500倍の性能が得られるはず)。本研究は、独自のアプローチによって、このSiC半導体における最大の問題を解決したものです。

研究成果

Si半導体において最も重要なトランジスタは、酸化膜と半導体の接合を利用したMOSFET(金属-酸化膜-半導体電界効果トランジスタ)[用語4]です。Si MOSFETは、コンピュータのロジック、メモリ、イメージセンサ、さらには電力用パワーデバイスなど、ほとんど全ての応用で最も重要かつ基本的なデバイスです。このSi MOSFETの心臓部は酸化膜とSiの接合界面です。Si MOSFETではSiを熱酸化(酸素雰囲気で高温に加熱)することによって、Si表面に非常に良質の酸化膜(SiO2)が形成されることを活用しています。

Siと同様に、SiCを熱酸化すると表面にSiO2膜が形成されるという性質があり、これがSiCの大きなメリットと認識されています。従来はこの手法を用いて酸化膜(SiO2膜)とSiCの接合を形成し、SiCトランジスタ(MOSFET)が作製されてきました。しかしながら、酸化膜/SiCの接合界面に極めて多くの欠陥(Siの場合の100倍以上)が存在し、この界面欠陥がSiCトランジスタの性能を大きく制限していることが判明しました。従来は、このSiCの酸化条件を調整したり、熱酸化後に様々な条件で熱処理を施すことによって酸化膜とSiCの界面の欠陥を低減する試みがなされましたが、20年以上にわたって顕著な進展はありませんでした。また、この酸化膜とSiCの界面欠陥の起源についても不明の状態で、高品質化の指針(ガイドライン)もないという状況が続いていました。

今回、松下特任准教授らのグループは、SiCを熱酸化すると、必ず界面に炭素原子に起因する欠陥が高密度に形成されることを第一原理計算により突き止めました。この計算結果を基にして、木本教授らは「SiCを酸化せずに良質の酸化膜を形成する=SiCを一層たりとも酸化させない手法で良質の酸化膜を形成する」という一見、矛盾する目標に向けて実験研究を行いました。学理に基づく思考と実験を重ねた結果、以下の2点が欠陥低減に有効であることを発見しました。

  • 清浄なSiC表面にSi薄膜を堆積し、これを低温で酸化することによってSi薄膜をSiO2膜に変換するというアイデアを着想し、この方法により高品質SiO2膜の形成に成功しました。Siの酸化開始温度は約700℃、SiCの酸化開始温度は約900℃ですので、この間の適切な温度を選択すれば、SiCを一切酸化させることなく、Si薄膜を完全にSiO2膜に変換可能です。
  • 上記の方法によりSiC表面にSiO2膜を形成した後、界面への窒素原子導入による高品質化を達成しました。従来、一酸化窒素(NO)ガスを用いた界面窒化による高品質化がSiC MOSFETの量産にも広く用いられていますが、NOガスを用いると、界面への窒素原子導入と同時に、NOガス分子中の酸素原子によりSiCの酸化が進行し、新たに欠陥を生成します。また、NOガスは猛毒ガスですので、大量生産の工場での使用は回避したいところです。そこで、木本教授らは高温の窒素(N2)ガス雰囲気での熱処理を行い、高品質界面を得ることに成功しました。

従来の世界標準の手法である「熱酸化→一酸化窒素(NO)ガス処理」と本研究(「Si堆積→Si低温酸化によるSiO2膜形成→高温でのN2ガスアニール」)の手法を図1に示します。また、両者の手法で形成したSiO2/SiC界面欠陥の比較を図2に示します。図に示すように、従来の世界標準(現在のベスト)に比べて、10倍の高性能化(欠陥量 1/10)を達成しました。具体的には、従来法では1.3x1011 cm-2 存在した欠陥密度を独自の手法により1.2x1010 cm-2 にまで低減することに成功しました。なお、本研究では系統的な多くの実験を行い、わずかでもSiC半導体表面を酸化した場合には、このような超高品質の界面を形成できないことを確認しています。

図1. SiO2/SiC構造を形成する方法の模式図(上:従来法、下:本研究で提案する手法)

図1. SiO2/SiC構造を形成する方法の模式図(上:従来法、下:本研究で提案する手法)

図2. SiO2/SiC界面欠陥の低減を示す実験データ

図2. SiO2/SiC界面欠陥の低減を示す実験データ

「SiCを酸化して表面にSiO2膜を形成し、これをSiCトランジスタに使う」という従来の常識を打ち破り、「SiCを酸化せずに表面に良質の酸化膜を形成する」という「逆転の発想」により、当該分野20年に亘る技術課題を解決する大きなブレークスルーを達成することができました。

波及効果、今後の予定

本研究は、SiCパワー半導体で最も大きな問題とされてきた酸化膜とSiC界面の特性を約10倍向上させたもので、SiCパワー半導体の実用化とそれを通じた省エネ効果を一気に加速することが期待されます。今回、提案する手法は、特殊な装置や特殊なガス・薬品が全く不要ですので、半導体デバイスを扱う企業であれば障壁なく採用できます。一酸化窒素という猛毒ガスから脱却できるという大きいメリットもあります。

本研究成果をSiCトランジスタ(MOSFET)に適用すれば、(1)トランジスタの大幅な高性能化、(2)チップ面積縮小による大幅な低コスト化、(3)信頼性の大幅な向上を達成することができます。特に、(2)の低コスト化が進めば、現在、SiCトランジスタの採用を(コスト面の理由により)躊躇しているシステムへの搭載を大幅に加速できます。現在、SiCパワー半導体の市場は世界で約700億円ですが、5年後には2,000億円を越えると予想されます。SiCパワー半導体搭載により、原子力発電所数基分の省エネが可能と試算されています。

研究プロジェクトについて

本研究は科学技術振興機構(JST)から産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERAプログラム)とJSPS基盤研究(A)18H03770の助成を受けたものです。また、本研究成果の一部は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」、東京大学物性研究所スーパーコンピュータ、筑波大学計算化学研究センターの学際共同利用プログラムを利用して得られたものです。

用語説明

[用語1] 電力変換 : 交流→直流変換、直流→交流変換、周波数変換、電圧変換など、電気信号の形態を変換する操作を電力変換と呼ぶ。なお、直流から任意の周波数の交流を発生する回路を逆変換器、インバータと呼ぶ(昔からあった交流を直流に変換する装置の反対なので逆変換器)。また、このように電力を自在な形態に操り、負荷(モータ、電源など)に最適な電力を供給する工学をパワーエレクトロニクスと呼ぶ。このような電力変換を行う装置(電力変換器)は、比較的大電流、高電圧の電気信号を扱うことのできる半導体素子、コンデンサ、コイルなどからなる電気回路で構成されている。変換器の性能は、これに搭載される半導体素子(電力用半導体素子、あるいはパワーデバイス)で決まると言って過言ではない。電力変換時の変換効率(出力電力/入力電力)は、現在85~95%程度であり、電力変換の度に約10%の電力が熱として捨てられている。この変換効率を限りなく100%に近づける切り札として注目されているのが、SiCを用いた電力用半導体素子(パワーデバイス)である。

[用語2] SiC(シリコンカーバイド、炭化珪素) : シリコン(ケイ素)と炭素(ダイヤモンド)の1:1の化合物である。原子間の結合力が強く、絶縁破壊や高温に強い半導体材料である。その優れた性質を活かせば、革新的な高性能パワーデバイス(電力用半導体素子)を実現できると期待され、日米欧で研究開発が活発化している。近年の研究開発の進展により、600~3,300ボルト級の素子の実用化が始まり、顕著な省エネ効果を実証している。我が国においても、内閣府が主導した「最先端研究開発支援(FIRST)プログラム」30課題の内の一つに選ばれ、戦略材料と位置づけられている。

[用語3] 欠陥 : 固体結晶において、規則的な原子配列や化学結合を乱す不完全性を総称して欠陥と呼ぶ。半導体の性質は欠陥や不純物に対して極めて敏感であり、非常に高い精度で(構成原子に対して百万~一億分の一以下)欠陥の低減や制御を行う必要がある。特にMOSFETの性能や信頼性は、酸化膜と半導体の境界(界面)に存在する欠陥(界面欠陥と呼ぶ)の影響を大きく受ける。SiC半導体を用いたMOSFETでは、この界面欠陥が特に多く、SiC MOSFETの特性を大きく制限していた。

[用語4] MOSFET(金属-酸化膜-半導体電界効果トランジスタ) : 金属と絶縁性酸化膜(一般にはSiO2)と半導体の積層構造を用いたトランジスタ。ドレイン、ソース、ゲートの3端子から成り、ゲート端子に電圧を印加することで酸化膜と半導体の境界部(界面)に電気の通り道が形成され、ドレイン端子、ソース端子間が導通する。つまり、ゲート端子の電圧で、回路をオン・オフできる素子である。情報を処理する集積回路はSi MOSFETで構築されている。数百V以上の応用では、SiC MOSFETが最も有望と考えられている。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Express(アプライド・フィジックス・エクスプレス)
論文タイトル :
Design and formation of SiC (0001)/SiO2 interfaces via Si deposition followed by low-temperature oxidation and high-temperature nitridation(Si膜堆積、低温酸化、高温窒化によるSiO2/SiC界面の設計と作製)
著者 :
Takuma Kobayashi, Takafumi Okuda, Keita Tachiki, Koji Ito, Yu-ichiro Matsushita, and Tsunenobu Kimoto(小林拓真、奥田貴史、立木馨大、伊藤滉二、松下雄一郎、木本恒暢)
DOI :

お問い合わせ先

京都大学工学研究科電子工学専攻

教授 木本恒暢

E-mail : kimoto@kuee.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-383-2300、080-5364-3736
Fax : 075-383-2303

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

特任准教授 松下雄一郎

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取材申し込み先

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

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膵臓β細胞のインスリン分泌時の活性酸素に対する保護作用を解明 糖尿病の再生医療、創薬研究への応用を目指す

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要点

  • 細胞質中のドパミンなどのモノアミンを貯蔵用小胞に取り込む小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)は、細胞内のドパミンレベルの調節を介し、インスリン分泌を抑制的に調節。
  • 膵臓β細胞でVmat2を欠損するマウスでは膵島のドパミン含量が低下、糖感受性インスリン分泌が上昇。
  • 栄養過剰摂取状態では、β細胞において酸化ストレスの増加による負荷がかかるようになるが、Vmat2はドパミンの量を制御し、過剰な酸化ストレスから膵臓β細胞を保護。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の粂昭苑教授、坂野大介助教らの研究グループは、膵臓β細胞[用語1]小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)[用語2]が発現しないノックアウトマウス[用語3]を作製し、Vmat2の欠損したマウスの膵臓ではモノアミン[用語4]が減少することを明らかにした。

モノアミンの一つであるドパミン[用語5]はβ細胞が血糖上昇時にインスリン[用語6]とともに細胞外に放出される。高脂肪食の投与などの栄養過剰摂取状態では、通常よりも多くインスリン分泌が行われ、ドパミンも多く分泌される。

ドパミンは細胞外に分泌されたのちに再度β細胞に取り込まれ、貯蔵もしくは分解されるが、その量が細胞の処理能力を超えると活性酸素種(ROS)[用語7]の発生を促進し、β細胞の機能低下や細胞死につながる。β細胞が正常に機能しないと糖尿病を発症し、病態が悪化していくことが明らかになった。

この研究成果により、モノアミンを介した膵臓β細胞の酸化ストレスに対する防御機構の一部を明らかにした。今後、これらの仕組みをより詳細に理解していくことは、再生医療や糖尿病の治療薬の開発に有益であると考えられる。

研究成果はアメリカ糖尿病学会誌「Diabetes」に8月21日付けでオンライン掲載された。

背景

膵臓β細胞は血糖値を維持するホルモンであるインスリンを分泌する。糖尿病はβ細胞量の低下や機能不全に起因する疾患である。栄養素の過剰供給が続けばβ細胞のインスリン分泌が過剰に起こり、次第にインスリン分泌不全となっていく。インスリン分泌の要求がさらに継続すればβ細胞は細胞死を起こし、糖尿病の重篤度が増していく。

β細胞の機能不全や細胞死の原因として活性酸素種(ROS)の増加が知られている。β細胞では血糖値の上昇とともに細胞内にグルコースを取り込み、解糖系などによって代謝されることでATP[用語8]が産生されるとこれを感知してインスリンが分泌される。このATPは主に細胞内のミトコンドリアで酸素を消費しながら産生される。血糖値が高くなると、β細胞はインスリンを分泌しようとするが、この過程でミトコンドリアの機能も活性化する。酸素を消費する過程でミトコンドリアはROSを産生するので、過剰なインスリン分泌がROSを原因とする細胞障害につながる。

一方でβ細胞はROSの細胞毒性に適応するための抗酸化メカニズムを持っている。しかし、高脂肪食などの栄養の過剰摂取はミトコンドリアの代謝機能障害と酸化ストレスを引き起こす。多くの研究者が、ROSが関与するβ細胞障害の進行について研究している。

粂教授らの研究グループはミトコンドリアによるROSの産生以外にもβ細胞内に過剰にモノアミンが存在するとROS産生が起こるのではないかと考え、研究を進めた。モノアミンは細胞内でモノアミンオキシダーゼB(MAOB)[用語9]により代謝されるが、その時にROSを発生することが知られていたからである。

また、モノアミンの中でもドパミンはβ細胞で主に利用されているモノアミンであり、過去の研究ではインスリンと同じ細胞内小胞に貯蔵され、インスリン分泌時には細胞外に放出されることが提唱されている。ドパミンは細胞外の受容体に結合することでインスリン分泌を抑制する。ドパミンの一部はβ細胞内にドパミントランスポーター(DAT)を介して再取り込みされ、インスリンとともに細胞内小胞に貯蔵される。この貯蔵する仕組みを阻害するとインスリン分泌が亢進することが過去の研究では知られていたが、生理学的に糖尿病の発症や進行に関与するかは不明だった。

研究成果

粂教授らはドパミンの正常な貯蔵・分泌が果たす役割を明らかにしようと考えた。そしてβ細胞におけるモノアミンの蓄積が行われず、枯渇してしまうマウスを作製することで、β細胞障害が進行するのではないかと考えた。そのため細胞内にモノアミンを貯留するために重要な小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)がβ細胞で失われる膵臓β細胞特異的Vmat2欠損マウス系統(βVmat2KO)[用語10]を作製した。

βVmat2KOマウスに高脂肪食を与えると野生型マウスや通常食を与えたβVmat2KOマウスに比べて、β細胞の耐糖能低下(図1)や細胞死が顕著に増加した。

図1. β細胞におけるVmat2遺伝子欠損(βVmat2KO)マウスは高脂肪食摂食により耐糖能に異常をきたす。

図1. β細胞におけるVmat2遺伝子欠損(βVmat2KO)マウスは高脂肪食摂食により耐糖能に異常をきたす。

(A)
マウスへグルコースを腹腔内投与してから2時間の血糖値の推移を調べると高脂肪食(HFD)を食べることで野生型マウスの血糖値は下がりにくくなった。野生型マウスに比べ、βVmat2KOではより血糖値が低下しにくかった。
(B)
Aの曲線の下の面積を示す。

また、マウスから取り出した膵臓β細胞を高血糖条件とおなじ高グルコース条件の培地で培養すると、野生型に比べてROSの発生が亢進(こうしん)しており、細胞に対するストレスが高くなることがわかった。そして、このストレス条件はMAOBの阻害剤であるPargyline(パージリン)[用語11]の作用によって軽減された(図2)。

図2. βVmat2KOマウスは高グルコース条件下でROSをより高く発生する。

図2. βVmat2KOマウスは高グルコース条件下でROSをより高く発生する。

マウス体内から取り出した膵臓β細胞を培養したところ、高グルコース条件では野生型よりβVmat2KOマウスのほうがROSの発生量(緑の蛍光)が多かった。ROSの発生は、MAOB阻害剤のPargylineにより抑制されたことから、ドパミンの分解時に生じるROSであることが示された。赤 : インスリンに対する抗体染色(β細胞を示す)

このような実験結果から高血糖状態では通常インスリン分泌が活性化し、これに伴い多くのドパミンが細胞外に放出される。これに対してβVmat2KOマウスでは、細胞内小胞へのドパミンの貯蔵する仕組みが正常に機能していないため、細胞内に増えたドパミンはMAOBにより分解され、ROSの発生が活発になることが明らかとなった(図3)。

図3. Vmat2機能不全に伴う膵臓β細胞中のROS発生機構

図3. Vmat2機能不全に伴う膵臓β細胞中のROS発生機構

通常は高血糖になりインスリンが分泌されるときに細胞外に放出されるドパミンは、DATにより細胞に再取り込みされるとVmat2により速やかに細胞内小胞内に送られる。しかし、Vmat2が阻害もしくは発現しない場合細胞内のドパミンはMAOBにより分解されROSを多く発生させる。同時にドパミンの枯渇を起こし、インスリン分泌抑制機能が働かなくなる。このような状態は、細胞の脱分化や細胞死の原因となる。

ROSの増加がβ細胞の機能不全や細胞死を誘導する。また、Vmat2が正常に働かないことは、細胞内のドパミンの枯渇につながり細胞外からのドパミンD2受容体を介したインスリン分泌抑制が機能しない。このような状態が長期間続くことでβVmat2KOマウスではβ細胞の脱分化も同時に進むことで糖尿病の発症につながっていると考えている。

今後の展開

膵島内のβ細胞は遺伝子発現の不均一性に起因した多様な細胞集団により構成されていることが最近注目されている。

通常の条件下ではβ細胞は高血糖に応答してドパミンを分泌する。分泌されたドパミンは細胞膜上のドパミンD2受容体を介してインスリン分泌を抑制する。ドパミンはドーパミントランスポーターにより再び細胞内に取り込まれ、Vmat2によって小胞内に貯蔵される。この一連のドパミンの放出、再取り込み、貯蔵の仕組みはドパミンの分解時に発生するROSによる細胞毒性からβ細胞を保護するために重要である。

しかし、過剰なインスリン分泌または低 Vmat2 発現状態下ではROSが大量に発生する可能性がある。今後、ドパミン- Vmat2シグナル伝達システムが異種β細胞集団でどのように機能するかは、β細胞機能の維持においてVmat2がもつ役割をさらに理解する必要がある。β細胞がROSから受ける障害を軽減するための今回のような研究が進めば将来的にiPS細胞を用いた再生医療や糖尿病の治療薬開発に役立つ可能性がある。

用語説明

[用語1] 膵臓β細胞 : β細胞は 膵島でインスリンとアミリンの合成と分泌を行う細胞。ヒトは膵島の細胞の50~70%をβ細胞が占める。1型や2型糖尿病患者ではβ細胞の細胞量と細胞機能がともに低下しインスリン分泌不全と高血糖症 が引き起こされる 。

[用語2] 小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2) : 神経細胞のシナプス小胞膜上に存在するものは抗うつ薬の標的となっている。膵臓β細胞にも発現し、細胞質で合成されたモノアミンや細胞外から取り込まれたモノアミンをH+依存的に細胞内小胞に貯蔵し、細胞外へのモノアミン放出に備える働きを持つ。

[用語3] ノックアウトマウス : ある遺伝子を欠損(あるいは変異)させて、機能しないようにしたマウス。疾病と遺伝子の関係やある酵素の欠損が生体にどのような影響を及ぼすかなど、さまざまなメカニズムの研究に用いられている。

[用語4] モノアミン : ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称。膵臓内分泌細胞でも貯蔵されることがわかっており、β細胞の細胞分化やインスリン分泌を制御することが知られている。

[用語5] ドパミン : 神経の細胞の間で信号を伝えるために使われる伝達物質の一つとして知られている。アミノ酸の一種であるチロシンからL-ドパを経て生合成される。ドパミンの不足はパーキンソン病の原因となる。ドパミンは細胞内で代謝され重要な生理活性物質であるノルアドレナリンやアドレナリンになる。

[用語6] インスリン : 膵臓に存在するランゲルハンス島(膵島)内のβ細胞から分泌されるペプチドホルモンの一種である 。食べ物に含まれる糖分は消化酵素などでグルコースに分解され、小腸から血液中に吸収される。食後に血液中のグルコース量が増えるとインスリンが分泌されることでグルコースが骨格筋などへ取り込まれ、蓄積し、エネルギーに変換される。

[用語7] 活性酸素種(Reactive Oxygen Species、ROS) : 大気中に含まれる酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称。 一般的にスーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素の4種類とされる。私たちの細胞では侵入した細菌やウイルスに対し、防御するための大事な物質である。しかし、酸化力が非常に強く、過剰なROS産生は細胞を傷害し、がん、心血管疾患、生活習慣病などの要因となる。今回の研究では主に膵臓β細胞中の過酸化水素を指標にROS産生について考察している。

[用語8] ATP : アデノシン三リン酸。ATPのリン酸基の加水分解によってADP(アデノシン二リン酸)が生じるが、ATPからリン酸基が離れたり、結合したりすることで、エネルギーが放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成に役割を果たす。細胞が機能するためにはATPから得るエネルギーが必要である。

[用語9] モノアミンオキシダーゼB(MAOB) : MAO(モノアミン酸化酵素)はモノアミン(ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリンなど)を分解する酵素である。A型とB型の2種類があり、主にMAOAはノルアドレナリンとセロトニンを、MAOBはドパミンを代謝する。

[用語10] 膵臓β細胞特異的Vmat2欠損マウス系統(βVmat2KO) : インスリンを作る細胞(膵臓ではβ細胞)のみでVmat2遺伝子が機能しない遺伝子組み換えマウス。モノアミンを細胞内で蓄える機能が著しく低下している。

[用語11] Pargyline(パージリン) : 非可逆的で選択的なMAO-Bの阻害剤である。

論文情報

掲載誌 :
Diabetes
論文タイトル :
VMAT2 safeguards beta-cells against dopamine cytotoxicity under high-fat diet induced stress
著者 :
Daisuke Sakano, Fumiya Uefune, Hiraku Tokuma, Yuki Sonoda, Kumi Matsuura, Naoki Takeda, Naomi Nakagata, Kazuhiko Kume, Nobuaki Shiraki1 and Shoen Kume
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 粂昭苑

E-mail : skume@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5812 / Fax : 045-924-5813

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

タンパク質に潜むフラクタル構造がもたらす挙動をテラヘルツ光で視る

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ポイント

  • 生物の構成要素であるタンパク質[用語1]に内在するフラクタル[用語2]性がもたらす挙動(ダイナミクス)を、テラヘルツ光[用語3]で捉えることに成功しました。
  • ナノスケール[用語4]のフラクタル構造体とテラヘルツ光がいかに相互作用するかを明らかにし、振動スペクトルからフラクタル次元の情報を抽出することに成功しました。
  • テラヘルツ光に限らず、フラクタル物質における光(電磁波)吸収を、定量的に理解することが可能となりました。

概要

筑波大学 数理物質系の森龍也助教、小島誠治名誉教授、山本洋平教授、所裕子教授、白木賢太郎教授、立命館大学理工学部の藤井康裕講師、是枝聡肇教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の気谷卓助教、および東京大学大学院総合文化研究科の水野英如助教らは、生物の構成要素であるタンパク質に内在するフラクタル構造に起因した挙動(ダイナミクス)を、テラヘルツ光で検出・評価することに成功しました。

ガラス[用語5]高分子[用語6]、タンパク質分子など、不規則構造を有する物質のナノスケールダイナミクスは、物質の硬さなどの弾性特性を支配しますが、これを分子レベルから解明することは未だ挑戦的な課題です。また、そのナノスケール領域において物質が自己相似性[用語7]に起因したフラクタル性を有する場合、どのようなダイナミクスが現れ、それが光(電磁波)でいかに検出されるかについてはこれまで知られていませんでした。

今回、本共同研究グループは、光(電磁波)とフラクタル構造体の相互作用について、まず理論定式化を行い、光吸収スペクトルにフラクタルの情報がどのように含まれるかを明らかにしました。さらにフラクタルダイナミクスが現れる候補のタンパク質に対してテラヘルツ分光を行い、その実験スペクトルからフラクタル性の情報を抽出することに成功しました。これは、タンパク質や高分子ガラスなどについて、テラヘルツ光を用いてナノスケールフラクタル構造の情報評価を非破壊・非接触に行うことができることを意味し、テラヘルツ光技術の応用利用上も重要です。

本研究の成果は、2020年8月27日付の米国物理学会誌「Physical Review E」で公開されました。

本研究は、科学研究費補助金(JP17K14318, JP18H04476, JP17K18765, JP19K14670, JP16H02081)、日本板硝子材料工学助成会・研究助成、及び、旭硝子財団・研究助成の支援を受けて実施されました。

背景

生物の構成要素の一つであるタンパク質は、アミノ酸の分子が多数結合してできた巨大分子です(図1)。また、プラスチック製品などにも用いられる高分子は、小さい分子(モノマー)が連なった鎖で構成されます。両者の共通点は、モノマーが繰り返し結合して大きな分子を作っていることですが、このような巨大分子は自己相似性を内部構造に有し、結晶ともモノマー分子とも異なる特徴を持っています。

図1. タンパク質リゾチーム分子。プロテインデータバンクの構造情報を用いて描画している。

図1. タンパク質リゾチーム分子。プロテインデータバンクの構造情報を用いて描画している。

自己相似性を持つ構造体(図形)は、フラクタルとして知られており、シェルピンスキーのギャスケット(図2)などが有名です。フラクタル構造体は、3次元空間に存在していても、例えば通常の物質のように、質量がRの3乗 (R :物質の重心からの距離) に比例する振る舞いとは異なり、整数値ではないフラクタル次元Dを用いて、質量がRD乗に比例するなどフラクタル特有の性質を持ちます(図3)。

図2. シェルピンスキーのギャスケット(Wikipediaより転載)。フラクタル図形の1つであり、自己相似的な無数の三角形からなる。ポーランドの数学者ヴァツワフ・シェルピンスキにちなんで名づけられた。

図2.
シェルピンスキーのギャスケット(Wikipediaより転載[参考文献1])。フラクタル図形の1つであり、自己相似的な無数の三角形からなる。ポーランドの数学者ヴァツワフ・シェルピンスキにちなんで名づけられた。

図3. タンパク質リゾチームに対する、(左)質量フラクタルの概念図と、(右)質量フラクタルの計算図。研究対象のリゾチームの質量フラクタル次元は2.75である。

図3.
タンパク質リゾチームに対する、(左)質量フラクタルの概念図と、(右)質量フラクタルの計算図。研究対象のリゾチームの質量フラクタル次元は2.75である。

このように、空間に対して通常と異なるパッキングの仕方で存在しているフラクタル構造体の挙動、すなわちフラクタルダイナミクスは、1980年代に盛んに理論研究がなされ[参考文献2]、通常の3次元物質と異なることが知られていました。理論が先行したこのフラクタルダイナミクスは、タンパク質や高分子のモノマーの自己相似性に起因する場合、その存在周波数はテラヘルツ帯となります。ところが、1980年代当時は、テラヘルツ光技術が発達していなかったためか、テラヘルツ光がフラクタル構造体に吸収される仕組みについての理解は進んでいませんでした。

研究内容と成果

本研究では、物質と光の相互作用を理論的に解釈する際に用いられる理論(線形応答理論)の手法を、フラクタルダイナミクスの理論と組み合わせることによって、テラヘルツ光がフラクタル構造体に吸収される際の挙動を予測することに初めて成功しました。さらに、その理論定式化に基づき、フラクタル構造体の候補であるタンパク質リゾチーム分子に対しテラヘルツ分光を行い、実験スペクトルからフラクタル次元などのフラクタルの性質を抽出することにも成功しました(図3)。これにより、実験スペクトルの傾きにフラクタル次元の情報が現れ、テラヘルツ帯の吸収の挙動が決定されていることがわかりました(図4)。

図4. テラヘルツ分光で得たタンパク質リゾチームの誘電(吸収)スペクトル(赤丸)の対数表示。青丸のデータは同一試料に対するラマンスペクトル。スペクトルの傾き(オレンジ破線)にフラクタル次元の情報が含まれる。

図4.
テラヘルツ分光で得たタンパク質リゾチームの誘電(吸収)スペクトル(赤丸)の対数表示。青丸のデータは同一試料に対するラマンスペクトル。スペクトルの傾き(オレンジ破線)にフラクタル次元の情報が含まれる。

今回明らかにされた、タンパク質や高分子ガラスのフラクタル性をテラヘルツ光で検出可能であるという結果は、ナノスケール領域におけるフラクタルダイナミクスを理解するための基礎知見となり、さらに非接触にフラクタル次元を決定するなどセンシング手法の応用にも利用できます。そして、本研究で得たフラクタルダイナミクスの光吸収の理論定式化は、テラヘルツ帯に限らず、携帯電話で用いられるギガヘルツ帯や、可視光域など、フラクタルダイナミクスが存在する構造体に一般に適用が可能です。

今後の展開

従来、解釈が困難であったタンパク質や高分子ガラスなどのテラヘルツ帯の光吸収について、内在するフラクタル次元の情報を抽出する手法が本研究によって初めて明らかにされました。これにより、不規則系のテラヘルツ帯ダイナミクスの理解が深まるとともに、技術進展が著しいテラヘルツ光技術の新しい応用につながる可能性があります。また、過去に見過ごされてきたフラクタル構造体の光吸収について再考するきっかけとなることが期待されます。

用語説明

[用語1] タンパク質 : アミノ酸分子が多数鎖状につながった高分子化合物。生物の重要な構成要素の一つである。

[用語2] フラクタル : フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが提案した幾何学の概念。図形の部分と全体が自己相似になっているものをいう場合が多い。

[用語3] テラヘルツ光 : 10の12乗ヘルツの振動数を持つ電磁波のこと。携帯電話などに用いられるギガヘルツ帯の電波と可視光の中間領域にあり、電波が物質を透過する性質と可視光の物体識別の性質を併せ持つ。近年、空港のセキュリティ技術や建造物・美術品等の非破壊内部検査などへの応用が進んでいる。

[用語4] ナノスケール : ナノメートルとは、10のマイナス9乗メートルのこと。一般に、分子のサイズはナノメートルのオーダーになる。

[用語5] ガラス : 物質が冷却され、結晶のように規則正しく分子を配列するのではなく、不規則な分子配列のまま固体的な状態に達したもの。

[用語6] 高分子 : 分子量が大きい分子であり、分子量が小さいモノマー分子が多数連結して構成されている。

[用語7] 自己相似性 : 図形における自己相似とは、その図形のある断片を取り出したとき、それより小さな部分の形状と図形全体の形状とが相似であることを指す。

参考文献

[参考文献1] Wikipedia, シェルピンスキーのギャスケットouter, Sierpiński triangleouter(いずれも2020年8月26日参照)

[参考文献2] S. Alexander and R. Orbach, J. Phys. (Paris) 43, 625 (1982).

論文情報

掲載誌 :
Physical Review E
論文タイトル :
Detection of boson peak and fractal dynamics of disordered systems using terahertz spectroscopy(テラヘルツ分光を用いた不規則系のボゾンピークとフラクタルダイナミクスの検出)
著者 :
Tatsuya Mori, Yue Jiang, Yasuhiro Fujii, Suguru Kitani, Hideyuki Mizuno, Akitoshi Koreeda, Leona Motoji, Hiroko Tokoro, Kentaro Shiraki, Yohei Yamamoto, Seiji Kojima
DOI :

お問い合わせ先

筑波大学 数理物質系 物質工学域

助教 森龍也

E-mail : mori@ims.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-5304

立命館大学 理工学部 物理科学科

講師 藤井康裕

E-mail : yfujii@fc.ritsumei.ac.jp
Tel : 077-561-3086

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

助教 気谷卓

E-mail : kitani.s.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5370

東京大学 大学院総合文化研究科

助教 水野英如

E-mail : hideyuki.mizuno@phys.c.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5454-4376

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


球体からの円偏光放射の制御に成功 全方位型キラル光ナノアンテナへ

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要点

  • 電子線を用いてシリコン球からの円偏光放射の制御に成功
  • 角度・エネルギー同時分解可能な完全偏波4次元カソードルミネセンス法を開発
  • ナノスケールでの光位相マッピングを実現

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の松方妙子大学院生(博士後期課程2年)、三宮工准教授、スペインICFOのF. Javier García de Abajo(ハビエ ガルシア デ アバホ)教授らの研究グループは、新規開発した完全偏波4次元カソードルミネセンス法[用語1]を用いた光の位相マッピング[用語2]により、球体からの円偏光放射[用語3]の制御が可能であることを見出した。

完全な対称性をもつ球体はキラル[用語4]な性質をもたないが、電子線を用いて球状シリコンナノ粒子中の双極子[用語5]の位相制御をすることで、円偏光の抽出に成功した。

球体を用いたキラルな光ナノアンテナは、全方位型のアンテナとして機能するため、次世代光通信などへの応用が期待される。

本研究成果は2020年8月26日付の「ACS Nano」(American Chemical Society米国化学会)オンライン速報版に掲載された。

背景

円偏光は、電磁波である光の電場が光の進行方向に対してらせん状に回転する光である。そのらせん回転の方向を二値的なデジタル信号にすることで、円偏光を利用した量子通信や暗号化などへの応用が期待されている。コンパクトな光デバイスを実現するためには、このような光の偏光状態をナノスケールで制御する必要がある。

物質と光の相互作用において、円偏光の回転選択性は、物質のキラルな構造の有無に依存する。一方、多くの発光源はキラルな性質をもたないため、円偏光を選択的に発生させるためには、直線偏光した光源からの放射に波長板など光学素子を通すか、キラル構造をもつ光アンテナに発光源をカップリングして、放射する光の円偏光を制御することになる。

特に、ナノスケールのデバイスにおいては、アンテナをナノスケール化した、「光ナノアンテナ」を用いる方法が提案されてきている。しかし、キラル構造をもつ光ナノアンテナの円偏光の回転方向は、アンテナの構造に固定されており、回転方向を自在に制御することはできない。

一般に円偏光は、位相の異なる二つの直交する双極子からの放射の重ね合わせとして表現することができる。光ナノアンテナからの円偏光を定量的にとらえるには、この二つの双極子の位相差を検出することになる。また、アンテナは放射角や周波数(エネルギー)依存性を持つので、光ナノアンテナの評価には、放射角とエネルギーを同時分解した放射を、ナノスケールの空間分解能をもって解析する必要がある。

研究成果

本研究では、2つのアプローチで球形の光ナノアンテナにおける円偏光場制御に成功した。一つ目は加速電子線を励起源として用いることで位相差をつけて2つの直交する双極子を励起する方法である(図1a)。マイナスのチャージを持った加速電子が球体を横切るとき、位相の異なる縮退[用語6]した双極子が励起される。

二つ目のアプローチはシリコン(Si)をはじめとした誘電体物質を材料とすることで、電気双極子に加えて、極に直交する回転電場を伴う磁気双極子を励起する方法である(図1b)。これら電気・磁気双極子は異なる共鳴エネルギーを持つため、双極子間に位相差が生じ、円偏光を生成することが期待できる。本研究ではこれらの球体からの円偏光生成のコンセプトを、実験的および理論的に実証した。

球体からの円偏光放射のコンセプト。(a)電子線励起を用いた電気双極子による円偏光生成。

球体からの円偏光放射のコンセプト。(b)電気・磁気双極子の干渉による円偏光の生成。

図1. 球体からの円偏光放射のコンセプト。
(a)電子線励起を用いた電気双極子による円偏光生成。(b)電気・磁気双極子の干渉による円偏光の生成。

今回、電子線励起による円偏光生成をナノスケールで測定するため、放射角・エネルギーの同時分解可能な完全偏波4次元カソードルミネセンス法を新規に開発した。図2に手法の概略を示す。この測定は、走査型透過電子顕微鏡[用語7]をベースにしており、1 nmスケールの高空間分解能での光電場分布を可視化することができる。

試料からの電子線励起発光(=カソードルミネセンス)の角度分散[用語8]を空間的に保持したまま、分光器の2次元CCDカメラ面で一度に計測することで4次元計測(空間2次元+角度1次元+エネルギー1次元)を可能にしている。また、偏光素子と1/4波長板[用語9]によって直線偏光・円偏光両方の偏光場の計測が可能になっている。この手法を利用して、6つの偏光状態における強度分布から、直交場の相対位相差及び偏光状態を示すストークスパラメータの空間分布を算出できる。今回はSiナノ球からの円偏光放射の測定を行った。

図2. 完全偏波4次元カソードルミネセンス法。走査型透過電子顕微鏡を基本としており、試料からの放射の角度とエネルギーを同時分解しながら空間マッピングが得られる。6つの異なる偏光状態からはストークスパラメータが算出できる。

図2.
完全偏波4次元カソードルミネセンス法。走査型透過電子顕微鏡を基本としており、試料からの放射の角度とエネルギーを同時分解しながら空間マッピングが得られる。6つの異なる偏光状態からはストークスパラメータが算出できる。

図3aは電気双極子の共鳴エネルギー域における相対位相差δのマッピングである。この位相差δが0<|δ|<πのとき、放射場は円偏光成分を持つ。図3aにおいて、位相差の符号が左右で反転しており、放射される円偏光の回転方向が反転していることがわかる。これは励起位置が左右で反転したとき、左右に分極した双極子モードの符号が反転しているためである。これは図1aで示したような円偏光生成を実証している。

図3bは電気・磁気双極子の干渉エネルギー域における相対位相差δのマッピングである。対角極同士で同符号を持つ4極の位相分布を得ることができた。これは、図1bで示したように、回転方向が4極に分布するような円偏光放射の様子を実験的に証明している。また、これらの結果は理論的な解析計算からも裏付けられている。以上のように、2つのコンセプトにおける円偏光放射を実験的に実証し、それを作り出す直交する電場の位相差分布の取得に成功した。

図3. 相対位相差δのマッピング。(a)位相の異なる縮退した電気双極子の干渉による円偏光放射の励起分布。(b)電気・磁気双極子の干渉による円偏光放射の励起分布。

図3.
相対位相差δのマッピング。(a)位相の異なる縮退した電気双極子の干渉による円偏光放射の励起分布。(b)電気・磁気双極子の干渉による円偏光放射の励起分布。

今後の展開

本研究で提案したような対称性の高い構造からの円偏光制御は、全方位型の円偏光アンテナとして有用であると考えている。また、本研究で開発した完全偏波4次元カソードルミネセンス法はナノスケールでの偏光状態や位相抽出が広く可能となるため、今後の光デバイスやナノフォトニック材料の解析や研究開発に強力なツールとなる。

用語説明

[用語1] カソードルミネセンス法 : 加速電子により励起された発光(カソードルミネセンス)を計測する手法。カソードルミネセンスは、古くはブラウン管ディスプレイ(CRT)などで用いられている。

[用語2] 光の位相マッピング : 電磁波である光は、電場と磁場の振幅と位相から構成される。通常の光検出では、振幅成分(エネルギー)しか検出できないが、位相の基準となる参照波と干渉させることで位相成分の抽出も可能である。ここでは、加速電子による発光の相対位相を検出した。

[用語3] 円偏光放射 : 電場成分が時間的に回転する光の放射。電場が一方向に固定された放射は直線偏光。

[用語4] キラル : 構造が、その鏡像と重ね合わすことができない性質。例えば、右手の鏡像である左手は、右手と重ね合わすことができないため、右手(あるいは左手)はキラルな構造である。

[用語5] 双極子 : 正と負の電荷にわかれた電荷対(あるいは磁荷対)。この電荷が振動することで光(電磁波)が放射される。

[用語6] 縮退 : モードのエネルギーが同じであること。エネルギー分解だけで縮退したモードを区別することはできない。

[用語7] 走査型透過電子顕微鏡 : 高エネルギーの電子線を試料に収束させ、電子線をスキャンすることにより、ナノスケール(およびサブナノスケール)で物質や生体をイメージングする顕微鏡。

[用語8] 角度分散 : 放射角度とエネルギーの2次元的な関係。

[用語9] 1/4波長板 : 複屈折により、直交する光電場に1/4波長分の位相差を与える光学素子。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「光の極限制御・積極利用と新分野開拓(研究総括:植田 憲一)」における研究課題「加速電子線を用いた光ホログラフィ」(研究者:三宮工(JPMJPR17P8))、科学研究費 特別研究員奨励費(研究者:松方妙子(20J14821))を受けて行われました。

論文情報

掲載誌 :
ACS Nano
論文タイトル :
Chiral Light Emission from a Sphere Revealed by Nanoscale Relative Phase Mapping
著者 :
Taeko Matsukata, F. Javier García de Abajo, Takumi Sannomiya
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 三宮工

E-mail : sannomiya.t.aa@m.titech.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

量子アニーリング装置による量子シミュレーションを実行 非平衡量子統計力学理論の実証とさらなる発展に貢献

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要点

  • 量子アニーリング装置で量子シミュレーション(模擬実験)を実行
  • 磁性体の非平衡量子統計力学理論がその成立条件を外れても成立していることを発見
  • 量子アニーリング型量子コンピュータの新たな応用分野を開拓

概要

東京工業大学の西森秀稔特任教授らの研究チームは、D-Wave Systems 社[用語1]量子アニーリング[用語2]装置(量子アニーリング型量子コンピュータ)を用いて磁性体内部に欠陥ができるメカニズムの理論を検証するために量子シミュレーション[用語3]を実行した。

量子コンピュータの理論は、理想的な動作をする量子ビット[用語4]を想定して構成されている。しかし、今回の量子シミュレーションにおいては、実際には理想的な状況とは異なる動作をしている明確な証拠が見つかり、その影響を考慮して結果を解析する必要性が明らかになった。

また、欠陥の数の統計分布に関する最近の非平衡量子統計力学理論も理想的な量子ビットを前提としているが、理想的な状況から乖離した実験条件下でもその理論が成立していることが見出された。理想的な条件で導出された理論がその条件が満たされない場合にも成立することを、量子コンピュータを用いて発見した世界初の例といえる。

今回の研究成果は量子アニーリング型量子コンピュータの実験装置としての有用性を示したものであり、高速性にのみ注目が集まりがちな量子コンピュータの研究開発の今後の方向性に多大な影響を与えるものと期待される。

この研究は東京工業大学 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニットの坂東優樹研究員、須佐友紀研究員(現NEC)、西森秀稔特任教授らと、東北大学、埼玉医科大学、ドネスチア国際物理学研究センター(スペイン)、南カリフォルニア大学(米国)との共同研究で、米国時間9月8日付けで米国物理学会が発行するPhysical Review Research(フィジカル・レビュー・リサーチ)誌に論文が掲載された。

研究成果

共同研究グループは、量子アニーリング装置「D-Wave 2000Q」上に1次元横磁場イジング模型[用語5]と呼ばれる磁性体を模擬的に実装し、その中に生じる欠陥(不完全な状態、図1)の数に関する理論(キブル・ズーレック機構)[用語6]を検証した。

図1. 原子スケールの微小磁石(青や黄色)の向きが変わる部分(赤の矢印)が欠陥。

図1. 原子スケールの微小磁石(青や黄色)の向きが変わる部分(赤の矢印)が欠陥。

すでにいくつかの研究グループが、D-Wave装置を用いて類似の実験を試行しているが、量子ビットの理想的な動作からのずれの影響を系統的に検証するには至っていなかった。今回の研究では、数百時間に及ぶ極めて大規模な実験により、欠陥数が時間とともにどう変化するかを詳細に検証し、量子コンピュータの心臓部である量子ビットが理想的な状況とは異なる動作をしていると仮定しないと説明できないデータを得た。

さらに、欠陥数の統計分布を詳細に解析することにより、理想的な動作をする量子ビットを前提として作られた最近の非平衡量子統計力学理論の予測が、実際には理想的な状況とは異なる動作をする量子ビットの場合にも成立していることが明らかになった(図2)。

図2. 欠陥数の統計量に関する理論値(0.6および0.2付近にある実線、理想的な量子ビットを仮定)が実験データ(▲および●、理想からずれた実際の量子ビット上で取得)と整合。

図2. 欠陥数の統計量に関する理論値(0.6および0.2付近にある実線、理想的な量子ビットを仮定)が実験データ(▲および●、理想からずれた実際の量子ビット上で取得)と整合。

量子シミュレーションにより、既存の理論がその適用限界を超えて成立することが示された世界初の例であり、この結果を説明する新たな理論の構築を促すこととなった。

計算能力にのみ注目が集まりがちな量子コンピュータが実験装置としても有用であることを示した成果であり、今後の研究開発の方向性に多大の影響を与えるものと期待される。

背景

量子コンピュータは量子力学を利用した、従来の古典コンピュータとは動作原理が異なる計算機である。通常のコンピュータでは数を2進法で表す0と1の組を順番にひとつずつ処理する必要があるが、量子コンピュータは極めて多くの状態を一度に表せる量子力学の性質を用いて、問題によっては非常に高速な処理ができる可能性を持っている。量子アニーリングと呼ばれる方式による量子コンピュータがD-Wave Systems社によって商用化されてからは、基礎研究のみならず、社会課題を解決するための実証実験が行われるなど、社会的にも注目されている。

量子アニーリングによる量子コンピュータの応用としては、多くの社会課題に直結する組み合わせ最適化問題[用語7]の解決が主流をなしていたが、物理現象をデバイス内でシミュレートする模擬実験の研究がここ数年急速に活性化しつつある。磁性体中の欠陥数についてのキブル・ズーレック機構に関しても、すでに量子アニーリング装置上で今回と類似の研究が試行的に行われてきたが、理論との系統的な比較による量子ビットの特性の解明には至っておらず、その解決が待ち望まれていた。

今後の展開

今回の研究はキブル・ズーレック機構という非平衡量子統計力学理論をめぐる学問的な発展に留まらず、量子コンピュータ(量子アニーリング装置)が量子シミュレータとして理論の限界を超えた知見を上げる可能性を切り開いたものである。ハードウェアや理論のさらなる発展により、スーパーコンピュータや伝統的な実験では手の届かない領域にまで量子コンピュータによるシミュレーションが活用されるようになれば、物理や化学を基盤とする多くの応用分野で実験やシミュレーションに代わる研究開発手法として、多くの社会課題の解決に役立つようになることが期待される。

用語説明

[用語1] D-Wave Systems社 : 量子アニーリング方式による量子コンピュータを開発、市販しているカナダの企業。

[用語2] 量子アニーリング : 組み合わせ最適化問題を解くための量子力学に基づいた汎用性を持つアルゴリズム。

[用語3] 量子シミュレーション : スーパーコンピュータを含む従来型のコンピュータでは計算困難な量子力学の問題を現実の実験系で人工的にシミュレートする方法。

[用語4] 量子ビット : 2つの状態の量子力学的な重ね合わせ状態を実現することができる基本素子。

[用語5] 1次元横磁場イジング模型 : 原子スケールの微小磁石が直線状に並んで、量子力学による多くの状態の重ね合わせを実現しているような磁性体(磁石)の模型。

[用語6] キブル・ズーレック機構 : 磁性体の状態を時間的に変化させたとき、磁性体の状態が安定な状態に移行するのに必要な時間が増大して、不完全な状態で凍結してしまう現象に関する理論。

[用語7] 組み合わせ最適化問題 : 多数の可能性の中から、一定の基準で一番良いものを選び出す問題。例えば、多数の商品があってそれぞれの重さと価値(価格)が分かっていて、それらを重量制限のあるトラックに積み込むとき、どの商品を何個ずつ積み込むと積み込まれた荷物全体の価値が最大になるかという問題など、社会的に重要な課題が多数含まれる。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Research 2, 033369 (2020)
論文タイトル :
Probing the universality of topological defect formation in a quantum annealer: Kibble-Zurek mechanism and beyond
著者 :
Yuki Bando(坂東優樹), Yuki Susa(須佐友紀), Hiroki Oshiyama(押山広樹), Naokazu Shibata(柴田尚和), Masayuki Ohzeki(大関真之), Fernando Javier Gomez-Ruiz, Daniel A. Lidar, Adolfo del Campo, Sei Suzuki(鈴木正), and Hidetoshi Nishimori(西森秀稔)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニット

特任教授 西森秀稔

E-mail : nishimori.h.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5805

東北大学大学院理学研究科 物理学専攻

准教授 柴田尚和

E-mail : shibata@cmpt.phys.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-6440

東北大学大学院情報科学研究科 応用情報科学専攻

准教授 大関真之

E-mail : mohzeki@tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-5899

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

E-mail : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-6708 / Fax : 022-795-5831

小西玄一准教授が第34回光化学協会賞を受賞

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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の小西玄一准教授が第34回光化学協会賞(学会賞)を受賞しました。この賞は、光化学協会が1987年に創設したものであり、光化学の研究において顕著な業績をあげた50歳未満の光化学協会会員に授与されます。過去に、東工大の教員は、小尾欣一博士(第1回)、石谷治博士(第21回)が受賞しています。受賞式は、9月10日に光化学討論会(Web学会)の中で行われました。

光化学協会(現会長:石谷治 東工大 理学院 化学系 教授)は、1960年に第1回が開催された光化学討論会を母体として、1976年に田中郁三 本学教授(後に本学学長)を初代会長として設立されました。現在では、光化学、光技術領域の基盤研究から幅広い応用技術を担う専門家集団として、光化学の情報発信基地として大きな役割を担っています。また、世界の光化学系学会のコア学会の1つであり、オフィシャルジャーナルであるJournal of Photochemistry and Photobiology C: Photochemistry Reviews(インパクトファクター11.95)を運営しています。

受賞テーマ

先端有機発光材料を指向した環境応答性色素の合理的設計

小西玄一准教授のコメント

小西玄一准教授

本研究は、東工大で過去10年間に集中的に行ったものです。環境に応答して発光性(発光色や発光オン・オフ)を変える蛍光色素に関する研究であり、基礎から分析化学、材料科学、生命科学への応用まで幅広い内容となっています。

私は、修士の時に有機光化学を学びましたが、博士課程では高分子合成、助手時代には生理学と材料科学の研究室に所属しており、光化学からは離れていました。光化学に本格的に戻ったきっかけは、本学に赴任して高分子の原料を作っていた時に、面白い発光現象に出逢ったことです。その後は、本業の高分子よりも光化学や液晶の研究が中心になりました。最近では専門のすべてがハイブリッド化して、何の専門家かわからなくなっています。この自由さは、若手准教授を研究室主宰者にする東工大高分子工学の伝統と、細野秀雄先生のもとで行ったJSTさきがけ研究(元素戦略)のおかげです。最後に、研究室出身の5人のアカデミアで活躍する研究者をはじめ、卒業生、共同研究者、旧高分子工学科の皆様に感謝いたします。

重要論文に選出 ― アメリカ化学会と英国王立化学会

本研究業績に関して、凝集誘起発光(AIE、トムソン・ロイター社の2015年のリサーチフロンティアで化学・材料部門でランク2)は概念が提唱されてから2020年で20周年となり、小西研の論文がアメリカ化学会に発表された重要論文30選(日本からは唯一)および英国王立化学会に発表された重要論文(約40報、日本からは2報)に選出されました。

ソルバトクロミズム(2013)
ソルバトクロミズム(2013)

二光子励起発光色素(2015)
二光子励起発光色素(2015)

凝集誘起発光(2016)
凝集誘起発光(2016)

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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

准教授 小西玄一

E-mail : konishi.g.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2321

膨大な活性データの網羅的解析から低分子医薬品候補を創出 見落とされていた小さな構造変化から高い活性化合物を予測

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要点

  • 公共データベースから膨大な構造活性相関(SAR)を三次元に可視化
  • 新規低分子医薬品候補の設計を行うSAR Matrix法の実用化に成功
  • 既存の化合物より60倍の活性をもつ化合物を創出
  • ファーマコフォアフィッティングによる活性向上の機構解明

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の浅輪泰允大学院生(博士後期課程2年)、同大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の中村浩之教授と株式会社理論創薬研究所の吉森篤史博士、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン(ドイツ)のJürgen Bajorath(ユルゲン・バヨラト)教授らは、低分子医薬品[用語1]候補の迅速な設計を目指し、SAR Matrix[用語2]法を用いてマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1)[用語3]阻害剤のactivity cliff(活性の崖)[用語4]を予測した。

高い活性が予測された新規化合物を実際に合成し、評価した結果、構造的に類似した化合物と比較して60倍のMMP-1阻害活性を有することがわかった。さらに、合成した化合物のファーマコフォア[用語5]フィッティングを行った結果、正しく予測されたactivity cliffは、化合物とMMP-1の214番目のアルギニン残基との相互作用によるものであることが示された。

研究成果は9月7日付(現地時間)に英国科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」に掲載された。

研究成果

近年、構造活性相関(Structure Activity Relationship:SAR)の体系的な分析により、activity cliffと呼ばれる活性化合物の小さな構造変化が大きな活性向上をもたらす現象が注目されている。このことからactivity cliffの発見がリード化合物[用語6]の創出に役立つと考えられる。

しかし、これまでactivity cliffの予測は理論的には行われてきたものの、新規リード化合物を創出するに至った例は少ない。そこで本研究グループは、SAR Matrix法を利用したactivity cliff の予測、合成、生物活性評価を行うことで新規リード化合物の創出を目指した(図1)。

SAR Matrix はSARパターンを視覚化し、仮想候補化合物を生成するためのツールである。今回、標的タンパク質としてマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1)を選択し、公共の活性データベースであるChEMBL[用語7]からSAR情報をダウンロードし、2,697個のSAR Matrixを生成した。

得られたマトリックスから2つの化合物ペアを選択し、1つ目の既にactivity cliffと知られているペアを参考に2つ目の化合物ペアに同様のactivity cliffが存在すると予測した。続いてactivity cliffが予測された化合物ペアの合成・MMP-1阻害活性評価を行った結果、SAR Matrix で示された候補化合物が60倍以上高い阻害活性を有することを見出し、予測通りactivity cliffが存在することを示した。

SAR Matrixを利用したactivity cliffの予測

図.1 SAR Matrixを利用したactivity cliffの予測

背景

SARの解析は、創薬におけるリード最適化[用語8]の段階で、より高活性な化合物を予測するために重要な役割を果たす。一般に、SARの連続性が存在する場合、化合物の構造と活性が徐々に変化する。この場合、統計的に活性を予測することができる。しかしながら、SARの不連続性が存在する場合、化合物の小さな化学構造の変化が活性に大きな変化をもたらし、activity cliffの形成につながる可能性があるが、従来法での化合物の活性予測を行うことは困難であった。

研究の経緯

これまでに本研究グループは、SARデータセットを系統的に解析し、既知の活性化合物の仮想類似体を予測する手法であるSAR Matrix法を開発した(J. Chem. Inf. Model. 2012)。SAR Matrixは、系列間の構造とその活性情報をマトリックスよって整理し、化合物のコア構造と置換基フラグメント[用語9]、およびそのようなフラグメントの未知の組み合わせ(仮想類似体)で構築される二次元グリッドマップが得られる。

得られた仮想類似体の活性は、SAR Matrixに基づいたフリーウィルソンモデル[用語10]を用いて予測することができる。さらに、SAR Matrix法は、既存の化合物や仮想類似体が形成する新たなactivity cliffの予測にも応用できると考えられる。

しかし、これまでに理論的な研究は行われてきたものの、新規リード化合物を創出するに至った例はなかった。そこで本研究グループは、SAR Matrix法に基づいて、既知のMMP-1阻害剤と仮想類似体によって形成されるactivity cliffを予測し、実験的に検証した。

今後の展開

SAR Matrix法は既存のデータベースの組み合わせにより、仮想類似体を設計していたため、構造の新規性に課題があった。最近、Jürgen Bajorath教授および吉森篤史博士によりSAR Matrix法とディープラーニングを組み合わせたDeep SAR Matrix法が発表された(Future Drug. Discov. 2020)。

この方法は、SAR Matrix法にディープラーニングを用いた構造生成法を組み合わせることで、より新規性・多様性に富む仮想類似体の設計を可能にした。今後は、本研究グループが開発したオリジナルな有機合成手法とDeep SAR Matrix法を組み合わせることで仮想的なSAR Matrixを構築し、そこから創出されるactivity cliffに対して実験的に検証することで、全く新しい骨格をもつ低分子医薬品候補を創成する。

用語説明

[用語1] 低分子医薬品 : 分子量500以下の薬理活性を有する合成医薬品。

[用語2] SAR Matrix : 化学構造と生物活性の間に成り立つ量的な関係を表す構造活性相関(Structure Activity Relationship:SAR)のデータセットを系統的に解析し、既知の活性化合物の仮想類似体で構築される活性予測二次元グリッドマップ。この二次元グリッドマップを構築するために開発された手法をSAR Matrix法と呼ぶ。

[用語3] マトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1) : コラーゲンなど細胞間をつなぐ成分である細胞外マトリックスを分解する酵素。

[用語4] Activity cliff(活性の崖) : SAR空間における不連続な領域であり、活性化合物の小さな構造変化が大きな活性向上をもたらす現象。2012年にJ. Bajorathにより提唱された。まるで崖のように化合物の活性が向上することから、その名前が付けられた。

[用語5] ファーマコフォア : 化合物と標的タンパク質の相互作用に必要な特徴をもつ官能基群と、それらの相対的な立体配置ならびに電子的特徴の組み合わせ。ファーマコフォアに当てはまる化合物を探し出すことをファーマコフォアフィッティングと呼ぶ。

[用語6] リード化合物 : 創薬標的に対して薬効が認められ、且つ、ある程度の医薬品として適正な物性を有する新薬候補化合物。

[用語7] ChEMBL : 医薬品や候補化合物を含む生理活性分子が集められたデータベース。欧州バイオインフォマティクス研究所によって運営されている。

[用語8] 創薬におけるリード最適化 : 創薬開発の起点となるリード化合物の活性や安全性を高めることを目的として、新しい化学構造を合成展開していくこと。

[用語9] 置換基フラグメント : 化合物のコア骨格に結合する部分構造。

[用語10] フリーウィルソンモデル : 特定の化学構造の有無により、活性を予測する手法。1964年にFreeとWilsonによって提唱された。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Prediction of an MMP-1 Inhibitor Activity Cliff Using the SAR Matrix Approach and Its Experimental Validation
著者 :
Y. Asawa, A. Yoshimori, J. Bajorath, H. Nakamura *
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 中村浩之

E-mail : hiro@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5244 / Fax : 045-924-5976(研究所事務室)

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

発光効率と大気安定性が高い、有害元素フリーの新規青色発光体を実現

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要点

  • 発光効率95%の青色発光体を開発。
  • 大気中で高い安定性があり、鉛やカドミウムなど有害元素を含まない。
  • 室温で溶液から合成可能で、フレキシブルディスプレイなどへの応用を期待。

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの李江伟(Jiangwei Li、リ ジャンウェイ)研究員、金正煥(Junghwan Kim、キム ジョンファン)助教、細野秀雄栄誉教授らは、有害元素を含まないハロゲン系青色発光体Cs5Cu3Cl6I2を新たに開発した。

蛍光体は波長変換によってさまざまな色を作り出す。その機能は、X線、紫外線、赤外線などの可視化に用いられている。単色の青色LEDの白色光への変換にも蛍光体は必須である。この蛍光体で最も重要になるのが波長変換の効率であり、発光効率(PLQY)がその指標とされる。近年、PLQYが90%を超えるさまざまな高効率発光体が報告されているが、カドミウム、鉛のような有害元素を含むことが問題となっている。

今回開発されたCs5Cu3Cl6I2は、95%という非常に高いPLQYや優れた大気安定性を有する。また溶液法を用いたバルク合成や、塗布法により薄膜作製が可能であるため、製造コストの削減や、プラスチック基板を用いるフレキシブルディスプレイなどへの応用が期待される。

本研究成果はドイツ科学誌「Advanced Materials」に速報としてオンライン版に2020年8月6日付で公開された。

背景と経緯

現在、ディスプレイなどに使われているLEDバックライトは、青色LEDと黄色の蛍光体を組み合わせることで白色光を作り出している。このように蛍光体には、ある光の波長を、必要とされる別の波長に変換する機能があり、人には見えない紫外光を可視光に変換することも可能である。ただし、この蛍光体では光をどれほど効率よく変換できるかが重要であり、一般的には発光効率(PLQY[用語1])がその指標となっている。

高いPLQYを有する材料としては近年、量子ドット(QD)などが注目されているが、発光波長が量子サイズ効果[用語2]に起因するため、粒径の均一性が保証されないといけない。特に高温環境では粒子の凝集が起きやすく、これを防ぐためには、製造工程において有機分子のリガンドを使用することが必要になる。しかし、このような工程には、QDの製造コストが高くなるという問題があった。さらに、QDにはカドミウム(Cd)などの有害元素が含まれていることも大きな問題となっている。

一方近年では、QDの代替材料としてペロブスカイト型ハロゲン化物が注目されている。この材料では、バルクの形状でも優れた発光特性が得られることや、溶液法などの安価な製造法が用いられることが大きな利点である。しかしながら、QDと同様に、有害元素である鉛(Pb)を含むことが問題となっている。このような背景から、当研究チームは以前から、有害元素フリーの新規発光材料の探索を進めており、2018年には、90%以上の非常に高いPLQYを有するハロゲン系青色発光体Cs3Cu2I5を初めて報告した(Adv. Mater, 30 (2018) 1804547)。このCs3Cu2I5は、有害元素フリーや高い効率の青色発光といった点から大きな注目を集め、その後も数多くの研究グループからさまざまなハロゲン系発光体が新たに報告されている。しかし、高いPLQYと大気安定性という条件をともに満たす材料は、いまだCs3Cu2I5のみである。こうしたことから、ハロゲン系発光体の大気安定性や発光効率を高めるために必要な要因を明らかにすることが重要になっていた。

研究の内容

これまでに報告された高効率ハロゲン系発光体は、[CuX]の多面体を発光中心とするものがほとんどである(XにはI(ヨウ素)、Br(臭素)、Cl(塩素)などが入る)。具体的には、当研究グループが報告したCs3Cu2X5、CsCu2X3のほか、Rb2CuX3などがある。研究グループは、この発光中心である[CuX]多面体の次元性が非常に重要であると考えてきた。たとえばCs3Cu2X5は、セシウムイオン(Cs+)によって[CuX]の発光中心が完全に隔離されている0次元的電子構造を有しており、この構造によって、QDと同様に高い励起子閉じ込め効果が得られると考えられる。最近では、物質名の先頭に次元性を「0D」(0次元)、「1D」(1次元)、「2D」(2次元)、「3D」(3次元)という形で示すことで、物性をよりわかりやすくしている(例:0D Cs3Cu2X5, 1D CsCu2I3)。

本研究では、新たなハロゲン化物発光体を見出すために、複合アニオン化合物[用語3]に着目した。ペロブスカイト型ハロゲン化物(CsPbX3)では、イオン半径が比較的近い2種のアニオンを用いて固溶体を作ることが可能である(例:CsPbBr3-XIX)。このような複合アニオンを用いることには、発光波長を幅広く変化できるといった利点がある。同様に、Cs3Cu2X5でも複合アニオンを用いた研究がすでに報告されているが、どれもCs3Cu2I5と比べると、発光特性や大気安定性が大幅に劣る結果になっている。そのため本研究では、イオン半径が大きく異なるヨウ素イオン( I-)と塩素イオン( Cl-)からなる複合アニオン化合物をあえて選択した。一般的には、この2種のアニオンでCs3Cu2X5の固溶体が作れるとは考えにくい。Cs3Cu2I5とCs3Cu2Cl5に相分離すると考えるのがふつうである。ただし、まったく新しい結晶相が生成される場合は違った結果になる可能性がある。こうした考えから、ヨウ素イオン( I-)と塩素イオン( Cl-)の複合アニオンを許容する新しい相があるかを調査した。その結果、Cs5Cu3Cl6I2という新たな相の存在が確認された。

図1. Cs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の結晶構造(白:セシウム、青:銅、紫:ヨウ素、緑:塩素)

図1. Cs5Cu3Cl6I2の結晶構造(白:セシウム、青:銅、紫:ヨウ素、緑:塩素)

Cs5Cu3Cl6I2の結晶構造では、[Cu3Cl6I2]5-の多面体がジグザグの模様で1次元的に繋がっている(図1)。この構造で特徴的なのは、多面体同士の結合位置にはヨウ素イオン(I-)のみが存在していることである。Cs5Cu3Cl6I2の光特性や大気安定性を調べると、発光波長は460 nmであり、既存のCs3Cu2I5よりやや長波長側にシフトしていることがわかった(図2)。発光効率は95%と非常に高い値を示しており、これまでに報告されたハロゲン系青色発光体の中では最も高い値である(表1)。

図2. (ア)Cs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>I<sub>5</sub>とCs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の発光スペクトルの比較、(イ)薄膜および粉末試料の発光写真、(ウ)従来のCs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>Cl<sub>5</sub>とCs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の大気安定性の比較。

図2. (ア)Cs3Cu2I5とCs5Cu3Cl6I2の発光スペクトルの比較、(イ)薄膜および粉末試料の発光写真、(ウ)従来のCs3Cu2Cl5とCs5Cu3Cl6I2の大気安定性の比較。

一方、大気安定性の試験でも非常に良好な結果が得られた。Cs5Cu3Cl6I2は大気中に90日間放置しても劣化はみられず、Cs3Cu2Cl5が大気中で急速に劣化することと対照的である(図2(ウ))。ここで注目すべきことは、塩化物発光体では大気中での劣化が数多く報告されているにもかかわらず、塩素がアニオンの75%を占めるCs5Cu3Cl6I2が、Cs3Cu2Cl5よりもかなり優れた大気安定性を示すことである。また、同様にアニオンにヨウ素を含むCs3Cu2I5と同レベルの安定性を示していることから、Cs5Cu3Cl6I2の大気安定性には、ヨウ素イオン(I-)が多面体同士の結合位置を占有し、かつ価電子帯上端を塩素イオン(Cl-)に代わって支配していることが大きく影響していると考えられる。

表1. 従来のハロゲン系発光体との発光特性の比較

表1. 従来のハロゲン系発光体との発光特性の比較

図3. 電子構造の比較。(ア)Cs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>I<sub>5</sub>,(イ)Cs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>,(ウ)CsCu<sub>2</sub>I<sub>3</sub>

図3. 電子構造の比較。(ア)Cs3Cu2I5,(イ)Cs5Cu3Cl6I2,(ウ)CsCu2I3

図3は、従来のハロゲン系青色発光体(Cs3Cu2I5、CsCu2I3)と、今回開発したCs5Cu3Cl6I2の次元性、発光効率(PLQY)、電子構造の相関について比較したものである。Cs5Cu3Cl6I2とCsCu2I3は同じ1次元性材料に分類することができるが、PLQYでは、Cs5Cu3Cl6I2が95%、CsCu2I3が10%と顕著な差がみられる。この差の理由は、価電子帯上端の局在性、つまり正孔の有効質量の違いによるものであると結論づけることができる。銅を含むハロゲン系発光体のほとんどでは、発光は自己束縛励起子[用語4]から生じる。この自己束縛励起子の生成には、正孔が空間的に局在されていることが望ましい。また、Cs5Cu3Cl6I2の伝導帯下端には比較的大きなバンド分散がみられる。よって、価電子帯上端に生成した局在した正孔と、伝導帯下端の遍歴性の高い電子によって、発光効率の高い自己束縛励起子が効率よく生成されることが、Cs5Cu3Cl6I2での高いPLQYにつながっていると考えられる。

今後の展開

本研究では、近年開発が進むハロゲン系発光体について、高い発光効率と耐久性を実現する要因を明らかにすることができた。今後はこの指針に基づき、赤色や緑色発光体についても新たに探索を行い、低コストかつ省エネの白色光を実現することを目指す。

付記

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。
文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>

研究課題名 :
「東工大元素戦略拠点」
代表研究者 :
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野 秀雄
PM :
元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
研究実施場所 :
東京工業大学
研究開発期間 :
2013年7月~2022年3月

用語説明

[用語1] PLQY : 蛍光量子効率(Photoluminescence Quantum Yield)。吸収した光子の数のうち放出された光子の数の割合。

[用語2] 量子サイズ効果 : 粒径が数nm程度まで小さくなると、電子がその領域に閉じ込められること。また、状態密度が離散化しバンドギャップが大きくなる。したがって、粒径を調整することでバンドギャップを変調し、さまざまな波長の発光を可能にする。

[用語3] 複合アニオン化合物 : 2種以上のアニオンを含む化合物。

[用語4] 自己束縛励起子 : 励起子—格子相互作用により、結晶格子が大きく歪んだ状態で励起子が特定の場所に局在していること。

参考文献

[1] T. Jun, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, H. Kamioka, J. Kim, H. Hosono, Adv. Mater. 30, 1804547 (2018).

[2] T. Jun, T. Handa, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, J. Kim, Y. Kanemitsu, H. Hosono, APL Mater. 7, 111113 (2019).

[3] K. Sim, T. Jun, J. Bang, H. Kamioka, J. Kim, H. Hiramatsu, H. Hosono, Appl. Phys. Rev. 6, 031402 (2019).

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
A Highly Efficient and Stable Blue-Emitting Cs5Cu3Cl6I2 with a 1D Chain Structure
(高効率かつ高い安定性の1次元構造の青色発光体、Cs5Cu3Cl6I2
著者 :
Jiangwei Li, Takeshi Inoshita, Tianping Ying, Atsushi Ooishi, Junghwan Kim*, Hideo Hosono*
(大石氏の所属は三菱ケミカル、他は東工大)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター

助教 金正煥(Junghwan Kim)

E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5197

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

バイオマス資源からアミンを直接合成できる新触媒 再生可能資源からのポリマー原料・医農薬中間体製造に期待

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要点

  • 様々なアルコール原料から第一級アミンを直接合成する固体触媒を開発
  • ルテニウム粒子の電子的チューニングによる高機能化の実現
  • バイオマス由来の化合物から高付加価値ポリマー原料の合成に成功

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授、喜多祐介助教と鎌田慶吾准教授らは、アルコールとアンモニアを一段階の反応で第一級アミン[用語1]へと変換する新規ルテニウム触媒の開発に成功した。このルテニウム触媒は再生可能なバイオマス資源からエンジニアリングプラスチック原料を合成することができる。

アルコールから得られるカルボニル化合物がアミン合成の出発原料としてよく用いられており、アルコールからアミンを直接合成できる新しい触媒の開発が望まれていた。これまでに報告されているルテニウム触媒では、高い反応温度や本来は必要のない水素の添加が必要であるという問題点があった。今回の研究では電子的調整(電子チューニング)を行ったルテニウム触媒を開発することで、低い反応温度で様々なアルコールから水素の添加を必要としないアミンの直接合成に成功した。

この触媒はアルコール類の効率的な変換触媒としてだけでなく、有機化合物から水素を取り出し、また戻すことが可能な特徴を有していることから、有機ケミカルハイドライド法[用語2]への応用も期待される。

研究成果は英国王立化学会誌「Chemical Science(ケミカルサイエンス)」にオンライン速報版で9月3日に掲載された。

背景

第一級アミンは、医農薬品や機能性材料の合成中間体として広範に用いられている。したがって容易に入手可能な原料を用いて、有害な副生成物を生み出さない第一級アミン合成を開発することには大きな価値がある。原教授らの研究グループはカルボニル化合物を出発原料とし、水素とアンモニアを用いる還元的アミノ化反応により、様々なアミンを合成できる触媒を開発しており、これまでに発表をしている[参考文献1,2]

しかし、カルボニル化合物はアルコールを変換して得る必要があり、アンモニアとアルコールの反応により第一級アミンを触媒的に合成できれば、目的生成物以外に副生するのは無害の水のみとなり、環境調和性と原子効率に優れた合成法となる。

近年では、化石資源の使用削減を目的としてバイオマス由来の原料を用いた変換反応の開発が進められており、バイオマス由来化合物の中には多くのアルコール類が含まれていることから、バイオマス由来アルコールから高付加価値な第一級アミンを合成する触媒の開発は、持続可能な社会の構築に貢献することが可能である(図1)。

図1. バイオマス由来アルコールとアンモニアの反応による高付加価値化

図1. バイオマス由来アルコールとアンモニアの反応による高付加価値化

一例を挙げると、合成繊維として広く用いられているナイロン6,6の原料であるヘキサメチレンジアミンは、石油精製の副産物である1,3-ブタジエンを有害な青酸(HCN)との反応によりアジポニトリルへと誘導し、その後、水素化することにより合成されている。アルコールから第一級アミンを合成することができれば、バイオマスから誘導できる1,6-ヘキサンジオールから一段階でヘキサメチレンジアミンを合成することが可能になり、現状のプロセスを簡略化し省エネルギー化を図ることができる(図2)。

図2. ナイロン6,6の原料であるヘキサメチレンジアミン合成

図2. ナイロン6,6の原料であるヘキサメチレンジアミン合成

研究の経緯

アルコールを一段階で第一級アミンへと変換するには、“Borrowing Hydrogen”[用語3]に基づいた手法が必要となる。この手法では、触媒と分子の間で水素のやり取りを行うことで、①一時的なアルコールの活性化②アンモニアとの脱水縮合、そして③水素化という三つのステップが一つの容器内で一挙に行われる。このBorrowing Hydrogen法で鍵となるのが、一段階目のアルコールの活性化の際に生じるルテニウムヒドリド種[用語4]である(図3)。このルテニウムヒドリド種は三段階目の水素化を行う触媒であり、この化学種の活性と安定性を制御することが高効率な変換反応に必要である。

図3. Borrowing Hydrogen法によるアルコールとアンモニアからの第一級アミン合成

図3. Borrowing Hydrogen法によるアルコールとアンモニアからの第一級アミン合成

従来のルテニウム触媒では反応機構上不必要な水素分子の添加を必要としていた。原教授らはこの原因として、ルテニウムヒドリド種から水素分子が脱離するため、水素圧をかけることによりルテニウムヒドリド種へと戻しているのではないかと考えた。そこで、ルテニウムヒドリド種を電子的にチューニングすることで、反応性を制御し水素分子の添加を必要とせず、アルコールからの第一級アミン合成を温和な条件で促進する触媒の開発を進めた。

研究成果

原教授らは担体となる金属酸化物によりルテニウムナノ粒子の電子密度が変化することを明らかにしており、そのルテニウム粒子のチューニングにより還元的アミノ化反応を効率よく促進するルテニウム-酸化ニオブ複合触媒(Ru/Nb2O5)を開発している[参考文献1]。しかし、ルテニウムナノ粒子と金属酸化物担体の組み合わせだけでは、活性と安定性を併せ持つ触媒を開発することはできなかった。

そこでより精密な調整を行うため、2種類の金属酸化物を用いルテニウムナノ粒子と組み合わせた触媒を開発した。その結果、ルテニウムと酸化マグネシウムと二酸化チタンを組み合わせた複合体触媒 (Ru-MgO/TiO2)が、アルコールとアンモニアから第一級アミン合成において、二酸化チタンのみを使用した触媒(Ru/TiO2)よりも高い触媒活性を示すことを見出した(図4)。また、従来のルテニウム触媒とは異なり、水素分子の添加を必要とせず、より温和な条件で、アルコールとアンモニアから第一級アミンを合成できることが明らかとなった。

図4. アルコールの直接アミノ化における触媒性能の比較

図4. アルコールの直接アミノ化における触媒性能の比較

今回開発したRu-MgO/TiO2と電子的チューニングを行う酸化マグネシウムを加えない触媒(Ru/TiO2)を比較検討することにより、酸化マグネシウムによりルテニウムヒドリド種が電子的チューニングされ、ルテニウムとヒドリドの間の結合が伸長し、活性が向上することを実験的に明らかにした(図5)。ヒドリドの活性が向上することにより、三段階目の水素化反応が迅速に進行し、ヒドリドが水素分子として脱離することを阻害したものと考えられる。

図5. ヒドリド種の電子的チューニング

図5. ヒドリド種の電子的チューニング

Ru-MgO/TiO2を用いると、多種多様なアルコール類を第一級アミンへと変換することが可能であり、特にバイオマス由来アルコール類にも適用可能であった。
バイオマス由来の基幹原料である5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)を出発原料とすることで、高機能ポリマーであるアラミド樹脂[用語5]のモノマーを合成することを可能にする。

今後の展開

今回開発した触媒は、アルコール類からの第一級アミン合成を効率化することが可能になることから、工業的な利用に向けた道が開けたといえる。さらにバイオマス変換による高付加価値化にも展開することが可能である。

今回の研究では、金属ヒドリド種の電子的チューニングにより触媒活性を大きく変化させることが可能なことを明らかとした。金属ヒドリド種は有機化合物との間で水素の受け渡しをする際の鍵となる化学種であることから、水素分子を利用する反応(水素化反応)に応用できるというだけでなく、有機ケミカルハイドライド法の触媒設計にも応用することが期待できる。

用語説明

[用語1] 第一級アミン : アンモニア(NH3)の水素原子1個を炭化水素基または芳香族原子団で置換した化合物。

[用語2] 有機ケミカルハイドライド法 : 水素は爆発性の気体のため、そのまま大規模に貯蔵輸送をする場合は、潜在的なリスクの高い物質である。安全に貯蔵輸送するため、トルエンなどの芳香族化合物を水素の入れ物(キャリア)として用いる手法。芳香族化合物の水素化(水素貯蔵反応)と脱水素反応(水素発生反応)からなる。

[用語3] Borrowing Hydrogen : 有機化合物の酸化(脱水素)と還元(水素化)を一つの反応過程で行い、より複雑な構造の化合物を合成する手法。触媒と有機化合物の間での水素の受け渡しにより達成されることからBorrowing Hydrogenと名付けられた。

[用語4] ルテニウムヒドリド種 : ルテニウムとマイナスの電荷をもつ水素イオン(ヒドリド)が結合した化学種。

[用語5] アラミド樹脂 : アミド結合(-C(O)-N)によって多数のモノマーが結合してできたポリマーのうち、芳香族アミンをモノマーとして使用したもの。高耐熱性・高強度のエンジニアリングプラスチックであり、その高い引っ張り 強度や耐刃性から、ケブラー®に代表されるように防弾チョッキやヘルメットなどに利用される。

ケブラー®は、米国デュポン社の関連会社の商標あるいは登録商標です。

参考文献

[1] 欲しいものだけを合成する新触媒(東京工業大学プレスリリース:2017年8月7日付け)

[2] 副産物をほぼゼロの特異構造のナノ粒子触媒による有用物合成(東京工業大学プレスリリース:2018年6月28日付け)

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Effects of Ruthenium Hydride Species on Primary Amine Synthesis by Direct Amination of Alcohols over Heterogeneous Ru Catalyst
著者 :
Yusuke Kita, Midori Kuwabara, Satoshi Yamadera, Keigo Kamata, Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 原亨和

E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

「金‐銀‐銅」の合金微粒子を生成 オリンピックメダル金属の3元素から成る高性能触媒を開発

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要点

  • 1ナノメートルサイズの粒子中に金・銀・銅を混合した触媒を開発
  • 従来の触媒よりも低温・低圧で駆動する、炭化水素の高活性酸化触媒
  • 高エネルギー物質であるヒドロペルオキシドを生産する特殊な触媒

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教、山元公寿教授、田邊真特任准教授、神戸徹也助教らの研究グループは2018年にグループが開発した「アトムハイブリッド法[用語1]」を応用し、複数の元素を混ぜ合わせた極小のナノ粒子「サブナノ粒子[用語2]」を利用した特殊な高活性酸化触媒の開発に成功した。

研究グループは今回、金・銀・銅の三種類の金属元素を含むサブナノ粒子を触媒として使用し、炭化水素の酸化反応[用語3]を中心に性能を調査した。その結果、この合金粒子は従来の触媒よりも低温・低圧で駆動し、空気中の酸素分子のみを使用、特別な反応剤も必要としない極めて温和な反応条件で機能する高活性触媒となることを発見した。さらに、通常は得られない特殊な高エネルギー物質「ヒドロペルオキシド[用語4]」が安定して得られることも明らかになった。

低資源量、低エネルギーで高い活性を発現することから、このようなサブナノ粒子触媒は資源問題やエネルギー問題の視点からも有用な材料になると期待される。さらに、粒子中の元素を適切に組み合わせれば、触媒反応を用途に応じて自在にデザインできる可能性があり、将来的には資源やエネルギーをほとんど消費することのない新たな環境材料の創出が期待できる。

研究成果は2020年8月26日発行のドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)」オンライン版に掲載された。

背景と経緯

炭化水素は石油や天然ガスなどの化石燃料の主成分で、プラスチックや化学繊維、医薬品を始めとした様々な機能材料の原料となっている。炭化水素は一般的に化学反応を起こしにくいため、これを有用な物質に変換するために様々な触媒が研究されており、近年は特に高い反応活性を持つナノ粒子触媒が注目を集めている。

中でも、通常のナノ粒子よりもさらに小さな、粒径が約1ナノメートルに達する「サブナノ粒子」は、一際高い触媒活性を発現すると期待されている。しかし、一般的なナノ粒子とは異なり、原子レベルの精密制御が要求されるサブナノ粒子の合成は技術的に難しいため、これまでこの極小サイズの触媒はほとんど研究されてこなかった。

研究成果

塚本孝政助教、山元公寿教授らの研究グループは2018年に開発したサブナノ粒子の精密合成法「アトムハイブリッド法」を応用し、特異な化学反応活性を持つ合金サブナノ粒子触媒の新規開発を目指した。

グループは今回、三種類の貨幣金属[用語5]元素(金・銀・銅)を含む合金サブナノ粒子触媒に着目し、モデル物質であるシクロヘキセンを出発原料として、炭化水素の酸化反応の試験を行った(図1)。その結果、特に銅原子を含む粒子が酸化反応の触媒として働いており、バルク(塊状物質)やナノ粒子と比較して、サブナノ粒子は非常に高い反応活性を持つことが明らかになった。

さらに、金原子や銀原子と合金化することで反応活性はより増幅され、三種類の元素を含む金–銀–銅合金は最も高い触媒性能を示した(図2)。また、この合金粒子は従来の触媒よりも低温・低圧で駆動し、酸素分子のみを使用し、特別な反応剤も必要としない、極めて温和な反応条件で機能することも明らかになった。研究グループはコンピューターシミュレーションにより、各金属元素が粒子中でそれぞれ固有の役割を担っており、これらの効果が協奏的に働くことが高い反応活性の要因になっていると予測している。

さらに、通常では得られない特殊な高エネルギー物質であるヒドロペルオキシドが選択的に得られることも発見された(図2)。炭化水素に過酸化水素が結合したヒドロペルオキシドは、過酷な反応条件ではすぐに分解してしまう不安定な物質だが、今回実現された極めて温和な触媒反応によって安定した生成が可能になったと考えられる。

図1. アトムハイブリッド法を利用した、金–銀–銅の合金サブナノ粒子の合成。

図1. アトムハイブリッド法を利用した、金–銀–銅の合金サブナノ粒子の合成。

デンドリマー[用語6]に粒子の原料である金、銀、銅の金属塩を取り込ませ、これを還元することでサブナノ粒子を得る。1ナノメートル程度のナノ粒子の中に、各元素が混合していることが分かる。

図2. サブナノ粒子によるヒドロペルオキシドの生成とその触媒性能。

図2. サブナノ粒子によるヒドロペルオキシドの生成とその触媒性能。

反応を触媒するのは主に銅原子であるが、バルク(塊状物質)やナノ粒子ではほとんど反応が進まない。一方で、サブナノ粒子まで小さくなると触媒性能が大幅に向上し、金原子や銀原子と合金化することでこれがさらに増幅されることが分かる。

今後の展開

アトムハイブリッド法を応用することで、従来よりも遥かに穏和な条件で駆動し、既存触媒を凌駕する活性を持つ新たな触媒の開発に成功した。この成果はサブナノ粒子を構成する元素を適切にデザインすることで、触媒反応を自在にカスタマイズできる可能性を示している。

また、このようなサブナノ粒子触媒はごく少数の金属原子しか使用せず、かつ低温でも機能することから、資源問題やエネルギー問題の視点からも有用な材料になると期待される。将来的には、資源やエネルギーをほとんど消費することのない次世代環境材料の創出に繋がる可能性がある。

用語説明

[用語1] アトムハイブリッド法 : デンドリマー(用語6参照)をナノサイズの鋳型として利用し、原子レベルの精度でサブナノ粒子(用語2参照)を合成する手法。デンドリマーの構造中には多種多様な金属イオンを、さまざまな組み合わせで取り込ませることができる。この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで目的のサブナノ粒子を得る。

[用語2] サブナノ粒子 : 直径が約1ナノメートル程度のナノ粒子のこと。わずか数個〜数十個の原子で構成されており、ナノ粒子の中でも特に小さく、一般的なナノ粒子にはない特異な機能を有している。

[用語3] 炭化水素の酸化反応 : 炭素と水素のみから成る有機分子を酸化する反応で、ロウソクの炎やガソリンの燃焼もこの反応の一種である。炭化水素は非常に安定な炭素–水素結合を持つため化学変換が難しく、高温や高圧、強力な酸化剤、触媒などを必要とする場合が多い。また、通常は様々な酸化生成物が得られることから、目的の物質のみを効率よく得るために多くの工夫が施される。今回出発原料として利用したシクロヘキセンは、炭素6原子と水素10原子から成る環状の炭化水素。

[用語4] ヒドロペルオキシド : 炭化水素と過酸化水素が結合した物質。一般的な酸化触媒では、炭化水素と酸素が結合した「酸化物(オキシド)」や水が結合した「水酸化物(ヒドロキシド)」が得られるが、今回開発した触媒ではヒドロペルオキドが選択的に生産される。オキシドやヒドロキシドと比較して、ヒドロペルオキシドは高いエネルギーを保持した珍しい物質で、様々なファインケミカルの原料としての利用が期待される。不安定な物質であるため通常はすぐに分解してしまうが、サブナノ粒子を利用した低温・低圧の温和な触媒反応により、初めて安定して得ることに成功した。

[用語5] 貨幣金属 : 周期表の第11族元素である金・銀・銅は、オリンピックメダルを初め、様々な硬貨に用いられることから貨幣金属とも呼ばれる。他の金属元素と比較して腐蝕されにくく、特に金は化学反応をほとんど起こさないため、錆びない金属としてよく知られる。このような不活性な金属元素は触媒には不向きであると考えられていたが、近年、ナノ粒子のサイズまで小さくすることで触媒性能を発現することが発見された。金・銀・銅の元素記号はAu・Ag・Cuで、原子番号は29・47・79。

[用語6] デンドリマー : コアと呼ばれる中心構造と、デンドロンと呼ばれるコアから樹状に延びる側鎖構造から構成される特殊な高分子。本研究では、金属イオンを取り込むことが可能なイミンと呼ばれるユニットを、コアとデンドロンの構造中に多数組み込んだ、独自設計のデンドリマーを採用している。

参考文献

[1] T. Tsukamoto, et al. Nature Commun. 9, 3873 (2018).
「多元合金ナノ粒子の新たな合成手法を開発—不可能だった5種類を超える元素のハイブリッド化を実現」(2018.9.25東工大ニュース)

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー 国際版)
論文タイトル :
Selective Hydroperoxygenation of Olefin Realized by Coinage Multimetallic 1‐nanometer Catalyst(1ナノメートルの貨幣金属合金を触媒としたオレフィンの選択的ヒドロペルオキシ化反応)
著者 :
Tatsuya Moriai, Takamasa Tsukamoto, Makoto Tanabe, Tetsuya Kambe, Kimihisa Yamamoto
DOI :

研究に関する問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

教授 山元公寿(やまもと きみひさ)

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


免疫調節薬ポマリドミドの新規作用機序の解明 再発・難治多発性骨髄腫の新たな創薬標的を発見

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要点

  • 多発性骨髄腫治療薬ポマリドミドの抗がん作用にARID2タンパク質の分解が関与
  • ポマリドミドは既知の標的に加えARID2を分解し優れた抗がん作用を発揮
  • ARID2は再発・難治性の多発性骨髄腫で高発現、「予後不良マーカー」に有用

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山本淳一助教と山口雄輝教授、東京医科大学の半田宏特任教授、埼玉医科大学の木崎昌弘教授らの研究グループは、多発性骨髄腫[用語1]の治療薬であるポマリドミド[用語2]の抗がん作用にARID2[用語3]というタンパク質の分解が関わっていることを明らかにした。

サリドマイド誘導体であるレナリドミド[用語4]やポマリドミドは免疫調節薬[用語5]とも総称され、治癒の難しい血液がんである多発性骨髄腫などに対する治療薬として用いられている。ポマリドミドはレナリドミド抵抗性の患者にも有効なことから、レナリドミドとは異なるメカニズムで抗がん作用を発揮すると考えられるが、その詳細は不明だった。

今回の研究により、ポマリドミドがARID2の分解を引き起こすことでレナリドミドとは異なる抗がん作用を発揮していることが明らかとなった。さらに、ARID2がレナリドミド耐性や再発・難治性の多発性骨髄腫で高発現しており、患者の予後を予測する「予後不良マーカー」として有用であることも明らかとなった。

今回の研究の成果により、再発・難治骨髄腫の新たな診断法や治療法の開発が期待される。この研究成果は9月21日(米国時間)、米科学誌「ネイチャーケミカルバイオロジー(Nature Chemical Biology)」に掲載された。

背景

多発性骨髄腫は1990年代までは抗がん剤による病勢コントロールが治療の主体であった。2000年以降、新たな治療薬の登場により、その生命予後は大きく改善しているが、多発性骨髄腫は依然として治癒を得ることが難しい難治な血液がんである。本研究は現在の多発性骨髄腫治療の中心となる免疫調節薬レナリドミドとポマリドミドの作用機序に関するものである。

サリドマイドは1950年代に鎮静剤として開発されたが、深刻な催奇形性を有することから世界的な薬害事件を引き起こし、市場から撤退した。しかし、その後の研究からサリドマイドがハンセン病や多発性骨髄腫などの難病に有効であることが明らかとなり、厳格な統制下での投与が再び認可されるに至っている。

同研究グループは2010年にサリドマイドの分子標的がタンパク質分解を司るユビキチンリガーゼ複合体[用語6]の構成因子であるセレブロンというタンパク質であることを明らかにした。その後の研究から、サリドマイド系薬剤がセレブロンに結合するとその基質特異性が変化し、通常は分解されないタンパク質が分解されるようになることが明らかになってきた。このような特定の薬剤の存在下でのみ分解される標的タンパク質を「ネオ基質」と呼び、サリドマイド系薬剤の多様な薬理作用は様々なネオ基質の分解によって引き起こされると考えられている。

サリドマイド誘導体であるレナリドミドやポマリドミドは免疫調節薬とも総称され、多発性骨髄腫の治療薬として用いられている。レナリドミドが多発性骨髄腫の標準治療で用いられているのに対し、ポマリドミドは標準治療に対して無反応だったり再発したりした場合にサルベージ治療[用語7]で用いられている。

レナリドミドやポマリドミドの多発性骨髄腫に対する抗がん作用に関与するネオ基質として、IkarosとAiolos[用語8]というタンパク質が見つかっているが、これらはレナリドミドでもポマリドミドでも分解され、両者の薬効の違いを説明できない。ポマリドミドがレナリドミド抵抗性の多発性骨髄腫に抗がん作用を示す理由は不明だった。

本研究で得られた結果・知見

山口教授らの研究グループは、ARID2というタンパク質がポマリドミド特異的なネオ基質であることを明らかにした。ポマリドミドはレナリドミドよりもARID2を分解する活性が遥かに高く、レナリドミド耐性の多発性骨髄腫細胞においてもARID2を分解し、増殖阻害を引き起こした。これらの結果から、ポマリドミドはIkarosとAiolosに加えてARID2も分解に導くことでレナリドミドよりも優れた抗がん作用を発揮していることが示唆された(図1)。

図1. 本研究で明らかになったポマリドミド(Pom)の多発性骨髄腫に対する薬効の作用機序。MYC遺伝子とIRF4遺伝子は共に多発性骨髄腫の「アキレス腱」として知られている。レナリドミド(Len)はセレブロン(CRBN)を介してIkarosとAiolosを分解するが、ARID2を分解することはできない。ARID2が高発現している多発性骨髄腫は、PBAF経路が残存しているためレナリドミド抵抗性を示す。ポマリドミドはIkarosとAiolosに加えてARID2も分解し、優れた抗骨髄腫作用を示す。

図1. 本研究で明らかになったポマリドミド(Pom)の多発性骨髄腫に対する薬効の作用機序。MYC遺伝子とIRF4遺伝子は共に多発性骨髄腫の「アキレス腱」として知られている。レナリドミド(Len)はセレブロン(CRBN)を介してIkarosとAiolosを分解するが、ARID2を分解することはできない。ARID2が高発現している多発性骨髄腫は、PBAF経路が残存しているためレナリドミド抵抗性を示す。ポマリドミドはIkarosとAiolosに加えてARID2も分解し、優れた抗骨髄腫作用を示す。

また、ARID2が高発現している多発性骨髄腫患者は予後が悪いこと(図2A)、ARID2が再発・難治多発性骨髄腫患者において高発現していること(図2B)も判明し、ARID2が予後不良マーカーとして有用であることが示唆された。

A:多発性骨髄腫患者のARID2高発現群と低発現群の生存解析(n=55)。ARID2高発現群では生存期間が短い。

B:初診時と再発時でのARID2発現の比較(n=5)。ARID2の発現レベルは再発時に高い。

図2. A:多発性骨髄腫患者のARID2高発現群と低発現群の生存解析(n=55)。ARID2高発現群では生存期間が短い。B:初診時と再発時でのARID2発現の比較(n=5)。ARID2の発現レベルは再発時に高い。

ARID2はクロマチンリモデリング複合体PBAF[用語9]を構成するサブユニットの1つである。セレブロンがポマリドミド依存的にARID2を分解する際には、PBAF複合体の別のサブユニットであるBRD7がセレブロンとARID2の間を「橋渡し」していることも当研究グループは突き止めた。また、PBAF複合体が多発性骨髄腫の増殖に必須な「アキレス腱」として知られているMYC遺伝子の発現に重要であり、ARID2が分解されるとMYC遺伝子[用語10]の発現が低下して、多発性骨髄腫が死滅することも明らかにした。

以上の結果から、ARID2はレナリドミド耐性を示す再発・難治多発性骨髄腫の診断や治療において有望な標的であることが判明した。

今後の展開

多発性骨髄腫治療の有望な標的としてARID2が同定されたので、今後はARID2を標的とした、より効果の高い薬剤の開発が期待される。最近の別の研究から、ARID2を含むPBAF複合体ががん免疫療法に対する耐性に関与することも分かってきているので、PBAFを標的とした抗がん剤は多発性骨髄腫だけでなく、様々な種類のがん治療に役立つことが期待される。

用語説明

[用語1] 多発性骨髄腫 : 血液細胞の一種である形質細胞ががん化した状態。がん化した形質細胞(骨髄腫細胞)は血液を作り出す骨髄の中で増殖し、さまざまな影響を及ぼす。

[用語2] ポマリドミド : サリドマイドの誘導体であり、抗骨髄腫作用と免疫調節作用を有する医薬品。レナリドミド治療に抵抗性を示す多発性骨髄腫や治療後に再発した多発性骨髄腫の治療に用いられる。

[用語3] ARID2 : クロマチンリモデリング複合体PBAFを構成するサブユニットの1つであり、DNA結合能をもつ。ARID2をコードする遺伝子はCoffin-Siris症候群の原因遺伝子としても知られる。

[用語4] レナリドミド : サリドマイドの誘導体であり、抗骨髄腫作用と免疫調節作用を有する医薬品。多発性骨髄腫の治療全般に用いられる。

[用語5] 免疫調節薬 : サリドマイドやその誘導体で、免疫システムの機能調節のほか、抗がん作用など多様な薬理作用を持つ化合物の総称。

[用語6] ユビキチンリガーゼ複合体 : 細胞内のタンパク質を分解する主要な経路の1つがユビキチン・プロテアソーム系であり、ユビキチンリガーゼ複合体はその経路において分解するべきタンパク質にユビキチンという目印をくっつける役割を果たすタンパク質複合体である。

[用語7] サルベージ治療 : がんが他の治療に対して無反応であった後に行う治療のこと。主に造血器腫瘍において、治療の効果が得られない場合(治療抵抗性)、あるいは再発・再燃した場合に用いる治療のこと。がんの種類によって治療内容は異なるが、その多くは複数の薬を組み合わせた治療となる。

[用語8] Ikaros、Aiolos : リンパ球の細胞増殖や細胞分化に関与する転写因子で、多発性骨髄腫の増殖にも重要な役割を果たす。レナリドミド とポマリドミドの抗骨髄腫作用に関与するセレブロンのネオ基質。

[用語9] クロマチンリモデリング複合体PBAF : クロマチンはゲノムDNAとヒストンタンパク質の複合体であり、クロマチンリモデリング複合体はDNA複製や転写反応などの際にクロマチンの構造変換を担うタンパク質複合体である。

[用語10] MYC遺伝子 : 様々なタイプのがんで頻繁に過剰発現しているがん遺伝子。多発性骨髄腫では増殖に必須な「アキレス腱」遺伝子として知られる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Chemical Biology
論文タイトル :
ARID2 is a pomalidomide-dependent CRL4CRBN substrate in multiple myeloma cells
著者 :
Junichi Yamamoto, Tetsufumi Suwa, Yuki Murase, Shumpei Tateno, Hirotaka Mizutome, Tomoko Asatsuma-Okumura, Nobuyuki Shimizu, Tsutomu Kishi, Shuji Momose, Masahiro Kizaki, Takumi Ito, Yuki Yamaguchi, and Hiroshi Handa
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 山口雄輝

E-mail : yyamaguc@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5798

東京医科大学 ケミカルバイオロジー講座

特任教授 半田宏

E-mail : hhanda@tokyo-med.ac.jp
Tel : 03-5323-3250

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京医科大学 総務部 広報・社会連携推進課

E-mail : d-koho@tokyo-med.ac.jp
Tel : 03-3351-6141(代表)

埼玉医科大学 広報室

E-mail : koho@saitama-med.ac.jp
Tel : 049-276-2125

高い強誘電性を有する窒化物強誘電体の薄膜化に成功 低消費電力の不揮発性メモリへの応用に期待

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要点

  • 高い強誘電性を有する窒化アルミニウムスカンジウムで、これまでよりさらに強誘電性が高い膜の作製に成功。
  • 10万分の1ミリメートル以下の薄い窒化アルミニウムスカンジウム薄膜でも強誘電性を示すことを世界で初めて確認。
  • 低消費電力で動作する、不揮発性メモリへの応用に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の舟窪浩教授(同大学元素戦略研究センター兼任)、安岡慎之介大学院生(修士課程2年)らの研究グループは、強誘電体の中で最も高い強誘電性を持つことが報告されている窒化アルミニウムスカンジウムについて、スカンジウムを低濃度にすることによって、従来よりも高い強誘電性を発現する膜の作製に成功した。さらに、10万分の1ミリメートル(10 nm)以下の窒化アルミニウムスカンジウム薄膜でも強誘電性があることを世界で初めて確認した。

酸化ハフニウム等の従来の強誘電体では、複雑な形状の基材上への3次元の膜作製が必要だった。本成果によって、単純な構造で強誘電体の膜の作製ができるようになる観点からコストダウンが可能になる上、低消費電力で動作するIoT用の不揮発性メモリの実現が期待される。

今回の成果は、東京工業大学のほか、物質・材料研究機構機能性材料研究拠点の独立研究者の清水荘雄博士、産業技術総合研究所のセンシングシステム研究センターの上原雅人主任研究員と山田浩志研究チーム長、秋山守人首席研究員、東北大学電気通信研究所の平永良臣助教と長康雄教授らの研究グループによるもので、米国の物理学会の雑誌「Journal of Applied Physics」のFeatured Articleに選ばれ、9月18日付(現地時間)で掲載された。

背景

強誘電体は、電圧の印加方向によって、結晶に2通りの安定な状態(分極状態)があり、電源から切り離してもその時点の分極状態を保持できる物質である。分極状態の保持には電力をまったく使わないため、理論的には電源がなくても情報が保持できる記憶保持素子(不揮発性メモリ)を作製できる。こうした強誘電体を利用したメモリはすでに、交通系ICカード等で広く実用化されているが、強誘電体の膜の作製が難しいため、一部の用途に限られてきた。

2011年に、作製が容易な酸化ハフニウムを基本とした物質が発表され、大きな注目を集めているが、強誘電性の制御方法がまだ十分確立していないことに加え、強誘電性自体が小さく、3次元の膜作製が必要だという問題があり、現在も実用化に向けた努力が続けられている。

2019年には、現在スマートフォンの高周波フィルターに使われている窒化アルミニウムスカンジウム[(Al,Sc)N]が高い強誘電性を持つことが報告された。しかし、メモリを低消費電力で動作させるためには、強誘電体を薄くすることが不可欠だが、この研究で報告されたデータは150 nmの厚膜に関するものであり、薄膜化しても強誘電性が発現するかは不明だった。これは、強誘電体には薄膜化すると強誘電性が失われる「サイズ効果[用語1]」があり、その際に強誘電性を失う厚さが物質によって大きく異なるためである。そのため、窒化アルミニウムスカンジウムをメモリとして使用可能かどうかは明らかになっていなかった。

研究成果

本研究では、気相にしたスカンジウム(Sc)とアルミニウム(Al)の金属を窒素ガスと反応させることで、スカンジウムとアルミニウムの比[Sc/(Sc+Al)比]が異なる数種類の窒化アルミニウムスカンジウム[(Al,Sc)N]を作製した。 その結果、これまでの報告と比べて、Sc/(Sc+Al)比が小さく、かつ電源を切り離したときに残る1 cm × 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)が大きい、強誘電性を有する膜の作製に成功した。

図1. 電源から切り離したときに残る1 cm × 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)と膜中の
Sc/(Sc+Al)比の関係

図1. 電源から切り離したときに残る1 cm × 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)と膜中の Sc/(Sc+Al)比の関係

さらに、Sc/(Sc+Al)比が小さいほど、ある分極状態から別の分極状態に変える(反転させる)のに必要な1 cmあたりの電圧(抗電界、Ec)(図2の中塗り点)と、印加できる1 cmあたりの電圧(最大電界、Emax)(図2の中抜き点)の差が広がることがわかった。このことから、Sc/(Sc+Al)比を小さくする、つまりスカンジウムの濃度を低くすることで、分極状態を繰り返し反転させても、2つの状態の間での安定した行き来を実現できることを見出した。

図2. 反対の分極状態に変えるための1 cmあたりの電圧(抗電界、Ec)(中塗り点)および印加できる1 cmあたりの電圧(最大電界、Emax)(中抜き点)と膜中のSc/(Sc+Al)比の関係

図2. 反対の分極状態に変えるための1 cmあたりの電圧(抗電界、Ec)(中塗り点)および印加できる1 cmあたりの電圧(最大電界、Emax)(中抜き点)と膜中のSc/(Sc+Al)比の関係

また、これまで課題とされてきた、低消費電力化に必要とされる薄膜化については、膜厚を従来の約3分の1にあたる48 nmまで薄くしても、高い強誘電特性が維持できることを初めて見出した(図3(a))。また、膜厚がさらに薄い9 nmでも強誘電性を発現することを、非線形誘電率顕微鏡法[用語2]を用いて世界で初めて確認した(図3(b)と(c))。

図3. (a)種々の強誘電体を電源から切り離した際に残る1 cmx1 cmあたりの静電容量(残留分極値)の膜厚依存性。今回確認した残留分極値は、代表的な強誘電体Pb(Zr0.2Ti0.8)O3の倍以上の大きさであることがわかる。(b)膜厚9 nmの膜に+6Vを印加した後、一部領域にのみ−6Vを印加した模式図。(c)同じ範囲の非線形誘電率顕微鏡像。2通りの分極状態に対応したコントラストが像で確認でき、電圧の印加によって反転できていることが確認できた。

図3. (a)種々の強誘電体を電源から切り離した際に残る1 cmx1 cmあたりの静電容量(残留分極値)の膜厚依存性。今回確認した残留分極値は、代表的な強誘電体Pb(Zr0.2Ti0.8)O3の倍以上の大きさであることがわかる。
(b)膜厚9 nmの膜に+6Vを印加した後、一部領域にのみ−6Vを印加した模式図。
(c)同じ範囲の非線形誘電率顕微鏡像。2通りの分極状態に対応したコントラストが像で確認でき、電圧の印加によって反転できていることが確認できた。

期待される波及効果

今回の成果には、以下のような波及効果が期待できる。

a) 低消費電力で動作する強誘電体メモリの実用化の加速

強誘電体を用いたメモリ(強誘電体メモリ[用語3])は、消費電力が低く、かつ高速動作することから、「理想のメモリ」「究極のメモリ」と長年考えられてきた。しかし、これまで研究や応用が進められてきた強誘電体物質はいずれも、膜の作製の難しさや、強誘電性の小ささ、制御方法の確立といった問題を抱えていた。 本研究で対象とした窒化アルミニウムスカンジウムは、従来の材料よりも高い強誘電性を有し、作製も容易なことから、大きな注目を集めている。強誘電体の中で最大級の強誘電性を有するだけでなく、使用温度が最も高いため、広い用途のメモリへの応用が期待できる。

b) IoTの端末用メモリとしての応用が期待できる

IoTの普及により、あらゆる場所にセンサが設置されることで、少子高齢化が進んでも安全で安心な社会の構築が期待されている。こうした状況下では、従来の高速で高集積なメモリではなく、センサのデータを低消費電力で保存できるメモリの実現が重要になってくる。
強誘電体メモリは、最も低い消費電力で動作し、データの保存には電力をほとんど消費しない不揮発性メモリである。本研究によって、こうした低消費電力のメモリの実用化が期待できる。
また、従来の酸化ハフニウムによるメモリでは、複雑な3次元の形状の膜を作製することが検討されている。今回検討した窒化アルミニウムスカンジウム薄膜は高い強誘電性を有するため、そうした3次元形状にする必要がなく、電極で挟む単純な構造のメモリとして実用化できる観点から、コストダウンも期待できる。

c) 新規デバイスへの応用が期待できる

窒化アルミニウムスカンジウムは、電気エネルギーを機械的なエネルギーに変換する圧電性を持つことを利用して、スマートフォン用の高周波フィルターとしてすでに実用化されている。今回の成果によって、分極の方向も制御できるようになったことから、従来にない新規応用が期待できる。

用語説明

[用語1] サイズ効果 : 膜厚を薄くしたときに強誘電体の特性が低下する現象。薄膜化することによる、強誘電体メモリの定電圧動作や高密度メモリ作製を阻害する現象として、懸念される。

[用語2] 非線形誘電率顕微鏡法 : 強誘電体に電界を印加したときに生じる微小な誘電率変化の検出によって、分極分布をナノスケールで観察できるプローブ顕微鏡を用いた観測手法をいう。半導体界面や表面の電荷分布計測にも多用され、原子分解能を持つ。なお、プローブ顕微鏡とは、先端をナノメートルオーダーまで先鋭化した探針(プローブ)を観察対象に接触または近接させた状態で面内に掃引し、観察対象の表面形状や様々な物性値分布に関する二次元画像を取得する観察手法である。

[用語3] 強誘電体メモリ : 電圧をかける方向によって2通りの結晶構造を取りうる強誘電体を用いたメモリ。交通系ICカード等で実用化されている。電源がなくてもデータが保持できること、読み書きの低消費電力化が期待できることから、「超低消費電力」メモリとして期待されている。

付記

今回の研究の一部は、文部科学省「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」(課題番号 JPMXP0112101001)の一環として行われました。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Applied Physics
論文タイトル :
Effects of deposition conditions on the ferroelectric properties of (Al1−xScx)N thin films
※日本語訳:(Al1−xScx)N薄膜の強誘電性に及ぼす析出条件の影響
著者 :
Shinnosuke Yasuoka, Takao Shimizu, Akinori Tateyama, Masato Uehara, Hiroshi Yamada, Morito Akiyama, Yoshiomi Hiranaga, Yasuo Cho, and Hiroshi Funakubo
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院/元素戦略研究センター

教授 舟窪浩

E-mail : funakubo.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5446

産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター

主任研究員 上原雅人

E-mail : m.uehara@aist.go.jp
Tel : 0942-81-4056

非線形誘電率顕微鏡測定に関すること

東北大学 電気通信研究所

助教 平永良臣

E-mail : hiranaga@riec.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5528

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

産業技術総合研究所 広報部 報道室

E-mail : hodo-ml@aist.go.jp
Tel : 029-862-6216 / Fax : 029-862-6212 

東北大学 電気通信研究所 総務係

E-mail : somu@riec.tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5420 / Fax : 022-217-5426

東工大が進める異分野融合 研究動画2本を公開 超高層建築とパーキンソン病の2分野で成果

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科学技術の進展に伴い、研究分野の細分化が進んでいます。そのような中、研究成果を社会課題の解決に生かすには、基礎研究から応用研究にいたるまで、異なる分野を専門とする多くの研究者の力を結集する「異分野融合研究」の重要性が増しています。

東京工業大学は理工系総合大学として、多分野の研究が行われています。この多様性を生かし、分野を横断した融合研究に日々、取り組んでいます。異なる技術や手法を組み合わせるハイブリッドな研究により、既知の学問を超えた革新的な知見・知識の創出を目指し、社会に提供します。

東工大の異分野融合研究は次々に成果をあげています。「超高層建築」と「パーキンソン病」の二つの分野について、最前線の研究者が基礎から応用までの連携をわかりやすく解説する動画を2本公開しました。

災害時にも安心して活動できる超高層建築を目指して

大地震時に超高層建築物の倒壊が免れても、室内空間が維持できなければ生活していくことはできません。超高層ビルで働く人や生活する人の安心をどうすれば守れるか。建築構造学だけでなく心理学の知見も組み合わせれば、人々の不安解消につながる結果を生み出せます。東工大では建築、電気電子、リベラルアーツの異分野融合により、地震後も継続して住み続けられる建物について研究が進められています。

吉敷祥一准教授(科学技術創成研究院未来産業技術研究所)と永岑光恵准教授(リベラルアーツ研究教育院)が説明します。

AI/IoT技術とロボティクスでパーキンソン病の超早期診断とリハビリ支援を可能に

パーキンソン病は神経細胞が変性することで、運動機能に障害が現れる難病です。東工大の材料、超感度センサ、計測・診断の研究者、さらに東海大学医学部、東工大発ベンチャーのWALK-MATE LAB(ウォークメイト・ラボ)が協力し、パーキンソン病の超早期診断技術、リハビリ支援技術の研究・開発に取り組んでいます。

研究チームはすでに、感度の高い加速度センサを開発し、パーキンソン病患者の歩き方を計測しています。この研究により早期発見が可能となります。また、患者さんは筋力があってもリズムがとれないため、歩くのが難しくなります。そこで、リズムをアシストし歩行を助けるロボットを開発しました。患者さんがこのロボットを身につけて歩くと症状が改善しました。

三宅美博教授(情報理工学院 情報工学系)が動画を紹介しながら、早期診断システムや介助技術について成果を語ります。

東工大全学サイトではさまざまな研究成果を紹介しています。今後も積極的に発信していきます。

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

2020年度「DLab Challenge」の研究支援に4件 試行支援にも4件を採択

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東京工業大学未来社会DESIGN機構(DLab)は2020年度「DLab Challenge:未来社会 DESIGN 機構研究奨励金」による初めての支援に4件の研究テーマを採択し、試行支援として別の4件の研究テーマを選びました。9月11日、研究奨励金に採択された研究代表者を対象に、支援決定通知書授与式を開催しました。

採択された研究代表者と共同研究者

採択された研究代表者と共同研究者

「DLab Challenge」(ディーラボ・チャレンジ)とは、DLab が提示する「ありたい」未来社会像の実現に繋がる研究、あるいは未来社会像実現のために新たに必要となる学術分野の創出に繋がる研究への支援を行うことで、科学・技術とその倫理的、法的、社会的な視点から豊かな未来の実現に貢献することを目的としています。

第1回の募集となる今回は、本学若手研究者から18件の応募があり、1次選考(書面審査)及び2次選考(ヒアリング審査)を経て4件のテーマを採択しました。佐藤勲機構長と大竹尚登副機構長(DLab Challenge審査委員長)が研究代表者に支援決定通知書を授与しました。

採択された研究テーマと採択者

★印:研究代表者、無印:共同研究者

研究テーマ
氏名(所属、職名)
機械視覚像の実世界へのリアルタイム重畳投影の創出:人間の知覚限界の超越と未来社会創造への貢献
エッセンシャルワーカーの在宅勤務を可能にするロボット遠隔制御システムの探求
Exoskeleton for the Mind (Elemi) : Augmenting Metacognition with AI
(心の外骨格(エレミ):AIによるメタ認知の増強)
アイソトポミクス健康診断法の開発

佐藤機構長(左)から支援決定書を授与される研究者代表
佐藤機構長(左)から支援決定書を授与される研究者代表

授与式で懇談する参加者
授与式で懇談する参加者

また、上記の採択テーマとは別に、審査委員会での議論により未来社会の実現につながる斬新な研究と判断された4件のテーマについても、単年度の試行支援として選出しました。

試行支援の研究テーマと採択者

★印:研究代表者、無印:共同研究者、◇印:研究協力者(学外研究者)

研究テーマ
氏名(所属、職名)
マイクロ/ナノロボティクスによる抗菌作用コントロール
熱エネルギー変換でTRANSCHALLENGE社会をサポート!
半自動移動ロボット操作と視覚拡張を用いたバーチャル外出
金﨑朝子outer情報理工学院 准教授)
田中正行outer工学院 准教授)
創造的共同研究が「湧き上がる」研究者間ネットワーク構築の実践的研究

大竹尚登副機構長(DLab Challenge審査委員長)のコメント

審査内容を発表する大竹副機構長
審査内容を発表する大竹副機構長

本年度に新設されたDLab Challengeの審査を実施し、18件の応募から、支援テーマ4件、単年度試行支援(追加支援)テーマ4件を選出しました。書面審査と面接審査を経て支援課題を選出した経緯と採択課題への期待を述べさせていただきます。

このDLab Challengeは,これまでの研究実績を問わず、(1)未来社会像あるいは選択した未来シナリオの実現にどのように貢献するかを説明できているか(2)長期的かつ未来志向の研究として独創的・挑戦的な内容か(3)本研究を実施することによる社会的なインパクトや意義を十分に説明できているか―の3観点を軸とした、DLabならではの評価を行いました。

申請者側も、他の研究費申請と異なる視点の発表を求められて戸惑いの見える中、審査員も全ての発表を聞くまで採点表に筆を入れないこととし、申請者との質疑応答、審査員間の討論を重ねる中で、上述の観点に加え、「ざらざら感のある斬新な研究であり、この研究テーマを構築する中で異分野融合を提案している」ことを重視する大きな流れが醸成され、共通指標の基に審査を実施することが出来ました。

その結果選出されたのが、発表した計8件のテーマです。結果として、既存技術の延長線でなく、違う未来を描くDLabの特徴を反映したテーマが選出されたといえましょう。共同研究者を含む採択者の方々には、研究のスタイルにも工夫していただき、未来社会を形づくる革新技術を提示していただきたいと思います。

基礎研究は、アカデミアとして必ず行っていくものです。また短期的視点の研究は、COVID-19対応など社会課題に対処する研究として有用です。一方、DLabの関わる「ありたい未来社会」をつくっていく長期的視座に立った研究は、VUCA(※)と言われる現代社会だからこそ求められるものです。こうした研究の重要性に気づき、推進する若手研究者がこのDLab Challengeから多く生まれていくことを期待しています。

VUCA(ブーカ):Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとり、不安定な現代の世界を表します。

東京工業大学未来年表

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お問い合わせ先

未来社会DESIGN機構事務局

E-mail : lab4design@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3619

西原秀典助教が2020年日本進化学会研究奨励賞を受賞

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東京工業大学 生命理工学院の西原秀典助教が2020年日本進化学会研究奨励賞を受賞しました。授賞式は9月6日、日本進化学会第22回オンライン大会にて行われました。

研究題目:哺乳類の転移因子に関するゲノム進化学的研究

日本進化学会の研究奨励賞は、進化学や関連する分野において、研究業績上大きな発展が期待される若手の学会員に与えられる賞で、毎年それぞれ若干名に授与されます。

西原助教は哺乳類をはじめとする脊椎動物のゲノム解析を通し、多くの転移因子がエンハンサーとして働き遺伝子の機能進化に寄与してきたことを示しました。これにより従来はゲノム内を高頻度に転移する有害因子と考えられていた転移因子の進化学的意義に脚光を浴びせ、その概念の転換に大きく貢献してきました。これらの業績が高く評価されるとともに、今後のゲノム進化研究において更なる発展が期待され、研究奨励賞の授与に繋がりました。

西原助教のコメント

西原秀典助教

日本進化学会の研究奨励賞という栄誉ある賞の受賞にあたり、これまでにご指導くださった先生方や諸先輩方、そして共同研究者をはじめ普段の研究活動を支えてくださっている多くの皆様に深く感謝を申し上げます。

進化生物学は幅広い生物種を取り扱う分野ですが、私が研究対象とする転移因子(トランスポゾン)もヒトをはじめ様々な生物種のゲノム中に存在します。それらはゲノム上を移動し、時には病気を引き起こす有害変異原として知られています。しかし近年では多くの転移因子が長い生物進化の過程で新規機能を獲得することで良い影響を与えてきたことが明らかになり、私もその一部に貢献することができました。ただしその現象の全体像についてはまだまだ未知の部分が数多く残されています。今回の受賞に恥じぬよう今後も一層研究に精進し、進化生物学の発展に貢献していきたいと思います。

日本進化学会が発表した業績(論文名は省略)

西原 秀典(東京工業大学)「哺乳類の転移因子に関するゲノム進化学的研究」

西原秀典氏は哺乳類を含む脊椎動物のゲノムを解析し、SINE(Short INterspersed repetitive Elements)のような転移因子がエンハンサーとして働き、遺伝子の機能進化に寄与してきたことを示した。高頻度にゲノム内を転移し、標的遺伝子の機能喪失や雑種発育不全等をもたらす有害因子と従来考えられていた転移因子の進化学的意義に脚光を浴びせ、その概念の転換に大きく貢献している。

西原氏は脊椎動物ゲノムに存在するSINE配列を調査する中で、SINE由来の配列の一部が長期にわたる進化過程で保存されており、その配列が生物学的機能をもつことを提唱した。そして、その後の共同研究において、SINE配列がFGF8のエンハンサーとして機能したり、SATB2のエンハンサーとして機能する可能性があることを示し、SINE配列が哺乳類特有の脳形成の進化に関与することを示した。また、SINEを含む複数の転移因子がwnt5a遺伝子のエンハンサーとして機能し二次口蓋の形態形成に関与していることも示した。さらに、哺乳類の乳腺形成に関与するタンパク質ERα、FoxA1、GATA3、AP2γのDNA結合部位がレトロトランスポゾンによって段階的に哺乳類ゲノムに拡張し、複数の転移因子が哺乳類の乳腺の進化に寄与してきたことも示した。

西原氏は、これらの他に転移因子を用いた脊椎動物の分子系統学的研究や動物の転移因子・反復配列に関する研究でも顕著な業績をあげている。分子生物学に基づいた「ウェット」な研究と生命情報学に基づいた「ドライ」な研究を組み合わせた研究において更なる発展が期待され、日本進化学会研究奨励賞を授与するにふさわしいと判断した。

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お問い合わせ先

生命理工学院 生命理工学系 助教 西原秀典

Email : hnishiha@bio.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5742

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